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きのたけカスケード ss風スレッド
- 1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo
数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。
この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。
しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。
戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。
そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。
この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。
きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜
近日公開予定
- 261 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その7:2020/09/19(土) 00:20:56.085 ID:uha7bd/Io
- 加古川は急いで紙にいま口にした出来事を書き出し、書いた文字の部分を千切り何枚かの即席のカードを作った。
カードを何度も並び替えて辻褄があう推論を作り上げようとする。
加古川「仮に教団の目的が武器の密造ではなく、“きのたけのダイダラボッチ”を湖に出すことだとしたら…?」
加古川は思わず口からこぼれ出た自分の言葉に目を見開き、急いで過去の筍魂の報告書を引っ張り出した。
幾度となく目を通した報告書に再度目を通す。
自分の考えはバカげているかもしれない。
カードの出来事同士を結ぶ説明は、その途中で多くの推測を含まなくてはいけない。
しかし、巨人の出没時期や教団の動きを組み合わせ直すと、加古川の前に一つの“真理”が浮かび上がってきた。
誰にも信じてもらえないかもしれないが、もしこれが“真理”だとすれば。
加古川「世界は、ケーキ教団を発端とした大きな“厄災”に巻き込まれることになる…」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 262 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真実への探求編その8:2020/09/19(土) 00:23:17.864 ID:uha7bd/Io
- 端に置いていた封筒は並べられていたカードを必死に動かしている中で、いつの間にか机からはらりと落ちてしまった。
拾い上げようと身を屈め封筒に手を伸ばした時、加古川は初めて自らの手が小さく震えていることに気がついた。
同時に、最初に封筒から落ちた小型の付箋が近くに落ちていることに気が付き加古川は封筒と一緒に拾い上げた。
握りこぶし程度の大きさの付箋には走り書きで、次のような文章が記してあった。
『貴方が調べている内容は非常に危険なものだと俺の第六感が告げている。
これ以上の支援はできないし、依頼されても協力はできない。貴方もあまり首を突っ込みすぎると火傷だけでは済まないだろう。
火傷する前に、火の元はすぐに断つのがいいだろう』
『この危険な調査の追加報酬として、次の待ち合わせの時の支払いは是非お願いします』
加古川「全くなんて狡い人だ…」
付箋の内容にニヤリとさせられ、同時に幾分か平静さを取り戻した。
彼の意を汲み、加古川はぱちんと指を鳴らし目の前の報告書を魔法で消し炭にした。
先程の震えは、もう無かった。
加古川にある決意が芽生えた瞬間でもあった。
- 263 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/09/19(土) 00:23:47.387 ID:uha7bd/Io
- 真理に気がついてしまった加古川おじさま。
あと2回の更新でこの章は終わります。
- 264 名前:たけのこ軍:2020/09/19(土) 00:26:02.464 ID:ig2Z2/yg0
- 真相を追い求める感じがワクワクする
- 265 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その1:2020/09/22(火) 15:40:14.738 ID:kReOdFRko
- 【きのこたけのこ会議所 ケーキ教団本部】
夜空の星が綺麗に見えるまで宵の口が進んだ時刻。
加古川は例の門塔の吹き抜けから空を見上げていた。
今日、会議所自治区域では定期【大戦】が行われようとしていた。
加古川の記憶が正しければ今日は確か王様制という変則ルールで、戦場で召喚された王様同士が参加している兵士の力を吸収し、兵士たちの代わりに戦うという一風変わったルールだ。
何度もルール試用は行ったし、¢が自信を持って作ったルールだから問題はないだろう。
特に近頃は世界各国の賓客が大戦場に訪れ、既に自治区域内で根付いている【大戦】の文化を世界中に発信している。
通例的に昼間に行われている【大戦】だが、長期連休も多いこの時期は毎年夜に開かれている。さぞ周辺の観光業は大賑わいを見せていることだろう。
加古川「今日の王様制はレアルールだから、参加したかったなあ…」
賛否両論あるルールだが、加古川はそのルールでの戦いが好きだった。
【大戦】開始の号砲が鳴らされたであろう正にその時刻。
加古川は先日潜入した時と同じ場所に身を潜めていた。
今日【大戦】を欠席してまで、ケーキ教団本部に再び忍び込んだことには理由がある。
先日の潜入、そして筍魂の追加報告で加古川は一連の謎を“ほぼ”究明できた。
完全ではないものの、なぜきのたけの“ダイダラボッチ”が【大戦】後の決まった曜日に出現するのか、またなぜケーキ教団本部が武器を密造し角砂糖を乱獲しているのか。
根幹と成る謎はいずれも解けているし合理的な説明もできる。
- 266 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その2:2020/09/22(火) 15:41:26.828 ID:kReOdFRko
- 後は99%を100%にするための確証が必要だった。
そのために、今日【大戦】開催日にケーキ教団本部にいる必要があった。
【大戦】で殆どの住民が出払っているこのタイミングにあわせて、教団は密造武器を秘密裏に何処かで取引をしているはずだと踏んでいたがやはりそれも正しかった。
開戦と同時刻、静まり返った本部内で三人の教団員とともに城門前には大量の荷台が並べられていた。
幌で覆われていた荷台の中身はどれもこんもりと膨らんでおり、明らかに質量を持った物資を積んでいることを想像させた。
その中身が工場で製造した密造武器であることは間違いないだろう。
取引がどの場所で行われているかまでは想像できなかったが、今日で解明の糸口を掴めるはずだ。
―― 『警告だ。これ以上、首を突っ込むようなら容赦はしない』
あの言葉と腰に突きつけられた拳銃の感触を思い出すと、未だに加古川の行動は一瞬鈍くなる。
しかし、目の前で起きている不正を握りつぶすという選択は取れない。
彼は探求家であると同時に正義でありたいと願う誠実な人間でもあった。
先日、覚悟を決めたのだ。
もう彼に逃げるという選択肢はない。
- 267 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その3:2020/09/22(火) 15:42:34.661 ID:kReOdFRko
- 「そろそろ時間ですね」
城門近くに居た兵士の一人がポツリとつぶやいた。それ程大声で離していないにもかかわらず、彼らの話し声は今日もよく響いた。
荷台の周りに三人の兵士と馬にまたがる兵士を数名確認できるが、全員が茶色のフード付きのローブをまとっており、その顔まで伺うことはできない。
「先程、船の姿は確認したんよ。問題なければあと半刻も経たないうちに港に到着する。いまはクルトンさんが現場でいつもの確認をしているはずだ」
三人の中心にいた兵士が後方を振り返り、サトウキビ畑を超えた灯台のあたりを見ている様子が見えた。
ここからではそちらの様子は丁度伺いしれないが、湖上には船舶が見えているのだろうか。
「今日は少し時間が遅れているようですが」
「慌てるな。今日は王様制【大戦】だ。大戦時間は間違いなく長引く。そう決まってるんよ」
焦れた様子で隣の兵士が言うが、中心にいるリーダー格の兵士は落ち着いた様子で制した。
「よしッ!出発だ」
リーダー格の兵士の掛け声とともに、手綱を引く兵士の掛け声とともに大量の荷台に繋がれた馬が動き始め、城門から出発を始めた。
- 268 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その4:2020/09/22(火) 15:43:38.340 ID:kReOdFRko
- 加古川「“取引”ッ!やはり武器は他国に横流しされているということか…見返りに受け取ったものは…ということは、やはり…」
加古川は目の前の出来事に俄に興奮した。
密造武器は他国に横流しされている。
港と言っていたが、チョコ付近での港となると相当距離は離れる。恐らく、湖沿いの何処かで船を停め取引をしているのだ。
迂回貿易も考えられるが、チョ湖に面している国との交易となれば相手側は相当の絞り込みができる。
頭の中でパズルのピースが次々に埋まっていく。
加古川は自らの推理がほぼ正しいことを悟り興奮するとともに、自分の推論通り進んだ場合の世界を考えて同時に息を呑んだ。
加古川「やはり真理は、想像を遥かに超えるな」
小声でも声に出すことで、逸る気持ちを少しでも抑えることが出来た。
一息ついた後に、今起きている出来事を忘れないように、加古川はすぐさま胸ポケットからペンと手記を取り出し記録を始めた。
手記に気を取られている加古川は微塵たりとも気づいていなかった。
破滅の時が刻一刻と近づいている事実を。
- 269 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その5:2020/09/22(火) 15:46:10.863 ID:kReOdFRko
- 「さて。無事、荷台も出発し始めたんよ」
荷台の音に紛れながら、中心に居た兵士はポツリと呟いた。
「少し気が早いけど…」
荷台を一瞥しながら、視線を静かに“門塔の最上部”へと移す。
「…“始末に移るんよ」
瞬間、加古川は、背中越しに強烈な悪寒を感じた。
ゾクリという背中を伝う不気味な感触だ。
咄嗟に背を付けていた壁から身を離したのは何も今後の展開を予期したからではなく、歴戦の兵士として身体が勝手に反応したまでだ。
だが、その行動が結果的に加古川の生命を救った。
バアン。
加古川「なッ!馬鹿なッ!!」
加古川が先程まで背をつけていた石壁は、ガラガラという石の砕け散った音とともにポッカリと“穴が空いてしまった”。
人の顔ほどの大きさの穴からは外の光景がよく見えた。勿論、加古川の姿もこれでは外から丸見えである。
恐る恐る穴越しに外をチラリと見やると、中心に居た兵士がこちらに銃口を向けている様子が見えた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 270 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その6:2020/09/22(火) 15:47:45.419 ID:kReOdFRko
- 加古川「ッ!!」
先程と同じ予感。今度は明確に全身で悪寒を感じた。
これは殺意。
強烈なまでの殺意を、あの兵士は加古川に向けている。
バアン。
間髪入れずに発泡される。自ら空けた穴に再度弾丸を通すという離れ業だ。
今度は咄嗟に左に身体を反らし避けたが、頬を掠めた弾丸は背後で石の壁を粉々にしながら爆ぜた。
頬ににじんだ血を拭う暇もなく、加古川は窮地に追い込まれたことを実感した。
そして考えるより先に、全てをかなぐり捨てる勢いで、加古川は転げ落ちるように目の前の階段から必死に降り始めた。
- 271 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その7:2020/09/22(火) 15:49:25.461 ID:kReOdFRko
バアン。 バアン。
まるでそんな加古川をあざ笑うかのように銃弾は次々と塔を貫通し加古川を狙っていく。
銃声が鳴る度に、階段を走る加古川のすぐ背後から石の砕け散る乾いた破裂音が聞こえてくる。
走る。走る。走る。
その間も銃声は止まない。
二周目の螺旋階段を下り始めたところで、加古川はすぐに気がついた。
銃の主は、まるで追い込み漁のように、敢えて階段を降りる加古川の背後を撃ち退路を断っている。
つまり、加古川は階段を降りることしかできず、降りきった先は――
加古川「ッ!!」
勢いよく塔の出口から出てきた加古川と数十mの位置で相対したリーダー格の兵士は、冷静に銃口を彼に向け待ち構えていた。
反対に残りの二人の兵士が驚愕の様子で加古川を見返しているのが対照的だ。
- 272 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 決定的瞬間編その8:2020/09/22(火) 15:50:34.245 ID:kReOdFRko
- 加古川「これは恥ずかしいところを見られてしまったな。やはり歳は取りたくない」
加古川はコートにかかった砂を払い、持っていたペンと手記を胸ポケットに仕舞った。
「やはり貴方でしたか加古川さん…」
冷静な声で、銃口を落とすこともせずリーダー格の兵士はそう告げた。
やや甲高くそれでいて鼻に突く声。そして舌足らずな方言。
声色を低くしていても、加古川は声の主を確信した。
加古川「その声には聞き覚えがあるな。
こんなところで会うとは奇遇じゃないか、“¢さん”」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 273 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/09/22(火) 15:51:26.784 ID:kReOdFRko
- すみません私の配分間違いでこの章は今回入れてあと3回の更新で終了予定でした。
あと2回で終わります。
- 274 名前:たけのこ軍:2020/09/22(火) 20:53:15.977 ID:F.hGAQuY0
- 兵士が敵という展開にワクワクする
- 275 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その1:2020/09/26(土) 20:32:50.034 ID:py5sioxko
- 思いがけない¢の言葉に、両手をあげたままの加古川は鼻で笑った。
加古川「“忠告”?おいおい、図書館での一幕は完全に脅しだったろう」
¢「あれは、ぼくたちからのある種の優しさでもあったんですよ。
貴方は知りすぎてしまった。そして闇の深くまで追いすぎてしまった。
わざわざ【大戦】を欠席してまで此処に居るのが、何よりの証だ」
¢は銃口を向けたまま背後の二人に目で合図を送った。
彼の視線にフード姿の二人はすぐに加古川の背後に周り、身体をまさぐり始めた。
加古川「おいおい、歳もいったおじさんにベタベタと触らないでもらえるか。気色悪い」
顔をしかめる加古川に構わずコートの上から身体検査を進めていると、兵士の一人がコートのポケットから彼の私物を発見した。
「ありましたッ!武器と思われる、メガホンと応援用のミニバットです。ミニバットは紐で繋がっている二本セットのものです」
加古川「あまり汚い手でさわるなッ。それは家族から貰った大事な物でなッ!」
両手を上げたまま加古川は悪態を吐いたが、二人は気にも留めず彼の私物を預かった。
さらに一通り検査を終えた二人は、再び¢の背後に戻った。
- 276 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その2:2020/09/26(土) 20:34:17.655 ID:py5sioxko
- 加古川「このままだと私は秘密を知った罪で消されるのか、¢さん?」
この期に及んで少しでも情報を聞き出せないか、加古川は意地悪く訊いてみた。
¢はフードの中で深緋(こきあげ)の目を光らせながらも、一切表情を変えることはなかった。
¢「それには答えられないけど、概ね加古川さんの想像通りとだけ言っておくんよ」
加古川は“やれやれ”と、分かりやすく嘆息した。
加古川「それは残念だな。
なら、せめて死ぬ前に最後のシガレットをもう一本だけ食べさせてくれないか。
胸ポケットに入っている。¢さんも好きだから分かるだろう?
最期の一服ってやつだよ。まあ私は嫌煙家だが」
そこで¢は初めてローブの中から胡散臭そうに彼を睨んだが、脇で直立していた兵士に顎を付きだし、胸ポケットを探るよう命じた。
兵士の一人は再び背後から彼の胸ポケットを探ると、“オレンジシガレット”と書かれた小箱の駄菓子が出てきた。
兵士が手にとった小箱を眺めていると、加古川はニヤリとした。
加古川「残念。今日はココア味が切れてしまっていた。
死の間際に好きな味で逝けないのは大変残念だが。
この際駄々をこねることはしないから安心してほしい」
「…いいんですか?」
兵士の視線は小箱と背後の¢の顔を行ったり来たりしていた。自分の行動が正しいのか自信がない様子だ。
¢「御老体の最期の楽しみだ。一本ぐらい吸わせてやるんよ」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 277 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その3:2020/09/26(土) 20:36:00.305 ID:py5sioxko
- 目の前で差し出された一本を勢いよくぱくりと咥えた加古川は、すぐに離れた兵士に構わず、口に広がるオレンジの風味を暫し堪能するために眼を閉じた。
加古川「これだよ、これ。口に含んだ瞬間にたまらない」
両手を上げたままの格好で、加古川は口元でラムネを器用に転がしつつ口内に広がる甘さを堪能した。
この瞬間だけは目の前の窮地から思考を切り離すことができた。
世の中から煙草を無くし全て駄菓子のシガレットに変えれば、世界は幾分か平和になるに違いない。
再び眼を開き、黙って見守っている¢たちのほうを一瞥した。
加古川「ありがたいねえ」
口の端にラムネを移動させながら、加古川は器用に喋った。
加古川「本当に、ココア味じゃないことだけが残念だが。
冥土の土産としては上等だ。
貴方達はただの外道だと思っていたが良いところもあるじゃないか。
本当に――」
加古川は喋りの途中で、徐(おもむろ)に前歯を閉じた。
いきなりの衝撃に耐えられるわけもなく、シガレットはいとも簡単にポキンという音をたてて二つに砕けた。
砕けたラムネの一部が、加古川の口を離れ自由落下を始める。
一見、何の変哲もない行動。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 278 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その4:2020/09/26(土) 20:37:45.001 ID:py5sioxko
2秒。
1秒。
地面に落ちるその瞬間に、ラムネ棒が閃光花火のように真っ赤に光る様子を見て、¢は初めて異変に気がついた。
¢「まずいッ!下がッ――」
加古川「――阿呆で助かるよッ!」
魔法でオレンジシガレットに擬態された火薬玉は、地面に触れるとともに起爆し、鮮やかな赤色の光とともに勢いよく爆ぜた。
加古川はすぐにその身を引くと同時に爆風が起こり、¢たちの眼前は途端に大量の爆風と巻き上げられた土煙に包まれ視界を封じられた。
- 279 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その5:2020/09/26(土) 20:39:05.205 ID:py5sioxko
- 「ぐあッ!¢様ッ!」
咄嗟に顔を覆う二人に対し、中心にいた¢は爆風に構わずすぐさま辺りに気を払った。
加古川は土煙に紛れ姿を消したが、シガレットの大きさから爆薬は限定的な規模のものでしかない。
彼らの背後にある城門には人影が変わらずない。
土煙にまみれて加古川が脱出するとすれば、城壁を伝いあたりに広がる森林地帯から市街に抜け抜け出す手段しか残されていない。
¢「畜生ッ!あの人は一流の魔法使いでもあることを忘れていたッ!
グリコーゲンさんと鉛の新兵さんはすぐに城壁沿いを追えッ!
この間の壊れていた壁沿いの箇所だッ!あの人はこの間もあそこから侵入したッ!
逃げられては困るんよッ!」
二人はすぐに頷き爆風でできたすり傷をさすりつつ、未だ巻き起こっている土煙を避けすぐに走り去っていった。
一人残った¢は悪態をついた。
密会を敢えて見せつけ、加古川をこの場で始末しようと考えていたが、これではとんだ誤算だ。
- 280 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その6:2020/09/26(土) 20:40:31.224 ID:py5sioxko
- クルトン「¢様。この騒ぎはいったいッ!?」
聞き慣れた声に¢が顔を背後に向けると、城門から現れた教団員のクルトンは目を丸くして駆け寄ってきた。
¢「これは、クルトンさん。
ちょっと今、“鼠”を捕まえようとしている最中なんよ。
それよりも、取引の方は順調ですか?」
クルトン「はい。問題ありません。順調に進んでおります。
それで、その“鼠退治”の件ですが。
先程、“指令”を受けまして。
これを¢様にお渡しするように、と…」
¢はクルトンの差し出した指示書を受け取った。
それは指示書というよりもメモ書きだった。ページの切れ端を千切った程の大きさの紙切れに、走り書きで数行書かれた文章に¢はすぐに目を通すと。
目を細め、指令書を静かに握りつぶした。
クルトン「せ、¢様ッ!?」
¢「作戦変更なんよ…ぼくもあの二人の後を追う。
この場はクルトンさんに任せたんよ。
それと、すぐに本部内に応援人員を呼んで加古川さんがこの場に留まってないかを確認させるんだ。また塔の中に隠れられると厄介だからなッ」
言い終わらないうちに、¢は姿を消した。
あまりの慌ただしさに、居なくなってから慌ててクルトンは頭を下げたが、すでに後の祭りだった。
- 281 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その7:2020/09/26(土) 20:42:18.005 ID:py5sioxko
- 【きのこたけのこ会議所 ケーキ教団本部近く森林地帯】
崩れた城壁から外に広がる鬱蒼とした森林地帯に足を踏み入れた追跡組の二人は、すぐに足元の暗さとぬかるみに四苦八苦することとなった。
鉛の新兵「このぬかるみなら、向こうもまだこの林は抜けていないはずッ。本部内は味方に任せ我々は追跡を続けましょうッ!」
グリコーゲン「若者はずいぶんと威勢がいいなッ。こちとらここまで足を取られると、腰にくるんだッ」
ハツラツとした様子で語るたけのこ軍 鉛(なまり)の新兵に対し、古参のたけのこ軍 グリコーゲンは悪態をつきながら走った。
グリコーゲン「ええい、木々がジャマで鬱陶しい。もう我慢ならんッ!燃やして消し去ってやるゥ!」
グリコーゲンは立ち止まり、勢いよくローブを脱ぎ去った。
教団員に似つかわしくない黄の戦闘服を来た彼は、ずっと背中に背負っていた小型燃料タンクから噴射ノズルを取り出すと、ノブを引き勢いよく炎を噴射し始めた。
見る見るうちに目の前の林は燃え盛り、木々の悲鳴にも似たパキパキという音とともに、枝や幹が連なるように折れ始めた。
鉛の新兵「や、やりすぎでは…それに、これ消せるんですか」
グリコーゲン「安心せいッ!僕の水魔法でどうとでもなるッ!それにもし前に奴がいたとしたら、今頃はカリカリのベーグルのようにこんがりと焼けているだろうよォ!」
密集した林には、次から次へと火が伝搬していく。
彼らの眼前はあっという間に炎で支配された。
- 282 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その8:2020/09/26(土) 20:43:47.492 ID:py5sioxko
- 鉛の新兵「す、すごいッ。でも、どうなっても知りませんよ」
グリコーゲン「ハハハッ!この炎がケーキを焼くのに最適なんですよォッ!」
炎の色を見て気分が高揚しているのか、グリコーゲンは唇の端を吊り上げて笑い始めた。
鉛の新兵はその凄みに少しぎょっとした。
鉛の新兵「も、もうこのあたりでいいのでは。私は後ろにも気を配りますね」
相棒の狂気から目を背けるように、彼は背後を振り返った。
それが、悪手だった。
加古川「ふむ。鉛さんの言うとおりだ。見晴らしがよくなっても、それは相手に自分の居場所を知らせているのと同じだ。違うかな?」
グリコーゲン「なッ!」
いつの間にかグリコーゲンと鉛の新兵の間に立っていた加古川は、間髪入れずに掌底をグリコーゲンの顎に喰らわせた。
グリコーゲン「ッ!!」
声も上げられず、グリコーゲンはその場に倒れ伏した。
倒れた衝撃で彼がポケットに入れていた加古川のメガホンとミニバットが地面にぽとりとこぼれた。
すぐさま身を屈め回収する。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 283 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その9:2020/09/26(土) 20:47:54.396 ID:py5sioxko
- 鉛の新兵「くそッ!」
加古川の奇襲に遅れること数秒。
グリコーゲンの背後で警戒にあたっていた鉛の新兵は、遅れた反応を取り戻すように振り返り際すぐに、手に持った鉛玉を瞬時に投げ込んだ。
加古川「きかないなッ!」
放たれた鉛玉は魔法で初速から大幅に加速して加古川に向かっていった。
その一瞬の時間の中で、加古川は先程取り返した木製のミニバットを自身の身体の前に突き出した。
腕一本分程度の長さしか無い大きさだったが、鉛玉はバットの芯に丁度あたり弾かれた。
鉛の新兵「ばかなッ!魔法で超加速させた鉛玉を、どうしてそんなヘナチョコバットで弾けるんだッ!」
加古川「これが愛の力、というやつではないかな?」
鉛の新兵「へらず口をッ!」
さらにポケットから取り出した二個の鉛玉を握り。
加古川から敢えて少し距離を取り、鉛の新兵は振りかぶり鉛玉を投げ込んだ。
加古川との距離はせいぜいが数mだが、サイドハンドから放たれた二つの鉛玉は途中からそれぞれが別の軌道を描き始めた。
これこそが鉛の新兵が敵との距離を離した最大の理由だ。
片方の鉛玉はブーメランのように弧を描き、もう片方は回転方向とは逆の弧を描きながら向かう。
加古川の左右方向から二つの鉛玉が同時に横腹を狙う構図となった。
片方を防御しても、反対の鉛玉が彼の横腹を貫く。
同時の回避は不可能。
これこそが魔法で鉛玉の軌道を変える策で、“鉛の投法”と恐れられる彼の戦闘スタイルだった。
- 284 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その10:2020/09/26(土) 20:51:49.170 ID:py5sioxko
- 加古川「考えたな。だが、あいにくと――」
しなやかに腰を折り次の瞬間、加古川は上半身を大きくのけぞらせた。
鉛の新兵「なッ!?」
地面と水平に近くなるまで上半身を逸らせ、加古川の左右から向かっていた鉛玉は、先程までそこに立っていたはずの敵の姿を捉えられず空振りする形になった。
同じく反対方向でも同様の現象を起こした互いの鉛玉はそのまま弧の軌道を描き続け、次の瞬間加古川の心臓の位置の上部で勢いよく互いを衝突させ弾け飛んだ。
加古川「――デスクワーク続きで、目は鍛えられているものでね」
鉛の新兵「ば、化け物だッ…」
燃え上がる業火を背にゆらりと半身を起こす加古川に、鉛の新兵は恐怖で顔を青ざめた。
彼は先輩教団員から、ある【大戦】で起きた伝承を聞かされたことがあった。
“かつて、黎明期の【大戦】には多くの精鋭のたけのこ軍兵士がいた。
そのうちの一人は、敵のきのこ軍陣地の中でひとり潜入し味方も知らぬ間に敵を殲滅した。
味方が駆けつけた時には既に敵陣は激しく燃え上がり、敵陣の中心には一人の男がタバコのようなものを咥え、余裕綽々の表情で味方を待ち構えていた。
燃え上がる敵陣地を背に、余裕の表情で構えている彼の姿は印象的で、味方は畏怖をこめてこう呼んだ…”
鉛の新兵「“赤の、兵<つわもの>”ッ!…」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 285 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その11:2020/09/26(土) 20:53:07.807 ID:py5sioxko
- 前進しながら威圧感を含む彼の物言いに、鉛の新兵は恐れから一瞬躊躇を見せた。
だが、すぐに自分を奮起するために自らの頬を一度叩いた。
鉛の新兵「ふざけるなッ!貴様はここで仕留めてやるッ!くらえッ!」
ローブを脱ぎ捨て、たけのこ軍の軍服を顕にした鉛の新兵は、両手の指の間に大量に仕込んでいた鉛玉を再度投げ込んだ。
十個近くの鉛玉は一斉に加古川に向かい、一様に空中で超加速を始めた。
加古川「これじゃあただのパチンコ、だなッ!!」
加古川は二本のミニバットを繋いでいた紐を引きちぎり両手にそれぞれ持つと、まるでテニスのように手首を返し全ての弾を払い除けた。
打ち返した鉛玉の何個かは地面に当たりその勢いで反跳し、鉛の新兵の方に玉が跳ね返ってきた。
鉛の新兵「まさか、跳弾ッ!?狙ってなんて、そんなッ!」
防ぐ術もなく、加古川の狙った跳弾は、全て鉛の新兵の鳩尾に食い込んだ。
鉛の新兵「バカなッ…そのバットじゃあ鉛など、打ち返せないはずッ…」
鉛の新兵は悶え、苦しみからその場に倒れ伏した。
加古川は相手が倒れたことを確認すると、首をコキコキと鳴らし落ちていた鉛玉を拾った。
加古川「いやあ。こんな木製のミニバットでも強化魔法で硬度を増せば、鉛などゴムボールより弾むのさ。
よい勉強になっただろう?」
城門へ続く林の道は燃やされてしまったので来た道を戻ろうと、足を動かした次の瞬間。
- 286 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その12:2020/09/26(土) 20:54:38.772 ID:py5sioxko
バアン。
炸裂音とともに、目の前の林から銃弾が飛んできた。
加古川は瞬間の反応で身体を仰け反らせ避けた。
直後、眼前にローブを被った¢が林の中からぬっと姿を現した。
¢「本当に、貴方には困らせられるんよ」
銃のリボルバーに新しい弾を込め始めながら、¢は溜息をついた。
加古川「歴戦のエース¢(せんと)。
貴方が、ケーキ教団を隠れ蓑とした大規模な隠蔽工作に加担していたとは。
正直、ショックだ」
¢「でも、ぼくが関わっているのは知っていたんですよね?」
加古川「まあ図書館で【大戦】の参加名簿を見た時に、綺麗に貴方を始めとした数名が順繰りに【大戦】を欠席している内容を見れば、誰だって疑うさ。
貴方のことは最後まで疑いたくはなかったが。
一緒に昼飯をともにした後にその相手に銃を突きつけるなんて凄い根性だよ」
¢「それはすまなかったと思ってるんよ」
¢は素直に頭を下げた。
- 287 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その13:2020/09/26(土) 20:55:36.008 ID:py5sioxko
- 加古川「貴方を始めとしたケーキ教団の幹部は交代で戦いを欠席して、人目のつかない【大戦】にあわせて教団本部から武器を密輸をしていたわけだ。
これが、“きのたけのダイダラボッチが現れたら【大戦】がどちらかの圧勝に終わる”と噂されているカラクリだ。
貴方のいないきのこ軍が、楽に勝てるわけがないんだッ」
¢「きのこ軍の人材難には今も昔も困りっぱなしですよ」
¢はふっと自嘲気味に笑った。
ローブの中の顔はほんの一瞬、自軍を憂い悩むエースの表情を見せていたが、すぐに笑みを消し暗殺者としてのそれに戻った。
- 288 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 教団との対峙編その14:2020/09/26(土) 20:56:19.774 ID:py5sioxko
- ¢「貴方がここまで調べ上げるとは思っていませんでした。存外、好奇心旺盛な方だったんですね」
加古川「幼少期に立ち返って素直な気持ちになってみたのさ。
おかげでこの数ヶ月、実にイキイキとさせてもらったよ。
でも、参加者名簿を捏造していなかったのは正直、悪手でしたよ」
¢「後で直しておくんよ。貴方をこの場で倒してね」
加古川の背後でグリコーゲンの燃やした炎の熱が迫ってくるのを肌で感じた。
背後に逃げ場はなく、目の前の¢を倒さないと活路は開けない。
加古川は再度、覚悟を決めた。
手に持つミニバットにもいつも以上に力が入った。
- 289 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/09/26(土) 20:56:47.900 ID:py5sioxko
- 次回、加古川さん章最終回。ぜったいみてくれよな!
- 290 名前:たけのこ軍:2020/09/26(土) 21:03:27.754 ID:4nSfvMe.0
- ひそかなる陰謀が進む感じがいいですね
- 291 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 :2020/10/04(日) 22:27:50.128 ID:m5ISCwiAo
- 今回は最終回ということで結構長めです。
- 292 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その1:2020/10/04(日) 22:29:59.381 ID:m5ISCwiAo
- ¢「真実を知ってどうするつもりなんですか?」
加古川を睨みながら、¢は慎重に間合いを取るようにじりじりと下がった。
もはやボロボロになったチェスターコートを脱ぐこともなく、加古川も腰を少し落としいつでも動けるように構えた。
互いに不用意に動いたほうが負けることを直感で悟っていたのだ。
加古川「知れたことをッ。
悪事を働く輩には痛い目を見てもらわないと困る。
全て、真実を公表する。
【会議所】の会議でも話すし、同時に全世界のマスメディアにもこの内容をリークしよう。
ケーキ教団で密造武器を製造し、秘密裏に他国へ密輸していること。
その見返りとして他国から角砂糖を受け取っていること。そして――」
チラリと、今は巨人の居ないチョ湖の方を一瞥した。
加古川「『最終兵器』のことを。全てね」
ローブの中で、¢は口元を歪ませた。
¢「本当に困ったお人だッ――」
言い終わるや否や高速で銃のスライドを引くと、¢は間髪入れずに加古川に向けて発砲した。
- 293 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その2:2020/10/04(日) 22:31:39.209 ID:m5ISCwiAo
- 予め奇襲に備えていれば歴戦の兵士である加古川にとって、放たれた弾丸に対する防御は難しいことでもない。
加古川は左手に持っていた硬化したミニバットで、先程の鉛玉と同じように手首のスナップでを効かせ叩こうとした。
しかし ――
加古川「ッ!!」
先程の鉛玉と違い、彼の銃弾はいともたやすく硬化バットを打ち砕いた。
そのままバットを通り抜けた弾は、勢いよく加古川の腕を貫通した。
加古川「ぐあああッ!!」
左腕に走る激痛を堪え、冷静に加古川は折れたバットをすぐに投げ捨てた。
この状態で持っていては寧ろ邪魔なだけだ。
焦る気持ちを抑え、前を向く。
すると深緋の瞳の暗殺者は銃口を加古川の右腕に狙い、間髪入れずにすぐに発射したところだった。
バアン。
加古川「させるかッ!【すいこミット】ッ!」
右手で持っていたバットを宙に放り投げる。
すると、バチバチという音とともにミニバットの周りに電撃が漂い始め、小さな玩具は空中で巨大な茶色の野球ミットへ姿を変えた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 294 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その3:2020/10/04(日) 22:34:42.199 ID:m5ISCwiAo
- ひとまず窮地の去った後で、加古川は狙撃された箇所を確認した。
銃弾は左腕の上腕部をコートごと貫いていた。
コート越しに血が滴り始めていることからかなりの出血量であることは間違いない。
アドレナリンが分泌されているから未だ他人事で分析できるのは不幸中の幸いと言えるだろう。
ただ、撃たれたのは左手だ。
まだ利き腕は使える。
¢「ぼくの強化魔法の方が勝りましたね。歴戦の兵<つわもの>もデスクワーク続きだと衰えるんですね」
一連の攻撃を終え敵の動きを待っていた¢は、ポツリと呟いた。
嘲るわけではなく、本気で驚いているような声色だ。
加古川「そこまで私を買ってくれていたとは。ありがたいかぎりだ」
彼の言葉に過度に乗せられてはいけない。
悪気はないだろうが少しでも意識を向ければ雑念で動きが鈍ってしまう。
静かに神経を研ぎ澄ませるために、下唇を一度噛んだ。
加古川「なら、期待に応えないとなッ!!」
加古川は右手の指同士をパチンと鳴らすと、背後で燃え盛る木々が見えない糸で操られたかのように宙に浮いた。
¢は目の前の光景に思わず目を見張った。
彼の背後に視界を覆うほどの“赤い”火炎が空中で漂っていた。並大抵の魔力ではここまでの木々を扱うことは出来ないだろう。
- 295 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その4:2020/10/04(日) 22:35:51.406 ID:m5ISCwiAo
- ¢「ッ!」
加古川「【コエダバースト】!!」
彼の掛け声とともに、燃えた小枝や木の葉が小さい竜巻のように錐揉み状に回転しながら、イワシの群れのように勢いよく¢に襲いかかってきた。
¢「これはまずいんよッ!」
突然の攻撃に内心驚いた¢だったがその後の動きは見事だった。
まず、咄嗟にその場で勢いよく跳び、足元に迫りくる燃え盛る竜巻を避けた。
間髪入れずに彼の横腹を?き喰らんと襲いかかってきた第二陣の竜巻は、宙に浮きながらも拳銃の側面を盾のように振り、火炎を払い除けた。
払い除けた反動で、敢えて運動エネルギーに逆らわずそれらを自らで全て受け止めた¢は、まともに吹き飛ばされた。
しかし、それすらも計算通りといった具合に、空中で回転しながらも見事に体を捌きながら受け身で地面に転がり、第三陣の攻撃も見事避けきった。
彼の一連の行動は全て数秒以内の出来事だったが、それはまるで舞台の上でワルツを披露する踊り子のようにしなやかで優雅なものだった。
あれ程小さく見えていた¢の老体は、この窮地で寧ろ全盛期の時の姿よりも大きく加古川の目に映った。
加古川「これはすごいな…」
思わず加古川は困り果て、しかたなく笑ってしまった。
¢がなぜ数多もいるきのこ軍のエースとして長年君臨していたかを思い出したのだ。
彼は身体能力が高いだけでなく瞬発力や咄嗟の勘も冴える。
さらには、戦いの中で自らアイデアを出しそれを実行に移すだけの器用さもある。
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- 296 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その5:2020/10/04(日) 22:37:38.592 ID:m5ISCwiAo
- ¢「ありがとうなんよ。でもローブが焦げた。加古川さんを見くびっていたんよ」
起き上がった¢の指差した先はローブの裾の端で、ほんの少し焦げた程度のものだった。
一瞬、煽られているのかと思ったが¢の表情の変わらない様子を見ると、真面目に語っているらしい。
再度、加古川は苦笑するしかなかった。
¢「もう終わりですか?」
ローブの瞳が怪しく光る。獲物を狩る前の熊のように小動物を見定めているような目だ。
その目には覚えがある。
かつて加古川も¢と同じ立場だった。
大戦場で怯えるきのこ軍兵士を前に、彼と同じ目で彼らを心の中で哀れんでいた。
自らの全盛期に、¢と何度も刃を交えなかったことは奇跡だったに違いない。
きっと自身のプライドが粉々に砕かれ再起不能になっていたかもしれない。
それ程に昔も今も、¢は脅威で、かつ惚れ惚れする程に強かった。
確かに自身の戦闘能力は¢には遠く劣る。
だが、加古川でも一つだけ¢に決して負けないものがある。
加古川「いや。まだ、とっておきの秘策がある」
顔についた返り血を拭おうともせず、加古川はニヤリと笑い未だ無事な右腕を振り上げた。
彼に負けないもの。
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- 297 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その6:2020/10/04(日) 22:38:36.114 ID:m5ISCwiAo
- 振り上げた右手には、自身の手帳から切り抜いた紙で折られた小さな紙ひこうきを携えていた。
密かにコートの胸ポケットに忍ばせておいたものだ。
不思議そうな顔で¢は、紙ひこうきを見つめ次いで加古川の顔へ視線を移し“どういうことですか?”と目で訴えた。
加古川は頭上で紙ひこうきを掴んだ右手をヒラヒラとさせ笑った。
加古川「これは事の真相を全て書き記した告発文書だ。
先程、貴方たちが教団内で井戸端会議をしている最中に書き終えたものだ。
これを私の魔法力で大戦場の方に飛ばす。
丁度、【大戦】は佳境を迎えているか、もう終わっている頃だろう。
大戦場から帰還中の誰かがこの紙ひこうきに気づき、中身を読むことになるだろう。
そして、誰かが私の意志を継いでくれることを願う。
老輩は去り、後進に道を譲るだけさ」
¢からの言葉を待たずに、加古川は右手のスナップで紙ひこうきを綺麗な夜空の中に放った。
折り目が丁寧に着いた小さな紙ひこうきは、数秒間は空中をふらふらしていたが、よくありがちな地面へ垂直落下すること無く。
まるでジェットエンジンでも点いたのか、途端に推進力を増してさらに上空を目指し浮上し始めた。
見る見るうちに、遥か上空に紙ひこうきは小さくなり――
- 298 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その7:2020/10/04(日) 22:39:36.750 ID:m5ISCwiAo
- ¢「こしゃくなッ!」
――飛んで行くことはなかった。
¢はすぐさま視線を空に向け、利き腕に持った愛銃で紙飛行機の中心を綺麗に撃ち抜いた。
僅か数秒。
¢の視界は、夜空の中にある小さな紙ひこうきに囚われており、加古川に対しての意識は一瞬途絶えていた。
この瞬間を待っていた。
加古川「しめたッ!」
¢が紙ひこうきを撃ち抜いたその瞬間、加古川は瞬時に身を低くしその場を跳んだ。
彼との距離はせいぜいが十m程度なので、二秒も経たずに彼の懐に到達する。
上空を見上げがら空きとなっている彼の腹部への一撃が通れば、戦いは決着する。
- 299 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その8:2020/10/04(日) 22:41:00.705 ID:m5ISCwiAo
- 耳に風切り音を感じながら、コートのポケットからメガホンを取り出し同時に硬化の術をかける。
彼の鳩尾を硬化メガホンで吹き飛ばせば、幾らか弱い小動物でも獰猛な肉食獣を撃退することができる。
¢との距離がどんどん詰まっていく。
あと1秒。
0.5秒。
一瞬がまるで数百倍にも引き伸ばされたように静止したように目に映る中、遂に目の前に¢が見えた。
彼はまだ目線を上空に向けており、こちらに気づいた様子がなく彼の胴体はがら空きだ。
心臓の鼓動が早鐘を打ち始める。
焦るな。
逸るな。
仕損なうな。
- 300 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その9:2020/10/04(日) 22:41:55.804 ID:m5ISCwiAo
- メガホンを振りかぶる手が僅かに震える。
だが、対象から空振って外すほどの狂いではない。
勝利に向かい、加古川は何も考えずにメガホンを彼の鳩尾に向け、振り抜こうとした。
そして、次の瞬間――
バァン。
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- 301 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その10:2020/10/04(日) 22:43:00.662 ID:m5ISCwiAo
- 乾いた炸裂音とともに、加古川は文字通りピタリとその場で身体を静止させた。
先程まで¢に近づくまでの時間でも長く感じたのに、それを上回る程の、永遠に感じられる長い一瞬が始まった。
加古川の眼前からは、色という色が全て消えていた。
暗い森も。目の前の暗殺者も。背後の火災も。
全て遠くに置き去りにしたように、まるで加古川の意識だけ急速に遠く飛ばされたように。
網膜には、今やフラッシュで視界が霞む時よりも眩く、全面を覆い尽くす白い光しか映していなかった。
同時に、状況把握のために必死に動かしていた頭の中は、眠りに落ちる直前のように空っぽになっていることを実感していった。
なぜ、自分が今ここにいるのか。
直前まで何故こんなにも焦っていたのか、手が震えていたのか。
血まみれになり垂れ下がった左手を見ても、まるで思い出せない。
そして自らの身体が、足が、手の先までも。
まるで身体の中にセメントでも流し込まれたかのように急速に感覚を失っていった。
自身の身体はなぜかガラスのように透き通っており、手先や足先から白いセメントのようなものが流れ込んでくるのが見えた。
しかしそれもほんの瞬間の出来事で。
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- 302 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その11:2020/10/04(日) 22:43:37.443 ID:m5ISCwiAo
- 身体の血管という血管に流れていたセメントはどす黒く染まり、一瞬で自身の身体は黒く染められた。
墨汁は身体のあちこちで逆流し、手先や毛穴までも全て漆黒に染められてしまった。
自らの身体に次々と降りかかる異変に理解は追いつけず、咄嗟の防衛本能として加古川は口を開き叫ぼうとした。
しかし、その魂の叫びさえも、神経系のさらなる“上位指令”により阻害された。
それは嗚咽。
- 303 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その13:2020/10/04(日) 22:44:07.294 ID:m5ISCwiAo
- 込み上げる吐き気。
悪寒、そして慟哭。
それらは全て加古川の口から、どす黒い吐血という形で現れた。
それは、紛れもない“死”の予兆だった。
- 304 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その13:2020/10/04(日) 22:45:31.240 ID:m5ISCwiAo
- ようやく意識を現実に戻した加古川は残った僅かな理性で状況を確認した。
自らの腹を、¢の利き腕ではない“左手”に構えられた二丁目の銃口が正確に貫いていた。
恐らくポケットに忍ばせていたのだろう。敢えて目線を戻さず加古川を自身の側に引きつけてもう一方の銃で仕留めたのだ。
加古川は狩られる側になりようやく自覚した。
やはり、彼にとってこれは全て“狩り”の一環だった。
加古川はメガホンを構えたまま¢の数cm前という距離で、二度目の吐血とともに前のめりに倒れ伏した。
加古川「二丁…拳銃…そうか…すっかり…忘れていた…あんたが二丁使いの、名手だということを…」
完敗だった。
意識を反らし相手の隙をついたとばかり思っていたが、歴戦のエースは全てを見越し二丁目の銃を隠し持っていたのだ。
¢「良いアイデアだったけど、ぼくには効かないんよ」
頭上から¢の言葉が投げかけられる。
もはや、悔しいという感情すら湧く余裕はなかった。
地面と接した横顔に伝ってくる暖かい水が、実は自らの血だということを加古川は倒れて暫くしてからようやく気がついた。
- 305 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その14:2020/10/04(日) 22:46:19.264 ID:m5ISCwiAo
- 血とはここまで温かいものなのか。
後悔はしないつもりだった。
だが、この惨めな自分の姿を少しでも俯瞰して考えようものなら、愛する家族に申し訳がたたない。
思わず懺悔の言葉を口にしようと思ったが、まるで目の前の¢に対し媚びているようにも受け取られかねないので、幾ら瀕死でも加古川の内に秘めたプライドがそれを拒んだ。
しかし。
薄れゆく意識の中で、加古川はふとまだ突破されていないであろう“仕掛け”を思い出した。
思わず痛みを忘れ、瀕死の中で加古川はクツクツと笑った。
¢「…なにがおかしいんよ?」
息も絶え絶えの加古川に近づき、¢は不思議そうに首をかしげた。
加古川「いやね…戦いは確かに…負けたが、…“出し抜いた”。そう思ってなッ…」
最後の言葉は、小声で¢にも届いていなかったかもしれない。
もう声を出すだけでも精一杯だ。
だが、加古川は笑って、笑って、笑い続けた。
まるで残りの生命の輝きを全てそこに充てるように、彼は最後まで自分の生き方を貫こうとした。
¢はそんな彼をじっと傍で見つめていた。
そして、一通り笑った後に、ふと意識のゆらぎを感じた。
- 306 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その15:2020/10/04(日) 22:46:46.107 ID:m5ISCwiAo
- “死”とはどのような実感なのだろう。
現世に置いていく妻子が気がかりではある。
しかし、目の前の謎を見つけてしまったからには解き明かさない限り夜も満足に眠れない。
いま、探究家・加古川にとっては自らの死さえも解明の対象になった。
意識を手放す間際、重くなった瞼の外側で一筋の光が発せられたのを加古川は薄っすらと感じた。
加古川「これが…死か?…存外…明るい…もの…だな…」
そこで、加古川は意識を失った。
- 307 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その16:2020/10/04(日) 22:47:36.774 ID:m5ISCwiAo
- 彼が最後に見た光は何も常世の世界からのものではなく、¢が加古川に施した治癒魔法の光だった。
¢「加古川さん、貴方を死なせはしない。“あの人”の命令だからなッ。
ただ、貴方には体調不良の“病欠”という形で一線を退いてもらうッ」
気を失った加古川の空いた腹部に、懸命に治癒魔法をかけ続ける。
止血をしなければ本当に生命を落としてしまう大傷だ。
致命傷を避けようとわざと急所は外して撃ったはずだったが、加古川がかえって熟練の兵士で避けようとしたことで意図せず致命傷になってしまったのだ。
鉛の新兵「ぐッ、すみません¢様。お手数をおかけして…」
グリコーゲン「こんな筈では…」
¢の下に、起き上がった二人が慌ただしく現れた。
治癒魔法をかけたまま、¢はキッとした目で二人を睨んだ。
¢「鉛の新兵さん。貴方はすぐに教団指定の病院の手配ッ!
それと他の者に連絡し、すぐにチョ湖の加古川さん宅を燃やしておくよう指示するんよッ!
そして、グリコーゲンさんはすぐにこの山火事を消すんだッ!はやくするんよッ!」
¢の強い口調にまだ傷も癒えない二人は震え、何度も頷きながらすぐに走り去っていった。
- 308 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その17:2020/10/04(日) 22:51:35.959 ID:m5ISCwiAo
- ¢「終わったんよ…これでとりあえず死ぬことはないだろう」
治癒魔法をかけ終え、疲れからか¢はその場に座り込んだ。
加古川の顔を覗き見てみると、心なしか笑みを浮かべているように見えた。
何か満足したような、やりきったような笑みだ。
次いで顔のローブを脱ぎ、¢は上空を眺めた。
山火事でポッカリと空いた夜空は、上空に浮かぶ星々が一望できた。
¢「“あの人”に終わったことを報告しないとな。
これ以上、この計画を遅延させるわけにはいかない」
―― 加古川『いやね…戦いは確かに…負けたが、…“出し抜いた”』
最後の加古川の言葉が少し引っかかったものの、¢は事後処理に当たるためにすぐにその場を立ち去ったのだった。
その後、チョ湖付近の加古川邸は証拠隠滅のため、火の不始末という理由で焼き払われた。
同時に、加古川本人は過労と火事による心労が祟り突然倒れたということになり、¢の息のかかった専用の病棟で長期入院という手立てが取られた。
こうして、全てが闇に葬り去られた。
- 309 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 真の探求編その18:2020/10/04(日) 22:54:00.479 ID:m5ISCwiAo
- さて、加古川邸が教団員によって焼き払われる丁度数刻前。
彼の書斎机にて描かれた魔法陣から、とある魔法が起動した。
それは術者の身に危険が迫ると自動で発動するもので、加古川程の術者だからこそ起動できる高位魔法術だった。
魔法陣の中心に置かれていた“もう一枚”の告発文書は、生を受けたかのように独りでに起き上がると、自ら勝手に折り目をつけ紙ひこうきへと姿形を変えた。
そして、わざと開け放たれていた窓の隙間から飛び出すと、先程と同じ様に推進力を経てふわふわと闇夜に消えていった。
加古川は自らの危険を予見し、二重の策を取っていた。
この“告発書”が果たして誰の手に届いたのか、そもそも無事、誰かの手に委ねられたのか確認する術は今となってはない。
しかし歴史は紡がれていく。
一見、第三者から見ると“トンデモナイ事実”が書かれたインチキ告発文も、見る者によっては強力な武器へと変わる。
その結果を、誰もまだ知らない。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 310 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/10/04(日) 22:54:38.350 ID:m5ISCwiAo
- 加古川さん章おわり!次回から、みんな大好き791さん章のスタートですよお楽しみに
- 311 名前:たけのこ軍:2020/10/04(日) 22:55:21.310 ID:5RIE3OKQ0
- 結末がRoute:Aちっくで面白いです
- 312 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/10/10(土) 09:01:27.121 ID:TukoEIz6o
- それでは皆大好き791さん章のスタートです。
- 313 名前:Episode:“魔術師” 791:2020/10/10(土) 09:03:09.863 ID:TukoEIz6o
・Keyword
魔術師(まじゅつし):
1 不思議な術を使う者。魔法に携わる人。
2 純粋無垢な人間で策謀家。且つ強欲。
- 314 名前:Episode:“魔術師” 791:2020/10/10(土) 09:03:59.404 ID:TukoEIz6o
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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “魔術師”
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- 315 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その1:2020/10/10(土) 09:06:00.433 ID:TukoEIz6o
カキシード公国。
“霧の大国”と呼ばれるこの国は、大陸の西部に広大な領土を構える大国である。
世界地図で見れば実に用紙の八割以上を占める中央大陸には、合わせて九つの国家と一つの自治区域がひしめいている。
各々は絶妙に均衡を保ち合っているが、その内同じく大陸西部で公国に隣接しているネギ首長国とミルキー首長国は事実上、公国に従属している。
つまり九大国家のうち、自らを含め三国を手中に収めている公国は軍事力と領土の広さだけで見れば、世界の覇権を握るに十分な力を有している。
事実、過去の世界史を読み解けば、歴史の中で何度か公国は大陸の統一寸前まで達したことがある。
しかし、その度に運命の悪戯か、ひょんなことから公国は大陸制覇という覇道を逃し続けた。
その度に各地で暴動が起き、皮肉にも公国以外の国家が次々と樹立する切欠を与えることになった。
- 316 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その2:2020/10/10(土) 09:07:24.541 ID:TukoEIz6o
- そして、ある時を境にカキシード公国は他国との交易を含む関わりの一切を断ち、歴史の秘匿を始めた。
完全な鎖国である。
その理由は今になっても分からない。
だが、過去の歴史から見て、統一戦争は全て失敗に終わり挙句の果てに自身の領土は縮小し、もしかしたら国としても諸外国と関わることに嫌気がさしたのかもしれない。
次第に国家の首脳陣が額を合わせ話し合う世界会議にも姿を表すことは無くなり、国境の検問は完全に封鎖された。
歴史家からは “実態の見えない霧のような国”だと揶揄された。
今になり幾分か規制は緩和されたが、未だこの国には秘密が多い。
そもそもカキシード公国という大国が創り上げられたのは数百年以上も前の話で、過去の戦乱を経て幾つもの小国を吸収し今の大国を作り上げた。
その創世記からは、『ライス家』という貴族が深く関与している。
当時、地方貴族にすぎなかったライス家の初代当主モチ=ライス伯爵は、自らの資産を叩いて武器を仕入れ、周辺住民を焚き付け地域一帯を瞬時に制圧した。
彼は扇動家として他人の心に火を付けることに長けた人物だった。
そして、その指導力により瞬く間に領土は拡大しカキシード公国の成立と繁栄へ繋がっていったのである。
以来、今に至るまで代々この大国家はライス家が変わらず支配統治を続けている。
なにも特段ライス家の統治力が素晴らしかったからではない。
元々の領土内で大きな反乱も起きず、一貴族が大国を支配している現構造に変革を唱える者がこれまで居なかったのは、偏に“歴史的慣習だから”と納得している国民の温和さや感受性に依るところが大きいのだ。
- 317 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その3:2020/10/10(土) 09:08:17.853 ID:TukoEIz6o
- また、この国を語る上で外せない存在が【魔法使い】である。
ライス家とその関連した一部上流貴族は支配階級として位置し、その彼らを支えているのは多くの魔法使いだ。
地政学上、古来より公国の領土内には魔力の温床地が多く点在した。その温床地で生活を送る人々の多くは知らずのうちに魔法使いとしての素養を持ち、世に排出されてきた。
今日に至るまで、長きに渡りカキシード公国は魔法文明の祖として絶対的地位を築いているのである。
魔法文明に頼るこの国では魔法使いが日常生活のみならず国家単位で重用される。
魔法使いを魔道士として国家資格を与えているのは数多の国家の中でもカキシード公国だけである。
その中でも行政府である王宮付きの魔法使い、いわゆる“宮廷魔道士”の職に付くことは最上級のモデル職種とされ、地方に住む若者の多くは宮廷付きになるために日夜勉学に励んでいる。
- 318 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その4:2020/10/10(土) 09:12:05.419 ID:TukoEIz6o
- 公国の首都機能を持つ“公国宮廷”は大陸北西部の港湾付近に位置する大きな商工業都市の中にある。
海に面した港湾都市はどの国境とも面しておらず、戦乱を経ても街自体はのどかな雰囲気を数百年来の間維持し続けている。
昨今のチョコ革命からは遅れ気味で地方の都市としての風情は残り続けているものの、人々もガツガツとしておらず温和で、生活水準も決して低くない。
ある程度行き届いた生活をライス家が与え続けていることも国民に不満の目を向けさせない一つの策でもあった。
のどかな港町の工業地帯から少し足を進めると、すぐに“公国宮廷”へと続く巨大な石畳の階段が姿を表す。
地方から出てきた若者はこの宮廷へと続く石畳の階段を上りきることをいつも夢想する。憧れの宮廷魔道士となることを至上の憧れとしているのだ。
行政機関と中央政府のひしめきあう首府の別称であるこの宮廷はとても広大で、その広さは【会議所】本部に匹敵し、オレオ王国の王宮の広さを遥かに凌ぐ。
初めての来訪者であれば入って一分も経たずに迷ってしまうことだろう。
特に行政府毎に建物の異なる【会議所】と違い、公国宮廷の行政府の建物間は必ず何処かで連結しており、外から見ると巨大な宮殿となっている。
だがその実、絢爛豪華な見た目や中身に反し、実態は蛇のように入り組んだ構造をしていることから毎月必ず宮廷内で遭難者が出る始末だ。
今さら移転もできず、今日も公国宮廷は人々の羨望の的となりながら静かにそびえ立っているのである。
- 319 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その5:2020/10/10(土) 09:14:12.814 ID:TukoEIz6o
- さて、その公国宮廷の中を奥へ奥へと進んでいくと、途端に開けた広大な庭園へ出る。
何千人と人を揃え集会ができるほどの広さを持つ名園には、季節の花々が規則正しく咲き誇り庭園内を綺麗に彩っている。
合間を縫うように敷かれた石畳の遊歩道には何人かの若き魔法使いたちが談笑に花を咲かせながら歩いている。
澄んだ青空からの日光に庭園は光り輝き、そこには生命が芽吹いていた。
791「今日もお日様に当たって花が綺麗だね」
会議所兵士であり公国出身の人間でもあるたけのこ軍兵士 791(なくい)は、庭園に面したガラス張りの建物からそんな外の様子を眺めていた。
紫紺(しこん)色のローブを羽織っている彼女は、目を細めながら自身専用のロッキングチェアを一度揺らす。
すると、あわせてセミロング気味のワンカールした清潔感ある黒髪もふわりと楽しげに揺れた。
- 320 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その6:2020/10/10(土) 09:16:10.517 ID:TukoEIz6o
- 791の居る植物園のようなガラスドーム場の造りのこの建物は、【魔術師の間】と呼ばれる立派な執務室である。
一面が全て透過性の高いガラスで覆われており、部屋に入った者は一見すると外にいるのか室内にいるのか混乱するほどの錯覚と開放感を与えている。
室内は下手な図書館のフロアホールよりも広いが、部屋の中心にはちょこんと執務用の机が置かれ、そこに791が座っているのみである。
その背後には観葉植物が幾多も置かれ、がらんとした室内により温かみを与えている。
791「あれ。メロンソーダが無くなっちゃったな」
机の端に置かれていたグラスを手に持つと、先程まで鮮やかな翠の光を放っていた中身はすっからかんになっていた。
「すぐにお代わりを持ってまいりますッ!」
791の声をきくと、部屋の端で控えていたメイド姿の少女がすぐに走ってきた。
791「ああ、ありがとう。でも違うものを貰おうかな?“チョコドリンク”を持ってきてくれる?」
すると、彼女の弟子であるメイドはすぐに顔を曇らせた。
「あいにくと…いまチョコを切らしていまして…」
申し訳無さそうに語る彼女に対し、791は考え込むように暫し無言になったが、すぐに笑顔になった。
791「そうだったねッ!忘れていたよ。でも安心して、“もうすぐ心配なくなるよ”。
それじゃあもう一杯メロンソーダをお願いできるかな?」
791の返事を聞いた彼女はぱあと顔を明るくすると、すぐに踵を返し走り去っていった。
パタパタと走り去る彼女を一瞥し、視線を再び庭園に戻す。
空は快晴で、木漏れ陽の差すお昼時を少し過ぎた頃。
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- 321 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その7:2020/10/10(土) 09:17:24.165 ID:TukoEIz6o
- 「791様」
彼女の背後で、先程とは違う弟子の囁く声が聴こえてきた。
先の者とは打ってかわり感情を押し殺したような低い声。顔を向けるまでもない。
愛弟子のNo.11(いれぶん)が戻ってきたのだ。
791「ご苦労さま。みんな戻ってきた?」
No.11「はい。すでに会議場に集まっています。いかがしますか?」
彼女は姿勢良く791の前に立った。
薄い緑髪を耳よりもやや高い位置で後ろにまとめあげ、爽やかなハツラツさがある。
表情を消していても分かる端正な顔立ちと宝石のように澄んだ瞳は、見ていると思わず引き込まれそうになるほど綺麗で791はいつもドキドキしてしまう。
791「すぐに行くよ」
肘掛けに手をあて、“よいしょ”と声を出し立ち上がる。
No.11が手を差し伸べようとするが、791は手で制した。
今日はそれ程身体の調子も悪くない。
視線を室内に向けると数百人は雄に入るであろう広い室内には、791とNo.11を除いて、壁沿いに彼女の弟子数人しかいない。
- 322 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その8:2020/10/10(土) 09:18:34.724 ID:TukoEIz6o
- No.11「今日は歩いていくのですか?」
791「転移ポータルまではね。今日は、調子がいいから」
その言葉を聞き、No.11は初めて柔和な笑みを浮かべた。
彼女は791の右腕として申し分ない才女だ。気遣いもでき世話周りも卒なくこなす。
羽織っているベージュ一色のローブが、傍目から見ると整体師風の格好に見えてしまうこともあるのがたまに傷だが、それも個性があっていいだろう。
宮廷会議場までの転移ポータルは部屋の入り口に設置されており、791の居た場所から入り口までは、短距離走が開けそうな程の距離があった。
いつもであれば、椅子に座ったまま魔法で移動してしまうのだが今日は気分がいい。
それに、たまには自分の足で動かないと足のついた身体も損になるというものだ。
「いってらっしゃいませ、791先生ッ!」
「お帰りをお待ちしています、先生ッ!」
791「ありがとう。行ってくるよッ!」
数人の弟子が嬉しそうに頭を下げ見送る姿を見て、思わず791は顔をほころばせた。
教育者としてこの国の育成期間に携わり幾ばくかの時が経つ。
最初は苦労もしたが、今では彼女の下に何十人、何百人という弟子が慕い集まってくれている。
彼らの笑顔を見るだけで幸せだった。儚い生命ながら、ここまで生きてきた甲斐があったというものだ。
数分かけて791とNo.11の二人は雑談も交えながらようやく入り口に到着した。
地に描かれている魔法陣の上に二人は立ち、791は手に持っていた、ネギをかたどった杖をトンと一度叩いた。
すると、二人は瞬時に身体を光の玉に変化させ宮廷内の遥か遠くに位置する会議場へと高速移動を始めた。
宮廷内の移動はこうした転移ポータルが欠かせない。無ければ恐らく誰も辿り着くことは出来ないだろう。
- 323 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その9:2020/10/10(土) 09:19:24.459 ID:TukoEIz6o
- No.11「今日は一段と機嫌が良さそうですね?」
転移ポータルでの移動の最中、791の顔を覗き込んだNo.11は再度顔をほころばせた。
791「ふふ。昔ね、私のお師匠さんが言ってたんだ。
『魔術の血を絶やしてはいけない』って。
まだその継承はできていないけど、私の下にはこんなにも多くの仲間ができたんだなあって。
さっきのことを思い出したら、なんだかジーンときちゃって」
No.11「貴方は素晴らしいお人で、素敵な教育者でもあります。
継承の件はお気になさらず。まだ“彼”がいますので」
791「それに貴方もね、No.11?」
茶目っ気を持って微笑み返すと、ちょうど転移魔法は会議場の入口の前で停止したところだった。
- 324 名前:Episode:“魔術師” 791 公国の日常編その10:2020/10/10(土) 09:20:21.010 ID:TukoEIz6o
- 二人の肉体がポータルの上に現れ、何事もなかったように791は議場に向かい歩き始めた。
No.11「ではいってらっしゃいませ、791様」
後ろから声がかけられる。
791「うん。終わったらいつものお茶菓子を用意しておいてね」
そう告げ歩き始めた直後、“あっ、そうだ”と忘れ物を見つけた時のように声を上げた791は勢いよく振り返った。
791「さっきの子に伝えておいてッ。『メロンソーダ、飲めずにごめん』って」
一瞬目を丸くしたNo.11はすぐに優しく微笑み、そして洗練されたメイドのように頭を下げ自らの師を見送った。
- 325 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/10/10(土) 09:20:48.227 ID:TukoEIz6o
- ほのぼのパートはじまるよ〜
- 326 名前:たけのこ軍:2020/10/10(土) 14:39:57.466 ID:UGEA0.t.0
- ここからどう動くやら
- 327 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その1:2020/10/18(日) 22:11:01.291 ID:EAWgCpEco
- 【カキシード公国 宮廷 会議場】
791が扉を開け放ち議場へ入ると、帰還したばかりの公国使節団の全員が起立し、彼女の到着を待っていた。
室内は演奏会を開ける程の開けたホールになっており、ホールの中央には壇上が広がる代わりに、奥にちょこんとひな壇が設けられている。
その上には、目を引くような赤色の椅子が一脚だけ置かれている。
791はその椅子へ続く中央通路をゆっくり歩き始めると、左右から慣れない直立姿勢に焦れた貴族たちの吐息音が耳に届いてきた。
このような時は自らの身体の弱さを呪う。
すぐにでも走り去りたい気分だが、一歩一歩ゆっくりとした歩調で進むことしか出来ず、醜く守銭奴な特権階級たちの傍で同じ空気を吸わなければいけないのは酷く下劣で退屈だ。
数分かけて791はひな壇を上がり、赤色の椅子の前に立った。
演奏が終わり客の顔色を眺める指揮者のように、使節団の端から端まで視線を這わせ全員の顔を一瞥する。
彼女の眼前には何百もの客席の代わりに、無機質な焦げ茶色の長机と幾多の席が円形状に何列も並んでいた。
席の前で立っている人間もどれも歳のいった老人たちだ。そして皆一様に791を見て不安がった顔をしている。
とてもこれはまるでコンサート後のスタンディングオベーションだ、とは口が裂けても言えないだろう。
- 328 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その2:2020/10/18(日) 22:12:19.310 ID:EAWgCpEco
- 791「“あの子”は?」
全員を一瞥し終え口にした素朴な質問だったが、目の前の貴族たちには詰問するような口調に聞こえたのだろう。
彼らは途端に顔を青ざめ、さあどう答えようか、誰が答えるのかといった醜い逡巡を始めた。
カメ=ライス公爵「は、はッ!此処に戻り次第、既に“いつもの場所”に戻してありますッ」
その中で最前列中央にいた公爵は上ずった声で答え、せめてもの公国元首としての矜持を保った。
791は暫く無言でその慌てる様子を眺めていたが。
791「そう。それならよかったッ」
満面の笑みを浮かべながら791は先に一人だけ用意された椅子に着席した。
安心したように使節団の連中も着席した。
彼らと彼女の間には階級を超えた、絶対的な上下関係が存在した。
中央に陣取る791と彼女を持ち上げる貴族たち。構図だけ見れば教鞭をとる教師と生徒といったところだが、そこまで生易しいものではない。
草原でライオンにばったりと出会ってしまったヌーが足をすくませてしまうように、彼らにとって“宮廷魔術師”791との出会いは今まで周りの人間を下々の民と見下ろしていた人生観をガラリと変えるものだった。
彼女の言葉は絶対であり疑う余地もない程に貴族たちは怯え、彼女にヘコヘコと頭を下げ言い慣れない世辞で讃えた。
顔を少し傾けながら、肘掛けにつけた腕から伸びた掌を顎の上に載せる優雅な彼女の姿は、さながら玉座に座る為政者を想起させた。
- 329 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その3:2020/10/18(日) 22:14:35.489 ID:EAWgCpEco
- 791「それで。“どうだった”?」
「は、はい。協議の場において【要求書】を提出し、五日間の期限を設けました」
禿げ頭の大臣が立ち上がり、気弱そうな面持ちで答えた。
791「そうなんだ。連中は何か言ってた?」
791は脇机の上に置かれていたマグカップの中身を覗きこんだ。
黒く濁った液体の表面が反射し自分の顔が映っている。
「いえ。突然の展開に慌てふためくばかりでした。【会議所】側からも特段発言はありませんでした――」
これは嫌いなコーヒーだ。マグカップの横には色鮮やかなグミが積まれた皿が並んでいる。
「ああ、しかし。斑虎という者だけがこちらに食ってかかっていましたね。しかし、あの怒り様と喚き散らしは正に滑稽で――」
791「ちょっと。斑虎さんは私の会議所の大事な仲間なんだけど、いま馬鹿にしたかな?」
瞬時に顔を上げ、眉をひそめる。同時に場が一気に凍りついた。
791の睨みに、説明していた大臣は心臓を鷲掴みされたように顔を固まらせた。
「い、いえ。そ、そのようなことはッ!つい喩えで――」
791「前にも言ったよね?斑虎さんを舐めると痛い目を見るよって。
彼は会議所の時こそ無名だったけど、ここ最近の報道で名前が出始めているくらい有能な兵士だよ」
「はい、申し訳ございませんでした」
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- 330 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その4:2020/10/18(日) 22:16:08.591 ID:EAWgCpEco
- 791「まあ、いいや。それで、事は全て【予定通り】なんだね?」
手に取ったグミをしげしげと眺めながら、791はポツリとつぶやいた。
カメ=ライス公爵「はい。その点は抜かりありません。
彼奴らには反論の機会を与えず会議所を出て参りました。予定通り、五日後に作戦行動を開始できるよう全軍に通達も出しています――」
―― 全て“791様の計画通り”、オレオ王国侵攻作戦の準備は順調に進んでおります。
その言葉を聞くと、一瞬の沈黙の後、この場の支配者は満足そうに一度だけ頷いた。
791「うん。それはよかった」
「各国への“圧力”も抜かりありません。既にこの協議の内容を受け、賢い幾つかの国は我が国側に付くとの連絡も受けています」
791「もう結果は目に見えているからね。そこは引き続き外務大臣におまかせしちゃっていいのかな?」
「はい、勿論でございます」
髭を蓄えた大臣は深く一礼した。
【会議所】で開かれた公国と王国間の協議は、“予定通り” 決裂した。
戦力の無い弱小国は、“正義”の無い公国の主張に対しても支持することを決めたようだ。
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- 331 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その5:2020/10/18(日) 22:18:40.606 ID:EAWgCpEco
- 791「五日後までに彼の国が何らかのアクションを起こしてくる可能性は?」
「オレオ王国のナビス国王は平和主義者で有名です。それこそ、この窮地に考えを改めることはあってもこの短期間では間に合いますまい」
791「それじゃあ五日後には手筈を整えてカカオ産地へ攻め込むよう準備万端にしておかないとね。その辺りは軍務大臣に一任すればいいんだよね?」
「はッ!勿論です」
外務大臣の隣りにいた国務大臣も立ち上がり答えた。
その返事に791も一度頷き、ローブのポケットから懐中時計を取り出した。
そろそろ“授業”の終わる時間だ。
791「じゃあ後はしっかりとね。あとで話し合いの結果をまとめて私まで送ってね」
791が立ち上がると、慌てて全員も立ち上がった。
カメ=ライス公爵「いずこへ?」
791「魔法学校の生徒さんの見送りの時間なんだ。それに“あの子”にも会ってくる。後は頼んだよ」
目的は達したし早くこの淀んだ空気から抜け出したいというのが本音だ。
先程のNo.11とは程遠い、たどたどしいお辞儀を行う重鎮を尻目に791は会議場を後にした。
扉を開き先程の転移ポータルに立つと、再びポータルは光りだした。
791「入り口の前まで頼むよ」
転移ポータルは望めば他のポータルのある場所まで制限なく自由に移動できる。
791の身体は光り始め、歩けば半日はかかるだろう宮廷の入り口まで移動し始めた。
- 332 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その6:2020/10/18(日) 22:22:38.089 ID:EAWgCpEco
- 【カキシード公国 宮廷 大広間】
宮廷前の石畳の階段を上りきると、玄関口たる宮廷の大広間が人々を出迎える。
金銀をあしらった壁の装飾と薔薇のように高貴な真紅のカーペットにまず庶民の目は奪われ、天井には魔法のシャンデリアが魔法の力でひとりでに浮き沈みそんな人々を明るく照らし続けている。
さらに、魔法使い特有のローブを羽織った多くの宮廷魔道士が忙しなく歩き回り、正に国のために働かんという姿勢を知らずのうちに見せている。
庶民にとっては憧れの的であり、宮廷付きとして働く姿は地方から子を送り出す全ての親の悲願でもある。
この大広間そのものが観光地化しているのもその現れだろう。
791は大広間の奥に用意された転移ポータルで、議場から飛んできた。
すると、丁度授業が終わったのか大広間の前には多くの少年少女と、彼らを出迎える両親でごった返していた。
791が開いている魔法学校の生徒たちだ。
宮廷内にある校舎で丁度今日の授業が終わり、下校の時間となったのだ。
校長の791はわざわざ見送りのために会議を抜け出し、大広間まで来たのである。
ドン、という衝撃とともに彼女の膝に少しの衝撃があった。
顔を下げると、膝にローブの上からコアラのように抱きついている一人の少年がいた。
お気に入りのユーカリの木を見つけたように、両手で彼女の膝を抱えたまま離れようとしない。
791「こんにちは」
791が声をかけると、少年はそこで初めて顔を上げ彼女の顔を見て笑顔になった。
「あッ、【魔法使い】の791先生だ〜!こんにちは〜、最近は授業に来てないけど元気だった?」
791「ごめんね。最近、ちょっと体調が良くなくてね」
- 333 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その7:2020/10/18(日) 22:25:54.226 ID:EAWgCpEco
- すると、母親とおぼしき女性が急いで近寄ってきた。
「こ、こらッ!失礼なことを言わないのッ!先生は【魔術師】でしょッ!すみません、791様。よく言い聞かせておきますので…」
母親の言葉に791は微笑みながら首を振ると、膝を折り、膝から離れた目の前の小さな魔法使いと目線を合わせた。
791「坊や。
君は【魔法使い】と【魔術師】の違いを知ってる?」
生徒はキョトンとした顔で首をぶるんぶるんと横に振った。ふふっと口元を緩めて791は微笑んだ。
791「魔法使いは、魔法を唱えることができる人。
魔術師は、その魔法を“創り出す”人なんだよ」
「へぇ〜。それじゃあ、“まじゅつし”のほうが偉いんだねッ!ぼくもなりたいなッ!なれるかなッ?」
791「ふふッ。きっとなれるよ」
途端に少年は笑みを浮かべ“わーい”と声を出しながら、辺りを駆け回った。
「こらッ!先生の前で失礼な態度をとらないのッ!本当にすみません、791先生」
791「いえ。知らないことを怖がりもせずに聞く、とてもいいお子さんですね。
お迎えの時間に間に合ってよかった。気をつけて帰ってくださいね」
母親は何度も頭を下げ、生徒は嬉しそうに何度も手を振りながら帰っていった。
彼以外にも791の元に次々と生徒が集まってきた。今の時間帯は児童の下校時間帯なのでとりわけ元気が良い。
これがもう少し時間が経てば上級生の下校時間帯となりもう少し落ち着きが出てくる。
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- 334 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その8:2020/10/18(日) 22:27:37.057 ID:EAWgCpEco
- 【カキシード公国 宮廷 地下室】
先程までの華やかな大広間の様子とは打って変わり、二度目の転移の末に辿り着いたこの部屋は劣悪の環境そのものだった。
壁に並べられた灯りの置き台の蝋燭は全て解けきり、台にこびりついた蝋を見るに長いこと手入れされていないことが伺える。
汚れた壁のタイルはことごとく剥がれ、灯りの無い通路は暗く底冷えするような寒さで、湿り気の高さからネズミが好んで住まう環境が整っている。
ここは正に、牢獄だった。
転移を終えた791は歩き始める前に胸に手を当て何度か深呼吸を繰り返した。
急な温度変化は身体に変調を来す恐れがある。寒さに身体が馴染むまでじっとしていなくてはいけない。
だから寧ろ暖を取らず寒さを和らげるために身を縮こまらせることもせず、791はただ口から入り込んだ外気が手足の先まで浸透するためにただ待ち続けた。
791「もう大丈夫かな…」
最後に一度だけ深呼吸をすると、魔法の力で爪先に火を点した。
ゆっくり歩き始めると狭い通路内には靴音がよく反響した。
暗闇の中を進んでいくと右手に鉄格子が見えてきた。罪人を囚えておくための牢獄だ。
そのどれもが空で、生気の無さを一層加速させる。
しかし、空の牢獄から進んで四個目。
791はそこに一人の若者が捕らえられていることを知っていた。
- 335 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その9:2020/10/18(日) 22:29:00.825 ID:EAWgCpEco
- 791「起きなさい、someone(のだれか)」
目当ての鉄格子の前に着くと、檻の中のうつ伏せになっている若者に声をかけた。
少しのうめき声を発しながらsomeoneは顔を上げ、こちらの爪先の明るさを嫌い途端に目を細めた。
使節団と一緒に【会議所】から帰還した後に無理やり此処に押し込まれたのだろう。
頬には少しの擦り傷で滲んだ血とススの汚れが混ざり合い黒ずんでいる。
彼はこちらを見ても自分から言葉を発しなかった。ただ一度だけ目を合わせるとうつ伏せにならず、顔だけを伏せた。
791「アイツラにやられたんだね、かわいそうに。ちょっと待っててね」
火を点していない指をぱちんと鳴らすと、someoneの身体はふわりと浮き上がり彼の周りを綿毛のように柔らかい泡が包み込んだ。
彼の身体や服の汚れは魔法の泡で洗い流され、彼の足元に移動した泡は檻の中で自らソファクッションへと姿を変えた。
791「綺麗になったね。本当に貴族どもは許せないよ。
でも、もう少しの辛抱だから待っていてね。もう少しで全てが片付くからね。
そのクッションは私からのプレゼントだから使ってね」
791はニッコリと笑い、檻越しに顔を伏せたままの愛弟子を同時に心配そうに見つめた。
someone「…貴方がッ」
791「ん?」
ワナワナと肩を震えさせる彼の言葉を聞き逃さんと、791は檻の方に顔を近づけた。
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- 336 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その10:2020/10/18(日) 22:31:26.807 ID:EAWgCpEco
- 【会議所】では普段感情を表に出すことはなかったsomeoneが、この時ばかりは親友の斑虎のように、目の前の恩師に向かい勢いよく怒りをぶつけた。
恩師たる“魔術師”791は彼の激昂を意にも介さず、小さい頃に魔法を教えてくれた時と同じようにニコリと笑った。
791「君は、私がこれまで育てた子の中で一番優秀だよ。その年で、もう【使い魔】も使役しているし、このままいけば間違いなく私の後を継げる」
“でもね”と、言葉を続けると、彼女の顔からは途端に生気が消えた。
someoneはこの顔を知っている。
よく貴族たちに見せている、彼女が“敵”だと認識した者に向ける顔だ。
791「君が悪いんだよ?
私に逆らおうとするから。
今は“オシオキ”の時なんだ。
君は優秀だから、生かされている。
こっちの方はNo.11が予定通り事を進めている。
だから、全てが終わるまでここで待っていてね――」
――そうしたら、また“お話”をしよう。
最後の言葉にsomeoneは肩をビクリと震わせた。
- 337 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その11:2020/10/18(日) 22:32:43.460 ID:EAWgCpEco
- 791の口ぶりは穏やかながら、内容には重みと凄みがある。
彼は目の前の師の“真の実力”を知っている。
本気を出せば、自分など数秒で存在ごと消し炭にされてしまうだろう。
それでも、【会議所】での生活や斑虎との出会いを経て、彼の心の中には譲れないものが芽生えつつあった。
意を決して、彼はキッと791を睨みつけた。
someone「…斑虎は、斑虎はどうなるんですかッ!」
791はそこで初めて目を丸くした。
自分の身よりも他人の事を気にする彼の言葉に、素直に驚いたのだ。
昔の彼はここまで感情を剥き出しにすることはなかった。
【会議所】に行き親友である斑虎と出会ってから、“魔法使い”someoneの運命は大きく変わったのだろう。
791は当初伝える予定だった言葉を飲み込み、彼の本音に答えるために笑顔を作り直した。
791「そうだね。
斑虎さんは私にとっても大切な仲間だよ。
オレオ王国侵攻の際に、兵士のみんなには彼を見つけたら可能な限り保護するように言っておくよ。
でも、激しく抵抗されたら、そうだね――」
―― その時はしかたがない、かな。
- 338 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その12:2020/10/18(日) 22:33:25.629 ID:EAWgCpEco
- 目の前のsomeoneは悔しそうに顔をクシャクシャにし、ローブの中に顔を埋めた。
彼の泣いている姿を見たのは、子供の時に周りの子から虐められていた時以来だ。
791「someone?」
優しい声色は、幼い頃にsomeoneが魔法学校でよく聞いた優しい791先生の声とまるで一緒だった。
今の状況を一瞬忘れ、思わず彼は再び顔を上げた。
膝を折って目線の高さを合わせていた恩師の顔が思いの外近くにあり思わず慄いた。
そんな様子にクスリと微笑み、火の点いた人差し指をくるくると回しながら、幼い頃にあやしていた時と同じように、791は優しく語り始めた。
- 339 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その13:2020/10/18(日) 22:35:47.269 ID:EAWgCpEco
- 791「教えたよね、someone?
【魔術師】は物事の全てに優先順位を付ける。
この世の中には優しさが溢れている。
君にとっての斑虎さんが正にそうだね。
でも君の師であり恩人は誰?
ここまで育て、魔法を教え、【会議所】にも行かせてあげたのは?
そう、私だよね。
だから、君の優先順位の一番上には、常に私が居るはずなんだ。
わかる?
今の君の行動は【魔術師】の考え方からは大きく逸脱しているんだよ?
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 340 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の日常編その14:2020/10/18(日) 22:36:21.028 ID:EAWgCpEco
- someone「貴方の考え方はおかしい…それは強者の考え方だ」
必死に絞り出した自分の声は、震えが隠せていないのが丸わかりで惨めになった。
それでも791はそんな彼の様子をやはり意にも介さず、正解を答えた生徒を褒めるように顔をほころばせた。
791「そう。【魔術師】は何時だって強くなければいけない。よくわかったねsomeone」
“また来るよ”。
立ち上がり、くるりと踵を返した791は静かに鉄格子から離れていった。
絶望にさいなまれたsomeoneは再びローブの中に顔をうずめた。
- 341 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/10/18(日) 22:36:59.468 ID:EAWgCpEco
- ほのぼのパート?そんなのねえよ!
- 342 名前:たけのこ軍:2020/10/19(月) 20:03:07.619 ID:lAYI73BY0
- 魔王様こわいんよ
- 343 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/10/24(土) 13:13:35.706 ID:WwT86jJso
- 今週はお休みでごわす。
そのかわりちょこっと用語設定を。
・魔道士 … 魔法使い、魔術師を含めた魔法に精通する術者の総称。
・魔法使い … 魔法を扱うことができる術者の総称。子供から老人まで幅広い年齢層まで存在する。
決められた魔法を魔法陣、詠唱で唱えることができた時点で魔法使いである。
特に魔法使いの中でランクはないものの日常魔法のみの使用までだと下級〜中級程度、実践魔法や既存の魔法をアレンジして新たな魔法を作ることができると中級〜上級程度の実力となる。
作中だと加古川は中級〜上級の間に位置する魔法使いとなる。
・魔術師 … 全魔道士の中で上位1%にも満たない選ばれた術者。
一から新たな魔法を“創る”実力があると魔術師の素質があるとみなされる。通常、既存魔法を元に亜種の魔法を作ることは出来ても、無から有を創リ出すことは並の魔法使いではできない。
魔術師はそうしたオリジナルの魔法を創成する術を持っており、自分だけの秘技を有している場合が多いと言われる。
魔術師になるための試験等は特になく、素質があると認められた際に自然と呼ばれ始める。魔法界のシンボルのような存在である。
概念に近い存在ではあるが魔法史や歴史を塗り替えるような魔法を生み出したものが、魔術師として称賛と羨望を受けることになる。
そのため、魔術師は総じて抜きん出た魔力を持っている者が多い。
世界的に有名な魔術師はカキシード公国の“宮廷魔術師”791。
- 344 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その1:2020/11/02(月) 13:31:43.089 ID:hwYNJ6rwo
- 【カキシード公国 宮廷 魔術師の間】
someoneとの邂逅を終えガラスドームの部屋に戻ると、部屋の中心にぽつんと置かれていた執務机の上には彼女の好きなお茶菓子が並べられていた。
No.11「おかえりなさいませ、791様」
791「わあ。今日はネギせんべいかあ。さすがはNo.11、私の好みを把握しているねッ」
No.11「恐縮です」
No.11は主人の言葉に恭しく頭を下げた。その振る舞いはいつも通り一切の無駄はないが、心なしか発せられた声は少し弾んでいる。
791「かけなよ。お茶会にしよう」
手にしていた杖をトンと叩くと、No.11が座るための魔法のテーブルと椅子が地からヌルリと表れた。木目調のアンティークテーブルは術者である791の趣味だろう。
No.11は微笑を浮かべながら席に着いた。
同じく席に着いた791は並べられたお茶菓子の端に、並々と注がれたメロンソーダのグラスが置かれていることに気がついた。
さらにそのグラスの横にはメモが差し込まれており、“先程はメロンソーダ、間に合わなくてすみませんでしたッ!”と書かれている。
No.11「あの子が、お詫びにと」
791「そんなあ。別にいいのに、律儀でいい子じゃない。No.11の弟子だっけ?」
791の視線に気がついたのか、No.11も目尻を下げた。
時折、彼女はこうした顔を見せる。
魔術師である自身よりも一回りは年下のはずだが、時々弟子たちに見せる彼女の慈愛の目は、既に未来の希望を見守る教育者としての意味合いを含んでいるように見える。
沈着冷静な腹心がたまに見せるこうした一面は弟子の純粋な成長を実感でき、791自身も嬉しくなる。
- 345 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その2:2020/11/02(月) 13:33:17.303 ID:hwYNJ6rwo
- No.11「あの子はまだまだです。私がもっと鍛えないと」
791「ふふふ。No.11の指導は厳しいで有名だからなあ。やり過ぎちゃダメだよ?」
そこで791は身体を一度ぶるりと震わせた。先程の地下室での寒さを身体がいまさら思い出したらしい。
No.11「お身体が冷えますか?暖かいお茶でもご用意しますか」
791「いやあ、そこまでは大丈夫。でも相変わらず地下室は寒かったからか思い出しちゃったのかもね」
No.11「そうですか。彼は元気にしていましたか?」
791「今日も元気に私に反抗してたよ。弟子の成長を見るのは嬉しいけど、じゃじゃ馬なのは困っちゃうなあ」
No.11「全くですね」
目の前に座るNo.11からは既に先程までの和やかな雰囲気は消え失せ、いまは冷徹な表情の仮面を被った仕事人の顔に戻っていた。
その冷徹さといえば、一度こちらが“貴族を懲らしめろ”と命ずれば疑問を抱かず、また自らの立場も顧みずに実行に移すことだろう。
ひたすら日夜研いで切っ先を鋭利にしたナイフのように、鋭くて危うい気が彼女には備わっている。
この気は鍛えて身につけられるものでもない、生まれ持ったものだろう。
791はふと、自ら教鞭をとっていた時代を思い返した。
思えば、幼少期から彼女は何事も寄せ付けない気を放っていたかもしれない。
ただ、本人は気づいていないかもしれないが、someoneの話をすると彼女は無条件でこのように心を閉ざしてしまう。
無理もない話だ。それだけの“理由”がある。
- 346 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その3:2020/11/02(月) 13:35:07.016 ID:hwYNJ6rwo
- 791「まあでもオレオ王国への工作は終わっているし、こちらの準備はほぼ整っている。
あの子の力がなくても最終的には問題ないよ」
No.11「仰るとおりです」
メロンソーダをストローで吸い上げた。
791「そういえば、“例のブツ”が届かなくなってどのくらいだっけ?」
話を変えながら、続いて目線を目の前のネギせんべいに向ける。
煎餅から発せられる焼けたネギの香ばしい匂いに思わず少しクラクラしてしまう。
身体の強くないこの身に、ネギは自らを支える原動力だ。
ネギが失った魔力を補充するという説を耳にしたことはないが、あながち嘘ではないはずだ。
なぜ、【会議所】にいる滝本が嫌いなのか想像がつかない。
そういえば、滝本の前の議長だった集計班も大のネギ嫌いだった。
二人には不思議な共通点があるな、と今さらながら791は思い至った。
No.11「先月、先方より唐突に打ち切りの通告を受けましたので、もう一ヶ月になりますね」
791「本当に¢さんも考えたものだね。
ケーキ教団を隠れ蓑にして武器を密造して、あまつさえ【大戦】の日に、定期的に船便で武器を送ってきてくれるなんてさ」
No.11「はっきり言って、常軌を逸しています」
- 347 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その4:2020/11/02(月) 13:36:11.830 ID:hwYNJ6rwo
- 791は最初に¢から提案があった日のことを思い出してみた。
彼はなんの前触れもなく単身、公国に乗り込んできた。
勿論、彼は“宮廷魔術師”791が既に公国を裏で支配しているとは、夢にも思わなかっただろう。
彼がおどおどとした様子で宮廷を訪れ、不審に思った受付係が尋ねるや否や、開口一番に告げた『国の最高権力者とお話したい』という無茶なお鉢は、すぐに“宮廷魔術師”の元に回ってきた。
何か良からぬ気を察知した791は代理でNo.11を出すことにした。そして彼女は彼をこの部屋に通し応対したのだ。
No.11「あの日のことを今でも覚えています。
あの人は到着早々、こちらがお出ししたネギティーに目もくれずに話を切り出したのです」
―― 『武器をご入用ではないですか?』
- 348 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その5:2020/11/02(月) 13:37:45.736 ID:hwYNJ6rwo
- 公国に訪れた¢は正に“武器商人”だった。
会議所自治区域で開かれている【大戦】で使用している公式の武器とは別に、独自に開発した武器を公国へ売り込みにきたのだ。
本来であれば鼻で笑い、突き返す話だろう。
しかし、突拍子もない話を無下にできない理由が公国側にも存在した。
その時点での公国は魔法文明の中興の祖であるという誇りと奢りが邪魔をし、オレオ王国が発端となったチョコ革命に乗り遅れ、産業移行が遅れていた。
気がつけば生活には魔法が必需となり、軍には魔法戦士が溢れ、他国が量産している防衛装備品の配備は遅々として進んでいなかったのである。
魔法戦士部隊は非常に強力ではあるが個々の育成に時間がかかることや、一度術者の魔法力が枯渇してしまえば途端に力を失い、銃器を持つ他軍からの驚異に晒されてしまう。
公国内では既に軍部改革が求められていたが、公国側が銃器を買い漁ることで周辺国から“カキシード公国は魔法を捨て野蛮な火器に頼った”という評価とともに、その支配力が低下することを何よりも恐れていたのだ。
結果として¢をすぐに追い返すという選択肢を、No.11は咄嗟に取れなかった。
とはいえ幾ら【会議所】の重鎮といえども、話を鵜呑みにすることは出来ない。
彼の語る話だけ聞いて今日のところは引き取ってもらおう。
何よりボロボロのローブを着込んだままの彼の姿は酷くみすぼらしい。
これでは何処かの童話に出てくるボロボロの魔女をあしらう傲慢な貴族、といった構図だが致し方ない。
そう思っていたNo.11だが。
―― 『ぼくたちは【大戦】での新兵器開発のために秘密裏に武器の開発を始めたけど、その過程で溢れた銃火器の処分に困っているんよ。
処分しようにもお金がかかる。輸出しようにも武器を始めとした防衛部品の正式取引は国家間でしか行うことができない。
だから、ぼくたちは秘密裏に買い取ってくれるところを探しているんよ』
当初話半分にきいていたNo.11も、目の前の武器商人の語る話に徐々に考えを改め始めた。
確かに、¢のいる会議所自治区域は、国ではなくあくまで独立自治区域だ。国家間の決めた枠組みの外にいるせいで、常に得も損もする。
- 349 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その6:2020/11/02(月) 13:39:01.103 ID:hwYNJ6rwo
- ――『この話は貴国に話したのが最初なんよ。
もしダメだったら信頼してくれるところに掛け合うしかない。
密輸の話が公になれば【会議所】は罰せられてしまう。だから限られたところにしかお話できないんよ』
彼の話には筋が通っているようにNo.11には感じられた。
何より語っているときの彼の姿は自信に満ち溢れ聞く者を錯覚させる力がある。
最初に彼を部屋に招いた時は、見慣れない場所におどおどとしながら、顔のフードを取ろうともしない。
そのような弱さが見えていた。
だが、席に着いた瞬間から彼は見違えるように生き生きとし始めた。
この交渉の席が彼にとっての戦場だと理解したのだろう。
戦闘狂。きのこ軍の大エース。【大戦】開発者。
No.11の目の前に座る彼にはさまざまな呼び名がある。
そのどれもが嘘ではない。
¢は間違いなく【会議所】を代表とする兵士の一人だ。
【大戦】で¢と相対したたけのこ軍兵士が受けるだろうものと同じ圧を、いまNo.11は肌で感じている。
ここにきて、No.11はこの話を前向きに考え始めた。
師の利に繋がると判断できれば、独自に判断して動けるところも791が彼女を重宝する理由だ。
- 350 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その7:2020/11/02(月) 13:40:26.727 ID:hwYNJ6rwo
- 唯一、不思議に思う部分があるとすれば、なぜ¢が公国を選んだか、だ。
彼らにとって公国は忌むべき存在ではないが、公国からの【大戦】の参加者は決して多くなく、さほど重要な国でもなかった筈である。
そう問うと、ローブにすっぽりと顔を包んでいた¢は、唯一フードから見えていた口元をニヤリとさせ笑ってみせた。
―― 『あなたは存外賢いんよ。
確かに、ぼくたちからするとカキシード公国との関係性はそこまで深いものではない。先程の言葉はおべっかだと思ってくれて構わないんよ』
その上で、公国を選んだのには二つ理由があると続けた。
―― 『一つは、791さんの存在。
あの人が【会議所】に加入されてから、非公式に自治区域と公国間で交流が生まれるようになったんよ。
あの人のひととなりの素晴らしさも知っているから、ぼくたちは公国に対して他国ほど遠慮する感情が薄らいでいる』
たとえ同席していなくても、他人からの師の評価は素直に嬉しい。
表面上は冷静を装いながら、No.11の心は仄かに暖かくなった。
―― 『二つ目は、公国自体の特性。
失礼ながら、貴国はいまもなお歴史の隠匿を続けている隠蔽体質主義だ。
他国は糾弾するかもしれないけど、それはぼくたちにとって“都合がいい”』
つまり、この問題を話しても公国側から外部に漏らす可能性は極力低いと踏んだのだろう。
どちらも理に適っている。
- 351 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その8:2020/11/02(月) 13:42:33.244 ID:hwYNJ6rwo
- 武器の調達経路や秘密裏に製造する手段、それに取引の見返りについて問い質すと、¢は再度ニヤリと笑い次のように答えた。
―― 『ここ半月以内に自治区域内に新たな信仰教団が設立されるんよ。
名前はケーキ教団。
明かしてしまえば、それは仮初の教団。
その本部内にぼくたちの新兵器製造拠点を造る。
調達経路は、そうだな。
チョ湖を使用するんよ。
夜半に船を行き来させ取引を行うんよ。ぼくたちは定期的に武器を開発しているから毎月、交易船でちょっとずつ武器を送るんよ。
見返り?
うーん、少量の金額で構わないんよ。
ぼくたちにとっては溢れた武器が捌ければそれでいいんよ。
ああ、でも少しの魔術書は貰いたいんよ。
うちの図書館長が蔵書に欲しがっている。
それを木箱の中に、角砂糖をカモフラージュとして送ってくれればそれでいい。
角砂糖であればケーキ教団がケーキの材料として欲しがっていると思わせられる。
是非、貴国のカメ=ライス公爵にこの話を伝え、前向きに検討してほしいんよ』
- 352 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その9:2020/11/02(月) 13:43:46.805 ID:hwYNJ6rwo
- No.11「まさか交易日を、向こうの【大戦】日に指定してくるとは思いませんでしたけど」
煎餅を食べ終えた口元を拭きながら、No.11は当時の思い出を述懐した。
791「あの人はよく考えているね。
我々は【大戦】にあまり協力的ではないから動きやすいし、向こうは大多数の人間が【大戦】に目を向けられているから、自由に行動ができる」
ガラス越しに外を覗く。
庭園では魔法学校で授業の終わった何人かの子どもたちが、外に出てきていた。
No.11「喋り口は特有の訛りもあり、最初は何処の田舎モノかと思いましたが。
話はとても論理的でしたね」
791「¢さんは今の【大戦】のモデルを創り上げた人だからね。
集計班さん無き今、彼と参謀が会議所設立の根幹に関わっている人間だしね」
【会議所】には“きのこ三古参”と呼ばれる賢者がいた。
広報部門を取り仕切る参謀B’Z、運営を取り仕切る集計班、そして設計開発を取り仕切る¢の三人だ。
その内、二人はまだ存命だが集計班という人間はもうこの世にいない。
集計班の後釜に収まったのが滝本スヅンショタンなのだ。
- 353 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その10:2020/11/02(月) 13:45:34.244 ID:hwYNJ6rwo
- No.11「やはり、この提案は“会議所の意志”と見て間違いないのでしょうか?」
791「そうだろうね。私は¢さんのことをよく知っている。
あの人は素晴らしい技術力を持っているけど、とても出不精なんだよ。
誰かにけしかけられない限り、こんな形で表舞台に出てくることはない」
三枚目のせんべいを頬張りながら再度考えた。
オレオ王国から見れば不幸にもこの提案が“宮廷魔術師” 791に、王国侵攻という予て秘めていた計画を進めさせる引き金にもなった。
個々に戦闘力が高い魔法戦士に銃火器が備われば、公国軍に隙はない。
元より抗戦力を持たないオレオ王国を制圧することは容易いが、戦後処理の際に他国から横槍を入れられるのが厄介なのだ。
その憂いも消すことができる。
こちらから見れば渡りに船だが、俯瞰して考えて見れば、こうした事態は【会議所】に踊らされているという見方もできる。
“武器商人”¢の裏には間違いなく【会議所】中枢の意志がある。
当時トップだった集計班はいなくなったが、その意志は確実に残っていると見ていい。
¢の語った武器の売り捌きという話も嘘ではないかもしれない。
だが、あまりの突拍子の無さとタイミングの良さが、791の猜疑心をより濃くさせた。
あれから【会議所】が新兵器を【大戦】に投入したという話は聞いていないし見てもいない。
しかし数年経った今でも、先月まで変わらず密造武器の供給は続けられていた。
何故だ。
No.11「与えた銃火器で我々はオレオ王国に侵攻しようとし、
それでいてナビス国王からの頼みには快諾し両国の仲介に入ろうとする…恐ろしい伏魔殿ですね、【会議所】は」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 354 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その11:2020/11/02(月) 13:47:24.682 ID:hwYNJ6rwo
- 791「先月から¢さんの武器供給は突如終わったよね。No.11はこの動きをどう見る?」
No.11「はい。いよいよ“その時”が来たかと」
791「恐らく、¢さんは公国がこの武器を王国侵攻に使うことを予期していた。
だから私たちが王国に“難癖”を付けるよりも前に、王国のことを思い武器供給を打ち切ったという見方もできる」
だが、その考えはとても甘い。
食後に出てくるモンブランのタルトより甘ちょろい。
791「だけど私はそう見ない。
恐らく、これは向こうからの“サイン”。
両国の緊張感が徐々に高まってきたいま武器供給を打ち切ることで、“いよいよ攻め込まなくてはいけない”という意識をこちらに根付かせるための言葉なき伝達。
非常にうまいやり方だ」
事実、公国は既に本日のオレオ王国との協議を打ち切り、武力行使の準備を終えている。
この推測が正しいとすれば、協議の失敗を何よりも望んでいたのは、実は他ならぬ【会議所】ではないのだろうか。
その理由はなぜか。
- 355 名前:Episode:“魔術師” 791 武器商人編その12:2020/11/02(月) 13:48:14.811 ID:hwYNJ6rwo
- 791「まあここまで来たからには考えても仕方がないか。五日後を楽しみにしておこうかな」
せんべいを食べ終えた791がぱちんと指を鳴らすと、自ら座る椅子はキャスターも付いていないのに、一人でに地面を這うように移動を始めた。
No.11もすぐに立ち上がった。
No.11「もうお休みですか?」
791「うん。少し動きすぎたからね。何かあれば起こしてくれていいよ」
その言葉にNo.11は頷くも、そう言いながら過去に一度も起こしに来たことはない。
小間使いよりも弁えている弟子の姿勢に涙が出そうになるも、堪えるように791はニコリと笑いかけその場を後にした。
- 356 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/11/02(月) 13:49:46.267 ID:hwYNJ6rwo
- 公国は王国に侵攻しようとする。そのアシストをしていたのはなんと会議所。
¢さんは武器商人もにあいますね。
- 357 名前:たけのこ軍:2020/11/02(月) 20:53:19.853 ID:zQlNnmUI0
- 会議所が暗躍する感じいいっすね
- 358 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その1:2020/11/08(日) 21:08:18.632 ID:JT93nRnIo
- 幼少期より791は病弱だった。
彼女の身体を蝕んでいる病名こそ判明していたものの、体力と精神力を奪う病は風土病とされ、当時の公国の医療技術ではまともな治療の手立てもなかった。
唯一の対処法は身体に過度な負担をかけないこと。
そのため、幼少期の頃は外に出ることさえ許されなかった。長く走ることも運動をすることもままならない。
匙を投げた医師たちの対処法は、幼少期の人間の真髄と尊厳を著しく欠いた対処法だった。
当然、友達などできる筈もなく彼女は一日の殆どを寝て過ごした。
日夜、枕を涙で濡らしながら彼女は、両親とたまに診察に来るだけの医師、それに枕元にある人形たちを友だちと見立て喋るしかなかった。
魔法学校の中等部に進む頃には病気も幾ばくか収まり、まともな歩行では問題ない程度に回復していた。
幼年期の成長史がすっぽり抜けてしまっている彼女にとって、初めての学校は孤独で不安一杯の始まりとなった。
既に幼年部で友達を作り終えていた大半は個別のグループでまとまり、孤立の中に独り残された彼女は周りから酷く浮いていたことだろう。
本人に多少の図々しさがあれば何人かの人間は彼女を認めたのかもしれないが、いきなり野に解き放たれた生まれたての小動物が獰猛な肉食獣たちを相手に大立ち回りをしろとは酷な話である。
グループから溢れた者たちもプライドだけは異様に高く、病気上がりの791と親しくすることは周りの目だけではなく本人自身も許せないことだった。
結局、791の学校生活は概ね順風満帆とはいえず、常に孤独に過ごすこととなった。
- 359 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その2:2020/11/08(日) 21:09:53.922 ID:JT93nRnIo
- 生来の魔法力の高さで学校では高成績を収めていた一方で、ここでも彼女は身体的な問題から周りから手放しに喜ばれはしなかった。
どんなに良い成績を取っても大人たちは口々にこう言った。
“素晴らしいが、惜しい”。“これで万全の身体だったら”。
二言目にはまるで彼女の評価を飾る修飾語のように薄弱さを惜しみ、その評価は勝手に最高ランクから一段引き下げられてしまうのだった。
何と歪んだ評価だろうか。
“あいつは外に出ずに本の虫だから、成績がいいのは当たり前だ”といわれのない妬みを受けたりもした。
791はあらゆる話から耳を塞ごうとした。
道端で何人かたむろしている集団を目にすれば、たとえ遠回りをしてでも誰にも会わないように怯えながら帰った。
学校でも授業以外は重い身体を引きずりながら教室の外に出て他者との関わりを極力絶った。
ただ、幾ら噂話を遮断しようとしても限界はあり、ひょんなことから漏れ出た話が彼女に伝わり、そして人一倍傷つけられた。
他人を気にするあまり、心がより繊細になっていることに、当時の彼女は気づいていなかったのだ。
思えば、いつもこの時は泣いてばかりだった気がする。
益々他者と触れ合うことをしなくなった791は、唯一の心の支えである魔法の研究に没頭した。
休み時間は図書室に籠もり、終わったら自室で覚えたての魔法を使う。
薄弱な彼女の心を支えていたのは他者よりも優れていた魔法一点だけだった。
それが今の“魔術師”を形成したのはやや皮肉な話ではあるが。
- 360 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その3:2020/11/08(日) 21:11:23.557 ID:JT93nRnIo
- 代わり映えのしない生活を791は辛抱強く、何年も続けた。
この頃になると成人に近づいていた彼女は自らの身の振り方に悩んでいた。
主席で卒業する彼女は、本来であれば大魔法学校へ進み、卒業後は宮廷付きの官僚となるエリートコースが確約されている。
しかし、ここでも彼女の薄弱さが邪魔をした。
大人たちや周りの級友たちは決して口にはしないまでも、彼女を見る目のどれもが一様に同じ心の内を語っていた。
“早く宮廷付きの夢を諦めてくれないか”、と。
身体的にリスクの高い彼女では、たとえ宮廷付きの道に進めたとしても激務の公国宮廷で働くことなどきっと叶わないだろう。
ならば、さっさとその儚い夢を砕き後塵にその道を譲ってくれないか。
ひしひしとそのような無言の圧を感じていた。
今ほど意志の強くなかった791は自らの夢である宮廷付きの道を邁進するべきか否か。
唯一の楽しみである魔法までも自分から奪うつもりなのか、と夜な夜なむせび泣いた。
陰湿な大人たちを、自分の身体を、そして世界を憎んだ。
しかしただ恨んでも事態が好転していないことも、聡い彼女は同時に自覚していた。
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