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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

229 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その6:2020/09/06(日) 00:37:23.708 ID:tngxbY9Ao
¢が食事を待っている間、三人は軽く雑談を進めていたがほんの少しの沈黙の最中、近くの話し声が耳に届いた。

「数日前の【大戦】、お前はどれだけ撃破したよ?」

「俺はたったの5撃破。ほとんど何もさせてもらえなかったよ」

何気ない世間話も聞き耳を立ててしまうのは悪い癖なのかもしれない。
加古川から見て右に座っていた二人の男はその格好からきのこ軍、たけのこ軍兵士のようだった。

「お前、きのこ軍だもんなあ。手酷くやられたんだろう?どの大戦地でも壊滅的だったときくぜ」

「うるせえ、きのこ軍をバカにするな。でも軍全体に勢いが無かったな。どうも軍を動かす人が出てこれなくてボロ負けした感じがしてさ」

二人はそこで言葉を切った。出てきた食事を食べ始めたようだ。
加古川は二人の発言になにか引っかかるものを感じた。だが、何かまではわからない。


230 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その7:2020/09/06(日) 00:38:36.962 ID:tngxbY9Ao
丁度いいとばかりに、手持ち無沙汰にしている¢に向け、吸い物を飲みきった抹茶は二人の話に関連して話題を振った。

抹茶「そういえば¢さんはこの間の【大戦】どうでした?やはりエースですから二桁撃破ぐらいはいきましたか?」

何の変哲もない話だが、なぜか¢はピクリと肩を震わせた。

¢「ぼくは…全然活躍できなかったんよ」

歯切れ悪く¢は答えた。
小さな違和感を覚えた。

加古川「¢さんはどの大戦場にいたんです?私と抹茶さんは第5大戦場でしたが」

今や膨大な参加者を抱える【大戦】では、大戦場を何箇所にも分けて同時多発的に戦いを行っている。
個々の戦場の結果を統合して最終的にその戦いの勝者を決める仕組みに少し前から移行したのだ。

¢「…第7…いや、第8戦場だったかな。すぐにたけのこ軍に撃たれて戦線離脱したからか、あんまり覚えていないんよ」

目を泳がせる¢だったが、そのとき丁度彼の前にネギ御膳のお盆が置かれた。
香ばしいネギの薫りが、隣りにいる加古川たちにもただよってきた。

¢「美味しそうだけど、滝本さんにはこの店は紹介できないんよ」

苦笑しながら、小さくなった背中を丸め目の前の食事に手をのばすかつてのエースの姿は改めて印象的で、同時に加古川にある決心を思い至らせた。


231 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その8:2020/09/06(日) 00:39:42.511 ID:tngxbY9Ao
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 wiki図書館】

抹茶と¢との食事を終えた加古川は、余った時間を利用し本部一帯の外れに位置する図書館を訪れた。

参謀「おお、加古川さんや。此処に来る加古川さんを見るのは久々やな」

司書と図書館長を兼ねる参謀B’Zは受付の前で加古川を見つけると、“さっきの会議ぶりやな”と手を上げて歓迎の意を示した。

加古川「そういえば此処に来るのは久しぶりだ。資料室に入ってもいいかい?」

参謀「どうぞご自由に。許可なんていらんよ。俺の職場は生きた人よりも無機物な書物たちと向き合っている時間の方が多いからな」

互いに苦笑し、加古川は書物棚の奥にある資料室へ歩みを進めた。

wiki(ウィキ)図書館は【会議所】設立時から存在する歴史ある図書館だ。
数十万点以上の書物が保管されており、図書館長の参謀B’Zの指示の下、全ての書物は棚に整理整頓してあり利用者には大層評判がいい。
ただ、最近では客足が遠のいているようで、昼過ぎだというのに見渡す限り訪問客は加古川しかいない。
参謀が嘆くのも無理はない。

書棚が並んでいる大広間の奥には通路を隔てて幾つかの書物部屋に分かれており、その内の一室が資料室だ。
大戦に関する歴史がまとめられている部屋で、大戦の歴史や戦評などの詳細資料がまとめられている。
加古川も【会議所】に入りたての頃はこの部屋によく足を運んでいたものだ。


232 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その9:2020/09/06(日) 00:41:23.204 ID:tngxbY9Ao
加古川「綺麗に並べられているな…」

あまり人が足を踏み入れてないのだろう。
資料室の中は他のフロアと比べると少し湿っぽく埃臭かった。
それでも書棚を見れば直近の大戦の資料を並べられている辺り、参謀B’Zという人間の几帳面さが伺える。

加古川は部屋の中央棚の一角のラベルに書かれた『大戦参加者名簿』という列のファイリングを手に取った。
部屋の灯りを付け、テーブルに資料を広げ過去の大戦の両軍の参加者を確認し始める。

昨日の筍魂の資料を宿泊先でも読み返し、加古川は改めて“きのたけのダイダラボッチ”に関して不思議な点があることに気がついた。
そして先程の定食屋での話も相まって、いてもたってもいられなくなり【大戦】の歴史を漁り始めた。

―― 加古川「全て、【大戦】の一週間後なのか…」

―― 「うるせえ、きのこ軍をバカにするな。でも軍全体に勢いが無かったな。どうも軍を動かす人が出てこれなくてボロ負けした感じがしてさ」

―― ¢「…第7…いや、第8戦場だったかな。すぐにたけのこ軍に撃たれて戦線離脱したからか、あんまり覚えていないんよ」

昨日からの色々な人間の会話が、頭の中で何度も反芻される。

ケーキ教団。
 角砂糖の高騰。
  きのたけのダイダラボッチ。
    そして【きのこたけのこ大戦】。

一見、何の繋がりも見られない要素たちは、いま、加古川の調査により一つの“線”で繋がろうとしていた。


233 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その10:2020/09/06(日) 00:43:02.180 ID:tngxbY9Ao
加古川「やはりッ!この大戦にも“いない”。その前の大戦は…やはりいない。そうかッ」

加古川がめくる資料自体は何の変哲もないただの参加者名簿に過ぎない。
しかし、脳内には昨日の筍魂の調査内容とあわせて、不完全ながら一つの仮説が出来上がりつつあった。

加古川「そうすると、教団は一体何の目的でこんなことをッ――」


自らの考えをまとめようとしていた最中。


突如、パリンという小気味よい音とともに頭上の灯りが全て消えた。
資料室は途端に暗闇に包まれた。

加古川「なんだ、停電かッ――」





ガチャリ。




酷く冷酷な金属の重厚な音が室内に響き渡った。
心臓をキュッと掴まれたように加古川は言葉をつぐみ、無言で手を上げた。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

234 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その11:2020/09/06(日) 00:44:23.386 ID:tngxbY9Ao
「警告だ。これ以上、首を突っ込むようなら容赦はしない」

しゃがれた声で銃の主は、背後から加古川の耳元で囁いた。
端的な言葉は驚くほど明快な殺意と威圧を放っていた。

聞き慣れない声だが、きっと何らかの道具で声を変えているのだろう。
喋り口調から声の主を聞いたことがあるかもしれないし、ないかもしれない。
そこまで気を回す余裕はなかった。

加古川「どこの誰かは知らないが、ありがたい忠告をどうも」

加古川は腹から絞り出した自分の声が存外に震えてないことを確認した。
ハッタリは元々得意分野だ。

加古川「でも人違いじゃあないかい?私はただ大戦の歴史を調べるのが好きなだけなんだ」

とりわけ明るい声で応対するが、背後に突きつけられた腰の銃が下がることはない。

「即刻手を引き、平和で多忙な日常に戻るといい」

加古川「もちろんさ。仕事の合間でこうして趣味に没頭することが平和じゃなく何という?」


235 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その12:2020/09/06(日) 00:46:10.955 ID:tngxbY9Ao
「…警告はした。次はないぞ」

途端に腰の辺りから銃の違和感がなくなり、背後の気配も同時に消え失せたことを瞬時に察知した。
すぐに振り返るもそこには誰の姿もなく、資料室の外の通路は先程と同じ様に煌々と灯りが灯っていた。

ファイリングをパタリと閉じると、加古川はたらりと垂れた額の汗を静かに拭った。

加古川「真理は、想像を遥かに超えるな…」

しかし同時にこの忠告で、加古川は自分の推理は間違っていないという確証を得た。

何か得体のしれない闇に飲まれているのではないかと不安に思っていたが、何ということはない。


“すでに飲まれていた”のだ。


加古川「これぞ正に反証の理、というやつだな…」

自嘲気味に笑おうとするも、歴戦の兵士も流石に今回の出来事に顔はひきつり気味だった。
一度深く息を吐き出し、資料を元に戻した加古川は電球が割られた室内には目もくれず再び歩き始めた。


236 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 警告編その13:2020/09/06(日) 00:47:22.128 ID:tngxbY9Ao
参謀「おう、お帰り。ってどうしたんや、すごい汗だぞ」

加古川「いや、資料室内は熱気がすごくてね。そういえば、私の後に誰か客は来たかい?」

参謀「いや、今日はまだ加古川さん以外に誰も此処には来ていないが…」

参謀の言葉に加古川は作り笑いで一度だけ頷いた。
今度はひきつらずちゃんと演技できている。

加古川「それは苦労するね。そういえば、資料室の灯りだけど古いからか全部割れてしまっていたよ。後で交換しておいてくれ」

そう言い残し、加古川は図書館を出た。
一刻も早く外の空気を吸い、自らがまだ生きている実感を得たかった。


237 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/09/06(日) 00:48:13.835 ID:tngxbY9Ao
あと5回ぐらいの更新でこの章は終わる予定です。

238 名前:たけのこ軍:2020/09/06(日) 01:27:16.143 ID:OkrZNOqs0
緊迫する感じいいですね

239 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その1:2020/09/13(日) 23:24:25.133 ID:Xqoo728so
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部】

図書館での一件があってから加古川は急ぎチョ湖支店に戻り、すぐにスティーブ経由でケーキ教団への入信を告げた。

本部前で馬車を降りる彼に、相変わらずコック帽とコックコートを着こなしたクルトンが諸手を挙げて待ち構えていた。

クルトン「いやあ。いやあ。待っていましたよッ。貴方も入信してくれるとは嬉しいですよ、加古川さんッ!」

やわらかで穏やかな季節風が吹き始めた中、加古川の格好もチェックシャツにブラウンコートと相変わらずやや厚手のままだ。
加古川は彼の言葉に口元をニッコリとさせた。

加古川「この歳になり仕事一本で何も趣味を見つけられなくてね。この間の説明で心も穏やかになると思ったし、いいかなと思ったんですよ」

彼の言葉に、クルトンは敬虔な教祖に戻ったように仰々しく何度も頷き同調した。

クルトン「それでは早速食堂で加古川さんの入信を祝してお祝いケーキパーティを開きましょう」

二人は城門前の広場を横切り、井戸の脇にある入口から続く回廊を歩き始めた。


240 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その2:2020/09/13(日) 23:25:56.760 ID:Xqoo728so
加古川「そういえば、何か信者になった証のようなものはあるんですか?」

先頭を歩いていたクルトンは急に立ち止まったため、少し後ろを歩く加古川は思わずつんのめった。
彼はゴソゴソとズボンのポケットを漁り始めた。

そして徐に振り返り、手のひらに持つピンバッジを見せた。

クルトン「忘れていました。これがケーキ教団へ入信した証のバッジです。
別に付けても付けなくても構いませんが無くさないでください。今後はこれがあれば教団本部に出入りできますよ」

加古川「それはありがたい。いつでも出入りできるんですか?」

クルトン「朝と夜は奥のスイーツ工場しか稼働していないので入れませんが、それ以外は自由に出入りできますよ」

加古川はケーキの形をしたピンバッジを受け取り一瞥すると、すぐにポケットの中に仕舞い込んだ。

クルトンは笑顔を顔に貼り付けたまますぐに踵を返し、食堂へ向かい歩き出した。

加古川「時に、以前この本部は古城を再利用していると言っていましたね。それは数百年前の大戦乱時の遺物とききましたが、実際は250年程前に建てられたものではないですか?」

加古川の言葉に再度クルトンは立ち止まった。

クルトン「どうでしょう。生憎と私はあまり歴史には詳しくないもので。お詳しいんですか?」

振り返らずに語る彼の表情までは読み取れない。

加古川「ええ、趣味のようなもので。この山城の造りはガルボ・ルガノン風という、中世から近世の間で流行ったゴシック城郭の形式です。
城壁に接する円塔を多く造り、全方位からの攻撃に強くする防御力の高い仕組みです」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

241 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その3:2020/09/13(日) 23:27:02.506 ID:Xqoo728so
加古川「この時代の古城は既に少なくなっていましてね。好事家からするとヨダレが出るものですよ。あとで城を少し見学しても?」

クルトン「それはご自由にどうぞ。我々も全てを把握できているわけではなくて物置のような部屋も多いのでがっかりされるかもしれませんがね」

加古川「ああ、それと」

話は終わりだとばかりに歩きはじめようとしたクルトンを再び制す。
加古川は回廊越しに見える奥の工場地帯を指差した。

加古川「あの奥にあるスイーツ工場は、私でも働くことができるんですか?」

今度こそクルトンは振り返った。口元は微かに笑っているが先程に比べ目つきは急に細く鋭くなった。
露骨に他者を警戒している眼だ。

クルトン「加古川さん。貴方は確か会議所の役人だったはずだ。
工場で働く余裕がおありで?そもそも今日は平日ですが仕事は平気なのですか?」

身辺調査も完了済みか。
心のなかで加古川は舌を巻いた。
まだこの街に来て一月も経っていないというのに大した耳の速さだ。

もしくは加古川が気づいていないだけで、職場の中にもう信者が何人もいるのかもしれない。

加古川「最近、明らかに疲れ目で、長いこと文字を読むことができないんです。娘にも聞いたらここのスイーツのファンでして、今度は子供のために働くというのも悪くないかなと思いまして。
それに今日は元々休みの予定でした」

たははと頭をかき笑う加古川を、クルトンは暫く無言で見つめていたが、すぐに作り笑いを戻してともに笑い出した。

クルトン「もし第二の人生を歩まれる際には言ってください。ご紹介しますよ」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

242 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その4:2020/09/13(日) 23:31:08.396 ID:Xqoo728so
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部】

加古川「さて、と。本番はこれからだな」

闇夜に紛れ、加古川は動き出した。
昼間にケーキパーティも終わり教団本部を後にしたが、日が暮れるまで教団本部近くの森に身を潜めていた。
そして今は森林地帯を通りながら城門とは反対側の城壁に周り、崩れた一部分を乗り越え、今度は許可を得ずに教団本部に忍び込んだ。

クルトンの会話の後に食堂へ案内された加古川は、他の信者から次々に出されたケーキの山々をなんとか食べきり乗り切った。
入団の“洗礼”にふらつきながらもなんとか食堂を後にして、古城見学という名目で城の内部と城壁の周りを歩いて見て回ったのだ。

闇夜の中、加古川は城門近くにある門塔へ城壁伝いに走る。
昼間の見学で城壁の一部が崩れたままであったことに加え、使われていない古い門塔まで見つけられたのは僥倖だった。
ガルボ・ルガノン様式の城は城壁塔や側塔をとにかくたくさん造り防御力を高めたものが多いため、何処かに忍び込む余地はあると感じていたが至って順調だ。

少し離れた工場傍にそびえ立つ灯台からのサーチライトを避け、加古川は草木で茂った塔の脇の入り口から中へ入った。
螺旋階段で頂上まで着くと、吹き抜けの最上部は城門前の広場だけでなく古城を挟んだ奥のチョ湖も見渡すことができた。

加古川「運は全てこちらに味方しているな」

今日で【大戦】から一週間。
筍魂の報告書によれば巨人は【大戦】開催後、一週間後に必ず現れる。
間違いがなければ、今日“きのたけのダイダラボッチ”がチョ湖に出現するのだ。

“きのたけのダイダラボッチ”とケーキ教団の何からの繋がりを予感していた加古川は、敢えて教団員として潜り込むことで、巨人の登場と夜半の教団の動きを一度に確認しようと画策したのだ。


243 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その5:2020/09/13(日) 23:33:23.916 ID:Xqoo728so
加古川「しかし胃がもたれるな。食べすぎたか…」

階段を登り終え最上部へ着いた加古川は、壁に背中を預けその場に座り込んだ。
昼間に生涯分のケーキを食べてお陰で空腹感はないものの、ケーキの甘ったるさにしきりに胸をさすった。
歳を取ると食事も受け付けなくなるのは悲しいことだ。

背中越しの吹き抜けから月の光が降りかかる。
息を整えた加古川はチラリと吹き抜けから外の様子を伺った。

昼間の賑やかさが嘘のように、教団本部は静まり返っている。聞こえるのは、城門とは反対側の城壁沿いに並ぶ工場群から漏れる僅かな機械音と、眼前に広がるチョ湖のさざなみだけだ。
あまりの静寂さに鳥の羽ばたく音すら本部に響き渡りそうだ。

加古川は吹き抜けから顔を離し、再び壁に背を預けた。
思い出されるのは先日の図書館でのやり取りだ。

―― 「警告だ。これ以上、首を突っ込むようなら容赦はしない」

【会議所】に来てから初めて生命の危険を感じた。

今日ここに来るまで、加古川は散々葛藤した。
若い時はまだ自分一人だけの生命だけで済んだ。しかし、今は家庭を持ち愛する家族の生命も預かっている。
昔のように無茶な行動はできないのだ。


244 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その6:2020/09/13(日) 23:35:00.722 ID:Xqoo728so
加古川「…」

しかし、加古川という人間は一度動き始めたら立ち止まれない性格だ。

彼自身の仕事は、日々【会議所】を訪れる人間に対して、繰り返し同じ手続きを案内し同じ処理をする決まりきった常識を作るものだ。
その領域内で、彼はトップ層にまで上り詰めたことからよく周りからは“加古川は独創性よりも模倣性の仕事を好む”と言われることも多い。

だが、彼の本質は真逆だ。
定食屋に行けば毎回違うメニューを注文する。新聞欄のクロスワードパズルは自ら解き終わらない限り、絶対に答え合わせをしない。

本心では探求家であり、好奇心を絶対に無くさない童心をも持ち合わせている冒険家だ。

これが彼の強さでもあり弱さでもあった。

悩んだ末に、彼は先日の警告を無視し謎を解き明かすことを選んだ。
当然、他の誰にも相談できない。家族には逐一手紙を出して無事を確認しているが、用心はしないといけない。

【会議所】も敵か味方かは分からない状況だ。
先日の図書館での資料でその疑念はさらに深まった。

このご時世、加古川本人に害が及ぶことがあっても家族まで危害がいくことは色々と疑念を呼ぶ。
わざわざ警告をしてくる敵に、そこまでの短絡さは無いと加古川は読んでいた。
あくまで敵に冷静さがあればの話ではあるが。

加古川「愚かな俺を許してくれ…」

葛藤しながらも、加古川は目を閉じ静かに待ち続けた。
“きのたけのダイダラボッチ”が出てくるその時まで。


245 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その7:2020/09/13(日) 23:36:33.646 ID:Xqoo728so
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部】

「…ああ…やく…休憩だよ…」

「本当…外の…吸いたく…なるぜ」

いつの間にかまぶたを閉じていた加古川は、外から聞こえてくる男たちの会話でハッとしたように目を覚ました。

瞬時に空の月の位置を目で確認する。
加古川の位置から月は見えず建物の背後に廻ったようだ。夜中はとうに過ぎた時間のようだ。
そろりと頭だけを上げると、吹き抜けから城門前に二人の男がたむろしているのが見えた。
二人ともススで真っ黒になった革のツナギを着ている。姿格好から見て、スイーツ工場で働いている作業員のようだ。

「…全く生産量を倍に増やせなんて無茶な話だよな…」

「それだけじゃあない。各支部から出来上がって届いた角砂糖も錬成しないといけない。本当に人使いが荒いよ」

二人の若い男はどうやら指示を出している教団について悪態を付いているようだった。
小声で喋っているようだが、喋り声は壁に反響し数十m離れた加古川の耳にもよく届く。

「そういえば、ここで作られた武器や角砂糖のコーティング剤って何処に使われているんだ?」

聞き慣れない単語を加古川は耳にした。

武器。いま、武器と口にしたのか。


246 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その8:2020/09/13(日) 23:38:27.552 ID:Xqoo728so
「【大戦】じゃあないのか?【メイジ武器庫】に保管しても【大戦】の時になるとごっそり減ってるからなあ」

聞き間違いではなかった。
スイーツ工場では武器を製造している。それも製造した武器はメイジ武器庫という倉庫に保管している。

「全く、俺たちも早く【大戦】に参加したいぜ。毎回、【大戦】の時に納入だろう?特別報酬がケーキ1ホールじゃあ割に合わないぞ」

「次のローテーションの時は参加できるだろう。まあ、今回の【大戦】は人気の階級制ルールもあるって話だったから参加したかったけど」

「ああ、スイーツ製造ラインの奴らはお気楽でいいよなあ。こっちなんて誰に指示されてるのかも分からず、誰からも感謝されず銃器やどでかい砲台とかを作ってるというのによ」

「まあお陰で並の生活を教団から保証されてるんだ。表立って文句は言えないさ。さあッ、そろそろ戻るぞ。もうすぐ朝番と交代だから、それまでの辛抱だ」

ぶつくさと文句を言い終わった二人は休憩時間を終えると、そそくさと工場の方へ戻って行った。


247 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その9:2020/09/13(日) 23:40:53.451 ID:Xqoo728so
加古川は興奮気にポケットから取り出したメモ用紙に今の話を書きなぐった。

同時に胸ポケットからココアシガレットを取り出し一本咥える。
混乱した頭にシガレットの甘さが行き渡り、加古川の脳内を一気に活性化させた。

加古川「やはりッ、やはりこちらの読み通りだッ。教団本部の工場地帯はスイーツだけでなく武器の密造が行われているッ」

【大戦】に使われる重火器類は全て【会議所】認可の軍事企業品しか用いられてはいない。
そもそも宗教団体が銃火器を製造販売しているなど聞いたこともないから、今の話が本当ならば密造で間違いない。

加古川「角砂糖のコーティング剤とも言っていたな。
どういうことだ?ケーキのために角砂糖を作っているわけではないのか?」

教団本部で栽培されているサトウキビだけでも相当な角砂糖が収穫できるはずだが、筍魂の話では世界各地で角砂糖の不足につながっていることから、今回の話と何らかの関連がありそうだ。
未だに謎が多い。新たに出てきた【メイジ武器庫】という単語も聞き慣れない。そのような名前の武器庫は自治区域内には無かったはずだ。


248 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その10:2020/09/13(日) 23:41:52.585 ID:Xqoo728so
暫く考え込んでいた加古川だが、途端に訪れた突風にメモ用紙がはためいたのを機に、顔を吹き抜けから出しチョ湖の方に向けた。

音もなく、正に“きのたけのダイダラボッチ”が湖面から姿を現さんとしていた。

加古川「…なんて大きさだッ」

ただただ加古川は圧倒された。
大きさだけでなく、それは美をあわせもった美術品のように透明な胴体を持つ怪物だった。
湖面まで100m程離れた位置で眺めているが、大きさから察するに巨人の全長は20mでは済まないものだ。

新たに気がついた点もあった。
以前、遠目で見た時の巨人の身体は漆黒の闇の中に現れた影響か鉄色の図体を持っているように見えた。
しかし、近くで見るとその身体は対岸のカカオ産地を映していた。
身体が“透けて”いるのだ。

また、その身体にはところどころ角張った幾何学模様のような立体彫刻のように張り合わせたか削られ磨かれた跡が随所に見て取れた。
その仕上げは美しく見事なもので、近くで見なければ継ぎ目は見えず、丸形のグラスのように見事な流線型と見間違うだろう。

彼は湖の精霊ではなく、やはり人工的に造られた怪物であることを改めて実感した。


249 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その11:2020/09/13(日) 23:43:45.439 ID:Xqoo728so
加古川「凄い迫力だな…まさか特撮ドラマの撮影でした、なんて冗談ならいいがな」

闇夜の湖面に浮かび上がった巨人は前回と同様に暫くその場に突っ立っていたが、暫くすると何かを思い出したかのように片足を上げ歩く素振りを見せた。
上げた右足を踏み降ろすと、思いの外湖が深かったのか、巨人は着地の衝撃で前のめりに身体を傾け両の手を湖面に付けた。

巨人によって生まれた衝撃は波となり、岸壁に荒々しい衝撃音とともに加古川の耳に届いた。
とてつもない衝撃だ。ケーキ教団本部や工場内に人がいれば間違いなく驚いて窓を開け放ち確認することだろう。

事実、食堂がある本棟の上層階には灯りが点いていた。
しかし、何時まで経っても誰も出てこない。
それどころから工場内の灯台は意図的に巨人に向かい灯りを照らし、彼が暗闇でも歩けるように補助しているように見えた。

加古川「これで“きのたけのダイダラボッチ”とケーキ教団本部に何の関わりもないと言うのは無理があるな…」

巨人は体勢を安定させ、前傾になっていた姿勢を伸ばし再び歩き始めた。
今度は慎重に、辺りをぐるぐる周るように歩くその風景は、生まれたての子鹿が生きるために行う歩行練習と同じように見えた。


250 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その12:2020/09/13(日) 23:47:42.790 ID:Xqoo728so
一時間程度だろうか。その間、よちよちと周辺をぐるぐる歩き続けていた巨人を、加古川は食い入るように見つめていた。
箱のココアシガレットもいつの間にか食べ尽くし、加古川は最後の一本を咥えたまま、我が子の成長を見守る親のように我も忘れ巨人を見つめていた。

暫くすると、以前と同じように空が突然白み始め向かいの山々から出てきた陽が湖面に差し込み始めた。


加古川「もう朝かッ。前回はここで巨人が姿を消してしまったが…」

そして、朝陽の太陽光が巨人に差し込んだ、その瞬間。

加古川「そういうことかッ…!」

加古川は気がついた。


巨人は確かにまばゆい光に当てられ、次の瞬間視界からは消えてしまっていた。

否、しかし巨人は消えてはおらずその場に佇んだままだというのが目を細めるとうっすらと理解できた。

驚くべき透明度を誇るその身体は、太陽光を当てられるとその光を屈折せずに透過する。
つまり、見た目上は“透明”になる。
限りなく凹凸のないその身体は光を反射させることもなく全て透過し、見る者にその姿を消失させたと勘違いさせる。

これが、“きのたけのダイダラボッチ”が明け方になると姿を消す答えだったのだ。
何ということはない。拍子抜けしてしまうようなトリックだった。


251 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その13:2020/09/13(日) 23:51:12.957 ID:Xqoo728so
加古川が目を細めたまま巨人を凝視していると、目の前の本棟から一人の男が広場に出てきた。
純白の白衣を身につけた科学者然とした老人だった。

「今日も実験は成功だな。その身体は馴染んだろう?さあ戻るがいい」

老人は存外ハキハキとした声で湖面にいるであろう巨人に話しかけた。

加古川はその男を前に見たことがあった。
だが、名前が思い出せない。何処で見たかも思い出せない。

男の声と同時に、微かに幾何学模様が反射してその姿を捉えた“きのたけのダイダラボッチ”は、顔を湖面に付けるまでに身を屈むと、身体を湖中に沈めその姿を消した。
老人が続いて建屋に戻っていった。
あっという間の出来事だった。

続いて、閉じられていた城門の扉が開かれる音が響き渡った。

加古川「まずい…さっさと撤収しないとバレるな…」

このまま此処に居続けたらまずい。
若干の動揺から、咥えていたココアシガレットを口から手放し落としてしまったが、気にせずに加古川はその場を後にした。
城壁沿いに音を立てないように走り、薄明の中を懸命に市街地に向け下っていった。
一度、家に戻り仕事の準備をしないといけないから時間もない。


252 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 潜入編その14:2020/09/14(月) 00:59:27.823 ID:DRRykwhso
教団本部からの坂道を下っている最中、唐突に加古川はあの老人と初めて出会った日の出来事を思い出した。

名前は思い出せない。
だが、当時の状況は覚えている。


―― 「君が加古川君か。よろしく、私は……だ。もう引退したしがない化学者だよ」


たしか、当時まだ新米だった加古川が【会議所】の定例会議に向かう途中に廊下で出会い、挨拶をしたのだ。
今と同じ純白の白衣を身につけ、彼は当時から同じように老人だった。

そして、その老人は。


新米の加古川と挨拶を終えると、目の前の“議長室”に入っていった。


加古川「ッ!」


【会議所】が、ケーキ教団と通じている。


確定ではない疑念が、加古川の脳内を浸食していく。



253 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/09/14(月) 01:00:17.300 ID:DRRykwhso
加古川さんは大胆なおじさまです。

254 名前:たけのこ軍:2020/09/14(月) 19:54:24.674 ID:U570cGko0
謎が謎を呼ぶ展開がわくわくする

255 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その1:2020/09/19(土) 00:06:04.233 ID:uha7bd/Io
【きのこたけのこ会議所自治区域 チョ湖支店】

次の日から、加古川は本業の仕事に精を出し今まで以上に働き始めた。
会議所本部で働いていた時と違い行きつけのBARもないので、必然的に家に帰るのは毎日深夜を過ぎてからとなっていった。
家に帰れば死んだように眠り、そしてすぐ次の朝がくる。繰り返しの激務にも、加古川は眉一つしかめず日々目の前の仕事に没頭した。

加古川「三頁目の表だが、引用元のデータが誤っているな。すぐに作り直してくれ」

別の書類に目を向けながら静かに報告書を突き返す新上司の冷静な仕事捌きに、若き部下たちはまるで死神のようだと怯える者か、クールな姿勢に憧れる者とに二分された。

ケーキ本部での一件があってから数週間が経ったある日。
久々に深夜になる前に自宅へ戻ってきた加古川は、家の外にあるポストに一通の封筒が投函されていることを確認した。
裏蓋から封筒を取り出し、手元で回しながら差出人を確認する。

くすんだ茶色の封筒には署名や宛先もなく消印も付いていなかった。
差出人が自ら投函したと思われる怪しい封筒を普通の人間は気味悪がるものだが、加古川は一度だけニヤリとし、封筒を手にしながらすぐに自宅の扉を開けた。


256 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その2:2020/09/19(土) 00:07:10.982 ID:uha7bd/Io
逸る気持ちを抑えながら、リビングでブラウンのチェスターコートをハンガーラックに掛け、ネクタイをソファに脱ぎ捨てると、足早に自室に入り鍵をかけた。

身の安全を確保できた安心からか、加古川は身体に溜まった空気を吐き出すように深く息をついた。
そして、手に持った封筒を目線の高さまで上げ改めてしげしげと眺めると、徐にもう片方の手でコンコンと封筒を叩いた。

すると間髪入れず叩いた腕に“封筒から”一定のリズムで振動が返ってきた。

加古川は書斎の机の上にそっと封筒を置くと、再度ニヤリと笑った。

加古川「“封魔信書”だな、これは」

封魔信書とは、魔法で防御された手紙のことである。
古代、人々が重要な手紙を秘密裏に贈らなければいけない際に確立された手法で、信書自体に“反射”の魔法をかけ第三者からの閲読を防ぐ術である。

通常は信書を覆う封筒側に施されていることが多く、封筒に対する行動や与えられた負荷がそっくりそのまま対象者に返ってくる。
封筒を落とせば落とした者も全身を痛めつけられ、封筒を無理に破こうと力を入れれば対象者の腕が切れるといった仕組みだ。
昔から存在する古典的魔法ではあるが、お手本の術ゆえに今では主流の方法ではなくうっかり見過ごし罠にハマる魔法使いも多い。


257 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その3:2020/09/19(土) 00:08:54.708 ID:uha7bd/Io
用心深い加古川は普段の手紙から術のチェックを怠らなかったため、今回も簡単に見破ることが出来た。
長椅子に腰掛け、加古川は机の上に置かれた封魔新書と向かい合った。

加古川「イタズラを仕掛けてきたか、魂さん…」

指先に魔力を込めながら、加古川は封筒の表紙に人差し指を近づけた。

封魔新書を解除する術は、共通の“キーワード”を決めておくことである。
通常、手紙の出し主と受け取り主にしか分からない鍵となる言葉を決めておき、魔力でそのキーワードを入力し解除する。

今回の場合、差出人の筍魂からのほんの少しの意趣返しのため、キーワードを加古川は知らない。
だが、筍魂が本気で封魔新書を仕掛けるわけがなく、魔法を解くために互いに連想できる言葉を鍵としているのは間違いなかった。
加古川は流れるような手付きで表紙に“キーワード”をなぞった。

“TABOO”

なぞった跡の文字だけが赤く光り、頻繁に訪れるBARの名前をネオンのようにキラキラと光らせていた。
間髪入れずに、カチリという音をたて封筒は独りでに口を開いた。
封魔の術は解かれたのだ。


258 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その4:2020/09/19(土) 00:11:49.マオウ ID:uha7bd/Io
ケーキ教団本部の一件後、加古川は秘密裏に筍魂に追加の調査依頼を出していた。
先日の警告からの監視の目を逃れるため、ここ数週間は真面目に働きながら本問題から関わりを断ったように振る舞っていたが本心では探究心は寧ろ燃え盛っていたのだ。

加古川は封筒の中に手を突っ込むと報告書を取り出した。
同封されていた数枚の書類とともに、小型の付箋が机の上にポトリと落ちたが、気にせず加古川は報告書に目を通し始めた。




以下に、追加で調査依頼を受けた内容についての報告を掲載する。

・ケーキ教団支部の【儀式】活動の実態について

 結論から述べると、ケーキ教団に【儀式】という行為は存在しない。

 これはヒノキというたけのこ軍兵士で、元・ケーキ教団信者だった人間の話を基にしているため信憑性の高い情報だ。
 ヒノキは自治区域南部の教団支部に属していた教団員だが、脱退前は支部で夜半に行われる【作業】の監督を任せられていた。
 教団には信仰を深めるための【儀式】は存在しないが、夜半に教団兵士たちは招集され教会で、ある【作業】を行わされていたと言うのだ。実に興味深い話だ。

 【作業】の内容とは、何処からか教団支部の教会に搬入された大量の角砂糖を一度“適切でない”手段できめ細やかで綺麗な粒に砕き、
 複数人が必死で再度“適切でない”手段で綺麗な飴をつくっているというものだ。
 これで、先日離した角砂糖が不足しているというニュースの謎は解けた。
 この出来上がった大量の飴はどうやら教団本部に贈られているらしい。貢物か上納金の代わりにしているのかは不明だ。

 詳細については、次項にヒノキ兵士のインタビューをまとめているのでそちらを参照されたい…




259 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その6:2020/09/19(土) 00:15:51.156 ID:uha7bd/Io
―― ロリティーブ「仲間の人たちと一緒に礼拝堂に籠もってお祈りを捧げるんだって。その間は選ばれた人しか入れないの」

ケーキ教団に【儀式】はない。
その実態は、本部では武器工場で働かされ、支部では本部近くのサトウキビから精製した角砂糖で飴を錬成する【作業】を秘密裏に行うための方便に過ぎない。

文中にある“適切でない”という表現は、恐らく魔法錬成の使用を指している。
以前、偶然にもチョコに錬成魔法をかけ資源へと変化したことがオレオ王国にて明るみになったことがある。俗に言う“チョコ革命”である。

世界が産業革新に湧く中、世界の覇権を奪われたくないカキシード公国は『“適切でない手段”でチョコを錬成した』と公然と王国を批判し当時話題になったものだ。
その過去の迷言を隠語にしていることから、敢えて明言を避けて説明をしていることが推察できた。

加古川「教団の本部ではスイーツ工場に隠れて武器を密造し、支部では通常ではない手段で飴を錬成する。いよいよおかしな話になってきたな」

人差し指を額にあて、加古川は考える。

武器密造の目的は相変わらず分からない。
当初は密造武器を用いて教団が【会議所】転覆を狙っているのではないかと邪推したが、教団側の人間の意識が極めて希薄なことに加えて、
【会議所】に出入りしていた化学者風の老人含め【会議所】陣営が関与している疑いが強くなった今、その可能性は薄い。

何処かの国に横流しし資金調達をしていた線も可能性としては考えられる。
だとすれば、教団本部は資金に困っていたことになるが有名スイーツブランドの売上も好調で一大工場まで立てた本部が、極度の資金難に陥っているとは考えにくい。


260 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その6:2020/09/19(土) 00:19:41.827 ID:uha7bd/Io
武器密造の話は一旦脇に置き、次に加古川はなぜ教団が角砂糖と飴の錬成に入れ込むのか考えることにした。

教団本部でケーキ意外に角砂糖や飴が消費されている場面はほとんど無かった。
わざわざ魔法錬成で角砂糖へ変換するというのも妙な話だ。技術の進歩により今や角砂糖の生成は比較的容易にできるからだ。

文中で示されている錬成後の角砂糖の表現も気になった。
“きめ細やかで綺麗な粒”という表現が、頭の中で何か引っかかる。
粒子のような角砂糖から錬成された飴は典麗で清澄な色合いに成るに違いない。

加古川はこれまでの出来事をつなぎ合わせるために、敢えて声に出して読み上げてみることにした。

加古川「ケーキ教団本部では、スイーツ製造に隠れ角砂糖のコーティング剤製造に加え武器の密造を行っている。
この武器は何処に流れているか不明。

さらに、各地の支部では教団が角砂糖を広く調達し飴を魔法錬成し本部に逆輸送している。

そして、【大戦】の一週間後には必ず透明な“きのたけのダイダラボッチ”が現れ、教団の監視の下で湖内を歩き回り――ッ!」


パチリッ。


頭の中で何か電流が弾けるような閃きが訪れ、同時に脳内ではこの可笑しな事象を説明するためのとんでもない推論が思い浮かんだ。
個々の出来事はてっきり何の関連性も無いように見えるがケーキ教団という一つの線で繋がっている。それが鍵となる。


261 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その7:2020/09/19(土) 00:20:56.085 ID:uha7bd/Io
加古川は急いで紙にいま口にした出来事を書き出し、書いた文字の部分を千切り何枚かの即席のカードを作った。

カードを何度も並び替えて辻褄があう推論を作り上げようとする。

加古川「仮に教団の目的が武器の密造ではなく、“きのたけのダイダラボッチ”を湖に出すことだとしたら…?」

加古川は思わず口からこぼれ出た自分の言葉に目を見開き、急いで過去の筍魂の報告書を引っ張り出した。

幾度となく目を通した報告書に再度目を通す。


自分の考えはバカげているかもしれない。


カードの出来事同士を結ぶ説明は、その途中で多くの推測を含まなくてはいけない。
しかし、巨人の出没時期や教団の動きを組み合わせ直すと、加古川の前に一つの“真理”が浮かび上がってきた。


誰にも信じてもらえないかもしれないが、もしこれが“真理”だとすれば。






加古川「世界は、ケーキ教団を発端とした大きな“厄災”に巻き込まれることになる…」



(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

262 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その8:2020/09/19(土) 00:23:17.864 ID:uha7bd/Io
端に置いていた封筒は並べられていたカードを必死に動かしている中で、いつの間にか机からはらりと落ちてしまった。
拾い上げようと身を屈め封筒に手を伸ばした時、加古川は初めて自らの手が小さく震えていることに気がついた。

同時に、最初に封筒から落ちた小型の付箋が近くに落ちていることに気が付き加古川は封筒と一緒に拾い上げた。


握りこぶし程度の大きさの付箋には走り書きで、次のような文章が記してあった。

『貴方が調べている内容は非常に危険なものだと俺の第六感が告げている。
これ以上の支援はできないし、依頼されても協力はできない。貴方もあまり首を突っ込みすぎると火傷だけでは済まないだろう。
火傷する前に、火の元はすぐに断つのがいいだろう』

『この危険な調査の追加報酬として、次の待ち合わせの時の支払いは是非お願いします』

加古川「全くなんて狡い人だ…」

付箋の内容にニヤリとさせられ、同時に幾分か平静さを取り戻した。
彼の意を汲み、加古川はぱちんと指を鳴らし目の前の報告書を魔法で消し炭にした。

先程の震えは、もう無かった。

加古川にある決意が芽生えた瞬間でもあった。


263 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/09/19(土) 00:23:47.387 ID:uha7bd/Io
真理に気がついてしまった加古川おじさま。
あと2回の更新でこの章は終わります。

264 名前:たけのこ軍:2020/09/19(土) 00:26:02.464 ID:ig2Z2/yg0
真相を追い求める感じがワクワクする

265 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その1:2020/09/22(火) 15:40:14.738 ID:kReOdFRko
【きのこたけのこ会議所 ケーキ教団本部】

夜空の星が綺麗に見えるまで宵の口が進んだ時刻。
加古川は例の門塔の吹き抜けから空を見上げていた。

今日、会議所自治区域では定期【大戦】が行われようとしていた。
加古川の記憶が正しければ今日は確か王様制という変則ルールで、戦場で召喚された王様同士が参加している兵士の力を吸収し、兵士たちの代わりに戦うという一風変わったルールだ。
何度もルール試用は行ったし、¢が自信を持って作ったルールだから問題はないだろう。

特に近頃は世界各国の賓客が大戦場に訪れ、既に自治区域内で根付いている【大戦】の文化を世界中に発信している。
通例的に昼間に行われている【大戦】だが、長期連休も多いこの時期は毎年夜に開かれている。さぞ周辺の観光業は大賑わいを見せていることだろう。

加古川「今日の王様制はレアルールだから、参加したかったなあ…」

賛否両論あるルールだが、加古川はそのルールでの戦いが好きだった。


【大戦】開始の号砲が鳴らされたであろう正にその時刻。
加古川は先日潜入した時と同じ場所に身を潜めていた。

今日【大戦】を欠席してまで、ケーキ教団本部に再び忍び込んだことには理由がある。
先日の潜入、そして筍魂の追加報告で加古川は一連の謎を“ほぼ”究明できた。

完全ではないものの、なぜきのたけの“ダイダラボッチ”が【大戦】後の決まった曜日に出現するのか、またなぜケーキ教団本部が武器を密造し角砂糖を乱獲しているのか。
根幹と成る謎はいずれも解けているし合理的な説明もできる。


266 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その2:2020/09/22(火) 15:41:26.828 ID:kReOdFRko
後は99%を100%にするための確証が必要だった。
そのために、今日【大戦】開催日にケーキ教団本部にいる必要があった。

【大戦】で殆どの住民が出払っているこのタイミングにあわせて、教団は密造武器を秘密裏に何処かで取引をしているはずだと踏んでいたがやはりそれも正しかった。

開戦と同時刻、静まり返った本部内で三人の教団員とともに城門前には大量の荷台が並べられていた。
幌で覆われていた荷台の中身はどれもこんもりと膨らんでおり、明らかに質量を持った物資を積んでいることを想像させた。
その中身が工場で製造した密造武器であることは間違いないだろう。
取引がどの場所で行われているかまでは想像できなかったが、今日で解明の糸口を掴めるはずだ。

―― 『警告だ。これ以上、首を突っ込むようなら容赦はしない』

あの言葉と腰に突きつけられた拳銃の感触を思い出すと、未だに加古川の行動は一瞬鈍くなる。
しかし、目の前で起きている不正を握りつぶすという選択は取れない。

彼は探求家であると同時に正義でありたいと願う誠実な人間でもあった。
先日、覚悟を決めたのだ。

もう彼に逃げるという選択肢はない。


267 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その3:2020/09/22(火) 15:42:34.661 ID:kReOdFRko
「そろそろ時間ですね」

城門近くに居た兵士の一人がポツリとつぶやいた。それ程大声で離していないにもかかわらず、彼らの話し声は今日もよく響いた。
荷台の周りに三人の兵士と馬にまたがる兵士を数名確認できるが、全員が茶色のフード付きのローブをまとっており、その顔まで伺うことはできない。

「先程、船の姿は確認したんよ。問題なければあと半刻も経たないうちに港に到着する。いまはクルトンさんが現場でいつもの確認をしているはずだ」

三人の中心にいた兵士が後方を振り返り、サトウキビ畑を超えた灯台のあたりを見ている様子が見えた。
ここからではそちらの様子は丁度伺いしれないが、湖上には船舶が見えているのだろうか。

「今日は少し時間が遅れているようですが」

「慌てるな。今日は王様制【大戦】だ。大戦時間は間違いなく長引く。そう決まってるんよ」

焦れた様子で隣の兵士が言うが、中心にいるリーダー格の兵士は落ち着いた様子で制した。

「よしッ!出発だ」

リーダー格の兵士の掛け声とともに、手綱を引く兵士の掛け声とともに大量の荷台に繋がれた馬が動き始め、城門から出発を始めた。


268 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その4:2020/09/22(火) 15:43:38.340 ID:kReOdFRko
加古川「“取引”ッ!やはり武器は他国に横流しされているということか…見返りに受け取ったものは…ということは、やはり…」

加古川は目の前の出来事に俄に興奮した。

密造武器は他国に横流しされている。
港と言っていたが、チョコ付近での港となると相当距離は離れる。恐らく、湖沿いの何処かで船を停め取引をしているのだ。
迂回貿易も考えられるが、チョ湖に面している国との交易となれば相手側は相当の絞り込みができる。

頭の中でパズルのピースが次々に埋まっていく。
加古川は自らの推理がほぼ正しいことを悟り興奮するとともに、自分の推論通り進んだ場合の世界を考えて同時に息を呑んだ。

加古川「やはり真理は、想像を遥かに超えるな」

小声でも声に出すことで、逸る気持ちを少しでも抑えることが出来た。
一息ついた後に、今起きている出来事を忘れないように、加古川はすぐさま胸ポケットからペンと手記を取り出し記録を始めた。


手記に気を取られている加古川は微塵たりとも気づいていなかった。


破滅の時が刻一刻と近づいている事実を。


269 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その5:2020/09/22(火) 15:46:10.863 ID:kReOdFRko
「さて。無事、荷台も出発し始めたんよ」

荷台の音に紛れながら、中心に居た兵士はポツリと呟いた。

「少し気が早いけど…」

荷台を一瞥しながら、視線を静かに“門塔の最上部”へと移す。


「…“始末に移るんよ」


瞬間、加古川は、背中越しに強烈な悪寒を感じた。
ゾクリという背中を伝う不気味な感触だ。

咄嗟に背を付けていた壁から身を離したのは何も今後の展開を予期したからではなく、歴戦の兵士として身体が勝手に反応したまでだ。
だが、その行動が結果的に加古川の生命を救った。


  バアン。


加古川「なッ!馬鹿なッ!!」

加古川が先程まで背をつけていた石壁は、ガラガラという石の砕け散った音とともにポッカリと“穴が空いてしまった”。

人の顔ほどの大きさの穴からは外の光景がよく見えた。勿論、加古川の姿もこれでは外から丸見えである。

恐る恐る穴越しに外をチラリと見やると、中心に居た兵士がこちらに銃口を向けている様子が見えた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

270 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その6:2020/09/22(火) 15:47:45.419 ID:kReOdFRko
加古川「ッ!!」

先程と同じ予感。今度は明確に全身で悪寒を感じた。



これは殺意。


強烈なまでの殺意を、あの兵士は加古川に向けている。


  バアン。


間髪入れずに発泡される。自ら空けた穴に再度弾丸を通すという離れ業だ。

今度は咄嗟に左に身体を反らし避けたが、頬を掠めた弾丸は背後で石の壁を粉々にしながら爆ぜた。
頬ににじんだ血を拭う暇もなく、加古川は窮地に追い込まれたことを実感した。

そして考えるより先に、全てをかなぐり捨てる勢いで、加古川は転げ落ちるように目の前の階段から必死に降り始めた。


271 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その7:2020/09/22(火) 15:49:25.461 ID:kReOdFRko


  バアン。 バアン。


まるでそんな加古川をあざ笑うかのように銃弾は次々と塔を貫通し加古川を狙っていく。
銃声が鳴る度に、階段を走る加古川のすぐ背後から石の砕け散る乾いた破裂音が聞こえてくる。


走る。走る。走る。


その間も銃声は止まない。
二周目の螺旋階段を下り始めたところで、加古川はすぐに気がついた。

銃の主は、まるで追い込み漁のように、敢えて階段を降りる加古川の背後を撃ち退路を断っている。
つまり、加古川は階段を降りることしかできず、降りきった先は――

加古川「ッ!!」

勢いよく塔の出口から出てきた加古川と数十mの位置で相対したリーダー格の兵士は、冷静に銃口を彼に向け待ち構えていた。
反対に残りの二人の兵士が驚愕の様子で加古川を見返しているのが対照的だ。


272 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  決定的瞬間編その8:2020/09/22(火) 15:50:34.245 ID:kReOdFRko
加古川「これは恥ずかしいところを見られてしまったな。やはり歳は取りたくない」

加古川はコートにかかった砂を払い、持っていたペンと手記を胸ポケットに仕舞った。

「やはり貴方でしたか加古川さん…」

冷静な声で、銃口を落とすこともせずリーダー格の兵士はそう告げた。
やや甲高くそれでいて鼻に突く声。そして舌足らずな方言。

声色を低くしていても、加古川は声の主を確信した。

加古川「その声には聞き覚えがあるな。













こんなところで会うとは奇遇じゃないか、“¢さん”」



(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

273 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/09/22(火) 15:51:26.784 ID:kReOdFRko
すみません私の配分間違いでこの章は今回入れてあと3回の更新で終了予定でした。
あと2回で終わります。

274 名前:たけのこ軍:2020/09/22(火) 20:53:15.977 ID:F.hGAQuY0
兵士が敵という展開にワクワクする

275 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その1:2020/09/26(土) 20:32:50.034 ID:py5sioxko
思いがけない¢の言葉に、両手をあげたままの加古川は鼻で笑った。

加古川「“忠告”?おいおい、図書館での一幕は完全に脅しだったろう」

¢「あれは、ぼくたちからのある種の優しさでもあったんですよ。
貴方は知りすぎてしまった。そして闇の深くまで追いすぎてしまった。
わざわざ【大戦】を欠席してまで此処に居るのが、何よりの証だ」

¢は銃口を向けたまま背後の二人に目で合図を送った。
彼の視線にフード姿の二人はすぐに加古川の背後に周り、身体をまさぐり始めた。

加古川「おいおい、歳もいったおじさんにベタベタと触らないでもらえるか。気色悪い」

顔をしかめる加古川に構わずコートの上から身体検査を進めていると、兵士の一人がコートのポケットから彼の私物を発見した。

「ありましたッ!武器と思われる、メガホンと応援用のミニバットです。ミニバットは紐で繋がっている二本セットのものです」

加古川「あまり汚い手でさわるなッ。それは家族から貰った大事な物でなッ!」

両手を上げたまま加古川は悪態を吐いたが、二人は気にも留めず彼の私物を預かった。
さらに一通り検査を終えた二人は、再び¢の背後に戻った。


276 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その2:2020/09/26(土) 20:34:17.655 ID:py5sioxko
加古川「このままだと私は秘密を知った罪で消されるのか、¢さん?」

この期に及んで少しでも情報を聞き出せないか、加古川は意地悪く訊いてみた。
¢はフードの中で深緋(こきあげ)の目を光らせながらも、一切表情を変えることはなかった。

¢「それには答えられないけど、概ね加古川さんの想像通りとだけ言っておくんよ」

加古川は“やれやれ”と、分かりやすく嘆息した。

加古川「それは残念だな。
なら、せめて死ぬ前に最後のシガレットをもう一本だけ食べさせてくれないか。
胸ポケットに入っている。¢さんも好きだから分かるだろう?
最期の一服ってやつだよ。まあ私は嫌煙家だが」

そこで¢は初めてローブの中から胡散臭そうに彼を睨んだが、脇で直立していた兵士に顎を付きだし、胸ポケットを探るよう命じた。
兵士の一人は再び背後から彼の胸ポケットを探ると、“オレンジシガレット”と書かれた小箱の駄菓子が出てきた。

兵士が手にとった小箱を眺めていると、加古川はニヤリとした。

加古川「残念。今日はココア味が切れてしまっていた。
死の間際に好きな味で逝けないのは大変残念だが。
この際駄々をこねることはしないから安心してほしい」

「…いいんですか?」

兵士の視線は小箱と背後の¢の顔を行ったり来たりしていた。自分の行動が正しいのか自信がない様子だ。

¢「御老体の最期の楽しみだ。一本ぐらい吸わせてやるんよ」

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277 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その3:2020/09/26(土) 20:36:00.305 ID:py5sioxko
目の前で差し出された一本を勢いよくぱくりと咥えた加古川は、すぐに離れた兵士に構わず、口に広がるオレンジの風味を暫し堪能するために眼を閉じた。

加古川「これだよ、これ。口に含んだ瞬間にたまらない」

両手を上げたままの格好で、加古川は口元でラムネを器用に転がしつつ口内に広がる甘さを堪能した。
この瞬間だけは目の前の窮地から思考を切り離すことができた。
世の中から煙草を無くし全て駄菓子のシガレットに変えれば、世界は幾分か平和になるに違いない。

再び眼を開き、黙って見守っている¢たちのほうを一瞥した。

加古川「ありがたいねえ」

口の端にラムネを移動させながら、加古川は器用に喋った。

加古川「本当に、ココア味じゃないことだけが残念だが。
冥土の土産としては上等だ。

貴方達はただの外道だと思っていたが良いところもあるじゃないか。
本当に――」

加古川は喋りの途中で、徐(おもむろ)に前歯を閉じた。
いきなりの衝撃に耐えられるわけもなく、シガレットはいとも簡単にポキンという音をたてて二つに砕けた。


砕けたラムネの一部が、加古川の口を離れ自由落下を始める。

一見、何の変哲もない行動。


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278 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その4:2020/09/26(土) 20:37:45.001 ID:py5sioxko

2秒。



1秒。



地面に落ちるその瞬間に、ラムネ棒が閃光花火のように真っ赤に光る様子を見て、¢は初めて異変に気がついた。


¢「まずいッ!下がッ――」


加古川「――阿呆で助かるよッ!」


魔法でオレンジシガレットに擬態された火薬玉は、地面に触れるとともに起爆し、鮮やかな赤色の光とともに勢いよく爆ぜた。

加古川はすぐにその身を引くと同時に爆風が起こり、¢たちの眼前は途端に大量の爆風と巻き上げられた土煙に包まれ視界を封じられた。


279 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その5:2020/09/26(土) 20:39:05.205 ID:py5sioxko
「ぐあッ!¢様ッ!」

咄嗟に顔を覆う二人に対し、中心にいた¢は爆風に構わずすぐさま辺りに気を払った。

加古川は土煙に紛れ姿を消したが、シガレットの大きさから爆薬は限定的な規模のものでしかない。

彼らの背後にある城門には人影が変わらずない。
土煙にまみれて加古川が脱出するとすれば、城壁を伝いあたりに広がる森林地帯から市街に抜け抜け出す手段しか残されていない。

¢「畜生ッ!あの人は一流の魔法使いでもあることを忘れていたッ!

グリコーゲンさんと鉛の新兵さんはすぐに城壁沿いを追えッ!

この間の壊れていた壁沿いの箇所だッ!あの人はこの間もあそこから侵入したッ!
逃げられては困るんよッ!」

二人はすぐに頷き爆風でできたすり傷をさすりつつ、未だ巻き起こっている土煙を避けすぐに走り去っていった。

一人残った¢は悪態をついた。
密会を敢えて見せつけ、加古川をこの場で始末しようと考えていたが、これではとんだ誤算だ。


280 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その6:2020/09/26(土) 20:40:31.224 ID:py5sioxko
クルトン「¢様。この騒ぎはいったいッ!?」

聞き慣れた声に¢が顔を背後に向けると、城門から現れた教団員のクルトンは目を丸くして駆け寄ってきた。

¢「これは、クルトンさん。

ちょっと今、“鼠”を捕まえようとしている最中なんよ。
それよりも、取引の方は順調ですか?」

クルトン「はい。問題ありません。順調に進んでおります。

それで、その“鼠退治”の件ですが。

先程、“指令”を受けまして。
これを¢様にお渡しするように、と…」

¢はクルトンの差し出した指示書を受け取った。
それは指示書というよりもメモ書きだった。ページの切れ端を千切った程の大きさの紙切れに、走り書きで数行書かれた文章に¢はすぐに目を通すと。
目を細め、指令書を静かに握りつぶした。

クルトン「せ、¢様ッ!?」

¢「作戦変更なんよ…ぼくもあの二人の後を追う。
この場はクルトンさんに任せたんよ。
それと、すぐに本部内に応援人員を呼んで加古川さんがこの場に留まってないかを確認させるんだ。また塔の中に隠れられると厄介だからなッ」

言い終わらないうちに、¢は姿を消した。
あまりの慌ただしさに、居なくなってから慌ててクルトンは頭を下げたが、すでに後の祭りだった。


281 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その7:2020/09/26(土) 20:42:18.005 ID:py5sioxko
【きのこたけのこ会議所 ケーキ教団本部近く森林地帯】

崩れた城壁から外に広がる鬱蒼とした森林地帯に足を踏み入れた追跡組の二人は、すぐに足元の暗さとぬかるみに四苦八苦することとなった。

鉛の新兵「このぬかるみなら、向こうもまだこの林は抜けていないはずッ。本部内は味方に任せ我々は追跡を続けましょうッ!」

グリコーゲン「若者はずいぶんと威勢がいいなッ。こちとらここまで足を取られると、腰にくるんだッ」

ハツラツとした様子で語るたけのこ軍 鉛(なまり)の新兵に対し、古参のたけのこ軍 グリコーゲンは悪態をつきながら走った。

グリコーゲン「ええい、木々がジャマで鬱陶しい。もう我慢ならんッ!燃やして消し去ってやるゥ!」

グリコーゲンは立ち止まり、勢いよくローブを脱ぎ去った。
教団員に似つかわしくない黄の戦闘服を来た彼は、ずっと背中に背負っていた小型燃料タンクから噴射ノズルを取り出すと、ノブを引き勢いよく炎を噴射し始めた。

見る見るうちに目の前の林は燃え盛り、木々の悲鳴にも似たパキパキという音とともに、枝や幹が連なるように折れ始めた。

鉛の新兵「や、やりすぎでは…それに、これ消せるんですか」

グリコーゲン「安心せいッ!僕の水魔法でどうとでもなるッ!それにもし前に奴がいたとしたら、今頃はカリカリのベーグルのようにこんがりと焼けているだろうよォ!」

密集した林には、次から次へと火が伝搬していく。
彼らの眼前はあっという間に炎で支配された。


282 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その8:2020/09/26(土) 20:43:47.492 ID:py5sioxko
鉛の新兵「す、すごいッ。でも、どうなっても知りませんよ」

グリコーゲン「ハハハッ!この炎がケーキを焼くのに最適なんですよォッ!」

炎の色を見て気分が高揚しているのか、グリコーゲンは唇の端を吊り上げて笑い始めた。
鉛の新兵はその凄みに少しぎょっとした。

鉛の新兵「も、もうこのあたりでいいのでは。私は後ろにも気を配りますね」

相棒の狂気から目を背けるように、彼は背後を振り返った。



それが、悪手だった。


加古川「ふむ。鉛さんの言うとおりだ。見晴らしがよくなっても、それは相手に自分の居場所を知らせているのと同じだ。違うかな?」

グリコーゲン「なッ!」

いつの間にかグリコーゲンと鉛の新兵の間に立っていた加古川は、間髪入れずに掌底をグリコーゲンの顎に喰らわせた。

グリコーゲン「ッ!!」

声も上げられず、グリコーゲンはその場に倒れ伏した。

倒れた衝撃で彼がポケットに入れていた加古川のメガホンとミニバットが地面にぽとりとこぼれた。
すぐさま身を屈め回収する。

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283 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その9:2020/09/26(土) 20:47:54.396 ID:py5sioxko
鉛の新兵「くそッ!」

加古川の奇襲に遅れること数秒。
グリコーゲンの背後で警戒にあたっていた鉛の新兵は、遅れた反応を取り戻すように振り返り際すぐに、手に持った鉛玉を瞬時に投げ込んだ。

加古川「きかないなッ!」

放たれた鉛玉は魔法で初速から大幅に加速して加古川に向かっていった。
その一瞬の時間の中で、加古川は先程取り返した木製のミニバットを自身の身体の前に突き出した。
腕一本分程度の長さしか無い大きさだったが、鉛玉はバットの芯に丁度あたり弾かれた。

鉛の新兵「ばかなッ!魔法で超加速させた鉛玉を、どうしてそんなヘナチョコバットで弾けるんだッ!」

加古川「これが愛の力、というやつではないかな?」

鉛の新兵「へらず口をッ!」

さらにポケットから取り出した二個の鉛玉を握り。
加古川から敢えて少し距離を取り、鉛の新兵は振りかぶり鉛玉を投げ込んだ。

加古川との距離はせいぜいが数mだが、サイドハンドから放たれた二つの鉛玉は途中からそれぞれが別の軌道を描き始めた。
これこそが鉛の新兵が敵との距離を離した最大の理由だ。

片方の鉛玉はブーメランのように弧を描き、もう片方は回転方向とは逆の弧を描きながら向かう。
加古川の左右方向から二つの鉛玉が同時に横腹を狙う構図となった。
片方を防御しても、反対の鉛玉が彼の横腹を貫く。

同時の回避は不可能。
これこそが魔法で鉛玉の軌道を変える策で、“鉛の投法”と恐れられる彼の戦闘スタイルだった。


284 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その10:2020/09/26(土) 20:51:49.170 ID:py5sioxko
加古川「考えたな。だが、あいにくと――」

しなやかに腰を折り次の瞬間、加古川は上半身を大きくのけぞらせた。

鉛の新兵「なッ!?」

地面と水平に近くなるまで上半身を逸らせ、加古川の左右から向かっていた鉛玉は、先程までそこに立っていたはずの敵の姿を捉えられず空振りする形になった。
同じく反対方向でも同様の現象を起こした互いの鉛玉はそのまま弧の軌道を描き続け、次の瞬間加古川の心臓の位置の上部で勢いよく互いを衝突させ弾け飛んだ。

加古川「――デスクワーク続きで、目は鍛えられているものでね」

鉛の新兵「ば、化け物だッ…」

燃え上がる業火を背にゆらりと半身を起こす加古川に、鉛の新兵は恐怖で顔を青ざめた。


彼は先輩教団員から、ある【大戦】で起きた伝承を聞かされたことがあった。

“かつて、黎明期の【大戦】には多くの精鋭のたけのこ軍兵士がいた。

そのうちの一人は、敵のきのこ軍陣地の中でひとり潜入し味方も知らぬ間に敵を殲滅した。
味方が駆けつけた時には既に敵陣は激しく燃え上がり、敵陣の中心には一人の男がタバコのようなものを咥え、余裕綽々の表情で味方を待ち構えていた。

燃え上がる敵陣地を背に、余裕の表情で構えている彼の姿は印象的で、味方は畏怖をこめてこう呼んだ…”



鉛の新兵「“赤の、兵<つわもの>”ッ!…」

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285 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その11:2020/09/26(土) 20:53:07.807 ID:py5sioxko
前進しながら威圧感を含む彼の物言いに、鉛の新兵は恐れから一瞬躊躇を見せた。
だが、すぐに自分を奮起するために自らの頬を一度叩いた。

鉛の新兵「ふざけるなッ!貴様はここで仕留めてやるッ!くらえッ!」

ローブを脱ぎ捨て、たけのこ軍の軍服を顕にした鉛の新兵は、両手の指の間に大量に仕込んでいた鉛玉を再度投げ込んだ。
十個近くの鉛玉は一斉に加古川に向かい、一様に空中で超加速を始めた。

加古川「これじゃあただのパチンコ、だなッ!!」

加古川は二本のミニバットを繋いでいた紐を引きちぎり両手にそれぞれ持つと、まるでテニスのように手首を返し全ての弾を払い除けた。
打ち返した鉛玉の何個かは地面に当たりその勢いで反跳し、鉛の新兵の方に玉が跳ね返ってきた。

鉛の新兵「まさか、跳弾ッ!?狙ってなんて、そんなッ!」

防ぐ術もなく、加古川の狙った跳弾は、全て鉛の新兵の鳩尾に食い込んだ。

鉛の新兵「バカなッ…そのバットじゃあ鉛など、打ち返せないはずッ…」

鉛の新兵は悶え、苦しみからその場に倒れ伏した。

加古川は相手が倒れたことを確認すると、首をコキコキと鳴らし落ちていた鉛玉を拾った。

加古川「いやあ。こんな木製のミニバットでも強化魔法で硬度を増せば、鉛などゴムボールより弾むのさ。
よい勉強になっただろう?」

城門へ続く林の道は燃やされてしまったので来た道を戻ろうと、足を動かした次の瞬間。


286 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その12:2020/09/26(土) 20:54:38.772 ID:py5sioxko

  バアン。


炸裂音とともに、目の前の林から銃弾が飛んできた。
加古川は瞬間の反応で身体を仰け反らせ避けた。
直後、眼前にローブを被った¢が林の中からぬっと姿を現した。

¢「本当に、貴方には困らせられるんよ」

銃のリボルバーに新しい弾を込め始めながら、¢は溜息をついた。

加古川「歴戦のエース¢(せんと)。
貴方が、ケーキ教団を隠れ蓑とした大規模な隠蔽工作に加担していたとは。
正直、ショックだ」

¢「でも、ぼくが関わっているのは知っていたんですよね?」

加古川「まあ図書館で【大戦】の参加名簿を見た時に、綺麗に貴方を始めとした数名が順繰りに【大戦】を欠席している内容を見れば、誰だって疑うさ。

貴方のことは最後まで疑いたくはなかったが。
一緒に昼飯をともにした後にその相手に銃を突きつけるなんて凄い根性だよ」

¢「それはすまなかったと思ってるんよ」

¢は素直に頭を下げた。


287 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その13:2020/09/26(土) 20:55:36.008 ID:py5sioxko
加古川「貴方を始めとしたケーキ教団の幹部は交代で戦いを欠席して、人目のつかない【大戦】にあわせて教団本部から武器を密輸をしていたわけだ。

これが、“きのたけのダイダラボッチが現れたら【大戦】がどちらかの圧勝に終わる”と噂されているカラクリだ。

貴方のいないきのこ軍が、楽に勝てるわけがないんだッ」

¢「きのこ軍の人材難には今も昔も困りっぱなしですよ」

¢はふっと自嘲気味に笑った。
ローブの中の顔はほんの一瞬、自軍を憂い悩むエースの表情を見せていたが、すぐに笑みを消し暗殺者としてのそれに戻った。


288 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  教団との対峙編その14:2020/09/26(土) 20:56:19.774 ID:py5sioxko
¢「貴方がここまで調べ上げるとは思っていませんでした。存外、好奇心旺盛な方だったんですね」

加古川「幼少期に立ち返って素直な気持ちになってみたのさ。
おかげでこの数ヶ月、実にイキイキとさせてもらったよ。

でも、参加者名簿を捏造していなかったのは正直、悪手でしたよ」

¢「後で直しておくんよ。貴方をこの場で倒してね」

加古川の背後でグリコーゲンの燃やした炎の熱が迫ってくるのを肌で感じた。
背後に逃げ場はなく、目の前の¢を倒さないと活路は開けない。

加古川は再度、覚悟を決めた。
手に持つミニバットにもいつも以上に力が入った。


289 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/09/26(土) 20:56:47.900 ID:py5sioxko
次回、加古川さん章最終回。ぜったいみてくれよな!

290 名前:たけのこ軍:2020/09/26(土) 21:03:27.754 ID:4nSfvMe.0
ひそかなる陰謀が進む感じがいいですね

291 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  :2020/10/04(日) 22:27:50.128 ID:m5ISCwiAo
今回は最終回ということで結構長めです。

292 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その1:2020/10/04(日) 22:29:59.381 ID:m5ISCwiAo
¢「真実を知ってどうするつもりなんですか?」

加古川を睨みながら、¢は慎重に間合いを取るようにじりじりと下がった。
もはやボロボロになったチェスターコートを脱ぐこともなく、加古川も腰を少し落としいつでも動けるように構えた。
互いに不用意に動いたほうが負けることを直感で悟っていたのだ。

加古川「知れたことをッ。

悪事を働く輩には痛い目を見てもらわないと困る。

全て、真実を公表する。

【会議所】の会議でも話すし、同時に全世界のマスメディアにもこの内容をリークしよう。

ケーキ教団で密造武器を製造し、秘密裏に他国へ密輸していること。
その見返りとして他国から角砂糖を受け取っていること。そして――」

チラリと、今は巨人の居ないチョ湖の方を一瞥した。

加古川「『最終兵器』のことを。全てね」

ローブの中で、¢は口元を歪ませた。

¢「本当に困ったお人だッ――」

言い終わるや否や高速で銃のスライドを引くと、¢は間髪入れずに加古川に向けて発砲した。


293 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その2:2020/10/04(日) 22:31:39.209 ID:m5ISCwiAo
予め奇襲に備えていれば歴戦の兵士である加古川にとって、放たれた弾丸に対する防御は難しいことでもない。
加古川は左手に持っていた硬化したミニバットで、先程の鉛玉と同じように手首のスナップでを効かせ叩こうとした。

しかし ――

加古川「ッ!!」

先程の鉛玉と違い、彼の銃弾はいともたやすく硬化バットを打ち砕いた。
そのままバットを通り抜けた弾は、勢いよく加古川の腕を貫通した。

加古川「ぐあああッ!!」

左腕に走る激痛を堪え、冷静に加古川は折れたバットをすぐに投げ捨てた。
この状態で持っていては寧ろ邪魔なだけだ。

焦る気持ちを抑え、前を向く。
すると深緋の瞳の暗殺者は銃口を加古川の右腕に狙い、間髪入れずにすぐに発射したところだった。



 バアン。


加古川「させるかッ!【すいこミット】ッ!」

右手で持っていたバットを宙に放り投げる。

すると、バチバチという音とともにミニバットの周りに電撃が漂い始め、小さな玩具は空中で巨大な茶色の野球ミットへ姿を変えた。

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294 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その3:2020/10/04(日) 22:34:42.199 ID:m5ISCwiAo
ひとまず窮地の去った後で、加古川は狙撃された箇所を確認した。

銃弾は左腕の上腕部をコートごと貫いていた。
コート越しに血が滴り始めていることからかなりの出血量であることは間違いない。
アドレナリンが分泌されているから未だ他人事で分析できるのは不幸中の幸いと言えるだろう。

ただ、撃たれたのは左手だ。
まだ利き腕は使える。

¢「ぼくの強化魔法の方が勝りましたね。歴戦の兵<つわもの>もデスクワーク続きだと衰えるんですね」

一連の攻撃を終え敵の動きを待っていた¢は、ポツリと呟いた。
嘲るわけではなく、本気で驚いているような声色だ。

加古川「そこまで私を買ってくれていたとは。ありがたいかぎりだ」

彼の言葉に過度に乗せられてはいけない。
悪気はないだろうが少しでも意識を向ければ雑念で動きが鈍ってしまう。

静かに神経を研ぎ澄ませるために、下唇を一度噛んだ。

加古川「なら、期待に応えないとなッ!!」

加古川は右手の指同士をパチンと鳴らすと、背後で燃え盛る木々が見えない糸で操られたかのように宙に浮いた。

¢は目の前の光景に思わず目を見張った。
彼の背後に視界を覆うほどの“赤い”火炎が空中で漂っていた。並大抵の魔力ではここまでの木々を扱うことは出来ないだろう。


295 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その4:2020/10/04(日) 22:35:51.406 ID:m5ISCwiAo
¢「ッ!」

加古川「【コエダバースト】!!」

彼の掛け声とともに、燃えた小枝や木の葉が小さい竜巻のように錐揉み状に回転しながら、イワシの群れのように勢いよく¢に襲いかかってきた。

¢「これはまずいんよッ!」

突然の攻撃に内心驚いた¢だったがその後の動きは見事だった。

まず、咄嗟にその場で勢いよく跳び、足元に迫りくる燃え盛る竜巻を避けた。
間髪入れずに彼の横腹を?き喰らんと襲いかかってきた第二陣の竜巻は、宙に浮きながらも拳銃の側面を盾のように振り、火炎を払い除けた。

払い除けた反動で、敢えて運動エネルギーに逆らわずそれらを自らで全て受け止めた¢は、まともに吹き飛ばされた。

しかし、それすらも計算通りといった具合に、空中で回転しながらも見事に体を捌きながら受け身で地面に転がり、第三陣の攻撃も見事避けきった。

彼の一連の行動は全て数秒以内の出来事だったが、それはまるで舞台の上でワルツを披露する踊り子のようにしなやかで優雅なものだった。

あれ程小さく見えていた¢の老体は、この窮地で寧ろ全盛期の時の姿よりも大きく加古川の目に映った。

加古川「これはすごいな…」

思わず加古川は困り果て、しかたなく笑ってしまった。

¢がなぜ数多もいるきのこ軍のエースとして長年君臨していたかを思い出したのだ。
彼は身体能力が高いだけでなく瞬発力や咄嗟の勘も冴える。
さらには、戦いの中で自らアイデアを出しそれを実行に移すだけの器用さもある。

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296 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その5:2020/10/04(日) 22:37:38.592 ID:m5ISCwiAo
¢「ありがとうなんよ。でもローブが焦げた。加古川さんを見くびっていたんよ」

起き上がった¢の指差した先はローブの裾の端で、ほんの少し焦げた程度のものだった。
一瞬、煽られているのかと思ったが¢の表情の変わらない様子を見ると、真面目に語っているらしい。
再度、加古川は苦笑するしかなかった。

¢「もう終わりですか?」

ローブの瞳が怪しく光る。獲物を狩る前の熊のように小動物を見定めているような目だ。

その目には覚えがある。
かつて加古川も¢と同じ立場だった。
大戦場で怯えるきのこ軍兵士を前に、彼と同じ目で彼らを心の中で哀れんでいた。

自らの全盛期に、¢と何度も刃を交えなかったことは奇跡だったに違いない。
きっと自身のプライドが粉々に砕かれ再起不能になっていたかもしれない。
それ程に昔も今も、¢は脅威で、かつ惚れ惚れする程に強かった。

確かに自身の戦闘能力は¢には遠く劣る。
だが、加古川でも一つだけ¢に決して負けないものがある。

加古川「いや。まだ、とっておきの秘策がある」

顔についた返り血を拭おうともせず、加古川はニヤリと笑い未だ無事な右腕を振り上げた。

彼に負けないもの。



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297 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その6:2020/10/04(日) 22:38:36.114 ID:m5ISCwiAo
振り上げた右手には、自身の手帳から切り抜いた紙で折られた小さな紙ひこうきを携えていた。
密かにコートの胸ポケットに忍ばせておいたものだ。

不思議そうな顔で¢は、紙ひこうきを見つめ次いで加古川の顔へ視線を移し“どういうことですか?”と目で訴えた。
加古川は頭上で紙ひこうきを掴んだ右手をヒラヒラとさせ笑った。

加古川「これは事の真相を全て書き記した告発文書だ。
先程、貴方たちが教団内で井戸端会議をしている最中に書き終えたものだ。

これを私の魔法力で大戦場の方に飛ばす。
丁度、【大戦】は佳境を迎えているか、もう終わっている頃だろう。

大戦場から帰還中の誰かがこの紙ひこうきに気づき、中身を読むことになるだろう。


そして、誰かが私の意志を継いでくれることを願う。


老輩は去り、後進に道を譲るだけさ」

¢からの言葉を待たずに、加古川は右手のスナップで紙ひこうきを綺麗な夜空の中に放った。

折り目が丁寧に着いた小さな紙ひこうきは、数秒間は空中をふらふらしていたが、よくありがちな地面へ垂直落下すること無く。
まるでジェットエンジンでも点いたのか、途端に推進力を増してさらに上空を目指し浮上し始めた。


見る見るうちに、遥か上空に紙ひこうきは小さくなり――


298 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その7:2020/10/04(日) 22:39:36.750 ID:m5ISCwiAo
¢「こしゃくなッ!」


――飛んで行くことはなかった。

¢はすぐさま視線を空に向け、利き腕に持った愛銃で紙飛行機の中心を綺麗に撃ち抜いた。


僅か数秒。


¢の視界は、夜空の中にある小さな紙ひこうきに囚われており、加古川に対しての意識は一瞬途絶えていた。





この瞬間を待っていた。



加古川「しめたッ!」

¢が紙ひこうきを撃ち抜いたその瞬間、加古川は瞬時に身を低くしその場を跳んだ。

彼との距離はせいぜいが十m程度なので、二秒も経たずに彼の懐に到達する。
上空を見上げがら空きとなっている彼の腹部への一撃が通れば、戦いは決着する。


299 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その8:2020/10/04(日) 22:41:00.705 ID:m5ISCwiAo
耳に風切り音を感じながら、コートのポケットからメガホンを取り出し同時に硬化の術をかける。
彼の鳩尾を硬化メガホンで吹き飛ばせば、幾らか弱い小動物でも獰猛な肉食獣を撃退することができる。


¢との距離がどんどん詰まっていく。


  あと1秒。




       0.5秒。



一瞬がまるで数百倍にも引き伸ばされたように静止したように目に映る中、遂に目の前に¢が見えた。
彼はまだ目線を上空に向けており、こちらに気づいた様子がなく彼の胴体はがら空きだ。

心臓の鼓動が早鐘を打ち始める。


焦るな。


  逸るな。

    
    仕損なうな。


300 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その9:2020/10/04(日) 22:41:55.804 ID:m5ISCwiAo
メガホンを振りかぶる手が僅かに震える。
だが、対象から空振って外すほどの狂いではない。

勝利に向かい、加古川は何も考えずにメガホンを彼の鳩尾に向け、振り抜こうとした。


そして、次の瞬間――



















 バァン。
 

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301 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その10:2020/10/04(日) 22:43:00.662 ID:m5ISCwiAo
乾いた炸裂音とともに、加古川は文字通りピタリとその場で身体を静止させた。

先程まで¢に近づくまでの時間でも長く感じたのに、それを上回る程の、永遠に感じられる長い一瞬が始まった。



加古川の眼前からは、色という色が全て消えていた。

暗い森も。目の前の暗殺者も。背後の火災も。

全て遠くに置き去りにしたように、まるで加古川の意識だけ急速に遠く飛ばされたように。

網膜には、今やフラッシュで視界が霞む時よりも眩く、全面を覆い尽くす白い光しか映していなかった。


同時に、状況把握のために必死に動かしていた頭の中は、眠りに落ちる直前のように空っぽになっていることを実感していった。

なぜ、自分が今ここにいるのか。
直前まで何故こんなにも焦っていたのか、手が震えていたのか。
血まみれになり垂れ下がった左手を見ても、まるで思い出せない。

そして自らの身体が、足が、手の先までも。
まるで身体の中にセメントでも流し込まれたかのように急速に感覚を失っていった。

自身の身体はなぜかガラスのように透き通っており、手先や足先から白いセメントのようなものが流れ込んでくるのが見えた。


しかしそれもほんの瞬間の出来事で。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

302 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その11:2020/10/04(日) 22:43:37.443 ID:m5ISCwiAo
身体の血管という血管に流れていたセメントはどす黒く染まり、一瞬で自身の身体は黒く染められた。
墨汁は身体のあちこちで逆流し、手先や毛穴までも全て漆黒に染められてしまった。

自らの身体に次々と降りかかる異変に理解は追いつけず、咄嗟の防衛本能として加古川は口を開き叫ぼうとした。


しかし、その魂の叫びさえも、神経系のさらなる“上位指令”により阻害された。














それは嗚咽。







303 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その13:2020/10/04(日) 22:44:07.294 ID:m5ISCwiAo
込み上げる吐き気。



悪寒、そして慟哭。




それらは全て加古川の口から、どす黒い吐血という形で現れた。









それは、紛れもない“死”の予兆だった。






304 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その13:2020/10/04(日) 22:45:31.240 ID:m5ISCwiAo
ようやく意識を現実に戻した加古川は残った僅かな理性で状況を確認した。

自らの腹を、¢の利き腕ではない“左手”に構えられた二丁目の銃口が正確に貫いていた。

恐らくポケットに忍ばせていたのだろう。敢えて目線を戻さず加古川を自身の側に引きつけてもう一方の銃で仕留めたのだ。
加古川は狩られる側になりようやく自覚した。
やはり、彼にとってこれは全て“狩り”の一環だった。

加古川はメガホンを構えたまま¢の数cm前という距離で、二度目の吐血とともに前のめりに倒れ伏した。

加古川「二丁…拳銃…そうか…すっかり…忘れていた…あんたが二丁使いの、名手だということを…」

完敗だった。
意識を反らし相手の隙をついたとばかり思っていたが、歴戦のエースは全てを見越し二丁目の銃を隠し持っていたのだ。

¢「良いアイデアだったけど、ぼくには効かないんよ」

頭上から¢の言葉が投げかけられる。
もはや、悔しいという感情すら湧く余裕はなかった。
地面と接した横顔に伝ってくる暖かい水が、実は自らの血だということを加古川は倒れて暫くしてからようやく気がついた。


305 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その14:2020/10/04(日) 22:46:19.264 ID:m5ISCwiAo
血とはここまで温かいものなのか。

後悔はしないつもりだった。
だが、この惨めな自分の姿を少しでも俯瞰して考えようものなら、愛する家族に申し訳がたたない。
思わず懺悔の言葉を口にしようと思ったが、まるで目の前の¢に対し媚びているようにも受け取られかねないので、幾ら瀕死でも加古川の内に秘めたプライドがそれを拒んだ。


しかし。
薄れゆく意識の中で、加古川はふとまだ突破されていないであろう“仕掛け”を思い出した。
思わず痛みを忘れ、瀕死の中で加古川はクツクツと笑った。

¢「…なにがおかしいんよ?」

息も絶え絶えの加古川に近づき、¢は不思議そうに首をかしげた。

加古川「いやね…戦いは確かに…負けたが、…“出し抜いた”。そう思ってなッ…」

最後の言葉は、小声で¢にも届いていなかったかもしれない。

もう声を出すだけでも精一杯だ。
だが、加古川は笑って、笑って、笑い続けた。

まるで残りの生命の輝きを全てそこに充てるように、彼は最後まで自分の生き方を貫こうとした。
¢はそんな彼をじっと傍で見つめていた。

そして、一通り笑った後に、ふと意識のゆらぎを感じた。


306 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その15:2020/10/04(日) 22:46:46.107 ID:m5ISCwiAo
“死”とはどのような実感なのだろう。

現世に置いていく妻子が気がかりではある。
しかし、目の前の謎を見つけてしまったからには解き明かさない限り夜も満足に眠れない。



いま、探究家・加古川にとっては自らの死さえも解明の対象になった。



意識を手放す間際、重くなった瞼の外側で一筋の光が発せられたのを加古川は薄っすらと感じた。

加古川「これが…死か?…存外…明るい…もの…だな…」


そこで、加古川は意識を失った。


307 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その16:2020/10/04(日) 22:47:36.774 ID:m5ISCwiAo
彼が最後に見た光は何も常世の世界からのものではなく、¢が加古川に施した治癒魔法の光だった。

¢「加古川さん、貴方を死なせはしない。“あの人”の命令だからなッ。
ただ、貴方には体調不良の“病欠”という形で一線を退いてもらうッ」

気を失った加古川の空いた腹部に、懸命に治癒魔法をかけ続ける。
止血をしなければ本当に生命を落としてしまう大傷だ。
致命傷を避けようとわざと急所は外して撃ったはずだったが、加古川がかえって熟練の兵士で避けようとしたことで意図せず致命傷になってしまったのだ。

鉛の新兵「ぐッ、すみません¢様。お手数をおかけして…」

グリコーゲン「こんな筈では…」

¢の下に、起き上がった二人が慌ただしく現れた。
治癒魔法をかけたまま、¢はキッとした目で二人を睨んだ。

¢「鉛の新兵さん。貴方はすぐに教団指定の病院の手配ッ!

それと他の者に連絡し、すぐにチョ湖の加古川さん宅を燃やしておくよう指示するんよッ!

そして、グリコーゲンさんはすぐにこの山火事を消すんだッ!はやくするんよッ!」

¢の強い口調にまだ傷も癒えない二人は震え、何度も頷きながらすぐに走り去っていった。


308 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その17:2020/10/04(日) 22:51:35.959 ID:m5ISCwiAo
¢「終わったんよ…これでとりあえず死ぬことはないだろう」

治癒魔法をかけ終え、疲れからか¢はその場に座り込んだ。
加古川の顔を覗き見てみると、心なしか笑みを浮かべているように見えた。
何か満足したような、やりきったような笑みだ。

次いで顔のローブを脱ぎ、¢は上空を眺めた。
山火事でポッカリと空いた夜空は、上空に浮かぶ星々が一望できた。

¢「“あの人”に終わったことを報告しないとな。
これ以上、この計画を遅延させるわけにはいかない」


―― 加古川『いやね…戦いは確かに…負けたが、…“出し抜いた”』


最後の加古川の言葉が少し引っかかったものの、¢は事後処理に当たるためにすぐにその場を立ち去ったのだった。


その後、チョ湖付近の加古川邸は証拠隠滅のため、火の不始末という理由で焼き払われた。

同時に、加古川本人は過労と火事による心労が祟り突然倒れたということになり、¢の息のかかった専用の病棟で長期入院という手立てが取られた。



こうして、全てが闇に葬り去られた。





309 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川  真の探求編その18:2020/10/04(日) 22:54:00.479 ID:m5ISCwiAo
さて、加古川邸が教団員によって焼き払われる丁度数刻前。

彼の書斎机にて描かれた魔法陣から、とある魔法が起動した。

それは術者の身に危険が迫ると自動で発動するもので、加古川程の術者だからこそ起動できる高位魔法術だった。

魔法陣の中心に置かれていた“もう一枚”の告発文書は、生を受けたかのように独りでに起き上がると、自ら勝手に折り目をつけ紙ひこうきへと姿形を変えた。
そして、わざと開け放たれていた窓の隙間から飛び出すと、先程と同じ様に推進力を経てふわふわと闇夜に消えていった。

加古川は自らの危険を予見し、二重の策を取っていた。
この“告発書”が果たして誰の手に届いたのか、そもそも無事、誰かの手に委ねられたのか確認する術は今となってはない。



しかし歴史は紡がれていく。

一見、第三者から見ると“トンデモナイ事実”が書かれたインチキ告発文も、見る者によっては強力な武器へと変わる。






その結果を、誰もまだ知らない。





(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

310 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/10/04(日) 22:54:38.350 ID:m5ISCwiAo
加古川さん章おわり!次回から、みんな大好き791さん章のスタートですよお楽しみに

311 名前:たけのこ軍:2020/10/04(日) 22:55:21.310 ID:5RIE3OKQ0
結末がRoute:Aちっくで面白いです

312 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/10/10(土) 09:01:27.121 ID:TukoEIz6o
それでは皆大好き791さん章のスタートです。

313 名前:Episode:“魔術師” 791:2020/10/10(土) 09:03:09.863 ID:TukoEIz6o




・Keyword
魔術師(まじゅつし):
1 不思議な術を使う者。魔法に携わる人。
2 純粋無垢な人間で策謀家。且つ強欲。






314 名前:Episode:“魔術師” 791:2020/10/10(土) 09:03:59.404 ID:TukoEIz6o





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “魔術師”

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315 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その1:2020/10/10(土) 09:06:00.433 ID:TukoEIz6o




カキシード公国。



“霧の大国”と呼ばれるこの国は、大陸の西部に広大な領土を構える大国である。

世界地図で見れば実に用紙の八割以上を占める中央大陸には、合わせて九つの国家と一つの自治区域がひしめいている。
各々は絶妙に均衡を保ち合っているが、その内同じく大陸西部で公国に隣接しているネギ首長国とミルキー首長国は事実上、公国に従属している。
つまり九大国家のうち、自らを含め三国を手中に収めている公国は軍事力と領土の広さだけで見れば、世界の覇権を握るに十分な力を有している。

事実、過去の世界史を読み解けば、歴史の中で何度か公国は大陸の統一寸前まで達したことがある。
しかし、その度に運命の悪戯か、ひょんなことから公国は大陸制覇という覇道を逃し続けた。
その度に各地で暴動が起き、皮肉にも公国以外の国家が次々と樹立する切欠を与えることになった。


316 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その2:2020/10/10(土) 09:07:24.541 ID:TukoEIz6o
そして、ある時を境にカキシード公国は他国との交易を含む関わりの一切を断ち、歴史の秘匿を始めた。
完全な鎖国である。

その理由は今になっても分からない。
だが、過去の歴史から見て、統一戦争は全て失敗に終わり挙句の果てに自身の領土は縮小し、もしかしたら国としても諸外国と関わることに嫌気がさしたのかもしれない。
次第に国家の首脳陣が額を合わせ話し合う世界会議にも姿を表すことは無くなり、国境の検問は完全に封鎖された。
歴史家からは “実態の見えない霧のような国”だと揶揄された。

今になり幾分か規制は緩和されたが、未だこの国には秘密が多い。
そもそもカキシード公国という大国が創り上げられたのは数百年以上も前の話で、過去の戦乱を経て幾つもの小国を吸収し今の大国を作り上げた。
その創世記からは、『ライス家』という貴族が深く関与している。

当時、地方貴族にすぎなかったライス家の初代当主モチ=ライス伯爵は、自らの資産を叩いて武器を仕入れ、周辺住民を焚き付け地域一帯を瞬時に制圧した。
彼は扇動家として他人の心に火を付けることに長けた人物だった。
そして、その指導力により瞬く間に領土は拡大しカキシード公国の成立と繁栄へ繋がっていったのである。

以来、今に至るまで代々この大国家はライス家が変わらず支配統治を続けている。

なにも特段ライス家の統治力が素晴らしかったからではない。
元々の領土内で大きな反乱も起きず、一貴族が大国を支配している現構造に変革を唱える者がこれまで居なかったのは、偏に“歴史的慣習だから”と納得している国民の温和さや感受性に依るところが大きいのだ。


317 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その3:2020/10/10(土) 09:08:17.853 ID:TukoEIz6o
また、この国を語る上で外せない存在が【魔法使い】である。

ライス家とその関連した一部上流貴族は支配階級として位置し、その彼らを支えているのは多くの魔法使いだ。
地政学上、古来より公国の領土内には魔力の温床地が多く点在した。その温床地で生活を送る人々の多くは知らずのうちに魔法使いとしての素養を持ち、世に排出されてきた。
今日に至るまで、長きに渡りカキシード公国は魔法文明の祖として絶対的地位を築いているのである。

魔法文明に頼るこの国では魔法使いが日常生活のみならず国家単位で重用される。
魔法使いを魔道士として国家資格を与えているのは数多の国家の中でもカキシード公国だけである。
その中でも行政府である王宮付きの魔法使い、いわゆる“宮廷魔道士”の職に付くことは最上級のモデル職種とされ、地方に住む若者の多くは宮廷付きになるために日夜勉学に励んでいる。


318 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その4:2020/10/10(土) 09:12:05.419 ID:TukoEIz6o
公国の首都機能を持つ“公国宮廷”は大陸北西部の港湾付近に位置する大きな商工業都市の中にある。

海に面した港湾都市はどの国境とも面しておらず、戦乱を経ても街自体はのどかな雰囲気を数百年来の間維持し続けている。

昨今のチョコ革命からは遅れ気味で地方の都市としての風情は残り続けているものの、人々もガツガツとしておらず温和で、生活水準も決して低くない。
ある程度行き届いた生活をライス家が与え続けていることも国民に不満の目を向けさせない一つの策でもあった。

のどかな港町の工業地帯から少し足を進めると、すぐに“公国宮廷”へと続く巨大な石畳の階段が姿を表す。
地方から出てきた若者はこの宮廷へと続く石畳の階段を上りきることをいつも夢想する。憧れの宮廷魔道士となることを至上の憧れとしているのだ。

行政機関と中央政府のひしめきあう首府の別称であるこの宮廷はとても広大で、その広さは【会議所】本部に匹敵し、オレオ王国の王宮の広さを遥かに凌ぐ。
初めての来訪者であれば入って一分も経たずに迷ってしまうことだろう。

特に行政府毎に建物の異なる【会議所】と違い、公国宮廷の行政府の建物間は必ず何処かで連結しており、外から見ると巨大な宮殿となっている。
だがその実、絢爛豪華な見た目や中身に反し、実態は蛇のように入り組んだ構造をしていることから毎月必ず宮廷内で遭難者が出る始末だ。
今さら移転もできず、今日も公国宮廷は人々の羨望の的となりながら静かにそびえ立っているのである。


319 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その5:2020/10/10(土) 09:14:12.814 ID:TukoEIz6o
さて、その公国宮廷の中を奥へ奥へと進んでいくと、途端に開けた広大な庭園へ出る。

何千人と人を揃え集会ができるほどの広さを持つ名園には、季節の花々が規則正しく咲き誇り庭園内を綺麗に彩っている。
合間を縫うように敷かれた石畳の遊歩道には何人かの若き魔法使いたちが談笑に花を咲かせながら歩いている。
澄んだ青空からの日光に庭園は光り輝き、そこには生命が芽吹いていた。

791「今日もお日様に当たって花が綺麗だね」

会議所兵士であり公国出身の人間でもあるたけのこ軍兵士 791(なくい)は、庭園に面したガラス張りの建物からそんな外の様子を眺めていた。
紫紺(しこん)色のローブを羽織っている彼女は、目を細めながら自身専用のロッキングチェアを一度揺らす。
すると、あわせてセミロング気味のワンカールした清潔感ある黒髪もふわりと楽しげに揺れた。


320 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その6:2020/10/10(土) 09:16:10.517 ID:TukoEIz6o
791の居る植物園のようなガラスドーム場の造りのこの建物は、【魔術師の間】と呼ばれる立派な執務室である。
一面が全て透過性の高いガラスで覆われており、部屋に入った者は一見すると外にいるのか室内にいるのか混乱するほどの錯覚と開放感を与えている。
室内は下手な図書館のフロアホールよりも広いが、部屋の中心にはちょこんと執務用の机が置かれ、そこに791が座っているのみである。
その背後には観葉植物が幾多も置かれ、がらんとした室内により温かみを与えている。

791「あれ。メロンソーダが無くなっちゃったな」

机の端に置かれていたグラスを手に持つと、先程まで鮮やかな翠の光を放っていた中身はすっからかんになっていた。

「すぐにお代わりを持ってまいりますッ!」

791の声をきくと、部屋の端で控えていたメイド姿の少女がすぐに走ってきた。

791「ああ、ありがとう。でも違うものを貰おうかな?“チョコドリンク”を持ってきてくれる?」

すると、彼女の弟子であるメイドはすぐに顔を曇らせた。

「あいにくと…いまチョコを切らしていまして…」

申し訳無さそうに語る彼女に対し、791は考え込むように暫し無言になったが、すぐに笑顔になった。

791「そうだったねッ!忘れていたよ。でも安心して、“もうすぐ心配なくなるよ”。
それじゃあもう一杯メロンソーダをお願いできるかな?」

791の返事を聞いた彼女はぱあと顔を明るくすると、すぐに踵を返し走り去っていった。

パタパタと走り去る彼女を一瞥し、視線を再び庭園に戻す。
空は快晴で、木漏れ陽の差すお昼時を少し過ぎた頃。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

321 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その7:2020/10/10(土) 09:17:24.165 ID:TukoEIz6o
「791様」

彼女の背後で、先程とは違う弟子の囁く声が聴こえてきた。
先の者とは打ってかわり感情を押し殺したような低い声。顔を向けるまでもない。

愛弟子のNo.11(いれぶん)が戻ってきたのだ。

791「ご苦労さま。みんな戻ってきた?」

No.11「はい。すでに会議場に集まっています。いかがしますか?」

彼女は姿勢良く791の前に立った。
薄い緑髪を耳よりもやや高い位置で後ろにまとめあげ、爽やかなハツラツさがある。
表情を消していても分かる端正な顔立ちと宝石のように澄んだ瞳は、見ていると思わず引き込まれそうになるほど綺麗で791はいつもドキドキしてしまう。

791「すぐに行くよ」

肘掛けに手をあて、“よいしょ”と声を出し立ち上がる。

No.11が手を差し伸べようとするが、791は手で制した。
今日はそれ程身体の調子も悪くない。

視線を室内に向けると数百人は雄に入るであろう広い室内には、791とNo.11を除いて、壁沿いに彼女の弟子数人しかいない。


322 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その8:2020/10/10(土) 09:18:34.724 ID:TukoEIz6o
No.11「今日は歩いていくのですか?」

791「転移ポータルまではね。今日は、調子がいいから」

その言葉を聞き、No.11は初めて柔和な笑みを浮かべた。
彼女は791の右腕として申し分ない才女だ。気遣いもでき世話周りも卒なくこなす。
羽織っているベージュ一色のローブが、傍目から見ると整体師風の格好に見えてしまうこともあるのがたまに傷だが、それも個性があっていいだろう。

宮廷会議場までの転移ポータルは部屋の入り口に設置されており、791の居た場所から入り口までは、短距離走が開けそうな程の距離があった。
いつもであれば、椅子に座ったまま魔法で移動してしまうのだが今日は気分がいい。
それに、たまには自分の足で動かないと足のついた身体も損になるというものだ。

「いってらっしゃいませ、791先生ッ!」
「お帰りをお待ちしています、先生ッ!」

791「ありがとう。行ってくるよッ!」

数人の弟子が嬉しそうに頭を下げ見送る姿を見て、思わず791は顔をほころばせた。

教育者としてこの国の育成期間に携わり幾ばくかの時が経つ。
最初は苦労もしたが、今では彼女の下に何十人、何百人という弟子が慕い集まってくれている。
彼らの笑顔を見るだけで幸せだった。儚い生命ながら、ここまで生きてきた甲斐があったというものだ。

数分かけて791とNo.11の二人は雑談も交えながらようやく入り口に到着した。
地に描かれている魔法陣の上に二人は立ち、791は手に持っていた、ネギをかたどった杖をトンと一度叩いた。

すると、二人は瞬時に身体を光の玉に変化させ宮廷内の遥か遠くに位置する会議場へと高速移動を始めた。
宮廷内の移動はこうした転移ポータルが欠かせない。無ければ恐らく誰も辿り着くことは出来ないだろう。


323 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その9:2020/10/10(土) 09:19:24.459 ID:TukoEIz6o
No.11「今日は一段と機嫌が良さそうですね?」

転移ポータルでの移動の最中、791の顔を覗き込んだNo.11は再度顔をほころばせた。

791「ふふ。昔ね、私のお師匠さんが言ってたんだ。

『魔術の血を絶やしてはいけない』って。

まだその継承はできていないけど、私の下にはこんなにも多くの仲間ができたんだなあって。
さっきのことを思い出したら、なんだかジーンときちゃって」

No.11「貴方は素晴らしいお人で、素敵な教育者でもあります。
継承の件はお気になさらず。まだ“彼”がいますので」

791「それに貴方もね、No.11?」

茶目っ気を持って微笑み返すと、ちょうど転移魔法は会議場の入口の前で停止したところだった。


324 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その10:2020/10/10(土) 09:20:21.010 ID:TukoEIz6o
二人の肉体がポータルの上に現れ、何事もなかったように791は議場に向かい歩き始めた。

No.11「ではいってらっしゃいませ、791様」

後ろから声がかけられる。

791「うん。終わったらいつものお茶菓子を用意しておいてね」

そう告げ歩き始めた直後、“あっ、そうだ”と忘れ物を見つけた時のように声を上げた791は勢いよく振り返った。

791「さっきの子に伝えておいてッ。『メロンソーダ、飲めずにごめん』って」

一瞬目を丸くしたNo.11はすぐに優しく微笑み、そして洗練されたメイドのように頭を下げ自らの師を見送った。


325 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/10/10(土) 09:20:48.227 ID:TukoEIz6o
ほのぼのパートはじまるよ〜

326 名前:たけのこ軍:2020/10/10(土) 14:39:57.466 ID:UGEA0.t.0
ここからどう動くやら

327 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その1:2020/10/18(日) 22:11:01.291 ID:EAWgCpEco
【カキシード公国 宮廷 会議場】

791が扉を開け放ち議場へ入ると、帰還したばかりの公国使節団の全員が起立し、彼女の到着を待っていた。

室内は演奏会を開ける程の開けたホールになっており、ホールの中央には壇上が広がる代わりに、奥にちょこんとひな壇が設けられている。
その上には、目を引くような赤色の椅子が一脚だけ置かれている。

791はその椅子へ続く中央通路をゆっくり歩き始めると、左右から慣れない直立姿勢に焦れた貴族たちの吐息音が耳に届いてきた。
このような時は自らの身体の弱さを呪う。
すぐにでも走り去りたい気分だが、一歩一歩ゆっくりとした歩調で進むことしか出来ず、醜く守銭奴な特権階級たちの傍で同じ空気を吸わなければいけないのは酷く下劣で退屈だ。

数分かけて791はひな壇を上がり、赤色の椅子の前に立った。
演奏が終わり客の顔色を眺める指揮者のように、使節団の端から端まで視線を這わせ全員の顔を一瞥する。

彼女の眼前には何百もの客席の代わりに、無機質な焦げ茶色の長机と幾多の席が円形状に何列も並んでいた。
席の前で立っている人間もどれも歳のいった老人たちだ。そして皆一様に791を見て不安がった顔をしている。
とてもこれはまるでコンサート後のスタンディングオベーションだ、とは口が裂けても言えないだろう。


328 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その2:2020/10/18(日) 22:12:19.310 ID:EAWgCpEco
791「“あの子”は?」

全員を一瞥し終え口にした素朴な質問だったが、目の前の貴族たちには詰問するような口調に聞こえたのだろう。
彼らは途端に顔を青ざめ、さあどう答えようか、誰が答えるのかといった醜い逡巡を始めた。

カメ=ライス公爵「は、はッ!此処に戻り次第、既に“いつもの場所”に戻してありますッ」

その中で最前列中央にいた公爵は上ずった声で答え、せめてもの公国元首としての矜持を保った。
791は暫く無言でその慌てる様子を眺めていたが。

791「そう。それならよかったッ」

満面の笑みを浮かべながら791は先に一人だけ用意された椅子に着席した。
安心したように使節団の連中も着席した。

彼らと彼女の間には階級を超えた、絶対的な上下関係が存在した。
中央に陣取る791と彼女を持ち上げる貴族たち。構図だけ見れば教鞭をとる教師と生徒といったところだが、そこまで生易しいものではない。

草原でライオンにばったりと出会ってしまったヌーが足をすくませてしまうように、彼らにとって“宮廷魔術師”791との出会いは今まで周りの人間を下々の民と見下ろしていた人生観をガラリと変えるものだった。
彼女の言葉は絶対であり疑う余地もない程に貴族たちは怯え、彼女にヘコヘコと頭を下げ言い慣れない世辞で讃えた。

顔を少し傾けながら、肘掛けにつけた腕から伸びた掌を顎の上に載せる優雅な彼女の姿は、さながら玉座に座る為政者を想起させた。



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