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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

541 名前:たけのこ軍:2021/01/10(日) 16:16:31.181 ID:SI2TuOhg0
参謀もなんかいろいろとあやしくねぇ?

542 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その1:2021/01/11(月) 21:37:14.607 ID:rwxI6qQYo

―― 「僕の夢は、誰かの英雄<ヒーロー>になることだった」

            ―― 「なら、もう十分なれたじゃないか?」心の中の“彼”がそう囁く。

            ―― 「そろそろ夢から“醒める”時さ」

―― 「ふざけるなッ!いまの僕には父から教わった正義の心があるッ。もう昔の僕には戻らないッ!」僕自身が、心の中のもうひとりの“彼”に反論すると。

            ―― 「くくッくくくッ、ハハハッ」“彼”は徐に声を上げ笑い始めた。
           
            ―― 「正義?ハハッ。俺が悪なら、お前らも“悪”だ」吐き捨てるように言った。
           
            ―― 「俺たちはその日を生きるために必死だった。生きるためなら、仲間を生かすためならそれこそ何でもやったさ。
                一方で、お前らがやったことはなんだ?
                俺たち弱者の思いを踏みにじり、一方的に糾弾し、仲間の生命を散らすことだ。それがお前たちの仕事。
                さて、俺たちとお前たち。いったいなにが違う?」


                                                     七彩・著『牢獄の中の正義』より



543 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その2:2021/01/11(月) 21:38:14.811 ID:rwxI6qQYo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室】

コンコン、と扉を叩く音で滝本は意識を戻した。
ガチャリと扉が開くと、たけのこ軍の軍服を身につけた抹茶(まっちゃ)が姿を現した。

抹茶「また寝てました?」

滝本「失敬な。目を開けて休憩していましたよ。人を眠り魔と勘違いしてやいませんか?」

抹茶「これは失礼。働いている姿より寝てる姿のほうが似合っているものですから」

からかうように微笑を浮かべながら、抹茶は脇に抱えていた大量の書類をドサリと机の上に置いた。
途端にゲンナリとした滝本の顔を気にすることもなく、彼の手元で開かれていた書籍に気づくと、抹茶は目を丸くした。

抹茶「読書ですか…珍しいですね」

滝本「ああ。wiki図書館で借りたんですよ。七彩さんが昔に書いた本らしくて」

抹茶「へぇ…七彩さんですか。懐かしいですね。まだ【会議所】で事務方だった時、あの人に色々と教えてもらいました」

滝本が捺印し終えた書類の束をチェックしながら、抹茶は昔を懐かしむように目を細めた。

滝本「あの頃はまだ多くの豪傑がいましたね。きのこ軍だとアルカリさんに、アンバサさんに、ゴダンさん。たけのこ軍だとシャンパンさんにまいうさんにチャンプルーさん」

抹茶「竹内さんに、とあるさんもいましたね。リコーズさんなんて、二度目に復帰した時はショボクレて見た目がすっかり変わっててびっくりしたなあ」


544 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その3:2021/01/11(月) 21:39:25.815 ID:rwxI6qQYo
滝本「Ω(おめが)さんなんて、生涯現役だなんて言ってて、亡くなる少し前まで兵士に稽古を付けてた熱血漢。あれには驚かされた」

抹茶「本当ですねえ…みんな強くて優しくて尊敬できる人だったなあ。
そういえば大事な人を忘れていた。
集計班さんですよ、あの人なくして【会議所】は語れない」

滝本「なんといっても、【会議所】を興した偉人ですからね」

最初の束は確認し終えたのか、抹茶はすぐに次の稟議書群の確認に入った。滝本は議長だが、実質抹茶がこうして秘書役として最終チェックに入る。
こうして待っている時は少しだけ緊張する。滝本は、答案用紙の採点を待つ生徒の気持ちが少しだけ分かった。

抹茶「優しくて人格者で本当に凄い人でしたよ。いつも飄々として憧れてたなあ」

滝本「集計班さんを悪く言う人を見たことないですね」

抹茶「僕が最初に【会議所】に来たのはかなり幼い時ですが、その時から例外的に色々な役職で学ばせてもらって、育ててもらった恩があります。
話も論理的で筋が通ってるし、少し茶目っ気もあっておもしろい人でした。今とはちがっておもしろかったなあ」

滝本「…まるで後任の私には一切備わってないように聞こえるんですが?」

抹茶「あれ、そう聞こえちゃいました?」

滝本の憮然とした表情をおかしく思ったのか、抹茶は“冗談ですよ”と笑い、濃い緑髪のマッシュヘアとあわせて愉快そうに揺れた。

不思議と彼とは波長が合った。年齢は恐らく滝本より年下だが、立場を越えて二人は対等な関係で話し合うことが出来た。
¢や参謀とはまた違う安心感だ。彼らと違い“計画”の話など一切無く、肩肘張らずに気軽に話せる間柄だからかもしれない。


545 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その4:2021/01/11(月) 21:42:18.761 ID:rwxI6qQYo
抹茶「その七彩さんの本。どんな内容なんです?」

抹茶は書類の確認の手を一旦緩め、滝本の机の上に置かれている本に興味を示した。
“ああ、ネタバレとか気にせずいいですよ”と語る抹茶を思わず見返すと、もう次の確認作業に取り掛かっている。
器用な人間だ。次の【会議所】を担う期待のホープと呼ばれるだけのことはある。

滝本「主人公は駆け出しの青年警官なんですが記憶喪失なんです。
真面目に仕事していたんですが、ある凶悪犯罪グループを追いかける過程で悪夢にうなされるようになってね。

その夢の内容が、まあ簡単に言うと記憶喪失前の元の人格の時のもので。
なんと過去の自分自身が、追いかけていた凶悪犯罪グループの元親玉だったという、驚愕の事実に気付くんです」

抹茶「なるほど。それは随分とどんでん返しな展開ですね。タイトルについている“牢獄”は、自分自身がかつて牢獄の中にいたという暗示なんですね」

抹茶は、大量の書類を仕分けし終えまとめているところだった。相変わらず仕事が速い。
意外と抹茶が話しに乗ってくるので、滝本も興が乗ってきた。

滝本「まだ読み終えてないんですが、なかなかおもしろいですよ。
後半の章からは過去の自分との対峙がメインになるんですが、このときの葛藤がなかなか真に迫っててね」


―― 「“夢”から醒めたら、僕はどうなるんだ」僕が問いかけると、“彼”は笑った。

            ―― 「なにも起こらないさ。幸せな夢からこの身体が醒めるだけ。俺は俺、お前はお前のままさ」

―― 「僕は怖いんだ。僕という夢が終わることで、これまでの全て消えてしまうことがたまらなく怖いんだ」まだ“彼”を受け入れるわけでもないにのに、身体は恐怖でガタガタと震えている。

            ―― 「元に戻るだけなのさ。お前も目が醒めて、少しだけ泣いたらそれでお終い」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

546 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その5:2021/01/11(月) 21:43:36.682 ID:rwxI6qQYo
抹茶「すごい刺激的なシーンですね」

滝本の語る内容に、思わず抹茶も手を止め聞き入っている。

滝本「主人公の僕、つまり“夢”の存在ですね。彼は必死に元の人格に抗おうとする。そうして抗って、抗って最終章へと進んでいくんです。

でも、私にはどうしても彼の気持ちがわからないんですよ。
元の自分がいるとすれば、身体を返して戻してあげるのが筋でしょう。後発的に彼という人格が生まれたのならば尚更だ。
そこまで仮初めの生活に拘り続けることは、本当に正しいことなんでしょうか?」

抹茶は眉を寄せ複雑な表情をつくった。

抹茶「うーん。まあこの場合、人格を戻す先が、自分の追っていた犯罪グループの親玉というところで、彼の抵抗感を強めているのかもですが。
普通は誰しも、手に入れた幸せを噛み締めたいものじゃないですか?」

抹茶の話を聞いてもなお、滝本は腑に落ちなかった。
彼の幸せは手に入れたものではなく、“与えられた”もののはずだ。
ある種、危機回避のために代理で発現した自分が、本来の自分に反逆しようとするなどおこがましいにも程がある。
滝本は質問を変えてみることにした。

滝本「抹茶さんが彼と同じ立場だったら、どう思います?」

抹茶は顎に手を添え、少し考え込むような仕草をした。


547 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その6:2021/01/11(月) 21:44:57.318 ID:rwxI6qQYo
抹茶「そうですねえ。僕も同じことを突然言われたら、たぶん必死に抵抗しちゃうと思います。
でも、もしこのストーリーのような背景を薄々でも気付いていたとしたら。
もしかしたら最終的には受け入れちゃうかもしれませんね」

滝本「ほう?」

抹茶「自分自身がこの世からいなくなるということは、本来凄く“悔しい”ことだと思うんですよ。それはたとえ、自分が仮の人格だと自覚していても同じことです。

自分が夢に戻るっていうと聞こえがいいですけど、要は自分という個の存在が無に帰す。
これ程悲しいことはないです。

よく、生きた痕跡が残っていればその人生は無駄にならないと哲学的に語られますが、僕はこの考えには反対です。
その評価を最終的に行うのは他人でなくあくまで自分自身な筈です。

他人と話し笑い合い誰かを支え支えられながら生きる。
意志を持ち行動することが人生の本懐だと思うんですよ」


548 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その7:2021/01/11(月) 21:45:31.927 ID:rwxI6qQYo

―― 自分という個の存在が無に帰す。これ程悲しいことはない。

夢と現の境界線は曖昧なものだと思う。
夢も非常に精巧な出来になれば、見ている風景は現実と全く変わらない。
唯一の違いがあるとすれば、夢では最終的に自分自身が筋書きを決められるが、現実で想定通りに動く筋書きなど存在し得ないということだ。
ただ、それも驚くほど精巧な夢の中であれば知覚することもできず、夢の中での配役の一人と化している当人でも分かる術はない。

いま、滝本は現実の中に居る。

しかし、本当にそう断言できるのだろうか。

滝本という人格には五年前以前の記憶が一切ない。
五年前のあの日、知らない部屋の固い手術台で起き上がったその時からの記憶しか残っていない。


果たしてそんなことが、本当に現実で起こりうるのだろうか。


今の自分には、この本の主人公や抹茶が語るような現世への執着など一切ない。
同じ“遺志”を持ち、【会議所】の発展という目的に向かい、手足を動かしているだけ。そこに自身の意志など一切介在しない。


それは、生きていると言えるのだろうか。


549 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その8:2021/01/11(月) 21:48:18.978 ID:rwxI6qQYo
抹茶「ただ、まあそう駄々をこねたってどうしようもない時はあるので。
僕は霊魂説なんて信じてませんけど、魂だけになってもみんなを見守ることはできるし、“記憶”がその身体に残り続けるなら。生きてきたことは無駄にはなりませんからね。

…滝本さん。顔色が悪いけど、大丈夫ですか?」

滝本「…ああ。大丈夫で――いやいや、どうやら働きすぎたようで。これは休憩の時間をたっぷり貰わないといけないようです」

抹茶「いや、今まで散々休憩したって言ってたやろッ!
どうですか、これ参謀の真似です」

滝本「ふふッ。全然似てないです」

滝本の表情を見て安心したのか、“新しい書類の処理が終わったら、たっぷり寝ていいですよ”と声をかけると、抹茶は大量の書類を抱え部屋を出ていった。

滝本はもう一度手元の本を開いた。
目に飛び込むのは、主人公の激烈な独白だ。


―― 「消えろッ!恨んで、恨んで、死んでからも恨み続けてやるッ」



550 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その9:2021/01/11(月) 21:51:43.735 ID:rwxI6qQYo
この本の主人公と違い、滝本は一度も心の中の“彼”を恨んだことなどない。
これからもきっとそうだろう。

寧ろ感謝の念しか浮かばないのだ。無味乾燥とした自身の人生に意味を持たせることができた。
【国家推進計画】に携われ、【会議所】で議長として働くことができた。
与えられた幸せを噛み締めることこそすれ、抗うことなどしない。
今日、突然自分の人生が“彼”に奪われるとしても、笑顔で消えていくことだろう。

ただ、本来の滝本の人格が五年前に一度無に帰しているのは間違いないだろう。
夢で見る風景は、【会議所】に来てからの回想に“彼”の追憶ばかりだ。

もし、無に帰したはずの元の滝本の人格が戻り、この本のような状況に陥ったらどうなるだろう。

滝本自身はもしかしたら了承するかもしれない。仕方ないと同情するかもしれない。
だがもうひとりの“自分”が了承するだろうか。


分からない。
            ―― 嘘つき。

想像したくない。
            ―― 容易に思い浮かぶだろう?

理解したくない。
            ―― 本当は分かっているくせに。

“死”とは一体なんなのだろう。
            ―― それはね。留まり続けることをやめた時さ。


551 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その10:2021/01/11(月) 21:52:53.336 ID:rwxI6qQYo
これまで滝本は、生と死の概念について一切の疑問を感じたことはなかった。
だが、【国家推進計画】の最終盤を迎えようとしている時に、彼はこの本を通じて大きな疑問に直面していた。
無意識に抑え込もうとしても、疑問は泉の水のように心の中で溢れた。蓋をしても暫くすれば再び溢れてしまう。

困惑していた彼はその正体を知らなかったが、これこそが滝本スヅンショタンにとっての自我の芽生えだった。


そもそも、なぜ成人をとうに越えた彼が、誰しもが乗り越えてきた悩みを、あるいは幼少期の内には素通りしてきた悩みに今、苛まれないといけないのか。

その根本を探るには、一旦時計の針を六年前にまで戻さないといけない。









それは、ある“魔術師”の、酷く冷酷な思いつきから始まった。



552 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/11(月) 21:53:11.752 ID:rwxI6qQYo
思わせぶりなところで更新を終わります。また来週!

553 名前:たけのこ軍:2021/01/11(月) 21:56:00.103 ID:0.DWrLjc0
どこどこまでも闇が見える感じがいいですね

554 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その1:2021/01/16(土) 15:57:37.392 ID:URJVSue6o
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『ついに…ついにできたぞッ!人類史で誰もなし得なかった究極の【儀術】の完成だッ!』

また、夢を見ている。
薄暗い自室で興奮気に鼻を鳴らしている“自分”の姿を眼下に、滝本はいつものようにふわふわとした意識で眺めていた。

すぐに理解した。
これは過去の、“別の自分”の記憶が映し出されているのだと。

部屋の中は開きかけの書物と書きかけの紙くずの山で連なっては散らばりとにかく雑然としている。
机の前に陣取る自らの黒髪のくせ毛の無秩序な跳ねも、不思議と周りの雑物に馴染んでいる。

【儀術】とは、魔術師が創り出す究極魔法のことだ。
つまり、言葉通りの意味であれば、夢の中の自分は“魔術師”で、正にいま【儀術】を完成させたということになる。


555 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その2:2021/01/16(土) 15:58:42.101 ID:URJVSue6o
『これで皆の遺志を集めておけるッ!
そして、そうすればッ…夢物語も夢じゃなくなるッ』

ここまで興奮している“自分”を見るのは初めてではないかと感じた。
目の前の【儀術】に俄に興味が湧く程には、普段は飄々としあまり動じることのない性格なのだ。

『早速試してみよう…誰がいたかな。そうだ、あの人がいたッ!さっそく試しにいこうッ!』


そして、夢の中の“自分”は ――












                        ―― “魔術師”集計班は、実に愉快そうに笑った。


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556 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その3:2021/01/16(土) 16:01:24.283 ID:URJVSue6o
【きのこたけのこ会議所自治区域 ¢の執務室 6年前】

¢『“うまかリボーン”?なんですかそれは?』

若き¢はペンを動かしていた手を止め、聞き慣れない単語を前に顔を上げた。

集計班『【儀術】の名前ですよッ!私が作ったんですッ!儀術“うまかリボーン”です』

机の前には、破顔した集計班が立っていた。彼がここまで無邪気に感情を顕にするのは珍しい。仕草や口調こそ剽軽(ひょうきん)だが、感情の起伏は少なく滅多なことでは動じない人物だ。
彼が議長だからこそ幾多の困難も乗り越え、弱小だった【会議所】が十四年を越え今も存続しているのだ。

目の前の議長には感謝の思いしかないものの。
まだ日も昇らぬ明け方だというのに、彼の高揚したキンキン声は、徹夜で【大戦】ルールの策定に挑んでいた頭によく響いた。
サラサラと流れる金の前髪を一度掻き分け、¢はもっともな疑問を口にした。

¢『…その“うまかリボーン”というのはどんな魔法なんですか?もしかしてお菓子を永遠に手から出し続けられるものとか?』

ふざけて提案してみたが案外その魔法は悪くない、と¢は思い直した。特に徹夜明けにはよくきくだろう。

その答えに集計班は“違いますよッ!”と少し声を荒げ、やや大袈裟にしかめっ面を作った。
彼も徹夜明けなのかややツリあがっていた目はさらに上がり、癖っ毛はあちこちに跳ね、襟の立った紺のマオカラースーツもところどころよれている。
やはり互いに徹夜明けが良くないのだろう。今日の彼の興奮気な口調は、¢の頭痛をひどく加速させた。

集計班『そんな内容よりも、よりオモシロイですよ。“うまかリボーン”はですね――』




―― 人の魂を身体から切り離せるんです。


557 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その4:2021/01/16(土) 16:02:49.742 ID:URJVSue6o
¢『…え?』

さらりと口にした彼の発言に、最初¢は、自分の耳がおかしくなったのかと疑った。

集計班『だから、生きた人間から魂だけを分離できる儀術なんですよ、“うまかリボーン”はッ!
魂を実体化して、箱か何か用意すれば中に閉じ込めておけるんですッ!」

まるで虫を捕まえにいくかのような口調で語る彼の話を聞き、ようやく¢の脳もネジを回したように動き始めた。
普段の彼からは決して語られないだろう話を耳にし、一瞬、脳内が硬直していたのだ。おかげで頭痛もどこかに吹っ飛んだ。

¢『じょ、冗談ですよねッ!?』

徹夜明けでジョークのキレが悪くなっているのだろう、と少しの期待を込めたが。
執務机の前に立つ彼はいつもと変わらないニコリとした笑みをつくり、それがかえって¢の絶望を加速させた。

¢『ちょ、ちょっとぼくの理解が追いついていません。
ちなみに…魂を分離した後の肉体はどうなるんですか?肉体の元の主は?』

集計班『え?もちろん死にますよ、当たり前じゃないですか』

わかりきったことを聞くなと言わんばかりに、満面の笑みで集計班は答えた。
まるで悪意の篭もってない彼の返答に、¢は顔を青ざめた。

集計班『そうだッ、私の部屋にきてください。おもしろいものをお見せしましょう。
ああ、そうだッ。参謀も呼ばないとッ、呼んできますねッ!』

慌ただしく集計班が部屋から飛び出してから、¢は今この瞬間、夢の中にいるのではないかと疑った。
しかし目の前に置かれている未完成のルール草案の山を見て、現実であることを急速に実感した。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

558 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その5:2021/01/16(土) 16:04:55.966 ID:URJVSue6o
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 6年前】

集計班『――というわけで。これがきのこ軍 アルカリさん。こちらがたけのこ軍 まいうさん。そして左端がきのこ軍 七彩さんの“魂”です』

彼が机の上に置いたガラス瓶には、それぞれ鮮やかな色のモヤが立ち込めていた。
これが本当に英傑の“魂”だとしたら、あまりにも実感がなくかつ呆気ない。
活力の源であり人を突き動かす心臓部の“魂”がただのガス状の霞だという事実に、人間という神秘の存在をズケズケと明かされた思いになり、¢は茫然としていた。

同じく横で話を聞いていた参謀B’Zも衝撃を受けた様子だったが、それは¢が抱くような科学的な喪失感よりも前に、凡そ倫理の欠如した行動にひどく困惑しているものだった。
仕方がない。先程、¢も通った道だ。

参謀『正気か、シューさんッ!?
いまシューさんが口にした人たちは、いずれも直近で亡くなった偉大な【会議所】の英傑たちやッ。つまり、つまりその話が本当やとしたら――』


―― “シューさんが、三人を殺したってことか”。


恐ろしい内容を、流石の彼も最後まで口にすることは躊躇われたようだった。
緊迫した光景に¢も唾を飲み、あらためて彼の語る異様さと、彼自身の放つ狂気を肌で感じた。

参謀の言葉に彼は少し沈黙した後に、“そんな些細なことか”と言わんばかりに露骨に顔をしかめた。

集計班『嫌だなあ、参謀。私が仲間を手に掛けるわけ無いじゃないですか』

そこで彼は穏やかな目で瓶の中の“モヤ”を見つめながら、とうとうと語り始めた。


559 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その6:2021/01/16(土) 16:06:26.625 ID:URJVSue6o
集計班『全て死の間際の英雄の方々からの“同意のもとで”行ったんです。

最初はまいうさんでした。彼は死の数ヶ月前から体調を崩し、自らも死期を悟っていた。
そこで病床の中で、私にこう語ったんです。

“【大戦】での栄光が忘れられない。望むなら、永遠に生きたい”、と。

だから当時、完成したばかりの儀術“うまかリボーン”の話をしたんです。身体を捨て魂だけになれば永遠に生き続けられますよ、ってね。

不安もありましたが、結果は成功でした。
彼の肉体から見事魂だけが分離し、こうして魂が手に入りました。見てください、彼はこうして今も“生き続けています”』

うっとりとした顔で語る目の前の集計班に、二人は初めて恐怖した。
とても、正気の沙汰とは思えなかった。

参謀『は、話はわかったわ。だけど、何のためにこんなことをやるんやッ…』

集計班『“なんのために?”決まりきったことを聞かないでください、参謀。この間の話をお忘れですか?』

集計班は途端に笑みを消し、瓶をさすっていた手を止めた。
今は彼の一挙手一投足全てが恐怖の対象だ。

集計班『全て、会議所を【国家】にするため。その遠大な計画の一つですよ。
選りすぐりの魂を集め、強固な“器”に投入すればどうなりますか?』


560 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その6:2021/01/16(土) 16:10:42.ウンコ ID:URJVSue6o
― 『参謀、¢さん。私は決めました。会議所自治区域を何としても【国家】に引き上げてみせる。
そのためであれば…私はどんな策を弄しても、どんな犠牲を出しても構いません』

先日、【会議所】が何十度目かの国家昇格に失敗し¢がすすり泣いていた時、彼は二人の前で真剣な口調で語ったのだ。
オレオ王国とカキシード公国を争わせ、【会議所】が漁夫の利を得て最終的には世界の覇権を握るという壮大な空想案を。

幾ら国同士を動かすとはいえ、【会議所】が容易に介入できる手段も方法も無い。当時は二人とも本気にしていなかった。二人を慰めるための彼の気休めだと思ったのだ。
しかし、彼だけは諦めていなかった。【国家推進計画】の肝となる【会議所】の戦力を創り出すために、自ら【儀術】を発明したのだ。

¢『…見た目は兵器。しかし、その中身には【大戦】で活躍した兵士たちの魂が入る。【大戦】で培った精鋭の動きと経験をあわせもった、最強の兵士ができますね』

言葉にしてから、¢は自らの身体が小刻みに震え出したことに気付いた。
これは恐れからくるものか。
否、違う。
身体の奥から全身に広がっていく熱い激情と、同時に抱く高揚感。

そうか。ようやく、彼の考えを理解できてきた。

集計班『そう。私の開発した“うまかリボーン”は、対象の魂を抜き出す強力な儀術です。使い方を違えれば、対象をすぐ死においやります。
ですが、そんな“愚かな”使い方を、私はしません。
身体は老いても儀術を使えば、当時の素晴らしい経験、そして輝きを放つ兵士の魂を戦力に使えるのですよ。
死という螺旋に囚われることのない、最強の兵士として永遠にね』

参謀『そ、それはいくらなんでも非人道的な行いになるんとちゃうん?』

集計班『安心してください。ですから、英傑たちには事前に“承諾”を得ています』

参謀『それでも…いや、もうええわ』

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

561 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その8:2021/01/16(土) 16:12:31.675 ID:URJVSue6o
確かに、彼の儀術は死者を冒涜する行為だと¢も思う。幾ら今際の際で“永遠に生き続けたい”と言質を取っても、臨終の彼らには真意の言葉でない可能性も十分にある。
意識が混濁している場合もあるはずだ。全て正当に同意を得られたとは到底考えにくい。

だが、目の前の大事を為すためにはそのような道徳的感情など“些細なこと”だ。

最強の兵士を創り上げる。
世界中どの人間も気付いていない理論を組み合わせ実現することができれば、今まで経験してきたどの【大戦】の戦いよりも、スリルで且つ一方的に蹂躙する戦いができる。

世界を根本から変える、世紀の大発明だ。

¢『ククククッ…』

自分でも気づかぬうちに、¢の口からは、くぐもった、奇妙な笑い声が漏れていた。
横にいた参謀はぎょっとした表情で¢を見て、対照的に集計班は普段見せないような顔でニタニタと笑い始めた。

¢『素晴らしい。実に素晴らしいんよ、集計さん。
ぜひ成し遂げましょうッ。会議所を【国家】にしてみせましょう』

“魔術師”は同調するように何度も頷いた。

集計班『¢さんならわかってくれると思っていましたよ。
この儀術があれば、我々が負けることはありません』

¢『最強の兵器を創り上げるためには、器の選定も必要です。ただの硬材では敵の銃弾に貫かれてしまう。
ダイヤモンドよりも硬度の高い材質を作り上げることができれば、我々は無敵になります。ぼくにいい案があるから試してみたいんよ』


562 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その9:2021/01/16(土) 16:13:33.371 ID:URJVSue6o
集計班『わかりました。兵器については¢さんに一任しましょう。さて…』

そこで、集計班は参謀に向き合った。

集計班『参謀。どうします?』

参謀に見せた彼の表情は、先程までとはうってかわり、皆に見せる“いつもの”慈愛に満ちたものだった。

そこで参謀は口をつぐみ、目を閉じた。

どのみち、彼に拒否権はないのだ。仮にいま断ったとしても、最重要機密の【計画】を知ったまま野放しにはできない。
彼の“魔術師”としての側面を見た今、幾ら黎明期の仲間とはいえ無事で済む保証はない。
この無言の間は、寧ろ彼自身の中で浮かび上がる疑問や道義心を必死に抑え込むための猶予といえた。

暫くすると、参謀は目を開けハァと一度ため息を付いた。

参謀『…ここまできてノーという選択肢はないやろ。
一蓮托生や。【会議所】をなんとしても【国家】に押し上げたる』

集計班『ありがとうございます、必ず成し遂げましょう。
安心ください。必ずうまくいきます』

彼のつり目の中に浮かぶ真紅の瞳は、背後から差し込む陽射しの光よりも赤くたぎりかつ濁っていた。

暁光が議長室を微赤く染め上げる中で、一人笑顔を浮かべる彼の姿は、狂気を含んだ“魔術師”と形容するには十分な姿だった。


563 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その9:2021/01/16(土) 16:15:39.022 ID:URJVSue6o
黒幕、登場。

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564 名前:たけのこ軍:2021/01/17(日) 00:54:48.900 ID:ONJISP2g0
SKさん恐ろしい…

565 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その1:2021/01/23(土) 14:36:11.357 ID:XBziG5cUo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室 現代】

その日、議長室は物々しい雰囲気に包まれていた。

抹茶「ナビス国王からの書簡を持ってきましたッ!」

滝本「ありがとうございます」

急ぎ走ってきたのだろう。目の前で息を荒くしている抹茶から差し出された封筒を手に取る。
のっぺりとした表面を一瞥しすぐに裏返す。小麦色の縦長な封筒の口にはオレオ王国の紋章を象った封蝋(ふうろう)印が押され、この書簡が紛れもなく信書であることを予感させた。

滝本「…」

抹茶たちの前で、滝本は無言で丁寧に封蝋印を剥がし取る。

いまさら中身を見るまでもなく、これはオレオ王国からの支援依頼に他ならない。
ナビス国王は、カキシード公国からの圧力に困窮し【会議所】に助けを求めてきている。全て仕向けたのは他ならぬ自分たちであるから、間違いはない。
予定通りの事の運びにその場で小躍りでもしたいところだが、目の前には一切の事情を知らない抹茶も同席している。

表面上は冷静を装いながら、滝本は高級そうな洋紙にしたためられたナビス国王の悲痛の“叫び”を暫し堪能した。

参謀「なんと書いてあるんや?」

抹茶の隣にいる参謀が白々しくそう問いかけてきた。不安気な抹茶の表情の横で背筋よく立つ彼の表情は、不自然なまでに白い。
彼は、緊張すると血の気の引く癖がある。いまの彼の顔といえば、自ら身につけている着物の色よりも白いくらいだ。隣りにいる抹茶が彼に目を向けていなくて本当に良かったと思う。


566 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その2:2021/01/23(土) 14:38:34.426 ID:XBziG5cUo
滝本は手紙に視線を戻し、ボサボサの青髪を何度か掻くと大袈裟に眉をひそめた。

滝本「はい。これは、実にまずいことになりましたね…
報道されているよりも事態は深刻なようです。オレオ王国はカキシード公国から類を見ない程の圧力をかけられ困り果てています。このままでは、戦争になると。
この危機に対し、【会議所】が公国との間に仲介勢力として介入してもらえないかと。そのような依頼です」

¢「仲介勢力…でもぼくらは、国ではないから彼らにどこまで働きかけできるかわからないんよ」

書簡から目を離し、抹茶の脇にいた¢を一瞥する。不安気な言葉に反し、老いた彼の目からは深緋(こきあけ)色の光が妖しく放たれている。戦いを望む目を隠しきれていない。

まさか自分を含むこの場に居る四人のうち、実に三人がこの事態の間接的な首謀者だとは、明敏な抹茶も気づかないだろう。

滝本「ナビス国王が頼むほど、【会議所】勢力が世界にもたらす影響は大きいということでしょう。
我々が今すべきことは、戦乱回避のために、両国に使者を送るかどうか協議することです。

抹茶さん、すぐに緊急会議の招集をお願いしますッ。
会議所本部に居る兵士のみならず各地に散らばっている同士をすぐに呼んでください。事は緊急性を要しますッ!」

抹茶「わ、わかりましたッ!」

滝本の深刻めいた言葉に、まだ息の荒い抹茶は柚葉色の髪を揺らしながら何度も頷き、慌てて部屋を飛び出していった。
彼には少しかわいそうなことをしたかもしれない、と少しの反省をしたのも束の間。

¢「クククッ…」

不気味な鶏が囀(さえず)るような、くぐもった嗤いが聞こえてくる。
きのこ軍の軍服を纏った¢は、まるで戦場で大戦果を上げた兵士のように歓喜に打ち震えていた。


567 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その3:2021/01/23(土) 14:39:45.659 ID:XBziG5cUo
¢「ここまで全て予定通りなんよ。流石は791さん。
武器供与を打ち切ったら、すぐにこちらの意図を察して攻めに転じてくれた」

参謀「あとは予定通り、互いの国に使者を送り、【会議所】の行動の正当性をアピールすれば問題はないわな。
でも問題は、誰を送るかや。考えはあるん?」

不思議なもので、不気味な彼の嗤い声を聞くことで却って参謀は落ち着いたようで、朱色の頬を見るに再び血が通いつつあるようだった。慣れとは怖いものである。
椅子の背もたれにもたれ掛かった滝本は、机の上に手紙を放り投げた。

滝本「“一人”はもう決まっています。“彼”に最後の仕事をしてもらいましょう。

この間もお話しましたが、彼はもう“使い終わった”人間ですから最適です。
結果的に我々の手でTejas(てはす)さんを捕まえなかったのは失敗でしたが、まあ公国の状況を探れただけ招いた価値はありました」

参謀「彼を公国の使者に充てると?」

滝本「そうですね。公国に戻らせ状況を探らせる予定ですが、最近はこちらの計画に勘付いている節があります。
いまが“切り捨て時”でしょう。
あとは791さんに、煮るなり焼くなりしてもらいましょう」

その言葉で、参謀の表情は僅かに暗くなった。
気にせず滝本は思案気な表情で言葉を続ける。


568 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その4:2021/01/23(土) 14:41:18.368 ID:XBziG5cUo
滝本「もう一人ですが、御しやすい人がいいでしょう。情に厚く清廉潔白で、かつ裏切らない兵士がいい」

¢「…ぼくに一人、心当たりがあるんよ。彼ならオレオ王国に行き全力で行動するだろう。
【会議所】に不利益なことはせず、ただ任務を全うしようとする。そんな兵士だ」

参謀「決まりやな。ただ残念なのは、いくら彼が王国で尽力しようと、戦争は防げないっちゅうことやな」

そう、どれだけ足掻こうとも、オレオ王国は最初から詰んでいるのだ。

¢「思えば長かった。六年前のあの日、“あの人”が計画を話した時から全て計画は始まった。
でも最後まで油断は禁物なんよ。特に791さん率いるカキシード公国は何をするか分からない」

滝本「そうですね。それに、戦後処理も考えないといけない。
王国戦争が終われば、公国がこちらに戦いを仕掛けてくることも考えられる。その備えもしないといけません」

参謀「そのあたりは事前の打ち合わせ通りに、やな。
このまま、最後まで突き進むんやッ。大丈夫、俺たちならできるさッ」

滝本は目の前にいる二人の顔をじっと見つめた。
彼らの表情や話しぶりを見れば、その考え方まで手にとるようにわかる。二人に関しては、周りの誰よりも詳しい自信がある。

いま、向かって左に立つ¢は、少ない口数ながら早口で喋り、非常に高揚している様子だ。
やや猫背気味に丸まった背中を規則的に揺らしながら、【大戦】中に敵軍に発するような圧を放っている。
枯れかかった枝垂れ(しだれ)柳のように普段はだらしなく垂れ下がっている前髪も、かつての輝きを取り戻したように心なしか生き生きとハネているように見える。


569 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その5:2021/01/23(土) 14:43:40.936 ID:XBziG5cUo
彼と“最初に”出会った時のことを今でも覚えている。

某国の酒場で、腕利きで眉目秀麗の傭兵がいると聴いた時のことだ。
興味本位で彼の住まう家を訪ねてみれば、果たして彼はそこにいた。

しかし噂通りの実力を有しながらその時の彼は、任務中のとある失敗が原因で他者との関わりを一切断っており、家から一歩も出ない隠居生活を送っていた。
酒場で聞いた評からはかけ離れたでっぷりと肥えた姿で、他人を前にしても際限なく菓子を口に運ぶその様は、まるで農場にいる家畜の食事風景を彷彿とさせた。

そこから彼を立ち直らせるのには苦労した。【会議所】の話を持ちかけ興味を抱かせ、そして次には全ての菓子を取り上げ更生させた。
隠れて菓子を貪っている姿を見つければ、すぐに罰を与え扱いた。

健康体に戻った彼はすぐに本来の輝きを取り戻し、【会議所】では全兵士の憧れの的として活躍した。
集計班の死後、彼が老いたのは何も過労のせいだけではない。お目付け役がいなくなり再び菓子を摂取し始め、不摂生を加速させた末の末路なのだと滝本は知っている。
興奮で身体を小刻みに揺れる行為には、武者震いだけではなく糖分摂取の禁断症状が含まれていることも知っている。彼は筋金入りの甘党なのだ。


570 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その6:2021/01/23(土) 14:45:04.009 ID:XBziG5cUo
対して参謀B’Z(ぼーず)も、態度には出さずとも同じく興奮している様子が伝わってくる。
彼はその名に反し、先頭に立ち味方を鼓舞する統率者として、【大戦】や【会議所】の窮地を幾多も救ってきた。彼のかける言葉には弱りきった他人を励まし勇気づける力がある。

彼との“最初”の出会いも印象的だ。
世界を放浪していた最中、とある村に立ち寄った際のことだ。余所者を歓待する珍しい村だった。

村人の勧めでひょんなことから武道場で子どもたちと竹刀を握り、ともに汗を掻くことになった。子供剣士の中でとりわけ元気良く、周りをまとめあげていたのは坊主姿の彼だった。
稽古の終いに彼と練習試合をすれば歯が立たず、完膚なきまでに打ち崩された。

稽古後、年甲斐もなくその場で座り込んだ自分に対し、彼は遠慮なく近づくと自らの竹刀をスッと差し出した。
“今日が俺の引退試合や。お兄さん、良かったら記念にもろてや”、と。

彼に興味が湧き、その夜、道場の縁側で話しをきくと、一家の食い扶持を稼ぐために彼は近々自ら丁稚奉公に向かうのだと語った。
取り乱すこと無く落ち着いて語る彼の姿を見て、なんと精悍な少年なのだと思った。
彼を失うことは大きな損失だと深く感じた。

そう思い立ったら、すぐにその足で彼の両親に仁義を切り彼を引き取った。
その際の、驚きでポカンとしていた彼の間抜け面が印象深い。

先程の彼の言葉には、他人だけではなく自分自身をも奮い立たせようと活を入れたのだろう。小さい頃から繰り返し実践してきたことだ。


571 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その7:2021/01/23(土) 14:45:58.395 ID:XBziG5cUo
今の思い出は、滝本が彼らと知り合った五年前より遥か昔の出来事だ。
それが自身の記憶でないことをとうの昔に理解している。

まるで歴史の年表を読み上げるように、追想の彼方に仕舞われている回顧録を頭の中に引っ張り出し読み上げる。
そこに感情など持ち合わせない、ただ純然たる事実として再生しているだけだ。

恐らく自らの脳の記憶領域に滝本自身の思い出など塵や埃程度しか遺っていないのだろう。自らの行動を顧みるより前に、別の“自分”の思い出が次々と浮かんでくる。
それは彼自身の意識が希薄なせいのか、それとも思い出そうとする際に邪魔されているのかは定かではなかったが、いずれにせよ彼はこの事態を許容せざるをえなかった。
それ程までに夢では度々、回顧録が再生され、彼らとの話の中では経験したことのない“思い出”がこうして脳内に映し出されるのだ。

滝本は、自らの記憶ではない回想を見ることで、二人の考えが手に取るようにわかるようになった。
それだけに、彼らは時々滝本と話をせず、別の“誰か”と会話をしている時がある。
その誰かの正体も、勿論ながら彼自身は理解している。

滝本「ええ、そうですね。ここまで準備したんです。我々に立ち向かえる敵などいませんよ」

だが、滝本は二人を責めることはしない。

彼は“皆を導く議長”という役を演じるしかない。
【会議所】の中枢として、自治区域をより良い方向へ導く船頭を。



“心”の命ずるままに、全力で演じるしかないのだ。


572 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その8:2021/01/23(土) 14:47:54.578 ID:XBziG5cUo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

¢『つい先程、コンバット竹内さんの葬儀が終わったんよ』

集計班『お疲れさまでした。生前の活躍に見合う、盛大な葬儀でしたね』

集計班は、たけのこ軍 コンバット竹内の魂の入った瓶に話しかけると、そっとテーブルの上に瓶を置いた。

参謀『これで魂は12体…悲しいことに、ここ最近は初期から支えてくれていた英雄たちが相次いで病床に伏していたから思いの外、魂は集めやすかったやんな。
正直、複雑な気持ちだが』

集計班『一兵士としては、悲しみの手向けを。

ただ、一黒幕としては喜ばしい限り。

そもそも、また“皆さん”と一緒に戦えるんですから、悲しい、なんていう気持ちは可笑しいんですよ』

椅子をきしませ、集計班は愉快そうに笑った。

¢『魂を入れる器の研究所と武器製造工場のことだけど、立地は選定し終えたんよ。
チョ湖ほとりの丘の上に使われていない古城があるので接収して改修します』

参謀『チョ湖のほとりなら人目にもさらされることもないからよさげやね。それに、新兵器の始動も色々と都合が良さそうや。考えたもんやな、¢。
でも暫く見ない間にだいぶ老けたんやないか?』

¢『ほっといてほしい…』

ゲッソリとした¢の呟きに、二人は笑った。


573 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その9:2021/01/23(土) 14:48:58.437 ID:XBziG5cUo
集計班『参謀の声がけで、【大戦】を引退していたきのこ軍兵士の化学班さんと95黒さんにも協力を仰いでおいたのは正解でしたね。
あの人達は根っからのサイエンティストだから、計画をバラして得る利よりも自ら発明できる創造の利を選ぶ』

¢『隠れ蓑として新興宗教団体を立ち上げるというのも、参謀のナイスアイデアだったんよ。おかげで仕事は倍に増えているけど…』

参謀『よせやい照れる』

集計班は椅子から立ち上がり、背後の窓から外の風景を眺めた。
お昼時の大通りには昼食を取りに出かける多くの兵士たちが往来し、目の前の中庭にはサンサンとした陽を浴びながら、弁当を広げ楽しげに談笑する兵士たちの姿も見られる。

十五年かけて作り上げた、平和で平穏な日常だ。
これからも守り続けなければならない世界が広がっている。


574 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その10:2021/01/23(土) 14:50:13.596 ID:XBziG5cUo
集計班『実に順調です。
私の予想ではあと五、六年で計画は最終段階まで持っていけるでしょう。それまではもう暫く雌伏の時です』

¢『五年で会議所が【国家】になれる。寧ろ早いぐらいです』

参謀『そうやな。絶対にそうなるんやッ。
“この三人”で今と同じように国家になった【会議所】を見届けられると思うと、今から楽しみやな』

集計班『ああ。残念ながらそれは無理です』

二人は唖然として、穏やかな顔で外を眺めていた集計班を見つめた。

視線を一身に浴びた彼はくるりと振り返ると、笑いながら言葉を続けた。







集計班『だって、私はもうすぐ死にますので』


575 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/23(土) 14:53:20.650 ID:XBziG5cUo
あと二回の更新で5章も終わり。明日1回更新できるかもなので、1月中には終わらせる予定です。
今日の人物カード更新よ。

https://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1050/%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%8F%AD%E3%80%8195%E9%BB%92.jpg


576 名前:たけのこ軍:2021/01/23(土) 17:05:24.704 ID:IeLuMMKQ0
これもまた静かな狂気…

577 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その1:2021/01/24(日) 19:38:31.029 ID:ZWXZSp9Ao
集計班という人間についての評価は、評価する人間の立場や地位によって細かな違いこそあれど、概ねみな一様に同じである。

自治区域に住む者は、彼を【会議所】を興した英雄として持て囃し、世界各国の首脳陣は、彼を名君と称賛しその実力の底知れなさに恐怖する。
たったの十五年で、会議所自治区域を並み居る国家と渡り合うだけの実力に引き上げたのは、紛れもなく彼の才覚あってこそだからである。

人々は一様に、彼を稀代の英雄と表現し称えた。

しかし、彼を英雄と評価たらしめているのは、あくまで【会議所】を興してからの行為に対してのものだ。
【会議所】を興すまでの彼の生い立ちを知る者は殆どいない。

それこそ、最側近の¢や参謀さえも知り得ない話だ。本人に聞いてもノラリクラリとかわされ、僅かに聞いた情報を統合すれば【会議所】を興す直前まで世界各地を放浪していたという話だけだ。

彼の歴史は闇に包まれている。


だが、そこにこそ“真実”が隠されている。


578 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その2:2021/01/24(日) 19:40:36.425 ID:ZWXZSp9Ao

彼はある日突然、戦災孤児になった。

初めて脳に鮮明に焼き付いた映像は、昨日まで住んでいた町が、家が目の前で激しく崩れ燃え上がる光景だった。

それまで平穏な生活を送っていた少年・集計班は、そこで初めて、皮肉なことに、まず“生きている”という実感を得た。
そして、目のチカチカとした感覚が収まってくるとともに、彼は、立ち込めるスレた硝煙の臭いや遠くから地鳴りのように迫ってくる怒号や叫び声など、活字ではとても味わえない臨場感を味わわざるをえなかった。
当時、戦乱の渦に巻き込まれた各地の町村では、住民の意志とは無関係に名も知らない敵軍により殺戮と略奪の限りが尽くされていた。彼の町は不幸にもその標的に選ばれたのだった。

少年だった集計班は、先程まで暮らしていた我が家が家族ごと砲弾で木っ端微塵に消し飛んだことをようやく理解すると。
おぼつかない足取りで必死に足を動かし、ただ闇雲に人のいない方向に走り、逃げた。

涙を流す暇すら与えられなかった。
裏庭で昼寝をしていた少年は瞬間の災禍にこそ巻き込まれることはなかったが、姿の見えない敵から逃れるべく、着の身着のままの格好で駆け出すしか無かった。
それは親から教えられたわけでもない、生まれ持った野生の本能だった。
少年はいま目にした光景から必死に逃れるように、本能で裏手の山間部へと逃げ込んだ。

逃げた森林の先にも追手の何者かにより火が放たれ、彼は足を止めることなく森の終わりまで走り続けた。
裸足で駆けていたため、足の裏に小枝や岩が食い込み血を流しても。
さらに、火の手が背後から迫りくる中で、ずっと並走していた小動物たちが飛び散る火の粉を受け、隣で苦しげなうめき声とともに次々と足を止めていっても。

集計班は気にする暇も与えられず、走って、走って、また走り続けた。


579 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その3:2021/01/24(日) 19:41:36.726 ID:ZWXZSp9Ao
その結果、既のところで追手を振り切り、森を抜け平地まで辿り着いた。
ようやく立ち止まり、背後を振り返った時。

視界は、赤一色に染まった。

自分のこれまで住んできた場所が、走り抜けた山が、全て毒々しいまでに赤い色に染まる光景を目にして、
まるで先程まで自分が見捨ててきた生命の健気な主張のように思え、少年は拒絶感から激しく嘔吐した。

なぜこのような仕打ちを受けなければいけないのか。
何も恨みを買っていないはずなのに。どうして。


それからは夜眠る場所もままならず、時には岩陰の間で一夜を過ごし、また時には橋下で雨風をしのぎながら転々と歩き続けた。
惨劇からただ一人生き延びた少年は、やせ細りながらも反比例するようにどんどん真っ赤に充血させつり上がらせた目で、視界に映る全てを憎んだ。

のうのうと暮らす別の町民を、呑気に囀る小鳥を、世界を憎んだ。
平和な日常は、かくも簡単に崩れ去るのだと理解した。


580 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その4:2021/01/24(日) 19:44:40.305 ID:ZWXZSp9Ao
故郷と家族を失った若者の行き着く先といえば大体が決まっている。
余程運よく富豪にでも拾われない限り、“ゴミ”扱いされる人間は体の良い労働力として掃き溜めの中でまとめられ、その一生を終える。そのように世界はできている。
あまりにも安い賃金の見合わない対価として、彼らはでっぷりと肥えた雇い主からひたすら罵倒を浴びせられ、昼夜問わず汚くきつい仕事を強いられる運命にあった。

彼の場合は鉱山での採掘作業を命じられた。
職場の環境は最悪だった。

鉱山の中は常軌を逸するほど蒸し暑く、文字通り休み無く働かされた。現場責任者の指示でひたすら奥へ奥へと掘り進め、採掘された廃石をトロッコに載せ何度も外に掻き出す。
そうして目当ての鉱物へ掘り当てれば、全員が犬のように舌を出してハァハァと荒く喘ぎながら、自分たちの生命の価値よりも遥かに重い石ころを大事そうにトロッコに積む。

誰しもが閉鎖空間の作業の連続で、気をおかしくしていた。
天盤から湯となった水滴が滴り落ち、肩に落ち焼けるような痛みを覚えても誰も泣き出さなかった。寧ろ感謝したほどである。

―― そうか。“痛い”という感覚があるということは、まだ自分は生きているんだな。

そう、実感できたからである。

正に奴隷のような生活だった。
毎日夜中まで働かされヘロヘロになりながら、若者たちは就寝時間になると自分たちが掘った坑道に横並びにして寝かされた。
当時の坑道作業は危険と隣り合わせで坑道ごと崩落したり、有毒ガスの放出で作業員が全滅したりすることは珍しくなかった。
今にして思えば、下手に生き残りが出るよりも坑道内で全滅してくれたほうが代えの作業員の補充も楽に済むという雇い主の判断もあったのだろう。
一部の人間の手間暇の惜しみのために、若者たちは過大なリスクを取らされていた。

数時間後に朝を告げるドラの音が響き渡るまで、作業員たちは死んだように眠った。
僅かな平穏の時間の中で、集計班は決まって夢の中で、いっそ炭鉱ごと崩れこの苦しみから解放されればいいのにと何度も願い続けた。


581 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その5:2021/01/24(日) 19:47:54.541 ID:ZWXZSp9Ao
閉鎖空間の中で昼夜問わず働きに出されれば、人々の楽しみなど限られてくる。
彼らの数少ない楽しみの一つといえば、当番制で回ってくる“トロッコ番”にありつくことだった。
トロッコを抗口まで運搬する役目を担う“トロッコ番”は、人力で数百kgを超える手押し車を押す過酷さはあるものの、一瞬でも陽の光を浴び外の空気を吸うことを合法的に許される。
それが人気の理由だった。若者たちは、たまに回ってくるトロッコ番を待ち焦がれ、時にはなけなしの賃金を手放してまで裏で取引された。

集計班がようやくトロッコ番にありつけたある時。
何十往復目かのトロッコを押していた際、一緒にトロッコ番となったバディからある相談をもちかけられた。

―― “なあ。どうしても休みを取りたいんだが協力してくれないか?”

労働に休みは決してない。
たとえ過労で倒れても抗口には医療部隊が常駐し、無理やり栄養剤を注入されては、凡そ通常の医師とは異なる判断ですぐに現場に戻された。
もし仮病やサボりが判明しようものなら、五体満足で戻ってこられる保証はない。

彼は作業の手は緩めず、半信半疑でどうやって休むのかを訊いた。特段期待していたわけではなく、半ば呆れていたのだ。
未だに休みなんていうものを求めているのか、と。

彼の問いに対し、隣の若者から帰ってきた返答は度肝を抜くものだった。


―― “このトロッコで俺の小指を轢いてくれないか”


休み無く働かされる彼らが休みを得るときは斃れる時か、働き手にならないと判断された時だけだった。即ち、労働力にならないと判断された人間はこの地獄から抜け出せる。
大抵は無事ではなく、生命を散らした状態がほとんどであったが。

彼の言う小指の轢断程度では、到底鉱山から抜け出せる重症とは見做されない。手当てが終わり数日も経てば問題なしと判断され、現場に引き戻されるだろう。鉱山作業員の中では常識の事実である。
若者は全て承知の上で話をしているのだ。
自らの小指と引き換えに、治療にあてがわられる僅か数日だけでも安息を得ようとしているのだ。


582 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その6:2021/01/24(日) 19:48:53.132 ID:ZWXZSp9Ao
全ての人間の感覚が麻痺していた。

本来、僅か数日でも横になりたいだけで、自らの小指を差し出せるはずがない。そのような等価交換は成り立つはずがない。
だが、鉱山で長く働けば働くほど、若者たちの顔からは生気が消えていく。唯一の私語が許される食事の時間でも誰しもが口をつぐみ、“希望”という二文字を胸に抱くことそのものが罪だと思うようになった。

だから集計班からすれば、目の前の若者がまるで一睡の蜘蛛の糸に縋るように懇願してくる様は、正直に言えば、滑稽だと感じた。
だが、それはあくまで鉱山作業員からの視点であり、若者が人間本来の感情を未だ捨てきっていないことに、同時に羨ましいとも思った。


その後、どう返事をしたかはもう覚えていない。
ただ、未だに脳裏に焼き付いているのは、レールの前で泣きじゃくる血まみれの若者と、それを見下ろし呆然としている自分の姿だった。


それから紆余曲折あり、作業が一区切りついた段階で、集計班は運良く鉱山を抜けることが出来た。
あれからバディの若者は希望通り数日の休暇をもらうことができたが、予想通りすぐに現場に復帰させられた。
しかし、雑な治療のせいか、傷口から雑菌が入ったのか、その後すぐに作業中に倒れ再度抗口に搬送された。
その後、一度も姿を見ることはなく、どうなったのかは遂に知らされることはなかった。


583 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その7:2021/01/24(日) 19:52:20.284 ID:ZWXZSp9Ao
次の職場は、ある学者の小間使いだった。
壮年の学者は、町外れに一人で暮らしていた。

これまで土煙が舞い灼熱地獄のような場所から急に外界に出たためか、屋敷の入口で体温制御の不調で震えが止まらなくなった集計班を見ると、彼は心配そうに駆け寄った。
大丈夫だ、と丁重に答えると、彼は心配そうに自らのカーディガンを集計班にかけると、微笑みながら話しかけた。

―― “君は魔法に興味があるかい?”

彼が稀代の【魔術師】だと知るのは、仕えて暫く経ってからだ。
集計班はここで長い間、“魔術”を学び、同時に世界の仕組みと構造を学んだ。

その後、彼がどのように仲間を集め、戦乱後の空白地帯に赴き、そして【会議所】を興すのかまでは然程大事な話でもない。



重要なことは、これ程までに凄惨な経験を積んでおきながら。


彼自身には、この悲惨な経験を“糧にしようと”する気持ちが一切なかったことにある。


584 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その8:2021/01/24(日) 20:01:43.500 ID:ZWXZSp9Ao
通常の人間であれば今までの出来事に少なからず絶望し、強い精神力を持つ人間であれば反骨精神を持ちある者は復讐心に身を宿し、別の者は忍耐力を糧にさらに研鑽を積むだろう。
どの道を辿るかは個々人により分かれるが、いずれの道に進んだにせよ、取捨選択し突き進む強さは、精神という名の魂を宿す人間の表れでもある。

だが集計班の場合、最初に絶望した後は、常人とは全く異なる道を進んだ。

彼の精神は既に壮絶な体験を経て、すり減ってしまっていたのである。
その結果、憎悪し、絶望を越えた先に待ち構えていたのは、“無”であった。



全て過ぎ去った出来事。

身内は全て死に絶え。
  他者を見捨ててでも自分だけが生き残り。
    【会議所】を興すまでに幾多の裏切りにあい。
      最終的に、師と意見の相違から決別し別れても。


時勢に拠るもの。人の感情とは移ろいゆくもの。この世は諸行無常。


全てひとえに、仕方がない。


そう思うようになった。


諦めの極地に達し、彼は全ての出来事を許容するようになった。
過去を顧みることをせず、いかなる危険や事象にも感情を持ち合わせることは無くなった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

585 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その9:2021/01/24(日) 20:04:50.633 ID:ZWXZSp9Ao
そこに、師から教わった“魔法”というツールが合わさった。
集計班には魔法の才能が高く備わっており、師の教えでその素質を開花させることができた。
しかし、特段魔術で何かを成し遂げたいと思ったことはない。
終生、魔術の研究は続けたが、元々、師と同じ魔術師になろうとしたわけでもない。

あくまで、おもしろそうだから研究を続けたのだ。

だから、ある時から彼が始めた生体研究も特段深い意味はなく、人の生命を弄ぶという危うさを味わいたいと感じたからだ。
彼は倫理観など端から持ち合わせていなかった。倫理の逸脱した行為をこれまでに多く受けてきたため、その判断を担う思考回路はとうの昔に焼き切れてしまっていたのだ。


人を助けるためでもない。

かといって自分のために動くわけでもない。


目の前でおもしろいことができそうだから、都度選ぶ。
だから個性的な仲間を各地で探し、一緒に【会議所】も興したのだ。

【会議所】を発展させることだけを願い、それ以外は全てどうでもいい。
どうなろうと構わない。

早くから家族を失った集計班に道徳的感情は無かったため、最後まで【会議所】に対し“家族”意識が芽生えることはなかったが、【会議所】という極上のエンターテイメンを奪われることに対しては唯一抵抗した。
発展を妨げる者がいるとしたら排除しなければならない。邪魔だったら、その場からどかしてしまえばいい。
家の周りにゴミが落ちていたら拾って捨てるように、感情を移入せずに、淡々と敵の存在ごと抹消する。

済まないと思うことはない。仕方ない。ひとえに、仕方がないことなのだ。

通常の人間であれば多少の躊躇を見せる場面でも、彼は逡巡する素振りもなく重大な局面を切り開いてきた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

586 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その10:2021/01/24(日) 20:07:21.044 ID:ZWXZSp9Ao

幼少期からの壮絶な体験で精神がすり減ってしまった末に、遂に一切の情動は欠落し、それと引き換えに彼は究極の自我の無さを手に入れた。
“怪物”の誕生だった。

根底の感情は失われ、子供の時に習うべき倫理観は存在せず、心理面は発達段階で崩壊し止まった。
しかし、その内面を補うだけの魔術の力と、他人を振り切るまでの決断力と実行力の速さ、そして他者への“一切の”興味の無さが同時に彼に備わった。


それは結果として、人前では慈愛の優しさとして、誰にも別け隔てなく接することのできる人間だと捉えられた。


人々は、そんな彼を人格者であり稀代の英雄だと称賛した。











それこそが “魔術師”集計班の、最大の問題点だった。


587 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/24(日) 20:09:38.251 ID:ZWXZSp9Ao
来週の更新で5章は最終回の予定です。
だいたいストーリーは出尽くすと思います。

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588 名前:たけのこ軍:2021/01/24(日) 22:40:18.954 ID:28n5X2Mw0
魔王様とは別ベクトルで怖い

589 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その1:2021/01/30(土) 18:08:25.938 ID:K/a/jdMQo

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【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

集計班『この身体は不治の病に侵されています。もう三月も持たないと医者からも匙を投げられていましてね』

彼はそう告げ、青ざめた顔の二人に、そっと微笑んだ。
幼少期からの壮絶な経験と、【会議所】を興してからの激務が原因で、彼の身体はすっかりと弱りきり、病魔に侵食されていた。
各種の臓器が悲鳴を上げるように痛みだし、身体は外敵を拒むように繰り返し痙攣を起こし、酷い時には歩く度に頭痛を起こし、吐き気を催すようになっていた。

それでも集計班は表向き顔色一つを変えることなくケロリとしながら、日常を過ごしていた。
精神をすり減らしていた彼は、遂に数年前から痛覚すら麻痺してしまっていたのだ。

集計班『判明したのは一年前ほどですか。ちょうどお二人に“計画”を打ち明けた時あたりですね』

唖然としていた二人は、そこでようやく彼の言葉を理解できたように震え、叫んだ。

参謀『なんでやッ!なんで言ってくれんかったんやッ!』

¢『そうなんよッ!突然そんなことを言われてもどうすればいいかわからないですよッ!』

集計班『落ち着いてください』

当の本人が一番落ち着き払いながら、なだめるようにニコリと笑った。


590 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その2:2021/01/30(土) 18:09:07.532 ID:K/a/jdMQo
集計班『人はいつか必ず死んでしまいます。
その順番がたまたま早かった。ただ、それだけですよ』

教会の神父が語る死生観のような、穏やかな口ぶりで話す彼の言葉に、だが¢は納得できない様子だ。

¢『折角、英雄たちの魂が揃って、いざ計画を前進させようと思った矢先に…集計さんがいなくなったらぼくたちだけではどうにもならないんよ…』

端正な顔がクシャクシャに歪む。
他の英雄と同じく、彼も当代一の戦闘力を誇る英雄だが、多少引っ込み思案であることと、涙腺が他人より緩いのが玉にキズだ。

集計班『安心してください。私に一つ名案があります――』

すべてを見越しているかのように、集計班はゆったりとした口調で話を続けた。

━━━━
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591 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その3:2021/01/30(土) 18:10:40.252 ID:K/a/jdMQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室】

ナビス国王の書簡が【会議所】に届いてから早いもので、今日で一ヶ月と幾ばくあまり。

その間、【会議所】は両国に使者を送り、必死にこぎ着けた二国間協議も決裂し。
一方的にカキシード公国に決められた五日間の最後通牒を経て、公国がカカオ産地に突如侵攻。
全て、予定通り。

そして開戦から一週間。
今日、公国軍がオレオ王国の王都に総攻撃をかける。

最後の総仕上げを始めなくてはいけない。

表向きは【会議所】の議長として世界に停戦を呼びかけ続け、会議では敵の脅威に備えるため公国の国境線上に予備隊を配備する案など緊急事態策を矢継ぎ早に可決し、準備は着々と進んでいる。

公国使者のsomeone(のだれか)は音信不通、対して王国使者の斑虎(ぶちとら)は、交渉決裂の負い目から自ら王都に残り、カカオ産地侵攻後にも王国の軍部顧問として急遽編成された王国軍を率いている。
彼の士気と知名度の高さで義勇兵や援助物資が各地から集まり、公国圧勝に終わると見られていた王都決戦は、思いの外苦戦するのではないかとの見立てだ。
それでも終戦が数時間ほど先延ばしになる程度のものだろう。

王都に主たる人員を集めるその力は彼の実力にほかならず、それだけにここで失うのには惜しい人材だと感じる。
同時に、実に“素晴らしい”動きだとも思う。戦力を王都に集中してくれることで、いちいち各個撃破する手間が省けた。
今から【会議所】が王都を壊滅させれば、オレオ王国の戦力は一切喪失し、戦力を集中させている公国軍も大打撃を受ける。全て目論見通りなのだ。

滝本は、辛辣に王国戦争を批判する新聞記事を読み終えると、時計を眺め少し慌てたように新聞紙をゴミ箱に放り投げた。
時刻は闇も深まった寅の刻頃。これから日が上れば、公国軍は王都に一斉攻撃をかけるだろう。
戦場で両軍の入り乱れている瞬間こそが、【会議所】にとって最大の好機だ。


592 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その4:2021/01/30(土) 18:11:32.640 ID:K/a/jdMQo
滝本は机の上に置いてある本を手に取ると立ち上がった。
そのままハンガーラックにかかるコートに手をかける寸前で、季節柄今はそこまで寒くないことに気づき、アオザイの格好のまま慌ただし気に議長室を飛び出した。

昼間は王国戦争への対応に追われ、いつも以上の慌ただしさを見せている本部棟だが、さすがに深夜過ぎともなると深夜の病棟のようにシンと静まり返っている。
本部棟の廊下にカツカツ、と靴音が反響して伝わってくる。

いつもより早めに聞こえてくるその足音に、滝本は一度はたと足を止めた。
自分でも気づかないうちに、気持ちが逸っているらしい。
無理もない。六年前から待ち焦がれた瞬間が今日訪れるのだ。興奮するなと言うのが難しい。

だが、急いては事を仕損じる。大事で足を掬われる瞬間は、自らの油断と慢心が極地を迎えた時だと相場が決まっている。
滝本は深く息を吸い込むと、ゆっくりと時間をかけて吐き出した。これまで経験したことのない速さで心臓の鼓動が烈(はげ)しくなり響いているのが嫌というほどに伝わってきた。
こんな自分にも血は流れているんだな、と滝本はいまさらながら不思議な感想を持った。

そして時間をかけ呼吸も整え、いざ歩き出そうとした矢先。

「行くん?」

目の前の暗闇から声をかけられ、落ち着いていた心臓は再び鼓動を早めた。
近づいてくる靴音とともに、通路にかけられた燭台の光にヌッと顔を出したのは袴姿のよく見知った人物だった。

滝本「参謀か。驚かせないでくださいよ」

通路で待ち構えていたのだろう。今の一連のやり取りを全て見られていた事の気恥ずかしさから、滝本は困ったようにボサボサの青髪を掻いた。
参謀がここに来た目的は凡その推測ができる。


593 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その5:2021/01/30(土) 18:12:36.950 ID:K/a/jdMQo
滝本「参謀。先日も言ったように、私の考えは変わりません。
いくら陸戦兵器<サッカロイド>が最強だといっても、戦場では何が起きるかもわかりません。不足の事態に対処できる判断力を英霊たちに求めるのは些か酷だと思いませんか?
誰か戦場でお目付け役が必要でしょう。だから、私が王都に陸戦兵器<サッカロイド>とともに趣き、指揮を執ります。¢さんには大反対されましたが、いまさら気持ちは変わりませんよ」

滝本の言葉に、意外にも参謀はあっさりと頷いてみせた。

参謀「いや、俺はもう止める気はないんや。
ただ、この機会にお前に少しだけ正直な話をしようと思ってな」

はあ、と滝本は間抜けな声を出した。
この忙しい時にいったい何の話だろうか。他の人間ならば無神経な行動に苛立つところだが、彼の頭脳明晰さには全幅の信頼を置いている。
この話にもなにか意味があるのだろうと思い直し、滝本は逸る気持ちを抑えるように腕組みし続きを促した。

参謀「滝本、俺はな。今だからこそ言わなくてはあかへんことがある。

俺はお前の…いや、シューさんのやり方に、全て賛同していたわけやない」

気付いてはいた。
¢や自分と違い、彼はこの計画の根本にある“狂気”に染められていないように見えたからだ。

瀕死の人間から魂を抽出し、あまつさえその魂を兵器に仕立て上げ。
他方では他国を扇動し最終的に戦争を引き起こしその領土ごと奪い取る。
倫理観の欠片もない行為に、善良な彼は心の何処かで違和感を持ちながらこれまで行動していたのだろう。

だが、それでもいいと思っていた。
三人とも配管下を這いずり回るネズミになる必要はない。一人ぐらいは地上から空を眺め、たまに地下に情報を届けてくれるだけでもいい。
全員が地下に染まりすぎては、平衡感覚を失ったネズミたちは、地上に上がってもたちまち外敵に駆逐されてしまう。
だから、二人とって参謀は光のような存在であったし、闇に染まりきらないことが彼の強みなのだと感じていた。


594 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その6:2021/01/30(土) 18:13:33.319 ID:K/a/jdMQo
彼は途端に苦虫を噛み潰したような顔をした。

参謀「でもな。俺のその考え自体が逃げやった。
自分だけどこか安全な場所から見下ろすように、お前たちを見ていただけやッ」

滝本「冷静に周りを見渡す力があるということです。それこそが参謀の持ち味です」

彼は真剣な表情で頭を振った。燭台の光に浮かび上がった彼の顔は心なしか白い。

参謀「それだけじゃいけなかったんやッ。お前たちの気持ちをわかっているつもりになっていた。

俺の心はなッ、汚いもんやッ。お前が暗躍するとき、心の中で別の自分が嘲笑うんやッ!

“どうせ成功するはずない、こんな行動はおかしい”とッ!」

彼がここまで気持ちを吐露するのは珍しい。
どういう言葉をおくればいいか分からない。こういった場面は、決して得意ではない。

参謀「ある時な、気付いた。
素直にお前を応援できず、一歩ひいていたのはきっと“悔しかった”んやと。
熱中できるお前たちが羨ましくて、同時に悔しかったんや。

二十年前に【会議所】を興した時の情熱を思い出してな。
あの時から変わらない¢やお前の心と比べて、冷めてしまった自分に絶望してたんや」

滝本「参謀…」


595 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その7:2021/01/30(土) 18:14:25.312 ID:K/a/jdMQo
参謀「大人になりすぎたってことなのかもしれんわ。

それでもな。時代が過ぎようと、俺自身が変わろうと。

俺には【会議所】設立時から、唯一変わっていない信念がある。


“お前たち”を支えるっちゅうことや」

「ぼくもそう思ってるんよ」

滝本「¢さん…」

聞き慣れた舌足らずな喋り口が耳に届いた。
参謀の背後から明かりの中に現れた¢は、在りし日のような精悍な顔つきをしていた。

なにが起きているのか、理解できていない。
なぜ二人がこの場にいるのか。
困惑気な滝本に二人は真面目な顔でじっと見つめ返している。

滝本「お二人とも、どうしてここに?【会議所】内の流れについては先日の打ち合わせでお話したはず…」

参謀「俺たちはそんな些細なことを確認しにきたんやない。これは、せやな。なんちゅうか、友人の見送りや」

友人。

聞き慣れない言葉に、滝本は思わず頭の中で反芻するように数度呟いた。
その様子を見かねてか、二人は悲しげな視線を送る。


596 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その8:2021/01/30(土) 18:15:15.268 ID:K/a/jdMQo
参謀「滝本、お前は本当に可哀想なやつや。
いきなり議長を、そしてシューさんの後釜に指名された。その結果、お前の意思とは関係なく、【会議所】に縛り付けられ、降りかかる激務の全てをお前一人に任せた。

俺たちもお前の激務を見ていながら、知らずのうちに見て見ぬ振りをしてきた。

それは偏に、お前にかつてのシューさんの面影を重ねていたからや。俺も¢も本当にすまないと思っている」

滝本「いや、それは――」

参謀「――でもな、俺たちはようやく気付いた。

滝本、お前はお前や。お前は決してシューさんではない。

滝本スヅンショタンという一人の兵士なんやとな」

滝本は口を開いたまま、ピタリと静止した。

―― 何だろう、この気持ちは。
―― 胸にずしりと響いてくるこの感覚は。

¢「滝本さんのおかげで今日も【会議所】はこうして平和でいられる。
僕たち二人だけじゃこれまでこの平穏をとてもじゃないけど保てなかった。本当に感謝しているんよ」

―― 冷めきった心の中に広がっていくこの温かな気持ちは。


597 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その9:2021/01/30(土) 18:16:36.072 ID:K/a/jdMQo
参謀「本来、議長であるお前が【会議所】を空けるのはまずい。俺も¢も大反対や」

彼の言葉に、横で¢も強く頷いている。

参謀「でもな。念入りに準備を重ね六年かけた【国家推進計画】の集大成が今これからだとすれば、戦場に赴かんとするお前の“心”を、俺たちは決して止めることはできひん」

¢「留守にしている間、【会議所】は二人で何とかしようと参謀と話し合ったんよ」

―― ドス黒い何かで浸っていた心に。一筋の光が差し込むように。

参謀「死地に赴こうとしている“友人”を支えてやるのが、俺たち二人の役目や。

俺たちは今までも何度も危ない橋を渡ってきた。
それは、お前が議長である以前に、俺たちがお前を支えようと思ってきたからや。

責任はお前一人には背負わせない。そうさせたくない。


滝本。何かあれば、俺達は三人一緒や」

滝本の心のなかで何かが弾け、静止していた身体はピクリと大きく揺れた。

頭の中で急速に情報が集約され、一つの結論が導かれる。
修行の末に悟りに到達した僧のように、彼の頭の中はいま澄んだ空のように晴れ渡り冴え渡っていた。

熱い思いの丈が喉元から目元にまで達することを恐れ、滝本は思わず目を伏せ細めた。


598 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その10:2021/01/30(土) 18:18:08.697 ID:K/a/jdMQo
滝本「借りた本をね。読み終わったんですよ」

震えた声を誤魔化すように滝本はポツリと呟き、腕の中に収まっている七彩の本を見つめた。

参謀「…どうやった?」

滝本は微笑を浮かべた。

滝本「正直…展開はありきたりでした。
実は、記憶を失う前の主人公は犯罪グループのボスで。
とある重大事件で記憶を失い、その監視のために“父”と仰ぐ警官が付き彼は仮初めの更生をする。残酷な事実です。

その事実に全て気付いた時、主人公は絶望し、心の中に潜んでいた別人格である本来の自分と入れ替わり、再び狂気の破壊者へと回る。
あらすじを見たときからある程度予想はしてましたよ」

でも、と続けながら、滝本は牢獄にとらわれている少年の表紙絵を見つめていた。

滝本「気になるシーンがありましてね。
最後に、結局主人公は警官である人格を捨てて、元の犯罪者の自分に身体を明け渡すんですが。その時に彼がこう言うんです。

『空っぽだった自分にも唯一、捨てきれないものがある。仲間と過ごした日々、会話、生活。その全てが詰まった“記憶”だ』と。
『叶うならば自分が死んでも、その“記憶”だけは心のなかに残しておいてほしい』、そう懇願するんです。

記憶とは、ただ会話を交わした履歴だけではない。その時に自分がどう思い感じ、どのように行動するに至ったか。
生者の痕跡こそが“記憶”だ、とこの本では語っている。
私はこの言葉を理解できなかった。馬鹿げているとすら思った」

そこで滝本は顔を上げ、不安がる二人に精一杯の笑みを返した。


599 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その11:2021/01/30(土) 18:18:50.334 ID:K/a/jdMQo
滝本「いま、ようやく意味がわかりました。

私は今のこの三人でのやり取りを決して忘れたくない。

かけがえのない思い出として遺しておきたい。


これが本当の“記憶”、なんですね」

心の中になにか熱いものが宿るのを確かに感じた。
今まで酷く冷めていたからだろうか。人肌程度の暖かさのはずなのに、不思議と身体には燃え盛る熱のように深く沁み渡った。

いま、滝本の心の奥深くに “記憶”が刻み込まれた。
今まで追体験していた回想ではない、彼自身の感じた生の経験だ。

もし死に行く際にも、最期はこの光景を思い出しながら息絶えたい。
そう感じるほどに温もりはあった。


600 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その12:2021/01/30(土) 18:20:04.362 ID:K/a/jdMQo
滝本「ありがとう。参謀、¢さん。
先程の言葉はとんでもない。お二人がいたから、私はここまでやってこれたんです。本当にありがとう」

暫く頭を下げたままの滝本を、二人は穏やかな顔で見つめていた。
“でも――”と言葉を続け、再び頭を上げた彼の顔は茶目っ気に溢れていた。

滝本「――かわいそう、というのは随分と心外ですね。

これでも私はこの職を気に入っているんですよ?激務、大いに結構。その分、寝ますけど。
【会議所】の役に立てるなら、この身体を喜んで差し出します。本当ですよ?」

参謀「とんだマゾ野郎やん」

敢えて捻り出した彼の強めのツッコミに、思わず三人は笑いあった。
この五年過ごしてきた中で、一番穏やかな時間がこの暗く無機質な通路内で流れていた。


滝本「では、行ってきます。後を頼みますよ。
ああ、そうだ参謀。お返しします、いい本でした」

手にしたハードカバー本を参謀に渡そうとすると、彼は微笑を浮かべたまま静かに頭を振った。

参謀「返却は、お前が無事に戻ってから図書館で受け付けるわ」

滝本「無事に帰ってこられるか不安なんですか?大丈夫ですって」

参謀はその言葉には何も返さず、なおも無言で再度頭を振った。
滝本は渋々、本を脇に抱えた。

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601 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その13:2021/01/30(土) 18:21:02.507 ID:K/a/jdMQo
滝本「それでは。行ってきます」

名残惜しそうに別れの挨拶を終えると、滝本はツカツカと歩き去って行った。
二人はその背中が闇に溶けるまで見送っていたが、参謀は静かに嘆息した。

参謀「なあ、¢。歴史の評価っちゅうもんは後世の人間がするもんだが…
いま俺たちがやっていることは実際どうなんやろな?」

¢「ぼくたちがやっていることは悪そのもの。悲しいけどそれは事実だ」

躊躇いもなく言い切る彼の姿勢には、既に覚悟を決めている者の決意をひしひしと感じ取れた。
その言葉に、参謀もかえって自信を貰えた気がした。

参謀「せやな。きっと俺たちの行動を後の時代の奴らは、突拍子もないことを計画し実行した“信じられない阿呆”とでも言うんやろうな」

¢はキョトンとした目で参謀を見返した。参謀は大丈夫だと言わんばかりに、ニヤリと笑った。

参謀「でも、そんな阿呆こそ世界を変えるってのが、時往々にしてあるやろ?」

¢「…そうだな。そう信じているんよ」


いつだって世界を変えるのは、突拍子もない事を考える阿呆だ。

さて。

もし、自分たちよりもさらに頭のネジの外れた“ド阿呆”がいたとしたらどうだろう。


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602 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その14:2021/01/30(土) 18:22:05.138 ID:K/a/jdMQo
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【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

集計班『不治の病に侵されたこの身体では、私は最期まで見届けられません。
まああくまで、“私のこの眼では”、ですが…』

含みのある言葉に¢はすぐに彼の企みに気付き、再び驚愕した。

¢『まさか、集計さんッ!貴方は、もしかして“うまかリボーン”を――』

その言葉を遮るように、集計班は机の上に一枚の写真を投げた。
町中で撮ったのだろう。雑踏の中に、ボサボサの青髪姿の一人の若者が写っていた。

集計班『私に“合いそう”な兵士を選びました。すぐに後継者として起て、彼を連れてきてください。私は【儀術】の準備をします』

¢『本気なのか、集計さん…?』

集計班『冗談など言いませんよ。いいですか?これから行われるであろう、魂を違う“器”に込める作業は、これまで集めた12人の英霊を差し置いて、私が初めてとなります。

魂を押し込める手段はあなた方にお任せします。化学班さんに相談されるのがいいだろう。

たとえ失敗してもいい。それで最適な方法を考え直せるなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう。

まあ元々、本来死ぬ人間ですから未練などありませんよ。
でも、もしうまく行けば、姿形は違えどまたこうして皆で会うこともできましょう』


603 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その15:2021/01/30(土) 18:22:48.297 ID:K/a/jdMQo
彼の言葉は何時だって苛烈で果断だ。
本来は批判し止めないといけないのだろう。だが、参謀は思わず聞いた。

参謀『彼は、シューさんの血縁者かなにかなん?』

集計班『いいえ、全く違います。縁もゆかりもない、所属軍が同じだけのきのこ軍兵士です。
ただ、彼は私ほど魔力がなくかえって適合しやすそうだということ。それと――』

参謀『それと?』

集計班は笑いながら答えた。

集計班『目元を見てください。どことなく私に似ていませんか?』

一人の兵士の運命を完全に狂わせようとしているのに、悪意を一切に感じずに見せる笑顔に二人はクラクラした。

純粋な狂気だった。


集計班『それでは皆さん。お元気でしたら“また”お会いしましょう』

今生の別れとは程遠い声のトーンで、“魔術師”集計班は二人に最期の別れを告げたのだった。

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604 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その16:2021/01/30(土) 18:23:47.539 ID:K/a/jdMQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団地下 メイジ武器庫】

滝本がメイジ武器庫に到着すると、武器庫内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
それまで横に寝かせられていた陸戦兵器<サッカロイド>たちは全て立ち上がり、その全長は広大な天井に届かんとする高さだ。
胸の部分に埋め込まれた英雄の魂たちは、戦を前にしてやる気十分といった具合にメラメラと揺らいでいる。

その巨人たちの足元を、白衣を纏った数人の研究者たちが慌ただしそうに走り回っている。
元々、陸戦兵器<サッカロイド>計画は秘密裏に行われていたため、化学班を始め限られた人間でのみ武器庫を運用していたのだ。
いよいよ決戦が始まるのだと思うと、【大戦】前に感じる高揚感のように、滝本の胸も高まってくる。

陣頭指揮を執っていた化学班と猫の姿の95黒(くごくろ)がこちらを見つけると、急ぎ近寄ってきた。

化学班「やあやあ、お待ちしていましたよ。思いの外、早く戦いが始まっているようで準備に慌てておりましたわ」

滝本「いえいえ。こちらも遅れてしまい申し訳ありません」

95黒「12体の陸戦兵器<サッカロイド>、全て出撃完了していますッ!…と言いたいところですが、すみません。
“Ω(おめが)さん”が戦争ということで興奮したのか、我々の制止を振り切り先程既に出撃してしまいまして…」

95黒の言葉に改めて格納庫を眺めると、確かにΩの保管されていたスペースだけスッポリと空いてしまっている。


605 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その17:2021/01/30(土) 18:24:44.521 ID:K/a/jdMQo
滝本「ふふっ。それは実にΩさんらしい行動ですね。
大丈夫ですよ、事前にこの王都決戦の話は彼にも伝えてあります。予定通り向かってくれることでしょう。我々はその後に続けばいい」

化学班「本当に一緒に行くのですか?なにも貴方が行く必要はないのでは?」

滝本「名目上、私は新型兵器で公国軍を蹴散らし、オレオ王国を救いに行くのです。
わたし自ら行かなくてどうしますか。¢さんには強く反対されましたがね」

その言葉に、化学班は“まあ私は面白ければなんでもいいのだがね”と言い肩をすくめた。
老いても変わらずの狂科学者然とした振る舞いに、もはや感動すら覚える。

95黒「魂との定着率は完全に100%には到達できていませんが、極力コンディションは整えました。そもそも陸戦兵器<サッカロイド>は通常の攻撃を受け付けないので、何か起きても大丈夫だとは思いますが」

95黒は、読み終えた報告書を器用に背中に載せた。

滝本「分かりました。それでは手筈通りいきましょう。念の為、私達の身に何かあればこの武器庫は即刻破棄してください」

化学班「あい仕った。安心して地上で暴れてきてくださいな」


606 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その18:2021/01/30(土) 18:25:44.841 ID:K/a/jdMQo
そこに、一体の陸戦兵器<サッカロイド>が滝本たちの前に身を屈め、右の掌の甲を地面に付け握りこぶしを開いた。
この掌に乗れ、という意思表示だ。

滝本「失礼しますよ。“まいう”さん」

たけのこ軍 まいうの魂にそっと優しく声をかけ、滝本は掌の上に収まった。ひんやりとした冷気が、今は興奮した気を少しでも冷静にするのに丁度いい。
巨人は呼応するように掌の滝本をそっと上げ、自らの肩に彼を載せた。

滝本「よろしい。ではそろそろ、戦争を終結させに行きましょうかッ!
ハッチを開けなさいッ!」

滝本の命令とともに、機械音とともに武器庫の天井が開いていった。
頭上が、徐々に仄かな陽の差し込む湖面の光で覆われていく。
魔法の膜で覆われた武器庫は、陸戦兵器<サッカロイド>たちが通過すればすぐに湖上に向かえる仕組みとなっているのだ。


607 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その19:2021/01/30(土) 18:27:13.008 ID:K/a/jdMQo
滝本「陸戦兵器<サッカロイド>部隊、出撃なさいッ!!」

ガチャリ。

手にした専用武器を抱え、一斉に外へ向かう彼らの一糸乱れぬ姿は、統率の取れた歴戦の精鋭部隊を彷彿とさせた。

滝本の心が俄に騒ぎ始めた。
否、これは滝本“だけ”の気持ちではない。きっと“彼”も興奮しているのだ。

滝本「“私たち”でケリをつけにいきましょうッ」

滝本は心のなかに向かい、独り呟いた。
答えるように、心臓の鼓動がドクンと一度跳ねた気がした。


地下を這いずり回ったネズミは、一縷の光を目がけ、遂に地上へ上がる。
親の遺した極めて残酷な意志を胸に宿し、子ネズミは親の遺言通り、仕組まれた舞台の上で狂宴を始める。


夢見た、最後の“ラストダンス”を踊るために。








                            To be continued...


608 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/30(土) 18:31:39.273 ID:K/a/jdMQo
第5章完!次から最終章に突入します!
補完のための小ネタを投稿。

参謀
https://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1052/%E5%8F%82%E8%AC%80.jpg

¢
https://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1053/%EF%BF%A0.jpg


◆儀術名:うまかリボーン  術者:集計班
禁忌の儀術。指定した相手の魂を肉体から分離させ、魂を実体化させる。
魂を抜き取られた肉体は死亡する。分離した魂を別の肉体に埋め込めば、記憶の融合も可能だが別人格が既に入っている場合は不完全に終わることもある。


609 名前:たけのこ軍:2021/01/30(土) 20:30:31.849 ID:H5sgWnJo0
すべての主人公が絡むであろうラスト楽しみんよ

610 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/05(金) 20:20:44.776 ID:0qPK6pPQo
ttps://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1055/%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89%E6%9C%80%E7%B5%82%E7%AB%A02.jpg

今週はお休みでごわす。
そのかわり最終章に向けたポスター風紹介画像を作ったぞ。

611 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/12(金) 10:46:01.876 ID:eUypB9bMo
それでは最終章の更新を開始します。これまでの章よりも少し長いですが、がんばります。

612 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 10:48:41.485 ID:eUypB9bMo




・Keyword
トロイの木馬(とろいのもくば):
1 データ消去や改ざんなどの破壊活動を行うプログラム。
2 内部に潜入し、破壊工作を行う者のたとえ。この物語で言うところの英雄。






613 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 10:49:44.674 ID:eUypB9bMo





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “トロイの木馬”

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614 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その1:2021/02/12(金) 10:52:56.201 ID:eUypB9bMo
【カキシード公国 宮廷 地下室】


長く檻の中に閉じ込められていると、幾つか発見がある。


まず生物だ。
この地下室には不思議なことに生き物がほとんど寄り付かない。灯りも無く、暗く湿り気もある環境下では、夜行性の動物にとって絶好の活動拠点だ。
服の一つぐらいかじられても良さそうなものだが、なぜか自分の周りにはネズミ一匹近寄らない。
恐らく、この部屋を訪れる791があまり好きではなく彼らを引き離す魔法を使っているのだろう、と推測ができる。

次に、物音だ。
地上の喧騒さとは裏腹にこの地下では何も動きがない。
もたれている壁から身を離す時であったり、冷えきった地面の居心地の悪さから逃れるように身体を拗じりでもしない限り、この部屋には“音”という一切が何も響かない。

否、違う。
よく気分を落ち着かせて冷静になれば、耳元に微かなチョロチョロという音が聞こえてくる。檻の向う側の入口付近にある壁を伝って落ちる水滴の落下音だ。
唯一、それだけは起きているときも寝ているときも変わらずにずっと響いていた。
ただ、あまりにも規則的すぎて、いつしかその存在を忘れ、知らずのうちに自身の心臓の鼓動音かなにかと重ね合わせ、同化していたのだ。


そうして檻の中の住人であるきのこ軍兵士 someone(のだれか)は、今日も地面に横たわったまま、気だるげに身体をもぞつかせた。

身につけている群青色のローブはすっかり汚れ、くすんだねずみ色に変色している。
彼の端正な顔も壁のタイルに似た土気色に変色し、お世辞にも顔色が良いとは言えない。


615 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その2:2021/02/12(金) 10:54:52.272 ID:eUypB9bMo
数ヶ月前まで、彼は地上で活躍するきのこ軍兵士だった。
それがとある出来事を境に宮廷魔術師791の怒りを買い地下室に幽閉され、そろそろ一月が過ぎようとしている。
これまで決して器用な生き方をしていなかったsomeoneの人生の中でも、今回は取り分け困難に直面しているといっていい。

someone「…」

深く嘆息する。白い息が目の前で霧散した。
自分の短い人生に反省や後悔の念を抱いたことはこれまで無かった。しかし、今回ばかりはこれまでと違う。彼は決定的な“失敗”を冒し、その結果として牢獄に捕われている。

その原因は明らかだ。偏(ひとえ)に自らの判断の甘さに因るもの。
困難な道のりではあったが、終盤に重要な判断を見誤ったことについては、いま思い出しても大きな悔いが残る。

耳元と鼻先に意識を集中させる。
遠くから足音が響いてくる様子はない。まだ今日の食事の時間には早いようだ。
自分以外の誰かが地下室へ訪れるとそれだけで空気の流れが変わる。既に寒さで麻痺した鼻先でも、冷気の渦の変化を察知できるようになった。
これも長い地下生活で身につけた知恵かもしれない。

“彼”からの連絡も無く、まだ僅かに時間も残っている。
少しぐらいはこれまでの出来事を振り返っても罰が当たらないだろう。


someoneはそう思うと、そっと目を閉じ、これまでの自身の人生に思いを馳せることにした。



616 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その3:2021/02/12(金) 10:56:03.115 ID:eUypB9bMo

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【カキシード公国 過去】

幼少期のsomeoneに、両親の記憶はほとんどない。
生まれてすぐに里子に出されたからだ。

生家で子供たちを養っていけるだけの食い扶持がなかったためだが、子どもたちには一切そのような素振りを見せることはなかった。
当時、まるで遠足に行くかのように快く手を振られ送り出された場面が、彼にとって両親を見た最後の瞬間だった。少し長い期間の遠足で、いつか帰れるものだとばかり思っていたのだ。

彼がその事実に気づいたのは、ちょうど幼年を経て学舎に通い始める間際の時だった。
外で遊んだ帰りに居間の近くに立ち寄ると、いつも笑顔を見せる養母が手にした手紙に向かい顔を伏せ、すすり泣いていた。
彼女の弱々しい姿をこれまでに見たことがなく、someoneは思わず困惑し、居間に入る直前で足を止めてしまった。

気持ちを落ち着け再度居間を覗き見ると、隣にいた養父は彼女の肩を支え、“大丈夫だ。俺たちが支えてやろう…”と慰めるように何度も肩をさすっていた。
なぜだかその時、someoneはその場に入り込むことができず遠巻きから二人を見守ることしかできずにいた。
その光景を眺めながら心の中で、“もしかして自分は捨てられたのではないか”と邪推したのが、彼の最初の気づきだ。

小さい頃からsomeoneは察しが良く、他人からきいた少しの話を自らの頭の中で咀嚼し推測し結論に導く豊かな思考力と想像力に恵まれた。
また、言葉にせずとも自分で考え行動に移せるだけの器量と要領の良さも備わっていた。
その分、他人よりも口数は少なく近所からは寡黙な少年だとよく言われた。


617 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その4:2021/02/12(金) 10:57:17.400 ID:eUypB9bMo
養父母の家で何回目かの誕生日を迎えたある日、彼は二人から“魔法学校”の紹介を受けた。
最近できた全寮制の学校で、若き魔法使いの教師が教鞭をとり、子どもたちの世話も一人で担っているらしい。

―― “魔法も習えるし、友達もたくさんできる。someoneちゃんにピッタリの場所よ。”

彼らはsomeoneを説き伏せるために、チラシに書かれた魔法学校の良さを繰り返し伝え、彼の入学を後押しした。

勘のいい彼は、すぐに気がついた。

そうか。この人たちは早く自分の世話を手放したいのだな、と。

養父母は高齢で既に二人とも仕事を引退し隠居暮らしをしていた。彼らの間にいた子供も何十年も前に家を出て以来、ほとんど帰ってこない。
半ば余生を過ごす二人に、育ち盛りの自分の世話はさぞ荷が重いだろう。
元々、里子に出されたのも一時的なもので、両親に食い扶持の目処が立てば実家に戻るという話だったのかもしれない。

いずれにせよ、決心は固まった。
成人もしていないsomeoneは、目の前の皺を刻んだ老夫婦を気遣うように年不相応に目を細めた。

二人を責める思いには一切ならなかった。
ここまで自分を育ててくれたのは両親ではなく紛れもない目の前の老夫婦であり。
捨て子だと自身で気付いてから、寧ろ彼らへの感謝の念はとても深まった。
養母から“貴方は我侭を言わない良い子だ”と繰り返し褒められてはいたが、他方でまだ目に見えた恩返しは何も出来ていない。

今こそ彼らの気持ちに応えようと決心し、彼らの言葉に黙ってsomeoneは一度だけ頷いたのだった。


618 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その5:2021/02/12(金) 10:58:49.553 ID:eUypB9bMo
【カキシード公国 魔法学校 791の家 14年程前】

791『えと。私の名前は791(なくい)と言います。今日ここに集まってくれたみんなは今日から互いに家族だと思ってッ!
時には喧嘩することもあるかもしれないけど、みんなで仲良くやっていきましょうッ!』

朗らかな笑みを浮かべ、若き学校長である791は新たに集まった子どもたちの前でぺこりと深く一礼した。

入学した学園は、魔法学校と聞こえはいいものの、その実、校舎はただの庭付きの一軒家で寮舎も兼ねているお粗末さだった。
彼女が一人で住んでいる家を改装したそうだが、彼女一人で住むにはその家は不釣り合いなほどに広く、また酷く朽ちていた。

someoneが入学した当時、朽ちた“校舎”には既に十名近くの先輩生徒たちが生活を送っていた。
同年代の子どもたちから背丈の大きい中等部に入る程の年齢の子どもまで、年代はさまざまで、生徒たちの中で彼は寧ろ若い部類に含まれた。

彼らはみな一様に自分と同じ身寄りのない子どもたちばかりで、一軒家で共同生活を続けるその様子は、孤児院と何ら変わりはなかった。
世間の評価も凡そそのようなもので、ある時に近くを歩いていたら、近所夫婦から慰めの言葉とともにキャンディを貰ったことさえある。

つまり、彼は実の両親に続き二度も捨てられたのだ。
それでも特段悲観的にはならなかった。送り出してくれた老夫婦に報いるためにも、卒業までこの学校に通い続けることが何よりの恩返しだと感じたし、事実学園の入学金は破格と言っていいほど安価だったことを彼は知っていた。


葡萄(えび)色のローブをはためかせながら、この頃の791はいつも忙しそうに家内を歩き回っていた。
子どもたちの実世話はある程度歳のいった子に任せながら、自身は昼間に子どもたちに授業で魔法を教え、夜は自室で魔術の勉強に励み、発明した魔法の使用料で皆の食い扶持を稼ぐ。
その合間に子どもたちの相談に乗り、炊事や家事も行い、授業のカリキュラムも組み立てる。

異常なほどに働いていた。元々身体が強くないと授業の時に話していたが、この頃の彼女は子どもたちに弱い自分を見せたくなかったのか、無理をしてまで動き回っていたように感じた。
ただ、子どもたちはそんな健気な彼女を実の親のように慕っていたし、彼もまたその真摯な姿勢に感銘を受けた一人だった。


619 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その6:2021/02/12(金) 11:01:00.870 ID:eUypB9bMo
魔法学校で日々を過ごす中で、someoneには大きな発見が二つあった。

一つは、自身の魔法力が思ったよりも相当高かったということ。
そしてもう一つは、思った以上に集団生活というものに不向きだったことだ。

元々、里子時代でも同年代の子どもが近くにおらず、someoneはずっと独りぼっちだった。
また、養父母が彼に温かく接する気遣いを感じるその度に、心のどこかで、自分が彼らの本当の子供ではないという引け目を知らずのうちに増長させていた。

その時点で誰かに悩みを打ち明けていれば彼の人生は大きく変わっていたのかもしれない。
しかし、幼年期から彼は思慮深く自分自身で苦境を打破しないといけないという思いに駆られるあまり、他人に頼る術をまるで知らなかった。
結果として、幼少期の彼が抱えていた心の痛みは解放されず、他人に心を開く機会は禄に無かったのだ。

その過程を経て、自らの心を閉ざすことで安息を得るように順応した彼に、いきなり同年代の子どもたちと共同生活を送らせるというのは、難しい話だった。
彼はすぐに周りから孤立し、彼自身も正当化するように孤独を良しと受け入れた。

ある時から、someoneは周りの子たちと庭で駆け回る遊びを横目に、リビングにある書棚の本を読み耽るようになった。
791曰く、魔法関連の書物を多く溜め込んだ書棚は、彼女の師匠が遺していった物らしい。
自由に読んでくれて構わないと彼女は諭したが、他の子どもたちに難しい学術書はまだ早かったようで、書棚に近寄るのは専ら彼だけだった。

孤独を好む彼は、誰も干渉してこない書棚付近に半ば陣取るようになり、その読書量の多さは同年代でも群を抜く程になった。
顔も見たことのない彼女の師匠に心のなかで感謝しながら、世間から逃げるようにsomeoneは魔法の奥深さに取り憑かれていった。


620 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その7:2021/02/12(金) 11:03:03.039 ID:eUypB9bMo
彼の学園生活に変化が訪れた切欠は、入学から一年近く経った際に行われた魔法試験だ。

その試験で歴代最高点を叩き出し、周りの彼への態度は一変した。
同年代の何名かは秀才の彼に羨望の視線をおくる者もいたが、残りの多くの者は“嫉妬”した。彼が周囲から浮いていたことで不幸にも、彼に対する妬みはストッパーのない陰湿ないじめという行為へと表れた。

翌朝から、彼を取り巻く環境は大きく変化した。
朝食を食べ終わり自分のベッドに戻ったら、寝具は誰かにビショビショに濡らされており、それを見た別の者から“someoneはおねしょをしたッ!”と吹聴された。
また、ある時には791の使いで外に出ようと思ったら誰かに靴を隠された。しかたなく、裸足のまま外に出た。尖った岩に足は擦れ血が滲み出た。
帰ってきた時には足の裏はズタボロになっており彼女は驚愕したが、彼はその事を一切に伝えず、無表情で日課の読書を始めた。


―― 『どうしてやり返さないの?あなたには力があるのに』

ある時、同年代の少女からこう訊かれたことがある。
この頃になると、“奴に話しかけるとバイ菌が移る”という名目でsomeoneに話しかける者は791以外にほぼ居なくなっていた。
彼が本から顔を上げると、薄い緑髪を後ろで束ねた気の強そうな少女は、眉間に皺を寄せ、鋭い眼光で答えを待っている様子だった。


621 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その8:2021/02/12(金) 11:04:01.187 ID:eUypB9bMo
someone『どうしてって…先生が言っていたじゃないか。“仲良くやっていこう”って』

少々面食らいながらも素直にそう答えると、彼女は一瞬目を丸くし。
すぐに、“バカじゃないのッ”と言葉を吐き捨て、走り去っていった。


同じ質問を後で791からされた時にも、someoneは同じように答えた。
少女と違い、彼女はきょとんとした後に腹を抱えて笑い出した。

791『ハハハハハッ。仕返しすると喧嘩になっちゃうから、君は彼らに言い返さないしやり返さないんだね?』

目元の涙を拭って、彼女はsomeoneの頭をそっと撫でた。


622 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その9:2021/02/12(金) 11:05:48.389 ID:eUypB9bMo
791『someone。君は優しい子だね。
私の教えを忠実に守ろうとしている。君はなんて、なんて――』

彼女はそこで言葉を切り、柔和な笑みを浮かべながら繰り返しsomeoneの頭を撫でた。

彼女の温かさに触れ、冷え切っていた彼の心の中に初めて仄かな光が灯った。
他者と距離を置き、自分自身の世界でしか生きられなかった彼にとって、彼女は養父母以来の頼れる人間だった。



だが、全て事情を知った今なら分かる。

彼女の思考の根底にあるのは教育者ではなく、根っからの“魔術師”のそれだった。

教育者の顔を装い自分の頭を優しく撫でながら、彼女は途中で打ち切った言葉を、次のように続けたかったに違いない。




―― なんて“使える”子なんだ、と。


623 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 11:07:28.889 ID:eUypB9bMo
この物語、親がいない人多すぎィ!と気づきました。

624 名前:たけのこ軍:2021/02/12(金) 20:43:35.506 ID:QTRTTlsQ0
悲しい過去…

625 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その1:2021/02/20(土) 10:50:38.179 ID:N66x1.Roo
時が経ち、何人もの年長の子どもたちがsomeoneより先に魔法学校を卒業していった。

そして、一期生達で卒業した数名で立ち上げたとある魔法ベンチャービジネスがある時に大受けし、数年も経たないうちに彼らは世間で一大ムーブメントを巻き起こした。
若い彼らの功績だけが取り沙汰されるだけでなく、好奇の目はすぐに魔法学校へも向けられた。

これまで特筆する実績もない若者たちの活躍の理由を求める上で、魔法学校の存在はメディアにとって格好の“餌”だった。
出自にとらわれず自由な発想で生徒を育てる校風の791の魔法学校は連日のように記事が載り、すぐに評判になり生徒が殺到するにまで至った。
これまで腫れ物を触るような扱いをうけていただけに、建屋から生徒が溢れん程の光景を見て、さすがの彼女も苦笑いを浮かべていたのが印象的だ。

この頃から791は歴史の表舞台に姿を現した。
そして魔法学校の運営が軌道に乗り、自分以外の教師を何人も抱え名実ともに学府としての機能が確立されたことを確認するやいなや、彼女は会議所自治区域で開かれているきのこたけのこ大戦への参加を正式表明したのだ。
生徒たちも知らされておらず、someoneも新聞の記事で初めて目にした。

その時の衝撃は、計り知れないものがあった。

それまで公国民の諸外国への渡航は、公に禁止されてはいなかったものの、国家自体が半鎖国体制を敷いていることから特段推奨されてもいなかった。
ライス家は自らの目の届く範囲で臣民を監視し束縛を強化するために、諸外国に出ていく国民を内々に出奔扱いにすることで、国を出ていくことは即ち故郷を捨てることだという“負”の感情を植え付けていたのだ。
そのうち、人々は諸外国に出ることを敬遠するようになり、公国に棲み着くことが正しいことなのだと無理やり納得するようになった。


626 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その2:2021/02/20(土) 10:51:44.700 ID:N66x1.Roo
―― 公国に生まれ、公国の地に没し、魔力の肥やしになる。

かつて一世を風靡したこの詩文は、公国民の勤勉さ、不撓不屈さを示す名文であるとされ、半ばプロパガンダのように広められ刷り込まれていった。
公国に生まれたからには公国のために一生を尽くす。これが公国民の美徳とされた。誰しも口に出さずとも、国民の一生は生まれたときから半ば確定付けられていたのである。


その暗黙の了解を、彼女がいの一番に打ち破ってみせた。

これまでも【大戦】に参加している公国出身の兵士はちらほらいたものの、彼らはみな一様に自らの出自を隠し参戦していた。
どうしても後ろめたい気持ちが抜けなかったのだ。
しかし、彼女といえば純粋な目で世界を見据え、過去の慣習にとらわれることなく悪びれもなく敢えて大戦参加を表明し、挑戦者として外に飛び出していった。

国民は彼女の振る舞いに目を丸くし、そして半狂乱になり応援した。
国に縛られていることで慢性的に淀み、鬱屈としていた空気が、彼女の行動ひとつで霧散し弾け散ったのである。
元々奇異の目で見ていた他の国民も、彼女がもしかしたら長年続いた慣習を打破する救世主になるかもしれないと少しでも感じれば、周りの熱にあてられたように一様に応援した。

その熱気は当然、魔法学校にも届いた。
そして、周りの期待以上に遠い異国の地で持ち前の大魔法を駆使し活躍する師の話は魔法学校にもひっきりなしに届けられ、少年少女たちを大いに高揚させた。

この時代、誰もが彼女に憧れた。
公国中で“大戦ごっこ”が流行った。
誰もが彼女と同じように大魔法使いになろうと志を高くした。

当然、someoneもその一人だった。


627 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その3:2021/02/20(土) 10:52:36.550 ID:N66x1.Roo
【カキシード公国 宮廷 4年前】

真っ赤な絨毯の上を歩いた末にようやく辿り着いたアーチ状の大扉の前で、someoneはまず一息吐いた。

あれから異国の地での大活躍と世論の後押しを受け、遂にライス家は791の存在を看過できなくなった。その実績を認められ彼女には“宮廷魔術師”の称号が与えられた。
そしてあわせて魔法学校も古いボロ家から、宮廷内に立派な校舎を構えるまでになった。かつての教え子たちも次々に教師になり、生徒数は一端の学園を凌ぐ程にまで膨れ上がった。
彼女の傍でその変化を見続けたsomeoneも、あまりの順風満帆さに目を白黒させてしまったほどだ。
紛れもなく彼女は自らの力で運命を切り開いてきたのである。

息を整えると、意を決して扉を叩いた。

someone『失礼します』

『入りなさい、someone』

中から鈴のように安らかな声が聞こえると、扉は独りでに開け放たれた。
ガラスドームのように外気の光を受ける球体の部屋で、791は独り仕事をしていた。
巨大な部屋の中央でポツンと陽の光を浴びる彼女の姿は、まるで草原に咲く一輪の向日葵のようだと思った。

彼女の前まで歩くと、初めて彼女は顔を上げ微笑んだ。
初めて会った時から幾分か老け込んだものの、表向き彼女は未だ快活さを見せていた。


628 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その4:2021/02/20(土) 10:54:42.881 ID:N66x1.Roo
791『もうすぐ卒業だね。おめでとう』

パチンと指を鳴らすとsomeone用の椅子とテーブルが地面から生えてきた。
控えていたメイドが、タイミングよくテーブルの上にメロンソーダの注がれたグラスをそれぞれ置いた。

彼女から祝いの言葉を貰ったものの、何を以て卒業かと言われれば、厳密には決まっておらず難しい。
特に入学や卒業に年齢制限はないのだが、魔法界にはそのどちらも殆ど十代までのうちに済ませるという不文律がある。
人生の一番多感な時期に魔力を活性化させることは、魔法使いとしての今後の素質を見極める上で極めて大事だという論文が以前発表されたのだ。

特に最近の研究では、幼い頃から魔法を使い続けた人間と成人してから魔法を使い出した人間とでは同じ魔法習得の速度にかなりの差が出るという説もある。
someoneはこの説にはかなり懐疑的だが、事実最近では生活の豊かな家庭も子どもの将来を占う意味で魔法学校に預けに来るケースが多いようだ。
孤児院として見られていた時代から大きく変わったものだと、改めて心のなかで驚嘆した。

791『何かしたいことはあるの?』

someone『いえ、特には…』

本心だった。
結局、十年程学校に居たが、やりたいことも、さらに言えば友達も見つからなかった。
その間に養父母は亡くなり、彼は正真正銘孤独の身となった。

791『君ほどの優秀な魔力を持つ若者が、そんなことでは先が思いやられるね』

ふふっと笑いながら、791はストローで静かにメロンソーダを啜った。

表向きは変わっていない目の前の師だが、最近は外に出ることも少なくなった。若い時に無理をし過ぎたせいだろうか。
会議所自治区域と公国との行き来も、一時に比べて回数が減り今では公国に居る時間がかなり多い。


629 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その5:2021/02/20(土) 10:56:13.217 ID:N66x1.Roo
791『気づいての通り、最近の私はまたちょっと疲れ始めていてね。誰かの支えが必要なんだ。
だからsomeone。君に私のお手伝いをしてもらえると、すごく嬉しい』

予想はしていた。

―― 『魔術は、受け継がれなければいけない』

この言葉が791の口癖だった。

全ての魔法使いは魔術師を目指す。
しかし、魔術師になれる人間はほんの一握りで、またその教えを真に理解するためには才覚ある者しかその高みの入り口にすら到達できない。
それ故に、魔術師は生きている時から後継者を探さないといけない。
自らの功績を受け継がせるため、自らの生きた証を残すため。

someoneもいつか魔術師になりたいと思っていた。
そして、魔法学校内で唯一魔術師になれる人間が居るとしたら、自分しかいないだろうという予感もあった。それだけ、彼の成績は飛び抜けていた。

someone『手伝いと言っても、何をすればいいんですか?』

791『簡単なことだよ。私の周りで仕事の手伝いを少しと、これまで通り魔術の研究に勤しんでくれればいいさ。君には私の後を継いでもらいたいんだ』

彼女の答えに、常にポーカーフェイスを意識しているsomeone自身も、高揚した反動でビクンと一度だけ跳ねた身体を制御できなかった。
同年代の友達こそいなかったが、彼にとって師の791こそが唯一の支えだった。彼女だけは最初から最後まで自分の味方だった。
夜遅くまで魔法の練習に付き合ってくれれば、学校で浮いていた自分をひたすら気にかけてくれた。

結局、多忙な彼女に遠慮しあまり心を開くことはできなかったが、自分なりに恩義を感じ信頼も寄せている。他人のために力になりたいと思ったのは初めてだった。
彼女から直々に後継者として指名されるのは願ってもいない事だった。


630 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その6:2021/02/20(土) 10:57:21.751 ID:N66x1.Roo
答えは既に決まっている。

彼女の部屋の扉を叩いたその時から、既に覚悟を決めてきたのだ。
彼女のような人格者に、優れた人間になりたいと心の底から思っていた。

だから、迷いなく返事ができる。

この返事で一歩、先に踏み出そう。

someone『はい、わかり――』

彼にしては珍しく、上ずった声での前向きな返事は。










791『――いやあ。君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ』

目の前の“魔術師”の策謀めいた言葉で、突然の閉口を余儀なくされた。


631 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その7:2021/02/20(土) 10:58:34.699 ID:N66x1.Roo
someone『…え?』

口をぽかんと開けたまま、someoneは思わず聞き返した。

791『ん?どうしたの?
ああ、君はまだ“魔術師”という生き物を知らなかったねッ。丁度いい、この機会に教えてあげるよ』

座ったままの彼女は両手に顎をのせこちらを見やると、嬉しそうに頬を緩ませた。

791『“魔術師”は全ての物事に優劣を付ける。全ての行動に意味を見出す。
それこそが魔術の本懐。

元々ね。君たちに教えを授けたのは、何も身寄りのない君たちを憐れんでやったわけじゃない。
全ては素質ある者を見極めるための“選別”。

そしてsomeone、君は選ばれたんだよ』

何を。何を言っているかまるで分からない。
一体全体、目の前の人間は何を話しているのだろう。

791『私はね、ずーッと探していたんだ。手足になってくれるような人間と、後継者をね。
someone。君はどちらの素質もあるけど、できれば後者になってもらいたいんだ。

君の前からね、何人か私の元に残ってくれている子たちがいるけど。
その中でも君はとりわけ優秀な人材だ。君だったら私の後を“継げる”。そう確信しているよ』

someoneはただ、彼女の大きく開閉する口元をぼうと見ていた。
頭が真っ白になるというのは正にこういった感覚だろう。
ただ、耳元には聞き慣れた彼女の柔らかな声が届いてくる。


632 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その8:2021/02/20(土) 11:01:25.655 ID:N66x1.Roo
791『学校での経験はいい勉強になったでしょう?君みたいに大きく虐げられればその反動で成長できるからね。
これから君は私の手によりこれまで以上に大きく飛躍する。
その結果、君を虐げていた全ての人間は、すべからく君“以下”になる。おもしろいと思わない?』

いつの間にか彼女からは師としての優しい顔は消え、そこにあるのは強欲な“魔術師”としての顔だけだった。
彼の抱いていた理想像とかけ離れた彼女の姿がそこにはあった。

791『まだ私の計画は途中なんだ。
君が私の“手駒”として使えるようになれば百人力だ。


ああ、ごめんね。私ばかりが喋りすぎちゃった。
そういえばまだ答えをきいてなかったね?』

これまでの誰にでも隔てなく優しい姿はあくまで表向きのもので、今の姿が彼女の本性なのだろう。

someoneは比類なき魔法力を持った少年だ。自他ともに認めるところである。それにより、謂れのない陰湿な虐めや嫌がらせを数多く受けてきた。
それでも、彼が魔法学校を退学せずに続けてこられたのは偏に791の存在にあった。

彼女は自分の傍に近寄り教師としてではなく同じ目線で話し、また話を聞いてくれた。無邪気に自分の過去の話を語る姿を見る時や、つくりたての魔法を披露して褒められた時はたまらなく嬉しかった。
自分の魔法力とは関係なく、一人の人間として認められた気持ちになったのだ。彼女が世間にどんどん認知され雲の上の存在になっても、彼に見せるその姿勢は変わらなかった。
いつしか彼にとってその姿は憧れとなった。
791という人間は、someoneにとって暗闇の中にある一筋の光で太陽だったのだ。

それが今、彼女自身の言葉により彼の理想像は脆くも崩れ散った。
自分と同じ目線で語っていたと思われる姿は実は“刈り取る側”で、あくまで優秀な魔法使いを創るという“生産者”目線での行動だったということに、someoneは瞬時に気付かされた。

本気で相談に乗っていたわけでもない。寧ろ現状が永続すればいいとさえ思っていたのだろう。彼が日々悩み葛藤する姿は、小さな魔法使いをより熟成させる最大のスパイスだとでも思っていたに違いない。
まるで物のように自分たちを扱う彼女の姿勢は、自分の理想とは最も対極に位置し、かつ忌むべき姿だった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

633 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その9:2021/02/20(土) 11:02:19.796 ID:N66x1.Roo
先程までは自信を持って頷けていた答えを、今は口にすることすら憚れる。

someoneは途端に込み上げる吐き気に襲われた。

791『ん?返事は?』

満面の笑みで催促される。
抗うことが一番の意思表示であることは分かっている。


それでも。

someoneは弱い人間であるということを、彼自身が一番よく分かっていた。


someone『…わかり、ました』

表情を殺し、someoneはたどたどしく頷いた。

何も彼女へのこれまでの恩義から引き受けたわけではない。
他に生きるための手段はなく、何より正常な思考能力を働かせるだけの気力もいまの彼には残っていなかった。

ただ、今日のやり取りではっきりしたことがある。




彼は、また独りになった。


634 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/20(土) 11:05:41.328 ID:N66x1.Roo
ここでははっきりとは書けませんでしたが、791とsomeoneは純情すぎる思いをもった人間という意味では一致しています。
ただ、当時の彼には師の本心の奥底までを見抜くことはできなかったのです。

635 名前:たけのこ軍:2021/02/20(土) 14:54:46.742 ID:9RJD2pqw0
恐ろしき魔王。

636 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/28(日) 10:27:19.109 ID:.GTMygzco
今週はお休みでごわす。

637 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/06(土) 21:58:02.794 ID:N.tLVxe6o
すみません今週もお休みでごわす。ちょっとバタバタしているのが予想外だった。

638 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その1:2021/03/12(金) 21:25:17.533 ID:dYdx8bKwo
卒業してから暫くの間、someoneは791の補佐にあたった。

魔法学校の手伝い、宮廷魔術師としての業務補佐、魔術の研究など。

仕事に没頭している間は楽しかった。嫌なことを忘れられる。

しかし、自室に戻り目を瞑れば、すぐに“あの日”のやり取りを思い出す。


―― 君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ


脳裏に浮かぶのは彼女の本性を表したあの言葉と、策謀家として冷酷な笑みを浮かべた顔。
自らをモノとしてしか扱っていない彼女の希薄さ、頭が真っ白になるあの感覚、信頼していた恩師から裏切られた深い衝撃と落胆。
全てが混ざり合いグチャグチャに溶け、頭の中を蛆虫のように這いずり回る。

そうして夜中に何度も起きては、その度に吐き気を催した。

信頼していた恩師からのあまりの仕打ちに、若き少年は今度こそ心を深く閉ざし、憎悪の気持ちごと胸の内に深くしまい込んだのだった。


639 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その2:2021/03/12(金) 21:27:25.232 ID:dYdx8bKwo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 3年前】

ある日、師に呼ばれsomeoneは魔術師の間へ赴くことになった。
その日の彼の気持ちといえば、しばらく師と顔を合わせずに仕事ができていた解放感から一転し、深く落ち込んでいた。
その気持ちが天気にも通じたのか、遙か上空のガラスドームの天井からは、大粒の雨音が微かに聞こえてくる。それを聞きさらに辟易とする。

だが、目の前で椅子に深く腰掛けている師はどうやら極上の音楽だと感じているようで、目を閉じて聞き入っている様子だ。
おかげで物音一つ立てることもできず、まんじりともせずに待ち続けなければいけない。
暫くして演奏を聞き終わった後のようにうっとりとした表情の師が目を開けると、目のあったsomeoneに向け、朗らかな笑みを返した。

悪意なきその笑みに、嫌悪感すら抱く。

師への尊敬の念は既に薄れきってしまっていた。そんな彼の気持ちを知らず、彼女は“さてと”と一拍間を置くと、枕詞もなくいきなり本題を告げた。

791『someone。君にはこれより【会議所】に向かってもらいたい。そして、私の代わりの“目”になってもらいたいんだ。
No.11(いれぶん)。貴方は公国に残って引き続き私のサポートをしてもらう』

No.11『畏(かしこ)まりました』

横で黙って話を聞いていたNo.11(いれぶん)は恭しく頭を下げた。
微かに揺れる薄いセミロングの緑髪が彼女の後方に生えている観葉植物たちと重なり、その姿が一瞬視界の中で揺らいだ。

彼女はsomeoneより少しだけ年上の魔法使いだ。同じ魔法学校出身で彼の先輩にあたる。
冷徹な振る舞いと常に漏れ出るピリついた“気”は在学中から彼とは対極的に目立っており、その実力を見初められ彼女は卒業と同時に791の下で働いていた。

彼女は目の前の魔術師を崇拝している。師の本性を知ってもなお尊敬の念を崩さないその姿勢には、寧ろ感心してしまう程だ。


640 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その3:2021/03/12(金) 21:32:22.762 ID:dYdx8bKwo
someone『…』

対して、someoneはひとまず無言で返した。

No.11『someone、返事はどうしたの』

咎めるようにキッとつりあげた目で睨んできた彼女の視線の“圧”を、someoneは頬に痛いほど感じた。

巷で“氷の指圧師”と評判なだけあり、心臓を貫かんとする冷めた視線の凄みは、常人では震え上がるほどのものだろう。
学生生活の中で事あるごとにその視線を受けていた身から言えば、いまさら怖気づくことは無い。だが、正直に言えば彼女のことは苦手だ。

学生時代から、二人の関係性は最悪の一言に尽きた。
定期試験の結果で、決まって首席はsomeone、次席は彼女だった。
初めて彼が頭角を表したその日、書棚の前を通り過ぎる彼女にsomeoneはふと声をかけた。
内容までは覚えていないが、やや親しみを込めた旨の挨拶をしたことだけは覚えている。当時を思い返せば、高成績を残す彼女と魔術談義に花を咲かせたいといった少しの下心もあったのかもしれない。

しかし、それが却って二人の仲を引き裂いた。彼の登場までずっと首席の位置に座っていた彼女からすれば、自分からトップを奪った人間に同情のような慰みをかけられたと解釈したのだろう。
以来、彼女からは一方的に敵視され、彼自身も周りから虐めの標的にされたこともあり、学生時代も少しの会話しか交わさなかった。

数年の時を経て同じ職場で再会した二人だが、かたや791の熱心な盲信者、かたやその彼女に拒否感を示す一番弟子とあっては、その関係は正に水と油だった。
互いに分かり合えるはずもなく、学生時代よりも関係は冷え込み、二人は露骨に会話を避けるまでに到っていた。

someone『…わかりました』

本意ではないという意味を言外に含め、彼は低い声で答えた。
先程より恨みのこもった殺気を左の頬にヒリヒリと感じたが、“まあまあ”と眼前の師から投げかけられた朗らかな声に、二人は意識を前に向け直した。

791『No.11、落ち着いて。
somoneの気持ちもわかってあげてよ。突然親しんだ国を離れろという話に、彼が困惑するのも無理はないよ』
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


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