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ユリガミノカナタニ

1 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:54:48.03 ID:XUiZ9x7c0
??「―――――――。」


―――声が聞こえる。



これは、わたしの一番古い記憶?


何も、見えない。


そこは、暗闇の中―。

701 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:02.303 ID:Xq8Lt4m.0




       鍛 冶 屋 衛 兵 伝 説






702 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:16.873 ID:Xq8Lt4m.0
――――水の中のような、前後左右、上下も分からぬところを、わたしの意識が漂っている。



ここは、鈴鶴の意識の中。
鈴鶴が、わたしの意識が鈴鶴のそれにあることきは気が付くことはないだろう。


―――けれど、わたしの愛する人、鈴鶴をただ見るだけでいい。

703 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:33.383 ID:Xq8Lt4m.0
魄のない、死んだその身では、それだけで満足できる。

いいや、本当のことを言えばそれは嘘になる。

けれども、それは叶わぬ望み―――。

704 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:59:13.293 ID:Xq8Lt4m.0
鈴鶴は、武器を漆黒の高機動車に乗せ、車に道路を走らせている。
時折、後ろの様子を探りながら、目的の場所へと向かって往く―――。



静かな、石造りの建物へと車を停め、武器を抱えその裏口へと歩いて行った。
扉の中から、その来訪者を確認した男は、扉を開け、鈴鶴を出迎えた。

705 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:59:36.900 ID:Xq8Lt4m.0
男「持ってきた武器を、見せてくれ………」


鈴鶴「……………」
鈴鶴は、無言で武器を包んだ布を机の上に置いた。


男「………ふむ、ふむ
  いつみても、お前のその腕には驚かされる」
そして男は、それらを軽く検品し、賛辞の言葉を述べた。

706 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:01.901 ID:2xseXwZ20
男「お前の武器は、素晴らしいものだ…
  上客の、きのたけ会議所も、お前の武器が入ると喜んでいるしな……」


鈴鶴「そう……」
鈴鶴は、その賛辞には興味がなく、ただ壁に背を預けてじいっと話を聞いていた。


男「何しろ、他の武器と比べて軽く、使いやすい…
  それに、職人の技術が惜しみなく使われていて、評判がいい………

  本職の俺でも、お前に勝つのは難しそうだ、ははは……
  もっとも、あんたは違う意味での、【武器屋】だが……ふふふ…」

707 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:15.858 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「…………」
鈴鶴は、時折この武器屋へと、自身の製造した武器を売っている。
どうしてこの武器屋なのか?

それは、この武器屋は鈴鶴が信頼している武器屋だからだ。
口が堅く、尚且つ武器の知識に富み、きちんとした態度で商いをしている。
その上、鍛冶技術も整えた、その道のプロなのだ。

鈴鶴は、男は嫌いだが、その全てを否定しているわけではない。
あくまで、性に関わることが嫌いなのであり、技術・人生といったことは認めているからだ。
それにこの男は、鈴鶴と同じサガを持っている人間であり、鈴鶴も無駄話を聞いている。

708 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:29.868 ID:2xseXwZ20
男「それはともかく、代金だ………
  しかし、最近はハイテクな機械がブームで、
  こういうアナログな武器は需要が減っているのが悩みだな……

  もっとも、俺も鍛冶屋だから、そのパァツの制作依頼を受けている、のだがな……」

男は、代金を渡しながら話を続けた。

709 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:23.909 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「………そう
   貴方の担当する、その武器の部品は?」
だからこそ、鈴鶴はこうして無駄口に付き合う。
世の中の流れを知るためにも。


男「うむ、最近武器界隈を賑わしているのは、巨人だ……
  飴細工を用いたもので、魔力を増幅させる機能のついた戦闘用の巨人だ……」

男は、該当する新聞の記事を取り出し、鈴鶴へと見せた。

710 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:41.628 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「全長10〜25m、高位スキルの発動可、簡単な操作で動く……………
   一人乗りながらも、完璧な大戦をサポート………
   これを見る限りは、軍事用の乗り物、といったところね………」

男「ああ………そいつのパァツの制作依頼だ……
  こいつの外装などは硬質飴細工だが、内部は複雑な機構が組まれているのだ
  魔力を増幅させるために必要な、宝石の加工を頼まれた……
  巨人の腕・足に効率よく魔力を送れるようにするための、中枢部分の、な……」

711 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:57.388 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「………
   けれど、誰でも術を扱えるためにはそれなりのものが必要だと思うけれど……
   そんなに、ブツはあるの?

   高性能なものになると、色々と面倒臭いんじゃない?」

男「ああ…実際のところ、天然品は2つぐらいしか用意できなかったらしい
  残りは、人工の奴だ、な……

  ま、本来は天然品が一番増幅力があるのだが、まぁ人工品でも大体は変わらんからな…」

712 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:04:32.705 ID:2xseXwZ20
男「ああ……だが、ま…限界ギリギリまで魂を込める必要はあるがな…
  おっと、それはお前は既にわかってることだったな」
――いろいろと話をして、男はふとじっと鈴鶴を見た。


男「……そうだ、お前も手伝ってくれないか?金は当然出す……
  材料がコイツで、これが求められている仕様だ、お前は信頼できるからこそ頼みたい……」
男は、鈴鶴へと、願いを言った。


鈴鶴「………分かったわ、引き受けましょう」
――そして、鈴鶴はその言葉に承諾した。

713 名前:社長:2015/10/06 00:04:53.711 ID:2xseXwZ20
巨人とはいったい何なんだろうね。

714 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:05:42.736 ID:Scimt2.60
男「うむ、ありがたい………
  道具も用意してあるから、今すぐ頼む…」




鈴鶴「ふむ………」
鈴鶴は、仕様表を見ながら、宝石の加工を行った。
その手捌きは、丁寧で、てきぱきとしたものだ。
鈴鶴は静かに――そして、男も静かに、用意された宝石を指定の形に加工していった。

715 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:06:25.529 ID:Scimt2.60
鈴鶴「………」
その瞳に写る宝石の光は、黒い瞳の闇の中へと消えるほどに、眼差しは真剣だった。

指定された加工品は、巨人の全身に魔力を送るために、多数の導線と絡み合える形だ。
宝石が美しく見えるものではなく、それよりも遥かに困難な加工を、鈴鶴は、男は熟(こな)していく。


人工品の宝石を多数加工し、仕様通りの品はそこに並べられてゆく。

そして、天然品の、価値の高いそれも、漆黒の瞳に呑まれながら、指示された形へと変わっていった

716 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:07:24.917 ID:Scimt2.60
――数時間後、完成したそれらをそこに置いて、鈴鶴と男は検品していた。

鈴鶴「ふぅ………指定通りにできたわね
   しかし、やはり貴方も相当な腕前ね……寧ろ、鍛冶屋じゃあないわたしにとって
   本職の貴方に、敬意を表すわ……」

男「……あんたにそう言われると、喜ばしいな…
  しかし、あんたも本職じゃあないにも関わらず、よくやるよ、本当に」


鈴鶴「いいや、わたしは、まだまだよ……
   永遠に、ね………」

―――それは謙遜というよりは、恐らく、わたしを忘れていないがための発言だろう。
鈴鶴はそう言って、代金を受け取り棲家へと帰って行った。

717 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:07:47.200 ID:Scimt2.60
そして、棲家で武術の鍛錬を繰り返した。

鈴鶴「はっ!はっ!はっ!」
素振りを幾度も繰り返し。

鈴鶴「…………」
飛び道具を用いた訓練を、納得がいくまで繰り返し。

鈴鶴「てやぁーっ!てやぁーっ!」
藁人形を相手に、格闘術の訓練を重ねていった。

718 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:16.945 ID:Scimt2.60
剣術といった武器を扱う戦闘技術、格闘術といった肉体を武器とした戦闘技術……。
鈴鶴の剣術の腕は、神と言うべきものだが、その他の戦闘技術もかなり高い。

鈴鶴の、その優れた鍛冶技術。
鈴鶴の、その優れた戦闘技術。

それは、鈴鶴の天稟であるということも大きいけれど、
鈴鶴が経験したことがなければ、身に着いてすらいなかっただろう。

そう、鈴鶴のこれまでの思ひ出が今へと繋がっているのだ。

719 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:39.728 ID:Scimt2.60
わたしの名前はシズ。
月に住まう、月の民―――。

同じ月の民であるフチと、月の民ではないけれど、
人に非ざる存在、天の狗であるヤミと共に、鈴鶴を護り、鈴鶴を愛してきた。
けれども、みな鈴鶴を護ろうとして、死んでしまった。

為すべきことを為し、幸せに、千代の時を過ごしていたところで。

月に在った神剣、黄泉剣に喰われて、この世から消滅してしまったのだ。

720 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:59.332 ID:Scimt2.60
……ただ、厳密にいえばそうではない。
その魂は、どういうわけか鈴鶴の魂に混じっているのだ。
フチとヤミの魂も、同じく。

鈴鶴は、そのことには気づいていない。

恐らく鈴鶴が無意識に、わたしたちの魂を、自身の魂に溶け込ましたのだ、としか思えない。
鈴鶴は、わたしを、フチを、ヤミを愛していたから………。

721 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:09:43.781 ID:Scimt2.60
―――鈴鶴は、わたしたちが殺された悲しみで、
黄泉剣の力に飲まれ、百合神なる、不老不死の邪神へと成り果ててしまった。
そして、その果てに、闇の中へと、ずうっと、ずうっと封じられることになってしまった。


―――けれども、何故だか、如何してか、鈴鶴は再び顕現した。

………。
鈴鶴の姿を見つめていると、どうして鈴鶴と出会ったのかが不思議になる。
運命の流れといえばそれまでだが、其れは偶然なのか必然なのか。


答えの出ないことを考えながら、わたしはただ、鈴鶴の其の姿をじいっと見ていた。
そして、わたしのこれまでの人生を思い返していた。

722 名前:社長:2015/10/12 01:10:36.642 ID:Scimt2.60
シズのお話。あんまり掘り下がらない予定

723 名前:きのこ軍:2015/10/12 13:27:52.744 ID:oi8wdvFAo
乙。本編より過去の話か

724 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:10:07.417 ID:yLFPQjb60
―――わたしは、鍛冶工房の親方のひとり娘として産まれた。

月の戦士に供給する、武具をつくる様子を、幼いころから見続けていた―――。


そして、物心ついたころには、実親や工房で働く鍛冶師に技術を仕込まれ、
15になるころには一人前の鍛冶技術を身に着けた。
彼らは、わたしについて、呑み込みが早く、鍛冶技術に関しては天才だ―――とよく話していた。

725 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:11:57.673 ID:yLFPQjb60
最も、そこには楽だけではなく、苦もあった。
―――その苦境は、幼馴染のフチと一緒に乗り越えた。

フチの方は、月の王族の世話役という道を選んだ。

最も、それには楽なる道はない。
―――さまざまな試験を突破し、護衛技術を身に着けるのはそう容易いことではないからだ。


互いが進む道への苦難を、互いで励まし合い、時には遊び、時には喧嘩をしながら、乗り越えていった。

726 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:13:52.585 ID:yLFPQjb60
―――最も、フチが世話役になってからは、親交は少し遠くなってしまった。
何しろ、世話役は忙しいからだ。しかも、フチは王の娘―――カグヤの世話役となったらしい。


ただの鍛冶屋から見れば、雲の上のような存在だった。



フチは、月の姫君――月女神の血を引く存在を、
丁寧に丁寧に―――繊細な硝子細工を扱うように、世話をしていたようだ。


一方のわたしは、来る日も来る日も鍛冶作業に打ち込んだ。
そして、いつしかわたしは自前の工房を持つ、親方となっていた。

727 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:15:41.521 ID:yLFPQjb60
時々、同胞が口説こうとしたりするが、わたしは何も思わずただ鍛冶に打ち込んだ。
―――どうも、そういうことには興味が持てなかったから。


けれど、それでも手の空いた時間はどうにもこうにもしようがない。
いつもならフチと一緒に居るけれども、フチとの時間が合わず、暇つぶしに武芸に取り組むことにした。


剣術、体術………さまざまなものに取り組んだ。

728 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:16:07.163 ID:yLFPQjb60
武器の扱いには、武器に触れているものとして当然慣れているが、
鍛冶で培った肉体の動きはどうやら予想以上に武芸に活かされ、いつしか工房一の腕っ節となっていた。

特に剣術は―――月に伝わる剣術、月影黄泉流は身体に一番馴染む――自分の天稟を発揮できるものだった。

その剣術は、得物を選ばず、一太刀の一瞬で勝負をかけるもの―――。
笹百合、車百合―――さまざまな百合の名を示す技があり、最後に編み出す技は姫百合――。


姫百合の美しき強さ―――それに准えた最後の奥義。
刃なき剣であろうと、刃ある剣であろうと関係なく、獲物を一刀両断する奥義―――。


わたしは、その最後の奥義まで、他者よりも早く辿り着き、見事その剣術をものにした。

729 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:17:32.205 ID:yLFPQjb60
―――そんなときだ、工房に技術を持ち逃げしようとする輩が存在した。
その曲者は、予想以上に荒々しく、中々に武芸の鍛錬を積んだ者であった。

―けれども、わたしは工房の面子がやられる中、そいつを打ち破った。

―――その噂は、いつしか王族の耳にも届いていたようで、臨時の近衛兵になるよう―――そう誘われた。
月影黄泉流をものにできる者は少ないため、貴重な人材だと誘われたのだ。

730 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:17:51.426 ID:yLFPQjb60
わたしは、フチと一緒に居られる機会が増えることを選び、鍛冶仕事をしながら時々近衛兵として活動してきた。


フチと久々に再開し、フチと一緒に居る機会をまた作って――――。



――――けれど、その日々は―。
平和だと思っていた、その日々は―――。

あっという間に、別物へと変じていった。

731 名前:社長:2015/10/17 01:19:04.041 ID:yLFPQjb60
淡々とした過去語り。

732 名前:きのこ軍:2015/10/20 23:38:33.704 ID:gWhnk41wo
おつおつ

733 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:18:20.858 ID:iY9N/ft.0
あるとき、わたしは、フチに頼まれ月の姫君、カグヤのために美しい太刀を作ってほしいと頼まれた。
姫君に贈る太刀とはいえ、わたしは武器に必要なものは実用性である――。
そう考えているため、最高の素材、複雑で精密な製造技術を駆使し、指定された美しい太刀を作った。

月影黄泉流に准え、姫百合を飾りにした、殺傷力と扱いに富む太刀―――姫百合(ヒメヒャクゴウ)を。



さて――――。
いつ、どこで産まれたかは知らぬが、
月に封印されている、月の神剣―黄泉剣を持ちだした、愚か者が存在していた。
彼らは、月の王の命を贄に、黄泉剣を持ち出し、月を滅ぼそうと計画したのだ。

734 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:20:35.466 ID:iY9N/ft.0
そして、わたしが姫百合をカグヤに手渡したその時ちょうど、彼らは月の神剣を持ち出した。

月女神の血を濃く引く、王の命を贄に。



月に住まう、生けとし生きるものを喰らい、殺し、そしてその魂魄を投げ捨て―――
その、力のみを剣の中に、どんどんどんどん溜めこんでいった。

その滅亡への惨劇は月中すべてに広がっていっ。

姫君の住まう宮殿で、美しき月が、ただの岩の塊へとなる様を見せつけられたのだ。

735 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:24:40.688 ID:iY9N/ft.0
そして、極限状態の中で考えられたこと。
それは、カグヤを護る為一旦蒼き星へと往き、そこで敵たちを迎え撃つ作戦を取った。


そして、敵を討ち取った後は、蒼き星で一生を過ごすことを決めた。


―――リュウシュの持つ黄泉剣からは、漆黒の斬撃を飛び道具として飛ばし、わたしたちを苦しめた。
しかし、わたしたちはリュウシュが戦いの素人であることを…
肉体的には強けれど、技術に長けていない隙を突き、リュウシュに手痛い打撃を与えることができた。
だが、わたしとフチ以外は、全滅するほどの犠牲が出たし、逆にリュウシュ側も引き連れた仲間を皆殺しにされていた。


736 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:25:02.969 ID:iY9N/ft.0
そして、リュウシュと対峙していた時、リュウシュは黄泉剣の力を使い、飛行距離を強引に伸ばして
わたしとフチを飛び越えてカグヤに黄泉剣を突き立てた。

――それは、わたしとフチの心を絶望に染め上げ、胆を凍てつかせた。
不幸中の幸いか、どうしてかカグヤの身体を剣が突き抜けただけで、喰われずに済んだ隙に、
フチと協力して、リュウシュを殺すことができた。


……だが、わたしとフチの隙を突いて、カグヤは攫われてしまった。
最後の最後、爪の甘さを読まれて、近衛兵として、世話役としての役割を失ってしまったのだ。

737 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:29:56.714 ID:iY9N/ft.0
わたしたちは、後悔と絶望に包まれながら1年ほどカグヤを探した。
そして、ある竹林の中にある家でカグヤを見つけた。


…しかし、カグヤは息を引き取る寸前のところであり、その傍らには男と、赤ん坊と、天の狗がいた。

カグヤは、わたしたちにその赤ん坊と天の狗を託し、
月の民の完成された体になる15年後に迎えに来てほしいと言い残し、亡くなった。

738 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:32:42.734 ID:iY9N/ft.0
わたしはそこにいた男、ミヤツコに事情を聞くと、
襲われそうであったカグヤを救ったのち、恋仲となったこと。
カグヤとの間に子を授かり、そしてその弱った体で天の狗を治療したために死んでしまったことを聞いた。

赤子の名は、鈴鶴。天の狗の名は、ヤミ。

739 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:33:45.430 ID:iY9N/ft.0
わたしたちは、15年間、鈴鶴とヤミを遠くから見つめ、護り続けた。
それと同時に、15年の間、守ることができるようにミヤツコに月影黄泉流の技を教えた。

彼の剣術に関する才能は素晴らしく、あっという間にその技術を吸収した。
そして鈴鶴が7歳になった時、ミヤツコは鈴鶴に月影黄泉流を教えるようになった。

わたしは遠くからそれを見ていたが、ミヤツコの血を引くだけあって、鈴鶴の剣術の腕も素晴らしかった。
最も、子供の肉体であるため、戦闘術―というものではなく、あくまで振り方程度の簡単なものではあったが。


740 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:40:33.151 ID:iY9N/ft.0
その幼き日の思い出は、鈴鶴が武術の鍛錬を続けるハジマリの出来事――――。



鈴鶴が、今でも、黙々と訓練に取り組んでいるのは―――
寂しさに耐えるため、なのかもしれない。

741 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:44:36.588 ID:iY9N/ft.0
鈴鶴「はぁーっ、はぁーっ……
   はぁ、はぁ、はぁ…」
胸を抑え、鈴鶴は呼吸を乱して、そこに崩れ落ちていた。

鈴鶴を抱きしめてあげたい。
鈴鶴の頭を撫でて、鈴鶴の頬に口づけして、………。


けれど、魂しかない存在にとって、それはできぬこと。
そのもどかしさが、よけいに辛い。

鈴鶴は胸を押さえ、目を閉じながら、天井を見上げている。
鈴鶴の長い睫が瞼を覆い、とても寂しそうにその眼を隠している。

742 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:44:53.139 ID:iY9N/ft.0
悲しみに満ちた目を。
たいせつなひとを失う辛さで、氷のように冷たい瞳を。

鈴鶴は、眠りの世界へと落ちていった。


鈴鶴は思い出を、夢の中で反芻している。
決して戻ることのできない過去の夢を、心の中で―魂で、涙を流しながら。

743 名前:社長:2015/10/24 00:50:03.587 ID:iY9N/ft.0
鈴鶴の修行はある意味強くなることからは遠ざかっているのかもしれない。

744 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:14:43.481 ID:BUd2Q8820
―――鈴鶴が産まれた15年後、わたしたちは追っ手に見つかり、それを片付けていた。
フチと二手に分かれ、フチは鈴鶴の住まう場所へと向かっていった。



――そして、予想していた最悪の事態が起きた。
それと同時に、鈴鶴の住まう場所も襲われていたのだ。

745 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:16:32.806 ID:BUd2Q8820
わたしが辿り着いた時には、そこは火の手の上がる惨状と化していた。
一方のフチは別行動を取り、どうにか鈴鶴とヤミの後を追いかけることができていた。



うまく合流したわたしたちは、鈴鶴とヤミを追いかけたが、ふたりは海の中へと落ちてしまった。
わたしとフチは、空を飛ぶ力を用いながらふたりを引き上げ、適当な場所にあった洞窟で暖をとらせた。


その時は、心臓が凍りつくほどに、取り返しのつかないことになったと思ったのが、今でも忘れられない。


そして出会った二人に事情を話し、わたしたちが事前に用意した隠れ家へと連れて行った。

海に浮かぶ島の山中に用意した、棲家へと。

746 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:18:26.384 ID:BUd2Q8820
隠れ家では、鈴鶴とヤミに様々な戦闘術を教えた。


剣術は勿論、短剣術、弓術、槍術などを――――。
月の衛兵で必須のものは、教えられるだけ鈴鶴に教えていった。

ヤミには、フチが主に術の扱いを教え、時折わたしが戦闘術を教えていった。


鈴鶴はいろいろな戦闘術をうまく飲み込み、接近戦に長けた存在となった。
一方、ヤミは、術に長けた、天の狗として屈指の強さを持つ存在へと育っていった。


一年ほどの、短い修行期間だったが、驚くほどに素晴らしい成長を遂げたのだ。

747 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:19:41.649 ID:BUd2Q8820
そして、黄泉剣を狙った残党どもを打倒し、黄泉剣を封印した。
為すべきことを為し遂げたわたしたちは、幸せに、千代を越えるときを生き続けた。


――――流れるような、たった一年の、密度の濃い出来事を、鈴鶴はその眠りの世界で見つめている。
そして、その後の、わたしたちと幸せに過ごした、千代を越える刻の夢を、鈴鶴は抱きしめるように見ている。


鈴鶴は、一見御淑やかな、優しい顔立ちで、長い睫を閉じ、長い長い髪を散らして眠っている。

748 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:20:02.555 ID:BUd2Q8820
けれども、その閉じた瞼の奥にある瞳だけは、
氷のように、闇に包まれたように、凍てつく、血の通わぬ人形のようだった。

悲しいことを見続けてしまったから、その美しき瞳は、何者をも寄せ付けぬような闇色へと染まった。

わたしたちが、死んでしまったから。

そして再び顕現した後も、悲しいことに触れてきたから。

749 名前:社長:2015/10/31 00:21:23.793 ID:BUd2Q8820
鈴鶴は再び幸せになれるのだろうか。

750 名前:791:2015/10/31 00:33:07.043 ID:9jnfAPU2o
幸せになって欲しいな

751 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:01.090 ID:f4pb.DPE0
鈴鶴は、悲しい、つらい出来事を夢の中で見て、息を切らし、髪を散らしながら起き上がった。

鈴鶴「ぜぇーっ、ぜぇーっ……
   はぁ、はぁ、はぁーっ………」

汗でびっしょりと濡らした身体で、鈴鶴は荒く息を吐いた。

752 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:45.555 ID:f4pb.DPE0
鈴鶴「夢……夢………夢、夢……
   夢、よね……、はぁー、はぁーっ………」
乱れた髪は、その心をそのまま投影しているようだった。



鈴鶴「………げほっ、げほ、げほ、げほっ」
――鈴鶴は、氷のように冷たい汗を流し、手をがたがたと震えさせている。

753 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:14.098 ID:dBehi4fc0
鈴鶴「………
   はぁ、はぁ、はぁーっ……」
鈴鶴は、棲家にしまってある、酒瓶を取り出した。

自身で醸造した、清酒を。
この醸造だって、わたしたちと時々やっていたこと。


鈴鶴の生きる行動ひとつひとつは、幸せだった日々を回顧するための行動なのだ。

754 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:40.294 ID:dBehi4fc0
鈴鶴「はぁー、はぁー……」
鈴鶴は、酒瓶を一気に飲みながら、わたしたちのことを想い返している。


鈴鶴たちと幸せに過ごしたあの千代の年月、わたしは鈴鶴とともに鍛錬をしていた。
月影黄泉流の技術をさらに押し上げ、戦闘技術を鍛え、ときには鍛冶技術を教えていった。

755 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:59.255 ID:dBehi4fc0
宿命の敵などいない状態でも、わたしと鈴鶴は鍛錬の日々を過ごした。
それをヤミとフチが静かに見つめ、月射す夜になれば四人で団欒した。

血は繋がっていないけれど、それはまさに血の繋がった家族の暮らしのようなものだった。
ときには血を飲みあい、ときには身体を重ねて―――。


魂魄の両方が繋がった、甘く美しく、幸せなる日々を、鈴鶴は、わたしたちは過ごしてきた。

756 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:19.317 ID:dBehi4fc0
鈴鶴は鍛冶をし、鍛錬を続けるのは、在りし日の美しき思い出に戻りたいからなのだ。
鈴鶴は、外向きには孤高の存在として、強く美しく咲く一輪の百合の花のような少女。

けれども、それは強がっているだけ。
ずうっと一緒に過ごしたわたし――いいえ、わたしたちはそのことを知っている。

鈴鶴は、わたしたちにとって妹のような存在だった。
そして、鈴鶴もわたしたちを姉のように思っていた。

年齢という面でもそうだけれど、心という面でも鈴鶴は妹なのだ。

757 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:45.187 ID:dBehi4fc0
鈴鶴は、もしわたしたちの年が鈴鶴より下だろうと、妹のような存在であることを望むだろう。
なぜなら、鈴鶴は、幼き頃からずうっとずうっと、姉と言える存在と過ごしてきた。

その出来事は、鈴鶴の魂魄に刻み込まれている―――。
だからこそ、鈴鶴の真の心は、孤独に耐えられない、脆く儚い、散った百合の花びらのようなものなのだ。

そしてまた、鈴鶴の心がぼろぼろになっているのは、それだけではない。
再び顕現してから今までに、悲しいことを見続けた。


それは見えないように、鈴鶴の魂をじわじわと蝕んでいる。
鈴鶴が再び幸せになる為には、鈴鶴を支えられる存在が必要なのだ。

758 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:06.117 ID:dBehi4fc0
けれど鈴鶴は、それを否定している。
鈴鶴が見た悲しいことは、鈴鶴自身が、邪神として犯した業の罰だと考えているからだ。

だから、鈴鶴は百合神(ツクヨミ)という存在として、人の願いを聞いている。


けれど、けれど――――せめて、せめて……。

わたしは、鈴鶴の魂を撫でながら、鈴鶴の魂を抱きしめた。

鈴鶴の心が、壊れないように。



759 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:17.571 ID:dBehi4fc0
鍛冶屋衛兵伝説 完

760 名前:社長:2015/11/09 00:02:58.747 ID:dBehi4fc0
孤高の女神は、孤独の女神。
次回はフチのお話。

761 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:03:39.429 ID:PbQ2JCmA0


              
               陰陽人・鈴鶴



762 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:40.889 ID:PbQ2JCmA0

あたしの名前はフチだ。
月に生きた、月の民―――。

白き肌、白き髪、漆黒の眼を持つ、人間のようなイキモノ―――。



―――最も、あたしはもう死んでいる。
魂だけが、あるところの中に漂っているような状態だ。


幽霊――といえばいいのだろうか?
もっとも、ソレは魂が何処かを漂うような存在だとあたしは思っている。

だから、そうではないのかもしれない。

763 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:58.955 ID:PbQ2JCmA0

―――愛する人の名、それは鈴鶴(すずる)。
月女神の血を引く、月の王者の姫君の末裔。

けれど、太陽神の加護を受けた民の血も持っている。


つまり、月である陰と、日である陽の血を生まれながらに持っているのだ。
前述したとおり、鈴鶴は止ん事無き血筋の存在であり、姫といってもいいかもしれない。
とはいえ、鈴鶴はその姫としての立場はない。


あくまで、止ん事無き血筋があるというだけだ。

764 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:05.662 ID:PbQ2JCmA0
さて、月の王者とは、神に仕える神職のようなものだ。
月の神を崇め祭り、それと同時に月の統治を行うのがその役目。

その月の神は、月夜見尊。
たった一度の過ちで、姉である太陽の女神―光の女神と、一生の仲違いをした、闇の女神。


―――悲しき女神のその血を引くのが、愛する鈴鶴。
皮肉にも、鈴鶴も、仲違いではないけれど、
あたしたち、鈴鶴を愛したひとと永遠に別れている。

765 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:34.484 ID:PbQ2JCmA0
月夜見の神剣、黄泉剣(よみのつるぎ)に斬られ、魂魄が喰われてしまったからだ。

封印したはずのその剣は、それを狙う者によって再び封じを解かれてしまったからだ。


鈴鶴だけが生き残り、そして鈴鶴もその剣の力に呑まれて、邪神へと堕ちてしまった。
最も、今は正気を取戻しているのだけれど。

766 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:45.829 ID:PbQ2JCmA0
鈴鶴を愛したひとは、同じく月の民のシズと、太陽の民の、天の狗であるヤミ…………。



―――――――――――――。

767 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:07:22.321 ID:PbQ2JCmA0
それは遥か遥か昔。

千年、二千年、どれほど昔だったか………。


長すぎる時というものは、印象に残る特別なものでもない限り、いつかは忘れることだから、
正確な年月なんてものは覚えていないけれど……。



――――月の民として、あたしは生まれた。

768 名前:社長:2015/11/15 00:08:55.969 ID:PbQ2JCmA0
ヤミはもともとは太陽の民なので陽、シズとフチは月の民なので陰。

769 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:39:32.022 ID:Nc9GaULQ0
月の民は―――人のような存在以外にも、獣もいれば、魚も植物もいた。
最も、あたしたちは人のような存在を専ら月の民と言っていた。
―――最も、過去形で語っていることからわかるように、もう全ては滅び去ってしまった。


肌や体毛は白く、眼球は逆に黒いのがその大きな特徴だ。


……さて、あたしと同じくらいに産まれた月の民の女の子が居た。
その名は、シズ―――。


あたしとシズは幼馴染で、子供のころはいつもシズと一緒に居たことが懐かしい。

770 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:40:18.831 ID:Nc9GaULQ0
フチ「シズ、きょうもあそびましょう?」

シズ「そうだね、今日はなにをしようか…」

フチ「おやまを、駆け廻ろう?」

時には、シズと野山を駆け巡ったこともあった。


フチ「ふふ、星がきれいに輝いているわね」

シズ「うん……鉄の鈍い光と違って、ふしぎな光だ……」

時には、シズと一緒に輝く星々と、蒼い星を見ていた。


その日々は、子供のころの、ずうっと昔の思い出だけれども心にずっと残っている。

771 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:43:15.110 ID:Nc9GaULQ0
前述したとおり、あたしたち月の民は、不老長寿の民だ。
その要因は、闇の力に拠るものだ。


闇の力に拠って、その肉体を形成させているのだ。
逆に言えば、光の力があると、肉体は崩れ落ちる。

とはいえ、あらゆるものに影という闇は存在する。

それがあるかぎり、その力はあり続け―そして、肉体は形成されたままのだ。
と言えども、不死ではないから、いつかは死ぬ存在なのだけれども。

それは、身体に溜まった光によるものなのだ。


それは、太陽の――太陽の民とて同じこと。
もっとも、闇のほうが世界を包みやすいから、彼らの寿命はそう長くはないけれども…。

772 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:45:00.600 ID:Nc9GaULQ0
あたしたち月の民は、子孫を残すことはめったにない。
月の民は、基本的に同性愛の存在が多い。
獣や植物は、そんなにいないけれど、人という存在は実に、八割五分がそうであるのだ。
それに、例え男女が交わろうとも、子が授かることは稀だ。

月の人口は、ひとつの星でありながらも、ひとつの國ほどしかいなかった…。


さて、あたしも、同性を愛する存在だった―――。

あたしはシズのことが好きだった。
それは、幼いころから一緒に居たから―――。

773 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:46:06.991 ID:Nc9GaULQ0
そして、月の民は、15の年になるとおとなとして扱われる。

なぜなら、それぐらい経過すると、成熟した身体へと育ってゆくからだ。


つまりは、赤子が生まれ、15年――たった15年で、人という存在が完成するのだ。


……しかし、あたしはそうではなかった。
待てども待てども、いつまでも子供のような身体だったのだ。

774 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:49:30.248 ID:Nc9GaULQ0
骨も筋肉も育たず、完成されるべき力はない。
重いものなど持てないし、体力も月の民では少なかった。

シズは、女らしい身体へと育っていったのに。

気が付けば、あたしとシズは、同い年のはずが、はたから見れば姉妹のようになってしまった。
なぜ、そうなったのかは分からない。

あたしのこの幼き身体は、それが完成されたものと運命づけられたからなのだろうか…?

775 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:51:50.389 ID:Nc9GaULQ0
だが、子供のままの姿であることに、同年代の者たちはあたしを良しとしなかった。


ときには、くだらないことを言って、ときには幼い姿のあたしに突っかかってきた。
それは日に日に酷くなっていった。


あたしは精一杯抵抗しようとしているけれど、子供が大人に対抗しようとしているのと同じだった。

…けれども、シズはそんなあたしを助けてくれた。

776 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:01.682 ID:Nc9GaULQ0
シズは、このことに別段特別なこととは思っていないだろう。
シズにとって、それはあたりまえに為すべき行動であっただろうから。



けれどもあたしは、そのことがずうっとずうっと、心に残っている。
好きだったひとに助けられるのは、誰だって嬉しいことだろうから。


あたしは、人を愛するということに、其れがただ一人である必要はないと思っている。
複数人だろうと、互いがそれを認め合える愛の繋がりがあるならば、それでいいと――。

777 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:29.786 ID:Nc9GaULQ0
あたしは鈴鶴を、ヤミを、シズを―――愛していた。
いいや、魂だけのこの姿だろうとも、今も愛している―――。


それは鈴鶴だって、ヤミだって、シズだって、同じだろう。

778 名前:社長:2015/11/28 18:53:07.416 ID:Nc9GaULQ0
月の民の秘密が明らかに。ちなみにリュウシュたちとかも月の民の大半の存在らしい。

779 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:10:38.978 ID:qrwZRgbI0
月日は流れた―――。


15歳になるころには、月の民ではもう大人。
自身がどういう道を歩むかを決めなくてはならない。

あたしは、身体は幼なけれど、身の周りを世話することや、術を操る事が得意だった。
その術は、四大元素から、式神を呼び出す技だ。

その式神は、わたしが本来なるべき身体か、それ以上を反映したか、力強いものだった。


月の民は、あまり子孫を残さない種族だから、時には特別な力――精神の力を使った【術】を使える者も生まれる。
あたしも、その一人だったのだ。

780 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:08.721 ID:qrwZRgbI0
その力を、月の王族の世話役に活かしたいと思って、あたしはその道を目指した。

月の王族は、月女神を祀る神職のような立場であり、またそれと同時に統治者でもある。
その世話役になる、ということは、ある程度の護衛術に加え、
月の歴史に、作法にと様々なことを知らなければ務まらない。

そこに楽はない、茨の道だけれど、あたしは其れ目指して頑張って行った。

781 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:58.047 ID:qrwZRgbI0
シズは、鍛冶屋の娘だったから、その後継ぎになるために努力していった。
あたしとシズは、道は違えど、其処へ目指すまでの苦難があるのは同じ。


出会えた時に、互いに士気を高め、時には甘い逢引をしていった。
苦難も、シズと共に乗り越えるという思いがあったからこそ、乗り越えられた。


そして、無事あたしたちは、目指す道へと進むことができた。

782 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:12:44.721 ID:qrwZRgbI0
月の王族の世話役に就いていくばくかの年月が経過した。

―――そして、あたしは月の姫君、次の王者となる存在であろうその人の世話役に任命された。
恐らく、数年の奉公の様子が、優秀だと認められたからなのだろう。

――王と妃の間に生まれたその子は、カグヤと名付けられた。
あたしは、カグヤの身の周りの世話や、護衛をするだけではなく、
それを行う、他の世話役を取りまとめる立場になったのだ。


783 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:13:28.655 ID:qrwZRgbI0
カグヤの世話をしながら、数十年が経過していった。
次の王者としての立場が務まるように、何をすべきか、どういう姿勢であるかを教え、
またそれについて、あたし自身も学んでいった。



カグヤは、その美しい髪をたっふりと伸ばし、
まあるい目のかわいい、美しい顔立ちをした少女へと育っていった。


その身体だって、あたしとは違って女らしいそれへと―――。

784 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:13.185 ID:qrwZRgbI0
他の世話役と違って、あたしは依然身体は子供のままだった。
けれど、カグヤはそんなあたしを気にせずに、世話役として頼ってくれた。
それに、他の世話役も、あたしと協力して役目を務めていった。

確かな実力で、あたしは頑張っていったのだた。


時には、カグヤといろいろな話をする機会があった。
カグヤは、月の民には珍しい、異性愛者だったから、その悩みについてあたしは聞いていた。

785 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:44.316 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「ねぇ、フチ…」

フチ「……どうしたのですか、姫さま?」

カグヤ「わたしって、どうも男の人が気になるの………
    ふつうは、女の人を気になるべき、だと思うのに……」

フチ「…そうですね
   あたしは、好きな人は女の子、ですけど……

   そういう愛の繋がりは、決して侵してはならないものだと思っています
   それが、世間にとって、少数のものであっても……」

786 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:16:36.716 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「……そういうもの、かしら?」

フチ「まあ、あたしの考えですから、他のひとは違うことを言うかもしれませんが」
あたしは、フチのことを想いながらその問いに答えていた。

787 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:01.623 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「いえ、ありがとう……
    そういえば、あなたの好きな人はどんな人?

    いつも、術の御稽古やお作法だけでつまらないから、そういうのも教えてほしいな」

あたしの気持ちを読んだか、カグヤは問うた。
おそらく、そこから恋心を聞きたいのだろうとあたしは思った。


フチ「……次の機会にでも、考えておきます」

けれども、あたしはその問いに、曖昧にしか答えられなかったけれど。

788 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:19.441 ID:qrwZRgbI0
あたしは、時々の休暇は出ても、それがシズと同じ日程かと言われればそうではなかった。
勿論、シズとばっちり休日が合う日は、ふたりで一緒に過ごしたけれど、
そうではない日は、あたしは所謂、花嫁修業の真似事をしていた。

あたしや、他の世話役がいつも、カグヤに教えているそれを、
あたしがシズと同棲するとなったとき用に、徐々に身に着けていた。

789 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:22:40.730 ID:qrwZRgbI0
シズがあたしと会えない時は、戦闘術の鍛錬に取り組んでいたらしい。

月に伝わる剣術・月影黄泉流の達人になったと聞いた時は、その才能に驚いたものだ。

けれども料理や、掃除や、洗濯といった才能は、
鍛冶屋としての才能や、戦闘術の才能とは違って、てんでダメだった。

だからこそ、あたしはシズの苦手なそれをものにするように頑張ったのだ。
勿論、式神を操る術についても修行するけれども、それよりも、家庭の役割は大切なことだった。


好きな人と共に生きるということは、互いに足りないところを支え合うことだから。


790 名前:社長:2015/12/06 23:23:57.721 ID:qrwZRgbI0
フチのお嫁さん力?

791 名前:たけのこ軍 援護兵 Lv1:2015/12/06 23:38:36.232 ID:b8hOGafIo
( *´7`*)ノ<791!

フチとシズの相性の良さと関係が微笑ましい

792 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:27:05.132 ID:u3XLZRDw0


月日は流れていった。
久々に、あたしはカグヤとお話しすることになった。

フチ「姫さま、今日は何の話をしますか……?」

カグヤ「そうね、あなたの好きな人について教えてくれない?」

フチ「ああ、前に少し触れた……
   分かりました、お話します―――」


あたしは、カグヤにシズのことを話した。

793 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:16.294 ID:u3XLZRDw0
シズが、幼馴染だということを。

シズは、鍛冶屋の娘として生まれ、そしてその才能があふれることを。

また、武術にも長けていて、強いけれども、家庭的なことは苦手ということを。

794 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:32.844 ID:u3XLZRDw0
カグヤ「へぇ、剣術に長けてる鍛冶屋の親方かぁ…」

フチ「……幼いころから、ずうっといっしょにいましたから」

カグヤ「わたしは、どうなるのだろう
    こういう立場だと、縛られてそうで……」

フチ「……恐らくは、きちんと月を見守れるように、いい人がいるはずでしょう」

カグヤ「そうだといいのだけれど、ね…」

カグヤは、あたしと違って王族の身分だから、自由ではない愛の運命を辿ることになる。
そのためか、少し表情を暗くしながら、あたしの言葉に答えた。

795 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:38.725 ID:u3XLZRDw0
フチ「あっ、姫さま、申し訳ありません……」

カグヤ「いいえ、いいのよ
    わたしは、いずれ月を治める立場になるから……
    それに、そういう立場にあるならば、相手もそれ応答の心持が必要でしょうから」

フチ「………」


あたしは、姫さまにいいひとが現れることを祈りながら、世話役として生きていた。


そして、日々は再び、長い時間を刻み、経ていった――――。

796 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:58.062 ID:u3XLZRDw0
カグヤ「……そういえば、フチ…」

フチ「なんでしょうか、姫さま?」

カグヤ「シズ、と言ったわね
    月影黄泉流の達人になった、戦闘能力に秀でた鍛冶屋…」

フチ「ええ、そうですが」

カグヤ「なんでも、自身の工房に居た、曲者をやっつけた、とか…
    しかも、その曲者はかなりの手慣れの戦士だったそうで…」

―――突如、シズの話が出てきた。

797 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:15.479 ID:u3XLZRDw0
フチ「そうですね……」

カグヤ「シズを、月の衛兵にしたい、と思ったのだけれど
    勿論、わたしの独断じゃなくて、いろいろと協議はするけれど……」

―――それも、シズを衛兵にする、という話が。

フチ「………まぁ、シズなら衛兵として、活躍しそうですけど
   でも、あくまで鍛冶屋なのですから、衛兵になるのはどうかと…」

カグヤ「………なら、臨時の衛兵としてはどうかしら
    それに、あなたと一緒にいられる時間が増える、かもしれないわよ」


798 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:42.694 ID:u3XLZRDw0
フチ「……………」

―――あたしは、シズは鍛冶屋の性があると思っていた。
けれども、シズ自身の戦闘に対する才能は、素晴らしいものだったから、
シズにこの話を持ちかけるかどうか、悩んでいた。

シズの顔を、少しでも長く見られる、それはあたしの欲望が少し入っているからだ。


フチ「……まぁ、本人と話し合わなければいけませんが
   緊急時などに召集される、程度ならば良いかもしれません
   まぁ、あくまで本人の意思ですから……」

カグヤ「………ええ
    とりあえず、シズにその旨について話しておいてもいいかもしれないわ」


フチ「はい……」


799 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:32:01.856 ID:u3XLZRDw0
後日――。
シズと一緒に休める日、あたしはシズにその話を持ちかけた。


シズ「月の、衛兵――か……」


フチ「強制じゃないし、鍛冶屋としての生き方を優先してほしいから
   あくまで、臨時の――特定の日だけ勤める衛兵、なんだけど……」

800 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:34:15.630 ID:u3XLZRDw0
シズは、少し考えて―――。

シズ「………………
   フチと、一緒の場所に居る時間が増える…と捉えてもいいかい?」

あたしが、この話を持ちかける理由とおなじことを言った―――。

フチ「……!
   ……ええ、あたしの口利きやシズの腕前なら、其れも可能なはず」

シズ「……ならば、引き受けても、構わない」

フチ「そう、分かったわ…

   あ、ありがとう…ね?」

シズ「………ふふっ」


――そしてシズは月の宮殿の、カグヤに関する、臨時の衛兵になった。




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