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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

601 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その13:2021/01/30(土) 18:21:02.507 ID:K/a/jdMQo
滝本「それでは。行ってきます」

名残惜しそうに別れの挨拶を終えると、滝本はツカツカと歩き去って行った。
二人はその背中が闇に溶けるまで見送っていたが、参謀は静かに嘆息した。

参謀「なあ、¢。歴史の評価っちゅうもんは後世の人間がするもんだが…
いま俺たちがやっていることは実際どうなんやろな?」

¢「ぼくたちがやっていることは悪そのもの。悲しいけどそれは事実だ」

躊躇いもなく言い切る彼の姿勢には、既に覚悟を決めている者の決意をひしひしと感じ取れた。
その言葉に、参謀もかえって自信を貰えた気がした。

参謀「せやな。きっと俺たちの行動を後の時代の奴らは、突拍子もないことを計画し実行した“信じられない阿呆”とでも言うんやろうな」

¢はキョトンとした目で参謀を見返した。参謀は大丈夫だと言わんばかりに、ニヤリと笑った。

参謀「でも、そんな阿呆こそ世界を変えるってのが、時往々にしてあるやろ?」

¢「…そうだな。そう信じているんよ」


いつだって世界を変えるのは、突拍子もない事を考える阿呆だ。

さて。

もし、自分たちよりもさらに頭のネジの外れた“ド阿呆”がいたとしたらどうだろう。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

602 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その14:2021/01/30(土) 18:22:05.138 ID:K/a/jdMQo
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【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

集計班『不治の病に侵されたこの身体では、私は最期まで見届けられません。
まああくまで、“私のこの眼では”、ですが…』

含みのある言葉に¢はすぐに彼の企みに気付き、再び驚愕した。

¢『まさか、集計さんッ!貴方は、もしかして“うまかリボーン”を――』

その言葉を遮るように、集計班は机の上に一枚の写真を投げた。
町中で撮ったのだろう。雑踏の中に、ボサボサの青髪姿の一人の若者が写っていた。

集計班『私に“合いそう”な兵士を選びました。すぐに後継者として起て、彼を連れてきてください。私は【儀術】の準備をします』

¢『本気なのか、集計さん…?』

集計班『冗談など言いませんよ。いいですか?これから行われるであろう、魂を違う“器”に込める作業は、これまで集めた12人の英霊を差し置いて、私が初めてとなります。

魂を押し込める手段はあなた方にお任せします。化学班さんに相談されるのがいいだろう。

たとえ失敗してもいい。それで最適な方法を考え直せるなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう。

まあ元々、本来死ぬ人間ですから未練などありませんよ。
でも、もしうまく行けば、姿形は違えどまたこうして皆で会うこともできましょう』


603 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その15:2021/01/30(土) 18:22:48.297 ID:K/a/jdMQo
彼の言葉は何時だって苛烈で果断だ。
本来は批判し止めないといけないのだろう。だが、参謀は思わず聞いた。

参謀『彼は、シューさんの血縁者かなにかなん?』

集計班『いいえ、全く違います。縁もゆかりもない、所属軍が同じだけのきのこ軍兵士です。
ただ、彼は私ほど魔力がなくかえって適合しやすそうだということ。それと――』

参謀『それと?』

集計班は笑いながら答えた。

集計班『目元を見てください。どことなく私に似ていませんか?』

一人の兵士の運命を完全に狂わせようとしているのに、悪意を一切に感じずに見せる笑顔に二人はクラクラした。

純粋な狂気だった。


集計班『それでは皆さん。お元気でしたら“また”お会いしましょう』

今生の別れとは程遠い声のトーンで、“魔術師”集計班は二人に最期の別れを告げたのだった。

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604 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その16:2021/01/30(土) 18:23:47.539 ID:K/a/jdMQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団地下 メイジ武器庫】

滝本がメイジ武器庫に到着すると、武器庫内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
それまで横に寝かせられていた陸戦兵器<サッカロイド>たちは全て立ち上がり、その全長は広大な天井に届かんとする高さだ。
胸の部分に埋め込まれた英雄の魂たちは、戦を前にしてやる気十分といった具合にメラメラと揺らいでいる。

その巨人たちの足元を、白衣を纏った数人の研究者たちが慌ただしそうに走り回っている。
元々、陸戦兵器<サッカロイド>計画は秘密裏に行われていたため、化学班を始め限られた人間でのみ武器庫を運用していたのだ。
いよいよ決戦が始まるのだと思うと、【大戦】前に感じる高揚感のように、滝本の胸も高まってくる。

陣頭指揮を執っていた化学班と猫の姿の95黒(くごくろ)がこちらを見つけると、急ぎ近寄ってきた。

化学班「やあやあ、お待ちしていましたよ。思いの外、早く戦いが始まっているようで準備に慌てておりましたわ」

滝本「いえいえ。こちらも遅れてしまい申し訳ありません」

95黒「12体の陸戦兵器<サッカロイド>、全て出撃完了していますッ!…と言いたいところですが、すみません。
“Ω(おめが)さん”が戦争ということで興奮したのか、我々の制止を振り切り先程既に出撃してしまいまして…」

95黒の言葉に改めて格納庫を眺めると、確かにΩの保管されていたスペースだけスッポリと空いてしまっている。


605 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その17:2021/01/30(土) 18:24:44.521 ID:K/a/jdMQo
滝本「ふふっ。それは実にΩさんらしい行動ですね。
大丈夫ですよ、事前にこの王都決戦の話は彼にも伝えてあります。予定通り向かってくれることでしょう。我々はその後に続けばいい」

化学班「本当に一緒に行くのですか?なにも貴方が行く必要はないのでは?」

滝本「名目上、私は新型兵器で公国軍を蹴散らし、オレオ王国を救いに行くのです。
わたし自ら行かなくてどうしますか。¢さんには強く反対されましたがね」

その言葉に、化学班は“まあ私は面白ければなんでもいいのだがね”と言い肩をすくめた。
老いても変わらずの狂科学者然とした振る舞いに、もはや感動すら覚える。

95黒「魂との定着率は完全に100%には到達できていませんが、極力コンディションは整えました。そもそも陸戦兵器<サッカロイド>は通常の攻撃を受け付けないので、何か起きても大丈夫だとは思いますが」

95黒は、読み終えた報告書を器用に背中に載せた。

滝本「分かりました。それでは手筈通りいきましょう。念の為、私達の身に何かあればこの武器庫は即刻破棄してください」

化学班「あい仕った。安心して地上で暴れてきてくださいな」


606 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その18:2021/01/30(土) 18:25:44.841 ID:K/a/jdMQo
そこに、一体の陸戦兵器<サッカロイド>が滝本たちの前に身を屈め、右の掌の甲を地面に付け握りこぶしを開いた。
この掌に乗れ、という意思表示だ。

滝本「失礼しますよ。“まいう”さん」

たけのこ軍 まいうの魂にそっと優しく声をかけ、滝本は掌の上に収まった。ひんやりとした冷気が、今は興奮した気を少しでも冷静にするのに丁度いい。
巨人は呼応するように掌の滝本をそっと上げ、自らの肩に彼を載せた。

滝本「よろしい。ではそろそろ、戦争を終結させに行きましょうかッ!
ハッチを開けなさいッ!」

滝本の命令とともに、機械音とともに武器庫の天井が開いていった。
頭上が、徐々に仄かな陽の差し込む湖面の光で覆われていく。
魔法の膜で覆われた武器庫は、陸戦兵器<サッカロイド>たちが通過すればすぐに湖上に向かえる仕組みとなっているのだ。


607 名前:Episode:“黒ネズミ” 滝本スヅンショタン 狂宴編その19:2021/01/30(土) 18:27:13.008 ID:K/a/jdMQo
滝本「陸戦兵器<サッカロイド>部隊、出撃なさいッ!!」

ガチャリ。

手にした専用武器を抱え、一斉に外へ向かう彼らの一糸乱れぬ姿は、統率の取れた歴戦の精鋭部隊を彷彿とさせた。

滝本の心が俄に騒ぎ始めた。
否、これは滝本“だけ”の気持ちではない。きっと“彼”も興奮しているのだ。

滝本「“私たち”でケリをつけにいきましょうッ」

滝本は心のなかに向かい、独り呟いた。
答えるように、心臓の鼓動がドクンと一度跳ねた気がした。


地下を這いずり回ったネズミは、一縷の光を目がけ、遂に地上へ上がる。
親の遺した極めて残酷な意志を胸に宿し、子ネズミは親の遺言通り、仕組まれた舞台の上で狂宴を始める。


夢見た、最後の“ラストダンス”を踊るために。








                            To be continued...


608 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/01/30(土) 18:31:39.273 ID:K/a/jdMQo
第5章完!次から最終章に突入します!
補完のための小ネタを投稿。

参謀
https://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1052/%E5%8F%82%E8%AC%80.jpg

¢
https://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1053/%EF%BF%A0.jpg


◆儀術名:うまかリボーン  術者:集計班
禁忌の儀術。指定した相手の魂を肉体から分離させ、魂を実体化させる。
魂を抜き取られた肉体は死亡する。分離した魂を別の肉体に埋め込めば、記憶の融合も可能だが別人格が既に入っている場合は不完全に終わることもある。


609 名前:たけのこ軍:2021/01/30(土) 20:30:31.849 ID:H5sgWnJo0
すべての主人公が絡むであろうラスト楽しみんよ

610 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/05(金) 20:20:44.776 ID:0qPK6pPQo
ttps://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1055/%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89%E6%9C%80%E7%B5%82%E7%AB%A02.jpg

今週はお休みでごわす。
そのかわり最終章に向けたポスター風紹介画像を作ったぞ。

611 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/12(金) 10:46:01.876 ID:eUypB9bMo
それでは最終章の更新を開始します。これまでの章よりも少し長いですが、がんばります。

612 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 10:48:41.485 ID:eUypB9bMo




・Keyword
トロイの木馬(とろいのもくば):
1 データ消去や改ざんなどの破壊活動を行うプログラム。
2 内部に潜入し、破壊工作を行う者のたとえ。この物語で言うところの英雄。






613 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 10:49:44.674 ID:eUypB9bMo





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “トロイの木馬”

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614 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その1:2021/02/12(金) 10:52:56.201 ID:eUypB9bMo
【カキシード公国 宮廷 地下室】


長く檻の中に閉じ込められていると、幾つか発見がある。


まず生物だ。
この地下室には不思議なことに生き物がほとんど寄り付かない。灯りも無く、暗く湿り気もある環境下では、夜行性の動物にとって絶好の活動拠点だ。
服の一つぐらいかじられても良さそうなものだが、なぜか自分の周りにはネズミ一匹近寄らない。
恐らく、この部屋を訪れる791があまり好きではなく彼らを引き離す魔法を使っているのだろう、と推測ができる。

次に、物音だ。
地上の喧騒さとは裏腹にこの地下では何も動きがない。
もたれている壁から身を離す時であったり、冷えきった地面の居心地の悪さから逃れるように身体を拗じりでもしない限り、この部屋には“音”という一切が何も響かない。

否、違う。
よく気分を落ち着かせて冷静になれば、耳元に微かなチョロチョロという音が聞こえてくる。檻の向う側の入口付近にある壁を伝って落ちる水滴の落下音だ。
唯一、それだけは起きているときも寝ているときも変わらずにずっと響いていた。
ただ、あまりにも規則的すぎて、いつしかその存在を忘れ、知らずのうちに自身の心臓の鼓動音かなにかと重ね合わせ、同化していたのだ。


そうして檻の中の住人であるきのこ軍兵士 someone(のだれか)は、今日も地面に横たわったまま、気だるげに身体をもぞつかせた。

身につけている群青色のローブはすっかり汚れ、くすんだねずみ色に変色している。
彼の端正な顔も壁のタイルに似た土気色に変色し、お世辞にも顔色が良いとは言えない。


615 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その2:2021/02/12(金) 10:54:52.272 ID:eUypB9bMo
数ヶ月前まで、彼は地上で活躍するきのこ軍兵士だった。
それがとある出来事を境に宮廷魔術師791の怒りを買い地下室に幽閉され、そろそろ一月が過ぎようとしている。
これまで決して器用な生き方をしていなかったsomeoneの人生の中でも、今回は取り分け困難に直面しているといっていい。

someone「…」

深く嘆息する。白い息が目の前で霧散した。
自分の短い人生に反省や後悔の念を抱いたことはこれまで無かった。しかし、今回ばかりはこれまでと違う。彼は決定的な“失敗”を冒し、その結果として牢獄に捕われている。

その原因は明らかだ。偏(ひとえ)に自らの判断の甘さに因るもの。
困難な道のりではあったが、終盤に重要な判断を見誤ったことについては、いま思い出しても大きな悔いが残る。

耳元と鼻先に意識を集中させる。
遠くから足音が響いてくる様子はない。まだ今日の食事の時間には早いようだ。
自分以外の誰かが地下室へ訪れるとそれだけで空気の流れが変わる。既に寒さで麻痺した鼻先でも、冷気の渦の変化を察知できるようになった。
これも長い地下生活で身につけた知恵かもしれない。

“彼”からの連絡も無く、まだ僅かに時間も残っている。
少しぐらいはこれまでの出来事を振り返っても罰が当たらないだろう。


someoneはそう思うと、そっと目を閉じ、これまでの自身の人生に思いを馳せることにした。



616 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その3:2021/02/12(金) 10:56:03.115 ID:eUypB9bMo

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【カキシード公国 過去】

幼少期のsomeoneに、両親の記憶はほとんどない。
生まれてすぐに里子に出されたからだ。

生家で子供たちを養っていけるだけの食い扶持がなかったためだが、子どもたちには一切そのような素振りを見せることはなかった。
当時、まるで遠足に行くかのように快く手を振られ送り出された場面が、彼にとって両親を見た最後の瞬間だった。少し長い期間の遠足で、いつか帰れるものだとばかり思っていたのだ。

彼がその事実に気づいたのは、ちょうど幼年を経て学舎に通い始める間際の時だった。
外で遊んだ帰りに居間の近くに立ち寄ると、いつも笑顔を見せる養母が手にした手紙に向かい顔を伏せ、すすり泣いていた。
彼女の弱々しい姿をこれまでに見たことがなく、someoneは思わず困惑し、居間に入る直前で足を止めてしまった。

気持ちを落ち着け再度居間を覗き見ると、隣にいた養父は彼女の肩を支え、“大丈夫だ。俺たちが支えてやろう…”と慰めるように何度も肩をさすっていた。
なぜだかその時、someoneはその場に入り込むことができず遠巻きから二人を見守ることしかできずにいた。
その光景を眺めながら心の中で、“もしかして自分は捨てられたのではないか”と邪推したのが、彼の最初の気づきだ。

小さい頃からsomeoneは察しが良く、他人からきいた少しの話を自らの頭の中で咀嚼し推測し結論に導く豊かな思考力と想像力に恵まれた。
また、言葉にせずとも自分で考え行動に移せるだけの器量と要領の良さも備わっていた。
その分、他人よりも口数は少なく近所からは寡黙な少年だとよく言われた。


617 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その4:2021/02/12(金) 10:57:17.400 ID:eUypB9bMo
養父母の家で何回目かの誕生日を迎えたある日、彼は二人から“魔法学校”の紹介を受けた。
最近できた全寮制の学校で、若き魔法使いの教師が教鞭をとり、子どもたちの世話も一人で担っているらしい。

―― “魔法も習えるし、友達もたくさんできる。someoneちゃんにピッタリの場所よ。”

彼らはsomeoneを説き伏せるために、チラシに書かれた魔法学校の良さを繰り返し伝え、彼の入学を後押しした。

勘のいい彼は、すぐに気がついた。

そうか。この人たちは早く自分の世話を手放したいのだな、と。

養父母は高齢で既に二人とも仕事を引退し隠居暮らしをしていた。彼らの間にいた子供も何十年も前に家を出て以来、ほとんど帰ってこない。
半ば余生を過ごす二人に、育ち盛りの自分の世話はさぞ荷が重いだろう。
元々、里子に出されたのも一時的なもので、両親に食い扶持の目処が立てば実家に戻るという話だったのかもしれない。

いずれにせよ、決心は固まった。
成人もしていないsomeoneは、目の前の皺を刻んだ老夫婦を気遣うように年不相応に目を細めた。

二人を責める思いには一切ならなかった。
ここまで自分を育ててくれたのは両親ではなく紛れもない目の前の老夫婦であり。
捨て子だと自身で気付いてから、寧ろ彼らへの感謝の念はとても深まった。
養母から“貴方は我侭を言わない良い子だ”と繰り返し褒められてはいたが、他方でまだ目に見えた恩返しは何も出来ていない。

今こそ彼らの気持ちに応えようと決心し、彼らの言葉に黙ってsomeoneは一度だけ頷いたのだった。


618 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その5:2021/02/12(金) 10:58:49.553 ID:eUypB9bMo
【カキシード公国 魔法学校 791の家 14年程前】

791『えと。私の名前は791(なくい)と言います。今日ここに集まってくれたみんなは今日から互いに家族だと思ってッ!
時には喧嘩することもあるかもしれないけど、みんなで仲良くやっていきましょうッ!』

朗らかな笑みを浮かべ、若き学校長である791は新たに集まった子どもたちの前でぺこりと深く一礼した。

入学した学園は、魔法学校と聞こえはいいものの、その実、校舎はただの庭付きの一軒家で寮舎も兼ねているお粗末さだった。
彼女が一人で住んでいる家を改装したそうだが、彼女一人で住むにはその家は不釣り合いなほどに広く、また酷く朽ちていた。

someoneが入学した当時、朽ちた“校舎”には既に十名近くの先輩生徒たちが生活を送っていた。
同年代の子どもたちから背丈の大きい中等部に入る程の年齢の子どもまで、年代はさまざまで、生徒たちの中で彼は寧ろ若い部類に含まれた。

彼らはみな一様に自分と同じ身寄りのない子どもたちばかりで、一軒家で共同生活を続けるその様子は、孤児院と何ら変わりはなかった。
世間の評価も凡そそのようなもので、ある時に近くを歩いていたら、近所夫婦から慰めの言葉とともにキャンディを貰ったことさえある。

つまり、彼は実の両親に続き二度も捨てられたのだ。
それでも特段悲観的にはならなかった。送り出してくれた老夫婦に報いるためにも、卒業までこの学校に通い続けることが何よりの恩返しだと感じたし、事実学園の入学金は破格と言っていいほど安価だったことを彼は知っていた。


葡萄(えび)色のローブをはためかせながら、この頃の791はいつも忙しそうに家内を歩き回っていた。
子どもたちの実世話はある程度歳のいった子に任せながら、自身は昼間に子どもたちに授業で魔法を教え、夜は自室で魔術の勉強に励み、発明した魔法の使用料で皆の食い扶持を稼ぐ。
その合間に子どもたちの相談に乗り、炊事や家事も行い、授業のカリキュラムも組み立てる。

異常なほどに働いていた。元々身体が強くないと授業の時に話していたが、この頃の彼女は子どもたちに弱い自分を見せたくなかったのか、無理をしてまで動き回っていたように感じた。
ただ、子どもたちはそんな健気な彼女を実の親のように慕っていたし、彼もまたその真摯な姿勢に感銘を受けた一人だった。


619 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その6:2021/02/12(金) 11:01:00.870 ID:eUypB9bMo
魔法学校で日々を過ごす中で、someoneには大きな発見が二つあった。

一つは、自身の魔法力が思ったよりも相当高かったということ。
そしてもう一つは、思った以上に集団生活というものに不向きだったことだ。

元々、里子時代でも同年代の子どもが近くにおらず、someoneはずっと独りぼっちだった。
また、養父母が彼に温かく接する気遣いを感じるその度に、心のどこかで、自分が彼らの本当の子供ではないという引け目を知らずのうちに増長させていた。

その時点で誰かに悩みを打ち明けていれば彼の人生は大きく変わっていたのかもしれない。
しかし、幼年期から彼は思慮深く自分自身で苦境を打破しないといけないという思いに駆られるあまり、他人に頼る術をまるで知らなかった。
結果として、幼少期の彼が抱えていた心の痛みは解放されず、他人に心を開く機会は禄に無かったのだ。

その過程を経て、自らの心を閉ざすことで安息を得るように順応した彼に、いきなり同年代の子どもたちと共同生活を送らせるというのは、難しい話だった。
彼はすぐに周りから孤立し、彼自身も正当化するように孤独を良しと受け入れた。

ある時から、someoneは周りの子たちと庭で駆け回る遊びを横目に、リビングにある書棚の本を読み耽るようになった。
791曰く、魔法関連の書物を多く溜め込んだ書棚は、彼女の師匠が遺していった物らしい。
自由に読んでくれて構わないと彼女は諭したが、他の子どもたちに難しい学術書はまだ早かったようで、書棚に近寄るのは専ら彼だけだった。

孤独を好む彼は、誰も干渉してこない書棚付近に半ば陣取るようになり、その読書量の多さは同年代でも群を抜く程になった。
顔も見たことのない彼女の師匠に心のなかで感謝しながら、世間から逃げるようにsomeoneは魔法の奥深さに取り憑かれていった。


620 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その7:2021/02/12(金) 11:03:03.039 ID:eUypB9bMo
彼の学園生活に変化が訪れた切欠は、入学から一年近く経った際に行われた魔法試験だ。

その試験で歴代最高点を叩き出し、周りの彼への態度は一変した。
同年代の何名かは秀才の彼に羨望の視線をおくる者もいたが、残りの多くの者は“嫉妬”した。彼が周囲から浮いていたことで不幸にも、彼に対する妬みはストッパーのない陰湿ないじめという行為へと表れた。

翌朝から、彼を取り巻く環境は大きく変化した。
朝食を食べ終わり自分のベッドに戻ったら、寝具は誰かにビショビショに濡らされており、それを見た別の者から“someoneはおねしょをしたッ!”と吹聴された。
また、ある時には791の使いで外に出ようと思ったら誰かに靴を隠された。しかたなく、裸足のまま外に出た。尖った岩に足は擦れ血が滲み出た。
帰ってきた時には足の裏はズタボロになっており彼女は驚愕したが、彼はその事を一切に伝えず、無表情で日課の読書を始めた。


―― 『どうしてやり返さないの?あなたには力があるのに』

ある時、同年代の少女からこう訊かれたことがある。
この頃になると、“奴に話しかけるとバイ菌が移る”という名目でsomeoneに話しかける者は791以外にほぼ居なくなっていた。
彼が本から顔を上げると、薄い緑髪を後ろで束ねた気の強そうな少女は、眉間に皺を寄せ、鋭い眼光で答えを待っている様子だった。


621 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その8:2021/02/12(金) 11:04:01.187 ID:eUypB9bMo
someone『どうしてって…先生が言っていたじゃないか。“仲良くやっていこう”って』

少々面食らいながらも素直にそう答えると、彼女は一瞬目を丸くし。
すぐに、“バカじゃないのッ”と言葉を吐き捨て、走り去っていった。


同じ質問を後で791からされた時にも、someoneは同じように答えた。
少女と違い、彼女はきょとんとした後に腹を抱えて笑い出した。

791『ハハハハハッ。仕返しすると喧嘩になっちゃうから、君は彼らに言い返さないしやり返さないんだね?』

目元の涙を拭って、彼女はsomeoneの頭をそっと撫でた。


622 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 孤独の少年編その9:2021/02/12(金) 11:05:48.389 ID:eUypB9bMo
791『someone。君は優しい子だね。
私の教えを忠実に守ろうとしている。君はなんて、なんて――』

彼女はそこで言葉を切り、柔和な笑みを浮かべながら繰り返しsomeoneの頭を撫でた。

彼女の温かさに触れ、冷え切っていた彼の心の中に初めて仄かな光が灯った。
他者と距離を置き、自分自身の世界でしか生きられなかった彼にとって、彼女は養父母以来の頼れる人間だった。



だが、全て事情を知った今なら分かる。

彼女の思考の根底にあるのは教育者ではなく、根っからの“魔術師”のそれだった。

教育者の顔を装い自分の頭を優しく撫でながら、彼女は途中で打ち切った言葉を、次のように続けたかったに違いない。




―― なんて“使える”子なんだ、と。


623 名前:Episode:“トロイの木馬” someone:2021/02/12(金) 11:07:28.889 ID:eUypB9bMo
この物語、親がいない人多すぎィ!と気づきました。

624 名前:たけのこ軍:2021/02/12(金) 20:43:35.506 ID:QTRTTlsQ0
悲しい過去…

625 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その1:2021/02/20(土) 10:50:38.179 ID:N66x1.Roo
時が経ち、何人もの年長の子どもたちがsomeoneより先に魔法学校を卒業していった。

そして、一期生達で卒業した数名で立ち上げたとある魔法ベンチャービジネスがある時に大受けし、数年も経たないうちに彼らは世間で一大ムーブメントを巻き起こした。
若い彼らの功績だけが取り沙汰されるだけでなく、好奇の目はすぐに魔法学校へも向けられた。

これまで特筆する実績もない若者たちの活躍の理由を求める上で、魔法学校の存在はメディアにとって格好の“餌”だった。
出自にとらわれず自由な発想で生徒を育てる校風の791の魔法学校は連日のように記事が載り、すぐに評判になり生徒が殺到するにまで至った。
これまで腫れ物を触るような扱いをうけていただけに、建屋から生徒が溢れん程の光景を見て、さすがの彼女も苦笑いを浮かべていたのが印象的だ。

この頃から791は歴史の表舞台に姿を現した。
そして魔法学校の運営が軌道に乗り、自分以外の教師を何人も抱え名実ともに学府としての機能が確立されたことを確認するやいなや、彼女は会議所自治区域で開かれているきのこたけのこ大戦への参加を正式表明したのだ。
生徒たちも知らされておらず、someoneも新聞の記事で初めて目にした。

その時の衝撃は、計り知れないものがあった。

それまで公国民の諸外国への渡航は、公に禁止されてはいなかったものの、国家自体が半鎖国体制を敷いていることから特段推奨されてもいなかった。
ライス家は自らの目の届く範囲で臣民を監視し束縛を強化するために、諸外国に出ていく国民を内々に出奔扱いにすることで、国を出ていくことは即ち故郷を捨てることだという“負”の感情を植え付けていたのだ。
そのうち、人々は諸外国に出ることを敬遠するようになり、公国に棲み着くことが正しいことなのだと無理やり納得するようになった。


626 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その2:2021/02/20(土) 10:51:44.700 ID:N66x1.Roo
―― 公国に生まれ、公国の地に没し、魔力の肥やしになる。

かつて一世を風靡したこの詩文は、公国民の勤勉さ、不撓不屈さを示す名文であるとされ、半ばプロパガンダのように広められ刷り込まれていった。
公国に生まれたからには公国のために一生を尽くす。これが公国民の美徳とされた。誰しも口に出さずとも、国民の一生は生まれたときから半ば確定付けられていたのである。


その暗黙の了解を、彼女がいの一番に打ち破ってみせた。

これまでも【大戦】に参加している公国出身の兵士はちらほらいたものの、彼らはみな一様に自らの出自を隠し参戦していた。
どうしても後ろめたい気持ちが抜けなかったのだ。
しかし、彼女といえば純粋な目で世界を見据え、過去の慣習にとらわれることなく悪びれもなく敢えて大戦参加を表明し、挑戦者として外に飛び出していった。

国民は彼女の振る舞いに目を丸くし、そして半狂乱になり応援した。
国に縛られていることで慢性的に淀み、鬱屈としていた空気が、彼女の行動ひとつで霧散し弾け散ったのである。
元々奇異の目で見ていた他の国民も、彼女がもしかしたら長年続いた慣習を打破する救世主になるかもしれないと少しでも感じれば、周りの熱にあてられたように一様に応援した。

その熱気は当然、魔法学校にも届いた。
そして、周りの期待以上に遠い異国の地で持ち前の大魔法を駆使し活躍する師の話は魔法学校にもひっきりなしに届けられ、少年少女たちを大いに高揚させた。

この時代、誰もが彼女に憧れた。
公国中で“大戦ごっこ”が流行った。
誰もが彼女と同じように大魔法使いになろうと志を高くした。

当然、someoneもその一人だった。


627 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その3:2021/02/20(土) 10:52:36.550 ID:N66x1.Roo
【カキシード公国 宮廷 4年前】

真っ赤な絨毯の上を歩いた末にようやく辿り着いたアーチ状の大扉の前で、someoneはまず一息吐いた。

あれから異国の地での大活躍と世論の後押しを受け、遂にライス家は791の存在を看過できなくなった。その実績を認められ彼女には“宮廷魔術師”の称号が与えられた。
そしてあわせて魔法学校も古いボロ家から、宮廷内に立派な校舎を構えるまでになった。かつての教え子たちも次々に教師になり、生徒数は一端の学園を凌ぐ程にまで膨れ上がった。
彼女の傍でその変化を見続けたsomeoneも、あまりの順風満帆さに目を白黒させてしまったほどだ。
紛れもなく彼女は自らの力で運命を切り開いてきたのである。

息を整えると、意を決して扉を叩いた。

someone『失礼します』

『入りなさい、someone』

中から鈴のように安らかな声が聞こえると、扉は独りでに開け放たれた。
ガラスドームのように外気の光を受ける球体の部屋で、791は独り仕事をしていた。
巨大な部屋の中央でポツンと陽の光を浴びる彼女の姿は、まるで草原に咲く一輪の向日葵のようだと思った。

彼女の前まで歩くと、初めて彼女は顔を上げ微笑んだ。
初めて会った時から幾分か老け込んだものの、表向き彼女は未だ快活さを見せていた。


628 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その4:2021/02/20(土) 10:54:42.881 ID:N66x1.Roo
791『もうすぐ卒業だね。おめでとう』

パチンと指を鳴らすとsomeone用の椅子とテーブルが地面から生えてきた。
控えていたメイドが、タイミングよくテーブルの上にメロンソーダの注がれたグラスをそれぞれ置いた。

彼女から祝いの言葉を貰ったものの、何を以て卒業かと言われれば、厳密には決まっておらず難しい。
特に入学や卒業に年齢制限はないのだが、魔法界にはそのどちらも殆ど十代までのうちに済ませるという不文律がある。
人生の一番多感な時期に魔力を活性化させることは、魔法使いとしての今後の素質を見極める上で極めて大事だという論文が以前発表されたのだ。

特に最近の研究では、幼い頃から魔法を使い続けた人間と成人してから魔法を使い出した人間とでは同じ魔法習得の速度にかなりの差が出るという説もある。
someoneはこの説にはかなり懐疑的だが、事実最近では生活の豊かな家庭も子どもの将来を占う意味で魔法学校に預けに来るケースが多いようだ。
孤児院として見られていた時代から大きく変わったものだと、改めて心のなかで驚嘆した。

791『何かしたいことはあるの?』

someone『いえ、特には…』

本心だった。
結局、十年程学校に居たが、やりたいことも、さらに言えば友達も見つからなかった。
その間に養父母は亡くなり、彼は正真正銘孤独の身となった。

791『君ほどの優秀な魔力を持つ若者が、そんなことでは先が思いやられるね』

ふふっと笑いながら、791はストローで静かにメロンソーダを啜った。

表向きは変わっていない目の前の師だが、最近は外に出ることも少なくなった。若い時に無理をし過ぎたせいだろうか。
会議所自治区域と公国との行き来も、一時に比べて回数が減り今では公国に居る時間がかなり多い。


629 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その5:2021/02/20(土) 10:56:13.217 ID:N66x1.Roo
791『気づいての通り、最近の私はまたちょっと疲れ始めていてね。誰かの支えが必要なんだ。
だからsomeone。君に私のお手伝いをしてもらえると、すごく嬉しい』

予想はしていた。

―― 『魔術は、受け継がれなければいけない』

この言葉が791の口癖だった。

全ての魔法使いは魔術師を目指す。
しかし、魔術師になれる人間はほんの一握りで、またその教えを真に理解するためには才覚ある者しかその高みの入り口にすら到達できない。
それ故に、魔術師は生きている時から後継者を探さないといけない。
自らの功績を受け継がせるため、自らの生きた証を残すため。

someoneもいつか魔術師になりたいと思っていた。
そして、魔法学校内で唯一魔術師になれる人間が居るとしたら、自分しかいないだろうという予感もあった。それだけ、彼の成績は飛び抜けていた。

someone『手伝いと言っても、何をすればいいんですか?』

791『簡単なことだよ。私の周りで仕事の手伝いを少しと、これまで通り魔術の研究に勤しんでくれればいいさ。君には私の後を継いでもらいたいんだ』

彼女の答えに、常にポーカーフェイスを意識しているsomeone自身も、高揚した反動でビクンと一度だけ跳ねた身体を制御できなかった。
同年代の友達こそいなかったが、彼にとって師の791こそが唯一の支えだった。彼女だけは最初から最後まで自分の味方だった。
夜遅くまで魔法の練習に付き合ってくれれば、学校で浮いていた自分をひたすら気にかけてくれた。

結局、多忙な彼女に遠慮しあまり心を開くことはできなかったが、自分なりに恩義を感じ信頼も寄せている。他人のために力になりたいと思ったのは初めてだった。
彼女から直々に後継者として指名されるのは願ってもいない事だった。


630 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その6:2021/02/20(土) 10:57:21.751 ID:N66x1.Roo
答えは既に決まっている。

彼女の部屋の扉を叩いたその時から、既に覚悟を決めてきたのだ。
彼女のような人格者に、優れた人間になりたいと心の底から思っていた。

だから、迷いなく返事ができる。

この返事で一歩、先に踏み出そう。

someone『はい、わかり――』

彼にしては珍しく、上ずった声での前向きな返事は。










791『――いやあ。君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ』

目の前の“魔術師”の策謀めいた言葉で、突然の閉口を余儀なくされた。


631 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その7:2021/02/20(土) 10:58:34.699 ID:N66x1.Roo
someone『…え?』

口をぽかんと開けたまま、someoneは思わず聞き返した。

791『ん?どうしたの?
ああ、君はまだ“魔術師”という生き物を知らなかったねッ。丁度いい、この機会に教えてあげるよ』

座ったままの彼女は両手に顎をのせこちらを見やると、嬉しそうに頬を緩ませた。

791『“魔術師”は全ての物事に優劣を付ける。全ての行動に意味を見出す。
それこそが魔術の本懐。

元々ね。君たちに教えを授けたのは、何も身寄りのない君たちを憐れんでやったわけじゃない。
全ては素質ある者を見極めるための“選別”。

そしてsomeone、君は選ばれたんだよ』

何を。何を言っているかまるで分からない。
一体全体、目の前の人間は何を話しているのだろう。

791『私はね、ずーッと探していたんだ。手足になってくれるような人間と、後継者をね。
someone。君はどちらの素質もあるけど、できれば後者になってもらいたいんだ。

君の前からね、何人か私の元に残ってくれている子たちがいるけど。
その中でも君はとりわけ優秀な人材だ。君だったら私の後を“継げる”。そう確信しているよ』

someoneはただ、彼女の大きく開閉する口元をぼうと見ていた。
頭が真っ白になるというのは正にこういった感覚だろう。
ただ、耳元には聞き慣れた彼女の柔らかな声が届いてくる。


632 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その8:2021/02/20(土) 11:01:25.655 ID:N66x1.Roo
791『学校での経験はいい勉強になったでしょう?君みたいに大きく虐げられればその反動で成長できるからね。
これから君は私の手によりこれまで以上に大きく飛躍する。
その結果、君を虐げていた全ての人間は、すべからく君“以下”になる。おもしろいと思わない?』

いつの間にか彼女からは師としての優しい顔は消え、そこにあるのは強欲な“魔術師”としての顔だけだった。
彼の抱いていた理想像とかけ離れた彼女の姿がそこにはあった。

791『まだ私の計画は途中なんだ。
君が私の“手駒”として使えるようになれば百人力だ。


ああ、ごめんね。私ばかりが喋りすぎちゃった。
そういえばまだ答えをきいてなかったね?』

これまでの誰にでも隔てなく優しい姿はあくまで表向きのもので、今の姿が彼女の本性なのだろう。

someoneは比類なき魔法力を持った少年だ。自他ともに認めるところである。それにより、謂れのない陰湿な虐めや嫌がらせを数多く受けてきた。
それでも、彼が魔法学校を退学せずに続けてこられたのは偏に791の存在にあった。

彼女は自分の傍に近寄り教師としてではなく同じ目線で話し、また話を聞いてくれた。無邪気に自分の過去の話を語る姿を見る時や、つくりたての魔法を披露して褒められた時はたまらなく嬉しかった。
自分の魔法力とは関係なく、一人の人間として認められた気持ちになったのだ。彼女が世間にどんどん認知され雲の上の存在になっても、彼に見せるその姿勢は変わらなかった。
いつしか彼にとってその姿は憧れとなった。
791という人間は、someoneにとって暗闇の中にある一筋の光で太陽だったのだ。

それが今、彼女自身の言葉により彼の理想像は脆くも崩れ散った。
自分と同じ目線で語っていたと思われる姿は実は“刈り取る側”で、あくまで優秀な魔法使いを創るという“生産者”目線での行動だったということに、someoneは瞬時に気付かされた。

本気で相談に乗っていたわけでもない。寧ろ現状が永続すればいいとさえ思っていたのだろう。彼が日々悩み葛藤する姿は、小さな魔法使いをより熟成させる最大のスパイスだとでも思っていたに違いない。
まるで物のように自分たちを扱う彼女の姿勢は、自分の理想とは最も対極に位置し、かつ忌むべき姿だった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

633 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 純情で甘い少年編その9:2021/02/20(土) 11:02:19.796 ID:N66x1.Roo
先程までは自信を持って頷けていた答えを、今は口にすることすら憚れる。

someoneは途端に込み上げる吐き気に襲われた。

791『ん?返事は?』

満面の笑みで催促される。
抗うことが一番の意思表示であることは分かっている。


それでも。

someoneは弱い人間であるということを、彼自身が一番よく分かっていた。


someone『…わかり、ました』

表情を殺し、someoneはたどたどしく頷いた。

何も彼女へのこれまでの恩義から引き受けたわけではない。
他に生きるための手段はなく、何より正常な思考能力を働かせるだけの気力もいまの彼には残っていなかった。

ただ、今日のやり取りではっきりしたことがある。




彼は、また独りになった。


634 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/20(土) 11:05:41.328 ID:N66x1.Roo
ここでははっきりとは書けませんでしたが、791とsomeoneは純情すぎる思いをもった人間という意味では一致しています。
ただ、当時の彼には師の本心の奥底までを見抜くことはできなかったのです。

635 名前:たけのこ軍:2021/02/20(土) 14:54:46.742 ID:9RJD2pqw0
恐ろしき魔王。

636 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/02/28(日) 10:27:19.109 ID:.GTMygzco
今週はお休みでごわす。

637 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/06(土) 21:58:02.794 ID:N.tLVxe6o
すみません今週もお休みでごわす。ちょっとバタバタしているのが予想外だった。

638 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その1:2021/03/12(金) 21:25:17.533 ID:dYdx8bKwo
卒業してから暫くの間、someoneは791の補佐にあたった。

魔法学校の手伝い、宮廷魔術師としての業務補佐、魔術の研究など。

仕事に没頭している間は楽しかった。嫌なことを忘れられる。

しかし、自室に戻り目を瞑れば、すぐに“あの日”のやり取りを思い出す。


―― 君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ


脳裏に浮かぶのは彼女の本性を表したあの言葉と、策謀家として冷酷な笑みを浮かべた顔。
自らをモノとしてしか扱っていない彼女の希薄さ、頭が真っ白になるあの感覚、信頼していた恩師から裏切られた深い衝撃と落胆。
全てが混ざり合いグチャグチャに溶け、頭の中を蛆虫のように這いずり回る。

そうして夜中に何度も起きては、その度に吐き気を催した。

信頼していた恩師からのあまりの仕打ちに、若き少年は今度こそ心を深く閉ざし、憎悪の気持ちごと胸の内に深くしまい込んだのだった。


639 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その2:2021/03/12(金) 21:27:25.232 ID:dYdx8bKwo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 3年前】

ある日、師に呼ばれsomeoneは魔術師の間へ赴くことになった。
その日の彼の気持ちといえば、しばらく師と顔を合わせずに仕事ができていた解放感から一転し、深く落ち込んでいた。
その気持ちが天気にも通じたのか、遙か上空のガラスドームの天井からは、大粒の雨音が微かに聞こえてくる。それを聞きさらに辟易とする。

だが、目の前で椅子に深く腰掛けている師はどうやら極上の音楽だと感じているようで、目を閉じて聞き入っている様子だ。
おかげで物音一つ立てることもできず、まんじりともせずに待ち続けなければいけない。
暫くして演奏を聞き終わった後のようにうっとりとした表情の師が目を開けると、目のあったsomeoneに向け、朗らかな笑みを返した。

悪意なきその笑みに、嫌悪感すら抱く。

師への尊敬の念は既に薄れきってしまっていた。そんな彼の気持ちを知らず、彼女は“さてと”と一拍間を置くと、枕詞もなくいきなり本題を告げた。

791『someone。君にはこれより【会議所】に向かってもらいたい。そして、私の代わりの“目”になってもらいたいんだ。
No.11(いれぶん)。貴方は公国に残って引き続き私のサポートをしてもらう』

No.11『畏(かしこ)まりました』

横で黙って話を聞いていたNo.11(いれぶん)は恭しく頭を下げた。
微かに揺れる薄いセミロングの緑髪が彼女の後方に生えている観葉植物たちと重なり、その姿が一瞬視界の中で揺らいだ。

彼女はsomeoneより少しだけ年上の魔法使いだ。同じ魔法学校出身で彼の先輩にあたる。
冷徹な振る舞いと常に漏れ出るピリついた“気”は在学中から彼とは対極的に目立っており、その実力を見初められ彼女は卒業と同時に791の下で働いていた。

彼女は目の前の魔術師を崇拝している。師の本性を知ってもなお尊敬の念を崩さないその姿勢には、寧ろ感心してしまう程だ。


640 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その3:2021/03/12(金) 21:32:22.762 ID:dYdx8bKwo
someone『…』

対して、someoneはひとまず無言で返した。

No.11『someone、返事はどうしたの』

咎めるようにキッとつりあげた目で睨んできた彼女の視線の“圧”を、someoneは頬に痛いほど感じた。

巷で“氷の指圧師”と評判なだけあり、心臓を貫かんとする冷めた視線の凄みは、常人では震え上がるほどのものだろう。
学生生活の中で事あるごとにその視線を受けていた身から言えば、いまさら怖気づくことは無い。だが、正直に言えば彼女のことは苦手だ。

学生時代から、二人の関係性は最悪の一言に尽きた。
定期試験の結果で、決まって首席はsomeone、次席は彼女だった。
初めて彼が頭角を表したその日、書棚の前を通り過ぎる彼女にsomeoneはふと声をかけた。
内容までは覚えていないが、やや親しみを込めた旨の挨拶をしたことだけは覚えている。当時を思い返せば、高成績を残す彼女と魔術談義に花を咲かせたいといった少しの下心もあったのかもしれない。

しかし、それが却って二人の仲を引き裂いた。彼の登場までずっと首席の位置に座っていた彼女からすれば、自分からトップを奪った人間に同情のような慰みをかけられたと解釈したのだろう。
以来、彼女からは一方的に敵視され、彼自身も周りから虐めの標的にされたこともあり、学生時代も少しの会話しか交わさなかった。

数年の時を経て同じ職場で再会した二人だが、かたや791の熱心な盲信者、かたやその彼女に拒否感を示す一番弟子とあっては、その関係は正に水と油だった。
互いに分かり合えるはずもなく、学生時代よりも関係は冷え込み、二人は露骨に会話を避けるまでに到っていた。

someone『…わかりました』

本意ではないという意味を言外に含め、彼は低い声で答えた。
先程より恨みのこもった殺気を左の頬にヒリヒリと感じたが、“まあまあ”と眼前の師から投げかけられた朗らかな声に、二人は意識を前に向け直した。

791『No.11、落ち着いて。
somoneの気持ちもわかってあげてよ。突然親しんだ国を離れろという話に、彼が困惑するのも無理はないよ』
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

641 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その4:2021/03/12(金) 21:34:17.553 ID:dYdx8bKwo
791『でもね、someone。心配要らないよ。向こうで新参者だった私でもやっていけたんだ。君なら【会議所】でもうまくやっていけるよ』

someoneを勇気づけるようにニコリと笑う彼女は、学生生活の時によく見かけた姿そのものだ。自分や他人にも等しく見せる彼女の笑顔は太陽のように眩く尊いもので、ずっと憧れてきた。

しかし、今は彼女の裏の顔を知っている。
その笑顔の裏では他者を値踏みし、まるで目の前に並べられた家畜たちから、自分に使えるものだけを見極めようとしている。
そして家畜たちには安心させるように人畜無害の表情を見せるのだ。何も心配いらないよ、と。私に任せてくれればいい、と。
それは偽りではなく、本心だろう。

純粋に、彼女は自分以外の他者を使える動物としか評価していないのだろう。
心の通っていない、対等ではなく一方的に注がれる愛。それは、若く透き通った純粋なsomeoneにとっては、酷く気持ち悪いものだった。

791『このあいだ話したよね?【会議所】は去年から突然、公国に向けて秘密裏に密造武器を横流ししている。それも直々に【会議所】のお偉いさんがここにきてだから、相当の力のかけようだ。
それは私たちにとってもとてもありがたい話だけど、彼らの目的が分からない。だから――』

―― それを君に探ってほしいんだ、someone。

どうせ、そんなことだろうと思っていた。
全ての行動に意味を見出そうとするのならば、someoneを管理する791の指示にも意味がないといけないのだ。


642 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その5:2021/03/12(金) 21:35:37.439 ID:dYdx8bKwo
No.11『791様は、今や【会議所】でも知らない人はいない程の有名人。
表立って動くことができないからこそ、貴方が先生の“目”となり真相を探る。
映えある重要な仕事よ、喜びなさい』

someone『…』

No.11『貴方ねッ、なんとか言ったらどうなのッ!』

思わず掴みかからんとするNo.11に、791は再び彼女を宥めるように片手をあげた。

791『まあまあ。そんなに早く真意が掴めるとは思っていないよ。
それに、someone。君を選んだのは別の目的もあるんだよ?
私はね、君に【会議所】や【大戦】を楽しんでもらいたいと思っているんだ』

someone『楽しむ?』

聞き慣れない言葉に眉をひそめる。

791『魔法学校での君は才覚に溢れながら誰とも交わろうとしなかった。それに、皆が目指す方向も同じだから、周りも君に打ち解けようとはしなかった。

でも、【会議所】は違う。目的も方向もバラバラの人間が多く集まっている場所だ。
人々は【大戦】を行い、自治区域を良くする。この二点で協力しあい、国家でもないただの集合体にひしめき合っている。

本来ならまかり通らない出来事が、【会議所】では日常的に起こり得るんだ。

おもしろいと思わない?
わたしは楽しくて一時期向こうに通い詰めだったよ』


643 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その6:2021/03/12(金) 21:36:28.718 ID:dYdx8bKwo
確かに、今まで自分が身を置いていた環境とはまるで違う。
興味がないと言えば嘘になる。

彼の表情の僅かな変化を感じ取ったのか、791は口元をゆるめた。

791『決まりだね。公には君と私には何の関係もないようにしておくから。
暫くは自由に【会議所】で楽しんでおいで』

someoneの会議所自治区域行きが決まった瞬間だった。


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644 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その7:2021/03/12(金) 21:37:32.830 ID:dYdx8bKwo
【カキシード公国 宮廷 地下室 現代】

someoneは回想を一度終え、静かに目を開けた。そして、寝返りを打つようにごろりと仰向けに転がった。
二日酔いのように頭は重く、ローブ越しに冷えた地面に接する後頭部の冷たさが、今はかえって心地よい。そして、冷たさを感じたことで、先程まで地面に接していた左頬の感覚がとうに麻痺していたことに、いまさら気がついた。

辺りは相変わらず暗闇で、耳をすませば微かに壁を伝う流水音が聞こえてくるだけだ。
いつもなら気にかけないその雑音も、今は濁った心の内を和らげるには丁度いい呼び水となった。

someone「はぁ…」

子どもの頃は魔法に夢中だった。
魔法使いの最上位にいる“魔術師”に憧れたし、自分の師が最年少の魔術師であることに憧れをもち誇りにもした。

だが、“魔術師”という生き物を見誤っていた。
“魔術師”になる過程で狂うのか、元々狂っているのかは分からない。ただ、自らの目的のためなら人を手駒扱いにし切り捨てることも厭わない彼女の思考は腹立たしい程に洗練されていて、完璧だった。
全て、“791先生のために働く”ことを当然の最優先事項だと考えている彼女の思考にもむかっ腹が立つ。

再び寝返りを打つ。今は悪態を吐いてもしかたがない。
時間は有限だ。someoneはまた目をつむり鑑みることにした。

親友との出会いの日々を。




645 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その8:2021/03/12(金) 21:40:42.480 ID:dYdx8bKwo

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【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 3年前】

やはり、と言うべきか。
someoneは【会議所】でも一向に馴染めなかった。

791からの内々の指示で、【会議所】で定期的に開かれる会議や【大戦】に参加こそしていたものの、彼の方から打ち解けることができず、当然の如く友達はできなかった。
たとえ親切心から近寄ってくる人間がいても、過去の791から受けたトラウマから、優しく接する人間には裏があるのだと内心で怯え、彼らの真心に真摯に向きあうことができなくなっていたのだ。
魔法学校の時と違い魔法で競っていない分、周りの人間は純粋にsomeoneという人間性を評価することしかせず、それがより悪い方向へと進んでいた。

過去と変わらなければ、異国の地でも周りの人間は彼に同じ様な評価を下す。
結果として、someoneは“異国から流れ着いた寡黙な変わり者”という評価で、良く言えば尊重され、悪く言えば腫れ物に触るような扱いを受けていた。

『おい。またアイツがいるぞ』

『なに考えてるのか全然分からねえよな。顔もローブで覆ってて全然見えねえしよ』

『薄気味悪い奴だぜ』

この日も本部棟内にある中庭で読書をしていたら、近くを通りかかった周りのきのこ軍兵士たちから陰口を叩かれた。
三人組の男たちは読書をする彼に向かい、わざとsomeoneに聞こえる程度の大きさの声で喋っていることが分かった。


646 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その9:2021/03/12(金) 21:45:18.582 ID:dYdx8bKwo
―― でも、【会議所】は違う。目的も方向もバラバラの人間が多く集まっている場所だ。

791の言葉が思い出される。
魔法学校と違う人種がいるというから少しは期待したが、結局自分を取り巻く環境は変化せず同じだと思うと、周りの異国の風景が途端に色褪せていくように感じた。

横目で周りを見ると、レクリエーションでもできそうな程度の広さの中庭の中心にはカーキ色のたけのこ軍の軍服を着た一人の兵士が大の字で寝ている。
大口を開けて寝ていることから、先程の話し声は聞こえてはいないだろうが、少し申し訳ない気持ちにもなる。

『きいたか?あいつはカキシード公国出身だって言うが、ろくに学校も出ていないらしい』

『本当かよッ?口数が少ないのはおとなしいからじゃなく、言葉を知らないからなんじゃないか?』

『違いない。熱心に開いているご本も、果たして本当に読めてるのかねえ?』

彼が言い返さないことをいいことに三人組の声量はますます大きくなり、読書をしている彼を横目で見ては鼻で笑っている。
同じきのこ軍兵士とはいっても、それはあくまでシステム上の話で彼らには同族意識も無ければ仲間意識の欠片もない。

いじめっ子というものは、自分より下の人間を見つけるとまず軽く攻撃的な行動を見せる。その行動によるいじめられっ子からの反応を見ているのだ。
そして、いじめられる人間から禄に害を及ぼさない反応がかえってきたら、彼らは安心し攻撃をエスカレートさせ、ストレスの捌け口とする。
これが虐めの原理だ。生物が外敵を制圧する際の、極めて一般的な動物的本能だ。

someoneもその原理はよく分かっているし、集団から孤立する自分が標的に合いやすいことも理解している。
だが、あのような輩に一々反抗するのにも多少なりエネルギーを使う。彼らの蛮行を全て受け流せば虐めという構図は発生せず、自分自身も碌な力を使わずにやり過ごせる。
だから、魔法学校時代からいじめっ子に対しまともな反抗をせずこれまで過ごしてきたのだ。

これが彼の考える他人との接し方だった。
他人を知ろうとするのではなく、いかにやり過ごすか。閉鎖的な環境で育ってきた彼は、自ら主体的に動くという選択肢は無かった。


647 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その10:2021/03/12(金) 21:47:16.846 ID:dYdx8bKwo
そうして、いつものように彼らの言葉に聞こえない振りをして本を閉じた。休憩時間を終え本部棟に戻ろうと立ち上がろうとした。その時だった。

『おいッ、お前らッ!そいつに話があるんだったら、もっと大きな声で、面と向かって喋ったらどうだ?』

背後から発せられた大声はsomeoneに向けてではなく、例の三人組に投げかけられたものだった。
振り返ると、声の主は先程まで大の字で寝ていた若者だった。
彼はいつの間にか起き上がり、先程の間抜けな寝顔からは想像もできないぎらついた眼で彼らを睨んでいた。

『いや、その…』

『おい、なんだよあいつ』

『知らないのか?あいつはたけのこ軍の――』

『ああ?俺の話は今どうだっていいだろう。それで、どうなんだ?なんだったら俺も一緒に聞いてやるぜッ。言いたいことはちゃんと伝えないといけないって、親や先生に教えてもらわなかったか?』

彼のハツラツとした声に、近くを歩いていた周りの人間は足を止めsomeoneたちを見た。
分が悪くなったと感じたのか、三人組は一度大きく顔を歪めると、そそくさとこの場を去っていった。


648 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 初めての出会い編その11:2021/03/12(金) 21:50:08.115 ID:dYdx8bKwo
『まったく。悪口を言うんなら、目の前出て大声で言えっていうんだよな?』

いつの間に隣に来ていたのか、先程の若者はニカッと笑った。
陽射しを背に受け、黒髪を短く刈り込みしなやかながら引き締まった体躯は、見上げていることもあってか随分と大きく見えた。

一連のやり取りにsomeoneは目をパチクリとさせながら立ち上がった。
やはり身長差は大分あり、彼の大きさは見た目通りだった。

someone『あの…』

『ああ。勝手にごめんな?
でも、ああいう奴らは【会議所】には少なからずいるから、お前も気をつけろよ』

someone『いえ、その…』

『ん?どうした?』

someone『ありがとう、ございます』

ペコリと頭を下げる彼に、若者は再度歯を見せ笑った。

『気にすんなッ!お前、たしか名前はsomeoneだったっけか?
俺の名前は斑虎(ぶちとら)。見ての通りたけのこ軍兵士だが、まあ仲良くしてくれ』

斑虎はそう自己紹介を終えると、someoneが言葉を返す間もなく歩き去っていった。

揺れる彼の背中を眺めながら、なんと忙しない人間だろうかと思った。
だが、同時に自身の口元がほころぶのを自覚し、【会議所】もまだまだ捨てたところではないなとsomeoneは思い直した。


649 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/12(金) 21:50:59.595 ID:dYdx8bKwo
斑虎さん、第一章以来の登場。おひさ

650 名前:たけのこ軍:2021/03/12(金) 21:53:09.089 ID:q614HMjI0
虎ちゃんかっこいい

651 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その1:2021/03/21(日) 10:04:44.781 ID:DEDVMKHEo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 3年前】

その後も、斑虎とは毎日のように顔を合わせた。
今まで気づいていなかっただけで、実は二人とも同じ中庭で同じ休憩時間を過ごしていたのだ。

斑虎『よう、また会ったな』

彼は大抵先に芝の上で寝転んでおり、後からきたこちらに気づくと、ひらひらと手を上げまた睡眠に戻った。

最初は鬱陶しいと思ったが、彼は一度挨拶を終えれば、その後はこちらに喋りかけることもなく、時間の限り昼寝に勤しんでいた。
先日のことを鼻にかけ喋りかけてくることもなく、昼休みの終わりを告げるチャイムの音とともにむくりと起き上がり、無言で職場に戻っていった。
それはsomeoneにとっては程よい距離感で、気を使われているのかどうかまでは分からなかったものの、素性を知らない彼には僅かに好感を抱いた。

さらに、先日の一件が本部棟内にも噂として広まったようで、彼の横で読書をしていると誰からもやっかみを向けられることもなくなったという思わぬ恩恵もあった。
こうして、someoneは自然と心地よい時間を享受していたのだ。


652 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その2:2021/03/21(日) 10:05:44.472 ID:DEDVMKHEo
そんな、ある日のことである。
いつものように日光浴と読書を楽しんでいると、程よく距離を取り横で寝ていたはずの彼の声が、風に流れて耳に届いた。

斑虎『一つ、聞いてもいいか?』

彼がこちらに話しかけてきているのだと気づくのには、少し反応が遅れた。ただ、周りに自分たち以外の人間が誰もいなかったためかそこまで時間はかからなかった。
多くの建物で軒を寄せ合う【会議所】本部内には、景観を保つためかあちこちに緑地や庭園が点在している。二人のいる中庭は本部棟の裏手に位置し、表通りからは少し外れていることもあり人気も少ない穴場なのだ。

読みかけの書物を腰の上に置き、someoneは彼の方に首を向けた。
彼は今日も変わらず草むらの上で大の字になり、快晴の空を見上げていた。

斑虎『someone。お前にとって【大戦】とは、なんだと思う?どう映っている?』

突然何を言い出すんだろうと、someoneは困惑した。
哲学的な話にしても脈絡がなく抽象的すぎる。

元来、会話はあまり得意ではない。議論ともなればなおさらだ。
筋道を立て結論を導き出すことはできるが、それを言語化し伝えることが苦手なのだ。

普段なら適当にあしらい読書に戻るところだが、先日の恩義もあるので彼の会話に少しだけ付き合うことにした。


653 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その3:2021/03/21(日) 10:07:25.396 ID:DEDVMKHEo
someone『ただの戦いじゃないの?』

斑虎『違うね。いや、違うと思うんだがまあ聞いてほしい』

そこで斑虎は半身を起こし、someoneと顔を合わせた。
存外に真剣な目つきをしている彼に、someoneは少し驚いた。

斑虎『【大戦】ってのは、互いを結ぶ友好の架け橋なのさ。

【大戦】をするぞと告知をすれば、全世界からは文字通り、何百万単位の人が動く。
人々が一同に会して戦って、勝った負けたを競い合う。

時にはいがみ合いもするだろう。でもスポーツマンシップの精神に則り、勝負が終わったらノーサイド。すぐに手を握り両者を称え合うのがほとんどだ。
そうだろう?』

直近の【大戦】を思い出し、someoneは頷いた。

斑虎『だから目に見えないだろうけど、【大戦】の開催で人々や国同士の距離感は、ぐっと近づいたと思うんだ。
まあ俺たちのところは国じゃないけど。そんなところだ』

ガサツな人間に見えたが存外にロマンチストの気質もありそうだ、とsomeoneは冷静に分析した。

斑虎『読書を遮ってまでわるい。でも、昨日の夜からそんなことを考え始めたら寝られなくなってな。誰かに聞いてもらいたかったのさ』

“だからさ”、とそこで斑虎は一瞬逡巡する素振りを見せた後に言葉を続けた。

斑虎『今度の【大戦】、同じ戦場で戦わないか?
敵軍同士、死力を尽くして終わったらノーサイド。仲良くしようぜ』

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

654 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その4:2021/03/21(日) 10:09:25.609 ID:DEDVMKHEo
someone『…それは結局、僕とただ闘いたいだけなんじゃないの?』

斑虎『そうとも言う。半分はそうさ。お前、すごく強そうだしな。
もう半分は、そうだな。もっとお前のことを知りたいと思ったのさ』

someone『なんだよそれ』

思いのほか素直に白状する彼に、思わず少し吹き出してしまった。
人を口説くにしても話の展開が強引でめちゃくちゃだ。もし小説で同じあらすじのものがあるなら三流もいいところだ。
ただ、真意を隠されるよりもこうして表に出してもらったほうがはるかに気持ちいい。someoneはそう感じた。

斑虎『それで、どうする?』

自信に満ちた、それでいて真剣な彼の目を見て、惹かれるものがないかといったら嘘になる。

これまで魔法学校にも、宮廷内にも彼のような人間はいなかった。誰もが心の中で壁を作り、ライバルでもある周りに真意を明かすことはなかった。
本音で語ろうものなら誰かが聞き耳を立て弱みを握られる。不快感のある緊張感が常に彼の周りに立ち込めていた。さらに師に至ってはあの性格だ。
一連のやり取りを経て人間不信に陥ったsomeoneにとって、目の前の彼は正に当初思い描いていた“奇抜で特異な【会議所】”を体現する人物のように見えた。

somoene『そのままでは頷けない』

斑虎『ほう。じゃあどうすれば受けてくれる?』

someone『…勝ったほうが、飲み物を奢る』

斑虎はニカリと笑った。

斑虎『痛い出費だな。わかった、お前の提案を受けよう』

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

655 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その5:2021/03/21(日) 10:11:40.188 ID:DEDVMKHEo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 someoneの自室 1年前】

二人は扉を開け、部屋に入り込んだ。“適当に座ってよ”と言うsomeoneに対し、斑虎は辺りを見回し書物の山に埋もれていた座布団を無理やり引きずり出した。

斑虎『なあ。さっきの戦いは俺の勝ちってことでいいんじゃないか?』

someone『撃破数ではね。でも戦果に逸りすぎて、僕の部隊からの挟撃で壊滅していたから戦術面では負けだよ』

斑虎『厳しいなあ。今月の出費もかさむ』

バッグに大量に入れた酒瓶を下ろし、斑虎はチョコ酒の瓶をsomeoneに手渡すと、自身の分は一気に飲み干した。

二人は【大戦】後に“反省会”と称し、どちらかの奢りで持ち込まれた酒で、朝まで飲み明かすのが恒例となっていた。

あの日、斑虎から話を持ちかけられ【大戦】に参加したsomeoneは、敵兵を最も多く撃破した者に贈られる撃破王の称号を運良く手にした。
同じ戦場でたけのこ軍にいた斑虎も獅子奮迅の活躍を見せたが、魔法で何重も罠を仕掛け敵兵を次々に屠るsomeoneの姿は敵味方から恐れられた。

終戦後に再会した時の彼の表情といえば、今でもたまに思い出すほど印象的だ。
目を丸くし驚いているような、しかし本音では悔しいような、それでも最後には満面の笑みで喜び讃えてくれた。そこに彼の明け透けな人となりが見えた気がした。
それ以来【大戦】で対決する勝負は続き、今では腐れ縁ともいえる仲になっていた。


656 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その6:2021/03/21(日) 10:13:12.951 ID:DEDVMKHEo
すでに斑虎は三本目の瓶を空けながら、ほんのり頬を赤くしつつ部屋をぐるりと見回した。

斑虎『お前の部屋はいつも魔法グッズに溢れてるな。少しは掃除したらどうだ?』

someone『物に囲まれてるほうが落ち着くよ。それに全て魔術の研究に必要なものだから』

斑虎『限度がある。身も心も整理整頓しないと強くなれない。明鏡止水に至るための、武道の基本だ』

確かに、彼の部屋に比べると自室は書籍や魔具で溢れかえり雑然としている。
自由奔放で豪快な人間に見える斑虎だが、その実は質素な生活を好み日々の鍛錬を欠かさない武道家だ。
決して他人には見せないが、彼が裏で努力を重ねる武人だということは、長い付き合いで分かっている。そうした部分は、素直に尊敬する。
ただ、世話焼きすぎて、酒が回ると小言が多くなるのは玉に瑕だが。

斑虎『そういえば。前に話していたルールの話、どうなった?』

someone『うん。ちょっと見てほしいんだ』

彼の言葉にsomeoneは立ち上がり、地面に散乱した紙切れを器用に避けながら机までたどり着いた。
斑虎の呆れた視線を背中に一心に感じるが、魔術研究に時間をかけているから掃除の時間がないのだ。
机の上に置いていた“新ルール草案書”を手に取り戻る。

someone『どうかな。見てほしいんだ』

斑虎『あいよ』


657 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その7:2021/03/21(日) 10:14:40.687 ID:DEDVMKHEo
元々は、魔術研究の空き時間にはほんの息抜きで【大戦】の新ルールを考え始めたのが発端だ。
先日の反省会の際に斑虎に見つかってしまったが、彼は馬鹿にすることなく寧ろ感心し、このルールを完成させて会議で提出しようと言い出したのである。
大それた話に最初は拒否したものの、熱心な彼の説得に半ば折れる形で、本格的なルール作りを始めたのである。

斑虎『ふむふむ。大戦場に拠点を複数作り、先に制圧した方が勝利するルールか。いいじゃないかッ!おもしろそうだッ!』

someone『この【大戦】ルールを【制圧制】と名付けて、今度の会議に提出しようと思うんだ』

斑虎『それはいいッ!応援するぜ、someoneッ!』

感謝の意を込めて頷くと、someoneは懐からパイプを取り出し、火を付けた。
それに気づいた斑虎は、草案書柔らかな笑みを浮かべた。

このパイプは去年、斑虎から貰った嗜好品で、本人も以前異国の地で行商人から貰った舶来品だという。
彼自身は禁煙家のためずっと家に置いていたが、someoneが喫煙家だということを知り家の奥から引っ張り出してきたらしい。
きめ細やかなグレイン柄は大人びた色合いで、密かなお気に入りだ。

会議所に来てからというものの、someoneは幸せだった。
何より魔術師791と顔を合わせる機会が少なくなった、というのが最大の理由だ。表向きは面識が無いのだから、こちらも無理に振る舞う必要もない。


ただ、醒めない夢はない。

いつまでもこの幸せが続くことはないのだ。
次の会議になれば、嫌でも彼女と顔を合わせなくてはいけない。その際に、必ず近況を“報告”しないといけないのだ。


658 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 親友編その8:2021/03/21(日) 10:18:38.974 ID:DEDVMKHEo
残された時間は決して多くない。
ここ最近、徐々にではあるがカキシード公国のオレオ王国へのちょっとした圧力を随所に知る場面が増えてきた。小競り合いや、外交、交易など。
すでに戦いのための布石が打たれていると受け取らないといけない。

いつか時が来れば公国に召還され、魔術師791の命令の下で、オレオ王国侵攻の要を担う時がくる。

俯瞰して彼女の話を聞けば、侵攻の論理は滅茶苦茶で容認し難い。
征服欲のため、公国の支配者となるべく、何より甘いチョコが好きだから。
何の罪もない公国民と王国民の生命を弄ぶ行為はsomeoneにとって断じて受け入れられない。
一方で魔術師の側から言わせれば、王国侵略は国を治め公国を率いるために必要な覇道の一環だと語るだろう。それはただの詭弁だと頭の中では分かっている。

ただ、実のところを言えば、someoneは彼女の考え方を否定しきれない部分がある。
陰うつとした公国の貴族社会文化を打ち崩すため、彼女は遠回りしながらも立ち回り続け、今や国の影の支配者までにのし上がった。
その彼女の生命を削ってまで懸命に立ち向かう様を、幼い頃から間近で見てきた。
目にしてしまった。

幾ら、彼女の本性を垣間見て裏切られたと思っても、彼女の偉業そのものを否定することはできない。
さらに養父母が無くなっている今、彼にとって育ての親といえば彼女しかいない。
恩師であり“親”でもある彼女の存在は、いかに口では否定しても、その存在の大きさを無視できないほどに重要で尊いものだった。

もし近い将来に、彼女から面と向かい“協力しろ”と言われた時。

果たして拒否できるのだろうか。
支配による恐怖からではなく、“親”に反抗するという、世間一般でいうところの不義理を自分自身が選べるのだろうか。

someone『…』

口に溜まった紫煙が吐き出され、ふわふわと天井に向かう。
所在無げに天井に浮遊し立ち込める白い微粒子の集まりはまるで自分のようだと、someoneはぼんやりと思った。


659 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/21(日) 10:23:17.949 ID:DEDVMKHEo
親友のと出会いを経て変わろうとするも、同時に過去の呪縛から抜け出すことができず、someoneさんは葛藤しています。
次回、ストーリーが大きく動きます。

660 名前:たけのこ軍:2021/03/21(日) 21:09:09.024 ID:1gCEnaZE0
虎ちゃんがかっこいい

661 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/03/28(日) 19:47:12.445 ID:CXvWy3TMo
今日の更新は難しいので、今週のどこかで更新できるようがんばりまつ。

662 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その1:2021/04/01(木) 23:04:12.425 ID:mUruyWkso
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 791の部屋 4ヶ月前】

会議所本部の一角に建つ、上級兵士宿舎内のとある部屋の前に立つと、someoneは深く息を吐いた。
目の前の漆黒に塗られた扉を見るといつも気が重くなる。
人生で最も気の乗らない時間だとこの扉の前に立つ度に思っているが、つまり毎回同じことを感じているということは毎度更新され上書きされているということなのだ。

これ以上無駄な時間を過ごしても仕方がないので意を決し扉をキッチリと四度叩くと、中から“はーい”という純真無垢な声とともに、ガチャリと扉が開いた。

791『someoneさん、いらっしゃいッ!どうぞ入ってよッ』

群青のローブにすっぽりと包まったsomeoneを見るや否や、紫紺(しこん)のローブを着た791は満面の笑みで自室に招き入れた。
ワンカールした彼女の黒髪が、持ち主の心の内を表すように楽しげにたなびいていた。

791『上がってよ。そういえば久々だね?someoneさんと会うのはいつ以来だろうね?』

someone『五ヶ月と四日ぶりです』

791『すごいッ、よくそんな日にち単位で覚えてるねッ!もしかして待ち遠しかったかな?』

その逆だ。

苦痛とは、日が経ち当時の記憶が薄れようとも、決して心の中から消えることはない。再び同じ場面に遭遇すれば、嫌でも身体は当時のことを覚えているのだ。
それどころか思いがけずトラウマを想起すると、当時の精神的苦痛は打ち寄せた波のように、以前よりも勢いを増して襲いかかる。

それならば、忘れずにずっと覚えていれば良いのだ。
someoneは一番忌みすべき師との邂逅を全て記憶するようにした。
苦痛という螺旋の渦の中に自分自身が飲まれているということを自覚さえしていれば、少なくとも増幅する精神的苦痛を軽減することはできる。
他方で、普段から苦痛を自覚し続けることは大きな代償となるが、その感覚もとうの昔に麻痺してしまっていた。


663 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その2:2021/04/01(木) 23:05:45.581 ID:mUruyWkso
彼女の案内で、someoneは大広間に通された。
一息つきフードを脱ぐと、赤毛の前髪を払いながら、改めて室内をぐるりと一瞥した。
壁紙やカーペット、それに窓際のかわいらしい柄のカーテンはどれも淡いクリーム色で統一され温かさと清潔感を演出している。
壁に立てかけられた本棚には多様な書物が揃えられ中心には応接用のソファがちょこんと備え付けられている。通路を挟んだ奥には寝室と執務室があるのだろう。

上級宿舎となれば、今のsomeoneが住んでいる部屋の間取りとは大きく違う。広々としたリビングにキッチンルーム、寝室に客室。
ほぼ全てが一部屋に詰まっている自分の家とは天と地の差だ。【会議所】にとって彼女がいかに重要な人物であることかを示す表れでもある。

791『さてと――』

791は黒光りを放つソファに深々と腰掛けると、次の瞬間、パチンと指を鳴らし瞬時に防音の魔法を部屋中に張り巡らせた。

791『――someone。最近の状況はどうなっている?』

途端に、目の前の師は“魔術師”の顔つきになっていた。
冷酷で誰も信用していない、あの醜い目つきだ。

someone『…特に報告はありません。ケーキ教団は変わらず警備が固く、潜入できていない状況です』

791『そうなんだ。なら、いいよ』

直立不動で報告する弟子を気にもせず、あっさりと791は言葉を返した。
元より【会議所】の動向などあまり気にしていないとさえ思うほどの興味の無さだ。


664 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その3:2021/04/01(木) 23:07:32.913 ID:mUruyWkso
791『ここ最近、私が公国の方に付きっきりで、こっちに来てなかったのは知ってるよね?
向こうは変わらずだよ。内務はNo.11が頑張っているかな。一方で、着々と“準備”も進んでいる』

“準備”とは、即ちオレオ王国への侵攻と公国を仕切るライス家を一掃する行動のことだ。

someone『つい数日前、公国通関の査察で王国から輸入したチョコの成分量に問題があるとして、輸入手続きに支障が出ているという報道を見ました』

791『めざといね。あれはNo.11の発案でね、オレオ王国お抱えの業者に難癖をつけたのさ。成分に混じり気のあるチョコを出されると国家間での関係悪化になりかねない、とね。
こうした小さな問題をここ数ヶ月以内に積み重ねていく。

そうすれば、外交関係の悪化を引き起こし、いざ公国が王国を糾弾する立場となったときに、世界は間違いなくこちら側に付くよ。

世界は“理由”を求めているのさ、他人を叩き自分に火の粉がかからないための建前をね』

外交を熟知している彼女は、引き際と攻め際をよく心得ている。

オレオ王国がチョコ革命の覇権を握り非武装国家ながら世界最大級の経済発展を続けている現実を、快く思っていない組織は少なからず存在する。
しかし、三大国の一角である王国に楯突くこともできず、彼らは心の中で苦虫を噛み潰しながら彼の国の台頭を許している。

彼女は、そうした文句一つも言えない中小国家に寄り添うように、そっと“理由”を創っているのだ。
オレオ王国の横暴でチョコの輸出は締め付けられ価格は高騰し、世界の発展は著しく遅れる。
その悪しき事態に、国家群を代表してカキシード公国が王国に立ち向かう。
彼らがどちらに付くかは、火を見るよりも明らかだ。


665 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その4:2021/04/01(木) 23:08:31.923 ID:mUruyWkso
その後、someoneはここ最近の【会議所】の動向を報告した。大戦の結果や定期会議についてなどで当たり障りないものばかりだ。
毛先を弄りながら興味無さそうに話を聞いていた791だが、ある話題になるとその手を止めた。

791『そういえば、someoneがつくった新ルール。えーと、【制圧制】だっけ?その評判がすごく良いみたいだね?』

その言葉に、someoneは曖昧に頷いた。

someone『先日の定例会議に上げたところ、試験的に【大戦】のルールで使ってみようという話になりまして。気づけばいつの間にかメインルールとして組み込まれることになりました』

控えめな彼の物言いに、791はそっと微笑んだ。

791『それはすごい。その噂は公国まで届いていたよ。
魔法意外にも才能があるなんて、さすがはsomeoneだねッ』

―― さすがはsomeoneだねッ

彼女の最後の言葉が頭の中で何度も繰り返される。

思いがけない賛辞に、someoneは戸惑った。
何より、他愛もない称賛の言葉にここまで心を動かされる自分自身に驚いていた。
すでに目の前の師とは決別を決めたはずなのに、心の奥底では彼女を求めている。
その事実に愕然とした。


666 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その5:2021/04/01(木) 23:09:26.426 ID:mUruyWkso
791『斑虎さんともすごく仲がいいんだってね?彼は芯の通った勇敢な戦士だよ。
打ち解けられる友達ができるなんて。私としても本当に喜ばしいことだよ――』

しかし、そうして心の中に仄かに灯った暖かな火は。



791『――本当に、いい人を“選んだ”ね』



彼女自身の言葉で、いとも簡単に崩れ去った。



選んだ。

選んだとは、なにか。

791『someone、君の選択は間違ってないよ。私も同じ立場だったら斑虎さんを“選ぶ”。
彼は誠実だし裏切らない。傍に置いておくに最適な人物だ』

ひとつひとつの言葉が癪に障る。
決して、下心で斑虎と親しくなったわけではない。そもそも、友人とは打算を以て作るものではない筈だ。目の前の魔術師には決して分からない価値観だろう。


667 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その6:2021/04/01(木) 23:10:16.474 ID:mUruyWkso
791『私はね、嬉しいんだよ。君がこの【会議所】の生活を通じて着実に成長している。その実感を得ているだけでも、君をここに送り込んだ価値があった』

彼女に分からないように、someoneは独り下唇を噛んだ。

悔しかった。
斑虎を貶められているようで。

なにより、先程までこんな人物に心を動かされていたという事実を受け入れたくなかった。

791『引き続き【会議所】を謳歌しなさい、someone。
だけど、いつの日か君には当初の目的通り此処の動向を本格的に探ってもらわなくちゃいけない。
それまで、未来の“魔術師”として使える人間、使える道具を見極めておきなさい』

ただ、暗い影だけが残った。


668 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その7:2021/04/01(木) 23:13:04.837 ID:mUruyWkso
それから暗澹たる思いで日々を過ごしながら、三月程前。最大の転機が訪れた。

その後のsomeoneの人生を大きく変えたのは、一枚のよれた紙ひこうきだった。


【きのこたけのこ会議所自治区域 3ヶ月前】

その日【大戦】が終わり、いつものように斑虎と反省会と称した飲み会を終え、夜更け頃にsomeoneは彼の家を出た。
いつもであれば彼の家でたっぷりと睡眠を取り翌朝になってから帰路につくのだが、この日は少しでも早く戻りたい事情があった。
自身の魔術研究が大詰めを迎え、少しでも早く頭の中の論理を実践したかったのだ。

日夜独りで書物を読み漁り研究を重ねる中で、遂に長年の夢である目標に大きく前進するための一歩を踏み出せるところまできていた。
その興奮から眠気もほとんど無かった。妙な気の逸りに、思わず斑虎からも心配されたほどだ。それでも彼は大酒をくらい寝てしまったが。

斑虎の家は【会議所】本部から少し離れた郊外に存在する。
一方でsomeoneの家は本部内にある一般兵士宿舎のため、この町を抜け草原を越え【会議所】本部内に戻る。
普段は賑わいを見せる目の前の中心街も、当然のように夜更け頃には全くといいほど人通りがない。特に、【大戦】直後では皆も疲れ切っているためなおさらだ。

だから、それが良かったのかもしれない。

someone『あれは…?』

早足で歩いていると、戸障子の閉まったとある商家に自然と目が向き、someoneは歩みを止めた。

何か得体の知れない“気”を感じたのだ。
頬をそっと撫でられるような、こそばゆい感覚。この感触には覚えがある。
近くに魔力の痕跡がある時のそれだ。
果たして商家の屋根に止まっている一通の紙ひこうきを見つけることができたのは、その紙から微小な魔力が漏れているためだった。


669 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その8:2021/04/01(木) 23:17:04.884 ID:mUruyWkso
魔法学校時代より791の訓えで、魔法力を鍛えるために普段の生活から魔力の行使を要求された。普段から微小な魔力を使いながら身の回りの魔力を感じる訓練を続けていたのだ。
最初は辛く一時間も持続しなかったが、長く続けるうちにいつの間にか日常化し、自身で微小な魔力をコントロールできるようになっていた。
その結果、someoneは日常的に微量な魔力でも検知できる特異な能力を持つようになっていたのである。

紙ひこうきを見つけても、当初彼の気持ちはなびかなかった。
遊びの中で子供が魔法で飛ばし、そのまま放っておいたのかもしれない。よくある出来事だ、不思議でもない。

そう普通なら気にも留めない何気ない日常の出来事だが、その日は違った。
普段とは一切違う夜のしじまに変を感じたのか、はたまた自宅までの帰り道の途中の退屈しのぎに使おうとしたのか。

理由はわからないが、遂にsomeoneは念動魔法で屋根に引っかかった紙ひこうきをふと自分のもとに引き寄せた。

くしゃくしゃになり、手のひらサイズに収まる程の紙ひこうきは折り目の中から僅かな赤光を発していた。
妙な魔力の按分に中身を開こうとすると、指先に僅かな電撃が走るとともに紙上に文字が浮かび上がった。
これは軽い封魔文書だ。

『この文書が、何処かの見知らぬ探求家に届いていることを祈る。人の十分いない場所で読まれたし』

浮かび上がった意味深で仰々しい文に一瞬眉を潜めたが、すぐに子供の遊びだと思い直した。
そして、冗談半分で家まで持って帰ると、正直に警告に従い自室で開封した。

封魔文書はあくまで警告文だけで、特に鍵もなく中身をあっさりと開封することができた。



それは苛烈を極めた、【会議所】の内情を暴露した告発文書だった。


670 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その9:2021/04/01(木) 23:20:26.663 ID:mUruyWkso
someone『これは…ッ!』

頭の中から魔術研究のことなど抜け落ちすぐにわら半紙を両手に握ると、地べたに落ちる屑紙の山を押しのけ、その場にどかりと座った。
急ぎ目を通し始める。文書は筆者自身の軽い自己紹介から始まると、丁寧に事の次第が記されていた。

―― 【会議所】は裏でケーキ教団を隠れ蓑とし、【大戦】に使用しない密造武器の製造を行っている。

―― その武器を秘密裏に他国に横流しし、彼らは見返りとして大量の角砂糖を受け取っている。
角砂糖はケーキ教団の各支部に支給され、一部の幹部は夜な夜な“儀式”と称し角砂糖を溶かし、魔法錬成で強化された“飴”を生成している。

―― 各支部で生成した飴は再び教団本部に集められ、チョ湖付近でまことしやかに囁かれる“きのたけのダイダラボッチ”生成の材料となっている。
あの巨人は伝承上の存在ではなく実在する。飴細工の巨人だ。
巨人の正式名称は不明だが、ケーキ教団を介し【会議所】が秘密裏に準備している新型陸戦兵器であることは間違いない。

―― 確証を持てないが、【会議所】重鎮のきのこ軍 ¢(せんと)は本計画の推進者ではないかと考えられる。
参加名簿から他の数名とともに計画的に【大戦】を欠席しており、恐らくチョ湖での密輸に立ち会っているものと考えられる。

―― 巨人はチョ湖近くか教団本部内に貯蔵されており、その数は不明。湖内に格納庫へと通じる通路があると予想され、彼らはチョ湖を通じて地上に姿を現している。
巨人の使用用途、実力は一切不明だが自力で湖畔を闊歩している。その技術力の高さは計り知れない。

さらに、後半には筆者の今後の予想も語られていた。


671 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その10:2021/04/01(木) 23:22:22.151 ID:mUruyWkso
『ここからは全て小職の考察になる。

【会議所】が“きのたけのダイダラボッチ”を製造する目的は大凡(おおよそ)自衛のためとも考えられる。
【大戦】の継続開催で、大国と争うだけの戦力を整えつつあるものの、未だ軍防令は整備されておらず、今後自治区域として他国に立ち向かうには不安が残る。
ここ最近はカキシード公国とオレオ王国間で緊張が高まり、先の大戦乱を想起させる時局に近づいてもいる。
両国に接する自治区域は真っ先に巻き込まれることとなり、防衛のためと見れば新兵器開発には正当性があるように見える。

他方で、果たして本当に自衛のためなのかと勘ぐってもしまう。
他国を刺激しないために秘密裏に軍備を進める意図は分かるが、わざわざケーキ教団を介してまで回りくどい方法を取る理由がいまいち判然としない。
加えて、ケーキ教団内部から感じるただならぬ緊張感、さらに計画的なまでの彼らの暗躍めいた行動からは、なぜだか背後にとてつもなく大きな“闇”を感じてしまう。

恐らく【会議所】は、否、敢えて踏み込んで書けば。

議長の滝本を始めとする一部の上層部は、“きのたけのダイダラボッチ”という強大な軍事力を使い、何か恐ろしいことを考えようとしているのではないか?

これらは全て長年の勘による推測でしかないが、このおとぎ話のような仮説が外れていることを切に願う。

いずれにせよ、非合法の武器を他国に密輸している【会議所】の行動は間違っている。
努力したが、私一人では彼らの誤った“正義”を止めることは出来なかった。

この文書を読んでいる探求家へ。

頼む、【会議所】を止めてくれ。
世界を救ってくれ。


たけのこ軍 加古川かつめし』


672 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その11:2021/04/01(木) 23:25:42.461 ID:mUruyWkso
ねずみ色の半紙には綺麗な筆跡で、想像を超える規模の話がつらつらと書かれていた。普通の人間ならば何の冗談かと鼻で笑うだろう。
中にはよくできた作り話だと感心する人間もいるかもしれないが、所詮は三流小説の域を出ず精々は飲み屋の中での話のネタにする程度だ。まともに取り合う人間はいない。

someone『馬鹿なッ…』

だが、someoneは違った。

文書を読み終わり愕然とした。

不思議なまでに連動しているのだ。
この文書にかかれている【会議所】の思惑と、791の語った内容の一部が不可思議なほどに一致しているのだ。


四年前、武器商人¢(せんと)が公国を訪れた時、彼はNo.11に、ケーキ教団を立ち上げその内部に巨大な武器製造拠点を造るという話をした。
秘密裏に交わされたこの内容の一致だけでもかなり信憑性は高いが、極めつけは“角砂糖”だ。

彼が、武器提供の見返りとして魔法書と梱包材のための角砂糖を求めたと聞いた。公国側はてっきり魔法書の方を目当てにし、同封する角砂糖は梱包材代わりのカモフラージュなのだとばかり考えていた。
しかし、【会議所】の本当の狙いは公国産の角砂糖を手に入れ、新型の陸戦兵器を造るための飴材にすることにあったのだ。
“きのたけのダイダラボッチ”の話は、かつて一度だけ耳にしたことがある。よもやその巨人が【会議所】の新型兵器だとは夢にも思わなかった。

筆者の兵士の名にも覚えがある。最近、チョ湖支店に異動したが、温和で頼りになる性格で、本部時代には何度か世話になった年配のたけのこ軍兵士だ。
もし本当に彼がこの文書を書いているのだとしたら、あの人となりからここまで突拍子もない嘘をつくとは考えにくい。

someone『加古川さんに真意を確かめてみないといけないな』


673 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その12:2021/04/01(木) 23:27:25.899 ID:mUruyWkso
はたして次の日。

その加古川が過労のために意識不明で倒れ入院。彼の邸宅は火の不始末で全焼。

someoneの耳にその顛末が届いた時、昨夜の告発文書は真実であることを確信した。
彼は真実を究明しようとし、ほぼ解明してしまった。そして、恐らく外部に公表しようとして【会議所】の重鎮に口封じされたのだろう。
ここにきて【会議所】を取り巻く謎は急激に明かされ始めた。


一方でsomeoneは独り考えあぐねていた。
これで、【会議所】がなぜ突如としてカキシード公国に密造武器の提供を始めたかは明らかになった。
“きのたけのダイダラボッチ”を造り出すためだ。
だが、巨人を何の目的に使うのかまでが判然としない。大戦乱に備えるためか、あるいは【大戦】の新ルールに用いるためか、はたまた自治区域の最終兵器とするためか。
どれも全て可能性があり現時点で絞り切ることは難しい。唯一、加古川が身内に口封じされたのだとしたら、その物騒さから【大戦】の新ルールのためではないだろうと考える程度だ。


だが、そのような判然としない真実の探求以外に、彼は酷く重大な問題と直面していた。


それは自らの師である魔術師791への報告を行うかどうか、である。


674 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その13:2021/04/01(木) 23:28:46.753 ID:mUruyWkso
パイプを蒸かしながら考える。答えは出ない。

元々、【会議所】に呼ばれた彼の目的は、一連の真相を探ることにある。
彼女からの任を全うするためには、ここで報告しないという選択肢はあり得ない。

先の一件から、someoneの心はすっかり彼女から離れてしまっていた。
だが同時に、明確に裏切りという形で、彼女と縁を切るための踏ん切りを付けられていないことも、また事実だった。


楽しみ終わったパイプを再度蒸かす。まだ答えは出ない。

何も考えずにこの文書を彼女に手渡せば、この胸を締め付けられる苦しみから解放され、楽になれるのだろうか。

―― 『よくできたね、すごいよsomeone』

―― 『魔法意外にも才能があるなんて、さすがはsomeoneだねッ』


675 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その14:2021/04/01(木) 23:29:41.479 ID:mUruyWkso
脳裏に幼少期からずっと見てきた彼女の喜んだ顔が浮かんでは消える。
屈託のないあの笑みが好きだった。

パイプから口を離し、深く長い紫煙を吐き出す。
すると、まるでこれまでの恨み憎しみが紫煙とともに自分から離れていくように、彼の気持ちは不思議と穏やかになった。
なぜ自分が彼女に怒りの気持ちを抱いているのかも少し分からなくなってしまった。

裏切られたとはいっても、結局彼女は自分のことを他の誰よりも一番に評価してくれている。後継者として彼女の愛を一身に浴びているのは自分だ。
それに、【会議所】で穏やかに暮らせているのも、彼女の計らいによるものではないか。


もう一度だけあの笑顔を見られるのであれば。

彼女への協力も悪くないのかもしれない。



そう思ったのもつかの間。


676 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その15:2021/04/01(木) 23:31:04.349 ID:mUruyWkso



―― 『君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ』



安穏とした心持ちは、途端に“あの日”に彼女から投げかけられた言葉を思い出すとともに、儚く無残にも砕け散った。


“あの日”に彼女から受けた仕打ちを、悲しみと憎しみの入り混じった怨嗟がフラッシュバックした。

思わずはっとしたsomeoneは口からパイプを落とし、慌て周りに漂う紫煙を勢いよく吸い込んでしまい、果てには咽(むせ)て咳き込んだ。
だが彼の脳内には、瞬時にかつての悲しみと憎しみの怨嗟の数々が駆け巡った。
それはまるで、先程パイプで吐き出した紫煙に憎悪の数々の感情が含まれ、再びそれを取り込むことで先程までの自身の情緒を取り戻したかのような、そんな移り身の早さだった。


―― 『私はね、ずーッと探していたんだ。手足になってくれるような人間と、後継者をね』

―― 『君が私の“手駒”として使えるようになれば百人力だ』

―― 『私も同じ立場だったら斑虎さんを“選ぶ”。彼は誠実だし裏切らない。傍に置いておくに最適な人物だ』


677 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その16:2021/04/01(木) 23:34:28.290 ID:mUruyWkso
心の通っていない言葉、口調、態度。
まるで泉から溜まった水が溢れ落ちていくように、脳内に次々と彼女とのやり取りが映し出されていく。

そうだ。
肉親から捨てられ、養父母からも厄介払いされ、最後に自分が信じ縋り付いた唯一の存在は。


自分をただの道具としてしか見ていない、最悪の人物だった。


裏切られた。

    踏みにじられた。

       蔑まれた。

           信じられなくなった。


自分という存在を真に認めていないのだと分かり、哀しかった。


落としたパイプを拾い、じっと見つめる。
心の底まで魔王に染まり切っている師への師事が、本当に自分の本意かと言われれば。

それは確実に違う。
彼女の思想、行動は間違っている。
全てが独善的で、排他的で、その行動の殆どは他者を顧みないものに過ぎない。


678 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その17:2021/04/01(木) 23:35:50.833 ID:mUruyWkso

―― 791『“魔術師”は全ての物事に優劣を付ける。全ての行動に意味を見出す。それこそが魔術の本懐。君は選ばれたんだよ、someone』


パイプをまた蒸かそうとし、その手を止めた。
あれ程心のなかでは嫌っていても、彼女の言葉が自分自身の心を鎖のように縛り付ける。
どれだけ否定しても、自分もあの“魔術師”の思想を少なからず汲んでいるのではないか。
そう思うと途端に怒りの感情は不安へと変わっていた。


自分の取るべき行動に本当に価値があるのだろうか。

一体、自分はどうしたいのか。



完成間近の研究を放り出し、来る日も来る日もsomeoneは悩み続けたが、答えは出なかった。
彼は、791の呪縛から逃れられなかったのだ。


679 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/04/01(木) 23:37:17.463 ID:mUruyWkso
加古川さんの紙ひこうきがここで活きてきます。

680 名前:たけのこ軍:2021/04/05(月) 23:12:20.937 ID:A4QWruoI0
恐ろしき人々。

681 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その1:2021/04/11(日) 21:06:16.995 ID:JjUMM2OMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 2ヶ月前】

斑虎『おい、somone?』

斑虎からの心配そうな声で、someoneは暗く拘泥とした思いから意識を戻した。
気がつけば自分の身体はいつもの芝生の上で三角座りをしており、その隣には半身だけを起こした彼が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。

最近は深く考え込むせいか、こうしていつの間にか意識をかすませてしまうことがある。それでも、身体だけは過去の記憶を頼りに動けているのは不思議なものだと、変なところでsomeoneは人体の反射行動に感心した。
そういえば以前に読んだ本で、犬を使い同様の実験を行った話があったことをふと思い出した。

斑虎『どうした、そんなに暗い顔して。なにかあったか?』

本心を探りあてられたようで、内心でドキリとした。

someoneは自身のことを無口で希薄な存在だとばかり思っていたので、周りから心配されるはずがないと決めつけていた。だが、唯一隣りにいる斑虎だけはこちらの変化に気づいていたようだ。
彼に理由を聞けば、“数年来の付き合いだから親友の様子はわかって当然だ”と、自信ありげに鼻の下でも擦りながら語るだろう。
そんなちょっとした指摘にも内心嬉しくなり、珍しくsomeoneは口元を緩めた。

someone『大丈夫だよ。なんでもない』

斑虎『そうか?ならいいんだが』

彼は肩をすくめると、しなやかな足を伸ばすとともに、再びその身を芝の上に投げた。
過度に問い詰めてこず適度な距離感を保とうとするのも、彼の良いところだ。


682 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その2:2021/04/11(日) 21:07:41.555 ID:JjUMM2OMo
果たして、自分はどうしたいのか。

この一月、someoneは自分自身へのその問いに答えを出せず、ずっと悩み続けていた。
師に屈するのか。否、彼女の暴挙は許せない、だがたった一人の“親”への裏切りになる。
そもそも、師への報告を怠ったとして自分なんかに彼女を止めるほどの力があるのか。

ある思いが浮かんではすぐにそれを打ち消す否定が飛び出し、それを否定すれば別の観点から疑問が生まれる。
いくら考えても堂々巡りで、胸が押しつぶされるように苦しくなるばかりだった。

ただ、心の中で自問自答を続けるうちに一つだけはっきりと自覚したことがある。


それは、この平和で忙しい【会議所】の風景を、someoneは存外に愛しているということだった。


いま、からりとした空模様だった晩冬が過ぎ、季節は花の春へと移り、中庭の周りは甘い新緑の匂いに包まれ始めていた。
蕾を持つ花々は待ち焦がれていたようにいっせいに花を開き、そよ風に花弁が吹かれ花吹雪を散らし、人々はその中をかき分けながら忙しそうに行き交いしている。

祖国にも同じ風景が無かったのかというと決してそんなことはない。
向こうでも同じように新緑は芽吹いているだろうし、木漏れ日の中で穏やかな日を過ごせる場所はここ以外に幾つもあることをsomeoneは知っている。

だが、この【会議所】という場所はまるで万華鏡のようで、知れば知るほど妙で、呆れるほど色々なトラブルに巻き込まれながらも、決して飽きることがないのだ。
壮大な規模の【大戦】に、呆れるほどくだらない議題を取り上げる定例会議に、そして隣りにいる親友を始めとした想像を超えた情熱を宿す人間たち。
いい意味でここは雑多なのだ。

祖国愛も無ければ帰心が募ることもない。
いまのsomeoneにとって、この会議所自治区域こそが故郷だ。

この平和な風景を、日常を守りたい。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

683 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その3:2021/04/11(日) 21:08:52.617 ID:JjUMM2OMo
胸に秘める熱い思いを感じ、自分らしくもないと嗤う別の自分もいる。
かつてのsomeoneは冷静に極めて冷めた目線で、周りから一歩引いて全体を見回していた。
ただ、このような心境の変化に達したのも、今は考えすぎで少し感傷的な気分になっているのかもしれないし、そもそもの原因は隣りにいる情熱を体現したような男の気にあてられているからだとも思った。

さらに今までこの季節に特段特別な感情を抱いたことはなかったが、春は心機一転し一年の始まりの時期といわれる通り、ここにきて彼には先の心境に加え、もう一つ大きな意識の変化が芽生えようとしていた。


それは、他者への信頼と相談。


過去、決して彼が採ろうとしなかった選択肢で、一番不得手としてきた手段でもある。
これまで自らの行いを正当化するために何の意味も無いと断じ逃げてきた。

だが、彼はいま八方塞がりで、正直に言えば、誰かからの救いを求めていた。

今まで全ての取捨選択を自分で決め、顧みることなく進んできた。
それは今後も変わらないだろう。

だが、鬱蒼とし出口の見えない藪の中を突き進む不安気な自身の背中を、そっと押してくれるような。
あるいは導きの光を横で灯してくれるような、そんな相棒が隣りにいてほしい。

someoneはいま強くそう願っていた。

そして、その先導役を務められるのは、横で大欠伸(あくび)をかきながら惰眠を貪る彼しかいないという確信もあった。
果たして、この感情が今までの自身と比較し弱気からくるものかどうかは、今のsomeoneには分からない。確かにそうなのかもしれない。
だが、当時には選べなかった選択肢を、今は選ぶことができる。ただ、それを強みにしようとした。


684 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その4:2021/04/11(日) 21:10:05.759 ID:JjUMM2OMo
意を決し、someoneは声を上げた。

someone『一つ、頼みたいことがあるんだけど』

斑虎はすぐに上半身を起こしsomeoneを凝視した。
目を丸くし正に驚愕、といった表情だ。

斑虎『どうした。何かあったか?』

someone『そんな大したことじゃないよ。単に斑虎ならどう考えるかを聞いてみたいんだ』

斑虎『そうか。お前からの頼みなんて、これまで一度もなかったからな。びっくりした』

ホッと息をつき、だがなおも半信半疑な彼の顔を見て、彼を落ち着かせるためにsomeoneは敢えて口元を緩めてみせた。
心のなかで一拍おき、あらためてこれから話す内容を組み立てる。
恐らくこの内容で齟齬はないはずだ。

someone『たとえば。

たとえば、自身の過去にずっと縛られている男がいたとする。

男は育ての親にずっと恩義を感じていたが、ある日、彼はその親に心無い言葉をかけられ傷つき、裏切られたと感じて以来、誰も信じられなくなってしまった。
心の奥底では報いたくないと思っている。
でも彼は面と向かっては反論できず言いなりになるしかなかった』

自分でも不思議なほどに、言葉は流暢に口から出た。


685 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その5:2021/04/11(日) 21:11:19.212 ID:JjUMM2OMo
someone『ある時、離れた土地で暮らす親は高齢になり、老後の面倒を見てほしいと言い出した。親に報いる最大の好機が巡ってきた。

だが、男には今いる地で果たしたい夢があった。

男はどうすればいいか悩んでいる。大嫌いな親を見捨て自分の夢を優先すべきか、たとえ忌み嫌っているとしても、育ててくれたという恩に報いるべきか。
でも、もし前者を選んだら、親とは二度と顔を合わせることもできないだろう。
大嫌いな親のはずなのに、男は踏ん切りをつけずにひたすら悩んでいる。

…という小説を、いま読んでいて。ちょっと感情移入してたんだ。
斑虎ならどう考えるかなと思って』

最後に無理やり取り繕ったが、斑虎は疑いもせずに真剣な顔でうんうんと唸り、“なるほど”と一言呟いてから、さらりと言葉を発した。

斑虎『なんだ。そんなことで悩んでいるのか、その男は?
それなら、答えはとてもシンプルだろ』

someone『そうなの?』

驚き半分、期待半分で聞き返す。
芝生の上で腕を組みながら、彼は特に考える素振りも見せず語った。

斑虎『ああ。その男の、育ての親への気持ちは何だと言った?』

someone『気持ち…?育ての親には裏切られて以来、心の奥底では嫌っているという気持ちのこと?』

斑虎『ほらな?』


686 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その6:2021/04/11(日) 21:12:13.259 ID:JjUMM2OMo
斑虎は嵐が去った後の空のようにニカリと笑った。

斑虎『それが“答え”だ。
育ての親など気にせず、自分の心で感じていることを、行動すればいい』

今度はsomeoneが目を丸くする番だった。

someone『確かにそうだけど…でも、男は幼少期から育ててもらった恩義を、少なからず感じている。
一方では縁を切りたい、でももう一方では血縁が無くとも親子関係があるから躊躇している。この相反する気持ちにずっと悩まされているんだ』

斑虎『育ての恩を考慮することは、たしかに大事だ。美徳だとも思う。
だが、本当に大事なことをその男は見失っている。

生きていくのはその男自身だ。
いちばん大事なのは、今の“自分の気持ち”なんじゃないのか?』

someoneは一瞬、言葉を失った。

斑虎『過去に縛られる必要はない。

昔はどうあれ、今の自分が何をしたいか。
心で考えていることをいの一番に優先しなくちゃいけない。

追加でひとつ聞くが、その男の果たしたい夢というのは、別に世間一般的にみれば悪い行いではないんだよな?』

慌ててsomeoneは頷いた。満足気に斑虎は何度も頷いた。


687 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その7:2021/04/11(日) 21:13:15.279 ID:JjUMM2OMo
斑虎『なら、なおさらだ。

いいか、someone。俺も昔ばあちゃんに言われたことだが。


程度こそあれ、誰しも心の奥底には、“正義”の火というものを宿しているんだ。

この火っていうのは人によって大きさは様々だ。
義憤に駆られ燃え盛る者もいれば、不正ばかりをはたらき中にはもう火種が消えてしまっている人間だっている。

でもな。心の中の正義の火が消えていない限り、自分が正しいと思う考えや行動は…
言葉遊びになってしまうが。



本当に、全て正しいのさ。



第三者から見れば、それは育ての親を裏切る背信なのかもしれない。
でも、考え抜いた末に裏切るという行為が、自分を含め他者に正しい選択なのだと思うのならば。






それは、間違いなく“正義”になる』


688 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その8:2021/04/11(日) 21:14:27.260 ID:JjUMM2OMo
脳天を金槌で殴られたような衝撃があった。

正義。

自分に最も程遠いものだと感じていた言葉を、目の前の親友は繰り返し使った。

正義という言葉は、実のところ苦手だった。
これまでのsomeoneの人生といえば、魔術師791に敷かれたレールの上を進む旅客列車のようなものだった。学校生活を与えられ、卒業後は働き口を提供され今に至る。
細かな地点での選択では自らの意志が介在するものの、俯瞰すれば少しカーブを曲がりながら遠回りしているだけで、結局は彼女の意志に沿いながら目的地へと向かっているに過ぎない。

彼女は公国の統一のため、魔法学校を起ち上げ単身で【会議所】に乗り込み、宮廷魔術師にまで成り上がった。過程や思想はどうあれ、全て自らの“正義”に基づき行動しているのだ。
対して、自分は結局彼女の言うところの手駒として日々を過ごしている。
そこに意思はなく、ここに決定的な彼女との差があった。
これまで悩んできた原因も、親への不義理という道徳的感情以外に、彼女との絶対的な思考の差を心では実感していたことによる卑下にもあった。

あらためて認めなければいけない。過去の自分は、目標に向かい邁進していた791に憧れていたと。

民衆を率い、国を起ち上げる彼らの掲げる正義の根本は、自らが正しいと信じ行動を起こす原動力だ。心から信じるものがあるからこそ、人は命がけで戦えるのである。
逆の面から言えば、信じるものがないのに戦えるはずがない。いわんや、自分自身を信じられず、他者と対峙することなどできる筈もない。


689 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その9:2021/04/11(日) 21:15:47.137 ID:JjUMM2OMo
someoneは勘違いをしていた。

正義とは、絶対的な結論を導く概念ではない。
人の数だけ正義が存在するのだ。

当たり前で普遍の真理に、何一つ気づけていなかった。
彼女が自分の掲げた正義の下でオレオ王国に侵攻しようとするのであれば、自らにもその暴挙を止め【会議所】を守るという正義を振りかざしても良い。
いわば、これは正義同士の対峙なのだ。

初めて、someoneは強大な存在と化す師と対等に対決するという実感を持ち、同時に麗らかな日の下だというのに、身体は不自然にも小刻みに震え始めた。
いくら口では強がっても深層心理では不安と恐怖で屈しそうになる。
彼は目を閉じ、心臓の中、深層心理の奥底に灯っているであろう “正義の火”のことをさっそく考えた。
小さな、だが暖かな火種を想像すると、彼の思いに呼応するようにその火は大きさを増し、すぐに身体の中心からじんわりと温かな熱が身体中に流れるようにポカポカとし始めた。
真冬の日に焚き火に手をかざした時の感覚と似ていた。

斑虎『まあ、ざっとこんなところだな。

別にいいんじゃないか?裏切ったって。
後ですべて終わったら“ごめんなさい”って謝ればいいんだよ。物分りのいい親は大抵許してくれるさ。

まあそれでも許されないこともあるが、そのときは…まあその時だな』

力強い論調から一転し最後の煮え切らない言葉に、思わずsomeoneはふっと吹き出してしまった。


690 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その10:2021/04/11(日) 21:17:12.817 ID:JjUMM2OMo
someone『なんだよ、それ。でも、斑虎らしいな』

斑虎『そうだろう?でもおもしろい話だな。なんて小説だ?今度貸してくれよ』

someone『読み終わったらね。でも…ありがとう、斑虎』

心を縛り付ける太くて重い鎖が、静かに溶けていく実感を持った。


魔術師791との訣別と対峙。
それは並大抵の努力では生き残ることはできないだろう。

さらに、someoneの掲げる“正義”には、彼女の暴挙を食い止める以外に別の条件も付記されている。
それは“【会議所】を今のまま公明正大に、平和を維持させる”こと。

彼(か)の魔王の歯牙から、この自治区域を守りたい。
平和なこの風景で、隣で斑虎と笑いあっていたい。

カキシード公国のsomeoneとしてではなく、きのこ軍兵士someoneとしてそう強く感じた。


691 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その11:2021/04/11(日) 21:17:57.686 ID:JjUMM2OMo
自らの抱く“正義”の体現のため、someoneは覚悟を決めた。

独りの力ではどうしても限界がある。だが、斑虎をこの問題に巻き込むには流石にリスクが大きく躊躇われた。

そして彼はすぐに、魔王と対峙する際に味方になれば強力な人物が近くにいることに気がついた。
とてつもない危険が付きまとうことは理解している。信頼に足る人物かも不透明だ。だが、試す価値はある。


“いつだって、世界を変えるのはド阿呆の振る舞いからである”。かつてどこかで読んだ本に書かれていた一文をふと思い出す。
敷かれたレールの上から独り離れたsomeoneはもう止まらない。今だけは、目的のために手段を選ばない師の考えを少し理解できた。

大人になったということなのかもしれない。
強大な魔術師に対峙するという突拍子もない行動は冷静に考えれば無謀だ。

生まれてからあらゆる事に無頓着に生きてきた彼は今、初めて熱き心でその情動を突き動かしていた。
幼少期にそのような経験をしてこなかった分、彼の振る舞いは、他の大人たちの目には青臭くさぞ不格好に映ることだろう。寧ろそれでいい。

彼はずっと子どものままでいたいと思った。

想像もつかない突拍子のない行動で、大人たちを翻弄させられるというのならば、いっそ成りきってみようと思ったのだ。



とてつもないド阿呆に。


692 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その12:2021/04/11(日) 21:18:40.952 ID:JjUMM2OMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議案チャットサロン 2ヶ月前】

滝本『それではこれにて会議を終了とします。お疲れさまでした』

室内に滝本の抑揚のない声が響き、静寂に包まれていた議場は途端に喧騒を取り戻した。
いつもの会議の風景だ。人々は熱心に会議に参加こそするが、難しい議題になると途端に閉口する。

困り果てた議長の滝本やその他の幹部級の兵士たちが案を出し合い、それを見て参加者は何食わぬ顔で議論を吟味する“振り”をして、最後には可決する。
公国で行われていた791の独断よりかは幾らか民主的ではあるが、些か偏ったものであると言わざるをえない。
この点、【会議所】はまだまだ不完全だった。

昼食のため足早に会議室を後にする兵士たちを尻目に、末席のsomeoneは席を立たずただじっと待ち続けた。
そのうち、数分も経たずに室内には滝本とsomeoneだけが残り、書類をまとめ終わった彼はようやくこちらに気づき、不思議そうな面持ちで近づいてきた。

滝本『おや、someoneさん。今日はお疲れさまでした。
そういえば、この間の【制圧制】ルールの【大戦】も好評でしたね。
貴方には¢(せんと)さん以来のルールクリエイターとして、これからも大いに期待していますよ』

someone『…』

滝本は、顔を俯向け黙ったままのsomeoneを不審に思い、顔を曇らせた。

滝本『どうかしましたか?』

someone『…僕は、【会議所】の“秘密”を知っています』


693 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の火編その13:2021/04/11(日) 21:19:51.369 ID:JjUMM2OMo
滝本『秘密、とは?』

彼は特に動揺も見せず、いつもの穏やかな口調で言葉を返した。見事なまでの平静さだと舌を巻く。普通の人間であれば面食らうか押し黙るが、会話の呼吸に乱れは一切ない。
しかし、普段の口調の奥には他者を探るような鋭さが垣間見える。この手の気は791でも同じだったから慣れている。
こちらの緊張感が彼にも伝わっているからかもしれない。someoneは慎重に言葉を選びながら話した。

someone『ケーキ教団。“きのたけのダイダラボッチ”。密造武器。
…この単語を言えば十分ですよね?』

滝本『…』

さすがの彼も何の返事もせず、暫く押し黙ったままでいた。
数分は経っただろうか、実際は数十秒程度だったのかもしれない。
焦れたsomeoneが、伏せていた目を上げると。

滝本『どこで、それを?』

カッと目を見開いた滝本が、いつの間にか翡翠(ひすい)から紅蓮に染まりきった瞳でこちらを見下ろしていた。
羽織っているアオザイの深紫(ふかむらさき)にボサボサであちこちに跳ねた青髪とあわせると、まるで神話に出てくる半獣のような禍々しさを放っている。

滝本『聞かせてください、someoneさん』

有無を言わさず無表情で凄む滝本に、someoneは怖気づくことなく言葉を返した。

someone『…私はなにも秘密を明かそうとしているわけではありません。寧ろ、その逆です』

滝本は初めて眉を潜めた。秘めていた言葉を、someoneはここで初めて明かした。

someone『僕も滝本さんたちの“仲間”に入れてほしいんです』


694 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/04/11(日) 21:21:28.565 ID:JjUMM2OMo
権謀渦巻く世界へようこそ。

695 名前:たけのこ軍:2021/04/11(日) 21:23:48.337 ID:6gOpr9uQ0
虎ちゃんがかっこいい

696 名前:きのこ軍:2021/04/17(土) 08:25:51.771 ID:M11AJfBEo
今週はお休みでごわす。

697 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その1:2021/04/25(日) 23:00:34.019 ID:3UqZRZxQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 2ヶ月前】

議長室に入るのは三年前に【会議所】に初めて訪れた時以来だ。ダークブラウン色に綺麗に塗装された板張りの床と執務机が、厳かな雰囲気を創り出している。
この部屋の粛然とした様子と無機質さは息苦しくいつ来ても落ち着かない。
壮大な風景ながら同じように無機質だった魔術師の間を彷彿とさせるものがあり、そう思う度に比べること自体が滝本に失礼だと思っていたが、なんということはない。権謀術策の面で言えば彼らは同類だったのだ。

someoneは自らの生い立ちから今日に至る葛藤まで、ほとんど全てを正直に話した。
自らが里子に出され、魔法学校に入学したこと。791に師事する中で魔法に目覚めたこと。そして、卒業後、彼女に心無い言葉をかけられ裏切られ、本性を知ったこと。彼女の指示で【会議所】に向かったこと。

目の前の議長の提案で議長室に移った後に、言葉は少ないながら事細かに詳細を話し終えると、彼はただ無表情のまま、ボサボサ頭を何度か掻いた。

滝本『つまり。貴方は、当初の経歴にある生まれは公国、育ちはシロクマ皇国という出自はデタラメで、本当はカキシード公国の魔法学校出身で、かつ魔術師791の一番弟子でもあり。
三年前に彼女の命で【会議所】の動向を探るために此処に来た、と。そういうことですね?』

someone『はい』

対面で間髪をいれず頷くsomeoneを見て、滝本は両のツリ目をさらに鋭くした。


698 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その2:2021/04/25(日) 23:01:05.331 ID:3UqZRZxQo
滝本『そして加古川さんの封魔文書を偶然手に入れ、我々の計画に気がついたというわけですか。
なるほど。つくづく、あの人の行動は我々にとって大痛手だったな…まあ、でも殺そうが生かそうが、結果は同じ。生かした分だけまだ価値があるな』

ふっと息を吐き自嘲気味に青髪を掻く彼の行動からは、あまり真剣味が感じられない。
まるで【大戦】でたけのこ軍に負けたきのこ軍兵士のような真剣味のなさだ。
口調もどこか他人事のように感じられるのは、彼の話し方によるものからかどうか、someoneには未だその判断がついていない。

someone『そうでしょうか?寧ろ僕の提案は滝本さんたちにとって悪い話ではないはずです』

滝本『ほう?どんな内容です?』

すると、滝本は途端に翡翠(ひすい)の目をギラつからせsomeoneを射抜いた。
someoneはこれまで会議等の様子から、彼のことを無表情で感情表現が乏しい人間だと思っていた。だが、いざ接してみると意外と機微な変化が多い人間だと感じた。
参謀が彼に小言を多く言っていた理由の一端を少し理解できた気がする。

someone『それを語る前に、僕の覚悟を示します。
まず僕に、“制約の呪文”をかけてください』

滝本は思わず口を開け、信じられないという表情をして見せた。

滝本『本気で言っているんですか?貴方は791さんのスパイだ。私が制約の呪文をかければ。
今後彼女に我々のことを話そうとしたら、制約の呪文は貴方の身体を途端に蝕み――』

―― 生命を落とすことになりますよ。


699 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その3:2021/04/25(日) 23:01:58.000 ID:3UqZRZxQo
someoneはその言葉には答えず、ポケットに仕舞っていたパイプを静かに取り出し、指先に灯した火種で皿に火を付けてみせた。滝本は達観した彼の様子にさらに衝撃を覚えた様子だった。

余裕の表情を見せなければいけない。心の中で何度も平静になれと命じた。
交渉とは焦りを見せた方の負けだ。

someone『僕を信用される立場でないことは分かっています。
この場を離れ、僕がすぐに791先生の下に行けば、滝本さんたちの計画は全ておじゃんです。そして、その可能性が残る限り、僕は加古川さんのようにいつ斃れるかも分からない。
それでは困るんです。

だから、信用を得るために“先生に会議所の情報を明かせば生命を落とす”という制約を課してください。話はそれからです』

パイプを静かに蒸かせる。口から出た紫煙が優雅な室内に静かに浸透していく。
この煙は、彼の最後の迷いを断ち切った。

逃げるためではない、先に進む。
早鐘を打つ心臓の鼓動が、少し和らいだ気がした。

滝本『これはこれは。とんでもない新人が入ってきたものだ』

椅子を軋ませながら、滝本は喜んだように手を叩いた。

毒を食らわば皿まで。覚悟を決める。
先人たちの残した情報をもとにうまく立ち回り、カキシード公国の、791の野望を打ち砕くのだ。
someoneは心の中で何度も自分をそう鼓舞し続けた。


700 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その4:2021/04/25(日) 23:02:54.417 ID:3UqZRZxQo
滝本『分かりました。貴方の覚悟に乗じ、制約の呪文をかけましょう。
それで貴方の狙いはなんです?公国のスパイであるその身をこちらに投じる目的を教えて下さい』

someone『その答えの前に、こちらからの質問にも一つ答えてください。
承知の通り、公国は王国を攻めようとしている。
では、【会議所】は何の目的で陸戦兵器を用意しているのですか?』

哀しそうに滝本は視線を机に落とした。

滝本『…公国に武器を供与するのが我々の目的ではなく、未来への試金石のために“自衛用”に陸戦兵器を作ることが本当の目的でした。

表立って新兵器を作れば、世界は混乱し公国のような大国に目をつけられる可能性がある。世界会議の査問にかけられれば、これまで築いてきた我々の努力は全て泡になる。
だから、加古川さんに対し非情ともいえる手段をとらざるをえなかったのです。

新兵器開発には魔力要りの角砂糖が我々にはどうしても必要だったが、表のルートからではどうしても手に入らずこのような手を取りました。
それに乗じ、カキシード公国はオレオ王国を侵略しようとしている。
我々も責任の一端を感じています。

完成した陸戦兵器<サッカロイド>は、公国が王国領に侵入した際に投入する予定です。魔法も効かない硬さで公国軍を蹴散らし、たちまち王国を救うことでしょう』

淀みなく彼はそう答えた。

当時、彼の真摯な訴えを信じたが、今にして思い返せば分かる。
彼はとんでもない詭弁家だった。そして、この重要な場面ですんなりと嘘をつくだけの胆力と策謀力が備わっていた。
当時のsomeoneはまんまとのせられたのである。


701 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その5:2021/04/25(日) 23:04:57.064 ID:3UqZRZxQo
someone『あくまで王国を救うために、有事の際に陸戦兵器を投入すると?
公国と戦う覚悟をお持ちということですか』

滝本『勿論、最悪の場合です。ですが、我々は自治区域として他の国家よりも柔軟に動けます。
それこそ、突発的な戦乱に介入することぐらいはわけもない。国家でもないので自主的な呼びかけで軍を編成することだってできる。
最近、他国の重鎮を招待し【大戦】に参加してもらっているのも、そうした時に備えた根回しも兼ねている。外交策のひとつなのですよ』

まるで会議の答弁の時のように、滝本は抑揚無く流暢に答えた。
someoneは暫し思案するようにモクモクとパイプを蒸かせていたが、一度だけうなずき彼の考えに理解を示した。

someone『僕の目的は…791先生の、いえ“魔術師”791の横暴を止めることです。
あの人は罪なき数多の王国民や公国民を、自分の権限を拡大させたいがために危険に晒している。人の命をおもちゃの積み木よりも大事に感じずぞんざいに扱っている。
僕はそうした考えを受け入れることは断じてできない。狂人の思想を止めないといけない。だから僕は、貴方がたに協力します』

そこでsomeoneは一度言葉を切り、滝本の背後に広がる外の様子を窓越しに見た。今日も晴れ晴れとした天気だ。
【会議所】一帯は地域的にあまり雨が降らないのか、カラリとした晴れ模様が多い。この時間では、芝生の上でお弁当を広げ食べている人間も多いことだろう。

someone『さらに言えば、僕はこの平和で中立な“公明正大”な【会議所】を守りたい。
もし、公国が王国侵攻を敢行した際には、【会議所】側の人間として王国解放のために動きます。
これが滝本さんたちに協力する第二の理由です』

その言葉に滝本は意外そうに目を丸くしたが、すぐにその目を細め口の端をつりあげるように笑った。


702 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その6:2021/04/25(日) 23:05:45.640 ID:3UqZRZxQo
滝本『結構。貴方は勇敢な魔法使いです。
戦争を止めることができた暁には、世界を救った英雄として讃えられることでしょう』

滝本は右手を振り上げた。someoneの足元に薄白い光とともに魔法陣が描かれた。
“制約の呪文”が施行される。

滝本『汝、someoneに問う。偽の情報を言えば然るべき罰を覚悟せよ。
次に問う内容に汝が誓いその後相反する行動を取った際には、内臓にたぎる火が汝の罪を裁くだろう。

汝は、魔術師791に【会議所】の一切の秘密を喋らんと誓うか?』

someone『誓います』

途端に眩い光がsomeoneの全身を覆った。

痛みはない。ただ身体の内部に見えない鎖が巻き付いたような、そんな感触がある。
光は数秒ほどで消え失せると、満面の笑みで滝本は立ち上がり拍手で讃えた。

滝本『おめでとう。無事、制約の呪文は施行されました』

誰にとって“おめでとう”なのか、当然のことながらsomeoneはこの時知る由もなかった。


703 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その7:2021/04/25(日) 23:07:00.507 ID:3UqZRZxQo
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部 メイジ武器庫 2ヶ月前】

先日の大戦後に滝本から呼び出しをうけ、初めてメイジ武器庫に足を踏み入れたsomeoneは、その規模の大きさにただただ驚愕した。

教団本部の地下に広がる見上げるほどに巨大な格納庫。
地上にある朽ちた古城とは打って変わり、近代設備で固められた計器類や機械類の数々。そして眼前に広がる巨人たちの横たわった姿。

加古川の手紙の通りの無機質な巨人たちの姿に驚愕したのも勿論だが、何より思った以上に【会議所】が大掛かりな準備をしているその事実に、someoneは驚いていた。

同時に、心の中にふとした疑問が湧く。


これではまるで、【会議所】が戦争の準備をしているみたいではないか、と。


滝本『武器庫内の案内は¢さんにお任せします』

¢『こっちだ。丁度“9号機”の歩行テストが終わったところだな』

滝本を始めとした三人の【会議所】重鎮と話を交わし、再び会議室から出たsomeoneは¢に連れられ会議室から出た。そして、丁度、眼前で動く透明体の巨人を目にした。

ただ、見上げるのが精一杯だった。
格納庫のあちこちから放たれた照明光を反射することなく全てを透過するその巨体は、近くで見ても果たしてそこに実体があるのか疑問を持ってしまうほどに完璧なまでに透き通っていた。
巨躯の先にちょこんと付いている顔には目も鼻も口もなく、彫刻のようにのっぺりとしている。唯一、心臓部に微かに色のついた靄(もや)のようなものが揺らめいているのが肉眼で確認できる程度だ。
目が慣れてくれば、その靄を起点として、各部の顔、胴体、手足といった全体像を視認できるようになってきた。


704 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その8:2021/04/25(日) 23:09:16.984 ID:3UqZRZxQo
someone『これが、陸戦兵器<サッカロイド>…ッ』

¢『先程話したが、この兵器には12人の英霊の魂がそれぞれ埋め込まれている。
さらに身体は超コーティングされた飴でかつ流線型の完成されたこのフォルムでは、通常の銃火器や魔法の攻撃は反射し受け付けない』

足を止めて眺めていたsomeoneに、横から¢が誇らしげに語った。
開発者としての矜持だろうか、その口はいつもよりも饒舌に回っている。この巨人たちにどれ程の思いを込められているのか、それまではsomeoneには分からない。

『ハッハッハ。これが研究の成果だよ』

すると、先程まで巨人の足元で計器をイジっていた一人の研究者が、大きな笑い声を上げながら近づいてきた。
someoneの前に立ったその人間は近くで見ると、白髪にぼうぼうの白ひげ、そしてシワ混じりの汚れた白衣を着こなす、いかにも非正規な老化学者といった風貌をしていた。

話には聞いている。彼がきのこ軍 化学班(かがくはん)だろう。
本計画における“頭脳”と呼ぶべき中心的人物だ。

someone『正直言って驚きました。僕には科学が分かりませんが…一目で凄いとわかります』

化学班『ハッハッハ。そこまで褒められるとこそばゆいなッ。
なに、老い先短いこの身に残された楽しみだ。生命を削ってでも取り組むさ』

老人は愉快そうに笑った。朗らかに笑うその姿からは、とても目の前の兵器群を作り出した科学者とは思えない。
近所に住む老人のような親しみやすさを覚えた。


705 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その9:2021/04/25(日) 23:11:19.258 ID:3UqZRZxQo
『ただ、魂との融合はまだ完全ではありません。現在、9体までの動作確認を終えていますが、行動時25%の割合で、期待した動作をせずに静止する傾向が見られています。
恐らく魂と器が馴染んでいないことが原因と考えられます』

突然、聞き慣れない声で話しかけられ、someoneはすぐに眉をひそめた。
辺りを見回しても¢と化学班しか立っておらず、はるか離れた前方には数人の研究者が慌ただしく走り回っているだけだ。

『ああ、ここですよ。下です』

彼の様子を見て、慣れた様子で声の主は再度声を発した。
言われたとおり地面に目を向けると、化学班の足元に、いつの間にか白猫がお行儀よく背筋を伸ばし座っていた。より正確に言えば、白衣を着た猫だ。
someoneと目が合うと、白猫は半目ながら片足を上げ“やあ”と、確かにその口から先程の声色で声を発した。思わず目を丸くした。

someone『…すみません。彼は【使い魔】かなにかでしょうか?』

791の授業でも、何度か動物の形で【使い魔】を使役している様子は見たことがある。
ただ、ここまでハッキリとした意思表示をする個体に出会ったのは初めてだ。使役するとなれば彼女ほどの魔力を有していないと難しいだろう。
近くに強力な魔法使いがいるのかもしれないと思うと途端に薄らいでいた警戒感が強まったのだが。


706 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その10:2021/04/25(日) 23:12:25.735 ID:3UqZRZxQo
彼の言葉に一瞬周りはキョトンとしたように黙りこみ、すぐに化学班を筆頭に腹を抱え笑い始めた。

化学班『ワハハハッ。何を言い出すと思えば、95黒(くごくろ)君。君は魔法のプロに言わせると、【使い魔】なのだそうだよ』

周りの反応を見てすぐに自らの過ちに気づき、思わずsomeoneは耳まで赤くした。

someone『すみません…とても失礼なことを言いました』

化学班と¢が肩を震わせる中、ただ目の前の95黒だけが、猫特有のなで肩を精一杯動かしすくめる素振りを見せた。

95黒『いえ、良いんです。勘違いされるのも無理はありません。まあ、使い魔と言われたのは初めてですが。
申し遅れました、私はきのこ軍 95黒(くごくろ)。元はれっきとした人間ですよ。
ちょっと過去の研究の影響で身体は猫になっていますが…』

someone『それは集計班さんの儀術(ぎじゅつ)の結果ということですか?』

彼の冷静な自己紹介が、恥ずかしさを和らげるいい機会にもなった。思わずsomeoneは気恥ずかしさを打ち消すように、いつもは聞かない他人の事情にまで片首を突っ込む羽目になった。
彼は冷静な表情で前足を突き出し、“違います”と告げた。人間であればキッチリとした科学者であることを想起させる動きだ。

95黒『個人的に、この件より前に化学班さんと一緒に生体実験をやっていたことがありましてね。
色々な有機物を融合させ新たな生命体を造ろうとしていたのですがうまくいかなくて』

化学班『その時に、集計班さんの【うまかリボーン】があれば実験は完璧にうまくいっていたんだろうがね』

老化学者のしみじみとした語りに、彼の足元で白猫もしたり顔で深く頷いた。


707 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その11:2021/04/25(日) 23:14:31.318 ID:3UqZRZxQo
95黒『それで、ある時実験が暴走してしまい、たまたま検体にしていた猫と近くにいた私が合体してしまったのですよ。奇跡的に意識は保ったままでね。
まあかなり、猫の成分が多めですがね…』

“こうして二足歩行もできますよ”との言葉とともに、すらりと両足で立ち上がった姿勢の良さは人間のときの名残を感じさせた。

化学班『いわばその筋の研究を進めていた我々にとって、集計さんの生み出した儀術は、理想的に魂を抜き出す最適なツールだったわけだよ。
正に渡りに船。この研究に携われて、彼には感謝の思いしかない』

この二人は、正確に言えば一人と一匹は、集計班の誘いで五年前から陸戦兵器の製造計画に関与しているという。
五年。たった五年で、十二体の“魂”を持つ巨人を創り上げた。驚くべき技術力と実行力だ。
公国内で791が進めようとしている内部改革とは違う方向で目をみはる物がある。

¢『ただ、その“うまかリボーン”で抜き出した魂の定着化は現状、完璧ではない。
こうしてsomeoneさんを呼んだのは、魔法使いとしてあの人の儀術により抜き出した魂を器に上手に詰める方法について、意見を貰いたいからなんよ』

someoneは滝本から粗方の事情を聞いていた。
まさか、あの名高い集計班が791と同じ“魔術師”で、“うまかリボーン”という儀術で人の魂を抽出する術を編み出していたとは驚かされた。

改めて、透き通った胴体の中心にゆらゆらと揺らめく英霊の魂に目をやる。
魔法と科学とは本来、文明の歴史を紐解けば必ずしも互いに相容れるものではない。なぜなら、魔法文明はカキシード公国で栄え、当の公国自身が科学を半ば放棄してきたからである。
だが、目の前にそびえ立つ、飴でできた結晶体は紛れもなく魔法と科学の融合に因る産物だ。霊魂の存在そのものは魔法界では容認されてきたが、それを実体化する術など高度で狂気に過ぎる。
今のsomeoneには未だに術の触りすら思いつかない。


708 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その12:2021/04/25(日) 23:16:45.564 ID:3UqZRZxQo
先刻の話の中で、someoneはこの話に協力することを承諾した。

滝本、¢、参謀といった三重鎮での話し合いの中に飛び込むことは内心で緊張こそしたが、自分なりに考え結論を出したつもりだ。
791の野望を食い止め【会議所】を守るためには、現状彼らに手を貸すことが最善だと感じたのだ。
即ち、陸戦兵器<サッカロイド>の完成度を高め、公国軍の進撃を止め王国を解放するシナリオまで視野に見据えてのことである。

そのために、魂という実体無き概念を生命体に繋ぎ止めるためにはどうすればいいか。
当然のことながら今まで考えたこともなかった議題に直面したsomeoneは、状況把握も兼ねて考えを整理することにした。

someone『今はどのように収めているんですか?』

目の前の化学班は、待っていましたといわんばかりに歯をむき出しに笑った。

化学班『色々な方法を試したが、中々うまくいかん。
幾つか試してみたが、最終的には密閉性の高い巨大なチューブを用意して器と魂の入っている瓶とをつなぐ方法が、最も魂のロスを少なく安定させられる方法だという結論に至った』

95黒『この方法も完全ではありません。
とはいえ、魂の数は限られているので無闇に実験をするにも慎重にならざるを得ない。

残念ながら試験的な方法を繰り返す中で、少なからず魂のロスは起こっているのです。
その分、兵器の性能は下がり我々としてもこれ以上の失敗は避けたい。
“うまかリボーン”で抽出した魔法のメカニズムと定着率に、何か相関関係があるのではないかと個人的には睨んでいます』

人の生命を扱っているという大前提を忘れているのではないかと疑うほどに、彼らはただ与えられた課題を解決するためにあらゆる試行錯誤を繰り返す研究者としての側面をのぞかせていた。


709 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その13:2021/04/25(日) 23:17:37.125 ID:3UqZRZxQo
someoneも敢えて倫理観を一度取り払い、顎に手を添え、魂の定着化について考えてみた。

儀術“うまかリボーン”は、恐らく二つの術式から成り立っている。
対象者自身を封印するための呪術と、魂という概念を実体化させる召喚術だ。召喚術で創り出された魂は形を持つ有機物となる。

だが、先程までの話を聞くと魂の実体はとても儚く脆い。恐らく外気に触れる中で、実体を保つことができず瓦解していくのだろう。ドライアイスのように外気に触れれば気体に昇華するメカニズムと似ている。
さすがの集計班も、魂を強固な殻で覆うことまではできなかったということだろう。

someone『魂とはいわば情報の集合体です。

95黒さんの言うように、なるべくロスが少ないほうがいいでしょう。
物理的な移動は衝撃や、知らずのうちに魂の瓦解を招いている恐れがある。避けたいところです』

¢『集計さんも、当時は特殊な環境下に細工した魔法瓶の中に魂を閉じ込めていた。
つまりは魂を実体化させている環境が外気に合わず融解、もしくは昇華していくということか』

こちらの考えなど見え透いているかのように、¢はすぐに理解を示してみせた。
事前に想定していたのかも知れないが、改めて彼を含めた科学者たちの思考力と理解力の早さには驚かされる。


710 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その14:2021/04/25(日) 23:19:03.807 ID:3UqZRZxQo
someone『魂を魔法の成果物とすれば、対象物までの移動も魔法に任せるのが最適です。

古来より、ある魔法での成果物は同系統の魔法との親和性が非常に高いことが知られています。
恐らく“うまかリボーン”は呪術式、召喚術式のどちらをも組み合わせた高位魔術。
ですので、どちらの術式でも拒絶反応は起こらないはずです。

何らかの移動魔法を用い、魂の中の情報だけでも器に送り込める手段があれば一番いいんですけど…』

頭の中で理論を組み立てながらゆっくりと喋る。
考えの基礎は全て、791の授業で教わったものばかりだ。
こうした時、嫌でも彼女の顔を思い出してしまうのは少し心苦しい。未だトラウマを乗り越えられていない証でもある。

彼の考察に、化学班たちは互いに顔を見合わせ、口元を緩めた。

¢『貴方を呼んだ滝本さんの判断は間違っていなかった。
someoneさん、貴方は優秀な魔法使いなんよ。おかげで僕らの仮説の正しさが証明された』

someone『…どういうことですか?』

¢『いま、someoneさんの話した内容は、僕らもプランの一つとして考えていた。
いま、識者である貴方からの情報で半ば確信に変わった。
そして、ぼくたちには移動魔法の“目処”がついている。それも特別、強力なものだ』


711 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その15:2021/04/25(日) 23:20:58.166 ID:3UqZRZxQo
先程までそのような話は上がっていなかった。敢えてsomeoneの考えを聞くために伏せていたのだろう。
隠されていたことに特段怒りは覚えないが、何か得体の知れない気味悪さが身体中を駆け巡る。いったいこの悪い予感はなんだろうか。

¢『詳しい話は一度戻って、参謀から聞くといいんよ』

彼は舌足らずな口調で喋り終えると、静かに嗤った。
焦げ茶のフードの中から肩を震わせるその姿は、いつかNo.11(いれぶん)が彼を喩える際に使った“死の商人”をそのまま思わせる不気味さだった。



参謀『魂の定着化を解決するのは、Tejas(てはす)や。奴の協力がいる』

¢の話で先程の会議室に戻ると、それを見越していたのか開口一番に参謀B’Z(ぼーず)からそう告げられ、話の突拍子の無さにsomeoneの心はひどく騒いだ。

someone『Tejasさん?どうして…』

Tejasといえば、つい最近【会議所】に加入したきのこ軍兵士だ。
自分よりさらに若く、時間ごとに行動を区切る程のやや神経質な人間だと聞いている。さらに自室でひたすら機械弄りに没頭する姿は、彼の独特の雰囲気とあわせ半ば近寄りがたい気を発している。
在りし日の一匹狼の自分のようで、少し親近感を覚えていたところだ。


712 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その16:2021/04/25(日) 23:22:41.203 ID:3UqZRZxQo
困惑気のsomeoneを横目に、参謀は静かに湯呑の茶を啜り終えると片手で席に座るよう指示した。
手前の椅子を引き寄せ座ったsomeoneを見て、彼はようやく話し始めた。

参謀『Tejasはここ一年で【会議所】に加入した新入りだが、まあ変人やん?
他人と混ざらず部屋で趣味の機械弄り、部屋の前には機械か何かのガラクタの山、会議には出席するが会議時間の延長には応えず、必ず決まった時間で退室していく。
奴は大胆でいてまた繊細や』

滝本『それだけ聞くと、たけのこ軍の社長(しゃちょう)を思い出しますね』

参謀『よせやい。奴はベクトルの違う変人やん』

手にしたおにぎりを頬張りながら茶々を入れる滝本に、参謀はしかめっ面で返した。
たけのこ軍 社長は彼らと同時期に【会議所】に加入した古参兵士だが、その言動や行動の偏屈さは群を抜いたものだと、斑虎から聞いたことがある。

参謀『社長の話は、今はどうでもええやに。

それで、Tejasの話に戻るが、奴は真夏でもずっと長袖を羽織っているやろ?少し不思議に思っとったが、大して気にもしてなかった。

ところが、最近旅行でたまたまあいつの地元近くに立ち寄ったことがあってな。
その時に、地元の住民から奴にまつわる不思議な話を聞いたんや。

曰く、“奴の右腕が青く光る瞬間を見たことがある”とな』


713 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その17:2021/04/25(日) 23:24:39.960 ID:3UqZRZxQo
someone『…どういうことですか?』

滝本『ここからは私が話しましょう』

おにぎりを頬張り終えた滝本が参謀の話を引き継いだ。

滝本『彼は小さい頃から筋金入りのワルでね。

幼い頃は生意気で度胸のある小さなガキ大将だったんですが、ある時を境に決定的に非行へと走るようになったそうなんです。
思春期の真っ只中だったのかもしれません。

ただ、不思議なのは仲間との交流も一切絶ち、まるで何かに取り憑かれたように独りで物盗りにはしるようになったとのことなのです。
それで仲間も一気に彼から離れていってしまった』

話の着地点が一切見えない。
彼らはなぜ、Tejasの身の上話を話し始めたのだろうか。

滝本『そこで、彼の当時のお仲間に話を聞いてみたんです。彼が変わったのは一体いつからだ、とね。

すると、とても興味深い話をしてくれました。

今から15年前。
彼らはとある老人の家に忍び込んだ。その時に最後まで残ったTejasさんがその老人から魔法の呪いをかけられたのを見たときから、彼の様子がおかしくなったと言うんです。
正確には、彼の残った小屋から青白い閃光が発せられるのを見ただけだそうですが』


714 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その18:2021/04/25(日) 23:27:51.388 ID:3UqZRZxQo
Tejasは老人から呪いをかけられた。恐らく呪術形式の呪いだろう。そのような事実は一切知らなかった。
誰からも語られたことがないところを見ると、彼自身が秘密にしていたのだろう。過去の後ろめたさからか、はたまた魔法の制約に因るものかは伺いしれない。

考えを整理するためにポケットからパイプを取り出し二人の前に掲げると、滝本は“どうぞ”と手のひらを見せ応じた。

滝本『私にはピンとくるものがありました。
詳細は割愛しますが、私は老人の正体を知っている。

彼はとある“魔術師”だった。
丁度その頃、思想の違いから一番弟子と共に起ち上げた楽園を一人去り、ほうぼうを旅していた。そんな最中に彼はTejasさんのいる地へ流れ着いた。

元々、その“魔術師”は再生の儀術を研究していた。
彼の願いは、あらゆる生き物と繋がることだった。
枯れかけている植物に話しかけ、“甦れ”という声を送れば、自生の残っている植物であれば再活ができるといった具合に、万物と会話をして操ろうとしたのです。

何の因果か私は彼のことを“よく”知っていましてね。
彼の性格は手にとるようによく分かるし、そういった研究をしていたことも知っています』

やけに具体的な彼の話に少し気に掛かったが、最後まで聞くことにした。
だが、先程から感じている悪い予感は、ここにきて胸騒へと変わり心臓が早鐘を打つように、someone自身に警告を発し始めた。

なぜだろう。自分は前にも似たような場面に居合わせたことがある。

そして、いざ本題とばかりに滝本は下卑た笑みを浮かべた。


715 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その19:2021/04/25(日) 23:30:18.617 ID:3UqZRZxQo
滝本『つまり、情報を合わせれば。
Tejasさんは15年前にその“魔術師”から呪いをかけられ、それ以降、森羅万象の有機物と “繋がる”術を得たのです。
そう考えられる証左は彼の周りに幾つも見受けられます。

この仮説が正しければ、彼の呪われた腕を介し本来言葉を発さない動植物と会話ができるし。
左右の手でそれぞれ有機物をつかめば、彼自身が媒体となり、左の手で掴んでいるものから右の生物に情報を流し込み、刷り込ませる。
なんていう離れ業も、きっとできることでしょう』

someone『そんな都合の良いことが…まさか…』

パズルのピースが嵌るように。一つの考えが、先程の化学班たちの悩みにすっぽりと埋まった。思わずパイプから口を離し、目を見開いた。
その様子を見たのか、種明かしをする奇術師のように、滝本はその場で両手を開いた。

滝本『さすがはsomeoneさん。
そうです。

彼の右腕の呪いは、貴方が先程¢さんたちに話した魔法移動の解決方法にピタリと嵌る。そうは思いませんか?』

まるで拍手を要求するかのようにニタリと嗤う彼を見ながら、someoneは溜まった紫煙をゆっくりと吐き出した。
心の中で、あるどす黒い感情が浮かび上がってくる。


716 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その20:2021/04/25(日) 23:33:14.708 ID:3UqZRZxQo
someone『…彼を“利用する”んですか?』

その質問には滝本は答えず、笑みを浮かべながらただ首を横に振った。

滝本『彼は近々長期休暇で此処を離れる予定になっています。
自由人ですから事あるごとに長期休暇を取っているんですよ。その前にケリを付けておきたいですね』

someone『戻ってからではダメなんですか?』

浮遊する紫煙の中をかき分けるようにヌッと出てきた滝本ののっぺりとした顔に、someoneは思わず仰け反りたい気持ちを、ぐっと堪えた。
彼は両手を机の上に付け、その反動で興奮気に立ち上がっていた。

滝本『それでは“手遅れ”になる』

なぜここまで急ぐ必要がある。

確かに、791がカカオ産地への侵攻を検討している話をした。だが、時期までは明言していないし、someone自身決行日が何時かまでは分からない。
滝本がここ一月、二月以内に動きがあるのではないかと読んでいる可能性は十分にある。自治区域の議長として世界情勢に気を配るのはある種当然のことだ。

だが、さらりと“手遅れになる”と発言した彼の真意を、遂にsomeoneは感じ取ることができた。


それは高揚、支配欲、焦燥感、そして圧倒的なまでの優越感。

―― 君だったら私の後を“継げる”。そう確信しているよ

これらは全て、someoneの師が持つ“本質”にそっくりなのだ。


717 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その21:2021/04/25(日) 23:34:28.589 ID:3UqZRZxQo
彼の発言は事あるごとに“魔術師らしさ”を発している。
言い換えれば下衆で他者を貶めようとする策を振りまく、そのような悪辣(あくらつ)さだ。

喉のつっかえが取れたような爽快感と、迫りくる不快感を同時に覚えた。先程から感じた既視感はこれだったのだ。

someone『…これから何回かこちらに来てもいいですか?
陸戦兵器<サッカロイド>について、魔法的見地からまだ何かアドバイスできるかもしれません』

滝本は能面のように、薄ら笑いを浮かべた。

滝本『喜んで。もう私たちと同じ志を持つ仲間じゃないですか。
何を遠慮することがありますかッ』

パイプを蒸し終えると、someoneは別れの挨拶を告げすぐに踵を返した。


718 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪しき潮流編その22:2021/04/25(日) 23:35:58.307 ID:3UqZRZxQo
飲み込まれる。

何か底の見えない闇に飲み込まれていく。


元々、最悪の事態を想定はしていた。
まだ彼らが791と同じ“人種”だと決まったわけではない。

だが、仮に滝本たちが私利私欲のために動く人間だとしたら。
陸戦兵器<サッカロイド>を王国解放とは全く別の目的のために運用するのだとしたら。
事前に、思い描いていた対791への策は、全て水の泡に帰す。

だが、悪しき潮流の渦を前に舵を切れない船頭のように、既にsomeoneから退路という選択肢は消えていた。
進み続ければ生命を落とすリスクは格段に増える。だが同時に進み続けなければ生き残ることもできないのだ。


いつの間にかメイジ武器庫を上がり、someoneは地上の教団本部の庭に戻ってきていた。考え込むと周りが見えなくなる癖は昔から変わらない。

夜の静寂の中、someoneは深く息を吐き出すと、静かに心臓付近に手を当てた。
本人の葛藤とは裏腹に、心臓は強く一定の鼓動を続けている。

someone『大丈夫だ、someone。“正義の火”はまだ消えていない』

こんな時、親友だったら自らをこうして鼓舞するだろう。そう思い、柄にもなく呟くと思いのほか前向きな気持ちになれた。

someoneは再び歩き始めた。
悪しき潮流から抜け出すためではなく、むしろ潮流そのものに向かっていくために。


719 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/04/25(日) 23:37:25.783 ID:3UqZRZxQo
思いのほかめっちゃ長くなり焦りました。このあたりは第五章の滝本たちの密議のあたりとリンクしています。

720 名前:たけのこ軍:2021/04/29(木) 22:04:37.617 ID:JPZNpvYY0
狂気が重なる。

721 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/03(月) 23:06:43.662 ID:urL9BTVYo
GW中に頑張って更新したいぜ。

722 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その1:2021/05/07(金) 19:47:47.741 ID:3iyw1yNko
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 someoneの自室 2ヶ月前】

someone『はぁ…』

自室に戻ったsomeoneは深く嘆息し、手に持ったメモの束を器用に机の上に放り投げると、すかさずベッドへ飛び込んだ。

初めて陸戦兵器<サッカロイド>を目にしてからある程度の日数が経過した後に、someoneは再びメイジ武器庫を訪れていた。
表向きは彼の巨人たちを魔法学的に紐解き意見するという名目だが、真の理由は違う。
先程、魔法道具で散乱している机に放り投げたメモ用紙の山の回収こそが本来の目的だった。

一見すると何の変哲もないこの紙束には、彼によりとある魔法が施されていた。

その名は“リフレQ(きゅー)ト”。
一昔前に発明された魔法を元に、someoneなりにアレンジし創作した盗聴魔法である。

大元の魔法の名は“ひもQ(きゅー)”。悪名高い判別魔法だ。
魔法学校時代に一人で書物を読み漁っていた中でたまたま目にした魔法だ。だが、見つけた本を含めどの本にも術の原理までは記されておらず、最終的には791に教えてもらい、基礎を理解した覚えがある。

なぜ、“ひもQ”が禁止魔法なのか、その背景も含めて。


723 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その1:2021/05/07(金) 19:49:25.700 ID:3iyw1yNko
“ひもQ”は、召喚式の基本魔法を応用したものである。
対象者は色のついたひも型のゴムを召喚し、ひもゴムに“吸収”させるための単語を、術者が声に出し覚え込ませる。インコのオウム返しと同じで、ひもゴムが自律的に単語をインプットするのだ。
そして、もし術者以外の誰かがひもゴムの前でその単語を口にすれば、ゴムは色彩を帯びるとともに伸長し、蛇のように余らせているその身をさらに弛ませる。
ただそれだけの魔法だ。

召喚魔法の礎として本来、後世まで語り継がれるべきこの魔法は、現在“禁止魔法”に分類されどの魔法教科書にも姿を見せない。
その理由は、創作した術者で魔法名の元にもなったひもQという人物が、乱世で悪逆非道を尽くした奸悪(かんあく)な賊であるということが多分に大きい。


彼はこの魔法を専ら拷問時に好んで用いた。

地方の豪族として根城を構えていた当時、特に無実の村民を捕まえては自らの城に誘拐した。
そして、召喚したひもゴムを彼らの首元にきつく巻きつけ、決まって耳元でそっとこう囁いた。

『さあ。殺されたくなければ“私は無実だ”と言え』

“無実”という言葉が、ひもゴムに覚え込ませた単語だった。


724 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その2:2021/05/07(金) 19:50:40.877 ID:3iyw1yNko
何も知らない善良の民は当然のことながら、大声で自らは無実だと叫ぶ。
助けてもらいたくて、この場から逃れたく、必死に金切り声を上げて繰り返し叫ぶ。

その度に、彼らの首元にスカーフのように巻かれているひもゴムは、彼らから発せられる無実という言葉を検知し、まるで毒素を含んだきのこのように、艶やかに変色を繰り返しながら自らの身体を伸ばした。
そして伸びた分の身体は植物の蔦のようにさらに首元に絡みついては、彼らの首を絞めあげていった。

その異常さに気づいた彼らは、自らの発した言葉とひもゴムの関連性など気づく暇もなく、必死にひもQに向かい、自分は無実だと繰り返し連呼する。
彼は口元で嗤いながら“分かっている”となだめ返す。
その様子を見て、さらに彼らは半狂乱になりながら繰り返し泣き叫ぶ。

そして、遂に際限なく伸び切ったひもゴムは何重にも巻かれた首元をさらにきつく巻きつけ、失意の中で彼らは絶命する。

善良な民の持つ生命の輝きが絶える。


ひもQにとって極上の“遊び”だった。
生命の火の燃え尽きる瞬間を眺めることが、快楽殺人者にとっては他のどの娯楽よりも愉悦だったのだ。


725 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その3:2021/05/07(金) 19:52:49.116 ID:3iyw1yNko
こうして魔法界の本流に残ることなく時代の終焉とともに、術者と同じ名前で悪しき時代を想起させるというただそれだけの理由でこの魔法は虐げられ、現代まで封印されてきた。

内容を紐解けば、“ひもQ”は言霊(ことだま)の魔法だ。

古来より人が発した言葉には霊魂が宿ると信じられてきた。
これはその言い伝えから着想を得た魔法で、指定の単語を霊魂と捉え無理やり実体化する術なのだ。

someoneの創作した“リフレQト”は、その言霊を実体化し記憶する魔法だ。
一見すると何の変哲もない紙は召喚された魔法紙で、近くの会話の言葉を“吸収”し、文字に実体化し転写する能力がある。

ただし、全ての言葉を吸収しようとすれば書き留める紙は何枚あっても足りないし、そもそも運用するだけの魔法力が足らない。
someoneは一考した結果、会話の中で繰り返し使われた言葉や、イントネーションや声量から強調性が強いと思われる単語を中心に紙に残すようにした。
こうすれば、全ての会話を残すことはできなくても、単語単位で会話の内容を推測することができ、かつ自立魔法としての消費も最低限で済むため他の術者に気づかれる可能性も低くなる。

離れた場所での他人の会話を魔法で盗み聞く方法は限られる。
一番手っ取り早いのは使い魔を使うことだが、膨大な魔法力が必要だしかつ大掛かりだ。
次に考えるのは、糸電話のように離れた場所と術者とを強制的に繋ぎ、物理的に盗み聞きする方法だが、これも魔法力の関係から他者に分かりやすく現実的ではない。

その点、この“リフレQト”は、一般人から見ればただのメモ用紙であり、魔道士でも気付ける人間は少ないほどに、隠密性が高い。
学生の頃に密かにこの魔法を創作してから、この魔法の完成度の高さには密かに満足していた。
初めての披露の場がまさかこのような場面になるとは想像もしていなかったが。


726 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その4:2021/05/07(金) 19:57:14.350 ID:3iyw1yNko
先程とは違い少し緊張した面持ちでsomeoneは再度嘆息した。
そして、気が変わらないうちに勢いよく半身を起こすと、念動魔法で机の上の魔法紙を自らの元に手繰り寄せた。

先日の滝本との会話の際に覚えた違和感。言葉の端々に表れた驕り、昂り。言うなれば、それは既視感だった。
魔術師791に似た底の知れない残虐性と策謀性をsomeoneは感じ取った。まだ自分に話していない大きな隠し事があるのではないか。そう感じたのだ。

だから後日に武器庫を訪れた際に、someoneはリフレQトをあらゆる場所に“仕掛けた”。
巨人を管理する幾つかの計器近くの棚の中に、通路に立てかけられた絵画の裏に、トイレに、そして会議室の机の中に。
とにかく相手が気を抜いて本音を語るであろう場所には全て術を展開した。

一度疑念を抱いてしまえば、白黒を付けるまで相手を信用することはできない。
自ら近づき相手から信用を得ても、寝首を掻こうとする彼のこの姿勢は、時代が時代であれば稀代の裏切り者として断罪されたことだろう。
彼自身も後ろめたさは感じている。だからこそ、先程から少し気が重いのだ。

昔からsomeoneは慎重だった。
その余計すぎる慎重さが自らの生命を永らえさせ、同時に他者との出会いを切り離してきたのだ。

手にとった白紙の紙には、束ごとに右上にそれぞれ変わった折り目が付けられ、事前に仕込んだ場所を判別する目印としていた。


someoneはベッドの上に紙の束をトランプのように敷き並べると、咥えていたパイプに慣れた所作で火を付けた。そして肺に紫煙を流すことなくパイプを口元から離すと、息を紙群にふっと吹きかけた。
それが封魔文書の解呪手段であり、白紙だった紙の上には次々と文字が浮かび上がってきた。

“起動”  “確率”  “陸戦兵器<サッカロイド>”

文字たちは紙面上でゆらゆらと揺れている。
無造作に紙面のあちこちで揺れるその様子は、まるで雨の日の湖面上に広がる波紋のようだ。
someoneはパイプを再び咥え直すと、ペラペラと手のひらサイズの紙をめくり始めた。


727 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その5:2021/05/07(金) 20:01:39.071 ID:3iyw1yNko
“徹夜”  “交代”  “休み”
“夕飯”  “眠い”  “仮眠”

通路や作業場付近に仕掛けた紙束にはどれも似たような文言が表れている。研究員たちの業務内容に関する内容がほとんどを占めていると見て取れた。
内容から推察するにかなり激務のようだ。元々、化学班を始め少人数であれ程の規模の武器庫を管理しているのだから休む暇もないのだろう。
何枚もめくっていくもどれも同じ内容の言葉が並ぶ。彼らのことを思うと、someoneは少々同情的な気持ちになった。

someone『なんだ、これは…?』

最後の紙束に手をかけたsomeoneは、そこでハタと手を止めた。
会議室に仕掛けていた紙群には、これまでにはなかった不思議な文字が、煌々と浮かび上がっていた。


“国家推進計画”


聞き慣れない言葉に、なぜか胸が騒いだ。
この言葉の周りには他に“計画”、“国家”といった重々しい響きの言葉が仕切りに紙面上を漂っている。
文字同士の近さは単語同士の相関性の高さを表す。つまり、一連の言葉は同じ会話の中で話された可能性が高いということだ。


728 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その6:2021/05/07(金) 20:04:36.335 ID:3iyw1yNko
someone『“国家推進計画”…?そんな話、聞いたことないぞ』

滝本や参謀から受けた話に、そのような計画の話は無かった。
慌てて次の紙をめくると、これまで影を潜めていた不穏な単語が次々と紙面上に踊り始めた。

“会議所”  “悲願”  “達成” 
“最終段階”  “カカオ産地”  “投入”

メイジ武器庫内の会議室を使うのは基本的に重鎮以上の人間だけだ。したがって、必然的に会話の主は滝本や¢たちということになる。
someoneはあくまで単語同士を結び合わせ、当時の会話を推測するしかない。

しかし、彼の頭の中にはある恐ろしい“筋書き”が出来上がろうとしていた。

“オレオ”  “壊滅”  “併合”  “事後承諾”
“公国”  “牽制”

someone『まさか…いや、だからこそ加古川さんは“消された”と考えれば…』

ブツブツと呟きながら、ジグソーパズルを組み立てる要領でsomeoneはバラバラの単語からある一つの物語を創り出した。
それは、オレオ王国に、カキシード公国にしても、さらには彼にとっても最も望まない結末を迎える最悪のシナリオだった。


729 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 悪魔の集う場所編その7:2021/05/07(金) 20:05:06.131 ID:3iyw1yNko
someone『これはあくまで仮説でしかない。明日、滝本さんに確かめないといけないな…』

早鐘を打つ心臓を抑えるために目の前の紙群を魔法で消そうとした瞬間。
先程まで見ていた紙面の端に、見慣れた小さな文字が浮かんでいることに今更ながら気がついた。

“someone” 

思わずビクリと身体が跳ねた。
よもや、自分の名が会話に出てきているとは思っていなかった。

自分の名前の横にはふわふわと、さらに小さな文字でこう続いていた。


“もう十分” “用済み”


someoneは無言で魔法紙を消し去り、その後に思わずくしゃりと顔を歪ませた。
そして、いつか大嫌いな師が【会議所】について語っていた際にふと吐いた言葉を思い出した。

someone『…791先生、確かにこの【会議所】はとんだ“伏魔殿”ですね』


730 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/07(金) 20:07:57.036 ID:3iyw1yNko
魔法で盗み聞きってなんか夢がありますよね。

ちなみに魔法を創作する定義について。
たとえば、メラを一から作るのは魔術師や上級の魔法使いなどほんの一握り。
メラを利用してメラミを作るのは、魔術師でなくても中級までの魔法使いならできるという感じです。無から有を創るか、既にあるものをアレンジするかの違い。

731 名前:たけのこ軍:2021/05/08(土) 03:20:28.003 ID:qIdtyzJs0
裏の世界の怖さ。

732 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その1:2021/05/14(金) 18:01:37.045 ID:VbfLzd.Mo
【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室 1ヶ月前】

黒塗りの扉を叩くと、中から主の気の抜けた声が返ってきた。
戸を開け放つと、珍しく真面目に机に向かう青髪の頭頂部が見えた。

こちらが入ってきたことに気づいていないのか、彼は顔を書類に向け続け、someoneは無言で待ち続けた。
そのうち頭を上げた彼がこちらを見やると、“おお”と間抜けな声を上げた。

滝本『珍しい。貴方が昼間からここに来るなんて』

someone『お忙しそうですね』

滝本『抹茶さんが煩くてね。この紙の山を承認しないと昼寝できないんですよ』

“まあ否決ですけどね”と続け、しかめ面の滝本は、“【大戦】でネギ焼き露店を出店する計画書”という題の稟議書をひらひらとさせ、机の端に放り投げた。

someone『一つ訊きたいことがあります』

パチンとsomeoneが指を鳴らすと滝本はすぐに過剰に肩を震わせ、こちらが防音の魔法を張り巡らせたことに気づいたようだった。


733 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その2:2021/05/14(金) 18:02:11.834 ID:VbfLzd.Mo
書類をまとめ終えた彼は腰掛けるよう勧めてきたが、someoneは首を横に振った。

滝本『どうやら今日の昼ごはんを聞きにきたわけではなさそうだ』

someone『…数日考えてみたんです。
僕にも【会議所】にも、どう行動すればより良い結果になるのか』

滝本『どうぞ』

口元で微笑を浮かべながら、滝本は先を促した。
someoneは以前、斑虎に相談した時と同じように心のなかで一拍おき、話し始めた。

someone『僕は。僕は、791先生が憎い。
でも、そもそもは彼女をあそこまで増長させた公国自体が憎い。
そう思うようになりました。

一度、あの国は根本から痛い目を見ないと治らないでしょう』

滝本『ほう。ではどうすれば治りますかね?』

ポケットの中にあるパイプを取り出したい気持ちをsomeoneはグッと堪えた。今は一瞬でも集中力を切らしてはいけない。

someone『…幾つか方法があると思います。
ですが一番手っ取り早いのは、公国に太刀打ちできるだけの強大な存在に、【会議所】自身がなってしまうことではないですか?』

滝本の顔色は変わらない。


734 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その3:2021/05/14(金) 18:03:44.331 ID:VbfLzd.Mo
someone『…たとえば、オレオ王国にカキシード公国が攻め込んできたとして。
王国の地にて、陸戦兵器<サッカロイド>で公国軍を壊滅させた後に、王国を“ついで”に占領してしまえたとしたら?
【会議所】は王国の土地を合法的に実効支配できる』

変わらず彼は微笑を浮かべたまま、表情をぴくりとも変えない。
まるで精巧な人形に話しかけている気分だ。話を続けるしかない。

someone『領土を拡大し強大化した【会議所】を止める国はそう出てこない。
それこそ対抗できるのはカキシード公国だけでしょう。
しかし、陸戦兵器<サッカロイド>の登場で戦力を削がれ膠着状態に陥れば、後は陸戦兵器<サッカロイド>でこちらが公国に攻め込み――』

滝本『someoneさん』

そこで彼が口を開いた。


彼は――


滝本『そんな危ない考え。

他の人には、言っちゃあいけませんよ?』


―― 策謀家の顔をしていた。


よく見たことある、冷酷で下卑た笑み。


735 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その4:2021/05/14(金) 18:04:28.704 ID:VbfLzd.Mo
someoneは答えを待たず、彼の顔を見て確信した。

辿り着いた自らの予想が間違っていないことを。
そして、今語った“悪夢”が数ヶ月後に現実になるのだということを。

自分が守ろうとした平和で公明正大な【会議所】など、滝本たちは最初から維持するつもりなど毛頭なかったのだ。
吹けば飛ぶような口約束でこちらから情報だけを抜き出し、彼らは奇襲を以てオレオ王国を、そして全世界を危機に陥れようとしている。

someone『…考えすぎですね。すみませんでした』

ペコリと頭を下げ再度指を鳴らすと、すぐに外の喧騒が二人の耳に届いた。

滝本『想像力ゆたかですね。
小説とかお好きです?ちょうどオススメの本がありますが』

someone『やることができたので遠慮します』

丁重に遠慮し、someoneは静かな足取りで部屋の外に出た。
そこまで蒸し暑くない天気だというのに、ローブの中は汗だくになっていた。


736 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その5:2021/05/14(金) 18:06:38.439 ID:VbfLzd.Mo
滝本の先日の言葉を聞く限り、もう時間がない。
直に全ての陸戦兵器<サッカロイド>の動作確認が終わり、機を同じくして791もオレオ王国に侵攻を開始するだろう。

someoneの掲げる“正義”は791の野望を打ち砕き、平和な【会議所】を守ることだ。

正直に言うと、滝本たちの心理を読み違えたことはsomeoneにとっては最大の誤算だった。
彼らの甘言にのり、陸戦兵器<サッカロイド>を完璧なものにしてしまえば、公国への抑止力を超越した兵器となってしまう。

彼らをこの手で屠れば、【会議所】の野望は食い止められるだろう。だが、791の野望は止められない。
他方で、陸戦兵器<サッカロイド>で彼女の野望は食い止められても、その後に【会議所】が王国を滅ぼし世界の覇権を握るだろう。

一方を止めればある一方は止められない。

何と歯がゆく、理不尽な世界なのだろうか。


だから、今のsomeoneに出来ることは、791と滝本たちの野望を水面下で潰さずに進めることしかできない。
庭園に生える雑草のように、ある一種を摘めば、その分の栄養を吸い取りもう一種は図に乗り肥大化してしまう。
庭師としては、ジワジワと両方を弱体化させ、然るべきタイミングで両方とも切り取った方がいい。

そのために、次にsomeoneの向かう場所は既に決まっていた。


737 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その6:2021/05/14(金) 18:07:30.368 ID:VbfLzd.Mo
【きのこたけのこ会議所自治区域 通路 1ヶ月前】

Tejas『おお?滝本さんがもうOKを出したのか?』

いつものように一人で会議所内を練り歩いていたTejas(てはす)は、滝本からの使いだというsomeoneに呼び止められ、予てより申請していた長期休暇の承認が降りたことを告げられた。

someone『ええ。急ぎ伝えるように言われまして…』

Tejas『そうなのか?でも今朝会ったときも、“手続きに時間がかかるからもう少し待ってくれ”と言われたばかりだったんだが』

someone『手続きというものは水の流れと同じです。
配管内で詰まればいつまでも時間はかかるが、原因を取り除いてあげればすぐに流れ出す。
滝本さんもすぐに気を回したからこの様になったんだと思います』

自分よりも一回り小さいsomeoneの方便に、Tejasは暫く考え込んだが、やがて納得したように一度頷いた。


738 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その7:2021/05/14(金) 18:08:20.611 ID:VbfLzd.Mo
Tejas『それもそうだなッ。ありがとう、someoneさん。
すぐに家に帰って出発の準備をするよ。こうしちゃいられない、じゃあなッ』

Tejasは踵を返し、挨拶もそこそこにすぐに走り去っていった。

これで今夜にも彼が発てば、彼の腕の呪術での陸戦兵器<サッカロイド>の完成を防ぐことが出来る。器と英霊たちの魂とを完璧なまでに定着させる方法は失われた。
まず、滝本たちの野望を一つ砕くことはできた。

とはいえ陸戦兵器<サッカロイド>の完成を防いだ今でも、公国軍の侵攻を防ぎ大損害を与えるだけの力はなお健在だ。
当初の想定通り、公国軍の侵攻は陸戦兵器<サッカロイド>に食い止めてもらい、someoneとしてはその後の処理を考えなければいけない。


739 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 交錯する三つの思惑編その8:2021/05/14(金) 18:09:36.198 ID:VbfLzd.Mo
目の前の仲間が敵だと分かっていながら、彼らの力を頼らないと真の敵を食い止められないという、なんとも他力本願な結果にsomeoneは内心で落ち込んでいた。

元々、筋の悪い話ではあったが、自分一人での力にも限界を感じていた。
斑虎に相談すればよかったかもしれない。しかし、滝本たちにとって明確な“利用価値”がある自分に比べ、彼は一介のたけのこ軍兵士に過ぎない。
もし内通していることがわかれば、加古川のようにすぐに始末されてしまうのがオチだろう。


斑虎との一件を経て、自分自身は変われたつもりでいた。
過去の呪縛から逃れ、初めて他人に頼り、心の中の正義の火を灯すことで変わることができたと思っていた。

しかし、根本の部分でsomeoneは独りのままだった。
最後の最後で、独りで問題を抱え続けた。今までの自分にとっては当たり前の行為。ずっと現実を直視し続けてきた。

いま、不幸なことに彼の預かり知らないところで背後にある闇は肥大し続け、ついにか弱い彼一人を飲み込むには何不自由のない大きさまで成長を遂げた。
遂に、彼の世界は終わりの時を迎えようとしていた。


その瓦解を思い知らされるのは、もうすぐそこまできていた。


740 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/14(金) 18:11:21.304 ID:VbfLzd.Mo
がんばってsomeoneさん!大丈夫、まだ貴方には魔法が残ってる。貴方の働きで事態は着実に好転しているわ!
なんとか二大悪党の野望を食い止めるため奔走するのよ!

次回『失意と絶望』、お楽しみに!

741 名前:たけのこ軍:2021/05/15(土) 15:22:18.127 ID:ZeaPqHjk0
オリバーは何処に。

742 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/18(火) 00:31:24.653 ID:CuQf.AZgo


2021/05/18 00:30:33虎
まあアペンドとしてでも。調整とかする気がないので言いっぱなしで申し訳ないですが

2021/05/18 00:30:04虎
あまり意味はないけれども一応思いついてしまったのでアイディアだけ
・7-7できのカス(指揮官1-兵士6)
・6枚の兵士カードで普通にカスやる
・1試合に1度だけ指揮官カードに設定された能力を使える

743 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/18(火) 00:41:44.727 ID:CuQf.AZgo
スレ間違えました

744 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その1:2021/05/22(土) 20:04:14.435 ID:MdDuCySMo
【きのこたけのこ会議所自治区域 議案チャットサロン 1ヶ月前】

抹茶から招集をかけられた緊急会議の場で、someoneは自分の見通しの甘さを思い知らされた。

滝本『――オレオ王国側の交渉役は斑虎さんで決まりですね。カキシード公国側の交渉役はどうしましょう。791さんではないとすると他に誰かいますかね…?』

弱り目に祟り目という言葉が今の状況には正に当てはまった。オレオ王国側から【会議所】へ何かしらの話は来ると予想していたものの、まさかここまで早いとは思っていなかった。

さらに、両国に使者を送ることまではいい。だが、よりによって王国側の使者に斑虎が選出されるとは想定していなかった。
元々は791の提案とはいえ、話の流れを見ると滝本たちもどうも最初から彼を使者役と決めていた節がある。

オレオ王国の使者になれば、カキシード公国との一触即発の最中でも、彼は王国内に留まり続けるだろう。考えなくてもわかる、そういう男なのだ。
彼の働きにより奇跡を起こし、戦争回避まで漕ぎ着けられる可能性は僅かにあるものの、暗躍する791と滝本たちの思惑の前にはあまりに無謀な戦いとなる。

なんということだ。
これでは、一体なんのために彼を闇から遠ざけようとしてきたのかわからない。


745 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その2:2021/05/22(土) 20:04:46.209 ID:MdDuCySMo
ここにきて、someoneの顔は一層青ざめていた。
きのこ軍兵士側の末席に座る一兵士の面持ちを気にする者など殆どいなかったが、唯一斑虎だけは心配そうな目線をこちらに送っていた。
彼はこちらの表情の機微を鋭く察知する力がある。普段から気にかけてもらい、声に出せずとも内心ありがたいと感じているが、今だけはその目をこちらから外してほしいと強く願った。

自分は失敗した。今すぐこの場から消えていなくなりたいと思った。


すっかりと心を乱されていた彼は、この後の展開を予想できるだけの余裕を持ち合わせていなかった。

791『うーん…?誰が適任だろう』

先程、斑虎に決まった際の喧騒が嘘のように、議場内は水を打ったように静かになった。
それを見越しているかのように円卓テーブル中央に陣取る滝本は臆することなく一つ咳払いをしてから、“では”と前置きした。

滝本『今度は私から提案しましょうかね。
正直なところ、私はsomeoneさんにお願いできないかと思っています。』

someone『ッ!!』

思わず言葉を失った。


746 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その2:2021/05/22(土) 20:05:36.289 ID:MdDuCySMo
全員の視線が瞬時にこちらに集まる。
さまざまな奇異の目。その中には目を丸くしている斑虎に、僅かに薄笑いをする791と滝本も含まれていた。

791『いいんじゃないかな。
聞けばsomeoneさんも公国出身だと言うし、【会議所】への貢献ぶりから考えれば当然だと思うな』

向かいの席の最上座に座る彼女はすぐに薄笑いを引っ込めると、したり顔で何度か頷いた。
本音では、公国にsomeoneを連れ帰り王国侵攻計画の最終の要とするための口実ができたと喜んでいるに違いない。
渡りに船とばかりに、彼女は滝本の提案に乗ったのだ。

議場を取り巻く空気が僅かに緩んだことを、someoneは察知した。
意見を持たない兵士たちは互いに顔を見合わせ、小声で話し合ったり何度か頷いている。
この淀んだ緩い空気のことを、斑虎は過去に“会議病にかかったようだ”と断罪したことがある。

建設的な意見が誰からも発せられず、一人の挙げた意見に必死にしがみつくように会議全体が進行していく。
普段は声の大きい兵士も会議になると途端に閉口し他者に迎合するのは、偏に議場の重苦しい雰囲気が問題だと、酒の席で彼が熱く語っていたことを覚えている。
そんな彼も会議中になると“会議病”にかかってしまう張本人の一人だと、当時のsomeoneは既のところで黙っていたが。

斑虎『ちょっと待ってくださいッ!俺は反対だッ!
someoneはまだ若い。幾ら【大戦】ルール策定の実績があるとはいえ、それと今回の推挙は結びつかないはずだッ!』

ただ、同じくこの空気を打破しようしたのも彼だった。すぐに立ち上がると、怒号に近い形で滝本に意見を述べた。
親友からの全力の援護に、思わずsomeoneはローブの中に顔を埋めたくなった。


747 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その4:2021/05/22(土) 20:06:19.016 ID:MdDuCySMo
にわかに騒然とし始めた議場を見て、滝本の隣りに座る、白袴姿の副議長の参謀は、彼の抗議に対し顎に手をあて優雅に考える素振りを見せた。

参謀『斑虎の言う通り、確かに見た目上はそうかもしれんなあ。
でも、長年¢が一人で担ってきた大仕事をあの若さでこなしてみせたのは、陰で相当のプレッシャーがあったはずや。

それを成し遂げたsomeoneには並外れた力量と胆力が備わっとる。
滝本はそれらを買っての発言やないか?』

きのこ軍兵士側の最上座に座る¢もその言葉に頷いた。

¢『ぼくもそう思うんよ、someoneさんが適任だと思う』

目に見えて、空気は一変した。

参加者たちは途端に¢たちに同調するように賛同の声を次々に挙げた。先程のように迷う素振りを見せない、強固な意思だ。
先程まで二つの意見がぶつかり混沌の中にいた議場は、【会議所】重鎮の発言により瞬く間に話の方向性を決定づけた。

一度の議論を経て決まった議題の方針は、参加者たちに深層心理で“話し合いをして決めたのだから間違いがない”という自信を少なからず与える。
その時点で、面倒な問題をこれ以上考えずに済むための免罪符となるのだ。だから、参加者たちは逃げるように賛同する。

参謀と¢は会議の性質を理解した上で、斑虎に反対意見を一度出させた上で、滝本の意見を擁護する決定打を言い放ったのだ。老練ながら狡猾な手だ。


748 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その5:2021/05/22(土) 20:06:54.351 ID:MdDuCySMo
そして、嫌でもsomeoneは気付かされた。
彼らは意図的に自分を公国に送り返そうとしている。

―― “someone” 
―― “もう十分” “用済み”

脳裏に先日の“リフレQト”で浮かび上がった文字がちらついた。
つまり、791への内通情報をもたらし、魔法使いとして陸戦兵器<サッカロイド>の魂の定着方法に意見を述べた段階で、既に彼らの中で自分の役目は終わっていたのだ。

カキシード公国に送ることで不穏分子の厄介払いができるだけでなく、仮にもしsomeoneが791に【会議所】の秘密を喋ろうとしても、そのときは制約の呪いで彼の生命を奪う。

どちらに転んでも滝本たちにはこれっぽっちも痛くない。

パズルのピースがぱちりと嵌ったように、綺麗なほど“汚い”道筋が分かった瞬間だった。


これが策謀家なのか。
人を盤面上の駒のように考え、いともたやすく捨てる。

悔しくて、それ以上に何もできない自分の無力さが腹立たしくて、someoneは目を閉じ下唇を強く噛んだ。


749 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その6:2021/05/22(土) 20:07:51.440 ID:MdDuCySMo
斑虎『いや、それでも――』

someone『――わかりました。その任、引き受けます』

なおも語気を強める斑虎の言葉を遮り、someoneは静かに声を発した。
彼の小さな声を聴くためか、議場は再度静まり返った。
斑虎も同じように息を呑んだ。

斑虎『本気かよッ!?』

someoneは儚げに頷いた。

たとえ破滅へ向かうことになっても、最後まで“正義”を貫き通す。
そう背中を押してくれたは斑虎だ。

someoneは自らの正義を信じる。
正義のために最後まで全うする。

あの時、その覚悟を決めたのだ。

滝本『それは良かった。では斑虎さんとsomeoneさん、宜しくお願いします。
この世界の命運はお二人に懸かっていると言っても過言ではないのですから』

いけしゃあしゃあと語る滝本の口元の端は、僅かにつり上がっているようにsomeoneには見えた。


750 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その7:2021/05/22(土) 20:08:21.478 ID:MdDuCySMo
【きのこたけのこ会議所 会議所 大廊下 1ヶ月前】

斑虎『someoneッ!』

長い会議が終わり、策謀渦巻く場から早く姿を消したくて外に出たところを、斑虎に声をかけられた。
彼は血相を変えてこちらに向かってきた。someoneは困ったように僅かに眉尻を下げた。

斑虎『なんで抵抗しなかったんだよッ!カキシード公国の交渉役なんて、こんな仕事は面倒なだけだぞッ』

その直後、斑虎は言葉を切り少し眉を寄せた。
恐らく、勢いよく声に出したものの自分もオレオ王国の交渉役に選ばれた経緯を思い出し少し罰が悪いと思ったのだろう。
そんな目の前の親友を可愛く思い、someoneはほんの少し微笑んだ。

someone『仕方ないよ。決まったことなんだから』

滝本たちの懐に飛び込んだ時から全ては巧妙に仕組まれていた。
今はそれが全て分かってしまったのだ。諦めるわけではないが、今この時は足掻いてもどうしようもないというものだ。


751 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その8:2021/05/22(土) 20:09:09.352 ID:MdDuCySMo
斑虎『俺はまだいい。でもお前は生まれてから暫くカキシード公国に居たぐらいでほとんど祖国と関わりはないんだろ?
それに新人であるお前にこんな大役を任せるなんて、会議所はどうかしてるッ!』

何人か二人の前を通り過ぎた兵士がぎょっとしてこちらを振り返ったが、斑虎は気にせず【会議所】を非難した。
彼は昔からこうだ。おかしいと思ったことに対しては誰であろうと噛み付く。自分ではなく周りの人間が巻き込まれている時は殊更にだ。

彼は自分の“正義”を昔から体現し続けている。そんな姿が今となってはとても眩しく感じる。

someone『あまり感情的になってもよくないよ、斑虎。与えられた仕事はこなさないと』

someoneは冷静に斑虎を諭すように話した。自分を落ち着かせるための言葉でもあった。

someone『すぐに791さんとここを発たないといけないんだ。暫く会えなくなるね』

斑虎『俺もだ。今晩にはもう出発だ。でも791さんも水臭いよな。お前を推薦するんなら、自分が交渉役になってくれたっていいのにな』

彼女の話になると少し声を潜める彼が可笑しくて、someoneは少し笑ってしまった。
たとえ真相が分かっていたとしても、親友と話している今だけは笑っていられる。


752 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その9:2021/05/22(土) 20:10:16.457 ID:MdDuCySMo
someone『僕は791さんと一緒だから平気だよ。寧ろ、斑虎の方が大変じゃない?一人だから』

斑虎『これを放置プレイと言うんだろうな』

二人はそこで言葉を切り笑いあった。
彼に会えるのも今日が最後だと思うと、せめて目一杯笑わないといけないと思った。

斑虎『気をつけてな、someone。まあ互いに交渉役だから逐次連絡は取り合うし、その内協議の場でも顔を合わせるだろうが、暫くは会えなくなる』

斑虎の差し出した手を見て一瞬固まった。
彼の純真で純白に満ちた手を、自らの黒ずんだ手で汚したくなかったからだ。

だが、すぐにその思いを振り払い彼の手を握ると、自分とは違う戦士特有のゴツゴツとした手のひらから、何か言葉にはし辛い熱い思いを感じた気がした。

心の中の正義の火が一度だけ大きく跳ね、勢いを増した。
そんな気がした。

someone『…うん。斑虎も気をつけてね』

絶対に791や滝本の思い通りにはさせず、【会議所】を正しい方向に導いてみせる。

そしてその渦中にいる斑虎と一緒にまた再会してみせる。
その思いを抱き、someoneは彼の手を再度強く握り返した。


753 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その10:2021/05/22(土) 20:11:01.745 ID:MdDuCySMo
斑虎『じゃあ準備があるから行くな。次に会う時は両国間の協議の時かな?楽しみにしてるぜ』

斑虎は握った手を離すと、すぐに踵を返し自らの職場に戻っていった。
その背中を暫くぼうと眺めていたが、すぐにsomeoneは一息ついた。


someone『…やれやれ。仕事が増えるな』

小さな声で呟いた言葉は強がりだった。
しかし、絶望的な状況に身を置くこの身を鼓舞するには十分な言葉だった。


754 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その11:2021/05/22(土) 20:12:25.042 ID:MdDuCySMo
【きのこたけのこ会議所 someoneの自室 1ヶ月前】

その夜、someoneは出発の準備をそこそこに切り上げると、残していた魔法研究を完成させるために、まずは紙くずで散らばっていた床を掃除し、その後巨大な魔法陣を書き上げた。
魔法陣の構想自体は既に数ヶ月前から完成してたものの、試す機会もなく今日まで至ってしまったのだ。

someone『できた…』

そこで床から顔を上げると、someoneはもう戻って来られないだろう自室内を一度見渡した。

部屋は相変わらず汚いものの、汚いなりに年季が入り感慨深い。斑虎には受け入れられないだろうが、この汚さは年月の痕跡と自分の軌跡を表しているのだ。
床に転がる大量の紙屑は、魔法研究の過程で大量に消費されたものだ。
最初は僅かに持ち込んだ魔法書を載せていた書棚も、今ではぎっしりと埋まり、溢れた本が床から何層も積み上がり、一端の図書室のような体を呈している。
床の一角にある座布団だけポッカリと綺麗なのは、そこが斑虎の特等席だからと知っている。


三年前、初めてこの地に足を踏み入れた時にはまさかこのような事になるとは露ほど思っていなかった。
あの時は不安で、無味乾燥と思い込んだ世界に嫌気も差していた。791に裏切られ、会議所自治区域に送り込まれた時も、僅かな期待も打ち砕かれ、世界の色は褪せ外の風景は白黒に映った。

それを救ったのは他ならぬ斑虎だった。
彼との出会いが自分を大きく変えた。同時に、世界に色がついた。

【大戦】に触れ、【会議所】に触れる中で魔法研究以外のやりがいを見つけた。
斑虎という親友ができ、会議では自分の考えたルールが採用され、そのルールで【大戦】で数百万もの人間が一喜一憂している様子を目の当たりにした。
いつしか会議所自治区域という土地を真の故郷だと思うほどに、望郷への思いは育まれた。


755 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その12:2021/05/22(土) 20:13:06.370 ID:MdDuCySMo
自らを突き動かすこの“正義”の原動力がたとえ師への憎しみからくるものだとしても、【会議所】を、斑虎を守るためならばしかたないと思った。
そのために、今から大仕事を成さなければいけない。

someoneは一度深く息を吐くと、群青色のローブのフードを目深に被り、ホコリまみれの床に両手を付いた。

someone『魔の理に従い、偉大なる生命の源流を此処に召喚する。
己が願いを胸に刻み、此の身を魔の理に捧げる。我が名はsomeone』

詠唱を始めると、白のチョークで書いた魔法陣がバチバチとどこからともなく音を立て始め青く光り始めた。
詠唱手順は全て暗記している。後は待てばいい。

someone『己の姿を見るは、生命の源流を投影した己自身なり。此処に願うッ。
太古に潜む古の力を秘めたる傑物たちよ、我の願いを聞き届け給えッ!』

稲光のように魔法陣は激しく点滅し、同時に眩い光にも包まれ始める。
フードの中で、someoneは必死に詠唱を続けた。

someone『我願うは、熱き正義の火を踏襲する自らの化身。熱き血潮を分け与える赤き炎ッ。
生命の大樹よッ、魂を成し我のもとへ光となりて結集せよッ!






今ここに顕現せよ、【使い魔】よッ!』


756 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その13:2021/05/22(土) 20:14:23.926 ID:MdDuCySMo
突如、どこからか発生した爆裂音とともに、someoneは勢いよく吹き飛ばされた。
書棚に背中が当たり、本がバラバラと勢いよく上から落ちてきた。

someone『…ッ』

まるで稲光が部屋に落ちたような突然の衝撃に、頭がくらくらする。
召喚後の衝撃や反動を記した書物は無かったが、ここまでの衝撃とは思っていなかった。
数秒呻いたsomeoneだったが、本来の目的を思い出し、すぐに本をかき分け起き上がった。


果たして部屋の中心には、手のひらよりも一回り大きい程度の白いテリアがちょこんと座っていた。
魔法陣の中心で、子犬は先程の衝撃などどこ吹く風といった具合に前足で耳を掻いていたが、本の山からひょっこりと顔を出したsomeoneに向け涼しい顔を向けた。

『お前さんかい?オレを呼んだのは?』

子犬は口を開くと、間違いなくそう言葉を発した。
予想していたより低い声でそれと相まって相当な落ち着き様だと感じた。
目つきが鋭く近寄りがたい気も発しているのは、かつてのNo.11を少し彷彿とさせる。

someone『君が【使い魔】か…?』

埃を払い近づいてきた術者に、子犬はジッと見上げたまま目線を外さずに向かい合った。
術者を値踏みする色が、そのヘーゼルカラーの眼の光の中に含まれていた。


757 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その14:2021/05/22(土) 20:15:12.887 ID:MdDuCySMo
『ああ、そうさ。いま、ここで呼んだだろう?
それにしてもこの部屋は汚いな。ご主人にとって、掃除とは生きていく上で花への水やりよりも後回しにする行いらしいな』

大層生意気な口をきく犬だと感じた。
見た目はテリアそのものだが、口を開けば飲み屋にいる親父よりも口も態度も悪そうな気配を放っている。

魔法陣の紋章内や詠唱時に、術者は【使い魔】の風貌や性格の希望をある程度含ませる。ただそれはあくまで希望なので、魔法陣を通じて創り上げられたものが希望通りになるとは必ずしも限らない。
完成度は術者の魔法力や環境に左右されると言われているものの、詳しいことは未だ分かっていない。

someoneの場合は、自らには無い情熱的な性格を宿すようにしたが、どうも狙った方向性とは違う【使い魔】が顕現したようだ。

someone『助けてほしい。時間がないんだ』

気を取り直して、切実に訴えるsomeoneの顔を子犬は目を細めジッと見つめていたが、ふっと一度息を吐き目線を反らした。


758 名前:Episode:“トロイの木馬” someone そして少年は思い知る編その15:2021/05/22(土) 20:15:54.558 ID:MdDuCySMo
『ご主人。まずはあんたの名前を。そして次におれの名前を教えてくれ』

someone『僕の名前はsomeone。そして君の名は――』

そこで言葉に詰まった。名前なんて考えていなかったのだ。

迷った挙げ句に視線を辺りに彷徨わせると、足元に先程まで倒れていた本の山から転げ落ちていた二冊の本の表紙が見えた。

【降霊術大全】、【呪歌の詠唱について】という題の本だ。

降“霊”術と呪 “歌”。

あまり彼を待たせてもいけないだろうという思いで、someoneは咄嗟に本の題から名前を拝借することにした。

someone『君の名は、霊歌(れいか)。今日から霊歌だ』

霊歌『おう。よろしくなご主人』


そこで初めて、霊歌はニヤリと笑った。


759 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/22(土) 20:20:33.254 ID:MdDuCySMo
ちなみにsomeoneさんと斑虎さんの会話は第1章冒頭にもあった会話の、someone視点バージョンです。
見返して見るとおもしろいかもね。

そして霊歌ちゃんはけっこうバレバレでしたけど使い魔です。
説明文はまだネタバレを含むので今は少し隠しています。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/1057/%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89ss%20%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%891.jpg

760 名前:たけのこ軍:2021/05/22(土) 20:22:47.044 ID:VtEp/ss20
予想通り〜

761 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/05/28(金) 23:21:49.965 ID:VZnFNH7go
今週はお休みでごわす

762 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その1:2021/06/05(土) 00:29:40.260 ID:D1EWW1soo
霊歌『時間がないと言っていたな。
安心しな、ご主人の記憶は召喚時点でおれにも共有されている。どうやらとんだ危機みたいだな』

霊歌はそこで首を上げることに疲れたのか、自らの身長の数倍の高さはあるだろう机の上にひょいと跳んだ。
彼の眼には、主人にも逆らわんとする挑戦的な色と若干の同情の色が見えた。どうやら口は悪いが、ある程度理解のある使い魔のようだ。

霊歌『それでどうするんだ?
おれを召喚したぐらいじゃあ、ご主人のお師匠の悪だくみは止められないぜ?』

someone『…追加の“契約”をしたい』

彼は長く垂れ下がった両の耳をピンと張り、驚きを表現してみせた。

霊歌『その若さでか。大丈夫か?十分な魔力がなければ契約に耐えられず死んじまうぞ。
ちなみに、どんな条件を付けたいんだ?』

someoneは、予てより考えていた条件を霊歌に告げた。
すると彼は今度こそ目を丸くし、直後に口を開け大声で笑った。

霊歌『ハハハッ!そりゃあとんでもない契約だ。
そんな大それた事を考えるのはご主人くらいだぜッ!』


763 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その2:2021/06/05(土) 00:30:21.816 ID:D1EWW1soo
【使い魔】と術者は互いの同意の上で、召喚後に追加で契約を交わすことができる。
ただ、その契約には代償も伴う。契約内容の規模に因り、【使い魔】の本来の機能が一部失われるのだ。
理由は不明だが、魔力を注入している【使い魔】の器が決まっているため、新たに注ぎ入れた魔力から溢れてしまったものは捨てなければいけないのだろう。someoneはそう理解している。

霊歌『普通なら無理だと笑い飛ばしたいところだが…ご主人にはどうやら途方も無い魔力があるらしい。契約はできる』

someone『本当?』

そこで霊歌は笑いを引っ込め、先ほどと同じく他者を値踏みするように目を細めた。

霊歌『教えてくれ。“そんな契約”を結んでも、とても今の状況を打開できるとは思えないが、何か策はあるのかい?』

彼の言うとおりだ。たとえ希望の契約を結べたとして、公国に戻り791と対決しても事態を打開できるだけのものではない。
そもそも、向こうには“必消”の儀術がある。戦おうとした瞬間に消し炭にされるのが関の山だろう。


764 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その3:2021/06/05(土) 00:31:05.521 ID:D1EWW1soo
だが――

someone『…1%でも望みがあるなら最後まで足掻く。そう、決めたんだ』

彼が真剣な口調で語った時、霊歌は主人の瞳の色をしげしげと眺めていた。
自分と同じヘーゼル色の眼だ。くすんだ色の中に、微かな光が灯っている。

分の悪い賭けだが乗ってみるのも悪くないかもしれない。
そう思わせるだけの雰囲気がsomeoneには備わっていたし、そう思うだけの器量が彼にも備わっていた。
しばらくすると彼は、ニカリと笑みを零した。

霊歌『あんた、生粋のギャンブラーだな』

再び床の上に舞い降りると、霊歌も真剣な顔つきでsomeoneを見上げた。

霊歌『知っているとは思うが、追加の契約は代償として何かを奪われちまう。そういう“決まり”だ。
恐らくだが、結構な能力を奪われる。

全ておれの予想だが、契約の代償として、まずおれの記憶を奪われる可能性は高い。
魔術にとって“記憶”は大事なエッセンスだ。いの一番に代償として狙われる』

someone『分かった。契約が終わったら改めて僕が今の状況を説明する』


765 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その4:2021/06/05(土) 00:31:43.124 ID:D1EWW1soo
霊歌『あー、それとだ。恐らくおれの性格も幾つか代償をもとに変わる可能性がある。
より具体的に言えば、多分生意気になる』

someone『これ以上!?』

途端に霊歌は口をへの字に曲げた。

霊歌『いまこうして話を聞いてやってるのに、おれが生意気とはどういうこったッ。

いいかッ!ご主人は物静かそうだから予め言っておく。
記憶を失い生意気になったおれは恐らくご主人の手に負えず、あんたの言葉もまともに聞かなくなるだろう。
それでもやるのか?』

someoneは膝を折り、小さな使い魔に目線を近づけた。

その時の彼の眼の色を、霊歌は記憶を失うその瞬間まで生涯忘れることはないだろう。
諦めにも見えた褪せた瞳の奥には、決して侵されることのない情熱の炎が芽生えていた。近くで見ると歴然だ。

someone『…僕には、もうこの手しか残されていない。君が最後の希望なんだ、霊歌』


766 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その5:2021/06/05(土) 00:32:44.441 ID:D1EWW1soo
記憶を共有している分、その辛さはわかる。
彼は育ての親に裏切られ、さらには“第二の故郷”にも裏切られた。全て彼の甘さが原因だと言えばその通りかもしれない。
そもそも、791は彼に対しただ本性を示しただけでそれは彼女なりの信頼の現れとも言える。
滝本は明確に彼に嘘をついたが、いきなり素性を明かした彼に警戒し本心を隠していたのは、何も一概に彼を陥れるために罠を張り巡らせたわけでもないだろう。


見通しが甘い。この一言に尽きる。
霊歌は主人の弱みをここ数分のやり取りで熟知するにまで至っていた。

彼の理想を追い求めようとする視点は、対極的に現実を視るこの眼には些(いささ)か濁って映る。そのような正反対の性格に仕向けたのは、他ならぬ術者の彼だ。
たとえ、こちらを召喚したとして、この負の連鎖から抜け出す方程式の解を導けるとはとても思えない。



だが、霊歌は彼のことを決して嫌いにはなれなかった。


霊歌は片方の前足を、目の前にいる、小さいながら強い心を持つ主人に差し出した。

霊歌『言っただろう?分の悪い賭けはキライじゃない。おれもひと肌脱ごうじゃないか』

someoneはその言葉に無言で頷き、差し出された彼の手を、ひたと握り返したのだった。


767 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その6:2021/06/05(土) 00:33:54.556 ID:D1EWW1soo
【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 1ヶ月前】

791『やあ。ここで会うのは本当に久しぶりだねッ!元気にしてた、someone?』

三年ぶりに足を踏み入れた部屋の様子は、特段何も変わっていなかった。
彼女の周りの観葉植物が多少背を伸ばし、こちらを見下ろすようになったぐらいだろうか。植物も飼い主に似るのだな、とこの場面においてsomeoneは場違いな感想をもった。

既に中央の執務椅子には791が深く腰掛け、その背後にはNo.11(いれぶん)が直立不動で彼の到着を待っていた。

“宮廷魔術師”として久々に相対する彼女も、特段何も変わっていなかった。
トレードマークの紫紺(しこん)色のローブは今日もシワひとつ無く、ワンカールした黒髪も艶が出ており上部の硝子を通じて降り注ぐ陽を反射し煌めいている。
ただ、少し小さくなったかもしれない。もしくはsomeone自身が大きくなったのかもしれないが。

791『この三年。実に楽しそうにしていたね。
君があそこまで【会議所】に馴染めているとは、正直私も驚いたし嬉しいよ』

彼女はパチンと指を鳴らすと、someone用の椅子を用意した。

791『さて。三年の成果を聞かせてもらおうかな?』

someoneはすぐに返答をせずに、ポケットの中にあるパイプを一度撫でた。
親友から勇気を分けてもらおうと思ったのだ。


768 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その7:2021/06/05(土) 00:34:46.256 ID:D1EWW1soo
someoneは用意された椅子から一歩離れながら、一度だけ深く息を吐き、改めて前に座る師と向かい合った。

someone『…その前に、お見せするものがあります』

目を閉じ心の中で術を唱える。椅子の横にいつの間にか魔法陣が描かれ、青白く光った。
一度使い魔を召喚してしまえば契約を解除するまで、術者は好きなタイミングで簡易的に使い魔を呼び出すことができる。
心の中で詠唱を終えると、次の瞬間、魔法陣の中心には霊歌がちょこんと座っていた。

彼の姿に気づいた791は途端に満面の笑みを浮かべ、対して背後にいるNo.11は絶句したように驚愕の顔をはりつけていた。

someone『これが僕の【使い魔】、霊歌です。
口は悪くまだ僕の命令をなかなか聞きませんが…先生のお役に立てるとは思います』

霊歌『はんッ。ここが噂の策謀入り乱れる総本家か。思っていたより綺麗だな』

791は我を忘れ立ち上がり、両の拳を天井に突き上げた。

791『素晴らしいッ!その歳で自律型の使い魔を召喚し使役するなんてッ!
someone、君はどこまで優秀なんだッ。
若い頃の私を遥かに凌ぐ資質が、君にはあるよッ!!』

背後ではNo.11が無表情ながら、下唇を噛み必死に悔しさに堪えている様子が見えた。

彼女を哀れに思う暇はない。
今は“悟られないように”しなければいけない。


769 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その8:2021/06/05(土) 00:35:34.821 ID:D1EWW1soo
someone『オレオ王国の侵攻にあたり、この霊歌を先に彼の国に向かわせ、内部扇動の任を与えてほしいのです。
リスクを少しでも抑えられるし、いいかと思います』

791『うんうん。ぜひそうしよう。霊歌さんには今すぐオレオ王国に向かってもらおう。なにか必要なものはある?』

霊歌『あんたが主人のお師匠様かい?
そうだなあ…反乱分子をまとめあげるための資金と、大量のチョコをくれないか?途中で小腹が減るんでな』

791『すぐに手配するよ』

791は二つ返事で頷いた。今ならば多少無茶なお願いをしても手を叩きおもしろがりそうな興奮ぶりだ。
それだけ、使い魔の召喚が彼女にとって想像を超える出来事だったのだろう。

霊歌も頷き返した。
そして、一度だけこちらの顔をチラリと一瞥すると、すぐに踵を返し走り去っていった。


770 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その9:2021/06/05(土) 00:36:19.519 ID:D1EWW1soo
791『道を覚えているということは、君の記憶も継承できているということかな?』

someone『いえ。そこは不完全で…実のところ、僕の考えや真意はほとんど伝わっていないんです』

791はそんな彼を慰めるように、パンと小気味よく手を叩いた。

791『まあまだ初めての召喚だから仕方ないよ。これから精度を高めていけばいい。
いやあ、報告の前にいいものを見せてもらったなあ』

うんうんと何度も頷いていた彼女だが、熱も収まってきたのか、暫くすると身体を地面につけるほどその身を深く椅子の中に沈めた。

そして、“さて”、と途端に彼女は下卑た笑みを浮かべた。

791『では、そろそろ話してもらおうか。【会議所】の動向を。
君が隠れて滝本さんと何度も会っていたことは知っている。情報を掴んでいるんだろう?』

someone『はい』

彼女はますます下卑た笑みを浮かべた。

791『よろしい。では【会議所】は何を隠しているのか今すぐに話してくれるね?』

someone『いいえ、それはできません』


771 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その9:2021/06/05(土) 00:37:06.968 ID:D1EWW1soo
空気が、凍った。
部屋にいる誰もが彼の言い放った言葉を想定しておらず、動きを止めた。

someoneは空気の察知を一番に感じ取った。
当たり前だ。これも全て予定通りなのだからまだ心の余裕がある。

791は再度、口を開いた。
微笑みの口元を崩さず、だがクリクリとした両目はしっかりと彼を射抜いたまま。

791『ん?ごめん、何て言ったのかな?もう一度言ってくれる?』

someone『貴方にはお話できない、と申し上げました』

No.11『someoneッ!?貴方、自分の言ったことがわかって――』

思わず叫びかかった弟子を、目の前の“魔術師”は片手で制した。
先程までの余裕の表情は消え、今は相手を見下ろす“施政者”の眼を向けている。


772 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その11:2021/06/05(土) 00:38:16.894 ID:D1EWW1soo
791『どういうことだろう?この私に、君は、どうしてしゃべれないの?』

someone『喋れない理由ができましたが、真の理由は、貴方に話したくないからです』




ゾッ。



常人であれば恐れから立っていられないだろう気を、someoneは一心に受けた。
まるで火口から吹き出た焔風を眼前に受けたように、彼女の圧の前に両目を開いたままでいるのは困難だ。
それ程までに目の前の彼女から発せられている殺意は、深く極悪に満ちている。

だが、受け止めなければいけない。
たとえ、ここで焼け死んだとしても悔いの残る人生だけは示しがつかない。

彼は彼自身の矜持を盾に、魔術師の怒りを一心に受けながらも耐え忍んでいた。

791『someone。それが君の答えかい?
小さい時から目をかけ育ててあげた恩を忘れ、【会議所】に付くという阿呆の考えが君の出した結論かい?』

someone『僕は滝本さんたちに付くつもりもありません。彼らも間違っている。
ですが、強いて言えば策謀のない純粋な【会議所】に付く。そう決めました』

口を開くこと自体が無理だと思っていたが、心の内を一度言葉にしてしまえば、あとはすらすらと口からついて出た。


773 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その12:2021/06/05(土) 00:39:37.754 ID:D1EWW1soo
数分。数十分。
いつまで立っていたか覚えてない。

ただ、先に音を上げたのは791の方だった。
彼女はふう、と一息吐くと殺意の気を解除した。そして視線を外すと、だいぶ蒸発してしまっていたメロンソーダの残りをストローで啜った。

791『someone。君は次期【魔術師】になる者として、決定的にロジックが破綻している。

でも、君は同時に賢い。
私が君を屠れないと確信して、この話をしたね?自分を優秀な一番弟子だと見せるために、敢えて使い魔をこの場に出して自分の生命の価値を増した。
少し見ない間に随分と成長したね。その小賢しさに免じて消すことだけはやめてあげるよ。

でも相応の罰は受けてもらおうかな?』

目の前の弟子から興味を失ったように791は顔を背けると、同時に片手を振り上げた。
気を失ったように呆然としていたNo.11は彼女の合図に気がつくと弾かれたバネのように背筋をピンと伸ばした。
そして、先程までの失態を取り戻さんとばかりにツカツカとsomeoneの前まで来ると、彼を魔法の縄できつく縛り上げたのだった。

彼は、抵抗しなかった。
ただ、無表情で無言を守った。


ここで、魔法使いsomeoneの命運は完全に尽きたのだった。



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774 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その13:2021/06/05(土) 00:40:26.916 ID:D1EWW1soo
【カキシード公国 宮廷 地下室 現代】

鼻先に届いた冷気で、someoneは目を開けた。
誰かが来た合図だ。

一定のリズムを刻みながら、段々と足音が近づいてくる。
足音はやがて檻の前まで来ると、最後に檻の前でドンと一音鳴らし止まったようだった。

顔を向けずとも誰かはわかるものの、彼女から発せられている無言の圧には応じないといけない。
少しでも罪滅ぼしになればと内心で感じているが、この考えが彼女を苛つかせる要因であることはsomeone自身も気づいている。
彼はぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちなく首だけを檻の外に向けると、檻越しにローブの裾から伸びた、すらりとした足のヒールの根本と目が合った。


その頭上、ベージュ色のフードの中から、No.11(いれぶん)の鋭い目は道端の汚物を見るように彼を見下ろしていた。

No.11「貴方は本当に愚かなことをしたわ、someone」

someone「…」

何も反応を示さない彼を前に、苛立ち気に彼女は舌打ちした。


775 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その14:2021/06/05(土) 00:41:06.615 ID:D1EWW1soo
No.11「滝本に【制約】の呪文をかけられているということを先に話せばッ。
ここまでのことにはならなかったのよ」

someone「…それは違う。それでも僕はあの人に喋らなかったよ。同じことさ」

返答がくるとは思っていなかったのか、ローブの中で彼女の息を呑んだ音が耳に届いた。
それだけでもしてやったりという気分で、やっとのことで顔を起こしたsomeoneはぼろぼろになったローブの中でぎこちなく微笑んだ。

No.11「791様に楯突くなんてどういうつもりなのッ?」

someone「…」

フードを脱ぎ、顕(あらわ)になった緑髪を掻きながら、彼女の吐く荒い息は白くたちまち霧散した。
普段の地上での“氷の指圧師”を知る者なら、今の彼女の荒れ具合にたちまち驚くことだろう。

目の前で感情を顕にする彼女は、なんだか昔の姿を見ているようで。
壁に背中を預けながら、someoneは思わず少し懐かしい気持ちになった。

No.11「なんとか言いなさいッ!」

someone「…戦況は――」

突然の言葉に、彼女は不快気に眉を潜めた。


776 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その15:2021/06/05(土) 00:42:29.788 ID:D1EWW1soo
someone「――今の戦況を教えてくれないか、No.11」

彼女は再度舌打ちをしたが、すぐに“いつもの”無表情に戻った。
突然沸いてきた仕事を捌くことが使命だとばかりに、まるで目の前の憎らしい同僚から逃げるように、その切り替えは俊敏だった。

No.11「戦いが始まって、もう数刻経つ。
791様の使い魔越しの様子だと、戦況は意外にも拮抗している。

魔戦部隊に手落ちがあったわけではない。当初の想定よりも、王国軍が粘り強く地の利を生かして戦っているわ。
貴方のお友達の斑虎が、うまくやっているようね」

someone「そうか、それはよかった…」

静かに微笑むsomeoneに、彼女は露骨に端正な顔を歪めた。

No.11「貴方が先生のお気に入りでなければ、今すぐにでも私の手で消しているところだわッ。
貴方は国に背いたんじゃない、“恩師”に背いたのよッ!
何よりも大事にしなければいけない方を傷つけたッ!わかって――」

someone「No.11――」


777 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その16:2021/06/05(土) 00:43:08.327 ID:D1EWW1soo
彼女の言葉を遮るように、someoneは小さく、しかし力強い声で呼びかけた。
そこで、初めて彼女と目が合った。

綺麗なマリンブルーの瞳。
昔から変わらない、澄んだ色だ。羨ましいとさえ思う不変の意思を瞳に宿している。
その鋼の心を時おり眩しいと思う。

someone「――ごめん」

そこで、はたと彼女の動きが静止した。

No.11「…その言葉は私にじゃなくて、あの方に言うことね」

ポツリと呟いた彼女の言葉は、不思議とsomeoneの胸に響いた。

彼女は視線を切りフードを被り直し踵を返すと、一定の間隔でヒール音を鳴らしながら去っていった。


部屋は再びシンと静まり返った。

someoneはおでこに片手を当て、深く息を吐いた。
壁に当てている頭の背後がひんやりして心地よい。冷えきった室内なのに心なしか体温が高いと思うのは、体調が悪いのか回想で思いのほか脳を動かしたからか。どちらかはわからない。


778 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その17:2021/06/05(土) 00:43:48.594 ID:D1EWW1soo
―― おい。聞こえてるかッ!聞こえてるかよ、ご主人ッ!

静寂を切り裂いたのは、騒がしい使い魔の声だった。
正確に言えば、使い魔との交信機能でsomeoneの脳内だけに響いているため、辺りは変わらず静寂のままだったが。

someone「…ああ。聞こえているよ」

“頭痛の種だから声は抑えてほしい”と言うのを既のところで我慢し、押し殺した声でsomeoneは返した。
何処かにいるだろう霊歌は、彼の返答に食い気味にまくし立てた。

―― 大変だッ!いま、陸戦兵器<サッカロイド>が王都に着いて、街をめちゃくちゃにしててッ!

someone「ッ!間に合っていないじゃないかッ!」

霊歌と以前話していた“計画”では、オレオ王国の王都を攻撃する前に陸戦兵器<サッカロイド>を封じる手筈になっていた。

―― それはしかたねえんだッ!Tejasのやつがしくったんだよッ!あいたッ!

どうやら、横にいた彼に小突かれたらしい。


779 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その18:2021/06/05(土) 00:44:38.974 ID:D1EWW1soo
―― ッて、本題はそれじゃないッ!ここまでほぼ予定通りだが、計画に狂いが一つだけある。

someone「…なに?」

―― 王都にお前の大事な“親友”が迷い込んじまっている。


someoneはそこで大きく目を見開いた。

彼が巻き込まれる可能性について、ある程度予期はしていた。
だが、タイミングが悪すぎる。前線で戦う彼が、なぜ単身で王都にいる。

―― いま二人で後をつけているが、このままじゃあ陸戦兵器<サッカロイド>の攻撃に巻き込まれる。
どうする?おれたちだけじゃあ限界がある。

彼は強いから、きっと生き残れる。そう心のどこかで祈っていた。

だが、現実はそう甘くない。
幾ら斑虎が歴戦の兵士だとしても、陸戦兵器<サッカロイド>と初見で戦える兵士は存在しない。
赤子と猛獣を戦わせるようなものだ。それまでに規格外の彼らとは勝負にならない。

今こそ決断の時だ。


780 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その19:2021/06/05(土) 00:45:58.193 ID:D1EWW1soo
―― おいおいおいッ!奴さんがあいつに気づきやがったぞッ!
いま、攻撃されたら跡形もなく消されちまうッ!今すぐ決めろ、ご主人ッ!!


someoneは目を閉じ、心臓部に手を当てた。
心音は一定のリズムで拍動を打っている。

正義の火は未だ消えていない。彼により“生まれ変わった”この心の火を、彼のために使う。
その覚悟を決めた。


いま、使うしかない。










師匠の791にも隠していた、someone自身の【儀術】を。


781 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その20:2021/06/05(土) 00:47:18.839 ID:D1EWW1soo
someone「汝、霊歌に問う。生々流転なす生命の源流に、我を導くと誓うか?」

―― …誓う。術者someoneの使い魔 霊歌は此処に、契約履行の審判を仰ごう。

途端に足元に黄金色の魔法陣が展開された。同時に何処から吹いてきたのか、someoneの周りを突風が巻き上げた。
はためく群青のローブを抑えようと地面に手を当てていると、異変を察知したのかNo.11が急いで戻ってきた。

No.11「いったいなにごとなのッ!?」

someoneは彼女の言葉には応じず、額に手を当て詠唱を続けた。

someone「生命の大樹よッ!太古に潜む傑物たちよッ!我との血の契約を今こそ果たさんッ!」

吹き上がる突風で近づけずに彼を見ていたNo.11が、驚愕のあまり顔を青ざめた。

彼の“企み”に気づいたのだ。

No.11「まさか、貴方ッ!」

詠唱の中で、一瞬、チラリと彼の瞳がこちらを向いた。
光を失ったはずのヘーゼルカラーの眼は、いま意志が宿ったかのようにと燦然(さんぜん)と光り輝いている。この輝きに、No.11は覚えがあった。


尊敬し崇拝する、愛すべき師と同じ眼を、いま彼はしているのだ。


782 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その21:2021/06/05(土) 00:48:17.423 ID:D1EWW1soo
彼は困ったように、ほんの少しだけ眉尻を下げた。

学生時代からの癖だ。こちらが強い口調で返すと、彼は決まってそうした。
偽善のように、浅はかな謝罪を、その眠そうな半目とともに示してくる。
こちらの神経を逆撫でしているとも知らず、彼は昔から繰り返しそうしてきた。


しかし、いま。
No.11の受ける彼の印象は真反対だった。
最後の戦いへ赴く騎士のように、全てを受け入れ全ての覚悟を決めた顔つきをしている。
目的のためなら死をも厭わない、正真正銘の儚さと決意を身に纏っている。


その上で、彼の眼が最後に語りかけてきた。

先程も聞いた、飽きるほどに、繰り返し何度も聞いてきた言葉を。



“ごめん”、と。


783 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その22:2021/06/05(土) 00:51:01.495 ID:D1EWW1soo
―― 契約はいま、魔の理の下で聞き届けられた。ご主人よ――

猛烈な風切り音で聴覚を封じられる中、霊歌の言葉が脳内にしっかりと響く。

生意気な彼は、危機の中にありながらとても穏やかな声色をしていた。
そしてポツリと一言だけ、鼓舞の言葉を投げかけた。



―― しっかりな。

















someone「儀術『エクスチェンジ』ッ!!!!」


784 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その23:2021/06/05(土) 00:52:23.414 ID:D1EWW1soo
途端に、someoneの身体が黄金色に輝き、直後にこれまでで一番激しい閃風が巻き起こった。


思わずNo.11は腕で顔を覆い、肝心の術式の行使の瞬間を見逃した。

しかし、次の瞬間には何が起こったのか、全てを理解していた。



檻の中には、先程まで彼が居た場所には、代わりにくすんだ色の小型犬がちょこんと座っていた。



霊歌「よお。久しぶりだなあ、ご主人のお友達さんよお」


檻の中にいる霊歌は、ニヤリと笑ったのだった。


785 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/05(土) 00:56:24.502 ID:D1EWW1soo
◆儀術名:エクスチェンジ  術者:someone
転移の儀術。自らも含む指定した二体の位置を瞬時に交換する。術者が指定対象の存在を認知できていれば、離れた位置にいても儀術は成功する。
ただし距離が離れている程、魔力消費は膨大になる。


786 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/05(土) 00:57:18.322 ID:D1EWW1soo
¢さんのカード効果を見て思いついた設定です。カスケード、ここでつながりがでましたね。
そしてようやくここまでこれました。最終決戦です。

787 名前:たけのこ軍:2021/06/05(土) 10:22:34.116 ID:nuhABasM0
霊歌ちゃんがかっこいい

788 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/08(火) 22:38:36.709 ID:MWNrUwX6o
予め今週はおやすみです

789 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/20(日) 16:52:39.529 ID:FWXiv.zYo
今日とんでもなく長いけどごめんなさい。

790 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その1:2021/06/20(日) 16:54:27.186 ID:FWXiv.zYo
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【きのこたけのこ会議所区域 someoneの自室 1ヶ月前】

霊歌『ご主人もとんだ博打打ちだな。あんたの構想する儀術は単純だが強力だ。
だが、使い所を誤れば、二度同じことはできないと思ったほうがいい。それほど、追加契約の魔力消費は激しい』

someone『わかってる』

儀術“エクスチェンジ”。

指定した二人の位置を入れ替えるという、シンプルな魔術だ。対象となる相手の足元に仕掛けた転移の魔法陣で瞬時に互いの位置を入れ替えるもので、公国の宮廷内に張り巡らせている転移ポータルと元々の原理は同じだ。

ただし、この原理のままでは術者は視界の範囲内でなければ足元へ正確に魔法陣を配置することは出来ない。
距離の問題を解決したければ予め魔法陣を展開しておき、そこに足を踏み入れた人間を転送するという、落とし穴のような方法もあるが、実戦ではそう簡単に事が運ぶとも思えない。
単純な魔法ゆえ戦闘で使おうとすれば入念な準備が必要のため、転移魔法を攻撃戦法に使う手段は、あまり“流行らない”考えだった。

念動系の魔法を得意とするsomeoneは、魔法学校時代からこの転移魔法をなんとか実戦で使用できないか考えていた。
そして、魔法学校を卒業する間際に、遂に【使い魔】を用いた秘策を思いついたのだ。

以来、仕事に忙殺され構想段階での研究は遅々として進まなかったが、皮肉にも【会議所】に来てから時間に余裕ができ、先日になりようやくこの術式を完成させたのだった。


791 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その2:2021/06/20(日) 16:55:13.715 ID:FWXiv.zYo
霊歌『今後、おれとご主人の精神は根っこでほぼ同一化する。
それがご主人の望んだ“契約”だ。

互いに望めば、精神世界を通じテレパシーのように言語を発さずに会話することも可能になるだろうな。
ただ、その分日常的にご主人の魔法を消費して同一化を維持し続けることになるから、相当辛くなる。それでもいいか?』

someone『うん。日常的な魔法の消耗は学校時代から訓練されているから大丈夫』

使い魔と術者の精神を深く共有化させることで、離れていてもsomeoneは霊歌の位置を正確に把握できるようになる。
互いが遠地にいても、精神を伝い、霊歌の持つ魔力を手がかりに彼を含む周囲の対象者に魔法陣を仕掛け、転移魔法を可能とする。
二人の意識が繋がっている限り、転移距離は理論上無限となるのだ。

この奇襲戦法をより確かなものとするため、someoneは同時に転移魔法の研究を極めた。
今では他の誰よりも正確に、かつ高速に対象者の足元に転移魔法陣を仕掛ける術を習得した。

この一連の合算を、someoneは儀術“エクスチェンジ”と名付けたのだった。

霊歌『この儀術を使う時は、ご主人が公国から出なくちゃいけなくなった時だ。
それはつまり、かなり追い詰められた状況ということになる』

someone『わかっている…現状、僕は滝本さんに出し抜かれた。
陸戦兵器<サッカロイド>に対して打つ手もない。でも、それでも窮地から抜け出すための奥の手として持っておきたいんだ』


792 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その3:2021/06/20(日) 16:55:47.349 ID:FWXiv.zYo
儀術“エクスチェンジ”は奇襲的な技ゆえに、基本的に二度目は通用しない。
術者か【使い魔】のどちらかが倒れればその時点で技の行使は不可能となるからだ。この大技を使う時は、自分や他者を窮地から救うためだけに限定しないといけない、とsomeoneは予め考えていた。

霊歌『悲壮感たっぷりな顔つきだな』

呆れたように半目を向けこれみよがしに溜め息を吐いた霊歌だったが、すぐに顔を上げた。

霊歌『安心しな。ご主人は底抜けに暗いかもしれないが、おれはその真逆だ』

その顔は、悪戯っ子のように茶目っ気に満ちていた。
どこまでも楽天的で、それでいて危機を乗り越えられそうな“変な”自信に満ちている。
明日、自分と同じ立場でオレオ王国に旅立つ親友にそっくりだ。

真に求めていたものが、いまsomeoneには分かった気がした。
そして、彼の言葉に応えるように、一度だけ力強く頷き返したのだった。


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793 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その4:2021/06/20(日) 16:56:32.209 ID:FWXiv.zYo
【オレオ王国 王都】

まるで脳を素手で直接握られ、激しく揺らされているような唾棄すべき感覚。

先程まで暗い室内にいた眼球は、目の前の眩い明るさに一瞬硬直し、遅れてすぐに視界がぼやけた。
左右方向だけでなく、まるで目の焦点が奥に引っ込みまた戻るような、そんな言葉にし難い目眩がひたすらsomeoneを襲った。

倒れたくなる気持ちをぐっと堪え、吐き気に耐えながら重い頭をやっとの思いで上げると、まるで綿あめがパンと弾けたようにそこらかしこで激しい光の点滅が視界中を覆った。

一生分の苦しみを味わったような気分を経て、ようやく彼の身体に正しい情報が集まり始めた。

蒸すような気温の高さ、焦げ付いた硝煙の臭い。久しぶりの晴れ間を覗けるはずが、地上から湧き上がった煤煙のせいで空は黒く隠れ、辺り一帯は薄暗い。
人の悲鳴は聞こえないが、代わりに悲鳴のように木が爆ぜ、自重に耐えきれず建物が崩れ落ちる音。





someoneはいま、確かに燃え盛る王都の中に居た。

儀術“エクスチェンジ”は完璧に成功していた。


霊歌を事前に791の前で見せたのは、自ら生き残るためだけではない。いまこの時のような窮地に儀術を活用するためにあった。
someoneは彼女の性格を理解していた。仮に自らが捕らえられたとしても、彼女はきっと【使い魔】の動きまで封じることはしないだろうと。
そして、その読みは正しかった。


794 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その5:2021/06/20(日) 16:57:27.393 ID:FWXiv.zYo
Tejas「斑虎さん、あぶないッ!!」

そこで初めてsomeoneは、自身のすぐ横にきのこ軍兵士 Tejas(てはす)が立っていることに気づいた。
彼はずたずたに破れた黒のレザージャケットを羽織っており、破れた右腕付近からちらりと呪いの紋章が見えた。すぐに意識を戻し、驚いた様子の彼の視線をすぐに辿っていくと。


爆炎の中心には、見慣れた“親友”が呆然と突っ立っていた。


口を開けた彼の顔の見上げる先には、巨大な陸戦兵器<サッカロイド>の腕先から伸びる小型銃の真っ黒な銃口が見えた。

その異質な存在に一瞬呆気にとられている彼と、表情もなくのっぺりとした透明体の怪物から放たれるギラギラとした殺気。
動物の捕食の瞬間を見たことはないが、きっと生命のやり取りとはこのように一瞬の間を経て行われるに違いないと思った。

今のsomeoneは頭に血がのぼりすぎ、かえって自らを酷く冷静にしていた。【大戦】で、たけのこ軍兵士を屠るために戦場で大立ち回りをする時の感覚によく似ている。
心と身体が分離する、あの感覚だ。
だから、彼を救おうと思った瞬間には、すでに身体が動いていた。

陸戦兵器<サッカロイド>が銃弾を発射する直前に、既にsomeoneは詠唱を終えていた。

someone「『ファイアジュール』ッ!!」

斑虎「ッ!?」


795 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その6:2021/06/20(日) 16:58:34.068 ID:FWXiv.zYo
突き出した手のひらから放たれた火炎の渦は、綺麗な弧を描きながら巨人の足元で赤色の光を発したと同時に弾け、器用に軸足周りの地面だけを溶かしきった。

発射体制に入っていた巨人は、軸足の支えを失い前のめりになると同時に腕に装着した銃を発射し、その極太い銃弾は斑虎の立っていた数m手前で炸裂し爆破した。
当たっていれば斑虎だけでなく後方にあった建物も巻き込んで消し炭になっていたことだろう。

someone「斑虎ッ!」

斑虎「お、おうッ!」

目の前の事態に目を白黒させていた斑虎だが、聞き慣れた親友の呼びかけにすぐに意識を戻し、反射的にその場で高く跳び上がった。

someone「『ヘビージャンボスノー』ッ!」

跳んだ彼の足元で一度空気の抜けたような音が鳴ると、次の瞬間、彼の身体はトランポリンに乗った時のようにたちまちさらに上空に跳ね上がった。

はるか上空から巨人を見下ろすと、敵はすでに銃器を持ち直し体制を立て直しているところだった。
体躯に見合わない素早い身のこなしに、斑虎は、敵が歴戦の勇士であることを確信した。

斑虎「『スコーンエッジ』ッ!」

空中から二刀の剣を勢いよく投げ下ろすと、地上に向かう剣と外気との間にすぐに空気の膜が作り出された。そのまま巨人の足元付近の地面に突き刺さると、双剣は勢いよく地面に潜った。
そして、カップに入ったアイスを掬うスプーンのように二刀は地面の中を器用に潜りきり、巨人の足元の地面を綺麗に抉り(えぐり)取った。

途端に足元の地面が崩れた衝撃で、巨人は今度こそ轟音とともにその場で前のめりに倒れ伏した。
数十mを超える巨体が倒れた衝撃で、地上のsomeoneたちには地鳴りのような衝撃音と大量の砂埃が巻き上がった。

巨人はそのままピタリと動きを止めた。


796 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その7:2021/06/20(日) 16:59:15.470 ID:FWXiv.zYo
someone「斑虎ッ!こっちだッ!」

地上に舞い降りた斑虎は、改めて親友の姿を目にすると驚愕した。
先程から彼の驚いた姿しか見てない気がする、とsomeoneは変に冷静になった。

斑虎「someoneッ、どうしてここにッ!?公国で捕まったんじゃないのかッ!」

someone「【使い魔】の霊歌と位置を入れ替えたんだ、僕の儀術でね。公国の牢屋から抜け出してきた」

Tejas「オリバー…もとい、霊歌の秘策っていうのはこのことか。
まさかあいつの代わりにsomeoneさんが出てくるなんてビックリしたが」

二人は分かったように頷いているが、斑虎からすればさっぱりだ。
考え込んでも仕方がない。分からないことは他にもある。
続いて、彼は広場の中央で横たわる巨人を指差した。

斑虎「それに、あの化物はなんなんだいったいッ!」

someone「あれは陸戦兵器<サッカロイド>。
簡単に言うと、滝本さんたち【会議所】の重鎮メンバーが、秘密裏にオレオ王国を不当占拠するために作り出した悪の兵器だよ」

斑虎「なにッ?なんだとッ?」

斑虎は自分の耳を疑った。

目の前の親友は【会議所】の作り出した兵器と言ったのか。
なんと馬鹿げた話だ。昔から彼は冗談の下手な男だったが、今の話はことさらセンスの欠片もない。


797 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その8:2021/06/20(日) 16:59:59.306 ID:FWXiv.zYo
だが、彼の言葉を肯定するように、隣に立っていたTejasも真面目な顔で頷いてみせた。

Tejas「斑虎さんは騙されていたってことさ、一部の【会議所】メンバーにね」

someone「驚かないで聞いてほしい。端的に言うと、最初からこの戦争は滝本さん…そして“魔術師”791に仕組まれていた。
公国は裏で791さんが支配しオレオ王国を滅ぼそうとしていた。
同時に、【会議所】は滝本さん、¢さん、参謀の三人が首謀者となり王国に攻め込んだ公国軍ごと、陸戦兵器<サッカロイド>で壊滅させ、不当に王国を占拠しようとした。

立場の異なる策謀家たちが、王国を食い物にしようとしているんだ」

あまりにも急な話に斑虎は思わず絶句した。

もし彼の話が真実なら。一体、自分は何のために戦ってきたというのだろうか。

斑虎「【会議所】は、最初からオレオ王国のことを裏切ろうとしていたのか?
手をこまねいて助けを求めてくる王国を、手ぐすね引いて待っていたというのかッ!」

激昂した斑虎の言葉に、気まずそうにsomeoneは一度だけ頷いた。
煤(すす)まみれのTejasはそれを見かねてか、取り繕うに肩をすくめた。

Tejas「無理もない。俺はカカオ産地でたまたまsomeoneさんの【使い魔】の霊歌という奴と出会ってな。それで事の次第を教えてもらったのさ」


798 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その9:2021/06/20(日) 17:00:47.710 ID:FWXiv.zYo
someone「信じられないかもしれない…でも、全て本当のことなんだ、斑虎」

肩を落とす斑虎に、someoneはおずおずと声をかけた。だが、彼は静かに頭を振った。

斑虎「信じないことなんてないさ。寧ろ、その逆だ。
お前が言ったことなら“全て信じられる”。
だからこそ、愕然としているんだ。滝本さんたちの起こした暴挙にな」

自分をオレオ王国の使者にしたあの日の会議から、既に騙されていたのだ。

目的は不明だが、オレオ王国を破滅させ非合法的に占領しようとした滝本たちの悪行を断じて見逃すことはできない。
オレオ王国内を必死にまとめ上げ協議まで漕ぎ着けたこちらの姿を、滝本はどう感じたのだろうか。

きっと裏で嘲笑っていたに違いない。

全て無駄な行動であると。カキシード公国と【会議所】の望み通り協議は破談に終わり、戦争に突入するのだから無意味に終わると。

斑虎の拳はいつの間にか強く、そしてきつく握られていた。
この拳の意味するところは一つしかない。

怒りだ。
罪なき王国の民を危険に晒し、私利私欲のために戦乱を撒き散らそうとした彼らの振る舞いを断じて許すことはできない。
彼の正義の火の勢いは、いま最高潮に達しようとしていた。


799 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その9:2021/06/20(日) 17:01:58.622 ID:FWXiv.zYo
ナビス国王「君たちッ!無事かねッ!?」

「王様ッ!危険ですッ!」

斑虎たちが王宮側を振り返ると、白馬に跨ったナビス国王が燃え盛る広場に出てきたところだった。
王宮からは遅れて数名の部下が走って向かってきていることから、どうやら部下の静止を振り切って来たようだった。

ナビス国王「これは、いったいッ…やはり報告の通り、公国軍の侵入を許したわけではなかったのか」

斑虎は目の前の賢王に真実を伝えてよいものかどうか逡巡した。
だが、唇の奥を一度噛むと、義憤に駆られた彼は王の前に歩み出た。

斑虎「王様、お下がりください。目の前に横たわる巨大な結晶体は我が【会議所】の新兵器です。
一部の重鎮が謀り、この場に集まった両軍を屠るために投入された巨人型の兵器です。
我々の“敵”ですッ!」

ナビス国王「なんと…信じられない。まさか、あの【会議所】が…」

国王の嘆きに呼応するように、瓦礫の崩れる音とあわせ、動きを止めていた陸戦兵器<サッカロイド>はゆったりと起き上がった。

起き上がった巨人の透明な身体越しに、これまで彼が破壊してきたであろう市街地の赤く燃え盛る様子がまじまじと見え、それだけで剣を握る斑虎の力はより強くなった。

顔と思わしき部分には目鼻や口すらもなく、角張っていないすらりとした身体では、巨人がいまどちらを向いているのかも見失うほどだ。
胴体からはすらりとした手足が伸び、彼の間合いに入ってしまえばたちまち接近戦では勝負にならないだろう。

陸戦兵器<サッカロイド>は足元で相対する人々を前に首を左右に傾けたり、両の拳を何度か握り直している。準備運動のつもりなのだろう。


800 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その11:2021/06/20(日) 17:02:46.397 ID:FWXiv.zYo
someone「敵の目標は王宮だッ。食い止めないとッ!」

ナビス国王「騎馬隊、構えッ!撃てッ!」

国王の命令に追いついた数名の兵士たちはライフル銃を構え、巨人の胴体に向け間髪入れずに発泡した。
放たれた銃弾は狂いなく胴体に当たり、そして身体に傷一つ付けることなくその場で弾は砕け散った。

斑虎「なんだあの硬さはッ!?」

someone「陸戦兵器<サッカロイド>は特殊な錬成の過程でダイヤモンドよりも硬くなった飴細工の巨人なんだ…銃剣どころか魔法でも容易に傷つけることはできない」

斑虎「おいおい。それは無敵ってことか?」

someone「少なくとも…今の僕たちに倒す方法はない」

斑虎は悔しそうに歯ぎしりした。
爆炎の中で陸戦兵器<サッカロイド>の周りだけが、冷気を放っているように空気がゆらめいていた。

斑虎「…王様。我々が時間を稼ぎます。すぐに王宮に戻り、ここから脱出の準備を」

ナビス国王「斑虎くん。言葉を返すようだが、私も一国の主として最後まで此処で――」

斑虎「――それでは駄目なのですッ!いま此処で貴方を失えばそれこそ敵の思うツボだッ!苦しいでしょうが、今はお逃げなさいッ!いつかきっと再起の目がでるッ!」

ナビス国王はなおも反論しようと口を開きかけたが、斑虎たちの決意に満ちた顔を見て思い直したのか神妙そうに眉を寄せ、そして強く頷いた。

ナビス国王「…恩に着る。斑虎くん、必ず生きて戻ってこい。皆の衆、戻るぞッ!」

国王の指示に、兵士たちはすぐに踵を返し王宮に引き返していった。


801 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その12:2021/06/20(日) 17:03:26.394 ID:FWXiv.zYo
ぐるぐると腕まで回し終えた陸戦兵器<サッカロイド>は準備運動も終わったのか、片足を上げ王宮に向かい近寄り始めた。

someone「斑虎…」

斑虎は困ったように眉を下げた。

斑虎「カッコつけた手前、戦わないわけにはいかなくなったな。悪いな、付き合わせちまってッ」

someoneは首を横に振った。
ところどころ破れたローブの中の彼の顔は、不思議と微笑んでいるようだった。

someone「いいよ。それが斑虎の“正義”だってことは、前から知っていたから」

Tejas「お二人さん、陸戦兵器<サッカロイド>が前進し始めたぞッ!」

ズシンと響いた揺れは、数十m離れた先で巨人の足が地に付いたことによる揺れだった。
今度の彼はこちらのことなど気にしていないのか、ただ三人の背後にそびえる王宮に向かい歩みを進めている。

斑虎「someone、援護を頼むッ!」

斑虎はそう言い残すとその場を跳び、近くの商家の屋根に移った。さらに間髪入れずに跳ぶと、彼は瞬く間に陸戦兵器<サッカロイド>に接近した。

someone「『ガルボルガノン』ッ!」

斑虎「おらあッ!その首とるぞッ!!」

someoneの唱えた魔法は、斑虎の持つ双剣の刃に渦巻くように炎の渦を作り出した。さながら炎の剣という出で立ちだ。
跳んだままの彼は巨人の首元に急接近すると、首の頸動脈部、つまり人間でいうところの急所部分に両の刃を振り下ろした。


802 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その13:2021/06/20(日) 17:04:14.519 ID:FWXiv.zYo
斑虎「とったッ!」

炎を纏った剣の切っ先が巨人の首元に触れる。実感はあった。
だが――


パキン。

呆気ない音を立てて、斑虎の持った双剣は巨人の硬度に耐えられず根本から折れてしまった。

斑虎「ちくしょうッ!もう一度だッ!」

巨人の肩に一瞬足を触れすぐに離れると先程の商家の屋根に戻った斑虎は、背中に背負っていた鞘からもう二本の剣を抜いた。
そして、呼吸を整えるために一度だけ軽く息を吐いた。



その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。

Tejas「斑虎さんッ、くるぞッ!」

Tejasの洞察力がなければ、斑虎の生命はそこで散っていたかもしれない。

耳に届いた微かな風切り音とともに、彼の言葉を受け、咄嗟に刃を前に交差させた斑虎は、巨人から放たれた斬撃を既のところで受け止めた。
だが、その一撃はあまりにも重く、衝撃を吸収してもなお彼は数m程後方の民家に吹き飛ばされた。


803 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その14:2021/06/20(日) 17:05:32.169 ID:FWXiv.zYo
斑虎「なんて威力だッ…」

すぐに立ち上がった斑虎は、二つの事実に気がついた。
一つは、先程まで自分が立っていた商家は先程の攻撃で粉々に砕け散っていたこと。


そしてもう一つは、斬撃だと感じていた敵の攻撃は、実は蹴りによる風圧から生じる“真空波”だったことだ。

巨人は前進のための歩みを止め、片足をゆらりと上げた姿勢でこちらの方を見つめているようだった。顔こそないものの、相対する“気”のようなものを感じ取ることができた。
その戦闘手法には見覚えがあった。

斑虎「この構えはッ!?」

someone「気をつけて、斑虎。陸戦兵器<サッカロイド>には、かつて【大戦】で活躍した【会議所】の英雄の魂が宿っている。戦闘力もきっと当時のままだッ!」

―― 肉体は極めれば、トンファーよりも早い斬撃を繰り出せるようになる。

思い出すのは、【会議所】の鍛錬場での晴天の空模様。
そこで斑虎は、いつも教官である“彼”に鍛錬をつけてもらっていた。


804 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その15:2021/06/20(日) 17:06:40.609 ID:FWXiv.zYo
斑虎「そういうことかッ。あんたなんだな、“Ω(おめが)さん”ッ!!」

自らをトンファー使いと語りながら、手に持ったトンファーを一切使わず脚のみで敵を蹴散らしていたたけのこ軍 Ω(おめが)は全たけのこ軍兵士の憧れの的だった。

七年前、王国を飛び出し単身で【会議所】に飛び込んだ彼を待ち受けていたものは、鬼教官による容赦ない蹴りの応酬だった。
【大戦】黎明期に活躍したΩはその頃既に引退状態にあり、後進の指導に当たっていた。

戦いのいろはも知らない兵士たちはそこで彼の下で鍛錬を積み、両軍問わず立派な“兵士”として巣立っていくしきたりになっていた。
顔中に皺を深く刻みながらも、Ωはどの新兵よりも快活に動き、檄を飛ばしていた。

接近戦において、彼は現役兵士と混ざっても無類の強さを誇った。
片足を上げまるで武術の型のようにピタリとも動かず敵を待つ彼の姿は獲物を狙う鷹のようで、恐ろしくもあり憧れでもあった。

鍛錬では新米兵士全員で彼に向かっても彼の蹴りの前に容赦なく吹き飛ばされ、いつも全員は晴れ晴れとした空を見上げるしかなかった。
その度に、彼はそんな全員の傍に寄るといつも叱りつけ、そして最後には少し優しい声色で次のように語っていた。

―― 接近戦において。銃は抜き、構え、狙い、引き金を引くまでに四動作。
ナイフでも構え、切るの二動作。
それに引き換え、足は蹴るのみ。一動作だけで終わる。
お前たちにそのハンデを克服できない限り、一人前の兵士とは言えないな。


805 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その16:2021/06/20(日) 17:07:24.864 ID:FWXiv.zYo
ヒュッという風切り音とともに、巨体を靭やかに揺らしながら陸戦兵器<サッカロイド>は高速の蹴りを繰り出した。
今度こそ反応した斑虎は、瞬時に屋根から飛び降り彼の斬撃を交わした。

地面に飛び降りた後の彼は、巨人のことなど脇目も振らず燃え盛る家々の間を器用に進んだ。
背後から怒号のような殺戮音が聞こえてくる。恐らく、家々の中に隠れた小さな弟子を屠るために脇目も振らずに蹴りを繰り出しているのだろう。

思い出せ。【会議所】に来るまでの思い出を手繰り寄せろ。
子供の頃、親とはぐれ人混みの中で必死に人をかき分けながら、広場を歩き回ったあの時を。学校の授業をさぼり、広場の路地という路地を走り回っていたあの時のことを。

斑虎は長くない数秒間の中で自分にそう檄を飛ばし、必死に過去の記憶を頼りに、多少の火傷とも気にせず、器用に裏路地を進み続けた。

Ωの語るとおり、接近戦では手数の差で彼の蹴りの前に剣は意味をなさない。
だが、同時に斑虎は彼の唯一の弱点を知っていた。

斑虎「七年の時間は俺を強くしたッ!あの頃の俺と思うなッ!」

それは、彼の蹴りの届かない死角に回り込むことだ。

民家を利用し身を隠した斑虎は、彼の背後まで到達できる裏道を使い素早く移動していたのだ。
再び広場に出ると、巨人ののっぺりした全形が見えた。だが“気”は感じられないことから、いま相対している面が“背中”に違いないだろう。
出し抜いたという、かつての師を一瞬でも超えたという実感が、斑虎の内よりこみ上げる力をより確かなものに押し上げた。


806 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その17:2021/06/20(日) 17:08:34.759 ID:FWXiv.zYo
斑虎「『ジャガーライク』ッ!!」

今度はうなじの部分に向かい突撃をしようと跳んだ、その瞬間――



ガチャリ。


生命を刈り取る鈍い音が、斑虎の鼓膜の奥にまで響いた。

someone「『エアリアーリアル』ッ!!」

いつの間にか斑虎の方を向いていた巨人の腕の銃から放たれた銃弾は、someoneの咄嗟の機転で、斑虎を魔法の閃風で吹き飛ばすことで直撃を避けた。


先ほどと反対方向の広場に叩き落とされた斑虎は、打ちどころの悪い箇所をさすりながらも自嘲気味に笑みをこぼした。

斑虎「すまない、someone。本当に死ぬところだった…」

肩で息をする斑虎の脳内に、数秒前の光景がフラッシュバックした。

巨人は彼の背後からの攻撃を予め見越していたのだろう。
そのうえで腕を上げて装着されている銃の射線を確保し、彼が現れるまで敢えて待っていた。
あの時の、間近で撃鉄を引く音が耳にこびりつくように何度も反芻され、途端に斑虎の背中からはどっと汗が吹き出した。


807 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その18:2021/06/20(日) 17:09:41.244 ID:FWXiv.zYo
someoneとTejasの二人は、うつ伏せに倒れ伏している斑虎の下にすぐに走って駆け寄った。
Tejasは彼を抱き抱えると、珍しく必死の形相をつくりだした。

Tejas「斑虎さんッ!いまはあいつから逃げるしかないッ!
俺たちでは倒せないッ。だが、時間がくれば奴を止める手立てがある。それまでの辛抱なんだッ!」

斑虎「…いま逃げたとして、いったい誰が王宮を守るんだ?」

血の溜まった唾を吐き捨て、斑虎は遥か頭上の陸戦兵器<サッカロイド>を睨みつけた。
顔を持たない巨人は“涼しい”横顔で、既に斑虎たちのことなど興味を失ったように、歩みを再開しようとしている。

斑虎「くそッ。これじゃあ、まともな兵士の攻撃なんて通らないじゃないかッ。本当に、打つ手はないのかッ!」

悔しげな表情を露(あらわ)にし、やり場のない怒りを吐き出す情熱的な男を前にして、この男だけはいつもの“冷静さ”を以て言葉を発した。

someone「斑虎。僕に一つ、策がある」

二人はすぐに彼に顔を向けた。
彼は群青色だったボロボロのフードを脱ぎ取り、決意の目を斑虎に送っていた。その眼には、同じ果てなき“情熱”を宿しながら。

斑虎「いったいなんだッ!?」


someone「僕は、もう一度だけ、“儀術”を撃てる」


808 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その19:2021/06/20(日) 17:10:38.942 ID:FWXiv.zYo
彼の最初の説明はいつだって言葉足らずだ。
それは、彼が口下手である以上に、こちらを遥かに上回る聡明であるが云えに、端的な説明だけで相手も理解できるだろうという過ぎた認識を持っているからだろうと、斑虎はそう分析している。

だから、自分のような学もなく頭の動きも良くない人間は、何度も聞き返さないといけない。
恐らくその過程で煩わしさを感じた凡庸の人間は彼から去っていくのだろう。

だから彼に友達は殆どいない、自分一人を除いては。
凡庸で無知であることを自覚している分、彼と接することは百の利があっても一の害とはならなかったのだ。

そんな斑虎自身でも、珍しく今回の話は一度で理解できた。同時に、あまりの突拍子もない話に思わず笑みがこぼれた。
Tejasだけは分かっていないのか、横で不思議そうに首をかしげている。

斑虎「そういうことか。コンマ何秒かのタイミングの話になるぞ?任せていいのか?」

someone「【大戦】で競いあって、どっちが多く勝ったっけ?」

滅多に無い彼の勝ち気な言葉に、思わず斑虎は今の状況を忘れいよいよ声を出して笑ってしまった。

斑虎「良いだろう。俺の生命、お前に預けるぜ」

Tejas「よくわからないが、どうやら俺もそうせざるを得ないようだな…急がないとあいつが王宮をめちゃくちゃにするぞッ!」


809 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その20:2021/06/20(日) 17:11:49.266 ID:FWXiv.zYo
Tejasの言葉に頷き、彼の腕を借りて立ち上がった斑虎は、戦勝気分のようにゆったりと歩く陸戦兵器<サッカロイド>に向かい大声を張り上げた。

斑虎「“Ωさん”、聞いているかッ!
さっきから、そんなちまちました攻撃であんたらしくもない。そんな弱っちい攻撃で俺たちから勝ちを奪えるとでも思っているのかッ?!」

陸戦兵器<サッカロイド>は止まらない。
宮殿に続く正門前の広場をゆっくりと闊歩している。

斑虎「戦いたいという野郎を無視するなんて、あんたも随分と腰抜けになったなあッ!
“鬼たけのこ”の異名が聞いてあきれるぜッ!!」

ぴたり、と。
片足を上げたまま、巨人は確かに静止した。

斑虎「現役の頃のあんたは、そんな小技で敵をいたぶるような卑劣な兵士ではなかったはずだ。一撃で全てを葬る強さこそが強者の誇りであり掟だと。
そう俺たちに教えたのは他ならぬあんただッ!

俺たち新兵の憧れの象徴だった。

まだこの声は届いているんだろう?
来いよ、全てを決める一撃でッ。

俺たちを全力で消しにこいよッ!」

上げた足をその場で静かに降ろし、巨人はまるで暫し何かを考え込むように、頭を憂い気に少し下げた。


810 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その21:2021/06/20(日) 17:12:39.375 ID:FWXiv.zYo
すると。
まるでバレエのようにその場でくるりと方向転換をした巨人は、その胴体の正面を斑虎たちに勢いよく向けた。

そして、間髪入れずに自身の背中に長い手を伸ばし、擬態の術で透明になっていた特大の銃器を取り出すと、そこで初めて黒光りした大筒の姿が顕になった。
全長は斑虎たちの身長をゆうに超える大きさで、砲口の大きさといえば広場に出ている露店を二つか三つまるごと飲み込めるほどの大きさだ。
巨人が武器の側面に取り付いているコッキングレバーを勢いよく引くと、その鳴り響いた撃鉄の音は、先ほどとはまるで違う、まるで戦艦の艦砲射撃音のような地鳴りとなり、三人の鼓膜の奥まで響き渡った。

Tejas「鼓膜が破れるッ!」

斑虎「いいぞ、Ωさん。かかってこいよッ!俺たちと勝負だッ!」

巨人の両手で構える大筒の砲口に急速に光の集まっている様子が、正面にいる斑虎たちにはまじまじと見えた。
側面部に搭載されている魔力タンクから供給された魔力が光に変換されているのだ。
魔力が最大まで溜まりきったその時に、砲口に溜まった光は魔法光線として放出され、目の前の斑虎たちだけではなく、背後にある民家ごと瞬時に燃やし尽くすのだろう。

数秒後に自分たちの存在ごと消し炭にするだろう敵の準備を待っているというのは、someoneにはどこか不思議な感じがした。


811 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その22:2021/06/20(日) 17:14:04.107 ID:FWXiv.zYo
だが、ここにきて小刻みに身体が震え始めた。
隣の二人に悟られたくないが、恐れからか、それとも責任の重大さからくる自信のなさに怯えたからか、震えは収まるどころか加速していた。

死は怖くない。だが、自分の無謀ともいえる提案で、これから放つ技のタイミングを誤った瞬間に隣にいる二人を死においやってしまうかもしれないと考えると、
途方も無い広大な空間に自分が一人放り込まれたように、恐怖で足が竦みそうになった。

今までは一人で生きてきたから平気だった。
それがいま、二人の生命を預かるという重大さを心がようやく実感した。

たまらなく恐ろしい、逃げ出したい。心臓が警告を打つように何度も早鐘を打った。
こわい。こわい。こわい。目を閉じたい。







斑虎「大丈夫だ」


思いがけない言葉に、そこでsomeoneは隣に立っている親友の顔を見た。
彼はこちらの肩に手を置くと、静かに微笑んだ。

斑虎「お前なら、大丈夫だ」


震えが、確かに止まった。


812 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その23:2021/06/20(日) 17:14:51.473 ID:FWXiv.zYo
Tejas「くるぞッ!」

大筒は発射段階に入ると、一瞬その光を砲口内のある一点に凝縮させた。
その発射の過程は三人にもよく見えた。

無風。
その瞬間、全ての音が一瞬消え。


すぐさま、大筒から発せられた直後の轟音にかき消された。

砲口から目の前を覆うほどの輝く光が発せられたのを、確かに三人は見ていた。

斑虎「いま――」

斑虎の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら言い切っているうちに放たれた光線は三人を瞬時に捉え、消し炭すら残さずに粉々にしてしまうからだ。

そして、斑虎が叫ぶよりもほんの数コンマ秒早く。







someoneは“儀術”を放っていた。


813 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その24:2021/06/20(日) 17:16:10.672 ID:FWXiv.zYo
someone「“エクスチェンジ”ッ!!!」


その瞬間は一度きり。

失敗すれば当然のように全員がビームに貫かれ死ぬ。
仮に成功したとしてもその確率は、糸を針の穴に一度で通すぐらい低いものだ。

だが、それでもsomeoneは試した。

初めて、彼は他者を救うために、自分自身の力を信じた。
“親友”の後押しをえて。


放たれたビームを見て、someoneは残った魔力を振り絞り再び儀術“エクスチェンジ”を放ち、自分たちの足元に展開された転移魔法陣といつの間にか陸戦兵器<サッカロイド>の足元に展開していた魔法陣の位置とを入れ替えた。
someoneたちは巨人の立っていた場所に移動し、先程まで自分たちがいた窮地の立場を、目の前の巨人に押し付けた。

すると、何が起こるか。


轟音。


    爆音。


          大爆音。


814 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その25:2021/06/20(日) 17:16:48.013 ID:FWXiv.zYo
自分の放った必殺の光線を全て喰らった陸戦兵器<サッカロイド>は、何が起きたか把握する間もなく、耳をつんざく爆裂音を立てながらその身をひたすらに吹き飛ばした。
彼の巨体は背後の市街地をただただ巻き込み、ひしゃげて粉々にしながら、ゆうに数百メートルは吹き飛び、その動きを静止させた。

彼の転げた跡は民家や火災の後すら残らないむき出しの地面が露となった荒地となり、特大の嵐に襲われても同じことにはならないだろうという程に凄惨なものになっていた。
その更地の遥かかなたで、火災の赤い光を僅かに反射させた光で、そこに巨体が仰向けで寝ていることが三人にははっきりと判った。
あれ程の攻撃を喰らっても、その原型を保っているのは正直なところ恐怖でしかない。

だが、動きは止まっている。起き上がり、こちらに向かってこない。

someone「ハァハァ…」

限界を超えた魔力消費。
初めての本格的な死に近づいた体験を思い出し、いまさらsomeoneの額は大量の汗で溢れかえった。

斑虎「な?だから言っただろ?」

広場の中心で、なぜか斑虎だけは得意げに踏ん反り返った。


815 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その26:2021/06/20(日) 17:17:51.674 ID:FWXiv.zYo
同じように顔に大量に汗を流していたTejasは、顔にへばり付いた長い前髪を払うことも忘れ、彼の姿を見て呆れたようにため息を吐いた。

Tejas「これは全てsomeoneさんの力によるものでは?」

斑虎「そうだ。そして、someoneを信じた俺たち全員の勝利でもあるッ!」

Tejasは言い返そうと口を開いたがすぐに止めた。
底なしの彼の言葉に少し元気が出たのも事実だった。

斑虎「よくやったな、someone」

斑虎の手を借り、someoneは起き上がった。まだ激しい動悸が収まらないのか、言葉を発すことができず肩で息をしている。
この場を和ませるように、Tejasは肩をすくめ軽口を叩いてみせた。

Tejas「いや。あれはさすがの俺でも吃驚だ。三回は死んだ気分さ」






「それじゃあ。ここで四回目の死を迎えてもらいましょうか?」


816 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その27:2021/06/20(日) 17:18:41.193 ID:FWXiv.zYo
斑虎「ッ!?」

突如背後から投げかけられた言葉とともに、頭上に大量の光の矢が放物線を描きながらこちらに向かってきていることが、頭上に目を向けた斑虎にははっきりと見えた。
その数は数百本程度。逃げ場がないほどに矢は密だった。

斑虎「『エアロソード』ッ!!」

斑虎は咄嗟に二人を傍に引き寄せると、手に持った双剣を頭上にクロスさせ上空に真空波を放った。
彼らの頭上の矢は次々に真空波に払われるとともに、彼らの周りの地面には次々と矢が刺さり、結果的に彼らは四方を大量の矢に囲まれ身動きが取れなくなってしまった。



その矢を放った張本人は、いつもの能面のような表情を顔に貼り付け、斑虎たちを遥か高い頭上から見下ろしていた。

滝本「これはこれは、皆さん。おこんばんは」

会議所自治区域の議長・滝本スヅンショタンは、“別の”陸戦兵器<サッカロイド>の肩に乗りながらその姿を現した。


817 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その28:2021/06/20(日) 17:19:35.533 ID:FWXiv.zYo
斑虎「た、滝本さんッ!?ってことは、やはりあんたが…」

滝本「いやいや。先程までの戦い、遠くから拝見してましたよ。実にすばらしい。
きのたけ兵士らしい、思考を凝らした戦いだ。
弱兵が大敵に挑む。これこそが【大戦】の醍醐味。

思い出すなあ、【大戦】が始まって間もなく。
最強だったたけのこ軍に弱小のきのこ軍が襲いかかった“あの時”をねえ」

弓の弦を静かに下ろし巨人の肩に腰掛けていた滝本は、まるで会議所にいたときとは別人のように、芝居がかった口調で答えた。
数十m下にいる見知った兵士たちを見ても表情を変えず、口調だけは楽しげだ。

斑虎「まるで、見てきたかのような言い方じゃないか」

睨みをきかせながら、斑虎は吐き捨てるように言葉を返した。

先程の行動で、斑虎の中では全てが“解決”した。
あらためて、滝本は自分たちにとっての敵であると認識した。

滝本「私が【大戦】に参加し始めたのはほんの数年前だと?
まあ確かにそうだ。だが、そんな“些細な問題”はどうだっていいんですよ。

やはり¢さんの反対を押し切ってでも現場に来てよかった。
予想外の出来事には幾ら歴戦の兵士たちの魂とはいえ、対処できないですからね」


818 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その29:2021/06/20(日) 17:21:05.613 ID:FWXiv.zYo
そこで彼は、斑虎の隣にいるsomeoneに視線を向けた。

滝本「おかしいですね。貴方は“魔術師”791の任務を果たせずその怒りを買い、消されるか幽閉される。
そういう手筈でしたが、なぜここに居るのです?」

someone「種は明かせないですよ…教えたらおもしろくないでしょう?」

彼の答えに“それもそうか”と、滝本はそこで初めて余裕気にニヤついた。笑っても彼の顔が能面に見えるのは、きっと一つ一つの表情の変化が極端すぎて人間らしくないためだ、といまさらながらsomeoneは分析した。
続いて、彼の隣で場違いな私服で立っている兵士にも、チラリと目を向けた。

滝本「Tejasさん。貴方も私にとっては想定外だ。あれ程、カカオ産地に行くのはやめろと忠告したのに。てっきり戦いの最中で野垂れ死んだのかと思っていましたよ」

Tejas「生憎と、生まれつき悪運は強い方でね」

怒りに肩を震わせながら、斑虎は我慢ならないとばかりに一歩前へ出た。

斑虎「どういうことだ、滝さんッ!説明してもらうぞッ!
どうしてあんたが、【会議所】がオレオ王国を襲うッ!百歩譲って公国軍を蹴散らすだけならまだ分かるッ!
なのに、あんたは今、先程の“Ωさん”と同じように王宮を襲おうとしているッ!その理由を言えッ!」

彼の激昂を意にも介さず、滝本は冷たい笑みを浮かべた。

滝本「お隣にいる親友さんが全て知っていますよ。
全て“計画通り”です。最初から欲に目がくらんだ公国が王国を襲うことも、王国が我々に泣きついてくることも。

そして、我々が公国軍ごと王国を壊滅させ、その領土を全て手中に収めることまでもね」

斑虎「あんたは…最低の人間だなッ!!」


819 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その30:2021/06/20(日) 17:21:47.441 ID:FWXiv.zYo
滝本「分からないのですか?これも全て会議所自治区域の発展のため。
【会議所】を国家にするための策。ひいては、貴方たちの生活を豊かにするための苦肉の計なのですよ。これは貴方たちのためでもあるのです」

Tejas「とんだ詭弁だな。こんな強硬策で世界だけでなく自治区域内からでも支持されるわけがないだろう」

滝本は退屈気に陸戦兵器<サッカロイド>の上で、足をぷらぷらさせた。
彼の乗る巨人はまるで巨大な彫刻体のようにピタリとその場で静止しており、却って三人には底知れない恐怖と怒りを加速させた。

滝本「どうでしょうか。この戦いが終わり真相を知る人なんて残るでしょうかね?」

someone「だとしても、こんな強引なやり方は間違っています。無意味に人を戦禍に巻き込む、間違った手段です」

滝本はその言葉を、鼻先で笑った。

滝本「貴方がよく言えたものだ。“宮廷魔術師”の手足に成り下がった人形風情が」

someone「違うッ!僕の“正義”は、あの人のために働くことじゃないッ!」

確かに、最初は王国を解放するという滝本の考えに賛同し、公国軍を牽制するために投入されるという陸戦兵器<サッカロイド>計画も支持した。
だが、それも全て彼女の横暴を止めるため。そして、平和な【会議所】を守るため。

someone「僕を受け入れてくれた“公明正大”な【会議所】を正しく導くことだッ!

貴方のような歪んだ考えを持った【会議所】ではない、正しい【会議所】をねッ!」


820 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その31:2021/06/20(日) 17:22:33.497 ID:FWXiv.zYo
滝本「ひどい言われようだ。これまでの“私たち”の功績を全て否定するのですか」

悲しそうな顔をつくり、滝本は残念そうに何度も首を振った。

すると、遠くで怒号と爆音が響きわたった。
王都の外だろう。遅れて数多くの悲鳴が届いた。方角として、両軍がまさに今戦闘している戦場の方からだった。

斑虎「まさかッ!」

滝本「どうやら後続の陸戦兵器<サッカロイド>部隊も到着したようだ。両軍の殲滅を始めたところです」

斑虎「くッ!」

思わず矢を掻き分け駆け出そうとする斑虎を、巨躯から伸びた手が静かに制した。
戦場へ向かう道を、滝本率いる陸戦兵器<サッカロイド>は完全に塞いでいた。

滝本「さて。Ωさんを止めたのは大きな想定外でした。
あらためて、【会議所】議長として惜しみない賛辞を贈りたい。

ありがとう。

貴方たちのような猛者が【大戦】を盛り上げ、【会議所】を大きくしてくれたのです」

まるで幕の降りた劇に惜しみない賛辞を送るように、肩の上で立ち上がった滝本は三人に向かいパチパチと拍手を贈った。


821 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その32:2021/06/20(日) 17:23:35.006 ID:FWXiv.zYo
滝本「だが、貴方たちは二つ、大きな思い違いをしている」

三人の背後、つまり先程彼らが立っていた場所から、瓦礫の崩れる音とズシリと響く足音が繰り返し、確かに三人の耳に届いていた。

斑虎「まさかッ…」

振り返った斑虎が、先程まで倒れていたはずの“Ω”の陸戦兵器<サッカロイド>の姿を再び目にした時、一瞬彼は夢の中にいるのではないかと勘違いをした。
なぜなら先程あれ程の攻撃を与えたはずなのに、歩いて戻ってきた巨人の身には傷一つついていなかったからだ。

滝本「一つ。英雄たちの魂の入った陸戦兵器<サッカロイド>はあくまで無敵だということ。それに――」


ガチャリ。


滝本を肩に乗せた陸戦兵器<サッカロイド>は、腕の装着銃を斑虎たちに向けた。


滝本「――二つ。どうあがいても、貴方たちはこの場で死んでしまうということ」


822 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/20(日) 17:24:56.589 ID:FWXiv.zYo
ようやく1章のラストからつながりました。最終決戦の場にほとんどの主人公が揃いましたね(ふたり除く)

823 名前:たけのこ軍:2021/06/20(日) 17:38:12.934 ID:M48zCRUU0
繋がりがかっこいいんよ

824 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その1:2021/06/27(日) 12:17:39.319 ID:Y99lg8mIo
未だ大火に包まれていない王宮を背に、斑虎たちは二体の陸戦兵器<サッカロイド>に囲まれた。

いま一体は自分たちの目の前で銃を構え、もう一体は周期的な足音を地に震わせながら刻一刻とこちらに向かってきている。
腕と一体化している小銃の無機質な銃口が三人を捉えたままぴたりとも動かない。まるで居合いの間のように、先に動いたほうが負けるというような緊迫感が巨人から醸し出されていた。

小銃とはあくまで陸戦兵器<サッカロイド>を基準にしたときにそう見えるだけで、実際に間近で見れば砲台のような大きさを誇っているのだろう。
いずれにせよ、あの銃弾が炸裂すれば、自分を含めた三人は木っ端微塵になるだろうと斑虎は感じた。

滝本「私はね、常に疑問に思っていたことがあるんです。
よく、安いドラマのシナリオで、窮地に追い詰めた敵が主人公にベラベラと心情を明かして、その隙に大逆転を食らう。
そんなくだらない展開を何度も見てきた」

彼らの正面に向かい合っている、“遅れて”登場してきた巨人の肩の上で、滝本は堪え切れない愉悦を露にして嗤っていた。
顔よりも面積の広い青髪が風に吹かれ流れても、彼はその髪を払うことなく目の前の状況を目に焼き付けるように、じっと彼らを見下ろしていた。

滝本「なぜ、圧倒的有利に立っている敵が油断して足元を救われるのか。
今まで私には分かりませんでした。さっさと殺してしまえば、倒されることはないのにとね。

ですがね、いま自分がその立場になってみて気づいたのです。

これは油断でも奢りでもない。“同情”なのです。

これから死にゆく若者たちに向けて、せめてもの手向けを贈らないといけないという義務感。その憐れみだけがいまの私を突き動かしています」


825 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その2:2021/06/27(日) 12:18:53.457 ID:Y99lg8mIo
斑虎「べらべらと喋っているところすまないが、すでにその考え方が油断だと自分で白状しているようなものじゃないか?」

斑虎の挑発にも臆することなく、滝本は器の大きさを誇るように深々と一度頷いてみせた。

滝本「そうかも知れませんね。そういえば参謀にも油断するなと言われていました。
では、さっさと済ませましょうか。
“まいう”さん、“Ω”さん。貴方たちの手で【会議所】をより良い方向に導きましょう」

まいうと呼ばれた陸戦兵器<サッカロイド>はピクリと肩を震わせ、流れるような所作で小銃を構え直した。
あわせて次第に大きくなっていた地鳴りが止んだ。
斑虎が横に目を向けると、“Ω”の巨人がようやく広場前に戻ってきたところだった。彼も、ゆらりとした所作で長い片足を上げ、戦闘態勢に入った。

続いてすぐ横の仲間たちにも目を向ける。
すぐ横にいるTejasは顔を歪めているだけまだ元気そうだが、someoneは無表情ながら肩で息をするのもやっとの様子だ。魔法消費が激しすぎたのだろう。
そもそも先程の戦闘で斑虎自身もかなりの痛手を追っている。いまそこまで痛みを感じないのは、アドレナリンが大量に分泌されているからだろう。
交戦能力は殆ど残っていない。

三人の四方は滝本から放たれた矢に囲まれ、それを抜け出しても二体の巨人の攻撃を交わして進まないといけない。
だが、彼らを振り切って戦場に戻っても背後の王宮はがら空きになる。
どちらにしても詰んでいる。

滝本の会話を受け流しながら必死に活路を見出そうと考えていた斑虎は、ここにきて完全に諦めがついた。


826 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その3:2021/06/27(日) 12:19:41.605 ID:Y99lg8mIo
斑虎「万事休すだな」

someone「斑虎…」

心配気な声を送るsomeoneに、斑虎は下唇を噛みつつも振り絞って声を出した。

斑虎「すまない。someone、Tejasさん。俺ではお前たちを救えない」

今だけは周りの燃え盛る音も、遠くで鳴り響く地鳴り音も、悲鳴も止んだ気がした。

斑虎「せめて俺が攻撃を受け切る。だから、Tejasさんがsomeoneを連れて少しでも遠くに逃げてくれッ。それしか活路はない」

絶望的だとは分かっている。だが、今の自分に出来ることはそれしかない。
斑虎は二人の一歩前に出ると、手に持つ両剣を交差させ戦いの姿勢を取った。

横にいるTejasは、黙って二体のサッカロイドの顔を交互に見やった。

斑虎「でも、この行動は決して無駄じゃないッ。無駄じゃないんだッ。

俺たちの“正義”を受け継いだ誰かが、きっと奴らに“裁き”の鉄槌を食らわせるだろうよッ!!」

滝本「遺言はそのあたりでいいでしょうかね?」

生者の最後の苦痛の叫びを堪能し、肩の上で立ち上がったままの滝本は満足気に微笑んだ。


827 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その4:2021/06/27(日) 12:20:57.643 ID:Y99lg8mIo
滝本「では――」

あっさりと。躊躇いもなく。
タクトを振る指揮者のように、優雅に滝本は片手を振り上げた。

そして、終章を迎えた時の奏者のように、高揚とした顔で滝本は片手を振り下ろした。

滝本「終わらせなさッ――」



耳をつんざくような衝撃音。

直後に脳を揺らすような感覚。


軽い脳震盪程度のものではない。
予想事態の衝撃を受けた時に、脳は神経を遮断しきれず身体の全てに衝撃を食らう。
これが死の直前の感覚なのかもしれないと思うと、それはあまりにも苦痛と驚きに満ちていた。




いま。





(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

828 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その5:2021/06/27(日) 12:22:05.766 ID:Y99lg8mIo
滝本「なッ!!!??」

驚きから目を見開き、滝本は数秒後に訪れる地面への落下を備える暇もなく、ただ視界に映る風景を脳内に焼き付けることしかできなかった。

そこには、確かに“Ω”の蹴りが自分を載せていた巨人の胴体を捉え、態勢を崩す“まいう”の姿と、構えを崩さないままの彼の姿があった。

生前に彼が“まいう”に反逆の心を持っていたとも思えない。なぜ、なぜだ。


急な混乱から魔法を呼び出すこともできず、制御を失った滝本の身体は数十m上空から急速に落下をし始め――


someone「『サーシャメントフリー』」

滝本の身体が地面に直撃する直前、狙いすましたようにsomeoneは魔法を放った。

彼の指先から現れた紐状のロープは織物のようにひとりでに交差模様で結ばれ巨大な布地となり、滝本の身体と地面の間に割り込み、ちょうど救助幕のように彼の落下の衝撃を和らげた。
ただ、布地の薄さゆえ、布越しに落下の幾つかの衝撃を受けた滝本は苦悶の表情でのたうち回り吐血した。


829 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その6:2021/06/27(日) 12:22:52.476 ID:Y99lg8mIo
滝本「ガハッ!!」

someone「貴方をここで死なせるわけにはいきません。苦しんでもらいますけどね」

斑虎「な、な…なんだこれはッ!?」

斑虎にとっても、目の前の事態は想定外だった。

ほんの数刻前まで死を覚悟していた。“まいう”の銃弾と“Ω”の蹴りをどちらも一人で受け切る覚悟をしていた。
だが、実際には銃弾が発射されることはなく、彼の横にいた“Ω”の繰り出した真空蹴りはこちらではなく、横の“まいう”に向け放たれた。
鳩尾部に直撃した蹴りで彼は大きく体勢を崩し、滝本はその衝撃で肩から転げ落ち、はるか上空から落下したのだ。

そして、まるで“全てを知っていたかのように”someoneは狙いすまして滝本に魔法を行使した。
意味がわからないとばかりに、横のTejasに目を向けると。

Tejas「ようやく間に合ったな。最初、一体だけで来られた時は肝を冷やしたぜ」

彼の余裕めいた笑みを見たときに、さすがの斑虎も叫ばずにはいられなかった。


830 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その7:2021/06/27(日) 12:23:31.883 ID:Y99lg8mIo
斑虎「お前たちッ!?なにか知ってるなッ!?話してくれよ、なにが起こってるんだッ!」

直後に轟音が響き渡った。
斑虎がすぐに振り向くと、眼前では“奇妙”なやり取りが繰り広げられていた。

陸戦兵器<サッカロイドたち>が互いに殴りあっていたのだ。

巨体を揺らし、轟音を響かせながら、こちらのことなど気にもせずただ殴り、蹴り合う。
互いに取っ組み合い、一体が羽交い締めにすると、それから逃れるようにもう一体は足蹴にし、起き上がりまた殴りかかる。

先程までの涼し気で、生気の無い様子とはまるで違う。
優雅な戦いとは程遠い、まるで【大戦】にいる一兵士のように生臭い乱闘の様相を呈していた。

someone「全て僕たちの“計画通り”だったんだよ、斑虎」

呆然と見つめるしかない斑虎に向かい、someoneはポツリと呟いた。
どこからだと聞き返す前に、三人の足元で意識を戻した滝本が言葉を発する方が先だった。

滝本「ば、馬鹿な…二人とも、何をしているんだッ。すぐに、すぐに、斑虎さんたちごと王宮を消せッ!そう、命じたはず…」

地べたに這いつくばる格好になった滝本は、腹をよじりながら驚愕と苦痛の表情で英雄たちを凝視していた。
彼の横でsomeoneがパチンと指を鳴らすと、彼を守った布地はすぐにはらはらと解け、紐の一本一本が滝本の身体に再び巻き付き彼を縛り上げた。


831 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その8:2021/06/27(日) 12:24:44.096 ID:Y99lg8mIo
Tejas「無駄だよ、滝さん。もう陸戦兵器<サッカロイド>たちは“手遅れ”だ」

その言葉に滝本は目を見開き、横に立っていたTejasの方を初めてまじまじと見つめた。

滝本「まさか…Tejasさん、あなた…ッ!」

Tejasは浅葱(あさぎ)色気味の長髪をかき分けると、滝本の横にどかりと座り込んだ。
彼に目を向けるグレーの瞳の色は好奇に満ちている。いま起きている出来事に、そしてこれから起きるだろう予測に待ちきれずうずうずとしている様子だ。

Tejas「“俺たち”が今まで何処にいたか、まだ言ってなかったな?
随分と寒いし暗い場所だったぜ。ずっと飯も食わず隠れてるのも辛かったさ」

斑虎「そういえばTejasさん。あなたは今まで何処にいたんだ?」

斑虎は訝しげにTejasに視線を送った。
someoneの行動は把握できたが、Tejasがここにいる理由について何も聞いていなかったことにいまさらながら気がついたのだ。

Tejas「お返しに、俺も語ってやろう。

そうだな。これは油断じゃない。

滝さん風に言えば、生者から負けた人間への“同情”さ」



832 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/27(日) 12:25:26.980 ID:Y99lg8mIo
先週、あと二回の更新で終わると言ったな。あれは間違いだ。
今日の更新を含めてあと三回の更新で終わるぞ。

833 名前:たけのこ軍:2021/06/27(日) 13:42:51.372 ID:xeAKNkJk0
カタルシスがよい

834 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その1:2021/07/04(日) 19:43:09.495 ID:vOujnt/Qo
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【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団地下 メイジ武器庫 5日前】

Tejasが暗闇の中で奇妙な同行者オリバーに協力を誓った後、彼は自身の真の名を霊歌だと明かした上で、someone経由で聞いた【会議所】の目論見、そして自分たちが今どこにいるかをかいつまんで説明した。

霊歌『…というわけで。ここはケーキ教団を隠れ蓑にした【会議所】一部連中の保有する、“メイジ武器庫”という名の格納庫のわけさ』

全ての説明を終えた満足感からか、霊歌は両の前足を胸の前に組みさらに反り返った。
二人を照らしていた魔法の火の玉も、嬉しそうに彼の周りを飛び回っている。

一方で、Tejasは神妙な表情ながら困ったように何度か首元を掻き、目の前の友人から説明された突拍子もない内容を理解するために内心必死な様子だった。
こういう時に慌てふためないのは若者ながらさすがだ、と霊歌は思った。自らの主人のsomeoneと同じ冷静さが備わっている。

Tejas『あー。長々と説明ご苦労。いきなりの話に頭がついていけていないが、つまりここは滝本さんたち【会議所】中心メンバーの秘密基地で、こいつらは秘密兵器・陸戦兵器<サッカロイド>。
これを使って、【会議所】はこの戦争にタダ乗りしてオレオ王国を奪っちまおうと。そういうことだな?オリバー』

霊歌『さすがは“マイスター”だな。概ねその通りだ。ただ、オレの名前はオリバーじゃなくて霊歌さ、Tejas』

Tejas『ああ、そうだったな…ええい、偽名なんてものを使うからこんがらがるんだ…それで、俺はどうすればいい?』

霊歌はピクリと動きを止めた。

霊歌『オレの話を…疑わないんだな』


835 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その2:2021/07/04(日) 19:44:00.039 ID:vOujnt/Qo
“はぁ?”とTejasは素っ頓狂な声を上げた。

Tejas『最初に言っただろう?俺はお前を信じるよ、霊歌』

複雑さの中に霊歌はいて、この発言はどれほど彼を安心させただろうか。体の中心部にぽっと暖かいものが流れ、うるおっていくようだった。

【使い魔】である霊歌の存在理由は、主人であるsomeoneの生命を少しでも永らえるため。その一点に尽きた。
あくまで魔法使いsomeoneの利用価値の高さを791に説くための材料であり、その目的が終わりさえすれば、後はできるだけ従順なふりをして彼女らの警戒を解き、いつか訪れる“儀術”での脱出準備を整える。
当初の宣言通り、霊歌は王国内でクーデターを煽動したものの、その任務を終えるや否や霊歌は王国内の何処かに身を潜めていようと考えていたのだ。

それは何も自発的な案ではなく、あくまで消極的な妥協案だった。
主人を牢獄から逃がす際に少しでも宮殿から離れていたほうがいいだろうという、成り行き上の話だ。

だが、カカオ産地でたまたまTejasに窮地を救われ、自分たちを取り巻く状況はガラリと変わった。そして、目の前の“マイスター”は自分のことを手放しで信じると言う。

あの夜に二人が儀術のための追加契約を交わした際に運命の賽は投げられた。
そしてその賽の目は最高の形となり霊歌の前に表れた。自分たちはまだ戦える。その運と覚悟がある。
霊歌はようやくのことで唾を飲み込み、事態の重要性を理解できた。

霊歌『分かった。あんたの好意に感謝する。
でも、まず作戦会議をしたい。一度、ご主人と話してもいいか?』

Tejas『それはいいが…その“ご主人”とやらは何処にいるんだ?』

きょろきょろと暗闇を見回すTejasに、霊歌はニヤリと笑いながら前足で自らの頭をトントンと叩いた。

霊歌『ご主人は遠く離れたカキシード公国の牢屋の中にいる。会話は、頭の中でするのさ』

今度こそ、Tejasは霊歌の言葉を疑った。


836 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その3:2021/07/04(日) 19:44:38.057 ID:vOujnt/Qo
霊歌『ご主人…聞こえるか』

訝しげな彼の目線など気にせず、霊歌は頭の中でsomeoneを思い浮かべ呼びかけた。

―― 霊歌…か。今まで、いったい何処にいたんだ。

返事はすぐに帰ってきた。
頭の中に響く彼の声は、以前会話した時よりも弱々しくなっているように感じる。この様子では、監禁による疲労と自分への魔力供給があわさり相当堪えているようだ。

霊歌『すまねえな。王国での煽動任務は済ませたんだが、帰りに“ちょいと”野暮用に引っかかちまってな。今はカカオ産地にいる』

―― …カカオだってッ?なんて危ない場所にいるんだッ。すぐに避難を――

霊歌『もう遅えよ。戦争に巻き込まれ、おれたちはいま閉じ込められてる』

―― そんな…ん?おれ“たち”?

その言葉に、霊歌はまたもニヤリと笑った。事態を飲み込めていないTejasは彼のことを諦めたのか、再び陸戦兵器<サッカロイド>の透明な巨体を見物している。

霊歌『聞いて驚くなよ、ご主人。おれはいま、あんたが言っていた“鍵”とともに、メイジ武器庫にいる。この意味がわかるか?』

脳内越しに息を呑んだ声が聞こえ、数秒の沈黙の後に彼の震えたような声が返ってきた。

―― まさか…そんな“奇跡”が起こるなんて。

霊歌『ご主人はここ最近、不幸続きだっただろう?
たまにはこんな幸運あってもいいんじゃないか?まあ享受しているのはおれなんだが』


837 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その4:2021/07/04(日) 19:45:54.538 ID:vOujnt/Qo
Tejas『そろそろ話はついたかい、霊歌?』

Tejasは目の前の冷えた飴細工に考古学者のような熱視線を送りつつ、背後の同行者に声をかけた。
霊歌はそこで一度主人との会話を切り、器用に彼の肩の上に跳び乗った。

霊歌『ああ、実にスッキリとしたいい案が浮かんだ。
なあTejas。あんたは、その右腕で触れた生命体に精神上で繋がることができるし、無理やり洗脳するなんてこともできる。そうだよな?』

Tejas『ああ、そうだ。本格的に試したことはないが、できるはずだ』

火の玉の照らす彼の横顔には、少しの戸惑いの色が見え隠れしていた。どうやらこの能力を他人のために使用することには少し迷いもあるようだ。
年齢のわりに大人びて見えていたが、霊歌は初めて年相応の彼の姿を垣間見た気がした。

霊歌の頭の中である案が浮かんでいた。どうしても彼の力を借りないといけないのだ。
単純明快でいながら、これまで一度も考えてこなかった案だ。絶体絶命の危機にありながら、興奮でかえって彼の頭は冴えていた。

霊歌『きけ、ご主人。この事態を打開できるたった一つの名案をこれから伝える』

―― 聞くよ。

一言で返したsomeoneの言葉に、霊歌はこれから彼のあっと驚く反応を見られると思うと、にやついた笑みを抑えられなかった。

霊歌『Tejasに陸戦兵器<サッカロイド>の魂へ干渉してもらい、“自爆”するよう洗脳する』

―― ッ!

someoneとTejasの二人の息を呑む声が、霊歌には同時に聞こえてきた。


838 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その5:2021/07/04(日) 19:46:32.307 ID:vOujnt/Qo
霊歌『あんたとおれの目的は、魔術師791の野望を砕き、【会議所】のいけ好かない連中もギャフンといわせることだ。
前者の目的はこのままだと達成されるが、陸戦兵器<サッカロイド>が投入されれば王国は蹂躙され、立ち向かう手段はない。

それでは意味がない、だろう?
つまり、この図体のでかい巨人どもが歩き回っている限り、おれたちに未来はないということだ』

―― そうだ…僕はそれで一度、滝本さんたちに敗北して公国に戻され捕まった。

霊歌『いまが千載一遇の好機だ。
おれからしても、主人の仇を討つ絶好のチャンスというわけだ』

次第に事情を飲み込めてきたのか、Tejasは鼻まで垂れている前髪を何度か触りつつ、思案気に自らの考えを口にした。

Tejas『元々、奴らは俺を使って英霊たちの魂を完璧にこの陸戦兵器<サッカロイド>の器に締め付けようと計画してたんだろう?
でも、俺がいなくても動いているってことは、それはもう不完全ながら完成したってことだよな?』

―― …なるほど。“完成している”ということは、一般的に見れば、魂と器は既に定着していると考えられる。

Tejasの言葉になにか気づいたのか、someoneは感心したように意見を口にした。

霊歌『そうだ、つまり陸戦兵器<サッカロイド>は、既に完全な生命を持った“生物”になったということだよ』

Tejasも気づいたのか、思わず“あっ”と声を漏らした。
それに被せるように、脳内に珍しく興奮気なsomeoneの声が聞こえてきた。


839 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その6:2021/07/04(日) 19:47:11.698 ID:vOujnt/Qo
―― つまり、Tejasさんの呪いの力は、陸戦兵器<サッカロイド>の器越しにも通じるということかッ!

Tejasの右腕の呪いは、指定した有機物に対してコミュニケーションを取る儀術“キュンキュア”の成れの果てだ。
相手の知られざる声を聞くだけでなく、自らの意志や考えを伝え植え付ける方法も可能であることは、既に彼自身が過去に実証済みである。

陸戦兵器<サッカロイド>の器だけであれば生命を持たない無機物なので伝達の能力は使えないが、そこに英霊の魂が組み込まれれば眼前の兵器は命を持った有機物となる。

Tejas『確かに。こんな馬鹿でかい箱物だが、生命を持っているな。英霊とやらの声が聞こえてくるぜ』

ひんやりとした飴細工の身体に手を当てると愉快そうにTejasは笑った。

霊歌『へぇ。過去の偉人さんたちは、なにを仰られているんで?』

Tejas『なに。他愛もないことさ。“早く戦場に出してくれ、血とチョコに飢えている”だとよ』

霊歌はTejasの肩の上で、徐(おもむろ)にしかめ面をつくった。

霊歌『血気盛んな兵士たちなことだ。
初期の【大戦】には野蛮な戦いが多かったときくが、よもやここまでとはな』

脳内に期待と焦りの入り混じった主人の声が響く。

―― 僕にも見えたよ。霊歌の考えで、戦争を終結させる方法がッ。


840 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その7:2021/07/04(日) 19:48:02.463 ID:vOujnt/Qo
霊歌『すごいな。おれはこの方法までは思いついたが、最終的に公国軍をどうやって抑え込めるのかまでは想像もできない。すべてご主人に任せるぜ』

霊歌にsomeoneの考えまでは分からない。
だが、主人の言葉にこれまで間違いはなかった。信じないという道はない。

―― わかった。まずは、Tejasさんに、今から伝える内容で陸戦兵器<サッカロイド>に“自爆”を仕込めるかどうか確認してほしい。

霊歌『いいぜ。恐らく、ご主人とおれの考えている企みは同じだ。
もしこの手段が可能であれば、残り11体の陸戦兵器<サッカロイド>全てに同じ手法で“仕掛けられる”』

Tejas『それで、俺はこの偉大なる先人方に何を伝えればいいかね?』

冷気を発する身体に手を当て続けながら、Tejasも意地が悪そうににやりと笑った。

―― こう伝えてくれ。戦場で互いの陸戦兵器<サッカロイド>を見つけたら――


霊歌はsomeoneの指令を一通り聞き、その“性質の悪さ”にニヤリと笑った。

霊歌『ありがとうな、ご主人。たしかにTejasに伝えるよ。
ところで、あんた性格悪いと言われないかい?』

―― 霊歌、鏡でも見たのかい?

霊歌はそこで主人と通信を切り、若き“マイスター”に目を向けた。
彼は既に陸戦兵器<サッカロイド>の身体に手を当てたままこちらに顔を向け、待ち構えている様子だった。


841 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その8:2021/07/04(日) 19:48:58.538 ID:vOujnt/Qo
霊歌『待たせたな』

Tejas『いいぜ。準備はできている』

破れた右腕のジャケットからちらりと見えている腕の紋章は既に強く発光し、その青白い光線は透明な飴細工の中を綺麗に透過していた。

霊歌『じゃあ、今から言うことを英霊殿に伝えてくれ。
戦場で、互いの陸戦兵器<サッカロイド>を見つけたら――』

―― 戦場で互いの陸戦兵器<サッカロイド>を見つけたら、味方ではなく敵だと思え。
―― 奴らは戦場においては一切味方ではない。
―― かつての同胞の振りをした、まやかしの兵士である。

―― 貴殿は騙されてこの隊へ入隊した。
―― 誉れ高きその魂を護るために取るべき手段は只一つ。一体でも多く殲滅することである。
―― 最後の一体になるまで殲滅しあうのだ。

―― 奴らの身体から魂を奪い、空に解放しろ。
―― 魂をあるべき場所に戻せ。貴殿の戦う場所は地上に非ず、天にあり。

―― そして自分が戦場に立つ最後の一体となったら。

―― 同じように、自らの力で、自分の魂を空に解き放て。
―― これこそが、お前たち“感情無き”英霊が救われる唯一の道である。


━━━━
━━



842 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その9:2021/07/04(日) 19:50:29.554 ID:vOujnt/Qo
【オレオ王国 王都】

Tejas「メイジ武器庫から戦場に出た陸戦兵器<サッカロイド>たちは最初こそ軍兵を襲うが、互いを戦場で視認した瞬間、俺の命じた“言葉”を思い出す。
そして、滝さんたちの話した内容などほっぽり出して、闇雲に殺し合うのさ。こんな風にな」

Tejasは一連の説明を終えた。最初からメイジ武器庫内で争わせず、公国軍と王国軍のいる戦場内で争わせることにも意味があった。
両軍兵は慌てふため戦争などしている場合ではなくなるからだ。

滝本「私たちは出し抜かれたというわけですか…」

陸戦兵器<サッカロイド>たちは捕まった滝本の姿には目もくれず、まるで宿敵を見つけ怒りに駆られた少年のように、互いに取っ組み合っては身体を地面に叩きつけあっている。
勢いよく巻き込んだ民家や建物など、子供のおもちゃの一部のように気にもとめず、目の前の“敵”を屠ることに一心不乱になっている。

地面に突っ伏したままの滝本は呆然と、まるで表情の変わらない仏像のような面持ちで、目の前の“暴乱”をただ眺めていることしかできなかった。

斑虎「滝さん。貴方はもう終わりだ。おとなしく投降してくれ」

そこで滝本は、目の前の光景から目をそらすように静かに頭を振った。

滝本「それはできない相談ですね。そうしたら、誰が【会議所】を国家にするのです?」

横から覗き込んでいた斑虎の目には、普段蒼い滝本の眼が仄かに赤く光ったように見えて、彼は一瞬疑うように彼の顔を見直した。

そのため、斑虎は周りへの気を一瞬解いてしまった。


それがよくなかった。


843 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その10:2021/07/04(日) 19:52:06.013 ID:vOujnt/Qo
someone「…ッ」

バタリ。

背後から鳴った軽い音に斑虎が振り返ると、そこにはsomeoneの力なく倒れた姿があった。

斑虎「someoneッ!!」

我を忘れ彼の元へ駆け寄り腕で抱き抱えると、彼は虚ろな目で上空を見つめ、息も絶え絶えといった様子だった。きっと、これまでの疲労がここにきて顕在化したのだろう。
投獄による憔悴、儀術を用いた脱出劇、Ωとの戦闘での再度の儀術の行使。考えてみれば、常人の消費する魔法力は遥かに超えていた。

なぜ、親友の異変に気づいてあげられなかったのか。寧ろ、危険な目に合わせたのはこちらの責任じゃないか。
斑虎がそう反省しかけたのも束の間――

滝本を簀巻きにしていた紐はsomeoneの気絶とともに制御を失い、跡形もなく溶けた。

次の瞬間。
まるでこの時を待っていたかのような瞬発力で、滝本はすぐに跳ね起き自分の身に治癒魔法をかけた。
そして回復も待たず、脇目も振らず陸戦兵器<サッカロイド>の方へ、その先の戦場に向かい、一意専心の思いで駆け出し始めた。

斑虎「『フランセーバー』ッ!!」

咄嗟に滝本へ剣を投げつけるも、まるでその動きすら読んでいるかのように彼は身体をしならせ、時には身を翻し不格好な姿勢ながら、巧みに斑虎の攻撃を避け続けた。
まるで鼠が外敵から逃げるときの様子とよく似ていた。

滝本はあっという間に巨人たちの足元まで走ると、争っている彼らに目もくれず、速度を緩めることなく彼らの股の下を通り過ぎ加速した。
直後に巨人たち同士の攻撃で舞い上がった砂埃も相まって、斑虎たちはすぐに彼の姿を見失ったのだった。


844 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その11:2021/07/04(日) 19:53:01.761 ID:vOujnt/Qo
斑虎「あの野郎ッ!!ネズミのようにちょこまかと逃げやがってッ!」

someone「斑虎…頼む…」

斑虎は怒りを抑え、すぐに腕の中で弱っているsomeoneへ目を下ろした。

いまの彼は、顔中に汗が吹き出しいつもはふわりとした赤髪も汗でべたりと顔に貼り付いている。
【大戦】でもあまり汗を流すことのない姿をいつも見てきただけに、彼のここまで弱った姿は衝撃的だった。

斑虎「ずっと魔力を使っていたんだよな。そりゃあ、倒れるのもあたりまえだろうッ。
あいつのことはいい。今はお前の無事が――」

someone「――それでは駄目なんだッ」

斑虎の言葉を遮り、someoneは荒い息を吐きながらも強い口調で制止した。
ヘーゼルカラーの瞳を潤ませながら、その内に“正義の火”を宿した親友の眼は、こちらだけをただ一心に見つめていた。

someone「ここで滝本さんを逃せば…これまでの努力が全て水の泡だ。
陸戦兵器<サッカロイド>は封じた。
あの人を捕まえれば、791先生の野望を抑える手立てもある。

斑虎、お願いだ。彼と彼女を止めてほしい」

斑虎「someone…」


845 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その12:2021/07/04(日) 19:54:10.019 ID:vOujnt/Qo
斑虎の心配をよそに腕の中でsomeoneは静かに、力強く言葉を続けた。

someone「さっき斑虎が口にした言葉だけど…違う。
誰かが裁くのを待つんじゃないよ、斑虎。


“僕たち”さ。


“僕たち”が、



                        裁きの鉄槌を下すんだ、斑虎」


ガツンと殴られたような衝撃が斑虎にはあった。

目の前の親友はいつの間にこれ程強くなったのだろうか。諦めかけていた自分を叱咤激励できる存在になったのだろうか。

someone「僕なら…大丈夫。気にしないで」

そこでsomeoneはいつものように取り繕うように、儚げに微笑んだ。
そして、こちらに差し出されたsomeoneの握り拳に、斑虎は何も言わずに自分の握り拳を一度だけ触れ合わせた。

二人には、それだけで十分だった。


846 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その13:2021/07/04(日) 19:55:35.452 ID:vOujnt/Qo
斑虎「…わかった。
お前の意志を継いで必ず【会議所】の野望を、791さんの野望を打ち砕くと約束しよう。

Tejasさん、悪いけどsomeoneの介抱を頼む」

Tejas「わかった。斑虎さん、お気をつけて」

横に控えていたTejasにsomeoneの身体をそっと移すと、頭に巻いたカーキ色のバンダナをきつく締め直し、斑虎も走り出した。


後ろの二人を振り返ること無く駆ける。
前方で揉みくちゃになっている陸戦兵器<サッカロイド>たちの横を通り、速度を緩めず駆け抜ける。

巻き上がった砂煙に包まれ、硝煙と粉塵で灰色に閉ざされた視界が、いまの斑虎にはただ心地よい。

この灰色の世界を抜けた先には、残酷な現実が待っている。
だが、同時にsomeoneと望んだ平穏な日常のための一歩を踏み出せるのだ。


“彼ら”の野望を止めるため。

               彼の意志を継ぐため。
    
                            “正義”の火を燃やしながら。


裁きの代行者たる斑虎は走る。走る。ただ走り続けた。


847 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その14:2021/07/04(日) 19:56:53.200 ID:vOujnt/Qo
【オレオ王国 王都周辺 ルヴァン平野】

滝本「ハァハァ…これは。¢さんと参謀に合わす顔がないな」

燃え盛る王都を辛くも抜け出し、戦場までをつなぐ小高い丘に辿り着いた滝本の眼には、目の前の光景は想像を絶する悲惨なものだった。

彼の想像通り、数km程度離れた前方の戦場には立ち込める爆炎の中に、透明な飴細工の巨躯が何体も浮かび上がっていた。
本来、それは全ての人間に未知なる恐怖を与える光景だった。

だが、彼らは本来の目的である足元の兵士を蹴散らすことなどせず、本来同胞だったはずの味方同士で血生臭い乱戦を繰り広げている最中だった。
路上で格闘家同士が出くわしたかのように、彼らは互いに一定の間合いを取り牽制していたかと思うと、次の瞬間に重みのある一撃を浴びせ始める。
まるで荒くれ者の喧嘩のように、無茶苦茶で気品も誇りもない。
そこにあるのは濁った“殺意”だけだった。

巨人が倒れるたびに激しい地鳴りが巻き上がり、数秒遅れて滝本の足にも揺れが伝わってきた。揺れが伝わってくる度に彼の心はひどく冷え込み、血の気の引いていく感覚が実感できた。

¢を始めとした陸戦兵器<サッカロイド>の開発者たちは、口を揃えて彼らを“最強”と表現した。
だが、それはあくまで彼らが人間と戦う時の話で、巨人同士の戦闘となると話は全く別だ。

巨人たちは自分の持つ“弱点”を理解している。即ち、器に込められた“魂”を剥ぎ取られることだ。
強固な飴細工の器に魂だけを埋め込まれたことを理解している英霊たちは、同胞の心臓部から魂を剥ぎ取れば、相手の身体はただの人形に戻ることを理解しているのだ。
そして、通常の人間であればこじ開けられない心臓部に取り付けられたハッチを、同じ陸戦兵器<サッカロイド>の腕力であれば壊し剥ぎ取ることが出来る。

だから、彼らは武器を手に取らず泥臭く素手で戦い、相手の心臓を抜き取ろうと躍起になっているのだ。
全てはTejasの命じた意思のまま、同胞の魂を天に返すことが正しいと信じ込んだままでいる。


848 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その15:2021/07/04(日) 19:57:53.539 ID:vOujnt/Qo
滝本が目を凝らすと、戦っている彼らの足元には、既に横たわったままピクリとも動かない透明な“器が”何体か転がっていた。
それは陸戦兵器<サッカロイド>“だった”抜け殻だった。

滝本「ベニマダラサンショウタケさん、ゴダンさん。アルカリさんまで…逝ってしまったか。
すみません、私の力が足りないばかりに…」

既に空に放たれた英霊たちの名を呟き、滝本は独り肩を落とした。
彼の落ち込んだ気持ちを増幅させるように、その間も振動は絶え間なく伝わってきていた。

しかし、彼は顔を上げるとすぐに辺りを見回した。

生への執着。

これこそが今の滝本に課せられた使命で、窮地の中で彼を生かし続けている強さの源でもあった。

いま滝本の足元、即ち丘のふもと部には巨人たちの狂宴から逃れた両軍兵士が続々と終結しつつ合った。
当初兵士たちは、突如として戦場に現れた巨人たちに驚き恐怖したことだろう。きっと両軍の垣根を超えて応戦しようとしたに違いない。
だが、そのうち突如として同族の殺し合いを始めた巨人たちに戸惑い、今は両軍兵士とも武器を捨てもみくちゃになりながらも王都付近まで退避してきていた。

軍属が違えども遅れている兵士には互いに手を取り叱咤激励しあい、今だけはいがみ合うことを忘れ、互いに手を取り合い危機に立ち向かっているようだった。

滝本は冷静に、この状況を逆に好機だと捉えた。
ここから丘を下り兵士たちの集団に混ざれば、追手から逃れることができる。

自らの役目は【国家推進計画】の火を絶やさないことだ。
生きて【会議所】に戻り、自分の背中を押してくれた二人に状況を伝えることだ。


849 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その16:2021/07/04(日) 19:58:57.149 ID:vOujnt/Qo
―― なにをしているんだい?はやくその足を動かしなよ。

心の中に“声”が響く。分かっている、分かっているのだ。いまやろうとしたところだ。

そうして、苛立ち気に足を動かそうとした丁度その時――


「滝本スヅンショタンッ!!」


背後から投げかけられた声に、苦々しい表情で滝本は振り返った。


そこには息を上げながらも、手に携えた双剣で退路を塞いでいた斑虎が立っていた。

斑虎「全て事情はきいたッ!お前の悪事はここで終わりだ。
俺が、いや“俺たち”がお前を此処で裁くッ!」

滝本「これだから直情型の人間は困る」

滝本は背中に手を回すと、透明になっていた魔法の弓の握(にぎり)の部分を掴み、静かに取り出した。

斑虎も鋭い目を細め、まるで獲物を狩る獰猛な肉食獣のように双剣を構えた。

張り詰める緊張感。
数秒ほど、無機質で互いに心の通っていない時間が流れた。


850 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その17:2021/07/04(日) 19:59:43.552 ID:vOujnt/Qo
その失った時間を取り戻すように、煤だらけになった滝本のアオザイから出る風に流れるハタハタとした音が、二人の緊張感を最大にした後に一気に破裂させた。

滝本「私の、いや“私たち”の野望はこんなところでは終わらないッ!終わらせないッ!

『マルチブルランチャー』!!」

先に動いたのは滝本の方だった。

顎を上げ上空に素早く弦を引くと、放たれた一本の光の弓矢は上空で花火のように数十にも四散し、その全てが炸裂弾となり斑虎に向かい急速に落下してきた。

斑虎「『マッシュラッシュ』ッ!」

すぐに反応した斑虎は上空の砲撃など目に止めず、自らに移動加速の魔法をかけ、その場を駆けた。

滝本の放った砲弾は追撃型で地面に落ちる寸前で向きを変え、次々と斑虎に向かっていったが、ある弾は加速した斑虎を捉えきれず爆発し、ある弾は斑虎に斬り伏せられた。
そうしながら、十数mはあった二人の距離はあっという間に縮められた。

滝本「くッ!」

身に迫った斑虎の斬撃に対し、滝本は咄嗟に弦を身体の前に出し、彼の斬撃を一度は防いだ。
しかし、彼の軟弱な身体は斑虎の放った一撃に耐えられず、その身は数m先まで吹っ飛ばされた。

それでも倒れることを奇跡的に堪えた彼は、なおもこちらに向かってくる斑虎に対し、砂地内に密かに展開していた魔法を解き放つべく、すぐに詠唱の準備に入った。


851 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その18:2021/07/04(日) 20:01:35.329 ID:vOujnt/Qo
滝本「『わたパ地雷』ッ!」

途端に斑虎の足元一帯に、仕掛けられていた赤色光の魔法陣が次々と顕になった。

斑虎「ッ!」

滝本「起動せよッ!!」


一瞬の間もなく、斑虎のいた一帯は轟音とともに途端に大爆発を起こした。

巻き起こる粉塵、砂煙に滝本はすぐに顔を背けた。
実践感覚の遅れから火力の調整を忘れ最大出力で魔法を放ったのは悪手だった。
次の動作に遅れを来す。だが、当たれば敵の身体は跡形もなく消し飛ぶから一長一短でもある。正真正銘、これが滝本にとっての必殺技だった。

あまりの爆音に前方の陸戦兵器<サッカロイド>たちを見つめていた兵士たちの一部も、驚いた表情で滝本たちのいる丘から吹き出た爆炎に目を向けていた。
それでもなおも炎上する王都の火災の一部と捉えたのか、こちらに向かってくる兵士がいないのは彼にとって幸運だった。


それでも、丘の上の滝本は満身創痍だった。
既に魔法力の大半を自身の治癒魔法と先程の攻撃魔法に充てており、魔力は枯渇しかかっている。

先程まで斑虎の立っていた場所は、巻き上がった土煙と硝煙でその姿は眼に映らない。


852 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その19:2021/07/04(日) 20:02:32.853 ID:vOujnt/Qo
死んだのだろうか。いや、死んでいてくれないと困る。
確認する手間を惜しみ、滝本はすぐにその場から駆け出そうと踵を返し――


斑虎「駄目だねえ。戦いの最中に背を向けちゃあ」

――煤にまみれた斑虎と相対した。

滝本「これは驚いた。まさか亡霊じゃないですよね?」

思わず足の止まった滝本に、黒まみれの“虎豹”はギラギラとした目を向けた。

斑虎「咄嗟に地面に突いた剣を踏み台にして跳んだから離脱できたのさ。
愛剣を一本失ったが、火力のおかげで残っていた追従弾も全部消失したし、俺にとっては良いことずくめさ」

ジリジリと後ずさる滝本に、斑虎は残った一本の剣で構えると冷たい眼差しで言い放った。

斑虎「来いよ。あんたも兵士だろ?」

その瞬間。

妙な意識に滝本は全身を支配された。

毛穴という毛穴が総毛立ち、手足の先から頭の頂点に向かい急速に血が湧き上がっていくような感覚。
頭の中が赤一色のペンキで上から塗りたくられ何も見えなくなり、考えられなくなるような先入観。

なぜだろう、なぜここまで全身が震えるのだろうか。
このような異常な感覚に出会ったことも、また制御する術も彼はまだ身につけていなかった。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

853 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その20:2021/07/04(日) 20:03:49.310 ID:vOujnt/Qo
滝本は反射的に手に持った弓を投げ捨て腰の鞘から脇差(わきさし)を抜くと、がむしゃらに斑虎に突進した。

滝本「このッ、たけのこ風情がァ!!」

斑虎は、片手で持った剣の刃先で彼の一撃をすりあげると簡単に横へ払った。
相手を斬るためではなく、勢いを殺すための応じ技だ。

怒りに身を任せた突進は脇に逸らされ、滝本はそのまま無様にも丘から転げ落ちた。


転げ落ちる中で、滝本は些か冷静になっていた。


逃げなければならない。

卑怯者と罵られようとも彼との対決から逃げて【会議所】に戻り、¢と参謀の二人に計画が失敗したことを伝え、何処かに逃げ延びて再起を図るための準備をしなければならない。
此処で彼と退治しても百害あって一利もない。

そうして兵士たちのひしめき合う丘のふもとまで転げ落ちた滝本は、周りの目など気にせず、ただ手元に転がってきた脇差をじっと見つめた。


きっといま耳をすませば、心の奥底で“彼”がいつものように冷たい悪態をついていることだろう。

この行いは間違いだと。全てを無駄にする気かと。
何のために今日まで準備をしてきたのか、何が最善かを考えろと。


854 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その21:2021/07/04(日) 20:05:21.047 ID:vOujnt/Qo
だから、その“雑音”を打ち消すため。




滝本は、腹の奥底からただひたすらに叫んだ。


滝本「ああああああッ!!」

すぐに起き上がり脇差を手に取ると、歩いて下ってきている斑虎に向かい再び突進した。


本能が言うことを聞かなかった。
初めて理性に反抗した。もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

この行いが正しいとは露ほども思えない。だが、内にある兵士としての矜持を、誇りを、滝本は捨てきれなかった。

それは人間ならば誰しもが通る道だった。
ただ、心の幼い彼にはこの感情が一体何であるのか、なぜこれ程までに抗えず尊いものであるかを最後まで気づくことはできなかった。


斑虎は、今度は攻撃を払わず剣身で彼の一撃を受け止めた。
そして無言で、かくも武人然とした振る舞いで、ただ剣越しに向かい合う必死の形相の滝本に対し、冷たい瞳で剣を振るった。

滝本も必死に応戦した。
相手の攻撃を見て必死に受け止める。そして相手の動きが止まったところですかさず反撃をする。


855 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その22:2021/07/04(日) 20:07:29.605 ID:vOujnt/Qo
一進一退の攻防だと感じた。

確かに斑虎は強い、いつもの自分ならば到底敵わないだろう。
だが、この必死の戦いの中で急速に成長している実感が滝本の心を支配していた。

今もまた斑虎の剣を払い反撃する。
惜しくも彼に避けられたが、数刻前までは考えられなかった進歩だ。

いつかの抹茶との会話の中で、個の存在が消えることは悲しみであるという話に疑問を持ったことがある。
その時は、現世への執着など一切なかった。ただ自分自身を心に埋め込まれた“遺志”のために動く代行者だと思っていた。

だが今は違う。

生きたい、生き続けたい。
“遺志”のために湧き上がった感情ではなく、自らの“意志”でそう感じているのだ。
この危機の中で芽生えた彼の決意は爆発的に全身に広がり、彼自身を急速に突き動かしていた。

滝本の眼の中には、明らかに今まで見えなかった希望の色が動いていた。
まだ戦える。予想外の善戦だ。
これは決して勝つことも夢ではないのではないか。そう思った。




だが、それは周りの兵士の眼からすると善戦などではなく。
二人の戦いは剣術の基礎を教えている教師と覚えの悪い下手な生徒、というような構図に過ぎなかった。


856 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その23:2021/07/04(日) 20:08:40.561 ID:vOujnt/Qo
滝本「ハァハァ…」

ほんの数分の戦闘だったが滝本にとっては恐ろしく長い時間の中で、斑虎に何十度目かの攻撃を払われ先に跪いた。彼の闘志よりも先に身体が限界を迎えていた。

斑虎「もう終わりかい?会議続きですっかり身体がなまっているんじゃないか、滝さん?」

汗だくの滝本に容赦ない言葉が投げかけられる。
元々、彼に戦闘の素質はない。魔法力も凡庸の域を出ず、会議所議長という役職でなければただの並以下の一般兵士だ。

しかし、それでも滝本には諦められない。
【会議所】を国家にするという夢を。“彼ら”を泣かせた世界への復讐を、“彼”の夢見た野望を諦めることができない。

顔中から大量の汗が吹き出し、地面にこぼれ落ちる。
疲労から目がかすれ、ふと意識を手放してしまえばその場で倒れてしまいそうだ。
今だって、戦いの最中だというのに知らずのうちに顔は地面に下がってしまっている。

そのような中で、彼はふと地面に落ちていた小汚い本と目が合った。
砂まみれになりながらも表紙に描かれていた絵には見覚えがあった。

『牢獄の正義』だ。
参謀に返し損ねて持ってきていたが、いつの間にか懐から滑り落ちてしまっていたらしい。


―― 滝本。何かあれば、俺達は三人一緒や。

そこで、滝本は急速に思い出し始めた。五日前に暗闇の通路内で三人と交わしたやり取りを。


857 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その24:2021/07/04(日) 20:09:37.596 ID:vOujnt/Qo
“記憶”だ。
今の自分の中を駆け巡る熱い情動は、全て自分が生まれ変わってからの“記憶”の結果だ。

【大戦】を愛し、【会議所】を存続させ、そして¢と参謀の元に戻る。
この目的だけが今の自分を突き動かしている。

斑虎「聞いたところによると、滝さん。あんたは、ただ任務を遂行するための機械だ。
つまり意志を持たない人形だ。遠くで暴れている巨人たちと同じ、な」

少し遠巻きに周りの兵士たちが見つめている中で、斑虎は敢えてきつい言葉をかけた。
その言葉に、うなだれていた滝本はカッと目を見開くと、勢いよく顔を振り上げた。

滝本「人形だとッ!?
私はッ、私はッ!!私の意志でッ【会議所】を発展させるために努力してきたッ!
“あの人”の遺志は関係ないッ!!」

斑虎が初めて見る、理性で制御された滝本の激昂した姿だった。

滝本「ふざけるなッ!二人に約束したんだッ、また戻るとッ!

私の身体なぞどうなってもいいと思っていたッ!ただ、【会議所】を残せればそれでいいと思っていたッ!!

だが、それでは駄目なんだッ!生きて戻りこの手で【会議所】を導くッ!!

それこそが、私の“意志”だッ!!」

その時、滝本から少し離れた背後で、一体の陸戦兵器<サッカロイド>が勢いよく倒れ、その振動が大きな地鳴りとして伝わってきた。


858 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その25:2021/07/04(日) 20:10:36.602 ID:vOujnt/Qo
斑虎は気を取られ、そこに一瞬の隙ができた。

本来、戦闘の素質のない滝本なら気づかないような一瞬の隙。
しかし、今の彼は不思議と戦いの間を理解できていた。


頭で動く前に、身体が動き始めた。


滝本「あああああああああああああッ!!!」

突然の奇声に斑虎が意識を戻すと、眼前には死にものぐるいの形相で滝本が襲いかかってきたところだった。


滝本の渾身の一撃は流石の斑虎も防ぐことができず、脇差は彼の腹を勢いよく貫通した。

驚愕の顔で彼は倒れ、滝本は馬乗りになり彼の腹に脇差を何度も突き刺して刺して、刺して刺して刺して――











859 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その26:2021/07/04(日) 20:11:40.237 ID:vOujnt/Qo


そうは、ならなかった。



鋭い眼光で、闇雲に走ってくる彼の動きを視界に捉えた斑虎は、咄嗟に身を低くし、片手剣を左脇に構えまるで刀剣のように抜刀の構えを取った。
心技一体で古くから伝わる伝承技を放つための動作に入ったのだ。


はるか昔、大陸には鬼が存在すると言われた。
常人よりも遥かに強力で人の手には負えず、彼らは暴虐の限りを尽くした。魔法も槍もきかず、彼らの横暴に人々は泣き寝入りをし少しでも自分に火の粉が降りかからないように祈るしかなかった。

そんな跳梁跋扈した鬼たちを退治したのは、鬼退治を生業とした名もなき討伐団だったという。

彼らはみな一様に奇妙な刀を帯刀していた。
見てくれはなまくらの剣で、通常は人を斬れないほどに錆びついたものだが、一度鬼と退治した際にはまるで生き血を吸った吸血鬼のように錆が消え切れ味が蘇り、彼らの首を軽快に刎ねる名刀と化した。

人々は討伐団を崇め奉った。
全ての鬼退治を終えた帰りの道中、好奇心のある童子が飛び出してきて、最後尾を歩く一人の剣士にこう尋ねた。“どうやったらその剣で斬れるようになるの?”と。

剣士は笑ってこう答えた。

“何も特別なことをしているわけではない。『鬼』と名の付いたものしか斬らないだけだ。
また各地で鬼が出ればこの剣で斬るし、たとえ人の形をしていた鬼だとしても斬る。
もし人の心に鬼が巣食えば、その心に居座る鬼だけを断ち斬る。

この剣はあくまで人の心の写し鏡なのだ”と。


860 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その27:2021/07/04(日) 20:14:07.969 ID:vOujnt/Qo

斑虎「『鬼斬閃冥<おにぎりせんめい>』ッ」


短い言葉とともに腰から抜刀した剣先は、丁度眼前に迫った滝本の懐の前から肩口に向かい綺麗な弧を描いた。

剣を介し向かい合う二人の間から微かな光が漏れ出た。
果たして彼の身体から漏れたのか、剣先から発せられたものかどうかはわからない。ただ、血は一滴も吹き出なかった。


斑虎は決して彼を斬ったわけではない。


彼の心に巣食う“鬼”だけを斬ったのだ。

前任者の“遺志”という“鬼”を抱える滝本に向け、斑虎は容赦ない一撃で斬り伏せた。


何が起きたかもわからず、哀れな青髪の兵士は、力なくその場で倒れ込んだ。

斑虎は剣先を下げると、ボロボロに刃こぼれしてしまった愛剣をまじまじと眺めた。
成功したかは分からない。元々は古い書物を見て学んだ技だ。

だが、確かに手応えはあった。


861 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その28:2021/07/04(日) 20:15:17.174 ID:vOujnt/Qo
斑虎「ここで気絶できたのはまだ良かったな、滝さん。貴方にとってこの先は辛いだろう」

ざわつく周りを尻目に、斑虎は倒れた滝本を仰向けに寝かすと、静かに立ち上がり戦場に目を向けた。
丁度、陸戦兵器<サッカロイドたち>も戦いが終わったようで、激戦を勝ち抜いた最後の一体がその巨体を空に伸ばさんと立ち上がったところだった。

一瞬、斑虎は、その巨人と目を合わせた気がした。

あの器の中に誰の魂が入っているのかはわからない。
だが、斑虎とその巨人は距離こそ離れながらも、互いに一歩も動こうとしなかった。

二人の間には、歴戦の兵士同士にしかわかりえない奇妙な間があった。
互いの戦いを称え合うような、そのような時間だった。

一瞬の沈黙の後、陸戦兵器<サッカロイド>は顔を天に上げると、自分の心臓部に手を当て、間髪を入れずに心臓部に繋がるハッチを引きちぎった。

そして、心臓部内にあった英霊の魂を自らの手で掴み出すと、空に蝶々を解き放つように、そっと大事に解き放った。
赤色の靄(もや)状の魂はふわふわと上空へ向かうも、数秒するとすぐに霧散した。

同時に意識を失った陸戦兵器<サッカロイド>は、ゼンマイの切れたブリキ人形のように力なくその場に崩れ落ちた。

最後の地響きが、王都にまで響き渡った。

壮絶な光景だった。




こうして戦いは、終わった。


862 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/04(日) 20:16:05.030 ID:vOujnt/Qo
裁きはくだされた。だが、もうひとり忘れてはならない人がいますよね。
次回、最終回!

863 名前:たけのこ軍:2021/07/04(日) 20:27:42.718 ID:XtUQk/Sw0
おかし技が活かされるのがかっこいい

864 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/11(日) 01:08:49.132 ID:CSREfad2o
今週はお休みとします。

865 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その1:2021/07/16(金) 21:51:15.499 ID:T/xzUP.oo
斑虎の眼に映る戦場は、一見すると先程までと何も変わらないように見えたが、よく目を凝らしてみれば透き通った陸戦兵器<サッカロイド>の残骸で散らばっていた。
英霊の魂無きいまとなってみれば、いよいよ判別がつきにくい。

戦場に巨人は折り重なるように無残に斃れ、その巨人たちを率いていた滝本も斬り伏せたことで、遂に【会議所】の一連の襲撃は終りを迎えた。

ただ、そう理解できているのは斑虎だけで、大多数の兵士たちには未だ何が起きているか分かっていないように呆然と立ち尽くしていた。
それは自分たちを襲ったかと思えばすぐに同胞たちで殺し合った透明体の巨人が斃れ伏し、戦場に静寂が訪れたいまもなお同じだった。

彼らの顔には一様に不安気と戸惑いの色が張り付いたままだった。
この異常な事態に終わりが来ることで先程の戦闘にまた戻らないといけないのかどうか個人では判断できず、敢えて目の前の非日常の状況を受け入れているようにも斑虎には見えた。

その凡庸な輪から外れた一部の勇敢な兵士たちは既に王都の消火活動を始めていた。
彼らは目の前の真実を受け入れ、自分がいま為すべきことを理解したのだろう。そして不思議なことに、その作業には公国軍兵士も多く参加していた。

斑虎も他の兵士を消火に向かわせようと声を出そうとした直前に、彼の背後からよく知る者の声が聞こえてきた。

Tejas「斑虎さんッ!」

その声に勢いよく斑虎が振り返ると、煤まみれのTejasと彼の肩に抱えられながらぐったりとしたsomeoneの二人が丘を丁度下りきったところだった。


866 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その2:2021/07/16(金) 21:51:47.100 ID:T/xzUP.oo
斑虎「someoneッ!大丈夫なのかッ!」

someoneは静かに顔を上げると、気丈な様子で頭を振った。

someone「ただの魔力切れに、ここ最近の心労が重なっただけだから」

“それよりも”と未だ顔を青ざめながら、眼前の親友は言葉を切り、真剣な眼差しでこちらの言葉を待っているようだった。
斑虎は足元で気絶している滝本二人に目で示すと、白い歯を見せ親指を突き立てた。

斑虎「“約束”は守ったぜッ」

そこで安心したようにsomeoneは口元を緩めた。
Tejasも隣で“おお”と感嘆の声を上げた。

Tejas「まったく、あんたたちは大した“英雄”さまだ」

someone「Tejasさんもね…でも、こんなの【大戦】でたけのこ軍に囲まれた時と同じくらい楽ちんさ」

斑虎とTejasは一瞬きょとんとし、すぐに笑い出した。

斑虎「言葉と態度がまるで合ってないなッ」

その言葉に、someoneも可笑しくなったのか表情を崩すと、三人は声を出して笑いあった。
先程まで繰り広げられた死闘は嘘のように、そこにはまるで【大戦】終わりの両軍兵士が陽気に話し合うような、高揚として愉快な雰囲気があった。


867 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その3:2021/07/16(金) 21:52:43.555 ID:T/xzUP.oo
周りの兵士たちは、そんな三人の愉しげな様子をただ遠巻きに眺めていた。
事情こそ飲み込めないものの、いまの彼らはまるで大仕事をやり遂げたようなやり遂げた兵士の顔をしており、中心にいる彼らから発せられる空気は他の者の眼からは桃源郷のように映った。
肩を震わせている彼らを見た全員は、まるで最初から戦争など無かったかのような錯覚に陥りまでした。

今すぐにでもその輪に加わり武器を投げ捨て隣人と手を取り、肩を組み、思いっきり叫びたいという思いは各人に芽生えていた。
だが、ある種神聖な空間に不完全な自分たちが混ざると失礼ではないか、足を踏み入れることで空気が壊れてしまわないか。
そう善良な兵士たちは憚(はばか)ったのだ。

きっと、あの場に“土足”で入り込めるのは空気の読めない無遠慮な人間か、明確な悪意を持った兵士か。

もしくは、故意の意識すらない“純粋な悪意”を纏(まと)った兵士だけだろうと、周りの兵士たちは感じた。


そう遠慮する彼らを横目に、一人の兵士が遠慮なく“土足”でその場に入り込んだ。




「いやあ。見事、見事だったねえッ!」


突如、素っ頓狂な程に明るい声が響き渡り、三人を含む一同はギョッとした。
三人を囲んでいた群衆の中から、すぐに一人の兵士がぬっと現れ出た。

彼は全身を銀甲冑で纏った公国軍兵士だった。


868 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その4:2021/07/16(金) 21:53:56.560 ID:T/xzUP.oo
辺りの騒然とした空気を物ともせず、ガントレットに覆われた両の手から乾いた拍手音を繰り返し響かせながら、彼は斑虎たちの前に近づいてきた。

「一部始終を見ていたよ。今まで見たどの劇よりもおもしろかったし、すごい迫力だったよ」

斑虎たちの前で止まると、彼は勿体ぶった役者のように静かに手を下ろした。
上背のある体つきのようだが、なにしろ全身が甲冑なので首から下の体躯は窺い知れない。
また、砂埃に塗れたのか、少し光沢を失ったヘルメットで覆われた頭部は、目元のスリット越しにも彼の顔を捉えられない。

不思議と斑虎にはこの兵士の声に覚えがあった。
鈴の音のように柔らかく響く高い声、恐らく女性だろう。
何処で聴いたのか、彼は咄嗟に思い出せず思案気に眉をひそめた。この高身長の人間と声による朧気な記憶とが適合しないのだ。

someone「Tejasさん、もう大丈夫です。自分で歩けます」

うんうんと悩む斑虎の横で、件の兵士を睨んだままsomeoneは静かに立ち上がった。
先程までの和やかな気は消え失せ、今の彼には先程の王都で陸戦兵器<サッカロイド>や滝本と対決した時のような、“鋭利”な気を身にまとわせていた。
そして先程までは打って変わり、強い口調で彼は語りかけた。

someone「見ていただけたのなら分かったでしょう?
戦いは決しました。



791先生。

いえ…“宮廷魔術師”791」

斑虎を含めた周りの兵士たちは再度意表を突かれたように目を丸くし、睨み合ったままの二人を凝視した。


869 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その5:2021/07/16(金) 21:54:38.902 ID:T/xzUP.oo
斑虎「791さんだってッ!?
someoneッ、あの人はいま公国にいるんじゃないのかよッ!」

「バレちゃあ、しかたないなあ」

甲冑の兵士は、斑虎の焦った声から比べると呆れるほどに呑気な声を出すと、顔を覆う面甲の部分をあっさりと上部にスライドさせた。

顔の現るはずの部分には、“何もなかった”。

本来顔のある部分は空っぽで、三人の目にはヘルメットの背面内の生々しい鉛色が映っていた。
顔だけではなく全身も同じく透明人間のように空っぽなのだろう。甲冑の中身は、恐ろしいほど暗い空洞だった。

斑虎はすぐに合点がいったように目をパチクリさせた。

斑虎「なるほど、これが、【使い魔】というやつか…」

Tejas「なにを驚いているんだ。さっき霊歌を見ただろう?あ、そうか。斑虎さんは見てないのか」

突然の彼女の登場に、周りの兵士たちの中でも特に公国軍兵たちは、にわかにざわつき始めていた。
そのどよめきに、斑虎は何か嫌な気配を感じ取った。まるで、おとなしかった肉食獣がふとした拍子で興奮し再び暴れ出す直前のような、そのような荒々しく不気味な空気だ。

「“戦いは決した”?おもしろいことを言うね、someone」

【使い魔】は首を僅かに横に傾けると、文字通り表情こそ無いものの声で嘲笑った。
それは“何を寝ぼけたことを言っているのか”とでも言いたげな嘲笑の成分を含んだものだった。


870 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その6:2021/07/16(金) 21:55:50.305 ID:T/xzUP.oo
「戦いは“中断”されていただけだよ、someone。

何も決してはいない。
突然、【会議所】が大きな玩具<おもちゃ>を持ってきて暴れたから水を差されちゃったけど、すぐに戦いを再開しないといけない。

それが、公国軍の使命なんだ」

空っぽの甲冑の中で反響し外に発信される彼女の朗らかな声は、周りの兵士たちの耳に不思議とよく響いた。

兵士たちのざわめきの声は大きくなった。
彼らの声の中には不安だけではなく、怒号のような成分も含まれていた。一部の兵士は、まるで感情を取り戻し自分たちの本来の目的を思い出したかのように声を荒げ、彼女の言葉に賛同するように鼻息を荒くしている。

場が混沌に支配されつつある中、someoneは怯むことなく、甲冑の空洞の中にある一点だけをただ睨み続けていた。

someone「それはできません。
貴方もこの光景を見ているでしょう。

窮地に際し、オレオ王国兵とカキシード公国軍兵は手を取り合い助け合いました。
兵士間で争いの感情はもう残っていません。

戦いは、無意味です」

彼の言葉に、いよいよ両軍兵士たちは最大級の喧騒に包まれた。
困惑し嘆く者もいれば怒り散らす者もいる。
だが、大多数の人間は勇気を振り絞り、彼に同調の叫びを上げていた。
再び訪れるかもしれない戦場での悲惨な未来を防ぎたく、その行く末を公国の“影の支配者”と対峙する彼に全て任せたのだ。
暫くすると統率の取れていなかったざわめきは一様に、ボロボロのローブを身にまとった小さな魔法使いを後押しする声援に変わっていた。


871 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その7:2021/07/16(金) 21:56:26.165 ID:T/xzUP.oo
そんな彼らを尻目に【使い魔】は一歩足を進めると、そっとsomeoneたち三人だけに聞こえるように囁いた。

「そんなことは、どうとでもなるんだよねえ。

たとえば、いまここで私が王国兵を一人刺すとする。


どうなると思う?

この淀んでふわふわとした不安定な空気はすぐに破裂して、争いと憎しみの怨嗟が再び蔓延する。

王国兵は斃れた仲間のために立ち上がり、公国軍兵も当初の目的を思い出したかのように武器を手に取る。

こうしてすぐに戦いは再開される。そうだよね?」

斑虎は、そこで初めて791の本性を垣間見た気がした。

悪意に満ちた声ではない。小鳥が囀るように穏やかな声。
その声色は、普段喋っている彼女のものと特段変わりはない。

それこそが、彼女の底しれぬ悪意を如実に表していた。
純粋な悪意。悪意だと思わないことが既に完璧な悪なのだ。

彼女の言葉からは、ひしひしとその気を感じる。
斑虎にとってこれまで対峙してきた敵とは一線を画す、明らかに異質な存在だった。


872 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その8:2021/07/16(金) 21:57:49.023 ID:T/xzUP.oo
驚愕した彼とTejasに対し、someoneは今更怖じ気づくこともなく、近づいてきた【使い魔】に対し、寧ろさらに眉を吊り上げた。

someone「貴方の目論見は完全に崩れ去りました。
【会議所】の企みを貴方は想定できていなかった。貴方は負けたんです。
即刻、王国から手をひいてください」

【使い魔】は甲冑をキシキシと揺らしながら、くすくすと笑い声をあげた。

「私が負けたのは【会議所】にじゃない。


君にだよ、someone。
君の暴走を制御できなかった私の見込みの甘さが敗因だ」

“でもね”と、彼女は続けた。

「君の優先順位の中で、私が一番でないということはわかったよ。

でも、君の行動はお世辞にも褒められたものではないよね。

恩師に従うフリをしながら裏では【会議所】勢とも通じ、こちらに戻ったら戻ったで恩師を裏切り、結果として【会議所】をも裏切る。
裏切りに次ぐ裏切りだ。


こんな不義理な英雄を、世界が許していいものかね?」

someoneの顔がサッと険しくなったことを見逃さず、791は間違いを咎める教師のように彼を執拗に責め立てた。


873 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その9:2021/07/16(金) 21:59:34.579 ID:T/xzUP.oo
「授業でも言ったよね?
“裏切りとは甘い蜜だが奈落の底への始まりだ”とね。

君はそんな堕落した自分に、胸を張ることができるのかな?」

斑虎「お言葉ですが791さんッ!彼は――」

someoneは無言のまま、斑虎を手で制した。

こちらに顔を向けた驚いた彼と目が合い、someoneは咄嗟に微笑んだ。


“大丈夫だ”と。

いわば、これは過去との訣別。

これからの未来を歩む上で、決して避けては通れない儀礼。
ここで彼女から逃げてしまっては真の終戦とは言えないのだと、彼の本能が理解していた。

そんな彼の心情を理解したのか、斑虎は後押しするように口元に一度微笑をつくると、一歩だけ後ろに下がった。

“ありがとう”と心の中で呟くと、someoneは改めて【使い魔】越しに791と対峙した。

someone「許される行いではないと思っています。
まずは弟子“であった”身として、先生を裏切ってしまい本当に申し訳ありませんでした」

そうして、someoneは一度だけ頭を下げた。
思えば、彼女の前で本心を口にしたのは久々かもしれない。


874 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その10:2021/07/16(金) 22:00:48.104 ID:T/xzUP.oo
someone「ですが。僕は貴方の考えを受け入れられませんでした。
No.11のように、許容できる器量の広さも無かった。

何より、自分を変えてくれた仲間たちを、まるで蟻を踏み潰すかのようにぞんざいに扱う貴方の振る舞いを、決して赦すことができなかった」

いつしか、あれ程ざわついていた周囲はしんと静まり返っていた。
someoneは気にすることなく、胸中に満ちる思いの丈を懸命に言葉に変える。

someone「加古川さんからの手紙で真実を知ったとき。何日も悩みました。真実を貴方に打ち明けるべきか否か。

悩み続けた結果、斑虎が“答え”を教えてくれたんです。

“何も気にせず、自分の心で感じたままを行動に移せばいい”と。

それこそが“正義”だと」

喋り続けていた中で、someoneの脳内にはあの日の光景が思い浮かんでいた。
彼が自分を救い出してくれた運命の日を、“正義の火”を自覚し敷かれたレールから外れ覚悟を持って進み始めたあの日のことが昨日のように思い出された。

someoneの胸が途端に激しく鼓動して、同時に口の中が突然カラカラに乾いていくのを感じた。ここまで啖呵を切るのは初めてだから慣れていないのかもしれない。
続いて目眩も起きる。
体調は完全に戻ったわけではない。正直に言えば、気を抜いてしまえばその場で倒れてしまうほどに疲弊している。

それでも“正義の火”を心で燃やし続けながら、彼は既のところで意識を保ち、目の前に立ちはだかる強大な“敵”と向かい合っていた。

逃げてはいけない。決して背を向けてもいけない。

自覚しなければいけない。彼女は暗闇の中で自分を導いてくれた“恩師”であり、同時に自らの理想を阻む“大敵”であると。


875 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その11:2021/07/16(金) 22:01:40.898 ID:T/xzUP.oo
someone「だから、僕は決意したんです。


僕を変えてくれた“公明正大”な【会議所】のために動くと。
公国のsomeoneではなく。【会議所】のsomeoneとして。

貴方の野望を砕き、滝本さんの横暴を阻止すると。


そう誓ったんです。



僕にとっての正義とは。こういうことです。


791先生」



長い沈黙だった。

誰も一切の言葉を発さなかった。
少し離れた場所からは燃え盛る王都を鎮火させようと、懸命に努力する兵士たちの声だけがただ全員の耳にこだまのように響いていた。

斑虎とTejas、そして二人のやりとりを全く把握できない周りの聴衆たちまでもが並々ならない空気を感じ取り、固唾を飲んで二人を見守っていた。


876 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その12:2021/07/16(金) 22:02:36.491 ID:T/xzUP.oo
【使い魔】はずっと顎に手を当て何か考える素振りを見せていたが、暫くすると再びsomeoneに顔を向けた。

「私がいまどんなことを考えているか分かるかい、someone?」

someone「きっと…怒っていると思います」

【使い魔】は人差し指を立て、その指をくるくると回し始めた。

「半分は正解。

確かに、為政者の目としてから見ると、君は私の計画をめちゃくちゃにした大戦犯だ。
正直、いま目の前に君がいたらめちゃくちゃにしちゃうぐらいは怒ってる。

まあ、でも多分、私よりも隣にいるNo.11の方が怒っているけどね」

まだ見たこともない公国宮殿の修羅場を想像し、斑虎は内心冷や汗をかいた。

「でもね。小さい頃からの君を見ていた私からすると、素直に“嬉しい”んだよ。

ここまで強い意思を見せるようになった君は、随分と眩しい存在になった。


素晴らしい、素晴らしいよsomeone。
私の目に狂いはなかった。

それだけに君を手放さくちゃいけないのが、とても惜しい」

“最後に一つ訊くね”と、【使い魔】は淡々と言葉を続けた。


877 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その13:2021/07/16(金) 22:03:36.593 ID:T/xzUP.oo
「もし、それでも私が公国軍を指揮して、王国を攻めようとしたら。
君はどうする?someone」


―― 君はどうする?someone。


幼い頃から何度も聞いてきたフレーズにsomeoneの脳内にはかつての風景が一瞬だけ思い出され、彼は目を大きく見開いた。
しかしすぐに深く大きな息を吐き出すと、次の瞬間鋭い目つきで再び彼女と向き合った。

それは先程までの睨みとは違い、まるで先生からの質問に答えるような“真剣”な眼差しの色を瞳に宿していた。

someone「簡単なことです。


ありとあらゆる世界中に。
貴方の秘密。貴方が公爵に仕掛けた一連の謀略を、嘘偽りなく話すだけです」

「強くなったね、someone…君はもう立派な【魔術師】だ」

【使い魔】は人差し指をゆっくりと手のひらの中にたたむと、はらりと手を下ろした。
なぜだか、その時someoneの胸が一瞬だけ痛んだ。まち針でほんの瞬間的に爪先を刺されたような感覚。だが、彼は生涯この痛みを忘れないだろうと思った。


878 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その14:2021/07/16(金) 22:04:35.593 ID:T/xzUP.oo
次の瞬間、【使い魔】は勢いよく振り返った。
そして、事情を飲み込めずにぽかんとした顔のままでいる群衆に向かい、勢いよく諸手を振り挙げた。

「皆の衆ッ!特に公国軍兵よ、聞くがいいッ!
私はカキシード公国の791であるッ!諸君らに【使い魔】の姿を通じ語りかけているッ!」

魔法の拡声器で戦場中に響き渡った彼女の声は、全ての兵士の動きを静止させた。

「諸君らの働き、祖国の未来を案じてのことだと思い、真に胸が張り裂ける思いであるッ!
全てカメ=ライス公爵の指示の下で国に命を預けた英雄だ。

だが、聞けッ!英雄たちよ!
その公爵本人は民を抑圧し、一連の不条理な戦いを仕掛けたことで大きな不興を買い、ついにその怒りが国中で爆発した。


そして、つい先刻のことだッ!


既に民の力により、賢主の座を降ろされたッ!


公爵は、追放されたッ!」

全員の息を呑む声が聞こえてきた。
791は構わずに捲し立てた。


879 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その15:2021/07/16(金) 22:12:25.118 ID:T/xzUP.oo
「此処に、“新・元首”791が命ずッ!


即刻、“道理”の無いこの戦いを、放棄せよッ!
公爵の私利私欲のまま王国へ侵攻したこの戦いに、道理などないッ!




全軍、直ちに引き上げだッ!!」


一瞬の沈黙の後、すぐに両軍兵士は歓喜の雄叫びを上げた。

皆は手にもった銃と剣をその場に投げ捨て、敵同士ということを忘れ互いの甲冑を激しく擦りながら抱擁し、ひたすらに叫んだ。
先程までの巨人の地鳴りに負けないような歓喜のうねりが大地を包みこみ、彼らに喜びと生の実感を染み込ませたのだった。

somoneたち三人は、最初その光景を遠巻きにただ眺めていた。
だが、焚き火にあたるように、心の奥底からじんわりと温かみが広がっていくように次第に顔をほころばせ自分たちが成し遂げた事の重大さをようやく理解したのだった。

Tejasと斑虎はすぐに小さな英雄の下に駆けつけた。彼は未だ放心しているのか顔を少し強張らせたままで、その様子がおかしくて二人は笑いあった。
すぐに兵士たちは英雄を讃えるべく三人の下に集ってきた。その熱量にあてられ、ようやくsomoneも意識を戻し徐々に頬を紅潮させていったのだった。

「じゃあね、someone」


何度目かの握手を求められたとき、歓喜の渦の中でポツリと耳に届いた声に、someoneは思わずハッとし辺りを見回した。
しかし、先程まで立っていた場所に、もう彼女の姿は何処にも無かった。どこか儚く寂しい風が、一瞬吹き抜けた。


880 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その16:2021/07/16(金) 22:13:37.937 ID:T/xzUP.oo

その後、両軍兵士が協力し負傷兵の手当てや看病を行い、また夜半まで協力して燃え盛る王都を鎮火させた一連の出来事は、この“チョコ戦争”を語る上でとても重要な顛末である。

公国軍兵はいの一番に甲冑を脱ぎ捨て、次いで王国軍兵も慣れない鎧をやっとのことで取り払い、身軽になった彼らはそこで初めて互いに顔合わせをして驚きすぐに笑顔になった。
なんということはない、彼らは同じ人間だったのだ。
互いの国籍やいがみ合い、憎しみをすぐに取り払い、国家間で和平に向けた話し合いが行われる前に、既に戦場にいる兵士たちは平和へ向けた歩みを真っ先に表したのだった。


白馬に跨り遅れて三人の下に馳せ参じたナビス国王も、先程までの791の話を聞いていたのか、斑虎たちに歩み寄ると深々と頭を下げた。

ナビス国王「斑虎くん。本当にありがとう。みんな、ありがとう…ありがとう」

斑虎「私ではありません。someoneとTejasさんを褒めてやってください。
彼らは、間違いなく今回の“英雄”ですよ」

深々と頭を下げたままの国王の前で斑虎は困ったように肩をすくめると、横で同じく苦笑しているsomeoneとTejasに向かい、“そうだよな?”と含みのある視線を送った。

Tejas「【大戦】できのこ軍が勝った時よりも気持ちの良いものだな。存外悪くない」

Tejasはその場で座り込み、目の前で続いている歓喜の様子を嬉しそうに眺めているようだった。


881 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その17:2021/07/16(金) 22:15:02.492 ID:T/xzUP.oo
疲れから、同じくぺたりと座り込んだsomeoneもぼうとその光景を眺めていたが、暫くするとおもむろにローブの中のポケットをまさぐった。

すぐにツルツルとした感覚が手に返ってきた。
投獄されてもずっと奪われずに潜ませていた甲斐があった。
彼には少し大人びたグレイン柄のパイプをsomeoneはすぐに取り出した。パイプは一連の動乱を経ても傷一つなく艶が保たれていた。

久々に口に咥え、火もつけていないのに口にパイプの“馴染む”感覚を暫し堪能する。

一ヶ月ぶりだというのに大分昔のように感じる。
ひとしきり時間をかけた後、someoneはいつもの癖で火を点けようと爪先に意識を集中させた。
だが、一向に火は灯らない。
どうやら正真正銘、魔力が尽きてしまったようだった。


882 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その18:2021/07/16(金) 22:18:36.929 ID:T/xzUP.oo
困った顔の彼の目の前に、上からすっと蛍火が下りてきた。


ふと顔を上げると、そこには爪先に火を灯す“親友”の姿があった。

斑虎「しょうがねえな、特別だぞ?」

someoneは嬉しそうに頷くとパイプを咥えなおした。

そして、彼から貰った火でパイプの中をゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて蒸(ふか)し始めた。




黒煙で覆われていた上空の空は、いつの間にか綺麗に晴れ渡っていた。



そこに一本だけ薄い煙が立ち込めてきた。

陽射しを受けキラキラと反射しながら、煙は澄みきった空に向かいただ伸びていった。






883 名前:Episode:“トロイの木馬” someone Epilogue:2021/07/16(金) 22:19:28.236 ID:T/xzUP.oo





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Epilogue.

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884 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその1:2021/07/16(金) 22:20:55.973 ID:T/xzUP.oo
『拝啓 滝本スヅンショタン殿





お元気にしていますか。
お身体にかわりはありませんでしょうか。

収容所での労働は激務とききます。

特に滝本さんには気が重いかもしれません。
ネギ畑での栽培作業と選別作業は苦痛だと思いますが頑張ってください。


885 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその2:2021/07/16(金) 22:21:37.410 ID:T/xzUP.oo
ただ、これを最初に提案したのは抹茶さんなんです。私たちじゃないので勘違いしないでくださいね。

“あの人にはキツイお灸が必要だからネギまみれにしてやろう”と最初にあの人がいいだしたんです。

彼も最初は貴方たちの企みを知るやいなや激怒していましたが、今では“【会議所】をより良くしていこう”という意志で、次々と再建策を打ち出していますよ。

新議長としては働きすぎなぐらいに奔走していますが、若干私情で動く面もあるのが困りものですね。

この間なんて、“ポン酢の美味しさを分からせるために、全家庭に配布配給させる”と会議の場で言い出した時には、流石にみんなで止めました。
時々、滝本さんの頃の冷静な会議が懐かしくなります。


886 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその3:2021/07/16(金) 22:23:06.741 ID:T/xzUP.oo
¢さんと参謀もそれぞれ離れた地の収容所で、滝本さんと同じように頑張っています。

滝本さんが捕まった後、その報を受け取るや否や二人は抵抗の意思を一切見せることなく【会議所】から出てきました。
その時の様子は、今でも皆の間での語り草です。

二人は滝本さんのことを信頼していた、それゆえに覚悟もしていたのです。
三人は本当に固い絆で繋がっていたんだな、ということを改めて実感しました。

¢さんは収容所の中で、改めて体力の低下を実感し日々悲観しているそうです。お菓子を取り上げられた辛さか、前よりも痩せて顔つきが凛々しくなった気がします。
一方、参謀はあり余った体力で収容所のメンバーと一致団結し、社会復帰のための新ビジネスを計画し始めるそうです。

二人らしい、対称的な話ですね。


887 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその4:2021/07/16(金) 22:24:20.544 ID:T/xzUP.oo
そちらでは特に最近の状況が伝わってないと思いますので、かいつまんで説明しますね。

オレオ王国の復興は着々と進んでいます。

斑虎も何度も足を運んで各地で手を貸しているそうです。“白き虎豹”の名は伊達ではないそうで、今では王国内で一番の人気者になっているそうです。
ナビス国王の側近の中には、国王を差し置いて歓声を集める彼に焦りを持っている者もいるとのことですが、当の国王本人は気にせず笑い続けていますね。
なにより、彼が一番のファンですから。
私としても、たまには【会議所】に戻ってきてこちらに力を入れてほしいと思うんですが…まあ、彼の性分としては仕方ないかもしれません。


斑虎の親友の椿さんは、先日行われたトッポ連邦の総選挙で次期首相に内定したそうです。
謹慎の中で方針の反する王国への支援は当初問題視されていましたが、彼の熱い信念に多くの国民は心を打たれたそうです。

先日、久々に【会議所】を訪れていたので初めてお会いしました。
懐かしそうに目を細め、思い出を口にしていたのが印象的です。


888 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその5:2021/07/16(金) 22:25:06.445 ID:T/xzUP.oo
カキシード公国は…失礼、カキシード“帝国”は、昔よりも少し開放的になりました。

鎖国体制を取りやめ、他国との交流を徐々に再開していっています。オレオ王国の王都復興も帝国が率先して支援している程です。
その他は特に変わりありませんが、カメ=ライス公爵の代わりに791さんが皇帝として君主に就いたぐらいでしょうか。

一連の事態は全て公爵の責任に擦り付けられ、新生カキシードは誠実な心と世界への反省を胸に抱きながら変わっていく…らしいです。

事情を知っている身からすると、実に苦々しいですが。
まあ、あの人も今は国造りに精一杯でしょうし、大っぴらに動いてくるのは難しいと思っています。


889 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその6:2021/07/16(金) 22:26:27.007 ID:T/xzUP.oo
最後に、滝本さんが一番気になっている会議所自治区域についてです。

先日、世界会議があり抹茶さんとともに出席してきましたが、当然のことながら国家への昇格は見送られました。
陸戦兵器<サッカロイド>は全て破棄され、ケーキ教も解散。

当時、一夜にして【会議所】は世界中から批難の的となりました。
【大戦】の参加者もだいぶ減り一時期は存続も危ぶまれた程です。正直なところ、いまが底なのだと思います。

ですが、この騒動で世界は考え方を変えつつあります。

蔑ろにされてきた【会議所】の内面が暴露され、さらに抹茶新議長を始め斑虎、そして僭越ながら僕も含めた新体制は受け入れられ、オレオ王国を始め各国は現【会議所】の体制を支持しています。

すぐにとはいかないまでも、世界は過去の【会議所】からの付き合い方を変えつつあります。


890 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその7:2021/07/16(金) 22:27:38.711 ID:T/xzUP.oo
僕は今でも滝本さんたちの計画を正しいとは思っていません。
貴方達の行いを許してもいませんし、今後も認めることはないでしょう。


ですが、貴方達の行動が世界の意識を着実に変えつつあることは認めないといけません。


先日、参謀と面会して話してきた時に同じ話をしました。
その際に、滝本さんの過去についても聞きました。

正直に言うと、胸が打たれました。

自分の意思とは関係なく他人に人生を決められてしまうことは、横暴の一言につきます。
それでも【会議所】のためを思って行動した滝本さん自身の気持ちは、嘘偽りない真実です。

貴方は、きっと後悔していないと言うと思います。人として、素直に尊敬します。


891 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその8:2021/07/16(金) 22:28:54.589 ID:T/xzUP.oo
最後に皆のことも少し書いておきますね。

Tejasさんは本格的に世界放浪の旅をはじめました。
今では霊歌と一緒に各地を楽しく回っているそうです。時々、魔法通信が届き、楽しそうな様子が伝わってきます。

斑虎は、先程伝えたとおりですね。
新たな【大戦】の英雄として、【会議所】人気復活計画の柱になっていますよ。本人は表面上嫌な顔をしていますが、恐らく満更でもないと思います。

そういえば、先日復帰した加古川さんが滝本さんに伝言を届けてほしいとのことでしたので一字一句変えずそのまま書きますね。

“もし戻ってきたら一発ぶん殴らせろ”とのことです。

それで全て清算とするそうなので逃げないでくださいね。


892 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその9:2021/07/16(金) 22:29:30.490 ID:T/xzUP.oo
最後に、僕は…

当時の僕からは少し変わったと思います。
口数の少なさは相変わらずですが、逃げないという心は強くなったと思います。

同時に、少し感情的へ変わったかもしれません。
斑虎の影響を受けたかもしれないと思うとほんの少し癪に触ります。

ただ他人の指示で働くのではなく、自分の正しいと思う道を考え進むことで未来を切り拓くことが自分にとっての“正義”だと気付かされました。


893 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその10:2021/07/16(金) 22:30:25.467 ID:T/xzUP.oo
思い返せば、皆には皆の正義があったのだと思います。


王国を何としても救いたいという斑虎の“正義”。

公明正大な【会議所】にするという僕の“正義”。

公国だけでなく王国も手中に収めようとする791の“正義”。

そして【会議所】を国家にするために王国と公国の共倒れを狙った滝本さんの“正義”。


道義として誤っている、正しいという評価は後から行われるものだと思いますが。


あの日、あの時。


確かに皆は“正義”の下に行動していたのだと思います。


894 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 Epilogueその11:2021/07/16(金) 22:32:12.990 ID:T/xzUP.oo
最近は特に冷えてきました。

風邪を引かないようにご自愛ください。
体調が悪くなったらネギを首にまくといいと斑虎も言っていたので、今度ぜひ試してみてくださいね。



また手紙を出します。


                                                        敬具
                                         魔術師 きのこ軍 someone』


Fin.


895 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/16(金) 22:33:18.224 ID:T/xzUP.oo
2020年4月から投稿を始めて1年半。今回は大きな休みなく完結することを第一の目標として頑張ってきました。
終わってよかった、ありがとうございました。

896 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/16(金) 22:35:11.505 ID:T/xzUP.oo
ということでキャラ設定資料集を公開します。
結構盛りだくさんにしてみたのでお時間ある時にみてください。
用語資料集は準備中なので後日整備しておきますー。


■まとめ
きのたけカスケードssの人物詳細(裏事情ネタバレ)
https://seesaawiki.jp/kinotakelejend/d/cas-ura1

きのたけカスケードの設定・用語等々(裏事情ネタバレ)
https://seesaawiki.jp/kinotakelejend/d/cas-ura2

897 名前:たけのこ軍:2021/07/16(金) 22:40:20.152 ID:fWDXtPeA0
今までおつかれ様でした!爽やかな終わり方いいぞ

898 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/16(金) 23:00:38.480 ID:T/xzUP.oo
>>897
あざした!爽やかENDはやはりいいな(スッキリ

899 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/23(金) 18:15:29.134 ID:rLe6kz26o
>>896
設定・用語等々も更新完了
これで完結となります。いつか続編も投稿するかもです。ではではあらためてありがとうございました。


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