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きのたけカスケード ss風スレッド

1 名前:きのこ軍:2020/03/15 23:24:14.292 ID:MbDkBLmQo

数多くの国が点在する世界のほぼ中心に 大戦自治区域 “きのこたけのこ会議所” は存在した。

この区域内では兵士を“きのこ軍”・“たけのこ軍”という仮想軍に振り分け、【きのこたけのこ大戦】という模擬戦を定期的に開催し全世界から参加者を募っていた。
【大戦】で使用されるルールは独特で且つユニークで評判を博し、全世界からこの【大戦】への参加が相次いだ。
それは同じ戦いに身を投じる他国間の戦友を数多く生むことで、本来は対立しているはずの民族間の対立感情を抑え、結果的には世界の均衡を保つ役割も果たしていた。
きのこたけのこ会議所は平和の使者として、世界に無くてはならない存在となっていた。


しかしその世界の平和は、会議所に隣接するオレオ王国とカキシード公国の情勢が激化したことで、突如として終焉を迎えてしまう。


戦争を望まないオレオ王国は大国のカキシード公国との関係悪化に困り果て、遂には第三勢力の会議所へ仲介を依頼するにまで至る。
快諾した会議所は戦争回避のため両国へ交渉の使者を派遣するも、各々の思惑も重なりなかなか事態は好転しない。
両国にいる領民も日々高まる緊張感に近々の戦争を危惧し、自主的に会議所に避難をし始めるようになり不安は増大していく。

そして、その悪い予感が的中するかのように、ある日カキシード公国はオレオ王国内のカカオ産地に侵攻を開始し、両国は戦闘状態へ突入する。
使者として派遣されていた兵士や会議所自体も身動きが取れず、或る者は捕らわれ、また或る者は抗うために戦う決意を固める。

この物語は、そのような戦乱に巻き込まれていく6人の会議所兵士の振る舞いをまとめたヒストリーである。



                 きのたけカスケード 〜 裁きの霊虎<ゴーストタイガー> 〜



近日公開予定

95 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/05/23(土) 20:57:01.179 ID:AYZ3P7Eko
かくして一章は終わります。
二章 Tejasさん編もお楽しみに!

96 名前:たけのこ軍:2020/05/23(土) 21:23:57.435 ID:LOWd3G1w0
いい引き

97 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/05/30(土) 10:41:31.252 ID:EGCyId9co
第二章突入。
全7回の更新を見込んでおります。ただ今回の更新はけっこう長いです。

98 名前:Episode:“マイスター” Tejas :2020/05/30(土) 10:44:27.978 ID:EGCyId9co




・Keyword

マイスター:
1 名人。職人。
2 専門分野のエキスパート。一癖も二癖もある巧みな技術者。





99 名前:Episode:“マイスター” Tejas :2020/05/30(土) 10:46:40.821 ID:EGCyId9co





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “マイスター”

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100 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その1:2020/05/30(土) 10:50:40.140 ID:EGCyId9co
【オレオ王国 カカオ産地 避暑地】

カカオ産地からチョ湖寄りに進んだところに広がる別荘地帯。
白を基調とした漆喰で塗られたロッジ群の中のとあるコテージに、会議所の“若き技術者”は居た。

明け方頃。少しだけ開けていた窓からそよ風が流れてくる。
その風に流れてカカオの好ましい香りが窓際で眠っている主の鼻孔をくすぐった。
暫くは布団にくるまり惰眠を貪り続けていたが、断続的に風に流れてくるその甘美な匂いに抗うことができず。

きのこ軍兵士Tejas(てはす)は静かに目を覚ました。


暫くは覚醒状態にいたがベッド上で何度か瞬きをすると、それが合図となったかのように、Tejasは弾んだバネのように身体を起き上がらせすぐにベッドから降りた。

そして動きが決まったメイドのように淀みない足取りでキッチンまで赴き、水を入れたコーヒーサイフォンにランプで火を付け、湯を沸かし始めた。

湯が沸騰するまでの間に彼は洗面所へと移動し、きっちりと決まった回数だけ顔を洗うとタオルで顔の水滴を拭い再びキッチンへ戻った。
計ったように丁度沸騰したフラスコを見ながら、今度は決まった分量のコーヒー粉をロートに振りかけフラスコの上にセットした。

そして美味しいコーヒーが出来上がるまでの一分の間に用を足し、再びキッチンへ戻る。
ここまで身体を止めること無く、且つ時間配分にも無駄がなく動き続ける彼は、演台の上で懸命に指揮棒を振る指揮者のように洗練された所作をしていた。

熱々のフラスコからマグカップにコーヒーを注ぎ、仕上げとばかりに自身の好物のチョコをひとかけら入れマドラーでかき混ぜれば、あっという間にホットチョコの完成だ。


101 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その2:2020/05/30(土) 10:52:48.290 ID:EGCyId9co
栄養の源たる特製コーヒーに口をつけながら窓際に向かった。
そして空気の入れ替えのため窓を開け放ち、同時に外の景色を眺めた。

初夏を迎えた湖畔の街は肌寒さを感じさせず心地よい風が吹きかけてきていた。
内陸沿いに広がる広大なカカオ畑を見ているだけで食欲がそそられる。
Tejasは、近くに置いてあった椅子を窓の傍に引き寄せるとともに腰掛け、暫しその風景を堪能した。
起きてから忙しなかった“マイスター”の初めての休憩だ。

【きのこたけのこ会議所】に属するきのこ軍兵士 Tejasは先日、議長の滝本から許可を取った上で長期休暇を取得し、オレオ王国内のカカオ産地を訪れていた。

カカオ産地はその名の通り、広大なカカオ畑とチョコ精錬所を抱える世界一のチョコ精製地帯である。
だが同時に、会議所地域とオレオ王国を跨ぐように広がるチョ湖のほとりには、ヴィラを含む避暑地もあり、カカオ産地は世界有数のリゾート地としてもその名を馳せていた。

今回、Tejasが羽根を伸ばすために選んだ場所は、チョ湖からほど近い別荘地区だ。
暑過ぎもせず、かといって冷え込むこともなく、適度に風当たりの良い好みの土地だった。


102 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その3:2020/05/30(土) 10:56:07.640 ID:EGCyId9co
コーヒーを飲み終えると余韻に浸る暇もなくTejasは立ち上がり、扉の前のポストをあさり別荘宅に投函されたチラシ類を確認し始めた。
“マイスター”はあらゆる時間を無駄にはしない。
全ての所作が時間通りで且つ流暢だ。

Tejas「さて、と。今日はどんな便りが来ているかな。
なになに?『オレオ王国とカキシード公国の関係、さらなる悪化』…ああ、これは新聞か」

新聞は読まない。情報は全て自分の目と足で確かめる主義だ。
内容を確認しないまま、Tejasは不要な新聞をあっさりと暖炉に放り込んだ。

Tejas「そろそろ休暇も終わりか?前の別荘もなかなか良かったけど、ここも住心地だけなら三本の指に入るな」

胸ポケットに入っている手帳を取り出し、残りの日程を確認する。
まだ休暇の終わりまで一週間あるが、会議所への帰還を考えると数日以内にはこの別荘を後にしなくてはいけない。
楽しい休日も終わりか、と一人嘆息した。

この休暇中、Tejasは数々の観光地を転々とした。一つの拠点に滞在せず、気ままに赴く場所を決めた。
自由人でありながら一方で凝り性であることは自覚しているので、部屋を選ぶ際には必ずベッドの傍に窓が付いている角部屋にする。

選んだ宿には何泊かし、ある日思い立ったら旅立つ。その繰り返しだ。
そのため決まった日数は泊まらない。ただ、宿泊時にまとまった金を店主に渡すため、店主から見れば、こちらは若者ながら気前のいい上客に違いなかった。

Tejas「そろそろ“仕事”の準備をするか」

左手で封を開けた板チョコを手に持ちながら、Tejasはベッドの下に置いていた工具箱を引きずり出し、器用にも片手で必要な工具だけを取り出し、自らのポーチに詰め込んだ。
ここ数日でこの街の“傾向”はある程度掴んだ。用意しておく工具はそれ程無く、今回も楽な“仕事”となりそうだ。

Tejas「それでは行ってくる」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

103 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その4:2020/05/30(土) 10:57:59.099 ID:EGCyId9co
【オレオ王国 カカオ産地 避暑地 中心街】

白の外壁で彩られたモダンな邸宅街は、見る者に開放感と心を広々とさせてくれる。
湖へ続く中心街を歩きながら、Tejasは道の左右にそびえ立っている邸宅に次から次へと目を向けていた。
“仕事”のための物件選びだ。

―― あの家はダメだ。豪邸なので大層な裕福な実業家あたりが住んでいるだろうから期待できるが、如何せん開放的すぎる。
きっと家主が自由奔放と大雑把をいっしょくたにした人間だろうから、粗がある作りだろう。楽しめない。

とりわけ大きい屋敷を素通りしながら、Tejasはキビキビと歩く。

それにしても今日は出歩く人が特に少ない。日が経つに連れ、外出する人が減っているのはどうしたことだろうか。
同じ時間帯でも、昨日までならもう少し人は多かったはずなのに。
カツカツと歩く自らの靴音がこころなしかよく響く気がした。

―― あの商店の倉庫もダメだな。大通りに面しすぎている。こんなに分かりやすい場所に置いているということは隠しものなんてないし期待できない。

左手でチョコをかじり、景気の良さそうな土産店も素通りしながら歩を進める。


104 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その5:2020/05/30(土) 11:00:46.365 ID:EGCyId9co
ただ、別に人が少なかろうと多かろうと、Tejasにとって些細な問題ではない。
“仕事”をする上で人目は真っ先に気にしなければいけない問題ではあるが、その事象に気を取られすぎては本来ある“宝物”も取り逃してしまう。
リスクはある程度許容しなくてはいけないのだ。

ただ、ここまで人通りが少ないと“仕事”とは関係なく少し心配になった。
まるで、目の前の光景が、何か“厄災”が迫っていてそれに呼応するように姿を消すネズミと被る不気味さがある。

大通り沿いの建物は一通り物色し終わり、TejasはT字の交差点の外れから一本伸びている裏路地を見つけた。
ただでさえ人通りの少ない大通りから外れたその裏路地は、朽ちた倉庫の一角が路地全体に広がっているように陽にも当たらず、カビが自生できる程の湿っぽさだった。

観光客であればまず踏み入れることはないし、道の狭さから、地元民でも目に映らず知らずのうちに通り過ぎている者が大半だろう。
心の中で舌なめずりをしながらTejasは足を踏み入れ、そして予想通り、すぐに丁度いい“物件”を見つけた。

裏路地に入ってすぐ左手にある二階建ての建屋だ。
この建屋だけ路地から地下に階段が続いており、恐らく地下室への扉がある。
さしずめ表通りに面していれば肉屋かチョコ屋か、いずれかの商店の地下倉庫だろう。

自分の中でのレコードタイムの更新だ。
小躍りしたくなる気持ちをぐっと抑えたが口元のニヤつきは抑えられなかった。


105 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その6:2020/05/30(土) 11:03:17.568 ID:EGCyId9co
いつもは“物件”の選定に時間がかかる。

それは、Tejasという人間が向上心の塊であるからに他ならない。

Tejasは同じ条件の“仕事”を二度と行わない。

そのため、次々と趣向を変え自分に条件を課し“仕事”の難易度を上げていくのだ。
運が悪い時には町中を一日中歩き回り、そのまま宿に引き上げる時もある。

彼の強い拘りが彼自身を縛り上げていく中で、こんなにも早く“仕事”にありつけるとは、きっと日頃の行いが良いからに違いない。
Tejasはひとりでに何度か頷き自らの善行を顧みた。


Tejasが目の前の物件に惹かれた理由は二つある。

一つはやけに地下扉の錠が頑丈だということだ。
通常、こうした建屋では鍵をかけても錠前は一つか、多くても二つだ。しかし、この建屋の錠前はなんと三つも付いている。そ
れに扉に付いている鍵穴も合わせると計四つのプロテクトがかかっている。明らかに異常だ。
余程、中にお宝でもしまい込んでいるか、“外に出してはいけない物でもあるか”。そのどちらかでしかない。

二つ目の理由としては、この建物だけ周りの建屋よりもみすぼらしく“浮いた”外見だったということだ。

ここ数日の物色の成果だが、この付近の商人の羽振りは大層良い。
会議所地域にも観光地帯は点在しているが、どれも此処と同じように小洒落てはいない。良く言えば風情があり、悪くいえば田舎臭い風光明媚の良い地域ばかりだ。
“チョコ革命”により資源としてのチョコの価値が高まった今、カカオ産地自体の価値も他の地域とは一線を画す。当然、工業地域だけではなくその傍にある観光地域も潤う。当然の摂理だ。


106 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その7:2020/05/30(土) 11:05:31.089 ID:EGCyId9co
人々の懐が暖まれば生活は豊かになる。
その次に、人は何を考えるか?
Tejasは少ない経験則ながら知っている。

豊かになった人間は次第に、周りに対し見栄を張り始めるのだ。
特に周りも同じ水準で優雅な暮らしを始めれば、自分はより贅沢であると虚勢を張りたくなる。
それがこの路地裏にも如実に表れている。

Tejasはしげしげと人通りが皆無な路地裏を見渡した。

この路地は、あまりにキレイすぎるのだ。
ゴミも食べかけのガムも特に落ちていないし、野良猫も蜘蛛もいなければ、飲んだくれの親父も瓶を抱きながら辺りで寝転げてはいない。

表通りで見栄を張った人々は、次は路地裏にも気を使い始めたのだ。
路地裏にもたっぷりとペンキを塗りたくり、地面にこびりついたガムを引っ剥がし清掃し、不潔な生物が自分の家に背をもたれかけて寝ていないか目を光らせる。
誰も気にしていないというのに、自身の虚栄心がそうさせるのだ。

その中で、目の前の物件だけはみすぼらしい建屋を“維持している”。
店主は路地裏に気を回すほどの富裕層ではないか、さもなくか相当なケチらしい。
どちらにせよ、Tejasはこうした汚らしい建物のほうが周りの建物より余程好きだった。

Tejas「始めますかね。今日は記録が狙えそうだ」

さっと辺りを見渡すと、Tejasは躊躇いもなくその建屋の階段を降り半段下がった位置にある地下扉の前に立った。

扉に取り付けられギュウギュウ詰めになった錠前たちを手に取り眺める。
最新の型式のものが一つ、残りは古い型式のメーカー違いのもので固められている。

やはり店主はどケチなだけだな、とTejasは一人クツクツと笑った。


107 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その8:2020/05/30(土) 11:09:23.388 ID:EGCyId9co
ポーチから必要な工具を取り出した。
“仕事”の開始だ。

同時にTejasは鼻歌で“イン・ザ・マッチャー”を歌い始めた。
最近、会議所に居た時に作り終えたばかりの吹奏楽曲で、初演奏をする前に外に出てきてしまったが、これまで作った曲よりも完成度は高い。
たけのこ軍兵士抹茶の名を曲名に入れて入るが、これは曲名に困ったから入れただけで特に意味はない。

Tejas「今回は楽しませてくれよ?」

ただ鍵を開けるだけでは何の面白みもない。
自ら研鑽しレベルアップを図るため、Tejasはいつも“仕事”に条件を課す。

最近であれば片手で鍵の解錠作業を、もう片手でエアトランペットを吹き、時間内に“仕事”を終えるというものだ。
時間内に終わらなければたとえ作業の途中でもあっても潔く諦める。
こうして緊迫感のある状況を自ら演出し、手先の器用さを磨いてくのだ。


―― ウォーキングベース(歩くような速さで)。

“イン・ザ・マッチャー”はアップテンポの小気味いい曲で、演奏時間は3分にも満たない。

錠前が3つもあるため比較的難易度は高めだ。
腕が鳴るとばかりに、目の前の錠前の鍵穴に、Tejasは左手で細く尖った工具を勢いよく刺した。


108 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その9:2020/05/30(土) 11:11:27.259 ID:EGCyId9co

―― クレッシェンド(だんだん強く)。

鍵穴の中の工具を慎重に、そして高速で回していく。
同時に、右手はトランペットのピストンを抑えるように指をこまめに動かす。
最初の30秒でカチリという音とともに、新しい錠前はあっという間に外れた。


――フォルティシモ(とても強く)。

曲調にあわせて、Tejasの両手の動きは苛烈さを増していく。
古い錠前には目もくれず左手で工具を差し込むと、素早い所作で錠前を外していく。
右手の動きも絶好調だ。


Tejasは“仕事”中に、自らの手先の感覚を大事にしたい鍵の方を見ることを決してしない。

この“仕事”は【きのこたけのこ大戦】以上にゲーム性が高い。

【大戦】はきのこ軍勝利のために個を殺した団体戦となる場合も往々にして多いが、いま取り掛かっている“仕事”は完全な個人技だ。

自らを信用し信頼しない限り勝利はあり得ない。
また、誰かに見つけられるだけでも終わりだ。常に敗北のリスクは隣り合わせの状況にいる。

Tejasは常に自らの感覚を研ぎ澄ませるこの“仕事”を、【大戦】と同じくらい愛していた。


109 名前:Episode:“マイスター” Tejas  仕事の流儀編その10:2020/05/30(土) 11:13:50.710 ID:EGCyId9co

―― モデラート(中くらいの速さで)。

2分30秒。

全ての錠前を外し終わり扉の鍵穴を突破するまでに思いの外時間はかからなかった。
しかし曲も終盤に差し掛かっていたため、敢えてTejasは扉を開けず、“イン・ザ・マッチャー”を最後まで“奏で終えた”。


―― ダカーポ(始めに戻る)。

演奏後の余韻に浸りながら、左手でさっと工具を仕舞い。
そして演奏後の聴衆の拍手に応えるように、Tejasはエアトランペットで吹き終えた右手を静かに下げた。






きのこ軍兵士Tejas。



彼は自らの研鑽を理由に、ピッキングを趣味としている、困った“マイスター”だった。





110 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/05/30(土) 11:16:19.333 ID:EGCyId9co
仕事人って憧れますよね。
モデルは某小説に出てくる泥棒です。魅力的な人なんですね〜。
決して貶めているわけではないので許してくだしあ。

111 名前:たけのこ軍:2020/05/30(土) 16:06:57.824 ID:PmAokT6U0
単語がセンスある

112 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/05/30(土) 17:59:59.378 ID:EGCyId9co
褒められると嬉しい!ありがとうございます。
ちなみに『イン・ザ・マッチャー』の元ネタはイン・ザ・ムードという実在するジャズ曲です。すき。

https://www.youtube.com/watch?v=_CI-0E_jses


113 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/06/07(日) 20:22:27.008 ID:a3u4R9mko
今週の更新はお休みといたす。

114 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒の出会い編その1:2020/06/13(土) 18:23:26.896 ID:23aRB2TMo
Tejas「さて、どんなお宝が眠っているのかな」

鍵を解除しても“仕事”はまだ終わらない。
厳重に管理された部屋の中に眠る“お宝”を確認するこの瞬間が至福のひと時だ。
逸る気持ちを抑え、革手袋をはめた手でゆっくりと鉄扉を開けた。

室内は路地裏よりも一層暗い空間が広がっていた。
室内は広さがあるのか、外の光が差し込んでも奥にまで光が通らず、室内を見渡すことができない。

一歩、足を踏み入れてすぐに顔には蜘蛛の巣が付いた。幸先が悪い。

Tejas「これは大層な歓迎だな…」

顔を歪めたTejasはハンカチで急ぎ顔を拭った。
蜘蛛の巣を顔につけたことよりも予定外の行動が発生したことに苛立ちを感じた。

光が差し込んでいる室内には、目に見えて埃が舞っている。
下唇にもじとりした湿り気を感じることから、湿度も不自然に高い。
どうやら長年手入れがされていない部屋のようだ。


115 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒の出会い編その2:2020/06/13(土) 18:25:50.754 ID:23aRB2TMo
Tejas「しかし、なんでこんな部屋に頑丈に鍵をかけたんだ?」

すると、部屋の奥からガタンという物音がきこえてきた。
音の大きさと鈍さから、木箱に何か物が落ちた時のような音だ。
続いて、ズリズリと地面を這うような微かな雑音もきこえてくる。生物の存在を予感させた。

Tejas「おいおい。ドブネズミがお宝でした、なんてことはないよな?」

歩みを進めながら、手慣れた動作でポーチから小型のランタンを取り出すと、目線の高さまでかざし火を付けた。

Tejas「…なんだ?」

灯りは部屋の壁際までほのかに照らし、地面に横たわる“とある”動物を捉えた
最初は布袋かと思ったが、規則的に上下する様子を見て生命の息吹なのだとTejasは確信した。

Tejas「…犬?」

灯りに照らされた動物はビクリと身体を震わせ、身体に埋めていた顔をこちらに向けた。

動物の正体は小型犬よりもうひと回り小型の犬だった。
元は白くふさふさとした毛並みだったのだろう。
外見は薄黒く汚れ、大きく垂れた両耳は疲れからか、さらに垂れ下がっているように見える。

小型のテリアは壁際の棚にロープで縛られており、その様子から少なくともこの地下室で飼われているわけではないことだけは確認できた。


116 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒の出会い編その3:2020/06/13(土) 18:29:02.059 ID:23aRB2TMo
「誰だお前は。こそ泥か?」

Tejas「うおッ、喋ったッ!?」

白い犬はキャンキャン吠えることなく、ドスのきいた声で問いかけた。
Tejasが声の主を目の前のテリアと疑わなかったのは、彼が犬にしては不自然なまで落ち着きを払っており、かつ冷静な視線でTejasの目を射抜いていたからである。

「質問に答えろッ」

催促するようにテリアは再度尋ねた。面食らっていたTejasは途端に意識を戻し、その弾みでランタンを持った手を下げた。
目の前にかざされた眩い光に小型犬は思わず顔をしかめた。

Tejas「ああ、明るすぎたなッ。すまんすまん。
あー、質問の答えだが。俺は泥棒ではない。“仕事”で此処に来た」

「仕事?…もしかしてお前、【教団】の人間か?」

Tejas「教…団?なんのことだ」

聞き慣れない言葉にTejasは思わず聞き返した。


117 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒の出会い編その4:2020/06/13(土) 18:29:25.020 ID:23aRB2TMo
キョトンとした顔のTejasを見て、犬は暫く黙り込んでいたが、しばらくするとおもむろに口を開いた。

「丁度いい。おれも“仕事”の途中だったんだ。ここから出してくれないか、礼はするぜ」

後ろ足を縛られ地面にうつ伏せになっている姿とは思えない程の尊大な態度だな、とTejasは半ば感心した。

Tejas「それはいいが、俺は君のことを何も知らない。連れ出すにしても互いに自己紹介ぐらいはしないか?俺の名はTejas、きのこ軍兵士だ」

Tejasは屈み、静かに右手を犬の前に差し出した。犬はまたも暫く考え込み、眉をひそめながらもぶっきらぼうに答えた。

「おれの名はオリバーだ。よろしくな、こそ泥さん」

オリバーは右の前足で差し出された手のひらをポンと軽く叩いた。


118 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒の出会い編その5:2020/06/13(土) 18:30:16.714 ID:23aRB2TMo
Tejas「それで、此処から出てもアテはあるのか?」

オリバー「…あんた、おれのことを何も聞かないんだな」

Tejas「人は誰しも秘密を持っている。この俺にだって秘密はある。
ああ、お前は人じゃあなかったか?まあ、でもみんな同じさ。
話したい時に話せばいい」

Tejasは言葉を切り、部屋を見渡した。彼の“仕事”はまだ終わっていない。
地下室内は殺風景で、棚が幾つも置かれて入るもののまともな物は無かった。
金目の物があろうがなかろうが彼には一切関知しないことではあるが、侵入した部屋はいつも一通り見回すのが“仕事”の流儀だ。

Tejas「まあこれでいいか」

壁際の棚に置かれていた1m程度のロープを手に取ると、Tejasはポーチの口を開けしまい込んだ。
室内に侵入したら部屋にあるガラクタを一つだけ貰うのが“仕事”の決まりだ。
戦利品は価値がなければないほど良い。誰も気が付かずに済むからだ。


119 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒の出会い編その6:2020/06/13(土) 18:31:50.659 ID:23aRB2TMo
オリバー「変わったこそ泥だな、あんた」

目の前で“こそ泥”の行動を眺めていたオリバーは呆れたとばかりに嘆息した。

Tejas「さっきも言ったが、こそ泥じゃない。その縄を解いてやらないぜ?」

オリバーは途端につぶらな瞳で助けてとばかりに上目遣いで見つめた。
調子のいい犬だ、と今度はTejasの呆れる番だった。

まあいいか、とつぶやいたTejasはポーチから小型ナイフを取り出した。
そして左手に持ちかえ器用に縄を解いていく様を、オリバーはじっと観察するように見つめていた。

Tejas「よっと。これで縄は解けたぜ」

オリバーは両足と首を回し自由を噛み締めた。
飛び跳ねもせずに喜びも表さないその態度は下手な人間よりも人間らしい。

オリバー「ありがとうな。それで、恩人様にこんな聞き方は失礼かもしれないが。あんたは一体何者なんだ?」

不躾な質問にTejasは思わず吹き出してしまった。

Tejas「それを答えるには場所を変えないか?ここは湿気が高すぎる」

それもそうだ、とばかりにオリバーは両耳をぺたんと身体に付け、目の前の恩人の意見に同調した。


120 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/06/13(土) 18:32:07.285 ID:23aRB2TMo
この章には相棒がいます。

121 名前:たけのこ軍:2020/06/14(日) 02:24:31.654 ID:1OcklqqA0
セリフ回しをまねしたいが

122 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/06/21(日) 22:27:34.657 ID:478TN2n6o
今週中に投稿します。

123 名前:Episode:“マイスター” Tejas  ゲーム編その1:2020/06/27(土) 06:23:24.902 ID:7tXeO7Ako
【オレオ王国 カカオ産地 Tejasの別荘】

シャワー室から姿を現したオリバーは、見違えるように毛並みがよくなった。
彼は、彼のために地面に敷かれたタオルケットに身を投げるとゴロゴロと転がり身体についた水滴を拭いた。
そしてそれが終わると、タオルの隣に置かれていた牛乳瓶を左の前足で掴むと、もう片方の前足で器用に瓶の蓋を開けミルクを飲み始めた。

その様子はさながら風呂上がりの一服といったところだ。
犬ながらその行動は人間臭い。

オリバー「助けてもらっただけじゃなく、シャワーまで提供してくれるなんてありがたい限りだぜ」

Tejas「気にするなよ。一人よりも二人のほうが楽しいからな」

床の上でカチャカチャと一人で機械をいじるTejasを尻目に、オリバーはフカフカのベッドにダイブし、眼前の羽毛布団の柔らかさを堪能した。

オリバー「機械いじりが趣味なのか?」

Tejas「昔から好きなんだ。手先を動かしてないと我慢できない性質でさ」

オリバー「なるほど。だから日常的に街に繰り出しては空き巣業に勤しむと。そういうわけだな?」

Tejasは手を止め、漂白された布団から興味深そうに顔をのぞかせている純白のオリバーと目を合わせた。


124 名前:Episode:“マイスター” Tejas  ゲーム編その2:2020/06/27(土) 06:24:19.689 ID:7tXeO7Ako
Tejas「決して泥棒が本分じゃない。侵入する前の鍵が大事なんだ。分かるか?」

オリバーは肩をすくめるように両耳を上げ、“さっぱりだ”と返答した。

Tejas「鍵がかかっている宝箱は誰だって開けたくなるだろう?俺は目の前の課題に全力で取り組む性質<たち>でさ。
昔は目の前の機械いじりだけだった。だけど、子供の頃、興味本位でとある事件に首を突っ込んで大事故を貰ったことがあってさ。
それで気がついたんだ。“人間はやはりスリルと隣合わせでないと真価を発揮できない”ってな」

オリバー「あんた、イカれてるな」

二人は笑いあった。

Tejas「こうして休みを貰っては、機械弄りと“仕事”を趣味にしている。
人生はゲームのようなものだよ。
一戦一戦を大事に、真剣に“遊ぶ”。
そこで今日選んだ家が、たまたまオリバーのいた地下室だったということさ」

オリバー「そういうことか。ちなみに、これまでに今日みたいに特大の“宝物”を見つけた経験は?」

今度はTejasが肩をすくめる番だった。オリバーは再び笑った。


125 名前:Episode:“マイスター” Tejas  ゲーム編その3:2020/06/27(土) 06:25:54.874 ID:7tXeO7Ako
オリバー「そんな大事な話を突然出会った犬ころに話してもいいのかよ?」

Tejas「構わないさ。まずお前はただの“犬ころ”だから、周りに話したところで俄には信じてもらえない。
それに、お前自身は“何らかの理由”があって捕えられているぐらいだから容易に外は出歩けないだろう?」

存外に洞察力の鋭い若者だとオリバーは感じた。

オリバー「俺は甘いものが大好きでな。数日前もチョコの匂いにつられてこの街に来たのさ」

Tejas「理由を話してくれるのか?」

オリバー「あんた一人だけが話すのはフェアじゃないからな。貰った恩はなるべく早くチャラにしたい主義なのさ、おれは」

オリバーの意志の籠もった目を見て、Tejasは手にしていた機械を放り投げ、近くの家具にもたれかかった。

オリバー「おれもこの国でとある“仕事”をやっていてな。ある程度の目処がついたから帰ろうとしていたんだ。そうしたら、その途中にちょいと小腹が空いてさ」

わかるだろ?とでも言いたげなオリバーの顔を見て、Tejasは呆れたとばかりに溜息を付いた。
そして、やはり今日選定した家主の親父はケチだったという結論も同時に得た。
空き巣に食い逃げ。これではまともなパーティではない。


126 名前:Episode:“マイスター” Tejas  ゲーム編その4:2020/06/27(土) 06:26:45.928 ID:7tXeO7Ako
Tejas「それでチョコを盗み食いしていたら親父にバレて地下室にぶち込まれていたと。良かったな、保健所に引き渡される前で」

オリバー「おれは犬じゃない。もっと崇高な存在だ。あんまり舐めると恩人のあんたにも噛み付くぜ」

崇高な存在は盗み食いなんてしないだろう、とTejasは心の中でツッコミを入れた。

Tejas「そんなに腹が減っていたのか?そもそも金が無かったのか」

オリバー「両方だな。何日も飯を食っていなかったし、資金は“仕事”で使っちまってさ」

Tejas「仕事ってのはまさか賭け事じゃあないよな?」

先程と同じく、オリバーは肩をすくめるように両耳を上げた。
Tejasには目の前の犬が近所で管を巻く親父とそっくりに見えてきた。
とんでもない珍客を招いてしまったのかもしれない。

Tejas「まあいいや。それで、もう戻るのか?」

オリバー「そうしたいところだが、風呂にも入り腹も膨れたし少し休んでいくことにする。
久々に羽毛布団の感触も味わっていたいしな。ありがとうな、恩人様よ」

Tejasの返事も待たず、小憎たらしい珍客はそのまま布団の上で身体を丸め、スヤスヤと寝始めた。
神経の図太さだけは今までに会ったどの人間よりも太いなと感心しつつ、自らも軽い眠気に襲われたTejasはオリバーの隣に向かいその身を投げた。

ありえないことに順応している自分も十分神経が太いのかもしれない。
そう思い至った頃には、Tejasもすでに夢の中に居たのだった。


127 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/06/27(土) 06:27:28.001 ID:7tXeO7Ako
短いけど今回はここまで。尖ったパーティ

128 名前:たけのこ軍:2020/06/28(日) 22:44:11.288 ID:4lm.znWY0
文章まねしたい

129 名前:Episode:“マイスター” Tejas  開戦編その1:2020/07/04(土) 18:58:14.432 ID:gFvoeRsco
【オレオ王国 カカオ産地 Tejasの別荘】

オリバー「いやあ。雨だねえ」

Tejas「心なしか嬉しそうだな?」

オリバー「こんな天気を見るのは初めてでな」

オリバーは窓の縁に足をかけ頭だけを出し外を眺めていた。
白を基調とした美しい町並みは朝靄(もや)に隠れ、地面に叩きつけられる雨音を聴かなければ雨模様だとわからないほどに幻想的な雰囲気を演出していた。

眼前にまで迫る靄の匂いを嗅ごうとオリバーはしきりに鼻をひくつかせたが、彼の鼻腔には地面から上がってくる雨特有のスレた臭いと微かに漂う土煙の粒しか届かなかった。
オリバーは途端に靄に漂う雨空が嫌いになった。

対してTejasは、雨が好きだ。
“仕事”を行う上では人数がめっきり減る雨模様の方が気持ちとしては楽だし人数も減るので物件の吟味には絶好の機会となるからだ。
雨の臭いも嫌いではない。雨が降ることで地面に吸着している油分が蒸発してくることで発生するペトリコールというこの臭いを嗅ぐことで、寝起きのぼんやりとした意識が鮮明になり、
早朝の一杯のコーヒーよりもTejasにとっては意識覚醒のための起爆剤となるのだ。
案の定、今朝のTejasの気分は爽快そのものだった。


130 名前:Episode:“マイスター” Tejas  開戦編その2:2020/07/04(土) 19:00:04.165 ID:gFvoeRsco
昨日は二人とも眠りこけてしまい、お互いに自然と目を覚ました時には、外は墨のように黒々としていた。
ベッドからムクリと身を起こしたオリバーを何処かへ旅立つのかと思ったTejasだったが、彼は寝ぼけ眼をこすると開口一番『腹が減っては旅も出来ぬ』と言葉を発し、図々しくも夕飯を要求してきた。

仕方なく夕飯を作り食事をともにすれば、満腹になった腹をさすり『もう遅いから帰るのは明日にする』と言い出し、結局奇妙な珍客を泊めるハメになったのだった。
一瞬、Tejasはたちの悪い浮浪者を泊めたバツの悪い気分になった。

しかし、話をしている内に二人はすぐに意気投合し、時間を忘れ夜遅くまで語り合った。
Tejasは幼少期の思い出や自らの趣味にしている機械弄りに対して熱い思いを語り、オリバーはオリバーでTejasの話に耳を傾けつつも、ここ最近で旅をしたオレオ王国内の様子を話した。

互いに自らの出自については話さなかったし深く聞きもしなかった。
オリバーは自らの出自を明かせない理由がありTejasに話を振れば必ず自分にもその質問が返ってくることを恐れた。
対してTejasはオリバーがこの手の話題を避けていることを機敏に感じ取り敢えて聞き出すことをせず、少しもどかしく感じた。
ただ、ここまで相手と話し込んだのは子供の時に悪友たちと戯れていた以来久々の出来事であり、
一匹狼のきらいがあったTejasは窓の縁に足をかけ尻尾を振るオリバーを見ながら、静かに口元をほころばせたのだった。

Tejas「今日の旅立たない理由は『雨が降れば旅も出来ぬ』か?」

オリバー「惜しいな。正しくは『足元が滑って転ぶのも嫌だから旅は明日』だぜ」

Tejasのつくったホットケーキの匂いにつられ、自らの足元で尻尾を振るオリバーを見ると、本当にその辺りにいる小動物と変わらない。

ホットケーキを載せた皿をオリバーに渡すと、Tejasは別荘宅に投函されたチラシを確認し始めた。
“マイスター”はあらゆる時間を無駄にはしない。全ての所作が時間通りで且つ流暢だ。


131 名前:Episode:“マイスター” Tejas  開戦編その3:2020/07/04(土) 19:01:30.801 ID:gFvoeRsco
Tejas「『会談から五日経過。両国悪化の事態、未だに打開せず。』なんだ、これは新聞か…」

新聞を暖炉に投げ捨てる。
情報は自らの足と耳で稼ぐスタイルだ。

途端に、背後で勢いよく椅子が倒れる音がした。

口に咥えていたホットケーキを落とし、オリバーはTejasの言葉に唖然とした面持ちだった。

オリバー「なんてことだ、おれとしたことが…もうあの日から五日経っていたのかッ!」

Tejasは眉をひそめた。

Tejas「何の話をしている?」

オリバー「ばかッ!話は後だッ!とりあえず逃げるぞッ!すぐにここを出ないと、大変なことに――」




ドカンッ。



心臓が跳ねるほどに爆音が響き、オリバーの言葉はたちまちかき消された。
音の大きさから比較的近くで炸裂したに違いない。
一度の爆発音だけなら程遠くないチョコ精練工場の火災と考えることもできるが、最初の爆発音の後に何度も続く爆発音に風を切る砲弾の落下音。

これらの状況は【きのこたけのこ大戦】で嫌というほど覚えがある。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

132 名前:Episode:“マイスター” Tejas  開戦編その4:2020/07/04(土) 19:02:49.599 ID:gFvoeRsco
Tejas「伏せろッ!」

咄嗟に軍人としての本分の出たTejasはオリバーの首根っこを掴み、急ぎ壁際に身を寄せた。
オリバーを抱えTejasは身を縮こませ次の砲撃に備えていた。
思えば【大戦】でも、Tejasが前線兵として参加するといつもたけのこ軍からは土砂降りのような集中砲火を食らっていた。
それに比べれば先程の爆撃は散発的だが、非武装地帯に火の手が上がったことへの衝撃は図り知れない。

いつの間にか爆撃が止んでいたのか、辺りは先ほどと同じように途端に静寂に包まれた。
窓から外の様子を眺めたい気持ちをぐっとこらえ、Tejasたちはひたすら耐えていた。

硝煙の匂いが窓から伝わってきた頃、外から大勢の足音が近づいてきた。
大勢の人間の走る音は所狭しと並んでいる建物間で反響しあい異常な焦燥感を演出していた。

Tejas「随分と響く足音だな。これは軍靴か?おいおい、今日は軍事訓練の日だったか?」

ポツリと呟いた言葉に、オリバーが顔をしかめた。

オリバー「冗談を言うんじゃねえ、これはカキシード公国軍だよ。戦争が始まったんだッ。全くツイてねえ」

Tejas「戦争?ああ、前に滝さんがチラッと言っていた王国と公国の小競り合いってヤツか。すっかり忘れてたッ」

今回の休暇を取得する際に、滝本から『最近は王国と公国の関係が悪化しているので、何かあった際には自分で自分の身を守ってくださいね』とお節介事を言われたことを今頃になって思い出した。


133 名前:Episode:“マイスター” Tejas  開戦編その5:2020/07/04(土) 19:04:22.435 ID:gFvoeRsco
直後にまたも爆発音が響き渡ったため、オリバーは隣りの若者に向けて怒号に近い程の声を張り上げなくてはいけなかった。

オリバー「滝…もしかして、滝本スヅンショタンかッ!?あんた、会議所出身だったのかッ!?」

Tejas「ああ、そうだよ。言ってなかったっけ?きのこ軍兵だと」

キョトンとした顔のTejasに、今度こそ正真正銘オリバーは怒った。

オリバー「それだけじゃあ会議所兵だとはわからねえよッ!世界にきのこ軍兵なんてごまんといるんだッ!
畜生、なんてこったッ!色々と奇跡が起きてらあ。というか、会議所兵でいてこの騒乱を知らないとかモグリか!?ッ」

爆発音は止み散発的な銃声が響くようになった。
外の様子は分からず、威嚇発泡か精密射撃のどちらなのかはわからない。

Tejas「丁度、長期休暇に入ったからな。それに、新聞は読まない主義なんだ」

頃合いだな。そう呟くと、抱いていた手を離しオリバーを地面に置き、Tejasはベッドの下をゴソゴソと探ると、“仕事”に使う工具箱から最低限の物とポーチを取り出した。

Tejas「俺は逃げる。掴まるのは面倒だし御免だからな。オリバー、お前はどうする?」

オリバーは少し迷いの表情を見せたが、すぐにキッとした目でTejasを睨んだ。

オリバー「…おれもいまここで捕まり顔を知られるのは得策じゃない。あんたと同行させてもらう。会議所へ帰るんだろう?」

Tejasはその言葉に一度だけ頷くと、オリバーに向かいポーチの口を指差した。中に入れという指示に、オリバーは急ぎポーチの中に収まった。
収まったといっても、流石に身体は全て入り切らなかったため胸から上は顔を出したままだ。

Tejas「さて、では…いきますかッ!」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

134 名前:Episode:“マイスター” Tejas  開戦編その6:2020/07/04(土) 19:05:45.923 ID:gFvoeRsco
【オレオ王国 カカオ産地 別荘地域】

Tejasが邸宅の扉を開け放ったとき、タイミングが悪いことに階下の通りにいた二人組の公国兵と鉢合わせしてしまった。

「手を上げろッ!動くと容赦なく撃つぞッ!」

オリバーは敵に姿を見られまいとすぐに顔をポーチの中に隠したが、すぐにそろりと顔だけを出し改めて状況を確認した。

二人組のうち一人は公国のトレードマークでもある漆黒の鎧を纏い、手にしているチョコマシンガンの銃口をこちらに向けている。
背後の気弱そうなもう一人の兵士は、これもまた公国のトレードマークでもある白い魔法ローブを身にまとい、ブカブカの袖の中に構える杖を僅かにこちらに覗かせている。

これまでの公国兵には彼のような魔法使いしかいなかった。公国はその土地柄、魔法使いの数こそ非常に多かったが工業化が遅れていたのだ。
しかし、近年では公国内で急速に銃火器の配備が進み、近接戦闘にも長けた前線兵を多く配備できるようになった事実は、意外と他国には知られていない。
オリバーはその一端を垣間見た気になった。

対してTejasは銃口を向けられても怖気ず、かえって涼しい顔を浮かべ扉の前に寄りかかった。

「聞こえなかったのか!手を上げろと言ったんだッ!」

「最終通告だッ!次は撃つッ!」

二人組の兵は怒鳴り、銃口と杖先を改めてこちらに向けた。

ポーチの中のオリバーはふと横から伸びるTejasの右手を見た。
オリバーと同じ目線の高さに構えられたその右手には、いつ手にしたのかくすんだ色のロープを手にしていた。


135 名前:Episode:“マイスター” Tejas  開戦編その7:2020/07/04(土) 19:06:56.197 ID:gFvoeRsco
オリバーはそのロープに見覚えがあった。昨日、捕えられていた地下室に無造作に転がっていた物品で、彼いわく“戦利品”だ。

Tejas「手荒なマネになるが、許してくれよなッ!」

Tejasは勢いよく右手を振り上げた。手にしていたロープが連動して宙に舞い、蛇のように一人の兵士に巻き付いた。

二人組の兵士は途端に激昂した。

もう駄目だ。顔を引っ込め銃撃を避けようとした瞬間――

「ふざけるなッ!撃て…ああああああああッ!」


途端にオリバーの目の前で不思議な光景が起こった。

ロープに軽く巻きつけられた鎧の兵士は、きつく縛られたわけでもないのに、途端に頭を抑え悶絶し始め、暫くすると泡を吹いて倒れてしまった。

唖然としたオリバーとローブの兵士だったが、我に返ったのは敵のほうが僅かばかし早かった。

「き、貴様ァ!くらえ――あああああああああッ!」

すかさずTejasの右手はしなやかに動き、残りの兵士にもロープを巻きつけた。すると、先程と同じように兵士は叫び声を上げた後に、白目を向いて倒れてしまった。

Tejas「よし、裏に回れば移動手段がある。急ぐぞッ!」

パンパンと手を叩くと、何事も無かったとばかりにTejasはオリバーに声をかけた。

オリバー「待て待て待てッ!いまなにが起こったんだッ!なんで兵士たちが倒れたんだッ!」

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136 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/07/04(土) 19:08:18.998 ID:gFvoeRsco
公国がカカオ産地に攻め込んだその時、二人はそのカカオ産地にいたのだった…

137 名前:名無しのきのたけ兵士:2020/07/05(日) 17:49:11.301 ID:POMZK3bE0
戦闘描写もまねしたい

138 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その1:2020/07/10(金) 15:39:48.341 ID:xO8HNv3go
【オレオ王国 カカオ産地 別荘地域】

裏手に回ると、建物の脇に大きな幌に包まれた物体が置かれていた。
躊躇なくTejasが幌を取り去ると、中から人一人程度の大きさの機械が現れた。

オリバー「これが移動手段?ただのゴミの塊じゃねえか」

Tejasはムッとした顔で、オリバーに非難の目を送った。

オリバー「やれやれ。やっと年相応らしくなったな」

自分の発言を棚に上げて、オリバーは頭上の若者の顔を見上げ率直な感想を口にした。

Tejas「これは鉄くずじゃない、乗り物だ。まさかお前、“ホースバイク”を知らないのか?」

今度はTejasが呆れる番だった。事実、オリバーはバイクという乗り物を知らなかった。しかし、此処で認めるのだ。

オリバー「確かに、見た目は馬のように見えなくもない、か…」

結果的に、Tejasの呆れた視線からぷいと目を背け、オリバーは目の前の機械馬をよく眺め観察することにした。

眼前の馬は、長い鋼鉄の胴に、前足と後ろ足の部分には鋼鉄の車輪が取り付けられていた。
馬に鋼鉄の鎧を取り付けたのではない。馬自体がその骨に至るまで全て鋼鉄でできているのだ。

頭の左右からは鹿のように凛々しい鉄の角が伸びている。手綱が取り付けられていないことから、恐らく両の角が操作部となるのだろう。
本物の鹿の角を触ろうものなら蹴られるだろうに、この製作者は動物のことを理解していないな。
と、オリバーは見当外れな考察を行った。

このような工業の結晶をオリバーはこれまで目にしたことはなかった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

139 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その2:2020/07/10(金) 15:41:03.046 ID:xO8HNv3go
Tejasは間髪入れずに機械馬の背に跨った。途端に、視界を鋼鉄の部品たちで覆われたオリバーは、すぐさまポーチから抜け出しTejasの肩に跳び乗った。

オリバー「あんたが一人で作ったのか?すごいな」

Tejas「その様子じゃやっぱりバイクそのものを知らないな?
バイクという乗り物自体は最近開発されたものでさ。この本体も会議所の倉庫から拝借したのさ。まあ細かい部分は俺が改造してるけど。
昔から機械弄りが好きだと言っただろ?まあ見てなって」

Tejasはバイクに跨ったまま、太ももを載せている胴体部に右手を当て、本物の馬に触るかのように優しく一撫でした。

すると、途端に二人を載せた機械馬は金切り音に似た音を上げ、カタカタと豪快に揺れ始めた。
この鳴き声が機械音だとオリバーが気づくのは少し経ってからになる。

オリバー「なんだこの轟音は…これが工業化された最新鋭のオートメーションってやつかッ!」

Tejas「通常のバイクとは違いイグニッションキーを無くし、俺の右手で動力が反応し、俺の考えを共鳴させる機械と魔法のハイブリッドさッ!
さあ動くぜッ!振り落とされないように捕まってなッ!」

――フォルティシモ(とても強く)。

Tejasが左右の角を強く握ると一度だけホースバイクは短い雄叫びのような轟音を発し、すぐに自ら意志を持つように車輪を回転させながら動き始めた。
精々が野生馬と同等の速度だと予想していたオリバーは、あまりの加速度と揺れにたちまち振り落とされそうになった。


140 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その3:2020/07/10(金) 15:42:16.556 ID:xO8HNv3go
オリバー「こらァッ!こんな速度きいてないぞッ!」

瞬時に路地裏を抜けていく中、運転手のTejasは気持ちよさそうにニヤリと笑い、無言で自身の胸を指差した。ジャケットの中に入れということらしい。
オリバーは舌を突き出し反抗の意志を示しながらも、するりと彼の服の中に収まった。
例のごとく、顔だけは外に出しままだ。

Tejas「大通りに出るぞッ!」

彼がそう告げた時には、もうホースバイクは大通り沿いに飛び出していた。

――アレグロ(快速に)。

彼は慣れた手さばきでバイクの角を傾けホースバイクを傾け通りの端で旋回した。
その後にバイクは再加速し通りを快速で飛ばし始めた。

圧巻だった。その一言に尽きた。

乗り物といえば、田園地帯をのんびりと歩く牛車や馬車にしか乗ったことがなった。オリバーにとってそれが日常であり常識だった。
否、確か過去に自らの“主人”が語っていたかもしれない。

『世界には人智を結集させて発明した熱機関を使い、機関車や船舶などあらゆる乗り物が溢れている。その最新技術が他の国では発展している』と。

当時のオリバーは早く外の世界を見たくうずうずしており、主人の語る言葉はあまり気にかからなかった。
その人智の結晶たる技術をいま正に、オリバーは顔に精一杯の風を受けながら体感していた。


141 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その4:2020/07/10(金) 15:43:30.899 ID:xO8HNv3go
大通りを移動していると、二人は正にいま行われている公国の侵略風景を目の当たりにした。
通りには先程と同じ鎧やローブを身にまとった公国兵たちでひしめき合っている様子が見えた。
出歩いていた一般人たちだろうか、彼らは両手を壁に付け、公国兵たちに服従の意を示している様子が快速で飛ばしながら何度か目に写った。

そういった光景のすぐ横を通り抜ける度に、ひゅっと風切り音がオリバーの耳に嫌でも届いた。
体感以上の速度と衝撃を感じ彼の小さい頭脳は悲鳴を上げていた。公国兵たちが自分たちに気づいているのかどうかもわからない。
この姿勢で振り返って背後を確認しようものなら振り落とされてしまうだろう。

別荘地帯を抜けると視界一面にカカオ畑が広がった。
普段なら辺りから漂う香ばしい匂いは、その先で爆発炎上するチョコ精錬所地帯から流れてきた硝煙の臭いに完全に上書きされ、かき消されていた。

バイクは速度を落とさずチョコ精錬所の方へ向かっていく。ひたすらチョコ精錬所の方へ――

オリバー「おい、どこに向かっているんだッ!?チョコ精錬所の方に向かう意味はなんだッ!?」

オリバーは声を張り上げすぐ頭上の運転手に問いかけた。

Tejas「さてね。会議所に戻ろうとしたが、会議所はどっちだっけ?」

思わず怒鳴りそうになるのをぐっとこらえ、オリバーは声を震わし“チョ湖の方だ”と伝えた。
すると頭上の運転手は“おお、真反対じゃないかッ”と素っ頓狂な声を上げ、あっさりと角を操作し機体を反転させた。
急な旋回にオリバーの頭痛はサイレンのようにますます痛みだし、『いっそこの場で投げ出されたほうがこれからの苦しみを味わなくてはいいのではないか』と思うほどに弱々しくなった。


142 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その5:2020/07/10(金) 15:45:21.897 ID:xO8HNv3go
引き返し再加速までを終えた二人が先程の大通りに差し掛かると、通りの入口付近には切れに整列した公国兵小隊が待ち構えていた。

「あそこにいたぞ!“馬乗り”のやつだッ!」

前列には銃兵部隊を配置し、後列には魔法詠唱部隊まで揃えている正規の隊列で待ち構えている。
さぞ先程通り抜けた姿が快速過ぎて、兵士たちに強い警戒感を抱かせたのだろう。

Tejas「おいオリバー。身を低くしながら捕まってろッ、加速するぜッ!」

オリバー「これ以上ッ!?」

――プレスティッシモ(非常なまでに急速に)。

敵に突入する最中、Tejasはその身を下げつつ右手で再度そっと胴体を撫でた。

機械馬は今日一番の唸り声を上げ超加速しつつ、Tejasはすぐさま握り部の角を手前に引き寄せた。
するとホースバイクの前輪は天に向き、ロデオの姿勢のままでバイクの腹を向けたまま敵に突撃する形となった。

「フルファイアッ!」

隊長の一声を合図に、兵士たちはホースバイクに向かい一斉に発泡を始めた。
直後のオリバーの悲鳴は、公国兵からの発砲音と魔法の炸裂音でかき消された。
銃弾や魔法の光弾は全てホースバイクのお腹の部分が受け止めつつ、鋼の塊が高速で近づいてくるさまは、公国兵からすれば恐怖以外の何者でもなかった。

「さ、散開ッ!轢かれるぞッ!」

隊長の指示を待たずに生に貪欲な数人の兵士は武器を捨て逃げ出し、残りの兵士たちも遅れること数秒後、ハッとしたように背を向け逃げ出した。
すぐに散り散りになった小隊のど真ん中をホースバイクが悠々と通過した。
通過と同時に重心を前に向けたTejasはすぐにホースバイクの前足を下ろし同時にさらにスピードを上げた。
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143 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その6:2020/07/10(金) 15:48:33.384 ID:xO8HNv3go
【オレオ王国 カカオ産地 チョ湖湖畔】

公国軍の攻撃を振り切った二人は、その後数km先にあるチョ湖の湖畔付近を走行していた。
湖畔ではサトウキビの栽培が盛んに行われているためか、背の高い作物たちに囲まれながらホースバイクは快速を保ちながら轍を走っていた。

Tejas「いやあ、久々に楽しめたなッ!またやろうなッ!」

オリバー「バカヤロウッ!おれは二度とテメエの運転に付き合うのはごめん、だぜ…」

意識を戻したオリバーはよろよろと顔を服から突き出し、外の空気を弱々しく吸い込んだ。
今は顔に当たる風がそよ風のように心地よい。

Tejas「敵の奴らも巻いたし、このまま会議所まで――ん?」

プスッ、プスッ。
明らかにこれまでの機械音には無かった異常音が断続的に鳴り続き、その直後にガコンという鈍い音ともに激しい衝撃が二人を襲った。
Tejasは後ろを振り向きすぐに首を横に振った。

Tejas「これはまずいッ!部品が取れちまったし、チョコも漏れてるッ!止めないと爆発するなッ!」

徐々に機械馬はスピードを落とし、やがて二人の背後から煙を吹かし完全に停止してしまった。

Tejas「さっき敵に撃たれた時に燃料庫をやられていたか。他の部品に引火しないだけ運がよかったな…」

ブツブツとつぶやきながらTejasはホースバイクから飛び降りた。

そのすきにTejasの胸の間からするりと抜け出し地に降りたオリバーは、数日分の体内の空気を外に逃がすかのように深く息を吐いた。

オリバー「もうあんな目にあわなくてすむだけ、まだ運がいいのか悪いのか…」
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144 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その7:2020/07/10(金) 15:49:39.609 ID:xO8HNv3go
広大なチョ湖を眼前にしながら、Tejasたちは早くも移動の手段を一つ失った。

チョ湖を間にオレオ王国ときのこたけのこ会議所は接している。
数十km先の対岸は確かに会議所の領地だが、その間には鉄橋や石橋など無く物理的に渡ろうと思えば、気の遠くなるほどの距離を泳ぐしかない。

仮に泳ぎきり終えても、対岸は断崖絶壁の崖が連なる丘陵地帯のため会議所領地に足を踏み入れることは事実上不可能に近い。
そのため会議所へ帰るためにはこのチョ湖の周囲をぐるりと周り陸地で接した地域から会議所領地に入る手段しか無いのである。

Tejas「さて。どうやって帰るかね」

頭をポリポリと掻きながらTejasは同行者を頼るしかなかった。
二人は少しの間押し黙った。その間耳に届くものといえば、湖畔の水の波音に背後で遠くに響く砲撃音と爆発音だった。

Tejasは急速に冷静さを取り戻した。ここは数刻前から戦場となり自分たちは追われている。
バイクの運転で気が昂りすっかりと自分たちが窮地に陥ったままだということを忘れていた。

オリバー「お前が泳ぎとクライマーの達人ならこの湖を超えていけばいいさ。
そうでないなら、ひたすら湖沿いに歩いて会議所領地に駆け込むしか無いな。
でもこんな状況だし、今は国境封鎖でもされているんじゃねえか?」

Tejas「それに関しては、俺の顔を見れば入れてくれるだろうけどな。まあどのみち、ここに留まってもどうしようもないな」

Tejasはお別れをするように、横倒しになり煙を上げている機械に右手でそっと一撫でした。
主人の思いが通じたのか機械馬の心臓部の小箱は一瞬だけブルブルと反応し、すぐに静かになった。


145 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その8:2020/07/10(金) 15:50:41.298 ID:xO8HNv3go
「こちらの方から煙が上がっていたぞッ!急げッ!」

すると、二人の後方から公国兵たちの大声と慌ただしい軍靴の音が近づいてきた。

オリバー「まずいッ!すぐにここを離れようッ!」

Tejas「言われなくてもッ!」

オリバーはひょいとTejasの肩に飛び乗ると、器用に彼の腰程の位置にあるポーチに入り込んだ。
Tejasは近くのサトウキビ畑の中に飛び込み身を伏せながら移動し始めた。

公国兵たちの声が次第に大きくなってくる。今は身を隠せているが、もし魔法でこの辺りを燃やされでもしたらひとたまりもない。
しかし走っては物音ですぐに敵軍に気づかれてしまう。そのため、作物を掻き分けながらTejasたちは慎重に進んだ。
一歩一歩進む度に、まるでサトウキビの葉がTejasをあざ笑うかのように彼の眼前でカサカサと音を立て嗤っていた。

そんな雑念を払うように背後の公国兵たちに意識を向けていたTejasは、よもや進行方向上が斜面になっているとは気づかず、思わず足を滑らせてしまった。

Tejas「しまったッ!」

オリバー「うおッ!」

体勢を崩したTejas尻もちを付きながら斜面となった獣道に身体を打ち付けることになった。


146 名前:Episode:“マイスター” Tejas  機械の活躍編その9:2020/07/10(金) 15:51:56.977 ID:xO8HNv3go
Tejas「イテテ…オリバー、大丈夫か?」

オリバー「ああ、おれは落ちる前にポーチから抜け出したから無事だったぜ」

なんて卑怯な。そんなTejasのうめき声は無視し、オリバーは突如現れた獣道の下る先に目を向けた。
Tejasが尻もちをついた獣道は、まるでそこだけを避けるように作物が一切生えていなかった。
そして、数m先にあった小さい横穴まで続き、道は途絶えていた。

四方は相変わらず人間の背丈程のサトウキビが自生していたが、かえってこの叢がこの洞穴の存在を隠匿しているようにも思えた。
他の道はわからないが、もしこの洞穴がこの場所にしか無いというのならこの場所を引き当てたのは奇跡といえるほどに、目印らしい目印はなかった。
まるで大型のモグラが掘ったかのような洞穴にオリバーは顔を突っ込み、すぐにTejasに手で合図を出した。

オリバー「おい、奥は結構広そうだぜ。先に行ってるから、公国兵に見つかる前に早く来いよ」

声を潜めオリバーは洞穴の中に入っていった。

腰をさすりながらTejasも中腰で起き上がり続いた。モグラの洞穴は近づいてみると、人一人が腹ばいになり通れるほどの大きさはあった。

少し背後ではガサガサという足音ともに公国兵がサトウキビ畑に侵入した音がきこえてきた。

どのみち、この状況では会議所に戻るなど夢のまた夢だ。
ならば、一時でも身を隠し公国兵を巻くしか無い。
追い込まれた寿命が少し伸びた気分でしかないが。

Tejasは半ば諦観に近い思いを抱きながら、洞穴に頭を突っ込んだ。


147 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/07/10(金) 15:52:26.327 ID:xO8HNv3go
少し長めでしたが。本章はあと二回の更新で終わります。

148 名前:名無しのきのたけ兵士:2020/07/11(土) 22:20:04.545 ID:6oF9hC1Y0
ピンチの切り抜け方 おもしろそう

149 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その1:2020/07/18(土) 18:21:01.624 ID:yMC9/8xUo
モグラの洞穴は思っていたよりも遥かに長く、緩やかに地下まで続いているようだった。

だが、最初はTejasの中腰程度の高さだった洞穴が、次第に人一人が通れるほどの大きさへと変わり、終いには掘削機で掘ったかのような広大さを誇るようになるに至った過程を目の当たりにし、
この穴は人為的に掘られたものだとTejasは確信した。

暫く進めば入り口から漏れていた外の光はすぐに消え失せ、洞窟内は一切の闇に包まれていた。
Tejasは手を洞窟の壁に当てながら方向感覚を失わないように歩いた。外が雨模様だからだろう、土の壁はほんの少し温く湿っていた。

少し前ではオリバーの歩いている音こそ聞こえるが、姿を捉えることができない。それに彼の歩く速度は少しずつ早くなっているようだった。
なにかに逸る同行者を止めるべく、Tejasは声を張り上げた。

Tejas「おい、オリバー。先にいるのか?」

オリバー「あ、ああ。すまん、先に進みすぎた。おれは夜目がきくからな」

前方から少し焦り気味の返答があり、歩く速度は少し落ち着いたようだった。これで彼を見失う危険性こそ減ったが、視界の悪さに対する根本的な解決策はない。
やれやれ、火属性の魔法を使って辺りを照らさないといけないな。と、Tejasが得意ではない魔法を使おうとしたその瞬間。

先頭からパチンというフィンガースナップのような小気味よい音が鳴り響き、途端にどこからともなく火の玉が表れた。
人の顔程度の大きさの火の玉は二人の周りをくるくると一周し召喚された喜びを表現しながら同時に辺りを明るく照らした。

Tejas「魔法、使えたんだな」

オリバー「まあな」

火の玉に照らされたオリバーは、少し罰が悪そうに俯いていた。
隠していたわけではないが、若干の後ろめたさはあった。
自らの正体を明かしていないのだから無理はない。近頃の犬っころは魔法も使えるんだぜ、と冗談の一つでも言えればよかったが今はそんな気分でもない。


150 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その2:2020/07/18(土) 18:22:27.228 ID:yMC9/8xUo
後方を再度確認した。
公国兵たちが洞穴に迫ってくる様子はない。ひとまずは身の安全を確かめられたといってもいいだろう。

オリバーは今朝から疑問に思っていたことを直接、Tejasに確かめることにした。

オリバー「いい加減教えてくれ。あの時、あんたは一体何をして公国兵を気絶させたんだ?」

こちらに近づこうと歩き始めていたTejasは再び立ち止まった。

ぼんやりと火の玉に照らされた彼を見て、そこでオリバーは初めて彼の“特異”の一端に気がついた。

オリバー「おまえ、一体いつから“それ”を付けていた…?」

短時間でお互いに色々なことがあった。
オリバーもホースバイクの恐怖の走行から完全に立ち直ってはいなかったが、オリバーの思っていた以上にTejasは外傷がひどかった。

身体はススで黒く汚れ、頬や足首は叢によるものか裂傷が目立ち逃避行の悲惨さを物語っていた。
さらに彼の羽織っていた革のジャケットもぼろぼろになり、いつの間にか二の腕あたりの袖部分が破れ、血の滲んだ肌が僅かにむき出しになっていた。
洞窟に入る前には気が付かなったが、もしかしたら既に地上に居た時から破けておりオリバーが見落としていただけかもしれない。

いずれにせよ、この状況下で初めてオリバーは気がついた。

顕となった彼の右腕には、まるで刺青のようにぎっしりと【魔法の紋章】が描き込まれていたのだ。


151 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その3:2020/07/18(土) 18:24:51.099 ID:yMC9/8xUo
オリバー「おまえ、その【紋章】は――」

Tejas「俺の右手はな…“呪われて”いるんだ」

オリバーの言葉を遮り、Tejasはポツリと呟いた。

オリバー「…呪われているだと?」

オリバーは、今度はまじまじと彼の右腕を眺めた。
思えば、いつも何かしら長袖の上着を身につけていた彼の右腕を直視したことはなかった。
初夏だというのにおかしいとは思っていたが、彼が“変人”であると知っていたので、あまり気にとめていなかった。

彼の右腕にかけられている【紋章】とは、魔法を発生させる魔法陣の代わりに使われる術式である。

そもそも魔法とは、魔法使いが魔法陣を生成、媒介とし詠唱することで人智を超えた業を解き放つ術である。
【魔法の紋章】とは都度呼び出す魔法陣の代わりに、強大な魔法力で永続的に陣を生成し世に縛り付ける高等儀法だ。

それゆえ、【紋章】は呪いにもなり得る強力な術式だ。
広大な魔法力を持つ者にしか【魔法の紋章】を創り出すことはできない。【紋章】を創るということは魔法使いにとって一種のステータスにもなるのだ。
その【紋章】には魔法使いの誇りと自信の表れとして、詠唱発生させる魔法や魔法使いの“意図”となるフレーズが描き込まれていることが殆どだ。

これらは訓練をしないと見る者も判別することはできないが、凡そ中級以上の魔法使いであれば会得していることが多い。
自らを中級以上の魔法使いであることを自覚しているオリバーであったが、彼の右腕に刻まれている紋章については内容を一切読み取ることができなかった。
それは即ち、Tejasにかけられている“呪い”が相当高度な魔法であることの裏返しでもある。

ただ、紋章の節々に表れる魔法の“フレーズ”に、オリバーは見覚えがあった。


152 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その4:2020/07/18(土) 18:25:54.635 ID:yMC9/8xUo
オリバー「これは、カキシード公国古来の魔法陣、だよな?…お前が詠唱したわけではないな。あの国で何かしたのか?」

Tejasは笑いながら首を横に振った。

Tejas「いや、公国には行っていない。
子供の頃、近くに住んでいた魔法使いにちょっとした呪いをかけられてな。
それ以降、ずっと右腕はこのままだ。洗っても傷つけても消えやしないのさ」

オリバー「紋章は魔法陣のポータル版だからな。魔法の性質によっては、術者がいなくなっても永久発動するものもある。
何年経っても消えないということは、あんたにかけられた紋章は恐らくその類のものだろうな」

Tejas「随分詳しいんだな?」

オリバー「…おれはカキシード公国の出身だからな。魔法に関することであれば詳しいさ」

オリバーはまたも罰が悪そうに目をそらしながら答えた。彼が答えに詰まる時は、罪悪感を覚えているか嘘をついている時しかない。
短い付き合いながらTejasは彼の性格を理解し始めていた。

Tejas「まあ、それで。この呪いを受けてから俺の右手だけが特異な力を持つようになったのさ。具体的に言うと、右手で触れたものに俺は何であろうと“干渉”できるようになった」

オリバー「干渉…?」

Tejasは唐突にオリバーの視線の前まで屈むと、何の断りもなく自身の右手でオリバーの前脚を掴んだ。


153 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その5:2020/07/18(土) 18:27:40.087 ID:yMC9/8xUo
オリバー「なにしやがッ……!!」

ちらりと見えた彼の右腕の紋章が青く光ったその瞬間、オリバーの脳内に走馬灯のように数多くの光景が浮かび上がってきた。

オリバー「な、なんだこれは…ッ!」

セピア色にかかった思い出が、脳内に写真のように次々と浮かび上がっては消えていった。

―― 幼い頃、かけっこが遅く周りからいじめられていた記憶。
―― 仲の良い友達と駄菓子屋に行き初めてもぎもぎフルーツを食べた記憶。
―― その友人たちと山奥の小屋に忍び込もうとした記憶。
―― そして、ローブを被った無口な魔法使いが杖から放った閃光を間近で見た記憶。

印象深い記憶が表れては消え、また表れては消えてゆく。

ただ、この記憶はすべてオリバー自身の記憶ではなかった。

Tejasの記憶なのだ。
全てTejasの目線で起きた記憶が、オリバーの脳内にどんどんと流されていった。

Tejasがパッと前足を離すと、それまで濁流のように流れ込んでいた脳内の記憶は瞬時に消えた。

Tejas「これが俺の記憶だ。説明するよりも早いだろ?」

オリバー「ハハッ…そういうことかよ」

Tejas「俺の右手はあらゆる万物に“干渉”し、俺が持っている情報を流し込むことができる。転用すれば一種の精神汚染攻撃なんてこともできる」

Tejas「また、この右腕には“転送”能力もある。たとえばオリバーと本当の子犬とをロープで結んでおいて、そのロープを俺の右手が掴めば、お前たちは俺を介して“繋がった”状態になる。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

154 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その6:2020/07/18(土) 18:38:01.251 ID:yMC9/8xUo
オリバー「さっきの兵士とお前はロープを介してその能力でつながり、お前のびっくり脳内映像でも相手に流して気絶させたというわけか。
万物に干渉する…まるで神みたいだな」

内心でオリバーは計り知れない衝撃を受けていた。
目の前で起きた能力の異端さだけに驚いていたわけではない。

以前オリバーの“仕事”の依頼主から、Tejasの能力について話を聞かされたことがあった。
依頼主たる彼の主人は、オレオ王国へ旅立つ直前のオリバーにTejasのような能力を持つ人物を【鍵】と表現した上で、次のように告げた。

『今回の一連の事態の主謀者は【鍵】を欲している。【鍵】があれば主謀者が従える眠った駒を完全に蘇らせることができる。
しかし幸運にも、その【鍵】は遠い場所へ旅立ち容易に戻っては来ない。お前の役目は、もしそいつを見つけても、決して会議所に戻してはいけないことだ』と。

まさに【鍵】とはTejasの事を指していたのだ。

Tejasの“特異”がこの一連の戦争を集結させる【鍵】となるのだ。
知らずのうちに、オリバーはゴクリと喉を鳴らし事態の重要さを理解した。

オリバー「信じられねえな。そんな便利な能力があったとはな」

声の震えを悟られないように、オリバーは低い声で喋らざるをえなかった。

Tejas「言っただろ?“呪い”だってな。俺はこの能力と一生付き合わないといけない。それに何も便利になるだけじゃない。こいつには“制約”もあるのさ」

オリバー「制約か…ん?なんだ、あれは?」

先に先導していた火の玉は少し先が行き止まりになっていることを二人に告げるように、辺りをぐるぐると周った。
その行き止まりには土の壁の中には不自然な、鋼鉄の扉がそびえ立っていた。


155 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その7:2020/07/18(土) 18:39:48.566 ID:yMC9/8xUo
Tejas「こんなところに扉があるなんて妙だな。ん?どうしたオリバー?」

横で呆然としているオリバーを見て、Tejasは心配そうに声をかけた。
先程のTejasの告白に続き、次々と明らかになる事態にオリバーの頭はパンク寸前だった。

オリバー「信じられねえ、やはりここが…いや、でも。確かに、位置的にいえばここは湖の底。そうか緊急脱出通路なのか…」

ブツブツと呟く彼を尻目に、Tejasは扉に近寄った。鋼鉄でできた扉はさすってみると埃も被っておらず錆びてもおらず、最近設置されたものだと一目で理解した。
唯一変わったところといえば、扉の表面には静脈のように扉中に張り巡らされた印が青く光り存在感を放っている。

Tejas「これはもしかして――」

オリバー「――そう、お前に憑いているものと同じ【紋章】だな。どうやら見る限り、魔法無効の術が施されているらしい」

Tejasの術式とは違い、扉に憑いている【紋章】は比較的中身が読み取りやすい部類だ。

Tejas「それに鍵もついているな」

扉の取っ手部分にはとこれまた真新しい錠前が何個も取り付いていた。
【紋章】に加えて四つも鍵を取り付けているところを見ると、この扉を設置した者は先日のチョコ屋の店主よりも用心深い人物のようだ。

オリバー「魔法でぶち壊せないとなると、鍵があっちゃあ開かないじゃねえか」

Tejas「おいおい、俺を誰だと思っているんだい?自称“マイスター”だぜ?」

Tejasは左手で胸ポケットから“仕事”のための工具を取り出した。襲撃の時に咄嗟に持ってきたものだが、早速役立つことになり内心ホッとした。

Tejas「3分で片を付けよう。難しいが、新記録を狙うよ」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

156 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その8:2020/07/18(土) 18:41:52.697 ID:yMC9/8xUo
自らが課した課題は必ず応えなくてはいけない。これが彼の信条であり【制約】でもあった。

達成しなければ“呪われた”右腕が暴走し彼の生命を吸い取っていく。

右腕の紋章が古傷のようにジュクジュクと痛みだした。
失敗した際に【紋章】の呪いが彼の生命を吸い取ろうと、今か今かと待ち構えているのだ。

自らの生命を賭け、困難に挑戦するこの瞬間が、Tejasはたまらなく好きだった。

―― アダージョ(ゆるやかに)。

自らを信用し信頼しない限り勝利はあり得ない。
急がなければならないこの刻に、Tejasは敢えて普段の所作で“仕事”に取り掛かる選択肢を選んだ。

一気に目先の錠前に意識を集中する。左手で錠前の鍵に工具を差し、右手では虚空のトランペットを吹く。いつものルーティーンは変わらない。
数秒も経たないうちに一個目の錠前は外れ地面に落ちていた。

―― アレグレット(やや速く)。

逸る気持ちを抑え、引き続きTejasは落ち着いた所作で次の鍵の解除に取り掛かる。

オリバーは目の前の“マイスター”の仕事様に、ただ言葉を失いながら見るしかなかった。
その中で、オリバーは初めてTejasが右手を頑なに使わない理由がわかった。
最初は左利きかと思っていたが、その理由は彼の右手が呪われていたことに理由があったのだ。

―― ビバーチェ(生き生きと)。

既に3個の錠前を外しながら、Tejasは弾むような手付きでラストスパートにかかった。右手は演奏こそしているものの、特定の曲を刻んでいるわけではなかった。
これまではどれも最初からアップテンポに刻んだリズムだったので、このテンポにちなんだ曲を持ち合わせていなかったのである。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

157 名前:Episode:“マイスター” Tejas  呪い編その9:2020/07/18(土) 18:42:37.267 ID:yMC9/8xUo
Tejas「ほい、できた。型式はどれも新しいし最近取り付けたんだろうな」

余裕綽々といった様子で工具を元の胸ポケットに戻した。
時間は2分40秒。余韻に浸る間もない。

オリバー「あんた、本当にすげえな…そうやっておれのことも救い出したんだな」

Tejas「結果的にはな。でも今回の“お宝”はすごいだろうな。お前の反応を見ればわかるさ、オリバー」

オリバー「おれは知らねえ…」

オリバーが再び目を背ける様を見て、Tejasは苦笑した。
Tejasがそっと扉を押すと、錆による音もなく静かに扉は開き奥に繋がる道を示した。
洞窟の時とは打って変わりTejasが先に入り、その背中を追うようにオリバーも後に続いたのだった。


158 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜 :2020/07/18(土) 18:43:24.397 ID:yMC9/8xUo
二人にはそれぞれ話せない秘密があります。次で二章最終回。

159 名前:名無しのきのたけ兵士:2020/07/19(日) 19:37:33.928 ID:5jrhKbLY0
謎が謎を呼ぶ展開がすごいこういうのか期待感を湧き立てる・・・

160 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒編その1 :2020/07/25(土) 20:45:49.441 ID:0zzN1S8oo
扉の奥は先程までの洞窟内と同じく漆黒の闇が続いていたが、その趣は少々異なっていた。
一歩足を踏み入れた瞬間に、Tejasの耳にはヒューという風切り音とともに背後から外気の流れ込みを肌で感じ取った。
外は蒸し暑い初夏だというのに、軽く鳥肌が立つほどに中の空気は冷えきっていた。

Tejasは試しに足元にあった石ころを蹴飛ばしてみると、石はカン、カンと大きな反響音を鳴らしながら闇の中に消えていった。
地面に鉄板が敷かれていることもあってか音はよく響き、反響具合からもこの“室内”は相当広大なスペースであることは容易に想像できた。
まるで巨大な冷蔵庫に迷い込んだのではないかと一瞬勘違いしたほどだ。

後から続いてきたオリバーを追い越すように、火の玉は慌てたようにTejasの周りをぐるぐると浮遊し辺りを照らした。
すると、先程の土の壁はすっかりと鳴りを潜め、二人の眼前には規則正しく何本も並ぶ鋼鉄の柱が現れた。

Tejas「なんだここは…?倉庫か何かか?」

正確には保冷機能付きの巨大倉庫ではないかと突拍子のない想像をしたが、口にするのは流石に憚られた。

オリバー「…武器庫だよ」

Tejas「武器庫?」

さらに突拍子のない返事に眉を潜めTejasは振り返った。オリバーは顎をクイと突き出しつつ、口を真一文字に結びながら答えようとはしなかった。
どうやら“先に進め”ということらしい。

Tejas「これで“お宝”が大したことなかったら俺は泣くぞ」

火の玉に先導をしてもらいながら、鋼鉄の壁伝いにTejasたちは歩き始めたがその旅路はすぐに終わりを迎えることになった。
歩いて暫くすると鋼鉄の壁が唐突に消え恐らくは開けた広間に出た。
その直後、一行の目の前を“見えない壁”が立ち阻んだためである。


161 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒編その2:2020/07/25(土) 20:48:01.773 ID:0zzN1S8oo
Tejas「これは、ガラスか?」

行く手を遮る、壁と思しき物は目を奪うほどの透明さで透き通っており、火の玉の明かりを難なく透過し壁の向こう側へ光を届けていた。その透明度は今まで見たどのガラスよりも澄んで見えた。
事実、Tejasは壁に間近まで近づき、ようやく僅かな明かりの反射でその存在に気づける程だった。先を進んでいた火の玉が後続の二人に合図を送っていなければ、間違いなく壁に気づかず激突していただろう。

壁に近づいたことで、Tejasはさらに一つの新事実を発見した。
眼前の壁が冷気を発していたのである。僅かに冷気を放つ程度ではなく、水滴が凍った白煙がモクモクと湧き出る程に、透明な壁はこの広大な部屋を冷やしきっていた。

Tejas「なんだこれはッ…!?」

試しにTejasは指の関節でコンコンと壁を叩いてみた。
鈍い音すら響かない。想像以上に質量を持った物体であることが想像できた。

さらに火の玉がTejasの頭上を浮遊すると壁の正体が少しずつ見えてきた。
Tejasの首が傾けなくなるまで高さを保ったそれは、最上部近くになると綺麗に保っていた平面から少し角張り始め、最上部では鋭利な突起部を見せ、
それを境に数m程度進んだ反対の奥行き部と対称になっているようだった。

それならば、と今度は火の玉は左方向へ捜索を始めたがこれが容易ではなかった。
数十m程度火の玉が移動しても終わりが見えてこないのである。右方向も同様で、終いには火の玉も捜索を諦め再びTejasたちの下に戻ってきてしまった。
ただ、左右方向はいまTejasたちが見ている形状からは大分異なり、複雑な立体構造がちらりと垣間見えた。

眼前の壁は、数十m以上の左右に伸びた巨大な透明な結晶という表現が近かった。
冷気を発しているのであれば、巨大な氷菓アイスとでも言うべきか。

Tejas「おい、オリバー。見てみろよ、これは――」

Tejasは言葉を切った。否、口を噤まざるをえなかった。
不思議に思うべきだった。ここまで奇天烈な出来事があるのに、背後にいたオリバーから物音一つ発せられていなかったのだ。
目の前の神秘に気を取られていたTejas自身の落ち度だが、反省する時間は与えられなかった。


162 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒編その3:2020/07/25(土) 20:52:03.414 ID:0zzN1S8oo


―― ガチャリ。


背筋を凍らせるには十分な無機質な撃鉄を起こす音が背後で鳴った。
Tejasがすぐさま振り返ると、宙に浮いたオリバーが前足で握った小銃の銃口をTejasの眉間に定めていた。
彼の周りには同じように複数の小銃が浮かびそのどれもが一様に同じ狙いを定めていることから、魔法によるものだろう。

Tejas「どういうことだ、これは?」

Tejasは静かに両手を上げオリバーと相対した。

オリバー「わるい。巻き込むつもりは無かった。でも事情が変わったんだ」

オリバーは淡々と、だが自身の言葉を脳内に反芻させるかのようにゆっくりと言葉を口にした。
彼の様子に加え、彼自身が召喚した筈の火の玉が目の前の事態にオロオロと彷徨っている様子からも、Tejasには彼の言葉が嘘ではないと判った。

Tejas「これがお前の“仕事”か?オリバー」

オリバー「いや、本来これはおれの“仕事”の範疇ではない。それに…それに、おれの真の名前はオリバーですらない。黙っていてわるかった」

オリバーは一度言い淀んだが、目線を外し俯きながら自身の名が偽名であることを告げた。
別にいいよ、とTejasは心のなかで彼を許した。


163 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒編その4:2020/07/25(土) 20:54:30.126 ID:0zzN1S8oo
Tejas「別に生かすも殺すもお前次第だが、冥土の土産に少しでも教えてくれ。此処はどこだ?」

オリバー「此処は会議所領内だ。既にな」

Tejas「本当か?こんな広大な地下施設、俺は知らないぞ」

オリバー「隠された場所だからな。限られた者しか知らないのさ。

実は、おれには“主人”たる人間がいてな。
本当に、本当に、たまたまなんだがかつてお前の様な“特異”な人間についてその主人が語ったことがある。
曰く、もしその人間を見つけたら決して会議所に戻してはいけない、と。

おれはあいつにはこれまで歯向かってばかりでな。だから、奴のために人肌脱ごうかなと思ってよ」

Tejas「へぇ、それは素晴らしい考えだ」

一緒に話を聞いていた火の玉がTejasを離れオリバーの近くに向かい、改めて彼の顔を明るく照らした。
軽い口調とは裏腹に、眉間にシワを寄せその顔は覚悟に満ちていた。
【大戦】で、敵軍の本陣に総攻撃をしかけんとする突撃兵の表情によく似ていた。

―― ここまでか。

Tejasも覚悟を決め、今日一日で溜め込んだ体内の空気を一息で吐き出した。
事情はよく分からないが、オリバーは自らの主人に恩を立てるためここでTejasを始末する気だろう。
自身の能力は会議所内では極一部の人間にしか話していなかったが、信頼したオリバーに話したことは仕方がないことだ。

思えば、自身の右腕に呪いがかけられた際に一命を取り留めただけでも運が良かったのだ。今日まで生きながらえたのはひとえに運の良さでしかない。
それが、一日という短い時間ながらともに過ごした信頼する相手の手にかけられるのならば寧ろ行幸だ。
公国兵に討ち取られるよりも余程良い。
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164 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒編その5:2020/07/25(土) 21:03:26.262 ID:0zzN1S8oo
Tejasはオリバーをチラリと見た。覚悟を決めたはずのオリバーの顔は先ほどと違い少し曇り始めていた。

―― どうした、早く決断しろ。

逆にTejasがオリバーの決断を急かすように目を細め訴えかけた。
意志を汲み取ったのか、考え込んでいたオリバーは重々しい様子で口を開いた。

オリバー「本来、ここまで来られたからにはお前を生きては帰せない。

おれもつい先ほどまでそのつもりだった。

だけど、同時におれの頭の中には一つの“バカげた”プランが浮かんじまってな。

実行するためには助けがいる。
おれの“仕事”には、お前が必要不可欠なんだ――」

―― だから、慎重に言葉を選べ。

銃を握り直したオリバーを見ながら、“生命を握られている状況で直ぐに冷静な判断ができるものか”とTejasは半ば諦め気味で見つめ返した。

オリバー「おれと協力して―― “このバカげた戦争”を終わらせてくれるか?」

随分と大事になったものだ。
Tejasは彼の途方も無い提案を、頭の中で反芻してみた。


武器庫?此処が会議所?戦争?

一体なんだ。どういうことだ。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

165 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒編その6:2020/07/25(土) 21:06:07.684 ID:0zzN1S8oo
Tejas「いまの話に答える前に、改めて俺の決意をきいてくれないか」

オリバーは頷き先を促した。

Tejas「俺はな。“マイスター”と自称はしているが、会議所きっての変人として名を馳せている異分子だ。
周りからは扱いづらいと思われているだろうし、事実そうだと思う」

オリバーは容易に彼の会議所内での振る舞い、立ち位置が想像できた。

Tejas「俺は何においても拘りが強い。だからこそ他人は俺に付き合いきれないし、俺もまた半端な人間とは相容れない」

オリバーは再度頷いた。

Tejas「だが、もし“俺が信頼したる”相手を見つけたとしたら俺はそいつに従うし、力になりたいと思う。

俺が信頼した相手からの頼みには、文字通り、“生命を賭けて”それに応えよう。それが、俺の決意だ」

目の前の“マイスター”の物騒な言葉に眉をひそめたオリバーは、少し考え込んだ後に、唖然とし慌てて口を開いた。

オリバー「おい、待てッ!お前の言ってた【制約】ってもしかして――」

Tejas「―― 二つ提案がある」

Tejasは上げたままの左手を突き出し、オリバーの言葉を遮った。


166 名前:Episode:“マイスター” Tejas  相棒編その7:2020/07/25(土) 21:07:22.762 ID:0zzN1S8oo
Tejas「まず一つ。お前の話は受けよう。だが、俺には事情がさっぱり分からないから、真相を教えてくれ」

オリバーは神妙に頷いた。Tejasは満足そうに頷いた。

オリバー「二つ目は?」

Tejasは鋭い目をさらに細めた。ゴクリとオリバーは固唾を飲んで彼の言葉を待った。

Tejas「俺の目の前にいる“友達”の、本当の名前を教えてくれないか?」

オリバーはキョトンとした顔の後に、彼の突拍子もない提案に笑った。
Tejasも笑った。
真剣な空気は緩和され、笑い合う二人を見ながら火の玉も楽しそうにゆらゆらと揺れていた。

いまこの時は、昨夜夜中まで喋ったように屈託なく笑いあったのだった。
張り詰めた緊張感が解けたからか、いつもより多めに笑ったせいで目に浮かんだ涙を拭い取りながら、オリバーは彼の提案を受けることにした。

オリバー「ああ、いいぜ。真相はこれから話す。その前に、まず二つ目の提案から片付けよう。
おれの本当の名は――」




これより一人と一匹は、カキシード公国とオレオ王国間で勃発した戦乱を終結させるという大事を為すことになる。





(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

167 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/07/25(土) 21:11:11.846 ID:0zzN1S8oo
二章、完!
Tejasさんの設定はまた出てきますが、裏設定は書けないかもしれないのでまたwikiかどこかで。

三章 加古川さん編ではようやく真相に近づいていきます!お楽しみに。

168 名前:名無しのきのたけ兵士:2020/07/25(土) 21:14:12.873 ID:HiQGqkII0
引きがまねしたい

169 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/08/02(日) 10:57:05.932 ID:28btstrso
今週はお休みといたします。

170 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/08/08(土) 19:01:47.969 ID:i0fgnP7Yo
もうちょっとだけお日にちかかります。

171 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/08/12(水) 15:44:21.166 ID:8gGE/IPgo
休んじゃってた。第三章開始!

172 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川かつめし :2020/08/12(水) 15:46:18.646 ID:8gGE/IPgo




・Keyword

兵(つわもの):
1 武器をとって戦う人。兵士。軍人。
2 真相を究明する探究家。想像を超える真理に立ち向かう勇士。






173 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川かつめし :2020/08/12(水) 15:46:58.895 ID:8gGE/IPgo





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きのたけカスケード 〜裁きの霊虎<ゴーストタイガー>〜
Episode. “赤の兵(つわもの)”

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174 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 男たちの日常編その1:2020/08/12(水) 15:52:00.085 ID:8gGE/IPgo
【きのこたけのこ会議所 BAR “TABOO<タブー>”】

きのこたけのこ会議所自治区域の中心部に存在する【会議所】本部から程近い繁華街の一角に、“TABOO<タブー>”というバーは存在する。

きのこたけのこ会議所自治区域内には多くの住民が点在し暮らしているが、地図上で中心にある会議所本部の存在する場所が、名実ともに自治区域の中心街だ。
中央政府機関となっている会議所本部前の大通りは朝から多くのビジネスマンの往来で混み合う。

その人々の往来を支える中心通りから一本外れた脇道を歩いていくと、程なくして自治区域内随一の狭さと濃さが反比例する歓楽街・【ポン酢町】に到着する。
ポン酢町は昼間こそ閑散としているが、夜になるとどの店もネオンをギラつかせ、疲れ切ったビジネスマンたちを飲み込む欲望と遊楽の町へと早変わりする。

“TABOO<タブー>”は、所狭しと軒を連ねるそのポン酢町の中でもさらに裏道に入った奥地に存在する。
特に看板や案内板を出すことなく、馴染みの客の手引がなければ初見の客はまずたどり着けない隠れた存在だ。

ようやくたどり着けたとしても、掃除もされずくすんだ窓ガラスやこぢんまりとした入り口の様子を見て、初見の客からは廃墟か、さもなければ古ぼけた理髪店かと間違えられる程に、
人々の欲望を吸収する筈のその店には覇気の欠片もなかった。
しかし知る人ぞ知るこの老舗の店内は、夕闇が落ちた頃にはいつも熱気であふれかえっていた。

たけのこ軍兵士 加古川かつめしも“TABOO<タブー>”の常連の一人だった。
【大戦】が近くなるといつも残業が多くなる。
今日も疲れきった心と身体を癒やすため、他の流行っている飲み屋には目もくれず、加古川は店選びをしている通りの客を避けるようにいつものように細道に入り、いつものように店の扉を開けた。


175 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 男たちの日常編その2:2020/08/12(水) 15:56:41.018 ID:8gGE/IPgo
カランカランと小気味よいドアベルの音とともに、一気に店の中の熱気が押し寄せてきた。ま
だ底冷えする外気とのギャップになぜか思わず身震いしてしまう。
みすぼらしい外観とは裏腹に店内は広々としており清潔さも保たれていた。
今夜も既に夜更けに近い時間帯だというのにも関わらず店内はほぼ満席に近く、客同士の話し声が心地よい賑やかさとして耳に届き、加古川の冷えた心を温めた。

「いらっしゃい旦那。“いつもの”でいいかい?」

店のマスターで元・きのこ軍兵士 軍隊蟻はコップを磨いていた手を止め加古川に声をかけると、目の前の空いているカウンター席を目で案内した。
加古川は一度だけ頷くと、入り口のハンガーラックに羽織っていたコートと中折れ帽を掛け、指定されたカウンター席にするりと腰掛けた。
途端に、店主はシャカシャカと小気味よい音でシェイカーをシェイクさせ始めた。加古川はこのシェイク音を聞くと一日の仕事の疲れを忘れ、穏やかな気持ちになる。

軍隊蟻「はい。“カルーアミルク リキュール抜き”お待ち」

首元のネクタイを緩めていると、早速カウンター上でカクテルグラスがスライドされ放たれた。加古川は自然に受け取り、静かに口に付けた。
ほのかな香りに続いて口の中に一斉に広がる甘みに思わずクラクラする。
至福の一時だ。


176 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 男たちの日常編その3:2020/08/12(水) 15:58:48.025 ID:8gGE/IPgo
「美味しそうなカクテルですね。僕も同じものを貰おうかな?」

加古川が一息ついたタイミングを見計らい横の客が気さくに彼に声をかけてきた。
聞き慣れた声に加古川が顔を横に向けると、隣の席では同じ会議所兵士のたけのこ軍兵士 埼玉が微笑みながら挨拶をしてきた。

加古川「やあやあ。埼玉さんもこんな遅くまで居るということは残業かい?」

埼玉「部署が変わってばかりでして。仕事も慣れてない上にここにきて大変なんですよ。ほら、今は【大戦】強化月間じゃないですか。
先日【大戦】を終えたばかりなのに、近く他の国からお偉いさんが来る【特別大戦】もやるものだから、終わった後の交通規制やら宿泊先の手配やら色々な問題がありまして」

埼玉は会議所本部の【大戦業務課】という部署で働いている青年兵士だ。
定期的に会議所本部主催で全世界から人を呼び戦いあう【きのこたけのこ大戦】の裏方業務を一手に担っている。
【大戦】が近づけば準備の手間も増え、帰る時間は遅くなる激務を要求される部署だ。

加古川「それは苦労するな。おいマスター。埼玉さんにも私と同じものを一杯つけてやってくれ。支払いはこちらでいいよ」

マスターの軍隊蟻はチラリと加古川を見やると一度だけ頷いた。店主の寡黙で落ち着いた雰囲気が、この店の隠れた人気の秘訣だ。

埼玉「いいんですか?お気遣いありがとうございますッ!」

ニカッとした人懐っこい笑みを浮かべた埼玉を見て、先輩受けの良い後輩だと加古川は感じた。
きっと部署内でもかわいがられているに違いない。


177 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 男たちの日常編その4:2020/08/12(水) 15:59:47.985 ID:8gGE/IPgo
埼玉「加古川さんは【市民課】ですよね?最近忙しいと聞きますけど、大丈夫ですか?」

加古川「その通り、こちらも最近忙しくてな。【大戦】の影響か、特に最近は若い人の流入が多くてな。対応にひっきりなしさ」

加古川は【市民課】という受付部署で、会議所内の住民登録や証明書の交付、両軍の軍籍の交付など、会議所自治区域に関する行政業務を行っている。
市民課も時期によっては非常に混み合うため、激務と噂される部署の一つだ。

軍隊蟻「“カルーアミルク リキュール抜き”お待ち」

カクテルグラスを受け取った埼玉は加古川とグラスを軽く合わせ、日々の多忙を互いに労った。

その後は互いに杯を重ねながら仕事の他愛もない話を交わしていたが、二人で何杯目かのカクテルを飲んでいた時、“そういえば”と埼玉がある話を切り出した。

埼玉「おもしろい話がありましてね、加古川さん。

最近巷で話題になっている“きのたけのダイダラボッチ”という伝説、ご存知ですか?」

聞き慣れない言葉に、思わず加古川は眉を潜めた。


178 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 男たちの日常編その5:2020/08/12(水) 16:01:58.492 ID:8gGE/IPgo
加古川「“ダイダラボッチ”というと、あの伝承に出てくる巨人のことか?いや、知らないな」

そう答えながら、マスターの好意で出されたビターチョコをかじる。
甘いカクテルには少しぐらい苦いビターフレーバーの方がより味を引き立てる。マスターはよくカクテルというものを理解しているなと、改めてこの店を再評価した。

埼玉「そうです。その“ダイダラボッチ”です。それがチョ湖のほとりにも現れるというんですッ」

チョ湖とは、加古川たちが今いる会議所本部からは少し離れ、北東に幾ばくか進んだ先にある、オレオ王国とカキシード公国に面す国境代わりの広大な湖だ。

加古川「その湖に現れる巨人が“きのたけのダイダラボッチ”なのか。
誰かの魔法が暴走して犬か猫が巨大に化けたとかではなくか?」

今でこそ“チョコ革命”で動力物の熱源はチョコに置き換わりつつあるが、加古川の若い頃は魔法が全ての根源であり動力源だった。
街には無人の魔法の馬車が走ったり寒いときには爪先から火を灯し寒さを凌いだりと、いま以上に魔法は人々にとって身近なものだった。

同時に、魔法の詠唱失敗によるトラブルは日常茶飯事だった。
当時、加古川の隣家で誤って自分のペットを巨大化させてしまい自らの家を木っ端微塵にさせてしまった兵士もいて、ちょっとした騒ぎになったこともあった。
今となっては古き良き時代だ。

その時の若かりしたけのこ軍 社長の青ざめた顔を思い出し、今になって加古川は思い出し笑いをしてしまった。

埼玉「そうだったら笑い話ですが。目撃者も多いらしく、決まってみんなが夜中に見るというんですタマッ!」

先程までの疲れ切った顔とは打って変わり鼻息を荒くして語る埼玉を見て、加古川は彼がゴシップ好きの若者なのだと悟った。


179 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 男たちの日常編その6:2020/08/12(水) 16:07:08.519 ID:8gGE/IPgo
加古川「別に悪さはしていないんだろう?」

埼玉「そうです。ただ湖の上に突っ立っているかその場を歩き回るだけみたいで。
さらに面白いことに、みんな口を揃えて『明け方になると日光に溶けるようにスゥーッと透明になり姿を消してしまう』というんですタマッ!」

相当酔いが回ったのか、埼玉は次第に語気を強め熱心に語り始めていた。
彼の強い語尾の訛りは、確か大陸の最西部近くにあるネギ首長国由来だったはずだ。
彼が会議所区域から遠く離れた首長国出身だということを、加古川は今になり初めて気がついた。

加古川「不思議な話じゃないか」

加古川は静かにグラスを傾けた。

埼玉「嘘か本当か、ダイダラボッチが見えた後の【大戦】はきのこ軍かたけのこ軍、どちらかが大勝するらしいタマッ!
周りからは、嘘か本当か“戦の神”と呼ばれ崇められているんですって」

加古川「ほう、それはおもしろい。真理は、想像を超えると言ったところか」

埼玉は楽しそうに話を終え、つられて加古川もニヤリと笑った。

噂はあくまで噂だ。
それに、【会議所】本部で仕事をする二人にとってチョ湖周辺に行く機会などほとんどない。
休日にふらりと行くか、それこそ不測の事態でも起きて現地に仕事で行くでもしない限りこの噂の真偽を確かめる術はない。
それを承知の上で埼玉は語り加古川も承知の上で聴いているのだ。
要するに、盛り上がる話のネタで二人は酒の肴にしているに過ぎなかった。


180 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 男たちの日常編その7:2020/08/12(水) 16:08:39.293 ID:8gGE/IPgo
グラスの中の氷が溶けカランと氷の跳ねた音が響いた時、魔法が解けたように加古川は意識を戻し時計を見た。
もう日付けはとうの昔に跨いでいる。普段ならもう寝ている時間だ。

加古川「まだ飲んでいくのかい?」

埼玉「明日はたまたま非番でして。まだいらっしゃるのでしたらお付き合いしますよ?」

加古川「悩ましいお誘いだが今日はやめておくよ。酔いも覚まさないといけないしな」

店主に埼玉分の代金も払い終え、加古川は席を立った。

埼玉「すみません。払ってもらっちゃって」

加古川「気にするな。ユニークな話をきいた駄賃さ」

おやすみなさいという埼玉の声に、手にもった黒の中折れ帽を上げ応えながら、加古川は店を後にした。

彼が出ていった扉を見つめながら、ふと疑問が湧いたのか、埼玉は手元のグラスを眺めポツリとつぶやいた。

埼玉「そういえば、酔い覚ましと言っていたけど。

カルーアミルクのリキュール抜きって、それはもうただのカフェオレでは…?」


静かに夜は更けていく。



181 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/08/12(水) 16:09:23.323 ID:8gGE/IPgo
私はぐうたらぼっちです。

182 名前:たけのこ軍:2020/08/12(水) 21:23:28.790 ID:4kLxZHuY0
こういうのみてるとモチベーションあがる

183 名前:きのたけカスケード 〜裁きの霊虎_ゴーストタイガー_〜:2020/08/22(土) 09:55:51.201 ID:EY8MH9h2o
今回、少し長めの更新です。

184 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その1 :2020/08/22(土) 09:57:27.713 ID:EY8MH9h2o
【きのこたけのこ会議所 本部事務棟】

明くる日、加古川は会議所議長の滝本から驚きの話を告げられた。

加古川「えッ!私がチョ湖支店に出向ですか?」

滝本「ええ。お願いできないかと思いまして…」

徹夜明けなのか青髪をボサボサにした滝本は、困ったように頭を掻いた。

滝本「チョ湖支店にいた責任者の方が過労で倒れてしまいましてね…最近、あそこの支店は周辺の急な人口増加で仕事が切迫していまして。
私としても信頼できる方を後任に充てたいところで…」

“大変心苦しいお願いですが”と続ける滝本を見ながらも、加古川の脳裏には昨夜の埼玉が語っていた空言が頭の中に浮かんでいた。

埼玉『そうです。その“ダイダラボッチ”です。それがチョ湖のほとりにも現れるというんです』

加古川はひとしきり考えた後に、力強く頷いた。

加古川「その話、受けましょう。すぐに準備をします」

打診したはずの滝本は逆に目を丸くし驚いた。

滝本「そんなあっさりといいんですか?加古川さんはご家族も居るというのに…」

加古川「なに、単身赴任ですから。定例会議の際には会議所本部に戻ってくるようにしますよ。それに…いや、なんでもありません」

加古川は一瞬、滝本に昨夜の与太話を話そうか悩んだが、すぐに止めた。
仕事の最中に茶々を入れることになるし、そもそも真偽が不明な話で目の前の疲れ切った顔の彼を混乱させることもない。


185 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その2:2020/08/22(土) 09:58:19.983 ID:EY8MH9h2o
それに突然の異動にも関わらず、加古川は内心で湧き上がる興奮を抑えきれなかった。

加古川は、子どもの頃から人一倍探究心が強かった。
分からないことがあればすぐに周りの者に聞き回り自分が納得するまで繰り返し聞いた。身の回りにあふれている謎も進んで解明したがった。
裏山にある廃墟に人が潜んでいるとの話があれば仲間を引き連れ進んで探検に向かった。結果は狸だったが。

そうして青年になった頃の彼の芯には、探究心の強さとともに謎を残すことを良しとしない生真面目さも加わった。
壮年期を迎えるに連れ生真面目さが表立ってきていた彼は周りから緻密な人間だと評価され、現在の事務方で役職を得るまで至った。
しかし、彼の心底には幼少期から宿る“探究心”が今も確かに強く残っていた。

昨夜聞いた“きのたけのダイダラボッチ”の話は子どもの時以来の探究心を心の奥底から喚び起こした。
そして運命のようにチョ湖へ赴く話が転がり込んだ。

これでワクワクするなという話が無理なのだ。
仕事に忙殺され枯れかけていた彼の心は、再び熱く燃え上がる兆しを見せていた。

滝本「ありがとうございます。すぐに向こうの邸宅はこちらで手配しますので。宜しくお願いします」

滝本は深く頭を下げた。
こうして加古川のチョ湖支店への異動は決まったのだった。


186 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その3:2020/08/22(土) 09:59:41.342 ID:EY8MH9h2o
【きのこたけのこ会議所 チョ湖支店】

滝本の言葉に嘘偽りは無く、異動後の加古川は周りへの挨拶などろくにする暇も無く仕事に追われる日々だった。

続々と訪れる住民の住民登録や相談対応に奔走し、気づけばあっという間に数日が過ぎ去っていた。
加古川の新しい職場はチョ湖ほとりにある【会議所】支店だ。古城のようにそびえ立っていた【会議所】本部と違い、チョ湖支店は田舎町の劇場といった具合のこぢんまり具合だ。
しかし、その劇場に例年にはない人々が押し寄せ支店は既にパンク寸前だった。

仕事を整理しているうちに、その日はあっという間に深夜を迎えていた。
加古川は椅子の背もたれに背を投げ、大きく伸びをした。

加古川以外に働いている者はいない。

加古川「仕事になれた…なんて言えないな。疲れすぎてて、先日の【大戦】にも出られなかったし。年はとりたくないものだ」

【きのこたけのこ大戦】は会議所自治区域の南部にある【大戦場】にて行われる世界規模の模擬戦だ。
自治区域民であれば無条件に参加できるし、事前登録さえすれば他国からでも参加は可能だ。

事前に戦場で実弾抜きの銃器を借りるか持ち込み、定められたルールに則りきのこ軍、たけのこ軍という架空の軍に分かれ勝敗がつくまで戦う。
これが【大戦】のルールであり、会議所自治区域を収益でも精神的にも支えている一大イベントだ。
会議所区域民で余程のことがない限り大戦を欠席する人間はいない。
年間の参加割合で減税等の優遇措置が取られるといった制度の恩恵を各々が受けられるといったことも背景にはあるが、単純に区域民が【大戦】をゲームとして愛しているのだ。


187 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その4:2020/08/22(土) 10:01:45.852 ID:EY8MH9h2o
【会議所】は【大戦】を恒久継続させるために、様々なルールで参加者を飽きさせないように努力させている。
参加者全員に階級章を配り戦いながら自身の階級を成長させる【階級制】ルール、兵種という役割に振り分けられ部隊が団結し敵軍と戦う【兵種制】ルール、
さらには大戦場内に複数の陣地を設け陣取り合戦を行わせる【制圧制】ルールなどルールの豊富さには枚挙にいとまがない程だ。

【会議所】は人々を飽きさせないようにこうしたルール作りに加え、【大戦】遂行にあたり交通インフラの整備や大戦終了後の交通規制などを率先して執り行う。
当日は数百万もの人が一気に移動するためにてんやわんやだ。
だが、その後会議所で働く人々も一緒に【大戦】に混じり戦い疲れを吹き飛ばしながら銃を乱射する様はストレスの捌け口としても優秀なのだ。

加古川も【大戦】を心待ちにする人間の一人だった。
それだけに、異動後の業務に忙殺され【大戦】を欠席してしまった自分自身に、歳をとってしまったという感想が出てくることは至極当然なのだ。

加古川「しかし、チョ湖付近の人口増加率が対前年比で400%超えか。それは前任者も過労で倒れるわな」

前任の支店長だったきのこ軍 じゃがバターが倒れるのも無理はない。
今、加古川のいるチョ湖の湖畔沿い地域は【大戦場】から相当離れており、これまで住民の頻繁な移住など殆どなかった地なのだ。

観光地としての役割も対岸のオレオ王国カカオ産地の観光地帯に奪われ、この地で潤うものといえば湖畔の陸に並ぶサトウキビ畑ぐらいだ。
生産量こそカカオ産地とほぼ同等規模だが、昨今のチョコ革命でカカオに注目が集まる今、角砂糖に注目が集まることなど殆どなかった。

なので、現在の人口増加は異常と言ってもいい。突然の人口増に備えのない地方支店では限界などすぐに超えてしまっていたのだ。


188 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その5:2020/08/22(土) 10:03:03.613 ID:EY8MH9h2o
加古川「こんな辺境の地への突然の人口流入。流入者の多くが新規就農者。鍵となるのはこの教団か…」

数日ではあるが、加古川は事前のリサーチで人口増加の原因をほぼ突き止めていた。
手にしていたクリップ留めの資料をバサッと机の上に投げつけると、表紙に書かれていた文字が改めて目に止まった。


『ケーキ教団』


自らまとめた報告書の表題にマジックペンでデカデカと書いたこの教団は、最近になり信者数を増やしている新興宗教団体である。
まだ会議の議題に上がったことは一度もないが、先日も新しい部下に訊いたところ、殆どの人間が教団の存在を認知していた。

加古川自身も会議所本部にいた頃に、酒場で話を何度かきいたことがあったが気にも留めていなかった。
それが、この町に来るや否や街中に教団の公告は溢れ、教団後任のケーキ屋も多く立ち並び、ケーキ教団は自然と街と同化していた。
教団本部は人里離れ広大な山の中に本部を構え多くの信者を呼び寄せているという。
ここまでの認知度の高さだとは内心驚いた。会議所中央と地方とではかなりの温度差があることを実感した。

また、ついでだからとあわせて“きのたけのダイダラボッチ”についても訊いてみた。
こちらについてもケーキ教団程ではないものの反応した部下は何名かいた。
しかし、その内容はどれもメチャクチャなもので、ある若手の部下は“ダイダラボッチは湖ではなく鬱蒼とした森で雨の日だけ現れる”と言い、
またある部下は“何年かに一度、大戦場に現れ大戦をメチャクチャに荒らして帰っていく”と言った出処のない話をするなど、その話はいずれも支離滅裂で容量を得ないものばかりだった。

ある意味で“きのたけのダイダラボッチ”が都市伝説として確立され、その存在だけが独り歩きしていると言えるだろう。
この話を聞いて、加古川はダイダラボッチ伝説について当初ほどの熱は無くなってしまった。


189 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その6:2020/08/22(土) 10:04:54.986 ID:EY8MH9h2o
加古川「【ケーキは食と世界を救う】が教理、か。
年のいったこの身からすると、こんなバカげた考えに若者の賛同する理由がわからないな」

いま、ケーキ教団は会議所自治区域内で急激に信者を増やしていた。
そして教団本部のあるこの地に、ケーキの材料に使う角砂糖となるサトウキビを収穫するため、若者が続々と移住してきていることが今回の人口増加に繋がっていると推測できた。
なんと涙ぐましい努力だろうか。

加古川「しかし、なぜここまで角砂糖が必要になる…?」

若者のケーキブームが来ているからか。
その可能性も考えられるが、わざわざそのために若者が今の職を捨てサトウキビ畑農家に転職するだろうか。
そもそも角砂糖が足りなくなっているという話も聞いたことはない。


何か言いようの知れない違和感が加古川を包んでいた。


加古川「まるで教団が…手引を…している…ような」

一つの推測に到達しかけた加古川だが、途端に急速な眠気に襲われた。
もともと、何日も働き詰めだったからか疲れがここに来て一気に押し寄せたのだ。

抗うこともできずに、加古川は深い眠りへ落ちていった。


190 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その7:2020/08/22(土) 10:06:51.929 ID:EY8MH9h2o
【きのこたけのこ会議所 チョ湖支店】

加古川はハッと目を覚ました。気づかぬうちに机の上に突っ伏して気を失っていたようだ。
壁の時計を見ると夜中はとうに過ぎ、もう明け方に近い刻だ。
窓の外はまだ漆黒の闇に包まれているが、直に白み始めるだろう。

顔を起こし、身体を伸ばすと節々が痛む。
若い頃は夜通し働き続けられたものだが、年老いた今ではデスクワークも一苦労だ。首を曲げると自分でも不安になるほど骨のなる音が響いた。

加古川「一旦、家に引き上げてシャワーでも浴びるか…」

身体を起こし勢いよく椅子から立ち上がると、その風圧で机の上の調査書が足元に滑り落ちた。
ケーキ教団という踊る文字を見て、居眠り前にたどり着いた推測を加古川は思い出しかけたが、結局思い出せずに資料だけをケースに戻し、その場を後にした。


加古川「この季節だと夜中はまだ若干冷えるな…」

ブラウンのチェスターコートに身を包ませ、加古川は外へ出た。
この辺りの地域は温暖な天候だ。一年を通じてあまり気候は変わらず、だからこそサトウキビが成長しやすい。
しかし季節の移り目もあり、本格的な温暖な気候に向けてはまだ幾分かの時は必要だった。
中折れ帽を目深に被り厚手のコートに身を包むその姿は、この地方からすれば少々厚着のように思えるが、加古川はこの格好を気に入っていた。

ずっと屋内にいたからか、寒気は無視しても外気を吸うことは新鮮で加古川の気を軽くした。
昼間の喧騒が嘘のように、誰も出歩いていない中心街はひたすらに静寂を保っている。

加古川「そういえば、此処にきてからまだまともに湖を見ていないな」

加古川の家はチョ湖とは反対の内陸方向だ。だが、まだ幾分の時間はある。
どうせ帰宅しシャワーを浴びて少し経てばすぐに夜明けだ。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

191 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その8:2020/08/22(土) 10:08:22.217 ID:EY8MH9h2o
湖畔近くに並ぶ住宅街を通り過ぎると、さっと視界が広がり小高い丘へ続く道かサトウキビ畑へと下っていくY字路が出てきた。
上り坂に続く道の方を選び、目の前の丘にとぐろを巻くように続く轍を進んでいくと、すぐに周辺の住民が“展望台”と呼ぶ頂へと到着する。

加古川「展望台、と呼ぶには少々手入れが行き届いていないみたいだがな」

加古川は苦笑しながらも雑草の生える木のベンチに腰掛けた。
展望台はまるで民家の裏山の先端をちょん切ったような、こぢんまりとした広さだった。

季節柄、草木は枯れ見通しこそ良いが夏になれば背の高い木々が視界を邪魔するだろう。その程度にはこの展望台は荒れている。
異動した初日に若手社員からこの場所をきいていたが、まさに“穴場”のスポットのようだ。

加古川「それでも綺麗だな」

既に月は沈んでいたが、湖面はどこからか光を受けキラキラと反射していた。
薄明を控える湖畔は、乾いたサトウキビ畑の揺れる音と湖の波打ち音が絶妙のハーモニーを奏で加古川の心を癒やした。


暫くぼうと湖を眺めていた加古川だが、耳に届く音をより感じたいと思い目を閉じた。

湖の波は丘から少し離れた眼下の崖にぶつかり、静かなさざなみを発生させていた。
まるで海に来たかのような感覚だ。
そういえば、もう長く家族で遊びに出かけていない。

思えば仕事一筋で生きてきた人生だ。家族のことは何よりも愛しているが、家族の食い扶持を稼ぐためという理由で、いつしか仕事に没頭していた。
今回だってそうだ。
妻子を残し一人辺境の地にやってきて初日から残業三昧だ。こうしてちゃんとした休憩を取るのも久々な気がする。


192 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その9:2020/08/22(土) 10:09:55.553 ID:EY8MH9h2o
静かに一定の周期で、さざなみ音は加古川の耳に心地よく届いた。
加古川の心は次第に落ち着き、仕事で凝り固まった身体や気持ちは少しずつほぐれていった。
いつしか加古川は幼少期の思い出を振り返るほどに感慨深く自省し、繊細になった彼の心にそっと寄り添うように波打ち音が静かに響き渡った。


静かに。

静かに。

徐々に早く。

段々と早く。

次第に周期を早めて激しく。


いつしかさざなみは暴れ、お互いの波を打ち消しあい、岩壁に殴りつけるかのような乱暴な音を発するようになった。
波音はタクトを早める指揮者の奏曲のように加古川の耳にどんどんと押し寄せてきていた。

加古川「…なんだ?」

どれほど経っただろうか。いつしか異変に気づき、加古川は目を開けた。
ベンチから立ち上がり少し先の眼下の岸壁を眺めた。湖の波が激しいほどに暴れている。強風も吹いていないし、波が荒れる要素などないはずだ。大型の船舶でも近づいているのだろうか。

加古川「一体なにが――」



ふと顔を上げた先に、“答え”はあった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

193 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その10:2020/08/22(土) 10:12:34.390 ID:EY8MH9h2o
瞬間的に加古川は言葉を失った。
あまりに自然と巨人が周囲と同化していたからである。
まるでずっと前からそこにいたかのように、巨人はまんじりともせずに立っていた。

ある程度の距離があるからか加古川は巨人を一望できているが、
近くに寄ろうものなら首を垂直にしても視界からは見切れてしまう程に巨大さを誇っていることは、容易に想像できた。

加古川「ダイダラ…ボッチ…」

酒の席で埼玉からきいた“きのたけのダイダラボッチ”の話と瓜二つの状況だ。
当時は話半分に聞き流していたが、なんの前触れもなくこうして目の前に現れてしまっては信じるほかない。

加古川「なんなんだ、あいつは…」

ダイダラボッチは顔と思わしき部分を上げ、空を見上げているようだった。
というのも、彼に目鼻は無かった。顔と胴体の部分が首で区切られていることからようやく顔だと認識できるほどだった。
漆黒の闇に紛れ全貌は伺いしれないが、長い手足はともに湖に付き、身体の輪郭は流線型で、彫刻のような造形美が見て取れた。

彼は夜の闇の中でなにもせずぼうっと突っ立っていた。
時折、思い出したように膝の部分までつかっている脚を数歩動かすも、少し動いただけで歩みを止めてしまう。
一歩動くたびに身体は前のめりになりながらよろけ、転ばないように一々止まっているようだった。

まるで幼い動物が歩行練習をするようだ、と加古川は感じた。
波打ち際に押し寄せてきた乱暴な波の原因は彼がむやみに足をばたつかせているからに他ならなかった。


194 名前:Episode:“赤の兵(つわもの)” 加古川 遭遇編その11:2020/08/22(土) 10:14:12.270 ID:EY8MH9h2o
加古川は急ぎ展望台を降り、サトウキビ畑を抜け少しでも巨人の下に近づこうか寸分悩んだ。

眼前の“巨人”に何故だか加古川は言いようの知れない安心感を覚えていた。彼は街を襲わないし自分が近寄っても何もしないという根拠のない“確信”があった。
第六感が働きかけているのか、自身の心の探究心が彼自身をけしかけているのかは定かではなかったが。
しかし、目を離したら途端に姿を消してしまいそうな、彼にはどこかしら儚さがあった。

“きのたけのダイダラボッチ”を見ながら幾分か冷静になった加古川は、ふと巨人の横で煌めく輝きを発している“存在”に気がついた。
灯台だ。展望台から数km近く離れたところで光を放つ小さな灯台が、仄かに巨人の足元を懸命に照らしていた。

加古川「あの近くにある城は…教団本部の建物か?」

巨人の背後には、展望台よりも標高の高い小高い山がそびえ立っていた。その山の頂きには廃城跡があり、小さな灯台はその天辺から懸命に光を放っているようだった。
先程資料で見たのだから間違いない。あの廃城は加古川の仕事を苦しめているケーキ教団の根城だった。

加古川「灯台の光に照らされているのならば、あの巨人の存在に気づいてもおかしくないな…」

ケーキ教団という異質な存在について考え始めようとした瞬間、白み始めていた空から一気に暁の陽が差し込み始めた。
上空の厚い雲から漏れた陽が湖を照らし、湖面はそれに応えるようにキラキラと反射し始めた。
数分もすると辺りはあっという間に朝の陽に包まれ、水面により散乱した太陽光に思わず加古川は手で目を覆った。

そして、指の隙間から再び湖を見ると、さらに不思議なことが起きた。



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