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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

361 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その4:2020/11/08(日) 21:15:08.578 ID:JT93nRnIo
そんな彼女の人生に転機が訪れたのは、高等部の卒業を来年に控えた頃だった。

珍しく外の空気を吸うために中庭で本を読んでいた時、彼女の近くを通りかかったグループの話していたある噂話が彼女の耳に届いた。

―― 『聡明な【魔術師】が放浪の旅を終え此の地に戻ったらしい』

今思い返すと不思議なことだがその日の夕方、791は興味本位でその魔術師の家を訪れていた。
普段の彼女からは考えられない行動力だが、この頃は色々なことに悩み少しでも支えが欲しかったのかもしれない。
加えて、身近に憧れの【魔術師】が来たというのだ。興奮するなというのが無理な話だろう。

夕方、791は通常の三倍もの時間をかけて目的地に到着した。
噂されていた魔術師の家の前に立ち、その都度勘違いだろうとその家の周りを何周かしたが、周りには家屋もなく空き地や草むらが広がるだけで、
目の前のみすぼらしい母屋が目的地であることを間違いないと考えを改めるのに時間がかかったのだ。


魔術師という肩書きからは反し家のペンキは剥がれ、屋根が何枚か抜けていた。通常であれば廃屋だと素通りしてしまうところだろう。

てっきり華々しい豪邸を想像していただけに衝撃的だった。
ただ、柵を超えた中にあるこぢんまりとした庭園だけは芝が刈り取られており、きちんと手入れされていたのが印象的だった。

壊れかけの庭扉を開け、家の扉の前に立ち暫く観察と呼吸を整えるために立ち止まった。
横にある窓を覗こうとしてもくすんだ色のカーテンで覆われ家の中を覗き見ることはできなかった。

本当にこの家が、世間から手放しで評価され全魔法使いが憧れとする【魔術師】の住まいなのだろうか。
近づけば近づくほどにその疑念は大きくなっていた。

―― 違うに決まっている。ここは帰って真偽を再度確かめてから出直すべきではないか。

しかし、791はそのような甘い考えをすぐに振り払った。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

362 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その5:2020/11/08(日) 21:17:52.332 ID:JT93nRnIo
遂に意を決し791は家の戸を叩いた。

5秒。10秒。30秒。
耳を澄ませてみたが家内から何の音もしない。再度扉を叩いてみたものの反応は同じ。
やはりこの家ではなかったのだ。そもそも、【魔術師】などこの町には戻ってなどないのかもしれない。

791が諦め家を飛び出そうとしたちょうどその時。
不意にカチャリと扉が開け放たれた。

扉の前に立っていたのは、ボロボロのローブを着込んでいた老人だった。
フードで隠れた顔は伺いしれなかったが、老人だと分かったのはピンとした背中が首元でほんの少し丸まっていたことと、扉を手にした手の甲が皺だらけだったからだ。

みすぼらしい母屋にふさわしい貧相な身なりの人物だが、彼女にはこの人物こそが件の【魔術師】だと一目で分かった。
他の人間からは感じたことのない独特の“気”、そして皺の多さから相当な年齢のはずなのに凛とした佇まいは、魔道士の矜持を保ち続けようとする気高さを感じた。
思わず気圧され言葉を失っていた彼女に、フード越しに暫くその様子をじっと見つめていた彼は、ポツリと一言だけ発した。

―― 『何を望む?』

老いた【魔術師】は確かにそう訊いた。
その声はしゃがれているがしっかりとした口調だった。

いきなりそのような質問を訊かれると思っておらず、彼女は慌てた。
取り繕う暇もなく、気がつけば自らの思いを口走っていた。

―― 『魔法をッ。魔術を知りたいんですッ』

今にして思えば何と稚拙な回答だっただろう。
いま思い出しても恥ずかしい。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

363 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その6:2020/11/08(日) 21:20:47.730 ID:JT93nRnIo
元々、魔法力に高い素養のあった791は見る見る内に力を伸ばしていった。
魔術師の家にはたくさんの書物が溜め込まれていたから学校が終われば足繁く家に通い、休日は朝から晩までずっと入り浸った。

老いた【魔術師】は毎日のように訪れる彼女に対し、邪険に扱うでも特に挨拶をするでもなく接した。
特段無視されていたわけでもないので、いうなれば熟年夫婦のような阿吽の呼吸感で互いに過ごしていたのかもしれない。

ただ、791が散らかった部屋を掃除する時だけ、いつもはほとんどの出来事に反応しない彼はその身を縮こまらせ、部屋の端に椅子を引きじっと掃除が終わるのを待っていた。
邪魔にならないようにしていたのか、さもなくばここまで汚くしたことに対しての多少なりとも罪悪感を覚えていたのか。
今となっては分からないが、彼女も小言をいうような性格の人間でもなかったため二人の関係は非常に良好だった。

掃除が終わり居間に並べてある大量の書物棚から本を何冊か抜き取り日暮れまで読み込む。
同じテーブルに【魔術師】がいれば話しかけ、彼が自室で研究をしている時は一人で没頭した。それだけで十分な勉強になった。


無口な【魔術師】は多くを語ろうとはしなかった。
弟子を取ってもその癖は変わらず、791の質問に対しては最低限の内容で答える素っ気ないものだった。
老人特有の無愛嬌か、はたまた生来のものかは分からない。
だが、無愛想ながら言葉の節々に感じる彼なりの思いやりに、彼女は師の性格を段々と理解してきていた。


364 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その7:2020/11/08(日) 21:22:31.835 ID:JT93nRnIo
気がつけば何時からか彼女はその日、学校で起きた出来事をポツリポツリと語るようになった。

対面に座る師はただ黙って話を聞いていた。
頷くでも意見をするわけでもない。

彼女も返事が欲しいわけではなくただその場に居てもらい、話を聞いてほしいだけだった。
今思い返せば、恐らく話の大半は拙い内容だっただろう。
喋り方も話しぶりもわからず内容も、図書室で読んだ魔法書の内容や、帰り道にある商店のおじさんからオマケをしてもらったことなど特にオチも無いものばかり。
始めのうちは彼も聞いていて苦痛だったに違いない。

だが、頭に浮かんだものを自身の頭の中で変換して言語化するという行為は魔術にも通じるところがある。
今にして思えば、途中から“いかに相手に理解してもらえるか”という部分に着眼を置き頭の中で散らかった話を方程式のように整理し理路整然と話せるようになったのは、
彼女の対人スキルだけでなく今後の魔術師の能力の向上に一役買っていたに違いない。

第三者の目には、居間の椅子に腰掛けている人型の石造に一人の少女が身振り手振りを交え懸命に話をしようとしている、そのような滑稽な姿に映ったに違いない。
フードで隠れた師の表情は最後まで読み取ることこそできなかったが、いつからか彼は仕事場を居間に移し階上に上がることはなくなった。

嬉しかった。
人生の大半を自室で過ごしてきた彼女にとって、まともに話のできる相手など殆どいなかったのだ。
初めて話し相手を見つけ彼女は一人微笑んだ。


365 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その8:2020/11/08(日) 21:28:20.569 ID:JT93nRnIo
とはいえ、師はとにかく語るということをしなかった。
最初の問いかけ以降、二回目に彼の肉声を聞いたのは出会って一週間程度経ってからだ。

それも、彼女の魔法に関する問いかけに対し『違う』とだけ言うものだから、当時は嫌われているのではないかと酷く葛藤した。
しかし、彼女の落胆した様子を見かねたのか、次の日に訪れた時にテーブルの上に熱い茶が置かれているのを見て、ほんの少しの温もりを感じたのだ。

ここまで無口なのは、恐らく魔術の研究を極めれば話すことをせずとも相手の思考を理解できてしまうから、
極めた者にとって会話など煩わしさの産物になるのではないかと、791は最初勝手に想像していた。

しかし、彼女が幾ら本棚に本を綺麗に戻せと言っても、飲みかけのお茶を流しに捨てるように言っても、魔術論文を再度学会に出すように勧めても。頑として師は行動に移さなかった。
彼女の考えはどうやら彼に読まれてなどいないようだった。
もしくは思考が読まれていても、敢えて見ないふりをされている。なんて意地悪な魔術師だろうか。

通常の人間であれば一連の行動は“怠惰な人間”だ、と烙印を押されるだろう。
だが、目の前の師には、何か一言で怠惰とは言い表せない独特の“気”を放っていた。
若き791には、最初その正体が分からなかった。


その無口な師にも、口癖のように791に唯一語っていた言葉があった。




―― 『魔術は、受け継がれなければいけない』




366 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その9:2020/11/08(日) 21:29:59.398 ID:JT93nRnIo
魔術とは、魔術師の遺す痕跡である。

魔法と魔術の線引きは非常に難しくいつも専門家の間で議論が交わされるが、要するに魔道士が唱える魔法を根源的に読み解いたものが魔術であり、即ち原理である。
全ての魔法には読み解けば魔術の原理があり、それらの魔術は古くから【魔術師】が発明してきたのである。

魔術には各々の魔術師の痕跡が刻まれる。
言うなれば、全てのケーキ職人が作ったショートケーキには全く等しいものなどなく少しずつ違う味、形のものができる。それと同じことである。
スポンジの厚みやクリームの質、イチゴの大きさなどで味や見た目に少しずつ差が出る。

同じように、各々の魔術師が生み出した魔術には差があり、“秘伝のレシピ”は受け継がれなければ後世には一切残らない。
師の語る“魔術”とは自身の血の滲むような努力の結晶の塊であり、全ての魔術師は自らの魔術の流れをくんだ魔法が後世で誰しも気兼ねなく使っている姿をいつも夢見る。

師の言葉に、791は彼の奥底にある魔術師としての熱い思いを垣間見ることができた。
ならば、なおさら彼から教えを乞わなければいけない。

彼女は躍起になり研究を進めた。了解を得て、彼の魔術の研究までも読み解き始めた。
いつもは夕方で帰っていた彼女も、次第にその帰りは遅くなっていった。
難解な内容を読み解くために彼女はいつも魔法辞書を横に開き、細かな内容まで自分でわかるようにメモを取り、日夜文書を読み進めていった。
師はそんな彼女の姿を遠くから静かに見つめていた。

魔術の研究を進めていくに際し、791は彼が公国を離れなぜ世界放浪を始めたのか気になった。
過去の論文を含めた断片的な情報を紡いでいくと、どうやらきのこたけのこ会議所自治区域にいたこともあるらしい。

当然のことながら、無口な師は自らの出自や旅の目的について語ったことはなかった。
だがある時、いつものように二人で昼食のスープを啜っている時に、一度だけ自身の旅について語ったことがあった。


367 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その10:2020/11/08(日) 21:32:39.696 ID:JT93nRnIo
―― 『昔、ある森に移り住んで研究をしていた時。村の若者たちが私の家を襲ったことがあった』

突然の彼の独白に、791は手を止め師の顔を伺った。
窓際のカーテンからこぼれた日差しは弱く、フードの中の彼の顔は浮かび上がらなかったが、テーブルに置いていた手の甲の皺の陰影を濃くした。
なぜだか、視界に映る師の姿が途端に小さくなったように感じられた。

―― 『そのような仕打ちには慣れていた。とりわけ子供ともあればかわいいものだ』

師の語りは続く。

―― 『しかし、その頃の私は新しい魔術に魅了されていた。
そして、あろうことか家に侵入してきた一人の子供に、その魔術を放ってしまった』

曰く、その魔術は未完成だった。
完成すればその魔術は『再生』を顕したものだったと、師は語った。

たとえば魔法陣を動植物に描くと、彼らと魔術を介し人語で会話できるようになる。
相手の知られざる声を聞くだけでなく、自らの根底に眠っている意志や考えを伝え植え付けることも可能となる。
たとえば、枯れかけている植物に対し“甦れ”という意志を送り、その意志を受け取った植物に自生の能力が残っていれば、再活する。


完成すればその魔術は“キュンキュア”という魔法名で世に知らしめる予定だったらしい。


368 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その11:2020/11/08(日) 21:35:31.959 ID:JT93nRnIo
しかし、その魔術は強力な“副作用”を孕んでおり、魔術をかけた動植物はその強大な負荷に耐えられず、やがて死に至ってしまうという不完全なもので改良が必要だった。

その日、山中の薬草を摘んだ帰りだった師は、邸宅内に侵入する若者たちの姿を遠くから視界に捉えた。
油断して邸宅の周りに防御結界を貼っていなかったため、誰でも容易に侵入できてしまったのだ。

すぐに戻った師は興味本位で自らの研究を荒らそうとする数名の若者のたちに対し、脅しのつもりで魔術を行使する“フリ”をした。

指先から青白い炎を点す彼を恐れ大半が家から飛び出していった中、一人だけ、背丈の一番低い少年がその場に残った。
彼は恐れを知らない度胸の良さでニヤリと笑い、家主がいるのにも気にせず家の中を物色し始めた。

そして、机に描かれていた“キュンキュア”の魔法陣に少年が手をかけたその時、彼の身体は自らの魔術を奪われると咄嗟に判断し、防衛のために指先が動いてしまった。
自身の指先から発せられる青光の稲妻がほんの幼い子供を包み込むその瞬間を、彼はまるで他人事のようにボウと眺めていたという。


369 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その12:2020/11/08(日) 21:36:57.209 ID:JT93nRnIo
――『その後の事は判らない。私は慌てて飛び出し、そのまま戻らなかった。
そして、暫く魔術とは無縁の生活を送った。
だが、魔術というものは使い方を間違えると恐ろしい』

師はそこで言葉を切り、テーブルの上に置いていたスプーンを再度手に取ると、いつものように音も立てずスープを飲み始めた。
話はそこで終わったようだった。


今にして思い返せば、何故、師がこの話をしたのかは今でも定かではない。
決して気持ちの良い話ではないし、本人にとっても話すメリットは殆どない。

だが、彼なりに弟子の身を案じていたのではないかと思う。
自身を含め、魔法に取り憑かれ自らの身を滅ぼしてきた者を何人も見てきたのだろう。
自分の弟子にはそのような目にはあってほしくないし自らのように当事者であってほしくもない。

遠回しではあるが、きっとそのような願いをこめて話をしたのではないかと思う。
それは彼なりの優しさだった。

ただ、791はそのように考えなかった。
話を聞いて真っ先に感じたことは――





―― 魔術とは。なんて素晴らしいものだ。



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370 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その13:2020/11/08(日) 21:38:05.053 ID:JT93nRnIo
情動を突き動かされた。

幼少期から病床にあり、感動という味を舐めることのない無味乾燥な日々を送っていた彼女は、師の話で初めて心を大きくときめかせた。



“魔術”を使い自らが創った魔法を唱えることで、人を生かすこともできるし殺めることもできる。



自らの判断で杖を振り、眼前の人間の生死を自分で決められるのだ。


   愉悦。
       快楽。
           幸福。



これこそが正に自分の求める“道”だと気がついた。



歪んだ情動だった。


371 名前:Episode:“魔術師” 791 彼女の過去編その14:2020/11/08(日) 21:39:10.014 ID:JT93nRnIo
791は物心付いた時から魔法に魅入られていた。

ただ、彼女の深層心理が元々常人とかけ離れていたからかは定かではないが、魔法を極めつつあるこの時点に至っても、彼女は魔法を“自分を楽しませるため”の単なる遊び道具としか見ていなかった。


そして師の話を聞き、点と点が魔術という線で結ばれた。
魔術の奥深さと、自らが強大な力を持ちつつある実感を得た。

幼少期より同年代の人間から感化を受けることなく成長した791は、“自分以外の全て”を遊び道具にすることでしか自らの欲を満たせなかったのだ。
皮肉にも、魔術の危険性を説いた師の話が決め手となり、彼女は内に眠る狂気をはっきりと自覚し魔術師となる決意を固めたのだった。


弟子の屈折した思いを、老いた【魔術師】は最後まで見破ることは出来なかったのだ。


372 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/11/08(日) 21:40:07.492 ID:JT93nRnIo
文章パート多くなっちゃいました。魔術師がいかに生まれたかを回想ベースでお送りしています。

373 名前:たけのこ軍:2020/11/08(日) 23:55:04.731 ID:r/jg5VW60
魔王様の内面エピソードがいいっすね

374 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その1:2020/11/15(日) 22:14:50.309 ID:YpaUy5SQo
その後、師との交流は僅か二年足らずという期間で続いた。

師の創り出した魔術は見事の一言だった。文献だけでは学べないような実践的で創意工夫の凝らした魔術の数々に791は興奮した。

最初は既存の魔術研究だけに留まっていたが、最後の方になると、彼は内に抱えたままの未完成の魔術まで全てを彼女に明かしていた。
以前、彼女に打ち明けた“キュンキュア”の魔術は全て破棄してしまったとのことで最後まで分からず終いだったが、その他の魔術については原理を概ね理解できた。

遂に自分が真の弟子として認められたのだと分かり内心嬉しくなった。
同時に自分の死期を悟っているような師の振る舞いに、反面複雑な気持ちにもなった。


この頃になると、791の魔法力はいよいよ常人が到達できるレベルを超える高みに達しようとしていた。
あまりに圧倒的な実力を前に、以前まで陰口を叩いていた連中もさすがに閉口せざるを得なかった。
だが、この時期になっても、やはり彼女は自分の進路に迷いを持ったままだった。

【魔術師】になる。
大いなる野望をはっきりと抱きはしたものの、今後宮廷付の道を進むことで否が応でも組織の一員となり自身の目的到達は遠ざかるだろう。
加えて、やはり自身の身体的な不安も取り除けていなかった。

このまま高等部を卒業し、師の小間使いとして研究を続けるほうが【魔術師】になる道は早いのではないか。
しかし、彼は【魔術師】という名誉ある称号と実力を持っていながら、まるで綺麗さっぱり諦めてしまったように魔法協会に魔術論文を提出することをセず、791をやきもきさせた。

いずれにせよ、彼女は色々な選択肢の可能性に潜む問題点を考えるあまり、知らずの内に自らの可能性を狭めていたのだ。


375 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その2:2020/11/15(日) 22:17:10.788 ID:YpaUy5SQo
そんな最中。


呆気なく、無口な魔術師は亡くなった。


ある日病気で寝込むと、看病もむなしく数日後には眠るように息を引き取った。

悲しみに暮れる間もなかった。
最期まで彼は沈黙であり続けた。

自室のベッドで安らかに眠る彼を見た時、791は初めて師の放っていた独特な“気”の正体が分かった。


それは、人生への失意。


彼は生きるということに真の意味で絶望していたのだ。
それは森の小屋の一件から生まれたのかもしれないし、別の理由からかもしれない。
死の間際に抗うことをせずに受け入れたということは、即ち生への執着を捨てていたということに他ならなかった。

看取り終わった彼女は、顔のフードをそっと外し初めて師の顔を見た。

皺を深く刻んだその顔は、酷く穏やかな顔つきをしていた。


376 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その3:2020/11/15(日) 22:22:01.052 ID:YpaUy5SQo
共同墓地に師の亡骸を葬っている最中に、791は学んだ。

幾ら常人を凌ぐ実力を有していても、表現する術が無ければその人生に意味など無いのだと。

彼の最期は791以外に誰も看取りに来ることはなく、実力に反した哀しきものだった。
誰からも気づいてもらうことなく死んでいく。
いざ自分がその立場になったと考えてみると、悔しくかつ恐ろしかった。

彼女の方針は、此処にきて完全に定まった。



―― 『魔術は、受け継がれなければいけない』


まず始めに、791は師の訓えを忠実に反映した。

彼の家の整理をする傍ら、遺した魔術を全て理解し受け継いだ。
たとえ、世間が師の功績を忘れてしまっても、自分だけは彼の事を憶えていようと決めた。

続いて、大魔法学校への進学も断念する旨を周りに伝えた。
特に学校関係の人間の反応は大袈裟だった。皆一様に驚き、口では“もったいない”、“残念だ”と語っていたものの、内心では席が一つ空いたことにほくそ笑んでいたに違いない。
だが、覚悟を決めていた彼女には既に関係ないことだった。


377 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その4:2020/11/15(日) 22:24:43.206 ID:YpaUy5SQo
魔法学校を作ると両親に相談したときには流石に猛反対された。
師の遺した財があったため資金面では困らなかったが、場合によっては宮廷付きよりも激務となる教師の道は、自らの寿命を縮めるだけだと繰り返し説得された。

両親の説明はもっともだった。宮廷付きはもし激務であれば途中で辞めても組織なので自分の代えがきく。
しかし、個人での学校運営となるとそうはいかない。途中で逃げることなど許されない。
自らの退路を断つ危険な選択を娘が選ぼうとすれば反対もするだろう。

ひたすらに泣きついてくる母の言葉には胸を打たれた。

“せめて大魔法学校は出てからでも遅くない”

何度もそう諭された。

しかし、大魔法学校を卒業してからでは遅いのだ。
確信は持てないが、自分の命は他人よりも限られた時間しか刻めない。
もし師のように、志し半ばで失意の内に命の針が止まる時、791は自分自身を決して許すことはできないだろう。

一分一秒も無駄にはできず、彼女は自身の人生設計を立て実行に移すことが必要だった。

それだけ、彼女には諦められない夢ができていた。


378 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その5:2020/11/15(日) 22:26:58.476 ID:YpaUy5SQo
周囲の反対を押し切り、高等部を卒業したばかりの791は、師の家を改装した小さな魔法学校を開校した。

最初は生徒など集まるはずもないので、幼児だけでなく遺児や孤児なども積極的に引き取り学び舎だけでなく孤児院として運営を始めた。

師の時とは違い、彼女は周囲に大変有名な人物となった。勿論いい評価などはない。

“あの子は変わり者”、“一人が寂しいから子どもたちを囲っている”、“病気を移すから近づかないほうがいい”

散々な評価だったが、寧ろ奇異な目で見られることさえ嬉しかった。
寂れた家の中で、師と二人で飲むスープはほんのり暖かった。しかし、何人もの将来有望な子どもたちと飲むスープはとても心が温まった。

表立って嫌がらせをされないだけマシだとさえ感じた。
昼間は子どもたちの面倒を見て、夜は魔術の研究を進める。
当時は休みなど存在しなかった。
だが、生命を削ってでもやりがいを感じていた。


学校運営の中で最初に発表した魔術論文は、瞬く間に791という若き魔法使いの名を知らしめるに至った。
師の理論と自身の独自解釈を加えた新魔術は魔法界に新風をもたらし、高齢化が進んでいた魔法協会の思惑も重なり半ば実力以上に持ち上げられた。

また、指導者の面としても彼女は才覚を表し始めていた。

学校を設立してから五年は経とうとしていた頃、最初の年長組が卒業し徐々に世で力を発揮し始めた。
彼らは彼女の下で学んだ知識や自由な校風を受け継ぎ、既存に囚われない魔法を使ったベンチャービジネスで成功を収め始めていた。


379 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その6:2020/11/15(日) 22:29:06.224 ID:YpaUy5SQo
七、八年を過ぎる頃には、791の名は既に公国全土に轟くほどになっていた。
彼女の知名度の高さで入学希望者は膨れ上がり、宮廷内に専用の校舎を構えるほどに安定した運営ができるようになっていた。

しかし、彼女は決して慢心しなかった。
次なる手として、彼女は単身きのこたけのこ会議所自治区域へ乗り込み、【会議所】主要メンバーの一人となったのだ。
世界中が注目する【きのこたけのこ大戦】で、魔法を駆使した圧倒的な戦闘スタイルで敵軍を屠っていけば、遂に“大魔法使い”791の名は公国を出て世界中に認知された。
【大戦】に参加する傍ら、引き続き魔法学校の運営にも手を抜くことなく精を出した。
自治区域と公国の友好の架け橋として加速度的にその名声は高まっていった。

いつしか、“大魔法使い”791は【魔術師】791へとその名を変えた。
そして世間に推される形で、遂には公国宮廷から宮廷付きへの逆オファーが来るにまで至った。


ここに、【宮廷魔術師】791が誕生した。


彼女の下からは優秀な魔法使いが何人も生まれ、さらに数名の優秀な生徒は自らの傍に置いた。
全ては好循環で予定通り。

師の死後十五年足らずで、彼女は公国宮廷内を裏から操る陰の支配者にまで成った。
自らが魔術師となり、師の教え通り“魔術を継承させていく”ための準備も抜かりなかった。


380 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その7:2020/11/15(日) 22:34:27.188 ID:YpaUy5SQo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間】

明くる日。

外は雲ひとつなく、朝陽が庭園を包み込んでいる。
791はその美しい光景をガラス越しに眺めながら、No.11の出した紅茶を飲むのが好きだ。

No.11「以前よりご指示いただいた通り、昨日のうちに各国には“根回し”を完了しています。
ハリボー共和国、カルビー王国は協議の前より我が国への支持を内々に表明していました。
唯一、“三大国家”の一角であるトッポ連邦だけが態度を渋っており手こずっておりましたが、急進派が議会を掌握しオレオ王国への支持を主張する一派は追いやられています。

このままいけば、オレオ王国は間違いなく孤立します」

791の前で報告書を読み上げる彼女の姿は今日も華麗だ。

791「ありがとう。
でも、トッポ連邦の椿さんには少しかわいそうなことをしたなあ。次期首相候補だったんでしょう?」

No.11「最後まで抵抗していたのは最大勢力の椿国務大臣の派閥でしたが。
日和見の首相の判断で、ほぼ更迭に近い形で謹慎処分となっているようです」

791「内部工作は上々だね。過去のお偉いさんたちもこうやって内々に動けば大陸統一に失敗することなんて無かったのにね」

No.11「オレオ王国内の扇動も順調のようです。公国との関係悪化の責任をナビス国王に押し付ける形で、各地でデモを起こしています。
足並みが揃わない王国はすぐに総崩れとなるでしょう」

791「目覚めの良い朝とはまさにこのことだね」

昨日の会議の報告書も見終わり791は椅子の上で指をパチンと鳴らすと、手に持った紙は独りでにふわふわと宙を舞い部屋の端に置かれた棚に仕舞われた。


381 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その8:2020/11/15(日) 22:35:35.580 ID:YpaUy5SQo
791「こんな日は外に出たいけどねえ」

昨夜の雨露がガラスに反射し光る様子に、791は僅かに目を細めた。

No.11「お身体が優れませんか?」

791「最近は特にね。【大戦】に参加してた頃はまだ良かったけど、朝起きるのが辛いときもあるよ。
だからこそ、さっさとオレオ王国は制圧しておかないとね」

791にとって王国制圧はさしたる問題ではない。

問題は“その後”だ。

791「王国制圧後の“お掃除作戦”は進んでる?」

No.11は、恭しく頷いた。シワひとつないベージュのローブが僅かにはためいた。

No.11「軍部への根回し、協力機関への連絡も完了しています。
何時でもライス家を締め上げる準備はできています」

791「それは良かった。卒業生の子たちにも多く協力してもらってるから早くやらないとね」

ライス家に取り入り、その後に実権力を掌握するまでは容易だった。
しかし、こうして名を隠し公国を影から動かすことにも限度はある。

ライス家を政権から追放することが、791にとってこの戦争の真の狙いだった。

王国を制圧した後は速やかに現政権を切り崩し、貴族共の悪しき利権構造と圧政を解き放たないといけない。
そのために時間をかけて宮廷内部に根回しを行い、ライス家追放後を見据えて関係機関への工作を繰り返し行ってきたのだ。


382 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その9:2020/11/15(日) 22:36:21.781 ID:YpaUy5SQo
791「あーあ。私が元気なら王国制圧も一人でやるし、その後の“お掃除”も一人でできるのになあ。
これじゃあ策謀家ばりの暗躍っぷりだね」

No.11「違いありません」

二人は微笑んだ。

すると、丁度良くメイド姿の又弟子がパタパタと走り寄ってきた。

「791先生、魔術協会の方が宮廷にお見えになりましたッ」

紫紺のローブをはためかせ、791は杖を握り直した。

791「さて、と。私は魔術師協会の講演があるから出てくるよ。
No.11は彼にちゃんと食料と水を与えておいてね。死なれたら困る」

杖を一度地面に叩くと、座っていた椅子は転移ポータルに向かい静かに移動を始めた。
No.11はまたも恭しく頭を下げた。


383 名前:Episode:“魔術師” 791 いかに魔術師が生まれたか編その9:2020/11/15(日) 22:36:42.097 ID:YpaUy5SQo
いま気がついたけどこの章の登場人物少なくないすかね?

384 名前:たけのこ軍:2020/11/15(日) 22:45:05.867 ID:4pI0uKSU0
魔王が本当に恐ろしくて震える

385 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その1:2020/11/18(水) 22:35:37.140 ID:oFRzQ.fUo
【カキシード公国 宮廷 講演ホール】

宮廷内には、幾つものイベントホールが建っている。
先日、貴族たちと話をした会議場だけでなく、宮廷内を歩いていると数多のミュージックホールに公演会場が次々と顔を覗かせる。
それぞれ出来上がった年代はさまざまで、一説には時のライス家の当主が自分の権力を誇示したいがために造らせたとか、音楽好きな貴族がいたから自室に近い場所に次々造らせた等、
色々なことが囁かれているがその理由はどれも確かではない。

いま、その群の中でも収容人数の多い大ホールの中央で、791は壇上の上に立っていた。
講演は既に終盤に差し掛かっていたが、彼女の語るその言葉に、目の前に座る数千人の聴衆は熱心に耳を傾けていた。

791「…さて、みなさんが一番気になっている【魔術師】という生き物について、最後に少しお話ししましょう。

まず、私たちが生み出す魔術には様々な術式が存在しますが。
代表的なものは、“無”から“有”を生み出す呪術式と、この世の森羅万象を使い“生物”を創り出す召喚術式ですね」

疲れる素振りも見せず、791の語り口調は軽快に続いていた。

791「前者の呪術式の場合は、皆さんが最も日常でよく見かける魔法も含んでいますので、こちらが一般的ですね。

魔法陣や詠唱を媒介として人智を超えた不思議な魔法を呼び出すのです。

この詠唱呪文や陣術を生み出すのが【魔術師】の仕事です」



386 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その2:2020/11/18(水) 22:37:15.886 ID:oFRzQ.fUo
魔法の拡声マイクで、彼女の言葉はホールの端っこに座る聴衆たちの耳にもよく届いた。
聴衆の中に眠気に誘われている者は一人もいない。
全員が、壇上にいる一人の【魔術師】の一挙一動に注目している。

791もその期待はひしひしと感じていたから、今日の公演中は座らずに立ちながら身振り手振りを交えて話を続けている。
彼らの求めている、強くて頼りになる【魔術師】を演じなければいけないのだ。

791「さらに、魔力を持った一部の【魔術師】は、対象者に固有魔術をかけることで永久に束縛するなんて恐ろしいこともできてしまいます。
文字通り“呪い”ですね。
私が生徒を叱る時によく使う手です」

彼女の小粋な冗談に、聴衆からは思わず笑いが漏れた。


791は今や公国内で知らない人間などいない程の大変著名な【魔術師】だ。
【魔術師】としては最年少ながら、当代随一の魔法力で最強の称号を手に入れながら、表に出る彼女の性格は温厚であっけらかんとしている。
さらに茶目っ気もあり、誰からも愛される人気者だった。

今日の講演も『宮廷魔術師が語る、今後の魔法界の動向について』という題で、数千の観覧席に対し全国から何十倍もの応募があった。

791には宮廷魔術師としての魔法関連の業務運用の取り仕切りや、魔法学校での運営以外に、こうした外部からの仕事が非常に多い。
特に講演の仕事は一度も断ったことがない。一人でも多くの人に自分の語る言葉を聞いてほしくて、多忙の身ながら何度も会場に赴くひたむきさは、まさに国民的英雄に相応しい振る舞いだった。


387 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その3:2020/11/18(水) 22:38:20.569 ID:oFRzQ.fUo
791「後者の召喚術式は【使い魔】を呼び出す形式が代表例ですね。
たとえばこんなものです」

791は目を閉じ手に持った杖を軽く振ると、壇上の中央でポンッという綿あめが弾けたような音とともに、絵本に出てくるような小さな天使が現れた。
途端に固唾を呑んで話を聞いていた聴衆から感嘆の声が上がった。

791「思いの外かわいいでしょう?
これが召喚です。

召喚自体には非常に高度な技術を要しますが、原理は先程の呪術式と同じです。
魔法陣や詠唱で魔法を呼び寄せるように、基本的に術者は魔法で【使い魔】を呼び出し、創り出します」

パタパタと羽ばたきをしながら、【使い魔】の天使は会場内を飛び回っている。
小さい彼女が飛び回る周辺では次々と黄色い歓声があがっている。

791「ただ、この状態の【使い魔】は魔力を供給する術がないので、暫くすると消えてしまうのです。
ほら、こんな風にね」

飛び回っていた天使は再び綿あめが弾けたような音を出すと、跡形もなく消えてしまった。
会場内から上がった軽い悲鳴に、壇上の791はくすくすと笑った。


388 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その4:2020/11/18(水) 22:39:18.304 ID:oFRzQ.fUo
791「驚かせてごめんなさい。
でも実は、【使い魔】を呼ぶまでは皆さんも頑張ればできるのです。

先程の天使ちゃんは、いうなればただの魔法を結集させた集合体なのです。
皆さんが思い浮かべているような【使い魔】は、自分で喋り動く個別の生き物だと思います。

そうした強力な【使い魔】は召喚時に、頼むから現世に留まってくれ、と術者からお願いをするのです。
これが契約です」

契約まで見せてしまうと膨大な魔力を消費してしまうので見せられない、とはあまり大声では言えなかった。
見せてもいいが数日はたっぷり眠りこけてしまうことだろう。この大事な時期にその選択は取れない。

791「契約が終わればもうひとりの自分の完成です。

つまり、自分の分身を創り出すものと思ってください。

そのため基本的に術者と【使い魔】の記憶は共有されます。

さて、【使い魔】とは召喚時に追加で契約を交わすこともできます。我々はそれを制約と呼びますが――」

そこで一度言葉を切り、聴衆を見渡した。皆が聞き入っている様子だ。
安心して話を続けられる。


389 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その5:2020/11/18(水) 22:40:42.250 ID:oFRzQ.fUo
791「簡単にいえば【使い魔】に自身の分身としての機能だけでなく、追加で空を飛んでもらいたいやら、力持ちになってもらいたいとか。
そういったことを願うとしましょう。

その希望が術者の魔力に見合うものであれば契約は成立します。

ですが、代わりに【使い魔】の基本的な能力の一部が代償として失われます。

たとえば少し視力が悪くなったり、言葉を発せなくなったりといったものです。

いずれもこれらを召喚できるのは強大な魔力を有する【魔術師】でないといけないのです」

現実で【使い魔】を見たことがある人間など数えるほどしかいないだろう。
791自身も自分で呼び出せるようになるまでは見たこともなかった。

791「さて。こんな話をしていると、【魔術師】にお詳しい何人かのマニアの方はこう思うかもしれません。


“魔術を創るだけが【魔術師】ではないだろう”、とね?」

一部の聴衆の息を呑む声が聞こえてきた。
その様子に、子どもたちのイタズラを容認するような教師の微笑みを見せ、仕方ないとばかりに791は言葉を続けた。

791「今日は随分と【魔術師】事情にお詳しい方がいらっしゃいますねッ。

では、時間も少し余りましたので最後に少しだけ語りましょうか。



【魔術師】が持つ、【儀術】について」


390 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その6:2020/11/18(水) 22:41:40.651 ID:oFRzQ.fUo
そこで言葉を一度切り、演台の上のメロンソーダをストローで一度啜った。
甘さは全ての源だ。魔力も疲れも全て取り去ってくれる。

791「さて、【儀術】とは。

広義では魔道士が固有に持つ術のことですが、最近では専ら、魔術師が自分で創り出す必殺魔法を指す場合がほとんどのようですね。

魔術師は通常、多くの人々に使ってもらえるような魔法を創り出す研究をしていますが。

極一部の人間は、その創り出した魔法を自分だけの必殺技にしてしまうこともあるのです。

それが、【儀術】です」

791の脳裏に、かつての無口な師がちらついた。

彼は自分と出会う前、“キュンキュア”という魔法を創っている途中だった。
仮に完成したら世界に公表していたかもしれないので、彼自身は【儀術】にするつもりはなかったかもしれない。

だが、彼の魔法をほぼ全て受け継いだ彼女も、キュンキュアの原理だけは遂に分からず終いだった。
結果的に、“再生のキュンキュア”は無口な師の最後の【儀術】となったわけだ。

791「【儀術】は最終秘技なので、出し惜しみする魔術師も多いと聞きます。

大技にして段違いの威力の魔法とも聞きますが、本当のところはわかりません。
そもそも私も他の人の技は見たことありません。
生で見たことがある人は相当ラッキーでしょうね」


391 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その7:2020/11/18(水) 22:42:15.034 ID:oFRzQ.fUo
791「私の【儀術】ですか?ふふふ、秘密です。
でも、過去に私も創ろうとして失敗したことはあります。
メロンソーダを手から常時出すという魔法にしようとしたけど。うまくいきませんでした」

楽しげに笑う彼女に釣られ、聴衆たちも朗らかに笑った。
これで話ももう終わりだ。

791「さて。最近は“チョコ革命”で、術式の発明を生業にする魔術師も大きく数を減らしました。
ですが、公国に生まれた皆さんには素晴らしい魔法使いの血が流れています。
私が保証します。
その素質を開花させるかどうかは、皆さんの努力次第なのです」

話を終えた791がペコリと頭を下げると、数千の聴衆は万雷の拍手で公国の英雄を讃えたのだった。


392 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その8:2020/11/18(水) 22:53:54.655 ID:oFRzQ.fUo

「お疲れさまでした、791先生」

「今日も見事な講演でしたね」

講演を終え舞台裏に下がった彼女を、途端に多くの新聞記者たちが取り囲んだ。
講演の内容など一切聴かずに、恐らく最初から舞台裏で陣取っていたのだろう。

ブン屋はその見た目ですぐに一般人との区別ができる。

まず彼らは一様に髭も剃らずボサボサに伸びた髪で清潔感の欠片もない。
その癖、知り合ってもいないのに、取材相手とまるで友だちにでもなったかのように距離を詰めてくる。
極めつけは人を射抜かんとする眼光だ。おかげで友好的な行動に反し近寄りがたい圧を感じる。

自らが腐臭を漂わせているハイエナに対し、好んで近づく者はいない。
しかし、魔術師の修行過程で腐敗した魔物を何体も召喚してきた791からすれば、目の前のブン屋たちなどかわいいものである。
骨も全て溶けてどれが顔だか分からない魔物を召喚したときは隣家で異臭騒ぎとなった。その時に比べれば、騒ぎにならないだけマシである。

ブン屋たちも自分たちを邪険に扱わない791に好んで取材を行った。
何より、国のご意見番と化した宮廷魔術師の発す言葉は人々を惹きつけるのだ。

すべての新聞は彼女の行動を逐一記事にし、事あるごとにインタビュー記事を掲載している。
特に、とある新聞が掲載している『今日の791様』というミニコラムは巷で大変人気らしい。
791自身も一度読んだことがあるが、全く身に覚えのない発言や行動が書かれていたので思わず笑ってしまった。

特に、宮廷内のやり取りの多くは物語仕立てでやけに詳細な人物描写がされており連載物も多い。
大抵は、お高くとまる貴族に宮廷魔術師791があらゆる手でギャフンと言わせる勧善懲悪仕立てになっている。
安い三文芝居だが、長期連載なところを見ていると一定の読者は獲得しているのだろう。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

393 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その9:2020/11/18(水) 22:54:52.463 ID:oFRzQ.fUo
「こちらは公国大新聞です。最近のオレオ王国との関係悪化について一言いただけませんかッ!」

「カキシード新報ですッ!こちらにもコメントをお願いしますッ!」

挨拶もそこそこに興奮気味にブン屋から投げかけられた質問に、彼女は珍しく顔つきを険しくし、暫し押し黙った。

場数を踏んでいるブン屋たちは彼女の反応に、一瞬息を呑んだ。

意地汚い彼らを前に、かつて彼女が顔を曇らせたことなど決してなかったからである。

791「本当に信じられませんッ。強い憤りを覚えています。誰にって?それは勿論――」



―― 我が国上層部の下した判断に、です。



語気を強めた791の物言いに一瞬、ブン屋たちは互いに顔を見合わせ、すぐに眼下の手帳に一言一句を書き留め始めた。


394 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その10:2020/11/18(水) 22:56:12.361 ID:oFRzQ.fUo
「それはライス家への批判ということでしょうかッ!?」

791「もちろん。先日のオレオ王国との協議だって、話を一方的に打ち切ったのは我が国の方です。
非礼な行いにオレオ王国の民の皆さんには、寧ろ私から謝罪をしないといけないと思っています」

強気な彼女の発言に、思わず色めき立ったブン屋たちは獲物を見つけた獣のようにうなり声を出した。
世紀のスクープになるぞと言わんばかりに、手に持つペンを紙に擦り付けるように書き付け、耳では彼女の言葉を一言一句逃さぬようにと気を張っているのがわかる。

「それでは先日の決定に、791先生は関与していないと?」

791「ノーコメントで。ただ、以前のオレオ王国への我が国からの挑発的発言といい、なにかおかしな方向に物事が進んでいると言わざるをえません」

「質問を変えましょう。これまで国の閣議に791先生は参加していたと言われていますが、今回の件について先生に話は言っていなかったと?」

791「国家の内部情報について私から明かせることはありません。
ですが、皆さんも驚かれたように。
私も一国民として非常に驚き、そして哀しみました」

わずかな腐臭が791の鼻をついた。
これは周りの記者から出たものか。



それとも、息を吐くように嘘を吐き続ける自分から出たものか。



395 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その11:2020/11/18(水) 22:56:57.454 ID:oFRzQ.fUo
「しかし、実際のところ。これで両国間は一触即発の事態になりました。国境付近に我が国の魔戦部隊が集結しつつあるという情報もあります。
ライス家含め、我が国は今後どうすればいいとお考えでしょうか?」

791「オレオ王国との間に生まれた齟齬を、冷静にもう一度両者が見直すことです。

我が国のトップは冷静さを欠いている。
このまま戦争に進んで良いことなんて一つもありません。

私も宮廷魔術師として、今から公爵にその旨を訴えてきますッ!」

取材は終わりとばかりに、791は手を振り上げハイエナたちの群れを散らせた。

今度は歩く度に、横からカメラのフラッシュを焚かれる。
明日の各紙の記事の見出しは、穏健派の宮廷魔術師791がライス家に反旗を翻した、との記事で持ち切りになるだろう。

791「全ては想定通りだね」

小さく呟いた言葉は、カメラのフラッシュ音の中で誰も聞こえずに消えていった。


396 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その12:2020/11/18(水) 22:57:49.194 ID:oFRzQ.fUo
今日の講演後に、記者がこちらの下に詰めかける様は容易に想像できた。
そこで791はマスメディアを利用した戦術を思いついた。

彼女の強気なコメントを、マスメディアを使いこぞって報道させる。

今日彼女がブン屋たちに語った内容は、自ら政権内の要職にいながら、明らかに政権トップにいるライス家に反目した言動だ。

今夜の記事を眺め、夕飯の準備を整えながら民衆はこう思うだろう。

はて、はたして元首のカメ=ライス公爵を信じるべきか。
もしくは、“陰の元首”と噂される791を応援すればいいか、と。

カメ=ライス公爵は弱気を挫き、自らに富を集中させる典型的な豪族であり、その明け透けな思想は陰で民衆から多くの不評を買っている。

それに比べ、宮廷魔術師791は市民層から出世をした人々の希望の星であり、公爵に唯一反目できると見なされるほどの存在感と人気を放っている。

民衆がどちらを選ぶかは明白だ。


397 名前:Episode:“魔術師” 791 驕らない策謀編その13:2020/11/18(水) 22:58:43.557 ID:oFRzQ.fUo
そして民衆の思想誘導を確固たるものにすべく、今夜の記事を前に791はこれからの公務を全て取りやめる。

今日も公爵に会いに行くとは語ったがそんな予定は毛頭なく、魔術師の間か自室に閉じこもり、公に自らの姿を一切見せなくするつもりだ。

すぐに彼女の動向を目にすることのできる民衆は、そしてまことしやかにこう囁くようになるのだ。


『悲劇の宮廷魔術師791は、カメ=ライス公爵に楯突いたせいで半監禁状態にある』と。


民衆は腐臭を垂れ流す国の指導者よりも、民の位置に近い宮廷魔術師を必ず支持するだろう。
世論の誘導さえ済ませれば“お掃除作戦”の準備もほぼ整ったに等しい。


791は心の中で嗤いが止まらなかった。


その感情が顔に出ないことだけを気にかけながら、急ぎ足で彼女は自室へと戻った。


398 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/11/18(水) 22:59:07.029 ID:oFRzQ.fUo
たまには腹黒い魔王様も悪くないでしょう?

399 名前:たけのこ軍:2020/11/18(水) 23:03:23.643 ID:1eea.BLg0
暗躍するテーマの似合う人だ…

400 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その1:2020/11/28(土) 18:00:05.696 ID:c2N6zHg.o
【カキシード公国 宮廷 大広間】

No.11「申し訳ありませんが791は現在、全ての公務を取りやめておりますので会合に出席することが出来ません。要件は私の方から本人に伝えておきますので」

今日十件目の断りの連絡を先方に伝えた後、No.11は来客者を入り口まで案内した。
背広を着た来客者たちが階段を下り見えなくなるまで深々とお辞儀をしながら見送る様は、雑多な人で賑わう大広間内でもとりわけ際立ち、その所作は一流のバトラーを想起させた。

彼女は公国宮廷内でもかなりの有名人だ。
“宮廷魔術師”791の秘書番のような立場として彼女の傍で正確に仕事をこなすその姿は、周りから見れば羨望の的となり、
業務に携わる関係者は彼女の射抜くような視線と、笑み一つ零さず冷静に処理する技量の高さに恐怖した。

そして、付いたあだ名が“氷の指圧師”だ。
指圧師とは、トレードマークのベージュ色のローブが傍目から見ると巷のマッサージ師のように見えることからついた名で、当初は彼女を妬む者が蔑称として使っていた。
しかし、本人がそのような戯けた渾名程度で動じる筈もなく、気がつけば渾名になっていた。
逆に言うと彼女には外観程度しかケチをつける要素がなかったとも言えた。


401 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その2:2020/11/28(土) 18:02:09.297 ID:c2N6zHg.o
見送りが終わると、No.11はすぐに踵を返し歩き始めた。
何人かの宮廷付の魔道士たちがギクリと肩を震わせ、そそくさと彼女の視界から姿を消すように歩き去って行った。
目線は一定を保ちながら、気にすることなく彼女は前を向き転移ポータルに向かい歩を進めた。

“氷の指圧師”と呼ばれるだけあり、彼女の表情は滅多なことでは変化しない。
他人から見れば常に表情を消した彼女の考えなど読み取れるはずもなく、畏怖の対象にもなるだろう。

だが、791の他に他の誰もが気が付かないだろう。
彼女の心の中にも、大変に熱く代え難い“信念”を持ち合わせていることを。


791の野望は、四年も前から本格的に動き始めた。
図らずも例の¢からの提案が、彼女の魔術師としての感性を最大限研ぎ澄ませ策謀を巡らす切欠となったのだ。

No.11もその時に彼女を支えることを誓った。
その出来事は今でも昨日のように脳裏に焼き付いている。

歩みを続けながら、791ぐらいにしか気づかれない程度でほんの少しだけ目を細め、No.11は当時を顧みていた。



402 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その3:2020/11/28(土) 18:04:04.313 ID:c2N6zHg.o
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━━━━

【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 4年前】

791『¢さんはもう帰った?』

No.11『はい。宮廷を出たところまでしかと確認しました』

その日、“武器商人”¢が単独で乗り込みNo.11への提案を行った後。
離れた場所から事態を見守っていた791はすぐに姿を現した。
隠していた自分用の机と椅子を魔法で元に戻し、彼女は自らの椅子を手元に引き寄せ深々と体を沈めた。

791『君は¢さんの話をきいてどう思った、No.11?』

その言葉に、セミロングの緑髪を揺らしながらNo.11は背筋を一層よく伸ばし、どう答えようかと思案した。
頬杖を付き物憂げに視線を落としている目の前の師の顔からは、考えを読めそうにない。

新たに791の補佐係になったばかりのNo.11だったが、その力は周囲の予想を遥かに上回る出来だった。
まず、791から与えられた課題や業務はどれも迅速にかつ正確にこなした。

“街中での魔法の不正利用の実態を調査しろ”、“宮廷内のもめ事を解決しろ”、“巷で人気の劇団のショーを見にいき、あらすじをこの場で話せ”、“甘いホットケーキとチョコドリンクを作り提供しろ”。

彼女から命じられた課題は宮廷業務に関わるものから、どう考えても冗談としか思えないようなことまで多岐に渡った。
しかし、No.11は表情を一切変えることなく沈着にかつ冷静に彼女の予想を上回る結果を残し続けた。

報告のたびに彼女はNo.11を称えた。
宮廷内で痴話喧嘩を発端とした小間使い間で巻き起こった大騒動を速やかに鎮圧した際には、手を叩いて喜んでいた。


403 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その4:2020/11/28(土) 18:06:32.855 ID:c2N6zHg.o
いつしか、誰よりも彼女のことを理解した気遣いや行動、そして冷静な業務遂行能力は791だけではなく周りの人間から厚い信頼を集めていた。
彼女の身体が優れない際には代行して執務を任せられるまでになり、名実ともに791の右腕としてたったの数ヶ月でその地位を確固たるものにした。

だが、未だに師とこうして相対すと、No.11は緊張で表情筋が強張り口の中がよく乾いてしまう。

魔法学校を卒業し、すぐにNo.11は師の“本性”を彼女自身から明かされた。

誰にでも優しかった学校時代の彼女の姿と、目の前に座る魔術師としての姿は性格、振る舞い、考え方から全てがまるで正反対だった。
魔術師791は誰よりも冷徹で権謀術策に長け、他人の生命を自らの利になるかどうかで利用価値を決める残忍酷薄な人間だ。
対して“教師”791は誰にでも笑顔を振りまき、損得感情で他人のために動かず相手に寄り添う、一見するとまさに理想の人間像だった。
“教師”791の面しか見えていなかった当時のNo.11は、最初こそ、その正体に衝撃を受けた。

しかし既に791が見抜いていた通り、魔力だけでなく非凡な精神力も持つNo.11は、驚いたものの、その時間はほんの一瞬だった。
すぐに、心の中で絶望している“愚か”な自分にもうひとりの自分が喝を入れ、彼女の精神はパチリとスイッチを付けたように切り替わった。

―― No.11よ。これがお前の目指す【魔術師】という生き物だぞ。これぞ徹底的な現実主義。実に、素晴らしいじゃないか。

元来、両親がおらず自暴自棄になっていた自分を救い出してくれたのは、誰であろう791だった。
生きる道を示してくれただけではない。魔法学校に通わせてもらう中で、魔法の素養もあるということを教えてくれた。

その恩師が国士無双と世に名声を轟かせるまでに至ったのは、誰よりもいち早く世界に目を向けながら、冷静に自分の価値を高めるために策を張り巡らせていたことだった。
魔法力の足りない自分にはとても【魔術師】など一朝一夕で目指せるものではないが、彼女が近くに居ることで、そのパラダイムを感じることができるのではないか。

若きNo.11はそう考えた。
幸い彼女に見初められたNo.11は、卒業を控えた間近に直々に補佐役への打診があり、卒業後も隣に居ることを許された。


404 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その5:2020/11/28(土) 18:09:16.340 ID:c2N6zHg.o
いま、彼女からの質問には細心の注意を払わないといけない。
元々、No.11の前任者は不用意な発言で彼女の気を削ぎ、彼女からの“優先順位”を下げた結果、ある日宮廷から忽然と姿を消してしまったのだ。

凡庸な発言は自らの首を締めるだけだ。
補佐係になってから新しく卸した、サイズが少し大きいローブの袖の中で、No.11は両の拳を強く握った。

No.11『忖度なしに申し上げると…彼の提案には怪しさしかありません』

一瞬で思考を整理した彼女は、結果として正直に自らの考えを述べることが最善策だと考えるに至った。

No.11『我が国にとっては、リスクも極力低い代わりに実利を取れる。そんな魅力的な提案に思えます。
しかし、会議所は明らかに何か思惑があります。それは、公国に罠を仕掛けようとしているかもしれません。
彼の素振りや自信に満ち溢れた話し方がその疑念を強めているように思えます――』

―― 791様はどう思われますか?

言葉を続けようとしたNo.11は、目の前の師を見て唖然とした。






腹を抱え嗤っている。


今まで見たことのない“邪悪”で、“純粋”な笑みを。


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405 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その6:2020/11/28(土) 18:10:25.325 ID:c2N6zHg.o
791『ふふッ!あははははッ!!
待っていたんだよ、こういう話をッ。実に都合がいい話をねッ!』

肩を震わせて笑っていた彼女は、思わず目尻に浮かんだ涙を手で拭った。
その異常さに、密かに周りから“氷の女”と呼ばれつつあったNo.11も困惑するしかなかった。

No.11『都合がいい、とは一体?』

791『¢さんのお陰で、あの“木偶の坊”たちを追い払う手段が出来たんだよ。
これでようやく、この国が私のものになる』

木偶の坊、という表現がカキシード公国を支配しているライス家を始めとした貴族たちを指していることは、No.11もすぐに理解できた。


彼女は誰よりも強大な力を有していながら、誰よりも慎重な人間だ。
もしくは【魔術師】になる人間はみなそうした性質を有しているのかもしれないが。

“宮廷魔術師”の称号を経てから今日に至るまで、何度も政権を手に入れられる立場にいながら、彼女は一貫して表向き貴族たちを立て続けた。
貴族たちの前で頭を下げていた度に、その後すぐに立場が逆転し彼らが頭を下げに来た時も、そのでっぷりとした腹の脂肪に少しでも火を点ければ、と何度も思ったに違いない。


406 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その7:2020/11/28(土) 18:12:12.057 ID:c2N6zHg.o
しかし、彼女がライス家をすぐに国から追い出さず裏から利用しているのは、偏に“正当性”が無いからだ。
仮にライス家を追放し791が国主になり、幾ら民衆が彼女を支持しても、世界から見れば彼女はクーデターを起こした首謀者だ。
少なからずカキシード国は軽んじられるようになり、実権支配後を考えると最善策ではない。

つまり、既に彼女は自分が国を支配した後のことを考えながら行動しているのだ。
そのような策士である彼女をNo.11は末恐ろしいとも思うし同時に誇らしいとも感じる。

No.11『…なるほど。オレオ王国へ侵攻しようとする公爵を“宮廷魔術師”791が止め、そのまま世論の支持で公爵一族を追放する、と』

わざとライス家に密造武器という餌をチラつかせてその気にさせたところで、事前に戦争を防げば彼女がライス家を倒す“正当性”が生まれる。
No.11は一人納得した。

しかし、791は途端にキョトンとした顔をした。


791『え?オレオ王国には予定通り“侵攻”するよ』

No.11は珍しく目を見開き驚きの表情を見せた。魔法学校時代に、実技試験で“彼”に初めて負けた以来の衝撃だ。


407 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その8:2020/11/28(土) 18:12:47.429 ID:c2N6zHg.o
No.11『では。

オレオ王国とカキシード公国。
どちらもお手になさるおつもりで?』

それまで穏やかな顔で語っていた目の前の魔術師は、途端に唇の端を吊り上げて再びニタニタと嗤い出した。




791『欲しいものはすべて手に入れる。

授業で教えたでしょう、No.11?――』


―― それに私は甘いチョコが特に好きでね。昔からカカオ産地には興味があったんだ。




おもわずNo.11はゾクリとした。
自分の耳に届く優しい語り口調は、かつて魔法学校で皆の前で優しかった791先生そのままで。

しかし、状況と言葉だけが絶望的に乖離していた。


408 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その9:2020/11/28(土) 18:14:08.023 ID:c2N6zHg.o
791『この話を公爵に持ちかける。
彼は馬鹿だから目先の利益に囚われ、何も考えずに領土拡大策に乗るだろうね。

武器の供給量、毎月の取引量から見て全軍の再武装化までには結構な時間がかかるかな。おそらく数年単位。

逆にその時間が私にとっては丁度いい。
この間、公国軍部から秘密裏に切り崩していって、ライス家無き後に使える人材を用意する準備期間に充てるよ。

そして、機を見てオレオ王国にはこちらから侵攻させる。

オレオ王国は非武装国。孤立している国に抗う士気なんて残ってない。仮に抵抗されても、すぐに全土は堕ちるだろうね』

791『そして王国を攻め落とした後に世論を誘導し、この戦争の“不当性”を訴える記事を多く出し民衆を煽る。
民衆の不満が頂点に達した時、民の代弁者として私が立ち公爵たちを追放し、新たな元首になる。

そのためには、侵攻に“理不尽な理由”が必要だ。
明らかにカキシード公国がオレオ王国に難癖をつけて、侵攻に及んだと思われる程の方が尚良いね』

穏やかな顔でとうとうと語る791から、No.11は目を離すことができない。
いま、自分はとんでもない話を聞いているのだと改めて感じると、握った拳の中で大量の手汗が噴き出した。


409 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その10:2020/11/28(土) 18:15:38.941 ID:c2N6zHg.o
791『オレオ王国はカキシード公国に不当に制圧される。

表向きは公国に文句を言えない世界も、均衡の崩れる状況を内心容認しているはずもない。
公爵の立場は国内外から批判にさらされ、追い詰められる。

私は政権内でも立場上、要職に付いていない“ご意見番”のような立場だし、自由に動くことができる。
こうして私は公国だけでなく、カカオ産地のあるオレオ王国までも手に入れることができるんだよ。

ようやく公国の“ゴミ掃除”ができるよ、No.11ッ!』

目をキラキラとさせながら無邪気に語る師の姿を見て、No.11は改めて791という人物を見直した。

彼女の力になりたいと思った。
目の前の恩師は、自分の祖国だけではなく。併せて隣国も支配するという遥かに大きな野望を抱いている。
【魔術師】になるという自らの目標など、大志を抱く彼女を前にしたら取るに足らない小さな願いだと思うほどに、野望を持つ彼女の姿は巨大な宝石よりも輝いて見えた。


元々、ゴミ捨て場のような所から恩師が孤児の自分を救い出してくれなかったら、自分の命運はそこで尽きていたかもしれない。
絶望の淵から拾い出し自分を見出してくれた恩師には、まだまだ返しきれないほどの恩がある。

宮廷魔術師だけで終わる人間ではないと思っていたが、まさかほんの小一時間の間にここまで先々の事まで見据えていたとは思っておらず、No.11は自らの矮小な考えを恥じ、改めて791に敬意を示した。
そして、補佐係を務める初日に決めた覚悟を、今一度心のなかで反芻した。

  彼女の悲願のためなら、自分の生命など投げ払っても構わない。


410 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その11:2020/11/28(土) 18:16:29.448 ID:c2N6zHg.o
そうした強い決意を宿したゆえ、No.11は真剣に考えた結果。
浮かび上がった当然の“疑問”を口にした。

No.11『素晴らしいお考えだと思います…しかし、そこまでうまくいくでしょうか?』

口に出してから。しまったとばかりに、No.11はすぐに口をつぐんだ。

目の前の師は、話の腰を折られることを酷く嫌う。
普段から主人の気に触らないように人一倍慎重に行動していたNo.11だが、この時ばかりは自らの興味と疑問が勝ってしまった。

案の定、うんうんと頷きながら考え込んでいた791はすぐに彼女に顔を向けた。
しかしその顔は笑みを浮かべたままだった。授業で正解を答えた生徒に向けていた顔と同じだ。

791『疑問はもっともだ、No.11。
なによりこの勘定には、【会議所】の動向が全く懸念されていない。

No.11の読み通り、争乱に乗じ【会議所】は動いてくるはずだ。
そうじゃないと¢さんが危険を冒してこちらに提案をした意味がまるでないからね』

No.11『【会議所】の狙いは何でしょうか。¢さんたちは何を考えているのでしょうか?』

791『ある程度までは想像できるけど、その手段までは私にも分からない。

だから、私の目に【会議所】を見てもらう魔法使いが必要だ。

そうだな。

“あの子”を呼んでくれる?』


411 名前:Episode:“魔術師” 791 追憶編その12:2020/11/28(土) 18:17:07.196 ID:c2N6zHg.o
“あの子”が、誰を指しているかは一瞬でNo.11は理解できた。
恩師の一番のお気に入りで、No.11の最も忌み嫌う人物だ。

普段は口ごたえなどすることもなく二つ返事で頷くのだが、その日は気も昂ぶっていたのだろう。
気がつけば、No.11の口からは本音が溢れていた。

No.11『お言葉ですが…彼はまだ魔法学校を出たばかりの新米です。素質は素晴らしいですが精神面では未だ――』

791『――No.11。あの子を連れてきなさい?二度は言わないよ?』

彼女の圧を前に、No.11はすぐに頭を下げることしかできなかった。




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412 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/11/28(土) 18:21:02.718 ID:c2N6zHg.o
No.11ちゃんかわいい。

ということでこっちも若干のTIPSを。
詳しい設定は終了後、wikiで公開しようと考えています。

https://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1045/No.11.jpg


413 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/11/28(土) 18:24:13.933 ID:c2N6zHg.o
本章はあと2回の更新で終わります。

414 名前:たけのこ軍:2020/11/28(土) 22:31:40.593 ID:fsDNdTj.0
魔王様とイレブンちゃんの暗躍する感じがいいですね

415 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 21:39:41.798 ID:XTm5tPUQo
あと2回で終わると言ったな?中途半端な文量になったからこの一回で本章は終わることとす。

416 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その1:2020/12/04(金) 21:42:08.404 ID:XTm5tPUQo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 現代】

早朝。
自室で目覚めた791が転移ポータルで魔術師の間に入ると、早い時間だというのに数人の又弟子たちが笑顔でペコリと頭を下げて挨拶をしてきた。
その様子を見て彼女は、今日という一日が最高の日になることを確信した。


杖を突きながら数分をかけて、大ホールの中心にある自分の椅子まで歩いていく。

もう慣れてしまったから気にしていなかったが、よく考えればこの部屋は先日の講演ホールよりも遥かに広い。それに、形も歪で一面がガラスで覆われている。
そんな透明の球体状の部屋の中心で、独りだけポツンと仕事をする彼女の姿は、傍から見ればさぞ奇妙に映るだろう。

恐らく一部の貴族からは、“自らの力を顕示したいから広大な空間を魔術師791が選んだのだろう”と、やっかみを持たれていると思うに違いない。
だが事実はなんてことない。
カメ=ライス公爵が自分に“宮廷魔術師”の職を与える時に、わざわざ中心から離れた植物園を改装した部屋を執務室に選んだのは、
この部屋が他のどの部屋よりも一番外の景色を眺めることができたからだ。


大人になってから仕事や【会議所】に行く用事で外出することも増えた。
その度に、ふと気づけば立ち止まりその場の風景をゆっくりと眺める時間が増えたように思う。
幼少期に比べると体調は良くなってきているとはいえ、未だに“外”への憧れは捨てきれないのだろう。

全面がガラスで覆われているこの部屋は、まるで外にいるような錯覚を与えてくれる。
たまに陽の光が入り込んできて鬱陶しいと感じることもなくはないが、そう感じられるだけ贅沢な悩みというものだろう。
最近は本格的な夏が近づいてきたので、そろそろ薄手のローブを用意しようとは思ったが。


417 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その2:2020/12/04(金) 21:43:15.654 ID:XTm5tPUQo
いつもよりも早く辿り着いた791は自分の椅子に腰掛けた。
すると、タイミングよく待ち構えていたNo.11が頭を下げ、朝食用の脇机を魔法で出しその上に朝食を並べはじめた。
鼻孔をくすぐるこの良い香りは、ホットミルクとカステラだ。

昨日の夜はあまり食が進まなかったのを見越したのか、カステラはやや大きめだ。
自らの補佐として横に立つ彼女は、専属の栄養士よりも791の身を案じているのがよく分かる。

“いただきます”の掛け声とともに791がフォークを手に取り食べ始めると。
彼女の前に立っていたNo.11が、また計ったように頭を下げた。

No.11「報告します。本日、公国軍がカカオ産地へ侵攻を開始しました」

791「ふーん。

あッ。それよりも、今日のカステラ美味しいね。
ミルクがよく合うよッ」

No.11「自信作ですので」

主人からの賛辞の言葉に、No.11は恭しく頭を下げた。
目の前のカステラの頭をフォークでツツきながら、791は鼻歌を歌い始めた。


418 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その3:2020/12/04(金) 21:44:45.441 ID:XTm5tPUQo
791「今日はあいにくの雨模様だね。壮大な目論見の最終盤なんだから、晴れて出陣を迎えたかったけどね」

No.11「雨はお嫌いですか?」

791「ふふ、知ってるでしょ?個人的に雨は好きだよ。
晴れたらっていうのは、あくまで願掛けとしての意味合いでさ」

マグカップをテーブルに置き上空に目を向ける。
ガラス越しの空は薄黒い雲で覆われ、明るく照らされた室内と対比すると、その距離は存外近く感じられた。
耳を澄ませると、ポツポツと雨粒の天井に落ちてきた音が断続的に聞こえてきた。

事実、雨は嫌いではない。
あくまで個人の感想ではあるが、雨の中で使う魔法の調子は良い。丁度よい湿気、抑えられた気温などの軽微な変化が、自らの体調に良い影響を及ぼしているのかもしれない。
低気圧による自律神経の悪化で頭痛や肩こりを訴える人が多いと聞くが、791はまるでその逆だ。
おかげで今朝目覚めた際の僅かな湿気の変化で空が雨模様だと分かると、思わずにんまりと笑顔を浮かべてしまったほどである。


本来、当代随一の魔力を持つ791にとって、体調の好不調で有象無象の魔道士から遅れを取るような軟弱さは持ち合わせていない。
彼女の放つ魔法は鮮やかで、かつ熾烈で見る者をいつも圧倒した。

しかし彼女の身体は自身の魔力に耐えうるほど強靭ではない。
一発の強大な魔法により常人よりも遥かに魔力を消耗してしまうのだ。過去の経験がそれを証明している。


419 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その4:2020/12/04(金) 21:45:59.770 ID:XTm5tPUQo
当時、初めて国を出て【会議所】に辿り着き、【きのこたけのこ大戦】でたけのこ軍として鮮烈な戦線デビューを果たした彼女を前に、ただ人々は恐れ慄いた。
華奢な体の中に秘められた強大で破壊的な魔力で具現化した魔法光弾は、瞬く間にきのこ軍陣地を火の海にした。
自らの魔法をようやく披露する場を得た791にとってこれ程愉悦なことはなく、子どものように最大限の火力を使い、戦場を楽しげに走り回ったのだった。

しかし、その代償は計り知れなかった。
魔力を消耗した後は週単位で寝込み、回復をしても満足に身体を動かすことも難しくなる程痛む日もあった。
力を抑えて戦わなければ自分の生命の火はすぐに燃え尽きてしまうことを、この時に初めて悟った。

それゆえ、791は考える時間が増えた。
大戦では力を抑えながら活躍を続ける一方で、【会議所】の会議にも積極的に参加していった。
彼女の慧眼、好奇心、見識はこれまでの参加者にはない程卓越したものがあり、それ故彼女の発言権は瞬く間に高まっていった。

結果として、彼女が椅子の上から盤面の大局を見極め、的確に駒を動かすがごとく策謀家に変身を遂げたのは、偏に自身の体調に寄り添う形で仕方なく選択したものだったが。
天性の才能からか、彼女は戦闘力だけでなく頭脳的役務の才能も著しい程に高かったのだ。

周りに推される形で瞬く間に階段を上り、祖国ですっかりと公務という名のデスクワークに慣れてしまっていた彼女だが、たまに昔のように目一杯魔力を開放したいという気分に駆られることもある。
そんな時、窓の外に広がる一面の空が雨模様だと、791は少し胸が詰まる。
自らの活力が増す実感を得るとともに、心の中にある微かな感情に火が灯るのだ。


“ああ。今日のような天気なら。
初めての大戦のときみたいに、魔法で十分楽しめるのになあ”、と。



420 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その5:2020/12/04(金) 21:48:10.823 ID:XTm5tPUQo
791「ごちそうさま。さて、と。“あの子”に会ってくる」

No.11「…いってらっしゃいませ」

791の言葉に、少々ぎこちなくNo.11は頭を下げた。
彼女が彼に嫉妬にも似た複雑な感情を持ち合わせていることには前から気づいている。

【魔術師】とは平時から泰然自若でないといけない。
彼女は外見こそ無表情で眉一つ動かさず仕事をこなす精密機械のような魔法使いだが。
その実は年頃の女子らしく、様々な気持ちが渦巻き、時折こうして表に出てくることがある。

感情の起伏さは常に一定でないと雑念を生み、自らの魔法に影響を及ぼす。
その点で、【魔法使い】No.11は未熟だ。
それだけが、残念でならない。


しかし、同時にそんな彼女を愛おしくも思う。

征服者としてではなく一教育者として見れば、子どもの頃から感情を表に出すことが苦手だった彼女は、someoneという同年代のライバルを得て、ほんの少しだけ人間らしくなった。
教育者としてこれ程嬉しいことはない。

人間とは常に悩み、葛藤に苛まれ選択を迫られる存在である、と人生の折返しも来ていない791は既に達観している。
目の前の愛弟子も、これから幾度も悩み立ち止まる機会がくるだろう。
ぜひ考え抜き悔いのない選択をして、乗り越えてほしいと思う。
791は彼女の肩に手を置き何度かポンポンと叩くと、口笛を吹きながらしっかりとした足取りで歩き始めた。


421 名前:DB様のお通りだ!:DB様のお通りだ!
DB様のお通りだ!

422 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その6:2020/12/04(金) 21:52:53.845 ID:XTm5tPUQo
【カキシード公国 宮廷 地下室】

地下室の檻の中には、先日よりも衰弱しきった様子のsomeoneが力なく横たわっていた。

彼女が訪れても顔を向けず一切反応しないことから、一見すると生きているのか死んでいるのか分からない。
その場でしゃがみ込み、爪先に点した魔法の火を彼に近づけても反応はない。
が、一瞬だけ身体がピクリと動いたのを彼女は見逃さなかった。

彼はまだ生きている。

続いて檻の中に目を向けると、以前、791が魔法で創り出した泡のソファクッションは檻内の端に追いやられており、彼の決意の固さと彼女への反抗心が見て取れた。

791「おはようsomeone。
ちゃんと食事は取ってる?
No.11には食事の量を増やすように私から言っておくよ」

恩師の喋りにも、someoneは地面に伏した顔を上げずにいた。
気にせず791は近況を話し続けた。

791「今日ね、公国軍がカカオ産地に攻め込んだんだ。“君たち”の活躍で王国全土はすぐに制圧できると思うよ」

そこで初めてsomeoneに反応があった。
明確にピクリと身体を震わせ、そして機械仕掛けの人形のように汚れた顔を懸命に彼女の方へ向けた。

someone「…王国には斑虎がいます。そう安々とうまくはいかない」

791は彼の睨みには一切動じなかったが、決意の篭もったヘーゼルカラーの瞳の色に惚れ惚れとした。
吸い込まれそうなほどに美しく脆いと思った。


423 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その7:2020/12/04(金) 21:53:43.587 ID:XTm5tPUQo
791「君は私よりも彼のことを買っているね。いいよ、ならば君の忠告を受けよう」

パチンと指を一度鳴らすと、途端に791の足元に巨大な魔法陣が展開された。
暗闇の中に光る魔法陣は彼女を煌々と照らし続けたが、数秒も経たない内に陣は消え去った。

次の瞬間、彼女の横には、甲冑姿の一人の兵士が無言で立っていた。

791「これは私が事前に呼んでおいた【使い魔】だよ。
これを軍隊の中に紛れ込ませて、私のかわりに目となって動いてもらおうかな。
使い魔の召喚は魔力を多く消費するからあまり好きじゃないけど、弟子からの忠告じゃしょうがないね」

彼女の意を受けた使い魔は一度だけ無言で頷くと、踵を返しすぐに地下室を出ていった。

791「ねえsomeone。私はすごく君に期待しているんだよ。
君なら私の跡を継ぐ優秀な【魔術師】になれる。

だからさ、教えてほしいんだ――」




―― 【会議所】は一体私に何を隠しているの?





424 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その8:2020/12/04(金) 21:54:47.267 ID:XTm5tPUQo
someoneは目の前の“大敵”を前に、目を瞑り下唇を噛み恐怖に耐えた。
そして、青ざめた顔で静かに首を横に振った。

檻の傍にあった椅子を引き寄せると自然と腰掛けた791は、困ったように頬杖をついた。

791「時間をかけて、君を縛る制約の呪文は解除してあげたよ?
それでもダメなの?

そもそもさ。私がどうして君に洗脳魔法をかけずに、君から話してくれるのを待っているか分かるかい?


someone、君は私の家族なんだ。


大切な家族にひどい仕打ちをするわけがないでしょう?」

791の言葉に嘘偽りはない。

だが、どうして彼女の言葉はここまで猜疑心を煽るのだろうか。

someoneは恐怖を通り越して目の前の“魔王”にただ憎しみを覚えることで、自らの反論のための原動力にした。

someone「貴方は自分以外の人命を軽視しすぎているッ。
だから、幾ら僕が貴方の弟子だからといって、【会議所】の秘密を明かすことはできませんッ!」

791「自分と自分の守りたいものを優先してなにが悪いの?
そういう君だって初めての親友になった斑虎の身を何よりも案じているよね?
哀れなオレオ王国の民のことは気にかけなくていいの?」


425 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その9:2020/12/04(金) 21:56:03.034 ID:XTm5tPUQo
someone「もちろん僕にも一番果たしたい目的はあるし守りたい人だっている。
…ですが、だからといってッ、目的のために他のものを蔑ろにし、挙句の果てには他者を“壊れてもいい玩具”扱いにするような、貴方の考え方は絶対におかしいッ!!」

“おやおや、随分な言われようだねえ。”

笑みを崩さずに、791は指を一度鳴らした。
暗闇から宙に浮いたハンカチが表れたと思うと、ふわふわと目の前の熱(いき)り立った愛弟子まで移動し、涙を伝っていた彼の頬をそっと拭った。

someoneは歯を食いしばり、下を向いた。

この人には何を言っても通じない。
表面上は家族のように接しながらも、自分の言葉は決して彼女の本心には響かない。弟子の戯言だとしか感じていない。
彼女の根底には絶対的な自信があるのだ。

someone「恥と無礼を承知の上で、言います…」

再度、ほんの一瞬、目を瞑った。
両の目から涙が溢れ頬を伝っていく。

someone「【魔術師】791ッ…あなたはッ、狂っているッ!!」

弟子からの熾烈な言葉に、寧ろ791は満面の笑みを浮かべた。

791「【魔術師】にとって、“狂気”とはただの褒め言葉にしかならないよ?someone」

檻越しに791は彼の頭をそっと撫でる素振りをした。
someoneはもう避ける気にもならなかった。


426 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その10:2020/12/04(金) 21:57:22.730 ID:XTm5tPUQo
791「優しいんだね。小さい頃からいつもそうだった。

君はいじめられ泣いている子を見るといつも助けていたね。
いじめの標的が君自身に移っても何一つ言わずに耐えていた。

困っている子がいると覚えたての魔法を使って、その子が笑うまで無言でずっと魔法を披露していたね。



君は優しい心を持った子だ。

偏に優しすぎた。



someone、君はね。



目標とする【魔術師】にしては“正常すぎる”。




でも、それこそが【魔術師】からすると“異常”であり。
君は既に類まれなる素質を得ているという裏返しにもなる。



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427 名前:Episode:“魔術師” 791 魔術師の条件編その11:2020/12/04(金) 21:58:31.281 ID:XTm5tPUQo
がっくりと項垂れるsomeoneを尻目に、791は立ち上がった。

791「君からの話を待っていたけど、もう時間が来ちゃった。

だからもう話さなくていいよ。
予定通り、カカオ産地は制圧され直にオレオ王国は滅亡しカキシード公国に飲み込まれる。
そんな強硬策を強いたカメ=ライス公爵は民衆の力を借りた宮廷魔術師791によって遂に駆逐され、平民から成り上がった者によりこの国は統一される。

私が玉座に就いた暁には君の手を借りなくてはいけない。
だから、今回のことは特別に不問にしてあげるよ。
でももうちょっとだけここにはいてもらおうかな」

“魔術師”791は狂っている。
だが、その狂気は純粋無垢な清純さゆえ来るもので、本人に悪意は無かった。


428 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その1:2020/12/04(金) 22:00:32.820 ID:XTm5tPUQo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間】

地下牢から戻った791は、機嫌よくメロンソーダの入ったグラスをストローで啜った。

雨は先程よりも強さを増してきたようだ。
遠く離れたカカオ産地の天気も同じだろうか。それとも、そんなことを気にする暇もなく人々は逃げ惑っているだろうか。

791「しかし、自主的な軟禁生活というのも楽じゃないものだね」

溜まっていた仕事も数日前に片付けてしまった791は、手持ち無沙汰気味に首を回した。

No.11「そうですね。ですが、いつもとやる事は大して変わってないようですが」

791「むっ、失礼なッ。
それじゃあ今日は久々に自分の魔法の整理でもしようかな。
数百以上あるし、過去の自分の魔法って稚拙だからあまり見返したくないんだけどね」

No.11「私はとても興味があります」

791「手伝ってもらおうかな?突然、暴発する魔法もあるから気をつけてね」

No.11「受けて立ちます」

二人は微笑んだ。


429 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その2:2020/12/04(金) 22:02:15.134 ID:XTm5tPUQo
「や、やめてくださいッ!いったいなにをッ!」

「ここに“宮廷魔術師”がいることはわかっているッ!おとなしくしろッ!」

突然のガシャガシャという鎧の擦れる音とともに、重装備に身を固めた近衛兵たちが一斉に室内に侵入してきたことで平和の一時は破られた。

彼らは部屋の端にいた又弟子たちの動きを封じると、続いて中心にいた791たちをすぐに取り囲んだ。
その動きは無駄なく洗練されており、入念に準備された計画性を予感させた。
魔術防衛のためのクリスタルの盾まで用意している周到さだ。
ざっと見渡しても百人はいるだろう。随分と大勢でやってきたものだ。

「“宮廷魔術師” 791ッ!“国家転覆罪”の罪でお前を捕縛するッ!おとなしく連行されろッ!」

銃を二人に突きつけ、先頭にいた兵士ががなり立てた。
椅子から立ち上がった二人はキョトンとした様子で顔を見合わせた。

791「あらら。公爵に私の企みがバレちゃったかな?」

No.11「ここ数日、大々的に動いていましたから。無理もないかと」

791「どうする?作戦決行までまだ日があるけど」

No.11「構いません。外の軍には既に合図一つで動けるように手筈を整えています。
791様には悠々、この宮廷内を“調理”していただければ十分かと」

791「あいかわらず優秀だね我が弟子は。恐ろしくなるほど」


430 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その3:2020/12/04(金) 22:03:14.654 ID:XTm5tPUQo
「何をごちゃごちゃ言っているッ!カメ=ライス公爵がお待ちだッ!」

791はすぐに怒号の主に顔を向けた。
笑っているはずなのに彼女から発せられる気を前に、兵士たちは一瞬言葉を失った。

彼女は人差し指を立て、生徒をあやす教師のように優しく兵士たちに語りかけた。

791「三秒あげるよ。公爵か私。どちらに付くのが利口か考えて選んでごらん?」

彼女の言葉に一瞬呆気に取られた兵士たちの緊張感は、その突拍子もない提案にすぐに緩み、嘲笑をもった笑いで上塗りされた。
百人程度の屈強な兵士に囲まれながら、なお優位な姿勢を見せようとする目の前の魔術師の浅はかさと滑稽さに思わず魔が差したのだ。

周りの笑い声を受けながら、先頭の兵士は気分良くさらに凄んだ。

「ふざけるなッ!抵抗するなら宮廷魔術師といえど容赦は――!」











    ジュッ。


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431 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その4:2020/12/04(金) 22:05:45.926 ID:XTm5tPUQo
兵士たちは最初、その異変に気づくことが出来なかった。
しかし、そこに立っていたはずの兵士が消えていること、兵士のいた足元に不自然な焦げ跡ができていること、
そして鼻孔をくすぐる微かなシトラスの香りが漂ってきたことで、ようやく事態の“異常さ”に気がついた。

「ひ、ひいッ!」

「な、なにをしたッ!!」

兵士たちは、中心で肩を震わせ笑いをこらえている敵の姿に慄き、襲いかかることもできず足をすくませた。
791は笑いながらも残念そうに首を横に振った。

791「三秒。時間だよ?」

兵士たちは絶句した。

唯一、隣りにいたNo.11だけが心配そうに師の顔色を伺った。

No.11「いま“使ってしまっても”、良いのですか?」

791「構わないよ。
今日は気分も体調もとても良くてね。
絶好の魔法日和だよ」

そこで初めて791は自分たちを取り囲んでいる兵士たちを、ぐるりと舐め回すように眺めた。
武具で身を固めていたはずの兵士たちは、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、そこで何人かは本能が働いた。

狩られるのは相手ではなく自分たちだ、と。


432 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その5:2020/12/04(金) 22:06:24.202 ID:XTm5tPUQo
791「三秒ッ。

君たちは瞬間の判断ができない、愚か者だね。

そんなんじゃあ“イラない”。

私の弟子たちには遠く及ばない。十人、百人かかっても同じことだよ。
その手に持つ武器も、誰が君たちに与えたと思っているの?


まあいいや。反省してももう遅い。

そんな全てが遅い君たちは――

公爵と同じく、この大地の藻屑となるがいいッ!!」

瞬間、彼女の足元に巨大な魔法陣が展開された。

赫々(かっかく)とギラつくその陣の光を見て。
ようやく兵士たちは意識を戻し、同時に気がついた。

“あの魔法陣の輝きは、これから尽きる自分たちの生命の最期の光そのものだ”、と。


433 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その6:2020/12/04(金) 22:07:30.283 ID:XTm5tPUQo
展開された陣の中心で、久々の高揚感に791は感動し深く息を吐いた。

下唇にべっとりと付いた油の不快さも最早懐かしい。
いかにうまく燃やしても、どうしても油分は空中に漂ってしまうのだ。


身体が芯から暖まるこの感触。
久方ぶりだ。

そう。この感覚こそが【魔術師】にとって、最大の幸福。

791にとって最高の瞬間だ。


“この魔法”を撃つのは何時以来だろう。


434 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その7:2020/12/04(金) 22:09:09.091 ID:XTm5tPUQo
彼女が人を殺める魔法を産み出すのに、そう時間はかからなかった。

初めは扱いに苦労した。
何しろ外傷を及ぼす死の魔法は、寧ろその後の処理が大変なのだ。

改良を進めていく中で、“その魔法”は急速に洗練されていった。
初めは黒焦げになるほどに高火力で、次第に獲物の身体内部で魔法を点火させることで跡形も無く焦がす術を身につけた。
最後には骨すら残さず瞬間の火力を調整できるようになった。

それでもいくら工夫しようとも、やはり肉と骨の焦げた臭いは鼻をつき、不快にもその場に残り続けた。

これでは幾ら魔術が成り立っても“綺麗”ではない。
魔術とはやはりエレガントでなければいけないのだ。

考えた末に、爆発と同時に自分の好きな匂いで上書きさせれば、気持ちよく術を行使できるのではないかと思いついた。

考えはうまくいった。
本来、面倒だったはずの殺戮の作業は、途端に最高の魔術へと変わったのだ。

その魔法はいつしか彼女の【儀術】となり、その名は魔法後に薫る彼女の大好きな匂いの名前へとなった。


435 名前:Episode:“魔術師” 791 解放編その8:2020/12/04(金) 22:11:24.524 ID:XTm5tPUQo
兵士たちは遅れた数秒間を取り戻すように、途端に目の前の“魔王”に向かい銃、剣を突き出した。

「う、撃てッ!!!仲間をかまうな!撃って撃って、奴を止めろおおおおおお―――」

兵士たちは自分を鼓舞するように大声を上げて突撃し始めた。

クラシック音楽でも聞くかのように、うっとりとした面持ちで生者の最期の言葉を聞き終わった791は、
名残惜し気に眉尻を一瞬だけ下げると、あっさりと片手を突き出し詠唱し叫んだ。




791「儀術『シトラス』ッ!!!!!」






直後、室内にはむせ返るほどかぐわしい香りが立ち込め。

勢いを増した雨の天井を叩く音が、うるさい程響き渡った。







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436 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 22:12:16.396 ID:XTm5tPUQo
魔術師章 完!
次にちょっとしたTIPSを書いちゃうぞ。

437 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 22:16:26.157 ID:XTm5tPUQo
・儀術
究極儀法魔術の略で魔法使いにおける必殺技のこと。
特に、魔術師が自ら創り出した必殺魔法のことを指す。

◆儀術名:シトラス  術者:791
必消(ひっしょう)の儀術。指定した相手を内部から爆発破壊し、木っ端微塵に粉砕する。分子レベルで破壊するため跡形も残らず相手を消す。
時限爆弾的に発火の魔法を身体の内部に植え付ける形となるため、シトラスを埋め込まれた時点で術者を止めない限り、勝ち目はない。
術者が視認できている限り指定人数に限度はないが、人数の多さに比例して魔力消費は激しくなる。


438 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/04(金) 22:20:21.727 ID:XTm5tPUQo

791能力グラフ
https://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1046/791%E8%83%BD%E5%8A%9B.jpg

No.11能力グラフ
https://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1047/No.11%E8%83%BD%E5%8A%9B.jpg


次回から会議所章に突入!


439 名前:たけのこ軍:2020/12/04(金) 23:53:28.968 ID:RuVSnPeo0
魔王様の純粋な狂気にほれぼれするんよ

440 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/11(金) 19:08:53.952 ID:NDdxqdXMo
それでは会議所章はじめます。
だいぶ核心に突っ込んでいきます。

441 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン:2020/12/11(金) 19:10:42.093 ID:NDdxqdXMo




・Keyword
黒ネズミ(くろねずみ):
1 黒い毛色の鼠。黒みがかったねずみ色。
2 コソコソと裏で悪事をはたらく策謀家。個ではなく集団で意志を持つ獣。






442 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン:2020/12/11(金) 19:11:30.289 ID:NDdxqdXMo





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “黒ネズミ”

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443 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その1:2020/12/11(金) 19:13:41.416 ID:NDdxqdXMo



人に物心がつく時期は、いったい何歳頃からなのだろうか。



大概の人間は、自らの記憶を辿り一番古い時期を答える場合が多い。
ある者は三回目の誕生日を迎えた際だといえば、もうひとりは五歳でサンタクロースがいないことに気づいた時だと言う。

それを聞いた見栄っ張りの人間は、一歳で乳母車の中から空を見上げた時だと嘯く。
また別の者は恥じながらも、初めて学校の門をくぐった時に感じた感慨深さを、物心ついた時期だと正直に明かす。

このように、人により記憶や感情の芽生えた時期は多少なりとも前後する。
しかし、いかに記憶力が乏しく意識が希薄な人間でも、大概は成人するまでに必ず自我を確立させる。

他者の何気ない所作や行動に意識を向け、次に“個”という自らの存在に疑問を投げかけ考え始める。
そして、最終的には自らと他人を区別する認識を身につける。

こうして物心がつき、自我が芽生えるのだ。



その理論でいえば。


きのこ軍兵士 滝本スヅンショタンの物心ついた時期は、常人より遥かに遅かった。



444 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その2:2020/12/11(金) 19:14:42.293 ID:NDdxqdXMo
滝本には生まれてからの記憶がなかった。

正確に言えば、以前までは覚えていたが、ある時を境にすっぽりと自らの記憶から抜け落ちてしまったのだ。
夢にも出てこないことから脳の記憶領域からも完全に消え失せてしまったらしい。

したがって滝本にとっては再度記憶を持ち始めたその時からが、人格形成の開始点だと定義せざるをえなかった。



自らが“生まれ変わった”ときの事を、今でも昨日のように覚えている。


耳元に微かに届いた数人の話し声で、滝本は目を覚ました。

まるで【大戦】後、激しい運動をした次の日の朝のような、全身の倦怠感があった。
いつも寝ているマットではない無機質な固さを背中越しに感じ、ここが自室ではないことをまず体感で理解した。

瞼だけをようやく開けると暫く視界は滲んでボヤケていたが、次第に焦点が定まり始めた。
眼前にはシミ一つない白い天井が映り、その下には自分を取り囲むように、見知らぬ人間たちが群がっていた。

滝本は自室ではない何処かで寝かしつけられていた。


445 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その3:2020/12/11(金) 19:16:27.103 ID:NDdxqdXMo
『おお、目覚めたぞッ!“実験”は成功だッ』

『どうですか、いまの気分は?』

視界の端にいた白衣を着た兵士たちが、長年探していた骨董品を偶然見かけた時のような、そんな感嘆さを含んだ声で話しかけた。
明らかにニヤついた笑みを隠そうともしていない。

困惑気に滝本が眉をひそめると、それを返事だと捉えたのか彼らはニヤついた笑みをさらに大きくした。

『君がこれから集計班氏の“遺志”を継いで会議所を率いるんだ』

『よろしく。滝本スヅンショタンさん』

下卑た薄ら笑いを一切隠そうともせず口の端に浮かべ、彼らは滝本の覚醒を喜んだ。





酷く、気分が悪い“目覚め”だったことを、今でもはっきりと覚えている。




446 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その4:2020/12/11(金) 19:17:45.058 ID:NDdxqdXMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室】

滝本「…また寝ていたのか、私は」

机に突っ伏していたままの顔を上げ、きのこたけのこ会議所自治区域の議長・きのこ軍 滝本スヅンショタンは寝ぼけ眼を擦った。

咄嗟に机の左端にある置き時計に目を向けると、針は夜半を指していた。道理で冷えるわけだ。
近くに置いたカップコーヒーからすっかり湯気が消えてしまっているところを見るに、数時間は寝入ってしまっていたらしい。

滝本「ああ、承認書がヨダレで汚れている…」

今朝方、たけのこ軍 抹茶(まっちゃ)兵士が滝本に裁可を求めていた、“会議所の家庭菜園にネギを植える”計画書は、ヨダレでシワシワになってしまっていた。
どのみち承認の予定はなかったので不幸中の幸いではある。
滝本は人差し指で紙をつまむとゴミ箱に放り込んだ。


447 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その5:2020/12/11(金) 19:19:56.707 ID:NDdxqdXMo
きのこたけのこ会議所自治区域は世界の中でもとりわけ異彩を放つ存在である。

太古の歴史から存在した各国家に比べ、会議所自治区域はまだ発足して数十年に満たない若手格だ。

区域内の中心にある【会議所】は国家でいうところの首都にあたり、それ自体が一つの街となっている。
その中心にそびえ立つ会議所本部棟は政府機構にあたる要所だ。
区域内では細分化された行政区を持たずに、会議所本部と各々にある会議所支部が行政を見守っている。

明確な法は幾つかあるが、会議所本部から発せられる“御触れ”や発表に皆が耳を傾け、善意を以て行動する。
とき往々にして、善意が法より優先されるのだ。

会議所本部も日々会議室で“会議”という名目で自治区域の継続発展に向けた話し合いが行われるが、議会という形式は取られておらず、参加も必須ではなく人の出入りも自由だ。
その日の議題も決まっていないこともしばしばで、ほとんど雑談に終わることもある。
今日の昼間の定例会議もついに話すことも尽き、最後の議題は“きのこ鍋とたけのこご飯はどちらが美味しいか”という題目で、案の定会議は早々に終わった。

国家のような厳格な体系も法もなければきめ細やかさもない。
ただ、その代わり圧倒的な自由度とポテンシャルを秘める地。それが会議所自治区域だ。

このように根幹の部分で黎明期の曖昧さを残したまま、【会議所】は発展してきた。


448 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その6:2020/12/11(金) 19:21:29.864 ID:NDdxqdXMo
会議を取り仕切るのが議長たる滝本の役目だが、【会議所】内での議長という役職は、一般のそれとは意味合いが大きく異なる。

会議所自治区域においては、議長とは会議だけでなく区域を治める実質的な元首である。

滝本は自治区域内で生活する数百万以上の兵士たちのトップに君臨している。その分、彼に降りかかる仕事も尋常な量ではない。

内政だけでなく世界にも目を向け、外交や国際会合への出席など、通常であれば閣僚毎に割り振られる仕事を全て担わなくてはいけない。
そのため、ほぼ毎日徹夜続きだ。
議長になってから五年程経つが、未だゆっくり寝られる時間はほとんど無い。

と、ここまで語ると滝本の超人さが際立つが、その実彼は少々の面倒くさがり屋である。

先代とは違い担える仕事量にも限界があるため、最近は周りの人間に積極的に仕事を割り振るようにしている。
そうして空いた時間は、このように昼寝に勤しんでいるというわけだ。

起きたてのぼんやりとした意識の中で、腰まで届こうかという青の長髪をポリポリと掻いていると。
丁度、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。

返事をすると開け放たれた扉から、焦げ茶色のマントに身を包んだきのこ軍 ¢(せんと)がヌッと姿を表した。

¢「時間です。お迎えにきたんよ」

舌足らずな口調で、仏頂面の¢は淡々と告げた。

もう一度時間を確認すると、時計の針はちょうど約束の刻を指していた。
何も先程から時間が急に進んだわけではない。単に滝本が忘れていただけだ。


449 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その7:2020/12/11(金) 19:22:12.201 ID:NDdxqdXMo
滝本「おや、もうそんな時間ですか。分かりました、行きましょう」

目の前の書類から離れたい気持ちもあり、滝本は自分でも思った以上に軽やかに立ち上がると、議長室から飛び出すように扉の外に出た。
そこで暗闇の通路が、まだ春特有の底冷えの真っ只中にあることに気がついた。

いま彼の服装といえば、深紫(ふかむらさき)のアオザイにインナー代わりに黒のスキニーパンツと薄手の格好だ。
きっとこの格好ではこれからの道中は冷えるに違いない。

一度外に出た滝本はすぐに踵を返し、部屋のハンガーラックにあったコートを何着か覗きみ、丁度いいものを羽織った。
そして、外で待たせていた無言の¢に言い訳するようにトレードマークの青髪をもう一度掻いてみせた。
“寒すぎるのが悪い”、と。


450 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その8:2020/12/11(金) 19:23:07.211 ID:NDdxqdXMo
暗く冷えた本部棟の廊下を二人で歩いていく。

普段は何人かの兵士とすれ違うが、明かりのない夜半は二人の靴音が反響するだけだ。
知らない人間が肝試しとして訪れれば相当怖いだろうが、あいにくと本部棟の構造は分かり尽くしているため今さら恐怖という意識はない。

滝本「馬車はもうあるので?」

先を進む¢は何も言わずに頷いた。
チラリと見えたフード内の彼の横目は、暗闇の中で仄かに朱く光っている。

無理もない。
こんな夜更けに二人がいることを誰かに感づかれては、これまでの“計画”が全て無駄になるのだ。
彼が気を張っているのも、今夜の“密会”を誰にも見つからないためだ。

実に殊勝な心がけだと思う一方で、滝本は未だ欠伸を噛み殺すのに必死で、どこか緊張感を欠きながら¢の背中を追いかけて進んだ。


普段は使わない裏口から外に出ると、目の前には馬車が停められていた。
扉を開け二人が乗り込むと、既に構えていた運転手は音も発さずに鞭をしならせ、馬車は静かに動き出した。


451 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その9:2020/12/11(金) 19:24:45.448 ID:NDdxqdXMo
深夜の中、馬車は静かに【会議所】を出て郊外へ進んでいく。

向かい合いで座っていた二人だが、しばらくは互いに言葉を交わすことなく、滝本は車輪の地面を擦る音を聞いていた。

思えば、目の前の¢とは長い付き合いになる。
出会ったばかりの頃の彼はまだ若く、端正な顔立ちと太陽のような輝く金髪から、巷では二枚目兵士として大変な人気だった。
今は苦労の分だけ薄くなった前髪と、餅のように垂れ下がった皺と頬のたるみでかつての姿からは見る影もないが、時折見える横顔にはかつての名残を少し感じることができ懐かしい気持ちになる。

彼とは別に不仲ではなく、寧ろ気心知れた仲だからこそ言葉を介さなくても平気なのだ。
確かに彼は口下手で必要以上に会話をしない人間ではある。だが、【会議所】が抱える様々な問題には共通で取り組みその度によく会話を交わしてきた。
澄ました顔をしながら、熱い心を持った人間だということも滝本はよく知っている。

そういえば、と思い出したように滝本は¢に声をかけた。

滝本「現在の進捗はどうですか?」

¢「順調です。先日は“9号機”の稼働テストまで終えました」

それは結構、と滝本は呟き。
自らの背後の窓にかかっていたカーテンを開け、外の景色をチラリと見た。

夜半ということもあり外の田園地帯には夜闇が広がっている。
唯一、自分たちが先程までいた【会議所】は大分小さくなったが、仄かな光を放っていた。

¢「チョ湖まではまだ少し距離があります。少し休むといいんよ」

彼の気遣いに、滝本は僅かに口元を緩めた。

滝本「ありがとうございます。ですが生憎と先ほどまで休憩は十分とっていましてね」
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452 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その10:2020/12/11(金) 19:26:16.131 ID:NDdxqdXMo
馬車は遥か前に街中を出て森林地帯に差し掛かっていた。

だいぶ時間も経った頃だ。【会議所】は遥か前に見えなくなった。
気温が少し下がってきたように感じる。息を吐くと白いのは、山間部が近い証拠でもある。

滝本「改めて、“先日”はご苦労さまでした。大変でしたでしょう」

形式的に滝本は頭を下げた。
¢も一息つき、その白い息は馬車の中で少しだけふわふわと漂った。

¢「問題ないんよ。それに、危ない資料は全て処分したからこの間の二の舞にはならない」

滝本「良かったです。今日の会議でも言ったように、今は各国のお偉方を呼び込む特別大戦の継続実施を呼びかけたばかりです。
先日のように“パパラッチ”に嗅ぎつけられては、我々の計画は頓挫します」

¢「でも良かったのか?」

滝本「なにがですか?」

彼の言いたいことはわかっていたが、滝本はとぼけて窓の外に広がる常闇を眺め続けた。
彼がローブの中で眉間に皺を寄せたのが、見ていなくても手に取るようにわかった。

¢「加古川さんをあの場で始末すれば、後顧の憂いも断てたというのに」

滝本「彼を殺すと単純に【会議所】上での手続きや処理が面倒ですので」

“それに”、と言い訳すると同時に。
そこだけ早口になったことをやや反省しながら、滝本はゆっくりとした口調で説明を続けた。


453 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その11:2020/12/11(金) 19:27:11.832 ID:NDdxqdXMo
滝本「…加古川さんは暫く目を覚ましません。それでいい。
彼が目を覚ます時には全て終わっていますよ」

説明を聞き終わっても、¢はしばらく無言で滝本の青髪を睨み続けた。
この無言の間が意味するところを滝本も気づいている。

先日、加古川がケーキ教団に侵入し一戦を交えた際、こちらの“絶対に殺さず生け捕りにしろ”との指令に、現場の¢が強い不快感を覚えていたのは既に聞いている。
その後、赤の兵<つわもの>は瀕死の中で捕縛され、滝本たちの息がかかった緊急病棟で、敢えて目を覚まさないように治療を続けられている。

暫くすると¢は根負けしたのか一度深いため息を吐いた。
窓越しに彼の白い息が見えた。
滝本は敢えて聞き流した。

その後にぼそりと呟いた“甘いんよ”という彼の本音も、あわせて滝本は聞き流すことにした。


454 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その12:2020/12/11(金) 19:28:58.835 ID:NDdxqdXMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部】

数時間の後。
馬車は急な坂道を登り始め、暫くすると古びた鉄門を抜け丘の上にある古城に到着した。

ケーキ教団の本部だった。
窓越しに数人の兵士が到着を待ち構えている様子が見えた。

「お久しぶりです、滝本さん」

滝本が馬車から降りると、白衣に身を包んだ老研究者が諸手を上げ到着を喜んだ。
二人は軽く抱擁した。

滝本「どうも、化学班(かがくはん)さん。変わらずお元気そうで何よりです」

化学班「数年ぶりじゃないか?君がここに来るのは」

滝本「そうかもしれません。もうすぐ“仕上げ”の時期ですから」

きのこ軍 化学班から離れた滝本は軽く伸びをしながら、チラリと湖畔の方に目を向けた。

滝本「順調そうですね」

湖畔を歩く“きのたけのダイダラボッチ”を見ながら、特に驚く様子もなく滝本は淡々と感想を述べた。

化学班「これは10号機です。“彼”はまだまだ器との融合を完全に果たしていないのか、歩行がぎこちないんです。
“現役”のときは誰よりも疾く戦場を駆け回っていたのに」

滝本「安心してください。それもすぐに“思い出す”でしょう」
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455 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その13:2020/12/11(金) 19:30:30.783 ID:NDdxqdXMo
古城の外れにとりわけ古い塔が一本そびえている。
周りは草で生い茂り、蔦は巻き付き自然の中に溶け込んでいる。
普通の教団員であれば誰もが通り過ぎてしまうような古びた塔の中に、一行は躊躇いもなく進んでいった。

外から見るよりも塔の中は意外と広く吹き抜けになっていたが、風も吹いてないのに冷気が漂い酷く底冷えした。

滝本「この間の戦いで、ここの存在に気づかれなくてよかったですね」

¢「加古川さんと戦ってる時も、それがずっと気がかりだったんよ」

全員が塔の中に入ったことを確認すると、化学班はつかつかと壁際まで歩いた。
内部まで蔦や苔が自生している中で、よく目を凝らすとレンガの一片だけが微かに浮いている場所がある。
彼は何の躊躇いもなくそれをぐっと押し込んだ。

すると数秒の無音の後。

全員が立っていた塔の台座は、内部にある機械仕掛けの歯車を微かに軋ませながら、ゆっくりと地下へ下がり始めた。

化学班「歳を取ると、この落下していく感覚がたまらなくてですなあ」

滝本「ご老人は相変わらず、変な感性をお持ちだ」

ニカリと笑う様子は、白衣さえ来ていなければその辺にいる老人と何ら変わりはない。
だが、彼の頭脳がこの“計画”の肝だったのだ。そして、その見立ては見事に正しかった。

数分もすると一行を載せた台座は、静かに湖畔の地下階層に到着した。


456 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その14:2020/12/11(金) 19:32:18.633 ID:NDdxqdXMo
地下の様子は、一言で表せば巨大な格納庫だった。

鍾乳洞よりも遥かに高く奥行きがある開放的な空間に、天井には人工の照明灯が幾つも付けられ内部を明るく照らしていた。
奥に続く通路は人工的に敷かれ、辺りには所狭しと機材も並べられ、あまりの整備具合に初見の人間ではここをチョ湖の地下だとは気づかないだろう。


彼らはここを、秘密裏に【メイジ武器庫】と呼んでいた。



そしてその武器庫の大部分は、巨大で透明なオブジェで占められていた。
ゆうにで数十mの幅はあるだろう。

その所狭しと並べられている透明な結晶体の周りに天井から吊り下がった機材やホースが幾つも伸びているところを見るに、
事情を知らない者も、この彫刻のようなオブジェを格納するための場所だということだけは予感させるものがあった。



そのオブジェは、先程まで湖畔上を歩いていた“きのたけのダイダラボッチ”そのものだった。


メイジ武器庫には、彼らは何体も、暗闇が広がる奥までズラリと横たわって並んでいた。


457 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その15:2020/12/11(金) 19:32:52.375 ID:NDdxqdXMo
滝本「いやあ。これは壮観だな…」

久々に武器庫に足を踏み入れた滝本は、眼前に広がるダイダラボッチの巨体に改めて感嘆した。

化学班「あと二月もすれば、目標の台数に到達します。
そうしたらいつでもご命令で外に出せますよ」

隣で化学班がそう告げると。滝本は、今日初めて笑みを浮かべた。

純粋ではない、濁った笑みを。


458 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 夜陰編その15:2020/12/11(金) 19:34:21.968 ID:NDdxqdXMo
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この章の主人公。
間抜けそうな面をしておる。

459 名前:たけのこ軍:2020/12/11(金) 22:32:10.132 ID:OGkBNIQ20
闇が見えていくのがたまらん

460 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その1:2020/12/18(金) 22:44:47.168 ID:lMa9vqFIo

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『新議長は滝本スヅンショタン…?誰だ、そいつ。知らねえな』

『集計班さん亡きいま、どこの馬の骨とも知らない奴が議長とあっては、【会議所】はもう終わりだな』

『集計班さん直々の指名とは言うけど…正直、誰だか分からないやつに従うなんてできないよなあ』



五年前。

議長に就任したばかりの頃は多くの陰口を叩かれた。

新議長として会議所本部に初めて足を踏み入れた日のことを今でも覚えている。
歓迎とは程遠い、大勢の冷めた視線を一身に受けながらの初日だった。

当時【会議所】で味方だったのは参謀や¢を始めとする一部の兵士たちだけだった。
大多数の人間は廊下ですれ違った滝本を胡散臭そうに見つめながら、心の中では品定めしては彼が通り過ぎるとすぐに後ろ指をさしていた。

無理もない。
会議所自治区域の運営が軌道に乗り始め、発展期から安定期へと移り変わろうとしている最中に、大黒柱である先代議長・集計班(しゅうけいはん)が突然亡くなったのだ。


集計班という人物は温和で協調性に優れる一方で、世界の大国とも渡り合えるだけの度胸や積極性もあった。皆が憧れるお手本のような兵士だった。

【大戦】では、集計係という名のゲームマスターを積極的に務め、【会議所】では議長として個性的な面子を一致団結してまとめ上げ、時には緊迫した二国間の交渉事に仲介者として参加するなど、他国からの信頼も厚かった。
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