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アラウンド・ヒル ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:04:42.583 ID:DeJrbXDs0
青年テペロは、あてもない旅を数年も続けていた。

ある時、鬱蒼とした森に迷い込んだテペロは森の中に建つ奇妙な塔にたどり着く。
彼はある集落を探していた。塔に住む社長という人物から、周辺一帯がKコア・ビレッジという村だと聞くが、その名は彼の目指す村ではなかった。

失意の中で眠りにつけば、遠くから号砲が鳴り響く。
Kコア・ビレッジには奇妙な風習があった。
広大な土地に僅か9人の村民だけで暮らすこの村では、不定期に村民同士が最後の一人の勝者を決めるまで争い合う、物騒な遊びが行われていたのだ。

彼らはその遊びを“大戦”と呼んでいた。

奇しくもその夜が“大戦”日だった。
テペロは社長に頼みこみ戦いに同行することにした。中心部の市街地では既に銃弾が飛び交い、硝煙漂う戦場と化していた。
顔から血の気が引く思いでただ進む、そして敵からの奇襲を受け意識を手放す直前、テペロの脳裏には中心部にそびえる小高い丘が映っていた。

あの丘の上から見る夜空はどんなに近くて美しいんだろうかーー


9人の妙な村民の住む奇妙な村で、青年テペロと彼らの運命は回り始める。   


              アラウンド・ヒル


2 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:14:44.250 ID:4Wr1OiFQo
本ssは奇妙な村を舞台にした、ハートフルバトル短編集ストーリーを予定しています。
各タイトルはそこまで長くなく、短くする予定です(希望込み)

ムーミンのような短編集のイメージで考えていますので、タイトルの発表は今後不定期となりますが、投稿が始まったら更新は定期的に行う予定です。
イメージとしては、バトル物が付いたムーミンバトル系ssのような感じとお考えください。

wikiでも同時更新していきますので、まとめて読む場合はこちらから見るのもおすすめです。

アラウンド・ヒルssまとめ
https://seesaawiki.jp/kinotakelejend/d/%a5%a2%a5%e9%a5%a6%a5%f3%a5%c9%a1%a6%a5%d2%a5%ebss%a4%de%a4%c8%a4%e1

3 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:19:03.804 ID:4Wr1OiFQo
━†世界観†━

◆Kコア・ビレッジ
人里離れた奥地に存在する広大な村落。村民は9人しかいない。
村民たちはお互いには干渉しない自給自足の優雅な生活を送っている。

一帯の中央には小高い「バーボンの丘」があり、ビレッジの象徴的存在にもなっている。
丘の周りには朽ちた集落の跡地が広がり、大戦では市街地戦の戦場として活用されている。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/46/K-core%20Village_name_hide.jpg


━†キーワード†━
◆大戦
バーボンの丘付近で不定期に開催される戦いの総称。
戦いの規定はその時々により異なり、最近ではバトル・ロワイアル戦(殲滅戦)がほとんど。
ルールは住民たちの希望で変わることもある。

バーボンの丘の麓にある朽ちた集落を使った市街戦や、森林でのゲリラ戦、丘陵地帯での殲滅戦など村民は村一帯を戦場として夜通し戦い続ける。


4 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:37:44.647 ID:4Wr1OiFQo
━†登場人物†━
◆アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜

・テペロ
二つ名:流浪の旅人、所属:旅人

この物語の主人公。その日暮らしでアテのない旅を続けている。
森に迷い、社長に出会うことでKコア・ビレッジへと迷い込む。
髪はボサボサ、常に口は半開きで半笑いなので、よく底の知れない人物だと言われる。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/47/best.png

・社長
二つ名:奇妙な塔に住む変人、所属:ガトーの森

Kコア・ビレッジに住む村民。
森の中にある傾いた塔に住み、大量の猫とメイドと住む変人。
日夜発明に没頭しているが、あまり成果は芳しくない。
引き籠もり体質で外にはほとんど出ず、猫だけが気の許せる話し相手。

https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/48/another2.png

・ブラック
二つ名:一流メイド、所属:ガトーの森

社長のメイド。
大量の猫と社長の世話をしている。
引き籠もり体質の社長の代わりに村に赴くこともあるが、用がなければ家から出ない。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

5 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 19:44:36.554 ID:4Wr1OiFQo
では投稿します。
今回は一作目 アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜です。
初回なのでちょっと多めの更新になります。

6 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その1:2023/01/07(土) 19:46:45.763 ID:4Wr1OiFQo

流星群を初めて見た夜のことは、今でもはっきり覚えています。

あれは子供の頃、初めて大人の許可を取らずに外へ出た時のことでした。
数十年に一度出現するというなんちゃら流星群を見ると息巻いていた悪友に半ば唆(そそのか)されるように、部屋の外へ飛び出したのです。

夜の世界は、憂鬱な昼間とは一転して非日常で、圧巻の一言に尽きました。
夜空を覆い瞬く大量の星々と、その合間を縫うように何本もの光の尾を引く流星群の数々。普段なら幻想的で神秘な眼前の光景にさぞ興奮したことでしょう。

ですが、いま思い出しても恥ずかしいのですが、その時の僕は運動終わりで酷くお腹が空いていて、あろうことか夜空の星々を眺めながら、「美味しそうだ」と思ってしまったのです。
当時、嗅いだことも見たこともない“チョコでコーティングしたパン”なる存在に心を奪われており、あろうことか真っ暗な夜空をチョコに、煌めく星々をコーティングした砂糖菓子に見立て、夢想してしまったのです。

僕がありのまま感じたその話を友人に披露してみると、彼らは一瞬ポカンとした後に、すぐに夜の世界に反響するほどの笑い声を響かせました。その時になって僕は心で感じた気持ちを他人へ素直に話すことの、ある種の危険性を学びましたが、同時に、僕を誘った彼らの笑いが悪意のあるものではなく暖かいもので、なにかこそばゆい感覚であったことを今でも覚えています。

結局この歳になっても幻の“チョコパン”なるものにはありつけていませんが、僕にとって満天の星空と流星群は、今も「美味しそう」という食欲を与え、同時に少年時代に感じた少しの気恥ずかしさを思い出させてくれる存在なのです。



7 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その2:2023/01/07(土) 19:48:35.616 ID:4Wr1OiFQo

ですので、いま上空で綿あめのように弾け、散り散りになっていく流星群の尾を見て「ああ、お腹が空いたなあ」と思ってしまうのは、きっとごく自然の生理現象なのです。
夜空の中で数百本程度に分かれた光の尾は、瞬く間に僕の立っている方へぐんぐんと加速して迫りました。そして次の瞬間に、綿あめとは比べ物にならないほど大きな炸裂音を響かせ、その場で勢いよく爆ぜました。

「テペロ君、大丈夫ですかッ?!」

爆風で吹き飛ばされ転がった僕に駆け寄り心配そうに声をかけたのは、昼間に出会った社長さんという人物です。普段の話し方や振る舞いは変人なのですが、緊急事態になるとどうやらまともになるようです。

「やっぱりここは危険デス、はやく家に戻りましょうッ」

数秒遅れで、頭を激しく揺らされた時のような不快感が伝わり、流星群だと思った光の尾は、遠くから放たれた魔法の光弾で、僕のいる隊を狙い発射されたということだけかろうじて理解できました。

返事もできないことを深刻と見たのか、社長さんは有無を言わさず僕を抱え上げ、陣地のある教会まで下ってきました。市街地でも、既に激しい銃撃戦が展開されていました。

「大丈夫?」

鈴鶴(すずる)さんという味方の女性が、ぐったりとしている僕の様子を見て訝しげに訊きました。僕は咄嗟に、「大丈夫ですよ」と答えようとして、唇が無自覚に震え、声も出せない状態にいることに驚愕しました。震えはすぐに手先から全身にも伝わり、まるで生まれたての子鹿のように身体の制御ができなくなったのです。



8 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その3:2023/01/07(土) 19:49:40.045 ID:4Wr1OiFQo
「無理もないデス。いきなり“大戦”を経験するのは荷が重い――」
「敵に非戦闘員の彼の話をして一時停戦を申し入れるべきね。此処にいては無事を保証できない――」

唐突に、彼らの話し声が次第に耳から遠のいていく感覚と同時に、視界が暗転し始めました。
物理的に彼らの距離は離れてはいないのに、二人の存在が急速に離れていくような異変の正体は、過去に何度も経験しているから理解しています。二人が離れているのではなく、僕の意識が二人から離れていく途中なのです。

ひどい眠気、そして迫りくる吐き気。

意識を手放す直前、最初に脳裏に浮かんだのは、今日次々に起きたとても不思議な出来事たち。
そして、瞼の裏に浮かんだ最後の光景は、途中で引き返した小高い丘を無事登りきり、純美な夜空をその丘の頂上から眺める風景だったのです。




9 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その4:2023/01/07(土) 19:50:11.215 ID:4Wr1OiFQo



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アラウンド・ヒル 〜テペロと妙な村〜

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10 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その5:2023/01/07(土) 19:54:01.873 ID:4Wr1OiFQo
先ほどお話しした、今夜の異常な事態から遡ること半日ほど前。
僕を取り巻く環境は、まだ平穏そのものでした。

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パキリと、森の中で僕の汚れたブーツが枯れ枝を踏み抜いてしまえば、頭上で小鳥が軽やかな囀りを始めます。もう一度別の小枝を踏めば、別の小鳥も続いて鳴きだす、なんと平和な光景でしょうか。これが今日何度目かの出来事でなければ、僕は今頃小鳥と一緒にハミングしセッションを楽しんでいたかもしれません。

「これは迷ったか、困ったなあ」

眼の前の木々の配置には見覚えがあり、そのうち手前の古ぼけた大木の表皮には、遭難防止のために数日前に僕自身がナイフで削った印が見えました。
このような経験は初めてではありませんが、空腹で目眩が収まらない今の状況下では些(いささ)かタイミングが悪いと感じました。カーゴパンツのポケットをまさぐっても、数日前の木の実の殻ぐらいしか出てきません。
気を紛らわせるために、ナイフの削り後から少しでも樹液が出てないか目を凝らしてみたものの、めくり上がった樹皮の生々しい白さがまるで嫌らしい紳士のむき出しになった白すぎる歯のように見えて、余計に気が滅入るだけでした。

背中を大木につけ休息を取っていると、突如背後からか細い鳴き声が響きました。いつの間にか小鳥の演奏会は終わり、鬱蒼(うっそう)と茂った森には風音以外の音が消えていました。
空腹を堪えて振り返りましたが、目標の存在を視認できると、手に取ったサバイバルナイフを鎮痛な思いで仕舞いました。

「なんだ、猫かあ」

野生の黒猫の、野生らしからぬ呆けた鳴き声でした。たくさんの落ち葉が連なったふかふかの土の上で気持ちよさそうに丸まっています。
旅を続ける中で色々な動物を狩ってきましたが、猫はどうにも調理する気になれません。彼らは集団生活を好まず単独で行動する習性があると聞きます。その自由奔放でマイペースな性格は、不思議と今の僕自身にも当てはまるのではないかと思いました。
彼らの自由を奪うことは、ふらふらと旅を続けている僕の首を切ることとまるで同じように思えたのです。
気がつけば僕も大木を背に座り込み、他の獲物を探すことも忘れ、遠くからぼうと眺めることにしました。


11 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その6:2023/01/07(土) 19:54:57.308 ID:4Wr1OiFQo
暫くして、この黒猫について二つの事実を発見しました。

まず、人を怖がらないことです。野生の猫は外敵への備えから感性を人一倍尖らせ通常であれば近づくことさえ容易ではありません。黒猫は途中でこちらに気づいたように一瞥だけくれましたが、フンと鼻息を鳴らしすぐに二度寝に戻りました。明らかにこちらを外敵と見ていないか、それとも知能の低い動物だと見ているか、もしくはその両方だと考えているに違いありません。

次に、黒猫の毛並みの良さです。野生特有の毛羽立ちはなく、明らかに誰かが毛づくろいをしたかのようなツヤと高潔さを備えています。一方で僕自身はあちこちに跳ねたクシャクシャの髪型に血色の悪い顔色で、むしろこちらのほうが余程野生児らしい気がします。
少し複雑な気分にこそなりはしましたが、

「こいつの住処に付いていけば、もしかしたら人里に出られるかもしれないな」

と、すぐに考えを切り替えたのでした。

━†━━†━━†━

深山幽谷(しんざんゆうこく)な森林地帯に人間の痕跡があるのか不安でしたが、黒猫の後をついて歩けば、果たして到着した彼の住まいは、奇妙な“塔”でした。

煉瓦でできたとんがり帽子のような塔の鋒(きっさき)は、心なしか少し傾いており、全体的にくしゃりと歪み、薄気味悪く感じます。仮にここで怪しい黒ミサを開くと言っても建物自体の禍々しさに気圧され信者は二の足を踏むことでしょう。

「ここに人が住んでいるとは考えづらいけど、この中にお前のご主人がいるのかい?」

のっそりと森の中を闊歩する黒猫は、澄まし顔で僕の問いに鼻息一つで応えると、塔の脇に回りさっさと姿を消してしまいました。
僕は塔の入り口たるドアの前に立ち、念のため数度ノックしましたが何の変化もないので、儀礼的に一度深い溜息を吐いた後、扉のコックを回しすんなりと中へ入ったのでした。


12 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その7:2023/01/07(土) 19:56:21.617 ID:4Wr1OiFQo
━†━━†━━†━

おどろおどろしい外観に比べ、塔の中は存外生活的でした。
玄関には明るい朱のカーペットが敷かれ、その先に広がる居間には小洒落(こじゃれ)たソファや木目調の家具が綺麗に並べられ、落ち着いた空間を小気味よく演出しています。足元にいる大量の猫たちがもしこの演出に携わっているのならば、諸手を挙げて降参する他ないですが、果たしてこの家の主人は、派手さを好まない落ち着いた紳士ではないかと思いました。

ただ、幾らアンティーク好きの主人でも、目の前の柱の存在には困らせられたのではないかと思います。それ程に、塔の中心にそびえる白い柱は異様な存在です。樹齢数百年の大樹のような神聖さもありますが、足元の猫たちは気にせず格好の爪とぎ場として活用しているようで、多くの猫たちが憩いの場として活用しているようです。柱の根元付近は一部分だけかなり削れていますが、まさか塔の傾いている原因はここにあるのでしょうか。

「いらっしゃいませ、不法侵入者さん」

背後から投げかけられた言葉に、驚くよりも前に腰のナイフに手をかけてしまっていたのは僕の不徳の致すところでした。置かれている事態と言葉をすぐに飲み込み、無理やり人畜無害な笑顔をつくり、振り返りました。家人に害がない人間だということを示さないといけないからです。

「すみません、勝手に中へ入ってしまって、実は旅の途中で休めるところを探していて、お外にいた猫ちゃんがこちらに入っていくのを見たものですから」
「こちらこそ貴方を驚かせてしまったようですね、どうぞそのナイフをお仕舞いください。貴方が追いかけたのは、この家の飼い猫ですわ」

僕の背後に立っていたのは、白と黒のツートンヘアをした奇抜な給仕姿の女性でした。恐らくこの塔の主に仕えるメイドでしょう。こちらの一瞬の殺気にも動じず、微笑を崩さない彼女の洗練された所作は、一流のメイドとしての振る舞いを感じました。このような方には変な取り繕いをせず、素直に思いを伝えるのが大事だということを経験則で理解しています。


13 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その8:2023/01/07(土) 19:57:23.876 ID:4Wr1OiFQo
「実は少しお腹が空いてまして、食べ物を分けてもらおうと扉を叩いたんですが反応がなかったもので、勝手にお邪魔してしまった無礼をお許しください」

メイドは特に意にも介さず、慣れたように一度頭を下げました。

「そうでしたか。生憎(あいにく)とこの家には人用の食料はあまりないのですが、猫用の食料を調理すればお出しできますわ、そちらのソファにお掛けになってお待ち下さい」
「いやぁ、これはどうも、出されたものはなんでも食べますよ」

時にはこうした図々しさを発揮しないと旅を続けることはできません。旅を始めた頃の自分に今の姿を見せたらその豹変した振る舞いにさぞ驚くことでしょう。
メイドがキッチンへ向かったことを確認すると、僕は一度だけ深い息を吐いて、向かい合わせに置かれている深緑のソファに目をやりました。ソファの上には先人ならぬ先“猫”たちが、高貴で無人な様を見せつけるように寝転がっていました。迷惑をかけぬよう端にでも腰掛けようとした正にその時。

“彼”が現れたのでした。


14 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その9:2023/01/07(土) 19:59:00.523 ID:4Wr1OiFQo

━†━━†━━†━

始めはボンという少し爆ぜる音が遠くから響いたので、先程のメイドが何か焦がしてしまったのかと思いました。
しかし直後に、端にある螺旋階段をバタバタと下る、慌ただしい音が近づいてきたのでただ事ではないと悟りました。

「うわあ、今日も失敗だッ」

階段から溢れ出ていた白煙を掻き分けるように、中から白衣を来た科学者然とした男が、ぬっと姿を現しました。

科学者はこちらを見ると動きを止め、
「まさか、実験は成功ッ!?」
「は?」
と、僕の様子もよそに、独りでぶつぶつと呟き始めました。目にかけているメガネ型のオペラグラスのギラギラと光る両目が、よれた白衣のみすぼらしい見た目に反して、人物としての怪しさに拍車をかけています。

「どの猫ちゃんだろう?その金髪、ブチやクロではないな、アオちゃんかな」
「あの、ぼくはこの家にたまたま立ち寄っただけで――」
「ペロちゃんッ!そうか、そのクシャクシャの癖っ毛はッ!ペロちゃんだなッ!」
「いや、ぼくはテペロと言います、旅のついでにここに寄っただけです」
「え、あっはい」

彼は途端に笑顔を消すとすぐに小躍りをやめました。なぜでしょう、少し申し訳ない気持ちになり、居た堪れない気持ちを打ち消すためにも、ここ数時間の事情を彼に説明しました。化学者は先ほどとは打って変わり、ゼンマイの切れた人形のように虚空を見つめ静止していて、話を聞いているのかいないのかわかりませんでした。


15 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その10:2023/01/07(土) 19:59:59.213 ID:4Wr1OiFQo
「そういえばさっき実験と言っていましたが、なにをされてたんですか?」
「いえ、なんでもないスよ」
「そうですか、ところでまだ名前を聞いてなかったですが、教えてもらえないですか?」
「さあ?」

一変し無愛想に接する彼の様子を見て、途端に目の前の人物が奇妙な塔の主であることを確信しました。当たり前ですが、歓迎されてはいないようです。

「勝手にお邪魔したのはすみませんでした。食事だけいただいたらすぐに帰りますので」
「美美ち良かったね、ぱにゃん」
「び、美々?ぱにゃん?」
「それ名前ス、わしの」

忘れていたはずの頭痛が、ここへきてまた脳内で騒ぎ出しました。
受け入れがたい事態や人を前に警報感覚で主人を闇雲に苦しめないでほしい、と僕は自分の身体に文句を言いたくなりましたが、安心立命のため、こめかみに親指をぐりぐりと押し当て、鼻で深く息を吸い、ひとまず落ち着くことにしました。


16 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その11:2023/01/07(土) 20:02:16.120 ID:4Wr1OiFQo
「社長(しゃちょう)、お戯れもそこまでに、テペロさんが困ってらっしゃいますわ」

音もなく現れたメイドに二度も反応できなかったのは、またも僕の不徳の致すところです。
彼女の登場で科学者は無言でソファに腰掛けたので、僕も猫たちを刺激しないように慎重にソファの端に腰掛けました。重厚に見えたソファは近くで見ればあちこち猫たちに噛まれているのか、四方から綿が飛び出ていました。

ダークウッドのテーブルにメイドが静かに料理皿を置くと、香ばしいソテーの匂いが鼻孔をくすぐってきました。

「山菜とたけのこで簡単なソテーをつくりましたわ」
「ありがとうメイドさん、ところでいま “社長”と呼んだけど、彼の名は“ぱにゃんさん”ではないんですか?」
「私の名はブラック、ここでメイドをしております、そして彼の名は社長(しゃちょう)、ここの主ですわ」
「他の人たちはみんな社長と呼ぶスね」

手元で膝に載っている猫たちをあやしながら、ぱにゃん改め社長はポツリとそう呟きました。ブラックさんは先程から嫌みなほど微笑を崩さずに、僕たちから少し離れた場所に戻っています。なぜ、社長が一度別の名前で名乗ったのかは今も永遠の疑問です。

これが僕と社長との初めての出会いでした。


17 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その12:2023/01/07(土) 20:04:03.290 ID:4Wr1OiFQo

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ブラックさんの作ったソテーは本当に美味しく、たちまちぺろりとたいらげてしまいました。こんな料理を毎日味わえるとは猫たちも幸せものです。毛並みの良さも頷けます。

さて、暫くして僕はすぐにこの森に関する情報収集を始めました。図々しいということなかれ、食事の間は空腹を満たすことに夢中で何も考えられませんでしたが、各地を放浪する旅人にとって、情報とは命の次に大事な生命線なのです。重ね重ねになりますが、旅を始めた当時の僕からは比較にならないほど今の僕自身はたくましくなったと実感します。

家の主の社長との会話は難航を極めました。ここの森の抜け方を教えてくれと聞けば「ここはモヘミンチョだよ!」と答え、この先に集落があるのかと尋ねれば「ど、どこだぁ!?」といった具合に返してくるのです。僕はいつか人里離れた村で言葉の通じない部族と出会った時のことを思い出していました。身振り手振りを交えて説明すると、最初は伝わらないまでも十分も経てばお互いの呼吸が掴めてきます。さらにもう十分経てば、ある程度の意思疎通はできるようになるのです。その時は相互に思いやりがあったから成功したのであって、今回のような片方にしか意気込みのないケースでは、幾ら頑張っても暖簾(のれん)に腕押しだということを痛感しました。

「テペロさん、気を悪くしないでください、社長は意地悪をしているわけではなく照れているのですわ。なにしろ村の人以外と会話するのはとても久々なもので」

ブラックさんの口ぶりはどこか嬉しそうでした。話を聞けばここはすでに“Kコア・ビレッジ”という村の中だとのことでした。聞いたことのない名前です。
村民はたった9人しかおらず、さらに皆はそれぞれ離れた場所に住んでいて、社長を含め他の村民と触れ合うことはあまりないそうです。


18 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その13:2023/01/07(土) 20:05:26.487 ID:4Wr1OiFQo
「僕は“とある集落”を探しているんです、聞いたことはないですか?」

僕がその村の名を告げると、目の前に座る社長は首を横に振りました。

「知らないスね」

今日初めて僕の質問にまともに答えた瞬間でした。
社長の膝に黒猫がぴょこんと飛び乗ってきました。昼間に出会った、毛並みの良い彼です。

「先ほどはその黒猫さんについて行って、ここに着いたんです」
「クロはこの森に慣れてるので。賢い子ですよ」

クロの背中をゆっくり優しく撫でる社長の姿はまるで穏やかな初老の紳士のようで、これが彼の素なのかもしれないと思うと、ほんの少し彼という人物に興味が湧きました。しかし、僕の旅はまだ終わりません。旅の“目的地”に着くまではこの歩みを決して止めることはできないのです。

「長くお邪魔しちゃいました、森の出口も教えてもらったので早々に退散することにしますよ」

僕は自分のリュックを取りに行こうとすっくと立ち上がりましたが、すぐに食後からくる生理反応で欠伸(あくび)が出そうだったので必死に噛み殺しました。誓って欠伸は未然に防いだはずなのですが、どうやら二人にはバッチリと見られていたようです。


19 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その14:2023/01/07(土) 20:06:21.511 ID:4Wr1OiFQo
「大ハマリだぜ!ときのはぐるまさえ あれば…」
「すみません、これは欠伸ではなく外の空気を多く吸おうと口を長く開いただけでして」
「ふざけてんだべ?もう日が暮れるので休んでいっていいスよ、テペロ君」
「そんな悪いですよ、でも、いいんですかぁ?」

たしかに窓の外はすでに暗く、この家に入ってからだいぶ時間が流れていることを実感しました。

「すでに布団の支度は整っていますわ」

ブラックさんは恭しく頭を下げました。さすがは才色兼備のメイドさんです、こういう時は下手に断らず好意を素直に受け入れることも必要です。

「いやぁ、いろいろ良くしていただいて本当にありがとうございます、でも布団までは結構ですよ、毛布だけお貸しいただければそれで」
「あら、奥に猫ちゃん用の小部屋があるので、それを片付ければ簡易的な客間にはなりますわ」
「魅力的な申し出ですがここで休ませてもらえれば結構です、僕は壁を背にすればそれで寝られますので」
「よのなかどうなっとるんかのう」

繰り返しになりますが旅に必要なものは勇気と気力、そして時々の図々しさです。


20 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その15:2023/01/07(土) 20:08:52.801 ID:4Wr1OiFQo

━†━━†━━†━

ふと、目を覚ますタイミングというものは、何も悪夢にうなされているだけとは限りません。他の人間の気配を感じ取れば、僕はいつだって気が立ってしまうのです。先程の二人からは不思議とその気配を察知することができませんでしたが、今度は明確に感知できました。

玄関側に一人、誰か立っています。他人に感づかれないように配慮し研ぎ澄まされた気からかなりの手練れであることに間違いありません。だからこそ僕の身体は睡眠を中断し、警戒しろとアドレナリンとアラートを全力で鳴らしているのです。

「おや、失礼、食後に社長の家の猫ちゃんをあやしにきたんだけど。君は新しい“英雄”かな?」

玄関前に立つ紫紺色のローブを羽織った長身の女性は、鈴の音のような澄んだ声でそう話しかけてきました。しかし、開口一番に英雄であるか否かを問いかけてくるとは、なかなか小粋な質問をするお姉さんだと思いました。

「とんでもありません、ぼくは旅人でこの家にご厄介になっているんですよ」

ナイフの柄からゆっくりと手を離しました。この人が社長以外の残りの村人なのでしょうか。なぜでしょう、目の前の女性はとても穏やかで柔和な表情をしているのに、先程一瞬感じた彼女の気は、常人の域を遥かに超えるものでした。研ぎ澄まされ無駄な気配を一切表さない、並の軍人でもここまでのものは出せないでしょう。

「私の名前は791(なくい)。旅人さん、ずいぶんおかしな場所で寝てるんだね、首は痛くない?」
「ぼくはテペロと言います、どうも普通のベッドで寝ることができない身体なんです、座ったまま寝ないと落ち着かなくて」

その場で立ち上がると、いまさらながら居間の灯りは落とされており、寝ぼけた頭で僕自身が暗闇の中にいることを実感しました。ブラックさんが気を利かせて灯りを落としてくれたのでしょう。玄関側にあるランタンの光が791さんのスラリとした姿を仄かに照らしていました。


21 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その16:2023/01/07(土) 20:10:41.464 ID:4Wr1OiFQo
「社長は自分の部屋かな?」
「そうだと思います。すみませんいま灯りをつけますね。えっと火種は――」
「ああ、大丈夫だよ」

791さんが一度パチンと指を鳴らせば、居間にあるすべてのランタンの火がポッと灯りました。居間のソファにいた数匹の猫たちがピクリと背を震わせましたが、その他の多くの猫たちは気にせずカーペットの上でくつろいでいるところを見るに、もう慣れているのでしょう。ぽかんと口を開けている僕に気がついたのか、791さんはクスリと笑いかけました。

「“魔法”を見るのは初めて?」
「いや、時間もかけずにこんな早業で明かりを点けるなんて、素直に驚いていました。ぼくにはとてもできないな、と」
「ふふッ、お世辞が上手なんだね、でも意識を集中させればみんなできるようになるよ?」

驚かれた方もいるかもしれませんが、この世界では多くの人が日常生活で魔法を使います。火や水を出す魔法、物を浮かせる魔法など種類は様々ですが、日常に魔の力が介在しているのです。中には魔法を悪魔の代物と忌み嫌い魔法を敬遠する人たちもいますが、僕は好きです。多くの人間は詠唱し魔法を唱えますが、熟練した魔法使いは心のなかで魔法陣を描くことで詠唱せずに即座に使用できると聞きます。老いているように見えない彼女は、相当な才能があるのでしょう。

「ブラックちゃんは外で“準備”をしていたね、社長も忘れていないとは思うんだけどね」
「準備?なにかお祭りでもあるんですか?」

僕の言葉に、791さんはびっくりしたように口を少し開けました。

「あれ、聞いてないの?今日はね――」

彼女の言葉に被せるように、外では大きな炸裂音が響きました。続いて、気の抜けた笛の音の後に同じ炸裂音が二度、三度と続きました。僕は反射的に伏せて、その身をすぐに壁際に寄せました。


22 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 その17:2023/01/07(土) 20:11:41.752 ID:4Wr1OiFQo
「これはッ、砲撃ですかッ!?」

791さんは上品な切れ長の目を驚いたように少し開けると、すぐに朗らかに笑いました。

「ああ、これは違うよ、合図の花火だよ。今日が“大戦日”なんだ」
「え?」
「時間だ、もう戻らないと。社長によろしく伝えておいてよ、今日という日を忘れていなければいいんだけど」

そう言い残して791さんは家を出て行きました。
入れ替わりで、バンという扉の開く音とともに奥の螺旋階段から社長が飛び出してきました。

「忘れていましたッ!今日は例の日ですッ!!」

慌てている社長の足元で飼い猫たちが、「なんだそんなことか」という様に欠伸をかいていました。


23 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 20:13:51.827 ID:4Wr1OiFQo
今回は此処まで、一作目は導入も兼ねているので少し長めです。
今回から地の分を増やして台詞もト書き形式ではなくしてみました。見づらかったらまた戻そうかなと思います。
あと更新は6~7回程度でしょうか、それではまた来週。


24 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/07(土) 20:17:30.744 ID:5TzQAVbo0
最初からワクワクさせられる導入ですね

25 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その1:2023/01/14(土) 00:05:54.515 ID:JwIYNzuAo
━†━━†━━†━

外へ出て塔の裏手に回り込むと、暗闇の森の中でブラックさんがなにやら手を動かしているのが見えました。目を凝らして見れば、彼女の手の先には大きな馬車一台を覆えるほどの高さの幌がありました。

「すでに準備は整っていますわ、社長」
「すっかり忘れていたぞ、どうしてはやく教えてくれなかったの?」
「2日と4時間前にも話しましたわ」
「すみません」

しょんぼりする社長の姿を余所に、ブラックさんは自分の背丈の3倍の高さはある幌を勢いよく取り去りました。

幌の中には、巨大な二足歩行の獣が鎮座していました。
両腕の先には巨大な鉤爪。獣の頭部には人間が一人座れそうなむき出しの操縦口がつくられ、その両足は頑丈な鋼の装甲で覆われしっかりと地を支えています。
この“兵器”の姿を、かつて僕は目にしたことがありました。

「これは、機動アーマーですね」
「そうスね、ただ、古いやつを私が改良したものなので、色々と中身は変わってますが」

暗闇の中に浮かび上がる鋼鉄の二足歩行型兵器は、頭上からの月光を受けて、重厚感のある鈍い光りを放っていました。

「社長さん、教えてください、今日これから、いったい何が始まるんですか?」

僕と同じく兵器を見上げていた社長は少しの間押し黙っていましたが、やがてポツリとつぶやきました。

「“大戦”、ですよ」


26 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その2:2023/01/14(土) 00:07:46.110 ID:JwIYNzuAo
━†━━†━━†━

「元々、この村には趣味、娯楽の類はほぼ無く、唯一みんなで参加できるのが“大戦”ス」

両眼のオペラグラスは、夜の中では特に妖しげな光を放っています。

「“大戦”はルールに則り村民同士で戦う、多人数型の決闘のようなものデス」

社長曰く、彼を含む9人の村民は、不定期に村の中で最後の一人になるまで戦い勝者を決めるのだそうです。それを、彼らは“大戦”と呼称しているのでした。

「開催日は事前に通達されていますが、当日になると先程のように発煙弾が上がります。我が主の社長は9人の村民の内の一人、今夜もこの機動アーマーに載りKコア・ビレッジ内を戦場として、他の村民の方と激闘を繰り広げるのですわ」

社長の説明を引き継いだブラックさんが丁寧に話しを続けました。
突然の出来事に頭が真っ白になっていましたが、ブラックさんの丁寧でゆっくりとした説明で、段々と理解できてきました。すると、ふと一つの疑問が浮かびました。

「社長は、と言いますけど、ブラックさんも同じ村民ではないんですか?」

彼女は少し困ったように笑い、静かに首を横に振りました。

「私は村民ではありませんわ、社長のメイドですもの」
「ブラックは、私の創った“メイドロボット”です」

不思議とそこまで驚きはしませんでした。今の時代、機械と人間にそこまでの差があるとは思えません。ましてやブラックさんの外見や振る舞いは完璧に人間そのものでした。ただ、生気だけは感じ取ることができませんでしたので、唯一感じていた違和感はその程度でしょうか。


27 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その3:2023/01/14(土) 00:08:55.968 ID:JwIYNzuAo
「なるほど、あくまで村民はこの塔では社長一人ということですね。それで、その機動アーマーに乗り込み他の村民と生命の奪い合いをするということですね」

先程、社長の家を訪ねてきた791さんという女性も村民の一人でしょう。彼女はかなりの実力者であることが推察できました。残りの村民も同じような腕前なら戦いは熾烈を極めることでしょう。
しかし、社長はそこで眉を潜め曖昧な顔をしました。

「テペロくんの考えは半分合ってて、半分外れス。“大戦”は生命を奪い合う決闘ではなくあくまで遊びの範疇デス。なので、参加者は常に魔法で創り出した“自分の生命”を携え、相手に破壊されないように戦うんです」

そこで社長は一度言葉を切ると、自身の右の掌を自身の胸に押し当て魔法の詠唱を始めました。

「我に仮初の生命を与えよ、『水晶の魂<インクリメント>』ッ!」

社長の足元に青白い魔法陣が知らずのうちに浮かび上がりました。その魔法陣が一瞬光れば、次の瞬間には彼の身体の周りを一塊の水晶がくるくると回っているではありませんか。

「これが『水晶の魂<インクリメント>』。大戦における参加者の生命代わりとなるオブジェですわ」

ブラックさんが説明している間にも青いひし形の水晶は社長の周りを回り続けています。
大きさは身長の半分程度でしょうか。他の村民も皆同じ水晶を携えて相対し、攻撃で水晶を破壊すれば相手を撃破したという扱いになるようです。

「それに、社長は一人で戦うわけではないのですよ?」
「え?」
「テペロ君、離れてください」

ブラックさんと僕を後ろに下がらせると、社長は左の掌を自身の胸に押し当て今度は白い魔法陣を足元に創り出しました。


28 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その4:2023/01/14(土) 00:11:14.794 ID:JwIYNzuAo
「旧(ふる)き友よ、力と姿を貸し給え。『英雄結集<コールバック>』ッ!」

再び彼の足元の魔法陣が光ると、今度は、社長の周りに次々と人間が現れました。
まるで煙のように、彼らの姿は蜃気楼のように揺らぎながら現れ始め、音もなくすぐに人の姿となりました。
閑散としていた森に、気がつけば総勢で数百人近い女性が、社長と僕らの周りを取り囲むように立っていたのです。

「『英雄結集<コールバック>』はこの地でだけ使える召喚魔法ス、戦う兵士を創り出す魔法なのです」

僕は唖然とし言葉を失いました。ここまで大規模かつ精度の高い召喚魔法をかつて見たことがなかったからです。これまで見た召喚魔法といえば犬や猫などの動物が主でした。そもそも最近では、召喚よりもロボットを造るほうが遥かに時間もかからず高効率なので、召喚魔法自体が一昔前の技術と見做されていた点もあります。

彼女たちは同じ兵士たちと談笑し、時には肩をすくめおどけたりしています。まるで下界の街を歩いている通行人をそのまま引き抜いて並べたかのような活気と賑やかさが、静寂だった森を途端に一変させていました。
中には会話に混ざらない高潔な女性もいて、彼女らは手持ち無沙汰気に自身の髪をいじったり、気難しい顔をしてじっと月を睨んだりしていて、一人ひとりが個性を持っている様相は、紛うことなき同じ人類そのものだと思いました。

ただ、森の外にいる女性たちに無く目の前の彼女らが備えているものがあるとすれば、手に物騒な銃器を携えていることと、彼女たちの身体から立ち込めるほんの少しの“気”でしょう。僕は夜目が効くので、彼女たちの肩から溢れ出るほんの少しの青白い蒸気のような“気”を目にすることができました。つまり、これが人間と呼び出された“英雄”との見分け方になるのでしょう。


29 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その5:2023/01/14(土) 00:15:26.627 ID:JwIYNzuAo
「貴方は、わたしたちの違いが分かるのね」

田舎から都会に出てきたばかりの少年のようにきょろきょろしている僕の横に、いつの間にか一人の紅白の巫女装束の女性が立っていました。

「わたしたちは社長に召喚されただけの存在、魔の存在。でもこうして生きているわ」
「正直、表現できないほど驚いています、とても創り出された存在とは思えない」

彼女は言葉を返す代わりに口元を微かに引き締めると、くるりと踵を返し、静かな足取りで英雄たちの輪に戻っていきました。艶(つや)のある長い黒髪が月の光に反射し、とても綺麗でした。

「召喚魔法で呼びだされた人たちは、どういう存在なんですか?」
興味本位で、僕は隣にいるブラックさんに聞いてみると、
「『英雄結集<コールバック>』は、術者の記憶を喚び起こす魔法です。かつての友、知り合い、思い描いた架空の人物でも脳内に残る人々の姿形を具現化するのです」
と説明を続けながらも、手に持つ武器の手入れを怠りません。

「社長の呼び出している英雄たちはみんな彼の創作上の人物ですわ、我が主はその昔、物書きに耽っていた時期があり、書き上がった作品にはすべて麗しい女性しか出てこなかったのです。極端なまでの人見知りで知り合いは少ないものですから、仕方ないわね」

最後のブラックさんの言葉は、これまでの洗練された所作振る舞いをみている側からすると些か投げやりなものでした。長く一緒にいれば従者でも小言の一つや二つは言いたくなるのでしょう。
ただ、僕はどうにも彼女の気持ちを労ることも、彼女自体の話も、途中から従容(しょうよう)な気持ちで聞けなかったのです。

記憶。
僕はどうにもこの言葉が苦手でした。
ざらついたようなその言葉の感触が僕の耳に暫くこびりつきました。


30 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その6:2023/01/14(土) 00:16:22.502 ID:JwIYNzuAo
━†━━†━━†━

ガシャリと無機質な音が響き渡ると、途端に英雄たちがお喋りを止め、主のためにサッと道を開けました。人混みの中から、社長の乗り込んだ機動アーマーがのしのしとこちらへ向かってきました。
改めて見るとこの歩行型兵器は凄い威圧感です。全長はヒグマの倍は大きく、左右の腕の先端に取り付いている鉤爪は地面に着くほどにだらんと伸び、近接戦闘の間合いでも有利に立てるようになっています。胴体の側面と背面に巻き付いているホルダーケースには普段常人が使う武器よりも一回り大きい銃剣が収められています。僕の顔ぐらい大きい銃口で撃ち込まれでもしたら、常人なら粉々になってしまうに違いありません。

巨大な鉄の獣と、その背後に並ぶ英雄たちを見て、急速に僕の心臓が早鐘を打ち始めたのがはっきりとわかりました。駆け巡る血液がざわざわと僕自身に警告をしているのです。
仮初めとはいえ、これから本当に戦いが始まるのだと。また、血と死の匂いを嗅がなくてはいけないのだと。
そのような予感が、僕の心の中で小波(さざなみ)のように打ち立てざわつき始めました。

「もう戦いが始まる。ブラックとテペロくんはここで待機ス。終わったらまた戻ってきますので――」
「あのッ!」

声が思いの外大きく、社長だけでなく、ブラックさんや英雄たちも驚いてこちらを振り返ってしまいました。自分の起こした粗相に少しの恥じらいを覚えましたが、ぐっと飲み込んでさらに声を張り上げました。


31 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦前その7:2023/01/14(土) 00:17:17.065 ID:JwIYNzuAo
「ぼくも、ぼくも戦場に連れて行ってくれませんかッ!」

困惑気に社長は頬をかき、救いを求めるようにブラックさんや周りの英雄たちに視線を送りましたが、誰も反応しないので、仕方なくといった様子で僕に向き直りました。
こちらの目をじっと見つめる両眼のレンズは、月の光を受けて戸惑い気に一度だけ光りました。

「この村は、拒みも引き止めもしないデス、ただ、これからの出来事に少しでも嫌気がさしたらすぐに去ってください」
「わかりました、お心遣いに感謝します」

さて、ここまで私がずっと喋ってばかりでしたが、ここで今夜のもう一人の主役の方に語り部を譲るとしましょう。決して楽をしたいわけではありません。
ですが何事にも少しの休息は必要だということを、彼もきっと理解してくれるでしょう。


32 名前:きのこ軍:2023/01/14(土) 00:19:03.120 ID:JwIYNzuAo
今回は此処まで、来週からは語り部がチェンジします。

33 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/14(土) 00:20:45.925 ID:522PgaY60
大戦の面白い設定ですね。これはリスペクト死体

34 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その1:2023/01/21(土) 00:09:30.217 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

テペロ君には強引なところがあるのが玉に瑕だ。

そもそも、私は人付き合いというものが嫌いだ。なので、大量の猫とメイドロボとともに森の中で暮らしている。それは過去にトラブルがあり人を避けるようになったわけでも、元々の生まれ育った環境に起因するわけでもない。何時如何なる状況でも私は生まれた時から他人が苦手だっただろう。他人と喋ることが、相手の気持ちを推し量ることが、他者に気を使うことの一切が不得手だった。

「ディアナとヴェスタは直ちに小隊を編成、先行して敵の状況を探ってほしいス、鈴鶴さんは副隊長として私とともに森を抜けたら待機しましょう」

英雄たちは私の指示に頷くと、数人を引き連れすぐに隊列から走り去っていく。彼女たちの生みの親である私は、彼女らの性格を熟知しているのでまだ楽な方だ。他の村民だと赤の他人を呼び出しているのだから、想像しただけでも背筋が寒くなる。

森を抜けると暗々とした木々は途端に姿を消し、目の前には雄大な草原が広がっていた。その先には、山と見間違う程巨大な丘と、その麓(ふもと)に“元”市街地が見晴らせる、まるでポストカードに出てくるような風景だ。
一度、全軍を停止させる。風の音が止めば、遠くから銃声の散発音と魔法の炸裂音が聞こえてきた。今夜は出発が少し遅れたためか、もう既に戦闘が始まっていたようだ。

「ずいぶんと大きい丘ですね、それに村民が9人しかいないと聞いていましたが、麓の中心街はずいぶんと立派みたいじゃないですか」

テペロ君の声は少し震えていた。これまで、ずっと半笑いで、胡散臭い風姿だった彼の横顔は、出発時より明らかに青ざめ余裕が無くなっている。


35 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その2:2023/01/21(土) 00:10:55.183 ID:DEDVMKHEo
「バーボンの丘はこの村の象徴的存在ス、それにあの市街地は今は廃墟、いまは誰もいない」
「なるほど、ということは市街戦も遠慮なくやれるわけですね」

市街地から狼煙のように上がる砲煙を目にしつつ、なぜ彼がここまで、この戦いに執着するのか考えてみたが、理由は一向に不明のままだ。

「報告、既に西部では抹茶(まっちゃ)軍と791軍の戦いが勃発、兵力の多い791軍が優勢に進めている」
「こちらも戻ったよ、東部の方では複数の軍が偶発的に入り乱れながら市街地での戦闘に発展している、丘の上に敵の姿は見えなかった、この先を進めば問題なさそうだ」
「ご苦労ス、まだ791さんを敵に回したくはないので、今のうちに我々はバーボンの丘を制圧し、地の利を得るぜ」

斥候から戻ってきたディアナとヴェスタの話を聞き、私たちは急ぎ眼前の市街地へ移動を始めた。
この草原は遮蔽(しゃへい)物が無く、挟撃されると一貫の終わりだ。ならばさっさと走り抜けて市街地で交戦になったほうが、まだ勝率は上がる。
機動アーマーで隊の先頭を進みながら、横に付いてくるテペロ君の方をちらりと見やると、自分の身長ぐらいはあるだろう巨大なリュックを背負いながら、意外にも疲れた顔を見せず走っている。羽織っている深緑のパーカーのフードと、毛玉のようにクシャクシャ丸まった金髪を夜風で揺らしながら、心なしか先程よりも顔色が少し良くなったようにも見える。


36 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その3:2023/01/21(土) 00:11:45.418 ID:DEDVMKHEo
「走るのが好きなんですよ、ぼくはッ」

こちらの視線を察したのか、彼は息を切らすことなく、そう答えた。

「走れば気分転換になるんですッ、今夜は満月に綺麗な夜空だし、絶好のランニング日和ですよッ」
「なるほど」

私は奇襲を受けないか辺りを警戒しながら走っていた。だが、奇跡的に攻撃は受けず、全軍は遅れを取り戻すかのように戦いの中心地へ近づきつつあった。

「さっきから気になっていたんですけど、丘の頂上に立っているものは看板かなにかですか?」

徐々に迫ってきたバーボンの丘は、こんもり盛り上がった円錐形状からむしろ小山といったほうが適確なほどに、ピークに至るまでの稜線はなだらかな上がり調子で、確かな存在感があった。
その山頂部によく目を凝らしてみると、明らかに自然とは異なる人工物がこちらを見下ろしているのが分かる。


37 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その4:2023/01/21(土) 00:12:46.148 ID:DEDVMKHEo
「あれは墓標ス」
「墓標?頂上はお墓なんですか?」

疑問も最もだ。丘の頂上には、木を紐でくくりつけて十字架の形にした大きな墓標が刺さっていた。
何時、誰が何のために立てたのかはわからない、ある日気づいたら立っていたのだ。

「私もよくわからないス、いつ、誰が立てたのかも不明デス」
「へぇ、でも不謹慎ですけど、目印として分かりやすくていいですね」

テペロ君の言う通り、お陰で目印として探しやすくなったという点はある。

「あそこから夜空を眺めたら、きっと絶景なんでしょうねぇ、ああ、ぼくは夜空が好きでして」
「そうですか」

喋っているうちに、いつの間にか市街地近くまで差し掛かろうとしていた。


38 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その5:2023/01/21(土) 00:14:17.110 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

数百人もいる隊は、草原の端にある朽ちた門をくぐり、何事もなく市街地に入場した。遠くから絶え間なく発砲音こそ聞こえはするものの、此処は偵察の報告の通り、敵の通った箇所も見当たらず、手つかずのようだった。

記憶を手繰り寄せながら、人目の付かない路地を通り、最短の経路でバーボンの丘の方へ進んだ。途中、背の高い教会の廃屋で二手に分けていた隊と予定通り合流すれば、部隊を仕切っている一人の英雄を呼び寄せた。

「鈴鶴さんの部隊は、この教会で待ち構えて援護してほしいス」

巫女装束の鈴鶴さんは、こちらの指示に、大きな瞳を細めた。

「つまり、わたしたちはこの教会を拠点に敵軍が迫ってこないか見張ればいいわけね。その間に貴方達本隊は丘を登り占拠する、そういうことね?」
「そうデス」
「頂上から合図でも送ってくれればすぐにここを撤収して合流するわ、791さんの軍とは全面衝突したくないものね」

鈴鶴さんはひらりと踵を返し隊の中へ戻っていった。
私の言葉足らずな指示にも一瞬で理解を示し行動できる頭脳明晰な英雄だ。冷静で、個性的な英雄が多い隊も取り仕切れる程のリーダーシップも持ち合わせている。良い人物を創り出したと我ながら自分を褒めたいものだ。


39 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その6:2023/01/21(土) 00:15:20.793 ID:DEDVMKHEo
「そこまで丘が大事なんですか?」

横にいたテペロ君は、眼前の巨大の丘を見上げて、僅かに首を傾げた。

「やはり大事ス、特にバーボンの丘の頂上からは村一帯を一望できるので」
「敵軍の位置や行動が丸わかりということですね、それは地形的に是が非でも抑えておかないとですね。いやぁ、わかってはいたけど、本当に戦いが始まるんですね」

言葉とは裏腹に、テペロ君は小刻みに震え始めていた。今や背中に背負っている巨大なリュックよりも小さく見える程に弱々しい姿だ。

「テペロ君、君は非戦闘員、これから起こる戦いは生命を取る戦闘ではないといえ十分危険な旅路ス。無理に参加しなくてもいいんですよ?」

一瞬逡巡する素振りこそ見せたが、すぐに頭を振った。

「いえ、居させてください、この目で見届けなくちゃいけないんです」
「そうですか」

彼の鬼気迫る表情に疑問を覚えなかったわけではない。だが、丁度その時、東の方面から大きな爆発音が鳴り、次いで数秒後には振動が伝わった。
意識はすぐに戦場へ向いた、この派手な爆発はビギナーさんだろうか。東部方面の戦いの終結も近づいている可能性がある。
急がなくてはいけない。


40 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その7:2023/01/21(土) 00:17:16.860 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

丘を登るための野道は決まっている。メインの丘道から反れて生い茂る藪の中をかき分けて登っていくのはほぼほぼ不可能だ。バーボンの丘の頂上からは眼下の敵の動きを把握できるだけでなく、攻めこまれたとしても反撃の対策が練りやすい。即ち丘を抑えることは攻防の面でどちらにおいても重要なのだ。
鈴鶴さんの後衛部隊と分かれ、本隊は既に丘の中腹にまで差し掛かっていた。テペロ君の体調も気になっていたが、登り始めれば戦地から少しでも離れられたからか、またも少し元気を取り戻していた。

テペロ君は急坂を登りながらも、余裕な面持ちで顎を少し上げ満点の星空を眺めていたので、順調な行軍だったこともあり、思わず私も頭上に目を向けた。

「昔、流星群を見に夜中に外に出たことがあって、すごく綺麗だったんです、感動したなぁ」
「さっきも夜空が好きだと言っていましたね」
「そうなんですよ、流星群が次々と降り注いで、まるで、手に取れそうなほどたくさん流れてた」

ただでさえ普段から半開きの口をよりだらりと下げて、感慨に浸っているようだった。
確かに綺麗な星空だ。普段は部屋の中に籠もっているので、まじまじと見たことはもしかしたらこれまでの人生で無かったかもしれない。この光景が百年、数千年前も変わらず続いてきたかと思うと、戦いの中で殺伐としていた心に僅かの余裕が生まれた。

ちょうどその時だった。

「敵襲ッ!!」

彼の物憂げな様子に気を取られていたからかもしれない。
味方の叫び声をきいても、一歩目の行動は完全に出遅れた。


41 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その8:2023/01/21(土) 00:19:51.231 ID:DEDVMKHEo
私たちの上空で炸裂音が一度響いたかと思うと、すぐに矢のような魔法の光弾が土砂降りのように降り注いだ。

「散開スッ!緊急回避行動ッ!」

叫び、迫りくる光弾の数々をアーマーの腕で払い除けながら、瞬時に状況を確認するために見回せば、魔法の弾は辺りでかんしゃく玉のように炸裂し、ともに頂上を目指していた後方の仲間たちをドミノ倒しのように、次々と坂道から突き落としていった。
敵の先制攻撃は威力こそ控えめだったものの、密集していた隊列に損害を与えるのには十分な威力だった。致命傷を負った彼女たちはボロ雑巾のように転がり、倒れ、次々と煙のように消えていった。

助けに行きたくなる気持ちをぐっとこらえ、部隊の将としてあくまで毅然に、そして冷静に立ち振る舞おうと、態勢を一度直した。そして、先程まで一緒にいたテペロ君の姿がないことに気づいた。
途端に全身から血の気が引いてくのがわかった。彼は英雄たちとは違い生身だ、まともに魔法を食らったら無事ではすまないだろう。
そう思った瞬間、全てを投げ捨て、地に這いつき苦しむ英雄たちの中に彼の姿を血眼になり探した。そして、元いた場所からゆうに数十mは下った地点に、うつ伏せに倒れている彼の姿を視界に捉えた。

「テペロ君、大丈夫ですかッ?!」

慌てて駆け寄り抱き起こすと、眠そうに瞼を開けたものの、顔は土埃で汚れ、低いうめき声を出した。

「やっぱりここは危険デス、はやく家に戻りましょうッ」
「報告ッ!敵の『斉射<マルチブルランチャー>』は山頂からの奇襲ですッ!」
「なそにん」

生き残った英雄の報告に、目元のつまみを調整しグラスの倍率を拡大すれば、先程までもぬけの殻だったはずの山頂には、いつの間にか大量の英雄たちが姿を見せ、こちらを見下ろしていた。中央には黒茶のローブを身に纏い、水晶の魂<インクリメント>を携える指揮官の姿も見えた。

「図られたスッ!¢(せんと)さんッ!」
「二射目もきますッ!」
「頂上への行軍は中止ッ!各自、急いで駆け下りて鈴鶴さんと合流ッ!『防壁<スーパーカップバリア>』!」

テペロ君を片手で抱え、もう片手で防壁の魔法を張り敵の爆撃を食い止めようと粘る。
地の利を得た敵軍の攻勢はすさまじく、丘の麓まで戻ってきたときには、隊の人数は半数まで減少していた。


42 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その9:2023/01/21(土) 00:22:04.926 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

暫く小康状態にいた教会の周りは、まるで丘の上の¢さんの奇襲に呼応するように、一転して東西の戦いの余波を受け、激しい戦場へ変貌していた。

「状況は最悪ね、此処も791軍とビギナー軍に囲まれつつある。その上、丘の上も¢軍が制圧しているとなると、いよいよ飛んで火に入る夏の虫ね」

後衛指揮官の鈴鶴さんは涼しい顔を崩さず、淡々とありのままを報告した。
間の悪いことに、別々で戦闘の終わった二つの軍から挟み撃ちを受けている格好だ。陣地にしているこの教会も、敵に一度狙い撃ちにされればひとたまりもないだろう。

「大丈夫?」

鈴鶴さんは、機動アーマーの腕に抱えられたままのテペロ君に言葉をかけたが、彼は言葉を返せず、寧ろ全身の震えはいよいよ酷くなるばかりだった。

「無理もないデス。いきなり“大戦”を経験するのは荷が重い」
「敵に非戦闘員の彼の話をして一時停戦を申し入れるべきね、此処にいては無事を保証できない」

彼女の言葉に自身の責任を痛感した。やはり連れてくるべきではなかった。

一人の長身の兵士が息も絶え絶えに走り寄ってきた。全身は煤にまみれ、普段は美しい金色の髪は一部、墨をかけられたかのような鈍色(にびいろ)に染まっている。いかに外で激戦が起きているかを物語っている。

「報告ッ!ビギナー軍が防衛線を破りこちらへ急速に進軍しつつあるッ!一方で791軍はまだ静観しているが、いつ攻め込むか分からないッ!」
「ご苦労さま、ディアナ。社長、そういうことだから、わたしは前線に出るわ。ビギナー軍に停戦の申し入れはするつもりだけど、あそこの部隊、かなり猪武者が多いから話が通じないかも、その時はどうするか考えておくことね」

腰に挿す柄から細身の刀を抜くと、鈴鶴さんは報告にきたディアナ含め数名とともに戦場へ出ていった。


43 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その10:2023/01/21(土) 00:23:35.617 ID:DEDVMKHEo
━†━━†━━†━

いつの間にかテペロ君の震えはぴたりと収まっていたが、彼の額に手を当てれば、酷く熱がある。

「こんなことをしている場合ではない、すぐに降伏しなければ、彼の安全が第一だッ」

決断した途端に、これまでの自身の情けない行動の数々に嫌気が差した。口では心配する素振りを見せながら、“大戦”を優先させようと継戦を選択してきた自分の優柔不断さに今更ながら腹が立ったのだ。
テペロ君を木の長椅子にそっと寝かしつけると、聖像のある壇上まで足を進め、ホコリまみれの講壇に敷かれていたシーツを引き千切った。壁に括り付けられている十字架が目に入り、居心地の悪さこそ一瞬覚えたが、すぐに近くの椅子を壊し脚だけ引き抜くと、シーツとあわせて即席の白旗を作成した。

私の英雄たちは、作品の中ではどの子も極めて優秀な戦士だ。ただ、創作上ではいかに圧倒的な強さを誇る彼女たちも、英雄結集<コールバック>で呼び出した以上は術者の魔力に応じて強さが決まるため最強とは言えない。英雄たちはある一定以上のダメージを自身が受けるか、術者本人が気を乱すと、文字通り消えてしまう。同じ大戦の中では再度英雄結集を唱えることはできないので、大戦では戦いに至るまでの戦略が重要になるのだ。


44 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 開戦その11:2023/01/21(土) 00:25:42.202 ID:DEDVMKHEo
外では次第に銃声音が大きくなってきている。ビギナー軍はこちらの軍に比べ屈強な兵士たちが多く、近接戦闘では向こうに分がある。数的優位性も失われ圧倒的不利な状況に間違いない。
とはいえ、市街戦になれば、戦い方次第では敵を泥沼に沈めることもできるので、単純な数的な勝負での決着は予想しにくい。さらにこちらの司令官は聡明で不屈の精神を持つ鈴鶴さんだ。791さんや¢さんもそれを理解し、敢えてこちらの戦場に兵を突入させず、遠距離射撃で両者の消耗を待っているのだろう。

旗を持ち、機動アーマーで階段を駆け上がる。たとえ、大金星でビギナー軍を壊滅させたとしても、ゲリラ戦も交えれば相応に時間がかかる。その間、テペロ君は戦場でずっと悶え苦しんだままだ。それは許されない、今は一刻も早く戦場から彼を離脱させ、家まで戻ることが重要だ。

邪魔な扉を引き剥がし、屋根に通じる天井を拳で壊せば、視界に満天の星空が飛び込んできた。
屋根の上へ機動アーマーの足で立つと、ある程度、辺りを見渡すことができた。このような目立つ位置にいればすぐスナイパーに見つかり水晶は破壊されるだろうが今は構わない。何より優先すべきなのはテペロ君に危害が及ばないことだ。
ここで白旗を掲げればどこかの軍の目には留まるだろう。今ほどこの兵器の図体の大きさに感謝したことはない。
そうして、手にした白旗を掲げようとした。

まさにその時。

「へぇ、ここからでも丘の上を一望できるんだねぇ」

背後から投げかけられた、聞き慣れた、間延びする声。
そしてそんな力の抜ける声とは反対に、コックピット席での私の握るレバーは、機動アーマーの鋼鉄の腕を怪力で押さえつけられているために一切動かせず、白旗は掌の中でひらひらと頼りなく揺れていた。

押さえつけていたのは、寝込んでいたはずの、テペロ君だった。


45 名前:きのこ軍:2023/01/21(土) 00:26:08.084 ID:DEDVMKHEo
いま半分くらいです。ここからが本番です、ではまた来週。

46 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/21(土) 00:31:11.905 ID:WbHRaAFA0
テペロ君の覚醒に期待

47 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その1:2023/01/28(土) 00:04:57.490 ID:CXvWy3TMo
━†━━†━━†━

眉間に皺を寄せたテペロ君は先程までとは一変し、勝ち気な表情で眼下の路地を見下ろすと、まるで馳走にありつく前の猛獣のように、一度だけ舌なめずりをして喜色をあらわにした。

「見ろ、眼下の小道にも敵兵が接近しつつあるッ、市街地の戦いは見晴らしのいい観察地点を選んだ方の有利になる。いい場所を選んだな、社長」
「テペロ君ッ!体調は大丈夫なんスか」
「こんな良い狩り場を目の前にして降伏するなんて、もったいない」

こちらの声を無視し、どかりと屋根の上に腰を据えた。
そして、いつの間に持ってきていたのか、半身程の高さはある巨大なリュックを自身の傍に引き寄せると、徐(おもむ)ろに中に手をやりまさぐり始めた。暫くして、その手が止まったかと思うと、次の瞬間、ドキリとするほど黒光りした細長い物体を取り出した。
年季の入った、黒々とした機関銃だった。

「社長、あなたは丘の上からの狙撃に気をつけた方がいい。いまはほぼ追い風なので狙われやすい、さっき貼った魔法の防御壁をもう一度展開するんだ」

テペロ君の言った通り、数秒後に狙撃弾が飛んできたので、咄嗟に防壁<スーパーカップバリア>で防いでしまったが、事前に話を聞いていなかったら、こちらの水晶は撃ち抜かれていただろう。体調が万全ではないというのに敵の動きを読む力に優れているのは強者の証だ。
いや、感心している場合ではない、彼を止めなければいけないのに。


48 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その2:2023/01/28(土) 00:07:56.692 ID:CXvWy3TMo
「へぇ、一発で回転する水晶を狙い撃つとは、丘の上にはとんでもなく腕の良いスナイパーがいるに違いない」

背後の丘には一切目を向けず、まるでキャンプのテントを組み立てるように手際よく部品を繋ぎ合わせ銃座を作ると、そこに長細い機関銃を収めたのだった。

「なにをするつもりですか、テペロ君。
丘の上には百戦錬磨の¢軍、市街地はビギナー軍、791軍に包囲されている。ここは今から激戦になる。
私もみんなも君を守りきれない、だから、私たちは降伏し君の身の安全を確保することに努めます」
「信じられないな」
「どうしてデスか」
思わず聞き返せば、テペロ君は振り返ることなく、
「だって、社長は“こいつ”に嘘をついていた、そうだろう?」
と、人差し指で自分のこめかみを何度か叩きながら、そう答えた。

私にはその意味が分からず、ただ閉口するしかなかった。

「それに安心してくれ、自分の身は自分で守れる。幸いに二度目の狙撃はすぐには来ない、準備の時間に充てさせてもらおう」

いまの自身に満ち溢れた横顔は、先程まで顔を青くしていた時とはまるで別人だ。敵が尻尾を出すのを待ち遠しそうに丹念に弾を込める姿は、猟師よりももっと欲にまみれた、例えるならば空腹の獣だろう。
結局のところ、テペロ君の読み通り、屋根の上で身を曝け出している我々に対し、不思議と二度目の狙撃は無かった。風向きが変わりスナイパーの準備も仕切り直しになったのかもしれない、それすらも読んでいるのだとしたら相当の戦闘経験を積んでいることになる。だが、先程まで発砲音にすら怯えていたような若者が、こうも簡単に気持ちを振り切れるものだろうか。
これでは、まるで。


49 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その3:2023/01/28(土) 00:09:24.871 ID:CXvWy3TMo
「奴(やっこ)さんが来たなッ!」

耳に届いた歓喜の声に考えを中断し、目を向ければ、構えていた銃口の先にある狭い路地から、小隊規模のビギナー軍兵が次々に駆け出してきた。息も絶え絶えの我軍の教会拠点を一気に制圧するつもりなのだろう。

「フルファイアッ!」

狙撃地点まで誘導できたことを確認すると、テペロ君は躊躇なく引き金を引いた。
まるで害虫を駆除するように、平然とした顔で街路に侵入した敵軍の英雄たちを次々に銃撃し始めた。

けたたましく暴力的な銃声音が響き渡り、眼下の兵士たちはその場でバタバタと倒れ、残りの英雄たちも何事かを叫びながら路地裏に逃げ込んでいった。
力尽きた英雄たちは石畳の上で、次々に煙のように姿を消し、一帯はまるで祭りの後のような静寂さに立ち戻った。ただ、屋根を伝い落下する薬莢の乾いた音と、鼻をつく硝煙の臭いだけが、奇妙な興奮と情緒を与えていた。

「ぁははははははッ!駄目だねぇ!駄目だねぇ!!こんな狭い路地に密集しちゃぁ!!」

屋根の上では、青年だけが独りけたたましく笑い、路地裏から反撃を伺う兵士たちに有無を言わさず追撃の引き金を引き続けた。銃声音とそれに負けないほど大きな笑い声が、誰もいない住居の壁という壁を反射し、やまびこのように反響して返ってきていた。
その異常な姿を見て、私は先程から覚えていた違和感をようやく言葉に変換できた。

「君は、誰だ?」
すると、そこで初めて振り返り、
「俺も紛れもなくテペロだが、あなたの言うテペロではない。
戦場の匂いを嗅ぎ取ると、臆病なあいつの代わりに俺が“出てきて”しまうのさ。でも、俺と“あいつ”の目的は同じ、ここが俺たちの目指していた目的地だったんだ、これほど愉快なことがあるか?」
と言い、ニヤリと笑った。


50 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その4:2023/01/28(土) 00:10:52.898 ID:CXvWy3TMo
「つまり、二重人格ということデスか」
「俺たちは“合法的に死者の出ない戦いを続けている村”を探していた。過去に聞いた噂を頼りにずっと旅を続けていたというわけだ、まさか、本当にあるとは思わなかったが。
結果、当初聞いていた街の名前とは違ったが、この村にたどり着けたというわけだ」

サッと取り出した墨色のサブマシンガンにマガジンを装填するその所作は、熟練の猟師が獲物の革を剥ぐように、洗練され無駄のない動きだ。
巨大なリュックの中から次々と出てくる黒光りのする銃器を見て、戦場でも肌見放さず、大事に背負い続けていた理由が、ようやく理解できた。

「貴方はいいとして、本当にテペロ君は本意なんスか」

わざと区別するようにそう呼び分けたが、意味深な笑顔を浮かべる顔は、昼間に出会った、底が知れない青年の姿そのものだった。

「俺たちは二人で一つなんだ。あいつは俺のために動くし、俺もあいつの願いを叶えるために全力を尽くす。安心しな、戦闘が終われば元に戻るさ」

膝立ちのまま、腰に吊り下げているホルスターに一通りの武器を装着すると、丘の方をジッと見つめた。


51 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その5:2023/01/28(土) 00:11:40.961 ID:CXvWy3TMo
「なぁ、丘の上へ行く方法はさっき通った道が一番近いか?」

初めての彼からの質問だった。

「ええ、頂上で全ての道は合流しますが、ここからだと先程の道しかないデス」
「そうか」

テペロ君が再び路地の方へ顔を向けたのと同時に、生温い閃風が頬をじんわりと撫でた。
この風圧は、大規模な魔法が放たれる前の予兆だ。

「テペロ君、逃げましょう、恐らくビギナー軍が怒って総攻撃を仕掛けてくるス」
「機銃掃射で位置もバレてたし、そうだろうと思ったよ。
社長、肩をかりるぜ、じゃあ無事だったら、またなッ」

市街地の中心から放たれた、無数の斉射<マルチブルランチャー>の光弾が蛇のようにうねりながらこちらに向かってくるのを見て、テペロ君は私の載る機動アーマーの腕の部分に脚をかけると、軽やかに空に跳んだ。

私は、ただその光景を呆然と眺めていることしかできなかった。
月の光を一新に浴び、靭(しな)やかに身体を伸ばし空へ駆けた彼の影法師は、まるで精巧な切り絵のようで、酷く幻想的で脳裏に焼き付いた。

だから、私自身に向かってくる光弾に対しなんの備えもしていなかったのは偏(ひとえ)に彼のせいと言えるだろう。

今度会ったら文句の一つでも言っておこう。


52 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その6:2023/01/28(土) 00:13:21.681 ID:CXvWy3TMo
━†━━†━━†━

背後で火薬庫が爆発した時のような、とてつもない轟音が鳴り響いた。

飛び移った別の屋根の上から振り返れば、先程まで社長と共にいた教会は敵の集中砲火を浴びて爆発炎上していた。社長の安否は分からないが、今は気にしている暇はない。
丘に移動する途中での敵の遠距離射撃は脅威だ、先に対処しておく必要がある。

屋根から屋根に飛び移り移動していると、眼下で見知った顔を見かけた。
紅白の巫女装束の鈴鶴(すずる)さんは、残った英雄たちを再編成し社長の救出に向かおうとしている様子だった。
戦場では目立ちすぎる出で立ちは、土煙で多少くすんでいるものの未だ艶やかさを保っている、やはり彼女も相当の手馴れのようだ。
情報収集も兼ねて、路地に降り、にこやかに話しかけることにした。

「よぉ、あなたは無事だったか、ところで、敵はこの先かい?」
「貴方、誰?」

不躾(ぶしつけ)な返答に、つい数分前にも似たような質問を受けたことを思い出した。

「失敬な、さっきも会っただろう?」
「よく似た顔の子にはね、でも“貴方”ではないわ」

冷徹に鈴鶴さんはこちらを一瞥した。

「社長は何処へいったの?」
「さあな、途中ではぐれたよ」

途端に業物の刀剣を俺の首先まで振り下ろし、先程よりも眼光をはるかに鋭くした。


53 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その7:2023/01/28(土) 00:16:17.280 ID:CXvWy3TMo
「私はね、失礼な男と、嘘が嫌いなの」
「そうか、俺はどっちも好きだけどな、本音を話さなくていいから。
ところで、俺にかまけて奴さんを気にしなくていいのかい?」
「鈴鶴隊長ッ!敵の筍魂(たけのこたましい)隊が来ますッ!」

叫び声をかき消すほどの爆音とともに、視界の先にある側壁が崩れ、敵の英雄たちがシロアリのように強引に侵入してきた。
全員が男性で体躯のいい兵士たちだ。彼らの肩からも青白い気が立ち込めていることを見るに、鈴鶴さんと同じ英雄結集<コールバック>で召喚された英雄なのだろう。

「動ける者は先に戻り社長を援護、副官が部隊の指揮を取りなさい、残った者たちは私とともに全力で食い止めるわよッ」

鈴鶴さんは刀剣を構え直し、戸惑う周りの英雄たちに矢継ぎ早に指示を出した。

「心踊るねぇ、それじゃぁ、先に失礼するよ。耳を抑えてなッ、ファイアッ!」

俺は背中に背負っていたサブマシンガンを構え、躊躇なく射撃を開始した。
体躯の良い兵士は狭い路地では良い的だ、直線上に突っ立っている敵の兵士がバタバタと倒れていった。銃ほど気楽なものはない、機構部品の手入れさえ怠られなければ、年季の入った年代物でも問題なく動くのだ。

「ぁはははははッ!やはり銃はいいなぁ、敵は近接武器主体か、どうやら銃との相性は悪いらしいッ!」
すると横から鈴鶴さんが、
「遠距離攻撃は大体魔法で事足りるという考えなのよ、ここは。ただ、びっくりしているんじゃないかしら、貴方みたいにレギュレーションの違いを把握せず、本気で挑むおバカさんたちじゃないから」
と、呆れた様子で教えてくれた。

確かに現代では、銃弾を消費し手入れを必要とする銃器よりも、再生可能な魔法力を消費する魔法攻撃のほうが有用性とコストパフォーマンス面で遥かに優れている。理屈はよく分かるが、幼少期から大事にしている相棒をすぐに手放せと言われてもなかなか出来ない相談だ。
効率さを重視しすぎて愉しさを失っては、生きている意味がない。


54 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その8:2023/01/28(土) 00:17:32.950 ID:CXvWy3TMo
「あなた達ほどの魔法力は俺たちにはないんだ、それに、この銃弾は魔法弾だから当たっても致死傷にはならない。どうだ、安心したか?」
「そう、ならどうぞ、ご自由に」

今度こそ呆れたのか、鈴鶴さんは一歩後ろに下がった。
死屍累々となった眼前の路地で動きがあった。スーツ姿の一回り大きい大柄の男が、倒れた兵士たちを跨いで、のしのしと近づいてきた。ずっしりとした体躯で、左右の肩幅で路地の大半を占有している。

「お前が噂の“トリガーハッピー”野郎か」

男の言葉に、俺は間髪入れずに、次のマガジン分の弾を連射した。
戦場で生き残るコツは相手の甘言に聞き耳を立てないことだ、虫の羽音と同じだと思えばいい。

「多分、そうだな」

ただ、人としての矜持(きょうじ)を保ちたいのであれば最低限の礼節は弁えるべきだろう、俺は専ら撃ち終わった後に返答するようにしていた。
20発以上を撃ち込んだが、男は手に持った大鎚(おおづち)を振り、全ての弾を防いだようだった、大した腕前と余裕さだ。


55 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その9:2023/01/28(土) 00:20:10.552 ID:CXvWy3TMo
「俺の名前は筍魂、お前の名前は?」

相手の呼びかけに対し、マガジンを交換するふりをしながら、ホルスターからハンドガンを取り出すと、素早く6発撃ち抜き、
「敵には名乗らないようにしているんだ」
とだけ答え、駆け出した。

案の定、次弾も全て防がれたが、利き足とは逆の脚に全て撃ち込んだことで、彼は武器を逆足の前に構えざるを得なくなった。
慣れない防御姿勢に少しの歪みが生じたのを見付けると、俺は敢えて逆の利き足に向かい飛び込んだ。

こちらの動きに即座に反応した筍魂が、巨大な大鎚を振り上げて反撃しようとすれば、身体と武器の大きさが仇となったのだろう、家の外壁に刃を引っかけ、一瞬、身動きが取れなくなった。

全ては歪な防御態勢から早く復帰しようという、小さな焦りが招いた、歴戦の英雄らしからぬ仕損じだった。
それをすべて予測して且つ確認した上で、ホルスターから引き抜いたコンバットナイフで、俺は脚の腱を正確に振り抜いた。

「ぬうッ!」
「戦った場所が悪かったな、路地の狭さとあなたの体格の相性が悪かった」

膝をつかせると、再装填した銃で間髪入れずに数発を撃ち込み、止め(とどめ)を刺した。
強敵には躊躇をしてはいけない、自分の行動一つ一つが相手の生命と自分の生命とで天秤にかかっていることを理解していないと、決して生き残れはしないのだ。


56 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 本性その10:2023/01/28(土) 00:21:47.792 ID:CXvWy3TMo
倒れ伏した筍魂の身体が、砂のようにサラサラと消えていく様を、周囲の兵士たちは暫く唖然とした様子で見つめていたが、こちらの機関銃の鈍いリロード音を聞くと、再び時が動きだしたように慌ただしく騒ぎ始めた。

「隊長がやられたッ!後方に支援要請だッ!」
「とにかく撃ち込んで奴の動きを止めるんだッ!こちらも斉射<マルチブルランチャー>を放てッ!」

敵が慌ただしく騒ぎ始めたので再度攻撃に移ろうとすると、近くでまたも爆音が鳴り、大きな地響きが起きた。

「大変ですッ!791軍が痺れを切らして、本隊に奇襲攻撃を仕掛けているようですッ!」

と、敵の伝令の慌てふためいた声が漏れ聞こえた。この数秒のうちに三、四度は同じ爆音が鳴っていたので、敵もこちらに構っている暇は無くなっただろう。
これで本来の目的は果たしたと感じ、落とした武器を拾いながら、鈴鶴さんのいる場所まで小走りに戻った。

「そういうわけで、後は任せた」
「貴方は何処に行くの?」
訝しげに訊いてくるので、
「俺は、戦いは好きだが、軍としての勝敗には興味が無い。今は、丘の上に登って満点の星空を見せてやりたくてね、“こいつ”の希望でさ」
と言い、指でトントンとこめかみを叩いた。

鈴鶴さんは、
「自分勝手なのか過保護なのか、よくわからない人ね」
とだけ言い、一つ溜息を吐いた。


57 名前:きのこ軍:2023/01/28(土) 00:22:54.427 ID:CXvWy3TMo
今週はここまで。きのたけには珍しい銃器を振りまくキャラにしてみました。

58 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/01/28(土) 00:29:43.409 ID:HRudrZdQ0
二重人格キャラいいですね

59 名前:きのこ軍:2023/02/03(金) 19:44:50.699 ID:IX9ACBbAo
今週の投稿は体調不良によりお休みします。

60 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その1:2023/02/10(金) 22:12:48.087 ID:0E49cUQEo
━†━━†━━†━

市街地を抜け、丘の上まで続く坂道まで再び戻ってくると、途端に混沌とした戦場の空気あら、規律ある張り詰めたものへと一変した。こちらの姿が¢(せんと)の隊に捕捉されているのだと即座に感じた。

俺は敢えて悠然と歩くように心がけた。
背の低い叢(くさむら)が続き、身を隠すための木々は殆どなく、頂上からは格好の的だが、どの隊にも所属していない無害の人間だと視認されたほうが、この後起こす一波乱のためには都合が良いのだ。

道中、額から大量の汗が滴り落ちる度に、全盛期の時と比べ程遠い自身の体調に、自縄自縛の思いに駆られた。
常に日頃から“あいつ”に身体を鍛えるよう言っていたが、その度に「わかった、いつかするよ」と返答したきり、俺が平時では表に出てこられないことを逆手に取り、平和な集落ばかり訪れては惰眠を貪っていたのを間近で見てきたのだった。そしていざ実戦になれば、実際に戦うのは俺なのだ、実に忌々しい。

数十分をかけて頂上付近まで到達した頃には汗だくになっていた。
叢に身を潜めていた敵兵にようやく声をかけられたので、待ってましたといわんばかりに両手を上げて投降した。


61 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その2:2023/02/10(金) 22:13:51.195 ID:0E49cUQEo
━†━━†━━†━

傾斜の緩くなった頂上部には途中の丘道には無かった緑がぱらぱらと広がっていた。
崖付近に生える木々の傍に数人の狙撃用の兵士たちが身を伏せて配置されていることから、こちらの行動は思った以上に監視されていたようだ。

先導する兵士に続いて、中心付近から伸びる古ぼけた石段を数段程上ると、正真正銘、丘の頂上にたどり着いた。
頂上は小ぶりなグラウンドのように開けており、中央には数人の男たちが立っていた。その輪の中心に、目当ての人物は立っていた。
十字架の形にくくりつけられた木製の墓標に背を預ける兵士の周りを、一対の水晶が悠然と回っており、彼が¢(せんと)という村民なのだと確信した。
¢の横にいる黒衣を纏った男は、俺を一瞥した後に、横にいた先導した兵士に顔を向けた。

「武器はこれで全部か?」
「はい、間違いありません。サバイバルナイフ二本にセラフィムアーチ社のMT40 二丁です、こいつは少し年代物ですが、扱いはいい銃ですよ」

付き添った兵士とは短期間の中で銃器の話で互いに意気投合した甲斐もあってか、武器の説明に少し熱がこもっている。
焦げ茶のローブを纏い、顔まですっぽりとフードで覆った¢は、こちらを一目もせず、ただ眼下の戦闘の様子を気怠げに眺めているようだった。

黒衣の男は続いて、両手を頭の後ろに回している俺に改めて目を向けた。とても歓迎を受けるような視線ではない、どちらかというと自宅に変質者が迷い込んだ時のそれだ。

「村民ではないゲストが、どういった目的でここに侵入した?」
「元々、森で迷っていたところを社長に助けてもらったんだ。そこから、夜にお祭りがあると言うから、たまたま参加させてもらっていたのさ。こんな大規模な戦闘だとは知らなかった、此処に来たのは、はぐれた社長から『何かあったら¢さんを頼れ』と言われていたからさ」


62 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その3:2023/02/10(金) 22:15:00.481 ID:0E49cUQEo
根も葉もない嘘に対し、引率した兵士が、
「社長と一緒に居たことは確認済みです」
と報告した。¢以外の全員の肩口から青白い蒸気が立ち込めていることを見るに、彼らも¢の英雄結集<コールバック>で呼び出された英雄たちになるのだろう。

ナンバー2格の黒衣の男はなおも猜疑心たっぷりの目で、
「その割には随分と戦闘に覚えがある様子だな?」
と訊いたので、
「こんなご時世だ、自分の身ぐらい自分で守れないと生き残れない、だろう?」
と返せば、一度だけ唸り顔をしかめた。

そこで初めて、¢はゆらりと身体をこちらに向けた。

「社長はもう戦線から離脱している。ここで戦っても無意味だ、終戦までぼくたちの部隊に同行してもらう」

フードの中から発した低い声には多分な警戒感を含んでいたが、スラリとした体躯に似合う若さを滲ませていた。

「それは分かったが、一つお願いがある。“俺たち”は、この頂上から星空を見たい、できればあなたのいる場所まで行かせてもらえないか、一番の特等席から一度見たいんだ」
「それはできないんよ。大戦はまだ終わっていない、終戦してからにするか、その場で見てくれ」
「人がいるところで見ても気が散るんだ、終戦まで待ってたら夜が明けちまうし、俺は戦闘中しか居られない。それに、俺は社長軍に同行こそしたが、所属した訳ではないから、大戦の中に組み込まれているわけじゃぁない」

途端に場を張り詰めた空気が支配した。
敵意が一斉に自分へ向くこの瞬間が、いつもたまらなく好きだ。


63 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その4:2023/02/10(金) 22:15:38.533 ID:0E49cUQEo
「重ねてだが君の要求には応じられない、来たところ悪いが大人しくしていてくれ」

¢の言葉の直後、遠くで轟音が鳴り響いた。下界の市街地での戦いも佳境を迎えているようだ。

「ここから動きを見ていただろう?俺は、配慮も遠慮もしないぞ」
「意見は変わらない、もしここで見たいのなら力づくでどかせ」
「それは実力でこの場から、あなたたちを追いやってもいいって意味か?」

あくまで平静を装い言葉を返すと、後頭部に回している両手にじわりと汗が滲んだ。
次の返答次第で、この後の行動が決まるのだ。

「そう解釈して構わない」
「そうかぁッ!」

言質は取れた、売り言葉に買い言葉、待ちに待った戦闘だ。


64 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その5:2023/02/10(金) 22:17:08.227 ID:0E49cUQEo
勢いよく両手をうしろ髪の中に入れ、ボサボサ髪の中に隠していた小型の閃光弾に手を触れると、勢いよくピンを引き抜き、同時に投げ捨て、その場から駆けた。
コンマ秒区切りでの反応速度と二手、三手を見通す力の有無で、戦闘の勝敗は一瞬で決まる。
反応速度の早さには昔から自信があった。その場で片脚を振り上げ、靴の中に隠していたアーミーナイフも取り出し、すぐにフードを被り目を閉じた。

次の瞬間、背後での炸裂音とともに届いた高周波の波が両耳を束縛したが、被害の受けていない両眼を開くと、顔を抑え狼狽える兵士たちの中に紛れ、直線上に確かに¢の姿を捉えた。

「捉えたぜぇッ!」

普段よりも一回り小さいフォールディングナイフはその小ささゆえ、加減を気をつけないと獲物を前に空振りしてしまうこともある。“俺たち”は、常に狩りで小動物の生命を奪うことで、その感触を繰り返し身体に覚えこませてきた。

¢の懐に飛び込み、青白い首筋に向かい振り抜く。
計画は完璧なはずだった。社長は、英雄結集<コールバック>の術者が気を失えば、英雄たちも消滅すると言った。強者揃いの隊を一撃で無力化するためには最初から親玉を狙うしか術はないと確信していた。
“あいつ”に、丘の上から夜空を見せてあげたいというのは本心だった。だが同時に、久々の戦場で暴れ足りないという自身の心の渇きと疼きがあることも自覚していた。それを同時に満たせるのはこの方法しかないと踏んだのだ、その目論見は正しかった。

ただ、一つだけ誤算があった。

手元に鈍い感触が届き、獲物を仕留める段階で存在し得ない感触に戸惑いを覚えた次の瞬間、ナイフの動きが完全に止まった。未だ音波の渦の中にいる両耳に音こそ届きはしなかったが、明らかに金属同士が接触した時のような、行き場の無さが指先に響いた。

行く手を阻んでいたのは、¢のハンドガンだった。


65 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その6:2023/02/10(金) 22:18:04.660 ID:0E49cUQEo
ナイフのエッジ部を、コーティングされている銃体がしっかりと抑えている。身動きの取れない至近距離の中で、俺はようやくフードの中の¢と目が合った。
薄暗いフードの中から現れた端正な顔立ちの中に浮かぶ、二対の深い緋色に染まった瞳は、まるで蛇睨みのようにこちらを見下ろしたまま離さず、あまりの迫力に俺も一瞬身体を硬直させた。

彼は気怠げに唇を僅かに動かし何やらを囁いた。未だ聴力の回復しない中、唇の動きで読み解くと、彼の口は、
「どうした?力づくでどかすんだろう?」
と告げており、その瞬間、俺の怒りは一瞬で沸点を超えた。

「うるせぇ、これからやるんだよッ!」

そう告げたつもりだったが、相手にも自分にも届かないあやふやな怒鳴りは、空の中に霧散していった。ナイフを下ろし、半身分だけ僅かに間合いを離した。

「はぁッ!」

身を少し屈め、次の瞬間、¢の腹部へ向かい素早く刺突する。しかし、この攻撃さえも¢には織り込み済みだったようで、再びハンドガンでナイフの刃を受けると、武術のような力感のない払いでこちらの切っ先を反らした。
獲物を見失った俺の身体は僅かによろめき、次の瞬間には、閃光からいち早く回復した数人の兵士が飛びかかり、すかさず俺を羽交い締めにした。


66 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 性質その7:2023/02/10(金) 22:18:53.729 ID:0E49cUQEo
「¢さん、無事かッ?!すぐに、こいつを始末しようッ!」
「ありがとう、名無しさん、ぼくは無事なんよ。それに、彼に手を出すのは少し待ってほしい」

黒衣の男が怒鳴りながら、逸り気味に銃口をこちらに向けると、¢が彼らを手で制し、先程と同じように緋色の目で俺の方をじっと見下ろした。

「君は、戦いたいのか?」
「はッ!俺から戦いを奪ったら何も残らない、生きている限り、俺は戦闘を欲し続けるんだよ。ここで殺されるくらいなら、戦闘の中で殺ってくれたほうがまだ成仏できるぜッ」

威勢よく告げると、驚くほどあっさりと¢は頷き、
「そうか、ならもう一度だけチャンスをやる、サシでやろう」
と告げた。驚いたのは、むしろ周りの兵士たちだった。

「¢さん、正気ですかッ!?こいつは奇襲を仕掛ける危険な戦闘狂です、大戦中に構うことはありませんッ!」
「791軍や、東部では参謀軍もまだ残っています、奴にかまけていたら包囲されます」

必死に止めようとする彼らの言葉に、
「スナイパーは引き続き配備して、何か動向があれば名無しさんやアルカリさんの判断に一任する。
元々、ぼくよりも頭が切れる優秀な兵士たちだ、相手に後れを取ることもない。万が一、彼がぼくに勝ちそうになっても、君たちは手を出すな、これは一対一の戦いだ」
と冷静に告げ、困惑気味の兵士たちの拘束を解いたのだった。


67 名前:きのこ軍:2023/02/10(金) 22:19:26.893 ID:0E49cUQEo
短いですが今回はここまで。次回、最終回。¢戦後編です。

68 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/02/10(金) 22:53:37.051 ID:VAGYc4Ko0
¢さんが順当にかっこいいです

69 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その1:2023/02/18(土) 00:14:29.019 ID:BNYJyVBIo
━†━━†━━†━

対峙した俺たちの周りには、先程まで俺に覆いかぶさっていた奴らを含め、¢の呼んだ英雄たちがギャラリーのように取り囲み、墓標の周りはさながら闘技場のような様相を呈していた。
¢は先程と変わらず、気怠げに墓標に背を預けている。彼の周りをのんびりと周る水晶が、術者の今の精神状態をそのまま表しているように見えた。
俺は身体のホコリを払い、取り戻したハンドガンをホルスターに戻した。

「武器まで返してくれるとは、相当な自信だな」
「これは暇つぶしだから、それに、社長が保護した“君たち”に、少し興味が湧いた」
「そうやって余裕綽々の奴が後で泣く光景を、何度も見てきた」

そこで墓標から背を離し、ゆっくりとこちらに向き直った。

「先程はああ言ったが、億が一でも、ぼくが負けることはない」
「大した自信だ、その鼻、今からへし折ってやるからよぉぉッ!」

勢いよく駆け出す。彼との間合いを急速に詰め、半身の構えから左拳で突くと、たまらず¢はその場で沈み込んだ。
常人ならまずこの突きを避けられず気を失うので、¢の反応の良さは折り紙付きだ。

それならば、深く沈んだ顔を目掛け、すかさず右フックで仕掛けると、逃げ場の無くなった¢は、ようやく腕を顔の横に突き出し、防御の姿勢を構えた。
しめたとばかりに、中段蹴りでがら空きになった彼の脇腹に蹴り出すと、確かな感触とともに彼の体が僅かにくの字に曲がった。
その瞬間を逃さず取り出した銃で発砲するも、それは見切られていたのか魔法の防壁の前に銃弾は粉々になった。

「『防壁<スーパーカップバリア>』」

後から律儀に呪文をつぶやく¢に、思わず吹き出してしまった。


70 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その2:2023/02/18(土) 00:15:51.571 ID:BNYJyVBIo
「ここの住人は戦闘でも律儀に詠唱しなくちゃいけないクセでもあるのかい、えぇ?」
「その通り、大戦では定められた魔法は詠唱しなければいけないという暗黙のルールがあるんよ」
「なぁ、その魔法、ずるくないかぁ?」
「安心しろ、この魔法は疲れるんだ、もう魔力は尽きたから何も使えない。それにしても、いい蹴りだ」

言い終わるや否や、¢の姿は消え、次の瞬間には頭上から踵落としが降ってきた。

既のところで避ければ、すぐさま追撃の手刀が迫り、それを払い除け、逆にこちらから攻めに転じる。互いの一進一退の攻防は、まるで武術の演舞のように絶え間なく交代し、切れ目なく続いた。
周囲の兵士たちはまるで闘技場の観客のように声も出さず俺たちの闘いを見ていた。闘いと気迫の鋭さに気圧され声も出せない、というのが正しかったのかもしれない。

¢は身体を葦(あし)のように傾け、一見すると闘いからは程遠い構えだ。だが、体感の強さ、靭(しな)やかさと瞬発力は、これまで出会った人間の中でも群を抜いていた。

体術には絶対の自信を持っていたが、ここまで敵に攻撃が通らないことは今まで無かった。
瞳に映る人物は絶対的な壁といえる存在であり、同時に今後も俺自身が存在し続けるためには、超えなければいけない存在であることを直感で理解した。

そんな難敵を前にしても俺は焦るわけでも憎むわけでもなく、
「いいねぇ!楽しいねぇ!最高の気分だぁッ!!」
ただ心の底から嗤(わら)った。闘いを目一杯楽しんでいた。


71 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その3:2023/02/18(土) 00:16:54.638 ID:BNYJyVBIo
「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかった」

¢が一瞬、構えを解いたことが分かった。普段だったら敵の声には耳を貸さないが、ここまで至福のひとときを提供してくれる相手には最大限の礼節を尽くそうと思い、俺も構えを解いた。

「俺の名前はテペロだ」
「テペロ、体術に秀でているな。無駄のないその動き、徒手空拳(としゅくうけん)か、どこで習った」
「生きていくためには何でも吸収するさ、そういうあなたは自己流か、しかし殺気が感じられないな」
「大戦は生命を奪う戦いはしない、水晶の魂<インクリメント>を破壊すれば敗北を認める、この闘いも同様だ」

¢の言葉が、俺の熱い心に一滴の冷水を垂らしたかのようにじわりと急速に広がり、知らずのうちに、俺の口から嘲りの嘲笑いが漏れていた。

こいつは、やはり駄目だ。
死闘はギャンブルと一緒だ、自らの一番の大事な生命を賭してこそ、初めて同じ闘いの場で相まみえる。
互いの生命を賭けて生き死にを運と実力に任せるその瞬間が、たまらなく好きだ。
そのベットを拒むというのならば、幾ら強者とは言っても所詮は腰抜け、俺の敵ではない。

「甘い、甘ちゃんだなぁ。人はギリギリの状況に追い込まれてこそ真価を発揮する、どんな手を使っても勝ちに行く、そうだろぅ?」


72 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その4:2023/02/18(土) 00:19:23.411 ID:BNYJyVBIo
ナイフ使いにとって、間合いの距離と詰め方は至上命題だ。
対面の相手との中途半端な間合いは、銃や魔法といった遠距離攻撃の驚異に晒される。しかし、近づいてさえしまえば、魔法や銃を構えるよりも速くナイフで敵を制すことができる。
かつて俺たちに体術を指導した教官は「至近距離なら銃や魔法よりナイフが速い」と繰り返し説いていたものだ。当時仲間内では机上の空論だと馬鹿にしていたが、その訓え(おしえ)は時間が経ち、すっかりとこの身体に染み付いていた。

俺は極自然な流れで半身のまま、すり足で間合いを一気に詰め、腰からナイフを抜いた。
呼吸の仕方や体捌きを一切変えず、違和感なく相手に接近する暗殺術で、幾度となく練習し身につけたものだ。さすがの¢も驚いたように一瞬身を震わせ、首元への初撃を反射的に避けようと身体を反らしたが、彼の頬から一筋の鮮血が飛んだ。

驚く暇すら与えず、さらに首と腕を掴み、すぐさま押し倒した。
組み敷いた状態で、掴んでいる利き腕を強く頭上に引けば、いかに頑強な相手でもその首元が顕になり、一刺しで勝負が決まる。
得意の間合いの中に入ってしまえば、俺は無敵だ。

地に頭を付けた¢の顔が露わになった。
月夜に照らされ煌めく金髪と、青白い頬に走る一筋の赤い傷との対比が、端正で無表情な顔立ちと相まって、無機質な美しさと病的なまでの凄艶(せいえん)さを濃く映し出していた。
その場は、不思議なほどに静まり返っていた。
周りの兵士たちは、自分たちのリーダーがこれから処刑されるだろう危機的状況を、ただ固唾を呑んで見つめていた。


73 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その5:2023/02/18(土) 00:21:20.917 ID:BNYJyVBIo
¢はこちらに目を合わせたまま、微かに唇を動かしたが、風に吹き消され声は聞こえなかった。
眼前の敵は今にも動きを止めるオルゴール人形のような儚さで、礼節として迫る最期に僅かな時間を与えることにしたのだった。唇の形から、後半部は「…ソーラレイ」とだけ聞き取ったが、何を発していたかはわからない。何か祈りの言葉だろうか。

「もういいか?じゃあなぁ、楽しかったぜッ」

心のなかで¢への別れを告げ、露わな首元へナイフを振り下ろそうとした、その瞬間。

ぬるりとした生温い風が顔に吹き付け、途端に全身に悪寒が走った。

この感触には覚えがあった。と同時に、振り下ろす手を止め、瞬間的にその場から後ずさったのは、偏(ひとえ)に過去の経験則からの反射的行動にすぎない。
だが、次の瞬間、自由になっていた¢の左手の指先からは同じ太さ程の眩い光芒(こうぼう)が発射され、先程まで俺の居た位置を太く貫いていた。

「よく避けたな」

直前に、義務としての“詠唱”を終えていた¢は立ち上がり、称賛するように両手を叩いた。

「今際の言葉だと思い待っていてやったが、まさか呪文の詠唱だったとはな。それに、あなた、さっき魔力はもう尽きたと言ってたはずだが?」
「どんな手を使っても勝ちに行く、だろ?テペロ」

さらりと嘯(うそぶ)く¢に、目の前の敵が戦士の皮を被った道化師のように見えてきた。
おもしろい、闘いはやはりこうでなくてはいけない。


74 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その6:2023/02/18(土) 00:23:15.816 ID:BNYJyVBIo
「さて、終わりだ、テペロ、まあまあ楽しめたんよ」

袖口から銃を取り出すと、片手で俺に銃口を合わせた。黒々とした見た目にその重厚さは、ハンドガンの中で最強の威力を誇る50口径のハーケンダーツだ、なかなかの骨董品であることに間違いない。

「この距離なら、あんたの銃より俺のナイフのほうが速い、いいのか?」
「それはどうかな、『加速<アグロフォートレス>』」

詠唱とともに、目の前の¢が途端に姿を消した。
俺は瞬時に自らの魔力を鎧のように纏(まと)い防御態勢を作った。
一発程度しか耐えられない脆弱な鎧だが、ハーケンダーツはその重量ゆえ発砲時の反動が大きく、二射目の照準合わせにどんな手慣れでもコンマ秒は多めにかかる。
反撃に転じる時間として、俺にはその時間さえあれば十分だった。

耳に届いた風切り音とともに瞬時に振り返れば、背後に移動した¢が銃を構え立っていた。
引き金が引かれるとともに、鈍い銃声音が一度響き、次の瞬間、銃弾は俺の胸の手前で魔力の鎧ともども粉々に砕け散った。

銃声音が一発分しか響いていないことに気づけば、思わず笑みがこぼれた、勝負はあったのだ。
猶予あるコンマ秒の時の中で、俺の両脚の筋肉は限界まで収縮し、次の瞬間には目の前の獲物に飛びかかるための準備が完了していた。

そして砲弾のように相手へ弾丸発射しようとした、次の瞬間。

ドン、と押されたような反動。

本来動くべき身体がピクリとも動かなくなり、静止した。

異常事態に下を向けば、先程撃たれた同じ位置に、“二発目”の弾丸が俺の胸を貫いていた。


75 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その7:2023/02/18(土) 00:25:22.314 ID:BNYJyVBIo
「馬鹿なッ」

俺の発した声は思っていたよりもか細く、その場で崩れ落ちた。

全身が痺れ、指先一つ動かすことすらままならない状況の中で、¢がツカツカとこちらに近づいてきたことだけ分かった。
捕食される間際の息も絶え絶えな小動物側の気持ちが今なら理解できる、接近する死という存在が、たまらなく恐いのだ。
生物の生命のサイクルの中に自分もその一員として組み込まれていることを、初めて深く理解した。

「君の敗因は補助としての魔法を考慮していなかったことと、最後のぼくの詠唱を聞き逃した点だ。連射<ポイフルバースト>の魔法を発射直後の銃弾にかければ、銃声は一発でも弾は複製できる」

顔を上げることもできない俺は、囁くような¢の声を聞きながら、酷い眠気に襲われていた。

「頼む、仰向けに、して、くれないか、夜空を見せて、せめて逝きたい、んだ」
「睡眠弾だから死ぬことはない、ただ君は油断ならない、しばらく寝ていてくれ」

声も出せず、瞼が下がり、急速に意識が遠のいていく。

不思議と悔しさや怒りの感情は沸いてこない、ただ今は胸の中が空っぽになったような、寂寞(せきばく)した喪失感が占めている。
この気持ちを言葉として表すとするならば、そう、後悔だ。

戦いに破れたこと、そして何より“あいつ”に夜空を見せてあげられなかったこと。
俺はいま、後悔している、その気持ちを強く噛み締めつつ、意識を手放した。


76 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その8:2023/02/18(土) 00:26:22.612 ID:BNYJyVBIo
━†━━†━━†━

目が覚めると一面には澄み切った青空が広がり、視界の端から漏れ出ている陽の光が雲ひとつない空を、さらに薄く輝かせていました。

気がつけば、すっかりと夜は明け、僕は丘の上にあお向けで寝ていたのでした。
微かに漂う硝煙の匂いで半身を起こしてみれば、すぐ横には、昨日と同じ構図で墓標に身を預けた¢さんが、全身に朝陽を浴びながら立っていました。

「あの、お騒がせしました」

恐る恐る話しかけると、フード越しに目が合いました。

「起きたか、一応、初めましてだな、君の名前は?」
「すみません、ぼくもテペロなんです」

僕が申し訳無さそうに答えると、¢さんは、
「そうか」
とだけ答え、それきり黙ってしまいました。


77 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その9:2023/02/18(土) 00:27:19.575 ID:BNYJyVBIo
気まずい空気の中で僕も立ち上がろうとすると、胸を締め付けられた時のような鋭利な痛みが走り、思わず「うっ」と呻いてしまいました。

「すまない、手加減はしたつもりだったんよ」
「いえいえ、元はと言えば¢さんに向かっていったのは“僕たち”ですから」
「そうか」

またも沈黙が続きましたが、¢さんの気遣いに、胸の痛みが少し和らいだ気がしました。
夜が明け、遠くの市街地での戦闘音は一切聞こえてきません、周りにも武装した英雄たちの姿は全くありませんでした。

「大戦は終わったんですか?」

そう疑問をぶつけると、何も答えず手招きだけしてきました。
傍まで近づくと¢さんはすっと墓標から離れ、特等席を譲ってくれました。

「わぁ、すごいッ」

墓標の前に立ち、見ていた景色がガラッと変わりました。
広い丘の頂上部には天然自然な木々が点在し、戦術的には身を隠すのに最適な場所なのですが、なかなか村の全貌を把握することができませんでした。
しかし、中心部の周囲より一段高い場所にある墓標の周りだけはすっぽりと木々が抜け落ちており、麓(ふもと)の街並み、黄金色に輝く草原と、その先に続く深緑の樹林までの風光明媚な村一帯の様子を見渡すことができました。
墓標から見る村の景色は壮観なものでした。


78 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その10:2023/02/18(土) 00:29:54.113 ID:BNYJyVBIo
とはいえ、気を失う前まで戦っていた麓の市街地には今も家屋のあちこちからくすぶった白煙が狼煙のように何本も上がり、激戦の傷跡が色濃く残る痛ましさを見せています。
社長が匿ってくれていた教会はもはや跡形もなく、瓦礫の山に残るクリーム色の煉瓦の破片から僅かに痕跡を推察できる程度です。
戦いの終結したあとのこうした痛ましい光景には、自らも当事者だったとはいえ、いつも複雑な思いになります。

そんな沈痛な思いで偲んでいれば、ふと教会の瓦礫の一個がふわりと宙に浮かんだかと思うと、続いて周りの残骸もその場でとぐろを巻くようにぐるぐると浮かび上がりました。
そして、まるでパズルのピースを嵌めていくかのように渦状の瓦礫群から弾き出た瓦礫たちが組み重なっていき、ものの数分もしないうちに元の教会の姿に戻ってしまいました。

僕が驚いて目を点にしていると、¢さんが横から、
「あれは『諸行回帰<イニシャライズ>』の魔法で、この地だけで使える魔法だ、幾ら傷ついても建物や壊れた武器は大戦前の状態に戻すことができるので、村はいつまでも同じ形で保たれる。
ただ、あの作業は大戦で敗れた村民がやるべき一種の罰ゲーム、今も村には社長を始め、村民たちが必死に直している」
と説明してくれました。

「そんな便利な魔法があるんですねぇ。あれ、¢さんはやらなくていいんですか?」
「ぼくは勝ったからやらなくていいんよ」

手でVサインをつくり密かに喜びを表現する¢さんの茶目っ気に、思わず笑ってしまいました。
初対面では斜に構えた底冷い戦士という印象でしたが、今は少し寡黙な優しいお兄さんに感じます。
大戦が終わればノーサイド、村民の間にはわだかまりやいがみ合いもなく、次の大戦までのどかに暮らすのだろうと、先に会った社長の様子とあわせても、そう感じました。


79 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その11:2023/02/18(土) 00:31:15.895 ID:BNYJyVBIo
気がつけば、街のあちこちで同じように残骸が渦状に浮かび上がりました。
朝陽を受け仄かに朱色の差した集落の中に、一つ、また一つ同胞が蘇り再生していく様を見るに、この村を探す切欠(きっかけ)になった遠い過去がふと瞼(まぶた)の裏に浮かびました。
目的地として“なぜこの村でなければいけなかったのか”という、自身の抱いていた長年の疑問への答えが目の前にあるように感じ、胸に熱いものがこみ上げてくるのとともに、僕はこのKコア・ビレッジという村の真髄を垣間見た気がしたのでした。

ここに来て、僕の決心はいよいよ固まったのでした。

「僕は、小さい頃から夜空が好きなんです。このバーボンの丘に行きたいと思ったのも、綺麗な夜空をより近くで見たいと思ったからですし、それで“彼”がここに連れてきてくれたんです」

¢さんは黙って僕の話を聞いていました。


80 名前:アラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜 決戦その12:2023/02/18(土) 00:32:46.671 ID:BNYJyVBIo
「でも、いまこの景色を見て、考えが少し変わりました。
ここの住民は何かに囚われることもなく自由のどかに暮らし、たまに本気で闘い合い、終われば手を取り合い、そして元の日常に戻る、そんな日々が永く続いていく。
丘の上から広がるこの光景は、僕の求めていた理想です。
“僕たち”はこの村を目指して旅をしてきました。
お願いがあります、この村に住むことを、許してくれませんか?」
「この村は誰も拒まない、好きにするといいんよ」

¢さんは優しい声色でそう答えました。
市街地からは、再生した小さな教会の上で機動アーマーに載った社長が、こちらに手を振っていました。

旅を始めてから長い年月を経て、“僕たち”はようやく目的地に辿り着きました。
これから一体どのような日々を過ごすのか、楽しみでしかたありません。

Kコア・ビレッジに差す陽の光は、まさにこれから強くなろうとしていました。




81 名前:きのこ軍:2023/02/18(土) 00:34:33.672 ID:BNYJyVBIo
ということでアラウンド・ヒル〜テペロと妙な村〜は完結です。
ありがとうございましたー。こんな感じでなるべく長くない、短編形式でつなげていこうと思います。

次回、「アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜」は1ヶ月後くらいに投稿予定です。ではではー。

82 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/02/18(土) 00:36:52.541 ID:Q.Xx88i60
爽やかでいい終わり方。次回も期待

83 名前:きのこ軍:2023/04/01(土) 16:06:54.572 ID:ugBBwJ1Eo
━†登場人物†━
◆アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜

・テペロ
二つ名:ぐうたら居候、所属:社長の家
https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/47/best.png

この物語の主人公。
森に迷い、“大戦”を経ることでKコア・ビレッジに移り住むことになった。
ただし、家はないので何の断りもなく自然と社長の家に住み着いている。
平和主義を顔に貼り付けたようにいつも笑っているが、実は戦いが大好き。

・社長
二つ名:気苦労人、所属:ガトーの森
https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/48/another2.png

Kコア・ビレッジに住む村民。
今までは猫の世話だけをしていたが、大きな居候人も増えたのが最近の悩み。
発明家以外に芸術家の一面もあるが、自分の作品を他人にあまり披露しない。

・ブラック
二つ名:卒がないメイド、所属:ガトーの森
https://downloadx.getuploader.com/g/kinotakeuproloader2/49/another1.png

社長のメイド。
大量の猫と社長とテペロの世話をしている。
テペロが村を回るようになってからはついでにお使いを頼むなどちゃっかりしている。

・791
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

84 名前:きのこ軍:2023/04/01(土) 16:10:18.018 ID:ugBBwJ1Eo
来週頃からアラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜の投稿を始めようと思います。
前作よりも短く、投稿は4~5回程度を予定しています。

85 名前:きのこ軍:2023/04/14(金) 20:58:24.759 ID:pFANaS9so
今日から毎週(予定)投稿をがんばっていきます。

86 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その1:2023/04/14(金) 21:00:13.280 ID:pFANaS9so



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アラウンド・ヒル 〜美味しいお茶の見分け方〜

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87 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その2:2023/04/14(金) 21:02:26.498 ID:pFANaS9so
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冬枯れの樹木に新緑が芽吹き、気づけば鮮やかな若竹色に森が染まるようになったKコア・ビレッジには、今日も春風駘蕩(たいとう)の時間が流れていました。

今日もお昼前に目を覚ませば、寝転がっている猫たちをあやし、毛づくろいの最中にうたた寝。
午後には彼らと森へ散歩に出かけ、水辺のほとりで小鳥の囀(さえず)りに耳をそばだて、澄んだ水で喉を潤し、家に戻れば再び惰眠を貪る。

なんと素敵な日々でしょうか。
常に飢えに苦しみその日の寝床を探し、アテもなく彷徨っていた過去の日々とはおさらばです。
温かい繭(まゆ)の中にいるような心地の良さで、僕はすっかりと心を許し、我が世の春を謳歌(おうか)していました。

「あの、いつ出ていくんスか?」

穏やかな安寧(あんねい)の時間にこうして平然と水を差すのは、僕の住んでいる傾いた塔の家主の社長(しゃちょう)です。
いつだってギラギラとしたメガネ型のオペラグラスをかけ、人より半テンポ以上遅れた喜怒哀楽の表情の変化の乏しさと奇妙な風貌で、大量の猫ちゃんとメイドアンドロイドとともに暮らしている奇天烈な人物です。

今だって窓際で猫たちと日向ぼっこを楽しんでいた最中に、現実に引き戻されるようなことを言われれば、
「そりゃぁ、いつか家が見つかった時ですよ」
誰だっておざなりな対応となります。


88 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その3:2023/04/14(金) 21:06:07.191 ID:pFANaS9so
「いつもそう言ってますが、テペロ君が自分から探している光景を、見たことないデス」
「今日も外に出て、良い土地がないか探してたよ」
「クロを連れて釣りに出かけただけでは?」
「探しながら趣味も楽しめるなんて、素敵じゃないですか」

目に見えて社長はがっくりと肩を落とすと、
「テペロ君、村民として生きていくならやはり自分の家を持つべきデス」
と至極当たり前のことを言い、露骨に深い息を吐きました。
打ち解けてきたせいもあってか、最近は僕のことになると奇天烈の皮を破り真人間(まにんげん)に戻りがちなので、困ったものです。

「わかりましたよ、僕だってずっとここの居候でいるのは申し訳ないと思ってる、ビレッジ内でいいところがないか探すよ、でも探すのに時間はかかるだろうから、まだ少し頼ってもいいでしょう?」
「いいスよ」

どことなくほっとしたような口調で話すので、少し腹が立ちました。

「とはいえ、森はほぼ探索し終わってるからなぁ、次は市街地の方にいけばいいのかな?」
「他の村民をあたってみるといいんじゃないスか?ここからだと抹茶さんの家が近い」
「それはいい、じゃあ早速準備するよ、細かい荷物は置いていくからね」

壁際に立てかけている色褪せたリュックを手にすると、改めてその重量に驚かされました。
旅の時には、起きているときはもちろん、寝る時でも肌身離さず背負ったまま身体から離さないようにしていました。
戦いを求め彷徨っていた当時、いつ戦闘が始まるかわからない恐怖と、それを上回る期待と興奮を、僕はこの相棒の中にずっと詰め込んで歩いていたのでした。


89 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その4:2023/04/14(金) 21:12:43.891 ID:pFANaS9so
ただ、今度はただの探索なので極力身軽にしたほうがいいでしょう。
社長に聞けば、戦いは“大戦”の時にしか認められていない行為で私闘は厳禁とのことでしたので、僕だけ武器を持っていては余計な警戒を相手に与えるだけでしょう。
郷に入らば郷に従えということです。

いらない銃火器を次々と並べていくと、周りの猫ちゃんたちがゴトリとした重厚音にビクッと背筋を毛羽立たせていて、僕はすぐに謝りを入れました。

「未だにこの間の大戦での出来事が信じられない、本当にびっくりしましたよ」

先日の“大戦”では、社長には本当にひどいことをしてしまいました。
当事者の”彼”は反省していないでしょうけど、少なくとも僕は猛省しています。

「いやぁ、驚かせちゃってごめん、まさか初対面の人に“戦いを求めて旅をしてます”なんて言えないじゃないですか」
「テペロ君も求めてるんスか?戦場だと顔色悪そうでしたが」
「戦うことは嫌いじゃないんだ、でも確かに戦場の空気は苦手かもしれない、嫌なことを思い出しちゃうしね」

だいぶ身軽になったリュックを背負うと、足元に猫ちゃんたちがすり寄ってきたので、また屈んで彼らの顎を撫でていました。
社長はそんなこちらの様子を見て、
「だいぶ猫ちゃんもテペロ君に打ち解けるようになったスね」
と言いました。

そうしている間にも、順番待ちのように猫ちゃんたちが僕の周りを囲んでいます。

「そうかな、前から猫には好かれやすいとは思ってたけど」
「たぶん、テペロ君も猫っぽいからじゃないスかね」

そんなものなのでしょうか、自分ではあまり客観視できない部分なのかもしれません。


90 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その5:2023/04/14(金) 21:15:35.509 ID:pFANaS9so
「なら、社長から見れば、テペロさんもかわいい飼い猫のうちの一つということになりますわ」

そうしていると、メイドのブラックさんが、いつものように音もなく背後から現れました。

「テペロさん、折角なので抹茶さんのお家に寄られるなら、茶葉を貰ってきてくださいませんか?そろそろ収穫の時期のはずなので」
「茶葉ですか、わかりました、いいですよ」

ブラックさんは時々こうして僕にお使いを頼んできます。飄々としていますが、ちゃっかりした性格です。
僕は社長の方に向き直り、
「社長からは何か伝えておくことある?」
と聞けば、無表情のまま、
「いえ、特になにも」
「はぁ、出不精だから、誰とも会わないんだよ。抹茶さんに会ったら、今度の大戦では社長隊の方を一目散に狙うように言っておくよ」
お返しに僕が露骨にため息を吐きました。

家を出ると、森の中には爽やかな風が吹いていました。

少しだけ歩き、ふと後ろを振り返ると、二人と猫ちゃんたちが見送りに外まで出ているのが見えました。
思わず大きく手を振り返し、再び歩き始めると、僕の足取りはいつもよりもだいぶ軽やかになっていたのでした。


91 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その6:2023/04/14(金) 21:23:22.291 ID:pFANaS9so
━†━━†━━†━

鬱蒼としたガトーの森を抜けると、途端に見晴らしの良いルヴァン平野に出ます。
以前の大戦でも通り抜けた広大な新緑の平野です。前方にそびえるバーボンの丘は荘厳にその存在を主張し、山頂部にある木の十字架とあわせて快晴の青空によく映えています。

抹茶亭は、バーボンの丘を右目に見ながら西部方面に進んだ先にあるお屋敷だと、ブラックさんから聞いていました。

轍(わだち)を進んでいくと、左右両側に、弧状型にきっちりと区分けされている広大な茶園が見えてきました。
鮮やかなコバルトグリーンの茶葉で構成される茶園は、まるで幾何学模様のように整然と対称に配列されていて、持ち主の几帳面な性格が表れているかのようです。

編笠を被った数人の英雄たちが茶園の中で作業している光景を横目に暫く進んでいくと、少し太めな白い杭看板に“この先、抹茶の家”と書かれていました。
さらに進めば、茶園の一番奥に大きな風車を付けた農夫の邸宅が見えたのでした。

ドアノッカーを叩けば、戸を開けた若々しい主人が、中からひょっこりと顔を覗かせていました。

「これはめずらしいお客さんだ。ちょうど良かった、いま791さんも来ていてティータイム中なんです、よければテペロさんもどうぞ」

扉の中で、目を丸くさせた抹茶さんでしたが、すぐに破顔すると、僕を茶会に誘ってくれたのでした。


92 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その7:2023/04/14(金) 21:25:37.356 ID:pFANaS9so
━†━━†━━†━

“お茶を準備するので先に入っていてください”と抹茶さんに言われ進んでいくと、木目調に設(しつら)えた吹き抜けの広間では、既に791(なくい)さんがティーカップを片手に、悠々とお茶を嗜んでいました。

「やあテペロ君、君とは意外なところでよく会うね」

先日と同じ紫紺色のローブを羽織り、先日と同じ微笑を携え、今日はお茶の風味を堪能している様子でした。

「こんにちは791さん、だいたいが他人の家でお会いしていますけど。今日はお宅訪問も兼ねた挨拶と家探しできました」
「ふふッ、今度は私の家に遊びにおいでよ、ここからはちょっと離れた山の向こう側だけど、来れば歓迎してあげるよ」
「ぜひそうさせてもらいます」

僕も空いた椅子に腰掛けると、丸テーブル越しに向かい合う791さんは、コトリとカップを置き、微笑んだままお茶菓子を手に取りました。

「今はまだ社長のところに住んでいるんだっけ?」
「そうです、お恥ずかしながら未だ食客の身でして、いい加減家を見つけろと社長に叱責されちゃいました」
「あの家は外観はさておき、猫ちゃんもたくさんいるし、とても居心地がいいもんね。もう当ては付いているの?」
「いえ、まだですね、だからまずは会ったことのない村民の方への挨拶も兼ねて、どの辺りがいいかを探すのが先決かな、と」

広間には、使い古された家具が整然と並べられています。
見栄えよりも機能性を優先して置かれているのか、テーブル近くには本棚や茶棚がひしめき合っていて、少し煩く感じます。


93 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その8:2023/04/14(金) 21:29:11.260 ID:pFANaS9so
緑色のふわふわとしたお饅頭を堪能し終わると、791さんは再びお茶を啜りました。

「なるほどね、廃墟になってる市街地付近には誰も住んでないし、村民のみんなはほうぼうに住んでるし、大変だよね」

市街地の話で、ふと先日の“大戦”の夜の出来事が頭の中をよぎりました。
姿こそ見かけませんでしたが、あの夜、社長軍を包囲する形で目の前の791さんも近くにいたという話は、大戦中から聞いていました。
791さんには、あの時の大戦を台無しにしてしまった非礼を詫びたほうがいいのではないかと思ったのです。

「話が前後しちゃいましたが、先日の大戦では僕の勝手な振る舞いでかき乱してしまい、たいへんすみませんでした」

深く頭を下げると、明眸皓歯(めいぼうこうし)ながら好奇を含んだ藤紫色の瞳が、僕の方を向き、
「遠くから見てたよ、あの時は抹茶を早々に屠(ほふ)った後でね、社長軍とビギナー軍とで潰し合ってくれればと思って静観してたんだ。
まさか両軍とも君の手でほぼ壊滅するとは思ってなかったけど」
と言うので、
「我が事ながら、とても胸が痛いです」
困り顔で返さざるをえませんでした。


94 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その9:2023/04/14(金) 21:31:57.954 ID:pFANaS9so
「誉めてるんだよ、後から聞けば¢さんとも一対一でやりあったんだって?ぜひギャラリーで見ていたかったなあ」

すると、家主の抹茶さんがお盆にティーカップを二つ持ちながら居間に戻ってきました。

「その話は僕もぜひ聞きたいですね、どうぞ、一番茶です」

テーブルの前に置かれたティーカップからは、煎茶の芳しい香りが鼻の先へ流れてきます。

「これは、ありがとうございます。ところで、一番茶ってなんですか?」
「おや、一番茶を目当てに来たわけではなかったんですか」

掛けている金縁メガネの中の目を再び丸くしました。

「テペロくんは自分のお家探しに、この村の家を練り歩いて回るらしいよ」
「なるほど、そうでしたか。
いまの質問ですが、一番茶とはその年の初めに摘採した茶葉のことです、茶葉は一年で何回か取れるんですが、一番茶は二番茶より品質が良く、新鮮な香りと爽やかな味を楽しめるんです、ちょうど今がその一番茶の収穫時期なんですよ」

カップをしげしげと眺めると、カップの中の煎茶は底が見える程に澄んでいます。

「そうでしたか、ブラックさんが茶葉を欲してたのは今が旬だからだったのか、これは良いタイミングにお邪魔できました」

カップを手に取り、口に含めると、苦味のない透き通る味わいが一瞬で広がりました。
今まで味わったことのない高貴な風味に、今度は僕が目を丸くする番でした。

「すごく美味しいです、こんな美味しいお茶は初めて飲みましたッ」
「それは良かった、後で帰り用に茶葉を詰めておきますね」

優しげな目元に微笑をたたえた抹茶さんは、若い茶葉の色の緑髪に、精緻(せいち)な顔立ちで、見た目以上にとても若々しく見えます。
もしかしたら歳は僕とあまり変わらないのかもしれません。むしろ不健康そうな僕の見た目より彼のほうが若々しく見えることでしょう。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

95 名前:きのこ軍:2023/04/14(金) 21:32:23.094 ID:pFANaS9so
今回は戦いはありません。

96 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/04/14(金) 21:39:13.293 ID:nlERqM0E0
穏やか。

97 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その1:2023/04/30(日) 21:48:49.038 ID:HGv7BbdQo
━†━━†━━†━

僕が一息つくと、それを見計らってか抹茶さんはテーブル越しにぐいっと身を乗り出しました。

「それで、先程の話に戻ってしまいますが、¢さんとの戦いはどうだったんです?」
「うんうん、私も気になるな」

大戦のことになると二人は興味津々といった様子でしたので、僕は先日の経緯(いきさつ)を話しました。

「惜しかったですね、テペロさん。1対1に持ち込んだところまでは良かったですけど、最後は手数の多い¢さんに軍配が上がりましたね。でも初めての戦いにしてはかなり上出来かと思います」

穏やかで落ち着いた若者に見えた抹茶さんは、大戦の話になると、一転して表情を変え、途端に快活な少年に戻ったように見えました。

「あの大戦では、最終的に私と¢さんの一騎打ちになったんだけど、最後まで地の利は巻き返せなかったなあ。¢さんの軍の統率はすごいよ、気にすることはないよテペロくん」

791さんと抹茶さんは、その後も二人で前回の大戦に関しての反省会を続けていました。
気がつけばテーブルの上には茶菓子がいっぱいに並べられていて、風流な茶会は一転して場末のスナックのような熱気に包まれています。

大戦とは、本当におもしろい文化だと思います、てっきり参加者は屈強な軍人気質の人間ばかりだと思っていましたが、目の前の二人のように凡そ戦いとは無縁に見える人間も参加しています。
傍で二人の話をぼうと聞いているだけでしたが、それでも二人の熱情と陶酔感(とうすいかん)にあてられ僕も自然と笑っていました。


98 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その2:2023/04/30(日) 21:50:08.789 ID:HGv7BbdQo
「¢さんはタイマンでの戦いでは負けたことないかもしれませんね、それほど圧倒的です。むしろ僕はテペロさんの戦闘力の高さに驚きましたよ」
「テペロくんは、英雄結集〈コールバック〉だって使ってないんだもんね?」
気がつけば、話題は魔法の話に移っていたので、
「そうですね、当時は使い方も知りませんでしたし。
今は社長に教わって、ほんの少し、使えるようになったんですが」

敢えて口にはしませんでしたが、社長は本当に説明足らずなところがあります。
英雄結集<コールバック>の魔法だって、詠唱の仕方を聞いても「やれば、できるス」と言うだけで、いつまでも埒が明かないので、詠唱風景を見せてもらって、ようやく見よう見まねで使えるようになったのです。
これを“社長に教わって”と表現するにはだいぶ無理があると感じましたが、一宿一飯の恩から彼を立ててあげたのです。

791さんが、再び好奇の目をこちらへ向けました。

「へえッ、それは手強くなるね。何人ぐらい呼んだの?」
「それが、二人だけです」

僕の立てた二本指を見て、驚きのあまり抹茶さんは煎餅菓子を口に含んだまま静止してしまいました。

かと思えば、次の瞬間には煎餅を勢いよく飲み込み、
「あまり取り決めのない自由な大戦でも、数少ない規定として、英雄結集〈コールバック〉で呼び出せる英雄は1000人までと決まっています。
これは裏を返せば、1000人までは呼べるということです。上限まで招集できるのは大魔法使いの791さんぐらいですが、他の参加者でも数百人程度は呼び出しています、大戦をする上ではちょっと少なすぎるのでは?」
心配そうに早口で語り、手に取ったお茶を喉に流し込みました。
理知的で真面目な性格の彼も慌てさせるぐらい、無謀な試みのようです。


99 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その3:2023/04/30(日) 21:51:35.343 ID:HGv7BbdQo
横にいた791さんは対照的に、顎に手を当て暫く思案気味でしたが、
「私も抹茶の言うことには賛成かな。
呼び出せる英雄は、過去の自分の記憶や願いをもとに姿形を創り出している、いわば写し鏡の使い魔だよ。
私の見立てでは、テペロくんもそこそこの魔力はありそうだし、頑張れば100人くらいは呼び出せるんじゃないかな。
人数を絞って個々の英雄の力を引き上げるという手もなくはないけど、いずれにせよ一定数は確保すべきじゃない?」
と言い、横で抹茶さんもうんうんと頷いています。

僕は二人の視線から逃れるように、手元の煎茶に目を向けました。
先程まで澄んでいた萌黄(もえぎ)色の茶水の底には、黒々とした茶葉がこんもりと堆積しています。

どれ程綺麗に見え取り繕っても、中身は濁っている。
目の前の小さなティーカップの中身は、これまで歩んできた僕の愚かな人生そのものを映しているように見えました。

「その通りなんですが、ぼくには二人で十分なんです、いえ、正確には二人で限界と言うべきかな。
二人までしかぼくの記憶からは喚び起こせなかったんですよ、社長みたいに創作心も無いですし、暫くはあわせて三人で頑張ろうかと思ってます」
「記憶が思い出せない、もしくは何らかの術で封じられているのですか?」
純粋な抹茶さんの素直な問いが、チクリと僕の胸を刺します。
「いえ、全て覚えています。その上で、二人“しか”思い出さないんです」
そう答えると、791さんは哀しそうな目をして、
「そう、それは、辛かったね」
と呟きました。

ポツリとかけられた慰めの言葉は、悪意のない親切心からくるものだとは分かっていたのですが、僕の心の底に、またサラサラと黒々とした砂のような塵が積もりました。
投げかけられた言葉は決していま求めているものではなく、僕は曖昧な笑顔を作ることしかできないのでした。


100 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その4:2023/04/30(日) 21:52:19.797 ID:HGv7BbdQo
━†━━†━━†━

その後は他愛のない話を広げ、昼下がりのティータイムを堪能していたのですが、急須で何度目かのお茶を注がれた時に、ふと此処に来た本当の目的を思い出しました。

「そういえば、新たな家を探していまして、どの辺りがいいと思います?」
二人は、“そうだった”と言わんばかりに顔を見合わせました。

「ごめんごめん、つい大戦の話に夢中になってて忘れてたね、テペロくんの希望はあるの?」
「そうですね、あまり多くは望みませんが、できれば自然のある土地がいいですね、砂地にはあまりいい思い出がなくて。あとあまり寒くないところがいいかな、寝やすいし」
目の前の二人は悩み始めました。

「なら、まず¢さんの住んでるレーズン荒野は駄目だね、あそこはからっ風が吹くばかりで草木もまともに育たない、あそこに住めるのは¢さんくらいだよ。
このあたりのルヴァン平野はいいんじゃない?どう思う、抹茶?」
「ええ、このあたりは北部に比べて温暖だし茶葉も育ちやすい。開けている分、日照時間も長く確保できるので季節に応じて色々な植物が芽吹きますよ、テペロ君の希望にも叶う場所だと思います」
詳細に分析するその姿は、本人の性格も相まってまるで研究者のようです。

「それはいいですねぇ、確かに森はいいところですが陽の光を浴びることがあまり無いので心機一転できるかもしれません」

そこで、抹茶さんはすっと立ち上がり棚まで歩くと、中から古びた藁半紙を取り出し、テーブルの上に広げました。


101 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その5:2023/04/30(日) 21:53:20.815 ID:HGv7BbdQo
「この周辺以外では、バーボンの丘を挟んで向かいにある東部一帯も住みやすいところですよ、ブルボン湖にルマンド川という大きな水源があり、自然はここ以上に豊富ですしね。
この家の先にも支川は流れているんですが」
「へぇ、風光明媚で良さそうですね」

地図はかなり古ぼけていて、藁半紙自体の傷みもさることながら、文字も所々滲んで読めなくなっているところもあり、かなりの年季を感じさせました。

中心に描かれている丘の中腹部には、比較的新しいインクで「Kコア・ビレッジ」と記された跡があり、広大な村の一帯の中心に描かれているバーボンの丘の存在感が、ここでも際立っています。
抹茶さんの指しているブルボン湖の方にも目を向けると、地図の右端部には巨大な湖が描かれていて、その湖から蜘蛛の手足のように河川が枝分かれしています。

「このあたりには多く村民も住んでいるし、いいところだと思いますよ」
「でもこの川沿いって村のラインのギリギリじゃない?大丈夫なの、抹茶?」
791さんの質問に、抹茶は地図の右上端に尖った線のように描かれている竹やぶ一帯を指差し、
「参謀(さんぼう)の家を越さなければ、大丈夫ですよ」
と答えました。どうやらこの竹林の中に、参謀と呼ばれる村民が住んでいるようです。

「参謀という方は、どんな方なんですか?」
僕の質問に、抹茶さんは、
「とても落ち着いていて、おもしろい人ですよ。博識で物事もよく知っています」
と答えました。
僕はいまさらながら、質問に対しちゃんとした答えが返ってくる、ちゃんと会話ができる、ごく普通の日常のありがたみを感じていました。


102 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その6:2023/04/30(日) 21:54:53.025 ID:HGv7BbdQo
「抹茶さんの話を聞いて、興味がわきました。これから参謀さんのお家に向かってみようかと思います」
「あの人は優しいから色々と教えてくれるでしょう、茶の点て方にも一家言ある程です、あッ、そうだ」
そこで抹茶さんはハッとしたように、手を打ちました。

「テペロさん、参謀の家に行くならついでに茶葉を渡してくれませんか?」
「いいですよ、さっきの一番茶ですか?」
「ええ、いつもは頃合いを見て参謀から取りに来るんですが、今年は茶葉の収穫が早くて。
丁度タイミングが良い、いま参謀に包む分の茶葉も作っていて、もうすぐ完成なんです」
「へぇ、茶葉を摘んで包んで終わり、というわけじゃなかったのか」
抹茶さんは心外だとばかりに首を勢いよく横に振りました。

「とんでもない。そうだ、せっかくだし工房も少し覗いていきませんか?ブラックさんの分の茶葉も一緒にお渡ししますので」
面白そうなので頷いてみると、抹茶さんは嬉しそうに立ち上がり、「準備があるので」と部屋を出ていきました。
腰掛けたままの791さんは、穏やかな日常を甘受するように目を細め、まだ茶を嗜んでいます。

「抹茶は、良い話し相手ができたと思っているんじゃないかな?
あの子の方から何か提案するとはめずらしい、これからも、たまには遊びにきてやってよ」

慌ただしく部屋を出ていった抹茶の背中を横目で見ながら、791さんは穏やかに茶を啜りました。
歳の近そうに見える二人ですが、大人びて見えた抹茶さんの幼い部分と、可憐に見える791さんの大人然とした振る舞いのあべこべさを同時に見ることができ、ほんの少しだけ心が暖かくなりました。


103 名前:きのこ軍:2023/04/30(日) 21:55:15.903 ID:HGv7BbdQo
気づけば遅くなってしまった。
少ないですが今週はこんなもので。抹茶の家はもうちっとだけ続くのじゃ。

104 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/04/30(日) 22:09:35.908 ID:wpYlz45E0
雑談だけでも世界観が広がっていいですね


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