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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

401 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その2:2020/11/28(土) 18:02:09.297 ID:c2N6zHg.o
見送りが終わると、No.11はすぐに踵を返し歩き始めた。
何人かの宮廷付の魔道士たちがギクリと肩を震わせ、そそくさと彼女の視界から姿を消すように歩き去って行った。
目線は一定を保ちながら、気にすることなく彼女は前を向き転移ポータルに向かい歩を進めた。

“氷の指圧師”と呼ばれるだけあり、彼女の表情は滅多なことでは変化しない。
他人から見れば常に表情を消した彼女の考えなど読み取れるはずもなく、畏怖の対象にもなるだろう。

だが、791の他に他の誰もが気が付かないだろう。
彼女の心の中にも、大変に熱く代え難い“信念”を持ち合わせていることを。


791の野望は、四年も前から本格的に動き始めた。
図らずも例の¢からの提案が、彼女の魔術師としての感性を最大限研ぎ澄ませ策謀を巡らす切欠となったのだ。

No.11もその時に彼女を支えることを誓った。
その出来事は今でも昨日のように脳裏に焼き付いている。

歩みを続けながら、791ぐらいにしか気づかれない程度でほんの少しだけ目を細め、No.11は当時を顧みていた。



402 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その3:2020/11/28(土) 18:04:04.313 ID:c2N6zHg.o
━━
━━━━

【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 4年前】

791『¢さんはもう帰った?』

No.11『はい。宮廷を出たところまでしかと確認しました』

その日、“武器商人”¢が単独で乗り込みNo.11への提案を行った後。
離れた場所から事態を見守っていた791はすぐに姿を現した。
隠していた自分用の机と椅子を魔法で元に戻し、彼女は自らの椅子を手元に引き寄せ深々と体を沈めた。

791『君は¢さんの話をきいてどう思った、No.11?』

その言葉に、セミロングの緑髪を揺らしながらNo.11は背筋を一層よく伸ばし、どう答えようかと思案した。
頬杖を付き物憂げに視線を落としている目の前の師の顔からは、考えを読めそうにない。

新たに791の補佐係になったばかりのNo.11だったが、その力は周囲の予想を遥かに上回る出来だった。
まず、791から与えられた課題や業務はどれも迅速にかつ正確にこなした。

“街中での魔法の不正利用の実態を調査しろ”、“宮廷内のもめ事を解決しろ”、“巷で人気の劇団のショーを見にいき、あらすじをこの場で話せ”、“甘いホットケーキとチョコドリンクを作り提供しろ”。

彼女から命じられた課題は宮廷業務に関わるものから、どう考えても冗談としか思えないようなことまで多岐に渡った。
しかし、No.11は表情を一切変えることなく沈着にかつ冷静に彼女の予想を上回る結果を残し続けた。

報告のたびに彼女はNo.11を称えた。
宮廷内で痴話喧嘩を発端とした小間使い間で巻き起こった大騒動を速やかに鎮圧した際には、手を叩いて喜んでいた。


403 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その4:2020/11/28(土) 18:06:32.855 ID:c2N6zHg.o
いつしか、誰よりも彼女のことを理解した気遣いや行動、そして冷静な業務遂行能力は791だけではなく周りの人間から厚い信頼を集めていた。
彼女の身体が優れない際には代行して執務を任せられるまでになり、名実ともに791の右腕としてたったの数ヶ月でその地位を確固たるものにした。

だが、未だに師とこうして相対すと、No.11は緊張で表情筋が強張り口の中がよく乾いてしまう。

魔法学校を卒業し、すぐにNo.11は師の“本性”を彼女自身から明かされた。

誰にでも優しかった学校時代の彼女の姿と、目の前に座る魔術師としての姿は性格、振る舞い、考え方から全てがまるで正反対だった。
魔術師791は誰よりも冷徹で権謀術策に長け、他人の生命を自らの利になるかどうかで利用価値を決める残忍酷薄な人間だ。
対して“教師”791は誰にでも笑顔を振りまき、損得感情で他人のために動かず相手に寄り添う、一見するとまさに理想の人間像だった。
“教師”791の面しか見えていなかった当時のNo.11は、最初こそ、その正体に衝撃を受けた。

しかし既に791が見抜いていた通り、魔力だけでなく非凡な精神力も持つNo.11は、驚いたものの、その時間はほんの一瞬だった。
すぐに、心の中で絶望している“愚か”な自分にもうひとりの自分が喝を入れ、彼女の精神はパチリとスイッチを付けたように切り替わった。

―― No.11よ。これがお前の目指す【魔術師】という生き物だぞ。これぞ徹底的な現実主義。実に、素晴らしいじゃないか。

元来、両親がおらず自暴自棄になっていた自分を救い出してくれたのは、誰であろう791だった。
生きる道を示してくれただけではない。魔法学校に通わせてもらう中で、魔法の素養もあるということを教えてくれた。

その恩師が国士無双と世に名声を轟かせるまでに至ったのは、誰よりもいち早く世界に目を向けながら、冷静に自分の価値を高めるために策を張り巡らせていたことだった。
魔法力の足りない自分にはとても【魔術師】など一朝一夕で目指せるものではないが、彼女が近くに居ることで、そのパラダイムを感じることができるのではないか。

若きNo.11はそう考えた。
幸い彼女に見初められたNo.11は、卒業を控えた間近に直々に補佐役への打診があり、卒業後も隣に居ることを許された。


404 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その5:2020/11/28(土) 18:09:16.340 ID:c2N6zHg.o
いま、彼女からの質問には細心の注意を払わないといけない。
元々、No.11の前任者は不用意な発言で彼女の気を削ぎ、彼女からの“優先順位”を下げた結果、ある日宮廷から忽然と姿を消してしまったのだ。

凡庸な発言は自らの首を締めるだけだ。
補佐係になってから新しく卸した、サイズが少し大きいローブの袖の中で、No.11は両の拳を強く握った。

No.11『忖度なしに申し上げると…彼の提案には怪しさしかありません』

一瞬で思考を整理した彼女は、結果として正直に自らの考えを述べることが最善策だと考えるに至った。

No.11『我が国にとっては、リスクも極力低い代わりに実利を取れる。そんな魅力的な提案に思えます。
しかし、会議所は明らかに何か思惑があります。それは、公国に罠を仕掛けようとしているかもしれません。
彼の素振りや自信に満ち溢れた話し方がその疑念を強めているように思えます――』

―― 791様はどう思われますか?

言葉を続けようとしたNo.11は、目の前の師を見て唖然とした。






腹を抱え嗤っている。


今まで見たことのない“邪悪”で、“純粋”な笑みを。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

405 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その6:2020/11/28(土) 18:10:25.325 ID:c2N6zHg.o
791『ふふッ!あははははッ!!
待っていたんだよ、こういう話をッ。実に都合がいい話をねッ!』

肩を震わせて笑っていた彼女は、思わず目尻に浮かんだ涙を手で拭った。
その異常さに、密かに周りから“氷の女”と呼ばれつつあったNo.11も困惑するしかなかった。

No.11『都合がいい、とは一体?』

791『¢さんのお陰で、あの“木偶の坊”たちを追い払う手段が出来たんだよ。
これでようやく、この国が私のものになる』

木偶の坊、という表現がカキシード公国を支配しているライス家を始めとした貴族たちを指していることは、No.11もすぐに理解できた。


彼女は誰よりも強大な力を有していながら、誰よりも慎重な人間だ。
もしくは【魔術師】になる人間はみなそうした性質を有しているのかもしれないが。

“宮廷魔術師”の称号を経てから今日に至るまで、何度も政権を手に入れられる立場にいながら、彼女は一貫して表向き貴族たちを立て続けた。
貴族たちの前で頭を下げていた度に、その後すぐに立場が逆転し彼らが頭を下げに来た時も、そのでっぷりとした腹の脂肪に少しでも火を点ければ、と何度も思ったに違いない。


406 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その7:2020/11/28(土) 18:12:12.057 ID:c2N6zHg.o
しかし、彼女がライス家をすぐに国から追い出さず裏から利用しているのは、偏に“正当性”が無いからだ。
仮にライス家を追放し791が国主になり、幾ら民衆が彼女を支持しても、世界から見れば彼女はクーデターを起こした首謀者だ。
少なからずカキシード国は軽んじられるようになり、実権支配後を考えると最善策ではない。

つまり、既に彼女は自分が国を支配した後のことを考えながら行動しているのだ。
そのような策士である彼女をNo.11は末恐ろしいとも思うし同時に誇らしいとも感じる。

No.11『…なるほど。オレオ王国へ侵攻しようとする公爵を“宮廷魔術師”791が止め、そのまま世論の支持で公爵一族を追放する、と』

わざとライス家に密造武器という餌をチラつかせてその気にさせたところで、事前に戦争を防げば彼女がライス家を倒す“正当性”が生まれる。
No.11は一人納得した。

しかし、791は途端にキョトンとした顔をした。


791『え?オレオ王国には予定通り“侵攻”するよ』

No.11は珍しく目を見開き驚きの表情を見せた。魔法学校時代に、実技試験で“彼”に初めて負けた以来の衝撃だ。


407 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その8:2020/11/28(土) 18:12:47.429 ID:c2N6zHg.o
No.11『では。

オレオ王国とカキシード公国。
どちらもお手になさるおつもりで?』

それまで穏やかな顔で語っていた目の前の魔術師は、途端に唇の端を吊り上げて再びニタニタと嗤い出した。




791『欲しいものはすべて手に入れる。

授業で教えたでしょう、No.11?――』


―― それに私は甘いチョコが特に好きでね。昔からカカオ産地には興味があったんだ。




おもわずNo.11はゾクリとした。
自分の耳に届く優しい語り口調は、かつて魔法学校で皆の前で優しかった791先生そのままで。

しかし、状況と言葉だけが絶望的に乖離していた。


408 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その9:2020/11/28(土) 18:14:08.023 ID:c2N6zHg.o
791『この話を公爵に持ちかける。
彼は馬鹿だから目先の利益に囚われ、何も考えずに領土拡大策に乗るだろうね。

武器の供給量、毎月の取引量から見て全軍の再武装化までには結構な時間がかかるかな。おそらく数年単位。

逆にその時間が私にとっては丁度いい。
この間、公国軍部から秘密裏に切り崩していって、ライス家無き後に使える人材を用意する準備期間に充てるよ。

そして、機を見てオレオ王国にはこちらから侵攻させる。

オレオ王国は非武装国。孤立している国に抗う士気なんて残ってない。仮に抵抗されても、すぐに全土は堕ちるだろうね』

791『そして王国を攻め落とした後に世論を誘導し、この戦争の“不当性”を訴える記事を多く出し民衆を煽る。
民衆の不満が頂点に達した時、民の代弁者として私が立ち公爵たちを追放し、新たな元首になる。

そのためには、侵攻に“理不尽な理由”が必要だ。
明らかにカキシード公国がオレオ王国に難癖をつけて、侵攻に及んだと思われる程の方が尚良いね』

穏やかな顔でとうとうと語る791から、No.11は目を離すことができない。
いま、自分はとんでもない話を聞いているのだと改めて感じると、握った拳の中で大量の手汗が噴き出した。


409 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その10:2020/11/28(土) 18:15:38.941 ID:c2N6zHg.o
791『オレオ王国はカキシード公国に不当に制圧される。

表向きは公国に文句を言えない世界も、均衡の崩れる状況を内心容認しているはずもない。
公爵の立場は国内外から批判にさらされ、追い詰められる。

私は政権内でも立場上、要職に付いていない“ご意見番”のような立場だし、自由に動くことができる。
こうして私は公国だけでなく、カカオ産地のあるオレオ王国までも手に入れることができるんだよ。

ようやく公国の“ゴミ掃除”ができるよ、No.11ッ!』

目をキラキラとさせながら無邪気に語る師の姿を見て、No.11は改めて791という人物を見直した。

彼女の力になりたいと思った。
目の前の恩師は、自分の祖国だけではなく。併せて隣国も支配するという遥かに大きな野望を抱いている。
【魔術師】になるという自らの目標など、大志を抱く彼女を前にしたら取るに足らない小さな願いだと思うほどに、野望を持つ彼女の姿は巨大な宝石よりも輝いて見えた。


元々、ゴミ捨て場のような所から恩師が孤児の自分を救い出してくれなかったら、自分の命運はそこで尽きていたかもしれない。
絶望の淵から拾い出し自分を見出してくれた恩師には、まだまだ返しきれないほどの恩がある。

宮廷魔術師だけで終わる人間ではないと思っていたが、まさかほんの小一時間の間にここまで先々の事まで見据えていたとは思っておらず、No.11は自らの矮小な考えを恥じ、改めて791に敬意を示した。
そして、補佐係を務める初日に決めた覚悟を、今一度心のなかで反芻した。

  彼女の悲願のためなら、自分の生命など投げ払っても構わない。


410 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その11:2020/11/28(土) 18:16:29.448 ID:c2N6zHg.o
そうした強い決意を宿したゆえ、No.11は真剣に考えた結果。
浮かび上がった当然の“疑問”を口にした。

No.11『素晴らしいお考えだと思います…しかし、そこまでうまくいくでしょうか?』

口に出してから。しまったとばかりに、No.11はすぐに口をつぐんだ。

目の前の師は、話の腰を折られることを酷く嫌う。
普段から主人の気に触らないように人一倍慎重に行動していたNo.11だが、この時ばかりは自らの興味と疑問が勝ってしまった。

案の定、うんうんと頷きながら考え込んでいた791はすぐに彼女に顔を向けた。
しかしその顔は笑みを浮かべたままだった。授業で正解を答えた生徒に向けていた顔と同じだ。

791『疑問はもっともだ、No.11。
なによりこの勘定には、【会議所】の動向が全く懸念されていない。

No.11の読み通り、争乱に乗じ【会議所】は動いてくるはずだ。
そうじゃないと¢さんが危険を冒してこちらに提案をした意味がまるでないからね』

No.11『【会議所】の狙いは何でしょうか。¢さんたちは何を考えているのでしょうか?』

791『ある程度までは想像できるけど、その手段までは私にも分からない。

だから、私の目に【会議所】を見てもらう魔法使いが必要だ。

そうだな。

“あの子”を呼んでくれる?』


411 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その12:2020/11/28(土) 18:17:07.196 ID:c2N6zHg.o
“あの子”が、誰を指しているかは一瞬でNo.11は理解できた。
恩師の一番のお気に入りで、No.11の最も忌み嫌う人物だ。

普段は口ごたえなどすることもなく二つ返事で頷くのだが、その日は気も昂ぶっていたのだろう。
気がつけば、No.11の口からは本音が溢れていた。

No.11『お言葉ですが…彼はまだ魔法学校を出たばかりの新米です。素質は素晴らしいですが精神面では未だ――』

791『――No.11。あの子を連れてきなさい?二度は言わないよ?』

彼女の圧を前に、No.11はすぐに頭を下げることしかできなかった。




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412 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/11/28(土) 18:21:02.718 ID:c2N6zHg.o
No.11ちゃんかわいい。

ということでこっちも若干のTIPSを。
詳しい設定は終了後、wikiで公開しようと考えています。

https://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1045/No.11.jpg


413 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/11/28(土) 18:24:13.933 ID:c2N6zHg.o
本章はあと2回の更新で終わります。

414 名前:たけのこ軍:2020/11/28(土) 22:31:40.593 ID:fsDNdTj.0
魔王様とイレブンちゃんの暗躍する感じがいいですね

415 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 21:39:41.798 ID:XTm5tPUQo
あと2回で終わると言ったな?中途半端な文量になったからこの一回で本章は終わることとす。

416 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その1:2020/12/04(金) 21:42:08.404 ID:XTm5tPUQo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 現代】

早朝。
自室で目覚めた791が転移ポータルで魔術師の間に入ると、早い時間だというのに数人の又弟子たちが笑顔でペコリと頭を下げて挨拶をしてきた。
その様子を見て彼女は、今日という一日が最高の日になることを確信した。


杖を突きながら数分をかけて、大ホールの中心にある自分の椅子まで歩いていく。

もう慣れてしまったから気にしていなかったが、よく考えればこの部屋は先日の講演ホールよりも遥かに広い。それに、形も歪で一面がガラスで覆われている。
そんな透明の球体状の部屋の中心で、独りだけポツンと仕事をする彼女の姿は、傍から見ればさぞ奇妙に映るだろう。

恐らく一部の貴族からは、“自らの力を顕示したいから広大な空間を魔術師791が選んだのだろう”と、やっかみを持たれていると思うに違いない。
だが事実はなんてことない。
カメ=ライス公爵が自分に“宮廷魔術師”の職を与える時に、わざわざ中心から離れた植物園を改装した部屋を執務室に選んだのは、
この部屋が他のどの部屋よりも一番外の景色を眺めることができたからだ。


大人になってから仕事や【会議所】に行く用事で外出することも増えた。
その度に、ふと気づけば立ち止まりその場の風景をゆっくりと眺める時間が増えたように思う。
幼少期に比べると体調は良くなってきているとはいえ、未だに“外”への憧れは捨てきれないのだろう。

全面がガラスで覆われているこの部屋は、まるで外にいるような錯覚を与えてくれる。
たまに陽の光が入り込んできて鬱陶しいと感じることもなくはないが、そう感じられるだけ贅沢な悩みというものだろう。
最近は本格的な夏が近づいてきたので、そろそろ薄手のローブを用意しようとは思ったが。


417 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その2:2020/12/04(金) 21:43:15.654 ID:XTm5tPUQo
いつもよりも早く辿り着いた791は自分の椅子に腰掛けた。
すると、タイミングよく待ち構えていたNo.11が頭を下げ、朝食用の脇机を魔法で出しその上に朝食を並べはじめた。
鼻孔をくすぐるこの良い香りは、ホットミルクとカステラだ。

昨日の夜はあまり食が進まなかったのを見越したのか、カステラはやや大きめだ。
自らの補佐として横に立つ彼女は、専属の栄養士よりも791の身を案じているのがよく分かる。

“いただきます”の掛け声とともに791がフォークを手に取り食べ始めると。
彼女の前に立っていたNo.11が、また計ったように頭を下げた。

No.11「報告します。本日、公国軍がカカオ産地へ侵攻を開始しました」

791「ふーん。

あッ。それよりも、今日のカステラ美味しいね。
ミルクがよく合うよッ」

No.11「自信作ですので」

主人からの賛辞の言葉に、No.11は恭しく頭を下げた。
目の前のカステラの頭をフォークでツツきながら、791は鼻歌を歌い始めた。


418 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その3:2020/12/04(金) 21:44:45.441 ID:XTm5tPUQo
791「今日はあいにくの雨模様だね。壮大な目論見の最終盤なんだから、晴れて出陣を迎えたかったけどね」

No.11「雨はお嫌いですか?」

791「ふふ、知ってるでしょ?個人的に雨は好きだよ。
晴れたらっていうのは、あくまで願掛けとしての意味合いでさ」

マグカップをテーブルに置き上空に目を向ける。
ガラス越しの空は薄黒い雲で覆われ、明るく照らされた室内と対比すると、その距離は存外近く感じられた。
耳を澄ませると、ポツポツと雨粒の天井に落ちてきた音が断続的に聞こえてきた。

事実、雨は嫌いではない。
あくまで個人の感想ではあるが、雨の中で使う魔法の調子は良い。丁度よい湿気、抑えられた気温などの軽微な変化が、自らの体調に良い影響を及ぼしているのかもしれない。
低気圧による自律神経の悪化で頭痛や肩こりを訴える人が多いと聞くが、791はまるでその逆だ。
おかげで今朝目覚めた際の僅かな湿気の変化で空が雨模様だと分かると、思わずにんまりと笑顔を浮かべてしまったほどである。


本来、当代随一の魔力を持つ791にとって、体調の好不調で有象無象の魔道士から遅れを取るような軟弱さは持ち合わせていない。
彼女の放つ魔法は鮮やかで、かつ熾烈で見る者をいつも圧倒した。

しかし彼女の身体は自身の魔力に耐えうるほど強靭ではない。
一発の強大な魔法により常人よりも遥かに魔力を消耗してしまうのだ。過去の経験がそれを証明している。


419 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その4:2020/12/04(金) 21:45:59.770 ID:XTm5tPUQo
当時、初めて国を出て【会議所】に辿り着き、【きのこたけのこ大戦】でたけのこ軍として鮮烈な戦線デビューを果たした彼女を前に、ただ人々は恐れ慄いた。
華奢な体の中に秘められた強大で破壊的な魔力で具現化した魔法光弾は、瞬く間にきのこ軍陣地を火の海にした。
自らの魔法をようやく披露する場を得た791にとってこれ程愉悦なことはなく、子どものように最大限の火力を使い、戦場を楽しげに走り回ったのだった。

しかし、その代償は計り知れなかった。
魔力を消耗した後は週単位で寝込み、回復をしても満足に身体を動かすことも難しくなる程痛む日もあった。
力を抑えて戦わなければ自分の生命の火はすぐに燃え尽きてしまうことを、この時に初めて悟った。

それゆえ、791は考える時間が増えた。
大戦では力を抑えながら活躍を続ける一方で、【会議所】の会議にも積極的に参加していった。
彼女の慧眼、好奇心、見識はこれまでの参加者にはない程卓越したものがあり、それ故彼女の発言権は瞬く間に高まっていった。

結果として、彼女が椅子の上から盤面の大局を見極め、的確に駒を動かすがごとく策謀家に変身を遂げたのは、偏に自身の体調に寄り添う形で仕方なく選択したものだったが。
天性の才能からか、彼女は戦闘力だけでなく頭脳的役務の才能も著しい程に高かったのだ。

周りに推される形で瞬く間に階段を上り、祖国ですっかりと公務という名のデスクワークに慣れてしまっていた彼女だが、たまに昔のように目一杯魔力を開放したいという気分に駆られることもある。
そんな時、窓の外に広がる一面の空が雨模様だと、791は少し胸が詰まる。
自らの活力が増す実感を得るとともに、心の中にある微かな感情に火が灯るのだ。


“ああ。今日のような天気なら。
初めての大戦のときみたいに、魔法で十分楽しめるのになあ”、と。



420 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その5:2020/12/04(金) 21:48:10.823 ID:XTm5tPUQo
791「ごちそうさま。さて、と。“あの子”に会ってくる」

No.11「…いってらっしゃいませ」

791の言葉に、少々ぎこちなくNo.11は頭を下げた。
彼女が彼に嫉妬にも似た複雑な感情を持ち合わせていることには前から気づいている。

【魔術師】とは平時から泰然自若でないといけない。
彼女は外見こそ無表情で眉一つ動かさず仕事をこなす精密機械のような魔法使いだが。
その実は年頃の女子らしく、様々な気持ちが渦巻き、時折こうして表に出てくることがある。

感情の起伏さは常に一定でないと雑念を生み、自らの魔法に影響を及ぼす。
その点で、【魔法使い】No.11は未熟だ。
それだけが、残念でならない。


しかし、同時にそんな彼女を愛おしくも思う。

征服者としてではなく一教育者として見れば、子どもの頃から感情を表に出すことが苦手だった彼女は、someoneという同年代のライバルを得て、ほんの少しだけ人間らしくなった。
教育者としてこれ程嬉しいことはない。

人間とは常に悩み、葛藤に苛まれ選択を迫られる存在である、と人生の折返しも来ていない791は既に達観している。
目の前の愛弟子も、これから幾度も悩み立ち止まる機会がくるだろう。
ぜひ考え抜き悔いのない選択をして、乗り越えてほしいと思う。
791は彼女の肩に手を置き何度かポンポンと叩くと、口笛を吹きながらしっかりとした足取りで歩き始めた。


421 名前:DB様のお通りだ!:DB様のお通りだ!
DB様のお通りだ!

422 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その6:2020/12/04(金) 21:52:53.845 ID:XTm5tPUQo
【カキシード公国 宮廷 地下室】

地下室の檻の中には、先日よりも衰弱しきった様子のsomeoneが力なく横たわっていた。

彼女が訪れても顔を向けず一切反応しないことから、一見すると生きているのか死んでいるのか分からない。
その場でしゃがみ込み、爪先に点した魔法の火を彼に近づけても反応はない。
が、一瞬だけ身体がピクリと動いたのを彼女は見逃さなかった。

彼はまだ生きている。

続いて檻の中に目を向けると、以前、791が魔法で創り出した泡のソファクッションは檻内の端に追いやられており、彼の決意の固さと彼女への反抗心が見て取れた。

791「おはようsomeone。
ちゃんと食事は取ってる?
No.11には食事の量を増やすように私から言っておくよ」

恩師の喋りにも、someoneは地面に伏した顔を上げずにいた。
気にせず791は近況を話し続けた。

791「今日ね、公国軍がカカオ産地に攻め込んだんだ。“君たち”の活躍で王国全土はすぐに制圧できると思うよ」

そこで初めてsomeoneに反応があった。
明確にピクリと身体を震わせ、そして機械仕掛けの人形のように汚れた顔を懸命に彼女の方へ向けた。

someone「…王国には斑虎がいます。そう安々とうまくはいかない」

791は彼の睨みには一切動じなかったが、決意の篭もったヘーゼルカラーの瞳の色に惚れ惚れとした。
吸い込まれそうなほどに美しく脆いと思った。


423 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その7:2020/12/04(金) 21:53:43.587 ID:XTm5tPUQo
791「君は私よりも彼のことを買っているね。いいよ、ならば君の忠告を受けよう」

パチンと指を一度鳴らすと、途端に791の足元に巨大な魔法陣が展開された。
暗闇の中に光る魔法陣は彼女を煌々と照らし続けたが、数秒も経たない内に陣は消え去った。

次の瞬間、彼女の横には、甲冑姿の一人の兵士が無言で立っていた。

791「これは私が事前に呼んでおいた【使い魔】だよ。
これを軍隊の中に紛れ込ませて、私のかわりに目となって動いてもらおうかな。
使い魔の召喚は魔力を多く消費するからあまり好きじゃないけど、弟子からの忠告じゃしょうがないね」

彼女の意を受けた使い魔は一度だけ無言で頷くと、踵を返しすぐに地下室を出ていった。

791「ねえsomeone。私はすごく君に期待しているんだよ。
君なら私の跡を継ぐ優秀な【魔術師】になれる。

だからさ、教えてほしいんだ――」




―― 【会議所】は一体私に何を隠しているの?





424 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その8:2020/12/04(金) 21:54:47.267 ID:XTm5tPUQo
someoneは目の前の“大敵”を前に、目を瞑り下唇を噛み恐怖に耐えた。
そして、青ざめた顔で静かに首を横に振った。

檻の傍にあった椅子を引き寄せると自然と腰掛けた791は、困ったように頬杖をついた。

791「時間をかけて、君を縛る制約の呪文は解除してあげたよ?
それでもダメなの?

そもそもさ。私がどうして君に洗脳魔法をかけずに、君から話してくれるのを待っているか分かるかい?


someone、君は私の家族なんだ。


大切な家族にひどい仕打ちをするわけがないでしょう?」

791の言葉に嘘偽りはない。

だが、どうして彼女の言葉はここまで猜疑心を煽るのだろうか。

someoneは恐怖を通り越して目の前の“魔王”にただ憎しみを覚えることで、自らの反論のための原動力にした。

someone「貴方は自分以外の人命を軽視しすぎているッ。
だから、幾ら僕が貴方の弟子だからといって、【会議所】の秘密を明かすことはできませんッ!」

791「自分と自分の守りたいものを優先してなにが悪いの?
そういう君だって初めての親友になった斑虎の身を何よりも案じているよね?
哀れなオレオ王国の民のことは気にかけなくていいの?」


425 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その9:2020/12/04(金) 21:56:03.034 ID:XTm5tPUQo
someone「もちろん僕にも一番果たしたい目的はあるし守りたい人だっている。
…ですが、だからといってッ、目的のために他のものを蔑ろにし、挙句の果てには他者を“壊れてもいい玩具”扱いにするような、貴方の考え方は絶対におかしいッ!!」

“おやおや、随分な言われようだねえ。”

笑みを崩さずに、791は指を一度鳴らした。
暗闇から宙に浮いたハンカチが表れたと思うと、ふわふわと目の前の熱(いき)り立った愛弟子まで移動し、涙を伝っていた彼の頬をそっと拭った。

someoneは歯を食いしばり、下を向いた。

この人には何を言っても通じない。
表面上は家族のように接しながらも、自分の言葉は決して彼女の本心には響かない。弟子の戯言だとしか感じていない。
彼女の根底には絶対的な自信があるのだ。

someone「恥と無礼を承知の上で、言います…」

再度、ほんの一瞬、目を瞑った。
両の目から涙が溢れ頬を伝っていく。

someone「【魔術師】791ッ…あなたはッ、狂っているッ!!」

弟子からの熾烈な言葉に、寧ろ791は満面の笑みを浮かべた。

791「【魔術師】にとって、“狂気”とはただの褒め言葉にしかならないよ?someone」

檻越しに791は彼の頭をそっと撫でる素振りをした。
someoneはもう避ける気にもならなかった。


426 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その10:2020/12/04(金) 21:57:22.730 ID:XTm5tPUQo
791「優しいんだね。小さい頃からいつもそうだった。

君はいじめられ泣いている子を見るといつも助けていたね。
いじめの標的が君自身に移っても何一つ言わずに耐えていた。

困っている子がいると覚えたての魔法を使って、その子が笑うまで無言でずっと魔法を披露していたね。



君は優しい心を持った子だ。

偏に優しすぎた。



someone、君はね。



目標とする【魔術師】にしては“正常すぎる”。




でも、それこそが【魔術師】からすると“異常”であり。
君は既に類まれなる素質を得ているという裏返しにもなる。



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427 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その11:2020/12/04(金) 21:58:31.281 ID:XTm5tPUQo
がっくりと項垂れるsomeoneを尻目に、791は立ち上がった。

791「君からの話を待っていたけど、もう時間が来ちゃった。

だからもう話さなくていいよ。
予定通り、カカオ産地は制圧され直にオレオ王国は滅亡しカキシード公国に飲み込まれる。
そんな強硬策を強いたカメ=ライス公爵は民衆の力を借りた宮廷魔術師791によって遂に駆逐され、平民から成り上がった者によりこの国は統一される。

私が玉座に就いた暁には君の手を借りなくてはいけない。
だから、今回のことは特別に不問にしてあげるよ。
でももうちょっとだけここにはいてもらおうかな」

“魔術師”791は狂っている。
だが、その狂気は純粋無垢な清純さゆえ来るもので、本人に悪意は無かった。


428 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その1:2020/12/04(金) 22:00:32.820 ID:XTm5tPUQo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間】

地下牢から戻った791は、機嫌よくメロンソーダの入ったグラスをストローで啜った。

雨は先程よりも強さを増してきたようだ。
遠く離れたカカオ産地の天気も同じだろうか。それとも、そんなことを気にする暇もなく人々は逃げ惑っているだろうか。

791「しかし、自主的な軟禁生活というのも楽じゃないものだね」

溜まっていた仕事も数日前に片付けてしまった791は、手持ち無沙汰気味に首を回した。

No.11「そうですね。ですが、いつもとやる事は大して変わってないようですが」

791「むっ、失礼なッ。
それじゃあ今日は久々に自分の魔法の整理でもしようかな。
数百以上あるし、過去の自分の魔法って稚拙だからあまり見返したくないんだけどね」

No.11「私はとても興味があります」

791「手伝ってもらおうかな?突然、暴発する魔法もあるから気をつけてね」

No.11「受けて立ちます」

二人は微笑んだ。


429 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その2:2020/12/04(金) 22:02:15.134 ID:XTm5tPUQo
「や、やめてくださいッ!いったいなにをッ!」

「ここに“宮廷魔術師”がいることはわかっているッ!おとなしくしろッ!」

突然のガシャガシャという鎧の擦れる音とともに、重装備に身を固めた近衛兵たちが一斉に室内に侵入してきたことで平和の一時は破られた。

彼らは部屋の端にいた又弟子たちの動きを封じると、続いて中心にいた791たちをすぐに取り囲んだ。
その動きは無駄なく洗練されており、入念に準備された計画性を予感させた。
魔術防衛のためのクリスタルの盾まで用意している周到さだ。
ざっと見渡しても百人はいるだろう。随分と大勢でやってきたものだ。

「“宮廷魔術師” 791ッ!“国家転覆罪”の罪でお前を捕縛するッ!おとなしく連行されろッ!」

銃を二人に突きつけ、先頭にいた兵士ががなり立てた。
椅子から立ち上がった二人はキョトンとした様子で顔を見合わせた。

791「あらら。公爵に私の企みがバレちゃったかな?」

No.11「ここ数日、大々的に動いていましたから。無理もないかと」

791「どうする?作戦決行までまだ日があるけど」

No.11「構いません。外の軍には既に合図一つで動けるように手筈を整えています。
791様には悠々、この宮廷内を“調理”していただければ十分かと」

791「あいかわらず優秀だね我が弟子は。恐ろしくなるほど」


430 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その3:2020/12/04(金) 22:03:14.654 ID:XTm5tPUQo
「何をごちゃごちゃ言っているッ!カメ=ライス公爵がお待ちだッ!」

791はすぐに怒号の主に顔を向けた。
笑っているはずなのに彼女から発せられる気を前に、兵士たちは一瞬言葉を失った。

彼女は人差し指を立て、生徒をあやす教師のように優しく兵士たちに語りかけた。

791「三秒あげるよ。公爵か私。どちらに付くのが利口か考えて選んでごらん?」

彼女の言葉に一瞬呆気に取られた兵士たちの緊張感は、その突拍子もない提案にすぐに緩み、嘲笑をもった笑いで上塗りされた。
百人程度の屈強な兵士に囲まれながら、なお優位な姿勢を見せようとする目の前の魔術師の浅はかさと滑稽さに思わず魔が差したのだ。

周りの笑い声を受けながら、先頭の兵士は気分良くさらに凄んだ。

「ふざけるなッ!抵抗するなら宮廷魔術師といえど容赦は――!」











    ジュッ。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

431 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その4:2020/12/04(金) 22:05:45.926 ID:XTm5tPUQo
兵士たちは最初、その異変に気づくことが出来なかった。
しかし、そこに立っていたはずの兵士が消えていること、兵士のいた足元に不自然な焦げ跡ができていること、
そして鼻孔をくすぐる微かなシトラスの香りが漂ってきたことで、ようやく事態の“異常さ”に気がついた。

「ひ、ひいッ!」

「な、なにをしたッ!!」

兵士たちは、中心で肩を震わせ笑いをこらえている敵の姿に慄き、襲いかかることもできず足をすくませた。
791は笑いながらも残念そうに首を横に振った。

791「三秒。時間だよ?」

兵士たちは絶句した。

唯一、隣りにいたNo.11だけが心配そうに師の顔色を伺った。

No.11「いま“使ってしまっても”、良いのですか?」

791「構わないよ。
今日は気分も体調もとても良くてね。
絶好の魔法日和だよ」

そこで初めて791は自分たちを取り囲んでいる兵士たちを、ぐるりと舐め回すように眺めた。
武具で身を固めていたはずの兵士たちは、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、そこで何人かは本能が働いた。

狩られるのは相手ではなく自分たちだ、と。


432 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その5:2020/12/04(金) 22:06:24.202 ID:XTm5tPUQo
791「三秒ッ。

君たちは瞬間の判断ができない、愚か者だね。

そんなんじゃあ“イラない”。

私の弟子たちには遠く及ばない。十人、百人かかっても同じことだよ。
その手に持つ武器も、誰が君たちに与えたと思っているの?


まあいいや。反省してももう遅い。

そんな全てが遅い君たちは――

公爵と同じく、この大地の藻屑となるがいいッ!!」

瞬間、彼女の足元に巨大な魔法陣が展開された。

赫々(かっかく)とギラつくその陣の光を見て。
ようやく兵士たちは意識を戻し、同時に気がついた。

“あの魔法陣の輝きは、これから尽きる自分たちの生命の最期の光そのものだ”、と。


433 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その6:2020/12/04(金) 22:07:30.283 ID:XTm5tPUQo
展開された陣の中心で、久々の高揚感に791は感動し深く息を吐いた。

下唇にべっとりと付いた油の不快さも最早懐かしい。
いかにうまく燃やしても、どうしても油分は空中に漂ってしまうのだ。


身体が芯から暖まるこの感触。
久方ぶりだ。

そう。この感覚こそが【魔術師】にとって、最大の幸福。

791にとって最高の瞬間だ。


“この魔法”を撃つのは何時以来だろう。


434 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その7:2020/12/04(金) 22:09:09.091 ID:XTm5tPUQo
彼女が人を殺める魔法を産み出すのに、そう時間はかからなかった。

初めは扱いに苦労した。
何しろ外傷を及ぼす死の魔法は、寧ろその後の処理が大変なのだ。

改良を進めていく中で、“その魔法”は急速に洗練されていった。
初めは黒焦げになるほどに高火力で、次第に獲物の身体内部で魔法を点火させることで跡形も無く焦がす術を身につけた。
最後には骨すら残さず瞬間の火力を調整できるようになった。

それでもいくら工夫しようとも、やはり肉と骨の焦げた臭いは鼻をつき、不快にもその場に残り続けた。

これでは幾ら魔術が成り立っても“綺麗”ではない。
魔術とはやはりエレガントでなければいけないのだ。

考えた末に、爆発と同時に自分の好きな匂いで上書きさせれば、気持ちよく術を行使できるのではないかと思いついた。

考えはうまくいった。
本来、面倒だったはずの殺戮の作業は、途端に最高の魔術へと変わったのだ。

その魔法はいつしか彼女の【儀術】となり、その名は魔法後に薫る彼女の大好きな匂いの名前へとなった。


435 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その8:2020/12/04(金) 22:11:24.524 ID:XTm5tPUQo
兵士たちは遅れた数秒間を取り戻すように、途端に目の前の“魔王”に向かい銃、剣を突き出した。

「う、撃てッ!!!仲間をかまうな!撃って撃って、奴を止めろおおおおおお―――」

兵士たちは自分を鼓舞するように大声を上げて突撃し始めた。

クラシック音楽でも聞くかのように、うっとりとした面持ちで生者の最期の言葉を聞き終わった791は、
名残惜し気に眉尻を一瞬だけ下げると、あっさりと片手を突き出し詠唱し叫んだ。




791「儀術『シトラス』ッ!!!!!」






直後、室内にはむせ返るほどかぐわしい香りが立ち込め。

勢いを増した雨の天井を叩く音が、うるさい程響き渡った。







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436 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 22:12:16.396 ID:XTm5tPUQo
魔術師章 完!
次にちょっとしたTIPSを書いちゃうぞ。

437 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 22:16:26.157 ID:XTm5tPUQo
・儀術
究極儀法魔術の略で魔法使いにおける必殺技のこと。
特に、魔術師が自ら創り出した必殺魔法のことを指す。

◆儀術名:シトラス  術者:791
必消(ひっしょう)の儀術。指定した相手を内部から爆発破壊し、木っ端微塵に粉砕する。分子レベルで破壊するため跡形も残らず相手を消す。
時限爆弾的に発火の魔法を身体の内部に植え付ける形となるため、シトラスを埋め込まれた時点で術者を止めない限り、勝ち目はない。
術者が視認できている限り指定人数に限度はないが、人数の多さに比例して魔力消費は激しくなる。


438 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 22:20:21.727 ID:XTm5tPUQo

791能力グラフ
https://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1046/791%E8%83%BD%E5%8A%9B.jpg

No.11能力グラフ
https://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1047/No.11%E8%83%BD%E5%8A%9B.jpg


次回から会議所章に突入!


439 名前:たけのこ軍:2020/12/04(金) 23:53:28.968 ID:RuVSnPeo0
魔王様の純粋な狂気にほれぼれするんよ

440 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/11(金) 19:08:53.952 ID:NDdxqdXMo
それでは会議所章はじめます。
だいぶ核心に突っ込んでいきます。

441 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン:2020/12/11(金) 19:10:42.093 ID:NDdxqdXMo




・Keyword
黒ネズミ(くろねずみ):
1 黒い毛色の鼠。黒みがかったねずみ色。
2 コソコソと裏で悪事をはたらく策謀家。個ではなく集団で意志を持つ獣。






442 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン:2020/12/11(金) 19:11:30.289 ID:NDdxqdXMo





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “黒ネズミ”

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443 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その1:2020/12/11(金) 19:13:41.416 ID:NDdxqdXMo



人に物心がつく時期は、いったい何歳頃からなのだろうか。



大概の人間は、自らの記憶を辿り一番古い時期を答える場合が多い。
ある者は三回目の誕生日を迎えた際だといえば、もうひとりは五歳でサンタクロースがいないことに気づいた時だと言う。

それを聞いた見栄っ張りの人間は、一歳で乳母車の中から空を見上げた時だと嘯く。
また別の者は恥じながらも、初めて学校の門をくぐった時に感じた感慨深さを、物心ついた時期だと正直に明かす。

このように、人により記憶や感情の芽生えた時期は多少なりとも前後する。
しかし、いかに記憶力が乏しく意識が希薄な人間でも、大概は成人するまでに必ず自我を確立させる。

他者の何気ない所作や行動に意識を向け、次に“個”という自らの存在に疑問を投げかけ考え始める。
そして、最終的には自らと他人を区別する認識を身につける。

こうして物心がつき、自我が芽生えるのだ。



その理論でいえば。


きのこ軍兵士 滝本スヅンショタンの物心ついた時期は、常人より遥かに遅かった。



444 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その2:2020/12/11(金) 19:14:42.293 ID:NDdxqdXMo
滝本には生まれてからの記憶がなかった。

正確に言えば、以前までは覚えていたが、ある時を境にすっぽりと自らの記憶から抜け落ちてしまったのだ。
夢にも出てこないことから脳の記憶領域からも完全に消え失せてしまったらしい。

したがって滝本にとっては再度記憶を持ち始めたその時からが、人格形成の開始点だと定義せざるをえなかった。



自らが“生まれ変わった”ときの事を、今でも昨日のように覚えている。


耳元に微かに届いた数人の話し声で、滝本は目を覚ました。

まるで【大戦】後、激しい運動をした次の日の朝のような、全身の倦怠感があった。
いつも寝ているマットではない無機質な固さを背中越しに感じ、ここが自室ではないことをまず体感で理解した。

瞼だけをようやく開けると暫く視界は滲んでボヤケていたが、次第に焦点が定まり始めた。
眼前にはシミ一つない白い天井が映り、その下には自分を取り囲むように、見知らぬ人間たちが群がっていた。

滝本は自室ではない何処かで寝かしつけられていた。


445 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その3:2020/12/11(金) 19:16:27.103 ID:NDdxqdXMo
『おお、目覚めたぞッ!“実験”は成功だッ』

『どうですか、いまの気分は?』

視界の端にいた白衣を着た兵士たちが、長年探していた骨董品を偶然見かけた時のような、そんな感嘆さを含んだ声で話しかけた。
明らかにニヤついた笑みを隠そうともしていない。

困惑気に滝本が眉をひそめると、それを返事だと捉えたのか彼らはニヤついた笑みをさらに大きくした。

『君がこれから集計班氏の“遺志”を継いで会議所を率いるんだ』

『よろしく。滝本スヅンショタンさん』

下卑た薄ら笑いを一切隠そうともせず口の端に浮かべ、彼らは滝本の覚醒を喜んだ。





酷く、気分が悪い“目覚め”だったことを、今でもはっきりと覚えている。




446 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その4:2020/12/11(金) 19:17:45.058 ID:NDdxqdXMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室】

滝本「…また寝ていたのか、私は」

机に突っ伏していたままの顔を上げ、きのこたけのこ会議所自治区域の議長・きのこ軍 滝本スヅンショタンは寝ぼけ眼を擦った。

咄嗟に机の左端にある置き時計に目を向けると、針は夜半を指していた。道理で冷えるわけだ。
近くに置いたカップコーヒーからすっかり湯気が消えてしまっているところを見るに、数時間は寝入ってしまっていたらしい。

滝本「ああ、承認書がヨダレで汚れている…」

今朝方、たけのこ軍 抹茶(まっちゃ)兵士が滝本に裁可を求めていた、“会議所の家庭菜園にネギを植える”計画書は、ヨダレでシワシワになってしまっていた。
どのみち承認の予定はなかったので不幸中の幸いではある。
滝本は人差し指で紙をつまむとゴミ箱に放り込んだ。


447 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その5:2020/12/11(金) 19:19:56.707 ID:NDdxqdXMo
きのこたけのこ会議所自治区域は世界の中でもとりわけ異彩を放つ存在である。

太古の歴史から存在した各国家に比べ、会議所自治区域はまだ発足して数十年に満たない若手格だ。

区域内の中心にある【会議所】は国家でいうところの首都にあたり、それ自体が一つの街となっている。
その中心にそびえ立つ会議所本部棟は政府機構にあたる要所だ。
区域内では細分化された行政区を持たずに、会議所本部と各々にある会議所支部が行政を見守っている。

明確な法は幾つかあるが、会議所本部から発せられる“御触れ”や発表に皆が耳を傾け、善意を以て行動する。
とき往々にして、善意が法より優先されるのだ。

会議所本部も日々会議室で“会議”という名目で自治区域の継続発展に向けた話し合いが行われるが、議会という形式は取られておらず、参加も必須ではなく人の出入りも自由だ。
その日の議題も決まっていないこともしばしばで、ほとんど雑談に終わることもある。
今日の昼間の定例会議もついに話すことも尽き、最後の議題は“きのこ鍋とたけのこご飯はどちらが美味しいか”という題目で、案の定会議は早々に終わった。

国家のような厳格な体系も法もなければきめ細やかさもない。
ただ、その代わり圧倒的な自由度とポテンシャルを秘める地。それが会議所自治区域だ。

このように根幹の部分で黎明期の曖昧さを残したまま、【会議所】は発展してきた。


448 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その6:2020/12/11(金) 19:21:29.864 ID:NDdxqdXMo
会議を取り仕切るのが議長たる滝本の役目だが、【会議所】内での議長という役職は、一般のそれとは意味合いが大きく異なる。

会議所自治区域においては、議長とは会議だけでなく区域を治める実質的な元首である。

滝本は自治区域内で生活する数百万以上の兵士たちのトップに君臨している。その分、彼に降りかかる仕事も尋常な量ではない。

内政だけでなく世界にも目を向け、外交や国際会合への出席など、通常であれば閣僚毎に割り振られる仕事を全て担わなくてはいけない。
そのため、ほぼ毎日徹夜続きだ。
議長になってから五年程経つが、未だゆっくり寝られる時間はほとんど無い。

と、ここまで語ると滝本の超人さが際立つが、その実彼は少々の面倒くさがり屋である。

先代とは違い担える仕事量にも限界があるため、最近は周りの人間に積極的に仕事を割り振るようにしている。
そうして空いた時間は、このように昼寝に勤しんでいるというわけだ。

起きたてのぼんやりとした意識の中で、腰まで届こうかという青の長髪をポリポリと掻いていると。
丁度、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。

返事をすると開け放たれた扉から、焦げ茶色のマントに身を包んだきのこ軍 ¢(せんと)がヌッと姿を表した。

¢「時間です。お迎えにきたんよ」

舌足らずな口調で、仏頂面の¢は淡々と告げた。

もう一度時間を確認すると、時計の針はちょうど約束の刻を指していた。
何も先程から時間が急に進んだわけではない。単に滝本が忘れていただけだ。


449 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その7:2020/12/11(金) 19:22:12.201 ID:NDdxqdXMo
滝本「おや、もうそんな時間ですか。分かりました、行きましょう」

目の前の書類から離れたい気持ちもあり、滝本は自分でも思った以上に軽やかに立ち上がると、議長室から飛び出すように扉の外に出た。
そこで暗闇の通路が、まだ春特有の底冷えの真っ只中にあることに気がついた。

いま彼の服装といえば、深紫(ふかむらさき)のアオザイにインナー代わりに黒のスキニーパンツと薄手の格好だ。
きっとこの格好ではこれからの道中は冷えるに違いない。

一度外に出た滝本はすぐに踵を返し、部屋のハンガーラックにあったコートを何着か覗きみ、丁度いいものを羽織った。
そして、外で待たせていた無言の¢に言い訳するようにトレードマークの青髪をもう一度掻いてみせた。
“寒すぎるのが悪い”、と。


450 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その8:2020/12/11(金) 19:23:07.211 ID:NDdxqdXMo
暗く冷えた本部棟の廊下を二人で歩いていく。

普段は何人かの兵士とすれ違うが、明かりのない夜半は二人の靴音が反響するだけだ。
知らない人間が肝試しとして訪れれば相当怖いだろうが、あいにくと本部棟の構造は分かり尽くしているため今さら恐怖という意識はない。

滝本「馬車はもうあるので?」

先を進む¢は何も言わずに頷いた。
チラリと見えたフード内の彼の横目は、暗闇の中で仄かに朱く光っている。

無理もない。
こんな夜更けに二人がいることを誰かに感づかれては、これまでの“計画”が全て無駄になるのだ。
彼が気を張っているのも、今夜の“密会”を誰にも見つからないためだ。

実に殊勝な心がけだと思う一方で、滝本は未だ欠伸を噛み殺すのに必死で、どこか緊張感を欠きながら¢の背中を追いかけて進んだ。


普段は使わない裏口から外に出ると、目の前には馬車が停められていた。
扉を開け二人が乗り込むと、既に構えていた運転手は音も発さずに鞭をしならせ、馬車は静かに動き出した。


451 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その9:2020/12/11(金) 19:24:45.448 ID:NDdxqdXMo
深夜の中、馬車は静かに【会議所】を出て郊外へ進んでいく。

向かい合いで座っていた二人だが、しばらくは互いに言葉を交わすことなく、滝本は車輪の地面を擦る音を聞いていた。

思えば、目の前の¢とは長い付き合いになる。
出会ったばかりの頃の彼はまだ若く、端正な顔立ちと太陽のような輝く金髪から、巷では二枚目兵士として大変な人気だった。
今は苦労の分だけ薄くなった前髪と、餅のように垂れ下がった皺と頬のたるみでかつての姿からは見る影もないが、時折見える横顔にはかつての名残を少し感じることができ懐かしい気持ちになる。

彼とは別に不仲ではなく、寧ろ気心知れた仲だからこそ言葉を介さなくても平気なのだ。
確かに彼は口下手で必要以上に会話をしない人間ではある。だが、【会議所】が抱える様々な問題には共通で取り組みその度によく会話を交わしてきた。
澄ました顔をしながら、熱い心を持った人間だということも滝本はよく知っている。

そういえば、と思い出したように滝本は¢に声をかけた。

滝本「現在の進捗はどうですか?」

¢「順調です。先日は“9号機”の稼働テストまで終えました」

それは結構、と滝本は呟き。
自らの背後の窓にかかっていたカーテンを開け、外の景色をチラリと見た。

夜半ということもあり外の田園地帯には夜闇が広がっている。
唯一、自分たちが先程までいた【会議所】は大分小さくなったが、仄かな光を放っていた。

¢「チョ湖まではまだ少し距離があります。少し休むといいんよ」

彼の気遣いに、滝本は僅かに口元を緩めた。

滝本「ありがとうございます。ですが生憎と先ほどまで休憩は十分とっていましてね」
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452 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その10:2020/12/11(金) 19:26:16.131 ID:NDdxqdXMo
馬車は遥か前に街中を出て森林地帯に差し掛かっていた。

だいぶ時間も経った頃だ。【会議所】は遥か前に見えなくなった。
気温が少し下がってきたように感じる。息を吐くと白いのは、山間部が近い証拠でもある。

滝本「改めて、“先日”はご苦労さまでした。大変でしたでしょう」

形式的に滝本は頭を下げた。
¢も一息つき、その白い息は馬車の中で少しだけふわふわと漂った。

¢「問題ないんよ。それに、危ない資料は全て処分したからこの間の二の舞にはならない」

滝本「良かったです。今日の会議でも言ったように、今は各国のお偉方を呼び込む特別大戦の継続実施を呼びかけたばかりです。
先日のように“パパラッチ”に嗅ぎつけられては、我々の計画は頓挫します」

¢「でも良かったのか?」

滝本「なにがですか?」

彼の言いたいことはわかっていたが、滝本はとぼけて窓の外に広がる常闇を眺め続けた。
彼がローブの中で眉間に皺を寄せたのが、見ていなくても手に取るようにわかった。

¢「加古川さんをあの場で始末すれば、後顧の憂いも断てたというのに」

滝本「彼を殺すと単純に【会議所】上での手続きや処理が面倒ですので」

“それに”、と言い訳すると同時に。
そこだけ早口になったことをやや反省しながら、滝本はゆっくりとした口調で説明を続けた。


453 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その11:2020/12/11(金) 19:27:11.832 ID:NDdxqdXMo
滝本「…加古川さんは暫く目を覚ましません。それでいい。
彼が目を覚ます時には全て終わっていますよ」

説明を聞き終わっても、¢はしばらく無言で滝本の青髪を睨み続けた。
この無言の間が意味するところを滝本も気づいている。

先日、加古川がケーキ教団に侵入し一戦を交えた際、こちらの“絶対に殺さず生け捕りにしろ”との指令に、現場の¢が強い不快感を覚えていたのは既に聞いている。
その後、赤の兵<つわもの>は瀕死の中で捕縛され、滝本たちの息がかかった緊急病棟で、敢えて目を覚まさないように治療を続けられている。

暫くすると¢は根負けしたのか一度深いため息を吐いた。
窓越しに彼の白い息が見えた。
滝本は敢えて聞き流した。

その後にぼそりと呟いた“甘いんよ”という彼の本音も、あわせて滝本は聞き流すことにした。


454 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その12:2020/12/11(金) 19:28:58.835 ID:NDdxqdXMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部】

数時間の後。
馬車は急な坂道を登り始め、暫くすると古びた鉄門を抜け丘の上にある古城に到着した。

ケーキ教団の本部だった。
窓越しに数人の兵士が到着を待ち構えている様子が見えた。

「お久しぶりです、滝本さん」

滝本が馬車から降りると、白衣に身を包んだ老研究者が諸手を上げ到着を喜んだ。
二人は軽く抱擁した。

滝本「どうも、化学班(かがくはん)さん。変わらずお元気そうで何よりです」

化学班「数年ぶりじゃないか?君がここに来るのは」

滝本「そうかもしれません。もうすぐ“仕上げ”の時期ですから」

きのこ軍 化学班から離れた滝本は軽く伸びをしながら、チラリと湖畔の方に目を向けた。

滝本「順調そうですね」

湖畔を歩く“きのたけのダイダラボッチ”を見ながら、特に驚く様子もなく滝本は淡々と感想を述べた。

化学班「これは10号機です。“彼”はまだまだ器との融合を完全に果たしていないのか、歩行がぎこちないんです。
“現役”のときは誰よりも疾く戦場を駆け回っていたのに」

滝本「安心してください。それもすぐに“思い出す”でしょう」
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455 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その13:2020/12/11(金) 19:30:30.783 ID:NDdxqdXMo
古城の外れにとりわけ古い塔が一本そびえている。
周りは草で生い茂り、蔦は巻き付き自然の中に溶け込んでいる。
普通の教団員であれば誰もが通り過ぎてしまうような古びた塔の中に、一行は躊躇いもなく進んでいった。

外から見るよりも塔の中は意外と広く吹き抜けになっていたが、風も吹いてないのに冷気が漂い酷く底冷えした。

滝本「この間の戦いで、ここの存在に気づかれなくてよかったですね」

¢「加古川さんと戦ってる時も、それがずっと気がかりだったんよ」

全員が塔の中に入ったことを確認すると、化学班はつかつかと壁際まで歩いた。
内部まで蔦や苔が自生している中で、よく目を凝らすとレンガの一片だけが微かに浮いている場所がある。
彼は何の躊躇いもなくそれをぐっと押し込んだ。

すると数秒の無音の後。

全員が立っていた塔の台座は、内部にある機械仕掛けの歯車を微かに軋ませながら、ゆっくりと地下へ下がり始めた。

化学班「歳を取ると、この落下していく感覚がたまらなくてですなあ」

滝本「ご老人は相変わらず、変な感性をお持ちだ」

ニカリと笑う様子は、白衣さえ来ていなければその辺にいる老人と何ら変わりはない。
だが、彼の頭脳がこの“計画”の肝だったのだ。そして、その見立ては見事に正しかった。

数分もすると一行を載せた台座は、静かに湖畔の地下階層に到着した。


456 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その14:2020/12/11(金) 19:32:18.633 ID:NDdxqdXMo
地下の様子は、一言で表せば巨大な格納庫だった。

鍾乳洞よりも遥かに高く奥行きがある開放的な空間に、天井には人工の照明灯が幾つも付けられ内部を明るく照らしていた。
奥に続く通路は人工的に敷かれ、辺りには所狭しと機材も並べられ、あまりの整備具合に初見の人間ではここをチョ湖の地下だとは気づかないだろう。


彼らはここを、秘密裏に【メイジ武器庫】と呼んでいた。



そしてその武器庫の大部分は、巨大で透明なオブジェで占められていた。
ゆうにで数十mの幅はあるだろう。

その所狭しと並べられている透明な結晶体の周りに天井から吊り下がった機材やホースが幾つも伸びているところを見るに、
事情を知らない者も、この彫刻のようなオブジェを格納するための場所だということだけは予感させるものがあった。



そのオブジェは、先程まで湖畔上を歩いていた“きのたけのダイダラボッチ”そのものだった。


メイジ武器庫には、彼らは何体も、暗闇が広がる奥までズラリと横たわって並んでいた。


457 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その15:2020/12/11(金) 19:32:52.375 ID:NDdxqdXMo
滝本「いやあ。これは壮観だな…」

久々に武器庫に足を踏み入れた滝本は、眼前に広がるダイダラボッチの巨体に改めて感嘆した。

化学班「あと二月もすれば、目標の台数に到達します。
そうしたらいつでもご命令で外に出せますよ」

隣で化学班がそう告げると。滝本は、今日初めて笑みを浮かべた。

純粋ではない、濁った笑みを。


458 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その15:2020/12/11(金) 19:34:21.968 ID:NDdxqdXMo
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この章の主人公。
間抜けそうな面をしておる。

459 名前:たけのこ軍:2020/12/11(金) 22:32:10.132 ID:OGkBNIQ20
闇が見えていくのがたまらん

460 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その1:2020/12/18(金) 22:44:47.168 ID:lMa9vqFIo

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『新議長は滝本スヅンショタン…?誰だ、そいつ。知らねえな』

『集計班さん亡きいま、どこの馬の骨とも知らない奴が議長とあっては、【会議所】はもう終わりだな』

『集計班さん直々の指名とは言うけど…正直、誰だか分からないやつに従うなんてできないよなあ』



五年前。

議長に就任したばかりの頃は多くの陰口を叩かれた。

新議長として会議所本部に初めて足を踏み入れた日のことを今でも覚えている。
歓迎とは程遠い、大勢の冷めた視線を一身に受けながらの初日だった。

当時【会議所】で味方だったのは参謀や¢を始めとする一部の兵士たちだけだった。
大多数の人間は廊下ですれ違った滝本を胡散臭そうに見つめながら、心の中では品定めしては彼が通り過ぎるとすぐに後ろ指をさしていた。

無理もない。
会議所自治区域の運営が軌道に乗り始め、発展期から安定期へと移り変わろうとしている最中に、大黒柱である先代議長・集計班(しゅうけいはん)が突然亡くなったのだ。


集計班という人物は温和で協調性に優れる一方で、世界の大国とも渡り合えるだけの度胸や積極性もあった。皆が憧れるお手本のような兵士だった。

【大戦】では、集計係という名のゲームマスターを積極的に務め、【会議所】では議長として個性的な面子を一致団結してまとめ上げ、時には緊迫した二国間の交渉事に仲介者として参加するなど、他国からの信頼も厚かった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

461 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その2:2020/12/18(金) 22:46:32.797 ID:lMa9vqFIo
その訃報とともに、滝本を後継者として新議長に指名するという旨の彼の遺言は、たちまち世界に知れ渡ることとなった。


こうして滝本スヅンショタンという人間は、唐突に歴史の表舞台に姿を現した。


それまでは【会議所】内でも禄に要職に付いたこともなく、【大戦】でも目立った戦果を上げていない、所謂パッとしない兵士だったのにも限らずだ。

当然【会議所】内外から批判が相次いだ。
血縁関係も無ければ生前から知己の間柄でもなかった。その本人といえば特に驚くことも戸惑うこともせず、あっさりと議長の要請を受諾した。
区域内の住民は滝本という人間の得体のしれなさに不安がり、心の内に芽生えた恐怖を抑えるために、ある者は顔をしかめ、またある者は日々暴言を浴びせ続けた。


もし自分も同じ一区域民だったら周りと同様のことを毒づいていただろう。
それ程、当時の区域内は不安に揺れていた。


そんな歓迎されない中での新議長としての初仕事は、先代の葬儀準備と世界中から訪れる弔問客への対応だった。


酷く暑い夏の日だったことを、今でも覚えている。


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462 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その3:2020/12/18(金) 22:48:24.655 ID:lMa9vqFIo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部 地下 メイジ武器庫】

滝本たちの目の前には、横たわった“きのたけのダイダラボッチ”たちが生鮮市場の魚のように、ずらりと規則正しく並んでいた。
ホウと思わず口から出た息の白さは、先程馬車で出た息のそれよりも濃さを増していた。

滝本「あまりの壮大さに思わずくらくらしますね。
もう接続試験は全て終えているのですね?」

化学班「はい、今のところ“器”と“魂”の致命的な乖離(かいり)は起きていません。
95黒(くごくろ)主任、報告を」

呼びかけを受け、彼の足元にいた白猫がスッと前に出た。
否、それは白模様の猫ではなく白衣を纏った元・きのこ軍 95黒(くごくろ)兵士だった。

95黒「はいッ。現在、新型陸戦兵器<“サッカロイド”>は9体までの動作確認を終了しています。それぞれ個人差はありますが、進捗は良好です。
ここにきてペースは上がっています。このまま順調に推移して、あと二月もすれば全て出撃可能な状態となります」

¢「あと二月…そろそろ “計画”を実行に移す本格的な準備を始めたほうがいいでしょう」

横で囁くようにつぶやく¢の声に、厚手のコート姿の滝本も力強く頷いた。

滝本「そうですね。
まあ、実際に動いてもらうのはカキシード公国とオレオ王国ですが…
専用武器の準備はどうですか?」


463 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その4:2020/12/18(金) 22:49:37.113 ID:lMa9vqFIo
95黒「こちらは一足先に既に全員分の武器を完成させています。
実験も行い火力、出力ともに問題ありませんでした」

化学班「最近は上の方で【大戦】をよくやってくれているからね。
海で実験するのも注目を浴びなくていい。こちらとしては楽で助かるよ」

滝本「まあ、そのための【大戦】強化月間ですので」

会議で了承されているため、ここに来て【大戦】の開催を頻発することに問題はない。
皆が【大戦】に目を向ければ、少し外で“おかしな事が起きても”早々気づかれはしないのだ。

滝本「他に、現時点で何か問題はありますか?」

猫姿の95黒は困ったように前足で頭を掻いた。

どうでもいいが、彼がこの姿になったのはいつからだろうか。既に五年前の時点で人間の容姿を捨てていたように思う。
滝本は昔に思いを馳せてみたが、記憶が曖昧なためすぐに思い出すことをやめた。

95黒「分かっていたことですが。“器”と“魂”の定着率は、完璧ではありません」

95黒は地面においていた紙の資料を前足で器用にめくった。

95黒「今日現在で70%程度ですね。
つまり“魂”の出す命令を、10回に3回“器”が受け付けないということになります」

¢「この確率をいかに100%に近づけるかが喫緊の課題なんよ」

予想していたように、芝居がかった様子で滝本は繰り返し頷いてみせた。


464 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その5:2020/12/18(金) 22:50:34.456 ID:lMa9vqFIo
滝本「なるほどなるほど。わかりました。
その件についてですが、私に幾つかプランがあります。
ですが準備が必要なので、追って検討としましょう」

言い終わると、滝本は目の前で冷気を発しながら横たわっている、一体のきのたけのダイダラボッチこと陸戦兵器<サッカロイド>に近づいた。
そして、すぐ傍まで近寄ると、親が子を撫でるようにそっと優しくその身を撫でた。
通常の人間であればドライアイスに触れるが如く、その冷たさに思わず手を引くほどの反応を示すものだが、彼は凍傷を気にすることなくただ撫で続けた。

すると彼の慈愛に応えるように、白く透き通る巨体の中心から微かに赤い光がサッと漏れた。


陸戦兵器<サッカロイド>の心臓部だった。


その反応に、滝本は思わず笑みを零した。

滝本「ふふッ、“竹内さん”はせっかちだなあ。
待っていてくださいね、もうすぐ戦場に行けますから…」

再度陸戦兵器<サッカロイド>の“魂”は、燃え上がる炎のようにメラメラと何回も点滅を繰り返した。

その光景を、白衣を着た一人と一匹は背後から物珍しそうに見つめていた。
さらに背後にいた¢はローブの中から黙って彼を見守っていた。


465 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その6:2020/12/18(金) 22:51:13.441 ID:lMa9vqFIo
滝本「残りの“魂”をここへッ!」

滝本の呼びかけに、白衣の兵士が小型の昇降台車を引きずりながら現れた。
台車の上には、人の顔以上の大きさはあるだろうガラス瓶が綺麗に二つ並べられていた。


瓶の中には黄色、朱色。


色鮮やかな空気の“モヤ”のようなものが立ち込めている。


滝本は手を広げ両手で二つの瓶を囲うと、自分の身体に抱き寄せるような形で引き寄せた。

滝本「“とある”さん。“ゴダン”さん。待っていてくださいね。
あなた方もすぐに“器”と融合できますよ。そうすれば、現役の時のようにすぐに暴れられましょう…」

彼の言葉に呼応するように、瓶はカタカタと独りでに震えた。

まるで歓喜にうち震えるように。

95黒「さすがは滝本さんですね。
歴戦の英霊たちをあそこまで奮い立たせるなんてッ。僕にはとてもできないな」

化学班「純粋だなあ、君は」

猫の研究員の素直な感嘆に、隣の老いた科学者は笑いをこらえきれないようにクツクツと声を漏らした。


466 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その7:2020/12/18(金) 22:52:25.894 ID:lMa9vqFIo
95黒「どういうことですか班長?」

化学班「三人の英霊は滝本さんだけと話しをしているわけではない、ということだよ」

その言葉にすぐに95黒は合点がいったのか、“なるほど”と前足でもう一方の前足をポンと叩いた。


滝本は魂の入った瓶たちを最後にもう一度だけ抱き寄せると。
名残惜しそうに台車にそっと戻すと、そのまま¢の下へ戻ってきた。

¢「もういいのですか?」

滝本「ええ。あまり此処に長居するのも得策ではない。
今日は進捗の確認だけです」

¢は頷き、いの一番に踵を返した。
滝本も後を追うように歩き出したが、すぐに立ち止まると再度振り返り、武器庫全体を感慨深げに眺めた。

滝本「それでは皆さん。これから特に忙しくなります。
私もこれから定期的に顔を出すようにしますので、引き続きよろしく頼みますよ」

95黒は小さい背筋を伸ばし前足で敬礼を、化学班は首を曲げダラけた様子でニヤケながら彼らを見送った。


467 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その8:2020/12/18(金) 22:53:34.207 ID:lMa9vqFIo
地上の教団本部に戻った二人は、停まっていた馬車に再び乗り込んだ。
すぐに音もなく馬車は動き出し、【会議所】への帰路を辿り始めた。

¢「陸戦兵器<サッカロイド>の出来は見事だったでしょう」

馬車が動き出すと、行きとは違いすぐに¢は興奮気味に話しかけてきた。
青髪を揺らしながら滝本も満足気に頷いた。

滝本「ええ、ええ。素晴らしい。
¢さんからの報告書である程度全容は把握していましたが。いやあ、実際想像以上でしたよ。

まさか彼らが、超コーティングされた“飴型”の歩行兵器だとは。

誰も想像つかないでしょう」

¢「その飴も、全世界の角砂糖をブレンドした特別製です。
特にカキシード公国産の角砂糖は土地柄か、微量の魔力が詰まっているからか、ブレンドさせると水晶より高い硬度を造りだすことができる。
この事実に気づいているのは我が会議所自治区域だけです」

滝本「いや本当に。
¢さんの着想力を元に、化学班さんと95黒さんの繰り返しの実証実験で、遂にとてつもない硬度を持った飴を創り出すことが出来た。
正当な運用ならば世界から表彰されてもいい程の発見です」

¢「本当です。まさか公国も、武器提供の見返りの真の目的が“角砂糖”だったとは、気づくまい」

彼はローブの中でくくくと愉快そうに笑いを漏らした。
滝本から見れば、彼も地下の二人に負けない程の研究者肌な人間だ。
一度思い描いた理論を形作るためにとことんまで考え抜き、その達成のためならばあらゆる努力も惜しまない。
本来ならば彼も研究者として地下部隊の一員として働いたほうが、本人にとっても良かったのかもしれない。
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468 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その9:2020/12/18(金) 22:55:16.464 ID:lMa9vqFIo
滝本「さて、数日後にはまた【大戦】ですね。
今回は¢さんが公国との密取引の当番なんでしたっけ?」

¢「いや、今回は別の人にお願いしているんよ」

滝本「そうですか。ならば今回は¢さんが参戦できるから。きのこ軍の大勝は間違いなしだな…」

事実、彼の戦闘能力はピカイチだ。
純粋な継戦能力ならたけのこ軍でも肩を並べる者はいないだろう。

彼には類稀なる能力が多々ある。
心の中では、そんな彼をいつも羨ましく思っている自分がいる。
自らの素質で、努力で手にしてきた過去と未来が滝本の目にはいつも眩く輝いて見えるのだ。与えられ、ただ言われてきたことをこなしてきただけの自分とは違う。

だからこそ隣にいてほしいのかもしれないと、滝本は自分の中に芽生えた感情に対し一つの答えを見出した。
自らとは真逆のタイプの人間だから強い刺激を感じているのだ。
もし彼がいなくなれば、いよいよ滝本の心は雨の日のガラスのように曇りきり、遂に感覚までも麻痺してしまうかもしれない。



そんな知らずのうちに怯えている自分の矮小さを、同時に心の中の別の自分は嘲笑った。



なんて無駄で、愚かな感情なのだと。




469 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その10:2020/12/18(金) 22:56:43.204 ID:lMa9vqFIo
そうこう考えている内に、馬車は再び会議所本部に到着した。

時間は丑三つ時を少し回った程度だ。
一足先に馬車から降り凝った首を回していると、後から降りた¢は“さて”と声をかけた。

¢「ぼくは家に帰るけど、まだ仕事していくん?」

背後からの言葉に、滝本は振り返った。
ローブの中の瞳は、今はそこまで強く光っておらず、切れかけの電球のような仄かな温かみの色を宿している。

滝本「ええ。もはや議長室が家のようなものですから」

¢「なるほど。だからよく寝てるんだな」

滝本はニコリと笑い、彼の皮肉を無言で受け流した。

¢「それじゃあ、おやすみなんよ」

滝本「ええ、おやすみなさい」

二人は本部棟の前で別れた。
不穏な夜は、こうして静かに更けていく。


470 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/18(金) 22:57:30.302 ID:lMa9vqFIo
考え抜いた結果、95黒さんは猫のまま出すことにしました。

471 名前:たけのこ軍:2020/12/18(金) 23:30:44.982 ID:z.2MHdwo0
角砂糖だからサッカロイドはなるほどぉ〜〜〜

472 名前:たけのこ軍:2020/12/19(土) 23:00:57.492 ID:l8lRnlf60
これはサッカロイドのカードフレーバーが気になりますねぇ…

473 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/12/26(土) 21:41:32.193 ID:ORB7yMpoo
今日少し長いけど許してちょ

474 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その1:2020/12/26(土) 21:44:25.613 ID:ORB7yMpoo

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━━━━

『集計班さんは本当に優しい方だ。貧しかったこの村も【会議所】の領内に加えてもらい、【大戦】に使用する武器製造の仕事まで与えてくださった。あの方には感謝しかしとらんよ』

『集計さんには多大な恩義を感じているわ。病気で【大戦】に参加できなかった息子を勇気づけるために、きのこ軍エースの¢様を連れてきてくれたのよ。あの子、すごい喜んでいたわ。
その後、病気も良くなって今では【大戦】で撃破王を取るまでになったのよ』

『俺は昔、自治区域内で反ゲリラの活動をしてた不穏因子ってやつでよ。ヤンチャしてた時期があったんだ。ある時、【会議所】にしょっぴかれた時があってな。
でもあの集計班の奴とくれば、俺を罰すことなく笑顔で解放したんだ。“その勇敢さを是非【大戦】にぶつけてください”ってな。以来、あの人には頭が上がらねえんだ』

新議長として地方を行脚する中で、色々な話を聞いた。
そのどれもが、前議長の集計班への感謝と恩義の言葉だった。

滝本はただ人々の話を聴き相槌をうつことしかできなかった。それは何も自分でなくてもできることだった。
彼らも目の前の新議長と話をするという特別な感情よりも前に、集計班という人間に思いを馳せることに夢中のようだった。

仕方がないことだと思った。怒りも悔しさも感じなかった。
実績の無い自分にとって、今は人々の話に耳を傾けることしかできないことを理解していた。


475 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その2:2020/12/26(土) 21:45:15.147 ID:ORB7yMpoo
791『シューさんの人気は本当にスゴかったんだね…気負いすぎないでね、滝本さん。
貴方のことはみんなで支えるから』

同行していたたけのこ軍 791(なくい)が無言の自分を見かねて、気遣いの言葉をかけた。

その時の滝本は別に気負いすることもなく、同時に過度な責任感も持ちあわせていなかった。何も感じていない、という気持ちが正しい。
だが、彼女の気持ちには感謝の態度で示そうと思った。

滝本『大丈夫ですよ791さん。
あの人の遺志は、たしかに私が継いでいます。

亡くなったとしても、あの人の心はきっと私の心に“働きかけて”いると思います』

その返しを詩的に感じたのだろう。
彼女の浮かべた柔和な笑みが印象的だった。


滝本の言葉は嘘ではなかった。
二代目議長に就任した際に、滝本は確かに彼の“遺志”を継いだのだ。



476 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その3:2020/12/26(土) 21:46:34.164 ID:ORB7yMpoo
自治区域の政策決定、数百万規模で人が動く【きのこたけのこ大戦】のルール運用策定、【会議所】の人事配置他定期的に起こる両軍でのいざこざの仲裁、諸外国との外交交渉など。

きのこたけのこ自治区域の議長の務める業務量は、他国から見れば常識外の一言に尽きる。
並大抵の人間ならばその重責にすぐに押しつぶされてしまうに違いない。

だが、滝本は辛抱強い人間だった。
それも自分で思っているよりもかなりの粘り強さがあった。
議長に就いてからその才能が開花したといってもいいだろう。

【会議所】を自らが率いると決まったその瞬間から彼は一切の私情を捨て、少しも弱音を吐かずに働き続けた。
常人なら途中で倒れてしまうに違いない量の仕事も、時間をかけながら少しずつ捌いていった。

全ては自治区域の継続発展のため。その一心で闇雲に働き続けた。

昼夜を問わず議長室に籠もり働き続ける彼の姿を見て、最初は批判的だった人々も次第に考えを改めていった。
まず【会議所】が彼の味方となり、時間を置いて自治区域民の多くが彼の支持に転換した。
舌舐めずりをしながら自治区域の内乱を期待していた諸外国も、滝本が自治区域をまとめ上げていく様子を見て、【会議所】が一筋縄で瓦解しないことを悟った。
ここに知らずのうちに、自治区域崩壊の危機は去ったのだった。

のんびりした振る舞いながらテキパキと仕事をこなしていた前任者と違い、滝本は表情を消しながら言葉少なめに目の前の仕事を処理する精密機械のような人間だった。
周りの人間は前任との落差で、彼を大層冷たい人間だと思ったに違いない。
滝本からすれば、元々表情の変化に乏しい人間だったから別に冷徹な人間ではなかったのだが、こればかりは不幸だった。

最初は穏やかな空気が流れていた【会議所】内も彼の態度を受け、次第に緊張感を持ちピリリと張り詰めた空気に包まれるようになってしまった。
何も狙ってそのような空気を作り出したわけではなかったが、前任者と同じような態度でいればすぐに仕事も手につかずに倒れてしまうため、自身の性格を変えるわけにはいかなかったのだ。
自身の余裕の無さから生まれた全体の空気の変化に、滝本は若干の罰の悪さを感じたものだ。


477 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その4:2020/12/26(土) 21:47:52.363 ID:ORB7yMpoo
以前よりも静寂さが増した会議の中で、滝本は仕事以外の事を考える時間が少し増えた。
それは正確に言えば、考えるだけの余裕ができたと言い換えたほうが正しいのかもしれない。議長になって数年経って、ようやく自身ついて真剣に向き合う時間ができたのである。

ある時、定例会議で地方の抱えている問題について話を聞いていたときだ。とある一つの話が目についた。

“チョコ革命”で動力源が次々にチョコに置き換わる中、資金の乏しい一部の地域では漁船や連絡船の動力を未だに動物の力に頼っているという。
具体的には船の内部に回し車を付け、そこに馬を載せひたすら走らせることで動力に変換し船を動かしているというのだ。
基本は複数で走らせるが、一頭でも疲れてしまい止まると船が止まってしまうほか、無理に走らせることに因る動物への倫理的問題などから議題に挙げられたのだった。

会議資料を眺めた時、滝本は自身の今の状態を正にこの馬だと思った。
つまり、自身を回し車の中で走り続ける馬のようなものだと感じたのだ。


478 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その5:2020/12/26(土) 21:48:30.020 ID:ORB7yMpoo
カラカラと滑車を回し得られた運動エネルギーで豆電球を照らし続ける程度の発電を、一生続けていると喩えてもいい。
自分以外が一切の暗闇の中で終わりなく滑車を回し続け、光が弱まってきたら再びペースを上げて走り続ける。自分の一生とはいかに忙しないのだろうか。

一瞬、走り続けることを止めてみたらどうなるのだろう。

そんな興味に駆られることがある。

だが、恐らく目の前でピカピカと煌めく唯一の明かりが無くなれば、周りの闇があっという間に自身を包み込むだろう。
まるで涎を垂らしている獰猛な肉食獣のように、闇はすぐにその歯牙を自分へ向けるに違いない。
継続には大層な努力が必要だが、中止するのはほんの一瞬気を抜くだけ。そしてそれは即ち崩壊を意味する。

闇に呑まれてしまえば恐らく自身の体は動かなくなり、二度と走り出すことはできなくなるだろう。
そう思うと、恐怖で走る速度が上がる。

滝本は余計な感情を持たずただひたすら走り続け、【会議所】という明かりを照らし続けることで自我を保ち続けていた。



それこそが、前任者の残した“遺志”ではないかと感じていた。


そう仕向けた彼の“遺志”は非常に残酷なものだったが、滝本にはそう感じる余裕も無かった。


━━━━
━━



479 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その6:2020/12/26(土) 21:49:29.739 ID:ORB7yMpoo
きのこたけのこ会議所自治区域の南部には広大な大戦場が広がっている。
世に名高い【大戦】を行うための戦場である。

大戦場は大型のテニス競技場のコートのように長方形角で区分けされており、その数は拡張を重ね今や十数個まで存在する。
一区画には両軍あわせて数十万の軍勢が剣や銃を交え戦えるだけの広大さを有している。まだ更地の部分も多く残っているため、今後の参加人数増加で増設の余地を残している。
広大な土地に初めは緑も芽吹いていたのだろうが、今は人々の激しい往来や重火器の使用で荒れ果てた砂地に変わっている。


【大戦】の正式名称は【きのこたけのこ大戦】という名で、きのこ軍とたけのこ軍という仮想軍に分かれて戦う模擬戦形式のイベントである。
十数個それぞれの大戦場で都度勝敗を付け、最終的に残存兵力、勝利区分け数などの重要項目を総合しその大戦での勝利軍が発表されるという、所謂参加型のゲームイベントである。

人々は所属軍の勝利に向け、また個人での戦果もあげるためゲーム感覚で戦いに挑んでいる。
軍、とはただの名ばかりで日常的な拘束や干渉は皆無だ。
【会議所】内に両軍本部も構えられてはいるもののあくまで形式的なもので、実態はただの寄り合いだ。
このように適度な“緩さ”を保っているところも人気の秘訣だ。

【大戦】はおよそ二十年前から始まったイベント戦だが、今や全世界で大人気のスポーツイベントになっている。
合法的に重火器を使用して戦う危険と隣合わせの面白さ、大戦場自体の仕様で被弾しても決して死ぬことはない担保された安全性、決められたルールで頭や身体を使い戦うスポーツ性や紳士さ。

自治区域内だけではなく諸外国民からも多くの人気を集めているため、開催日になると他国民は船を乗り継いでまで次々と自治区域に渡ってくる。
その参加人数は数百万規模にも及ぶのだから、波及する経済効果も計り知れない。


480 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その7:2020/12/26(土) 21:50:31.255 ID:ORB7yMpoo
このようにほぼ区域内の一大事業と化している【大戦】の運営に、自治区域内の中心的存在である【会議所】も多くの労力を割いている。

【会議所】内で働く職員のうち、実にその八割以上が【大戦】に携わる職種である。
そのほとんどは運営スタッフとして、当日に訪れる数百万の兵士への武器の配布、戦場振り分け、集計作業などを分担して行う。
大戦場では貸し出し用の武器を用意して参加者に貸与しているが、一部の兵士たちは自分の武器を持参し戦うこともある。

最近では自分だけの武器を作ることが御洒落に繋がると考えられており、カスタムメイドの武器製造の話が増えている。この武器は【大戦】専用のもので実戦には使えない。
不思議なものだが、運営スタッフからすると余計な仕事が減るのだからありがたいことこの上ないのだ。


数百万の人間が動く戦場内で起こる様々なトラブルに都度翻弄される運営スタッフだが、特に当日に激務を強いられるのは【大戦集計課】に属する集計係と呼ばれるスタッフたちである。

彼らは【大戦】時には直接戦闘には参加せずに、戦場内から離れた位置にそびえる集計本部で、十数ある大戦場の結果を逐次集計し、戦闘終了か継続の判断を行う審判的な立ち位置のスタッフだ。
各戦闘場での戦況の数値化は魔法である程度自動化できるが、一つの戦場内で数十万の人間が動く交戦結果を逐次取りまとめるには限界がある。
そのため、最終的には各大戦場内外に集計担当者を複数人配置し、終戦までの集計作業はほぼ人力で行われる。

特に【大戦】中も戦闘に参加せずに激務を強いられることから、【会議所】内でも屈指の過酷な部署と噂される。
課内でも定期的に人員を入れ替えたり交替制で【大戦】に参加できる課員を増やしたり、有給日数を他の課より増やしたりと涙ぐましい工夫を続けているが、決して人気は高くない。

ただ過去の歴史上、進んで集計係をこなす兵士が【会議所】に二人存在した。


先代議長の集計班と、現議長の滝本である。


481 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その8:2020/12/26(土) 21:52:29.927 ID:ORB7yMpoo
【きのこたけのこ会議所 大戦場 バーボン墓場】

荒れ果てた戦場郡の最南端には、広大な丘陵地帯が広がっている。
眼下の数多の大戦場を一望できるその草原には、視界を覆い尽くすほどの十字の墓標が秩序を持って整然と並んでいた。

初めて大戦場にきた兵士がこの場所に来ると、大量の墓標を前にまず間違いなく足をすくめるだろう。
意気揚々とした兵士の心に、危険とは無縁の【大戦】で突如予感させる“死”の場所に、兵士たちは強力な威圧感を感じると同時に恐怖感を覚える。

特に新参兵士の多くはこの“墓場”をトラウマに感じてしまうことも多い。
なぜなら新参の多くは、まず間違いなく“人で賑わう前”にこの場所を訪れることになるからである。

「ちくしょうッ…もう少しだったのにッ」

今日もまた大戦後すぐに、一人の新参兵士がバーボン墓場にやってきた。
名をきのこ軍 お姉ちゃんと言う。

彼は第2大戦場で戦闘をしていたきのこ軍兵士だ。
開戦の合図とともに特攻してきたたけのこ軍兵士を相手に取っ組み合いとなっていたが、あと一歩のところで逆に仕留められてしまった。

お姉ちゃん「次は武器をハンマーに代えないとな…遠距離でちまちま狙ってたんじゃ物足りないッ」

「はははッ、新参かな?随分と威勢がいいな」

背後から投げかけられた言葉に、戦場の勘そのままに彼は勢いよく振り返ると、近くの墓標にもたれかけ腰掛けている兵士を視界に捉えた。
身にまとった全身カーキ色の軍服。彼はたけのこ軍兵士だった。


482 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その9:2020/12/26(土) 21:54:20.052 ID:ORB7yMpoo
「そんな露骨に警戒するところを見ると、君は紛れもなく新参兵だなッ。そう構えるな、ここはもう“墓場”さ」

敵軍兵を前に睨むお姉ちゃんだったが、彼の言葉を受け改めて辺りを見回した。
突如として眼前に広がる無秩序な墓標の数々。
噂には聞いていた。ここが“バーボン墓場”か、と彼は思った。

お姉ちゃん「俺は死んだってことですかね?」

盾専「そうだ」

自らをたけのこ軍 盾専だと名乗った兵士は、静かに頷いた。
背後に轟く地鳴りのような戦場の喧騒から離れ、心が安らぐほどにバーボン墓場は静寂を保っていた。
数km進んだ先に見えてくる海岸の波打ち音すら聞こえてきそうだ。

お姉ちゃん「こんな早くに残念です。あなたも死んだんですか?」

盾専「名誉の死だ。戦場にあった大筒で敵軍を射抜こうと思ったら暴発しておじゃんさ。
まあ隣に座れ。私が話を聞いてやる」

お姉ちゃん「ですが、死者の墓標に背をつけて話すとは…倫理上、遠慮したいんですが…」

盾専「ん?これか?」

盾専は隣に並んでいる白い墓標に手を当てると、そのままグッと力を押し付けた。
すると墓標はグニャリとしなり、彼が手を離すと弾みでまた直立に戻った。

盾専「これはただの“座椅子”だ。悪趣味な、ね。早く座らないとすぐ埋まっちまうぞ?」

彼が言い終わらないうちに、途端にお姉ちゃんの周りには数十の魔法陣が展開され自分と同じような兵士たちが“転送”されてきた。
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483 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その10:2020/12/26(土) 21:55:16.851 ID:ORB7yMpoo
ここは、バーボン墓場と呼ばれる“待機所”である。

待機所とは何か。

戦闘中に致命傷を浴びた兵士は戦場に留まることを許されない。
許してしまえば集計作業に著しい弊害を与え、集計係が過労で倒れてしまうからである。

本人たちに一切のダメージはないものの、一般的に戦闘不能と判断された兵士は大戦場全体に張り巡らされた巨大な魔法陣下での力により、死者として何処か別の場所にて終戦まで待機させないといけない。
即ち、このバーボン墓場は【大戦】で“死んでしまった”人間たちの待合所なのだ。

バーボン墓場に着いた兵士は残りの大戦場での戦いが終わるまで、眼下で広がる戦いや近くにある集計本部から公表される情報に一喜一憂する。
人がいないうちは無味乾燥とした墓地だが、暫くすると多くの兵士でごった返してしまう。
戦いの終わった多くの兵士は気楽なもので、酒を片手に先程まで敵軍だった兵士たちと肩を組み飲み明かす。
新参兵士が恐怖を抱くのもほんの一瞬。見掛け倒しの墓場は、兵士たちの心をほぐす社交場として人気が高い。


484 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その11:2020/12/26(土) 21:56:22.699 ID:ORB7yMpoo
さて、バーボン墓場の外れにはレンガ造りの重厚な大教会がある。
赤レンガの壁に白の洋瓦が用いられた建物は集計係たちの集う集計本部である。
教会様式であることに特段意味はなくバーボン墓場と併せた製作者の茶目っ気だが、お陰でその重厚感から最近では若者の中でも集計係を目指す人間が増えているという。

入り口を抜けると巨大な吹き抜けが広がるところまでは普通の教会と同じだが、その細部は通常の教会とは全く異なる。
通常、木製のベンチが何列も並べられているはずの巨大な講堂には縦長の長机が置かれ、
その上には机を埋め尽くすほどの地形図と、両軍を見立てた駒、そして両軍の軍服を身につけた兵士たちがその駒を動かし戦況の分析を行っていた。
戦況把握のためひっきりなしに走り回る両軍兵士の軍靴の慌ただしい足音をきくに、講堂内はさながら戦場での司令室を想起させた。

“集計総責任者”の滝本は、その講堂最奥の一段高い壇上で戦況図を眺めながら、各戦場の報告を待っていた。

「第一大戦場より目視で確認ッ!たけのこ軍陣地より白旗が上がりました!」

「続いて報告ですッ!現地集計責任者より連絡が届きましたッ!きのこ軍の圧勝ですッ!残存兵力比82:0で、きのこ軍の勝利です」

滝本「ご苦労さまです。第一大戦場の運営係は速やかに両軍に武装解除を呼びかけ、終戦後の手続きを取ってください」

走りながら本部に駆け込んできた二人の集計係の報告を受け、机の傍にいた兵士は地形図上のきのこ軍を見立てた駒をたけのこ軍の陣地の真上まで進ませた。


485 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その11:2020/12/26(土) 21:57:18.141 ID:ORB7yMpoo
また一人の兵士がドタドタと講堂に駆け込んできた。屈強な身体を持ったたけのこ軍兵士だが、その胸板を激しく前後させ額からは汗も噴き出している。

「第五大戦場より書簡が届きましたッ!原文ママ読み上げますッ!

『こちら第五大戦場、集計担当の抹茶です。現在、残存兵力比は30:12できのこ軍が有利な状況です。悔しいですが、このままいけばあと数分できのこ軍の勝利がッ…
くそッ!きのこの野郎ども、此処まで攻めてきたかッ!文面終わり、失礼しますッ!』とのことですッ!」

滝本「了解。すぐに返信を打ってください。
『頑張ってください抹茶さん。でも大戦の女神は最後にきのこ軍に微笑みますよ?』」

兵士は滝本の言葉に頷き、すぐに踵を返し走り去っていった。
集計係に命じられると、戦場に出る機会が少なくなるため体力の少ない兵士でも勤まるのではないか想像をされがちだが、その実は真逆だ。

各戦場の集計報告は現場にいる集計担当者、現場から届く集計担当者の情報を受け取る集計係、そして集計本部にいる本部スタッフという三者の連絡で繋がっている。
各戦場での兵力比は補助魔法で数値化はされるものの、戦況については現場に居る集計担当者の情報をもとに集計係が集計本部に伝える必要がある。
橋渡し役の集計係が特に激務で本部と戦場付近を繰り返し往復することになるため、戦場の兵士よりもよく動くことになるのは集計課でもよく知られた話だ。


486 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その12:2020/12/26(土) 21:58:14.379 ID:ORB7yMpoo
「報告しますッ!第八大戦場の集計報告が十分以上途絶えています。
担当の集計係の観察でも、たけのこ軍がきのこ軍本陣に激しい攻撃を仕掛けているところまでは確認していますが、きのこ軍の偽装煙幕により戦況の把握が著しく困難になっていますッ!」

「まったく、これだからきのこの野郎は…」

また、一人の集計係が走り声を張り上げて報告すると、第八大戦場を担当していた本部スタッフのたけのこ軍兵士は軽口を叩いた。

滝本「分かりました。私が現場に行ってきます」

本部にいる集計係たちはギョッとして彼を見返した。滝本は平然とした顔で壇上を降りた。

「ですが、担当の人間に直接、戦場に行かせますので――」

滝本「そうしたら集計結果を本部に伝える人間が足りなくなってしまうでしょう。私が代わりに戦場に行きますので、戦況把握をお願いします」

彼の言葉に、第八大戦場の地形図を前に頭を悩ませていた兵士は力強く頷いた。
こうしてトラブルが発生した際に真っ先に対処にあたるのも、責任者たる滝本の役目だ。

滝本「ジンさん。第八大戦場のきのこ軍側の集計担当者を教えて下さい」

たけのこ軍 ジンは駒を動かしながらもう一方の片手で器用に書類を読み上げた。

「はッ!責任者はきのこ軍 someone(のだれか)兵士ですッ!」

滝本「ありがとうございます。ああ、それと――」

「はッ?」

再度呼び止められたジンは駒を動かす手を止め、顔を上げた。
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487 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その14:2020/12/26(土) 21:59:23.563 ID:ORB7yMpoo
【きのこたけのこ会議所 第八大戦場】

キコキコと錆びついた音を発しながら、ボロボロの自転車で第八大戦場に辿り着いた滝本は小高い丘の上から大戦場の風景を一望した。

滝本「これは…すごいな。激戦すぎて何が何やらわからない」

数十万の両軍兵士が激突し、爆炎と土煙が混ざり怒号と銃声しか聞こえてこない。
だが、先程よりも喧騒音は幾分か小さくなったように感じる。終戦していない様子を見ると、小康状態に戻ったということだろうか。

滝本「きのこ軍陣地が燃えている。ということはやはり攻められているのか。仕方ないなあ」

滝本は自転車に乗ったまま、勢いよく坂を下り砂煙舞う大戦場の中に突入した。
すぐに硝煙の匂いと、耳元に轟音と怒号が響いてくる。

そのうち、滝本の前を数人のきのこ軍の集団が立ち塞いだ。

「誰だテメエはッ!
エッ!?滝本さんじゃないですかッ!」

濃緑色の軍服を着たきのこ軍兵の一人は目を丸くすると、構えていたライフル銃をすぐに下ろした。

滝本「戦闘ご苦労さまです、炭(すみ)さん。状況はどうですか?」

炭 大佐▽「見ての通り悲惨なものです。自陣は攻め込まれ数を減らしながら司令部を転々と移動させている始末でして…」

滝本「敵の奇襲にあいましたか。ここの隊長が立てた作戦は敵軍に看破されたみたいですね。
そういえばsomeoneさんを探しているのですが、見かけませんでしたか」


488 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その15:2020/12/26(土) 22:00:26.494 ID:ORB7yMpoo
炭 大佐▽「それでしたら移転した司令部隊とともに移動したはずです。
X7セクションのあたりかと」

滝本「わかりました、ありがとうございます。お気をつけて」

滝本は自転車に再びまたがるとキコキコとペダルを踏み込んだ。
錆びついているからか、最初に車輪を回転させるまでが力を込めないといけないのが足にくる。

炭「滝本さんこそ、お気をつけ…なッ!たけのこ軍だッ!敵襲ッ!敵襲ッ!」

滝本がその場を離れた数秒後、戦場の反対側から怒号とともにカーキ色の軍服を纏ったたけのこ軍の突撃部隊が迫ってきた。
煙幕の中から放たれたタタンという小気味よい銃の発射音とともに、炭は銃弾を一身に受けた。

炭「む、無念…」

そう呟き地面に突っ伏すと。
数秒後にその身体は青白い光を発しながら消え失せ、バーボン墓場へと転送された。

滝本「これはまずい。急がないと」

叫びながらきのこ軍を追うたけのこ軍兵士と、逃げ惑うきのこ軍兵士を尻目に、滝本は急ぎ自転車をこぎ続けた。


489 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その16:2020/12/26(土) 22:01:13.838 ID:ORB7yMpoo
炭の話していた場所まで来ると、きのこ軍の暫定司令部はすぐに見つかった。

ボロボロになった天幕にちょこんときのこ軍の軍旗が立てかけられている。
数十万の軍勢の本陣にしてはあまりにも頼りない姿だ。

錆びついた自転車を天幕の端に立てかけると、滝本は外から声をかけた。

滝本「戦闘中のところすみません。someoneさんはいますか?」

someone 大尉「滝本さん」

天幕の中からひょっこりとsomeoneが姿を表した。
まだあどけなさが残る顔に群青色のローブは少し大人びて見える。
彼のように【大戦】でも軍服を着ていない人間は一定数いる。気分高揚のために配っているもので、別に着用を強制しているわけではないのだ。

滝本「ご無事でしたか。定時連絡が無かったもので、心配して来てみました」

someone 大尉‡「ご心配おかけしてすみません。
バタバタしていて、戦況を伝える時間が見つけられなくて…ありがとうございます」

丁寧に頭を下げるsomeoneを気遣うように、滝本は大袈裟にかぶりをふった。

滝本「状況は聞いています。手酷くやられているようですね」

someone 大尉‡「敵軍の欺瞞作戦に引っかかり挟み撃ちを食らったんです。
いまの残存兵力差の比率は12:65程かと。危機的状況です」

「敵襲ッ!敵襲だッ!」

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490 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その17:2020/12/26(土) 22:01:57.502 ID:ORB7yMpoo
someone 大尉‡「そのようなわけです。ここもすぐに激戦地になります。巻き込まれないうちにお帰りください」

滝本は彼の言葉に答えず自身の軍服のポケットをまさぐり、中からくすんだ勲章を一つ取り出し胸に挿した。

滝本 二等兵=「さて。敵兵を迎え撃てば良いんですね」

彼は驚いたのか、ほんの少し目を丸くした。

someone 大尉‡「でも。滝本さんは集計総責任者だから戦闘に参加しては…」

彼の不安げな物言いを遮るように、滝本は人差し指を口に当て笑った。

滝本 二等兵=「一人くらい増えてもわからないでしょう。
それに、私も憂さ晴らししたいところでしたので」

天幕に立て掛けてあったライフル銃を手に取り、滝本は颯爽と慌てふためく兵士たちの前に躍り出た。
そして敢えて注目を集めるように両手を勢いよく開き、声を張り上げた。

滝本 二等兵=「きけッ!皆の衆ッ!敵軍は強大だッ!
だが他の戦場ではきのこ軍が大勝している戦場もあるッ!ここも諦めず、最後まで戦うぞッ!オー!」

「あれ、滝本さんか?」

「滝本さんじゃないかッ!うおおおッ!」

「よっしゃあッ!きのこの底力を見せてやるよッ!」

滝本の鼓舞にあてられたのか、集まったきのこ軍兵士たちは手に持った武器を掲げ次々に湧いた。

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491 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その18:2020/12/26(土) 22:03:07.243 ID:ORB7yMpoo
【きのこたけのこ会議所自治区域 大戦場 バーボン墓場】

「第八大戦場 階級制大戦の結果を報告します。
結果は0:63でたけのこ軍の圧勝となりました。繰り返します…」

魔法の拡声器のアナウンスに、賑やかなバーボン墓場がさらに一層湧いた。

既に今回の大戦も佳境に差し掛かっているのか、バーボン墓場は大変な混み合いだ。
墓標の形をした“悪趣味な”ソファ席は全て埋まり、溢れた兵士たちは肩と肩がぶつかりそうな距離感で少しでも空いた場所を探すために動き回っている。
その間にも次々と兵士が転送されてくるため兵士たちは新たな来訪者のために道を開ける。
墓場は終戦間際になるといつもパーティ会場のような密集度となる。

また、あちこちで運営スタッフが露店で飲食物を販売している。
そのため、既に大分待っている兵士たちはグラスを片手に、先ほどまで争いあっていたことはコロッと忘れたのか両軍で肩を組み、互いに笑いながら手を叩き互いに盛り上がっている。
飽きを防ぐために墓場周辺には射的会場や訓練場などの場所も用意され、さながら縁日のような活気を見せている。

目の前に広がる温かい団欒(だんらん)の光景を、目を細めながら滝本は無言で眺めていた。


492 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その19:2020/12/26(土) 22:04:13.396 ID:ORB7yMpoo
someone「ここにいたんですね」

背後からかけられたややか細い声が自分に向けられた言葉だとは気づかず、滝本は数秒遅れてようやく振り返った。
そこには群青色のローブを目深に被ったsomeoneがちょこんと立っていた。

滝本「おやおや。お疲れさまです、someoneさん。
いやあ、啖呵を切って突入したところまではよかったんですけどね。まさか真っ先にやられるとは。恥ずかしい限りです」

someone「いえ、仕方ないですよ…」

滝本「身体がなまっているなあ」

お恥ずかしいとばかりに、滝本は青髪を掻いた。
someoneは話す内容が尽きたのか、黙って俯いていた。

彼はいつもこうだ。
不必要な会話以外は喋らず、なかなか心を開かない。

いつもならばもう話を切り上げるところだが。
折角向こうから話しかけてきてくれたことを考慮し、もう少しだけ彼に付き合ってみようと思い直し。
滝本は再度話しかけてみた。

滝本「私はいの一番にやられたのでわかりませんでしたが。
someoneさんはどなたにやられたんです?」

すると、一瞬だけ彼の顔がパッと上がった。先程までとは違い、その目は少し輝きを取り戻したようだった。

someone「斑虎です。斑虎にやられましたッ」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

493 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その20:2020/12/26(土) 22:04:49.969 ID:ORB7yMpoo
滝本「ふふッ。仲がいいようで安心しました。ああ、そういえば――」


―― 一週間後の夜、“例の場所で”お待ちしていますね。

滝本の口から発せられた言葉にsomeoneはビクリと肩を震わせ、途端にフードの中で一切の表情を消した。

someone「…はい」

彼の抑揚のない返事にも滝本は満足したのか数回頷いた。

滝本「結構。では私は集計本部に戻ります。あらためて、今日はお疲れさまでした」

対称的に滝本は笑みを浮かべたまま、人混みを掻き分け去っていった。

直後に終戦を伝えるアナウンスが墓場中に響き渡っても、someoneには耳鳴りのように煩わしく感じられた。



494 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/26(土) 22:05:25.875 ID:ORB7yMpoo
現実の大戦のバーボン墓場もこんな感じでワイワイできる感じならよかったのにね。

495 名前:たけのこ軍:2020/12/26(土) 22:08:37.455 ID:vXvv.fQI0
大戦の雰囲気が出ていていいですね

496 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その1:2020/12/29(火) 22:04:15.731 ID:m1zWBMqko
長い戦乱の世が終わり、大陸に数百あった国は僅か十一までその数を減らした。

搾取と奪取の限りを尽くした各国は疲弊した。
そして、各国は暫くの間外に目もくれず自国内の立て直しを行うようになった。
何時終わるかもわからない仮初めの平和を少しでも長続きさせようと、まるで示し合わせたかのように国境を越えた干渉を過度に控えるようになった。
世界には敢えて大陸から目を背けた時期が、確かに存在した。

その最中、大陸南西部の一角にどの国も支配していない“空白地帯”が残っていることに世界が気づいたのは、戦乱の世が終えて数年が過ぎようとした頃だった。

間隙を縫うようにその空白地帯を制圧し、【きのこたけのこ会議所】を立ち上げたのが一部の古参兵たちだった。
その迅速さはさすがの手練ぶりだった。

国ではなく【会議所】という自治区域の形式を取ったのは、国家を宣言してしまえば途端に他国の目の敵にされ食い物にされてしまうからだ。
戦乱の終結から数年が経ったとはいえ各国軍は臨戦態勢を維持したままだ。
不用意に他国を刺激しないための苦肉の策だった。
当時は大きな発展よりも小さな存続を選び、黎明期の兵士たちは他国の目に怯えながら小さな【会議所】と先で焼け野原となった平野の中で日々、生を実感していた。


497 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その2:2020/12/29(火) 22:05:44.814 ID:m1zWBMqko
さて、勢いよく発足を宣言した【会議所】だったが、広大な領土を恒久維持し続けるためには領土内の人口を増やし他国からの脅威に備えるための戦力が必要だった。
しかし、移民の呼びかけはともかく、軍備増強といった表立った行動はたちまち他国を刺激してしまう。

考え抜いた挙げ句、【会議所】は“奇策”に打って出た。

【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を領土内で開催し、合法的な戦闘を許可したのだ。
領民だけではなく他国民の参加も歓迎し、自治区域内への人の出入りを活性化させた。

なおかつ、“大戦のため”という名目で公然と軍需産業を立ち上げ発展させたことが大きかった。
途端に地域の産業は潤い経済は循環し始めた。さらに各国に散らばっていた技術者が噂を聞きつけ、こぞって【会議所】に押し寄せた。
チョコを始めとした食料品等についての一部は輸入に頼るしかなかったが、兵器産業を始めとした工業技術の発展は目覚ましかった。

さらに【大戦】により、自らをゲーム上の“兵士”と呼称する自治区域内住民の練度も一気に高まっていった。
【大戦】で使う銃弾は全て偽物だったが、銃火器に関しては全て本物を使用していたのだ。
彼らは一時期、【会議所】から有事の際の“兵力”と本気で見做されていた。

【大戦】のゲーム性が全世界で評判となり始めてから、急速に【会議所】は発展し始めた。
世界は当初、会議所自治区域を大した脅威とは捉えていなかった。
自治区域の宣言時期と前後し同じような準国家の樹立は何例かあったが、そのどれもが上手く行かずに解散か、さもなければ大国に呑まれていったからである。

しかし自治区域の樹立宣言から暫くし、【大戦】に魅入られた多くの移民が領内に住み着き始めた。
彼らの中には混迷の戦乱を生き抜いた強力な兵士たちも混ざっており、自治区域では知らずのうちに最強の傭兵集団が出来上がっていった。

他国からすれば、この“奇策”は非常に合理的でかつ強かなものだった。
国家という機構を持たずに、ものの数年で【会議所】は世界の列強と肩を並べるまでに急成長を遂げたのである。


498 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その3:2020/12/29(火) 22:07:25.191 ID:m1zWBMqko
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加古川『そういえば滝本さんはどこの国の出身ですか?昔はどこも大戦乱の最中で、大変でしたでしょう』

今日も懐かしい夢を見た。
議長に成り立ての頃、会議所本部の詳しい案内を彼から受けていた時の出来事だ。

滝本『実は…覚えてないんです。つい最近までの記憶が一切なくて…』

前を歩いていた加古川は足を止め振り返った。
その時、彼の瞳が戸惑いで微かに揺れていたことを覚えている。
やり手の兵士でもそのような顔をするのか、と思った覚えがある。

加古川『それは知らなかった。失礼しました。一時的な記憶喪失かなにかですか?』

滝本『恐らく…そのようなものだと思います』

ふと加古川は口元に笑みをつくった。


499 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その3:2020/12/29(火) 22:08:31.440 ID:m1zWBMqko
加古川『戻るといいですね、記憶』

滝本『…そうですね』

嘘はついていない。
だが通常の記憶障害とは違い、自分の記憶が今後も戻ることはないだろうという微かな予感があった。

今の自分はかつての記憶の手がかりすらつかめない。綺麗まっさらな状態なのだ。
いま記憶のある人格こそが本当の滝本で、かつて生きてきた自身の記憶はもはや別の人間なのではないかという誤った感覚すらある。
それ程、滝本にとっては過去の自分などどうでもよいし、気にもしない。

もし。
もしも。

仮に“失われた”記憶が戻ってきたとして。
その時、本当に自身はその記憶を受けいれられるのか。


自分は自分のままでいられるのだろうか。


酷く不安になったことを今でも覚えている。


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500 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その5:2020/12/29(火) 22:10:01.096 ID:m1zWBMqko
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 wiki図書館】

wiki(うぃき)図書館は会議所本部一帯の外れにひっそりと建っている。

自治区域内随一の蔵書量を誇るこの図書館は、次々に建増を重ねた【会議所】の中では最初期から存在する歴史ある建物だ。
定期刊行物から一般書、研究会集録に至るまでありとあらゆる書籍を収蔵し、建物の規模も合わさり、さながら博物館という様相を呈している。

だが、wiki図書館自体が【会議所】の中でもいまいち目立たない立ち位置にいるのは、偏に人々がこの図書館をあまり利用しないことにある。

参謀「事実は小説より奇なり、なんて言葉があるわな。正にそれやに」

訛りの強い言葉でそう語るのはきのこ軍 参謀B’Z(ぼーず)で、図書館長だけでなく【会議所】の副議長も務める、自治区域きっての重鎮である。
彼はいま、図書館入り口にある受付で退屈そうに欠伸をかいていた。

つられて滝本も欠伸を返しては、徐に入り口近くの雑誌棚から一冊を手に取った。
『大戦ルール徹底解剖大全集』と書かれたムック本だ。



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