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アラウンド・ヒル ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:04:42.583 ID:DeJrbXDs0
青年テペロは、あてもない旅を数年も続けていた。

ある時、鬱蒼とした森に迷い込んだテペロは森の中に建つ奇妙な塔にたどり着く。
彼はある集落を探していた。塔に住む社長という人物から、周辺一帯がKコア・ビレッジという村だと聞くが、その名は彼の目指す村ではなかった。

失意の中で眠りにつけば、遠くから号砲が鳴り響く。
Kコア・ビレッジには奇妙な風習があった。
広大な土地に僅か9人の村民だけで暮らすこの村では、不定期に村民同士が最後の一人の勝者を決めるまで争い合う、物騒な遊びが行われていたのだ。

彼らはその遊びを“大戦”と呼んでいた。

奇しくもその夜が“大戦”日だった。
テペロは社長に頼みこみ戦いに同行することにした。中心部の市街地では既に銃弾が飛び交い、硝煙漂う戦場と化していた。
顔から血の気が引く思いでただ進む、そして敵からの奇襲を受け意識を手放す直前、テペロの脳裏には中心部にそびえる小高い丘が映っていた。

あの丘の上から見る夜空はどんなに近くて美しいんだろうかーー


9人の妙な村民の住む奇妙な村で、青年テペロと彼らの運命は回り始める。   


              アラウンド・ヒル


2 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:14:44.250 ID:4Wr1OiFQo
本ssは奇妙な村を舞台にした、ハートフルバトル短編集ストーリーを予定しています。
各タイトルはそこまで長くなく、短くする予定です(希望込み)

ムーミンのような短編集のイメージで考えていますので、タイトルの発表は今後不定期となりますが、投稿が始まったら更新は定期的に行う予定です。
イメージとしては、バトル物が付いたムーミンバトル系ssのような感じとお考えください。

wikiでも同時更新していきますので、まとめて読む場合はこちらから見るのもおすすめです。

アラウンド・ヒルssまとめ
https://seesaawiki.jp/kinotakelejend/d/%a5%a2%a5%e9%a5%a6%a5%f3%a5%c9%a1%a6%a5%d2%a5%ebss%a4%de%a4%c8%a4%e1

3 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:19:03.804 ID:4Wr1OiFQo
━†世界観†━

◆Kコア・ビレッジ
人里離れた奥地に存在する広大な村落。村民は9人しかいない。
村民たちはお互いには干渉しない自給自足の優雅な生活を送っている。

一帯の中央には小高い「バーボンの丘」があり、ビレッジの象徴的存在にもなっている。
丘の周りには朽ちた集落の跡地が広がり、大戦では市街地戦の戦場として活用されている。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/46/K-core%20Village_name_hide.jpg


━†キーワード†━
◆大戦
バーボンの丘付近で不定期に開催される戦いの総称。
戦いの規定はその時々により異なり、最近ではバトル・ロワイアル戦(殲滅戦)がほとんど。
ルールは住民たちの希望で変わることもある。

バーボンの丘の麓にある朽ちた集落を使った市街戦や、森林でのゲリラ戦、丘陵地帯での殲滅戦など村民は村一帯を戦場として夜通し戦い続ける。


4 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:37:44.647 ID:4Wr1OiFQo
━†登場人物†━
◆アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜

・テペロ
二つ名:流浪の旅人、所属:旅人

この物語の主人公。その日暮らしでアテのない旅を続けている。
森に迷い、社長に出会うことでKコア・ビレッジへと迷い込む。
髪はボサボサ、常に口は半開きで半笑いなので、よく底の知れない人物だと言われる。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/47/best.png

・社長
二つ名:奇妙な塔に住む変人、所属:ガトーの森

Kコア・ビレッジに住む村民。
森の中にある傾いた塔に住み、大量の猫とメイドと住む変人。
日夜発明に没頭しているが、あまり成果は芳しくない。
引き籠もり体質で外にはほとんど出ず、猫だけが気の許せる話し相手。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/48/another2.png

・ブラック
二つ名:一流メイド、所属:ガトーの森

社長のメイド。
大量の猫と社長の世話をしている。
引き籠もり体質の社長の代わりに村に赴くこともあるが、用がなければ家から出ない。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

5 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 19:44:36.554 ID:4Wr1OiFQo
では投稿します。
今回は一作目 アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜です。
初回なのでちょっと多めの更新になります。

6 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その1:2023/01/07(土) 19:46:45.763 ID:4Wr1OiFQo

流星群を初めて見た夜のことは、今でもはっきり覚えています。

あれは子供の頃、初めて大人の許可を取らずに外へ出た時のことでした。
数十年に一度出現するというなんちゃら流星群を見ると息巻いていた悪友に半ば唆(そそのか)されるように、部屋の外へ飛び出したのです。

夜の世界は、憂鬱な昼間とは一転して非日常で、圧巻の一言に尽きました。
夜空を覆い瞬く大量の星々と、その合間を縫うように何本もの光の尾を引く流星群の数々。普段なら幻想的で神秘な眼前の光景にさぞ興奮したことでしょう。

ですが、いま思い出しても恥ずかしいのですが、その時の僕は運動終わりで酷くお腹が空いていて、あろうことか夜空の星々を眺めながら、「美味しそうだ」と思ってしまったのです。
当時、嗅いだことも見たこともない“チョコでコーティングしたパン”なる存在に心を奪われており、あろうことか真っ暗な夜空をチョコに、煌めく星々をコーティングした砂糖菓子に見立て、夢想してしまったのです。

僕がありのまま感じたその話を友人に披露してみると、彼らは一瞬ポカンとした後に、すぐに夜の世界に反響するほどの笑い声を響かせました。その時になって僕は心で感じた気持ちを他人へ素直に話すことの、ある種の危険性を学びましたが、同時に、僕を誘った彼らの笑いが悪意のあるものではなく暖かいもので、なにかこそばゆい感覚であったことを今でも覚えています。

結局この歳になっても幻の“チョコパン”なるものにはありつけていませんが、僕にとって満天の星空と流星群は、今も「美味しそう」という食欲を与え、同時に少年時代に感じた少しの気恥ずかしさを思い出させてくれる存在なのです。



7 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その2:2023/01/07(土) 19:48:35.616 ID:4Wr1OiFQo

ですので、いま上空で綿あめのように弾け、散り散りになっていく流星群の尾を見て「ああ、お腹が空いたなあ」と思ってしまうのは、きっとごく自然の生理現象なのです。
夜空の中で数百本程度に分かれた光の尾は、瞬く間に僕の立っている方へぐんぐんと加速して迫りました。そして次の瞬間に、綿あめとは比べ物にならないほど大きな炸裂音を響かせ、その場で勢いよく爆ぜました。

「テペロ君、大丈夫ですかッ?!」

爆風で吹き飛ばされ転がった僕に駆け寄り心配そうに声をかけたのは、昼間に出会った社長さんという人物です。普段の話し方や振る舞いは変人なのですが、緊急事態になるとどうやらまともになるようです。

「やっぱりここは危険デス、はやく家に戻りましょうッ」

数秒遅れで、頭を激しく揺らされた時のような不快感が伝わり、流星群だと思った光の尾は、遠くから放たれた魔法の光弾で、僕のいる隊を狙い発射されたということだけかろうじて理解できました。

返事もできないことを深刻と見たのか、社長さんは有無を言わさず僕を抱え上げ、陣地のある教会まで下ってきました。市街地でも、既に激しい銃撃戦が展開されていました。

「大丈夫?」

鈴鶴(すずる)さんという味方の女性が、ぐったりとしている僕の様子を見て訝しげに訊きました。僕は咄嗟に、「大丈夫ですよ」と答えようとして、唇が無自覚に震え、声も出せない状態にいることに驚愕しました。震えはすぐに手先から全身にも伝わり、まるで生まれたての子鹿のように身体の制御ができなくなったのです。



8 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その3:2023/01/07(土) 19:49:40.045 ID:4Wr1OiFQo
「無理もないデス。いきなり“大戦”を経験するのは荷が重い――」
「敵に非戦闘員の彼の話をして一時停戦を申し入れるべきね。此処にいては無事を保証できない――」

唐突に、彼らの話し声が次第に耳から遠のいていく感覚と同時に、視界が暗転し始めました。
物理的に彼らの距離は離れてはいないのに、二人の存在が急速に離れていくような異変の正体は、過去に何度も経験しているから理解しています。二人が離れているのではなく、僕の意識が二人から離れていく途中なのです。

ひどい眠気、そして迫りくる吐き気。

意識を手放す直前、最初に脳裏に浮かんだのは、今日次々に起きたとても不思議な出来事たち。
そして、瞼の裏に浮かんだ最後の光景は、途中で引き返した小高い丘を無事登りきり、純美な夜空をその丘の頂上から眺める風景だったのです。




9 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その4:2023/01/07(土) 19:50:11.215 ID:4Wr1OiFQo



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アラウンド・ヒル 〜テペロと妙な村〜

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10 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その5:2023/01/07(土) 19:54:01.873 ID:4Wr1OiFQo
先ほどお話しした、今夜の異常な事態から遡ること半日ほど前。
僕を取り巻く環境は、まだ平穏そのものでした。

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パキリと、森の中で僕の汚れたブーツが枯れ枝を踏み抜いてしまえば、頭上で小鳥が軽やかな囀りを始めます。もう一度別の小枝を踏めば、別の小鳥も続いて鳴きだす、なんと平和な光景でしょうか。これが今日何度目かの出来事でなければ、僕は今頃小鳥と一緒にハミングしセッションを楽しんでいたかもしれません。

「これは迷ったか、困ったなあ」

眼の前の木々の配置には見覚えがあり、そのうち手前の古ぼけた大木の表皮には、遭難防止のために数日前に僕自身がナイフで削った印が見えました。
このような経験は初めてではありませんが、空腹で目眩が収まらない今の状況下では些(いささ)かタイミングが悪いと感じました。カーゴパンツのポケットをまさぐっても、数日前の木の実の殻ぐらいしか出てきません。
気を紛らわせるために、ナイフの削り後から少しでも樹液が出てないか目を凝らしてみたものの、めくり上がった樹皮の生々しい白さがまるで嫌らしい紳士のむき出しになった白すぎる歯のように見えて、余計に気が滅入るだけでした。

背中を大木につけ休息を取っていると、突如背後からか細い鳴き声が響きました。いつの間にか小鳥の演奏会は終わり、鬱蒼(うっそう)と茂った森には風音以外の音が消えていました。
空腹を堪えて振り返りましたが、目標の存在を視認できると、手に取ったサバイバルナイフを鎮痛な思いで仕舞いました。

「なんだ、猫かあ」

野生の黒猫の、野生らしからぬ呆けた鳴き声でした。たくさんの落ち葉が連なったふかふかの土の上で気持ちよさそうに丸まっています。
旅を続ける中で色々な動物を狩ってきましたが、猫はどうにも調理する気になれません。彼らは集団生活を好まず単独で行動する習性があると聞きます。その自由奔放でマイペースな性格は、不思議と今の僕自身にも当てはまるのではないかと思いました。
彼らの自由を奪うことは、ふらふらと旅を続けている僕の首を切ることとまるで同じように思えたのです。
気がつけば僕も大木を背に座り込み、他の獲物を探すことも忘れ、遠くからぼうと眺めることにしました。


11 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その6:2023/01/07(土) 19:54:57.308 ID:4Wr1OiFQo
暫くして、この黒猫について二つの事実を発見しました。

まず、人を怖がらないことです。野生の猫は外敵への備えから感性を人一倍尖らせ通常であれば近づくことさえ容易ではありません。黒猫は途中でこちらに気づいたように一瞥だけくれましたが、フンと鼻息を鳴らしすぐに二度寝に戻りました。明らかにこちらを外敵と見ていないか、それとも知能の低い動物だと見ているか、もしくはその両方だと考えているに違いありません。

次に、黒猫の毛並みの良さです。野生特有の毛羽立ちはなく、明らかに誰かが毛づくろいをしたかのようなツヤと高潔さを備えています。一方で僕自身はあちこちに跳ねたクシャクシャの髪型に血色の悪い顔色で、むしろこちらのほうが余程野生児らしい気がします。
少し複雑な気分にこそなりはしましたが、

「こいつの住処に付いていけば、もしかしたら人里に出られるかもしれないな」

と、すぐに考えを切り替えたのでした。

━†━━†━━†━

深山幽谷(しんざんゆうこく)な森林地帯に人間の痕跡があるのか不安でしたが、黒猫の後をついて歩けば、果たして到着した彼の住まいは、奇妙な“塔”でした。

煉瓦でできたとんがり帽子のような塔の鋒(きっさき)は、心なしか少し傾いており、全体的にくしゃりと歪み、薄気味悪く感じます。仮にここで怪しい黒ミサを開くと言っても建物自体の禍々しさに気圧され信者は二の足を踏むことでしょう。

「ここに人が住んでいるとは考えづらいけど、この中にお前のご主人がいるのかい?」

のっそりと森の中を闊歩する黒猫は、澄まし顔で僕の問いに鼻息一つで応えると、塔の脇に回りさっさと姿を消してしまいました。
僕は塔の入り口たるドアの前に立ち、念のため数度ノックしましたが何の変化もないので、儀礼的に一度深い溜息を吐いた後、扉のコックを回しすんなりと中へ入ったのでした。


12 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その7:2023/01/07(土) 19:56:21.617 ID:4Wr1OiFQo
━†━━†━━†━

おどろおどろしい外観に比べ、塔の中は存外生活的でした。
玄関には明るい朱のカーペットが敷かれ、その先に広がる居間には小洒落(こじゃれ)たソファや木目調の家具が綺麗に並べられ、落ち着いた空間を小気味よく演出しています。足元にいる大量の猫たちがもしこの演出に携わっているのならば、諸手を挙げて降参する他ないですが、果たしてこの家の主人は、派手さを好まない落ち着いた紳士ではないかと思いました。

ただ、幾らアンティーク好きの主人でも、目の前の柱の存在には困らせられたのではないかと思います。それ程に、塔の中心にそびえる白い柱は異様な存在です。樹齢数百年の大樹のような神聖さもありますが、足元の猫たちは気にせず格好の爪とぎ場として活用しているようで、多くの猫たちが憩いの場として活用しているようです。柱の根元付近は一部分だけかなり削れていますが、まさか塔の傾いている原因はここにあるのでしょうか。

「いらっしゃいませ、不法侵入者さん」

背後から投げかけられた言葉に、驚くよりも前に腰のナイフに手をかけてしまっていたのは僕の不徳の致すところでした。置かれている事態と言葉をすぐに飲み込み、無理やり人畜無害な笑顔をつくり、振り返りました。家人に害がない人間だということを示さないといけないからです。

「すみません、勝手に中へ入ってしまって、実は旅の途中で休めるところを探していて、お外にいた猫ちゃんがこちらに入っていくのを見たものですから」
「こちらこそ貴方を驚かせてしまったようですね、どうぞそのナイフをお仕舞いください。貴方が追いかけたのは、この家の飼い猫ですわ」

僕の背後に立っていたのは、白と黒のツートンヘアをした奇抜な給仕姿の女性でした。恐らくこの塔の主に仕えるメイドでしょう。こちらの一瞬の殺気にも動じず、微笑を崩さない彼女の洗練された所作は、一流のメイドとしての振る舞いを感じました。このような方には変な取り繕いをせず、素直に思いを伝えるのが大事だということを経験則で理解しています。


13 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その8:2023/01/07(土) 19:57:23.876 ID:4Wr1OiFQo
「実は少しお腹が空いてまして、食べ物を分けてもらおうと扉を叩いたんですが反応がなかったもので、勝手にお邪魔してしまった無礼をお許しください」

メイドは特に意にも介さず、慣れたように一度頭を下げました。

「そうでしたか。生憎(あいにく)とこの家には人用の食料はあまりないのですが、猫用の食料を調理すればお出しできますわ、そちらのソファにお掛けになってお待ち下さい」
「いやぁ、これはどうも、出されたものはなんでも食べますよ」

時にはこうした図々しさを発揮しないと旅を続けることはできません。旅を始めた頃の自分に今の姿を見せたらその豹変した振る舞いにさぞ驚くことでしょう。
メイドがキッチンへ向かったことを確認すると、僕は一度だけ深い息を吐いて、向かい合わせに置かれている深緑のソファに目をやりました。ソファの上には先人ならぬ先“猫”たちが、高貴で無人な様を見せつけるように寝転がっていました。迷惑をかけぬよう端にでも腰掛けようとした正にその時。

“彼”が現れたのでした。


14 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その9:2023/01/07(土) 19:59:00.523 ID:4Wr1OiFQo

━†━━†━━†━

始めはボンという少し爆ぜる音が遠くから響いたので、先程のメイドが何か焦がしてしまったのかと思いました。
しかし直後に、端にある螺旋階段をバタバタと下る、慌ただしい音が近づいてきたのでただ事ではないと悟りました。

「うわあ、今日も失敗だッ」

階段から溢れ出ていた白煙を掻き分けるように、中から白衣を来た科学者然とした男が、ぬっと姿を現しました。

科学者はこちらを見ると動きを止め、
「まさか、実験は成功ッ!?」
「は?」
と、僕の様子もよそに、独りでぶつぶつと呟き始めました。目にかけているメガネ型のオペラグラスのギラギラと光る両目が、よれた白衣のみすぼらしい見た目に反して、人物としての怪しさに拍車をかけています。

「どの猫ちゃんだろう?その金髪、ブチやクロではないな、アオちゃんかな」
「あの、ぼくはこの家にたまたま立ち寄っただけで――」
「ペロちゃんッ!そうか、そのクシャクシャの癖っ毛はッ!ペロちゃんだなッ!」
「いや、ぼくはテペロと言います、旅のついでにここに寄っただけです」
「え、あっはい」

彼は途端に笑顔を消すとすぐに小躍りをやめました。なぜでしょう、少し申し訳ない気持ちになり、居た堪れない気持ちを打ち消すためにも、ここ数時間の事情を彼に説明しました。化学者は先ほどとは打って変わり、ゼンマイの切れた人形のように虚空を見つめ静止していて、話を聞いているのかいないのかわかりませんでした。


15 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その10:2023/01/07(土) 19:59:59.213 ID:4Wr1OiFQo
「そういえばさっき実験と言っていましたが、なにをされてたんですか?」
「いえ、なんでもないスよ」
「そうですか、ところでまだ名前を聞いてなかったですが、教えてもらえないですか?」
「さあ?」

一変し無愛想に接する彼の様子を見て、途端に目の前の人物が奇妙な塔の主であることを確信しました。当たり前ですが、歓迎されてはいないようです。

「勝手にお邪魔したのはすみませんでした。食事だけいただいたらすぐに帰りますので」
「美美ち良かったね、ぱにゃん」
「び、美々?ぱにゃん?」
「それ名前ス、わしの」

忘れていたはずの頭痛が、ここへきてまた脳内で騒ぎ出しました。
受け入れがたい事態や人を前に警報感覚で主人を闇雲に苦しめないでほしい、と僕は自分の身体に文句を言いたくなりましたが、安心立命のため、こめかみに親指をぐりぐりと押し当て、鼻で深く息を吸い、ひとまず落ち着くことにしました。


16 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その11:2023/01/07(土) 20:02:16.120 ID:4Wr1OiFQo
「社長(しゃちょう)、お戯れもそこまでに、テペロさんが困ってらっしゃいますわ」

音もなく現れたメイドに二度も反応できなかったのは、またも僕の不徳の致すところです。
彼女の登場で科学者は無言でソファに腰掛けたので、僕も猫たちを刺激しないように慎重にソファの端に腰掛けました。重厚に見えたソファは近くで見ればあちこち猫たちに噛まれているのか、四方から綿が飛び出ていました。

ダークウッドのテーブルにメイドが静かに料理皿を置くと、香ばしいソテーの匂いが鼻孔をくすぐってきました。

「山菜とたけのこで簡単なソテーをつくりましたわ」
「ありがとうメイドさん、ところでいま “社長”と呼んだけど、彼の名は“ぱにゃんさん”ではないんですか?」
「私の名はブラック、ここでメイドをしております、そして彼の名は社長(しゃちょう)、ここの主ですわ」
「他の人たちはみんな社長と呼ぶスね」

手元で膝に載っている猫たちをあやしながら、ぱにゃん改め社長はポツリとそう呟きました。ブラックさんは先程から嫌みなほど微笑を崩さずに、僕たちから少し離れた場所に戻っています。なぜ、社長が一度別の名前で名乗ったのかは今も永遠の疑問です。

これが僕と社長との初めての出会いでした。


17 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その12:2023/01/07(土) 20:04:03.290 ID:4Wr1OiFQo

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ブラックさんの作ったソテーは本当に美味しく、たちまちぺろりとたいらげてしまいました。こんな料理を毎日味わえるとは猫たちも幸せものです。毛並みの良さも頷けます。

さて、暫くして僕はすぐにこの森に関する情報収集を始めました。図々しいということなかれ、食事の間は空腹を満たすことに夢中で何も考えられませんでしたが、各地を放浪する旅人にとって、情報とは命の次に大事な生命線なのです。重ね重ねになりますが、旅を始めた当時の僕からは比較にならないほど今の僕自身はたくましくなったと実感します。

家の主の社長との会話は難航を極めました。ここの森の抜け方を教えてくれと聞けば「ここはモヘミンチョだよ!」と答え、この先に集落があるのかと尋ねれば「ど、どこだぁ!?」といった具合に返してくるのです。僕はいつか人里離れた村で言葉の通じない部族と出会った時のことを思い出していました。身振り手振りを交えて説明すると、最初は伝わらないまでも十分も経てばお互いの呼吸が掴めてきます。さらにもう十分経てば、ある程度の意思疎通はできるようになるのです。その時は相互に思いやりがあったから成功したのであって、今回のような片方にしか意気込みのないケースでは、幾ら頑張っても暖簾(のれん)に腕押しだということを痛感しました。

「テペロさん、気を悪くしないでください、社長は意地悪をしているわけではなく照れているのですわ。なにしろ村の人以外と会話するのはとても久々なもので」

ブラックさんの口ぶりはどこか嬉しそうでした。話を聞けばここはすでに“Kコア・ビレッジ”という村の中だとのことでした。聞いたことのない名前です。
村民はたった9人しかおらず、さらに皆はそれぞれ離れた場所に住んでいて、社長を含め他の村民と触れ合うことはあまりないそうです。


18 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その13:2023/01/07(土) 20:05:26.487 ID:4Wr1OiFQo
「僕は“とある集落”を探しているんです、聞いたことはないですか?」

僕がその村の名を告げると、目の前に座る社長は首を横に振りました。

「知らないスね」

今日初めて僕の質問にまともに答えた瞬間でした。
社長の膝に黒猫がぴょこんと飛び乗ってきました。昼間に出会った、毛並みの良い彼です。

「先ほどはその黒猫さんについて行って、ここに着いたんです」
「クロはこの森に慣れてるので。賢い子ですよ」

クロの背中をゆっくり優しく撫でる社長の姿はまるで穏やかな初老の紳士のようで、これが彼の素なのかもしれないと思うと、ほんの少し彼という人物に興味が湧きました。しかし、僕の旅はまだ終わりません。旅の“目的地”に着くまではこの歩みを決して止めることはできないのです。

「長くお邪魔しちゃいました、森の出口も教えてもらったので早々に退散することにしますよ」

僕は自分のリュックを取りに行こうとすっくと立ち上がりましたが、すぐに食後からくる生理反応で欠伸(あくび)が出そうだったので必死に噛み殺しました。誓って欠伸は未然に防いだはずなのですが、どうやら二人にはバッチリと見られていたようです。


19 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その14:2023/01/07(土) 20:06:21.511 ID:4Wr1OiFQo
「大ハマリだぜ!ときのはぐるまさえ あれば…」
「すみません、これは欠伸ではなく外の空気を多く吸おうと口を長く開いただけでして」
「ふざけてんだべ?もう日が暮れるので休んでいっていいスよ、テペロ君」
「そんな悪いですよ、でも、いいんですかぁ?」

たしかに窓の外はすでに暗く、この家に入ってからだいぶ時間が流れていることを実感しました。

「すでに布団の支度は整っていますわ」

ブラックさんは恭しく頭を下げました。さすがは才色兼備のメイドさんです、こういう時は下手に断らず好意を素直に受け入れることも必要です。

「いやぁ、いろいろ良くしていただいて本当にありがとうございます、でも布団までは結構ですよ、毛布だけお貸しいただければそれで」
「あら、奥に猫ちゃん用の小部屋があるので、それを片付ければ簡易的な客間にはなりますわ」
「魅力的な申し出ですがここで休ませてもらえれば結構です、僕は壁を背にすればそれで寝られますので」
「よのなかどうなっとるんかのう」

繰り返しになりますが旅に必要なものは勇気と気力、そして時々の図々しさです。


20 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その15:2023/01/07(土) 20:08:52.801 ID:4Wr1OiFQo

━†━━†━━†━

ふと、目を覚ますタイミングというものは、何も悪夢にうなされているだけとは限りません。他の人間の気配を感じ取れば、僕はいつだって気が立ってしまうのです。先程の二人からは不思議とその気配を察知することができませんでしたが、今度は明確に感知できました。

玄関側に一人、誰か立っています。他人に感づかれないように配慮し研ぎ澄まされた気からかなりの手練れであることに間違いありません。だからこそ僕の身体は睡眠を中断し、警戒しろとアドレナリンとアラートを全力で鳴らしているのです。

「おや、失礼、食後に社長の家の猫ちゃんをあやしにきたんだけど。君は新しい“英雄”かな?」

玄関前に立つ紫紺色のローブを羽織った長身の女性は、鈴の音のような澄んだ声でそう話しかけてきました。しかし、開口一番に英雄であるか否かを問いかけてくるとは、なかなか小粋な質問をするお姉さんだと思いました。

「とんでもありません、ぼくは旅人でこの家にご厄介になっているんですよ」

ナイフの柄からゆっくりと手を離しました。この人が社長以外の残りの村人なのでしょうか。なぜでしょう、目の前の女性はとても穏やかで柔和な表情をしているのに、先程一瞬感じた彼女の気は、常人の域を遥かに超えるものでした。研ぎ澄まされ無駄な気配を一切表さない、並の軍人でもここまでのものは出せないでしょう。

「私の名前は791(なくい)。旅人さん、ずいぶんおかしな場所で寝てるんだね、首は痛くない?」
「ぼくはテペロと言います、どうも普通のベッドで寝ることができない身体なんです、座ったまま寝ないと落ち着かなくて」

その場で立ち上がると、いまさらながら居間の灯りは落とされており、寝ぼけた頭で僕自身が暗闇の中にいることを実感しました。ブラックさんが気を利かせて灯りを落としてくれたのでしょう。玄関側にあるランタンの光が791さんのスラリとした姿を仄かに照らしていました。


21 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その16:2023/01/07(土) 20:10:41.464 ID:4Wr1OiFQo
「社長は自分の部屋かな?」
「そうだと思います。すみませんいま灯りをつけますね。えっと火種は――」
「ああ、大丈夫だよ」

791さんが一度パチンと指を鳴らせば、居間にあるすべてのランタンの火がポッと灯りました。居間のソファにいた数匹の猫たちがピクリと背を震わせましたが、その他の多くの猫たちは気にせずカーペットの上でくつろいでいるところを見るに、もう慣れているのでしょう。ぽかんと口を開けている僕に気がついたのか、791さんはクスリと笑いかけました。

「“魔法”を見るのは初めて?」
「いや、時間もかけずにこんな早業で明かりを点けるなんて、素直に驚いていました。ぼくにはとてもできないな、と」
「ふふッ、お世辞が上手なんだね、でも意識を集中させればみんなできるようになるよ?」

驚かれた方もいるかもしれませんが、この世界では多くの人が日常生活で魔法を使います。火や水を出す魔法、物を浮かせる魔法など種類は様々ですが、日常に魔の力が介在しているのです。中には魔法を悪魔の代物と忌み嫌い魔法を敬遠する人たちもいますが、僕は好きです。多くの人間は詠唱し魔法を唱えますが、熟練した魔法使いは心のなかで魔法陣を描くことで詠唱せずに即座に使用できると聞きます。老いているように見えない彼女は、相当な才能があるのでしょう。

「ブラックちゃんは外で“準備”をしていたね、社長も忘れていないとは思うんだけどね」
「準備?なにかお祭りでもあるんですか?」

僕の言葉に、791さんはびっくりしたように口を少し開けました。

「あれ、聞いてないの?今日はね――」

彼女の言葉に被せるように、外では大きな炸裂音が響きました。続いて、気の抜けた笛の音の後に同じ炸裂音が二度、三度と続きました。僕は反射的に伏せて、その身をすぐに壁際に寄せました。


22 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その17:2023/01/07(土) 20:11:41.752 ID:4Wr1OiFQo
「これはッ、砲撃ですかッ!?」

791さんは上品な切れ長の目を驚いたように少し開けると、すぐに朗らかに笑いました。

「ああ、これは違うよ、合図の花火だよ。今日が“大戦日”なんだ」
「え?」
「時間だ、もう戻らないと。社長によろしく伝えておいてよ、今日という日を忘れていなければいいんだけど」

そう言い残して791さんは家を出て行きました。
入れ替わりで、バンという扉の開く音とともに奥の螺旋階段から社長が飛び出してきました。

「忘れていましたッ!今日は例の日ですッ!!」

慌てている社長の足元で飼い猫たちが、「なんだそんなことか」という様に欠伸をかいていました。


23 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 20:13:51.827 ID:4Wr1OiFQo
今回は此処まで、一作目は導入も兼ねているので少し長めです。
今回から地の分を増やして台詞もト書き形式ではなくしてみました。見づらかったらまた戻そうかなと思います。
あと更新は6~7回程度でしょうか、それではまた来週。


24 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/07(土) 20:17:30.744 ID:5TzQAVbo0
最初からワクワクさせられる導入ですね

25 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その1:2023/01/14(土) 00:05:54.515 ID:JwIYNzuAo
━†━━†━━†━

外へ出て塔の裏手に回り込むと、暗闇の森の中でブラックさんがなにやら手を動かしているのが見えました。目を凝らして見れば、彼女の手の先には大きな馬車一台を覆えるほどの高さの幌がありました。

「すでに準備は整っていますわ、社長」
「すっかり忘れていたぞ、どうしてはやく教えてくれなかったの?」
「2日と4時間前にも話しましたわ」
「すみません」

しょんぼりする社長の姿を余所に、ブラックさんは自分の背丈の3倍の高さはある幌を勢いよく取り去りました。

幌の中には、巨大な二足歩行の獣が鎮座していました。
両腕の先には巨大な鉤爪。獣の頭部には人間が一人座れそうなむき出しの操縦口がつくられ、その両足は頑丈な鋼の装甲で覆われしっかりと地を支えています。
この“兵器”の姿を、かつて僕は目にしたことがありました。

「これは、機動アーマーですね」
「そうスね、ただ、古いやつを私が改良したものなので、色々と中身は変わってますが」

暗闇の中に浮かび上がる鋼鉄の二足歩行型兵器は、頭上からの月光を受けて、重厚感のある鈍い光りを放っていました。

「社長さん、教えてください、今日これから、いったい何が始まるんですか?」

僕と同じく兵器を見上げていた社長は少しの間押し黙っていましたが、やがてポツリとつぶやきました。

「“大戦”、ですよ」


26 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その2:2023/01/14(土) 00:07:46.110 ID:JwIYNzuAo
━†━━†━━†━

「元々、この村には趣味、娯楽の類はほぼ無く、唯一みんなで参加できるのが“大戦”ス」

両眼のオペラグラスは、夜の中では特に妖しげな光を放っています。

「“大戦”はルールに則り村民同士で戦う、多人数型の決闘のようなものデス」

社長曰く、彼を含む9人の村民は、不定期に村の中で最後の一人になるまで戦い勝者を決めるのだそうです。それを、彼らは“大戦”と呼称しているのでした。

「開催日は事前に通達されていますが、当日になると先程のように発煙弾が上がります。我が主の社長は9人の村民の内の一人、今夜もこの機動アーマーに載りKコア・ビレッジ内を戦場として、他の村民の方と激闘を繰り広げるのですわ」

社長の説明を引き継いだブラックさんが丁寧に話しを続けました。
突然の出来事に頭が真っ白になっていましたが、ブラックさんの丁寧でゆっくりとした説明で、段々と理解できてきました。すると、ふと一つの疑問が浮かびました。

「社長は、と言いますけど、ブラックさんも同じ村民ではないんですか?」

彼女は少し困ったように笑い、静かに首を横に振りました。

「私は村民ではありませんわ、社長のメイドですもの」
「ブラックは、私の創った“メイドロボット”です」

不思議とそこまで驚きはしませんでした。今の時代、機械と人間にそこまでの差があるとは思えません。ましてやブラックさんの外見や振る舞いは完璧に人間そのものでした。ただ、生気だけは感じ取ることができませんでしたので、唯一感じていた違和感はその程度でしょうか。


27 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その3:2023/01/14(土) 00:08:55.968 ID:JwIYNzuAo
「なるほど、あくまで村民はこの塔では社長一人ということですね。それで、その機動アーマーに乗り込み他の村民と生命の奪い合いをするということですね」

先程、社長の家を訪ねてきた791さんという女性も村民の一人でしょう。彼女はかなりの実力者であることが推察できました。残りの村民も同じような腕前なら戦いは熾烈を極めることでしょう。
しかし、社長はそこで眉を潜め曖昧な顔をしました。

「テペロくんの考えは半分合ってて、半分外れス。“大戦”は生命を奪い合う決闘ではなくあくまで遊びの範疇デス。なので、参加者は常に魔法で創り出した“自分の生命”を携え、相手に破壊されないように戦うんです」

そこで社長は一度言葉を切ると、自身の右の掌を自身の胸に押し当て魔法の詠唱を始めました。

「我に仮初の生命を与えよ、『水晶の魂<インクリメント>』ッ!」

社長の足元に青白い魔法陣が知らずのうちに浮かび上がりました。その魔法陣が一瞬光れば、次の瞬間には彼の身体の周りを一塊の水晶がくるくると回っているではありませんか。

「これが『水晶の魂<インクリメント>』。大戦における参加者の生命代わりとなるオブジェですわ」

ブラックさんが説明している間にも青いひし形の水晶は社長の周りを回り続けています。
大きさは身長の半分程度でしょうか。他の村民も皆同じ水晶を携えて相対し、攻撃で水晶を破壊すれば相手を撃破したという扱いになるようです。

「それに、社長は一人で戦うわけではないのですよ?」
「え?」
「テペロ君、離れてください」

ブラックさんと僕を後ろに下がらせると、社長は左の掌を自身の胸に押し当て今度は白い魔法陣を足元に創り出しました。


28 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その4:2023/01/14(土) 00:11:14.794 ID:JwIYNzuAo
「旧(ふる)き友よ、力と姿を貸し給え。『英雄結集<コールバック>』ッ!」

再び彼の足元の魔法陣が光ると、今度は、社長の周りに次々と人間が現れました。
まるで煙のように、彼らの姿は蜃気楼のように揺らぎながら現れ始め、音もなくすぐに人の姿となりました。
閑散としていた森に、気がつけば総勢で数百人近い女性が、社長と僕らの周りを取り囲むように立っていたのです。

「『英雄結集<コールバック>』はこの地でだけ使える召喚魔法ス、戦う兵士を創り出す魔法なのです」

僕は唖然とし言葉を失いました。ここまで大規模かつ精度の高い召喚魔法をかつて見たことがなかったからです。これまで見た召喚魔法といえば犬や猫などの動物が主でした。そもそも最近では、召喚よりもロボットを造るほうが遥かに時間もかからず高効率なので、召喚魔法自体が一昔前の技術と見做されていた点もあります。

彼女たちは同じ兵士たちと談笑し、時には肩をすくめおどけたりしています。まるで下界の街を歩いている通行人をそのまま引き抜いて並べたかのような活気と賑やかさが、静寂だった森を途端に一変させていました。
中には会話に混ざらない高潔な女性もいて、彼女らは手持ち無沙汰気に自身の髪をいじったり、気難しい顔をしてじっと月を睨んだりしていて、一人ひとりが個性を持っている様相は、紛うことなき同じ人類そのものだと思いました。

ただ、森の外にいる女性たちに無く目の前の彼女らが備えているものがあるとすれば、手に物騒な銃器を携えていることと、彼女たちの身体から立ち込めるほんの少しの“気”でしょう。僕は夜目が効くので、彼女たちの肩から溢れ出るほんの少しの青白い蒸気のような“気”を目にすることができました。つまり、これが人間と呼び出された“英雄”との見分け方になるのでしょう。


29 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その5:2023/01/14(土) 00:15:26.627 ID:JwIYNzuAo
「貴方は、わたしたちの違いが分かるのね」

田舎から都会に出てきたばかりの少年のようにきょろきょろしている僕の横に、いつの間にか一人の紅白の巫女装束の女性が立っていました。

「わたしたちは社長に召喚されただけの存在、魔の存在。でもこうして生きているわ」
「正直、表現できないほど驚いています、とても創り出された存在とは思えない」

彼女は言葉を返す代わりに口元を微かに引き締めると、くるりと踵を返し、静かな足取りで英雄たちの輪に戻っていきました。艶(つや)のある長い黒髪が月の光に反射し、とても綺麗でした。

「召喚魔法で呼びだされた人たちは、どういう存在なんですか?」
興味本位で、僕は隣にいるブラックさんに聞いてみると、
「『英雄結集<コールバック>』は、術者の記憶を喚び起こす魔法です。かつての友、知り合い、思い描いた架空の人物でも脳内に残る人々の姿形を具現化するのです」
と説明を続けながらも、手に持つ武器の手入れを怠りません。

「社長の呼び出している英雄たちはみんな彼の創作上の人物ですわ、我が主はその昔、物書きに耽っていた時期があり、書き上がった作品にはすべて麗しい女性しか出てこなかったのです。極端なまでの人見知りで知り合いは少ないものですから、仕方ないわね」

最後のブラックさんの言葉は、これまでの洗練された所作振る舞いをみている側からすると些か投げやりなものでした。長く一緒にいれば従者でも小言の一つや二つは言いたくなるのでしょう。
ただ、僕はどうにも彼女の気持ちを労ることも、彼女自体の話も、途中から従容(しょうよう)な気持ちで聞けなかったのです。

記憶。
僕はどうにもこの言葉が苦手でした。
ざらついたようなその言葉の感触が僕の耳に暫くこびりつきました。


30 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その6:2023/01/14(土) 00:16:22.502 ID:JwIYNzuAo
━†━━†━━†━

ガシャリと無機質な音が響き渡ると、途端に英雄たちがお喋りを止め、主のためにサッと道を開けました。人混みの中から、社長の乗り込んだ機動アーマーがのしのしとこちらへ向かってきました。
改めて見るとこの歩行型兵器は凄い威圧感です。全長はヒグマの倍は大きく、左右の腕の先端に取り付いている鉤爪は地面に着くほどにだらんと伸び、近接戦闘の間合いでも有利に立てるようになっています。胴体の側面と背面に巻き付いているホルダーケースには普段常人が使う武器よりも一回り大きい銃剣が収められています。僕の顔ぐらい大きい銃口で撃ち込まれでもしたら、常人なら粉々になってしまうに違いありません。

巨大な鉄の獣と、その背後に並ぶ英雄たちを見て、急速に僕の心臓が早鐘を打ち始めたのがはっきりとわかりました。駆け巡る血液がざわざわと僕自身に警告をしているのです。
仮初めとはいえ、これから本当に戦いが始まるのだと。また、血と死の匂いを嗅がなくてはいけないのだと。
そのような予感が、僕の心の中で小波(さざなみ)のように打ち立てざわつき始めました。

「もう戦いが始まる。ブラックとテペロくんはここで待機ス。終わったらまた戻ってきますので――」
「あのッ!」

声が思いの外大きく、社長だけでなく、ブラックさんや英雄たちも驚いてこちらを振り返ってしまいました。自分の起こした粗相に少しの恥じらいを覚えましたが、ぐっと飲み込んでさらに声を張り上げました。


31 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その7:2023/01/14(土) 00:17:17.065 ID:JwIYNzuAo
「ぼくも、ぼくも戦場に連れて行ってくれませんかッ!」

困惑気に社長は頬をかき、救いを求めるようにブラックさんや周りの英雄たちに視線を送りましたが、誰も反応しないので、仕方なくといった様子で僕に向き直りました。
こちらの目をじっと見つめる両眼のレンズは、月の光を受けて戸惑い気に一度だけ光りました。

「この村は、拒みも引き止めもしないデス、ただ、これからの出来事に少しでも嫌気がさしたらすぐに去ってください」
「わかりました、お心遣いに感謝します」

さて、ここまで私がずっと喋ってばかりでしたが、ここで今夜のもう一人の主役の方に語り部を譲るとしましょう。決して楽をしたいわけではありません。
ですが何事にも少しの休息は必要だということを、彼もきっと理解してくれるでしょう。


32 名前:きのこ軍:2023/01/14(土) 00:19:03.120 ID:JwIYNzuAo
今回は此処まで、来週からは語り部がチェンジします。

33 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/14(土) 00:20:45.925 ID:522PgaY60
大戦の面白い設定ですね。これはリスペクト死体

34 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その1:2023/01/21(土) 00:09:30.217 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

テペロ君には強引なところがあるのが玉に瑕だ。

そもそも、私は人付き合いというものが嫌いだ。なので、大量の猫とメイドロボとともに森の中で暮らしている。それは過去にトラブルがあり人を避けるようになったわけでも、元々の生まれ育った環境に起因するわけでもない。何時如何なる状況でも私は生まれた時から他人が苦手だっただろう。他人と喋ることが、相手の気持ちを推し量ることが、他者に気を使うことの一切が不得手だった。

「ディアナとヴェスタは直ちに小隊を編成、先行して敵の状況を探ってほしいス、鈴鶴さんは副隊長として私とともに森を抜けたら待機しましょう」

英雄たちは私の指示に頷くと、数人を引き連れすぐに隊列から走り去っていく。彼女たちの生みの親である私は、彼女らの性格を熟知しているのでまだ楽な方だ。他の村民だと赤の他人を呼び出しているのだから、想像しただけでも背筋が寒くなる。

森を抜けると暗々とした木々は途端に姿を消し、目の前には雄大な草原が広がっていた。その先には、山と見間違う程巨大な丘と、その麓(ふもと)に“元”市街地が見晴らせる、まるでポストカードに出てくるような風景だ。
一度、全軍を停止させる。風の音が止めば、遠くから銃声の散発音と魔法の炸裂音が聞こえてきた。今夜は出発が少し遅れたためか、もう既に戦闘が始まっていたようだ。

「ずいぶんと大きい丘ですね、それに村民が9人しかいないと聞いていましたが、麓の中心街はずいぶんと立派みたいじゃないですか」

テペロ君の声は少し震えていた。これまで、ずっと半笑いで、胡散臭い風姿だった彼の横顔は、出発時より明らかに青ざめ余裕が無くなっている。


35 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その2:2023/01/21(土) 00:10:55.183 ID:DEDVMKHEo
「バーボンの丘はこの村の象徴的存在ス、それにあの市街地は今は廃墟、いまは誰もいない」
「なるほど、ということは市街戦も遠慮なくやれるわけですね」

市街地から狼煙のように上がる砲煙を目にしつつ、なぜ彼がここまで、この戦いに執着するのか考えてみたが、理由は一向に不明のままだ。

「報告、既に西部では抹茶(まっちゃ)軍と791軍の戦いが勃発、兵力の多い791軍が優勢に進めている」
「こちらも戻ったよ、東部の方では複数の軍が偶発的に入り乱れながら市街地での戦闘に発展している、丘の上に敵の姿は見えなかった、この先を進めば問題なさそうだ」
「ご苦労ス、まだ791さんを敵に回したくはないので、今のうちに我々はバーボンの丘を制圧し、地の利を得るぜ」

斥候から戻ってきたディアナとヴェスタの話を聞き、私たちは急ぎ眼前の市街地へ移動を始めた。
この草原は遮蔽(しゃへい)物が無く、挟撃されると一貫の終わりだ。ならばさっさと走り抜けて市街地で交戦になったほうが、まだ勝率は上がる。
機動アーマーで隊の先頭を進みながら、横に付いてくるテペロ君の方をちらりと見やると、自分の身長ぐらいはあるだろう巨大なリュックを背負いながら、意外にも疲れた顔を見せず走っている。羽織っている深緑のパーカーのフードと、毛玉のようにクシャクシャ丸まった金髪を夜風で揺らしながら、心なしか先程よりも顔色が少し良くなったようにも見える。


36 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その3:2023/01/21(土) 00:11:45.418 ID:DEDVMKHEo
「走るのが好きなんですよ、ぼくはッ」

こちらの視線を察したのか、彼は息を切らすことなく、そう答えた。

「走れば気分転換になるんですッ、今夜は満月に綺麗な夜空だし、絶好のランニング日和ですよッ」
「なるほど」

私は奇襲を受けないか辺りを警戒しながら走っていた。だが、奇跡的に攻撃は受けず、全軍は遅れを取り戻すかのように戦いの中心地へ近づきつつあった。

「さっきから気になっていたんですけど、丘の頂上に立っているものは看板かなにかですか?」

徐々に迫ってきたバーボンの丘は、こんもり盛り上がった円錐形状からむしろ小山といったほうが適確なほどに、ピークに至るまでの稜線はなだらかな上がり調子で、確かな存在感があった。
その山頂部によく目を凝らしてみると、明らかに自然とは異なる人工物がこちらを見下ろしているのが分かる。


37 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その4:2023/01/21(土) 00:12:46.148 ID:DEDVMKHEo
「あれは墓標ス」
「墓標?頂上はお墓なんですか?」

疑問も最もだ。丘の頂上には、木を紐でくくりつけて十字架の形にした大きな墓標が刺さっていた。
何時、誰が何のために立てたのかはわからない、ある日気づいたら立っていたのだ。

「私もよくわからないス、いつ、誰が立てたのかも不明デス」
「へぇ、でも不謹慎ですけど、目印として分かりやすくていいですね」

テペロ君の言う通り、お陰で目印として探しやすくなったという点はある。

「あそこから夜空を眺めたら、きっと絶景なんでしょうねぇ、ああ、ぼくは夜空が好きでして」
「そうですか」

喋っているうちに、いつの間にか市街地近くまで差し掛かろうとしていた。


38 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その5:2023/01/21(土) 00:14:17.110 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

数百人もいる隊は、草原の端にある朽ちた門をくぐり、何事もなく市街地に入場した。遠くから絶え間なく発砲音こそ聞こえはするものの、此処は偵察の報告の通り、敵の通った箇所も見当たらず、手つかずのようだった。

記憶を手繰り寄せながら、人目の付かない路地を通り、最短の経路でバーボンの丘の方へ進んだ。途中、背の高い教会の廃屋で二手に分けていた隊と予定通り合流すれば、部隊を仕切っている一人の英雄を呼び寄せた。

「鈴鶴さんの部隊は、この教会で待ち構えて援護してほしいス」

巫女装束の鈴鶴さんは、こちらの指示に、大きな瞳を細めた。

「つまり、わたしたちはこの教会を拠点に敵軍が迫ってこないか見張ればいいわけね。その間に貴方達本隊は丘を登り占拠する、そういうことね?」
「そうデス」
「頂上から合図でも送ってくれればすぐにここを撤収して合流するわ、791さんの軍とは全面衝突したくないものね」

鈴鶴さんはひらりと踵を返し隊の中へ戻っていった。
私の言葉足らずな指示にも一瞬で理解を示し行動できる頭脳明晰な英雄だ。冷静で、個性的な英雄が多い隊も取り仕切れる程のリーダーシップも持ち合わせている。良い人物を創り出したと我ながら自分を褒めたいものだ。


39 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その6:2023/01/21(土) 00:15:20.793 ID:DEDVMKHEo
「そこまで丘が大事なんですか?」

横にいたテペロ君は、眼前の巨大の丘を見上げて、僅かに首を傾げた。

「やはり大事ス、特にバーボンの丘の頂上からは村一帯を一望できるので」
「敵軍の位置や行動が丸わかりということですね、それは地形的に是が非でも抑えておかないとですね。いやぁ、わかってはいたけど、本当に戦いが始まるんですね」

言葉とは裏腹に、テペロ君は小刻みに震え始めていた。今や背中に背負っている巨大なリュックよりも小さく見える程に弱々しい姿だ。

「テペロ君、君は非戦闘員、これから起こる戦いは生命を取る戦闘ではないといえ十分危険な旅路ス。無理に参加しなくてもいいんですよ?」

一瞬逡巡する素振りこそ見せたが、すぐに頭を振った。

「いえ、居させてください、この目で見届けなくちゃいけないんです」
「そうですか」

彼の鬼気迫る表情に疑問を覚えなかったわけではない。だが、丁度その時、東の方面から大きな爆発音が鳴り、次いで数秒後には振動が伝わった。
意識はすぐに戦場へ向いた、この派手な爆発はビギナーさんだろうか。東部方面の戦いの終結も近づいている可能性がある。
急がなくてはいけない。


40 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その7:2023/01/21(土) 00:17:16.860 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

丘を登るための野道は決まっている。メインの丘道から反れて生い茂る藪の中をかき分けて登っていくのはほぼほぼ不可能だ。バーボンの丘の頂上からは眼下の敵の動きを把握できるだけでなく、攻めこまれたとしても反撃の対策が練りやすい。即ち丘を抑えることは攻防の面でどちらにおいても重要なのだ。
鈴鶴さんの後衛部隊と分かれ、本隊は既に丘の中腹にまで差し掛かっていた。テペロ君の体調も気になっていたが、登り始めれば戦地から少しでも離れられたからか、またも少し元気を取り戻していた。

テペロ君は急坂を登りながらも、余裕な面持ちで顎を少し上げ満点の星空を眺めていたので、順調な行軍だったこともあり、思わず私も頭上に目を向けた。

「昔、流星群を見に夜中に外に出たことがあって、すごく綺麗だったんです、感動したなぁ」
「さっきも夜空が好きだと言っていましたね」
「そうなんですよ、流星群が次々と降り注いで、まるで、手に取れそうなほどたくさん流れてた」

ただでさえ普段から半開きの口をよりだらりと下げて、感慨に浸っているようだった。
確かに綺麗な星空だ。普段は部屋の中に籠もっているので、まじまじと見たことはもしかしたらこれまでの人生で無かったかもしれない。この光景が百年、数千年前も変わらず続いてきたかと思うと、戦いの中で殺伐としていた心に僅かの余裕が生まれた。

ちょうどその時だった。

「敵襲ッ!!」

彼の物憂げな様子に気を取られていたからかもしれない。
味方の叫び声をきいても、一歩目の行動は完全に出遅れた。


41 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その8:2023/01/21(土) 00:19:51.231 ID:DEDVMKHEo
私たちの上空で炸裂音が一度響いたかと思うと、すぐに矢のような魔法の光弾が土砂降りのように降り注いだ。

「散開スッ!緊急回避行動ッ!」

叫び、迫りくる光弾の数々をアーマーの腕で払い除けながら、瞬時に状況を確認するために見回せば、魔法の弾は辺りでかんしゃく玉のように炸裂し、ともに頂上を目指していた後方の仲間たちをドミノ倒しのように、次々と坂道から突き落としていった。
敵の先制攻撃は威力こそ控えめだったものの、密集していた隊列に損害を与えるのには十分な威力だった。致命傷を負った彼女たちはボロ雑巾のように転がり、倒れ、次々と煙のように消えていった。

助けに行きたくなる気持ちをぐっとこらえ、部隊の将としてあくまで毅然に、そして冷静に立ち振る舞おうと、態勢を一度直した。そして、先程まで一緒にいたテペロ君の姿がないことに気づいた。
途端に全身から血の気が引いてくのがわかった。彼は英雄たちとは違い生身だ、まともに魔法を食らったら無事ではすまないだろう。
そう思った瞬間、全てを投げ捨て、地に這いつき苦しむ英雄たちの中に彼の姿を血眼になり探した。そして、元いた場所からゆうに数十mは下った地点に、うつ伏せに倒れている彼の姿を視界に捉えた。

「テペロ君、大丈夫ですかッ?!」

慌てて駆け寄り抱き起こすと、眠そうに瞼を開けたものの、顔は土埃で汚れ、低いうめき声を出した。

「やっぱりここは危険デス、はやく家に戻りましょうッ」
「報告ッ!敵の『斉射<マルチブルランチャー>』は山頂からの奇襲ですッ!」
「なそにん」

生き残った英雄の報告に、目元のつまみを調整しグラスの倍率を拡大すれば、先程までもぬけの殻だったはずの山頂には、いつの間にか大量の英雄たちが姿を見せ、こちらを見下ろしていた。中央には黒茶のローブを身に纏い、水晶の魂<インクリメント>を携える指揮官の姿も見えた。

「図られたスッ!¢(せんと)さんッ!」
「二射目もきますッ!」
「頂上への行軍は中止ッ!各自、急いで駆け下りて鈴鶴さんと合流ッ!『防壁<スーパーカップバリア>』!」

テペロ君を片手で抱え、もう片手で防壁の魔法を張り敵の爆撃を食い止めようと粘る。
地の利を得た敵軍の攻勢はすさまじく、丘の麓まで戻ってきたときには、隊の人数は半数まで減少していた。


42 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その9:2023/01/21(土) 00:22:04.926 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

暫く小康状態にいた教会の周りは、まるで丘の上の¢さんの奇襲に呼応するように、一転して東西の戦いの余波を受け、激しい戦場へ変貌していた。

「状況は最悪ね、此処も791軍とビギナー軍に囲まれつつある。その上、丘の上も¢軍が制圧しているとなると、いよいよ飛んで火に入る夏の虫ね」

後衛指揮官の鈴鶴さんは涼しい顔を崩さず、淡々とありのままを報告した。
間の悪いことに、別々で戦闘の終わった二つの軍から挟み撃ちを受けている格好だ。陣地にしているこの教会も、敵に一度狙い撃ちにされればひとたまりもないだろう。

「大丈夫?」

鈴鶴さんは、機動アーマーの腕に抱えられたままのテペロ君に言葉をかけたが、彼は言葉を返せず、寧ろ全身の震えはいよいよ酷くなるばかりだった。

「無理もないデス。いきなり“大戦”を経験するのは荷が重い」
「敵に非戦闘員の彼の話をして一時停戦を申し入れるべきね、此処にいては無事を保証できない」

彼女の言葉に自身の責任を痛感した。やはり連れてくるべきではなかった。

一人の長身の兵士が息も絶え絶えに走り寄ってきた。全身は煤にまみれ、普段は美しい金色の髪は一部、墨をかけられたかのような鈍色(にびいろ)に染まっている。いかに外で激戦が起きているかを物語っている。

「報告ッ!ビギナー軍が防衛線を破りこちらへ急速に進軍しつつあるッ!一方で791軍はまだ静観しているが、いつ攻め込むか分からないッ!」
「ご苦労さま、ディアナ。社長、そういうことだから、わたしは前線に出るわ。ビギナー軍に停戦の申し入れはするつもりだけど、あそこの部隊、かなり猪武者が多いから話が通じないかも、その時はどうするか考えておくことね」

腰に挿す柄から細身の刀を抜くと、鈴鶴さんは報告にきたディアナ含め数名とともに戦場へ出ていった。


43 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その10:2023/01/21(土) 00:23:35.617 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

いつの間にかテペロ君の震えはぴたりと収まっていたが、彼の額に手を当てれば、酷く熱がある。

「こんなことをしている場合ではない、すぐに降伏しなければ、彼の安全が第一だッ」

決断した途端に、これまでの自身の情けない行動の数々に嫌気が差した。口では心配する素振りを見せながら、“大戦”を優先させようと継戦を選択してきた自分の優柔不断さに今更ながら腹が立ったのだ。
テペロ君を木の長椅子にそっと寝かしつけると、聖像のある壇上まで足を進め、ホコリまみれの講壇に敷かれていたシーツを引き千切った。壁に括り付けられている十字架が目に入り、居心地の悪さこそ一瞬覚えたが、すぐに近くの椅子を壊し脚だけ引き抜くと、シーツとあわせて即席の白旗を作成した。

私の英雄たちは、作品の中ではどの子も極めて優秀な戦士だ。ただ、創作上ではいかに圧倒的な強さを誇る彼女たちも、英雄結集<コールバック>で呼び出した以上は術者の魔力に応じて強さが決まるため最強とは言えない。英雄たちはある一定以上のダメージを自身が受けるか、術者本人が気を乱すと、文字通り消えてしまう。同じ大戦の中では再度英雄結集を唱えることはできないので、大戦では戦いに至るまでの戦略が重要になるのだ。


44 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その11:2023/01/21(土) 00:25:42.202 ID:DEDVMKHEo
外では次第に銃声音が大きくなってきている。ビギナー軍はこちらの軍に比べ屈強な兵士たちが多く、近接戦闘では向こうに分がある。数的優位性も失われ圧倒的不利な状況に間違いない。
とはいえ、市街戦になれば、戦い方次第では敵を泥沼に沈めることもできるので、単純な数的な勝負での決着は予想しにくい。さらにこちらの司令官は聡明で不屈の精神を持つ鈴鶴さんだ。791さんや¢さんもそれを理解し、敢えてこちらの戦場に兵を突入させず、遠距離射撃で両者の消耗を待っているのだろう。

旗を持ち、機動アーマーで階段を駆け上がる。たとえ、大金星でビギナー軍を壊滅させたとしても、ゲリラ戦も交えれば相応に時間がかかる。その間、テペロ君は戦場でずっと悶え苦しんだままだ。それは許されない、今は一刻も早く戦場から彼を離脱させ、家まで戻ることが重要だ。

邪魔な扉を引き剥がし、屋根に通じる天井を拳で壊せば、視界に満天の星空が飛び込んできた。
屋根の上へ機動アーマーの足で立つと、ある程度、辺りを見渡すことができた。このような目立つ位置にいればすぐスナイパーに見つかり水晶は破壊されるだろうが今は構わない。何より優先すべきなのはテペロ君に危害が及ばないことだ。
ここで白旗を掲げればどこかの軍の目には留まるだろう。今ほどこの兵器の図体の大きさに感謝したことはない。
そうして、手にした白旗を掲げようとした。

まさにその時。

「へぇ、ここからでも丘の上を一望できるんだねぇ」

背後から投げかけられた、聞き慣れた、間延びする声。
そしてそんな力の抜ける声とは反対に、コックピット席での私の握るレバーは、機動アーマーの鋼鉄の腕を怪力で押さえつけられているために一切動かせず、白旗は掌の中でひらひらと頼りなく揺れていた。

押さえつけていたのは、寝込んでいたはずの、テペロ君だった。


45 名前:きのこ軍:2023/01/21(土) 00:26:08.084 ID:DEDVMKHEo
いま半分くらいです。ここからが本番です、ではまた来週。

46 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/21(土) 00:31:11.905 ID:WbHRaAFA0
テペロ君の覚醒に期待

47 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その1:2023/01/28(土) 00:04:57.490 ID:CXvWy3TMo
━†━━†━━†━

眉間に皺を寄せたテペロ君は先程までとは一変し、勝ち気な表情で眼下の路地を見下ろすと、まるで馳走にありつく前の猛獣のように、一度だけ舌なめずりをして喜色をあらわにした。

「見ろ、眼下の小道にも敵兵が接近しつつあるッ、市街地の戦いは見晴らしのいい観察地点を選んだ方の有利になる。いい場所を選んだな、社長」
「テペロ君ッ!体調は大丈夫なんスか」
「こんな良い狩り場を目の前にして降伏するなんて、もったいない」

こちらの声を無視し、どかりと屋根の上に腰を据えた。
そして、いつの間に持ってきていたのか、半身程の高さはある巨大なリュックを自身の傍に引き寄せると、徐(おもむ)ろに中に手をやりまさぐり始めた。暫くして、その手が止まったかと思うと、次の瞬間、ドキリとするほど黒光りした細長い物体を取り出した。
年季の入った、黒々とした機関銃だった。

「社長、あなたは丘の上からの狙撃に気をつけた方がいい。いまはほぼ追い風なので狙われやすい、さっき貼った魔法の防御壁をもう一度展開するんだ」

テペロ君の言った通り、数秒後に狙撃弾が飛んできたので、咄嗟に防壁<スーパーカップバリア>で防いでしまったが、事前に話を聞いていなかったら、こちらの水晶は撃ち抜かれていただろう。体調が万全ではないというのに敵の動きを読む力に優れているのは強者の証だ。
いや、感心している場合ではない、彼を止めなければいけないのに。


48 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その2:2023/01/28(土) 00:07:56.692 ID:CXvWy3TMo
「へぇ、一発で回転する水晶を狙い撃つとは、丘の上にはとんでもなく腕の良いスナイパーがいるに違いない」

背後の丘には一切目を向けず、まるでキャンプのテントを組み立てるように手際よく部品を繋ぎ合わせ銃座を作ると、そこに長細い機関銃を収めたのだった。

「なにをするつもりですか、テペロ君。
丘の上には百戦錬磨の¢軍、市街地はビギナー軍、791軍に包囲されている。ここは今から激戦になる。
私もみんなも君を守りきれない、だから、私たちは降伏し君の身の安全を確保することに努めます」
「信じられないな」
「どうしてデスか」
思わず聞き返せば、テペロ君は振り返ることなく、
「だって、社長は“こいつ”に嘘をついていた、そうだろう?」
と、人差し指で自分のこめかみを何度か叩きながら、そう答えた。

私にはその意味が分からず、ただ閉口するしかなかった。

「それに安心してくれ、自分の身は自分で守れる。幸いに二度目の狙撃はすぐには来ない、準備の時間に充てさせてもらおう」

いまの自身に満ち溢れた横顔は、先程まで顔を青くしていた時とはまるで別人だ。敵が尻尾を出すのを待ち遠しそうに丹念に弾を込める姿は、猟師よりももっと欲にまみれた、例えるならば空腹の獣だろう。
結局のところ、テペロ君の読み通り、屋根の上で身を曝け出している我々に対し、不思議と二度目の狙撃は無かった。風向きが変わりスナイパーの準備も仕切り直しになったのかもしれない、それすらも読んでいるのだとしたら相当の戦闘経験を積んでいることになる。だが、先程まで発砲音にすら怯えていたような若者が、こうも簡単に気持ちを振り切れるものだろうか。
これでは、まるで。


49 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その3:2023/01/28(土) 00:09:24.871 ID:CXvWy3TMo
「奴(やっこ)さんが来たなッ!」

耳に届いた歓喜の声に考えを中断し、目を向ければ、構えていた銃口の先にある狭い路地から、小隊規模のビギナー軍兵が次々に駆け出してきた。息も絶え絶えの我軍の教会拠点を一気に制圧するつもりなのだろう。

「フルファイアッ!」

狙撃地点まで誘導できたことを確認すると、テペロ君は躊躇なく引き金を引いた。
まるで害虫を駆除するように、平然とした顔で街路に侵入した敵軍の英雄たちを次々に銃撃し始めた。

けたたましく暴力的な銃声音が響き渡り、眼下の兵士たちはその場でバタバタと倒れ、残りの英雄たちも何事かを叫びながら路地裏に逃げ込んでいった。
力尽きた英雄たちは石畳の上で、次々に煙のように姿を消し、一帯はまるで祭りの後のような静寂さに立ち戻った。ただ、屋根を伝い落下する薬莢の乾いた音と、鼻をつく硝煙の臭いだけが、奇妙な興奮と情緒を与えていた。

「ぁははははははッ!駄目だねぇ!駄目だねぇ!!こんな狭い路地に密集しちゃぁ!!」

屋根の上では、青年だけが独りけたたましく笑い、路地裏から反撃を伺う兵士たちに有無を言わさず追撃の引き金を引き続けた。銃声音とそれに負けないほど大きな笑い声が、誰もいない住居の壁という壁を反射し、やまびこのように反響して返ってきていた。
その異常な姿を見て、私は先程から覚えていた違和感をようやく言葉に変換できた。

「君は、誰だ?」
すると、そこで初めて振り返り、
「俺も紛れもなくテペロだが、あなたの言うテペロではない。
戦場の匂いを嗅ぎ取ると、臆病なあいつの代わりに俺が“出てきて”しまうのさ。でも、俺と“あいつ”の目的は同じ、ここが俺たちの目指していた目的地だったんだ、これほど愉快なことがあるか?」
と言い、ニヤリと笑った。


50 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その4:2023/01/28(土) 00:10:52.898 ID:CXvWy3TMo
「つまり、二重人格ということデスか」
「俺たちは“合法的に死者の出ない戦いを続けている村”を探していた。過去に聞いた噂を頼りにずっと旅を続けていたというわけだ、まさか、本当にあるとは思わなかったが。
結果、当初聞いていた街の名前とは違ったが、この村にたどり着けたというわけだ」

サッと取り出した墨色のサブマシンガンにマガジンを装填するその所作は、熟練の猟師が獲物の革を剥ぐように、洗練され無駄のない動きだ。
巨大なリュックの中から次々と出てくる黒光りのする銃器を見て、戦場でも肌見放さず、大事に背負い続けていた理由が、ようやく理解できた。

「貴方はいいとして、本当にテペロ君は本意なんスか」

わざと区別するようにそう呼び分けたが、意味深な笑顔を浮かべる顔は、昼間に出会った、底が知れない青年の姿そのものだった。

「俺たちは二人で一つなんだ。あいつは俺のために動くし、俺もあいつの願いを叶えるために全力を尽くす。安心しな、戦闘が終われば元に戻るさ」

膝立ちのまま、腰に吊り下げているホルスターに一通りの武器を装着すると、丘の方をジッと見つめた。


51 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その5:2023/01/28(土) 00:11:40.961 ID:CXvWy3TMo
「なぁ、丘の上へ行く方法はさっき通った道が一番近いか?」

初めての彼からの質問だった。

「ええ、頂上で全ての道は合流しますが、ここからだと先程の道しかないデス」
「そうか」

テペロ君が再び路地の方へ顔を向けたのと同時に、生温い閃風が頬をじんわりと撫でた。
この風圧は、大規模な魔法が放たれる前の予兆だ。

「テペロ君、逃げましょう、恐らくビギナー軍が怒って総攻撃を仕掛けてくるス」
「機銃掃射で位置もバレてたし、そうだろうと思ったよ。
社長、肩をかりるぜ、じゃあ無事だったら、またなッ」

市街地の中心から放たれた、無数の斉射<マルチブルランチャー>の光弾が蛇のようにうねりながらこちらに向かってくるのを見て、テペロ君は私の載る機動アーマーの腕の部分に脚をかけると、軽やかに空に跳んだ。

私は、ただその光景を呆然と眺めていることしかできなかった。
月の光を一新に浴び、靭(しな)やかに身体を伸ばし空へ駆けた彼の影法師は、まるで精巧な切り絵のようで、酷く幻想的で脳裏に焼き付いた。

だから、私自身に向かってくる光弾に対しなんの備えもしていなかったのは偏(ひとえ)に彼のせいと言えるだろう。

今度会ったら文句の一つでも言っておこう。


52 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その6:2023/01/28(土) 00:13:21.681 ID:CXvWy3TMo
━†━━†━━†━

背後で火薬庫が爆発した時のような、とてつもない轟音が鳴り響いた。

飛び移った別の屋根の上から振り返れば、先程まで社長と共にいた教会は敵の集中砲火を浴びて爆発炎上していた。社長の安否は分からないが、今は気にしている暇はない。
丘に移動する途中での敵の遠距離射撃は脅威だ、先に対処しておく必要がある。

屋根から屋根に飛び移り移動していると、眼下で見知った顔を見かけた。
紅白の巫女装束の鈴鶴(すずる)さんは、残った英雄たちを再編成し社長の救出に向かおうとしている様子だった。
戦場では目立ちすぎる出で立ちは、土煙で多少くすんでいるものの未だ艶やかさを保っている、やはり彼女も相当の手馴れのようだ。
情報収集も兼ねて、路地に降り、にこやかに話しかけることにした。

「よぉ、あなたは無事だったか、ところで、敵はこの先かい?」
「貴方、誰?」

不躾(ぶしつけ)な返答に、つい数分前にも似たような質問を受けたことを思い出した。

「失敬な、さっきも会っただろう?」
「よく似た顔の子にはね、でも“貴方”ではないわ」

冷徹に鈴鶴さんはこちらを一瞥した。

「社長は何処へいったの?」
「さあな、途中ではぐれたよ」

途端に業物の刀剣を俺の首先まで振り下ろし、先程よりも眼光をはるかに鋭くした。


53 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その7:2023/01/28(土) 00:16:17.280 ID:CXvWy3TMo
「私はね、失礼な男と、嘘が嫌いなの」
「そうか、俺はどっちも好きだけどな、本音を話さなくていいから。
ところで、俺にかまけて奴さんを気にしなくていいのかい?」
「鈴鶴隊長ッ!敵の筍魂(たけのこたましい)隊が来ますッ!」

叫び声をかき消すほどの爆音とともに、視界の先にある側壁が崩れ、敵の英雄たちがシロアリのように強引に侵入してきた。
全員が男性で体躯のいい兵士たちだ。彼らの肩からも青白い気が立ち込めていることを見るに、鈴鶴さんと同じ英雄結集<コールバック>で召喚された英雄なのだろう。

「動ける者は先に戻り社長を援護、副官が部隊の指揮を取りなさい、残った者たちは私とともに全力で食い止めるわよッ」

鈴鶴さんは刀剣を構え直し、戸惑う周りの英雄たちに矢継ぎ早に指示を出した。

「心踊るねぇ、それじゃぁ、先に失礼するよ。耳を抑えてなッ、ファイアッ!」

俺は背中に背負っていたサブマシンガンを構え、躊躇なく射撃を開始した。
体躯の良い兵士は狭い路地では良い的だ、直線上に突っ立っている敵の兵士がバタバタと倒れていった。銃ほど気楽なものはない、機構部品の手入れさえ怠られなければ、年季の入った年代物でも問題なく動くのだ。

「ぁはははははッ!やはり銃はいいなぁ、敵は近接武器主体か、どうやら銃との相性は悪いらしいッ!」
すると横から鈴鶴さんが、
「遠距離攻撃は大体魔法で事足りるという考えなのよ、ここは。ただ、びっくりしているんじゃないかしら、貴方みたいにレギュレーションの違いを把握せず、本気で挑むおバカさんたちじゃないから」
と、呆れた様子で教えてくれた。

確かに現代では、銃弾を消費し手入れを必要とする銃器よりも、再生可能な魔法力を消費する魔法攻撃のほうが有用性とコストパフォーマンス面で遥かに優れている。理屈はよく分かるが、幼少期から大事にしている相棒をすぐに手放せと言われてもなかなか出来ない相談だ。
効率さを重視しすぎて愉しさを失っては、生きている意味がない。


54 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その8:2023/01/28(土) 00:17:32.950 ID:CXvWy3TMo
「あなた達ほどの魔法力は俺たちにはないんだ、それに、この銃弾は魔法弾だから当たっても致死傷にはならない。どうだ、安心したか?」
「そう、ならどうぞ、ご自由に」

今度こそ呆れたのか、鈴鶴さんは一歩後ろに下がった。
死屍累々となった眼前の路地で動きがあった。スーツ姿の一回り大きい大柄の男が、倒れた兵士たちを跨いで、のしのしと近づいてきた。ずっしりとした体躯で、左右の肩幅で路地の大半を占有している。

「お前が噂の“トリガーハッピー”野郎か」

男の言葉に、俺は間髪入れずに、次のマガジン分の弾を連射した。
戦場で生き残るコツは相手の甘言に聞き耳を立てないことだ、虫の羽音と同じだと思えばいい。

「多分、そうだな」

ただ、人としての矜持(きょうじ)を保ちたいのであれば最低限の礼節は弁えるべきだろう、俺は専ら撃ち終わった後に返答するようにしていた。
20発以上を撃ち込んだが、男は手に持った大鎚(おおづち)を振り、全ての弾を防いだようだった、大した腕前と余裕さだ。



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