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S-N-O The upheaval of iteration

1 名前:SNO:2020/08/14(金) 23:03:59.555 ID:nQ7ybU.E0
数多くの国が生み出す世界。
かつては個々の国が独自に作り上げた文化は、やがて国々が混じり合うことで発展と変容を遂げた。
やがて……世界の理は、とある研究者によって見出されることになる。
きのことたけのこのような、二つの陣営が争うことによって世界が発展する物理法則を……。

初めは懐疑的に見られていたその理論は、ある出来事を経て証明されることになり、
この物理法則は、世界を発展する礎となった。

――その法則をコントロールする組織は【会議所】と呼ばれ、
――その法則をコントロールする行事は【大戦】と呼ばれていた。

【大戦】では、人々が兵士となり日々戦いを続け…【会議所】では、さらなる世界の発展のための活動が行われていた。
――また、【大戦】の内外で、様々な思惑が働いていた。すべてを把握することができないほどに……。

これは、世界に翻弄されながらも、真実に向かう4人の女性の物語。

    目覚めた乙女たちの見る世界は――光か、陰か、あるいはその狭間か。
    様々な要素が複雑に織り成す世界で、彼女らが辿り着くのは実か虚か。
    交差する陰陽の中で、今乙女たちが目覚める……。

ワタシガ               見ルノハ
    真 偽 ト
              虚 実 ノ
          世 界

2 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/08/14(金) 23:08:04.244 ID:nQ7ybU.E0

The end of all flesh has come before me,
for the earth is filled with violence through them.
Behold, I will destroy them with the earth.
                                            ――Genesis 6:13


3 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/08/14(金) 23:09:32.332 ID:nQ7ybU.E0
月と太陽が入れ替わる狭間――
それは、ありとあらゆるものの境目でもある――。

純白の布の上に置かれた水晶玉。何もかもを透通す水晶の球体。
その中に浮かぶ世界は、空を舞う雲のように絶え間なく動いていた。
すべてが、なにものかの意思に導かれるように……。

……その存在の名は分からない。
科学や魔術などの知恵に秀でた人間なのか――
身体能力の高いオーガなのか――
魔術に秀でたエルフや魔族なのか――
あるいは、語られることも少ない少数種族か――
それとも、知性を持たないと言われる獣か――
もしかしたら、神か悪魔といった、超常的な存在なのかもしれない。

4 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/08/14(金) 23:11:56.792 ID:nQ7ybU.E0
いずれにせよ、どのような存在であろうと――われわれは立ち向かわなくてもいけない。
世界の流れは止まる事はなく、常に前へと進んでいるのだから……。

世界は、すべてが陰陽に支配されている。
互いが絡み合うことで構成される――逆に言えば、互いが分離したままの世界はありえないのだ。

絡み合う陰陽の中で――流動する景色。
うねる世界の渦の中で……ふいに人物の影が見えた。
渦をかき分けるたび、その人物の影は鮮明になってくる。

まるで、その人物が始点となるかのように――渦巻く景色が、その人物の視点へと移っていく。

……ふと、水晶玉の手元にタロットカードがあるのが見えた。
なにか因縁めいたものを覚え、22枚のカードの山を崩してシャッフルし……カードを1枚引いた。
カードを表に返すと同時に、水晶玉の中の人物がはっきりと映し出された。

5 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/08/14(金) 23:12:45.019 ID:nQ7ybU.E0
その人物とは――

6 名前:Route:A:2020/08/14(金) 23:13:36.628 ID:nQ7ybU.E0
――希望を胸に羽ばたく長身の女性だった。

7 名前:Route:A:2020/08/14(金) 23:18:08.908 ID:nQ7ybU.E0
Route:A 


                   Chapter0

8 名前:Route:A twilight dream:2020/08/14(金) 23:18:46.602 ID:nQ7ybU.E0
……オレは、夢を見ていた。

それは、幼い日の思い出……。
砂浜で出会った少女との、たった一日限りの――それでいて、決して忘れることのない思い出。

???
「……えっ、きみは人魚、なのか……?」

???
「――」

(――そう。だから、私は帰らなければいけない。)

自身を人魚と語った少女は言葉を話せなかった。……だから、砂浜に言葉を紡いでコミュニケーションをとっていた。
そのしぐさは、非現実的で――そのきれいな字も相まって、空想の世界にも思えた。


9 名前:Route:A twilight dream:2020/08/14(金) 23:19:35.748 ID:nQ7ybU.E0
???
「そっか……でも、これでお別れじゃないよ
 また、絶対に会える」

それでも……オレの五感はその景色を覚えている。
水面から漂う潮の香りを。濡れた砂浜の感触を。舌に感じる塩辛い味を。細波が揺れて織りなす音を。
そしてエメラルド・グリーンの瞳とアクアマリンの髪が特徴的な人魚の少女の姿を……。

???
「――――」

(ありがとう――貴女の言葉、貴女のしてくれてことを私は決して忘れない――)

オレの言葉に感銘を受けたのか、人魚の少女は涙を流しながらも、感謝の言葉を伝え……海の中へと、潜って行った。
夕陽に照らされる海は、ざぁざぁと細波を立てていた。


10 名前:Route:A twilight dream:2020/08/14(金) 23:21:45.676 ID:nQ7ybU.E0
オレの瞳もまた、涙で滲んでいた――。それは名残惜しさによるものか、あるいは黄昏の光景によるものか……。
だが、そこには完全な絶望はなかった。
なぜなら、絶対に会える――、オレ自身が呟いたその言葉が必ず叶うと思っていたからだ。
根拠はなかったが、それは自信をもってオレの心の中を灯していた。

眼前に広がる赤い夕焼けは、人魚の少女の影が見えなくなるまでオレを包んでいた……。

赤い光に包まれながら……オレはぼうっとそこに佇んで、ふと頭をよぎるものがあった。

……ああ、そうかとオレは思った。
この、幼い日の思い出で、オレは知ったのだ――――。


                 世 界 に は 希 望 が 存 在 す る の だ と 。

11 名前:SNO:2020/08/14(金) 23:22:27.866 ID:nQ7ybU.E0
手探りで新作始めました

12 名前:Route:A-1:2020/08/15(土) 23:33:34.030 ID:6On/JKWI0
Route:A 

                 2013/4/1(Mon)
                   月齢:20.3
                    Chapter0

13 名前:Route:A-1 dream remnants:2020/08/15(土) 23:35:08.875 ID:6On/JKWI0
――――――。

オレは、幼い日の思い出を掴みながら、陽光射すマンションの一室で、目覚めた。
高校を卒業してから数週間……、今朝からオレは【会議所】の兵士として活動することになっていた。

ベッドから立ち上がったオレの視点は、ぐぐっと急上昇する。
それもそのはず、背は、女にしては高く――183cmもあるからだ。
おまけに手足も長いから、学生時代はいつも女子たちに囲まれていたことを思い出す。

???
「あの、夢か……」

オレは、洗面所で、歯を磨きながら手を握ったり離したりして、夢を名残惜しそうに反芻していた。
次第に脳が覚醒し始めると、思考を纏う夢の残滓は薄れ始め……夢の出来事も徐々に頭から飛んだ。


14 名前:Route:A-1 dream remnants:2020/08/15(土) 23:35:46.873 ID:6On/JKWI0
ふと、鏡に映るオレの顔を見た。
プラチナブロンドのショートヘアーや、きりりとした切れ長の蒼い目を見て、学生時代をふと思い返した。

女子
「いつ見てもかっこいいわぁ、どの男子よりもかっこいい――」

女子
「背が高くて、声や顔も凛々しくて――王子様みたい」

女子たちに、やたらともてはやされたような……そういう記憶がある。

女子
「あの……付き合ってください」

時には、同性からの告白も受けた。……オレにとってよく知らない人物からだったから、断ったが……。

そんなことを思い返ししているうち、オレはやがてリビングの机の上に置いた書類を読む――そういった予定を思い出す。


「おはよう、乙海――」

軍服に着替えたオレがリビングに行くと、新聞を読んでいた親父が顔をあげ、オレの名を呼んだ。
お袋は、オレが物心つく前に亡くなり、親戚付き合いもなかったから、たった一人の肉親といってもいい存在だ。


15 名前:Route:A-1 dream remnants:2020/08/15(土) 23:38:29.753 ID:6On/JKWI0
短い白髪に、白い口ひげ……そしてそれとは対照的に黒い眼球と青白い瞳……。
いつもはシルクハットとシェードグラスをかぶっているが、今はプライベートな場だからか、それらを外している。

乙海
「おはよう」

淡々と返すオレ。……オレは、世間一般的に言われる父親のような関係がない。
もともと仕事人間の気がある親父……幼稚園や小学校のころは、オレとなるべく過ごすようにしていたが、
中学校に上がってからは仕事に本格的に復帰し、たまに顔を合わせるぐらいになっていた。
そのため、まる6年ほど、疎遠な関係になっているのだ――それでも、幼いころに築かれた信頼関係はまだ残っているが。

オレは朝食の準備に取り掛かった。
親父もオレも料理はできるが、今朝の分はあらかじめ作れる範囲まで作っていたから、その続きにかかるのはオレになるのも自然だった。
魔力を用いた加熱器具のスイッチを押し、温まった朝食を食卓に並べた。

乙海
「……」


「……」

会話もなく、静かに朝食を終えた。
……昔からこうだ。たまの近況報告はあれども、和気藹々とした団らんをオレは知らない。

オレは腕時計をちらりと見た。
時刻は7時19分……まだ、会議所に向かうには早い時間だ。
オレは、リビングの上に置いた書類を見直すことにした。



16 名前:Route:A-1 dream remnants:2020/08/15(土) 23:46:09.228 ID:6On/JKWI0
乙海
「ふむ………」

ガサリと音を立てながら、紙束を掴む。

その横に置いてあった書類のひとつ、兵士登録願にはオレの本名――竹内乙海(たけうちおとめ)が記されている。
他にも適否基準や【会議所】や【大戦】について記された資料も横に重ねられている。
オレは、近くの書類に不備がないか――【会議所】の生活や、【大戦】とははどういったものか――
数回と見てきたそれを、改めて見直すことにした。

きのこたけのこ会議所とは、きのこたけのこ理論に基づいた行事(きのこたけのこ大戦)をまとめる行政区である。
メイジ大陸の国、明治国の真ん中に存在している行政区。
その場所は、独立自治区でもある。

――きのこたけのこ理論とは、二陣営による争いによって、精神的なプラスのエネルギーが世界に拡散するという理論のことだ。
この理論を、きのことたけのこというテーマに沿って大戦を行うことで、世界を活発化させる……それが大戦の目的となる。

それでは大戦はどういったことをするのだろうか。
それは、きのこ軍と、たけのこ軍――二人の陣営に分かれた参加者(兵士)が戦う行事だ。一種の試合のようなものとも言える。
先に兵力が尽きた軍が敗北し、兵力が残っていた軍が勝利するという単純なルールである。
大戦は週1で行われるが、事情によっては行われない、あるいは連続で行うこともある。


17 名前:Route:A-1 dream remnants:2020/08/15(土) 23:46:37.760 ID:6On/JKWI0
それでは、人々はどのように兵士になるのか。大まかに分ければ、3つ方法がある。
1つ目は短期(お試し)コース。1回大戦に参加するだけ、という簡単なもの。
忙しかったり、兵士の体験をしてみたい――といった人向けのコースだ。

2つ目は中期(定期)コース。1ヶ月、3か月、6か月といった1月単位で参加するというもの。
このコースからは、会議所での業務なども行うことになる。
副業で兵士として参加する――といった人向けのコースだ。

3つ目は長期(会議所)コース。これは1年間、ほぼ毎回大戦に参加するというもの。
会議所で生活しながら大戦にも携わり、専業で会議所の一員として生きるコースだ。
オレは、親父がかつて会議所で活躍していたこともあり、彼が見た世界を自分でも見るためにこのコースを選択したのだ。

乙海
「こんなものかな……」

知識を整理しきったオレは、書類の不備がないことも確認し、出発の準備をした。

18 名前:Route:A-1 dream remnants:2020/08/15(土) 23:47:19.336 ID:6On/JKWI0

「……乙海、会議所で兵士として生きることに、少々の不安もあるだろうが、
 お前の選んだ道なら、そのまま突っ走ってしまえ」

親父は、今朝初めての言葉らしい言葉をオレに告げた。
オレはその言葉をエールと解釈し、頷くと、父も頷き返した。


「オレは、またこれから仕事でしばらく家を空けるが――いつものことだから、大丈夫だろう」

乙海
「ああ、そうだね……親父……」

親父の声を背に、オレは表情を引き締め、家を出た。
ふと空を見上げると、陽光が祝福するかのように会議所へ歩むオレを照らしていた……。

19 名前:SNO:2020/08/15(土) 23:47:39.196 ID:6On/JKWI0
名前欄の表記も模索中。

20 名前:きのこ軍:2020/08/16(日) 15:33:37.173 ID:T/xzUP.oo
おお、更新おつ!ついに念願の大作SSはじまったぜ!
竹内さんに娘がいたとは…

21 名前:きのこ軍:2020/08/16(日) 15:34:28.780 ID:T/xzUP.oo
会議所を学園都市みたいな設定にするのは参考になる。なるまど〜

22 名前:SNO:2020/08/16(日) 21:27:40.463 ID:EC7N/SAU0
>>12がchapter01なのに00になってたのは秘密だよ

23 名前:Route:A-1 loiter:2020/08/16(日) 21:30:34.410 ID:EC7N/SAU0
オレは、【会議所】の門の前に辿り着いた。
時刻は7時59分――

会議所の中に人が集まり始めるのは、運営開始時刻の15分前ほどと聞いた。
その時刻は9時だから、随分と――早く来たことになる。

乙海
「うーむ、時間でも潰すかな」

頭をかきながら、オレは適当に会議所をうろつくことにした。

何せ、会議所は広い。その中心の本部棟は、巨大な城のような建物の中にある。
窓も多く、何百人、何千人という人々をも収容できるようにも思える。
また、会議所自体もうんと高く、厚い城壁に囲まれている。会議所裏にある岩山ほどの高さに、オレは圧巻されていた。

また、本部から海を臨む方向には城下町のように市場が広がり、路上の店であったり、飲食店であったり――
あるいは、観光グッズ屋であったりと、人々の賑わう施設の多い町並みが見えていた。

とはいえ、まだ時間が時間なだけに人通りも少ないが……。


24 名前:Route:A-1 loiter:2020/08/16(日) 21:32:05.910 ID:EC7N/SAU0
乙海
「それにしても、本当に広い……
 散策するなら、もっと先でもいいかもしれないな」

会議所は、本当に大きく、広く……すべてを見るとなると、陽が暮れて月が昇るどころか、次の朝日を見るほどかかりそうだ。
会議所の土地を所有権を持つ明治国にも、首相官邸は存在するが……会議所と比べればはるかに規模は小さい。
写真や映像でしか見たことはないが……それでも、スケールの違いは圧倒的だった。

まぁ、会議所は様々な国や企業が連携した組織だから、そうなるのも当然だろうか。
オレは、【会議所】の広報資料に書いてあった内容を思い起こしながら、ぶらつくことにした。


25 名前:Route:A-1 loiter:2020/08/16(日) 21:33:11.087 ID:EC7N/SAU0
国家だけでも、大小、100を超える国々がこの会議所で連携しあっている…。
【会議所】の運営に関わる施設や武器庫を有し、工業に力を注ぐ産業大国、明治国。
種族を問わず、メイジ(魔法使い)を大勢有するモリナガ大陸の、マリー共和国。
オーガの住む土地であるルマンド大陸の大国、ブルボン王朝。
エネルギー物質であるチョコレートの原料であるカカオ栽培に力を入れている農業大国、オレオ王国。
魔族が住み、魔力を多く含むクリスタルの産地であるカキシード公国……。

企業で言えば、メイジ関連の製品の研究開発をメインに、医療や義肢など様々な分野で活躍する、【ルミナス・マネイジメント】。
農業に特化した食品会社の大企業、【ヴァルトラング】。
世界的な自動車会社のひとつ、【江崎糖原(ジャン・チー・タン・イェン)】。
エネルギー関連の大企業、【不死屋】。

26 名前:Route:A-1 loiter:2020/08/16(日) 21:33:59.018 ID:EC7N/SAU0
……例を挙げるだけでも、両手では足りない。
すべてを把握するのが難しいほどの集団が集まり、蜘蛛の巣のよりも複雑なネットワークを形成している――。

それは、【会議所】の設備を見ても明らかだった。
様々な国の調度品。設備に刻まれた企業のマーク。
これらは多種多様に富んでいて、その規模を改めて実感させられることになる――。

ふと、オレは足を止める……。事務室の案内板が目についたからだ。
オレは、もともとそこに用があったこともあり、時間は早いながらも室内へと入ることにした……。

27 名前:Route:A-1 admin assistant:2020/08/16(日) 21:35:43.595 ID:EC7N/SAU0
事務室……そこは、たくさんの書類やら、電卓やら、算盤やら、机やらが並んだ、広い部屋だった。
その広さだけで、オレの住むマンションの一室よりも広い。
……しかし、朝の早い時間なだけに、人はほぼいない、閑散とした光景が広がっている。

いや、一人はいた。
受付で、コーヒーを飲みながら書類に目を通す初老の男性……。

彼は、オレが入ってきたことに気が付いていないらしい。
――オレは彼の近くに近づいてみると、彼は顔を上げてオレの方を見た。

男性
「おや、おはようございます……」

渋い声で、極めて事務的な口調で。
さて、どうしたものか――そう思っていると……。

28 名前:Route:A-1 admin assistant:2020/08/16(日) 21:36:51.733 ID:EC7N/SAU0
男性
「おや、貴女は竹内乙海さん――ですね」

オレの名前を知っている――いや、それも当然というべきか。
兵士になる場合、申請書類を会議所に送付する。その中の項目には本人の顔写真も存在する。
だから、あっさりとオレが誰かを理解できたのだろう。

乙海
「そうですが――」

男性
「おっと、申し遅れました……私は加古川かつめしです
 事務長を務めております、どうぞよろしく」

とはいえ……兵士申請をする人の数は、100人はゆうに超す。
その中でオレのことを直ちに認識できたのは、親父が兵士をしていた関係か、あるいはオレの性別のためか……。

手を差し出す加古川かつめし――本名かどうかは、分からない。
【会議所】では、コードネーム(ハンドルネームと呼ぶ者も居る)をつけて生活する者も多い。
恐らくは、彼もその一人なのだろうか……。

乙海
「よろしくお願いします」

――ともかく。
オレは、少なくともここでは新人だ。丁寧な言葉遣いで、加古川と握手をした。


29 名前:Route:A-1 admin assistant:2020/08/16(日) 21:39:13.645 ID:EC7N/SAU0
加古川
「それにしても、あの竹内さんの娘も兵士とはね――
 きのこ軍なのが意外だったが……」

……それを境目に、加古川は少し崩した口調で話し始めた。
竹内――それはおそらく、コンバット竹内というたけのこ軍の兵士のことだろう。

乙海
「父は確かにたけのこ軍でしたが、オレはきのこ軍の方が肌に合っていると感じたので」

コンバット竹内と呼ばれる人物は、オレの親父その人でもあった。
その卓越した剣術と射撃能力は、近距離・遠距離問わず、様々な相手と立ち回っていた……と、どこかで聞いたことがある。
加古川の言葉を聞きながら、オレは、親父から射撃の技術を教えてもらった――という事実を思い返していた。


30 名前:Route:A-1 admin assistant:2020/08/16(日) 21:40:41.401 ID:EC7N/SAU0
加古川
「なるほどね……確かに、軍は個々人の思想に基づいているから、親子関係で決められるものではない、な
 私も娘が二人いるが、兵士になるかは分からないし、なってもきのこ軍に入るかもしれない……
 だが、道がどうあれ応援する気ではいるがね」

加古川はうんうんと頷きながら少し口元を緩ませた。それは娘を思う父親の表情でもあった……。

オレは――どうなのだろうか。
……思い返そうとしても、オレにとって父親の印象は曖昧でもあった。
なにせ、中学校にあがってからは家を空けることがほとんどで、実質的に一人暮らしをしていたようなものだからだ。

……父親として、オレの生活の保障やらといったことは抜かりなかったが…。
周りの同世代が話しているような家族サービスは受けていなかったような気もする。
とはいえ――それに名残惜しさを思うようなことはないのだが……。

オレが、考え込んでいるうちに――いつしか、加古川は諭すようにオレに言った。

加古川
「さて、もう少ししたら兵士がたくさん来るから、先に集合場所に行っていた方がいいよ
 手続きも今以上に混雑するだろうし、軽口も叩けないかもしれないしな
 ほら、入所式のプログラムだ」

乙海
「ありがとうございます」

そのアドバイスは、長年の経験を実感しているような重さを感じ取れる言葉だった。
オレは彼に軽くお辞儀をし、集合場所――大会議室へと歩き始めた。

31 名前:SNO TIPS:2020/08/16(日) 21:44:55.947 ID:EC7N/SAU0
竹内乙海
Route:A 主人公。
腕利きのたけのこ軍兵士、コンバット竹内の娘。
高校は射撃部でそのセンスを発揮し、全国入賞したことがある。

女性にしては高い身長と、凛々しい顔立ちから女性にモテることが多いが、
本人はあまり気にすることなく、人と距離を取りながら過ごしてきた。
家庭の事情で一人で過ごす期間が長かったためか、孤独を好み、人の賑わいはあまり好みではない。

幼いころのとある出来事を胸に秘めたロマンチストな部分もある。
大戦では、その射撃センスを生かして立ち回ることになるのだが……。

32 名前:SNO:2020/08/16(日) 21:45:31.022 ID:EC7N/SAU0
Route:A-1の1がchapter番号と思ってください

33 名前:きのこ軍:2020/08/16(日) 22:35:17.054 ID:T/xzUP.oo
男勝りなキャラめずらしい期待

34 名前:Route:A-1 admission:2020/08/18(火) 22:55:21.666 ID:aRObaPz.0
大会議室――そこは、大ホールで構成された部屋だった。
たくさんの座席と、檀上……会議といっても、顔を向かい合わせて聞く――というよりは、講演会を聞く場所のようにも見える。

座席は自由らしい。とりあえず、オレは後ろの席の端に座り、入所式のプログラムを眺めていた。

「1.開式の辞
 2.入所許可宣言
 3.集計班式辞
 4.スケジュール説明
 5.来賓式辞
 6.来賓、祝電の紹介
 7.閉会の辞」
 
――内容は、学校の入学式と、そう変わりはない。
組織に入る――そういった意味では、どこも同じなのだろう。
オレは、足を組み、目を閉じながら、その時が始まるのを待っていた……。


35 名前:Route:A-1 admission:2020/08/18(火) 22:56:52.314 ID:aRObaPz.0
やがて、オレと同じように、ブログラムを持った兵士たちが部屋に入り始める音が聞こえ、オレは目を開けた。
そこには人、人、人……。男の方が割合としてはかなり多いが――軍服を着た男女たちでいっぱいだった。
ざわめきも聞こえる……この【会議所】が、どれだけの兵士を集めているのか……それを体で実感する。

ビーッ……やがて、開会を示すアナウンスが鳴り響いた。
いつしか、周りには兵士だらけ……座席は軍の関係なく、兵士たちが座り、なかには友人らしき者たちが会話もしている。

加古川
「オホン――これより、入所式を始めます
 座席についていない方は、つくように――」

先ほど、オレに助言をした加古川が壇上で式を取り仕切っていた。
その手慣れた仕草は、オレよりも長く生き、父親として家庭を守ってきた人生の重みを感じさせられた。


36 名前:Route:A-1 admission:2020/08/18(火) 22:57:25.165 ID:aRObaPz.0
加古川
「えー……只今より、第4回きのこたけのこ会議所入所式を開会します」

加古川
「まず初めに、入所許可宣言となります――きのこ軍のB‘Z兵士、お願いします」

加古川の様式めいた言葉に、短髪でありながらも、その濃いもみあげを持つ兵士が壇上に上がった。
……ニュース番組でも、よく見る顔だから見覚えがある。会議所のコメント代表として、よく喋っているのを見たことがあった。

彼の登場に、ざわめきと、感嘆するような歓声が会場内を巡っていた。

B`Z
「えー、ご紹介にあずかりましたB`Zです
 新たな兵士として活躍するみなさんに、祝福の言葉をお送りします――おめでとうございます」

B`Zは、訛りがかった丁寧な口調で話し始めた。
それを呼び水に、あたりの声は徐々に静まってゆく。


37 名前:Route:A-1 admission:2020/08/18(火) 22:58:14.125 ID:aRObaPz.0
B`Z
「皆さんもご存じの通り、【会議所】は設立して4年目――様々な国や企業の協力もありますが、
 何より参加してくださる兵士の皆さんのおかげやと思っております」

B`Z
「【大戦】は、世界すべての士気を上げる祭典として重要なイベントであると自負しております
 物理学者、コルヴォ・フェルミ――彼は不幸な死を遂げましたが、その意思を引き続け、この場所を運営し続けています
 そのためにも、これから新しく兵士として参加する皆さん、よろしくお願いします」

B`Zは、大きく一礼した。

B`Z
「ほな、これから皆さんには兵士として、運営に協力し、時には切磋琢磨していくようにしてください」

B`Zは再び礼をし、壇上から降りた。

大きな拍手と、大歓声が響く。ここにいる兵士たちは、その言葉に感銘を受けたのだろうか。
オレは――そういった感情を持つこともなく、どこか視点を外した、冷めた心で形式だけの拍手をしていた。

38 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:01:12.557 ID:aRObaPz.0
加古川
「続きまして、きのこ軍の兵士、集計班による式辞です――」

紹介されて壇上に上がった集計班は、端正な顔をした、青い長髪の男性だった。
その姿が現れるやいなや、歓声は続いた。
特に、近くに居た女性兵士は黄色い歓声をあげていた。

……やはり、女ならば男に対して一定の憧れとやらがあるのか……?
オレは、その気持ちをなんとか考えようとするが――その答えにはたどり着けず、ついには理解することはできなかった。


39 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:02:35.309 ID:aRObaPz.0
集計班
「みなさん、静粛に――ご紹介に預かりました、きのこ軍集計班です
 皆さん、兵士としての入所、おめでとうございます――また、兵士としての道を歩む皆さんに、感謝の意を示します」

集計班の鶴の一声で、歓声は止み……会場に居た一同は集計班の話に耳を傾けるようになっている。

集計班
「先ほど、きのこ軍のB`Zの方から説明があったと思いますが、大戦の歴史について語りましょう
 コルヴォ・フェルミ――物理学者の彼が見つけた理論を、第1次大戦で試験したところ実証されました
 そこから大戦が続くようになり――第7次の時点で、組織を運営する運びになりました」

集計班
「コルヴォ・フェルミ自体は、大戦を始める前に火災で亡くなりましたが……
 彼は名誉兵士・まいうとして名を残しており、その意思ともども設立メンバーの心に刻んでいます」

感情を込めて話している仕草は、そのスピーチの説得力を増していた。


40 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:04:13.057 ID:aRObaPz.0
集計班
「また、会議所では世界各国、ならびに企業からの支えもあります
 さまざまな叡智や種族が集まる場所、それが会議所という場所であり、私たちはその橋渡しをする役割でもあります
 兵士として過ごすことは、ただ戦うだけではない――様々な文化を、多角的な視点で見ることが大切です」

集計班
「皆さんも、様々な人々との出会い――文化との出会いを大切にしてください――」

集計班の端正な顔に似合った、インテリジェンスな口調……
それは、その名に使われている単語――集計というイメージに合致するように思えた。
綺麗な姿勢で壇上から立ち去る集計班にも、大きな拍手が送られていた。
オレは……相変わらず形式だけの拍手を送るだけであったが……。

41 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:04:33.650 ID:aRObaPz.0
加古川
「続きまして、スケジュールの説明となります
 プログラムの2ページ目をご覧ください――」

加古川
「今日のイベントは、スケジュール通りに入所式のみとなっています
 明日以降は、スケジュール表通り、修練所での大戦教育課程となります
 特に必要な所持品はありませんが、日用品は持参していただければと思います
 昼食は食堂での食事となります――」

加古川の話し方は、完全に手慣れていた。
――4回目ともなれば、もう目を瞑ってもできるのだろう。すらすらと流れるように紡がれる言葉は、理解の手助けになっている。

加古川
「大戦教育課程では、訓練時の特性からも適性検査なども行います
 後日配布する書類には、診断書なども含まれているので、筆記用具などは――」

加古川の話している内容は、事前に配布してあった資料にも記載してあった。
だから――オレは頭の中でその事項を確認するだけだ。


42 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:05:52.679 ID:aRObaPz.0
加古川
「――以上で、説明を終わりとさせていただきます
 何かご質問等ある場合は、入所式後にて、事務室で対応いたします」

加古川は、一礼をした。
――拍手は起こらない。まぁ、事務説明だから当然だろう……。

加古川
「続いて、来賓代表の式辞となります
 来賓代表は、ルミナス・マネイジメント代表取締役、月輪弦夜さんです」

――【ルミナス・マネイジメント】。それは、オレでも知っている大企業であり……オレにも少なからず関わりのある企業でもあった。
なぜなら、親父がそこに籍を置いているから……。生活基盤の確保に貢献していることは言うまでもない。
そのため、代表取締役である月詠弦夜についても、多少の見覚えはあった。


43 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:07:37.207 ID:aRObaPz.0
加古川
「また彼は、たけのこ軍でスリッパという名前で活躍し、大戦の原動となった人物でもあります
 第一線を退いた現在でも会議所の運営に協力して下さっています――」

加古川
「それでは、月詠弦夜さん、お願いします――」

44 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:08:55.728 ID:aRObaPz.0
壇上に上がった月詠弦夜――スリッパは、白い髪を後頭部になでつけたサングラスの男性だった。
高級そうなスーツに身を包み、まさに――大企業のトップといえるような外見。

集計班の時と同じく、黄色い歓声が会場に沸いた。

その地位でありながら若いことは、初めて存在を知ったとき意外に感じた記憶がある。
老いを感じさせない若々しい見た目……確か、大戦の原動力になる切っ掛けも若々しい立ち振る舞いによるものだったはずだ。

スリッパ
「ご紹介に預かりました、月詠弦夜と申します――スリッパの方がここではなじみ深いかもしれませんね
 皆さん、兵士としての参加、まことにおめでとうございます」

渋い声が、マイクを通して室内に響き渡る。
集計班の時と同じように、声はぴったりと止んだ。その端正な顔立ちにはそういった魔力のようなものがあるのだろうか。
……そんな疑問を浮かべるぐらい、オレには男の魅力について理解することができなかった。


45 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:09:14.004 ID:aRObaPz.0
スリッパ
「先ほどの紹介通り、私はかつては大戦に兵士として参加し、現在は企業として会議所を支える立場にあります」

スリッパ
「私が大戦に参加した時――こんなことを言いました」

スリッパ
「突き進む、たとえその先が闇だったとしても――と」

その言葉に、会場のあちこちで歓声を押し殺したようなどよめきが聞こえた。
……その言葉は、名言として世界に広く知れ渡っていたからだろう。

スリッパ
「当時、第1次大戦を終え、続けて第2次大戦へと移行した時には不安も多くありました
 コルヴォ・フェルミ――まいう氏の意思を引き継げるか、彼の追い求めた理論を世界が認めるか――」


46 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:09:32.031 ID:aRObaPz.0
スリッパ
「大戦という新しいイベントは、未開の荒野を切り開く冒険でもありました
 当時、ルミナス・マネイジメントを立ち上げて数年……大戦は世界的なイベントになると考え、
 私は企業の代表という立場ではありますが、そのイベントの運営に積極的に協力してまいりました」

スリッパ
「はじめは有志で集まっていたイベントも、回数を重ねるにつれ、
 ルミナス・マネイジメント以外の企業、あるいは明治国以外の各国も協力する一大行事として成長していきました」

スリッパ
「先ほど、集計班氏が申しあげたとおり、【大戦】は戦うことだけではありません
 世界の士気を高め、よりよいうねりを作り上げる――そういった行事です」


47 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:12:01.486 ID:aRObaPz.0
スリッパ
「現在では多忙の身である立場上、私は大戦に直接参加してはいませんが、間接的に協力しています
 いずれは復帰も考えていますが――この話はまたの機会にということで――」

スリッパ
「さて、話が脱線しましたが――
 大戦に参加するみなさん――これまでとは違うことにチャレンジするようになると思います
 ですが、そこでは様々な出会いもあります、これは先人としての助言ですが、大戦は目いっぱい楽しみましょう
 ありがとうございました――」

スリッパが話し終わると、大歓声とともに拍手が沸いた。
それは今まで聞いたものよりも大きく、部屋自体を震撼させていた。

そういえば、スリッパ……月詠弦夜は、一代で大企業を作り上げたことから、彼は企業の皇帝と呼ばれることもあった。
部屋を包み込むような熱狂的な音は、その肩書へのリスペクトなのかもしれない……。

加古川
「月詠弦夜――スリッパさん、ありがとうございました
 続いては来賓の紹介です――オレオ王国、ナビス国王……」

――それからは、ただ形式ばった紹介と、式辞だけが流れていった。
オレは、どこか冷めた気持ちでそれを聞きつつ、式典の終わりまで過ごしていた……。

48 名前:SNO:2020/08/18(火) 23:18:35.867 ID:aRObaPz.0
ユリガミSSは兵士が死ぬほどいなかったのでとりあえず兵士を目立たせるようにします

49 名前:きのこ軍:2020/08/18(火) 23:20:53.417 ID:vREtE36Io
おもしろい設定が多くていいですね。
兵士の真名が別にあるという設定は特にいいなと思っています。

50 名前:Route:A-1 stroll:2020/08/19(水) 22:45:21.099 ID:QtrAoYXE0
乙海
「うーん――」

人で込み合う大会議室を抜け、外に出たオレ……。
どこか息苦しい――大勢の人がいるから当然でもあるが、解放感でオレは大きく伸びをしていた。

……オレを、興味深そうに見る兵士の眼が少しあった。
きっと、女にしては高いその背の高さが原因だろう……もう、そうみられることには慣れているが。

ふと、腕時計を見た。
午前11時05分――このまま帰るのもいいが、適当に会議所でもぶらついてみることにした。

会議所の中に広がる街並み。朝の静けさが嘘のように、人でごった返している。


51 名前:Route:A-1 stroll:2020/08/19(水) 22:48:17.449 ID:QtrAoYXE0
乙海
「ふむ……」

オレは、近くにあった喫茶店の中をちらり――と見てみた。
そこも、人でにぎわい、オレのような新人兵士や、あるいは住民、ベテランの兵士たちが談笑している。

オレは、人ごみは好きではない。
一人でいられる空間――そういったところの方が好みだ。

……まぁ、人ごみの中で過ごすことも、過敏に嫌だ、というわけではないのだが。

オレは、一人で過ごすことに慣れていた。
――父親が、家を空けることが多かったのもその一因だが……やはり生まれ持っての性格もあるのだろう……。

オレは、人ごみを交わすように店の入り口をちらりと見やった。

飲食店だけでも、数多くの専門店が並んでいる。
明治国に最も近いのだから、明治料理も多いわけだが――他の国の料理を謳う店もある。

オレオ王国料理専門店―RITZ―
カカオの産地でも有名な土地の料理専門店……。ほかにも、各国の専門店が広がっていた。

52 名前:Route:A-1 stroll:2020/08/19(水) 22:48:36.804 ID:QtrAoYXE0
また、八百屋に、精肉店に――日々の生活必需品の店も並んでいる。
一大マーケットと言ってもいいかもしれない。その中をオレは、ウィンドウ・ショッピングしていた。

乙海
「ん……腹が減ったか」

……しばらくして、オレは空腹感を覚えていた。
ぐぅと腹の音が鳴るの感覚。さて、どうするか……。
一人暮らしに慣れているため、日々の料理は小分けで保存しているから、帰ってから食べるか……?

一瞬そうも思ったが、会議所の空気感に慣れるためにも、適当な飲食店で腹をくちくすることにした。

53 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:49:32.954 ID:QtrAoYXE0
フィリップ・パブ――洒落た看板に刻まれた店名が、店頭に掲げられていた。
どうやら居酒屋らしいが、この時間帯は料理屋としての営業をしているらしい。
まぁ、オレの年齢では酒も飲めないが――。

店頭の予定表を見ると、平日の12時から15時。それから、金曜日を除く平日と土曜の18時から20時。
営業時間としては短いが……道楽だろうか?

まぁ、それはどうだっていい――人も少ないようだから、ここで食事をとろう。
カランカラン――とベルの音が鳴らして、オレは店に入った。

店の中には――客は、一人もいそうにない。


54 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:51:48.573 ID:QtrAoYXE0
乙海
(……大丈夫だろうか)

少々の不安を抱きながらも、オレはドアを閉める。

店主
「いらっしゃい――」

銀髪と金色の目をした、いかにもうさんくさそうな男が短く挨拶をした。
タキシードを着た男の胸の名札には、たけのこ軍 筍魂と刻まれている――。

……たけのこ軍の筍魂は、訊いたことのある名前だ。
確か、古武術を極めた兵士だとか、戦いのセンスに秀でているとか、親父から聞いたことがある。
それにしても、会議所で第一線を張る兵士がやっている店か。ならば、普段の営業時間が変則的なのも納得がいく。


55 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:52:33.974 ID:QtrAoYXE0
筍魂
「適当に座席に座って構わんぞ」

ぶっきらぼうな筍魂の言葉に従い、空いた座席に座った。

???
「えーと、お冷を置いておきます
 それから、こちらがメニューです」

横から、可愛らしい少女の声が聞こえた。
民族衣装を着た、金髪のエルフ――その胸の名札には、フィンと刻まれている。

彼女は、兵士ではなさそうだ。
背がオレよりは一回りも二回りも小さく……むしろ、オレの方が女として大きするのかもしれない。
……そんなことを思いながら、メニューに目を通した。


56 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:54:16.198 ID:QtrAoYXE0
パンシット――トルタン・タロン――ピナクベット――レチョン・カワリ――
聞きなれない単語と、料理の写真が並べられている。価格は良心的な部類といったところだ……。

乙海
「すみません――」

近くに居た、フィンに声をかけた。

フィン
「はいっ、何にいたしますか」

乙海
「ああ、このパンシットと、ピナクベット、それからジンジャーティーを……」

フィン
「パンシット、ピナクベット、ジンジャーティーですね、かしこまりましたっ」

フィンは、小柄な体を精いっぱい動かしながらカウンターに戻っていく。
オレとは縁の遠い風景……それは異国の地に来たような感覚もあった。

57 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:55:32.954 ID:QtrAoYXE0
筍魂
「それにしても、見ない顔だが――新人か?」

注文を受け取った筍魂は、メニューを作りながらオレに聞いた。

乙海
「はい」

筍魂
「きのこ軍で、その体躯――というよりは立ち振る舞いや姿勢を見る限り、センスがありそうだな」

軽口をたたきながら、彼の手元ではメニューができていく。その手際の良さは、何度も鍛錬した技術を感じられた。
武術に造詣が深いであろう彼にとって、料理の技術もまた関連しているのだろうか。


58 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:55:50.618 ID:QtrAoYXE0
筍魂
「ほら、頼んだメニューだ」

いつの間にか、頼んだメニューがオレの前に並べられた。

パンシット――炒めた麺が、肉や野菜と一緒になっている。
一口、運んでみると――なかなかに、美味しい。

ピナクベットは、野菜と豚肉と海老が煮込まれたスープ。
甘みと旨味が混ざった味は、胃にも優しそうな感覚がある……。

筍魂
「フフフ――営業時間は短いが、味には自信あるんでね」

オレの表情を読んだか、筍魂はしたり顔で答えた。


59 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:56:50.592 ID:QtrAoYXE0
乙海
「――なるほど」

その自信満々な表情に似合うだけの技量のおかげか、
あっさりと食が進み、ジンジャーティーのさわやかな味で、食事を終えていた。

乙海
「ごちそうさま――」

すっかりくちくなった腹をさすりつつ、財布から出した金を、フィンに手渡した。

フィン
「ありがとうございます、またよかったら来てね」

そのにこやかな笑顔は、純粋で、どこか計算的にも見えた。
――彼女目当てに来る客もいるのだろうか。ふと、そんなことを思っていると……。

筍魂
「おう、気に入ってくれたみたいで感謝するぞ
 あと――多分大戦でオレと戦うことになるとは思うが――手加減はしないぞ?」

筍魂が、ニヤリとしながら自信満々にオレに語った。

乙海
「はい」

オレは頷く。彼はどういった戦法を取るのだろうか――どれだけの判断力や立ち回りを見せるのだろうか――。
そんなことを思いながら、オレは店を出て――帰途についた。

60 名前:SNO:2020/08/19(水) 22:57:03.113 ID:QtrAoYXE0
みんなのヒロイン登場

61 名前:きのこ軍:2020/08/19(水) 22:59:49.840 ID:XsMsdtRwo
受け入れられないが受け入れるしかない。
あとフィリパブが定食屋になってて笑う

62 名前:Route:A-2:2020/08/22(土) 00:12:42.648 ID:gxicPUNI0
Route:A 

                 2013/4/2(Tue)
                   月齢:21.3
                    Chapter2

63 名前:Route:A-2 sergeant:2020/08/22(土) 00:18:49.341 ID:gxicPUNI0
――――――。

翌朝、オレは――いや、新人兵士たちは、事務室で書類を受け取ってから、修練所に集合していた。
そこは広めの体育館のような場所――その広さは、学校にあったものよりも数倍広い場所だった。
様々な競技も行えそうだ。床を傷つける恐れはあるものの、射撃競技も十分できるスペースはあるだろう。

これから何が始まるのか――期待と不安の混じった少々のざわめきの中、一人の兵士がステージの上に現れた。

山本
「静粛にッ!
 私はたけのこ軍 山本先任軍曹である――」

ごつく、厚みのある筋肉質な身体と、よく通る低い声。
修練所全体にぴりぴりと痺れるような響きもあって、ざわめきは静まった。



64 名前:Route:A-2 sergeant:2020/08/22(土) 00:20:51.690 ID:gxicPUNI0
山本
「私は、新人教育――すなわち、今年度に入所した兵士たちを大戦で戦えるための訓練を総括している」

山本
「実際は、会議所長期コースのメンバーも訓練を担当するが……
 私も訓練を担当するので、以後お見知りおきをッ」

マイク越しでも大きな声は、耳がじんじんとする。近くで聞いたら鼓膜が破れてしまうほどだ――とオレは感じていた。

山本
「新人教育課程は、来る土曜日の大戦に向けて行われる
 最も、その訓練で自信が持てない場合は、来週の大戦を初戦としても構わない
 だが、精いっぱい努力することは怠らないでほしい!」

山本は、大きく腕を振り上げる大仰なパフォーマンスをした。
そのごつい腕の太さが、その発言を後押しするように天を仰ぎ――同時に、拍手が沸いた。

相変わらず、オレは形式だけの拍手をしていた……。

65 名前:Route:A-2 sergeant:2020/08/22(土) 00:24:00.970 ID:gxicPUNI0
山本
「さて――これから行うトレーニングだが、座学、ファイター・メイジ適正、それから大戦場でのトレーニングとなる」

山本
「さて、これから座学に移ってもらう
 座学については、私を含め……さまざまな兵士たちで対応するッ
 教室と講師については、今日配られた資料を参考にしてほしい
 自分の兵士番号と照らし合わせて、間違わないようにしてくれ――」

山本
「移動ッ!」

――あいも変わらず大きな声で、山本は語り終えた。

さて、座学を受けに行かなければならない……オレの行くべき場所は小会議室B、講師はB`Zだったか……。
一斉に立ち上がった兵士の動きに身を合わせながら、オレは目的の場所へと向かった。

66 名前:Route:A-2 officer:2020/08/22(土) 00:26:48.025 ID:gxicPUNI0
会議室Bでは、B`Zが壇上にすでに待機していた。
スケジュール的には、始まるまで十数分の余裕がある……オレは、机の上にある資料をぱらぱらと眺めていた。

資料には、会議所の歴史が簡潔に示されている。大戦の開始条件、大戦の運営方法……

B`Z
「よし、みんな集まったな――入所式でもお会いしたと思いますが、ワイはきのこ軍B`Zや
 皆からは、参謀と呼ばれとるが……」

崩したような訛り口調は、どこか親しみを感じさせた。

B`Z
「さて、これから座学や――配布資料の1ページ目からいくで」

配布資料の始めには、きのこたけのこ大戦の歴史がかいつまんで書いてあった。


67 名前:Route:A-2 officer:2020/08/22(土) 00:27:41.003 ID:gxicPUNI0
――コルヴォ・フェルミ。明治国の最高学府にして名門校、アポロ大学の物理学者が、偶然発見した物理法則。
それは、きのことたけのこのような、二つの陣営が争うことによって世界が発展するというものだ。

コルヴォ・フェルミ自体は、研究活動に精を出す最中、自宅の火災に巻き込まれ死去した。
しかし、彼の意思を継ぐ者たち――現会議所で、B`Zや集計班、¢と呼ばれる兵士や、ルミナス・マネイジメントを主として研究は続行された。
その努力も実り、初めは懐疑的に見られていたその理論は、現会議所のある土地で起きた戦いをもとに、
この物理法則は、世界を発展する礎となった。

――その法則をコントロールする組織は【会議所】。会議によって作られた、大戦をとりまとめる同盟という意味だ。
――その法則をコントロールする行事は【大戦】。大いなる戦いの略称で、世界の発展をコントロールするという大きな意思がこめられた単語だ。

B`Zは、それらの内容を流暢に語った。
訛りがかった口調は、聞いていて飽きない。時にはおどけてみせる話し方に、オレを含めその場の全員は聞き入っていた。
――こういった講師は、全員の共通理解を進めるうえでも重要だ。世界の中枢とも呼ばれる場所なのだから、さすがの人員配置というべきか。
……そこで、オレはB`Zがインタビュアーとしてたびたび呼ばれる理由に納得した。


68 名前:Route:A-2 officer:2020/08/22(土) 00:28:08.934 ID:gxicPUNI0
続いて、大戦の開始条件。
年の瀬を除いた毎週土曜日、会議所近辺の【大戦場】に一定数の兵士が集まる。
大戦場は、会議所本部棟裏にそびえる岩山に囲まれた大戦闘場。
当日、一定の人数が集まらないなど、トラブルの場合は、大戦は延期される……。

ルールは、会議所が決める。
階級バッヂを付ける階級制、陣地の取り合いの制圧制、兵種を割り当てる兵種制などだ。

また、紛争と称した、小規模の戦いも行われる。
この紛争は、会議所に定住する長期コースのメンバーがもっぱら行う。
――この紛争では、たった一人で96撃破をした鉄人と呼ばれる者もいるらしい。

B`Z
「大戦に参加してもらうためには、その理論のすばらしさを解くだけではなく、
 魅力的なイベントであることを広めることと、エネルギーのうねりを起こす闘争心が必要や
 きのこを憎む、たけのこを憎む――そういう、マイナスの感情が大切になる
 とはいえ、憎むのはその戦いだけ――戦いが過ぎれば、ゼロに戻さんといかんがな」

どこか楽し気なB`Zの姿は、まるでコメディアンのようにも見えた……。

69 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:32:40.207 ID:gxicPUNI0
――座学が終わり、ファイター・メイジ適正を受けることになった。
メイジか、そうでないかを判別する作業だ……。

メイジ……それは、魔力をうまく操ることのできる存在。
同時に、もともと体内に魔力を多く持っている存在のことを指す。

そうではない者は――便宜上に、ファイターとして区別されている。
魔術を使えない、武術に心得のない存在でも、一応は、ファイターという括りになるのだとB`Zは言っていた。

もともと、会議所に入所する際の適性検査でも同じような検査があった。
この簡便な検査ではなく、病院での診察のようにもっと時間と工程を必要とするものだった……。
配られた資料には、この検査の時間は短いことが記されていたから、恐らく最終確認を目的としているものだろう。

70 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:36:44.358 ID:gxicPUNI0
兵士
「竹内乙海さん」

乙海
「はい」

兵士
「ふん、ふむふむ――」

兵士が、リモコンのような機械をオレにかざした。おそらくは、これで魔力を測定しているのだろう。

兵士
「はい、事前検査通りにファイターですね……次の方……」

測定をしていた兵士の言葉からも、この作業が最終確認のために行われるものであると認識できた。

メイジに該当する種族は、知性を有する種族の中で言えばあまり多くはない。
人間では少ない。魔族や、エルフ――亜人に当たる者に多い。
亜人でも、オーガのメイジは人間よりも少ないといわれている。

また、メイジは遺伝すると言われている。
確かに親父も、メイジではなくファイターだった。だからオレも、その法則に従いファイターということだ。
鳶が鷹を産むように、突然メイジが生まれることもあるそうだが……その確率は低いらしい。

だからオレは――特別でも何でもない、確率通りの存在なのだ……。

71 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:40:47.963 ID:gxicPUNI0
滞りなく、適性検査が済み――昼食と休憩を経て、大戦場でのトレーニングが執り行われる手筈になっている。
賑わう食堂の中で、配布された弁当をひとり食べながら、オレは次の予定を確認していた。

兵士
「ふーっ、講義疲れたなぁ」

兵士
「あのB`Zって人はわかりやすかったよ」

兵士
「社長って人はしゃべり方が変でそれが気になって大変だったよ」

兵士
「山本さんは威圧感がすごいな……そして軍曹なんだぜ……」

兵士
「¢さんってイケメンよね、アイドルにいそう」

様々な兵士の声――それは会議所が多種多様な人物が集まる場所であることを改めて思わせる光景でもあった。
辺りを見やれば会議所に入所する前の仲らしく、和気藹々と食事するグループもいたが……
オレの居た学校では、会議所への進路を決める者は少なく――またオレの交友関係も広くなかったからか――オレは孤独だった。
まぁ、孤独だからといって特にどうということではない。オレは昔から孤独に慣れていた。


72 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:42:19.767 ID:gxicPUNI0
そして、食事を終え……オレたちは、大戦場へと向かった。
オレは他の兵士たちとともに講師の前に並んでいた。

トレーニングの講師は――791という女性兵士だった。
大戦は男女関係なく戦うが、こういったトレーニングは男女に分けて行われるらしい。
――まぁ、それは学校でも同じだったから、それに倣ったということだろう。

それにしても――791という人物は、聞き覚えのある存在でもあった。
確か、鬼のように強い腕力と魔力を持つ、通称――魔王とも呼ばれる魔族だと親父から聞いたことがあった。

791
「こんにちはっ」

大戦場で集合したオレたちに挨拶する791は、その魔王という単語には名会わない柔和な笑顔を見せていた。


73 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:43:33.038 ID:gxicPUNI0
791
「私は791――女の子たちをまとめるのは、一応私の仕事になっています
 まぁ、代表はもう一人いるけれど――彼女は別の用事があるからね」

しかし紫色のローブをはためかせる791の額には、魔族であることを示す金色の角が輝いていた。

791
「男の子たちと、トレーニングは一緒だけど、性別を考えてやっています
 あと、女の子の行事の人はそれも考慮するから――」

オレを含め、女兵士は男兵士と比べれば割合は少ない。兵士の1割か2割が該当する――と言えばいいだろうか。
しかも、大抵はメイジ……オレのようなファイターは少ない。

791は、逐一全員の様子を見ていた。その器の大きさは、魔王――民を束ねる上位存在として相応しいもののように思える。


74 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:43:49.233 ID:gxicPUNI0
791
「はい、みんなとりあえず大丈夫そうだね――
 じゃあ、ランニングから――」

兵士たち
「はいっ」

オレたちは、791の提示したトレーニングをこなしていく……。
大戦場は、草も生えない荒野の地――ところどころに岩があり、岩山近くには森も見える。
走るたびに散らばる砂。硬い地面――その上を走っていて、オレは学生時代に体力作りのために、近所をランニングしていたことを思い出していた……。


75 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:44:01.724 ID:gxicPUNI0
――――。

791
「はい、おつかれさま――明日から大戦の前々日まで、トレーニングは続きます
 みんな、今日は早く寝ようね、解散っ」

トレーニングは、オレにとっては体力の余力が残るものだったが――ほかのだいたいの女子は、息を切らしてへばっている。
……なるほど、考えられている。メイジは、どうしても魔力に頼ることが多いから体力がないものも多い。
それを、同じ女性のメイジがやれば、大体の塩梅を掴んだうえで行える――会議所の選択に、オレは内心感心していた。


76 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:44:55.765 ID:gxicPUNI0
帰路につこうとするオレの背中を、不意にぽんと叩かれた。

乙海
「!」

振り向くと―ー791がにこやかに微笑んで佇んでいた。

791
「貴女は、なかなか体力があるね」

ふわりと揺れた髪からは、レモンの香りが鼻をくすぐる。香水だろうか?

乙海
「ありがとうございます」

感謝の言葉とともにオレは礼をした。少なくとも――オレは立場的には下なのだから。



77 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:47:02.926 ID:gxicPUNI0
791
「それに、確かあなたは射撃の大会にも出ていて、いい成績を取ってたね」

乙海
「そうですね」

そうだ。
学生時代、オレは射撃部に所属し……全国大会にも出場した。
上位入賞もし、表彰も受けた記憶もある。――それも、過ぎ去った過去の出来事だが。

791
「そんなにすごい新人が来るなんて嬉しいな
 きのこ軍だから、ライバルにはなるんだけど――大戦以外では仲良くしましょう」

乙海
「はい」

791が、腕をオレに差し出す。指に輝く紫色の爪は、マニュキアで塗ったものはなさそうだ……。
爪先の下に広がる肉そのものが紫色……これは魔族の生物的な特徴なのだろうか?

ともかく、オレは791とぐっと握手をし、これからの日常に思いを馳せていた。

78 名前:SNO:2020/08/22(土) 00:47:37.901 ID:gxicPUNI0
とりあえず兵士出しまくるスタイル

79 名前:きのこ軍:2020/08/22(土) 07:35:28.797 ID:EY8MH9h2o
魔族791こわいよお。

80 名前:Route:A-3:2020/08/23(日) 17:36:28.594 ID:e.QjV2JY0
Route:A

                 2013/4/5(Fri)
                   月齢:24.3
                    Chapter

81 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:37:35.697 ID:e.QjV2JY0
――――――。

それから、3日が経過した。
791(あるいは会議所)の決めたトレーニングの効果だろうか、
初めはへばっていた女子たちも、ある程度体力が付き、同時に基本的な戦いの動きについても手慣れてきた。

3日間で、こうも鍛える――そのノウハウはどこからきたのだろうか?
世界各国、あるいは企業の叡智と経験によるものか……。少なくとも、これまでに会議所を運営して得られたノウハウであることに違いはないだろう。


82 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:38:42.409 ID:e.QjV2JY0
大戦前夜――体を休め、大戦に備える期間として設けられた日、オレは会議所を散策していた。
……wiki図書館とやらが、気になったからだ。

wiki図書館――速いを意味するwikiwikiという単語から着想を得た名前らしい。
世界の様々な情報を、素早く得られる――それをコンセプトにしているとか。

とはいえ、素早く得られることと素早く調べられることはイコールではない。
あくまでも、この図書館だけで解決する――すなわち世界各国を探し回らなくてもいい――という意味合いらしい。
B`Zが誇らしげにそう語っていた光景を、オレは思い返していた。

ともかく、オレはwiki図書館に足を運んだ。
――広い。本部棟よりはさすがに大きくはないが、これだけでも小国の城と呼べそうなほどだ……。
とはいえ、中は図書館――静けさに満ちていた。

――そもそも、人の姿もあまり見えないような気がするが。

83 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:44:35.090 ID:e.QjV2JY0
B`Z
「おっ――乙海か、おはようさん」

乙海
「おはようございます」

気さくに話しかけてきたB`Zは、軍服ではなく着流しを揺らしていて、どこかその表情はうれしげだった。

B`Z
「解説した時は割と来てたが――今は、そう大勢で来ることもないからな」

静寂な部屋を見渡しながら、語るB`Zは、いきいきとしていた。
乾いた笑いをこぼすB`Zを見ながら、オレはある疑問を彼にぶつけた。

乙海
「それにしても、設立3年目で3代目とは、何があったんですか」

B`Z
「おお、歴史についても知ろうとするとは――お前は中々うれしい新人やな」

B`Zは、うきうきした様子で、オレに語り始めた。
――その様子からは、歴史に耳を傾ける者の少なさを、思い知らされるようでもあった。

84 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:50:14.762 ID:e.QjV2JY0
wiki図書館は、もともときのこ軍の兵士、無口が作り上げたものらしい。
――しかし、ある日火災に遭い、無口は行方不明になった。
所蔵している本は、特に貴重な本が主に無事で、手に入りやすいものだけで焼失するという、不可解な火災だったという。

原因は不明。――無口がどうなったかも当然不明。
その後、山本とB`Zが協力して再建し、新人兵士の教育代表になった山本に替わり、B`Zが館長になったそうだ。

乙海
「無口――」

そのコードネームは、シンプルながらも底知れない恐ろしさを覚えた……。

B`Z
「――長い白髪に隠れているから、その顔を見た者はおらん
 ……その恐ろしい強さから、虎って呼んでた人もおったな……」

その出で立ちはいかにも怪しいような気がするが――それは偏見かもしれない。
そもそも、噂だけで真実と決めつけるのもよくないだろう……。
頭の片隅に留めておくだけ……中庸を選択するのが一番最善だろう。

B`Z
「性別も当然不明――声も中性的やったから判別も困難……
 戦闘能力は、武術と魔術に秀でた……いわば、ファイターとメイジを合わせた存在やったが
 ――まぁ、今はもう昔の話、やな」

回想するB`Zは、名残惜しそうな――そんな顔をしていた。


85 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:50:35.537 ID:e.QjV2JY0
B`Z
「それはそうと、そんな雑談をしてもあんたの時間を奪うだけやな
 ほら、好きなものを調べや」

そう言うと、B`Zは大手を振って図書館の奥に消えていった……。
ぽつんと取り残されるオレ。B`Zはおしゃべり好きのようだ。そんな性格が、静寂な図書館の館長。
――意外な取り合わせだ……と思いながら、オレは図書館の中をうろつき始めた。

86 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 17:52:51.780 ID:e.QjV2JY0
図書館の中をぶらつき、膨大な量の本棚を見ては、本の背表紙に指を触れ――
そうしているうち、オレは気になるタイトルの本を見つけた。

『バラガミの伝説』

著者は――衣月忍……?一体何者だろうか。
その表紙には、人魚の絵が描いてある。
本の区分は伝記……人魚にまつわる物語なのか?

夢の中の人魚の少女のことを思い出す。オレはあの思い出を今もなお心に留めている。
この本がその思い出に関わるのかは分からないが……ともかく、これも何かの縁かもしれない。
オレは本を手に取り、近くの席に座った。


87 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 17:55:32.725 ID:e.QjV2JY0
衣月忍――その著者に関する情報は、ルミナス・マネイジメント所属の探検家ということだけしか記されていなかった。
あの会社の誰か……企業の規模としては大きいからそれを特定するのは難しいだろう。

オレはぺらりとページをめくり――そこに広がる情報の海に身を投げた。

――バラガミと呼ばれる存在。
それは白い髪と肌を持ち、血のように赤い眼をした若い女性の尼僧として語り継がれている。
羽織る衣装は烏のように黒く、白鷺のような髪とは対照的な見た目をしており、
紅薔薇の髪飾りをしていたから、奇跡を起こす存在であることもありバラガミと呼ばれているらしい。

88 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 17:55:57.711 ID:e.QjV2JY0
彼女は傷病にあえぐ人々を救った。彼女の【力】は、治療法のなかった病をなかったかのように消すことができた。
一方で、彼女には治癒できないものもあったと聞く。
生まれ持って機能を失った部位は、不可能だと断言していたそうだ……。

彼女は、はるか昔から最近になるまでその噂が語り継がれていた。
いずれのうわさも、彼女の姿は同じ。若い女性であることに変わりはなかった。
一説によれば――彼女は人魚の肉を食べて不老不死になった、と言うものもいた。


89 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 18:00:28.350 ID:e.QjV2JY0
彼女は、『人魚の肉を食べることはとても愚かなことで、願いは叶わない』と語ったこともあるらしい。
人魚の肉――それは食べれば不老不死になると言う妙薬。
人魚という存在は、未だ確認されていないから、眉唾物と、本には記されていた……。

オレはごくりと固唾を飲んだ。人魚――それはオレの心に残る思い出。
しかし……親父にその思い出を話したら、『人には話すな』と言っていたような気がする。

それは、妙薬の存在を隠すためという理由なのだろうか。
…オレは、突然胸がざわつくような感覚を覚え、オレは本の出版日を確認した。

それは20年前――オレが生まれるより前の古い本だった。
ならば、ただの伝聞ということか……。オレはなぜだか胸を撫で下ろしていた。

90 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 18:03:40.060 ID:e.QjV2JY0
――オレは、続きを読み進めた。

バラガミは20年ほど前からその噂を聞くことはなかった、との記述が続いていた。
本の出版日もそれぐらいだ。オレが生れ落ちてから今まで、バラガミについては聞いたことがない。
この本も、一時の夢や都市伝説を記録したものになるのだろうか……?

乙海
「ふぅ」

オレは、ため息をついてぱたりと本を閉じた。
……人魚。それもまた伝説の存在だと言うが、オレは確かに見た。

では、バラガミも存在するのか?
……存在したとして、人魚の肉とやらを食べたのか?

オレはその理由が気にはなったが……
そのバラガミの存在自体が確かかどうかがわからないから、その思考が結論にたどり着くことは、ついになかった。

91 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:04:30.188 ID:e.QjV2JY0
集計班
「おや――貴女は竹内さんの――」

バラガミと人魚について後ろ髪を引かれつつも、本をもとの場所に戻したところで、
スーツを着た青髪の男性――きのこ軍兵士の集計班に話しかけられた。

乙海
「!――どうも」

いきなりのことに、面食らいながらも……オレは挨拶を交わした。
どこから、現れたのか……闇の中に潜んでいたのだろうか。


92 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:12:56.807 ID:e.QjV2JY0
集計班
「こんにちは、乙海さん――お父さんは、お元気ですか?」

乙海
「たぶん――今は、単身赴任でどこかに行っていて、たまに顔を合わせるぐらいですね」

――父と離れ離れなことには、もう慣れた。というより、子供のころからオレは一人に慣れているような人間だった。
だから、少しぶっきらぼうに――大人げない返しをする。
その返答をしてから、もう少し取り繕ってもよかったか……と少し自信を省みた。

集計班
「はぁ、なるほどね――まぁ、家族と離れ離れになりすぎると、そうなることもありますよね」

オレの態度に、集計班は頷いたように見えた。
同情?あるいは嘲笑?その長めの青い髪と青い瞳からは何も読み取れない。
一見、温和そうで……しかし陰を落とした雰囲気が、彼についての内面を理解させないように思える……。


93 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:14:16.575 ID:e.QjV2JY0
集計班
「でも、離れてた家族のことに、思いを馳せるぐらいはしておいたほうがいいですよ――
 人に忘れ去られることは、死にも近いようなものですからね」

感慨深そうに、語る集計班の横顔は――物寂しそうにも見えた。
それが彼の内面かどうかは……確定できないが。

集計班
「それはそうと、どうしてここに?明日は大戦だから、身体を休めたほうがいいのでは?
 ここは、周るだけでも一苦労ですからね」

乙海
「……確かに、予想以上に広いですね
 本をひとつ読んで、今戻したところですが……」

集計班
「ふーむ、確かにここは暇をつぶすのにはぴったりですが――
 やるならば、まとまった休日の日に取るべきですかね」

集計班は辺りを一瞥し……オレに向き直って、諭すようにそう語った。

94 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:20:59.710 ID:e.QjV2JY0
集計班
「なんせ、情報が集積されすぎて、探すのにうんざりしますからね……
 魔術でそういった制御もしようと考えていますが、まだ開発中ですからねぇ」

乙海
「ふむ」

集計班
「なにより、初めての大戦はかなり体力を使うものですからね……」

集計班は、頷きながらそう言った。――そういえば、彼は大戦の総括もしていたはずだ。
そういう立場にあるからこそ、大戦の流れについても広く把握しているのだろう。

乙海
「それも、そうですね――また来ます」

オレは、集計班の言葉に従うことにした。
踵を返し、こつこつと靴の音を響かせながら、図書館を後にするオレ……。

ふと後ろを見ると、集計班はオレが戻した本のあたりを見ていた。
……場所は合っているとは思うが、順番が微妙に違っただろうか。
まぁ、その場合彼が直すと思うが……そんな無責任なことを思いながら、オレは帰路についた……。

95 名前:SNO:2020/08/23(日) 18:21:26.463 ID:e.QjV2JY0
>>80
chapter番号スレ忘れてるのは秘密だよ chapter3です

96 名前:きのこ軍:2020/08/23(日) 18:56:19.905 ID:rLe6kz26o
人魚伝説…気になる。

97 名前:Route:A-4:2020/08/29(土) 22:53:07.849 ID:l7P1gmjU0
Route:A

                 2013/4/6(Sat)
                   月齢:26.3
                    Chapter4

98 名前:Route:A-4 arrangement:2020/08/29(土) 22:57:52.484 ID:l7P1gmjU0
――――――。

翌日の正午過ぎ、オレたちは、大戦が行われる場所……大戦場に居た。
岩山に囲まれた、広大な荒野の中……。トレーニングを行った場所……。
きのこ軍とたけのこ軍は、互いが見えないほどの距離を開けて集合していた。

山本
「諸君らが初めて挑む大戦のルールは階級制だ、オーソドックスなルールだからわかりやすいしとっつきやすいだろう」

――新人教育課程の中で、山本がそんなことを言っていたことを思い出す。

階級制――ランダムに決定される階級バッヂをつける戦いだ。
階級の位が高いほど、普段の運動能力を増強させる――そういう仕掛けを凝らしたルールらしい。
それならば、高い階級ばかりならいいのではないか――という疑問も出てくるが、
それに関しては高すぎる運動能力は制御しづらいという特徴を利用して戦力のバランスを取っているようだ。
だからこそ、階級が低くても十分に戦える……。

オレにとっては、まだふわふわとした概要しか理解できていない概念でもあった。

99 名前:Route:A-4 arrangement:2020/08/29(土) 23:32:12.431 ID:l7P1gmjU0
大戦場に敷かれた広大な魔法陣は、大戦を制御するために使われているという……。
階級による、運動性能の変化も、その一端――そんな都合のいい世界を生み出す魔方陣は、誰が作り出したのだろう。

兵士
「ほい、階級だ――」

そんな疑問を思っているうち、オレの手にバッヂが手渡された。
まぁ、その魔法陣の想像主など、オレには、関係ないだろう。

受け取った階級は軍曹¶だった。
新人には、少し過ぎたものかもしれないが……まぁ、いいだろう。

B`Z
「新人はん、これが初めての戦いや――もちろん緊張もあるかもしれんが、しすぎなくてもええ」

B`Zは、その場の全員にエールを送っていた。
それは参謀というよりは、軍のリーダーのようにも見えたが……その力強い言葉に、不安は和らいでいた。

¢
「僕もたくさん戦ったが、戦いは日々変わるものだ、この大戦で状況判断力をつけてほしいよ」

¢――オレほどの高い身長と、整った顔をした黒髪の兵士は、後ろ手を組みながらそう言った。
その腰には二丁拳銃。あれが彼の得物というわけか……。

100 名前:Route:A-4 arrangement:2020/08/29(土) 23:33:23.654 ID:l7P1gmjU0
――大戦が始まるまで、まだ時間はある。
ふとオレは岩山の頂上を見上げた……そこには、大戦観測所があった。
そこでは、集計班あるいはその他の兵士が、観測機器を用いて戦況を確認し、両軍の戦力を計算するのだという。

昔は、魔術を利用しながら手作業で測定していたと聞く――想像するだけでその面倒さでうんざりしそうだ。
大戦を円滑にするための技術の発展もまた、大戦によって得られたものなのだろうか。

そんなことを思いながら、時計を見た。時刻は12:50――。

乙海
(もうすぐか)

そう思っていると……。

集計班
「お待たせしました、ただいまより第162次きのこたけのこ大戦の準備が完了いたしました
 それにつき、定刻通り13:00から大戦を開始します……」

集計班の声が、大戦場全域に広がった。マイクにはつきもののノイズはなく、鮮明な声色があたりに響く。
進んだ技術の結晶?あるいは魔術?ともかく、オレは今までに見たことのない世界を実感していた。

そうこうするうち、時計は時刻13:00を指し示した。

101 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:36:07.874 ID:l7P1gmjU0
集計班
「ファイエルッ!」

集計班の指示とともに、戦いの火蓋が切って落とされた。

きのこ軍兵士
「いくぞーーッ!」

同時に、前線で銃を構えた味方が、銃の引き金を引き、ダダダーーッという銃声と硝煙をまき散らした。

オレは、ライフルを構えながら後方支援の役割を担っていた。
――射撃が得意なことは大会にも出たことから周知の事実だからだ。

¢
「さすが上位入賞しただけある、センスがあるよ
 初めての大戦では、新人だが狙撃手をやってみないか?」

――トレーニングの中、ライフルのテスト射撃をしていたオレに向けて、¢は拍手をしていたことを思い出した。
その後、¢はきのこ軍のエースと呼ばれる兵士――俊敏な機敏力と、腰に提げた二丁拳銃の扱いに秀でており、
接近戦でもナイフを利用した立ち回りができるファイターだとB`Zから聞いた。

オレのやっていた射撃競技も、遠くの的を狙うという意味では共通点は大いにあった。
だから、得意分野を活かせるという意味ではオレにとっても渡りに船であり、¢の提案に快く了承することになった。


102 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:36:59.840 ID:l7P1gmjU0
きのこ軍兵士
「ヨシッ!撃破だ!」

たけのこ軍兵士
「ぐわっ!」

銃声に、金属――おそらくは刃物の刃――がぶつかりあう音と、かすかな断末魔。
しかし、大戦で死亡することはない。
広大な魔方陣の中に刻み込まれた魔術には、致死的あるいは再起不能になるダメージを受ける瞬間に、
バーボン墓場――岩山の麓に作られた広場に転送される仕組みとなっている。

転送された兵士は、そこで大戦の成り行きを見守ることになるということらしい――。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍92%、たけのこ軍88%です」

B`Z
「優勢のようやな」

狙撃手の待機場所で、司令官として座るB`Zが、頷きながら言った。
同時に大戦場の地図や本日の気候データの書類を見比べながら、次の一手を考える仕草を取っていた。

B`Z
「だが、戦いは何が起こるかわからん――狙撃手は、手を抜かずに射程内に敵が入ったら撃つように」

きのこ軍兵士たち
「了解!」

その言葉には、何度も大戦に参加したという重みもあり、説得力を増していた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

103 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:38:16.084 ID:l7P1gmjU0
乙海
「たけのこ軍か……」

走っている人影――新緑色の軍服を着たたけのこ軍の兵士をオレは見ていた。
オレはゆっくりと引き金に指をかけ――敵の動きを予測しながら弾を発射した。

たけのこ軍兵士
「がはっ!」

命中。走る軌道を予測して視ることができた。この調子なら、なんとかなりそうだ。
これが、軍曹¶という階級に紐づけられた身体能力の強化か?そう思っていると……。

集計班
「たけのこ軍に軍神君臨!」

慌てたような、集計班の声とともに――あたりはどよめいた。


104 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:39:12.382 ID:l7P1gmjU0
B`Z
「なに、軍神やて――
 全隊に告ぐ、軍神とサシではやりあうな――基本はほかの兵士を狩りながら、射程外で足止めするんや」

B`Zも、少し驚愕しながらもすぐに命令を無線機を通じて伝える。
迅速な対応――これが、参謀と呼ばれる所以なのだろうか。

軍神――それは階級制の最高級の階級。しかし、最初のバッヂ配布には存在しない。
ランダムで決まる一定のタイミングで、敵を多数撃破したものがなることのできる階級。
スポーツ大会では、凡人だろうと世界一を狙えるぐらいに身体能力が上がるという。

乙海
「たけのこ軍が……ひとり、ふたり……」

どよめきの中、オレは変わらずスコープで敵の様子を見ていた。
敵は、オレから身を隠すように岩陰に入り、魔術の詠唱をしながら様子を伺っていた。
様子を伺う周期は一定のリズムだ。相手の行動は予測できそうだ。

105 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:40:58.640 ID:l7P1gmjU0
ちらりと、たけのこ軍兵士が動こうとする一瞬――。
このタイミングなら射貫けると――オレは再び引き金を引いた。

たけのこ軍兵士
「がっ!」

たけのこ軍兵士
「ぐふっ!」

近くに居た兵士を巻き込んで撃破――偶然にも、大量に撃破する形となった。

乙海
「うん……?」

ふと、オレの周りにきらきらと輝く光が見えた。その発生源に目をやる。
そこには……オレの軍服に留められた軍曹¶のバッヂがきらきらと輝き始めていた。

集計班
「き、きのこ軍にも、軍神君臨!」

同時に――驚愕したような集計班のアナウンスが響いた。


106 名前:SNO:2020/08/29(土) 23:41:40.968 ID:l7P1gmjU0
大戦開始の合図が会議所に誤爆してた内容と同じなのは秘密でもなんでもない

107 名前:きのこ軍:2020/08/29(土) 23:44:40.451 ID:DPnacW0so
まじかよ覚えてないのは秘密だよ

108 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:06:23.062 ID:wyQ1jM4A0
乙海
「B`Zさん、どうすればいいですか」

――さすがに、この事態は予想だにしていなかった。
すぐにオレはB`Zの知恵を借りることにした。
まさかこんなイレギュラーな事態が起きるとは――オレは、極度にパワーアップした肉体を的確に操れるだろうか。

B`Z
「今のお前さんの戦い方から、ここで狙撃を続けるんや
 なに――初陣で軍曹¶の身体能力を活かした狙撃をしたんや、いけるで
 ワシらも精いっぱいサポートするから、全力を尽くすんや」

B`Zは、親指を立ててオレに頷いた。

乙海
「了解」

オレはその行動に、背中を押され――言葉に従うことにした。
B`Zの言葉には頼りがいがあった。やはり大戦を長く続けているだけのことはある。

乙海
「よし」

息を大きく吐いて、オレはスコープを覗いた。狙うはオレの敵――たけのこ軍。
スコープ越しに居るたけのこ軍兵士は、彼らにとっての敵―きのこ軍にも軍神が発生したことの焦りが見えた。

109 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:10:34.695 ID:wyQ1jM4A0
乙海
(見える……これなら、なんとかなるだろうか)

まるで、目の前の動きがスローになったようだ。これなら相手の行動も予測することも容易だろう。
さらに、弾丸の起動もどことなく予想が付く。それどころか、風の吹き方までも予測できるような気がする。

引き金を引いては、すぐさま次の標的にスコープを向ける――。次々と撃ち抜かれる兵士たち……。
軽やかに動く身体が、一気に敵の10%以上の兵力を削ったのだ――。

乙海
「っ」

くらりと、身体がふらつく。
がしりと、地面に膝をつきながら、息を整える――突然の身体能力の向上に、オレの身体が困惑しているのだろうか?

が、そのふらつきも一瞬――再び姿勢を直し、敵を撃破するためにオレはスコープを覗いた。
そこでは、たけのこ軍の軍曹¶と大尉‡が、コンビネーションを取ってきのこ軍の兵士を多数撃破していた。


110 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:11:53.203 ID:wyQ1jM4A0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍45%、たけのこ軍68%です」

――オレのふらつきの一瞬のうちに、戦況が一気に変わっていた。

B`Z
「なんやと――今回の戦況は目まぐるしいな……
 しかし乙海、無理はせんでええ――平常心を保て」

参謀の額には露のような汗が浮かんでいる。目まぐるしく変わる戦況に、参謀と言われる彼でも焦りを覚えているらしい。
れでも、オレへの言葉は的確なものだった。

¢
「参謀!敵が予想以上のコンビネーションを取って味方をなぎ倒している!」

B`Z
「いかん、一旦退却や――そのついでに、軍神Å率いる狙撃隊の射程距離におびき寄せろ」

¢
「了解!皆、敵から距離を取り退却だッ」

オレは、通信機の向こうで叫ぶ¢の声を聴きながら、再びスコープを覗く。
――そこには、きのこ軍の軍曹¶が、敵をなぎ倒す姿が見えた。


111 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:14:38.130 ID:wyQ1jM4A0
きのこ軍兵士 軍曹¶
「よしッ!まだいけるッ!」

軍曹¶から曹長†に昇給し、彼はガッツポーズをとっていた。
しかし――そのスキを狙っているたけのこ軍の兵士がいた!

隣の狙撃手が、引き金を引いて、迫る敵を足止めしていた。

乙海
「………」

オレも、隣の狙撃手が狙う標的の向こうをスコープで見た。
曹長†になったきのこ軍の兵士を撃破しようとしているメイジの集団。おまけに、すでに何らかの魔術を詠唱中だ。

だが――その足取りは見えていた。
弾丸をライフルに込め、引き金を素早く引き、敵の一帯目がけて弾丸を飛ばした。

たけのこ軍兵士
「う、うわっ!魔法が!」

狙いを定めるオレの頭には、ひとつの光景が見えていた。
それは、相手の自爆を誘発するものだった。

詠唱中のメイジの相手の足元を狙い、さらに詠唱中の魔力の塊すれすれに射撃。
慌てた敵軍のメイジが、ふらついた瞬間に魔力を誤爆し、さらにその誤爆は隣に隣に、連鎖的に広がる……。

それはまるで台風が過ぎ去ったような光景でもあった。
なかば予想通りではあったが、思ったよりも多く、恐らくは30%を越える兵力を削っていた……。

112 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:19:25.753 ID:wyQ1jM4A0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍19%、たけのこ軍26%です」

――それでも、優位がひっくり返らない。

¢
「参謀、こっちの舞台では罠が――うおおおっ!」

¢の断末魔が、通信機越しに響いた。
後には重火器や魔術の弾ける音と、兵士たちの喧騒だけが響いていた。

B`Z
「おい¢?おいッ!」

――参謀の必死の呼びかけにも答えない。つまりは……エースと呼ばれる¢もやられたのか?

黒砂糖
「――大変なことになっているな」

その時、きのこ軍の黒砂糖――紛争で、たった一人で敵軍の96%を壊滅させたという――通称【鉄人】が、
気配もなく、後ろに立っていた。


113 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:23:20.764 ID:wyQ1jM4A0
黒砂糖
「おそらくは軍神Åのきみが――48%以上の兵力を一気に削ったみたいだが
 兵士ひとりだけ居ても、敵が数で押してくると面倒だからな
 私も援護に来た」

――黒砂糖は、メイジでありながら優れたファイターでもあった。剣術を得意とする、ファイター寄りのメイジ。
しかし、黒砂糖の十八番はやはり魔術。詠唱なく漆黒の雷撃を連発し、敵を牽制あるいは撃破することができると、¢が語っていたのを思い出した。

B`Z
「黒ちゃん、来てくれたか
 お前の部隊も壊滅したんか?」

黒砂糖
「ああ――791さんが暴れてたからね――私はうまく退却できたが」

こんな状況でも、軽口を叩きながらすでに魔術の詠唱を始めていた。

黒砂糖
「軍神Å、お前の狙った魔術の誤爆は私や791さんレベルには通用しないぞ
 たとえ攻撃を受けても、魔力がその場に停留するようになっているからな」

乙海
「なるほど、危ないところでした」

黒砂糖
「ふぅ……これもまた、新人へのアドバイスといったところかな」

黒砂糖に返答しながら、内心オレは安堵していた。
メイジであれば誰であろうと、その作戦を取るつもりでいたからだ。
調子よく敵軍の兵力は削ったものの、オレがまだ新人であることを改めて思い知ることとなった。

114 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:24:45.717 ID:wyQ1jM4A0
再び、敵への攻撃を加えようとしたその瞬間――。
スコープ越しに、たけのこ軍の大尉‡と大佐▽が、再びコンビネーションを取り味方を撃破していた。

乙海
「なにっ」

黒砂糖
「チッ、あの波状攻撃のせいで、近くの味方は戦意喪失しながら逃げる最悪のパターンになっているな」

オレは、引き金を引き――黒砂糖は、雷撃の魔術を同時に飛ばした。
周りの兵士たちも、各々の攻撃でたけのこ軍を攻撃しようとした。
だが、それが敵軍を撃破するよりも先に――。

集計班
「きのこ軍の兵力が0%となったので、終戦となります――たけのこ軍の残兵力は25%でした――」

集計班のアナウンスが聞こえ、同時にオレたちの攻撃は掻き消えた。


115 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:28:18.091 ID:wyQ1jM4A0
B`Z
「くっ、いいところまで行けてたが――今回も負けたかっ」

きのこ軍兵士
「くそーっ、来週は勝つぞ!」

きのこ軍
「うぅうう……」

兵士たちは、悔しそうにその場に立っていた。

黒砂糖
「――まぁ、いくら強者が一人居てもダメなことはこれでわかったな」

黒砂糖は、ため息一つつきながら、静観したように語ると、オレの肩を叩いた。

乙海
「はい」

オレは――敗北したにも関わらず、なぜか納得したように答えを返した。
オレには、不思議と悔しい感情を覚えなかった。
周りの兵士たちは皆悔しさに震えたり、憤怒している者もいるというのに――。

B`Z
「しかし、初めての兵士もみんな頑張っていたんや、今回の失敗を次回に改善すればええんやで」

何度も大戦を経験したであるうB`Zは、悔しそうに唇を噛みながら――兵士たちを励ましている。
流石は参謀と呼ばれることだけはある。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

116 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:47:38.131 ID:wyQ1jM4A0
大戦を終えた後は、敗北した軍が大戦場の清掃を行う手筈になっていた。
散らばった銃弾や草の切れ端など、戦いの痕跡を片付け、会議所に戻ると、中庭一帯にバーベキューセットが組まれていた。

山本
「今回は我がたけのこ軍の勝利だが、きのこ軍の粘りも感服した――
 それはともかく、大戦終了後の後夜祭のようなものだ、精いっぱい楽しんでくれ!」

山本が、その中心でマイク越しに大きな声で宣言していた。
少し、その声量に鼓膜がキンキンするが。

【大戦】は、準備から後始末、そしてこの後夜祭を含めた一大イベントなのだと、新人教育課程で聞いた。
【大戦】が徹底してイベントとしてのスタンスをとっていることに、オレは感心していた……。

117 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:49:26.648 ID:wyQ1jM4A0
きのこ軍兵士
「お前、やるなぁ!」

たけのこ軍兵士
「お前の戦い方だって、震えたぜ」

B`Z
「よし、じゃんじゃん焼くで――肉追加や!」

791
「いよっ、参謀――おかわりちょうだいね」

筍魂
「戦闘術魂なら、さらに手際よくできるぞ」

791
「うるさいなぁ――魂さん」

軍派関係なく、和気藹々と対話する兵士たち。じゅうじゅうと焼ける肉の音が、それを彩っていた。


118 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:49:55.514 ID:wyQ1jM4A0
きのこ軍兵士
「乙海――お前すごいな!」

きのこ軍兵士
「強い女兵士――魔王791の再来みたいだな」

女兵士
「かっこいいわねーっ」

乙海
「はぁ……どうも……」

オレは――兵士に声をかけられても、適当に返答し、なんとなく、飲み物を飲みながら、適当に肉と野菜をつまむだけだった。
……どうも、オレは対等に話しかけてくれる存在がいない。自分から歩めば変わるかもしれないが――
かつての経験から、どうしても相手が委縮してしまうビジョンが見え、ついつい避けようとしてしまう――。
そうなるのは背丈といった身体的特徴か、あるいは、オレの性格といった精神的特徴のため――その両方かもしれない。


119 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:51:08.431 ID:wyQ1jM4A0
オレは飲み物に口をつけてみた。大戦で疲弊し乾いた喉を潤す感覚は、少々の爽快感を覚えるが……
その場の空気は、オレにとってはあまり好みではなかった。

乙海
(ふぅ……隅の方で様子でも見ておくか)

オレは、こっそりと中庭の隅へ移動した。
辺りの空気感に、どうしてもなじむことができない。
オレは、距離感を覚えながら、和気藹々した後夜祭の風景を眺めていた。

120 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 22:54:39.897 ID:wyQ1jM4A0
¢
「乙海――お疲れ」

乙海
「――どうも」

ひとりで佇むオレに、¢が話しかけてきた。

¢
「きみは、誰かと食べないのか?」

乙海
「あいにくですが、一人の方が落ち着くので」

心配するような¢に、オレは正直な感情を伝えた。

121 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 22:56:00.368 ID:wyQ1jM4A0
¢
「ふーん、僕と同じだな……
 エース級の活躍をしても、どこか冷めた目線でいるところが――そして、孤独を好むところが
 まぁ今回、たけのこ軍の罠に引っかかってやられた兵士が言うセリフではないかもしれないけどね」

エースと呼ばれている¢――その端正な顔立ちと立ち振る舞いからは意外な答えだった。
……ある意味、似た者同士、ということなのだろうか?

乙海
「そうなんですか」

¢
「――その人物をただ見ることは、仮面を見ているだけにすぎないんだ」

オレの考えていることを悟ったのか、¢はゆっくりと答え始めた。


122 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 22:58:51.874 ID:wyQ1jM4A0
¢
「――人は、みんな仮面をかぶっているんだ
 僕も、エースという仮面をかぶって、優秀な人間として見られているが――
 その中身――性格はこういうものだぞ?
 まぁ、参謀や集計さんといった古くからの面子は知ってるけどね」

乙海
「確かに、そうですね……」

¢は、感慨深そうにオレに語った。
たしかに、彼の語った内容は、オレと共感できる点もあった。

彼からそのことを聞かなければ、エースという肩書だけで別の想像をしていたかもしれない。
¢
「だから、きみも――物事の外面だけではなく内面を見ながら行くといいん
 醜いものは案外近くにあるかもしれないし――おっと」

そこまで言って、¢は話すのをやめた。

¢
「これ以上は面倒事になりそうだから、ぼくはあっちに行くよ――」

気が付くと、オレは女性兵士たちからじーっと見られていた。
その表情は、どこか不満げで――¢が立ち去ると、その後を追従してる……。


123 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 23:00:03.248 ID:wyQ1jM4A0
……ああ、そうか。
彼女たちは、¢目当ての兵士ということか――。
端正な顔立ちのエースという仮面に、惹かれているのだろうか?

オレは――どうなのだろうか?
彼の特徴を脳で分析しても、魅力的とは思わない。
考え方に共感できることはあるが、それもオレと同じ考えを持つ存在がいることを知っただけにすぎなかった。

……そういえば、オレは誰かを魅力的に思ったことはあるのだろうか。
――異性で、何か思い当たるか考えてみる。

しかし、何一つとして、思い浮かばない。
オレが通っていた学校は、男女両方ともいたはずだが――。


124 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 23:02:44.855 ID:wyQ1jM4A0
――ふと、頭によぎる光景があった。
それは、幼い日の思い出。夢の中で見る光景。オレにとっては確かな事実である景色。

夕日の海をバックに、砂浜できれいな字を書いた人魚。
彼女の魅力に、オレはずっととらわれているのかもしれない。だから――魅力を覚える人物がいないのだろうか。

――まぁ、それよりも……次の大戦だ。
今回は、身体能力が非常に強化されたから――次回こそ手堅く戦ってみたいという気分もある。

オレは、ぐっと手を握ったり開いたりしながら、後夜祭で兵士たちが楽しげにする様子を遠くで見ていた。

加古川
「娘が待ってるから、今日はこの辺で――」

抹茶
「僕も見たい番組があるのでこれで――」

やがて、兵士の一部が帰り始め……オレも、それに合わせて帰宅することにした。

帰路につくオレの中では……¢の語った、外面と内面の差異についての話題が、かすかに残っていた。


125 名前:SNO:2020/08/30(日) 23:03:05.481 ID:wyQ1jM4A0
大戦は実際の内容と同じ

126 名前:きのこ軍:2020/08/30(日) 23:33:59.747 ID:AIXgRpAoo
た、大戦で青春をしている!?
終わった後にみんなでBBQするってのはらしさが出てますね〜感心

127 名前:たけのこ軍:2020/09/01(火) 22:11:52.593 ID:0c4Ev95Q0
>>97の月齢は25.7のミスなのは秘密だよ

128 名前:たけのこ軍:2020/09/01(火) 22:14:24.861 ID:0c4Ev95Q0
>>127
25.3だった

129 名前:Route:A-5:2020/09/01(火) 22:14:44.887 ID:0c4Ev95Q0
Route:A

                 2013/4/7(Sun)
                   月齢:26.3
                    Chapter5

130 名前:Route:A-5:2020/09/01(火) 22:16:12.394 ID:0c4Ev95Q0
――――――。

オレは、夢を見ていた……。

それは、幼い日の思い出。
砂浜で出会った少女との、たった一日限りの――それでいて、決して忘れることのない思い出。

おとめ
「――きみは?」

???
「………」

オレが海岸を散策していたとき、着物を着た少女が呆然と座り込んでいたのを見つけた。
年齢は恐らくオレと同じか、少し上といったところか……オレは、心配になって彼女に話しかけた。

131 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:17:52.324 ID:0c4Ev95Q0
少女の目には涙が浮かんでおり、無言で自分の足を指さした。
そこには、赤い血が滲み、だらだらと傷口から当てれ出ていた。
見るからに痛々しく……オレの心も、ちくちくと痛んだことを今でも覚えている。

おとめ
「けがをしているのか――人を呼んでこようか?」

???
「………」

ふるふると、首を横に振る少女――その身体も同じようにぶるぶると震えていた。

おとめ
「………じゃあ、オレが応急手当するよ」

――子供のころから、オレは孤独を好んでいた。
そして父も、そんなオレのスタンスに異を唱えるわけでもなく……
ケガしても一人でなんとかできるようにと――応急手当の仕方を学び、簡単な道具を持ち歩くように言い聞かされていた。


132 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:25:09.718 ID:0c4Ev95Q0
おとめ
「ちょっと、待ってて――」

オレは、すぐに近くの自販機で水を数本買い、傷口を洗い流した。

???
「……!」

そして、ハンカチを傷口に当て――止血する。

おとめ
「痛いかもしれないけれど――」

心配しながら手当てをするオレに対して、少女の顔は――どこかほっとしていた。
オレはその表情がずっと忘れらなかった……心に、深く深く、楔を打ち付けたかのように刻まれていた。

乙海
「はっ――」


……そこで、オレが目覚めた。

133 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:27:31.919 ID:0c4Ev95Q0
翌日……日曜日は、完全な休養日となっていた。
大戦で疲れた心身を癒す――そういう目的があるそうだ。
まれに、土曜日に大戦ができなかった時の代替日になる時もあると聞いたが……。

オレは――翌朝、初めての大戦のために疲労でぐったりとした身体を何とかベッドから起こしていた。

乙海
「っ……ぐぐぐっ」

バキバキに凝った肩を、どうにかぐるぐると回す。
しばらく、そうやっているうちに……ようやく、立ち上がることができた。

乙海
「ふぅ……どうするかな――」

背伸びをしながら、オレは、会議所にでも行こうかとも思ったが、どうせこれから何度も行く場所に、あえて行く必要はあるのだろうか……とも思っていた。
どうせどこかに行くのなら、普段行かない場所のほうが有意義ではないか?

乙海
「……」

オレは、しばらく考え込んでみることにした。


134 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:29:40.146 ID:0c4Ev95Q0
――しかし、それも思いつかなかった。
オレの住むきのこ軍居住区は、一つの大都市ともいえるが……。
子供のころ、父とオレがたまの外出をするとき、主要なところはあらかた巡り、行かない場所というものがぱっと浮かばなかったのだ……。

乙海
「…………」

結局、オレは、【会議所】の施設の開放時間を見ていた。
本部棟の散策は可能。事務棟は休日は閉まっている――wiki図書館は時短になるが解放されている――。

乙海
「――まぁ、いいか」

結局、オレは会議所へ行くことに決めた。――選択肢が、それしか思いつかなかったからだ。

軍神の影響か――後夜祭では気が付かなかった疲れは、細波のように、わずかに残っていたが……
オレは、外に足を向けた。

135 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:31:11.669 ID:0c4Ev95Q0
会議所にたどり着いたオレは、人の少なさにどこかほっとしていた。

大戦当日はこれでもかと密集していたのに、休日ではまばらに居るだけ。
――ゆっくり、落ち着ける場所に居るのかもいいかもしれない。

そう思って、自分好みの場所がないか――それを探すことにした。

そう思って、歩き始めたが――本部棟は、広い。本当に――広い。
新人教育課程の時には、人でごっ返していたから、意識しなかったが……。
改めて見るその廊下は雄大で、まるで無限に続くかのようだった。

……様々な研究室まで、存在している。
オレに縁はあるのだろうか――学業は、それなりにできた方だが、
ここまでの専門知識を突き詰める人間――その器はないような気がすると直感がそう言っていた。

136 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:36:36.567 ID:0c4Ev95Q0
そんなことを思いながら、研究室の近くの張り紙を見る。

【トニトルス・フェラム】研究所会議所支部――。

――確か、義肢などを開発している会社だったか。
大企業のルミナス・マネイジメントと提携したというニュースも、昔聞いたことがあった。

そんな思考に耽っていると、突然声をかけられた。

???
「――貴女は、つい先日の大戦の新人ですね」

乙海
「!」

そこには、メイド服を着た、左はブラック、右はホワイトに分かれた色をしたショート・ヘアーの女性が居た。
耳の形状から、恐らくはエルフなのだろうか……?
その背中には髪色と同じく、左はブラック、右はホワイトの翼……これは衣装なのだろうか、あるいは本物なのだろうか。


137 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:40:59.048 ID:0c4Ev95Q0
ブラック
「驚かせてしまったようですね――私(わたくし)はトニトルス・フェラムの社長秘書のブラックと申します」

――ブラックと名乗った女性は、ぺこりと、綺麗な姿勢の礼をした。

その顔には右目を縦に走る傷痕があった。頬にも横薙ぎの傷痕……。
その右目はずっと瞑っていて、オレは、知らずのうちに彼女をじっと見ていた。

ブラック
「おや……この眼が気になる――まぁ、それも当然ですね
 私の右眼は見えませんから……それももう、とても昔の話です」

オレの疑問を解消するためか、あるいは予想したのか――彼女は感慨深げにそう答えた。

乙海
「すみません」

オレは、居心地の悪さを覚えて謝意を伝えた。

ブラック
「気にしなくても大丈夫です……私は奇異の目で見られることはもう慣れていますから」

あっさりと答える彼女の言葉からは、オレと同じ視線で何度も見られたのだ――という事実の重みがあった。

138 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:44:02.619 ID:0c4Ev95Q0
ブラック
「同時に、たけのこ軍所属の兵士であり、女性兵士の相談役でもあります
 ――とはいえ、現在は、相談役は791さんがメインでやってもらってますけれど」

乙海
「なるほど、よろしくお願いします」

ブラック
「相談なら聞きますよ――解決まで至れるかは分からないですが」

とても丁寧で……それでいて、どこか儚さと淡々との混ざった声色は、不思議な印象をオレに与えた。

ブラック
「トップはともかくとして……この会社の義肢技術は、なかなか素晴らしいですよ」

ブラックは、そう言うと左手をオレに差し出した。
握手だろうか?
オレは腕を差し出し、手を握ると――中指あたりから鋼の重さを感じた。

乙海
「……!
 貴女も、そうなんですね」

ブラック
「そう――見た目ではわからないようになっていますが、身体能力も上がり、武器としても使うことができる
 ――わざわざ肉体を捨ててまで強化する必要性はないと思いますけれど」

義肢に初めて触れ、驚きの感情を覚えるオレに対し、
ブラックは相変わらず淡々と語っていたが……どことなく、その義肢に対しての高い信頼を思わせる答えを返した。


139 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:46:39.054 ID:0c4Ev95Q0
乙海
「どういった機能があるんですか」

ブラック
「――全部は、話しません
 しかし、機能の一つとしては魔力を利用した兵装があるということだけはお伝えしましょう」

乙海
「!」

魔術を用いた兵装……。
そういえば、親父から聞いたことがあった。弾丸を丸ごと魔力だけに置換した兵装があることを……。
それを義肢に組み込むことで、手足を操るようにその兵装を操ることができる……というわけか。

ブラック
「まぁ、私の義指に兵装は無いですが」

ブラックの淡々としたしゃべり方からは、その機能性の応用性まではわからない――。
その声色からは先の見えない闇のような感覚がある。
彼女の名前のブラックは、そういったところにも由来しているのだろうか?

140 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:49:15.347 ID:0c4Ev95Q0
乙海
「魔術の兵装と、ライフル射撃との違いは」

そんな中でも、なんとかオレは冷静に訊く。

ブラック
「兵装の方は、魔力そのものですから、火薬やらなにやらを用意する必要がなく…メイジの魔力が尽きない限りはいつまでも使えるという利点があります
 とはいえ、弾丸を入れ替える銃は戦闘のテンポを鋭敏に鍛えさせますから――
 兵装は大戦で重要な、戦闘の感覚を失うリスクがあります……
 とはいえ、結局、扱う者しだいといったところでしょう」

乙海
「……」

オレは、固唾を飲みながらブラックの答えを聞いていた。……なにせ、今まで出会ったことのない概念だからだ。
射撃競技に身を尽くしたオレに興味のある話題だからか?あるいは、未知の技術を学びたいという好奇心なのだろうか?

ブラック
「――女性で、この機能を真剣に聞いてくれそうな人は珍しいですね」

――答えの出ない理由は兎も角、オレの姿勢はブラックとしては満足だったらしい。
ブラックは、ここまで鉄仮面を貫いていたが――話し終えて、少し微笑んだような気がした。


141 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:53:38.245 ID:0c4Ev95Q0
ブラック
「それはそうと、孤独になそうな場所なら――会議所の城下近くの海岸が穴場です」

乙海
「!」

ブラック
「貴女は、私と似ています――
 孤独を好んでいそうなところが――とても、とても――
 だから、こっそりと教えてあげます」

乙海
「ありがとうございます」

――ブラックは、二色の翼を揺らせながら研究室の中に消えていった。
結局、翼には言及されなかった。
オレの興味のある内容とは真逆の話題のために、質問をするタイミングがなかったのもあるが、
どことなく立ち入りづらい話題でもあった。彼女のふさがった右眼のように……。

それにしても……孤独を好む存在に二人もオレは出会った。
¢と、ブラック……。

会議所は、オレにとってある意味ぴったりの場所なのかもしれない。
世界各国から人が集まるから、オレと同じ価値観を持つ存在とも会える可能性が高くなる――。
そういった考えは、今この時間にしてようやくたどり着くことになったが……。

オレは、ブラックの言葉通り、海岸を散策してみよう――。
こつこつと響く足音が、海岸へと舵を切った。

142 名前:SNO:2020/09/01(火) 22:54:09.470 ID:0c4Ev95Q0
隻眼の翼を持つメイド枠……一体誰なんだ……

143 名前:きのこ軍:2020/09/01(火) 23:04:44.319 ID:yA7Sawfgo
お姉さんの登場いいぞ

144 名前:Route:A-5 ripple:2020/09/04(金) 23:36:32.825 ID:35rxNv.Y0
海岸は――シーズンオフだからか、人の気配はなかった。
細波の音が聞こえ、潮の香りが鼻をくすぐる。

乙海
「静かだ――」

――そこは、オレにとって理想的な場所だった。
夏は例外かもしれないが……足元の砂を手ですくってみる。

さらさらとした砂がオレの手の中でこぼれ、地面に散らばっていく。

……そうしていると、オレはある一つの事実に気が付いた。

乙海
「ここは――あの女の子と会った――」

――夢の中で見る光景。人魚の少女との出会いはこの場所だったのだ。

145 名前:Route:A-5 ripple:2020/09/04(金) 23:38:48.569 ID:35rxNv.Y0
どうしてここなのか――それは、親父の仕事に付いていったからだ。


「しばらくの間、この海岸で遊んでいてくれ――」

とはいえ、オレの存在は仕事には不必要。
その間、オレは一人で海岸で佇んでいた。
オレは親父の言葉に従い、定刻までそこに居た。

……あの日見たときは、世界すべてのように思える広さだった海岸。
今見れば、なんの変哲もない海岸。これも――成長による視野の違いなのだろうか?

――確か、このあたりに……。
自販機は、変わらず佇んでいた。中のメニューは多少入れ替わっているが、あの時買ったものと同じ銘柄の水は残っていた。


146 名前:Route:A-5 ripple:2020/09/04(金) 23:40:27.001 ID:35rxNv.Y0
乙海
「ふむ」

なんとなく、小銭を入れてスイッチを押す……ガコンという音とともに、水が取り出し口に落ちてくる。

オレは、その中身を飲むわけでもなく、ただ砂浜に落とした。

乙海
「……」

どぼどぼと落ちる水――砂を湿らせ、粘度を上げ、そのしぶきはオレを濡らす。

乙海
「………」

この行為に――意味はない。あの人魚が出てくるわけでもない。
それでも、どこか憧憬を覚え――気が付くと、のどの渇きを覚えた。

乙海
「んっ、んっ――ぷはぁ」

やがて、オレは残った水を一気に飲み干した。
空になったペットボトルを、自販機のごみ箱に捨て――オレは再び、水で濡らした砂を見つめた。


147 名前:Route:A-5 ripple:2020/09/04(金) 23:40:41.082 ID:35rxNv.Y0
乙海
「――」

茶色く湿った砂は、何も語り掛けない。ただ物質としてそこにあるだけだ。
――そういえば、あの人魚も……言葉を話すことはできなかった。

……人魚。wiki図書館で見たバラガミの伝記を思い返す。
人魚の肉。不老不死の妙薬。それを食べたと噂されるバラガミ……。

本の内容を思い返しながら顔を上げると、いつの間にか海は夕焼けに染まっていた。
夢の中で見たのと同じような景色――そこに人魚はいないが。

……ふと、誰かの気配を感じた。
オレはその方向へと向かう……すると、黒砂糖が夕陽を眺めながら小さなキャンバスに絵を描いていた……。

148 名前:Route:A-5 animus:2020/09/04(金) 23:53:04.142 ID:35rxNv.Y0
黒砂糖
「おや、前回の軍神さん――名前は何だったかな」

黒砂糖は気配を察したのか、オレの方を向いて尋ねた。
翡翠色の瞳に紺碧色の髪。その細身な身体を、オレよりも背は少し低く……鉄人という単語には似つかない姿。
身に纏った神父装束は戦闘とは無縁な雰囲気があった。

その長い耳は、エルフという種族の特徴だ――と誰かから聞いたことがある。
つまりは黒砂糖もエルフなのだろうと、オレは判断した……。

乙海
「どうも……竹内乙海です」

軽く会釈をすると、黒砂糖は再びキャンパスに向き直り絵描きを再開した。
神父装束を着こんだ黒砂糖の表情は、向こうを向いているから見えないが……おそらくは絵に集中した真剣な表情をしているのだろう。


149 名前:Route:A-5 animus:2020/09/04(金) 23:56:34.817 ID:35rxNv.Y0
黒砂糖
「そうだ、乙海だったか……」

乙海
「黒砂糖さんも、人気がいないところを選んでここに?」

黒砂糖
「そう……
 それに海には複雑な想いがあるから……私はたまにここに来て絵を描くことにしている」

オレはキャンパスをちらと覗き見た……その小さな世界の中では、オレの見ているのと同じ海が広がっていた。
波しぶきを、空を、雲を正確に再現している……オレは思わず小さく唸った。

乙海
「凄い……」

黒砂糖
「私は、絵を描くのは趣味だ……
 それで、描き続けているうちにいつしかこうなった」

戦闘に関するものではないものの、確かに技術を突き詰めていることは確実だ。
それがどのような技術であれ、尊敬できるものだった……。


150 名前:Route:A-5 animus:2020/09/05(土) 00:01:00.594 ID:RLhGsxlc0
――そういえば、黒砂糖は鉄人と呼ばれているらしいが……そのルーツはどこからなのだろうか。
絵に関しては、趣味に身を捧げ研鑽した理由だろうが……オレは、好奇心で訊ねていた。

乙海
「一つ質問が――あなたの強さはどうやって身に付いたんですか」

黒砂糖
「率直に訊いたな……
 ――古い知り合いに、武術を修めている者が居て……彼にいろいろと叩き込んでもらった……これが答えだ」

乙海
「なるほど……」

武術の達人。その手の道を究めた者に師事するのは、シンプルな手段の一つでもあった。
親父も射撃技術に長けていたから、それに師事することでオレも得手としている。
全くもって非の打ちどころのない納得いく答えだった。

黒砂糖
「たけのこ軍の筍魂――彼もまた武術の達人だから、彼に頼れば手助けになるかもしれないな」

……黒砂糖は、遠い眼で、海の果てを見つめながらそう呟いた。


151 名前:Route:A-5 animus:2020/09/05(土) 00:01:40.801 ID:RLhGsxlc0
乙海
「………ありがとうございます」

オレは礼を告げる。それにしても……オレはどうして強さに興味があるのだろうか。
それは味方でもある兵士に興味を示したのか……あるいはオレ自身なのか……
答えはまだ、出ることはなかった。

黒砂糖
「――よし、描けた
 時間もいい頃合だし、そろそろ、退散するか」

気が付くと、空は夕暮れに染まっていた。
キャンバスの中には、オレの見るものと同一の景色が出来上がっていた。
その技術に、オレは再度心の中で敬意を表した。

152 名前:Route:A-5 animus:2020/09/05(土) 00:02:41.462 ID:RLhGsxlc0
黒砂糖は、立ち上がり……絵画道具を持って立ち去った。

黒砂糖
「乙海よ、会議所でまた会おう
 あるいは大戦で共闘するかもしれないな」

乙海
「はい」

それだけの短いやり取りを交わし、黒砂糖の背中は遠くなっていった……。

砂浜の景色への名残惜しさを覚えつつも、オレも帰路につくことにした。

後ろで波の音が響いていた。
ざぁざぁ――という細波の音は、オレを呼び止めようとしているようにも聞こえた。

153 名前:SNO:2020/09/05(土) 00:04:22.064 ID:RLhGsxlc0
鉄人はWARSで強い存在感あったので影響されて出てきたよ

154 名前:きのこ軍:2020/09/05(土) 00:18:42.180 ID:mtd6p51.o
鉄人エルフでワロタ

155 名前:Route:A-6:2020/09/06(日) 00:24:33.321 ID:OkrZNOqs0
Route:A

                 2013/4/10(Wed)
                   月齢:29.3
                    Chapter6

156 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 00:32:17.868 ID:OkrZNOqs0
――――――。

翌日から、会議所での日常が始まり……3日が経過した。
――それからの日々は、刺激の少ない、変わり映えのしない毎日だった。

短期(お試し)コースの兵士は、日常……すなわち学業であったり、仕事に戻り――。

中期(定期)コースと、長期(会議所)コースは、会議所での業務が始まった。
オレは後者の立場で――大戦に向けた訓練と、運営作業の日々を送っていた。

運営作業――単語だけ見れば内容が多岐に渡り難解そうだが、そう高度なものではない。
大戦場やバーボン墓場の手入れ……会議所の設備の点検や清掃……
事務作業に、武器の手入れといったように、人員が必要な作業が主だった。


157 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 00:44:46.266 ID:OkrZNOqs0
その作業にも慣れ――オレは昼休みを終えて、何をしようか考えあぐねていると……。

???
「……おや、乙海さん、こんにちは
 お手すきならば、少し手伝ってほしいことがあるのですが」

争いには無縁そうな穏やかな表情を浮かべた、眼鏡をかけた白衣の男性――たけのこ軍の兵士、抹茶がオレに声をかけた。
彼は湯呑を操りながら戦うメイジ――そうB`Zから聞いた。とはいえ――先日の大戦では交戦することがないから、印象は薄い……。

乙海
「別に構いませんが」

抹茶
「それはよかった、研究の手伝いがほしくて――」

――白衣を着て、研究という単語を入れたのだから、抹茶は研究者なのだろうと、オレはひどく短絡的に判断した。


158 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 00:48:51.248 ID:OkrZNOqs0
乙海
「オレに手伝いできることがあるかはわからないですが」

抹茶
「なに、貴女のスキルに関わることですから」

――その日行う作業の割り振りは、割と自由でもある。
それこそ、時間の余裕があるのならば、訓練や読書といった余暇活動をすることも可能なシステムだ。
オレは、特別な予定もなかったので、抹茶の手伝いをすることになった。

研究室は、ガラスでできた実験器具やらなにやらが置いてあり、机の一つは本の山が出来ていた。
床は汚れたマットが敷いてあり、実験机の上は焦げた跡もあった。

抹茶
「ああ、ごちゃごちゃしているのは気にしないでください
 それよりも、手伝ってほしいのはこれについてです」

オレの訝し気な視線を悟ったらしい抹茶は、すぐになにやら変わった銃をオレに見せた。


159 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 00:53:52.424 ID:OkrZNOqs0
抹茶
「僕はメイジなので、銃は門外漢でしてね――
 射撃競技の大会にも出て、つい最近の大戦でも狙撃スキルを活かしていた貴女に見てもらおうと思って」

乙海
「ほかにも――銃の扱いが得意なものはいると思いますが」

オレの頭には、エースと呼ばれるきのこ軍兵士――¢の顔が思い浮かんでいた。

抹茶
「確かに¢さんなど、銃の上手い知り合いもいますが
 新人というフレッシュな立場での感想を知りたいんですよ」

――オレの疑問を予期していたかのように、抹茶からは淀みなく答えが返ってきた。

乙海
「なるほど……?」

オレは面食らったように、困惑した声を出していた。
オレの思考が読まれていると判断したためか……あるいは、彼から伝わる熱意のようなもののためか……。


160 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 00:56:38.757 ID:OkrZNOqs0
……同時に、この銃を開発するのに、自分の力を惜しみなく注いだのだろうということも悟った。
オレは、その熱意に応えるべきなのだろう。少なくとも……今オレを必要としているのも熱意によるものだろうから。

乙海
「それで――どうすればいいんですか」

抹茶
「ああ、重さとか、握りやすさとか――部品の感触とかをリポートしてほしいんです」

乙海
「――そういうことか、わかりました」

この発言で、オレは抹茶の言いたいことが、ようやくわかった。
オレは抹茶という存在をよくは知らない……それは彼の立場からしても同じだ。

だからこそ――率直な意見を得られやすい。そういうことなのだ。
幸い、オレはライフル以外の銃も手に取ったことはある。扱い方についても基本的な部分については把握できている。


161 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 01:03:53.205 ID:OkrZNOqs0

抹茶
「弾は入ってないので、安心してください」

オレは、銃を握り、弾丸が入っていないことを確かめてから、引き金を引いた。

カチン――という音と、引き金を引いた独特の感覚。
……その感触は、手にぴったりと吸い付くよう。トリガーの感覚もいい按排だ。
一つ一つの部品もかみあい、スムーズに撃てそうだ――。

乙海
「――なるほど、これは扱いやすいですね
 ただ一つ、この銃はオートマチックだから、オレには合わないかな……」

オートマチック銃は部品が多く、弾詰まりすることがある。
オレは、再装填の手間と装弾数の少なさを省みても、回転式の方が使いやすいと感じていた。

抹茶
「ふむふむ――射撃が得意な人は、そういう意見か――
 ちなみに、弾は、こんな感じです……試作品ですが」

抹茶は、オレの手に試作品という弾丸を乗せた。
深緑の弾丸。素材は軽いが、ぴりぴりとした感触が肌を刺激する――これは魔力?


162 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 01:06:22.962 ID:OkrZNOqs0
乙海
「この弾丸はやけに軽いですが――この感触からして、魔力が入ってるんですか」

抹茶
「はい――魔力そのものを弾丸にする武器は存在しています、マジックガン、マジックマシンガンという名前でね
 しかし弾丸に魔力を込めたものはまだ研究段階――試行錯誤する分野になるんです」

抹茶は手元の銃に視線をやってから、またオレの方へと視線を戻した。

抹茶
「だから、ルミナス・マネイジメントと協力して研究しているんです――」

乙海
「……なるほど」

ルミナス・マネイジメントとの関わりは――親父だけではなく、会議所でも長くなるようだ。
様々な組織が集まっている場所なのだからそれも当然といえば当然だが――こうして身近な部分でも接すると、改めてその事実が浮き彫りになる。

163 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 01:07:01.246 ID:OkrZNOqs0
抹茶
「的も用意したので、試し撃ちしてくれませんか?一応僕が何度かテストしたので安全性は大丈夫です」

抹茶は、部屋の向こうに目配せをした。すると確かに的があり、その下には弾痕の開いた的が4、5個ほど転がっていた。

乙海
「はい」

オレは弾丸を弾倉に込めると、的に視線を向けた。
狙うは中央……オレは息を深く吐くと、弾丸の跳ぶイメージを脳裏に描きながら引き金を引いた。
バスバスと的を銃弾が貫く音。弾痕は、狙い通りの位置に着弾した。

抹茶
「さすが……すごいですね、僕では正確に真ん中を狙うことは難しいので」

抹茶は拍手しながら的の穴を興味深げに眺めていた。

乙海
「弾丸自体は、問題なさそうです
 狙い通りに引き金を引いて、着弾もできたので」

オレは弾丸を抜いて抹茶に銃を返した。


164 名前:Route:A-6 doctor:2020/09/06(日) 01:10:02.953 ID:OkrZNOqs0
乙海
「しかし、この銃の部品は丁寧な仕事だ
 これも抹茶さんが?」

抹茶
「いえ――これはルミナス・マネイジメントを通じてです
 なんでも名うての鍛冶屋に特注で作ってもらったと聞きました――
 僕も分析してみましたが、ズレがほぼないすごい仕上がりです」

抹茶は手元の銃と弾丸を見ながら、感心した風に呟いた。

抹茶
「……それはそうと、ありがとうございました、色々と参考になりました
 今日はこれぐらいにしましょう……なんだか研究意欲が湧いてきたので
 また、協力してもらうかもしれませんね」

抹茶は、銃を机の上に置いて、謝礼の意を仕草で伝えた、すぐに背を向けてノートにメモを取り始めた。
――どうやら、オレの行動で何らかのスイッチが入ったらしい。
研究者だから、やるべきことが見つかったらすぐに全力を注ぐのだろうか?

乙海
「わかりました――また、機会があれば協力します」

ともかく――ここにこれ以上オレが居ても、何も協力できそうなことはない。
門外漢がずっとここにいても彼の迷惑になるだけだろう。
抹茶の熱心な姿勢に感服しながら、そそくさとオレは部屋を出た……。

165 名前:Route:A-6 fanatic:2020/09/06(日) 01:12:21.462 ID:OkrZNOqs0
抹茶の部屋を出たオレの前には、一人の兵士がいた。
その顔は半分が鋼で出来ていた。性別は男だが、その佇まいからは金属の重さを感じ取れる。
――白衣を着ているから、彼も研究者か?

???
「コンニちは――確か竹内乙海サンでしたね」

ノイズのかかった、片言の話し方。鋼の肉体がきしみ、ギリギリと音がする。
それは生物的な特徴を切り捨てた不気味な雰囲気をオレに感じさせた。

社長
「ワタシ、トニトルス・フェラムの社長です――お見知りおきヲ」

――トニトルス・フェラム……義肢に関わる会社だから、義肢を装着しているのか?
肉体を捨てたような、不気味な外見に――オレは訝し気な感情で握手を交わした。

166 名前:Route:A-6 fanatic:2020/09/06(日) 01:16:29.103 ID:OkrZNOqs0
ずっしりとした鋼の重み。やはりこれは義肢なのだ。
ブラックのものよりも重みを感じる。置換している部位が多いのだろうか……?

社長
「ソレハソウト……ユリガミは素晴らしい女神デス、貴女も信仰してみませんカ?」

……オレが頭の中で考えていると、唐突に胡散臭い言葉でオレに語り掛けた。
ユリガミ……そういった都市伝説は、オレも聞いたことはあった。
とはいえその具体的な内容は知らなかった。ただ、そういう存在がいることだけしか知識はなかった。

乙海
「はぁ……」

知識を得られる……それ自体は有意義かもしれないが、
あまりにも唐突にその話題を振られ、オレは困惑したように答えることしかできなかった。

社長
「ユリガミは剣術を極めた女神……その長イ黒髪と顔は美シク、立ち振る舞いもまた美しイ
 窮地に陥った乙女を助けるが、特に性欲で動く男を嫌ウ……そういう存在デス
 嗚呼トテモ格好良ク美しイ……ウオゥオォォオオオオオ」

早口になって、さらには雄たけびをあげながら話を続けた。
ユリガミの都市伝説に、彼はずいぶんと熱をあげているらしい……が、オレは困惑したままだった。


167 名前:Route:A-6 fanatic:2020/09/06(日) 01:18:34.749 ID:OkrZNOqs0
ブラック
「社長、こんなところにいたのですね」

……そうしていると、助け舟とばかりに――社長の後ろから、ブラックが現れた。
そういえばブラックはトニトルス・フェラムの秘書だったはずだ。ならばこの場に居るのもおかしくはない。

それにしても、彼女は背が高い――オレより少し低いぐらいで、170cmは確実に超えている。
社長よりも大きいその身体からは、彼女の方が格が上であるように思えた。

乙海
「どうも」

ブラック
「ああ、乙海さん……こんにちは
 社長は、全身を改造しているユリガミを信仰する者ですが……一応は、悪人ではないのでご安心を」

秘書であるはずのブラックは仕えているであろう社長相手に、そこそこ辛辣な言葉を投げていた。

社長
「ソッスネ」

――そして、社長も否定はしない。この二人は、上下関係のある立場だと思われるが――それが感じられない。
どういうことだろうか……しかし、オレの疑問は解決することなく二人の会話は続いていた。


168 名前:Route:A-6 fanatic:2020/09/06(日) 01:19:34.165 ID:OkrZNOqs0
ブラック
「それはそうと――社長はなんでここにいるのですか」

社長
「抹茶サンの部屋に遊びに行こうと思ったら――乙海サンニデアッタんですよ
 ギィギギギキギギギッ」

ブラック
「ああ、そうですか……雑務処理があるので部屋に戻っていただけますか」

社長の聞き取りがたい片言を、ブラックは軽く流していた。
そして相変わらず言葉は淡々としている――この二人の関係性が読めない。

社長
「ソレデハ、社長は風のように去るッス――」

そう言うやいなや、社長は、足に取り付けた義肢のバーニアを作動させ、その場から高速で立ち去って行った。

――あれは義肢に備わった技術の一端なのか?オレはその背中が見えなくなるまでその軌道を目で追っていた。


169 名前:Route:A-6 fanatic:2020/09/06(日) 01:21:48.455 ID:OkrZNOqs0
乙海
「一体何だったんだ……」

嵐のように立ち去る、理解できない兵士……。たけのこ軍には、あんな兵士がいるのか……
オレがきのこ軍を選択したのは、正解だったのか……?

ブラック
「……気にしないほうがいいですよ」

呆然と立ち尽くしたオレに、ブラックが頷いた。

ブラック
「一応、彼の会社の義肢の技術は優れていることは間違いありません……
 私の義肢も、トニトルス・フェラムのものですから――」

すこし、気まずそうにブラックは語った。
丁寧な仕草とは裏腹に、やはり右眼を走る傷はどこか痛々しくも見える。

オレが彼女を格上と感じているのはこの傷が故なのだろうか?

ブラック
「会議所は、本当に様々な人物がいるから、ああいった特殊な人物もいます――
 あなたとは馬の合わない人間ではない人物も、少なからずいる――そういうことですね」

……そんなことを考えていると、彼女は話を続けた。

170 名前:Route:A-6 fanatic:2020/09/06(日) 01:22:57.496 ID:OkrZNOqs0
乙海
「………」

――その理屈は理解はできるが、やはり……あの社長という男は、苦手だと思った。

ブラック
「まぁ、あの人は特別とっつきづらいでしょうから、適当に流してくれて構いませんので――」

あたりの空気は少し沈んでいた。困惑と気まずさ靄のように包んでいるようにも思えた。

ブラック
「それはそうと、私の教えた海岸はどうでしたか」

その空気をブラックも察したのか、話題を変えた一言がこぼれる。
共通の話題――するすると話を続けられる前向きな話題……。

乙海
「……あの場所は、よかったです」

ブラック
「なら、よかった……でも、他の方には秘密にしておいてくださいね
 あれは、穴場であるべきですから……」

乙海
「そうですね」

ブラック
「――では、また
 私は、社長の手伝いがありますので」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

171 名前:SNO:2020/09/06(日) 01:23:31.729 ID:OkrZNOqs0
貴重な女性兵士は話動かす中でも便利

172 名前:きのこ軍:2020/09/06(日) 01:42:47.093 ID:tngxbY9Ao
社長やばい人で笑う

173 名前:Route:A-7:2020/09/06(日) 21:16:36.076 ID:OkrZNOqs0
Route:A

                 2013/4/13(Sat)
                   月齢:2.7
                    Chapter7

174 名前:Route:A-7 second wars:2020/09/06(日) 21:19:01.850 ID:OkrZNOqs0
――――――。

それから3日が経ち――オレにとっては二回目となる大戦が始まった。
ルールは兵種制……階級制のように、ランダムに配布される兵種バッヂを身に着けて戦うというものだ。

階級制では、その位に応じた運動能力が身に付くが、兵種制ではそうはいかない。
このルールでは、指定された兵種に応じた行動しかできないという特徴があった。

だから、狙撃の素質がない者が狙撃兵になることもあれば、接近戦の達人が前線兵となることもある。
適材適所になるかならないか……それがランダムで決定されるのがこのルールの醍醐味でもあった。

また、大活躍をした際は、運動能力が強化されるというルールが――階級制のものと、類似している点もある。

とはいえ、単純な基本的な能力ではない、場の変化に対応する力が必要になるルール。
自分の有利不利への対応――それが求められている……。

新人教育課程で聞いたフレーズを、オレは頭の中で反芻していた。

175 名前:Route:A-7 second wars:2020/09/06(日) 21:23:34.581 ID:OkrZNOqs0
兵士
「ほら、バッヂだ
 ――お前さんは衛生兵だな」

当日、オレは、衛生兵となった。
衛生兵……それは、傷ついた味方を手当てし、戦力を取り戻す役割がある。
こうして門外漢の役割を担うことも、よくあることなのだと教育課程で聞いた。

負傷した兵士のほか――戦闘不能状態になった兵士が転送される場所、バーボン墓場に兵士を救うことができる役割がある。
とはいえ、その治癒行動をうまく成功させなければならないのだが……。


176 名前:Route:A-7 second wars:2020/09/06(日) 21:32:52.547 ID:OkrZNOqs0
救う方法はふたつ――ひとつは、メイジとして、治癒魔術を使うことだ。
治癒の魔術は、創傷の回復などに効果を示す魔術……。大戦外の医術でも使われる技術のひとつだ。
原理としては、代謝を促進し、症状の回復を早める治療法というべきか。
――すなわち、主に簡単な外傷と、内科的治療に使われ、素早い治療と、魔力さえあればすぐに治療できる利点がある。

もうひとつは――メイジ以外の、すなわち薬品の使用と、手を動かした治癒。
複雑な外傷や、体内の疾患はこちらが主として使われる。
……こちらは、技術。メイジと違い、理論上は誰でも行うことのできる行為。
技術の研鑽と、道具が必要であるが……複雑な治療においては、こちらが主となる。

とはいえ、オレが大戦で担うのは簡単な応急処置レベルだ。
戦いながら、オレは門外漢の分野である治癒ができるだろうか?


177 名前:Route:A-7 second wars:2020/09/06(日) 21:43:05.479 ID:OkrZNOqs0
オレは、前線でもなければ後方でもない――その中間の部隊に配属された。

黒砂糖
「――乙海か、この前といい、縁がある」

黒砂糖の翡翠色の瞳が、オレを見据えた。
吊りあがった目からの視線は――威圧感を覚える。それが鉄人と呼ばれる強者特有のものなのだろうか?

黒砂糖
「私は爆撃兵だ――ちょっとだけ、面倒な役割だな」

爆撃兵は、文字通り――敵軍を空中から攻撃する兵種だ。
一つは技術の進歩により生まれた小型飛行ユニットを背負うことで――もう一つは、魔力を用いてで飛翔する。

メイジなら後者――ファイターなら前者で戦うが、武器の都合もあり、撃破することが難しい役職でもある……。
活躍することができれば、いわば毒に近いものをばら撒き、敵を永続的に痛めつけられることができるが……。

ともかく、それをちょっとだけ――と表現するのは、自分がその役割を為しえる自信があってのことだろう。
鉄人――そう言われるだけの実力があることを、再び実感していた。


178 名前:Route:A-7 second wars:2020/09/06(日) 21:45:32.923 ID:OkrZNOqs0
黒砂糖
「メイジではないと、こういう役職は面倒だが――
 自分の技術を深める――という点では学べることが多い」

黒砂糖は、応急手当セットのマニュアルを見るオレに、そうアドバイスした。
その佇まいからは大きな自信と信頼感を覚えた。

乙海
「はい」

黒砂糖
「射撃の腕を発揮するにせよ、日々練習や実戦で触れた勘も肝要になる
 ――その勘を鍛える意味でも、やれるだけはやってみておいてほしい」

乙海
「わかりました……」

黒砂糖は、きわめて淡々とした口調で語った。

――そのアドバイスの終わりと同時に、集計班の合図が響いた。

集計班
「ファイエルッ!」

179 名前:Route:A-7 branch:2020/09/06(日) 21:48:18.704 ID:OkrZNOqs0
――戦局は、初めは両軍ともに肉薄していた。
オレは相手の様子と、味方の動きを伺いながら、応急手当キットを握りしめていた。

黒砂糖
「――メルティカース」

その戦況の中、黒砂糖が爆撃をたけのこ軍陣地に決める立ち回りを見せた。
毒をばらまく魔術を詠唱し――空を魚のように自由に舞い踊りながら、紫煙を地上に覆わせたのだ。

たけのこ軍兵士
「ごほ、ごほっ!」

たけのこ軍
「うう……、やりやがったな……」

メルティカース自体、元々半永続的に続く魔術だが――
大戦では、外部から解除されない限りはそれが永続するような仕組みになっている。
……これは、魔術以外の方法で爆撃を決めたときも同じではあるのだが。

集計班
「たけのこ軍、毒により、戦力1%ダウン……ただいまの戦力差は、きのこ軍90%、たけのこ軍90%です」

集計班のアナウンスが響く。状況はいまだ互角だった。

180 名前:Route:A-7 branch:2020/09/06(日) 21:49:42.209 ID:OkrZNOqs0
黒砂糖
「――私の仕事はとりあえず為した」

黒砂糖が、オレの隣に舞い降りた。

黒砂糖
「工作兵がメルティカースを解除する可能性もあるが……この毒のアドバンテージを活かしながら戦うことになる」

黒砂糖は、オレに手短に告げた。
工作兵――爆撃兵の作った敵陣への永続的なダメージや、制圧兵の立てた敵軍の士気を落とす制圧旗などを破壊できる兵種……。

黒砂糖
「とりあえず、私は再び跳ぶ……」

オレが、知識を整理している間に、黒砂糖は再び空へと飛んだ。

オレも……衛生兵として活躍できるだろうか?
懐の拳銃に手をかけながら、オレはバーボン墓場までの道のりを確認していた。

オレは、衛生兵……オレ自身が戦闘不能になりバーボン墓場に転送されては、その役割すら果たせない。
敵との交戦を避けながら、なんとか無事にバーボン墓場まで行く必要があるのだが……。


181 名前:Route:A-7 branch:2020/09/06(日) 21:53:15.201 ID:OkrZNOqs0
――ふと、空中に影が見えた。これは敵の爆撃兵か?

たけのこ軍兵士
「くらえっ、爆撃攻撃ッ!」

乙海
「!」

オレの予感は的中していた。
影が舞うより早く、オレは近くの岩陰に飛び退いた。

瞬間、轟音が響き、びりびりとした衝撃波を岩越しに感じていた。
同時に……辺りに熱気が湧き、だらりと汗が流れ始める。

乙海
「魔術ではない爆撃……どちらにせよ、ここに居ては戦意を奪われてしまう」

オレは、敵の目を避けながら、身をかがめてその場を駆け抜けた。

たけのこ軍兵士
「撃て撃て!」

きのこ軍兵士
「うおおおーッ!くらえ!コパンミジン!」

ガガガッ――と銃が撃たれる音が背後で聞こえる。
魔術による爆音が背後で響く。

社長
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

182 名前:Route:A-7 branch:2020/09/06(日) 21:54:46.291 ID:OkrZNOqs0
乙海
(やや、劣勢か――)

集計班の言葉を背にして、オレは駆ける、駆ける…ただ目的の場所へ向かって戦場を駆けていた。

集計班
「たけのこ軍爆撃兵の攻撃が再び成功、これで爆撃カウンターは2に……」

どこに居ても、同じ声量のアナウンスをオレは聞いていた。

――それにしても、どこかで再び爆撃されたらしい。
なんて面倒な事態が起きたのだ……。

とにかく、一刻も早く、衛生兵としてその職務を全うしなければいけない――。
オレは……与えられた役割のために、転がり込むようにバーボン墓場に駆け込んだ。

183 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 21:57:17.474 ID:OkrZNOqs0
――バーボン墓場は、十字の形をした墓標が、秩序をもった等間隔で整然と並んでいる墓場だが、
その墓標の下に骨が眠ることはない。……すなわち、飾りのようなものである。

両軍の兵士はクリスタルを通して大戦を観戦していた。まるで酒盛り場のように……というより、すでに酒を飲んでいる者までいた。
本物の墓場ならば、このように盛り上がったりはしないだろう……。
少し不謹慎な光景のようにオレは思えた。

あるいは、この姿は仮初で――誰もいないときに、墓場に巣食うなにものかが、夜な夜な盛り上がるのかもしれないが……。

きのこ軍兵士
「オイゴルァ!そこは撃たんかい!」

たけのこ軍兵士
「よしよし……着実に削ってる、これはたけのこ側の勝ちだな?」

まるで、観客のようにふるまう兵士……軍服は着用しているから、服装との乖離にひどくアンバランスに見えた。


184 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:00:43.884 ID:OkrZNOqs0
きのこ軍兵士
「おっ乙海ちゃんか……衛生兵か、さっそく兵力を立て直してくれ!」

たけのこ軍兵士
「クソーッ、ここに来るとは……戦いの展開が読めなくなるじゃないか」

敵のぼやきと、味方の歓迎する声――オレは、その言葉に応じることなく、てきぱきと任務をこなそうとしていた

乙海
「ええと……このキットだな」

衛生兵には、メイジであろうとファイターであろうと、バーボン墓場用の回復キットが配布されていた。
マニュアル通りに回復キットを使用することで、味方兵士の一部が戦線に復帰できるようになる。

きのこ軍兵士
「よし、たけのこ軍をまたやっつけてやるぜ!」

きのこ軍兵士
「サンキューッ!」

きのこ軍兵士
「ありがとう、乙海さん」

様々な兵士が、礼とともに戦場に駆けた。
なんとか、キットを使用できたと安堵したその瞬間――。


185 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:02:26.458 ID:OkrZNOqs0
乙海
「!」

筍魂
「――おっと、不意打ちを防ぐとは」

バーボン墓場から足を踏み出したその瞬間、筍魂が、オレに蹴りを放っていた。
咄嗟に回復キットの蓋で受け流して、なんとかダメージは避けることはできた。

瞬時に、オレは筍魂に銃を抜いて引き金を引いて反撃する!

筍魂
「はっはっは――俺は防衛兵なんでね――まぁ、そうでなくとも銃ぐらいなら防げるが」

筍魂は、物怖じすることなくオレの放った弾丸を盾で逸らして受け流した。
防衛兵――それは味方を守る兵種。どんなに重い一撃でも、その盾で受けきり、そして反撃することが可能。
メイジならば、バリアを張る魔術を操ることができ――ファイターなら、通常なら深手を負う攻撃だろうと、その肉体を持って受け流せると聞いた。

集計班
「衛生兵により、きのこ軍の兵力が5%回復しました
 ただいまの戦力差は、きのこ軍35%、たけのこ軍58%です」

オレの衛生兵としての働きでも、戦況はなかなかひっくり返らない。
あと20%以上の兵力……そして、目の前の手慣れの敵……オレはどう対抗する?

186 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:03:56.318 ID:OkrZNOqs0
筍魂は、微動だにせずにオレを見ていた。オレの動きを待っているかのように。
戦況は常に動いているから、千日手――というわけにはならないだろうが、ここで彼だけに構うメリットはあるだろうか。

回復キットを自陣から持ち出せるのは、1人1個までというルールがあった――。
使ってしまったら自陣まで戻るか、誰かから奪いに行かなくてはいけない。
さて――どうすればいい……?

たけのこ軍兵士
「魂さん、お疲れ様です!その衛生兵を倒しましょう!」

そうこうするうち、ますます、状況は悪化していった。
援軍までやってきたのだ。
オレは、どうやってこの状況を切り抜けるか……。そう思っていると……。

¢
「砲撃ッ!」

¢の声とともに、巨大な砲弾が援軍目がけて飛んできた!

筍魂
「ちっ――横やりが入ったか」

筍魂は、瞬時に転がって避け――その瞬間、砲弾が炸裂した。

たけのこ軍兵士たち
「うわーーっ!」

断末魔とともに、近くに居た兵士たちはオレの背後のバーボン墓場に転送された。

187 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:07:05.875 ID:OkrZNOqs0
乙海
「これは――」

砲撃の衝撃波で、オレの足元には偶然にも回復キットが転がってきた。
回復キットを持ち出せるのは1人1個まで――だが、落としたものや奪ったものでも使用することは制限されてはいない。

乙海
(これはチャンスだ!)

オレは、再びバーボン墓場に行き、キットを作動させた。
兵力は再び回復し、さらに――。

「衛生兵により、きのこ軍の兵力が5%回復しました
 ただいまの戦力差は、きのこ軍32%、たけのこ軍29%です」

先ほどの砲撃もあってか、戦力差はひっくり返っていた。
このままオレの為すべきことを続けなくてはいけない。

きのこ軍兵士
「ありがとう!恩に着るぜ」

社長
「シマッタァ回復サレテシマッタァ、ギギギギギ――」

感謝の言葉。悔しそうな言葉。敵味方入り混じる言葉を背に、オレは再び戦場へ駆けだした。

筍魂
「――おやおや、目ざというえに判断もなかなかのものだ……
 しかしこのまま走らせるわけにはいかんな、戦闘術魂――リーフストーム」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

188 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:17:04.790 ID:OkrZNOqs0
乙海
「くっ!」

――今度はかわしきれず、刃が左腕をかすった。カーキ色の軍服に血がにじむ……。
怪我は軽いようだが、オレはその攻撃を見抜けていないことを認識した。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍25%、たけのこ軍20%です」

ようやく生まれた優位は、未だ残っているらしい……今は目の前の相手に集中できそうか?

筍魂
「さて、瞬時の判断と運もあって、2連続の補給――なかなかセンスがあっていいじゃないか
 しかし、まだまだお前はペーペーだ……俺が戦闘術魂の達人であることを見せないとな」

オレの視線の先で筍魂は、腕をだらりと下げ、手のひらを大きく開いた不思議な構えをとっていた。
――なんだ、どうする気だ?
オレはその一挙手一投足に注目しようと凝視していた。

筍魂
「ストーンエッジ――」

その瞬間、彼は足元の石を蹴り上げ、オレに向けて飛ばした!


189 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:20:48.081 ID:OkrZNOqs0
乙海
「!」

ただ蹴り上げたとは思えない石の速さ――オレは、咄嗟に、その石に銃弾を撃ち込んだ!
標的は小さく、かつ速度もあるが――軌道は読みやすい直線的なものだから、なんとかそれを射貫くことができた。
石と銃弾、二つのエネルギーがぶつかり相殺され、砕けた石が地面に散らばった……。

筍魂
「ほう、大した技術だ――新人という立場は年数だけかもしれないな」

感心したように、筍魂は呟いた。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍18%、たけのこ軍12%です」

それと同時に集計班のアナウンスが聞こえる。
優位はそのまま――そう思った瞬間……遠くで轟音が聞こえた。

同時に、筍魂の持っていた通信機に連絡が入る。

たけのこ軍兵士
「魂さん、制圧兵長がまた活躍してくれた!この調子で攻める!」

筍魂
「そうか」

冷や汗がオレの背中を流れた。
……まずい、嫌な予感がする。このままここに留まってはいけない感覚がある。
しかし……焦って動きだすこともさらにまずい気がする……。


190 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:22:39.086 ID:OkrZNOqs0
筍魂
「――なかなか、やるな
 今、通信機を通した声はお前にも聞こえたと思うが……焦って攻めようとはしない
 射撃競技の入賞者だって791さんから聞いたことがあるが、オレが考える本物の気を感じる」

筍魂が、再び構えを取った。
オレは、銃に弾丸を込め、相手の動きを見る――対峙して、オレも筍魂も動かない。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍4%、たけのこ軍5%です」

……ギリギリの戦況。僅かではあるが再び優位はひっくり返った。
どうする?そんなことが頭を掠めたその瞬間……。

集計班
「きのこ軍の兵力が0%となったので、終戦となります――たけのこ軍の残兵力は3%でした――」

集計班のアナウンスが聞こえ……オレと筍魂の対峙もなかったかのように、あっさりと大戦は、終わった。
同時に、オレの左腕の傷は綺麗さっぱりなくなっており――血で滲んだ軍服も、いつの間にかきれいになっていた。


191 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:24:09.482 ID:OkrZNOqs0
筍魂
「一応――勝ったか」

筍魂はその場に立ち止まったまま、やれやれ――と手を振りながらそう言った。

乙海
「………」

今回も……敗北したが、軍の敗北に対しては、悔しさも、悲しさもなかった。
心がなぜか揺れ動かなかったのだ。

乙海
「………」

しかし――この状況で、筍魂との戦いに横やりが入ったことには、どこか釈然としないものがあった。

筍魂
「煮え切らない――って表情だな」

筍魂はオレの表情を伺いながら真剣にそう呟いた。


192 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:27:03.145 ID:OkrZNOqs0
乙海
「ああ――」

オレは、先人に対してではあるが――取り繕ったりしない、生の感情で答えていた。

筍魂
「お前のセンス――鍛えればさらに伸びそうだ
 そのもやもやした気持ち――戦闘術魂にぶつけてみないか?」

戦闘が終わるや否や、筍魂はややうさんくさい顔をしながら人差し指を立ててオレに提案した。

筍魂
「なにより、戦闘術魂はメンタル・トレーニングにも最適――
 射撃で重要なメンタルも鍛えられるぞ?」

どうする……?彼は信頼できる人物なのか……?
筍魂の言葉が本当かは分からない。それでも、草や石といった自然物を操り正確にオレに狙った技術は本物だろう。
特に、その行動を読ませない姿勢は研鑽された技術の証明にも思えた。


193 名前:Route:A-7 puer aeternus:2020/09/06(日) 22:29:45.092 ID:OkrZNOqs0
乙海
「とりあえず、お試しで――というのは可能ですか」

――オレは、完全に頷くわけではないが、断るわけでもない……やや腰の引いた折衷案を答えた。

筍魂
「フッフッフッ、それも可能だぞ
 何しろ弟子がほぼほぼいないもんでなっ、ははははは……」

肩をすくめて筍魂は笑った。
そのうさんくささが、弟子のいない理由?それともほかに理由があるのだろうか――。
ともかく、その技術を学ぶことは今後重要かもしれない。射撃以外の技術も、大戦では必要になることはすでに体感済みだ。

乙海
「では、その方針で――」

筍魂
「ああ――とりあえず、月曜日、様子見に、俺の店にでも寄ってきてくれ
 確か、お前は昼の予定が入っていなかったはずだから丁度いい――俺からも、会議所の方に伝えておくから予定も入れられないだろう」

筍魂は、まくしたてるように言葉を並べたかと思うと、その場を立ち去って行った……。
――戦闘術魂を学ぶ。オレにとっては未知の古武術だが、吉と出るか凶と出るか……それはまだ分からなかった。

きのこ軍兵士
「お、乙海そこにいたのか――片づけ手伝ってくれ――」

乙海
「はい」

一抹の不安に胸を馳せながらも、味方の兵士に呼ばれ、オレは大戦の後片付けへと向かった……。

194 名前:Route:A-7 old wise man:2020/09/06(日) 22:33:46.877 ID:OkrZNOqs0
オレは大戦の後片付けを終え、帰路についていた。
時刻は19:07――。あれから、後夜祭をそそくさと抜け出して、まっすぐに帰宅したのだ。

オレは後夜祭のことを思い返しながら道を歩いていた。

¢も同じことをしていたから……という理由もある。
彼は……後夜祭の直前、姿を変えてオレに話しかけてきた。

¢
「やぁ、乙海」

乙海
「……ええと、何方ですか」

金髪の短髪に低い身長……覚えのない声と姿をした兵士に、オレは戸惑っていた。

¢
「おっと……僕だ、¢だ」

オレの疑問に答えるように、ぽんと煙が立ったかと思うと、見知った¢の姿がそこにあった。


195 名前:Route:A-7 old wise man:2020/09/06(日) 22:34:39.254 ID:OkrZNOqs0
¢
「この後夜祭は、イベントに関わっている兵士以外は自由に帰れる
 今回も、きみは活躍したから、面倒事になるかもしれない……それが苦手なら、だからさっさと帰ってもいいんだ」

¢
「僕は時々こうして他人に成りすまして逃げるようにしている……
 とはいえ、これは僕にしかできない……乙海は適当に言い繕って去ればいいと思うよ」

乙海
「はぁ……」

¢
「いつものことだが、大戦を終えるとすごく疲れるから、毎回毎回さっさと帰ろうと思っていてね……
 エースと呼ばれるぼくがそうするんだから、今回も活躍した新人のきみも同じようにしても文句は少ないはずだ
 たぶん――」

オレはその言葉に深く納得し、同時に¢の考え方に共感もした……。
そんなことを思い返しながら、家のドアを開けると……親父が、新聞を読みながらソファーに腰かけていた。


196 名前:Route:A-7 old wise man:2020/09/06(日) 22:37:23.200 ID:OkrZNOqs0

「乙海――帰ったか」

親父は視線だけを動かして、淡々と呟いた。

乙海
「あぁ――久しぶり」

父はいつも家を空けているから、いつ帰ってくるかも不定だ。
このように突拍子もなく家の中に居ることもあった。


「今日は久々に戻ってこれたのでな
 さて、今日の大戦を見ていたが……時の運だけではない、センスがあるのを感じた」

乙海
「そう……みたいだね」

親父は、距離感は疎遠なものの、褒めるときは褒めるし、叱る時は叱る……
オレを導くことに関してはしっかりとした人物でもあった。


197 名前:Route:A-7 old wise man:2020/09/06(日) 22:38:59.065 ID:OkrZNOqs0
乙海
「そういえば、戦闘術魂……だったかな
 それを修めているという、筍魂という人に弟子入りしないかと言われたな」


「……ふむ、そういえば乙女はあいつと対峙していたな
 あいつも、乙海のセンスに目を付けたか……」

その口ぶりは、少なからず筍魂のことを知っている――そんな感じを覚えた。

乙海
「彼を知っているのか?」


「……ああ、彼とはいろいろな点で付き合いがあってねオレが会議所で兵士として過ごしていた時に、武術のことで語り合ったことがある
 オレは戦闘術魂に入門はしなかったが、あいつの織りなす技は目で盗んだことはある」

在りし日の憧憬を思い浮かべているのだろうか、感慨深げに親父は答えた。


198 名前:Route:A-7 old wise man:2020/09/06(日) 22:39:32.530 ID:OkrZNOqs0
乙海
「………」


「あいつの腕前は本物だ
 彼に並ぶ武術家……オレが知っている限りでも、3人ぐらいしか思い浮かばないな」

乙海
「……それぐらいしかいないのか」


「そうだな……彼女は天性のセンスがあったが、今は姿をくらませているから……
 会議所にいる黒砂糖ぐらいが、あいつに並ぶ武の術を持つものになるだろうか……」

懐かし気に、思いに耽りながら親父は語った。

乙海
「……黒砂糖、鉄人と言われている兵士」

爆撃兵として空を舞った黒砂糖の姿を、オレは思い返していた。

199 名前:Route:A-7 old wise man:2020/09/06(日) 22:41:04.977 ID:OkrZNOqs0

「ああ……今日の大戦では爆撃兵として飛び回っていたな
 そういう魔術の扱い方も素晴らしいが、素手での武術に関してもかなり――というより、世界での屈指の腕の持ち主だ」

乙海
「96%の戦力を一人で削いだ――それは聞いたことがあるが、技術面でも優れた兵士だったのか」


「それに関しては、あまり表には出さないからな……
 様々な武術と魔術……総括した技術でその戦闘力を作っている兵士になる
 ……それはそうと、乙海は戦闘術魂をやってみるのか?」

乙海
「――試してみようと思っているよ」


「そうだな、お前はまだ若い
 まだまだ技術をスポンジのように吸収できるから、いいんじゃないか」

オレの答えに、親父は嬉しそうに頷いた。
そういう素振りを見たのは、オレが会議所に入所することを決めたとき以来だった。

200 名前:Route:A-7 old wise man:2020/09/06(日) 22:41:54.368 ID:OkrZNOqs0

「あいつはその内面を掴ませない男だが……悪人ではない
 武術に関しては真摯だ……それ以外がイイカゲンなところはあるがな」

筍魂と親父は、親交関係があるのだ――と、改めて感じる。
思えば親父はそうやって交友関係をオレに話したこともなかったから、それが意外に思えた。

乙海
「ありがとう、親父……決心がさらに固まった」

親父の言葉に背中を押され、さらに親父の違った一面を見られ――オレの口元は知らずに緩んでいた。


「これからオレはまた家を空けることになると思うが、努力は惜しむなよ
 陰からになるが、応援はしているからな」

そして……オレと親父は、本当に久々に……会話をしながら、夕食をとった。

201 名前:SNO:2020/09/06(日) 22:42:41.495 ID:OkrZNOqs0
魔王様の強いところが出てなくね?

202 名前:きのこ軍:2020/09/06(日) 22:43:12.680 ID:tngxbY9Ao
魂ちゃんがすごいイケメン強キャラになってる

203 名前:Route:A-8:2020/09/09(水) 22:21:53.804 ID:YOyIm8lo0
Route:A

                 2013/4/15(Mon)
                   月齢:4.7
                    Chapter8

204 名前:Route:A-8 trickster:2020/09/09(水) 22:25:36.629 ID:YOyIm8lo0
――――――。

月曜日……オレは、筍魂の店――フィリップ・パブを訪れた。
昼食のついでに――戦闘術魂の鍛錬をテストしてみる、という算段だ。

筍魂
「おお、よく来たな――飯にしてから、話でもしよう
 今日は俺のおごりで構わんぞ、光栄に思えっ」

乙海
「……ありがとうございます」

筍魂は、機嫌よくオレを出迎えてくれた。
オレはその張り切った様子にすこしげんなりしながら謝礼の意を伝えた。

フィン
「久しぶりに来たかと思えば――あなた、戦闘術魂に挑戦するのねぇ」

対照的に、フィンは、この前の純粋でにこやかなものとは違い、訝し気な顔でじろじろとオレの顔を見ていた。


205 名前:Route:A-8 trickster:2020/09/09(水) 22:30:04.202 ID:YOyIm8lo0
フィン
「言っておくけど、アタシが先輩だからね」

出来上がった料理を運びながらも、フィンはえへんと胸を張りながら言った。
ほかの客はいない。いたら――おそらくはこういった態度はとらないだろう。
現に初めてオレに出会ったときもそうだった。

乙海
「はぁ……」

筍魂
「まぁ、フィンは一応先に弟子にしたが――兵士ではないからな」

フィン
「うっ……アタシ、年齢足りてないからしょうがないでしょ!」

大戦は18歳以上の者が参加できる。……ということは、フィンは年下なのか。
フィンは顔を赤くしながら反論する様子を、食事を口に運びながらオレは見ていた。

筍魂
「まぁそうだが……スリッパさんも、なんで俺のところに寄越したかよくわからんし……」

乙海
「ルミナス・マネイジメントの社長が、どうしてここに……?」

運ばれた料理を食しながら、オレは素朴な疑問を投げかけた。

フィン
「そんなことは、どうでもいいでしょ?
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

206 名前:Route:A-8 trickster:2020/09/09(水) 22:33:34.231 ID:YOyIm8lo0
筍魂
「まぁ、そうだな
 今日の昼は早めに閉めるつもりだし、いつも通り客も来なさそうだしな」

フィン
「2桁来ればいい方の店に居たら、アタシ暇で死にそうなんだけど……」

――そういえば、オレが来た時も……客はいなかった気がする。

筍魂
「これは趣味だからいいんだよ――それに、退屈に耐えるのも精神修行の一つだ」

フィン
「〜〜〜っ」

不満げな感情を隠そうともしないフィンに対し、筍魂は平然とした表情をしていた。
……この男は、フィンとは違って、奥が読めない。まるで先の見えない暗がりのようだ。

乙海
「ごちそうさまでした」

ややあって、オレは食事を終えた。
味は、前回同様――見たことのない料理ながらも、食が進み、すぐに完食できた。


207 名前:Route:A-8 trickster:2020/09/09(水) 22:35:10.081 ID:YOyIm8lo0
筍魂
「さて……店は閉めるか」

フィンが皿洗いをしている間に、筍魂はカーテンやらなにやらを閉め始め、表の看板には店を閉めたことを示す看板を立てていた。
オレは……その様子を、椅子に座りながら見るだけ。何か手伝った方がいいのかもしれないが――。

フィン
「あんた……あのオッサンは、結構適当だから覚悟した方がいいわよ」

流し台の前に居たフィンが、視線だけこちらに向けて、本人に聞こえないように小声で言った。

筍魂
「はっはっは……なんせ俺は会議所の訓練もサボったりしているからなぁ!」

――しかし、筍魂は笑いながら、胸を張って答えた。
内容は、胸を張るべきかは分からないが……。


208 名前:Route:A-8 trickster:2020/09/09(水) 22:35:39.810 ID:YOyIm8lo0
フィン
「げっ」

筍魂
「なに――誹謗中傷じゃない限り俺は気にせん
 ま、地獄耳なのは伝えたほうがいいけどな」

気まずそうなフィンに対して、筍魂は気にしたそぶりも見せずに答えた。
余裕綽々な態度……それは己の内面を見せつけないための仮面なのだろうか……?

オレは、改めて¢の言葉を思い出していた。

¢
「――人は、みんな仮面をかぶっているんだ
 ぼくも、エースという仮面をかぶって、優秀な人間として見られているが――その中身――性格はこういうものだぞ?」

その内面……それはまったくわからない。
わからないが、オレは戦闘術魂をこれから学ぶことに違いはないのだ……。

209 名前:SNO:2020/09/09(水) 22:36:08.513 ID:YOyIm8lo0
みんなのヒロインは清楚かと思ったら意外と毒を吐くタイプ?でした

210 名前:きのこ軍:2020/09/10(木) 23:10:24.962 ID:EFvf57pko
現実のフィンはまるで言葉が通じなかったというのに…

211 名前:Route:A-8 tactics "sprirt":2020/09/12(土) 20:38:00.252 ID:60ldZAIo0
筍魂は、店の掃除をしながらどこかから持ち出したマットを敷き始めた。

乙海
「これは……?」

フィン
「めんどぉだけど、この上で座禅を組んだりするのよ」

フィンが、胸を張りながら答えた。
――オレが年上であることは、オレが軍服を着ていることからも察していそうではある。
だからこそ、先輩風を吹かせて、アイデンティティを保っているのだろうか……?

オレは、フィンがどういった人物かも知らない。
今後も顔を合わせるかは分からないが――今後も同門の弟子として付き合うことになるだろうから、知っていた方がいいかもしれない。




212 名前:Route:A-8 tactics "sprirt":2020/09/12(土) 20:41:01.045 ID:60ldZAIo0
筍魂
「さて――」

筍魂は、後ろ手を組んでオレたちを見た。

筍魂
「戦闘術魂――これは、かつてブルボン王朝のルーヴェラに伝わる古武術だった」

ブルボン王朝……オーガの住まうルマンド大陸の一国。ルーヴェラはその地域の一つだ。
その青い瞳と、そして男女問わず高い身長がオーガの特徴であり…筍魂の外見も、その特徴をよく反映していた。

乙海
「ブルボン王朝の武術……ということは、貴方もオーガ?」

筍魂
「ああそうだ――お前もその背の高さと、目の色はオーガと見受けると……どうなんだ?」

浮かんだ素朴な疑問の答えと、返される質問は、想定できていた。

乙海
「母が――オーガの血を引いている」

――そう、幼いころに亡くなった母親も、ブルボン王朝出身だったのだ。


213 名前:Route:A-8 tactics "sprirt":2020/09/12(土) 20:44:29.177 ID:60ldZAIo0
筍魂
「ほー、それならこの戦闘術魂は合ってるかもしれないな」

感心したように、筍魂は頷いた。

フィン
「……アンタ、オッサン側だったの?エルフのアタシが仲間はずれみたいじゃない」

筍魂
「フフフ、性別は同じだろう……それに、素質があるかなんてまだ見てないぞ」

そして、オレに突っかかるフィンと……それを諫める筍魂。
二人は、師弟というよりは、親戚関係――例えるならば、叔父と姪のように――見えた。
そのやり取りは、オレが親父とはしたとはない類の会話で……どこか、オレに足りないものがそこにあるようにも思えた。

筍魂
「……話は脱線したが、戦闘術魂は云わば精神と肉体の完全な融合を成し遂げるもの
 自分の中にある力の扱い方を引き出すことができる武術だ……」

自信満々に、筍魂は語った。

214 名前:Route:A-8 tactics "sprirt":2020/09/12(土) 20:47:52.235 ID:60ldZAIo0
乙海
「……?」

複雑で、難解な言葉を並び建てられ……オレの脳は、疑問符で頭を埋めていた。

フィン
「難しいこと言ってるようだけど、言い直せば……
 メイジでない人間でも、メイジのように魔力を操れる――ってことよ」

そんなオレに、フィンが答えをくれた。
それは端的で、オレの中にあった疑問が次々と氷解した。

……なるほど、もともと体内に魔力を多く持つ――それがメイジの定義の一つだ。
しかし、魔力自体はどんな生物や物質の中にも存在している……魔力の閉じ込められた特殊な結晶もあることもそれを裏付けている。
だからこそ、それを操ることができるというもう一つの定義によって、メイジという存在が決定されるのだ。

とはいえ――魔力を操ることなら、誰でも行うことができる。
それを証拠に、魔力を動力とした器具も多い。伝線から魔力を流すシステムも存在している。

筍魂
「まぁ、そういうことだ――大戦で見せた攻撃も、微弱魔力を操ったということだな」

筍魂は、自慢げに、したり顔をして答えた。


215 名前:Route:A-8 tactics :2020/09/12(土) 20:52:54.026 ID:60ldZAIo0
乙海
「それと、メンタル・トレーニングがどう繋がるのかが分からない……」

しかし、新たな疑問は生まれた。

筍魂
「ふっ、メイジが魔力を操るためには精神的な修行が必要なんだ
 当然、この武術でもしている――まぁ、メイジのものと趣は多少違うかもしれないが」

乙海
「……なるほど」

――メイジについて、オレは表在的な知識はあれど深い部分まではオレは理解していなかった。
……しかし、筍魂の言葉と新人教育課程や、世間一般的な知識が絡み合い、すとんと腑に落ちた。

筍魂
「さて――戦闘術魂の素晴らしさを解説したところで……
 とりあえず、今から鍛錬するか!」

そんなオレの表情を読んでか、筍魂は張り切って言葉を紡いだ。

フィン
「うるさいなぁ――言われなくてもわかってるけど、その無駄にうるさいのはやめて……」

乙海
「はぁ」

――そして、どこか冷めたフィンと……様子を伺うオレの答えが同時に紡がれた。
どちらとも、その張り切った感情にうんざりしている……そういった点では、共通していた。

216 名前:Route:A-8 meditation:2020/09/12(土) 20:58:27.133 ID:60ldZAIo0
筍魂
「戦闘術魂は、精神を重要視する――
 戦闘術魂は、今から示す言葉が全てだ」

筍魂
「無秩序の全は一に帰し、“生命力の流れ”は即ち“世界の理”と同化する」

ニッと歯を見せながら、筍魂は人差し指をチッチッと振りながら言った。

乙海
「……?」

――真剣な顔つきで語る筍魂の言葉の意味が、どうしても…掴めなかった。
なんだ――なにが言いたいんだ……。
どういう意味だろうか……オレが、誰から見てもわかるぐらいに悩んでいた。
今までも、わからないことに直面したことはあったが――この謎かけはオレにとって一番の難問だった。

フィン
「アンタわからないんだ――ふふっ、うふふっ」

そんなオレを見ながら、フィンはしたり顔で笑っていた。

乙海
「………フィンは、分かるのか?」

オレは、ゆっくりと、絞り出す声でフィンに訊ねた。

217 名前:Route:A-8 meditation:2020/09/12(土) 21:01:30.773 ID:60ldZAIo0
フィン
「そうよっ、なんせ先輩だからねぇ
 年下だけどあんたより学んでるからねぇ」

胸を張るフィン。……小さな身体を大きく見せて自慢しているのは虚勢を張っているのか、それとも自信の裏付けなのか……。

筍魂
「フィン……確かにお前は理解はできてるが、アウトプットがまだまだだからな」

筍魂は、ニヤリとしながら淡々と指摘した。

フィン
「うっ!」

その言葉は図星なのか、フィンは目を丸くしてぴくりと一瞬跳ねた。
――その光景から察するに、その言葉の意味にたどり着くことと身に着けることは完全なイコールではないようだ。

筍魂
「まぁ、乙海はこの意味を考えることが一つ目の鍛錬で――もう一つは、その意味を自分に使えるかってことだ」

乙海
「ふむ……」


218 名前:Route:A-8 meditation:2020/09/12(土) 21:05:39.361 ID:60ldZAIo0
筍魂
「そのためにも――精神を集中させる瞑想は大切だ
 瞑想の中で言葉の意味を考え――そして実行することが鍛錬の一つだ」

筍魂の言葉は鋼のようにしっかりとした説得力があった。
…その重みのある言葉は、フィンもうなずくだけ……オレは、この言葉の意味を知らなければならないようだ。

それから、マットの上で座禅を組み、オレは瞑想を始めた……。

目を瞑り、極力当たりの音を聞かないように――意識の中にトランスした。

……はじめは、思い出が頭を駆け巡った。
小学校――徐々に背が高くなるオレ――人魚の少女との出会い――
中学校――オレの力だけで、生活していく日々――父とはたまに会うぐらいで――
高等学校――射撃部に入り、練習し――全国大会まで進む光景――。

けれど、そのレパートリーがなくなるにつれ……オレが見る光景は、奥深くに沈んでいった……。

心の中で光景が浮かぶ――それはオレ自身がどこかに居る光景だ。
それは暗黒――宇宙の中に――ぽつんと佇むオレだった。


219 名前:Route:A-8 meditation:2020/09/12(土) 21:06:00.945 ID:60ldZAIo0
オレは――どこにいる?
オレの見る世界は、すべて――なのだろうか――。

その闇の中は、世界すべてのようにも見えるが――世界の中の一部のような気もする。
遠くで見える瞬きもまた、世界を構成するものだから……。

それでは、オレは一体、世界の中でどういう存在なのだ……?
オレは光なのか闇なのか――正なのか負なのか――その闇を漂うオレにはわからない。

そもそも――オレは何を求めている?
勝利か?あるいは夢幻の一時か?

オレは……。
……………………………。

オレ
「―――――!」

乙海
「!」

――気が付くと、オレはトランス状態から戻っていた。

220 名前:Route:A-8 meditation:2020/09/12(土) 21:08:37.195 ID:60ldZAIo0
何か……掴んだような気もするが……。

筍魂
「……その顔、少しは真理に近づいた顔だな」

筍魂は、したり顔でオレを見ていた。

フィン
「へー、このおっさんが言うからにはセンスはあるのね……」

フィンは、不満そうな顔をしながらも、認めるような発言をしていた。

筍魂
「今後も瞑想を続ければ……たどり着くんじゃないか?
 会議所での作業の割り振りがなかったらここへ来い、どうせ客なんてほぼいないからなぁ、はっはっは……」

筍魂は、あまり誇るべきではないことを誇らしそうに語っていた。
……やはり、この男は、底が読めない。
そんなことを思っていながら、オレはただそこに佇んでいた。

221 名前:SNO:2020/09/12(土) 21:09:00.286 ID:60ldZAIo0
意外!それはWARSのパクリ!

222 名前:きのこ軍:2020/09/13(日) 09:39:08.185 ID:Xqoo728so
うれしすありがとう 習得がんばれ

223 名前:Route:A-9:2020/09/15(火) 22:43:34.264 ID:lPQrte8s0
Route:A

                 2013/4/20(Sat)
                   月齢:9.7
                    Chapter9

224 名前:Route:A-9 church:2020/09/15(火) 22:45:10.578 ID:lPQrte8s0
――――――。
あれから、5日が経った。
同時にオレにとって三度目の大戦の日でもあった。

オレは、手が空いているときはひたすら瞑想を続けていた。
……瞑想するたび、何か掴みそうになりながらも……その決定的な部分までには触れられない。
なんとも歯痒く、消化不良な日々を送っていた。

筍魂
「この分だと……真理は、大戦で掴めるかもしれんな」

乙海
「……はぁ」

……昨日、修行を終えたオレに、筍魂はそう言った。
心なしか嬉しそうにも見えた。表情と声色からは、それを伺わせなかったが……。
どことなく、彼の醸し出す雰囲気が、そう言っているように思えた。


225 名前:Route:A-9 church:2020/09/15(火) 22:45:48.946 ID:lPQrte8s0
フィン
「アタシは大戦じゃなくても、真理にたどり着いたけどね」

その横で、フィンは誇らしげにしたり顔をしていた。

筍魂
「……まぁ、真理の理解と実戦での発揮は全然違うがな」

フィン
「うぅぅ……っ」

その横で、筍魂は横やりを入れて、フィンは悔しそうに顔を赤くしながらぶるぶると震えていた。
やはり二人は、叔父と姪のようなそんな雰囲気を見せていた。

オレは――昔から、家族との付き合いが少なかった。そして、それで特に困る事もなかった。
だが……この光景を見る限りは、その体験も必要だったのだろうか……少しだけ、そう感じていた。

……まだ、集合時間に充分早い。
オレは、これまでの出来事を思い返しながら、会議所内部にある教会を訪れていた。
なぜなら――そこには黒砂糖が常にいる場所だからだ。

黒砂糖は教会でカウンセラーのような役割を担っており、
筍魂の謎かけのヒントがないかを探りにやってきた……とういうわけだ。


226 名前:Route:A-9 church:2020/09/15(火) 22:49:46.250 ID:lPQrte8s0
黒砂糖
「乙海――おはよう」

神父装束に身を包んだ黒砂糖が、オレに短く挨拶を交わした。

黒砂糖
「その様子からするに、悩んでる――ってところのようだ
 まぁ、この衣装は単なる趣味で、私は無神論者であることは先に言っておこう
 カウンセラーの役割であることは確かだけれど」

――その立場にありながらも責任感を半分放棄している部分が、筍魂のように思えた。

乙海
「……戦闘術魂の謎かけに、今悩んでいる
 たどり着けそうでたどり着けない――筍魂は、大戦で辿り着けるとは言っていたが……たどり着けるのかが少し不安だ」

黒砂糖
「戦闘術魂――そういえば、乙海の空き時間はいつもあのパブに行っていたな」

納得したように、黒砂糖は何か考え事をしていた。


227 名前:Route:A-9 church:2020/09/15(火) 22:52:40.029 ID:lPQrte8s0
黒砂糖
「……大戦は実戦の一つで、毎回展開が異なる
 その特徴からいえば……謎かけの答えに辿り着ける可能性はあるだろう」

乙海
「……」

黒砂糖
「端的に言えば、無限の可能性があるのだから――答えを見つけられることには違いない」

乙海
「……なるほど、ありがとうございます」

黒砂糖
「これは完全な私の持論で、確実な答えではないが……
 ひとつの参考になったら幸いといったところ」

黒砂糖の一言は、確かにひとつの納得となってオレの中に染み渡り……大戦でその結論を見つける目標に昇華された。
オレは――答えを見つけるために今日の大戦で戦うのだ!


228 名前:Route:A-9 church:2020/09/15(火) 22:58:21.149 ID:lPQrte8s0
乙海
「……これは別件だけれど、どうして神父なのに無神論者なのかを教えてほしい」

黒砂糖
「神という概念は――全てを見、理解している存在――私はそう考えている
 我々が神と呼んでいる存在は――そうではない
 例えば、大戦の軍神だが――軍神になったからとはいえ知識が手に入るわけではない」

淡々と――しかし、確固たる自信があるのだろう、淀みなくすらすらと持論を語った。

黒砂糖
「それに――本当に神がいるのなら……すべてを知っている者が存在するのなら――
 われわれが会議所で会議する必要はないし、会議所の名も必要ない」

……きのこたけのこ大戦を運営する会議所の名前――それは、意見を出し合うことで協力することがもとになっている。
つまり――。

乙海
「ここが神ではない、すべてを知りえない者たちが集まったからできた組織だから……神はいない、ということ」

黒砂糖
「そう――あるいはすでに神は私たちに介入したくないという考えにもなるかもしれないな
 どちらにせよ、信じるのは自由だろう――社長はユリガミとかいう女神を信仰しているように」

――そういえば、あの社長という兵士はそういう人物だったと、黒砂糖の言葉でいま一度思い出した。


229 名前:Route:A-9 church:2020/09/15(火) 22:59:48.126 ID:lPQrte8s0
黒砂糖
「私が神父なのは、昔――神職に近いことをしていたから――それだけだ
 社長が語っているユリガミのほかにも――そのほかにも……恐ろしい力を秘めた剣と鏡と勾玉が存在するやら、
 この世の理は神とやらが作ったやら――そんな眉唾物の話もいろいろ聞いたりもしたな」

そして、黒砂糖は遠い眼をしながら、小さくそう呟いた。
すこし言葉が詰まったのは……何かを思い出そうとしたがゆえだろうか。

不思議と、黄昏の海岸を――人魚の少女と出会った日を思い出すときのオレに似ていると、思った。

黒砂糖
「まぁ、こんな戯言は捨て置いてほしい
 今、乙海が考えるべきことは先に相談した内容だろうから……」

そう言うと、黒砂糖は椅子に座って本を読み始めた……。

乙海
「はい」

そしてオレは小さく御辞宜をしてその場を立ち去った……。

230 名前:Route:A-9 inferiority:2020/09/15(火) 23:02:59.089 ID:lPQrte8s0
あれから、オレはストレッチをしながら集合場所――大戦場へと向かい、
大戦を待っている兵士たちの隙間で、係員の動きをじっと見ながら、真理について考えていた。
今日のルールは階級制で、階級バッヂが配られるのを待ちつつも、その手さばきを見る。

きのこ軍兵士
「ほれ、今回は二等兵=だ」

オレが思考の海に漂っているうちに、いつのまにかバッヂを受け取った。
最下級の階級バッヂを軍服につけながら、オレは考える――実戦でたどり着くべき真理を見れるのだろうか?

黒砂糖
「先ほどのこと、まだ悩んでいるのか」

その肩を、黒砂糖にぽんと叩かれた。

乙海
「……真理を見つけられるかが、まだ分からない」

黒砂糖
「……さっきも言ったが、大戦には無限の可能性があるし、きみにもその素質はあるから問題ないだろう
 焦りすぎても答えにはたどり着かないしな」

黒砂糖は、オレの肩を再びぽんと叩きながらそう答えた。


231 名前:Route:A-9 inferiority:2020/09/15(火) 23:09:56.572 ID:lPQrte8s0
集計班
「お待たせしました、ただいまより第164次きのこたけのこ大戦の準備が完了いたしました
 それにつき、定刻通り13:00から大戦を開始します……」

オレがその言葉に何か返そうとした瞬間、集計班のアナウンスに遮られた。

集計班
「ファイエルッ!」

そして……何か返す間もなく、代り映えのしない合図とともに戦いが始まった。

…………。
しかし、今回の戦いは劣勢だった。

始めはきのこ軍側が優勢だったが、参加したきのこ軍兵士とたけのこ軍兵士の割合に差があり、
ここぞとばかりに、たけのこ軍が獅子奮迅の活躍を見せた。
じわじわと、味方は徐々にやられ――気が付けば兵力差も大きくついていた。


232 名前:Route:A-9 inferiority:2020/09/15(火) 23:15:48.727 ID:lPQrte8s0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍46%、たけのこ軍71%です」

そのアナウンスに、オレの近くに居た兵士はがくりとうなだれ、どんよりとした雰囲気になっていた。
……対照的に、スコープで見た敵は士気を高め、気持ちが昂った雰囲気……に見えた。

オレは――その状況に心は揺れなかった。
それはオレが勝利以外の目標に向かっているからなのだろうか?

黒砂糖
「……これは面倒、やろうと思えばいけるかもしれないけれど――かなり無茶が必要」

いつの間にか、黒砂糖はオレの隣に立ち言葉を紡いでいた。

黒砂糖
「この味方の不甲斐なさ――見捨ててもいいが、奥の手を使って少しでも粘ってみよう
 少なくとも乙海は動揺していないようだから、実質、きみの援護として――」

黒砂糖はちらりと周りの兵士を見やり、そしてオレに向き直って言った。

233 名前:Route:A-9 inferiority:2020/09/15(火) 23:19:09.894 ID:lPQrte8s0
その仕草は、面倒くさそうにも見えるが――黒砂糖は、指を虚空に滑らした。
……これは、何かを描いているのか?その軌跡は何らかの物体を形取り……。

そこには、きのこ軍兵士の幻影が具現化していた。

乙海
「……!」

オレは、思わず息を呑む……このような形の魔術も、あるのか……と。
同時に――海岸で絵を描いていたときの情景も脳裏に浮かんだ。

黒砂糖
「さっきも言った通り――私の隠し玉、生きている兵士ではなく、ただの分身にすぎない
 簡易的なデコイのようなもの……乙海はこれを利用しながら射撃で抵抗してほしい」

黒砂糖は、そう言いながら魔術を詠唱し始めた。
……分身を生み出しながら、さらに攻撃魔術を使おうとする……そこには圧倒的な魔術の技量のようなものが感じ取れた。

……ともかく、オレもうかうかしてはいられない。ライフルを構え、敵の様子を確認することにした……。

234 名前:Route:A-9 learning:2020/09/15(火) 23:23:34.885 ID:lPQrte8s0
乙海
「…………」

スコープ越しの敵は、勢いに乗りながら味方を次々と撃破していた。
ダメージを負い、バーボン墓場に転送されていく味方……オレは、それをただじっと見ていた。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍29%、たけのこ軍68%です」

――――。

きのこ軍兵士
「うっ、負けたくねぇええ!!うおおーっ!」

きのこ軍兵士
「軍神様、俺らに力をーーー!」

B`Z
「待て!無駄に行くんやない!!ここは冷静に反撃を……」

その劣勢を耐えきれずに、一人、また一人と玉砕覚悟で突っ込んでは撃破される。
参謀――B`Zはその行為が愚かであると知っているようだが……周りの兵士はそうではないということか。

乙海
(見る……オレは、相手を視る)


耐えなくてはいけない――苦しくても、焦燥感が胸を包んでも……。
飛び出してどうにかしようというのは、心が乱れた愚かな行動なのだ――。


235 名前:Route:A-9 learning:2020/09/15(火) 23:24:20.321 ID:lPQrte8s0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍22%、たけのこ軍60%です」

時間が経つごとに、きのこ軍の兵力は風前の灯火となり……一方のたけのこ軍は半分以上の兵力を残していた。
その優位な状況に、たけのこ軍の中にはどこか緩んだような雰囲気も見える……。
が、浮かれず淡々と攻撃する兵士――それこそ、筍魂や、加古川もおり、対応が難しい。

オレはその様子をスコープ越しに眺めていた。
隣で黒砂糖の作ったデコイが撃ち抜かれても、不思議と動揺はなかった。

オレの思考にはある一つの考えだけがあり――もはや、オレが狙われるかというのは意識の外に追いやられていた。
兵士が集まった全体、それが軍というグループ……。それは――無秩序の全にあたるのではないか?

いや、何も軍だけではない。……オレの住む町、あるいは会議所……それも、様々なものが集まった全だ。
……全と解釈できるものは、幅広くこの世に存在するのかもしれない……。


236 名前:Route:A-9 learning:2020/09/15(火) 23:25:42.655 ID:lPQrte8s0
――――。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍15%、たけのこ軍58%です」

徐々に追い詰められている。このまま戦力差で押し切られる可能性も高い。
しかし――それでも、オレは冷静に戦いの推移を見る。

¢
「ぼくは何とかなっているが、相手の攻勢が激しい!
 くっ!また来た――」

……通信機越しの声も、遠ざかる。オレの思考には考えが浮かんでいた。
グループは、個々人の集まりによって構成されている……。すなわち一にあたるのではないか?

世界は一括りにして俯瞰できるが、事細かく見れば……それは無限の一の集まりではないか?

……すなわち、オレ。スコープ越しのたけのこ軍兵士の一人一人……。
少なくとも彼らは、余裕の表れか、あるいは油断か……どこか真剣味を失った表情をしている。


237 名前:Route:A-9 learning:2020/09/15(火) 23:26:11.862 ID:lPQrte8s0
乙海
「そこか――!」

オレは、何かを悟り……そして、彼らの隙を見つけた。
もはや蟷螂之斧かもしれないが……それでも、オレのなすべきことをなす!

たけのこ軍兵士
「うぁっ!?」

たけのこ軍兵士
「あがが……ッ」

油断した兵士の、意志の弱い銃の動きを、オレは読むことができた。
その銃口に、ライフルの弾丸を当て……同時に暴発させる!

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍5%、たけのこ軍43%です」

――戦局への影響はわからないが、悟りの果てに得た攻撃……。
不思議と、オレの中には何かが満たされた――そんな感覚があった。

238 名前:Route:A-9 learning:2020/09/15(火) 23:30:02.836 ID:lPQrte8s0
集計班
「きのこ軍の兵力が0%となったので、終戦となります――たけのこ軍の残兵力は32%でした――」

終戦を告げるアナウンスも、オレにとってはもはやどうでもよかった。

きのこ軍兵士
「うぅぅう……たけのこ軍、数で押すとは卑怯だぞ!」

B`Z
「落ち着くんや、きのこ軍の人を増やすために何ができるかが重要や」

きのこ軍兵士
「次回は勝つぞオラァ!練習、鍛錬、やったるぞ!」

味方は敗北したことに何らかの反応を示していたが……オレには全く持ってその感情がなかった。

黒砂糖
「乙海……何か掴んだような瞳をしている?」

黒砂糖の声に、オレは納得するように頷くだけだった。

――そう。オレは、戦いの中で真理を垣間見た……そんな感覚を受けていたのだ……。
その足掛かりを――劣勢の中の反撃で……。

この感覚を忘れないように、オレは両手を握り締めていた。

¢
「乙海も悔しいようだ……次は頑張ろう」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

239 名前:SNO:2020/09/15(火) 23:30:31.468 ID:lPQrte8s0
実際の大戦の展開まんまなので描写し大戦できのこ軍三連敗してますね・・・

240 名前:きのこ軍:2020/09/16(水) 21:52:12.010 ID:2L/.r96go
黒ちゃんマジレギュラー

241 名前:Route:A-10:2020/09/19(土) 00:01:27.980 ID:ig2Z2/yg0
Route:A

                 2013/4/26(Fri)
                   月齢:15.7
                    Chapter10

242 名前:Route:A-10 trance:2020/09/19(土) 00:03:59.013 ID:ig2Z2/yg0
――――――。

それから、6日が経過した。
大戦の中で真理のようなものが見えてもなお、オレは足しげくフィリップ・パブに通っては瞑想を続けた。

『無秩序の全は一に帰し、“生命力の流れ”は即ち“世界の理”と同化する』

その言葉の意味を、心の中で探し続けた。
大戦で、垣間見た真理を、意識の中で追い求め続ける……。

その日――オレが瞑想して訪れた世界は……まったくの暗闇だった。


243 名前:Route:A-10 trance:2020/09/19(土) 00:06:40.279 ID:ig2Z2/yg0
ふと、ごぼり、とあぶくが立った。
オレは深い深い処にトランスしていた。

ここは海の底なのか――?あるいは別の場所なのか――。
塩辛い液体が全身を包む感覚を、オレの心は捉えていた。

何も見えない場所。それでも、何かの溶液に包まれていることだけはわかる。
それは体温に近い温度で、オレはその中で一人佇んでいた。

オレは……その世界そのものなのか?
いいや――違う。オレはその世界の一部のはずだ……この溶液はオレではないからだ。

しかし……世界のかけらであることに違いはない。
この世界は、オレが居て成り立つ――そういった予感を覚えたからだ。

――その暗闇に、一筋の光が差した。
……陰の世界に陽が混じり――それでも、この世界は存在している。

オレは――陰陽に交じって溶け合っている……。
流動する溶液に、オレは流され――オレは世界と融合する……。

それは――まるで――。

244 名前:Route:A-10 trance:2020/09/19(土) 00:07:28.686 ID:ig2Z2/yg0
ああ、そうか――と思う。

無秩序の全……世界はとても無秩序なものなのだ。
オレの居たこの暗闇は、光と混じり変容する――それでも、世界そのものであることに変わりはない。
……そして、その変容を続ける世界の中に、オレという個人が、一として存在している。

――その世界は、光と影に――陰陽に支配されているのだ。
そうだ。陰陽はマイナスとプラスの関係と同義だ。
例えば、大戦で劣勢の時、味方には絶望するものがいて、敵には喜ぶものが居た。

世界は陰陽で包まれ――オレはその構成された要素の一つであり――同時に、オレの行動でも陰陽を操れる。
オレが初めて参加した大戦では、オレの行動によって味方の気持ちは高まった……。
そう、オレが陰陽のうちの陽を引き出すことができたのだ……。

つまり、それこそが――。

その瞬間、オレの意識は急激に引き戻される。
溶液から投げ出された意識が、フィリップ・パブまで戻り――そして、かっとオレは目を見開いていた。

同時に、全てを掴んだ感覚が、オレにあった。

245 名前:Route:A-10 verity:2020/09/19(土) 00:09:33.040 ID:ig2Z2/yg0
筍魂は、オレの表情を見て、ニヤリと笑っていた。

筍魂
「……その顔は、ついに気が付いたか」

乙海
「おそらく……」

筍魂
「お前の考えを述べてみろ、聞いてやる」

フィン
「へー、やっといけたんだぁ、教えて教えてっ」

真剣な筍魂と、どこかからかうようなフィンの態度は対照的で――それもまた、オレが語ろうとする結論の後押しをしていた。


246 名前:Route:A-10 verity:2020/09/19(土) 00:10:17.246 ID:ig2Z2/yg0
乙海
「…………」

オレは、どうにか辿り着いた結論を頭の中で整理し――反芻する。

乙海
「『無秩序の全は一に帰し、“生命力の流れ”は即ち“世界の理”と同化する』」

乙海
「無秩序の全――これは、この世界そのもの
 世界は数多の無秩序によって進行しているが故――」

筍魂
「………」

フィン
「………」

オレが語り始めると、筍魂も、フィンも真剣な表情になっていた。
……フィンもそういった態度をとるのは、正直意外だったが……オレは、話を続けた。


247 名前:Route:A-10 verity:2020/09/19(土) 00:10:57.859 ID:ig2Z2/yg0
乙海
「次に、一に帰し――これは、オレそのもの
 この世界の無秩序さは、個々の存在がかかわっている」

乙海
「例えば、オレが呼吸することによって大気の酸素と二酸化炭素のバランスが変化するが……
 秩序あるバランスがわずかに変化した無秩序になる……
 あるいは、大戦でオレの攻撃によって味方の気持ちが高まり、逆に敵の気持ちが低まるのも――そう言える」

乙海
「……それが生命力の流れに繋がる
 オレが生存するための行動――その流れだけでも、世界の理の一部に――同化することになる」

乙海
「……加えれば、そこに陰陽が絡んでいる
 光と影、影と光――この二つの概念は切っても切れない関係で、個々が複雑に交じり合って世界を作っている」

乙海
「これが、オレの出した、結論……」

――どうにか、オレのたどり着いた結論を述べることができた。
すらすらと――流暢に語ることができたが、緊張のためか、喉がからからになっていた。

思わずオレはよろけそうになり、足に力を込めてなんとか耐える……。

248 名前:Route:A-10 verity:2020/09/19(土) 00:12:29.505 ID:ig2Z2/yg0
筍魂
「ほう……」

興味深そうに、顎に手を当てながら話を聞いていたかと思うと、突然拍手を始めた。

筍魂
「いいだろう、その解釈で問題はない――」

乙海
「そうですか」

オレは内心胸を撫で下ろした。
オレの感じ取った世界が――オレの受け取った感覚が――どうにか、求めるべき答えに辿り着いたことに。

とにかく……これで、メンタルという部分ではある程度成長できたはずだ。
あとは、技術面だ。筍魂はこれが全てとは言ってはいない……。

フィン
「アタシと同じこと言ってる、やっぱり結論は似たり寄ったりなんだぁ」

乙海
「そうかもしれないな……」

一方で、フィンは、相変わらず突っかかるように――それでも、少し柔らかめの口調で言った。
多少は、オレのことを評価したのだろうか……?


249 名前:Route:A-10 verity:2020/09/19(土) 00:13:26.927 ID:ig2Z2/yg0
筍魂
「さて――その言葉が戦闘術魂の基礎の基礎というわけだ
 戦闘術魂の肝である、いわば微弱魔力の操作もその言葉通りになるわけだが……
 それは、このフィンもまだ会得していない」

筍魂は、フィンをちらりと見ながら言った。

フィン
「っ〜!」

フィンは地団駄を踏みながら、悔しそうに筍魂を見つめる……。

筍魂
「これからは……技術を鍛えることになる……
 まぁ、時間はいつも通りで構わないがな」

そんなフィンの視線をスルーしながら、筍魂はオレに語った。

筍魂
「とはいえ、もういい時間だ――修行は今度で、
 今日は晩飯でも食べていくか?もちろん俺のおごりだ、成長祝いとしてのな」

フィン
「あ、あたしも食べるからね」

乙海
「……お願いします」

筍魂
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

250 名前:SNO:2020/09/19(土) 00:15:06.464 ID:ig2Z2/yg0
解釈これであってるのかはわからーん

251 名前:きのこ軍:2020/09/19(土) 00:32:07.980 ID:uha7bd/Io
あってるでしょ。
--
目に見えない世界の流れ。
そこにいるそれぞれの兵士はそれぞれちっぽけな“一”であり、同時に“全”でもある。

ありとあらゆる全ては同じ一つの存在である。その“一”から生まれる“正”や“負”の流れは即ち“全”の流れ と同化する。
“一”は“全”、“全”は“一”。
それこそが世界の理。戦闘術魂の真理。

252 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:35:19.911 ID:ig2Z2/yg0
――夕飯を終え、オレはハーブティーを飲みながらほっと溜息をついていると……。

フィン
「乙海、悔しいけど貴女はライバルね……あたしの中でのライバル2号よ、気に入った」

フィンは、手を握ったり開いたりしながら、オレに話しかけた。

乙海
「そうか……」

思えば――オレはこうやって突っかかってくる手合いと出会ったことがなかった。
射撃競技も――己との闘いであるため、それをする暇があればとことんまでに目的に向かう方が効率的だった。

その新鮮さに、オレは思わず口元を緩ませていた。

フィン
「よし!あたし、友達から教えてもらったタロット占いでもしてあげる」

フフンと胸を張りながら、フィンは机の上に22枚のカードを散らばせた。
表裏がばらばらになるように、全体をかき混ぜ……それを3つの山に分け、目を瞑りながら1つの山に戻す……。

フィン
「手慣れてるでしょ?練習したんだから……」

そう言いながら、フィンは22枚のカードをオレに見せた。

253 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:38:05.090 ID:ig2Z2/yg0
フィン
「……じゃあ、あなたの悩みや心に秘めてること、ぼかしてもいいからまず教えて」

オレの悩み――いろいろあるが……一番オレにとって重要なのは、人魚の少女のことだろうか。

乙海
「じゃあ、幼いころに出会った友人……遠い場所に行ってしまったが、再開できるか――これについて尋ねよう」

しかし……人魚のことを話すわけにもいけないので、オレはぼかしながら答えた。

フィン
「へぇ……孤独そうだけどあなたにもそんな人いたんだね、意外ね
 じゃあ、あなた自身のを示すカードをこの中から選んで」

乙海
「……それを」

オレが選んだカードは、戦車の正位置……。
二輪の戦車に乗った兵士……彼はその手にきのこの錫杖を持ち、馬に引かれて陣地に凱旋している……。
その様子を称えるきのこ軍兵士たちが遠くに描かれている……。

フィン
「この図柄は、前に進もうとする意思――負けず嫌い――勝利――そういった意味合いがある」

フィン
「意外ね、乙海ってそんな素振りないのに……実は自分と戦ってるとかぁ?」

筍魂
「射撃は己との闘いと言うから、合ってそうだな」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

254 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:38:48.578 ID:ig2Z2/yg0
フィン
「うるさいなぁ……リズムが崩れるからあまり話しかけないで
 続いて、乙海に立ちふさがるもの……引いて」

オレの選んだカードは、悪魔の正位置……。
厳つい角を携えた屈強な大男……その脇には、打ちひしがれたきのこ軍とたけのこ軍の兵士が座り込んでいる。
大男の顔は牡鹿。その爪は猛禽類のもの……キマイラのようにぐちゃぐちゃに混ぜ合わされた雰囲気がある。

フィン
「乙海に立ちふさがるのは混沌とした恐怖……何か面倒なトラブルに巻き込まれるかもよぉ?」

ふさげたように語るフィン。悪魔のカードを戦車のカードの上に重ねる。

フィン
「次は……あなたが認識している事柄についてね」

オレの引いたカードは……吊られた男の正位置。
逆さに吊るされたたけのこ軍兵士が、味方にヤジを飛ばされている……。
つまりは……戦犯への非難、というわけか?連続で、あまりよくない絵柄を引いているような気がする……。

フィンは、吊られた男のカードを戦車の上方に置いた。

フィン
「乙海は忍耐の人……射撃をやっているからそれも当然かぁ」

筍魂
「フィンも忍耐がいるんじゃないのか?」

納得したようなフィンの言葉に、筍魂が再び茶々を入れる。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

255 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:40:00.602 ID:ig2Z2/yg0
フィン
「うるさぁい……次、次行くよっ
 乙海の認識してない事柄、潜在意識!さぁ引いて!」

急かされるように引いたカードは、皇帝のカードの正位置だった。
玉座に座るたけのこ軍兵士。その胸には元帥のバッヂが輝いている。
しっかりとした姿勢で、軍配を掲げた姿はまさにリーダーのようだ。

フィン
「積極性、向上心――前者はあなたの雰囲気からすると意外ねぇ
 まぁ、戦闘術魂を学ぶのは積極的かもしれなけどぉ」

筍魂
「そうだぞ」

積極性……確かに、戦闘術魂で鍛錬することを決めたのは、オレの心がそうすべきと判断したからだ。
それは己に何か足りないと思っていたが故の行動……そういうことなのか……?

フィン
「じゃあ、次は乙海の最近の出来事!それから、これから起きるであろう問題の原因!」

皇帝のカードを吊られた男の真逆に置き、フィンは再びカードを選ばせようとちらりとこちらを見やる。

オレが引いたカードは……世界のカードの逆位置だった。
初めて、逆位置の絵柄を引いたことになる……。
空に浮かぶきのこ軍とたけのこ軍の兵士。その周りをカラスやシラサギが祝福するように舞っている……。


256 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:41:28.817 ID:ig2Z2/yg0
フィン
「初めて逆位置が出たねぇ、この意味合いは低迷したり未完成なところがあるためってところ
 ふっふーん、これはまだまだ戦闘術魂の修行が必要そうねぇ」

筍魂
「それはお前もだぞ、フィン」

フィン
「うぅ〜〜〜っ……」

いじわる気に言ったフィンは、筍魂の言葉にあっさりと肩を落とした。
……しかし、フィンの言うことは間違いでもない。オレはまだ、戦闘術魂の意味を知っただけに過ぎないのだ。

フィン
「……つ、次よ
 これからあなたに起きる未来!さぁ引いて!」

皇帝のカードを右に置き、フィンはぶっきらぼうにカードを指さした……オレがそれを引くと、それは塔のカードの逆位置が現れた。
会議所のように雄大な塔が、雷によってひび割れ、茨のように崩れ落ちようとしている……。
その絵柄を見た途端、フィンの表情が少し強張った。

フィン
「あぁーっ、これは最悪ね……乙海の未来は最悪ねぇ
 受難だとか不安定だとか緊迫だとかよくない意味しかないカードよぉ」

フィン
「しかも逆位置だから、不安定な状態が長続きする――こわぁい」

フィンは口をすぼめながら、塔のカードを左に置き、カードの十字架を作る。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

257 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:44:12.884 ID:ig2Z2/yg0
フィン
「気を取り直してぇ、7枚目――乙海のこれからの役割について引いてみて」

オレは促されるままに引いたカード……それは太陽のカードの正位置だった。
さんさんと輝く太陽の下に佇む女性――鏡を抱えて祈りを捧げている。

フィン
「へぇ……いい絵柄ねぇ、真逆って感じ?
 成功とか祝福とか――その意味は活躍してる新人兵士にはぴったりかもね」

乙海
「ふむ…」

オレは、フィンの言葉に不思議な気分になっていた。
ランダムにかき混ぜられたカード――その中から、オレに近しい意味合いのカードが出る……。
それは今までの体験と似たようなことを結び付けただけの詭弁なのか――あるいは何者かの采配なのか……。


258 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:44:54.819 ID:ig2Z2/yg0
フィン
「じゃあ、次は乙海を見る他人の目がどうかよ――」

太陽のカードを十字架の右に置きながら、フィンはカードに目配せをする。

オレの引いたカード……それは星のカードの正位置だった。
満天の星空の下、少女が疲れ切った兵士に声をかけようとしている絵柄。それは煌めくような光景にも見える。

フィン
「へーっ、希望の星と思われてる?まぁ、活躍する新人兵士なら、ベテランでも新人でもそう思うかもしれないねぇ」

にやにやと笑うフィン。その仕草は、どこかオレに突っかかっているようにも見える。

フィン
「じゃあ、次――あなたを変える出来事について……引いて」

星のカードを太陽の上に置きながら、フィンはふらふら揺らせながらカードに指さした。
促されるように引いたカード……それは隠者のカードの正位置。
ローブを着込んだきのこ軍兵士が、月明りをランプのようにして、迷った味方を導いている……。

フィン
「意味合いとしては、慎重さとか思慮深さとか……冷静な感情について
 へぇ……乙海には悟りを開くときが来るみたいだね
 ……ひょっとしてさっきの修行?もう変わってるかもねぇ」

筍魂
「はっはっは、意外とあるかもしれんなぁ」

冗談にけらけらと笑うフィンに、筍魂もおどけて同調した。
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259 名前:Route:A-10 fortune telling:2020/09/19(土) 23:46:55.604 ID:ig2Z2/yg0
フィン
「じゃあ最後――これまでの結果を踏まえた質問の答えを、このカードで決めて」

しかし、オレの疑問も晴れることなく、急かされるようにそのカードを引いた。

それは――審判のカードの正位置だった。
軍神が、傷つく兵士の上に現れ、加勢しようとしている絵柄――。

フィン
「ふぅん……この意味合いからして、乙海はいろいろな障害に巻き込まれるけれども――そのおともだちと再開できるんじゃない?」

両手を広げて、フィンはあっけらかんと笑った。

乙海
「そういうものか……」

オレは、半信半疑でフィンの答えに頷いた。

フィン
「所詮占いは信じるか信じないかはその人次第だからぁ……ねっ
 あたしの友達はもっと神々しく話せるけど、あたしには無理ねぇ」

フィンは、おどけたようにぺろっと舌を出して笑った。

260 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/19(土) 23:49:26.586 ID:ig2Z2/yg0
……そんなとき、店舗の電話が鳴りだした。オレが来てからは初めて聴いた着信音……一体、何事だろうか。

筍魂
「ああ、俺だ……なに?シューさんか……ああ、ああ……わかった、すぐ行く
 ん?ほかの兵士?乙海ならここにいるが……ああ、わかった」

筍魂は、真剣な口調で相手と会話している。シューさん……と言っていたが、集計班のことだろう。
オレが会議所で作業しているとき、たびたび彼はそう呼ばれていた。

……それにしても、オレの名前が出るとは、いったいどういう内容なのだ?
そう思っていると……。

筍魂
「乙海、今から会議所本部棟に行くぞ
 フィンは片づけと留守番していてくれ」

フィン
「はああい…」

急かすような筍魂の後にオレは続いた。
その後ろでフィンは不満そうに両脇にマットを抱えていたが……オレはそれを後ろ目でちらりと見ただけだった。


261 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/19(土) 23:51:32.683 ID:ig2Z2/yg0
……慌てて、オレと筍魂は会議所本部棟の会議室に入った。
初めて、オレはその部屋に入った……というよりは筍魂に導かれるように入らされたというべきか。
オレらのような一般兵士には縁のない場所だから、オレは部屋の内装を見回していた。

会議は、一部のメンバーが執り行う。
一般兵士はルールの採用といった一部の案件の賛否に投票するぐらいしか、会議には関わらないことが多い。

……部屋の中には、名だたる兵士が円卓を囲んでいる。オレはとりあえず筍魂の隣の椅子に座った。
神妙な顔をした兵士たち――¢に、黒砂糖に、B`Zといったきのこ軍兵士……
山本、加古川、791といったたけのこ軍兵士……彼ら彼女らの間には緊張が走っていた。

集計班
「夜分に緊急のお呼び出し、申し訳ない……」

集計班が、部屋に入ってきた。紙をまとめた資料を抱え、緊張した顔で最上座に座った。

集計班
「竹内乙海さんは会議は初めてだとは思いますが――話を聞くだけでも大丈夫ですので」

優しい口調で集計班はそう言った。そして……人数分の資料が配られた。


262 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/19(土) 23:55:58.442 ID:ig2Z2/yg0
その資料には、新聞の切り抜きで作られたいびつで不揃いな文字で、こう書かれてあった。

『明日4月27日の大戦を中止させる
 ――かつて会議所に現れた化け物DBを引き連れて
                           ――嵐』

集計班
「テロ組織の嵐が、DBをけしかける――そう犯行声明を出してきました」

真剣な口調。その言葉は部屋の空気を一瞬で張り詰めさせた……。

B`Z
「はぁ?奴は討伐したはずだが……
 それに、嵐やと……?
 確か、4月の頭にブルボン王朝でテロを起こしたぐらいしか聞いてはないが……今回の標的は会議所ということなんか?」

B`Zは、意味が分からないと言わんばかりに顔をしかめていた。

¢
「で、DB――ありえない、奴は……いなくなったはずだ」

一方、¢は極度の焦燥感を見せ、全力疾走した後のように息を切らせながら呟いた。
その様子は、まるで幽霊でも見たかのように、ありえない――とった雰囲気だ。
エースと呼ばれた彼がここまで取り乱すとは……DBとはいったい、なんなのだ……?

黒砂糖
「………」

黒砂糖は、沈黙したまま資料を見つめていた。
その表情は鉄仮面を張り付けたかのようにも見えた。

263 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/20(日) 00:00:05.842 ID:C8ftq5ew0
集計班
「改めてDBについて説明しなければなりませんね
 資料の最初をご覧ください」

示された通り、オレは資料を開いた。
そこには、DBについての情報が細かく記されていた。

――DB。Devil Beast(デヴィル・ビースト)の略称。
写真に写っていたのは、きのこの笠のような頭頂部。性格の捻じ曲がったかのような醜悪な顔面。
胴体と比べてとても短い手足のアンバランスさに、目を背けそうになる。

……しかし、移動する場合は車輪のようにそれが動き、その長さに見合わぬ機動力を見せるそうだ。
薄汚れ、脂肪で覆われた全身からはひどい刺激臭を放ち、口からは毒ガス、歩いた場所は毒で汚染され、その声は聴くだけで気力の失せるだみ声……。

文章だけで、気が滅入ってくる雰囲気があった……。
周りの兵士は、思い出した気な顔をしたり、露骨に顔をしかめている者もいた。

集計班
「会議所では……1年前の8月に討伐し、消滅したはずですが……
 どういうわけか、テロリストの嵐はDBをけしかけるぞ、と予告しています」

淡々と、事実を語る集計班の姿に、オレはごくりと固唾を飲んだ。


264 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/20(日) 00:01:30.928 ID:C8ftq5ew0
加古川
「私は今まで、DBは一匹狼の存在だと思っていたんだが……DBは、嵐の仲間だったのかい?」

集計班
「……それは判断しかねますね、何しろ情報が少ないし、本当にDBが来るのかもわからない」

B`Z
「そうやな……ただ、考えられるケースは二つ
 もともと嵐の仲間だったか、あるいは討伐した後に何らかの方法で仲間になったか……」

B`Zは、やはり参謀――と言われるぐらいに、重々しい顔ながら意見はすっきりとまとまっていた。

791
「……で、どうするの?明日の大戦は……」

791は、苦々しそうな顔でクリームソーダを飲みながら言った。

山本
「そうだな……これまでは、偶然にもDBは大戦の日には来ていなかったがゆえに休戦措置もいらなかったが……」

山本
「あのDBは、ただ兵が集まれば倒せる存在でもないだろうしな……」

社長
「一時休戦ガ妥当デスカね?」

ブラック
「……その意見に一理ありますね」

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265 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/20(日) 00:03:24.178 ID:C8ftq5ew0
791
「乙海は、どう?筍魂さんに連れられて来たみたいだけど――」

乙海
「!」

突然、791がオレに話を振ってきた。皆の視線がオレに注目している……。

791
「新人さんの、何もわからない状況での意見を聞いてみたいな」

乙海
「……オレはDBのことはわかりませんが、テロリストの嵐が犯行声明を出したなら、近隣の集落にも影響は出るかもしれないですね」

791のフォローに、オレはなんとか意見をひねり出した……。
とはいえ、とてもありふれた意見ではあったが――。

B`Z
「ああ、確かに――DBの面倒さを知っているから、そっちに目が行きがちやが――
 その考えは大いにあり得るな」

B`Zは、感心したように腕を組んでオレに頷いた。


266 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/20(日) 00:04:37.702 ID:C8ftq5ew0
山本
「いい意見だ、乙海……
 会議所で自警団を作って、嵐に備える必要がありそうだな」

オレが一石を投じたことで、周りはさらに建設的な意見を出し合い、わいわいがやがやと騒がしくなっていた。
その中で、オレは内心ほっとしながらその様子を見ていた。

やがて――。

集計班
「……意見が出そろったようなので、結論に移ります」

集計班
「一つは、明日の大戦は一時休止にすること
 もう一つは、嵐とDBに備えて緊急に軍を組織すること――」

山本
「ふむ……一般兵たちは嵐の方に対応して、私たち会議所組の半分はDBへの対応がいいだろうか?」

B`Z
「そうやな……山本さんやワシみたいに、ある程度統率できる会議所組も均等にしておきたいしな」


267 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/20(日) 00:06:42.849 ID:C8ftq5ew0
791
「私はDBの方で――」

筍魂
「俺も791さんと同じだ――」

皆は、集計班のまとめる言葉に続いて、思い思いに意見を言っていた。

¢
「ぼくは、嵐の方へ……」

黒砂糖
「DBも面白そうだが――今回は嵐側に行くよ」

抹茶
「僕も、黒ちゃんと同じで…」

ブラック
「私はDBで――気になることがありますので」

社長
「オナジく」

集計班
「……私は嵐に対応する側に回りますが、乙海さんはどうしますか?」

青い髪を指でいじりながら、集計班はオレに尋ねた。
その青い瞳が一瞬赤く燃えたように見えるが――気のせいだろうか。
今見える瞳は青いまま……ともかく、オレが立ち向かうのは……。

268 名前:Route:A-10 a claim of responsibility:2020/09/20(日) 00:09:57.030 ID:C8ftq5ew0
乙海
「DB側に行きます」

あえて、DBに対抗する選択を取った……。
どうしてだろうか……それは、現在、戦闘術魂の師である筍魂が居るからかもしれない。
戦闘術魂の扱い方を、その目で盗み取りたい――というところなのか。
オレにも、そのはっきりとした理由はわからなかった。

集計班
「わかりました――頼もしい言い回しで、さすが竹内さんの娘といったところ」

集計班は、予期していたような表情で答えていた。

抹茶
「そうですね……コンバット竹内さんもDBと戦っていましたし」

――ああ、そういうことか。父がDBと戦っていたから、その血を引き継いでいると解釈されたらしい。
集計班の表情もそういうことなのか。オレは少し腑に落ちないものを覚えつつも、同調して頷いた。

やがて、集計班は明日の大戦が中止になる件を、各情報機関に送り始めた。
同時に、加古川も兵士たちにも可能な限り伝達していた……。

会議所は、少しずつ兵士が立ち去り、円卓のテーブルが残る孤独な部屋に様変わりした。
オレは筍魂の後についていき、フィリップ・パブへと戻ることになった。

――オレは、明日、DBと戦うはずだ。大戦ではない戦い……それは今までに体験したことのない事象。
果たしてオレは、悪魔の獣と戦えるだろうか。

少々の不安はあるが、立ち向かうことで、オレの選択の理由も見えるかもしれない……。

269 名前:SNO:2020/09/20(日) 00:10:10.405 ID:C8ftq5ew0
物語やっと動いた

270 名前:きのこ軍:2020/09/20(日) 00:53:10.120 ID:OEiG2AyM0
タロットから今後の展開が見えますねー。
そしてみんなちゃんと会議してる感動した。

271 名前:Route:A-11:2020/09/23(水) 23:46:28.413 ID:3YCUBldw0
Route:A

                 2013/4/27(Sat)
                   月齢:16.7
                    Chapter11

272 名前:Route:A-11 idle talk:2020/09/23(水) 23:48:43.775 ID:3YCUBldw0
――――――。
翌日――メディアを通した報道のほか、会議所を訪れた兵士に、随時大戦が中止になるというアナウンスと、自警団の参加の確認が行われていた。
オレは、既に会議所で意思を伝えていたから、面倒な手続きに巻き込まれることもなく、手がすいており……。
大戦場へ行く前に……wiki図書館で嵐の情報を集めることにした。

目指すは資料室。直近1、2か月のニュース番組の記録はあるだろう……
また、DBと戦った映像もあるかもしれない。何しろ大戦の映像も保管していることもある。
そう思って資料室に入ると……。

筍魂
「DB――俺たちとはまったく異なる種族――そして、その面倒な部分は手ごたえがありそうだ」

791
「魂さん……あなた本当にバトルマニアだね」

黒砂糖
「………」

オレと同じ発想だったのか、DBとの闘いを記録した映像を丁度見終えたらしい兵士が3人いた。
ぐっと両こぶしを握る筍魂と、それを冷めた目で見る791……。
黒砂糖は、いつも通り鉄仮面を張り付けたまま、ディスクを元のケースにしまっていた。


273 名前:Route:A-11 idle talk:2020/09/23(水) 23:51:36.516 ID:3YCUBldw0
筍魂
「俺は強い奴と戦いたいんでね――無口さんとも戦ってみたかったし、何なら791さんや黒ちゃんとも戦いたい」

791
「ああ、そうなんだ……」

無口――wiki図書館の創設者。武術と魔術の両方に優れたきのこ軍兵士――今は行方不明の存在。
筍魂は、別のディスクを取り出して再生させる……そこには、先ほど彼が語っていた無口が映っていた。

筍魂
「俺は過去の大戦を何回か見返していたが……
 あの人は映像を見る限り女――791さんと同じぐらいの強さを持っていると確信するぜ」

ニヤリと、筍魂が笑った。

791
「はぁ……私も無口さんが戦う映像見たことあるけれど、あれは男じゃないの?
 女だから、そういうのはぴんと来るもんだよ?」

791はやれやれと呆れたように肩をすくめていた。

筍魂
「はぁー、さすがの魔王様には分からんかねぇ……黒ちゃんはどうだい」

からかうように791を見つめる筍魂……791の表情は、心なしか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

黒砂糖
「……あれは女だろう、足周りの動きでそう判断する
 まぁ、そうカムフラージュしているかもしれないから、確定はできないだろうが」
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274 名前:Route:A-11 idle talk:2020/09/23(水) 23:52:55.206 ID:3YCUBldw0
791
「あら、乙海――」

遅れて791もオレに気が付いたようで、いつもの柔和な笑顔でオレに微笑んだ。

乙海
「どうも……」

791
「それでぇ、乙海はどう思う?無口さんの性別……」

そして791は先ほどの会話で出た疑問をオレに訊いた。
オレは、映像をちらりと見てみる――。

映像の中では、顔を隠した白髪の人物が、漆黒の棍を振り回して戦っている。
その足取りは完璧にバランスが取れている。体重のかけ方は、足にかかる衝撃を一番散らすことのできる姿勢だ。

魔術の詠唱も、極めて短時間かつ、棍での攻撃を織り交ぜており、隙が全く見えない。
無口のサイドテールがゆらゆら揺れる……その軌道すらも、理で定められたもののようにも見える……・
まるで、筍魂のように、技術を研鑽したのだ――とオレは思った。

オレの選択は――。

乙海
「女……だと思う」

――それは、確信はなかったが……その動きを視たオレは、そう思えた。
それは同じ性別というシンパシーなのか……あるいは第六感によるものなのか……。それは説明できない……。

275 名前:Route:A-11 idle talk:2020/09/23(水) 23:53:37.890 ID:3YCUBldw0
筍魂
「ほう……オレや黒ちゃんと同意見か」

黒砂糖
「………」

791
「えー……乙海もぉ……?」

たった一人、791だけが意見を違えていた。
不満げにオレの目を見る791……その紫の瞳がオレを見据える……。

791
「うーっ、私と同じ女の子の意見も違ってしまうなんて…なんだかショックだなぁ」

大げさに肩をすぼめながら、791はやれやれと言わんとばかりに手を投げ出した。

黒砂糖
「そんな戯言はともかく――乙海もDBの映像を見に来たのか?」

乙海
「はい」

――質問に答えていて、本来の目的を忘れていた。そうだ……オレのやるべきことはそれなのだ。
危うく当初の目的を忘れるところだった……。

276 名前:Route:A-11 idle talk:2020/09/23(水) 23:54:12.700 ID:3YCUBldw0
すぐにオレはDBを映像で確認する……。資料通りの醜い生物が、少数の会議所兵士と相対している。

手に持つ巨大な電電太鼓からは空気を震わせた振動で攻撃しているらしい。
臭いによって兵士たちは顔をしかめているが、遠距離攻撃の応酬で互角――といったところか。

ざっと、数戦ぶんのビデオを見てみる……。
B`Z、黒砂糖、抹茶、加古川……名だたる兵士がその面倒な相手と戦っている様子が見える。
その中には、オレの親父も居た。太刀を構えて切り込む姿は、長年の鍛錬によって得られた技術を感じ取った。

筍魂
「相手が新たな戦法を編み出しているかもしれないが……今の乙海なら対応は問題ないだろう」

筍魂は頷く。オレも頷き返し、嵐と戦う決意を込めながら、拳を握った。

乙海
「そういえば……¢さんや集計班さんの姿が見えない気がする」

ふと、映像を見て気になった事実を呟いた。この事実は偶然なのだろうか……?


277 名前:Route:A-11 idle talk:2020/09/23(水) 23:55:40.204 ID:3YCUBldw0
筍魂
「シューさんは……この戦いでも戦局の分析をしていたからな……
 彼自身も戦闘能力は高い――魔術に優れたメイジだが、立場上あまり前線出ないのが惜しい」

――そうだ。集計班は大戦で集計している立場にあるのだから、それ以外でもそう言った行為をしている可能性だってある。
オレの視野の狭さに、少し気を引き締めなければならない点がある……
このままでは、いずれ壁にぶち当たってしまう。そう思い知らされた気がした。

791
「そうだねぇ――まぁ¢さんはちょっと自信がなくてヘタレな部分があるから、出なかったのかもねぇ」

一方で791はため息を交えて答えた。そういえば――彼はDBに対して怯えている態度を見せていた。
それはDBと戦わないが故の態度なのだろうか……。

791
「さて、そろそろ行こうか――みんな」

791が、部屋の時計を見上げながら呟いた。
確かに、そろそろ集合していたほうがいい頃合だ。オレたちは頷き合い、大戦場へと向かった……。

278 名前:Route:A-11 defense:2020/09/23(水) 23:57:16.005 ID:3YCUBldw0
オレたちは、大戦場でその時が来るのを待っていた。
会議所に常駐する兵士のほか、普段は会議所に居ない兵士も緊急事態とあって駆け付け、
普段の大戦より少し少ないぐらいの人数が集まっていた。

その時……ザッ――ザザッ――、
手元の通信機から音が聞こえた。なにやら連絡事項があるらしい……。

¢
「嵐がきのこ軍居住地に出現……今から、きのこ軍防衛隊、作戦に入る――」

山本
「こちらたけのこ軍防衛隊、嵐出現――これより作戦に入る」

791
「わかった、¢さん、山本さん――みんな、頑張って――」

……嵐は、予告通りに訪れたようだ。その場の空気は一気に張り詰め始める。
通信機の向こうでは緊張した声が響く。オレも固唾を飲んで、これからの動向を確認するために神経をとがらせた。


279 名前:Route:A-11 defense:2020/09/24(木) 00:02:16.061 ID:87BecFbw0
嵐というテロ組織――。
オレが会議所に入所したその日にも、ブルボン王朝でテロ行為をしていたという。
また、明治国の果汁組刑務所から囚人を脱走させたこともあるそうだ。

オレは大戦や会議所での忙しさにかまけ、そのことを知ったのは予告されてからだった。
恐らくは、大戦に直接かかわらない親父などは知っていたのかもしれない。

乙海
(親父が仕事にかまけてるのと、似たようなものか――)

……自嘲気味にため息をつきつつ、オレは嵐の情報を改めて整理していた。
構成員は、はぐれ者、ならず者――破壊や略奪を繰り返す迷惑者。

その行動原理は不明で、ただ破壊しては悲しみ憤る人々の様子を見て楽しんでいる――という説もあるそうだ。
構成員は逮捕されたことがあっても、リーダーや幹部の名前は絶対に漏らさない。
時には自殺する輩もいるそうだ。一体、どうやってその忠誠心が身に付くのだろう……。

ざっ――足音が聞こえた。
これはオレたちのものではない――すなわち――。

乙海
「!」

ブラック
「……どうやら、お出ましのようですね」

そして――そいつらは、現れた……。

社長
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

280 名前:Route:A-11 storm:2020/09/24(木) 00:04:41.739 ID:87BecFbw0
乙海
「………!」

オレは、思わず息を呑んでいた。

嵐の軍団が、現実にオレたちの前に現れたからだ。
青い軍服を着ている山賊のようなひげ面の男たち……チンピラのような風貌の男たち……。
社会性というものが皆無――恐らくは、オレたちの平均的価値観とは外にある集団なのだ。


「ハーッ!ここが本番みたいですぜ、ボス!」

一人は通信機で何らかのやり取りをしていた。……ボス、という存在と連絡を取っているということは、リーダー格はここにはいないということか。
男たちの向こうには、車輪の付いた檻があった……。その中は、暗くて見えない。
だが、恐らくはDBがいるのだろう……不吉でおぞましい雰囲気がそこにはあった。


281 名前:Route:A-11 storm:2020/09/24(木) 00:06:49.254 ID:87BecFbw0

「……行け、DBォォォ!」

そして……男の声とともに、檻が開け放たれた。
中からは――。
その、ブラックホールのように真っ暗な檻の中からは――。

DB
「ヴォオオオオオオオオオーーーーッ!」

――DBが、獣のようなうなり声をあげて勢いよく飛び出してきた。
それはまさにケダモノ――悪魔のような恐ろしさが全身からにじみ出ている。

791
「…………これは、まさか」

ブラック
「はぁ……いつ見ても醜悪ですね、アレは――」

791は何かを思い出したように、ブラックはげんなりとした顔でDBを見ていた……。
DBの顔は、欲望しか考えていない汚らわしい醜悪な表情をしていた。
そのぶくぶくに太った腹と脂肪が張り付いた腕からは、堕落に身をやつしたものの末路にも思えた。

……奴は人間なのか?オーガなのか?魔族なのか……?
どれも違うような気がするし、正解なような気もする……オレの背中には冷や汗が流れ、焦燥感に苛まれていた。


282 名前:Route:A-11 storm:2020/09/24(木) 00:08:09.833 ID:87BecFbw0
筍魂
「乙海ぇ、気を張れ――奴と相対するときは精神力がものをいう」

ぽん、と肩を叩かれた。
その言葉に、オレの焦燥感はすっと消え――冷静に相手を見据える心が浮かび上がった。

そうだ――敵を見据える――それがオレのやるべきことだ。
嵐のメンバーと、DB。恐ろしいのはDB。嵐のメンバーは……武器こそ持っているが、見た限りではメイジはいない。

メイジは、詠唱用に杖を持っていることが多い。791や黒砂糖は杖なしでも魔術を操れるが――
そういった強者の雰囲気は、向こうから感じ取ることはできない……。

乙海
「………」

ライフルと、大戦場に行く途中に抹茶から借り受けた試作中の銃に手を触れる。

抹茶
「ああ、乙海さん――ちょうどよかった貴女のアドバイスを元にさらなる試作品を作ってみましたよ
 名前はディアナ――狩猟を得意とする女神の名にあやかってみました
 とりあえず、弾詰まりを起こさない形の銃に変えてみました」

その時交わした抹茶の声が脳裏に浮かんだ。その場で試し撃ちしても、使用感に問題はなかった。
彼の研究者としての誇りを、新人のオレに託す――これはある意味名誉なことなのかもしれない。

大丈夫だ……これは大戦とは違う戦いだが、感じ取るものは似ている。

乙海
「よし……行ける」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

283 名前:Route:A-11 storm:2020/09/24(木) 00:10:30.348 ID:87BecFbw0
DB
「ヴォオオオオオオオオオーーーーッ!!」

けたたましい、耳をつんざくような咆哮。
同時に電電太鼓を振り衝撃波がオレたちをぴりぴりと刺激する。
奴が本能のままに叫んでいるだみ声は、心臓をわしづかみにされるような恐怖感がある……しかし……。

乙海
「!」

だが、オレは、銃を構える。
その手は震えない――なぜなら、その恐怖も世界の構成要素だから。
世界の一部。だからオレはそれを避けるのではなく、あえて向かい合い――オレと同じものだと認識する。

筍魂
「ほう……あの瞑想でメンタル・コントロールは会得したか」

筍魂は、興味深そうに頷いた。……あの鍛錬の成果は、もうここで発露しているのだ。

ブラック
「行きましょう――ホルンウィンド」

ブラックが、静かに言霊を呟くと、真空の刃が空気を切り裂いた。
その魔術を皮切りに……戦いの火蓋は切って落とされた。

284 名前:SNO:2020/09/24(木) 00:11:18.ウンコ ID:87BecFbw0
抹茶さんの出番あってよかったネ

285 名前:きのこ軍:2020/09/24(木) 00:20:43.324 ID:DdKEqu9wo
決戦が始まるッ!…

286 名前:Route:A-11 a united front:2020/09/24(木) 22:42:32.231 ID:87BecFbw0
ブラックの真空の刃は、嵐の兵士を瞬く間に切断した。
まるで包丁で魚をさばくかのように……バターナイフでバターを切り取るかのように……
ずばりと、嵐の兵士の腰を、えぐり、血をまき散らす。

乙海
「…………」

どちゃりと音を立てて崩れ落ちる兵士……血と臓物が地面に散らばる。
死――大戦とは違い、これは敗北すれば死を意味する戦い。
内臓をこぼしながら倒れる男たち――その残酷な光景に、周りの兵士は少し動揺を覚えていた。

しかしオレは……特に、何も感じてはいなかった……。
どうしてだろうか……敵であろうと何であろうと、生物の死であることに変わりはないのに……。

――しかし、今はその理由を考えている必要はない!

乙海
「そこだ!」

オレは敵の武器目がけて弾丸を放った。魔力を宿した弾丸は見事に命中し、弾き飛ばすことに成功する。
さらにもう一弾、もう一弾……相手の武器を、冷静に弾き飛ばしてゆく……。


287 名前:Route:A-11 a united front:2020/09/24(木) 22:48:10.532 ID:87BecFbw0
筍魂
「戦闘術魂――リーフブレード」

そして、思わずよろけた敵に、筍魂が草の刃で追撃した。
連携――きのこ軍とたけのこ軍の枠を超えた共闘が今ここで織りなされている。

オレは、嵐のメンバーの動きを視ながら、DBの方に目を見やると……。

791
「シトラス――」

791が、レモン色の魔法弾をDBに叩き込んでいた。
矢継ぎ早に魔術を連打する……その威力は、地面がえぐれ、その衝撃波だけで小石が砕けるほどだ。
DBは、それをかわすことに専念していた……。

幸いながら、距離が遠いためかDBの悪臭は感じない。やつの咆哮だけが気になるぐらいだ……。

社長
「ツインポップミサイル――」

オレの隣で、社長も魔力の塊の小型ミサイルをDBに撃っていた。
小規模な爆発――791の魔法弾よりも威力は低そうだが、それでも奴をひるませるのには充分……。

そして、そのよろめきと同時に、シトラスがDBに直撃した。

DB
「ギィイヤヤアアアアアアア!!!」

DBの身体からボタボタと血が落ちる。同時に土は腐りぶよぶよに散らばった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

288 名前:Route:A-11 a united front:2020/09/24(木) 22:50:32.671 ID:87BecFbw0
¢
「こちらきのこ軍防衛隊、嵐は突然撤退した――」

山本
「奴らは、まるで示し合わせたかのように、思い切り逃走したぞ?――」

――同時に、居住地で任務にあたっていた二人からも連絡が入った。
実に不可解だ……犯行声明までしておいて、こんなにあっさりと逃げ出すとは……。

その違和感を覚える状況に、オレは疑問符を浮かべていた……。
周りでは、困惑したように兵士がざわついている。ほっとしているような声も聞こえる。
……命に係わる可能性があるのだから、当然かもしれないが。

791
「乙海……多分、これは前哨戦じゃないかな」

筍魂
「そうだな……奴らはある程度いたはずなのに、その数を活かした攻撃もしなかった……
 DBを檻から放つことぐらいしかやっていない……あとは少々の抵抗といったところか」

オレの疑問は、他の兵士も考えていたらしく、791や筍魂もまた、考察を始めていた。


289 名前:Route:A-11 hope the staunch:2020/09/24(木) 22:53:18.603 ID:87BecFbw0
社長
「DBノテストトカ?」

ブラック
「――私も、その意見はありうると思います」

……その場では、会議のような雑談が行われていた。
向こうでは嵐の男たちの肉片が転がっている……その異様な雰囲気の中、オレの中にある想いがあった。

乙海
(……この人たちは、強い)

……そう。少なくともオレより場数は踏んでおり、戦闘経験があるのだ……。
オレは確かに大戦で活躍したとはいえど、射撃大会で入賞しただけの存在だ。

オレとは違い、彼らには実戦での実力もある。戦闘術魂を操る武術家。強力な魔力の持ち主。
兵器として、高い威力を持つ武器を搭載できる義肢の持ち主。そして義肢の制作に関わっている者……。

先の大戦で、社長は、出会い頭に攻撃を加えただけで、791とは交戦する機会はなく、実力は未だわかっていなかった。
しかし、大戦経験の多さは、確かに実感できる。
完璧にDBに攻撃を当てるための布石を打っていたのだから……。

乙海
(オレは……強くなれるのだろうか?)

確かに……戦闘術魂の鍛錬の一環の、瞑想によってオレはメンタル面では多少強くなった。
しかし……戦闘技術の技量は、まだまだだろう。オレには銃の腕が多少あるだけ……。
弾丸を失ったとき、オレは戦えるのだろうか?


290 名前:Route:A-11 hope the staunch:2020/09/24(木) 22:53:45.196 ID:87BecFbw0
筍魂
「心配するな、乙海」

そんなオレの表情を、筍魂は見抜いていた……。

筍魂
「お前のスナイプ技術を磨くんだ……さらにな
 戦闘術魂は技術が大切なんだ、どんな技術でも構わない……それが魔術でもいいんだ
 その経験が糧になるし、強くもなれる……」

その言葉は、今のオレにとって頼れる言葉でもあった。

筍魂
「お前が敵と戦う目はどこかいきいきとしていた……おそらくは、自分自身を鍛えたいという気持ちの発露だろう
 ――射撃も、自分との闘いだから納得できる」

続く筍魂の言葉に、オレは感服するしかなかった……そしてオレは、その言葉を聞いてようやく気が付いた。


291 名前:Route:A-11 hope the staunch:2020/09/24(木) 22:55:07.020 ID:87BecFbw0
オレが会議所に入った理由――それは、己を鍛えるため、なのだと……。

乙海
「そうですね、たしかにそう――オレは大戦の勝敗で心が揺れ動かなかった――
 その理由は、恐らくそういうことです」

すっきりとしたような気持ち。オレはすらすらと筍魂に言葉を紡ぐ……。

筍魂
「フフフ、戦闘術魂の鍛錬の時間はいつでも取るぜ、また今度来い」

オレの自信をもった答えに満足したのか、筍魂も親指を立ててニヤリと笑った。

それから、援軍にやってきた兵士たちは帰され……
会議に関わったオレたちだけで、大戦場にできた攻撃の後と、嵐のメンバーの死体を片付けることになった。


292 名前:Route:A-11 hope the staunch:2020/09/24(木) 23:01:08.508 ID:87BecFbw0
¢
「うぅう……死体は初めて見るから怖いよ」

青い顔をしながら、¢は血の痕を片付けていた。

B`Z
「まぁ仕方ないとはいえ――あまり殺しはようないかもな」

B`Zも真剣な顔でブラックに話しかけていた。

ブラック
「申し訳ございません――私の嫌いな存在でしたから」

ブラックは丁寧な言葉をしていながらも、言葉の節々からは後悔も動揺も感じられなかった。
いったい、彼女はどういう精神構造をしているのだろう……。

そんなことを思いながら、オレはDBの血で腐った地面を掘り返し、新たな土を入れていた……。

791
「それにしても、DB――シトラスが当たっても軽い出血で済むのは、普通の生き物じゃないのかもね」

黒砂糖
「DBは……そんな奴だったのか」

791
「うん――まるで私のように……特別タフな存在なんじゃないかなって……
 まぁあんなのと同一視されたくないけど」

意味深な791の言葉……そういえば、791は攻撃への耐久力が優れていると聞いたことがある。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

293 名前:Route:A-11 hope the staunch:2020/09/24(木) 23:07:32.454 ID:87BecFbw0
筍魂
「まぁ、ともかく――奴らはまた来るだろうな」

筍魂が、死体を袋に詰めながらそう言った。
彼は死体を動揺もなく処理している……肚が座っているのか、あるいは別の理由があるのだろうか。

山本
「……それにしても、嵐のメンバーの武器はそこまでいいものではないな
 質もまちまちだから、密造したものだろう」

遺品を拾い上げながら山本はそう答えた。
ごつい肉体と武器の大小から織りなされる――支援を受けられない立場にあるテロリストという推測。

兵士たちの意見を耳に入れながら、オレは、ただ、ただ、土を掘り返していた……。

294 名前:SNO:2020/09/24(木) 23:08:10.671 ID:87BecFbw0
乙海の目的もはっきりしたけどまだまだ続くよ

295 名前:きのこ軍:2020/09/24(木) 23:22:33.809 ID:DdKEqu9wo
明確な意志がモテる主人公は強くなるの法則

296 名前:Route:A-12:2020/09/25(金) 23:24:23.159 ID:.gg7iJa60
Route:A

                 2013/5/4(Sat)
                   月齢:23.7
                    Chapter11-2

297 名前:Route:A-12:2020/09/25(金) 23:27:45.490 ID:.gg7iJa60
――――――。

嵐との戦いから1週間が経過した……。
その間のオレは、相変わらず戦闘術魂の鍛錬を行いながら、会議所の業務を手伝っていた。

その日の朝――嵐からの犯行声明が、再び会議所に送り付けられていたのだ。
嵐の対応に当たった、会議所の代表――その中にはオレも含まれる――が、再び会議室に集められたのだ。

集計班
「皆さん……朝早くからご足労ありがとうございます
 非常に面倒な事態――嵐からの犯行声明がまた届きました、文面は前と同じような内容です」

深刻そうな表情を浮かべた集計班は、指でトントンと机の上を叩きながらそう告げた。

『今日5月4日の大戦を中止させる
 ――かつて会議所に現れた化け物DBを引き連れて
                           ――嵐』

前回は、あっさりと退いた嵐……しかし、しつこく犯行声明を出してきている。
今回は当日――大戦が執り行えないようにする妨害を続ける……これもテロリズムの一種だろうか?゜

298 名前:Route:A-12 crisis conference:2020/09/25(金) 23:31:43.076 ID:.gg7iJa60
¢
「で、DB……本当に居たって聞いたけど、また持って……来るのか……」

¢は、またもひどく怯えていた。
まるで、不安に苛まれた赤子のように、顔を青くしてぶるぶると震えている。
顔に流れる汗をハンカチで拭い取っているが、その手もまたぶるぶると震えていた。

エースと呼ばれた彼とは真逆のイメージ。心なしか、DBに関する話を聞くと動揺しているようにも思える……。

黒砂糖
「………」

黒砂糖は、相変わらず無言だった。
何を考えているのか……その鉄仮面からは読み取ることはできない……。

集計班
「それに――ルミナス・マネイジメントに所属するきのこ軍のtejasさんによると、
 開発中の機械人形装置を奪われた――そういう報告もあがっています
 嵐が、会議所への攻撃を続行すると見ていいでしょう」

社長
「マサカ……ヴァルトラングなどノ大企業にモ攻撃をシカケルカモシレマセンネ」

嵐は、会議所と、その周り――あらゆるものに噛みつこう、というのだろうか。
オレは、嵐の思惑に薄気味悪さを覚えていた。


299 名前:Route:A-12 crisis conference:2020/09/25(金) 23:32:52.327 ID:.gg7iJa60
B`Z
「このまま手をこまねているわけにもいかんが、兵士たちの安全も考えないといかん」

山本
「そうだな参謀……防衛隊の皆は、一般生活も送っているものが多いから死は絶対に避けたい」

やがて、前回のようにB`Zと山本が意見を出し合う。それを呼び水として、議論が活発化していく……。

791
「それに……このままずーっと休戦すると、会議所の存在意義もなくなっちゃうよね」

……791の意見はもっともだ。脅せば休止する――という流れが形成されたら、向こうの思うがままかもしれない。

乙海
「相手の様子を見ながら、大戦はどこかで行ったりする必要があるのだろうか……」

オレは、思いついた意見を推敲することなくただ呟いた。
それは意見として挙げるのも自信がない、小さな声だったが……。

筍魂
「おっと乙海……その意見はもっともだな」

筍魂は、その小さな意見を聞きつけて、肯定しながら頷いた。
そういえば彼は地獄耳と自称していたと、改めて思い出し……彼の顔を見ると、したり顔でオレを見ていた。


300 名前:Route:A-12 crisis conference:2020/09/25(金) 23:33:56.290 ID:.gg7iJa60
乙海
「ふむ……」

筍魂
「小規模な大戦を執り行う、例えば俺らが外敵から守りながら、一部の会議所兵士が指揮を執る大戦――こういう形をとるのも重要かもしれない
 いえば紛争を少しスケールアップしたような……」

社長
「ソレハ言えている……魔王様の言う通りに、会議所は大戦を運営する場所デス」

抹茶
「……大戦そのものに携われない兵士も居れど、僅かにでも世界の流れを動かすことは重要……そういうわけですね」

オレの素朴な言葉が、ほかの兵士によって噛み砕いた表現になり、発展していく……。
この光景は、大戦の縮図なのか……?議論という戦いによる影響なのか……?

議論に沸き立つ会議室を、オレはどこか遠くで見ているように眺めていた……。
そういえば、ブラックがここにはいない。彼女はどうしたのだろうか……少なくとも社長の秘書なら隣には居るとは思ったのだが……。

そんなことを考えている間にも、議論は活発に進み……会議はいつの間にか終わっていた。


301 名前:Route:A-12 crisis conference:2020/09/25(金) 23:34:53.644 ID:.gg7iJa60
集計班
「……意見が出そろったようなので、結論に移ります」

集計班
「対応としては前回と同様で行きましょう――
 ただし、今後の対応として、大戦を継続できるような努力が必要です」

集計班の総括が、すらすらと語られた。

加古川
「大戦継続の努力――具体的には?」

集計班
「これもまた、早急に会議しないといけない内容ですが……とにかく、直近の嵐に対応しないといけません」

集計班は、時計をちらりと見やった――そこには8時58分……会議所が開く時間が近づいていた。

加古川
「っ、そろそろ運営時間か……皆で案を温めないといけないな」

集計班
「そうですね、大変だとは思いますが、何か意見を考え……今夜中にでも決定しましょう」

B`Z
「よし、きのこ軍の皆はきのこ軍居住区へ行くで――」

山本
「たけのこ軍はこっちへ行くぞ!」

オレはきのこ軍だ――すなわち参謀の先導する声に従い、その後を追った。

302 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/25(金) 23:38:12.275 ID:.gg7iJa60
……きのこ軍、たけのこ軍の両居住区では、嵐がすでに暴れていた。
前回、彼らは魔術を唱えることはなかったが――それは偶然だったのか、杖を構えたメイジもそこに居た。

武器や魔術で公共物を破損し、騒ぎ、わめく……人々は、それだけでも怯えてしまうものだ。

オレは、B`Zに率いられ、居住区へと駆け付けた。
手元には特殊な鎮圧用の弾丸がある。相手を気絶させる特殊仕様のもの……。

ブラックの嵐構成員の殺害は、戒厳令は敷いたものの噂になっているらしい。
というよりは嵐が広めているのかもしれないが……ともかく、敵の殺害はほぼ避けるという方針になっていた。

B`Z
「居住区での破壊活動は禁止されている!直ちに降伏しなさい!」

嵐に対する力強いB`Zの声は、拡声器を通して居住区中に響いた。

¢
「……怖いが、追い払わないといけない」

隣で、¢は少し震えていながらも銃に手をかけていた。
その様子を見て――それが¢のエースという仮面を外した本当の中身のようにも思えた。


303 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/25(金) 23:40:03.757 ID:.gg7iJa60
黒砂糖
「……」

一方で黒砂糖はだんまりを決め込みながら、反撃態勢に入っていた……。

オレたちが、嵐の行動を止めようとすると駆け出す。
魔術の攻撃が飛んでくるかもしれない。オレはいつでも回避できる姿勢を取りながら銃に手をかけていた。


「おっと、逃げろ!退却だ!」


「イェエエエイ!おそいぜ会議所さま!」

……だが、オレたちが現れた途端に嵐は突然散り散りに走り去っていった。
オレたちが近づいただけで……まるで何かを企んでいるような動きのように見えた。
一体、どういうことなんだ…彼らは何を企んでいる?

¢
「……?なぜだ、あの声明からするとまたテロ行為に走ると思ってたのに」

肩透かしを食らったような顔を、¢はしていた。
恐らくは、周りに居る皆すべてが同じ疑問を浮かべているだろう。


304 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/25(金) 23:43:02.941 ID:.gg7iJa60
黒砂糖
「…………」

山本
「こちらたけのこ軍防衛隊――嵐はすぐに去っていった
 DBもいないらしい……厳重注意は必要だが、対応は終了になりそうだ」

通信機越しの山本の言葉にも、困惑の色があった。
実に不可解だ。ただ愉快犯的な行動にしては、オレらが来るという事態を予測していたようにも思えた。

B`Z
「……ふむ、不可解な動きやな
 もう一度会議をすることになりそうや――」

¢
「で、DBはいなかったみたいだが……一体も奴らは何のために来たんだ……」

訝し気に状況を見据えるB`Zの表情……隣に居た¢も、同じ表情をしていた。


305 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/25(金) 23:43:36.514 ID:.gg7iJa60
……会議所に戻ってきたオレたちは、困惑の中会議をしていた。
しかし、不可解すぎる嵐の動きの前では、建設的な意見も出てこない。

黒砂糖
「……もしかしたら、これは会議所の対応を見るための陽動かもしれない」

そんな中――黒砂糖は鉄仮面を貫きながらも、自説を唱えた。

集計班
「なるほど、会議所がどれだけの人員で抵抗できるか、その戦闘力、チームワークの確認……」

B`Z
「黒ちゃん、それや――嵐の狙いはっ――」

筍魂
「ふむ……どちらにせよ、俺らができるのは大戦の維持とかだな」


306 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/25(金) 23:53:19.719 ID:.gg7iJa60
……黒砂糖の意見を呼び水に、再び会議は活性化した。

791
「そうだね……今のところは建物に一部被害が出たぐらいで、会議所側に大きな被害はない
 すべてのリソースを防衛につぎ込むのは間違いに思える」

山本
「ただ、今後住民を標的にする可能性は考えないとな
 何より、関連企業まで狙ったんだ――次狙うのが住民や兵士じゃないという保証はない」

B`Z
「居城区の警察から報告書があがったが、ワシらがたどり着くまでは、
 嵐は警察の攻撃をかわしながらひたすら騒ぎ、破壊する行動を取っていたらしい
 ……しかも警察が対応し始めてからワシらが居住区にたどり着くまでは20分ほどだったらしい」

抹茶
「……嵐は、警察の妨害を避けつつ会議所を呼ぶように仕向けた、ということですかね」

警察……治安維持の組織の中にも兵士は居る。
しかし彼らは短期あるいは中期コースの者しかいない。それも当然で、警察としての業務が優先されているからだ……。

だからこそ、会議所の一員ともいえる長期コースの兵士を呼び出し、立ち振る舞いや人員を見ようとしたのだろう。

同じ結論を、周りの兵士たちが口々に呟いていた。

加古川
「なんにしても、私たちへの挑戦であることには変わりないな」

集計班
「ええ……ともかく、そろそろ意見は出尽くしたようなので、結論に移りましょう」

307 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/25(金) 23:57:16.251 ID:.gg7iJa60
集計班
「苦しい決断ではありますが、今回の大戦も中止とします
 何せ今回はすでに騒ぎになっていますし、まだ我々に心構えもないですから大戦の運営を円滑にできる確実性に欠けます」

集計班は苦虫を噛み潰したような顔で、淡々と結論を告げた。

集計班
「そして嵐から住民を守る――これもまた重要でしょう
 そこで、警察と協力しながら居住区を警備するグループと、
 会議所と大戦の運営を行うグループに分けて活動する……これでどうでしょうか」

加古川
「賛成だ」

B`Z
「そうやな……ええと思うで」

集計班の意見に、皆が頷いた。

集計班
「あと、不要不急の外出を規制しておきましょう――
 少なくとも、我々が警備して安全を確認できるまでは」

山本
「まぁ、仕方がないだろう……今朝の出来事は住民も知っているしな」

308 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/26(土) 00:06:03.814 ID:4nSfvMe.0
集計班
「そして、規制を解いた後も警備する――
 しばらくは苦しい展開になるやもしれませんが、この方針で行きましょう」

791
「うん、賛成」

乙海
「はい」

集計班は、その名前にふさわしいというべきか――スムーズに意見を集約していた。
これもまた彼の才能なのだろうか。

山本
「さて、善は急げとばかりにオレと参謀で班分けを作ろう、いいだろうか参謀」

B`Z
「ええで、手伝おう」

……そして、会議の終わりを告げるまでもなく、兵士たちは動き始めた。

¢
「ぼ、僕も手伝うよ」

抹茶
「よし、こちらは居住区の防犯システム班と打ち合わせをしてきます」

……それぞれが、やれることをやろうとしている。
オレは……どうすべきだろうか。そう思っていると……。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

309 名前:Route:A-12 aggregate:2020/09/26(土) 00:10:17.624 ID:4nSfvMe.0
フィン
「あらぁ……乙海は仲間外れにされちゃったんだぁ、けらけら」

フィリップ・パブを訪れたオレに、フィンは楽し気な態度を取っていた。

乙海
「ああ……しかし、君がここに居る……
 少なくとも修行仲間が居るだけでも精神的には楽だ」

フィン
「ちっ……アンタ意外とアタシの気にしていることを言うね
 まぁ、いいや……鍛錬をやりましょう」

――フィンの態度にも、オレは慣れていた。
まるで妹ができたかのような……そんな感覚。

そういえばオレは友人らしい友人もいないのだ。
これまではオレと対等にしようとする人物がいなかったから――
だからこそ、オレは……フィンと切磋琢磨しながら、
嵐と対抗できるようにしよう――そう思っていたた。

310 名前:SNO:2020/09/26(土) 00:10:50.627 ID:4nSfvMe.0
てはすさんちょい役だけど出てきたよやったね

311 名前:きのこ軍:2020/09/26(土) 19:19:55.568 ID:py5sioxko
ちゃんとみんな会議してて感動する。

312 名前:Route:A-13:2020/09/26(土) 21:05:26.497 ID:4nSfvMe.0
Route:A

                 2013/5/8(Wed)
                   月齢:27.7
                    Chapter13

313 名前:Route:A-13 harm:2020/09/26(土) 21:07:23.525 ID:4nSfvMe.0
――――――。

それから……4日が経過した。
オレは、同軍の兵士とともに居住区を警備し……手すきの時間は戦闘術魂の鍛錬を行う日々を過ごしていた。

……警備中に、嵐の連中はいなかった。出会ったのは心配そうに過ごす住民だけ……。
その中には、新人兵士もちらほらおり、会議所に来るのを控えている者もいた。
嵐は……様々な影響を与えていることに違いはない。

災害と同じ名前を使っているだけはある、ということなのだろうか……?

オレらの対策の間……待てど暮らせど嵐は訪れず……。
ただ、兵士の警備がいたずらに住民の不安をあおるだけとなっていた。

そして――そのことに関する問い合わせが会議所に届けられたことも踏まえ、
今朝の会議で、外出規制の解除措置が取ることとなったのだ。


314 名前:Route:A-13 harm:2020/09/26(土) 21:12:15.114 ID:4nSfvMe.0
アナウンス
「【会議所】での緊急会議の結果、今日から外出規制が解除される並びとなりました
 テロの可能性などもありますが、兵士・警察などによる警備の強化で対応を……」

――とはいえ会議所の兵士が警備を続けることは変わりはない。
オレも、今朝からきのこ軍居住地を警備のために巡回していた。

乙海
「……ふぅ」

オレは、警備の交代時間を終え、一息ついていた。
まだ会議所に入って1か月だが、テロリストへの対応を行っているなんて、想像だにしていなかった。

乙海
「筍魂のところに行くか」

オレは、相変わらずフィリップ・パブで修行を行っていた。
昼までの割り当てられた作業を終え、腹ごしらえと同時に修行。それがオレのルーティーンに組み込まれていた。
そして……今回もそのつもりで足を運んだ。

筍魂
「よぅ、常連になってくれてありがたいな」

フィン
「はいはい、どうも」

相変わらず、筍魂は底の見えない飄々とした雰囲気を、フィンもオレへのライバル意識を向けていた。
いつものように昼食を取っていると、唐突にフィンが話しかけてきた。


315 名前:Route:A-13 harm:2020/09/26(土) 21:13:02.048 ID:4nSfvMe.0
フィン
「ねぇ……嵐って強いの?弱いの?」

乙海
「……わからない」

いつもよりも真剣な表情のフィン……しかしオレには本当にわからなかった。
嵐は、なぜか本気を見せているようには見えなかったからだ。仮説として挙げられた陽動や戦闘力の確認は間違いではない気がするとも思えた。

フィン
「ふーん、そうなんだぁ、へぇ……」

フィンは、なぜかにやにやしながらオレの傍の席に座っていた。
どういうことだろうか……彼女にとってテロリストは下に見る存在なのだろうか。

筍魂
「奴らは全力を出していないな、ただ一つ言えるのは、今のところは武術の達人らしきものはいないってことだ」

補足するように、筍魂が続けた。

筍魂
「身のこなしは誰でもたどり着ける訓練のたまものに近かったし、魔術もここの教育課程で身に着けられるものと同じだった」


316 名前:Route:A-13 harm:2020/09/26(土) 21:13:52.949 ID:4nSfvMe.0
フィン
「へー、じゃあDBっていう変な奴が切り札になるの?」

筍魂
「それはわからんな……DBが大戦場に来た時も、割とすぐに逃走していたしな
 もしかしたら秘密兵器はあるかもしれんぞ」

そんな二人の会話を聞きながらオレは思っていた。
嵐は――捉えどころがない組織だと。会議所への反旗を翻すにしてもその理由は声明にはなかった。

確かに、会議所は意図的に闘争させる組織という識者もいたが……それへの反論のために闘争するのは道理としては矛盾しているようにも思える。

そんなことを思っていると……店の電話が唐突に鳴った。


317 名前:Route:A-13 harm:2020/09/26(土) 21:15:32.039 ID:4nSfvMe.0
筍魂
「もしもし、おっシューさんか……ふむふむ」

筍魂
「なるほど、分かった……すぐに向かう」

電話での数秒のやりとりのうち、筍魂の表情は真剣なものに移り変わった。

筍魂
「乙海、大戦場に敵さんが来たらしい――軍関係なく俺たちで対応しにいくぞ」

乙海
「……」

オレは無言でうなずく。食事も丁度終えてタイミング的にも差し支えはない。

筍魂
「フィンは片づけと留守番だ、外にはあまり出るなよ」

フィン
「はいはい、アタシはまだまだな子ですよぉ」

肩をすくめながら、フィンは頷いていた。

オレと筍魂は急いで店を出る。武器も、ディアナとライフルが懐にあるから問題はない。
その背で電話が鳴っていたが……フィンが応対しているみたいだ。

フィン
「もしもし……フィリップパブです……
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

318 名前:Route:A-13 relief:2020/09/26(土) 21:16:06.281 ID:4nSfvMe.0
大戦場には、791をはじめとした数十人の兵士がすでに嵐と交戦していた。
そしてその向こうには嵐たちの影……DBの居る檻もあった。

筍魂
「¢さんや山本さんは居住区の方にいるのか?」

791
「そうだね
 それから、ルミナス・マネイジメントから援軍が来たよ」

援軍?そういえばルミナス・マネイジメントには会議所で兵士として活躍していたものもいたと聞く。
791が指し示した方向を視線をやる……そこには……。


「……」

サングラスとシルクハットを付けた……オレの親父と、もう一人、白髪の女性が居た。

オレは悟られないように親父に目配せをする。親父もその目線に気が付いたようで、小さく頷いた。
その横で、スーツを着た白髪の女性がじっとオレらの方を見ていた……。


319 名前:Route:A-13 relief:2020/09/26(土) 21:18:36.792 ID:4nSfvMe.0
今駆け付けた兵士たちには、見知らぬ人物に戸惑うものも居た。
そのため――彼らのために、ふたりの人物は短く挨拶をした。

コンバット竹内
「コンバット竹内だ、わけあって大戦からは離れていたが今回の嵐の対応の援軍に来た」

仮にもオレの血の半分の由来である父親なのだから、よく聞いた声で……その淡々とした口調は、余所行きでもこうなのか――と思うと、なぜか納得するものがあった。
……親父は腕の立つ兵士でもあった。一線を退いてるとはいえ、援軍に来てもおかしくはないはないだろう。

サラ
「私はサラ――ルミナス・マネイジメントの秘書を務めております
 開発中の装置を奪われた――との報告を受けた件で、確認のために参りましたわ」

恭しく礼をした女性――サラ。しかしその右腕と両足は社長のような鋼のもの――すなわち義肢で出来ていた。
ブラックとは異なり、見るからに機械のものであることが見て取れる外観でもあった。
その目は――親父のような、漆黒の眼球と青白い瞳だった。親父の、知り合いなのか……?

それにしても、耳にたくさんついたピアスに、生身の左腕に巻き付いた白い包帯――そしてその二つに割れた舌からは、
丁寧な仕草とは何処か噛み合わないものを感じた。


320 名前:Route:A-13 relief:2020/09/26(土) 21:24:02.617 ID:4nSfvMe.0
サラ
「私はあまり戦いは好みませんが、緊急事態とのことですので助太刀に参りましたわ」

オレの疑問は、彼女の凛々し気な声にかき消されてゆく……。
サラは胸を張って答えるとともに、右手からレーザー光線を嵐に向けて発射した。
嵐の兵士の足元の地面を焼ききられ、足元をふらつかせる……これがルミナス・マネイジメントならびにトニトルス・フェルムの技術なのだろうか?

……それはともかく、オレも交戦に参加しなくては!
オレはディアナを構え、敵に照準を合わせた。

コンバット竹内
「…………」

近くで親父も同じように銃を構えて照準を合わせていた。

狙いはどうやらオレと同じようだ。すなわち相手の武器へと――同時に引き金を引いた。


321 名前:Route:A-13 relief:2020/09/26(土) 21:25:55.496 ID:4nSfvMe.0

「うがぁ!」

狙い通り武器を弾き飛ばすことに成功する……その動きに合わせて、筍魂の追撃が繰り出される。

筍魂
「チッ」

しかし、敵を撃退しながら筍魂は向こうの方を見やり舌打ちをしていた。

乙海
(はっ――)

――オレは、そして周りに居た兵士もすぐに気がついた。
そう……DBが檻から解き放たれたのだ……!

その素振りがなかったから、迂闊にもDBのことを頭から追いやってしまっていたことに、少し後悔を覚える。

DB
「ヴォオオオオオオオオーーーッ!!!」

しかしそのけたたましい咆哮で後悔の気持ちは吹き飛んだ。
そのだみ声は身を震え上がらせるほどに気色の悪いものだった。
だが、その気色悪さが救いにもなった。冷静さを取り戻させてくれたからだ……。

322 名前:Route:A-13 heavy rain:2020/09/26(土) 21:29:27.258 ID:4nSfvMe.0
その時……不意に雨が降ってきた。
それも、身を叩きつけるほどの豪雨。
天気予報ではそういったことは言っていなかったはずだが……。

強く降る雨に気を取られ、すっ転ぶ兵士もちらほら現れた……。
それは嵐にも言えることだが。

これは恵みの雨なのか、あるいは絶望の始まりなのかはわからない。
……オレはなんとか足を取られないように踏ん張っていた。

嵐の兵士は、困惑気に腕や足を見つめていた。
その困惑は、奪われたというルミナス・マネイジメントの技術に関連しているのだろうか。

それが、雨に弱いもの――という仮説を立てればその様子も納得はいくが……。
とはいえ、それが正しいかは分からない……。

サラ
「……これは、そういうことか」

サラは雨を意味深げに見つめていた。
……そういえば彼女は複雑な機構であろう兵装を装着しているのだ。彼女に影響はないのか?

そう思ったとき、その兵装のあたりでじゅうっという音が聞こえた。見れば雨が蒸発して煙となった。
雨はサラに当たる傍から蒸発している……これも兵装の機能なのか?


323 名前:Route:A-13 heavy rain:2020/09/26(土) 21:30:15.245 ID:4nSfvMe.0
いや、今はそんなことはどうでもいい……。考えるにしても戦いが終わってからだ。

オレは再び敵に照準を合わせる。狙いはやはり手に持つ武器だ。
雨で軌道が多少変化するかもしれない。……だが、オレには相手の動きと弾の軌道がなんとなく予測できていた。

それは今までの経験もあるかもしれないが――
『無秩序の全は一に帰し、“生命力の流れ”は即ち“世界の理”と同化する』
――その言葉がそっくり言えると、オレは瞬時に理解した。

引き金を撃つ。雨でできた泥濘に敵は足を取られたが、武器は弾き跳ぶ。
親父も同じように弾丸を敵にぶち込む。さらに連撃……武器を失った嵐の兵士は早々にDBのもとへ撤退していった。

サラ
「喰らいなさい」

さらに、レーザー砲が頭上を横切った。見上げるとサラは空に浮かび、レーザー砲でDBの居る場所を薙ぎ払っていた。
その義足からはバーニアが火を吹いていた。その推進力で空中に待機しているというわけか……。
……義肢は人間を超える力を出すのか?あるいは、魔術に近い力を発揮するのかもしれない。

どちらにせよ、この技術も大戦によって得られた世界の流れの恩恵もあるのだろう。


324 名前:Route:A-13 heavy rain:2020/09/26(土) 21:31:32.854 ID:4nSfvMe.0
791
「シトラス!」

さらに、791の魔術がDBの居るであろう場所に着弾した。

DB
「ヴォオオオオーーーッ」

しかしDBは短い腕でその衝撃をガードし、口から紫色の煙を吹きだした!

乙海
「――っ」

オレは咄嗟に腕でそれをかばった。
しかし、ひどい刺激臭。思わず顔をしかめてしまうほどだ……雨水に叩きつけられているからか、その煙の速度はやや遅いのが幸いだったが。
親父をちらと見やる。この状況の対処法を探るために……。

コンバット竹内
「……面倒な」

親父は――オレと同じように、紫煙を腕でかばって弾いていた。
その表情は冷静そのもので、表情も歪んでいない。この刺激臭を感じていないのか?
あるいは精神力で捻じ伏せているのかもしれない……。


325 名前:Route:A-13 heavy rain:2020/09/26(土) 21:33:14.662 ID:4nSfvMe.0
サラは上空に居るからか、今度はマジックマシンガンをDBに撃っていた。
筍魂や791も受け流しているようで、表情に変わりはない。ほかの兵士は……その悪臭に屈しているらしい……。

筍魂
「フン――それしきのことなら問題はないッ!
 戦闘術魂、ハイドロポンプ」

DB
「ギギッ!?」

DBは、サラのマシンガンと筍魂の水の塊を受けて仰け反っていた。

791
「……ネギソード」

さらに、791は魔力で翡翠色の剣を作り出し、DBに投げつけた。

DB
「ア、アガガァーーーッ」

それはDBの左目に深々と突き刺さる。
だがDBはもがきつつも血のようにどすぐろい煙を剣の刺さった部位から噴き出した。

791
「!」

791は魔力を展開してそれを弾き飛ばしたが、その間に翡翠色の剣は溶けた氷のように霧散していった。
さらにサラのマジックマシンガンや戦闘術魂の水弾もあらぬ方向に軌道を変えて霧に変わった。


326 名前:Route:A-13 heavy rain:2020/09/26(土) 21:33:44.149 ID:4nSfvMe.0
コンバット竹内
「どうやら、魔力を消しているらしいな……」

隣で親父が冷静に呟いた。
そ、そうか……マジックマシンガンは魔力の塊。戦闘術魂は魔力を利用した技術。そして791の攻撃は魔術そのもの。

そしてDBは魔力を消す不可思議な力を秘めていた。
世の中には、魔力の絶縁体も存在しており……魔力を通す導線のコーティングに使われていたりする。
それと同じものがDBにもあるのか……?あるいは別の要因があるのか……?

どちらにせよ……これは面倒な事態であることに変わりはない。
サラの兵装自体は魔力以外のエネルギーも使用されているだろうし、筍魂は武術の達人でもある。
791はメイジでありながらもその腕力が規格外だと聞いたことがあるから、危機的状況とまではいかないだろうが……。

327 名前:Route:A-13 outcome:2020/09/26(土) 21:35:37.547 ID:4nSfvMe.0
ふと、親父がオレを見ているのに気が付いた。

オレは視線の端に親父をとらえた。
親父は銃をDBに向けながら、オレを見てオレだけに聞こえるように小さくつぶやいた。

コンバット竹内
「奴の傷口を狙え」

オレは小さく頷き、DBの左目に照準を合わせた。
DBはもがきながら動いている。まるで規則性のないぐちゃぐちゃな動き――
周りの兵士の大半は困惑し、嵐のメンバーに対する攻撃を当てたり外したりと、動きに乱れがあった。

しかし――。

オレには、視えた。それはDBが生物だから……そしてその動きが痛みによる本能的なものだから……。
今までも、オレは敵の動きを予測できた。しかし今は未来を見透かすように見える。

これは戦闘術魂の修行の成果なのだろうか……?
オレは、DBの目とは外れた虚空に、ディアナの弾丸を放った。

親父は、オレのその射撃を見ながら納得したように口元をニヤリと笑わせた。

328 名前:Route:A-13 outcome:2020/09/26(土) 21:39:08.533 ID:4nSfvMe.0
サラの放ったマシンガンは弾丸そのものが魔力だが、この銃の弾丸自体は金属なのだ。
だから奴に霧散される恐れもなく――そして、弾丸の軌道に奴の左目が重なった。

DB
「グギャーーーーーーッ!」

DBは獣のように叫ぶ。ぴりぴりとした感覚が雨に濡れた体に響くが、オレはなんとか踏ん張った。

さらに親父が弾丸をダムダムとDBに撃った。
その鉛弾は左目に次々と着弾し、DBは呻きながら檻の中に逃げ出した。


「まずい、DBのダメージが大きい、撤退だ!」

そして続く嵐の鶴の一声……まるで脱兎のごとく、打ち合わせていたかのように逃げ出した。

とはいえ、今回の撤退は――純粋にDBへのダメージが要因だろう。
恐らくは傷の入った左目だけを狙おうとしたオレと親父に警戒をしていたのかもしれない。

あるいは、傷を負った状態でたくさんの兵士たちを相手するのを嫌ったか……。
ともかく、今回も何とか嵐を追い返すことに成功したのだ。

329 名前:Route:A-13 outcome:2020/09/26(土) 21:40:29.179 ID:4nSfvMe.0
――同時に、雨が止んだ。
これは偶然なのか……?DBの出現と共に降り始め、消えた瞬間に止む雨……。

訝しげな顔をして、オレが立ち尽くしていると……。

ぽん、と肩を叩かれた。振り向くとそこには親父がいた。

コンバット竹内
「乙海、成長したな」

淡々と親父は呟いたが……その声色は心なしか喜んでいるようにも思えた。

乙海
「そうみたいだ……」

オレは率直に答えた。実感がなかったのだ……。
確かにオレは奴の動きを読めたが、それが成長の証かどうかの自信がなかった。

そう思っていると……。

筍魂
「竹内さん、乙海は確かに成長してますよ」

筍魂がオレらの間に割って入ってきた。
そして自慢の弟子とでも言うようにオレの肩をぽんと叩いた。


330 名前:Route:A-13 outcome:2020/09/26(土) 21:41:56.371 ID:4nSfvMe.0
コンバット竹内
「そのようだな……」

筍魂
「竹内さんだって、乙海との連携が綺麗だったじゃないですか
 いくら父娘の関係とはいえ、何処で鍛えればそういう勘が身に付くんです?」

コンバット竹内
「実戦の場に携わっていれば……自ずと」

筍魂
「はー、なるほど……確か竹内さんは傭兵だかなんだかやってましたっけ……」

二人の会話を聞きながら、オレは雨に濡れた髪をハンカチで拭っていた。
雨上がりの後はさんさんと太陽が輝いていた。雲一つもない。どうしてこんなに天候が極端に変わっているのだろか……。
答えの出ない疑問を抱えながらも、オレは成長したということをようやく理解していた……。


331 名前:Route:A-13 outcome:2020/09/26(土) 21:44:26.613 ID:4nSfvMe.0
親父と筍魂が肯定していたから……。
曲がりなりにも幼いオレに銃の使い方を教えた親父に、戦闘術魂の師匠として訓練に携わった筍魂……
技術を教育した二人の評価は確かと言っていいだろう。

ぐっとオレは手を握ったり開いたりしながら……二人の話を聞き続けた。

コンバット竹内
「感謝する、娘を鍛えてくれて」

筍魂
「なぁに、センスのある若者を鍛えるのは面白いですからね
 何しろ……彼女は戦闘術魂を生み出した種族である、この、オーガの血を引いているのだから――
 なおさら教えないと損ですよ、ふふふ」

コンバット竹内
「……そうか、そうだったな」

胸を張って答える筍魂に、親父は少し陰を落とした表情をしていた。
御袋のことを思い返しているのか……それとも別の感情があるのだろうか……。

オレは、親父を今まで意識してはいなかったが……
御袋に対しては、どう思っていたのだろう……そういった素朴な疑問が、浮かんでいた。

332 名前:SNO:2020/09/26(土) 21:45:20.447 ID:4nSfvMe.0
親子の共闘とルミナスマネイジメントの秘書。
魔王様も相変わらず御強い

333 名前:きのこ軍:2020/09/26(土) 21:46:26.146 ID:py5sioxko
いろいろ進みましたね。濃ゆいキャラが多いことで。

334 名前:SNO:2020/09/27(日) 00:08:17.777 ID:x75UFPYM0
>>256で皇帝のカード2枚に増えてるけど実際は世界のカード右においてますねこれ・・・

335 名前:Route:A-14:2020/09/27(日) 13:20:47.992 ID:x75UFPYM0
Route:A

                 2013/5/9(Thu)
                   月齢:28.7
                    Chapter14


336 名前:Route:A-14 encouragement:2020/09/27(日) 13:22:31.548 ID:x75UFPYM0
――――――。

翌日、会議所での会議が行われた。

会議では今後の対応についてを話し合ったが、意見が新たに出ることはなく、
既存の意見の見直しが行われ、会議所と居住区の警備と、小規模の大戦の運営という結論を継続することになった。

……その帰り道に、筍魂に誘われてオレはフィリップ・パブに赴いた。

筍魂
「昨日も言ったが――乙海、修行の成果が出たな」

フィンの前で、筍魂は拍手しながらオレにニヤリと笑った。

フィン
「はいはい、おめでとおめでとっ」

その横でやる気なくフィンが拍手をしていた。
腕をだらりと投げ出して拗ねているようだ……。ふくれっ面もしている。

337 名前:Route:A-14 encouragement:2020/09/27(日) 13:26:19.616 ID:x75UFPYM0
フィン
「あなたたちの戦いのときは雨が降ってたらしいから、そのせいじゃないのぉ?」

筍魂
「天候変化も時の運――それにその状況変化に対応できることも戦闘術魂には肝要だ」

フィンは食い下がろうとするが、筍魂に諫められてぷいっと横を向いた。

フィン
「べーっだ、なによなによぉ……乙海ばかりぃ」

乙海
「……」

そしてオレは、返す言葉も思い浮かばず、無言で頭を下げた。

筍魂
「しかしフィンもセンスはあるんだ――このまま続ければ乙海と同レベルになれるだろう」

その間に筍魂のフォローが入る。
師たる立場にある存在ならば当然の判断……。

338 名前:Route:A-14 encouragement:2020/09/27(日) 13:28:28.377 ID:x75UFPYM0
フィン
「ふふふ、そうよねぇ、そうそう」

フィンはあっさりと態度を翻した。

筍魂
「戦闘術魂、心乃眼――相手の動きを予期することは、世界の流れを視るというこの武術にぴったり当てはまっている」

乙海
「!」

筍魂の淡々とした解説に、オレはようやく……気が付いた。
そうか、オレは……修行の成果が確かに出ていたのだ……と。

フィン
「射撃競技に出てたんでしょ?じゃあもともと鍛えられてたのね
 世界の流れを視ることは貴女は初めてではなかったんだからぁ、それじゃあ褒められても当然ね」

フィンは、オレに向き直りながらそう言った。
先ほどの妬みの交えた態度は、筍魂のフォローによって少し戻ったらしく褒めているようにも聞こえる声色になっていた……。

筍魂
「これまでの経験もまた世界の流れの一部だからな……」

乙海
「なるほど……」

筍魂の補足に、オレは納得して頷いた……改めて、戦闘術魂の神髄……
『無秩序の全は一に帰し、“生命力の流れ”は即ち“世界の理”と同化する』
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

339 名前:Route:A-14 encouragement:2020/09/27(日) 13:44:33.462 ID:x75UFPYM0
筍魂
「しかし、これで満足してはいけない
 もっと成長できる、さぁ修行だッ……もちろんフィンもな、互いに競い合うのもいい修行のスパイスだ」

そして筍魂は再びうさんくさい表情をしながら、パンと手を叩いた。

そして鍛錬……やることは、体幹を鍛えるというもので……これまでも何度かやっていたものでもあった。
ぶれずに綺麗な姿勢を保ち続ける……それはとても神経を使う鍛錬で、激しく動いていないのにもかかわらず精神的な消耗が激しい。

フィン
「…………っ」

乙海
「……ふっ、……ふっ」

オレとフィンの吐息が漏れる……苦悶にうめく声が…静かに部屋に響く……。

筍魂
「……」

その横で同じポーズをとる筍魂は、平然とした表情だった。

筍魂
「世界の流れに身を任せる技術を鍛えれば、これしきのことでも苦しみは覚えない
 だから今は真理を意識しながら耐え続けるんだ」

横から聞こえる筍魂の声を耳に、オレたちは座禅を続けた……。

340 名前:Route:A-14 monitor:2020/09/27(日) 13:48:32.800 ID:x75UFPYM0
――そして、どうにか鍛錬を終えたオレたちは、息を切らしながらマットを片付けた。

筍魂
「また明日な、乙海よ」

フィン
「はぁ……あんたに……追いついてやるから」

少し楽しそうな筍魂と、疲労で息を切らすフィンの言葉を聞きながら、
オレはふと思い立つことがあり、図書館へ行くことにした。

……嵐についてまだわかっていないことが多いからだ。

時刻は19:07――まだ図書館も開いている時間だ。
図書館には各国の出来事も取り揃えてある――すなわち――嵐のテロ行為を記録しているのではないか……?

そう思い、資料室の資料を漁りに来たのだ――。

乙海
「これは――兵士名簿?」


341 名前:Route:A-14 monitor:2020/09/27(日) 13:52:14.035 ID:x75UFPYM0
関係のないものだとはわかっているが……好奇心から、その表をざっと眺めた。
普段接している兵士の本名をオレは知らない……オレは本名のまま過ごしているが、彼らは違う。

黒砂糖 黒鮫蛟(ヘイ・ジャオジャオ)――
―――――。
集計班 滝本澄珠(たきもと すず)――
―――――。
¢    椎土鴒亜(しいど れあ)――
―――――。
―――――。
―――――。
無口   朔燕虎(シャオ・イェンフー)
―――――。

普段は知らない兵士の一面……思わず、以前談義していた無口の本名もちらりと見ていた。
しかし、よく考えれば……今オレはそれを見ている場合ではないだろう。
嵐について調べれなければいけないのだから……すぐに名簿を戻して、オレは目的の資料を探し始めた。

乙海
「これだ」

目的のディスクを取り出し、再生装置に入れた。
これは、きのこ軍居住区/たけのこ軍居住区の監視カメラの映像だ……。
嵐が居住区で暴れた日、オレは彼らの行動をすべて把握はしていない。ここで何かのヒントを掴めるかもしれない……。


342 名前:Route:A-14 monitor:2020/09/27(日) 13:57:41.059 ID:x75UFPYM0
4月27日の映像……嵐は、オレたちが見たのと同じような攻撃を兵士に加えている……
しかし本気で戦っているようにも見えない。まるでいつでも逃げられるかのような、そんな足どり……

5月4日、街を攻撃しながらも直ぐに逃げたのと重なる。
その日の映像も改めて見たが、オレが相対していない側も同じような光景があった。
……オレは何か作為的なものを感じ取った。

5月8日――その日はサラや親父も援軍として駆け付け嵐と闘った。
――そのさなか、雨が降っていた。……だが同時刻の居住区では雨が降っていない。どういうことだ……?

オレが悩んでいると、突然たけのこ軍居住区の映像が立て続けにぷつんと消えた。

乙海
「……ん?」

強烈な光とともに、映像は真っ暗になったのだ。オレはまぶしさに目を細めながら、その映像を再度見直した。
……白髪交じりの、髪の薄い、眼鏡をかけた中年の男……その男が懐中電灯をカメラに向けたかと思うと、
光線が破壊音とともにカメラを破壊していた。

乙海
「……なんだ、こいつは」

映像を一時停止し、その表情を見る。下劣で、何かを追いかけている様子だ……無線機で連絡も取りあっている。

しかし……巻き戻しても、その男の目的はわからない。オレにとっては謎が増えたばかりだ。
それどころか嵐の目的がさっぱり分からない。かろうじて陽動が狙いなのか、と匂わせるぐらいだ。
あるいはこうして悩ませること自体が目的なのか――。

オレが考え込んでいると、不意に後ろになにものかが居る感覚があった。


343 名前:Route:A-14 monitor:2020/09/27(日) 13:58:58.363 ID:x75UFPYM0
乙海
「――!?」

思わず、オレは振り向く。
そこには――顔を隠したサイドテールを揺らす白髪の人物が居た。

それは――筍魂や791が見ていた映像の人物……無口その人だった。

しかし無口はオレのことを気にすることもなく、その場を立ち去っていく。
身に纏う漆黒の衣装と、対照的な白髪が際立ち、その軌跡はわかりやすい。

乙海
「待て――」

無口は行方不明になった――とB`Zは言っていたのだ。
行方不明だから、死とイコールではないが……、なぜ、突然現れたんだ?

オレはすぐに無口の後を追いかけた。

344 名前:Route:A-14 crystallization:2020/09/27(日) 14:05:04.031 ID:x75UFPYM0
無口は足音もなく、ただ階段を上り続けた。
オレはカンカンと足音を響かせながらその後を追いかける――しかし、どうしても追いつけない。

無口が部屋の一角に入った。チャンスとばかりに、オレはその部屋に駆け込んだ。

――そこには、虹色に輝く巨大な結晶があった。
手を伸ばしても届かない、天井まで届く高さと、部屋とほぼ同じ幅を誇る結晶が……。
これは……カキシード公国産の魔力結晶か……?

近くのパネルには封呪の聖晶糖と書いてある。
魔力結晶の塊を、カカオ産地で作成されたチョコレートでつなぎ合わせて巨大な結晶にした――との記述がある。

乙海
「なぜだ……どうして、誰もいないんだ」

オレはこの結晶に欺かれたのか?あるいは――無口の姿はオレの見た幻なのか……?
その結晶は魔力を流した柵で囲まれており、容易には近づけないようになっている。


345 名前:Route:A-14 crystallization:2020/09/27(日) 14:07:48.513 ID:x75UFPYM0
オレはパネルに書かれた説明文を詳しく見た。
封呪の聖晶糖――ここに含まれる魔力によって図書館の書物の劣化を防ぐ調節を行っている
本が死ぬことを封じる呪文――確かに、この規模の建物ならこれほどの魔力が必要なのだろう……。

しかしオレはなぜかこの設備に違和感があった。根拠はないが……どうしても、何かが噛み合わないと思えた。
どうしてこんな重要な設備が誰にでも入れる部屋にあるのだ……?
柵での防御はあるが……この結晶が壊されない自信が故なのか……?

オレは封呪の聖晶糖をまじまじと見た。
――結晶の向こうに人影が見えた……。いや、それはオレの姿か――?

なにものかの気配を覚えるが、それが何なのかは分からない……とても奇妙な感覚だった。
……ふと、オレは後ろに誰かが居ることに気が付いた。

乙海
「っ!」

振り向くと――そこには、集計班が佇んでいた。


346 名前:Route:A-14 crystallization:2020/09/27(日) 14:11:50.590 ID:x75UFPYM0
集計班
「乙海さん――この部屋でどうしたんですか――?」

訝し気にオレを見る集計班――。

乙海
「……実は……行方不明になった無口さんの姿を見たので」

オレは、正直にここに来た理由を説明した……荒唐無稽ではあるが、嘘をついても特にメリットがあるわけではないだろう。

集計班
「はぁ……」

集計班は、ため息を一つついてから考え込んだ。
トントンとこめかみのあたりを叩きながら、言葉を探しているようで――。

集計班
「行方不明になってる兵士が実は居る……死体は挙がっていないから可能性はありますが……
 幻を見た可能性の方が高そうですが」

乙海
「……」

集計班の極めて冷静な口調に、オレは何も答えられなかった。


347 名前:Route:A-14 crystallization:2020/09/27(日) 14:13:43.985 ID:x75UFPYM0
集計班
「……まぁ、本当に無口さんその人が居るのかもしれませんが」

きょろきょろと部屋を見渡しながら、集計班は続けて告げた。

集計班
「私にはこの部屋に誰かの気配を感じ取ることはできないですねぇ……
 貴女は……今も感じ取ってますか?」

乙海
「……いいえ、オレも」

淡々と並べられる理知的な言葉の前に、オレは反論することができなかった。
事実、なにものかの気配は感じ取れないのだから。

集計班
「そうですか
 嵐の被害もこれから懸念されますし、貴女も早く休むほうがいいですよ
 それにこの部屋の結晶は図書館の本を守るために使われているので、長く滞在してほしくない――というのもありますし」

そう言うと、集計班は立ち去って行った。
――オレは、精神的に疲れていたのかもしれない……。
少しあの場所で気分転換をしてから帰宅することにした。

348 名前:Route:A-14 lunar mare:2020/09/27(日) 14:15:44.124 ID:x75UFPYM0
wiki図書館から出たオレが腕時計を見ると、針は22時30分を示していた……。
訳の分からないことが多い。この海岸で少し精神を癒そう……そう思いながら、海岸に足を踏み入れた。

オレは欠けきろうとしている月を見ながら大地を踏み出した。
ざっ、ざっと砂を歩く音が響く……乾いた砂の上にオレの足跡が残る……。

乙海
「……」

それは理由のない選択……ただ、そうしたいと漠然とした思いがあって選んだ行動……。
オレは、月に照らされた海岸を歩きながら、考え事をしていた……。

オレは波打ち際を見つめた。
人魚の少女と出会った場所は――夕焼けの景色ではなく、星空の下、広がっている。
恐らく……明日か明後日には、光を失った闇の月が浮かんでいることだろう。

349 名前:Route:A-14 lunar mare:2020/09/27(日) 14:16:22.229 ID:x75UFPYM0
ざくざくと濡れた砂を踏みしめる。
オレは……これからどうなるのだろうか?

嵐との戦いの中で、修行の成果とも言うべき活躍を為した。
筍魂も親父もそのことを称賛していたが……果たして、これがオレの目指す道だったのだろうか。

あるいは、突然に修行の成果が現れたために、その事実を完全に呑み込めていないだろうか……。

乙海
「…………」

揺れる波の音と潮の香りを感じる。
オレはその下で、考えていた。

乙海
「オレはまた強くなれるのだろうか」

それは波に消える小さい声だった。
……とんとん拍子に、オレは大戦――あるいは嵐への抵抗で活躍している。


350 名前:Route:A-14 lunar mare:2020/09/27(日) 14:17:53.416 ID:x75UFPYM0
武術の達人たる筍魂や、親父からもオレの活躍を称賛された……。
しかしそれが全てなのか……?
世界には陰陽が存在しているわけで、完全なプラスだけというわけではないだろう。

マイナス――それも存在するのではないか……?

夜の海はなにもかもを飲み込みそうな黒。オレは、ふと手元の時計を見やった――。

時計の針は、すでに23時58分を示していた。すなわち、1日の終わりも近づいているのだ。

乙海
「すぐに、帰らなければ……」

意識することなく、それほどの時間が経っていたのだ。
この海はオレにとっての思い出だからか……時間を忘れるほどに佇んでいたようだ。

オレは帰路につくために、踵を返した……。
ぐっ、と手を握ったり開いたりながら……。

それは鍛錬を意識してのものかもしれないし、ただの手癖かもしれない……。

そして……。

351 名前:SNO:2020/09/27(日) 14:18:07.756 ID:x75UFPYM0
謎が増える。

352 名前:きのこ軍:2020/09/27(日) 20:29:37.571 ID:GfS/g8hQo
嵐はたけのこ軍居住区で何かを探していた?

353 名前:Route:A-15:2020/09/27(日) 20:32:40.189 ID:x75UFPYM0
Route:A

                 2013/5/10(Fri)
                   月齢:0.1
                    Chapter15


354 名前:Route:A-15 thug:2020/09/27(日) 20:37:30.028 ID:x75UFPYM0
???
「こんばんは――貴女は確か竹内乙海――、そういう名前でしたね?」

オレよりも背の高い――おそらくは、2mを優に超えるであろう――大男が、オレの前に立ちはだかっていた。

乙海
「!?」

???
「コンバット竹内――
 月……いいや、今は竹内幸鉢か――彼の娘であり……」

深いしわのある顔つき。頭髪をすべて剃り落とした僧のような風貌は、まるで暗闇に潜む妖怪のようにも思えた。
その巨大な体躯は、威圧感を強くオレに与えていた。

???
「なるほど、似ている――そして、彼らの血を引いているからこそ、あれほどの活躍を為せたというわけですね」

じろじろとオレを見る男の目は――漆黒の眼球と青白い瞳だった。
それは、父と同じ瞳。父のことを知っているような言い回しからすると――顔見知りと言える存在なのか?


355 名前:Route:A-15 thug:2020/09/27(日) 20:40:02.903 ID:x75UFPYM0
覚眠
「ああ、自己紹介がまだでしたね――私は孟覚眠(モン・ジェイミン)――嵐のメンバーです」

飄々としながらも丁寧な口調。それでいてにっこりと笑う表情はとても不気味で……じわりと、汗が滲んだ。

乙海
「こんなところで、何の用だ……」

懐のディアナに手をかけながら、ゆっくりと聞く。
口の中がからからになるのを感じる……オレは緊張しているのに、向こうはその素振りすら見えない。

覚眠
「あなたを潰しに――あなたは会議所の有望な新人のようですからね
 射撃の腕に秀でた、戦闘術魂を覚えた新人――個人的にはそのまま成長するまで放っておいてもいいですが――
 【計画】に支障があるやもしれませんし」

笑いながら言い終えると、覚眠は構えを取った。その構えには見覚えがあった……。

乙海
「その構え、は……」

覚眠
「ああ、さすがに貴女なら一発で見破ると思ってましたが――私も戦闘術魂を修めているんですよ
 貴女の師――筍魂さんと同門なのでね……」

……そう、オレが鍛錬している武術そのものだったのだ。
しかも……その緊張のない仕草とは裏腹に、立ち振る舞いには、一切の隙がなかった。
その仕草が、筍魂と丸被りするのは、なんて忌々しい因縁なんだ……。

356 名前:Route:A-15 thug:2020/09/27(日) 20:40:46.501 ID:x75UFPYM0
覚眠
「実力も――まぁ、あなたの師匠と同じぐらいじゃないんですか?」

余裕綽々と答える態度からは、はったりのようなものは感じ取れなかった。
というよりは、銃を持っている相手にこの態度でいられることそのものが……男の――覚眠の実力なのか?

乙海
「筍魂と……それから、父を知っているのか?」

オレは、どうにかこの男からいろいろなことを聞き出せないか――と思っていた。
覚眠は、確実に強い――だが少しでも時間を稼げば……活路が見いだせるかもしれないと思っていたからだ。

覚眠
「ええ――筍魂さんは素晴らしい実力者ですよ?まぁ……その大本の道場は私が壊滅させましたがね」

クックックと笑う覚眠――それは悪魔のようにも思える。
闇に浮かぶその声の不気味さに、オレの体温が下がるような感覚がある。

乙海
「かい、めつ……?」

覚眠
「ああ、戦闘術魂って今や弟子も少ないとか言われてますね?あれは私が原因なんですよ」

オレの、絞り出すような言葉に、覚眠はよどみなくすらすらと答えた。


357 名前:Route:A-15 thug:2020/09/27(日) 20:42:01.837 ID:x75UFPYM0
覚眠
「それから、あなたのお父上ですが……なに、昔すこし顔を合わせてただけです
 まぁ……ルミナス・マネイジメントに在籍しているのは予想通りですが、
 ご結婚なさるのは予想外でした」

感慨深げにそう言い切ると、覚眠はぐっとこぶしに力を込めた。

覚眠
「さぁ……来なさい
 私は貴女を撃退させてもらいますよ――」

そして、一瞬で真剣な表情に切り替えた。それは殺し屋の目だった。
つい最近に相対した嵐のメンバーとか違う、意思を込めた目。

358 名前:Route:A-15 defeat:2020/09/27(日) 20:43:56.702 ID:x75UFPYM0
乙海
「くっ……」

オレの問いの答えは返り、疑問は解けても……この男から逃げる手段は思いつかなかった。
その飄々とした立ち振る舞いからは対照的に……隙が一切存在しなかったのだ。

オレは、ディアナの引き金に指をかけながら覚眠の様子を伺う。

覚眠
「ああ、そうそう――私は動きませんよ?それぐらい常套手段ですよ」

……しかし、覚眠は構えたまま一切の動きを見せなかった。

乙海
「…………」

引き金を引こうとしても――覚眠に当たるビジョンが見えない。
それは戦闘術魂の鍛錬を経て、オレは相手の動きをある程度予測できるようになったはずだが……。

だが――。
覚眠の動きは、何も見えない……。心の眼をもってしても……。
どう照準を合わせても……弾丸を回避される、そんな未来しか思い浮かばないのだ。


359 名前:Route:A-15 defeat:2020/09/27(日) 20:46:23.793 ID:x75UFPYM0
覚眠
「……やたらめったらと突っかからないだけ、やはり才能があるようだ
 女性でここまでの原石を持つものだから、実に惜しいが――まぁ、仕方がないでしょう」

そう言うと、覚眠の方から突っ込んできた。

覚眠
「戦闘術魂――叩き落とす」

神速の突き……そのモーションは、目で追えないほど速く……オレは、引き金を引くことなくディアナを弾き飛ばされていた。

乙海
「はっ……!」

スローモーションがかかったかのように――ディアナが手から落ちる。
濡れた砂に突き刺さるように、ディアナが地面に落ちた。
気が付くと、覚眠は元居た場所に戻り……また、構え直して待機していた。

覚眠
「――しかし、あなたはまだ未熟です
 さらに鍛えれば、この打撃も回避できたでしょうが……」

残念そうに、オレを見る覚眠……オレは、その動きを全く読めていなかった。
得物を失ったオレは、覚眠と同じ素手……ライフルは、今持っていない……。

覚眠
「戦闘術魂を学んでいるなら、ここから抵抗してみてください」

そして、再び覚眠はオレに飛び掛かってきた!


360 名前:Route:A-15 defeat:2020/09/27(日) 20:49:24.813 ID:x75UFPYM0
乙海
「ぐっ!」

覚眠のストレートをどうにかかわす。しかし、それもどうにかという程度。
さらに覚眠の蹴りが飛んできて、オレは思いっきり太ももを蹴られながら吹っ飛ばされてしまった。

乙海
「がはぁっ!」

思いっきり地面に叩きつけられる……地面が柔らかい砂浜だからか、衝撃がいくらか散ったのが幸いだった。
それでも……じんじんと足が痛み、立ち上がることができそうにない。

覚眠
「まだ未熟ですが突きの受け方もいい
 ――女性で強い武術家はもっと生まれてほしいんですよね」

嬉しそうにオレを見下す覚眠――悪魔の微笑みにしか見えない。
だがその口から紡がれるその言葉からは嘘を感じ取れない……本心で言っているようにも思える。

乙海
「どういう……ことだ……」

覚眠
「誰がどうしようとしても――たった一人の天使の存在で世界の在り方は確定している
 この世を制するのは女性なんです……貴女のような人がもっと増えてくれば、私としては面白い限りですからね」

……嵐のメンバー、ということはそれが嵐の目的に関わるのか?
――しかし、オレの疑問は言葉にはならなかった。覚眠に気圧されて、それすらも発せられなかったのだ。


361 名前:Route:A-15 defeat:2020/09/27(日) 20:54:55.938 ID:x75UFPYM0
覚眠
「しかし、惜しむらくは……【計画】の妨げになるという可能性だけで行動しないといけないことですねぇ」

相変わらず、底の見えない素振りで矛盾したようなことを呟く覚眠。
計画とはなんだ……オレの頭の中は混乱によってぐちゃぐちゃになる……。

覚眠
「仕方がない――戦闘不能になってもらいましょう――
 戦闘術魂――エアスラッシュ」

――不可視の攻撃が放たれた。
空気を切り裂く音と、僅かに歪んだ光でオレはその正体に気が付いたが――。

乙海
「―――」

その正体――空気の刃を回避することはできなかった。

乙海
「ぐぁあああああああっ!」

ひどい痛みに、オレは思わず叫んでいた。
両腕の血管が切れ、ダラダラと鮮血を流していた。
オレの着ていた黒い上着は、赤で染まり――不気味なコントラストを描いていた。

どうやら、刃は下腹部で止まったらしいが……、内臓まで傷は届いたらしく外から中から燃えるような痛みがオレを襲っていた。

362 名前:Route:A-15 defeat:2020/09/27(日) 20:58:29.684 ID:x75UFPYM0
乙海
「――っ……ぐ……が……」

そして……視界が濁った。
力が抜ける。耐えようとしても、焼けつく痛みとずっしりとした重みに身体が全く動いてくれない。

筍魂
「何をやっている!」

ふと……遠くで……筍魂の声が聞こえたような気がした。
しかしオレには、もはやそれが現実かどうかもわからなかった……。

覚眠
「おや――久しぶりですね――
 ここでは筍魂さんと呼んだほうがよかったですかね?」

筍魂
「名前なんてどうだっていい、なんでお前がここにいるッ!」

怒気を孕んだその声は、今まで聞いたことのない筍魂の感情の発露だった。
オレを――助けに来たのか――?

覚眠
「―なるほど、あなたからの技は、――していた――――――……
 面白い……あなたが―――――を願いましょ―…」

瞬間、覚眠がオレの首根っこを掴んだかと思うと、勢いよく海に投げ飛ばされた。
オレは抵抗することもできずに、まるで赤子の手を捻るかのように、為すがまま海に叩きつけられた。
血しぶきが空に軌跡を描くのを他人事のように見ながら……オレは、水面に浮かぶことなく……もがくことなく、沈んだ。

363 名前:Route:A-15 puella aeterna:2020/09/27(日) 21:02:08.522 ID:x75UFPYM0
筍魂
「お前は――――か……」

覚眠
「ええ――」

筍魂
「――」

覚眠
「―」

遠くで、筍魂と覚眠の声が聞こえるが……それもはっきりとは聞き取れない。
あるのは、切り裂かれた痛みと……奴に敗北したという事実……。

乙海
(っ……ぐっ……)

声にならない声。何かを発しようとするたびにあぶくだけがごぼりと漏れ、海水がオレの中に入る。

その時、敗北の悔しさを、オレは初めて覚えていた。
大戦では味わったことのない感覚――そこで、オレは改めて気が付く。

オレは集団ではなく個人としての勝利を求めていたことに……。



364 名前:Route:A-15 puella aeterna:2020/09/27(日) 21:04:18.133 ID:x75UFPYM0
もはや水面の様子も分からない。
筍魂と覚眠――二人のその後は勿論、これからの世界の流れも……。

オレは、今置かれている様子を現実味のない光景だと感じ取りながら……黒い闇に沈んでいく……。
まるで、第三者が俯瞰するような、不思議な感覚だった。

闇の中にオレは沈む……。
オレが瞑想した時に見た世界とは違う、真っ暗闇……光が一筋もない世界……。

はるか天空には星の明かりが瞬いているが……オレはそれを掴むことはできない。
オレは個と化していた。世界の構成要素のひとつに……。

ごぼごぼとあぶくが空に浮かぶ……対するオレは、重力に引っ張られ底へ沈む……。

なにかを掴もうとする腕は水中をするりとすり抜けるだけ……紅の煙がオレから漏れ、空に昇る……。

乙海
「――――」

声を上げようとしても、やはり音にならず……代わりにあぶくとなって空へと消える。
オレは、抵抗もすることなく……その底へと沈んでゆく。


365 名前:Route:A-15 puella aeterna:2020/09/27(日) 21:05:23.517 ID:x75UFPYM0
闇へ、オレは飲まれる。
もはや――オレは闇そのものになろうとしている。

18年生きたオレという存在は――心と体は、魂魄は虚無に還ろうとしていた。

その意識でオレが見たもの――それは夢だった。
幼い日の思い出。人魚の少女との出会い……。

彼女は足を怪我していた。それをオレが手当てして……。
そして彼女はオレに感謝の言葉を伝えて海へと還った。

……その出来事をどうしてこのタイミングで思い出すのだろうか。
それは走馬灯、なのかもしれないとオレは思った。


366 名前:Route:A-15 puella aeterna:2020/09/27(日) 21:08:16.270 ID:x75UFPYM0
ごぼりと泡が空に浮かんでゆく。それは掴むこともできがに空へと昇ってゆく。
狼煙のように……泡は希薄になって天へ……一方で、オレは底まで堕ちてゆく……。

オレはぎゅっと瞼を下ろし目を瞑った。
それは痛みから逃れるためなのかもしれないし、あるいは闇を理解しようとするための行動かもしれない……。

少なくとも……オレの視界は暗黒に染まった。
痛みでチカチカと光る何かがその暗黒にあったが、オレはきつく瞼を閉じた。

……オレが視界を開けることはなかった。
次第に、オレの中には水がゴボゴボと入り始める。
それらは口に、鼻に、肺に、消化器に……原始の溶液が染み渡るのだろう。
やがてオレは……水の一部に……海の一部に……溶けて散るのだろう。

視界の果てに、何かがはためいた気がするが……オレはもはや溶け切って……。

367 名前:Route:A-15 dream essence:2020/09/27(日) 21:09:28.942 ID:x75UFPYM0
……海水に溶けあい希薄になるオレの意識は、ひとつの事象を思い返していた。

それは、幼い日の思い出。
砂浜で出会った少女との、たった一日限りの――それでいて、決して忘れることのない思い出。

乙海
「……!?」

オレは、何者かの気配を覚えていた……。
瞼を触れる指の感覚。その指に瞼が持ち上げられ、目を見開かされた。

すると暗黒の海中の世界に、何者かがいた。
オレは、その光景に……呆然としていた。

乙海
(きみ……は……)

――オレの思い出は……記憶の風景は……今、オレの目の前にあったのだ。

人魚
(…………)

エメラルド・グリーンの瞳。マリンブルーの髪。
あの頃よりも成長して女性らしくなっているが……その姿かたちは間違いなく、あの時の少女と同一だった。
彼女は、そこにゆらゆらと佇んでいたのだ。

368 名前:Route:A-15 dream essence:2020/09/27(日) 21:11:50.157 ID:x75UFPYM0
着物をゆらゆらと揺らせながら、彼女は心配そうにオレを見つめていた……。
オレらのように呼吸に悩む必要なく、まるで自分のフィールドのように海を漂っている。

ああ――彼女は確かに、人魚なのだ。オレは希薄な意識でそう思っていた。

人魚
(…………)

そして、彼女はオレの身体を、ぎゅっと抱きかかえた。
まるで、母が子を抱き上げるかのように……それは神秘的な行動でもあった……。

オレよりも身長は低いが、水中ならそれも関係はないだろう。
……冷静に思考できている。どうしてだろうか。彼女がここに現れたからだろうか?

人魚
(私は――弘原海細波(わだつみさざなみ)――)

あの時とは違い――彼女は口を動かした。
同時に、聴いたことのない彼女の声が、オレの中に響き渡っていた。

それはとても透き通る可愛らしい声で――それにより、オレは彼女の名前を――細波であることを知った。

369 名前:Route:A-15 dream essence:2020/09/27(日) 21:12:32.213 ID:x75UFPYM0
細波
(だい、じょうぶ?)

彼女の問いにいいや、違う――という意思を込めてオレは首を振った。
今もオレの身体からは血が止まらない……痛みも周りにまとわりついている。

細波
(……今から、地上に上がってもあなたを助けられない)

細波
(でも――私たちの住処ならば、あなたを助けられるかもしれない)

オレは彼女の言葉に頷いた。
……もう、オレにとっては生も死も、どうでもよかった。

オレにとって、敗北という概念すらも必要ではなかった。
今のオレは……彼女に出会えたという奇跡だけで満足だった。


370 名前:Route:A-15 dream essence:2020/09/27(日) 21:13:06.429 ID:x75UFPYM0
細波
(!)

オレの答えに、彼女は驚き――そして、口元を緩ませた。

細波
(よかった――あなたと出会えたのに、このまま死に別れにならなくて)

乙海
(……)

オレは、歯を食いしばりながら無理に笑ってみせた。

細波
(大丈夫――必ず、送り届けるから――今は、休んでいて――)

どこに……?
それは黄泉の世界なのか、あるいは……。

いや、もうそれを考えるのはいい。

……彼女の言葉に、オレは目を閉じた。もはや沈むことに抵抗はない。
どこどこまでも、オレは彼女に導かれていこう……そう思っていた。


371 名前:Route:A-15 dream essence:2020/09/27(日) 21:14:15.927 ID:x75UFPYM0
ごぼりというあぶくの音が耳に響いた。
これは死が近づく身体が見せた幻覚なのか、あるいは――現実なのか。
もはや、それすらもオレにとってはどうでもよかつた。

希望。オレが初めて知った世界の概念。
――戦闘術魂からこの世の真理の一つを垣間見てから、改めて希望を五感すべてで実感した。

陰陽入り混じる世界の中で――敗北という陰から、再開という陽へと……
移ろう流れを、肌で感じ取ることができたのだ。

だから――オレは――。
目を瞑って、沈む感覚だけに集中しながら……海底へと、深淵へと向かった……。

372 名前:Route:A Ending:2020/09/27(日) 21:26:47.657 ID:x75UFPYM0
――Revealed the chariot card.

But This story hasn't finished yet.
Haven't reached the truth.
Go ahead the another Route.

          ―――Route:A Fin.


373 名前:SNO:2020/09/27(日) 21:27:20.674 ID:x75UFPYM0
ようやく1ルートが終わった

374 名前:きのこ軍:2020/09/27(日) 21:45:06.336 ID:GfS/g8hQo
最後急展開ですごいおもしろかった。
描写表現すごくよきですね。
2ルート目以降も期待。

375 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/10/04(日) 22:56:34.864 ID:5RIE3OKQ0

The end of all flesh has come before me,
for the earth is filled with violence through them.
Behold, I will destroy them with the earth.
                                            ――Genesis 6:13

376 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/10/04(日) 22:57:39.794 ID:5RIE3OKQ0
月と太陽が入れ替わる狭間――
それは、ありとあらゆるものの境目でもある――。

純白の布の上に置かれた水晶玉。何もかもを透通す水晶の球体。
その中に浮かぶ世界は、空を舞う雲のように絶え間なく動いていた。
すべてが、なにものかの意思に導かれるように……。

……その存在の名は分からない。
科学や魔術などの知恵に秀でた人間なのか――
身体能力の高いオーガなのか――
魔術に秀でたエルフや魔族なのか――
あるいは、語られることも少ない少数種族か――
それとも、知性を持たないと言われる獣か――
もしかしたら、神か悪魔といった、超常的な存在なのかもしれない。

いずれにせよ、どのような存在であろうと――われわれは立ち向かわなくてもいけない。
世界の流れは止まる事はなく、常に前へと進んでいるのだから……。

世界は、すべてが陰陽に支配されている。
互いが絡み合うことで構成される――逆に言えば、互いが分離したままの世界はありえないのだ。

絡み合う陰陽の中で――流動する景色。
うねる世界の渦の中で……ふいに人物の影が見えた。
渦をかき分けるたび、その人物の影は鮮明になってくる。

まるで、その人物が始点となるかのように――渦巻く景色が、その人物の視点へと移っていく。

……ふと、水晶玉の手元にタロットカードがあるのが見えた。
なにか因縁めいたものを覚え、22枚のカードの山を崩してシャッフルし……カードを1枚引いた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

377 名前:Route:B:2020/10/04(日) 23:00:19.390 ID:5RIE3OKQ0
――絶望を胸に地に伏す小柄な少女だった。

378 名前:Route:B:2020/10/04(日) 23:00:48.553 ID:5RIE3OKQ0
Route:B


                   Chapter0

379 名前:Route:B-0 コンシールメント:2020/10/04(日) 23:02:49.914 ID:5RIE3OKQ0
……わたしは、夢を見ていた。

それは、幼い日の出来事だった。
世の中が綺麗だと信じ切っていた純粋な時期の――忘れようとしても忘れられない、トラウマ。

???
「ひっく、ひっく……」

???
「泣いてても終わらないぞぉ?さぁ、さっさと先生の言う事を聞くんだ……」

嗚咽を漏らすわたしに対するあいつの表情は、まるで死体に集る蛆虫のように醜く……
その奥から漏れ出る腐臭を纏った肉欲を隠さんともしない目が、眼鏡の奥で鈍く光っていた。


380 名前:Route:B-0 コンシールメント:2020/10/04(日) 23:04:38.939 ID:5RIE3OKQ0
がしりと、あいつに肩を掴まれた。
大人の大きな掌に支配されること。それは、世界を知らない子供にとっては恐怖そのものでしかない。
その時のわたしは、逃げ場もないところに追い詰められていたのだから、猶更。

ふたり以外は、誰もいない人気のない部屋。
窓から射す夕陽は、わたしの身も心を焦がし、焼き尽くさんとばかりに、強く強く室内を照らしていた。
対照的に、わたしの表情は、鉛のように重々しく――わたしの心は、深海の底の底よりも暗く――。

あいつの、大きな手がわたしの身体をなぞった。
恐怖。一秒が無限のように思える、地獄。

成長し、世の中の汚さを知るたび、この絶望を思い出し、心がぐちゃぐちゃになる。

所詮、この世の中は、どれだけ上っ面で取り繕うとも、心の奥底に在る汚らしい本能が恐ろしいのだから。


381 名前:Route:B-0 コンシールメント:2020/10/04(日) 23:05:30.817 ID:5RIE3OKQ0
わたしは、子供心に……まだ何もかもを認識するには未熟でも、
【その事実】を知ったのだ。そう―――――


              希 望 な ど 存 在 し な い ま や か し な の だ と 。



382 名前:たけのこ軍:2020/10/04(日) 23:05:52.662 ID:5RIE3OKQ0
Route:B始動しました

383 名前:きのこ軍:2020/10/04(日) 23:08:26.277 ID:m5ISCwiAo
今回は闇深そう

384 名前:Route:B-1:2020/10/10(土) 20:46:36.114 ID:UGEA0.t.0
Route:B

                 2013/4/1(Mon)
                   月齢:20.3
                    Chapter1

385 名前:Route:B-1:2020/10/10(土) 20:47:59.930 ID:UGEA0.t.0
――――――。

???
「――っ!」

わたしは、全身をぐっしょりと汗で濡らして目覚めた。
カーテン越しに、月明かりが部屋を照らしている。

……快適な目覚めでないことは明らかだ。

???
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」

まるで全力疾走でもしたかのような息切れと、激しい動悸が身体を駆け巡る。
脈打つ心拍の音を聴きながら、首筋の血管に指を当てながら、落ち着こうと深く溜め息をついた。

???
「ふぅ…………」

少しずつ、それらは治まっていく。
それでも胸のあたりにつかえる気持ち悪さは変わりない……。


386 名前:Route:B-1 クリンジ:2020/10/10(土) 20:49:49.709 ID:UGEA0.t.0
???
「また、あの夢……吐きそう……」

震える身体をぎゅっと抱きしめながら、わたしは右手で口元を押さえて、ふらふらと脱衣所に向かって歩き出した。
鏡に映ったのは亡者のように青白い顔と、光を失ったうねる黒い髪と、丸い黒い瞳。
……生気のない、人形のような顔がそこにあった。

???
「うっ……げほ、げほ、げほっ……」

わたしは涙を流しながら嘔吐した。喉に走る熱い痛みも、鼻の中をつんと響く感覚もそのままに、ただ吐き続けた。
――記憶にこびりついた悪夢を、押し流すように……。

???
「………ぅ、気持ち悪い……」

胃の中のものを全てぶちまけて、わたしはようやく全身が汗だくなことを思い出す。

わたし
(服も全部着替えたい……でも、着替えを取りに行かなくちゃ……
 ああ、面倒、シャワーを浴びてから取りに行けばいいか……)

乱雑に服を脱ぎ捨て、わたしはよろよろとした足取りでシャワーを浴び始めた。
身体にへばりついた汗は、まるで悪夢が残っているかのようで、わたしは丹念に身体を洗っていた。
やがて、自分自身の胸を掴むと…少し、自己嫌悪に陥った。


387 名前:Route:B-1 クリンジ:2020/10/10(土) 20:51:12.474 ID:UGEA0.t.0
???
「なんで、こんなに大きくなったんだろう」

片手では包み切れないほどに育った胸は、魅力的な女性となった証と言えるかもしれない。
それでも、鏡に映ったわたしの表情は、苦虫を噛み潰したかのようで、なんとも痛々しい。
胸が大きい……そのことに、わたしは深い嫌悪感を覚えていたから。

???
「…………もう、考えるのはよそう」

わたしは、身体に残ったシャワーの雫をバスタオルで拭い、
生まれたままの姿でふらふらと自室に戻ると、手首をすっぽり覆う長袖のパーカーに身を包んだ。
それは、何もかもから自分を覆い隠したい……わたしのそういった心理を反映したような衣装でもあった。

???
「目が冴えちゃったな…………」

時計を見ると、時刻は午前4時……ベッドに身を投げ出しても、もう眠気は飛んでいた。
……仕方なく、近くのランプをつけて、本を読みふける事にした。

388 名前:Route:B-1 ダイアンサス:2020/10/10(土) 20:52:56.100 ID:UGEA0.t.0
本……それは小説ではなく、専門書だった。
工業技術――魔力技術――読む者によっては、読んでいるだけで眠気を催すかもしれないようなもの。
でも、わたしには――とても、楽しめるものだった。

人々の叡智が集まって構築された世界。それは、浪漫があった。
今、読んでいるのは【トニトルス・フェラム】という企業の開発した義肢について。
手足を失った者が、外見あるいは機能を補うために開発された技術。

生命の海――胎内で構築される手足を、胎外で作る。
なにものかの意思により構築された生物学的な現象を、別視点から生み出そうとする。
それは、とても難解で同時に神秘的に思えた。


389 名前:Route:B-1 ダイアンサス:2020/10/10(土) 20:53:43.367 ID:UGEA0.t.0
当然ながら、企業秘密の部分は分からない。
それでも、公表されている概要だけでも、色々な事が想像できて、わくわくする。

――そうしているうち、心は少しずつ落ち着いてくる。
悪夢で沈んだ気持ちは、少し浮上していった。

……とはいえ、これは不安定な安堵でもあった。
何かあると、また沈むかもしれない。だから、わたしはそれから目をそらすように、本を読みふけっていた……。

なんでも、【トニトルス・フェラム】の秘書も、この義肢の技術で失った箇所を補填しているらしい。
身体の部位を失う……それはどれほど辛いのだろうか、わたしには分からない。
わたしは心の一部が欠けてしまったけれど――肉体は欠けていないから――。

所詮は、他人の気持ちを完全に理解することはできない。
それでも、その気持ちに向き合う――その心意義で発展する技術は素晴らしいと思う。

それに、その技術は【大戦】で戦う際にも役立っている――と聞く。
身を守るために、全身を金属にすることもあるのだろうか?


390 名前:Route:B-1 ダイアンサス:2020/10/10(土) 20:54:02.202 ID:UGEA0.t.0
……本を読んでいると、わたしはいろいろなことを思い浮かべることが多い。

???
「……もし、全てを機械にしたら、魂魄は、どうなるんだろう?」

……全身を金属で置換すれば、思考の大元である脳も必然的にそうなる。
なら、心は――受け継がれるのだろうか。
意識は、脳の生み出す電気的な信号……そういった説があるが、
機械が生み出すそれは、今思考するわたしの意識と同じなのだろうか?

……考えても、結論は思い浮かばない。
ただ、一つだけ思うこと――それは、意識が継続していれば、それは自分自身なのではないか。ということ。

???
「――わたしが、この肉体を捨てても
 ……結局、肉体へのコンプレックスは変わらないかもしれない」

少し、自己嫌悪に陥る自分の身体を見つめながら、わたしはぼそっと呟いた。

391 名前:たけのこ軍:2020/10/10(土) 20:54:49.166 ID:UGEA0.t.0
名前はまだ出ていない。

392 名前:きのこ軍:2020/10/10(土) 21:49:25.771 ID:TukoEIz6o
不穏な出だし ブラックちゃんが関わってくるのかしらね?

393 名前:Route:B-1 ストロベリー:2020/10/11(日) 21:33:25.025 ID:iFLPb49Q0
――気が付くと、朝日が部屋に射していた。
鳥のさえずりも聞こえて、ああ、朝だ――とわたしは思った。

時計の時刻は既に7時を回っていて、わたしは本に集中していたらしい。

もっとも、厚めのカーテンに遮られて、太陽の光はわずか差し込むだけ。
わたしの部屋は、朝だというのに薄暗かった。

――それは、太陽の光が苦手だから……。

皮膚が弱いわけではないけれど、太陽の光――特に夕陽は、はわたしのトラウマを刺激されるから苦手だ。
光が、骨に関わる栄養素のひとつに関わっていることを知っていても……。

知識という理知的なものと、わたしの内面に在る感情は擦り合わせられなかった。

394 名前:Route:B-1 ストロベリー:2020/10/11(日) 21:35:45.581 ID:iFLPb49Q0
こん、こん――と、その時部屋のドアがノックされた。

わたしはそのドアを開けると、白い髪のツインテールの女の子――苺(まい)が、そこに居た。
紅いゴスロリ衣装。背中に生えた白い翼。彼女は人間ではなく、天狗なのだという――。
わたしにとっては、同居人であり、憧れのパートナーのような立ち位置にあるから、種族の違いを意識することは少ないけれど。

……この家に住んでいるのはわたしと苺だけなのだから、苺が居るのは当然なことだった。
苺は、両手にはめた淡い桃色の手袋を合わせながら、普段通りの柔らかな表情でわたしを見ていた。


「瞿麦(なでしこ)ちゃん、起きてたんだね
 洗濯籠に服が入ってたから、あれ?って思ったんだけど」

――丸くて大きい赤い瞳が、苺のチャームポイント。
可憐に首をかしげる姿は、憔悴しているわたしと比較すると……
ずっとずっと、可愛らしい。


395 名前:Route:B-1 ストロベリー:2020/10/11(日) 21:38:32.970 ID:iFLPb49Q0
瞿麦
「……そういえば、脱いだ服のことを忘れてた」


「まぁ、ぼくがやっておくからいいよ」

苺は、家事全般をてきぱきとこなす家庭的な女の子だから、こうしてわたしの身の周りの世話もしてくれている。
その献身的な立ち振る舞いは、こんなわたしにはもったいない――と思うときもある。


「それはそうと、朝ごはんできたから、ぼくと一緒に食べよう?」

瞿麦
「うん、食べよう」

苺の、元気な顔つき。
わたしと一緒にご飯が食べたい――そう顔に書いてあったのを、悟られたのかも……。

悪夢の蟠りを洗い流されたような感覚を覚えつつ、わたしはキッチンへ向かった。

396 名前:たけのこ軍:2020/10/11(日) 21:55:36.102 ID:iFLPb49Q0
主人公とヒロインの名前がでてきました

397 名前:きのこ軍:2020/10/12(月) 00:35:57.200 ID:ou/pLXcMo
苺ってみたら問答無用に雛苺が出てきちゃうのは桃種読者の悪い癖

398 名前:Route:B-1 リユニオン:2020/10/19(月) 20:07:31.609 ID:lAYI73BY0
食卓に着くと、すでに出来立ての朝食がテーブルクロスの上に並んでいた。
トースト、新鮮な野菜のサラダ、ベーコンエッグ、コーンスープ、オレンジジュース……。

これらはすべて、苺が作ってくれたもの。
わたしは料理が苦手だから、こうして作ってもらわないと生きていけない。

瞿麦
「ありがとう、苺ちゃん」

だから、毎日こうやって礼を言う。わたしを献身的に支えてくれているからこそ、こうやってわたしは生きていられるから。


「ありがとう、さっ、食べよう?」

瞿麦
「うん」

瞿麦・苺
「いただきます――」

わたしと苺は、二人で朝ごはんを食べ始めた。


399 名前:Route:B-1 リユニオン:2020/10/19(月) 20:09:03.990 ID:lAYI73BY0

「きょうは早く起きていたみたいだけど、お腹は空いてなかった?」

瞿麦
「ううん、本に夢中だったから……」


「そっか、今日は何の本だったの?」

瞿麦
「今日は、義肢についての本かなぁ……」

パリッとしたトーストや、温かいスープやベーコンエッグ……
新鮮で瑞々しいサラダとジュースは、わたしの鼻腔や舌をくすぐり、
苺の穏やかで優しい声が、心を潤わせる。ああ、この団らんは――悪夢で目覚めたことを忘れさせてくれて、うれしい。

瞿麦・苺
「ごちそうさまでした――」

わたしは使い終わった食器を、流し台に入れ、洗い物を始めた。
かちゃかちゃと鳴る皿の音。じゃばじゃばと跳ねる水の音。いつも通りの平穏な風景……。
料理は出来ないけれど、これぐらいの行動ならわたしにもできるから……。


400 名前:Route:B-1 リユニオン:2020/10/19(月) 20:10:42.730 ID:lAYI73BY0

「瞿麦ちゃん、ありがとう」

瞿麦
「ううん、わたしは料理できないから……苺の助けになればなって」

――蛇口から流れる水の冷たさが、わたしに平穏であることを実感させていた。


「じゃあ、お洗濯してくるから、何かあったらぼくに声をかけてね」

朝食を食べ終わったら、リビングで本を読むのが日課だ。

……わたしの年齢は16歳。けれども、学校には通っていない。

あの場所に行こうとすると、ひどい吐き気と動悸に襲われる。
それは3年前のトラウマが、今を尾を引いているから……。

もちろん、学生の本分である勉強はしている。
……教科書ではないけれど、参考書を読むことで知識を蓄えている。

これが正しい学習方式なのかは分からないけれど、学校……とりわけ教師とは接したくないから。
他者と接することで、知見が広がることは分かっていても……心が、受け付けられないから……。

401 名前:SNO:2020/10/19(月) 20:11:01.008 ID:lAYI73BY0
闇が見えるかも

402 名前:きのこ軍:2020/10/20(火) 09:30:44.973 ID:Q7094Dkk0
ほのぼのパートのぞむ。

403 名前:Route:B-1 オーディナリー:2020/10/20(火) 23:07:31.563 ID:OJPsyr0g0
わたしは、文系と理系でいえば、理系分野のほうが好きだ。
作家が考える、多岐にわたる表現や世界観も面白いけれど、
人々の叡智が集まり、一つの結論が出ている――そういった点が、面白い。

……それに、ロジックを組み立てることも好きというのもある。
何も書かずとも、頭の中で、パズルを解くように組み合わせながら考えることは、すべてを忘れて熱中できる……。


「……ちゃん、瞿麦ちゃん」

……気が付くと、瞿麦に呼ばれていた。

瞿麦
「なに?」


「そろそろ、お昼時……もう12時半だけど、お昼ご飯にしない?」

瞿麦
「えっ?」

面食らったようなわたしは、周りの様子に思考を傾ける。
きょろきょろと視線を動かし、時計を見ると、苺の言った通りの時刻が目に入った。


404 名前:Route:B-1 オーディナリー:2020/10/20(火) 23:08:17.572 ID:OJPsyr0g0
それを認識した途端、わたしのお腹の虫もぐぅと鳴き始め……。

瞿麦
「あ……」

……こういうことは、時々するけれど、やはり年齢を顧みると少し恥ずかしい。
気を許した苺相手でも、それは同じ。わたしの顔はかぁっと熱くなる。


「ふふ、瞿麦ちゃんは集中してて、気が付かなかったんだね」

そんなわたしを、苺は微笑ましげに見ていた。

お昼ご飯……苺特製のスパゲティと、野菜スープ、それから市販のミネラルウォーター。
わたしの日常は、お昼ご飯を食べながら、クリスタル・テレビジョン(CTV)でニュースを見ること。

新聞はとっていないから、情報を得る手段はCTVとなる。
本来ならば、幅広いメディアから見るべきなのだけれど……これにも、事情があるからしかたがない。

CTVは、水晶玉に魔力機構を入れ、魔力に乗せた情報を受信する装置だ。
これが発明されていない時は、メイジ以外が遠くの情報を瞬時に得るのは難しいと言われていた。

でも、現在は技術の発展に伴い、メイジではない存在でも、こうやって平等に情報を享受できる。
そのことも、わたしが理系分野が好きな理由のひとつだった。


405 名前:Route:B-1 オーディナリー:2020/10/20(火) 23:09:59.063 ID:OJPsyr0g0
アナウンサー
「――さて、次のニュースです
 4月1日……今年も【会議所】のメンバーが入所しました
 事務員ほか、兵士として参加するメンバーもおり、【会議所】を運営するメンバーたちも……」

画面の向こうには、世界の中枢と呼ばれる【会議所】――
そして、軍服で新人を出迎える、運営に携わるメンバーたち……。
¢、集計班、黒砂糖、抹茶、B`Z、山本、加古川……献身的に運営に携わるメンバーは、世界にその名を知られている。

……そういえば、画面の向こうにはわたしの兄も居るんだっけ。
……そんなことも聞いたことがある。画面の向こうにはそれらしい姿は見えないけれど。

家族とは、死に別れたり、消息が分からなくなったり……色々なことがあった。
だから、今は……苺が、たったひとりのわたしの家族といえる。


406 名前:Route:B-1 オーディナリー:2020/10/20(火) 23:10:14.885 ID:OJPsyr0g0
アナウンサー
「続いてのニュースです
 国際的テロリスト【嵐】が、ブルボン王朝でテロ行為を行い、重症者11名、軽傷者160名――」

……テロリスト。わたしにとって、遠い存在。
どうして破壊活動をするのだろう。そもそも、戦いたければ【大戦】をすればいいのではないか。
【会議所】には、強者がたくさんいると聞いたことがあるから。

ニュースに思いを馳せながら食事をしていると、かちゃりとスプーンと皿がぶつかる音がした。
気がつくと、わたしは食事を平らげていた。
苺の作った美味しい昼食を、気が付かない間に……なんだか、申し訳なくなって、苺に謝るジェスチャーをする。


「僕のことは、気にしなくてもいいのに
 ニュースを見ている時の瞿麦ちゃんの目は、真剣だから……好きなんだよ」

すこし照れつつもうれしそうに答える苺。その言葉に、わたしの顔はかぁっと熱くなる。
苺は、こうしてわたしを恥ずかしくさせる言葉を紡ぐことが多い。それに慣れないわたしも、わたしだけれど……。


407 名前:Route:B-1 オーディナリー:2020/10/20(火) 23:10:26.490 ID:OJPsyr0g0
瞿麦
「ぅ……」

顔を押さえてみると、指先に熱を感じる。顔に火がつくとは、こういうことなのかと納得してしまう。


「瞿麦ちゃん、お皿は僕が洗っておくから、休んでていいよ?」

瞿麦
「うん……」

恥ずかしくて、わたしは苺の言葉に頷くだけ頷いて、また本を読みにリビングへと戻って行った……。

408 名前:たけのこ軍:2020/10/20(火) 23:10:53.094 ID:OJPsyr0g0
カスの狂気さがないんよ平和なんよ

409 名前:きのこ軍:2020/10/21(水) 20:31:49.087 ID:5kIpooJEo
やっぱり時系列的にはAルートと同じなんだな。
細かなことだけど>>403
> 苺
> 「……ちゃん、瞿麦ちゃん」
>
> ……気が付くと、瞿麦に呼ばれていた。

ここは苺に呼ばれていた、が正しい?

410 名前:たけのこ軍:2020/10/21(水) 23:14:32.940 ID:jGp2O/hE0
>>409
本当ですね ありがたいんよ

411 名前:Route:B-1 レストフル:2020/10/23(金) 20:15:11.534 ID:VklBH4xU0
瞿麦
「あっ」

本を読み終えたわたしが顔をあげると、部屋は夕焼けで赤く染まっていた。
……わたしは、夕焼けは嫌いだった。
閉まったカーテンをすり抜けて部屋を赤く染めるそれすらも……どうしても、苦手なのだ。
逃げるように本を机の上に置き、部屋の明かりをつける。

時計に目をやると8時半――もうすぐ、夕食の時間だろうか?
やることもなく、適当なCTV番組をぼーっと見ているうち、苺に呼ばれてキッチンへと足を向けた。

苺手作りのクロワッサンに、サーモンのムニエル、野菜たっぷりのポトフ。
苺の料理レパートリーの広さと、その味には頭が上がらない。

瞿麦
「これも、おいしい」


「ふふ、そう言われると作った甲斐があるなぁ」

なんとなく呟いた言葉で、苺はにっこりとほほ笑む。
その真っ赤な瞳と、桃色の頬は、白い肌によく映えて、わたしは見入っていた。



412 名前:Route:B-1 レストフル:2020/10/23(金) 20:16:20.089 ID:VklBH4xU0

「瞿麦ちゃん、ほら、食べて食べて」

わたしの視線に、苺は少し恥ずかしげにわたしに催促した。
昼食の時とは逆。それでも、この平穏な風景はわたしにとって幸せだった。

ここが天国。旅人がいるならばこのような場所を目指すのだろう。
わたしは、意思を持ってここに目指したわけではないけれど……。

413 名前:Route:B-1 レストフル:2020/10/23(金) 20:16:41.547 ID:VklBH4xU0
……夕食を終え、わたしはバスルームに入った。
わたしは、一人でシャワーを浴びることが常。それは思春期だからだろうか?
苺と一緒に入ろうとしても、恥ずかしがって入ってくれない。
悪夢を見た時、苺を呼ぼうと、一瞬だけ思ったけれど……眠っている彼女を起こして、恥ずかしがることを強要はしたくはなかった。
相手の状況も顧みようとすることが、二人で一緒に過ごせる理由……わたしはそう思っていた。

――ずきん。
そう納得した瞬間、わたしの頭に電流が走ったような気がする。
それは一瞬だけれど、何なのだろうか?
深く考えると、また悪夢を見た時に心がぶるぶると震えるかもしれないから、やめておこう。

瞿麦
「ふぅ……」

シャワーを浴び終え、長袖のパーカーを着ながら鏡を見ると、わたしの顔はほっとした表情をしていた。
目の下の隈は相変わらずだけれど……それでも、朝の亡者のような貌ではない。


414 名前:Route:B-1 レストフル:2020/10/23(金) 20:17:56.595 ID:VklBH4xU0
……今のわたしの生活は、恵まれている。好きな本で知識を得、平穏に暮らせている。
悪夢を見て、苦しむことははあるけれど……学校に通うという、一般的な道からは外れているけれど……。

それでも、まだ、致命的な境界から踏みとどまれていると思う。

瞿麦
「ふぁ……」

そうこうしているうちに、眠気を催していた……。
あくびが漏れ、とろんと視界が歪み、瞼もゆっくりと重くなった。

朝の4時に起きたからか、夜の9時なのにもう眠い。
わたしはベッドに身を投げ、仰向けになって、考えていた。

瞿麦
(この平穏が、永久に続けばいいのに……
 苺と一緒に、日常をいつまでも……)

そう思いながら、わたしの目蓋は重くなって……。

415 名前:SNO:2020/10/23(金) 20:18:08.489 ID:VklBH4xU0
フラグっぽい文面やめろ

416 名前:きのこ軍:2020/10/24(土) 12:51:01.599 ID:WwT86jJso
永久に続くよきっと()

417 名前:Route:B-2:2020/11/02(月) 20:58:40.712 ID:zQlNnmUI0
Route:B

                 2013/4/8(Mon)
                   月齢:27.3
                    Chapter2


418 名前:Route:B-2 フォービデン・レター:2020/11/02(月) 21:02:18.929 ID:zQlNnmUI0
――――――。
わたしは、悪夢を見ていた。
それはやはりあいつが出てくる夢で、夕暮れの部屋でわたしはあいつに迫られている。

瞿麦
(いや――やめて――)

助けを求める声も手も誰にも届かない。ただ、欲望に顔をゆがませた醜い存在だけがそこに存在するのみ。
理性という殻が欲望という災厄があふれ出るのを防いでいるのだとしても――
あいつは、その理性そのものに殻がなかったのだ。

そして、愚かなるわたしはそれに気が付くことなく――
今まで、その手にかかった哀れな生贄のように――

瞿麦
「っ――」

――わたしは、また悪夢を見て、早朝と言うには早い時間に目覚めた。
ばくばくと鳴り響く鼓動と、ぐっしょりと溢れた寝汗……。
あまりの気分の悪さに、脳が眠る姿勢にも入っていない……。

わたしは、そのまま起きていることにした。

419 名前:Route:B-2 フォービデン・レター:2020/11/02(月) 21:06:39.133 ID:zQlNnmUI0
……それが、一週間後の朝の始まりだった。
時間は7時19分……苺が珍しく寝坊をしていて、わたしは何となく玄関の郵便ポストを見に行った。

そこには一枚の手紙があった。
差出人は――アイローネ・フェルミ。

……その名前を見てぴくっ、と身体が一瞬震えた。

瞿麦
「兄さん……?」

そこには――わたしの兄の名前が記されていた。
とはいえ兄と顔を合したのはずいぶんの前のことで、手紙でのやりとりすらもなかった。

当然ながら、ここに住んでいることを伝えていなかった……。

瞿麦
「……どうして、わたしの住所を知っているの?」

ぽつりと、疑問をこぼしても、答えるものはいない。

びくびくしながら、きょろきょろと辺りを見回したけれど……そこにあるのは、辺り一面の森が広がるばかり。
木々のざわめきとさわやかな風と、鳥のさえずり――平穏な光景があるだけだった。

誰もいない……気配すらも感じられない。


420 名前:Route:B-2 フォービデン・レター:2020/11/02(月) 21:13:29.557 ID:zQlNnmUI0
瞿麦
「どうしてわたし宛に手紙が……?」

ここにある手紙だけが、異物のようにも思える。
わたしは差出人の名前をじっと見ていた。

この家は、森の中にぽつんと立った隠れ家のようなものだ……。
食料などの日用品の調達は、静さんという知り合いの女性にしてもらっているけれど……。

そこで、ふと一つの仮説を思いついた。

瞿麦
「静さんのところを通じて、わたしに――?」

静さんの家は、鍛冶屋。知る人ぞ知る――そんな店ではあるものの、意外とさまざまな機関との交流はある。
世界の中枢樽【会議所】もその技術に感銘を受け、協力している。
仕事の過程で様々な情報も集まってくるとも聞いたことがあるから、その繋がりで……。

瞿麦
「待って、それだとわたしが静さんと関わりがある理由をどうして知ってるの?」

しかしわたしの導いた仮説は、振り出しに戻った。
静さんはこの家を隠れ家として用意してくれたのだ。
仮に兄が静さんと何らかの接点があったとして、その場所をあっさりと教えるだろうか。

彼女は、職人気質なところがあるけれど、約束事は守ってくれる人なのだ。

改めて、手紙を眺める。正体不明のそれはわたしを動揺させる存在そのものなことに違いはない。
そもそも、この手紙が本当に兄からのものかもわからない……。

421 名前:Route:B-2 フォービデン・レター:2020/11/02(月) 21:15:10.827 ID:zQlNnmUI0
わたしは、この手紙をどうしよう……。

手紙をパーカーのポケットにしまい、しばらく廊下をうろうろして……。
結局、わたしは部屋に戻って、封筒を開け、手紙を読むことにした。

「瞿麦へ
 ――何年も、会えなくて申し訳なかった

 あの事件があってから、フェルミ家という理由で狙われる……そういった可能性もあり、
 名前と姿を変え、会議所で兵士として過ごしてきた

 それは、彼女を救う為でもあった」

瞿麦
「――っ!」

その文面を途中まで読んで、頭痛がわたしを襲った。
痛みに、思わず手紙を握りしめてしまい、整然と折りたたまれた手紙はくしゃりと潰れてしまった。

手紙の字は、確かに……見覚えのある兄の字だった。
いいや、差出人の字も同じなのだから、わたしはどこか頭で否定していたのかもしれない。

よく知るその字の連なり――ああ、これは兄からの手紙なのだと、否定することはできなくなったのだ。


422 名前:Route:B-2 フォービデン・レター:2020/11/02(月) 21:19:17.900 ID:zQlNnmUI0
瞿麦
「はぁ……」

納得していた、けれども……わたしはそこで立ち止まってしまった。
この先を読んで、わたしに何か利があるのだろうか。
否定したいものを、無理に読む必要があるのだろうか。

当然、そのあとの文面も、続いている――けれども、読む気にはなれない。
その手紙を読むと、今の平穏が崩れてしまうような気がしたから……。

丁度その時、こんこんと部屋のドアがノックされた。


「瞿麦ちゃん、ごめんね
 お寝坊して、今起きたの――簡単な朝ごはん作るから、起きてたら出てきてほしいな」

――苺が部屋を訪ねた。
時間は7時49分。
わたしにとって無限にも近かったけれど――それだけしか経っていなかった。

瞿麦
「すぅーー、はぁーーー」

深呼吸を一つ。わたしが今できること――それは――。

瞿麦
「うん、起きてる……今出るね」

くしゃくしゃになった手紙を机の中に放り込み、素知らぬ顔でドアを開けた。
そしてわたしは朝食を食べて、いつもの日常を過ごすのだ……。

423 名前:SNO:2020/11/02(月) 21:19:42.210 ID:zQlNnmUI0
いったい誰からの手紙なのだろう

424 名前:きのこ軍:2020/11/02(月) 21:25:44.690 ID:hwYNJ6rwo
謎が深まるーー。互いに想像するの楽しくていいですね

425 名前:Route:B-2 ヨーガ:2020/11/08(日) 21:45:58.419 ID:r/jg5VW60
苺の作ってくれたおいしい朝食を食べ終え、わたしは苺と運動をすることにした。


「少しは体動かさないと、将来、身体の色々なところにガタがきて困っちゃうよ?
 ……だから、一緒に運動しよう?少し運動するだけでも、気分転換にもなるよ?」

わたしと苺が一緒に住み始めてすぐのこと……。
部屋の中に閉じこもりがちだったわたしに、諭すように、苺がそう言ったことがあった。

その言葉が、わたしを心配してのことであるのはすぐにわかった。
気分転換になるのは間違いないし、運動ももともと嫌いではなかったから、わたしはその言葉をまっすぐに受け止めた。

……今回も、気分転換のために、運動をするのだ。
不安の種たる、わたし宛の手紙から離れるために……。


426 名前:Route:B-2 ヨーガ:2020/11/08(日) 21:48:23.236 ID:r/jg5VW60
庭は、こじんまりとしているが、わたしと苺の二人だけで考えれば、過分に十分ぐらいの広さだった。
二人でできる運動……と言っても、マットを敷いてヨーガ体操をするぐらいだけれど……。

瞿麦
「んーっ」


「うん、瞿麦ちゃん、いい感じだよ」

身体を伸ばしたり曲げるわたしを、教本を読みながら苺が見てくれている。
足をぴったりと伸ばしながら、身体を曲げようとすると、けっこう苦しい。

始めはあまりの痛さに逃げ出したくなったけれど、苺が献身的に支えてくれていたからか、なんとか続いている。
……閉じこもりがちで初めはがちがちに固まって動かなかった身体は、少しずつ柔軟にほぐれ、
今では第三者が見ても体が柔らかいというほどには改善されてきた。

それに……改めて思うと、わたしは運動神経がいいと褒められていた記憶があった。
だから、効果が大きく出ているのだろうか?

……昔は、楽しく運動もしていないような気がする。
もう過ぎ去った、世間をちっとも知らない愚かな昔――。
外敵を知らない獲物のころに――。

427 名前:Route:B-2 ヨーガ:2020/11/08(日) 21:51:30.709 ID:r/jg5VW60

「はい、お疲れ様!次は僕の番だね」

――どれぐらい、ヨーガ体操に取り組んでいただろうか。
ぱん、と手を叩く音と共に、苺の声が耳に届いた。
どうやら集中していたらしく、時間の経過も忘れていたらしい。

身体を動かしての疲労感はあまり感じ取れない。
これなら、休憩をしなくても苺の体操を手伝える。

瞿麦
「苺ちゃん、行くよ」


「うん、いつでもお願い」

空からは太陽がわたしたちを照らしていた。

……太陽の光は苦手だけれど、雲間に遮られているからなんとか大丈夫。
最も、こうやって運動する時以外では、あまり日光には当たらないのだけれど。

瞿麦
「右腕をもう少し、ぴんと張るように伸ばして――」


「んんんっ――いたっ、たっ」

苺が、わたしの指示に従って、身体を曲げたり、伸ばしたり。
苺はあまり運動が苦手ではなく、同じ時間こうして体操を続けているのに、わたしよりも体は柔らかくなっていなかった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

428 名前:Route:B-2 ダンデライオン:2020/11/08(日) 21:55:04.600 ID:r/jg5VW60
???
「おや――今日は、庭にいるのか」

わたしたちがヨーガ体操を終え、中庭の椅子に座って飲み物を飲んでいると……静さんが、わたしたちに声をかけた。


「おはよう――いつもの、買い出し分だ」

紙袋に入った食べ物や、洗剤や、石鹸などの日用品を、どっと玄関先に置く音が聞こえた。
わたしたちは、静さんのところへ駆け寄った。

静さんは、わたしの家に食べ物や日用品を持ってきてくれている女性だ。

身長は170cmを越え、苺のような白い髪と、苺とは違う漆黒の眼球と青白い瞳。
普段の鍛冶仕事で引き締まった身体をし、ツナギを着ていることからもクールさを感じさせる。


429 名前:Route:B-2 ダンデライオン:2020/11/08(日) 21:57:25.469 ID:r/jg5VW60
わたしに、色々なことがあって引き取ってもらってから、ずっとお世話になっている。


「あ、静さん!おはようございます 
 いつもいつも、ありがとうございます」

瞿麦
「どうも……ありがとう、ございます」

はきはきと答える苺と、対照的に少し詰まるわたし。
苺以外の相手には、あまり流暢に話すことができない……そのことも、苺に憧れる一因だった。


「私の店は、普段通りだ――
 君たちの方は、何か変わったことはあるか?」

瞿麦
(――!)

その言葉に、心当たりはあった。しかし……言いだしたくはない。
兄からの手紙。相談すれば楽になるかもしれないけれど、何故か隠し通してしまいたい。

わたしは、袖に隠れた手をひそかにぐっと握り、ごくりと固唾をのみながら、押し黙っていた。


430 名前:Route:B-2 ダンデライオン:2020/11/08(日) 22:49:07.818 ID:r/jg5VW60

「ええ、特にはありません……【嵐】が暴れているのがすこし怖いぐらいですかね?」

普段、静さんと会話するのは苺……わたしは、ときどき苺の言葉に追従するように頷くばかり。
――それで、いい。余計に何か口出しをしたら、隠していることが公になって、この平穏が崩れるかもしれないのだから。


「確かに――1週間前、ブルボン王朝でテロ行為というニュースもあったからね」


「この辺りは、辺境の地で何もないから……まず心配はいらないだろうけれど、
 私の店は武器の材料を取り扱っていることにもなるからね……」

静さんの店――【月輪堂】は、兵器のパーツや刀――そういったものを製作している小さな鍛冶屋だ。
私たちの住む家から、20分も歩いたところにある。
規模は小さくても、その鍛冶技術の高さは指折りのために高い評価を得ており、意外なところとも顔が利くという。


431 名前:Route:B-2 ダンデライオン:2020/11/08(日) 22:50:21.887 ID:r/jg5VW60

「また、2週間後にお願いしますね」


「ああ――君たちのことは、彼女からも承っているからな」

ぺこりとお辞儀をする苺……それにならって、わたしも深々と頭を下げる。
静さんは、軽く会釈をしながら、後ろで結んだ髪を揺らせながら、その場を立ち去って行った。

瞿麦
「……わたしとは大違いだな」

静さんの頼れる後ろ姿と比較して、わたしは自信を卑下していた。


「瞿麦ちゃんは、勉強家で、運動センスもある優しい子だよ……
 そんなに、自分を悪く言わないで」

慣れた口調で、わたしの背中を優しくさすりながら苺は答えた。
……わたしは、自分を卑下することが多い。手首やらなにやら……肉体を傷つけるまでには至らないけれど……。

……もしかしたら、わたしは苺に構ってほしいから、自分自身を蔑んでしまうのかもしれない。
早熟だったわたしの身体によって、人生が狂ったから……わたしはこうなってしまったのかな……。

そう思いながらも、わたしはいつもの日常に――本を読んで、苺と暮らす日々に戻った。

432 名前:SNO:2020/11/08(日) 22:50:40.606 ID:r/jg5VW60
魔王様にシトラスされないヨシ!

433 名前:きのこ軍:2020/11/08(日) 22:56:28.565 ID:JT93nRnIo
まだ平和ですね。

434 名前:Route:B-3:2020/11/10(火) 21:52:24.454 ID:24pHL/FI0
Route:B

                 2013/4/10(Wed)
                   月齢:29.3
                    Chapter3

435 名前:Route:B-3 ホールド・ハンズ:2020/11/10(火) 21:55:25.764 ID:24pHL/FI0
――――――。

わたしは夢を見ていた……。

???
「服を脱いで見せてごらん……」

今にして思えば、欲望を隠さない醜く惨たらしい表情を、あいつはしていた……。

わたし
「はい」

……でも、当時のわたしはそれを見分ける審美眼を持っていなかった。
素直にその言葉に従ってしまったものだから、わたしは絶望の淵に立たされることになったのだ。

わたし
「……」

そして――わたしの意識はその光景から離れてゆく……。
それは夢の世界から逃れるため?

今見ている世界は、現在(いま)わたしの身の回りに起きていることとは異なる。
だから、この景色は遠ざかりさえすれば、これ以上何も思うこともなく……。

436 名前:Route:B-3 ホールド・ハンズ:2020/11/10(火) 22:02:24.689 ID:24pHL/FI0
瞿麦
「……はっ」

幼いわたしの意識は、いつのまにか今のわたしに切り替わっていた。

現在の時間は7時21分……日付は4月10日、水曜日。

瞿麦
「今日は……第二水曜日」

カレンダーを見ながら、わたしは呟いていた。
隣では苺が朝食を準備してくれている。わたしは……悪夢のためか、本を読む気も起きず、
ただなんとなくカレンダーを眺めてみたり、苺を見守ったりしていた。


「今日も、静さんのところで頑張らなきゃね」

慣れた手つきでベーコンエッグを作りながら、苺が答える。

瞿麦
「うん」

そんな他愛もない会話が、悪夢で淀んだわたしの心を徐々に癒してくれる。
――平和だ。この生活は、ずっとずうっと……死ぬまで続けたいぐらい。

第2水曜と、第4水曜は、静さんの鍛冶屋でお手伝いをする日だ。
朝食を終え、一段落ついたわたしたちは、靴を履き、森を進み……目的の場所【月輪堂】へと向かう。

437 名前:Route:B-3 ホールド・ハンズ:2020/11/10(火) 22:08:10.878 ID:24pHL/FI0
その場所はわたしたちの家から歩いて20分……苺と手をつないで、日傘を差して森の中を往く。
空から射す日差しは、日傘と木の葉に遮られ、わたしたちを少し照らすだけ。


「……瞿麦ちゃんの手は、いつもふわふわで温かいね」

瞿麦
「……そう、かな」


「うん、そうだよ……手袋越しにでも伝わるよ」

歩きながら、苺はそう言いながら少し顔を赤らめた。
その照れた表情は、可愛らしく……同時に、苺の言葉がわたしの心をどきりとさせる。

瞿麦
「そ、そうかな……」

恥ずかし気に、わたしに対して可愛らしく告げる苺を見ると、心が少しあわただしくなる。
慣れた苺相手でも、しどろもどろな答えになってしまう……。

わたしは、苺に……家族以外の感情を持っていた。
苺のことが、好きだと――それは、恋愛感情なのかもしれない……。

でも、それを苺には言えなかった。
それを告げることは、苺との距離感を変えることになってしまう。

――そして、いま享受している平穏が崩れてしまう。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

438 名前:Route:B-3 ホールド・ハンズ:2020/11/10(火) 22:11:16.561 ID:24pHL/FI0
瞿麦
「あ、着いた……」

しばらくして、月輪堂の前に辿り着いた。
瓦屋根の、木造の建物。月輪堂の立て看板も脇に置かれている。
何度も訪れた場所だから間違えることはない。

ここは、鍛冶工房だけではなく、接客カウンター、倉庫、それから数人が住まえる居住スペースと、意外と広い建物だったりもする。
最も、いま住んでいるのは2人だけれども……。

……それについて思いを馳せても、何もない。
わたしたちは、がらがらと引き戸を開け、店内へと入っていった……。

439 名前:Route:B-3 コスモス:2020/11/10(火) 22:13:24.439 ID:24pHL/FI0

「おはよう、二人とも」

可愛らしい声がわたしたちの耳に届いた。

静さんのように、白髪、黒眼、青白い瞳をしたおかっぱ頭の女性――
縁さんが、カウンターでわたしたちを出迎えてくれた。

にこりと笑うその天真爛漫な笑顔は、わたしや苺よりも小さな――というよりは、幼い体に似合った可憐なものだった。


「おはようございます、縁さん」

瞿麦
「おはよう、ございます」

もっとも……縁さんは、見た目が幼いだけで、わたしや苺よりもずっと年上。
だから、苺もわたしも、丁寧な言葉遣いであいさつをしている。


「ふふ、今日もあなたたちは仲が良くてうらやましい」

からかうような縁さんは、楽しげな表情を見せていた。
それは、その幼い外見に似合わず、ティーンエイジャーたちのやり取りに近いものがあった。


440 名前:Route:B-3 コスモス:2020/11/10(火) 22:16:24.928 ID:24pHL/FI0

「そんな、からかわないでくださいよ、もぉ」


「あたしと静だって、初めのころは似たような感じだったからねぇ」


「ふふ、その話は何度も聞かせてもらってますよ」


「ふふ、何度でも自慢したいからねぇ〜」

にこやかに返す苺と、楽しげに語らう縁さん。わたしは、そのやり取りを見守るだけ……。
――静さんや縁さんは、わたしたちに色々なものを与えてくれる恩人だけれど、それでも流暢にコミュニケーションはとれない。


「静さんとは、どんなデートを……」


「ふふ、静はあまり女の子女の子しない子だからねぇ、遊園地とかも苦手だし……
 あたしと一緒に出掛けるのは気に入ってるみたいなんだけどねぇ」

――わたしは、盛り上がる二人の中には入ることはできなかった。

441 名前:Route:B-3 コスモス:2020/11/10(火) 22:18:01.518 ID:24pHL/FI0
……いつの時だろう、わたしが他人と距離をとるようになったのは……。

それは、きっと……あの悪夢から。
世界の汚さを、欲望のおぞましさを小さな魂魄で知ったその日から……。

悪夢のことを思い出してしまい、身震いして両腕を握った。
――どうやら、会話に夢中になっているため、ふたりはわたしの震えに気が付いていないらしい。
余計に心配されたくないから、好都合かもしれないけど。


「瞿麦ちゃんは、いつもぼくのことを褒めてくれて……」


「それだけ、貴女が瞿麦に……」

――それから、数十分にわたる二人の会話を、わたしはただ置物のように聞いていた。

442 名前:SNO:2020/11/10(火) 22:18:33.884 ID:24pHL/FI0
シズフチ(まだ二人の会話がない)

443 名前:きのこ軍:2020/11/10(火) 22:50:41.573 ID:/aLX9FlEo
ぬるりと闇がきましたね。

444 名前:Route:B-3 ワーキング:2020/11/11(水) 21:04:21.260 ID:hBokkH.I0
会話もたけなわ……わたしたちは、指定の場所についていた。


「じゃあ、今日もいつもの作業をやってもらうわね」

そう言うと、縁さんは魔術の詠唱を始め、式神を召喚するための詠唱を始めた。
式神、それは魔術で生み出した人工的な生物のこと。使い魔と呼ぶものも居るが……。

なんにせよ、それを操るのは並みのメイジでは難しい――。
何しろ、一人で二人分の動作を行うことになるからだ。
――以前、メイジに関する本を読んだときに学んだ事柄の一つだ。

ぼうんと――煙が立ち、それが晴れた場所には……
わたしたちの前には、すっかり顔なじみな――縁さんよりも背の高い、ミノタウロスのような式神が現れた。

式神は部屋の向こうに行ったかと思うと、箱に入った袋詰めの部品をどかっと机の上に置いた。


「これに、それからこれに……」

縁さんが指を差し、式神を操るたびにさみるみるうちに箱の数が増えていった。
机の上は、あっという間に十数個のダンボール箱でいっぱいになった。


445 名前:Route:B-3 ワーキング:2020/11/11(水) 21:09:32.086 ID:hBokkH.I0

「今日の検品のお手伝い、お願いするわね」

そして、縁さんは納入先と部品のリストをわたしたちに渡した。
わたしたちは、仕分け作業のお手伝いをして、賃金を得ている。
実働時間は月に2日だけれど……それでも、日数に対しては貰い過ぎなぐらいには貰っている。


「トニトルス・フェラム、義肢用の部品……」

月輪堂は、シズさんとフチさんしかいない。だから、納入する商品を作るのにも時間がかかる。
それでも、その正確さや技術を見込む人が多い。
それだけ評価されているということなのだけど、わたしには実感がない……。

それでも、この作業はわたしの日々の一部として取り込まれている。


「きのたけ会議所、銃器のトリガー……」

……初めは慣れない作業だったけれど、続けているうちに、作業もすいすいと出来るようになってきて、
今では何も心配することはない。

苺の淡々と資料を読み上げる声を背景に、わたしは仕分け作業を続けた……。

瞿麦
(会議所――メイジ用ロッドの魔力増幅パーツ……)

部品を見ながら、わたしはメイジに思いを馳せていた……。
メイジ――魔術を操ることのできる存在で、生まれながらに魔力を蓄える才能を持っている。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

446 名前:Route:B-3 ワーキング:2020/11/11(水) 21:14:00.344 ID:hBokkH.I0

「縁さんの魔術って、ぼく感動してるんです
 大戦でも活躍できそうですね?」


「評価してくれるのはうれしいけれど――あたしは興味ないわ
 ――もともと、この幼い身体で、やいのやいの言われるのが嫌でね」


「あ……」


「いいのよ、あたしのことを子ども扱いしない方が、ずっと好感が持てるから
 それにね……あたしのこの技術は、護身術、兼日常生活のサポートに過ぎないから
 友達に、ずっと昔に教えてもらったにすぎないから――」

――その時の、縁さんの少し寂しそうな声は、印象深い出来事でもあった。

447 名前:Route:B-3 ワーキング:2020/11/11(水) 21:17:14.124 ID:hBokkH.I0
わたしには、何の才能があるのだろう。
……分からない。手を動かし、納品先と商品を合致していることを確認しながらも、思考はネガティブになり、沈んでいく。

苺は、毎日様々な料理をごちそうしてくれるから、料理の才能があるだろう。
静さんは、鍛冶師としての才能がある。
一人で、十数箱分の様々なものを作ることが出来るのは、機械の力があってもなお、経験と才能に依る部分が多いだろう。
縁さんは、メイジとしての才能がある。だからこそ、式神を召喚することが出来る……。


「――これで、終わり
 瞿麦ちゃんも、終わったね」

瞿麦
「あ――うんっ」

――気が付くと、作業はすべて終わっていた。
すっかり検品されきった部品が、出荷可能な状態になって部屋に並んでいる。

瞿麦
「すーっ、はぁーっ」


「ふーっ」

――わたしたちは一息ついた。
作業に集中していたから、全身に余計な力まで入っていたのだろう、
一呼吸するうちにその見えない力が霧散していくように思えた。

448 名前:Route:B-3 ワーキング:2020/11/11(水) 21:18:49.214 ID:hBokkH.I0

「――終わったようだね、有難う、二人とも」

その時、静さんが、わたしたちの前に現れ、軽く会釈をした。
彼女は、わたしたちが仕分けをしている間も、鍛冶に勤しんでいた。

だから、こうして作業が終わるまでは顔を合わすことはない。
いつも顔を合わすのは、このタイミングになる。


「二人とも、助かったわ
 いつも通り、ここでご飯を食べてから帰る?」

その隣で、にっこりと笑顔を浮かべた縁さんが、わたしたちに言葉をかける。
ふたりは、こうやってわたしたちのことを気遣ってくれている。
その一つが、わたしたちの食料と生活必需品の買い出しだ。

これほどまでに、手厚くわたしたちを助けてくれる……わたしは、このふたりのような素敵な女性になれるのだろうか。


「いえいえ、こちらこそ――
 お言葉に甘えて、いつも通り、ごちそうになります」

苺の円滑な会話を聞きながら、わたしは苺の後ろで頷いていた。

449 名前:Route:B-3 ディナー:2020/11/11(水) 21:28:02.045 ID:hBokkH.I0
――縁さんの手料理もまた、苺のように丁寧に作られた手料理。
ご飯に、焼き魚に、味噌汁に、大根の漬物に、野菜のおひたし――それから、淹れ立ての麦茶。

合掌をして、いただきます――の一言を交わし、四人で席を囲んで夕食を始めた。


「この時間は、4人で食べられるから、新鮮で好きよ、うふふ」


「食事の団欒が、あまりにも日常生活の一部になっているから、ついつい見過ごしてしまうけれど……
 改めて見返せばその通りだね」

軽口のやりとり――ふたりの間には、家庭を持ったパートナーの関係でもあった。
二人の間には、性別の壁というものはない。

それは、とても尊く、素敵な関係にも思えた。


450 名前:Route:B-3 ディナー:2020/11/11(水) 21:30:39.824 ID:hBokkH.I0

「縁さん、この焼き魚ってどのように――」


「ああ、これ?これはね……」

瞿麦
「………」

一方で、わたしは――会話に参加できずに、ただ黙々とご飯を食べるだけ。
苺以外には、コミュニケーションをとることが苦手だから……どうしても、能動的に会話に参加できない。


「瞿麦――調子はどうだい」

瞿麦
「あっ、はい――元気、です」


「前、会ったときは少し顔色が優れなかったようだけど――
 何か、あったかい?」

瞿麦
「……いいえ、いつもの、悪夢を見ただけです」

探るような静さんの質問に、たどたどしく、わたしは答えた。
……本当は別の理由があるけれども、それは話したくない。

でも、あの日も悪夢を見ていたのだから嘘にはなっていない。
だから、問題ない――と、わたしは自分を諭した。

451 名前:Route:B-3 ディナー:2020/11/11(水) 21:33:20.326 ID:hBokkH.I0


「……そうか、口出ししてすまないね」

静さんは、一瞬考えこんだが、すぐに納得したように頷いた。


「まぁ、何か気になることがあれば、私たちに相談して構わない
 ずっと溜め込むのも、心身ともによくない……程々で、肩の力を抜いて話してくれても問題はない」

わたしの様子を見て、気遣いながら微笑む静さんの表情に、わたしは少し安堵を覚える。
……とはいえ、多少はこの姿勢は改善すべきなのだろうけれど……。

静さんは、再び椀に入ったご飯を食べ始めた。


「……そういえば、このお味噌汁って……御出汁は……」


「ふふ、この味は静が好きだから……」


「ん?それは縁の好みだったような気が……」

三人の会話は弾み、わたしはその様子を眺めるだけ。
……それでもいい。わたしは、この団欒を見ているだけで、ほっとした気持ちになる。
少なくとも、自分の欠点ばかりを思い続けたり、トラウマをぶり返して心が沈むよりは健全だ。

……やがて、食事が終わり、わたしたちは帰路へ向かうことになった。


452 名前:Route:B-3 ディナー:2020/11/11(水) 21:35:02.849 ID:hBokkH.I0

「お疲れ様――また物資の方も適宜届けるよ」


「ふふ、また再来週ね」


「お世話になりました、また再来週もお願いします」

瞿麦
「お願いします……」

静さんと縁さんへの苺の言葉としぐさに、わたしも追従する。
……つくづく、わたしは自発的にはなれない。
一歩退いて、相手の出方を待ってしまう……。昔は、こうではなかったけれど……。

店を出て、空を見上げると――そこに、月は出ていなかった。
新月……完全に沈んだ朔――はじまりの月。

その夜闇の下を、わたしと苺は手をつないで、その後ろを静さんが見守りながら帰路についた。
また、明日からは……ふたりだけの日常が始まる。

瞿麦
(何事もなく、平穏に過ごせたらいいな)

心の中でそう思いながら、わたしたちは帰路を進んだ……。

453 名前:SNO:2020/11/11(水) 21:35:34.899 ID:hBokkH.I0
ようやくシズフチが揃ったので魔王様もニッコリだと思うんよ

454 名前:きのこ軍:2020/11/11(水) 21:46:33.103 ID:/1lMJAooo
負のオーラが出始めてるのは気のせいか。

455 名前:Route:B-4:2020/11/13(金) 20:34:32.389 ID:dInl3LVU0
Route:B

                 2013/4/13(Thu)
                   月齢:2.7
                    Chapter4

456 名前:Route:B-4:2020/11/13(金) 20:35:38.260 ID:dInl3LVU0
Route:B

                 2013/4/13(Sat)
                   月齢:2.7
                    Chapter4
>>455の曜日を間違えていたので訂正)

457 名前:Route:B-4 カルセオラリア:2020/11/13(金) 20:41:35.525 ID:dInl3LVU0
――――――。

わたしは夢を見ていた。

相変わらずあいつに迫られる夢。
そもそも、相談するにせよ……同性にすべきだったのだ。
どうしてわたしは考えが及ばなかったのだろう。

たとえ子供でも………。
それぐらいの結論に、たどり着くべきだったのに……。

後悔という感情が、この夢を見るわたしの中にあふれる。
決してやり直すことのできない事柄……。

吐き戻しそうなぐらいの息苦しさ……そして……。

458 名前:Route:B-4 カルセオラリア:2020/11/13(金) 20:45:13.830 ID:dInl3LVU0
鳥のさえずりで、わたしは目を覚ました。
――虫の知らせか、予感があってわたしはポストへと向かった。

瞿麦
「やっぱり……」

この場面に至ることを、わたしはなんとなく予期にしたのかもしれない。
……それはわたし宛の手紙だった。
差出人は、わたしの兄――アイローネ・フェルミ――。
一旦、その手紙を部屋に戻し……
苺と朝食をとった後、自室でわたしは手紙の取り扱いに頭を悩ませていた。

アイローネ……それは、灰色の身体を持つアオサギを意味する言葉。
灰色は、曖昧な境目を示す色でもある。

白黒どちらでもない、グレーゾーンがまさにその通りであるように……。

【会議所】は、グレーゾーン……わたしは、そう思っていた。

確かに、この世界の流れをコントロールする――そういった指針は、白と呼べるのかもしれない。
……けれども、そのコントロールの為に戦うことは、白なのだろうか。

戦いという行為は、歴史上必ず避けては通れないものだ。
しかし、血が流れ、悲劇を生むことも多い行為。

【大戦】は、参加者の死はあり得ない仕組みになっているが――
それでも、戦うという行為そのものが苦手だという人物もいる。

戦うという一つの事柄だけでも、意見が割れる。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

459 名前:Route:B-4 カルセオラリア:2020/11/13(金) 20:46:24.670 ID:dInl3LVU0
この手紙は、何故だか苺には見られたくない。
見られたら、都合が悪いから?それとも……開けてはいけないパンドラの箱だから……?
しかし、パンドラの箱ならば……絶望の果てに、最後に希望が残っているはずだけれど。

瞿麦
「どうしよう……」

わたしは、封筒から手紙を出してみる。
結局、前に貰った手紙は、くしゃくしゃにしてから先を読んではいない。

その手紙を読んだ方がいいのだろうか。それとも――
結局、わたしは手紙を読むことにした。

「瞿麦へ
 ――何年も、会えなくて申し訳なかった

 あの事件があってから、フェルミ家という理由で狙われる……そういった可能性もあり、
 名前と姿を変え、会議所で兵士として過ごしてきた

 それは、彼女を救う為でもあった」

瞿麦
「……!」

その文面に、ぎょっとした。
思わず、この前の手紙を取り出して……文面が一言一句違わず、同様であることを確認した。

460 名前:Route:B-4 カルセオラリア:2020/11/13(金) 20:48:44.622 ID:dInl3LVU0
瞿麦
「……嫌、見たくない」

砂を無理矢理飲ませられたように、わたしには息が詰まる感覚があった。

そのあとに続く文章から目を逸らし、手紙を封筒に入れて机の中に放り込んでしまった。
灰色の鳥が運んできた手紙……どうして、同じ文面をわたしに寄越すのか。

……彼女を救う……それって、どういうこと……。

瞿麦
「くぁっ!」

突然、頭痛がわたしを襲った。初めてこの手紙を読んだ時のように。
……わたしは、【彼女】について……考えたくない。

瞿麦
「はぁ、はぁ、はぁ……」

荒くなる息。じわりと滲む汗……。
わたしは、明らかにその手紙に対して強い警戒心を覚えている。

――それは、平穏の崩壊につながるから。
シンプルな結論だ。ならば、どうすればいいのか。それもわかっている。

461 名前:Route:B-4 カルセオラリア:2020/11/13(金) 20:49:55.647 ID:dInl3LVU0
瞿麦
「はぁ……はぁ……
 よし、手紙なんて来てない、手紙なんて来てない……」

結局、わたしはその手紙について考えることをやめた。
この気を紛らわすためにはどうしたらいいのだろう――そう思ってから、今日が土曜日……【大戦】の日であることに気が付いた。

瞿麦
「数時間後の、大戦を見て気を紛らわそうかな」

――【大戦】は、CTVでも生中継される。
気を紛らわす目的なら十分。毎回展開が違うのだから、それに注目するだけでも何かの刺激になるだろう。

わたしは、リビングで本を読みながら、【大戦】の刻を待つことにした。

462 名前:SNO:2020/11/13(金) 20:50:26.406 ID:dInl3LVU0
手紙は再び…

463 名前:Route:B-4 ウォッキング・ウォー:2020/11/13(金) 22:42:50.906 ID:dInl3LVU0
瞿麦
「うーん」

なんとなく、時計を見やった。
時刻は12時45分……。大戦開始時刻に近い時間。


「あっ、もうそろそろで大戦の時間だね」

苺もそれに気が付いたのか、CTVを点けた。
――前回の大戦は、本に夢中で見ていなかったからどんな内容だったのかは知らない……。


「前回は、きのこ軍の、新人さん――しかも、女の人が獅子奮迅の活躍を見せていたんだよ」

――そんなわたしの心を読んだのか、苺が補足してくれた。

瞿麦
「へぇ、そうなんだ」


「的確に相手を狙撃する姿が、かっこよかったんだよ」

嬉し気に語る苺に、わたしは少し嫉妬心を覚えた。

わたしは……メイジの才能もなくも武術の心得もないただの女……。
その人物と比べればはるかに差があるだろう……。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

464 名前:Route:B-4 ウォッキング・ウォー:2020/11/13(金) 22:44:44.333 ID:dInl3LVU0
13時ちょうどが、【大戦】の始まる時間。
とはいえ、中継局はその30分前から大戦に関する放送を始めている。

どのチャンネルを回しても、大戦に関する内容の番組が流れていた。

アナウンサー
「4月13日の大戦は、今年度新しく入った兵士にとっては2戦目に……」

……4月1日――今年度の兵士が入所した映像が流れている。
わたしは、それを……ぼうっと見ていた。


「今年もいっぱい人がいるね……」

苺は興味深そうにその光景を見ていた。
……CTVの向こうでは兵士たちが集まり、大戦用のバッヂを受け取っている光景が映し出されている。

大戦場に浮かぶ魔力を動力源とする機械が、その様子を撮影し各放送局に送信している……。
様々な角度からの戦況の投影……俯瞰的な状況の把握……
わたしはその光景を、ただなんとなく……見つめていた。


465 名前:Route:B-4 ウォッキング・ウォー:2020/11/13(金) 22:49:55.431 ID:dInl3LVU0
集計班
「ファイエルッ!」

――そして、合図の声とともに、戦いが始まった。
実況や解説の声とともに、老若男女を問わず軍服を着た兵士が武器や魔術やらで戦いを始める。
荒野に広がる大戦場には砂ぼこりが舞っていた……。

戦況は、はじめはきのこ軍が優勢だったが、怒涛のたけのこ軍の攻勢に優位性がひっくり返っていた。
先手をとったきのこ軍兵士の爆撃攻撃も、たけのこ軍が倍返しを決め……わたしは、世の中のままならなさを覚えていた。

そんな中……先週の大戦でも活躍をしていたという新人兵士が、衛生兵として粘る立ち回りを見せていた。


「がんばれ、新人さん、がんばれっ」

その様子に、苺は両手に力を入れながら応援していた。
一方、わたしは――新人という立場なのに、他の新人兵士との立ち振る舞いの良さが違う……そんなことを思っていた。

――さて、件の新人兵士に対抗するたけのこ軍の銀髪の兵士がそこに居た。
名前は筍魂……。飄々としながらも、その堂々とした立ち振る舞いには底知れなさが、画面越しからも見て取れた。

466 名前:Route:B-4 ウォッキング・ウォー:2020/11/13(金) 23:00:50.859 ID:dInl3LVU0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍25%、たけのこ軍20%です」

そして、その新人兵士の粘りが活きたのか、優位は再びひっくり返った。

――映像越しに、新人兵士と筍魂は未だ拮抗している。
新人兵士は、筍魂が撃ち出した石の弾丸を咄嗟に撃ち落としていた――これだけでも、技量的にはとんでもないことだろう……。


「すごい、すごいっ……ほかのみんなも頑張って!」

全身でエールを送る苺……わたしは、そんな気持ちになれない。
どうしてだろう。わたしは大戦に興味がない?
……それでも、目の前の新人兵士の一挙手一投足は気分転換になるから、完全に興味がない――ということはないだろう。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍18%、たけのこ軍12%です」

しかし、その瞬間――映像は別の場所を映した。
そこではたけのこ軍の制圧兵長が再び獅子奮迅の活躍を見せていた。きのこ軍兵士はその勢いに飲み込まれ次々と崩れ落ちる。

それは一瞬の出来事だった。


「あーっ、大変、大変っ」

苺の慌てる声と仕草を横目に、
わたしは優位はもろくはかないものなのだと――分かったように悟っていた。


467 名前:Route:B-4 ウォッキング・ウォー:2020/11/13(金) 23:09:33.116 ID:dInl3LVU0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍4%、たけのこ軍5%です」

そして優位は再びひっくり返った。
新人兵士と筍魂のふたりは互いにねめつける様に向かい合い――仕掛けた攻撃をうまく受け流しながら、対峙していた…。

いったい二人の行く末はどうなるのだろう。わたしの中に興味の炎が灯る。

集計班
「きのこ軍の兵力が0%となったので、終戦となります――たけのこ軍の残兵力は3%でした――」

だが、その瞬間に終戦のアナウンスが告げられた。
わたしの中にあった興味と言う名の火は、あっさりと消えてしまった。


「〜〜〜っ、惜しかったなぁ」

悔し気な苺の声。それほどまでに熱中できる――わたしはその様子が羨ましく思えた。
今、少しだけその種が見えたような気がしたけれど……それも泡沫の夢に過ぎなかった。

さて、たけのこ軍の連勝と――画面には表示されていた。
4月の勝利はこれで2度目ということになるそうだ。
画面越しでは、きのこ軍兵士は悔しそうに、たけのこ軍兵士は歓喜に打ち震える様子が流れていた。

……しかし、件の新人兵士はそのどちらでもない様子を見せていた。
顔は凛々しさを感じさせる。プラチナブロンドの髪とブルーの瞳。すらりと長いモデルのような身長。

名前は――竹内 乙海。
――だが、残念ながらそこで大戦場を映す中継が終わり……CTVの中では、実況や解説者が感想を言い合っていた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

468 名前:Route:B-4 パルピテーション:2020/11/13(金) 23:11:50.436 ID:dInl3LVU0
それから、わたしはいつものように本を読み……夕ご飯を食べて、シャワーを浴びる代り映えのないまま一日を過ごしていた。

しかし……なんとなくニュースを見ながら、寝るまでの時間を過ごしていると……。

アナウンサー
「速報です、果汁組刑務所に【嵐】が攻め入り、一部の囚人が脱走したとのことです」


「……瞿麦ちゃん、怖いね」

洗濯物を干し、背中を見せながら苺は言った。

果汁組刑務所はわたしたちの住む明治国の刑務所の一つ。
……わたしたちの住む家は、町から遠く、隠れ家のような立ち位置にあるから、刑務所近郊と比べれば安心だろうけど、不安は少し出てくる。

アナウンサー
「脱走した囚人については、既に指名手配がかけられ、顔写真が提示されています
 周辺住民の皆さんには、発見次第通報し、決して捕まえようと――」

画面には、脱走した囚人の顔写真がずらずらと並んでいた。
すべて、男……わたしは男が苦手だから、顔をしかめて目を逸らす。
……動悸も激しくなったような気がする。これ以上、見続けたら……心が……


469 名前:Route:B-4 パルピテーション:2020/11/13(金) 23:13:09.672 ID:dInl3LVU0
瞿麦
「――っ」

ずらずらと並ぶ男たちの顔は、厳つかったり、下劣だったり、汚らしかったり……こんなものを見たら、夢見が悪くなる。
というより、もうすでに気分が悪い。
すぐに、ぽちっと、CTVのリモコンを押し、電源を消した。

それでも、心臓の鼓動は治まらない。
どうしてだろう……やはり、鎖で繋がれた囚人が外界に解き放たれたことが、ショックなのだろうか。


「瞿麦ちゃん、怖かったの……?」

心配するような苺の声。振り向くと、わたしの横にいつの間にか立っていた。

瞿麦
「うん、少し……」

いつの間にか汗ばんでいた手を、ハンカチで拭いながらそう答える。


「瞿麦ちゃん、大丈夫……この家には誰も来ないから、ね?」

瞿麦
「あっ」

その時、ぎゅうっと、苺に抱きしめられて、背中を優しく撫でられた。
石鹸のいい匂い……やわらかくてふわふわした身体の感触……

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

470 名前:Route:B-4 パルピテーション:2020/11/13(金) 23:15:30.561 ID:dInl3LVU0

「瞿麦ちゃん……落ち着いた?」

密着して、苺の表情も見えない。
それでも……落ち着いたことに変わりはない。

瞿麦
「うん――もう、大丈夫」

小さな声で、わたしは頷いた。


「何か、怖いことがあったら……一緒に居てあげるから、ね?」

そして、苺は洗濯物を干しに戻った。
……そう、何も怖がり過ぎる必要はない。
ここは安全性も高く、苺も一緒に居てくれるのだから。

だから、気を張りすぎる必要はない。
言い聞かせるように、心の中でそう唱えながら、わたしは再びCTVを点けた。

アナウンサー
「……桜の花も散りつつありますが、今桜の咲いている地域が……」

もう、脱獄のニュースは終わったようだ。
心をかき乱す要因もない。もう、大丈夫……。確かに、大丈夫。

わたしは、寝るまでの時間、ずうっと、ぼーっとしながらニュースを眺めていた。

471 名前:SNO:2020/11/13(金) 23:15:44.200 ID:dInl3LVU0
禁断の1日2度投稿

472 名前:きのこ軍:2020/11/13(金) 23:46:01.466 ID:tGND5G2Ao
アイローネが誰だか気になりますね。

473 名前:Route:B-5:2020/11/14(土) 20:44:40.585 ID:vvIydI2Q0
Route:B

                 2013/4/14(Sun)
                   月齢:3.7
                    Chapter5

474 名前:Route:B-5 ディスカバード:2020/11/14(土) 20:45:59.126 ID:vvIydI2Q0
――その朝、わたしは朝を寝過ごした。
……昨日の、囚人脱走事件がショックだったのだろうか。

それが、良くなかったのかもしれない。
今朝も……兄からの、アイローネ・フェルミからの手紙が来ていた。

――そしてその手紙は……わたしではなく、苺が回収していた。


「おはよう、瞿麦ちゃん――
 手紙が届いてるよ?」

瞿麦
「――!」

元気で、穏やかな苺の声にあるその単語……。
寝ぼけて希薄な意識は、手紙という単語を聞いたとたん突如鮮明になり、
口の中がからからに乾いた感触を覚えた。同時に、だらりとした冷や汗が背中を流れた。


475 名前:Route:B-5 ディスカバード:2020/11/14(土) 20:48:16.985 ID:vvIydI2Q0
瞿麦
「それは……」

瞿麦
(駄目、その手紙を……見ないで)

手を伸ばそうとしても、手が動かない。
言葉にしようとしても、呂律が回らない。
あまりの不安さに、あまりの恐怖に――わたしの心身は凍り付いていた。


「瞿麦ちゃん、大丈夫……?」

不意に、苺が近づいた。
わたしの額に苺の額がくっつく。苺の体温が肌を通じて感じ取れる……。
それでも……わたしは、心ここにあらずだった。

今、わたしの意識は――不安材料である手紙に集中していた。


「……熱はないみたいだけれど、急に起きたから体調が悪いのかな?」

そう言って苺は手紙に目をやった。

――違う。そうじゃない。
わたしの叫びは言葉にならなかった。

476 名前:Route:B-5 ディスカバード:2020/11/14(土) 20:50:52.453 ID:vvIydI2Q0

「確か……アイローネは、お兄ちゃんだったかな?
 瞿麦ちゃんのために、開けておくね」

――待って!そう声を出そうとしても、身体の中にセメントを流し込まれたかのように、一切の行動ができない。

そして、わたしが抵抗できないうちに……。


「瞿麦へ
 ――何年も、会えなくて申し訳なかった」


「あの事件があってから、フェルミ家という理由で狙われる……そういった可能性もあり、
 名前と姿を変えて、会議所で兵士として過ごしてきた」


「それは、彼女を救う為でもあった」

相変らずの文面。わたしが目を逸らした先を、苺は躊躇なく読んでいた……。


「私がこの手紙を出すのも、三度目。
 恐らく――瞿麦がこの手紙を読むのは、何度かこの手紙を受け取ったころになるだろう」

瞿麦
「―――っ!」

兄はわたしが手紙を隠そうとすることも見通していた。
同時に、その文面は隠した手紙の存在を示唆する事にもなっていて……。

477 名前:Route:B-5 ディスカバード:2020/11/14(土) 20:52:48.872 ID:vvIydI2Q0

「瞿麦ちゃん……そんな手紙来てたの?」

素朴な疑問を浮かべた苺は、わたしに、きょとんとした顔で尋ねた。
苺にとっては些細な質問なのかもしれないけれど……わたしにはまるで罪状を詰問されているようにも思えた。

瞿麦
「……」

その言葉に何も答えられないでいると、苺は心配そうにわたしを見つめる……。
その目は、優しい。けれども、今のわたしにとっては鋭い矢のように、バジリスクの瞳のように……わたしに突き刺さる。


「瞿麦ちゃん……?」

瞿麦
「ぅ……」

わたしの態度に、苺は心配する素振りを見せる。
苺と目を合わせたくない……そんな意識が、見なくてもいいのに手紙の隠し場所に目線をやってしまった。


「……?」

そして苺は、わたしの目線の方を向いて、手紙を隠した机の引出しを開けた……。
なすすべなく、くしゃくしゃの手紙や封筒に入ったままの手紙が取り出された。

彼女の手にはそれらが収まっている。
白い手に収まったそれはわたしにとって凶賊の持つ得物に見えた。


478 名前:Route:B-5 ディスカバード:2020/11/14(土) 20:58:12.932 ID:vvIydI2Q0

「…………」

それを、苺は見ていた。
背中越しで、表情は分からない……けれども、少なくともわたしに対して肯定的な態度ではないように見えた。

瞿麦
「……いや、いやだ、いやだ」

……わたしは、堪えきれずに……ひどく身勝手で、独りよがりに、拒絶する言葉を漏らした。

瞿麦
「いや、いや、いや……見ないで……
 見ないで、見ないで、見ないで、見ないで」

心のままに、漏れる言葉。
凍り付いた身体が、この期に及んでようやく動き出した。

このわたし全てが、恨めしいとまで思った。
どうして――平穏を崩すことをさせたがるの?

どうして――どうして――。

479 名前:Route:B-5 デザーディング:2020/11/14(土) 21:01:22.741 ID:vvIydI2Q0

「瞿麦ちゃん……」

心配そうに、わたしの顔を覗きこむ苺。
それは心配?同情?軽蔑?わからない。わたしには苺が今なにを考えているのかわからない。

その場の空気に耐えきれなくなる。
わたしは、苺に、いま心にある感情をぶつけた。

瞿麦
「その手紙を、見ないで――お願い――
 見たら、苺ちゃんとふたりきりの、ささやかな幸せがなくなりそうだから――」


「……瞿麦ちゃん」

わたしは、泣いていた。
心は割れた窓ガラスのように負の感情が散らばっているように思える。

瞿麦
「嫌だ、いやだ――もう、わたしは平穏な日常のまま、ずっとずっと居たいの……」

逃げるように……わたしは毛布に身をくるみ、ベッドの上でがたがたと震えた。
甲羅に首を引っ込めた亀のように。

……平穏 が 崩れ て し ま っ た。
わたしのせいで。わたしがもう少し早く起きれば。
果汁組のニュースを見なければ。こんなことには、ならなかった、のに……。


480 名前:Route:B-5 デザーディング:2020/11/14(土) 21:07:06.753 ID:vvIydI2Q0

「……ごめんね、瞿麦ちゃん
 隠し事はよくないって思って手紙を漁ってしまったけれど、それは僕の価値観であって……
 他者に押し付けるべきではないのに、瞿麦ちゃんに押し付けちゃった」

悲しげに苺の謝罪する声が聞こえた。

……わたしは、なんてことを言ってしまったの?

わたしのほうが自分勝手で、苺の気持ちを考慮していない……
それを心の中では分かっているのに、口から本音が漏れてしまった……。
平穏を崩す愚かしい行為を……。


「……また、来るね」

沈んだ苺の声とともに、ぱたんと、部屋の扉が閉じる音がして、それからは物音ひとつなかった。
わたしは一人、孤独に部屋の中に居た。

瞿麦
「……どうして?どうしてこんなことに……」

瞿麦
「どうして……」

わたしは、ベッドの上で、さなぎのようにただ縮こまりながら、泣いていた。

毛布という名の、柔らかい殻。
わたしは、その殻に包まれた兄からの手紙から逃げている存在……。

481 名前:Route:B-5 デザーディング:2020/11/14(土) 21:08:46.847 ID:vvIydI2Q0
わたしは、溜め息をつき、とりとめのない考えを浮かべていた。

――どうして、こんなにも意固地になって、苺といさかいを起こしたの?
――そもそも、どうしてわたしは手紙を読みたくないの……?
――わたしは、色々な事から目をそらして、この生活を選んでいるの?

瞿麦
「……わたしは、同じ過ちを繰り返してしまった」

言葉が漏れる。こうして何かを呟いて、わたしは何かを吐き出そうとしているの?
――でも、そうしていてもわたしの心には澱が溜まり、濁った感覚になって……自己嫌悪に陥っている。

瞿麦
「なんで、どうして……」

ただ……同じ言葉を漏らすばかり。思考は出口のない袋小路に迷い込んだように、きっぱりとした答えを導き出せない。

瞿麦
「っ……っ……」

自然と涙が漏れ出た。
それは悔しさからか、あるいはただ悲愴な感情によるものか。

……わからないし、わかりたくもない。
ただわたしは、その場で泣き続けていた。


482 名前:Route:B-5 デザーディング:2020/11/14(土) 21:11:01.630 ID:vvIydI2Q0
……どれだけ、時間が経ったのだろう。いつしか、夕陽が部屋に射していた。

わたしは、よろよろと、ベッドから這い出た。
ただ身体をベッドの中に包ませるだけでも、辛くなったから……。
その時……こん、こんとノックの音が聞こえた。


「……瞿麦ちゃん、きっと今、はぼくと顔を合わせない方がいいと思う
 心が落ち着くまで――ぼくは待ってるから」


「瞿麦ちゃんのご飯は、床に置いておくから……
 食べ終わったら、部屋の前に置いてくれたらいいからね」

そして、かちゃりと食器とお盆が置かれる音が聞こえ、苺が立ち去って行く音が続いた……。

……わたしは、全てから逃げて……ただ、最低限生存だけしている。
前にも、そんなことがあったような気もするが……思考に靄がかかって、それももう分からない。

わたしは、気配がないことをのを確認してドアを開けた。
……床に置かれた苺の作った手料理。こんな状況でも、心を込めた素晴らしい食べ物であることに違いはない。

なんて、いい子なんだ。
どうしてこんなわたしにも優しくしてくれるの?
――わたしは、どうしようもない、卑屈なサナギにすぎないのに。

部屋に食事を持ち込んで、わたしはそれを口にした……。
苺の気持ちが入っているはずなのに、わたしは何も味を感じることなく……
――ただ、咀嚼して飲み込むだけしかできなかった。

483 名前:SNO:2020/11/14(土) 21:11:15.891 ID:vvIydI2Q0
平穏とはいったい・・・

484 名前:きのこ軍:2020/11/14(土) 21:22:06.173 ID:Nga8Pd86o
ふさぎ込みがち。

485 名前:Route:B-6:2020/11/15(日) 13:02:18.685 ID:4pI0uKSU0
Route:B

                 2013/4/17(Wed)
                   月齢:6.7
                    Chapter6

486 名前:Route:B-6 ナイトメア:2020/11/15(日) 13:04:36.683 ID:4pI0uKSU0
――――――。

わたしは、夢を見ていた。

視線の先で、一人の少女が小学校の制服を着て楽し気に部屋を跳ねまわっていた。

???
「パパ、学校はまだ?まだかな?」

ふわりとした金色の髪が揺れる……その横で、同じく金髪の……わたしの父がにっこりと少女に微笑んだ。


「まだ2月だからね……もうちょっと我慢だ」

パパと呼んでいるのなら、少女は……わたしの妹、なのだろうか。

???
「小学校――楽しみだなぁ、どんな場所なんだろうなぁ」

無邪気にはしゃぐ少女は、制服を着て、部屋の中をぐるぐると回っていた。


487 名前:Route:B-6 ナイトメア:2020/11/15(日) 13:11:39.495 ID:4pI0uKSU0

「似合っているね」

父さんは、あの子の制服姿をやさしい笑顔で褒めた。
――わたしは、置物のように、ただその光景を見ていた。

???
「おねえちゃん、どお?」

にこっとした笑顔で、少女はわたしに話を振った。
おねえちゃん――その言い回しなら、その少女はわたしの妹?

――でも、学校……その言葉を聞くだけで、わたしの心はぞわぞわとした感触になる。
気分が悪い。吐き戻しそうだ。わたしはこの先の光景を見たくない。
夢の中なのに、わたしは必死で目を瞑り、眼前の景色から逃れようとする。

暗黒が視界を包む。
その向こうではどす黒いしぶきが視界に張り付いていた。
そのしぶきは弾けてはまた張り付くことを繰り返していた。

488 名前:Route:B-6 ナイトメア:2020/11/15(日) 13:15:07.340 ID:4pI0uKSU0
瞿麦
「うるさいっ、話しかけないで!学校なんて、楽しくないの!」

――しかし、それでも、音は消すことはできなかった。

激高するわたしの声と――。

???
「う……ぅ……うああああぁぁぁっ……」

泣き叫ぶ少女の声――。

その二つの声で、わたしは跳び起きた。

瞿麦
「はっ、はっ、はっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」

ひどい息切れ。汗もひどい。
心臓が末期的なぐらいに跳ねる。猛り狂うような焦燥感が全身をがくがくと震えさせる。

瞿麦
「っ……うっ……あぁ……」

わたしは、泣いていた。
それは、夢のせい?……思い出したくないものを見たから……?

今は――いつだろう。
それすらも分からない。……時間の感覚はぐちゃぐちゃで、夜というだけしかわからない。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

489 名前:SNO:2020/11/15(日) 13:15:19.114 ID:4pI0uKSU0
不穏は続く

490 名前:きのこ軍:2020/11/15(日) 13:22:19.840 ID:YpaUy5SQo
悲しき過去あり。

491 名前:Route:B-7:2020/11/15(日) 22:11:25.462 ID:4pI0uKSU0
Route:B

                 2013/4/24(Wed)
                   月齢:13.7
                    Chapter7

492 名前:Route:B-7 ガーデニア:2020/11/15(日) 22:18:03.285 ID:4pI0uKSU0
――――――。
それから……どれだけ経ったのだろう。
【大戦】の日が途中にあったけれど、わたしはそれを見る事もなく……ほぼ、部屋に閉じこもっていた。

部屋から出るのは、トイレと、シャワーと……それから、喉が渇いた時ぐらい。
それも、苺に見つからないように……こっそりと、影に隠れながらで、知らず知らずに神経をすり減らしていた。

……今日もまた、眠れない。
前々から、睡眠のリズムがおかしくなっていた。寝る時間が遅くなり、起きる時間が遅くなる。
その悪循環が続いていた。

そのため、五感もボロボロになり、苺のご飯も、味を感じられない……ただ温度だけがわかるだけ。
まるで死人のような生活をしていたからか、身体に錆が出たように……歩く度に、がくがくと足が震えるまでになった。


493 名前:Route:B-7 ガーデニア:2020/11/15(日) 22:27:54.540 ID:4pI0uKSU0
瞿麦
「……はぁ、はぁ」

息苦しさを抱えたまま、わたしはこの数日間生活していた。
それは、肉体的だけではなく、精神的なもの……この家で暮らすことも、息苦しい。

あの手紙が来てから……平穏だと思っていた日常は、あっけなく消えた。
……わたしは、どうすべきだったのだろうか。

――そういえば、明日……いいや、今日は第四水曜日……【月輪堂】へ行く日だった気がする……どうすればいいんだろう。

様々な悩みが頭を包み、どうにも思考がまとまらない。
一度、外に出て気分を変えてみる事にした。

中庭から見上げる月は、まだ満ちてはいない。けれども……数日のうちに、じきに満ちそうな月が空に浮かんでいた。
月光を浴びていると、わたしの中にたまる何かをすこし洗い流してくれる感覚がある。

その月をしばらく見ていると、不意に物音が聞こえた。


494 名前:Route:B-7 ガーデニア:2020/11/15(日) 22:34:10.894 ID:4pI0uKSU0
瞿麦
「?」

わたしは、きょろきょろと辺りを見回してみる……が、誰も居ないし、何もない。
気のせいなの?……精神的な息苦しさに疲れていて、幻聴を覚えたの?

当然、家の中にも苺以外に誰もいない。
わたしは、月を見上げるために、再び中庭の方向を向くと――。

???
「…………」

そこには――白髪の人物が、佇んでいた。
その表情は、長い髪に隠れて見えない。右側でサイドテールが揺れているけれど、性別すらも分からない……。
黒い服に黒い手袋をしているから――まるで、影のような人物、そう思えた。

瞿麦
「――――っ!?」

何時の間に?そもそも、誰なの?……どうして、此処に!?
混乱するわたしに、白髪の人物は、わたしの傍に歩み寄り……。

???
「――まやかしの平穏は、泡沫のように儚く
 ――まことの不穏は、闇のように永久に」

――中性的な声で、語りかけられた。
まるで、わたしに謎かけをしているかのようにも思える。


495 名前:Route:B-7 ガーデニア:2020/11/15(日) 22:36:32.818 ID:4pI0uKSU0
???
「……目を背けたい、忘却したい――すなわち、己が逃げようと考える記憶は、たいてい、2つに分かれる
 己に過失があるか、ないか――」

???
「後者の場合は、思い出さなければいい――客観的に見て、自分に非がないと判断できるものであれば――
 しかし、前者の場合は――たとえ苦しくても、逃げてはいけない」

一言一言が、鉛のように重々しくわたしに紡がれた。
まるで諭すような言葉にも思えた。

???
「貴女は、曲がりなりにも女神の血を引く存在――
 今の貴女は眠り姫かもしれない――けれども、逃げないで立ち向かう意思は深層にあるはず――」

空を見上げながら、白髪の人物は一方的に続けた。
わたしの態度など、何一つとして観察していないかのように……。

瞿麦
「……あなたは……だれ?」

一方的に試されるかのような言葉を受けて、わたしの思考は追いつかない。
ようやく出た言葉は、名前を聞くだけだった。
それが、紡ぐことのできた精いっぱいの言葉だった……。


496 名前:Route:B-7 ガーデニア:2020/11/15(日) 22:39:03.883 ID:4pI0uKSU0
燕虎
「朔燕虎(シャオ・イェンフー)――」

意外にも……答えは返ってきた。
答えは返ってこないと想定していたのに……わたしと対話するだけの感情は持っているということ?

燕虎
「……逃げる行為が必ずしも間違いではない
 しかし逃げるべき対象は間違えてはいけない――それを忘れてはいけない」

しかし、燕虎はそれだけ言うと、ふっと消えてしまった。

瞿麦
「……え?」

影も形もなかったかのように……わたしが見たのは、幻影だったかのように……そこには、中庭が広がるばかり。
それでも、わたしは、燕虎の言葉が耳に残っていた。

燕虎
「……逃げる行為が必ずしも間違いではない
 しかし逃げるべき対象は間違えてはいけない――それを忘れてはいけない」

朔燕虎……わたしに、何を伝えたかったの?
この家に現れた理由も気になるけれど、なぜかその言葉の方が気になって、しかたがなかった……。

497 名前:SNO:2020/11/15(日) 22:39:46.596 ID:4pI0uKSU0
物語が動き始める……?

498 名前:きのこ軍:2020/11/15(日) 22:51:43.299 ID:YpaUy5SQo
無口さんじゃん。外出られたのか。

499 名前:Route:B-7 コンフェッション:2020/11/16(月) 22:12:32.353 ID:wi6NAtM.0
そのまま寝つけず、朝になって……わたしは、何故だか苺の顔が見たくて仕方がなかった。
どうして、だろうか。いや、理由は分かっている。燕虎の言葉だ。

わたしは、何かから逃げている……?
……いや、その何かは兄からの手紙。それが原因で、苺といさかいを起こしてしまった。

……では、どうして手紙から逃げているの?
単なる安否の確認だけなら、逃げる必要はない。わたしは兄さんのことが嫌いということ?

瞿麦
「いや、……違う
 あの手紙を初めて見たとき……わたしはびっくりしたけれど、逃げる理由にはならないような」

…ゆっくりと、くしゃくしゃにした手紙を取り出し、手紙を読み進めた。

瞿麦
「瞿麦へ
 ――何年も、会えなくて申し訳なかった」


「あの事件があってから、フェルミ家という理由で狙われる……そういった可能性もあり、
 名前と姿を変え、会議所で兵士として過ごしてきた」

瞿麦
「――それは、彼女を救う為でもあった」

彼女――その文面を見た途端、わたしの中に頭痛が走った。


500 名前:Route:B-7 コンフェッション:2020/11/16(月) 22:13:36.626 ID:wi6NAtM.0
瞿麦
「――うぁっ!」

……ずきずきと、頭が痛む。
わたしがぶるぶると震えるのは……この彼女という文面にあるのではないか?

瞿麦
「……この、彼女を、わたしは思い出したくないから……」

そして――納得する。わたしは、この【彼女】に立ち向かうことを恐れている。
それでも……燕虎の言葉を借りるなら、それこそが……立ち向かわなければいけない記憶なのかもしれない。

瞿麦
「……客観的に、見なきゃ」

……いくら考えても、わたしの心がブロックするのならばそれは分からない。
だから、第三者に相談することが重要なのだけれど……この家の第三者は、苺しかいない。

だから、わたしは苺にすべてを話そう――と決めた。
少し、気まずさで心がざわつくかもしれないけれど……
きっと、それもまた立ち向かわなくてはならないものなのだ。

501 名前:Route:B-7 コンフェッション:2020/11/16(月) 22:16:49.045 ID:wi6NAtM.0
瞿麦
「ま、苺ちゃん……起きてる?」

勇気を出して、わたしは苺の部屋の扉をノックした。


「瞿麦ちゃん……?」

心配そうな表情をした苺が、すぐにドアを開けた。
……その顔と声色はわたしの心にちくちくと痛みを与えた。
でも……これは、わたしが起こしてしまったことなのだから……頑張って耐えなきゃ。立ち向かわなきゃ。

瞿麦
「ま、苺ちゃん……その、ずーっと迷惑をかけて……ごめんなさい」

わたしは、少し震えながら、苺に謝罪の意思を伝えた。
苺の顔を見ると……ほっとしたような、優しい微笑みを浮かべていた。


「……よかった、瞿麦ちゃんがぼくのことを嫌いにならなくて」

そう言うと、すこし目に涙を浮かべてわたしの手をぎゅっと握った。
温かくて柔らかい感触を感じ取り、わたしの心身も温かくなる感覚があった。
わたしの五感もまた、立ち向かおうとしているから戻ってきているのかもしれない。

502 名前:Route:B-7 コンフェッション:2020/11/16(月) 22:18:33.571 ID:wi6NAtM.0

「……また、瞿麦ちゃんが心を閉ざしてしまうかと思って、ぼく、ずっと怖かったの」

瞿麦
「……心配かけて、ごめんね」


「ううん……ぼくも、無神経だったかも――
 瞿麦ちゃんと話さなくなってから、ずっとそう思っていたの」

そう言うと、苺はわたしの腰に手を回した。

瞿麦
「あっ」

くすぐったさに、思わず声が漏れる。


「……でも、こうしてごめんねって謝って……また、普段通りになるかと思うと……
 今までの寂しかった分、埋めて貰いたくなって……」

苺の肌が、わたしの身体に密着していた。
どうしてだろう……どきどきが止まらない。体温も心なしか上がっている気がする。
もしかしたら肌も赤く染まっているかもしれない。くらくらとした感覚もある。

それは久しぶりに顔を見たから、和解したから……そういった理由ではない気がする。


503 名前:Route:B-7 コンフェッション:2020/11/16(月) 22:25:00.042 ID:wi6NAtM.0
でも、不快ではない。むしろ……苺に、わたしも溶け合いたい。そう思ってしまう。
この10日間、一人で閉じこもり続けていたから?

……そういえば、読んだことのある小説の中に、女の子どうしがキスをしている場面があったような気がする。
……その場面も、すれ違いを経ての仲直りという経緯があった気がする。

どうしよう……そう思ったけれど、考える前に身体が動いていた。

瞿麦
「んっ」


「――っ?!」

思わず――苺の柔らかい唇に、口づけをしていた。
とても……恥ずかしいことをしている。そう思ったけれど、もう止める事が出来ない。

そうだ――きっと、わたしは苺が好きなのだ。
数年、一緒に過ごして……家族のように思っていたけれど……
実際は、少し違った形で好いているのだと、その時悟った。


「んんっ――」

わたしが、気まずさに離れようとしても、苺もまたわたしをしっかりと抱きしめていた。

柔らかな唇の感覚……密着する肌の温度……。
身体と心ふたつが、融合しているようにも思える、温かな時間。
今、わたしたちは、それらを共有しあっている……。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

504 名前:SNO:2020/11/16(月) 22:25:20.641 ID:wi6NAtM.0
やっと百合SSっぽくなったんじゃね?

505 名前:きのこ軍:2020/11/17(火) 07:00:27.953 ID:yq8QQeFso
ずっといちごちゃんだと思って読んでた。

506 名前:Route:B-7 リライン:2020/11/17(火) 21:12:19.417 ID:UP8OcPNo0
……それから、どれだけ経っただろう?
わたしたちは手を繋ぎながらキッチンまで歩き、向かい合って椅子に座った。

瞿麦
「……苺ちゃん、聞いてほしいの」


「なあに?」

瞿麦
「……わたし、兄さんからの手紙を読んで、ひどく動揺したの」

少しおどおどしながらも、わたしは答える。


「……なんとなく、分かってたよ」

その答えに、苺はどこか悟ったような優しい声色で返してくれた。

瞿麦
「……今でも、この先が読めないの」

そう言うと、わたしはくしゃくしゃにした手紙を苺に渡した。

507 名前:Route:B-7 リライン:2020/11/17(火) 21:17:36.412 ID:UP8OcPNo0

「いいよ、瞿麦ちゃん」

くしゃくしゃの手紙を丁寧に広げ、苺は手紙を読み始めた……。


「瞿麦へ
 ――何年も、会えなくて申し訳なかった」


「あの事件があってから、フェルミ家という理由で狙われる……そういった可能性もあり、
 名前と姿を変え、会議所で兵士として過ごしてきた」


「それは、彼女を救う為でもあった」

――わたしは、その文面で頭痛を覚える。

瞿麦
「――っ」


「だ、大丈夫っ?瞿麦ちゃん?」

痛みに顔をしかめるわたしに、心配そうに告げる苺。
しかし、わたしはこの痛みに耐えなくてはいけない。

瞿麦
「大丈夫――だから、続けた」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

508 名前:Route:B-7 リライン:2020/11/17(火) 21:21:58.646 ID:UP8OcPNo0

「……彼女――澄鴒(すみれ)は、生きている
 目覚めの時を待ちながら、永い眠りについている」


「澄鴒を目覚めさせるには――ユリガミを探してほしい
 行方の知らないユリガミを顕現させることが、彼女の目覚めに繋がる――」


「……アイローネ・フェルミ」


「……これで、終わりだよ」

わたしの表情を伺いながら、苺は首を傾けて答えた。

瞿麦
「……ありがとう」

ぺこりと、頭を下げる。

わたしの心が嫌がった、手紙の続き――要約すれば、
【彼女】――澄鴒を目覚めさせるために、ユリガミを探してほしい――そういう内容だった。

そんな短い文章が、わたしがいさかいを起こしてまで隠したかった内容だったの……?

瞿麦
「っ……あははは」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

509 名前:Route:B-7 リライン:2020/11/17(火) 21:25:12.573 ID:UP8OcPNo0
苺に背中をさすられているうち、気分も少し戻ってきた。

瞿麦
「……うん、大丈夫
 ありがとう、苺ちゃん」

苺は、ほっとしたようにわたしに頷いた。

わたしの妹――その名は澄鴒=フェルミ。
同時に、兄さんにとっての妹……。

……でも、名前しか思い出すことはできない。
彼女が何処にいるのか?それは、わからない。そもそもどうして居ないのか、それもわからない。
わたしがここまで動揺してるのには澄鴒と何かがあったからに違いないのだ。

瞿麦
「ぁ……」

――目覚めの時を待っているという文面について考えようとする。
でも、ずきずきと頭が痛むだけで、なにも思い浮かばなかった。


「――思い出せないの?
 でも、無理に思い出してはだめだよ――ゆっくりと、焦らずにいこう」

どこまでも、苺は……わたしに、寄り添ってくれていた。

510 名前:Route:B-7 リライン:2020/11/17(火) 21:28:08.140 ID:UP8OcPNo0

「……でも、瞿麦ちゃんが立ち向かうのなら、ぼくは協力するよ
 辛い時は、ぼくが横にいるからね」

ぎゅうっと、僕の手を握る苺の顔は、柔和な微笑で……
わたしの中から欠損した何かを埋め合わせてくれる感覚があった。

瞿麦
「うん」

だから、わたしは頷くとともに、ある気持ちを心に灯した。
【彼女】に――わたしの妹に――澄鴒について――わたしは立ち向かい、思い出すことが出来るようにしよう――と。

そう思うと、どこかすっきりした感覚がある。
同時に――わたしの中に、自信が生まれた。


「それはそうと、今日は【月輪堂】に行く日だね
 瞿麦ちゃんは、大丈夫?」

瞿麦
「うん、大丈夫
 一緒に行こう、苺ちゃん」

わたしは、力強く頷いた。

511 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:32:35.697 ID:UP8OcPNo0
――【月輪堂】では、少し心配した顔の縁さんが出迎えてくれた。


「こんにちは――色々トラブルがあったって苺から聞いていたけれど、大丈夫だったの?」


「はい、もう大丈夫です
 ご心配をおかけしました――」

……わたしは、頷くだけ。立ち向かう――そう決めても、すぐに行動が変えられるわけでもない。
それでも、少しでも変わるために……わたしはなんとか会話に参加する。

瞿麦
「わたしの、妹のことで……少し、トラブルがあったんです」

――自信が生まれても、まだ苺以外と話すのには苦手意識がある。
それでもこうして積極的に会話できている。大丈夫……この調子でいこう。


「そっか……」

――縁さんは、腕を組み、指をトントンと叩かせて何かを考える様子を見せて……。


「あたしたちの方でも、協力できそうなことは協力するわ」

しばらくしてから、そう言葉を続けた。


512 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:34:42.970 ID:UP8OcPNo0

「その前に、今日の作業をやってから考えましょう」

瞿麦・苺
「はい」

見慣れた、縁さんの式神が、いつも通りに部品を運ぶ。
そして手渡される検品リスト……何度も繰り返したから、この工程ももう慣れている。

……それから、わたしたちはいつものように作業をこなし、晩御飯をごちそうしてもらった。


513 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:37:10.349 ID:UP8OcPNo0

「前にも言ったけれど――顧客からいろいろ情報を聞くこともあるから、情報を集めることもできるの」

瞿麦
「はい」


「ええ――納入の時に、世間話をするんだけどね……」


「私よりも、縁の方が詳しいかな……
 ある程度なら答えられると思うが……」


「確かに、あたしの方がお客さんと話すからねぇ、でも静に助けてもらうことだって多いよ?
 まぁ……それは置いておいて、いろいろとお話ししてるからいろいろな情報も集まるの
 まぁ精査できてないから、完全に信じてはいけないよぉ?」

静さんと縁さんは、お互いを補い合っていることは、この会話の節々からも分かる。

……わたしと苺も、そうなれるのだろうか?
今の間は、わたしが、苺に助けられている割合の方が多いけれど……。

514 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:37:56.100 ID:UP8OcPNo0
――そして、わたしは兄からの手紙について、その内容を伝えた。


「――ユリガミを探せ、ねぇ
 あなたのお兄さんも随分無茶を言うのね」

少し呆れたように、縁さんは言った。
その口ぶりからは、何かを知っているようにも見える。

瞿麦
「……ユリガミを、知っているんですか?」

――驚くぐらい、積極的に質問をできた。
わたしが向き合うべき問題だから、できたのかな?

内面は、少しずつ変わっているのかもしれない。


「ふふ、貴女にこうやってストレートに話しかけられるのは珍しいわね
 ――それはそうと、ユリガミについて……まぁ、色々と知ってはいるわ」


515 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:40:10.779 ID:UP8OcPNo0
――ユリガミ。
その言葉には、何故か聞き覚えがある。……どこで聞いたのかは、さっぱりと思い出せないけれど。


「ユリガミ――って、いったいどんな存在なんですか?」


「――昔から、この明治国をさすらう黒髪の乙女……
 困った人――主に女の子だけど、男も助けるって噂されているわね」

――なぜかは分からないけれど、その噂は本当のように思えた。


「そして、めっぽう強い太刀の達人で、古武術も同じぐらい強いとか――」


「【会議所】にも、強い兵士は多いって聞きますけど……それと比べるとどうなんですか?」

苺は、大戦を見て、素晴らしい動きをした兵士を大喜びで褒めることも多々ある。
わたしと違って、大戦観戦に熱中する苺らしい質問でもあった。


「ユリガミの方が強いんじゃないかしら?
 【会議所】にも、古武術の――確か、戦闘術魂、だったかしら?ともかく、達人がいると聞くけれど、
 彼でも敵わないでしょうね……まぁ、あの子なら行けると思うけど」

目を瞑り、思いを馳せながら縁さんは語った。

516 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:41:22.321 ID:UP8OcPNo0

「なんだか、神話で語り継がれていたり……都市伝説の中にいたり――そんな感じですね」

苺は、お茶をすすりながら答えた。

瞿麦
「……女の子の味方で、とても強い――ユリガミは、どこにいるんですか?」

わたしは、食いつくように訊ねた。


「積極的になってきたのね……いいことね
 ――ユリガミは、あくまでも、噂よ?
 どこにいるかは分からない――それこそ、実在したとして、近くに居るかもしれないし、遠くに居るかもしれない」

両手を広げ、おどけたように縁さんは答えた。

瞿麦
「わたしは、ユリガミは居ると思います」

――わたしは、ユリガミは実在すると思っていた。
それはわたしの奥底でそうだと言える自信があった。
直感のようなもので理知的なものではなかったけれど、確かにそうだと心が結論づけていたのだ。


517 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:44:59.564 ID:UP8OcPNo0

「……まぁ、信じるのは大事ね
 信じるとは――人が言の葉を紡ぐと書く……すなわち、言葉を紡ぐこと自体が、行動に繋がっているもの」

わたしの言葉に、縁さんはふふっと微笑みながらそう答えた。


「……少なくとも、今の手がかりはユリガミ、って人?みたいだから
 僕も瞿麦ちゃんの意見に賛成です」

――苺もわたしの言葉に肯定的だった。
それが、わたしが立ち向かおうとする気持ちをさらに高めてくれる。

瞿麦
「どうやったら、ユリガミに辿り着けると思いますか?」


「……ここでも、ある程度の情報は集まるが
 やはり、様々な情報が集積されているとすれば――【会議所】ではないだろうか」

――【会議所】。静さんの発言は、的を射ているように思える。
世界の中枢として呼ばれており、wiki図書館と呼ばれる巨大な図書館も設けている。
様々な国から、住民も流入し、様々な企業の協力もある。情報量としては最大の規模を誇るだろう。


「まぁ、あたしの意見も静に同じだけど――さっき言ったみたいに、どっちが真で偽なのか、判断しないとだめよね
 自分の望みどおりの情報を、頭でっかちに信じ続けるのは危ないでしょうから」


「あの場所に居る兵士は、名前や性別や経歴を偽っているかもしれないしね」

518 名前:Route:B-7 ヒアセイ:2020/11/17(火) 21:50:33.754 ID:UP8OcPNo0
瞿麦
「……なるほど」

――ふたりの意見も、最もだ。
わたしは――情報を取捨選別して、真実――すなわちユリガミに辿り着けるのかな?

……そんなことを考えていると、顔が強張っていた。


「瞿麦――難しい顔をしているところ、すまないが
 きみなら、きっとたどり着けると思う」


「そうね……ここでの仕分け作業を見ててもそうだけど、
 瞿麦にはそれだけの能力は備わっていると思うわ」


「うん、僕もそう思うよ、瞿麦ちゃん
 毎日本を読んでるのあるよね?」

――そんなわたしに、三人が励ましてくれた。

瞿麦
「ありがとう――ありがとうございます」

わたしは感謝の言葉を伝えた。三人の言葉は決意の手助けへと昇華されたから。
澄鴒を、助け出す為に動く――その決意への後押しになった、お礼の言葉。

その言葉を紡いでいる間にも、わたしの中で前向きに進む明かりが灯った気がした。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

519 名前:SNO:2020/11/17(火) 21:50:49.457 ID:UP8OcPNo0
大きく動き出したかも?

520 名前:きのこ軍:2020/11/18(水) 09:25:52.187 ID:F296qGuso
こんなに早くユリガミ様が出てくるとは意外ですぜ。

521 名前:Route:B-8:2020/11/18(水) 23:06:27.152 ID:1eea.BLg0
Route:B

                 2013/4/26(Fri)
                   月齢:15.7
                    Chapter8

522 名前:Route:B-8 トラウマ:2020/11/18(水) 23:09:08.674 ID:1eea.BLg0
――――――。

わたしは、あれから、会議所で何を調べるのか。
どうしたいのか……そんなことを、ノートに書き連ねたりしていた。

やはり会議所への足は誰かの手伝いがあった方がいいだろうか?
調べるにしても、どのような観点から調べるか?
準備もなく行くのは、愚行であることは言うまでもないから。

瞿麦
「……明日の、【大戦】が、中止?」

そして今日……CTVを付けたわたしの耳に飛び込んできたのは、そんな情報だった。
【大戦】は諸事情で休戦する場合もある。だが、そうそう休戦するものでもない。
これは珍しい事態だ。

アナウンサー
「【嵐】のテロ予告により、大戦場に【嵐】の兵士たちが来る可能性もあり……」

アナウンサー
「【会議所】ではその対応に追われ……」


「……今、【嵐】のターゲットにされているんだね」

沈んだ様子で、苺は呟いた。
……確かに、【会議所】でユリガミの手がかりをつかもうとする――
そんなタイミングで、【会議所】を標的にしたテロ行為が起きたのだ。そうなるのも無理はない。


523 名前:Route:B-8 トラウマ:2020/11/18(水) 23:12:36.767 ID:1eea.BLg0
瞿麦
「……」

映像には、【大戦】の舞台――大戦場で暴れまわる【嵐】のメンバーたち。
――すべて、男。銃を撃ち、魔術を唱え、辺りの地形をえぐり、対応する兵士たちを挑発している。

瞿麦
「……!?」

わたしは――その映像を見て、心臓が凍りついたような衝撃を受けた。


「っ!」

わたしの様子に疑問を呈した苺も、映像を見て――はたと気が付いた。

そこには――あいつが居た。
悪夢の中で、わたしに襲い掛かった、あいつが……。


524 名前:Route:B-8 トラウマ:2020/11/18(水) 23:13:24.690 ID:1eea.BLg0
瞿麦
「……うぅ」

……どうして、あいつが居るの?
逮捕されたはず――なのに、どうして、どうして――。

瞿麦
「うぅ、ぅぅぅ、ううぅぅぅぅ……」

苦しみに呻くわたし……。
胃の奥から込み上げるものを感じ、わたしは洗面所へと駆け込んだ。

瞿麦
「げほっ、げほっ、げほっ……」

胃液の酸っぱい匂い――喉が焼ける感覚――そして、鏡に映る青白い顔――。
その後ろで、苺が心配そうな顔でわたしを見ていた。


「瞿麦ちゃん……大丈夫……じゃないよね」

瞿麦
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

苺に背中をさすられながら、酷く息が切らすわたし。
わたしは満足に答えることもできないほどに衝撃を受けていた。

525 名前:Route:B-8 トラウマ:2020/11/18(水) 23:16:27.036 ID:1eea.BLg0
あいつは、捕まったのに……どうして?

ふと、ある日のニュースを思い出す。

アナウンサー
「速報です、果汁組刑務所に【嵐】が攻め入り、一部の囚人が脱走したとのことです」

……あいつに襲われたのも、今の私の住処も……
果汁組刑務所がある場所も、会議所も……同じ国。
すなわち、あいつを含む脱獄した囚人は、テロ組織に身を移し、会議所を襲ったということになる。

瞿麦
「あいつは――【嵐】のメンバーとして、解き放たれたんだ」

ぼそりと――仮説を呟いて、わたしは恐怖を覚える。
がたがたと震え……歯の根が合わさり、かちかちと音が鳴った。


「瞿麦ちゃん、ぼくが――いっしょにいるから……ね……」

恐慌状態にあるわたしを、苺が後ろから抱きしめてくれた。
けれども、その声は空元気のように思える声色。
わたしの不安な心が移ってしまったのかもしれない。


526 名前:Route:B-8 トラウマ:2020/11/18(水) 23:18:17.585 ID:1eea.BLg0
そこで、そうか―と、気が付いた。囚人が脱獄したニュースを聞いたとき、わたしは奴の顔を見ていたことに。
――けれども、わたしは……深層心理が見ることを拒絶し、そのまま……忘れ去ろうとしていたのだ。

―でも、それは精神を楽にするだけの逃げに過ぎない。
脱獄というとんでもないことをしでかした奴に対し、
忘却して逃げる――その行動は、あまりにも無防備だ。少なくとも、警戒心は必要なのだ。

――怖い。とても、とても怖い。
それでも……前へと向かわなくてはいけない。それは身の安全を保障するためでもある。
そう思うと、思わずこぶしに力が入った。

527 名前:Route:B-8 シールド・メモリー:2020/11/18(水) 23:20:35.456 ID:1eea.BLg0
……わたしの、封印された記憶が、漏れ出ていく。
心をふさぎ、糊塗し、目をそらしてきた記憶が……

……どうして、わたしは目をふさいでいたのだろう……。
どうして、わたしは……今の今まで、逃げていたのだろう。

それは、一時の幸せにすぎないのに。
奴が脱獄した――それを認識したとたん、恐怖とともに、不思議と立ち向かう気力が湧いてきた。

ユリガミを探す目的ができたからかもしれない。
ともかく――わたしは、自分自身が隠してきた記憶を認識したのだ。

電流がほとばしる。わたしの中に情報のエネルギーが神経全てを一瞬で走り抜けてゆく。

528 名前:Route:B-8 シールド・メモリー:2020/11/18(水) 23:22:28.847 ID:1eea.BLg0
わたしは――身体の成長が早い少女だった。
わたしの脳下垂体から生まれたホルモンは、余計なことだが、乳房やら、子宮やらを成熟させていった。

――その、お節介な指令のために……わたしは、必要以上に思い悩んでしまったのだ。
11歳のとき――すでに、母さんは居なかった。
海に沈んで行方不明になった――と父さんからは聞かされていた。

……ともかく、わたしには成熟した身体について、相談できる身内がいなかった。
苺と出会ったのはその時以降だったから、そもそも存在する考慮すらできない。
――そして妹の澄鴒とは、5つも年が離れていたから、当然相談できない。

――せめて、父か兄に相談すればよかったのかもしれない。

……でも、心配させたくなくて、言えなかった。

幼いわたしが取った選択肢――それは、ひどく安直で、愚かで、どうしようもない再悪手だった。
……幼いわたしにとって、学校は楽しい場所だった。

その頃は、太陽の下で遊ぶことも心の底から楽しめ、さらに勉強もできる……
それを支える先生たちは、とても頼れる存在。
そんな環境で過ごせる――それだけで、天国のようにも思えた。


529 名前:Route:B-8 シールド・メモリー:2020/11/18(水) 23:23:11.937 ID:1eea.BLg0
――でも、わたしは……担任だった、グローリー・カヴルに相談してしまった。

グローリー
「先生に身体を見せてみなさい――」

今思えば、あいつにとっては千載一遇のチャンスだったのだろう。
わたしが相談する――その行為こそが、飛んで火にいる夏の虫。愚かな獲物そのものだった。

瞿麦
「はい――」

そして――わたしにとって、教師という存在は……頼ることのできる大人なのだと、信じ込んでいた。
そんなことはありえないのに。職業がどうであれ、その薄皮一枚から這い出る感情が、清廉潔白なわけがない。
……それを理解できない子供だからこそ、そうなったのかもしれない。

やがて――わたしは、何かがおかしいと気が付いた。

小児性愛者だった奴に、わたしは体の写真を撮られ――下劣で、にやついた口調で体を触られた。
……下着も下ろされたこともある。わたしは、初めてそうされたとき、そういうものだ――と納得していた。

……何回か奴にそうされて、わたしは疑いを持つようになった。
――その時は、もう引き返せない地獄の中にわたしは居たのだ……。


530 名前:Route:B-8 シールド・メモリー:2020/11/18(水) 23:25:11.010 ID:1eea.BLg0
……追想したわたしの心には怒りの感情が芽生えていた。
――がたがたと震えていた感情は、どこかに飛んでしまった。

瞿麦
(どうして――欲望を満たすだけの下劣な人間に、わたしは苦しまないといけないの)

瞿麦
(夢の中で、何度も見る吐き気を催す存在――わたしは、奴によっていろいろなものを狂わされたような気がする)

……そうだ、わたしが今ここで生活している理由。
それは――奴を遠因としている。そんな予感があった。

わたしは――どうするべき?
いいや、どうするかは極めてシンプル……兄の手紙の通りに、ユリガミを探すことだ。

――今のわたしには、立ち向かおうとする意志がある。
もう、目を伏せない。まだ思い出せない事柄はあるけれど、それでも一歩一歩進めている。
そのために――わたしは――。

531 名前:Route:B-8 デターミネーション:2020/11/18(水) 23:26:57.219 ID:1eea.BLg0
瞿麦
「わたし、【会議所】に向かうよ」

――わたしは、その結論に至っていた。
わたしはユリガミが信頼できる存在であると知っていた。
だから信頼できる存在を――澄鴒を救う為に必要とされる彼女を探すために、その場所へ向かわなければならない。


「……ぼく個人としては、引き留めたいけれど
 瞿麦ちゃん、今の表情……やる気に満ち溢れてる気がするから、止められないな
 ――こんな瞿麦ちゃんを見てると、なんだか、ぼくも勇気づけられるな」

苺は、不安げにも、少しうれしそうにも見えるようにわたしに言った。

瞿麦
「……ごめんね、今まで……閉じこもり続けて」


「いいの――瞿麦ちゃんは、いろいろな悪意に巻き込まれてしまったから――
 ぼくは、ただ寄り添うしかできなかった」

そう言うと、ぎゅっとわたしの腕に絡みつき、愛おしそうにわたしの腕を抱いた。


532 名前:Route:B-8 デターミネーション:2020/11/18(水) 23:28:06.318 ID:1eea.BLg0

「……ぼくも、ついていこうか?」

瞿麦
「……ううん、これは、わたしが立ち向かわないといけないことだから」

正直に言えば……苺と一緒に行きたい気持ちはある。
それでも、わたしはその選択を取らない……。首を振ってその意思を示す。その理由は、単純明快だった。


「……そっか、そうだよね
 僕は――瞿麦ちゃんを支えはしても、その心の中までは、その背景まではわからないから」

瞿麦
「うん……ごめんね」

――そう。苺の言った通り、結局、これはわたしの問題なのだ。
苺は、わたしが経験した出来事を、すべてで知覚はしていない……。
わたしにとってたいせつなそんざいでも、わたし自身ではないから。


「いいんだよ、瞿麦ちゃん
 でも、このことは静さんや縁さんにも伝えたほうがいいよね」

瞿麦
「…うん、ここから【会議所】は遠しいし……移動手段をどうにかしないと」

……ややあって、わたしは【月輪堂】に連絡を取ることにした。


533 名前:Route:B-8 デターミネーション:2020/11/18(水) 23:29:52.326 ID:1eea.BLg0
瞿麦
「もしもし……瞿麦です」


「あら、瞿麦が電話なんて珍しい――どうかしたの?」

瞿麦
「わたし、ユリガミを探すために【会議所】に向かおうと思うんです
 ――どうやって向かうか、今考えていて」


「そっか、【会議所】に―」

少し心配げな縁さんの声……電話の向こうでどんな表情をしているのだろうか?


「でも、貴女が真実に向かおうとするのなら……できり限りの協力はするわ
 きっと、その心持が……これからの人生には必要だから」

それでも、続く縁さんの言葉は、わたしの決意の後押しをしてくれていた。


「それで……足のことだけれど、静にお願いしようかしら?
 行きと帰りの足ぐらいはできると思うし」

瞿麦
「はい、それでお願いします」

――とんとん拍子に、話が進んでいった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

534 名前:Route:B-8 デターミネーション:2020/11/18(水) 23:31:59.159 ID:1eea.BLg0
最も、過去を惜しんでも意味はない……今は、できることに向かうだけだけど。


「静に電話を変わるわね――ちょっとだけ、待ってね」

がちゃりという音がしてすぐに電話の相手は変わった。


「私だ――話は、聞いていた」

淡々と、短い言葉――それでも、声色からは肯定する様子がうかがえた。


「それで――【会議所】へ行く話だが、今は【嵐】の対応で面倒事もあるだろうから、1週間ほど後の5月4日はどうだろうか」


「この時勢のためか、納入先が追加されてね……そのついでになるけれど」

瞿麦
「はい、お願いします」


535 名前:Route:B-8 デターミネーション:2020/11/18(水) 23:33:48.123 ID:1eea.BLg0

「では、5月の3日――18時ぐらいに、【月輪堂】に来てもらえたら――と思う」

瞿麦
「はい、よろしくお願いします」


「では、また今度」

がちゃりと、電話が切れる。

瞿麦
「苺ちゃん……話、聞いてた……?」


「うん、5月3日だね――じゃあ、荷物とか準備しないとね」

献身的に、苺は荷物の準備に取り掛かろうとしていた。

瞿麦
「うん、わたしと一緒にやろう」

そしてわたしも……1週間後に向けて、出発に必要な準備を始めた。

536 名前:SNO:2020/11/18(水) 23:34:49.910 ID:1eea.BLg0
>>534の5/4は5/3の間違えなので気にしないで。

537 名前:きのこ軍:2020/11/18(水) 23:43:32.717 ID:oFRzQ.fUo
会議所にいくとか胸アツktkr

538 名前:Route:B-9:2020/11/19(木) 22:12:17.052 ID:QXT2JAQM0
Route:B

                 2013/5/3(Fri)
                   月齢:22.7
                    Chapter9


539 名前:Route:B-9 デパ―チャー:2020/11/19(木) 22:14:14.955 ID:QXT2JAQM0
――――――。

――ついに、出発の時が来た。
荷物はOK。調べることも、メモにまとめてある。大丈夫、問題ない……。

瞿麦
「いってきます、苺ちゃん、縁さん」


「……気を付けてね、瞿麦ちゃん
 静さんも、お気をつけて」


「心得ている」


「とりあえず、前も言ったかもしれないけれど……
 目にしたものすべてが真実ではないわ
 都合のいいものだけが真実ではない――それを心に留めておいて」

瞿麦
「はい」

わたしは、力強く答えた。
――手紙に立ち向かう意思を見せてから、わたしは少しずつではあるが、静さんや縁さんとも円滑に話せるようになった。
数年越しの成長といったところだろうか。

540 名前:Route:B-9 デパ―チャー:2020/11/19(木) 22:15:18.270 ID:QXT2JAQM0
瞿麦
「とりあえず、1週間は滞在するって予定ですけど――早くなったり、遅くなったりする場合は……」


「まぁ、時間に差異はできるかもしれないが、連絡をくれれば私が迎えに行くよ」

瞿麦
「すみません――」


「気にしなくていいの、若者は年上の手助けに甘んじなさい」

縁さんは、小さな身体を思いっきり張って、わたしたちにアピールをした。
その仕草が、わたしの心を緩ませる――少し気を張りすぎた心に対して、ちょうどいい按排になる。
……わたしにとって、静さんと縁さんの支援がありがたかった。


「……二人が、本当に頼もしくて、僕もほっとして瞿麦ちゃんを見送れます」


「そうね、貴女は瞿麦と出会ってから、ずっとべったりだったものね」


「縁さん、もう……やめてくださいよぉ」

からかうような縁さんの言葉に、苺は顔を赤くした。
その反応は、わたしにとっても顔面をかあっと熱くさせるもので、思わず両手を頬に当ててしまった……。


541 名前:Route:B-9 デパ―チャー:2020/11/19(木) 22:19:59.594 ID:QXT2JAQM0

「やっぱり、貴女たちも仲良しさんね
 ――静、事故とか起こしたら怒るからね」


「もちろんだ、縁――」

【会議所】に行くと決意したはいいものの、このまま辿り着いても夜になることは確実だ。
そのため、たけのこ軍居住地のホテルに宿をとる手筈になっていた。
そのお金は、静さんたちが出してくれている。本当に、二人には感謝してもしきれないほどに支援を受けている。

瞿麦
「……何から何まで、すみません」

ちっぽけなわたしのために、肉親でもないわたしのために――二人は、返さなくてもいいと言った。
ありがたいけれど、申し訳なさも少し残る。


「なに……気にしなくていい
 それに、きみが何か返すとするならば――それは、きみが真実にたどり着く、それに勝るものはないさ」

瞿麦
「はい」

そんな会話をしながら、わたしたちはトラックに乗り込んだ。


「では、行ってくる」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

542 名前:Route:B-9 デパ―チャー:2020/11/19(木) 22:24:44.135 ID:QXT2JAQM0
……揺れる、揺れる、トラックは揺れる。
過ぎ去る景色を見ながら、静さんが話しかけた。


「瞿麦――きみに伝え忘れていたことがある」

静さんの横顔は、凛々しく……わたしは、こうなれるのだろうか――と思いながら、頷く。

瞿麦
「なんですか?」


「君の身の保障のことだ……
 ボディーガードをつけることにしている――もちろん、信頼のおける人物に」

瞿麦
「そう……なんですか?」


「ああ――わたしの信頼する人物に依頼し、信頼できる人材を選択してもらったから、問題はない――」

瞿麦
「………」

突然の話題に、わたしは沈黙することしかできなかった。


「きみにとっては知らない人物かもしれないから、不安かもしれないが……
 ――どうか、信頼してほしい」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

543 名前:Route:B-9 デパ―チャー:2020/11/19(木) 22:26:02.917 ID:QXT2JAQM0
瞿麦
「あ――着いたんだ」


「……とりあえず、到着した
 何かあったら、連絡してくれ――仕事にとりかかっているかもしれないから、縁が出るかもしれないが」

瞿麦
「はい、お願いします」

わたしは、静さんに一礼をして、ホテルへと向かった。
背後でトラックが走り去る音が聞こえる――それは、わたしが一人で真実に向かう始まりでもある。

不安は、ある。
それでも――澄鴒のために、わたしはユリガミの手がかりを探さないといけない。

おそらく、兄さんは――わたしが立ち向かうために、手紙を寄越したのだろう。
結果的にはわたしが行動していることを考えると、兄さんの計算力には感服するばかり。

……大丈夫。わたしには、ボディーガードもいる。だから――とりあえず、ホテルで休もう。
チェックインを済ませ、荷物を部屋に置いて――わたしは、部屋の中で1日を終えた。

544 名前:SNO:2020/11/19(木) 22:26:23.406 ID:QXT2JAQM0
近付いてくる……

545 名前:きのこ軍:2020/11/19(木) 22:40:10.138 ID:a3Glqny2o
苺ちゃんもついてくればいいのに。

546 名前:Route:B-10:2020/11/21(土) 01:38:42.295 ID:uukUlyIg0
Route:B

                 2013/5/4(Sat)
                   月齢:23.7
                    Chapter10

547 名前:Route:B-10 コンヴィクト:2020/11/21(土) 01:39:36.559 ID:uukUlyIg0
――――――。

次の朝。
ルームサービスで取り寄せた朝食を食べ終えたわたしは、【会議所】に向かおう――そう考えていた。

……が、その瞬間、外で轟音が鳴り響いた。

ホテルのカーテンをめくり、窓の下の様子を見る。
そこには――青い軍服を着た男たちが、街中で魔術を唱えて、あちこちの公共物を攻撃していた。

瞿麦
「!まさか、【嵐】?」


「うおおおおおっ!!」


「【会議所】反対だ!【会議所】などなくとも理論は通じる!」


「ウォオオオオーーー!」

デモクラシー?いいや、これはテロリズム……。
CTV越しではない、実際の戦い――その光景を見ると、震えが出てくる。

大戦を経験したものなら、この事態にも冷静でいられるのかな……。


548 名前:Route:B-10 コンヴィクト:2020/11/21(土) 01:41:32.032 ID:uukUlyIg0
瞿麦
「大丈夫……わたしは、こんな奴らに負けない」

外から音に、わたしは――テロリストの標的にされている場所に行くのだと、改めて思い知らされる……。
実際にその光景を直に見ると、その決意が揺らぎそうになるが……わたしはぐっと拳を握って決意を固めた。
強引に、恐怖を捻じ伏せる。あいつが居るかもしれない。それでも……わたしは、向かわなくてはならない。

誰かが連絡したのか――それから数分後、【会議所】の兵士たちが駆け付けた。

兵士
「居住区での破壊活動は禁止されている!直ちに降伏しなさい!」


「おっと、逃げろ!退却だ!」


「イェエエエイ!」

兵士が力強い発言すると、まるで想定されていたかのように、男たちは叫びながら蜘蛛の子を散らしたように散り散りになっていった。
こんなに、すぐに退却するなんて……一体、奴らは何を企んでいるのだろうか。

らちが明かずに、部屋に置いてあるCTVをつけようとしたとき……ホテルのアナウンスが聞こえた。


549 名前:Route:B-10 コンヴィクト:2020/11/21(土) 01:44:50.668 ID:uukUlyIg0
アナウンス
「只今、【会議所】からの通告がありました
 市内での【嵐】の工作活動による外出規制のため、ホテルにお泊りの皆さんは待機していただく――そういった形となりました
 まことに申し訳ありません――なお、予定滞在日数を超過する場合の手続きなどは、当ホテルが――」

そんな――せっかく、【会議所】に近づいたのに。
不安になって、わたしは【月輪堂】に電話をかけた。

瞿麦
「もしもし――」


「ああ、瞿麦か――ニュースは見ていたが、まさか朝っぱらから【嵐】が来るとは――」

瞿麦
「はい、ホテルが室内待機を命じて、出られない状況下になってます
 わたし――【会議所】に行くまで、時間がかかるかもしれないんです――」


「それは仕方ない――予定が延期しても、金の方はこっちが持つから安心してほしい
 それから【会議所】へ行くのは待機宣言が解かれてからにしたほうがいいだろう――」

瞿麦
「はい」


「勝手に外に出ていくと、目立つ可能性もある
 とりあえずは、向こうの指示を待ってほしい」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

550 名前:Route:B-10 コンヴィクト:2020/11/21(土) 01:55:53.855 ID:uukUlyIg0
瞿麦
「わかりました――あの、ボディーガードの人は?」

……そこで、素朴な疑問が一つ浮かんだ。


「ああ――それについては、心配しなくていいだろう
 どんな事態だろうと、きみを守ってくれる」

瞿麦
「うーん………それらしい人は、居ないような」

そう言いながら、わたしはきょろきょろとあたりを見回す――けれども、一人しかいない室内と荷物がそこにあるだけだった。


「私と知己であり、かつ戦闘能力の高い人物――その条件で、先方にリクエストしている……
 先方の都合もあるから、誰が来るかまでは私の存じ上げるところではない」


「しかし……その条件に合致する人物は、すべてきみに不利益をもたらさない
 それだけは伝えておく」

――件のボディーガードに姿が見えないことに、やや、不安はある。
けれども、静さんの信頼を込めた言葉は、頷くだけの説得力がある。

瞿麦
「わかりました」

わたしは、大きく頷いた。

551 名前:Route:B-10 コンヴィクト:2020/11/21(土) 01:56:28.540 ID:uukUlyIg0

「何か、聞きたいことがあったらまた連絡してほしい」

瞿麦
「はい、わかりました、ありがとうございました」


「ああ――では、また」

がちゃりと、電話が切れる音が聞こえた。


「ふぅ――」

わたしは、ため息を一つついて――ベッドの上に身体を投げ出し、ただぼうっと天井を見ていた。

552 名前:SNO:2020/11/21(土) 01:56:59.846 ID:uukUlyIg0
Route:Aと繋がりが……?

553 名前:きのこ軍:2020/11/21(土) 11:08:03.985 ID:x8dCU0Ygo
ボディガード誰だろう

554 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:11:17.649 ID:uukUlyIg0
……天井を見ながら、わたしはとある記憶を思い出していた。
苺と出会う前の記憶を……。

――それは、ある朝のことだった。
あいつに、日々、日々迫られる、ぐずくずに腐った日々のこと……。

わたしは、誰にも相談できず……かといって逃げることもできず、公園のベンチで座っていた。

瞿麦
(こわい――先生が、こわい――
 いやだ、いやだ、いやだ……でも、誰にも――言えない
 友達にも、父さんにも兄さんにも――)

鎖で雁字搦めにされたように、わたしには何一つとして道が見えなかった。
――あるいは、視界が狭まりすぎて、その道を認識することさえできなかったのかもしれない。


555 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:21:34.681 ID:uukUlyIg0
……ふと、わたしに影が落ちた。
思わず、顔を見上げる――そこには、とても髪の長い巫女装束の女性がいた。

その顔はこの世のものとは思えないほど綺麗で――
わたしと同じ黒い髪と黒い瞳は、わたしと違って黒曜石のように輝いていて見えて――
腰に下げた太刀もまた、綺麗な白百合で飾られて見惚れるほどで……

何より、そのたたずまいは、神々しく、まるで女神のように思えた。

???
「――どうしたの?とても表情が重いし、体が震えている」

女性は――神々しさもあったけれど、それ以上に姉のように思えた。

わたしにとっては……その人は、おねえさま、と呼ぶべき人物だった。

瞿麦
「あっ………」

わたしは無意識のうちに、おねえさまの差し出した手を握っていた。


556 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:29:46.638 ID:uukUlyIg0
おねえさま
「……心がぐちゃぐちゃに壊れそうで、身体がなんとかそれを繋ぎとめている――そうなのね」

おねえさまの瞳は、まるでブラックホールのようにわたしを吸い込んだ。
その瞳の前では、何一つとして嘘はつけない。

――その時、わたしは、母さんも、そんな吸い込まれるような瞳をしていたと思った。
わたしはおねえさまの質問に、こくりと頷いた。

おねえさま
「――どうしてそうなっているのか、わたしに教えて」

おねえさまの声は、とても神々しく、神秘的で……わたしは、ああ、やっと助かるんだと思い、自然と泣いていた。

おねえさま
「大丈夫……?わたしが、あなたを怖がらせてしまったかしら」

困惑したおねえさまの言葉に、わたしはふるふると首を振った。

おねえさま
「なら、よかった――」

ほっとしたおねえさまの表情は、とてもきれいで――その神々しい雰囲気とか裏腹に人間味があるようにも見えた。

瞿麦
「……じつは」

わたしは――事の顛末を、ゆっくりと、ゆっくりと――おねえさまに話した。


557 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:34:13.995 ID:uukUlyIg0
おねえさま
「――そうだったのね
 つらい話を、よく話してくれたわ」

おねえさまの表情は、慈しみにあふれた、やさしい表情だった。

おねえさま
「……ごめんね、つらい話をさせて」

そしてわたしをぎゅっと抱きしめ、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
おねえさまの柔らかな感触と、やさしい香りがわたしの心を洗い流してくれた。

おねえさま
「……あなたがこれからどうするかは分からないけれど
 わたしは、さっさと逃げ出したほうがいいと思うわ」

――おねえさまの意見はもっともだった。
でも、もうわたしには――そうできないほどに、心の余裕がなかった。だから首を振ると――。

おねえさま
「……そっか
 ならば、せめて――あなたに害なす者を追い払ってみせましょう
 ――わたしが、必ず……」

そういうと、おねえさまはその場から、霞のように消えてしまった。

一人取り残されたわたしは――結局、重い足取りで、学校に向かっていた。


558 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:36:31.738 ID:uukUlyIg0
……その頃は、授業が終わってから、呼び出されて――身体検査という名目で、奴にセクハラを受けるのが、日常になっていた。
――本当に、吐き気を催す――汚らわしく、疎ましく、蔑まれるべき出来事。

瞿麦
「ひっく、ひっく……」

グローリー
「泣いてても終わらないぞぉ?さぁ、さっさと先生の言う事を聞くんだ……」

ただ、ただ嗚咽を漏らすわたしに対するあいつの表情は、まるで死体に集る蛆虫のように醜く歪み、その奥から漏れ出る腐臭を纏った肉欲を示していた。

がしりと、あいつに肩を掴まれた。
大人の大きな掌に支配されること。それは、世界を知らない子供にとっては恐怖そのものでしかない。

ふたり以外は、誰もいない人気のない部屋。
窓から射す夕陽は、わたしの心を焦がし、焼き尽くさんとばかりに、強く強く室内を照らしていた。
対照的に、わたしの表情は、鉛のように重々しく――わたしの心は、深海の底の底よりも暗く――。

あいつの、大きな手がわたしの身体をなぞる。
恐怖。一秒が無限のように思える、地獄。

559 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:39:31.880 ID:uukUlyIg0
所詮、この世の中は、どれだけ知性で取り繕うとも、心の奥底に在る汚らしい本能が恐ろしいのだ。

そう思っていると――。

窓ガラスの外に、おねえさまが立っていた。
ちょっとした手すりもない、窓の縁のわずかな足場に、バランスを崩すことなく綺麗な姿勢で立っていた。

夕陽を隠すように、おねえさまの影が部屋を包み――あいつは、そっちに振り向いた。

グローリー
「なんだ、お前はぁ!なんでそんなところに居る!?邪魔する気かッ!!」

指を指し、激高するグローリー……これが、あいつの本性だと、初めから気が付いていればよかったのに。

おねえさま
「………」

おねえさまは、その質問にも答えず、無言で太刀で窓を切り裂き、部屋に侵入した。


560 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:44:15.980 ID:uukUlyIg0
おねえさま
「――お前は、年端もいかない乙女に……抵抗できない弱い存在に、
 欲望をぶつけることしかできない、知性のひとかけらもないけだもの」

氷のように冷たく、研いだ刃物のように鋭い言葉を、あいつにぶつけるおねえさま。
その言葉には怒りが感じられ、たった一度出会ったわたしの境遇を、真剣に考えてくれている――そう感じ取った。

グローリー
「な、いつの間に目の前に!?」

そして、おねえさまは――わたしが瞬きをしない一瞬のうちに、あいつの傍に詰め寄っていた。

おねえさま
「本来なら――お前のような唾棄すべき、存在価値の見出せないけだものは、
 死なない程度に八つ裂きにして、欲望という名の腐臭にまみれた臓器を一つ一つ潰してやって、
 苦しめて苦しめて苦しめて消滅させないといけないけれど――」

おねえさま
「あいにく、地獄を見た女の子の前で、そんな凄惨な光景を見せるわけにはいけない」

淡々と、呟いた、おねえさまの声は、ぞくりとするぐらいに怖かった。

――そしておねえさまは語りながら、太刀の鞘であいつに足払いをかけ、
バランスを崩したわずかなタイミングで、床に落ちていたロープであいつの両腕を縛り上げた。

それは……わずか、数秒の出来事だった。


561 名前:Route:B-10 ゴッデス:2020/11/21(土) 23:46:17.969 ID:uukUlyIg0
わたしが呆然としている間に、おねえさまは室内を探り始め、
わたしや――わたし以外の被害者の写真を取り出し、机の上に置くと、扉の向こうを見やった。

おねえさま
「……じきに、助けは来るわ
 わたしにできるのは、ここまで
 さようなら――」

寂しそうな顔をすると、おねえさまは窓から去っていった。
わたしが呆然としているあいだに、他の先生が騒ぎを聞きつけやってきてた。

教師
「――グローリー先生、この騒ぎは一体……なっ!なんだその姿は!?」

教師
「この写真は……どういうことですか!仮にも教職に就くものが……いや、それ以前の問題だ!」

教師
「警察を呼んでください!瞿麦ちゃん、もう大丈夫だから――」

やがて――あいつの所業が明るみになった。
それでも――わたしが明るくなることはない。

すでに――心は、希望という存在を受け付けなくなっていた……。

562 名前:Route:B-10 クォラル:2020/11/21(土) 23:51:54.586 ID:uukUlyIg0
……あいつは、裁判でその悪辣さによって、15年の有罪判決を受けた。
わたし以外にも――わたし以上の被害を受けていた女の子もいたらしい。

そんな、おぞましい存在が……たった、15年で世の中に放り出される。
それでも――もはや、抗議の声をあげる気力もなかった。

……わたしは、マスコミの目に晒されることはなかった。
――無茶苦茶な取材しようとする記者が、悉く何者かによって妨害されたのだと、そういう噂を聞いた。

おそらくは……おねえさまが手を回してくれたのだろう。
――同様の被害を受けた女の子の周りでも、そういった出来事があったらしい。

……それから、わたしは家族と距離を置くようになった。
父さんとも、会話をしなくなった。
まるで苺から避けていた時のように……わたし自身から……。

兄は、そのころすでに大学に在籍し、一人暮らしをしていたから――会うことすらなかった。
心配して、わざわざ駆けつけてきてくれたけれど――わたしが拒んだから、顔を合わせることはなかった。


563 名前:Route:B-10 クォラル:2020/11/22(日) 00:01:07.339 ID:QFi5KiEY0
…………そして、わたしの妹……。
……澄鴒は、心に陰を落としたわたしを心配して、時々一緒に居ることもあった。

事件に巻き込まれた被害者から――そんなこともあって、どうしてもわたしは他人からそのような眼で見られていた。
父さんも、兄さんも……立場を考えれば当然だし、顔や態度には出さなかっただろうけれど、心にはどうしてもそういった感情があることはうかがえた。

それでもあの子は……わたしをそういった目では見なかった。
まだ幼かったから、まだ事件について理解できていなかったのがよかったのかもしれない。

お風呂も一緒に入って、ただにこにことした笑顔を浮かべるだけ。
父さんに隠れて、こっそりとおやつを食べたこともあった。

――小学校にも入る前だったのに、あの子はとても賢く、やさしく――そして純粋だった。

それなのに、そのいびつな、それでもどうにか生きながらえる暮らしを――

――わたしは、わたしの手で捨ててしまった。


564 名前:Route:B-10 クォラル:2020/11/22(日) 00:09:23.523 ID:QFi5KiEY0
……それは、あの子が小学校に入る前――まだ学期も終わっていない2月の話。

視線の先で、澄鴒が小学校の制服を着て楽し気に部屋を跳ねまわっていた。

???
「パパ、学校はまだ?まだかな?」

ふわりとした金色の髪が揺れる……その横でわたしの父がにっこりと少女に微笑んだ。


「まだ2月だからね……もうちょっと我慢だ」

同じく、金色の髪をした父さんが微笑まし気にそう答えた。

???
「小学校――楽しみだなぁ、どんな場所なんだろうなぁ」

無邪気にはしゃぐ澄鴒は、制服を着て、部屋の中をぐるぐると回っていた。
回転するスカートの軌道が、印象深い。


「似合っているね」

父さんは、あの子の制服姿をやさしい笑顔で褒めた。
――わたしは、置物のように、ただその光景を見ていた。


565 名前:Route:B-10 クォラル:2020/11/22(日) 00:10:39.852 ID:QFi5KiEY0
???
「おねえちゃん、どお?」

にこっとした笑顔で、澄鴒はわたしに話を振った。
青い瞳と、金色のふわふわした髪……きれいな人形のような印象を受ける見た目……。
誰もが、気分のいい答えをするかわいい声は、天使のように見えるかもしれない。

けれども、わたしは――その言葉に、トラウマを想起させてしまった。
ただ、その単語に関する……それだけで――澄鴒が、悪魔のように見えた。

澄鴒が通う学校は、わたしの通ったところとは違うのに……。
そもそもあいつは捕まっていて、澄鴒があいつと出会うことはなくて……。
それなのに、制服、ただそれだけの単語で、心がかき乱されて……。

瞿麦
「うるさいっ、話しかけないで!学校なんて、楽しくないの!」

わたしは思わず激高して、澄鴒に言ってしまった。

566 名前:Route:B-10 クォラル:2020/11/22(日) 00:11:59.722 ID:QFi5KiEY0
澄鴒
「う……ぅ……うああああぁぁぁっ……」

澄鴒はそのまるい両目に涙を浮かべて……部屋に走り去った。

わたしは、そこで初めてしまったと思ったけれども、すでにそれは起きてしまったことだ。
取り戻すことはできない――その時、世界は崩壊したとも言えた。


「――!」

慌てた様子で、父さんは澄鴒の背中を追いかけた。
わたしは、呆然として、立ち尽くしていた。

家の中の空気は、鉛のように重く……わたしは、ふらふらと、中庭へと足を運んだ……。

567 名前:SNO:2020/11/22(日) 00:12:38.182 ID:QFi5KiEY0
一部人物名が???になってるミスあるけど澄鴒に置き換えて読んでください

568 名前:きのこ軍:2020/11/22(日) 17:23:33.130 ID:DzDwnMfAo
百合神さま初登場っぽいですね。たのしみたのしみ

569 名前:Route:B-10 コンフラグレイション:2020/11/22(日) 20:42:24.928 ID:QFi5KiEY0
わたしは、中庭の隅で膝を抱えて縮こまり、ただそうやって時間が過ぎるのを待っていた。

瞿麦
(なんで、あんなひどいことを――)

後悔する感情。あの子を――実の妹を――傷つけてしまったことが、茨が巻き付いたように心がずきずきと痛んだ。

瞿麦
(――――)

吐き戻しそうになるぐらい、わたしの心は暗雲に包まれていた。

瞿麦
(謝らなきゃ――)

わたしは、そう思いながらも、あの子と顔を合わせるのが怖くて、立ち上がれなかった。

その時――何者かの気配を覚えた。気配のした方向を、恐る恐る覗くと……。

玄関の前に、白に染まったモヒカンヘアーをした、見るからに柄の悪そうな男がいた。
隣には、亡者のような青白い肌の男たちがぞろぞろと付き添っていた。
十数人ほどの男たちはみなぎこちない歩き方をしていて、その見た目も相まって……まるでゾンビの群れのように思えた。


570 名前:Route:B-10 コンフラグレイション:2020/11/22(日) 20:44:25.563 ID:QFi5KiEY0
???
「ここが、フェルミ家――【理論】に関する研究の第一人者の家――間違いなさそうだ」

そう言うと、男はひと蹴りで玄関のドアを蹴破った。

瞿麦
(っ!?)

――えっ!?どうしてドアを!?
わたしは縮こまった身をさらに縮こませて、ぶるぶると震えていた。

……そこから先、何があったか、わたしは知らない。分からない。

ただ、わたしがその時知っていることは……争う声や音が聞こえ、肉の潰れる嫌な音が響いたこと。
ぴしゃりと、何か液体が飛び散る音が聞こえたこと。そして……父さんの断末魔。ただ、それだけだった。


「ぐわァアアーーッ」

どしゃりと、重い何かが崩れ落ちる音。それは、まるでこの世で最も大きい音のように、わたしの中で何度も響いた。
わたしは、あまりの非日常な出来事に……何もできずに、ただ、ただ、泣いていた。


571 名前:Route:B-10 コンフラグレイション:2020/11/22(日) 20:48:01.210 ID:QFi5KiEY0
???
「……娘だな、噂には聞いていたが、この雰囲気は、やはり…………の血を……」

……男の言葉が聞こえる。それは澄鴒に対する言葉だろう……。
でも、わたしは飛び出すこともできず怖くて震えるばかりだった。
……たとえ、出て行ったとしても、何も打つ手はないかもしれないけれど――。

???
「お前ら……を、探……」

男は、何かを探しているようだった。
しばらく、何かを漁る音、何かをひっくり返す音、ガラスが壊れる音――いろいろな破壊音が響いた。

???
「ちっ――アレはないのか!仕方がない、このガキを攫い、家は燃やしちまえ!」

――でも、目的の何かは見つからなかった様子で、男の激高した声が聞こえた。
その言葉通り――とくとくと、何かが注がれる音が聞こえた。
その後の出来事を想像するに、それは可燃性の液体だったのだろう。

瞿麦
(いや、やめて、やめて、やめて……)

ただ、震える子犬のように縮こまり、何かに縋りつく――そんな哀れな存在と化していた
――澄鴒が……モヒカンヘアーの男に攫われ、連れ去られていった……。
その影が遠くなるまで、わたしは呆然と、ただ座り込んでいて……。

無限にも思える絶望の果てに、背後を炎の赤が塗りつぶし、辺りに熱気が立ち込めた。


572 名前:Route:B-10 コンフラグレイション:2020/11/22(日) 20:50:04.372 ID:QFi5KiEY0
生存本能のためか、わたしは振り向いた。

瞿麦
「っ!!」

視界の先では、わたしの過ごした家は、ごうごうと炎に包まれていた――。

故意に……何者かの悪意によって……わたしの過ごした時間も、わたしの家族も、ばらばらに引き裂かれてしまった。

父さんが殺され、澄鴒も連れ去られて…わたしは何もできなくて……。
その衝撃な出来事に動揺して、思わず腰を抜かせ、ばたりと中庭に転んでしまった。

……タイミングが悪いことに、その光景を、まだ残っていたらしい、男の仲間に見つかってしまった。


「ギヒ、まだ娘がいた――ようですぜ――」

あいつを想起させる下品な口癖と立ち振る舞い――わたしは、逃げ出したくても、身体ががちがちに固まって動けなかった。

男は、ぎこちない歩きで、わたしに迫ろうとする。
――わたしは、うなだれて、刑を執行される罪人のように、その迫る光景を見ていた。

もはや……逃げる気力すらもなかった。諦めていたのかもしれない。

573 名前:Route:B-10 セイバー:2020/11/22(日) 20:54:35.357 ID:QFi5KiEY0
その時――。

???
「――ひどい、なんてことなの」

突然、女性の声が聞こえた。
その声の方向を向く――すると、そこには紫のローブを着た、金色の角を生やした女性がいた。

その角から、人間ではないことは容易に想像できた。恐らくは、魔族だ――と、その時わたしは思っていた。

???
「……一足、遅かったのか
 もう少し早く来ていれば……」

悔やむように、女性は炎に燃える家を見つめていた。

574 名前:Route:B-10 セイバー:2020/11/22(日) 20:58:23.026 ID:QFi5KiEY0
???
「家を燃やすわ、誘拐するわ――そして震える女の子を取り囲む――
 最低だね、本当に――
 また、こんなのと関わり合いになるなんて思ってもなかったなぁ」

女性は、軽蔑した表情で男たちを見つめた。
それは五人ほどだっただろうか。やつらは皆わたしの周りに居て、逃げられないように取り囲んでいた。


「なんだ……邪魔スルナラ、殺すが……」


「その女も捕まえルダケダ……あっちに行け、女ぁ……」

男たちは、濁った、ぎこちない喋りで女性に告げた。
……わたしは、その急な出来事に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、事態の推移を見ていた。

???
「この家を狙った、ということは……
 さっちゃんの予想通り……ここには……」

女性は、男の言葉には答えずに、何か考え事をしていた。


「話が聞けないのなら、死んでもらうぜェ!」

瞿麦
「ひっ!」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

575 名前:Route:B-10 セイバー:2020/11/22(日) 21:06:18.337 ID:QFi5KiEY0

「あ……?」

しかし――続く光景は、困惑する男の声だった。
わたしが目を開けると……。

???
「………」

女性は、弾丸を摘み取ると、まるで粘土のようにぺらぺらに潰してぽいっとその場に投げ捨てた。
――銃弾のエネルギーを、指先だけで打ち消し、捻り潰し、怖がりもせず――淡々と切り抜ける。
その剛腕を見せた魔族の女性は、まるで救世主のように思えた。

そして――女性は、背中に翼を生やし、隼のように低空飛行したかと思うと、
わたしをかばうように、わたしの前に降り立った。

???
「私を――殺す?
 何、言ってるの?何かの冗談かな?」

女性の背中からは、いつの間にか翼はなくなっていた。
後ろ手にわたしをかばいながら、男たちに投げかけた言葉は、地獄の鬼も恐れて逃げ出すほどに怖かった。
王者のような威圧感の陰に、わたしは女性に対する信頼感が芽生えていた。

576 名前:Route:B-10 セイバー:2020/11/22(日) 21:10:49.901 ID:QFi5KiEY0
???
「シトラス」

――女性が、魔術を唱えた瞬間、レモン色の魔法弾が男たち目がけて飛んだ。
拳銃よりも――ライフル弾よりも速いスピードでその魔法弾は飛び交い、男たちの身体を次々と弾き飛ばした。


「ギャ!」



「ぐぼァッ?!」


「魔法を使ってくルゾ、マジックジャマーを使え!」

断末魔を上げた男を見て、生き残りの男が何やら機械を作動させた。
ぴりぴりと震えるような衝撃波が辺りに流れ出す。

その瞬間……。

???
「シトラ………
 あぁ、不発かぁ」

女性が再びシトラスという名前の魔術が使おうとするが、魔法弾は出ることはなかった……。
彼女は、その事実に、やれやれと両手を広げて面倒くさそうに男たちを見ていた。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

577 名前:Route:B-10 セイバー:2020/11/22(日) 21:19:02.907 ID:QFi5KiEY0
???
「ハッ!」


「え?グワァァァッ!」

女性は、ため息を深く吐いたかと思うと思いっきり男の頬にビンタをかました。
その軌跡は目で追えないほど早く……そして、まるでバットで打ち返されたボールのように、男は数十メートル先まで吹っ飛んでいった。

???
「せいっ!」

さらに、女性は振り回す腕の遠心力を利用し、
ムチのように片腕を振るうと、残った男たちをすべて張り倒した。


「ギェエエッ!?」

???
「で……自慢げに、語ってたらしいメイジ封じの作戦は、私には無意味だよぉ♪
 私は唯のメイジに非ずってさっちゃんも褒めてくれてたし〜?」

女性は、楽し気に地に臥せた男たちに告げた。

???
「まぁ、こうなったのは……半ば自業自得だよね?
 私にこうやって倒されることなんか、本当にそう……」

そして、餞の言葉のつもりか、男たちに再び怖い声でそう吐き捨てた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

578 名前:Route:B-10 セイバー:2020/11/22(日) 21:33:45.392 ID:QFi5KiEY0
???
「とりあえず、消火しないと」

そう女性は呟くと、レモン色の濁流が家全体を包んだ。
それは瞬く間に炎を消し去り、焼けた家が眼前に広がった。

???
「この子を置いていくわけにはいけない……
 でも、この中に連れて行くわけにも……」

続く女性の言葉は、考え込む言葉。
しかし、その疑問に答えが出たのか、すぐに頷くと……。

???
「よし」

ローブの裾から、タコのような、イカのような……無数の触手が現れた。
それらは家の窓から入り込み、何かを探るようにうねうねと蠢いていた、

瞿麦
「……」

わたしは、呆然としていると……。

???
「怖かったよね――でも、もう大丈夫、安心して」

ぎゅうっと、女性に抱きしめられた。
やわらかな感触。さわやかな檸檬の香りがわたしの鼻腔をくすぐる。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

579 名前:Route:B-10 セイバー:2020/11/22(日) 21:35:19.843 ID:QFi5KiEY0
???
「――とりあえず、ここはとても危険だよ
 追っ手がくるかもしれないから、私のことを信じて――わたしと一緒に来て」

続けて、素早く、わたしにそう告げた。
とても、顔が近い。眼前に広がるその紫の瞳は、アメジストのようにどこか魅力的で、蛇のようにどこか妖しく――それでいて、信頼できる瞳だった。

瞿麦
「――は、はい」

……もう、どうすればいいのかわからない。
この人が信頼できるか――それもわからないけれど、それでも、わたしを救ってくれた。
だからわたしは、こくりと頷いていた。

???
「ありがとう――私を信じてくれて」

そして、わたしは女性に抱かれて――その場を離れた。
視界の果てでは鎮火された家の残骸がある。
しかしそれもやがて遠ざかり、わたしは女性の腕の中で、流れる景色に身をゆだねていた。

580 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:38:35.926 ID:QFi5KiEY0
――女性に連れられて来たのは……その時は知りもしなかったけれど、今ではよく知った場所。
すなわち……【月輪堂】だった。


「あら、なくちゃん……どうしたの、その子は……」

???
「フェルミ家の女の子――いろいろな事情があって、保護してきたの」

後で教えてもらったことだけど――女性は、いまや会議所で魔王の呼び名高い兵士でもある、魔族の女性――791さんだった。
791さんは縁さんと深刻な口調で会話しながら、わたしを地面にやさしく下ろしてくれた。

……とはいえ、わたしは戸惑うばかり。ここはどこなのかも知らなければ、目の前の人物が何者かもわからない。
あまつさえ――その人物が、当時のわたしよりも幼い外見で、白髪と黒い眼を持っているとなれば、なおさら……。


「……緊急事態だったのはわかるけれど、この子、すごく困惑してない?」

冷めた目で、縁さんは791さんに軽口を発していた。

791
「そうだよね……それに、魔族の私が言うのもなんだけど……
 ここ、月の民と天狗しかいないし……人間のこの子にとっては、びっくりすることが多いよね……」

縁さんと791さんは、旧知の仲のような、砕けた会話を広げていた。
内容は……わたしを気遣うたぐいのものだということは、なんとなく理解できていた。


581 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:40:54.991 ID:QFi5KiEY0

「……とりあえず、この子にいろいろと説明しないと」

791
「あっ、そうだね――」

791
「ここは【月輪堂】――明治国の田舎の鍛冶屋
 知る人ぞ知る――というか、ここの場所を知ってる人物なんて、まずいない」

瞿麦
「は、はぁ――」

――突然の出来事に、聞きなれない単語……天狗に、月の民――聞いたことのない種族。
わたしの頭には疑問符だらけで、話についていくのが精いっぱいだった……。

791
「――そして、あなたに謝らないといけないことが、ひとつ……
 わたしがたどり着いたとき……誰かが攫われていたけれど、その人を助けることができなかった」

その言葉を聞いたとたんにわたしは気が付く。――その、誰か……それはおそらく澄鴒のことだ。

瞿麦
「それは、わたしの妹の――」

791
「――!妹ちゃん、だったのか……
 なんとか、あなたを救うことはできたけれど……もう少し、フェルミ家に早くにたどり着いていれば――ごめんね」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

582 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:42:27.420 ID:QFi5KiEY0
791
「これは私の友達のさっちゃんの仮説なんだけど……
 フェルミ家は、特別な宝物を持っていたって噂があるの――だから、あんな奴らが家に押し掛けたんだと思う
 どうして、妹ちゃんが攫われたのかは、それははっきりとはわからないけれど――」

瞿麦
「…そんなの、わたし知らない……」

791
「知らなくても、狙うの――あいつらは、そういう奴らだから」

……あの子は、無事なの?
そもそも、喧嘩さえしなければ――未来は違っていたかもしれない。

瞿麦
「わたしが喧嘩しなければ……ひどいことを言わなければ……」

わたしは、思わず地面に膝をついて、涙をこぼした。


「……大丈夫?」

そんなわたしを、その時は名前は知らなかったけれど――縁さんが、後ろから抱き留めてくれた。
わたしよりも小さな身体。澄鴒に近い体格の縁さんからは、まるで母親のような温かみを感じた。


583 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:45:23.512 ID:QFi5KiEY0
瞿麦
「……謝れなかった、澄鴒に、うっ、うぅ……」


「たぶん、喧嘩別れと事件が重なったから、頭がぐちゃぐちゃになってるのね」


「……どうして喧嘩したのか、それは聞かないわ
 それでも、あなたはその事実に後悔して、挽回ができないことに怯えていることはわかる」

やさしく、そして核心を突く言葉……わたしは、縁さんにすがりついてただ泣くばかりだった。


「でも、大丈夫……あたしたちが、助けてあげるから
 少なくとも、あなたのことは、ここで面倒見てあげることができるから」

頭を撫でながら、縁さんは続けた。

791
「……」


「――わたしの知り合いには、信頼できる強者がいる……
 そこにいる、なくちゃん――じゃない、791って魔族の女の子も含めてね
 だから、もう大丈夫……」

791
「ああ、うん……名乗り遅れたけれど、私は791で、隣のおかっぱ頭の子が月輪縁って名前だよ」

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584 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:48:31.046 ID:QFi5KiEY0
ふと、がたりと、物音が店の奥から聞こえた。
わたしが、店の奥に目をやると、静さんと苺が姿を現した。
――もっとも当時は、一人の女性と、一人の女の子としか捉えられなかったけれど。


「それから――この鍛冶屋の鍛冶師、静
 この住居の責任者みたいなものね」


「奥で話は聞いていたが……厄介事に巻き込まれたらしいね」

静さんは、女性にしては長身で、初めて見たときは威圧感を勝手に覚えていたような気がする。


「縁の言った通り――私もきみに協力するから、安心してほしい
 口下手だから、怖がらせるかもしれないが……きみの身の保障は確保できるよう最大限務めるするつもりだ」

重々しい静さんの言葉。始めは、取っつきづらい人だと思っていたけれど、
……少しずつ接するにつれて、あまり活発的ではないけれど、やるべき仕事をきっちりとこなす人だということは、すぐに理解できた。

そして――苺。


「それから、この子は、ここでお手伝いをしてもらっている苺
 たぶん……あなたと同年代ぐらいだと思うわ」


「は、はじめまして……ご紹介に預かった苺です」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

585 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:53:39.592 ID:QFi5KiEY0
瞿麦
「!」

思わず、その白い翼に目をやるわたし……すると、苺はわたしに駆け寄って、恥ずかしそうに告げた。


「僕は……余り知られてない種族の――天狗、なんです……翼が生えてるから、不思議だよね
 ても、翼をはためかせても、身体を持ち上げられないから、飛べないんだけどね……」

ぎゅっとわたしの手を握り、早口でわたしに答える苺。

白い髪、白い肌、白い翼、そして対照的な紅い眼は、わたしの心を一瞬で捉え――
可愛らしい表情と、わたしと仲良くしようとする純粋な心は、わたしの気持ちを一瞬で和らげ――
なにより、久々に出会う同年代の女の子ということが――わたしの心を貫いた。

瞿麦
「っ、ふふっ――」

それは気持ちが揺れ動いたからか。
あるいは、母さんも、白髪と紅い眼をしていたから、それを重ねたからなのか。

どちらにせよ、わたしは、苺を見て、思わず笑っていた。

586 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:55:11.080 ID:QFi5KiEY0

「あら――あなた、表情がすごく沈んでいたけれど
 苺のスキンシップで、すこしやわらいだみたいね」

縁さんの口元も、微笑みにゆるんでいた。

791
「あーよかった、ここに連れてきてよかった……
 地理的にも安全で、できるだけ女の子が多くて、頼れる知り合いにも顔が利く――そういう条件で連れてきたんだけど
 少し、あなたが落ち着いたようで――本当によかった」

791さんは、胸を撫で下ろしていた。


「そういえば、きみの名前を聞いていなかったが……」

瞿麦
「な、瞿麦・フェルミです
 ……その、助けてくれて、ありがとうございます」

苺との接触で少し落ち着いたわたしは、そこでようやく挨拶をした。


587 名前:Route:B-10 キャッチ・アット・ア・ストロベリー:2020/11/22(日) 21:56:00.853 ID:QFi5KiEY0

「瞿麦ちゃん、その……よ、よろしくね」

すこし顔を赤らめた苺……その純粋な笑顔に、わたしの心は溶かされるようにも思えた。
恐怖でがちがちに固まり凍り付いた心が、その温かみで解凍されたようにも思えた。

瞿麦
「う、うん……」

だから、わたしは――この【月輪堂】と、別荘での暮らしにスムーズに入ることができたのだ。
あの子に対する後悔と、父さんが死んでしまった――その二点を心に抱えながら……。

…………。

瞿麦
「ふぅ」

わたしは、追想を経て、ため息をついていた。
ああ――わたしは、あの頃と比べれば……真実に向かうために歩んでいる。
だから……必ずユリガミまでたどり着こうと、そう心に刻んだ。

588 名前:SNO:2020/11/22(日) 21:56:48.414 ID:QFi5KiEY0
色々と見えてきたかも。

589 名前:きのこ軍:2020/11/23(月) 16:18:39.688 ID:Yj4cfpNQo
やっぱりお父さんは殺されていたか。
791さんかっこいい。

590 名前:Route:B-11:2020/11/23(月) 21:24:53.582 ID:bu1djGd60
Route:B

                 2013/5/8(Wed)
                   月齢:23.7
                    Chapter11

591 名前:Route:B-11 ストーカー:2020/11/23(月) 21:29:36.033 ID:bu1djGd60
――――――。
あれから、4日経った。本来ならば【月輪堂】で手伝っている時間帯――
とはいえ、向こうの理解もあるからこそわたしはここにいるのだ。

アナウンス
「【会議所】での緊急会議の結果、今日から外出規制が解除される並びとなりました
 テロの可能性などもありますが、自治体の兵士などによる警備の強化が……」

……お昼時を過ぎて、ようやく外に出られるようになった。

どうしようか。今から【会議所】に向かってもいいけれど、十分に調べられる時間が取れるだろうか?
少し悩んで、わたしは結論を下した。【会議所】に行こう。

会議所が有する図書館は、世界有数の大きさだと聞く。
たぶん、一朝一夕未満の、半日では目的の情報にたどり着くのは難しいだろう。

……慣れない場所ということもある。一度行ってみて、感覚をつかみつつ、数日かけて情報に辿り着く。
これが最良の選択だと、思う。

わたしは、【会議所】へ向かうバスに乗るために、ホテルを出た。


592 名前:Route:B-11 ストーカー:2020/11/23(月) 21:31:16.551 ID:bu1djGd60
瞿麦
「なにか…いる…?」

わたしがバス停に向かって歩いていると、なぜか視線を感じた。
……振り向いても、誰もいない。それでも気配を感じるような気がする。

瞿麦
「……まさか、ね」

――まさか、奴が脱走したとして、わたしをそうそう見つけられるだろうか。
……そんなはずはない。いくら【嵐】が【会議所】を標的にしているとしても……。

それでも不安の感情は少しずつあった。試しに、走ってみよう。
……けれど、閉じこもっている間に鈍ったわたしの身体はすぐに音をあげ、息を切らせた……。

瞿麦
「はっ、はっ、はっ、はっ――げほ、げほ、げほっ!」

近くのベンチで、むせ返るわたし。
目の前では、車が走り……通りゆく人々の目は、不思議なものを見るようなもので――なんだか恥ずかしかった。


593 名前:Route:B-11 ストーカー:2020/11/23(月) 21:32:18.010 ID:bu1djGd60
瞿麦
「わたし――なにやっているんだろう」

わたしはがっくりと肩を落とす。
【会議所】に行ってもいないのに、なんでこんなに疲れてるんだろう。

気を取り直して、バス停に向かおうとしたその時……嫌な視線を感じた。

瞿麦
「――え?」

それも――あいつのような、下劣な視線。
振り向いても、何もいない。それでも、視線のようなものは――あるような気がする。

ざっ、ざっ、ざっ――足音が聞こえる。
その方向をちらりと見やる――足早に、男が近づいているような気がする。

呆気にとられる私に近づく男が一人いた。



594 名前:Route:B-11 ストーカー:2020/11/23(月) 21:33:56.183 ID:bu1djGd60
……その顔は――

グローリー
「ヒヒヒ――」

汚く黄ばんだ歯を見せながら、近づいてくる男は――

紛れもなく、あいつだった。

瞿麦
「――!」

わたしは、足早に人ごみの中をかき分け、バス停とは逆の方向へと駆け出した。
逃げなきゃ。逃げなきゃ……あいつから、逃げなきゃ。

わたしは、前も見ず、ただ、適当な曲がり角を見つけては曲がり――適当な横道に逸れ――
気が付くと、どこかの路地裏に迷い込んでいた。

595 名前:Route:B-11 ストーカー:2020/11/23(月) 21:36:28.701 ID:bu1djGd60
瞿麦
「あれ――ここ、どこ――」

地図は持っていたけれど、夢中で逃げ出したからここが何処かなんてわからない。
そもそもこんな人通りの少ない道を彷徨うほうが、危ないのではないか?

焦燥感にかられる。心臓が早鐘を打つようにばくばくと唸りだす。
わたしは、路地裏から抜け出すために、身をかがめてただ走った。

瞿麦
「きゃ!」

前を見ずに走っているうち、わたしは何かにぶつかった。
尻もちをついて、思わず上を見上げると――厳つい顔の男が、わたしを見下ろしていた。


「こいつが――フェルミ家の娘か……?連絡しないと」

瞿麦
「いたっ、やめてっ!はなしてっ!」

そのごつい腕で、わたしの細い腕が掴まれる。
男は……わたしの抵抗など意に介せず、手元の通信機で何かを連絡しようとしていた。


596 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 21:38:59.383 ID:bu1djGd60
――その瞬間、黄金色の流れ星と、遅れて風切り音が耳元を掠った。
同時に、男の持っていた通信機はバラバラに砕け、破片が地面に散らばった。
そして爽やかなシトラスの香りが辺りに散らばってゆく……。


「なんだと?」

困惑する男は、不意の腕の力を抜いた。その機を逃さず、わたしは脱兎のごとく逃げ出す……。


「おい、待てッ!クソガキがッ……」

後ろから聞こえる怒号……地面を蹴り迫り来る足音。
しかし、再び風切り音が聞こえたかと思うと……。


「あがっ――」

再びの風切り音とともに、断末魔と、倒れこむ音……それから遅れて爽やかなシトラスの香り。
振り向くわけにはいかないけれど、先ほどの男がわたしを追いかけている様子はない。

すなわち、これは――ボディーガードが現れた、ということなのだろうか。


597 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 21:42:15.631 ID:bu1djGd60

「待て―このガキがぁ!」

足が棒になるのをこらえて必死に逃げるわたし――。その後ろから、追っ手らしき男たちの声が聞こえた。


「ぐわっ!」


「ぎゃぁっ!」

――しかし、これまた風切り音と断末魔とシトラスの香り。
やはり、これはボディーガードの人が助けてくれているのだろう。

とにかく、どうにか安全な場所まで逃げないと――。

疲れに音をあげそうになる身体に鞭打ちながらひたすら走っていると、じゅっという音が聞こえた。
まるで、虫眼鏡で太陽光を集めて燃やしたような、じゅっという音が聞こえた。

瞿麦
「きゃっ!」

その瞬間、わたしは地面に躓いて転んでしまった。

瞿麦
「いたた……」

擦りむいたりはしていないようだけれど、地面に打ち付けた痛みが腕にあった。
転んだ場所を見ると……アスファルトの地面が、微妙に陥没している……。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

598 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 21:44:20.251 ID:bu1djGd60
グローリー
「瞿麦ちゃあん――さんざん苦労をかけさけてくれたね
 お仲間が、そこそこやられちゃったよ――」

瞿麦
「ひっ!」

――あの時同様の下劣な表情を見せたあいつがそこに……。
当時から比べれば顔は老け、髪も薄くはなっているが、魂自体は、その薄汚い心そのものは変化していなかった。

グローリー
「…あの頃から、ずいぶんと身体が成長しているらしいなぁ、フフフ――
 先生に、見せてみてよ――」

あふれた涎も拭いながら、あいつは迫ってくる。
この本性に昔から気が付いていれば――。

瞿麦
「来ないで!わたしには、ボディーガードがいる」

グローリー
「ほー、なら呼んでみなよ……先生は、ボディーガードだろうと勝てる強さを手に入れたんだよ」

わたしの抵抗の言葉も意に介さず、あいつは手元の懐中電灯をつけたかと思うと、わたしの横の壁を照らした。
その瞬間――凝縮された光がわたしを横切り、じゅっという音とともに、壁に穴を開けた。


599 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 21:47:55.693 ID:bu1djGd60
瞿麦
「えっ――」

突然のことに、わたしはただ呆然とするだけ。

グローリー
「フフフ、人間に当てればどうなるだろうねぇ
 まぁ瞿麦ちゃんにはやらないけどね、ボディーガードとやらには無意味だろうね」

自慢げににやにやと語るあいつの顔は、欲望がにじみ出た醜い本性であふれていた。

瞿麦
「!」

――どうして、こんな魔術を!?あいつはメイジでもなんでもなかったはず……。
わたしの口はからからに乾き、何も言えない――ぱくぱくと、陸に打ち上げられた魚のように口を動かすだけだった。

グローリー
「さぁ、時間をかけちゃったね……久しぶりに続きといこうじゃないか、ハァ、ハァハァ……」

カチャカチャとベルトを降ろす音が聞こえた。

いやっ、やめて――!そう叫ぼうとしても、あまりの恐怖で叫べない。

その時……。
檸檬色の魔法弾が、降り注ぎ、煙がもうもうと立ち込めた。

グローリー
「ん、なんだ!?」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

600 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 21:51:49.209 ID:bu1djGd60
燕虎
「警告する――少女から離れろ」

そこには――燕虎が居た。
燕虎は、漆黒の棍を右手で掴み、あいつの方を見ていた。
……その表情は、長い前髪に隠れて読めない。口調からも感情は読み取れない。

――しかし、あいつへの嫌悪感がある。それだけは、わたしにも理解できた。

グローリー
「なんだ、お前――お前がボディーガードか?」

燕虎
「………」

あいつの質問に、燕虎は何も答えない。
――でも、こんなタイミングで現れたのだから、恐らくは燕虎がそうなのだろう。

グローリー
「無視か――まぁ消えてもらうけど」

余裕綽々にそう言うと――グローリーは懐中電灯を燕虎に向けた。
増幅された光のビームが、燕虎目がけて宙を駆ける。

瞿麦
「ひっ!」

わたしは――その後の光景を想像して、思わず目を瞑ってしまった。
壁に穴を開けるような威力の光を、生き物が受けたらどうなってしまうの!?
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

601 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 22:00:43.213 ID:bu1djGd60
――続けて、じゅっという音と、破壊音が聞こえた。
恐る恐る、目を開くと……。

燕虎
「――あまねく飛道具は我が意思にありけり」

どういうわけか、何事もなく、燕虎はそこに立ったままで――その横の壁に穴が開いていた。
よく見れば右手は少し被弾したようで、わずかに煙が経っていたけれど――負傷というほどの怪我には見えない。

燕虎は――身をかがめながらあいつに向かって走り出し、その速度エネルギーごと棍であいつのどてっ腹を思いっきり突きにかかった!

グローリー
「な、なぜ跳ね返された!?くそ、もう一度だ!」

グローリーは再び燕虎に攻撃するために光を照らした。
だが、今度は燕虎に当たる寸前に、何事もなかったかのように消え去った。

グローリー
「あ?がはっ!」

そして、棍で突かれたあいつは呻き声とともに倒れ伏し、燕虎はわたしとあいつの間に割って入っていた。
それはわずか、数秒の出来事だった――。


602 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 22:05:28.645 ID:bu1djGd60
グローリー
「……うぐ、うぐぐ、なぜ、なぜ効かない……」

吐瀉物をまき散らしながら、あいつは言葉をこぼす。

燕虎
「――すべては魔女の囁くがままに……これで満足?」

返す言葉は氷のように冷たく、周りの気温すらも下げるのではないかと思うほどだった。

燕虎
「……奴から才能を開花されたのだろうが
 超能力を使えるだけでは……強いとはいえない……」

燕虎
「魔術のように、普遍的ではない――
 たった一人だけしか操ることのできない才能だとしても――
 そこに鍛錬を加えないようでは……無意味にすぎない」

グローリー
「グギャッ!」

続けて淡々と言葉を吐き捨てた燕虎は、それだけ言うと、鳩尾に思いっきり棍を振り下ろし、あいつを気絶させた。


603 名前:Route:B-11 レスキュー:2020/11/23(月) 22:08:52.992 ID:bu1djGd60
燕虎
「さて――」

燕虎はわたしに振り向いた。
恐らくはボディーガードだと思うけど、確信はない。

瞿麦
「あ、ありが、とう……ございます……」

固唾を飲みながら、恐る恐る感謝の言葉を述べると――。

瞿麦
「この場からは、さっさと逃げる必要があるだろう
 今の間は、私を信じてほしい――」

瞿麦
「え?きゃっ!」

わたしの言葉になにも返すことなく、燕虎はわたしを抱きかかえて駆け出した。

燕虎
「――あなたの行くべき場所に、私が導く
 その間、あなたは休んでいればいい――」

――淡々とした燕虎の言葉は、僅かながら気遣いを感じ取れるような気がした。
安心。この人は、信頼できる。そう思うと、一気に張り詰めていたものが身体から抜け落ちる。

わたしは、燕虎の腕に揺られながら――いつの間にか、眠りについていて……。

604 名前:Route:B-11 インタラクティブ:2020/11/23(月) 22:10:59.666 ID:bu1djGd60
――――――。

わたしは、夢を見ていた。
それは……苺との初めて暮らした時の記憶でもあった。


「――その、ぼくは、静さんや縁さん、791さんから……
 瞿麦ちゃんと一緒に過ごすよう頼まれたんだ」

瞿麦
「…………うん」


「僕の趣味は、料理かな…【月輪堂】でも、時々料理を作ってたの
 縁さんも料理が上手で……縁さんに教えてもらったんだ」

瞿麦
「………うん」

色々なことがありすぎて、このころのわたしは言葉を発するのも億劫だった。
――あの頃と比べれば、日々が過ぎ去って……わたしの心は軟化したように思える。
けれども、この時期は……わたしは、短く小さな返事を繰り返すだけの機械のようになっていた。


605 名前:Route:B-11 インタラクティブ:2020/11/23(月) 22:11:44.702 ID:bu1djGd60

「ぼくは――天狗、らしいんだけど……
 空を飛べないし、魔術も使えない……静さんと縁さんの話によると、僕は川に流されてたんだって」

瞿麦
「…………そう、なんだ」


「……僕は、物心ついたころから、【月輪堂】でずっと暮らしてきたけれど
 静さんと縁さんから比べると、ずっと歳が違うから……瞿麦ちゃんと会えて、なんだか新鮮なんだ」

瞿麦
「何歳、なの?」

苺は、一方的にわたしにいろいろなことを教えてくれた。
……今思えば、苺も寂しかったのかもしれない。

その時に投げかけた質問――それは心に浮かんだ素朴な疑問でもあった。


606 名前:Route:B-11 インタラクティブ:2020/11/23(月) 22:13:59.108 ID:bu1djGd60

「12歳だよ」

瞿麦
「わたしより、1歳年上なんだ」


「そうだったんだ……ぼくと同じぐらいだね?」

瞿麦
「…そういえば、自分のことを【ぼく】って呼ぶんだね」

苺の純粋な紅い瞳と、やさしい声色で返される答え……
それは、自然と凍り付いたわたしの心を溶かしてくれたのかもしれない。
徐々に、わたしは浮かんだ疑問を苺に投げかけ始めた。


「その、瞿麦ちゃん……へん、かな?」

瞿麦
「ううん……わたしは、いいと思う」


「よかった――静さんや縁さんは、珍しいけれどアイデンティティは失わないで――って、かっこいい言葉を言ってくれたんだけど
 やっぱり……近い年の女の子に言われると、うれしいな」

ぎゅっと、手を握る苺。そのぱあっと明るい表情は、咲き誇る苺のように綺麗だった……と、その時わたしは感じた。


607 名前:Route:B-11 インタラクティブ:2020/11/23(月) 22:15:32.518 ID:bu1djGd60
それから、いつもの暮らしが始まったのだ。
時折あいつの悪夢を見てはいたけれど、それでもどうにか生活できていた。
それは――苺のおかげであることは言うまでもない。

また、静さんや縁さんとも触れ合いも、その理由の一つだと思う。


「別に、男に媚びる必要なんてないんだよ
 自分が好きだと思えるなら、性別も種族も関係なく――その人に好かれるような形を目指せばいいの」

縁さんのほうは、見た目はわたしよりも幼かったけれど、心はずっと大人で……母性を小さい体に収めた、まさに大人の女性といえる人だった。


「……私が子供のころは、教育機関もなかった
 当然、縁も……それでも、鍛冶屋として生きていけるまでなっている
 だから、私たちの背中も見ていてほしい……これぐらいしか、私は言えないかな」

静さんのほうは、不器用でも、しっかりとわたしを気遣ってくれる――まるで父性を纏った、かっこいい人だった。


608 名前:Route:B-11 インタラクティブ:2020/11/23(月) 22:17:33.126 ID:bu1djGd60
791
「瞿麦ちゃん、そのふわふわした髪が可愛らしいねぇ」

瞿麦
「……そ、そうですか?」

791
「私、こんなにかわいい髪形をして街を練り歩きたいなぁ♪」

791さんとも、短い間だけど、一緒に過ごしていた。
その天真爛漫さや、頼れる背中――それは偉大な統治者のように思えた。

791
「私は強いけど――強いだけじゃ面白くないからね、一緒に遊べる友達、腹を割って話せる友達――そういう存在も大事だよ」

瞿麦
「……791さんには、いるんですか?」

791
「うん――今、ここにはいないけれど、私のライバルで、一番の友達がいるよ
 あの子は私と違って、とてもかっこいい子だからね」


609 名前:Route:B-11 インタラクティブ:2020/11/23(月) 22:18:25.135 ID:bu1djGd60
瞿麦
「……わたしにも、そんな子ができるんでしょうか」

791
「苺ちゃんという女の子が、もういるじゃないか」

瞿麦
「あっ――」

791
「もう、友達を超えて、家族として思っていたんだね」

791さんの発言は、的を射ていた。
苺と一緒に、ふたりで過ごすにつれ、関係が深まっていたのだ。
それも、そう言われるまで気が付かないぐらいに。

けれども、791さんはいつの日か、【会議所】へと行ってしまった。
そのころには、私が居なくても安全が保たれる――そういうことを言っていた気がする。


610 名前:Route:B-11 インタラクティブ:2020/11/23(月) 22:19:24.957 ID:bu1djGd60
――はっ。

わたしが目を開けると、ベンチの上だった。
寝ぼけ眼であたりの風景を見る――そこには、燕虎が足を組んで座っていた。

燕虎
「覚醒したか」

瞿麦
「ふぁ、はい……」

思わず、あくびをしようとしてしまい、抑えながら答えるわたし。

瞿麦
「その、いろいろと……ありがとうございます」

そして、ぺこりと頭を下げ、再び感謝の意を伝えた。

燕虎
「………」

燕虎は、わたしの言葉に肯定も否定もせず、無言のままだった。

611 名前:Route:B-11 ライブラリ:2020/11/23(月) 22:21:23.722 ID:bu1djGd60
燕虎
「ここが【会議所】――貴女が向かおうとしていた場所」

わたしがベンチから起き上がると――いつの間にか、【会議所】の敷地内に居た。
本やCTVでも見た光景だけど、実際に見るとなると、その大きさに圧巻される。

城壁は天まで届かんとばかりに積み重なり、中核である城の高さも同等に高い。
この城の中だけで、一つの集落の住民ぐらいは余裕で入れそうなぐらいだ。

燕虎
「今は日付を過ぎる寸前の深夜23時57分……今なら、出歩く兵士も少ない」

ふと空を見上げる……月は、わずかに見えるだけ。
もう少しで新月になるのだろうか。まるで、今のわたしの心を反映させたかのような月にも思えた。

燕虎
「……wiki図書館は、この時間、通常利用――すなわち、図書の貸出は不可能――
 ただし、会議所の兵士ならば、本を読むことは許可されている――」

そして、燕虎は私についてこい――といわんばかりに、指を指し示してわたしを導いた。

瞿麦
「は、はい――」

風景に気を取られたわたしは、焦りながら答えた。
足音すら聞こえない、ぶれのない燕虎の足取り――その後ろを、わたしは幼鳥のように何とかついていった。


612 名前:Route:B-11 ライブラリ:2020/11/23(月) 22:24:32.956 ID:bu1djGd60
燕虎
「あれがwiki図書館……警備員はいない代わりに、専用の魔法陣で警備している
 賊が居れば、一瞬で会議所にそのことが伝わる仕組みになっている――」

wiki図書館は、わたしの目覚めたベンチからすぐだった。

燕虎は……わたしを気遣ってくれている……のだろうか。いろいろと情報を教えてくれた。
それでも、燕虎について何もかもが読めなから、ただ頷くしかできなかった。

燕虎
「――賊と間違わないために、私に掴まっていろ」

燕虎
「はっ!」

瞿麦
「わっ!」

ひょいと、燕虎はわたしを抱きかかえると、一足飛びで図書館の中に入った。
一瞬光がわたしたちに向かったような気がしたけれど――跳ね返っただけで、何も起こりはしなかった。

――夜の図書館は、ランプの明かりだけが灯る、やや不気味な空間だった。
人の気配も、ない。それでも、闇の中から「なにものか」が這い出てきそうな……そんな雰囲気もある。


613 名前:Route:B-11 ライブラリ:2020/11/23(月) 22:24:52.362 ID:bu1djGd60
瞿麦
「……わたしの探す情報は、どのあたりを探せばいいんですか」

……その恐怖が、逆にわたしを落ち着けた。

燕虎
「………」

燕虎は、わたしの質問には答えず……ついてくるように、指でジェスチャーを作った。
誘うような燕虎の足取りは、やはりぶれのない足取り……。

わたしは、燕虎の無言の圧力に、何も答えられないままついていくだけ。
本棚の間を、延々と歩き続けている。
それどころか、同じ場所をぐるぐるとぐるぐると、ずうっと回り続けているような……。

614 名前:Route:B-11 ライブラリ:2020/11/23(月) 22:25:49.122 ID:bu1djGd60
瞿麦
「……あれっ?」

――気が付くと、周りの風景が変わっていた。
地下に降りる螺旋階段の入り口が、目の前にはあった。

後ろは、本棚で挟まれた通路。ここは一体――どこなの?

燕虎は、すでに螺旋階段に足を掛けていた。
わたしは困惑しながらも、すぐにその後に続いた。

615 名前:SNO:2020/11/23(月) 22:26:11.879 ID:bu1djGd60
演出と展開WARSをパクってますね・・・

616 名前:Route:B-12:2020/11/24(火) 20:03:53.670 ID:z8PnalhE0
Route:B

                 2013/5/9(Thu)
                   月齢:28.7
                    Chapter12

617 名前:Route:B-12 ヴァイオレット:2020/11/24(火) 20:06:00.577 ID:z8PnalhE0
螺旋階段は、まるで地獄へ垂らされた蜘蛛の糸のように、底まで続いていた。

こつん――こつん――硬質な音が響く。
かつん――かつん――その階段は、無限に続くようにも思える。

蜷局を巻く大蛇のように……わたしは、その背を伝っている。
あるいは、これは龍の背なのかもしれない。

ともかく――その長い階段を、燕虎は、そしてわたしは下ってゆく。

途中、部屋につながる通路があったけれど――燕虎はそれに目もくれない。
燕虎は、いったいどこへわたしを導こうとしているの?

瞿麦
「あれ……」

――通路に、レポートのようなものが落ちていた。
思わず駆け寄って拾い上げる。内容は――超能力についての考察……著者は、コルヴォ・フェルミーー。

瞿麦
「え――父さんの――」

思わず、わたしはそう呟いていた。
が、燕虎はそれを気にすることなく、下へと降りていく……。
咄嗟にレポートをパーカーの中にしまい、慌てて燕虎に続いて階段を降りる。


618 名前:Route:B-12 ヴァイオレット:2020/11/24(火) 20:06:53.308 ID:z8PnalhE0
こつん――こつん――足音が響く。
金属でできた階段。なのに不思議と足になじんで、疲れを感じさせない。

どれほど歩いただろう。気が付くと、終点までたどり着いていた。
天を見上げる――その天辺は、まるで月のように遠くにあるようにも思えた。

正面には、分厚い鉄板の扉。入り口には魔術で制御した鍵がかかっているらしい。
燕虎が何やら魔術を詠唱すると、すぐにその扉が開いた。
ゴゴゴ――ッ、と重々しい音が鳴り響く。一体、この向こうに何があるのだろう。

燕虎
「……」

中は、エメラルド・グリーンのライトが光っていた。しかし灯りはそれだけで、全体的に暗い部屋。
……しかし、この部屋は外界とは切り離された異質な雰囲気がある。
その感覚は、肌にぴりぴりと響くよう。

瞿麦
「……えっ?」

近くに、服がハンガーで吊られていた。
赤い、ゴスロリ服――それは、まぎれもなく、あの子の……。


619 名前:Route:B-12 ヴァイオレット:2020/11/24(火) 20:08:22.505 ID:z8PnalhE0
瞿麦
「……この服は、なんでここに」

――じわりと、冷や汗が背中を伝った。
それは、生存本能?それても第六感が何かを訴えている?

部屋の奥には、一つのポッドがあった。
燕虎は、それを見下ろしている。

わたしは――そのポッドを、恐る恐る覗く。すると……。

瞿麦
「!」

そこには……澄鴒が、そこに眠っていた。
生まれたままの姿で、胸の上で手を組み――羊水のような液体に沈んで眠っていた。
彼女の横には、諸刃の【剣】が底に沈んでいる……。それはこの世のものとは思えない不気味な感覚があった。


620 名前:Route:B-12 ヴァイオレット:2020/11/24(火) 20:10:55.436 ID:z8PnalhE0
燕虎
「貴女が探し求めるその人物――どうして、彼女を探す必要があるのか――
 それは――眠り姫を目覚めさせるため」

瞿麦
「………」

燕虎の言葉に、わたしは息を呑むだけだった。
ともかく、一つの結論にわたしはたどり着いた。

ユリガミを探す理由――それは、澄鴒を目覚めさせるためだ!
でも――どうしてユリガミが必要なのだろうか――それが分からない。

瞿麦
「……この子を目覚めさせるのには、わたしでは駄目なんですか」

浮かんだ疑問を、わたしは燕虎にぶつけた。

燕虎
「彼女の体の中で、傷がいまだ残っている
 このポッドの中で眠りながら癒してはいるが――
 完全に癒すためには、彼女が必要――」

淡々と、燕虎はその答えを告げた。
――ユリガミは、あの子を目覚めさせる鍵と、いうことか。


621 名前:Route:B-12 ヴァイオレット:2020/11/24(火) 20:12:06.925 ID:z8PnalhE0
燕虎
「……ここに連れてきた理由は、貴女の意思を強くさせるため」

――うすうす感づいてはいたけれど、どうやら燕虎はわたしの事情を把握しているらしい。
燕虎は、何者なんだろうか。同じ髪の色をしていることからすると……
もしかしたら、静さんや縁さんとも関わりがあるのかもしれない。

瞿麦
「それでは、ユリガミは?」

でも、今はそれどころじゃない。
わたしがやるべきこと。それはユリガミを探すことなのだから。

燕虎
「………」

燕虎は、再びついてくるように指を指し、踵を返して部屋を出た。わたしもその後を追いかける。
背後で、ゴゴゴ――ッと扉が閉まる音が聞こえた。
……おそらく、こうやって厳重な仕掛けがあるから、澄鴒の身柄は安全なのだろう……そう納得しながら、わたしは燕虎に続いた。

622 名前:Route:B-12 カメリア:2020/11/24(火) 20:13:20.284 ID:z8PnalhE0
再度、わたしは抱きかかえられて図書館を出たのち、【会議所】の中へと連れられた。

……燕虎は、ひたすら【会議所】の中を歩き続けた。
正面玄関を通り、本部棟の廊下を通り、会議室を横切り――。

とても広い城の中は、静まり返り、わずかな月明りとランプだけが室内を照らす。
不気味で、静寂で、そしてどこか神秘的な――そんな不思議な空間を、わたしは横切った。

……燕虎は、兵士たちの生活区域へと入っていった。
恐らく、燕虎は見つからない工夫をしているだろうけれど……少し不安に思いながら、わたしはその後をついていった。

ぴたり――と、急に燕虎の動きが止まった。

瞿麦
「わ、わわっ」

思わず急ブレーキを踏んだものだから、わたしは躓いて転びそうになる。

燕虎
「……」

燕虎は、その手を、掴んで引き起こしてくれた。


623 名前:Route:B-12 カメリア:2020/11/24(火) 20:14:36.550 ID:z8PnalhE0
瞿麦
「……あ、ありがとう、ございます」

わたしが感謝の意を示しても、燕虎は何も返さなかった。
しかし、部屋の表札に指を指していた。見ろ――ということ?

そこには――「791」と書いてあった。
791さんの部屋?どうしてここにわたしを導いたの?

瞿麦
「あの、どうしてここに」

わたしが質問をしようと振り返ると、すでに燕虎は居なかった。
一体どこに行ってしまったの……?わたし一人で、どうすれば――。

視界の果てには夜の会議所……暗い廊下に、僅かなランプの灯火と星明りだけがある光景が広がっていた。

瞿麦
「……っ」

視界の果てには闇が広がるばかり。……一人で置いて行かれた孤独に不安を覚えた。
しかし、もう引くことなんてできない。わたしは、意を決してドアをノックした。


624 名前:Route:B-12 カメリア:2020/11/24(火) 20:15:37.252 ID:z8PnalhE0
791
「誰?こんな夜中に――」

寝ぼけた様子の791さんが、少し不機嫌そうにドアを開け――。

791
「え?瞿麦ちゃん、どうして……」

わたしの顔を見たとたん、目を丸くして驚いたのも一瞬、すぐに優しげな口調に変わった。
……わたしの表情を見て、何かを察したらしい。

791
「……とりあえず、中に入って
 話を聞くから」

791さんはわたしの背中を押して、部屋に入れてくれた。
部屋の中は綺麗に整頓され、レモンのアロマオイルが漂う素敵な部屋だった。


625 名前:Route:B-12 カメリア:2020/11/24(火) 20:18:15.854 ID:z8PnalhE0
791
「……それにしても、どうしてまた私のところに?
 久しぶりに顔を見にきたってことはないよね?あの場所とここの距離を考えると――
 まぁ、仮にその理由でも、瞿麦ちゃんが色々立ち直ってると解釈はできるけどさ」

瞿麦
「……その、笑わないで聞いてくれますか
 わたし、ユリガミを探しているんです」

悩みながらわたしを見る791さんに、わたしは単刀直入に切り込んだ。

791
「!
 ……どうして、私のところに?」

791さんは、驚いたようにかっと目を開いた。
アメジストのような瞳がわたしを捉える……わたしは、その視線から目を背けずに続けた。

瞿麦
「――ユリガミを探していたら、
 朔燕虎って人がここに導いてくれたんです」

791
「…………」

791さんは、わたしの答えを聞いて腕を組みながら考え事を始めた。
突拍子もないことに思われて、怪しまれているのだろうか。

626 名前:Route:B-12 カメリア:2020/11/24(火) 20:19:23.376 ID:z8PnalhE0
しかし、791はさんはわたしの言葉を信じてくれたらしい。
うんっ、と一回頷くと――。

791
「確かに、私はユリガミの場所を知っている――知ってはいるけれど」

791さんは、思わせぶりに答えた。その表情は、真剣そのものだった。

791
「……どうして、ユリガミを探しているのか、教えて」

わたしの顔面間近に顔を接近させ、彼女は訊いた。
791さんの全身を包む威圧感のようなものが、とても近くにあって、怖い。
それでも――わたしは、目的のために立ち向かう必要がある。だから……。

瞿麦
「妹の、澄鴒を助ける、ためです」

しどろもどろに詰まりながらも、わたしは答えた。


627 名前:Route:B-12 カメリア:2020/11/24(火) 20:22:02.322 ID:z8PnalhE0
791
「……そう、妹ちゃんを」

791さんは、窓の外を見て憧憬に耽りながら、考え込んで……。

791
「なら、私は案内するしかないね
 ――ユリガミの袂に……
 あの時、私は瞿麦ちゃんしか助けられなかったから……」

そう、言い切った。
きっぱりと答えるその姿は、王者のように貴く見え――改めて、魔王と呼ばれるだけはあると思っていた。

瞿麦
「ありがとう、ございます」

ぺこりと頭を下げ、上げたときには791さんの表情は普段の柔和なものに戻っていた。

791
「でも、私は明日……というよりは、今日の日中、用事があるから――今すぐには行けないかな
 ――午後7時ぐらいになるかもだけど、それでもいいかな」

瞿麦
「はい、それでも構いません」


628 名前:Route:B-12 カメリア:2020/11/24(火) 20:26:01.348 ID:z8PnalhE0
791
「わかった――今日は、私の部屋に泊まって
 ――恐らく、そのために……燕虎という人物は、ここに連れてきたんだろうから
 明日も、この部屋の中でずっと居ればいいからね」

瞿麦
「はい」

791
「……しかし、この部屋はベッドが1個しか置いてないから――どうしようかな」

きょろきょろと、791さんは部屋を見渡した。……と思いきや、すぐにわたしに向き直り……。

791
「――ソファーで寝ようかと思ったけど面倒だし、それに女の子同士だし――
 一緒のベッドで寝ようか?」

ばっと、ベッドのシーツを叩いた。別に、信頼のおける人だからいいけれど――それでも、不思議な感覚があった。
わたしにとっては、とても大きく、対等ではない存在と思っていたから――そのどこか子供っぽい発言が、とても不思議だったのだ。

瞿麦
「は、はいっ」

――それでも、わたしは頷いた。
ふかふかのベッドが身体をぴったりと包み込む。

その感覚に沈みながら、わたしは考える。
色々なことがあった……澄鴒との再会。ユリガミを探す目的。そして――謎の人物、燕虎。
そんなことを考えているうち、身体は、自然に微睡んで……。わたしは夢の海へと沈んでいった。


629 名前:Route:B-12 レポート:2020/11/24(火) 20:32:04.366 ID:z8PnalhE0
――――――。

わたしは、夢を見ていた。
それは――苺との生活。平穏で緩慢な死を迎える日常。


「瞿麦ちゃん、手をつないでもいい?」

瞿麦
「うん」

――苺のおかげか、わたしの精神は徐々に明るさを取り戻していった。
相変わらず、悪夢に苦しめられたりはしたけれど、その当時から比べればかなり改善されていた。

それから、苺のスキンシップが少し――深まったような気がする。
わたしのことをどう思っているのだろうか……それは、結局、訊けなかった。

本で、同性愛者についての記述を見たことがある。もしかしたら――とも思った。
でも、苺がそうだったとして、わたしに恋愛感情を抱いていたとして――わたしは嫌なのだろうか。

……いいや、むしろそっちのほうがいいのかもしれない。
苺と過ごす日々はとても平穏で素晴らしいものだった。喧嘩もめったにしない天国のような場所。

630 名前:Route:B-12 レポート:2020/11/24(火) 20:33:11.040 ID:z8PnalhE0
――そう思いながらも、結局わたしは苺に特別なことを言うことはなかった。
それは苺も同じ……告白に近い発言はしていないと思う。

もし、色々な面倒事が片付いたら――わたしは苺に話を切り出したほうがいいのかもしれない……そう感じていた。
かつては平穏を崩すことを恐れていたけれど――
ユリガミを探すために、色々なことに立ち向かうようになって――心境が変化していた。

やがてその思考も記憶の海に溶けていき、いつのまにかわたしは目を覚ましていた。

7
91さんは……すでに部屋を出ていた。
わたしはベッドからのそのそと起き上がる……机の上には、箱に入れられたサンドイッチが置いてあった。
隣には791さんのメモ―― 「おなかがすいたら、食べてね♡ 791より」、と書いてある。

瞿麦
「ありがとう……」

わたしは、本人には届かないけれど、感謝の気持ちを伝えてサンドイッチを食べた。

631 名前:Route:B-12 レポート:2020/11/24(火) 20:35:40.465 ID:z8PnalhE0
……さて、これからどうしよう。
そう思いながらパーカーに触れて、かさかさとした紙の感触があることに気が付いた。

そうだ……そういえば……wiki図書館で拾ったレポートを、うっかり持って帰ってしまったんだ……。

……この部屋を出るわけにもいかない。とりあえず、これを読んで時間を潰そう……と思った。

父さんが書いた論文……超能力についての考察……。
わたしはそれを読み始めた。

『超能力――それは魔術に似た――しかし魔力を伴わない力。
 魔術を操る存在をメイジ、それ以外をファイターと便宜上呼び、今後戦いを行う上での選別に反映させたいが、
 その二つとは異なる存在……エスパーと呼ばれる存在をどうするか……これが今後の課題かもしれない。』

『……魔力を伴わない、魔術といえばいいのだろうか。
 私の友人の姉もまた、超能力を持っているという……』

『今はもうこの手を離れた私の妻――彼女も、もしかしたらそうだったのかもしれない。
 彼女が【力】を使った際、魔力センサーを使ったことがあるが、
 その力に対し、魔力は検知されなかったからだ。』

『……超能力は、まだオカルトめいた、理論もはっきりとしない概念である。
 微弱魔力による影響の可能性も考えられるが、誰でも起こすことのできる可能性のあるきのたけ理論と異なり検証も難しい。
 しかし、きのたけ理論と同じく興味深い現象だ……。』


632 名前:Route:B-12 レポート:2020/11/24(火) 20:39:54.759 ID:z8PnalhE0
瞿麦
「超能力――」

ぽつりと、わたしは呟いた。
……そんな概念は今まで聞いたことはない。
しかし……母さんが不思議な力を使っていたのは確かだった。

その時、母さんについての記憶が、濁流のようにわたしの中を流れ込んだ。母さんがいなくなる前の出来事を……。
ある日――わたしは、転んでけがをした。

瞿麦
「っ、うぇええーーんっ、っ、っ……」

まだそのころは幼かったから、痛みにわたしは泣きじゃくるばかり。

そんなわたしに――母さんは、ケガをした膝にやさしく手を当てた……。


「痛いの、痛いの、飛んでいけ」

すると、その手が傷を負った膝を包むやいなや、まるではじめから怪我がなかったかのようにきれいさっぱり治っていたのだ。

瞿麦
「お母さん、ありがとう」


「――」

わたしが明るく返すと、母もうれしそうに微笑んだ。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

633 名前:Route:B-12 レポート:2020/11/24(火) 20:40:48.385 ID:z8PnalhE0
――そこで、わたしは思い出した。
あいつの光の攻撃――それに対して、燕虎は超能力と言っていなかったか?

燕虎
「魔術のように、普遍的ではない――
 たった一人だけが操ることのできない才能だとしても――
 そこに鍛錬を加えないようでは……無意味にすぎない」

――あいつに吐き捨てたときに、そう言っていた。
……これは何かの宿命とでもいうの?
わたしは……わたしに引き寄せられる因縁に、すこし身体を震わせていた。

634 名前:Route:B-12 インヴァイト:2020/11/24(火) 20:41:16.533 ID:z8PnalhE0
791
「ただいま、瞿麦ちゃんっ♪」

……どうやら、所定の時間になったらしく、791さんが部屋に帰ってくるなり、私の手を握った。

791
「今からユリガミの住処に行くけれど、準備は大丈夫?」

瞿麦
「――あっ、少し待ってください……」

791
「どうしたの?」

瞿麦
「ホテルに、荷物を置いていて――もうユリガミのところに行くのなら、チェックアウトしないと……」

……いろいろなことがあって、すっかり頭の中から追いやられていたけれど、いざ、行く時になって思い出した。
お金は静さん持ちだけど、このまま忘れてしまうと迷惑になってしまう。


635 名前:Route:B-12 インヴァイト:2020/11/24(火) 20:41:49.886 ID:z8PnalhE0
791
「……それって、どこのホテル?」

瞿麦
「たけのこ軍の居住区の――」

791
「ああ、あそこか――なら、私が後で話をつけておこうか?」

瞿麦
「えっ……いいんですか?」

791
「うん、だって多分お金は【月輪堂】持ちでしょ?
 だから、私に任せなさいっ」

胸をぽんと叩いて、自信満々に791さんは答えた。
同時に――わたしの境遇まで読むなんて。
確かに、事情を知っていれば予想できる範囲ではあるけれど、そこまでできるなんて……。

瞿麦
「……お願いします」

わたしは、少し涙ぐみそうになって、それをこらえながらおじぎをした。


636 名前:Route:B-12 インヴァイト:2020/11/24(火) 20:44:05.520 ID:z8PnalhE0
791
「さて、その問題は私が何とかするとして――
 今は夜の19時7分、いい頃合だね――
 瞿麦ちゃんはこっそりここに来たみたいだから、こっそりと出ましょう」

そう言うと791さんは、わたしをローブの中に入れて、抱っこした。

瞿麦
「ふぇ!?」

791
「息苦しいかもしれないけれど、ちょっとだけ……我慢していてね」

瞿麦
「ひゃ、ひゃい……」

わたしは、カンガルーの赤子のように、791さんに連れられて会議所を出た。
どれだけそうしていただろう……わたしは、ローブの中で必死に掴まっていると……。


637 名前:Route:B-12 インヴァイト:2020/11/24(火) 20:45:17.542 ID:z8PnalhE0
791
「はい、息苦しかったでしょう」

瞿麦
「ぷはっ――ふぅ、ふぅ……」

ようやく791さんの懐から出られたわたしは、息苦しさから解放されて……大きく深呼吸をした。

791
「ユリガミの住処は、貴女の住処と同じく僻地にある――知っているのは、限られた者だけ」

わたしを連れ出すときはおどけた態度の791さんは、真剣な表情に変わっていた。
ユリガミを目指す――あの子を助ける――その目的を、791さんは真摯に手伝おうとしている。
だから、わたしも――頑張らないと。

791
「とはいえ――あの長い距離を歩くのは、瞿麦ちゃんではちょっと厳しいかな」

791さんは、わたしを見ながらそう言った。

638 名前:Route:B-12 インヴァイト:2020/11/24(火) 20:49:14.116 ID:z8PnalhE0
瞿麦
「……その通りです」

その言葉は図星。少し落ち込んでいると……

791
「まぁ、大丈夫――私がなんとかするから♪
 落ち込まない、落ち込まない」

そう言いながら、背中をぽんぽんと叩くやいなや、
791さんはわたしを腕に抱き抱え、そのまま地を駆けだした。

瞿麦
「わぁっ?!」

いきなりのことに、素っ頓狂な声をあげるわたし……まるで、燕虎にされた時と一緒だ。
わたしは女で、体重もそう重くはないからできるのかもしれないけれど――。

そういえば――初めて791さんと出会ったとき、【月輪堂】へと向かうときもこうされたっけ。
わたしは懐かしさを覚えながら、流れる景色を目で追っていた。

空を駆け、野を超え、山を潜り――森を抜け――
どれほど時間が経ったのだろう。どこまで移動したのだろう。
もはやそれはどうだっていいかもしれない。

ともかく、一つ言えること――目の前に、屋敷がそびえていた。


639 名前:SNO:2020/11/24(火) 20:50:13.329 ID:z8PnalhE0
魔王様大活躍!

640 名前:きのこ軍:2020/11/24(火) 22:20:56.023 ID:P0MW6/Zko
更新おつ。無口さんの立ち位置が気になりますね。
あと時間おいて真名が出てくるときは一度フリガナふってくれるとうれしいかも。
私はメモってるから知ってるんですけどね。

641 名前:Route:B-13:2020/11/25(水) 21:47:56.460 ID:BmIsXKQc0
Route:B

                 2013/5/10(Fri)
                   月齢:0.1
                    Chapter13

642 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:49:15.972 ID:BmIsXKQc0
791
「よっ――と」

791さんは、丁寧にわたしを地面に下ろした。

791
「あれが――ユリガミの住処」

瓦屋根、木造りの外観。その庭園は自然に溢れ、向こうには花畑も見える。
――それは神の御許に近づく神聖な場所というよりは、なにもかもが平和に過ごす楽園のように見えた。

――空に月はない。完全な朔の夜。
――星が夜空に瞬くだけの闇が広がっている。
その下で、灯りの灯る屋敷は、とても幻想的な風景だった。

……その時、雰囲気に不似合いな携帯電話の音が鳴り響いた。
わたしは電話を持ってきていないから、必然的に、791さん充ての電話だろう。


643 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:50:36.655 ID:BmIsXKQc0
791
「はい、こちら、791……
 魂さん?今、とても大事な用事があるから、手早く……」

791
「はぁ?……それ本当なの?わかったよ……
 ただ……私の用事は、本当に外せないの……それが済んだらでいい?」

791
「うん、うん……それじゃあ」

深刻そうな顔つきで、791さんは電話を終えた。

瞿麦
「そ、その……大変そうなことでも、あったんですか……?
 その、ここにいて大丈夫ですか?」

思わず、わたしは心配になってそう呟いた。

791
「大丈夫――気にしなくていいから
 あなたの身の保障の方が大事だから、安心して」

791
「じゃあ、行こう」

瞿麦
「は、はい」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

644 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:52:07.766 ID:BmIsXKQc0
果たして――ユリガミは本当にわたしを助けてくれるだろうか。
そう思いながら境内に入ると……。

???
「こんばんは――」

瞿麦
「!」

綺麗なハスキーボイスが、わたしの耳に響いた。
――見上げると、右目に大きな刀傷の走った、隻眼の女性が縁側に腰かけていた。

左は黒、右は白に分かれた髪色に、背には翼が生えている。翼の色も、髪の色の分け方と同じ。
――もしかして、苺のように彼女は天狗なのだろうか。
その衣装も時代がかった黒の修験道の衣装だから、その可能性は高い気がする。

791
「……いきなり現れるのはいいけれど、この子、驚いてるよ」

???
「791様……確かに、彼女を驚かせてしまったようですね……申し訳ありません
 貴女のお名前を、申し上げてください――」

791さんの軽口にも丁寧に対応しながら、隻眼の女性はわたしにゆっくりと尋ねた。
その立ち振る舞いはとても凛々しく、かっこいい――と思った。

645 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:54:38.278 ID:BmIsXKQc0
瞿麦
「な、瞿麦……瞿麦=フェルミです」

なんとか、女性の問いに答える。
汗がわたしの身体を流れ、その冷たさを感じる……そうだ、わたしは今、とても、緊張しているのだ。

女性は、翼で羽ばたくことはなく、自分の足でわたしに近付いて、わたしを全身を見ながら何か考え事をしていた。

???
「瞿麦=フェルミ――」

左手はよく見れば、中指から小指まで欠損していた。
……この女性は、どこかで見覚えがある。どこで見たのだろうか。

646 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:54:56.331 ID:BmIsXKQc0
???
「なるほど――
 791様が、彼女を守ったというわけですね」

791
「まぁ、そうなるかな?」

――納得したように、女性は頷く。
791さんの口調だからして、この人は知り合い――。

はっ――そこで気が付く。
この人は、トニトラス・フェラムの秘書だ。なんで、義肢をつけていないのかはわからないが、
その特徴的な隻眼と翼はそうに違いない!

???
「承知しました――貴女は嘘をついていない
 ならば、少なくとも敵ではないでしょう」

――そんなことを思っていると、彼女はわたしのことを信用してくれたらしい。
791さんの協力もあったけれど、門前払いされなくて、よかった。


647 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:56:36.472 ID:BmIsXKQc0
瞿麦
「その――ひとつ、いいですか」

???
「なんでしょう?」

瞿麦
「その……貴女は、ブラックさん、ですよね
 どうしてここに?」

不躾な質問かもしれないけれど、訊かずにはいられなかった。

791
「瞿麦ちゃん、あまり女の子のプライベートには……」

???
「791様、構いません……ブラックは、云わばあの場所での仮初の姿
 わたくしの真名(まな)をお伝えしましょう」

――791さんの言葉を手で制し、淡々と、彼女は答えた。
ブラックという名前に、思い入れが感じられないようにも思えた。

闇美
「わたくしの名前は闇美(ヤミ)――ここで女中のようなことをしている天狗です」

瞿麦
「天狗――」

やはり、彼女は天狗だった。苺と同じ種族だったのだ。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

648 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:57:09.258 ID:BmIsXKQc0
791
「……まぁ、これ以上は深くは追及しないであげて」

瞿麦
「あっ……闇美さん、不躾な質問、ごめんなさい」

闇美
「いいえ――わたくしは、特に気にしていませんから」

窘める791さんの言葉と、それをフォローする闇美さんの言葉。
791さんと闇美さんの間にも、見えない絆があるのだろうか。

闇美
「瞿麦様――貴女はユリガミサマに御用があるのでしょう?」

瞿麦
「は、はいっ」

そこで、話題は本題へと移った。考え事をしていて、呆気に取られてしまったけれど、わたしはなんとか答える……。

791
「………」

791さんは、そんなわたしを見ながら、うんうんと頷いていた。


649 名前:Route:B-13 ハニーサークル:2020/11/25(水) 21:57:51.525 ID:BmIsXKQc0
闇美
「――承知しました
 それでは、わたくしの後をついて来てください――」

くるりとヤミさんは背を向け、屋敷の中に歩き始めた。
慌てて、わたしもついていく。791さんも、マイペース気味に後ろを歩いていた。

――ついに、ユリガミに会えるのか。
どくどくと、心臓が鳴る。口が、乾いたような感覚。汗で体がにじむ。

とても緊張している。
――それは、女神と呼ばれる存在に会うから?
それとも、自分の過去に向き合い、変える切っ掛けがきたから?

そんなことを思いながら、わたしたちは屋敷の中へと入った……。

650 名前:Route:B-13 ニァラー・マイ・ゴッデス・トゥ・ジィ:2020/11/25(水) 21:59:24.613 ID:BmIsXKQc0
……屋敷の中は、木でできた廊下が縁側に設けられていた。
部屋の敷居としては障子が使われて、部屋の中に置かれたものの影が見える。

闇美さんは、導くようにわたしの前を歩いていた。
無限に続くような廊下を、ヤミさんの白黒の羽に誘われながら、わたしは進んでゆく……。その後を、791さんが続く形だ。

不意に、闇美さんが立ち止まり、こちらへと振り向いた。

闇美
「――女神の御許に近付かんとする覚悟は、ありますか」

闇美
「貴女の望みを叶えられるかは、確約はできない――それでも、構いませんか」

瞿麦
「……はい!」

――脅すような闇美さんの口調。でも、力強く頷くことができた。

闇美
「――立ち向かう覚悟は見えるようですね」

791
「当たり前だよ、瞿麦ちゃんは前へ向かうために頑張ってるからね」

闇美
「なるほど」

791さんの元気いっぱいのフォローに、
闇美さんは、淡々とそれだけ言って、再び歩き始めた。

651 名前:Route:B-13 ニァラー・マイ・ゴッデス・トゥ・ジィ:2020/11/25(水) 22:00:40.060 ID:BmIsXKQc0
闇美
「――ひとつ、おとぎ話をしましょう」

――しばらく歩いたのち、歩きながら闇美さんはひとつの話を語ってくれた。

――昔、傷ついた人魚を助けた若者が居た。
その人魚は、お礼に人魚の住処へと案内をし、若者はもてなしを受け、人魚と恋仲になった。

――しばらく経って、若者はふと、地上が恋しくなった。
けれども人魚はそれを良しとはしなかった。

議論の末、最終的には、若者が地上に戻ることになったが――その時、ひとつの宝物を手渡された。
ひもで縛られた宝箱。決しては開けてはいけないと忠告された宝箱を――。

かくして、若者は地上に戻ったが、見知った人物は居なかった。
近くの人間に訊ねても、若者を知るものは居ない。

若者が人魚と過ごした間に、時は驚くほど過ぎ去り家も、風土も、伝統も――すべて過去の遺物としてしまったのだ。
絶望に打ちひしがれた若者は、やけになってその箱を開けると――若者は急激に老衰してしまった。


652 名前:Route:B-13 ニァラー・マイ・ゴッデス・トゥ・ジィ:2020/11/25(水) 22:01:47.052 ID:BmIsXKQc0
――それは、訊いたことのあるおとぎ話だった。
いったいどこで――そうだ、母さんから聞いた。内容は違う点もある気がするけど……今すぐに思い出すことまではできない。
まぁ、おとぎ話だから、そういうものなのだろうけれど。

瞿麦
「その――どうして、そんな話を?」

――でも、突然のことにわたしは戸惑った。
闇美さんは、わたしに何かを伝えたいのだろうか?それでも、その意図が分からない。

闇美
「――貴女がユリガミサマと接触することで、世界が変わるかもしれないでしょう
 見える景色も時間も、変わるやもしれません」

わたしは、忠告する闇美さんの話に、固唾を飲みつつ集中した。


653 名前:Route:B-13 ニァラー・マイ・ゴッデス・トゥ・ジィ:2020/11/25(水) 22:03:31.313 ID:BmIsXKQc0
闇美
「――それでも、かの若者のように、絶望して、癇癪を起してはいけない
 自分が自分で在り続けることを、意識してください」

――自分が自分で在り続ける。コギトエルゴスム。我思う、ゆえに我あり……。
自分の意思で、ユリガミまでたどり着けたけれど、これからも、わたしは前へ向けるのかな?
不安で、少し緊張して、手に汗が滲む。……その時、791さんが、ぽん、と肩に手を置いた。

791
「まぁ、ユリガミって不老不死って言われてるからね〜
 既存の概念で捉えられない部分もあるんだよねぇ
 だから、よくわからないことがあっても、惑わずに行こうってことでいいよね?闇美?」

闇美
「――そうですね」

791さんの意訳は、合っているかわからないけれど――
闇美さんがわたしへ伝えた言葉は、闇美さんなりの激励の言葉なのかもしれない。

瞿麦
「はい、がんばります――」

わたしは、ふたりに改めて意思表示をした。


654 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:04:59.878 ID:BmIsXKQc0
―――――。
どれだけ、歩いたのだろう。
どれだけ、時間が経ったのだろう――。

不意に、風が外でざわめいた。
――同時に、さわやかな花の香りと、心地よい草の揺れる音。
それが、わたしの心を何故だか落着けてくれる。

瞿麦
「……あれ?」

気が付くと、闇美さんと791さんは消えていた。

瞿麦
「あれっ、791さん?闇美さん?どこに――?」

不思議に思い、横に首を振るけれど、まるで、最初から人っ子一人いなかったかのように、あたりは静寂に包まれていた。

655 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:09:27.546 ID:BmIsXKQc0
瞿麦
「………ひとりぼっちか」

思わず、一人ごちる。


瞿麦
「ううん、大丈夫、大丈夫なんだ」

少し不穏な気持ちが心をよぎったけれど、強引にそれを振り払おうと、首を振った。

――よし、行ける。大丈夫。突然の事態があっても、わたしには進む意思が消えていないじゃないか。
わたしは意を決してとにかく前へと進んだ……。

前後ともに、無限に続く廊下。まるで夢幻の世界のようにも思える。

――しばらく、わたしは歩いていた。
ふと脇に目をやると、一歩先の部屋の障子がわずかに開いていた。

……ここに、入れということ?
明らかにその場所はわたしを誘っている。
ならば、そこに行ってみよう。わたしは障子を引き、部屋に入った。

656 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:11:21.474 ID:BmIsXKQc0
――そこには、シンプルな木造りの祭壇があった。
その上には白い【勾玉】があった。真珠のように美しさに目を奪われそうになるけれど、どことなく白骨のような薄気味悪さも感じる。
その横には太刀――百合の花びらの飾りを鞘と柄に施した、恐らくは素晴らしい鍛冶師が作ったであろう得物が置かれていた。

瞿麦
「?!」

瞬間――わたしの目の前には目を閉じた女性の姿があった。
しかしその姿は半透明だった――幽霊なのか、あるいは映し出された像なのか……。
闇美さんが言っていた、世界が変わるという言葉――それはこのことを示唆していたのかもしれない。

その女性は、整った顔立ちと、長い睫と、腰ほどある黒い髪が重なり合い、芸術品のように美しかった。


657 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:13:02.709 ID:BmIsXKQc0
そしてこの女性にはわたしは見覚えがあった。
そうだ――この女性は――

わたしの中で――様々な記憶の景色が流れては消えてゆく。
あいつに追い詰められたわたしに――家族に何も言えなかったわたしに手を差し伸べてくれたひと――。

おねえさま。――おねえさまが、そこに佇んでいた。

父さんにも、兄さんにも、顔見知りの大人にも……、わたしは「助けて」の一言が言えなかった。
それほどまでに、絶望で視界が狭まったのわたしを、おねえさまは救い上げてくれた。
おねえさまは、あいつに襲われかけたわたしの下に現れて、助けてくれた。

――おねえさまが、わたしの探すべき存在――ユリガミだったのだ。
何も知らなかったあのときのわたしが、おねえさまと感じたのは……女神そのものだったからなの?


658 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:15:25.299 ID:BmIsXKQc0
おねえさまの身体の周りは、白い靄で満ちていた。その靄がおねえさまを投影しているようにも思えた。
この現象は、科学や魔術の見地では説明のつかない、超越的な現象なのかもしれない。
最も、わたしにとって、もはやそれはどうでもいいことだった。

瞿麦
「おねえさま――」

――感慨に耽るわたしは、思わず声に出してそう言っていた。
わたしにとって、彼女は――ユリガミは――まさに、頼れるおねえさまだったから。

おねえさま
「――――」

わたしが話しかけると、おねえさまは目を開けた。
ふたつの漆黒の瞳は、あの時見たように、吸い込まれそうなほどに綺麗だった。

おねえさま
「――貴女は、かつて公園で出会った……あの子ね」

瞿麦
「……っ」

感慨深そうに語るおねえさま……わたしのことを覚えてくれていたのだ。

――神々しさを覚える雰囲気に、わたしは畏怖の感情に包まれる。
でもそれは、おねえさまのことを女神と認識したからだ。
声色は、あの時と変わりなく、やさしいまま。わたしが勝手に畏怖しているだけだ。

659 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:17:54.124 ID:BmIsXKQc0
わたしは、嬉しさに、涙ぐみそうになる。

おねえさま
「それで、どうしてここに――」

おねえさまの言葉で、はっとする。そうじゃない。
わたしが来たのは、再開の感動を分かち合うためではない。――わたしは言わなくてはいけない言葉がある!

瞿麦
「お願いします――わたしの妹を、助けてください」

ぎゅっと、拳を握りながら……どきどきする鼓動を噛み締めて耐えながら……わたしは、おねえさまに言葉を告げた。

おねえさま
「……貴女の、妹を……?」

感情を読み取れないおねえさまの声――まるで、彫像が言葉を発するかのように、氷のように冷え切った声。
それは、困惑しているからなのか、あるいは――興味がないのかはわからない。

――それでも、わたしはこのことを伝えなくてはいけない。
それこそが、わたしが前に進むために必要なことだから。

660 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:19:10.616 ID:BmIsXKQc0
瞿麦
「わたしは、大切な妹と喧嘩をして――謝ることが出来ないまま、離ればなれになってしまいました
 そして、その妹を助けるためには――おねえさまが――必要――なんです」

勇気を振り絞って――こらえきれずに、少し涙を流してしまっても、構わず……。

瞿麦
「……わたしは、妹に……謝りたいんです
 妹は、静かに復活の刻を待ちながら眠り続けていて、その眠りを覚ますのはおねえさまが必要なんです――」

おねえさま
「…………」

必死で感情をぶつけるわたしを見たおねえさまの表情は、複雑そうな顔つきに変わった。
わたしの悔恨の気持ちが、おねえさまの心を揺さぶったのだろうか?

瞿麦
「わたしの、妹を救い出すために、どうか――おねえさ――ユリガミサマの、力を、貸してください」

ぎゅっと両手を重ね、おねえさま――ユリガミサマに跪いて願いを伝えた。
声は涙で詰まり、たどたどしくなる。それでも――わたしはユリガミサマに伝えなくてはいけない。
ぽたり――と涙が畳の上に落ちる。ぷるぷると身体が震える。気持ちが伝わったか、不安になる。


661 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:21:35.800 ID:BmIsXKQc0
わたしは、ゆっくりと顔をあげてみる……。
すると、ユリガミサマは慈しみの表情でわたしを見ていた。

ユリガミ
「――貴女は、ここまで来ることを選んだ
 いろいろな人との協力もあったかもしれない――それでも、最終的にここへ来る決断をしたのは貴女」

続けて、ユリガミサマは、ゆっくりとつぶやき始めた。

瞿麦
「えっ……」

ユリガミ
「貴女は――明確な意思を持って、前に歩き出した素敵な乙女ね
 ――あの時から、紆余曲折はあったかもしれない
 それでも――己を、意思を取り戻すことができたのね」

その表情は――あの時のおねえさまと同じ頼れる表情だった。

ユリガミ
「わたしのように――大切な人を斬り、挙句の果てに眠り続ける羽目になったわたしとは違う――」

そこで、自嘲するように、ユリガミサマは顔を落とした。


662 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:22:43.687 ID:BmIsXKQc0
ユリガミ
「贖罪のためにも――目覚めのためにも――
 貴女がやり直すためにここまで訪れる意思を汲み取らなければいけない」

ユリガミ
「……貴女の願いを受け容れましょう――貴女の後悔を乗り越える助けになるために」

その姿からは、記憶の中に、わずかだけ残っている母のような信頼感を覚えた。

瞿麦
「……お願いします」

ユリガミ
「しかし――わたしはこの身体を目覚めさせるには――鍵がいる」

鍵――?
呆然とするわたしに、ユリガミサマは言った。

ユリガミ
「――わたしの身体は、眠ってもなお回復しない……だから――貴女の力を貸してほしい」

瞿麦
「あ――」

ユリガミサマは、――白く、細く、長い指を伸ばした綺麗な手をわたしに差し出した。


663 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:24:59.834 ID:BmIsXKQc0
その手がわたしに重なると同時に、ユリガミサマの身体の周りの白い靄は、
わたしを包み込んで纏い始めて――わたしの心が、ふわふわとしたあいまいな感覚になる。

そのあやふやな感覚の中で、ああ――そうか――と思う。
存在しないまやかしのように思えた希望――
それは、わたしに包まれた――あるいは、わたしが包んだ絶望で見えなかったのだと。

絶望は、確かに存在する概念だ。
でも、わたしは絶望だけが世界に存在するかのように思っていた。

……それは誤りだった。希望は、個々人が思わなければ生まれない。とても当たり前の概念だった。
今までのわたしは、希望から目をそらしていた。

けれども、兄からの手紙を切っ掛けに、
希望を求めるために、見えない絶望を振り払い――前へ進んで――
そして今、希望たる――ユリガミサマ――おねえさま――に辿り着くことが出来たのだ。


664 名前:Route:B-13 テオファニー:2020/11/25(水) 22:27:51.848 ID:BmIsXKQc0
瞿麦
「はい―――」

わたしは、ユリガミサマの手を強く握った。
感触はない。それでも……手と手は重なり合っていた。

今、心もユリガミサマとつながっているはずだ。
……ユリガミサマに、すべてを託そう。

そして、その果てに――わたしは澄鴒を――。

――わたしは、目を瞑って、手の感覚に集中しながら……
意識の奥へと、深層へと向かった……。

665 名前:Route:B Ending:2020/11/25(水) 22:30:35.709 ID:BmIsXKQc0
――Revealed the high priestess card.

But This story hasn't finished yet.
Haven't reached the truth.
Go ahead the another Route.

          ―――Route:B Fin.

666 名前:SNO:2020/11/25(水) 22:31:07.507 ID:BmIsXKQc0
なんか一気に投下した感あったけけどRoute:B、完。

667 名前:SNO TIPS:2020/11/25(水) 22:40:00.155 ID:BmIsXKQc0
瞿麦=フェルミ
Route:B 主人公。
異常性愛者であるグローリー・カヴルのセクハラを受けた被害者の一人。
絶望の悪夢を見ながら、かりそめの平穏を過ごしていた少女。
――しかし、兄であるアイローネ・フェルミの手紙によって、彼女の心は変わることとなる。

苺たちの、一般的な16歳の少女の生活とは異なる暮らしをしているため、
意外かもしれないが、地頭もよく、運動神経もいいため、
順当に学校に通っていれば、文武両道の美少女として、あこがれの的になっていたかもしれない。

――とはいえ、それはもしもの話。
これから、向かうべきものに立ち向かった彼女の行く末は、少なくとも絶望ではないだろう。

668 名前:きのこ軍:2020/11/26(木) 22:28:51.329 ID:INEErJ/Qo
いいひきですね。感慨に浸りました。

669 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/12/05(土) 22:32:19.718 ID:Zyvl.xYI0

The end of all flesh has come before me,
for the earth is filled with violence through them.
Behold, I will destroy them with the earth.
                                            ――Genesis 6:13

670 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/12/05(土) 22:33:30.607 ID:Zyvl.xYI0
月と太陽が入れ替わる狭間――
それは、ありとあらゆるものの境目でもある――。

純白の布の上に置かれた水晶玉。何もかもを透通す水晶の球体。
その中に浮かぶ世界は、空を舞う雲のように絶え間なく動いていた。
すべてが、なにものかの意思に導かれるように……。

……その存在の名は分からない。
科学や魔術などの知恵に秀でた人間なのか――
身体能力の高いオーガなのか――
魔術に秀でたエルフや魔族なのか――
あるいは、語られることも少ない少数種族か――
それとも、知性を持たないと言われる獣か――
もしかしたら、神か悪魔といった、超常的な存在なのかもしれない。

いずれにせよ、どのような存在であろうと――われわれは立ち向かわなくてもいけない。
世界の流れは止まる事はなく、常に前へと進んでいるのだから……。

世界は、すべてが陰陽に支配されている。
互いが絡み合うことで構成される――逆に言えば、互いが分離したままの世界はありえないのだ。

絡み合う陰陽の中で――流動する景色。
うねる世界の渦の中で……ふいに人物の影が見えた。
渦をかき分けるたび、その人物の影は鮮明になってくる。

まるで、その人物が始点となるかのように――渦巻く景色が、その人物の視点へと移っていく。

……ふと、水晶玉の手元にタロットカードがあるのが見えた。
なにか因縁めいたものを覚え、22枚のカードの山を崩してシャッフルし……カードを1枚引いた。
カードを表に返すと同時に、水晶玉の中の人物がはっきりと映し出された。

671 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/12/05(土) 22:33:44.281 ID:Zyvl.xYI0
その人物とは――

672 名前:Route:C:2020/12/05(土) 22:34:53.073 ID:Zyvl.xYI0
――絶望に立ち向かう黒髪の女性だった。


673 名前:Route:C-0:2020/12/05(土) 22:35:05.801 ID:Zyvl.xYI0
Route:C


                   Chapter0


674 名前:Route:C-0 つくよみの かなたに:2020/12/05(土) 22:40:53.441 ID:Zyvl.xYI0
……わたしは、現を見ていた。

天空には月が浮かんでいた。
天に浮かぶ月――太陰は、金色の光を照らしている。

――昔話の一説には、こうある。
月の都の人は、とても清らかで美しく、老いることもなく――物思いに耽ることもない、と。

だが、それは……月を夢見る人々の記した言葉だ。
月に都があるかなんて、月に民がいるなんて、示すことなんてできないだろう。
それでも、不死の国という幻想は、かつてより人間を魅了していた。

――人間には寿命がある。ほかの種族にも、長さの差異はあれど、最期が存在する。
いずれ来る死に怯えるからこそ、そういった伝説に思いを馳せ、あるいは乗り越える方法を探そうとする。


675 名前:Route:C-0 つくよみの かなたに:2020/12/05(土) 22:44:47.100 ID:Zyvl.xYI0
それでも――。

それでも、わたしの見る月は、永遠と沈むことなく天空に浮かんでいた。
夜にしか姿を見せぬ天空の鈴は、今や――永遠のものとなったのだ。

わたしの周りで、白百合の花びらが舞った。
それはまるで雪のようにとても綺麗で、世界にそよいでいる。

この世界こそが、わたしのたどり着くべき場所――。
わたしの心が望んだ世界そのもの――。

世界を見渡せば、幸せそうに歩く女性たちが見える。
友人として――あるいは恋人として――。

それはとても素敵な世界だった。

それにしても、わたしは、どうしてここに居るのだろう?
思い出すことはできない。

わたしの中には、過去の記憶がなかった。

676 名前:Route:C-0 つくよみの かなたに:2020/12/05(土) 22:49:09.039 ID:Zyvl.xYI0
それでも。
それでも――。
この世界がわたしにとって、心地よい世界であることはわかる。

???
「―――」

ふと、わたしの中に――何かがよぎる感覚があった。
一体どうしてだろうか……。
焦燥感に駆られる。何かをわたしは忘れているような気がする。

――その何かは……何だっただろうか。

世界の中心で、わたしは祈るように目を瞑って……。

677 名前:Route:C:2020/12/05(土) 22:50:29.091 ID:Zyvl.xYI0
Route:C始動。

678 名前:きのこ軍:2020/12/05(土) 22:53:34.148 ID:I0oyd7coo
更新おつついにきましたね

679 名前:Route:C-1:2020/12/06(日) 14:31:17.527 ID:XDLbaKnA0
Route:C


                   Chapter1


680 名前:Route:C-1 くれなひの もちづき:2020/12/06(日) 14:32:09.377 ID:XDLbaKnA0
――――。

変わらず、空には満月が輝いていた。
月光に照らされながら、どこかの中庭でわたしは立ち尽くしていた。

ぼうっと……わたしは、与えられた情報を飲み込んでいた。
ここは……いったい……?

片手には、姫百合の飾りで彩られた一振りの太刀。
その鈍い光を放つ刃は、紅色の生命の水で濡れ、ぽたぽたと雫を垂らしていた。
いや、刃だけではない……わたしの着る白衣も紅く染まっていた。

わたしの着ている巫女装束は、腰まで伸びた黒髪と共に、風に揺られて靡いた。


681 名前:Route:C-1 くれなひの もちづき:2020/12/06(日) 14:33:14.041 ID:XDLbaKnA0
同時に、わたしの中に五感が入り込む感覚があった。
――情報を、視て、嗅いで、味わって、聴いて、触れることができるようになった。

……まずは、身体と太刀に紅い液体を浴びていることがわかった。
その金気臭い匂いが、わたしの鼻をつんと刺激した。

焦燥感に駆られ――わたしはすぐに足元に目をやった。
その目線の先には、ひとりの少女が目を閉じて倒れていた。

地面に広がるふわりとした金色の髪と、赤を基調とした、これまたふわりとした衣装。

――この子は……いったい……。


682 名前:Route:C-1 くれなひの もちづき:2020/12/06(日) 14:37:56.018 ID:XDLbaKnA0
その少女の胸には、黒い瘴気がぐるぐると蠢いていた。
蠢く瘴気の下では、紅色の液体がだらだらと流れ出ている。
地面には漆黒の【剣】が突き刺さっていた。

――少女は既にこと切れていた。
わたしは、紅に濡れた太刀を不意に地面に落とし、彼女をゆっくりと抱き寄せた。

わたし
「…………」

わたしは無言で少女を抱き寄せ、うなだれていた。
……垂れた私の髪は少女を覆い隠す。

それでも、なお……この子が誰かは、わからない。



683 名前:Route:C-1 くれなひの もちづき:2020/12/06(日) 14:39:43.393 ID:XDLbaKnA0
それでも――わたしの中では、ひとつの結論があった。
涙腺から流れる涙が少女の衣装を濡らし、染みをつくる。

わたし
「ごめんね、ごめんね―――――」

わたしは、拭うこともなく、少女のために、涙を涸れるまで流し続けた。

顔を上げた表情は、喜怒哀楽すべてを失った虚無に包まれていることだろう。
もう、わたしの中に――希望は存在しないのだから。

その時――わたしの中に、一つの記憶が泡を立てて引き出される。
この子は、わたしにとって希望でもあった。

だが、それは一振りの太刀によって――自らの手により失われてしまったのだ、と。


684 名前:Route:C-1 くれなひの もちづき:2020/12/06(日) 14:41:07.857 ID:XDLbaKnA0
わたしの心からは、光が失われていくように思えた。闇がわたしの心の中を蝕んでゆく……。

ややあって、わたしは己の心臓に太刀の刃を突き刺した。

わたし
「げぼっ――かはっ――」

紅の花が地面や服を染め――わたしは苦悶の表情に顔を歪める。
…自刃で己の身に始末をつけるために、肋骨の間に刃を滑らせて、肉を突き刺し、心臓をえぐった。

が、どうしても――どれだけ急所を傷つけても、意識が薄れない。

わたし
「どうして――
 どうして、死なないの――」

ひどく熱い感覚が胸にある。息苦しさがある。視界は紅に染まる。
それなのに……わたしの身体は、崩れ落ちない。
痛みはあれど、決定的な――致命的な部分が残っている。


685 名前:Route:C-1 くれなひの もちづき:2020/12/06(日) 14:41:47.937 ID:XDLbaKnA0
わたし
「どうして、死ねないの?」

そして――深く突き刺したはずの太刀は、血に濡れた刀身を晒して地面に投げ出された。

わたしの心は絶望で満ち始めて、それを反映するように、空に浮かぶ月も闇に蝕まれ始め……

やがて、月は紅く染まった。

同時に――わたしの首に掛けられた白い【勾玉】が、どろりとした黒い光を生み出したように――思えた。

わたし
「――――――」

わたしは、ぐっと【勾玉】を握り、わたしの中に在る意識を世界全てに溶け込ませた。
逃げ出すため?それとも……

――感覚は、あやふやで、わたしが今ここに存在しているのかどうかも分からない。


686 名前:Route:C-1 くれなひの もちづき:2020/12/06(日) 14:42:09.724 ID:XDLbaKnA0
同時に、わたしを中心として白い花びらと黒い瘴気が生まれた。
花びらは、ふわりと瘴気によって辺りを漂い、わたしの意思通りに遥か遠く、地平の向こうまで舞い散った。
紅い月は、まるでわたしの意思に呼応するかのように、永遠に空で輝いていた。

その光景を、わたしは幾度も見たような気がする……。

だが、それに想いを馳せる前に――
白百合の花吹雪がすべてを包むとともに――


                     世 界 は 在 り 方 を 変 え た 。




687 名前:SNO:2020/12/06(日) 14:42:32.626 ID:XDLbaKnA0
これはもしや・・・誰かが求めていた展開かぁ・・・?

688 名前:きのこ軍:2020/12/06(日) 18:17:01.608 ID:0hn0GjB2o
予想していた展開と違うな。
ちなみに私の好きなエンドはメリーバッドエンドだからな。ただのバッドとは違う。

689 名前:Route:C-2:2020/12/06(日) 19:35:31.632 ID:XDLbaKnA0
Route:C


                   Chapter2

690 名前:Route:C-2 げっかの をとめ:2020/12/06(日) 19:39:47.799 ID:XDLbaKnA0
――――。

わたしの目の前の景色は、満月でもなければ、血に塗れた紅い月でもなく――わずかに欠けた月だった。

月が欠けるほどに、時が経っていたようだ……。
その間の記憶はわたしにはないけれど……。

それどころか、あの子の亡骸も、傷つけた己の傷も、返り血も――
まるで初めから存在してなかったかのように、綺麗さっぱりなくなっていた。

抜いた太刀はいつの間にか、鞘に納められ、
白い【勾玉】は何事もなくわたしの首元に収まっている。


691 名前:Route:C-2 げっかの をとめ:2020/12/06(日) 19:41:08.174 ID:XDLbaKnA0
わたし
「……っ」

それでも、ひどい倦怠感は全身を覆い尽くしていた。
それは、単に肉体的なものではなく、精神的な重圧によるものも合わさっている。その理由は――

わたし
「――あの子をこの手で斬ったから……」

両手を見ても、そこには赤い花の散らない白い手があるだけ。
まるであれが夢幻の光景でもあったかのように、血の匂いのひとかけらすらもない。
斬ったのは確かなのに、その手ごたえすらも思い出せない……。

顔を上げると、遥か遠くにそびえる城があった。
後ろにそびえる岩山と同じぐらいの高さの城壁。
囲う面積は、あまたの人間を収容できるほどに広い。

それを見て、わたしの中に電流が走った。


692 名前:Route:C-2 げっかの をとめ:2020/12/06(日) 19:46:13.739 ID:XDLbaKnA0
わたし
「……確か、あの場所は、わたしの向かうべき場所だったはず」

頭を押さえながら、呟く。
確証はないが、なぜだかそうなのだと確信を持つことができた。
記憶の海の中にその答えがあるのか……あるいは、直感によるものかは分からない。

だが、その理由はどうしても思い出すことが出来ない。
思い出そうとすると、頭ががんがんと痛みだし、思考すらも出来なくなるからだ。
いや、城へ向かう理由だけではない。わたしに関する情報は、名前すらも全く思い出すことが出来ない――。

しかし、どうにか――今の季節だけは知りうることができた。
今は、春あたりだろう。辺りに咲く花は撫子。
それに、空にはばたく紋白蝶も、その紋様が薄い――夏ではない。

手元に確認できるものはないけれども、それはわたしの中に刻み込まれた経験則でもあった。

もっとも、あの子の名前を……
わたしが斬ったあの子の名前を……思い出すことはできない。

693 名前:Route:C-2 げっかの をとめ:2020/12/06(日) 19:49:06.927 ID:XDLbaKnA0
思い出そうとするたびに、頭痛が蝕み、思考を鈍くさせてしまう。

わたし
「………わたしは、どうしてあの子を殺さなければならなかったのか………
 その理由を探すことが、わたしのやるべきこと――そう思えてくる」

わたしは、頭痛を強引に耐えながら、遥か向こうの城を見据えた。
――あの場所へ向かうこと。
それがすべてを失ったわたしに、唯一残された目的だから。

わたし
「そのためならば、わたしは死すら厭わないだろう
 ――あの時死ぬことが出来なかったのは、このためかもしれない」

言い聞かせるように、呟いた。
今、目の前に在ることを――それだけに注力すれば、いい。
――欠落している記憶のことは、そのあと考えればいい。

わたし
「そのためならば、絶望が待ち受けていてもわたしは向かうだろう」

わたしの瞳に宿る光は、不死の月のように尽きることなく輝いていた。
決意を胸に、城への方向へと足を進め……。

694 名前:SNO:2020/12/06(日) 19:49:51.939 ID:XDLbaKnA0
これは秘密だけどはじめは和歌から引用しようかなーと思ってたけど探すのがめんどうなのでやめたらしい。

695 名前:きのこ軍:2020/12/06(日) 22:45:21.207 ID:r33lW6Owo
こうしんおつ

696 名前:Route:C-3:2020/12/09(水) 23:10:55.013 ID:5/Kb0Hqo0
Route:C


                   Chapter3

697 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:15:19.497 ID:5/Kb0Hqo0
――――――。

???
「フフフ……
 ユリガミが、現れたか――」

わたしの前に、突然、男が現れ、わたしに話しかけた。
――いや、現れたというよりは……男の居る場所に、わたしが現れたという方が正しいだろうか。

身長はゆうに六尺六寸を越えている。その分厚い唇と、スキンヘッド……そして、針のように細い目。
眼球が黒く、その目は青白く――わたしはその特徴な眼を知っているようで、頭のどこかで何かが引っかかる感触があった。

――しかし、それは思い出せない。
月明かりに照らされる男の表情は鬼か、悪魔か、あるいは――魑魅魍魎といったところか。
その巨躯も相まって、わたしはひどくちっぽけな存在にも思える。


698 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:22:12.249 ID:5/Kb0Hqo0
……それはそうと、ユリガミとわたしの名前を呼んだ?わたしの名前がそうなの?

わたし
「……わたしは、ユリガミ」

確認するように、繰り返す。

???
「おや、あなた……記憶でも失っているんですか?
 まぁ、そうであろうと……
 確かに……確かに、貴女は間違いなく、私の知るユリガミだ――」

男は、わたしの全身を見てから頷いた。
わたしの名前はユリガミらしい。
……百合神……?わたしは祀られる存在ということ……?

???
「――いやはや、貴女がこうしてここに居ることは、私としてはうれしいですね
 貴女の【力】を知っているから……なおのこと……」

???
「一時はどうなるかと思いましたが……
 貴女に恐れをなす兵士は数知れず……もはや戦う気をなくす者もいる……
 ……私の目的は、果たせそうですね」

飄々と語る男は、一見無防備のようで、油断も隙もなく構えを取っていた。

――恐らくは、達人と呼ばれる類の人物なのだろう。
わたしの腰に下がる二尺三寸の太刀を持っていることを把握しているはず。
それなのに、男は素手で対峙しているということは……業物相手とも対等に戦えるが故の自信なのだろう。

699 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:25:24.137 ID:5/Kb0Hqo0
ユリガミ
「それで――このわたし――ユリガミに、何の用?」

そして、わたしはユリガミであることを認めた。
理由は分からないが、それを認めるとぽっかり空いた何かが埋まる感覚があった。
――これはわたしが呼ばれていた名前であると、記憶の奥底で訴えかけている!

???
「ああ、なに…単純なことです、私は貴女と戦いに来た――ただそれだけです」

肩をすくめながら、その男は言った。
その表情はつねに笑っているため、不気味な印象を受ける――が、この男はただ不気味な存在ではない。
再度、男が何らかの武術の達人であることを肌でぴりぴりと感じ取る……。

ユリガミ
「どうして、わたしに?」

???
「はっはっは……貴女は剣の達人じゃないですか、それも忘れましたか?」

???
「それはともかく、貴女の剣術は世界一といっても過言ではない……
 立場上、私はそういった達人を狩る役目ですのでねぇ
 ――まぁ、その役目もどうせあと少しでなくなるんでしょうがねぇ」

己を卑下するように、大げさに手を振ったも一瞬
男は、すぐに右手をこちらに向け、構えを取った。


700 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:29:16.401 ID:5/Kb0Hqo0
???
「まぁ、万が一が起きたら、私は大層困るんですが――
 時が来るまでは、一応、貴女も始末しにいかなくてはいけないのでね……」

その口ぶりからは、完全な敵意はないようにも思える。
逃げることもできるかもしれない。

どうする――?
いや――わたしは、逃げてはいけない。
……おそらく、この男は真実に辿り着く障害だから。

だから、わたしのできることは―――

ユリガミ
「――」

太刀を抜き、切っ先を男に向けた
――すなわち、宣戦布告の合図だった。

わたしは、剣術の達人なの――?その記憶も当然ながらない。
しかし、身体には太刀の技が刻み込まれていたらしく、
相手に刃を向ける姿勢、視線、態勢――すべてが、自然とわたしの身体に現れていた。

701 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:30:49.355 ID:5/Kb0Hqo0
――本能なのか、あるいは認識していない記憶なのか。

ユリガミ
「ちぇーーっ!!」

隼のような神速の切払い。豪雨のような連続突き。わたしはいともたやすく相手に切りかかる。
それを繰り出すたび、これまでずっと鍛え続けてきたのだと――、そんな納得感を覚えていた。

確かにわたしは、剣術を修めているのだ――。

???
「フン――」

男は、わたしの斬撃を受け流し、合間合間で反撃を繰り出す――
素手?いいや違う……。

男が操っているのは、自然現象を武術と組み合わせた戦闘術だろう。
拳で生み出した風圧、足元に大量にある土……それを巧みに操っていた。

戦いは、完璧に互角だった。
わたしも、相手も――決定打を与えることなく、いいや、傷ひとつ与えることすらなく――

――膠着状態のまま、わたしは男と対峙していた。


702 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:33:19.088 ID:5/Kb0Hqo0
ユリガミ
「自然現象を操る技術――一体、あなたは何の技術を修めているの」

――わたしは男から間合いを取り、ひとつの疑問を投げかけた。
男の考え方は、わたしには到底受け入れられない価値観だから……。

――価値観?わたしはどうしてそう考えているのだろう。
しかし、それを考えるのは今ではない。

???
「もうそれは、色々と……キマイラのように……
 ですが……ベースは戦闘術【魂】――
 見どころのある一人の男を除いて、師範ですらぽっと出の新人にやられるような、そんなつまらない武術です」

――わたしが流れてくる思考を吹き飛ばすと同時に
本当に、つまらなさそうに男は言った。
武術への信奉は感じられない……だが、極限まで鍛えられた技術であることは、立ち振る舞いから見ても間違いない。

ユリガミ
「あなたは武術を修めながら、全く持って敬意がない」

口をついて出た疑問――それは、ごく自然に発せられていた。

???
「ははは……当然でしょう?
 これは私の持論ですが、いかなる武術を極めようと、それを押しつぶす【力】があれば無意味になりますからね」

――不気味に笑いながら男は答えた。
その口ぶりからは不思議な説得力がある。それほどまでに、男はその考えを支持しているようだった。

703 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:34:22.283 ID:5/Kb0Hqo0
ユリガミ
「では、どうして――あなたの言うつまらない武術を、あなたは極めているの
 【力】だけでいいと言うのなら、武術はいらないでしょう」

???
「ああ、なに……単純なことですよ
 私のような、武術に対して不真面目な人間に――自分が積み重ねた技術が互角という事実を突きつけたうえで――
 武術は【力】に無力ということを教えてあげたいからです」

ニヤリと、男は笑った。

ユリガミ
「……ああ、あなたは気でも違えてるのかしら」

???
「そんな、ひどい――私、貴女を見てから、ようやく生きるきっかけを見つけたんですよ?
 最も、今の状況はつまらなくてしかたないですが……」

ユリガミ
「――とても、不愉快……わたしを、見ることすらも……」

あっけらかんとした態度で語る男に、ふつふつと、怒りが湧く。
わたしは、この男の欲望を果たす為だけに存在していた……?


704 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:37:08.804 ID:5/Kb0Hqo0
???
「ふん――」

その拳は、わたしの胸目掛け軌道を描き――わたしは、無意識のうちに衣の裾でその拳の軌道をそらし――。
突き出す拳の勢いを利用し男を投げ飛ばした。

???
「く――」

わたしに、ダメージはない。
男は、受け身をとりながらも、ニヤリと笑っていた。

???
「流石、彼女と同じく護身術もお手の物だ――
 しかし、私が求めているのはそれではない――」

擦りむいたらしい拳を押さえながら、男は満足げに笑うやいなや――懐から注射器を取り出し、内部の液体を血管に注入した。

ユリガミ
「はっ――!」

――ぞくりとわたしの背中に冷や汗が流れた。

???
「ふんっっ!」

男が勢いよく注射針を刺した腕を掴むや否や、
男の筋肉ははち切れんばかりに膨らみ、顔の血管はぱんぱんに膨らんでむくんでいた。


705 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:38:01.168 ID:5/Kb0Hqo0
ユリガミ
「【力】――そういうことなのね」

???
「ふふふ……ただの【力】を、技術でどうにかする貴女は、私好みの達人だ――
 でも貴女に私が求めているのは、そんなものじゃない――」

その表情は、まさにケダモノのようにも思えた――。

ユリガミ
「……こんな奴に、わたしは負けない」

胸の中に溜まったひどい嫌悪感を、男に吐き捨てる。
そして、私は再び刀を構えた。

ユリガミ
「こんな醜いケダモノに、慕われる道理があるものか――」

怒りながらも、男を見る目は冷静に――奴を――斬る!

???
「そう――私はその顔が見たかった――
 貴女は、それでこそ――魔女と恐れられる、最強の女神だっ!」

そして――再び、わたしと男は同時に飛び交った。


706 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:38:56.959 ID:5/Kb0Hqo0
ユリガミ
「来い、ケダモノ――」

???
「ウォオオオオオオオーーーーッ!!」

男は、地面に思いきり着地し、衝撃波でわたしを揺らす。
それは無理矢理作り出した肉体で繰り出した攻撃だ……だが…問題はない。
大丈夫、対処できる――不安定な足場の上でも戦えるすべを、わたしは知っている。

???
「ウォ゛オ゛オ゛オ゛オオ゛オ゛ッ」

突然、男が口から何かを吐きだした。
異臭のするガス――毒!?

わたしは、後ろに転がりながらそれをかわす。ガスの残滓は、わたしの身体に触れる前に霧散していく――。

???
「やはり……
 私の求めていた【力】だ――やはり貴女は最高だ――」

嬉しそうな、男の声――それを聞くだけで、心の底からわたしの中でどろりとした何かが生まれるような気がする。


707 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:40:47.631 ID:5/Kb0Hqo0
なに――何が言いたいの――?

???
「もらった――」

――そして、その思考の隙を突いて、男が全力の拳を打ち出した。

それは神速の突き……意識よりも速く空間を切り裂く突き……。
それでも、その軌道をそらすために、被害を抑えるために、指1本で牽制しようとし――

拳と指がごくわずか掠った瞬間、男の拳は、なかったかのように消え去った。

???
「――――ク、クククッ」

その情景には、なぜか覚えがあった。

男は、さらに笑いながら消えた拳を押し付けようと血液とともに腕を突きつけたが、
わたしに触れる傍から、皮も、肉も、血も、骨も消滅していった。
まるで、熱に触れて溶ける氷のように……。

???
「ハハハハハハハハハハッ――」

やがて、男は笑いながら腕を引っ込め、さっと跳び、わたしから離れた。


708 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:43:03.167 ID:5/Kb0Hqo0
???
「やはり、貴女は最高だ――
 ハハハ、ハハハ、ハハハハハハ――だからこそ、女神であり天使だった」

そう言うと、男は、満足げに笑いながら、血止めをしつつ、その場を走り去った。

ユリガミ
「なに――なんなの――」

男の腕を消滅させた――これは、明らかに武術ではない。それとは違う系統の【力】だ。
返り血すらもない。無意識に、発現した力……。

呆然と、わたしはその場に座り込んでいた。
既に男の姿は見えない。――戦いは終わりを告げていた。

ユリガミ
「――っ」

心当たりは、ある。しかし、それが明確に思い出せない――思い出そうとすると、がんがんと頭が痛む。
その場に膝を突き、その痛みに耐えながら目を瞑っていると――記憶の残滓が頭をよぎった。

709 名前:Route:C-3 たつじんの たたかひ:2020/12/09(水) 23:43:42.725 ID:5/Kb0Hqo0
恐怖で押さえつけられた子供――醜いケダモノのような男――酸欠状態に陥った男女――

ユリガミ
「――はぁ、はぁ、はぁ」

思い出せない、思い出せない、思い出せない、思い出せない――
いいや、違う――ここで【力】に考える事が間違いなのだ。
わたしがやるべきことから外れてはいけない。あの男はわたしを惑わせるために現れたのだろう。

わたしがやるべきこと。それは真実に辿り着くことなのだ。
だから、立ち上がり――向かわなくてはいけないのだ。その場所へ――。

よろよろと立ちあがり、わたしはゆっくりと歩き始め――。

710 名前:SNO:2020/12/09(水) 23:44:06.771 ID:5/Kb0Hqo0
バトルシーンの描写むずい

711 名前:きのこ軍:2020/12/10(木) 22:40:13.065 ID:kC.YKhqoo
スピード感出しながら書こうとするのはむずいよね。

712 名前:Route:C-4:2020/12/10(木) 23:52:50.157 ID:gzdccGE60
Route:C


                   Chapter4

713 名前:Route:C-4 せきがんの てんぐ:2020/12/10(木) 23:56:35.877 ID:gzdccGE60
――――――。

気が付くと、わたしは――何処かの屋敷に居た。
山や野原や花畑といった、自然に囲まれた――世間からは切り離されたような場所。
先程の戦いも――男の腕を消滅させた【力】も、まるで夢だったかのように思えてくる。

空のよく見える縁側で、わたしは三日月を見上げていた。
――ここは、とても懐かしいはずなのに、何処かは思い出せない。

……なぜか、わたしの斬ったあの子の姿が視界をよぎった。
もちろんそれは幻。ただの、情景の再現……。

わたしはあの子と、この場所で出会っている。

???
「おねえちゃん……」

――可愛らしい声が、記憶を駆け巡る。
彼女は、妹のような存在……?そしてわたしは姉のように慕われていたの……?

その瞬間――

???
「――お姉ちゃん、許せない
 わたしの方が、【力】を操れるんだからぁぁぁぁ!」

……あの子はわたしへ怒りをぶつけた。
いったい……どういうことなの……

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

714 名前:Route:C-4 せきがんの てんぐ:2020/12/10(木) 23:59:01.199 ID:gzdccGE60

――とぼとぼと歩いていると、灯りの灯った部屋を見つけた。
わたしは、その中を用心深くのぞき込む……すると……

???
「――貴女は!
 ……また、貴女に逢えましたね」

感極まった、聞き慣れた声が聞こえた。
……記憶のないわたしにとっては不可思議な表現だが、
確かに聞き慣れたハスキーボイスが、後ろから聞こえた。

目の前に隻眼の女性。
――背中に羽が生えているから、彼女は天狗だろうと、わたしは直ぐに判断していた。

……その姿に見覚えがあった。名前は確か――

???
「わたくしは、ヤミ――」

記憶の中で、幼い――けれども、既に右眼を失っていた彼女が名前を告げる情景が流れる。
ぽっかりと空いた穴が埋められる感覚があった。


715 名前:Route:C-4 せきがんの てんぐ:2020/12/11(金) 00:00:43.341 ID:OGkBNIQ20
左手の指を、半分ほど欠損し――顔にも大きな傷がある。
その姿は、一度見たら印象に残るからだからだろうか、わたしは彼女の名前を思い出すことができた。
彼女がどういった立場にあたるかは、覚えていない……それでも彼女がヤミであることは、確固たる事実だ。

ヤミ
「貴女は――わたくしが引き留めても、あの場所へ――【会議所】へと行くのでしょうね」

ヤミは、わたしの後ろに抱き着いて、顔を寄せる。
少しさびしそうな顔は、少し私の心を揺らす。
――【会議所】、それは街宵月の夜に見たあの城のことなのだろう。

……わたしは、城に【会議所】へ真実を見つける為に存在している。
それだけが――わたしの存在する意味だから。

それでも、ヤミはわたしを抱きしめている。
名残惜しそうに。わたしの長い黒髪を、指ですくい取っていたりもしている。

――どうして、心が揺れるの?
あなたは――わたしにとって――どういったそんざいなの?

それを言おうとしても、どうしても声に出せない。


716 名前:Route:C-4 せきがんの てんぐ:2020/12/11(金) 00:02:30.165 ID:OGkBNIQ20
――ややあって、ヤミはわたしから身体を離した。

ヤミ
「……けれども、貴女をこうして引き留めてはいけない
 ……貴女を抱きしめていたいけれど、貴女のすべてをもう少し味わいたいけれど……」

陰を落とした顔で、ヤミは呟く。

ヤミ
「貴女は――心に決めた事は、たとえ何があろうともやり遂げる――そういう人です
 それが地獄の門だったとしても――貴女は、為すべきことのためならば、死すらも厭わないのですから
 その意思の強さが、貴女の【力】の原動力でもあるのだから――」

続くヤミの言葉は、わたしの揺れる心に再び決意を与えた。

そうだ――今、ヤミのことを考えていても、真実には辿り着かない。
今わたしが為すべきこと――それは【会議所】に向かうことなのだ。

717 名前:Route:C-4 せきがんの てんぐ:2020/12/11(金) 00:06:25.418 ID:OGkBNIQ20
ユリガミ
「そう――わたしは、【会議所】に向かうの
 あの子のために――わたしは真実に向かい合う為に――」

ヤミ
「ふふ、それでこそ――わたくしの大好きな貴女です
 ですから――どうか、良い結末になることを願っています」

わたしの決意に、ヤミは少し寂しそうな笑顔で答えた。
その仕草もまた、見覚えがある。きっと、わたしはヤミとは長い間親交があったのだろう。

ヤミ
「今やは、何から何まで滅ぼさんとばかりに、
 世界すべてが面倒なことになっていますが……
 わたくしに入っている状況から判断すれば……貴女の敵となりそうな存在は、ほぼ存在しないかと思われます」

ヤミ
「そして、貴女は心配かもしれませんが――
 此の場所は、わたくしが必ず護ります――貴女が、真実以外のことに後ろ髪を引かれないように」

ヤミは、ちらりと襖の向こうを見つめた。心なしかその奥に影があるようにも見える。
――そこには、何かあるのだろうか。でも、それに思いを馳せるのは今ではない。
わたしは――【会議所】へ向かわなければならないのだから。

ユリガミ
「わかったわ――こちらは任せるわ」

ヤミ
「はい――あの場所のようにならぬように――確実に――」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

718 名前:SNO:2020/12/11(金) 00:07:34.494 ID:OGkBNIQ20
今更ですがこのRouteの主人公はあの人です。

719 名前:きのこ軍:2020/12/11(金) 07:36:22.772 ID:NDdxqdXMo
ユリガミ様サイコー

720 名前:Route:C-5:2020/12/11(金) 22:42:10.029 ID:OGkBNIQ20
Route:C


                   Chapter5


721 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:44:46.695 ID:OGkBNIQ20
――――――。
わたしは、どこかの荒野に居た。

あの屋敷から移動して――いつの間にか、ここに居たことになる。
……その道中の記憶はない。もう、道中の記憶といった些末なことを考える必要はないのかもしれない。

わたしは、失われた記憶の中で、失われた過程(道中)の中でも、真実に向かって歩いているはずだ。
わたしがそうしていると信じるのが重要であって、それ以外の出来事は些細なことと考えるしかない。

だから――今は、ただ目の前の出来事に集中するだけだ。
辺りの様子を確認する。

死屍累々――橙や緑の軍服を着た兵士たちが、崩れ落ちるように倒れ、折り重なっている地獄絵図だ。

ユリガミ
「……一体、何が起きているの?」

冷静に、状況を判断しながら、わたしは考えを巡らせる。

不思議と――動揺はない。わたしは屍の群れに慣れているのか、
あるいは記憶が完全ではないから、それに伴うように心も鈍麻しているのか。


722 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:45:29.999 ID:OGkBNIQ20
――目の前には、醜い見た目の化け物が居た。
生物ではあるようだ。茸の傘のような頭頂部。長い胴体とは対照的にひどく短い手足。
身体からは腐臭をまき散らし、辺りの雑草を枯らしている――。

その顔は――

ユリガミ
「――っ」

その化け物の、ただ欲望のみを考えた、理知的なところのひとかけらもない顔には、既視感がある。
――失われた記憶の何処かで、この顔への嫌悪感が或る。

化け物
「ヴォオオオーーーーーーッ」

劈くような低い声は、耳障りに辺りを揺らした――。
――その音にも聞き覚えがあり――ああ、なんて……どうしようもなく醜い音なのだろうと感じた。

その時――わたしの頭に稲妻が走ったような感覚があった。


723 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:47:23.557 ID:OGkBNIQ20
???
「――男は存在してはいけない
 その汚らしい身体は誰であろうとも存在してはいけない
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

唐突に――わたしの中に呪詛のような子供の声がよぎった。
一体、この声は――だれの――声――なの――?

深く考えようとすると、今度はずきりと頭が痛み始めた。
駄目だ――今これについてどうこう考える必要はない。

なにしろ、化け物はわたしを敵として判断している。
――今やるべきことは、目の前にいるこの化け物をどうにかすること。

そうでなければ、真実にたどり着くことすらおぼつかないのだから。


724 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:50:01.398 ID:OGkBNIQ20
ユリガミ
「来い――化け物」

わたしは太刀を抜き、その化け物にその刃を向けた。
闘志で無理矢理頭痛を捻じ伏せる……。そうしているうち、捻じ伏せなくとも頭痛は治まってきた。

化け物
「グチャグチャと、この俺様を化け物と言いやがって――この阿婆擦れが」

化け物は、わたしにそう吐き捨てながら巨大な振り鼓を振るった。
それはメイジにとっての杖のように、音波の真空波を繰り出した。

空気を操る力――それを認識した瞬間、全身の毛が逆立ったような感覚を覚えた。
わたしの根源にある何かが警報を鳴らしているような気がする。

それは記憶の奥底に依るものなのか……あるいは本能に依るものなのか……。
――わたしは、避けられないと観念してしまったのか?


725 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:50:48.702 ID:OGkBNIQ20
――いいや、違う!

化け物
「チーーよけやがるかァ」

わたしは、冷静にその攻撃を回避する。音速の波だろうと、わたしには冷静に対処できるだけの技術がある!
しかし、どうしてこの攻撃に恐怖を覚えているの?

――考えている場合ではない。
矢継ぎ早に、化け物は次の攻撃を繰り出してくる!

化け物
「ダースクエイク」

地面を分割させるほどの地震――

化け物
「ミールメイルストロム」

魔術で作った、大津波――

しかし、大丈夫。よけられる。嵐のような攻勢でもわたしは己を保ち、対処できる!



726 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:51:22.840 ID:OGkBNIQ20
化け物
「グーーちょこまかと、ゴキブリのようによけやがって――」

化け物
「死ねや、ブラックサンダー!」

再び、魔術による攻撃、今度は雷撃がわたしに襲い掛かってくる!
拡散する電流は、うねるようにわたしを包み込もうとする――。

ユリガミ
「せいっ!」

――大丈夫。この攻撃もかわせる。
わたしは、電流の合間を縫って飛び、その跳躍を活かして化け物の頭上から斬り込んだ。

化け物
「ウグァッ!」

ぐにょりとした、ひどく気持ち悪い感覚――完全に切り裂くことができない。
化け物は、頭頂部を振り、その遠心力で太刀ごとわたしを投げ飛ばした。


727 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:53:10.742 ID:OGkBNIQ20
化け物
「いデェーーッ……許さんぞ、この売女ァ、糞アマがァーーッ
 てめェは、所詮下等な存在で――オレ様のような存在のエネルギー補給装置にすぎねぇんだ」

ユリガミ
「――っ」

咄嗟に受け身をとったから、負傷はない。
だが――男の吐き捨てる、品性のかけらのない一言一言が、わたしの神経をぴりぴりと逆なでする。

どうして、こんなに――この化け物の言葉は、わたしの心を揺さぶるの――?
何度も交戦して、こういったことを聞かされてきたの――?

???
「――男なんて存在してはいけない存在そんなどうしようもない生物以下の存在なんて全てこのわたしが消滅させてやる
 何もかも滅ぼしてやる植物だろうと獣だろうと神だろうと例外なく魂魄すべてを殺してやるわたしの目の前から全て殺す
 殺してやる殺してやるわたしの見えないところだろうと何処だろうとそれがこの世界の正しい形正しい在り方」

頭痛が激しくなる。こういった戦いの場では、一瞬の隙すらも与えてはならないのに――。
再び子供の呪詛のような言葉が、わたしの頭の中を巡る。
まるで、それが化け物への反論かのように……。


728 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:54:01.407 ID:OGkBNIQ20
化け物
「――貰った、クソ女がァー!」

わたしが頭を押さえた隙を突いて、その化け物は酷く短い腕を振り上げ、わたしに振り下ろそうとしていた。
だが――

ユリガミ
「お前のような存在に――わたしは倒れるわけがない」

意識もせず、その言葉が出て――同時に、わたしは太刀を振り上げて化け物の腕を斬り落とした。

化け物
「あ――?グギャァアアアアアッ!」

苦しみにもだえる化け物。その傷口からは、コールタールのようなどす黒い血液が、どろどろと溢れている。
太刀には一滴の血液もない。――そして、続けて化け物の片足を捩じ切る!

化け物
「ガァアアーーーーッ!」

骨の継ぎ目を斬り落とす。脆弱な部分を、相手の動きから予測して真っ二つに斬り飛ばした。
返り血がわたしに跳びかかろうとしているけれど、わたしにそんなものは通用しない!
わたしの予想通り……結界に阻まれたように、血液ははじけて霧散した。

729 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:55:15.271 ID:OGkBNIQ20
ユリガミ
「――消滅しなさい」

バランスを崩した化け物の目を切り裂く。鼻を抉り取る。血を吐く口を削ぎ落す。
――わたしは、まるで自分が為せなかったこと成し遂げるような感覚があった。

どうして――?

ユリガミ
「お前の言う、下等な存在に、切り刻まれる方が――下等なのでしょう
 ――この世から、消えてなくなれ」

――吐き捨てるように、見下すように……わたしは化け物に語る。
そのまま、抵抗もままならない化け物の全身を、念入りにバラバラに切り刻み、絶命させた。

化け物
「グギャアアアアーーーーーーーーーーッ」

飛び散る血液。響き渡る断末魔――血液を浴びて、腐り落ちる荒野の草――小動物――。
それなのに、わたしに返り血は一切ない。――あの子の時は、白い衣を染めていたのに……どうしてなのだろう。

不気味なまでに――わたしは綺麗だった。

730 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:56:57.035 ID:OGkBNIQ20
たとえ――兵士たちを殺した化け物を始末したのだとしても――
それはきれいごとでは片付けられないし――あの子を殺したのだから――
わたしは、黒に近い存在なはずなのに――どうして、こんなにも綺麗なの?

太刀を収め、わたしは近くの岩場に腰かけた。
腰かけた岩場に長い髪がぱさりと広がる。そしてわたしは胸に手を当てる……。

ユリガミ
「はぁ、はぁ、はぁ……」

――わたしがこんなに綺麗な理由。それをわたしは知っているはずだ。
何故か、わたしの求める真実に関わっているような気がする――。

けれども、それも思い出せない。同時に、動悸が激しくなる。
――これも、考えてはいけないの?


731 名前:Route:C-5 こうやの ばけもの:2020/12/11(金) 22:57:20.877 ID:OGkBNIQ20
ユリガミ
「……落着け、落着け……」

ゆっくりと、深呼吸し、気分を落ち着かせる。
このことについて考えるのをやめると、動悸は治まり始めた。

ユリガミ
「――大丈夫、わたしが導いてくれるはず」

そして――少しでも、前向きに考えようと、わたしは呟いた。
考えてはいけないことを、体調の変化で知らせる。それこそが、わたしの信じられる感覚と思おう。

真実という本線から外れないように、わたしが止めてくれるのなら――わたしはそれに体を預けよう。

ユリガミ
「――だから、せめて……わたしが真実に辿り着けるように、わたしはわたしに祈ろう」

わたしは立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた……。

732 名前:SNO:2020/12/11(金) 22:57:36.629 ID:OGkBNIQ20
みんな!強い主人公いいよね!

733 名前:きのこ軍:2020/12/11(金) 23:01:58.797 ID:NDdxqdXMo
最強!最強!

734 名前:Route:C-6:2020/12/12(土) 00:02:45.269 ID:pVacs5r60
Route:C


                   Chapter6

735 名前:Route:C-6 まおうの ねがひ:2020/12/12(土) 00:06:05.364 ID:pVacs5r60
――――――。

気が付くと、わたしは何処かの森の中に居た。
荒野からがらりと風景が変わる。それも、わたしにとっては一瞬の出来事だった。
ここはどこなのか――とも思ったけれど、もう、それについて考えるのはよそう。

どうせ、分からない。記憶を欠損しているわたしにとって、今やるべきことではない。

――月は、木の葉に遮られて見えない。月光も遮られていて、今の満ち欠けはわからない。
月は完全に欠けてしまっているのか……あるいは、ただ遮られているだけなのか。

月を見れないと――少し不安を胸が包んだ。
過程を見ずに辿り着く真実が、本当の真実なの?

大切なことを、見落としてしまうかもしれない――
そう思いながらも、わたしは歩いて……二人の人影を発見した。


736 名前:Route:C-6 まおうの ねがひ:2020/12/12(土) 00:06:44.624 ID:pVacs5r60
ひとりは、金の角の生えた魔族の女性――もうひとりは、かむろ髪の、白髪の少女――。

途端に、わたしの中に記憶が流れ込んだ。

???
「へぇ、貴女がさっちゃんの……ねぇ
 私は791、よろしくねっ!」

そうだ、魔族の女性の名前は791。人智を越えた魔力の持ち主で、腕力も規格外だったはず。

???
「あたしは、フチ――
 貴女があの人の娘なのですね――
 ……最も、あの人は分け隔てなく話すようおっしゃられていたから、もう少し砕けてもいいかな?」

白髪の少女の名前は、フチ。幼い見た目ではあるけれど、精神は立派な淑女そのもの……。

ふたりとも、わたしの知り合いであることに間違いはない。
……そうなるいきさつまでは、未だ思い出せないけれど。


737 名前:Route:C-6 まおうの ねがひ:2020/12/12(土) 00:07:59.433 ID:pVacs5r60
どうして、この二人がこんな森の中に?
ふたりは、倒木の上に座って、ぼんやりと辺りを見つめている。
恐る恐る、わたしはふたりのもとへと駆け寄った。

ユリガミ
「どうしたの、二人とも」

791
「――あなたは……」

791は、目を丸くして驚いた。
――それは、わたしの起こした悲劇を知っているからだろうか?

791
「なるほど、そういうことか……」

納得したように頷いた791。
彼女は、たしか魔王と呼ばれていた――はずだけれど……
今の彼女は、その単語とは裏腹に――酷く憔悴した表情をしていた。


738 名前:Route:C-6 まおうの ねがひ:2020/12/12(土) 00:09:22.525 ID:pVacs5r60
フチ
「……」

フチは――ただ791の腕にくっついて、俯くばかり。
彼女は、とても天真爛漫で、その小さな身体では抑えられないほどに元気な女性だったはずなのに――。
それに――確か彼女には――。

791
「あなたも知っていると思うけれど……テロ組織の【嵐】は、全世界で大暴れ――
 会議所はギリギリ持ちこたえてる――あとは、企業としてはルミナスマ・ネイジメントも頑張っているほうかな
 でも、ヴァルトラングといった多くの大企業はもう、ダメダメ――当然、中小企業や住民も、言わずもがな……」

わたしが思考する前に、テロ組織の【嵐】――新しい情報が耳に入った。
一体全体、何なの……?世界が混乱していることだけはわかる。

もしかしたら、わたしと相まみえた男や化け物も、それに関係しているのだろうか。


739 名前:Route:C-6 まおうの ねがひ:2020/12/12(土) 00:10:47.799 ID:pVacs5r60
791
「――まぁ、前置きは置いておきましょう
 私――いや、私たちはあなたに……そう、ユリガミとしてのあなたに、頼みごとがあるんだ」

ユリガミ
「頼みごと――」

何故か、幾度もそんなことを言われたような気がする。
ユリガミ――女神と呼ばれているのだから、それは当然なのかもしれないけれど……。

フチ
「――【嵐】、あの組織を消滅させて」

フチは、俯いたまま言った。
表情は見えない。けれども、その言葉の節々からは、怒りと、呪詛と、悲愴さとが入り混じっていることが伺える。

791
「本来なら、【会議所】の管轄なんだけど――
 私は、フチちゃんを守らないといけない――
 守れるのは、もう……私だけしかいないだから……お願い……」

【会議所】の関係者。791に問いただせば、真実はあっさりと分かるのかもしれないけれど……。
791は、俯いたままのフチの身体をぎゅっと抱き寄せていた。

それは、まるで母が子を守る仕草のようで、ガラス細工のように脆く儚く見えて
――何かを尋ねることは、ついには出来なかった。


740 名前:Route:C-6 まおうの ねがひ:2020/12/12(土) 00:11:54.208 ID:pVacs5r60
【嵐】――テロ組織――それはわたしの辿り着く真実と関係があるのか?
分からない。それでも――わたしの向かうべき場所である【会議所】にも影響が出ているのは確かだ。

ならば、わたしと敵対関係となるかもしれない。
あるいは、既になっていることも考えれる。
さらに言えば、【嵐】のせいで真実に辿りつけない可能性だってある。

だから――

ユリガミ
「わかったわ――貴女たちの願いを聞き入れましょう」

わたしは、胸元の【勾玉】を握りながら、願いを受け容れた。
それが、正しい事なのかはわからない。

【嵐】がどういった組織なのもさっぱりとわからない。
それでも、真実に辿り着くために。わたしの為すべき事のためには――必要なことだから。

741 名前:SNO:2020/12/12(土) 00:12:25.141 ID:pVacs5r60
不穏。

742 名前:きのこ軍:2020/12/12(土) 11:18:16.174 ID:nppr98lso
よくわからねぇ〜

743 名前:Route:C:2020/12/12(土) 12:58:32.903 ID:pVacs5r60
Route:C


                   Chapter7

744 名前:Route:C-7 まじょの たたかひ:2020/12/12(土) 13:04:15.435 ID:pVacs5r60
――――――。

相変わらず……辺りの風景は一変していた。

――791もフチも森もここにはない。とはいえわたしは止まることはできない。
前へ前へ、歩き出した途端、再び敵に出くわした。
今度は男どもの集団。銃やら槍やら、物騒な武器を抱え、揃いも揃って、嫌悪感を覚える雰囲気の男たち。


「あの武器――あれはユリガミ……魔女だッ!」


「なに――しかし、いいんですかい?
 殺してはまずいって……」

魔女――女神ではなく?
単に魔術を操る女性を表す単語なだけではなく、
悪魔と契約した災いなすものを魔女と呼んだはずだけど――。


745 名前:Route:C-7 まじょの たたかひ:2020/12/12(土) 13:07:09.983 ID:pVacs5r60

「ボスは、【嵐】の活動の邪魔になるなら、首だけでも持ってこいとのってことだぞ?忘れたのか?」


「ああ、そうだった……奴の執着が晴れてくれてる状況なら、別に構わねえのか」


「行くぞおおおおーーッ!」

よくわからない会話を繰り広げたかと思うと、わたしの前で男たちは円陣を組み、士気を高める……。
――それにしても、【嵐】……都合よく、わたしの前に現れたものだ。

フチ
「あの組織を、消滅させて」

フチが、わたしにそう願った。
791も、それに追従した。わたしの向かうべき【会議所】にも影響が出ている。

なら、【嵐】は真実へ向かう為の敵とみなしていい。
それに、すでに彼方此方に被害を出している組織だ。ここで撃退しないと、面倒なことになるのは目に見えている。
――わたしのことを、良くは思っていないことは、先程の会話の節々から判断できる。

ユリガミ
「――すぅぅ」

抜刀し、刃先を相手に向ける。
相手は集団。数十人は居るだろう……。
わたしは一人。そして得物は姫百合の装飾のある太刀一本。


746 名前:Route:C-7 まじょの たたかひ:2020/12/12(土) 13:10:15.797 ID:pVacs5r60
ユリガミ
「――わたしにとりて、これぐらいの状況は縛めにあらず」

小さく、自分に言い聞かせるように呟く。


「いけェーーーッ!」

一人の声を呼び水に、男たちが武器を構えて左右から攻めてきた。

ユリガミ
「――すうっっ」

わたしは短く息を吸い込んで、、太刀を振るった。

わたしは、一人の首を飛ばし、返す刀でまたひとり、ふたり――その腕や胴を切り裂いた。
それも当然、彼らの動きは視えるのだ。どのように体を動かし、武器を振るのか――初めから終わりまで、全てが。

太刀の切り筋は、鬼をも切り裂く一閃の冥府となり――


「ぎゃァッ!」


「ごふ――」


「がハッ……」

ばたばたと、その命を刈り取った。

747 名前:Route:C-7 まじょの たたかひ:2020/12/12(土) 13:13:14.614 ID:pVacs5r60

「うおッ!一旦離れろ!」

男たちが飛び退くのを見ながら、わたしは考えていた……。
わたしに襲い掛かってきた長身の男。奴は、太刀を素手で捌く技量があった。
――本人の考えはともかく、技術の研鑽に努めてきたことは明らかな達人だった。

わたしに襲い掛かってきた化け物は、連続して魔術を唱え、抑え込もうという戦略があった。
そして、腐臭やその嫌悪感といった生物的な特性も持っていた。

彼らは、少なくとも――戦闘能力は高く、厄介な存在だった。

だが――この男たち――【嵐】はどうだ。
訓練はされているだろうが――連携に不完全さが見える。
人間か、あるいはオーガか、魔族か――ともかく、欲望だけで生きている――そんな感覚を覚える。

記憶はないけれど――わたしは剣術に身を捧げたことは、感覚的に分かっていた。
技術を長く研鑽してくれば、自ずと相手の動きも読む事が出来し、自分の動きを読ませないようにもできる。

欲望だけしか考えてない存在には――それは出来ない。


748 名前:Route:C-7 まじょの たたかひ:2020/12/12(土) 13:13:42.314 ID:pVacs5r60

「一斉射撃だ、誤射されんなよぉ!」

男の指示と共に、がちゃり――と重厚な金属音。銃に弾が込められ、引き金が引かれる音。

ユリガミ
「――すぅうう」

一呼吸置く。自分のリズムを作り、相手の動きに注目する。
近距離を相手にする太刀は、遠距離――すなわち飛び道具に対して弱い――そう言われることもある。

しかし――わたしの身体は知っている。
それは間違いであり、飛び道具に対抗する技術を身に付けていることを!

鉛玉が飛び交う。わたしを傷つけんと、空気を切り裂き、硝煙の匂いも辺りに散らばる。

ユリガミ
「はっ!」

問題はない。いくら距離をとっても、弾丸の速度が認識できるよりも速くても――
銃口と、相手の腕と、それから辺りの空気から、その軌道は完璧に読めるのだ。


749 名前:Route:C-7 まじょの たたかひ:2020/12/12(土) 13:14:58.235 ID:pVacs5r60
わたしの背後にあった岩がハチの巣のように穴が開く。
彼らは、わたしの動きに追従するように銃弾を放つが――いずれも読み易い動き。

弾を充填するタイミングで、彼らを切り捨てる。


「う、うわァァァアッ!」


「まずい、このままだと全滅だ!あの魔女にやられちまう!」

――ただ、相手の動きを読んだだけ。これだけのことで、彼らは動揺し、恐慌状態に陥る。
あまりにも――醜い。わたしは、その表情すらも見たくない。
首や胴や腕や足――手当たり次第に斬り殺し、そこに居た男たち――【嵐】は、全て屍と化した。

ユリガミ
「片付いた――」

この戦いは、791とフチの救いになるだろうか。崩壊が願いだったから、これでは足りないかもしれない。


750 名前:Route:C-7 まじょの たたかひ:2020/12/12(土) 13:15:36.453 ID:pVacs5r60
ユリガミ
「…………」

わたしの心は――氷のように冷え切り、何も感じていなかった。
数十人殺しても、何とも思わない。――あの子を斬った時は、あれほど悲しかったのに。
【勾玉】は、白いまま首元で揺れていた。

わたしは心が凍りついているのか――それとも、あの子には、特別な思い入れがあったのか。
一瞬、わたしの中に疑問が芽生えたが、すぐにそれは押し殺した。

ユリガミ
「――どちらでも、いい
 わたしがやるべきことは、真実を見つけること」

そう。悩むことは必要だけど、主体を見失つてはいけない。
今のわたしに重要なことは、それなのだ。
それさえわかっていれば、大丈夫。わたしはその場所へ向かう必要があるのだから――。

751 名前:SNO:2020/12/12(土) 13:15:47.173 ID:pVacs5r60
やっぱり強い!

752 名前:きのこ軍:2020/12/12(土) 18:42:08.547 ID:7nRg7TfQo
魔女って響きがキーワードぽいな。

753 名前:Route:C-8:2020/12/12(土) 19:28:59.955 ID:pVacs5r60
Route:C


                   Chapter8

754 名前:Route:C-8 ひとびとの ねがひ:2020/12/12(土) 19:33:29.840 ID:pVacs5r60
――――――。

わたしは、どこかの建物から出てきたところだった。
目の前にはたくさんの群衆……まるで、出迎えられているかのような感覚。

群衆
「おおおっ!黒い髪に、巫女装束に、太刀を携えている――
 あれは間違いなくユリガミサマだ!」

群衆
「うおおおーー!」

――彼らや彼女らも敵?いいや、違う。敵ならもう少し敵意でも見せるはず……。
敵意を隠せる達人の可能性もあるけれど――そんな達人が、そういるものか。

それに――人々の顔は、とても疲弊しているし、子供や老人も居る。
包帯を巻いていたり、松葉杖をついていたり――ゴホゴホと咳き込む者もいる。

それすらも、演技――の可能性はあるけれども……。

群衆
「ユリガミサマ――ユリガミサマ――っ」

懇願するような人々の声。助けを攻ざわめきがこだまする。
それを聞くと、わたしの名前は――ユリガミのなのだ――と、改めて思えてくる。

それに、敵ならばわたしのことを魔女と呼ぶだろう。
そして決して覆すことのできない審判を下し……抹消にかかるだろうから。

755 名前:Route:C-8 ひとびとの ねがひ:2020/12/12(土) 19:35:09.144 ID:pVacs5r60
少年
「ぼくのパパ、【嵐】の化け物に殺されて……」

少女
「今、【嵐】が世界を滅茶苦茶にしてるの!助けて!おねえちゃ――じゃない、ユリガミサマ」

老人
「ワシの孫が、【嵐】のテロ行為に巻き込まれて……意識が今も戻らん」

……わたしは、人々に願いを託されていた。
そういえば――わたしは、791とフチから願いを託されていた。ユリガミは、人々の願いを叶える存在として認識されている?

???
「皆さん――落ち着いてください」

わたしに詰め寄るたくさんの人々は、ひとりの女性の凛とした声を聞いて、さっとわたしから距離を取った。
彼女が歩く道を、人々が作っていく。まるで海を割った奇跡のように。

ヤミ
「こんばんは、ユリガミサマ」

丁寧にあいさつした女性は、ヤミだった。
天狗装束とは違い、黒いメイド服に身を包んでいる。
それでも、彼女のその丁寧な立ち振る舞いは変わらない。


756 名前:Route:C-8 ひとびとの ねがひ:2020/12/12(土) 19:40:29.361 ID:pVacs5r60
ヤミ
「ようやく、貴女を見つけることができましたね」

ヤミは、わたしの全身をちらと見やりながら、嬉しそうに頷いた。

ヤミ
「さて、貴女に伝えたいことがあります――
 それは、【嵐】は今、世界中の人々を傷つけているということです
 世界の中枢たる【会議所】では、【大戦】を一時休戦とし、被害を受けた人々の救済にまわっている状況です……」

真剣な表情で、わたしに語るヤミ。
【嵐】に苦しむ人々。自然現象よりも恐ろしい、人の悪意によって苦しむ人々……。
その語りは、屋敷で出会った時とは雰囲気が違う。恐らくは――人々の代表としてここにいるから。

ヤミ
「そして――わたくしは――この場の代表として――
 貴女に願いを託したい――」

ヤミ
「今の貴女にとって、重荷になることは重々承知しています――
 それでも、【嵐】に苦しむ人の救済を――どうか手伝ってほしいのです」

申し訳なさそうに深く礼をするヤミ……その背には、人々の様々な思いが込められていることに間違いはない。


757 名前:Route:C-8 ひとびとの ねがひ:2020/12/12(土) 19:42:10.641 ID:pVacs5r60
ユリガミ
「わかったわ――貴女たちの願いを、聞き入れましょう――」

わたしは、【勾玉】を握りながら、はっきりと答えた。
それは、ヤミと――その背に居る人々の願いを聞き入れることが、ある種の救いになるから。

ユリガミ
(わたしは――【嵐】と戦わなければならないから……)

そして――もう一つ。791とフチが、わたしに願ったから。
彼女たちの願いを、他者も持っている――それほどまでに、【嵐】はこの現世に根深く蔓延っているらしい。

ヤミ
「ありがとうございます」

群衆
「うおおおーーっ!ユリガミサマ、ありがとうございます!ありがとうございます――」

ヤミの丁寧な礼の後、群衆は歓声で賑わっていた。
その様子を、わたしは――どこか、他人事のように見ていた。


758 名前:Route:C-8 ひとびとの ねがひ:2020/12/12(土) 19:46:23.146 ID:pVacs5r60
――その時、ヤミがわたしだけに聞こえる声で、言葉を続けた。

ヤミ
「貴女だけでは手に余ることは――わたくしが受け持ちます」

一体何のことだろうか。思い当たる節はない。
あるいは――これもまた、失った記憶の中に理由があるのかもしれない。

ユリガミ
「――ええ、ありがとう」

……それでも、わたしは頷いた。ヤミからかつて聞いた言葉を思い返しながら。

ヤミ
「此の場所は、わたくしが必ず護ります――貴女が、真実以外のことに後ろ髪を引かれないように」

ヤミは、わたしに対して少なからず、何らかの関係があったことは確かだ。
だからこそ……今もこうして、こっそりと言葉を告げたのだろう。

759 名前:Route:C-8 ひとびとの ねがひ:2020/12/12(土) 19:51:36.388 ID:pVacs5r60
ヤミはわたしのことを知っている節があるから、わたしを頼るのも頷ける……。
けれども――人々もまた、わたしに願いを託した。
ユリガミとは、その名の通り、女神として――あるいは女神の使いとして動く存在なのだろうか。

苦しむ人々の為に奔走する……それは、目的を果たすためには必要な過程だから、ヤミと人々の願いを引き受けたことに問題はない。
……今も、こうやって、わたしは【嵐】と戦う道を選んでいるから、【嵐】はわたしを魔女と呼称しているのだろうか。

それでも――わたしの記憶は未だ不完全だ。

――わたしは、善の存在なのか?
善ととるか、悪ととるか――それは第三者の観測にすぎない。
【会議所】や、苦しみに喘ぐ人々――あるいは、【嵐】のように、立場が変わればすべては異なるから。

わたしは――どうなの?
少なくとも、あの子をこの手にかけた。その理由はいまだに思い出せない。
わたしが善悪かを判断するために、真実に向かっているのだろうか?

いいや――違う。
あの子を殺したこと自体そのものが、既にわたしの枷なのだ。
その枷は、ずっと背負わなくてはいけない業。

だから――その業を背負う理由を知り、納得するために、わたしは前へ向かっているのだ。
――あの時死ぬことが出来なかったのは、納得していなかったからだろう。

だから、わたしは――。

760 名前:SNO:2020/12/12(土) 19:52:27.978 ID:pVacs5r60
ますます女神っぽくなってきたぞ!

761 名前:きのこ軍:2020/12/12(土) 20:20:05.323 ID:7nRg7TfQo
作者のテンションあがってきてて笑う。

762 名前:きのこ軍:2020/12/12(土) 20:20:19.342 ID:7nRg7TfQo
これがユリガミぱわー。

763 名前:Route:C-9:2020/12/12(土) 22:17:44.414 ID:pVacs5r60
Route:C


                   Chapter9

764 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:25:08.938 ID:pVacs5r60
――――――。

再び、景色が移り変わった。
わたしの身体にはひどい倦怠感……。
心と体を繋ぎ止める血――それが、ぴりぴりと泡立つ感覚が全身を脈打たせていた。

ユリガミ
「っ……」

そのひどい感覚に思わず、腕を掴もうとした。
けれども、上腕と掴もうとした腕が、肘を掴んでしまう。

手も震えている。……わたしは、心身が疲れているのだろうか。
何があったのだろう。
――人々から願いを託されてから、わたしは……。

ダメだ。思い出せない……
記憶は相変わらず修復されていない。

なら、わたしのすべきこと――それはあたりの状況の把握だ。
どうやら、ここは……路地裏らしい。

――途端、わたしは焦燥感に苛まれ、身体はどこかを目指して駆け始めた。
巫女装束がはためく。黒髪が揺れ、肩のあたりをぶらぶらと揺れる。

765 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:30:07.438 ID:pVacs5r60
そして……わたしはある場所で立ち止まった。

そこでは――目の前で、白髪の天狗が男に追い詰められていた。

背中に白い翼を生やした、二つ結いの少女。
彼女は腰が抜け、行き止まりで固まっている。まな板の上の鯉のように……。

追い詰めているのは、髪の毛の薄い初老の男……その背中からは、欲望を隠さない薄汚い魂かにじみ出ていた。

―――わたしはなぜか二人に見覚えがあった。しかし……同時に、わたしの中には違和感があった。
何かが矛盾している……そう心が叫んでいるような気がする。
いったい、どうして――。


「へへへっ――僕から逃げようったって、そうはいかない
 お前からはあの子のにおいがするから、先生が確かめてやるよぉ」

少女
「――っ」

俯いた少女の表情は絶望に染まり怯え切っていた。
男を拒んでいること一目瞭然だった……。

わたしは――この少女を守るために、この男を始末しなくてはいけない!
真実を追い求める前に、疑問に耽る前に……為すべきことがある!

ユリガミ
「待ちなさい――」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

766 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:32:38.723 ID:pVacs5r60

「……!
 き、君は……!」

男は、わたしの顔を見て心の底から驚いていた。
――この男も、【嵐】なのだろうか……?相変わらず、魔女とでも思われているのだろうか。


「ふ、ふふふ……君に、前はまんまと食わされた……
 しかし、今度こそ僕の超能力でオシオキしてやろう!
 ぐへへへへっ……それから、その身体を……」

男の醜く歪んだ口元――それは欲望を抑えきれない、理性を持たない肉塊。
わたしに襲い掛かってきたあの化け物のような嫌悪感。

わたしの身体は、いらついていた。
どうしてこんな存在が世にはびこっているの……?どうして、生きているの?
吐き気を催す。反吐が出る。わたしは、あいつを――殺してやろう――。

そんな考えが――漆黒に染まった殺意がわたしの中で煮えていた。
それは心にも浸透し、わたしを殺意に染め上げてゆく。

767 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:37:16.450 ID:pVacs5r60

「喰らえっ!」

男は、懐中電灯を構えてわたしに向けた。それは武術を修めた事のない素人のそれ――だけど、嫌な予感があった。
それは直感的に覚えた感覚で、理に準ずるようなものではない。

しかし、わたしはその直感を信じて、後ろにかわした!

一瞬の閃光と、じゅっ――と焦げるような音。わたしの足元のアスファルトが、一瞬にしてドロドロに溶けた。


「くそう……不意打ちでもだめかぁああ」

男は、懐中電灯のスイッチを切り、腕ごとだらりと下に下げた。
ああ、そうか――とわたしはすぐに納得した。この男は光を操る力を持っている。


「くら――」

男が、再び懐中電灯をこちらに向け、スイッチを入れようとする。

それと同時に、わたしは、懐を探った。
そこには黒い髪の毛が巻き付いた針があった。
針の金属の色は見えない。黒い髪で覆われた闇に溶ける漆黒の針……。

男の攻撃してくる位置を予測しながら、わたしは漆黒の針を投げつけた。

768 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:40:56.354 ID:pVacs5r60

「くら――えっ!」

わたしは素早く光の束を回避した。
一方で、黒い針は、光の束に辺り……あっさりと蒸発した。

いいや……正確には……蒸発したのは針だけだ。
巻き付いた黒髪は溶けることなく……男の腕に、ぴとりとまとわりついた。


「あ――?グギャアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!!」

その瞬間、男は苦しみ始め、獣のような声で絶叫しだした。
髪が張り付いたが部分とぐずぐずと溶け、消滅しはじめ……、引き剥がそうと掴んだ指も、同じようになっていた――。

769 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:42:41.602 ID:pVacs5r60

「いでぇぇえっ!い――」

その断末魔をこれ以上少女に聞かせる意味はない――わたしは、悶え苦しみ、蹲る男を蹴り飛ばした。
少女からできるだけ離すように――その姿すらも、目に入れさせないように……。

ユリガミ
「死ね――死んでしまえ―
 お前のせいで――」

――呪詛の言葉が口からこぼれた。
それを抑え込もうとするわたしの心に反して、身体はそれを許さなかった。
おそらくは少女も聞いているだろうに……わたしの身体はどうしてもその言葉を吐き続けた。

――わたしは太刀の刃を振り下ろし、男の首を刎ねた。
ごろりと転がる、醜い肉塊……わたしは、その光景に――不思議と付き物が落ちたような感覚を覚えた気がした。
ただ、汚らわしい死体がある。わたしはそれに思いを馳せる事すらない――それよりも、やるべきことがある。


770 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:43:59.903 ID:pVacs5r60
ユリガミ
「大丈夫――?」

太刀を収め、わたしは震える少女に声をかけた。

少女
「…………」

少女は、俯いて震えるばかり――。
ちらりと覗いたその赤い瞳は苺のように赤かった。まるで瑪瑙のように……あるいは血のように……。

――わたしの、抑えられない衝動がこうしてしまったのかもしれない。

それでも、わたしは震える少女に手を貸した。
少女は……涙で濡れた目で、わたしを見つめていた。


771 名前:Route:C-9 めがみの みて:2020/12/12(土) 22:46:16.068 ID:pVacs5r60
……その顔は、やはり見覚えがあった。
どうしてだろう。
わたしにはその記憶はないが――彼女と一度出会ったことがあるのかもしれない。

少女
「うん……ありがとう……」

そして少女は震える声で、感謝の言葉を紡いだ。
その声色には、感謝と恐怖と困惑とが入り混じっているようにも思えた。

無理もない……少女にこんな残虐な光景を見せてしまったのだから……。

そして、わたしは……。

772 名前:SNO:2020/12/12(土) 22:47:48.427 ID:pVacs5r60
戦闘シーン無双しかしてなくね?

773 名前:きのこ軍:2020/12/13(日) 09:41:40.161 ID:jDanbwJEo
たまには苦戦する姿も見たいものですね(バッド期待勢)

774 名前:ルート祖C-10:2020/12/13(日) 12:45:53.216 ID:fi9QPJ.M0
Route:C


                   Chapter10


775 名前:Route:C-10 しろがねの てんぐ:2020/12/13(日) 12:49:06.568 ID:fi9QPJ.M0
――――――。

わたしは、気が付くと――どこかの集落に居た。
……あの少女は何処に行ったのだろうか。
相変らず、過程の記憶がないからもどかしさを覚えつつも――前へと進んでいく。

住民たちは、ばらばらの種族で構成されていた。
ここは人や、オーガや、エルフや魔族……その垣根を越えた空間ということ?

――彼らあるいは彼女らは、身を寄せ合って震えている。それは、わたしに願いを託した人々のようにひどく打ちひしがれているようにも見える。
集落の中を見やると、たき火を囲む人々たちの服装は、いずれも綺麗ではなく、まるで着の身着のまま逃げてきたようだった。

入口の立札には、難民キャンプ 【会議所】管轄と書いてある。
――つまり、これは【嵐】によって傷付いた難民の避難所ということになる。

わたしは、ユリガミとして知られている。
だから、悟られないように――笠を被り、気配を殺しながら、難民キャンプの中をうろついた。

……もっとも、顔を隠したとしても、場に似合わない巫女装束のためか、
あるいは服装がきれいすぎるからか……わたしは奇異の目で見られていた。

――とはいえ、それを気にする必要もない。
わたしには、真実に向かうだけ。
女神として尊敬されようと、魔女として蔑まれようと……わたしは真実に辿り着くための道を進むだけ。

776 名前:Route:C-10 しろがねの てんぐ:2020/12/13(日) 12:52:46.592 ID:fi9QPJ.M0
???
「炊き出しですよ、皆さん」

――聞き覚えのある声。その可愛らしい少女の声の主を確かめてみると……。

???
「焦らないで、順番通りに並んでください!」

先程の助けた少女が、張り切って炊き出しをしていた。

難民
「マイちゃん、いつもありがとう」

マイ
「はい、七彩さん……今日も一番乗りですね」

彼女は、マイ――と言う名前なのか。
気丈に、難民たちに食事を振る舞っている。

その名前にも、わたしの耳は聞き覚えがあった。
……どこで聞いたのか。あるいは……彼女を助けてから名前を聞いたのか……。

それでも献身的な振る舞いは、多くの人に好感をもたれるものだろう

――そうわたしは感じていた。


777 名前:Route:C-10 しろがねの てんぐ:2020/12/13(日) 12:53:27.575 ID:fi9QPJ.M0
わたしは、遠くでマイが炊き出しをする様子を眺めていた。そこにはどこか興味を惹かれるものがあった。
どうしてだろう。彼女が天狗だから……?
隻眼の女天狗――ヤミのことを思い起こすから、わたしは彼女を見ているの?

わたしは、炊き出しが終わるまで、マイを見ていた。
人々の体調や性格に応じた会話――その気遣いで、心因的なストレスを和らげている。

炊き出し後の片付け――も、マイは献身的に手伝っていた。
少し周りを気にしながら……男に追い回されたのだから、それも当然だろう。
それでも――彼女が今無事である。その事実に、わたしは少し安堵していた。

わたしが胸をなでおろしていると、何者かの気配があった。
その気配の方向を、横目で見る……すると……。

???
「君は……ユリガミで、いいんだな?」

後ろで髪を縛った白髪の女性が、訝し気にわたしを見ながら、訊ねていた。


778 名前:Route:C-10 しろがねの てんぐ:2020/12/13(日) 12:59:25.600 ID:fi9QPJ.M0
――その背はわたしよりも高く、フチのように漆黒の眼球と青白い瞳をしている。

???
「私はシズ――よろしく頼む――」

わたしは、その姿を見て――彼女が名乗った記憶ほ思い出していた。
そうだ、彼女はシズ。腕利きの女鍛冶師。


ユリガミ
「ええ……」

そしてわたしは淡々と答える……。
シズはその様子を見て、納得したような表情で頷いた。

シズ
「あの娘は――このご時世で、自分にもできることはないかと言って、
 炊き出しを手伝っているんだが……」

シズ
「最近、ストーカーに追い回されていて、不安でたまらないとのことだ
 こうやって人がいっぱいいる場所でないと安心できない……と本人は言っていたが、
 どの道、ストーカーが居る限り……リスキーなことには構わない」

シズ
「……君の邪魔になるかもしれない
 だが、できればマイを助けてやってほしい」

ユリガミ
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

779 名前:Route:C-10 しろがねの てんぐ:2020/12/13(日) 13:00:33.187 ID:fi9QPJ.M0
ユリガミ
「……構わないけれど」

――わたしはマイのことは分からない。
ただ、男に追い回される不幸な身の上――それぐらいしか、知っていることがない。
……本当にそうだろうか、いや、それ以外にわかることはないのだから、そうなのだろう。

……でも、本当に?
わたしは彼女を見たような気がする……しかしどこで……。

頭を抱えても、その理由は思い出すことできなかった。

シズ
「……大丈夫か?調子が悪いのかい?」

ユリガミ
「いえ、大丈夫――」

ふらついたわたしを抱き留めようとするシズを制し、わたしは手をかざした。
……そして、わたしは……。

780 名前:Route:C-10 しろがねの てんぐ:2020/12/13(日) 13:02:12.299 ID:fi9QPJ.M0
ユリガミ
「……その願い、引き受けましょう」

願いを受け容れながら、わたしは【勾玉】を握りしめた。
――どうやら、これはわたしの癖らしい。それをすることが、願いを聞き入れる合図のようにも思える。

シズ
「感謝する――
 できれば、君に無茶はしてほしくはないが――
 可能な範囲で助けてやってほしい……」

深々と礼したあと、シズはその場を立ち去った――。

シズはわたしに関して何らかの信頼があるようだ。
――というより、ユリガミという存在だからこそ、
害悪から己を守るために、わたしに頼ったのかもしれない。

――マイを救うこと。それは真実には関係がないのかもしれない。
それでも、その行動はわたしの存在意義のようにも思え、

遠くで揺れるマイの髪……二つ結いの白髪は兎の耳のようにぱたぱたと触れて……。

781 名前:SNO:2020/12/13(日) 13:02:54.595 ID:fi9QPJ.M0
七彩さんが出てきた!やった!
なおカスケード主人公のうち半分ぐらいは出てない模様

782 名前:きのこ軍:2020/12/13(日) 19:08:13.910 ID:T3i7ldrEo
だんだんと全容が少しずつ見えてきたかもしれない

783 名前:Route:C-11:2020/12/13(日) 20:20:32.605 ID:fi9QPJ.M0
Route:C


                   Chapter11


784 名前:Route:C-11 きおくの だんぺん:2020/12/13(日) 20:21:30.393 ID:fi9QPJ.M0
――――――。

わたしは、戦火に巻き込まれて、ぼろぼろの街を歩いていた。
マイ――彼女は、此処にはいない。

え?わたしは、彼女を見捨ててしまった――?
真実に向かう為なら――わたしは、少女を見捨ててしまっていいの?

ヤミ
「貴女は――心に決めた事は、たとえ何があろうともやり遂げる――そういう人です
 それが地獄の門だったとしても――貴女は、為すべきことのためならば、死すらも厭わないのですから
 その意思の強さが、貴女の【力】の原動力でもあるのだから――」

――ヤミに、こんなことを、言われたような気がする。

それでも、災禍に巻き込まれた少女たちを見捨てるのはおかしいだろう。
少なくとも――わたしは【嵐】を撃退し、マイを守るべきだ。
願いを託されて、それを見捨てて真実に向かう――そんな虫のよい話はないから。


785 名前:Route:C-11 きおくの だんぺん:2020/12/13(日) 20:23:21.283 ID:fi9QPJ.M0
ユリガミ
「マイは――どこに――」

頭を押さえながら、わたしは考える……。
過程を失った記憶。思い出そうとすると、きりきりと痛み出す記憶――。

――やはり、思い出せない。
それでも……一瞬だけ、わたしの脳裏に景色が広がった。

それはヤミと会話した屋敷だった。あの場所に――マイは居るの?
しかし……思い浮かんだのは……マイではなく、あの子の姿だった。

???
「じゃーんっ♪」

???
「おねえちゃん、ほら、うさぎさんだよっ」

あの子は、本の中から兎を呼び出し、はしゃいでいた。
それは屏風の中の虎も呼び出さんとばかりの奇跡だ。

ユリガミ
「ふふっ、すごいすごい」

わたしは、手を叩いて無邪気に褒めていた。
ヤミも、後ろで微笑んだ表情を見せて――

記憶が、少し修復されているのか……それが呼び水となったのか、わたしの頭の痛みは覚めつつあり、
思考が急速にまとまりはじめ――ひとつの仮定へと思い至った。


786 名前:Route:C-11 きおくの だんぺん:2020/12/13(日) 20:25:45.595 ID:fi9QPJ.M0
屋敷でヤミと話した時、彼女は、襖の奥に目配せていた。
そこに、マイが居るとすれば――

ヤミ
「此処は、わたくしが護ります――
 貴女が、真実以外のことに後ろ髪を引かれないように」

その発言にも、納得がいく。ヤミの発言の真意は、マイを守る意思の表明――。

ユリガミ
「ちょっと待って――おかしい」

しかし、その考えには重大な問題点があることに気が付く。
時系列がおかしい……。そもそも、苺が狙われているのは、ヤミと会話したあとでの話だ。

仮にマイが屋敷に居るのなら、どうして男に狙われる可能性のある炊き出しに出ていたの?
荒れ狂う時代で生活するため、仕方なく――とも思ったけれど、それにしても納得がいかなかった。


787 名前:Route:C-11 きおくの だんぺん:2020/12/13(日) 20:26:54.040 ID:fi9QPJ.M0
あの屋敷は――集落からは遠かったはず。
屋敷は、外界から離れた場所。安全性の面で言えば、屋敷の方が上だ。

どくん……。
心臓が、脈打ちだした。

わたしは、重大な見落としをしているのではないか?
抜け落ちた記憶の断片――そこには思い出すべき核心が含まれていないのではないか?

急激に不安に包まれるわたしの心――まるで、快晴だった天気が一瞬にして雨雲に包まれたように……。

どくん、どくん、どくん、どくん。
早鐘を突くように心臓が脈打つ。不安が心を塗りつぶそうとする。

そして――わたしの目に映る景色はぼやけはじめて……。

788 名前:SNO:2020/12/13(日) 20:27:18.227 ID:fi9QPJ.M0
あとすこしで791レス越えますね…

789 名前:Route:C-12:2020/12/13(日) 21:32:54.551 ID:fi9QPJ.M0
Route:C


                   Chapter12

790 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 21:34:48.003 ID:fi9QPJ.M0
――――――。

わたしは、どこかの廃屋に居た。

一体、ここはどこなの?此処が、真実に関係しているということなの?

???
「っ――」

困惑する私の横から、女性の息を呑む声が聞こえた。
この声には聞き覚えがある。

それは――

ヤミ
「【嵐】に……してやられたようですね――」

それは、ヤミだった。人々を代表して【嵐】の撃破を託した彼女……。
マイの居場所を知るかもしれない、彼女がそこに立っていた……。


791 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 21:39:03.289 ID:fi9QPJ.M0
ヤミの足元には、一人の血まみれの男が倒れていた。
男はよく見れば様々な部位を義体化していたらしく、金属の破片とオイルも辺りに散らばっていた。

???
「マ、マサカ……君ガ、まさかとは思うガ、君ガユ、ユリガミ――サマなのカ?」

男が、わたしを見て驚愕した表情を見せた。
わたしが無言でうなずいてみせると、男はほっとしたような表情を見せた。

ヤミ
「社長――なぜ戯言を――」

困惑したヤミが後ろを振り向いて、わたしの存在に気が付いた。

ヤミ
「……貴女は」

彼女は、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに真剣な表情に切り替えた。

ヤミ
「………」

無言でわたしを見るヤミの目は、鋭い刃のようにわたしを射すくめたかと思うと、
足元で倒れている男……社長に目を向けていた。


792 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 21:41:59.772 ID:fi9QPJ.M0
社長
「ユリガミサマ――私はもウ……ダメダ
 敵が近くにイる、敵――【嵐】ヲ倒してクレェ…」

社長と呼ばれた男は、もはや、虫の息で……最後の力を振り絞るようにわたしに告げた。
――【嵐】。彼がこんな状況になっているのも【嵐】が原因だというのか。

社長
「うぐッ……」

――願いの言葉を伝え終わったかと思うと、社長は事切れた。

ヤミ
「………」

ヤミは、複雑な表情でその最期を見下ろしていた。
いったい、彼女は何を思っているの?彼女の願いを、叶えらることができなかったが故の失望……?

しかし、敵がいると彼は言い残した。
なら――余計なことを考えるのは今ではない。

わたしにできることは――居るとされる、敵の撃破だ。


793 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 21:50:23.337 ID:fi9QPJ.M0
ユリガミ
「そこだっ――」

わたしは太刀を抜き、背後から感じる気配に斬り込んだ!

???
「ぐがッ!」

???
「ギャッ!」

男たちの断末魔。確かな肉と骨を断ち切る手ごたえ……。

???
「突然現れて、一体なんだってんだ……クソが……ァ……」

しかし……傷にまみれた身体で男たちは起き上がり、わたしを睨みつけながらそう吐き捨てた。

ヤミ
「……彼らは、消滅させない限りしつこく蘇る存在です
 貴女なら……問題はないでしょう」

わたしが太刀を構える後ろで、ヤミは冷淡な声色で、まるで試しているかのようにわたしに告げた。
社長と呼ばれた男は――身体を義体化しているにも関わらず殺されたというのに……。
その冷たい言葉は、わたしへの失望のためなのかもしれない。


「シェッ!」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

794 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 21:56:34.891 ID:fi9QPJ.M0
しかし、わたしにはそんなくだらない攻撃に対応する技術を知っている。
背後に居るナイフの切り筋はすでに予測できている……

わたしは、鞘を背後に投げつけた。


「おっと?!」

その一瞬の目くらましのうちに、わたしは着地点で再び跳ぶ。

カランカランと音を立てて落ちる鞘とともに、わたしはふたりの男を見据えて対峙していた。


「そんな光物振り回されたら、怖くてたまんねェ――
 お前ら、捕まえて監禁してやるゥ」

男は、わたしを睨みつけ高々とそう宣言した。


「死ね!」

男たちが、ナイフと剣を用いた連携攻撃をしていた。

ユリガミ
「――はっ」

しかしその攻撃も見切るのは容易だった。

わたしは攻撃の軌道の隙間を見極め――間隙を縫って、太刀で一人の首を刎ねた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

795 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 22:00:59.147 ID:fi9QPJ.M0

「ぐぐぐ……一瞬で消し去るなんて……
 ならヤツを殺したのと同じ方法で殺してやるッ」

もう一人の男がいきり立ってわたしとヤミに憎悪の目線を向けた。
眼は血走っている……しかしわたしは、その光景を見ても何も感じ取ることはなかった。

ヤミ
「……彼女を殺すことは、無理でしょう」


「うるさい――女ァ!」

男が激高すると同時に、雷撃のような魔術が四方八方からヤミを襲った。

ヤミ
「――はっ!」

ヤミは風を起こして雷撃を散らせた。ぱちぱちと音を立てて雷撃は地面に散らばりとろけて消える。


「くそ――しかし、これでわかったぞ……その技術では自分しか守れんようだな……
 残念だが、こっちの女のほうはもらったァ!」

男はわたしに攻撃の手を向けた。

――あの四方八方から来る雷撃。どうやってかわす……?
男の口ぶりからすれば、あの回避方法はヤミ自身しかできないようだ。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

796 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 22:02:43.567 ID:fi9QPJ.M0
ユリガミ
「男の【力】でわたしを殺すことはできない――」

わたしは……動かなかった。
同時にまるで台本を読むかのように、その言葉がすらすらと口を突いて出た。

そして、わたしの身には――宣言通り何も起きなかった。
まるで溶けるようにその雷撃は消滅した。


「え……馬鹿な!?」

男は、慌てながら、再度わたしに何か雷撃をわたしに向けようとする。
――それは、わたしには通じない!
その隙を突いて、わたしは男の首を一撃で刎ねた!


「ぐわぁああああッ!」

男の胴体と首が分かれて地面に落ちた。
ばしゃっ――と、血液が霧のように散らばる……。
一方のわたしには――相も変わらず、返り血はない。

さらに、わたしが男の死体に触れようとすると……その男もまた、消滅した。
わたしは、これで敵を撃退したのだ、と確信していた。



797 名前:Route:C-12 あくむの はいおく:2020/12/13(日) 22:06:45.556 ID:fi9QPJ.M0
しかし……わたしの中のわたしの声。通じない【力】――。そして……力及ばずに死んだ存在。
戦いを切り抜けても疑念がわたしの中に増えるばかりだった。

――人々の総意をまとめたヤミは、失望しているだろう。
わたしは、本当に女神なのか――それすらも疑わしくなるような感覚。

ユリガミ
「……」

足元で倒れている社長と呼ばれた男――【嵐】による犠牲者の一人。
【嵐】に苦しむ人々の救済となったのか?ヤミの命は救えたけれど……。
わたしが悩む一方で、ヤミは納得したようにわたしを見ながら言った。

ヤミ
「……貴女のその力は、やはり――ユリガミの【力】ですね」

――今更、何を言っているのだろう。
ヤミはわたしのことを知っているはずだが……。

いいや、願いをしくじったが故の嫌味なのかもしれない……。

ユリガミ
「……ヤミ」

そして、わたしは、ヤミに話しかけようとして……。

798 名前:SNO:2020/12/13(日) 22:07:07.204 ID:fi9QPJ.M0
さようなら作者……。

799 名前:きのこ軍:2020/12/13(日) 22:19:16.152 ID:T3i7ldrEo
底が見えなくて実にいい。

800 名前:Route:C-13:2020/12/14(月) 21:56:17.812 ID:5sApY14E0
Route:C


                   Chapter13

801 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 21:57:44.393 ID:5sApY14E0
―――――。

わたしは……どこかのビルの駐車場を歩いていた。
ヤミはどうなったの……?そう思っていると、人影を視認した。

???
「誰――?」

……それはヤミではなかった。
女性の声に、わたしはびっくりして、立ち止まる。

???
「貴女は――」

ぬっと、姿を現した女性は、わたしを見定める様に眺めるかと思うと―。

???
「…ごきげんよう、お嬢様」

そう、わたしを呼んだ……。

802 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 21:59:23.758 ID:5sApY14E0
彼女の髪は、シズやフチのように白く――
その目もまた、シズやフチのように漆黒の眼球と青白い瞳をしていた。

ふわりとした髪は背まで伸び、ピアスだらけの耳に、左手首に巻き付いた手首。
くるくると螺旋を描く髪と、紫色のレディーススーツからは高貴な雰囲気がある。

……しかし、右腕と両足は、機械であることを隠さない義肢で出来ていた。
すでに死した社長と同じような存在ということ……。
どこかチグハグな印象をわたしは覚えていた。

???
「弦夜――例のお嬢様です――
 ――私がついていますので、ご安心を」

女性は、他の誰かの名前を呼んだ。
それに呼応するようにコツコツと靴の音が響く……。
……そして足音が近づくとともに、サングラスをかけた白髪の男性が現れた。

身長はわたしよりも高い。黒いスーツとネクタイはビッシリと整い、
まさに上に立つもののような、帝のような雰囲気を醸し出している。

弦夜
「すまんな、サラ」

弦夜と呼ばれた男性は、女性をサラと呼んだ。


803 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 22:02:20.275 ID:5sApY14E0
ユリガミ
(あれ――)

……なんとも言えない違和感があった。
何かが噛み合わないような……それでも、弦夜と呼ばれた男性が、女性をそう呼ぶのなら間違いないだろう、とも思えた。

実に不思議な感覚だった。
わたしにとって、彼らは敵ではない――そう本能が告げていた。

弦夜
「ふむ……
 なるほど、そういうことか――」

弦夜は、見定める様に男はわたしの身体をじろりと見て――わたしの首を見たとたん、納得したように頷いた。
その視線に合わせる様に、わたしの手が首筋をなぞったとき、わたしもまた納得した。

サラ
「流石は、女神の血を引くだけはありますわね――【勾玉】を持っていても、問題がない様子です
 ……まぁ、危なっかしいことに、変わりないですわ……」

弦夜
「それにしても、きみがここに来るとはな――
 ――あちこちを彷徨っているとは聞いたが……確かなようだ」

首の【勾玉】を見て、彼らはこの場の状況を把握しているらしい。
会話内容から察するに、これこそがユリガミであることの証ということなのだろう。

それにしても、わたしをお嬢様と呼ぶなんて……彼らはわたしの素性を知っているのだろうか?


804 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 22:04:05.304 ID:5sApY14E0
サラ
「弦夜……お嬢様をどうします?」

サラは、生身の左腕で弦夜のタバコに火を着けた。
それはもはや日常動作であるかのように、自然と息の合った動きでもあった。

弦夜
「そうだな……」

煙を吐いて、弦夜は頷いた。

弦夜
「とりあえず……
 きみは、我が社――ルミナス・マネイジメントの警備をすり抜けてここに来たのは間違いない……」

その言葉で思い出した。彼は月詠弦夜(つくよみげんや)――ルミナス・マネイジメントの長。
企業のトップ。帝のような存在……だからわたしは上に立つものなのだと判断したのだろう。
そして、サラはそれを補佐する秘書だということも同時に思い出す……。

サラ
「そうですわね
 一応、素性を知ってはいますが――幸鉢の得た情報からも考えると……
 ……お嬢様を消したほうが、安全かと思いますが?」

――物騒な発言に、わたしの心はぴくりと跳ねた。
義体化された右腕は兵装であることには違いはない。
……顔色一つ変えずに、日常会話のように告げるサラは、今まで出会った男よりもぞくりとするものがあった。


805 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 22:05:47.653 ID:5sApY14E0
弦夜
「サラ……戯言はいらんだろう」

サラ
「あら、バレました?
 ふふふ、冗談ですよぉ、お嬢様……単に、弦夜とお話しするのに嫉妬してるだけですから♪」

それを手で制する弦夜。それに、サラの口ぶりからすれば、本気で殺す気はないようだ。
これがわたしを油断させる作戦かもしれないから、気を緩めることはできないけれど……。

弦夜
「それにしても――きみが、いろいろと動いているとは
 にわかには信じがたいが……」

二本目の煙草に手を付ける弦夜。サングラスの奥の瞳は見えない……。
ゆっくりと煙を吐き出すと、そう答えた。

弦夜
「そこらの強者に負けぬ【力】も備えているのは、間違いないようだが――」

サラ
「そうですわね――あの子も出し抜けるのは確実でしたわね」

見据えるような弦夜の言葉に、わたしに備わる【力】を思い返す……。
そうだ……わたしは太刀の腕に覚えがあるのだ……。
その腕で敵を打ち倒せるからこそ――ユリガミと、そう呼ばれるのだ。

806 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 22:06:26.464 ID:5sApY14E0
弦夜
「まぁ、それはともかく……聞きたいことがある
 きみは何のために戦っているんだ……?」

弦夜は、三本目の煙草を吹かしながら、本当に意外そうに……そう言った。
どうして、そんなことを言うのだろう……?わたしにはわからなかった。
わたしのことを知ってはいても、行動する理由を知らない――それぐらいしか、訊ねられた理由が思いつかなかった。

弦夜
「【彼女】は君の手によって死んだ――
 他にも、会議所の優秀な兵も、殺され……世界から希望が失われているその状況で
 きみは――何のために突き進むのか――その理由を聞きたい」

真剣に問う弦夜の言葉には重みがあった。
それは帝としての、上に立つものとしての立ち振る舞いのようにも見えた。
いまだにサングラスの奥の瞳は見えないが……おそらくはその眼もまた真剣なのだろう。

わたしは――どうしたいの――?
いいや、悩む理由はない。わたしにはたった一つの単純な答えがある。


807 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 22:06:53.266 ID:5sApY14E0
ユリガミ
「真実を探すため――」

はっきりと、堂々と――わたしは彼らに答えた。

弦夜
「そうか……」

彼はどこか静観したような言葉を返すと、吸い終わった煙草を携帯灰皿に放り込んだ。

サラ
「あらあら、お嬢様は自信たっぷりのようですわね」

そして、にっこりと口を緩めたサラが、携帯灰皿を回収する……。
ふたりはわたしの言葉をどう受け止めているのだろうか……。


808 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 22:07:20.832 ID:5sApY14E0
弦夜
「……それがきみの望みなら、俺はきみには干渉はしない
 これ以上……我が社に敵対しなければ、の話だが
 サラの方はどうするかは分からんが」

サラ
「ふふふ、弦夜の言葉は絶対ですもの――
 私も、お嬢様に手出しはできないですわ、ふふふ……
 まぁ、貴女の【力】は危険ですから、個人的には無力化ぐらいはしたいですけど♪」

真剣で重苦しい弦夜と対比して、サラの言葉はひどく明るく、それが逆に恐ろしさを際立てていた。
それでも……わたしは真実にたどり着かなくてはいけない。
だからこうやって前に進んでいるのだから。


809 名前:Route:C-13 みかどの けつみゃく:2020/12/14(月) 22:07:59.242 ID:5sApY14E0
弦夜
「――さらばだ」

サラ
「また会うかは分かりませんが――雑魚相手にはやられないように」

そして――ふたりは投げ出すように、突き放すようにわたしにそう言い残すと、その場を立ち去って行った。
サラは弦夜の腕に縋りつき……弦夜はそれを突き離そうとせず、そのままに……。

革靴のカツカツとした靴音と、義体由来の金属のコンコンとした足音が辺りに響く。
立ち去る彼らの背中は……少し孤独に見えた。

――わたしは、遠くなるふたりの背中を、ぼうっと見つめていて……。

810 名前:SNO:2020/12/14(月) 22:08:27.031 ID:5sApY14E0
しまったぁ・・・久しぶりに出るキャラにふりがなをつけていなかったぁ・・・

811 名前:きのこ軍:2020/12/14(月) 22:24:35.359 ID:.QutmfHso
気にかけてしまっているようでまじすまない

812 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:35:02.178 ID:HQUkm.VM0
Route:C


                   Chapter14

813 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:36:50.841 ID:HQUkm.VM0
――――――。

相も変わらず、わたしはこことは違うどこかに居た。

???
「やっと、見つけたわよ!」

鬱蒼とした森の中――わたしの前には、小柄なエルフの少女――。
金色の髪の毛と、紅蓮の瞳――そこには、強い意思のようなものを感じられる。

???
「貴女があの女を殺した張本人ね?」

ユリガミ
「え……?」

いきなり、そんな質問をする彼女は何者?
――あの子のことを尋ねているのは、間違いないのだけれど。

???
「え、じゃないわよ 
 たとえアンタが虎であっても、龍じゃないわよねっ!」

まくしたてるように少女は、地団太を踏む。
彼女は……龍虎の関係でも、語ろうとしているの……?

814 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:39:19.549 ID:HQUkm.VM0
わけがわからない……。
わたしの記憶うんぬんとはまた別の方向性で、悩みの種が増える感覚。

ユリガミ
「――あなたは、龍なの?」

――わたしは思うがままの言葉を呟いた。
それは深慮もなければ思案もない、ひどく単純な言葉でもあった。

フィン
「そうよ、だってわたしはフィン・ジェンシャン――
 名前からして、龍にふさわしいもんっ!」

しかし……わたしの回答に、彼女は否定する素振りはなかった。
わたしの考えは合っていたらしい。

肯定するような返答を終えると、フィンと名乗った少女は腕を高く掲げた。

――とても、嫌な予感がする。
わたしはフィンの一挙手一投足を注視しながら、太刀を構えた。


815 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:42:35.492 ID:HQUkm.VM0
瞬間、空は暗雲に染まり、いきなり大雨が降りだした。
さらには雹、吹雪、落雷、嵐……ありとあらゆる天候が、わたしに襲い掛かる!

ユリガミ
「くっ――」

迫り来る天候の変化は、わたしを、周り全てで押し流そうとする――。
雷はわたしを消さんとばかりに宙を駆け巡り、水はわたしの足を止め、風はわたしを吹き飛ばそうとし、霜がわたしを縛り付けようとする。
彼女は、龍と名乗ったが――なるほど確かに、この【力】は龍のものと言っても変わりない。

フィン
「トリプルキーック!」

天候変化に交えて、蹴りが三発。

フィン
「波乗り――!」

さらに、水しぶきに乗せた攻撃が一発。だが、こちらの攻撃は武術――捌くのはたやすい。
致命的な一撃を受けず、軽い傷で受け流すことはわたしにとって難しくはなかったが……。

フィン
「おりゃーっ!」

――天候を操ることに関しては、反撃の糸口が見つからない。
遠距離から攻撃してくる相手でも、弓や銃やらならば、本人の筋肉の動きから軌道を推察できる。
しかしフィンのそれは、一挙手一投足が読めない。人智を越えた【力】であることしか分からない。

816 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:45:26.741 ID:HQUkm.VM0
――雨は相変わらず降り注ぐ。
身体に対する影響も計り知れない。体温は確実に奪われている。

……こんなところで倒れるわけにはいけない。
わたしは真実にたどり着くまでは、前へ進み続けなければならない。

――わたしとフィンの戦い。
互いに決定打は与えられないものの、戦況としてはわたしのほうが不利だった。

武術は悪天候の中でも戦える余地があるけれど……
この悪天候は、ある程度予測できる範疇にはない……。

それでも、わたしは耐えていた。
それはあの子への贖罪と真実へ向かう気持ち――そして、【嵐】を倒してほしいと願った人々の思いによって……。

817 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:50:02.173 ID:HQUkm.VM0
フィン
「武術は、荒れ狂う天候の前では――すべてを洗い流す力の前では無力なの
 それなのに……あたしのライバルは皆いなくなっちゃう――屏風の中に掻き消えてしまうんだもん
 だから、あんたで憂さを晴らしてやる!」

フィンの言葉に、どこか既視感がある。それは――

???
「ははは……当然でしょう?
 これは私の持論ですが、いかなる武術を極めようと、それを押しつぶす【力】があれば無意味になりますからね」

わたしに襲い掛かってきた大男の発言だった。フィンの言い分は、まるで大男の同胞のよう。
そして、さらに天候を操る【力】を持つ。フィンも、【嵐】の一員なの――?

フィン
「アイスボールっ!」

ユリガミ
「くっ!」

考えている間にも、絶え間なくフィンの攻撃――すなわち天候操作と武術による攻撃が続く。
軌道がまったく予測できないものもある。
わたしに出来ることは、攻撃の意思を感じ取るだけ。

フィン
「ボルテッカーッ!」

雷を纏った突進。こちらは、武術と【力】の合わせ技!
武術による攻撃なら予測もしやすいのに、別の【力】になると――相手の殺気を読むぐらいしか対処方法はない。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

818 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:50:21.501 ID:HQUkm.VM0
ユリガミ
「――――っ」

体力が奪われてゆく。それは自然を操る【力】、武術ではない、【力】に――。
あの男の言う通り――全てを押しつぶす【力】こそが、全てということ?

どうにかフィンの攻撃をやめさせたいが、太刀を振るえる範囲には居ない。
今、飛び道具を使っても、天候操作で逸らされる可能性が高い。わたしはどう切り抜ける――?

フィン
「今、知ってる情報から推測すると――
 アンタには、必ず勝って――強くならなきゃいけないのっ――」

フィンは、悲愴に染まった感情にまかせて吹雪を起こした。
濡れた髪の毛や、服が凍りつき、またたく間にわたしの動きが制限される。
もはや、わたしに打つ手はないのか――?


819 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:50:52.683 ID:HQUkm.VM0
その時――。

ユリガミ
「――いいや、違う
 人智を越えた【力】というのは、天候操作ではない」

わたしは、確かにわたしが紡いだ――しかし、わたしが紡いだわけではない言葉をフィンに投げかけた。
それは――まるで、別のわたしが喋ったかのようにも思えた。
フィンに向ける表情すらも、わたしの意思ではないよう……。

フィン
「!?」

フィンの表情が固まる。まるで、自己を否定されたかのような、絶望にも満ちた表情が顔に張り付いていた。
それに付随して、一瞬だけ彼女の動きも固まった。


820 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:52:02.520 ID:HQUkm.VM0
フィン
「フン、なによ――あいつみたいなことを言って……
 あたしのこの【力】だって強いのよ!」

フィンは、すぐにわたしを見据え、再び攻撃を仕掛けようとした。
しかし冷静さはわずかに欠けている。その――やや欠いた状態。
それはわたしにとって充分なほどの猶予だった……。わたしは、太刀と鞘とをフィンに投げつけた。

フィン
「―――えっ!?」

宙を舞う刀と鞘。それと同時に、わたしも地を駆ける。
フィンが視認する、3つの標的……それに眩んだ一瞬で十分だった。
わたしは、フィンの鳩尾に、一撃を加えた。


821 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:53:10.749 ID:HQUkm.VM0
フィン
「うう――ひきょーもの……っ」

その一撃で、ぱたりと、フィンは崩れ落ち――地面に倒れた。
……同時に、天候も元通りに戻った。急激に、冷えていた外気が元に戻ってゆく。

ユリガミ
「はぁ――はぁ――」

疲労感。身体がひどく重い。
ありえない気候の変化に晒されたからか。厄介な相手だったからか……。

気絶したフィンの傍にゆっくりと歩み、彼女の脈を確認した。
――彼女は、気絶しているだけだ。何故かわたしはほっと胸をなでおろした。
どうして、こんな気持ちになるのだろう。


822 名前:Route:C-14 ぐれんの しょうじょ:2020/12/16(水) 21:53:24.464 ID:HQUkm.VM0
ユリガミ
「やっぱり……あの子をこの太刀の刃で斬ったから?」

地面に落ちた太刀を拾い上げながら、わたしはぽつりと呟いた。

彼女が、【嵐】だったのかは分からない。
それでもわかる事は一つだけあった。
わたしは人智を越えた【力】を知っているということだ。

そう。
そ れ を わ た し が 一 番 よ く 知 っ て い る の だ か ら …。

空は、フィンを撃破したからか、暗雲が消えうせていた。
わたしは、ゆっくりと森の向こうへと歩き始めた……。

823 名前:SNO:2020/12/16(水) 21:53:55.699 ID:HQUkm.VM0
女の子バトル!

824 名前:きのこ軍:2020/12/16(水) 22:15:38.983 ID:khWqlFOAo
フィンの意味不明な感じな。

825 名前:Route:C-15:2020/12/17(木) 22:45:25.215 ID:ZkxNVsXY0
Route:C


                   Chapter15

826 名前:Route:C-15 ぶこつな もののふ:2020/12/17(木) 22:45:42.689 ID:ZkxNVsXY0
――――――。

ここは――何処かの廃工場か。
もはや……わたしは、見知らぬ場所に居ることにすっかり慣れ切っていた。
そしてあたりの様子を伺う……そこには一人の男性が佇んでいた。

シルクハットをかぶった、軍服の男性。
――わたしに襲い掛かってきた男とは雰囲気が違う。

鍛えられた肉体と、整えられた口ひげは、真摯に物事に向き合い、欲を制する直向きさが伺えた。
彼もまた、シズやフチのような白髪と、漆黒の眼球と青白い瞳……。

この場所に誘われた――ということなのか、あるいはわたしがこの場所に誘ったのか――。
最も、その理由を問う必要はない。わたしは、警戒するように男性を見つめていると……。

827 名前:Route:C-15 ぶこつな もののふ:2020/12/17(木) 22:50:19.654 ID:ZkxNVsXY0
???
「ようやく、君を見つけることができた……
 早速、本題に入ろう……」

男性は、丁寧に語り掛けた。
この男性は、今までに見た男の中では少なくとも弦夜に近い人間だろう。

???
「君は……【会議所】から出てきたと聞くが――
 【彼女】はどうなったか、知っているか?」

しかし、彼はわたしを責めるような言葉を、淡々と告げた。
それは、胸をえぐり取られるように、ひどくわたしの心を揺さぶった。
あの紅い月の光景が頭をよぎり、頭痛がわたしを苛む。

頭を押さえるわたし……目の前が紅く染まっているような気がする……。

???
「大丈夫か……?」

心配そうに眉を顰める男性。
しかしその表情に打算のようなものはない。本気で心配しているように思える。

彼は、心配こそしても、わたしには触れようとしなかった。
恐らく、わたしには指一本触れないという意思があるもかもしれない。

その様子を見ていると、急に冷静になった。
すうっと頭痛が引き、わたしの口からすらすらと言葉が紡がれた。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

828 名前:Route:C-15 ぶこつな もののふ:2020/12/17(木) 22:52:11.825 ID:ZkxNVsXY0
???
「俺は、ルミナス・マネイジメントの人間として――【会議所】での出来事を、調査している……
 【彼女】が死んだ時間帯に、君らしき人物が走り去っていった――とのことで、君を探していた……」

重々しく、渋い声で男性はわたしにそう答えた。
それにしても、ルミナス・マネイジメントの人間だとは……だから弦夜に近しい存在と感じたのだろうか。

彼の語る……【彼女】の死。
そうか……あの子の……ことを……。

???
「【彼女】は、君が殺したのか?」

――彼は厳しい声でその質問を投げかけた。
それはわたしの心を鋭く貫く。とてもとても――重々しい楔を打ち付けられた感覚でもあった。

それでも、事実であることにはかわりがない。

ユリガミ
「……ええ
 わたしが、彼女を……この手で斬った」

だから、彼の質問にわたしは頷いた。
認めなくてはいけない。わたしが真実を目指す根源から目を背けてはいけない。

829 名前:Route:C-15 ぶこつな もののふ:2020/12/17(木) 22:55:44.012 ID:ZkxNVsXY0
???
「そうか……君が……
 俺には信じられないが、君がそう認めるのなら――そういうことなのだろう」

彼もまた、短く頷いた。
その顔には陰が落ち、表情は読めないが……どこか達観したような雰囲気もあった。

ユリガミ
「わたしを……どうするの……」

――少なくとも、わたしは真実を探さなくてはいけない。
もしここで尋問をされたりしたら、真実に向かえなくなる。
場合によっては……この男性を……。

???
「……君をどうするかだが
 俺は何も関与しない――ほかの余罪はなさそうだからな――」

――そう思っているわたしにとって、彼の答えは意外なものだった。

ユリガミ
「わたしを……見逃すの……?」

???
「……俺の任務は、調査だけだ
 それ以上のことは命令されていない」

……わたしは内心ほっとしていた。
この男性は、わたしにとって敵とは思えなかったから。
たとえわたしを探していても、戦いを避けられるのはありがたかった。

830 名前:Route:C-15 ぶこつな もののふ:2020/12/17(木) 22:58:15.499 ID:ZkxNVsXY0
しかし、男性は腕を組み、何かを思案していた。
その答えが見つかったのか、ひとつ頷くと……。

???
「しかし、一つ君に忠告するとしたら――
 フィンというエルフの少女には気を付けたほうがいい」

わたしに、そう告げた。
フィン――天候を操る【力】を持つ少女。
しかし――打ち倒したはずではないのか。

???
「【彼女】を殺したと知れば……その怒りをぶつけるだろうからな」

――フィンを殺さなかったことで、面倒事になったのかもしれない。
……それでも、わたしはフィンを殺さなくてよかった。そう思う。

もし、殺していたりしたら……。あの子の時の二の舞だから。

その他、【嵐】のメンバーや、長身の達人の男、巨大なケダモノ……記憶にない部分で倒し、命を奪った者もいるかもしれない。
それでも――わたしの中では、殺すべき存在と、殺したくない存在が――あいまいながらも位置付けられていた。

あの子も……後者だったのに……わたしは手にかけていた。
それでも、落ち込んではいられない……きっと、殺したくない存在だからこそ、わたしが真実へ向かう理由なのだから。

831 名前:Route:C-15 ぶこつな もののふ:2020/12/17(木) 23:01:29.114 ID:ZkxNVsXY0
???
「彼女の【力】は、厄介なものだからな……」

――その言葉はすでに理解できていた。フィンとは一度戦ったのだから。

ユリガミ
「……そうね」

少し俯きながら、彼の言葉にわたしはうなずいた――。
わたしはフィンを打ち倒したから。それなのに、彼がわたしにこう告げるということは――。
いずれ、彼女と再び会い見える――そういうことなのだろうか。

???
「……命には、気を付けろ
 俺は……年頃の乙女が消えるのは、まっぴらだからな……」

相変らず、彼女が【嵐】がどうかは分からないけれど。
それでも……わたしは進み続けなくてはいけない。
彼の、後悔の念の籠った……低い声を背に……。

わたしはその場を後にし、進み続けた。
彼の姿はすでに遠くなっていた。追いかける素振りもない。

――真実は……。わたしのたどり着くべき真実は……。
恐らく――もうすこしで――。

832 名前:SNO:2020/12/17(木) 23:02:13.908 ID:ZkxNVsXY0
これは秘密だけどあと数回の更新で終わるらしい?

833 名前:きのこ軍:2020/12/17(木) 23:33:45.855 ID:jR4GfnqUo

ん?もしかしてすみれじゃない…?

834 名前:Route:C-16:2020/12/18(金) 23:34:06.344 ID:z.2MHdwo0
Route:C


                   Chapter16

835 名前:Route:C-16 ひげきの しらせ:2020/12/18(金) 23:35:10.676 ID:z.2MHdwo0
――――――。

もう、何度目だろうか……。
わたしは、また何処かわからない場所に居る。そこへ行くまでの記憶がないことも、相変らずだ。

舗装された――とは言え、ところどころボロボロの街をわたしはふらふらと彷徨うように歩いていた。
この街の様子も……【嵐】によるものだろうか……?

そばには電気屋の店頭があって……置かれているクリスタル・テレビジョンからは、様々なニュースが流れている。
――わたしは、亡者のような足取りをしつつ、横目でその映像を見ていた。


836 名前:Route:C-16 ひげきの しらせ:2020/12/18(金) 23:37:33.412 ID:z.2MHdwo0
キャスター
「緊急ニュースが入りました
 悲劇の報せです――
 ……【会議所】の兵士、集計班さんと¢さんが【嵐】によって暗殺されたとのことです――」

わずかに動揺した、キャスターの語りとともに、ふたりの顔が映し出された。
……それは青髪の男性と、黒髪の男性――。
どちらとも整った顔をしている……。

ユリガミ
「っ……!?」

その顔を見た途端、ずきり、とわたしの頭は痛み出した。ぶるぶると体も震え始めた……。
からからに口が乾く……だらりと汗が背中を伝う……わたしの肉体はとても不吉な予兆を覚えていた。

……わたしには彼らに心当たりが全くない。
それなのに、この身体は明らかに動揺していた。

いったい……どういうことなの……。

ユリガミ
「はぁ……はぁ……」

胸を押さえながら……わたしは足を止めていた。

わたしが混乱している間にも、報道は続いていて……。
映像の中ではもみあげの目立つ男性――B`Zが神妙な顔でキャスターの質問に答えていた。


837 名前:Route:C-16 ひげきの しらせ:2020/12/18(金) 23:39:16.962 ID:z.2MHdwo0
キャスター
「【会議所】では、この事件をどう受け止めていますか?」

B`Z
「会議所の兵士がここ最近暗殺される事件が増えています
 ベテラン兵、新人兵を問わず――誠に遺憾であります」

キャスター
「なるほど
 それでは、今後の【会議所】の動向についてお聞かせ願えませんか?」

B`Z
「はい、我々は頑固、【嵐】には屈せず、【会議所】の維持に努める所存でございます
 きのたけ理論を維持することがこの場所の役割にもなるのですから」

キャスター
「ありがとうございました――
 次のニュースです――」

映像に映ったB`Zの表情は、絶望の中でも立ち向かおうとする意志が感じられた。
わたしも――似たようなものだろう。

……わたしは、真実を見つけるのが【終わり】になるけれど。

838 名前:Route:C-16 ひげきの しらせ:2020/12/18(金) 23:44:02.705 ID:z.2MHdwo0
……会議所の兵士は、ニュースの内容やB`Zの口ぶりからすれば、次々と死んでいるらしい。
わたしの手に負えない部分で――悲劇が起きている。

胸の苦しみは相変わらず。悲劇の報せはわたしの心を負の方向へと蝕もうとしている。
わたしは会議所の一員という社長なる男を守ることはできなかった。
……その後悔によるものか。それほどまでに――わたしは役目を果たせていないのか――。

ヤミがわたしに願いを託していたのは……そういった可能性を危惧してのものだったのだろう。
……守ることができていない。マイのことも、はっきりとわかっていない。

ユリガミ
「……わたしはどうすればいいの?」

ぽつりと、悩みがこぼれかけた。
そして【勾玉】を祈るように握り締める。

ユリガミ
「――っ」

しかし、その悩みは――すぐに吹き飛んだ。
悩むな。そこで立ち止まっても、真実におそらくたどり着けるものではない。
真実にたどり着くためには、前へ進む以外の方法はないのだから。

わたしは――その本筋を忘れてはいけない。
悲劇に心を痛め、足を止め、その本筋を忘れてはいけないのだ。

……犠牲者は増えてしまった。
それでも、わたしには、わたしができることをする……。
これが、わたしにできる精いっぱいのことだから……。

839 名前:SNO:2020/12/18(金) 23:45:25.642 ID:z.2MHdwo0
カスでは今絶賛活躍しているお方が…

840 名前:きのこ軍:2020/12/18(金) 23:55:31.526 ID:lMa9vqFIo
あっさりと逝って悲しいなあ

841 名前:Route:C-17:2020/12/19(土) 12:46:34.787 ID:UCu58hcA0
Route:C


                   Chapter17

842 名前:Route:C-17 いわやまの しとう:2020/12/19(土) 13:01:51.579 ID:UCu58hcA0
――――――。

ドッグオンと轟音が鳴り響き、砂煙が舞い上がる光景が、わたしの目の前には在った。

ユリガミ
「――っ!?」

突然、破壊音がわたしの耳に響いた。
土をえぐるような音。水しぶき。刃が何かを切り裂く音……。

……誰も目の前には、居ない。そもそも街とは全然異なる場所だ。
ここは――険しい岩山の中腹らしい……。

この頂には、何かがあるのだろうか。
破壊音のした方角へと、わたしは近づいてみた。


843 名前:Route:C-17 いわやまの しとう:2020/12/19(土) 13:05:30.627 ID:UCu58hcA0
わたしに襲い掛かった長身の男が、タキシードを着た銀髪の男と戦っていた。
……何故か、消し飛んだはずの長身の男の腕は――まるで何事もなかったかのように、存在していた。

どうして――?それを思うまでもなく、戦いは目まぐるしく進んでいた。

銀髪の男
「戦闘術【魂】――ストーンエッジ」

石の刃が長身の男に襲い掛かる。しかし、長身の男もまた石の刃を操り、相殺した。

銀髪の男
「――やっぱりお前は、ふざけた態度だろうと達人なことに変わりはないな」

???
「はっはっは――筍魂さん――いつもはおちゃらけているあなたの方だって達人であることは変わりはないでしょうが」

筍魂
「チッ――俺のように、武術に関して愚直に追い求めないてめェの態度が嫌いなんだよ」

筍魂と呼ばれた男は、舌打ちをしながらも、構えを崩さない。
――相変らず、長身の男は、おどけた口調をしながらも、構えの姿勢自体は解いていない。


844 名前:Route:C-17 いわやまの しとう:2020/12/19(土) 13:12:49.795 ID:UCu58hcA0
これは、達人同士の戦い。わたしの時とは違い同門対決だ。
二人とも、戦闘技術は同じぐらいに高められている。

――違うのは、武術に対するスタンスのみ。それぞれの意思のぶつかり合いとも言えた。

筍魂
「戦闘術【魂】――マッハパンチ!」

???
「戦闘術【魂】、燕返し」

筍魂の神速の突きに合わせて、長身の男が手刀で切りつける!

筍魂
「なんて面倒な奴だ、お前は」

筍魂の腕からは、わずかに出血――一方で、長身の男の手からも出血していた。

???
「いやいや――カウンターをしたにも関わらず、一撃を貰った側からすれば、あなたの方が面倒ですよ」

出血した手をばたばたと振りながら、不敵に長身の男は笑った。


845 名前:Route:C-17 いわやまの しとう:2020/12/19(土) 13:16:27.448 ID:UCu58hcA0
筍魂
「フン――武術は【力】よりも優れた存在であることを――」

???
「ははは――優れた【力】こそが真の強さだということを――」

筍魂・???
「示してやるッ!」

長身の男は、再び薬を自己注射し、ケダモノのように変化した。

筍魂・???
「うおおおおおーーーッッ!!」

二人がぶつかり合う。わたしは――ただその光景を見るばかり。
岩が削れて舞う砂塵が、二人の影を映すだけ。

そして、その戦いの結末は――

筍魂
「戦闘術【魂】――風起こしッ!!」

その渾身の攻撃は、長身の男に直撃した――!

???
「ああ、残念――私、痛覚も切ったので――
 お返しです、戦闘術【魂】、ブレイズキック」

だが……筍魂の渾身の一撃を、長身の男は変化させた肉体で受け切り、
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

846 名前:Route:C-17 いわやまの しとう:2020/12/19(土) 13:18:40.962 ID:UCu58hcA0
筍魂
「ガハッ――」

血を吐きながら……筍魂は奈落の底へと消えていった。
わたしは――呆然と、とうまきにその光景を眺めているだけだった。

???
「ハハ、ハハハハハハ――防御を考えなくてもいい――
 【力】は、鍛錬でようやくたどり着くことのできる技術をすっ飛ばせる――
 フフ、フフフフフフフフフハハハハハハハハハーーッ」

納得したためか、男は高笑いをしながら崖下を見つめていた。

???
「あの女神の【力】のように――私の考えは、正しいようですね」

――その言葉は、わたしの心をひどく動揺させた。
わたしは――こいつの信念に――褒め称えられている――。

847 名前:Route:C-17 いわやまの しとう:2020/12/19(土) 13:20:04.389 ID:UCu58hcA0
そして男はわたしに目もくれずに立ち去ってゆく。

わたしは――いったい――どうしてこんなやつに――。
どうして――?

ユリガミ
「……っぁっ!」

それを考えようとすると、頭痛がひどくなる。
まるで、思い出してはいけない記憶に触れたように。

ユリガミ
「くっ――」

近くの岩に腰掛けながら、わたしは頭痛が治まるのを待っていた。
ふと見上げた月は弓を張った月が天に浮かんでいる。

あの満月の日から――あの子を切ったときから、どれだけ時が過ぎたのだろうか――
そんなことを考えながら、わたしはただ、ただ――月を見上げていて……。

848 名前:SNO:2020/12/19(土) 13:20:19.282 ID:UCu58hcA0
メリバになるのかなぁ?

849 名前:きのこ軍:2020/12/19(土) 17:14:26.997 ID:nqgeZCUYo
メリバじゃなくてバッド直行定期

850 名前:Route:C-18:2020/12/19(土) 17:34:39.940 ID:UCu58hcA0
Route:C


                   Chapter18

851 名前:Route:C-18 いばらの じょうへき:2020/12/19(土) 17:42:14.701 ID:UCu58hcA0
――――――。

わたしの目の前には、【会議所】があった。
わたしは、ついに――ここに辿り着いたのか。夜空の下で、わたしは【会議所】を見上げていた。

――どれほど、わたしはここまで時間をかけたのだろうか。
数々の人が死んでいった。わたしの――【嵐】への抵抗は意味があったのだろうか。
そもそも……本当に、ここがわたしのたどり着くべき場所なのか。

……もはや、そんなことはどうでもいい。
わたしにできることは、真実に辿り着くために、前へ進むこと。

――疑うのは、【会議所】を調べてから。そうしてから、情報をようやく精査できるのだから……。

わたしは、【会議所】を、眺めた。
背後にそびえる岩山と、同じぐらいの城壁――しかし、ところどころヒビが入り、茨が絡み付いていた。

これは、【嵐】の攻撃によるものなのだろう。
背後にそびえる岩山は、筍魂と長身の男の戦った場所だろうか。


852 名前:Route:C-18 いばらの じょうへき:2020/12/19(土) 17:42:36.855 ID:UCu58hcA0
……わたしは、【嵐】と戦いながら、失った記憶に苦しみながら、辿り着いた。
あの子を――この手を斬った理由を求める為に。

それは、わたしが納得するだけの自己満足かもしれない。
それでも――向かう必要がある。それが、あの時死ぬことができなかった意味なのだろうと感じた。

ユリガミ
「――っ!?」

足元に目をやろうとして、わたしは、反射的に目を閉じた。
それは何かから逃げる合図のようにも思えた。

眼前には暗黒の世界が広がり、びゅうう――っと風の音が耳を通り過ぎる。
わたしを呼び止めるかのように、風が吹いていた。

わたしの服の裾や、肩まで伸びた黒髪が風になびいて揺れている。
――わたしは、風で揺れる髪の毛を片手で抑えながら、ぐっともう片方の手に力を込める。


853 名前:Route:C-18 いばらの じょうへき:2020/12/19(土) 17:43:33.483 ID:UCu58hcA0
ユリガミ
「だめ――逃げてはいけない――」

――わたしは、真相に近付いている。そんな予感があった。
それなのに、どうしてこんなにも不安な気持ちになるの?逃げたくなるの?

……わたしは、自然と【勾玉】に手を寄せていた。

ユリガミ
「どうか、わたしが真実を見つけられますように――」

わたしは、胸元の【勾玉】を握りながら、祈った――それはわたし自身への願いでもあった。
……その祈りが届くのかは分からない。

――それでも、祈念することはわたしの心を落ち着ける一要因にもなった。
この気持ち――これが、人々がわたしに願いを託した時の気持ち?

854 名前:Route:C-18 いばらの じょうへき:2020/12/19(土) 17:45:32.946 ID:UCu58hcA0
――わたしはユリガミという女神として、願いを託される存在。
……恐らく、これまでも、そしてこれからも――わたしはそう呼ばれるのだろう。

――ある時では魔女と呼ばれるかもしれない。
でも――ここまでわたしが来れた理由。それはわたしが前に進むことを信じ続けてきたからだ。

その姿勢もまた、女神として称えられる要因のひとつだと、わたしは思っていた。
だから、わたしも祈ろう――わたし自身に。これから先、真実に辿り着けるように。

ユリガミ
「行こう――真実を見る為に」

――ようやく、目を開けることができた。
そしてわたしは前を見据える。広がる光景は【会議所】――茨の城壁――。

風にわたしは逆らう。意思は揺ぎ無いこと見せるために。
一歩、一歩――わたしは足を進め始めて……。

855 名前:SNO:2020/12/19(土) 17:46:05.627 ID:UCu58hcA0
茨の城壁と書いて茨城――書き込んでいるときに思いついた。

856 名前:きのこ軍:2020/12/19(土) 17:48:20.697 ID:nqgeZCUYo
納 豆 要 塞
それはさておき、会議所が最終決戦てことはもう陥落してますね…ほとんど生き残ってなさそう。

857 名前:Route:C-19:2020/12/19(土) 20:23:51.907 ID:UCu58hcA0
Route:C


                   Chapter19

858 名前:Route:C-19 しんげつの ちだまり:2020/12/19(土) 20:26:59.934 ID:UCu58hcA0
――――――。
ここは、あの子を斬ったあの中庭のようだ。
茨の巻き付いた城壁の中――すなわち、ここが【会議所】ということ?

ユリガミ
「……あの子を斬ったのは、【会議所】だったのね……」

一人ごちったわたしは……ひどく、疲れ切っていた。
わたしの始まりは、わたしの終わりでもあった――そういうことなの?

わたしは【逃げた】場所へと戻ってきている――そういうことなの?

ふと――ぽたりと、液体が滴る音が聞こえた。
それはとても近く――わたしの腕から。

――はっ!

わたしはすぐに両手を挙げた。
――そして、すぐに気が付く。わたしは――再び、血にまみれていた。
赤く、金気臭い液体が、わたしの身体を染め上げていた。

ユリガミ
「え――どうして――」

ぽた――ぽた――っ。困惑するわたしをよそに、紅い液体は地面へと散らばる。
わたしの衣服の裾から、血の雫がぽたぽたと流れ落ちてゆく……。

どういう、こと、なの……?
わたしは、記憶を失っている間に誰かを斬ったの……?


859 名前:Route:C-19 しんげつの ちだまり:2020/12/19(土) 20:28:34.051 ID:UCu58hcA0
どくん――どくん――
急に、心臓が早鐘を打つように脈打ち始める。
血に染まった事実が、胸をかき乱そうとしている。

いったい――何があったの……?
社長を殺害した男……【嵐】のメンバー……長身の男……醜いケダモノ……
彼らと相まみえたとき、わたしは返り血の一滴すらも浴びてはいない。

返り血を浴びたのは――
わたしが、血に染まったのは――

思い出そうとするだけで、身体が震える。
ぶるぶると――がたがたと――わたしは身震いする。

さあっと、体温が下がる感覚もあった。
凍てつく雪山の中に放り出されたかのように――。

横たわる少女の亡骸――あの子を斬った感覚は、覚えてはいない。
どうしてあの子と戦ったのか――それも、覚えてはいない。

それでも、あの紅い月と返り血は覚えていた。
……わたしは不安でたまらない。どうしようもない不穏な気配があった。

860 名前:Route:C-19 しんげつの ちだまり:2020/12/19(土) 20:31:30.374 ID:UCu58hcA0
ふと、わたしは天を見上げた。
天上に広がる夜空には、星々が瞬いてはいるけれど、月はいない。
満ち欠けを永遠に繰り返す金色の鈴は、完全に欠けていた。

血染めのわたしと、満ちた――あるいは欠けた月――。
朔の夜と望の夜は、血染めのわたしを境に鏡合わせになっていた。

ユリガミ
「――わたしは、どうして……」

血に染まったことが、どうしてこれほどまでにわたしを動揺させるの?
あの子の出来事は、それほどまでに――わたしが畏怖するまでの記憶になっているの?

――その瞬間、何かの光景がわたしの中を駆け巡った。
それは戦いの光景――ふたりの人物の戦い――ああ、これは――。

ユリガミ
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

ひどく、わたしは動揺していた。
この先は――わたしのたどり着くべき場所のはずなのに――
真実に近づいているのに――どうして、一歩が踏み出せないの?

――逃げたい、そんな気持ちが心の中にあった。
わたしは……たまらなく、恐怖に打ちひしがれていたのだ。

わたしは――真実から目を逸らそうとしているの?
今、此処で起きていることから目を逸らそうとして、何も考えないようにしているの――?

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

861 名前:Route:C-19 しんげつの ちだまり:2020/12/19(土) 20:38:40.773 ID:UCu58hcA0
……………。

それは、まるで赤子が乳を求めるかのように。
それは、とても原始的な行動だった。

……わたしの手は、滑らかに動き、胸元の【勾玉】を握った。

この【勾玉】はとてつもない【力】がある――。

――そうだ。それは、わたしが一番知っている。

――そうだ。だから、わたしは――。

ユリガミ
「どうか――わたしに真実に立ち向かうだけの【力】を、わたしにください」

【勾玉】に込めてぽつりとそう呟き、再び祈りを捧げた。
それは、わたしに願いを託した人々のように……。

ふと、目の前の景色が、歪んだ気がした。
ぐらりと、景色が変わる。ぐらりと、空気が変わる……。
――ああ、この感覚は、幾度となくわたしは味わってきた感覚だ……。

そして………………。

862 名前:SNO:2020/12/19(土) 20:39:05.855 ID:UCu58hcA0
これは秘密だけど次で終わるかもしれない みんなには秘密だよ

863 名前:たけのこ軍:2020/12/19(土) 22:58:15.389 ID:l8lRnlf60
ようやくおいついたぞ
RouteCは時間軸を追える物がないから今後の章が出たら読み直さないと謎が多いな…

864 名前:きのこ軍:2020/12/19(土) 23:09:59.049 ID:nqgeZCUYo
読みが当たりそう

865 名前:Route:C-20:2020/12/20(日) 00:06:05.511 ID:RKGgwQgI0
Route:C


                   Chapter20

866 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:08:48.329 ID:RKGgwQgI0
――――――。

わたしは――薄暗い部屋の中に居た。ここは、地下室なの――?
近くには、本が山積みになった机がある。灯り代わりのランプの向こうは、薄暗く見えない。

……ここは、【会議所】の、何処かなのだろう。それだけは確固たる事実だと言えた。
――失った記憶の中にその答えや理由があるのかもしれないけれど、もうどうだっていい。
わたしは真実に近づいていることは間違いはないのだから……。

この場所は、真実にたどり着くために、重要な場所……それを、心か、あるいは身体か――そのどこかで理解していた。

――わたしの視線の先には、白髪の人物が居た。
その人物は、梔子の飾りの入った功夫服を着て、同じく梔子の飾りで彩られた棍を持っていた。

その顔は見えない。
伸びた前髪は、目を、鼻を、口を覆い、表情を――そして、性別をも完全に隠している。

その人物に――わたしは見覚えがあった。
その人物の名前……それは……。


867 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:13:59.062 ID:RKGgwQgI0
わたしが考えようとしたその時……。
だれかが、そこに割り込んできた。

そこには――神父装束の人物が、居た。
黒衣をはためかせながら、靴音を響かせ、ゆっくりと、ゆっくりと歩いてくる。

神父
「――無口さん、行方不明になったと聞いたが……
 ――死んでは、いないようだ……どうして最近この辺りをうろついている?」

神父装束の人物は白髪の人物を無口と呼んだ。
――無口?いいや、違う……わたしが知っているのはその名前ではない……。

白髪の人物の名前……わたしの頭の中はひどく矛盾に混乱しているが、結局、思い出すことはできなかった……。
そうしている間にも――わたしのことを意に介せずに、二人は対峙していた。

無口
「……」

白髪の人物……無口は、神父装束の人物の答えに何も答えなかった。

――その無口という名前のように。
口をなくした花の――梔子で飾られた名前の通りに――。

868 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:16:11.182 ID:RKGgwQgI0
神父
「まぁ、あなたは知っているとは思うが……私は黒砂糖――
 疑わしきは――とのことだから、あなたを始末させてもらう」

神父装束の人物――黒砂糖が宣言すると同時に、紫の雷は無口へと放たれた。

無口
「……」

しかし……無口も同時に紫の雷を放ち、相殺させた。

黒砂糖
「――その腕は、いなくなる前から変わらず
 研鑽はしているようだけれど」

無口は、漆黒の棍を……黒砂糖は、懐から諸刃の剣を取り出し、二人は同時にぶつかった!

鋼の刃と、棍が織りなす金属音。ふたつの得物の軌道は、鏡合わせのようにそっくりだった。
それは、黒砂糖の操る剣術と、無口の操る棍術が、同じ水準にあるとも言えた。

――長身の男や筍魂と呼ばれていた男も一種の達人だった。
わたしもそれに準ずる技術を持っている――そう言われたこともある。

恐らくは……無口と黒砂糖も同じ類の人物なのだろうと、直感で悟った。

無口の人物は、わたしの攻め方と、守り方――それを完全に模倣しているようにも思えた。
……無口がわたしの技術を見たのか?あるいはわたしが無口の技術を見たのか――?

869 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:18:26.477 ID:RKGgwQgI0
少なくとも、わたしは無口に見覚えがあるから、恐らくはどちらかなのだろうが……それがどちらかまでは思い出せなかった。

無口と黒砂糖は互いに攻守の応酬を幾度もなく繰り返していた。
すなわち千日手……ふたりとも傷すら負っていなかった。
体力を極力使わない立ち回りをしているから、息の切れる音一つもない。

黒砂糖
「コパンミジン」

黒砂糖
「ブラックサンダー」

黒砂糖
「アポロソーラーレイ」

黒砂糖
「アスタフリスク」

炎に雷、光に闇――矢継ぎ早に魔術の連撃を加えながらも、剣で切りかかる。
淀みない動き。スキもなければ、無駄もない。完成された動きといってもいい。

最も、それは無口にも言えた。相手の突きを、大薙ぎを、逆袈裟懸けを、完璧に処理していた。

――わたしは、ただふたりの戦いぶりを見ているだけだった。
身体は前に出ようとしない。それは身を守るため――それともほかの理由があるのか――。

――どちらにせよ、この場に割りこむのは得策に思えない。
下手に動けない。迂闊なことをすると真実にたどり着けない。そんな予感があったから。


870 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:19:28.108 ID:RKGgwQgI0
相手を見て分かった違いは、得物の届く範囲。棍のほうが、剣よりも若干長い。
刃の有無によって、受ける傷の深さは異なるが、互いの持つ武術の技量の前では、そのような差は些末な事だった。

無口
「ブラックサンダー」

無口は、黒砂糖と全く魔術を唱えていた。
二人が操るのはフィンのものとは違う。これは魔力に依って作られた雷……魔力独特のぴりぴりとした感触を知覚しながら、わたしはそう思っていた。

――魔術もまた、技術の一つ。どわたしには才がないから扱えないが……。
その技術が拮抗しているならば、魔術のぶつかり合いもまた互角となった。

無口
「ガルボルガノン」

無口
「ホルンサイクロン」

無口
「ミールメイルストロム」

静かに放たれる詠唱。織りなす炎、風、水――その中に在る魔力を感じ取っているのか、黒砂糖は冷静に回避していた。
そこに剣の反撃を加えるが――無口もまた、冷静に受け流していた。


871 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:26:27.204 ID:RKGgwQgI0
魔術の攻撃は、辺りの本や机にぶつかり、それらを破壊してゆく。
それでも、ふたりの存在は、破壊されてはいない!

互いに相手、撃退するという意思はそこにあった。

――ふたりの戦いを見ながら、わたしは……。
無口という人物に対して、何かあったのではないか――そう感じ取っていた。

間違いなく、わたしは無口を知っている――
頭のどこかでそう告げている。――その具体的な内容までは思い出せないのに。

――ああ、そうだ……。

ユリガミ
「――っ」

電流が走った感覚――ふたりに悟られないように、出かけた声を殺しながら、わたしはゆっくりと頭を押さえる。

――そうだ、あの人は……。

無口
「……、強くならなくてはいけない」

わたしの名前を呼んで――語り掛けている。
――わたしはあの人を地上から見上げている。

わたしの中で、何かがはじけそうだった。
もつれあった何かがほどけそうな――そんな感覚を覚えていた。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

872 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:28:19.724 ID:RKGgwQgI0
一体、何が――わたしは顔を上げようとしたけれど、身体がひどく苦しい。
肺の中の空気が、奪われているような感覚があった。

これは魔術ではない――まるで、フィンの天候操作のような――そんな【力】。
――ふと、記憶の残滓が頭をよぎった。

恐怖で押さえつけられた子供――醜いケダモノのような男――【力】に屈する男女――

ユリガミ
(いったい――これは……?)

記憶の残滓に戸惑いながら……息苦しさに、わたしはぐらりと膝を突いた。

一方で、黒砂糖は……顔を少し歪めてはいたものの、その場に立っていた。
無口より遠い私がこの様なのだから、恐らくは――黒砂糖の方が苦しいはずなのに……。

黒砂糖
「無口さん――これは……超能力か?
 しかし……私にその能力は……効果的とは言えないな」

苦笑しながら、黒砂糖は空中に指を滑らせ、何かを描き出す……。
――途端、そこには黒砂糖の姿をした分身が現れた。

873 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:30:13.752 ID:RKGgwQgI0
黒砂糖
「――私は兎も角、こちらには無意味だろう」

――分身。それは空気など必要ない。そういう意味だろうか……。
それでも、黒砂糖本人には影響はあるはずなのに……。

この状況に、わたしは、どうすればいい――?
息が苦しい。酸素が奪われ、思考が徐々に鈍麻化していく……。

ぼやける眼前の果てで――
黒砂糖ともそして分身は剣を構え、無口を切り裂かんと空間を駆けた。
無口は――その攻撃を棍で打ち払う。金属音が鈍く響き渡る……。

……互いに全力を尽くした戦い。一対二の争い――。
やがて、二人の身体には傷が走り始めた。血しぶきがぽたぽたと地面に散らばってゆく……。

その紅い色は、暗い部屋の中だからはっきりとはわからない。
それでもランプの明かりの下には確かな紅があった。


874 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:32:53.952 ID:RKGgwQgI0
ユリガミ
「……どうしたらいい?」

不安と焦燥感の入り混じった感覚。
どうしたら……いいの……?

このままでは、二人のどちらかは――あるいは二人とも、命を落としてしまう。
どうにかして、わたしは二人を死なせてはいけない――そうしなければならないという使命感に駆られていた。

――すでに、前に進む力はない。
だから、わたしにできること――それは――。

首元に手を動かすことは、どうにかできた。
――大丈夫。信じよう。【勾玉】を。ユリガミを。

わたしは、【勾玉】を握りながら祈った。

ユリガミ
(どうか――どうかわたしに、この苦難の道を切り抜けるすべを――)


875 名前:Route:C-20 くちなしの もののふ:2020/12/20(日) 00:38:19.420 ID:RKGgwQgI0
その瞬間――。
わたしの心の中で――わたしのものとは違う女性の声が――響いていた。

???
「貴女にはやるべきことがある」

――神々しい、そしてどこか優しげな声が、はっきりと響いていた。

???
「それは――この戦いを止めること」

――真剣な口調で語られる言葉。
その言葉は、乾いた地面に水が吸い込まれるようにわたしの中に染み渡っていく。

???
「この戦いを止めることが――貴女が真に為すべきこと」

……その声に、わたしの身体は聞き覚えがあると言っている。
わたしの記憶には心当たりがないけれど――それでも、この声を無視してはいけない、そんな予兆があった。

わたしは……この声の言葉を信じるべきなのだろうか。
今までに出会ったことのない人物。――あるいは、どこかで出会ったかもしれない人物。
その言葉を……わたしはどう受け止めればいい?

ユリガミ
「…………」

ぼやける視界の向こうでふたりが戦う様子を見ながら………息苦しさに淀む思考の中でも考えを巡らせて、わたしはひとつの結論に至った。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

876 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:40:30.201 ID:RKGgwQgI0
???・ユリガミ
「戦いを、やめ、て――!」

頭の中で響く声に、続けて――
わたしは――その言葉とともに、二人の間に割って入った。
息苦しさも、強引に捻じ伏せて……わたしの為すべきことのために。

黒砂糖
「――!?」

無口
「…………!」

ふたりは……困惑したようにわたしを見ていた。
同時に、息苦しさは消滅し……。黒砂糖の分身含めた、三人の視線がわたしに集中した。

――もしかしたら、わたしも敵とみなされるかもしれない。
緊張のためか、わたしの背中にはじんわりと汗が滲んだ。

それでも、わたしは不思議と恐怖を覚えなかった。

きっと――わたしには、初めからここに辿り着くのだと、わかっていたのだと思う。

877 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:43:05.385 ID:RKGgwQgI0
???・ユリガミ
「あなたたちが争って得られることはない――
 今なすべきことではないことは、二人とも分かっているでしょう?」

頭の中で、諭すような声が響く。
わたしも、彼女と同じ口調で、諭すように一言一句同じ言葉を続けた。

黒砂糖
「……きみは誰だ
 太刀を腰にぶらさげたきみも……私にとっての敵なのか?」

黒砂糖は、分身に無口を任せ、わたしの目の前で剣の刃を向けた。
目の前にある鈍い金属の塊。わたしは血に塗れて命を落とすかもしれない――。
しかしその脅しはわたしにとって障害とはならなかった。

ここで命を捧げてもいい。それぐらい、わたしにとって――この行動が必要不可欠だったから。

878 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:44:36.516 ID:RKGgwQgI0
???・ユリガミ
「違う――わたしが為すべきことは――」

???・ユリガミ
「絶望の未来を回避する行動――」

黒砂糖への答え……それは声の主に言わされているかのように、
あるいはわたしの中で答えが決まっていたかのように、すらすらと口をついて出た。

無口
「……黒砂糖、退け」

わたしの言葉に何かを察したらしい無口は、初めて言葉らしい言葉を発した。
とても短く――そして強い口調で――あたりの空気を切り裂くような鋭い言葉を――。

無口
「彼女は――少なくとも、私や君の敵ではない」

黒砂糖
「……どうやら、そのようだ」

――無口の真剣な口調に、黒砂糖はわたしに向けた剣を離した。

879 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:46:26.343 ID:RKGgwQgI0
黒砂糖
「……私は、この少女に手を出せとは言われていない
 一旦は退かせてもらおう……」

黒砂糖は、不服そうにつぶやきながらも、その場を立ち去って行った。

その背中が遠くなるのを見つめながら……わたしはほっとしていた。

わたしは――この争いを、止めることができたのだ……。

???
「――それでいいの
 あとは貴女がすべてを……思い出すことができれば……」

わたしが呆然しているうち、ほっとしたような、満足したような謎の声が響き――

瞬間、わたしの中に悟りが広がった。
失われた記憶は急速に復旧し、わたしの中で不鮮明な部分が鮮明になっていった。

あまりにも急激すぎて、ばちばちと雷に打たれた感覚。
それでも――恐怖はなかった。痛みもない。むしろ、憑きものが落ちた感覚にも思えた。

880 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:49:50.421 ID:RKGgwQgI0
確かに――わたしはあの子を確かに斬ったことに間違いはない。
――しかし、あの子の命は失われてはいない。
あの子は、傷ついてはいるけれど、眠っている。

いつ覚めるかもわからない闇の中で、目覚めを待っている……。

そうだ……わたしは向かわなくてはいけない。
あの子に謝るために――あの子を救い出し、楽園に戻る為に。

――わたしの中に、あの子と過ごした記憶の一部が思い出された。

ユリガミ
「――貴女は、大人になったらどんな人間になりたいの?」

少女
「わたしは、おねえちゃんと結婚して、一緒に幸せにくらしたい!」

ユリガミ
「……わたしと?」

少女
「だっておねえちゃんは、とても綺麗、とっても頼りになって」

少女
「……憧れの、大好きなおねえちゃんだから」

――誇らしげに語るあの子は、言葉の終わりに、少し顔を背けてほほを染めていた。

ユリガミ
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

881 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:51:51.073 ID:RKGgwQgI0
あの子の仕草が、声が、姿が、心が――まるで昨日のように思い出せる。

――あの子と過ごした楽園の日々。
それはヤミの居た屋敷の一部屋での出来事だった……。

そうだ、あの場所はわたしの住処でもあったのだ。
わたしは、この幸せな光景を失い、絶望を抱えたまま、この世界を彷徨っていた。

行き場をなくし……永遠と彷徨うわたしに向けた誰かの言葉が、その世界に一筋の光明を見せた。
――わたしはあの幸せを取り戻すことが出来る。希望を取り戻すことが出来る。

だから、行こう。だから、征こう。
あの子を救い出すために、【彼女】の眠る場所へと、わたしは向かわなくてはいけないのだから……。

無口
「……私は、貴女の向かうべき場所へ、誘わなくてはいけない」

無口は、傷口を押さえながら、指を空中に指し示した。

わたしは、無言で頷く。大丈夫――わたしの意思はきちんと伝わっている。


882 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:53:57.866 ID:RKGgwQgI0
――続く無口の言葉に、わたしは耳を傾けようとした。

無口
「……ユリガミを取り戻すために」

――え?

今……なんて……言ったの……?

わたしを――取り戻す――?
何を言っているの?わたしは――わたしは――ここに――。

途端に不安が胸をかき乱した。

まるで世界が崩れ落ちたかのように――わたしの身体はわたしの思うままに動こうとはしない。
わたしの意識に反して、わたしの身体は――無口と名乗るその人物の後ろを追いかけはじめた。

わたしは他人事のようにその光景を見ていた。
――他人事のように、風景が流れ去っていった。


883 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:55:13.814 ID:RKGgwQgI0
――わたしはどこに向かっているの?
とても重要なように思えるけれど、わからない、わからない、わからない……。

無口
「……、………」

――何かを無口が言っている。

ユリガミ
「………………」

わたしも何かを呟いている――それなのに、分からない。

わたしの意思に反して言葉を発しているように思える。
まるで別の言語を話しているように、わたしはなにもかもを知覚できなくなっていた。

どういう……こと……なの……。

――もう、わたしには……なにもかもが、わからなかった。


884 名前:Route:C-20 ゆりがみの かなたに:2020/12/20(日) 00:56:20.592 ID:RKGgwQgI0

わたしには、何も聞こえない――
いや、それだけではない。見ることも、触れることも、嗅ぐことも、味わうことも。すべてがなくなっていた。

               ―― わ た し は ど こ に あ る の ?

              ――― わ た し は ど こ に い る の ?

   ―――そして、光が一瞬世界を覆いつくすように輝いたかと思うと……。

        わ た し の 世 界 か ら 色 が 失 わ れ て い っ た … … 。

885 名前:Route:C Ending:2020/12/20(日) 00:57:22.727 ID:RKGgwQgI0
――Revealed the moon card.

But This story hasn't finished yet.
Haven't reached the truth.
Go ahead the another Route.

          ―――Route:C Fin.

886 名前:SNO:2020/12/20(日) 00:58:31.990 ID:RKGgwQgI0
なんか勢いに突っ走った更新速度だったけど、Route:C、終。

887 名前:きのこ軍:2020/12/20(日) 01:02:37.239 ID:hkt5gB0co
更新おつ次章に持ち越しかな

888 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/12/22(火) 19:58:21.160 ID:1BjummYA0

The end of all flesh has come before me,
for the earth is filled with violence through them.
Behold, I will destroy them with the earth.
                                            ――Genesis 6:13



889 名前:prewar 陰陽ノ現:2020/12/22(火) 19:59:53.056 ID:1BjummYA0
月と太陽が入れ替わる狭間――
それは、ありとあらゆるものの境目でもある――。

純白の布の上に置かれた水晶玉。何もかもを透通す水晶の球体。
その中に浮かぶ世界は、空を舞う雲のように絶え間なく動いていた。
すべてが、なにものかの意思に導かれるように……。

……その存在の名は分からない。
科学や魔術などの知恵に秀でた人間なのか――
身体能力の高いオーガなのか――
魔術に秀でたエルフや魔族なのか――
あるいは、語られることも少ない少数種族か――
それとも、知性を持たないと言われる獣か――
もしかしたら、神か悪魔といった、超常的な存在なのかもしれない。

いずれにせよ、どのような存在であろうと――われわれは立ち向かわなくてもいけない。
世界の流れは止まる事はなく、常に前へと進んでいるのだから……。

世界は、すべてが陰陽に支配されている。
互いが絡み合うことで構成される――逆に言えば、互いが分離したままの世界はありえないのだ。

絡み合う陰陽の中で――流動する景色。
うねる世界の渦の中で……ふいに人物の影が見えた。
渦をかき分けるたび、その人物の影は鮮明になってくる。

まるで、その人物が始点となるかのように――渦巻く景色が、その人物の視点へと移っていく。

……ふと、水晶玉の手元にタロットカードがあるのが見えた。
なにか因縁めいたものを覚え、22枚のカードの山を崩してシャッフルし……カードを1枚引いた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

890 名前:Route:D:2020/12/22(火) 20:00:56.908 ID:1BjummYA0
――希望を祈念する白髪の女性だった。

891 名前:Route:D:2020/12/22(火) 20:01:37.131 ID:1BjummYA0
Route:D


                   Chapter0

892 名前:Route:D-0 月:2020/12/22(火) 20:04:22.380 ID:1BjummYA0
……私は、現を見ていた。

私は【鏡】を胸の中で抱き、そこに広がる現を、見つめていた。
そこに在る世界。【鏡】の中で広がる世界では……天空に浮かぶまあるい月。

いつの日か、月を見て、自分自身をこう思ったことがある――。
私欲の果てに、月のような存在と呪われた成り果てた――哀れなる乙女だと。

それは……一時の欲望に身をゆだねてしまった愚かな女の思いだ。
太陽が消え去って月と成り果てた……死を捨てた愚かな女の……。

ざんの肉を喰らった呪いは、私の中に永遠と刻み付けられているのだ。

――生きとし生けるものには、終わりがある。
しかし――私の中の呪いは……その終わりを良しとはしない。
これは、ある意味で滑稽な話だ……。私は、初めに望んでいたものは……死だったのだから……。


893 名前:Route:D-0 月:2020/12/22(火) 20:07:21.466 ID:1BjummYA0
それでも――。

それでも、私の見る月は、永遠と沈むことなく天空に浮かんでいた。
朝に姿を隠すはずの変若水の在る場所は、今や――永遠のものとなっていた。

それは私にとってひどく違和感のある場所でもあった――。
私のたどり着くべき場所ではない――そんな予兆が、身体のどこかで叫んでいるようでもあった。

世界を見渡せば、幸せそうに歩く女性たちが見える。
友人として――あるいは恋人として――。

それはとても素敵な世界に思えた。幸せそうに暮らす人々の生き様……そして、終わりを迎える……。
……けれども、私の中で大切な何かが失われているという予感はあった。

――今の私には、過去の記憶がなかった。
すべてが抜け落ちていた。私という器は、記憶という名の水を溜めることができず、すべてを洗い流してしまっていた。

894 名前:Route:D-0 月:2020/12/22(火) 20:09:39.711 ID:1BjummYA0
???
「―――」

ふと、私の中に――何かがよぎる感覚があった。
そうだ……私は……。

――この世界は、あってはならない。

その言葉が頭の中で響き渡った。
そうだ――この【鏡】の向こうはあってはならない世界。

私は――この世界から抜け出さなくてはいけない。
理由は分からない。けれども、その強迫観念にも思える感情は、
原始的な恐怖のようでもあった。

私は、今一度……【鏡】を力強く抱いた。
三つ足のカラスの骨をかたどった外装は、脆そうな見た目に反して、きしむ音ひとつ立てない。
カラスの立ち姿が、私にとって、とても力強く見えた。

――そのまま、私は祈るように目を瞑って……。

895 名前:Route:D:2020/12/22(火) 20:10:41.350 ID:1BjummYA0
4人目の主人公とはいったい誰だろう……

896 名前:きのこ軍:2020/12/22(火) 22:09:46.449 ID:wHdr1uW6o
更新おつ 儚い出だしですね

897 名前:Route:D-1:2020/12/23(水) 21:59:13.827 ID:xN/CTYgs0
Route:D


                   Chapter1


898 名前:Route:D-1 散華:2020/12/23(水) 22:01:06.335 ID:xN/CTYgs0
――――――。

空に浮かぶは満ちた月。影に隠れることなく円い鈴がそこに存在している。
月下に照らされた大地の上には、龍しかり、キマイラしかり――空想上の生物が蔓延っていた。

その光景は、一見すれば夢の中で描かれる幻のようにも思える。
……だが、それは紛れもない現実であることを、私は理解していた。

やがて、巫女装束の女性が現れた。彼女の髪は黒く、腰よりも下まで伸びている。
横の髪は結わえているけれど、それでも胸まである長さだ――。

――黒髪の女性は、腰に携えた太刀を抜き、視線をある一点に向けた。
その視線の先には、赤いロリヰタ服を着た少女……。
彼女の手には漆黒の【剣】があった……。それを見ると、どくんと心臓が跳ねた。

女性と少女を見た私は、その光景を見るや否や、目を見開いて、ぎゅっと手を胸の前で握った。
祈るように……祈りを捧げる巫女のように……。


899 名前:Route:D-1 散華:2020/12/23(水) 22:02:44.618 ID:xN/CTYgs0
女性には、面識はないはずなのに既視感を覚える。
……それがどうしてかは分からないけれど、私の身体は痺れるようなぴりぴりとした感覚があった。

そして……少女は――私にとって、たいせつなそんざい。自らを犠牲にしてでも守りたい存在でもあった。
それは理解していても……――どうして、たいせつなそんざいなのかは、分からない。
思い出すことができない。記憶が失われているから……。

それでも、ただ、心の奥で――
あるいは本能で――そう感じ取っているのだけはわかる。

……やがて、少女を中心として赤い薔薇の花びらが浮かんだ。
その赤い花びらの周りには、白い瘴気が纏わりついていた。

その光景が、私にとってひどく不吉なものに見えた。
まるで、羽を得た青年が天を目指し続けたが為に命を落とすような感覚を覚えたからだ。

……少女に呼応するかのように、女性も花びらを浮かべた。
それは少女とは対照的で、白百合の花びらで、周りには黒い瘴気が纏わりついていた。
赤と白――白と黒――それらの花びらと瘴気がぶつかり合いながら、二人は戦った。


900 名前:Route:D-1 散華:2020/12/23(水) 22:05:08.012 ID:xN/CTYgs0
――どれほど、戦っていただろう。
どれほど、二人は戦っていたのだろう……。

???
「っ――――!」

切り裂く音が、耳に響いた。遅れて――血が滴り落ちる、とても嫌な音が耳を通り抜ける。

呆然と……私はその景色を見ていた。

少女はぐらりと、糸が切れたようにバランスを崩して仰向けに倒れ、
女性は、だらりと血の滴った太刀をぶらさげながら、立ち尽くしていた。
戦いの終わりを示すかのように、二人を纏った花びらは消え、少女の胸で渦巻く黒い瘴気と、地面に突き刺さった【剣】がそこに残っていた。

???
「あ――あああ―――っ」

その惨劇に、私は思わず号泣していた。
大粒の涙がぽろぽろと落ちる。拭う事もできず、呆然とその光景を見つめるばかり……。
その間も、眼から溢れる涙は尽きることなく流れ続けた。

ぽたりと、涙が鏡面に落ちる。
その向こうで滲んだ景色は……惨劇の光景を映し続けている……。


901 名前:Route:D-1 散華:2020/12/23(水) 22:08:37.113 ID:xN/CTYgs0
黒髪の女性
「ごめんね、ごめんね―――――」

なぜか、女性は少女を抱き寄せ、返り血で衣服が汚れるのも厭わず、少女の為に泣き続けた。
どうして――?少女を殺すことは、彼女にとってそれほど苦痛だったということなの――?
自分で、斬ったというのに……?

――やがて、泣き切った女性は、魂が抜けたかのようにその場に立ち尽くしたかと思うと、
太刀で己を突き刺し、ぽたぽたと血の花を地面に咲かせた。
同時に、月が蝕まれ、血のように紅く染まり、彼女を中心として白い花びらと黒い瘴気が生まれてゆく……。

しかし……自らを刃で突き刺しているのに、女性に死の気配はなかった。
私はひどく恐怖の感情に苛まれる……。
まさか――彼女――も――。

呆然としているうち、女性は首に掛けた【勾玉】を呆然としたように握りしめていた。

立ち尽くしたような――それでいて、彫像のように綺麗な姿勢を保った女性と、
白と黒のコントラストは何度見ても忘れられないと思えるほどに印象的だった。

さらに花びらは増えてゆく。花吹雪のように……それはふわりふわりと空を舞っている。
ふわりと瘴気によって辺りを漂い、風か、あるいは何かの意思によって遥か遠く、天の頂から海の底まで舞い散った。

――天の紅い月は、まるで彼女の意思に呼応するかのように、世界すべてを埋め尽くすかのように輝いていた。


902 名前:Route:D-1 散華:2020/12/23(水) 22:10:11.827 ID:xN/CTYgs0
ふと、私は気が付いた。
……これはとてつもない凶兆であることに。

止めなくてはいけない。目の前で起きた悲劇で心を締め付け、立ち止まっている場合ではない。
そう考えている間にも、私の周りに白い花びらや紅い光が見えた。

……同時に、私の下腹部に違和感があった。
それは己が性別の立ち位置を塗り替えるかのような、根源的な変化のようにも思えた。
必死に耐えようとしても、抗うことすらできない。ただただその超越的な流れに流されるだけだった。

???
「駄目――このまでは、世界は――」

身体を包む違和感で、心がおかしくなりそうだった。
それでも、私は歯を食いしばって、【鏡】を抱きしめて祈りを込めた。
その凶兆を、その悲劇を、食い止めるために――。

???
「願わくば――どうか――私に【力】を――」

天は砕け、辺りからは水しぶきが津波のように降り注ぐ。
白い花びらと黒い瘴気が、私を中心として押し流されてゆく。

やがて、彼女の【力】が全てを包み込むと同時に――

                     世 界 は 終 わ り を 迎 え た 。



903 名前:SNO:2020/12/23(水) 22:10:34.813 ID:xN/CTYgs0
世界終わっちゃった

904 名前:Route:D-2:2020/12/24(木) 19:24:21.418 ID:IpHWips20
Route:D


                   Chapter2

905 名前:Route:D-2 神鏡:2020/12/24(木) 19:25:57.436 ID:IpHWips20
――――――。

気が付くと、私は寝台の上で眠っていた。

???
「今の光景は――――夢――?」

髪をくしゃりと掴みながら……私は呆然と佇んでいた。

記憶の中には、斬られた少女の亡骸が焼き付いている。
その光景は、現実に起きた出来事だ。白百合の花びらが、自分自身の周りにも運ばれたのだから……。

だが、【鏡】の向こうに映る景色には、少女の亡骸も――
女性の引き起こした凶兆も……過ぎ去ったのかのように、
あるいは、初めから存在していなかったかのように――

……静寂だけが、そこにはあった。


906 名前:Route:D-2 神鏡:2020/12/24(木) 19:28:04.933 ID:IpHWips20
???
「…………」

私は、傍らに置かれていた【鏡】を手に取り、鏡面を見つめていた。
【鏡】からは、限りない神々しさを感じさせられる。まるで、雲一つない日に照る太陽のように……。

【鏡】は、周りは三本足の烏をモチーフにした飾りで彩られ、鏡面は、一点の曇りもない銀が広がっていた。
私は、【鏡】に映る自分自身の姿を覗き込んだ。

雪景色のように真っ白な髪と、透き通るような白い肌と、血のような赤い瞳――。
――色素を欠いたその姿は、確かに私なのだと認識できる。

その顔は、不安に満ちた沈んだ表情だ。
……それもそのはず、絶望の景色を見たのだから……。

……また、身に纏う服は夜闇のような黒装束で、白い身体をより際立たせていた。
この衣装も、私が私であると――自己の存在を証明しているのだとわかる。

……これは尼僧のものだ。私は比丘尼に属する存在ということなの……?
確信は持てなかった。
なぜなら――今の私に、記憶というものがまるで存在しなかったからだ。

私の中にある記憶、それは――凶兆の景色、ただそれだけ。


907 名前:Route:D-2 神鏡:2020/12/24(木) 19:28:58.652 ID:IpHWips20
だから――私の名前は分からない。
ここがどこなのか――この【鏡】がどういったものなのかもわからない――。
記憶を引き出そうとしても、思い出すことが出来ない。

少女が斬られたその光景――その景色がわたしにとってのすべて。

???
「これが、私なのか……
 でも、どうして私と、そう言い切れるの?」

ぽつりと、不安げにつぶやいた声は、誰にも聞こえることはない。
鏡の中で私は困惑した表情をしていた。これは……本当に私なの?

直感に頼ることすらもできない。その直感に必要な経験が今の私にはまるで存在していないから。

しばらくして、私は【鏡】を抱えながら、自分自身に想いを馳せているうち、思考の渦に全身を集中させ……。
祈るように、目を瞑って……深い処へと沈んでいった……。

908 名前:SNO:2020/12/24(木) 19:29:30.883 ID:IpHWips20
白髪多いって言われるんよ 否定はできないんよ

909 名前:きのこ軍:2020/12/24(木) 20:07:44.739 ID:GnS96FwIo
D-1の文章すごくよきですね。お上手になりましたね。。

910 名前:Route:D-3 :2020/12/24(木) 23:11:58.277 ID:IpHWips20
Route:D


                   Chapter3

911 名前:Route:D-3 節制:2020/12/24(木) 23:16:53.781 ID:IpHWips20
――――――。

気が付くと、【鏡】の向こうでは……岩山に立つ男女が二人。
ひび割れ、茨が絡み付く城壁を見下ろしていた。
空に浮かぶ月は、完全な望月ではなかったものの、まもなく満ちようとしている形だ。

……二人は、白い髪と白い肌……まるで、私のように……
しかし彼らの白は私とは違う白にも思えた。
色素を欠いた私とは違う――そんな、白色。

それに、眼は私とは違う。彼らは黒い眼球に青白い瞳を持っていた。
………彼らは、何者なのだろうか。

二人とも、スーツを着込んでいる。――なにより女性は、その脚と右腕を鋼の義肢へと変えていた。
全身から醸し出す雰囲気は、一般人――ではあるまい。

少なくとも、上に立つ立場の存在に思える。
帝国の主……すべてを束ねる頂に居る存在に……。
私は、彼らからそれほどの威圧感を【鏡】越しに感じ取っていた。

912 名前:Route:D-3 節制:2020/12/24(木) 23:43:38.461 ID:IpHWips20

「………もはや、これまでか」

男性は、タバコの煙をくゆらせ、達観したように呟いた。
その眼下には茨の城壁。これは彼らにとっての城なのだろうか……?


「……そうですわね、弦夜
 姫様を止めることが、不可能になってしまいましたわ」

弦夜と呼んだ男性に、腕を絡める女性。
その仕草は、上下関係を感じさせない――むしろ同等にあるように思えた。

弦夜
「……この分だと、俺の命も長くはもたんな――」


「そうですわね……
 まぁ、リーダーの不灰を始末できて、あの組織を崩壊させられたから……
 それだけは、救いですわね……」

二人は、月を見上げながらぽつりとつぶやいた。
何かを成し遂げた――それでいて、とても寂しい感覚があった。

私は、二人の姿にとても儚さを覚えていたのだ。

913 名前:Route:D-3 節制:2020/12/24(木) 23:47:15.216 ID:IpHWips20
弦夜
「ああ……それより、彼女たちの方はどうだ?」


「ああ、あの子たちなら
 ブラック……いいや、闇美(ヤミ)に一任していますわ」

弦夜
「そうか……彼女ならば、問題はあるまい」

二人の言葉からは、死を覚悟している……そんな感情が読み取れた。
一体、二人には何があったのか……私には分からない。

二人には迫り来る死への恐怖は感じ取れない。受け容れようとする強い意志がそこにはあった。
それは決して揺るがすことのできない固く強い意志……。


「ねぇ、弦夜――
 今からでも、姫様を――鈴鶴(すずる)様を始末することは、敵いませんか?」

弦夜
「……彼女は既に、女神の【力】とその血でもって――常人を凌駕した存在となっている
 それに彼女は輝夜の娘――手出しは無用だ」

懇願するような女性の声を、弦夜は手で制す。
一体、何の話なのか――わたしにはわからない……。


「……そう
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

914 名前:Route:D-3 節制:2020/12/24(木) 23:54:32.571 ID:IpHWips20
弦夜
「もう、それ以上は言うな……
 ――敗者は何も言わず立ち去る……それだけだ」


「わかりましたわ……
 では、弦夜……鈴鶴様が完全に目覚めたその時は、貴方のことを私が殺してあげます
 貴方の命を奪っていいのは、私だけしか、いないのだから……」

ぎらりと光る女性の眼は、私にも伝わるぐらいに震えていた。
彼女は――もしかしたら――弦夜と、心中するつもりなの――?

弦夜
「……昔から、君はそうだったな」


「――当り前ですわ
 【力】が目覚める前から――そして目覚めたときも、弦夜のことが好きだから
 ……お願いだから、私と……最期の時までを……」


「この崩れ落ちそうな世界でも――逢瀬も夜伽も――まだできる余地はあるでしょう?」

女性はすでに泣いていた。鋼の義肢を持つ姿にこぼれて光る涙は、
儚いガラス細工のように夜空を抜けていた。
……その仕草は、声色は、表情は……彼らが間もなく死の運命へ誘われることを示していた。

弦夜
「ああ……」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

915 名前:Route:D-3 節制:2020/12/24(木) 23:57:20.215 ID:IpHWips20
私が目を開けたとき、【鏡】の中の景色は薄れ、
そこには――銀色の鏡面と、私の顔だけが映っていた。

……これは、どういうことなの?
あの悲劇を……二人は知っているの?

――分からない。わからない。ワカラナイ……。

彼らはも死を受け容れようとしている。まるで、寿命の終わりを悟ったかのように。
彼らの仕草は、声色は、表情は……彼らが間もなく死の運命へ誘われることを示していた。

……あの凶兆が、原因なのだろうか。

――私は、彼らの姿勢が、彼らにとっての幸福のようにも思えた。
同時に――それが間違っているようにも思えた。

この矛盾した、あやふやで、あいまいな感覚。その原因は何?
私はその意味も分からずに……ただ、【鏡】を抱きしめて……。

916 名前:SNO:2020/12/24(木) 23:58:01.839 ID:IpHWips20
夜伽の意味はググってしらべてみてね!

917 名前:きのこ軍:2020/12/25(金) 09:19:27.093 ID:fAyENffMo
わからないです!(純粋)
展開は前章と同じだな

918 名前:Route:D-4:2020/12/25(金) 20:16:11.307 ID:R3YSSkEw0
Route:D


                   Chapter4

919 名前:Route:D-4 隠者:2020/12/25(金) 20:18:00.268 ID:R3YSSkEw0
――――――。

気が付くと、私の隣には、ひとりの少女が座っていた。
後ろで束ねた紺碧色の髪と、翡翠色の瞳をした女性は、恐る恐る――といった表情で私の顔を覗いていた。

――女性についての記憶は曖昧で、名前もすぐには出てこない。
それでも、私の中には引っかかるものがあった。
記憶は欠落していても、身体は覚えている――ということだろうか。

???
「バラガミ、大丈夫?」

自然に話しかけてきた少女の様子から、彼女は自分自身の事を知っていると読み取れるが、
どういった関係性なのか……、それは私にはわからない。

――彼女はバラガミと私を呼んだ。それが私の名前なの?

バラガミ
「……ええ」

少女の出したバラガミという呼び名。
その呼び名に思い当たる節はないものの、欠けた破片がはまったように、
しっくりと受け止められ、流されるままにその名前に頷いた。


920 名前:Route:D-4 隠者:2020/12/25(金) 20:24:28.404 ID:R3YSSkEw0
バラガミ
「ええと……貴女は……?」

それでも、目の前の女性が何者かはわからない――。
……困惑しながらも、私は訊ねた。

???
「また、記憶の欠落があるのね――」

……特別、私の発言に疑問符を浮かべなかった女性の発言から、
彼女と私とは少なからず付き合いがあったことが伺えた。

悲劇的な光景から今に至るまでの過程を、思い出すことができない。
そして、自分自身の過去すらも思い出せない。

理由も知らないまま、【鏡】を通して世界を見る事で何かを感じただけ。
そんな私に、女性は優しく答えを返した。

細波
「じゃあ、もう一度伝えるわ
 私は細波(さざなみ)――」

細波。穏やかな波を意味する言葉は、静かな彼女の振る舞いと口調に相応しい名前だった。


921 名前:Route:D-4 隠者:2020/12/25(金) 20:29:33.429 ID:R3YSSkEw0
バラガミ
「……細波、色々と聞きたいことがあるのだけれど」

細波
「私が答えられる内容のものならいいけれど」

――不安が胸を過る。それでも私に訊ねなくてはいけない。

バラガミ
「……その、白い花びらを纏った花吹雪がこの辺りを舞ったことを覚えている?」

――あの、恐ろしい凶兆を……。思い返して、身体が少し震える。

細波
「……白い花びら……花吹雪……?
 ごめんなさい……ここに花びらなんて舞ってはいないわ……」

――しかし、私の感情とは裏腹にきょとんとした表情で、細波は答えた。

バラガミ
「……え?」

細波
「……貴女も女神の血を引いているから、予知夢を見たのかもしれないけれど
 ……少なくとも、私はここで花吹雪は見ていないわ……もちろん、夢の中でも」

きっぱりと断言した細波の言葉に、私は呆然としていた。
少女が斬られた場面は、脳裏に深く刻み込まれているし、あの紅い月は見たら忘れる事なんて出来ない。
それなのに……あの光景は、夢幻の世界での出来事だった――というの?

922 名前:Route:D-4 隠者:2020/12/25(金) 20:30:56.018 ID:R3YSSkEw0
細波
「……大丈夫?顔色が悪いけれど」

バラガミ
「……いえ、大丈夫」

心配そうに顔を覗き込む細波の言葉を、わたしは手で制した。
……あの出来事は、少なくとも私の中で留めておくべきだ、と感じたから。

細波
「なら、いいけれど……
 他に、私に訊きたいことはある?」

バラガミ
「――いいえ、大丈夫
 また、尋ねることはあるかもしれないけれど」

細波
「分かったわ……私は、いつもの場所に居るから……」

立ち去る細波の、後ろで結わえられた髪が揺れる様子を、私はぼうっと眺めていた。


923 名前:Route:D-4 隠者:2020/12/25(金) 20:40:43.303 ID:R3YSSkEw0
バラガミ
「……女神の血」

細波はそう言った。自分の中には女神の血が流れている――と。
正直なところ、身に覚えがないが、彼女に嘘を言っている気配は感じ取れなかった。
彼女の言葉を信じるならば、予知夢という結論になるが……。

どうしても、その答えは違うような気がする。
身体が感じ取った凶兆は、確実に現実の出来事だった。
花吹雪が自分自身の周りにも表れ、紅い光が見え、身体の変質を感じ取った記憶。これが夢であるはずはない。

バラガミ
「わからない……わからない……」

もし、凶行が現実に起こっていたのなら、細波も覚えているはずだ……。
――もしかしあら、あの悲劇は、【鏡】を通して見ていたから、私だけが知りうる事柄なのかもしれないけれど。
……だが、あの凶兆までを忘れるとは考え難い。それは、私の周囲にまで来ていたから。

矛盾した情報が、どう結び付くのか。
それを思い出そうと、目をつぶっているうち、私は自然と【鏡】を抱きしめていて――。

924 名前:SNO:2020/12/25(金) 20:41:16.263 ID:R3YSSkEw0
誰かの予想は当たったのかなぁ?

925 名前:きのこ軍:2020/12/26(土) 12:25:37.073 ID:ORB7yMpoo
バラガミ伝説が関わってくるという予想までは当っていた。

926 名前:Route:D-5:2020/12/26(土) 13:12:14.501 ID:vXvv.fQI0
Route:D


                   Chapter5

927 名前:Route:D-5 塔:2020/12/26(土) 13:13:29.029 ID:vXvv.fQI0
――――――。

私が祈っている間に、いつの間にか、【鏡】の向こうでは、どこかの荒野での戦いが写っていた。

バラガミ
「これは……?」

そこには、茸の傘のような頭頂部をした、浅黒い肌の醜悪な見た目の生物が、緑や黄色の軍服を着た兵士たちを薙ぎ倒していた。
その生物の胴と比べると極めて短い手足が虫のように地面を這いずり回るしぐさは、【鏡】の向こうから見ても気持ち悪さを覚えるほどだ。

バラガミ
「……そんな」

悲劇を食い止める祈りは通じなかったのか――私は、落胆した気持ちでその惨劇をただ見ていた。

兵士
「ひるむな、DBを倒すぞーーーッ!」

兵士たち
「了解です、山本さん…!ウォオオーーーーーッ!!」

リーダーと思わしき屈強な兵士――山本の表情は鉛のように重々しく、しかしどこか諦観の念も感じさせる表情をしていた。
それでも、その感情を声に出さないように活力を振り絞っており、軍人としての意地を感じられた。
その声を皮切りに、兵士たちは鼓舞しあい、辺りは大歓声で沸いた。

――まだ、希望は……あるの……?
わたしは、祈るようにその光景を見ていた。


928 名前:Route:D-5 塔:2020/12/26(土) 13:17:39.129 ID:vXvv.fQI0
だが、DBと呼ばれた生物は、どうやら身体から悪臭を放っているらしく、
近寄るだけで兵士たちの表情が苦悶に歪み、昏倒する者までいた。

DB
「ヴォーーーーーッ、大量撃破、大量撃破……」

DBのしわがれた老人のような声は、【鏡】の向こうからでも嫌悪感を覚える。
つまりは……DBは、徹底して不快感を与えさせる生物ということだろうか。

バラガミ
「……どうか、彼らに幾ばくかの加護を」

私はただ祈るだけだった。
それが直ぐに結びつかなくとも――祈り続けることが、自身の存在意義なのだと思えたから。

兵士
「グフフ……俺は強い方が好きだ!会議所なんていられるかっ!」

が……その祈りもむなしく、戦況は悪化するばかり。
兵士たちの攻撃は当たれど、致命傷になっていない……。

バラガミ
「あ……ぁあぁぁぁ……」

私の口からは、絶望に染まった声が漏れた。
そこにあるのは……DBによる、蹂躙だったから……。

929 名前:Route:D-5 塔:2020/12/26(土) 13:20:22.033 ID:vXvv.fQI0
それどころか、DBと対抗しているはずの兵士たち――恐らくは、【会議所】という場所に属するであろう兵士たち――
彼らが、洗脳されたかのように裏切り始めた。

残酷な現実――先程までの熱意はとうに消え、兵士はひとり――また一人と崩れ落ちてゆく。

DB
「コレデ、終戦だァアアアあアアアアア」

山本
「ぐあアアアーーーッ!!」

そして、最後まで立ち向かっていた兵士が朽ち果てる様子を見て――
DBと、死体の山の重なる荒野を見て――

バラガミ
「……っ」

私は、【鏡】を抱きしめながら、ふらりと地面に倒れ込んだ。
その悪夢のような光景――現実を、変える事すらできない悲しみに包まれながら……。

私は……ひどく悲しい気持ちになっていた。
私の無力さが浮き出るようにも思えた。それほどに……私の心はズタズタだった。

私は、不意にぎゅっと目を閉じた。その光景から逃れるために……。
あるいは、何かに祈りをささげるために……。

世界は暗黒に染まる。一つの光もない闇で私は――――

930 名前:SNO:2020/12/26(土) 13:20:57.097 ID:vXvv.fQI0
章題の意味するところとは……

931 名前:きのこ軍:2020/12/26(土) 22:11:43.839 ID:ORB7yMpoo
タロットか

932 名前:Route:D-6:2020/12/26(土) 22:41:20.951 ID:vXvv.fQI0
Route:D


                   Chapter6


933 名前:Route:D-6 愚者:2020/12/26(土) 23:05:13.100 ID:vXvv.fQI0
――――――。

気が付くと、私は、【鏡】の向こうで起きる出来事を見つめていた。
やはりその過程は分からない――だが、そのことすらも考えさせない光景が【鏡】の向こうに写っていた。

それは、またしても悲劇。
自分が出来ることは、【鏡】を通してその光景を見るだけで、その事実に介入することはできない。

???
「これで……残りは、ひとり……
 あはははは、それにしても、私はほんとうに愚かだねぇ、ほんとうに……あはははは……」

呆然と……心を失ったように、嗤う女性の声が聞こえた。
角を生やし、紫紺色のローブに包んだ彼女の手には……
片手に翡翠色に輝く三叉槍のような剣と、もう片方の手にレモン色の魔法弾があった。

剣からはぬめぬめと輝く血がどろどろにこびりついていた。
何人も斬ったのか……辺りにはバラバラにされた男たちの死体も転がっていた。


「ま、待ってくれ……た、たすけ……」

ブルブルと震える男が、腰を抜かして後ずさりながら女性を見ていた。
あまりの恐怖に失禁し、がたがたと歯を鳴らして震える様は、憐れにも思えるほどだった……。
その向こうでは、恐らくは店舗であったであろう家屋が、業火に包まれていた。

???
「は?何、冗談言ってるの?あははははっ、イラない存在だからまともに考えられないのかな?
 そっかぁ……エレガントでハッピーな二人の関係を破壊したのにそんなこと言えるんだぁ……
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

934 名前:Route:D-6 愚者:2020/12/26(土) 23:06:14.719 ID:vXvv.fQI0
その隣では――泣き叫ぶ少女の声があった。

女神の血を引いている――と細波は言ったが、それが何だと言うのだろうか。
ここにあるのは絶望だ……。私は、悔しさに唇を噛んでいた。

???
「シズ!シズーーーーっ!」

シズと呼ばれた長身の白髪の女性は、地面に崩れ落ちていた。
銃弾が胸を貫いたことが、致命傷になったらしい。すでに赤黒く変色した血は、時間の経過を思わせた。
シズの身体に、小柄な白髪の少女が縋りつき、泣き叫んでいた。

少女の悲愴な声が胸をきゅっと締め付ける。その光景は、紅い月の時のように、私の心を深くえぐった。

辺りにも死体が散らばっており、軍服を着た男たちが折り重なるように倒れ伏していた。
白い髪に黒い髪――金色の髪――さまざまな種族の者たちが崩れ落ちている。
シルクハットに、拳銃に、軍帽に……様々な装飾品も散らばっていた。


935 名前:Route:D-6 愚者:2020/12/26(土) 23:13:55.120 ID:vXvv.fQI0
そして……紫紺色のローブを着た女性は、先ほどとはうって変わって、
慈しみを浮かべた儚げな表情で、泣き叫ぶ少女を抱きしめていた。

少女
「……な、なく、ちゃん」

絞り出すような少女の声は、蚊の鳴くほどに小さかった。

なくちゃん
「――フチちゃん、守れなくて……ごめんね」

なくちゃん――と呼ばれた女性は、その場に広がる死体を見つめながら、口惜しそうにそう呟いた。

フチ
「なくちゃんは……謝らなくていい
 ……義兄さんも加勢してくれたけれど、多勢に無勢で――貴女が来てくれなかったら……あたしも……」

フチは折り重なる死体の一角に目線を動かし……再びなくちゃんと呼んだ女性を見た。

フチ
「……シズが死んじゃった
 シズが、シズが……」

フチにとってシズは大切な存在だったのだろう。その取り乱しようは、ヒビの入った硝子細工のようだった。
そして、耐えきれなくなったのか、魔族の女性の胸にすがりつき、泣きじゃくっていた。

なくちゃん
「……ごめんね
 私が、遅かったばかりに……【嵐】からふたりを守れなかった……」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

936 名前:Route:D-6 愚者:2020/12/26(土) 23:17:30.190 ID:vXvv.fQI0
二人はとても儚い存在に思えた。
同時に私の心はひどく衝撃を受けていた。悲しみが胸を包み、目頭が焼かれたように熱い。

フチ
「あ……ぁぁぁ……」

フチの涙が流れ落ちる。体が震える。

そして私もまた――涙をあふれさせていた。
心がずきずきと痛んだ。悲しみにむせぶ二人の姿が、私の心を押しつぶさんとしていた。

その、悲愴な光景を見ながら、私は――再び祈った。
この悲劇に巻き込まれた女性への救いを。この景色を観測している私にできることはそれしかないのだから。

私は、涙を浮かべながら……。

バラガミ
「私に、悲劇を食い止めるためのいくばくかの【力】を――」

【鏡】越しの景色に重なるように映った私の表情は真剣そのものだった。
涙に滲んだ視界に映る私の姿を見て、確かに私には女神の血が流れているのだと、客観的に感じ取っていた。

そして深く祈りを捧げる私の思考は、現から徐々に乖離し始めて……。

937 名前:SNO TIPS:2020/12/26(土) 23:26:27.439 ID:vXvv.fQI0
-愚者
タロットの大アルカナに属するカードの1枚。
カード番号は0や、あるいは無番号で表記される。

正位置は自由、無邪気、天真爛漫、天才
逆位置はわがまま、ネガティブ焦り、意気消沈などを示す。

無計画に旅を始めようとする足元の危機に気が付かぬ危うさはあれど――
……純真無垢で前へ進める自由な可能性を秘めた存在なのかもしれない。

938 名前:きのこ軍:2020/12/27(日) 09:34:06.394 ID:ReflaknAo
魔王が愚者だったかはえー 続々と明らかになっていくし悲しい

939 名前:Route:D-7:2020/12/27(日) 20:29:26.119 ID:eHtH7kKg0
Route:D


                   Chapter7

940 名前:Route:D-7 苦難:2020/12/27(日) 20:31:34.274 ID:eHtH7kKg0
――――――。

気が付くと、私は寝台の上で横たわっていた。

バラガミ
「――【鏡】、【鏡】はどこ?」

【鏡】は胸の中に――何事もなかったように治まっていた。
……まるで子供を撫でるように、私はほっとした表情で鏡を見つめていた。

バラガミ
「はぁーっ……」

そして、溜め息を一つ落とした。

死の運命に抗うことなく受け入れる男女の姿は――
先程のDBに蹂躙される兵士たちの光景は――
泣き叫ぶ少女の声は――

すべて、私の心を苦しめんと締め付け、私の表情に暗く陰を落とした。
透き通る白い肌に浮かぶ陰影は、まるで、つくりもののように綺麗で――そして、淋しく見えた。

……これは私なのだとわかっていても……いまだ、現実感はなかった。


941 名前:Route:D-7 苦難:2020/12/27(日) 20:40:06.962 ID:eHtH7kKg0
ふと、私は部屋を見渡した。
自分は何処にいるのだろうか。これまで【鏡】を通して絶望的な光景を目にしていたが、
自分自身やその周りを――もっとも近くにあるものを見ていないということに思い至ったからだ。

部屋の壁や床には、赤を起点とした豪華絢爛な飾りがされており、寝台もよく見れば高貴な者の使う特別なのものだ。
装飾は8つの首を持つ龍をあしらえたものだ。とても丁寧な、雲に囲まれるその姿は……
神を祀る――それほどまでに大きな存在なのだと、なぜだか感じ取っていた。

……私には記憶はなくても、その神々しさは本能で感じとったのかもしれない。

次に、窓の外に目をやった。
……しかしその世界は暗黒で包まれていた。夜――ということ?

――ふと、私の身体がぶるぶると震えた。不意にあの凶兆を思い出してしまったからだ。
……それでも、震える身体に鞭を打ち、壁にしがみつくように手をかけ、窓の向こうへと目を向けた。

その世界では……泡が立っては空へと消えていた。
ここは一体……。

バラガミ
「わからない……ここは……いったい」

ここも――夢幻の世界の一部なのだろうか?

バラガミ
「ここは――どこ――?」

呆然としながら、私は呟いていた。
行き場を失った声が部屋へと充満していく。空気は重く、私の心もそれに併せて重くなってゆく。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

942 名前:Route:D-7 苦難:2020/12/27(日) 20:42:33.305 ID:eHtH7kKg0
バラガミ
「さざ…なみ……そうだ、彼女に……」

そこで私は思い出す……細波は、近くにいるはずだ。
彼女を呼んで、身の回りのことを、聞いて……今の状況を判断しなくては!

――そう思ったが、考えようとした途端に頭痛が私を襲った。

バラガミ
「――っ!」

その痛みは、まるで周りのことを考えさせないようとばかりに、ずきずきと脳内に響いた。

バラガミ
「痛い――はぁ、はぁ、はぁ……」

考えることをやめる、息を荒くしながら寝台に身を投げた。

……すると途端に痛みが引いた。
まるで、考えないようにを指示されているかのように――。

バラガミ
「……この痛みは、意味のある痛みなのかもしれない」

――突然、閃きとともに私は一つの仮説に至った。
それは突拍子もないものだった。無から突然生まれたものでもあった。

943 名前:Route:D-7 苦難:2020/12/27(日) 20:48:19.823 ID:eHtH7kKg0
バラガミ
「理由は分からないけれど、私は、女神と呼ばれている」

――その事実だけは、嘘偽りではない。
確実に……私は女神なのだ。そう言えるだけの根拠は、ない。
しかし――私の何かが……それを認めていた。

バラガミ
「私が女神だというのなら、女神として、この苦難を受け容れる――」

……救われない悲劇に、周りのことが分からない。
私はまさに籠の中の鳥のように……何も知らない白鷺のようにまっしろな存在だった。

そして【鏡】越しの光景に心を痛め、白は黒に染まってゆく。
何も――私にできることはない。それでも……

バラガミ
「――私の周りに訪れた……あるいは訪れる苦難に、私は目を逸らさない」

私は、そう決意した。

バラガミ
「それが、絶望しか見えない今、私の出来る唯一の行動だから」

鼓舞するように、私は呟く。
鏡面に映る私の顔は真剣そのもので、赤い瞳は、まるで焔が宿ったかのように燃えていた。
そして、再び【鏡】を抱いて祈りを捧げ始めた……。

心は祈りというひとつの行動に集約されていた。
やがて、私の視る景色は揺れる水面のように流れて行って……。

944 名前:SNO:2020/12/27(日) 20:48:50.996 ID:eHtH7kKg0
表現むずいんよ。

945 名前:きのこ軍:2020/12/27(日) 21:22:19.976 ID:ReflaknAo
でも書きながら成長している感ある

946 名前:Route:D-8:2020/12/28(月) 18:38:31.871 ID:k8gQLupY0
Route:D


                   Chapter8

947 名前:Route:D-8 正義:2020/12/28(月) 18:42:22.830 ID:k8gQLupY0
――――――。

【鏡】の向こうでは、再びどこかの景色が写っていた。
巨大な城の後ろにそびえる険しい山の頂上で、一人の天狗の女性が座っていた。

背中に生えた翼は、左は黒、右は白――髪も、正中線を境に左は黒、右は白と分かれていた。
その顔は、右目を縦に、と左頬を横に走る傷が刻まれ、さらに右目がつぶれていることも相まって、いやがおうにも威圧感を覚えさせる。
頬を撫でる左手も、中指は第一関節より上から――薬指と小指は、第二関節よりも上からを欠損していた。

天狗
「――あの人は、ひと月もしないうちに目覚めるでしょう」

寂しそうな天狗の声。
あの人とは誰のことなのだろうか――【鏡】越しに対話する事もできないから、私には分かりようもない。

天狗
「――わたくしに出来ることは、彼女を導くことだけ……」

ぽつりと零れた言葉は、苦難を受け容れようと決意した私のように、決意に溢れていた。

天狗の女性は、ばさりと翼を広げると、山頂から飛び立ち、城から少し離れた所に広がる荒野に降り立った。
孤独に佇む背中は、何かを背負っているような重さを感じられた。


948 名前:Route:D-8 正義:2020/12/28(月) 18:44:44.423 ID:k8gQLupY0
その時、天狗の前に、屈強な数十人の兵士たちが武器を持って詰め寄った。

兵士
「ネエチャン、確か――ブラック……だったな?目障りなので仕留めてやるよ」

――ブラック。その名前には聞き覚えがあった。
……弦夜と一緒に居た女性が語っていた名前だ。

弦夜
「そうか……それより、彼女たちの方はどうだ?」


「ブラック……いいや、ヤミに一任していますわ」

――しかし、彼女の言い方からして、天狗の名前はヤミが正しいようだ。
少なくとも――彼らにとっては、天狗の名はブラック……そういうことなのだろうか。
……私には、ヤミという名前の方がしっくりと来た。

兵士
「待て待て……捕まえようぜ、仮にも天狗の女だぞぉ?初めて見る女じゃないか」

兵士
「確かに、天狗なんて見たこともないからなぁ……」

にやついた口元と、漏れる言葉は品性を感じられない。
下劣そのもので、吐き気を催しそうなぐらいに醜い。

腐臭に塗れた欲望という名の塊。
それらは大地をも汚さんとばかりに……辺りに浸食していた……。

949 名前:Route:D-8 正義:2020/12/28(月) 18:46:18.770 ID:k8gQLupY0
ヤミ
「……お前らのような奴が、あの人を不快にさせる……
 蛆虫よりも醜い……生物とも物質とも認めたくない、悍ましい存在が……
 お前らのような存在が……あの人を……繭から目覚めさせた……」

天狗――ヤミは、冷たい言葉を吐き捨てた。
恨みが篭ったかのように、その目元は怒りでつり上がっているようにも見えた。

兵士
「ハン、生意気なアバズレがぁ!」

ヤミの言葉にいきり立った兵士たちは、剣や杖を構えて天狗に襲い掛かった。
その勢いはまるで吹きすさぶ嵐のよう。彼女はそれに耐えることができるのか……じわりと汗が流れるのを感じていた。

ヤミ
「すぅうううう――――――っ」

……一方の天狗は、ただ一呼吸してその場に立ち尽くすばかり。

バラガミ
「――――!」

この後に起こる光景――それは、再び絶望なのだろうか。目を覆いたくなるような惨劇なのか。
私は、ぎゅっと目を瞑りながら、天狗の無事を祈った。

ヤミ
「――はっ」

私の祈りが通じたのか――あるいは、天狗の実力なのか。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

950 名前:Route:D-8 正義:2020/12/28(月) 18:48:29.122 ID:k8gQLupY0
兵士たち
「うぐぁああーッ!」

断末魔と血しぶきをあげ、兵士たちはその場で倒れた。

兵士
「く、くそっ!マジックジャマーだ!起動しろ!」

遅れて、標的ではなかった兵士が何やら機械を弄り始めた。
――その瞬間、辺りには空気を震わす波のようなものが渦巻いていた。

兵士
「……よし、お前のそのよくわからん魔術は封じ込めた!
 消させてもらうッ!」

ヤミ
「………」

――ヤミは、風の刃を続けて放とうとはしなかった。
まさか……これは……彼女の攻撃を封じた、ということ……?

これから……彼女は一体……。
私の心は不安に浸食される。しかし続くヤミの言葉は……

ヤミ
「思考が汚らしいから、実力もそれと同じ……
 あの人なら、もっときれいに処分してくれることでしょうに……
 わたくしは――やっぱり、あの人には敵わないですね」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

951 名前:Route:D-8 正義:2020/12/28(月) 18:49:27.223 ID:k8gQLupY0
――ヤミは、いともたやすく……男たちを消し去った。
……さらに、追い打ちのように、あるいは蘇らないように、風の刃で兵士たちの死体をバラバラにした。
彼女は、もはや肉塊と化した兵士たちには目もくれず、その場を立ち去っていった……。

バラガミ
「……数十人も居たのに、たった一人で切り抜けた?」

その光景はこれまで見た絶望的な風景ではなく、希望と言ってもよかった。

バラガミ
「……まだ、世界は絶望で包まれていないの?」

少なくとも、今この瞬間は、希望はある。
私は、なにか報われたようなものを感じた……。

バラガミ
「……ならば、私は祈ってみせる
 希望が見えるようになる、その時まで……たとえ、希望がこの一瞬だったとしても……」

私が選んだ道――苦難に立ち向かうという決意は、さらに固まった。私は、再び【鏡】を抱いて祈り始める。
まるで母が赤子を守るかのように――まるで愛しい子供を抱きしめるかのように……
私は、【鏡】に自分全てを捧げるかのように、祈りを捧げた……。

952 名前:SNO:2020/12/28(月) 18:50:30.295 ID:k8gQLupY0
強いんよ?

953 名前:きのこ軍:2020/12/28(月) 19:33:25.002 ID:kVcr9gl2o
祈り系主人公

954 名前:Route:D-9:2020/12/29(火) 19:25:25.960 ID:kdHxTSNY0
Route:D


                   Chapter9

955 名前:Route:D-9 神託:2020/12/29(火) 19:27:48.923 ID:kdHxTSNY0
――――――。

どれだけの、時間が経ったのだろうか……長い時間が経った気もするし、たった数分の短い刻かもしれない。

それでも、私は祈り続ける。たった一つの希望だけで、絶望に立ち向かう決意が高まってゆく。
同時に、女神と言われるようになった理由についても思いを馳せる。

女神と言われるからには、それ相応の理由があるのだから。

バラガミ
(ひとつは――私が女神を降ろす器――巫女であるという可能性)

それが一番妥当な結論かもしれない。
遠くの景色を映す【鏡】は、ただの鏡ではないことは明らかだ。
そんな特別な鏡と、それを抱く己自身が女神の憑代である――とても単純で妥当な理由。

バラガミ
(でも、もう一つ――私そのものが、女神という可能性)

しかし自身への細波の言葉は、単に女神の憑代への態度には思えなかった。
女神そのものへの態度……。私は特別な存在なのだと……神々しい存在なのだと……。

しかし……。

バラガミ
「でも――私に出来る事は祈ることだけ」

どちらにせよ、今はただ【鏡】と共に祈るだけだった。
絶望だけが蔓延る――たとえ私の視る世界が絶望しかなくとも……。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

956 名前:Route:D-9 神託:2020/12/29(火) 19:29:36.646 ID:kdHxTSNY0
【鏡】に映る光景。
眼前に広がる景色ではでは疲弊した人々が、神への祈りを捧げている。
暗雲が空を纏い、恐らくはDBが原因だろうか、枯れた草花の残骸が大地に広がっている。

住民
「――お願いします、ユリガミサマ……どうか、【会議所】の……」

ユリガミ――その単語に、私は目を丸くして驚いた。
その言葉を聞くまで、不思議と意識することはなかったが……バラガミのバラは、茨を持つあの薔薇の事だろうか。
ならばユリガミのユリは、幾重にも合わさる葉を持つ百合の事なのだろうか……?

バラガミ
「ユリガミ――ユリガミ――」

何故か引っかかるものがあった。住民の一人は、丁寧に折りたたまれた紙を取り出し、ユリガミに祈っていた。

【鏡】の映す光景は、私が念じるとともにその住民のもとへと移った。

そして、その紙には――

白い花びらが世界を包んだ時に見た――忘れることなどできやしない、
あの、黒い髪の女性の絵が描かれていた。

バラガミ
「――!」

やがて、私は――納得した。
白百合の花びらを纏う巫女は、ユリガミと呼ばれている。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

957 名前:Route:D-9 神託:2020/12/29(火) 19:30:20.948 ID:kdHxTSNY0
住人を映し出したことは、私にそう結論付けさせるがための、【鏡】の神託のようにも思えた。
――が、同時に……新たな疑問が生まれた。

あの少女は――?
赤い薔薇の花びらを纏っていた、とてもたいせつなそんざいの少女。

黒髪の女性がユリガミなら……その少女こそが、バラガミなのではないのか?
……いいや、少女はあの時死んだのだ。
ユリガミの太刀で斬られたのを……この眼がはっきりと捉えたのだから。

だから、仮に少女がバラガミだとしても、自分がバラガミではないという証拠にはならない。
少女の役目を引き継ぐ――そういった出来事があったのかもしれない。
断片として存在する記憶のために、そう言い切れるわけではないけれど……。

バラガミ
「ともかく、今は私に出来ることをするだけ――」

私は、納得できない何かを……違和感を覚えながらも、
それを振り切って、祈りを続けることにした。

己の存在や、少女のことは気にならないといえば嘘になる――が、それを追い求めている場合ではない。

ただ、祈り続ける。
疲弊する住民のために――あるいは、自分の中で希望を失わないために。

――絶望に立ち向かう。希望へとたどり着く。
それが――今ここに居る理由だから。

私は、再び【鏡】と共に祈り続け…………。

958 名前:SNO:2020/12/29(火) 19:30:39.270 ID:kdHxTSNY0
書き込む前タイトルが信託になってたんよあぶないんよ

959 名前:きのこ軍:2020/12/29(火) 22:01:07.322 ID:m1zWBMqko
そっかバラとユリの関係か 気づかなかった

960 名前:Route:D-10:2020/12/29(火) 22:45:43.254 ID:kdHxTSNY0
Route:D


                   Chapter10

961 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:47:09.729 ID:kdHxTSNY0
――――――。

再び、私が【鏡】を見た時――それは、何処かの地下室だった。

そこに居たのは、端正な顔つきの蒼い長髪の男性と、これまた整った顔の――少し気弱そうな表情の、黒い短髪の男性。
何故か、その顔を見ると私の心臓は脈打ち始めた。

バラガミ
「え……」

記憶の何処かで、その男性に心当たりがある。だが、どうしてかは思い出せない。
どうにか思い出そうとすると、少女の亡骸が脳裏をよぎった。彼らは少女と関わりがあるのか?

バラガミ
「っ……」

失われた記憶の中に、答えはあるのだろう……。
だが、思い出せない。そしてわたしは思い出すことを放棄した。
……それを考えようとすると、また、頭痛が私を襲うからだ。私が為すべきことは記憶を取り戻すことではないから……。

【鏡】に広がる向こうの景色では、突然――頭髪を剃り落した大柄の男が現れた。

黒髪の男性
「シューさん、誰かいるッ!」

蒼髪の男性
「――誰だっ!」


962 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:51:16.479 ID:kdHxTSNY0
大柄の男
「どうも――¢さんに、集計班さん――」

……大柄の男は、舐める様にふたりを見つめてそう呟いた。
その会話と視線の方向から察するに、黒髪の男性が¢で、蒼髪の男性が集計班のようだ。

なぜか……彼らを見るたびに、わたしの胸はばくばくと高鳴っていた。

なぜ――どうして――こんなにも――。
欠落した記憶の中で何かが叫んでいるようにも思えた。それは本能的な感覚でもあった……。

大柄の男
「DBを生み出した張本人がたに会えて、うれしいですねぇ……」

DB――あの恐ろしい生物のことだ……。

……そんな、まさか――うそでしょう?

大柄な男
「誰が発案したかは知りませんが、ともかくあなた方は自作自演を行ったんです
 DBという名の架空の化け物を生み出し――それを撃退することで、【会議所】の士気を高めていた」

まさか、彼らが――そんな――。
わたしは首を振り必死に否定しようとするけれど、続く言葉は――。

¢
「ど、どうして……どこから……掴んだんよ……」

¢の、がっくりとうなだれた様子からは――痛いところを突かれたと言っているようなものだった。


963 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:52:31.066 ID:kdHxTSNY0
彼らは――あのバケモノに関わっていたというの――。

大柄な男
「フフフ……【会議所】も大変ですね……世界の中枢であり、見かけは善でも……
 内部はどの組織でもあるように、魑魅魍魎が渦巻く裏がある
 あなた方がDBを作らなければ、我々がDBを作り出すこともできなかった……」

肩をすくめ、見下すように笑う大柄な男……。
余裕綽々の表情で彼らを見つめている……しかし、集計班が手をかざし、何かを呟いた。

集計班
「――マグラビティ!」

その声とともに、大柄な男の足元には土色の紋章が刻まれていた。
どうやら……集計班の唱えた術式に依るものか。大柄な男の動きを封じようとしていた。

¢
「…!、動くなっ!手を挙げるんよ!」

¢は、うなだれた感情を切り替え、二丁の銃を構えた。
それは戦士の眼でもあった……。

大柄な男
「おやおや……流石はエースに、情報解析のプロ――
 私をどうにかしようというわけですね?」

大柄な男は、両手を挙げながらも、くつくつと笑いをこぼしながら余裕たっぷりに答えていた。


964 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:53:56.524 ID:kdHxTSNY0
集計班
「……お前は、【嵐】の孟覚眠(モン・ジェイミン)だな――貴様は兵士狩りをしているが……何故だ?
 【嵐】は何を目的としている?どうしてお前がここにいる?答えてもらおう――
 ――答えなければ、銃の引き金を引いて始末する」

覚眠
「おやおや、怖いですねぇ……
 フフフ……まぁ、いいでしょう……」

覚眠――と呼ばれた男は、おどけた風にぺらぺらと喋り始めた。

覚眠
「一つ目の質問ですが――まぁ、これは私の任務なんです
 有望な強者を消し去らないと、活動が満足にできないですからね……」

¢
「そ、そのために……乙海や、魂さん……ほかにも、集落で暮らす兵士を……」

¢は震えた声で答えた。しかし……その手は震えていない。
感情と肉体の動きを完全に分けているようだった。

……乙海……オトメ……その単語には、聞き覚えがあった。
しかし……どこで?わたしの記憶のどこかで引っかかっているけれど、それが何なのかは分からなかった。

覚眠
「まぁ、強者を放っておくと、私にとっても色々と邪魔なんですよねぇ
 さて、第二の質問――【嵐】の目的は……」

――困惑する私の見る景色では、勿体ぶりながら、覚眠が言葉を続けていた。


965 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:55:15.406 ID:kdHxTSNY0
覚眠
「なんてことはない、ひどくありきたりな目的――簡単に言えば、世界征服です」

覚眠
「きのたけ理論――あの理論は、コルヴォ=フェルミが見つけたというのが世界共通の認識ですが……
 それよりも前に、【嵐】のリーダーはそれに辿り着いていた
 しかし、その理論を活かすには膨大な組織力が必要だったから、待っていたんですよ……表の人間が理論に辿り着くのを」

覚眠
「そしてコルヴォ=フェルミが理論を見つけてくれたおかげで、大衆に理論が知られ
 ――理論に関わる施設も、各国の協力で作られ……世界は発展していった
 そして我々は、その世界をハイエナのように横取りするという、ひどく単純なことをするだけなんですよ、フフフ」

集計班
「……」

集計班は、苦虫をかみつぶした表情で、おかしげに話す覚眠の言葉を聞いていた。

¢
「じゃ、じゃあ……企業への襲撃も……」

覚眠
「なかなか鋭いようですね、貴方の想像している通りですよ……
 そして第三の質問ですが――私は貴方達がここに行くのを尾けていた、ただそれだけです」

¢
「そんな……、誰の気配も……なかったはずなのに……」

¢は、銃を構えながらも、その心はぶるぶると震えているようでもあった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

966 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:55:54.230 ID:kdHxTSNY0
覚眠
「気に病むことはありません……戦闘術【魂】を応用しただけですから……
 さて、私はいろいろと教えてあげましたが……いかがでしたか?
 冥途の土産の言葉に――満足してくれたところで――」

――そして、覚眠は、ふうっと息を吹いた。

¢
「――!」

集計班
「っ――!」

その動きに、¢は素早く銃の引き金を引いた。
同時に集計班も覚眠を縛り付けた紋章に【力】を込めていた。

覚眠
「――戦闘術【魂】、コールドフレア」

――しかし、覚眠は……
その動きよりも早く……何処から呼び出したかもわからない、吹雪を二人にぶつけた。

¢
「――ぐはッ」

集計班
「がは――ッ」

銃弾も紋章も、吹雪にかき消されて消え去り――
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

967 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:57:58.559 ID:kdHxTSNY0
覚眠
「初めから、私に攻撃すればよかったんです
 【嵐】の目的――そんな、戯言を聞くよりも早く――
 そうしていれば、あるいは――勝ち目があったかもしれないのに――」

嘲り笑う覚眠の姿を見て、絶望の単語が私の脳裏を過った。
それは、何度目かは分からないが――心をズタズタにするような感覚であることは違いない。

バラガミ
「やめて――お願い――」

涙を流しながら、私は【鏡】越しに、懇願するようにそう呟いていた……。

覚眠
「それにしても空しいものです、情報処理能力に長けた集計班ともあろうお方でも――
 機敏さと二刀流を活かしたエース兵士の¢ともあろうお方でも――
 私の力の前には、なすすべもなく……抵抗する前に敗北してしまう――」

集計班と、¢は、氷像と化し、地面に這いつくばっていた。
砕けた身体の欠片が散らばり、その体の中に宿る紅を散らして。

その光景は私の心はひどく揺さぶられる。
紅い月の凶兆や、少女が斬られた時の光景が眼前を過った――。

集計班
「あ、ぐ……き、さ、ま――」

絞り出すような苦しい声は、一言ごとに刺されたような感覚になる。
苦しむ二人の様子に、私はひどく動揺していた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

968 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 22:59:34.735 ID:kdHxTSNY0
その光景を見て、私の口の中はからからに乾き、顔に汗の粒が浮かんだ。
心臓はばくばくと脈打ち、張り裂けそうな悲しみが全身に響いた。

覚眠
「ああ、最期に教えてあげましょう
 私は、世界征服なんてどうでもいいんです……ほかのメンバーから尋問すべきでしたね?
 そうすれば長生きできたでしょうに」

覚眠
「――世界を獲るなんてくだらないことは……
 他の人がやるでしょう……
 フフフ……それでは、さようなら――」

集計班
「ま――て――」

飄々とした口調で立ち去った覚眠と、その足を掴もうとする集計班――。
しかし凍り付いた身体は動かない。手を伸ばそうとする仕草が……私の心をズタズタに傷つけた。

……そして、集計班も悔しさを浮かべた顔で力尽き果てた。
ふたりの亡骸は、少女の亡骸と重なるところがあった。

バラガミ
「――」

呆然と、その光景を見つめる私……。どうしてもこんなに悲しいのだろう。
この二人の男性は、自分にとって大切な存在だったということなのだろうか?

……あるいは、その光景そのものに、心をずきずきと痛めているのかもしれない。


969 名前:Route:D-10 悪魔:2020/12/29(火) 23:00:10.053 ID:kdHxTSNY0
バラガミ
「わからない――わからない――
 心が揺さぶられるのに、その理由がわからない――
 あの女の子も――そして、この男の子も――」

涙を流しながら、【鏡】の向こうで死んだふたりを見つめながら祈った。

バラガミ
「どうか――これまで不幸になった人が救われるように――
 私は祈りを捧げる――」

バラガミ
「――とても悲しいし、心が張り裂けそうでも
 私にできることは、これしかないのだから――」

言い聞かせるように――まるで現実から目を背けるように、私は祈った。
閉じた目からは未だ涙があふれている。

それでも――私は祈り続けた。

970 名前:SNO:2020/12/29(火) 23:01:20.399 ID:kdHxTSNY0
溜め技でなんか強そうな奴を適当に選びましたんよ。

971 名前:きのこ軍:2020/12/29(火) 23:30:22.273 ID:m1zWBMqko
コールドフレアなんてポケモンのワザあったっけと思ったら、伝説ポケモンの専用技か
それはそうと固有兵士が死んでいくのは悲しいなあ。

972 名前:Route:D-11:2020/12/30(水) 18:22:46.240 ID:VOze98Lg0
Route:D


                   Chapter11

973 名前:Route:D-11 奇跡:2020/12/30(水) 18:23:58.マオウ ID:VOze98Lg0
――――――。
再び、私が目を開けた時……【鏡】の中には、先程の地下室が映し出されていた。

バラガミ
「ここは……」

先程の情景を思い出し、私は顔をしかめていたが、ある事実に気がついて目を丸くして驚いていた。

バラガミ
「えっ……?」

集計班
「………」

¢
「………」

そこには――先程の男性――集計班と¢が、何事もなかったかのように佇んでいたからだ。

集計班は、薄暗い地下室の、ロッキングチェアに揺られながら考え事をしていた。
¢は、椅子に足を組んで、きょろきょろしながら本を読んでいた。
二人の向こうには、たくさんの本が無造作に積み上がっている。

その様子に、なぜか懐かしさを覚えながらも――

バラガミ
「………二人は、今……命が在るの?」

私は、ぽつりと言葉を呟いて、この光景が意味することについて考えていた。


974 名前:Route:D-11 奇跡:2020/12/30(水) 18:25:54.030 ID:VOze98Lg0
胸を貫かれ、致命傷を負ったはずなのに……、傷ひとつなく、ふたりはそこに居た。
それは私が祈った事に起因するの?

少なくとも――私にはある言葉が頭の中にあった。

バラガミ
「これは、奇跡――?」

この現象は、奇跡……神の与えたもうた奇跡……。
私が目を閉じ、そして開けるまでに何があったか――それは分からない。

あるいは、その間に目を開けていたのかもしれないが、記憶が失われたのかもしれない。
ただ一つ言える事は、人智を越えた何かが……そこで起きたということだった。

¢
「大戦はまだやり直せると思うんよ――だから今はひたすら耐える……」

集計班
「ええ……いろいろな【死】はあれど――まだ、完全に崩壊したわけではないですから……」

¢は、ぐっとこぶしを握って呟いた。その言葉に集計班もうなずいている。
何かへの希望。そのために、苦難を耐えようとする言葉。

――それは……この、不可思議な現象を目にしたわたしにとって、心強い言葉でもあった。


975 名前:Route:D-11 奇跡:2020/12/30(水) 18:27:33.633 ID:VOze98Lg0
集計班
「花は季節になればまた咲くように……終わらぬ絶望はない……」

集計班は、先程の出来事などなかったかのように、感慨深く、遠くを見つめながら、誰に伝えるわけでもない独り言を零した。

¢
「――シューさんの言葉通りなんよ
 まだまだぼくらは戦える、できる範囲で人助けや、治安維持をしながら、大戦の再開を持つんよ」

近くには、花の図鑑があり……私の視線はその一点に注がれた。
その表紙にはスミレの花が描かれている――スミレの花言葉は色によっても異なるけれど、
全般的なもので言えば「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」――。

……その意味が、すっと記憶の中から引きだされた。
どうしてだろうか……私は、スミレの花言葉に、深い思い入れがあるのだろうか。
心をこめて、丁寧に向き合うほどに……。

集計班
「DB計画が、こんな形で仇となったのは、まったくもって想像外だったが――」

¢
「……シューさん、もともとぼくが持ち出したプランだから、責任はぼくが……」

集計班
「いや……これは表ざたにはしないほうがいいでしょう」

集計班
「【嵐】が、われわれの作り出したDBという架空の存在をもとに、別のDBをけしかけたのは事実です
 しかし――われわれの計画の細部までは知りえないでしょう……
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

976 名前:Route:D-11 奇跡:2020/12/30(水) 18:28:54.361 ID:VOze98Lg0
¢
「……確かに、話し合ったのは、ぼくとシューさんしかいないから、計画は知りえないわけだ」

集計班
「最も……われわれのDBに詳しい人物は、私と¢さんを含め3人で――
 今や私とあなたを含め2人になってしまった……
 もちろん、どこかで漏れた可能性はあるが、それについて考えてもらちがあかない」

¢
「……確かに、そうなんよ
 今は……目の前のことを見ないと」

……DBという化け物は、彼らの手で生み出された存在らしい。
しかし会話の内容から察するに、それを悪用された――それがあの惨劇の事実ということ、だろうか。

……私は、少しほっとしていた。
どうしてだろうか……彼らが、破壊衝動に目覚めていないから……?

ふたりの話し合う真剣な表情に、私は不思議と希望の存在を実感していた。
奇跡が生み出した希望……本当に不思議な光景でもあった……。

バラガミ
「――どうして、奇跡が起きたのだろう」

私は鏡面に指を這わせた。
そのしぐさは我が子をあやすような―あるいは恋人同士のスキンシップのようでもあった。

やがて、【鏡】の向こうの景色は薄れ、銀色の鏡面と、反射した私の顔がそこにはあった。


977 名前:Route:D-11 奇跡:2020/12/30(水) 18:29:19.542 ID:VOze98Lg0
バラガミ
「――スミレ」

ふと、わたしは花の名前を呟いた。

バラガミ
「私は知っているはず――知っている――」

どうしても、私の中でひっかかるそんな単語だった――
けれど、思い出そうとすると――。

バラガミ
「うぁっ……」

頭痛が私を襲う。
今、思い出してはいけない――考えてはいけない――そう誰かから言われているようにも思えた。

バラガミ
「そうだ――私は、祈ることだけを考えればいい」

少なくとも――祈ることで希望が生まれ、祈る事で奇跡が生まれた。
完全な絶望が広がるわけではない。私にだって、できることがある。

そう思うと、頭痛はすぐに引いた。――すなわち、そういうことなのだろう。

だから――私は【鏡】を抱いて祈った。
更なる奇跡のために……希望を捨てないために……。

978 名前:SNO:2020/12/30(水) 18:30:03.088 ID:VOze98Lg0
¢さんの語尾は●●なんよにするかしないかで迷ったけどつけることにしたなんよ

979 名前:きのこ軍:2020/12/30(水) 21:12:06.886 ID:3CRJ15A2o
なんにでもんよんよ付けても阿呆っぽさが出るので、ここぞというときに使えばむしろ効果的。
そういう語尾フェチです。

980 名前:Route:D-12:2020/12/31(木) 00:29:24.536 ID:6u4F60iE0
Route:D


                   Chapter12

981 名前:Route:D-12 神勅:2020/12/31(木) 00:33:10.016 ID:6u4F60iE0
――――――。

気が付くと、細波が私の隣に座っていた。

何時の間に――彼女はここに?

いいや、それを考えるのは無駄だ。私は記憶が飛ぶのだから。
それを追及するよりも、私には優先すべき事があるのだ――。

そう、思っていると……。

細波
「バラガミ――運命の時はあと少し……」

細波の言葉が響く。
運命の時――意味深な言葉を呟いた細波は、表情を変えずに私を見つめていた。

バラガミ
「運命の――時――」

……その単語に、心当たりがあるような気がする。
だが、その意味合いはどうしても思い出せない。

けれども、とても大切なことである――
それは、忘れてはならない重要な要素なのだと……心の奥底で理解していた。

細波
「あらかじめ釘を刺しておくけれど
 ――私は貴女にこれ以上は教える事はできない……」
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982 名前:Route:D-12 神勅:2020/12/31(木) 00:38:27.200 ID:6u4F60iE0
バラガミ
「……どうして、何も教える事ができないの?」

細波
「ほかでもない、貴女がそう仰ったから――
 記憶を失っても、その時に、運命の時が来ること以外は、貴女自身に教えてはいけない――と」

バラガミ
「私が、私に言伝を――?」

細波
「ええ……貴女が、そう言ったの」

――私が、そう……言ったのか……。
彼女の口ぶりからは嘘というものは感じ取れない。

……失われた記憶の断片に、私がそう言った場面があるのだろう。
そして――逆に言えば、この時期(とき)に、運命の時についてを教えることに意味があるともいえた。

バラガミ
「ありがとう――私に教えてくれて――」

――私は記憶を失っていても何かの準備をしていた……そういうことなのか。
そう思うと、不思議と納得がいった。

細波
「いえ――
 貴女の祈りが通じることを、私たちも望んでいるから
 それでは、お願いね、バラガミ――」
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983 名前:Route:D-12 神勅:2020/12/31(木) 00:41:25.409 ID:6u4F60iE0
……私たちという単語から、細波をはじめとした何者かが、私に期待しているらしい。
確かに、先程奇跡は起きた。私の祈りが、集計班と¢を蘇らせることに繋がっていた……。

バラガミ
「……私が、私への言伝を」

そして誰にも届かない言葉を呟きながら、【鏡】に映る私の顔を見た。
白い髪。赤い瞳。黒い衣装――それは何度見ても変わることはない。
だが、その表情は――まるで雲に隠れた太陽が、切れ目から顔を覗かせたように明るくなっていた。

……それにしても、バラガミと呼ばれた私が、私自身に言伝をするなんて。
まさに、神勅というべきなのかもしれない。

【運命の時】――とやらが、近づいている。
その時、私は何を見るのか……その時私は、どうすべきなのか……。

その具体的な内容がわからないことに、一抹の不安もあるが……いいや、大丈夫。
……私はその時に祈りを捧げる。それを私自身が指示している。

……恐らく、そのために私はここまで【鏡】を通して景色を見、祈りを捧げて来たのだ。
私がその時まで祈りを捧げ続けるために、余計な記憶が欠損されているのだろう。
純粋な、まっしろな――祈りだけに神経を注げるように――。

……心の中に、相変らず不安という名の火は燃え、煙をあげている。
けれども、大丈夫。私は祈りを捧げてみせる。

私は、心の中でそう繰り返しながら【鏡】に祈りを捧げ始め……。

984 名前:SNO:2020/12/31(木) 00:41:44.981 ID:6u4F60iE0
どこで埋めよう。

985 名前:D-13:2020/12/31(木) 09:25:18.607 ID:6u4F60iE0
Route:D


                   Chapter13

986 名前:D-13 運命の輪:2020/12/31(木) 09:26:46.372 ID:6u4F60iE0
――――――。

【鏡】の向こうでは、白髪の人物と、神父姿の人物が血まみれで倒れ伏せていた。

バラガミ
「…………一体、これはどういうこと」

――視界の果てで誰かが駆け抜けた気がするが……今、私にとってはそれよりも眼前の光景の方が大切だった。
二人ともすでに息はない。ぴくりとも体は動かずに……地面に紅の花を散らしている
それは凶兆の余波のようにも思えて、私の心はがくがくと震えはじめる感覚があった……。

バラガミ
「えっ――」

唖然としているうちに、映された景色は霞むように消え――【鏡】には私の顔だけが映っていた。

しばらく、呆然としていたが――やがて、わたしはめまいにも似た感覚を覚えていた。

バラガミ
「どういうこと――いったい、これは――」

私の中で何かが失われていくような感覚……心と体が乖離していくような、不気味な感覚……。
先ほど【鏡】に広がっていた光景は、自分への神託である運命の時、そのものであると……わたしの中で言っていた。

泥濘に沈んでいくような感覚の中、私の思考はとても鮮明に思案し始めた。
私は、この運命の時をどうすればいい……?

私に――バラガミに定められた責務は、一体何なの?
しかし、それを求めてもわかるわけではない。だが、解き明かさなくてはいけない。
私自身が――運命の時――そう告げたことには、恐らく理由があるのだから…。

987 名前:D-13 運命の輪:2020/12/31(木) 09:29:13.643 ID:6u4F60iE0
バラガミ
「……私は、誰かを救わなければ……いけない?」

――私の中には……凶兆の景色が広がった。
その凶兆のさなか、ユリガミが斬ったあの少女が、舞い散る花びらが頭をよぎった。

バラガミ
「もし――もし、私にその【力】があるのなら――」

……その時、私は、集計班と¢が蘇った出来事を……私が奇跡としたその出来事を思い出した。
……祈って奇跡が起こせるのなら、血まみれで倒れていたふたりを――蘇らせることができる?

……そこで私は思い至った。少女のことを救うことはできないのか、と。
私の見た凶兆からは時間が経っている――少女の死体があるかどうかも定かではない。

それでも――可能性はある。

バラガミ
「悩んでいる場合では、ない……私は、祈ることだけしかできない……」

……そう、悩むべきではない。
どうせ考えても、その答えに直ぐにはたどり着くことはない。ならば、私に出来ることをすることが最善策だろう。

奇跡によって少女が生き返る――その可能性がわずかにでもあるのなら。
私は、祈ってみせる。

だから――。
私は、【鏡】を抱いて、奇跡を願って祈りを捧げた。

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988 名前:D-13 運命の輪:2020/12/31(木) 09:29:46.344 ID:6u4F60iE0
私の声が、私に呼びかけていた――。

バラガミ
「私の【力】で、ふたりを救って――」

その声は、とても凛々しく、神々しく――私は、バラガミという女神と言われるに相応しいものだと……なぜだか他人事のように認識した。
そう……。
運命の時に祈りを捧げることが――。
神託の通りに、私は祈ろう――。

バラガミ
「バラガミとして、私は祈りを捧げる――
 ふたりを救う――それがすべてを救うことに繋がるから――」

すらすらと口をついた言葉は、私のこの意識とは違う存在に言わされたかのように発せられた。
同時に――私の目の前の景色はぐらりと歪んだ。
波に呑まれるような感覚。何かに引きずり込まれるような感覚。

……この感覚を、私は味わったことがあるような気がする。
だが、私はそれに抗ってみせる。私は祈りを捧げる。
その感覚に全身がつつまれても、意思を変えない。諦めない。奇跡のために……。

そして………………。

989 名前:SNO:2020/12/31(木) 09:30:00.136 ID:6u4F60iE0
運命?

990 名前:Route:D-14:2020/12/31(木) 12:14:16.615 ID:6u4F60iE0
Route:D


                   Chapter14

991 名前:Route:D-14 太陽:2020/12/31(木) 12:17:56.302 ID:6u4F60iE0
――――――。

再び、景色が元に戻った。
【鏡】の向こうでは――私が見た――神父姿の人物と白髪の人物が死闘を繰り広げていた。

バラガミ
「……これは、どういうこと?」

再びの奇跡に、私は少し狼狽したが――すぐに、此処が【運命の時】なのだと認識することができた。

同時に――二人の戦いを見つめる私の中に、今までの記憶が津波のように流れ込んだ。
少女の死。DBに蹂躙される人々。天狗のヤミ。ユリガミへ祈りを捧げる人々。集計班と¢の死と復活……。
そして、運命の時、神父姿の人物と白髪の人物が相打ちになったことに――。

ああ、そうか……と私は思う。
様々な情報や情景が、逆回しとなって私の中を巡った。

同時に、私は納得。

バラガミ
「そうか――私は、時を遡っていた――」

女神の【力】――、私は時を遡ることができる【力】を持っていた……。
私はその【力】を操り、何度も何度も、繰り返し繰り返し、無限に時を戻っていた。

どうして?それは――

バラガミ
「絶望の景色を――紅い月の凶兆を防ぐため――」
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992 名前:Route:D-14 太陽:2020/12/31(木) 12:20:15.356 ID:6u4F60iE0
しかし、どうすればいい――?

ふと、視線を二人から逸らした。……誰かがそこには居たから。
――そこには、二人の死闘を眺める少女が一人居た。

肩まで伸びた黒い髪。白と赤の巫女装束。腰には白百合の太刀……。
首に掛けられた【勾玉】からは神々しさの一片があった。
――彼女は、息苦しそうな表情を浮かべていた。まるで溺れる者のように……。

しかし……彼女は……あの子は……。

……私は、彼女をとても、よく知っていた。

……どうして……どうして……あなたが、ここに……いるの……?

――――――。
――――――。
――――――。

……それと同時に、私の記憶が徐々に修復されていくのを感じていた。
失われた記憶の断片は、ぽっかりとあいた隙間を埋めるように……やがてそれは完全に取り戻されていった。

そうだ……私がどうして時を戻していたのか。
――この瞬間の運命を切り替えるために……。
だが、幾度もなく失敗し、二人は相打ちとなってしまった。

二人の死を呼び水として、あの絶望の結末に繋がるということも、幾度もなく理解――いいや、体験していた。
何度も世界はに凶兆に飲み込まれていったのだ……。私はどうすればいい――?

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993 名前:Route:D-14 太陽:2020/12/31(木) 12:21:10.683 ID:6u4F60iE0
バラガミ
「貴女にはやるべきことがある」

バラガミ
「それは――この戦いを止めること」

バラガミ
「この戦いを止めることが――貴女が真に為すべきこと」

愛しい我が子に――瞿麦に――私はゆっくりと語り掛けた。
その光景は……私にとってとても馴染み深いものだった。

瞿麦
「……」

瞿麦は、少し考える素振りを見せて……納得するように頷いた。
私の声は、届いたらしい。

バラガミ・瞿麦
「戦いを、やめ、て――!」

わたしは、まるで、子供を叱るように強い口調で、言い聞かせるように――【鏡】の向こうの瞿麦に向けて、語り掛けた。
――その言葉もまた、瞿麦に届き、私と同じ言葉を、息を切らしながら続ける。

神父姿の人物
「――!?」

白髪の人物
「…………!」
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994 名前:Route:D-14 太陽:2020/12/31(木) 12:22:56.884 ID:6u4F60iE0
ふたりは……困惑したように瞿麦を見ていた。

同時に、その視線は私にも重なった。二人は私のことを認識はしていないだろうが、
私は、止まるわけにはいかない……。すぐに、瞿麦を通じて語り掛けた。

バラガミ・瞿麦
「あなたたちが争って得られることはない――
 今なすべきことではないことは、二人とも分かっているでしょう?」

――わたしは諭すような声で、そして瞿麦も同じ口調で……一言一句同じ言葉を語った。

神父姿の人物
「……きみは誰だ
 太刀を腰にぶらさげたきみも……私にとっての敵なのか?」

神父姿の人物は、真剣なまなざしで瞿麦に剣の刃を突きつけた。
その顔にも既視感はあった。――でも、今、それに思いを馳せる必要はない。

バラガミ・瞿麦
「違う――わたしが為すべきことは――」

瞿麦の表情は見えない。しかし――身体は震えていなかった。恐怖の感情も読み取れない。
恐らく……瞿麦と私の目的は同じなのだろう。私はまたも言葉を紡ぎ――それを同じく、瞿麦が語った……。

バラガミ・瞿麦
「絶望の未来を回避する行動――」

神父姿の人物への答え……それは初めから言うと決めていたかのようにすらすらと口をついて出た。
……大丈夫。私の言葉は、そして瞿麦の想いは……きっと届いている。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

995 名前:Route:D-14 太陽:2020/12/31(木) 12:23:35.691 ID:6u4F60iE0
白髪の人物
「彼女は――少なくとも、私や君の敵ではない勢力だ」

黒砂糖
「……そのようだ」

黒砂糖
「……私は、この少女に手を出せとは言われていない
 一旦は退かせてもらおう……」

黒砂糖は、不服そうにつぶやきながら、その場を立ち去って行った。

とにかく、私は――この争いを、止めることができたのだ……。
運命の時で――為すべきことを、成し遂げたのだ……。

いつしか、【鏡】の中の光景は薄れ始めた。
おそらく――もう、私が何かをする必要はない……そういうことなのだろう。

バラガミ
「――それでいいの
 あとは貴女がすべてを……思い出すことができれば……」

だから、私は最後に瞿麦に言葉を残した。
……彼女もまた、私の【力】に巻き込まれていたからだ。


996 名前:Route:D-14 太陽:2020/12/31(木) 12:26:03.273 ID:6u4F60iE0
私が記憶を失っていた理由――それは単純明快だ。
何度も時を戻しているうちに、積み重なる記憶が心の負担になる。
それを防ぐために――運命の時までの時の環だけを記憶するようにしていたのだ。

――それは、瞿麦にも同じようなことが言えるだろう。彼女も私と同じ境遇にあった……そんな気がする。
だからこそ……私はその言葉を瞿麦に残したのだ。

――そして今、凶兆が起きる未来はなくなったのだ。

私の目的は果たした。だから、記憶も戻り、色々な事実も認識できるようになった。
時を戻す【力】で、黒砂糖と白髪の人物の命を救ったのだ。

……いや、終わってはいない。
まだ、やるべきことがある。それは、凶兆の時に死んだあの子を……澄鴒を救わなければならない。

澄鴒は【会議所】で目覚める時を待っているはずだ。
今までは――白髪の人物と黒砂糖のふたりを死なせたことによって運命が狂い、凶兆の未来に繋がることになっていた。

その未来の過程では、見知らぬ人から、血を分けた息子まで……死の運命を背負っていた。


997 名前:Route:D-14 太陽:2020/12/31(木) 12:27:31.401 ID:6u4F60iE0
だが――今回は違う。
ふたりは死ななかった。それを起点に、あの絶望を回避できる――私はそう確信していた。

だから、行こう。
此処で祈る役目は終わり、私は向かわなくてはいけない――。

澄鴒を救うために、【会議所】へ――。

私は、この空間から出なければならない。

私は、いつまでもここにいてはいけない。
――なぜなら、私は……海神の世界で眠り続けるわけにはいけないのだから……。

深淵の中に広がる世界に私は居た。暗くて深い場所に私はいた。
しかし私は目覚めなければいけない。戻らなければいけない。空の広がる大地へと……。
私に流れる血に宿る女神が治める世界へと。

眠り姫たる澄鴒を起こすために――私の血を引く、愛しき我が子のために……。

998 名前:Route:D Ending:2020/12/31(木) 12:28:33.057 ID:6u4F60iE0
――Revealed the sun card.

But This story hasn't finished yet.
Haven't reached the truth.
Go ahead the another Route.

          ―――Route:D Fin.

999 名前:???:2020/12/31(木) 12:35:34.353 ID:6u4F60iE0
――すべての鍵は、ひとつの点に辿り着いた。
        陰陽の重なり合う場所に……。

彼女たちを遮るを苦難を越え、各々のたどり着くべき場所を見つけた。

――――
             乙 女 は 今 目 覚 め な け れ ば な ら な い 。
                 世 界 の あ る べ き 場 所 へ と 。

                                   ――――To be continued Route:E.

1000 名前:SNO:2020/12/31(木) 12:38:31.826 ID:6u4F60iE0
次スレに続く。
http://kinohinan4.s601.xrea.com/test/read.cgi/prayforkinotake/1609385851/

1001 名前:1001:Over 1000 Thread
              ∧              ノ   ヽ
             /    ヽ
           , ‐'     ー- 、     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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