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ユリガミノカナタニ

1 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:54:48.03 ID:XUiZ9x7c0
??「―――――――。」


―――声が聞こえる。



これは、わたしの一番古い記憶?


何も、見えない。


そこは、暗闇の中―。

801 名前:社長:2016/01/01 00:34:34.947 ID:u3XLZRDw0
鈴鶴さんとヤミはまだ出てこないのだわかってるのかおい

802 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:22:47.736 ID:z9Sv8GQM0
シズのその戦闘能力は、他の衛兵よりも優れた力だったから、
あっという間に、カグヤは、ただの衛兵から近衛兵としての立場を得ることができた。


それは王のお墨付きであり、またほかの兵士のお墨付きでもあったから、文句の出るところなどない。

803 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:24:43.423 ID:z9Sv8GQM0
――シズが月の衛兵となって、また日々は経過していった。



そして、また、再びカグヤといろいろなことを話す機会があった。

カグヤ「ねぇ、フチ……?」

フチ「姫さま、何でしょうか?」

カグヤ「王宮へ、宝具を提供する時期が近付いているでしょう?
    そのひとつを、シズの鍛冶屋に頼もうかと思っているのだけど………」

フチ「ああ、確かに、シズに頼めば確実な宝具は作るでしょうね…
   近衛兵よりも、そっちが本業だし…」

804 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:26:49.245 ID:z9Sv8GQM0
月には、数百年に一度、王族のものへと宝具を提供する行事があった。


その旨が提示されると、一年の期間が設けられ、
月に住まう職人たちは、宝具を作る為、それに魂を込めるのだ。

職人の選定法は、知名度・製造品の出来栄えなどといった事柄から決められる。
その職人の候補として、シズも選ばれた。


わたしは、シズにその旨を話すと、シズはそれを快く引き受けてくれた。

805 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:27:48.732 ID:z9Sv8GQM0
シズは、刀鍛冶に秀でていたから、宝具として太刀を作り上げた。

名は姫百合、二尺五寸の太刀―――。
月の生血を啜った、寿命のとてもとても長い鉄を素材に、折れず、錆びず、曲がらぬモノであり、
その斬れ味は、そこらの太刀とは比べ物にならないものだった。

そして、その太刀の柄だって、刃を正しく振れるために握りを安定させる工夫がなされ、
その柄頭には百合の花の飾りが、美しく輝いていた。

漆黒の鞘にも、百合の花が、長い長い蔓が絡みついたように飾り付けられていた。
しかしながら、その蔓は丈夫な紐であり、しなやかなものでありながら、
三十貫ほどのものでは切れぬ強度を持っていた。


そう、美しき太刀であり、それに加えて実戦に役立つものだったのだ。
宝具として、素晴らしき出来のそれは、納められるのがもったいないほどに。

806 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:17.689 ID:z9Sv8GQM0
―――しかし。

その宝具は、王宮に納められることはなかった。

献上された姫百合を、カグヤに渡そうとした、その時――――。

宮殿に、轟音が響いた。

807 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:59.378 ID:z9Sv8GQM0
カグヤ「な、なに!?」

シズ「ん………!
   あの音の方角には、確か月の神剣が納められている場所では―――」

シズがそう言った途端に、あたしたちの身体中に悪寒が走った。


それは、月の神剣―――黄泉剣は、まさに神そのものであったからだ。
それから放たれる力は、らすほわたしたちにとっては、人智を超えたものだったからだ。


それは、唯人ならば、震え歯の根をかちかち鳴どに、嫌な空気を醸し出すほどに。

808 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:31:04.553 ID:z9Sv8GQM0
そう、黄泉剣は、月の民の跳ねっ返り共に奪われたのだ。


それは王族の血を使って封印された、と伝えられていたから、恐らくは王の命を贄に奪ったのだろう―――。


そして、奴らは月の生きるもの全てを殺しつくし、神という存在へと近づいていた。

その事実は、発覚と同時にあたしたちを絶望に包んだ。
けれども、それは命懸けでも、命に代えても鎮めなければならない事柄。

あたしたちは、カグヤの命を護るためにも、黄泉剣を奪回するためにも、
いったん太陽神の支配す星である蒼き星へ移動することになった。

809 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:32:24.395 ID:z9Sv8GQM0
――そして、蒼き星の海上で、神の力を得た者との死闘の末に、
多くの仲間の犠牲の上、黄泉剣を奪った首謀者を殺すことができた。



最も、黄泉剣は海の底に沈んで引き揚げられず、そしてカグヤは残党に攫われてしまった。
辛勝ではあるけれど、世話役としての役目を果たせない、情けない、むしろダメというべき幕切れだった。

810 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:36:27.415 ID:z9Sv8GQM0
シズ「は、は…くそっ、カグヤを、取り戻さねば…」

フチ「う、う…うっ…」
絶望的なその状況に置かれて、あたしは涙を流してただ蹲ってしまっていた。

シズ「……フチ、大丈夫、希望はある、カグヤを殺せば剣を引き上げるのは難しいはず
   だから、追いかけよう…」
けれど、シズに抱きしめられて、あたしの気持ちは落ち着いた。

フチ「ありがとう、シズ……行こう、行きましょう―――」

カグヤが生きているという希望を胸に、捜索し続けた。




―――そして、その一年後、あたしたちはカグヤを見つけた。

811 名前:社長:2016/02/13 23:37:10.230 ID:z9Sv8GQM0
次回はようやく鈴鶴さんが出てくるよ。
そして鈴鶴さんの太刀はすごい。

812 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/14 00:08:18.322 ID:BAYhqydco
乙やぞ

813 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:53:21.513 ID:F7k9y9fw0
しかし、カグヤは五体満足、まったくの無事――というわけではなく。

太陽の民―讃岐造との間に宿した子を産み、天の狗なる存在を治療して、生命(いのち)を使い切って息も絶え絶えの状況だった。


あたしとシズは、その状況を見て、どうすればいいのかが分からなかった。
呆然と、ただカグヤが苦しさに喘いでいるところを見ることしかできなかった。

シズには術の力はなかったし、あたしも式神を生み出す力しかなかったからだ。
そして、どうしようもない悔しさや、怒りのようなものが出てきた。


それは、名も知らぬ、素性のよく分からない間に子を宿していたからだったのか?
それとも、カグヤを護りきれなかったから、今際の際である、この状況だったからなのか?


その時のカグヤの顔は、嫌悪に包まれたそれではなく、いつもの表情だったのに。

あたしは、気が付くと涙を流していた。
シズは、硬い表情のまま、けれど影を落とした表情でその場をじっと見ていた。


814 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:54:16.245 ID:F7k9y9fw0
カグヤ「………ごめんね」
そんなあたしたちを見て、カグヤは朽ち果てそうな身体を無理に動かしながら言った。

フチ「いえ、姫さまが……謝ることは、ない……です………」

カグヤ「………この子も、天の狗の子も、すべてはわたしの意志によるものだから
    はぁ、はぁ……げほっ、げほっ………」

シズ「………」

815 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:01.302 ID:F7k9y9fw0
カグヤ「………最期に、我儘を言って………いい?」

フチ「……なんでしょうか、姫さま?」

カグヤ「このふたりは、わたしのいのちの、月の民の血が混じっているの………
    だから、月の民と同じように生きる運命…
    
    だから、来るべき日には、あなた達に、任せ、ようと―――」


―――その願いと共に、カグヤは息を引き取った。

816 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:22.368 ID:F7k9y9fw0
フチ「姫さ―――」

その死に顔は、ほっしたような安らかさに満ち溢れていた。
カグヤが産んだ赤子の父親、讃岐造とは、良い関係だったのだろうと分かった。

817 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:43.496 ID:F7k9y9fw0
しばし沈黙し、そして落ち着いたあたしたちは讃岐造に問うた。
カグヤとの出会いを、何故カグヤは死んでしまったのか、ということを―――。


カグヤが攫われた後、攫った者はカグヤを襲おうとしたらしい。
そこに、讃岐造が現れ、カグヤを助けたことが出会いだったそうだ。

818 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:57:54.373 ID:F7k9y9fw0
ふたりは、やがて恋に落ちた。
――最も、月の民と太陽の民では、生きる年月が違うから、別れてしまうのは分かり切っていたことだった。

そこで、カグヤにとって、愛する讃岐造の面影を残すことがいい、とふたりは話し合った。
そして、ふたりは子を作る事を決め、そして赤子が産まれた。

しかし、その時、傷だらけの天の狗が住処近くに倒れていたそうだ。
その天の狗の命を、カグヤは月女神の血を引く命をを持ってして救った――。



そして、命のともしびが尽きそうだったところにあたしたちがやってきた、ということなのだ。


819 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:21.193 ID:F7k9y9fw0
あたしたちは、カグヤの魂なき、死人の魄を見つめながら、これからについて思案した。
カグヤは死んでしまったけれど、その血を引く子供がいること。
そしてまた、黄泉剣はただ海の底に沈んでいるだけであること。

その二つを踏まえ、取り敢えずは黄泉剣を封じるということを考えた。
十分に育つ十五年後、赤子と天の狗を引き取る事を話すと、讃岐造は快く承諾した。

何れ寿命で力尽きるならば、カグヤが言っていた信頼できるあたしたちに頼みたい、と言って。

820 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:36.779 ID:F7k9y9fw0
しかしながら、その十五年までは、讃岐造と天の狗の、三人で暮らしてもらうこととなった。
太陽の民の血も引いている二人が、闇へ入る前に光を見てほしかったから。


カグヤの死体は、死んだことをそれとなく匂わせる偽装をして、海へと散骨した。



821 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:33.350 ID:F7k9y9fw0
そして、その十五年間、あたしたちは赤子たちの棲家を見守りながら、
それと同時に赤子と天の狗と共に過ごす棲家を作っていた。


時折、讃岐造にシズは月影黄泉流を教えた。
讃岐造は剣術に長けていたため、いともたやすく技を吸収していった。
そして、赤子が少女へと育った時に、父親である讃岐造もまた、月影黄泉流を教えた。


時折、少女と天の狗はふたりで遊びに行くこともあった。
そういう時も、影からこっそり、あたしたちは彼女たちを見守っていた。

822 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:47.061 ID:F7k9y9fw0


―――そして、十五年後が経過した。




823 名前:社長:2016/02/21 18:01:13.455 ID:F7k9y9fw0
ユリガミノカナタニ一章の裏側。

824 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:04.629 ID:LRKY/wGQ0
しかしながら、彼女たちを普通に迎えに行くことはできなかった。


予想していた、最悪の状況が起きたのだ。
跳ねっ返りの残党が、讃岐造たちの住む棲家を見つけてしまった。

そして、それと同時に、あたしたちがこうして見張りをしていることも悟られた。


そこであたしとシズは、二手に分かれ、敵へと立ち向かうことにした。
あたしは棲家へ、シズは追っ手へ―――。



825 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:47.762 ID:LRKY/wGQ0
けれど、棲家は既に火の手が上がっていた。
しかし、天の狗が少女を抱きかかえながら逃げ出すのを見て、あたしはそれを追いかけた。
迫る敵は、全て打ち破り、必死に彼女たちを追いかけた。

826 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:30:37.202 ID:LRKY/wGQ0
―――けれど、あたしの身一つではさすがに敵を捌ききれなかった。

そして、捌ききれなかった残りの敵が彼女たちに迫った時、彼女たちは海へと落ちてしまった。

827 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:34:17.653 ID:LRKY/wGQ0
フチ「うっ――!」
呆然と見つめる敵を、あたしは式神で殺したはいいけれど、高い崖の下ということがあたしを躊躇させる。

シズ「フチ、大丈夫?」
ちょうどその時、シズはあたしと合流した。


フチ「うん…でも、落ちてしまった、海へと――」


シズ「よし、飛び込んで助けなければ――」

フチ「…その、あたしの身体では」

シズ「大丈夫、わたしがやっておくよ――
   フチの式神のおかげで、追っては消えている…」


――そして、あたしたちは無事彼女たちを救い。
そして目覚めた彼女たちに、彼女の出自を、血を、運命を語った。

828 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:02.023 ID:LRKY/wGQ0
彼女たちは、予想よりもあっさりと納得した。

そして、棲家へと連れて行って―――。


黄泉剣を封じるための修行の日々が始まった。


最も、修行だけではなく、日常生活も営む―共同生活というべきか。
ともかくその日々は、経るごとに、力がつくとともに、互いへの想いが深まって行った。

829 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:14.416 ID:LRKY/wGQ0
それは姫の子を護るためという、遺言に拠るところもあったけれども―――。
それよりも、愛する、恋する想いに拠るほうが大きかった。

あたしはシズが好きであり、そして迎えたふたりの少女が好きであった。
互いに暮らすにつれ、想う気持ちは強くなっていったのだ。


それはあたし以外も同じことで、それによって絆は深く深く魂魄を繋げていったのだ。

830 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:52.301 ID:LRKY/wGQ0
――彼女たちを迎えた一年後、どうにか黄泉剣を封じることはできた。
そして、ずうっとしあわせなひびをあたしたちは過ごしていたけれど――。


けれども、千代の時を越したとき、黄泉剣の封じは破れてしまった。

831 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:05.670 ID:LRKY/wGQ0
さて―――。

その少女の名は、鈴鶴。
その天の狗の名は、ヤミ。

そう、あたしがくっついている魂の持ち主は、その赤子の成長した姿なのだ。

そして、ヤミは前述した通り、あたしと同じく、黄泉剣に斬られて――――。

832 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:18.731 ID:LRKY/wGQ0

―――あたしが過去を思い返していると、鈴鶴は目覚めた。
闇の中の、自身の棲家の、寝床から。



そこは、鈴鶴が拵えた棲家の中。

833 名前:社長:2016/02/22 23:37:15.100 ID:LRKY/wGQ0
一妻多妻制というべきか。ともかくみんながみんなを好きだった。
だから鈴鶴さんは黄泉剣に三人が切られて発狂してしまった。

834 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/24 23:09:43.445 ID:NdF0A2p.o
otu悲しいなあ

835 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:37:00.456 ID:Dudo6Mbo0
黄泉剣は、月の民のイノチを喰らい、そしてそれが持つ特別な力を吸い取る性質があった。
だから、鈴鶴はあたしの式神を生み出す力も使え、天の狗であるヤミの操る、風の術だって使える。


そして、黄泉剣が喰らった存在のものか、将又神の力かは分からないが、
闇の中に、特別な空間を作り上げる力も、鈴鶴は使うことができる。

棲家は、かつてあたしたちが作り上げたものと同じ大きさで、同じ構造で、家具やら何やらまで元と寸分たがわぬもの。

836 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:38:50.980 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、その棲家の中で、朝食を作り始めた。
釜で炊いた米に、味噌汁と漬物だけの質素なもので、その量も少ない。


とはいえ、朝飯と言うのは、おかしいかもしれない。
その闇の中は、時間に関係なく闇のままだからだ。


鈴鶴は、一人で、少ない食事を、ただ活力を補給するように済ませた。
その心中は、恐らく幸せに過ごした、あの日々を追憶しているのだろう。


837 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:39:16.208 ID:Dudo6Mbo0
あたしは、鈴鶴に封じの技法ぐらいしか教えることはできなかったけれど、
逆にシズは様々な戦闘術を教えていた。


剣術・月影黄泉流以外にも、格闘術など、様々な武術を………。

あたしは、もっぱらヤミと共に修行するのが多かった。
天の狗は、風を操る種族であり、自身の精神力を用いて武術に変える。

その扱い方についてを、ヤミに叩き込んだ。


鈴鶴の脳裏には、今もそのコトが残っている。
いいや、忘れるはずがない。

838 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:40:10.572 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、あたしたちが死んでしまったことが、酷く心にこびりついている。
戻りたくても戻れない日々を思い返しながら、鈴鶴はあの日と同じ生活をしている。

炊事、洗濯、掃除、そして、修行――――。


鈴鶴のやっていることは、自らを鍛えるためのものではなく
あたしたちといた日々を、ただ求めているだけの、鍛えることとはまるで真逆の行動なのだ。

839 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:41:30.532 ID:Dudo6Mbo0
それでも、技自体を鍛えることはできている。
皮肉にも、その真逆の行動ですら、鈴鶴の技はさらに高みへ行くのだ。

840 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:42:45.834 ID:Dudo6Mbo0
そして、鈴鶴は、寝る前になると、式神を呼び出した。
それは鈴鶴の愛した、あたしたちの姿をした、物言わぬ式神。


それは、鈴鶴の髪留めから呼び出した式神―――。
あたしの力を用いているのは、半ばあたしになりきっているところもあって、鈴鶴を抱きしめられないこの悔しさは、悲しさは増える――。

841 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:13.450 ID:Dudo6Mbo0
物言わぬ式神の、硝子玉のような瞳が、鈴鶴をただじっと見ている。


鈴鶴「ふふ、ふふふ……」
今の鈴鶴のその瞳も、硝子玉のように、命ある輝きではない。
太陽の民の黒い瞳が、悲しく式神を見つめて、柔らかな手が式神を撫でている。

鈴鶴は、母を求める子のように、式神に抱きつき眠りについた。
眠りについてしばらくすると、式神は元の髪留めへと還って行った。

その力は、意識があるほどまでしか保てないから―――。

842 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:27.642 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は夢を見ている。
それは、あたしたちと過ごした日々のことを。



鈴鶴は、カグヤとそっくりの顔立ちと、身体つきをした、美しい子だった。
だが、その眼だけは少し違っていた。

かわいいまん丸の眼ではなく、少し切れ長の入った目。
細い眉に、黒々とした大きな瞳。
柔らかな唇、そしてそこから身体を繋ぐ細い首、豊満で柔らかい胸に、しゅっとした腰に―――。

843 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:44.978 ID:Dudo6Mbo0
また、鈴鶴の髪もカグヤのように美しく美しく、足ほどまでに伸びるほどの長さをしていた。
最も、黒髪であるところはカグヤと違っていたけれども。

伸び放題のその髪は、流石にそのままではわずらわしくなるから、
鎖骨と、肩と、肩甲骨の方面にそれぞれ結い、首の後ろの髪も結っていた。
それは、ヤミが鈴鶴をかわいく見せるために結いたものだった。

あたしにとって、それは魅力的に思えた。恐らくシズだって。

844 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:08.231 ID:Dudo6Mbo0
修行の終わりに入浴するときに、髪留めが解かれるのが、とても妖美なものに見えた。

気が付けば、あたしは鈴鶴のことをみると、シズを見るようにどきどきするようになった。


それは、ある意味カグヤに対して想っていたことが、其処で滲みでたのかもしれない。
ヤミと吸血し合う鈴鶴を見て、その心は果てしなく高まった。


そしていつしか、あたしはシズも鈴鶴もヤミも、みんなを愛するようになった。

それはシズだって鈴鶴だってヤミだって同じことだ。

あたしたちは、全員が全員を愛する絆に包まれていた。

845 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:37.034 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、さびしがり屋で、甘えん坊な子だ。
誰かに依存しないと、自分自身を出すことができない。

鈴鶴には孤高の存在として生きる戦闘能力も、生活力も十分に持っている。
けれどそれは、あくまで表向きの、魂魄でいう魄――いわゆる、外の姿。


鈴鶴の魂――内の姿は、愛する人にしか見せないのだ。

そして鈴鶴は、あたしたちを求めている。
鈴鶴の心は、あたしたちが死んでしまったその時から、止まってしまっている。


鈴鶴が、式神を呼び出して触れ合っているのは、一種の一時凌ぎだ。
いずれは持たない付け焼刃。


ああ、ああ―。
鈴鶴のことを救いたい。

846 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:00.437 ID:Dudo6Mbo0
けれども、魂しかないあたしには、それはできない。
願わくば、鈴鶴のことを受け止められる人が現れることだけど―――。


………それは、叶わぬ願いなのかもしれない。

あたしが今できるのは―――
眠る鈴鶴の魂を、ただ撫でてあげることだけ―――。

せめて、せめて―――
少しの安らぎに、なってほしい。

847 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:14.642 ID:Dudo6Mbo0
―――――。


あたしが、鈴鶴の魂を撫でていると、声が聞こえた。

鈴鶴は、再び顕現したことを、自身が善と呼ばれる存在になるためと思い、時折人の願いを聞いている。

真に悩みを持つものだけが入れる扉を、その声の主はくぐってきた。

848 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:35.234 ID:Dudo6Mbo0
声の主「ようやく―――ようやく、この場所を見つけることができた
    願いを聞いてほしいのです―――」


――――鈴鶴は、式神を生み出し、その願いを待つ声の主へと歩かせていった。

式神「用件は、なんでしょうか―――」
そして、声の主へと、式神は問うた。


849 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:49.014 ID:Dudo6Mbo0
陰陽人・鈴鶴 完

850 名前:社長:2016/03/01 20:48:55.660 ID:Dudo6Mbo0
百合神へのお願い、その主は誰だろう。
その願いは何だろう。
明かされるかもしれないしされないかも。

851 名前:たけのこ軍 791:2016/03/07 19:59:34.399 ID:OnAnuYjYo
更新おう
切ない…(´;ω;`)

852 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:27:48.598 ID:/zPciKa20
―――遥か、遥か、気の遠くなるような、削れた岩が、もとの形のままであるほどのむかし。


月女神は生まれた。

853 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:05.896 ID:/zPciKa20
國を産んだ神のもとに、姉に太陽の女神を、弟に海の男神を持っていた。

月の女神は、太陽の女神と美しき仲であった。


しかし、ある事件によりふたりは永遠の決別をしてしまった。

ふたりの小指の赤い糸は、脆く切れ、決して二度と寄り合わぬようになった。

854 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:24.177 ID:/zPciKa20
それは、昼と夜のふたつの世界が生まれる始まりでもあった。
月の女神の支配する闇の世界と、太陽の女神の支配する光の世界は、陰と陽に分かれたのだ。


月女神は、月に國を作り、生き物を産んだ。
そして、神剣・黄泉剣を遺し、何処か遠くへと消えていった。

855 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:41.287 ID:/zPciKa20
その月女神の血を濃く引く、月の王族は、神に選ばれし者。
それは、月女神の遺した、黄泉剣に選ばれる資格があるということ―――。

月女神の名は、月夜見。その剣の名は、黄泉剣。

856 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:55.036 ID:/zPciKa20
そして、月夜見の血を引く姫君と、太陽の民の人間のもとに―――

一人の少女が―――わたしは姫と呼んでいる存在が産まれた。

857 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:29:07.864 ID:/zPciKa20
その様子を見るわたしは、式神―――。
ただのそれだけ―――。
姫は、あの子の魂ソノモノ―――。

わたしにつけられた名前は、ない―――。

858 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:29:25.947 ID:/zPciKa20
いいや、正確にはあるのだけれども、その名は今、姫の式神として存在するわたしには相応しくない。

姫がわたしのことを、魔女の囁き、と称する―――。
その名前が、わたしにとって相応しい―――。

姫の母親が、腹の中に宿りし姫の魂に、わたしを憑かせた。
其れが、其の存在がわたしなのだ―――。

859 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:31:52.197 ID:/zPciKa20
わたしは、姫君の腹の子と共に、その魂を宿し、魄を宿し、双子の姉妹として生まれる――はずだった。
しかし、わたしが宿るべき肉体は、ただの肉塊だけとして在った。

それは、姫の高祖父母が、はじめに産んだ子供と同じ、出来損ないの子と同じもの―――。
わたしが肉塊となって在ったのは、月と太陽の女神がまだ、永久の別れをするその時、
太陽の女神が月の女神の腹の中に、神のできそこないの肉塊を入れた、それが姫君の腹の中で、双子の片割れへ昇華されたのだ。

それが、ずっと巡り巡って、わたしとなった。

860 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:05.069 ID:/zPciKa20

わたしは、生まれることなくして死せる存在だった。

そして、わたしは―――蛭子が海に流されていったように、わたしもそうなるのだろうと―――。
生まれる腹の子のことなど、常人には分からないから―――
わたしを産んだとき、出来そこないだとわかったとき、海か何処かにが棄てられると思っていた。

861 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:19.385 ID:/zPciKa20
―――しかし、姫の母親は月女神の血を強く濃く引く、常人とは違った存在。
わたしが、ただの肉塊であることを、わたしがそれに憑いていたことを読み、見ていた。


そして、彼女はその事を知ると、わたしを姫の式神に生まれ還そうと考えた。
生まれても生きられない存在ならば、生まれる姫を護って生きるほうが、はるかにいい―――と。

862 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:30.169 ID:/zPciKa20
そして、わたしは姫の魂に入れられた。
わたしをつくるはずだった肉塊は、ぐしゃぐしゃに、ばらばらになって、魂の中のわたしを包む膜となった。

863 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:43.567 ID:/zPciKa20
―――式神は、それにかけられた力が強いほど、憑代が不変であればあるほどずっと存在する。
―魂に宿りし式神は、その魂の持ち主が死ぬまで生ける式神となるのだ。


わたしは、姫であり―――。
―――姫は、わたしである。

864 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:06.874 ID:/zPciKa20
姫の母親は、わたしにこう命じた。
「貴女は、蛭子―――
 生まれることのできない子―――
 海に流されてしまう、不具の子―――
 だから、あなたを転生させる―――この子の式神へ……

 ―――貴女の名は、沙波(イサナ)
 数えられぬほどの、散らばる、小さな沢山の砂のように、無限に貴女が在り続け―――
 海を覆い護る波のように、この子を護る存在で在り続けるように―――
 

 貴女は、この子が心底嫌がるものを、運命の力を持ってして、絶対に護る力を持つ―――
 それが貴女の力―――貴女の持つ力―――

 力を織りなす源は、わたしたちを産みし女神を産みし、黄泉の國で朽ちて逝った國生みの女神の力―
 この子が死に、その魄が消滅し、魂が黄泉の國へ旅立とうとも消えない力―――

 ―――この子が嫌がるものは、命じるわたしにすら、分からないけれど…
 この子の魂魄が拒否する其れは、貴女ならわかるはず……
 あなたは、護る力の一部となり―――
 この子をずうっと、護れ、護れ――――」



865 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:38.995 ID:/zPciKa20
姫の母親には、月女神の血が流れていた。
わたしは、運命の力を持ってして、わたしは、わたしの意志が消えようとも、絶対に消すことのできない力の一部となった。


姫が本能的に、心底嫌う、男に操を狙われることから、完全に護る力の。
それは、姫の魂魄すべてが消滅するまで残る力―――。

866 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:49.766 ID:/zPciKa20
そしてわたしは、姫の操を護る魔女で在り続けた。

何が在ろうと、姫にとって不利に成ろうと、護り抜く。
―――最も、わたしの意志ではなく、この世界の意志―運命の動き―その力に動かされて護ってきた。

わたしは、ただその力の軌跡を写し出す、力の具現化のような存在だからだ―――。

867 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:34:00.704 ID:/zPciKa20
兎も角、わたしは、ずうっと、ずうっと、あの子を護り続けた。

姫の操を狙う男から―――。

そして、わたしという存在を消し去り、姫の操を護れぬようにする存在から―――。

868 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:34:57.760 ID:/zPciKa20
わたしは、肉塊で、生まれつき天稟だった術の力の高さを用いて作った、
邪悪なる鬼の―髑髏の如き鎧を全身に身に着け、魔女で在り続けた。

わたしの鎧も魂も、姫が育つのと同じように、小さな姿から大きな姿へと育っていった。

869 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:20.482 ID:/zPciKa20
鎧は、大きく硬く重く、まるで邪鬼の身体のように。
魂は――わたし自身の姿は、太陽の民の血の多い姫とは違って、
月の民の血の多い、白髪黒眼の、その姿が。
もっとも、わたしの眼は、二つの瞳が重なる、まともなものではなかったけれども―――。



わたしは、ただの守護霊と呼ばれる存在として、その正体を明かさずに、過ごしてきた。

870 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:34.479 ID:/zPciKa20
―――何年も。

千代の年を越えても―――。


わたしは姫を護る魔女で在り続けた。



―――けれども、姫自身が魔女と呼ばれるようになった。

871 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:57.528 ID:/zPciKa20
それは、姫が黄泉剣と呼ばれる神剣を身体に飲み込んだからであり、
姫の愛した人が、黄泉剣に喰われてしまったからだ。

わたしに命じられた、姫を護るその力は、わたしが操ることのできない力であったからだ。

姫は、月の女神の力を得て、月の女神そのものに近い存在へとなった。
それは、生けとし生きるものが持てない、すべてを越える力を得たということであり―――。
そして、わたしは姫の操る力の一部として、姫の意志で操られるようになった。

操を護るために放たれる力を、直接的に闘争に使うように――。
そして、触れたものを溶かす力を新たに得た――。

鬼の鎧に包まれたわたしの、その拳で、足から、荒れ狂うように、力を放てるように。

872 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:12.212 ID:/zPciKa20
けれども、姫は遂には闇の彼方へ封じられた―――。
それは同時にわたしも、闇の彼方に封じられたことになる―――。

神に仕える、少女の手にした鏡によって。

―――――。


永遠の闇の彼方に封じられるとき、わたしは気が付いた―――。

嗚呼、わたしは姫のことを―――。

愛していたのだと――――。

873 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:30.401 ID:/zPciKa20
―――姫に操られ、姫の力の一部となったとき―。

千代を越える年、淡々と運命の力で姫を護っていただけのわたしは、生を受けたようであった。


そして同時に、姫に操られることがうれしかった。

874 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:45.273 ID:/zPciKa20
――けれども、わたしは姫とただ居られるだけでいい。

姫と話せなくていい。

姫と触れ合わなくたっていい。

姫の魂として存在する―――ただそれだけで―――。

だから、ずっと鬼の鎧を背負い続ける―――――――。


永遠の暗闇の中――――。

875 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:57.887 ID:/zPciKa20
わたしと姫は、永遠の闇に消え去った――。

二度と目覚めることはないだろう――。



そして、わたしのただ一つの恋も闇の彼方へと―――。


―――ああ、でも――。

姫と、ずうっと一緒にいられるなら、構わないか―――。


――決して目覚めぬ闇の中でも、姫と共に目覚めず、ずうっといられるのなら―――。

876 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:37:20.501 ID:/zPciKa20
わたし「鈴姫―――」


わたしは、彼女の名を囁きながら、鈴姫と共に眠りに着いた―――。

877 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:37:32.664 ID:/zPciKa20



                月 夜 見 の 遺 産



878 名前:社長:2016/03/11 21:40:08.608 ID:/zPciKa20
>>482-493の魔女ノ見タ夢 のリメイクみたいな物語。


879 名前:社長:2016/03/11 21:43:46.547 ID:/zPciKa20
http://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/783/isana.png

イサナ
鈴鶴の双子の姉。もっとも彼女自身は鈴鶴を護る力にくっついている魂だけの存在。
簡単に言えば魔女の囁きの中の人。
魔女の囁きの、鬼の鎧はイサナの魄になるはずだった肉塊からつくられている。

彼女は、鈴鶴が讃岐造の武術の才能を受け継いでいるのと逆に、
カグヤの術に対する才能を受け継いでいる。

きのたけで言えば、筍魂(戦闘術魂という技で勝負)タイプが鈴鶴、
魔王791(たくさんの魔力でガチンコ勝負)タイプがイサナ。

双子といっても、一卵性ではなく二卵性なので、何から何までそっくりというわけではない。

また、その眼の瞳は、2つ重なったように見える重瞳――。

880 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/03/26 23:34:51.684 ID:x3Oks6oUo
乙、悲しいなあ

881 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:34:23.023 ID:qpb8DoIg0
この世界には、見えない運命の糸が複雑怪奇に絡み合っている。

その糸を、ふつりふつりと人は繋ぎ、また切っている。


―――運命というのは不可思議なもので。

もう二度と闇から出てこないはずの、あの子は、再び顕現した。

882 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:35:59.526 ID:qpb8DoIg0
鈴姫「…………?」
鈴姫は、気が付くと森の中にある、百合の花畑に眠っていた。
はたから見れば、ある日の午後、少女が陽の光の温かさに、微睡んで昼寝をしたようにも見れるように。


永遠の闇の彼方に居た鈴姫は、光を見るのは何時振りか。
何時振りかの光に、目を細めながら辺りを見回していた。

少し戸惑って、首を振る姿が、いとおしい。
鈴姫の髪はとても長いから、首を振るたびに揺れる。

その様子を見るだけで、わたしはありもしない鼓動が高まる感覚を覚えた。

883 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:36:40.479 ID:qpb8DoIg0
鈴姫「………一体、此処は…?」
疑問を呈しながらも、鈴姫はその場から立ち上がった。

鈴姫「……ともかく、此処が何処か―――それを確かめよう」
鈴姫は、身に着けた巫女装束をぽんぽんと叩き、腰に太刀を携え、森の外へと歩いて行った。

衣に太刀は、たいせつなひとの形見―――。

884 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:37:40.340 ID:qpb8DoIg0
その森の外は、ただ点々と集落が並んでいた。
煉瓦造りの家立ち並び、牧場が広がる、静かでのどかな村―――。


鈴姫は、旅の者を装いながら、村人にその場所を聞くと、ミルキィ村だと答えが返ってきた。

けれど、鈴姫が封印される前に居たところとは、違うところがあった。

885 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:37:51.526 ID:qpb8DoIg0
もし、鈴姫が居た世界に再顕したとするならば、当然、魔女に関する歴史は残るか、語り継がれている筈だ。
遠い未来だとしても、断片的に残るだろう。

あるいはそれよりも過去に戻ったならば、もと居た世界で知っている、それより前の歴史と等しくなければならないからだ。
此処が鈴姫の居た國かどうかは別としても、外つ國の歴史は確かに存在しているから。

886 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:05.226 ID:qpb8DoIg0


そして、一つの結論に思い至った。
―――もと居たところとは、遠いところへ来た、という結論に。



887 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:29.838 ID:qpb8DoIg0
鈴姫は、当然ながら文無しで、さてどうしようかと考えていた。
けれども、鈴姫には戦闘能力も生活能力も、様々な技能を持っている。

だから、鈴姫は成るように成れ、そう思いながら話をしていった。


鈴姫「わたし、一文無しなのよね………
   ――何か路銀を手に入れられることはないかしら」

村人「………ん!
   それは、それは……

   そういや、民宿のあいつが手伝いを欲しがってたなあ………
   どうだ、一度行ってみては?」

鈴姫「ならば、そこに行ってみるわ………」



888 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:42.927 ID:qpb8DoIg0
そして、鈴姫は民宿で暫しの間、働くことになった。
鈴姫は、自身の本当の名を隠し、ツクヨミという名を名乗り、
路銀を稼ぎたいこと、家事全般が得意だということを伝えると、すぐに雇われた。

889 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:57.817 ID:qpb8DoIg0
鈴姫は、言った通り、布団を畳み、掃除をし、料理を作り――。
こういった家事には手馴れていたから、あっさりとそこに馴染むことができた。
なにしろ、民宿の中で最高の立場の、女将にも、褒められる腕前だったからだ。

女将「…ツクヨミちゃん、まだ、そんなに若そうなのに…
   あたしゃ、もう驚きよ」

鈴姫「……わたしは、唯、こういうことには手馴れているだけだから
   岩よりも短い生き様で、得た、ほんのすこしの技よ」



890 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:39:19.471 ID:qpb8DoIg0
そしてまた、民宿に住まい働く人々や、泊まる人々は、鈴姫の腕に感心し、ねぎらいの言葉をかけたりしていた。
其処が別段身を削るような、辛いことのない環境だったのは、
此処が何処だかも分からぬ鈴姫にとって、幸運な出会いだったのかもしれない。


鈴姫は、とりあえずの目標は、拾ってくれた礼にあたるだけ、ここで働く――と決めた。


891 名前::2016/04/11 22:40:00.518 ID:qpb8DoIg0
遠い世界へ、顕現せし乙女。

ちなみに鈴鶴は

892 名前:社長:2016/04/11 22:41:26.073 ID:qpb8DoIg0
いい嫁になれるタイプなので
いったいヤミやシズやフチやイサナの誰の嫁になればいいんだろう

全員!

893 名前:たけのこ軍 791:2016/04/14 22:42:36.597 ID:fJkDeVq2o
全員!に笑った

894 名前:社長:2016/04/26 00:40:21.614 ID:vvR4MoPo0
魔女の囁きの能力 おそらい
本体の操を狙いに来た男を吹っ飛ばす。
この判定基準は客観的なもの+本体の主観である。
この能力を消したり封印したり奪ったりすることも、それに値するのでその場合は女も吹っ飛ばす。
自分の意志では抑えられない。

鈴鶴の主観はそんなのが、というほど細かすぎるものまで入るため、実質的に殴り合いなら男相手に絶対に敗北しない。

895 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:46:14.093 ID:XsKN/Qg20
さて、暫しの路銀を稼ぎながら、ある夜、鈴姫は夜空を見つめていた。

月は、青白く、夜を彩るかのように、星に包まれながら輝いていた―――。
あの月は、自身に宿りし女神の月なのだろうか、と考えながら、鈴姫は夜空を見ていた。

896 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:47:45.452 ID:XsKN/Qg20
そんなある時、村に五人の破落戸(ゴロツキ)が現れた。
嫌がらせか、ただの欲望の解放かは分からないけれど、その表情は醜く、そして醜悪な雰囲気を漂わせていた。

破落戸1「おいおい、俺と付き合わねェってのか?あ?」
村娘「ひ、あの……やめて…」

ある者は一人の村娘に集団で囲み、ある者は軒先の物を蹴飛ばしていた。
難癖、暴力、恐喝―――ただの暮らしを営むものにとっては恐ろしい、
けれど、人を其の手で殺したことのある鈴姫にとって、ちっぽけな所業――――。


897 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:49:48.412 ID:XsKN/Qg20
鈴姫「………」
その様子を、鈴姫は、氷のように冷たい瞳で見つめていた。
その心の中に、感情の揺らぎはない。

鈴姫は、男に興味など微塵もないから、当然そうなるのだけれど――。
傍から見れば、それは無愛想な人間のようであった。

898 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:50:11.387 ID:XsKN/Qg20
破落戸1「おい、お前……
     なァに、眼飛ばしてやがる………?」
破落戸の一人が凄もうとも、鈴姫は、無表情だった。


鈴姫「………いいえ、なんでも」
鈴姫の言之葉には、感情の込められていない冷たさが、氷のように宿っていた。
無愛想な返答のようで、そんな生半なものではない答え。

899 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:52:36.607 ID:XsKN/Qg20
破落戸1「てめぇ、ナメてんじゃ……」
そして、その態度に怒りを覚えたらしい、破落戸のひとりが、
鈴姫の胸倉をつかもうとした時、その腕を捻って、そして鈴姫よりも重いであろうそいつを思いっ切り投げ飛ばした。

破落戸1「がは……ッ」

鈴姫の、男から操を守るその力は、たとえ傍から見ればそうは思えないものだろうと現れる。
それは、触れようとも。

鈴姫の捻った腕は、まるで鉄球で潰されたように潰れていた。
そう、鈴姫は男に触れることすら操を汚すと、生まれたときから思っているのだ。


鈴姫自身が、人体の脆い部分に、弱点となる部分に的確に攻撃を当てられるというのに加え、
男を吹き飛ばすその力は、心で定めてる事も加えてとてもとても大きい―――。

鈴姫「………」
そして、崩れ落ちる一人の身体を、感情ひとつ動かず、ただ障害を取り除いただけのように鈴姫は見ていた。
思いっ切り、崩れ落ちた身体の首の部分を蹴っ飛ばして殺し、別の破落戸へと顔を向ける。


900 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:52:54.600 ID:XsKN/Qg20
破落戸2「お前、何を……、何をしたんだぁーーッ!?」

慌てて駆け寄ってくるもう一人に、鈴姫は携えた太刀を抜き――そして、その動きのまま破落戸の腹に全力の峰打ち。
そこに躊躇というものは、全く持ってない。

鈴姫の動きは、軽やかで、力強く、粗一つない達人の動きだった。
この動きを見ると、わたしは鈴姫に宿る血が、肉体に刻まれた技術が、ああ美しいと思えて仕方ない。

破落戸2「ごぼぉぁ―――」
また、破落戸の一人苦しみ、痛み、倒れる様子に、鈴姫は何も感じない。
表情は変えず、何も思わず、足で首の骨をへし折った。


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