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S-N-O The upheaval of iteration

1 名前:SNO:2020/08/14(金) 23:03:59.555 ID:nQ7ybU.E0
数多くの国が生み出す世界。
かつては個々の国が独自に作り上げた文化は、やがて国々が混じり合うことで発展と変容を遂げた。
やがて……世界の理は、とある研究者によって見出されることになる。
きのことたけのこのような、二つの陣営が争うことによって世界が発展する物理法則を……。

初めは懐疑的に見られていたその理論は、ある出来事を経て証明されることになり、
この物理法則は、世界を発展する礎となった。

――その法則をコントロールする組織は【会議所】と呼ばれ、
――その法則をコントロールする行事は【大戦】と呼ばれていた。

【大戦】では、人々が兵士となり日々戦いを続け…【会議所】では、さらなる世界の発展のための活動が行われていた。
――また、【大戦】の内外で、様々な思惑が働いていた。すべてを把握することができないほどに……。

これは、世界に翻弄されながらも、真実に向かう4人の女性の物語。

    目覚めた乙女たちの見る世界は――光か、陰か、あるいはその狭間か。
    様々な要素が複雑に織り成す世界で、彼女らが辿り着くのは実か虚か。
    交差する陰陽の中で、今乙女たちが目覚める……。

ワタシガ               見ルノハ
    真 偽 ト
              虚 実 ノ
          世 界

38 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:01:12.557 ID:aRObaPz.0
加古川
「続きまして、きのこ軍の兵士、集計班による式辞です――」

紹介されて壇上に上がった集計班は、端正な顔をした、青い長髪の男性だった。
その姿が現れるやいなや、歓声は続いた。
特に、近くに居た女性兵士は黄色い歓声をあげていた。

……やはり、女ならば男に対して一定の憧れとやらがあるのか……?
オレは、その気持ちをなんとか考えようとするが――その答えにはたどり着けず、ついには理解することはできなかった。


39 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:02:35.309 ID:aRObaPz.0
集計班
「みなさん、静粛に――ご紹介に預かりました、きのこ軍集計班です
 皆さん、兵士としての入所、おめでとうございます――また、兵士としての道を歩む皆さんに、感謝の意を示します」

集計班の鶴の一声で、歓声は止み……会場に居た一同は集計班の話に耳を傾けるようになっている。

集計班
「先ほど、きのこ軍のB`Zの方から説明があったと思いますが、大戦の歴史について語りましょう
 コルヴォ・フェルミ――物理学者の彼が見つけた理論を、第1次大戦で試験したところ実証されました
 そこから大戦が続くようになり――第7次の時点で、組織を運営する運びになりました」

集計班
「コルヴォ・フェルミ自体は、大戦を始める前に火災で亡くなりましたが……
 彼は名誉兵士・まいうとして名を残しており、その意思ともども設立メンバーの心に刻んでいます」

感情を込めて話している仕草は、そのスピーチの説得力を増していた。


40 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:04:13.057 ID:aRObaPz.0
集計班
「また、会議所では世界各国、ならびに企業からの支えもあります
 さまざまな叡智や種族が集まる場所、それが会議所という場所であり、私たちはその橋渡しをする役割でもあります
 兵士として過ごすことは、ただ戦うだけではない――様々な文化を、多角的な視点で見ることが大切です」

集計班
「皆さんも、様々な人々との出会い――文化との出会いを大切にしてください――」

集計班の端正な顔に似合った、インテリジェンスな口調……
それは、その名に使われている単語――集計というイメージに合致するように思えた。
綺麗な姿勢で壇上から立ち去る集計班にも、大きな拍手が送られていた。
オレは……相変わらず形式だけの拍手を送るだけであったが……。

41 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:04:33.650 ID:aRObaPz.0
加古川
「続きまして、スケジュールの説明となります
 プログラムの2ページ目をご覧ください――」

加古川
「今日のイベントは、スケジュール通りに入所式のみとなっています
 明日以降は、スケジュール表通り、修練所での大戦教育課程となります
 特に必要な所持品はありませんが、日用品は持参していただければと思います
 昼食は食堂での食事となります――」

加古川の話し方は、完全に手慣れていた。
――4回目ともなれば、もう目を瞑ってもできるのだろう。すらすらと流れるように紡がれる言葉は、理解の手助けになっている。

加古川
「大戦教育課程では、訓練時の特性からも適性検査なども行います
 後日配布する書類には、診断書なども含まれているので、筆記用具などは――」

加古川の話している内容は、事前に配布してあった資料にも記載してあった。
だから――オレは頭の中でその事項を確認するだけだ。


42 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:05:52.679 ID:aRObaPz.0
加古川
「――以上で、説明を終わりとさせていただきます
 何かご質問等ある場合は、入所式後にて、事務室で対応いたします」

加古川は、一礼をした。
――拍手は起こらない。まぁ、事務説明だから当然だろう……。

加古川
「続いて、来賓代表の式辞となります
 来賓代表は、ルミナス・マネイジメント代表取締役、月輪弦夜さんです」

――【ルミナス・マネイジメント】。それは、オレでも知っている大企業であり……オレにも少なからず関わりのある企業でもあった。
なぜなら、親父がそこに籍を置いているから……。生活基盤の確保に貢献していることは言うまでもない。
そのため、代表取締役である月詠弦夜についても、多少の見覚えはあった。


43 名前:Route:A-1 greeting:2020/08/18(火) 23:07:37.207 ID:aRObaPz.0
加古川
「また彼は、たけのこ軍でスリッパという名前で活躍し、大戦の原動となった人物でもあります
 第一線を退いた現在でも会議所の運営に協力して下さっています――」

加古川
「それでは、月詠弦夜さん、お願いします――」

44 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:08:55.728 ID:aRObaPz.0
壇上に上がった月詠弦夜――スリッパは、白い髪を後頭部になでつけたサングラスの男性だった。
高級そうなスーツに身を包み、まさに――大企業のトップといえるような外見。

集計班の時と同じく、黄色い歓声が会場に沸いた。

その地位でありながら若いことは、初めて存在を知ったとき意外に感じた記憶がある。
老いを感じさせない若々しい見た目……確か、大戦の原動力になる切っ掛けも若々しい立ち振る舞いによるものだったはずだ。

スリッパ
「ご紹介に預かりました、月詠弦夜と申します――スリッパの方がここではなじみ深いかもしれませんね
 皆さん、兵士としての参加、まことにおめでとうございます」

渋い声が、マイクを通して室内に響き渡る。
集計班の時と同じように、声はぴったりと止んだ。その端正な顔立ちにはそういった魔力のようなものがあるのだろうか。
……そんな疑問を浮かべるぐらい、オレには男の魅力について理解することができなかった。


45 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:09:14.004 ID:aRObaPz.0
スリッパ
「先ほどの紹介通り、私はかつては大戦に兵士として参加し、現在は企業として会議所を支える立場にあります」

スリッパ
「私が大戦に参加した時――こんなことを言いました」

スリッパ
「突き進む、たとえその先が闇だったとしても――と」

その言葉に、会場のあちこちで歓声を押し殺したようなどよめきが聞こえた。
……その言葉は、名言として世界に広く知れ渡っていたからだろう。

スリッパ
「当時、第1次大戦を終え、続けて第2次大戦へと移行した時には不安も多くありました
 コルヴォ・フェルミ――まいう氏の意思を引き継げるか、彼の追い求めた理論を世界が認めるか――」


46 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:09:32.031 ID:aRObaPz.0
スリッパ
「大戦という新しいイベントは、未開の荒野を切り開く冒険でもありました
 当時、ルミナス・マネイジメントを立ち上げて数年……大戦は世界的なイベントになると考え、
 私は企業の代表という立場ではありますが、そのイベントの運営に積極的に協力してまいりました」

スリッパ
「はじめは有志で集まっていたイベントも、回数を重ねるにつれ、
 ルミナス・マネイジメント以外の企業、あるいは明治国以外の各国も協力する一大行事として成長していきました」

スリッパ
「先ほど、集計班氏が申しあげたとおり、【大戦】は戦うことだけではありません
 世界の士気を高め、よりよいうねりを作り上げる――そういった行事です」


47 名前:Route:A-1 president:2020/08/18(火) 23:12:01.486 ID:aRObaPz.0
スリッパ
「現在では多忙の身である立場上、私は大戦に直接参加してはいませんが、間接的に協力しています
 いずれは復帰も考えていますが――この話はまたの機会にということで――」

スリッパ
「さて、話が脱線しましたが――
 大戦に参加するみなさん――これまでとは違うことにチャレンジするようになると思います
 ですが、そこでは様々な出会いもあります、これは先人としての助言ですが、大戦は目いっぱい楽しみましょう
 ありがとうございました――」

スリッパが話し終わると、大歓声とともに拍手が沸いた。
それは今まで聞いたものよりも大きく、部屋自体を震撼させていた。

そういえば、スリッパ……月詠弦夜は、一代で大企業を作り上げたことから、彼は企業の皇帝と呼ばれることもあった。
部屋を包み込むような熱狂的な音は、その肩書へのリスペクトなのかもしれない……。

加古川
「月詠弦夜――スリッパさん、ありがとうございました
 続いては来賓の紹介です――オレオ王国、ナビス国王……」

――それからは、ただ形式ばった紹介と、式辞だけが流れていった。
オレは、どこか冷めた気持ちでそれを聞きつつ、式典の終わりまで過ごしていた……。

48 名前:SNO:2020/08/18(火) 23:18:35.867 ID:aRObaPz.0
ユリガミSSは兵士が死ぬほどいなかったのでとりあえず兵士を目立たせるようにします

49 名前:きのこ軍:2020/08/18(火) 23:20:53.417 ID:vREtE36Io
おもしろい設定が多くていいですね。
兵士の真名が別にあるという設定は特にいいなと思っています。

50 名前:Route:A-1 stroll:2020/08/19(水) 22:45:21.099 ID:QtrAoYXE0
乙海
「うーん――」

人で込み合う大会議室を抜け、外に出たオレ……。
どこか息苦しい――大勢の人がいるから当然でもあるが、解放感でオレは大きく伸びをしていた。

……オレを、興味深そうに見る兵士の眼が少しあった。
きっと、女にしては高いその背の高さが原因だろう……もう、そうみられることには慣れているが。

ふと、腕時計を見た。
午前11時05分――このまま帰るのもいいが、適当に会議所でもぶらついてみることにした。

会議所の中に広がる街並み。朝の静けさが嘘のように、人でごった返している。


51 名前:Route:A-1 stroll:2020/08/19(水) 22:48:17.449 ID:QtrAoYXE0
乙海
「ふむ……」

オレは、近くにあった喫茶店の中をちらり――と見てみた。
そこも、人でにぎわい、オレのような新人兵士や、あるいは住民、ベテランの兵士たちが談笑している。

オレは、人ごみは好きではない。
一人でいられる空間――そういったところの方が好みだ。

……まぁ、人ごみの中で過ごすことも、過敏に嫌だ、というわけではないのだが。

オレは、一人で過ごすことに慣れていた。
――父親が、家を空けることが多かったのもその一因だが……やはり生まれ持っての性格もあるのだろう……。

オレは、人ごみを交わすように店の入り口をちらりと見やった。

飲食店だけでも、数多くの専門店が並んでいる。
明治国に最も近いのだから、明治料理も多いわけだが――他の国の料理を謳う店もある。

オレオ王国料理専門店―RITZ―
カカオの産地でも有名な土地の料理専門店……。ほかにも、各国の専門店が広がっていた。

52 名前:Route:A-1 stroll:2020/08/19(水) 22:48:36.804 ID:QtrAoYXE0
また、八百屋に、精肉店に――日々の生活必需品の店も並んでいる。
一大マーケットと言ってもいいかもしれない。その中をオレは、ウィンドウ・ショッピングしていた。

乙海
「ん……腹が減ったか」

……しばらくして、オレは空腹感を覚えていた。
ぐぅと腹の音が鳴るの感覚。さて、どうするか……。
一人暮らしに慣れているため、日々の料理は小分けで保存しているから、帰ってから食べるか……?

一瞬そうも思ったが、会議所の空気感に慣れるためにも、適当な飲食店で腹をくちくすることにした。

53 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:49:32.954 ID:QtrAoYXE0
フィリップ・パブ――洒落た看板に刻まれた店名が、店頭に掲げられていた。
どうやら居酒屋らしいが、この時間帯は料理屋としての営業をしているらしい。
まぁ、オレの年齢では酒も飲めないが――。

店頭の予定表を見ると、平日の12時から15時。それから、金曜日を除く平日と土曜の18時から20時。
営業時間としては短いが……道楽だろうか?

まぁ、それはどうだっていい――人も少ないようだから、ここで食事をとろう。
カランカラン――とベルの音が鳴らして、オレは店に入った。

店の中には――客は、一人もいそうにない。


54 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:51:48.573 ID:QtrAoYXE0
乙海
(……大丈夫だろうか)

少々の不安を抱きながらも、オレはドアを閉める。

店主
「いらっしゃい――」

銀髪と金色の目をした、いかにもうさんくさそうな男が短く挨拶をした。
タキシードを着た男の胸の名札には、たけのこ軍 筍魂と刻まれている――。

……たけのこ軍の筍魂は、訊いたことのある名前だ。
確か、古武術を極めた兵士だとか、戦いのセンスに秀でているとか、親父から聞いたことがある。
それにしても、会議所で第一線を張る兵士がやっている店か。ならば、普段の営業時間が変則的なのも納得がいく。


55 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:52:33.974 ID:QtrAoYXE0
筍魂
「適当に座席に座って構わんぞ」

ぶっきらぼうな筍魂の言葉に従い、空いた座席に座った。

???
「えーと、お冷を置いておきます
 それから、こちらがメニューです」

横から、可愛らしい少女の声が聞こえた。
民族衣装を着た、金髪のエルフ――その胸の名札には、フィンと刻まれている。

彼女は、兵士ではなさそうだ。
背がオレよりは一回りも二回りも小さく……むしろ、オレの方が女として大きするのかもしれない。
……そんなことを思いながら、メニューに目を通した。


56 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:54:16.198 ID:QtrAoYXE0
パンシット――トルタン・タロン――ピナクベット――レチョン・カワリ――
聞きなれない単語と、料理の写真が並べられている。価格は良心的な部類といったところだ……。

乙海
「すみません――」

近くに居た、フィンに声をかけた。

フィン
「はいっ、何にいたしますか」

乙海
「ああ、このパンシットと、ピナクベット、それからジンジャーティーを……」

フィン
「パンシット、ピナクベット、ジンジャーティーですね、かしこまりましたっ」

フィンは、小柄な体を精いっぱい動かしながらカウンターに戻っていく。
オレとは縁の遠い風景……それは異国の地に来たような感覚もあった。

57 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:55:32.954 ID:QtrAoYXE0
筍魂
「それにしても、見ない顔だが――新人か?」

注文を受け取った筍魂は、メニューを作りながらオレに聞いた。

乙海
「はい」

筍魂
「きのこ軍で、その体躯――というよりは立ち振る舞いや姿勢を見る限り、センスがありそうだな」

軽口をたたきながら、彼の手元ではメニューができていく。その手際の良さは、何度も鍛錬した技術を感じられた。
武術に造詣が深いであろう彼にとって、料理の技術もまた関連しているのだろうか。


58 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:55:50.618 ID:QtrAoYXE0
筍魂
「ほら、頼んだメニューだ」

いつの間にか、頼んだメニューがオレの前に並べられた。

パンシット――炒めた麺が、肉や野菜と一緒になっている。
一口、運んでみると――なかなかに、美味しい。

ピナクベットは、野菜と豚肉と海老が煮込まれたスープ。
甘みと旨味が混ざった味は、胃にも優しそうな感覚がある……。

筍魂
「フフフ――営業時間は短いが、味には自信あるんでね」

オレの表情を読んだか、筍魂はしたり顔で答えた。


59 名前:Route:A-1 pub:2020/08/19(水) 22:56:50.592 ID:QtrAoYXE0
乙海
「――なるほど」

その自信満々な表情に似合うだけの技量のおかげか、
あっさりと食が進み、ジンジャーティーのさわやかな味で、食事を終えていた。

乙海
「ごちそうさま――」

すっかりくちくなった腹をさすりつつ、財布から出した金を、フィンに手渡した。

フィン
「ありがとうございます、またよかったら来てね」

そのにこやかな笑顔は、純粋で、どこか計算的にも見えた。
――彼女目当てに来る客もいるのだろうか。ふと、そんなことを思っていると……。

筍魂
「おう、気に入ってくれたみたいで感謝するぞ
 あと――多分大戦でオレと戦うことになるとは思うが――手加減はしないぞ?」

筍魂が、ニヤリとしながら自信満々にオレに語った。

乙海
「はい」

オレは頷く。彼はどういった戦法を取るのだろうか――どれだけの判断力や立ち回りを見せるのだろうか――。
そんなことを思いながら、オレは店を出て――帰途についた。

60 名前:SNO:2020/08/19(水) 22:57:03.113 ID:QtrAoYXE0
みんなのヒロイン登場

61 名前:きのこ軍:2020/08/19(水) 22:59:49.840 ID:XsMsdtRwo
受け入れられないが受け入れるしかない。
あとフィリパブが定食屋になってて笑う

62 名前:Route:A-2:2020/08/22(土) 00:12:42.648 ID:gxicPUNI0
Route:A 

                 2013/4/2(Tue)
                   月齢:21.3
                    Chapter2

63 名前:Route:A-2 sergeant:2020/08/22(土) 00:18:49.341 ID:gxicPUNI0
――――――。

翌朝、オレは――いや、新人兵士たちは、事務室で書類を受け取ってから、修練所に集合していた。
そこは広めの体育館のような場所――その広さは、学校にあったものよりも数倍広い場所だった。
様々な競技も行えそうだ。床を傷つける恐れはあるものの、射撃競技も十分できるスペースはあるだろう。

これから何が始まるのか――期待と不安の混じった少々のざわめきの中、一人の兵士がステージの上に現れた。

山本
「静粛にッ!
 私はたけのこ軍 山本先任軍曹である――」

ごつく、厚みのある筋肉質な身体と、よく通る低い声。
修練所全体にぴりぴりと痺れるような響きもあって、ざわめきは静まった。



64 名前:Route:A-2 sergeant:2020/08/22(土) 00:20:51.690 ID:gxicPUNI0
山本
「私は、新人教育――すなわち、今年度に入所した兵士たちを大戦で戦えるための訓練を総括している」

山本
「実際は、会議所長期コースのメンバーも訓練を担当するが……
 私も訓練を担当するので、以後お見知りおきをッ」

マイク越しでも大きな声は、耳がじんじんとする。近くで聞いたら鼓膜が破れてしまうほどだ――とオレは感じていた。

山本
「新人教育課程は、来る土曜日の大戦に向けて行われる
 最も、その訓練で自信が持てない場合は、来週の大戦を初戦としても構わない
 だが、精いっぱい努力することは怠らないでほしい!」

山本は、大きく腕を振り上げる大仰なパフォーマンスをした。
そのごつい腕の太さが、その発言を後押しするように天を仰ぎ――同時に、拍手が沸いた。

相変わらず、オレは形式だけの拍手をしていた……。

65 名前:Route:A-2 sergeant:2020/08/22(土) 00:24:00.970 ID:gxicPUNI0
山本
「さて――これから行うトレーニングだが、座学、ファイター・メイジ適正、それから大戦場でのトレーニングとなる」

山本
「さて、これから座学に移ってもらう
 座学については、私を含め……さまざまな兵士たちで対応するッ
 教室と講師については、今日配られた資料を参考にしてほしい
 自分の兵士番号と照らし合わせて、間違わないようにしてくれ――」

山本
「移動ッ!」

――あいも変わらず大きな声で、山本は語り終えた。

さて、座学を受けに行かなければならない……オレの行くべき場所は小会議室B、講師はB`Zだったか……。
一斉に立ち上がった兵士の動きに身を合わせながら、オレは目的の場所へと向かった。

66 名前:Route:A-2 officer:2020/08/22(土) 00:26:48.025 ID:gxicPUNI0
会議室Bでは、B`Zが壇上にすでに待機していた。
スケジュール的には、始まるまで十数分の余裕がある……オレは、机の上にある資料をぱらぱらと眺めていた。

資料には、会議所の歴史が簡潔に示されている。大戦の開始条件、大戦の運営方法……

B`Z
「よし、みんな集まったな――入所式でもお会いしたと思いますが、ワイはきのこ軍B`Zや
 皆からは、参謀と呼ばれとるが……」

崩したような訛り口調は、どこか親しみを感じさせた。

B`Z
「さて、これから座学や――配布資料の1ページ目からいくで」

配布資料の始めには、きのこたけのこ大戦の歴史がかいつまんで書いてあった。


67 名前:Route:A-2 officer:2020/08/22(土) 00:27:41.003 ID:gxicPUNI0
――コルヴォ・フェルミ。明治国の最高学府にして名門校、アポロ大学の物理学者が、偶然発見した物理法則。
それは、きのことたけのこのような、二つの陣営が争うことによって世界が発展するというものだ。

コルヴォ・フェルミ自体は、研究活動に精を出す最中、自宅の火災に巻き込まれ死去した。
しかし、彼の意思を継ぐ者たち――現会議所で、B`Zや集計班、¢と呼ばれる兵士や、ルミナス・マネイジメントを主として研究は続行された。
その努力も実り、初めは懐疑的に見られていたその理論は、現会議所のある土地で起きた戦いをもとに、
この物理法則は、世界を発展する礎となった。

――その法則をコントロールする組織は【会議所】。会議によって作られた、大戦をとりまとめる同盟という意味だ。
――その法則をコントロールする行事は【大戦】。大いなる戦いの略称で、世界の発展をコントロールするという大きな意思がこめられた単語だ。

B`Zは、それらの内容を流暢に語った。
訛りがかった口調は、聞いていて飽きない。時にはおどけてみせる話し方に、オレを含めその場の全員は聞き入っていた。
――こういった講師は、全員の共通理解を進めるうえでも重要だ。世界の中枢とも呼ばれる場所なのだから、さすがの人員配置というべきか。
……そこで、オレはB`Zがインタビュアーとしてたびたび呼ばれる理由に納得した。


68 名前:Route:A-2 officer:2020/08/22(土) 00:28:08.934 ID:gxicPUNI0
続いて、大戦の開始条件。
年の瀬を除いた毎週土曜日、会議所近辺の【大戦場】に一定数の兵士が集まる。
大戦場は、会議所本部棟裏にそびえる岩山に囲まれた大戦闘場。
当日、一定の人数が集まらないなど、トラブルの場合は、大戦は延期される……。

ルールは、会議所が決める。
階級バッヂを付ける階級制、陣地の取り合いの制圧制、兵種を割り当てる兵種制などだ。

また、紛争と称した、小規模の戦いも行われる。
この紛争は、会議所に定住する長期コースのメンバーがもっぱら行う。
――この紛争では、たった一人で96撃破をした鉄人と呼ばれる者もいるらしい。

B`Z
「大戦に参加してもらうためには、その理論のすばらしさを解くだけではなく、
 魅力的なイベントであることを広めることと、エネルギーのうねりを起こす闘争心が必要や
 きのこを憎む、たけのこを憎む――そういう、マイナスの感情が大切になる
 とはいえ、憎むのはその戦いだけ――戦いが過ぎれば、ゼロに戻さんといかんがな」

どこか楽し気なB`Zの姿は、まるでコメディアンのようにも見えた……。

69 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:32:40.207 ID:gxicPUNI0
――座学が終わり、ファイター・メイジ適正を受けることになった。
メイジか、そうでないかを判別する作業だ……。

メイジ……それは、魔力をうまく操ることのできる存在。
同時に、もともと体内に魔力を多く持っている存在のことを指す。

そうではない者は――便宜上に、ファイターとして区別されている。
魔術を使えない、武術に心得のない存在でも、一応は、ファイターという括りになるのだとB`Zは言っていた。

もともと、会議所に入所する際の適性検査でも同じような検査があった。
この簡便な検査ではなく、病院での診察のようにもっと時間と工程を必要とするものだった……。
配られた資料には、この検査の時間は短いことが記されていたから、恐らく最終確認を目的としているものだろう。

70 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:36:44.358 ID:gxicPUNI0
兵士
「竹内乙海さん」

乙海
「はい」

兵士
「ふん、ふむふむ――」

兵士が、リモコンのような機械をオレにかざした。おそらくは、これで魔力を測定しているのだろう。

兵士
「はい、事前検査通りにファイターですね……次の方……」

測定をしていた兵士の言葉からも、この作業が最終確認のために行われるものであると認識できた。

メイジに該当する種族は、知性を有する種族の中で言えばあまり多くはない。
人間では少ない。魔族や、エルフ――亜人に当たる者に多い。
亜人でも、オーガのメイジは人間よりも少ないといわれている。

また、メイジは遺伝すると言われている。
確かに親父も、メイジではなくファイターだった。だからオレも、その法則に従いファイターということだ。
鳶が鷹を産むように、突然メイジが生まれることもあるそうだが……その確率は低いらしい。

だからオレは――特別でも何でもない、確率通りの存在なのだ……。

71 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:40:47.963 ID:gxicPUNI0
滞りなく、適性検査が済み――昼食と休憩を経て、大戦場でのトレーニングが執り行われる手筈になっている。
賑わう食堂の中で、配布された弁当をひとり食べながら、オレは次の予定を確認していた。

兵士
「ふーっ、講義疲れたなぁ」

兵士
「あのB`Zって人はわかりやすかったよ」

兵士
「社長って人はしゃべり方が変でそれが気になって大変だったよ」

兵士
「山本さんは威圧感がすごいな……そして軍曹なんだぜ……」

兵士
「¢さんってイケメンよね、アイドルにいそう」

様々な兵士の声――それは会議所が多種多様な人物が集まる場所であることを改めて思わせる光景でもあった。
辺りを見やれば会議所に入所する前の仲らしく、和気藹々と食事するグループもいたが……
オレの居た学校では、会議所への進路を決める者は少なく――またオレの交友関係も広くなかったからか――オレは孤独だった。
まぁ、孤独だからといって特にどうということではない。オレは昔から孤独に慣れていた。


72 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:42:19.767 ID:gxicPUNI0
そして、食事を終え……オレたちは、大戦場へと向かった。
オレは他の兵士たちとともに講師の前に並んでいた。

トレーニングの講師は――791という女性兵士だった。
大戦は男女関係なく戦うが、こういったトレーニングは男女に分けて行われるらしい。
――まぁ、それは学校でも同じだったから、それに倣ったということだろう。

それにしても――791という人物は、聞き覚えのある存在でもあった。
確か、鬼のように強い腕力と魔力を持つ、通称――魔王とも呼ばれる魔族だと親父から聞いたことがあった。

791
「こんにちはっ」

大戦場で集合したオレたちに挨拶する791は、その魔王という単語には名会わない柔和な笑顔を見せていた。


73 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:43:33.038 ID:gxicPUNI0
791
「私は791――女の子たちをまとめるのは、一応私の仕事になっています
 まぁ、代表はもう一人いるけれど――彼女は別の用事があるからね」

しかし紫色のローブをはためかせる791の額には、魔族であることを示す金色の角が輝いていた。

791
「男の子たちと、トレーニングは一緒だけど、性別を考えてやっています
 あと、女の子の行事の人はそれも考慮するから――」

オレを含め、女兵士は男兵士と比べれば割合は少ない。兵士の1割か2割が該当する――と言えばいいだろうか。
しかも、大抵はメイジ……オレのようなファイターは少ない。

791は、逐一全員の様子を見ていた。その器の大きさは、魔王――民を束ねる上位存在として相応しいもののように思える。


74 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:43:49.233 ID:gxicPUNI0
791
「はい、みんなとりあえず大丈夫そうだね――
 じゃあ、ランニングから――」

兵士たち
「はいっ」

オレたちは、791の提示したトレーニングをこなしていく……。
大戦場は、草も生えない荒野の地――ところどころに岩があり、岩山近くには森も見える。
走るたびに散らばる砂。硬い地面――その上を走っていて、オレは学生時代に体力作りのために、近所をランニングしていたことを思い出していた……。


75 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:44:01.724 ID:gxicPUNI0
――――。

791
「はい、おつかれさま――明日から大戦の前々日まで、トレーニングは続きます
 みんな、今日は早く寝ようね、解散っ」

トレーニングは、オレにとっては体力の余力が残るものだったが――ほかのだいたいの女子は、息を切らしてへばっている。
……なるほど、考えられている。メイジは、どうしても魔力に頼ることが多いから体力がないものも多い。
それを、同じ女性のメイジがやれば、大体の塩梅を掴んだうえで行える――会議所の選択に、オレは内心感心していた。


76 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:44:55.765 ID:gxicPUNI0
帰路につこうとするオレの背中を、不意にぽんと叩かれた。

乙海
「!」

振り向くと―ー791がにこやかに微笑んで佇んでいた。

791
「貴女は、なかなか体力があるね」

ふわりと揺れた髪からは、レモンの香りが鼻をくすぐる。香水だろうか?

乙海
「ありがとうございます」

感謝の言葉とともにオレは礼をした。少なくとも――オレは立場的には下なのだから。



77 名前:Route:A-2 great mother:2020/08/22(土) 00:47:02.926 ID:gxicPUNI0
791
「それに、確かあなたは射撃の大会にも出ていて、いい成績を取ってたね」

乙海
「そうですね」

そうだ。
学生時代、オレは射撃部に所属し……全国大会にも出場した。
上位入賞もし、表彰も受けた記憶もある。――それも、過ぎ去った過去の出来事だが。

791
「そんなにすごい新人が来るなんて嬉しいな
 きのこ軍だから、ライバルにはなるんだけど――大戦以外では仲良くしましょう」

乙海
「はい」

791が、腕をオレに差し出す。指に輝く紫色の爪は、マニュキアで塗ったものはなさそうだ……。
爪先の下に広がる肉そのものが紫色……これは魔族の生物的な特徴なのだろうか?

ともかく、オレは791とぐっと握手をし、これからの日常に思いを馳せていた。

78 名前:SNO:2020/08/22(土) 00:47:37.901 ID:gxicPUNI0
とりあえず兵士出しまくるスタイル

79 名前:きのこ軍:2020/08/22(土) 07:35:28.797 ID:EY8MH9h2o
魔族791こわいよお。

80 名前:Route:A-3:2020/08/23(日) 17:36:28.594 ID:e.QjV2JY0
Route:A

                 2013/4/5(Fri)
                   月齢:24.3
                    Chapter

81 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:37:35.697 ID:e.QjV2JY0
――――――。

それから、3日が経過した。
791(あるいは会議所)の決めたトレーニングの効果だろうか、
初めはへばっていた女子たちも、ある程度体力が付き、同時に基本的な戦いの動きについても手慣れてきた。

3日間で、こうも鍛える――そのノウハウはどこからきたのだろうか?
世界各国、あるいは企業の叡智と経験によるものか……。少なくとも、これまでに会議所を運営して得られたノウハウであることに違いはないだろう。


82 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:38:42.409 ID:e.QjV2JY0
大戦前夜――体を休め、大戦に備える期間として設けられた日、オレは会議所を散策していた。
……wiki図書館とやらが、気になったからだ。

wiki図書館――速いを意味するwikiwikiという単語から着想を得た名前らしい。
世界の様々な情報を、素早く得られる――それをコンセプトにしているとか。

とはいえ、素早く得られることと素早く調べられることはイコールではない。
あくまでも、この図書館だけで解決する――すなわち世界各国を探し回らなくてもいい――という意味合いらしい。
B`Zが誇らしげにそう語っていた光景を、オレは思い返していた。

ともかく、オレはwiki図書館に足を運んだ。
――広い。本部棟よりはさすがに大きくはないが、これだけでも小国の城と呼べそうなほどだ……。
とはいえ、中は図書館――静けさに満ちていた。

――そもそも、人の姿もあまり見えないような気がするが。

83 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:44:35.090 ID:e.QjV2JY0
B`Z
「おっ――乙海か、おはようさん」

乙海
「おはようございます」

気さくに話しかけてきたB`Zは、軍服ではなく着流しを揺らしていて、どこかその表情はうれしげだった。

B`Z
「解説した時は割と来てたが――今は、そう大勢で来ることもないからな」

静寂な部屋を見渡しながら、語るB`Zは、いきいきとしていた。
乾いた笑いをこぼすB`Zを見ながら、オレはある疑問を彼にぶつけた。

乙海
「それにしても、設立3年目で3代目とは、何があったんですか」

B`Z
「おお、歴史についても知ろうとするとは――お前は中々うれしい新人やな」

B`Zは、うきうきした様子で、オレに語り始めた。
――その様子からは、歴史に耳を傾ける者の少なさを、思い知らされるようでもあった。

84 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:50:14.762 ID:e.QjV2JY0
wiki図書館は、もともときのこ軍の兵士、無口が作り上げたものらしい。
――しかし、ある日火災に遭い、無口は行方不明になった。
所蔵している本は、特に貴重な本が主に無事で、手に入りやすいものだけで焼失するという、不可解な火災だったという。

原因は不明。――無口がどうなったかも当然不明。
その後、山本とB`Zが協力して再建し、新人兵士の教育代表になった山本に替わり、B`Zが館長になったそうだ。

乙海
「無口――」

そのコードネームは、シンプルながらも底知れない恐ろしさを覚えた……。

B`Z
「――長い白髪に隠れているから、その顔を見た者はおらん
 ……その恐ろしい強さから、虎って呼んでた人もおったな……」

その出で立ちはいかにも怪しいような気がするが――それは偏見かもしれない。
そもそも、噂だけで真実と決めつけるのもよくないだろう……。
頭の片隅に留めておくだけ……中庸を選択するのが一番最善だろう。

B`Z
「性別も当然不明――声も中性的やったから判別も困難……
 戦闘能力は、武術と魔術に秀でた……いわば、ファイターとメイジを合わせた存在やったが
 ――まぁ、今はもう昔の話、やな」

回想するB`Zは、名残惜しそうな――そんな顔をしていた。


85 名前:Route:A-3 previous night:2020/08/23(日) 17:50:35.537 ID:e.QjV2JY0
B`Z
「それはそうと、そんな雑談をしてもあんたの時間を奪うだけやな
 ほら、好きなものを調べや」

そう言うと、B`Zは大手を振って図書館の奥に消えていった……。
ぽつんと取り残されるオレ。B`Zはおしゃべり好きのようだ。そんな性格が、静寂な図書館の館長。
――意外な取り合わせだ……と思いながら、オレは図書館の中をうろつき始めた。

86 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 17:52:51.780 ID:e.QjV2JY0
図書館の中をぶらつき、膨大な量の本棚を見ては、本の背表紙に指を触れ――
そうしているうち、オレは気になるタイトルの本を見つけた。

『バラガミの伝説』

著者は――衣月忍……?一体何者だろうか。
その表紙には、人魚の絵が描いてある。
本の区分は伝記……人魚にまつわる物語なのか?

夢の中の人魚の少女のことを思い出す。オレはあの思い出を今もなお心に留めている。
この本がその思い出に関わるのかは分からないが……ともかく、これも何かの縁かもしれない。
オレは本を手に取り、近くの席に座った。


87 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 17:55:32.725 ID:e.QjV2JY0
衣月忍――その著者に関する情報は、ルミナス・マネイジメント所属の探検家ということだけしか記されていなかった。
あの会社の誰か……企業の規模としては大きいからそれを特定するのは難しいだろう。

オレはぺらりとページをめくり――そこに広がる情報の海に身を投げた。

――バラガミと呼ばれる存在。
それは白い髪と肌を持ち、血のように赤い眼をした若い女性の尼僧として語り継がれている。
羽織る衣装は烏のように黒く、白鷺のような髪とは対照的な見た目をしており、
紅薔薇の髪飾りをしていたから、奇跡を起こす存在であることもありバラガミと呼ばれているらしい。

88 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 17:55:57.711 ID:e.QjV2JY0
彼女は傷病にあえぐ人々を救った。彼女の【力】は、治療法のなかった病をなかったかのように消すことができた。
一方で、彼女には治癒できないものもあったと聞く。
生まれ持って機能を失った部位は、不可能だと断言していたそうだ……。

彼女は、はるか昔から最近になるまでその噂が語り継がれていた。
いずれのうわさも、彼女の姿は同じ。若い女性であることに変わりはなかった。
一説によれば――彼女は人魚の肉を食べて不老不死になった、と言うものもいた。


89 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 18:00:28.350 ID:e.QjV2JY0
彼女は、『人魚の肉を食べることはとても愚かなことで、願いは叶わない』と語ったこともあるらしい。
人魚の肉――それは食べれば不老不死になると言う妙薬。
人魚という存在は、未だ確認されていないから、眉唾物と、本には記されていた……。

オレはごくりと固唾を飲んだ。人魚――それはオレの心に残る思い出。
しかし……親父にその思い出を話したら、『人には話すな』と言っていたような気がする。

それは、妙薬の存在を隠すためという理由なのだろうか。
…オレは、突然胸がざわつくような感覚を覚え、オレは本の出版日を確認した。

それは20年前――オレが生まれるより前の古い本だった。
ならば、ただの伝聞ということか……。オレはなぜだか胸を撫で下ろしていた。

90 名前:Route:A-3 biography:2020/08/23(日) 18:03:40.060 ID:e.QjV2JY0
――オレは、続きを読み進めた。

バラガミは20年ほど前からその噂を聞くことはなかった、との記述が続いていた。
本の出版日もそれぐらいだ。オレが生れ落ちてから今まで、バラガミについては聞いたことがない。
この本も、一時の夢や都市伝説を記録したものになるのだろうか……?

乙海
「ふぅ」

オレは、ため息をついてぱたりと本を閉じた。
……人魚。それもまた伝説の存在だと言うが、オレは確かに見た。

では、バラガミも存在するのか?
……存在したとして、人魚の肉とやらを食べたのか?

オレはその理由が気にはなったが……
そのバラガミの存在自体が確かかどうかがわからないから、その思考が結論にたどり着くことは、ついになかった。

91 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:04:30.188 ID:e.QjV2JY0
集計班
「おや――貴女は竹内さんの――」

バラガミと人魚について後ろ髪を引かれつつも、本をもとの場所に戻したところで、
スーツを着た青髪の男性――きのこ軍兵士の集計班に話しかけられた。

乙海
「!――どうも」

いきなりのことに、面食らいながらも……オレは挨拶を交わした。
どこから、現れたのか……闇の中に潜んでいたのだろうか。


92 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:12:56.807 ID:e.QjV2JY0
集計班
「こんにちは、乙海さん――お父さんは、お元気ですか?」

乙海
「たぶん――今は、単身赴任でどこかに行っていて、たまに顔を合わせるぐらいですね」

――父と離れ離れなことには、もう慣れた。というより、子供のころからオレは一人に慣れているような人間だった。
だから、少しぶっきらぼうに――大人げない返しをする。
その返答をしてから、もう少し取り繕ってもよかったか……と少し自信を省みた。

集計班
「はぁ、なるほどね――まぁ、家族と離れ離れになりすぎると、そうなることもありますよね」

オレの態度に、集計班は頷いたように見えた。
同情?あるいは嘲笑?その長めの青い髪と青い瞳からは何も読み取れない。
一見、温和そうで……しかし陰を落とした雰囲気が、彼についての内面を理解させないように思える……。


93 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:14:16.575 ID:e.QjV2JY0
集計班
「でも、離れてた家族のことに、思いを馳せるぐらいはしておいたほうがいいですよ――
 人に忘れ去られることは、死にも近いようなものですからね」

感慨深そうに、語る集計班の横顔は――物寂しそうにも見えた。
それが彼の内面かどうかは……確定できないが。

集計班
「それはそうと、どうしてここに?明日は大戦だから、身体を休めたほうがいいのでは?
 ここは、周るだけでも一苦労ですからね」

乙海
「……確かに、予想以上に広いですね
 本をひとつ読んで、今戻したところですが……」

集計班
「ふーむ、確かにここは暇をつぶすのにはぴったりですが――
 やるならば、まとまった休日の日に取るべきですかね」

集計班は辺りを一瞥し……オレに向き直って、諭すようにそう語った。

94 名前:Route:A-3 shadow:2020/08/23(日) 18:20:59.710 ID:e.QjV2JY0
集計班
「なんせ、情報が集積されすぎて、探すのにうんざりしますからね……
 魔術でそういった制御もしようと考えていますが、まだ開発中ですからねぇ」

乙海
「ふむ」

集計班
「なにより、初めての大戦はかなり体力を使うものですからね……」

集計班は、頷きながらそう言った。――そういえば、彼は大戦の総括もしていたはずだ。
そういう立場にあるからこそ、大戦の流れについても広く把握しているのだろう。

乙海
「それも、そうですね――また来ます」

オレは、集計班の言葉に従うことにした。
踵を返し、こつこつと靴の音を響かせながら、図書館を後にするオレ……。

ふと後ろを見ると、集計班はオレが戻した本のあたりを見ていた。
……場所は合っているとは思うが、順番が微妙に違っただろうか。
まぁ、その場合彼が直すと思うが……そんな無責任なことを思いながら、オレは帰路についた……。

95 名前:SNO:2020/08/23(日) 18:21:26.463 ID:e.QjV2JY0
>>80
chapter番号スレ忘れてるのは秘密だよ chapter3です

96 名前:きのこ軍:2020/08/23(日) 18:56:19.905 ID:rLe6kz26o
人魚伝説…気になる。

97 名前:Route:A-4:2020/08/29(土) 22:53:07.849 ID:l7P1gmjU0
Route:A

                 2013/4/6(Sat)
                   月齢:26.3
                    Chapter4

98 名前:Route:A-4 arrangement:2020/08/29(土) 22:57:52.484 ID:l7P1gmjU0
――――――。

翌日の正午過ぎ、オレたちは、大戦が行われる場所……大戦場に居た。
岩山に囲まれた、広大な荒野の中……。トレーニングを行った場所……。
きのこ軍とたけのこ軍は、互いが見えないほどの距離を開けて集合していた。

山本
「諸君らが初めて挑む大戦のルールは階級制だ、オーソドックスなルールだからわかりやすいしとっつきやすいだろう」

――新人教育課程の中で、山本がそんなことを言っていたことを思い出す。

階級制――ランダムに決定される階級バッヂをつける戦いだ。
階級の位が高いほど、普段の運動能力を増強させる――そういう仕掛けを凝らしたルールらしい。
それならば、高い階級ばかりならいいのではないか――という疑問も出てくるが、
それに関しては高すぎる運動能力は制御しづらいという特徴を利用して戦力のバランスを取っているようだ。
だからこそ、階級が低くても十分に戦える……。

オレにとっては、まだふわふわとした概要しか理解できていない概念でもあった。

99 名前:Route:A-4 arrangement:2020/08/29(土) 23:32:12.431 ID:l7P1gmjU0
大戦場に敷かれた広大な魔法陣は、大戦を制御するために使われているという……。
階級による、運動性能の変化も、その一端――そんな都合のいい世界を生み出す魔方陣は、誰が作り出したのだろう。

兵士
「ほい、階級だ――」

そんな疑問を思っているうち、オレの手にバッヂが手渡された。
まぁ、その魔法陣の想像主など、オレには、関係ないだろう。

受け取った階級は軍曹¶だった。
新人には、少し過ぎたものかもしれないが……まぁ、いいだろう。

B`Z
「新人はん、これが初めての戦いや――もちろん緊張もあるかもしれんが、しすぎなくてもええ」

B`Zは、その場の全員にエールを送っていた。
それは参謀というよりは、軍のリーダーのようにも見えたが……その力強い言葉に、不安は和らいでいた。


「僕もたくさん戦ったが、戦いは日々変わるものだ、この大戦で状況判断力をつけてほしいよ」

¢――オレほどの高い身長と、整った顔をした黒髪の兵士は、後ろ手を組みながらそう言った。
その腰には二丁拳銃。あれが彼の得物というわけか……。

100 名前:Route:A-4 arrangement:2020/08/29(土) 23:33:23.654 ID:l7P1gmjU0
――大戦が始まるまで、まだ時間はある。
ふとオレは岩山の頂上を見上げた……そこには、大戦観測所があった。
そこでは、集計班あるいはその他の兵士が、観測機器を用いて戦況を確認し、両軍の戦力を計算するのだという。

昔は、魔術を利用しながら手作業で測定していたと聞く――想像するだけでその面倒さでうんざりしそうだ。
大戦を円滑にするための技術の発展もまた、大戦によって得られたものなのだろうか。

そんなことを思いながら、時計を見た。時刻は12:50――。

乙海
(もうすぐか)

そう思っていると……。

集計班
「お待たせしました、ただいまより第162次きのこたけのこ大戦の準備が完了いたしました
 それにつき、定刻通り13:00から大戦を開始します……」

集計班の声が、大戦場全域に広がった。マイクにはつきもののノイズはなく、鮮明な声色があたりに響く。
進んだ技術の結晶?あるいは魔術?ともかく、オレは今までに見たことのない世界を実感していた。

そうこうするうち、時計は時刻13:00を指し示した。

101 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:36:07.874 ID:l7P1gmjU0
集計班
「ファイエルッ!」

集計班の指示とともに、戦いの火蓋が切って落とされた。

きのこ軍兵士
「いくぞーーッ!」

同時に、前線で銃を構えた味方が、銃の引き金を引き、ダダダーーッという銃声と硝煙をまき散らした。

オレは、ライフルを構えながら後方支援の役割を担っていた。
――射撃が得意なことは大会にも出たことから周知の事実だからだ。


「さすが上位入賞しただけある、センスがあるよ
 初めての大戦では、新人だが狙撃手をやってみないか?」

――トレーニングの中、ライフルのテスト射撃をしていたオレに向けて、¢は拍手をしていたことを思い出した。
その後、¢はきのこ軍のエースと呼ばれる兵士――俊敏な機敏力と、腰に提げた二丁拳銃の扱いに秀でており、
接近戦でもナイフを利用した立ち回りができるファイターだとB`Zから聞いた。

オレのやっていた射撃競技も、遠くの的を狙うという意味では共通点は大いにあった。
だから、得意分野を活かせるという意味ではオレにとっても渡りに船であり、¢の提案に快く了承することになった。


102 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:36:59.840 ID:l7P1gmjU0
きのこ軍兵士
「ヨシッ!撃破だ!」

たけのこ軍兵士
「ぐわっ!」

銃声に、金属――おそらくは刃物の刃――がぶつかりあう音と、かすかな断末魔。
しかし、大戦で死亡することはない。
広大な魔方陣の中に刻み込まれた魔術には、致死的あるいは再起不能になるダメージを受ける瞬間に、
バーボン墓場――岩山の麓に作られた広場に転送される仕組みとなっている。

転送された兵士は、そこで大戦の成り行きを見守ることになるということらしい――。

集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍92%、たけのこ軍88%です」

B`Z
「優勢のようやな」

狙撃手の待機場所で、司令官として座るB`Zが、頷きながら言った。
同時に大戦場の地図や本日の気候データの書類を見比べながら、次の一手を考える仕草を取っていた。

B`Z
「だが、戦いは何が起こるかわからん――狙撃手は、手を抜かずに射程内に敵が入ったら撃つように」

きのこ軍兵士たち
「了解!」

その言葉には、何度も大戦に参加したという重みもあり、説得力を増していた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

103 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:38:16.084 ID:l7P1gmjU0
乙海
「たけのこ軍か……」

走っている人影――新緑色の軍服を着たたけのこ軍の兵士をオレは見ていた。
オレはゆっくりと引き金に指をかけ――敵の動きを予測しながら弾を発射した。

たけのこ軍兵士
「がはっ!」

命中。走る軌道を予測して視ることができた。この調子なら、なんとかなりそうだ。
これが、軍曹¶という階級に紐づけられた身体能力の強化か?そう思っていると……。

集計班
「たけのこ軍に軍神君臨!」

慌てたような、集計班の声とともに――あたりはどよめいた。


104 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:39:12.382 ID:l7P1gmjU0
B`Z
「なに、軍神やて――
 全隊に告ぐ、軍神とサシではやりあうな――基本はほかの兵士を狩りながら、射程外で足止めするんや」

B`Zも、少し驚愕しながらもすぐに命令を無線機を通じて伝える。
迅速な対応――これが、参謀と呼ばれる所以なのだろうか。

軍神――それは階級制の最高級の階級。しかし、最初のバッヂ配布には存在しない。
ランダムで決まる一定のタイミングで、敵を多数撃破したものがなることのできる階級。
スポーツ大会では、凡人だろうと世界一を狙えるぐらいに身体能力が上がるという。

乙海
「たけのこ軍が……ひとり、ふたり……」

どよめきの中、オレは変わらずスコープで敵の様子を見ていた。
敵は、オレから身を隠すように岩陰に入り、魔術の詠唱をしながら様子を伺っていた。
様子を伺う周期は一定のリズムだ。相手の行動は予測できそうだ。

105 名前:Route:A-4 battle of wars:2020/08/29(土) 23:40:58.640 ID:l7P1gmjU0
ちらりと、たけのこ軍兵士が動こうとする一瞬――。
このタイミングなら射貫けると――オレは再び引き金を引いた。

たけのこ軍兵士
「がっ!」

たけのこ軍兵士
「ぐふっ!」

近くに居た兵士を巻き込んで撃破――偶然にも、大量に撃破する形となった。

乙海
「うん……?」

ふと、オレの周りにきらきらと輝く光が見えた。その発生源に目をやる。
そこには……オレの軍服に留められた軍曹¶のバッヂがきらきらと輝き始めていた。

集計班
「き、きのこ軍にも、軍神君臨!」

同時に――驚愕したような集計班のアナウンスが響いた。


106 名前:SNO:2020/08/29(土) 23:41:40.968 ID:l7P1gmjU0
大戦開始の合図が会議所に誤爆してた内容と同じなのは秘密でもなんでもない

107 名前:きのこ軍:2020/08/29(土) 23:44:40.451 ID:DPnacW0so
まじかよ覚えてないのは秘密だよ

108 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:06:23.062 ID:wyQ1jM4A0
乙海
「B`Zさん、どうすればいいですか」

――さすがに、この事態は予想だにしていなかった。
すぐにオレはB`Zの知恵を借りることにした。
まさかこんなイレギュラーな事態が起きるとは――オレは、極度にパワーアップした肉体を的確に操れるだろうか。

B`Z
「今のお前さんの戦い方から、ここで狙撃を続けるんや
 なに――初陣で軍曹¶の身体能力を活かした狙撃をしたんや、いけるで
 ワシらも精いっぱいサポートするから、全力を尽くすんや」

B`Zは、親指を立ててオレに頷いた。

乙海
「了解」

オレはその行動に、背中を押され――言葉に従うことにした。
B`Zの言葉には頼りがいがあった。やはり大戦を長く続けているだけのことはある。

乙海
「よし」

息を大きく吐いて、オレはスコープを覗いた。狙うはオレの敵――たけのこ軍。
スコープ越しに居るたけのこ軍兵士は、彼らにとっての敵―きのこ軍にも軍神が発生したことの焦りが見えた。

109 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:10:34.695 ID:wyQ1jM4A0
乙海
(見える……これなら、なんとかなるだろうか)

まるで、目の前の動きがスローになったようだ。これなら相手の行動も予測することも容易だろう。
さらに、弾丸の起動もどことなく予想が付く。それどころか、風の吹き方までも予測できるような気がする。

引き金を引いては、すぐさま次の標的にスコープを向ける――。次々と撃ち抜かれる兵士たち……。
軽やかに動く身体が、一気に敵の10%以上の兵力を削ったのだ――。

乙海
「っ」

くらりと、身体がふらつく。
がしりと、地面に膝をつきながら、息を整える――突然の身体能力の向上に、オレの身体が困惑しているのだろうか?

が、そのふらつきも一瞬――再び姿勢を直し、敵を撃破するためにオレはスコープを覗いた。
そこでは、たけのこ軍の軍曹¶と大尉‡が、コンビネーションを取ってきのこ軍の兵士を多数撃破していた。


110 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:11:53.203 ID:wyQ1jM4A0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍45%、たけのこ軍68%です」

――オレのふらつきの一瞬のうちに、戦況が一気に変わっていた。

B`Z
「なんやと――今回の戦況は目まぐるしいな……
 しかし乙海、無理はせんでええ――平常心を保て」

参謀の額には露のような汗が浮かんでいる。目まぐるしく変わる戦況に、参謀と言われる彼でも焦りを覚えているらしい。
れでも、オレへの言葉は的確なものだった。


「参謀!敵が予想以上のコンビネーションを取って味方をなぎ倒している!」

B`Z
「いかん、一旦退却や――そのついでに、軍神Å率いる狙撃隊の射程距離におびき寄せろ」


「了解!皆、敵から距離を取り退却だッ」

オレは、通信機の向こうで叫ぶ¢の声を聴きながら、再びスコープを覗く。
――そこには、きのこ軍の軍曹¶が、敵をなぎ倒す姿が見えた。


111 名前:Route:A-4 army god:2020/08/30(日) 22:14:38.130 ID:wyQ1jM4A0
きのこ軍兵士 軍曹¶
「よしッ!まだいけるッ!」

軍曹¶から曹長†に昇給し、彼はガッツポーズをとっていた。
しかし――そのスキを狙っているたけのこ軍の兵士がいた!

隣の狙撃手が、引き金を引いて、迫る敵を足止めしていた。

乙海
「………」

オレも、隣の狙撃手が狙う標的の向こうをスコープで見た。
曹長†になったきのこ軍の兵士を撃破しようとしているメイジの集団。おまけに、すでに何らかの魔術を詠唱中だ。

だが――その足取りは見えていた。
弾丸をライフルに込め、引き金を素早く引き、敵の一帯目がけて弾丸を飛ばした。

たけのこ軍兵士
「う、うわっ!魔法が!」

狙いを定めるオレの頭には、ひとつの光景が見えていた。
それは、相手の自爆を誘発するものだった。

詠唱中のメイジの相手の足元を狙い、さらに詠唱中の魔力の塊すれすれに射撃。
慌てた敵軍のメイジが、ふらついた瞬間に魔力を誤爆し、さらにその誤爆は隣に隣に、連鎖的に広がる……。

それはまるで台風が過ぎ去ったような光景でもあった。
なかば予想通りではあったが、思ったよりも多く、恐らくは30%を越える兵力を削っていた……。

112 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:19:25.753 ID:wyQ1jM4A0
集計班
「ただいまの戦力差は、きのこ軍19%、たけのこ軍26%です」

――それでも、優位がひっくり返らない。


「参謀、こっちの舞台では罠が――うおおおっ!」

¢の断末魔が、通信機越しに響いた。
後には重火器や魔術の弾ける音と、兵士たちの喧騒だけが響いていた。

B`Z
「おい¢?おいッ!」

――参謀の必死の呼びかけにも答えない。つまりは……エースと呼ばれる¢もやられたのか?

黒砂糖
「――大変なことになっているな」

その時、きのこ軍の黒砂糖――紛争で、たった一人で敵軍の96%を壊滅させたという――通称【鉄人】が、
気配もなく、後ろに立っていた。


113 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:23:20.764 ID:wyQ1jM4A0
黒砂糖
「おそらくは軍神Åのきみが――48%以上の兵力を一気に削ったみたいだが
 兵士ひとりだけ居ても、敵が数で押してくると面倒だからな
 私も援護に来た」

――黒砂糖は、メイジでありながら優れたファイターでもあった。剣術を得意とする、ファイター寄りのメイジ。
しかし、黒砂糖の十八番はやはり魔術。詠唱なく漆黒の雷撃を連発し、敵を牽制あるいは撃破することができると、¢が語っていたのを思い出した。

B`Z
「黒ちゃん、来てくれたか
 お前の部隊も壊滅したんか?」

黒砂糖
「ああ――791さんが暴れてたからね――私はうまく退却できたが」

こんな状況でも、軽口を叩きながらすでに魔術の詠唱を始めていた。

黒砂糖
「軍神Å、お前の狙った魔術の誤爆は私や791さんレベルには通用しないぞ
 たとえ攻撃を受けても、魔力がその場に停留するようになっているからな」

乙海
「なるほど、危ないところでした」

黒砂糖
「ふぅ……これもまた、新人へのアドバイスといったところかな」

黒砂糖に返答しながら、内心オレは安堵していた。
メイジであれば誰であろうと、その作戦を取るつもりでいたからだ。
調子よく敵軍の兵力は削ったものの、オレがまだ新人であることを改めて思い知ることとなった。

114 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:24:45.717 ID:wyQ1jM4A0
再び、敵への攻撃を加えようとしたその瞬間――。
スコープ越しに、たけのこ軍の大尉‡と大佐▽が、再びコンビネーションを取り味方を撃破していた。

乙海
「なにっ」

黒砂糖
「チッ、あの波状攻撃のせいで、近くの味方は戦意喪失しながら逃げる最悪のパターンになっているな」

オレは、引き金を引き――黒砂糖は、雷撃の魔術を同時に飛ばした。
周りの兵士たちも、各々の攻撃でたけのこ軍を攻撃しようとした。
だが、それが敵軍を撃破するよりも先に――。

集計班
「きのこ軍の兵力が0%となったので、終戦となります――たけのこ軍の残兵力は25%でした――」

集計班のアナウンスが聞こえ、同時にオレたちの攻撃は掻き消えた。


115 名前:Route:A-4 settlement:2020/08/30(日) 22:28:18.091 ID:wyQ1jM4A0
B`Z
「くっ、いいところまで行けてたが――今回も負けたかっ」

きのこ軍兵士
「くそーっ、来週は勝つぞ!」

きのこ軍
「うぅうう……」

兵士たちは、悔しそうにその場に立っていた。

黒砂糖
「――まぁ、いくら強者が一人居てもダメなことはこれでわかったな」

黒砂糖は、ため息一つつきながら、静観したように語ると、オレの肩を叩いた。

乙海
「はい」

オレは――敗北したにも関わらず、なぜか納得したように答えを返した。
オレには、不思議と悔しい感情を覚えなかった。
周りの兵士たちは皆悔しさに震えたり、憤怒している者もいるというのに――。

B`Z
「しかし、初めての兵士もみんな頑張っていたんや、今回の失敗を次回に改善すればええんやで」

何度も大戦を経験したであるうB`Zは、悔しそうに唇を噛みながら――兵士たちを励ましている。
流石は参謀と呼ばれることだけはある。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

116 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:47:38.131 ID:wyQ1jM4A0
大戦を終えた後は、敗北した軍が大戦場の清掃を行う手筈になっていた。
散らばった銃弾や草の切れ端など、戦いの痕跡を片付け、会議所に戻ると、中庭一帯にバーベキューセットが組まれていた。

山本
「今回は我がたけのこ軍の勝利だが、きのこ軍の粘りも感服した――
 それはともかく、大戦終了後の後夜祭のようなものだ、精いっぱい楽しんでくれ!」

山本が、その中心でマイク越しに大きな声で宣言していた。
少し、その声量に鼓膜がキンキンするが。

【大戦】は、準備から後始末、そしてこの後夜祭を含めた一大イベントなのだと、新人教育課程で聞いた。
【大戦】が徹底してイベントとしてのスタンスをとっていることに、オレは感心していた……。

117 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:49:26.648 ID:wyQ1jM4A0
きのこ軍兵士
「お前、やるなぁ!」

たけのこ軍兵士
「お前の戦い方だって、震えたぜ」

B`Z
「よし、じゃんじゃん焼くで――肉追加や!」

791
「いよっ、参謀――おかわりちょうだいね」

筍魂
「戦闘術魂なら、さらに手際よくできるぞ」

791
「うるさいなぁ――魂さん」

軍派関係なく、和気藹々と対話する兵士たち。じゅうじゅうと焼ける肉の音が、それを彩っていた。


118 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:49:55.514 ID:wyQ1jM4A0
きのこ軍兵士
「乙海――お前すごいな!」

きのこ軍兵士
「強い女兵士――魔王791の再来みたいだな」

女兵士
「かっこいいわねーっ」

乙海
「はぁ……どうも……」

オレは――兵士に声をかけられても、適当に返答し、なんとなく、飲み物を飲みながら、適当に肉と野菜をつまむだけだった。
……どうも、オレは対等に話しかけてくれる存在がいない。自分から歩めば変わるかもしれないが――
かつての経験から、どうしても相手が委縮してしまうビジョンが見え、ついつい避けようとしてしまう――。
そうなるのは背丈といった身体的特徴か、あるいは、オレの性格といった精神的特徴のため――その両方かもしれない。


119 名前:Route:A-4 after party:2020/08/30(日) 22:51:08.431 ID:wyQ1jM4A0
オレは飲み物に口をつけてみた。大戦で疲弊し乾いた喉を潤す感覚は、少々の爽快感を覚えるが……
その場の空気は、オレにとってはあまり好みではなかった。

乙海
(ふぅ……隅の方で様子でも見ておくか)

オレは、こっそりと中庭の隅へ移動した。
辺りの空気感に、どうしてもなじむことができない。
オレは、距離感を覚えながら、和気藹々した後夜祭の風景を眺めていた。

120 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 22:54:39.897 ID:wyQ1jM4A0

「乙海――お疲れ」

乙海
「――どうも」

ひとりで佇むオレに、¢が話しかけてきた。


「きみは、誰かと食べないのか?」

乙海
「あいにくですが、一人の方が落ち着くので」

心配するような¢に、オレは正直な感情を伝えた。

121 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 22:56:00.368 ID:wyQ1jM4A0

「ふーん、僕と同じだな……
 エース級の活躍をしても、どこか冷めた目線でいるところが――そして、孤独を好むところが
 まぁ今回、たけのこ軍の罠に引っかかってやられた兵士が言うセリフではないかもしれないけどね」

エースと呼ばれている¢――その端正な顔立ちと立ち振る舞いからは意外な答えだった。
……ある意味、似た者同士、ということなのだろうか?

乙海
「そうなんですか」


「――その人物をただ見ることは、仮面を見ているだけにすぎないんだ」

オレの考えていることを悟ったのか、¢はゆっくりと答え始めた。


122 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 22:58:51.874 ID:wyQ1jM4A0

「――人は、みんな仮面をかぶっているんだ
 僕も、エースという仮面をかぶって、優秀な人間として見られているが――
 その中身――性格はこういうものだぞ?
 まぁ、参謀や集計さんといった古くからの面子は知ってるけどね」

乙海
「確かに、そうですね……」

¢は、感慨深そうにオレに語った。
たしかに、彼の語った内容は、オレと共感できる点もあった。

彼からそのことを聞かなければ、エースという肩書だけで別の想像をしていたかもしれない。

「だから、きみも――物事の外面だけではなく内面を見ながら行くといいん
 醜いものは案外近くにあるかもしれないし――おっと」

そこまで言って、¢は話すのをやめた。


「これ以上は面倒事になりそうだから、ぼくはあっちに行くよ――」

気が付くと、オレは女性兵士たちからじーっと見られていた。
その表情は、どこか不満げで――¢が立ち去ると、その後を追従してる……。


123 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 23:00:03.248 ID:wyQ1jM4A0
……ああ、そうか。
彼女たちは、¢目当ての兵士ということか――。
端正な顔立ちのエースという仮面に、惹かれているのだろうか?

オレは――どうなのだろうか?
彼の特徴を脳で分析しても、魅力的とは思わない。
考え方に共感できることはあるが、それもオレと同じ考えを持つ存在がいることを知っただけにすぎなかった。

……そういえば、オレは誰かを魅力的に思ったことはあるのだろうか。
――異性で、何か思い当たるか考えてみる。

しかし、何一つとして、思い浮かばない。
オレが通っていた学校は、男女両方ともいたはずだが――。


124 名前:Route:A-4 persona:2020/08/30(日) 23:02:44.855 ID:wyQ1jM4A0
――ふと、頭によぎる光景があった。
それは、幼い日の思い出。夢の中で見る光景。オレにとっては確かな事実である景色。

夕日の海をバックに、砂浜できれいな字を書いた人魚。
彼女の魅力に、オレはずっととらわれているのかもしれない。だから――魅力を覚える人物がいないのだろうか。

――まぁ、それよりも……次の大戦だ。
今回は、身体能力が非常に強化されたから――次回こそ手堅く戦ってみたいという気分もある。

オレは、ぐっと手を握ったり開いたりしながら、後夜祭で兵士たちが楽しげにする様子を遠くで見ていた。

加古川
「娘が待ってるから、今日はこの辺で――」

抹茶
「僕も見たい番組があるのでこれで――」

やがて、兵士の一部が帰り始め……オレも、それに合わせて帰宅することにした。

帰路につくオレの中では……¢の語った、外面と内面の差異についての話題が、かすかに残っていた。


125 名前:SNO:2020/08/30(日) 23:03:05.481 ID:wyQ1jM4A0
大戦は実際の内容と同じ

126 名前:きのこ軍:2020/08/30(日) 23:33:59.747 ID:AIXgRpAoo
た、大戦で青春をしている!?
終わった後にみんなでBBQするってのはらしさが出てますね~感心

127 名前:たけのこ軍:2020/09/01(火) 22:11:52.593 ID:0c4Ev95Q0
>>97の月齢は25.7のミスなのは秘密だよ

128 名前:たけのこ軍:2020/09/01(火) 22:14:24.861 ID:0c4Ev95Q0
>>127
25.3だった

129 名前:Route:A-5:2020/09/01(火) 22:14:44.887 ID:0c4Ev95Q0
Route:A

                 2013/4/7(Sun)
                   月齢:26.3
                    Chapter5

130 名前:Route:A-5:2020/09/01(火) 22:16:12.394 ID:0c4Ev95Q0
――――――。

オレは、夢を見ていた……。

それは、幼い日の思い出。
砂浜で出会った少女との、たった一日限りの――それでいて、決して忘れることのない思い出。

おとめ
「――きみは?」

???
「………」

オレが海岸を散策していたとき、着物を着た少女が呆然と座り込んでいたのを見つけた。
年齢は恐らくオレと同じか、少し上といったところか……オレは、心配になって彼女に話しかけた。

131 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:17:52.324 ID:0c4Ev95Q0
少女の目には涙が浮かんでおり、無言で自分の足を指さした。
そこには、赤い血が滲み、だらだらと傷口から当てれ出ていた。
見るからに痛々しく……オレの心も、ちくちくと痛んだことを今でも覚えている。

おとめ
「けがをしているのか――人を呼んでこようか?」

???
「………」

ふるふると、首を横に振る少女――その身体も同じようにぶるぶると震えていた。

おとめ
「………じゃあ、オレが応急手当するよ」

――子供のころから、オレは孤独を好んでいた。
そして父も、そんなオレのスタンスに異を唱えるわけでもなく……
ケガしても一人でなんとかできるようにと――応急手当の仕方を学び、簡単な道具を持ち歩くように言い聞かされていた。


132 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:25:09.718 ID:0c4Ev95Q0
おとめ
「ちょっと、待ってて――」

オレは、すぐに近くの自販機で水を数本買い、傷口を洗い流した。

???
「……!」

そして、ハンカチを傷口に当て――止血する。

おとめ
「痛いかもしれないけれど――」

心配しながら手当てをするオレに対して、少女の顔は――どこかほっとしていた。
オレはその表情がずっと忘れらなかった……心に、深く深く、楔を打ち付けたかのように刻まれていた。

乙海
「はっ――」


……そこで、オレが目覚めた。

133 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:27:31.919 ID:0c4Ev95Q0
翌日……日曜日は、完全な休養日となっていた。
大戦で疲れた心身を癒す――そういう目的があるそうだ。
まれに、土曜日に大戦ができなかった時の代替日になる時もあると聞いたが……。

オレは――翌朝、初めての大戦のために疲労でぐったりとした身体を何とかベッドから起こしていた。

乙海
「っ……ぐぐぐっ」

バキバキに凝った肩を、どうにかぐるぐると回す。
しばらく、そうやっているうちに……ようやく、立ち上がることができた。

乙海
「ふぅ……どうするかな――」

背伸びをしながら、オレは、会議所にでも行こうかとも思ったが、どうせこれから何度も行く場所に、あえて行く必要はあるのだろうか……とも思っていた。
どうせどこかに行くのなら、普段行かない場所のほうが有意義ではないか?

乙海
「……」

オレは、しばらく考え込んでみることにした。


134 名前:Route:A-5 holiday:2020/09/01(火) 22:29:40.146 ID:0c4Ev95Q0
――しかし、それも思いつかなかった。
オレの住むきのこ軍居住区は、一つの大都市ともいえるが……。
子供のころ、父とオレがたまの外出をするとき、主要なところはあらかた巡り、行かない場所というものがぱっと浮かばなかったのだ……。

乙海
「…………」

結局、オレは、【会議所】の施設の開放時間を見ていた。
本部棟の散策は可能。事務棟は休日は閉まっている――wiki図書館は時短になるが解放されている――。

乙海
「――まぁ、いいか」

結局、オレは会議所へ行くことに決めた。――選択肢が、それしか思いつかなかったからだ。

軍神の影響か――後夜祭では気が付かなかった疲れは、細波のように、わずかに残っていたが……
オレは、外に足を向けた。

135 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:31:11.669 ID:0c4Ev95Q0
会議所にたどり着いたオレは、人の少なさにどこかほっとしていた。

大戦当日はこれでもかと密集していたのに、休日ではまばらに居るだけ。
――ゆっくり、落ち着ける場所に居るのかもいいかもしれない。

そう思って、自分好みの場所がないか――それを探すことにした。

そう思って、歩き始めたが――本部棟は、広い。本当に――広い。
新人教育課程の時には、人でごっ返していたから、意識しなかったが……。
改めて見るその廊下は雄大で、まるで無限に続くかのようだった。

……様々な研究室まで、存在している。
オレに縁はあるのだろうか――学業は、それなりにできた方だが、
ここまでの専門知識を突き詰める人間――その器はないような気がすると直感がそう言っていた。

136 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:36:36.567 ID:0c4Ev95Q0
そんなことを思いながら、研究室の近くの張り紙を見る。

【トニトルス・フェラム】研究所会議所支部――。

――確か、義肢などを開発している会社だったか。
大企業のルミナス・マネイジメントと提携したというニュースも、昔聞いたことがあった。

そんな思考に耽っていると、突然声をかけられた。

???
「――貴女は、つい先日の大戦の新人ですね」

乙海
「!」

そこには、メイド服を着た、左はブラック、右はホワイトに分かれた色をしたショート・ヘアーの女性が居た。
耳の形状から、恐らくはエルフなのだろうか……?
その背中には髪色と同じく、左はブラック、右はホワイトの翼……これは衣装なのだろうか、あるいは本物なのだろうか。


137 名前:Route:A-5 anima:2020/09/01(火) 22:40:59.048 ID:0c4Ev95Q0
ブラック
「驚かせてしまったようですね――私(わたくし)はトニトルス・フェラムの社長秘書のブラックと申します」

――ブラックと名乗った女性は、ぺこりと、綺麗な姿勢の礼をした。

その顔には右目を縦に走る傷痕があった。頬にも横薙ぎの傷痕……。
その右目はずっと瞑っていて、オレは、知らずのうちに彼女をじっと見ていた。

ブラック
「おや……この眼が気になる――まぁ、それも当然ですね
 私の右眼は見えませんから……それももう、とても昔の話です」

オレの疑問を解消するためか、あるいは予想したのか――彼女は感慨深げにそう答えた。

乙海
「すみません」

オレは、居心地の悪さを覚えて謝意を伝えた。

ブラック
「気にしなくても大丈夫です……私は奇異の目で見られることはもう慣れていますから」

あっさりと答える彼女の言葉からは、オレと同じ視線で何度も見られたのだ――という事実の重みがあった。


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