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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

727 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その5:2021/05/07(金) 20:01:39.071 ID:3iyw1yNko
“徹夜”  “交代”  “休み”
“夕飯”  “眠い”  “仮眠”

通路や作業場付近に仕掛けた紙束にはどれも似たような文言が表れている。研究員たちの業務内容に関する内容がほとんどを占めていると見て取れた。
内容から推察するにかなり激務のようだ。元々、化学班を始め少人数であれ程の規模の武器庫を管理しているのだから休む暇もないのだろう。
何枚もめくっていくもどれも同じ内容の言葉が並ぶ。彼らのことを思うと、someoneは少々同情的な気持ちになった。

someone『なんだ、これは…?』

最後の紙束に手をかけたsomeoneは、そこでハタと手を止めた。
会議室に仕掛けていた紙群には、これまでにはなかった不思議な文字が、煌々と浮かび上がっていた。


“国家推進計画”


聞き慣れない言葉に、なぜか胸が騒いだ。
この言葉の周りには他に“計画”、“国家”といった重々しい響きの言葉が仕切りに紙面上を漂っている。
文字同士の近さは単語同士の相関性の高さを表す。つまり、一連の言葉は同じ会話の中で話された可能性が高いということだ。


728 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その6:2021/05/07(金) 20:04:36.335 ID:3iyw1yNko
someone『“国家推進計画”…?そんな話、聞いたことないぞ』

滝本や参謀から受けた話に、そのような計画の話は無かった。
慌てて次の紙をめくると、これまで影を潜めていた不穏な単語が次々と紙面上に踊り始めた。

“会議所”  “悲願”  “達成” 
“最終段階”  “カカオ産地”  “投入”

メイジ武器庫内の会議室を使うのは基本的に重鎮以上の人間だけだ。したがって、必然的に会話の主は滝本や¢たちということになる。
someoneはあくまで単語同士を結び合わせ、当時の会話を推測するしかない。

しかし、彼の頭の中にはある恐ろしい“筋書き”が出来上がろうとしていた。

“オレオ”  “壊滅”  “併合”  “事後承諾”
“公国”  “牽制”

someone『まさか…いや、だからこそ加古川さんは“消された”と考えれば…』

ブツブツと呟きながら、ジグソーパズルを組み立てる要領でsomeoneはバラバラの単語からある一つの物語を創り出した。
それは、オレオ王国に、カキシード公国にしても、さらには彼にとっても最も望まない結末を迎える最悪のシナリオだった。


729 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その7:2021/05/07(金) 20:05:06.131 ID:3iyw1yNko
someone『これはあくまで仮説でしかない。明日、滝本さんに確かめないといけないな…』

早鐘を打つ心臓を抑えるために目の前の紙群を魔法で消そうとした瞬間。
先程まで見ていた紙面の端に、見慣れた小さな文字が浮かんでいることに今更ながら気がついた。

“someone” 

思わずビクリと身体が跳ねた。
よもや、自分の名が会話に出てきているとは思っていなかった。

自分の名前の横にはふわふわと、さらに小さな文字でこう続いていた。


“もう十分” “用済み”


someoneは無言で魔法紙を消し去り、その後に思わずくしゃりと顔を歪ませた。
そして、いつか大嫌いな師が【会議所】について語っていた際にふと吐いた言葉を思い出した。

someone『…791先生、確かにこの【会議所】はとんだ“伏魔殿”ですね』


730 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/07(金) 20:07:57.036 ID:3iyw1yNko
魔法で盗み聞きってなんか夢がありますよね。

ちなみに魔法を創作する定義について。
たとえば、メラを一から作るのは魔術師や上級の魔法使いなどほんの一握り。
メラを利用してメラミを作るのは、魔術師でなくても中級までの魔法使いならできるという感じです。無から有を創るか、既にあるものをアレンジするかの違い。

731 名前:たけのこ軍:2021/05/08(土) 03:20:28.003 ID:qIdtyzJs0
裏の世界の怖さ。

732 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その1:2021/05/14(金) 18:01:37.045 ID:VbfLzd.Mo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室 1ヶ月前】

黒塗りの扉を叩くと、中から主の気の抜けた声が返ってきた。
戸を開け放つと、珍しく真面目に机に向かう青髪の頭頂部が見えた。

こちらが入ってきたことに気づいていないのか、彼は顔を書類に向け続け、someoneは無言で待ち続けた。
そのうち頭を上げた彼がこちらを見やると、“おお”と間抜けな声を上げた。

滝本『珍しい。貴方が昼間からここに来るなんて』

someone『お忙しそうですね』

滝本『抹茶さんが煩くてね。この紙の山を承認しないと昼寝できないんですよ』

“まあ否決ですけどね”と続け、しかめ面の滝本は、“【大戦】でネギ焼き露店を出店する計画書”という題の稟議書をひらひらとさせ、机の端に放り投げた。

someone『一つ訊きたいことがあります』

パチンとsomeoneが指を鳴らすと滝本はすぐに過剰に肩を震わせ、こちらが防音の魔法を張り巡らせたことに気づいたようだった。


733 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その2:2021/05/14(金) 18:02:11.834 ID:VbfLzd.Mo
書類をまとめ終えた彼は腰掛けるよう勧めてきたが、someoneは首を横に振った。

滝本『どうやら今日の昼ごはんを聞きにきたわけではなさそうだ』

someone『…数日考えてみたんです。
僕にも【会議所】にも、どう行動すればより良い結果になるのか』

滝本『どうぞ』

口元で微笑を浮かべながら、滝本は先を促した。
someoneは以前、斑虎に相談した時と同じように心のなかで一拍おき、話し始めた。

someone『僕は。僕は、791先生が憎い。
でも、そもそもは彼女をあそこまで増長させた公国自体が憎い。
そう思うようになりました。

一度、あの国は根本から痛い目を見ないと治らないでしょう』

滝本『ほう。ではどうすれば治りますかね?』

ポケットの中にあるパイプを取り出したい気持ちをsomeoneはグッと堪えた。今は一瞬でも集中力を切らしてはいけない。

someone『…幾つか方法があると思います。
ですが一番手っ取り早いのは、公国に太刀打ちできるだけの強大な存在に、【会議所】自身がなってしまうことではないですか?』

滝本の顔色は変わらない。


734 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その3:2021/05/14(金) 18:03:44.331 ID:VbfLzd.Mo
someone『…たとえば、オレオ王国にカキシード公国が攻め込んできたとして。
王国の地にて、陸戦兵器<サッカロイド>で公国軍を壊滅させた後に、王国を“ついで”に占領してしまえたとしたら?
【会議所】は王国の土地を合法的に実効支配できる』

変わらず彼は微笑を浮かべたまま、表情をぴくりとも変えない。
まるで精巧な人形に話しかけている気分だ。話を続けるしかない。

someone『領土を拡大し強大化した【会議所】を止める国はそう出てこない。
それこそ対抗できるのはカキシード公国だけでしょう。
しかし、陸戦兵器<サッカロイド>の登場で戦力を削がれ膠着状態に陥れば、後は陸戦兵器<サッカロイド>でこちらが公国に攻め込み――』

滝本『someoneさん』

そこで彼が口を開いた。


彼は――


滝本『そんな危ない考え。

他の人には、言っちゃあいけませんよ?』


―― 策謀家の顔をしていた。


よく見たことある、冷酷で下卑た笑み。


735 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その4:2021/05/14(金) 18:04:28.704 ID:VbfLzd.Mo
someoneは答えを待たず、彼の顔を見て確信した。

辿り着いた自らの予想が間違っていないことを。
そして、今語った“悪夢”が数ヶ月後に現実になるのだということを。

自分が守ろうとした平和で公明正大な【会議所】など、滝本たちは最初から維持するつもりなど毛頭なかったのだ。
吹けば飛ぶような口約束でこちらから情報だけを抜き出し、彼らは奇襲を以てオレオ王国を、そして全世界を危機に陥れようとしている。

someone『…考えすぎですね。すみませんでした』

ペコリと頭を下げ再度指を鳴らすと、すぐに外の喧騒が二人の耳に届いた。

滝本『想像力ゆたかですね。
小説とかお好きです?ちょうどオススメの本がありますが』

someone『やることができたので遠慮します』

丁重に遠慮し、someoneは静かな足取りで部屋の外に出た。
そこまで蒸し暑くない天気だというのに、ローブの中は汗だくになっていた。


736 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その5:2021/05/14(金) 18:06:38.439 ID:VbfLzd.Mo
滝本の先日の言葉を聞く限り、もう時間がない。
直に全ての陸戦兵器<サッカロイド>の動作確認が終わり、機を同じくして791もオレオ王国に侵攻を開始するだろう。

someoneの掲げる“正義”は791の野望を打ち砕き、平和な【会議所】を守ることだ。

正直に言うと、滝本たちの心理を読み違えたことはsomeoneにとっては最大の誤算だった。
彼らの甘言にのり、陸戦兵器<サッカロイド>を完璧なものにしてしまえば、公国への抑止力を超越した兵器となってしまう。

彼らをこの手で屠れば、【会議所】の野望は食い止められるだろう。だが、791の野望は止められない。
他方で、陸戦兵器<サッカロイド>で彼女の野望は食い止められても、その後に【会議所】が王国を滅ぼし世界の覇権を握るだろう。

一方を止めればある一方は止められない。

何と歯がゆく、理不尽な世界なのだろうか。


だから、今のsomeoneに出来ることは、791と滝本たちの野望を水面下で潰さずに進めることしかできない。
庭園に生える雑草のように、ある一種を摘めば、その分の栄養を吸い取りもう一種は図に乗り肥大化してしまう。
庭師としては、ジワジワと両方を弱体化させ、然るべきタイミングで両方とも切り取った方がいい。

そのために、次にsomeoneの向かう場所は既に決まっていた。


737 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その6:2021/05/14(金) 18:07:30.368 ID:VbfLzd.Mo
【きのこたけのこ会議所自治区域 通路 1ヶ月前】

Tejas『おお?滝本さんがもうOKを出したのか?』

いつものように一人で会議所内を練り歩いていたTejas(てはす)は、滝本からの使いだというsomeoneに呼び止められ、予てより申請していた長期休暇の承認が降りたことを告げられた。

someone『ええ。急ぎ伝えるように言われまして…』

Tejas『そうなのか?でも今朝会ったときも、“手続きに時間がかかるからもう少し待ってくれ”と言われたばかりだったんだが』

someone『手続きというものは水の流れと同じです。
配管内で詰まればいつまでも時間はかかるが、原因を取り除いてあげればすぐに流れ出す。
滝本さんもすぐに気を回したからこの様になったんだと思います』

自分よりも一回り小さいsomeoneの方便に、Tejasは暫く考え込んだが、やがて納得したように一度頷いた。


738 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その7:2021/05/14(金) 18:08:20.611 ID:VbfLzd.Mo
Tejas『それもそうだなッ。ありがとう、someoneさん。
すぐに家に帰って出発の準備をするよ。こうしちゃいられない、じゃあなッ』

Tejasは踵を返し、挨拶もそこそこにすぐに走り去っていった。

これで今夜にも彼が発てば、彼の腕の呪術での陸戦兵器<サッカロイド>の完成を防ぐことが出来る。器と英霊たちの魂とを完璧なまでに定着させる方法は失われた。
まず、滝本たちの野望を一つ砕くことはできた。

とはいえ陸戦兵器<サッカロイド>の完成を防いだ今でも、公国軍の侵攻を防ぎ大損害を与えるだけの力はなお健在だ。
当初の想定通り、公国軍の侵攻は陸戦兵器<サッカロイド>に食い止めてもらい、someoneとしてはその後の処理を考えなければいけない。


739 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その8:2021/05/14(金) 18:09:36.198 ID:VbfLzd.Mo
目の前の仲間が敵だと分かっていながら、彼らの力を頼らないと真の敵を食い止められないという、なんとも他力本願な結果にsomeoneは内心で落ち込んでいた。

元々、筋の悪い話ではあったが、自分一人での力にも限界を感じていた。
斑虎に相談すればよかったかもしれない。しかし、滝本たちにとって明確な“利用価値”がある自分に比べ、彼は一介のたけのこ軍兵士に過ぎない。
もし内通していることがわかれば、加古川のようにすぐに始末されてしまうのがオチだろう。


斑虎との一件を経て、自分自身は変われたつもりでいた。
過去の呪縛から逃れ、初めて他人に頼り、心の中の正義の火を灯すことで変わることができたと思っていた。

しかし、根本の部分でsomeoneは独りのままだった。
最後の最後で、独りで問題を抱え続けた。今までの自分にとっては当たり前の行為。ずっと現実を直視し続けてきた。

いま、不幸なことに彼の預かり知らないところで背後にある闇は肥大し続け、ついにか弱い彼一人を飲み込むには何不自由のない大きさまで成長を遂げた。
遂に、彼の世界は終わりの時を迎えようとしていた。


その瓦解を思い知らされるのは、もうすぐそこまできていた。


740 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/14(金) 18:11:21.304 ID:VbfLzd.Mo
がんばってsomeoneさん!大丈夫、まだ貴方には魔法が残ってる。貴方の働きで事態は着実に好転しているわ!
なんとか二大悪党の野望を食い止めるため奔走するのよ!

次回『失意と絶望』、お楽しみに!

741 名前:たけのこ軍:2021/05/15(土) 15:22:18.127 ID:ZeaPqHjk0
オリバーは何処に。

742 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/18(火) 00:31:24.653 ID:CuQf.AZgo


2021/05/18 00:30:33虎
まあアペンドとしてでも。調整とかする気がないので言いっぱなしで申し訳ないですが

2021/05/18 00:30:04虎
あまり意味はないけれども一応思いついてしまったのでアイディアだけ
・7-7できのカス(指揮官1-兵士6)
・6枚の兵士カードで普通にカスやる
・1試合に1度だけ指揮官カードに設定された能力を使える

743 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/18(火) 00:41:44.727 ID:CuQf.AZgo
スレ間違えました

744 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その1:2021/05/22(土) 20:04:14.435 ID:MdDuCySMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議案チャットサロン 1ヶ月前】

抹茶から招集をかけられた緊急会議の場で、someoneは自分の見通しの甘さを思い知らされた。

滝本『――オレオ王国側の交渉役は斑虎さんで決まりですね。カキシード公国側の交渉役はどうしましょう。791さんではないとすると他に誰かいますかね…?』

弱り目に祟り目という言葉が今の状況には正に当てはまった。オレオ王国側から【会議所】へ何かしらの話は来ると予想していたものの、まさかここまで早いとは思っていなかった。

さらに、両国に使者を送ることまではいい。だが、よりによって王国側の使者に斑虎が選出されるとは想定していなかった。
元々は791の提案とはいえ、話の流れを見ると滝本たちもどうも最初から彼を使者役と決めていた節がある。

オレオ王国の使者になれば、カキシード公国との一触即発の最中でも、彼は王国内に留まり続けるだろう。考えなくてもわかる、そういう男なのだ。
彼の働きにより奇跡を起こし、戦争回避まで漕ぎ着けられる可能性は僅かにあるものの、暗躍する791と滝本たちの思惑の前にはあまりに無謀な戦いとなる。

なんということだ。
これでは、一体なんのために彼を闇から遠ざけようとしてきたのかわからない。


745 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その2:2021/05/22(土) 20:04:46.209 ID:MdDuCySMo
ここにきて、someoneの顔は一層青ざめていた。
きのこ軍兵士側の末席に座る一兵士の面持ちを気にする者など殆どいなかったが、唯一斑虎だけは心配そうな目線をこちらに送っていた。
彼はこちらの表情の機微を鋭く察知する力がある。普段から気にかけてもらい、声に出せずとも内心ありがたいと感じているが、今だけはその目をこちらから外してほしいと強く願った。

自分は失敗した。今すぐこの場から消えていなくなりたいと思った。


すっかりと心を乱されていた彼は、この後の展開を予想できるだけの余裕を持ち合わせていなかった。

791『うーん…?誰が適任だろう』

先程、斑虎に決まった際の喧騒が嘘のように、議場内は水を打ったように静かになった。
それを見越しているかのように円卓テーブル中央に陣取る滝本は臆することなく一つ咳払いをしてから、“では”と前置きした。

滝本『今度は私から提案しましょうかね。
正直なところ、私はsomeoneさんにお願いできないかと思っています。』

someone『ッ!!』

思わず言葉を失った。


746 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その2:2021/05/22(土) 20:05:36.289 ID:MdDuCySMo
全員の視線が瞬時にこちらに集まる。
さまざまな奇異の目。その中には目を丸くしている斑虎に、僅かに薄笑いをする791と滝本も含まれていた。

791『いいんじゃないかな。
聞けばsomeoneさんも公国出身だと言うし、【会議所】への貢献ぶりから考えれば当然だと思うな』

向かいの席の最上座に座る彼女はすぐに薄笑いを引っ込めると、したり顔で何度か頷いた。
本音では、公国にsomeoneを連れ帰り王国侵攻計画の最終の要とするための口実ができたと喜んでいるに違いない。
渡りに船とばかりに、彼女は滝本の提案に乗ったのだ。

議場を取り巻く空気が僅かに緩んだことを、someoneは察知した。
意見を持たない兵士たちは互いに顔を見合わせ、小声で話し合ったり何度か頷いている。
この淀んだ緩い空気のことを、斑虎は過去に“会議病にかかったようだ”と断罪したことがある。

建設的な意見が誰からも発せられず、一人の挙げた意見に必死にしがみつくように会議全体が進行していく。
普段は声の大きい兵士も会議になると途端に閉口し他者に迎合するのは、偏に議場の重苦しい雰囲気が問題だと、酒の席で彼が熱く語っていたことを覚えている。
そんな彼も会議中になると“会議病”にかかってしまう張本人の一人だと、当時のsomeoneは既のところで黙っていたが。

斑虎『ちょっと待ってくださいッ!俺は反対だッ!
someoneはまだ若い。幾ら【大戦】ルール策定の実績があるとはいえ、それと今回の推挙は結びつかないはずだッ!』

ただ、同じくこの空気を打破しようしたのも彼だった。すぐに立ち上がると、怒号に近い形で滝本に意見を述べた。
親友からの全力の援護に、思わずsomeoneはローブの中に顔を埋めたくなった。


747 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その4:2021/05/22(土) 20:06:19.016 ID:MdDuCySMo
にわかに騒然とし始めた議場を見て、滝本の隣りに座る、白袴姿の副議長の参謀は、彼の抗議に対し顎に手をあて優雅に考える素振りを見せた。

参謀『斑虎の言う通り、確かに見た目上はそうかもしれんなあ。
でも、長年¢が一人で担ってきた大仕事をあの若さでこなしてみせたのは、陰で相当のプレッシャーがあったはずや。

それを成し遂げたsomeoneには並外れた力量と胆力が備わっとる。
滝本はそれらを買っての発言やないか?』

きのこ軍兵士側の最上座に座る¢もその言葉に頷いた。

¢『ぼくもそう思うんよ、someoneさんが適任だと思う』

目に見えて、空気は一変した。

参加者たちは途端に¢たちに同調するように賛同の声を次々に挙げた。先程のように迷う素振りを見せない、強固な意思だ。
先程まで二つの意見がぶつかり混沌の中にいた議場は、【会議所】重鎮の発言により瞬く間に話の方向性を決定づけた。

一度の議論を経て決まった議題の方針は、参加者たちに深層心理で“話し合いをして決めたのだから間違いがない”という自信を少なからず与える。
その時点で、面倒な問題をこれ以上考えずに済むための免罪符となるのだ。だから、参加者たちは逃げるように賛同する。

参謀と¢は会議の性質を理解した上で、斑虎に反対意見を一度出させた上で、滝本の意見を擁護する決定打を言い放ったのだ。老練ながら狡猾な手だ。


748 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その5:2021/05/22(土) 20:06:54.351 ID:MdDuCySMo
そして、嫌でもsomeoneは気付かされた。
彼らは意図的に自分を公国に送り返そうとしている。

―― “someone” 
―― “もう十分” “用済み”

脳裏に先日の“リフレQト”で浮かび上がった文字がちらついた。
つまり、791への内通情報をもたらし、魔法使いとして陸戦兵器<サッカロイド>の魂の定着方法に意見を述べた段階で、既に彼らの中で自分の役目は終わっていたのだ。

カキシード公国に送ることで不穏分子の厄介払いができるだけでなく、仮にもしsomeoneが791に【会議所】の秘密を喋ろうとしても、そのときは制約の呪いで彼の生命を奪う。

どちらに転んでも滝本たちにはこれっぽっちも痛くない。

パズルのピースがぱちりと嵌ったように、綺麗なほど“汚い”道筋が分かった瞬間だった。


これが策謀家なのか。
人を盤面上の駒のように考え、いともたやすく捨てる。

悔しくて、それ以上に何もできない自分の無力さが腹立たしくて、someoneは目を閉じ下唇を強く噛んだ。


749 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その6:2021/05/22(土) 20:07:51.440 ID:MdDuCySMo
斑虎『いや、それでも――』

someone『――わかりました。その任、引き受けます』

なおも語気を強める斑虎の言葉を遮り、someoneは静かに声を発した。
彼の小さな声を聴くためか、議場は再度静まり返った。
斑虎も同じように息を呑んだ。

斑虎『本気かよッ!?』

someoneは儚げに頷いた。

たとえ破滅へ向かうことになっても、最後まで“正義”を貫き通す。
そう背中を押してくれたは斑虎だ。

someoneは自らの正義を信じる。
正義のために最後まで全うする。

あの時、その覚悟を決めたのだ。

滝本『それは良かった。では斑虎さんとsomeoneさん、宜しくお願いします。
この世界の命運はお二人に懸かっていると言っても過言ではないのですから』

いけしゃあしゃあと語る滝本の口元の端は、僅かにつり上がっているようにsomeoneには見えた。


750 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その7:2021/05/22(土) 20:08:21.478 ID:MdDuCySMo
【きのこたけのこ会議所 会議所 大廊下 1ヶ月前】

斑虎『someoneッ!』

長い会議が終わり、策謀渦巻く場から早く姿を消したくて外に出たところを、斑虎に声をかけられた。
彼は血相を変えてこちらに向かってきた。someoneは困ったように僅かに眉尻を下げた。

斑虎『なんで抵抗しなかったんだよッ!カキシード公国の交渉役なんて、こんな仕事は面倒なだけだぞッ』

その直後、斑虎は言葉を切り少し眉を寄せた。
恐らく、勢いよく声に出したものの自分もオレオ王国の交渉役に選ばれた経緯を思い出し少し罰が悪いと思ったのだろう。
そんな目の前の親友を可愛く思い、someoneはほんの少し微笑んだ。

someone『仕方ないよ。決まったことなんだから』

滝本たちの懐に飛び込んだ時から全ては巧妙に仕組まれていた。
今はそれが全て分かってしまったのだ。諦めるわけではないが、今この時は足掻いてもどうしようもないというものだ。


751 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その8:2021/05/22(土) 20:09:09.352 ID:MdDuCySMo
斑虎『俺はまだいい。でもお前は生まれてから暫くカキシード公国に居たぐらいでほとんど祖国と関わりはないんだろ?
それに新人であるお前にこんな大役を任せるなんて、会議所はどうかしてるッ!』

何人か二人の前を通り過ぎた兵士がぎょっとしてこちらを振り返ったが、斑虎は気にせず【会議所】を非難した。
彼は昔からこうだ。おかしいと思ったことに対しては誰であろうと噛み付く。自分ではなく周りの人間が巻き込まれている時は殊更にだ。

彼は自分の“正義”を昔から体現し続けている。そんな姿が今となってはとても眩しく感じる。

someone『あまり感情的になってもよくないよ、斑虎。与えられた仕事はこなさないと』

someoneは冷静に斑虎を諭すように話した。自分を落ち着かせるための言葉でもあった。

someone『すぐに791さんとここを発たないといけないんだ。暫く会えなくなるね』

斑虎『俺もだ。今晩にはもう出発だ。でも791さんも水臭いよな。お前を推薦するんなら、自分が交渉役になってくれたっていいのにな』

彼女の話になると少し声を潜める彼が可笑しくて、someoneは少し笑ってしまった。
たとえ真相が分かっていたとしても、親友と話している今だけは笑っていられる。


752 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その9:2021/05/22(土) 20:10:16.457 ID:MdDuCySMo
someone『僕は791さんと一緒だから平気だよ。寧ろ、斑虎の方が大変じゃない?一人だから』

斑虎『これを放置プレイと言うんだろうな』

二人はそこで言葉を切り笑いあった。
彼に会えるのも今日が最後だと思うと、せめて目一杯笑わないといけないと思った。

斑虎『気をつけてな、someone。まあ互いに交渉役だから逐次連絡は取り合うし、その内協議の場でも顔を合わせるだろうが、暫くは会えなくなる』

斑虎の差し出した手を見て一瞬固まった。
彼の純真で純白に満ちた手を、自らの黒ずんだ手で汚したくなかったからだ。

だが、すぐにその思いを振り払い彼の手を握ると、自分とは違う戦士特有のゴツゴツとした手のひらから、何か言葉にはし辛い熱い思いを感じた気がした。

心の中の正義の火が一度だけ大きく跳ね、勢いを増した。
そんな気がした。

someone『…うん。斑虎も気をつけてね』

絶対に791や滝本の思い通りにはさせず、【会議所】を正しい方向に導いてみせる。

そしてその渦中にいる斑虎と一緒にまた再会してみせる。
その思いを抱き、someoneは彼の手を再度強く握り返した。


753 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その10:2021/05/22(土) 20:11:01.745 ID:MdDuCySMo
斑虎『じゃあ準備があるから行くな。次に会う時は両国間の協議の時かな?楽しみにしてるぜ』

斑虎は握った手を離すと、すぐに踵を返し自らの職場に戻っていった。
その背中を暫くぼうと眺めていたが、すぐにsomeoneは一息ついた。


someone『…やれやれ。仕事が増えるな』

小さな声で呟いた言葉は強がりだった。
しかし、絶望的な状況に身を置くこの身を鼓舞するには十分な言葉だった。


754 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その11:2021/05/22(土) 20:12:25.042 ID:MdDuCySMo
【きのこたけのこ会議所 someoneの自室 1ヶ月前】

その夜、someoneは出発の準備をそこそこに切り上げると、残していた魔法研究を完成させるために、まずは紙くずで散らばっていた床を掃除し、その後巨大な魔法陣を書き上げた。
魔法陣の構想自体は既に数ヶ月前から完成してたものの、試す機会もなく今日まで至ってしまったのだ。

someone『できた…』

そこで床から顔を上げると、someoneはもう戻って来られないだろう自室内を一度見渡した。

部屋は相変わらず汚いものの、汚いなりに年季が入り感慨深い。斑虎には受け入れられないだろうが、この汚さは年月の痕跡と自分の軌跡を表しているのだ。
床に転がる大量の紙屑は、魔法研究の過程で大量に消費されたものだ。
最初は僅かに持ち込んだ魔法書を載せていた書棚も、今ではぎっしりと埋まり、溢れた本が床から何層も積み上がり、一端の図書室のような体を呈している。
床の一角にある座布団だけポッカリと綺麗なのは、そこが斑虎の特等席だからと知っている。


三年前、初めてこの地に足を踏み入れた時にはまさかこのような事になるとは露ほど思っていなかった。
あの時は不安で、無味乾燥と思い込んだ世界に嫌気も差していた。791に裏切られ、会議所自治区域に送り込まれた時も、僅かな期待も打ち砕かれ、世界の色は褪せ外の風景は白黒に映った。

それを救ったのは他ならぬ斑虎だった。
彼との出会いが自分を大きく変えた。同時に、世界に色がついた。

【大戦】に触れ、【会議所】に触れる中で魔法研究以外のやりがいを見つけた。
斑虎という親友ができ、会議では自分の考えたルールが採用され、そのルールで【大戦】で数百万もの人間が一喜一憂している様子を目の当たりにした。
いつしか会議所自治区域という土地を真の故郷だと思うほどに、望郷への思いは育まれた。


755 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その12:2021/05/22(土) 20:13:06.370 ID:MdDuCySMo
自らを突き動かすこの“正義”の原動力がたとえ師への憎しみからくるものだとしても、【会議所】を、斑虎を守るためならばしかたないと思った。
そのために、今から大仕事を成さなければいけない。

someoneは一度深く息を吐くと、群青色のローブのフードを目深に被り、ホコリまみれの床に両手を付いた。

someone『魔の理に従い、偉大なる生命の源流を此処に召喚する。
己が願いを胸に刻み、此の身を魔の理に捧げる。我が名はsomeone』

詠唱を始めると、白のチョークで書いた魔法陣がバチバチとどこからともなく音を立て始め青く光り始めた。
詠唱手順は全て暗記している。後は待てばいい。

someone『己の姿を見るは、生命の源流を投影した己自身なり。此処に願うッ。
太古に潜む古の力を秘めたる傑物たちよ、我の願いを聞き届け給えッ!』

稲光のように魔法陣は激しく点滅し、同時に眩い光にも包まれ始める。
フードの中で、someoneは必死に詠唱を続けた。

someone『我願うは、熱き正義の火を踏襲する自らの化身。熱き血潮を分け与える赤き炎ッ。
生命の大樹よッ、魂を成し我のもとへ光となりて結集せよッ!






今ここに顕現せよ、【使い魔】よッ!』


756 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その13:2021/05/22(土) 20:14:23.926 ID:MdDuCySMo
突如、どこからか発生した爆裂音とともに、someoneは勢いよく吹き飛ばされた。
書棚に背中が当たり、本がバラバラと勢いよく上から落ちてきた。

someone『…ッ』

まるで稲光が部屋に落ちたような突然の衝撃に、頭がくらくらする。
召喚後の衝撃や反動を記した書物は無かったが、ここまでの衝撃とは思っていなかった。
数秒呻いたsomeoneだったが、本来の目的を思い出し、すぐに本をかき分け起き上がった。


果たして部屋の中心には、手のひらよりも一回り大きい程度の白いテリアがちょこんと座っていた。
魔法陣の中心で、子犬は先程の衝撃などどこ吹く風といった具合に前足で耳を掻いていたが、本の山からひょっこりと顔を出したsomeoneに向け涼しい顔を向けた。

『お前さんかい?オレを呼んだのは?』

子犬は口を開くと、間違いなくそう言葉を発した。
予想していたより低い声でそれと相まって相当な落ち着き様だと感じた。
目つきが鋭く近寄りがたい気も発しているのは、かつてのNo.11を少し彷彿とさせる。

someone『君が【使い魔】か…?』

埃を払い近づいてきた術者に、子犬はジッと見上げたまま目線を外さずに向かい合った。
術者を値踏みする色が、そのヘーゼルカラーの眼の光の中に含まれていた。


757 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その14:2021/05/22(土) 20:15:12.887 ID:MdDuCySMo
『ああ、そうさ。いま、ここで呼んだだろう?
それにしてもこの部屋は汚いな。ご主人にとって、掃除とは生きていく上で花への水やりよりも後回しにする行いらしいな』

大層生意気な口をきく犬だと感じた。
見た目はテリアそのものだが、口を開けば飲み屋にいる親父よりも口も態度も悪そうな気配を放っている。

魔法陣の紋章内や詠唱時に、術者は【使い魔】の風貌や性格の希望をある程度含ませる。ただそれはあくまで希望なので、魔法陣を通じて創り上げられたものが希望通りになるとは必ずしも限らない。
完成度は術者の魔法力や環境に左右されると言われているものの、詳しいことは未だ分かっていない。

someoneの場合は、自らには無い情熱的な性格を宿すようにしたが、どうも狙った方向性とは違う【使い魔】が顕現したようだ。

someone『助けてほしい。時間がないんだ』

気を取り直して、切実に訴えるsomeoneの顔を子犬は目を細めジッと見つめていたが、ふっと一度息を吐き目線を反らした。


758 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その15:2021/05/22(土) 20:15:54.558 ID:MdDuCySMo
『ご主人。まずはあんたの名前を。そして次におれの名前を教えてくれ』

someone『僕の名前はsomeone。そして君の名は――』

そこで言葉に詰まった。名前なんて考えていなかったのだ。

迷った挙げ句に視線を辺りに彷徨わせると、足元に先程まで倒れていた本の山から転げ落ちていた二冊の本の表紙が見えた。

【降霊術大全】、【呪歌の詠唱について】という題の本だ。

降“霊”術と呪 “歌”。

あまり彼を待たせてもいけないだろうという思いで、someoneは咄嗟に本の題から名前を拝借することにした。

someone『君の名は、霊歌(れいか)。今日から霊歌だ』

霊歌『おう。よろしくなご主人』


そこで初めて、霊歌はニヤリと笑った。


759 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/22(土) 20:20:33.254 ID:MdDuCySMo
ちなみにsomeoneさんと斑虎さんの会話は第1章冒頭にもあった会話の、someone視点バージョンです。
見返して見るとおもしろいかもね。

そして霊歌ちゃんはけっこうバレバレでしたけど使い魔です。
説明文はまだネタバレを含むので今は少し隠しています。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1057/%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89ss%20%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%891.jpg

760 名前:たけのこ軍:2021/05/22(土) 20:22:47.044 ID:VtEp/ss20
予想通り〜

761 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/28(金) 23:21:49.965 ID:VZnFNH7go
今週はお休みでごわす

762 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その1:2021/06/05(土) 00:29:40.260 ID:D1EWW1soo
霊歌『時間がないと言っていたな。
安心しな、ご主人の記憶は召喚時点でおれにも共有されている。どうやらとんだ危機みたいだな』

霊歌はそこで首を上げることに疲れたのか、自らの身長の数倍の高さはあるだろう机の上にひょいと跳んだ。
彼の眼には、主人にも逆らわんとする挑戦的な色と若干の同情の色が見えた。どうやら口は悪いが、ある程度理解のある使い魔のようだ。

霊歌『それでどうするんだ?
おれを召喚したぐらいじゃあ、ご主人のお師匠の悪だくみは止められないぜ?』

someone『…追加の“契約”をしたい』

彼は長く垂れ下がった両の耳をピンと張り、驚きを表現してみせた。

霊歌『その若さでか。大丈夫か?十分な魔力がなければ契約に耐えられず死んじまうぞ。
ちなみに、どんな条件を付けたいんだ?』

someoneは、予てより考えていた条件を霊歌に告げた。
すると彼は今度こそ目を丸くし、直後に口を開け大声で笑った。

霊歌『ハハハッ!そりゃあとんでもない契約だ。
そんな大それた事を考えるのはご主人くらいだぜッ!』


763 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その2:2021/06/05(土) 00:30:21.816 ID:D1EWW1soo
【使い魔】と術者は互いの同意の上で、召喚後に追加で契約を交わすことができる。
ただ、その契約には代償も伴う。契約内容の規模に因り、【使い魔】の本来の機能が一部失われるのだ。
理由は不明だが、魔力を注入している【使い魔】の器が決まっているため、新たに注ぎ入れた魔力から溢れてしまったものは捨てなければいけないのだろう。someoneはそう理解している。

霊歌『普通なら無理だと笑い飛ばしたいところだが…ご主人にはどうやら途方も無い魔力があるらしい。契約はできる』

someone『本当?』

そこで霊歌は笑いを引っ込め、先ほどと同じく他者を値踏みするように目を細めた。

霊歌『教えてくれ。“そんな契約”を結んでも、とても今の状況を打開できるとは思えないが、何か策はあるのかい?』

彼の言うとおりだ。たとえ希望の契約を結べたとして、公国に戻り791と対決しても事態を打開できるだけのものではない。
そもそも、向こうには“必消”の儀術がある。戦おうとした瞬間に消し炭にされるのが関の山だろう。


764 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その3:2021/06/05(土) 00:31:05.521 ID:D1EWW1soo
だが――

someone『…1%でも望みがあるなら最後まで足掻く。そう、決めたんだ』

彼が真剣な口調で語った時、霊歌は主人の瞳の色をしげしげと眺めていた。
自分と同じヘーゼル色の眼だ。くすんだ色の中に、微かな光が灯っている。

分の悪い賭けだが乗ってみるのも悪くないかもしれない。
そう思わせるだけの雰囲気がsomeoneには備わっていたし、そう思うだけの器量が彼にも備わっていた。
しばらくすると彼は、ニカリと笑みを零した。

霊歌『あんた、生粋のギャンブラーだな』

再び床の上に舞い降りると、霊歌も真剣な顔つきでsomeoneを見上げた。

霊歌『知っているとは思うが、追加の契約は代償として何かを奪われちまう。そういう“決まり”だ。
恐らくだが、結構な能力を奪われる。

全ておれの予想だが、契約の代償として、まずおれの記憶を奪われる可能性は高い。
魔術にとって“記憶”は大事なエッセンスだ。いの一番に代償として狙われる』

someone『分かった。契約が終わったら改めて僕が今の状況を説明する』


765 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その4:2021/06/05(土) 00:31:43.124 ID:D1EWW1soo
霊歌『あー、それとだ。恐らくおれの性格も幾つか代償をもとに変わる可能性がある。
より具体的に言えば、多分生意気になる』

someone『これ以上!?』

途端に霊歌は口をへの字に曲げた。

霊歌『いまこうして話を聞いてやってるのに、おれが生意気とはどういうこったッ。

いいかッ!ご主人は物静かそうだから予め言っておく。
記憶を失い生意気になったおれは恐らくご主人の手に負えず、あんたの言葉もまともに聞かなくなるだろう。
それでもやるのか?』

someoneは膝を折り、小さな使い魔に目線を近づけた。

その時の彼の眼の色を、霊歌は記憶を失うその瞬間まで生涯忘れることはないだろう。
諦めにも見えた褪せた瞳の奥には、決して侵されることのない情熱の炎が芽生えていた。近くで見ると歴然だ。

someone『…僕には、もうこの手しか残されていない。君が最後の希望なんだ、霊歌』


766 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その5:2021/06/05(土) 00:32:44.441 ID:D1EWW1soo
記憶を共有している分、その辛さはわかる。
彼は育ての親に裏切られ、さらには“第二の故郷”にも裏切られた。全て彼の甘さが原因だと言えばその通りかもしれない。
そもそも、791は彼に対しただ本性を示しただけでそれは彼女なりの信頼の現れとも言える。
滝本は明確に彼に嘘をついたが、いきなり素性を明かした彼に警戒し本心を隠していたのは、何も一概に彼を陥れるために罠を張り巡らせたわけでもないだろう。


見通しが甘い。この一言に尽きる。
霊歌は主人の弱みをここ数分のやり取りで熟知するにまで至っていた。

彼の理想を追い求めようとする視点は、対極的に現実を視るこの眼には些(いささ)か濁って映る。そのような正反対の性格に仕向けたのは、他ならぬ術者の彼だ。
たとえ、こちらを召喚したとして、この負の連鎖から抜け出す方程式の解を導けるとはとても思えない。



だが、霊歌は彼のことを決して嫌いにはなれなかった。


霊歌は片方の前足を、目の前にいる、小さいながら強い心を持つ主人に差し出した。

霊歌『言っただろう?分の悪い賭けはキライじゃない。おれもひと肌脱ごうじゃないか』

someoneはその言葉に無言で頷き、差し出された彼の手を、ひたと握り返したのだった。


767 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その6:2021/06/05(土) 00:33:54.556 ID:D1EWW1soo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 1ヶ月前】

791『やあ。ここで会うのは本当に久しぶりだねッ!元気にしてた、someone?』

三年ぶりに足を踏み入れた部屋の様子は、特段何も変わっていなかった。
彼女の周りの観葉植物が多少背を伸ばし、こちらを見下ろすようになったぐらいだろうか。植物も飼い主に似るのだな、とこの場面においてsomeoneは場違いな感想をもった。

既に中央の執務椅子には791が深く腰掛け、その背後にはNo.11(いれぶん)が直立不動で彼の到着を待っていた。

“宮廷魔術師”として久々に相対する彼女も、特段何も変わっていなかった。
トレードマークの紫紺(しこん)色のローブは今日もシワひとつ無く、ワンカールした黒髪も艶が出ており上部の硝子を通じて降り注ぐ陽を反射し煌めいている。
ただ、少し小さくなったかもしれない。もしくはsomeone自身が大きくなったのかもしれないが。

791『この三年。実に楽しそうにしていたね。
君があそこまで【会議所】に馴染めているとは、正直私も驚いたし嬉しいよ』

彼女はパチンと指を鳴らすと、someone用の椅子を用意した。

791『さて。三年の成果を聞かせてもらおうかな?』

someoneはすぐに返答をせずに、ポケットの中にあるパイプを一度撫でた。
親友から勇気を分けてもらおうと思ったのだ。


768 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その7:2021/06/05(土) 00:34:46.256 ID:D1EWW1soo
someoneは用意された椅子から一歩離れながら、一度だけ深く息を吐き、改めて前に座る師と向かい合った。

someone『…その前に、お見せするものがあります』

目を閉じ心の中で術を唱える。椅子の横にいつの間にか魔法陣が描かれ、青白く光った。
一度使い魔を召喚してしまえば契約を解除するまで、術者は好きなタイミングで簡易的に使い魔を呼び出すことができる。
心の中で詠唱を終えると、次の瞬間、魔法陣の中心には霊歌がちょこんと座っていた。

彼の姿に気づいた791は途端に満面の笑みを浮かべ、対して背後にいるNo.11は絶句したように驚愕の顔をはりつけていた。

someone『これが僕の【使い魔】、霊歌です。
口は悪くまだ僕の命令をなかなか聞きませんが…先生のお役に立てるとは思います』

霊歌『はんッ。ここが噂の策謀入り乱れる総本家か。思っていたより綺麗だな』

791は我を忘れ立ち上がり、両の拳を天井に突き上げた。

791『素晴らしいッ!その歳で自律型の使い魔を召喚し使役するなんてッ!
someone、君はどこまで優秀なんだッ。
若い頃の私を遥かに凌ぐ資質が、君にはあるよッ!!』

背後ではNo.11が無表情ながら、下唇を噛み必死に悔しさに堪えている様子が見えた。

彼女を哀れに思う暇はない。
今は“悟られないように”しなければいけない。


769 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その8:2021/06/05(土) 00:35:34.821 ID:D1EWW1soo
someone『オレオ王国の侵攻にあたり、この霊歌を先に彼の国に向かわせ、内部扇動の任を与えてほしいのです。
リスクを少しでも抑えられるし、いいかと思います』

791『うんうん。ぜひそうしよう。霊歌さんには今すぐオレオ王国に向かってもらおう。なにか必要なものはある?』

霊歌『あんたが主人のお師匠様かい?
そうだなあ…反乱分子をまとめあげるための資金と、大量のチョコをくれないか?途中で小腹が減るんでな』

791『すぐに手配するよ』

791は二つ返事で頷いた。今ならば多少無茶なお願いをしても手を叩きおもしろがりそうな興奮ぶりだ。
それだけ、使い魔の召喚が彼女にとって想像を超える出来事だったのだろう。

霊歌も頷き返した。
そして、一度だけこちらの顔をチラリと一瞥すると、すぐに踵を返し走り去っていった。


770 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その9:2021/06/05(土) 00:36:19.519 ID:D1EWW1soo
791『道を覚えているということは、君の記憶も継承できているということかな?』

someone『いえ。そこは不完全で…実のところ、僕の考えや真意はほとんど伝わっていないんです』

791はそんな彼を慰めるように、パンと小気味よく手を叩いた。

791『まあまだ初めての召喚だから仕方ないよ。これから精度を高めていけばいい。
いやあ、報告の前にいいものを見せてもらったなあ』

うんうんと何度も頷いていた彼女だが、熱も収まってきたのか、暫くすると身体を地面につけるほどその身を深く椅子の中に沈めた。

そして、“さて”、と途端に彼女は下卑た笑みを浮かべた。

791『では、そろそろ話してもらおうか。【会議所】の動向を。
君が隠れて滝本さんと何度も会っていたことは知っている。情報を掴んでいるんだろう?』

someone『はい』

彼女はますます下卑た笑みを浮かべた。

791『よろしい。では【会議所】は何を隠しているのか今すぐに話してくれるね?』

someone『いいえ、それはできません』


771 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その9:2021/06/05(土) 00:37:06.968 ID:D1EWW1soo
空気が、凍った。
部屋にいる誰もが彼の言い放った言葉を想定しておらず、動きを止めた。

someoneは空気の察知を一番に感じ取った。
当たり前だ。これも全て予定通りなのだからまだ心の余裕がある。

791は再度、口を開いた。
微笑みの口元を崩さず、だがクリクリとした両目はしっかりと彼を射抜いたまま。

791『ん?ごめん、何て言ったのかな?もう一度言ってくれる?』

someone『貴方にはお話できない、と申し上げました』

No.11『someoneッ!?貴方、自分の言ったことがわかって――』

思わず叫びかかった弟子を、目の前の“魔術師”は片手で制した。
先程までの余裕の表情は消え、今は相手を見下ろす“施政者”の眼を向けている。


772 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その11:2021/06/05(土) 00:38:16.894 ID:D1EWW1soo
791『どういうことだろう?この私に、君は、どうしてしゃべれないの?』

someone『喋れない理由ができましたが、真の理由は、貴方に話したくないからです』




ゾッ。



常人であれば恐れから立っていられないだろう気を、someoneは一心に受けた。
まるで火口から吹き出た焔風を眼前に受けたように、彼女の圧の前に両目を開いたままでいるのは困難だ。
それ程までに目の前の彼女から発せられている殺意は、深く極悪に満ちている。

だが、受け止めなければいけない。
たとえ、ここで焼け死んだとしても悔いの残る人生だけは示しがつかない。

彼は彼自身の矜持を盾に、魔術師の怒りを一心に受けながらも耐え忍んでいた。

791『someone。それが君の答えかい?
小さい時から目をかけ育ててあげた恩を忘れ、【会議所】に付くという阿呆の考えが君の出した結論かい?』

someone『僕は滝本さんたちに付くつもりもありません。彼らも間違っている。
ですが、強いて言えば策謀のない純粋な【会議所】に付く。そう決めました』

口を開くこと自体が無理だと思っていたが、心の内を一度言葉にしてしまえば、あとはすらすらと口からついて出た。


773 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その12:2021/06/05(土) 00:39:37.754 ID:D1EWW1soo
数分。数十分。
いつまで立っていたか覚えてない。

ただ、先に音を上げたのは791の方だった。
彼女はふう、と一息吐くと殺意の気を解除した。そして視線を外すと、だいぶ蒸発してしまっていたメロンソーダの残りをストローで啜った。

791『someone。君は次期【魔術師】になる者として、決定的にロジックが破綻している。

でも、君は同時に賢い。
私が君を屠れないと確信して、この話をしたね?自分を優秀な一番弟子だと見せるために、敢えて使い魔をこの場に出して自分の生命の価値を増した。
少し見ない間に随分と成長したね。その小賢しさに免じて消すことだけはやめてあげるよ。

でも相応の罰は受けてもらおうかな?』

目の前の弟子から興味を失ったように791は顔を背けると、同時に片手を振り上げた。
気を失ったように呆然としていたNo.11は彼女の合図に気がつくと弾かれたバネのように背筋をピンと伸ばした。
そして、先程までの失態を取り戻さんとばかりにツカツカとsomeoneの前まで来ると、彼を魔法の縄できつく縛り上げたのだった。

彼は、抵抗しなかった。
ただ、無表情で無言を守った。


ここで、魔法使いsomeoneの命運は完全に尽きたのだった。



━━━━
━━



774 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その13:2021/06/05(土) 00:40:26.916 ID:D1EWW1soo
【カキシード公国 宮廷 地下室 現代】

鼻先に届いた冷気で、someoneは目を開けた。
誰かが来た合図だ。

一定のリズムを刻みながら、段々と足音が近づいてくる。
足音はやがて檻の前まで来ると、最後に檻の前でドンと一音鳴らし止まったようだった。

顔を向けずとも誰かはわかるものの、彼女から発せられている無言の圧には応じないといけない。
少しでも罪滅ぼしになればと内心で感じているが、この考えが彼女を苛つかせる要因であることはsomeone自身も気づいている。
彼はぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちなく首だけを檻の外に向けると、檻越しにローブの裾から伸びた、すらりとした足のヒールの根本と目が合った。


その頭上、ベージュ色のフードの中から、No.11(いれぶん)の鋭い目は道端の汚物を見るように彼を見下ろしていた。

No.11「貴方は本当に愚かなことをしたわ、someone」

someone「…」

何も反応を示さない彼を前に、苛立ち気に彼女は舌打ちした。


775 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その14:2021/06/05(土) 00:41:06.615 ID:D1EWW1soo
No.11「滝本に【制約】の呪文をかけられているということを先に話せばッ。
ここまでのことにはならなかったのよ」

someone「…それは違う。それでも僕はあの人に喋らなかったよ。同じことさ」

返答がくるとは思っていなかったのか、ローブの中で彼女の息を呑んだ音が耳に届いた。
それだけでもしてやったりという気分で、やっとのことで顔を起こしたsomeoneはぼろぼろになったローブの中でぎこちなく微笑んだ。

No.11「791様に楯突くなんてどういうつもりなのッ?」

someone「…」

フードを脱ぎ、顕(あらわ)になった緑髪を掻きながら、彼女の吐く荒い息は白くたちまち霧散した。
普段の地上での“氷の指圧師”を知る者なら、今の彼女の荒れ具合にたちまち驚くことだろう。

目の前で感情を顕にする彼女は、なんだか昔の姿を見ているようで。
壁に背中を預けながら、someoneは思わず少し懐かしい気持ちになった。

No.11「なんとか言いなさいッ!」

someone「…戦況は――」

突然の言葉に、彼女は不快気に眉を潜めた。


776 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その15:2021/06/05(土) 00:42:29.788 ID:D1EWW1soo
someone「――今の戦況を教えてくれないか、No.11」

彼女は再度舌打ちをしたが、すぐに“いつもの”無表情に戻った。
突然沸いてきた仕事を捌くことが使命だとばかりに、まるで目の前の憎らしい同僚から逃げるように、その切り替えは俊敏だった。

No.11「戦いが始まって、もう数刻経つ。
791様の使い魔越しの様子だと、戦況は意外にも拮抗している。

魔戦部隊に手落ちがあったわけではない。当初の想定よりも、王国軍が粘り強く地の利を生かして戦っているわ。
貴方のお友達の斑虎が、うまくやっているようね」

someone「そうか、それはよかった…」

静かに微笑むsomeoneに、彼女は露骨に端正な顔を歪めた。

No.11「貴方が先生のお気に入りでなければ、今すぐにでも私の手で消しているところだわッ。
貴方は国に背いたんじゃない、“恩師”に背いたのよッ!
何よりも大事にしなければいけない方を傷つけたッ!わかって――」

someone「No.11――」


777 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その16:2021/06/05(土) 00:43:08.327 ID:D1EWW1soo
彼女の言葉を遮るように、someoneは小さく、しかし力強い声で呼びかけた。
そこで、初めて彼女と目が合った。

綺麗なマリンブルーの瞳。
昔から変わらない、澄んだ色だ。羨ましいとさえ思う不変の意思を瞳に宿している。
その鋼の心を時おり眩しいと思う。

someone「――ごめん」

そこで、はたと彼女の動きが静止した。

No.11「…その言葉は私にじゃなくて、あの方に言うことね」

ポツリと呟いた彼女の言葉は、不思議とsomeoneの胸に響いた。

彼女は視線を切りフードを被り直し踵を返すと、一定の間隔でヒール音を鳴らしながら去っていった。


部屋は再びシンと静まり返った。

someoneはおでこに片手を当て、深く息を吐いた。
壁に当てている頭の背後がひんやりして心地よい。冷えきった室内なのに心なしか体温が高いと思うのは、体調が悪いのか回想で思いのほか脳を動かしたからか。どちらかはわからない。


778 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その17:2021/06/05(土) 00:43:48.594 ID:D1EWW1soo
―― おい。聞こえてるかッ!聞こえてるかよ、ご主人ッ!

静寂を切り裂いたのは、騒がしい使い魔の声だった。
正確に言えば、使い魔との交信機能でsomeoneの脳内だけに響いているため、辺りは変わらず静寂のままだったが。

someone「…ああ。聞こえているよ」

“頭痛の種だから声は抑えてほしい”と言うのを既のところで我慢し、押し殺した声でsomeoneは返した。
何処かにいるだろう霊歌は、彼の返答に食い気味にまくし立てた。

―― 大変だッ!いま、陸戦兵器<サッカロイド>が王都に着いて、街をめちゃくちゃにしててッ!

someone「ッ!間に合っていないじゃないかッ!」

霊歌と以前話していた“計画”では、オレオ王国の王都を攻撃する前に陸戦兵器<サッカロイド>を封じる手筈になっていた。

―― それはしかたねえんだッ!Tejasのやつがしくったんだよッ!あいたッ!

どうやら、横にいた彼に小突かれたらしい。


779 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その18:2021/06/05(土) 00:44:38.974 ID:D1EWW1soo
―― ッて、本題はそれじゃないッ!ここまでほぼ予定通りだが、計画に狂いが一つだけある。

someone「…なに?」

―― 王都にお前の大事な“親友”が迷い込んじまっている。


someoneはそこで大きく目を見開いた。

彼が巻き込まれる可能性について、ある程度予期はしていた。
だが、タイミングが悪すぎる。前線で戦う彼が、なぜ単身で王都にいる。

―― いま二人で後をつけているが、このままじゃあ陸戦兵器<サッカロイド>の攻撃に巻き込まれる。
どうする?おれたちだけじゃあ限界がある。

彼は強いから、きっと生き残れる。そう心のどこかで祈っていた。

だが、現実はそう甘くない。
幾ら斑虎が歴戦の兵士だとしても、陸戦兵器<サッカロイド>と初見で戦える兵士は存在しない。
赤子と猛獣を戦わせるようなものだ。それまでに規格外の彼らとは勝負にならない。

今こそ決断の時だ。


780 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その19:2021/06/05(土) 00:45:58.193 ID:D1EWW1soo
―― おいおいおいッ!奴さんがあいつに気づきやがったぞッ!
いま、攻撃されたら跡形もなく消されちまうッ!今すぐ決めろ、ご主人ッ!!


someoneは目を閉じ、心臓部に手を当てた。
心音は一定のリズムで拍動を打っている。

正義の火は未だ消えていない。彼により“生まれ変わった”この心の火を、彼のために使う。
その覚悟を決めた。


いま、使うしかない。










師匠の791にも隠していた、someone自身の【儀術】を。


781 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その20:2021/06/05(土) 00:47:18.839 ID:D1EWW1soo
someone「汝、霊歌に問う。生々流転なす生命の源流に、我を導くと誓うか?」

―― …誓う。術者someoneの使い魔 霊歌は此処に、契約履行の審判を仰ごう。

途端に足元に黄金色の魔法陣が展開された。同時に何処から吹いてきたのか、someoneの周りを突風が巻き上げた。
はためく群青のローブを抑えようと地面に手を当てていると、異変を察知したのかNo.11が急いで戻ってきた。

No.11「いったいなにごとなのッ!?」

someoneは彼女の言葉には応じず、額に手を当て詠唱を続けた。

someone「生命の大樹よッ!太古に潜む傑物たちよッ!我との血の契約を今こそ果たさんッ!」

吹き上がる突風で近づけずに彼を見ていたNo.11が、驚愕のあまり顔を青ざめた。

彼の“企み”に気づいたのだ。

No.11「まさか、貴方ッ!」

詠唱の中で、一瞬、チラリと彼の瞳がこちらを向いた。
光を失ったはずのヘーゼルカラーの眼は、いま意志が宿ったかのようにと燦然(さんぜん)と光り輝いている。この輝きに、No.11は覚えがあった。


尊敬し崇拝する、愛すべき師と同じ眼を、いま彼はしているのだ。


782 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その21:2021/06/05(土) 00:48:17.423 ID:D1EWW1soo
彼は困ったように、ほんの少しだけ眉尻を下げた。

学生時代からの癖だ。こちらが強い口調で返すと、彼は決まってそうした。
偽善のように、浅はかな謝罪を、その眠そうな半目とともに示してくる。
こちらの神経を逆撫でしているとも知らず、彼は昔から繰り返しそうしてきた。


しかし、いま。
No.11の受ける彼の印象は真反対だった。
最後の戦いへ赴く騎士のように、全てを受け入れ全ての覚悟を決めた顔つきをしている。
目的のためなら死をも厭わない、正真正銘の儚さと決意を身に纏っている。


その上で、彼の眼が最後に語りかけてきた。

先程も聞いた、飽きるほどに、繰り返し何度も聞いてきた言葉を。



“ごめん”、と。


783 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その22:2021/06/05(土) 00:51:01.495 ID:D1EWW1soo
―― 契約はいま、魔の理の下で聞き届けられた。ご主人よ――

猛烈な風切り音で聴覚を封じられる中、霊歌の言葉が脳内にしっかりと響く。

生意気な彼は、危機の中にありながらとても穏やかな声色をしていた。
そしてポツリと一言だけ、鼓舞の言葉を投げかけた。



―― しっかりな。

















someone「儀術『エクスチェンジ』ッ!!!!」


784 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その23:2021/06/05(土) 00:52:23.414 ID:D1EWW1soo
途端に、someoneの身体が黄金色に輝き、直後にこれまでで一番激しい閃風が巻き起こった。


思わずNo.11は腕で顔を覆い、肝心の術式の行使の瞬間を見逃した。

しかし、次の瞬間には何が起こったのか、全てを理解していた。



檻の中には、先程まで彼が居た場所には、代わりにくすんだ色の小型犬がちょこんと座っていた。



霊歌「よお。久しぶりだなあ、ご主人のお友達さんよお」


檻の中にいる霊歌は、ニヤリと笑ったのだった。


785 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/05(土) 00:56:24.502 ID:D1EWW1soo
◆儀術名:エクスチェンジ  術者:someone
転移の儀術。自らも含む指定した二体の位置を瞬時に交換する。術者が指定対象の存在を認知できていれば、離れた位置にいても儀術は成功する。
ただし距離が離れている程、魔力消費は膨大になる。


786 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/05(土) 00:57:18.322 ID:D1EWW1soo
¢さんのカード効果を見て思いついた設定です。カスケード、ここでつながりがでましたね。
そしてようやくここまでこれました。最終決戦です。

787 名前:たけのこ軍:2021/06/05(土) 10:22:34.116 ID:nuhABasM0
霊歌ちゃんがかっこいい

788 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/08(火) 22:38:36.709 ID:MWNrUwX6o
予め今週はおやすみです

789 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/20(日) 16:52:39.529 ID:FWXiv.zYo
今日とんでもなく長いけどごめんなさい。

790 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その1:2021/06/20(日) 16:54:27.186 ID:FWXiv.zYo
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【きのこたけのこ会議所区域 someoneの自室 1ヶ月前】

霊歌『ご主人もとんだ博打打ちだな。あんたの構想する儀術は単純だが強力だ。
だが、使い所を誤れば、二度同じことはできないと思ったほうがいい。それほど、追加契約の魔力消費は激しい』

someone『わかってる』

儀術“エクスチェンジ”。

指定した二人の位置を入れ替えるという、シンプルな魔術だ。対象となる相手の足元に仕掛けた転移の魔法陣で瞬時に互いの位置を入れ替えるもので、公国の宮廷内に張り巡らせている転移ポータルと元々の原理は同じだ。

ただし、この原理のままでは術者は視界の範囲内でなければ足元へ正確に魔法陣を配置することは出来ない。
距離の問題を解決したければ予め魔法陣を展開しておき、そこに足を踏み入れた人間を転送するという、落とし穴のような方法もあるが、実戦ではそう簡単に事が運ぶとも思えない。
単純な魔法ゆえ戦闘で使おうとすれば入念な準備が必要のため、転移魔法を攻撃戦法に使う手段は、あまり“流行らない”考えだった。

念動系の魔法を得意とするsomeoneは、魔法学校時代からこの転移魔法をなんとか実戦で使用できないか考えていた。
そして、魔法学校を卒業する間際に、遂に【使い魔】を用いた秘策を思いついたのだ。

以来、仕事に忙殺され構想段階での研究は遅々として進まなかったが、皮肉にも【会議所】に来てから時間に余裕ができ、先日になりようやくこの術式を完成させたのだった。


791 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その2:2021/06/20(日) 16:55:13.715 ID:FWXiv.zYo
霊歌『今後、おれとご主人の精神は根っこでほぼ同一化する。
それがご主人の望んだ“契約”だ。

互いに望めば、精神世界を通じテレパシーのように言語を発さずに会話することも可能になるだろうな。
ただ、その分日常的にご主人の魔法を消費して同一化を維持し続けることになるから、相当辛くなる。それでもいいか?』

someone『うん。日常的な魔法の消耗は学校時代から訓練されているから大丈夫』

使い魔と術者の精神を深く共有化させることで、離れていてもsomeoneは霊歌の位置を正確に把握できるようになる。
互いが遠地にいても、精神を伝い、霊歌の持つ魔力を手がかりに彼を含む周囲の対象者に魔法陣を仕掛け、転移魔法を可能とする。
二人の意識が繋がっている限り、転移距離は理論上無限となるのだ。

この奇襲戦法をより確かなものとするため、someoneは同時に転移魔法の研究を極めた。
今では他の誰よりも正確に、かつ高速に対象者の足元に転移魔法陣を仕掛ける術を習得した。

この一連の合算を、someoneは儀術“エクスチェンジ”と名付けたのだった。

霊歌『この儀術を使う時は、ご主人が公国から出なくちゃいけなくなった時だ。
それはつまり、かなり追い詰められた状況ということになる』

someone『わかっている…現状、僕は滝本さんに出し抜かれた。
陸戦兵器<サッカロイド>に対して打つ手もない。でも、それでも窮地から抜け出すための奥の手として持っておきたいんだ』


792 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その3:2021/06/20(日) 16:55:47.349 ID:FWXiv.zYo
儀術“エクスチェンジ”は奇襲的な技ゆえに、基本的に二度目は通用しない。
術者か【使い魔】のどちらかが倒れればその時点で技の行使は不可能となるからだ。この大技を使う時は、自分や他者を窮地から救うためだけに限定しないといけない、とsomeoneは予め考えていた。

霊歌『悲壮感たっぷりな顔つきだな』

呆れたように半目を向けこれみよがしに溜め息を吐いた霊歌だったが、すぐに顔を上げた。

霊歌『安心しな。ご主人は底抜けに暗いかもしれないが、おれはその真逆だ』

その顔は、悪戯っ子のように茶目っ気に満ちていた。
どこまでも楽天的で、それでいて危機を乗り越えられそうな“変な”自信に満ちている。
明日、自分と同じ立場でオレオ王国に旅立つ親友にそっくりだ。

真に求めていたものが、いまsomeoneには分かった気がした。
そして、彼の言葉に応えるように、一度だけ力強く頷き返したのだった。


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793 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その4:2021/06/20(日) 16:56:32.209 ID:FWXiv.zYo
【オレオ王国 王都】

まるで脳を素手で直接握られ、激しく揺らされているような唾棄すべき感覚。

先程まで暗い室内にいた眼球は、目の前の眩い明るさに一瞬硬直し、遅れてすぐに視界がぼやけた。
左右方向だけでなく、まるで目の焦点が奥に引っ込みまた戻るような、そんな言葉にし難い目眩がひたすらsomeoneを襲った。

倒れたくなる気持ちをぐっと堪え、吐き気に耐えながら重い頭をやっとの思いで上げると、まるで綿あめがパンと弾けたようにそこらかしこで激しい光の点滅が視界中を覆った。

一生分の苦しみを味わったような気分を経て、ようやく彼の身体に正しい情報が集まり始めた。

蒸すような気温の高さ、焦げ付いた硝煙の臭い。久しぶりの晴れ間を覗けるはずが、地上から湧き上がった煤煙のせいで空は黒く隠れ、辺り一帯は薄暗い。
人の悲鳴は聞こえないが、代わりに悲鳴のように木が爆ぜ、自重に耐えきれず建物が崩れ落ちる音。





someoneはいま、確かに燃え盛る王都の中に居た。

儀術“エクスチェンジ”は完璧に成功していた。


霊歌を事前に791の前で見せたのは、自ら生き残るためだけではない。いまこの時のような窮地に儀術を活用するためにあった。
someoneは彼女の性格を理解していた。仮に自らが捕らえられたとしても、彼女はきっと【使い魔】の動きまで封じることはしないだろうと。
そして、その読みは正しかった。


794 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その5:2021/06/20(日) 16:57:27.393 ID:FWXiv.zYo
Tejas「斑虎さん、あぶないッ!!」

そこで初めてsomeoneは、自身のすぐ横にきのこ軍兵士 Tejas(てはす)が立っていることに気づいた。
彼はずたずたに破れた黒のレザージャケットを羽織っており、破れた右腕付近からちらりと呪いの紋章が見えた。すぐに意識を戻し、驚いた様子の彼の視線をすぐに辿っていくと。


爆炎の中心には、見慣れた“親友”が呆然と突っ立っていた。


口を開けた彼の顔の見上げる先には、巨大な陸戦兵器<サッカロイド>の腕先から伸びる小型銃の真っ黒な銃口が見えた。

その異質な存在に一瞬呆気にとられている彼と、表情もなくのっぺりとした透明体の怪物から放たれるギラギラとした殺気。
動物の捕食の瞬間を見たことはないが、きっと生命のやり取りとはこのように一瞬の間を経て行われるに違いないと思った。

今のsomeoneは頭に血がのぼりすぎ、かえって自らを酷く冷静にしていた。【大戦】で、たけのこ軍兵士を屠るために戦場で大立ち回りをする時の感覚によく似ている。
心と身体が分離する、あの感覚だ。
だから、彼を救おうと思った瞬間には、すでに身体が動いていた。

陸戦兵器<サッカロイド>が銃弾を発射する直前に、既にsomeoneは詠唱を終えていた。

someone「『ファイアジュール』ッ!!」

斑虎「ッ!?」


795 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その6:2021/06/20(日) 16:58:34.068 ID:FWXiv.zYo
突き出した手のひらから放たれた火炎の渦は、綺麗な弧を描きながら巨人の足元で赤色の光を発したと同時に弾け、器用に軸足周りの地面だけを溶かしきった。

発射体制に入っていた巨人は、軸足の支えを失い前のめりになると同時に腕に装着した銃を発射し、その極太い銃弾は斑虎の立っていた数m手前で炸裂し爆破した。
当たっていれば斑虎だけでなく後方にあった建物も巻き込んで消し炭になっていたことだろう。

someone「斑虎ッ!」

斑虎「お、おうッ!」

目の前の事態に目を白黒させていた斑虎だが、聞き慣れた親友の呼びかけにすぐに意識を戻し、反射的にその場で高く跳び上がった。

someone「『ヘビージャンボスノー』ッ!」

跳んだ彼の足元で一度空気の抜けたような音が鳴ると、次の瞬間、彼の身体はトランポリンに乗った時のようにたちまちさらに上空に跳ね上がった。

はるか上空から巨人を見下ろすと、敵はすでに銃器を持ち直し体制を立て直しているところだった。
体躯に見合わない素早い身のこなしに、斑虎は、敵が歴戦の勇士であることを確信した。

斑虎「『スコーンエッジ』ッ!」

空中から二刀の剣を勢いよく投げ下ろすと、地上に向かう剣と外気との間にすぐに空気の膜が作り出された。そのまま巨人の足元付近の地面に突き刺さると、双剣は勢いよく地面に潜った。
そして、カップに入ったアイスを掬うスプーンのように二刀は地面の中を器用に潜りきり、巨人の足元の地面を綺麗に抉り(えぐり)取った。

途端に足元の地面が崩れた衝撃で、巨人は今度こそ轟音とともにその場で前のめりに倒れ伏した。
数十mを超える巨体が倒れた衝撃で、地上のsomeoneたちには地鳴りのような衝撃音と大量の砂埃が巻き上がった。

巨人はそのままピタリと動きを止めた。


796 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その7:2021/06/20(日) 16:59:15.470 ID:FWXiv.zYo
someone「斑虎ッ!こっちだッ!」

地上に舞い降りた斑虎は、改めて親友の姿を目にすると驚愕した。
先程から彼の驚いた姿しか見てない気がする、とsomeoneは変に冷静になった。

斑虎「someoneッ、どうしてここにッ!?公国で捕まったんじゃないのかッ!」

someone「【使い魔】の霊歌と位置を入れ替えたんだ、僕の儀術でね。公国の牢屋から抜け出してきた」

Tejas「オリバー…もとい、霊歌の秘策っていうのはこのことか。
まさかあいつの代わりにsomeoneさんが出てくるなんてビックリしたが」

二人は分かったように頷いているが、斑虎からすればさっぱりだ。
考え込んでも仕方がない。分からないことは他にもある。
続いて、彼は広場の中央で横たわる巨人を指差した。

斑虎「それに、あの化物はなんなんだいったいッ!」

someone「あれは陸戦兵器<サッカロイド>。
簡単に言うと、滝本さんたち【会議所】の重鎮メンバーが、秘密裏にオレオ王国を不当占拠するために作り出した悪の兵器だよ」

斑虎「なにッ?なんだとッ?」

斑虎は自分の耳を疑った。

目の前の親友は【会議所】の作り出した兵器と言ったのか。
なんと馬鹿げた話だ。昔から彼は冗談の下手な男だったが、今の話はことさらセンスの欠片もない。


797 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その8:2021/06/20(日) 16:59:59.306 ID:FWXiv.zYo
だが、彼の言葉を肯定するように、隣に立っていたTejasも真面目な顔で頷いてみせた。

Tejas「斑虎さんは騙されていたってことさ、一部の【会議所】メンバーにね」

someone「驚かないで聞いてほしい。端的に言うと、最初からこの戦争は滝本さん…そして“魔術師”791に仕組まれていた。
公国は裏で791さんが支配しオレオ王国を滅ぼそうとしていた。
同時に、【会議所】は滝本さん、¢さん、参謀の三人が首謀者となり王国に攻め込んだ公国軍ごと、陸戦兵器<サッカロイド>で壊滅させ、不当に王国を占拠しようとした。

立場の異なる策謀家たちが、王国を食い物にしようとしているんだ」

あまりにも急な話に斑虎は思わず絶句した。

もし彼の話が真実なら。一体、自分は何のために戦ってきたというのだろうか。

斑虎「【会議所】は、最初からオレオ王国のことを裏切ろうとしていたのか?
手をこまねいて助けを求めてくる王国を、手ぐすね引いて待っていたというのかッ!」

激昂した斑虎の言葉に、気まずそうにsomeoneは一度だけ頷いた。
煤(すす)まみれのTejasはそれを見かねてか、取り繕うに肩をすくめた。

Tejas「無理もない。俺はカカオ産地でたまたまsomeoneさんの【使い魔】の霊歌という奴と出会ってな。それで事の次第を教えてもらったのさ」


798 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その9:2021/06/20(日) 17:00:47.710 ID:FWXiv.zYo
someone「信じられないかもしれない…でも、全て本当のことなんだ、斑虎」

肩を落とす斑虎に、someoneはおずおずと声をかけた。だが、彼は静かに頭を振った。

斑虎「信じないことなんてないさ。寧ろ、その逆だ。
お前が言ったことなら“全て信じられる”。
だからこそ、愕然としているんだ。滝本さんたちの起こした暴挙にな」

自分をオレオ王国の使者にしたあの日の会議から、既に騙されていたのだ。

目的は不明だが、オレオ王国を破滅させ非合法的に占領しようとした滝本たちの悪行を断じて見逃すことはできない。
オレオ王国内を必死にまとめ上げ協議まで漕ぎ着けたこちらの姿を、滝本はどう感じたのだろうか。

きっと裏で嘲笑っていたに違いない。

全て無駄な行動であると。カキシード公国と【会議所】の望み通り協議は破談に終わり、戦争に突入するのだから無意味に終わると。

斑虎の拳はいつの間にか強く、そしてきつく握られていた。
この拳の意味するところは一つしかない。

怒りだ。
罪なき王国の民を危険に晒し、私利私欲のために戦乱を撒き散らそうとした彼らの振る舞いを断じて許すことはできない。
彼の正義の火の勢いは、いま最高潮に達しようとしていた。


799 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その9:2021/06/20(日) 17:01:58.622 ID:FWXiv.zYo
ナビス国王「君たちッ!無事かねッ!?」

「王様ッ!危険ですッ!」

斑虎たちが王宮側を振り返ると、白馬に跨ったナビス国王が燃え盛る広場に出てきたところだった。
王宮からは遅れて数名の部下が走って向かってきていることから、どうやら部下の静止を振り切って来たようだった。

ナビス国王「これは、いったいッ…やはり報告の通り、公国軍の侵入を許したわけではなかったのか」

斑虎は目の前の賢王に真実を伝えてよいものかどうか逡巡した。
だが、唇の奥を一度噛むと、義憤に駆られた彼は王の前に歩み出た。

斑虎「王様、お下がりください。目の前に横たわる巨大な結晶体は我が【会議所】の新兵器です。
一部の重鎮が謀り、この場に集まった両軍を屠るために投入された巨人型の兵器です。
我々の“敵”ですッ!」

ナビス国王「なんと…信じられない。まさか、あの【会議所】が…」

国王の嘆きに呼応するように、瓦礫の崩れる音とあわせ、動きを止めていた陸戦兵器<サッカロイド>はゆったりと起き上がった。

起き上がった巨人の透明な身体越しに、これまで彼が破壊してきたであろう市街地の赤く燃え盛る様子がまじまじと見え、それだけで剣を握る斑虎の力はより強くなった。

顔と思わしき部分には目鼻や口すらもなく、角張っていないすらりとした身体では、巨人がいまどちらを向いているのかも見失うほどだ。
胴体からはすらりとした手足が伸び、彼の間合いに入ってしまえばたちまち接近戦では勝負にならないだろう。

陸戦兵器<サッカロイド>は足元で相対する人々を前に首を左右に傾けたり、両の拳を何度か握り直している。準備運動のつもりなのだろう。


800 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その11:2021/06/20(日) 17:02:46.397 ID:FWXiv.zYo
someone「敵の目標は王宮だッ。食い止めないとッ!」

ナビス国王「騎馬隊、構えッ!撃てッ!」

国王の命令に追いついた数名の兵士たちはライフル銃を構え、巨人の胴体に向け間髪入れずに発泡した。
放たれた銃弾は狂いなく胴体に当たり、そして身体に傷一つ付けることなくその場で弾は砕け散った。

斑虎「なんだあの硬さはッ!?」

someone「陸戦兵器<サッカロイド>は特殊な錬成の過程でダイヤモンドよりも硬くなった飴細工の巨人なんだ…銃剣どころか魔法でも容易に傷つけることはできない」

斑虎「おいおい。それは無敵ってことか?」

someone「少なくとも…今の僕たちに倒す方法はない」

斑虎は悔しそうに歯ぎしりした。
爆炎の中で陸戦兵器<サッカロイド>の周りだけが、冷気を放っているように空気がゆらめいていた。

斑虎「…王様。我々が時間を稼ぎます。すぐに王宮に戻り、ここから脱出の準備を」

ナビス国王「斑虎くん。言葉を返すようだが、私も一国の主として最後まで此処で――」

斑虎「――それでは駄目なのですッ!いま此処で貴方を失えばそれこそ敵の思うツボだッ!苦しいでしょうが、今はお逃げなさいッ!いつかきっと再起の目がでるッ!」

ナビス国王はなおも反論しようと口を開きかけたが、斑虎たちの決意に満ちた顔を見て思い直したのか神妙そうに眉を寄せ、そして強く頷いた。

ナビス国王「…恩に着る。斑虎くん、必ず生きて戻ってこい。皆の衆、戻るぞッ!」

国王の指示に、兵士たちはすぐに踵を返し王宮に引き返していった。


801 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その12:2021/06/20(日) 17:03:26.394 ID:FWXiv.zYo
ぐるぐると腕まで回し終えた陸戦兵器<サッカロイド>は準備運動も終わったのか、片足を上げ王宮に向かい近寄り始めた。

someone「斑虎…」

斑虎は困ったように眉を下げた。

斑虎「カッコつけた手前、戦わないわけにはいかなくなったな。悪いな、付き合わせちまってッ」

someoneは首を横に振った。
ところどころ破れたローブの中の彼の顔は、不思議と微笑んでいるようだった。

someone「いいよ。それが斑虎の“正義”だってことは、前から知っていたから」

Tejas「お二人さん、陸戦兵器<サッカロイド>が前進し始めたぞッ!」

ズシンと響いた揺れは、数十m離れた先で巨人の足が地に付いたことによる揺れだった。
今度の彼はこちらのことなど気にしていないのか、ただ三人の背後にそびえる王宮に向かい歩みを進めている。

斑虎「someone、援護を頼むッ!」

斑虎はそう言い残すとその場を跳び、近くの商家の屋根に移った。さらに間髪入れずに跳ぶと、彼は瞬く間に陸戦兵器<サッカロイド>に接近した。

someone「『ガルボルガノン』ッ!」

斑虎「おらあッ!その首とるぞッ!!」

someoneの唱えた魔法は、斑虎の持つ双剣の刃に渦巻くように炎の渦を作り出した。さながら炎の剣という出で立ちだ。
跳んだままの彼は巨人の首元に急接近すると、首の頸動脈部、つまり人間でいうところの急所部分に両の刃を振り下ろした。


802 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その13:2021/06/20(日) 17:04:14.519 ID:FWXiv.zYo
斑虎「とったッ!」

炎を纏った剣の切っ先が巨人の首元に触れる。実感はあった。
だが――


パキン。

呆気ない音を立てて、斑虎の持った双剣は巨人の硬度に耐えられず根本から折れてしまった。

斑虎「ちくしょうッ!もう一度だッ!」

巨人の肩に一瞬足を触れすぐに離れると先程の商家の屋根に戻った斑虎は、背中に背負っていた鞘からもう二本の剣を抜いた。
そして、呼吸を整えるために一度だけ軽く息を吐いた。



その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。

Tejas「斑虎さんッ、くるぞッ!」

Tejasの洞察力がなければ、斑虎の生命はそこで散っていたかもしれない。

耳に届いた微かな風切り音とともに、彼の言葉を受け、咄嗟に刃を前に交差させた斑虎は、巨人から放たれた斬撃を既のところで受け止めた。
だが、その一撃はあまりにも重く、衝撃を吸収してもなお彼は数m程後方の民家に吹き飛ばされた。


803 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その14:2021/06/20(日) 17:05:32.169 ID:FWXiv.zYo
斑虎「なんて威力だッ…」

すぐに立ち上がった斑虎は、二つの事実に気がついた。
一つは、先程まで自分が立っていた商家は先程の攻撃で粉々に砕け散っていたこと。


そしてもう一つは、斬撃だと感じていた敵の攻撃は、実は蹴りによる風圧から生じる“真空波”だったことだ。

巨人は前進のための歩みを止め、片足をゆらりと上げた姿勢でこちらの方を見つめているようだった。顔こそないものの、相対する“気”のようなものを感じ取ることができた。
その戦闘手法には見覚えがあった。

斑虎「この構えはッ!?」

someone「気をつけて、斑虎。陸戦兵器<サッカロイド>には、かつて【大戦】で活躍した【会議所】の英雄の魂が宿っている。戦闘力もきっと当時のままだッ!」

―― 肉体は極めれば、トンファーよりも早い斬撃を繰り出せるようになる。

思い出すのは、【会議所】の鍛錬場での晴天の空模様。
そこで斑虎は、いつも教官である“彼”に鍛錬をつけてもらっていた。


804 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その15:2021/06/20(日) 17:06:40.609 ID:FWXiv.zYo
斑虎「そういうことかッ。あんたなんだな、“Ω(おめが)さん”ッ!!」

自らをトンファー使いと語りながら、手に持ったトンファーを一切使わず脚のみで敵を蹴散らしていたたけのこ軍 Ω(おめが)は全たけのこ軍兵士の憧れの的だった。

七年前、王国を飛び出し単身で【会議所】に飛び込んだ彼を待ち受けていたものは、鬼教官による容赦ない蹴りの応酬だった。
【大戦】黎明期に活躍したΩはその頃既に引退状態にあり、後進の指導に当たっていた。

戦いのいろはも知らない兵士たちはそこで彼の下で鍛錬を積み、両軍問わず立派な“兵士”として巣立っていくしきたりになっていた。
顔中に皺を深く刻みながらも、Ωはどの新兵よりも快活に動き、檄を飛ばしていた。

接近戦において、彼は現役兵士と混ざっても無類の強さを誇った。
片足を上げまるで武術の型のようにピタリとも動かず敵を待つ彼の姿は獲物を狙う鷹のようで、恐ろしくもあり憧れでもあった。

鍛錬では新米兵士全員で彼に向かっても彼の蹴りの前に容赦なく吹き飛ばされ、いつも全員は晴れ晴れとした空を見上げるしかなかった。
その度に、彼はそんな全員の傍に寄るといつも叱りつけ、そして最後には少し優しい声色で次のように語っていた。

―― 接近戦において。銃は抜き、構え、狙い、引き金を引くまでに四動作。
ナイフでも構え、切るの二動作。
それに引き換え、足は蹴るのみ。一動作だけで終わる。
お前たちにそのハンデを克服できない限り、一人前の兵士とは言えないな。


805 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その16:2021/06/20(日) 17:07:24.864 ID:FWXiv.zYo
ヒュッという風切り音とともに、巨体を靭やかに揺らしながら陸戦兵器<サッカロイド>は高速の蹴りを繰り出した。
今度こそ反応した斑虎は、瞬時に屋根から飛び降り彼の斬撃を交わした。

地面に飛び降りた後の彼は、巨人のことなど脇目も振らず燃え盛る家々の間を器用に進んだ。
背後から怒号のような殺戮音が聞こえてくる。恐らく、家々の中に隠れた小さな弟子を屠るために脇目も振らずに蹴りを繰り出しているのだろう。

思い出せ。【会議所】に来るまでの思い出を手繰り寄せろ。
子供の頃、親とはぐれ人混みの中で必死に人をかき分けながら、広場を歩き回ったあの時を。学校の授業をさぼり、広場の路地という路地を走り回っていたあの時のことを。

斑虎は長くない数秒間の中で自分にそう檄を飛ばし、必死に過去の記憶を頼りに、多少の火傷とも気にせず、器用に裏路地を進み続けた。

Ωの語るとおり、接近戦では手数の差で彼の蹴りの前に剣は意味をなさない。
だが、同時に斑虎は彼の唯一の弱点を知っていた。

斑虎「七年の時間は俺を強くしたッ!あの頃の俺と思うなッ!」

それは、彼の蹴りの届かない死角に回り込むことだ。

民家を利用し身を隠した斑虎は、彼の背後まで到達できる裏道を使い素早く移動していたのだ。
再び広場に出ると、巨人ののっぺりした全形が見えた。だが“気”は感じられないことから、いま相対している面が“背中”に違いないだろう。
出し抜いたという、かつての師を一瞬でも超えたという実感が、斑虎の内よりこみ上げる力をより確かなものに押し上げた。


806 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その17:2021/06/20(日) 17:08:34.759 ID:FWXiv.zYo
斑虎「『ジャガーライク』ッ!!」

今度はうなじの部分に向かい突撃をしようと跳んだ、その瞬間――



ガチャリ。


生命を刈り取る鈍い音が、斑虎の鼓膜の奥にまで響いた。

someone「『エアリアーリアル』ッ!!」

いつの間にか斑虎の方を向いていた巨人の腕の銃から放たれた銃弾は、someoneの咄嗟の機転で、斑虎を魔法の閃風で吹き飛ばすことで直撃を避けた。


先ほどと反対方向の広場に叩き落とされた斑虎は、打ちどころの悪い箇所をさすりながらも自嘲気味に笑みをこぼした。

斑虎「すまない、someone。本当に死ぬところだった…」

肩で息をする斑虎の脳内に、数秒前の光景がフラッシュバックした。

巨人は彼の背後からの攻撃を予め見越していたのだろう。
そのうえで腕を上げて装着されている銃の射線を確保し、彼が現れるまで敢えて待っていた。
あの時の、間近で撃鉄を引く音が耳にこびりつくように何度も反芻され、途端に斑虎の背中からはどっと汗が吹き出した。


807 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その18:2021/06/20(日) 17:09:41.244 ID:FWXiv.zYo
someoneとTejasの二人は、うつ伏せに倒れ伏している斑虎の下にすぐに走って駆け寄った。
Tejasは彼を抱き抱えると、珍しく必死の形相をつくりだした。

Tejas「斑虎さんッ!いまはあいつから逃げるしかないッ!
俺たちでは倒せないッ。だが、時間がくれば奴を止める手立てがある。それまでの辛抱なんだッ!」

斑虎「…いま逃げたとして、いったい誰が王宮を守るんだ?」

血の溜まった唾を吐き捨て、斑虎は遥か頭上の陸戦兵器<サッカロイド>を睨みつけた。
顔を持たない巨人は“涼しい”横顔で、既に斑虎たちのことなど興味を失ったように、歩みを再開しようとしている。

斑虎「くそッ。これじゃあ、まともな兵士の攻撃なんて通らないじゃないかッ。本当に、打つ手はないのかッ!」

悔しげな表情を露(あらわ)にし、やり場のない怒りを吐き出す情熱的な男を前にして、この男だけはいつもの“冷静さ”を以て言葉を発した。

someone「斑虎。僕に一つ、策がある」

二人はすぐに彼に顔を向けた。
彼は群青色だったボロボロのフードを脱ぎ取り、決意の目を斑虎に送っていた。その眼には、同じ果てなき“情熱”を宿しながら。

斑虎「いったいなんだッ!?」


someone「僕は、もう一度だけ、“儀術”を撃てる」


808 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その19:2021/06/20(日) 17:10:38.942 ID:FWXiv.zYo
彼の最初の説明はいつだって言葉足らずだ。
それは、彼が口下手である以上に、こちらを遥かに上回る聡明であるが云えに、端的な説明だけで相手も理解できるだろうという過ぎた認識を持っているからだろうと、斑虎はそう分析している。

だから、自分のような学もなく頭の動きも良くない人間は、何度も聞き返さないといけない。
恐らくその過程で煩わしさを感じた凡庸の人間は彼から去っていくのだろう。

だから彼に友達は殆どいない、自分一人を除いては。
凡庸で無知であることを自覚している分、彼と接することは百の利があっても一の害とはならなかったのだ。

そんな斑虎自身でも、珍しく今回の話は一度で理解できた。同時に、あまりの突拍子もない話に思わず笑みがこぼれた。
Tejasだけは分かっていないのか、横で不思議そうに首をかしげている。

斑虎「そういうことか。コンマ何秒かのタイミングの話になるぞ?任せていいのか?」

someone「【大戦】で競いあって、どっちが多く勝ったっけ?」

滅多に無い彼の勝ち気な言葉に、思わず斑虎は今の状況を忘れいよいよ声を出して笑ってしまった。

斑虎「良いだろう。俺の生命、お前に預けるぜ」

Tejas「よくわからないが、どうやら俺もそうせざるを得ないようだな…急がないとあいつが王宮をめちゃくちゃにするぞッ!」


809 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その20:2021/06/20(日) 17:11:49.266 ID:FWXiv.zYo
Tejasの言葉に頷き、彼の腕を借りて立ち上がった斑虎は、戦勝気分のようにゆったりと歩く陸戦兵器<サッカロイド>に向かい大声を張り上げた。

斑虎「“Ωさん”、聞いているかッ!
さっきから、そんなちまちました攻撃であんたらしくもない。そんな弱っちい攻撃で俺たちから勝ちを奪えるとでも思っているのかッ?!」

陸戦兵器<サッカロイド>は止まらない。
宮殿に続く正門前の広場をゆっくりと闊歩している。

斑虎「戦いたいという野郎を無視するなんて、あんたも随分と腰抜けになったなあッ!
“鬼たけのこ”の異名が聞いてあきれるぜッ!!」

ぴたり、と。
片足を上げたまま、巨人は確かに静止した。

斑虎「現役の頃のあんたは、そんな小技で敵をいたぶるような卑劣な兵士ではなかったはずだ。一撃で全てを葬る強さこそが強者の誇りであり掟だと。
そう俺たちに教えたのは他ならぬあんただッ!

俺たち新兵の憧れの象徴だった。

まだこの声は届いているんだろう?
来いよ、全てを決める一撃でッ。

俺たちを全力で消しにこいよッ!」

上げた足をその場で静かに降ろし、巨人はまるで暫し何かを考え込むように、頭を憂い気に少し下げた。


810 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その21:2021/06/20(日) 17:12:39.375 ID:FWXiv.zYo
すると。
まるでバレエのようにその場でくるりと方向転換をした巨人は、その胴体の正面を斑虎たちに勢いよく向けた。

そして、間髪入れずに自身の背中に長い手を伸ばし、擬態の術で透明になっていた特大の銃器を取り出すと、そこで初めて黒光りした大筒の姿が顕になった。
全長は斑虎たちの身長をゆうに超える大きさで、砲口の大きさといえば広場に出ている露店を二つか三つまるごと飲み込めるほどの大きさだ。
巨人が武器の側面に取り付いているコッキングレバーを勢いよく引くと、その鳴り響いた撃鉄の音は、先ほどとはまるで違う、まるで戦艦の艦砲射撃音のような地鳴りとなり、三人の鼓膜の奥まで響き渡った。

Tejas「鼓膜が破れるッ!」

斑虎「いいぞ、Ωさん。かかってこいよッ!俺たちと勝負だッ!」

巨人の両手で構える大筒の砲口に急速に光の集まっている様子が、正面にいる斑虎たちにはまじまじと見えた。
側面部に搭載されている魔力タンクから供給された魔力が光に変換されているのだ。
魔力が最大まで溜まりきったその時に、砲口に溜まった光は魔法光線として放出され、目の前の斑虎たちだけではなく、背後にある民家ごと瞬時に燃やし尽くすのだろう。

数秒後に自分たちの存在ごと消し炭にするだろう敵の準備を待っているというのは、someoneにはどこか不思議な感じがした。


811 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その22:2021/06/20(日) 17:14:04.107 ID:FWXiv.zYo
だが、ここにきて小刻みに身体が震え始めた。
隣の二人に悟られたくないが、恐れからか、それとも責任の重大さからくる自信のなさに怯えたからか、震えは収まるどころか加速していた。

死は怖くない。だが、自分の無謀ともいえる提案で、これから放つ技のタイミングを誤った瞬間に隣にいる二人を死においやってしまうかもしれないと考えると、
途方も無い広大な空間に自分が一人放り込まれたように、恐怖で足が竦みそうになった。

今までは一人で生きてきたから平気だった。
それがいま、二人の生命を預かるという重大さを心がようやく実感した。

たまらなく恐ろしい、逃げ出したい。心臓が警告を打つように何度も早鐘を打った。
こわい。こわい。こわい。目を閉じたい。







斑虎「大丈夫だ」


思いがけない言葉に、そこでsomeoneは隣に立っている親友の顔を見た。
彼はこちらの肩に手を置くと、静かに微笑んだ。

斑虎「お前なら、大丈夫だ」


震えが、確かに止まった。


812 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その23:2021/06/20(日) 17:14:51.473 ID:FWXiv.zYo
Tejas「くるぞッ!」

大筒は発射段階に入ると、一瞬その光を砲口内のある一点に凝縮させた。
その発射の過程は三人にもよく見えた。

無風。
その瞬間、全ての音が一瞬消え。


すぐさま、大筒から発せられた直後の轟音にかき消された。

砲口から目の前を覆うほどの輝く光が発せられたのを、確かに三人は見ていた。

斑虎「いま――」

斑虎の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら言い切っているうちに放たれた光線は三人を瞬時に捉え、消し炭すら残さずに粉々にしてしまうからだ。

そして、斑虎が叫ぶよりもほんの数コンマ秒早く。







someoneは“儀術”を放っていた。


813 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その24:2021/06/20(日) 17:16:10.672 ID:FWXiv.zYo
someone「“エクスチェンジ”ッ!!!」


その瞬間は一度きり。

失敗すれば当然のように全員がビームに貫かれ死ぬ。
仮に成功したとしてもその確率は、糸を針の穴に一度で通すぐらい低いものだ。

だが、それでもsomeoneは試した。

初めて、彼は他者を救うために、自分自身の力を信じた。
“親友”の後押しをえて。


放たれたビームを見て、someoneは残った魔力を振り絞り再び儀術“エクスチェンジ”を放ち、自分たちの足元に展開された転移魔法陣といつの間にか陸戦兵器<サッカロイド>の足元に展開していた魔法陣の位置とを入れ替えた。
someoneたちは巨人の立っていた場所に移動し、先程まで自分たちがいた窮地の立場を、目の前の巨人に押し付けた。

すると、何が起こるか。


轟音。


    爆音。


          大爆音。


814 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その25:2021/06/20(日) 17:16:48.013 ID:FWXiv.zYo
自分の放った必殺の光線を全て喰らった陸戦兵器<サッカロイド>は、何が起きたか把握する間もなく、耳をつんざく爆裂音を立てながらその身をひたすらに吹き飛ばした。
彼の巨体は背後の市街地をただただ巻き込み、ひしゃげて粉々にしながら、ゆうに数百メートルは吹き飛び、その動きを静止させた。

彼の転げた跡は民家や火災の後すら残らないむき出しの地面が露となった荒地となり、特大の嵐に襲われても同じことにはならないだろうという程に凄惨なものになっていた。
その更地の遥かかなたで、火災の赤い光を僅かに反射させた光で、そこに巨体が仰向けで寝ていることが三人にははっきりと判った。
あれ程の攻撃を喰らっても、その原型を保っているのは正直なところ恐怖でしかない。

だが、動きは止まっている。起き上がり、こちらに向かってこない。

someone「ハァハァ…」

限界を超えた魔力消費。
初めての本格的な死に近づいた体験を思い出し、いまさらsomeoneの額は大量の汗で溢れかえった。

斑虎「な?だから言っただろ?」

広場の中心で、なぜか斑虎だけは得意げに踏ん反り返った。


815 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その26:2021/06/20(日) 17:17:51.674 ID:FWXiv.zYo
同じように顔に大量に汗を流していたTejasは、顔にへばり付いた長い前髪を払うことも忘れ、彼の姿を見て呆れたようにため息を吐いた。

Tejas「これは全てsomeoneさんの力によるものでは?」

斑虎「そうだ。そして、someoneを信じた俺たち全員の勝利でもあるッ!」

Tejasは言い返そうと口を開いたがすぐに止めた。
底なしの彼の言葉に少し元気が出たのも事実だった。

斑虎「よくやったな、someone」

斑虎の手を借り、someoneは起き上がった。まだ激しい動悸が収まらないのか、言葉を発すことができず肩で息をしている。
この場を和ませるように、Tejasは肩をすくめ軽口を叩いてみせた。

Tejas「いや。あれはさすがの俺でも吃驚だ。三回は死んだ気分さ」






「それじゃあ。ここで四回目の死を迎えてもらいましょうか?」


816 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その27:2021/06/20(日) 17:18:41.193 ID:FWXiv.zYo
斑虎「ッ!?」

突如背後から投げかけられた言葉とともに、頭上に大量の光の矢が放物線を描きながらこちらに向かってきていることが、頭上に目を向けた斑虎にははっきりと見えた。
その数は数百本程度。逃げ場がないほどに矢は密だった。

斑虎「『エアロソード』ッ!!」

斑虎は咄嗟に二人を傍に引き寄せると、手に持った双剣を頭上にクロスさせ上空に真空波を放った。
彼らの頭上の矢は次々に真空波に払われるとともに、彼らの周りの地面には次々と矢が刺さり、結果的に彼らは四方を大量の矢に囲まれ身動きが取れなくなってしまった。



その矢を放った張本人は、いつもの能面のような表情を顔に貼り付け、斑虎たちを遥か高い頭上から見下ろしていた。

滝本「これはこれは、皆さん。おこんばんは」

会議所自治区域の議長・滝本スヅンショタンは、“別の”陸戦兵器<サッカロイド>の肩に乗りながらその姿を現した。


817 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その28:2021/06/20(日) 17:19:35.533 ID:FWXiv.zYo
斑虎「た、滝本さんッ!?ってことは、やはりあんたが…」

滝本「いやいや。先程までの戦い、遠くから拝見してましたよ。実にすばらしい。
きのたけ兵士らしい、思考を凝らした戦いだ。
弱兵が大敵に挑む。これこそが【大戦】の醍醐味。

思い出すなあ、【大戦】が始まって間もなく。
最強だったたけのこ軍に弱小のきのこ軍が襲いかかった“あの時”をねえ」

弓の弦を静かに下ろし巨人の肩に腰掛けていた滝本は、まるで会議所にいたときとは別人のように、芝居がかった口調で答えた。
数十m下にいる見知った兵士たちを見ても表情を変えず、口調だけは楽しげだ。

斑虎「まるで、見てきたかのような言い方じゃないか」

睨みをきかせながら、斑虎は吐き捨てるように言葉を返した。

先程の行動で、斑虎の中では全てが“解決”した。
あらためて、滝本は自分たちにとっての敵であると認識した。

滝本「私が【大戦】に参加し始めたのはほんの数年前だと?
まあ確かにそうだ。だが、そんな“些細な問題”はどうだっていいんですよ。

やはり¢さんの反対を押し切ってでも現場に来てよかった。
予想外の出来事には幾ら歴戦の兵士たちの魂とはいえ、対処できないですからね」


818 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その29:2021/06/20(日) 17:21:05.613 ID:FWXiv.zYo
そこで彼は、斑虎の隣にいるsomeoneに視線を向けた。

滝本「おかしいですね。貴方は“魔術師”791の任務を果たせずその怒りを買い、消されるか幽閉される。
そういう手筈でしたが、なぜここに居るのです?」

someone「種は明かせないですよ…教えたらおもしろくないでしょう?」

彼の答えに“それもそうか”と、滝本はそこで初めて余裕気にニヤついた。笑っても彼の顔が能面に見えるのは、きっと一つ一つの表情の変化が極端すぎて人間らしくないためだ、といまさらながらsomeoneは分析した。
続いて、彼の隣で場違いな私服で立っている兵士にも、チラリと目を向けた。

滝本「Tejasさん。貴方も私にとっては想定外だ。あれ程、カカオ産地に行くのはやめろと忠告したのに。てっきり戦いの最中で野垂れ死んだのかと思っていましたよ」

Tejas「生憎と、生まれつき悪運は強い方でね」

怒りに肩を震わせながら、斑虎は我慢ならないとばかりに一歩前へ出た。

斑虎「どういうことだ、滝さんッ!説明してもらうぞッ!
どうしてあんたが、【会議所】がオレオ王国を襲うッ!百歩譲って公国軍を蹴散らすだけならまだ分かるッ!
なのに、あんたは今、先程の“Ωさん”と同じように王宮を襲おうとしているッ!その理由を言えッ!」

彼の激昂を意にも介さず、滝本は冷たい笑みを浮かべた。

滝本「お隣にいる親友さんが全て知っていますよ。
全て“計画通り”です。最初から欲に目がくらんだ公国が王国を襲うことも、王国が我々に泣きついてくることも。

そして、我々が公国軍ごと王国を壊滅させ、その領土を全て手中に収めることまでもね」

斑虎「あんたは…最低の人間だなッ!!」


819 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その30:2021/06/20(日) 17:21:47.441 ID:FWXiv.zYo
滝本「分からないのですか?これも全て会議所自治区域の発展のため。
【会議所】を国家にするための策。ひいては、貴方たちの生活を豊かにするための苦肉の計なのですよ。これは貴方たちのためでもあるのです」

Tejas「とんだ詭弁だな。こんな強硬策で世界だけでなく自治区域内からでも支持されるわけがないだろう」

滝本は退屈気に陸戦兵器<サッカロイド>の上で、足をぷらぷらさせた。
彼の乗る巨人はまるで巨大な彫刻体のようにピタリとその場で静止しており、却って三人には底知れない恐怖と怒りを加速させた。

滝本「どうでしょうか。この戦いが終わり真相を知る人なんて残るでしょうかね?」

someone「だとしても、こんな強引なやり方は間違っています。無意味に人を戦禍に巻き込む、間違った手段です」

滝本はその言葉を、鼻先で笑った。

滝本「貴方がよく言えたものだ。“宮廷魔術師”の手足に成り下がった人形風情が」

someone「違うッ!僕の“正義”は、あの人のために働くことじゃないッ!」

確かに、最初は王国を解放するという滝本の考えに賛同し、公国軍を牽制するために投入されるという陸戦兵器<サッカロイド>計画も支持した。
だが、それも全て彼女の横暴を止めるため。そして、平和な【会議所】を守るため。

someone「僕を受け入れてくれた“公明正大”な【会議所】を正しく導くことだッ!

貴方のような歪んだ考えを持った【会議所】ではない、正しい【会議所】をねッ!」


820 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その31:2021/06/20(日) 17:22:33.497 ID:FWXiv.zYo
滝本「ひどい言われようだ。これまでの“私たち”の功績を全て否定するのですか」

悲しそうな顔をつくり、滝本は残念そうに何度も首を振った。

すると、遠くで怒号と爆音が響きわたった。
王都の外だろう。遅れて数多くの悲鳴が届いた。方角として、両軍がまさに今戦闘している戦場の方からだった。

斑虎「まさかッ!」

滝本「どうやら後続の陸戦兵器<サッカロイド>部隊も到着したようだ。両軍の殲滅を始めたところです」

斑虎「くッ!」

思わず矢を掻き分け駆け出そうとする斑虎を、巨躯から伸びた手が静かに制した。
戦場へ向かう道を、滝本率いる陸戦兵器<サッカロイド>は完全に塞いでいた。

滝本「さて。Ωさんを止めたのは大きな想定外でした。
あらためて、【会議所】議長として惜しみない賛辞を贈りたい。

ありがとう。

貴方たちのような猛者が【大戦】を盛り上げ、【会議所】を大きくしてくれたのです」

まるで幕の降りた劇に惜しみない賛辞を送るように、肩の上で立ち上がった滝本は三人に向かいパチパチと拍手を贈った。


821 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その32:2021/06/20(日) 17:23:35.006 ID:FWXiv.zYo
滝本「だが、貴方たちは二つ、大きな思い違いをしている」

三人の背後、つまり先程彼らが立っていた場所から、瓦礫の崩れる音とズシリと響く足音が繰り返し、確かに三人の耳に届いていた。

斑虎「まさかッ…」

振り返った斑虎が、先程まで倒れていたはずの“Ω”の陸戦兵器<サッカロイド>の姿を再び目にした時、一瞬彼は夢の中にいるのではないかと勘違いをした。
なぜなら先程あれ程の攻撃を与えたはずなのに、歩いて戻ってきた巨人の身には傷一つついていなかったからだ。

滝本「一つ。英雄たちの魂の入った陸戦兵器<サッカロイド>はあくまで無敵だということ。それに――」


ガチャリ。


滝本を肩に乗せた陸戦兵器<サッカロイド>は、腕の装着銃を斑虎たちに向けた。


滝本「――二つ。どうあがいても、貴方たちはこの場で死んでしまうということ」


822 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/20(日) 17:24:56.589 ID:FWXiv.zYo
ようやく1章のラストからつながりました。最終決戦の場にほとんどの主人公が揃いましたね(ふたり除く)

823 名前:たけのこ軍:2021/06/20(日) 17:38:12.934 ID:M48zCRUU0
繋がりがかっこいいんよ

824 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その1:2021/06/27(日) 12:17:39.319 ID:Y99lg8mIo
未だ大火に包まれていない王宮を背に、斑虎たちは二体の陸戦兵器<サッカロイド>に囲まれた。

いま一体は自分たちの目の前で銃を構え、もう一体は周期的な足音を地に震わせながら刻一刻とこちらに向かってきている。
腕と一体化している小銃の無機質な銃口が三人を捉えたままぴたりとも動かない。まるで居合いの間のように、先に動いたほうが負けるというような緊迫感が巨人から醸し出されていた。

小銃とはあくまで陸戦兵器<サッカロイド>を基準にしたときにそう見えるだけで、実際に間近で見れば砲台のような大きさを誇っているのだろう。
いずれにせよ、あの銃弾が炸裂すれば、自分を含めた三人は木っ端微塵になるだろうと斑虎は感じた。

滝本「私はね、常に疑問に思っていたことがあるんです。
よく、安いドラマのシナリオで、窮地に追い詰めた敵が主人公にベラベラと心情を明かして、その隙に大逆転を食らう。
そんなくだらない展開を何度も見てきた」

彼らの正面に向かい合っている、“遅れて”登場してきた巨人の肩の上で、滝本は堪え切れない愉悦を露にして嗤っていた。
顔よりも面積の広い青髪が風に吹かれ流れても、彼はその髪を払うことなく目の前の状況を目に焼き付けるように、じっと彼らを見下ろしていた。

滝本「なぜ、圧倒的有利に立っている敵が油断して足元を救われるのか。
今まで私には分かりませんでした。さっさと殺してしまえば、倒されることはないのにとね。

ですがね、いま自分がその立場になってみて気づいたのです。

これは油断でも奢りでもない。“同情”なのです。

これから死にゆく若者たちに向けて、せめてもの手向けを贈らないといけないという義務感。その憐れみだけがいまの私を突き動かしています」


825 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その2:2021/06/27(日) 12:18:53.457 ID:Y99lg8mIo
斑虎「べらべらと喋っているところすまないが、すでにその考え方が油断だと自分で白状しているようなものじゃないか?」

斑虎の挑発にも臆することなく、滝本は器の大きさを誇るように深々と一度頷いてみせた。

滝本「そうかも知れませんね。そういえば参謀にも油断するなと言われていました。
では、さっさと済ませましょうか。
“まいう”さん、“Ω”さん。貴方たちの手で【会議所】をより良い方向に導きましょう」

まいうと呼ばれた陸戦兵器<サッカロイド>はピクリと肩を震わせ、流れるような所作で小銃を構え直した。
あわせて次第に大きくなっていた地鳴りが止んだ。
斑虎が横に目を向けると、“Ω”の巨人がようやく広場前に戻ってきたところだった。彼も、ゆらりとした所作で長い片足を上げ、戦闘態勢に入った。

続いてすぐ横の仲間たちにも目を向ける。
すぐ横にいるTejasは顔を歪めているだけまだ元気そうだが、someoneは無表情ながら肩で息をするのもやっとの様子だ。魔法消費が激しすぎたのだろう。
そもそも先程の戦闘で斑虎自身もかなりの痛手を追っている。いまそこまで痛みを感じないのは、アドレナリンが大量に分泌されているからだろう。
交戦能力は殆ど残っていない。

三人の四方は滝本から放たれた矢に囲まれ、それを抜け出しても二体の巨人の攻撃を交わして進まないといけない。
だが、彼らを振り切って戦場に戻っても背後の王宮はがら空きになる。
どちらにしても詰んでいる。

滝本の会話を受け流しながら必死に活路を見出そうと考えていた斑虎は、ここにきて完全に諦めがついた。


826 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その3:2021/06/27(日) 12:19:41.605 ID:Y99lg8mIo
斑虎「万事休すだな」

someone「斑虎…」

心配気な声を送るsomeoneに、斑虎は下唇を噛みつつも振り絞って声を出した。

斑虎「すまない。someone、Tejasさん。俺ではお前たちを救えない」

今だけは周りの燃え盛る音も、遠くで鳴り響く地鳴り音も、悲鳴も止んだ気がした。

斑虎「せめて俺が攻撃を受け切る。だから、Tejasさんがsomeoneを連れて少しでも遠くに逃げてくれッ。それしか活路はない」

絶望的だとは分かっている。だが、今の自分に出来ることはそれしかない。
斑虎は二人の一歩前に出ると、手に持つ両剣を交差させ戦いの姿勢を取った。

横にいるTejasは、黙って二体のサッカロイドの顔を交互に見やった。

斑虎「でも、この行動は決して無駄じゃないッ。無駄じゃないんだッ。

俺たちの“正義”を受け継いだ誰かが、きっと奴らに“裁き”の鉄槌を食らわせるだろうよッ!!」

滝本「遺言はそのあたりでいいでしょうかね?」

生者の最後の苦痛の叫びを堪能し、肩の上で立ち上がったままの滝本は満足気に微笑んだ。



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