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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

500 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その5:2020/12/29(火) 22:10:01.096 ID:m1zWBMqko
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 wiki図書館】

wiki(うぃき)図書館は会議所本部一帯の外れにひっそりと建っている。

自治区域内随一の蔵書量を誇るこの図書館は、次々に建増を重ねた【会議所】の中では最初期から存在する歴史ある建物だ。
定期刊行物から一般書、研究会集録に至るまでありとあらゆる書籍を収蔵し、建物の規模も合わさり、さながら博物館という様相を呈している。

だが、wiki図書館自体が【会議所】の中でもいまいち目立たない立ち位置にいるのは、偏に人々がこの図書館をあまり利用しないことにある。

参謀「事実は小説より奇なり、なんて言葉があるわな。正にそれやに」

訛りの強い言葉でそう語るのはきのこ軍 参謀B’Z(ぼーず)で、図書館長だけでなく【会議所】の副議長も務める、自治区域きっての重鎮である。
彼はいま、図書館入り口にある受付で退屈そうに欠伸をかいていた。

つられて滝本も欠伸を返しては、徐に入り口近くの雑誌棚から一冊を手に取った。
『大戦ルール徹底解剖大全集』と書かれたムック本だ。


501 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その6:2020/12/29(火) 22:10:56.714 ID:m1zWBMqko
参謀「みんな、【大戦】以上のおもしろい話に見向きもせん。
それも人気やから置いとるが、もっとおもしろい本は奥にたくさんあるわさ」

滝本「私は好きですよ、図書館。館内の気温も一定だし、何より小言をいう部下がいない」

参謀はこれみよがしにハァと深いため息を吐いた。分かっていないと言いたげだ。
分かっていないと言えば、彼はいつも白の着物に紺の袴といった出で立ちで、西洋風の館内の装飾に対しミスマッチしている。
何度かその話しをしたが、彼は頑として袴姿から変えない。存外に頑固者なのだ。

滝本「奥で書物の空気を感じてきます」

胡散臭そうに視線を送る彼にひらひらと手を振り、滝本は歩き始めた。


辺りは蔵書で満載だが、人気がほとんどないからか通路内に革靴の反響音がよく響く。
館内の広さに反し司書の数が少ないのは、何も参謀の趣味ではなく少数でも運営ができてしまうという表れでもあった。

最奥の閲覧室に足を踏み入れ、中央に置かれた丸テーブルに備え付けの椅子に深く腰掛ける。

仕事に疲れると、滝本はこうして図書館に足を運び、暫らく羽根を伸ばす。
【会議所】内の喧騒から離れ、静寂の中に身を置いているこの時間が好きだった。
書類の山は無いし、厄介事を持ち込まれることもないし、何より寝ていても叱られることはない。
あまり長居できないが極上の時間だ。


502 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その7:2020/12/29(火) 22:13:42.321 ID:m1zWBMqko
凝り固まった首を回していると、普段は気にもしない書棚の方にふと目がいった。
最近はまたレイアウトを少し変えたのか、書棚の一つが傾斜棚に変わり、並べられた本の表紙が見えるように配置されている。
恐らく参謀の手によるものだろう。彼は非常にマメな人間だ。

滝本は立ち上がり、彼の努力に少しだけ敬意を払う意味も込め、傾斜棚を一瞥した。
図書館長の好みか伝統的な傾向なのか、この図書館はベストセラーよりマニアックな書籍を本棚に並べることに力を入れている。
恐らく前者だと思うが、並んでいる本も一昔前に流行った本ばかりだ。

一瞬だけ目を通してすぐに戻ろうと思っていたが、滝本の目にある一冊の本が留まった。

牢獄に囚われた白髪の少年が描かれたハードカバー本だ。
小説は普段読まないが、描かれた表紙には何か言葉では言い表せない不思議な魅力があった。
魔が差したのだろう。本を手にとりテーブルに戻ると、興味半分でページをめくり始めた。



―― タイトルは『牢獄の中の正義』。

主人公は白髪の青年警官。
彼は孤児院で育った。両親は物心付く前に病死したのだという。

さらに不幸なことに、彼には人生の大部分の記憶が無かった。
成人間際までの記憶がスッポリと抜けてしまっているのだ。

そのため物語は、彼が警官としてチームメイトと犯罪集団を追う日常から始まる。

身寄りのない彼には、唯一“育ての親”と慕う警察官がいた。
父親としては少々若いその警官は、暇を見ては彼の下を訪れ励まし勇気づけていたようだ。
その甲斐あってか孤独な彼は立ち直り、同時に警察官という職業に憧れを持つようになった。


503 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その8:2020/12/29(火) 22:14:56.968 ID:m1zWBMqko
そして、念願叶い“父”と同じ職場で働き始め、職場で新たな仲間もできた。
性格は明るく誰にも優しく、課内の人気者。

そんな順風満帆に思えた彼の人生。

だが、ある時から彼は夜な夜な同じ悪夢にうなされるようになる。

決まって同じ場所で凄惨な犯罪現場に、自分が血まみれで立っている夢だ。
そして今の青年姿の自分に、血まみれの少年姿の自分が問いかける。

『早く、“目覚めさせて”?』

さらに、ある犯罪グループの一人を捕まえ尋問した時。
主人公の姿を見た犯人は驚愕し思わずこう聞き返す。

『お前…“本当の自分”を覚えていないのか?』

自分はいったい何者なのか。
制止しようとする周りを振り切り、主人公は悪夢で見た場所をたよりに失われた過去を探し始める……


504 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その9:2020/12/29(火) 22:16:23.069 ID:m1zWBMqko

気がつけば思っていた以上に時間が過ぎていたことに、滝本は驚いた。

冷やかしで読み始めたつもりだったが随分と夢中になって読み耽ってしまったようだ。
早く【会議所】に戻らないと仕事が滞る。

途中まで読んだ本を手に取り、滝本はすくっと立ち上がった。


滝本「本を貸してくださいな」

来場者のことなど気にせず手元の文庫本に目を落としていた参謀は、まるで異国の言葉を聞いた時のような面持ちで顔を上げた。

参謀「そんな言葉、知ってたんやな」

滝本「ここが図書館であることに今日気が付きまして」

悪気もなく滝本はニッコリすると、受付台に先程の本を差し出した。
途端に目の前の彼から“おおッ”と感嘆の声が漏れた。

参謀「【牢獄の中の正義】、七彩さんの往年の名作やな」

そこで滝本は改めて表紙の作者名を見返した。

七彩(ななさい)。
かつて【会議所】にいたきのこ軍兵士だ。数年前に亡くなったきのこ軍の英傑でもある。


505 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その10:2020/12/29(火) 22:17:15.570 ID:m1zWBMqko
滝本「全然気が付かずに読んでましたよッ。七彩さんだったんですか。
これは今度までに読んで、彼に感想を“伝えないと”」

参謀「そうしたらええに。内容もなかなかええやろ?」

滝本「先が気になりますね。それに、どこか“懐かしい”気分にもなる作品かな、と…」

その言葉に、参謀は細い目をさらに細め、貸出カードの日付欄に刻印を押した。

参謀「現実なんて、空想と比べて平々凡々なことしか起こりえん」

滝本「そうですね。起こり得ないことが頻発する。
だから空想の世界は楽しい」

挿し込まれたカードと一緒に本を受け取ると、滝本もポケットから栞程度の一枚のメモを参謀に差し出した。


506 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 空想編その11:2020/12/29(火) 22:18:10.194 ID:m1zWBMqko


―― 『三日後。丑一刻。例の場所にて』



滝本「良かったら一緒にいかがですか?“非日常の世界”へ」

メモを手にした参謀は暫し無言だったが。

持っていた文庫本にそのメモを栞代わりに挟み、パタリと閉じた。

参謀「ちょうどいま読んでた小説ももう終わりでな。
次の新しい“非日常”に行くとするかね」

滝本「よろしい。では、また」

笑顔でそう答えると、持った本を脇に抱え、滝本は図書館を後にした。


507 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/12/29(火) 22:19:16.868 ID:m1zWBMqko
参謀、あなた悪いことはしないって約束したじゃない!(してない)
次の更新分が長いため、急遽このパートを追加しました。

508 名前:たけのこ軍:2020/12/29(火) 22:42:35.686 ID:kdHxTSNY0
記憶がまっさらなのが怖い

509 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2021/01/04(月) 13:18:07.852 ID:/QEW4mKwo
あけおめことよろ。ageるぜ。ということで更新はじめます。

510 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その1:2021/01/04(月) 13:22:15.264 ID:/QEW4mKwo
会議所自治区域の成長を主導したのは、自治区域内の政府機構ともいえる【会議所】本部だった。
各国が水面下で互いに警戒しあっている状況の中に、まるで人懐っこい犬のようにスッと前議長の集計班は入り込んだ。
そして、絶妙な均衡を保つ橋渡し役として重要な役回りを担うようになったのだ。
その甲斐もあり、今や会議所自治区域には数百万人もの移住者が定住し、列強諸国も無視できる存在では無くなった。


だからこそ、他国には会議所自治区域という存在が気に食わないのだろう。


議長である滝本はそう分析している。



会議所自治区域は【国家】にならなければいけない。

あくまで自治区域の住民たちは移住者という名目で自治区域の国籍を持たない。
また、【国家】にならなければ他国と対等な同盟も結べないし、通商交渉でも有利に立ち回ることはできない。

過去、何度も会議所自治区域は世界会議で【国家】引き上げを訴えてきた。
しかし、その度に各国から“時期がまだ早い”だの“世界の飢餓問題が解決したらいずれ”などと、何かと理由をつけられては先延ばしにされてきた。
ある国からは面と向かって“会議所国が誕生すれば我が国にも脅威だからすぐに経済封鎖を行う”とまで言われたこともある。

一連のやり取りを経て遂に【会議所】は、自分たちがただの道化師に過ぎないことを痛感した。同時に、ある決意を覚悟した。

正攻法では、いつまで経っても【会議所】を【国家】にすることなど叶わないのだと。

下水に棲まうネズミよりも黒ずんだ、どす黒い思いを彼らに抱かせるには十分な時間だった。


511 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その2:2021/01/04(月) 13:23:55.339 ID:/QEW4mKwo

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━━━━


今日も夢を見た。

いつもの【会議所】の会議室で、三人の男たちが額を寄せ合い話し合っている夢だ。そこに自分の姿はなく、ただその光景を天井付近から俯瞰しているようだった。

『まただッ!どうしてッ、どうして【会議所】は【国家】になれないんですかッ!?
おかしいんよッ!こうなったら再度世界会議に駆け込むしか手がないッ』

悔しそうに拳で机を何度も叩き、金髪の男は肩を震わせながら悔しそうに叫んだ。

否、話し合いというにはいささか冷静さを欠いていた。
正しくは悲しみの慟哭のぶつけ合いだ。

『諦めるんや、¢(せんと)。何度も同じことを繰り返したやろ。これが実態や…諸外国は俺達の存在を危険視しとる。
あまり刺激しては、軍事力はともかく経済力できっつい【会議所】はすぐに世界から捻り潰される。耐えるしかないんや』

彼の横にいた袴姿の男も沈痛の面持ちながら、俯いている彼の背をさすり繰り返し慰めようとしているようだった。
二人の様子を見ていると他人事ながら胸が痛い。
彼の語る言葉は悲痛ながら真実で、抗うことの出来ない現実を示していたからだ。

『うう、悔しいんよ。ある国なんか貧窮に喘いでいると言うから【大戦】関連の仕事を分けてあげたのに、経済が回復したと思ったら途端に手のひらを返して。
…もう、ぼくたちは何を信じたら良いかわからないんよ』

そこで若き¢はなにかに縋るように、顔を上げた。
端正な顔は涙と鼻水でくしゃくしゃになり、とても人前では出られない表情をしていた。


512 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その3:2021/01/04(月) 13:25:18.165 ID:/QEW4mKwo
その姿を見て、ふと“思い出した”。

何時だったかは忘れてしまったが、かつて彼のこの顔を見たことがある。
自分の“記憶”の中に、この場面は確かに残っている。

『私は人の善意というものを過信していたのかもしれない。
施されたら施し返す。これが全ての大原則で、当然それは国家間でも守られるものだとばかり思っていた――』

―― しかし、そうではなかった。

それまで黙っていた三人目は、座っていた議長席から静かに声を発した。しかし、その声は怒りで震えている。
¢ほど感情を顕にせずとも、充血したかのように真紅に滾らせたその瞳には、怒りと憎しみを宿していた。

『参謀、¢さん。私は決めました。会議所自治区域を何としても【国家】に引き上げてみせる。
そのためであれば…私はどんな策を弄しても、どんな犠牲を出しても構いません』

『まさか…前に話していた“計画”を?』

『本気なんやな?』

二人の顔をみやりながら、男は慎重に一度だけ頷いた。

『私が考えた“壮大な計画”をお二人だけにお話します。

自治区域を【国家】とする計画です。

時間や準備に手間がかかりますが、順調に行けば会議所自治区域は【国家】となるだけでなく領土拡大までできる。
私は自治区域内に住む多くの住民の生命を預かる身として、現状に満足はできない。
そのために“全てを利用する”。それこそ国ごと、ね――』
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

513 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その4:2021/01/04(月) 13:26:39.108 ID:/QEW4mKwo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団 地下 メイジ武器庫】

三日後の丑一刻。
その日、教団地下のメイジ武器庫に備え付けの会議室には、珍しい客が三人も集まっていた。

一人は現議長の滝本スヅンジョタン。
もうひとりは副議長で、【会議所】内部を支える大黒柱 参謀B’Z(ぼーず)。
そして、大戦統括責任者で【大戦】のルール波及に務める¢(せんと)。

現議長に、英雄と名高い“きのこ三古参”の二人が加わるという、【会議所】の幹部勢が深夜に額を寄せ合い話すとは、傍から見れば只事ではない。

事実、只事ではない話が行われようとしていた。


参謀「遂に12体全ての陸戦兵器<サッカロイド>が完成する。そうすれば“計画”の準備は完了やな」

参謀は茶をすすり、【会議所】の会議室からはやや小ぶりな会議テーブルの上に、自ら持ち込んだ湯呑を静かに置いた。

¢「長かったんよ…ここまで来るのに五年はかかった」

一方で対面に座る¢は両肘を付き、手を組み合わせ、五年分のため息を吐いた。
顔のたるんでいる皺もその振る舞いにさらに振動し伸びているように見える。

ここでも議長席に座る滝本は、左右に座る二人の対称的な姿を見て思わず口元で笑みを作った。


514 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その5:2021/01/04(月) 13:27:39.089 ID:/QEW4mKwo
滝本「寧ろ五年で済んだ、と見るべきでしょう。
“あの人”があなた達に計画を打ち明けた当初、自治区域にはメイジ武器庫も無ければメイジ武器庫の隠れ蓑にするためのケーキ教団すらなかった。想定どおりです」

¢「そのケーキ教団だけど、最近はぼくの想像以上の勢いで信者数が増えているんよ」

滝本は少々大袈裟に目を丸くした。

滝本「これには驚きました。¢さんには宗教家の一面もあったんですねッ」

¢「自分の才能が恐ろしいんよ…」

参謀「宗教家って言っても、あんたは表にでてけーへんやろ」

芝居がかった様子で滝本は驚き、¢もそれに乗り軽口を叩く。そして、参謀だけが冷静に突っ込みをいれる。
三人の関係性はいつも、凡そこのようなものだった。

滝本「まあ元々は、カキシード公国への密輸武器と陸戦兵器<サッカロイド>を作るための隠れ蓑でしたが…ここまで教団の働き手が増えるとは、素直に¢さんの才能ですね」

“さて”、と滝本は逸れかかった話を戻すべく一息ついた。
その雰囲気を察知したのか、二人もすぐに背筋を正した。

滝本「【国家推進計画】は六年の歳月を経て最終局面を迎えています。
今日集まってもらったのは他でもありません。
計画の振り返りを経て、最終の見直し、問題の洗い出しを行いましょう」

【国家推進計画】。
今の三人にとって、この言葉ほど重い響きはない。
実質五年間、彼らは文字通り生命を賭してこの計画に取り組んできたのだ。


515 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その6:2021/01/04(月) 13:29:04.394 ID:/QEW4mKwo
滝本「今から六年前。“あの人”がお二人にある計画を打ち明けました。
題して、【国家推進計画】。
力を持たない【会議所】が、世界の喰い物にされる前に“自衛”のために打ち出した策です」

六年前。
当時議長だった集計班は、¢と参謀の前で【会議所】を【国家】にするための非正攻法の策を打ち明けた。

それは、謀略に次ぐ謀略の策を必要とする、“大きな回り道”だった。


滝本「会議所自治区域が【国家】として認められるにはどうすればいいか?
何度世界会議で訴えても、友好国に根回しをしても無駄だった。
つまり正攻法では駄目なのです」

参謀「裏道を通らなきゃいけないってことやな」

相槌をうちながら、参謀は懐から取り出した竹皮の包みを開き、おにぎりを頬張り始めた。
夜中だというのに随分と食い意地が張っている。後で一口貰おう、と滝本は決心した。

滝本「そうです。
そして、裏道を通った先にあるゴールは即ち、【会議所】を【国家】として認めざるをえない情勢にしてしまうことです。

そのためには幾つかの手段がありました。
一つ、自治区域の領土を拡大し、その影響力を世界が無視できないところまで膨れさせること。
もう一つは、自治区域が既存の国家を併合し従えることです」

¢「でも前者、後者の策とも、簡単に世界が許すはずもない。
特に少しでも表沙汰になれば、世界中から批判され必ず妨害にあう」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

516 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その7:2021/01/04(月) 13:30:23.410 ID:/QEW4mKwo

会議所自治区域を【国家】として自立させる。


それこそが前議長 集計班の悲願だった。

なぜ、自治区域から【国家】への昇格をこれ程までに彼らが拘るのか。
それは自治区域と諸外国を取り巻く、不公平を超えた関係性にあった。
曰く、集計班は諸外国との関係を、一言で次のように語った。

“我々は奴隷である”、と。


【会議所】は二十年の歴史の中で、密かに窮地に立たされていた。
それは偏に、諸外国との交渉事で優位に進められない構造上の問題に起因した。

自治区域が急成長を遂げる一方で、戦乱中に大戦禍を遺したこの土地には、凡そ動植物が再び芽吹くほどの度量はすでに残っていなかった。そのため、自治区域の自立に他国と交易は欠かせない問題になる。
だが、あらゆる交渉事で【会議所】は交渉の主導権を、諸外国に奪われてきた。全ては、発足当時に結んだ一つの“不平等合意”に端を発していた。

元々【会議所】が発足を宣言したのは、世界が今ほど安定していなかった時代の話だ。
弱小以下の存在が他国に飲み込まれず、だが波風を立てずに存続できる方法といえば、身の安全の保証の見返りに、相手の要求に対し表向き従うほかなかった。

【会議所】が苦労に苦労を重ねとある国と結んだ最初の合意は、平和を担保する代わりに凡そ【会議所】を文明国としては見ていない、酷く不利なものだった。
その内容は次の二点に要約される。

まず、関税の自主権はなく交易の自由性は常に諸外国に握られることになった。
さらに【会議所】が国家ではないことを利用され、治外法権を認めさせられ、自治区域内で起きた犯罪如何によっては、
【会議所】の合意なしに国籍の本土に強制送還をして裁かせるという無茶な要求までも呑まざるを得なかった。
過去にこの合意で、無理に【会議所】の要人を強制送還させた例が幾つか存在したため、その都度、発展を大いに阻害してきた。


517 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その8:2021/01/04(月) 13:31:41.222 ID:/QEW4mKwo
不平等合意がある限りは、いずれ国家になってもその主権が完全ではなく、半植民地状態下のままだ。合意の改正は【会議所】の自立に不可欠な課題だった。

それでも、集計班を始めとした過去の重鎮たちは必死に耐え忍んだ。
弱小の自治区域を発展させるためには他国の協力なくしては成り立たない。そして、いつか列強国と自治区域が力を並べられるようになった時に、初めて不平等合意は解消される。

冬を必死に耐え忍ぶ小動物のように、彼らは互いを励まし合いながら“春”を待ち続けた。


しかし、いつまで待てども“冬”が明けることはなかった。


最初に結んだ合意が、【会議所】への交渉のスタンダードとして残りの諸外国も続々と同じような合意を要求した。
五年、十年と時間が経つ毎に、【会議所】が【大戦】の爆発的特需で恐ろしい程の勢いで力をつけても、その状況は一向に改善しなかった。

さらに彼らに向かい風だったのは、長く続いた戦乱の世は終りを迎え、世界が均衡を重視し始めたことにあった。
世界は安定を重視し現状維持を望んだ。
不必要に国家を増やさず、それに反発し各地で蜂起した反乱分子は全力で叩き潰された。

【会議所】は容易に国家樹立宣言ができなくなった。
その時点で彼らにできるのは、同等の国力を持つ友好国に根回しを行い、数年おきに行われる世界会議で【会議所】を国家に引き上げてもらう口添えをお願いすることしかなかった。

それでも過去に、何度か【国家】になれる機会はあった。
だが、その度に【会議所】は裏切られた。他国に裏切られ、要人に裏切られ、そしてまた世界に裏切られた。

諸外国は、規模が大きいながら主体性を持たない【会議所】という集団から甘い蜜を吸い続ける“旨味”から抜け出せなくなっていた。
そのために、理性では自治区域を【国家】に引き上げる妥当性については容認しつつも、中堅国たちがこぞって徒党を組んで妨害した。

【会議所】の中堅幹部たちはこの“捻れた”問題を理論として理解はしているものの、危機感を覚えているのは極一部の上層部だけで表立って共有はされなかった。


518 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その9:2021/01/04(月) 13:33:10.075 ID:/QEW4mKwo
そして遂に六年前。

集計班を始めとした“きのこ三古参”は内々で、大きな決断を下した。

非正規の手段で、【会議所】を【国家】に引き上げる。

通常の定例会議で議論するというプロセスを経ず、完全に密室で独断的に決められたものだった。
問題の流出を防ぐために、この計画は【会議所】本部内では三人しか知り得ない最重要機密として扱われた。


以来、彼らは自治区域を【国家】に押し上げるために暗躍の道を進み始めた。

暗い排水管を伝うネズミのように。暗い地下を這いずり回り地上を目指し。
どんなに汚れ辛くても弱音を吐かず、ただひたすらに地上の光を目当てに暗躍し始めたのだ。


その最中、集計班は斃れた。
彼の生前のうちに、その目的を達成することはできなかった。
そのため、彼は死の直前に後任の者に全てを託すこととした。

その後任が、滝本スヅンショタンという人間だった。
集計班から見て、彼は自身の“遺志”を受け継ぐことのできる最適な人物だった。


519 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その10:2021/01/04(月) 13:35:37.251 ID:/QEW4mKwo
滝本「まず、狙いを定めたのが隣国のオレオ王国でした。
王国は武力を持たない非戦闘国家。攻め込めば我々でもたやすく占領することができる」

だが、素直に侵攻してはすぐに世界から袋叩きにあってしまう。
その戦争に“正当性”はないのだ。

滝本「正当性を以て、オレオ王国を手中に収めるにはどうしたらいいか…」

参謀「それに対する答えが、“カキシード公国にオレオ王国を侵攻させ、公国が王国まで入り込んだタイミングで【会議所】が乱入し、両軍ごと壊滅させる”。
つまり漁夫の利を狙うっていうのは、とんでもない回答やな…」

カキシード公国とオレオ王国間で戦争を引き起こす。
二国間の戦いが勃発すれば、ともに隣国に位置する【会議所】は戦争終結という名目で、“正当性”を以て介入できるのだ。

滝本「だが、“霧の大国”は強大な軍事力を持っている。
彼の国ごと屠るためには、強力な対抗策が必要になる。
長い歳月をかけたのは、我々が公国の軍事力を無に帰すだけの、全く新しい兵器を作るための牙を研ぐ期間。
そして、その“切り札”がここにきて、遂に完成しつつある」

その切り札が、メイジ武器庫に並ぶ超コーティング飴型陸戦兵器、通称・サッカロイドである。

¢「陸戦兵器<サッカロイド>は超コーティングされた飴でできているから、銃火器は受け付けないし魔法の耐性もすごく高いんよ。公国軍なんかには負けない、最強兵器なんよ」

途端に顔を上げ誇らしげに語る¢の様子は、さながら成果を必死に誇る研究者のようだった。


520 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その11:2021/01/04(月) 13:37:32.545 ID:/QEW4mKwo
陸戦兵器<サッカロイド>は角砂糖の魔法錬成により、ダイヤモンド以上の硬度を誇るようになった飴をもとに造り上げた人造兵器だ。
飴の硬度強化は化学班と95黒の研究の末に、遂に秘密裏に解明され実践化された。

20mを有に超えるその巨体は、いかなる銃火器の攻撃を受け付けず戦場を進撃し続ける。
十数体の陸戦兵器<サッカロイド>が戦場を蹂躙するその姿は、敵軍からすればパニックを起こすこと間違いないだろう。
さらにあわせて彼らの専用武器も用意しており、その防御力と火力の高さはこれまでの戦いを根本からひっくり返す革命的な兵器だ。

それだけではない。
陸戦兵器<サッカロイド>を“最強”だと¢が語る理由は他にもある。

¢「選ばれた12体には“歴戦の兵士の魂”を注入しているから、“自分で考えて”動くことができる。自律型決戦兵器なんよ」

―― “歴戦の兵士の魂”を注入している。

彼の言葉は誇張でも比喩でもない。
陸戦兵器<サッカロイド>の動力は魔法でもチョコでもない。


人間と同じ“気力”である。

それを担うのが、陸戦兵器<サッカロイド>に搭載されている歴戦のきのこ軍、たけのこ軍兵士の“魂”なのだ。


521 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その12:2021/01/04(月) 13:39:53.835 ID:/QEW4mKwo
参謀「陸戦兵器<サッカロイド>を隠しておくためには広大な貯蔵庫と、飴を錬成するための原材料と成る大量の角砂糖が必要やった。
そのために、合法的に角砂糖を集められるケーキ教団を設立した。
同時に、教団内に武器製造工場を作り、公国に着々と軍事力を用意させた。
さらには武器供与の見返りに公国から魔力付きの角砂糖を収集していったってことわな」

こうしてケーキ教団という隠れ蓑を用意した三人は、教団の支部にケーキ製作という名目で飴を生成させ本部に集約させた。
さらに、一部の敬虔な信者には“【大戦】でいつか使う時のため”という名目で密輸武器を製造させた。

五年という歳月がかかったのはケーキ教団の拡大と、サッカロイドの製造にそれだけ時間をかけたからに他ならない。

滝本「カキシード公国には力を付けさせ、来たるべき時にオレオ王国に“侵攻させる”。
オレオ王国は広大ですが、あそこの王は元来の反戦主義者だ。
まともな対抗手段を持たないので公国軍はすぐに王都まで攻めかかるでしょう」

参謀「そして公国軍の伸び切った補給路に向けて、王国に陸戦兵器<サッカロイド>を出撃させて…
【会議所】はその横っ腹を突く」

他の会議所兵士がいまの二人の姿を見たら腰を抜かすことだろう。
無表情で抑揚のない話し方だが温厚な議長、かたや黎明期から英雄として崇められた副議長。
二人がともに“国を壊滅させる”という共謀案を真剣に話し合っているのだ。

¢「敵の公国軍は壊滅。そして、オレオ王国を保護するという名目で、【会議所】は王都を実効支配する」

滝本「ついでに王都も崩壊させ王国の指揮系統を喪失させておきましょう。
こうなれば後は王国全土を支配下に置くのは、そう難しい問題ではないでしょう」

明日の天気予報を告げるような口調で、平然と滝本は物騒なことを口にした。

そこで計画の振り返りは済んだのか、会議室は一瞬静寂に包まれた。


522 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その13:2021/01/04(月) 13:40:45.205 ID:/QEW4mKwo
¢「しかし、こうもうまく行くとは思えないんよ」

沈黙を破る形で¢はポツリと呟いた。
彼はいつもこうだ。
三人の中では一番の心配性で、一度物事に囚われると思考の沼にハマってしまう癖がある。

そのせいで何年経っても若々しい参謀と比べると、彼の老化は顕著だ。
元々、比較対象の参謀が年齢よりも老けて見えていたという問題はあるが、それを差し引いても顔には苦労の分だけ皺が刻まれているように見える。

参謀「たしかに。この仮定には大きな問題を見落としている。他国の動き、とりわけ裏では協力関係を結んでいるカキシード公国の動きを想定していない」

滝本「公国といえど、実質動いているのはたけのこ軍兵士でもあり“宮廷魔術師”でもある791さんでしょう。彼女に我々の考えが看破されていれば、この計画は破綻します」

三人は途端に押し黙った。
滝本はちらりと時計を見た。約束の時間まで“もうすぐ”だ。

参謀「791さんが読んでないと思うか…?」

¢「あの人は表面上こそ天真爛漫な善良なたけのこ軍兵士だが、ぼくが武器商人として公国に行ったことも全て把握している筈。
それでもなお平時の態度を崩さず接しているのは肝が座っている証なんよ」

滝本「如何に【会議所】に有益な兵士といえど、彼女は宮廷魔術師です。
そして、¢さん、参謀。
お二人は“魔術師”というものの恐ろしさを791さんよりも“前に”既に承知の筈です。そうでしょう?」

二人は再度押し黙った。
それが答えだった。


523 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その14:2021/01/04(月) 13:42:01.234 ID:/QEW4mKwo
滝本「ただ、ご安心ください。
791さんが気づいていないという確信を、私は持っています」

二人は眉をひそめた。

参謀「なぜそう言えるんや?まさか791さんが教えてくれたわけでもないろうに」

滝本「それは後でご説明しましょう」

そら始まった、と参謀は露骨に呆れ顔をした。

彼は勿体ぶって言いたいことを最後に回す癖がある。おかげで話は長くなる。
会議の時間も必要以上に伸びるのは、彼の性格が三割ぐらい原因だ。

参謀の顔に気付いたのか、滝本は芝居がかったように一度咳払いをして誤魔化した。

滝本「計画はここまで怖いほど順調です。ですが、こういう時ほど落とし穴が潜んでいることを、また私たちはよく理解しています」

今の彼は、普段会議で喋る姿よりも大分イキイキとしている。お得意の芝居がかった口調にさらに磨きがかかっている。
普段はまるでお経を読み上げるような抑揚のない話しぶりで幾人も眠りに誘うが、今は身振り手振りを交え二人の言葉に口元をつりあげ身体を揺らしている。
かつてこのようにおどけた姿で会議を仕切っていた人物がいたことを、参謀はふと思い出した。

参謀「たとえるなら、【大戦】で勝利目前のきのこ軍が慢心してたけのこ軍に大逆転を喰らう。その場面と同じやな」

滝本は苦笑しながら肩をすくめた。
この場にいるのは全員きのこ軍兵士だ。【大戦】初期から、頻繁にたけのこ軍に苦汁をなめさせられている過去を、この場の全員が理解しているのだ。


524 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その15:2021/01/04(月) 13:43:25.297 ID:/QEW4mKwo
滝本「さて。ここまで色々とトラブルはありましたが、陸戦兵器<サッカロイド>の完成まで残り2ヶ月です」

¢「公国への武器供与はどうするんで?」

滝本「今月で打ち切りましょう。聡い“宮廷魔術師”のことだ。それを合図と見て、本格的にカカオ産地侵攻を検討し始めるでしょう。
向こうをその気にさせれば、事態は劇的に動き出しますよ」

¢「了解なんよ」

六年前が“思い出される”。
あの頃、滝本はまだこの座に収まっていなかったが、今と同じように二人と額を寄せ合い話していた“記憶”はある。

参謀「“王国戦争”までのシナリオは想定通りやな。
ただ、陸戦兵器<サッカロイド>の問題はどうするんや?この間も、95黒が魂との“定着率”について心配してるようなことを言ってたんやろ?」

“流石は参謀です”と言いながら、滝本は余裕のある笑みを見せた。

滝本「そう。いま、問題になっているのは陸戦兵器<サッカロイド>と魂との定着率の低さについてです。
そして、先程¢さんが危惧していたように。そもそも791さんがこちらの動きを察知しているかどうかがこの“計画”の成功を大きく左右します」

参謀「自分で言っておいてなんやが、定着率の問題については“一つの解決策”があるやろ。利用するわけにはいかんのか?」

参謀の発言に対し、¢は口をすぼめて異議をとなえた。

¢「確かに、その解決策だと定着率を大きく向上させることはできるかもしれないんよ。
でも、荒療治だしそもそも科学的に証明されている方法でもないから、ぼくも含め化学班さんたちは反対しているんよ」

滝本はその二人をなだめるように“まあまあ”と声をかけた。

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525 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 密議編その16:2021/01/04(月) 13:44:02.805 ID:/QEW4mKwo
滝本「来たようですね。

さて、ここでもうひとり新たな“協力者”を迎えたい。

我々にとっては強力で劇薬ともなりうる存在ですが、ここまで頼り強い人もいないでしょう」

二人は互いに顔を見合わせた。
今日、この場に自分たち以外の人間が同席するとは聞いていなかったのだ。

滝本「どうぞ。お入りください」

同意を得ずに滝本がパチンと指を鳴らすと、扉がひとりでに開き。
扉の外から一人の兵士が姿を現した。

その姿を見た途端、たちまち二人は驚愕した。


someone「…」


扉の前には、群青のローブを身に纏った若ききのこ軍兵 someone(のだれか)が立っていた。


526 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/04(月) 13:44:55.917 ID:/QEW4mKwo
遂に明かされた会議所の計画。
ちなみに私は指パッチンができません。むかつきます。

527 名前:たけのこ軍:2021/01/04(月) 17:57:50.278 ID:rMzx38EY0
会議所を巡る陰謀計画、ワクワクするんよ

528 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その1:2021/01/10(日) 11:14:19.306 ID:1a0tukcco

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夢はいつだって好き勝手に過去の場面を切り取り脳内に映し出す。
深層心理を映し出す鏡だと思えば幾分か気は晴れるのかもしれない。なぜなら夢の光景は、そのほとんどが自分の“記憶”に無いものか表層上忘れてしまった思い出ばかりを投影しているからだ。

警告と言ってもいいのかもしれない。無意識の心理が、自分自身に思い出せ、忘れるなと忠告しているのだろう。
スピリチュアリズムに心底傾倒しているわけではないが、いつか肉体が消え霊魂だけ残ったとして、この思念も果たして残り続けるのか、時々不安になる。
もしかしたら内なる心理は後々を見越し、今のうちにたくさん思い出せと諭しているのかもしれない。

今日は珍しく、“自分”が主人公の夢だ。

滝本『それでは今日の会議を終わります。お疲れさまでした』

いつもの会議の風景。この場面だけ切り取れば夢か現かははっきりしないだろう。
ただ夢だと断言できるのは、その光景を俯瞰して見ており、自身の意識が天井付近に離れていることで分かった。

『初めての会議お疲れさま。しかし、なんでそんなに会議がうまいんだ。滝本さん?』

多くの兵士が席を立ち議場を後にする中、一人の兵士が近づいて自分に声をかけた。彼はきのこ軍兵士 黒砂糖(くろざとう)だ。
夢の中の滝本は書類をまとめていた手を休めると、肩をすくめた。


529 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その2:2021/01/10(日) 11:15:07.363 ID:1a0tukcco
滝本『身体が勝手に動くんですよ。それに、皆さんの支えあってのものですから』

黒砂糖『なんだそれ、おかしいな。以前に何処かで経験あるとかかい?』

滝本『どうでしょう。少なくとも私自身は無いはずですよ』

夢にいても、気づくことは幾つかある。
まず、自分は思った以上に表情の変化に乏しい。もう少し親しみやすさを出していたつもりだったが、いま見る限りはかなりの愛想の無さだ。これでは他人も声をかけづらいだろう。
それに、思わせぶりな態度も鼻をつく。参謀の文句の意味をようやく理解できた気がした。

とはいえ、これはあくまで夢なので現実の光景とは離れているかもしれない。あくまで深層心理が見せつけているだけかもしれないので、信じすぎることもないだろう。
そう適当に理由をつけ反省を二の次にし、夢が醒める時までボウと光景を眺めることにした。

滝本『黒砂糖さんにも大分助けてもらいました。今度、【大戦】で前人未到の撃破数を稼いだ“鉄人”のコツを教えて下さい』

黒砂糖『はははッ。気力だよ、気力。しかし、集計班さんを思い出すような捌きっぷりだったよ。なにか会議の進め方について、遺言でも残されていたのかい?』

滝本『そんな遺書が残されているのなら一番に読みたいですね。
ですが、強いて言うならば、そうですね…あの人の遺志、なんてものがもしかしたら私にはほんの少し宿っているのかもしれないですね』

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530 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その3:2021/01/10(日) 11:16:58.542 ID:1a0tukcco
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団 地下 メイジ武器庫】

突如扉から現れたsomeoneを視界に入れながら、参謀は彼を招いた滝本の真意を解りかねていた。
普段あまり態度を表に出さない¢までもが露骨に顔をしかめている。

¢「これが今日、ぼくたちをここに呼んだ理由ですか。滝本さん?」

滝本「そうです。
彼は優秀な魔法使いにして、“宮廷魔術師”791さんの指示で【会議所】の動向を掴むために送り込まれた公国のスパイです」

サラリと滝本が語った言葉に、二人は思わず耳を疑った。

参謀「公国からのスパイッ!?本気か、滝さんッ!?」

someone「…」

当事者のsomeoneは何も語らずにただ俯き、その顔はローブに隠れている。

¢「someoneさんは新進気鋭のきのこ軍兵士。【大戦】の新運用ルール“制圧制”を考案した期待の新星。その人が、公国の送り込んだスパイと?」

滝本「最も難しいとされる【大戦】ルールを考えたその力は、間違いなく彼の才能でしょう。
後者については、本人が自ら認めました。そうですね?」

そこで初めて自分に話を振られたことに吃驚したのか、someoneは少しだけ肩を震わせたが。
ローブの中で静かに目を閉じ、観念したように一度だけ頷いた。

参謀の目の前に座る¢は、血色の悪い顔をさらに悪くさせ、ヒステリック気味に立ち上がった。


531 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その4:2021/01/10(日) 11:18:24.859 ID:1a0tukcco
¢「ならば、この場に敵のスパイを呼ぶなんてッ、なおさらマズイんよッ!!」

彼の態度まで折り込み済みといわんばかりに、滝本はゆったりと片手を上げ彼を制した。

滝本「私も驚きましたよ。
先日、someoneさんが自ら『会議所の秘密を知っている』と打ち明け始めた時には、私も内心慌てたものです。
ですが、彼はどうやら恩師に従うつもりはなく、今は独断で行動しているようなのです」

“独断”。

参謀はその言葉に大きな違和感を持った。
わざわざ強大な師から離れ、あまつさえ敵陣に乗り込む必要が何処にあるというのか。
彼の自信無く、頼りない姿を見る限り、とても自分の意志で来たとは思えない。これも791の策略ではないか。
そう考えたのは参謀だけではなく、向かいの¢も同じようだった。

¢「ぼくはsomeoneさんを信じすぎるのは危険だと思うんよ。
正直、言葉だけではなんとでも語れる。こうしてここで話した情報を秘密裏に公国側に流されたら全て水の泡だッ!」

滝本「ご心配ももっともです。
でもご安心ください。
彼には既に私が“制約の呪文”を施しているので、秘密が漏洩するリスクもない。
もし彼が他の誰かにこの秘密を喋ろうとすれば、制約の術でその瞬間に彼の心臓は止まります」

“制約の呪文”とは呪術式の魔法で、術者が対象者を一定の条件下で拘束、束縛する際に用いられるものである。
特に対象者が同意さえすれば魔法の威力が増し、当人間で結んだ制約を破った際に生命を奪うものまで存在する。

今回、滝本がsomeoneにかけた魔術はまさに後者の呪文で、即ち対象者の彼が制約に同意したということでもある。
その言葉を聞き先程よりも少し安心感が増す一方で、益々疑問が強くなる。


532 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その5:2021/01/10(日) 11:20:28.193 ID:1a0tukcco
参謀「それならまずは一つ安心やな…ほんで、そもそもsomeoneをここに呼んだ理由はなんや?」

someone「…僕が“優秀な魔法使い”で。
皆さんが頭を悩ませている“兵器の欠陥”について、専門家として意見を貰いたいから、ではないですか?」

三人は一斉に彼の方を向いた。

俯いていた顔はいつの間にか上がり、いまは逆に三人を見返している。
ヘーゼルカラーの瞳は鋭く光り、その目は挑戦的な意志を宿しているように参謀には感じられた。
先程までの弱々しい姿から一転し、今の彼の面は余裕綽々たるものがあった。

普段の彼はおどおどとした様子で、会議でも口数は少ない。孤独を好むのか、仲の良い斑虎と話している時以外では一人でいる印象しかない。
この場で啖呵を切れるような豪胆な性格の持ち主だとは知らなかった。この数分で随分と印象が変わったものだ。
今の精悍な顔つきは、まるで何処かの小説にあるような、荒々しい別人格が顔を覗かせる変貌ぶりだ。

参謀「ほう。随分と知っている口ぶりやな」

心を落ち着かせるために茶を啜りながら、参謀は暫し考えた。そして、滝本がこの伏魔殿に彼を呼んだ理由について、すぐに合点がいった。

参謀「なるほどなあ。つまり、陸戦兵器<サッカロイド>の定着率の問題を、ここで解決しようっちゅうわけやな?」

“さすがは参謀”と、芝居を見終わった観客のように、滝本は拍手で応えた。

滝本「我々のメンバーの中には、彼のような優れた魔法使いはいなかった。
唯一の悩みで弊害です。ですが、someoneさんが協力してくれれば最後のピースが埋まるかもしれない。そうでしょう、¢さん?」

¢「…」

逸った気持ちを抑えるように仏頂面に戻った¢は、静かに椅子に座り直した。


533 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その6:2021/01/10(日) 11:22:24.645 ID:1a0tukcco
その様子を見て、someoneも近くにあった椅子を手繰り寄せ、スルリと腰掛けた。
そしてポケットからパイプ煙草を取り出し咥えると。魔法で灯した指先の火をパイプ口に近づけ、静かに蒸し始めた。

someone「失礼します」

パイプから口を離し静かに紫煙を吹く彼の姿は、とても様になった。
子供から背伸びをして大人になろうとするような不格好さは残るものの、同時に達観した余裕と研ぎ澄まされた緊張感も彼から滲んでいる。絶妙なバランスで彼に一種の“凄み”を与えている。
彼の度胸に、参謀は再度驚いた。

滝本が、“ね?すごいでしょ?”と好奇の目を送ってきているのが分かった。
【会議所】のsomeoneといま目の前にいる彼はまるで別人だ。
元々の性格に因るものか、幾多の出来事が彼の性格を変えたのだろうか。

もし、後者だとしたら彼の人生の転機は何時訪れたのだろうか。
俄然、参謀は彼に興味が湧いた。

someone「滝本さんの言ったように、僕は自分の意志で皆さんに協力したいと思っています。
安心ください。791先生は、【会議所】が陸戦兵器<サッカロイド>を保有しているという状況を一切知りません。一番弟子の僕が保証します」

滝本「確証は取れました」

“ほらね?”と言うように、滝本はしきりに視線を送ってくる。
煩わしいので参謀は敢えて気づいていないふりをした。

滝本「公国について、もう少し詳しく教えて下さいな」

someone「表向き、カメ=ライス公爵が国を治めていることになっていますが、数年前から791先生がライス家を支配し裏で実権を掌握しています。
僕を始めとした魔法学校の卒業生は、優秀な者は国内で成果を出し先生の名声を高め、さらに優秀な者は先生の下で働き彼女を支えています」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

534 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その7:2021/01/10(日) 11:25:17.546 ID:1a0tukcco
someone「四年前。¢さんが公国に単身乗り込んだ際に話した“旨い話”に、先生は喜びつつも警戒感を顕にしました。曰く、【会議所】は何かを企んでいると」

¢「流石は791さんだ」

someone「そこで呼び出されたのが僕です。【会議所】の内情を探るようにと指示を受けました」

参謀「事情は理解したが…someone、お前はどうして791さんを裏切る?」

そこで、再びパイプを口から離したsomeoneは深々と息を吐いた。
途端に紫煙がドッと彼の口から吐き出された。

someone「僕には、先生の考えが理解できない」

ポツリと呟いた言葉もすぐに煙の中に消えた。
まるで彼を守るように紫煙が小さな主をスッポリと包み込む様子を見て、参謀は初めて彼の危うさを垣間見た。

someone「何の罪もないオレオ王国を危険に晒すあの人の企みを、生命の重みなどまるで知らないだろう狂人の企てをッ、食い止めたいんですッ!」

再び紫煙から現れた彼の顔は、霧が晴れた空のように凛々しく決意に満ちていた。
キリッとした顔つきは童顔ながら、昔の¢を彷彿とさせる二枚目ぶりだ。
参謀は曇りなき彼の瞳に、少々見惚れていた。

同時に、滝本が今夜開いた会合の“真の”意味を、徐々に理解し始めた。


―― なるほど、そうか。そういうことか。


535 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その8:2021/01/10(日) 11:26:42.961 ID:1a0tukcco
someone「791先生は戦争の準備を進めています。都合がよければ近く軍を出せると仰っていました」

滝本「そうですか…それは我々にとって実に“不幸”なことです」

彼が大袈裟に落胆する様子を見て、薄々この“茶番劇”を理解し始めている自分に同時に嫌気もさした。

参謀「信じられひんな。本当に791さんが戦争を起こそうとしているんか?」

滝本の魂胆に乗っかり、参謀も少々大袈裟に眉をひそめた。
さすがのsomeoneにもその真意までは分からないだろう。

気づかないうちに、いつの間にか【会議所】が彼を罠に嵌めようとしていることを。

参謀の言葉を受け、滝本はすぐにバネ仕込みの人形のように椅子から跳ね上がり、威勢よく¢に顔を向けた。

滝本「¢さん、すぐに公国への武器提供は打ち切ってください。
“意図せず”、我々は公国軍を支援していたことになる。事態を知った今、看過することはできない」

¢「わかったんよ」

先程交わしたやり取りとは矛盾する内容に、何の疑問もなく¢は頷いてみせた。
彼も伊達に二十年来、【会議所】で揉まれてきていない。

滝本「someoneさん、貴方の提案で我々も目を覚ましつつあります。
取り急ぎ、助けてほしいのは陸戦兵器<サッカロイド>の抱えている問題について、魔法使いの観点から貴方よりアドバイスを戴きたいのです。
お願いできますか?」


536 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その9:2021/01/10(日) 11:27:59.695 ID:1a0tukcco
下唇を噛みながら握りこぶしをつくる彼の姿は、事情を知らない者から見れば大国に立ち向かおうとする熱い青年議長として映るだろう。
だが事情を知っている参謀からすれば、逸る気持ちを抑えようと声を低くし、しかし気持ちを抑えられず思わず鼻息を荒くする狡猾な肉食獣に見える。
つまり今回の会合の目的は、今の提案をsomeoneに認めさせることにあるのだ。

そんな一人で盛り上がる滝本の熱から避けるように、彼の周りの紫煙は壁をつくるように三人との間に層をつくり、彼自身も容易に頷こうとはしなかった。

彼の慎重な姿勢に、参謀は素直に好感を持った。
いま見せている彼の露骨な警戒心は、目の前に座る自分も含めた狡猾な兵士からすれば既に格好の餌食となっているが、警戒すること自体は決して悪いことではない。

用心深さは自分の生命を永らえさせる。これまでの【会議所】でも幾多も実感してきたことだ。
慎重すぎると目の前の友のように変わり果てた姿になってしまうが。

someone「改めて確認ですが…

本当に外にある陸戦兵器<サッカロイド>は、【会議所】の“自衛用”として開発したもので、侵略用に開発したものではないんですよね?」

核心をついた質問に、部屋に微かな緊張感が走った。

参謀は表面上平静を装いながら、彼には分からないほどの変化で滝本に横目を向けた。
やはり、滝本は彼に【会議所国家推進計画】の全貌を伝えていないのだ。
恐らく陸戦兵器<サッカロイド>の話だけしかしておらず、彼から魔法使いの専門家として意見を引き出し、利用するだけにしようとしている。

当の滝本は眉一つ潜めず、至極落ち着いたものだった。
こうした時は下手に表情を変えるよりも普段の様子でいるほうが信用性を増すことを本能で理解しているのだ。


537 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その10:2021/01/10(日) 11:31:33.241 ID:1a0tukcco
滝本は立ち上がったまま、何度も強く頷いてみせた。

滝本「当たり前ですッ!
以前もお伝えした通り、我々は“カキシード公国からの不当な横暴に備えるため”に、陸戦兵器<サッカロイド>を用意しているのです。

いうなれば、抑止力は最大の武器ッ!
強力な兵器は国家間では抑止力にしか働きませんよ、someoneさんッ。考えすぎですよッ!」

安い三文芝居だ、と思う。

しきりに拳を振り上げ、何度となく頷く彼の首といえば、カクカクと動く壊れかけの首ふり人形のようだ。
先程の“静”とは一転して、今度は“動”で相手の心を揺さぶる。
大袈裟な所作に相手も疑いそうなものだが、この化かしあいは一瞬でも相手に“本当にそうかもしれない?”と思わせたほうの勝ちなのだ。

普段の滝本しか知らない人間からすれば、いつもお経を読み上げるような口調の議長がまくし立てる激しい言葉を、知らずのうちに彼の心の内に潜む熱情なのだと感じる。感じてしまう。
頭脳明晰な人間ほど、脳が拡大解釈をしてしまうのだ。よく考えれば矛盾している発言を、信じてしまうだけの器量の良さがあだとなる。
そしてsomeoneもその思考の沼に陥っている。眉をひそめ悩んでいる姿を見れば一目瞭然だ。

滝本「我々は国家ではない分、大きな制限なく動ける。
その点で、公国に武器を横流ししていたことは過ちでした。
陸戦兵器<サッカロイド>開発資金、材料確保のために密造武器を製造していたことは、仕方がないとはいえ人道的に許されることではない。

せめてもの罪滅ぼしですが、我々も公国の横暴を抑えたい。なによりこれから災禍に見舞われるだろうオレオ王国を救いたいのですッ!
一緒に彼の国の野望を食い止めましょう、someoneさんッ!」


538 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その11:2021/01/10(日) 11:33:55.093 ID:1a0tukcco
個人的に、参謀は彼のこうしたやり方に諸手を挙げて賛同しているわけではない。

他者を利用するだけ利用し終わったら切り捨てる。それは他者を厭わない狂気の手法だ。
ただ、非情さにおいては寧ろ¢の方が上だろう。彼は時々他者に対して情けをかけてしまう時がある。
それは暗殺を生業とする¢からすれば“隙を見せる弱さ”であり、文化人の参謀から見れば“人間らしさ”としての評価点だった。

その点で目の前の二人に比べれば、自分はかなりの穏健派だ。暗く汚い仕事は専ら二人に任せてきた。
そのため、この【国家推進計画】における自らの役割は二人に比べ一歩下がりがちだ。
二人から面と向かって糾弾されたことはない。互いに暗黙の了解という形で今日までやってきたのだ。それは二人の優しさの表れだった。

参謀は、そんな自身の踏ん切りのつけられなさを卑怯だと感じている。
計画に加担すると言いながら彼らのような非情さを持ち合わせることができず、かといってここまで反対もせず。寧ろ計画を推進してきた自身の矛盾を、心の中で悔いている。

今だってそうだ。
計画を完遂するためには、someoneにはここで滝本の言葉に従ってほしい。

だが、個人的な考えを言えば。

  彼には抗ってほしい。
  疑った気持ちを持ったままでいてほしい。

どうして相反する気持ちを持つのか、時々自分が不思議になる。
目の前の小さな魔法使いを気に入ったのか?そうかもしれない。
哀れんでいるから?それもあるだろう。既に彼はまな板の上の鯉だ。

しかし、根本にはもっと別の理由がある。それを心のうちで理解しながら、脳は言語化することを本能で嫌がっている。

そして、ずっと悩んでいた小さな魔法使いは――

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539 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 籠絡編その12:2021/01/10(日) 11:35:29.373 ID:1a0tukcco
¢「助かるんよ。早速、この後メイジ武器庫で化学班さんたちと一緒に、陸戦兵器<サッカロイド>の問題点について意見を貰いたい」

参謀「…決まりやな」

ああ、彼も駄目だったか。

若き魔法使いに、権謀渦巻く【会議所】は早すぎたのだ。
そして彼の未来は今日、ここで確定した。望む未来とは真逆の結果を自身の手で手繰り寄せ、近く絶望する破滅の未来だ。


その未来から逃れることも、また【会議所】が逃がすこともしない。


自身もその一員でありながら、若い兵士の未来を摘んでしまったことに、参謀は心の底より嘆息した。


540 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2021/01/10(日) 11:36:59.544 ID:1a0tukcco
この章は結構心情描写が多めですね。許してくだしあ、そういう気分なんです。

541 名前:たけのこ軍:2021/01/10(日) 16:16:31.181 ID:SI2TuOhg0
参謀もなんかいろいろとあやしくねぇ?

542 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その1:2021/01/11(月) 21:37:14.607 ID:rwxI6qQYo

―― 「僕の夢は、誰かの英雄<ヒーロー>になることだった」

            ―― 「なら、もう十分なれたじゃないか?」心の中の“彼”がそう囁く。

            ―― 「そろそろ夢から“醒める”時さ」

―― 「ふざけるなッ!いまの僕には父から教わった正義の心があるッ。もう昔の僕には戻らないッ!」僕自身が、心の中のもうひとりの“彼”に反論すると。

            ―― 「くくッくくくッ、ハハハッ」“彼”は徐に声を上げ笑い始めた。
           
            ―― 「正義?ハハッ。俺が悪なら、お前らも“悪”だ」吐き捨てるように言った。
           
            ―― 「俺たちはその日を生きるために必死だった。生きるためなら、仲間を生かすためならそれこそ何でもやったさ。
                一方で、お前らがやったことはなんだ?
                俺たち弱者の思いを踏みにじり、一方的に糾弾し、仲間の生命を散らすことだ。それがお前たちの仕事。
                さて、俺たちとお前たち。いったいなにが違う?」


                                                     七彩・著『牢獄の中の正義』より



543 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その2:2021/01/11(月) 21:38:14.811 ID:rwxI6qQYo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室】

コンコン、と扉を叩く音で滝本は意識を戻した。
ガチャリと扉が開くと、たけのこ軍の軍服を身につけた抹茶(まっちゃ)が姿を現した。

抹茶「また寝てました?」

滝本「失敬な。目を開けて休憩していましたよ。人を眠り魔と勘違いしてやいませんか?」

抹茶「これは失礼。働いている姿より寝てる姿のほうが似合っているものですから」

からかうように微笑を浮かべながら、抹茶は脇に抱えていた大量の書類をドサリと机の上に置いた。
途端にゲンナリとした滝本の顔を気にすることもなく、彼の手元で開かれていた書籍に気づくと、抹茶は目を丸くした。

抹茶「読書ですか…珍しいですね」

滝本「ああ。wiki図書館で借りたんですよ。七彩さんが昔に書いた本らしくて」

抹茶「へぇ…七彩さんですか。懐かしいですね。まだ【会議所】で事務方だった時、あの人に色々と教えてもらいました」

滝本が捺印し終えた書類の束をチェックしながら、抹茶は昔を懐かしむように目を細めた。

滝本「あの頃はまだ多くの豪傑がいましたね。きのこ軍だとアルカリさんに、アンバサさんに、ゴダンさん。たけのこ軍だとシャンパンさんにまいうさんにチャンプルーさん」

抹茶「竹内さんに、とあるさんもいましたね。リコーズさんなんて、二度目に復帰した時はショボクレて見た目がすっかり変わっててびっくりしたなあ」


544 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その3:2021/01/11(月) 21:39:25.815 ID:rwxI6qQYo
滝本「Ω(おめが)さんなんて、生涯現役だなんて言ってて、亡くなる少し前まで兵士に稽古を付けてた熱血漢。あれには驚かされた」

抹茶「本当ですねえ…みんな強くて優しくて尊敬できる人だったなあ。
そういえば大事な人を忘れていた。
集計班さんですよ、あの人なくして【会議所】は語れない」

滝本「なんといっても、【会議所】を興した偉人ですからね」

最初の束は確認し終えたのか、抹茶はすぐに次の稟議書群の確認に入った。滝本は議長だが、実質抹茶がこうして秘書役として最終チェックに入る。
こうして待っている時は少しだけ緊張する。滝本は、答案用紙の採点を待つ生徒の気持ちが少しだけ分かった。

抹茶「優しくて人格者で本当に凄い人でしたよ。いつも飄々として憧れてたなあ」

滝本「集計班さんを悪く言う人を見たことないですね」

抹茶「僕が最初に【会議所】に来たのはかなり幼い時ですが、その時から例外的に色々な役職で学ばせてもらって、育ててもらった恩があります。
話も論理的で筋が通ってるし、少し茶目っ気もあっておもしろい人でした。今とはちがっておもしろかったなあ」

滝本「…まるで後任の私には一切備わってないように聞こえるんですが?」

抹茶「あれ、そう聞こえちゃいました?」

滝本の憮然とした表情をおかしく思ったのか、抹茶は“冗談ですよ”と笑い、濃い緑髪のマッシュヘアとあわせて愉快そうに揺れた。

不思議と彼とは波長が合った。年齢は恐らく滝本より年下だが、立場を越えて二人は対等な関係で話し合うことが出来た。
¢や参謀とはまた違う安心感だ。彼らと違い“計画”の話など一切無く、肩肘張らずに気軽に話せる間柄だからかもしれない。


545 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その4:2021/01/11(月) 21:42:18.761 ID:rwxI6qQYo
抹茶「その七彩さんの本。どんな内容なんです?」

抹茶は書類の確認の手を一旦緩め、滝本の机の上に置かれている本に興味を示した。
“ああ、ネタバレとか気にせずいいですよ”と語る抹茶を思わず見返すと、もう次の確認作業に取り掛かっている。
器用な人間だ。次の【会議所】を担う期待のホープと呼ばれるだけのことはある。

滝本「主人公は駆け出しの青年警官なんですが記憶喪失なんです。
真面目に仕事していたんですが、ある凶悪犯罪グループを追いかける過程で悪夢にうなされるようになってね。

その夢の内容が、まあ簡単に言うと記憶喪失前の元の人格の時のもので。
なんと過去の自分自身が、追いかけていた凶悪犯罪グループの元親玉だったという、驚愕の事実に気付くんです」

抹茶「なるほど。それは随分とどんでん返しな展開ですね。タイトルについている“牢獄”は、自分自身がかつて牢獄の中にいたという暗示なんですね」

抹茶は、大量の書類を仕分けし終えまとめているところだった。相変わらず仕事が速い。
意外と抹茶が話しに乗ってくるので、滝本も興が乗ってきた。

滝本「まだ読み終えてないんですが、なかなかおもしろいですよ。
後半の章からは過去の自分との対峙がメインになるんですが、このときの葛藤がなかなか真に迫っててね」


―― 「“夢”から醒めたら、僕はどうなるんだ」僕が問いかけると、“彼”は笑った。

            ―― 「なにも起こらないさ。幸せな夢からこの身体が醒めるだけ。俺は俺、お前はお前のままさ」

―― 「僕は怖いんだ。僕という夢が終わることで、これまでの全て消えてしまうことがたまらなく怖いんだ」まだ“彼”を受け入れるわけでもないにのに、身体は恐怖でガタガタと震えている。

            ―― 「元に戻るだけなのさ。お前も目が醒めて、少しだけ泣いたらそれでお終い」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

546 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その5:2021/01/11(月) 21:43:36.682 ID:rwxI6qQYo
抹茶「すごい刺激的なシーンですね」

滝本の語る内容に、思わず抹茶も手を止め聞き入っている。

滝本「主人公の僕、つまり“夢”の存在ですね。彼は必死に元の人格に抗おうとする。そうして抗って、抗って最終章へと進んでいくんです。

でも、私にはどうしても彼の気持ちがわからないんですよ。
元の自分がいるとすれば、身体を返して戻してあげるのが筋でしょう。後発的に彼という人格が生まれたのならば尚更だ。
そこまで仮初めの生活に拘り続けることは、本当に正しいことなんでしょうか?」

抹茶は眉を寄せ複雑な表情をつくった。

抹茶「うーん。まあこの場合、人格を戻す先が、自分の追っていた犯罪グループの親玉というところで、彼の抵抗感を強めているのかもですが。
普通は誰しも、手に入れた幸せを噛み締めたいものじゃないですか?」

抹茶の話を聞いてもなお、滝本は腑に落ちなかった。
彼の幸せは手に入れたものではなく、“与えられた”もののはずだ。
ある種、危機回避のために代理で発現した自分が、本来の自分に反逆しようとするなどおこがましいにも程がある。
滝本は質問を変えてみることにした。

滝本「抹茶さんが彼と同じ立場だったら、どう思います?」

抹茶は顎に手を添え、少し考え込むような仕草をした。


547 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その6:2021/01/11(月) 21:44:57.318 ID:rwxI6qQYo
抹茶「そうですねえ。僕も同じことを突然言われたら、たぶん必死に抵抗しちゃうと思います。
でも、もしこのストーリーのような背景を薄々でも気付いていたとしたら。
もしかしたら最終的には受け入れちゃうかもしれませんね」

滝本「ほう?」

抹茶「自分自身がこの世からいなくなるということは、本来凄く“悔しい”ことだと思うんですよ。それはたとえ、自分が仮の人格だと自覚していても同じことです。

自分が夢に戻るっていうと聞こえがいいですけど、要は自分という個の存在が無に帰す。
これ程悲しいことはないです。

よく、生きた痕跡が残っていればその人生は無駄にならないと哲学的に語られますが、僕はこの考えには反対です。
その評価を最終的に行うのは他人でなくあくまで自分自身な筈です。

他人と話し笑い合い誰かを支え支えられながら生きる。
意志を持ち行動することが人生の本懐だと思うんですよ」


548 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その7:2021/01/11(月) 21:45:31.927 ID:rwxI6qQYo

―― 自分という個の存在が無に帰す。これ程悲しいことはない。

夢と現の境界線は曖昧なものだと思う。
夢も非常に精巧な出来になれば、見ている風景は現実と全く変わらない。
唯一の違いがあるとすれば、夢では最終的に自分自身が筋書きを決められるが、現実で想定通りに動く筋書きなど存在し得ないということだ。
ただ、それも驚くほど精巧な夢の中であれば知覚することもできず、夢の中での配役の一人と化している当人でも分かる術はない。

いま、滝本は現実の中に居る。

しかし、本当にそう断言できるのだろうか。

滝本という人格には五年前以前の記憶が一切ない。
五年前のあの日、知らない部屋の固い手術台で起き上がったその時からの記憶しか残っていない。


果たしてそんなことが、本当に現実で起こりうるのだろうか。


今の自分には、この本の主人公や抹茶が語るような現世への執着など一切ない。
同じ“遺志”を持ち、【会議所】の発展という目的に向かい、手足を動かしているだけ。そこに自身の意志など一切介在しない。


それは、生きていると言えるのだろうか。


549 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その8:2021/01/11(月) 21:48:18.978 ID:rwxI6qQYo
抹茶「ただ、まあそう駄々をこねたってどうしようもない時はあるので。
僕は霊魂説なんて信じてませんけど、魂だけになってもみんなを見守ることはできるし、“記憶”がその身体に残り続けるなら。生きてきたことは無駄にはなりませんからね。

…滝本さん。顔色が悪いけど、大丈夫ですか?」

滝本「…ああ。大丈夫で――いやいや、どうやら働きすぎたようで。これは休憩の時間をたっぷり貰わないといけないようです」

抹茶「いや、今まで散々休憩したって言ってたやろッ!
どうですか、これ参謀の真似です」

滝本「ふふッ。全然似てないです」

滝本の表情を見て安心したのか、“新しい書類の処理が終わったら、たっぷり寝ていいですよ”と声をかけると、抹茶は大量の書類を抱え部屋を出ていった。

滝本はもう一度手元の本を開いた。
目に飛び込むのは、主人公の激烈な独白だ。


―― 「消えろッ!恨んで、恨んで、死んでからも恨み続けてやるッ」



550 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その9:2021/01/11(月) 21:51:43.735 ID:rwxI6qQYo
この本の主人公と違い、滝本は一度も心の中の“彼”を恨んだことなどない。
これからもきっとそうだろう。

寧ろ感謝の念しか浮かばないのだ。無味乾燥とした自身の人生に意味を持たせることができた。
【国家推進計画】に携われ、【会議所】で議長として働くことができた。
与えられた幸せを噛み締めることこそすれ、抗うことなどしない。
今日、突然自分の人生が“彼”に奪われるとしても、笑顔で消えていくことだろう。

ただ、本来の滝本の人格が五年前に一度無に帰しているのは間違いないだろう。
夢で見る風景は、【会議所】に来てからの回想に“彼”の追憶ばかりだ。

もし、無に帰したはずの元の滝本の人格が戻り、この本のような状況に陥ったらどうなるだろう。

滝本自身はもしかしたら了承するかもしれない。仕方ないと同情するかもしれない。
だがもうひとりの“自分”が了承するだろうか。


分からない。
            ―― 嘘つき。

想像したくない。
            ―― 容易に思い浮かぶだろう?

理解したくない。
            ―― 本当は分かっているくせに。

“死”とは一体なんなのだろう。
            ―― それはね。留まり続けることをやめた時さ。


551 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 蜃気楼編その10:2021/01/11(月) 21:52:53.336 ID:rwxI6qQYo
これまで滝本は、生と死の概念について一切の疑問を感じたことはなかった。
だが、【国家推進計画】の最終盤を迎えようとしている時に、彼はこの本を通じて大きな疑問に直面していた。
無意識に抑え込もうとしても、疑問は泉の水のように心の中で溢れた。蓋をしても暫くすれば再び溢れてしまう。

困惑していた彼はその正体を知らなかったが、これこそが滝本スヅンショタンにとっての自我の芽生えだった。


そもそも、なぜ成人をとうに越えた彼が、誰しもが乗り越えてきた悩みを、あるいは幼少期の内には素通りしてきた悩みに今、苛まれないといけないのか。

その根本を探るには、一旦時計の針を六年前にまで戻さないといけない。









それは、ある“魔術師”の、酷く冷酷な思いつきから始まった。



552 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/11(月) 21:53:11.752 ID:rwxI6qQYo
思わせぶりなところで更新を終わります。また来週!

553 名前:たけのこ軍:2021/01/11(月) 21:56:00.103 ID:0.DWrLjc0
どこどこまでも闇が見える感じがいいですね

554 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その1:2021/01/16(土) 15:57:37.392 ID:URJVSue6o
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『ついに…ついにできたぞッ!人類史で誰もなし得なかった究極の【儀術】の完成だッ!』

また、夢を見ている。
薄暗い自室で興奮気に鼻を鳴らしている“自分”の姿を眼下に、滝本はいつものようにふわふわとした意識で眺めていた。

すぐに理解した。
これは過去の、“別の自分”の記憶が映し出されているのだと。

部屋の中は開きかけの書物と書きかけの紙くずの山で連なっては散らばりとにかく雑然としている。
机の前に陣取る自らの黒髪のくせ毛の無秩序な跳ねも、不思議と周りの雑物に馴染んでいる。

【儀術】とは、魔術師が創り出す究極魔法のことだ。
つまり、言葉通りの意味であれば、夢の中の自分は“魔術師”で、正にいま【儀術】を完成させたということになる。


555 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その2:2021/01/16(土) 15:58:42.101 ID:URJVSue6o
『これで皆の遺志を集めておけるッ!
そして、そうすればッ…夢物語も夢じゃなくなるッ』

ここまで興奮している“自分”を見るのは初めてではないかと感じた。
目の前の【儀術】に俄に興味が湧く程には、普段は飄々としあまり動じることのない性格なのだ。

『早速試してみよう…誰がいたかな。そうだ、あの人がいたッ!さっそく試しにいこうッ!』


そして、夢の中の“自分”は ――












                        ―― “魔術師”集計班は、実に愉快そうに笑った。


━━━━
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556 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その3:2021/01/16(土) 16:01:24.283 ID:URJVSue6o
【きのこたけのこ会議所自治区域 ¢の執務室 6年前】

¢『“うまかリボーン”?なんですかそれは?』

若き¢はペンを動かしていた手を止め、聞き慣れない単語を前に顔を上げた。

集計班『【儀術】の名前ですよッ!私が作ったんですッ!儀術“うまかリボーン”です』

机の前には、破顔した集計班が立っていた。彼がここまで無邪気に感情を顕にするのは珍しい。仕草や口調こそ剽軽(ひょうきん)だが、感情の起伏は少なく滅多なことでは動じない人物だ。
彼が議長だからこそ幾多の困難も乗り越え、弱小だった【会議所】が十四年を越え今も存続しているのだ。

目の前の議長には感謝の思いしかないものの。
まだ日も昇らぬ明け方だというのに、彼の高揚したキンキン声は、徹夜で【大戦】ルールの策定に挑んでいた頭によく響いた。
サラサラと流れる金の前髪を一度掻き分け、¢はもっともな疑問を口にした。

¢『…その“うまかリボーン”というのはどんな魔法なんですか?もしかしてお菓子を永遠に手から出し続けられるものとか?』

ふざけて提案してみたが案外その魔法は悪くない、と¢は思い直した。特に徹夜明けにはよくきくだろう。

その答えに集計班は“違いますよッ!”と少し声を荒げ、やや大袈裟にしかめっ面を作った。
彼も徹夜明けなのかややツリあがっていた目はさらに上がり、癖っ毛はあちこちに跳ね、襟の立った紺のマオカラースーツもところどころよれている。
やはり互いに徹夜明けが良くないのだろう。今日の彼の興奮気な口調は、¢の頭痛をひどく加速させた。

集計班『そんな内容よりも、よりオモシロイですよ。“うまかリボーン”はですね――』




―― 人の魂を身体から切り離せるんです。


557 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その4:2021/01/16(土) 16:02:49.742 ID:URJVSue6o
¢『…え?』

さらりと口にした彼の発言に、最初¢は、自分の耳がおかしくなったのかと疑った。

集計班『だから、生きた人間から魂だけを分離できる儀術なんですよ、“うまかリボーン”はッ!
魂を実体化して、箱か何か用意すれば中に閉じ込めておけるんですッ!」

まるで虫を捕まえにいくかのような口調で語る彼の話を聞き、ようやく¢の脳もネジを回したように動き始めた。
普段の彼からは決して語られないだろう話を耳にし、一瞬、脳内が硬直していたのだ。おかげで頭痛もどこかに吹っ飛んだ。

¢『じょ、冗談ですよねッ!?』

徹夜明けでジョークのキレが悪くなっているのだろう、と少しの期待を込めたが。
執務机の前に立つ彼はいつもと変わらないニコリとした笑みをつくり、それがかえって¢の絶望を加速させた。

¢『ちょ、ちょっとぼくの理解が追いついていません。
ちなみに…魂を分離した後の肉体はどうなるんですか?肉体の元の主は?』

集計班『え?もちろん死にますよ、当たり前じゃないですか』

わかりきったことを聞くなと言わんばかりに、満面の笑みで集計班は答えた。
まるで悪意の篭もってない彼の返答に、¢は顔を青ざめた。

集計班『そうだッ、私の部屋にきてください。おもしろいものをお見せしましょう。
ああ、そうだッ。参謀も呼ばないとッ、呼んできますねッ!』

慌ただしく集計班が部屋から飛び出してから、¢は今この瞬間、夢の中にいるのではないかと疑った。
しかし目の前に置かれている未完成のルール草案の山を見て、現実であることを急速に実感した。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

558 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その5:2021/01/16(土) 16:04:55.966 ID:URJVSue6o
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 6年前】

集計班『――というわけで。これがきのこ軍 アルカリさん。こちらがたけのこ軍 まいうさん。そして左端がきのこ軍 七彩さんの“魂”です』

彼が机の上に置いたガラス瓶には、それぞれ鮮やかな色のモヤが立ち込めていた。
これが本当に英傑の“魂”だとしたら、あまりにも実感がなくかつ呆気ない。
活力の源であり人を突き動かす心臓部の“魂”がただのガス状の霞だという事実に、人間という神秘の存在をズケズケと明かされた思いになり、¢は茫然としていた。

同じく横で話を聞いていた参謀B’Zも衝撃を受けた様子だったが、それは¢が抱くような科学的な喪失感よりも前に、凡そ倫理の欠如した行動にひどく困惑しているものだった。
仕方がない。先程、¢も通った道だ。

参謀『正気か、シューさんッ!?
いまシューさんが口にした人たちは、いずれも直近で亡くなった偉大な【会議所】の英傑たちやッ。つまり、つまりその話が本当やとしたら――』


―― “シューさんが、三人を殺したってことか”。


恐ろしい内容を、流石の彼も最後まで口にすることは躊躇われたようだった。
緊迫した光景に¢も唾を飲み、あらためて彼の語る異様さと、彼自身の放つ狂気を肌で感じた。

参謀の言葉に彼は少し沈黙した後に、“そんな些細なことか”と言わんばかりに露骨に顔をしかめた。

集計班『嫌だなあ、参謀。私が仲間を手に掛けるわけ無いじゃないですか』

そこで彼は穏やかな目で瓶の中の“モヤ”を見つめながら、とうとうと語り始めた。


559 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その6:2021/01/16(土) 16:06:26.625 ID:URJVSue6o
集計班『全て死の間際の英雄の方々からの“同意のもとで”行ったんです。

最初はまいうさんでした。彼は死の数ヶ月前から体調を崩し、自らも死期を悟っていた。
そこで病床の中で、私にこう語ったんです。

“【大戦】での栄光が忘れられない。望むなら、永遠に生きたい”、と。

だから当時、完成したばかりの儀術“うまかリボーン”の話をしたんです。身体を捨て魂だけになれば永遠に生き続けられますよ、ってね。

不安もありましたが、結果は成功でした。
彼の肉体から見事魂だけが分離し、こうして魂が手に入りました。見てください、彼はこうして今も“生き続けています”』

うっとりとした顔で語る目の前の集計班に、二人は初めて恐怖した。
とても、正気の沙汰とは思えなかった。

参謀『は、話はわかったわ。だけど、何のためにこんなことをやるんやッ…』

集計班『“なんのために?”決まりきったことを聞かないでください、参謀。この間の話をお忘れですか?』

集計班は途端に笑みを消し、瓶をさすっていた手を止めた。
今は彼の一挙手一投足全てが恐怖の対象だ。

集計班『全て、会議所を【国家】にするため。その遠大な計画の一つですよ。
選りすぐりの魂を集め、強固な“器”に投入すればどうなりますか?』


560 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その6:2021/01/16(土) 16:10:42.ウンコ ID:URJVSue6o
― 『参謀、¢さん。私は決めました。会議所自治区域を何としても【国家】に引き上げてみせる。
そのためであれば…私はどんな策を弄しても、どんな犠牲を出しても構いません』

先日、【会議所】が何十度目かの国家昇格に失敗し¢がすすり泣いていた時、彼は二人の前で真剣な口調で語ったのだ。
オレオ王国とカキシード公国を争わせ、【会議所】が漁夫の利を得て最終的には世界の覇権を握るという壮大な空想案を。

幾ら国同士を動かすとはいえ、【会議所】が容易に介入できる手段も方法も無い。当時は二人とも本気にしていなかった。二人を慰めるための彼の気休めだと思ったのだ。
しかし、彼だけは諦めていなかった。【国家推進計画】の肝となる【会議所】の戦力を創り出すために、自ら【儀術】を発明したのだ。

¢『…見た目は兵器。しかし、その中身には【大戦】で活躍した兵士たちの魂が入る。【大戦】で培った精鋭の動きと経験をあわせもった、最強の兵士ができますね』

言葉にしてから、¢は自らの身体が小刻みに震え出したことに気付いた。
これは恐れからくるものか。
否、違う。
身体の奥から全身に広がっていく熱い激情と、同時に抱く高揚感。

そうか。ようやく、彼の考えを理解できてきた。

集計班『そう。私の開発した“うまかリボーン”は、対象の魂を抜き出す強力な儀術です。使い方を違えれば、対象をすぐ死においやります。
ですが、そんな“愚かな”使い方を、私はしません。
身体は老いても儀術を使えば、当時の素晴らしい経験、そして輝きを放つ兵士の魂を戦力に使えるのですよ。
死という螺旋に囚われることのない、最強の兵士として永遠にね』

参謀『そ、それはいくらなんでも非人道的な行いになるんとちゃうん?』

集計班『安心してください。ですから、英傑たちには事前に“承諾”を得ています』

参謀『それでも…いや、もうええわ』

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

561 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その8:2021/01/16(土) 16:12:31.675 ID:URJVSue6o
確かに、彼の儀術は死者を冒涜する行為だと¢も思う。幾ら今際の際で“永遠に生き続けたい”と言質を取っても、臨終の彼らには真意の言葉でない可能性も十分にある。
意識が混濁している場合もあるはずだ。全て正当に同意を得られたとは到底考えにくい。

だが、目の前の大事を為すためにはそのような道徳的感情など“些細なこと”だ。

最強の兵士を創り上げる。
世界中どの人間も気付いていない理論を組み合わせ実現することができれば、今まで経験してきたどの【大戦】の戦いよりも、スリルで且つ一方的に蹂躙する戦いができる。

世界を根本から変える、世紀の大発明だ。

¢『ククククッ…』

自分でも気づかぬうちに、¢の口からは、くぐもった、奇妙な笑い声が漏れていた。
横にいた参謀はぎょっとした表情で¢を見て、対照的に集計班は普段見せないような顔でニタニタと笑い始めた。

¢『素晴らしい。実に素晴らしいんよ、集計さん。
ぜひ成し遂げましょうッ。会議所を【国家】にしてみせましょう』

“魔術師”は同調するように何度も頷いた。

集計班『¢さんならわかってくれると思っていましたよ。
この儀術があれば、我々が負けることはありません』

¢『最強の兵器を創り上げるためには、器の選定も必要です。ただの硬材では敵の銃弾に貫かれてしまう。
ダイヤモンドよりも硬度の高い材質を作り上げることができれば、我々は無敵になります。ぼくにいい案があるから試してみたいんよ』


562 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その9:2021/01/16(土) 16:13:33.371 ID:URJVSue6o
集計班『わかりました。兵器については¢さんに一任しましょう。さて…』

そこで、集計班は参謀に向き合った。

集計班『参謀。どうします?』

参謀に見せた彼の表情は、先程までとはうってかわり、皆に見せる“いつもの”慈愛に満ちたものだった。

そこで参謀は口をつぐみ、目を閉じた。

どのみち、彼に拒否権はないのだ。仮にいま断ったとしても、最重要機密の【計画】を知ったまま野放しにはできない。
彼の“魔術師”としての側面を見た今、幾ら黎明期の仲間とはいえ無事で済む保証はない。
この無言の間は、寧ろ彼自身の中で浮かび上がる疑問や道義心を必死に抑え込むための猶予といえた。

暫くすると、参謀は目を開けハァと一度ため息を付いた。

参謀『…ここまできてノーという選択肢はないやろ。
一蓮托生や。【会議所】をなんとしても【国家】に押し上げたる』

集計班『ありがとうございます、必ず成し遂げましょう。
安心ください。必ずうまくいきます』

彼のつり目の中に浮かぶ真紅の瞳は、背後から差し込む陽射しの光よりも赤くたぎりかつ濁っていた。

暁光が議長室を微赤く染め上げる中で、一人笑顔を浮かべる彼の姿は、狂気を含んだ“魔術師”と形容するには十分な姿だった。


563 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 鶏鳴編その9:2021/01/16(土) 16:15:39.022 ID:URJVSue6o
黒幕、登場。

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564 名前:たけのこ軍:2021/01/17(日) 00:54:48.900 ID:ONJISP2g0
SKさん恐ろしい…

565 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その1:2021/01/23(土) 14:36:11.357 ID:XBziG5cUo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室 現代】

その日、議長室は物々しい雰囲気に包まれていた。

抹茶「ナビス国王からの書簡を持ってきましたッ!」

滝本「ありがとうございます」

急ぎ走ってきたのだろう。目の前で息を荒くしている抹茶から差し出された封筒を手に取る。
のっぺりとした表面を一瞥しすぐに裏返す。小麦色の縦長な封筒の口にはオレオ王国の紋章を象った封蝋(ふうろう)印が押され、この書簡が紛れもなく信書であることを予感させた。

滝本「…」

抹茶たちの前で、滝本は無言で丁寧に封蝋印を剥がし取る。

いまさら中身を見るまでもなく、これはオレオ王国からの支援依頼に他ならない。
ナビス国王は、カキシード公国からの圧力に困窮し【会議所】に助けを求めてきている。全て仕向けたのは他ならぬ自分たちであるから、間違いはない。
予定通りの事の運びにその場で小躍りでもしたいところだが、目の前には一切の事情を知らない抹茶も同席している。

表面上は冷静を装いながら、滝本は高級そうな洋紙にしたためられたナビス国王の悲痛の“叫び”を暫し堪能した。

参謀「なんと書いてあるんや?」

抹茶の隣にいる参謀が白々しくそう問いかけてきた。不安気な抹茶の表情の横で背筋よく立つ彼の表情は、不自然なまでに白い。
彼は、緊張すると血の気の引く癖がある。いまの彼の顔といえば、自ら身につけている着物の色よりも白いくらいだ。隣りにいる抹茶が彼に目を向けていなくて本当に良かったと思う。


566 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その2:2021/01/23(土) 14:38:34.426 ID:XBziG5cUo
滝本は手紙に視線を戻し、ボサボサの青髪を何度か掻くと大袈裟に眉をひそめた。

滝本「はい。これは、実にまずいことになりましたね…
報道されているよりも事態は深刻なようです。オレオ王国はカキシード公国から類を見ない程の圧力をかけられ困り果てています。このままでは、戦争になると。
この危機に対し、【会議所】が公国との間に仲介勢力として介入してもらえないかと。そのような依頼です」

¢「仲介勢力…でもぼくらは、国ではないから彼らにどこまで働きかけできるかわからないんよ」

書簡から目を離し、抹茶の脇にいた¢を一瞥する。不安気な言葉に反し、老いた彼の目からは深緋(こきあけ)色の光が妖しく放たれている。戦いを望む目を隠しきれていない。

まさか自分を含むこの場に居る四人のうち、実に三人がこの事態の間接的な首謀者だとは、明敏な抹茶も気づかないだろう。

滝本「ナビス国王が頼むほど、【会議所】勢力が世界にもたらす影響は大きいということでしょう。
我々が今すべきことは、戦乱回避のために、両国に使者を送るかどうか協議することです。

抹茶さん、すぐに緊急会議の招集をお願いしますッ。
会議所本部に居る兵士のみならず各地に散らばっている同士をすぐに呼んでください。事は緊急性を要しますッ!」

抹茶「わ、わかりましたッ!」

滝本の深刻めいた言葉に、まだ息の荒い抹茶は柚葉色の髪を揺らしながら何度も頷き、慌てて部屋を飛び出していった。
彼には少しかわいそうなことをしたかもしれない、と少しの反省をしたのも束の間。

¢「クククッ…」

不気味な鶏が囀(さえず)るような、くぐもった嗤いが聞こえてくる。
きのこ軍の軍服を纏った¢は、まるで戦場で大戦果を上げた兵士のように歓喜に打ち震えていた。


567 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その3:2021/01/23(土) 14:39:45.659 ID:XBziG5cUo
¢「ここまで全て予定通りなんよ。流石は791さん。
武器供与を打ち切ったら、すぐにこちらの意図を察して攻めに転じてくれた」

参謀「あとは予定通り、互いの国に使者を送り、【会議所】の行動の正当性をアピールすれば問題はないわな。
でも問題は、誰を送るかや。考えはあるん?」

不思議なもので、不気味な彼の嗤い声を聞くことで却って参謀は落ち着いたようで、朱色の頬を見るに再び血が通いつつあるようだった。慣れとは怖いものである。
椅子の背もたれにもたれ掛かった滝本は、机の上に手紙を放り投げた。

滝本「“一人”はもう決まっています。“彼”に最後の仕事をしてもらいましょう。

この間もお話しましたが、彼はもう“使い終わった”人間ですから最適です。
結果的に我々の手でTejas(てはす)さんを捕まえなかったのは失敗でしたが、まあ公国の状況を探れただけ招いた価値はありました」

参謀「彼を公国の使者に充てると?」

滝本「そうですね。公国に戻らせ状況を探らせる予定ですが、最近はこちらの計画に勘付いている節があります。
いまが“切り捨て時”でしょう。
あとは791さんに、煮るなり焼くなりしてもらいましょう」

その言葉で、参謀の表情は僅かに暗くなった。
気にせず滝本は思案気な表情で言葉を続ける。


568 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その4:2021/01/23(土) 14:41:18.368 ID:XBziG5cUo
滝本「もう一人ですが、御しやすい人がいいでしょう。情に厚く清廉潔白で、かつ裏切らない兵士がいい」

¢「…ぼくに一人、心当たりがあるんよ。彼ならオレオ王国に行き全力で行動するだろう。
【会議所】に不利益なことはせず、ただ任務を全うしようとする。そんな兵士だ」

参謀「決まりやな。ただ残念なのは、いくら彼が王国で尽力しようと、戦争は防げないっちゅうことやな」

そう、どれだけ足掻こうとも、オレオ王国は最初から詰んでいるのだ。

¢「思えば長かった。六年前のあの日、“あの人”が計画を話した時から全て計画は始まった。
でも最後まで油断は禁物なんよ。特に791さん率いるカキシード公国は何をするか分からない」

滝本「そうですね。それに、戦後処理も考えないといけない。
王国戦争が終われば、公国がこちらに戦いを仕掛けてくることも考えられる。その備えもしないといけません」

参謀「そのあたりは事前の打ち合わせ通りに、やな。
このまま、最後まで突き進むんやッ。大丈夫、俺たちならできるさッ」

滝本は目の前にいる二人の顔をじっと見つめた。
彼らの表情や話しぶりを見れば、その考え方まで手にとるようにわかる。二人に関しては、周りの誰よりも詳しい自信がある。

いま、向かって左に立つ¢は、少ない口数ながら早口で喋り、非常に高揚している様子だ。
やや猫背気味に丸まった背中を規則的に揺らしながら、【大戦】中に敵軍に発するような圧を放っている。
枯れかかった枝垂れ(しだれ)柳のように普段はだらしなく垂れ下がっている前髪も、かつての輝きを取り戻したように心なしか生き生きとハネているように見える。


569 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その5:2021/01/23(土) 14:43:40.936 ID:XBziG5cUo
彼と“最初に”出会った時のことを今でも覚えている。

某国の酒場で、腕利きで眉目秀麗の傭兵がいると聴いた時のことだ。
興味本位で彼の住まう家を訪ねてみれば、果たして彼はそこにいた。

しかし噂通りの実力を有しながらその時の彼は、任務中のとある失敗が原因で他者との関わりを一切断っており、家から一歩も出ない隠居生活を送っていた。
酒場で聞いた評からはかけ離れたでっぷりと肥えた姿で、他人を前にしても際限なく菓子を口に運ぶその様は、まるで農場にいる家畜の食事風景を彷彿とさせた。

そこから彼を立ち直らせるのには苦労した。【会議所】の話を持ちかけ興味を抱かせ、そして次には全ての菓子を取り上げ更生させた。
隠れて菓子を貪っている姿を見つければ、すぐに罰を与え扱いた。

健康体に戻った彼はすぐに本来の輝きを取り戻し、【会議所】では全兵士の憧れの的として活躍した。
集計班の死後、彼が老いたのは何も過労のせいだけではない。お目付け役がいなくなり再び菓子を摂取し始め、不摂生を加速させた末の末路なのだと滝本は知っている。
興奮で身体を小刻みに揺れる行為には、武者震いだけではなく糖分摂取の禁断症状が含まれていることも知っている。彼は筋金入りの甘党なのだ。


570 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その6:2021/01/23(土) 14:45:04.009 ID:XBziG5cUo
対して参謀B’Z(ぼーず)も、態度には出さずとも同じく興奮している様子が伝わってくる。
彼はその名に反し、先頭に立ち味方を鼓舞する統率者として、【大戦】や【会議所】の窮地を幾多も救ってきた。彼のかける言葉には弱りきった他人を励まし勇気づける力がある。

彼との“最初”の出会いも印象的だ。
世界を放浪していた最中、とある村に立ち寄った際のことだ。余所者を歓待する珍しい村だった。

村人の勧めでひょんなことから武道場で子どもたちと竹刀を握り、ともに汗を掻くことになった。子供剣士の中でとりわけ元気良く、周りをまとめあげていたのは坊主姿の彼だった。
稽古の終いに彼と練習試合をすれば歯が立たず、完膚なきまでに打ち崩された。

稽古後、年甲斐もなくその場で座り込んだ自分に対し、彼は遠慮なく近づくと自らの竹刀をスッと差し出した。
“今日が俺の引退試合や。お兄さん、良かったら記念にもろてや”、と。

彼に興味が湧き、その夜、道場の縁側で話しをきくと、一家の食い扶持を稼ぐために彼は近々自ら丁稚奉公に向かうのだと語った。
取り乱すこと無く落ち着いて語る彼の姿を見て、なんと精悍な少年なのだと思った。
彼を失うことは大きな損失だと深く感じた。

そう思い立ったら、すぐにその足で彼の両親に仁義を切り彼を引き取った。
その際の、驚きでポカンとしていた彼の間抜け面が印象深い。

先程の彼の言葉には、他人だけではなく自分自身をも奮い立たせようと活を入れたのだろう。小さい頃から繰り返し実践してきたことだ。


571 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その7:2021/01/23(土) 14:45:58.395 ID:XBziG5cUo
今の思い出は、滝本が彼らと知り合った五年前より遥か昔の出来事だ。
それが自身の記憶でないことをとうの昔に理解している。

まるで歴史の年表を読み上げるように、追想の彼方に仕舞われている回顧録を頭の中に引っ張り出し読み上げる。
そこに感情など持ち合わせない、ただ純然たる事実として再生しているだけだ。

恐らく自らの脳の記憶領域に滝本自身の思い出など塵や埃程度しか遺っていないのだろう。自らの行動を顧みるより前に、別の“自分”の思い出が次々と浮かんでくる。
それは彼自身の意識が希薄なせいのか、それとも思い出そうとする際に邪魔されているのかは定かではなかったが、いずれにせよ彼はこの事態を許容せざるをえなかった。
それ程までに夢では度々、回顧録が再生され、彼らとの話の中では経験したことのない“思い出”がこうして脳内に映し出されるのだ。

滝本は、自らの記憶ではない回想を見ることで、二人の考えが手に取るようにわかるようになった。
それだけに、彼らは時々滝本と話をせず、別の“誰か”と会話をしている時がある。
その誰かの正体も、勿論ながら彼自身は理解している。

滝本「ええ、そうですね。ここまで準備したんです。我々に立ち向かえる敵などいませんよ」

だが、滝本は二人を責めることはしない。

彼は“皆を導く議長”という役を演じるしかない。
【会議所】の中枢として、自治区域をより良い方向へ導く船頭を。



“心”の命ずるままに、全力で演じるしかないのだ。


572 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その8:2021/01/23(土) 14:47:54.578 ID:XBziG5cUo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

¢『つい先程、コンバット竹内さんの葬儀が終わったんよ』

集計班『お疲れさまでした。生前の活躍に見合う、盛大な葬儀でしたね』

集計班は、たけのこ軍 コンバット竹内の魂の入った瓶に話しかけると、そっとテーブルの上に瓶を置いた。

参謀『これで魂は12体…悲しいことに、ここ最近は初期から支えてくれていた英雄たちが相次いで病床に伏していたから思いの外、魂は集めやすかったやんな。
正直、複雑な気持ちだが』

集計班『一兵士としては、悲しみの手向けを。

ただ、一黒幕としては喜ばしい限り。

そもそも、また“皆さん”と一緒に戦えるんですから、悲しい、なんていう気持ちは可笑しいんですよ』

椅子をきしませ、集計班は愉快そうに笑った。

¢『魂を入れる器の研究所と武器製造工場のことだけど、立地は選定し終えたんよ。
チョ湖ほとりの丘の上に使われていない古城があるので接収して改修します』

参謀『チョ湖のほとりなら人目にもさらされることもないからよさげやね。それに、新兵器の始動も色々と都合が良さそうや。考えたもんやな、¢。
でも暫く見ない間にだいぶ老けたんやないか?』

¢『ほっといてほしい…』

ゲッソリとした¢の呟きに、二人は笑った。


573 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その9:2021/01/23(土) 14:48:58.437 ID:XBziG5cUo
集計班『参謀の声がけで、【大戦】を引退していたきのこ軍兵士の化学班さんと95黒さんにも協力を仰いでおいたのは正解でしたね。
あの人達は根っからのサイエンティストだから、計画をバラして得る利よりも自ら発明できる創造の利を選ぶ』

¢『隠れ蓑として新興宗教団体を立ち上げるというのも、参謀のナイスアイデアだったんよ。おかげで仕事は倍に増えているけど…』

参謀『よせやい照れる』

集計班は椅子から立ち上がり、背後の窓から外の風景を眺めた。
お昼時の大通りには昼食を取りに出かける多くの兵士たちが往来し、目の前の中庭にはサンサンとした陽を浴びながら、弁当を広げ楽しげに談笑する兵士たちの姿も見られる。

十五年かけて作り上げた、平和で平穏な日常だ。
これからも守り続けなければならない世界が広がっている。


574 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 揺動編その10:2021/01/23(土) 14:50:13.596 ID:XBziG5cUo
集計班『実に順調です。
私の予想ではあと五、六年で計画は最終段階まで持っていけるでしょう。それまではもう暫く雌伏の時です』

¢『五年で会議所が【国家】になれる。寧ろ早いぐらいです』

参謀『そうやな。絶対にそうなるんやッ。
“この三人”で今と同じように国家になった【会議所】を見届けられると思うと、今から楽しみやな』

集計班『ああ。残念ながらそれは無理です』

二人は唖然として、穏やかな顔で外を眺めていた集計班を見つめた。

視線を一身に浴びた彼はくるりと振り返ると、笑いながら言葉を続けた。







集計班『だって、私はもうすぐ死にますので』


575 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/23(土) 14:53:20.650 ID:XBziG5cUo
あと二回の更新で5章も終わり。明日1回更新できるかもなので、1月中には終わらせる予定です。
今日の人物カード更新よ。

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576 名前:たけのこ軍:2021/01/23(土) 17:05:24.704 ID:IeLuMMKQ0
これもまた静かな狂気…

577 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その1:2021/01/24(日) 19:38:31.029 ID:ZWXZSp9Ao
集計班という人間についての評価は、評価する人間の立場や地位によって細かな違いこそあれど、概ねみな一様に同じである。

自治区域に住む者は、彼を【会議所】を興した英雄として持て囃し、世界各国の首脳陣は、彼を名君と称賛しその実力の底知れなさに恐怖する。
たったの十五年で、会議所自治区域を並み居る国家と渡り合うだけの実力に引き上げたのは、紛れもなく彼の才覚あってこそだからである。

人々は一様に、彼を稀代の英雄と表現し称えた。

しかし、彼を英雄と評価たらしめているのは、あくまで【会議所】を興してからの行為に対してのものだ。
【会議所】を興すまでの彼の生い立ちを知る者は殆どいない。

それこそ、最側近の¢や参謀さえも知り得ない話だ。本人に聞いてもノラリクラリとかわされ、僅かに聞いた情報を統合すれば【会議所】を興す直前まで世界各地を放浪していたという話だけだ。

彼の歴史は闇に包まれている。


だが、そこにこそ“真実”が隠されている。


578 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その2:2021/01/24(日) 19:40:36.425 ID:ZWXZSp9Ao

彼はある日突然、戦災孤児になった。

初めて脳に鮮明に焼き付いた映像は、昨日まで住んでいた町が、家が目の前で激しく崩れ燃え上がる光景だった。

それまで平穏な生活を送っていた少年・集計班は、そこで初めて、皮肉なことに、まず“生きている”という実感を得た。
そして、目のチカチカとした感覚が収まってくるとともに、彼は、立ち込めるスレた硝煙の臭いや遠くから地鳴りのように迫ってくる怒号や叫び声など、活字ではとても味わえない臨場感を味わわざるをえなかった。
当時、戦乱の渦に巻き込まれた各地の町村では、住民の意志とは無関係に名も知らない敵軍により殺戮と略奪の限りが尽くされていた。彼の町は不幸にもその標的に選ばれたのだった。

少年だった集計班は、先程まで暮らしていた我が家が家族ごと砲弾で木っ端微塵に消し飛んだことをようやく理解すると。
おぼつかない足取りで必死に足を動かし、ただ闇雲に人のいない方向に走り、逃げた。

涙を流す暇すら与えられなかった。
裏庭で昼寝をしていた少年は瞬間の災禍にこそ巻き込まれることはなかったが、姿の見えない敵から逃れるべく、着の身着のままの格好で駆け出すしか無かった。
それは親から教えられたわけでもない、生まれ持った野生の本能だった。
少年はいま目にした光景から必死に逃れるように、本能で裏手の山間部へと逃げ込んだ。

逃げた森林の先にも追手の何者かにより火が放たれ、彼は足を止めることなく森の終わりまで走り続けた。
裸足で駆けていたため、足の裏に小枝や岩が食い込み血を流しても。
さらに、火の手が背後から迫りくる中で、ずっと並走していた小動物たちが飛び散る火の粉を受け、隣で苦しげなうめき声とともに次々と足を止めていっても。

集計班は気にする暇も与えられず、走って、走って、また走り続けた。


579 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その3:2021/01/24(日) 19:41:36.726 ID:ZWXZSp9Ao
その結果、既のところで追手を振り切り、森を抜け平地まで辿り着いた。
ようやく立ち止まり、背後を振り返った時。

視界は、赤一色に染まった。

自分のこれまで住んできた場所が、走り抜けた山が、全て毒々しいまでに赤い色に染まる光景を目にして、
まるで先程まで自分が見捨ててきた生命の健気な主張のように思え、少年は拒絶感から激しく嘔吐した。

なぜこのような仕打ちを受けなければいけないのか。
何も恨みを買っていないはずなのに。どうして。


それからは夜眠る場所もままならず、時には岩陰の間で一夜を過ごし、また時には橋下で雨風をしのぎながら転々と歩き続けた。
惨劇からただ一人生き延びた少年は、やせ細りながらも反比例するようにどんどん真っ赤に充血させつり上がらせた目で、視界に映る全てを憎んだ。

のうのうと暮らす別の町民を、呑気に囀る小鳥を、世界を憎んだ。
平和な日常は、かくも簡単に崩れ去るのだと理解した。


580 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その4:2021/01/24(日) 19:44:40.305 ID:ZWXZSp9Ao
故郷と家族を失った若者の行き着く先といえば大体が決まっている。
余程運よく富豪にでも拾われない限り、“ゴミ”扱いされる人間は体の良い労働力として掃き溜めの中でまとめられ、その一生を終える。そのように世界はできている。
あまりにも安い賃金の見合わない対価として、彼らはでっぷりと肥えた雇い主からひたすら罵倒を浴びせられ、昼夜問わず汚くきつい仕事を強いられる運命にあった。

彼の場合は鉱山での採掘作業を命じられた。
職場の環境は最悪だった。

鉱山の中は常軌を逸するほど蒸し暑く、文字通り休み無く働かされた。現場責任者の指示でひたすら奥へ奥へと掘り進め、採掘された廃石をトロッコに載せ何度も外に掻き出す。
そうして目当ての鉱物へ掘り当てれば、全員が犬のように舌を出してハァハァと荒く喘ぎながら、自分たちの生命の価値よりも遥かに重い石ころを大事そうにトロッコに積む。

誰しもが閉鎖空間の作業の連続で、気をおかしくしていた。
天盤から湯となった水滴が滴り落ち、肩に落ち焼けるような痛みを覚えても誰も泣き出さなかった。寧ろ感謝したほどである。

―― そうか。“痛い”という感覚があるということは、まだ自分は生きているんだな。

そう、実感できたからである。

正に奴隷のような生活だった。
毎日夜中まで働かされヘロヘロになりながら、若者たちは就寝時間になると自分たちが掘った坑道に横並びにして寝かされた。
当時の坑道作業は危険と隣り合わせで坑道ごと崩落したり、有毒ガスの放出で作業員が全滅したりすることは珍しくなかった。
今にして思えば、下手に生き残りが出るよりも坑道内で全滅してくれたほうが代えの作業員の補充も楽に済むという雇い主の判断もあったのだろう。
一部の人間の手間暇の惜しみのために、若者たちは過大なリスクを取らされていた。

数時間後に朝を告げるドラの音が響き渡るまで、作業員たちは死んだように眠った。
僅かな平穏の時間の中で、集計班は決まって夢の中で、いっそ炭鉱ごと崩れこの苦しみから解放されればいいのにと何度も願い続けた。


581 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その5:2021/01/24(日) 19:47:54.541 ID:ZWXZSp9Ao
閉鎖空間の中で昼夜問わず働きに出されれば、人々の楽しみなど限られてくる。
彼らの数少ない楽しみの一つといえば、当番制で回ってくる“トロッコ番”にありつくことだった。
トロッコを抗口まで運搬する役目を担う“トロッコ番”は、人力で数百kgを超える手押し車を押す過酷さはあるものの、一瞬でも陽の光を浴び外の空気を吸うことを合法的に許される。
それが人気の理由だった。若者たちは、たまに回ってくるトロッコ番を待ち焦がれ、時にはなけなしの賃金を手放してまで裏で取引された。

集計班がようやくトロッコ番にありつけたある時。
何十往復目かのトロッコを押していた際、一緒にトロッコ番となったバディからある相談をもちかけられた。

―― “なあ。どうしても休みを取りたいんだが協力してくれないか?”

労働に休みは決してない。
たとえ過労で倒れても抗口には医療部隊が常駐し、無理やり栄養剤を注入されては、凡そ通常の医師とは異なる判断ですぐに現場に戻された。
もし仮病やサボりが判明しようものなら、五体満足で戻ってこられる保証はない。

彼は作業の手は緩めず、半信半疑でどうやって休むのかを訊いた。特段期待していたわけではなく、半ば呆れていたのだ。
未だに休みなんていうものを求めているのか、と。

彼の問いに対し、隣の若者から帰ってきた返答は度肝を抜くものだった。


―― “このトロッコで俺の小指を轢いてくれないか”


休み無く働かされる彼らが休みを得るときは斃れる時か、働き手にならないと判断された時だけだった。即ち、労働力にならないと判断された人間はこの地獄から抜け出せる。
大抵は無事ではなく、生命を散らした状態がほとんどであったが。

彼の言う小指の轢断程度では、到底鉱山から抜け出せる重症とは見做されない。手当てが終わり数日も経てば問題なしと判断され、現場に引き戻されるだろう。鉱山作業員の中では常識の事実である。
若者は全て承知の上で話をしているのだ。
自らの小指と引き換えに、治療にあてがわられる僅か数日だけでも安息を得ようとしているのだ。


582 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その6:2021/01/24(日) 19:48:53.132 ID:ZWXZSp9Ao
全ての人間の感覚が麻痺していた。

本来、僅か数日でも横になりたいだけで、自らの小指を差し出せるはずがない。そのような等価交換は成り立つはずがない。
だが、鉱山で長く働けば働くほど、若者たちの顔からは生気が消えていく。唯一の私語が許される食事の時間でも誰しもが口をつぐみ、“希望”という二文字を胸に抱くことそのものが罪だと思うようになった。

だから集計班からすれば、目の前の若者がまるで一睡の蜘蛛の糸に縋るように懇願してくる様は、正直に言えば、滑稽だと感じた。
だが、それはあくまで鉱山作業員からの視点であり、若者が人間本来の感情を未だ捨てきっていないことに、同時に羨ましいとも思った。


その後、どう返事をしたかはもう覚えていない。
ただ、未だに脳裏に焼き付いているのは、レールの前で泣きじゃくる血まみれの若者と、それを見下ろし呆然としている自分の姿だった。


それから紆余曲折あり、作業が一区切りついた段階で、集計班は運良く鉱山を抜けることが出来た。
あれからバディの若者は希望通り数日の休暇をもらうことができたが、予想通りすぐに現場に復帰させられた。
しかし、雑な治療のせいか、傷口から雑菌が入ったのか、その後すぐに作業中に倒れ再度抗口に搬送された。
その後、一度も姿を見ることはなく、どうなったのかは遂に知らされることはなかった。


583 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その7:2021/01/24(日) 19:52:20.284 ID:ZWXZSp9Ao
次の職場は、ある学者の小間使いだった。
壮年の学者は、町外れに一人で暮らしていた。

これまで土煙が舞い灼熱地獄のような場所から急に外界に出たためか、屋敷の入口で体温制御の不調で震えが止まらなくなった集計班を見ると、彼は心配そうに駆け寄った。
大丈夫だ、と丁重に答えると、彼は心配そうに自らのカーディガンを集計班にかけると、微笑みながら話しかけた。

―― “君は魔法に興味があるかい?”

彼が稀代の【魔術師】だと知るのは、仕えて暫く経ってからだ。
集計班はここで長い間、“魔術”を学び、同時に世界の仕組みと構造を学んだ。

その後、彼がどのように仲間を集め、戦乱後の空白地帯に赴き、そして【会議所】を興すのかまでは然程大事な話でもない。



重要なことは、これ程までに凄惨な経験を積んでおきながら。


彼自身には、この悲惨な経験を“糧にしようと”する気持ちが一切なかったことにある。


584 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その8:2021/01/24(日) 20:01:43.500 ID:ZWXZSp9Ao
通常の人間であれば今までの出来事に少なからず絶望し、強い精神力を持つ人間であれば反骨精神を持ちある者は復讐心に身を宿し、別の者は忍耐力を糧にさらに研鑽を積むだろう。
どの道を辿るかは個々人により分かれるが、いずれの道に進んだにせよ、取捨選択し突き進む強さは、精神という名の魂を宿す人間の表れでもある。

だが集計班の場合、最初に絶望した後は、常人とは全く異なる道を進んだ。

彼の精神は既に壮絶な体験を経て、すり減ってしまっていたのである。
その結果、憎悪し、絶望を越えた先に待ち構えていたのは、“無”であった。



全て過ぎ去った出来事。

身内は全て死に絶え。
  他者を見捨ててでも自分だけが生き残り。
    【会議所】を興すまでに幾多の裏切りにあい。
      最終的に、師と意見の相違から決別し別れても。


時勢に拠るもの。人の感情とは移ろいゆくもの。この世は諸行無常。


全てひとえに、仕方がない。


そう思うようになった。


諦めの極地に達し、彼は全ての出来事を許容するようになった。
過去を顧みることをせず、いかなる危険や事象にも感情を持ち合わせることは無くなった。
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585 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その9:2021/01/24(日) 20:04:50.633 ID:ZWXZSp9Ao
そこに、師から教わった“魔法”というツールが合わさった。
集計班には魔法の才能が高く備わっており、師の教えでその素質を開花させることができた。
しかし、特段魔術で何かを成し遂げたいと思ったことはない。
終生、魔術の研究は続けたが、元々、師と同じ魔術師になろうとしたわけでもない。

あくまで、おもしろそうだから研究を続けたのだ。

だから、ある時から彼が始めた生体研究も特段深い意味はなく、人の生命を弄ぶという危うさを味わいたいと感じたからだ。
彼は倫理観など端から持ち合わせていなかった。倫理の逸脱した行為をこれまでに多く受けてきたため、その判断を担う思考回路はとうの昔に焼き切れてしまっていたのだ。


人を助けるためでもない。

かといって自分のために動くわけでもない。


目の前でおもしろいことができそうだから、都度選ぶ。
だから個性的な仲間を各地で探し、一緒に【会議所】も興したのだ。

【会議所】を発展させることだけを願い、それ以外は全てどうでもいい。
どうなろうと構わない。

早くから家族を失った集計班に道徳的感情は無かったため、最後まで【会議所】に対し“家族”意識が芽生えることはなかったが、【会議所】という極上のエンターテイメンを奪われることに対しては唯一抵抗した。
発展を妨げる者がいるとしたら排除しなければならない。邪魔だったら、その場からどかしてしまえばいい。
家の周りにゴミが落ちていたら拾って捨てるように、感情を移入せずに、淡々と敵の存在ごと抹消する。

済まないと思うことはない。仕方ない。ひとえに、仕方がないことなのだ。

通常の人間であれば多少の躊躇を見せる場面でも、彼は逡巡する素振りもなく重大な局面を切り開いてきた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

586 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 陰日向編その10:2021/01/24(日) 20:07:21.044 ID:ZWXZSp9Ao

幼少期からの壮絶な体験で精神がすり減ってしまった末に、遂に一切の情動は欠落し、それと引き換えに彼は究極の自我の無さを手に入れた。
“怪物”の誕生だった。

根底の感情は失われ、子供の時に習うべき倫理観は存在せず、心理面は発達段階で崩壊し止まった。
しかし、その内面を補うだけの魔術の力と、他人を振り切るまでの決断力と実行力の速さ、そして他者への“一切の”興味の無さが同時に彼に備わった。


それは結果として、人前では慈愛の優しさとして、誰にも別け隔てなく接することのできる人間だと捉えられた。


人々は、そんな彼を人格者であり稀代の英雄だと称賛した。











それこそが “魔術師”集計班の、最大の問題点だった。


587 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/24(日) 20:09:38.251 ID:ZWXZSp9Ao
来週の更新で5章は最終回の予定です。
だいたいストーリーは出尽くすと思います。

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588 名前:たけのこ軍:2021/01/24(日) 22:40:18.954 ID:28n5X2Mw0
魔王様とは別ベクトルで怖い

589 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その1:2021/01/30(土) 18:08:25.938 ID:K/a/jdMQo

━━
━━━━

【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

集計班『この身体は不治の病に侵されています。もう三月も持たないと医者からも匙を投げられていましてね』

彼はそう告げ、青ざめた顔の二人に、そっと微笑んだ。
幼少期からの壮絶な経験と、【会議所】を興してからの激務が原因で、彼の身体はすっかりと弱りきり、病魔に侵食されていた。
各種の臓器が悲鳴を上げるように痛みだし、身体は外敵を拒むように繰り返し痙攣を起こし、酷い時には歩く度に頭痛を起こし、吐き気を催すようになっていた。

それでも集計班は表向き顔色一つを変えることなくケロリとしながら、日常を過ごしていた。
精神をすり減らしていた彼は、遂に数年前から痛覚すら麻痺してしまっていたのだ。

集計班『判明したのは一年前ほどですか。ちょうどお二人に“計画”を打ち明けた時あたりですね』

唖然としていた二人は、そこでようやく彼の言葉を理解できたように震え、叫んだ。

参謀『なんでやッ!なんで言ってくれんかったんやッ!』

¢『そうなんよッ!突然そんなことを言われてもどうすればいいかわからないですよッ!』

集計班『落ち着いてください』

当の本人が一番落ち着き払いながら、なだめるようにニコリと笑った。


590 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その2:2021/01/30(土) 18:09:07.532 ID:K/a/jdMQo
集計班『人はいつか必ず死んでしまいます。
その順番がたまたま早かった。ただ、それだけですよ』

教会の神父が語る死生観のような、穏やかな口ぶりで話す彼の言葉に、だが¢は納得できない様子だ。

¢『折角、英雄たちの魂が揃って、いざ計画を前進させようと思った矢先に…集計さんがいなくなったらぼくたちだけではどうにもならないんよ…』

端正な顔がクシャクシャに歪む。
他の英雄と同じく、彼も当代一の戦闘力を誇る英雄だが、多少引っ込み思案であることと、涙腺が他人より緩いのが玉にキズだ。

集計班『安心してください。私に一つ名案があります――』

すべてを見越しているかのように、集計班はゆったりとした口調で話を続けた。

━━━━
━━



591 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その3:2021/01/30(土) 18:10:40.252 ID:K/a/jdMQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室】

ナビス国王の書簡が【会議所】に届いてから早いもので、今日で一ヶ月と幾ばくあまり。

その間、【会議所】は両国に使者を送り、必死にこぎ着けた二国間協議も決裂し。
一方的にカキシード公国に決められた五日間の最後通牒を経て、公国がカカオ産地に突如侵攻。
全て、予定通り。

そして開戦から一週間。
今日、公国軍がオレオ王国の王都に総攻撃をかける。

最後の総仕上げを始めなくてはいけない。

表向きは【会議所】の議長として世界に停戦を呼びかけ続け、会議では敵の脅威に備えるため公国の国境線上に予備隊を配備する案など緊急事態策を矢継ぎ早に可決し、準備は着々と進んでいる。

公国使者のsomeone(のだれか)は音信不通、対して王国使者の斑虎(ぶちとら)は、交渉決裂の負い目から自ら王都に残り、カカオ産地侵攻後にも王国の軍部顧問として急遽編成された王国軍を率いている。
彼の士気と知名度の高さで義勇兵や援助物資が各地から集まり、公国圧勝に終わると見られていた王都決戦は、思いの外苦戦するのではないかとの見立てだ。
それでも終戦が数時間ほど先延ばしになる程度のものだろう。

王都に主たる人員を集めるその力は彼の実力にほかならず、それだけにここで失うのには惜しい人材だと感じる。
同時に、実に“素晴らしい”動きだとも思う。戦力を王都に集中してくれることで、いちいち各個撃破する手間が省けた。
今から【会議所】が王都を壊滅させれば、オレオ王国の戦力は一切喪失し、戦力を集中させている公国軍も大打撃を受ける。全て目論見通りなのだ。

滝本は、辛辣に王国戦争を批判する新聞記事を読み終えると、時計を眺め少し慌てたように新聞紙をゴミ箱に放り投げた。
時刻は闇も深まった寅の刻頃。これから日が上れば、公国軍は王都に一斉攻撃をかけるだろう。
戦場で両軍の入り乱れている瞬間こそが、【会議所】にとって最大の好機だ。


592 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その4:2021/01/30(土) 18:11:32.640 ID:K/a/jdMQo
滝本は机の上に置いてある本を手に取ると立ち上がった。
そのままハンガーラックにかかるコートに手をかける寸前で、季節柄今はそこまで寒くないことに気づき、アオザイの格好のまま慌ただし気に議長室を飛び出した。

昼間は王国戦争への対応に追われ、いつも以上の慌ただしさを見せている本部棟だが、さすがに深夜過ぎともなると深夜の病棟のようにシンと静まり返っている。
本部棟の廊下にカツカツ、と靴音が反響して伝わってくる。

いつもより早めに聞こえてくるその足音に、滝本は一度はたと足を止めた。
自分でも気づかないうちに、気持ちが逸っているらしい。
無理もない。六年前から待ち焦がれた瞬間が今日訪れるのだ。興奮するなと言うのが難しい。

だが、急いては事を仕損じる。大事で足を掬われる瞬間は、自らの油断と慢心が極地を迎えた時だと相場が決まっている。
滝本は深く息を吸い込むと、ゆっくりと時間をかけて吐き出した。これまで経験したことのない速さで心臓の鼓動が烈(はげ)しくなり響いているのが嫌というほどに伝わってきた。
こんな自分にも血は流れているんだな、と滝本はいまさらながら不思議な感想を持った。

そして時間をかけ呼吸も整え、いざ歩き出そうとした矢先。

「行くん?」

目の前の暗闇から声をかけられ、落ち着いていた心臓は再び鼓動を早めた。
近づいてくる靴音とともに、通路にかけられた燭台の光にヌッと顔を出したのは袴姿のよく見知った人物だった。

滝本「参謀か。驚かせないでくださいよ」

通路で待ち構えていたのだろう。今の一連のやり取りを全て見られていた事の気恥ずかしさから、滝本は困ったようにボサボサの青髪を掻いた。
参謀がここに来た目的は凡その推測ができる。


593 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その5:2021/01/30(土) 18:12:36.950 ID:K/a/jdMQo
滝本「参謀。先日も言ったように、私の考えは変わりません。
いくら陸戦兵器<サッカロイド>が最強だといっても、戦場では何が起きるかもわかりません。不足の事態に対処できる判断力を英霊たちに求めるのは些か酷だと思いませんか?
誰か戦場でお目付け役が必要でしょう。だから、私が王都に陸戦兵器<サッカロイド>とともに趣き、指揮を執ります。¢さんには大反対されましたが、いまさら気持ちは変わりませんよ」

滝本の言葉に、意外にも参謀はあっさりと頷いてみせた。

参謀「いや、俺はもう止める気はないんや。
ただ、この機会にお前に少しだけ正直な話をしようと思ってな」

はあ、と滝本は間抜けな声を出した。
この忙しい時にいったい何の話だろうか。他の人間ならば無神経な行動に苛立つところだが、彼の頭脳明晰さには全幅の信頼を置いている。
この話にもなにか意味があるのだろうと思い直し、滝本は逸る気持ちを抑えるように腕組みし続きを促した。

参謀「滝本、俺はな。今だからこそ言わなくてはあかへんことがある。

俺はお前の…いや、シューさんのやり方に、全て賛同していたわけやない」

気付いてはいた。
¢や自分と違い、彼はこの計画の根本にある“狂気”に染められていないように見えたからだ。

瀕死の人間から魂を抽出し、あまつさえその魂を兵器に仕立て上げ。
他方では他国を扇動し最終的に戦争を引き起こしその領土ごと奪い取る。
倫理観の欠片もない行為に、善良な彼は心の何処かで違和感を持ちながらこれまで行動していたのだろう。

だが、それでもいいと思っていた。
三人とも配管下を這いずり回るネズミになる必要はない。一人ぐらいは地上から空を眺め、たまに地下に情報を届けてくれるだけでもいい。
全員が地下に染まりすぎては、平衡感覚を失ったネズミたちは、地上に上がってもたちまち外敵に駆逐されてしまう。
だから、二人とって参謀は光のような存在であったし、闇に染まりきらないことが彼の強みなのだと感じていた。


594 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その6:2021/01/30(土) 18:13:33.319 ID:K/a/jdMQo
彼は途端に苦虫を噛み潰したような顔をした。

参謀「でもな。俺のその考え自体が逃げやった。
自分だけどこか安全な場所から見下ろすように、お前たちを見ていただけやッ」

滝本「冷静に周りを見渡す力があるということです。それこそが参謀の持ち味です」

彼は真剣な表情で頭を振った。燭台の光に浮かび上がった彼の顔は心なしか白い。

参謀「それだけじゃいけなかったんやッ。お前たちの気持ちをわかっているつもりになっていた。

俺の心はなッ、汚いもんやッ。お前が暗躍するとき、心の中で別の自分が嘲笑うんやッ!

“どうせ成功するはずない、こんな行動はおかしい”とッ!」

彼がここまで気持ちを吐露するのは珍しい。
どういう言葉をおくればいいか分からない。こういった場面は、決して得意ではない。

参謀「ある時な、気付いた。
素直にお前を応援できず、一歩ひいていたのはきっと“悔しかった”んやと。
熱中できるお前たちが羨ましくて、同時に悔しかったんや。

二十年前に【会議所】を興した時の情熱を思い出してな。
あの時から変わらない¢やお前の心と比べて、冷めてしまった自分に絶望してたんや」

滝本「参謀…」


595 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その7:2021/01/30(土) 18:14:25.312 ID:K/a/jdMQo
参謀「大人になりすぎたってことなのかもしれんわ。

それでもな。時代が過ぎようと、俺自身が変わろうと。

俺には【会議所】設立時から、唯一変わっていない信念がある。


“お前たち”を支えるっちゅうことや」

「ぼくもそう思ってるんよ」

滝本「¢さん…」

聞き慣れた舌足らずな喋り口が耳に届いた。
参謀の背後から明かりの中に現れた¢は、在りし日のような精悍な顔つきをしていた。

なにが起きているのか、理解できていない。
なぜ二人がこの場にいるのか。
困惑気な滝本に二人は真面目な顔でじっと見つめ返している。

滝本「お二人とも、どうしてここに?【会議所】内の流れについては先日の打ち合わせでお話したはず…」

参謀「俺たちはそんな些細なことを確認しにきたんやない。これは、せやな。なんちゅうか、友人の見送りや」

友人。

聞き慣れない言葉に、滝本は思わず頭の中で反芻するように数度呟いた。
その様子を見かねてか、二人は悲しげな視線を送る。


596 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その8:2021/01/30(土) 18:15:15.268 ID:K/a/jdMQo
参謀「滝本、お前は本当に可哀想なやつや。
いきなり議長を、そしてシューさんの後釜に指名された。その結果、お前の意思とは関係なく、【会議所】に縛り付けられ、降りかかる激務の全てをお前一人に任せた。

俺たちもお前の激務を見ていながら、知らずのうちに見て見ぬ振りをしてきた。

それは偏に、お前にかつてのシューさんの面影を重ねていたからや。俺も¢も本当にすまないと思っている」

滝本「いや、それは――」

参謀「――でもな、俺たちはようやく気付いた。

滝本、お前はお前や。お前は決してシューさんではない。

滝本スヅンショタンという一人の兵士なんやとな」

滝本は口を開いたまま、ピタリと静止した。

―― 何だろう、この気持ちは。
―― 胸にずしりと響いてくるこの感覚は。

¢「滝本さんのおかげで今日も【会議所】はこうして平和でいられる。
僕たち二人だけじゃこれまでこの平穏をとてもじゃないけど保てなかった。本当に感謝しているんよ」

―― 冷めきった心の中に広がっていくこの温かな気持ちは。


597 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その9:2021/01/30(土) 18:16:36.072 ID:K/a/jdMQo
参謀「本来、議長であるお前が【会議所】を空けるのはまずい。俺も¢も大反対や」

彼の言葉に、横で¢も強く頷いている。

参謀「でもな。念入りに準備を重ね六年かけた【国家推進計画】の集大成が今これからだとすれば、戦場に赴かんとするお前の“心”を、俺たちは決して止めることはできひん」

¢「留守にしている間、【会議所】は二人で何とかしようと参謀と話し合ったんよ」

―― ドス黒い何かで浸っていた心に。一筋の光が差し込むように。

参謀「死地に赴こうとしている“友人”を支えてやるのが、俺たち二人の役目や。

俺たちは今までも何度も危ない橋を渡ってきた。
それは、お前が議長である以前に、俺たちがお前を支えようと思ってきたからや。

責任はお前一人には背負わせない。そうさせたくない。


滝本。何かあれば、俺達は三人一緒や」

滝本の心のなかで何かが弾け、静止していた身体はピクリと大きく揺れた。

頭の中で急速に情報が集約され、一つの結論が導かれる。
修行の末に悟りに到達した僧のように、彼の頭の中はいま澄んだ空のように晴れ渡り冴え渡っていた。

熱い思いの丈が喉元から目元にまで達することを恐れ、滝本は思わず目を伏せ細めた。


598 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その10:2021/01/30(土) 18:18:08.697 ID:K/a/jdMQo
滝本「借りた本をね。読み終わったんですよ」

震えた声を誤魔化すように滝本はポツリと呟き、腕の中に収まっている七彩の本を見つめた。

参謀「…どうやった?」

滝本は微笑を浮かべた。

滝本「正直…展開はありきたりでした。
実は、記憶を失う前の主人公は犯罪グループのボスで。
とある重大事件で記憶を失い、その監視のために“父”と仰ぐ警官が付き彼は仮初めの更生をする。残酷な事実です。

その事実に全て気付いた時、主人公は絶望し、心の中に潜んでいた別人格である本来の自分と入れ替わり、再び狂気の破壊者へと回る。
あらすじを見たときからある程度予想はしてましたよ」

でも、と続けながら、滝本は牢獄にとらわれている少年の表紙絵を見つめていた。

滝本「気になるシーンがありましてね。
最後に、結局主人公は警官である人格を捨てて、元の犯罪者の自分に身体を明け渡すんですが。その時に彼がこう言うんです。

『空っぽだった自分にも唯一、捨てきれないものがある。仲間と過ごした日々、会話、生活。その全てが詰まった“記憶”だ』と。
『叶うならば自分が死んでも、その“記憶”だけは心のなかに残しておいてほしい』、そう懇願するんです。

記憶とは、ただ会話を交わした履歴だけではない。その時に自分がどう思い感じ、どのように行動するに至ったか。
生者の痕跡こそが“記憶”だ、とこの本では語っている。
私はこの言葉を理解できなかった。馬鹿げているとすら思った」

そこで滝本は顔を上げ、不安がる二人に精一杯の笑みを返した。


599 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その11:2021/01/30(土) 18:18:50.334 ID:K/a/jdMQo
滝本「いま、ようやく意味がわかりました。

私は今のこの三人でのやり取りを決して忘れたくない。

かけがえのない思い出として遺しておきたい。


これが本当の“記憶”、なんですね」

心の中になにか熱いものが宿るのを確かに感じた。
今まで酷く冷めていたからだろうか。人肌程度の暖かさのはずなのに、不思議と身体には燃え盛る熱のように深く沁み渡った。

いま、滝本の心の奥深くに “記憶”が刻み込まれた。
今まで追体験していた回想ではない、彼自身の感じた生の経験だ。

もし死に行く際にも、最期はこの光景を思い出しながら息絶えたい。
そう感じるほどに温もりはあった。



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