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きのたけカスケード ss風スレッド
- 1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo
数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。
この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。
しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。
戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。
そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。
この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。
きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜
近日公開予定
- 783 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その22:2021/06/05(土) 00:51:01.495 ID:D1EWW1soo
- ―― 契約はいま、魔の理の下で聞き届けられた。ご主人よ――
猛烈な風切り音で聴覚を封じられる中、霊歌の言葉が脳内にしっかりと響く。
生意気な彼は、危機の中にありながらとても穏やかな声色をしていた。
そしてポツリと一言だけ、鼓舞の言葉を投げかけた。
―― しっかりな。
someone「儀術『エクスチェンジ』ッ!!!!」
- 784 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 逆転への奇策編その23:2021/06/05(土) 00:52:23.414 ID:D1EWW1soo
- 途端に、someoneの身体が黄金色に輝き、直後にこれまでで一番激しい閃風が巻き起こった。
思わずNo.11は腕で顔を覆い、肝心の術式の行使の瞬間を見逃した。
しかし、次の瞬間には何が起こったのか、全てを理解していた。
檻の中には、先程まで彼が居た場所には、代わりにくすんだ色の小型犬がちょこんと座っていた。
霊歌「よお。久しぶりだなあ、ご主人のお友達さんよお」
檻の中にいる霊歌は、ニヤリと笑ったのだった。
- 785 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/05(土) 00:56:24.502 ID:D1EWW1soo
- ◆儀術名:エクスチェンジ 術者:someone
転移の儀術。自らも含む指定した二体の位置を瞬時に交換する。術者が指定対象の存在を認知できていれば、離れた位置にいても儀術は成功する。
ただし距離が離れている程、魔力消費は膨大になる。
- 786 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/05(土) 00:57:18.322 ID:D1EWW1soo
- ¢さんのカード効果を見て思いついた設定です。カスケード、ここでつながりがでましたね。
そしてようやくここまでこれました。最終決戦です。
- 787 名前:たけのこ軍:2021/06/05(土) 10:22:34.116 ID:nuhABasM0
- 霊歌ちゃんがかっこいい
- 788 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/08(火) 22:38:36.709 ID:MWNrUwX6o
- 予め今週はおやすみです
- 789 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/20(日) 16:52:39.529 ID:FWXiv.zYo
- 今日とんでもなく長いけどごめんなさい。
- 790 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その1:2021/06/20(日) 16:54:27.186 ID:FWXiv.zYo
- ━━
━━━━
【きのこたけのこ会議所区域 someoneの自室 1ヶ月前】
霊歌『ご主人もとんだ博打打ちだな。あんたの構想する儀術は単純だが強力だ。
だが、使い所を誤れば、二度同じことはできないと思ったほうがいい。それほど、追加契約の魔力消費は激しい』
someone『わかってる』
儀術“エクスチェンジ”。
指定した二人の位置を入れ替えるという、シンプルな魔術だ。対象となる相手の足元に仕掛けた転移の魔法陣で瞬時に互いの位置を入れ替えるもので、公国の宮廷内に張り巡らせている転移ポータルと元々の原理は同じだ。
ただし、この原理のままでは術者は視界の範囲内でなければ足元へ正確に魔法陣を配置することは出来ない。
距離の問題を解決したければ予め魔法陣を展開しておき、そこに足を踏み入れた人間を転送するという、落とし穴のような方法もあるが、実戦ではそう簡単に事が運ぶとも思えない。
単純な魔法ゆえ戦闘で使おうとすれば入念な準備が必要のため、転移魔法を攻撃戦法に使う手段は、あまり“流行らない”考えだった。
念動系の魔法を得意とするsomeoneは、魔法学校時代からこの転移魔法をなんとか実戦で使用できないか考えていた。
そして、魔法学校を卒業する間際に、遂に【使い魔】を用いた秘策を思いついたのだ。
以来、仕事に忙殺され構想段階での研究は遅々として進まなかったが、皮肉にも【会議所】に来てから時間に余裕ができ、先日になりようやくこの術式を完成させたのだった。
- 791 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その2:2021/06/20(日) 16:55:13.715 ID:FWXiv.zYo
- 霊歌『今後、おれとご主人の精神は根っこでほぼ同一化する。
それがご主人の望んだ“契約”だ。
互いに望めば、精神世界を通じテレパシーのように言語を発さずに会話することも可能になるだろうな。
ただ、その分日常的にご主人の魔法を消費して同一化を維持し続けることになるから、相当辛くなる。それでもいいか?』
someone『うん。日常的な魔法の消耗は学校時代から訓練されているから大丈夫』
使い魔と術者の精神を深く共有化させることで、離れていてもsomeoneは霊歌の位置を正確に把握できるようになる。
互いが遠地にいても、精神を伝い、霊歌の持つ魔力を手がかりに彼を含む周囲の対象者に魔法陣を仕掛け、転移魔法を可能とする。
二人の意識が繋がっている限り、転移距離は理論上無限となるのだ。
この奇襲戦法をより確かなものとするため、someoneは同時に転移魔法の研究を極めた。
今では他の誰よりも正確に、かつ高速に対象者の足元に転移魔法陣を仕掛ける術を習得した。
この一連の合算を、someoneは儀術“エクスチェンジ”と名付けたのだった。
霊歌『この儀術を使う時は、ご主人が公国から出なくちゃいけなくなった時だ。
それはつまり、かなり追い詰められた状況ということになる』
someone『わかっている…現状、僕は滝本さんに出し抜かれた。
陸戦兵器<サッカロイド>に対して打つ手もない。でも、それでも窮地から抜け出すための奥の手として持っておきたいんだ』
- 792 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その3:2021/06/20(日) 16:55:47.349 ID:FWXiv.zYo
- 儀術“エクスチェンジ”は奇襲的な技ゆえに、基本的に二度目は通用しない。
術者か【使い魔】のどちらかが倒れればその時点で技の行使は不可能となるからだ。この大技を使う時は、自分や他者を窮地から救うためだけに限定しないといけない、とsomeoneは予め考えていた。
霊歌『悲壮感たっぷりな顔つきだな』
呆れたように半目を向けこれみよがしに溜め息を吐いた霊歌だったが、すぐに顔を上げた。
霊歌『安心しな。ご主人は底抜けに暗いかもしれないが、おれはその真逆だ』
その顔は、悪戯っ子のように茶目っ気に満ちていた。
どこまでも楽天的で、それでいて危機を乗り越えられそうな“変な”自信に満ちている。
明日、自分と同じ立場でオレオ王国に旅立つ親友にそっくりだ。
真に求めていたものが、いまsomeoneには分かった気がした。
そして、彼の言葉に応えるように、一度だけ力強く頷き返したのだった。
━━━━
━━
- 793 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その4:2021/06/20(日) 16:56:32.209 ID:FWXiv.zYo
- 【オレオ王国 王都】
まるで脳を素手で直接握られ、激しく揺らされているような唾棄すべき感覚。
先程まで暗い室内にいた眼球は、目の前の眩い明るさに一瞬硬直し、遅れてすぐに視界がぼやけた。
左右方向だけでなく、まるで目の焦点が奥に引っ込みまた戻るような、そんな言葉にし難い目眩がひたすらsomeoneを襲った。
倒れたくなる気持ちをぐっと堪え、吐き気に耐えながら重い頭をやっとの思いで上げると、まるで綿あめがパンと弾けたようにそこらかしこで激しい光の点滅が視界中を覆った。
一生分の苦しみを味わったような気分を経て、ようやく彼の身体に正しい情報が集まり始めた。
蒸すような気温の高さ、焦げ付いた硝煙の臭い。久しぶりの晴れ間を覗けるはずが、地上から湧き上がった煤煙のせいで空は黒く隠れ、辺り一帯は薄暗い。
人の悲鳴は聞こえないが、代わりに悲鳴のように木が爆ぜ、自重に耐えきれず建物が崩れ落ちる音。
someoneはいま、確かに燃え盛る王都の中に居た。
儀術“エクスチェンジ”は完璧に成功していた。
霊歌を事前に791の前で見せたのは、自ら生き残るためだけではない。いまこの時のような窮地に儀術を活用するためにあった。
someoneは彼女の性格を理解していた。仮に自らが捕らえられたとしても、彼女はきっと【使い魔】の動きまで封じることはしないだろうと。
そして、その読みは正しかった。
- 794 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その5:2021/06/20(日) 16:57:27.393 ID:FWXiv.zYo
- Tejas「斑虎さん、あぶないッ!!」
そこで初めてsomeoneは、自身のすぐ横にきのこ軍兵士 Tejas(てはす)が立っていることに気づいた。
彼はずたずたに破れた黒のレザージャケットを羽織っており、破れた右腕付近からちらりと呪いの紋章が見えた。すぐに意識を戻し、驚いた様子の彼の視線をすぐに辿っていくと。
爆炎の中心には、見慣れた“親友”が呆然と突っ立っていた。
口を開けた彼の顔の見上げる先には、巨大な陸戦兵器<サッカロイド>の腕先から伸びる小型銃の真っ黒な銃口が見えた。
その異質な存在に一瞬呆気にとられている彼と、表情もなくのっぺりとした透明体の怪物から放たれるギラギラとした殺気。
動物の捕食の瞬間を見たことはないが、きっと生命のやり取りとはこのように一瞬の間を経て行われるに違いないと思った。
今のsomeoneは頭に血がのぼりすぎ、かえって自らを酷く冷静にしていた。【大戦】で、たけのこ軍兵士を屠るために戦場で大立ち回りをする時の感覚によく似ている。
心と身体が分離する、あの感覚だ。
だから、彼を救おうと思った瞬間には、すでに身体が動いていた。
陸戦兵器<サッカロイド>が銃弾を発射する直前に、既にsomeoneは詠唱を終えていた。
someone「『ファイアジュール』ッ!!」
斑虎「ッ!?」
- 795 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その6:2021/06/20(日) 16:58:34.068 ID:FWXiv.zYo
- 突き出した手のひらから放たれた火炎の渦は、綺麗な弧を描きながら巨人の足元で赤色の光を発したと同時に弾け、器用に軸足周りの地面だけを溶かしきった。
発射体制に入っていた巨人は、軸足の支えを失い前のめりになると同時に腕に装着した銃を発射し、その極太い銃弾は斑虎の立っていた数m手前で炸裂し爆破した。
当たっていれば斑虎だけでなく後方にあった建物も巻き込んで消し炭になっていたことだろう。
someone「斑虎ッ!」
斑虎「お、おうッ!」
目の前の事態に目を白黒させていた斑虎だが、聞き慣れた親友の呼びかけにすぐに意識を戻し、反射的にその場で高く跳び上がった。
someone「『ヘビージャンボスノー』ッ!」
跳んだ彼の足元で一度空気の抜けたような音が鳴ると、次の瞬間、彼の身体はトランポリンに乗った時のようにたちまちさらに上空に跳ね上がった。
はるか上空から巨人を見下ろすと、敵はすでに銃器を持ち直し体制を立て直しているところだった。
体躯に見合わない素早い身のこなしに、斑虎は、敵が歴戦の勇士であることを確信した。
斑虎「『スコーンエッジ』ッ!」
空中から二刀の剣を勢いよく投げ下ろすと、地上に向かう剣と外気との間にすぐに空気の膜が作り出された。そのまま巨人の足元付近の地面に突き刺さると、双剣は勢いよく地面に潜った。
そして、カップに入ったアイスを掬うスプーンのように二刀は地面の中を器用に潜りきり、巨人の足元の地面を綺麗に抉り(えぐり)取った。
途端に足元の地面が崩れた衝撃で、巨人は今度こそ轟音とともにその場で前のめりに倒れ伏した。
数十mを超える巨体が倒れた衝撃で、地上のsomeoneたちには地鳴りのような衝撃音と大量の砂埃が巻き上がった。
巨人はそのままピタリと動きを止めた。
- 796 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その7:2021/06/20(日) 16:59:15.470 ID:FWXiv.zYo
- someone「斑虎ッ!こっちだッ!」
地上に舞い降りた斑虎は、改めて親友の姿を目にすると驚愕した。
先程から彼の驚いた姿しか見てない気がする、とsomeoneは変に冷静になった。
斑虎「someoneッ、どうしてここにッ!?公国で捕まったんじゃないのかッ!」
someone「【使い魔】の霊歌と位置を入れ替えたんだ、僕の儀術でね。公国の牢屋から抜け出してきた」
Tejas「オリバー…もとい、霊歌の秘策っていうのはこのことか。
まさかあいつの代わりにsomeoneさんが出てくるなんてビックリしたが」
二人は分かったように頷いているが、斑虎からすればさっぱりだ。
考え込んでも仕方がない。分からないことは他にもある。
続いて、彼は広場の中央で横たわる巨人を指差した。
斑虎「それに、あの化物はなんなんだいったいッ!」
someone「あれは陸戦兵器<サッカロイド>。
簡単に言うと、滝本さんたち【会議所】の重鎮メンバーが、秘密裏にオレオ王国を不当占拠するために作り出した悪の兵器だよ」
斑虎「なにッ?なんだとッ?」
斑虎は自分の耳を疑った。
目の前の親友は【会議所】の作り出した兵器と言ったのか。
なんと馬鹿げた話だ。昔から彼は冗談の下手な男だったが、今の話はことさらセンスの欠片もない。
- 797 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その8:2021/06/20(日) 16:59:59.306 ID:FWXiv.zYo
- だが、彼の言葉を肯定するように、隣に立っていたTejasも真面目な顔で頷いてみせた。
Tejas「斑虎さんは騙されていたってことさ、一部の【会議所】メンバーにね」
someone「驚かないで聞いてほしい。端的に言うと、最初からこの戦争は滝本さん…そして“魔術師”791に仕組まれていた。
公国は裏で791さんが支配しオレオ王国を滅ぼそうとしていた。
同時に、【会議所】は滝本さん、¢さん、参謀の三人が首謀者となり王国に攻め込んだ公国軍ごと、陸戦兵器<サッカロイド>で壊滅させ、不当に王国を占拠しようとした。
立場の異なる策謀家たちが、王国を食い物にしようとしているんだ」
あまりにも急な話に斑虎は思わず絶句した。
もし彼の話が真実なら。一体、自分は何のために戦ってきたというのだろうか。
斑虎「【会議所】は、最初からオレオ王国のことを裏切ろうとしていたのか?
手をこまねいて助けを求めてくる王国を、手ぐすね引いて待っていたというのかッ!」
激昂した斑虎の言葉に、気まずそうにsomeoneは一度だけ頷いた。
煤(すす)まみれのTejasはそれを見かねてか、取り繕うに肩をすくめた。
Tejas「無理もない。俺はカカオ産地でたまたまsomeoneさんの【使い魔】の霊歌という奴と出会ってな。それで事の次第を教えてもらったのさ」
- 798 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その9:2021/06/20(日) 17:00:47.710 ID:FWXiv.zYo
- someone「信じられないかもしれない…でも、全て本当のことなんだ、斑虎」
肩を落とす斑虎に、someoneはおずおずと声をかけた。だが、彼は静かに頭を振った。
斑虎「信じないことなんてないさ。寧ろ、その逆だ。
お前が言ったことなら“全て信じられる”。
だからこそ、愕然としているんだ。滝本さんたちの起こした暴挙にな」
自分をオレオ王国の使者にしたあの日の会議から、既に騙されていたのだ。
目的は不明だが、オレオ王国を破滅させ非合法的に占領しようとした滝本たちの悪行を断じて見逃すことはできない。
オレオ王国内を必死にまとめ上げ協議まで漕ぎ着けたこちらの姿を、滝本はどう感じたのだろうか。
きっと裏で嘲笑っていたに違いない。
全て無駄な行動であると。カキシード公国と【会議所】の望み通り協議は破談に終わり、戦争に突入するのだから無意味に終わると。
斑虎の拳はいつの間にか強く、そしてきつく握られていた。
この拳の意味するところは一つしかない。
怒りだ。
罪なき王国の民を危険に晒し、私利私欲のために戦乱を撒き散らそうとした彼らの振る舞いを断じて許すことはできない。
彼の正義の火の勢いは、いま最高潮に達しようとしていた。
- 799 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その9:2021/06/20(日) 17:01:58.622 ID:FWXiv.zYo
- ナビス国王「君たちッ!無事かねッ!?」
「王様ッ!危険ですッ!」
斑虎たちが王宮側を振り返ると、白馬に跨ったナビス国王が燃え盛る広場に出てきたところだった。
王宮からは遅れて数名の部下が走って向かってきていることから、どうやら部下の静止を振り切って来たようだった。
ナビス国王「これは、いったいッ…やはり報告の通り、公国軍の侵入を許したわけではなかったのか」
斑虎は目の前の賢王に真実を伝えてよいものかどうか逡巡した。
だが、唇の奥を一度噛むと、義憤に駆られた彼は王の前に歩み出た。
斑虎「王様、お下がりください。目の前に横たわる巨大な結晶体は我が【会議所】の新兵器です。
一部の重鎮が謀り、この場に集まった両軍を屠るために投入された巨人型の兵器です。
我々の“敵”ですッ!」
ナビス国王「なんと…信じられない。まさか、あの【会議所】が…」
国王の嘆きに呼応するように、瓦礫の崩れる音とあわせ、動きを止めていた陸戦兵器<サッカロイド>はゆったりと起き上がった。
起き上がった巨人の透明な身体越しに、これまで彼が破壊してきたであろう市街地の赤く燃え盛る様子がまじまじと見え、それだけで剣を握る斑虎の力はより強くなった。
顔と思わしき部分には目鼻や口すらもなく、角張っていないすらりとした身体では、巨人がいまどちらを向いているのかも見失うほどだ。
胴体からはすらりとした手足が伸び、彼の間合いに入ってしまえばたちまち接近戦では勝負にならないだろう。
陸戦兵器<サッカロイド>は足元で相対する人々を前に首を左右に傾けたり、両の拳を何度か握り直している。準備運動のつもりなのだろう。
- 800 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その11:2021/06/20(日) 17:02:46.397 ID:FWXiv.zYo
- someone「敵の目標は王宮だッ。食い止めないとッ!」
ナビス国王「騎馬隊、構えッ!撃てッ!」
国王の命令に追いついた数名の兵士たちはライフル銃を構え、巨人の胴体に向け間髪入れずに発泡した。
放たれた銃弾は狂いなく胴体に当たり、そして身体に傷一つ付けることなくその場で弾は砕け散った。
斑虎「なんだあの硬さはッ!?」
someone「陸戦兵器<サッカロイド>は特殊な錬成の過程でダイヤモンドよりも硬くなった飴細工の巨人なんだ…銃剣どころか魔法でも容易に傷つけることはできない」
斑虎「おいおい。それは無敵ってことか?」
someone「少なくとも…今の僕たちに倒す方法はない」
斑虎は悔しそうに歯ぎしりした。
爆炎の中で陸戦兵器<サッカロイド>の周りだけが、冷気を放っているように空気がゆらめいていた。
斑虎「…王様。我々が時間を稼ぎます。すぐに王宮に戻り、ここから脱出の準備を」
ナビス国王「斑虎くん。言葉を返すようだが、私も一国の主として最後まで此処で――」
斑虎「――それでは駄目なのですッ!いま此処で貴方を失えばそれこそ敵の思うツボだッ!苦しいでしょうが、今はお逃げなさいッ!いつかきっと再起の目がでるッ!」
ナビス国王はなおも反論しようと口を開きかけたが、斑虎たちの決意に満ちた顔を見て思い直したのか神妙そうに眉を寄せ、そして強く頷いた。
ナビス国王「…恩に着る。斑虎くん、必ず生きて戻ってこい。皆の衆、戻るぞッ!」
国王の指示に、兵士たちはすぐに踵を返し王宮に引き返していった。
- 801 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その12:2021/06/20(日) 17:03:26.394 ID:FWXiv.zYo
- ぐるぐると腕まで回し終えた陸戦兵器<サッカロイド>は準備運動も終わったのか、片足を上げ王宮に向かい近寄り始めた。
someone「斑虎…」
斑虎は困ったように眉を下げた。
斑虎「カッコつけた手前、戦わないわけにはいかなくなったな。悪いな、付き合わせちまってッ」
someoneは首を横に振った。
ところどころ破れたローブの中の彼の顔は、不思議と微笑んでいるようだった。
someone「いいよ。それが斑虎の“正義”だってことは、前から知っていたから」
Tejas「お二人さん、陸戦兵器<サッカロイド>が前進し始めたぞッ!」
ズシンと響いた揺れは、数十m離れた先で巨人の足が地に付いたことによる揺れだった。
今度の彼はこちらのことなど気にしていないのか、ただ三人の背後にそびえる王宮に向かい歩みを進めている。
斑虎「someone、援護を頼むッ!」
斑虎はそう言い残すとその場を跳び、近くの商家の屋根に移った。さらに間髪入れずに跳ぶと、彼は瞬く間に陸戦兵器<サッカロイド>に接近した。
someone「『ガルボルガノン』ッ!」
斑虎「おらあッ!その首とるぞッ!!」
someoneの唱えた魔法は、斑虎の持つ双剣の刃に渦巻くように炎の渦を作り出した。さながら炎の剣という出で立ちだ。
跳んだままの彼は巨人の首元に急接近すると、首の頸動脈部、つまり人間でいうところの急所部分に両の刃を振り下ろした。
- 802 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その13:2021/06/20(日) 17:04:14.519 ID:FWXiv.zYo
- 斑虎「とったッ!」
炎を纏った剣の切っ先が巨人の首元に触れる。実感はあった。
だが――
パキン。
呆気ない音を立てて、斑虎の持った双剣は巨人の硬度に耐えられず根本から折れてしまった。
斑虎「ちくしょうッ!もう一度だッ!」
巨人の肩に一瞬足を触れすぐに離れると先程の商家の屋根に戻った斑虎は、背中に背負っていた鞘からもう二本の剣を抜いた。
そして、呼吸を整えるために一度だけ軽く息を吐いた。
その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。
Tejas「斑虎さんッ、くるぞッ!」
Tejasの洞察力がなければ、斑虎の生命はそこで散っていたかもしれない。
耳に届いた微かな風切り音とともに、彼の言葉を受け、咄嗟に刃を前に交差させた斑虎は、巨人から放たれた斬撃を既のところで受け止めた。
だが、その一撃はあまりにも重く、衝撃を吸収してもなお彼は数m程後方の民家に吹き飛ばされた。
- 803 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その14:2021/06/20(日) 17:05:32.169 ID:FWXiv.zYo
- 斑虎「なんて威力だッ…」
すぐに立ち上がった斑虎は、二つの事実に気がついた。
一つは、先程まで自分が立っていた商家は先程の攻撃で粉々に砕け散っていたこと。
そしてもう一つは、斬撃だと感じていた敵の攻撃は、実は蹴りによる風圧から生じる“真空波”だったことだ。
巨人は前進のための歩みを止め、片足をゆらりと上げた姿勢でこちらの方を見つめているようだった。顔こそないものの、相対する“気”のようなものを感じ取ることができた。
その戦闘手法には見覚えがあった。
斑虎「この構えはッ!?」
someone「気をつけて、斑虎。陸戦兵器<サッカロイド>には、かつて【大戦】で活躍した【会議所】の英雄の魂が宿っている。戦闘力もきっと当時のままだッ!」
―― 肉体は極めれば、トンファーよりも早い斬撃を繰り出せるようになる。
思い出すのは、【会議所】の鍛錬場での晴天の空模様。
そこで斑虎は、いつも教官である“彼”に鍛錬をつけてもらっていた。
- 804 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その15:2021/06/20(日) 17:06:40.609 ID:FWXiv.zYo
- 斑虎「そういうことかッ。あんたなんだな、“Ω(おめが)さん”ッ!!」
自らをトンファー使いと語りながら、手に持ったトンファーを一切使わず脚のみで敵を蹴散らしていたたけのこ軍 Ω(おめが)は全たけのこ軍兵士の憧れの的だった。
七年前、王国を飛び出し単身で【会議所】に飛び込んだ彼を待ち受けていたものは、鬼教官による容赦ない蹴りの応酬だった。
【大戦】黎明期に活躍したΩはその頃既に引退状態にあり、後進の指導に当たっていた。
戦いのいろはも知らない兵士たちはそこで彼の下で鍛錬を積み、両軍問わず立派な“兵士”として巣立っていくしきたりになっていた。
顔中に皺を深く刻みながらも、Ωはどの新兵よりも快活に動き、檄を飛ばしていた。
接近戦において、彼は現役兵士と混ざっても無類の強さを誇った。
片足を上げまるで武術の型のようにピタリとも動かず敵を待つ彼の姿は獲物を狙う鷹のようで、恐ろしくもあり憧れでもあった。
鍛錬では新米兵士全員で彼に向かっても彼の蹴りの前に容赦なく吹き飛ばされ、いつも全員は晴れ晴れとした空を見上げるしかなかった。
その度に、彼はそんな全員の傍に寄るといつも叱りつけ、そして最後には少し優しい声色で次のように語っていた。
―― 接近戦において。銃は抜き、構え、狙い、引き金を引くまでに四動作。
ナイフでも構え、切るの二動作。
それに引き換え、足は蹴るのみ。一動作だけで終わる。
お前たちにそのハンデを克服できない限り、一人前の兵士とは言えないな。
- 805 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その16:2021/06/20(日) 17:07:24.864 ID:FWXiv.zYo
- ヒュッという風切り音とともに、巨体を靭やかに揺らしながら陸戦兵器<サッカロイド>は高速の蹴りを繰り出した。
今度こそ反応した斑虎は、瞬時に屋根から飛び降り彼の斬撃を交わした。
地面に飛び降りた後の彼は、巨人のことなど脇目も振らず燃え盛る家々の間を器用に進んだ。
背後から怒号のような殺戮音が聞こえてくる。恐らく、家々の中に隠れた小さな弟子を屠るために脇目も振らずに蹴りを繰り出しているのだろう。
思い出せ。【会議所】に来るまでの思い出を手繰り寄せろ。
子供の頃、親とはぐれ人混みの中で必死に人をかき分けながら、広場を歩き回ったあの時を。学校の授業をさぼり、広場の路地という路地を走り回っていたあの時のことを。
斑虎は長くない数秒間の中で自分にそう檄を飛ばし、必死に過去の記憶を頼りに、多少の火傷とも気にせず、器用に裏路地を進み続けた。
Ωの語るとおり、接近戦では手数の差で彼の蹴りの前に剣は意味をなさない。
だが、同時に斑虎は彼の唯一の弱点を知っていた。
斑虎「七年の時間は俺を強くしたッ!あの頃の俺と思うなッ!」
それは、彼の蹴りの届かない死角に回り込むことだ。
民家を利用し身を隠した斑虎は、彼の背後まで到達できる裏道を使い素早く移動していたのだ。
再び広場に出ると、巨人ののっぺりした全形が見えた。だが“気”は感じられないことから、いま相対している面が“背中”に違いないだろう。
出し抜いたという、かつての師を一瞬でも超えたという実感が、斑虎の内よりこみ上げる力をより確かなものに押し上げた。
- 806 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その17:2021/06/20(日) 17:08:34.759 ID:FWXiv.zYo
- 斑虎「『ジャガーライク』ッ!!」
今度はうなじの部分に向かい突撃をしようと跳んだ、その瞬間――
ガチャリ。
生命を刈り取る鈍い音が、斑虎の鼓膜の奥にまで響いた。
someone「『エアリアーリアル』ッ!!」
いつの間にか斑虎の方を向いていた巨人の腕の銃から放たれた銃弾は、someoneの咄嗟の機転で、斑虎を魔法の閃風で吹き飛ばすことで直撃を避けた。
先ほどと反対方向の広場に叩き落とされた斑虎は、打ちどころの悪い箇所をさすりながらも自嘲気味に笑みをこぼした。
斑虎「すまない、someone。本当に死ぬところだった…」
肩で息をする斑虎の脳内に、数秒前の光景がフラッシュバックした。
巨人は彼の背後からの攻撃を予め見越していたのだろう。
そのうえで腕を上げて装着されている銃の射線を確保し、彼が現れるまで敢えて待っていた。
あの時の、間近で撃鉄を引く音が耳にこびりつくように何度も反芻され、途端に斑虎の背中からはどっと汗が吹き出した。
- 807 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その18:2021/06/20(日) 17:09:41.244 ID:FWXiv.zYo
- someoneとTejasの二人は、うつ伏せに倒れ伏している斑虎の下にすぐに走って駆け寄った。
Tejasは彼を抱き抱えると、珍しく必死の形相をつくりだした。
Tejas「斑虎さんッ!いまはあいつから逃げるしかないッ!
俺たちでは倒せないッ。だが、時間がくれば奴を止める手立てがある。それまでの辛抱なんだッ!」
斑虎「…いま逃げたとして、いったい誰が王宮を守るんだ?」
血の溜まった唾を吐き捨て、斑虎は遥か頭上の陸戦兵器<サッカロイド>を睨みつけた。
顔を持たない巨人は“涼しい”横顔で、既に斑虎たちのことなど興味を失ったように、歩みを再開しようとしている。
斑虎「くそッ。これじゃあ、まともな兵士の攻撃なんて通らないじゃないかッ。本当に、打つ手はないのかッ!」
悔しげな表情を露(あらわ)にし、やり場のない怒りを吐き出す情熱的な男を前にして、この男だけはいつもの“冷静さ”を以て言葉を発した。
someone「斑虎。僕に一つ、策がある」
二人はすぐに彼に顔を向けた。
彼は群青色だったボロボロのフードを脱ぎ取り、決意の目を斑虎に送っていた。その眼には、同じ果てなき“情熱”を宿しながら。
斑虎「いったいなんだッ!?」
someone「僕は、もう一度だけ、“儀術”を撃てる」
- 808 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その19:2021/06/20(日) 17:10:38.942 ID:FWXiv.zYo
- 彼の最初の説明はいつだって言葉足らずだ。
それは、彼が口下手である以上に、こちらを遥かに上回る聡明であるが云えに、端的な説明だけで相手も理解できるだろうという過ぎた認識を持っているからだろうと、斑虎はそう分析している。
だから、自分のような学もなく頭の動きも良くない人間は、何度も聞き返さないといけない。
恐らくその過程で煩わしさを感じた凡庸の人間は彼から去っていくのだろう。
だから彼に友達は殆どいない、自分一人を除いては。
凡庸で無知であることを自覚している分、彼と接することは百の利があっても一の害とはならなかったのだ。
そんな斑虎自身でも、珍しく今回の話は一度で理解できた。同時に、あまりの突拍子もない話に思わず笑みがこぼれた。
Tejasだけは分かっていないのか、横で不思議そうに首をかしげている。
斑虎「そういうことか。コンマ何秒かのタイミングの話になるぞ?任せていいのか?」
someone「【大戦】で競いあって、どっちが多く勝ったっけ?」
滅多に無い彼の勝ち気な言葉に、思わず斑虎は今の状況を忘れいよいよ声を出して笑ってしまった。
斑虎「良いだろう。俺の生命、お前に預けるぜ」
Tejas「よくわからないが、どうやら俺もそうせざるを得ないようだな…急がないとあいつが王宮をめちゃくちゃにするぞッ!」
- 809 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その20:2021/06/20(日) 17:11:49.266 ID:FWXiv.zYo
- Tejasの言葉に頷き、彼の腕を借りて立ち上がった斑虎は、戦勝気分のようにゆったりと歩く陸戦兵器<サッカロイド>に向かい大声を張り上げた。
斑虎「“Ωさん”、聞いているかッ!
さっきから、そんなちまちました攻撃であんたらしくもない。そんな弱っちい攻撃で俺たちから勝ちを奪えるとでも思っているのかッ?!」
陸戦兵器<サッカロイド>は止まらない。
宮殿に続く正門前の広場をゆっくりと闊歩している。
斑虎「戦いたいという野郎を無視するなんて、あんたも随分と腰抜けになったなあッ!
“鬼たけのこ”の異名が聞いてあきれるぜッ!!」
ぴたり、と。
片足を上げたまま、巨人は確かに静止した。
斑虎「現役の頃のあんたは、そんな小技で敵をいたぶるような卑劣な兵士ではなかったはずだ。一撃で全てを葬る強さこそが強者の誇りであり掟だと。
そう俺たちに教えたのは他ならぬあんただッ!
俺たち新兵の憧れの象徴だった。
まだこの声は届いているんだろう?
来いよ、全てを決める一撃でッ。
俺たちを全力で消しにこいよッ!」
上げた足をその場で静かに降ろし、巨人はまるで暫し何かを考え込むように、頭を憂い気に少し下げた。
- 810 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その21:2021/06/20(日) 17:12:39.375 ID:FWXiv.zYo
- すると。
まるでバレエのようにその場でくるりと方向転換をした巨人は、その胴体の正面を斑虎たちに勢いよく向けた。
そして、間髪入れずに自身の背中に長い手を伸ばし、擬態の術で透明になっていた特大の銃器を取り出すと、そこで初めて黒光りした大筒の姿が顕になった。
全長は斑虎たちの身長をゆうに超える大きさで、砲口の大きさといえば広場に出ている露店を二つか三つまるごと飲み込めるほどの大きさだ。
巨人が武器の側面に取り付いているコッキングレバーを勢いよく引くと、その鳴り響いた撃鉄の音は、先ほどとはまるで違う、まるで戦艦の艦砲射撃音のような地鳴りとなり、三人の鼓膜の奥まで響き渡った。
Tejas「鼓膜が破れるッ!」
斑虎「いいぞ、Ωさん。かかってこいよッ!俺たちと勝負だッ!」
巨人の両手で構える大筒の砲口に急速に光の集まっている様子が、正面にいる斑虎たちにはまじまじと見えた。
側面部に搭載されている魔力タンクから供給された魔力が光に変換されているのだ。
魔力が最大まで溜まりきったその時に、砲口に溜まった光は魔法光線として放出され、目の前の斑虎たちだけではなく、背後にある民家ごと瞬時に燃やし尽くすのだろう。
数秒後に自分たちの存在ごと消し炭にするだろう敵の準備を待っているというのは、someoneにはどこか不思議な感じがした。
- 811 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その22:2021/06/20(日) 17:14:04.107 ID:FWXiv.zYo
- だが、ここにきて小刻みに身体が震え始めた。
隣の二人に悟られたくないが、恐れからか、それとも責任の重大さからくる自信のなさに怯えたからか、震えは収まるどころか加速していた。
死は怖くない。だが、自分の無謀ともいえる提案で、これから放つ技のタイミングを誤った瞬間に隣にいる二人を死においやってしまうかもしれないと考えると、
途方も無い広大な空間に自分が一人放り込まれたように、恐怖で足が竦みそうになった。
今までは一人で生きてきたから平気だった。
それがいま、二人の生命を預かるという重大さを心がようやく実感した。
たまらなく恐ろしい、逃げ出したい。心臓が警告を打つように何度も早鐘を打った。
こわい。こわい。こわい。目を閉じたい。
斑虎「大丈夫だ」
思いがけない言葉に、そこでsomeoneは隣に立っている親友の顔を見た。
彼はこちらの肩に手を置くと、静かに微笑んだ。
斑虎「お前なら、大丈夫だ」
震えが、確かに止まった。
- 812 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その23:2021/06/20(日) 17:14:51.473 ID:FWXiv.zYo
- Tejas「くるぞッ!」
大筒は発射段階に入ると、一瞬その光を砲口内のある一点に凝縮させた。
その発射の過程は三人にもよく見えた。
無風。
その瞬間、全ての音が一瞬消え。
すぐさま、大筒から発せられた直後の轟音にかき消された。
砲口から目の前を覆うほどの輝く光が発せられたのを、確かに三人は見ていた。
斑虎「いま――」
斑虎の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら言い切っているうちに放たれた光線は三人を瞬時に捉え、消し炭すら残さずに粉々にしてしまうからだ。
そして、斑虎が叫ぶよりもほんの数コンマ秒早く。
someoneは“儀術”を放っていた。
- 813 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その24:2021/06/20(日) 17:16:10.672 ID:FWXiv.zYo
- someone「“エクスチェンジ”ッ!!!」
その瞬間は一度きり。
失敗すれば当然のように全員がビームに貫かれ死ぬ。
仮に成功したとしてもその確率は、糸を針の穴に一度で通すぐらい低いものだ。
だが、それでもsomeoneは試した。
初めて、彼は他者を救うために、自分自身の力を信じた。
“親友”の後押しをえて。
放たれたビームを見て、someoneは残った魔力を振り絞り再び儀術“エクスチェンジ”を放ち、自分たちの足元に展開された転移魔法陣といつの間にか陸戦兵器<サッカロイド>の足元に展開していた魔法陣の位置とを入れ替えた。
someoneたちは巨人の立っていた場所に移動し、先程まで自分たちがいた窮地の立場を、目の前の巨人に押し付けた。
すると、何が起こるか。
轟音。
爆音。
大爆音。
- 814 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その25:2021/06/20(日) 17:16:48.013 ID:FWXiv.zYo
- 自分の放った必殺の光線を全て喰らった陸戦兵器<サッカロイド>は、何が起きたか把握する間もなく、耳をつんざく爆裂音を立てながらその身をひたすらに吹き飛ばした。
彼の巨体は背後の市街地をただただ巻き込み、ひしゃげて粉々にしながら、ゆうに数百メートルは吹き飛び、その動きを静止させた。
彼の転げた跡は民家や火災の後すら残らないむき出しの地面が露となった荒地となり、特大の嵐に襲われても同じことにはならないだろうという程に凄惨なものになっていた。
その更地の遥かかなたで、火災の赤い光を僅かに反射させた光で、そこに巨体が仰向けで寝ていることが三人にははっきりと判った。
あれ程の攻撃を喰らっても、その原型を保っているのは正直なところ恐怖でしかない。
だが、動きは止まっている。起き上がり、こちらに向かってこない。
someone「ハァハァ…」
限界を超えた魔力消費。
初めての本格的な死に近づいた体験を思い出し、いまさらsomeoneの額は大量の汗で溢れかえった。
斑虎「な?だから言っただろ?」
広場の中心で、なぜか斑虎だけは得意げに踏ん反り返った。
- 815 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その26:2021/06/20(日) 17:17:51.674 ID:FWXiv.zYo
- 同じように顔に大量に汗を流していたTejasは、顔にへばり付いた長い前髪を払うことも忘れ、彼の姿を見て呆れたようにため息を吐いた。
Tejas「これは全てsomeoneさんの力によるものでは?」
斑虎「そうだ。そして、someoneを信じた俺たち全員の勝利でもあるッ!」
Tejasは言い返そうと口を開いたがすぐに止めた。
底なしの彼の言葉に少し元気が出たのも事実だった。
斑虎「よくやったな、someone」
斑虎の手を借り、someoneは起き上がった。まだ激しい動悸が収まらないのか、言葉を発すことができず肩で息をしている。
この場を和ませるように、Tejasは肩をすくめ軽口を叩いてみせた。
Tejas「いや。あれはさすがの俺でも吃驚だ。三回は死んだ気分さ」
「それじゃあ。ここで四回目の死を迎えてもらいましょうか?」
- 816 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その27:2021/06/20(日) 17:18:41.193 ID:FWXiv.zYo
- 斑虎「ッ!?」
突如背後から投げかけられた言葉とともに、頭上に大量の光の矢が放物線を描きながらこちらに向かってきていることが、頭上に目を向けた斑虎にははっきりと見えた。
その数は数百本程度。逃げ場がないほどに矢は密だった。
斑虎「『エアロソード』ッ!!」
斑虎は咄嗟に二人を傍に引き寄せると、手に持った双剣を頭上にクロスさせ上空に真空波を放った。
彼らの頭上の矢は次々に真空波に払われるとともに、彼らの周りの地面には次々と矢が刺さり、結果的に彼らは四方を大量の矢に囲まれ身動きが取れなくなってしまった。
その矢を放った張本人は、いつもの能面のような表情を顔に貼り付け、斑虎たちを遥か高い頭上から見下ろしていた。
滝本「これはこれは、皆さん。おこんばんは」
会議所自治区域の議長・滝本スヅンショタンは、“別の”陸戦兵器<サッカロイド>の肩に乗りながらその姿を現した。
- 817 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その28:2021/06/20(日) 17:19:35.533 ID:FWXiv.zYo
- 斑虎「た、滝本さんッ!?ってことは、やはりあんたが…」
滝本「いやいや。先程までの戦い、遠くから拝見してましたよ。実にすばらしい。
きのたけ兵士らしい、思考を凝らした戦いだ。
弱兵が大敵に挑む。これこそが【大戦】の醍醐味。
思い出すなあ、【大戦】が始まって間もなく。
最強だったたけのこ軍に弱小のきのこ軍が襲いかかった“あの時”をねえ」
弓の弦を静かに下ろし巨人の肩に腰掛けていた滝本は、まるで会議所にいたときとは別人のように、芝居がかった口調で答えた。
数十m下にいる見知った兵士たちを見ても表情を変えず、口調だけは楽しげだ。
斑虎「まるで、見てきたかのような言い方じゃないか」
睨みをきかせながら、斑虎は吐き捨てるように言葉を返した。
先程の行動で、斑虎の中では全てが“解決”した。
あらためて、滝本は自分たちにとっての敵であると認識した。
滝本「私が【大戦】に参加し始めたのはほんの数年前だと?
まあ確かにそうだ。だが、そんな“些細な問題”はどうだっていいんですよ。
やはり¢さんの反対を押し切ってでも現場に来てよかった。
予想外の出来事には幾ら歴戦の兵士たちの魂とはいえ、対処できないですからね」
- 818 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その29:2021/06/20(日) 17:21:05.613 ID:FWXiv.zYo
- そこで彼は、斑虎の隣にいるsomeoneに視線を向けた。
滝本「おかしいですね。貴方は“魔術師”791の任務を果たせずその怒りを買い、消されるか幽閉される。
そういう手筈でしたが、なぜここに居るのです?」
someone「種は明かせないですよ…教えたらおもしろくないでしょう?」
彼の答えに“それもそうか”と、滝本はそこで初めて余裕気にニヤついた。笑っても彼の顔が能面に見えるのは、きっと一つ一つの表情の変化が極端すぎて人間らしくないためだ、といまさらながらsomeoneは分析した。
続いて、彼の隣で場違いな私服で立っている兵士にも、チラリと目を向けた。
滝本「Tejasさん。貴方も私にとっては想定外だ。あれ程、カカオ産地に行くのはやめろと忠告したのに。てっきり戦いの最中で野垂れ死んだのかと思っていましたよ」
Tejas「生憎と、生まれつき悪運は強い方でね」
怒りに肩を震わせながら、斑虎は我慢ならないとばかりに一歩前へ出た。
斑虎「どういうことだ、滝さんッ!説明してもらうぞッ!
どうしてあんたが、【会議所】がオレオ王国を襲うッ!百歩譲って公国軍を蹴散らすだけならまだ分かるッ!
なのに、あんたは今、先程の“Ωさん”と同じように王宮を襲おうとしているッ!その理由を言えッ!」
彼の激昂を意にも介さず、滝本は冷たい笑みを浮かべた。
滝本「お隣にいる親友さんが全て知っていますよ。
全て“計画通り”です。最初から欲に目がくらんだ公国が王国を襲うことも、王国が我々に泣きついてくることも。
そして、我々が公国軍ごと王国を壊滅させ、その領土を全て手中に収めることまでもね」
斑虎「あんたは…最低の人間だなッ!!」
- 819 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その30:2021/06/20(日) 17:21:47.441 ID:FWXiv.zYo
- 滝本「分からないのですか?これも全て会議所自治区域の発展のため。
【会議所】を国家にするための策。ひいては、貴方たちの生活を豊かにするための苦肉の計なのですよ。これは貴方たちのためでもあるのです」
Tejas「とんだ詭弁だな。こんな強硬策で世界だけでなく自治区域内からでも支持されるわけがないだろう」
滝本は退屈気に陸戦兵器<サッカロイド>の上で、足をぷらぷらさせた。
彼の乗る巨人はまるで巨大な彫刻体のようにピタリとその場で静止しており、却って三人には底知れない恐怖と怒りを加速させた。
滝本「どうでしょうか。この戦いが終わり真相を知る人なんて残るでしょうかね?」
someone「だとしても、こんな強引なやり方は間違っています。無意味に人を戦禍に巻き込む、間違った手段です」
滝本はその言葉を、鼻先で笑った。
滝本「貴方がよく言えたものだ。“宮廷魔術師”の手足に成り下がった人形風情が」
someone「違うッ!僕の“正義”は、あの人のために働くことじゃないッ!」
確かに、最初は王国を解放するという滝本の考えに賛同し、公国軍を牽制するために投入されるという陸戦兵器<サッカロイド>計画も支持した。
だが、それも全て彼女の横暴を止めるため。そして、平和な【会議所】を守るため。
someone「僕を受け入れてくれた“公明正大”な【会議所】を正しく導くことだッ!
貴方のような歪んだ考えを持った【会議所】ではない、正しい【会議所】をねッ!」
- 820 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その31:2021/06/20(日) 17:22:33.497 ID:FWXiv.zYo
- 滝本「ひどい言われようだ。これまでの“私たち”の功績を全て否定するのですか」
悲しそうな顔をつくり、滝本は残念そうに何度も首を振った。
すると、遠くで怒号と爆音が響きわたった。
王都の外だろう。遅れて数多くの悲鳴が届いた。方角として、両軍がまさに今戦闘している戦場の方からだった。
斑虎「まさかッ!」
滝本「どうやら後続の陸戦兵器<サッカロイド>部隊も到着したようだ。両軍の殲滅を始めたところです」
斑虎「くッ!」
思わず矢を掻き分け駆け出そうとする斑虎を、巨躯から伸びた手が静かに制した。
戦場へ向かう道を、滝本率いる陸戦兵器<サッカロイド>は完全に塞いでいた。
滝本「さて。Ωさんを止めたのは大きな想定外でした。
あらためて、【会議所】議長として惜しみない賛辞を贈りたい。
ありがとう。
貴方たちのような猛者が【大戦】を盛り上げ、【会議所】を大きくしてくれたのです」
まるで幕の降りた劇に惜しみない賛辞を送るように、肩の上で立ち上がった滝本は三人に向かいパチパチと拍手を贈った。
- 821 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 戦いへの誇り編その32:2021/06/20(日) 17:23:35.006 ID:FWXiv.zYo
- 滝本「だが、貴方たちは二つ、大きな思い違いをしている」
三人の背後、つまり先程彼らが立っていた場所から、瓦礫の崩れる音とズシリと響く足音が繰り返し、確かに三人の耳に届いていた。
斑虎「まさかッ…」
振り返った斑虎が、先程まで倒れていたはずの“Ω”の陸戦兵器<サッカロイド>の姿を再び目にした時、一瞬彼は夢の中にいるのではないかと勘違いをした。
なぜなら先程あれ程の攻撃を与えたはずなのに、歩いて戻ってきた巨人の身には傷一つついていなかったからだ。
滝本「一つ。英雄たちの魂の入った陸戦兵器<サッカロイド>はあくまで無敵だということ。それに――」
ガチャリ。
滝本を肩に乗せた陸戦兵器<サッカロイド>は、腕の装着銃を斑虎たちに向けた。
滝本「――二つ。どうあがいても、貴方たちはこの場で死んでしまうということ」
- 822 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/20(日) 17:24:56.589 ID:FWXiv.zYo
- ようやく1章のラストからつながりました。最終決戦の場にほとんどの主人公が揃いましたね(ふたり除く)
- 823 名前:たけのこ軍:2021/06/20(日) 17:38:12.934 ID:M48zCRUU0
- 繋がりがかっこいいんよ
- 824 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その1:2021/06/27(日) 12:17:39.319 ID:Y99lg8mIo
- 未だ大火に包まれていない王宮を背に、斑虎たちは二体の陸戦兵器<サッカロイド>に囲まれた。
いま一体は自分たちの目の前で銃を構え、もう一体は周期的な足音を地に震わせながら刻一刻とこちらに向かってきている。
腕と一体化している小銃の無機質な銃口が三人を捉えたままぴたりとも動かない。まるで居合いの間のように、先に動いたほうが負けるというような緊迫感が巨人から醸し出されていた。
小銃とはあくまで陸戦兵器<サッカロイド>を基準にしたときにそう見えるだけで、実際に間近で見れば砲台のような大きさを誇っているのだろう。
いずれにせよ、あの銃弾が炸裂すれば、自分を含めた三人は木っ端微塵になるだろうと斑虎は感じた。
滝本「私はね、常に疑問に思っていたことがあるんです。
よく、安いドラマのシナリオで、窮地に追い詰めた敵が主人公にベラベラと心情を明かして、その隙に大逆転を食らう。
そんなくだらない展開を何度も見てきた」
彼らの正面に向かい合っている、“遅れて”登場してきた巨人の肩の上で、滝本は堪え切れない愉悦を露にして嗤っていた。
顔よりも面積の広い青髪が風に吹かれ流れても、彼はその髪を払うことなく目の前の状況を目に焼き付けるように、じっと彼らを見下ろしていた。
滝本「なぜ、圧倒的有利に立っている敵が油断して足元を救われるのか。
今まで私には分かりませんでした。さっさと殺してしまえば、倒されることはないのにとね。
ですがね、いま自分がその立場になってみて気づいたのです。
これは油断でも奢りでもない。“同情”なのです。
これから死にゆく若者たちに向けて、せめてもの手向けを贈らないといけないという義務感。その憐れみだけがいまの私を突き動かしています」
- 825 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その2:2021/06/27(日) 12:18:53.457 ID:Y99lg8mIo
- 斑虎「べらべらと喋っているところすまないが、すでにその考え方が油断だと自分で白状しているようなものじゃないか?」
斑虎の挑発にも臆することなく、滝本は器の大きさを誇るように深々と一度頷いてみせた。
滝本「そうかも知れませんね。そういえば参謀にも油断するなと言われていました。
では、さっさと済ませましょうか。
“まいう”さん、“Ω”さん。貴方たちの手で【会議所】をより良い方向に導きましょう」
まいうと呼ばれた陸戦兵器<サッカロイド>はピクリと肩を震わせ、流れるような所作で小銃を構え直した。
あわせて次第に大きくなっていた地鳴りが止んだ。
斑虎が横に目を向けると、“Ω”の巨人がようやく広場前に戻ってきたところだった。彼も、ゆらりとした所作で長い片足を上げ、戦闘態勢に入った。
続いてすぐ横の仲間たちにも目を向ける。
すぐ横にいるTejasは顔を歪めているだけまだ元気そうだが、someoneは無表情ながら肩で息をするのもやっとの様子だ。魔法消費が激しすぎたのだろう。
そもそも先程の戦闘で斑虎自身もかなりの痛手を追っている。いまそこまで痛みを感じないのは、アドレナリンが大量に分泌されているからだろう。
交戦能力は殆ど残っていない。
三人の四方は滝本から放たれた矢に囲まれ、それを抜け出しても二体の巨人の攻撃を交わして進まないといけない。
だが、彼らを振り切って戦場に戻っても背後の王宮はがら空きになる。
どちらにしても詰んでいる。
滝本の会話を受け流しながら必死に活路を見出そうと考えていた斑虎は、ここにきて完全に諦めがついた。
- 826 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その3:2021/06/27(日) 12:19:41.605 ID:Y99lg8mIo
- 斑虎「万事休すだな」
someone「斑虎…」
心配気な声を送るsomeoneに、斑虎は下唇を噛みつつも振り絞って声を出した。
斑虎「すまない。someone、Tejasさん。俺ではお前たちを救えない」
今だけは周りの燃え盛る音も、遠くで鳴り響く地鳴り音も、悲鳴も止んだ気がした。
斑虎「せめて俺が攻撃を受け切る。だから、Tejasさんがsomeoneを連れて少しでも遠くに逃げてくれッ。それしか活路はない」
絶望的だとは分かっている。だが、今の自分に出来ることはそれしかない。
斑虎は二人の一歩前に出ると、手に持つ両剣を交差させ戦いの姿勢を取った。
横にいるTejasは、黙って二体のサッカロイドの顔を交互に見やった。
斑虎「でも、この行動は決して無駄じゃないッ。無駄じゃないんだッ。
俺たちの“正義”を受け継いだ誰かが、きっと奴らに“裁き”の鉄槌を食らわせるだろうよッ!!」
滝本「遺言はそのあたりでいいでしょうかね?」
生者の最後の苦痛の叫びを堪能し、肩の上で立ち上がったままの滝本は満足気に微笑んだ。
- 827 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その4:2021/06/27(日) 12:20:57.643 ID:Y99lg8mIo
- 滝本「では――」
あっさりと。躊躇いもなく。
タクトを振る指揮者のように、優雅に滝本は片手を振り上げた。
そして、終章を迎えた時の奏者のように、高揚とした顔で滝本は片手を振り下ろした。
滝本「終わらせなさッ――」
耳をつんざくような衝撃音。
直後に脳を揺らすような感覚。
軽い脳震盪程度のものではない。
予想事態の衝撃を受けた時に、脳は神経を遮断しきれず身体の全てに衝撃を食らう。
これが死の直前の感覚なのかもしれないと思うと、それはあまりにも苦痛と驚きに満ちていた。
いま。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 828 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その5:2021/06/27(日) 12:22:05.766 ID:Y99lg8mIo
- 滝本「なッ!!!??」
驚きから目を見開き、滝本は数秒後に訪れる地面への落下を備える暇もなく、ただ視界に映る風景を脳内に焼き付けることしかできなかった。
そこには、確かに“Ω”の蹴りが自分を載せていた巨人の胴体を捉え、態勢を崩す“まいう”の姿と、構えを崩さないままの彼の姿があった。
生前に彼が“まいう”に反逆の心を持っていたとも思えない。なぜ、なぜだ。
急な混乱から魔法を呼び出すこともできず、制御を失った滝本の身体は数十m上空から急速に落下をし始め――
someone「『サーシャメントフリー』」
滝本の身体が地面に直撃する直前、狙いすましたようにsomeoneは魔法を放った。
彼の指先から現れた紐状のロープは織物のようにひとりでに交差模様で結ばれ巨大な布地となり、滝本の身体と地面の間に割り込み、ちょうど救助幕のように彼の落下の衝撃を和らげた。
ただ、布地の薄さゆえ、布越しに落下の幾つかの衝撃を受けた滝本は苦悶の表情でのたうち回り吐血した。
- 829 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その6:2021/06/27(日) 12:22:52.476 ID:Y99lg8mIo
- 滝本「ガハッ!!」
someone「貴方をここで死なせるわけにはいきません。苦しんでもらいますけどね」
斑虎「な、な…なんだこれはッ!?」
斑虎にとっても、目の前の事態は想定外だった。
ほんの数刻前まで死を覚悟していた。“まいう”の銃弾と“Ω”の蹴りをどちらも一人で受け切る覚悟をしていた。
だが、実際には銃弾が発射されることはなく、彼の横にいた“Ω”の繰り出した真空蹴りはこちらではなく、横の“まいう”に向け放たれた。
鳩尾部に直撃した蹴りで彼は大きく体勢を崩し、滝本はその衝撃で肩から転げ落ち、はるか上空から落下したのだ。
そして、まるで“全てを知っていたかのように”someoneは狙いすまして滝本に魔法を行使した。
意味がわからないとばかりに、横のTejasに目を向けると。
Tejas「ようやく間に合ったな。最初、一体だけで来られた時は肝を冷やしたぜ」
彼の余裕めいた笑みを見たときに、さすがの斑虎も叫ばずにはいられなかった。
- 830 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その7:2021/06/27(日) 12:23:31.883 ID:Y99lg8mIo
- 斑虎「お前たちッ!?なにか知ってるなッ!?話してくれよ、なにが起こってるんだッ!」
直後に轟音が響き渡った。
斑虎がすぐに振り向くと、眼前では“奇妙”なやり取りが繰り広げられていた。
陸戦兵器<サッカロイドたち>が互いに殴りあっていたのだ。
巨体を揺らし、轟音を響かせながら、こちらのことなど気にもせずただ殴り、蹴り合う。
互いに取っ組み合い、一体が羽交い締めにすると、それから逃れるようにもう一体は足蹴にし、起き上がりまた殴りかかる。
先程までの涼し気で、生気の無い様子とはまるで違う。
優雅な戦いとは程遠い、まるで【大戦】にいる一兵士のように生臭い乱闘の様相を呈していた。
someone「全て僕たちの“計画通り”だったんだよ、斑虎」
呆然と見つめるしかない斑虎に向かい、someoneはポツリと呟いた。
どこからだと聞き返す前に、三人の足元で意識を戻した滝本が言葉を発する方が先だった。
滝本「ば、馬鹿な…二人とも、何をしているんだッ。すぐに、すぐに、斑虎さんたちごと王宮を消せッ!そう、命じたはず…」
地べたに這いつくばる格好になった滝本は、腹をよじりながら驚愕と苦痛の表情で英雄たちを凝視していた。
彼の横でsomeoneがパチンと指を鳴らすと、彼を守った布地はすぐにはらはらと解け、紐の一本一本が滝本の身体に再び巻き付き彼を縛り上げた。
- 831 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 英雄の敗北編その8:2021/06/27(日) 12:24:44.096 ID:Y99lg8mIo
- Tejas「無駄だよ、滝さん。もう陸戦兵器<サッカロイド>たちは“手遅れ”だ」
その言葉に滝本は目を見開き、横に立っていたTejasの方を初めてまじまじと見つめた。
滝本「まさか…Tejasさん、あなた…ッ!」
Tejasは浅葱(あさぎ)色気味の長髪をかき分けると、滝本の横にどかりと座り込んだ。
彼に目を向けるグレーの瞳の色は好奇に満ちている。いま起きている出来事に、そしてこれから起きるだろう予測に待ちきれずうずうずとしている様子だ。
Tejas「“俺たち”が今まで何処にいたか、まだ言ってなかったな?
随分と寒いし暗い場所だったぜ。ずっと飯も食わず隠れてるのも辛かったさ」
斑虎「そういえばTejasさん。あなたは今まで何処にいたんだ?」
斑虎は訝しげにTejasに視線を送った。
someoneの行動は把握できたが、Tejasがここにいる理由について何も聞いていなかったことにいまさらながら気がついたのだ。
Tejas「お返しに、俺も語ってやろう。
そうだな。これは油断じゃない。
滝さん風に言えば、生者から負けた人間への“同情”さ」
- 832 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/06/27(日) 12:25:26.980 ID:Y99lg8mIo
- 先週、あと二回の更新で終わると言ったな。あれは間違いだ。
今日の更新を含めてあと三回の更新で終わるぞ。
- 833 名前:たけのこ軍:2021/06/27(日) 13:42:51.372 ID:xeAKNkJk0
- カタルシスがよい
- 834 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その1:2021/07/04(日) 19:43:09.495 ID:vOujnt/Qo
- ━━
━━━━
【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団地下 メイジ武器庫 5日前】
Tejasが暗闇の中で奇妙な同行者オリバーに協力を誓った後、彼は自身の真の名を霊歌だと明かした上で、someone経由で聞いた【会議所】の目論見、そして自分たちが今どこにいるかをかいつまんで説明した。
霊歌『…というわけで。ここはケーキ教団を隠れ蓑にした【会議所】一部連中の保有する、“メイジ武器庫”という名の格納庫のわけさ』
全ての説明を終えた満足感からか、霊歌は両の前足を胸の前に組みさらに反り返った。
二人を照らしていた魔法の火の玉も、嬉しそうに彼の周りを飛び回っている。
一方で、Tejasは神妙な表情ながら困ったように何度か首元を掻き、目の前の友人から説明された突拍子もない内容を理解するために内心必死な様子だった。
こういう時に慌てふためないのは若者ながらさすがだ、と霊歌は思った。自らの主人のsomeoneと同じ冷静さが備わっている。
Tejas『あー。長々と説明ご苦労。いきなりの話に頭がついていけていないが、つまりここは滝本さんたち【会議所】中心メンバーの秘密基地で、こいつらは秘密兵器・陸戦兵器<サッカロイド>。
これを使って、【会議所】はこの戦争にタダ乗りしてオレオ王国を奪っちまおうと。そういうことだな?オリバー』
霊歌『さすがは“マイスター”だな。概ねその通りだ。ただ、オレの名前はオリバーじゃなくて霊歌さ、Tejas』
Tejas『ああ、そうだったな…ええい、偽名なんてものを使うからこんがらがるんだ…それで、俺はどうすればいい?』
霊歌はピクリと動きを止めた。
霊歌『オレの話を…疑わないんだな』
- 835 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その2:2021/07/04(日) 19:44:00.039 ID:vOujnt/Qo
- “はぁ?”とTejasは素っ頓狂な声を上げた。
Tejas『最初に言っただろう?俺はお前を信じるよ、霊歌』
複雑さの中に霊歌はいて、この発言はどれほど彼を安心させただろうか。体の中心部にぽっと暖かいものが流れ、うるおっていくようだった。
【使い魔】である霊歌の存在理由は、主人であるsomeoneの生命を少しでも永らえるため。その一点に尽きた。
あくまで魔法使いsomeoneの利用価値の高さを791に説くための材料であり、その目的が終わりさえすれば、後はできるだけ従順なふりをして彼女らの警戒を解き、いつか訪れる“儀術”での脱出準備を整える。
当初の宣言通り、霊歌は王国内でクーデターを煽動したものの、その任務を終えるや否や霊歌は王国内の何処かに身を潜めていようと考えていたのだ。
それは何も自発的な案ではなく、あくまで消極的な妥協案だった。
主人を牢獄から逃がす際に少しでも宮殿から離れていたほうがいいだろうという、成り行き上の話だ。
だが、カカオ産地でたまたまTejasに窮地を救われ、自分たちを取り巻く状況はガラリと変わった。そして、目の前の“マイスター”は自分のことを手放しで信じると言う。
あの夜に二人が儀術のための追加契約を交わした際に運命の賽は投げられた。
そしてその賽の目は最高の形となり霊歌の前に表れた。自分たちはまだ戦える。その運と覚悟がある。
霊歌はようやくのことで唾を飲み込み、事態の重要性を理解できた。
霊歌『分かった。あんたの好意に感謝する。
でも、まず作戦会議をしたい。一度、ご主人と話してもいいか?』
Tejas『それはいいが…その“ご主人”とやらは何処にいるんだ?』
きょろきょろと暗闇を見回すTejasに、霊歌はニヤリと笑いながら前足で自らの頭をトントンと叩いた。
霊歌『ご主人は遠く離れたカキシード公国の牢屋の中にいる。会話は、頭の中でするのさ』
今度こそ、Tejasは霊歌の言葉を疑った。
- 836 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その3:2021/07/04(日) 19:44:38.057 ID:vOujnt/Qo
- 霊歌『ご主人…聞こえるか』
訝しげな彼の目線など気にせず、霊歌は頭の中でsomeoneを思い浮かべ呼びかけた。
―― 霊歌…か。今まで、いったい何処にいたんだ。
返事はすぐに帰ってきた。
頭の中に響く彼の声は、以前会話した時よりも弱々しくなっているように感じる。この様子では、監禁による疲労と自分への魔力供給があわさり相当堪えているようだ。
霊歌『すまねえな。王国での煽動任務は済ませたんだが、帰りに“ちょいと”野暮用に引っかかちまってな。今はカカオ産地にいる』
―― …カカオだってッ?なんて危ない場所にいるんだッ。すぐに避難を――
霊歌『もう遅えよ。戦争に巻き込まれ、おれたちはいま閉じ込められてる』
―― そんな…ん?おれ“たち”?
その言葉に、霊歌はまたもニヤリと笑った。事態を飲み込めていないTejasは彼のことを諦めたのか、再び陸戦兵器<サッカロイド>の透明な巨体を見物している。
霊歌『聞いて驚くなよ、ご主人。おれはいま、あんたが言っていた“鍵”とともに、メイジ武器庫にいる。この意味がわかるか?』
脳内越しに息を呑んだ声が聞こえ、数秒の沈黙の後に彼の震えたような声が返ってきた。
―― まさか…そんな“奇跡”が起こるなんて。
霊歌『ご主人はここ最近、不幸続きだっただろう?
たまにはこんな幸運あってもいいんじゃないか?まあ享受しているのはおれなんだが』
- 837 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その4:2021/07/04(日) 19:45:54.538 ID:vOujnt/Qo
- Tejas『そろそろ話はついたかい、霊歌?』
Tejasは目の前の冷えた飴細工に考古学者のような熱視線を送りつつ、背後の同行者に声をかけた。
霊歌はそこで一度主人との会話を切り、器用に彼の肩の上に跳び乗った。
霊歌『ああ、実にスッキリとしたいい案が浮かんだ。
なあTejas。あんたは、その右腕で触れた生命体に精神上で繋がることができるし、無理やり洗脳するなんてこともできる。そうだよな?』
Tejas『ああ、そうだ。本格的に試したことはないが、できるはずだ』
火の玉の照らす彼の横顔には、少しの戸惑いの色が見え隠れしていた。どうやらこの能力を他人のために使用することには少し迷いもあるようだ。
年齢のわりに大人びて見えていたが、霊歌は初めて年相応の彼の姿を垣間見た気がした。
霊歌の頭の中である案が浮かんでいた。どうしても彼の力を借りないといけないのだ。
単純明快でいながら、これまで一度も考えてこなかった案だ。絶体絶命の危機にありながら、興奮でかえって彼の頭は冴えていた。
霊歌『きけ、ご主人。この事態を打開できるたった一つの名案をこれから伝える』
―― 聞くよ。
一言で返したsomeoneの言葉に、霊歌はこれから彼のあっと驚く反応を見られると思うと、にやついた笑みを抑えられなかった。
霊歌『Tejasに陸戦兵器<サッカロイド>の魂へ干渉してもらい、“自爆”するよう洗脳する』
―― ッ!
someoneとTejasの二人の息を呑む声が、霊歌には同時に聞こえてきた。
- 838 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その5:2021/07/04(日) 19:46:32.307 ID:vOujnt/Qo
- 霊歌『あんたとおれの目的は、魔術師791の野望を砕き、【会議所】のいけ好かない連中もギャフンといわせることだ。
前者の目的はこのままだと達成されるが、陸戦兵器<サッカロイド>が投入されれば王国は蹂躙され、立ち向かう手段はない。
それでは意味がない、だろう?
つまり、この図体のでかい巨人どもが歩き回っている限り、おれたちに未来はないということだ』
―― そうだ…僕はそれで一度、滝本さんたちに敗北して公国に戻され捕まった。
霊歌『いまが千載一遇の好機だ。
おれからしても、主人の仇を討つ絶好のチャンスというわけだ』
次第に事情を飲み込めてきたのか、Tejasは鼻まで垂れている前髪を何度か触りつつ、思案気に自らの考えを口にした。
Tejas『元々、奴らは俺を使って英霊たちの魂を完璧にこの陸戦兵器<サッカロイド>の器に締め付けようと計画してたんだろう?
でも、俺がいなくても動いているってことは、それはもう不完全ながら完成したってことだよな?』
―― …なるほど。“完成している”ということは、一般的に見れば、魂と器は既に定着していると考えられる。
Tejasの言葉になにか気づいたのか、someoneは感心したように意見を口にした。
霊歌『そうだ、つまり陸戦兵器<サッカロイド>は、既に完全な生命を持った“生物”になったということだよ』
Tejasも気づいたのか、思わず“あっ”と声を漏らした。
それに被せるように、脳内に珍しく興奮気なsomeoneの声が聞こえてきた。
- 839 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その6:2021/07/04(日) 19:47:11.698 ID:vOujnt/Qo
- ―― つまり、Tejasさんの呪いの力は、陸戦兵器<サッカロイド>の器越しにも通じるということかッ!
Tejasの右腕の呪いは、指定した有機物に対してコミュニケーションを取る儀術“キュンキュア”の成れの果てだ。
相手の知られざる声を聞くだけでなく、自らの意志や考えを伝え植え付ける方法も可能であることは、既に彼自身が過去に実証済みである。
陸戦兵器<サッカロイド>の器だけであれば生命を持たない無機物なので伝達の能力は使えないが、そこに英霊の魂が組み込まれれば眼前の兵器は命を持った有機物となる。
Tejas『確かに。こんな馬鹿でかい箱物だが、生命を持っているな。英霊とやらの声が聞こえてくるぜ』
ひんやりとした飴細工の身体に手を当てると愉快そうにTejasは笑った。
霊歌『へぇ。過去の偉人さんたちは、なにを仰られているんで?』
Tejas『なに。他愛もないことさ。“早く戦場に出してくれ、血とチョコに飢えている”だとよ』
霊歌はTejasの肩の上で、徐(おもむろ)にしかめ面をつくった。
霊歌『血気盛んな兵士たちなことだ。
初期の【大戦】には野蛮な戦いが多かったときくが、よもやここまでとはな』
脳内に期待と焦りの入り混じった主人の声が響く。
―― 僕にも見えたよ。霊歌の考えで、戦争を終結させる方法がッ。
- 840 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その7:2021/07/04(日) 19:48:02.463 ID:vOujnt/Qo
- 霊歌『すごいな。おれはこの方法までは思いついたが、最終的に公国軍をどうやって抑え込めるのかまでは想像もできない。すべてご主人に任せるぜ』
霊歌にsomeoneの考えまでは分からない。
だが、主人の言葉にこれまで間違いはなかった。信じないという道はない。
―― わかった。まずは、Tejasさんに、今から伝える内容で陸戦兵器<サッカロイド>に“自爆”を仕込めるかどうか確認してほしい。
霊歌『いいぜ。恐らく、ご主人とおれの考えている企みは同じだ。
もしこの手段が可能であれば、残り11体の陸戦兵器<サッカロイド>全てに同じ手法で“仕掛けられる”』
Tejas『それで、俺はこの偉大なる先人方に何を伝えればいいかね?』
冷気を発する身体に手を当て続けながら、Tejasも意地が悪そうににやりと笑った。
―― こう伝えてくれ。戦場で互いの陸戦兵器<サッカロイド>を見つけたら――
霊歌はsomeoneの指令を一通り聞き、その“性質の悪さ”にニヤリと笑った。
霊歌『ありがとうな、ご主人。たしかにTejasに伝えるよ。
ところで、あんた性格悪いと言われないかい?』
―― 霊歌、鏡でも見たのかい?
霊歌はそこで主人と通信を切り、若き“マイスター”に目を向けた。
彼は既に陸戦兵器<サッカロイド>の身体に手を当てたままこちらに顔を向け、待ち構えている様子だった。
- 841 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その8:2021/07/04(日) 19:48:58.538 ID:vOujnt/Qo
- 霊歌『待たせたな』
Tejas『いいぜ。準備はできている』
破れた右腕のジャケットからちらりと見えている腕の紋章は既に強く発光し、その青白い光線は透明な飴細工の中を綺麗に透過していた。
霊歌『じゃあ、今から言うことを英霊殿に伝えてくれ。
戦場で、互いの陸戦兵器<サッカロイド>を見つけたら――』
―― 戦場で互いの陸戦兵器<サッカロイド>を見つけたら、味方ではなく敵だと思え。
―― 奴らは戦場においては一切味方ではない。
―― かつての同胞の振りをした、まやかしの兵士である。
―― 貴殿は騙されてこの隊へ入隊した。
―― 誉れ高きその魂を護るために取るべき手段は只一つ。一体でも多く殲滅することである。
―― 最後の一体になるまで殲滅しあうのだ。
―― 奴らの身体から魂を奪い、空に解放しろ。
―― 魂をあるべき場所に戻せ。貴殿の戦う場所は地上に非ず、天にあり。
―― そして自分が戦場に立つ最後の一体となったら。
―― 同じように、自らの力で、自分の魂を空に解き放て。
―― これこそが、お前たち“感情無き”英霊が救われる唯一の道である。
━━━━
━━
- 842 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その9:2021/07/04(日) 19:50:29.554 ID:vOujnt/Qo
- 【オレオ王国 王都】
Tejas「メイジ武器庫から戦場に出た陸戦兵器<サッカロイド>たちは最初こそ軍兵を襲うが、互いを戦場で視認した瞬間、俺の命じた“言葉”を思い出す。
そして、滝さんたちの話した内容などほっぽり出して、闇雲に殺し合うのさ。こんな風にな」
Tejasは一連の説明を終えた。最初からメイジ武器庫内で争わせず、公国軍と王国軍のいる戦場内で争わせることにも意味があった。
両軍兵は慌てふため戦争などしている場合ではなくなるからだ。
滝本「私たちは出し抜かれたというわけですか…」
陸戦兵器<サッカロイド>たちは捕まった滝本の姿には目もくれず、まるで宿敵を見つけ怒りに駆られた少年のように、互いに取っ組み合っては身体を地面に叩きつけあっている。
勢いよく巻き込んだ民家や建物など、子供のおもちゃの一部のように気にもとめず、目の前の“敵”を屠ることに一心不乱になっている。
地面に突っ伏したままの滝本は呆然と、まるで表情の変わらない仏像のような面持ちで、目の前の“暴乱”をただ眺めていることしかできなかった。
斑虎「滝さん。貴方はもう終わりだ。おとなしく投降してくれ」
そこで滝本は、目の前の光景から目をそらすように静かに頭を振った。
滝本「それはできない相談ですね。そうしたら、誰が【会議所】を国家にするのです?」
横から覗き込んでいた斑虎の目には、普段蒼い滝本の眼が仄かに赤く光ったように見えて、彼は一瞬疑うように彼の顔を見直した。
そのため、斑虎は周りへの気を一瞬解いてしまった。
それがよくなかった。
- 843 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その10:2021/07/04(日) 19:52:06.013 ID:vOujnt/Qo
- someone「…ッ」
バタリ。
背後から鳴った軽い音に斑虎が振り返ると、そこにはsomeoneの力なく倒れた姿があった。
斑虎「someoneッ!!」
我を忘れ彼の元へ駆け寄り腕で抱き抱えると、彼は虚ろな目で上空を見つめ、息も絶え絶えといった様子だった。きっと、これまでの疲労がここにきて顕在化したのだろう。
投獄による憔悴、儀術を用いた脱出劇、Ωとの戦闘での再度の儀術の行使。考えてみれば、常人の消費する魔法力は遥かに超えていた。
なぜ、親友の異変に気づいてあげられなかったのか。寧ろ、危険な目に合わせたのはこちらの責任じゃないか。
斑虎がそう反省しかけたのも束の間――
滝本を簀巻きにしていた紐はsomeoneの気絶とともに制御を失い、跡形もなく溶けた。
次の瞬間。
まるでこの時を待っていたかのような瞬発力で、滝本はすぐに跳ね起き自分の身に治癒魔法をかけた。
そして回復も待たず、脇目も振らず陸戦兵器<サッカロイド>の方へ、その先の戦場に向かい、一意専心の思いで駆け出し始めた。
斑虎「『フランセーバー』ッ!!」
咄嗟に滝本へ剣を投げつけるも、まるでその動きすら読んでいるかのように彼は身体をしならせ、時には身を翻し不格好な姿勢ながら、巧みに斑虎の攻撃を避け続けた。
まるで鼠が外敵から逃げるときの様子とよく似ていた。
滝本はあっという間に巨人たちの足元まで走ると、争っている彼らに目もくれず、速度を緩めることなく彼らの股の下を通り過ぎ加速した。
直後に巨人たち同士の攻撃で舞い上がった砂埃も相まって、斑虎たちはすぐに彼の姿を見失ったのだった。
- 844 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その11:2021/07/04(日) 19:53:01.761 ID:vOujnt/Qo
- 斑虎「あの野郎ッ!!ネズミのようにちょこまかと逃げやがってッ!」
someone「斑虎…頼む…」
斑虎は怒りを抑え、すぐに腕の中で弱っているsomeoneへ目を下ろした。
いまの彼は、顔中に汗が吹き出しいつもはふわりとした赤髪も汗でべたりと顔に貼り付いている。
【大戦】でもあまり汗を流すことのない姿をいつも見てきただけに、彼のここまで弱った姿は衝撃的だった。
斑虎「ずっと魔力を使っていたんだよな。そりゃあ、倒れるのもあたりまえだろうッ。
あいつのことはいい。今はお前の無事が――」
someone「――それでは駄目なんだッ」
斑虎の言葉を遮り、someoneは荒い息を吐きながらも強い口調で制止した。
ヘーゼルカラーの瞳を潤ませながら、その内に“正義の火”を宿した親友の眼は、こちらだけをただ一心に見つめていた。
someone「ここで滝本さんを逃せば…これまでの努力が全て水の泡だ。
陸戦兵器<サッカロイド>は封じた。
あの人を捕まえれば、791先生の野望を抑える手立てもある。
斑虎、お願いだ。彼と彼女を止めてほしい」
斑虎「someone…」
- 845 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その12:2021/07/04(日) 19:54:10.019 ID:vOujnt/Qo
- 斑虎の心配をよそに腕の中でsomeoneは静かに、力強く言葉を続けた。
someone「さっき斑虎が口にした言葉だけど…違う。
誰かが裁くのを待つんじゃないよ、斑虎。
“僕たち”さ。
“僕たち”が、
裁きの鉄槌を下すんだ、斑虎」
ガツンと殴られたような衝撃が斑虎にはあった。
目の前の親友はいつの間にこれ程強くなったのだろうか。諦めかけていた自分を叱咤激励できる存在になったのだろうか。
someone「僕なら…大丈夫。気にしないで」
そこでsomeoneはいつものように取り繕うように、儚げに微笑んだ。
そして、こちらに差し出されたsomeoneの握り拳に、斑虎は何も言わずに自分の握り拳を一度だけ触れ合わせた。
二人には、それだけで十分だった。
- 846 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その13:2021/07/04(日) 19:55:35.452 ID:vOujnt/Qo
- 斑虎「…わかった。
お前の意志を継いで必ず【会議所】の野望を、791さんの野望を打ち砕くと約束しよう。
Tejasさん、悪いけどsomeoneの介抱を頼む」
Tejas「わかった。斑虎さん、お気をつけて」
横に控えていたTejasにsomeoneの身体をそっと移すと、頭に巻いたカーキ色のバンダナをきつく締め直し、斑虎も走り出した。
後ろの二人を振り返ること無く駆ける。
前方で揉みくちゃになっている陸戦兵器<サッカロイド>たちの横を通り、速度を緩めず駆け抜ける。
巻き上がった砂煙に包まれ、硝煙と粉塵で灰色に閉ざされた視界が、いまの斑虎にはただ心地よい。
この灰色の世界を抜けた先には、残酷な現実が待っている。
だが、同時にsomeoneと望んだ平穏な日常のための一歩を踏み出せるのだ。
“彼ら”の野望を止めるため。
彼の意志を継ぐため。
“正義”の火を燃やしながら。
裁きの代行者たる斑虎は走る。走る。ただ走り続けた。
- 847 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その14:2021/07/04(日) 19:56:53.200 ID:vOujnt/Qo
- 【オレオ王国 王都周辺 ルヴァン平野】
滝本「ハァハァ…これは。¢さんと参謀に合わす顔がないな」
燃え盛る王都を辛くも抜け出し、戦場までをつなぐ小高い丘に辿り着いた滝本の眼には、目の前の光景は想像を絶する悲惨なものだった。
彼の想像通り、数km程度離れた前方の戦場には立ち込める爆炎の中に、透明な飴細工の巨躯が何体も浮かび上がっていた。
本来、それは全ての人間に未知なる恐怖を与える光景だった。
だが、彼らは本来の目的である足元の兵士を蹴散らすことなどせず、本来同胞だったはずの味方同士で血生臭い乱戦を繰り広げている最中だった。
路上で格闘家同士が出くわしたかのように、彼らは互いに一定の間合いを取り牽制していたかと思うと、次の瞬間に重みのある一撃を浴びせ始める。
まるで荒くれ者の喧嘩のように、無茶苦茶で気品も誇りもない。
そこにあるのは濁った“殺意”だけだった。
巨人が倒れるたびに激しい地鳴りが巻き上がり、数秒遅れて滝本の足にも揺れが伝わってきた。揺れが伝わってくる度に彼の心はひどく冷え込み、血の気の引いていく感覚が実感できた。
¢を始めとした陸戦兵器<サッカロイド>の開発者たちは、口を揃えて彼らを“最強”と表現した。
だが、それはあくまで彼らが人間と戦う時の話で、巨人同士の戦闘となると話は全く別だ。
巨人たちは自分の持つ“弱点”を理解している。即ち、器に込められた“魂”を剥ぎ取られることだ。
強固な飴細工の器に魂だけを埋め込まれたことを理解している英霊たちは、同胞の心臓部から魂を剥ぎ取れば、相手の身体はただの人形に戻ることを理解しているのだ。
そして、通常の人間であればこじ開けられない心臓部に取り付けられたハッチを、同じ陸戦兵器<サッカロイド>の腕力であれば壊し剥ぎ取ることが出来る。
だから、彼らは武器を手に取らず泥臭く素手で戦い、相手の心臓を抜き取ろうと躍起になっているのだ。
全てはTejasの命じた意思のまま、同胞の魂を天に返すことが正しいと信じ込んだままでいる。
- 848 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その15:2021/07/04(日) 19:57:53.539 ID:vOujnt/Qo
- 滝本が目を凝らすと、戦っている彼らの足元には、既に横たわったままピクリとも動かない透明な“器が”何体か転がっていた。
それは陸戦兵器<サッカロイド>“だった”抜け殻だった。
滝本「ベニマダラサンショウタケさん、ゴダンさん。アルカリさんまで…逝ってしまったか。
すみません、私の力が足りないばかりに…」
既に空に放たれた英霊たちの名を呟き、滝本は独り肩を落とした。
彼の落ち込んだ気持ちを増幅させるように、その間も振動は絶え間なく伝わってきていた。
しかし、彼は顔を上げるとすぐに辺りを見回した。
生への執着。
これこそが今の滝本に課せられた使命で、窮地の中で彼を生かし続けている強さの源でもあった。
いま滝本の足元、即ち丘のふもと部には巨人たちの狂宴から逃れた両軍兵士が続々と終結しつつ合った。
当初兵士たちは、突如として戦場に現れた巨人たちに驚き恐怖したことだろう。きっと両軍の垣根を超えて応戦しようとしたに違いない。
だが、そのうち突如として同族の殺し合いを始めた巨人たちに戸惑い、今は両軍兵士とも武器を捨てもみくちゃになりながらも王都付近まで退避してきていた。
軍属が違えども遅れている兵士には互いに手を取り叱咤激励しあい、今だけはいがみ合うことを忘れ、互いに手を取り合い危機に立ち向かっているようだった。
滝本は冷静に、この状況を逆に好機だと捉えた。
ここから丘を下り兵士たちの集団に混ざれば、追手から逃れることができる。
自らの役目は【国家推進計画】の火を絶やさないことだ。
生きて【会議所】に戻り、自分の背中を押してくれた二人に状況を伝えることだ。
- 849 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その16:2021/07/04(日) 19:58:57.149 ID:vOujnt/Qo
- ―― なにをしているんだい?はやくその足を動かしなよ。
心の中に“声”が響く。分かっている、分かっているのだ。いまやろうとしたところだ。
そうして、苛立ち気に足を動かそうとした丁度その時――
「滝本スヅンショタンッ!!」
背後から投げかけられた声に、苦々しい表情で滝本は振り返った。
そこには息を上げながらも、手に携えた双剣で退路を塞いでいた斑虎が立っていた。
斑虎「全て事情はきいたッ!お前の悪事はここで終わりだ。
俺が、いや“俺たち”がお前を此処で裁くッ!」
滝本「これだから直情型の人間は困る」
滝本は背中に手を回すと、透明になっていた魔法の弓の握(にぎり)の部分を掴み、静かに取り出した。
斑虎も鋭い目を細め、まるで獲物を狩る獰猛な肉食獣のように双剣を構えた。
張り詰める緊張感。
数秒ほど、無機質で互いに心の通っていない時間が流れた。
- 850 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その17:2021/07/04(日) 19:59:43.552 ID:vOujnt/Qo
- その失った時間を取り戻すように、煤だらけになった滝本のアオザイから出る風に流れるハタハタとした音が、二人の緊張感を最大にした後に一気に破裂させた。
滝本「私の、いや“私たち”の野望はこんなところでは終わらないッ!終わらせないッ!
『マルチブルランチャー』!!」
先に動いたのは滝本の方だった。
顎を上げ上空に素早く弦を引くと、放たれた一本の光の弓矢は上空で花火のように数十にも四散し、その全てが炸裂弾となり斑虎に向かい急速に落下してきた。
斑虎「『マッシュラッシュ』ッ!」
すぐに反応した斑虎は上空の砲撃など目に止めず、自らに移動加速の魔法をかけ、その場を駆けた。
滝本の放った砲弾は追撃型で地面に落ちる寸前で向きを変え、次々と斑虎に向かっていったが、ある弾は加速した斑虎を捉えきれず爆発し、ある弾は斑虎に斬り伏せられた。
そうしながら、十数mはあった二人の距離はあっという間に縮められた。
滝本「くッ!」
身に迫った斑虎の斬撃に対し、滝本は咄嗟に弦を身体の前に出し、彼の斬撃を一度は防いだ。
しかし、彼の軟弱な身体は斑虎の放った一撃に耐えられず、その身は数m先まで吹っ飛ばされた。
それでも倒れることを奇跡的に堪えた彼は、なおもこちらに向かってくる斑虎に対し、砂地内に密かに展開していた魔法を解き放つべく、すぐに詠唱の準備に入った。
- 851 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その18:2021/07/04(日) 20:01:35.329 ID:vOujnt/Qo
- 滝本「『わたパ地雷』ッ!」
途端に斑虎の足元一帯に、仕掛けられていた赤色光の魔法陣が次々と顕になった。
斑虎「ッ!」
滝本「起動せよッ!!」
一瞬の間もなく、斑虎のいた一帯は轟音とともに途端に大爆発を起こした。
巻き起こる粉塵、砂煙に滝本はすぐに顔を背けた。
実践感覚の遅れから火力の調整を忘れ最大出力で魔法を放ったのは悪手だった。
次の動作に遅れを来す。だが、当たれば敵の身体は跡形もなく消し飛ぶから一長一短でもある。正真正銘、これが滝本にとっての必殺技だった。
あまりの爆音に前方の陸戦兵器<サッカロイド>たちを見つめていた兵士たちの一部も、驚いた表情で滝本たちのいる丘から吹き出た爆炎に目を向けていた。
それでもなおも炎上する王都の火災の一部と捉えたのか、こちらに向かってくる兵士がいないのは彼にとって幸運だった。
それでも、丘の上の滝本は満身創痍だった。
既に魔法力の大半を自身の治癒魔法と先程の攻撃魔法に充てており、魔力は枯渇しかかっている。
先程まで斑虎の立っていた場所は、巻き上がった土煙と硝煙でその姿は眼に映らない。
- 852 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その19:2021/07/04(日) 20:02:32.853 ID:vOujnt/Qo
- 死んだのだろうか。いや、死んでいてくれないと困る。
確認する手間を惜しみ、滝本はすぐにその場から駆け出そうと踵を返し――
斑虎「駄目だねえ。戦いの最中に背を向けちゃあ」
――煤にまみれた斑虎と相対した。
滝本「これは驚いた。まさか亡霊じゃないですよね?」
思わず足の止まった滝本に、黒まみれの“虎豹”はギラギラとした目を向けた。
斑虎「咄嗟に地面に突いた剣を踏み台にして跳んだから離脱できたのさ。
愛剣を一本失ったが、火力のおかげで残っていた追従弾も全部消失したし、俺にとっては良いことずくめさ」
ジリジリと後ずさる滝本に、斑虎は残った一本の剣で構えると冷たい眼差しで言い放った。
斑虎「来いよ。あんたも兵士だろ?」
その瞬間。
妙な意識に滝本は全身を支配された。
毛穴という毛穴が総毛立ち、手足の先から頭の頂点に向かい急速に血が湧き上がっていくような感覚。
頭の中が赤一色のペンキで上から塗りたくられ何も見えなくなり、考えられなくなるような先入観。
なぜだろう、なぜここまで全身が震えるのだろうか。
このような異常な感覚に出会ったことも、また制御する術も彼はまだ身につけていなかった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
- 853 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その20:2021/07/04(日) 20:03:49.310 ID:vOujnt/Qo
- 滝本は反射的に手に持った弓を投げ捨て腰の鞘から脇差(わきさし)を抜くと、がむしゃらに斑虎に突進した。
滝本「このッ、たけのこ風情がァ!!」
斑虎は、片手で持った剣の刃先で彼の一撃をすりあげると簡単に横へ払った。
相手を斬るためではなく、勢いを殺すための応じ技だ。
怒りに身を任せた突進は脇に逸らされ、滝本はそのまま無様にも丘から転げ落ちた。
転げ落ちる中で、滝本は些か冷静になっていた。
逃げなければならない。
卑怯者と罵られようとも彼との対決から逃げて【会議所】に戻り、¢と参謀の二人に計画が失敗したことを伝え、何処かに逃げ延びて再起を図るための準備をしなければならない。
此処で彼と退治しても百害あって一利もない。
そうして兵士たちのひしめき合う丘のふもとまで転げ落ちた滝本は、周りの目など気にせず、ただ手元に転がってきた脇差をじっと見つめた。
きっといま耳をすませば、心の奥底で“彼”がいつものように冷たい悪態をついていることだろう。
この行いは間違いだと。全てを無駄にする気かと。
何のために今日まで準備をしてきたのか、何が最善かを考えろと。
- 854 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その21:2021/07/04(日) 20:05:21.047 ID:vOujnt/Qo
- だから、その“雑音”を打ち消すため。
滝本は、腹の奥底からただひたすらに叫んだ。
滝本「ああああああッ!!」
すぐに起き上がり脇差を手に取ると、歩いて下ってきている斑虎に向かい再び突進した。
本能が言うことを聞かなかった。
初めて理性に反抗した。もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
この行いが正しいとは露ほども思えない。だが、内にある兵士としての矜持を、誇りを、滝本は捨てきれなかった。
それは人間ならば誰しもが通る道だった。
ただ、心の幼い彼にはこの感情が一体何であるのか、なぜこれ程までに抗えず尊いものであるかを最後まで気づくことはできなかった。
斑虎は、今度は攻撃を払わず剣身で彼の一撃を受け止めた。
そして無言で、かくも武人然とした振る舞いで、ただ剣越しに向かい合う必死の形相の滝本に対し、冷たい瞳で剣を振るった。
滝本も必死に応戦した。
相手の攻撃を見て必死に受け止める。そして相手の動きが止まったところですかさず反撃をする。
- 855 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その22:2021/07/04(日) 20:07:29.605 ID:vOujnt/Qo
- 一進一退の攻防だと感じた。
確かに斑虎は強い、いつもの自分ならば到底敵わないだろう。
だが、この必死の戦いの中で急速に成長している実感が滝本の心を支配していた。
今もまた斑虎の剣を払い反撃する。
惜しくも彼に避けられたが、数刻前までは考えられなかった進歩だ。
いつかの抹茶との会話の中で、個の存在が消えることは悲しみであるという話に疑問を持ったことがある。
その時は、現世への執着など一切なかった。ただ自分自身を心に埋め込まれた“遺志”のために動く代行者だと思っていた。
だが今は違う。
生きたい、生き続けたい。
“遺志”のために湧き上がった感情ではなく、自らの“意志”でそう感じているのだ。
この危機の中で芽生えた彼の決意は爆発的に全身に広がり、彼自身を急速に突き動かしていた。
滝本の眼の中には、明らかに今まで見えなかった希望の色が動いていた。
まだ戦える。予想外の善戦だ。
これは決して勝つことも夢ではないのではないか。そう思った。
だが、それは周りの兵士の眼からすると善戦などではなく。
二人の戦いは剣術の基礎を教えている教師と覚えの悪い下手な生徒、というような構図に過ぎなかった。
- 856 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その23:2021/07/04(日) 20:08:40.561 ID:vOujnt/Qo
- 滝本「ハァハァ…」
ほんの数分の戦闘だったが滝本にとっては恐ろしく長い時間の中で、斑虎に何十度目かの攻撃を払われ先に跪いた。彼の闘志よりも先に身体が限界を迎えていた。
斑虎「もう終わりかい?会議続きですっかり身体がなまっているんじゃないか、滝さん?」
汗だくの滝本に容赦ない言葉が投げかけられる。
元々、彼に戦闘の素質はない。魔法力も凡庸の域を出ず、会議所議長という役職でなければただの並以下の一般兵士だ。
しかし、それでも滝本には諦められない。
【会議所】を国家にするという夢を。“彼ら”を泣かせた世界への復讐を、“彼”の夢見た野望を諦めることができない。
顔中から大量の汗が吹き出し、地面にこぼれ落ちる。
疲労から目がかすれ、ふと意識を手放してしまえばその場で倒れてしまいそうだ。
今だって、戦いの最中だというのに知らずのうちに顔は地面に下がってしまっている。
そのような中で、彼はふと地面に落ちていた小汚い本と目が合った。
砂まみれになりながらも表紙に描かれていた絵には見覚えがあった。
『牢獄の正義』だ。
参謀に返し損ねて持ってきていたが、いつの間にか懐から滑り落ちてしまっていたらしい。
―― 滝本。何かあれば、俺達は三人一緒や。
そこで、滝本は急速に思い出し始めた。五日前に暗闇の通路内で三人と交わしたやり取りを。
- 857 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その24:2021/07/04(日) 20:09:37.596 ID:vOujnt/Qo
- “記憶”だ。
今の自分の中を駆け巡る熱い情動は、全て自分が生まれ変わってからの“記憶”の結果だ。
【大戦】を愛し、【会議所】を存続させ、そして¢と参謀の元に戻る。
この目的だけが今の自分を突き動かしている。
斑虎「聞いたところによると、滝さん。あんたは、ただ任務を遂行するための機械だ。
つまり意志を持たない人形だ。遠くで暴れている巨人たちと同じ、な」
少し遠巻きに周りの兵士たちが見つめている中で、斑虎は敢えてきつい言葉をかけた。
その言葉に、うなだれていた滝本はカッと目を見開くと、勢いよく顔を振り上げた。
滝本「人形だとッ!?
私はッ、私はッ!!私の意志でッ【会議所】を発展させるために努力してきたッ!
“あの人”の遺志は関係ないッ!!」
斑虎が初めて見る、理性で制御された滝本の激昂した姿だった。
滝本「ふざけるなッ!二人に約束したんだッ、また戻るとッ!
私の身体なぞどうなってもいいと思っていたッ!ただ、【会議所】を残せればそれでいいと思っていたッ!!
だが、それでは駄目なんだッ!生きて戻りこの手で【会議所】を導くッ!!
それこそが、私の“意志”だッ!!」
その時、滝本から少し離れた背後で、一体の陸戦兵器<サッカロイド>が勢いよく倒れ、その振動が大きな地鳴りとして伝わってきた。
- 858 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その25:2021/07/04(日) 20:10:36.602 ID:vOujnt/Qo
- 斑虎は気を取られ、そこに一瞬の隙ができた。
本来、戦闘の素質のない滝本なら気づかないような一瞬の隙。
しかし、今の彼は不思議と戦いの間を理解できていた。
頭で動く前に、身体が動き始めた。
滝本「あああああああああああああッ!!!」
突然の奇声に斑虎が意識を戻すと、眼前には死にものぐるいの形相で滝本が襲いかかってきたところだった。
滝本の渾身の一撃は流石の斑虎も防ぐことができず、脇差は彼の腹を勢いよく貫通した。
驚愕の顔で彼は倒れ、滝本は馬乗りになり彼の腹に脇差を何度も突き刺して刺して、刺して刺して刺して――
- 859 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その26:2021/07/04(日) 20:11:40.237 ID:vOujnt/Qo
そうは、ならなかった。
鋭い眼光で、闇雲に走ってくる彼の動きを視界に捉えた斑虎は、咄嗟に身を低くし、片手剣を左脇に構えまるで刀剣のように抜刀の構えを取った。
心技一体で古くから伝わる伝承技を放つための動作に入ったのだ。
はるか昔、大陸には鬼が存在すると言われた。
常人よりも遥かに強力で人の手には負えず、彼らは暴虐の限りを尽くした。魔法も槍もきかず、彼らの横暴に人々は泣き寝入りをし少しでも自分に火の粉が降りかからないように祈るしかなかった。
そんな跳梁跋扈した鬼たちを退治したのは、鬼退治を生業とした名もなき討伐団だったという。
彼らはみな一様に奇妙な刀を帯刀していた。
見てくれはなまくらの剣で、通常は人を斬れないほどに錆びついたものだが、一度鬼と退治した際にはまるで生き血を吸った吸血鬼のように錆が消え切れ味が蘇り、彼らの首を軽快に刎ねる名刀と化した。
人々は討伐団を崇め奉った。
全ての鬼退治を終えた帰りの道中、好奇心のある童子が飛び出してきて、最後尾を歩く一人の剣士にこう尋ねた。“どうやったらその剣で斬れるようになるの?”と。
剣士は笑ってこう答えた。
“何も特別なことをしているわけではない。『鬼』と名の付いたものしか斬らないだけだ。
また各地で鬼が出ればこの剣で斬るし、たとえ人の形をしていた鬼だとしても斬る。
もし人の心に鬼が巣食えば、その心に居座る鬼だけを断ち斬る。
この剣はあくまで人の心の写し鏡なのだ”と。
- 860 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その27:2021/07/04(日) 20:14:07.969 ID:vOujnt/Qo
斑虎「『鬼斬閃冥<おにぎりせんめい>』ッ」
短い言葉とともに腰から抜刀した剣先は、丁度眼前に迫った滝本の懐の前から肩口に向かい綺麗な弧を描いた。
剣を介し向かい合う二人の間から微かな光が漏れ出た。
果たして彼の身体から漏れたのか、剣先から発せられたものかどうかはわからない。ただ、血は一滴も吹き出なかった。
斑虎は決して彼を斬ったわけではない。
彼の心に巣食う“鬼”だけを斬ったのだ。
前任者の“遺志”という“鬼”を抱える滝本に向け、斑虎は容赦ない一撃で斬り伏せた。
何が起きたかもわからず、哀れな青髪の兵士は、力なくその場で倒れ込んだ。
斑虎は剣先を下げると、ボロボロに刃こぼれしてしまった愛剣をまじまじと眺めた。
成功したかは分からない。元々は古い書物を見て学んだ技だ。
だが、確かに手応えはあった。
- 861 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 裁きの遂行編その28:2021/07/04(日) 20:15:17.174 ID:vOujnt/Qo
- 斑虎「ここで気絶できたのはまだ良かったな、滝さん。貴方にとってこの先は辛いだろう」
ざわつく周りを尻目に、斑虎は倒れた滝本を仰向けに寝かすと、静かに立ち上がり戦場に目を向けた。
丁度、陸戦兵器<サッカロイドたち>も戦いが終わったようで、激戦を勝ち抜いた最後の一体がその巨体を空に伸ばさんと立ち上がったところだった。
一瞬、斑虎は、その巨人と目を合わせた気がした。
あの器の中に誰の魂が入っているのかはわからない。
だが、斑虎とその巨人は距離こそ離れながらも、互いに一歩も動こうとしなかった。
二人の間には、歴戦の兵士同士にしかわかりえない奇妙な間があった。
互いの戦いを称え合うような、そのような時間だった。
一瞬の沈黙の後、陸戦兵器<サッカロイド>は顔を天に上げると、自分の心臓部に手を当て、間髪を入れずに心臓部に繋がるハッチを引きちぎった。
そして、心臓部内にあった英霊の魂を自らの手で掴み出すと、空に蝶々を解き放つように、そっと大事に解き放った。
赤色の靄(もや)状の魂はふわふわと上空へ向かうも、数秒するとすぐに霧散した。
同時に意識を失った陸戦兵器<サッカロイド>は、ゼンマイの切れたブリキ人形のように力なくその場に崩れ落ちた。
最後の地響きが、王都にまで響き渡った。
壮絶な光景だった。
こうして戦いは、終わった。
- 862 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/04(日) 20:16:05.030 ID:vOujnt/Qo
- 裁きはくだされた。だが、もうひとり忘れてはならない人がいますよね。
次回、最終回!
- 863 名前:たけのこ軍:2021/07/04(日) 20:27:42.718 ID:XtUQk/Sw0
- おかし技が活かされるのがかっこいい
- 864 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2021/07/11(日) 01:08:49.132 ID:CSREfad2o
- 今週はお休みとします。
- 865 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その1:2021/07/16(金) 21:51:15.499 ID:T/xzUP.oo
- 斑虎の眼に映る戦場は、一見すると先程までと何も変わらないように見えたが、よく目を凝らしてみれば透き通った陸戦兵器<サッカロイド>の残骸で散らばっていた。
英霊の魂無きいまとなってみれば、いよいよ判別がつきにくい。
戦場に巨人は折り重なるように無残に斃れ、その巨人たちを率いていた滝本も斬り伏せたことで、遂に【会議所】の一連の襲撃は終りを迎えた。
ただ、そう理解できているのは斑虎だけで、大多数の兵士たちには未だ何が起きているか分かっていないように呆然と立ち尽くしていた。
それは自分たちを襲ったかと思えばすぐに同胞たちで殺し合った透明体の巨人が斃れ伏し、戦場に静寂が訪れたいまもなお同じだった。
彼らの顔には一様に不安気と戸惑いの色が張り付いたままだった。
この異常な事態に終わりが来ることで先程の戦闘にまた戻らないといけないのかどうか個人では判断できず、敢えて目の前の非日常の状況を受け入れているようにも斑虎には見えた。
その凡庸な輪から外れた一部の勇敢な兵士たちは既に王都の消火活動を始めていた。
彼らは目の前の真実を受け入れ、自分がいま為すべきことを理解したのだろう。そして不思議なことに、その作業には公国軍兵士も多く参加していた。
斑虎も他の兵士を消火に向かわせようと声を出そうとした直前に、彼の背後からよく知る者の声が聞こえてきた。
Tejas「斑虎さんッ!」
その声に勢いよく斑虎が振り返ると、煤まみれのTejasと彼の肩に抱えられながらぐったりとしたsomeoneの二人が丘を丁度下りきったところだった。
- 866 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その2:2021/07/16(金) 21:51:47.100 ID:T/xzUP.oo
- 斑虎「someoneッ!大丈夫なのかッ!」
someoneは静かに顔を上げると、気丈な様子で頭を振った。
someone「ただの魔力切れに、ここ最近の心労が重なっただけだから」
“それよりも”と未だ顔を青ざめながら、眼前の親友は言葉を切り、真剣な眼差しでこちらの言葉を待っているようだった。
斑虎は足元で気絶している滝本二人に目で示すと、白い歯を見せ親指を突き立てた。
斑虎「“約束”は守ったぜッ」
そこで安心したようにsomeoneは口元を緩めた。
Tejasも隣で“おお”と感嘆の声を上げた。
Tejas「まったく、あんたたちは大した“英雄”さまだ」
someone「Tejasさんもね…でも、こんなの【大戦】でたけのこ軍に囲まれた時と同じくらい楽ちんさ」
斑虎とTejasは一瞬きょとんとし、すぐに笑い出した。
斑虎「言葉と態度がまるで合ってないなッ」
その言葉に、someoneも可笑しくなったのか表情を崩すと、三人は声を出して笑いあった。
先程まで繰り広げられた死闘は嘘のように、そこにはまるで【大戦】終わりの両軍兵士が陽気に話し合うような、高揚として愉快な雰囲気があった。
- 867 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その3:2021/07/16(金) 21:52:43.555 ID:T/xzUP.oo
- 周りの兵士たちは、そんな三人の愉しげな様子をただ遠巻きに眺めていた。
事情こそ飲み込めないものの、いまの彼らはまるで大仕事をやり遂げたようなやり遂げた兵士の顔をしており、中心にいる彼らから発せられる空気は他の者の眼からは桃源郷のように映った。
肩を震わせている彼らを見た全員は、まるで最初から戦争など無かったかのような錯覚に陥りまでした。
今すぐにでもその輪に加わり武器を投げ捨て隣人と手を取り、肩を組み、思いっきり叫びたいという思いは各人に芽生えていた。
だが、ある種神聖な空間に不完全な自分たちが混ざると失礼ではないか、足を踏み入れることで空気が壊れてしまわないか。
そう善良な兵士たちは憚(はばか)ったのだ。
きっと、あの場に“土足”で入り込めるのは空気の読めない無遠慮な人間か、明確な悪意を持った兵士か。
もしくは、故意の意識すらない“純粋な悪意”を纏(まと)った兵士だけだろうと、周りの兵士たちは感じた。
そう遠慮する彼らを横目に、一人の兵士が遠慮なく“土足”でその場に入り込んだ。
「いやあ。見事、見事だったねえッ!」
突如、素っ頓狂な程に明るい声が響き渡り、三人を含む一同はギョッとした。
三人を囲んでいた群衆の中から、すぐに一人の兵士がぬっと現れ出た。
彼は全身を銀甲冑で纏った公国軍兵士だった。
- 868 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その4:2021/07/16(金) 21:53:56.560 ID:T/xzUP.oo
- 辺りの騒然とした空気を物ともせず、ガントレットに覆われた両の手から乾いた拍手音を繰り返し響かせながら、彼は斑虎たちの前に近づいてきた。
「一部始終を見ていたよ。今まで見たどの劇よりもおもしろかったし、すごい迫力だったよ」
斑虎たちの前で止まると、彼は勿体ぶった役者のように静かに手を下ろした。
上背のある体つきのようだが、なにしろ全身が甲冑なので首から下の体躯は窺い知れない。
また、砂埃に塗れたのか、少し光沢を失ったヘルメットで覆われた頭部は、目元のスリット越しにも彼の顔を捉えられない。
不思議と斑虎にはこの兵士の声に覚えがあった。
鈴の音のように柔らかく響く高い声、恐らく女性だろう。
何処で聴いたのか、彼は咄嗟に思い出せず思案気に眉をひそめた。この高身長の人間と声による朧気な記憶とが適合しないのだ。
someone「Tejasさん、もう大丈夫です。自分で歩けます」
うんうんと悩む斑虎の横で、件の兵士を睨んだままsomeoneは静かに立ち上がった。
先程までの和やかな気は消え失せ、今の彼には先程の王都で陸戦兵器<サッカロイド>や滝本と対決した時のような、“鋭利”な気を身にまとわせていた。
そして先程までは打って変わり、強い口調で彼は語りかけた。
someone「見ていただけたのなら分かったでしょう?
戦いは決しました。
791先生。
いえ…“宮廷魔術師”791」
斑虎を含めた周りの兵士たちは再度意表を突かれたように目を丸くし、睨み合ったままの二人を凝視した。
- 869 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その5:2021/07/16(金) 21:54:38.902 ID:T/xzUP.oo
- 斑虎「791さんだってッ!?
someoneッ、あの人はいま公国にいるんじゃないのかよッ!」
「バレちゃあ、しかたないなあ」
甲冑の兵士は、斑虎の焦った声から比べると呆れるほどに呑気な声を出すと、顔を覆う面甲の部分をあっさりと上部にスライドさせた。
顔の現るはずの部分には、“何もなかった”。
本来顔のある部分は空っぽで、三人の目にはヘルメットの背面内の生々しい鉛色が映っていた。
顔だけではなく全身も同じく透明人間のように空っぽなのだろう。甲冑の中身は、恐ろしいほど暗い空洞だった。
斑虎はすぐに合点がいったように目をパチクリさせた。
斑虎「なるほど、これが、【使い魔】というやつか…」
Tejas「なにを驚いているんだ。さっき霊歌を見ただろう?あ、そうか。斑虎さんは見てないのか」
突然の彼女の登場に、周りの兵士たちの中でも特に公国軍兵たちは、にわかにざわつき始めていた。
そのどよめきに、斑虎は何か嫌な気配を感じ取った。まるで、おとなしかった肉食獣がふとした拍子で興奮し再び暴れ出す直前のような、そのような荒々しく不気味な空気だ。
「“戦いは決した”?おもしろいことを言うね、someone」
【使い魔】は首を僅かに横に傾けると、文字通り表情こそ無いものの声で嘲笑った。
それは“何を寝ぼけたことを言っているのか”とでも言いたげな嘲笑の成分を含んだものだった。
- 870 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その6:2021/07/16(金) 21:55:50.305 ID:T/xzUP.oo
- 「戦いは“中断”されていただけだよ、someone。
何も決してはいない。
突然、【会議所】が大きな玩具<おもちゃ>を持ってきて暴れたから水を差されちゃったけど、すぐに戦いを再開しないといけない。
それが、公国軍の使命なんだ」
空っぽの甲冑の中で反響し外に発信される彼女の朗らかな声は、周りの兵士たちの耳に不思議とよく響いた。
兵士たちのざわめきの声は大きくなった。
彼らの声の中には不安だけではなく、怒号のような成分も含まれていた。一部の兵士は、まるで感情を取り戻し自分たちの本来の目的を思い出したかのように声を荒げ、彼女の言葉に賛同するように鼻息を荒くしている。
場が混沌に支配されつつある中、someoneは怯むことなく、甲冑の空洞の中にある一点だけをただ睨み続けていた。
someone「それはできません。
貴方もこの光景を見ているでしょう。
窮地に際し、オレオ王国兵とカキシード公国軍兵は手を取り合い助け合いました。
兵士間で争いの感情はもう残っていません。
戦いは、無意味です」
彼の言葉に、いよいよ両軍兵士たちは最大級の喧騒に包まれた。
困惑し嘆く者もいれば怒り散らす者もいる。
だが、大多数の人間は勇気を振り絞り、彼に同調の叫びを上げていた。
再び訪れるかもしれない戦場での悲惨な未来を防ぎたく、その行く末を公国の“影の支配者”と対峙する彼に全て任せたのだ。
暫くすると統率の取れていなかったざわめきは一様に、ボロボロのローブを身にまとった小さな魔法使いを後押しする声援に変わっていた。
- 871 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その7:2021/07/16(金) 21:56:26.165 ID:T/xzUP.oo
- そんな彼らを尻目に【使い魔】は一歩足を進めると、そっとsomeoneたち三人だけに聞こえるように囁いた。
「そんなことは、どうとでもなるんだよねえ。
たとえば、いまここで私が王国兵を一人刺すとする。
どうなると思う?
この淀んでふわふわとした不安定な空気はすぐに破裂して、争いと憎しみの怨嗟が再び蔓延する。
王国兵は斃れた仲間のために立ち上がり、公国軍兵も当初の目的を思い出したかのように武器を手に取る。
こうしてすぐに戦いは再開される。そうだよね?」
斑虎は、そこで初めて791の本性を垣間見た気がした。
悪意に満ちた声ではない。小鳥が囀るように穏やかな声。
その声色は、普段喋っている彼女のものと特段変わりはない。
それこそが、彼女の底しれぬ悪意を如実に表していた。
純粋な悪意。悪意だと思わないことが既に完璧な悪なのだ。
彼女の言葉からは、ひしひしとその気を感じる。
斑虎にとってこれまで対峙してきた敵とは一線を画す、明らかに異質な存在だった。
- 872 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その8:2021/07/16(金) 21:57:49.023 ID:T/xzUP.oo
- 驚愕した彼とTejasに対し、someoneは今更怖じ気づくこともなく、近づいてきた【使い魔】に対し、寧ろさらに眉を吊り上げた。
someone「貴方の目論見は完全に崩れ去りました。
【会議所】の企みを貴方は想定できていなかった。貴方は負けたんです。
即刻、王国から手をひいてください」
【使い魔】は甲冑をキシキシと揺らしながら、くすくすと笑い声をあげた。
「私が負けたのは【会議所】にじゃない。
君にだよ、someone。
君の暴走を制御できなかった私の見込みの甘さが敗因だ」
“でもね”と、彼女は続けた。
「君の優先順位の中で、私が一番でないということはわかったよ。
でも、君の行動はお世辞にも褒められたものではないよね。
恩師に従うフリをしながら裏では【会議所】勢とも通じ、こちらに戻ったら戻ったで恩師を裏切り、結果として【会議所】をも裏切る。
裏切りに次ぐ裏切りだ。
こんな不義理な英雄を、世界が許していいものかね?」
someoneの顔がサッと険しくなったことを見逃さず、791は間違いを咎める教師のように彼を執拗に責め立てた。
- 873 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その9:2021/07/16(金) 21:59:34.579 ID:T/xzUP.oo
- 「授業でも言ったよね?
“裏切りとは甘い蜜だが奈落の底への始まりだ”とね。
君はそんな堕落した自分に、胸を張ることができるのかな?」
斑虎「お言葉ですが791さんッ!彼は――」
someoneは無言のまま、斑虎を手で制した。
こちらに顔を向けた驚いた彼と目が合い、someoneは咄嗟に微笑んだ。
“大丈夫だ”と。
いわば、これは過去との訣別。
これからの未来を歩む上で、決して避けては通れない儀礼。
ここで彼女から逃げてしまっては真の終戦とは言えないのだと、彼の本能が理解していた。
そんな彼の心情を理解したのか、斑虎は後押しするように口元に一度微笑をつくると、一歩だけ後ろに下がった。
“ありがとう”と心の中で呟くと、someoneは改めて【使い魔】越しに791と対峙した。
someone「許される行いではないと思っています。
まずは弟子“であった”身として、先生を裏切ってしまい本当に申し訳ありませんでした」
そうして、someoneは一度だけ頭を下げた。
思えば、彼女の前で本心を口にしたのは久々かもしれない。
- 874 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その10:2021/07/16(金) 22:00:48.104 ID:T/xzUP.oo
- someone「ですが。僕は貴方の考えを受け入れられませんでした。
No.11のように、許容できる器量の広さも無かった。
何より、自分を変えてくれた仲間たちを、まるで蟻を踏み潰すかのようにぞんざいに扱う貴方の振る舞いを、決して赦すことができなかった」
いつしか、あれ程ざわついていた周囲はしんと静まり返っていた。
someoneは気にすることなく、胸中に満ちる思いの丈を懸命に言葉に変える。
someone「加古川さんからの手紙で真実を知ったとき。何日も悩みました。真実を貴方に打ち明けるべきか否か。
悩み続けた結果、斑虎が“答え”を教えてくれたんです。
“何も気にせず、自分の心で感じたままを行動に移せばいい”と。
それこそが“正義”だと」
喋り続けていた中で、someoneの脳内にはあの日の光景が思い浮かんでいた。
彼が自分を救い出してくれた運命の日を、“正義の火”を自覚し敷かれたレールから外れ覚悟を持って進み始めたあの日のことが昨日のように思い出された。
someoneの胸が途端に激しく鼓動して、同時に口の中が突然カラカラに乾いていくのを感じた。ここまで啖呵を切るのは初めてだから慣れていないのかもしれない。
続いて目眩も起きる。
体調は完全に戻ったわけではない。正直に言えば、気を抜いてしまえばその場で倒れてしまうほどに疲弊している。
それでも“正義の火”を心で燃やし続けながら、彼は既のところで意識を保ち、目の前に立ちはだかる強大な“敵”と向かい合っていた。
逃げてはいけない。決して背を向けてもいけない。
自覚しなければいけない。彼女は暗闇の中で自分を導いてくれた“恩師”であり、同時に自らの理想を阻む“大敵”であると。
- 875 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その11:2021/07/16(金) 22:01:40.898 ID:T/xzUP.oo
- someone「だから、僕は決意したんです。
僕を変えてくれた“公明正大”な【会議所】のために動くと。
公国のsomeoneではなく。【会議所】のsomeoneとして。
貴方の野望を砕き、滝本さんの横暴を阻止すると。
そう誓ったんです。
僕にとっての正義とは。こういうことです。
791先生」
長い沈黙だった。
誰も一切の言葉を発さなかった。
少し離れた場所からは燃え盛る王都を鎮火させようと、懸命に努力する兵士たちの声だけがただ全員の耳にこだまのように響いていた。
斑虎とTejas、そして二人のやりとりを全く把握できない周りの聴衆たちまでもが並々ならない空気を感じ取り、固唾を飲んで二人を見守っていた。
- 876 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その12:2021/07/16(金) 22:02:36.491 ID:T/xzUP.oo
- 【使い魔】はずっと顎に手を当て何か考える素振りを見せていたが、暫くすると再びsomeoneに顔を向けた。
「私がいまどんなことを考えているか分かるかい、someone?」
someone「きっと…怒っていると思います」
【使い魔】は人差し指を立て、その指をくるくると回し始めた。
「半分は正解。
確かに、為政者の目としてから見ると、君は私の計画をめちゃくちゃにした大戦犯だ。
正直、いま目の前に君がいたらめちゃくちゃにしちゃうぐらいは怒ってる。
まあ、でも多分、私よりも隣にいるNo.11の方が怒っているけどね」
まだ見たこともない公国宮殿の修羅場を想像し、斑虎は内心冷や汗をかいた。
「でもね。小さい頃からの君を見ていた私からすると、素直に“嬉しい”んだよ。
ここまで強い意思を見せるようになった君は、随分と眩しい存在になった。
素晴らしい、素晴らしいよsomeone。
私の目に狂いはなかった。
それだけに君を手放さくちゃいけないのが、とても惜しい」
“最後に一つ訊くね”と、【使い魔】は淡々と言葉を続けた。
- 877 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その13:2021/07/16(金) 22:03:36.593 ID:T/xzUP.oo
- 「もし、それでも私が公国軍を指揮して、王国を攻めようとしたら。
君はどうする?someone」
―― 君はどうする?someone。
幼い頃から何度も聞いてきたフレーズにsomeoneの脳内にはかつての風景が一瞬だけ思い出され、彼は目を大きく見開いた。
しかしすぐに深く大きな息を吐き出すと、次の瞬間鋭い目つきで再び彼女と向き合った。
それは先程までの睨みとは違い、まるで先生からの質問に答えるような“真剣”な眼差しの色を瞳に宿していた。
someone「簡単なことです。
ありとあらゆる世界中に。
貴方の秘密。貴方が公爵に仕掛けた一連の謀略を、嘘偽りなく話すだけです」
「強くなったね、someone…君はもう立派な【魔術師】だ」
【使い魔】は人差し指をゆっくりと手のひらの中にたたむと、はらりと手を下ろした。
なぜだか、その時someoneの胸が一瞬だけ痛んだ。まち針でほんの瞬間的に爪先を刺されたような感覚。だが、彼は生涯この痛みを忘れないだろうと思った。
- 878 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その14:2021/07/16(金) 22:04:35.593 ID:T/xzUP.oo
- 次の瞬間、【使い魔】は勢いよく振り返った。
そして、事情を飲み込めずにぽかんとした顔のままでいる群衆に向かい、勢いよく諸手を振り挙げた。
「皆の衆ッ!特に公国軍兵よ、聞くがいいッ!
私はカキシード公国の791であるッ!諸君らに【使い魔】の姿を通じ語りかけているッ!」
魔法の拡声器で戦場中に響き渡った彼女の声は、全ての兵士の動きを静止させた。
「諸君らの働き、祖国の未来を案じてのことだと思い、真に胸が張り裂ける思いであるッ!
全てカメ=ライス公爵の指示の下で国に命を預けた英雄だ。
だが、聞けッ!英雄たちよ!
その公爵本人は民を抑圧し、一連の不条理な戦いを仕掛けたことで大きな不興を買い、ついにその怒りが国中で爆発した。
そして、つい先刻のことだッ!
既に民の力により、賢主の座を降ろされたッ!
公爵は、追放されたッ!」
全員の息を呑む声が聞こえてきた。
791は構わずに捲し立てた。
- 879 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その15:2021/07/16(金) 22:12:25.118 ID:T/xzUP.oo
- 「此処に、“新・元首”791が命ずッ!
即刻、“道理”の無いこの戦いを、放棄せよッ!
公爵の私利私欲のまま王国へ侵攻したこの戦いに、道理などないッ!
全軍、直ちに引き上げだッ!!」
一瞬の沈黙の後、すぐに両軍兵士は歓喜の雄叫びを上げた。
皆は手にもった銃と剣をその場に投げ捨て、敵同士ということを忘れ互いの甲冑を激しく擦りながら抱擁し、ひたすらに叫んだ。
先程までの巨人の地鳴りに負けないような歓喜のうねりが大地を包みこみ、彼らに喜びと生の実感を染み込ませたのだった。
somoneたち三人は、最初その光景を遠巻きにただ眺めていた。
だが、焚き火にあたるように、心の奥底からじんわりと温かみが広がっていくように次第に顔をほころばせ自分たちが成し遂げた事の重大さをようやく理解したのだった。
Tejasと斑虎はすぐに小さな英雄の下に駆けつけた。彼は未だ放心しているのか顔を少し強張らせたままで、その様子がおかしくて二人は笑いあった。
すぐに兵士たちは英雄を讃えるべく三人の下に集ってきた。その熱量にあてられ、ようやくsomoneも意識を戻し徐々に頬を紅潮させていったのだった。
「じゃあね、someone」
何度目かの握手を求められたとき、歓喜の渦の中でポツリと耳に届いた声に、someoneは思わずハッとし辺りを見回した。
しかし、先程まで立っていた場所に、もう彼女の姿は何処にも無かった。どこか儚く寂しい風が、一瞬吹き抜けた。
- 880 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その16:2021/07/16(金) 22:13:37.937 ID:T/xzUP.oo
その後、両軍兵士が協力し負傷兵の手当てや看病を行い、また夜半まで協力して燃え盛る王都を鎮火させた一連の出来事は、この“チョコ戦争”を語る上でとても重要な顛末である。
公国軍兵はいの一番に甲冑を脱ぎ捨て、次いで王国軍兵も慣れない鎧をやっとのことで取り払い、身軽になった彼らはそこで初めて互いに顔合わせをして驚きすぐに笑顔になった。
なんということはない、彼らは同じ人間だったのだ。
互いの国籍やいがみ合い、憎しみをすぐに取り払い、国家間で和平に向けた話し合いが行われる前に、既に戦場にいる兵士たちは平和へ向けた歩みを真っ先に表したのだった。
白馬に跨り遅れて三人の下に馳せ参じたナビス国王も、先程までの791の話を聞いていたのか、斑虎たちに歩み寄ると深々と頭を下げた。
ナビス国王「斑虎くん。本当にありがとう。みんな、ありがとう…ありがとう」
斑虎「私ではありません。someoneとTejasさんを褒めてやってください。
彼らは、間違いなく今回の“英雄”ですよ」
深々と頭を下げたままの国王の前で斑虎は困ったように肩をすくめると、横で同じく苦笑しているsomeoneとTejasに向かい、“そうだよな?”と含みのある視線を送った。
Tejas「【大戦】できのこ軍が勝った時よりも気持ちの良いものだな。存外悪くない」
Tejasはその場で座り込み、目の前で続いている歓喜の様子を嬉しそうに眺めているようだった。
- 881 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その17:2021/07/16(金) 22:15:02.492 ID:T/xzUP.oo
- 疲れから、同じくぺたりと座り込んだsomeoneもぼうとその光景を眺めていたが、暫くするとおもむろにローブの中のポケットをまさぐった。
すぐにツルツルとした感覚が手に返ってきた。
投獄されてもずっと奪われずに潜ませていた甲斐があった。
彼には少し大人びたグレイン柄のパイプをsomeoneはすぐに取り出した。パイプは一連の動乱を経ても傷一つなく艶が保たれていた。
久々に口に咥え、火もつけていないのに口にパイプの“馴染む”感覚を暫し堪能する。
一ヶ月ぶりだというのに大分昔のように感じる。
ひとしきり時間をかけた後、someoneはいつもの癖で火を点けようと爪先に意識を集中させた。
だが、一向に火は灯らない。
どうやら正真正銘、魔力が尽きてしまったようだった。
- 882 名前:Episode:“トロイの木馬” someone 正義の対峙編その18:2021/07/16(金) 22:18:36.929 ID:T/xzUP.oo
- 困った顔の彼の目の前に、上からすっと蛍火が下りてきた。
ふと顔を上げると、そこには爪先に火を灯す“親友”の姿があった。
斑虎「しょうがねえな、特別だぞ?」
someoneは嬉しそうに頷くとパイプを咥えなおした。
そして、彼から貰った火でパイプの中をゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて蒸(ふか)し始めた。
黒煙で覆われていた上空の空は、いつの間にか綺麗に晴れ渡っていた。
そこに一本だけ薄い煙が立ち込めてきた。
陽射しを受けキラキラと反射しながら、煙は澄みきった空に向かいただ伸びていった。
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