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アラウンド・ヒル ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:04:42.583 ID:DeJrbXDs0
青年テペロは、あてもない旅を数年も続けていた。

ある時、鬱蒼とした森に迷い込んだテペロは森の中に建つ奇妙な塔にたどり着く。
彼はある集落を探していた。塔に住む社長という人物から、周辺一帯がKコア・ビレッジという村だと聞くが、その名は彼の目指す村ではなかった。

失意の中で眠りにつけば、遠くから号砲が鳴り響く。
Kコア・ビレッジには奇妙な風習があった。
広大な土地に僅か9人の村民だけで暮らすこの村では、不定期に村民同士が最後の一人の勝者を決めるまで争い合う、物騒な遊びが行われていたのだ。

彼らはその遊びを“大戦”と呼んでいた。

奇しくもその夜が“大戦”日だった。
テペロは社長に頼みこみ戦いに同行することにした。中心部の市街地では既に銃弾が飛び交い、硝煙漂う戦場と化していた。
顔から血の気が引く思いでただ進む、そして敵からの奇襲を受け意識を手放す直前、テペロの脳裏には中心部にそびえる小高い丘が映っていた。

あの丘の上から見る夜空はどんなに近くて美しいんだろうかーー


9人の妙な村民の住む奇妙な村で、青年テペロと彼らの運命は回り始める。   


              アラウンド・ヒル


55 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その9:2023/01/28(土) 00:20:10.552 ID:CXvWy3TMo
「俺の名前は筍魂、お前の名前は?」

相手の呼びかけに対し、マガジンを交換するふりをしながら、ホルスターからハンドガンを取り出すと、素早く6発撃ち抜き、
「敵には名乗らないようにしているんだ」
とだけ答え、駆け出した。

案の定、次弾も全て防がれたが、利き足とは逆の脚に全て撃ち込んだことで、彼は武器を逆足の前に構えざるを得なくなった。
慣れない防御姿勢に少しの歪みが生じたのを見付けると、俺は敢えて逆の利き足に向かい飛び込んだ。

こちらの動きに即座に反応した筍魂が、巨大な大鎚を振り上げて反撃しようとすれば、身体と武器の大きさが仇となったのだろう、家の外壁に刃を引っかけ、一瞬、身動きが取れなくなった。

全ては歪な防御態勢から早く復帰しようという、小さな焦りが招いた、歴戦の英雄らしからぬ仕損じだった。
それをすべて予測して且つ確認した上で、ホルスターから引き抜いたコンバットナイフで、俺は脚の腱を正確に振り抜いた。

「ぬうッ!」
「戦った場所が悪かったな、路地の狭さとあなたの体格の相性が悪かった」

膝をつかせると、再装填した銃で間髪入れずに数発を撃ち込み、止め(とどめ)を刺した。
強敵には躊躇をしてはいけない、自分の行動一つ一つが相手の生命と自分の生命とで天秤にかかっていることを理解していないと、決して生き残れはしないのだ。


56 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その10:2023/01/28(土) 00:21:47.792 ID:CXvWy3TMo
倒れ伏した筍魂の身体が、砂のようにサラサラと消えていく様を、周囲の兵士たちは暫く唖然とした様子で見つめていたが、こちらの機関銃の鈍いリロード音を聞くと、再び時が動きだしたように慌ただしく騒ぎ始めた。

「隊長がやられたッ!後方に支援要請だッ!」
「とにかく撃ち込んで奴の動きを止めるんだッ!こちらも斉射<マルチブルランチャー>を放てッ!」

敵が慌ただしく騒ぎ始めたので再度攻撃に移ろうとすると、近くでまたも爆音が鳴り、大きな地響きが起きた。

「大変ですッ!791軍が痺れを切らして、本隊に奇襲攻撃を仕掛けているようですッ!」

と、敵の伝令の慌てふためいた声が漏れ聞こえた。この数秒のうちに三、四度は同じ爆音が鳴っていたので、敵もこちらに構っている暇は無くなっただろう。
これで本来の目的は果たしたと感じ、落とした武器を拾いながら、鈴鶴さんのいる場所まで小走りに戻った。

「そういうわけで、後は任せた」
「貴方は何処に行くの?」
訝しげに訊いてくるので、
「俺は、戦いは好きだが、軍としての勝敗には興味が無い。今は、丘の上に登って満点の星空を見せてやりたくてね、“こいつ”の希望でさ」
と言い、指でトントンとこめかみを叩いた。

鈴鶴さんは、
「自分勝手なのか過保護なのか、よくわからない人ね」
とだけ言い、一つ溜息を吐いた。


57 名前:きのこ軍:2023/01/28(土) 00:22:54.427 ID:CXvWy3TMo
今週はここまで。きのたけには珍しい銃器を振りまくキャラにしてみました。

58 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/28(土) 00:29:43.409 ID:HRudrZdQ0
二重人格キャラいいですね

59 名前:きのこ軍:2023/02/03(金) 19:44:50.699 ID:IX9ACBbAo
今週の投稿は体調不良によりお休みします。

60 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その1:2023/02/10(金) 22:12:48.087 ID:0E49cUQEo
━†━━†━━†━

市街地を抜け、丘の上まで続く坂道まで再び戻ってくると、途端に混沌とした戦場の空気あら、規律ある張り詰めたものへと一変した。こちらの姿が¢(せんと)の隊に捕捉されているのだと即座に感じた。

俺は敢えて悠然と歩くように心がけた。
背の低い叢(くさむら)が続き、身を隠すための木々は殆どなく、頂上からは格好の的だが、どの隊にも所属していない無害の人間だと視認されたほうが、この後起こす一波乱のためには都合が良いのだ。

道中、額から大量の汗が滴り落ちる度に、全盛期の時と比べ程遠い自身の体調に、自縄自縛の思いに駆られた。
常に日頃から“あいつ”に身体を鍛えるよう言っていたが、その度に「わかった、いつかするよ」と返答したきり、俺が平時では表に出てこられないことを逆手に取り、平和な集落ばかり訪れては惰眠を貪っていたのを間近で見てきたのだった。そしていざ実戦になれば、実際に戦うのは俺なのだ、実に忌々しい。

数十分をかけて頂上付近まで到達した頃には汗だくになっていた。
叢に身を潜めていた敵兵にようやく声をかけられたので、待ってましたといわんばかりに両手を上げて投降した。


61 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その2:2023/02/10(金) 22:13:51.195 ID:0E49cUQEo
━†━━†━━†━

傾斜の緩くなった頂上部には途中の丘道には無かった緑がぱらぱらと広がっていた。
崖付近に生える木々の傍に数人の狙撃用の兵士たちが身を伏せて配置されていることから、こちらの行動は思った以上に監視されていたようだ。

先導する兵士に続いて、中心付近から伸びる古ぼけた石段を数段程上ると、正真正銘、丘の頂上にたどり着いた。
頂上は小ぶりなグラウンドのように開けており、中央には数人の男たちが立っていた。その輪の中心に、目当ての人物は立っていた。
十字架の形にくくりつけられた木製の墓標に背を預ける兵士の周りを、一対の水晶が悠然と回っており、彼が¢(せんと)という村民なのだと確信した。
¢の横にいる黒衣を纏った男は、俺を一瞥した後に、横にいた先導した兵士に顔を向けた。

「武器はこれで全部か?」
「はい、間違いありません。サバイバルナイフ二本にセラフィムアーチ社のMT40 二丁です、こいつは少し年代物ですが、扱いはいい銃ですよ」

付き添った兵士とは短期間の中で銃器の話で互いに意気投合した甲斐もあってか、武器の説明に少し熱がこもっている。
焦げ茶のローブを纏い、顔まですっぽりとフードで覆った¢は、こちらを一目もせず、ただ眼下の戦闘の様子を気怠げに眺めているようだった。

黒衣の男は続いて、両手を頭の後ろに回している俺に改めて目を向けた。とても歓迎を受けるような視線ではない、どちらかというと自宅に変質者が迷い込んだ時のそれだ。

「村民ではないゲストが、どういった目的でここに侵入した?」
「元々、森で迷っていたところを社長に助けてもらったんだ。そこから、夜にお祭りがあると言うから、たまたま参加させてもらっていたのさ。こんな大規模な戦闘だとは知らなかった、此処に来たのは、はぐれた社長から『何かあったら¢さんを頼れ』と言われていたからさ」


62 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その3:2023/02/10(金) 22:15:00.481 ID:0E49cUQEo
根も葉もない嘘に対し、引率した兵士が、
「社長と一緒に居たことは確認済みです」
と報告した。¢以外の全員の肩口から青白い蒸気が立ち込めていることを見るに、彼らも¢の英雄結集<コールバック>で呼び出された英雄たちになるのだろう。

ナンバー2格の黒衣の男はなおも猜疑心たっぷりの目で、
「その割には随分と戦闘に覚えがある様子だな?」
と訊いたので、
「こんなご時世だ、自分の身ぐらい自分で守れないと生き残れない、だろう?」
と返せば、一度だけ唸り顔をしかめた。

そこで初めて、¢はゆらりと身体をこちらに向けた。

「社長はもう戦線から離脱している。ここで戦っても無意味だ、終戦までぼくたちの部隊に同行してもらう」

フードの中から発した低い声には多分な警戒感を含んでいたが、スラリとした体躯に似合う若さを滲ませていた。

「それは分かったが、一つお願いがある。“俺たち”は、この頂上から星空を見たい、できればあなたのいる場所まで行かせてもらえないか、一番の特等席から一度見たいんだ」
「それはできないんよ。大戦はまだ終わっていない、終戦してからにするか、その場で見てくれ」
「人がいるところで見ても気が散るんだ、終戦まで待ってたら夜が明けちまうし、俺は戦闘中しか居られない。それに、俺は社長軍に同行こそしたが、所属した訳ではないから、大戦の中に組み込まれているわけじゃぁない」

途端に場を張り詰めた空気が支配した。
敵意が一斉に自分へ向くこの瞬間が、いつもたまらなく好きだ。


63 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その4:2023/02/10(金) 22:15:38.533 ID:0E49cUQEo
「重ねてだが君の要求には応じられない、来たところ悪いが大人しくしていてくれ」

¢の言葉の直後、遠くで轟音が鳴り響いた。下界の市街地での戦いも佳境を迎えているようだ。

「ここから動きを見ていただろう?俺は、配慮も遠慮もしないぞ」
「意見は変わらない、もしここで見たいのなら力づくでどかせ」
「それは実力でこの場から、あなたたちを追いやってもいいって意味か?」

あくまで平静を装い言葉を返すと、後頭部に回している両手にじわりと汗が滲んだ。
次の返答次第で、この後の行動が決まるのだ。

「そう解釈して構わない」
「そうかぁッ!」

言質は取れた、売り言葉に買い言葉、待ちに待った戦闘だ。


64 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その5:2023/02/10(金) 22:17:08.227 ID:0E49cUQEo
勢いよく両手をうしろ髪の中に入れ、ボサボサ髪の中に隠していた小型の閃光弾に手を触れると、勢いよくピンを引き抜き、同時に投げ捨て、その場から駆けた。
コンマ秒区切りでの反応速度と二手、三手を見通す力の有無で、戦闘の勝敗は一瞬で決まる。
反応速度の早さには昔から自信があった。その場で片脚を振り上げ、靴の中に隠していたアーミーナイフも取り出し、すぐにフードを被り目を閉じた。

次の瞬間、背後での炸裂音とともに届いた高周波の波が両耳を束縛したが、被害の受けていない両眼を開くと、顔を抑え狼狽える兵士たちの中に紛れ、直線上に確かに¢の姿を捉えた。

「捉えたぜぇッ!」

普段よりも一回り小さいフォールディングナイフはその小ささゆえ、加減を気をつけないと獲物を前に空振りしてしまうこともある。“俺たち”は、常に狩りで小動物の生命を奪うことで、その感触を繰り返し身体に覚えこませてきた。

¢の懐に飛び込み、青白い首筋に向かい振り抜く。
計画は完璧なはずだった。社長は、英雄結集<コールバック>の術者が気を失えば、英雄たちも消滅すると言った。強者揃いの隊を一撃で無力化するためには最初から親玉を狙うしか術はないと確信していた。
“あいつ”に、丘の上から夜空を見せてあげたいというのは本心だった。だが同時に、久々の戦場で暴れ足りないという自身の心の渇きと疼きがあることも自覚していた。それを同時に満たせるのはこの方法しかないと踏んだのだ、その目論見は正しかった。

ただ、一つだけ誤算があった。

手元に鈍い感触が届き、獲物を仕留める段階で存在し得ない感触に戸惑いを覚えた次の瞬間、ナイフの動きが完全に止まった。未だ音波の渦の中にいる両耳に音こそ届きはしなかったが、明らかに金属同士が接触した時のような、行き場の無さが指先に響いた。

行く手を阻んでいたのは、¢のハンドガンだった。


65 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その6:2023/02/10(金) 22:18:04.660 ID:0E49cUQEo
ナイフのエッジ部を、コーティングされている銃体がしっかりと抑えている。身動きの取れない至近距離の中で、俺はようやくフードの中の¢と目が合った。
薄暗いフードの中から現れた端正な顔立ちの中に浮かぶ、二対の深い緋色に染まった瞳は、まるで蛇睨みのようにこちらを見下ろしたまま離さず、あまりの迫力に俺も一瞬身体を硬直させた。

彼は気怠げに唇を僅かに動かし何やらを囁いた。未だ聴力の回復しない中、唇の動きで読み解くと、彼の口は、
「どうした?力づくでどかすんだろう?」
と告げており、その瞬間、俺の怒りは一瞬で沸点を超えた。

「うるせぇ、これからやるんだよッ!」

そう告げたつもりだったが、相手にも自分にも届かないあやふやな怒鳴りは、空の中に霧散していった。ナイフを下ろし、半身分だけ僅かに間合いを離した。

「はぁッ!」

身を少し屈め、次の瞬間、¢の腹部へ向かい素早く刺突する。しかし、この攻撃さえも¢には織り込み済みだったようで、再びハンドガンでナイフの刃を受けると、武術のような力感のない払いでこちらの切っ先を反らした。
獲物を見失った俺の身体は僅かによろめき、次の瞬間には、閃光からいち早く回復した数人の兵士が飛びかかり、すかさず俺を羽交い締めにした。


66 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その7:2023/02/10(金) 22:18:53.729 ID:0E49cUQEo
「¢さん、無事かッ?!すぐに、こいつを始末しようッ!」
「ありがとう、名無しさん、ぼくは無事なんよ。それに、彼に手を出すのは少し待ってほしい」

黒衣の男が怒鳴りながら、逸り気味に銃口をこちらに向けると、¢が彼らを手で制し、先程と同じように緋色の目で俺の方をじっと見下ろした。

「君は、戦いたいのか?」
「はッ!俺から戦いを奪ったら何も残らない、生きている限り、俺は戦闘を欲し続けるんだよ。ここで殺されるくらいなら、戦闘の中で殺ってくれたほうがまだ成仏できるぜッ」

威勢よく告げると、驚くほどあっさりと¢は頷き、
「そうか、ならもう一度だけチャンスをやる、サシでやろう」
と告げた。驚いたのは、むしろ周りの兵士たちだった。

「¢さん、正気ですかッ!?こいつは奇襲を仕掛ける危険な戦闘狂です、大戦中に構うことはありませんッ!」
「791軍や、東部では参謀軍もまだ残っています、奴にかまけていたら包囲されます」

必死に止めようとする彼らの言葉に、
「スナイパーは引き続き配備して、何か動向があれば名無しさんやアルカリさんの判断に一任する。
元々、ぼくよりも頭が切れる優秀な兵士たちだ、相手に後れを取ることもない。万が一、彼がぼくに勝ちそうになっても、君たちは手を出すな、これは一対一の戦いだ」
と冷静に告げ、困惑気味の兵士たちの拘束を解いたのだった。


67 名前:きのこ軍:2023/02/10(金) 22:19:26.893 ID:0E49cUQEo
短いですが今回はここまで。次回、最終回。¢戦後編です。

68 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/02/10(金) 22:53:37.051 ID:VAGYc4Ko0
¢さんが順当にかっこいいです

69 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その1:2023/02/18(土) 00:14:29.019 ID:BNYJyVBIo
━†━━†━━†━

対峙した俺たちの周りには、先程まで俺に覆いかぶさっていた奴らを含め、¢の呼んだ英雄たちがギャラリーのように取り囲み、墓標の周りはさながら闘技場のような様相を呈していた。
¢は先程と変わらず、気怠げに墓標に背を預けている。彼の周りをのんびりと周る水晶が、術者の今の精神状態をそのまま表しているように見えた。
俺は身体のホコリを払い、取り戻したハンドガンをホルスターに戻した。

「武器まで返してくれるとは、相当な自信だな」
「これは暇つぶしだから、それに、社長が保護した“君たち”に、少し興味が湧いた」
「そうやって余裕綽々の奴が後で泣く光景を、何度も見てきた」

そこで墓標から背を離し、ゆっくりとこちらに向き直った。

「先程はああ言ったが、億が一でも、ぼくが負けることはない」
「大した自信だ、その鼻、今からへし折ってやるからよぉぉッ!」

勢いよく駆け出す。彼との間合いを急速に詰め、半身の構えから左拳で突くと、たまらず¢はその場で沈み込んだ。
常人ならまずこの突きを避けられず気を失うので、¢の反応の良さは折り紙付きだ。

それならば、深く沈んだ顔を目掛け、すかさず右フックで仕掛けると、逃げ場の無くなった¢は、ようやく腕を顔の横に突き出し、防御の姿勢を構えた。
しめたとばかりに、中段蹴りでがら空きになった彼の脇腹に蹴り出すと、確かな感触とともに彼の体が僅かにくの字に曲がった。
その瞬間を逃さず取り出した銃で発砲するも、それは見切られていたのか魔法の防壁の前に銃弾は粉々になった。

「『防壁<スーパーカップバリア>』」

後から律儀に呪文をつぶやく¢に、思わず吹き出してしまった。


70 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その2:2023/02/18(土) 00:15:51.571 ID:BNYJyVBIo
「ここの住人は戦闘でも律儀に詠唱しなくちゃいけないクセでもあるのかい、えぇ?」
「その通り、大戦では定められた魔法は詠唱しなければいけないという暗黙のルールがあるんよ」
「なぁ、その魔法、ずるくないかぁ?」
「安心しろ、この魔法は疲れるんだ、もう魔力は尽きたから何も使えない。それにしても、いい蹴りだ」

言い終わるや否や、¢の姿は消え、次の瞬間には頭上から踵落としが降ってきた。

既のところで避ければ、すぐさま追撃の手刀が迫り、それを払い除け、逆にこちらから攻めに転じる。互いの一進一退の攻防は、まるで武術の演舞のように絶え間なく交代し、切れ目なく続いた。
周囲の兵士たちはまるで闘技場の観客のように声も出さず俺たちの闘いを見ていた。闘いと気迫の鋭さに気圧され声も出せない、というのが正しかったのかもしれない。

¢は身体を葦(あし)のように傾け、一見すると闘いからは程遠い構えだ。だが、体感の強さ、靭(しな)やかさと瞬発力は、これまで出会った人間の中でも群を抜いていた。

体術には絶対の自信を持っていたが、ここまで敵に攻撃が通らないことは今まで無かった。
瞳に映る人物は絶対的な壁といえる存在であり、同時に今後も俺自身が存在し続けるためには、超えなければいけない存在であることを直感で理解した。

そんな難敵を前にしても俺は焦るわけでも憎むわけでもなく、
「いいねぇ!楽しいねぇ!最高の気分だぁッ!!」
ただ心の底から嗤(わら)った。闘いを目一杯楽しんでいた。


71 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その3:2023/02/18(土) 00:16:54.638 ID:BNYJyVBIo
「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかった」

¢が一瞬、構えを解いたことが分かった。普段だったら敵の声には耳を貸さないが、ここまで至福のひとときを提供してくれる相手には最大限の礼節を尽くそうと思い、俺も構えを解いた。

「俺の名前はテペロだ」
「テペロ、体術に秀でているな。無駄のないその動き、徒手空拳(としゅくうけん)か、どこで習った」
「生きていくためには何でも吸収するさ、そういうあなたは自己流か、しかし殺気が感じられないな」
「大戦は生命を奪う戦いはしない、水晶の魂<インクリメント>を破壊すれば敗北を認める、この闘いも同様だ」

¢の言葉が、俺の熱い心に一滴の冷水を垂らしたかのようにじわりと急速に広がり、知らずのうちに、俺の口から嘲りの嘲笑いが漏れていた。

こいつは、やはり駄目だ。
死闘はギャンブルと一緒だ、自らの一番の大事な生命を賭してこそ、初めて同じ闘いの場で相まみえる。
互いの生命を賭けて生き死にを運と実力に任せるその瞬間が、たまらなく好きだ。
そのベットを拒むというのならば、幾ら強者とは言っても所詮は腰抜け、俺の敵ではない。

「甘い、甘ちゃんだなぁ。人はギリギリの状況に追い込まれてこそ真価を発揮する、どんな手を使っても勝ちに行く、そうだろぅ?」


72 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その4:2023/02/18(土) 00:19:23.411 ID:BNYJyVBIo
ナイフ使いにとって、間合いの距離と詰め方は至上命題だ。
対面の相手との中途半端な間合いは、銃や魔法といった遠距離攻撃の驚異に晒される。しかし、近づいてさえしまえば、魔法や銃を構えるよりも速くナイフで敵を制すことができる。
かつて俺たちに体術を指導した教官は「至近距離なら銃や魔法よりナイフが速い」と繰り返し説いていたものだ。当時仲間内では机上の空論だと馬鹿にしていたが、その訓え(おしえ)は時間が経ち、すっかりとこの身体に染み付いていた。

俺は極自然な流れで半身のまま、すり足で間合いを一気に詰め、腰からナイフを抜いた。
呼吸の仕方や体捌きを一切変えず、違和感なく相手に接近する暗殺術で、幾度となく練習し身につけたものだ。さすがの¢も驚いたように一瞬身を震わせ、首元への初撃を反射的に避けようと身体を反らしたが、彼の頬から一筋の鮮血が飛んだ。

驚く暇すら与えず、さらに首と腕を掴み、すぐさま押し倒した。
組み敷いた状態で、掴んでいる利き腕を強く頭上に引けば、いかに頑強な相手でもその首元が顕になり、一刺しで勝負が決まる。
得意の間合いの中に入ってしまえば、俺は無敵だ。

地に頭を付けた¢の顔が露わになった。
月夜に照らされ煌めく金髪と、青白い頬に走る一筋の赤い傷との対比が、端正で無表情な顔立ちと相まって、無機質な美しさと病的なまでの凄艶(せいえん)さを濃く映し出していた。
その場は、不思議なほどに静まり返っていた。
周りの兵士たちは、自分たちのリーダーがこれから処刑されるだろう危機的状況を、ただ固唾を呑んで見つめていた。


73 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その5:2023/02/18(土) 00:21:20.917 ID:BNYJyVBIo
¢はこちらに目を合わせたまま、微かに唇を動かしたが、風に吹き消され声は聞こえなかった。
眼前の敵は今にも動きを止めるオルゴール人形のような儚さで、礼節として迫る最期に僅かな時間を与えることにしたのだった。唇の形から、後半部は「…ソーラレイ」とだけ聞き取ったが、何を発していたかはわからない。何か祈りの言葉だろうか。

「もういいか?じゃあなぁ、楽しかったぜッ」

心のなかで¢への別れを告げ、露わな首元へナイフを振り下ろそうとした、その瞬間。

ぬるりとした生温い風が顔に吹き付け、途端に全身に悪寒が走った。

この感触には覚えがあった。と同時に、振り下ろす手を止め、瞬間的にその場から後ずさったのは、偏(ひとえ)に過去の経験則からの反射的行動にすぎない。
だが、次の瞬間、自由になっていた¢の左手の指先からは同じ太さ程の眩い光芒(こうぼう)が発射され、先程まで俺の居た位置を太く貫いていた。

「よく避けたな」

直前に、義務としての“詠唱”を終えていた¢は立ち上がり、称賛するように両手を叩いた。

「今際の言葉だと思い待っていてやったが、まさか呪文の詠唱だったとはな。それに、あなた、さっき魔力はもう尽きたと言ってたはずだが?」
「どんな手を使っても勝ちに行く、だろ?テペロ」

さらりと嘯(うそぶ)く¢に、目の前の敵が戦士の皮を被った道化師のように見えてきた。
おもしろい、闘いはやはりこうでなくてはいけない。


74 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その6:2023/02/18(土) 00:23:15.816 ID:BNYJyVBIo
「さて、終わりだ、テペロ、まあまあ楽しめたんよ」

袖口から銃を取り出すと、片手で俺に銃口を合わせた。黒々とした見た目にその重厚さは、ハンドガンの中で最強の威力を誇る50口径のハーケンダーツだ、なかなかの骨董品であることに間違いない。

「この距離なら、あんたの銃より俺のナイフのほうが速い、いいのか?」
「それはどうかな、『加速<アグロフォートレス>』」

詠唱とともに、目の前の¢が途端に姿を消した。
俺は瞬時に自らの魔力を鎧のように纏(まと)い防御態勢を作った。
一発程度しか耐えられない脆弱な鎧だが、ハーケンダーツはその重量ゆえ発砲時の反動が大きく、二射目の照準合わせにどんな手慣れでもコンマ秒は多めにかかる。
反撃に転じる時間として、俺にはその時間さえあれば十分だった。

耳に届いた風切り音とともに瞬時に振り返れば、背後に移動した¢が銃を構え立っていた。
引き金が引かれるとともに、鈍い銃声音が一度響き、次の瞬間、銃弾は俺の胸の手前で魔力の鎧ともども粉々に砕け散った。

銃声音が一発分しか響いていないことに気づけば、思わず笑みがこぼれた、勝負はあったのだ。
猶予あるコンマ秒の時の中で、俺の両脚の筋肉は限界まで収縮し、次の瞬間には目の前の獲物に飛びかかるための準備が完了していた。

そして砲弾のように相手へ弾丸発射しようとした、次の瞬間。

ドン、と押されたような反動。

本来動くべき身体がピクリとも動かなくなり、静止した。

異常事態に下を向けば、先程撃たれた同じ位置に、“二発目”の弾丸が俺の胸を貫いていた。


75 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その7:2023/02/18(土) 00:25:22.314 ID:BNYJyVBIo
「馬鹿なッ」

俺の発した声は思っていたよりもか細く、その場で崩れ落ちた。

全身が痺れ、指先一つ動かすことすらままならない状況の中で、¢がツカツカとこちらに近づいてきたことだけ分かった。
捕食される間際の息も絶え絶えな小動物側の気持ちが今なら理解できる、接近する死という存在が、たまらなく恐いのだ。
生物の生命のサイクルの中に自分もその一員として組み込まれていることを、初めて深く理解した。

「君の敗因は補助としての魔法を考慮していなかったことと、最後のぼくの詠唱を聞き逃した点だ。連射<ポイフルバースト>の魔法を発射直後の銃弾にかければ、銃声は一発でも弾は複製できる」

顔を上げることもできない俺は、囁くような¢の声を聞きながら、酷い眠気に襲われていた。

「頼む、仰向けに、して、くれないか、夜空を見せて、せめて逝きたい、んだ」
「睡眠弾だから死ぬことはない、ただ君は油断ならない、しばらく寝ていてくれ」

声も出せず、瞼が下がり、急速に意識が遠のいていく。

不思議と悔しさや怒りの感情は沸いてこない、ただ今は胸の中が空っぽになったような、寂寞(せきばく)した喪失感が占めている。
この気持ちを言葉として表すとするならば、そう、後悔だ。

戦いに破れたこと、そして何より“あいつ”に夜空を見せてあげられなかったこと。
俺はいま、後悔している、その気持ちを強く噛み締めつつ、意識を手放した。


76 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その8:2023/02/18(土) 00:26:22.612 ID:BNYJyVBIo
━†━━†━━†━

目が覚めると一面には澄み切った青空が広がり、視界の端から漏れ出ている陽の光が雲ひとつない空を、さらに薄く輝かせていました。

気がつけば、すっかりと夜は明け、僕は丘の上にあお向けで寝ていたのでした。
微かに漂う硝煙の匂いで半身を起こしてみれば、すぐ横には、昨日と同じ構図で墓標に身を預けた¢さんが、全身に朝陽を浴びながら立っていました。

「あの、お騒がせしました」

恐る恐る話しかけると、フード越しに目が合いました。

「起きたか、一応、初めましてだな、君の名前は?」
「すみません、ぼくもテペロなんです」

僕が申し訳無さそうに答えると、¢さんは、
「そうか」
とだけ答え、それきり黙ってしまいました。


77 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その9:2023/02/18(土) 00:27:19.575 ID:BNYJyVBIo
気まずい空気の中で僕も立ち上がろうとすると、胸を締め付けられた時のような鋭利な痛みが走り、思わず「うっ」と呻いてしまいました。

「すまない、手加減はしたつもりだったんよ」
「いえいえ、元はと言えば¢さんに向かっていったのは“僕たち”ですから」
「そうか」

またも沈黙が続きましたが、¢さんの気遣いに、胸の痛みが少し和らいだ気がしました。
夜が明け、遠くの市街地での戦闘音は一切聞こえてきません、周りにも武装した英雄たちの姿は全くありませんでした。

「大戦は終わったんですか?」

そう疑問をぶつけると、何も答えず手招きだけしてきました。
傍まで近づくと¢さんはすっと墓標から離れ、特等席を譲ってくれました。

「わぁ、すごいッ」

墓標の前に立ち、見ていた景色がガラッと変わりました。
広い丘の頂上部には天然自然な木々が点在し、戦術的には身を隠すのに最適な場所なのですが、なかなか村の全貌を把握することができませんでした。
しかし、中心部の周囲より一段高い場所にある墓標の周りだけはすっぽりと木々が抜け落ちており、麓(ふもと)の街並み、黄金色に輝く草原と、その先に続く深緑の樹林までの風光明媚な村一帯の様子を見渡すことができました。
墓標から見る村の景色は壮観なものでした。


78 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その10:2023/02/18(土) 00:29:54.113 ID:BNYJyVBIo
とはいえ、気を失う前まで戦っていた麓の市街地には今も家屋のあちこちからくすぶった白煙が狼煙のように何本も上がり、激戦の傷跡が色濃く残る痛ましさを見せています。
社長が匿ってくれていた教会はもはや跡形もなく、瓦礫の山に残るクリーム色の煉瓦の破片から僅かに痕跡を推察できる程度です。
戦いの終結したあとのこうした痛ましい光景には、自らも当事者だったとはいえ、いつも複雑な思いになります。

そんな沈痛な思いで偲んでいれば、ふと教会の瓦礫の一個がふわりと宙に浮かんだかと思うと、続いて周りの残骸もその場でとぐろを巻くようにぐるぐると浮かび上がりました。
そして、まるでパズルのピースを嵌めていくかのように渦状の瓦礫群から弾き出た瓦礫たちが組み重なっていき、ものの数分もしないうちに元の教会の姿に戻ってしまいました。

僕が驚いて目を点にしていると、¢さんが横から、
「あれは『諸行回帰<イニシャライズ>』の魔法で、この地だけで使える魔法だ、幾ら傷ついても建物や壊れた武器は大戦前の状態に戻すことができるので、村はいつまでも同じ形で保たれる。
ただ、あの作業は大戦で敗れた村民がやるべき一種の罰ゲーム、今も村には社長を始め、村民たちが必死に直している」
と説明してくれました。

「そんな便利な魔法があるんですねぇ。あれ、¢さんはやらなくていいんですか?」
「ぼくは勝ったからやらなくていいんよ」

手でVサインをつくり密かに喜びを表現する¢さんの茶目っ気に、思わず笑ってしまいました。
初対面では斜に構えた底冷い戦士という印象でしたが、今は少し寡黙な優しいお兄さんに感じます。
大戦が終わればノーサイド、村民の間にはわだかまりやいがみ合いもなく、次の大戦までのどかに暮らすのだろうと、先に会った社長の様子とあわせても、そう感じました。


79 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その11:2023/02/18(土) 00:31:15.895 ID:BNYJyVBIo
気がつけば、街のあちこちで同じように残骸が渦状に浮かび上がりました。
朝陽を受け仄かに朱色の差した集落の中に、一つ、また一つ同胞が蘇り再生していく様を見るに、この村を探す切欠(きっかけ)になった遠い過去がふと瞼(まぶた)の裏に浮かびました。
目的地として“なぜこの村でなければいけなかったのか”という、自身の抱いていた長年の疑問への答えが目の前にあるように感じ、胸に熱いものがこみ上げてくるのとともに、僕はこのKコア・ビレッジという村の真髄を垣間見た気がしたのでした。

ここに来て、僕の決心はいよいよ固まったのでした。

「僕は、小さい頃から夜空が好きなんです。このバーボンの丘に行きたいと思ったのも、綺麗な夜空をより近くで見たいと思ったからですし、それで“彼”がここに連れてきてくれたんです」

¢さんは黙って僕の話を聞いていました。


80 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その12:2023/02/18(土) 00:32:46.671 ID:BNYJyVBIo
「でも、いまこの景色を見て、考えが少し変わりました。
ここの住民は何かに囚われることもなく自由のどかに暮らし、たまに本気で闘い合い、終われば手を取り合い、そして元の日常に戻る、そんな日々が永く続いていく。
丘の上から広がるこの光景は、僕の求めていた理想です。
“僕たち”はこの村を目指して旅をしてきました。
お願いがあります、この村に住むことを、許してくれませんか?」
「この村は誰も拒まない、好きにするといいんよ」

¢さんは優しい声色でそう答えました。
市街地からは、再生した小さな教会の上で機動アーマーに載った社長が、こちらに手を振っていました。

旅を始めてから長い年月を経て、“僕たち”はようやく目的地に辿り着きました。
これから一体どのような日々を過ごすのか、楽しみでしかたありません。

Kコア・ビレッジに差す陽の光は、まさにこれから強くなろうとしていました。




81 名前:きのこ軍:2023/02/18(土) 00:34:33.672 ID:BNYJyVBIo
ということでアラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜は完結です。
ありがとうございましたー。こんな感じでなるべく長くない、短編形式でつなげていこうと思います。

次回、「アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜」は1ヶ月後くらいに投稿予定です。ではではー。

82 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/02/18(土) 00:36:52.541 ID:Q.Xx88i60
爽やかでいい終わり方。次回も期待

83 名前:きのこ軍:2023/04/01(土) 16:06:54.572 ID:ugBBwJ1Eo
━†登場人物†━
◆アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜

・テペロ
二つ名:ぐうたら居候、所属:社長の家
https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/47/best.png

この物語の主人公。
森に迷い、“大戦”を経ることでKコア・ビレッジに移り住むことになった。
ただし、家はないので何の断りもなく自然と社長の家に住み着いている。
平和主義を顔に貼り付けたようにいつも笑っているが、実は戦いが大好き。

・社長
二つ名:気苦労人、所属:ガトーの森
https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/48/another2.png

Kコア・ビレッジに住む村民。
今までは猫の世話だけをしていたが、大きな居候人も増えたのが最近の悩み。
発明家以外に芸術家の一面もあるが、自分の作品を他人にあまり披露しない。

・ブラック
二つ名:卒がないメイド、所属:ガトーの森
https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/49/another1.png

社長のメイド。
大量の猫と社長とテペロの世話をしている。
テペロが村を回るようになってからはついでにお使いを頼むなどちゃっかりしている。

・791
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

84 名前:きのこ軍:2023/04/01(土) 16:10:18.018 ID:ugBBwJ1Eo
来週頃からアラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜の投稿を始めようと思います。
前作よりも短く、投稿は4~5回程度を予定しています。

85 名前:きのこ軍:2023/04/14(金) 20:58:24.759 ID:pFANaS9so
今日から毎週(予定)投稿をがんばっていきます。

86 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その1:2023/04/14(金) 21:00:13.280 ID:pFANaS9so



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アラウンド・ヒル 〜美味しいお茶の見分け方〜

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87 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その2:2023/04/14(金) 21:02:26.498 ID:pFANaS9so
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冬枯れの樹木に新緑が芽吹き、気づけば鮮やかな若竹色に森が染まるようになったKコア・ビレッジには、今日も春風駘蕩(たいとう)の時間が流れていました。

今日もお昼前に目を覚ませば、寝転がっている猫たちをあやし、毛づくろいの最中にうたた寝。
午後には彼らと森へ散歩に出かけ、水辺のほとりで小鳥の囀(さえず)りに耳をそばだて、澄んだ水で喉を潤し、家に戻れば再び惰眠を貪る。

なんと素敵な日々でしょうか。
常に飢えに苦しみその日の寝床を探し、アテもなく彷徨っていた過去の日々とはおさらばです。
温かい繭(まゆ)の中にいるような心地の良さで、僕はすっかりと心を許し、我が世の春を謳歌(おうか)していました。

「あの、いつ出ていくんスか?」

穏やかな安寧(あんねい)の時間にこうして平然と水を差すのは、僕の住んでいる傾いた塔の家主の社長(しゃちょう)です。
いつだってギラギラとしたメガネ型のオペラグラスをかけ、人より半テンポ以上遅れた喜怒哀楽の表情の変化の乏しさと奇妙な風貌で、大量の猫ちゃんとメイドアンドロイドとともに暮らしている奇天烈な人物です。

今だって窓際で猫たちと日向ぼっこを楽しんでいた最中に、現実に引き戻されるようなことを言われれば、
「そりゃぁ、いつか家が見つかった時ですよ」
誰だっておざなりな対応となります。


88 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その3:2023/04/14(金) 21:06:07.191 ID:pFANaS9so
「いつもそう言ってますが、テペロ君が自分から探している光景を、見たことないデス」
「今日も外に出て、良い土地がないか探してたよ」
「クロを連れて釣りに出かけただけでは?」
「探しながら趣味も楽しめるなんて、素敵じゃないですか」

目に見えて社長はがっくりと肩を落とすと、
「テペロ君、村民として生きていくならやはり自分の家を持つべきデス」
と至極当たり前のことを言い、露骨に深い息を吐きました。
打ち解けてきたせいもあってか、最近は僕のことになると奇天烈の皮を破り真人間(まにんげん)に戻りがちなので、困ったものです。

「わかりましたよ、僕だってずっとここの居候でいるのは申し訳ないと思ってる、ビレッジ内でいいところがないか探すよ、でも探すのに時間はかかるだろうから、まだ少し頼ってもいいでしょう?」
「いいスよ」

どことなくほっとしたような口調で話すので、少し腹が立ちました。

「とはいえ、森はほぼ探索し終わってるからなぁ、次は市街地の方にいけばいいのかな?」
「他の村民をあたってみるといいんじゃないスか?ここからだと抹茶さんの家が近い」
「それはいい、じゃあ早速準備するよ、細かい荷物は置いていくからね」

壁際に立てかけている色褪せたリュックを手にすると、改めてその重量に驚かされました。
旅の時には、起きているときはもちろん、寝る時でも肌身離さず背負ったまま身体から離さないようにしていました。
戦いを求め彷徨っていた当時、いつ戦闘が始まるかわからない恐怖と、それを上回る期待と興奮を、僕はこの相棒の中にずっと詰め込んで歩いていたのでした。


89 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その4:2023/04/14(金) 21:12:43.891 ID:pFANaS9so
ただ、今度はただの探索なので極力身軽にしたほうがいいでしょう。
社長に聞けば、戦いは“大戦”の時にしか認められていない行為で私闘は厳禁とのことでしたので、僕だけ武器を持っていては余計な警戒を相手に与えるだけでしょう。
郷に入らば郷に従えということです。

いらない銃火器を次々と並べていくと、周りの猫ちゃんたちがゴトリとした重厚音にビクッと背筋を毛羽立たせていて、僕はすぐに謝りを入れました。

「未だにこの間の大戦での出来事が信じられない、本当にびっくりしましたよ」

先日の“大戦”では、社長には本当にひどいことをしてしまいました。
当事者の”彼”は反省していないでしょうけど、少なくとも僕は猛省しています。

「いやぁ、驚かせちゃってごめん、まさか初対面の人に“戦いを求めて旅をしてます”なんて言えないじゃないですか」
「テペロ君も求めてるんスか?戦場だと顔色悪そうでしたが」
「戦うことは嫌いじゃないんだ、でも確かに戦場の空気は苦手かもしれない、嫌なことを思い出しちゃうしね」

だいぶ身軽になったリュックを背負うと、足元に猫ちゃんたちがすり寄ってきたので、また屈んで彼らの顎を撫でていました。
社長はそんなこちらの様子を見て、
「だいぶ猫ちゃんもテペロ君に打ち解けるようになったスね」
と言いました。

そうしている間にも、順番待ちのように猫ちゃんたちが僕の周りを囲んでいます。

「そうかな、前から猫には好かれやすいとは思ってたけど」
「たぶん、テペロ君も猫っぽいからじゃないスかね」

そんなものなのでしょうか、自分ではあまり客観視できない部分なのかもしれません。


90 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その5:2023/04/14(金) 21:15:35.509 ID:pFANaS9so
「なら、社長から見れば、テペロさんもかわいい飼い猫のうちの一つということになりますわ」

そうしていると、メイドのブラックさんが、いつものように音もなく背後から現れました。

「テペロさん、折角なので抹茶さんのお家に寄られるなら、茶葉を貰ってきてくださいませんか?そろそろ収穫の時期のはずなので」
「茶葉ですか、わかりました、いいですよ」

ブラックさんは時々こうして僕にお使いを頼んできます。飄々としていますが、ちゃっかりした性格です。
僕は社長の方に向き直り、
「社長からは何か伝えておくことある?」
と聞けば、無表情のまま、
「いえ、特になにも」
「はぁ、出不精だから、誰とも会わないんだよ。抹茶さんに会ったら、今度の大戦では社長隊の方を一目散に狙うように言っておくよ」
お返しに僕が露骨にため息を吐きました。

家を出ると、森の中には爽やかな風が吹いていました。

少しだけ歩き、ふと後ろを振り返ると、二人と猫ちゃんたちが見送りに外まで出ているのが見えました。
思わず大きく手を振り返し、再び歩き始めると、僕の足取りはいつもよりもだいぶ軽やかになっていたのでした。


91 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その6:2023/04/14(金) 21:23:22.291 ID:pFANaS9so
━†━━†━━†━

鬱蒼としたガトーの森を抜けると、途端に見晴らしの良いルヴァン平野に出ます。
以前の大戦でも通り抜けた広大な新緑の平野です。前方にそびえるバーボンの丘は荘厳にその存在を主張し、山頂部にある木の十字架とあわせて快晴の青空によく映えています。

抹茶亭は、バーボンの丘を右目に見ながら西部方面に進んだ先にあるお屋敷だと、ブラックさんから聞いていました。

轍(わだち)を進んでいくと、左右両側に、弧状型にきっちりと区分けされている広大な茶園が見えてきました。
鮮やかなコバルトグリーンの茶葉で構成される茶園は、まるで幾何学模様のように整然と対称に配列されていて、持ち主の几帳面な性格が表れているかのようです。

編笠を被った数人の英雄たちが茶園の中で作業している光景を横目に暫く進んでいくと、少し太めな白い杭看板に“この先、抹茶の家”と書かれていました。
さらに進めば、茶園の一番奥に大きな風車を付けた農夫の邸宅が見えたのでした。

ドアノッカーを叩けば、戸を開けた若々しい主人が、中からひょっこりと顔を覗かせていました。

「これはめずらしいお客さんだ。ちょうど良かった、いま791さんも来ていてティータイム中なんです、よければテペロさんもどうぞ」

扉の中で、目を丸くさせた抹茶さんでしたが、すぐに破顔すると、僕を茶会に誘ってくれたのでした。


92 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その7:2023/04/14(金) 21:25:37.356 ID:pFANaS9so
━†━━†━━†━

“お茶を準備するので先に入っていてください”と抹茶さんに言われ進んでいくと、木目調に設(しつら)えた吹き抜けの広間では、既に791(なくい)さんがティーカップを片手に、悠々とお茶を嗜んでいました。

「やあテペロ君、君とは意外なところでよく会うね」

先日と同じ紫紺色のローブを羽織り、先日と同じ微笑を携え、今日はお茶の風味を堪能している様子でした。

「こんにちは791さん、だいたいが他人の家でお会いしていますけど。今日はお宅訪問も兼ねた挨拶と家探しできました」
「ふふッ、今度は私の家に遊びにおいでよ、ここからはちょっと離れた山の向こう側だけど、来れば歓迎してあげるよ」
「ぜひそうさせてもらいます」

僕も空いた椅子に腰掛けると、丸テーブル越しに向かい合う791さんは、コトリとカップを置き、微笑んだままお茶菓子を手に取りました。

「今はまだ社長のところに住んでいるんだっけ?」
「そうです、お恥ずかしながら未だ食客の身でして、いい加減家を見つけろと社長に叱責されちゃいました」
「あの家は外観はさておき、猫ちゃんもたくさんいるし、とても居心地がいいもんね。もう当ては付いているの?」
「いえ、まだですね、だからまずは会ったことのない村民の方への挨拶も兼ねて、どの辺りがいいかを探すのが先決かな、と」

広間には、使い古された家具が整然と並べられています。
見栄えよりも機能性を優先して置かれているのか、テーブル近くには本棚や茶棚がひしめき合っていて、少し煩く感じます。


93 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その8:2023/04/14(金) 21:29:11.260 ID:pFANaS9so
緑色のふわふわとしたお饅頭を堪能し終わると、791さんは再びお茶を啜りました。

「なるほどね、廃墟になってる市街地付近には誰も住んでないし、村民のみんなはほうぼうに住んでるし、大変だよね」

市街地の話で、ふと先日の“大戦”の夜の出来事が頭の中をよぎりました。
姿こそ見かけませんでしたが、あの夜、社長軍を包囲する形で目の前の791さんも近くにいたという話は、大戦中から聞いていました。
791さんには、あの時の大戦を台無しにしてしまった非礼を詫びたほうがいいのではないかと思ったのです。

「話が前後しちゃいましたが、先日の大戦では僕の勝手な振る舞いでかき乱してしまい、たいへんすみませんでした」

深く頭を下げると、明眸皓歯(めいぼうこうし)ながら好奇を含んだ藤紫色の瞳が、僕の方を向き、
「遠くから見てたよ、あの時は抹茶を早々に屠(ほふ)った後でね、社長軍とビギナー軍とで潰し合ってくれればと思って静観してたんだ。
まさか両軍とも君の手でほぼ壊滅するとは思ってなかったけど」
と言うので、
「我が事ながら、とても胸が痛いです」
困り顔で返さざるをえませんでした。


94 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その9:2023/04/14(金) 21:31:57.954 ID:pFANaS9so
「誉めてるんだよ、後から聞けば¢さんとも一対一でやりあったんだって?ぜひギャラリーで見ていたかったなあ」

すると、家主の抹茶さんがお盆にティーカップを二つ持ちながら居間に戻ってきました。

「その話は僕もぜひ聞きたいですね、どうぞ、一番茶です」

テーブルの前に置かれたティーカップからは、煎茶の芳しい香りが鼻の先へ流れてきます。

「これは、ありがとうございます。ところで、一番茶ってなんですか?」
「おや、一番茶を目当てに来たわけではなかったんですか」

掛けている金縁メガネの中の目を再び丸くしました。

「テペロくんは自分のお家探しに、この村の家を練り歩いて回るらしいよ」
「なるほど、そうでしたか。
いまの質問ですが、一番茶とはその年の初めに摘採した茶葉のことです、茶葉は一年で何回か取れるんですが、一番茶は二番茶より品質が良く、新鮮な香りと爽やかな味を楽しめるんです、ちょうど今がその一番茶の収穫時期なんですよ」

カップをしげしげと眺めると、カップの中の煎茶は底が見える程に澄んでいます。

「そうでしたか、ブラックさんが茶葉を欲してたのは今が旬だからだったのか、これは良いタイミングにお邪魔できました」

カップを手に取り、口に含めると、苦味のない透き通る味わいが一瞬で広がりました。
今まで味わったことのない高貴な風味に、今度は僕が目を丸くする番でした。

「すごく美味しいです、こんな美味しいお茶は初めて飲みましたッ」
「それは良かった、後で帰り用に茶葉を詰めておきますね」

優しげな目元に微笑をたたえた抹茶さんは、若い茶葉の色の緑髪に、精緻(せいち)な顔立ちで、見た目以上にとても若々しく見えます。
もしかしたら歳は僕とあまり変わらないのかもしれません。むしろ不健康そうな僕の見た目より彼のほうが若々しく見えることでしょう。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

95 名前:きのこ軍:2023/04/14(金) 21:32:23.094 ID:pFANaS9so
今回は戦いはありません。

96 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/04/14(金) 21:39:13.293 ID:nlERqM0E0
穏やか。

97 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その1:2023/04/30(日) 21:48:49.038 ID:HGv7BbdQo
━†━━†━━†━

僕が一息つくと、それを見計らってか抹茶さんはテーブル越しにぐいっと身を乗り出しました。

「それで、先程の話に戻ってしまいますが、¢さんとの戦いはどうだったんです?」
「うんうん、私も気になるな」

大戦のことになると二人は興味津々といった様子でしたので、僕は先日の経緯(いきさつ)を話しました。

「惜しかったですね、テペロさん。1対1に持ち込んだところまでは良かったですけど、最後は手数の多い¢さんに軍配が上がりましたね。でも初めての戦いにしてはかなり上出来かと思います」

穏やかで落ち着いた若者に見えた抹茶さんは、大戦の話になると、一転して表情を変え、途端に快活な少年に戻ったように見えました。

「あの大戦では、最終的に私と¢さんの一騎打ちになったんだけど、最後まで地の利は巻き返せなかったなあ。¢さんの軍の統率はすごいよ、気にすることはないよテペロくん」

791さんと抹茶さんは、その後も二人で前回の大戦に関しての反省会を続けていました。
気がつけばテーブルの上には茶菓子がいっぱいに並べられていて、風流な茶会は一転して場末のスナックのような熱気に包まれています。

大戦とは、本当におもしろい文化だと思います、てっきり参加者は屈強な軍人気質の人間ばかりだと思っていましたが、目の前の二人のように凡そ戦いとは無縁に見える人間も参加しています。
傍で二人の話をぼうと聞いているだけでしたが、それでも二人の熱情と陶酔感(とうすいかん)にあてられ僕も自然と笑っていました。


98 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その2:2023/04/30(日) 21:50:08.789 ID:HGv7BbdQo
「¢さんはタイマンでの戦いでは負けたことないかもしれませんね、それほど圧倒的です。むしろ僕はテペロさんの戦闘力の高さに驚きましたよ」
「テペロくんは、英雄結集〈コールバック〉だって使ってないんだもんね?」
気がつけば、話題は魔法の話に移っていたので、
「そうですね、当時は使い方も知りませんでしたし。
今は社長に教わって、ほんの少し、使えるようになったんですが」

敢えて口にはしませんでしたが、社長は本当に説明足らずなところがあります。
英雄結集<コールバック>の魔法だって、詠唱の仕方を聞いても「やれば、できるス」と言うだけで、いつまでも埒が明かないので、詠唱風景を見せてもらって、ようやく見よう見まねで使えるようになったのです。
これを“社長に教わって”と表現するにはだいぶ無理があると感じましたが、一宿一飯の恩から彼を立ててあげたのです。

791さんが、再び好奇の目をこちらへ向けました。

「へえッ、それは手強くなるね。何人ぐらい呼んだの?」
「それが、二人だけです」

僕の立てた二本指を見て、驚きのあまり抹茶さんは煎餅菓子を口に含んだまま静止してしまいました。

かと思えば、次の瞬間には煎餅を勢いよく飲み込み、
「あまり取り決めのない自由な大戦でも、数少ない規定として、英雄結集〈コールバック〉で呼び出せる英雄は1000人までと決まっています。
これは裏を返せば、1000人までは呼べるということです。上限まで招集できるのは大魔法使いの791さんぐらいですが、他の参加者でも数百人程度は呼び出しています、大戦をする上ではちょっと少なすぎるのでは?」
心配そうに早口で語り、手に取ったお茶を喉に流し込みました。
理知的で真面目な性格の彼も慌てさせるぐらい、無謀な試みのようです。


99 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その3:2023/04/30(日) 21:51:35.343 ID:HGv7BbdQo
横にいた791さんは対照的に、顎に手を当て暫く思案気味でしたが、
「私も抹茶の言うことには賛成かな。
呼び出せる英雄は、過去の自分の記憶や願いをもとに姿形を創り出している、いわば写し鏡の使い魔だよ。
私の見立てでは、テペロくんもそこそこの魔力はありそうだし、頑張れば100人くらいは呼び出せるんじゃないかな。
人数を絞って個々の英雄の力を引き上げるという手もなくはないけど、いずれにせよ一定数は確保すべきじゃない?」
と言い、横で抹茶さんもうんうんと頷いています。

僕は二人の視線から逃れるように、手元の煎茶に目を向けました。
先程まで澄んでいた萌黄(もえぎ)色の茶水の底には、黒々とした茶葉がこんもりと堆積しています。

どれ程綺麗に見え取り繕っても、中身は濁っている。
目の前の小さなティーカップの中身は、これまで歩んできた僕の愚かな人生そのものを映しているように見えました。

「その通りなんですが、ぼくには二人で十分なんです、いえ、正確には二人で限界と言うべきかな。
二人までしかぼくの記憶からは喚び起こせなかったんですよ、社長みたいに創作心も無いですし、暫くはあわせて三人で頑張ろうかと思ってます」
「記憶が思い出せない、もしくは何らかの術で封じられているのですか?」
純粋な抹茶さんの素直な問いが、チクリと僕の胸を刺します。
「いえ、全て覚えています。その上で、二人“しか”思い出さないんです」
そう答えると、791さんは哀しそうな目をして、
「そう、それは、辛かったね」
と呟きました。

ポツリとかけられた慰めの言葉は、悪意のない親切心からくるものだとは分かっていたのですが、僕の心の底に、またサラサラと黒々とした砂のような塵が積もりました。
投げかけられた言葉は決していま求めているものではなく、僕は曖昧な笑顔を作ることしかできないのでした。


100 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その4:2023/04/30(日) 21:52:19.797 ID:HGv7BbdQo
━†━━†━━†━

その後は他愛のない話を広げ、昼下がりのティータイムを堪能していたのですが、急須で何度目かのお茶を注がれた時に、ふと此処に来た本当の目的を思い出しました。

「そういえば、新たな家を探していまして、どの辺りがいいと思います?」
二人は、“そうだった”と言わんばかりに顔を見合わせました。

「ごめんごめん、つい大戦の話に夢中になってて忘れてたね、テペロくんの希望はあるの?」
「そうですね、あまり多くは望みませんが、できれば自然のある土地がいいですね、砂地にはあまりいい思い出がなくて。あとあまり寒くないところがいいかな、寝やすいし」
目の前の二人は悩み始めました。

「なら、まず¢さんの住んでるレーズン荒野は駄目だね、あそこはからっ風が吹くばかりで草木もまともに育たない、あそこに住めるのは¢さんくらいだよ。
このあたりのルヴァン平野はいいんじゃない?どう思う、抹茶?」
「ええ、このあたりは北部に比べて温暖だし茶葉も育ちやすい。開けている分、日照時間も長く確保できるので季節に応じて色々な植物が芽吹きますよ、テペロ君の希望にも叶う場所だと思います」
詳細に分析するその姿は、本人の性格も相まってまるで研究者のようです。

「それはいいですねぇ、確かに森はいいところですが陽の光を浴びることがあまり無いので心機一転できるかもしれません」

そこで、抹茶さんはすっと立ち上がり棚まで歩くと、中から古びた藁半紙を取り出し、テーブルの上に広げました。


101 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その5:2023/04/30(日) 21:53:20.815 ID:HGv7BbdQo
「この周辺以外では、バーボンの丘を挟んで向かいにある東部一帯も住みやすいところですよ、ブルボン湖にルマンド川という大きな水源があり、自然はここ以上に豊富ですしね。
この家の先にも支川は流れているんですが」
「へぇ、風光明媚で良さそうですね」

地図はかなり古ぼけていて、藁半紙自体の傷みもさることながら、文字も所々滲んで読めなくなっているところもあり、かなりの年季を感じさせました。

中心に描かれている丘の中腹部には、比較的新しいインクで「Kコア・ビレッジ」と記された跡があり、広大な村の一帯の中心に描かれているバーボンの丘の存在感が、ここでも際立っています。
抹茶さんの指しているブルボン湖の方にも目を向けると、地図の右端部には巨大な湖が描かれていて、その湖から蜘蛛の手足のように河川が枝分かれしています。

「このあたりには多く村民も住んでいるし、いいところだと思いますよ」
「でもこの川沿いって村のラインのギリギリじゃない?大丈夫なの、抹茶?」
791さんの質問に、抹茶は地図の右上端に尖った線のように描かれている竹やぶ一帯を指差し、
「参謀(さんぼう)の家を越さなければ、大丈夫ですよ」
と答えました。どうやらこの竹林の中に、参謀と呼ばれる村民が住んでいるようです。

「参謀という方は、どんな方なんですか?」
僕の質問に、抹茶さんは、
「とても落ち着いていて、おもしろい人ですよ。博識で物事もよく知っています」
と答えました。
僕はいまさらながら、質問に対しちゃんとした答えが返ってくる、ちゃんと会話ができる、ごく普通の日常のありがたみを感じていました。


102 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その6:2023/04/30(日) 21:54:53.025 ID:HGv7BbdQo
「抹茶さんの話を聞いて、興味がわきました。これから参謀さんのお家に向かってみようかと思います」
「あの人は優しいから色々と教えてくれるでしょう、茶の点て方にも一家言ある程です、あッ、そうだ」
そこで抹茶さんはハッとしたように、手を打ちました。

「テペロさん、参謀の家に行くならついでに茶葉を渡してくれませんか?」
「いいですよ、さっきの一番茶ですか?」
「ええ、いつもは頃合いを見て参謀から取りに来るんですが、今年は茶葉の収穫が早くて。
丁度タイミングが良い、いま参謀に包む分の茶葉も作っていて、もうすぐ完成なんです」
「へぇ、茶葉を摘んで包んで終わり、というわけじゃなかったのか」
抹茶さんは心外だとばかりに首を勢いよく横に振りました。

「とんでもない。そうだ、せっかくだし工房も少し覗いていきませんか?ブラックさんの分の茶葉も一緒にお渡ししますので」
面白そうなので頷いてみると、抹茶さんは嬉しそうに立ち上がり、「準備があるので」と部屋を出ていきました。
腰掛けたままの791さんは、穏やかな日常を甘受するように目を細め、まだ茶を嗜んでいます。

「抹茶は、良い話し相手ができたと思っているんじゃないかな?
あの子の方から何か提案するとはめずらしい、これからも、たまには遊びにきてやってよ」

慌ただしく部屋を出ていった抹茶の背中を横目で見ながら、791さんは穏やかに茶を啜りました。
歳の近そうに見える二人ですが、大人びて見えた抹茶さんの幼い部分と、可憐に見える791さんの大人然とした振る舞いのあべこべさを同時に見ることができ、ほんの少しだけ心が暖かくなりました。


103 名前:きのこ軍:2023/04/30(日) 21:55:15.903 ID:HGv7BbdQo
気づけば遅くなってしまった。
少ないですが今週はこんなもので。抹茶の家はもうちっとだけ続くのじゃ。

104 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/04/30(日) 22:09:35.908 ID:wpYlz45E0
雑談だけでも世界観が広がっていいですね


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