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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

600 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その12:2021/01/30(土) 18:20:04.362 ID:K/a/jdMQo
滝本「ありがとう。参謀、¢さん。
先程の言葉はとんでもない。お二人がいたから、私はここまでやってこれたんです。本当にありがとう」

暫く頭を下げたままの滝本を、二人は穏やかな顔で見つめていた。
“でも――”と言葉を続け、再び頭を上げた彼の顔は茶目っ気に溢れていた。

滝本「――かわいそう、というのは随分と心外ですね。

これでも私はこの職を気に入っているんですよ?激務、大いに結構。その分、寝ますけど。
【会議所】の役に立てるなら、この身体を喜んで差し出します。本当ですよ?」

参謀「とんだマゾ野郎やん」

敢えて捻り出した彼の強めのツッコミに、思わず三人は笑いあった。
この五年過ごしてきた中で、一番穏やかな時間がこの暗く無機質な通路内で流れていた。


滝本「では、行ってきます。後を頼みますよ。
ああ、そうだ参謀。お返しします、いい本でした」

手にしたハードカバー本を参謀に渡そうとすると、彼は微笑を浮かべたまま静かに頭を振った。

参謀「返却は、お前が無事に戻ってから図書館で受け付けるわ」

滝本「無事に帰ってこられるか不安なんですか?大丈夫ですって」

参謀はその言葉には何も返さず、なおも無言で再度頭を振った。
滝本は渋々、本を脇に抱えた。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

601 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その13:2021/01/30(土) 18:21:02.507 ID:K/a/jdMQo
滝本「それでは。行ってきます」

名残惜しそうに別れの挨拶を終えると、滝本はツカツカと歩き去って行った。
二人はその背中が闇に溶けるまで見送っていたが、参謀は静かに嘆息した。

参謀「なあ、¢。歴史の評価っちゅうもんは後世の人間がするもんだが…
いま俺たちがやっていることは実際どうなんやろな?」

¢「ぼくたちがやっていることは悪そのもの。悲しいけどそれは事実だ」

躊躇いもなく言い切る彼の姿勢には、既に覚悟を決めている者の決意をひしひしと感じ取れた。
その言葉に、参謀もかえって自信を貰えた気がした。

参謀「せやな。きっと俺たちの行動を後の時代の奴らは、突拍子もないことを計画し実行した“信じられない阿呆”とでも言うんやろうな」

¢はキョトンとした目で参謀を見返した。参謀は大丈夫だと言わんばかりに、ニヤリと笑った。

参謀「でも、そんな阿呆こそ世界を変えるってのが、時往々にしてあるやろ?」

¢「…そうだな。そう信じているんよ」


いつだって世界を変えるのは、突拍子もない事を考える阿呆だ。

さて。

もし、自分たちよりもさらに頭のネジの外れた“ド阿呆”がいたとしたらどうだろう。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

602 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その14:2021/01/30(土) 18:22:05.138 ID:K/a/jdMQo
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【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

集計班『不治の病に侵されたこの身体では、私は最期まで見届けられません。
まああくまで、“私のこの眼では”、ですが…』

含みのある言葉に¢はすぐに彼の企みに気付き、再び驚愕した。

¢『まさか、集計さんッ!貴方は、もしかして“うまかリボーン”を――』

その言葉を遮るように、集計班は机の上に一枚の写真を投げた。
町中で撮ったのだろう。雑踏の中に、ボサボサの青髪姿の一人の若者が写っていた。

集計班『私に“合いそう”な兵士を選びました。すぐに後継者として起て、彼を連れてきてください。私は【儀術】の準備をします』

¢『本気なのか、集計さん…?』

集計班『冗談など言いませんよ。いいですか?これから行われるであろう、魂を違う“器”に込める作業は、これまで集めた12人の英霊を差し置いて、私が初めてとなります。

魂を押し込める手段はあなた方にお任せします。化学班さんに相談されるのがいいだろう。

たとえ失敗してもいい。それで最適な方法を考え直せるなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう。

まあ元々、本来死ぬ人間ですから未練などありませんよ。
でも、もしうまく行けば、姿形は違えどまたこうして皆で会うこともできましょう』


603 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その15:2021/01/30(土) 18:22:48.297 ID:K/a/jdMQo
彼の言葉は何時だって苛烈で果断だ。
本来は批判し止めないといけないのだろう。だが、参謀は思わず聞いた。

参謀『彼は、シューさんの血縁者かなにかなん?』

集計班『いいえ、全く違います。縁もゆかりもない、所属軍が同じだけのきのこ軍兵士です。
ただ、彼は私ほど魔力がなくかえって適合しやすそうだということ。それと――』

参謀『それと?』

集計班は笑いながら答えた。

集計班『目元を見てください。どことなく私に似ていませんか?』

一人の兵士の運命を完全に狂わせようとしているのに、悪意を一切に感じずに見せる笑顔に二人はクラクラした。

純粋な狂気だった。


集計班『それでは皆さん。お元気でしたら“また”お会いしましょう』

今生の別れとは程遠い声のトーンで、“魔術師”集計班は二人に最期の別れを告げたのだった。

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604 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その16:2021/01/30(土) 18:23:47.539 ID:K/a/jdMQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団地下 メイジ武器庫】

滝本がメイジ武器庫に到着すると、武器庫内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
それまで横に寝かせられていた陸戦兵器<サッカロイド>たちは全て立ち上がり、その全長は広大な天井に届かんとする高さだ。
胸の部分に埋め込まれた英雄の魂たちは、戦を前にしてやる気十分といった具合にメラメラと揺らいでいる。

その巨人たちの足元を、白衣を纏った数人の研究者たちが慌ただしそうに走り回っている。
元々、陸戦兵器<サッカロイド>計画は秘密裏に行われていたため、化学班を始め限られた人間でのみ武器庫を運用していたのだ。
いよいよ決戦が始まるのだと思うと、【大戦】前に感じる高揚感のように、滝本の胸も高まってくる。

陣頭指揮を執っていた化学班と猫の姿の95黒(くごくろ)がこちらを見つけると、急ぎ近寄ってきた。

化学班「やあやあ、お待ちしていましたよ。思いの外、早く戦いが始まっているようで準備に慌てておりましたわ」

滝本「いえいえ。こちらも遅れてしまい申し訳ありません」

95黒「12体の陸戦兵器<サッカロイド>、全て出撃完了していますッ!…と言いたいところですが、すみません。
“Ω(おめが)さん”が戦争ということで興奮したのか、我々の制止を振り切り先程既に出撃してしまいまして…」

95黒の言葉に改めて格納庫を眺めると、確かにΩの保管されていたスペースだけスッポリと空いてしまっている。


605 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その17:2021/01/30(土) 18:24:44.521 ID:K/a/jdMQo
滝本「ふふっ。それは実にΩさんらしい行動ですね。
大丈夫ですよ、事前にこの王都決戦の話は彼にも伝えてあります。予定通り向かってくれることでしょう。我々はその後に続けばいい」

化学班「本当に一緒に行くのですか?なにも貴方が行く必要はないのでは?」

滝本「名目上、私は新型兵器で公国軍を蹴散らし、オレオ王国を救いに行くのです。
わたし自ら行かなくてどうしますか。¢さんには強く反対されましたがね」

その言葉に、化学班は“まあ私は面白ければなんでもいいのだがね”と言い肩をすくめた。
老いても変わらずの狂科学者然とした振る舞いに、もはや感動すら覚える。

95黒「魂との定着率は完全に100%には到達できていませんが、極力コンディションは整えました。そもそも陸戦兵器<サッカロイド>は通常の攻撃を受け付けないので、何か起きても大丈夫だとは思いますが」

95黒は、読み終えた報告書を器用に背中に載せた。

滝本「分かりました。それでは手筈通りいきましょう。念の為、私達の身に何かあればこの武器庫は即刻破棄してください」

化学班「あい仕った。安心して地上で暴れてきてくださいな」


606 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その18:2021/01/30(土) 18:25:44.841 ID:K/a/jdMQo
そこに、一体の陸戦兵器<サッカロイド>が滝本たちの前に身を屈め、右の掌の甲を地面に付け握りこぶしを開いた。
この掌に乗れ、という意思表示だ。

滝本「失礼しますよ。“まいう”さん」

たけのこ軍 まいうの魂にそっと優しく声をかけ、滝本は掌の上に収まった。ひんやりとした冷気が、今は興奮した気を少しでも冷静にするのに丁度いい。
巨人は呼応するように掌の滝本をそっと上げ、自らの肩に彼を載せた。

滝本「よろしい。ではそろそろ、戦争を終結させに行きましょうかッ!
ハッチを開けなさいッ!」

滝本の命令とともに、機械音とともに武器庫の天井が開いていった。
頭上が、徐々に仄かな陽の差し込む湖面の光で覆われていく。
魔法の膜で覆われた武器庫は、陸戦兵器<サッカロイド>たちが通過すればすぐに湖上に向かえる仕組みとなっているのだ。


607 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その19:2021/01/30(土) 18:27:13.008 ID:K/a/jdMQo
滝本「陸戦兵器<サッカロイド>部隊、出撃なさいッ!!」

ガチャリ。

手にした専用武器を抱え、一斉に外へ向かう彼らの一糸乱れぬ姿は、統率の取れた歴戦の精鋭部隊を彷彿とさせた。

滝本の心が俄に騒ぎ始めた。
否、これは滝本“だけ”の気持ちではない。きっと“彼”も興奮しているのだ。

滝本「“私たち”でケリをつけにいきましょうッ」

滝本は心のなかに向かい、独り呟いた。
答えるように、心臓の鼓動がドクンと一度跳ねた気がした。


地下を這いずり回ったネズミは、一縷の光を目がけ、遂に地上へ上がる。
親の遺した極めて残酷な意志を胸に宿し、子ネズミは親の遺言通り、仕組まれた舞台の上で狂宴を始める。


夢見た、最後の“ラストダンス”を踊るために。








                            To be continued...


608 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/30(土) 18:31:39.273 ID:K/a/jdMQo
第5章完!次から最終章に突入します!
補完のための小ネタを投稿。

参謀
https://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1052/%E5%8F%82%E8%AC%80.jpg

¢
https://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1053/%EF%BF%A0.jpg


◆儀術名:うまかリボーン  術者:集計班
禁忌の儀術。指定した相手の魂を肉体から分離させ、魂を実体化させる。
魂を抜き取られた肉体は死亡する。分離した魂を別の肉体に埋め込めば、記憶の融合も可能だが別人格が既に入っている場合は不完全に終わることもある。


609 名前:たけのこ軍:2021/01/30(土) 20:30:31.849 ID:H5sgWnJo0
すべての主人公が絡むであろうラスト楽しみんよ

610 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/05(金) 20:20:44.776 ID:0qPK6pPQo
ttps://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1055/%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89%E6%9C%80%E7%B5%82%E7%AB%A02.jpg

今週はお休みでごわす。
そのかわり最終章に向けたポスター風紹介画像を作ったぞ。

611 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/12(金) 10:46:01.876 ID:eUypB9bMo
それでは最終章の更新を開始します。これまでの章よりも少し長いですが、がんばります。

612 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 10:48:41.485 ID:eUypB9bMo




・Keyword
トロイの木馬(とろいのもくば):
1 データ消去や改ざんなどの破壊活動を行うプログラム。
2 内部に潜入し、破壊工作を行う者のたとえ。この物語で言うところの英雄。






613 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 10:49:44.674 ID:eUypB9bMo





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “トロイの木馬”

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614 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その1:2021/02/12(金) 10:52:56.201 ID:eUypB9bMo
【カキシード公国 宮廷 地下室】


長く檻の中に閉じ込められていると、幾つか発見がある。


まず生物だ。
この地下室には不思議なことに生き物がほとんど寄り付かない。灯りも無く、暗く湿り気もある環境下では、夜行性の動物にとって絶好の活動拠点だ。
服の一つぐらいかじられても良さそうなものだが、なぜか自分の周りにはネズミ一匹近寄らない。
恐らく、この部屋を訪れる791があまり好きではなく彼らを引き離す魔法を使っているのだろう、と推測ができる。

次に、物音だ。
地上の喧騒さとは裏腹にこの地下では何も動きがない。
もたれている壁から身を離す時であったり、冷えきった地面の居心地の悪さから逃れるように身体を拗じりでもしない限り、この部屋には“音”という一切が何も響かない。

否、違う。
よく気分を落ち着かせて冷静になれば、耳元に微かなチョロチョロという音が聞こえてくる。檻の向う側の入口付近にある壁を伝って落ちる水滴の落下音だ。
唯一、それだけは起きているときも寝ているときも変わらずにずっと響いていた。
ただ、あまりにも規則的すぎて、いつしかその存在を忘れ、知らずのうちに自身の心臓の鼓動音かなにかと重ね合わせ、同化していたのだ。


そうして檻の中の住人であるきのこ軍兵士 someone(のだれか)は、今日も地面に横たわったまま、気だるげに身体をもぞつかせた。

身につけている群青色のローブはすっかり汚れ、くすんだねずみ色に変色している。
彼の端正な顔も壁のタイルに似た土気色に変色し、お世辞にも顔色が良いとは言えない。


615 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その2:2021/02/12(金) 10:54:52.272 ID:eUypB9bMo
数ヶ月前まで、彼は地上で活躍するきのこ軍兵士だった。
それがとある出来事を境に宮廷魔術師791の怒りを買い地下室に幽閉され、そろそろ一月が過ぎようとしている。
これまで決して器用な生き方をしていなかったsomeoneの人生の中でも、今回は取り分け困難に直面しているといっていい。

someone「…」

深く嘆息する。白い息が目の前で霧散した。
自分の短い人生に反省や後悔の念を抱いたことはこれまで無かった。しかし、今回ばかりはこれまでと違う。彼は決定的な“失敗”を冒し、その結果として牢獄に捕われている。

その原因は明らかだ。偏(ひとえ)に自らの判断の甘さに因るもの。
困難な道のりではあったが、終盤に重要な判断を見誤ったことについては、いま思い出しても大きな悔いが残る。

耳元と鼻先に意識を集中させる。
遠くから足音が響いてくる様子はない。まだ今日の食事の時間には早いようだ。
自分以外の誰かが地下室へ訪れるとそれだけで空気の流れが変わる。既に寒さで麻痺した鼻先でも、冷気の渦の変化を察知できるようになった。
これも長い地下生活で身につけた知恵かもしれない。

“彼”からの連絡も無く、まだ僅かに時間も残っている。
少しぐらいはこれまでの出来事を振り返っても罰が当たらないだろう。


someoneはそう思うと、そっと目を閉じ、これまでの自身の人生に思いを馳せることにした。



616 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その3:2021/02/12(金) 10:56:03.115 ID:eUypB9bMo

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【カキシード公国 過去】

幼少期のsomeoneに、両親の記憶はほとんどない。
生まれてすぐに里子に出されたからだ。

生家で子供たちを養っていけるだけの食い扶持がなかったためだが、子どもたちには一切そのような素振りを見せることはなかった。
当時、まるで遠足に行くかのように快く手を振られ送り出された場面が、彼にとって両親を見た最後の瞬間だった。少し長い期間の遠足で、いつか帰れるものだとばかり思っていたのだ。

彼がその事実に気づいたのは、ちょうど幼年を経て学舎に通い始める間際の時だった。
外で遊んだ帰りに居間の近くに立ち寄ると、いつも笑顔を見せる養母が手にした手紙に向かい顔を伏せ、すすり泣いていた。
彼女の弱々しい姿をこれまでに見たことがなく、someoneは思わず困惑し、居間に入る直前で足を止めてしまった。

気持ちを落ち着け再度居間を覗き見ると、隣にいた養父は彼女の肩を支え、“大丈夫だ。俺たちが支えてやろう…”と慰めるように何度も肩をさすっていた。
なぜだかその時、someoneはその場に入り込むことができず遠巻きから二人を見守ることしかできずにいた。
その光景を眺めながら心の中で、“もしかして自分は捨てられたのではないか”と邪推したのが、彼の最初の気づきだ。

小さい頃からsomeoneは察しが良く、他人からきいた少しの話を自らの頭の中で咀嚼し推測し結論に導く豊かな思考力と想像力に恵まれた。
また、言葉にせずとも自分で考え行動に移せるだけの器量と要領の良さも備わっていた。
その分、他人よりも口数は少なく近所からは寡黙な少年だとよく言われた。


617 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その4:2021/02/12(金) 10:57:17.400 ID:eUypB9bMo
養父母の家で何回目かの誕生日を迎えたある日、彼は二人から“魔法学校”の紹介を受けた。
最近できた全寮制の学校で、若き魔法使いの教師が教鞭をとり、子どもたちの世話も一人で担っているらしい。

―― “魔法も習えるし、友達もたくさんできる。someoneちゃんにピッタリの場所よ。”

彼らはsomeoneを説き伏せるために、チラシに書かれた魔法学校の良さを繰り返し伝え、彼の入学を後押しした。

勘のいい彼は、すぐに気がついた。

そうか。この人たちは早く自分の世話を手放したいのだな、と。

養父母は高齢で既に二人とも仕事を引退し隠居暮らしをしていた。彼らの間にいた子供も何十年も前に家を出て以来、ほとんど帰ってこない。
半ば余生を過ごす二人に、育ち盛りの自分の世話はさぞ荷が重いだろう。
元々、里子に出されたのも一時的なもので、両親に食い扶持の目処が立てば実家に戻るという話だったのかもしれない。

いずれにせよ、決心は固まった。
成人もしていないsomeoneは、目の前の皺を刻んだ老夫婦を気遣うように年不相応に目を細めた。

二人を責める思いには一切ならなかった。
ここまで自分を育ててくれたのは両親ではなく紛れもない目の前の老夫婦であり。
捨て子だと自身で気付いてから、寧ろ彼らへの感謝の念はとても深まった。
養母から“貴方は我侭を言わない良い子だ”と繰り返し褒められてはいたが、他方でまだ目に見えた恩返しは何も出来ていない。

今こそ彼らの気持ちに応えようと決心し、彼らの言葉に黙ってsomeoneは一度だけ頷いたのだった。


618 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その5:2021/02/12(金) 10:58:49.553 ID:eUypB9bMo
【カキシード公国 魔法学校 791の家 14年程前】

791『えと。私の名前は791(なくい)と言います。今日ここに集まってくれたみんなは今日から互いに家族だと思ってッ!
時には喧嘩することもあるかもしれないけど、みんなで仲良くやっていきましょうッ!』

朗らかな笑みを浮かべ、若き学校長である791は新たに集まった子どもたちの前でぺこりと深く一礼した。

入学した学園は、魔法学校と聞こえはいいものの、その実、校舎はただの庭付きの一軒家で寮舎も兼ねているお粗末さだった。
彼女が一人で住んでいる家を改装したそうだが、彼女一人で住むにはその家は不釣り合いなほどに広く、また酷く朽ちていた。

someoneが入学した当時、朽ちた“校舎”には既に十名近くの先輩生徒たちが生活を送っていた。
同年代の子どもたちから背丈の大きい中等部に入る程の年齢の子どもまで、年代はさまざまで、生徒たちの中で彼は寧ろ若い部類に含まれた。

彼らはみな一様に自分と同じ身寄りのない子どもたちばかりで、一軒家で共同生活を続けるその様子は、孤児院と何ら変わりはなかった。
世間の評価も凡そそのようなもので、ある時に近くを歩いていたら、近所夫婦から慰めの言葉とともにキャンディを貰ったことさえある。

つまり、彼は実の両親に続き二度も捨てられたのだ。
それでも特段悲観的にはならなかった。送り出してくれた老夫婦に報いるためにも、卒業までこの学校に通い続けることが何よりの恩返しだと感じたし、事実学園の入学金は破格と言っていいほど安価だったことを彼は知っていた。


葡萄(えび)色のローブをはためかせながら、この頃の791はいつも忙しそうに家内を歩き回っていた。
子どもたちの実世話はある程度歳のいった子に任せながら、自身は昼間に子どもたちに授業で魔法を教え、夜は自室で魔術の勉強に励み、発明した魔法の使用料で皆の食い扶持を稼ぐ。
その合間に子どもたちの相談に乗り、炊事や家事も行い、授業のカリキュラムも組み立てる。

異常なほどに働いていた。元々身体が強くないと授業の時に話していたが、この頃の彼女は子どもたちに弱い自分を見せたくなかったのか、無理をしてまで動き回っていたように感じた。
ただ、子どもたちはそんな健気な彼女を実の親のように慕っていたし、彼もまたその真摯な姿勢に感銘を受けた一人だった。


619 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その6:2021/02/12(金) 11:01:00.870 ID:eUypB9bMo
魔法学校で日々を過ごす中で、someoneには大きな発見が二つあった。

一つは、自身の魔法力が思ったよりも相当高かったということ。
そしてもう一つは、思った以上に集団生活というものに不向きだったことだ。

元々、里子時代でも同年代の子どもが近くにおらず、someoneはずっと独りぼっちだった。
また、養父母が彼に温かく接する気遣いを感じるその度に、心のどこかで、自分が彼らの本当の子供ではないという引け目を知らずのうちに増長させていた。

その時点で誰かに悩みを打ち明けていれば彼の人生は大きく変わっていたのかもしれない。
しかし、幼年期から彼は思慮深く自分自身で苦境を打破しないといけないという思いに駆られるあまり、他人に頼る術をまるで知らなかった。
結果として、幼少期の彼が抱えていた心の痛みは解放されず、他人に心を開く機会は禄に無かったのだ。

その過程を経て、自らの心を閉ざすことで安息を得るように順応した彼に、いきなり同年代の子どもたちと共同生活を送らせるというのは、難しい話だった。
彼はすぐに周りから孤立し、彼自身も正当化するように孤独を良しと受け入れた。

ある時から、someoneは周りの子たちと庭で駆け回る遊びを横目に、リビングにある書棚の本を読み耽るようになった。
791曰く、魔法関連の書物を多く溜め込んだ書棚は、彼女の師匠が遺していった物らしい。
自由に読んでくれて構わないと彼女は諭したが、他の子どもたちに難しい学術書はまだ早かったようで、書棚に近寄るのは専ら彼だけだった。

孤独を好む彼は、誰も干渉してこない書棚付近に半ば陣取るようになり、その読書量の多さは同年代でも群を抜く程になった。
顔も見たことのない彼女の師匠に心のなかで感謝しながら、世間から逃げるようにsomeoneは魔法の奥深さに取り憑かれていった。


620 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その7:2021/02/12(金) 11:03:03.039 ID:eUypB9bMo
彼の学園生活に変化が訪れた切欠は、入学から一年近く経った際に行われた魔法試験だ。

その試験で歴代最高点を叩き出し、周りの彼への態度は一変した。
同年代の何名かは秀才の彼に羨望の視線をおくる者もいたが、残りの多くの者は“嫉妬”した。彼が周囲から浮いていたことで不幸にも、彼に対する妬みはストッパーのない陰湿ないじめという行為へと表れた。

翌朝から、彼を取り巻く環境は大きく変化した。
朝食を食べ終わり自分のベッドに戻ったら、寝具は誰かにビショビショに濡らされており、それを見た別の者から“someoneはおねしょをしたッ!”と吹聴された。
また、ある時には791の使いで外に出ようと思ったら誰かに靴を隠された。しかたなく、裸足のまま外に出た。尖った岩に足は擦れ血が滲み出た。
帰ってきた時には足の裏はズタボロになっており彼女は驚愕したが、彼はその事を一切に伝えず、無表情で日課の読書を始めた。


―― 『どうしてやり返さないの?あなたには力があるのに』

ある時、同年代の少女からこう訊かれたことがある。
この頃になると、“奴に話しかけるとバイ菌が移る”という名目でsomeoneに話しかける者は791以外にほぼ居なくなっていた。
彼が本から顔を上げると、薄い緑髪を後ろで束ねた気の強そうな少女は、眉間に皺を寄せ、鋭い眼光で答えを待っている様子だった。


621 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その8:2021/02/12(金) 11:04:01.187 ID:eUypB9bMo
someone『どうしてって…先生が言っていたじゃないか。“仲良くやっていこう”って』

少々面食らいながらも素直にそう答えると、彼女は一瞬目を丸くし。
すぐに、“バカじゃないのッ”と言葉を吐き捨て、走り去っていった。


同じ質問を後で791からされた時にも、someoneは同じように答えた。
少女と違い、彼女はきょとんとした後に腹を抱えて笑い出した。

791『ハハハハハッ。仕返しすると喧嘩になっちゃうから、君は彼らに言い返さないしやり返さないんだね?』

目元の涙を拭って、彼女はsomeoneの頭をそっと撫でた。


622 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その9:2021/02/12(金) 11:05:48.389 ID:eUypB9bMo
791『someone。君は優しい子だね。
私の教えを忠実に守ろうとしている。君はなんて、なんて――』

彼女はそこで言葉を切り、柔和な笑みを浮かべながら繰り返しsomeoneの頭を撫でた。

彼女の温かさに触れ、冷え切っていた彼の心の中に初めて仄かな光が灯った。
他者と距離を置き、自分自身の世界でしか生きられなかった彼にとって、彼女は養父母以来の頼れる人間だった。



だが、全て事情を知った今なら分かる。

彼女の思考の根底にあるのは教育者ではなく、根っからの“魔術師”のそれだった。

教育者の顔を装い自分の頭を優しく撫でながら、彼女は途中で打ち切った言葉を、次のように続けたかったに違いない。




―― なんて“使える”子なんだ、と。


623 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 11:07:28.889 ID:eUypB9bMo
この物語、親がいない人多すぎィ!と気づきました。

624 名前:たけのこ軍:2021/02/12(金) 20:43:35.506 ID:QTRTTlsQ0
悲しい過去…

625 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その1:2021/02/20(土) 10:50:38.179 ID:N66x1.Roo
時が経ち、何人もの年長の子どもたちがsomeoneより先に魔法学校を卒業していった。

そして、一期生達で卒業した数名で立ち上げたとある魔法ベンチャービジネスがある時に大受けし、数年も経たないうちに彼らは世間で一大ムーブメントを巻き起こした。
若い彼らの功績だけが取り沙汰されるだけでなく、好奇の目はすぐに魔法学校へも向けられた。

これまで特筆する実績もない若者たちの活躍の理由を求める上で、魔法学校の存在はメディアにとって格好の“餌”だった。
出自にとらわれず自由な発想で生徒を育てる校風の791の魔法学校は連日のように記事が載り、すぐに評判になり生徒が殺到するにまで至った。
これまで腫れ物を触るような扱いをうけていただけに、建屋から生徒が溢れん程の光景を見て、さすがの彼女も苦笑いを浮かべていたのが印象的だ。

この頃から791は歴史の表舞台に姿を現した。
そして魔法学校の運営が軌道に乗り、自分以外の教師を何人も抱え名実ともに学府としての機能が確立されたことを確認するやいなや、彼女は会議所自治区域で開かれているきのこたけのこ大戦への参加を正式表明したのだ。
生徒たちも知らされておらず、someoneも新聞の記事で初めて目にした。

その時の衝撃は、計り知れないものがあった。

それまで公国民の諸外国への渡航は、公に禁止されてはいなかったものの、国家自体が半鎖国体制を敷いていることから特段推奨されてもいなかった。
ライス家は自らの目の届く範囲で臣民を監視し束縛を強化するために、諸外国に出ていく国民を内々に出奔扱いにすることで、国を出ていくことは即ち故郷を捨てることだという“負”の感情を植え付けていたのだ。
そのうち、人々は諸外国に出ることを敬遠するようになり、公国に棲み着くことが正しいことなのだと無理やり納得するようになった。


626 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その2:2021/02/20(土) 10:51:44.700 ID:N66x1.Roo
―― 公国に生まれ、公国の地に没し、魔力の肥やしになる。

かつて一世を風靡したこの詩文は、公国民の勤勉さ、不撓不屈さを示す名文であるとされ、半ばプロパガンダのように広められ刷り込まれていった。
公国に生まれたからには公国のために一生を尽くす。これが公国民の美徳とされた。誰しも口に出さずとも、国民の一生は生まれたときから半ば確定付けられていたのである。


その暗黙の了解を、彼女がいの一番に打ち破ってみせた。

これまでも【大戦】に参加している公国出身の兵士はちらほらいたものの、彼らはみな一様に自らの出自を隠し参戦していた。
どうしても後ろめたい気持ちが抜けなかったのだ。
しかし、彼女といえば純粋な目で世界を見据え、過去の慣習にとらわれることなく悪びれもなく敢えて大戦参加を表明し、挑戦者として外に飛び出していった。

国民は彼女の振る舞いに目を丸くし、そして半狂乱になり応援した。
国に縛られていることで慢性的に淀み、鬱屈としていた空気が、彼女の行動ひとつで霧散し弾け散ったのである。
元々奇異の目で見ていた他の国民も、彼女がもしかしたら長年続いた慣習を打破する救世主になるかもしれないと少しでも感じれば、周りの熱にあてられたように一様に応援した。

その熱気は当然、魔法学校にも届いた。
そして、周りの期待以上に遠い異国の地で持ち前の大魔法を駆使し活躍する師の話は魔法学校にもひっきりなしに届けられ、少年少女たちを大いに高揚させた。

この時代、誰もが彼女に憧れた。
公国中で“大戦ごっこ”が流行った。
誰もが彼女と同じように大魔法使いになろうと志を高くした。

当然、someoneもその一人だった。


627 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その3:2021/02/20(土) 10:52:36.550 ID:N66x1.Roo
【カキシード公国 宮廷 4年前】

真っ赤な絨毯の上を歩いた末にようやく辿り着いたアーチ状の大扉の前で、someoneはまず一息吐いた。

あれから異国の地での大活躍と世論の後押しを受け、遂にライス家は791の存在を看過できなくなった。その実績を認められ彼女には“宮廷魔術師”の称号が与えられた。
そしてあわせて魔法学校も古いボロ家から、宮廷内に立派な校舎を構えるまでになった。かつての教え子たちも次々に教師になり、生徒数は一端の学園を凌ぐ程にまで膨れ上がった。
彼女の傍でその変化を見続けたsomeoneも、あまりの順風満帆さに目を白黒させてしまったほどだ。
紛れもなく彼女は自らの力で運命を切り開いてきたのである。

息を整えると、意を決して扉を叩いた。

someone『失礼します』

『入りなさい、someone』

中から鈴のように安らかな声が聞こえると、扉は独りでに開け放たれた。
ガラスドームのように外気の光を受ける球体の部屋で、791は独り仕事をしていた。
巨大な部屋の中央でポツンと陽の光を浴びる彼女の姿は、まるで草原に咲く一輪の向日葵のようだと思った。

彼女の前まで歩くと、初めて彼女は顔を上げ微笑んだ。
初めて会った時から幾分か老け込んだものの、表向き彼女は未だ快活さを見せていた。


628 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その4:2021/02/20(土) 10:54:42.881 ID:N66x1.Roo
791『もうすぐ卒業だね。おめでとう』

パチンと指を鳴らすとsomeone用の椅子とテーブルが地面から生えてきた。
控えていたメイドが、タイミングよくテーブルの上にメロンソーダの注がれたグラスをそれぞれ置いた。

彼女から祝いの言葉を貰ったものの、何を以て卒業かと言われれば、厳密には決まっておらず難しい。
特に入学や卒業に年齢制限はないのだが、魔法界にはそのどちらも殆ど十代までのうちに済ませるという不文律がある。
人生の一番多感な時期に魔力を活性化させることは、魔法使いとしての今後の素質を見極める上で極めて大事だという論文が以前発表されたのだ。

特に最近の研究では、幼い頃から魔法を使い続けた人間と成人してから魔法を使い出した人間とでは同じ魔法習得の速度にかなりの差が出るという説もある。
someoneはこの説にはかなり懐疑的だが、事実最近では生活の豊かな家庭も子どもの将来を占う意味で魔法学校に預けに来るケースが多いようだ。
孤児院として見られていた時代から大きく変わったものだと、改めて心のなかで驚嘆した。

791『何かしたいことはあるの?』

someone『いえ、特には…』

本心だった。
結局、十年程学校に居たが、やりたいことも、さらに言えば友達も見つからなかった。
その間に養父母は亡くなり、彼は正真正銘孤独の身となった。

791『君ほどの優秀な魔力を持つ若者が、そんなことでは先が思いやられるね』

ふふっと笑いながら、791はストローで静かにメロンソーダを啜った。

表向きは変わっていない目の前の師だが、最近は外に出ることも少なくなった。若い時に無理をし過ぎたせいだろうか。
会議所自治区域と公国との行き来も、一時に比べて回数が減り今では公国に居る時間がかなり多い。


629 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その5:2021/02/20(土) 10:56:13.217 ID:N66x1.Roo
791『気づいての通り、最近の私はまたちょっと疲れ始めていてね。誰かの支えが必要なんだ。
だからsomeone。君に私のお手伝いをしてもらえると、すごく嬉しい』

予想はしていた。

―― 『魔術は、受け継がれなければいけない』

この言葉が791の口癖だった。

全ての魔法使いは魔術師を目指す。
しかし、魔術師になれる人間はほんの一握りで、またその教えを真に理解するためには才覚ある者しかその高みの入り口にすら到達できない。
それ故に、魔術師は生きている時から後継者を探さないといけない。
自らの功績を受け継がせるため、自らの生きた証を残すため。

someoneもいつか魔術師になりたいと思っていた。
そして、魔法学校内で唯一魔術師になれる人間が居るとしたら、自分しかいないだろうという予感もあった。それだけ、彼の成績は飛び抜けていた。

someone『手伝いと言っても、何をすればいいんですか?』

791『簡単なことだよ。私の周りで仕事の手伝いを少しと、これまで通り魔術の研究に勤しんでくれればいいさ。君には私の後を継いでもらいたいんだ』

彼女の答えに、常にポーカーフェイスを意識しているsomeone自身も、高揚した反動でビクンと一度だけ跳ねた身体を制御できなかった。
同年代の友達こそいなかったが、彼にとって師の791こそが唯一の支えだった。彼女だけは最初から最後まで自分の味方だった。
夜遅くまで魔法の練習に付き合ってくれれば、学校で浮いていた自分をひたすら気にかけてくれた。

結局、多忙な彼女に遠慮しあまり心を開くことはできなかったが、自分なりに恩義を感じ信頼も寄せている。他人のために力になりたいと思ったのは初めてだった。
彼女から直々に後継者として指名されるのは願ってもいない事だった。


630 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その6:2021/02/20(土) 10:57:21.751 ID:N66x1.Roo
答えは既に決まっている。

彼女の部屋の扉を叩いたその時から、既に覚悟を決めてきたのだ。
彼女のような人格者に、優れた人間になりたいと心の底から思っていた。

だから、迷いなく返事ができる。

この返事で一歩、先に踏み出そう。

someone『はい、わかり――』

彼にしては珍しく、上ずった声での前向きな返事は。










791『――いやあ。君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ』

目の前の“魔術師”の策謀めいた言葉で、突然の閉口を余儀なくされた。


631 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その7:2021/02/20(土) 10:58:34.699 ID:N66x1.Roo
someone『…え?』

口をぽかんと開けたまま、someoneは思わず聞き返した。

791『ん?どうしたの?
ああ、君はまだ“魔術師”という生き物を知らなかったねッ。丁度いい、この機会に教えてあげるよ』

座ったままの彼女は両手に顎をのせこちらを見やると、嬉しそうに頬を緩ませた。

791『“魔術師”は全ての物事に優劣を付ける。全ての行動に意味を見出す。
それこそが魔術の本懐。

元々ね。君たちに教えを授けたのは、何も身寄りのない君たちを憐れんでやったわけじゃない。
全ては素質ある者を見極めるための“選別”。

そしてsomeone、君は選ばれたんだよ』

何を。何を言っているかまるで分からない。
一体全体、目の前の人間は何を話しているのだろう。

791『私はね、ずーッと探していたんだ。手足になってくれるような人間と、後継者をね。
someone。君はどちらの素質もあるけど、できれば後者になってもらいたいんだ。

君の前からね、何人か私の元に残ってくれている子たちがいるけど。
その中でも君はとりわけ優秀な人材だ。君だったら私の後を“継げる”。そう確信しているよ』

someoneはただ、彼女の大きく開閉する口元をぼうと見ていた。
頭が真っ白になるというのは正にこういった感覚だろう。
ただ、耳元には聞き慣れた彼女の柔らかな声が届いてくる。


632 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その8:2021/02/20(土) 11:01:25.655 ID:N66x1.Roo
791『学校での経験はいい勉強になったでしょう?君みたいに大きく虐げられればその反動で成長できるからね。
これから君は私の手によりこれまで以上に大きく飛躍する。
その結果、君を虐げていた全ての人間は、すべからく君“以下”になる。おもしろいと思わない?』

いつの間にか彼女からは師としての優しい顔は消え、そこにあるのは強欲な“魔術師”としての顔だけだった。
彼の抱いていた理想像とかけ離れた彼女の姿がそこにはあった。

791『まだ私の計画は途中なんだ。
君が私の“手駒”として使えるようになれば百人力だ。


ああ、ごめんね。私ばかりが喋りすぎちゃった。
そういえばまだ答えをきいてなかったね?』

これまでの誰にでも隔てなく優しい姿はあくまで表向きのもので、今の姿が彼女の本性なのだろう。

someoneは比類なき魔法力を持った少年だ。自他ともに認めるところである。それにより、謂れのない陰湿な虐めや嫌がらせを数多く受けてきた。
それでも、彼が魔法学校を退学せずに続けてこられたのは偏に791の存在にあった。

彼女は自分の傍に近寄り教師としてではなく同じ目線で話し、また話を聞いてくれた。無邪気に自分の過去の話を語る姿を見る時や、つくりたての魔法を披露して褒められた時はたまらなく嬉しかった。
自分の魔法力とは関係なく、一人の人間として認められた気持ちになったのだ。彼女が世間にどんどん認知され雲の上の存在になっても、彼に見せるその姿勢は変わらなかった。
いつしか彼にとってその姿は憧れとなった。
791という人間は、someoneにとって暗闇の中にある一筋の光で太陽だったのだ。

それが今、彼女自身の言葉により彼の理想像は脆くも崩れ散った。
自分と同じ目線で語っていたと思われる姿は実は“刈り取る側”で、あくまで優秀な魔法使いを創るという“生産者”目線での行動だったということに、someoneは瞬時に気付かされた。

本気で相談に乗っていたわけでもない。寧ろ現状が永続すればいいとさえ思っていたのだろう。彼が日々悩み葛藤する姿は、小さな魔法使いをより熟成させる最大のスパイスだとでも思っていたに違いない。
まるで物のように自分たちを扱う彼女の姿勢は、自分の理想とは最も対極に位置し、かつ忌むべき姿だった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

633 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その9:2021/02/20(土) 11:02:19.796 ID:N66x1.Roo
先程までは自信を持って頷けていた答えを、今は口にすることすら憚れる。

someoneは途端に込み上げる吐き気に襲われた。

791『ん?返事は?』

満面の笑みで催促される。
抗うことが一番の意思表示であることは分かっている。


それでも。

someoneは弱い人間であるということを、彼自身が一番よく分かっていた。


someone『…わかり、ました』

表情を殺し、someoneはたどたどしく頷いた。

何も彼女へのこれまでの恩義から引き受けたわけではない。
他に生きるための手段はなく、何より正常な思考能力を働かせるだけの気力もいまの彼には残っていなかった。

ただ、今日のやり取りではっきりしたことがある。




彼は、また独りになった。


634 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/20(土) 11:05:41.328 ID:N66x1.Roo
ここでははっきりとは書けませんでしたが、791とsomeoneは純情すぎる思いをもった人間という意味では一致しています。
ただ、当時の彼には師の本心の奥底までを見抜くことはできなかったのです。

635 名前:たけのこ軍:2021/02/20(土) 14:54:46.742 ID:9RJD2pqw0
恐ろしき魔王。

636 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/28(日) 10:27:19.109 ID:.GTMygzco
今週はお休みでごわす。

637 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/06(土) 21:58:02.794 ID:N.tLVxe6o
すみません今週もお休みでごわす。ちょっとバタバタしているのが予想外だった。

638 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その1:2021/03/12(金) 21:25:17.533 ID:dYdx8bKwo
卒業してから暫くの間、someoneは791の補佐にあたった。

魔法学校の手伝い、宮廷魔術師としての業務補佐、魔術の研究など。

仕事に没頭している間は楽しかった。嫌なことを忘れられる。

しかし、自室に戻り目を瞑れば、すぐに“あの日”のやり取りを思い出す。


―― 君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ


脳裏に浮かぶのは彼女の本性を表したあの言葉と、策謀家として冷酷な笑みを浮かべた顔。
自らをモノとしてしか扱っていない彼女の希薄さ、頭が真っ白になるあの感覚、信頼していた恩師から裏切られた深い衝撃と落胆。
全てが混ざり合いグチャグチャに溶け、頭の中を蛆虫のように這いずり回る。

そうして夜中に何度も起きては、その度に吐き気を催した。

信頼していた恩師からのあまりの仕打ちに、若き少年は今度こそ心を深く閉ざし、憎悪の気持ちごと胸の内に深くしまい込んだのだった。


639 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その2:2021/03/12(金) 21:27:25.232 ID:dYdx8bKwo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 3年前】

ある日、師に呼ばれsomeoneは魔術師の間へ赴くことになった。
その日の彼の気持ちといえば、しばらく師と顔を合わせずに仕事ができていた解放感から一転し、深く落ち込んでいた。
その気持ちが天気にも通じたのか、遙か上空のガラスドームの天井からは、大粒の雨音が微かに聞こえてくる。それを聞きさらに辟易とする。

だが、目の前で椅子に深く腰掛けている師はどうやら極上の音楽だと感じているようで、目を閉じて聞き入っている様子だ。
おかげで物音一つ立てることもできず、まんじりともせずに待ち続けなければいけない。
暫くして演奏を聞き終わった後のようにうっとりとした表情の師が目を開けると、目のあったsomeoneに向け、朗らかな笑みを返した。

悪意なきその笑みに、嫌悪感すら抱く。

師への尊敬の念は既に薄れきってしまっていた。そんな彼の気持ちを知らず、彼女は“さてと”と一拍間を置くと、枕詞もなくいきなり本題を告げた。

791『someone。君にはこれより【会議所】に向かってもらいたい。そして、私の代わりの“目”になってもらいたいんだ。
No.11(いれぶん)。貴方は公国に残って引き続き私のサポートをしてもらう』

No.11『畏(かしこ)まりました』

横で黙って話を聞いていたNo.11(いれぶん)は恭しく頭を下げた。
微かに揺れる薄いセミロングの緑髪が彼女の後方に生えている観葉植物たちと重なり、その姿が一瞬視界の中で揺らいだ。

彼女はsomeoneより少しだけ年上の魔法使いだ。同じ魔法学校出身で彼の先輩にあたる。
冷徹な振る舞いと常に漏れ出るピリついた“気”は在学中から彼とは対極的に目立っており、その実力を見初められ彼女は卒業と同時に791の下で働いていた。

彼女は目の前の魔術師を崇拝している。師の本性を知ってもなお尊敬の念を崩さないその姿勢には、寧ろ感心してしまう程だ。


640 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その3:2021/03/12(金) 21:32:22.762 ID:dYdx8bKwo
someone『…』

対して、someoneはひとまず無言で返した。

No.11『someone、返事はどうしたの』

咎めるようにキッとつりあげた目で睨んできた彼女の視線の“圧”を、someoneは頬に痛いほど感じた。

巷で“氷の指圧師”と評判なだけあり、心臓を貫かんとする冷めた視線の凄みは、常人では震え上がるほどのものだろう。
学生生活の中で事あるごとにその視線を受けていた身から言えば、いまさら怖気づくことは無い。だが、正直に言えば彼女のことは苦手だ。

学生時代から、二人の関係性は最悪の一言に尽きた。
定期試験の結果で、決まって首席はsomeone、次席は彼女だった。
初めて彼が頭角を表したその日、書棚の前を通り過ぎる彼女にsomeoneはふと声をかけた。
内容までは覚えていないが、やや親しみを込めた旨の挨拶をしたことだけは覚えている。当時を思い返せば、高成績を残す彼女と魔術談義に花を咲かせたいといった少しの下心もあったのかもしれない。

しかし、それが却って二人の仲を引き裂いた。彼の登場までずっと首席の位置に座っていた彼女からすれば、自分からトップを奪った人間に同情のような慰みをかけられたと解釈したのだろう。
以来、彼女からは一方的に敵視され、彼自身も周りから虐めの標的にされたこともあり、学生時代も少しの会話しか交わさなかった。

数年の時を経て同じ職場で再会した二人だが、かたや791の熱心な盲信者、かたやその彼女に拒否感を示す一番弟子とあっては、その関係は正に水と油だった。
互いに分かり合えるはずもなく、学生時代よりも関係は冷え込み、二人は露骨に会話を避けるまでに到っていた。

someone『…わかりました』

本意ではないという意味を言外に含め、彼は低い声で答えた。
先程より恨みのこもった殺気を左の頬にヒリヒリと感じたが、“まあまあ”と眼前の師から投げかけられた朗らかな声に、二人は意識を前に向け直した。

791『No.11、落ち着いて。
somoneの気持ちもわかってあげてよ。突然親しんだ国を離れろという話に、彼が困惑するのも無理はないよ』
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

641 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その4:2021/03/12(金) 21:34:17.553 ID:dYdx8bKwo
791『でもね、someone。心配要らないよ。向こうで新参者だった私でもやっていけたんだ。君なら【会議所】でもうまくやっていけるよ』

someoneを勇気づけるようにニコリと笑う彼女は、学生生活の時によく見かけた姿そのものだ。自分や他人にも等しく見せる彼女の笑顔は太陽のように眩く尊いもので、ずっと憧れてきた。

しかし、今は彼女の裏の顔を知っている。
その笑顔の裏では他者を値踏みし、まるで目の前に並べられた家畜たちから、自分に使えるものだけを見極めようとしている。
そして家畜たちには安心させるように人畜無害の表情を見せるのだ。何も心配いらないよ、と。私に任せてくれればいい、と。
それは偽りではなく、本心だろう。

純粋に、彼女は自分以外の他者を使える動物としか評価していないのだろう。
心の通っていない、対等ではなく一方的に注がれる愛。それは、若く透き通った純粋なsomeoneにとっては、酷く気持ち悪いものだった。

791『このあいだ話したよね?【会議所】は去年から突然、公国に向けて秘密裏に密造武器を横流ししている。それも直々に【会議所】のお偉いさんがここにきてだから、相当の力のかけようだ。
それは私たちにとってもとてもありがたい話だけど、彼らの目的が分からない。だから――』

―― それを君に探ってほしいんだ、someone。

どうせ、そんなことだろうと思っていた。
全ての行動に意味を見出そうとするのならば、someoneを管理する791の指示にも意味がないといけないのだ。


642 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その5:2021/03/12(金) 21:35:37.439 ID:dYdx8bKwo
No.11『791様は、今や【会議所】でも知らない人はいない程の有名人。
表立って動くことができないからこそ、貴方が先生の“目”となり真相を探る。
映えある重要な仕事よ、喜びなさい』

someone『…』

No.11『貴方ねッ、なんとか言ったらどうなのッ!』

思わず掴みかからんとするNo.11に、791は再び彼女を宥めるように片手をあげた。

791『まあまあ。そんなに早く真意が掴めるとは思っていないよ。
それに、someone。君を選んだのは別の目的もあるんだよ?
私はね、君に【会議所】や【大戦】を楽しんでもらいたいと思っているんだ』

someone『楽しむ?』

聞き慣れない言葉に眉をひそめる。

791『魔法学校での君は才覚に溢れながら誰とも交わろうとしなかった。それに、皆が目指す方向も同じだから、周りも君に打ち解けようとはしなかった。

でも、【会議所】は違う。目的も方向もバラバラの人間が多く集まっている場所だ。
人々は【大戦】を行い、自治区域を良くする。この二点で協力しあい、国家でもないただの集合体にひしめき合っている。

本来ならまかり通らない出来事が、【会議所】では日常的に起こり得るんだ。

おもしろいと思わない?
わたしは楽しくて一時期向こうに通い詰めだったよ』


643 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その6:2021/03/12(金) 21:36:28.718 ID:dYdx8bKwo
確かに、今まで自分が身を置いていた環境とはまるで違う。
興味がないと言えば嘘になる。

彼の表情の僅かな変化を感じ取ったのか、791は口元をゆるめた。

791『決まりだね。公には君と私には何の関係もないようにしておくから。
暫くは自由に【会議所】で楽しんでおいで』

someoneの会議所自治区域行きが決まった瞬間だった。


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644 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その7:2021/03/12(金) 21:37:32.830 ID:dYdx8bKwo
【カキシード公国 宮廷 地下室 現代】

someoneは回想を一度終え、静かに目を開けた。そして、寝返りを打つようにごろりと仰向けに転がった。
二日酔いのように頭は重く、ローブ越しに冷えた地面に接する後頭部の冷たさが、今はかえって心地よい。そして、冷たさを感じたことで、先程まで地面に接していた左頬の感覚がとうに麻痺していたことに、いまさら気がついた。

辺りは相変わらず暗闇で、耳をすませば微かに壁を伝う流水音が聞こえてくるだけだ。
いつもなら気にかけないその雑音も、今は濁った心の内を和らげるには丁度いい呼び水となった。

someone「はぁ…」

子どもの頃は魔法に夢中だった。
魔法使いの最上位にいる“魔術師”に憧れたし、自分の師が最年少の魔術師であることに憧れをもち誇りにもした。

だが、“魔術師”という生き物を見誤っていた。
“魔術師”になる過程で狂うのか、元々狂っているのかは分からない。ただ、自らの目的のためなら人を手駒扱いにし切り捨てることも厭わない彼女の思考は腹立たしい程に洗練されていて、完璧だった。
全て、“791先生のために働く”ことを当然の最優先事項だと考えている彼女の思考にもむかっ腹が立つ。

再び寝返りを打つ。今は悪態を吐いてもしかたがない。
時間は有限だ。someoneはまた目をつむり鑑みることにした。

親友との出会いの日々を。




645 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その8:2021/03/12(金) 21:40:42.480 ID:dYdx8bKwo

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━━━━

【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 3年前】

やはり、と言うべきか。
someoneは【会議所】でも一向に馴染めなかった。

791からの内々の指示で、【会議所】で定期的に開かれる会議や【大戦】に参加こそしていたものの、彼の方から打ち解けることができず、当然の如く友達はできなかった。
たとえ親切心から近寄ってくる人間がいても、過去の791から受けたトラウマから、優しく接する人間には裏があるのだと内心で怯え、彼らの真心に真摯に向きあうことができなくなっていたのだ。
魔法学校の時と違い魔法で競っていない分、周りの人間は純粋にsomeoneという人間性を評価することしかせず、それがより悪い方向へと進んでいた。

過去と変わらなければ、異国の地でも周りの人間は彼に同じ様な評価を下す。
結果として、someoneは“異国から流れ着いた寡黙な変わり者”という評価で、良く言えば尊重され、悪く言えば腫れ物に触るような扱いを受けていた。

『おい。またアイツがいるぞ』

『なに考えてるのか全然分からねえよな。顔もローブで覆ってて全然見えねえしよ』

『薄気味悪い奴だぜ』

この日も本部棟内にある中庭で読書をしていたら、近くを通りかかった周りのきのこ軍兵士たちから陰口を叩かれた。
三人組の男たちは読書をする彼に向かい、わざとsomeoneに聞こえる程度の大きさの声で喋っていることが分かった。


646 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その9:2021/03/12(金) 21:45:18.582 ID:dYdx8bKwo
―― でも、【会議所】は違う。目的も方向もバラバラの人間が多く集まっている場所だ。

791の言葉が思い出される。
魔法学校と違う人種がいるというから少しは期待したが、結局自分を取り巻く環境は変化せず同じだと思うと、周りの異国の風景が途端に色褪せていくように感じた。

横目で周りを見ると、レクリエーションでもできそうな程度の広さの中庭の中心にはカーキ色のたけのこ軍の軍服を着た一人の兵士が大の字で寝ている。
大口を開けて寝ていることから、先程の話し声は聞こえてはいないだろうが、少し申し訳ない気持ちにもなる。

『きいたか?あいつはカキシード公国出身だって言うが、ろくに学校も出ていないらしい』

『本当かよッ?口数が少ないのはおとなしいからじゃなく、言葉を知らないからなんじゃないか?』

『違いない。熱心に開いているご本も、果たして本当に読めてるのかねえ?』

彼が言い返さないことをいいことに三人組の声量はますます大きくなり、読書をしている彼を横目で見ては鼻で笑っている。
同じきのこ軍兵士とはいっても、それはあくまでシステム上の話で彼らには同族意識も無ければ仲間意識の欠片もない。

いじめっ子というものは、自分より下の人間を見つけるとまず軽く攻撃的な行動を見せる。その行動によるいじめられっ子からの反応を見ているのだ。
そして、いじめられる人間から禄に害を及ぼさない反応がかえってきたら、彼らは安心し攻撃をエスカレートさせ、ストレスの捌け口とする。
これが虐めの原理だ。生物が外敵を制圧する際の、極めて一般的な動物的本能だ。

someoneもその原理はよく分かっているし、集団から孤立する自分が標的に合いやすいことも理解している。
だが、あのような輩に一々反抗するのにも多少なりエネルギーを使う。彼らの蛮行を全て受け流せば虐めという構図は発生せず、自分自身も碌な力を使わずにやり過ごせる。
だから、魔法学校時代からいじめっ子に対しまともな反抗をせずこれまで過ごしてきたのだ。

これが彼の考える他人との接し方だった。
他人を知ろうとするのではなく、いかにやり過ごすか。閉鎖的な環境で育ってきた彼は、自ら主体的に動くという選択肢は無かった。


647 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その10:2021/03/12(金) 21:47:16.846 ID:dYdx8bKwo
そうして、いつものように彼らの言葉に聞こえない振りをして本を閉じた。休憩時間を終え本部棟に戻ろうと立ち上がろうとした。その時だった。

『おいッ、お前らッ!そいつに話があるんだったら、もっと大きな声で、面と向かって喋ったらどうだ?』

背後から発せられた大声はsomeoneに向けてではなく、例の三人組に投げかけられたものだった。
振り返ると、声の主は先程まで大の字で寝ていた若者だった。
彼はいつの間にか起き上がり、先程の間抜けな寝顔からは想像もできないぎらついた眼で彼らを睨んでいた。

『いや、その…』

『おい、なんだよあいつ』

『知らないのか?あいつはたけのこ軍の――』

『ああ?俺の話は今どうだっていいだろう。それで、どうなんだ?なんだったら俺も一緒に聞いてやるぜッ。言いたいことはちゃんと伝えないといけないって、親や先生に教えてもらわなかったか?』

彼のハツラツとした声に、近くを歩いていた周りの人間は足を止めsomeoneたちを見た。
分が悪くなったと感じたのか、三人組は一度大きく顔を歪めると、そそくさとこの場を去っていった。


648 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その11:2021/03/12(金) 21:50:08.115 ID:dYdx8bKwo
『まったく。悪口を言うんなら、目の前出て大声で言えっていうんだよな?』

いつの間に隣に来ていたのか、先程の若者はニカッと笑った。
陽射しを背に受け、黒髪を短く刈り込みしなやかながら引き締まった体躯は、見上げていることもあってか随分と大きく見えた。

一連のやり取りにsomeoneは目をパチクリとさせながら立ち上がった。
やはり身長差は大分あり、彼の大きさは見た目通りだった。

someone『あの…』

『ああ。勝手にごめんな?
でも、ああいう奴らは【会議所】には少なからずいるから、お前も気をつけろよ』

someone『いえ、その…』

『ん?どうした?』

someone『ありがとう、ございます』

ペコリと頭を下げる彼に、若者は再度歯を見せ笑った。

『気にすんなッ!お前、たしか名前はsomeoneだったっけか?
俺の名前は斑虎(ぶちとら)。見ての通りたけのこ軍兵士だが、まあ仲良くしてくれ』

斑虎はそう自己紹介を終えると、someoneが言葉を返す間もなく歩き去っていった。

揺れる彼の背中を眺めながら、なんと忙しない人間だろうかと思った。
だが、同時に自身の口元がほころぶのを自覚し、【会議所】もまだまだ捨てたところではないなとsomeoneは思い直した。


649 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/12(金) 21:50:59.595 ID:dYdx8bKwo
斑虎さん、第一章以来の登場。おひさ

650 名前:たけのこ軍:2021/03/12(金) 21:53:09.089 ID:q614HMjI0
虎ちゃんかっこいい

651 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その1:2021/03/21(日) 10:04:44.781 ID:DEDVMKHEo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 3年前】

その後も、斑虎とは毎日のように顔を合わせた。
今まで気づいていなかっただけで、実は二人とも同じ中庭で同じ休憩時間を過ごしていたのだ。

斑虎『よう、また会ったな』

彼は大抵先に芝の上で寝転んでおり、後からきたこちらに気づくと、ひらひらと手を上げまた睡眠に戻った。

最初は鬱陶しいと思ったが、彼は一度挨拶を終えれば、その後はこちらに喋りかけることもなく、時間の限り昼寝に勤しんでいた。
先日のことを鼻にかけ喋りかけてくることもなく、昼休みの終わりを告げるチャイムの音とともにむくりと起き上がり、無言で職場に戻っていった。
それはsomeoneにとっては程よい距離感で、気を使われているのかどうかまでは分からなかったものの、素性を知らない彼には僅かに好感を抱いた。

さらに、先日の一件が本部棟内にも噂として広まったようで、彼の横で読書をしていると誰からもやっかみを向けられることもなくなったという思わぬ恩恵もあった。
こうして、someoneは自然と心地よい時間を享受していたのだ。


652 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その2:2021/03/21(日) 10:05:44.472 ID:DEDVMKHEo
そんな、ある日のことである。
いつものように日光浴と読書を楽しんでいると、程よく距離を取り横で寝ていたはずの彼の声が、風に流れて耳に届いた。

斑虎『一つ、聞いてもいいか?』

彼がこちらに話しかけてきているのだと気づくのには、少し反応が遅れた。ただ、周りに自分たち以外の人間が誰もいなかったためかそこまで時間はかからなかった。
多くの建物で軒を寄せ合う【会議所】本部内には、景観を保つためかあちこちに緑地や庭園が点在している。二人のいる中庭は本部棟の裏手に位置し、表通りからは少し外れていることもあり人気も少ない穴場なのだ。

読みかけの書物を腰の上に置き、someoneは彼の方に首を向けた。
彼は今日も変わらず草むらの上で大の字になり、快晴の空を見上げていた。

斑虎『someone。お前にとって【大戦】とは、なんだと思う?どう映っている?』

突然何を言い出すんだろうと、someoneは困惑した。
哲学的な話にしても脈絡がなく抽象的すぎる。

元来、会話はあまり得意ではない。議論ともなればなおさらだ。
筋道を立て結論を導き出すことはできるが、それを言語化し伝えることが苦手なのだ。

普段なら適当にあしらい読書に戻るところだが、先日の恩義もあるので彼の会話に少しだけ付き合うことにした。


653 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その3:2021/03/21(日) 10:07:25.396 ID:DEDVMKHEo
someone『ただの戦いじゃないの?』

斑虎『違うね。いや、違うと思うんだがまあ聞いてほしい』

そこで斑虎は半身を起こし、someoneと顔を合わせた。
存外に真剣な目つきをしている彼に、someoneは少し驚いた。

斑虎『【大戦】ってのは、互いを結ぶ友好の架け橋なのさ。

【大戦】をするぞと告知をすれば、全世界からは文字通り、何百万単位の人が動く。
人々が一同に会して戦って、勝った負けたを競い合う。

時にはいがみ合いもするだろう。でもスポーツマンシップの精神に則り、勝負が終わったらノーサイド。すぐに手を握り両者を称え合うのがほとんどだ。
そうだろう?』

直近の【大戦】を思い出し、someoneは頷いた。

斑虎『だから目に見えないだろうけど、【大戦】の開催で人々や国同士の距離感は、ぐっと近づいたと思うんだ。
まあ俺たちのところは国じゃないけど。そんなところだ』

ガサツな人間に見えたが存外にロマンチストの気質もありそうだ、とsomeoneは冷静に分析した。

斑虎『読書を遮ってまでわるい。でも、昨日の夜からそんなことを考え始めたら寝られなくなってな。誰かに聞いてもらいたかったのさ』

“だからさ”、とそこで斑虎は一瞬逡巡する素振りを見せた後に言葉を続けた。

斑虎『今度の【大戦】、同じ戦場で戦わないか?
敵軍同士、死力を尽くして終わったらノーサイド。仲良くしようぜ』

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

654 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その4:2021/03/21(日) 10:09:25.609 ID:DEDVMKHEo
someone『…それは結局、僕とただ闘いたいだけなんじゃないの?』

斑虎『そうとも言う。半分はそうさ。お前、すごく強そうだしな。
もう半分は、そうだな。もっとお前のことを知りたいと思ったのさ』

someone『なんだよそれ』

思いのほか素直に白状する彼に、思わず少し吹き出してしまった。
人を口説くにしても話の展開が強引でめちゃくちゃだ。もし小説で同じあらすじのものがあるなら三流もいいところだ。
ただ、真意を隠されるよりもこうして表に出してもらったほうがはるかに気持ちいい。someoneはそう感じた。

斑虎『それで、どうする?』

自信に満ちた、それでいて真剣な彼の目を見て、惹かれるものがないかといったら嘘になる。

これまで魔法学校にも、宮廷内にも彼のような人間はいなかった。誰もが心の中で壁を作り、ライバルでもある周りに真意を明かすことはなかった。
本音で語ろうものなら誰かが聞き耳を立て弱みを握られる。不快感のある緊張感が常に彼の周りに立ち込めていた。さらに師に至ってはあの性格だ。
一連のやり取りを経て人間不信に陥ったsomeoneにとって、目の前の彼は正に当初思い描いていた“奇抜で特異な【会議所】”を体現する人物のように見えた。

somoene『そのままでは頷けない』

斑虎『ほう。じゃあどうすれば受けてくれる?』

someone『…勝ったほうが、飲み物を奢る』

斑虎はニカリと笑った。

斑虎『痛い出費だな。わかった、お前の提案を受けよう』

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

655 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その5:2021/03/21(日) 10:11:40.188 ID:DEDVMKHEo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 someoneの自室 1年前】

二人は扉を開け、部屋に入り込んだ。“適当に座ってよ”と言うsomeoneに対し、斑虎は辺りを見回し書物の山に埋もれていた座布団を無理やり引きずり出した。

斑虎『なあ。さっきの戦いは俺の勝ちってことでいいんじゃないか?』

someone『撃破数ではね。でも戦果に逸りすぎて、僕の部隊からの挟撃で壊滅していたから戦術面では負けだよ』

斑虎『厳しいなあ。今月の出費もかさむ』

バッグに大量に入れた酒瓶を下ろし、斑虎はチョコ酒の瓶をsomeoneに手渡すと、自身の分は一気に飲み干した。

二人は【大戦】後に“反省会”と称し、どちらかの奢りで持ち込まれた酒で、朝まで飲み明かすのが恒例となっていた。

あの日、斑虎から話を持ちかけられ【大戦】に参加したsomeoneは、敵兵を最も多く撃破した者に贈られる撃破王の称号を運良く手にした。
同じ戦場でたけのこ軍にいた斑虎も獅子奮迅の活躍を見せたが、魔法で何重も罠を仕掛け敵兵を次々に屠るsomeoneの姿は敵味方から恐れられた。

終戦後に再会した時の彼の表情といえば、今でもたまに思い出すほど印象的だ。
目を丸くし驚いているような、しかし本音では悔しいような、それでも最後には満面の笑みで喜び讃えてくれた。そこに彼の明け透けな人となりが見えた気がした。
それ以来【大戦】で対決する勝負は続き、今では腐れ縁ともいえる仲になっていた。


656 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その6:2021/03/21(日) 10:13:12.951 ID:DEDVMKHEo
すでに斑虎は三本目の瓶を空けながら、ほんのり頬を赤くしつつ部屋をぐるりと見回した。

斑虎『お前の部屋はいつも魔法グッズに溢れてるな。少しは掃除したらどうだ?』

someone『物に囲まれてるほうが落ち着くよ。それに全て魔術の研究に必要なものだから』

斑虎『限度がある。身も心も整理整頓しないと強くなれない。明鏡止水に至るための、武道の基本だ』

確かに、彼の部屋に比べると自室は書籍や魔具で溢れかえり雑然としている。
自由奔放で豪快な人間に見える斑虎だが、その実は質素な生活を好み日々の鍛錬を欠かさない武道家だ。
決して他人には見せないが、彼が裏で努力を重ねる武人だということは、長い付き合いで分かっている。そうした部分は、素直に尊敬する。
ただ、世話焼きすぎて、酒が回ると小言が多くなるのは玉に瑕だが。

斑虎『そういえば。前に話していたルールの話、どうなった?』

someone『うん。ちょっと見てほしいんだ』

彼の言葉にsomeoneは立ち上がり、地面に散乱した紙切れを器用に避けながら机までたどり着いた。
斑虎の呆れた視線を背中に一心に感じるが、魔術研究に時間をかけているから掃除の時間がないのだ。
机の上に置いていた“新ルール草案書”を手に取り戻る。

someone『どうかな。見てほしいんだ』

斑虎『あいよ』


657 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その7:2021/03/21(日) 10:14:40.687 ID:DEDVMKHEo
元々は、魔術研究の空き時間にはほんの息抜きで【大戦】の新ルールを考え始めたのが発端だ。
先日の反省会の際に斑虎に見つかってしまったが、彼は馬鹿にすることなく寧ろ感心し、このルールを完成させて会議で提出しようと言い出したのである。
大それた話に最初は拒否したものの、熱心な彼の説得に半ば折れる形で、本格的なルール作りを始めたのである。

斑虎『ふむふむ。大戦場に拠点を複数作り、先に制圧した方が勝利するルールか。いいじゃないかッ!おもしろそうだッ!』

someone『この【大戦】ルールを【制圧制】と名付けて、今度の会議に提出しようと思うんだ』

斑虎『それはいいッ!応援するぜ、someoneッ!』

感謝の意を込めて頷くと、someoneは懐からパイプを取り出し、火を付けた。
それに気づいた斑虎は、草案書柔らかな笑みを浮かべた。

このパイプは去年、斑虎から貰った嗜好品で、本人も以前異国の地で行商人から貰った舶来品だという。
彼自身は禁煙家のためずっと家に置いていたが、someoneが喫煙家だということを知り家の奥から引っ張り出してきたらしい。
きめ細やかなグレイン柄は大人びた色合いで、密かなお気に入りだ。

会議所に来てからというものの、someoneは幸せだった。
何より魔術師791と顔を合わせる機会が少なくなった、というのが最大の理由だ。表向きは面識が無いのだから、こちらも無理に振る舞う必要もない。


ただ、醒めない夢はない。

いつまでもこの幸せが続くことはないのだ。
次の会議になれば、嫌でも彼女と顔を合わせなくてはいけない。その際に、必ず近況を“報告”しないといけないのだ。


658 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その8:2021/03/21(日) 10:18:38.974 ID:DEDVMKHEo
残された時間は決して多くない。
ここ最近、徐々にではあるがカキシード公国のオレオ王国へのちょっとした圧力を随所に知る場面が増えてきた。小競り合いや、外交、交易など。
すでに戦いのための布石が打たれていると受け取らないといけない。

いつか時が来れば公国に召還され、魔術師791の命令の下で、オレオ王国侵攻の要を担う時がくる。

俯瞰して彼女の話を聞けば、侵攻の論理は滅茶苦茶で容認し難い。
征服欲のため、公国の支配者となるべく、何より甘いチョコが好きだから。
何の罪もない公国民と王国民の生命を弄ぶ行為はsomeoneにとって断じて受け入れられない。
一方で魔術師の側から言わせれば、王国侵略は国を治め公国を率いるために必要な覇道の一環だと語るだろう。それはただの詭弁だと頭の中では分かっている。

ただ、実のところを言えば、someoneは彼女の考え方を否定しきれない部分がある。
陰うつとした公国の貴族社会文化を打ち崩すため、彼女は遠回りしながらも立ち回り続け、今や国の影の支配者までにのし上がった。
その彼女の生命を削ってまで懸命に立ち向かう様を、幼い頃から間近で見てきた。
目にしてしまった。

幾ら、彼女の本性を垣間見て裏切られたと思っても、彼女の偉業そのものを否定することはできない。
さらに養父母が無くなっている今、彼にとって育ての親といえば彼女しかいない。
恩師であり“親”でもある彼女の存在は、いかに口では否定しても、その存在の大きさを無視できないほどに重要で尊いものだった。

もし近い将来に、彼女から面と向かい“協力しろ”と言われた時。

果たして拒否できるのだろうか。
支配による恐怖からではなく、“親”に反抗するという、世間一般でいうところの不義理を自分自身が選べるのだろうか。

someone『…』

口に溜まった紫煙が吐き出され、ふわふわと天井に向かう。
所在無げに天井に浮遊し立ち込める白い微粒子の集まりはまるで自分のようだと、someoneはぼんやりと思った。


659 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/21(日) 10:23:17.949 ID:DEDVMKHEo
親友のと出会いを経て変わろうとするも、同時に過去の呪縛から抜け出すことができず、someoneさんは葛藤しています。
次回、ストーリーが大きく動きます。

660 名前:たけのこ軍:2021/03/21(日) 21:09:09.024 ID:1gCEnaZE0
虎ちゃんがかっこいい

661 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/28(日) 19:47:12.445 ID:CXvWy3TMo
今日の更新は難しいので、今週のどこかで更新できるようがんばりまつ。

662 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その1:2021/04/01(木) 23:04:12.425 ID:mUruyWkso
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 791の部屋 4ヶ月前】

会議所本部の一角に建つ、上級兵士宿舎内のとある部屋の前に立つと、someoneは深く息を吐いた。
目の前の漆黒に塗られた扉を見るといつも気が重くなる。
人生で最も気の乗らない時間だとこの扉の前に立つ度に思っているが、つまり毎回同じことを感じているということは毎度更新され上書きされているということなのだ。

これ以上無駄な時間を過ごしても仕方がないので意を決し扉をキッチリと四度叩くと、中から“はーい”という純真無垢な声とともに、ガチャリと扉が開いた。

791『someoneさん、いらっしゃいッ!どうぞ入ってよッ』

群青のローブにすっぽりと包まったsomeoneを見るや否や、紫紺(しこん)のローブを着た791は満面の笑みで自室に招き入れた。
ワンカールした彼女の黒髪が、持ち主の心の内を表すように楽しげにたなびいていた。

791『上がってよ。そういえば久々だね?someoneさんと会うのはいつ以来だろうね?』

someone『五ヶ月と四日ぶりです』

791『すごいッ、よくそんな日にち単位で覚えてるねッ!もしかして待ち遠しかったかな?』

その逆だ。

苦痛とは、日が経ち当時の記憶が薄れようとも、決して心の中から消えることはない。再び同じ場面に遭遇すれば、嫌でも身体は当時のことを覚えているのだ。
それどころか思いがけずトラウマを想起すると、当時の精神的苦痛は打ち寄せた波のように、以前よりも勢いを増して襲いかかる。

それならば、忘れずにずっと覚えていれば良いのだ。
someoneは一番忌みすべき師との邂逅を全て記憶するようにした。
苦痛という螺旋の渦の中に自分自身が飲まれているということを自覚さえしていれば、少なくとも増幅する精神的苦痛を軽減することはできる。
他方で、普段から苦痛を自覚し続けることは大きな代償となるが、その感覚もとうの昔に麻痺してしまっていた。


663 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その2:2021/04/01(木) 23:05:45.581 ID:mUruyWkso
彼女の案内で、someoneは大広間に通された。
一息つきフードを脱ぐと、赤毛の前髪を払いながら、改めて室内をぐるりと一瞥した。
壁紙やカーペット、それに窓際のかわいらしい柄のカーテンはどれも淡いクリーム色で統一され温かさと清潔感を演出している。
壁に立てかけられた本棚には多様な書物が揃えられ中心には応接用のソファがちょこんと備え付けられている。通路を挟んだ奥には寝室と執務室があるのだろう。

上級宿舎となれば、今のsomeoneが住んでいる部屋の間取りとは大きく違う。広々としたリビングにキッチンルーム、寝室に客室。
ほぼ全てが一部屋に詰まっている自分の家とは天と地の差だ。【会議所】にとって彼女がいかに重要な人物であることかを示す表れでもある。

791『さてと――』

791は黒光りを放つソファに深々と腰掛けると、次の瞬間、パチンと指を鳴らし瞬時に防音の魔法を部屋中に張り巡らせた。

791『――someone。最近の状況はどうなっている?』

途端に、目の前の師は“魔術師”の顔つきになっていた。
冷酷で誰も信用していない、あの醜い目つきだ。

someone『…特に報告はありません。ケーキ教団は変わらず警備が固く、潜入できていない状況です』

791『そうなんだ。なら、いいよ』

直立不動で報告する弟子を気にもせず、あっさりと791は言葉を返した。
元より【会議所】の動向などあまり気にしていないとさえ思うほどの興味の無さだ。


664 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その3:2021/04/01(木) 23:07:32.913 ID:mUruyWkso
791『ここ最近、私が公国の方に付きっきりで、こっちに来てなかったのは知ってるよね?
向こうは変わらずだよ。内務はNo.11が頑張っているかな。一方で、着々と“準備”も進んでいる』

“準備”とは、即ちオレオ王国への侵攻と公国を仕切るライス家を一掃する行動のことだ。

someone『つい数日前、公国通関の査察で王国から輸入したチョコの成分量に問題があるとして、輸入手続きに支障が出ているという報道を見ました』

791『めざといね。あれはNo.11の発案でね、オレオ王国お抱えの業者に難癖をつけたのさ。成分に混じり気のあるチョコを出されると国家間での関係悪化になりかねない、とね。
こうした小さな問題をここ数ヶ月以内に積み重ねていく。

そうすれば、外交関係の悪化を引き起こし、いざ公国が王国を糾弾する立場となったときに、世界は間違いなくこちら側に付くよ。

世界は“理由”を求めているのさ、他人を叩き自分に火の粉がかからないための建前をね』

外交を熟知している彼女は、引き際と攻め際をよく心得ている。

オレオ王国がチョコ革命の覇権を握り非武装国家ながら世界最大級の経済発展を続けている現実を、快く思っていない組織は少なからず存在する。
しかし、三大国の一角である王国に楯突くこともできず、彼らは心の中で苦虫を噛み潰しながら彼の国の台頭を許している。

彼女は、そうした文句一つも言えない中小国家に寄り添うように、そっと“理由”を創っているのだ。
オレオ王国の横暴でチョコの輸出は締め付けられ価格は高騰し、世界の発展は著しく遅れる。
その悪しき事態に、国家群を代表してカキシード公国が王国に立ち向かう。
彼らがどちらに付くかは、火を見るよりも明らかだ。


665 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その4:2021/04/01(木) 23:08:31.923 ID:mUruyWkso
その後、someoneはここ最近の【会議所】の動向を報告した。大戦の結果や定期会議についてなどで当たり障りないものばかりだ。
毛先を弄りながら興味無さそうに話を聞いていた791だが、ある話題になるとその手を止めた。

791『そういえば、someoneがつくった新ルール。えーと、【制圧制】だっけ?その評判がすごく良いみたいだね?』

その言葉に、someoneは曖昧に頷いた。

someone『先日の定例会議に上げたところ、試験的に【大戦】のルールで使ってみようという話になりまして。気づけばいつの間にかメインルールとして組み込まれることになりました』

控えめな彼の物言いに、791はそっと微笑んだ。

791『それはすごい。その噂は公国まで届いていたよ。
魔法意外にも才能があるなんて、さすがはsomeoneだねッ』

―― さすがはsomeoneだねッ

彼女の最後の言葉が頭の中で何度も繰り返される。

思いがけない賛辞に、someoneは戸惑った。
何より、他愛もない称賛の言葉にここまで心を動かされる自分自身に驚いていた。
すでに目の前の師とは決別を決めたはずなのに、心の奥底では彼女を求めている。
その事実に愕然とした。


666 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その5:2021/04/01(木) 23:09:26.426 ID:mUruyWkso
791『斑虎さんともすごく仲がいいんだってね?彼は芯の通った勇敢な戦士だよ。
打ち解けられる友達ができるなんて。私としても本当に喜ばしいことだよ――』

しかし、そうして心の中に仄かに灯った暖かな火は。



791『――本当に、いい人を“選んだ”ね』



彼女自身の言葉で、いとも簡単に崩れ去った。



選んだ。

選んだとは、なにか。

791『someone、君の選択は間違ってないよ。私も同じ立場だったら斑虎さんを“選ぶ”。
彼は誠実だし裏切らない。傍に置いておくに最適な人物だ』

ひとつひとつの言葉が癪に障る。
決して、下心で斑虎と親しくなったわけではない。そもそも、友人とは打算を以て作るものではない筈だ。目の前の魔術師には決して分からない価値観だろう。


667 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その6:2021/04/01(木) 23:10:16.474 ID:mUruyWkso
791『私はね、嬉しいんだよ。君がこの【会議所】の生活を通じて着実に成長している。その実感を得ているだけでも、君をここに送り込んだ価値があった』

彼女に分からないように、someoneは独り下唇を噛んだ。

悔しかった。
斑虎を貶められているようで。

なにより、先程までこんな人物に心を動かされていたという事実を受け入れたくなかった。

791『引き続き【会議所】を謳歌しなさい、someone。
だけど、いつの日か君には当初の目的通り此処の動向を本格的に探ってもらわなくちゃいけない。
それまで、未来の“魔術師”として使える人間、使える道具を見極めておきなさい』

ただ、暗い影だけが残った。


668 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その7:2021/04/01(木) 23:13:04.837 ID:mUruyWkso
それから暗澹たる思いで日々を過ごしながら、三月程前。最大の転機が訪れた。

その後のsomeoneの人生を大きく変えたのは、一枚のよれた紙ひこうきだった。


【きのこたけのこ会議所自治区域 3ヶ月前】

その日【大戦】が終わり、いつものように斑虎と反省会と称した飲み会を終え、夜更け頃にsomeoneは彼の家を出た。
いつもであれば彼の家でたっぷりと睡眠を取り翌朝になってから帰路につくのだが、この日は少しでも早く戻りたい事情があった。
自身の魔術研究が大詰めを迎え、少しでも早く頭の中の論理を実践したかったのだ。

日夜独りで書物を読み漁り研究を重ねる中で、遂に長年の夢である目標に大きく前進するための一歩を踏み出せるところまできていた。
その興奮から眠気もほとんど無かった。妙な気の逸りに、思わず斑虎からも心配されたほどだ。それでも彼は大酒をくらい寝てしまったが。

斑虎の家は【会議所】本部から少し離れた郊外に存在する。
一方でsomeoneの家は本部内にある一般兵士宿舎のため、この町を抜け草原を越え【会議所】本部内に戻る。
普段は賑わいを見せる目の前の中心街も、当然のように夜更け頃には全くといいほど人通りがない。特に、【大戦】直後では皆も疲れ切っているためなおさらだ。

だから、それが良かったのかもしれない。

someone『あれは…?』

早足で歩いていると、戸障子の閉まったとある商家に自然と目が向き、someoneは歩みを止めた。

何か得体の知れない“気”を感じたのだ。
頬をそっと撫でられるような、こそばゆい感覚。この感触には覚えがある。
近くに魔力の痕跡がある時のそれだ。
果たして商家の屋根に止まっている一通の紙ひこうきを見つけることができたのは、その紙から微小な魔力が漏れているためだった。


669 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その8:2021/04/01(木) 23:17:04.884 ID:mUruyWkso
魔法学校時代より791の訓えで、魔法力を鍛えるために普段の生活から魔力の行使を要求された。普段から微小な魔力を使いながら身の回りの魔力を感じる訓練を続けていたのだ。
最初は辛く一時間も持続しなかったが、長く続けるうちにいつの間にか日常化し、自身で微小な魔力をコントロールできるようになっていた。
その結果、someoneは日常的に微量な魔力でも検知できる特異な能力を持つようになっていたのである。

紙ひこうきを見つけても、当初彼の気持ちはなびかなかった。
遊びの中で子供が魔法で飛ばし、そのまま放っておいたのかもしれない。よくある出来事だ、不思議でもない。

そう普通なら気にも留めない何気ない日常の出来事だが、その日は違った。
普段とは一切違う夜のしじまに変を感じたのか、はたまた自宅までの帰り道の途中の退屈しのぎに使おうとしたのか。

理由はわからないが、遂にsomeoneは念動魔法で屋根に引っかかった紙ひこうきをふと自分のもとに引き寄せた。

くしゃくしゃになり、手のひらサイズに収まる程の紙ひこうきは折り目の中から僅かな赤光を発していた。
妙な魔力の按分に中身を開こうとすると、指先に僅かな電撃が走るとともに紙上に文字が浮かび上がった。
これは軽い封魔文書だ。

『この文書が、何処かの見知らぬ探求家に届いていることを祈る。人の十分いない場所で読まれたし』

浮かび上がった意味深で仰々しい文に一瞬眉を潜めたが、すぐに子供の遊びだと思い直した。
そして、冗談半分で家まで持って帰ると、正直に警告に従い自室で開封した。

封魔文書はあくまで警告文だけで、特に鍵もなく中身をあっさりと開封することができた。



それは苛烈を極めた、【会議所】の内情を暴露した告発文書だった。


670 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その9:2021/04/01(木) 23:20:26.663 ID:mUruyWkso
someone『これは…ッ!』

頭の中から魔術研究のことなど抜け落ちすぐにわら半紙を両手に握ると、地べたに落ちる屑紙の山を押しのけ、その場にどかりと座った。
急ぎ目を通し始める。文書は筆者自身の軽い自己紹介から始まると、丁寧に事の次第が記されていた。

―― 【会議所】は裏でケーキ教団を隠れ蓑とし、【大戦】に使用しない密造武器の製造を行っている。

―― その武器を秘密裏に他国に横流しし、彼らは見返りとして大量の角砂糖を受け取っている。
角砂糖はケーキ教団の各支部に支給され、一部の幹部は夜な夜な“儀式”と称し角砂糖を溶かし、魔法錬成で強化された“飴”を生成している。

―― 各支部で生成した飴は再び教団本部に集められ、チョ湖付近でまことしやかに囁かれる“きのたけのダイダラボッチ”生成の材料となっている。
あの巨人は伝承上の存在ではなく実在する。飴細工の巨人だ。
巨人の正式名称は不明だが、ケーキ教団を介し【会議所】が秘密裏に準備している新型陸戦兵器であることは間違いない。

―― 確証を持てないが、【会議所】重鎮のきのこ軍 ¢(せんと)は本計画の推進者ではないかと考えられる。
参加名簿から他の数名とともに計画的に【大戦】を欠席しており、恐らくチョ湖での密輸に立ち会っているものと考えられる。

―― 巨人はチョ湖近くか教団本部内に貯蔵されており、その数は不明。湖内に格納庫へと通じる通路があると予想され、彼らはチョ湖を通じて地上に姿を現している。
巨人の使用用途、実力は一切不明だが自力で湖畔を闊歩している。その技術力の高さは計り知れない。

さらに、後半には筆者の今後の予想も語られていた。


671 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その10:2021/04/01(木) 23:22:22.151 ID:mUruyWkso
『ここからは全て小職の考察になる。

【会議所】が“きのたけのダイダラボッチ”を製造する目的は大凡(おおよそ)自衛のためとも考えられる。
【大戦】の継続開催で、大国と争うだけの戦力を整えつつあるものの、未だ軍防令は整備されておらず、今後自治区域として他国に立ち向かうには不安が残る。
ここ最近はカキシード公国とオレオ王国間で緊張が高まり、先の大戦乱を想起させる時局に近づいてもいる。
両国に接する自治区域は真っ先に巻き込まれることとなり、防衛のためと見れば新兵器開発には正当性があるように見える。

他方で、果たして本当に自衛のためなのかと勘ぐってもしまう。
他国を刺激しないために秘密裏に軍備を進める意図は分かるが、わざわざケーキ教団を介してまで回りくどい方法を取る理由がいまいち判然としない。
加えて、ケーキ教団内部から感じるただならぬ緊張感、さらに計画的なまでの彼らの暗躍めいた行動からは、なぜだか背後にとてつもなく大きな“闇”を感じてしまう。

恐らく【会議所】は、否、敢えて踏み込んで書けば。

議長の滝本を始めとする一部の上層部は、“きのたけのダイダラボッチ”という強大な軍事力を使い、何か恐ろしいことを考えようとしているのではないか?

これらは全て長年の勘による推測でしかないが、このおとぎ話のような仮説が外れていることを切に願う。

いずれにせよ、非合法の武器を他国に密輸している【会議所】の行動は間違っている。
努力したが、私一人では彼らの誤った“正義”を止めることは出来なかった。

この文書を読んでいる探求家へ。

頼む、【会議所】を止めてくれ。
世界を救ってくれ。


たけのこ軍 加古川かつめし』


672 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その11:2021/04/01(木) 23:25:42.461 ID:mUruyWkso
ねずみ色の半紙には綺麗な筆跡で、想像を超える規模の話がつらつらと書かれていた。普通の人間ならば何の冗談かと鼻で笑うだろう。
中にはよくできた作り話だと感心する人間もいるかもしれないが、所詮は三流小説の域を出ず精々は飲み屋の中での話のネタにする程度だ。まともに取り合う人間はいない。

someone『馬鹿なッ…』

だが、someoneは違った。

文書を読み終わり愕然とした。

不思議なまでに連動しているのだ。
この文書にかかれている【会議所】の思惑と、791の語った内容の一部が不可思議なほどに一致しているのだ。


四年前、武器商人¢(せんと)が公国を訪れた時、彼はNo.11に、ケーキ教団を立ち上げその内部に巨大な武器製造拠点を造るという話をした。
秘密裏に交わされたこの内容の一致だけでもかなり信憑性は高いが、極めつけは“角砂糖”だ。

彼が、武器提供の見返りとして魔法書と梱包材のための角砂糖を求めたと聞いた。公国側はてっきり魔法書の方を目当てにし、同封する角砂糖は梱包材代わりのカモフラージュなのだとばかり考えていた。
しかし、【会議所】の本当の狙いは公国産の角砂糖を手に入れ、新型の陸戦兵器を造るための飴材にすることにあったのだ。
“きのたけのダイダラボッチ”の話は、かつて一度だけ耳にしたことがある。よもやその巨人が【会議所】の新型兵器だとは夢にも思わなかった。

筆者の兵士の名にも覚えがある。最近、チョ湖支店に異動したが、温和で頼りになる性格で、本部時代には何度か世話になった年配のたけのこ軍兵士だ。
もし本当に彼がこの文書を書いているのだとしたら、あの人となりからここまで突拍子もない嘘をつくとは考えにくい。

someone『加古川さんに真意を確かめてみないといけないな』


673 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その12:2021/04/01(木) 23:27:25.899 ID:mUruyWkso
はたして次の日。

その加古川が過労のために意識不明で倒れ入院。彼の邸宅は火の不始末で全焼。

someoneの耳にその顛末が届いた時、昨夜の告発文書は真実であることを確信した。
彼は真実を究明しようとし、ほぼ解明してしまった。そして、恐らく外部に公表しようとして【会議所】の重鎮に口封じされたのだろう。
ここにきて【会議所】を取り巻く謎は急激に明かされ始めた。


一方でsomeoneは独り考えあぐねていた。
これで、【会議所】がなぜ突如としてカキシード公国に密造武器の提供を始めたかは明らかになった。
“きのたけのダイダラボッチ”を造り出すためだ。
だが、巨人を何の目的に使うのかまでが判然としない。大戦乱に備えるためか、あるいは【大戦】の新ルールに用いるためか、はたまた自治区域の最終兵器とするためか。
どれも全て可能性があり現時点で絞り切ることは難しい。唯一、加古川が身内に口封じされたのだとしたら、その物騒さから【大戦】の新ルールのためではないだろうと考える程度だ。


だが、そのような判然としない真実の探求以外に、彼は酷く重大な問題と直面していた。


それは自らの師である魔術師791への報告を行うかどうか、である。


674 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その13:2021/04/01(木) 23:28:46.753 ID:mUruyWkso
パイプを蒸かしながら考える。答えは出ない。

元々、【会議所】に呼ばれた彼の目的は、一連の真相を探ることにある。
彼女からの任を全うするためには、ここで報告しないという選択肢はあり得ない。

先の一件から、someoneの心はすっかり彼女から離れてしまっていた。
だが同時に、明確に裏切りという形で、彼女と縁を切るための踏ん切りを付けられていないことも、また事実だった。


楽しみ終わったパイプを再度蒸かす。まだ答えは出ない。

何も考えずにこの文書を彼女に手渡せば、この胸を締め付けられる苦しみから解放され、楽になれるのだろうか。

―― 『よくできたね、すごいよsomeone』

―― 『魔法意外にも才能があるなんて、さすがはsomeoneだねッ』


675 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その14:2021/04/01(木) 23:29:41.479 ID:mUruyWkso
脳裏に幼少期からずっと見てきた彼女の喜んだ顔が浮かんでは消える。
屈託のないあの笑みが好きだった。

パイプから口を離し、深く長い紫煙を吐き出す。
すると、まるでこれまでの恨み憎しみが紫煙とともに自分から離れていくように、彼の気持ちは不思議と穏やかになった。
なぜ自分が彼女に怒りの気持ちを抱いているのかも少し分からなくなってしまった。

裏切られたとはいっても、結局彼女は自分のことを他の誰よりも一番に評価してくれている。後継者として彼女の愛を一身に浴びているのは自分だ。
それに、【会議所】で穏やかに暮らせているのも、彼女の計らいによるものではないか。


もう一度だけあの笑顔を見られるのであれば。

彼女への協力も悪くないのかもしれない。



そう思ったのもつかの間。


676 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その15:2021/04/01(木) 23:31:04.349 ID:mUruyWkso



―― 『君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ』



安穏とした心持ちは、途端に“あの日”に彼女から投げかけられた言葉を思い出すとともに、儚く無残にも砕け散った。


“あの日”に彼女から受けた仕打ちを、悲しみと憎しみの入り混じった怨嗟がフラッシュバックした。

思わずはっとしたsomeoneは口からパイプを落とし、慌て周りに漂う紫煙を勢いよく吸い込んでしまい、果てには咽(むせ)て咳き込んだ。
だが彼の脳内には、瞬時にかつての悲しみと憎しみの怨嗟の数々が駆け巡った。
それはまるで、先程パイプで吐き出した紫煙に憎悪の数々の感情が含まれ、再びそれを取り込むことで先程までの自身の情緒を取り戻したかのような、そんな移り身の早さだった。


―― 『私はね、ずーッと探していたんだ。手足になってくれるような人間と、後継者をね』

―― 『君が私の“手駒”として使えるようになれば百人力だ』

―― 『私も同じ立場だったら斑虎さんを“選ぶ”。彼は誠実だし裏切らない。傍に置いておくに最適な人物だ』


677 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その16:2021/04/01(木) 23:34:28.290 ID:mUruyWkso
心の通っていない言葉、口調、態度。
まるで泉から溜まった水が溢れ落ちていくように、脳内に次々と彼女とのやり取りが映し出されていく。

そうだ。
肉親から捨てられ、養父母からも厄介払いされ、最後に自分が信じ縋り付いた唯一の存在は。


自分をただの道具としてしか見ていない、最悪の人物だった。


裏切られた。

    踏みにじられた。

       蔑まれた。

           信じられなくなった。


自分という存在を真に認めていないのだと分かり、哀しかった。


落としたパイプを拾い、じっと見つめる。
心の底まで魔王に染まり切っている師への師事が、本当に自分の本意かと言われれば。

それは確実に違う。
彼女の思想、行動は間違っている。
全てが独善的で、排他的で、その行動の殆どは他者を顧みないものに過ぎない。


678 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その17:2021/04/01(木) 23:35:50.833 ID:mUruyWkso

―― 791『“魔術師”は全ての物事に優劣を付ける。全ての行動に意味を見出す。それこそが魔術の本懐。君は選ばれたんだよ、someone』


パイプをまた蒸かそうとし、その手を止めた。
あれ程心のなかでは嫌っていても、彼女の言葉が自分自身の心を鎖のように縛り付ける。
どれだけ否定しても、自分もあの“魔術師”の思想を少なからず汲んでいるのではないか。
そう思うと途端に怒りの感情は不安へと変わっていた。


自分の取るべき行動に本当に価値があるのだろうか。

一体、自分はどうしたいのか。



完成間近の研究を放り出し、来る日も来る日もsomeoneは悩み続けたが、答えは出なかった。
彼は、791の呪縛から逃れられなかったのだ。


679 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/04/01(木) 23:37:17.463 ID:mUruyWkso
加古川さんの紙ひこうきがここで活きてきます。

680 名前:たけのこ軍:2021/04/05(月) 23:12:20.937 ID:A4QWruoI0
恐ろしき人々。

681 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その1:2021/04/11(日) 21:06:16.995 ID:JjUMM2OMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 2ヶ月前】

斑虎『おい、somone?』

斑虎からの心配そうな声で、someoneは暗く拘泥とした思いから意識を戻した。
気がつけば自分の身体はいつもの芝生の上で三角座りをしており、その隣には半身だけを起こした彼が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。

最近は深く考え込むせいか、こうしていつの間にか意識をかすませてしまうことがある。それでも、身体だけは過去の記憶を頼りに動けているのは不思議なものだと、変なところでsomeoneは人体の反射行動に感心した。
そういえば以前に読んだ本で、犬を使い同様の実験を行った話があったことをふと思い出した。

斑虎『どうした、そんなに暗い顔して。なにかあったか?』

本心を探りあてられたようで、内心でドキリとした。

someoneは自身のことを無口で希薄な存在だとばかり思っていたので、周りから心配されるはずがないと決めつけていた。だが、唯一隣りにいる斑虎だけはこちらの変化に気づいていたようだ。
彼に理由を聞けば、“数年来の付き合いだから親友の様子はわかって当然だ”と、自信ありげに鼻の下でも擦りながら語るだろう。
そんなちょっとした指摘にも内心嬉しくなり、珍しくsomeoneは口元を緩めた。

someone『大丈夫だよ。なんでもない』

斑虎『そうか?ならいいんだが』

彼は肩をすくめると、しなやかな足を伸ばすとともに、再びその身を芝の上に投げた。
過度に問い詰めてこず適度な距離感を保とうとするのも、彼の良いところだ。


682 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その2:2021/04/11(日) 21:07:41.555 ID:JjUMM2OMo
果たして、自分はどうしたいのか。

この一月、someoneは自分自身へのその問いに答えを出せず、ずっと悩み続けていた。
師に屈するのか。否、彼女の暴挙は許せない、だがたった一人の“親”への裏切りになる。
そもそも、師への報告を怠ったとして自分なんかに彼女を止めるほどの力があるのか。

ある思いが浮かんではすぐにそれを打ち消す否定が飛び出し、それを否定すれば別の観点から疑問が生まれる。
いくら考えても堂々巡りで、胸が押しつぶされるように苦しくなるばかりだった。

ただ、心の中で自問自答を続けるうちに一つだけはっきりと自覚したことがある。


それは、この平和で忙しい【会議所】の風景を、someoneは存外に愛しているということだった。


いま、からりとした空模様だった晩冬が過ぎ、季節は花の春へと移り、中庭の周りは甘い新緑の匂いに包まれ始めていた。
蕾を持つ花々は待ち焦がれていたようにいっせいに花を開き、そよ風に花弁が吹かれ花吹雪を散らし、人々はその中をかき分けながら忙しそうに行き交いしている。

祖国にも同じ風景が無かったのかというと決してそんなことはない。
向こうでも同じように新緑は芽吹いているだろうし、木漏れ日の中で穏やかな日を過ごせる場所はここ以外に幾つもあることをsomeoneは知っている。

だが、この【会議所】という場所はまるで万華鏡のようで、知れば知るほど妙で、呆れるほど色々なトラブルに巻き込まれながらも、決して飽きることがないのだ。
壮大な規模の【大戦】に、呆れるほどくだらない議題を取り上げる定例会議に、そして隣りにいる親友を始めとした想像を超えた情熱を宿す人間たち。
いい意味でここは雑多なのだ。

祖国愛も無ければ帰心が募ることもない。
いまのsomeoneにとって、この会議所自治区域こそが故郷だ。

この平和な風景を、日常を守りたい。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

683 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その3:2021/04/11(日) 21:08:52.617 ID:JjUMM2OMo
胸に秘める熱い思いを感じ、自分らしくもないと嗤う別の自分もいる。
かつてのsomeoneは冷静に極めて冷めた目線で、周りから一歩引いて全体を見回していた。
ただ、このような心境の変化に達したのも、今は考えすぎで少し感傷的な気分になっているのかもしれないし、そもそもの原因は隣りにいる情熱を体現したような男の気にあてられているからだとも思った。

さらに今までこの季節に特段特別な感情を抱いたことはなかったが、春は心機一転し一年の始まりの時期といわれる通り、ここにきて彼には先の心境に加え、もう一つ大きな意識の変化が芽生えようとしていた。


それは、他者への信頼と相談。


過去、決して彼が採ろうとしなかった選択肢で、一番不得手としてきた手段でもある。
これまで自らの行いを正当化するために何の意味も無いと断じ逃げてきた。

だが、彼はいま八方塞がりで、正直に言えば、誰かからの救いを求めていた。

今まで全ての取捨選択を自分で決め、顧みることなく進んできた。
それは今後も変わらないだろう。

だが、鬱蒼とし出口の見えない藪の中を突き進む不安気な自身の背中を、そっと押してくれるような。
あるいは導きの光を横で灯してくれるような、そんな相棒が隣りにいてほしい。

someoneはいま強くそう願っていた。

そして、その先導役を務められるのは、横で大欠伸(あくび)をかきながら惰眠を貪る彼しかいないという確信もあった。
果たして、この感情が今までの自身と比較し弱気からくるものかどうかは、今のsomeoneには分からない。確かにそうなのかもしれない。
だが、当時には選べなかった選択肢を、今は選ぶことができる。ただ、それを強みにしようとした。


684 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その4:2021/04/11(日) 21:10:05.759 ID:JjUMM2OMo
意を決し、someoneは声を上げた。

someone『一つ、頼みたいことがあるんだけど』

斑虎はすぐに上半身を起こしsomeoneを凝視した。
目を丸くし正に驚愕、といった表情だ。

斑虎『どうした。何かあったか?』

someone『そんな大したことじゃないよ。単に斑虎ならどう考えるかを聞いてみたいんだ』

斑虎『そうか。お前からの頼みなんて、これまで一度もなかったからな。びっくりした』

ホッと息をつき、だがなおも半信半疑な彼の顔を見て、彼を落ち着かせるためにsomeoneは敢えて口元を緩めてみせた。
心のなかで一拍おき、あらためてこれから話す内容を組み立てる。
恐らくこの内容で齟齬はないはずだ。

someone『たとえば。

たとえば、自身の過去にずっと縛られている男がいたとする。

男は育ての親にずっと恩義を感じていたが、ある日、彼はその親に心無い言葉をかけられ傷つき、裏切られたと感じて以来、誰も信じられなくなってしまった。
心の奥底では報いたくないと思っている。
でも彼は面と向かっては反論できず言いなりになるしかなかった』

自分でも不思議なほどに、言葉は流暢に口から出た。


685 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その5:2021/04/11(日) 21:11:19.212 ID:JjUMM2OMo
someone『ある時、離れた土地で暮らす親は高齢になり、老後の面倒を見てほしいと言い出した。親に報いる最大の好機が巡ってきた。

だが、男には今いる地で果たしたい夢があった。

男はどうすればいいか悩んでいる。大嫌いな親を見捨て自分の夢を優先すべきか、たとえ忌み嫌っているとしても、育ててくれたという恩に報いるべきか。
でも、もし前者を選んだら、親とは二度と顔を合わせることもできないだろう。
大嫌いな親のはずなのに、男は踏ん切りをつけずにひたすら悩んでいる。

…という小説を、いま読んでいて。ちょっと感情移入してたんだ。
斑虎ならどう考えるかなと思って』

最後に無理やり取り繕ったが、斑虎は疑いもせずに真剣な顔でうんうんと唸り、“なるほど”と一言呟いてから、さらりと言葉を発した。

斑虎『なんだ。そんなことで悩んでいるのか、その男は?
それなら、答えはとてもシンプルだろ』

someone『そうなの?』

驚き半分、期待半分で聞き返す。
芝生の上で腕を組みながら、彼は特に考える素振りも見せず語った。

斑虎『ああ。その男の、育ての親への気持ちは何だと言った?』

someone『気持ち…?育ての親には裏切られて以来、心の奥底では嫌っているという気持ちのこと?』

斑虎『ほらな?』


686 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その6:2021/04/11(日) 21:12:13.259 ID:JjUMM2OMo
斑虎は嵐が去った後の空のようにニカリと笑った。

斑虎『それが“答え”だ。
育ての親など気にせず、自分の心で感じていることを、行動すればいい』

今度はsomeoneが目を丸くする番だった。

someone『確かにそうだけど…でも、男は幼少期から育ててもらった恩義を、少なからず感じている。
一方では縁を切りたい、でももう一方では血縁が無くとも親子関係があるから躊躇している。この相反する気持ちにずっと悩まされているんだ』

斑虎『育ての恩を考慮することは、たしかに大事だ。美徳だとも思う。
だが、本当に大事なことをその男は見失っている。

生きていくのはその男自身だ。
いちばん大事なのは、今の“自分の気持ち”なんじゃないのか?』

someoneは一瞬、言葉を失った。

斑虎『過去に縛られる必要はない。

昔はどうあれ、今の自分が何をしたいか。
心で考えていることをいの一番に優先しなくちゃいけない。

追加でひとつ聞くが、その男の果たしたい夢というのは、別に世間一般的にみれば悪い行いではないんだよな?』

慌ててsomeoneは頷いた。満足気に斑虎は何度も頷いた。


687 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その7:2021/04/11(日) 21:13:15.279 ID:JjUMM2OMo
斑虎『なら、なおさらだ。

いいか、someone。俺も昔ばあちゃんに言われたことだが。


程度こそあれ、誰しも心の奥底には、“正義”の火というものを宿しているんだ。

この火っていうのは人によって大きさは様々だ。
義憤に駆られ燃え盛る者もいれば、不正ばかりをはたらき中にはもう火種が消えてしまっている人間だっている。

でもな。心の中の正義の火が消えていない限り、自分が正しいと思う考えや行動は…
言葉遊びになってしまうが。



本当に、全て正しいのさ。



第三者から見れば、それは育ての親を裏切る背信なのかもしれない。
でも、考え抜いた末に裏切るという行為が、自分を含め他者に正しい選択なのだと思うのならば。






それは、間違いなく“正義”になる』


688 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その8:2021/04/11(日) 21:14:27.260 ID:JjUMM2OMo
脳天を金槌で殴られたような衝撃があった。

正義。

自分に最も程遠いものだと感じていた言葉を、目の前の親友は繰り返し使った。

正義という言葉は、実のところ苦手だった。
これまでのsomeoneの人生といえば、魔術師791に敷かれたレールの上を進む旅客列車のようなものだった。学校生活を与えられ、卒業後は働き口を提供され今に至る。
細かな地点での選択では自らの意志が介在するものの、俯瞰すれば少しカーブを曲がりながら遠回りしているだけで、結局は彼女の意志に沿いながら目的地へと向かっているに過ぎない。

彼女は公国の統一のため、魔法学校を起ち上げ単身で【会議所】に乗り込み、宮廷魔術師にまで成り上がった。過程や思想はどうあれ、全て自らの“正義”に基づき行動しているのだ。
対して、自分は結局彼女の言うところの手駒として日々を過ごしている。
そこに意思はなく、ここに決定的な彼女との差があった。
これまで悩んできた原因も、親への不義理という道徳的感情以外に、彼女との絶対的な思考の差を心では実感していたことによる卑下にもあった。

あらためて認めなければいけない。過去の自分は、目標に向かい邁進していた791に憧れていたと。

民衆を率い、国を起ち上げる彼らの掲げる正義の根本は、自らが正しいと信じ行動を起こす原動力だ。心から信じるものがあるからこそ、人は命がけで戦えるのである。
逆の面から言えば、信じるものがないのに戦えるはずがない。いわんや、自分自身を信じられず、他者と対峙することなどできる筈もない。


689 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その9:2021/04/11(日) 21:15:47.137 ID:JjUMM2OMo
someoneは勘違いをしていた。

正義とは、絶対的な結論を導く概念ではない。
人の数だけ正義が存在するのだ。

当たり前で普遍の真理に、何一つ気づけていなかった。
彼女が自分の掲げた正義の下でオレオ王国に侵攻しようとするのであれば、自らにもその暴挙を止め【会議所】を守るという正義を振りかざしても良い。
いわば、これは正義同士の対峙なのだ。

初めて、someoneは強大な存在と化す師と対等に対決するという実感を持ち、同時に麗らかな日の下だというのに、身体は不自然にも小刻みに震え始めた。
いくら口では強がっても深層心理では不安と恐怖で屈しそうになる。
彼は目を閉じ、心臓の中、深層心理の奥底に灯っているであろう “正義の火”のことをさっそく考えた。
小さな、だが暖かな火種を想像すると、彼の思いに呼応するようにその火は大きさを増し、すぐに身体の中心からじんわりと温かな熱が身体中に流れるようにポカポカとし始めた。
真冬の日に焚き火に手をかざした時の感覚と似ていた。

斑虎『まあ、ざっとこんなところだな。

別にいいんじゃないか?裏切ったって。
後ですべて終わったら“ごめんなさい”って謝ればいいんだよ。物分りのいい親は大抵許してくれるさ。

まあそれでも許されないこともあるが、そのときは…まあその時だな』

力強い論調から一転し最後の煮え切らない言葉に、思わずsomeoneはふっと吹き出してしまった。


690 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その10:2021/04/11(日) 21:17:12.817 ID:JjUMM2OMo
someone『なんだよ、それ。でも、斑虎らしいな』

斑虎『そうだろう?でもおもしろい話だな。なんて小説だ?今度貸してくれよ』

someone『読み終わったらね。でも…ありがとう、斑虎』

心を縛り付ける太くて重い鎖が、静かに溶けていく実感を持った。


魔術師791との訣別と対峙。
それは並大抵の努力では生き残ることはできないだろう。

さらに、someoneの掲げる“正義”には、彼女の暴挙を食い止める以外に別の条件も付記されている。
それは“【会議所】を今のまま公明正大に、平和を維持させる”こと。

彼(か)の魔王の歯牙から、この自治区域を守りたい。
平和なこの風景で、隣で斑虎と笑いあっていたい。

カキシード公国のsomeoneとしてではなく、きのこ軍兵士someoneとしてそう強く感じた。


691 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その11:2021/04/11(日) 21:17:57.686 ID:JjUMM2OMo
自らの抱く“正義”の体現のため、someoneは覚悟を決めた。

独りの力ではどうしても限界がある。だが、斑虎をこの問題に巻き込むには流石にリスクが大きく躊躇われた。

そして彼はすぐに、魔王と対峙する際に味方になれば強力な人物が近くにいることに気がついた。
とてつもない危険が付きまとうことは理解している。信頼に足る人物かも不透明だ。だが、試す価値はある。


“いつだって、世界を変えるのはド阿呆の振る舞いからである”。かつてどこかで読んだ本に書かれていた一文をふと思い出す。
敷かれたレールの上から独り離れたsomeoneはもう止まらない。今だけは、目的のために手段を選ばない師の考えを少し理解できた。

大人になったということなのかもしれない。
強大な魔術師に対峙するという突拍子もない行動は冷静に考えれば無謀だ。

生まれてからあらゆる事に無頓着に生きてきた彼は今、初めて熱き心でその情動を突き動かしていた。
幼少期にそのような経験をしてこなかった分、彼の振る舞いは、他の大人たちの目には青臭くさぞ不格好に映ることだろう。寧ろそれでいい。

彼はずっと子どものままでいたいと思った。

想像もつかない突拍子のない行動で、大人たちを翻弄させられるというのならば、いっそ成りきってみようと思ったのだ。



とてつもないド阿呆に。


692 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その12:2021/04/11(日) 21:18:40.952 ID:JjUMM2OMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議案チャットサロン 2ヶ月前】

滝本『それではこれにて会議を終了とします。お疲れさまでした』

室内に滝本の抑揚のない声が響き、静寂に包まれていた議場は途端に喧騒を取り戻した。
いつもの会議の風景だ。人々は熱心に会議に参加こそするが、難しい議題になると途端に閉口する。

困り果てた議長の滝本やその他の幹部級の兵士たちが案を出し合い、それを見て参加者は何食わぬ顔で議論を吟味する“振り”をして、最後には可決する。
公国で行われていた791の独断よりかは幾らか民主的ではあるが、些か偏ったものであると言わざるをえない。
この点、【会議所】はまだまだ不完全だった。

昼食のため足早に会議室を後にする兵士たちを尻目に、末席のsomeoneは席を立たずただじっと待ち続けた。
そのうち、数分も経たずに室内には滝本とsomeoneだけが残り、書類をまとめ終わった彼はようやくこちらに気づき、不思議そうな面持ちで近づいてきた。

滝本『おや、someoneさん。今日はお疲れさまでした。
そういえば、この間の【制圧制】ルールの【大戦】も好評でしたね。
貴方には¢(せんと)さん以来のルールクリエイターとして、これからも大いに期待していますよ』

someone『…』

滝本は、顔を俯向け黙ったままのsomeoneを不審に思い、顔を曇らせた。

滝本『どうかしましたか?』

someone『…僕は、【会議所】の“秘密”を知っています』


693 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その13:2021/04/11(日) 21:19:51.369 ID:JjUMM2OMo
滝本『秘密、とは?』

彼は特に動揺も見せず、いつもの穏やかな口調で言葉を返した。見事なまでの平静さだと舌を巻く。普通の人間であれば面食らうか押し黙るが、会話の呼吸に乱れは一切ない。
しかし、普段の口調の奥には他者を探るような鋭さが垣間見える。この手の気は791でも同じだったから慣れている。
こちらの緊張感が彼にも伝わっているからかもしれない。someoneは慎重に言葉を選びながら話した。

someone『ケーキ教団。“きのたけのダイダラボッチ”。密造武器。
…この単語を言えば十分ですよね?』

滝本『…』

さすがの彼も何の返事もせず、暫く押し黙ったままでいた。
数分は経っただろうか、実際は数十秒程度だったのかもしれない。
焦れたsomeoneが、伏せていた目を上げると。

滝本『どこで、それを?』

カッと目を見開いた滝本が、いつの間にか翡翠(ひすい)から紅蓮に染まりきった瞳でこちらを見下ろしていた。
羽織っているアオザイの深紫(ふかむらさき)にボサボサであちこちに跳ねた青髪とあわせると、まるで神話に出てくる半獣のような禍々しさを放っている。

滝本『聞かせてください、someoneさん』

有無を言わさず無表情で凄む滝本に、someoneは怖気づくことなく言葉を返した。

someone『…私はなにも秘密を明かそうとしているわけではありません。寧ろ、その逆です』

滝本は初めて眉を潜めた。秘めていた言葉を、someoneはここで初めて明かした。

someone『僕も滝本さんたちの“仲間”に入れてほしいんです』


694 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/04/11(日) 21:21:28.565 ID:JjUMM2OMo
権謀渦巻く世界へようこそ。

695 名前:たけのこ軍:2021/04/11(日) 21:23:48.337 ID:6gOpr9uQ0
虎ちゃんがかっこいい

696 名前:きのこ軍:2021/04/17(土) 08:25:51.771 ID:M11AJfBEo
今週はお休みでごわす。

697 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その1:2021/04/25(日) 23:00:34.019 ID:3UqZRZxQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 2ヶ月前】

議長室に入るのは三年前に【会議所】に初めて訪れた時以来だ。ダークブラウン色に綺麗に塗装された板張りの床と執務机が、厳かな雰囲気を創り出している。
この部屋の粛然とした様子と無機質さは息苦しくいつ来ても落ち着かない。
壮大な風景ながら同じように無機質だった魔術師の間を彷彿とさせるものがあり、そう思う度に比べること自体が滝本に失礼だと思っていたが、なんということはない。権謀術策の面で言えば彼らは同類だったのだ。

someoneは自らの生い立ちから今日に至る葛藤まで、ほとんど全てを正直に話した。
自らが里子に出され、魔法学校に入学したこと。791に師事する中で魔法に目覚めたこと。そして、卒業後、彼女に心無い言葉をかけられ裏切られ、本性を知ったこと。彼女の指示で【会議所】に向かったこと。

目の前の議長の提案で議長室に移った後に、言葉は少ないながら事細かに詳細を話し終えると、彼はただ無表情のまま、ボサボサ頭を何度か掻いた。

滝本『つまり。貴方は、当初の経歴にある生まれは公国、育ちはシロクマ皇国という出自はデタラメで、本当はカキシード公国の魔法学校出身で、かつ魔術師791の一番弟子でもあり。
三年前に彼女の命で【会議所】の動向を探るために此処に来た、と。そういうことですね?』

someone『はい』

対面で間髪をいれず頷くsomeoneを見て、滝本は両のツリ目をさらに鋭くした。


698 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その2:2021/04/25(日) 23:01:05.331 ID:3UqZRZxQo
滝本『そして加古川さんの封魔文書を偶然手に入れ、我々の計画に気がついたというわけですか。
なるほど。つくづく、あの人の行動は我々にとって大痛手だったな…まあ、でも殺そうが生かそうが、結果は同じ。生かした分だけまだ価値があるな』

ふっと息を吐き自嘲気味に青髪を掻く彼の行動からは、あまり真剣味が感じられない。
まるで【大戦】でたけのこ軍に負けたきのこ軍兵士のような真剣味のなさだ。
口調もどこか他人事のように感じられるのは、彼の話し方によるものからかどうか、someoneには未だその判断がついていない。

someone『そうでしょうか?寧ろ僕の提案は滝本さんたちにとって悪い話ではないはずです』

滝本『ほう?どんな内容です?』

すると、滝本は途端に翡翠(ひすい)の目をギラつからせsomeoneを射抜いた。
someoneはこれまで会議等の様子から、彼のことを無表情で感情表現が乏しい人間だと思っていた。だが、いざ接してみると意外と機微な変化が多い人間だと感じた。
参謀が彼に小言を多く言っていた理由の一端を少し理解できた気がする。

someone『それを語る前に、僕の覚悟を示します。
まず僕に、“制約の呪文”をかけてください』

滝本は思わず口を開け、信じられないという表情をして見せた。

滝本『本気で言っているんですか?貴方は791さんのスパイだ。私が制約の呪文をかければ。
今後彼女に我々のことを話そうとしたら、制約の呪文は貴方の身体を途端に蝕み――』

―― 生命を落とすことになりますよ。


699 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その3:2021/04/25(日) 23:01:58.000 ID:3UqZRZxQo
someoneはその言葉には答えず、ポケットに仕舞っていたパイプを静かに取り出し、指先に灯した火種で皿に火を付けてみせた。滝本は達観した彼の様子にさらに衝撃を覚えた様子だった。

余裕の表情を見せなければいけない。心の中で何度も平静になれと命じた。
交渉とは焦りを見せた方の負けだ。

someone『僕を信用される立場でないことは分かっています。
この場を離れ、僕がすぐに791先生の下に行けば、滝本さんたちの計画は全ておじゃんです。そして、その可能性が残る限り、僕は加古川さんのようにいつ斃れるかも分からない。
それでは困るんです。

だから、信用を得るために“先生に会議所の情報を明かせば生命を落とす”という制約を課してください。話はそれからです』

パイプを静かに蒸かせる。口から出た紫煙が優雅な室内に静かに浸透していく。
この煙は、彼の最後の迷いを断ち切った。

逃げるためではない、先に進む。
早鐘を打つ心臓の鼓動が、少し和らいだ気がした。

滝本『これはこれは。とんでもない新人が入ってきたものだ』

椅子を軋ませながら、滝本は喜んだように手を叩いた。

毒を食らわば皿まで。覚悟を決める。
先人たちの残した情報をもとにうまく立ち回り、カキシード公国の、791の野望を打ち砕くのだ。
someoneは心の中で何度も自分をそう鼓舞し続けた。



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