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アラウンド・ヒル ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2023/01/07(土) 08:04:42.583 ID:DeJrbXDs0
青年テペロは、あてもない旅を数年も続けていた。

ある時、鬱蒼とした森に迷い込んだテペロは森の中に建つ奇妙な塔にたどり着く。
彼はある集落を探していた。塔に住む社長という人物から、周辺一帯がKコア・ビレッジという村だと聞くが、その名は彼の目指す村ではなかった。

失意の中で眠りにつけば、遠くから号砲が鳴り響く。
Kコア・ビレッジには奇妙な風習があった。
広大な土地に僅か9人の村民だけで暮らすこの村では、不定期に村民同士が最後の一人の勝者を決めるまで争い合う、物騒な遊びが行われていたのだ。

彼らはその遊びを“大戦”と呼んでいた。

奇しくもその夜が“大戦”日だった。
テペロは社長に頼みこみ戦いに同行することにした。中心部の市街地では既に銃弾が飛び交い、硝煙漂う戦場と化していた。
顔から血の気が引く思いでただ進む、そして敵からの奇襲を受け意識を手放す直前、テペロの脳裏には中心部にそびえる小高い丘が映っていた。

あの丘の上から見る夜空はどんなに近くて美しいんだろうかーー


9人の妙な村民の住む奇妙な村で、青年テペロと彼らの運命は回り始める。   


              アラウンド・ヒル


84 名前:きのこ軍:2023/04/01(土) 16:10:18.018 ID:ugBBwJ1Eo
来週頃からアラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜の投稿を始めようと思います。
前作よりも短く、投稿は4~5回程度を予定しています。

85 名前:きのこ軍:2023/04/14(金) 20:58:24.759 ID:pFANaS9so
今日から毎週(予定)投稿をがんばっていきます。

86 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その1:2023/04/14(金) 21:00:13.280 ID:pFANaS9so



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アラウンド・ヒル 〜美味しいお茶の見分け方〜

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87 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その2:2023/04/14(金) 21:02:26.498 ID:pFANaS9so
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冬枯れの樹木に新緑が芽吹き、気づけば鮮やかな若竹色に森が染まるようになったKコア・ビレッジには、今日も春風駘蕩(たいとう)の時間が流れていました。

今日もお昼前に目を覚ませば、寝転がっている猫たちをあやし、毛づくろいの最中にうたた寝。
午後には彼らと森へ散歩に出かけ、水辺のほとりで小鳥の囀(さえず)りに耳をそばだて、澄んだ水で喉を潤し、家に戻れば再び惰眠を貪る。

なんと素敵な日々でしょうか。
常に飢えに苦しみその日の寝床を探し、アテもなく彷徨っていた過去の日々とはおさらばです。
温かい繭(まゆ)の中にいるような心地の良さで、僕はすっかりと心を許し、我が世の春を謳歌(おうか)していました。

「あの、いつ出ていくんスか?」

穏やかな安寧(あんねい)の時間にこうして平然と水を差すのは、僕の住んでいる傾いた塔の家主の社長(しゃちょう)です。
いつだってギラギラとしたメガネ型のオペラグラスをかけ、人より半テンポ以上遅れた喜怒哀楽の表情の変化の乏しさと奇妙な風貌で、大量の猫ちゃんとメイドアンドロイドとともに暮らしている奇天烈な人物です。

今だって窓際で猫たちと日向ぼっこを楽しんでいた最中に、現実に引き戻されるようなことを言われれば、
「そりゃぁ、いつか家が見つかった時ですよ」
誰だっておざなりな対応となります。


88 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その3:2023/04/14(金) 21:06:07.191 ID:pFANaS9so
「いつもそう言ってますが、テペロ君が自分から探している光景を、見たことないデス」
「今日も外に出て、良い土地がないか探してたよ」
「クロを連れて釣りに出かけただけでは?」
「探しながら趣味も楽しめるなんて、素敵じゃないですか」

目に見えて社長はがっくりと肩を落とすと、
「テペロ君、村民として生きていくならやはり自分の家を持つべきデス」
と至極当たり前のことを言い、露骨に深い息を吐きました。
打ち解けてきたせいもあってか、最近は僕のことになると奇天烈の皮を破り真人間(まにんげん)に戻りがちなので、困ったものです。

「わかりましたよ、僕だってずっとここの居候でいるのは申し訳ないと思ってる、ビレッジ内でいいところがないか探すよ、でも探すのに時間はかかるだろうから、まだ少し頼ってもいいでしょう?」
「いいスよ」

どことなくほっとしたような口調で話すので、少し腹が立ちました。

「とはいえ、森はほぼ探索し終わってるからなぁ、次は市街地の方にいけばいいのかな?」
「他の村民をあたってみるといいんじゃないスか?ここからだと抹茶さんの家が近い」
「それはいい、じゃあ早速準備するよ、細かい荷物は置いていくからね」

壁際に立てかけている色褪せたリュックを手にすると、改めてその重量に驚かされました。
旅の時には、起きているときはもちろん、寝る時でも肌身離さず背負ったまま身体から離さないようにしていました。
戦いを求め彷徨っていた当時、いつ戦闘が始まるかわからない恐怖と、それを上回る期待と興奮を、僕はこの相棒の中にずっと詰め込んで歩いていたのでした。


89 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その4:2023/04/14(金) 21:12:43.891 ID:pFANaS9so
ただ、今度はただの探索なので極力身軽にしたほうがいいでしょう。
社長に聞けば、戦いは“大戦”の時にしか認められていない行為で私闘は厳禁とのことでしたので、僕だけ武器を持っていては余計な警戒を相手に与えるだけでしょう。
郷に入らば郷に従えということです。

いらない銃火器を次々と並べていくと、周りの猫ちゃんたちがゴトリとした重厚音にビクッと背筋を毛羽立たせていて、僕はすぐに謝りを入れました。

「未だにこの間の大戦での出来事が信じられない、本当にびっくりしましたよ」

先日の“大戦”では、社長には本当にひどいことをしてしまいました。
当事者の”彼”は反省していないでしょうけど、少なくとも僕は猛省しています。

「いやぁ、驚かせちゃってごめん、まさか初対面の人に“戦いを求めて旅をしてます”なんて言えないじゃないですか」
「テペロ君も求めてるんスか?戦場だと顔色悪そうでしたが」
「戦うことは嫌いじゃないんだ、でも確かに戦場の空気は苦手かもしれない、嫌なことを思い出しちゃうしね」

だいぶ身軽になったリュックを背負うと、足元に猫ちゃんたちがすり寄ってきたので、また屈んで彼らの顎を撫でていました。
社長はそんなこちらの様子を見て、
「だいぶ猫ちゃんもテペロ君に打ち解けるようになったスね」
と言いました。

そうしている間にも、順番待ちのように猫ちゃんたちが僕の周りを囲んでいます。

「そうかな、前から猫には好かれやすいとは思ってたけど」
「たぶん、テペロ君も猫っぽいからじゃないスかね」

そんなものなのでしょうか、自分ではあまり客観視できない部分なのかもしれません。


90 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その5:2023/04/14(金) 21:15:35.509 ID:pFANaS9so
「なら、社長から見れば、テペロさんもかわいい飼い猫のうちの一つということになりますわ」

そうしていると、メイドのブラックさんが、いつものように音もなく背後から現れました。

「テペロさん、折角なので抹茶さんのお家に寄られるなら、茶葉を貰ってきてくださいませんか?そろそろ収穫の時期のはずなので」
「茶葉ですか、わかりました、いいですよ」

ブラックさんは時々こうして僕にお使いを頼んできます。飄々としていますが、ちゃっかりした性格です。
僕は社長の方に向き直り、
「社長からは何か伝えておくことある?」
と聞けば、無表情のまま、
「いえ、特になにも」
「はぁ、出不精だから、誰とも会わないんだよ。抹茶さんに会ったら、今度の大戦では社長隊の方を一目散に狙うように言っておくよ」
お返しに僕が露骨にため息を吐きました。

家を出ると、森の中には爽やかな風が吹いていました。

少しだけ歩き、ふと後ろを振り返ると、二人と猫ちゃんたちが見送りに外まで出ているのが見えました。
思わず大きく手を振り返し、再び歩き始めると、僕の足取りはいつもよりもだいぶ軽やかになっていたのでした。


91 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その6:2023/04/14(金) 21:23:22.291 ID:pFANaS9so
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鬱蒼としたガトーの森を抜けると、途端に見晴らしの良いルヴァン平野に出ます。
以前の大戦でも通り抜けた広大な新緑の平野です。前方にそびえるバーボンの丘は荘厳にその存在を主張し、山頂部にある木の十字架とあわせて快晴の青空によく映えています。

抹茶亭は、バーボンの丘を右目に見ながら西部方面に進んだ先にあるお屋敷だと、ブラックさんから聞いていました。

轍(わだち)を進んでいくと、左右両側に、弧状型にきっちりと区分けされている広大な茶園が見えてきました。
鮮やかなコバルトグリーンの茶葉で構成される茶園は、まるで幾何学模様のように整然と対称に配列されていて、持ち主の几帳面な性格が表れているかのようです。

編笠を被った数人の英雄たちが茶園の中で作業している光景を横目に暫く進んでいくと、少し太めな白い杭看板に“この先、抹茶の家”と書かれていました。
さらに進めば、茶園の一番奥に大きな風車を付けた農夫の邸宅が見えたのでした。

ドアノッカーを叩けば、戸を開けた若々しい主人が、中からひょっこりと顔を覗かせていました。

「これはめずらしいお客さんだ。ちょうど良かった、いま791さんも来ていてティータイム中なんです、よければテペロさんもどうぞ」

扉の中で、目を丸くさせた抹茶さんでしたが、すぐに破顔すると、僕を茶会に誘ってくれたのでした。


92 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その7:2023/04/14(金) 21:25:37.356 ID:pFANaS9so
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“お茶を準備するので先に入っていてください”と抹茶さんに言われ進んでいくと、木目調に設(しつら)えた吹き抜けの広間では、既に791(なくい)さんがティーカップを片手に、悠々とお茶を嗜んでいました。

「やあテペロ君、君とは意外なところでよく会うね」

先日と同じ紫紺色のローブを羽織り、先日と同じ微笑を携え、今日はお茶の風味を堪能している様子でした。

「こんにちは791さん、だいたいが他人の家でお会いしていますけど。今日はお宅訪問も兼ねた挨拶と家探しできました」
「ふふッ、今度は私の家に遊びにおいでよ、ここからはちょっと離れた山の向こう側だけど、来れば歓迎してあげるよ」
「ぜひそうさせてもらいます」

僕も空いた椅子に腰掛けると、丸テーブル越しに向かい合う791さんは、コトリとカップを置き、微笑んだままお茶菓子を手に取りました。

「今はまだ社長のところに住んでいるんだっけ?」
「そうです、お恥ずかしながら未だ食客の身でして、いい加減家を見つけろと社長に叱責されちゃいました」
「あの家は外観はさておき、猫ちゃんもたくさんいるし、とても居心地がいいもんね。もう当ては付いているの?」
「いえ、まだですね、だからまずは会ったことのない村民の方への挨拶も兼ねて、どの辺りがいいかを探すのが先決かな、と」

広間には、使い古された家具が整然と並べられています。
見栄えよりも機能性を優先して置かれているのか、テーブル近くには本棚や茶棚がひしめき合っていて、少し煩く感じます。


93 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その8:2023/04/14(金) 21:29:11.260 ID:pFANaS9so
緑色のふわふわとしたお饅頭を堪能し終わると、791さんは再びお茶を啜りました。

「なるほどね、廃墟になってる市街地付近には誰も住んでないし、村民のみんなはほうぼうに住んでるし、大変だよね」

市街地の話で、ふと先日の“大戦”の夜の出来事が頭の中をよぎりました。
姿こそ見かけませんでしたが、あの夜、社長軍を包囲する形で目の前の791さんも近くにいたという話は、大戦中から聞いていました。
791さんには、あの時の大戦を台無しにしてしまった非礼を詫びたほうがいいのではないかと思ったのです。

「話が前後しちゃいましたが、先日の大戦では僕の勝手な振る舞いでかき乱してしまい、たいへんすみませんでした」

深く頭を下げると、明眸皓歯(めいぼうこうし)ながら好奇を含んだ藤紫色の瞳が、僕の方を向き、
「遠くから見てたよ、あの時は抹茶を早々に屠(ほふ)った後でね、社長軍とビギナー軍とで潰し合ってくれればと思って静観してたんだ。
まさか両軍とも君の手でほぼ壊滅するとは思ってなかったけど」
と言うので、
「我が事ながら、とても胸が痛いです」
困り顔で返さざるをえませんでした。


94 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 居候その9:2023/04/14(金) 21:31:57.954 ID:pFANaS9so
「誉めてるんだよ、後から聞けば¢さんとも一対一でやりあったんだって?ぜひギャラリーで見ていたかったなあ」

すると、家主の抹茶さんがお盆にティーカップを二つ持ちながら居間に戻ってきました。

「その話は僕もぜひ聞きたいですね、どうぞ、一番茶です」

テーブルの前に置かれたティーカップからは、煎茶の芳しい香りが鼻の先へ流れてきます。

「これは、ありがとうございます。ところで、一番茶ってなんですか?」
「おや、一番茶を目当てに来たわけではなかったんですか」

掛けている金縁メガネの中の目を再び丸くしました。

「テペロくんは自分のお家探しに、この村の家を練り歩いて回るらしいよ」
「なるほど、そうでしたか。
いまの質問ですが、一番茶とはその年の初めに摘採した茶葉のことです、茶葉は一年で何回か取れるんですが、一番茶は二番茶より品質が良く、新鮮な香りと爽やかな味を楽しめるんです、ちょうど今がその一番茶の収穫時期なんですよ」

カップをしげしげと眺めると、カップの中の煎茶は底が見える程に澄んでいます。

「そうでしたか、ブラックさんが茶葉を欲してたのは今が旬だからだったのか、これは良いタイミングにお邪魔できました」

カップを手に取り、口に含めると、苦味のない透き通る味わいが一瞬で広がりました。
今まで味わったことのない高貴な風味に、今度は僕が目を丸くする番でした。

「すごく美味しいです、こんな美味しいお茶は初めて飲みましたッ」
「それは良かった、後で帰り用に茶葉を詰めておきますね」

優しげな目元に微笑をたたえた抹茶さんは、若い茶葉の色の緑髪に、精緻(せいち)な顔立ちで、見た目以上にとても若々しく見えます。
もしかしたら歳は僕とあまり変わらないのかもしれません。むしろ不健康そうな僕の見た目より彼のほうが若々しく見えることでしょう。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

95 名前:きのこ軍:2023/04/14(金) 21:32:23.094 ID:pFANaS9so
今回は戦いはありません。

96 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/04/14(金) 21:39:13.293 ID:nlERqM0E0
穏やか。

97 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その1:2023/04/30(日) 21:48:49.038 ID:HGv7BbdQo
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僕が一息つくと、それを見計らってか抹茶さんはテーブル越しにぐいっと身を乗り出しました。

「それで、先程の話に戻ってしまいますが、¢さんとの戦いはどうだったんです?」
「うんうん、私も気になるな」

大戦のことになると二人は興味津々といった様子でしたので、僕は先日の経緯(いきさつ)を話しました。

「惜しかったですね、テペロさん。1対1に持ち込んだところまでは良かったですけど、最後は手数の多い¢さんに軍配が上がりましたね。でも初めての戦いにしてはかなり上出来かと思います」

穏やかで落ち着いた若者に見えた抹茶さんは、大戦の話になると、一転して表情を変え、途端に快活な少年に戻ったように見えました。

「あの大戦では、最終的に私と¢さんの一騎打ちになったんだけど、最後まで地の利は巻き返せなかったなあ。¢さんの軍の統率はすごいよ、気にすることはないよテペロくん」

791さんと抹茶さんは、その後も二人で前回の大戦に関しての反省会を続けていました。
気がつけばテーブルの上には茶菓子がいっぱいに並べられていて、風流な茶会は一転して場末のスナックのような熱気に包まれています。

大戦とは、本当におもしろい文化だと思います、てっきり参加者は屈強な軍人気質の人間ばかりだと思っていましたが、目の前の二人のように凡そ戦いとは無縁に見える人間も参加しています。
傍で二人の話をぼうと聞いているだけでしたが、それでも二人の熱情と陶酔感(とうすいかん)にあてられ僕も自然と笑っていました。


98 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その2:2023/04/30(日) 21:50:08.789 ID:HGv7BbdQo
「¢さんはタイマンでの戦いでは負けたことないかもしれませんね、それほど圧倒的です。むしろ僕はテペロさんの戦闘力の高さに驚きましたよ」
「テペロくんは、英雄結集〈コールバック〉だって使ってないんだもんね?」
気がつけば、話題は魔法の話に移っていたので、
「そうですね、当時は使い方も知りませんでしたし。
今は社長に教わって、ほんの少し、使えるようになったんですが」

敢えて口にはしませんでしたが、社長は本当に説明足らずなところがあります。
英雄結集<コールバック>の魔法だって、詠唱の仕方を聞いても「やれば、できるス」と言うだけで、いつまでも埒が明かないので、詠唱風景を見せてもらって、ようやく見よう見まねで使えるようになったのです。
これを“社長に教わって”と表現するにはだいぶ無理があると感じましたが、一宿一飯の恩から彼を立ててあげたのです。

791さんが、再び好奇の目をこちらへ向けました。

「へえッ、それは手強くなるね。何人ぐらい呼んだの?」
「それが、二人だけです」

僕の立てた二本指を見て、驚きのあまり抹茶さんは煎餅菓子を口に含んだまま静止してしまいました。

かと思えば、次の瞬間には煎餅を勢いよく飲み込み、
「あまり取り決めのない自由な大戦でも、数少ない規定として、英雄結集〈コールバック〉で呼び出せる英雄は1000人までと決まっています。
これは裏を返せば、1000人までは呼べるということです。上限まで招集できるのは大魔法使いの791さんぐらいですが、他の参加者でも数百人程度は呼び出しています、大戦をする上ではちょっと少なすぎるのでは?」
心配そうに早口で語り、手に取ったお茶を喉に流し込みました。
理知的で真面目な性格の彼も慌てさせるぐらい、無謀な試みのようです。


99 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その3:2023/04/30(日) 21:51:35.343 ID:HGv7BbdQo
横にいた791さんは対照的に、顎に手を当て暫く思案気味でしたが、
「私も抹茶の言うことには賛成かな。
呼び出せる英雄は、過去の自分の記憶や願いをもとに姿形を創り出している、いわば写し鏡の使い魔だよ。
私の見立てでは、テペロくんもそこそこの魔力はありそうだし、頑張れば100人くらいは呼び出せるんじゃないかな。
人数を絞って個々の英雄の力を引き上げるという手もなくはないけど、いずれにせよ一定数は確保すべきじゃない?」
と言い、横で抹茶さんもうんうんと頷いています。

僕は二人の視線から逃れるように、手元の煎茶に目を向けました。
先程まで澄んでいた萌黄(もえぎ)色の茶水の底には、黒々とした茶葉がこんもりと堆積しています。

どれ程綺麗に見え取り繕っても、中身は濁っている。
目の前の小さなティーカップの中身は、これまで歩んできた僕の愚かな人生そのものを映しているように見えました。

「その通りなんですが、ぼくには二人で十分なんです、いえ、正確には二人で限界と言うべきかな。
二人までしかぼくの記憶からは喚び起こせなかったんですよ、社長みたいに創作心も無いですし、暫くはあわせて三人で頑張ろうかと思ってます」
「記憶が思い出せない、もしくは何らかの術で封じられているのですか?」
純粋な抹茶さんの素直な問いが、チクリと僕の胸を刺します。
「いえ、全て覚えています。その上で、二人“しか”思い出さないんです」
そう答えると、791さんは哀しそうな目をして、
「そう、それは、辛かったね」
と呟きました。

ポツリとかけられた慰めの言葉は、悪意のない親切心からくるものだとは分かっていたのですが、僕の心の底に、またサラサラと黒々とした砂のような塵が積もりました。
投げかけられた言葉は決していま求めているものではなく、僕は曖昧な笑顔を作ることしかできないのでした。


100 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その4:2023/04/30(日) 21:52:19.797 ID:HGv7BbdQo
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その後は他愛のない話を広げ、昼下がりのティータイムを堪能していたのですが、急須で何度目かのお茶を注がれた時に、ふと此処に来た本当の目的を思い出しました。

「そういえば、新たな家を探していまして、どの辺りがいいと思います?」
二人は、“そうだった”と言わんばかりに顔を見合わせました。

「ごめんごめん、つい大戦の話に夢中になってて忘れてたね、テペロくんの希望はあるの?」
「そうですね、あまり多くは望みませんが、できれば自然のある土地がいいですね、砂地にはあまりいい思い出がなくて。あとあまり寒くないところがいいかな、寝やすいし」
目の前の二人は悩み始めました。

「なら、まず¢さんの住んでるレーズン荒野は駄目だね、あそこはからっ風が吹くばかりで草木もまともに育たない、あそこに住めるのは¢さんくらいだよ。
このあたりのルヴァン平野はいいんじゃない?どう思う、抹茶?」
「ええ、このあたりは北部に比べて温暖だし茶葉も育ちやすい。開けている分、日照時間も長く確保できるので季節に応じて色々な植物が芽吹きますよ、テペロ君の希望にも叶う場所だと思います」
詳細に分析するその姿は、本人の性格も相まってまるで研究者のようです。

「それはいいですねぇ、確かに森はいいところですが陽の光を浴びることがあまり無いので心機一転できるかもしれません」

そこで、抹茶さんはすっと立ち上がり棚まで歩くと、中から古びた藁半紙を取り出し、テーブルの上に広げました。


101 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その5:2023/04/30(日) 21:53:20.815 ID:HGv7BbdQo
「この周辺以外では、バーボンの丘を挟んで向かいにある東部一帯も住みやすいところですよ、ブルボン湖にルマンド川という大きな水源があり、自然はここ以上に豊富ですしね。
この家の先にも支川は流れているんですが」
「へぇ、風光明媚で良さそうですね」

地図はかなり古ぼけていて、藁半紙自体の傷みもさることながら、文字も所々滲んで読めなくなっているところもあり、かなりの年季を感じさせました。

中心に描かれている丘の中腹部には、比較的新しいインクで「Kコア・ビレッジ」と記された跡があり、広大な村の一帯の中心に描かれているバーボンの丘の存在感が、ここでも際立っています。
抹茶さんの指しているブルボン湖の方にも目を向けると、地図の右端部には巨大な湖が描かれていて、その湖から蜘蛛の手足のように河川が枝分かれしています。

「このあたりには多く村民も住んでいるし、いいところだと思いますよ」
「でもこの川沿いって村のラインのギリギリじゃない?大丈夫なの、抹茶?」
791さんの質問に、抹茶は地図の右上端に尖った線のように描かれている竹やぶ一帯を指差し、
「参謀(さんぼう)の家を越さなければ、大丈夫ですよ」
と答えました。どうやらこの竹林の中に、参謀と呼ばれる村民が住んでいるようです。

「参謀という方は、どんな方なんですか?」
僕の質問に、抹茶さんは、
「とても落ち着いていて、おもしろい人ですよ。博識で物事もよく知っています」
と答えました。
僕はいまさらながら、質問に対しちゃんとした答えが返ってくる、ちゃんと会話ができる、ごく普通の日常のありがたみを感じていました。


102 名前:アラウンド・ヒル〜美味しいお茶の見分け方〜 興味その6:2023/04/30(日) 21:54:53.025 ID:HGv7BbdQo
「抹茶さんの話を聞いて、興味がわきました。これから参謀さんのお家に向かってみようかと思います」
「あの人は優しいから色々と教えてくれるでしょう、茶の点て方にも一家言ある程です、あッ、そうだ」
そこで抹茶さんはハッとしたように、手を打ちました。

「テペロさん、参謀の家に行くならついでに茶葉を渡してくれませんか?」
「いいですよ、さっきの一番茶ですか?」
「ええ、いつもは頃合いを見て参謀から取りに来るんですが、今年は茶葉の収穫が早くて。
丁度タイミングが良い、いま参謀に包む分の茶葉も作っていて、もうすぐ完成なんです」
「へぇ、茶葉を摘んで包んで終わり、というわけじゃなかったのか」
抹茶さんは心外だとばかりに首を勢いよく横に振りました。

「とんでもない。そうだ、せっかくだし工房も少し覗いていきませんか?ブラックさんの分の茶葉も一緒にお渡ししますので」
面白そうなので頷いてみると、抹茶さんは嬉しそうに立ち上がり、「準備があるので」と部屋を出ていきました。
腰掛けたままの791さんは、穏やかな日常を甘受するように目を細め、まだ茶を嗜んでいます。

「抹茶は、良い話し相手ができたと思っているんじゃないかな?
あの子の方から何か提案するとはめずらしい、これからも、たまには遊びにきてやってよ」

慌ただしく部屋を出ていった抹茶の背中を横目で見ながら、791さんは穏やかに茶を啜りました。
歳の近そうに見える二人ですが、大人びて見えた抹茶さんの幼い部分と、可憐に見える791さんの大人然とした振る舞いのあべこべさを同時に見ることができ、ほんの少しだけ心が暖かくなりました。


103 名前:きのこ軍:2023/04/30(日) 21:55:15.903 ID:HGv7BbdQo
気づけば遅くなってしまった。
少ないですが今週はこんなもので。抹茶の家はもうちっとだけ続くのじゃ。

104 名前:名無しのきのたけ兵士:2023/04/30(日) 22:09:35.908 ID:wpYlz45E0
雑談だけでも世界観が広がっていいですね


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