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きのたけカスケード ss風スレッド
- 1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo
数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。
この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。
しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。
戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。
そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。
この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。
きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜
近日公開予定
- 461 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その2:2020/12/18(金) 22:46:32.797 ID:lMa9vqFIo
- その訃報とともに、滝本を後継者として新議長に指名するという旨の彼の遺言は、たちまち世界に知れ渡ることとなった。
こうして滝本スヅンショタンという人間は、唐突に歴史の表舞台に姿を現した。
それまでは【会議所】内でも禄に要職に付いたこともなく、【大戦】でも目立った戦果を上げていない、所謂パッとしない兵士だったのにも限らずだ。
当然【会議所】内外から批判が相次いだ。
血縁関係も無ければ生前から知己の間柄でもなかった。その本人といえば特に驚くことも戸惑うこともせず、あっさりと議長の要請を受諾した。
区域内の住民は滝本という人間の得体のしれなさに不安がり、心の内に芽生えた恐怖を抑えるために、ある者は顔をしかめ、またある者は日々暴言を浴びせ続けた。
もし自分も同じ一区域民だったら周りと同様のことを毒づいていただろう。
それ程、当時の区域内は不安に揺れていた。
そんな歓迎されない中での新議長としての初仕事は、先代の葬儀準備と世界中から訪れる弔問客への対応だった。
酷く暑い夏の日だったことを、今でも覚えている。
━━━━
━━
- 462 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その3:2020/12/18(金) 22:48:24.655 ID:lMa9vqFIo
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部 地下 メイジ武器庫】
滝本たちの目の前には、横たわった“きのたけのダイダラボッチ”たちが生鮮市場の魚のように、ずらりと規則正しく並んでいた。
ホウと思わず口から出た息の白さは、先程馬車で出た息のそれよりも濃さを増していた。
滝本「あまりの壮大さに思わずくらくらしますね。
もう接続試験は全て終えているのですね?」
化学班「はい、今のところ“器”と“魂”の致命的な乖離(かいり)は起きていません。
95黒(くごくろ)主任、報告を」
呼びかけを受け、彼の足元にいた白猫がスッと前に出た。
否、それは白模様の猫ではなく白衣を纏った元・きのこ軍 95黒(くごくろ)兵士だった。
95黒「はいッ。現在、新型陸戦兵器<“サッカロイド”>は9体までの動作確認を終了しています。それぞれ個人差はありますが、進捗は良好です。
ここにきてペースは上がっています。このまま順調に推移して、あと二月もすれば全て出撃可能な状態となります」
¢「あと二月…そろそろ “計画”を実行に移す本格的な準備を始めたほうがいいでしょう」
横で囁くようにつぶやく¢の声に、厚手のコート姿の滝本も力強く頷いた。
滝本「そうですね。
まあ、実際に動いてもらうのはカキシード公国とオレオ王国ですが…
専用武器の準備はどうですか?」
- 463 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その4:2020/12/18(金) 22:49:37.113 ID:lMa9vqFIo
- 95黒「こちらは一足先に既に全員分の武器を完成させています。
実験も行い火力、出力ともに問題ありませんでした」
化学班「最近は上の方で【大戦】をよくやってくれているからね。
海で実験するのも注目を浴びなくていい。こちらとしては楽で助かるよ」
滝本「まあ、そのための【大戦】強化月間ですので」
会議で了承されているため、ここに来て【大戦】の開催を頻発することに問題はない。
皆が【大戦】に目を向ければ、少し外で“おかしな事が起きても”早々気づかれはしないのだ。
滝本「他に、現時点で何か問題はありますか?」
猫姿の95黒は困ったように前足で頭を掻いた。
どうでもいいが、彼がこの姿になったのはいつからだろうか。既に五年前の時点で人間の容姿を捨てていたように思う。
滝本は昔に思いを馳せてみたが、記憶が曖昧なためすぐに思い出すことをやめた。
95黒「分かっていたことですが。“器”と“魂”の定着率は、完璧ではありません」
95黒は地面においていた紙の資料を前足で器用にめくった。
95黒「今日現在で70%程度ですね。
つまり“魂”の出す命令を、10回に3回“器”が受け付けないということになります」
¢「この確率をいかに100%に近づけるかが喫緊の課題なんよ」
予想していたように、芝居がかった様子で滝本は繰り返し頷いてみせた。
- 464 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その5:2020/12/18(金) 22:50:34.456 ID:lMa9vqFIo
- 滝本「なるほどなるほど。わかりました。
その件についてですが、私に幾つかプランがあります。
ですが準備が必要なので、追って検討としましょう」
言い終わると、滝本は目の前で冷気を発しながら横たわっている、一体のきのたけのダイダラボッチこと陸戦兵器<サッカロイド>に近づいた。
そして、すぐ傍まで近寄ると、親が子を撫でるようにそっと優しくその身を撫でた。
通常の人間であればドライアイスに触れるが如く、その冷たさに思わず手を引くほどの反応を示すものだが、彼は凍傷を気にすることなくただ撫で続けた。
すると彼の慈愛に応えるように、白く透き通る巨体の中心から微かに赤い光がサッと漏れた。
陸戦兵器<サッカロイド>の心臓部だった。
その反応に、滝本は思わず笑みを零した。
滝本「ふふッ、“竹内さん”はせっかちだなあ。
待っていてくださいね、もうすぐ戦場に行けますから…」
再度陸戦兵器<サッカロイド>の“魂”は、燃え上がる炎のようにメラメラと何回も点滅を繰り返した。
その光景を、白衣を着た一人と一匹は背後から物珍しそうに見つめていた。
さらに背後にいた¢はローブの中から黙って彼を見守っていた。
- 465 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その6:2020/12/18(金) 22:51:13.441 ID:lMa9vqFIo
- 滝本「残りの“魂”をここへッ!」
滝本の呼びかけに、白衣の兵士が小型の昇降台車を引きずりながら現れた。
台車の上には、人の顔以上の大きさはあるだろうガラス瓶が綺麗に二つ並べられていた。
瓶の中には黄色、朱色。
色鮮やかな空気の“モヤ”のようなものが立ち込めている。
滝本は手を広げ両手で二つの瓶を囲うと、自分の身体に抱き寄せるような形で引き寄せた。
滝本「“とある”さん。“ゴダン”さん。待っていてくださいね。
あなた方もすぐに“器”と融合できますよ。そうすれば、現役の時のようにすぐに暴れられましょう…」
彼の言葉に呼応するように、瓶はカタカタと独りでに震えた。
まるで歓喜にうち震えるように。
95黒「さすがは滝本さんですね。
歴戦の英霊たちをあそこまで奮い立たせるなんてッ。僕にはとてもできないな」
化学班「純粋だなあ、君は」
猫の研究員の素直な感嘆に、隣の老いた科学者は笑いをこらえきれないようにクツクツと声を漏らした。
- 466 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その7:2020/12/18(金) 22:52:25.894 ID:lMa9vqFIo
- 95黒「どういうことですか班長?」
化学班「三人の英霊は滝本さんだけと話しをしているわけではない、ということだよ」
その言葉にすぐに95黒は合点がいったのか、“なるほど”と前足でもう一方の前足をポンと叩いた。
滝本は魂の入った瓶たちを最後にもう一度だけ抱き寄せると。
名残惜しそうに台車にそっと戻すと、そのまま¢の下へ戻ってきた。
¢「もういいのですか?」
滝本「ええ。あまり此処に長居するのも得策ではない。
今日は進捗の確認だけです」
¢は頷き、いの一番に踵を返した。
滝本も後を追うように歩き出したが、すぐに立ち止まると再度振り返り、武器庫全体を感慨深げに眺めた。
滝本「それでは皆さん。これから特に忙しくなります。
私もこれから定期的に顔を出すようにしますので、引き続きよろしく頼みますよ」
95黒は小さい背筋を伸ばし前足で敬礼を、化学班は首を曲げダラけた様子でニヤケながら彼らを見送った。
- 467 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その8:2020/12/18(金) 22:53:34.207 ID:lMa9vqFIo
- 地上の教団本部に戻った二人は、停まっていた馬車に再び乗り込んだ。
すぐに音もなく馬車は動き出し、【会議所】への帰路を辿り始めた。
¢「陸戦兵器<サッカロイド>の出来は見事だったでしょう」
馬車が動き出すと、行きとは違いすぐに¢は興奮気味に話しかけてきた。
青髪を揺らしながら滝本も満足気に頷いた。
滝本「ええ、ええ。素晴らしい。
¢さんからの報告書である程度全容は把握していましたが。いやあ、実際想像以上でしたよ。
まさか彼らが、超コーティングされた“飴型”の歩行兵器だとは。
誰も想像つかないでしょう」
¢「その飴も、全世界の角砂糖をブレンドした特別製です。
特にカキシード公国産の角砂糖は土地柄か、微量の魔力が詰まっているからか、ブレンドさせると水晶より高い硬度を造りだすことができる。
この事実に気づいているのは我が会議所自治区域だけです」
滝本「いや本当に。
¢さんの着想力を元に、化学班さんと95黒さんの繰り返しの実証実験で、遂にとてつもない硬度を持った飴を創り出すことが出来た。
正当な運用ならば世界から表彰されてもいい程の発見です」
¢「本当です。まさか公国も、武器提供の見返りの真の目的が“角砂糖”だったとは、気づくまい」
彼はローブの中でくくくと愉快そうに笑いを漏らした。
滝本から見れば、彼も地下の二人に負けない程の研究者肌な人間だ。
一度思い描いた理論を形作るためにとことんまで考え抜き、その達成のためならばあらゆる努力も惜しまない。
本来ならば彼も研究者として地下部隊の一員として働いたほうが、本人にとっても良かったのかもしれない。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 468 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その9:2020/12/18(金) 22:55:16.464 ID:lMa9vqFIo
- 滝本「さて、数日後にはまた【大戦】ですね。
今回は¢さんが公国との密取引の当番なんでしたっけ?」
¢「いや、今回は別の人にお願いしているんよ」
滝本「そうですか。ならば今回は¢さんが参戦できるから。きのこ軍の大勝は間違いなしだな…」
事実、彼の戦闘能力はピカイチだ。
純粋な継戦能力ならたけのこ軍でも肩を並べる者はいないだろう。
彼には類稀なる能力が多々ある。
心の中では、そんな彼をいつも羨ましく思っている自分がいる。
自らの素質で、努力で手にしてきた過去と未来が滝本の目にはいつも眩く輝いて見えるのだ。与えられ、ただ言われてきたことをこなしてきただけの自分とは違う。
だからこそ隣にいてほしいのかもしれないと、滝本は自分の中に芽生えた感情に対し一つの答えを見出した。
自らとは真逆のタイプの人間だから強い刺激を感じているのだ。
もし彼がいなくなれば、いよいよ滝本の心は雨の日のガラスのように曇りきり、遂に感覚までも麻痺してしまうかもしれない。
そんな知らずのうちに怯えている自分の矮小さを、同時に心の中の別の自分は嘲笑った。
なんて無駄で、愚かな感情なのだと。
- 469 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 闇路編その10:2020/12/18(金) 22:56:43.204 ID:lMa9vqFIo
- そうこう考えている内に、馬車は再び会議所本部に到着した。
時間は丑三つ時を少し回った程度だ。
一足先に馬車から降り凝った首を回していると、後から降りた¢は“さて”と声をかけた。
¢「ぼくは家に帰るけど、まだ仕事していくん?」
背後からの言葉に、滝本は振り返った。
ローブの中の瞳は、今はそこまで強く光っておらず、切れかけの電球のような仄かな温かみの色を宿している。
滝本「ええ。もはや議長室が家のようなものですから」
¢「なるほど。だからよく寝てるんだな」
滝本はニコリと笑い、彼の皮肉を無言で受け流した。
¢「それじゃあ、おやすみなんよ」
滝本「ええ、おやすみなさい」
二人は本部棟の前で別れた。
不穏な夜は、こうして静かに更けていく。
- 470 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/18(金) 22:57:30.302 ID:lMa9vqFIo
- 考え抜いた結果、95黒さんは猫のまま出すことにしました。
- 471 名前:たけのこ軍:2020/12/18(金) 23:30:44.982 ID:z.2MHdwo0
- 角砂糖だからサッカロイドはなるほどぉ〜〜〜
- 472 名前:たけのこ軍:2020/12/19(土) 23:00:57.492 ID:l8lRnlf60
- これはサッカロイドのカードフレーバーが気になりますねぇ…
- 473 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/12/26(土) 21:41:32.193 ID:ORB7yMpoo
- 今日少し長いけど許してちょ
- 474 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その1:2020/12/26(土) 21:44:25.613 ID:ORB7yMpoo
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━━━━
『集計班さんは本当に優しい方だ。貧しかったこの村も【会議所】の領内に加えてもらい、【大戦】に使用する武器製造の仕事まで与えてくださった。あの方には感謝しかしとらんよ』
『集計さんには多大な恩義を感じているわ。病気で【大戦】に参加できなかった息子を勇気づけるために、きのこ軍エースの¢様を連れてきてくれたのよ。あの子、すごい喜んでいたわ。
その後、病気も良くなって今では【大戦】で撃破王を取るまでになったのよ』
『俺は昔、自治区域内で反ゲリラの活動をしてた不穏因子ってやつでよ。ヤンチャしてた時期があったんだ。ある時、【会議所】にしょっぴかれた時があってな。
でもあの集計班の奴とくれば、俺を罰すことなく笑顔で解放したんだ。“その勇敢さを是非【大戦】にぶつけてください”ってな。以来、あの人には頭が上がらねえんだ』
新議長として地方を行脚する中で、色々な話を聞いた。
そのどれもが、前議長の集計班への感謝と恩義の言葉だった。
滝本はただ人々の話を聴き相槌をうつことしかできなかった。それは何も自分でなくてもできることだった。
彼らも目の前の新議長と話をするという特別な感情よりも前に、集計班という人間に思いを馳せることに夢中のようだった。
仕方がないことだと思った。怒りも悔しさも感じなかった。
実績の無い自分にとって、今は人々の話に耳を傾けることしかできないことを理解していた。
- 475 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その2:2020/12/26(土) 21:45:15.147 ID:ORB7yMpoo
- 791『シューさんの人気は本当にスゴかったんだね…気負いすぎないでね、滝本さん。
貴方のことはみんなで支えるから』
同行していたたけのこ軍 791(なくい)が無言の自分を見かねて、気遣いの言葉をかけた。
その時の滝本は別に気負いすることもなく、同時に過度な責任感も持ちあわせていなかった。何も感じていない、という気持ちが正しい。
だが、彼女の気持ちには感謝の態度で示そうと思った。
滝本『大丈夫ですよ791さん。
あの人の遺志は、たしかに私が継いでいます。
亡くなったとしても、あの人の心はきっと私の心に“働きかけて”いると思います』
その返しを詩的に感じたのだろう。
彼女の浮かべた柔和な笑みが印象的だった。
滝本の言葉は嘘ではなかった。
二代目議長に就任した際に、滝本は確かに彼の“遺志”を継いだのだ。
- 476 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その3:2020/12/26(土) 21:46:34.164 ID:ORB7yMpoo
- 自治区域の政策決定、数百万規模で人が動く【きのこたけのこ大戦】のルール運用策定、【会議所】の人事配置他定期的に起こる両軍でのいざこざの仲裁、諸外国との外交交渉など。
きのこたけのこ自治区域の議長の務める業務量は、他国から見れば常識外の一言に尽きる。
並大抵の人間ならばその重責にすぐに押しつぶされてしまうに違いない。
だが、滝本は辛抱強い人間だった。
それも自分で思っているよりもかなりの粘り強さがあった。
議長に就いてからその才能が開花したといってもいいだろう。
【会議所】を自らが率いると決まったその瞬間から彼は一切の私情を捨て、少しも弱音を吐かずに働き続けた。
常人なら途中で倒れてしまうに違いない量の仕事も、時間をかけながら少しずつ捌いていった。
全ては自治区域の継続発展のため。その一心で闇雲に働き続けた。
昼夜を問わず議長室に籠もり働き続ける彼の姿を見て、最初は批判的だった人々も次第に考えを改めていった。
まず【会議所】が彼の味方となり、時間を置いて自治区域民の多くが彼の支持に転換した。
舌舐めずりをしながら自治区域の内乱を期待していた諸外国も、滝本が自治区域をまとめ上げていく様子を見て、【会議所】が一筋縄で瓦解しないことを悟った。
ここに知らずのうちに、自治区域崩壊の危機は去ったのだった。
のんびりした振る舞いながらテキパキと仕事をこなしていた前任者と違い、滝本は表情を消しながら言葉少なめに目の前の仕事を処理する精密機械のような人間だった。
周りの人間は前任との落差で、彼を大層冷たい人間だと思ったに違いない。
滝本からすれば、元々表情の変化に乏しい人間だったから別に冷徹な人間ではなかったのだが、こればかりは不幸だった。
最初は穏やかな空気が流れていた【会議所】内も彼の態度を受け、次第に緊張感を持ちピリリと張り詰めた空気に包まれるようになってしまった。
何も狙ってそのような空気を作り出したわけではなかったが、前任者と同じような態度でいればすぐに仕事も手につかずに倒れてしまうため、自身の性格を変えるわけにはいかなかったのだ。
自身の余裕の無さから生まれた全体の空気の変化に、滝本は若干の罰の悪さを感じたものだ。
- 477 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その4:2020/12/26(土) 21:47:52.363 ID:ORB7yMpoo
- 以前よりも静寂さが増した会議の中で、滝本は仕事以外の事を考える時間が少し増えた。
それは正確に言えば、考えるだけの余裕ができたと言い換えたほうが正しいのかもしれない。議長になって数年経って、ようやく自身ついて真剣に向き合う時間ができたのである。
ある時、定例会議で地方の抱えている問題について話を聞いていたときだ。とある一つの話が目についた。
“チョコ革命”で動力源が次々にチョコに置き換わる中、資金の乏しい一部の地域では漁船や連絡船の動力を未だに動物の力に頼っているという。
具体的には船の内部に回し車を付け、そこに馬を載せひたすら走らせることで動力に変換し船を動かしているというのだ。
基本は複数で走らせるが、一頭でも疲れてしまい止まると船が止まってしまうほか、無理に走らせることに因る動物への倫理的問題などから議題に挙げられたのだった。
会議資料を眺めた時、滝本は自身の今の状態を正にこの馬だと思った。
つまり、自身を回し車の中で走り続ける馬のようなものだと感じたのだ。
- 478 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その5:2020/12/26(土) 21:48:30.020 ID:ORB7yMpoo
- カラカラと滑車を回し得られた運動エネルギーで豆電球を照らし続ける程度の発電を、一生続けていると喩えてもいい。
自分以外が一切の暗闇の中で終わりなく滑車を回し続け、光が弱まってきたら再びペースを上げて走り続ける。自分の一生とはいかに忙しないのだろうか。
一瞬、走り続けることを止めてみたらどうなるのだろう。
そんな興味に駆られることがある。
だが、恐らく目の前でピカピカと煌めく唯一の明かりが無くなれば、周りの闇があっという間に自身を包み込むだろう。
まるで涎を垂らしている獰猛な肉食獣のように、闇はすぐにその歯牙を自分へ向けるに違いない。
継続には大層な努力が必要だが、中止するのはほんの一瞬気を抜くだけ。そしてそれは即ち崩壊を意味する。
闇に呑まれてしまえば恐らく自身の体は動かなくなり、二度と走り出すことはできなくなるだろう。
そう思うと、恐怖で走る速度が上がる。
滝本は余計な感情を持たずただひたすら走り続け、【会議所】という明かりを照らし続けることで自我を保ち続けていた。
それこそが、前任者の残した“遺志”ではないかと感じていた。
そう仕向けた彼の“遺志”は非常に残酷なものだったが、滝本にはそう感じる余裕も無かった。
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- 479 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その6:2020/12/26(土) 21:49:29.739 ID:ORB7yMpoo
- きのこたけのこ会議所自治区域の南部には広大な大戦場が広がっている。
世に名高い【大戦】を行うための戦場である。
大戦場は大型のテニス競技場のコートのように長方形角で区分けされており、その数は拡張を重ね今や十数個まで存在する。
一区画には両軍あわせて数十万の軍勢が剣や銃を交え戦えるだけの広大さを有している。まだ更地の部分も多く残っているため、今後の参加人数増加で増設の余地を残している。
広大な土地に初めは緑も芽吹いていたのだろうが、今は人々の激しい往来や重火器の使用で荒れ果てた砂地に変わっている。
【大戦】の正式名称は【きのこたけのこ大戦】という名で、きのこ軍とたけのこ軍という仮想軍に分かれて戦う模擬戦形式のイベントである。
十数個それぞれの大戦場で都度勝敗を付け、最終的に残存兵力、勝利区分け数などの重要項目を総合しその大戦での勝利軍が発表されるという、所謂参加型のゲームイベントである。
人々は所属軍の勝利に向け、また個人での戦果もあげるためゲーム感覚で戦いに挑んでいる。
軍、とはただの名ばかりで日常的な拘束や干渉は皆無だ。
【会議所】内に両軍本部も構えられてはいるもののあくまで形式的なもので、実態はただの寄り合いだ。
このように適度な“緩さ”を保っているところも人気の秘訣だ。
【大戦】はおよそ二十年前から始まったイベント戦だが、今や全世界で大人気のスポーツイベントになっている。
合法的に重火器を使用して戦う危険と隣合わせの面白さ、大戦場自体の仕様で被弾しても決して死ぬことはない担保された安全性、決められたルールで頭や身体を使い戦うスポーツ性や紳士さ。
自治区域内だけではなく諸外国民からも多くの人気を集めているため、開催日になると他国民は船を乗り継いでまで次々と自治区域に渡ってくる。
その参加人数は数百万規模にも及ぶのだから、波及する経済効果も計り知れない。
- 480 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その7:2020/12/26(土) 21:50:31.255 ID:ORB7yMpoo
- このようにほぼ区域内の一大事業と化している【大戦】の運営に、自治区域内の中心的存在である【会議所】も多くの労力を割いている。
【会議所】内で働く職員のうち、実にその八割以上が【大戦】に携わる職種である。
そのほとんどは運営スタッフとして、当日に訪れる数百万の兵士への武器の配布、戦場振り分け、集計作業などを分担して行う。
大戦場では貸し出し用の武器を用意して参加者に貸与しているが、一部の兵士たちは自分の武器を持参し戦うこともある。
最近では自分だけの武器を作ることが御洒落に繋がると考えられており、カスタムメイドの武器製造の話が増えている。この武器は【大戦】専用のもので実戦には使えない。
不思議なものだが、運営スタッフからすると余計な仕事が減るのだからありがたいことこの上ないのだ。
数百万の人間が動く戦場内で起こる様々なトラブルに都度翻弄される運営スタッフだが、特に当日に激務を強いられるのは【大戦集計課】に属する集計係と呼ばれるスタッフたちである。
彼らは【大戦】時には直接戦闘には参加せずに、戦場内から離れた位置にそびえる集計本部で、十数ある大戦場の結果を逐次集計し、戦闘終了か継続の判断を行う審判的な立ち位置のスタッフだ。
各戦闘場での戦況の数値化は魔法である程度自動化できるが、一つの戦場内で数十万の人間が動く交戦結果を逐次取りまとめるには限界がある。
そのため、最終的には各大戦場内外に集計担当者を複数人配置し、終戦までの集計作業はほぼ人力で行われる。
特に【大戦】中も戦闘に参加せずに激務を強いられることから、【会議所】内でも屈指の過酷な部署と噂される。
課内でも定期的に人員を入れ替えたり交替制で【大戦】に参加できる課員を増やしたり、有給日数を他の課より増やしたりと涙ぐましい工夫を続けているが、決して人気は高くない。
ただ過去の歴史上、進んで集計係をこなす兵士が【会議所】に二人存在した。
先代議長の集計班と、現議長の滝本である。
- 481 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その8:2020/12/26(土) 21:52:29.927 ID:ORB7yMpoo
- 【きのこたけのこ会議所 大戦場 バーボン墓場】
荒れ果てた戦場郡の最南端には、広大な丘陵地帯が広がっている。
眼下の数多の大戦場を一望できるその草原には、視界を覆い尽くすほどの十字の墓標が秩序を持って整然と並んでいた。
初めて大戦場にきた兵士がこの場所に来ると、大量の墓標を前にまず間違いなく足をすくめるだろう。
意気揚々とした兵士の心に、危険とは無縁の【大戦】で突如予感させる“死”の場所に、兵士たちは強力な威圧感を感じると同時に恐怖感を覚える。
特に新参兵士の多くはこの“墓場”をトラウマに感じてしまうことも多い。
なぜなら新参の多くは、まず間違いなく“人で賑わう前”にこの場所を訪れることになるからである。
「ちくしょうッ…もう少しだったのにッ」
今日もまた大戦後すぐに、一人の新参兵士がバーボン墓場にやってきた。
名をきのこ軍 お姉ちゃんと言う。
彼は第2大戦場で戦闘をしていたきのこ軍兵士だ。
開戦の合図とともに特攻してきたたけのこ軍兵士を相手に取っ組み合いとなっていたが、あと一歩のところで逆に仕留められてしまった。
お姉ちゃん「次は武器をハンマーに代えないとな…遠距離でちまちま狙ってたんじゃ物足りないッ」
「はははッ、新参かな?随分と威勢がいいな」
背後から投げかけられた言葉に、戦場の勘そのままに彼は勢いよく振り返ると、近くの墓標にもたれかけ腰掛けている兵士を視界に捉えた。
身にまとった全身カーキ色の軍服。彼はたけのこ軍兵士だった。
- 482 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その9:2020/12/26(土) 21:54:20.052 ID:ORB7yMpoo
- 「そんな露骨に警戒するところを見ると、君は紛れもなく新参兵だなッ。そう構えるな、ここはもう“墓場”さ」
敵軍兵を前に睨むお姉ちゃんだったが、彼の言葉を受け改めて辺りを見回した。
突如として眼前に広がる無秩序な墓標の数々。
噂には聞いていた。ここが“バーボン墓場”か、と彼は思った。
お姉ちゃん「俺は死んだってことですかね?」
盾専「そうだ」
自らをたけのこ軍 盾専だと名乗った兵士は、静かに頷いた。
背後に轟く地鳴りのような戦場の喧騒から離れ、心が安らぐほどにバーボン墓場は静寂を保っていた。
数km進んだ先に見えてくる海岸の波打ち音すら聞こえてきそうだ。
お姉ちゃん「こんな早くに残念です。あなたも死んだんですか?」
盾専「名誉の死だ。戦場にあった大筒で敵軍を射抜こうと思ったら暴発しておじゃんさ。
まあ隣に座れ。私が話を聞いてやる」
お姉ちゃん「ですが、死者の墓標に背をつけて話すとは…倫理上、遠慮したいんですが…」
盾専「ん?これか?」
盾専は隣に並んでいる白い墓標に手を当てると、そのままグッと力を押し付けた。
すると墓標はグニャリとしなり、彼が手を離すと弾みでまた直立に戻った。
盾専「これはただの“座椅子”だ。悪趣味な、ね。早く座らないとすぐ埋まっちまうぞ?」
彼が言い終わらないうちに、途端にお姉ちゃんの周りには数十の魔法陣が展開され自分と同じような兵士たちが“転送”されてきた。
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- 483 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その10:2020/12/26(土) 21:55:16.851 ID:ORB7yMpoo
- ここは、バーボン墓場と呼ばれる“待機所”である。
待機所とは何か。
戦闘中に致命傷を浴びた兵士は戦場に留まることを許されない。
許してしまえば集計作業に著しい弊害を与え、集計係が過労で倒れてしまうからである。
本人たちに一切のダメージはないものの、一般的に戦闘不能と判断された兵士は大戦場全体に張り巡らされた巨大な魔法陣下での力により、死者として何処か別の場所にて終戦まで待機させないといけない。
即ち、このバーボン墓場は【大戦】で“死んでしまった”人間たちの待合所なのだ。
バーボン墓場に着いた兵士は残りの大戦場での戦いが終わるまで、眼下で広がる戦いや近くにある集計本部から公表される情報に一喜一憂する。
人がいないうちは無味乾燥とした墓地だが、暫くすると多くの兵士でごった返してしまう。
戦いの終わった多くの兵士は気楽なもので、酒を片手に先程まで敵軍だった兵士たちと肩を組み飲み明かす。
新参兵士が恐怖を抱くのもほんの一瞬。見掛け倒しの墓場は、兵士たちの心をほぐす社交場として人気が高い。
- 484 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その11:2020/12/26(土) 21:56:22.699 ID:ORB7yMpoo
- さて、バーボン墓場の外れにはレンガ造りの重厚な大教会がある。
赤レンガの壁に白の洋瓦が用いられた建物は集計係たちの集う集計本部である。
教会様式であることに特段意味はなくバーボン墓場と併せた製作者の茶目っ気だが、お陰でその重厚感から最近では若者の中でも集計係を目指す人間が増えているという。
入り口を抜けると巨大な吹き抜けが広がるところまでは普通の教会と同じだが、その細部は通常の教会とは全く異なる。
通常、木製のベンチが何列も並べられているはずの巨大な講堂には縦長の長机が置かれ、
その上には机を埋め尽くすほどの地形図と、両軍を見立てた駒、そして両軍の軍服を身につけた兵士たちがその駒を動かし戦況の分析を行っていた。
戦況把握のためひっきりなしに走り回る両軍兵士の軍靴の慌ただしい足音をきくに、講堂内はさながら戦場での司令室を想起させた。
“集計総責任者”の滝本は、その講堂最奥の一段高い壇上で戦況図を眺めながら、各戦場の報告を待っていた。
「第一大戦場より目視で確認ッ!たけのこ軍陣地より白旗が上がりました!」
「続いて報告ですッ!現地集計責任者より連絡が届きましたッ!きのこ軍の圧勝ですッ!残存兵力比82:0で、きのこ軍の勝利です」
滝本「ご苦労さまです。第一大戦場の運営係は速やかに両軍に武装解除を呼びかけ、終戦後の手続きを取ってください」
走りながら本部に駆け込んできた二人の集計係の報告を受け、机の傍にいた兵士は地形図上のきのこ軍を見立てた駒をたけのこ軍の陣地の真上まで進ませた。
- 485 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その11:2020/12/26(土) 21:57:18.141 ID:ORB7yMpoo
- また一人の兵士がドタドタと講堂に駆け込んできた。屈強な身体を持ったたけのこ軍兵士だが、その胸板を激しく前後させ額からは汗も噴き出している。
「第五大戦場より書簡が届きましたッ!原文ママ読み上げますッ!
『こちら第五大戦場、集計担当の抹茶です。現在、残存兵力比は30:12できのこ軍が有利な状況です。悔しいですが、このままいけばあと数分できのこ軍の勝利がッ…
くそッ!きのこの野郎ども、此処まで攻めてきたかッ!文面終わり、失礼しますッ!』とのことですッ!」
滝本「了解。すぐに返信を打ってください。
『頑張ってください抹茶さん。でも大戦の女神は最後にきのこ軍に微笑みますよ?』」
兵士は滝本の言葉に頷き、すぐに踵を返し走り去っていった。
集計係に命じられると、戦場に出る機会が少なくなるため体力の少ない兵士でも勤まるのではないか想像をされがちだが、その実は真逆だ。
各戦場の集計報告は現場にいる集計担当者、現場から届く集計担当者の情報を受け取る集計係、そして集計本部にいる本部スタッフという三者の連絡で繋がっている。
各戦場での兵力比は補助魔法で数値化はされるものの、戦況については現場に居る集計担当者の情報をもとに集計係が集計本部に伝える必要がある。
橋渡し役の集計係が特に激務で本部と戦場付近を繰り返し往復することになるため、戦場の兵士よりもよく動くことになるのは集計課でもよく知られた話だ。
- 486 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その12:2020/12/26(土) 21:58:14.379 ID:ORB7yMpoo
- 「報告しますッ!第八大戦場の集計報告が十分以上途絶えています。
担当の集計係の観察でも、たけのこ軍がきのこ軍本陣に激しい攻撃を仕掛けているところまでは確認していますが、きのこ軍の偽装煙幕により戦況の把握が著しく困難になっていますッ!」
「まったく、これだからきのこの野郎は…」
また、一人の集計係が走り声を張り上げて報告すると、第八大戦場を担当していた本部スタッフのたけのこ軍兵士は軽口を叩いた。
滝本「分かりました。私が現場に行ってきます」
本部にいる集計係たちはギョッとして彼を見返した。滝本は平然とした顔で壇上を降りた。
「ですが、担当の人間に直接、戦場に行かせますので――」
滝本「そうしたら集計結果を本部に伝える人間が足りなくなってしまうでしょう。私が代わりに戦場に行きますので、戦況把握をお願いします」
彼の言葉に、第八大戦場の地形図を前に頭を悩ませていた兵士は力強く頷いた。
こうしてトラブルが発生した際に真っ先に対処にあたるのも、責任者たる滝本の役目だ。
滝本「ジンさん。第八大戦場のきのこ軍側の集計担当者を教えて下さい」
たけのこ軍 ジンは駒を動かしながらもう一方の片手で器用に書類を読み上げた。
「はッ!責任者はきのこ軍 someone(のだれか)兵士ですッ!」
滝本「ありがとうございます。ああ、それと――」
「はッ?」
再度呼び止められたジンは駒を動かす手を止め、顔を上げた。
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- 487 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その14:2020/12/26(土) 21:59:23.563 ID:ORB7yMpoo
- 【きのこたけのこ会議所 第八大戦場】
キコキコと錆びついた音を発しながら、ボロボロの自転車で第八大戦場に辿り着いた滝本は小高い丘の上から大戦場の風景を一望した。
滝本「これは…すごいな。激戦すぎて何が何やらわからない」
数十万の両軍兵士が激突し、爆炎と土煙が混ざり怒号と銃声しか聞こえてこない。
だが、先程よりも喧騒音は幾分か小さくなったように感じる。終戦していない様子を見ると、小康状態に戻ったということだろうか。
滝本「きのこ軍陣地が燃えている。ということはやはり攻められているのか。仕方ないなあ」
滝本は自転車に乗ったまま、勢いよく坂を下り砂煙舞う大戦場の中に突入した。
すぐに硝煙の匂いと、耳元に轟音と怒号が響いてくる。
そのうち、滝本の前を数人のきのこ軍の集団が立ち塞いだ。
「誰だテメエはッ!
エッ!?滝本さんじゃないですかッ!」
濃緑色の軍服を着たきのこ軍兵の一人は目を丸くすると、構えていたライフル銃をすぐに下ろした。
滝本「戦闘ご苦労さまです、炭(すみ)さん。状況はどうですか?」
炭 大佐▽「見ての通り悲惨なものです。自陣は攻め込まれ数を減らしながら司令部を転々と移動させている始末でして…」
滝本「敵の奇襲にあいましたか。ここの隊長が立てた作戦は敵軍に看破されたみたいですね。
そういえばsomeoneさんを探しているのですが、見かけませんでしたか」
- 488 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その15:2020/12/26(土) 22:00:26.494 ID:ORB7yMpoo
- 炭 大佐▽「それでしたら移転した司令部隊とともに移動したはずです。
X7セクションのあたりかと」
滝本「わかりました、ありがとうございます。お気をつけて」
滝本は自転車に再びまたがるとキコキコとペダルを踏み込んだ。
錆びついているからか、最初に車輪を回転させるまでが力を込めないといけないのが足にくる。
炭「滝本さんこそ、お気をつけ…なッ!たけのこ軍だッ!敵襲ッ!敵襲ッ!」
滝本がその場を離れた数秒後、戦場の反対側から怒号とともにカーキ色の軍服を纏ったたけのこ軍の突撃部隊が迫ってきた。
煙幕の中から放たれたタタンという小気味よい銃の発射音とともに、炭は銃弾を一身に受けた。
炭「む、無念…」
そう呟き地面に突っ伏すと。
数秒後にその身体は青白い光を発しながら消え失せ、バーボン墓場へと転送された。
滝本「これはまずい。急がないと」
叫びながらきのこ軍を追うたけのこ軍兵士と、逃げ惑うきのこ軍兵士を尻目に、滝本は急ぎ自転車をこぎ続けた。
- 489 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その16:2020/12/26(土) 22:01:13.838 ID:ORB7yMpoo
- 炭の話していた場所まで来ると、きのこ軍の暫定司令部はすぐに見つかった。
ボロボロになった天幕にちょこんときのこ軍の軍旗が立てかけられている。
数十万の軍勢の本陣にしてはあまりにも頼りない姿だ。
錆びついた自転車を天幕の端に立てかけると、滝本は外から声をかけた。
滝本「戦闘中のところすみません。someoneさんはいますか?」
someone 大尉「滝本さん」
天幕の中からひょっこりとsomeoneが姿を表した。
まだあどけなさが残る顔に群青色のローブは少し大人びて見える。
彼のように【大戦】でも軍服を着ていない人間は一定数いる。気分高揚のために配っているもので、別に着用を強制しているわけではないのだ。
滝本「ご無事でしたか。定時連絡が無かったもので、心配して来てみました」
someone 大尉‡「ご心配おかけしてすみません。
バタバタしていて、戦況を伝える時間が見つけられなくて…ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるsomeoneを気遣うように、滝本は大袈裟にかぶりをふった。
滝本「状況は聞いています。手酷くやられているようですね」
someone 大尉‡「敵軍の欺瞞作戦に引っかかり挟み撃ちを食らったんです。
いまの残存兵力差の比率は12:65程かと。危機的状況です」
「敵襲ッ!敵襲だッ!」
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- 490 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その17:2020/12/26(土) 22:01:57.502 ID:ORB7yMpoo
- someone 大尉‡「そのようなわけです。ここもすぐに激戦地になります。巻き込まれないうちにお帰りください」
滝本は彼の言葉に答えず自身の軍服のポケットをまさぐり、中からくすんだ勲章を一つ取り出し胸に挿した。
滝本 二等兵=「さて。敵兵を迎え撃てば良いんですね」
彼は驚いたのか、ほんの少し目を丸くした。
someone 大尉‡「でも。滝本さんは集計総責任者だから戦闘に参加しては…」
彼の不安げな物言いを遮るように、滝本は人差し指を口に当て笑った。
滝本 二等兵=「一人くらい増えてもわからないでしょう。
それに、私も憂さ晴らししたいところでしたので」
天幕に立て掛けてあったライフル銃を手に取り、滝本は颯爽と慌てふためく兵士たちの前に躍り出た。
そして敢えて注目を集めるように両手を勢いよく開き、声を張り上げた。
滝本 二等兵=「きけッ!皆の衆ッ!敵軍は強大だッ!
だが他の戦場ではきのこ軍が大勝している戦場もあるッ!ここも諦めず、最後まで戦うぞッ!オー!」
「あれ、滝本さんか?」
「滝本さんじゃないかッ!うおおおッ!」
「よっしゃあッ!きのこの底力を見せてやるよッ!」
滝本の鼓舞にあてられたのか、集まったきのこ軍兵士たちは手に持った武器を掲げ次々に湧いた。
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- 491 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その18:2020/12/26(土) 22:03:07.243 ID:ORB7yMpoo
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 大戦場 バーボン墓場】
「第八大戦場 階級制大戦の結果を報告します。
結果は0:63でたけのこ軍の圧勝となりました。繰り返します…」
魔法の拡声器のアナウンスに、賑やかなバーボン墓場がさらに一層湧いた。
既に今回の大戦も佳境に差し掛かっているのか、バーボン墓場は大変な混み合いだ。
墓標の形をした“悪趣味な”ソファ席は全て埋まり、溢れた兵士たちは肩と肩がぶつかりそうな距離感で少しでも空いた場所を探すために動き回っている。
その間にも次々と兵士が転送されてくるため兵士たちは新たな来訪者のために道を開ける。
墓場は終戦間際になるといつもパーティ会場のような密集度となる。
また、あちこちで運営スタッフが露店で飲食物を販売している。
そのため、既に大分待っている兵士たちはグラスを片手に、先ほどまで争いあっていたことはコロッと忘れたのか両軍で肩を組み、互いに笑いながら手を叩き互いに盛り上がっている。
飽きを防ぐために墓場周辺には射的会場や訓練場などの場所も用意され、さながら縁日のような活気を見せている。
目の前に広がる温かい団欒(だんらん)の光景を、目を細めながら滝本は無言で眺めていた。
- 492 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その19:2020/12/26(土) 22:04:13.396 ID:ORB7yMpoo
- someone「ここにいたんですね」
背後からかけられたややか細い声が自分に向けられた言葉だとは気づかず、滝本は数秒遅れてようやく振り返った。
そこには群青色のローブを目深に被ったsomeoneがちょこんと立っていた。
滝本「おやおや。お疲れさまです、someoneさん。
いやあ、啖呵を切って突入したところまではよかったんですけどね。まさか真っ先にやられるとは。恥ずかしい限りです」
someone「いえ、仕方ないですよ…」
滝本「身体がなまっているなあ」
お恥ずかしいとばかりに、滝本は青髪を掻いた。
someoneは話す内容が尽きたのか、黙って俯いていた。
彼はいつもこうだ。
不必要な会話以外は喋らず、なかなか心を開かない。
いつもならばもう話を切り上げるところだが。
折角向こうから話しかけてきてくれたことを考慮し、もう少しだけ彼に付き合ってみようと思い直し。
滝本は再度話しかけてみた。
滝本「私はいの一番にやられたのでわかりませんでしたが。
someoneさんはどなたにやられたんです?」
すると、一瞬だけ彼の顔がパッと上がった。先程までとは違い、その目は少し輝きを取り戻したようだった。
someone「斑虎です。斑虎にやられましたッ」
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- 493 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 大戦編その20:2020/12/26(土) 22:04:49.969 ID:ORB7yMpoo
- 滝本「ふふッ。仲がいいようで安心しました。ああ、そういえば――」
―― 一週間後の夜、“例の場所で”お待ちしていますね。
滝本の口から発せられた言葉にsomeoneはビクリと肩を震わせ、途端にフードの中で一切の表情を消した。
someone「…はい」
彼の抑揚のない返事にも滝本は満足したのか数回頷いた。
滝本「結構。では私は集計本部に戻ります。あらためて、今日はお疲れさまでした」
対称的に滝本は笑みを浮かべたまま、人混みを掻き分け去っていった。
直後に終戦を伝えるアナウンスが墓場中に響き渡っても、someoneには耳鳴りのように煩わしく感じられた。
- 494 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/26(土) 22:05:25.875 ID:ORB7yMpoo
- 現実の大戦のバーボン墓場もこんな感じでワイワイできる感じならよかったのにね。
- 495 名前:たけのこ軍:2020/12/26(土) 22:08:37.455 ID:vXvv.fQI0
- 大戦の雰囲気が出ていていいですね
- 496 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その1:2020/12/29(火) 22:04:15.731 ID:m1zWBMqko
- 長い戦乱の世が終わり、大陸に数百あった国は僅か十一までその数を減らした。
搾取と奪取の限りを尽くした各国は疲弊した。
そして、各国は暫くの間外に目もくれず自国内の立て直しを行うようになった。
何時終わるかもわからない仮初めの平和を少しでも長続きさせようと、まるで示し合わせたかのように国境を越えた干渉を過度に控えるようになった。
世界には敢えて大陸から目を背けた時期が、確かに存在した。
その最中、大陸南西部の一角にどの国も支配していない“空白地帯”が残っていることに世界が気づいたのは、戦乱の世が終えて数年が過ぎようとした頃だった。
間隙を縫うようにその空白地帯を制圧し、【きのこたけのこ会議所】を立ち上げたのが一部の古参兵たちだった。
その迅速さはさすがの手練ぶりだった。
国ではなく【会議所】という自治区域の形式を取ったのは、国家を宣言してしまえば途端に他国の目の敵にされ食い物にされてしまうからだ。
戦乱の終結から数年が経ったとはいえ各国軍は臨戦態勢を維持したままだ。
不用意に他国を刺激しないための苦肉の策だった。
当時は大きな発展よりも小さな存続を選び、黎明期の兵士たちは他国の目に怯えながら小さな【会議所】と先で焼け野原となった平野の中で日々、生を実感していた。
- 497 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その2:2020/12/29(火) 22:05:44.814 ID:m1zWBMqko
- さて、勢いよく発足を宣言した【会議所】だったが、広大な領土を恒久維持し続けるためには領土内の人口を増やし他国からの脅威に備えるための戦力が必要だった。
しかし、移民の呼びかけはともかく、軍備増強といった表立った行動はたちまち他国を刺激してしまう。
考え抜いた挙げ句、【会議所】は“奇策”に打って出た。
【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を領土内で開催し、合法的な戦闘を許可したのだ。
領民だけではなく他国民の参加も歓迎し、自治区域内への人の出入りを活性化させた。
なおかつ、“大戦のため”という名目で公然と軍需産業を立ち上げ発展させたことが大きかった。
途端に地域の産業は潤い経済は循環し始めた。さらに各国に散らばっていた技術者が噂を聞きつけ、こぞって【会議所】に押し寄せた。
チョコを始めとした食料品等についての一部は輸入に頼るしかなかったが、兵器産業を始めとした工業技術の発展は目覚ましかった。
さらに【大戦】により、自らをゲーム上の“兵士”と呼称する自治区域内住民の練度も一気に高まっていった。
【大戦】で使う銃弾は全て偽物だったが、銃火器に関しては全て本物を使用していたのだ。
彼らは一時期、【会議所】から有事の際の“兵力”と本気で見做されていた。
【大戦】のゲーム性が全世界で評判となり始めてから、急速に【会議所】は発展し始めた。
世界は当初、会議所自治区域を大した脅威とは捉えていなかった。
自治区域の宣言時期と前後し同じような準国家の樹立は何例かあったが、そのどれもが上手く行かずに解散か、さもなければ大国に呑まれていったからである。
しかし自治区域の樹立宣言から暫くし、【大戦】に魅入られた多くの移民が領内に住み着き始めた。
彼らの中には混迷の戦乱を生き抜いた強力な兵士たちも混ざっており、自治区域では知らずのうちに最強の傭兵集団が出来上がっていった。
他国からすれば、この“奇策”は非常に合理的でかつ強かなものだった。
国家という機構を持たずに、ものの数年で【会議所】は世界の列強と肩を並べるまでに急成長を遂げたのである。
- 498 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その3:2020/12/29(火) 22:07:25.191 ID:m1zWBMqko
- ━━
━━━━
加古川『そういえば滝本さんはどこの国の出身ですか?昔はどこも大戦乱の最中で、大変でしたでしょう』
今日も懐かしい夢を見た。
議長に成り立ての頃、会議所本部の詳しい案内を彼から受けていた時の出来事だ。
滝本『実は…覚えてないんです。つい最近までの記憶が一切なくて…』
前を歩いていた加古川は足を止め振り返った。
その時、彼の瞳が戸惑いで微かに揺れていたことを覚えている。
やり手の兵士でもそのような顔をするのか、と思った覚えがある。
加古川『それは知らなかった。失礼しました。一時的な記憶喪失かなにかですか?』
滝本『恐らく…そのようなものだと思います』
ふと加古川は口元に笑みをつくった。
- 499 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その3:2020/12/29(火) 22:08:31.440 ID:m1zWBMqko
- 加古川『戻るといいですね、記憶』
滝本『…そうですね』
嘘はついていない。
だが通常の記憶障害とは違い、自分の記憶が今後も戻ることはないだろうという微かな予感があった。
今の自分はかつての記憶の手がかりすらつかめない。綺麗まっさらな状態なのだ。
いま記憶のある人格こそが本当の滝本で、かつて生きてきた自身の記憶はもはや別の人間なのではないかという誤った感覚すらある。
それ程、滝本にとっては過去の自分などどうでもよいし、気にもしない。
もし。
もしも。
仮に“失われた”記憶が戻ってきたとして。
その時、本当に自身はその記憶を受けいれられるのか。
自分は自分のままでいられるのだろうか。
酷く不安になったことを今でも覚えている。
━━━━
━━
- 500 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その5:2020/12/29(火) 22:10:01.096 ID:m1zWBMqko
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 wiki図書館】
wiki(うぃき)図書館は会議所本部一帯の外れにひっそりと建っている。
自治区域内随一の蔵書量を誇るこの図書館は、次々に建増を重ねた【会議所】の中では最初期から存在する歴史ある建物だ。
定期刊行物から一般書、研究会集録に至るまでありとあらゆる書籍を収蔵し、建物の規模も合わさり、さながら博物館という様相を呈している。
だが、wiki図書館自体が【会議所】の中でもいまいち目立たない立ち位置にいるのは、偏に人々がこの図書館をあまり利用しないことにある。
参謀「事実は小説より奇なり、なんて言葉があるわな。正にそれやに」
訛りの強い言葉でそう語るのはきのこ軍 参謀B’Z(ぼーず)で、図書館長だけでなく【会議所】の副議長も務める、自治区域きっての重鎮である。
彼はいま、図書館入り口にある受付で退屈そうに欠伸をかいていた。
つられて滝本も欠伸を返しては、徐に入り口近くの雑誌棚から一冊を手に取った。
『大戦ルール徹底解剖大全集』と書かれたムック本だ。
- 501 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その6:2020/12/29(火) 22:10:56.714 ID:m1zWBMqko
- 参謀「みんな、【大戦】以上のおもしろい話に見向きもせん。
それも人気やから置いとるが、もっとおもしろい本は奥にたくさんあるわさ」
滝本「私は好きですよ、図書館。館内の気温も一定だし、何より小言をいう部下がいない」
参謀はこれみよがしにハァと深いため息を吐いた。分かっていないと言いたげだ。
分かっていないと言えば、彼はいつも白の着物に紺の袴といった出で立ちで、西洋風の館内の装飾に対しミスマッチしている。
何度かその話しをしたが、彼は頑として袴姿から変えない。存外に頑固者なのだ。
滝本「奥で書物の空気を感じてきます」
胡散臭そうに視線を送る彼にひらひらと手を振り、滝本は歩き始めた。
辺りは蔵書で満載だが、人気がほとんどないからか通路内に革靴の反響音がよく響く。
館内の広さに反し司書の数が少ないのは、何も参謀の趣味ではなく少数でも運営ができてしまうという表れでもあった。
最奥の閲覧室に足を踏み入れ、中央に置かれた丸テーブルに備え付けの椅子に深く腰掛ける。
仕事に疲れると、滝本はこうして図書館に足を運び、暫らく羽根を伸ばす。
【会議所】内の喧騒から離れ、静寂の中に身を置いているこの時間が好きだった。
書類の山は無いし、厄介事を持ち込まれることもないし、何より寝ていても叱られることはない。
あまり長居できないが極上の時間だ。
- 502 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その7:2020/12/29(火) 22:13:42.321 ID:m1zWBMqko
- 凝り固まった首を回していると、普段は気にもしない書棚の方にふと目がいった。
最近はまたレイアウトを少し変えたのか、書棚の一つが傾斜棚に変わり、並べられた本の表紙が見えるように配置されている。
恐らく参謀の手によるものだろう。彼は非常にマメな人間だ。
滝本は立ち上がり、彼の努力に少しだけ敬意を払う意味も込め、傾斜棚を一瞥した。
図書館長の好みか伝統的な傾向なのか、この図書館はベストセラーよりマニアックな書籍を本棚に並べることに力を入れている。
恐らく前者だと思うが、並んでいる本も一昔前に流行った本ばかりだ。
一瞬だけ目を通してすぐに戻ろうと思っていたが、滝本の目にある一冊の本が留まった。
牢獄に囚われた白髪の少年が描かれたハードカバー本だ。
小説は普段読まないが、描かれた表紙には何か言葉では言い表せない不思議な魅力があった。
魔が差したのだろう。本を手にとりテーブルに戻ると、興味半分でページをめくり始めた。
―― タイトルは『牢獄の中の正義』。
主人公は白髪の青年警官。
彼は孤児院で育った。両親は物心付く前に病死したのだという。
さらに不幸なことに、彼には人生の大部分の記憶が無かった。
成人間際までの記憶がスッポリと抜けてしまっているのだ。
そのため物語は、彼が警官としてチームメイトと犯罪集団を追う日常から始まる。
身寄りのない彼には、唯一“育ての親”と慕う警察官がいた。
父親としては少々若いその警官は、暇を見ては彼の下を訪れ励まし勇気づけていたようだ。
その甲斐あってか孤独な彼は立ち直り、同時に警察官という職業に憧れを持つようになった。
- 503 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その8:2020/12/29(火) 22:14:56.968 ID:m1zWBMqko
- そして、念願叶い“父”と同じ職場で働き始め、職場で新たな仲間もできた。
性格は明るく誰にも優しく、課内の人気者。
そんな順風満帆に思えた彼の人生。
だが、ある時から彼は夜な夜な同じ悪夢にうなされるようになる。
決まって同じ場所で凄惨な犯罪現場に、自分が血まみれで立っている夢だ。
そして今の青年姿の自分に、血まみれの少年姿の自分が問いかける。
『早く、“目覚めさせて”?』
さらに、ある犯罪グループの一人を捕まえ尋問した時。
主人公の姿を見た犯人は驚愕し思わずこう聞き返す。
『お前…“本当の自分”を覚えていないのか?』
自分はいったい何者なのか。
制止しようとする周りを振り切り、主人公は悪夢で見た場所をたよりに失われた過去を探し始める……
- 504 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その9:2020/12/29(火) 22:16:23.069 ID:m1zWBMqko
気がつけば思っていた以上に時間が過ぎていたことに、滝本は驚いた。
冷やかしで読み始めたつもりだったが随分と夢中になって読み耽ってしまったようだ。
早く【会議所】に戻らないと仕事が滞る。
途中まで読んだ本を手に取り、滝本はすくっと立ち上がった。
滝本「本を貸してくださいな」
来場者のことなど気にせず手元の文庫本に目を落としていた参謀は、まるで異国の言葉を聞いた時のような面持ちで顔を上げた。
参謀「そんな言葉、知ってたんやな」
滝本「ここが図書館であることに今日気が付きまして」
悪気もなく滝本はニッコリすると、受付台に先程の本を差し出した。
途端に目の前の彼から“おおッ”と感嘆の声が漏れた。
参謀「【牢獄の中の正義】、七彩さんの往年の名作やな」
そこで滝本は改めて表紙の作者名を見返した。
七彩(ななさい)。
かつて【会議所】にいたきのこ軍兵士だ。数年前に亡くなったきのこ軍の英傑でもある。
- 505 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その10:2020/12/29(火) 22:17:15.570 ID:m1zWBMqko
- 滝本「全然気が付かずに読んでましたよッ。七彩さんだったんですか。
これは今度までに読んで、彼に感想を“伝えないと”」
参謀「そうしたらええに。内容もなかなかええやろ?」
滝本「先が気になりますね。それに、どこか“懐かしい”気分にもなる作品かな、と…」
その言葉に、参謀は細い目をさらに細め、貸出カードの日付欄に刻印を押した。
参謀「現実なんて、空想と比べて平々凡々なことしか起こりえん」
滝本「そうですね。起こり得ないことが頻発する。
だから空想の世界は楽しい」
挿し込まれたカードと一緒に本を受け取ると、滝本もポケットから栞程度の一枚のメモを参謀に差し出した。
- 506 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その11:2020/12/29(火) 22:18:10.194 ID:m1zWBMqko
―― 『三日後。丑一刻。例の場所にて』
滝本「良かったら一緒にいかがですか?“非日常の世界”へ」
メモを手にした参謀は暫し無言だったが。
持っていた文庫本にそのメモを栞代わりに挟み、パタリと閉じた。
参謀「ちょうどいま読んでた小説ももう終わりでな。
次の新しい“非日常”に行くとするかね」
滝本「よろしい。では、また」
笑顔でそう答えると、持った本を脇に抱え、滝本は図書館を後にした。
- 507 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/29(火) 22:19:16.868 ID:m1zWBMqko
- 参謀、あなた悪いことはしないって約束したじゃない!(してない)
次の更新分が長いため、急遽このパートを追加しました。
- 508 名前:たけのこ軍:2020/12/29(火) 22:42:35.686 ID:kdHxTSNY0
- 記憶がまっさらなのが怖い
- 509 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2021/01/04(月) 13:18:07.852 ID:/QEW4mKwo
- あけおめことよろ。ageるぜ。ということで更新はじめます。
- 510 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その1:2021/01/04(月) 13:22:15.264 ID:/QEW4mKwo
- 会議所自治区域の成長を主導したのは、自治区域内の政府機構ともいえる【会議所】本部だった。
各国が水面下で互いに警戒しあっている状況の中に、まるで人懐っこい犬のようにスッと前議長の集計班は入り込んだ。
そして、絶妙な均衡を保つ橋渡し役として重要な役回りを担うようになったのだ。
その甲斐もあり、今や会議所自治区域には数百万人もの移住者が定住し、列強諸国も無視できる存在では無くなった。
だからこそ、他国には会議所自治区域という存在が気に食わないのだろう。
議長である滝本はそう分析している。
会議所自治区域は【国家】にならなければいけない。
あくまで自治区域の住民たちは移住者という名目で自治区域の国籍を持たない。
また、【国家】にならなければ他国と対等な同盟も結べないし、通商交渉でも有利に立ち回ることはできない。
過去、何度も会議所自治区域は世界会議で【国家】引き上げを訴えてきた。
しかし、その度に各国から“時期がまだ早い”だの“世界の飢餓問題が解決したらいずれ”などと、何かと理由をつけられては先延ばしにされてきた。
ある国からは面と向かって“会議所国が誕生すれば我が国にも脅威だからすぐに経済封鎖を行う”とまで言われたこともある。
一連のやり取りを経て遂に【会議所】は、自分たちがただの道化師に過ぎないことを痛感した。同時に、ある決意を覚悟した。
正攻法では、いつまで経っても【会議所】を【国家】にすることなど叶わないのだと。
下水に棲まうネズミよりも黒ずんだ、どす黒い思いを彼らに抱かせるには十分な時間だった。
- 511 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その2:2021/01/04(月) 13:23:55.339 ID:/QEW4mKwo
━━
━━━━
今日も夢を見た。
いつもの【会議所】の会議室で、三人の男たちが額を寄せ合い話し合っている夢だ。そこに自分の姿はなく、ただその光景を天井付近から俯瞰しているようだった。
『まただッ!どうしてッ、どうして【会議所】は【国家】になれないんですかッ!?
おかしいんよッ!こうなったら再度世界会議に駆け込むしか手がないッ』
悔しそうに拳で机を何度も叩き、金髪の男は肩を震わせながら悔しそうに叫んだ。
否、話し合いというにはいささか冷静さを欠いていた。
正しくは悲しみの慟哭のぶつけ合いだ。
『諦めるんや、¢(せんと)。何度も同じことを繰り返したやろ。これが実態や…諸外国は俺達の存在を危険視しとる。
あまり刺激しては、軍事力はともかく経済力できっつい【会議所】はすぐに世界から捻り潰される。耐えるしかないんや』
彼の横にいた袴姿の男も沈痛の面持ちながら、俯いている彼の背をさすり繰り返し慰めようとしているようだった。
二人の様子を見ていると他人事ながら胸が痛い。
彼の語る言葉は悲痛ながら真実で、抗うことの出来ない現実を示していたからだ。
『うう、悔しいんよ。ある国なんか貧窮に喘いでいると言うから【大戦】関連の仕事を分けてあげたのに、経済が回復したと思ったら途端に手のひらを返して。
…もう、ぼくたちは何を信じたら良いかわからないんよ』
そこで若き¢はなにかに縋るように、顔を上げた。
端正な顔は涙と鼻水でくしゃくしゃになり、とても人前では出られない表情をしていた。
- 512 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その3:2021/01/04(月) 13:25:18.165 ID:/QEW4mKwo
- その姿を見て、ふと“思い出した”。
何時だったかは忘れてしまったが、かつて彼のこの顔を見たことがある。
自分の“記憶”の中に、この場面は確かに残っている。
『私は人の善意というものを過信していたのかもしれない。
施されたら施し返す。これが全ての大原則で、当然それは国家間でも守られるものだとばかり思っていた――』
―― しかし、そうではなかった。
それまで黙っていた三人目は、座っていた議長席から静かに声を発した。しかし、その声は怒りで震えている。
¢ほど感情を顕にせずとも、充血したかのように真紅に滾らせたその瞳には、怒りと憎しみを宿していた。
『参謀、¢さん。私は決めました。会議所自治区域を何としても【国家】に引き上げてみせる。
そのためであれば…私はどんな策を弄しても、どんな犠牲を出しても構いません』
『まさか…前に話していた“計画”を?』
『本気なんやな?』
二人の顔をみやりながら、男は慎重に一度だけ頷いた。
『私が考えた“壮大な計画”をお二人だけにお話します。
自治区域を【国家】とする計画です。
時間や準備に手間がかかりますが、順調に行けば会議所自治区域は【国家】となるだけでなく領土拡大までできる。
私は自治区域内に住む多くの住民の生命を預かる身として、現状に満足はできない。
そのために“全てを利用する”。それこそ国ごと、ね――』
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 513 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その4:2021/01/04(月) 13:26:39.108 ID:/QEW4mKwo
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団 地下 メイジ武器庫】
三日後の丑一刻。
その日、教団地下のメイジ武器庫に備え付けの会議室には、珍しい客が三人も集まっていた。
一人は現議長の滝本スヅンジョタン。
もうひとりは副議長で、【会議所】内部を支える大黒柱 参謀B’Z(ぼーず)。
そして、大戦統括責任者で【大戦】のルール波及に務める¢(せんと)。
現議長に、英雄と名高い“きのこ三古参”の二人が加わるという、【会議所】の幹部勢が深夜に額を寄せ合い話すとは、傍から見れば只事ではない。
事実、只事ではない話が行われようとしていた。
参謀「遂に12体全ての陸戦兵器<サッカロイド>が完成する。そうすれば“計画”の準備は完了やな」
参謀は茶をすすり、【会議所】の会議室からはやや小ぶりな会議テーブルの上に、自ら持ち込んだ湯呑を静かに置いた。
¢「長かったんよ…ここまで来るのに五年はかかった」
一方で対面に座る¢は両肘を付き、手を組み合わせ、五年分のため息を吐いた。
顔のたるんでいる皺もその振る舞いにさらに振動し伸びているように見える。
ここでも議長席に座る滝本は、左右に座る二人の対称的な姿を見て思わず口元で笑みを作った。
- 514 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その5:2021/01/04(月) 13:27:39.089 ID:/QEW4mKwo
- 滝本「寧ろ五年で済んだ、と見るべきでしょう。
“あの人”があなた達に計画を打ち明けた当初、自治区域にはメイジ武器庫も無ければメイジ武器庫の隠れ蓑にするためのケーキ教団すらなかった。想定どおりです」
¢「そのケーキ教団だけど、最近はぼくの想像以上の勢いで信者数が増えているんよ」
滝本は少々大袈裟に目を丸くした。
滝本「これには驚きました。¢さんには宗教家の一面もあったんですねッ」
¢「自分の才能が恐ろしいんよ…」
参謀「宗教家って言っても、あんたは表にでてけーへんやろ」
芝居がかった様子で滝本は驚き、¢もそれに乗り軽口を叩く。そして、参謀だけが冷静に突っ込みをいれる。
三人の関係性はいつも、凡そこのようなものだった。
滝本「まあ元々は、カキシード公国への密輸武器と陸戦兵器<サッカロイド>を作るための隠れ蓑でしたが…ここまで教団の働き手が増えるとは、素直に¢さんの才能ですね」
“さて”、と滝本は逸れかかった話を戻すべく一息ついた。
その雰囲気を察知したのか、二人もすぐに背筋を正した。
滝本「【国家推進計画】は六年の歳月を経て最終局面を迎えています。
今日集まってもらったのは他でもありません。
計画の振り返りを経て、最終の見直し、問題の洗い出しを行いましょう」
【国家推進計画】。
今の三人にとって、この言葉ほど重い響きはない。
実質五年間、彼らは文字通り生命を賭してこの計画に取り組んできたのだ。
- 515 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その6:2021/01/04(月) 13:29:04.394 ID:/QEW4mKwo
- 滝本「今から六年前。“あの人”がお二人にある計画を打ち明けました。
題して、【国家推進計画】。
力を持たない【会議所】が、世界の喰い物にされる前に“自衛”のために打ち出した策です」
六年前。
当時議長だった集計班は、¢と参謀の前で【会議所】を【国家】にするための非正攻法の策を打ち明けた。
それは、謀略に次ぐ謀略の策を必要とする、“大きな回り道”だった。
滝本「会議所自治区域が【国家】として認められるにはどうすればいいか?
何度世界会議で訴えても、友好国に根回しをしても無駄だった。
つまり正攻法では駄目なのです」
参謀「裏道を通らなきゃいけないってことやな」
相槌をうちながら、参謀は懐から取り出した竹皮の包みを開き、おにぎりを頬張り始めた。
夜中だというのに随分と食い意地が張っている。後で一口貰おう、と滝本は決心した。
滝本「そうです。
そして、裏道を通った先にあるゴールは即ち、【会議所】を【国家】として認めざるをえない情勢にしてしまうことです。
そのためには幾つかの手段がありました。
一つ、自治区域の領土を拡大し、その影響力を世界が無視できないところまで膨れさせること。
もう一つは、自治区域が既存の国家を併合し従えることです」
¢「でも前者、後者の策とも、簡単に世界が許すはずもない。
特に少しでも表沙汰になれば、世界中から批判され必ず妨害にあう」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 516 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その7:2021/01/04(月) 13:30:23.410 ID:/QEW4mKwo
会議所自治区域を【国家】として自立させる。
それこそが前議長 集計班の悲願だった。
なぜ、自治区域から【国家】への昇格をこれ程までに彼らが拘るのか。
それは自治区域と諸外国を取り巻く、不公平を超えた関係性にあった。
曰く、集計班は諸外国との関係を、一言で次のように語った。
“我々は奴隷である”、と。
【会議所】は二十年の歴史の中で、密かに窮地に立たされていた。
それは偏に、諸外国との交渉事で優位に進められない構造上の問題に起因した。
自治区域が急成長を遂げる一方で、戦乱中に大戦禍を遺したこの土地には、凡そ動植物が再び芽吹くほどの度量はすでに残っていなかった。そのため、自治区域の自立に他国と交易は欠かせない問題になる。
だが、あらゆる交渉事で【会議所】は交渉の主導権を、諸外国に奪われてきた。全ては、発足当時に結んだ一つの“不平等合意”に端を発していた。
元々【会議所】が発足を宣言したのは、世界が今ほど安定していなかった時代の話だ。
弱小以下の存在が他国に飲み込まれず、だが波風を立てずに存続できる方法といえば、身の安全の保証の見返りに、相手の要求に対し表向き従うほかなかった。
【会議所】が苦労に苦労を重ねとある国と結んだ最初の合意は、平和を担保する代わりに凡そ【会議所】を文明国としては見ていない、酷く不利なものだった。
その内容は次の二点に要約される。
まず、関税の自主権はなく交易の自由性は常に諸外国に握られることになった。
さらに【会議所】が国家ではないことを利用され、治外法権を認めさせられ、自治区域内で起きた犯罪如何によっては、
【会議所】の合意なしに国籍の本土に強制送還をして裁かせるという無茶な要求までも呑まざるを得なかった。
過去にこの合意で、無理に【会議所】の要人を強制送還させた例が幾つか存在したため、その都度、発展を大いに阻害してきた。
- 517 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その8:2021/01/04(月) 13:31:41.222 ID:/QEW4mKwo
- 不平等合意がある限りは、いずれ国家になってもその主権が完全ではなく、半植民地状態下のままだ。合意の改正は【会議所】の自立に不可欠な課題だった。
それでも、集計班を始めとした過去の重鎮たちは必死に耐え忍んだ。
弱小の自治区域を発展させるためには他国の協力なくしては成り立たない。そして、いつか列強国と自治区域が力を並べられるようになった時に、初めて不平等合意は解消される。
冬を必死に耐え忍ぶ小動物のように、彼らは互いを励まし合いながら“春”を待ち続けた。
しかし、いつまで待てども“冬”が明けることはなかった。
最初に結んだ合意が、【会議所】への交渉のスタンダードとして残りの諸外国も続々と同じような合意を要求した。
五年、十年と時間が経つ毎に、【会議所】が【大戦】の爆発的特需で恐ろしい程の勢いで力をつけても、その状況は一向に改善しなかった。
さらに彼らに向かい風だったのは、長く続いた戦乱の世は終りを迎え、世界が均衡を重視し始めたことにあった。
世界は安定を重視し現状維持を望んだ。
不必要に国家を増やさず、それに反発し各地で蜂起した反乱分子は全力で叩き潰された。
【会議所】は容易に国家樹立宣言ができなくなった。
その時点で彼らにできるのは、同等の国力を持つ友好国に根回しを行い、数年おきに行われる世界会議で【会議所】を国家に引き上げてもらう口添えをお願いすることしかなかった。
それでも過去に、何度か【国家】になれる機会はあった。
だが、その度に【会議所】は裏切られた。他国に裏切られ、要人に裏切られ、そしてまた世界に裏切られた。
諸外国は、規模が大きいながら主体性を持たない【会議所】という集団から甘い蜜を吸い続ける“旨味”から抜け出せなくなっていた。
そのために、理性では自治区域を【国家】に引き上げる妥当性については容認しつつも、中堅国たちがこぞって徒党を組んで妨害した。
【会議所】の中堅幹部たちはこの“捻れた”問題を理論として理解はしているものの、危機感を覚えているのは極一部の上層部だけで表立って共有はされなかった。
- 518 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その9:2021/01/04(月) 13:33:10.075 ID:/QEW4mKwo
- そして遂に六年前。
集計班を始めとした“きのこ三古参”は内々で、大きな決断を下した。
非正規の手段で、【会議所】を【国家】に引き上げる。
通常の定例会議で議論するというプロセスを経ず、完全に密室で独断的に決められたものだった。
問題の流出を防ぐために、この計画は【会議所】本部内では三人しか知り得ない最重要機密として扱われた。
以来、彼らは自治区域を【国家】に押し上げるために暗躍の道を進み始めた。
暗い排水管を伝うネズミのように。暗い地下を這いずり回り地上を目指し。
どんなに汚れ辛くても弱音を吐かず、ただひたすらに地上の光を目当てに暗躍し始めたのだ。
その最中、集計班は斃れた。
彼の生前のうちに、その目的を達成することはできなかった。
そのため、彼は死の直前に後任の者に全てを託すこととした。
その後任が、滝本スヅンショタンという人間だった。
集計班から見て、彼は自身の“遺志”を受け継ぐことのできる最適な人物だった。
- 519 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その10:2021/01/04(月) 13:35:37.251 ID:/QEW4mKwo
- 滝本「まず、狙いを定めたのが隣国のオレオ王国でした。
王国は武力を持たない非戦闘国家。攻め込めば我々でもたやすく占領することができる」
だが、素直に侵攻してはすぐに世界から袋叩きにあってしまう。
その戦争に“正当性”はないのだ。
滝本「正当性を以て、オレオ王国を手中に収めるにはどうしたらいいか…」
参謀「それに対する答えが、“カキシード公国にオレオ王国を侵攻させ、公国が王国まで入り込んだタイミングで【会議所】が乱入し、両軍ごと壊滅させる”。
つまり漁夫の利を狙うっていうのは、とんでもない回答やな…」
カキシード公国とオレオ王国間で戦争を引き起こす。
二国間の戦いが勃発すれば、ともに隣国に位置する【会議所】は戦争終結という名目で、“正当性”を以て介入できるのだ。
滝本「だが、“霧の大国”は強大な軍事力を持っている。
彼の国ごと屠るためには、強力な対抗策が必要になる。
長い歳月をかけたのは、我々が公国の軍事力を無に帰すだけの、全く新しい兵器を作るための牙を研ぐ期間。
そして、その“切り札”がここにきて、遂に完成しつつある」
その切り札が、メイジ武器庫に並ぶ超コーティング飴型陸戦兵器、通称・サッカロイドである。
¢「陸戦兵器<サッカロイド>は超コーティングされた飴でできているから、銃火器は受け付けないし魔法の耐性もすごく高いんよ。公国軍なんかには負けない、最強兵器なんよ」
途端に顔を上げ誇らしげに語る¢の様子は、さながら成果を必死に誇る研究者のようだった。
- 520 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その11:2021/01/04(月) 13:37:32.545 ID:/QEW4mKwo
- 陸戦兵器<サッカロイド>は角砂糖の魔法錬成により、ダイヤモンド以上の硬度を誇るようになった飴をもとに造り上げた人造兵器だ。
飴の硬度強化は化学班と95黒の研究の末に、遂に秘密裏に解明され実践化された。
20mを有に超えるその巨体は、いかなる銃火器の攻撃を受け付けず戦場を進撃し続ける。
十数体の陸戦兵器<サッカロイド>が戦場を蹂躙するその姿は、敵軍からすればパニックを起こすこと間違いないだろう。
さらにあわせて彼らの専用武器も用意しており、その防御力と火力の高さはこれまでの戦いを根本からひっくり返す革命的な兵器だ。
それだけではない。
陸戦兵器<サッカロイド>を“最強”だと¢が語る理由は他にもある。
¢「選ばれた12体には“歴戦の兵士の魂”を注入しているから、“自分で考えて”動くことができる。自律型決戦兵器なんよ」
―― “歴戦の兵士の魂”を注入している。
彼の言葉は誇張でも比喩でもない。
陸戦兵器<サッカロイド>の動力は魔法でもチョコでもない。
人間と同じ“気力”である。
それを担うのが、陸戦兵器<サッカロイド>に搭載されている歴戦のきのこ軍、たけのこ軍兵士の“魂”なのだ。
- 521 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その12:2021/01/04(月) 13:39:53.835 ID:/QEW4mKwo
- 参謀「陸戦兵器<サッカロイド>を隠しておくためには広大な貯蔵庫と、飴を錬成するための原材料と成る大量の角砂糖が必要やった。
そのために、合法的に角砂糖を集められるケーキ教団を設立した。
同時に、教団内に武器製造工場を作り、公国に着々と軍事力を用意させた。
さらには武器供与の見返りに公国から魔力付きの角砂糖を収集していったってことわな」
こうしてケーキ教団という隠れ蓑を用意した三人は、教団の支部にケーキ製作という名目で飴を生成させ本部に集約させた。
さらに、一部の敬虔な信者には“【大戦】でいつか使う時のため”という名目で密輸武器を製造させた。
五年という歳月がかかったのはケーキ教団の拡大と、サッカロイドの製造にそれだけ時間をかけたからに他ならない。
滝本「カキシード公国には力を付けさせ、来たるべき時にオレオ王国に“侵攻させる”。
オレオ王国は広大ですが、あそこの王は元来の反戦主義者だ。
まともな対抗手段を持たないので公国軍はすぐに王都まで攻めかかるでしょう」
参謀「そして公国軍の伸び切った補給路に向けて、王国に陸戦兵器<サッカロイド>を出撃させて…
【会議所】はその横っ腹を突く」
他の会議所兵士がいまの二人の姿を見たら腰を抜かすことだろう。
無表情で抑揚のない話し方だが温厚な議長、かたや黎明期から英雄として崇められた副議長。
二人がともに“国を壊滅させる”という共謀案を真剣に話し合っているのだ。
¢「敵の公国軍は壊滅。そして、オレオ王国を保護するという名目で、【会議所】は王都を実効支配する」
滝本「ついでに王都も崩壊させ王国の指揮系統を喪失させておきましょう。
こうなれば後は王国全土を支配下に置くのは、そう難しい問題ではないでしょう」
明日の天気予報を告げるような口調で、平然と滝本は物騒なことを口にした。
そこで計画の振り返りは済んだのか、会議室は一瞬静寂に包まれた。
- 522 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その13:2021/01/04(月) 13:40:45.205 ID:/QEW4mKwo
- ¢「しかし、こうもうまく行くとは思えないんよ」
沈黙を破る形で¢はポツリと呟いた。
彼はいつもこうだ。
三人の中では一番の心配性で、一度物事に囚われると思考の沼にハマってしまう癖がある。
そのせいで何年経っても若々しい参謀と比べると、彼の老化は顕著だ。
元々、比較対象の参謀が年齢よりも老けて見えていたという問題はあるが、それを差し引いても顔には苦労の分だけ皺が刻まれているように見える。
参謀「たしかに。この仮定には大きな問題を見落としている。他国の動き、とりわけ裏では協力関係を結んでいるカキシード公国の動きを想定していない」
滝本「公国といえど、実質動いているのはたけのこ軍兵士でもあり“宮廷魔術師”でもある791さんでしょう。彼女に我々の考えが看破されていれば、この計画は破綻します」
三人は途端に押し黙った。
滝本はちらりと時計を見た。約束の時間まで“もうすぐ”だ。
参謀「791さんが読んでないと思うか…?」
¢「あの人は表面上こそ天真爛漫な善良なたけのこ軍兵士だが、ぼくが武器商人として公国に行ったことも全て把握している筈。
それでもなお平時の態度を崩さず接しているのは肝が座っている証なんよ」
滝本「如何に【会議所】に有益な兵士といえど、彼女は宮廷魔術師です。
そして、¢さん、参謀。
お二人は“魔術師”というものの恐ろしさを791さんよりも“前に”既に承知の筈です。そうでしょう?」
二人は再度押し黙った。
それが答えだった。
- 523 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その14:2021/01/04(月) 13:42:01.234 ID:/QEW4mKwo
- 滝本「ただ、ご安心ください。
791さんが気づいていないという確信を、私は持っています」
二人は眉をひそめた。
参謀「なぜそう言えるんや?まさか791さんが教えてくれたわけでもないろうに」
滝本「それは後でご説明しましょう」
そら始まった、と参謀は露骨に呆れ顔をした。
彼は勿体ぶって言いたいことを最後に回す癖がある。おかげで話は長くなる。
会議の時間も必要以上に伸びるのは、彼の性格が三割ぐらい原因だ。
参謀の顔に気付いたのか、滝本は芝居がかったように一度咳払いをして誤魔化した。
滝本「計画はここまで怖いほど順調です。ですが、こういう時ほど落とし穴が潜んでいることを、また私たちはよく理解しています」
今の彼は、普段会議で喋る姿よりも大分イキイキとしている。お得意の芝居がかった口調にさらに磨きがかかっている。
普段はまるでお経を読み上げるような抑揚のない話しぶりで幾人も眠りに誘うが、今は身振り手振りを交え二人の言葉に口元をつりあげ身体を揺らしている。
かつてこのようにおどけた姿で会議を仕切っていた人物がいたことを、参謀はふと思い出した。
参謀「たとえるなら、【大戦】で勝利目前のきのこ軍が慢心してたけのこ軍に大逆転を喰らう。その場面と同じやな」
滝本は苦笑しながら肩をすくめた。
この場にいるのは全員きのこ軍兵士だ。【大戦】初期から、頻繁にたけのこ軍に苦汁をなめさせられている過去を、この場の全員が理解しているのだ。
- 524 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その15:2021/01/04(月) 13:43:25.297 ID:/QEW4mKwo
- 滝本「さて。ここまで色々とトラブルはありましたが、陸戦兵器<サッカロイド>の完成まで残り2ヶ月です」
¢「公国への武器供与はどうするんで?」
滝本「今月で打ち切りましょう。聡い“宮廷魔術師”のことだ。それを合図と見て、本格的にカカオ産地侵攻を検討し始めるでしょう。
向こうをその気にさせれば、事態は劇的に動き出しますよ」
¢「了解なんよ」
六年前が“思い出される”。
あの頃、滝本はまだこの座に収まっていなかったが、今と同じように二人と額を寄せ合い話していた“記憶”はある。
参謀「“王国戦争”までのシナリオは想定通りやな。
ただ、陸戦兵器<サッカロイド>の問題はどうするんや?この間も、95黒が魂との“定着率”について心配してるようなことを言ってたんやろ?」
“流石は参謀です”と言いながら、滝本は余裕のある笑みを見せた。
滝本「そう。いま、問題になっているのは陸戦兵器<サッカロイド>と魂との定着率の低さについてです。
そして、先程¢さんが危惧していたように。そもそも791さんがこちらの動きを察知しているかどうかがこの“計画”の成功を大きく左右します」
参謀「自分で言っておいてなんやが、定着率の問題については“一つの解決策”があるやろ。利用するわけにはいかんのか?」
参謀の発言に対し、¢は口をすぼめて異議をとなえた。
¢「確かに、その解決策だと定着率を大きく向上させることはできるかもしれないんよ。
でも、荒療治だしそもそも科学的に証明されている方法でもないから、ぼくも含め化学班さんたちは反対しているんよ」
滝本はその二人をなだめるように“まあまあ”と声をかけた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 525 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その16:2021/01/04(月) 13:44:02.805 ID:/QEW4mKwo
- 滝本「来たようですね。
さて、ここでもうひとり新たな“協力者”を迎えたい。
我々にとっては強力で劇薬ともなりうる存在ですが、ここまで頼り強い人もいないでしょう」
二人は互いに顔を見合わせた。
今日、この場に自分たち以外の人間が同席するとは聞いていなかったのだ。
滝本「どうぞ。お入りください」
同意を得ずに滝本がパチンと指を鳴らすと、扉がひとりでに開き。
扉の外から一人の兵士が姿を現した。
その姿を見た途端、たちまち二人は驚愕した。
someone「…」
扉の前には、群青のローブを身に纏った若ききのこ軍兵 someone(のだれか)が立っていた。
- 526 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/04(月) 13:44:55.917 ID:/QEW4mKwo
- 遂に明かされた会議所の計画。
ちなみに私は指パッチンができません。むかつきます。
- 527 名前:たけのこ軍:2021/01/04(月) 17:57:50.278 ID:rMzx38EY0
- 会議所を巡る陰謀計画、ワクワクするんよ
- 528 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その1:2021/01/10(日) 11:14:19.306 ID:1a0tukcco
━━
━━━━
夢はいつだって好き勝手に過去の場面を切り取り脳内に映し出す。
深層心理を映し出す鏡だと思えば幾分か気は晴れるのかもしれない。なぜなら夢の光景は、そのほとんどが自分の“記憶”に無いものか表層上忘れてしまった思い出ばかりを投影しているからだ。
警告と言ってもいいのかもしれない。無意識の心理が、自分自身に思い出せ、忘れるなと忠告しているのだろう。
スピリチュアリズムに心底傾倒しているわけではないが、いつか肉体が消え霊魂だけ残ったとして、この思念も果たして残り続けるのか、時々不安になる。
もしかしたら内なる心理は後々を見越し、今のうちにたくさん思い出せと諭しているのかもしれない。
今日は珍しく、“自分”が主人公の夢だ。
滝本『それでは今日の会議を終わります。お疲れさまでした』
いつもの会議の風景。この場面だけ切り取れば夢か現かははっきりしないだろう。
ただ夢だと断言できるのは、その光景を俯瞰して見ており、自身の意識が天井付近に離れていることで分かった。
『初めての会議お疲れさま。しかし、なんでそんなに会議がうまいんだ。滝本さん?』
多くの兵士が席を立ち議場を後にする中、一人の兵士が近づいて自分に声をかけた。彼はきのこ軍兵士 黒砂糖(くろざとう)だ。
夢の中の滝本は書類をまとめていた手を休めると、肩をすくめた。
- 529 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その2:2021/01/10(日) 11:15:07.363 ID:1a0tukcco
- 滝本『身体が勝手に動くんですよ。それに、皆さんの支えあってのものですから』
黒砂糖『なんだそれ、おかしいな。以前に何処かで経験あるとかかい?』
滝本『どうでしょう。少なくとも私自身は無いはずですよ』
夢にいても、気づくことは幾つかある。
まず、自分は思った以上に表情の変化に乏しい。もう少し親しみやすさを出していたつもりだったが、いま見る限りはかなりの愛想の無さだ。これでは他人も声をかけづらいだろう。
それに、思わせぶりな態度も鼻をつく。参謀の文句の意味をようやく理解できた気がした。
とはいえ、これはあくまで夢なので現実の光景とは離れているかもしれない。あくまで深層心理が見せつけているだけかもしれないので、信じすぎることもないだろう。
そう適当に理由をつけ反省を二の次にし、夢が醒める時までボウと光景を眺めることにした。
滝本『黒砂糖さんにも大分助けてもらいました。今度、【大戦】で前人未到の撃破数を稼いだ“鉄人”のコツを教えて下さい』
黒砂糖『はははッ。気力だよ、気力。しかし、集計班さんを思い出すような捌きっぷりだったよ。なにか会議の進め方について、遺言でも残されていたのかい?』
滝本『そんな遺書が残されているのなら一番に読みたいですね。
ですが、強いて言うならば、そうですね…あの人の遺志、なんてものがもしかしたら私にはほんの少し宿っているのかもしれないですね』
━━━━
━━
- 530 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その3:2021/01/10(日) 11:16:58.542 ID:1a0tukcco
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団 地下 メイジ武器庫】
突如扉から現れたsomeoneを視界に入れながら、参謀は彼を招いた滝本の真意を解りかねていた。
普段あまり態度を表に出さない¢までもが露骨に顔をしかめている。
¢「これが今日、ぼくたちをここに呼んだ理由ですか。滝本さん?」
滝本「そうです。
彼は優秀な魔法使いにして、“宮廷魔術師”791さんの指示で【会議所】の動向を掴むために送り込まれた公国のスパイです」
サラリと滝本が語った言葉に、二人は思わず耳を疑った。
参謀「公国からのスパイッ!?本気か、滝さんッ!?」
someone「…」
当事者のsomeoneは何も語らずにただ俯き、その顔はローブに隠れている。
¢「someoneさんは新進気鋭のきのこ軍兵士。【大戦】の新運用ルール“制圧制”を考案した期待の新星。その人が、公国の送り込んだスパイと?」
滝本「最も難しいとされる【大戦】ルールを考えたその力は、間違いなく彼の才能でしょう。
後者については、本人が自ら認めました。そうですね?」
そこで初めて自分に話を振られたことに吃驚したのか、someoneは少しだけ肩を震わせたが。
ローブの中で静かに目を閉じ、観念したように一度だけ頷いた。
参謀の目の前に座る¢は、血色の悪い顔をさらに悪くさせ、ヒステリック気味に立ち上がった。
- 531 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その4:2021/01/10(日) 11:18:24.859 ID:1a0tukcco
- ¢「ならば、この場に敵のスパイを呼ぶなんてッ、なおさらマズイんよッ!!」
彼の態度まで折り込み済みといわんばかりに、滝本はゆったりと片手を上げ彼を制した。
滝本「私も驚きましたよ。
先日、someoneさんが自ら『会議所の秘密を知っている』と打ち明け始めた時には、私も内心慌てたものです。
ですが、彼はどうやら恩師に従うつもりはなく、今は独断で行動しているようなのです」
“独断”。
参謀はその言葉に大きな違和感を持った。
わざわざ強大な師から離れ、あまつさえ敵陣に乗り込む必要が何処にあるというのか。
彼の自信無く、頼りない姿を見る限り、とても自分の意志で来たとは思えない。これも791の策略ではないか。
そう考えたのは参謀だけではなく、向かいの¢も同じようだった。
¢「ぼくはsomeoneさんを信じすぎるのは危険だと思うんよ。
正直、言葉だけではなんとでも語れる。こうしてここで話した情報を秘密裏に公国側に流されたら全て水の泡だッ!」
滝本「ご心配ももっともです。
でもご安心ください。
彼には既に私が“制約の呪文”を施しているので、秘密が漏洩するリスクもない。
もし彼が他の誰かにこの秘密を喋ろうとすれば、制約の術でその瞬間に彼の心臓は止まります」
“制約の呪文”とは呪術式の魔法で、術者が対象者を一定の条件下で拘束、束縛する際に用いられるものである。
特に対象者が同意さえすれば魔法の威力が増し、当人間で結んだ制約を破った際に生命を奪うものまで存在する。
今回、滝本がsomeoneにかけた魔術はまさに後者の呪文で、即ち対象者の彼が制約に同意したということでもある。
その言葉を聞き先程よりも少し安心感が増す一方で、益々疑問が強くなる。
- 532 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その5:2021/01/10(日) 11:20:28.193 ID:1a0tukcco
- 参謀「それならまずは一つ安心やな…ほんで、そもそもsomeoneをここに呼んだ理由はなんや?」
someone「…僕が“優秀な魔法使い”で。
皆さんが頭を悩ませている“兵器の欠陥”について、専門家として意見を貰いたいから、ではないですか?」
三人は一斉に彼の方を向いた。
俯いていた顔はいつの間にか上がり、いまは逆に三人を見返している。
ヘーゼルカラーの瞳は鋭く光り、その目は挑戦的な意志を宿しているように参謀には感じられた。
先程までの弱々しい姿から一転し、今の彼の面は余裕綽々たるものがあった。
普段の彼はおどおどとした様子で、会議でも口数は少ない。孤独を好むのか、仲の良い斑虎と話している時以外では一人でいる印象しかない。
この場で啖呵を切れるような豪胆な性格の持ち主だとは知らなかった。この数分で随分と印象が変わったものだ。
今の精悍な顔つきは、まるで何処かの小説にあるような、荒々しい別人格が顔を覗かせる変貌ぶりだ。
参謀「ほう。随分と知っている口ぶりやな」
心を落ち着かせるために茶を啜りながら、参謀は暫し考えた。そして、滝本がこの伏魔殿に彼を呼んだ理由について、すぐに合点がいった。
参謀「なるほどなあ。つまり、陸戦兵器<サッカロイド>の定着率の問題を、ここで解決しようっちゅうわけやな?」
“さすがは参謀”と、芝居を見終わった観客のように、滝本は拍手で応えた。
滝本「我々のメンバーの中には、彼のような優れた魔法使いはいなかった。
唯一の悩みで弊害です。ですが、someoneさんが協力してくれれば最後のピースが埋まるかもしれない。そうでしょう、¢さん?」
¢「…」
逸った気持ちを抑えるように仏頂面に戻った¢は、静かに椅子に座り直した。
- 533 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その6:2021/01/10(日) 11:22:24.645 ID:1a0tukcco
- その様子を見て、someoneも近くにあった椅子を手繰り寄せ、スルリと腰掛けた。
そしてポケットからパイプ煙草を取り出し咥えると。魔法で灯した指先の火をパイプ口に近づけ、静かに蒸し始めた。
someone「失礼します」
パイプから口を離し静かに紫煙を吹く彼の姿は、とても様になった。
子供から背伸びをして大人になろうとするような不格好さは残るものの、同時に達観した余裕と研ぎ澄まされた緊張感も彼から滲んでいる。絶妙なバランスで彼に一種の“凄み”を与えている。
彼の度胸に、参謀は再度驚いた。
滝本が、“ね?すごいでしょ?”と好奇の目を送ってきているのが分かった。
【会議所】のsomeoneといま目の前にいる彼はまるで別人だ。
元々の性格に因るものか、幾多の出来事が彼の性格を変えたのだろうか。
もし、後者だとしたら彼の人生の転機は何時訪れたのだろうか。
俄然、参謀は彼に興味が湧いた。
someone「滝本さんの言ったように、僕は自分の意志で皆さんに協力したいと思っています。
安心ください。791先生は、【会議所】が陸戦兵器<サッカロイド>を保有しているという状況を一切知りません。一番弟子の僕が保証します」
滝本「確証は取れました」
“ほらね?”と言うように、滝本はしきりに視線を送ってくる。
煩わしいので参謀は敢えて気づいていないふりをした。
滝本「公国について、もう少し詳しく教えて下さいな」
someone「表向き、カメ=ライス公爵が国を治めていることになっていますが、数年前から791先生がライス家を支配し裏で実権を掌握しています。
僕を始めとした魔法学校の卒業生は、優秀な者は国内で成果を出し先生の名声を高め、さらに優秀な者は先生の下で働き彼女を支えています」
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- 534 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その7:2021/01/10(日) 11:25:17.546 ID:1a0tukcco
- someone「四年前。¢さんが公国に単身乗り込んだ際に話した“旨い話”に、先生は喜びつつも警戒感を顕にしました。曰く、【会議所】は何かを企んでいると」
¢「流石は791さんだ」
someone「そこで呼び出されたのが僕です。【会議所】の内情を探るようにと指示を受けました」
参謀「事情は理解したが…someone、お前はどうして791さんを裏切る?」
そこで、再びパイプを口から離したsomeoneは深々と息を吐いた。
途端に紫煙がドッと彼の口から吐き出された。
someone「僕には、先生の考えが理解できない」
ポツリと呟いた言葉もすぐに煙の中に消えた。
まるで彼を守るように紫煙が小さな主をスッポリと包み込む様子を見て、参謀は初めて彼の危うさを垣間見た。
someone「何の罪もないオレオ王国を危険に晒すあの人の企みを、生命の重みなどまるで知らないだろう狂人の企てをッ、食い止めたいんですッ!」
再び紫煙から現れた彼の顔は、霧が晴れた空のように凛々しく決意に満ちていた。
キリッとした顔つきは童顔ながら、昔の¢を彷彿とさせる二枚目ぶりだ。
参謀は曇りなき彼の瞳に、少々見惚れていた。
同時に、滝本が今夜開いた会合の“真の”意味を、徐々に理解し始めた。
―― なるほど、そうか。そういうことか。
- 535 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その8:2021/01/10(日) 11:26:42.961 ID:1a0tukcco
- someone「791先生は戦争の準備を進めています。都合がよければ近く軍を出せると仰っていました」
滝本「そうですか…それは我々にとって実に“不幸”なことです」
彼が大袈裟に落胆する様子を見て、薄々この“茶番劇”を理解し始めている自分に同時に嫌気もさした。
参謀「信じられひんな。本当に791さんが戦争を起こそうとしているんか?」
滝本の魂胆に乗っかり、参謀も少々大袈裟に眉をひそめた。
さすがのsomeoneにもその真意までは分からないだろう。
気づかないうちに、いつの間にか【会議所】が彼を罠に嵌めようとしていることを。
参謀の言葉を受け、滝本はすぐにバネ仕込みの人形のように椅子から跳ね上がり、威勢よく¢に顔を向けた。
滝本「¢さん、すぐに公国への武器提供は打ち切ってください。
“意図せず”、我々は公国軍を支援していたことになる。事態を知った今、看過することはできない」
¢「わかったんよ」
先程交わしたやり取りとは矛盾する内容に、何の疑問もなく¢は頷いてみせた。
彼も伊達に二十年来、【会議所】で揉まれてきていない。
滝本「someoneさん、貴方の提案で我々も目を覚ましつつあります。
取り急ぎ、助けてほしいのは陸戦兵器<サッカロイド>の抱えている問題について、魔法使いの観点から貴方よりアドバイスを戴きたいのです。
お願いできますか?」
- 536 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その9:2021/01/10(日) 11:27:59.695 ID:1a0tukcco
- 下唇を噛みながら握りこぶしをつくる彼の姿は、事情を知らない者から見れば大国に立ち向かおうとする熱い青年議長として映るだろう。
だが事情を知っている参謀からすれば、逸る気持ちを抑えようと声を低くし、しかし気持ちを抑えられず思わず鼻息を荒くする狡猾な肉食獣に見える。
つまり今回の会合の目的は、今の提案をsomeoneに認めさせることにあるのだ。
そんな一人で盛り上がる滝本の熱から避けるように、彼の周りの紫煙は壁をつくるように三人との間に層をつくり、彼自身も容易に頷こうとはしなかった。
彼の慎重な姿勢に、参謀は素直に好感を持った。
いま見せている彼の露骨な警戒心は、目の前に座る自分も含めた狡猾な兵士からすれば既に格好の餌食となっているが、警戒すること自体は決して悪いことではない。
用心深さは自分の生命を永らえさせる。これまでの【会議所】でも幾多も実感してきたことだ。
慎重すぎると目の前の友のように変わり果てた姿になってしまうが。
someone「改めて確認ですが…
本当に外にある陸戦兵器<サッカロイド>は、【会議所】の“自衛用”として開発したもので、侵略用に開発したものではないんですよね?」
核心をついた質問に、部屋に微かな緊張感が走った。
参謀は表面上平静を装いながら、彼には分からないほどの変化で滝本に横目を向けた。
やはり、滝本は彼に【会議所国家推進計画】の全貌を伝えていないのだ。
恐らく陸戦兵器<サッカロイド>の話だけしかしておらず、彼から魔法使いの専門家として意見を引き出し、利用するだけにしようとしている。
当の滝本は眉一つ潜めず、至極落ち着いたものだった。
こうした時は下手に表情を変えるよりも普段の様子でいるほうが信用性を増すことを本能で理解しているのだ。
- 537 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その10:2021/01/10(日) 11:31:33.241 ID:1a0tukcco
- 滝本は立ち上がったまま、何度も強く頷いてみせた。
滝本「当たり前ですッ!
以前もお伝えした通り、我々は“カキシード公国からの不当な横暴に備えるため”に、陸戦兵器<サッカロイド>を用意しているのです。
いうなれば、抑止力は最大の武器ッ!
強力な兵器は国家間では抑止力にしか働きませんよ、someoneさんッ。考えすぎですよッ!」
安い三文芝居だ、と思う。
しきりに拳を振り上げ、何度となく頷く彼の首といえば、カクカクと動く壊れかけの首ふり人形のようだ。
先程の“静”とは一転して、今度は“動”で相手の心を揺さぶる。
大袈裟な所作に相手も疑いそうなものだが、この化かしあいは一瞬でも相手に“本当にそうかもしれない?”と思わせたほうの勝ちなのだ。
普段の滝本しか知らない人間からすれば、いつもお経を読み上げるような口調の議長がまくし立てる激しい言葉を、知らずのうちに彼の心の内に潜む熱情なのだと感じる。感じてしまう。
頭脳明晰な人間ほど、脳が拡大解釈をしてしまうのだ。よく考えれば矛盾している発言を、信じてしまうだけの器量の良さがあだとなる。
そしてsomeoneもその思考の沼に陥っている。眉をひそめ悩んでいる姿を見れば一目瞭然だ。
滝本「我々は国家ではない分、大きな制限なく動ける。
その点で、公国に武器を横流ししていたことは過ちでした。
陸戦兵器<サッカロイド>開発資金、材料確保のために密造武器を製造していたことは、仕方がないとはいえ人道的に許されることではない。
せめてもの罪滅ぼしですが、我々も公国の横暴を抑えたい。なによりこれから災禍に見舞われるだろうオレオ王国を救いたいのですッ!
一緒に彼の国の野望を食い止めましょう、someoneさんッ!」
- 538 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その11:2021/01/10(日) 11:33:55.093 ID:1a0tukcco
- 個人的に、参謀は彼のこうしたやり方に諸手を挙げて賛同しているわけではない。
他者を利用するだけ利用し終わったら切り捨てる。それは他者を厭わない狂気の手法だ。
ただ、非情さにおいては寧ろ¢の方が上だろう。彼は時々他者に対して情けをかけてしまう時がある。
それは暗殺を生業とする¢からすれば“隙を見せる弱さ”であり、文化人の参謀から見れば“人間らしさ”としての評価点だった。
その点で目の前の二人に比べれば、自分はかなりの穏健派だ。暗く汚い仕事は専ら二人に任せてきた。
そのため、この【国家推進計画】における自らの役割は二人に比べ一歩下がりがちだ。
二人から面と向かって糾弾されたことはない。互いに暗黙の了解という形で今日までやってきたのだ。それは二人の優しさの表れだった。
参謀は、そんな自身の踏ん切りのつけられなさを卑怯だと感じている。
計画に加担すると言いながら彼らのような非情さを持ち合わせることができず、かといってここまで反対もせず。寧ろ計画を推進してきた自身の矛盾を、心の中で悔いている。
今だってそうだ。
計画を完遂するためには、someoneにはここで滝本の言葉に従ってほしい。
だが、個人的な考えを言えば。
彼には抗ってほしい。
疑った気持ちを持ったままでいてほしい。
どうして相反する気持ちを持つのか、時々自分が不思議になる。
目の前の小さな魔法使いを気に入ったのか?そうかもしれない。
哀れんでいるから?それもあるだろう。既に彼はまな板の上の鯉だ。
しかし、根本にはもっと別の理由がある。それを心のうちで理解しながら、脳は言語化することを本能で嫌がっている。
そして、ずっと悩んでいた小さな魔法使いは――
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 539 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その12:2021/01/10(日) 11:35:29.373 ID:1a0tukcco
- ¢「助かるんよ。早速、この後メイジ武器庫で化学班さんたちと一緒に、陸戦兵器<サッカロイド>の問題点について意見を貰いたい」
参謀「…決まりやな」
ああ、彼も駄目だったか。
若き魔法使いに、権謀渦巻く【会議所】は早すぎたのだ。
そして彼の未来は今日、ここで確定した。望む未来とは真逆の結果を自身の手で手繰り寄せ、近く絶望する破滅の未来だ。
その未来から逃れることも、また【会議所】が逃がすこともしない。
自身もその一員でありながら、若い兵士の未来を摘んでしまったことに、参謀は心の底より嘆息した。
- 540 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2021/01/10(日) 11:36:59.544 ID:1a0tukcco
- この章は結構心情描写が多めですね。許してくだしあ、そういう気分なんです。
- 541 名前:たけのこ軍:2021/01/10(日) 16:16:31.181 ID:SI2TuOhg0
- 参謀もなんかいろいろとあやしくねぇ?
- 542 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その1:2021/01/11(月) 21:37:14.607 ID:rwxI6qQYo
―― 「僕の夢は、誰かの英雄<ヒーロー>になることだった」
―― 「なら、もう十分なれたじゃないか?」心の中の“彼”がそう囁く。
―― 「そろそろ夢から“醒める”時さ」
―― 「ふざけるなッ!いまの僕には父から教わった正義の心があるッ。もう昔の僕には戻らないッ!」僕自身が、心の中のもうひとりの“彼”に反論すると。
―― 「くくッくくくッ、ハハハッ」“彼”は徐に声を上げ笑い始めた。
―― 「正義?ハハッ。俺が悪なら、お前らも“悪”だ」吐き捨てるように言った。
―― 「俺たちはその日を生きるために必死だった。生きるためなら、仲間を生かすためならそれこそ何でもやったさ。
一方で、お前らがやったことはなんだ?
俺たち弱者の思いを踏みにじり、一方的に糾弾し、仲間の生命を散らすことだ。それがお前たちの仕事。
さて、俺たちとお前たち。いったいなにが違う?」
七彩・著『牢獄の中の正義』より
- 543 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その2:2021/01/11(月) 21:38:14.811 ID:rwxI6qQYo
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室】
コンコン、と扉を叩く音で滝本は意識を戻した。
ガチャリと扉が開くと、たけのこ軍の軍服を身につけた抹茶(まっちゃ)が姿を現した。
抹茶「また寝てました?」
滝本「失敬な。目を開けて休憩していましたよ。人を眠り魔と勘違いしてやいませんか?」
抹茶「これは失礼。働いている姿より寝てる姿のほうが似合っているものですから」
からかうように微笑を浮かべながら、抹茶は脇に抱えていた大量の書類をドサリと机の上に置いた。
途端にゲンナリとした滝本の顔を気にすることもなく、彼の手元で開かれていた書籍に気づくと、抹茶は目を丸くした。
抹茶「読書ですか…珍しいですね」
滝本「ああ。wiki図書館で借りたんですよ。七彩さんが昔に書いた本らしくて」
抹茶「へぇ…七彩さんですか。懐かしいですね。まだ【会議所】で事務方だった時、あの人に色々と教えてもらいました」
滝本が捺印し終えた書類の束をチェックしながら、抹茶は昔を懐かしむように目を細めた。
滝本「あの頃はまだ多くの豪傑がいましたね。きのこ軍だとアルカリさんに、アンバサさんに、ゴダンさん。たけのこ軍だとシャンパンさんにまいうさんにチャンプルーさん」
抹茶「竹内さんに、とあるさんもいましたね。リコーズさんなんて、二度目に復帰した時はショボクレて見た目がすっかり変わっててびっくりしたなあ」
- 544 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その3:2021/01/11(月) 21:39:25.815 ID:rwxI6qQYo
- 滝本「Ω(おめが)さんなんて、生涯現役だなんて言ってて、亡くなる少し前まで兵士に稽古を付けてた熱血漢。あれには驚かされた」
抹茶「本当ですねえ…みんな強くて優しくて尊敬できる人だったなあ。
そういえば大事な人を忘れていた。
集計班さんですよ、あの人なくして【会議所】は語れない」
滝本「なんといっても、【会議所】を興した偉人ですからね」
最初の束は確認し終えたのか、抹茶はすぐに次の稟議書群の確認に入った。滝本は議長だが、実質抹茶がこうして秘書役として最終チェックに入る。
こうして待っている時は少しだけ緊張する。滝本は、答案用紙の採点を待つ生徒の気持ちが少しだけ分かった。
抹茶「優しくて人格者で本当に凄い人でしたよ。いつも飄々として憧れてたなあ」
滝本「集計班さんを悪く言う人を見たことないですね」
抹茶「僕が最初に【会議所】に来たのはかなり幼い時ですが、その時から例外的に色々な役職で学ばせてもらって、育ててもらった恩があります。
話も論理的で筋が通ってるし、少し茶目っ気もあっておもしろい人でした。今とはちがっておもしろかったなあ」
滝本「…まるで後任の私には一切備わってないように聞こえるんですが?」
抹茶「あれ、そう聞こえちゃいました?」
滝本の憮然とした表情をおかしく思ったのか、抹茶は“冗談ですよ”と笑い、濃い緑髪のマッシュヘアとあわせて愉快そうに揺れた。
不思議と彼とは波長が合った。年齢は恐らく滝本より年下だが、立場を越えて二人は対等な関係で話し合うことが出来た。
¢や参謀とはまた違う安心感だ。彼らと違い“計画”の話など一切無く、肩肘張らずに気軽に話せる間柄だからかもしれない。
- 545 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その4:2021/01/11(月) 21:42:18.761 ID:rwxI6qQYo
- 抹茶「その七彩さんの本。どんな内容なんです?」
抹茶は書類の確認の手を一旦緩め、滝本の机の上に置かれている本に興味を示した。
“ああ、ネタバレとか気にせずいいですよ”と語る抹茶を思わず見返すと、もう次の確認作業に取り掛かっている。
器用な人間だ。次の【会議所】を担う期待のホープと呼ばれるだけのことはある。
滝本「主人公は駆け出しの青年警官なんですが記憶喪失なんです。
真面目に仕事していたんですが、ある凶悪犯罪グループを追いかける過程で悪夢にうなされるようになってね。
その夢の内容が、まあ簡単に言うと記憶喪失前の元の人格の時のもので。
なんと過去の自分自身が、追いかけていた凶悪犯罪グループの元親玉だったという、驚愕の事実に気付くんです」
抹茶「なるほど。それは随分とどんでん返しな展開ですね。タイトルについている“牢獄”は、自分自身がかつて牢獄の中にいたという暗示なんですね」
抹茶は、大量の書類を仕分けし終えまとめているところだった。相変わらず仕事が速い。
意外と抹茶が話しに乗ってくるので、滝本も興が乗ってきた。
滝本「まだ読み終えてないんですが、なかなかおもしろいですよ。
後半の章からは過去の自分との対峙がメインになるんですが、このときの葛藤がなかなか真に迫っててね」
―― 「“夢”から醒めたら、僕はどうなるんだ」僕が問いかけると、“彼”は笑った。
―― 「なにも起こらないさ。幸せな夢からこの身体が醒めるだけ。俺は俺、お前はお前のままさ」
―― 「僕は怖いんだ。僕という夢が終わることで、これまでの全て消えてしまうことがたまらなく怖いんだ」まだ“彼”を受け入れるわけでもないにのに、身体は恐怖でガタガタと震えている。
―― 「元に戻るだけなのさ。お前も目が醒めて、少しだけ泣いたらそれでお終い」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 546 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その5:2021/01/11(月) 21:43:36.682 ID:rwxI6qQYo
- 抹茶「すごい刺激的なシーンですね」
滝本の語る内容に、思わず抹茶も手を止め聞き入っている。
滝本「主人公の僕、つまり“夢”の存在ですね。彼は必死に元の人格に抗おうとする。そうして抗って、抗って最終章へと進んでいくんです。
でも、私にはどうしても彼の気持ちがわからないんですよ。
元の自分がいるとすれば、身体を返して戻してあげるのが筋でしょう。後発的に彼という人格が生まれたのならば尚更だ。
そこまで仮初めの生活に拘り続けることは、本当に正しいことなんでしょうか?」
抹茶は眉を寄せ複雑な表情をつくった。
抹茶「うーん。まあこの場合、人格を戻す先が、自分の追っていた犯罪グループの親玉というところで、彼の抵抗感を強めているのかもですが。
普通は誰しも、手に入れた幸せを噛み締めたいものじゃないですか?」
抹茶の話を聞いてもなお、滝本は腑に落ちなかった。
彼の幸せは手に入れたものではなく、“与えられた”もののはずだ。
ある種、危機回避のために代理で発現した自分が、本来の自分に反逆しようとするなどおこがましいにも程がある。
滝本は質問を変えてみることにした。
滝本「抹茶さんが彼と同じ立場だったら、どう思います?」
抹茶は顎に手を添え、少し考え込むような仕草をした。
- 547 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その6:2021/01/11(月) 21:44:57.318 ID:rwxI6qQYo
- 抹茶「そうですねえ。僕も同じことを突然言われたら、たぶん必死に抵抗しちゃうと思います。
でも、もしこのストーリーのような背景を薄々でも気付いていたとしたら。
もしかしたら最終的には受け入れちゃうかもしれませんね」
滝本「ほう?」
抹茶「自分自身がこの世からいなくなるということは、本来凄く“悔しい”ことだと思うんですよ。それはたとえ、自分が仮の人格だと自覚していても同じことです。
自分が夢に戻るっていうと聞こえがいいですけど、要は自分という個の存在が無に帰す。
これ程悲しいことはないです。
よく、生きた痕跡が残っていればその人生は無駄にならないと哲学的に語られますが、僕はこの考えには反対です。
その評価を最終的に行うのは他人でなくあくまで自分自身な筈です。
他人と話し笑い合い誰かを支え支えられながら生きる。
意志を持ち行動することが人生の本懐だと思うんですよ」
- 548 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その7:2021/01/11(月) 21:45:31.927 ID:rwxI6qQYo
―― 自分という個の存在が無に帰す。これ程悲しいことはない。
夢と現の境界線は曖昧なものだと思う。
夢も非常に精巧な出来になれば、見ている風景は現実と全く変わらない。
唯一の違いがあるとすれば、夢では最終的に自分自身が筋書きを決められるが、現実で想定通りに動く筋書きなど存在し得ないということだ。
ただ、それも驚くほど精巧な夢の中であれば知覚することもできず、夢の中での配役の一人と化している当人でも分かる術はない。
いま、滝本は現実の中に居る。
しかし、本当にそう断言できるのだろうか。
滝本という人格には五年前以前の記憶が一切ない。
五年前のあの日、知らない部屋の固い手術台で起き上がったその時からの記憶しか残っていない。
果たしてそんなことが、本当に現実で起こりうるのだろうか。
今の自分には、この本の主人公や抹茶が語るような現世への執着など一切ない。
同じ“遺志”を持ち、【会議所】の発展という目的に向かい、手足を動かしているだけ。そこに自身の意志など一切介在しない。
それは、生きていると言えるのだろうか。
- 549 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その8:2021/01/11(月) 21:48:18.978 ID:rwxI6qQYo
- 抹茶「ただ、まあそう駄々をこねたってどうしようもない時はあるので。
僕は霊魂説なんて信じてませんけど、魂だけになってもみんなを見守ることはできるし、“記憶”がその身体に残り続けるなら。生きてきたことは無駄にはなりませんからね。
…滝本さん。顔色が悪いけど、大丈夫ですか?」
滝本「…ああ。大丈夫で――いやいや、どうやら働きすぎたようで。これは休憩の時間をたっぷり貰わないといけないようです」
抹茶「いや、今まで散々休憩したって言ってたやろッ!
どうですか、これ参謀の真似です」
滝本「ふふッ。全然似てないです」
滝本の表情を見て安心したのか、“新しい書類の処理が終わったら、たっぷり寝ていいですよ”と声をかけると、抹茶は大量の書類を抱え部屋を出ていった。
滝本はもう一度手元の本を開いた。
目に飛び込むのは、主人公の激烈な独白だ。
―― 「消えろッ!恨んで、恨んで、死んでからも恨み続けてやるッ」
- 550 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その9:2021/01/11(月) 21:51:43.735 ID:rwxI6qQYo
- この本の主人公と違い、滝本は一度も心の中の“彼”を恨んだことなどない。
これからもきっとそうだろう。
寧ろ感謝の念しか浮かばないのだ。無味乾燥とした自身の人生に意味を持たせることができた。
【国家推進計画】に携われ、【会議所】で議長として働くことができた。
与えられた幸せを噛み締めることこそすれ、抗うことなどしない。
今日、突然自分の人生が“彼”に奪われるとしても、笑顔で消えていくことだろう。
ただ、本来の滝本の人格が五年前に一度無に帰しているのは間違いないだろう。
夢で見る風景は、【会議所】に来てからの回想に“彼”の追憶ばかりだ。
もし、無に帰したはずの元の滝本の人格が戻り、この本のような状況に陥ったらどうなるだろう。
滝本自身はもしかしたら了承するかもしれない。仕方ないと同情するかもしれない。
だがもうひとりの“自分”が了承するだろうか。
分からない。
―― 嘘つき。
想像したくない。
―― 容易に思い浮かぶだろう?
理解したくない。
―― 本当は分かっているくせに。
“死”とは一体なんなのだろう。
―― それはね。留まり続けることをやめた時さ。
- 551 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その10:2021/01/11(月) 21:52:53.336 ID:rwxI6qQYo
- これまで滝本は、生と死の概念について一切の疑問を感じたことはなかった。
だが、【国家推進計画】の最終盤を迎えようとしている時に、彼はこの本を通じて大きな疑問に直面していた。
無意識に抑え込もうとしても、疑問は泉の水のように心の中で溢れた。蓋をしても暫くすれば再び溢れてしまう。
困惑していた彼はその正体を知らなかったが、これこそが滝本スヅンショタンにとっての自我の芽生えだった。
そもそも、なぜ成人をとうに越えた彼が、誰しもが乗り越えてきた悩みを、あるいは幼少期の内には素通りしてきた悩みに今、苛まれないといけないのか。
その根本を探るには、一旦時計の針を六年前にまで戻さないといけない。
それは、ある“魔術師”の、酷く冷酷な思いつきから始まった。
- 552 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/11(月) 21:53:11.752 ID:rwxI6qQYo
- 思わせぶりなところで更新を終わります。また来週!
- 553 名前:たけのこ軍:2021/01/11(月) 21:56:00.103 ID:0.DWrLjc0
- どこどこまでも闇が見える感じがいいですね
- 554 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その1:2021/01/16(土) 15:57:37.392 ID:URJVSue6o
- ━━
━━━━
『ついに…ついにできたぞッ!人類史で誰もなし得なかった究極の【儀術】の完成だッ!』
また、夢を見ている。
薄暗い自室で興奮気に鼻を鳴らしている“自分”の姿を眼下に、滝本はいつものようにふわふわとした意識で眺めていた。
すぐに理解した。
これは過去の、“別の自分”の記憶が映し出されているのだと。
部屋の中は開きかけの書物と書きかけの紙くずの山で連なっては散らばりとにかく雑然としている。
机の前に陣取る自らの黒髪のくせ毛の無秩序な跳ねも、不思議と周りの雑物に馴染んでいる。
【儀術】とは、魔術師が創り出す究極魔法のことだ。
つまり、言葉通りの意味であれば、夢の中の自分は“魔術師”で、正にいま【儀術】を完成させたということになる。
- 555 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その2:2021/01/16(土) 15:58:42.101 ID:URJVSue6o
- 『これで皆の遺志を集めておけるッ!
そして、そうすればッ…夢物語も夢じゃなくなるッ』
ここまで興奮している“自分”を見るのは初めてではないかと感じた。
目の前の【儀術】に俄に興味が湧く程には、普段は飄々としあまり動じることのない性格なのだ。
『早速試してみよう…誰がいたかな。そうだ、あの人がいたッ!さっそく試しにいこうッ!』
そして、夢の中の“自分”は ――
―― “魔術師”集計班は、実に愉快そうに笑った。
━━━━
━━
- 556 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その3:2021/01/16(土) 16:01:24.283 ID:URJVSue6o
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 ¢の執務室 6年前】
¢『“うまかリボーン”?なんですかそれは?』
若き¢はペンを動かしていた手を止め、聞き慣れない単語を前に顔を上げた。
集計班『【儀術】の名前ですよッ!私が作ったんですッ!儀術“うまかリボーン”です』
机の前には、破顔した集計班が立っていた。彼がここまで無邪気に感情を顕にするのは珍しい。仕草や口調こそ剽軽(ひょうきん)だが、感情の起伏は少なく滅多なことでは動じない人物だ。
彼が議長だからこそ幾多の困難も乗り越え、弱小だった【会議所】が十四年を越え今も存続しているのだ。
目の前の議長には感謝の思いしかないものの。
まだ日も昇らぬ明け方だというのに、彼の高揚したキンキン声は、徹夜で【大戦】ルールの策定に挑んでいた頭によく響いた。
サラサラと流れる金の前髪を一度掻き分け、¢はもっともな疑問を口にした。
¢『…その“うまかリボーン”というのはどんな魔法なんですか?もしかしてお菓子を永遠に手から出し続けられるものとか?』
ふざけて提案してみたが案外その魔法は悪くない、と¢は思い直した。特に徹夜明けにはよくきくだろう。
その答えに集計班は“違いますよッ!”と少し声を荒げ、やや大袈裟にしかめっ面を作った。
彼も徹夜明けなのかややツリあがっていた目はさらに上がり、癖っ毛はあちこちに跳ね、襟の立った紺のマオカラースーツもところどころよれている。
やはり互いに徹夜明けが良くないのだろう。今日の彼の興奮気な口調は、¢の頭痛をひどく加速させた。
集計班『そんな内容よりも、よりオモシロイですよ。“うまかリボーン”はですね――』
―― 人の魂を身体から切り離せるんです。
- 557 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その4:2021/01/16(土) 16:02:49.742 ID:URJVSue6o
- ¢『…え?』
さらりと口にした彼の発言に、最初¢は、自分の耳がおかしくなったのかと疑った。
集計班『だから、生きた人間から魂だけを分離できる儀術なんですよ、“うまかリボーン”はッ!
魂を実体化して、箱か何か用意すれば中に閉じ込めておけるんですッ!」
まるで虫を捕まえにいくかのような口調で語る彼の話を聞き、ようやく¢の脳もネジを回したように動き始めた。
普段の彼からは決して語られないだろう話を耳にし、一瞬、脳内が硬直していたのだ。おかげで頭痛もどこかに吹っ飛んだ。
¢『じょ、冗談ですよねッ!?』
徹夜明けでジョークのキレが悪くなっているのだろう、と少しの期待を込めたが。
執務机の前に立つ彼はいつもと変わらないニコリとした笑みをつくり、それがかえって¢の絶望を加速させた。
¢『ちょ、ちょっとぼくの理解が追いついていません。
ちなみに…魂を分離した後の肉体はどうなるんですか?肉体の元の主は?』
集計班『え?もちろん死にますよ、当たり前じゃないですか』
わかりきったことを聞くなと言わんばかりに、満面の笑みで集計班は答えた。
まるで悪意の篭もってない彼の返答に、¢は顔を青ざめた。
集計班『そうだッ、私の部屋にきてください。おもしろいものをお見せしましょう。
ああ、そうだッ。参謀も呼ばないとッ、呼んできますねッ!』
慌ただしく集計班が部屋から飛び出してから、¢は今この瞬間、夢の中にいるのではないかと疑った。
しかし目の前に置かれている未完成のルール草案の山を見て、現実であることを急速に実感した。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 558 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その5:2021/01/16(土) 16:04:55.966 ID:URJVSue6o
- 【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 6年前】
集計班『――というわけで。これがきのこ軍 アルカリさん。こちらがたけのこ軍 まいうさん。そして左端がきのこ軍 七彩さんの“魂”です』
彼が机の上に置いたガラス瓶には、それぞれ鮮やかな色のモヤが立ち込めていた。
これが本当に英傑の“魂”だとしたら、あまりにも実感がなくかつ呆気ない。
活力の源であり人を突き動かす心臓部の“魂”がただのガス状の霞だという事実に、人間という神秘の存在をズケズケと明かされた思いになり、¢は茫然としていた。
同じく横で話を聞いていた参謀B’Zも衝撃を受けた様子だったが、それは¢が抱くような科学的な喪失感よりも前に、凡そ倫理の欠如した行動にひどく困惑しているものだった。
仕方がない。先程、¢も通った道だ。
参謀『正気か、シューさんッ!?
いまシューさんが口にした人たちは、いずれも直近で亡くなった偉大な【会議所】の英傑たちやッ。つまり、つまりその話が本当やとしたら――』
―― “シューさんが、三人を殺したってことか”。
恐ろしい内容を、流石の彼も最後まで口にすることは躊躇われたようだった。
緊迫した光景に¢も唾を飲み、あらためて彼の語る異様さと、彼自身の放つ狂気を肌で感じた。
参謀の言葉に彼は少し沈黙した後に、“そんな些細なことか”と言わんばかりに露骨に顔をしかめた。
集計班『嫌だなあ、参謀。私が仲間を手に掛けるわけ無いじゃないですか』
そこで彼は穏やかな目で瓶の中の“モヤ”を見つめながら、とうとうと語り始めた。
- 559 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その6:2021/01/16(土) 16:06:26.625 ID:URJVSue6o
- 集計班『全て死の間際の英雄の方々からの“同意のもとで”行ったんです。
最初はまいうさんでした。彼は死の数ヶ月前から体調を崩し、自らも死期を悟っていた。
そこで病床の中で、私にこう語ったんです。
“【大戦】での栄光が忘れられない。望むなら、永遠に生きたい”、と。
だから当時、完成したばかりの儀術“うまかリボーン”の話をしたんです。身体を捨て魂だけになれば永遠に生き続けられますよ、ってね。
不安もありましたが、結果は成功でした。
彼の肉体から見事魂だけが分離し、こうして魂が手に入りました。見てください、彼はこうして今も“生き続けています”』
うっとりとした顔で語る目の前の集計班に、二人は初めて恐怖した。
とても、正気の沙汰とは思えなかった。
参謀『は、話はわかったわ。だけど、何のためにこんなことをやるんやッ…』
集計班『“なんのために?”決まりきったことを聞かないでください、参謀。この間の話をお忘れですか?』
集計班は途端に笑みを消し、瓶をさすっていた手を止めた。
今は彼の一挙手一投足全てが恐怖の対象だ。
集計班『全て、会議所を【国家】にするため。その遠大な計画の一つですよ。
選りすぐりの魂を集め、強固な“器”に投入すればどうなりますか?』
- 560 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その6:2021/01/16(土) 16:10:42.ウンコ ID:URJVSue6o
- ― 『参謀、¢さん。私は決めました。会議所自治区域を何としても【国家】に引き上げてみせる。
そのためであれば…私はどんな策を弄しても、どんな犠牲を出しても構いません』
先日、【会議所】が何十度目かの国家昇格に失敗し¢がすすり泣いていた時、彼は二人の前で真剣な口調で語ったのだ。
オレオ王国とカキシード公国を争わせ、【会議所】が漁夫の利を得て最終的には世界の覇権を握るという壮大な空想案を。
幾ら国同士を動かすとはいえ、【会議所】が容易に介入できる手段も方法も無い。当時は二人とも本気にしていなかった。二人を慰めるための彼の気休めだと思ったのだ。
しかし、彼だけは諦めていなかった。【国家推進計画】の肝となる【会議所】の戦力を創り出すために、自ら【儀術】を発明したのだ。
¢『…見た目は兵器。しかし、その中身には【大戦】で活躍した兵士たちの魂が入る。【大戦】で培った精鋭の動きと経験をあわせもった、最強の兵士ができますね』
言葉にしてから、¢は自らの身体が小刻みに震え出したことに気付いた。
これは恐れからくるものか。
否、違う。
身体の奥から全身に広がっていく熱い激情と、同時に抱く高揚感。
そうか。ようやく、彼の考えを理解できてきた。
集計班『そう。私の開発した“うまかリボーン”は、対象の魂を抜き出す強力な儀術です。使い方を違えれば、対象をすぐ死においやります。
ですが、そんな“愚かな”使い方を、私はしません。
身体は老いても儀術を使えば、当時の素晴らしい経験、そして輝きを放つ兵士の魂を戦力に使えるのですよ。
死という螺旋に囚われることのない、最強の兵士として永遠にね』
参謀『そ、それはいくらなんでも非人道的な行いになるんとちゃうん?』
集計班『安心してください。ですから、英傑たちには事前に“承諾”を得ています』
参謀『それでも…いや、もうええわ』
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
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