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ユリガミノカナタニ

1 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:54:48.03 ID:XUiZ9x7c0
??「―――――――。」


―――声が聞こえる。



これは、わたしの一番古い記憶?


何も、見えない。


そこは、暗闇の中―。

2 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:56:01.50 ID:XUiZ9x7c0
けれど、音は聞こえる。



―男と女が、いることが分かる。



男と女が何かを話している。



男「――――――」
女「――――――」
男「――――――」

3 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:56:50.53 ID:XUiZ9x7c0
ただ、何かを話しているようではあるけれど。

それは、わたしの中にある記憶の、一番底にあるもの?


何かを話している、というものはわかるのだけれど、何を話しているのかは分からない。





そして、その声はだんだん小さく――。

4 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:57:52.19 ID:XUiZ9x7c0
―――。

暗闇から光が―――。


夢の中の海―記憶の海から、浮かんでゆく。


光の射す水面へと浮かんでゆく。

5 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:02:39.46 ID:XUiZ9x7c0
??「鈴鶴(すずる)様、おはようございます」

ゆさゆさと身体を揺らし、わたしを呼ぶ声。


鈴鶴(すずる)とは、私の名前のことだ―。



鈴鶴「ああ、おはよう……」

わたしは、目をこすりながら、その声に答える。

6 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:04:26.17 ID:XUiZ9x7c0
わたしを起こしたのは、わたしの乳母(めのと)のような存在であり、わたしの姉のような存在の女性。


けれど、彼女は人に在らざるものである。


人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、狗にて狗ならず、
足手かしらは人であり、左右に羽根はえ、飛び歩くもの―――。


つまり、天の狗―。

7 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:06:33.88 ID:XUiZ9x7c0
彼女の名前は、闇美(ヤミ)―。


わたしがこの世に生まれたときに、ここに命からがら逃げてきた天の狗。

妖殺しという集団に、仲間を皆殺しにされて、ここまで逃げてきた、と彼女は語っていた。


だから、身体中に傷跡がある。

そして、右目と、左手の中指の半分と、左手の薬指と小指を全て失っている。

8 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:09:31.27 ID:XUiZ9x7c0
ヤミ「鈴鶴様、寝覚めでも悪かったのですか?」

ぼーっとしていると、ヤミが声を掛けてくる。


鈴鶴「いいえ、ちょっと夢が気になるところで終わったから」


ヤミ「あら、それはお邪魔でした?」
ヤミが、わたしを見つめて言う。


鈴鶴「ううん、それほどでもないから」


ヤミ「では、布団から出ましょう」

9 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:10:47.84 ID:XUiZ9x7c0
わたしたちは、ただの庶民。
貴族でもなければ、王族でもない。

竹を取るり、それを様々なことに使うのが生業の、ただの人。


わたしの父と、ヤミと、わたしの三人で生きている。


わたしの母は、わたしが生まれたときに亡くなったのだそうだ。




―いつもの通り、作業をし終わる。

10 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:13:05.26 ID:XUiZ9x7c0
もう、空も赤く染まった―。


いつもの通り食事、禊を行って。


それが、終われば、もう月は海から浮かび上がる時刻になる。

11 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:15:48.99 ID:XUiZ9x7c0
もう、あとは眠るだけ―というわけではない。

わたしの父は、わたしの母の形見だという、太刀の稽古に行く。


その太刀の腕は、竹にも、動物にも、一発で切り落とす腕―。

それを、毎日の鍛錬で、限界に―あるいは、限界を超えるために鍛錬をしている。

12 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:16:58.17 ID:XUiZ9x7c0
父「では、稽古をしてくる」


父は、太刀を携え、山の中へと向かう。


住処の中には、わたしとヤミだけが―。

13 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:19:26.07 ID:XUiZ9x7c0
ふたり、寝床の中に佇む。

けれど、そのまま眠りにつくわけではなく―。


わたしとヤミは、寝床の中で互いを抱き合う。


着ている服をずらし、首筋をあらわにして。


互いの首筋に、その歯を立て、互いの身体に流れる血を吸い、飲む―。

14 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:21:53.59 ID:XUiZ9x7c0
もっとも、これには理由がある。

わたしが赤子の時の習慣が、今もなお続いてしまっているだけだ。


母が死んでしまい、母乳のあてがなかった。

そこで、ヤミが、自分の【血】で補ったことが、この行為の始まり。

けれど、【血】は、その中に特別な力を宿すものであり―。


その習慣は、いつしかヤミが、わたしの【血】を吸うほどになっただけなのである。

15 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:24:42.08 ID:XUiZ9x7c0
鈴鶴「ん……」


わたしは、ヤミの首筋に唇を合わせ、血を飲む。

いつもの習慣でも、やはりこれをするときは緊張する。

ヤミ「鈴鶴様、どうぞ」
ヤミは、やさしく私を見つめて、微笑んでわたしを見つめる。

まるで―といっても、実際その行為の代わりなのだけど―母が赤子を見つめるように。

16 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:26:55.58 ID:XUiZ9x7c0
鈴鶴「んくっ…くっ…くっ…」
粟、稗、獣、山菜……数々のものを食べてきても、やはりこの【血】の味は格別だ。
ついつい、夢中になって飲んでしまう。



ヤミ「ふふっ、鈴鶴様のこのお顔、ほんとうにかわいらしい」
そんなことを言われて、我に返って、わたしは赤面して――。


ああ、この人は。
なんて恥ずかしいことをすぱっと言うのか。
けれど、わたしはこの人とずっと一緒にいたいと思ってしまうのも事実であり―。

17 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:27:37.38 ID:XUiZ9x7c0
鈴鶴「ヤミ、わたしの血、吸っていいよ」
わたしも、血を捧げる。


ヤミは、やさしく歯を立てた。

18 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:28:36.93 ID:XUiZ9x7c0
ヤミ「鈴鶴様、だいじょうぶですか?」


わたしを気づかいながら、その血を吸い取ってゆく。
その息遣いは、甘く、そしてくすぐったい。


ヤミ「ん……はぁ、はぁ…」

わたしの身体に抱き込む力が強くなる。
そして、ヤミは舌で歯を立てたところを舐めて。


ヤミ「鈴鶴様、美味しゅうございました」
ヤミは、わたしの首筋から、唇を離した。

19 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:29:52.38 ID:XUiZ9x7c0
服の乱れもそのままに、わたしたちは二人抱き合って、寝床の中に―――。

ヤミ「鈴鶴様、ずっと、一緒にいましょうね」

抱き合いながら、ヤミは優しく―けれど、固い意志が含まれた言葉を囁いた。


いつしか、わたしたちは、眠りの海に――。

20 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 23:30:34.48 ID:XUiZ9x7c0
こうした日々が何日も、何月も、何年も過ぎる―――。


わたしの父に、太刀の使い方を習い、その稽古をするようになったり。


ヤミに抱っこされて、いろいろなものを見に行ったり。
あるいは、ヤミと天の狗のやっていた修行をやってみたり。



―月日は流れる。
川を流れ行く水のように、空を流れ行く雲のように―――。

21 名前:【アイキャッチ】:2014/10/26 23:41:48.42 ID:XUiZ9x7c0
人物・専門用語

鈴鶴(すずる)

・生年月日:792年10月12日
・髪色  :黒
・目の色 :黒
・血液型 :B型
・利き手 :両利き
・一人称 :わたし


ヤミ(闇美)

・生年月日:782年5月6日
・身長  :170cm
・体重  :60kg
・スリーサイズ:72-62-78
・髪色  :黒と白(ブラック・ジャックのような感じ)
・目の色 :青
・利き手 :右
・一人称 :わたくし


天の狗
羽を背中に持ち、風を操る人ではない存在。
寿命は200歳程度。成長期は15歳ぐらいまで。
老化が始まるのは100歳ごろから。

22 名前:【アイキャッチ】:2014/10/26 23:55:33.57 ID:XUiZ9x7c0
この話は、全四章構成―。
【アイキャッチ】が、章の終わりの合図である。

23 名前:きのこ軍:2014/10/27 00:07:34.08 ID:OcR59gcco
すごい続きが気になるゾ
791年誕生日の方は出てくるんですかね

24 名前:【アイキャッチ】:2014/10/27 00:25:44.65 ID:xxGduP7g0
修正
>>9
竹を取るり、それを様々なことに使うのが生業の、ただの人。
           ↓
竹を取り、それを様々なことに使うのが生業の、ただの庶民。

25 名前:【アイキャッチ】:2014/10/27 00:35:18.08 ID:xxGduP7g0
>>23
うーんいないよ。

26 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:12:38.37 ID:KRsyiv7Q0
――それは、わたしがこの世に生まれて、15の年が過ぎた時。



―夜。


わたしの父は、いつものように素振りには行こうとせず、わたしとヤミの前にどかと座った。

27 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:13:02.60 ID:KRsyiv7Q0
父「…もう、15年か。
  私は…そろそろ、話さねばならないことがある。」


重々しく、そう喋った。

28 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:15:32.23 ID:KRsyiv7Q0
ヤミ「ああ、もう…
   …そんなに年が経ったのですね…」
ヤミは、どこか寂しそうな顔つきになる。




父「――それは、鈴鶴の…母さんのことだ。」
父は、そう言った。



鈴鶴「わたしの…母上???」

わたしには、死んだとだけ聞かされていた、母親――。

29 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:16:35.95 ID:KRsyiv7Q0
父は、さらにあるともう一つ。


父「そして、…お前と……闇美のことだな」

30 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:21:07.69 ID:KRsyiv7Q0
父「率直に言おう。
  母さんは、人に在らざる―闇美のような存在だった」

それは、とても唐突すぎた。


  
父「母さんは、この国…いや、この星の存在ではなく…
  あの、夜空に浮かぶ月に住まう存在であった
  【月の民】と… そう言っていた」


天の狗――羽を生やした、人に在らざる者である、ヤミがいなければ、それは冗談かと思ったかもしれない。


けれど、ヤミという存在がいて。

―そして、父のその目は、表情は、声色は、決して嘘をついているものではなかった。

31 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:24:36.85 ID:KRsyiv7Q0
鈴鶴「え…?」

わたしは、戸惑う。

それは、つまり―――。


鈴鶴「わたしの血の半分は、その【月の民】の血が流れている……ということ?」


けれど、その戸惑いが頭を混乱させるよりも、それが事実なのだ、と受け止めた。

32 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:31:04.30 ID:KRsyiv7Q0
父「…そういうことになる」
父は、わたしの確認に、頷いた。



父「……母さんとの約束だった。
  鈴鶴が15か16になる頃には、どうかこのことを教えてくれと。」


月のほうに目をやり、寂しそうな表情を見せ―。


父「…この、私が振るっていた…今は鈴鶴も振るう太刀は、母さんの形見だな…」
父は、太刀を取り出した。

その太刀は、金色の柄であり、その柄頭と鞘に白い百合の花が拵えられた太刀―。
その刃は、錆びることなく、折れることなく、欠けることもなく、重々しい刃―。


わたしは、はじめてこの太刀に触れたときから、この太刀には特別な思いがあったけれど。
今まで―7年ほど手にしてきた太刀への特別な思いは、母の愛なのかもしれない、と感じた。

33 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:34:11.82 ID:KRsyiv7Q0
鈴鶴「そういえば、もう一本は?」

わたしと父は、ともに素振りをすることもあった。
そのときは、父は飾りのない、特色もない、普通の太刀を振るっていた。


父は、そのもう一本を見つめながら。

父「…この太刀は、出会いの象徴だろうか―
  まぁ、それほどのものでもないかもしれないけれど、な」

そう、思いをはせるように答えた。

34 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:36:56.48 ID:KRsyiv7Q0
ヤミ「お父様…
   わたくしのことも、そろそろよろしいでしょうか?」
ヤミが、わたしの父に訊ねる。


―そうだ。
父は、母のこと―。

そして、もう一つ。
わたしと、ヤミのことだ。


父「ああ、頼んだ」


そして、ヤミは語った。

35 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:42:27.61 ID:KRsyiv7Q0
ヤミ「わたくしがここに逃げ込んできたとき、わたくしは、生死の境を彷徨うほどでした」
   けれど、その時…鈴鶴様のお母様は、わたくしに…
   全ての生命を、捧げて…助けてくれました…そうです」

優しい―けれど、すこし寂しそうな、切なそうな目で語る。


ヤミ「鈴鶴様を産んで、弱った身であっても、わたくしのことを助けてくれたのです
   …もっとも、そのことは、わたくしがここに逃げ込んで、気が付いたときにお父様が教えてくれました
   逃げ込んで、倒れているところを、お父様が見つけたそうですから……
   お母様の顔は、見られていません―」

その寂しそうな目の光は、よりいっそう強まる。

36 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:43:33.68 ID:KRsyiv7Q0
鈴鶴「それでは、わたしの母上が死んだ、というのはは…」
つまり―――。


父「…そういうことだ。」
父は、硬い表情でうなずいた。


ヤミは、寂しそうな目で、うつむいている。


37 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:47:32.17 ID:KRsyiv7Q0
けれど、ヤミは、わたしをまっすぐ見つめて、告げる。
泣きそうな目で―。
けれど、はっきりと、告げる。


ヤミ「――わたくしは、鈴鶴様のお世話をしているのは、ひとつはこの感謝のためです
   けれど、それだけでは……」


―ゆっくりと、投げかけるように。
その左目には、涙が一筋―。

わたしを抱きしめながら、言う。

38 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 01:56:43.02 ID:KRsyiv7Q0
ヤミ「それだけでは、ないのです
   わたくしは、鈴鶴様をひとりの女性として
   一緒にいたいから…」


涙の一筋は、止め処なく―。


わたしは、そんなヤミの心を溶かすために―。

ヤミの腕を取り、顔を見合わせて、やさしく言う―。


鈴鶴「いろいろなことを聞いて、わたしはとても驚いている
   けれど、ヤミはヤミ―。 
   わたしは、ヤミと一緒にいたい
   ―ヤミというひとりの女の子と」


ヤミ「鈴鶴様、ありがとう―」


わたしたちの心は、混ざって、一緒に――。

39 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 02:01:54.14 ID:KRsyiv7Q0
しばらく、そうしていて―。
わたしたちの心が落ち着いたとき、父が言った―。


父「鈴鶴…おまえには、月の血が流れていると言ったが―」
  


父「月の血は、変若水の血――
  人より長く若く生き続け、それは千代をも越えるのだと―
  母さんは私に言った…」

40 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 02:03:02.16 ID:KRsyiv7Q0
父「そして、その生命を引き継いだ闇美にも…
  その月の血は、流れている
  だから……」



その時――。


ざぁ――
父がわたしたちに何か告げようとしたとき、風が強く吹いた。


空気が、どことなく淀んで感じた。

41 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/29 02:04:14.64 ID:KRsyiv7Q0
その空気に、いち早く感じたのは、ヤミ。


ヤミ「この気配…まさか――」





ざっ、ざっ―

草を、土を、踏み歩く音―。


わたしたちの目の前に、人影が現れた。

42 名前:【第二章 中断】:2014/10/29 02:05:17.86 ID:KRsyiv7Q0
今日はここまで

修正
>>36
鈴鶴「それでは、わたしの母上が死んだ、というのはは…」
          ↓
鈴鶴「それでは、わたしの母上が死んだ、というのは…」

43 名前:きのこ軍:2014/10/29 22:28:40.41 ID:u298LCDQ0
続きがきになる。

44 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:03:52.19 ID:Ns.N3duQ0
人影は、近付いてくる。

――声が聞こえる。


??「……見つけたぞ
   あの時殺し損ねた、天の狗の生き残りをな…」


それは、ヤミに向けられた言葉―。



ヤミ「この、声
   この、言葉……」
ヤミの身体は、がたがたと震えていた。




妖殺し――。


その声の存在は、ヤミのことを知っている。
殺し損ねた生き残り、そう言っているのだから――。


その声の存在は―。

45 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:05:24.20 ID:Ns.N3duQ0
そして、近付いてくる人影は、やがてその姿を見せる。


??「今までよく隠れていたと褒めてやりたいところだが…
   その隠居生活も、もう終わりだぜ」

――そう言いながら、男が現れた。


髪と肌は月のごとき白さを持ち―。
その目は闇夜のごとく黒く、瞳を青白く光らせる―。


ただの人ではない―恐らくは、人に在らざる存在であろう男が、現れた。

46 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:08:12.44 ID:Ns.N3duQ0
その後ろには、お供と思わしき男どもが見える。
見たところ、人間の男が、十人を越えるぐらいに――。


その澱んだ空気が、濃くなる。


父は、その男を、まるでそれが悪しき者ということを予め知っていたような目で見つめ―。
  
父「貴様は、誰だ?」
静かに―けれど、とてもとても重い、鈍い金属のごとき硬さを含む言葉で問う。

47 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:10:33.17 ID:Ns.N3duQ0
男「俺の名は、カショ…
  ――そこの天の狗を、殺しに―」


その男は、言葉を言いかけ、わたしのほうを見て。

鈴鶴「――っ!」



カショ「―ふ
    ――ふふふ
    ふはははははははは!
    殺し損ねた、天の狗だけじゃあなく―」
笑い声を発した。


それは、とても嬉しそうな笑い声―――。

48 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:12:39.57 ID:Ns.N3duQ0
ああ、何故こんなに恐ろしいのか。

この声は、わたしの心の臓を冷えた手で握り潰しがごとく、恐ろしい。
聞いたこともないのに、何故か恐ろしいと、分かっていた。


カショ「あのクソッタレなアマは、よくも…
    いや―――よくぞ、計画したものだ
    死体で見つかったと聞いて、その腹いせに、この組織を作ったが―」


わたしは、その恐ろしき気配に身体が震える。

ヤミはわたしを背中にかばいながらも、震えている。


49 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:14:18.16 ID:Ns.N3duQ0
カショ「まさか、殺し損ねたのともう一人、あのアマの子がいるとは――
    ふ、ふ、ふふふふふふ―
    この組織は、とてつもない大当たりを引いたっ!」


そして、父の方を向いて―。

カショ「今なら、お前の命だけは助けてやろう
    そこの二人の娘さえ差し出せば、俺たちはここには用はない

    さあ―寄越せ」


右手で、指差す。

50 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:15:02.98 ID:Ns.N3duQ0
父「………」



沈黙―。



けれど、それは、苦悩の沈黙ではなく―。

51 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:17:34.18 ID:Ns.N3duQ0
父「私は、貴様の言う、【そこの二人の娘】の親だ
  娘の鈴鶴を、義娘の闇美を守る使命がある―

  使命を破ってまで得る命に、価値なんて存在しない」


父は、静かな怒りを込めて、そう告げる。


カショ「…無駄な足掻きを」


カショは、面白いとばかりに、腰に携えていた太刀を構えた。

52 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:19:06.36 ID:Ns.N3duQ0
父「鈴鶴―
  母さんの太刀を、闇美を支えてくれ―」

父は、わたしに母の形見の太刀を渡し。


鈴鶴「父上…」




父「闇美―――
  鈴鶴のことを、宜しく頼む―」

父は、ヤミに深く礼をし。


ヤミ「お父様―」

53 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:21:06.95 ID:Ns.N3duQ0
そして、カショたちのほうを向いて。


父「鈴鶴、闇美――
  逃げろ
  
  逃げれば、その果てに
  生への路は、希望の路はある
  其れを信じて、逃げ続けろ」


振り向かず、わたしたちに、大きな背中を向け。
―太刀を抜き、カショの方へと歩み寄りながら、そう言った。


そして、力強い声で、カショに言葉を紡ぐ。


父「さあ、来い…!」

54 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:21:50.27 ID:Ns.N3duQ0
その言葉と同時に、父は鋭く素早く、カショに太刀を振りかぶる。

父「ふんっ!!」
カショ「おらぁッ!」


そして、ヤミはわたしを抱えて住処を飛び出し、外へと駆けた。


カショ「逃がすな!」

その大きな号令とともに、男どもが、追いかけて来た。

55 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:22:50.13 ID:Ns.N3duQ0
―遠くで、刀と刀がぶつかり合う音が聞こえる。
父とカショと―それに加勢する数人の男が、対峙する景色が遠ざかってゆく――。



父「――ヤの約束は…破らん!」

父が、そう力強く言う声が、遠ざかってゆく――。




―逃げる。
わたしは、ヤミに抱えられ逃げている―。


ヤミは地を駆けている―。


そして、十分な助走を取って、空へと駆けた―。


56 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:23:07.22 ID:Ns.N3duQ0
ヤミ「鈴鶴様、絶対に守りますから」
ヤミは、わたしに力強く意思を述べ。



鈴鶴「ヤミ、絶対に守ってね」
わたしは、母の形見の太刀を胸に抱きながら、それに頷いた。

57 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:24:07.55 ID:Ns.N3duQ0
逃げる、逃げる、逃げる―――。


わたしたちは、追っ手から逃げている。



空を駆け、何処かの山に入り、ふたり手を繋いで逃げる。


何処とも知れぬ山の中を、わたしたちは逃げている。


ヤミといっしょに、わたしたちは走っている。


追っ手はわたしたちを追いかける。

58 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:26:10.55 ID:Ns.N3duQ0
体力が尽きかけていても、ただ精神力のみで走っていた。




鈴鶴「あ…」

疲れからか、わたしの足がもつれる。
躓いて、身体があらぬ方向へ倒れようとする。



それは、地面ではなく、崖であり――。


ヤミ「鈴鶴様、危ないっ!」

ヤミがわたしを抱きかかえようとしたけれど――。


ヤミの身体も、崖に引きずられ―。



わたしたちは、崖から落ち、その底に待つ海へと落ちていく。

59 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/10/31 00:28:25.85 ID:Ns.N3duQ0
ばしゃぁあっ―――。
水飛沫とともに、わたしたちは海へ―。


わたしたちは、海の中に―――。




ああ、波に飲まれてしまう―。


嗚呼、せめて―ー。

わたしは、ヤミから離れないように、ヤミを抱き。
ヤミは、わたしを放さぬよう、わたしをがっちりと抱き。
母の形見の太刀が、私たちの胸と胸の隙間を埋めて。



目の前が海の色で、包まれる―――。






暗闇の中に落ちてゆく―――。

60 名前:【第二章 中断】:2014/10/31 00:28:51.95 ID:Ns.N3duQ0
今回はここまで

61 名前:きのこ軍:2014/10/31 18:40:47.50 ID:dv4llT..o
どきどき。

62 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:44:16.12 ID:gF0EJYl20
此処は、暗い暗い、闇の中――――――――。


――――――声が聞こえる。
男と二人の女性が、話している。

わたしは、その様子を見つめている―。


けれど、その姿は靄がかかったように、ぼやけていて、よく分からない―。

63 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:47:22.17 ID:gF0EJYl20
これも、わたしの、むかしのきおく?


それとも、だれかの夢――?


あるいは、とりとめのない、ただの夢なのか―。

64 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:48:00.47 ID:gF0EJYl20
ぼやけたわたしの視界が暗くなる―。

夢の世界が暗く――。


………。

その暗闇に、一筋の光――――――。

夢の水面へ―――。

65 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:48:50.14 ID:gF0EJYl20
気が付くと、わたしとヤミは、何処かの洞穴に居た。


ぱちぱちと、焚き火が燃えている。



ここはいったい――?

ふるふる、ふるふる、身体を震わせると、人影が見える。


そこには、ふたりの女性がいた。

66 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:51:37.79 ID:gF0EJYl20
けれど、それはただのふたりの女性ではなかった。


髪と肌は月のごとき白さを持ち―。
その目は闇夜のごとく黒く、瞳を青白く光らせる―。


―その容貌は、わたしたちを襲いにきた、妖殺しの、カショと同じで。


わたしは、反射的に、飛び退こうとして――。

滑って、その場にこけた。

67 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:53:18.26 ID:gF0EJYl20
その痛みを引き金に、わたしの目から、涙がこぼれた。


いつもなら、この程度の痛みは気にしないけれど。
恐怖と、心細さが、わたしに涙をこぼさせた。

68 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:55:07.84 ID:gF0EJYl20
ふたりの女性の片方――髪の長い、背の高い女性は、わたしに手を貸した。
女性「…大丈夫、かな」


女性「…わたしたちは、あなたがたを殺そうとする者ではない
   寧ろ、あなたたちを、守る者―といえば、いいかな」


―初めて出会う人なのに、その言葉にはどこか懐かしさや、安心感を感じて。

わたしは、涙ぐんだまま、その手に支えられ、体勢を立て直す。


69 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:57:21.06 ID:gF0EJYl20
もう一人の女性――わたしよりも背が低く、幼く―七歳ほどに見える女の子も、わたしのところに近付いて。

女の子「良かった、起きたのね」


女の子は、わたしの顔に手を当て、その黒い目と青白い瞳で見つめた。

70 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/01 23:59:16.41 ID:gF0EJYl20
女の子「―ん
    あとは暖まれば大丈夫みたい、ね
    服は、ぐしょ濡れだったから、あたしたちの持ってた服を着せたわ
    服も、あなたと同じく、乾かしている最中よ」

にこっと笑うと、わたしの髪を、ぐしゃぐしゃ撫でた。


そして、はっと気がつく。

鈴鶴「………
   ヤミは!?ヤミは…」

わたしは、慌ててあたりを見回して―。

71 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:01:33.33 ID:nkbrFedE0
女性「…傷の目立つ、天の狗のことなら………そこで眠っているよ
   先ほど、起きたけれど……
   あなたの容態が大丈夫ということが分かったら、安心したのか眠りについた
   ほら、其処に」


ヤミは、すうすうと寝息を立てて、険のない表情で眠りについていた。


鈴鶴「ああ、よかった」

その様子を見て、わたしの身体も糸が切れたように崩れ落ちて。


女性「おっと、危ない」

女性に、支えられた。

72 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:02:07.36 ID:nkbrFedE0
女性「疲れただろう、もう一回寝ていてもかまわない……」

女の子「あたしたちが、見張りをしておくから、安心して寝ててね」





わたしは、再び眠りに付く。

73 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:02:51.15 ID:nkbrFedE0
今日は、いろいろとありすぎた――――――――――。

これは、夢なのか、それとも現実なのか――――――。



そんな思考も、眠りの渦に吸い込まれ――。


再び、夢を見る―。

74 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:04:29.07 ID:nkbrFedE0
これは、わたしのきおく?

あるいは、だれかの夢―?


わたしは、誰かに連れ去られている。


けれど、わたしは、腕に抱える何かを振るい――。



わたしの身体が、地面に投げ出される。


わたしは、地を駆け出して―。


そこで、夢の海に、光が射し込んで。
夢の水面へ浮かんでゆき。

わたしは、目覚めた。

75 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:05:21.62 ID:nkbrFedE0
鈴鶴「ん………」

ヤミ「鈴鶴様、おはようございます…
   …もう、逢魔が時ですけれどね」
目の前に、いつものヤミの顔。

先に目覚めていたらしいヤミが、わたしを起こした。


鈴鶴「ヤミ…あのふたり……は?」

わたしは、きょろきょろ見回そうとしたとき。

76 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:07:10.85 ID:nkbrFedE0
女性「……………」
女の子「おはよう、起きたのねー」

ふたりの女性は、座りながらこちらを向いた。


鈴鶴「その…、あの、助けてくれて…
   ありがとう…」

わたしは、ぺこりと頭を下げ。

ヤミ「鈴鶴様に同じく、感謝いたします」

ヤミも、丁寧に頭を下げた。

77 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:09:43.11 ID:nkbrFedE0
ヤミ「…そういえば、あなたがたの名は何と言うのでしょうか?
   わたくしは闇美と、こちらの娘は、鈴鶴と申します」


女の子「ああ、そういえば名乗ってなかったわね」

そして、ふたりの女性は互いの自己紹介をした。


女性「わたしは…シズという」
髪の長い、衣を羽織った格好の女性は、そう名乗り。


女の子「あたしは、フチ」
おかっぱ頭の、狩衣衣装の女の子は、そう名乗った。

78 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:13:42.69 ID:nkbrFedE0
わたしは、名前を聞いて、なんだか懐かしく――。
そして、今まで混乱していた頭の中も、元通り正常に戻っていき――。


わたしは、疑問をぶつけた。


鈴鶴「どうして、わたしたちを助けたの?
   …見ず知らずの―ふたり、でしょう」

79 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:15:50.60 ID:nkbrFedE0
シズ「わたしたちは…月に住まう、人とは違う生を生きる………【月の民】…」


そのことばには、聞き覚えがある。
わたしの母親は、そうだった―そう、父が言っていた。


だから―。
鈴鶴・ヤミ「月の、民…」

わたしとヤミは、ふたり同時に、驚いた声で呟く。

80 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:18:33.55 ID:nkbrFedE0
シズ「…あなたがたには、月の民の王族の、血が、命が流れているから
   鈴鶴……には、その【血】が
   ヤミ……には、その【生命】が」


鈴鶴「わたしの、母上の――」
ヤミ「鈴鶴様の、お母様の――」


再び、わたしとヤミは呟いて。


81 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:21:12.35 ID:nkbrFedE0
鈴鶴「けれど、王族……
   それは、どういうこと?
   それが、どうしてわたしたちを助けたことに?」



わたしは、次の疑問をぶつけた。


フチ「……それは、話せば長くなるけれど
   …話さなければ、納得しないでしょう?」

フチは、わたしににこりと微笑む。

わたしは、その問いに視線で答えて。

フチ「うふふ、そうよね
   まぁ、言わないと、教えないと、語らないといけないことなのだけど、ね」

子供らしい軽い口調で答えるものの、次に発せられる言葉は、重々しい口調になった。


82 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:21:53.40 ID:nkbrFedE0
フチ「………
   あなたたちが神という存在を信仰するように、あたしたち月の民も神を信仰しているのよ
   ――そのことが、今回のことに深く関わっているの」


そして、話は語られた。

83 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:25:50.11 ID:nkbrFedE0
―――月には、神剣と語り継がれる剣があった。

ある神を殺したと言われる、剣があった。



その剣には、ある話があった。

月の神―月の女神の話が。

ある神を殺し、その為に姉と永遠の縁を切られた―という伝承が。

84 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:27:16.86 ID:nkbrFedE0
永遠の縁を切られたあと。

月の女神は―。
自らの魂を、神を殺したその剣に封じ込め。
自らの魄を、月の民として切り分け、発現させ。


その姿を、この世から消した―。

そして、残されたその剣は、月の王族によって黄泉剣(よみのつるぎ)と名づけられた―。

そのような話が、伝承が――あった。

85 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:29:27.93 ID:nkbrFedE0
月の民。
【月の民】――。
変若水の血を持つ、長寿の民。

その中でも、月の神の血を濃く継ぐ者は、月の王族であり―。


その王族の者は、その剣を永久に封印し、月を治めていった―。

それが、この話の結末――。

86 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:29:58.61 ID:nkbrFedE0
それは、あくまでもただのお話として語り継がれてきたというだったそうなのだれけれど―。




ある日、月にとある男が、産まれた。

その男は、怪物であった。

――その名は、リュウシュ。

87 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:31:34.12 ID:nkbrFedE0
強さを求め、覇者という存在こそが正義という理念があった。

リュウシュは、人を惹きつけるだけの力を持ち、その男の正義に感銘を受けた民が集まり、集団が出来た。


そしてその集団は、神をも殺した剣ならば、覇者になれると考えた。

その集団は、いつしか神を殺したという剣を求め始め―。


その集団は、封じられた剣の封印を解くために動き―。




その剣の封じを、解いた。

88 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:33:33.26 ID:nkbrFedE0
月の王を生贄に、その剣の封じを解いた―。



その剣―黄泉剣は、ただの、神話の象徴として作られた剣などではなく。

神を一人殺すほどに値する、本当の神の剣であり。


潮の動きを操り、月を蝕む呪いの魔剣であり。



リュウシュは、その月の魔剣を操り、月を破壊していった。

89 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:37:31.11 ID:nkbrFedE0
そして、リュウシュは。


龍の首の鬼―そう自負し。


自分に逆らう月の民を片っ端から滅ぼしにかかった。


黄泉剣は、その刃で切られるだけで、月の民を消し去る。
それは、月の魔剣と呼べるほどに恐ろしい存在で。


黄泉へと送る剣―月の呪いの魔剣で、自分に逆らう民を虐殺した。

90 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:40:55.91 ID:nkbrFedE0
――場面は、月の王の宮殿へ。


月の王は殺された。

けれど、月の王には娘がいた。

月の女神の血を引く、王族の血を引く娘がいた。


フチはその娘―【姫】を世話する世話役。
そして、同時に【姫】を守る警護役。


シズは、フチの幼馴染―。

元は腕の立つ刀工だったが、刀の扱いも達人であった。

そのため、【姫】の刀の修行役ならびに、警護役に抜擢された。


シズ、フチ、そしてその他の同胞たちは、【姫】を守るため、この星―わたしたちの住む星―青き星へと逃げ―。


その男たちも、この青き星へと追い―。

91 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:42:50.40 ID:nkbrFedE0
決死の闘いの末、シズ、フチ、【姫】だけが生き残るほどの死闘の末―。


リュウシュを殺し、黄泉剣で消し去り―。


黄泉剣を海の底の底へと沈めた。





けれど、その【姫】は、満身創痍のシズとフチの隙をついて、男どもの生き残り―仏と自負したシャクハツという男に連れ去られた―。

92 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:43:59.68 ID:nkbrFedE0
ぱん――。

フチが、手を叩く。


フチ「―ここまでが、昔話ね」


その話は、わたしたちが暮らしていたのとは別の次元の話のように思えた。


けれど、それでは―。

その月の【姫】―わたしの母は、どうなったのか?
なぜ、父と出会ったのか?

93 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:44:47.13 ID:nkbrFedE0
わたしが思い悩んでいると。


フチ「……何故、【姫】様が、鈴鶴の母親なのか。
   それは、分からない
   …けれど」


フチは、わたしの問いの前に、その答えを出し―。



フチ「けれど、その一年ほど後。

   【姫】様と、出会ったときには、既に――」

94 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:46:30.07 ID:nkbrFedE0
――死んだと聞かされていた、母は。


フチ「…【姫】様は、何があったかは分からないけれど…
   鈴鶴の父親と出会った

   …そして、【姫】は鈴鶴を産み…」

――そして。

わたしが心の中で思っていた言葉を、ヤミが発する。


ヤミ「傷つき、空へ掻き消えそうだったわたくしの命を助け――」



フチ「【姫】様は、その命を、散らした」

95 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:49:45.46 ID:nkbrFedE0
シズ「【姫】が、…命を散らす寸前に…
   わたしたちは……【姫】に頼まれた」


フチ「鈴鶴と、ヤミのことを、月の女神の血を引く者として―守って欲しい、と」



シズ「だから……わたしたちはあなたがたを守るため、遠くから見守っていたけれど」

フチ「鈴鶴の父親に、月の民となりしあなたたちが、月の民が完成された身体となる、15年まで…
   見守り育てることをお願いしていて…

   ―そして、15年後、昨日、あたしたちが其処に行こうとしたとき」

96 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:50:49.95 ID:nkbrFedE0
鈴鶴「――奴らが、来た」


ヤミ「――わたしたちの一族を、皆殺しにした」


―妖殺し―カショが。


フチ「一足、遅かった」


シズ「そして…
   わたしたちは、あなたがたを守るため、追って―」


フチ「今に至る―というわけね」

97 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:51:22.00 ID:nkbrFedE0
鈴鶴「わたしの父上は…」

シズ「恐らくは、奴らに―」


鈴鶴「……
   …でも、わたしとヤミを―」


フチ「…生かし、逃がしてくれた。
   立派な、父親だったと思うわ」


鈴鶴「ええ」

ヤミ「鈴鶴様のお父様は、ほんとうにご立派でした―」

98 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:54:02.91 ID:nkbrFedE0
わたしとヤミは、衝撃を受けたけれど―。
その事実を、受け入れた。


鈴鶴「あなたたちは、わたしたちの家族―ということ…でいいのかな」
―今まで、見守ってくれていたふたり。


シズとフチは、その言葉に目を丸くしたけれど。

シズ「家族……
   …まあ、一蓮托生したことになるから…

   よろしく、頼む…」
すぐに表情を戻して、冷静に答えた―。


フチ「ふふふっ、家族―。
   ……まぁ、わたしたちは【姫】様の家族に近い存在ではあったからね

   鈴鶴、ヤミ、…改めて、よろしくね」
シズとは対称的に、にこりと笑顔で答えた。

99 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:55:06.82 ID:nkbrFedE0
いつしか、外は夜になっていた―。



わたしとヤミは、シズとフチと色々会話をする。


鈴鶴「ここは?」


シズ「たまたま、見つけた岩の洞穴だ
   わたしたちの住処は、…別のところにある」


ヤミ「明日ほどにはその住処へ、戻るのですか?」


フチ「…まぁ、そうなるわね
   …この国の、とある島の山の中
   ――結界を貼った、その中よ

   そこにあたしたちが、拠点としていた場所がある

   …まぁ、奴らに気づかれないように行かなきゃいけないけれど、ね」

100 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 00:56:37.49 ID:nkbrFedE0
こうして、時間が過ぎる――――――――。

―――――わたしたちは、色々な会話をした。

これまでの暮らしについて、それぞれの好みについて―。


シズ「…その太刀は……」

シズは、わたしが大事そうに持つ太刀について訊く。

鈴鶴「母上の、形見だと」


シズ「ふむ…」


シズは、わたしの太刀を懐かしそうに、見つめる。


シズ「……大切にしてくれていたんだ、ありがとう
   【姫】に贈った、わたしの作った太刀だから…
   【姫】の好きな花の、百合の飾りに一番苦労したのが…
   懐かしいよ」


そう言って、母の形見の太刀―シズの贈り物だという、それを撫でた。

101 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 01:01:23.81 ID:nkbrFedE0
ヤミ「そういえば、わたくしたちを守るのは、【姫】君のお願いのためだけ、ですか?」


その言葉に、シズとフチはぴくと身体が反応し。


シズ「――正確には、もう一つ理由がある

   …黄泉剣を、封印しなくてはならない」


ヤミ「…王族が、封印したから、そのためですね?」
ヤミが問う。

そして、その問いに答えが返る。
フチ「そういうことね
   けれど、こっちの用件はついでに―近いわね
   剣をどうにかするためには、海の底へ剣を引き揚げないといけないから」

ヤミ「―黄泉剣は、大丈夫なのでしょうか?」

フチ「流石の【月の民】も、海の底に消えた黄泉剣は引き揚げられないし、ね
   ―王族の、女神の血を引く者になら、できるのだけれど、ね」

鈴鶴「―わたし?」

フチ「そう
   だけれど、今のあなたを連れてもただ狙われるだけだから」

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

102 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/02 01:07:02.12 ID:nkbrFedE0
いつしか、話の種も切れて。


フチ「そろそろ、休もうかしら?
   すぐに出発して、あの島へ向かいたいし」
フチが、そう言って寝床に向かう。

ヤミ「そうですね」
ヤミも、その言葉に続いて、寝床に入って。

シズ「では、眠ろう…」

鈴鶴「では、おやすみなさい」



再び、仮眠を取って、眠りの渦の中へ。



――――今日見た夢は、何も特別なことのない夢で。




――わたしは、目覚めた。

103 名前:【第二章 中断】:2014/11/02 01:07:35.34 ID:nkbrFedE0
今日はここまで

104 名前:きのこ軍:2014/11/02 01:17:22.44 ID:JxX0TvSwo
乙乙
鈴鶴さんが持っている剣は黄泉剣ではないんだよね?

105 名前:【第二章 中断】:2014/11/02 01:25:20.44 ID:nkbrFedE0
黄泉剣は海の底の底に沈んでる。


鈴鶴さんの持ってる太刀は、
シズが【姫】に贈った太刀(=鈴鶴にとって母親の形見)。

106 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:01:44.39 ID:rYUXWeXc0
シズ「さて、行こうか」

鈴鶴「そうね」


わたしたちは、支度を整え、敵に見つからぬように気をつけながら、島へと向かった。

107 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:02:36.39 ID:rYUXWeXc0
数日かかる、旅だった。


てくてくてくてく、わたしたちは歩く。


敵に―妖殺しの存在も考慮しながら、わたしたちは歩く。


途中、野宿で休みながらも、その島目指して歩く。

108 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:06:43.36 ID:rYUXWeXc0
野宿の間も、会話をする。
ぱちぱち燃える焚き火の周りで、話をする。


鈴鶴「―そういえば、わたしたちのいた住処はどうなったの…?」
ふと、思いついたことを訊ねてみる。


シズ「…………
   ……わたしたちがたどり着いたときには、燃え盛る火炎が――」
―そして、その答えは、悲しき答え。

109 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:13:02.25 ID:rYUXWeXc0
鈴鶴「そう、なのか…」
――その答えに、私は少し落ち込む。
ああ、恐らくわたしの父は――。

シズ「…確か、カショは火鼠とか名乗っていたはずだ…
   実際に、火を操ることもできたらしい…」
そう、シズが思い出したように言う。

ヤミ「火炎……わたくしのときも、住処が燃えていました…
   妖殺しとして、焼き尽くすことは……都合が良いのでしょうね」
ヤミも、ああと思い出すように。

フチ「……そうか、ヤミは――」

ああ、そうだ―。
ヤミが妖殺しに襲われたとき、そこで、何があったのかを知っている―。

ヤミ「…これで、二回目ですね…
   これはもう、運命なのでしょうね
   立ち向かわないといけない、という……」

ヤミは、すこし悲しそうに。
けれど、強い意思をこめた言葉で、言う。


会話は続く。

110 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:14:08.87 ID:rYUXWeXc0
ヤミ「そういえば、シズ様や、フチ様は…
   なにか、能力…というのでしょうか?そのようなものを、持っているのですか?」


ふと、ヤミが訊いた。

111 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:15:45.19 ID:rYUXWeXc0
シズ「……わたしは、別段そんなことは出来ないな
   ――まぁ、特技といえばこの太刀などを振るう、こと……かな
   そういうことなら、フチのほうが…」
飾りげのない太刀を持ちながら、シズはフチに目をやる。


フチ「あたしは、火水風土を触媒として式神として呼び出すことが出来る―
   簡単に言ったら、火や水や風や土から兵士を作り出す―というところね」
話を振られたフチは、すらすら淀みなく、はっきりと答えた。

112 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:18:35.53 ID:rYUXWeXc0
鈴鶴「どういう、感じに?」
わたしは、少しわくわくして、お願いする。


その答えとしてフチは、得意げな顔でわたしとヤミを見て。
フチ「いいわよっ
   ん〜っ!!」

手に持つ小刀に念を送り、焚き火の火から式神を呼び出した。


それは鬼のような、亜人の見た目で―。


向こうの景色が少し見える、水のような質感の式神がそこにいた。

113 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:21:21.18 ID:rYUXWeXc0
鈴鶴「わぁ…」
わたしは、それに感嘆した。
これほどのものを、簡単に呼び出せるなんて、すごい―。

そしてその感情は、わたしだけではなく、ヤミにもあって。

ヤミ「この式神は、どんな力を持っているのですか?」
ヤミは、興味深そうに訊いた。

114 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:22:09.54 ID:rYUXWeXc0
フチ「ん〜…」
フチは、少し悩んでいたが、それもほんの少しの時間で―。


フチ「そこの岩を、砕けるぐらいかなあ?」
フチは、フチの背ほどの―四尺ほどの大きさの岩を指差した。


フチ「さ、壊してみせて」
式神に、命ずる。


式神は、無言でその岩に拳を振り下ろし―。

ぐしゃ。
砂の塊を蹴散らすがごとく、岩を粉々に砕いた。

115 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:24:11.17 ID:rYUXWeXc0
鈴鶴「…すごい」


フチ「まぁ他にも、味方を運んだり―補助が出来るわね
   ―さ、戻りなさい、お疲れ様」

フチが指をぱちんと鳴らすと、式神は焚き火へ歩み寄り、元通りの火へと戻った。



ヤミ「…こんなことができるとは、すごいですね」
ヤミは、丁寧ながらも、目を輝かせながらその様子を見ていた。


フチ「まぁ、わたしは、身体が小さいからね」
だからこそ、これほどまでの力をつけたのだ、と言った。

116 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:25:13.42 ID:rYUXWeXc0
――こうして夜は更ける。


私たちは、歩き、歩き―。


島の近くにたどり着いてからは、海を渡って―。


といっても、船ではなく、空を飛んで渡った。

わたしは、ときどきそうされていたように、ヤミに抱きかかえられて飛んでゆき、シズとフチは月の民が使えるという飛ぶ力で渡った。

117 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:26:54.75 ID:rYUXWeXc0
―わたしたちは、無事、島に辿り着いた。


そこからまた、山の中をてくてく歩いて―。
シズとフチの住処に、たどり着く。



わたしたちは、住処の中で腰を下ろした。

いつもやらないことをすると、疲れは溜まるもので…。

鈴鶴「…つかれた」


ヤミ「鈴鶴様、お疲れ様です」

わたしとヤミは、へとへとだった。
特にヤミは、わたしを抱えて飛んだのだ。けれど、疲れは顔に出さず。

わたしは、ヤミのようにならないと、と拳をぐっと握った。

118 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:27:52.27 ID:rYUXWeXc0
鈴鶴「……シズとフチは、疲れていないの?」

シズ「わたしは、慣れているから…」

フチ「あたしも
   あなたたちのところに、15年も様子を見に行ってたしね」

けれど、シズとヤミは、わたしたちとは対称的に、元気に話していた。


やはり、15年わたしとヤミを見守っていただけある―。


119 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:30:11.57 ID:rYUXWeXc0
その元気そうなシズは、布団を引っ張り出した。

シズ「さて、休もうか
   ここなら、もう少し気持ちよく寝られるだろう」

―けれど。


ここまで来るときは、身体を禊ぐ機会が少なかったので、さすがに禊ぎをしたい。

鈴鶴「禊いでからで、いい?」


わたしの問いに、シズはああそうだと思い出したように。


シズ「そうだ…な、禊ぎは大切だ…
   …この住処には…湯がある―温泉とわたしたちは呼んでいるが、それが裏手に引いてある
   ……心地よいはずだろう」

鈴鶴「あたたかいみそぎ…」
とても魅力的な言葉に、わたしはぽけーっとしてしまう。

120 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:32:39.82 ID:rYUXWeXc0
ヤミ「鈴鶴様、楽しみですか?」
ヤミが、そんなわたしの顔を嬉しそうに見ながら、そう訊く。


鈴鶴「う、う、うん!そう!」
突然の質問に驚いて、動揺しながら肯定した。


けれど、それは第三者から見ると、とても不自然に見えるものなのか―。

フチ「…あらあら、そんなに楽しみなのね」
フチは、子供を微笑ましく見るような表情で、わたしを見つめた。


鈴鶴「あ……」

恥ずかしい。


かぁっと顔が赤く染まる。


そして、そんなわたしに、ヤミはにこっと笑って。

ヤミ「ふふっ、鈴鶴様、行きましょう」

ヤミが、わたしの頭を撫でて、ぎゅっと手を繋いで歩き出す。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

121 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:35:01.34 ID:rYUXWeXc0
鈴鶴「ああ、あたたかい…」


あたたかい水は、わたしたちの疲れを取ってゆく。


ああ、とても気持ちいい――。


そう、ぽけーっとしていると。



フチ「鈴鶴って、胸大きいわね
   【姫】様の血は、こんなところまで継いでたのね…」



突然、こんなことを言われた。

122 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:36:37.64 ID:rYUXWeXc0
わたしの顔は、またかぁーっと熱くなる。

鈴鶴「え、ちょ、ちょっと…」


その様子を見て、ヤミは慌ててわたしの胸をむにと掴んだ。

そして―。
ヤミ「だ、だって鈴鶴様のここは…
   わたしが、こうやって………」

追い討ちの言葉。


ヤミは、わたしよりも動揺していた。

123 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:38:57.55 ID:rYUXWeXc0
フチ「それにしても、ヤミは…
   ―鈴鶴とは、大きく違うわねえ……」
にやにや、フチが見つめる。

うう、幼い見た目なのに、なんでこんなにいじわるなんだろう―。
それとも、幼い見た目だからいじわるなのだろうか?


ヤミ「もう、鈴鶴様と出来ったときは、こんな大きさでしたから」
―小さな胸を張って、はっきりと答える。
けれど、威厳は感じられない。

やはり、先ほどの動揺の与えた影響はそう消えない。



フチ「…それにしてもヤミは、わたしみたいな、幼い姿の頃に鈴鶴にもしていたの…
   ずいぶんと仲が良かったのねえ」
けれど、それに返した言葉は、的確で―。

ヤミ「う…」
ヤミは、言葉に詰まった。

フチ「図星だったんだ」
フチは、さらに、にやにやヤミを見つめる。

124 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:39:50.58 ID:rYUXWeXc0
フチ「―鈴鶴の大きさは、シズといい勝負ねぇ、うふふ」
そしてフチは、ヤミから視線を外してシズに目をやった。


シズ「………そうだな」
わたしよりも大きな胸に手をやりながら、硬く、冷静に答えた。


ああ、わたしもシズのように冷静に対応したい―。


風呂の湯気が、ゆらゆらと漂う中、そんなことを思って―。



―――こうして禊ぎの時間は過ぎていった。

125 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:40:54.49 ID:rYUXWeXc0
――月が昇り、夜が訪れ――。


わたしたちは、布団の中。
慣れない寝床で眠れないわたしとヤミとは対称的に、シズとフチはすやすやと眠っていた。


けれど、わたしたちは―。

鈴鶴「ヤミ…その……」
布団の中で、ヤミに呼びかける。

ヤミ「…あの…禊ぎのときは、その…ごめんなさい」
ヤミは、そんなわたしにぺこりと謝る。


そんなヤミを見ると、何故だか心が苦しい。
実際とても恥ずかしかったのだけれど、それよりもヤミが苦しむことが心に響く。

鈴鶴「……あの、そうじゃなくて…」



沈黙――。

126 名前:【第二章 人捨てし夜】:2014/11/03 01:42:13.35 ID:rYUXWeXc0
そして、わたしは―。
鈴鶴「血、吸い合おう……?」



首筋を、露にした。
わたしとヤミは、いつものように、互いの血を吸い合う―。

鈴鶴「…んっ、んっ…」

ヤミ「…はぁ、ん…っ…」

互いの首筋に、歯を、牙を、食い込ませ。
互いの身体は抱き合って。

シズとフチには気づかれないように、いつもより声を抑え目に―。


けれども漏れる小さな甘い喘ぎ、増す心拍数。



血を吸い合って、服を直して、布団の中でくっつきあって。




いつしか、眠りの海にわたしとヤミも沈み。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

127 名前:【アイキャッチ】:2014/11/03 01:49:42.30 ID:rYUXWeXc0
人物・専門用語
鈴鶴(すずる)

・生年月日:792年10月12日
・身長  :165cm
・体重  :45kg
・スリーサイズ:89-61-85
・髪色  :黒
・目の色 :黒
・血液型 :B型
・利き手 :両利き
・一人称 :わたし


ヤミ(闇美)

・生年月日:782年5月6日
・身長  :170cm
・体重  :60kg
・スリーサイズ:72-62-78
・髪色  :黒と白(ブラック・ジャックのような感じ)
・目の色 :青
・利き手 :右
・一人称 :わたくし
・背中に翼が生えている

シズ

・生年月日:はるか昔、フチと同じ年に生まれた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

128 名前:【アイキャッチ】:2014/11/03 01:57:55.89 ID:rYUXWeXc0
【月の民】
月に生きた、長寿の民。
15才のときの姿が、成熟した姿であり、その姿で永く生きる。
(フチは7歳の少女ぐらいの姿であるが、これは単に彼女の成熟した姿がそうであるからである)

現在は、シズ・フチと、カショの同胞ぐらいしかいない。

人間よりも丈夫であるが、流石に首や心の臓をやられたら死ぬ。
また、病にかかることもある。
要するに、不老長寿の民である。

【妖殺し】
リュウシュの同胞、黄泉剣をめぐる戦いで生き残った月の民。
鈴鶴の母親(【姫】)が死体で見つかり、黄泉剣を探り当てられないと分かったので腹いせに作った組織。
その通り、妖怪を皆殺しにしていく集団。
現在は【姫】の子である鈴鶴がいると分かっているので、殺戮はしていないらしい。




社長作イメージ図(それほど期待をしてはいけない)
鈴鶴
http://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/459/c01.jpg
ヤミ
http://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/460/c02.jpg
シズ
http://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/461/c03.jpg
フチ
http://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/462/c04.jpg

129 名前:【アイキャッチ】:2014/11/03 02:48:33.97 ID:rYUXWeXc0
鈴鶴の後ろにいる何者かは、今後明かされる予定である。

130 名前:きのこ軍:2014/11/04 04:09:37.14 ID:pIOF81Qw0
投下乙。全員スタンドみたいなのいませんかね。

131 名前:きのこ軍:2014/11/04 04:10:32.09 ID:pIOF81Qw0
フチと鈴鶴さんだけだった。

132 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:28:47.17 ID:kmgKojgI0
朝が来た―。

鈴鶴「んーーっ」

わたしは、目覚めた。


外を見れば、日差しがまぶしい――。

鈴鶴「…んー」

久しぶりに、住まいから見る日差しは、わたしが今いるのは安全な日常なのだという証し。

133 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:29:31.33 ID:kmgKojgI0
鈴鶴「ヤミたちは…」

わたしは寝ぼけ眼をこすりながら、周りを見渡す。


わたしは、どうやら一番最初に起きたらしい。

他の三人は、すやすやと眠りについていた。

134 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:30:23.23 ID:kmgKojgI0
わたしは、やることもなく、みんなの寝顔を見ることにした。


ヤミは、わたしがいつも見ていた、きれいでやさしい寝顔。


シズは、身体を休息している時も気を引き締めているような、冷静な寝顔。


フチは、見た目相応の、幼い女の子のように、可愛い寝顔。

135 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:31:41.49 ID:kmgKojgI0
わたしがじろじろと寝顔を見ていると。

シズが、目を覚ました。


シズ「おはよう
   …何を、しているんだ?」


シズは布団の中から、冷静にわたしに問う。


鈴鶴「あ、あの………
   …………寝顔を、見てたの
   やることがないし、あはは…」

その冷静さに、わたしはしどろもどろになりながら答える。

ああ、前もシズのような冷静さを身につけたいと言ったのだけれど、またそう思ってしまう。

136 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:38:32.68 ID:kmgKojgI0
そんなわたしを見て、シズは硬い―けれど、やさしさを含んだ、ふしぎな硬さを表情に乗せて微笑んだ。

シズ「まぁ、月の民とはいえ…
   それほど、見た目は人とは変わりはないからね
   違うのは、髪や目や生きる年だ」

微笑みながら、布団から身を持ち上げた。


鈴鶴「そういえば、わたしやヤミの生きる年は、どれぐらいなの?」
ふと、わたしは問う。

わたしとヤミは、完全なる月の民ではないから。

シズ「【姫】の血を引き継ぐ鈴鶴も、生命を引き継ぐヤミも、わたしたちと同じだろう」

それを聞いて安心する。

わたしがヤミたちを置いていくのはいやだし、わたしがヤミたちに置いていかれるのもいやだから。

そんなわたしを、シズはやさしい目で見つめていた。

137 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:40:06.73 ID:kmgKojgI0
しばらく沈黙が続く。

ふと、シズが訊いた。

シズ「そういえば、鈴鶴は…
   その太刀、どれぐらい振ってきた…?」

そう、訊いた。


138 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:45:06.11 ID:kmgKojgI0
わたしは答える。

鈴鶴「父に、使い方を教わって…
   …7年間……、毎日ではなくてときどきだったけれど、ね」


その言葉を聞いて、シズは少し考えて。

シズ「……………
   わたしは、鈴鶴の父親に
   15年前から、稽古をつけていた」

稽古―。
父は、稽古に行っていた―。

ああ――。

鈴鶴「稽古……
   そうか、父がいつも行ってたのは―」


シズ「ええ…鈴鶴の父親に、剣術を教えていた」
シズは、懐かしそうに言う。

シズ「…7年前からは、その頻度は少し減ったけれどね
   さすがに、鈴鶴に会うのは、【姫】の約束に反することとなるから」

鈴鶴「そうだったんだ…」

139 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:47:34.05 ID:kmgKojgI0
わたしたちが話している間に、フチも目覚めた。

フチ「…おはよ、鈴鶴とシズはおきていたんだ」

眠そうに目を擦り、わたしとシズのところにやってくる。


140 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:48:38.66 ID:kmgKojgI0
フチ「何の、お話?」

鈴鶴「わたしの父に、シズが剣術を教えていた…」


フチは、狩衣に着替えながら、懐かしそうに。


フチ「…そうねぇ、懐かしいわね
   あたしは、その間は鈴鶴たちのことを遠くから見てたから、あんまりは知らないけれど
   …かなり、腕の立つ剣士だった、そういう印象は残っている」

141 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:52:33.51 ID:kmgKojgI0
鈴鶴「こうしてると、本当に、ふつうの人のような…」

そう、ほんとうに、ただの日常に思える―――。



そして、着替え終わったフチは、わたしの髪をぺたぺた触った。

鈴鶴「ひゃ!?」

ぼーっとしていたときに触られて、情けない声が漏れる。

けれど、フチはその反応を気にせずに、なおも触る。

フチ「鈴鶴、その髪きれいよねぇ
   長くて、黒くて―とても、美しいわ」

そして、わたしの髪を、魅入るように見つめて、そう言った。
わたしの背丈か、それを越えるほどの長さの髪を、ぺたぺた触ってそう言った。

142 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:53:22.39 ID:kmgKojgI0
鈴鶴「これも、母上に似ているの?」

シズ「【姫】よりも、さらに長いけれど…ね」

フチ「色は違えど、この美しさはそっくりよ…
   血は争えない…わね」

名も、顔も知らぬ母だけれど、わたしは母に、【姫】に、これほどそっくりなのか―。

143 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:53:39.64 ID:kmgKojgI0
そんなことを話しているうちに、ヤミも眠りから覚め―。


ヤミ「おはようございます、みなさま起きていらしたのですね」


―――みんなで、ありきたりな会話をして。

そのうち、これからのことを、話し合うこととなった。

144 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 00:56:54.88 ID:kmgKojgI0
話し合いの結果。

黄泉剣を見つけて、封印することが決まった。


沈んだ黄泉剣は、月の民でも見つけることは容易いことではない。
海の底にあるために、引き揚げるのは容易いことではない。

15年も引き揚げられないことが、それを証明している。

ただ、神の血を引く私なら、剣と引き合って引き揚げられるのだという。


それを行う過程で、敵が現れることを念頭に置いて、稽古に取り組む――。



つまり、まずは、稽古をする――。

そう、決まった。

145 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/12 01:05:13.83 ID:kmgKojgI0
シズはわたしの手を取り。

シズ「――太刀の腕を、さらに磨こうか
   あの人の血を引く鈴鶴なら、やりやすいだろう」

鈴鶴「うん」

フチ「まぁ、ずっとやってたことだし、問題ないんじゃない?」

そしてフチは、ヤミをじいっと見て。

フチ「…ヤミは、天の狗なんでしょう?
   ……なら、風の術は使える?
   確か、天の狗の得意とする技…とは聞いていたけれど」


ヤミ「まぁ、基本のことは…
   けれど、闘いに関することは…
   残念ながら、習えませんでした…」
ヤミは、すこし静かな沈んだ声色で。

フチ「ああ、そうだ…
   ごめんね、掘り返して…」
その原因に気づき、フチも沈んだ声色で。

ヤミ「けれど、大丈夫です
   わたくしは、これしきのことでへこたれませんから」
そう、自信を持って答えた。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

146 名前:【第三章 中断】:2014/11/12 01:06:05.22 ID:kmgKojgI0
今日はここまで。

147 名前:きのこ軍:2014/11/14 04:25:43.00 ID:7SLKzhkk0
平和パートいいぞ。

148 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:37:32.90 ID:yD1YVOZc0
わたしは太刀を振るう。
どこまで身についているかを、シズは、その振りを、構えを見る。



シズ「…これほどまでとは…驚いた
   わたしが鈴鶴の父に教えた通りだ…すばらしい」
太刀を振るなり、シズはわたしを褒めた。


鈴鶴「そんなに、いいの……?」
いきなり賞賛されて、わたしは戸惑った。

149 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:39:18.07 ID:yD1YVOZc0
シズ「ああ…
   鈴鶴の父は、うまく教えたようだな…」


鈴鶴「父上の教えは、それほどまでに―?」



シズ「鈴鶴の技は…まだまだ、細かなところを直すところはあるけれど、基本のことは出来ている」

意外な事実を聞きながら、わたしは稽古をつけてもらった。


150 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:43:46.14 ID:yD1YVOZc0
鈴鶴「はぁ、はぁ、はぁ―」


父との稽古よりも、厳しく―。
それよりも、長き時間を経たことが原因か。
わたしは、息を切らして、座り込んだ。


シズ「――さすがに、やりすぎたか
   わたしが、連れて行くよ」

鈴鶴「…お願い」

そう言って、わたしを抱っこして、住処へと連れて行った。

かつては、幼い頃、ヤミに抱っこしてもらった、あの感覚がふとよぎる。


鈴鶴「ん――」

ふと、声が漏れた。

シズ「……大丈夫、か?」

心配するシズの声。
疲労よりも深い何かを傷つけたのかと、心配しているのか。

けれど、それを見せまいと。
鈴鶴「大丈夫、疲れただけ」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

151 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:46:50.56 ID:yD1YVOZc0
わたしが、床の上でゆったりと休み、しばらくして。

ヤミとフチも、帰ってきた。

ヤミの顔も、わたし同様すごく疲れていた。


ヤミ「鈴鶴様、お疲れみたいですね」
涼しげな、けれど疲れのある顔でわたしに言う。

鈴鶴「お互い様…」

ふたり、床の上で息を切らしながら、笑いあう。

152 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:52:34.30 ID:yD1YVOZc0
フチ「それにしても、あなたたちってすごいわね
   もともと太刀筋を教わってた鈴鶴はともかく、
   ヤミの風の術も伸びそうよ」
そんなわたしたちに、フチは言う。


鈴鶴「そう…かな?」

ヤミ「ありがとうございます」

わたしは、すこし照れくさく、頭をかく。
わたしの長い髪が、ふわっと揺れた。


シズ「鈴鶴、自信を持てばいい…
   フチの言うとおりだ」
けれど、そのふわふわした流れは、シズの硬い言葉でがちっと掴まれ。


鈴鶴「ありがとう」
わたしの気持ちは、自信を持つ方向へ進んだ。

153 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:54:21.77 ID:yD1YVOZc0
そんな短い時間を過ぎ。

まだ、その日々は終わっていないけれど。


ああ、これがこれからの日常なのだ―。


そう思いを馳せる。

154 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:54:44.95 ID:yD1YVOZc0
―いつものように禊ぎをして。




―シズとフチが寝ている間に、いつものように血を――。

鈴鶴「…ん、っ……」

ヤミ「はぁ、ん…はぁ…ん…」

互いの肌を重ね合わせ、その首筋から――。


ふたり、体温と鼓動の高まる肌を重ねていて、その余韻を味わっていると―。

155 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 00:59:02.01 ID:yD1YVOZc0
シズ「…何、やってるんだ」
呆れた視線のシズと。


フチ「なんとなーく、予感はしてたけど…
   やっぱり、そこまでの仲なのねぇ…」
にやにや見つめるフチが。

156 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:02:16.50 ID:yD1YVOZc0
かぁっと肌が赤くなる。

鈴鶴「な、なんで起きて…」

恥ずかしさで、胸が、頭が、ぐしゃぐしゃに包まれる。


シズ「何か、気になる気配がしたから…」

フチ「何かやらかすまで、隠れて見てたら…
   ああ、見てるこっちが恥ずかしくなるほどに激しい…」

157 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:05:39.36 ID:yD1YVOZc0
ヤミ「あ、あ、あの
   わたくしはただ、ただ血を…
   そんな、激しいことなんて、い、今…していないですよ?」

わたしより、ヤミのほうが慌てていた。

顔を真っ赤にして、その左目でわたしを見つめながら、そう言う。

けれど。

フチ「…なあに?昔はこれより激しい【こと】してたの?
   血を吸い合うことよりも…」

くすくす笑って、フチはからかった。

158 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:08:11.44 ID:yD1YVOZc0
鈴鶴「………」
ヤミ「う…そ、それは…」

ふたりとも、恥ずかしさで顔が真っ赤に―。

心当たりが大いにあってしまうほどの関係だから、その言葉はとてもとても心に響く。

フチ「あらあら、図星なんだぁ」

くすくす笑いながら、フチが見つめた。

フチはこういうとき、いじわるになる。

159 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:11:09.52 ID:yD1YVOZc0
シズ「まぁ…乳代わりに、赤子の鈴鶴に血を与えていたのだろうが
   …その癖が抜けずに、いつしか今もするまでに行ってしまった、ところだろう」
シズが、やれやれと息を吐き、見解を言うも。



フチ「…乳離れできてないってことじゃない
   ああ、そこまでの仲だったんだぁ…」


シズ「…確かに」
シズも、納得してしまった。

160 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:11:49.41 ID:yD1YVOZc0
体温も、心臓の鼓動も、高まっていくのを実感していると―。
フチ「でも、月女神の、濃い、その血は…
   甘美な味なんでしょうねぇ」

突然、フチがわたしの膝元にまで来て、そんなことを言う。

フチ「それを思うと、乳離れできなくても仕方ないわね
   ね、シズ?ねぇ?」
そして、シズに目線をやった。


シズ「……まぁ、確かに」

シズは、それを否定しなかった。


しばらく、静かな気まずい空気が流れる。

161 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:12:42.60 ID:yD1YVOZc0
しばらく時間が経ったころ、その空気をフチが打ち破った。


フチ「…鈴鶴、あたしにも血を頂戴?」
フチは、わたしの肩に顔を寄せ、そう甘くお願いした。

え―――!?
突然のことに、わたしの心臓はばくばくばくばく、ヤミと血を吸いあうよりも多く拍動した。


鈴鶴「あの、わたしは、その…
   えっと、その…」


どうしていいかわからずに、ヤミを、ちらと見た。

162 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:15:52.90 ID:yD1YVOZc0
ヤミ「わたくしは、鈴鶴様が宜しいのであれば、……構いません」
顔を赤らめながらも、はっきりと。



フチ「だって、鈴鶴」
じぃっと、わたしを見つめるフチ。


シズ「………」
シズは、無言でその様子を見ていた。

163 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/18 01:16:23.22 ID:yD1YVOZc0
フチ「シズ、欲しいんでしょう?
   …ほら、言ったら?」
そう、優しく背中を押した。

シズ「………ああ」
そしてシズは、閉じた口を開け、そう言った。



わたしも、この二人になら、あげても―。
わたしとヤミのことを、わたしたちが知らないときから、遠くから見つめ、守り、助けてくれた、ふたりになら―。

164 名前:【第三章 中断】:2014/11/18 01:16:45.68 ID:yD1YVOZc0
今日は此処まで

165 名前:791:2014/11/18 01:17:09.79 ID:OeIP8buoo
更新おつ!

166 名前:DB様のお通りだ!:DB様のお通りだ!
DB様のお通りだ!

167 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:15:35.51 ID:Vn.dFi4o0
鈴鶴「いいよ…」

わたしは、はだけた服から見える肌の、既に血を止まった首筋を指でなぞった。


シズ「…………」

フチ「いただきます」


ふたりは、初めて見せた、赤らむ顔で、わたしの体を抱きこんだ。



そして、わたしの首筋に。
ヤミがわたしに牙を立てる場所に―。


ふたりの牙が、食い込む。

168 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:21:52.08 ID:Vn.dFi4o0
じわりと痛みが走る――。
ふたりに牙を立てられるのは初めてなせいか、その痛みに戸惑ったけれど。

シズが、そんなわたしの頭を優しく撫でた。
ただ撫でられているだけでも、その戸惑いは薄れてゆく。


そして、ふたりが、わたしの腕に、互いに身体を押し付けながら、わたしの血を吸っていく。

フチ「あむ…はぁ、はぁ…」
フチは、幼子が乳を飲むかのように、その幼い見た目がよく似合う表情で、わたしの血を飲み。


シズ「ん…
   んっ、んっ」
シズは、やわらかな胸を押し付けながら、シズよりも激しく、わたしの血を吸う。
その片手は、依然わたしの頭を撫でていて、わたしの心はくすぐったい。

169 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:24:14.15 ID:Vn.dFi4o0
鈴鶴「――っ」
わたしが、目を瞑ってその心のこそばゆさに耐えているうちに、ふたりの牙は離れた。

シズ「ごちそうに……なった」
そして、シズがわたしを撫でる手を離し。

フチ「鈴鶴の血、思っていたとおり……
   ああ、とても、おいしかった…」
フチは、満足そうな表情で口をぬぐった。

ふたりとも、熱を孕んだ目でわたしを見つめる。

その目が、またわたしを恥ずかしくする。
わたしは、血を吸われた後も、顔を赤くしてぼーっとしていた。

170 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:29:24.22 ID:Vn.dFi4o0
ヤミ「鈴鶴様の血は、美味しいでしょう」

ぼーっとするわたしを抱きしめて、ヤミは誇らしげに言う。

シズ「……
   甘さ、苦さ、口触り、思い―
   すべてが混ざり合って、とても美味しかった――」

フチ「あたしも、同じ
   これならあなたたちが、ずっとこんなことをやってるのも、頷けるわ」


赤みを帯びた顔で、二人は言う。

その言葉が、わたしの心の中を、赤く紅く恥ずかしさで染めていって。


鈴鶴「うぅ…もう寝る」

もう、まともに顔が見れない。

わたしは、顔を隠して、布団の中にもぐりこんだ。

171 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:33:32.52 ID:Vn.dFi4o0
―いくばくかの日が過ぎる。

いつものように、わたしは太刀を振るい、ヤミは術を鍛える。

いつものように、わたしはヤミと血を吸い合う。

けれど、そこにひとつだけ変わったことが。

わたしの血を、さらにシズとフチが吸うようになった。


わたしのこの血は、とてもとても魅力的だという。
毎日食べるご飯よりも、とてもとても魅力的だという。




―こうして、いくばくかの日が過ぎてゆく。

172 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:38:01.52 ID:Vn.dFi4o0
――ある朝。

今日は、わたしは封じの術をフチに教えてもらうことになり、シズはヤミに武術を教えることになった。

黄泉剣を引き揚げれば、それを封じなければならない。

もとは月の王族が封じた剣。

月の王族の血―月の女神の血を引くわたしが封じるのが、一番封じを貼るためには適切なのだ。


そのために、その術を使えるように、特訓が始まった。

173 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:45:01.03 ID:Vn.dFi4o0
フチ「………」
フチは、わたしの身体をじろじろと見つめる。



鈴鶴「な、なあに?」
その目線が、少し恥ずかしくて、わたしの声は焦りを含んで漏れる。


フチ「…鈴鶴って、守護霊が憑いているの?」

そう、不思議そうに言った。


174 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:46:28.52 ID:Vn.dFi4o0
鈴鶴「守護…霊?」

聞いたこともない言葉に、首をかしげると。


フチ「…いや、あなたの後ろ…いや、心の中と言ったほうがいいのかしら?
   あなたの魂を、鬼が包んで、守っている―」



鈴鶴「鬼―?」
わたしを守る鬼―?


フチは、わたしの胸に手を当てた。


フチ「そう、あなたの中に――

   でも、それが何を守っているのかは、分からないわ」


そう言って、わたしの髪をぐしゃぐしゃ撫でると。


フチ「さ、頑張ろうっか」

特訓が、始まった―。

175 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:47:43.72 ID:Vn.dFi4o0
時間は気が付かない間に、夕暮れになって。

太刀の修行よりも、身体は疲れなかったけれど、その分精神を使う。
慣れれば、それほどでもないとフチは言ったけれど、それは慣れないもので―。


住処に帰ってきた後、わたしは、眠気に襲われて―。
フチに、頭を撫でられながら、眠りに落ちた。



目が覚めたときには、既に月が空に昇っていた。

いつの間にか、ヤミとシズは眠りについている。

フチは―。



わたしの枕元で、じーっとわたしを見ていた。


176 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:49:45.97 ID:Vn.dFi4o0
鈴鶴「は―
   こんな時間まで、眠ってたの、わたし?」


フチ「そうよ
   ヤミとシズは、少し前に寝たわ」


わたしは、あわあわしながらフチを見つめる。

鈴鶴「…あ、あの
   わたしのこと、看ててくれたんだ
   その、ごめんね」

こんな時間まで寝ていたことに、わたしはうろたえながら謝った。

フチ「謝ることじゃないわ
   疲れてたし、しょうがない」

けれど、フチはそんなわたしを優しい瞳で見つめながら撫でてくれた。

177 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:50:26.74 ID:Vn.dFi4o0
鈴鶴「その、ヤミは、何か言ってなかった?」
ヤミは、わたしを看ていると思ったのだけど。


フチ「あたしが、ヤミに休んでてと言ったの
   ヤミも、あなたのように疲れてたしね」


鈴鶴「そうなんだ…」


フチ「それよりも、あなた、禊いでいないでしょう?
   さ、行きましょう?」

鈴鶴「うん」

わたしの手を取り、温泉へ――。

178 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:56:11.90 ID:Vn.dFi4o0
禊ぎが終わる――。


そして、ふたり寝床に戻って、フチに血を吸わせた。


フチがわたしの血を舐め終わったあと、眠ろうとしたその時。


フチ「鈴鶴」

フチが、わたしを見つめる。


鈴鶴「なあに?」

フチ「…お願い、血を…吸って?」

駄々をこねる子供のような目で、わたしを見つめた。
その瞳は、吸い込まれるような、とてもきれいな瞳だった。

179 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 01:59:03.39 ID:Vn.dFi4o0
鈴鶴「その………あの………いいけど、どうしたの?」
その目は、いつもとは特別に感じる、そんな目で―。
わたしは、訊いた。


フチ「鈴鶴のことが、…心から離れないの
   【姫】様の面影を持つあなたが――

   はじめてあなたが生まれたあの日から…
   育ちゆくあなたのその姿が、わたしの心をぐちゃぐちゃにかき混ぜていったの…

   ――前に、血をもらって…

   それから、血をもらって…
    
   今まで、耐えていたものが…」

言葉を言い終わらないうちに、フチは首筋を露わにさせる。

見た目相応の幼さの、儚い白い首筋が、わたしの前に。

180 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 02:01:51.78 ID:Vn.dFi4o0
フチ「して……?」


その、言葉が引き金となった。

わたしはフチの身体を抱きしめて。

鈴鶴「ん――っ」

フチのちいさな首筋に、ゆっくりと歯を立てた。


フチ「っ――」

フチの身体がこわばる。

だから、わたしはフチを離さぬ様に抱きしめて、血を吸う。


鈴鶴「ん………ちゅっ、ちゅ…」

その味は、ヤミのその血とは違う味。

けれど、その味は、わたしの心を熱く染める味。

181 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 02:07:46.65 ID:Vn.dFi4o0
鈴鶴「んぐ、っ…んっ、んっ…」

そして、立てた歯を離して。

鈴鶴「はぁ――」
傷口をやさしく舐めて、わたしはフチの頭を撫でた。


フチ「――あ…」

そして、熱く染まった心で、フチをもう一度抱き寄せて。

鈴鶴「わたしのこと、見守ってくれてありがとう」



そう言って、わたしはその唇と唇を、舌と舌とを重ね合わせた。


その唾液と唾液が重なり合う。

互いの唾液を互いが受け取り、そして少しの静かな時間が過ぎて。

フチ「あたしも、わがまま聞いてくれて、ありがと……」


そう、フチはわたしに寄りかかった。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

182 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/11/27 02:08:03.70 ID:Vn.dFi4o0
今日はここまで

183 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:18:45.67 ID:EiVoQOdk0
わたしは夢を見た。



ああ、これもむかしのきおくなのだろうか?


――――あたりはよる。

184 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:20:44.53 ID:EiVoQOdk0
わたしは海の上にいる。


いいや。



わたしではなく、あたし―。


あたしは何かと戦っている。

あたしはだれかと戦っている。


目の前の男は、まがまがしい妖気を放つ剣を手にし。



横には、太刀を構えた、背の高い女性――。


―あたしの相棒の、同胞のシズがいた。

185 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:22:15.36 ID:EiVoQOdk0
――ああ、これはフチの記憶なのか――。


後ろには、とても長い髪の毛を持つ、とても威厳に満ち溢れた月の民の女性が、百合の花の咲く太刀を抱えていた。



―――それは、その姿は――水面の鏡で見るわたしとよく似ていた。


ああ、あれは【姫】様であり、わたしの――。

186 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:25:50.77 ID:EiVoQOdk0
目の前の男が飛び上がる。


そしてその男はあたしを飛び越し、後ろの【姫】様に―。


そして、そのまがまがしい剣――黄泉剣を【姫】様に突き立て――。


あたしはそれ守ろうとして、間に合わなかった。

187 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:27:24.35 ID:EiVoQOdk0
――けれども。

【姫】様は黄泉剣に斬られず、喰われず。

傷一つない【姫】様に、その男が狼狽しているところを、あたしが海の水でこしらえた式神がそいつの足を引っつかんで。


その一瞬の間に、シズが太刀で男の首を刎ねた。

男の身体と、黄泉剣は海へ――。


いけない、これでは――。


けれど、すでに掴むことかなわず。



黄泉剣は、海の底へと―。

188 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:32:23.65 ID:EiVoQOdk0
そのとき。

シズの身体が、海の上に投げ飛ばされる。

水飛沫――。


ばしゃあと飛んだ飛沫の向こうで。


そして【姫】様が、突然現れた月の民の男にさらわれた。



追いかけようとして、迫る波がそれを阻み―。


ああ、【姫】様―――!!


――視界が暗くなる。

あたしは――。


いいや、わたしは、記憶の海から浮かび上がった。


189 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:33:41.97 ID:EiVoQOdk0
鈴鶴「………母、上――」

わたしは一筋の涙とともに目を覚ました。


たとえ夢だとしても、フチの記憶だとしても。


一度たりとも顔の見たことのない母親を見て、わたしの涙は溢れて。

190 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:36:55.17 ID:EiVoQOdk0
フチ「鈴鶴、おはよ……あら?」

フチが、心配そうにわたしの顔を見る。


フチ「……大丈夫…?」


鈴鶴「…ちょっと、大丈夫じゃないかな
   …フチとシズが、黄泉剣を持った男と戦う記憶の夢を見て」


フチ「…【姫】様のお顔を」

すぐに察したらしいフチが、わたしの顔を両手で包む。


鈴鶴「そう…はじめてみることのできた、母上――」


フチ「…ほら、涙、ぬぐって
   あたしたちが、ずっと一緒だから」


そう言って、やさしい瞳でわたしの頭をやさしく撫でた。

191 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:37:31.39 ID:EiVoQOdk0
朝日が昇り―。



月が昇り―。




日が、月が、朝が、夜が、重ねられていく。

192 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/02 00:38:12.63 ID:EiVoQOdk0
今日はここまで

>>186修正
最終行
あたしは【姫】様を守ろうとして、間に合わなかった。

193 名前:きのこ軍:2014/12/04 15:59:33.51 ID:I1mpT8do0
更新乙。日常パート継続 いいぞ。

194 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:25:59.22 ID:CoZoQjvs0
わたしがこの住処に来て、半年が経過した。


鈴鶴「はっ!」

シズ「ふんっ!」



わたしは、シズと戦っている―。
これも修行の一環。

わたしとシズは、互いに木刀を手に、剣戟を繰り広げる。

195 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:29:11.85 ID:CoZoQjvs0
シズ「はっ、そりゃ、おらっ!」

シズは、嵐の如き豪快さと、その素早さで斬り付ける。

剣に触れたことのない人間ならば、すぐにやられてしまうだろう。


けれど、わたしはその攻撃に喰らいつく。


鈴鶴「おりゃ!」

その嵐のような攻撃を、かわし、最小限に受け止める。

196 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:30:44.95 ID:CoZoQjvs0
この戦いは、日が登りはじめた朝に始まった。


日が昇る。

空の青さはさらに増す。

そして、青空が赤色に染まっても、剣戟は続く。

197 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:35:24.08 ID:CoZoQjvs0
そして、夕日が沈みかけた頃合―――。

シズ「ふっ!!」

鈴鶴「はっ!!」


互いの木刀がぶつかり合う。


からん――。

互いの木刀が、地面に落ちた。



わたしのその一撃は、刃なき刀での一撃であったにも関わらず、鋭利にシズの木刀を切り落とした。


そして、わたしの木刀も、シズの一撃で切り落とされた。

198 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:36:40.72 ID:CoZoQjvs0
シズ「相打ち、か…
   鈴鶴、さすがだな…」

折れた木刀を見て、シズがそう言う。



鈴鶴「…ぁ…ぐ…
   はぁ―、はぁ―
   ふふっ、やった―。」

わたしは、そこで身体を支えていた糸が切れたのか、地面に座り込んだ。

199 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:39:06.30 ID:CoZoQjvs0
シズ「もう、夜か……」
シズも座り込む。

そして、暗くなった空を見上げてそう言った。

鈴鶴「……そんなに、経ったんだ―」

わたしは、ぼうっと闇に染まる空を見つめていた。


ふたり、その場でしばらく座っていた。

200 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:42:03.07 ID:CoZoQjvs0
シズ「鈴鶴
   ずっと、こうやって、修行をしていて―」

ふと、沈黙を切り裂くようにシズが言葉を切り出した。


シズ「…あなたのことが、【姫】の命のために守る人と思えなくなった
   それは、初めからそんな気持ちだったのかもしれないけれど」

シズ「あなたのことが、ヤミやフチが感じているように
   ……かけがえのない存在に思えてきた」

そう、わたしをじっと見つめる。

その目は、硬いけれど、優しさに溢れた目だった。


鈴鶴「わたしも、みんなかけがえのない大切な存在に、思ってるよ」

わたしはその言葉に応える。
シズのその真っ直ぐな言葉に、応える。


シズ「ありがとう」

シズは、嬉しそうな顔でわたしを抱きしめた。

201 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:45:55.39 ID:CoZoQjvs0
わたしとシズの顔は、その距離を縮めた。

シズ「わたしは、命をかけて、鈴鶴を、ヤミを、フチを守る―
   ずっと、ずっと暮らしていきたい」

鈴鶴「永遠に、永久に?」

わたしは、その言葉がとても硬い意思だと分かっていたけれど、問う。

シズ「勿論、だ」

鈴鶴「約束、よ」

シズ「ああ」

互いに言葉を交し合う。

硬い約束。固い絆。

わたし、ヤミ、シズ、フチ――。
半年いっしょに過ごして、わたしたちは切れぬ絆で繋がれていった。


そして、またひとつ、絆の糸が結ばれる。

202 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:48:51.34 ID:CoZoQjvs0
そして、わたしはそのシズの唇に唇を触れさせた。


シズ「んっ…」


鈴鶴「あなたの血と、わたしの血を、互いに――」

ヤミとしてきた儀式。
それは、乳飲みの一貫であったけれど、絆を深める儀式でもあった。

シズは、わたしの血は時々飲むけれど、シズの血を飲んだことはなかった。

だから、絆を結んだのだから、それをさらに深く深く―――。

203 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/05 01:51:16.93 ID:CoZoQjvs0
今日はここまで。

204 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/08 01:13:34.18 ID:zD39bk3w0
シズ「鈴鶴……」

シズは、わたしに首筋を見せ、細長い指でそれをなぞった。


鈴鶴「…いただきます」

わたしは、歯をその首筋に入れて、唾液で濡らして。

シズ「ん――」

鈴鶴「ちゅ…はぁ、はぁ…」


その月の血を吸い取ってゆく。


205 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/08 01:18:09.28 ID:zD39bk3w0
それは短い時間なのだろうけど、わたしには長く感じられた。

ひとさじもない血を吸い取って、ぼおっとしたまま大きなシズの胸に抱き着く。


シズ「あ…」

鈴鶴「………あ、やわらかくて、つい」

シズが驚く反応をして、わたしの目の前は明瞭に。

シズ「まぁ、いい」

けれど、シズはすぐ堅い瞳に戻って。


シズ「…では、いただく」


わたしの首筋に牙を立てた。

206 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/08 01:23:24.69 ID:zD39bk3w0
鈴鶴「ん……」

それはいつもの痛みと、いつもの感触。

シズ「……んっ、んっ」

わたしの中に流れる血を、わたしの細い首から吸ってゆく。

わたしをがっちり支えて、わたしの血を吸ってゆく。


わたしがシズの血を吸った時間よりも、それは長く感じられた。


抱きしめられて触れ合う胸の感触のせいか。
あるいは、その顔の距離のせいか。

207 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/08 01:27:31.91 ID:zD39bk3w0
シズ「……鈴鶴、終わった」

気がつくと、シズはわたしの首筋から顔を離していた。

静かな一瞬――。

その静かな空気が心に沁みる。
その沈黙が心に沁みる。

鈴鶴「…シズの血も、おいしかった」


シズ「鈴鶴の血は、とてもおいしいよ」


ふたり同じ言葉を返した。

ああ、いつのまにか月は空高く昇っている。


シズ「では、帰るか」

鈴鶴「うん」


わたしたちは、折れた木刀を手に、住処へと帰った。

208 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/08 01:34:08.67 ID:zD39bk3w0
住処に戻ると、ヤミとフチが、向かい合いながら座っていた。


ヤミ「鈴鶴様、打ち合いはどうでしたか」
ヤミは、わたしに訊く。

鈴鶴「相打ち」

ヤミ「鈴鶴様、すごいですねっ」
笑顔で、わたしを抱きしめ、頭をくしゃくしゃ撫でる。

嬉しそうなヤミの表情を見ていると、わたしもうれしくなる。



フチ「相打ち…鈴鶴、あなた、シズと相打ちだなんて、とても強くなったのね
   あの剣の達人の、シズと…
   やっぱり、血は争えないものなのかしらね」

そんなわたしたちを見ながら、フチはそう言った。

鈴鶴「血―――」

ふと、父のことを思い出す。

そして、それと同時に攻め込んできた月の民を思い出し、もっと強くなりたいと拳をぐっと握った。


シズ「そっちは、どうなったんだ」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

209 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/08 01:39:28.83 ID:zD39bk3w0
月日は過ぎる。

剣術を、風の術を鍛えたわたしたちだけれど。

ただ一つの技能だけではなく、複数の技能を身につけるために、色々な稽古に取り組む。


弓、槍、柔術―――。


また、封じのための術はまだ完成していない。

その稽古にも取り組んで。


あるいは、様々な知識を会得したりして。


わたしの中に宿る守護霊が、何を守るのかはまだ分からないけれど。


わたしたちは、いつしか出会って1年が過ぎていた。

いつものように、稽古に取り組み。
いつものように、血を吸いあう。


苦しいときもあれど、幸せな毎日を過ごした――。

210 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/08 01:41:45.51 ID:zD39bk3w0
今日はここまで

211 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 00:50:26.07 ID:8EnUresk0
朝―。


いつものように、わたしは目覚める。


今日のお天道様は、雨模様。

ざあざあ振る雨を見つめていた。


シズ「……今日は、外には出られないな」

残念そうに、シズは腕をぷらぷら振った。


212 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 00:51:48.12 ID:8EnUresk0
鈴鶴「まぁ、住処の中でもいろいろできるから」

シズ「そうだね」


雨の日は、何処からか手にいれた書物を読んだり、軽い特訓をこなす。


けれど、中で出来ることはそう多くない。


必然と、普通の暮らしを送るようになる。

213 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 00:56:27.05 ID:8EnUresk0
いつしか、昼食の時間になる。

雨は降っているけれど、腹時計はきっちりとしていて。



食事は、住処のまわりで採れるもの。あるいは、住処の周りで育てているものからまかなう。


調理は、わたしやヤミやフチがして行う。

シズは、家庭的な行為が壊滅的に駄目だからだ。


シズのつくった料理を食べたことがあるが、あまり肯定できない美味しさ。


幼馴染のフチはそれを理解しているので、シズを黙って待機させている。


214 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:00:24.13 ID:8EnUresk0
フチ「それにしても、鈴鶴の手さばきは魅入られる何かがあるわね」

フチは、料理するとき、ときどきこうやって褒める。

ヤミの手さばきも丁寧だが、わたしの手さばきはそれに芸術性が加わった何かなのだという。



食材を切り、煮て、それを皿に盛り付けて――。


稽古をしている関係上、4人で食事を囲むことが少ない。
時々しかないこの時間を、わたしは楽しむ。


ヤミ「鈴鶴様、うれしいですか」

鈴鶴「みんなと食べるのは、楽しいから」


和気藹々と食事の時間は過ぎる。


215 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:03:33.90 ID:8EnUresk0
いつしか、昼食も終わり。

再び、簡易な稽古に取り組んで。


夜になると、すっかり雨は止んでいた。


鈴鶴「ふう、月がまぶしい」

空に輝く月。
それが満ちるまでは、指で数えるほどの日数ほどで。


そんな月の光が、わたしたちの住処を照らしていた。

216 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:08:05.84 ID:8EnUresk0
そんな月を見ながら、フチは切り出した。


フチ「そろそろ、鈴鶴やヤミも様々な手段で戦えるようになったわ
   鈴鶴の封じの術も、使えるようになった」


今日に至るまでに、いろいろなことを学び、そしてそれを会得した。


それは、ただ強くなるためではなく、目的のために行うことであった。


鈴鶴「そろそろ、行くの?」


シズ「そうだな
   今の鈴鶴とヤミの力なら、やつらが来ても戦えるだろう」


ヤミ「……ああ、忘れもしないあの月の民
   ――それにも、決着をつけないといけませんね」

鈴鶴「そうね」
父の仇。ヤミの同属を殺戮した存在。

その仇討ちを、決着をつけなければならない。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

217 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:12:37.94 ID:8EnUresk0
わたしたちは、住処から旅立ち―――。

シズとフチが死闘をしたという、海までたどり着いた。


その時刻は夜。
満ちた月が、暗黒の空にまたたいていた。


ぞくり。

わたしの身体が、何かの響きを感じた。

ヤミ「鈴鶴様、どうかしましたか?」

鈴鶴「ぞくりと気配を感じたの…
   これが黄泉剣?」

シズ「恐らく」

フチ「月神の血を引くからこそ、感じ取れるのでしょう」


ヤミ「どうして、わたくしは感じないのでしょうか?」


フチ「あなたの場合は、元からあるものではなく、付け加えたものだから、でしょうね
   鈴鶴と違って、あなたの命を助けるために【姫】様が力を与えたかせ」

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218 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:16:09.79 ID:8EnUresk0
そして、その闇の後ろから声が聞こえた。


声の主「やっと来たな、月神の血を引く娘と、そのお仲間どもよ―」


その声は、忘れもしない―。


鈴鶴・ヤミ「……カショ!」


わたしの父の仇であり、ヤミの仲間の仇であった。


219 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:20:14.03 ID:8EnUresk0
その後ろには、もうひとりの月の民の男が佇んでいた。
鈴鶴「あなたは、仏のシャクハツというやつかしら」


男「…シャクハツは、首を刎ねられて死んでいた
  あの女を捕らえたはいいが、残念なことだ」


シャクハツ―わたしの母、【姫】をさらった男。
どうやら、すでにそいつは故人だという。

鈴鶴「では、誰だ」


男「わしは、玉石のホーライ―
  おぬしらを倒して、ここに沈みし黄泉剣を会得する
  …カショが引継ぎし、リュウシュの望みを達成させる」


ざっ、ざっ…

その言葉が終わるとともに、その後ろから人間の男たちが集まってきた。

220 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:23:14.75 ID:8EnUresk0
シズ「人海戦術か―
   確かに、海が舞台だが」

冗談に聞こえない言葉をシズは云う。


ホーライ「ほっほ
     まぁこれだけいれば何とかなるじゃろ…
     この男らの原動力は富と女じゃからな」

フチ「吐き気がするような原動力ね」


カショ「フン、オレは何を使おうと覇者になるんでね」


しばらくの沈黙――。

そして。


ヤミ「鈴鶴様、行きましょう」


鈴鶴「そうね
   こいつらを、倒さないと」


その沈黙を破って、戦いの火蓋は切って落とされた。

221 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 01:23:30.49 ID:8EnUresk0
今日はここまで。

222 名前:きのこ軍:2014/12/09 23:31:23.81 ID:TpICAZnso
緊迫した展開になってきた。おつだぞ。

223 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 23:37:47.74 ID:8EnUresk0
カショ「フン、面白い…
    かかってこい、あの男とあのアマの娘よ!」


カショは、太刀を抜き、わたしに向けた。
そして、その後ろには無数の男ども。

ヤミ「鈴鶴様、助太刀します」
ヤミも、わたしの後ろについてきた。


カショを倒すべきなのは、その仇討ちをしなければならないわたしたちなのだから。


シズとヤミは、ホーライと、残った男どもの相手に向かった。


224 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 23:43:53.48 ID:8EnUresk0
鈴鶴「てゃーっ!!」


カショ「せいっ!」


太刀のぶつかる音が聞こえる。


太刀筋を、体全体で避わすことができぬのだから、その太刀の刃で受けるしかない。


わたしの剣術は、刃がなくとも、刃を叩き切ることのできる秘剣を持つ。

父から、シズから学んだ、剣術。

シズは、この剣術を月影黄泉流(つきかげおうせんりゅう)と呼んでいた。


わたしはその月影黄泉流で、カショの太刀を受ける。


けれども、カショはそれほどで倒れるほどの猛者ではない。

わたしにこの剣術を教えたシズが唸るほどの、わたしの父を倒した男。

金属音が響く。

225 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 23:47:43.95 ID:8EnUresk0
ヤミ「鈴鶴様の邪魔はさせませんっ!」


ヤミは、羽団扇を持ち、高下駄で飛びながら、わたしを狙う男に真空の刃を飛ばす。


男1「ぐぁ!」
男2「ぐべっ!」
男3「あがぁああっ」

真空の刃はわたしに近付く男は飛ばされてゆく。


けれど、その男たちは死なず。

月の血を引く月の民の男どもの同胞なのだから、ただの人間よりも丈夫であろうから。

ヤミ「鈴鶴様、今は耐えていて下さい」


ヤミの声を後ろに、わたしは太刀と太刀をぶつけあう。

226 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 23:50:29.44 ID:8EnUresk0
カショ「そらそらそら!
    ちぇーっ!」

鈴鶴「っ―」

カショの太刀がわたしの肌を少しずつ斬る。

けれど、これしきの痛みで負けてたまるものか。

わたしは負けず、浅くとも一撃をぶつける。




ホーライの相手をしているシズとフチも、苦戦しているようで。

フチが海の水から、砂浜の砂から式神を多数呼んでいるにも関わらず。
その男どもの量は尋常ではないほどで、その丈夫さも尋常ではなかった。


227 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/09 23:54:37.29 ID:8EnUresk0
カショ「ぬぅ!」


わたしの剣筋がカショの太刀を捉える。


月の太刀は、この国にある太刀よりも硬く、欠けない強靭さを持っている。

けれど、わたしの一太刀が、カショの太刀の刃を吹っ飛ばした。

あの修行で会得した技のように。

わたしの太刀の姫百合が、そよそよと揺れる。


鈴鶴「とりゃぁーーっ!」


カショ「…ち
    あの女がいるから使いたくはなかったが、仕方ねえっ!!」


鈴鶴「…熱ッ!!」

わたしの手の甲に、熱さを感じた。

その痛みが、太刀筋をそらさせる。

首狙いの太刀筋は、虚空を切った。

228 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:00:09.01 ID:SGwMn2D20
カショ「危ない危ない…
    オレは、火鼠という通り名を持っていてな…」


鈴鶴「くっ、手に火をつけたな」


カショ「あのアマに火を使われるとまずいから、すぐ消したがな…」


そしてカショは、火を織り交ぜながらわたしの太刀と対抗する。




フチ「くっ、あれもなんとかしたいけれど…
   こっちを何とかしないと、ね!」

シズ「鈴鶴とヤミを信じるしかないっ」

シズとフチは、ホーライと男どもと戦っている。

シズが男の首を跳ね飛ばし、フチが式神で援護をする。


ホーライの通り名は玉石―
その石のごとき堅固なる硬さで、身を守っている。

それをおびただしい数の男が護っているのだから、手を出せない。
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229 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:01:48.98 ID:SGwMn2D20
鈴鶴「ぐっ、炎が邪魔だっ!」

フチの邪魔はないと踏んだカショが、わたしに炎を寄り合わせた剣で切りかかる。

この剣では打ち合いすらままならない。

わたしは、防戦一方になっていた。


カショ「そこだっ!」


鈴鶴「しまっ……!」


わたしの胴体めがけて、炎の剣が飛んでくる。

230 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:06:29.22 ID:SGwMn2D20
ヤミ「鈴鶴様ァァァーーーッ!!」


ヤミが、そこめがけて小さな嵐を飛ばした。


カショ「な…くそっ、貴様全滅させたな!」


ヤミ「いくらやつらが硬かろうと、首を連続して飛ばせば一撃ですから」


カショ「己ェーーーッ!」


カショは、邪魔な風のほうへ、体を折り曲げ。


その一瞬――。


その一瞬を、わたしは見逃さず。


手首を切り裂く。


カショ「な―」

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231 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:07:49.65 ID:SGwMn2D20
そしてシズとフチのほうも。

男どもは、あらかた片付いていた。

ホーライ「カショ――!」

その一瞬の目を、シズとフチは逃さず。


ホーライ「がは―――!」


首を刎ね、胴体を握りつぶした。

232 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:10:14.87 ID:SGwMn2D20
鈴鶴「―倒した、かしら」


あたりには一面の死体。

月の民だろうと、ここまでやれば死は免れぬ。


ヤミ「―みたい、ですね」


シズ「―そう…だな」

フチ「ちょっと、休もう――」


わたしたちは、近くの森で少し休むことにした。


死体の山の砂浜で休むのは、流石に休めないと感じたからだ。


戦いに集中し、気がつかなかったが、わたしたちは相当に疲弊している。


少しの休息がないと、黄泉剣の封印はままならないだろう。

233 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:12:38.42 ID:SGwMn2D20
がさっ。


草の揺れる音がした。


突然、わたしの後ろの草陰から、生き残りの男がわたしを掴んだ。

ヤミ「鈴鶴様!!」

鈴鶴「!」


男「よくも、カショやホーライや仲間をぉ!
  オレを攻撃すれば、この女を殺すぜ」


その男は、短刀をわたしの首に近づける」



シズ「ぬ…」

フチ「しまった、うかつだった」

234 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:14:56.47 ID:SGwMn2D20
男「ほーう、この女は鈴鶴というのか
  なかなかの上玉だ―」

男は舌なめずりをして、次の言葉を告げた。



男「フハハハ、この女の身体をもらう!
  少しでも動いてみろ、この女は殺すぞ!!」



ヤミ「卑怯な…」

ヤミは、ぐっと拳を握り、その男を睨む。


けれど、わたしの命が賭けられてしまっている。

そして、わたしたちの身体は疲弊しきっている。


ああ――。



そして、男がわたしの衣に手をかけ―。

235 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:19:29.77 ID:SGwMn2D20
ずばっ。




男「な!?」
その男は首と胴体がもげながら、吹き飛んだ。




鈴鶴「え、え?」

わたしは何が起こったかわからない。

いったい、何が―。

フチ「鈴鶴、あなたの―」



ああ―。


わたしには、もうひとりなかまがいた。


それは、仲間というよりは、守護霊である鬼である。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

236 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:20:26.74 ID:SGwMn2D20
月はまだ空にある。



わたしたちは船を組み、海の上を漂い、漂って―。



237 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:21:10.79 ID:SGwMn2D20
ごぼっ、ごぼっ。



わたしの身体が、一瞬沸騰する感覚に陥る。

左手が、熱されたように熱く感じ―。
左手が、ぶるぶる震えて。

海が、ごぼごぼと、徐々に大きく音を、泡を立てー。



ばしゃあっ―。


黄泉剣が、わたしの左手に、引き揚げられた。


238 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:23:08.82 ID:SGwMn2D20
黄泉剣は、その鍔に瞳のような宝玉がつき、その柄には紐で結ばれた勾玉のつく、月のような青白い剣だった。

持っている感覚は、神が宿っているという剣だからなのか、とても恐ろしく感じた。

鈴鶴「その、これを、封印すれば、いいのね…?
   すごく、持っているだけで、嫌な感じがする

   けれど、何処に?」


その場所は、いったい何処に―。



239 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:25:23.92 ID:SGwMn2D20
シズ「…元は、月の海に沈められていた、と聞いたことがある

   この海に、再び沈める」

鈴鶴「それじゃあ、元の木阿弥じゃないかしら?」

わたしは、この恐ろしい剣を持って、そんな安直にしていいのかと訊く。
いくら、封印があるからといって―。



フチ「大丈夫…
   神の血を伴った封印で、尚且つ易々と手を出せない場所に封じ込めるの
   そうなれば、見つけることは難しいし、仮に見つかったとして、月神の血がないと封印は破れないからね
   また、分かる場所ならば、まずないけれど引き揚げられてもそれに対処しやすいから」


ヤミ「なら、大丈夫ですね
   では、鈴鶴様、封じを―」


ヤミはわたしの胸に、指の足りない―けれど、それが当たり前の左手を指し、頷いた。


240 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:29:53.50 ID:SGwMn2D20
わたしは、フチに習ったとおりに、剣に念を、術を、文言を、祈りを、血を込める。

鈴鶴「我は月神の血を引く、月神の末裔なり
   黄泉剣よ、月神の欠片よ、再び此の海に沈み給え!
   二度と何者が手にとらぬように!」





いくばくかの時が過ぎ――――――――――。



黄泉剣は、海に引きずりこまれてゆく。

黄泉剣が、誰かに引きずり出されないように、わたしの血の封じが働いていることを実感しながら、それを見つめる―。


黄泉剣は、海の中に沈んでいった。

海の底に、誰も見ることができないように、その姿を消していった。

241 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:31:21.24 ID:SGwMn2D20
わたしたちの、成すべきことは終わった―。



ああ、なにもかも―。


鈴鶴「終わった…」

ヤミ「仇も討ち、黄泉剣も封じましたね」

シズ「―さて、住処に帰ろうか」

フチ「やつらの残党がいるかもしれないから、注意しながら、ね」

242 名前:【第三章 黄泉の彼方に】:2014/12/10 00:33:29.46 ID:SGwMn2D20
海岸に戻ったときには、すでに日の出であり。


鈴鶴「もう、朝か…」

ヤミ「あっというまでしたね」


そう呟きながら、家路へ向かう。


道中、なにごともなく。


家路へ辿り着いた。


これからどうするかは、ただこの生をずっと享受し、4人で生きていこうと決めた。



月日は流れる。年月は過ぎる―――。

243 名前:【アイキャッチ】:2014/12/10 00:51:22.37 ID:SGwMn2D20
鈴鶴の太刀
http://dl6.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/530/c05.jpg

【姫】(鈴鶴の母)と鈴鶴が扱いやすい大きさの太刀。
生半なことでは折れない強度であり、切れ味は最高であり、錆びない。


黄泉剣
http://dl6.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/531/c06.jpg
鍔に眼球のような宝玉がはまった、月の女神の剣。

それに振れたものは、おかしくなるという噂あり。

また、これの刃には、月の民が触れると、その剣に食われてしまうようだ。

この剣は、海の干満を操ったり、斬撃の刃を飛ばしたりできるらしい。

また、柄についている勾玉からは、不思議な力を感じるとか。

これにまともに触った者はいないので、どんなものかははっきりとは分からない。

244 名前:【アイキャッチ】:2014/12/10 00:53:50.70 ID:SGwMn2D20
鈴鶴の鬼

鈴鶴を守る守護霊。
鈴鶴が男の手により、強姦など、性的暴行行為などを受けそうになると神速でその対象を殺す。

鈴鶴の意思ではできない。また、性的暴行ではない行為(鈴鶴をただ普通に殺す場合)には守らない。

また、女相手では無効。

その力強さや早さは、とてつもない強大な力である。

245 名前:【アイキャッチ】:2014/12/10 00:55:56.13 ID:SGwMn2D20
仏のシャクハツ
【姫】をさらったが、よくわからないうちに死んでいた。


玉石のホーライ
硬化能力を持っていたが、カショの死に動揺した隙に死んだ。


火鼠のカショ
火を操る能力、ならびに剣の達人。
鈴鶴とヤミと戦い、死亡。


龍の首のリュウシュ
月を壊滅させた張本人。
すでにシズとフチが殺している。

246 名前:【アイキャッチ】:2014/12/10 00:58:39.29 ID:SGwMn2D20
鈴鶴たちの衣装について
ヤミがそれを繕ったりしている。
裁縫は鍛冶はできるが家事が出来ないシズ以外ができるが、ヤミのそれがいちばん上手い。
破れたところを、丁寧に直している。



鈴鶴は他に術を使えるか?
―使えない。ただし、前述した守護霊の鬼が存在する。

247 名前:【アイキャッチ】:2014/12/10 00:59:08.63 ID:SGwMn2D20
次回の四章が最終章である。

248 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:28:02.24 ID:WYPh5sKc0
わたしたちは、やるべきことを果たした。

わたしたちは、永久に死ぬ事なき変若水の血のおかげで、ずっとずっと生きている。



わたしたちは、いろいろなものを見てきた。

わたしたちは、いろいろなものに触れてきた。

249 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:34:15.67 ID:WYPh5sKc0
此の国の世の流れは、わたしたちの生よりもずっと慌しく。


支配者は移り変わり、世の空気も移り変わり。



わたしたちは、住処にいたり、ときには野宿したりしてその浮世を見つめる。

其処に介入はしない。



わたしとヤミは、月の民の血と力を受け継ぎし者。

シズとフチは、月の民。


太陽の民―この青き星の、此の国の民とは、できるだけ関わらないように。

悪鬼によって、人が襲われるなら、こっそり助けるけれど。

250 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:36:23.78 ID:WYPh5sKc0
わたしたちは、いろいろな事柄を会得した。


知識であったり、武術であったり―。


毎日の稽古は欠かさず。
それが、わたしたちの日常なのだから。

251 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:41:10.49 ID:WYPh5sKc0
年月は過ぎる。


わたしたちが出会ったときから、十の年。

わたしたちが出会ったときから、百の年。

そして、千代の年が過ぎてゆく。


この国も、外つ国に混ざりあい。

重なる戦禍、焼け、燃える国。


それすら越えて、50の年を越して―。

252 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:42:51.86 ID:WYPh5sKc0
そんな、あるとき――。



それは、満月の夜―。



わたしの身体に、ぞくりとくる何かの感覚が走る。


そしてそれは、他の三人も感じたことであった。

鈴鶴「何…この感覚…
   左手が、凍るような、燃やされるような…」

シズ「な…」

フチ「…そんな、まさか…」
シズとフチは、驚いた表情で、震え―。

ヤミ「―」
ヤミも、息を殺してその気配を見つめ。


その答えは―。

253 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:43:42.66 ID:WYPh5sKc0
シズ「黄泉剣の封印が―」

フチ「解かれようと―――」


わたしが封じた、あの剣の封印が―?

けれど、永久に解けないと―。


シズ「何故なのかは、わからないが…
   早く行かないと、不味いことになる!」

254 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:45:33.19 ID:WYPh5sKc0
ヤミ「行きましょう、一刻も早く!」


鈴鶴「ええ」


わたしたちは、あの剣を封じた、あの場所まで―。

悪寒に耐えながら、その場所まで―。

技術が発展し、足となる車が出来ていたのが救いだった。


わたしたちが、あの砂浜に辿り着いたとき。


そして、そこにいたのは―。



わたしの、わたしたちの目を疑うような―。

255 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/11 00:47:24.84 ID:WYPh5sKc0
今日はここまで。

256 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:32:12.47 ID:M5Zgnwdc0
その剣は、再びこの世に姿を現した。


その剣は、封じを破って、姿を現した。



そして、その剣を持っていたのは――。


鈴鶴「え…?」


ヤミ「…どういうこと、ですか?」



わたしの父が、あの日と変わらぬ姿で、黄泉剣を持ち、其処に居た。


そして、その傍らには、白髪白肌の男が―。

257 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:35:52.94 ID:M5Zgnwdc0
シズ「そうか、そういうことか……
   確かに、わたしたちは其の死体を見ていない―」

そう。
あくまで、それはわたしたちが思っていたこと。

あの場、奴等は敵であり、カショとわたしの父は戦った。

そして、カショは遥か昔に、わたしとヤミで殺した。

つまり、わたしの父はカショに敗北し、死んだものだと思っていた。


けれど。

フチ「…あなたの父を、殺さず―
   あなたが封印すると先を読んで、鬼として眠らせていたのね」


わたしが封印した剣は、わたしの血を込めて、封じた。


わたしは、月の女神の血を引く。

その女神の血でもって、その封じを破ることが出来る。



ただ一つの例外。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

258 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:39:46.71 ID:M5Zgnwdc0
父「貴様…
  これは、どういうことだ
  この剣で、鈴鶴たちが封じられているから、引き揚げろ―と」

わたしの父が、黄泉剣を持ちながら男に訊く。


男「わたしの同胞の悲願を達成するためならば、貴様を回収した…
  おまえを月の血を持つまでに、千代を越えるほどかかったが…
  その努力は今報われた」


父「貴様ッ!」


父がその黄泉剣で斬りかかる。




―――。


わたしの目の前が、白黒に反転した。

259 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:41:32.78 ID:M5Zgnwdc0
空も、海も、ヤミも、シズも、フチも、わたしの父も固まっている。

鈴鶴「え――」



男「悪いが、用済みだ」

男は、黄泉剣を固まったままの父から奪い取り、そして―。



男「はっ!」


その心臓を一突き―。



そしてその時、目の前の景色が再び色を取り戻した。

260 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:44:28.48 ID:M5Zgnwdc0
父「ぐふっ―」

父は、その場に倒れた。
赤い血が砂の上を染めた。


ヤミ「――!?」

シズ「どういうことだっ!?」

フチ「一瞬で、動いた―!?」


わたし以外の三人は、その白黒の世界を認識していないようで―。

鈴鶴「そんな…」
そして、わたしも、突然の事態でそれをただ見つめていた。


そして。


男が、わたし達のほうを向いた。

261 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:48:32.49 ID:M5Zgnwdc0
男「わたしは、燕のショウアン…」


ショウアン「月の女神の血を引きし娘―
      そして、その同胞―

      死んでもらう」


そして、ショウアンがわたしたちへと近付いてきた。


シズ「くっ、倒さねばならないか」

フチ「黄泉剣持ちの狂い人、くっ―」

ヤミ「兎に角、あの素早さに負けないだけの量で攻撃しないと―」



目の前にはとてもとても恐ろしい存在がいる。


月の神―月の女神の欠片を持つ男がひとり―。


262 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:50:28.18 ID:M5Zgnwdc0
ヤミ「鈴鶴様、奴の動きで何か気になったことは」

ヤミがわたしに問う。
そして、白黒の世界のことを話した。


シズ「ちっ、わたしたちを止めるということか―」

フチ「強引に、数と気力でどうにかするしかないわね」



わたしたちは、迫り来るそのショウアンへ武器を構える。

ここで倒さなければ、いけない。

263 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:51:53.54 ID:M5Zgnwdc0
わたしたちは覚悟を決めた―。



太刀が振るわれ。



嵐と式神が吹きすさび―。


けれど、それをショウアンは、黄泉剣での攻めでいなす。

264 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:53:09.74 ID:M5Zgnwdc0
四対一であるのに、互角の戦いで―。




ショウアンは、黄泉剣に念ずる。




剣が、潮の満ち引きを荒ぶらせ―。

そして、その力を持ってして、男は斬りこんで来る。


それでも、フチの水の式神が、それを阻む。


わたしの父の身体は、とうに海へと流れていった。


265 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 00:56:20.96 ID:M5Zgnwdc0
そして―。


ショウアン「そこの月女神の娘は知っているようだな…
      まあ、夜の世界を操る神だから、な―
      まあ、見えたところでどうしようも、ないが…」


ショウアンが、高波をわたしにぶつける。
その衝撃で、私の身体はショウアンから離れるように飛んで行き―。


そして。





再び、世界が白黒の世界に染まった。

266 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:01:51.91 ID:M5Zgnwdc0
どういうわけか、わたしはその白黒の停止する影響を受けない。


そして、ショウアンが―――。






鈴鶴「いやぁぁぁああああああああああああああああああああっ!!」



フチの胴体を黄泉剣で斬り飛ばした。


シズの首を黄泉剣で刎ね飛ばした。


ヤミの羽ごと、その身を二つに分けた。


そして、黄泉剣に三人の身体は喰われた。

それは、遠ざかる中で見えた景色。

その吹き飛ばされる力に、抗っていたときに見えた景色。

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267 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:07:23.77 ID:M5Zgnwdc0
再び、世界は色を取り戻す。



そして、わたしの目の前はなぜだか滲んでいた。


その目の前に。



ショウアンがいた。


ショウアン「残り一人だ
      いくらわたしの能力が効かずとも―
      
      逆に、それが見えているからこそ、おまえに効く」


ショウアンが、わたしに黄泉剣を振りかぶった。


わたしは、涙溢れる視界で。


ああ、せめて。


(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

268 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:09:26.49 ID:M5Zgnwdc0
ショウアン「何故、食い込―」



ショウアンの首は飛んでいく。


そして、首と胴を離し、その場に倒れた。



わたしも―。


いや、わたしの首に刺さった黄泉剣は、なんともない。

血が溢れず。

わたしは、喰われず。


そして、左手で引き抜いても、別段何も起こる気配はなかった。

269 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:11:55.31 ID:M5Zgnwdc0
ああ、わたしは守ることが出来なかった。




ああ、わたしはあいするひとをぜんいん―。





わたしの手元には黄泉剣が一振り、残っているだけ。


黄泉剣は、わたし以外を食い殺した。



ああ、もう、わたしはどうすればいいのか―――。





ああ、せめて死んでしまいたい。


せめて、この黄泉剣だけはなんとかしないと―。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

270 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:13:01.10 ID:M5Zgnwdc0
――わたしは、目覚めた。


何故か、あの砂浜に再び流れ着いた。



わたしは黄泉剣でわたしをめちゃくちゃに刺す。


けれど、その剣はわたしを殺さず。


逆に、何か得体の知れない何かが、わたしの中に流れてゆく。

271 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:13:33.70 ID:M5Zgnwdc0
ああ、わたしも喰らわれれば良かったのに。


どうして、わたしだけ、喰らわれなかったのだろうか。


此処に残りしは、ヤミが編んだわたしの装束が。
此処に残りしは、シズが作った百合の太刀が。
此処に残りしは、フチが教えた守護霊が。




ああ、もう、形見だけしか残っていない―。

その悲しさが、後悔が、怨念が、溢れ込む力がさらに身体の中をぐるぐると回る、廻る。


272 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:14:09.61 ID:M5Zgnwdc0
頭痛――。



頭の中が、邪悪に邪悪に包まれる。


心の中が、なにかに染まってゆく。


左手が、はじめて触れたときのようにかたかた震え――。
わたしの目に映る景色は、反転した。

273 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:14:48.61 ID:M5Zgnwdc0
鈴鶴「あ―――」



わたしの身体に、神の剣―呪いの魔剣――黄泉剣の力が身体に流れ込む。



そして、力だけではなく――。

鈴鶴「ぐ…ぅああああああっ!」


黄泉剣は、わたしの左腕に飲み込まれた。


勾玉が、わたしの右目に飲み込まれた。

274 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:15:10.82 ID:M5Zgnwdc0
力が身体中に流れ込む。


月の女神の力が。


剣に飲み込まれた名も知らぬ月の民の力が。


そして、わたしの愛するたいせつなひとの力が――。



すべてをぐちゃぐちゃにどろどろにかき混ぜた力が、身体の隅まで埋め尽くす。


その力は、わたしはもう決して死ぬことが出来ないのだと実感させるほどで――。

275 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:16:29.34 ID:M5Zgnwdc0
わたしはふらふら歩きだした。

わたしはふらふら町へ歩きだした。


闇から逃げるために。

町の明るさならば、このおかしい身体を何とかできるのかもしれないと、其処へと歩き出す。


此処にある、月を海を見たくないために。

276 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:17:46.22 ID:M5Zgnwdc0
溢れ込む力が気持ち悪い。

ふらふら、路地裏へと身体をあずけ、にじり歩く。




この身体に纏わり付く力は、疲れを感じさせないほどに強大で。

けれど、その強大さに飲まれてはならない。

飲まれれば、月を滅ぼした存在の如く――。


わたしは、その気持ち悪さに必死で耐えていた。

277 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:18:11.25 ID:M5Zgnwdc0
その時――。

男どもの声が聞こえた。

その声の雰囲気は、何故だか嫌な予感を感じる声であり。

その声の在り処はすぐ近くだと、其処に向かう。


そこには。
ふたりの少女が、男たちに取り囲まれていた。


男どもが、私に気が付く。

男A「……んっ?」

男B「ちっ―
   いいところで邪魔が…

   いや、待て
   この女、かなりの……」

男C「そうだな、この女も……」

278 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:19:36.30 ID:M5Zgnwdc0
その言葉は、何の意味を持つ言葉なのか。


それはわからず。



けれどもそれは、とてもとても不快になる響きで。


鈴鶴「貴様ら……
   ああ、憎い、憎いなァ……」


その光景は、わたしの憎しみを増した。


男D「あ?女など俺たちの…」

その言葉は続かず―――。


わたしの振るう太刀が、その男どもの首を刎ね飛ばした。


何人いたのだろうか。

その人数差など知らず、わたしはただその男どもの首を刎ね飛ばした。

279 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:20:35.08 ID:M5Zgnwdc0
それは一瞬。


剣に流れ込む力のせいか、その一瞬すら鍛え上げた一瞬より速く、男どもの首を刎ね飛ばした。


少女A「え……」
少女B「ひ……」

少女たちは恐怖の目でわたしを見つめる。


鈴鶴「……どこかに行きなさい
   どこかに行きなさいっ!」

けれどわたしは、その少女たちを追い払った。


ああ、人を殺した――。




どくん――。


280 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:21:21.69 ID:M5Zgnwdc0
わたしの心が、なにかに蝕まれる。


どくん、どくん、どくん―。

鼓動が増す―。

わたしの心から、鬼――守護霊は飛び出した。
わたしの守護霊は、近くの死体をひっつかみ、ドロドロに溶かしてゴミ箱に叩き込んだ。


ああ、さっき憎しみを持ってしまったから――。

その剣の力は、わたしを守る守護霊の力も変容させた。

わたしを守るだけだった鬼は、触れるものを溶かすようになった。

わたしの意志で動かせるようになった。


ああ、この力があれば愛する人も守れたのに。



ふらふら路地裏から出る。

281 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:23:44.26 ID:M5Zgnwdc0
其処から六尺離れたあと、ゴミ箱が壊れる音が聞こえたけれど、それすら気にならない。



ああ、なんでこうなったんだろう?

――ああ、殺されてしまったんだ。男に。


――――――。

282 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:25:39.51 ID:M5Zgnwdc0
――――――。


ああ、男がいたからなんだ。


ああ、男なぞ滅びてしまえばいいんだ。


思考はすでに平常であろうとすることを離れだし。


それで未来が閉ざされようと、別に構わない―。


ああ、滅ぼしてしまえ―。


黄泉剣の力が、わたしの心を堕とした。




わたしの意識は、すでに飲まれてしまった。



わたしがわたしではなくなってしまった―。

283 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/12 01:25:52.15 ID:M5Zgnwdc0
今日はここまで。

284 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:01:25.98 ID:hWYwm.1U0
黄泉剣の、眼球のごとき宝玉が、完全に開いた感覚を覚えた。


すでに左腕に呑まれて、それを見ることはできないけれど。



――――――。


―――――――――。


わたしは、何も思わず、ただあてもなく歩き続けた。

285 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:06:49.24 ID:hWYwm.1U0
ああ、わたしのこの思考をいらいらさせる男がいる。


わたし「はあああああ――――っ!」


わたし「死ねっ、死ねっ、死ねええええっ!!」



男を、男どもを、わたしは殺した。


右手に構える太刀でそれを切り刻む。



左手からは、すべてをかき混ぜたどす黒い斬撃が飛ばされる。





海の潮の満ち引きは荒ぶる―。




空に輝く月の輝きが、わたしを妖しくきらめつかせた。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

286 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:08:15.49 ID:hWYwm.1U0
剣に飲まれたフチの力が、シズの力が、ヤミの力がわたしのなかに流れ込む。


あるいは、それよりも前に剣に喰われた月の民の力が、流れ込む。


それらは合わさり、ぐちゃぐちゃに混ざりゆく。


わたし「あ…ははは…」



わたし「あははははははははっ…!」


少女の見た目をした式神が呼び寄せられ、男どもを掴み、引きちぎる。
剣の振りはさらに早く、隼のごとく男を切り裂く―。
呼び寄せた風は嵐となりて、何もかもを吹き飛ばす。

わたしの知る余地もない、だれかの力が男どもを殺し続ける。

287 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:10:50.16 ID:hWYwm.1U0
時を操る者が、わたしの前に立ち塞がる。

けれど、その時の呪縛すら、わたしは打ち破った。

月女神は夜という時を支配するのだから。

支配という行為は、それより上を支配できるものには敵わぬのだから。


ああ、あいつも時を操っていたんだ―。


けれど、それも、もうどうだっていい。





―多数の兵器がわたしを襲う。

其れが、わたしを傷つけても、わたしの身体は再生する。

わたしのたいせつな太刀も、服も、守護霊もわたしの意思とは無関係に再生する。



涙はとうに涸れつくし。

288 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:11:20.77 ID:hWYwm.1U0
心はとうにあるべき形を持たぬ。





何をしようとも、何も感じぬこの身となり。





――いつしか、わたしは、時代錯誤のようであるけれど―【魔女】として、追われはじめた。

289 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:13:02.24 ID:hWYwm.1U0
その【魔女】の囁きが、守護霊を操る。


そいつは、触れるものを溶かすようになる。


―その力を持ってして、隠れ、逃げる男をも殺した。



その【魔女】が持つ太刀に咲くは、百合の花―。


そしてその【魔女】は百合のごとき威厳さを持ち、百合のごとき純潔な雰囲気であり、そして無垢なる邪のモノ―神の力を受け継ぎし、真なる神であった。



そして、【魔女】は、邪神は、真なる神は―――。







―――【百合神】と呼ばれた。


290 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:15:00.73 ID:hWYwm.1U0
【百合神】は、災禍となり、男を滅ぼすが如く動く。

それは、この青き星すべてを殺すがごとく、その手でひとりひとり殺す。






いくつもの時間が過ぎる―。


いくつもの月が沈み、浮かぶ―。

291 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 00:15:46.31 ID:hWYwm.1U0
今日はここまで。
次回で終了予定

292 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:00:43.79 ID:hWYwm.1U0
【百合神】「ぐっ、はァーっ…はァーッ…」


けれど、遂には【百合神】は、追い詰められた。


【百合神】は、とても強大な存在―。

神の力を持ち、この世を破壊する邪神。



けれども。



【百合神】は、災厄となっても、男しか殺さなかった。


そして、そのただ一つのこだわりこそが弱点となり―。



神職の少女と、そのお供に追い詰められた。


293 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:01:46.92 ID:hWYwm.1U0
その少女は、ちいさな鏡を構えていた。




【百合神】「ん?その鏡は…
      いや、気の迷いか…
      どいて―」


少女の構える鏡に、一瞬何かの既視感を覚えたが、それもただの一瞬―。


わたしは、邪悪なる目でその少女を見つめる。

294 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:02:34.48 ID:hWYwm.1U0
少女「本来、持ち出すべきものではないですけれど、
   事態が急を要しますから」

少女は、その瞳に負けない。

そして、淡々とわたしに告げる。


少女「あなたは、邪悪なる鬼神…
   何があってこうなったかは分かりません
   けれど、あなたは―」


鏡を振りかざし、そこから【百合神】の姿を移した。

295 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:04:00.50 ID:hWYwm.1U0
光が流れ込む。

光が【百合神】を包み込む。


その光は、【百合神】の中のなにかを刺激し―。

そしてそれは、わたしの意識を引きずり出して。


少女「―この鏡の神の、実の―――」


わたし「…っ―――」



わたしは、薄れ行く意識のなか、少女の声を聞きながら、地面に倒れた。

296 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:05:01.11 ID:hWYwm.1U0
夢を見た。


その暗闇の中で、わたしは、夢を見た。


ゆめをみた―。


夢というよりは、わたしではないわたしを、わたしは第三者の視点でそれを眺めていた。



わたしは、連れ去られていた―。


わたしは、月の民の男に、連れ去られていた。


わたしは太刀をその身体に携えていた。


297 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:06:08.59 ID:hWYwm.1U0
太刀を携えたわたしは、連れ去られている。


その太刀は、百合の花が鞘に巻きつく――。


ああ、あの太刀は。


月の民の男「指定の場所まで届ける―前に…」

月の民の男が、わたしを乱暴に地面に叩き付けた。




月の民の男「ふふ、いただいておこう」


わたし「い……や…」


わたしに、その月の民の男は近づいてきた。

298 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:06:28.62 ID:hWYwm.1U0
後ずさりしようとしても、身体ががちがちに震えて動かない―。





ああ―。



ここは、竹林の中。

助けを呼ぼうにも、誰も来ない――。



追い詰められれた―。

299 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:06:58.33 ID:hWYwm.1U0
月の民の男「さあ―
      おとなしく、諦めろ」


月の民の男は迫ってくる。



月の民の男「…月の【姫】よ、いい加減に諦めろ」


その顔には、怒りが見てとれる。




距離が詰められる―。






ああ、もう―。

300 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:07:37.41 ID:hWYwm.1U0
ああ、もう―。


その時、後ろから、声が聞こえる―。


それは、人間の男の声ー。


その男は、切った竹を入れた籠を背負っていた。

若くは見えない、初老の男―。



初老の男「何をしている?」

301 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:08:43.14 ID:hWYwm.1U0
月の民の男「お前には関係ない
      殺されたくないのならどこかに行け―」



初老の男「…そうか」
一瞬、顔を下に逸らし。



そして、その初老の男は―。


初老の男「そこの娘よ、その得物を貸せ」



そう、わたしに言った。


わたしは、言われるがまま初老の男に太刀を渡した。

302 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:09:44.31 ID:hWYwm.1U0
そして、初老の男は、その太刀を抜いた。


月の民の男「ふん、歯向かう気か―
      人間なぞ100年も生きぬ存在なら、こんな下らぬことは無視しては良かったのにな
      命を無駄にすることはあるまい」


月の民の男は、そう吐き捨てた。


初老の男「―その短き命でも、此の所業を無視して助かろうとは思わない、な
     自身の心に逆らうことは嫌いだ
     人ではないようだが、たとえそんなやつだろうと、私は闘うよ」


初老の男と、月の民の男は互いに突っ込んだ。

303 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:10:12.49 ID:hWYwm.1U0
勝負は一瞬―。



初老の男が、月の民の男の首を、一刀両断した―。

304 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:11:03.72 ID:hWYwm.1U0
わたし「あ……」

わたしは、その男を見つめる。

人間の男は、血を拭き取って、わたしに太刀を返した。

初老の男「………
     危機は、去ったようだな
     ………死体は、川にでも流す」


初老の男は、背を向けて、死体を引っ掴んで、立ち去ろうとした。

305 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:11:34.69 ID:hWYwm.1U0
わたし「待って…」


人間の男「ん」
人間の男は、振り向き。


わたし「助けていただき、ありがとう、ございます…
    …あなたの、お名前は」

わたしは、礼を言い、名前を訊く。

306 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:13:59.68 ID:hWYwm.1U0
初老の男「……私の名は……
     ああ、一応ミヤツコと呼ばれている、な」

初老の男は、そう名乗った。


わたし「…わたしの名前は、カグヤ
    その、信じられないかもしれませんが、月の【姫】と言われています」


初老の男「月の【姫】か……
     なら、さっきの奴も月の者か?
     …それで、何故、私にそんなことを言う?」


カグヤ「…あの
    わたしのことを匿っていただけませんか………
    その、わたしを殺そうとする輩が―
    わたしの同胞の、行方もわかりませんから…」


ミヤツコ「………
     私は、ただの人間だ」


カグヤ「それでも、構いません」


ミヤツコ「……私の住処は、この竹林の向こうだ」

307 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:15:17.68 ID:hWYwm.1U0
―これは。

―この記憶は、わたしの、夢の中でいちど見たことのある母親の―。


カグヤと、ミヤツコが竹林の奥へ―――。


―そこで、光が強く。

308 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:17:03.58 ID:hWYwm.1U0
わたしは目を覚ました。


少女「……この者の中にある剣、おそらく神器のようなもの…
   聞いたことはありませんが、語られることなく作られたものでしょう
   …何にせよ、これは封じ込めなければなりません、この世から
   ―それに、右目の中には勾玉があるようですし」



お供「…この左腕の中に宿る剣が放つ瘴気が、この【魔女】…いいや、【百合神】を―」



少女「対策を練りましょう」

女の子と、そのお供が話し合いをしていた。



女の子「…もう、復活したのですか
    とりあえず、この剣がなければまだ話し合いは出来るようですね」


そんなことを言いながら、彼女はわたしを見つめた。


少女「対策を練りましょう」

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309 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:18:30.96 ID:hWYwm.1U0
女の子「あなたの体に宿りしこの剣は、何かは分かりませんが、神にかかわるものです
    そして、この右目の勾玉も―
    こちらのほうは、わたしたちもその力は理解しています」


そう、淡々と述べた。

この身がやった禍は、身体が覚えている。


310 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:22:16.51 ID:hWYwm.1U0
少女「さて、何とかしなければ、なりません
   ―ここまでくると―」

ここまでくると―。

もう、わたしは死ぬことすらできぬとんでもない災厄。


ならば。

ああ、わたしが顕現しなければ、この災禍は消え去る―。



鈴鶴「―わたしのことを、封印してほしい」


―この中の神を消すことなどできない。

すでに、わたしとなってしまったから。



そして、また放置していれば再び、わたしが邪神と化すかもしれないから。


女の子「…わかりました」

311 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:23:59.00 ID:hWYwm.1U0
女の子は、神に仕えるその清廉さで、わたしを見つめる。


女の子「最期に、何か残す言葉は―」


鈴鶴「ないわ」


女の子「では、封じの儀式を――」

312 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:25:06.98 ID:hWYwm.1U0
女の子は鏡を構え、術を唱えた。

その途端、空間に、扉が現れた。

それは、すべての光よりもなお強いまぶしい光を放つ扉だった。


女の子「この扉の中に入れば、あなたは封じられます」

鈴鶴「分かったわ」


わたしは、空間に開かれた扉の中、この世とは切り離され場所の中に入った。


わたしが入ると、その空間につながる扉は閉まっていく。

313 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:25:48.45 ID:hWYwm.1U0
そして、閉じる前に。


女の子「…こんなことをいうのは、間違っているかもしれませんが
    もし……この封じすら、あなたの身体が破ってしまったときは…
    どうか……その邪なる力の神としてではなく…
    聖なる力の神として、顕現してくださいますよう」


女の子は、そうわたしに言った。


その言葉に、わたしは頷いて。



わたしは、この世からその身を消した。


314 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:28:10.61 ID:hWYwm.1U0
その扉の中は、まったくの光なき暗黒だった。


――その暗闇の中。


閉じゆく扉から入り込む光の残滓も、消え。


目を閉じ、わたしは永遠の闇に身体を預ける。


闇の静けさが、縁からわたしを飲み込んでゆく。



わたしの意識も、其れに飲み込まれた。

315 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:29:10.73 ID:hWYwm.1U0
わたしは、光のなき永遠の闇へ―。


永遠の夜へ――。



夜の神の力を飲み込みんだわたしは、永遠の夜へ消えた―。




百合神の彼方に―――。

316 名前:【第四章 百合神の彼方に】:2014/12/13 19:29:34.20 ID:hWYwm.1U0



ユリガミノカナタニ 完

317 名前:【残りの設定】:2014/12/13 19:32:03.60 ID:hWYwm.1U0
http://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/538/c07.jpg
ミヤツコ
鈴鶴の父親。若くはない。
竹を取り、それをいろいろなものに加工するのが生業。
剣術の達人。


カグヤ
鈴鶴の母親。
月の神の血を引く、【姫】君。
鈴鶴と体形は酷似している。

318 名前:【残りの設定】:2014/12/13 19:35:33.91 ID:hWYwm.1U0
http://download1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/541/c08.jpg
左からシャクハツ、ホーライ、カショ、シュウシュ、ショウアン


ショウアン
月の民。時間停止能力を持つ。
カショが負け、黄泉剣が鈴鶴に封印される可能性を考慮して、鈴鶴の父であるミヤツコを確保していた。
読み通りになったとき、鈴鶴たちが黄泉剣に封印されたから、修行するぞと騙し、そしてそれを達成。

だが、最期は鈴鶴に殺された。

319 名前:【残りの設定】:2014/12/13 19:37:59.46 ID:hWYwm.1U0
黄泉剣
月の女神の使った剣。
その鍔の目が開眼する度合いで、その呪いは異なる。

この剣は、刃を飛ばし、海の潮を操り、月の光を操る。
また、これに斬られた月の民は喰われて消滅する。

ただし、月の神の血を引くものだけは、その攻撃では傷を与えられない。

320 名前:【残りの設定】:2014/12/13 19:41:43.51 ID:hWYwm.1U0
http://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/540/c09.jpg
百合神

黄泉剣を体に飲み、邪神となった鈴鶴。
大本は月の神だが、黄泉剣に溶け込んだ月の民の能力も使える。

また、勾玉が右目に収まっている。
この勾玉は、黄泉剣についていたもの。
これには、とてつもないほどの魔力というべき力が溜まっている。

よって、刃を飛ばし、海の潮を操り、月の光を操る能力に加え、
ヤミの風の術、シズの剣術、フチの式神能力なども使える。

また、あらゆる攻撃を加えようと、その身体・服・太刀は再生する。


―最期は、神職の少女によって封印された。
闇の中に溶け消えた百合神―鈴鶴は、永遠に封印されたのか、それとも―。

321 名前:【残りの設定】:2014/12/13 19:58:45.12 ID:hWYwm.1U0
とりあえずこれで終了。
適当なところも多かったSSだと思うけれど読者に感謝。

322 名前:社長:2014/12/14 18:20:26.02 ID:QU65fgNg0
書き忘れ設定

魔女の囁き
百合神となった鈴鶴の守護霊。
例の反撃能力だけでなく、鈴鶴の意思で動かすことができる。
有効範囲は2m、攻撃に加え、掴み念じたものをドロドロに溶かすことができる。

323 名前:社長:2014/12/14 18:59:21.86 ID:QU65fgNg0
鈴鶴(すずる)

・生年月日:792年10月12日
・身長  :165cm
・体重  :45kg
・スリーサイズ:89-61-85
・髪色  :黒
・目の色 :黒
・血液型 :B型
・利き手 :両利き
・一人称 :わたし
・好きなもの:百合の太刀
・嫌いなもの:男
・好きなこと:読書、ヤミ・シズ・フチと過ごすこと
・嫌いなこと:男が迫ってくる
・好きな食べ物:和食、野菜や芋、甘いもの、魚料理
・苦手な食べ物:なし
・好きな色  :純白、漆黒
・嫌いな色  :なし
・得意なこと :剣術、古武道、茶道、華道、書道、料理、植物の栽培
・不得意なこと:水泳
・不得意なこと:運動(とくに水泳)
・好きな音楽 :プログレ、雅楽

324 名前:社長:2014/12/14 19:03:09.61 ID:QU65fgNg0
ヤミ(闇美)

・生年月日:782年5月6日
・身長  :170cm
・体重  :60kg
・スリーサイズ:72-62-78
・髪色  :黒と白(ブラック・ジャックのような感じ)
・目の色 :青
・利き手 :右
・一人称 :わたくし
・背中に翼が生えている
・左指の小指・薬指・中指と右目を失っている
・好きなもの:鈴鶴
・嫌いなもの:妖殺し
・好きなこと:鈴鶴たちと一緒にいること
・嫌いなこと:鈴鶴へ襲い掛かる敵
・好きな食べ物:鈴鶴の手料理
・苦手な食べ物:甘ったるいもの(鈴鶴と一緒に食べるときはその限りではない)
・好きな色 :緑
・嫌いな色 :蛍光色
・得意なこと:天の狗の風の術、それによる滑空、家事、古武道、茶道
・不得意なこと:自分ひとりで自由に過ごす
・好きな音楽:クラシック、ジャズ

325 名前:社長:2014/12/14 19:07:05.57 ID:QU65fgNg0
シズ

・生年月日:はるか昔、フチと同じ年に生まれた。
・身長  :178cm
・体重  :68kg
・スリーサイズ:94-65-92
・髪の色 :白
・目の色 :眼球は黒・虹彩は青
・利き手 :右
・一人称 :わたし
・好きなもの:武器全般、鈴鶴
・嫌いなもの:鈴鶴の敵
・好きなこと:武器の設計、改造、鍛冶
・嫌いなこと:家事全般
・好きな食べ物:精進料理、酒
・苦手な食べ物:パフェなどの可愛い系統のお菓子(味ではなく見た目がニガテ)
・好きな色 :金属系の色
・嫌いな色 :桃色
・得意なこと:武器の製造、武器の取り扱い、剣術
・不得意なこと:家事全般
・好きな音楽:テクノ・ポップ、ドラムンベース

326 名前:社長:2014/12/14 19:09:58.49 ID:QU65fgNg0
フチ

・生年月日:はるか昔、シズと同じ年に生まれた。
・身長  :118cm
・体重  :24kg
・スリーサイズ:60-42-60
・髪の色 :白
・目の色 :眼球は黒・虹彩は青
・利き手 :右
・一人称 :あたし
・火・水・風・土から式神を作り、呼び出す能力を持つ。
・好きなもの:鈴鶴、ヤミ、シズ
・嫌いなもの:男
・好きなこと:鈴鶴たちに絡んだりからかったりすること
・嫌いなこと:鈴鶴たちに嫌われること、鈴鶴たちへの危害
・好きな食べ物:和食
・苦手な食べ物:辛い食べ物
・好きな色 :薄い色
・嫌いな色 :はでな色(ショッキングピンク系)
・得意なこと:呪術、家事系統、芸道、和歌
・不得意なこと:格闘技、剣術(小学生程度の体系だから…)
・好きな音楽:ポップス、ヒップホップ、メタル

327 名前:社長:2015/04/19 20:58:36.555 ID:tsgmBjrA0
これは秘密だけどモッタイナイのでここで新しいssを投下するよ

328 名前:百合ノ季節:2015/04/19 21:00:02.651 ID:tsgmBjrA0




          百 合 ノ 季 節





329 名前:百合ノ季節:2015/04/19 21:02:41.858 ID:tsgmBjrA0


K.N.C.167年、きのこたけのこ会議所・wiki図書館―――。





きのこ軍兵士・集計班とたけのこ軍兵士・社長が、何か話し合っている。
集計班「……前回の大戦では、手酷くやられたものです」

社長「階級制は上手くはまれば大爆発する それが大戦の掟ジイ」

集計班「そうですね……というか、そういう世間話の為にあなたを呼んだのじゃなかった
    ―用件は、この兵士のことです」





集計班は、一枚の写真を社長に見せた。
そこには、ひとりの女性が写されている。


330 名前:百合ノ季節:2015/04/19 21:03:52.157 ID:tsgmBjrA0
社長「性別○」

集計班は、資料を見ながら語る。

集計班「この【たけのこ軍兵士】は……21年前の大戦―146次大戦で、軍神と対等に戦った兵士――
    それによってきのこ軍は逆襲できず、敗北しましたね…
    ―それはともかく、名前は【鈴鶴】…この大戦のみの参戦でした」



社長「こわいよお」




集計班「………そして、その大戦の後に何処かに姿をくらませました…
    一回きりの参戦だとはいえ、強烈な印象を残す女性です…
    ――鈴鶴について、先ほど述べたデータについての資料をどうぞ」



社長「るるるるるるるるるたるんだぞ!」

331 名前:百合ノ季節:2015/04/19 21:07:38.069 ID:tsgmBjrA0
その資料には、このようなことが書いてある――。

鈴鶴(すずる)――。女性。
K.N.C.146年、会議所教官であるたけのこ軍、山本に、近くの竹林で発見される。
その後、146次大戦に参戦。
きのこ軍・軍神と対等に戦い、そしてきのこ軍・軍神を戦死させる。
翌日、兵士登録を消して何処かへと消えた。

階級制の大戦しか参加しておらず、兵士適性検査は実施していないため、適正兵種の詳細は不明……。

332 名前:百合ノ季節:2015/04/19 21:08:35.570 ID:tsgmBjrA0
集計班「そして、この【鈴鶴】の参加した大戦の3年後の大戦…
    …あれは忘れられない大戦でした」


その大戦…K.N.C.149年に行われた149次大戦は、特殊ルールが設定された兵種制であった。
兵士の性別、その連携度で新たなる兵種―紅白兵・薔薇兵・百合兵にクラスチェンジするルールである。


集計班「普段の大戦も男性の参戦者が多かったので、大丈夫だろう、と思っていましたが…
    予想以上に女性が多く、そのうえ百合兵が大量に出現して大量の百合の花びらが舞い散る展開に…
    あの集計の恐ろしさは今でも覚えていますよ……」


集計班は、苦虫を噛み潰したような顔で言う。

333 名前:百合ノ季節:2015/04/19 21:08:55.024 ID:tsgmBjrA0
社長「本題ナンスカ」


集計班「おっと、話が長くなりました…
    用件というのは、その【鈴鶴】について調べてほしいのです……
    あの強大な力と、軍神と対面して打ち勝った鈴鶴には何かつながりがあるのではないか…
    そう感じたのです
    ―兵士でもないのに大戦に介入されるとなると、厄介ですからね…」



社長「いいぞ」



集計班「大規模規制の影響で、色々と暇になってしまってますからね…
    ―お願いしますよ、社長」



――そして社長は、謎の兵士――鈴鶴について、調べることになった。

334 名前:社長:2015/04/19 21:09:29.649 ID:tsgmBjrA0
これは秘密だけど本ssは滝本さんのssの設定を結構パクってたりするらしいよ
みんなには秘密だよ

335 名前:社長:2015/04/19 21:10:01.525 ID:tsgmBjrA0
続きはまたこんど

336 名前:きのこ軍:2015/04/19 23:52:00.771 ID:i3apyJLY0
これマジ?二次利用いいゾーこれ
百合兵…うっ あたまが

337 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:18:58.789 ID:VY8f1bFs0
社長は、鈴鶴と出会った兵士―山本の部屋を訪れた。

一人で【鈴鶴】を調査するというのでは、少々心細い。
そのために、社長自身の作成した自立式メイドアンドロイド―ブラックを連れている。


現在は消息不明のたけのこ軍兵士・スリッパのメイドロボ―サラに感銘を受けて作られたアンドロイドだ。

338 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:19:21.742 ID:VY8f1bFs0
社長「こんにちな!」
ブラック「おはようございます」


山本「おお社長とブラック!何の用かな」
コーヒーを淹れながら、珍しい客に質問をする。




社長「ここに村人たちが集めた5000セントの金貨があります ください!!」
ブラック「【鈴鶴】という兵士について、調べています
     ――山本さん、あなたが教官を担当したとあったのでやってきました
     集計さんに、鈴鶴さんの適正兵種が気になる…と言われまして」


ふたりは、本当の目的は伏せて、当たり障りのない訳を言う。

339 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:19:38.368 ID:VY8f1bFs0
山本「ふむ……【鈴鶴】か……
   彼女は、とても印象に残った兵士だったな……」


山本は、コーヒーを飲みながら、しみじみと語りはじめた。



山本「あれは20年ほど前……新人兵士とともに、竹林で訓練をしていた時だった……」


340 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:19:56.572 ID:VY8f1bFs0
K.N.C.146年、たけのこ軍領地・竹林―――。





山本「ペースを保てッ!そんなものではきのこ軍に勝てんぞっ!」

力自慢の新人兵士たちが、厳しい訓練に取り組んでいた。
新人兵士「はぁーっ…はぁーっ」
新人兵士「うおおおーっ」
新人兵士「ふっ、ふっ」


誇り高き兵士になるよう、きのこ軍・たけのこ軍関係なく――
新人兵士たちは、私の下で訓練を重ねていた―。

341 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:20:19.744 ID:VY8f1bFs0
そんなときだ。

山本「んッ?」
私は竹林の中に人影があるのを見て、立ち止まった。


新人兵士「――どうかしましたか、教官?」

山本「うむー……
   向こうに、人が倒れているのが見えた…」


新人兵士「本当ですかッ!?」

山本「ああ…私は、様子を見に行く
   訓練は、あの竹林の向こうに着いたら現地解散という予定に変更するッ!
   ―あとは、各自自主訓練を行ってくれ」

342 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:20:37.557 ID:VY8f1bFs0
私は訓練を切り上げ、その人影のある場所へと向かった。



そこには、一人の女性が眠るように、片膝を立てて座っていた……。

343 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:20:58.917 ID:VY8f1bFs0
その女性は巫女装束をまとい、その腰には太刀が携えられていた。

顔はとても美しく、閉じた瞼を飾る睫は長く、そして髪は美しいみどりの黒髪であった。
後髪は足まで伸びるほどの長さ―、横髪は黄色い髪留めで縛っていたが、それも長く。
――そして、胸や肩や背に広がっていた。

まるで、【姫】のような佇まいだったな。
―wiki図書館で読んだことのある、【竹取物語】のかぐや姫……そんな感じがした。



ともかく、私は、その女性が生きているのか確認するために、その肩を叩こうと手を伸ばした瞬間…。


手首を、掴まれた。

344 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:21:12.855 ID:VY8f1bFs0
山本「!?」
女性「…………」


女性は、瞑っていた目を開け、こちらを黒々とした目で見つめた。
私は、その瞳に冷たさを感じた。


女性「失礼………」
そして、詫びを入れると、握った手を放した。

345 名前:百合ノ季節:2015/04/21 00:22:11.388 ID:VY8f1bFs0
山本「…大丈夫か?」
私は、女性に容態を聞いた。


けれど、何ともない風で――。
女性「ええ……
   ―それにしても、ここはどこなのかしら?」


女性が質問したので、私は此処が【きのたけワールド】であることを伝えた。
しかし、その女性はきのたけワールド…というものを知らず、会議所のことも知らなかった…。



そのため、私はその女性を、とりあえず会議所へと連れて行ったのだ……。


当初、女性――鈴鶴は、大戦に参加するとは言わなかった…。

だが、その翌日に大戦に参加すると言ったため、私は担当教官として訓練をすることになったのだ…。

346 名前:社長:2015/04/21 00:23:40.968 ID:VY8f1bFs0
今日はここまで

347 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:04:41.756 ID:/mk7xrkw0
K.N.C.146年、きのこたけのこ会議所・教練所―――。





私は、鈴鶴の手首を掴む咄嗟の反応を見て、
ただものではないと感じていたため、担当教官に立候補したのだが……。

その判断の通り、鈴鶴はただものではなかった……。



座学として、きのこたけのこ大戦の知識などを教えようとしたものの……。

既に、wiki図書館などで調べていたようで、直ぐに終わってしまった……。

348 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:07:18.900 ID:/mk7xrkw0
次に、鈴鶴に素振りをしてもらった。

私の訓練に取り組む者の、通過儀礼だ。
新人兵からは厳しいなどと言われるが、あれぐらいは必要だと私は思っている。


…だが、その素振りのフォームはとても綺麗で、私が口を挟めるところがなかったのだ……。

数々の新人兵士を受け持ったが、これほどまでの兵士は見なかった。


しかも、幾度となく振っても、剣筋に―いや、太刀筋に迷いがなかった。

349 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:09:30.465 ID:/mk7xrkw0
――そこで、予定を変更し、私は腰に携えた太刀というところから、剣術を見せてもらった。

そして見せられた剣術の腕は抜群だった。


山本「では、この巻藁が的だ」


―-緊張した一瞬が、そこには流れていた…。

鈴鶴「はっ!」


そして、鈴鶴は瞬き…いや、それよりも短い一瞬で巻藁を斬った…。


その腕前は、まさに達人…。剣豪といってもいい、素晴らしい腕前だった。

350 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:10:41.967 ID:/mk7xrkw0
次に、銃火器の扱い―飛び道具の扱いを見たが、これも抜群の腕前だった。


弓はもちろん、銃の扱いも十分といっていいほどだった。


的に狙いをつけ、的確に命中させていった。


鈴鶴は、銃なんてろくに練習していない、そう言いながらも抜群の腕前を見せたのだ……。

351 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:13:12.313 ID:/mk7xrkw0
……そして、社長作のホログラム・トレーニング装置で戦闘テストをしてもらったのだが……。


襲いかかるホログラムに対し、的確に対処していった。

冷静に、対処する順番を見極め、太刀を振り銃を撃ち、時折体術を挟み込み……。


――鈴鶴は、訓練を始める前に水術―いわゆる水泳は不得意と言っていたが…。

ざっと見ただけでも、格闘技も数多くこなせているのが目にとれた。
―むしろ、なぜ水術だけができないのか…そう思ったほどだ。



―ともかく、鈴鶴は100体のホログラムをすばやく、すべて撃破したのだ。

352 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:14:39.628 ID:/mk7xrkw0
私は教官として教えることはなく、たった一日で訓練が終わってしまった…。
正確には、他の訓練コースもあったが、ここまで出来る人物は、態々訓練に参加させる必要はない。


戦いのコツというものを知っているうえ、その技術は長年の鍛錬からなる、そう感じられたからだ。


―そして、私は訓練を終わらせた……。


今でも、あのような優秀――いや、化け物のような兵士は見たことがない。

353 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:15:30.238 ID:/mk7xrkw0
訓練が終わったあと、私は鈴鶴と会話をしたのだが…。


山本「…いや、本当に悔しいが……
   私に教えられることは、ない!!」

鈴鶴「……………」

鈴鶴は、口数が少ないようで、何も言わなかった。
―応答ぐらいで、世間話はあまりしない性質のように見えた。



だが、どうしても気になることがあり、私は最後に一つだけ質問した。


山本「…その腕前、何処かで習ったのか?」

354 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:16:45.115 ID:/mk7xrkw0
鈴鶴「……ええ、そんなところよ…」
鈴鶴は、少し暗い声で答えた。



山本「なるほど…
   ならば、私が教えるまでもなかったというわけだな…
   ―良い活躍を期待してるぞ!」

私は、その答えに納得し、鈴鶴を見送った。
鈴鶴の答えは、少し暗い口調になっていて、それ以上は深入りできなかったのだ……。

―それは、鈴鶴の雰囲気によるものなのかは、わからなかったけれどもな。




山本「………と、これが私の語れるところだな」

山本は、コーヒーカップを机に置いて語り終えた。

355 名前:百合ノ季節:2015/04/23 19:19:10.634 ID:/mk7xrkw0

社長「べぇ〜べぇ〜べぇ〜べぇ〜べぇ〜べぇ〜べぇ〜」
ブラック「……鈴鶴さんの、活躍を知っている人、はいないのでしょうか?」

まだ、情報が足りない。


山本「うむー…その大戦は、私は鈴鶴のいる部隊に居なかったからな…
   ―だが、たしか加古川さんが同じ部隊だったはずだ

   力になれなくてすまない」


―だが、めぼしい答えは出ず。
山本は、あごに手をやりながら、申し訳なさそうに言った。

ブラック「いえ、大変参考になりました」

山本「そういってもらえると、助かるな

   ―まぁ、頑張ってくれ」


社長「ありがとう、やっ」
ブラック「ありがとうございました」


山本の応援を聴きながら、ふたりは部屋から出て行った。

356 名前:社長:2015/04/23 19:19:21.290 ID:/mk7xrkw0
きょうはここまで

357 名前:名無しのきのたけ兵士:2015/04/25 00:16:05.029 ID:Dr3bM.5Uo
加古川さん くる!?

358 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:29:52.847 ID:dFI0TBKI0
続いて社長は、加古川に鈴鶴の活躍を聞きに行った。




加古川「146次大戦、鈴鶴の活躍……
    ……ああ、あれは今でも覚えているよ
    

    ―何しろ、軍神と互角以上の戦いをしていたからね……
    私は、今でもあの大戦を忘れられない」


359 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:33:49.306 ID:dFI0TBKI0
K.N.C.146年、大戦場―――。



私たちは、たけのこ軍優勢の中、迫る敵を撃破する作戦を実行していた…。
私のいた部隊のひとりに、その女性―――鈴鶴が居た。


鈴鶴「……………」

ほかの兵士は戦果を挙げることにわくわくしたりしていたが、彼女は違ったのだ。

彼女は、非常に落ち着いていた。

もしかしたら、戦いに沸き立つ他の兵士を冷ややかな目で見ていたのかもしれない。


それに、口数も少なかった。
他の兵士は世間話もしていたが、鈴鶴は一切の無言―。


もっとも、その部隊には彼女しか女性がいなかった、ってのもあるかもしれない。


だが、兎も角彼女は素晴らしい活躍をしていったんだ。

360 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:39:15.564 ID:dFI0TBKI0
敵兵「うぎゃああーーッ」
敵兵「く、くそぉ…」
敵兵「うわあああああん!」
敵兵「びええええええん」


私もそれなりに撃破したが、何といっても彼女はその携える太刀さばきが素晴らしかった…。

銃を持った敵兵だろうと、それをかわしつつ斬り込み、
またあまりにも近すぎる敵には、手刀で対応し………。
――その上、銃の腕前も抜群だ……遠距離の敵も正確に射抜いていった。



だが、彼女の一番凄いところは、着々と戦果を挙げながらも、それでいて冷静だったところだ。
ふつう、兵士といえば撃破王に近づくために興奮するというのに…。


彼女は、地位などにこだわりなんてなかったのかもしれないな。


他の兵士が彼女に話しかけても、彼女は一切の無言だった………。

361 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:41:01.348 ID:dFI0TBKI0
それに、きのこ軍の仕掛けた罠も、即座に破壊していった……。
長年戦った私でも気づかない罠…聞くところによると、
他の部隊は引っかかって苦しんだという罠を、あっさりと見抜き、解除していったのだ。



加古川「…素晴らしいな、私だけなら引っかかったかもしれない……」

鈴鶴「……………」


けれども、彼女は私と無駄話はせず、黙々と侵攻していった……。

――そのころには、私の部隊は、私と彼女だけという、少し逼迫した状態。

だが、兵士を集めても敵うかどうかという実力の彼女がいること、
その時の状況はたけのこ軍が有利、勝ちを確信していた。

362 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:42:06.991 ID:dFI0TBKI0
きのこ軍に、軍神が現れた……。
しかも、目の前にな…。戦闘力の非常に高い軍神相手だ……。

当然ながら、部隊の構成人数はその時二人。近くの部隊と合流を考えたのだが………。




加古川「!?」


彼女は、軍神の方へ向かっていった……。
そのきのこ軍・軍神と、彼女は真向にぶつかり合ったのだ……。

363 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:44:34.932 ID:dFI0TBKI0
軍神「なにぃッ!この攻撃もかわすだと!」
鈴鶴「きぇーーーっ!」


――鈴鶴は、決して無謀者ではなかった。

軍神の素早い攻撃を、彼女は冷静に往なしていったのだ!

しかも、彼女は、受けるダメージは最小限に抑えつつ、的確な一撃を、反撃を加える。


軍神「うおおおりゃああああ!」
鈴鶴「ふん――!」

軍神の持つ剣と、彼女の持つ刀が金属音を発していた。
時折、軍神は蹴りなど体術を織り交ぜるが、それにも彼女は的確に対処していった。


――軍神ならば、その攻撃威力や攻撃速度や反応は凄まじいはずなのに…。

彼女は、それと互角、あるいはそれ以上だったのかもしれない…。



364 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:45:54.496 ID:dFI0TBKI0
――そして……。


軍神「ば…ばかな……」
彼女は軍神を撃破したのだ―――。



そして、神を撃破したばかりだというのに、彼女はただ前へと進んでいった。
それが凄まじいことだということを知らなかったのか、あるいはそれすらもただの戦いだと感じていたのか。



……そして、この大戦で、たけのこ軍が勝利した。

365 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:47:56.265 ID:dFI0TBKI0
加古川「今でも、あの冷静に進んでいく鈴鶴の姿は忘れられん
    ―だからこそ、その翌日に兵士として参加することを取り消したことは驚いたよ…
    止めはしなかったが、ね……」

加古川は、腕を組み目をつぶりながら、名残り惜しそうにそう戦いの記憶を話した。

社長「あーもーお前らうるさいよ!」
ブラック「……その理由や、何処に行ったかは教えてくれなかったのでしょうか?」

―おそらくは、Noであろう答えであろうと、念のために聞く。


加古川「一応聞いてみたが、答えはなかったな…
    ―――大戦に参加した理由も、だがな…


    ……どこぞの集落に居るのかもしれないが、それが皆目分からないんだ」

残念そうに加古川は言った。


366 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:48:34.907 ID:dFI0TBKI0
社長「星。」
ブラック「…ううむ、調査は難航しそうですね…」


加古川「そういや、なんで鈴鶴のことを調べているんだ?」


社長「えっとー…今何時?」
ブラック「集計班さんに頼まれて、鈴鶴さんの適正兵種を調べたいから――だと」

―山本の時と同様に、当たり障りのない理由を答える。


加古川「ふむ、どんな結果が出るのか期待しているぞ」

社長「はい いいえめ!もうくるな!」

367 名前:百合ノ季節:2015/04/25 00:51:52.787 ID:dFI0TBKI0
社長とブラックは、考える。


鈴鶴は、武芸に優れた人物であり、恐らく何処かで習っている…。
そして、ここがどこであったかを知らない……。

別世界からの来訪者……それも、武芸に優れた……。
――DBなる存在も、その説があるという。ならば、同じように???


軍神と遣り合えるだけの力がある――つまり、鈴鶴は神に近い存在……。
神に近いなら、大戦に介入することができる………。
圧倒的な実力が、それを物語る。


DBは、大戦に介入してきた。あの、邪悪なる存在―DBは、邪悪なる神……。


やはり、別世界にかかわりがあるのか?
そして、邪悪なる神なのか、化身なのか?






―そこで、鈴鶴の行方を追うことにした。

答えが見つかるかは分からないが、やれるだけのことはやりたいために。
どこかの集落で、話が聞けるかもしれないから。

368 名前:社長:2015/04/25 00:52:08.037 ID:dFI0TBKI0
今日はここまで

369 名前:名無しのきのたけ兵士:2015/04/25 01:02:59.397 ID:Dr3bM.5Uo
乙乙。
鈴鶴さんの正体を追っていく流れいいぞー。

370 名前:百合ノ季節:2015/04/25 22:58:40.301 ID:dFI0TBKI0
けれど、姿は見たことがあっても、その居場所はつかめない。


ところどころで、その姿に関する証言は得られるも、肝心の居場所がつかめない。

女性「――この人は、わたしが襲われそうになったことを助けてくれたんです
   持ってた太刀の鞘で殴ったり、蹴りを入れて追っ払ってくれました――……」


男性「ヒィッ!……この女は怖いぜ…?
   なんてたってナンパしようとしたら睨みやがったんだ!あの目が…怖くてよぉ
   ごみを見つめるような……とても凍てつく怖い瞳だったんだよぉおお」


社長とブラックは、手分けして聞き込んだ。

371 名前:百合ノ季節:2015/04/25 22:59:03.567 ID:dFI0TBKI0
―そんな中、ブラックがとても気になる話を聞いた。

女性同士のカップルに、鈴鶴の写真を見せると、興味深い話をしたのだ。


ひとりの名はサツキ。もうひとりの名はリッカ。

372 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:01:04.335 ID:dFI0TBKI0
サツキ「鈴鶴さんは………
    わたしたちの恋、助けてをくれたんです…………」
感慨深そうに、語る。

ブラック「………どんな話ですか、差障りがなければ……」



サツキ「あれは、昔のお話です……」


――当時、わたしたちは、リッカと一緒にデートしていました。


わたしもリッカも、互いに女の子でしたけれど、互いを恋人として愛していました。
もっとも、それが分かったのは告白してからでしたけれどね。

373 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:01:26.805 ID:dFI0TBKI0
K.N.C.148年、フォレストリィ公園―――。

――けれど、やはり女の子同士。
世間一般的には、男女のつながりというものが当たり前ということで、わたしは先に進めないでいました。


その日も、リッカとのデートが終わった帰り道。

家の近くにある公園で、一体どうすればいいか………。そう、悩んでおりました。

374 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:01:53.758 ID:dFI0TBKI0
その日、その女性――鈴鶴さんがその公園に居たのです。
時刻はちょうど夕日が昇るときで、烏も鳴いておりました。

鈴鶴さんは、とても美しい顔と、とてもきれいなみどりの黒髪をしておりました。
とくに、あの髪は長く、足まである後髪、横髪も胸か腰ほどまでにあったことが印象に残っております。


鈴鶴「……………」
そして彼女は、夕日をじっと見つめて、四阿でお茶を飲んでいました。

375 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:02:05.493 ID:dFI0TBKI0
サツキ「こんばんは」

鈴鶴「……どうも」


サツキ「……きれいな、夕日ですね」

鈴鶴「そうね…」

わたしは、鈴鶴さんと、しばらく世間話をしていました。
なんでも、鈴鶴さんは旅をしているとか。

女の身一つで、さまざまな場所を歩いてきたこと驚きを隠せずにいました。
しかしながら、よく見れば彼女は太刀を携えていて、それがあるからこそなのか、と思いました。

376 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:02:18.337 ID:dFI0TBKI0
そして、季節のお茶―百合のお茶を飲みながら、話しているうちに、
わたしの恋について相談しました。


なぜか、その人に相談すれば、何かがつかめるかもしれないと感じたからです。

サツキ「わたしは、友達の……たいせつな友達のことが、恋人として好きなのです
    ―けれども……同じ性という心の壁が、どうしても先に進むことを―
    告白することを、躊躇させてしまうんです


    ………どうしたら、いいんでしょうか」

377 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:02:29.775 ID:dFI0TBKI0
鈴鶴「………
   確かに、世間の常識から外れてしまう…そのコトは怖いでしょうね


   ――けれども、生きることは、何か怖いということに手を突っ込まないといけないことがある
   ……それが闘争なのかもしれないし、あるいは自分の人生を賭けることなのかもしれない



   …けれど、貴女がその子を愛しているというのなら、其れは言うべきでしょう

   ――愛する人と、ずっといたいのなら……
   …愛する人と別れる悲しみは、何よりも悲しいことでしょうから」
鈴鶴さんは、少し考えてから、そう言いました。

どこか悲しく、切ない雰囲気を漂わせながら。
それは夕日のせいかもしれませんし、もしかしたら鈴鶴さんが体験したことなのかもしれません。

378 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:03:42.855 ID:dFI0TBKI0
サツキ「……わかりました

    ―――明日、告白しようと思います」

そして、わたしはその言葉を聞いて、告白することを決めました。


鈴鶴「うまくいくことを、祈っているわ…」

鈴鶴さんには、その様子を見てくれることになりました。

379 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:04:17.871 ID:dFI0TBKI0
――そして翌日、わたしはその公園でリッカに、自分の恋する気持ちを告白しました。

サツキ「…リッカ、わたしはあなたのことを……
    おなじ女の子だけれども、心から愛しているの」

リッカ「……先、越されちゃったな
    わたしも、あなたのこと……」

…リッカも、同じ気持ちのようで、それを受け入れてくれました。



そして、わたしとリッカはキスを―誓いの口づけを、互いに行いました。
――恋愛の聖地と呼ばれるこの公園は、愛する人が口づけをすると永遠に結ばれる伝説がある場所。
他にもカップルがキスをするのだとはいえ、少し恥ずかしかったですけれども…。



………そんなときです。


380 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:04:38.809 ID:dFI0TBKI0
そばにいた男性たちが、それにいちゃもんをつけたのです。

男性たち「おい!なんでキスしてるんだよ!女同士だろうが!!」
その声は脅すようで、とても恐ろしく。しかも、石を投げてきたのです……。



――そこに、鈴鶴さんが現れました。
そしてわたしたちの前に、わたしたちを護るように進んでいきました。

381 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:04:50.341 ID:dFI0TBKI0
男性たち「あ?なんだてめえは……」

鈴鶴「……あなたたちは、何が目的?嫌がらせ?それなら頭がおめでたいわね……
   何の罪もない子に、石を投げようとするなんて………」

男性たち「おいおいおい!同じ性別どうしなんかおかしいし気持ち悪いだろ!」

―その言葉に、わたしたちはショックを受けました。
やはり、一般から外れていることは、よくないことのなのだろうか――と。

382 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:05:06.373 ID:dFI0TBKI0
鈴鶴「貴様らは、随分と頭のおめでたい人間のようね……
   ――それとも、そう考える蛆のようなものはずうっと湧くものなの?

   …いつの世も、そんな蛆虫野郎はいるのね」

男性たち「はぁ?ふざけるなよ、このアマ……」


鈴鶴「人の生き方に、自分と合わないからとケチをつけて、その上それに攻撃する……
   ―で、何を考えていたの?強引に洗脳?その為に色々とするの?」


鈴鶴さんは、その男性たちに怒っている――そう、感じました。
最も、口調はわたしが出会った時のように、静かな口調でしたけれども。

383 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:06:01.374 ID:dFI0TBKI0

鈴鶴「………
   ――どうやら、貴様らは、此処で始末しなければならない存在のようね」


そう言うと、鈴鶴さんは石を拾い上げ、ひとりの目に投げつけたのです。


男性「うぎぇああああああああ!」

男性たち「ひい!」


鈴鶴「…どうしたの?
   ――さっきまで、石を投げていたじゃない

   こんな風に……ねぇ?」
その時の鈴鶴さんに、すこし怖い印象を抱きました。
わたしたちを助けてくれているはずなのに……。


男性たち「う、うわあああああああああああああああ」

…そして、男性たちは逃げていきました。

384 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:07:47.095 ID:dFI0TBKI0
――そして、鈴鶴さんはわたしたちに恋の成就を祝福すると、何処かへと去っていきました―――。

鈴鶴「決して、貴女達はおかしな存在ではないわ
   ――自分自身のあり方を、見失わないように、ね」

そう、言い残して。




サツキ「……以上が、鈴鶴さんのお話です」

リッカ「―鈴鶴さんのことは、サツキから詳しく教えてもらいました

    ………ずっとサツキといっしょだけれど、もういちどお礼がしたい

    ―自信も、つけてくれたし…」

サツキ「…うん」

―そして二人は、すこし赤面しながら手をぎゅっと握った。


ブラック「ありがとうございました」

ブラックはアンドロイドなれど、この邪魔をするのは悪い、と去って行った。

385 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:08:56.628 ID:dFI0TBKI0
―同時刻、社長は、K.N.C.147年の新聞記事を読み、気になる事件を見つけた。

男が、次々と殺害された事件が起きたというのだ。


―――其れについて調べたところ。

・男たちは、すべて拷問の末に殺されたと推定されている。
 死因としては刀傷だが、銃で撃たれたりなどしていたという。
・男たちは、婦女暴行犯として前科があるものもいた。
・そのうち一人は、右目に負ったばかりの大きな傷を負っていた。



―そのような情報を得ることができた。

386 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:10:34.334 ID:dFI0TBKI0
…そして、ブラックと合流し、見つけた情報を照らし合わせると、ひとつの事実が仮定された。


ブラック「もしかして、件の男たちってのは……」
社長「死ねよ」


ブラックの聞いた、サツキとリッカに出てきた男たち……。
時期も一致し、ひとりは片目に傷があるという。

そして、刀傷――。鈴鶴は太刀の達人だ。
銃も器用に扱えるなら、持っていたのかもしれないだろう。


しかしながら、証拠は何もない。
もし、出会えたとて、口を割らないだろう。

―鈴鶴は、そんな心の弱い人物ではない。
何より、戦いだろうとなんだろうと冷静に行ってきた人物だから。


――――そして、たくさんの場所を巡った。

387 名前:百合ノ季節:2015/04/25 23:11:16.757 ID:dFI0TBKI0
今日はここまで。鈴鶴さんは女の子だけどイケメン

388 名前:名無しのきのたけ兵士:2015/04/25 23:55:15.900 ID:Dr3bM.5Uo
怖すぎィ

389 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:33:21.762 ID:wCUm8jOA0
数多くの場所を巡ったけれど、もう目ぼしい情報は見つからなかった。


―今回の調査は、【百
合兵】が関わっていて、百合兵は、女性同士の連携が関わっている。
……そして鈴鶴は、女性同士のカップルに対し、好意的であったと考えられる。

――軍神と遣り合える彼女が、其れに対し特別に思いがあるのなら、もしかすると……。


けれど、そうであったとして、一体何故干渉したのか?
………仮に干渉していた場合、どう対処すればいいのか?



………それは分からず、社長とブラックは調査を続ける。
しかし、何一つぐっとくるような情報は得られなかった。

390 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:36:32.766 ID:wCUm8jOA0
K.N.C.167年、どこかの森林―――。



その日、社長とブラックは森の奥にある集落へ向かおうとした。


―森の途中ほどにたどり着いたとき、不意に後ろから女性の声が聞こえた。

女性「…ねぇ」

―その声は、凛とした声。そして、その声には冷たさが宿っている。


社長「誰だお前は!?」
ブラック「…誰ですか」
―――ふたりは、後ろを振り向くことができなかった。



その、ただ一言の声に、凍てつくほどの恐ろしさを感じたからだ。

391 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:38:45.628 ID:wCUm8jOA0
女性「……どうして、わたしのことを、調べているの…?」
その声を聴くたびに、氷柱が眼前に落ちてくるような感覚を感じる。

社長とブラックは、どうしても振り向けない。



けれど、【わたしのことを調べている】――。

そう、言った。



その言葉から、恐らく、その女性は……。

もっとも、社長もブラックも、それを声に出すことはできなかった。
冷たい、凍える威圧感が、それを行わせまいとしている。

392 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:39:49.802 ID:wCUm8jOA0
社長(ぺろちょねふって言いたいけど、ここは我慢するね!)
ブラック「K.N.C.149年の大戦……、互いの性別の絆から新たな力が生まれる大戦―
     それに、女性同士から成る百合兵という兵士から異様な力を確認しました
     …その兵士と同じ枠に存在する、男女から成る紅白兵と…
     男性同士から成る薔薇兵からは其れを確認できなかったのに…

     
     ―――その要因は、何故なのか……それを探っていました
     
     …その大戦の3年前、146次大戦にのみ参加したとある人物が…

     ―――それに関わっているのかもしれない、それを調査しに来ました」



ブラックは、凍てつく空気に飲み込まれるのを我慢しながら、問いに答える。

――明確に、その人の名を出さず、けれど調査をしている理由を。

393 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:41:41.288 ID:wCUm8jOA0
女性「その人物が、関わっているとして
   ………どのような、問題があるの?

   ………いいや、問題があるんでしょうね…
   ―――――異様な力の要因を探らなければならない、その訳が………
   その口ぶりからすると…」


社長「死の遊!」

ブラック「………大戦をすることが、この世界のハシラなんです


     ――それは、誰も犯してはならない不可侵の事柄

     ……けれど、過去、DBなる存在――邪神と呼ばれた存在は、その行為を行いました
     ――無事に退治はされましたが、……その事柄に踏み入られることは……


     ――――――とてつもなく脅威になるのです」

394 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:42:14.586 ID:wCUm8jOA0
女性「……………」


女性は、何も言わない。
社長とブラックの後ろで、女性は何も言わなかった。




ブラック「………そして、149次大戦の事柄…

     ――もし、【何者か】によって干渉されたなら………
     それは、……………

     ――そして、その力が此処ではない【どこか】からの来訪者に因るものであれば……
     ……………」



395 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:43:14.306 ID:wCUm8jOA0
女性「……………」

――凍った空気が、その場を流れる。


沈黙は続き、緊張した空気の濃度が高くなる―――。


社長「……………」
ブラック「……………」





女性「……………成程」


――そして、その沈黙と緊張を女性は破った。

396 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:44:05.854 ID:wCUm8jOA0
女性「……………――この世界の秩序の為に、その禁忌に触れたかもしれないわたしを
   ――追いかけてきたというわけか…」

   ……………あなたの言うとおり……

   わたしは、こことはちがうどこかから来た存在であり……


   ―――邪悪なる神―――あながち、間違いではない」

淡々と、言葉を語り続ける。


ブラック「………」



女性「神としての力があるなら―――この世界の、禁忌に触れることだってできるでしょう………」


女性の淡々と語るその言葉に、ふたりの緊張は高まる。

397 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:46:32.686 ID:wCUm8jOA0
ブラック「……では」



女性「……けれど、わたしが【大戦】に関わったのは…
   ただの一回………、確か、階級制だった…」



―けれど、そこに返ってきたのは予想外の答え。
取りざたされている問題の大戦は、兵種制であり、階級制との関わりはない。

社長「ショップエスターク」
ブラック「……………え?」
その答えに、社長とブラックは困惑する。


女性「………この世界の【大戦】……
   ――其れがどのようなものなのかを、知るために戦った、ただ一回……」



女性は、当時を懐かしむような声で、そのことを言う。

398 名前:百合ノ季節:2015/04/26 18:47:55.359 ID:wCUm8jOA0
ブラック「…では、百合兵については………」

女性「………わたしは、あの一戦に参加して、【大戦】に込められた思いが分かった後は

   ―――――集落を旅し、大地を駆け抜け、そして誰も知らぬところを目指した……」


ブラック「……………つまり、私たちの予想は外れていたということですね
     百合兵の件には、関与していない…」


女性「…そういうことになるわね」



社長「何!それは本当かね!それは…気の毒に…ポポリポポ」

ブラック「………では、なぜ私たちの調べるその事項は起こったのでしょうか…」

399 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:02:26.426 ID:wCUm8jOA0
女性「………わたしにとって、考えられる要因は―――

   …その兵士の名前に宿る、コトダマ……」


ブラック「コトダマ?」



女性「万物には名前があり、その言葉にはそれぞれ【魂】が宿っている……
   ………百合に宿りしコトダマは、威厳であり、純潔―――――
   薔薇に宿りしコトダマは、愛であり、美――――
   紅白に宿りしコトダマは、出会いであり、別れ―――


   ………おそらく、その大戦に宿りしコトダマは、絆であり、愛であり、出会い―――


   ……その大戦に宿っているコトダマと同じならば、自然に見えるけれども、
   百合の威厳と純潔さは、そのコトダマにとって不自然なもの……



   ―――だからこそ、其れに反発するように……大いなる力が起きた…


   ……あるいは、百合―女の子どうしの絆に恨みを持つ者か…」

400 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:04:06.428 ID:wCUm8jOA0
社長「やはりそうでしたか!」
ブラック「………コトダマの違和感か、だれかの恨み…」


女性「……少なくとも、わたしの与り知らぬ領域よ…」



社長「すまない!やるだけのことはやったんだが…」
ブラック「………ご迷惑をおかけしました

     ―――疑ってしまい、申し訳ございません」



意外なる結論を聞いたふたりは、無礼を詫びた。
――きちんと向かい合ってするべきなのだろうけれど、その冷えた空気は未だ後ろを振り替えさせず。

401 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:05:16.429 ID:wCUm8jOA0
女性「………いえ、わたしは邪神として……
   ――こことはちがうところで、その罪を身体に纏ってしまった存在だから

   ……悪として、疑われてしまうのは、仕方ないと思っているから

   …それに、此処でも、ね………」

――その言葉から、恐らくは事件を起こしているのだろう、そういうことが読み取れる。
…おそらくは、あの事件なのだろうけれど、ふたりは問えず。



社長「しかた無し」
ブラック「………最後に、聞きたいことがあります

     ―――あなたは、これからも、この世界に介入しないのですね…?」

――ただ、どうしても聞きたいことだけを聞く。

女性「ええ……この世界のハシラに、介入する気はないわ…」

402 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:06:35.384 ID:wCUm8jOA0
女性「ええ……」


ブラック「………それを聞いて、安心しました

     ―――では、さようなら」


女性「さようなら………」


女性の足音が聞こえる。
――女性の足音が聞き取れなくなったその時、ふたりは後ろを振り返れるようになった。


―もっとも、当然だけれどそこにあるのは森の木々。




……そして、会議所へと戻って行った――。

403 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:07:24.604 ID:wCUm8jOA0
ブラックはエネルギーの充電の為に休息し。
社長は、調査結果を集計班へと渡した。


百合兵への関与、それだけを報告した。
下手にいろいろなことを入れず、ただ一番の問題であるそれだけを。

404 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:08:05.292 ID:wCUm8jOA0
K.N.C.167年、きのこたけのこ会議所・wiki図書館―――。


集計班「………成程、コトダマの力、あるいは恨みというやつですか…」

集計班は、調査結果の資料を読みながら、納得する。


社長「エンブッツ!」

集計班「―――それにしても、この【鈴鶴】という女性………

    今回の件には関わりないとはいえ、とても気になる女性ですね………
    ――邪神、別世界の来訪者……

    あのDBのような、強大な存在……

    もっとも、彼女はこちらに手出しはしないそうですから、下手な詮索はしないほうがいいでしょうが」

405 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:08:35.481 ID:wCUm8jOA0
社長「適正シロヨ」


集計班「――確か、そういう名目で調べたんでしたね
    一応、まとめてきたデータを元に、適性検査にかけましょうか…」

集計班は、集めた鈴鶴の情報を情報端末に入力し、兵士適性検査を行ってみる。




そこに出た結果に、ふたりは驚く。



社長「あーべーよーしーとー」
集計班「―――これは!?」


そこには、適正兵種――【百合兵】、そう記されていたために。

406 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:09:46.498 ID:wCUm8jOA0
集計班「………無関係だったとはいえ、やはり百合に関わる人物だったのですねえ
    ――本当に、不思議なものです」
集計班は、納得しつつも、その結果と資料を見比べている。


社長「ませんこうげき!」


集計班と社長は、しばらく鈴鶴の凄さに呆然としていた。


407 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:10:08.655 ID:wCUm8jOA0
集計班「………さて、【鈴鶴】がこの件に関わりのない人物だと分かりましたし…
    ――喫茶店でお茶でも飲みましょうか」

そして、その後、集計班は其れに触れることをやめた。

社長「うーん、お茶はいいぞ」

社長も、同じく。



集計班「――今の季節限定のお茶はなんでしたっけねえ


    ああそうだ、百合――奇しくも、百合の季節だったんですねえ」

集計班は、奇妙なつながりに苦笑した。


集計班「さて、喫茶店に行きましょうか」




―――ふたりの兵士は、喫茶店へと歩を進めていった。

408 名前:百合ノ季節:2015/04/26 19:12:18.204 ID:wCUm8jOA0
百合の季節は、百合咲き誇る世界であり。


そしてその花びら一枚一枚に刻まれるコトダマは、堂々たる威厳を――純潔さを――。


その力の入ったお茶も、やはりその雰囲気があるのだろう……。






―――――――wiki図書館の中に、一冊の本があった。
何処にあるかは分からない。何時入れられたのかは分からない。



その題名は、【ユリガミノカナタニ】――――。


……実話なのか、神話なのかは分からない。

けれど、その本はあった。


誰が執筆したのか?それすらも分からない、その本が。

百合神なる女神の、モノガタリが。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

409 名前:社長:2015/04/26 19:12:35.080 ID:wCUm8jOA0
アア、オワッタ・・・・・・・・!

410 名前:きのこ軍:2015/04/27 22:33:05.704 ID:oinNbsOwo
乙だぞ。途中の緊迫感はんぱなかったぞ。
クロスSS嬉しいぞ。

411 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:21:31.801 ID:LGbEnWVU0

  

                ツ ク ヨ ミ
               百 合 神 伝 説





412 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:21:48.051 ID:LGbEnWVU0
きのこたけのこ会議所wiki―――。






参謀「おお、魔王
   待たせたな…」

791「用はなに?参謀」

参謀「魔王に頼みがあるんやが……
   このカーメ地方のパーゴス町にあるきのこ軍・地方事務所を調べてくれんか?」

791「いったい、どうして…?」

参謀「いや、ここの担当者にようない噂が流れ取るらしいんや
   援助交際をしてる、とかいうな……」

413 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:22:56.881 ID:LGbEnWVU0
791「……で、調べてどうすればいいの?」
791は、突然の参謀の願いに面倒くさそうに応じる。


参謀「取り敢えずはそれが本当なら、確保やな……
   やが、抵抗などされたなら死体でも構わん

   報酬はアイスいっぱいなどで、頼むわ…!」


791「はーい」
あっさりと、791は承諾した。


二人の兵士は、それぞれ己の居場所へと戻っていく――。

414 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:23:26.960 ID:LGbEnWVU0
次の日―――。
その日、社長はネットで調べ物をしていた。

―――少女殺人事件、いまだ解決の兆しは見えず―。
パーゴス町の8歳の少女が、暴行されたのち死体となっていた事件のニュース。

―――今人気のスキルランキング。
スキル制に使われるスキルの、人気度を表したランキング。

―――百合神伝説。
どこかの森で、百合の花の如き、威厳ある女神の使いに出会い、自らの心の願いを伝えたとき――。
其れが正しき願いであり、女神が力になれるものであるとき。
其の願いは、叶うだろう、という伝説―――――。

―――規制の嵐、いまだ続く。
規制の影響は、まだ続いている。
大戦の続行はどうなるか?なるニュース。


791「社長ー」
そんな社長に、791が挨拶した。


415 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:24:24.665 ID:LGbEnWVU0
社長「UNKO」

791「かくかくしかじかというわけで、社長!手伝って」

社長「000000000000」

791は、暇そうにネットしている社長を見つけ、情報探索係として連れて行った。


社長の山登りでコンパクト化されたスーパーカーで、カーメ地方へと向かう―――。


社長「アーモ、マトモニブレーキガキカナイハーン!」
社長「あっひゃん!!」

791「社長、うるさい」

社長「せっしゃにはむかぬ」

416 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:24:40.071 ID:LGbEnWVU0
カーメ地方・きのこ軍事務所近辺―――。

社長は、大きめの機械のスイッチを入れる。

791「社長、それはなに?」

社長「バグの力で盗聴する機械じゃよ^^
   窓のグラフィックに盗聴器を紛れさせて会話コードを聞き出すのぢゃーーーーッ!!」

791「へぇ」

417 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:25:17.057 ID:LGbEnWVU0
そして、791と社長が該当する事務所の盗聴をしていると――――。


その事務所には、肆謀(よんぼう)、オーレ、常緑なる人物が所属し、その三人の男が話している。

肆謀「…グフフ、この前はついうっかり殺っちまったが、それにしても幼い娘もたまらんのお」

オーレ「そうだな…また連れて行くか?」

常緑「まぁ、あんまりバレないようにしないといけませんけどね…
   なんか、肆謀は援助交際やってるとか噂立ってますよ?」

肆謀「なに、問題はない……やった娘には脅しかけてきゃ文句はないからな……」



―――そこに流れてきたのは、下種な会話であり、それと同時にそいつらが黒である証拠。

社長「死ねよ」

791「何、こいつら…真っ黒な奴じゃない…」

社長と791は、そのあまりの真っ黒な会話に驚いている。


418 名前:百合神伝説:2015/05/03 00:27:36.967 ID:LGbEnWVU0
791「……とりあえず、今日の夜にでも捕まえようか」

社長「そうすね」

791と社長は、そいつらを―件の三人を捕まえる、あるいは殺すことを心に思う。

791は、盗撮・盗聴したデータを参謀に送り、公式な了承を得る。
参謀「よし、確保してくれや
   最悪の場合、死体で構わん、話した通りでええからな」

791「よし、わかった参謀」

社長「いいぞ」


そして791と社長は、深夜そこに乗り込むことを確定した。

419 名前:社長:2015/05/03 00:27:55.795 ID:LGbEnWVU0
いろいろと元ネタがある。

420 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:30:36.881 ID:O..bzZxQ0
―――深夜。



791と社長が事務所に入ろうとすると、その扉が開いていた。

791「あれ、開いている……???」


中からは、部屋の明かりが漏れている。

421 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:31:48.695 ID:O..bzZxQ0
791「!!」

中に入ると、件の三人が死体となって転がっていた。

その死体には、刀傷に銃創など、様々な攻撃を受けたことが見て取れるものであった。

791「いったい誰が……?」
791は、死体を見つめながら呟く。

社長「…!
   負けてしまっちゅ」
社長はその死体を見て、一瞬動揺するもすぐにバグった瞳で死体を見つめる。

422 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:35:01.497 ID:O..bzZxQ0
791「これは……?」

社長「ダブルパンツ」

男の死体のそばには、写真とビデオカメラが落ちている。
また、近くにあるパソコンの電源は点きっぱなしだ。



791「これは…?」
その写真には、茶髪の少女が件の三人に捕まっている様子が写されていた。


社長「アジョック!」
―ビデオカメラには、社長が盗撮した場面と同じ場面が録画されていた。
また、茶髪の少女が無理矢理車に押し込められるところも撮影されてあった。



791「……これは、どういうことなんだろう?」
791や社長は、第三者がこの悪人どもを裁いた―そのように感じられた。

423 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:35:41.358 ID:O..bzZxQ0

――だが、こう考えていてもらちが明かない。


791「とりあえず、参謀に連絡しようか」

とりあえず、この死体を予定通り引き取ってもらうことにした。

社長「いいんじゃないかな」


きのたけ界隈で一般的な、キノタケフォン―KN-Phoneをで参謀と連絡を取る。

424 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:36:20.999 ID:O..bzZxQ0
791「…もしもし、参謀?」


参謀「おお、魔王!連絡が来たと言うことは…」

791「……件の男たちはクロだったんだけれど、そいつらが死体で見つかったんだけど」

参謀「なんやて…!?」
電話の向こうで、参謀が驚いているのが目に取れる。


791「…どうしよう?
  なんか、そこにそいつらが女の子をさらった写真とかが落ちていて、物盗りに見えないんだけど」

425 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:37:26.454 ID:O..bzZxQ0
参謀「―――とりあえず、輸送ヘリでそっちに向かうで」

791「お願いー」

電話が切れ、その待ち時間に社長はパソコンのデータを調べる。


社長「(うわ。」

791「………」

そこには、彼らの落花狼藉の振る舞いが刻まれていた。
そして、そのデータを、恐らく件の三人を殺した者であろうも閲覧したであろうことも分かる。


援助交際の噂―ただそれだけではなく、それよりももっとどす黒い何か。
791も社長も、捕まえる前に命を取っていたかもしれない、と考えた。

426 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:38:03.424 ID:O..bzZxQ0
事務所の外で輸送ヘリを待って数時間、ようやく輸送ヘリの音が聞こえた。

791「…やっと来たかあ」

社長「微志村さん」


参謀「…待たせたな、死体とかは中か?」
参謀が輸送ヘリから降り、扉を指さす。

791「うん」

参謀たちとその中に入り、そして死体や悪行の証拠の入った物品を輸送ヘリに積み上げた。

427 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:38:20.940 ID:O..bzZxQ0
参謀「うむ、お疲れさん…
   帰りは輸送ヘリで、車ごといこか?」
参謀が問う。

社長「…ちょっと、この辺の観光地でも見たいでういでこすあっへほーダース」
真剣そうにバグり、社長は答えた。


791「社長と同じ、お菓子買ってから帰るー」
791もそれに同調する。791は、お菓子を買って帰ろうと考えていた。


参謀「そうか、なら先に帰っておくわ
   ヘリが必要ならまた呼んでくれや」

791「わかった、参謀気を付けてねー」



参謀はヘリで去っていく―――。

428 名前:百合神伝説:2015/05/04 01:39:00.941 ID:O..bzZxQ0
社長は、死体の傷を見てそれに既視感を覚えていた。
―反撃すらさせぬ、刀や銃の扱いに長けた存在が、恐らくは件の三人を殺した人物。


社長「………」

社長は、それが出来る人物に心当たりがある。
だが、それは口にはせず。
車に乗り込み、町へ―パーゴス町へと走り出した。

429 名前:社長:2015/05/04 01:39:23.738 ID:O..bzZxQ0
参謀 ヘリも操縦できる

430 名前:きのこ軍:2015/05/04 02:41:19.896 ID:.K.kOZ/Io
うわー一体誰だろう。

431 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:32:17.842 ID:O..bzZxQ0
パーゴス町―――。



町に着くと、791はスーパーへと入っていった。

社長は悩みながら、とりあえず酒場に入った。
酒を飲むためではなく、色々な人々が集まっている場所だと考えたためである。


からんからんと、ドアのベルが鳴る――。

432 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:32:38.889 ID:O..bzZxQ0
社長「――!」
半ば適当に、人の集まる場所を選んだが、社長の最も望む―あるいは、望まないことが其処に―。




美しいみどりの黒髪をたっぷりと伸ばした、巫女装束の女性が其処に居た―。

そしてそれを見るとともに、寒気が襲う。

433 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:33:52.376 ID:O..bzZxQ0
その女性は、かつて社長がとある調査のために追っていた女性―――。

名前は、鈴鶴(すずる)。

それを調べる過程で、殺人事件を起こしていると推定されていた。


その死体の傷と、同じ傷が件の三人の死体についていたために、社長は彼女が関わっていると予想したのだ。

434 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:34:49.378 ID:O..bzZxQ0
女性「………」
女性は、静かに酒を飲んでいる。

――静かとはいえ、強めの日本酒を既に一升も飲み干している。


社長「タナカ!」

女性「……………」
女性は、無言で社長の方を向く。



その眼は凍りつくようなまなざしで。
―――そして彼女は、やはり社長が追っていた女性―鈴鶴であった。

435 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:35:39.098 ID:O..bzZxQ0
鈴鶴「何か用…?」
静かに鈴鶴は問う。酒を飲んでいる筈なのに、酔いも何も見えない。


社長「あひゃーあひゃひゃー……聞きたいことがあるあひゃよ」
社長は、小声で用件を言う。
その目はバグってはいるが、真剣だった。


鈴鶴「……………」
鈴鶴は何かを察し、会計を済ませて社長とともに外に出て行った。



436 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:36:24.412 ID:O..bzZxQ0
路地裏―――。


鈴鶴「――さて、聞きたいことは何?」
鈴鶴は、腕を組み壁を背にして、冷静に問う。

社長「はぇはぇはぇ…地方事務所で、な、何の事件起こったの!?」

鈴鶴「………」
鈴鶴は腕を組んだまま、ただ何も語らず。


しばらく、二人は対峙する。

だが、鈴鶴の冷たい瞳に社長のバグった瞳が根負けしようとしていた。

437 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:37:10.741 ID:O..bzZxQ0
その時―。



791「あれ、社長?何をしてるのー」

791は、買い物が済んだのか、将又まだ買うものがある途中なのか、偶然にそこに現れた。


791「ん?その人だれー?」
791は、女性を見る。

一方の女性も、791を見る。


791「……………」
女性「……………」
791は、無言で女性を見つめ、また女性も同じように見つめ返す。



その目線のやり取りは、例えるなら戦士と戦士がにらみ合っているようであった。

438 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:38:28.244 ID:O..bzZxQ0
―――しばらく時が流れる。


791「あなたは、人じゃない存在だよね?」
先に口を開いたのは791―。

女性「……………」
女性は、依然無言で791を見つめる。

791「―――わたしは魔物なんだ、だからわかる」
791は自信を持って答える。


女性「……………
   ――あなたは確かに魔物の血を持っている存在のようね

   ……あなたの言うとおり、わたしは人ではない存在――」
そして、その女性も静かに返す。


以前、その女性は邪神だと言っていた。
緊迫した空気が、そこに流れた。

439 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:40:14.700 ID:O..bzZxQ0
791「ところで、社長はなんでこの人…と、対峙してたのー?」
だが、緊迫した空気に合わないのんきさで791は聞く。
さすがにどう呼ぶかでは迷っていたようだが、語尾はのんきだった。



社長「地方事務所の死体には、もしかしたら彼女がやったことだ…やはりそうでしたか!」
――バグりながら社長は真剣そうに答える。

791「…!」
――そして、社長の言葉に791はぴくりと身体を反応させた。


791「……それは、本当?」
791はじっと女性を見る。その瞳は、少し険しい―。


女性「………」
しかし、女性は何も語らず、冷たい瞳で791を見つめ続けている。

440 名前:百合神伝説:2015/05/04 23:40:54.983 ID:O..bzZxQ0
791「……ねぇ、わたしがあなたと戦ってわたしが勝ったら、喋るのはどう?」
791は、ひとつの提案を持ちかける。
魔王と呼ばれるだけあり、その言葉には自信が込められている。


社長は、なぜか鈴鶴が神の力を持つ可能性がある、とは791に言えなかった。
魔王と呼ばれる791に、それを言っても無駄だろうと感じたために。




鈴鶴「このまま対峙しても、堂々巡りになるだけね………わかったわ」
そして、鈴鶴は引き受けた。

441 名前:社長:2015/05/04 23:41:51.359 ID:O..bzZxQ0
若干杜撰な脚本が見えている いつか修正しなきゃなあ。

442 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:15:00.430 ID:kPOGBy/U0
パーゴス町郊外・荒野―――。


鈴鶴と791は、近くの荒野で対峙している―――。

791は魔王と呼ばれる。それは雰囲気だけではなく、実際にそのような力があるためだ。
きのたけの大魔法使いと言う異名も持ち、その魔力は最高クラス。

魔法だけではなく、その魔力でこしらえた剣を用いた剣術も素晴らしい…。


一方の鈴鶴は、太刀の達人であり、またその他の武術にも精通している。
そして、邪神のような存在であると、そう言っていた。


443 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:15:48.525 ID:kPOGBy/U0
社長「敵が出たし!」

そして、社長の合図で戦いが始まった――。




791「シトラス!」
初手は791の魔法、シトラスが飛ばされる。

目の前の敵に向かって、檸檬型の魔法弾を容赦なく飛ばす791の持つ魔法。
そのエネルギーの多さによって、シト、シトレ、シトラス―そう名付けられている。


その中で一番エネルギーの大きなシトラスが、鈴鶴へと飛ばされる。


444 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:16:24.104 ID:kPOGBy/U0
鈴鶴「……」
だが鈴鶴は、シトラスの魔法弾を、的確に身体を動かしながらそれを軽々と回避する。
つい数十分前には日本酒を飲んでいたはずなのに、それをものともしない動きで動く。


鈴鶴が地面を転がると同時に、標的を見失った魔法弾が地面ではじけた。


次手は鈴鶴――。鈴鶴が太刀を抜き、それに合わせて791もネギソードで応戦する。

791「せいっ!」
鈴鶴「ふんっ!」

791の葱之剣―ネギソードと、女性の太刀がぶつかり合う。
最高の魔力でこさえた剣と、恐らく最高級の出来であろう太刀がぶつかり合う。


綺羅の火花が散る―――ことはなく、金属と魔法のカタマリは静かな音を立てるだけ。

445 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:17:28.059 ID:kPOGBy/U0
791「ふふ、骨があるね!―久々に、血が騒ぐかな?」

鈴鶴「―なかなかやるわね、流れる魔の血?それともわたしよりも長く生きたその経験?
   ……どちらにせよ、こんな強い力の持ち主は久しぶりね」


檸檬色の光が飛び交い、静かな剣戟が折々で重ねられる。

鈴鶴は791のシトラスの魔法弾に翻弄されているように見えるが、的確に回避しつつ斬り込んでいる。

もっとも、その太刀筋を791は受け止めて、戦いは拮抗したまま続いていった――。

446 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:18:47.577 ID:kPOGBy/U0
そして、その拮抗は遂に――。

鈴鶴の太刀が791の腕に、シトラスの魔法弾が鈴鶴の腕にぶつかった。


791「くっ…」
鈴鶴「…ちっ」

791の腕に浅い切り傷が、鈴鶴の腕には魔法弾の衝撃によるダメージが。

だが、ふたりともひるまない―――。
それほどのダメージを負っていないのだ。


791「…最高級アイス!」
その隙を狙わんと、791は巨大な氷の塊を浴びせた。

447 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:19:32.485 ID:kPOGBy/U0
鈴鶴「はっ!」
だが、その氷の塊を、自身の左腕―そして、鈴鶴の背中から出たナニカの腕で弾き飛ばす。


791「………どうやら、守護霊でもいるの?
   ―驚異的な力だね、武芸に富むだけじゃないんだ」

鈴鶴「……その術式の力――尊敬するわ
   こんなに厄介な力を平気で放てるなんて、底が見えない」


そしてふたりは、またぶつかり合う。

448 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:20:49.269 ID:kPOGBy/U0
ふたりはダメージを、わずかながら負いながら戦っている。
―だが、そこで受けた傷は、ふたりにとってはかすり傷か、あるいはそれよりも軽い傷であったようで。


鈴鶴「せいっ!はっ!」
鈴鶴は太刀で斬り込み、そして折々で蹴りなど体術も混ぜ込んで。

791「おりゃー!」
791は、強大なる魔法を浴びせながら、葱乃剣で斬り込んだ。


月が昇るその下で、ふたりはぶつかり合う。

辺りには魔法弾で土がえぐれ、荒野をさらに荒れる地へと変貌させている。

449 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:21:20.176 ID:kPOGBy/U0
―――月が輝いているそのさなか、戦況にひとつの変化が見えた。

鈴鶴「……」
鈴鶴は、間合いを取り太刀を構えている。
それは、心を無にするような――。


791「…ネギ流星群」

―それを見て791は、魔力のこもった流星を叩き落とす、情け容赦のない魔法を唱えた。
荒れ狂う流星群が、鈴鶴へと向かう―――。

通常の791なら、だいたい戦闘の途中でこの魔法を唱える。
―だが、鈴鶴はそれを使わせない素晴らしい動きで対応するため、唱える隙が生まれなかったために、ここまで使わなかったのだ。

450 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:22:29.662 ID:kPOGBy/U0
鈴鶴「…ちぃっ」
だが、鈴鶴は再び左腕とナニカの腕でそれをはじき、爆発を起こす前に転がり回避する。


鈴鶴「さすがに、隙を見せるなんてことはあなたにやっちゃいけないわねぇ」
鈴鶴は、自信に戒めるように言った。

451 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:23:52.180 ID:kPOGBy/U0
791「…ふふ、ここまでやるんだ
   ――ならば、わたしも本気にならないとね」
791は、嬉しそうに鈴鶴に言うと、文言を唱える。

魔王が魔王たる所以―――。それは、その魔力だけではない。

魔王が魔王と呼ばれるには、魔物としての力がある。

もちろん、魔物として生まれた791にもその力はある。

791「………」
魔王は目を閉じて魔法を唱える。


―――禁ジラレタ呪文ヲ―。

自信の姿を変える、その禁忌の言葉を。


―そして、791は真なる魔王へと変貌した。

452 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:25:28.808 ID:kPOGBy/U0
魔王791「――ふふふ」
その姿は、人の姿ではなく、オロチのような姿で。


審判役の社長はバグりながら、魔王の瞳を見るが、とてもとても恐ろしいと感じた。
味方の兵士であるはずなのに。


自身の在り方を、形態をその魔力を持ってして変えたのだ。
それと同時に、魔王が魔王と呼ばれる所以を心で理解した。




それは、鬼畜形態(モード)―――。

453 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:25:46.246 ID:kPOGBy/U0
――だが、鈴鶴はその力を見て、身の震えひとつも起こしていなかった。

鈴鶴「………大蛇(オロチ)――いや、あなたの力はあらゆるものがある混沌……?
   ふふ、こんな隠し玉もあったのね?

   けれども…
   ――混沌から成るモノには、混沌で迎え撃つのが一番礼儀正しいと思うの


   ―――あなたが本気を出したのならば、わたしも本気で征かなければならないようね
   オロチに神剣―――ふふ、ふふっ……面白いわね」

454 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:26:12.028 ID:kPOGBy/U0
鈴鶴は、左手に念を込める。

―頭上の月が怪しく輝く。

そして、鈴鶴その右目も怪しく、そして美しく、そして恐ろしく、青白い光を放ち始める。

鈴鶴「わたしは百合神―――

   月の女神の血を引く、月の王者の末裔であり―――

   月の女神ソノモノ―――

   黄泉に憑依されし、ツクヨミ(憑黄泉)であり、ツクヨミ(月夜見)―――」


――その恐ろしき空気は、以前社長に邪神と言ったことを思い出させる。
それは、確かなことであったのだ。

455 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:27:25.312 ID:kPOGBy/U0
―――そして、百合神と。
つい最近、百合神伝説なるものを聞いた。

つまり―――。

彼女は、その百合神であるらしい―――。

そして、またの名をツクヨミ―――。


そして社長は、百合神の青白く輝く不気味な眼に――
邪悪なる眼に呑まれ、恐怖で足がすくみ、体中が凍りつく感覚に襲われた。

456 名前:百合神伝説:2015/05/16 00:28:01.735 ID:kPOGBy/U0

だが、791―いや、魔王791はそれをものともしていない。


百合神「ふふ、わたしの右目を見ても平気だとは―――ほんとうに素晴らしい力ね

    さて、闘いの続きといきましょう」

右手には美しい太刀を、左手に青白く輝く不気味な剣を構えながら、百合神は楽しそうに言った。


魔王791「そうだねっ」

魔王791も、同じく。



――――ふたりの戦士―いや、月の女神と魔物の王は、其処に対峙していた。

社長は、それをただ見つめるだけの、ちっぽけな存在なのだ…。

457 名前:社長:2015/05/16 00:30:54.724 ID:kPOGBy/U0
シト系/ネギソード系/最高級アイス/形態変化と
抹茶クエスト3の魔王様のスキルがある

458 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:33:51.326 ID:bZeLBT5U0
ふたりの力はぶつかり合う。


魔王791は、その口から猛毒の瘴気を吹き出し、目からはとても眩しい光線を放つ。

百合神は、人が飛ぶよりも遥かに高く飛び上がり、
それをかわしながら剣から漆黒の斬撃の衝撃波を飛ばす。


辺りの土はえぐれる―いや、それを越えるナニカが。
百合神の放った斬撃の衝撃波は、土に20センチも食い込んで消えた。
魔王791の放った光線と瘴気は、辺りの土を燃やし、そして溶かしている。

その火力たるや、鉄だろうといともたやすく溶かすように思えた。

459 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:34:41.077 ID:bZeLBT5U0
百合神「…一応言っておくけれど、人様に迷惑はかけない程度に闘いましょう
    ――いろいろと問題になると、両方面倒臭いでしょうし
    なにより、審判役が倒れたらだれがどう勝敗を決めるのやら」

魔王791「―ふふ、どうやらそのようだね」


―――ふたりどうし、妙に常識的なことを言いながら。

再び金属音と、魔法音が響き渡る。

460 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:37:29.082 ID:bZeLBT5U0
百合神は、剣と太刀の二刀流で、疾風の如く斬りつけ。
魔王791は、その刃をウロコで受け流しながら、檸檬色の魔法弾で攻撃し。

魔王791「クロスネギソード!」
そして、そのオロチの尾―葱の尾で、辺りを薙ぐ。

百合神「しぇっ!」
百合神は、その薙ぐ尾を避けながら、強烈な手刀を繰り出す。


なれど戦いは、まだ拮抗し―――。

星々が輝く中、魔王791は文言を唱える。

461 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:39:23.476 ID:bZeLBT5U0
魔王791「エターナル・フォース・レモネード」
それは、シトラスよりも何倍も何倍も―――黄金に輝く魔法弾が、辺り一帯を埋め尽くす。


――そして、それは百合神の右腕を吹き飛ばした。

百合神「ちっ…」
だが百合神の漆黒の斬撃が、魔王791のウロコを切り裂いた。

魔王791「――っ」


百合神「ふんっ!」
そして、百合神はその吹っ飛んだ右腕を呼び寄せ、元通りくっつけ直した。

魔王791「ふふ、それぐらいじゃなきゃ…」
魔王791も、その傷を回復しながら、再び構える。

462 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:39:54.711 ID:bZeLBT5U0
魔王791「ネギ流星群」
再び破壊のエネルギーが降り注ぐ―。

百合神「―真空刃」
だが、百合神は風の魔法を唱え、それを切り裂き弾き飛ばした。

魔王791「なんだ、あなたも魔法が使えるんだ」

百合神「…誇れるほどの力じゃないけれど」


――戦いの時間は重厚に、より重厚に。
何日も経過するような感覚が、その荒野に広がっている。

それはただの数分――数十分かもしれないのに。

463 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:40:40.291 ID:bZeLBT5U0
――――そして、どれだけの時間経っただろうか。
見ている社長には、間隔ではもう何日も経ったように思える―――。


魔王791「てゃぁーーっ!」
魔王791は、そのオロチの胴体で鈴鶴の身体を締め付けた。

いくら神だとはいえ、百合神は見た目だけなら一般的な女性―。
だが、百合神はその圧力に耐える。

それは、彼女が本当の神であるとの証明―。

464 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:40:54.760 ID:bZeLBT5U0
百合神「…ゲボッ、なんて馬鹿力…

    だが、締め付けたのは大失敗ね………」

そして―。
魔王791「エターナル・フォース……」

百合神「月影黄泉流―――」


魔王791「レモネード!!」
百合神「姫百合――!」

ふたりの死力を尽くした、最大級の攻撃がぶつかり合った。

465 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:41:31.027 ID:bZeLBT5U0
あたりは、とてもとても眩しい光が輝き――。
そして、その光が消え失せた後には―――。

魔王791「………ふぅっ」
魔王791は、満身創痍の姿で元の791の姿に戻り、地面に横たわっていた―。


百合神「…………ぐっ」
百合神は、太刀の鞘で身体を支えながら血反吐を吐いた。


466 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:42:08.622 ID:bZeLBT5U0
社長「GAME GAME
   引き分けすね」
二人とも、限界なのだろう。


社長は戦いの切り上げを命じた―。

467 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:42:26.091 ID:bZeLBT5U0
791「つかれたー」
791は、地面に仰向けになり空を見上げながらそう言う。
その声には、本当に疲れが見える。

百合神「…そうね」
百合神も、疲労がこもった声で―だが、身体をなんとか立たせながら答える。

791「…あー、もうだめー…
  あなたが犯人かどうか聞けなかったなあ
  ――どっちつかずの、引き分けだもんねぇ」
口惜しそうに、791は言う。

468 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:42:43.904 ID:bZeLBT5U0
百合神「………」
百合神は、右目を人のように黒々した目に戻し、剣と太刀をしまいながら791を見る。

それは、百合神が鈴鶴という存在に戻ったように見えた。


鈴鶴「………我は百合神
   ―――迷えるひとの魂を、極楽の世へ送れるように魂を還したまで

   ………それと、地獄に堕ちるべき者を其処へ送ったまで」
それだけを言うと、鈴鶴は痛みを堪えながら何処かへと去って行った。

469 名前:百合神伝説:2015/05/17 00:44:25.157 ID:bZeLBT5U0
未だ、月は夜に輝いていた―――。

あれほどの死闘は、ただの数分か、数十分か―――。
それだけの長さしかなかったのだ。

月を見上げながら、放心している社長に791は話しかける。

791「社長、疲れたから宿をとってくれないとエターナル・フォース・レモネードするよ?
   あと体力回復にお菓子使うから、あしたあたらしいお菓子買ってきてね
   アイスとか、アイスとか」

791は、けらけら笑いながら社長にそう言った。

社長「アデヴァーゲの力に負けている」
元はと言えば、社長が犯人捜しをしていたのが原因なので、その言葉に素直に従う。


――宿に791を休ませ、翌朝社長はパシリとして新たなお菓子を買いに行った。

470 名前:社長:2015/05/17 00:44:45.876 ID:bZeLBT5U0
エターナルフォースレモネードさんの知名度を上げようキャンペーン

471 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:24:38.572 ID:bZeLBT5U0
そして、社長がスーパーでお菓子を買った直後、KNーphoneに電話がかかってきた。

社長「電ガチャ」

参謀「おお、社長か?
   ――あの件は、もう終わったで…

   今朝方、協議した結果、会議所の面々で始末したということにした」

社長「なんと!」

参謀「真実はほかにあるはずやが…
   まぁ、この場合はこれで良かったんや、余罪がどっさり出てきてな
   ともかく、内密にしといてなー」

社長「はい(そうでもないけど)」

参謀「そやから、魔王にも伝えといてな」

社長「エースコック!」


―――件の三人の処遇は、会議所の決断として処理された。

472 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:26:37.106 ID:bZeLBT5U0
そして、電話を終えた直後――。

歩道のわきに花が供えてあった。

そして、一人の男性が手を合わせながら、涙を流してなにかを伝えている。


男性「…犯人、裁かれたぞ…
   どうか天国で幸せに過ごしてくれ――」

たしか、この場所は8歳の少女が遺棄されていた――。


社長は、真実を掴めるかもしれない―そう思い男性に事情を聞く。

473 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:28:06.844 ID:bZeLBT5U0
その男性は娘を誘拐され、暴行を受けた果てに殺され、無残にこの場所に棄てられた。

犯人は見つからず、証拠も何もなかった――。


だが、昨日の夜―その犯人どもはきのたけ会議所によって裁かれたことで、娘に伝えたそうだ。


―そう。

それは、昨日791と社長が乗り込んだ場所の、件の三人…。


社長「…なるまど」
社長は、いろいろな事実が、一本の糸となり繋がったことを確信した。

474 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:29:48.347 ID:bZeLBT5U0
社長「…きのこたけのこ会議所のひとりとして、事務所の件は本当に申し訳ないことをしたでういでこす…
   わたしもお供え物を置くでアリマスオ」

社長は、きのたけ会議所が表向きに裁いたとはいえ、その事務所の不祥事を詫びた。



男性「いえ…あなたは何も関係ないですよ…
   しかし、……裁かれて、本当に良かった」
だが、男性は、感謝の意を伝えた。

社長「そうすね」

―社長はついさっき買ったお菓子を供え、別の店へとお菓子を買いに向かっていった。

475 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:30:19.082 ID:bZeLBT5U0
社長は考えながら歩を進める。


女性――その名を鈴鶴(すずる)という女性――百合神は、その名を邪神だと言っていた。
恐らくは、邪神と呼ばれるにあたるナニカをしたのだろう。


――そして、百合神伝説。

百合の花の如き、威厳ある女神の使いに出会い、自らの心の願いを伝えたとき――。

其れが正しき願いであり、女神が力になれるものであるとき。

其の願いは、叶うだろう、という伝説―――――。

476 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:40:02.975 ID:bZeLBT5U0
おそらく、さっき出会った、娘を殺されたその父親は、百合神に犯人への裁きを願ったのだろう。
そして、百合神はどうやって件の三人探し当てたかは分からぬが、裁きを下した。

そのために、魂を救ったと言ったのだろう。
その救った魂は、少女―もしくは、その他に犠牲になった…。



鈴鶴「………我は百合神
   ―――迷えるひとの魂を、極楽の世へ送れるように魂を還したまで

   ………それと、地獄に堕ちるべき者を其処へ送ったまで」

―――そう、鈴鶴―百合神は言っていた。

そして、きのこたけのこ会議所が調べる前に、すでにその悪行を掴んでいた。
つまりは、百合神が先に調査したということ。

―――もっとも、偶然その悪行を知ったという可能性もあるけれども。
―社長が知っている、百合神が関与しているであろう殺人も、おそらくそうであるように。

477 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:40:39.304 ID:bZeLBT5U0
しかし、何故そんなことをしているのだろうか。
―――邪神と言うなら、それに値するなにかをしたのかもしれない。

その償いの為に――?



色々な考えがぐるぐる頭の中を回る。

―そういえば、早くホテルに帰ってこのことを791に言わなければならない。

478 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:41:39.399 ID:bZeLBT5U0
社長は、お菓子を買い終え、ホテルに帰ってきた。

そして、その結論を、アイスを食べている791へと伝えた。

791「そっか…
   でも、何れあいつらは処刑か厳罰を受けていただろうし……
   その手間が省けて、よかったのかな………?」
791はすこし悩みながらも、その決断を受け入れる。


791「…百合神、と言っていたっけ
   今度会ったら、また力試ししたいなー
   エターナル・フォース・レモネードを使わせてなお、耐えるなんてすごかったもんねぇ」
そして、791は3個目のアイスを食べながら空を見上げた。



空は、雲一つない、晴れ渡った青色で染まっている。

そして、いずれ月が昇るのだ。

――百合神も、その月の目覚めとともにまた動くのだろか?


社長は、なぜだかまた百合神に―鈴鶴に出会うのかもしれないと感じた。

479 名前:百合神伝説:2015/05/17 22:41:51.087 ID:bZeLBT5U0
百合神伝説 完

480 名前:社長:2015/05/17 23:12:18.409 ID:bZeLBT5U0
なんかこうしてみるとあらがおおいよお

481 名前:きのこ軍:2015/05/17 23:33:52.074 ID:4uVO7UL6o
乙乙
791さんが普通に百合神さまと渡り合えててワロタ


482 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:13:26.817 ID:WEiUeqeM0
わたしは、式神―――。

ただのそれだけ―――。

わたしは、あの子の魂ソノモノ―――。

名前などない―――。

483 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:13:47.176 ID:WEiUeqeM0
強いて言うなら、魔女の囁き、とでも言うのだろうか―――。

あの子の母親が、腹の中に宿りしあの子の魂を媒介に式神の力を与えた。
其れが、其の存在がわたしなのだ―――。


―――式神は、それにかけられた力が強いほど、媒介が不変であればあるほどずっと存在する。
―魂に宿りし式神は、その魂の持ち主が死ぬまで生ける式神となるのだ。

484 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:15:15.132 ID:WEiUeqeM0
わたしは、あの子であり―――。
―――あの子は、わたしである。


わたしは、あの子の操を護る魔女で在り続けた。

何が在ろうと、あの子にとって不利に成ろうと、護り抜く。
―――最も、わたしの意志ではなく、この世界の意志―運命の動き―その力に動かされて護ってきた。

485 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:16:53.853 ID:WEiUeqeM0
わたしは、ずうっと、ずうっと、あの子を護り続けた。

あの子の操を狙う男を―――。

そして、わたしという存在を消し去り、あの子の操を護れぬようにする存在を―――。


わたしは、邪悪なる鬼の―髑髏の如き鎧を全身に身に着け、魔女で在り続けた。

その中は、月の民の女としての姿があったけれども、その姿はあの子に見せず。

あの子のたいせつなそんざいにも見せず。


わたしは、ただの守護霊と呼ばれる存在として、その正体を明かさずずうっと存在した。

486 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:17:08.790 ID:WEiUeqeM0
―――何年も―。

千代の年を越えても―――。


わたしはあの子を護る魔女で在り続けた。



―――けれど、あの子自身が魔女と呼ばれるようになった。

487 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:18:34.511 ID:WEiUeqeM0
そして、わたしはあの子の力の一部として、あの子の意志で操られるようになった。

操を護る力を、直接的に闘争に使うように――。

そして、触れたものを溶かす力を新たに得た――。

その力は、あの子だけではなく、あの子が魔女と呼ばれるに値する神剣の力に依るもの――。


488 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:18:45.480 ID:WEiUeqeM0
―――もっとも、あの子の操を護る力は、あの子に操られようと世界の意志として動いたけれど。


でも、あの子は遂には闇の彼方へ封じられた―――。


わたしも、闇の彼方に―――。

489 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:18:57.543 ID:WEiUeqeM0
―――――。



永遠の闇の彼方に封じられるとき、わたしは気が付いた―――。


嗚呼、わたしはあの子のことを―――。


愛していたのだと――――。

490 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:19:11.653 ID:WEiUeqeM0
式神だけれども、千代を越え続けて変質してしまったのだろうか…。

――それとも、わたしという存在が生まれた時から、そう思っていたのだろうか?


わたしは、あの子のことを愛していたのだ―。

491 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:19:23.075 ID:WEiUeqeM0
―――あの子に操られ、あの子の力の一部となったとき―。

千代を越える年、淡々と運命の力であの子を護っていただけのわたしは、生を受けたようであった。


そして同時に、あの子に操られることがうれしかった。

492 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:19:37.403 ID:WEiUeqeM0
――けれども、わたしはあの子とただ居られるだけでいい。

あの子と話せなくていい。

あの子と触れ合わなくたっていい。

あの子の魂として存在する―――ただそれだけで―――。

だから、ずっと鬼の鎧を背負い続ける―――――――。

493 名前:魔女ノ見タ夢:2015/06/12 00:20:00.216 ID:WEiUeqeM0
永遠の暗闇の中――――。



わたしとあの子は、永遠の闇に消え去った――。

二度と目覚めることはないだろう――。



そして、わたしのただ一つの恋も闇の彼方へと―――。


―――ああ、でも――。

あの子と、ずうっと一緒にいられるなら、構わないか―――。


――決して目覚めぬ闇の中でも、あの子と共に目覚めず、ずうっといられるのなら―――。

494 名前:【凶】【Rank⇒大尉‡ 】【Type⇒狙撃兵】:2015/06/12 00:20:29.373 ID:WEiUeqeM0
魔女ノ見タ夢 完

495 名前:【大吉】【Rank⇒大尉‡ 】【Type⇒防衛兵】:2015/06/12 00:23:39.221 ID:WEiUeqeM0
魔女の囁き

―――【あの子】の操を護る、あの子の守護霊である式神。
それが【あの子】の不利益になろうと、世界が崩壊しようとも護る。


【あの子】の操を狙う男と、自身の能力を消去する存在を―。
【あの子】の魂を媒介にして生まれた式神なので、引っぺがすことはできない。

496 名前:きのこ軍:2015/06/14 19:29:05.843 ID:nLa6hhhso
もつだぞ。式神さんにそんな思いがあったとは。

497 名前:儒艮漂フ果テ:2015/07/05 23:32:59.905 ID:CIQSLAik0

ザ ン

儒 艮 漂 フ 海 界

        ハ テ

498 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/05 23:33:44.934 ID:CIQSLAik0
柚挙母地方・若草村―――。


海に面した小さな漁村、若草村―――。
小さな漁村であるが、海の幸に恵まれた村。

近隣の都市や、果てはきのこたけのこ会議所の水産資源にも関与している地域である。


若草村は、海の幸に恵まれているが、それに准えた伝説が存在する。



その名は、人魚伝説―――。

499 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/05 23:34:25.183 ID:CIQSLAik0
遥か昔―――。

漁師の若者がいつもの魚を捕りに行った帰り、海が時化り、船ごと若者は海に呑まれた―。

だが、そこで死にかけた若者を一人の人魚が助けた。
そこから二人は相思相愛の中になるが、人魚の長がそれを認めず、二人の仲は引き裂かれてしまう。


―――だが、若者は再び海へ向かって行った。

愛を認めてもらうために。


そして、愛した人魚とともに海の向こうへ消え去った。

500 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/05 23:35:30.105 ID:CIQSLAik0
そのことを知った人魚の長は自分が犯した愚かさを悔い、せめてもの償いに海の幸を尽きぬように働いた。

いっぽうの村人たちも、その悲恋が再び起きぬように祈り捧げた……。


――そして、いつしか人魚の長は海神(ワダツミ)と呼ばれ、漁の無事と豊漁を願う神として認識された。



そして、人魚伝説は、今も海神へ祈りを捧げる祭事を通して、語り継がれているのだ…。



501 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/05 23:35:46.972 ID:CIQSLAik0
若草村・海岸の岩場―――。

誰も来ない海岸の岩場に、一人の少女は立っていた―――。

少女は、波のさざめく音を聞き、揺れ立つ波を見つめていた。


その名は鈴鶴―。
かつて百合神なる邪神と化し、封じられ、再び現世に顕現した存在。

そして、永遠に老いず、永遠に死なぬ肉体を持つ―――。

502 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/05 23:36:04.839 ID:CIQSLAik0
鈴鶴「……………」
鈴鶴は、少し曇った空を見つめながら、海を、海界まで見つめていた――。


鈴鶴「――ザンの棲む、海か」
そう呟くと、海水を手ですくった―――。


そして、その海水を人魚の姿を持つ式神へと変えた。

鈴鶴は、物質を媒介に式神を生み出す術を持っていた。
もともとはそのような力はなかったが、鈴鶴が百合神へ成ったときに得た力である。

503 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/05 23:37:55.127 ID:CIQSLAik0
―――憑きし月女神――ツクヨミの力を使うとき、その力を使うことができる。
自身の右目を青白く輝かせたときが、その力を使えることを表すしるし―――。


鈴鶴にとって、黄泉の国へ逝ったたいせつなひとの、四大元素を媒介に式神を生み出す力。


――今は、その特訓をしてさらにさまざまなものを媒介に式神を生み出せるようになっている。

鈴鶴「―海に潜りなさい」

式神は海へ放されると、鈴鶴はじっと潮騒を聞きながら水面を見つめていた…。
右目の青白い光が、水面に映る―――。


――時が流れる。

―――いつしか太陽は海に沈み、月が海から浮かび上がった。

504 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/05 23:39:36.357 ID:CIQSLAik0
月が昇って、しばらく経った刻―。


鈴鶴「……………」
鈴鶴は、式神を呼び戻すと、空へと還した。

人魚の式神は、その姿を霞のように薄めてゆき、あとにはただの海水が残った。
――そして、その海水は水面へ流れ、海へと漂ってゆく。


その姿を見た鈴鶴は、海岸近くにある森の中へと消えていった―――。

505 名前:社長:2015/07/05 23:39:56.451 ID:CIQSLAik0
きのたけ兵士は次回登場するらしい。

506 名前:きのこ軍:2015/07/05 23:42:08.255 ID:KIK0jQlUo
更新おつ。題材がいいねえ。

507 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:52:41.124 ID:fLpcq8LM0
若草村―――。
きのこたけのこ会議所の兵士たちは、日々の骨休めとしてこの村を訪れた。

美味しい海鮮料理を楽しんだり、人魚祭りを見て英気を養うために。


参謀「いや〜…潮の香りが気持ちええな」
791「そうだねえ…うーん、早くおさかなが食べたいね」

社長「うみです」

集計班「そうですね…移動時間で結構使いましたし
    夕食を食べに行きましょう」

¢「賛成なんよ」

―――きのたけ兵士たちが着いた時には、もうすでに夕方。

事前に予約していた飲食店に入り、座敷で海の幸をたらふく味わった。

508 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:53:00.564 ID:fLpcq8LM0
791「…ふー、おなか一杯!
   ―ああ、お刺身美味しかったねー」

筍魂「そうすねー」


そして海の幸の美しさを語り合いながら、旅館で休息をとった。

509 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:53:59.137 ID:fLpcq8LM0
夜―――。

社長は、寝付けず、砂浜まで行ってみようと考えた。
この村は、人魚伝説があふれている。時折、人魚を見た―などという噂もあがるほどだ。


最も、社長は潮風に当たれば眠気も湧いてくるだろう―そんな考えで海を見ていたが。


海は、空と同じく深い深い暗青に包まれていた。
それと同時に、金色の鈴のような、輝く月も空に昇っている。

510 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:54:33.651 ID:fLpcq8LM0
潮の流れる音、波のさざめき―――。
ざぁ、ざぁと流れるその景色を見ていると、月の下で何かが動いているように感じた。


社長「?」

社長は、その動く影が近くの岩場へ向かっているように思えた。


社長「今の見ました?」
その岩場へ、社長は向かって行った。

511 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:54:52.930 ID:fLpcq8LM0
―――だが。
社長「だれも、い ないわー」


そこには、ただ波が揺れているだけ。
ただの岩場、ただの海岸―――。


社長は、眠気を感じていたので宿へ戻っていった。

512 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:55:16.893 ID:fLpcq8LM0
海岸の岩場―――。

鈴鶴(……………)
鈴鶴は、去ってゆく社長の後姿を見ながら、隠れていた岩場から身を乗り出した。


鈴鶴には、特殊な能力(ちから)がある。

それは守護霊―――。鈴鶴の魂を媒体にした式神のようなものの力。

513 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:58:49.905 ID:fLpcq8LM0
鈴鶴の操を男が狙う場合―――。それは直接的なことではなく、男がそれで性的欲求を満足させられる行為ならなんだろうと――。
あるいは、その力を消し去ろうとする場合―――。

この世の全ての概念を乗り越えて反撃する、無意識に起こる力。


そして、百合神として―ツクヨミの力を使うとき―――。
鈴鶴の右目が青白く輝くとき―――。

その自身を無意識に守る力に、驚異的な肉弾戦を行える力と、掴み、念じたものをドロドロに溶かす、自分の意志で起こす力が加わる。


鈴鶴の鬼のごとき式神の力―――。

鈴鶴は、その力で自身をドロドロに溶かし、岩場の死角に隠れていた。

514 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/07 23:59:05.495 ID:fLpcq8LM0
鈴鶴(………また、奴か)
鈴鶴は、社長に二度出会ったことがある。

――そして、これが三度目…。

鈴鶴(…まぁ、目的が済めばさっさと帰るまで、ね)
鈴鶴は、因縁めいたものを感じながら、あっさりそれを流す。

鈴鶴は、海の中に潜らせていた人魚の式神を空へ還すと、再び森の中へと消えていった。

515 名前:社長:2015/07/07 23:59:36.904 ID:fLpcq8LM0
魔女の囁きは男相手なら無敵感与えちゃったかな

516 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:21:23.814 ID:jPm26BUM0
翌朝―――。

若草村の人魚祭りが始まった。

祭りは、祈りを捧げる感謝の部と、海の恵みを用いて楽しむ恵みの部に分かれている。


朝の部では、男たちが神輿を掲げ、海神への感謝を表し、
その後に巫女役の女性が、海神へ祈る祭事が執り行われる。

517 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:21:47.491 ID:jPm26BUM0
そして、太陽が最高点を越えた頃―――。

巫女「――海神様、人魚様――
   次の漁も、無事でありますよう―豊漁でありますよう―」

巫女が、締めの言葉を言い終わると、人魚伝説の若者を准えた人形を海へ捧げると、感謝の部が終わった。


きのたけ兵士たちは、その神秘的な光景に見とれ、またその荘厳さに感服していた。

518 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:21:59.225 ID:jPm26BUM0
次いで、休憩を挟んで恵みの部―――。
その名の通り、海の幸を豊富に使った料理、あるいは娯楽を大いに楽しむ場―。

先ほど、神に祈りを捧げていた男たちや、巫女役の女性も楽しんでいる。

ある者は歌い、ある者は踊り、ある兵士は食べ……。


海の幸せを、その恵みの部のあいだ感じていた―。


そして、祭りが終わり、兵士たちは宿へと泊った―――。

519 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:23:22.231 ID:jPm26BUM0
海岸の岩場―――。

鈴鶴は、祭りがあろうとも、それを気にせずその場所に居た。

最も、祭りの感謝の部では、万が一のことも考えて式神は召喚しなかったけれど。

520 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:23:44.439 ID:jPm26BUM0
鈴鶴(………さて)
鈴鶴は、ようやく式神を呼び出し、海へと放した。


鈴鶴「……祭りが終わったようだけれど、いまだ何もいないわねえ」


鈴鶴は、若草村の人魚伝説―その人魚の肉を狙う海賊がいるらしい―。という噂を聞いていた。
そのため、人魚の式神を呼び出し、その真偽を確かめているのだ。

521 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:24:49.584 ID:jPm26BUM0
なぜ、態々そんなことをしているのか。
―それは、狙っているのが人魚の肉だからだ。


人魚の肉は、不老不死の妙薬―――。
鈴鶴は、それが本物の効果であると知っている。


鈴鶴「不老不死なんて―――
   そんなものはずっと、誰の目の届かぬ場所に行くべきなのよ」
ふと、そう言葉が漏れた。
誰も聞くこともない言葉が、海へと漂い消えてゆく。

522 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:26:08.671 ID:jPm26BUM0
鈴鶴は、不老不死の肉体を持つ少女だからこそ、その愚かさを知っている―――。


鈴鶴(―――生きる者は、死があるからこそ生きる者
   たとえどんなに長く生きていられようと、死という概念に出会えるから生きていること…)

   だから、不老不死なんていう存在はわたし一人でいい
   ……そう、わたし一人で……)


―――だから、人魚の肉を狙う愚か者がいるならば、それを殺してでも追い返さねばならぬ。

そのために、ここで当てもなくその愚か者を待っている。
たとえ人魚が実在しなくとも、その愚か者を待っている。

523 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 02:27:29.239 ID:jPm26BUM0
そして、空に昇る月が輝く、その刻――。


鈴鶴「………!」

遠くの方で、何かが動いていた―――。

524 名前:社長:2015/07/12 02:28:35.368 ID:jPm26BUM0
ちなみに若草村はおかしの若草ともう一つどこぞの地名から取っている。

525 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:08:43.873 ID:jPm26BUM0
同時刻―――。
社長は、また眠れず砂浜で海を見に行くことにした。

すると、山本も海を見つめていた。

山本「おおっ、社長か
   寝られないのか?」

社長「そうすね」

山本「私もだ……、何故だか眠れん
   ―――取り敢えず、この景色を見て落ち着こうとしているのだ
   いや、しかし素晴らしい景色だな……」

ふたりは、海を並んで眺めていた―――。

526 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:10:36.539 ID:jPm26BUM0
山本「ん?」
ふと、山本が何かに気が付いた。


山本「なんだ、あれは…
   船団………?」
双眼鏡で、その何かを注意深く見つめる。


社長「何だ ジジイ!?」


山本「漁船…に見えない船が、この時間帯に走っているんだ
   いったいあれは………」

社長も、山本にならって向こうを見る。

社長「!」

その向こうには、不審船―しかも、一隻ではなく複数の船が海を漂っていた。

527 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:11:07.003 ID:jPm26BUM0
山本「…何かキナ臭いものを感じる
   ――社長、皆を連れてきてくれ、あと武器も頼む」

社長「いいぞ」


社長は、急いで宿へと走って行った………。
それと同時に、山本は手持ちの銃を構えながら、その様子を見ることにした。


528 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:12:31.295 ID:jPm26BUM0
海岸の岩場―――。

鈴鶴は、自身の右眼を、月光のように青白く輝かせ向こうの船団を【視】ていた。

鈴鶴の生み出した式神とは、視覚と聴覚を共有することが出来るのだ。

そして、その力を利用し人魚の式神から見えるその船団を、視ていた―――。


鈴鶴(………不審船にしては、数が多い…
   どうみても、ただならぬ存在ね……)

そして、鈴鶴は式神を海の中へと潜らせた。

529 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:13:54.016 ID:jPm26BUM0
それと同時に、鈴鶴は左腕に在る、【神剣】を呼び出した。

鈴鶴が百合神と呼ばれる所以―。

それは、鈴鶴の身体の中に―身体の一部となっている、この神剣の力に依ること――。
月女神が、或る神を殺した呪いの神剣。


そして、右手に太刀を、左手に神剣を構え、その船団の方を向いていた…。


―――その剣からは、凍える空気―恐ろしい悪寒が流れ出ていった…。


530 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:14:20.366 ID:jPm26BUM0
再び、砂浜―――。

山本は、突然、不審船団よりも、とてもとても恐ろしい悪寒に包まれていた。

山本「な、なんだこの気配は――?」


月が妖しく輝いている。
月が恐ろしく輝いている。

そして、空気が冷たい―。
潮風に乗って涼しいはずなのに、それよりも凍えるようなナニカ。


そして、それと同時に不審船が海界から、海岸の方へと向かっている。

531 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:14:34.171 ID:jPm26BUM0
きのたけ兵士たちは、何が起こったのかも分からずで砂浜に集まった。
―――だが、不審船団がやってきている様子と、
その場に溢れる恐ろしい空気は、全員の目を覚ました。


加古川「…なんだ、この恐ろしい空気は!?」
抹茶「…あの船団といい、何かヤバいことの予兆ですよね?」

山本「周りを警戒するんだッ!そして、絶対に単独行動はするなッ!」

兵士たちは、己の戦闘手段の構えを取り、来る敵を待っていた。

532 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:15:00.796 ID:jPm26BUM0
海岸の岩肌―――。

鈴鶴は、式神の聞く音に耳を澄ませている。


船員「―――兄貴―――人魚―――」
船員「――そうか――――売れ―――金に―――」


そして、その声とともに式神に網が放たれた。

式神はその網を回避し、海の底へと潜ってゆく。

533 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:15:22.919 ID:jPm26BUM0
鈴鶴(有罪、ね…)

そして鈴鶴は、漆黒の斬撃を飛ばそうとした。

鈴鶴「!」

―だが、砂浜の方が妙に騒がしい。
鈴鶴は、岩から式神を造りだし、砂浜の様子を視た。

鈴鶴(……なるほど、不審船団を見て騒ぎになっているらしいわね
   ――しかも、大人数…

   しかも、見知った顔がいるとは、ねぇ……)


鈴鶴は、めぐり合わせに苦笑しながら、どうしたものかと思考している。

534 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:16:55.537 ID:jPm26BUM0
砂浜―――。

その冷えた空気は、きのたけ兵士たちを緊張させるに値するものであり。
そんな中、不審船を見ていた参謀は気が付く。

参謀「あ、あのマークは!」

黒砂糖「知っているのか、参謀?」

参謀「海賊集団のマークなんや、しかも高いレベルの手配をかかってる、な……
   こんな辺境の村に来た理由は分からんが、ここが狙われるかもしれん」

山本「何だと!
   ……何の用かは分からんが、何とかしないといけないということだな…
   大戦と違って、しくじりは許されん
   よし、皆、万全の対処をして、迎撃するのだッ!」

全員「イエッ、サー!」


兵士たちは、複数人行動を徹底しつつ、様々な場所に配置に着いた。

535 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:17:09.160 ID:jPm26BUM0
―だが、ふたりの兵士は海賊よりも気になるその事柄があった。

その冷えた空気―――。


この凍えるような、凍てつく月光を浴びたような空気――。

791「…社長、ねぇ、この空気を――どう思う?」
791は問う。

社長「…百合神」
社長は答える。

536 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/12 22:17:42.258 ID:jPm26BUM0
そう。
ふたりは、以前この空気を見た―というよりは、その空気そのものと対峙したのだ。
791と、この空気のもと―鈴鶴は。

791「……あの海岸は、わたしたちが見張る―と山本さんに言ったよ
   ―何があるかは分からないけれど、危険かもしれないけれど、行こう」

社長「帰るウホ……」


――そして、791と社長は鈴鶴の居る―もっとも、ふたりはそのことを知らないが―岩場へと向かっていった。

537 名前:社長:2015/07/12 22:18:04.503 ID:jPm26BUM0
魔王様>山さん という設定を忘れないでくれよ!

538 名前:名無しのきのたけ兵士:2015/07/12 22:20:06.072 ID:f9SJtjjAo
791さんの強キャラ感、すごい。

539 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/20 01:00:40.955 ID:ka2OGKSY0
そして、その様子を鈴鶴の式神は視ていた。
人魚の式神とは違う、岩から生み出した式神だ。

鈴鶴(………)

そして鈴鶴は、岩から生み出した式神を空へ還した。
―人魚の式神は、未だ海の底で様子を視ている。

540 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/20 01:00:59.299 ID:ka2OGKSY0
ざ、ざ、ざっ――。

そして、791と社長が岩場へ辿り着いた。


鈴鶴は、ちらとふたりを一瞥した。
右目は青白く輝いているが、邪眼としての念は込めず、ふたりを見た。

541 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/20 01:02:51.544 ID:ka2OGKSY0
791「―――久しぶり、…鈴鶴、だったよね?」
791は、ああやはりと納得しながら問う。

鈴鶴「………また会うとは、何の因果かしら」
その言葉に対し、鈴鶴は淡々と答えた。


791「――ふふ…
   それより、どうしてその…確か、ツクヨミ?だったかな…の力を使っているの?」
791は、その空気に押されず問い。

鈴鶴「……哀れな海賊退治、ということにしておきましょう」
鈴鶴は、含みのある言い方で不審船団を見つめて、そう答えた。

542 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/20 01:03:24.495 ID:ka2OGKSY0
791「…ふーん、…海賊退治か
   わたしたちの組織―きのたけの仲間も、急きょそれをするつもりだけど…

   ――言いたいことは、分かるよね?」


鈴鶴「―――お互い対象が一緒なら、共同戦線…というわけね?」

543 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/20 01:04:55.271 ID:ka2OGKSY0
791「察しが良くて助かるよ、わたしはここから魔法弾で攻撃する
   そして隣の社長は、このエリアの防衛にあたる

   ――鈴鶴は、もちろん…」
791は、杖を振り回しながら、言葉の続きを促して。

鈴鶴「…容赦なく、奴らを沈めましょう」
そして鈴鶴は、その言葉に乗った。

791「そう!それだ!」
791は、楽しそうに言った。


791「じゃあ、やろうか?」

鈴鶴「…そうね」
791と鈴鶴は、ぐっと拳を合わせた。

――社長は、その様子をただじっと見ているだけだ。
何しろ、このふたりは強大な力の持ち主。

――それを実際に見たため、そのふたりの間に割って入る事が出来ないのだ。

544 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/20 01:07:29.563 ID:ka2OGKSY0
二人の兵士は互いの得物を構え、魔法弾と斬撃を飛ばした。

シトラスの魔法弾と、鈴鶴の放つ漆黒の斬撃はひとつの船首に当たった。
数十、はたまた数百メートル先の船へと、ふたりの攻撃は命中する。


その一撃は、その一撃で、船のその装甲をボロボロに破壊した。


545 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/20 01:08:11.396 ID:ka2OGKSY0
791「やっぱり、その力はすごいねぇ
   ――でも、やっぱり神の力を使わないと、そうならないの?」

鈴鶴「…あなたのように、素のわたしでは術式は使えないの
   普段は、剣術など片っ端の武術でなんとかするしかない―

   ――神の力、ツクヨミの力があるならば、どうにでもなるけれど」

791「―まぁ、鈴鶴は魔法使いじゃないしねぇ」


ふたりは、軽口を叩きながら攻撃を続けた。

546 名前:社長 【小吉】:2015/07/20 01:08:45.953 ID:ka2OGKSY0
社長クーソイーラナイ

547 名前:きのこ軍:2015/07/22 23:29:09.471 ID:W2GsgyHco
熱い共闘。いいぞ。

548 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/22 23:34:26.613 ID:/NqlqInM0
海上―――。

山本「むっ、攻撃が命中かっ!」
――山本・加古川・¢は、急いで用意した船に乗り込みながら、その攻撃に続いた。

加古川「続くぞッ!」

歴戦の強者は、その戦いの年季に負けぬ攻撃で不審船団に、乗組員に打撃を与えていく。
何年も大戦を続けてきた兵士は、大戦だけではなく、その他の戦いにおいてもなお強い。

そのため、統率のとれた、効率のよい作戦を展開している。

549 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/22 23:39:32.054 ID:/NqlqInM0
砂浜・海岸―――。

鈴鶴の居るところと、反対の海岸でも、兵士たちは攻撃を行う。

黒砂糖「――しかし、あのまま寝てたらやばかったですね」

黒砂糖は、自信の描いたレーザー砲を具現化し、太陽のごとき眩しいアポロソーラーレイを敵船に発射しながらそう言う。

無論、黒砂糖も歴戦の猛者だ。戦いで得たカンを、知識を活かして攻撃している。

550 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/22 23:48:17.705 ID:/NqlqInM0
参謀「そうや―山さんと社長が起きとらんかったら、どうなってたことやら」
参謀は、たまらず海に逃れ、此処に泳ぎ逃げた海賊を捕えながらそれに続く。


抹茶「恐ろしいですね…もしかしたらこの村に入っていたかも…
   まぁともかく、この場をなんとかしましょう!」
抹茶は、湯呑の砲撃を船首に当てながら、鼓舞する―――。


―――歴戦の強者、きのたけ兵士。

そして、恐ろしき怪物―鈴鶴の攻撃によって、海賊は一時間経過する前に、完全に白旗を上げた。


海賊にとって、もともと待ち伏せしていた月女神はともかく―――歴戦の強者、きのたけ兵士がいたことは最大の不幸であった。
きのたけ兵士がいなくとも、海賊は片付けられていただろうが、きのたけ兵士がいたからこそ即座にこの戦闘は終わったのだ。


551 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/22 23:50:44.333 ID:/NqlqInM0
鈴鶴「……終わった、ようね?」
鈴鶴は、剣を身体の中へ取り込み戻した。
右目は、未だ青白く輝いている。

そんな鈴鶴を見ながら、791は言う。
791「……ねぇ、ここで待っていてくれないかな?」

鈴鶴「―――如何して?」

791「…どうして此処に居たのかが、気になるから」
社長「あっへほー」

―社長は三度、791は二度出会った相手であり、尚且つ鈴鶴の真の力を知っている。
だからこそ、ここにいた真の理由を、なぜ海賊退治をしていたのかが気になったのだ。

鈴鶴「……分かったわ、待ちましょう」


791「―絶対、待っていてね」
社長「魔王帰れ!」


791と社長は、砂浜の方へと歩いて行った。

552 名前:社長:2015/07/22 23:51:53.010 ID:/NqlqInM0
社長が蚊帳の外になってるすね 救急車やめてくださいよ

553 名前:きのこ軍 :2015/07/23 21:59:20.747 ID:sOyydQgg0
社長とかいうバグっているだけの人

554 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:47:44.607 ID:OZbrGpgI0
砂浜―――。

もう冷えた空気は消えている―――。
きのたけ兵士は―791と社長を除いて、海賊が要因と考え、そして思い思いに終戦の余韻に浸っていた。


山本「―死体の処理は私と加古川さんと¢でしておく
   参謀・抹茶・黒砂糖・筍魂は残存している賊を連行してくれ
   残りの者は休息をとってくれ

   ――とんだ休暇になってしまって、すまない」
山本は、申し訳なさそうに言った。

555 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:48:14.654 ID:OZbrGpgI0
加古川「いや、平和を護れたほうが大きいんじゃないのか?」
斑虎「そう、そう」
筍魂「うむ」

―だが、他の兵士はそれを苦と思わず。
それを見て、山本は気を取り戻し、それと同時に指示に従って兵士たちは動いて行った――。



791「………」
そして、791と社長は、海岸の岩肌の方へ戻っていった。

556 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:49:06.901 ID:OZbrGpgI0
海岸の岩肌―――。
鈴鶴は、式神を呼び戻した。


鈴鶴「……お疲れ様、貴女の役目はこれで終わりね
   ―――では、空へと還しましょう」

式神「――主様の力になれて、私は満足です」

鈴鶴「―さようなら」

式神「―――」


そして、人魚の式神を空へと還した。

媒介として使われた海水が海に溶け落ち、そして波に呑まれてゆく。
それと共に、ツクヨミの力を解き、右目を人の瞳へと戻した。


鈴鶴「………」
そして、再び現れしふたりを、見つめた。

557 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:49:19.097 ID:OZbrGpgI0
社長「やっほ^^」
791「素直に待ってたんだ」
791は、意外そうに鈴鶴に言った。


鈴鶴「…姿をくらませた方が良かった?」

791「…いや、なんか帰ってそうだなーって、思ったから…
   ―まぁいいや、どうして此処で海賊と戦ってたのかが聞きたいんだ」
791は、先ほどの発言を笑い飛ばし、そして本題を話す。

558 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:49:40.204 ID:OZbrGpgI0
鈴鶴「…それは、あなたたちの組織の総意?」
鈴鶴は、少し声の調子を低めて問う。

791「いや、単にわたしと社長の興味だよ?」
社長「えっ!オレ!?」


鈴鶴「―――そう」
だが、その答えを聞いて声の調子を戻した。

559 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:50:27.932 ID:OZbrGpgI0
鈴鶴は、人魚を狙う賊を何とかするため、此処に来たことを話した―。

791「…そっか、マーマンやマーメイドを狙ってたんだ
   ――でも、本当にいるのかな?」
791は、伝説上の生き物の存在に疑問を抱きながら、また問う。

鈴鶴「―――居るかどうかは分からないけれど、もし居たとして――
   静かに、海の中で生きるべきだとわたしは思っているから」
―――それを護るため、禍なすものと真っ向にやり合おうとしたのだ。


鈴鶴「もっとも、あなたたちが来たのは想定外だけれどね」
鈴鶴は苦笑しながら、続けた。

560 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:50:40.051 ID:OZbrGpgI0
791「―――ねぇ、もしわたしたちが居なかったら一人で対処したの?」

鈴鶴「ええ、そうね―」
鈴鶴は、遠くの月を見上げながら、静かにそう答えた。


791「いくら鈴鶴が神の力を持っていても、無謀じゃ――ないか
   あの漆黒の斬撃だけで、何とかなりそうだよね」

鈴鶴「――もともと、そのつもりだったから」

561 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:51:43.488 ID:OZbrGpgI0
791「でも、鈴鶴――
   なんだって、神の力をわざわざ……」

鈴鶴「海の上にいる相手に、接近戦も重火器も対して期待できないわよ?」

791「…その、船を使うとか、泳いで潜入とかは?
   鈴鶴は、そっちのほうが似合いそうだけれど
   魔法よりも、肉体を用いた技のほうが…」
791は、太刀を振るジャスチャーを取りながら言う。

鈴鶴「……生憎だけれど、わたしは金槌なのよ?」
そんな791を見て、苦笑しながらそう言った。

791「―――えっ?」
ふたりは、目を見開いて驚いた。
鈴鶴には、弱点などないように見えていたからだ――。

562 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:52:09.739 ID:OZbrGpgI0
791「――もし、わたしが鈴鶴をどぼぉんって海に突き落としたら…やばいかな?」
恐る恐る、791は聞いてみる。

鈴鶴「ふふ、そうね…
   海の藻屑に……なるかもしれないわね」
恐る恐る聞く791を見て、笑いながらそう答えた。

791「でも、どうして泳げないの?」

鈴鶴「――身体に合わない武術だった、唯のそれだけ
   そう、それだけ………」

―――海は、静かに波音を奏でている――。

563 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:52:23.918 ID:OZbrGpgI0
791「……兎も角、鈴鶴は自分の信念で動いているんだねぇ
   例えるなら―孤高の鷲?それとも一輪の百合の花?」

鈴鶴「……さあ、ね」
鈴鶴は、少し寂しそうな表情で答えた。

791「――そろそろ、わたしたちは帰るけれど
   …鈴鶴は、どうするの?」

鈴鶴「…何処かへ消えるわ、何処かへ…ふふ」
鈴鶴は、月を見ながらそう答えた。

月光も、その言葉に応じているように寂しく光っている――。

564 名前:儒艮漂フ海界:2015/07/26 02:53:33.831 ID:OZbrGpgI0
791「そっか、じゃあね…」
社長「また あおう!!」

791と社長は、鈴鶴の寂しそうな目を見ながら、其の場を去って行った。


565 名前:社長:2015/07/26 02:53:44.858 ID:OZbrGpgI0
まだ続く秘密

566 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:04:18.061 ID:xYK0/isc0
鈴鶴(………)
鈴鶴は、じっと月を見ていた。


鈴鶴「―――?」
月の下で、何かが動いたような気がした。


鈴鶴(気のせい―――?いや―――)
その影は、こちらへと向かってゆく。

567 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:04:44.326 ID:xYK0/isc0
そして、その影は水面から姿を現した。


鈴鶴「………ザン」




―――そこに出てきたのは、人魚―。




この若草村の伝説として語られる、幻の存在。

その存在が、今ここに居た。

568 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:08:45.493 ID:xYK0/isc0
人魚「―――あなた方……?いや、あなた…だけ?

   ……ともかく、あなたは、我々に禍なすものを排除してくれたひとり―――」
―――か細い声で、人魚は語る。

その声は、水面に漂う海水の、透き通るような美しい声色―――。

鈴鶴「……そういうことになるわね」

569 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:12:56.327 ID:xYK0/isc0
人魚「…あなたは、我々の存在に驚かないの?」
―不思議そうに、首をかしげながら問う。

鈴鶴「…月の血を引き、千代の年を生きた少女が居るなら、あなたがたがいても、ね?」
鈴鶴は、笑いながらそう言った。


人魚「そう………
   ――その、我々が現れたのは、我々のことを助けてくれた礼に―
   あなたを、波の下の都――海の果て――竜宮へと誘うため」
そんな鈴鶴を見ながら、人魚は用件を話した。

570 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:14:31.480 ID:xYK0/isc0
鈴鶴「………竜宮、か
   生憎だけれど、わたしは竜宮に行くような存在じゃあないわ…
   わたしの遠い遠い縁の子が、わたしのきょうだいの宝物と共に
   竜宮へ旅立ったというのは聞いたことがあるけれど」
鈴鶴は、自身の左手を見ながら感慨深そうに、そう語った。


人魚「……あなたは、竜宮に興味はない?」
不思議そうに人魚は問う。


571 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:16:26.345 ID:xYK0/isc0
鈴鶴「―――残念ながら、海神の治める都には、ね
   月神の治める都なら、往くかもしれないけれども」

人魚「月の血を引く存在だから?」

鈴鶴「ふふ、それに加えて金槌なら、尚更――」
鈴鶴は、笑いながらそう答えた。

人魚「―――残念」

572 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:19:41.567 ID:xYK0/isc0
鈴鶴「どこぞの漁師のように、海界に暮らし続けるのは私のサガではないわ」

人魚「―――!」
鈴鶴の一言に、人魚はぴくりと身体を跳ねさせた。

―――そう、それは、人魚の、たいせつな……。

鈴鶴「………永遠に愛する人と暮らせることは、とても、とても……羨ましい―
   でも、その人に寂しい思いをさせぬよう、早く戻りなさい

   浦の島子のように、戻らないし、戻れないわけじゃあないんでしょうから、ね?」
鈴鶴は、優しい声色でそう語った。
どことなく、その顔は寂しそうであったけれども――。

573 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:20:44.154 ID:xYK0/isc0
人魚「………わかった」
人魚は鈴鶴の寂しい表情を見ながら、海へ潜った。


鈴鶴「たいせつなひとと、永遠の離ればなれになることは
   とてもつらいから…」
鈴鶴はそうつぶやきながら、人魚が海の底へ、海界へ消えるのを見送った。




もう、人魚は浮かびあがらない。
竜宮へ、海界へ戻って往ったのだ―――。


海水が水面を流れ、波を立て、静かに潮騒を響かせている。

574 名前:儒艮漂フ海界:2015/08/02 02:21:23.815 ID:xYK0/isc0
鈴鶴「太陽神よりも、海神を選んだ人間、か―――」
鈴鶴は、じっと海を―そして、夜空に浮かぶ月を見つめていた。


鈴鶴「―――もう会えない、たいせつなひと……
   それに比べれば、それを引き裂く存在を消せたことは、本当に良かった」

月は寂しく輝いている―――――。

鈴鶴「……さて、もう終わった
   ―――また、どこかを彷徨うとしよう」

そして、月の下、海の果てを一瞥し、其の場を去って行った。


575 名前:社長:2015/08/02 02:21:44.202 ID:xYK0/isc0
儒艮漂フ海界 完

576 名前:きのこ軍 :2015/08/02 16:15:29.355 ID:tRMsECao0
もつもつ。昔話とのコラボいいぞこれ。

577 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 03:23:47.152 ID:HWJhJRek0
わたくしの魂は、どろどろの液体のように、水の中に―――。


ごぼごぼと流れていく意識の海に、わたくしは流れています。


それは激しく荒ぶる波ではなく、穏やかな川のように―――。


ゆらゆら、ゆらゆら、ゆっくりとそこを流れています。

578 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 03:26:43.638 ID:HWJhJRek0
―――わたくしは……。


わたくしは、たいせつな人と、もう、幸せに、しあわせに暮らせないのです。


その人の名前を、心で叫んでも、声にならない―――。

ただ、意識だけがそこにあるようなものです―――。

579 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 03:28:51.868 ID:HWJhJRek0



     天 狗 ヶ 里 殺 人 事 件

580 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 03:30:42.366 ID:HWJhJRek0
――――わが名は闇美(ヤミ)。


天の狗(あまのきつね)という、人に非ざる存在―――。

人に非ず、自然の力を身に着けた、―――いわゆる、妖しき怪異。

581 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 03:32:56.122 ID:HWJhJRek0
たいせつな人の名は鈴鶴(すずる)さま―――。


―そして、たいせつな鈴鶴さまを護ろうとして、
わたくしは相手の神に等しい力―神剣に敗れてしまいました。


鈴鶴さまを共に護った、月に生きし存在である月の民、
シズさまとフチさまと共に、わたしは月の神剣に喰われ、消滅してしまったのです。



582 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 03:47:27.236 ID:HWJhJRek0
――護るべき鈴鶴さまは、殺されはしなかったけれど、
月神の力に飲まれ、邪神へと化けてしまったのでございます。


百合神―――魔女―――さまざまな呼び名で呼ばれていましたが、
兎も角、絶望しきった鈴鶴さまは、邪神の力が暴走しているのもあって男を虐殺しました。

583 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 03:47:43.225 ID:HWJhJRek0
―――鈴鶴さまが邪神となってしまったのは、わたくしたちが敵どもの思考に及ばなかったから。
あのとき、鈴鶴さまの力で剣を封印し直さなければ、鈴鶴さまが闇へ落ちなかったのではないでしょうか。



――けれども、それも過ぎたことです。
過ぎてしまったことに、延々とくよくよしていても、どうもこうもないでしょう。

時は、決して戻すことなどできないでしょうから。

584 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 04:08:13.697 ID:HWJhJRek0
―――では、なぜわたくしはこう回想しているのか――?

それは、わたくしと、シズさまと、フチさまは剣に魂魄を喰らわれたけれども―――

その魂だけは、鈴鶴さまの魂に溶け込み、引っ付いているからでございます。


―――けれども、鈴鶴さまはそのことを知りません。
知らないけれど、無意識に、そうなさったのです。

――――わたくしたちのことを、とてもとてもたいせつにおもっていたから…。

585 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/29 04:08:38.248 ID:HWJhJRek0
鈴鶴さまは、あまえんぼうさんでさびしやがりやさんで、でも男に対しては絶対負けぬ心があって、

ふわふわできれいな、ながあい髪が美しくて、とても美しい顔立ちをしていて―

剣に天賦の才があって、他の武芸にも長けていて、けれども泳ぐことはできなくて―

ああ、言えば言うほど、素敵なところのたくさん在る―――そんな、かわいい妹のような存在でした。
それは恐らく、シズさまとフチさまにとっても。



―――――どうして、鈴鶴さまと出会ったのでしょうか?
それはきっと、運命だったのでしょう。



―その出会いとなった発端は、全て繋がっていたのですから。

586 名前:社長:2015/08/29 04:10:10.188 ID:HWJhJRek0
というわけでヤミのお話。これ以外にあと3作ほど構想があるらしい。

587 名前:きのこ軍 :2015/08/30 15:10:42.219 ID:M1HhO17s0
キリキリ書けよ

588 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/30 22:40:12.492 ID:3pp/RkdI0
それは、わたくしが産まれた、天の狗の里で起きた、悲劇―――。



――――今から、遥か遥か――千代を越えるほどにむかし。


――――わたくしは、この世に生まれ、ヤミと名付けられました。
それは、新月の夜―、星ひとつも見えない夜に産まれたから。


美しき闇が覆う日に産まれたから、そう名付けられたのです。

589 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/30 22:40:30.746 ID:3pp/RkdI0
―――わたしの背中には空を飛ぶための翼が生えています。
それは、風を―自然の力を身体に溶け込ませて飛ぶための、触媒のようなもの。

また、指の中には、風の力を造り放す力が宿っています。
それを効果的に放すには、団扇が必要だけれど、それなしでも軽い風は起こせるのです。

590 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/30 22:40:49.826 ID:3pp/RkdI0
――兎も角、わたくしは天の狗として、自然に―特に、風と共に、仲間と暮らしていきました。

狩りをし、仲間と交流を深め、遥か遠くの昔話を聞き、天の狗の力を引き出す修行をし―――。

けれど、それは十の時に消え失せました。

風と共に生きる、天の狗の暮らしは消し飛びました。


591 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/30 22:41:27.824 ID:3pp/RkdI0
――なぜなら、妖殺しなる、妖しき怪異を狙って、快楽のために滅ぼす集団が居たから。
奴らは、わたくしの集落をも襲ってきました―――。


奴らの主格らしい男は、白い髪をした人に非ざる存在―――。


最も、奴らには、後の未来で復讐することができたから、もう後腐れも何もありません。
―――けれども、このわたくしの産まれた里は、虐殺を楽しむ下種野郎によって滅ぼされました。

592 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/08/30 22:41:41.173 ID:3pp/RkdI0
その光景は、忘れることはできないでしょう。
おぞましく、そしてわたしの身体に刻み込まれているから。


それは、復讐が済んでも妖しき怪異なるものに異を示す存在が、いやになるほどに―――。


593 名前:社長:2015/08/30 22:42:07.798 ID:3pp/RkdI0
百合神様の出番はまだないらしい

594 名前:きのこ軍:2015/09/02 20:22:49.マオウ ID:4vmeYYQwo
怖いよお

595 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:15:23.882 ID:zqIj.cLI0
同胞1「ゴハ―ッ」
わたくしの同胞が、首をもがれたその音が、頭にこびりついています――――。

奴らは、いともたやすく、手に持つ刀が、斧が、槍が―――ありとあらゆる武器が
同胞の首を斬り飛ばし、皮膚を切り裂き、肉を骨を断ち切り――。

同房2「うがッ――」
昨日まで一緒に過ごしていた仲間は、鈍器で柘榴のように頭をカチ割られてゆき――。

弓矢で射られ、火花が飛び散り―――。
辺りには血溜り―辺りには肉片―。


そこは地獄絵図のようでした――――――。

596 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:17:53.686 ID:zqIj.cLI0
ヤミ「――――え、……え?」

―――其処は惨状、そして転がる仲間の死体たちがあったのです。
―それは、女子供関係なく無差別に。

わたくしは、その光景にただ茫然とするばかりでした。
生まれて、たった10年で残虐な、醜い欲望を見せつけられたから――。


奴らは、自身の快楽のためにか―――あるいは、何かの腹いせかはよく覚えていません。

けれど、わたくしたちの里を襲ったのです。

597 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:18:41.581 ID:zqIj.cLI0
親「逃げろ、ヤミ!」
仲間「ここは、わたしたちが抑えるから!
   ―あなたは、まだ若いからっ!

   この子たちも、頼むわよ!」
わたくしは、親と、隣に住む仲間に助けられて、里から山の中へと逃げ出しました。

わたしと同じ――わたしより年下の仲間と一緒に、木々の重なる緑の中へ――。
―――けれど、奴らは――――。

598 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:19:57.625 ID:zqIj.cLI0
奴ら「―――グフフ…追い詰めたぁあああああ!
   死ねェーーーッ!!」

わたくしたちを、追いかけてきました。
そして、握る得物が、刀が私を薙ぐ音―。


そして、他の奴らが、幼い仲間を無残に、無慈悲に痛めつけていました。


599 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:21:23.689 ID:zqIj.cLI0
―――わたくしは抵抗することなどできませんでした。
たったの十の肉体では、奴らはあまりにも敵わなく―そして、恐怖が思考を奪っていったから。
そして、幼子をいともたやすく、えげつなく痛めつける行為に、心を押しつぶされたから。

そして、わたくしの顔に刃が―――。
ヤミ「――っ―――ぐあっ!」
とっさに、左手でそれを防いだけれど、中指、薬指、小指が吹っ飛び――。
それに、左頬にも痛みが走り――。

指が落ちた痛み、切り傷の痛み――そして、それに苦しむわたくしを奴らは踏みつけて。

わたくしが苦しむ様子に、奴らはただ笑っているばかりだったのが、今でも今でも恐ろしく思います。

そして、トドメとばかりに、刀がわたしの右目を切り裂きました。

600 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:21:38.550 ID:zqIj.cLI0
視界が、黒く赤く爆ぜ―――。


そして、その衝撃でわたくしは崖から堕ちていきました。

奴らが、ちっ――と面白くなさそうに言い残すのを聞いて、下へ下へと堕ちていきました。

その堕ちるさなか、わたくしの棲んでいた、あの里が燃えているのを見ました。

―――もう、わたくしには帰るところも仲間も、何もかも亡くなった―――。
その絶望感が、身体中を、心を―――魂魄を包み込んだことをはっきりと覚えています。

601 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:22:01.509 ID:zqIj.cLI0
――――わたくしは、崖から堕ちたけれど、運よく――あるいは、運悪く――生きていました。
ボロボロの身体で這いずり、無意識のうちに風を操る力で奴らから逃げました。


―――そこから先は、よく覚えていません。


―――気が付くと、美しき竹林を見つけていました。
わたくしは、そこで朽ち果てることを選んだのです。


――もう、身体に力が入らないから。それに、満ちる月、望の月が照る夜だったから。
新月ではないけれど、来世への望みを願うにはちょうどいい満月だから。


602 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/03 22:22:55.648 ID:zqIj.cLI0
―――――けれど、その竹林が、わたくしがわたくしとして存在する門であることを、わたくしは知りませんでした―。




―――ともかく、満月の月光に照らされ、わたくしの目の前は暗転しました。

ああ、せめて、せめて―――。
誰にも知られることなく、美しい竹林の中へ還りたい――――。

そう願いながら、目を瞑りそこに崩れ落ちました。

603 名前:社長:2015/09/03 22:23:48.408 ID:zqIj.cLI0
そろそろあの子とかが出てくるらしい。

604 名前:きのこ軍:2015/09/04 18:23:20.574 ID:H0KIQCLE0
哀しい物語

605 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:12:29.528 ID:0mWZ2ZTQ0
漆黒の世界――闇の世界―――。

――そこに一筋の光。




―――どういうわけか、目が覚めました。

わたくしは、ぼろぼろでぐちゃぐちゃの身体を手当てされ、ある住処に横たわっていたのです。


―そして、傍らにはひとりの男性が座っていました。
その男性は、若くはなく、老人でもなく―初老の雰囲気を漂わせた人で、傍らに赤ん坊を抱えていました。

606 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:15:20.787 ID:0mWZ2ZTQ0

―――――そして、その人はわたくしの方へと向き、わたくしの安否を問いました。


男性「……大丈夫だろうか?
   ―――ひどい怪我で、竹林の前に倒れていたから、ここまで運んできたが……」


そして、傷の痛みがないことを実感しながら、その人の問いに頷きました。


―――けれど。

左手で顔や腕を触ろうとしたとき、気が付きました―――。


左指の中指の中程と、薬指と小指全てと、わたくしの右目がないことに。
それは、わたくしが奴らに、吹っ飛ばされた部位。



607 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:19:41.243 ID:0mWZ2ZTQ0
わたしが、そこを抑えていると、その人は続けて言いました。

男性「一応は、君の身体は治っている……
   しかし、指と目と―身体に残った傷痕は、治し切ることはできなかった……

   もっとも―――君を治したのは、私ではない……
   君を責める―そういう意図ではないが、これから話すことはそれに近いことかもしれない

   だが、私は君を責めるためではなく―ただ、事実を受け取ってほしいために話す
   ―――命を引き換えにして、君を治したものがいるのだ」



ヤミ「………そのひとは、いったい?」
――そう答えたけれど、わたくしはうっすらと分かっていました。

赤子を抱いたのに、其処に居るべきであろう人がいないから。

608 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:20:05.608 ID:0mWZ2ZTQ0
男性「―――私の、……妻だ」

ヤミ「………やはり
   ひょっとして、その赤ちゃんを産んだ身体で……」


男性「―ああ、その通り
   しかし、妻も私も、君を助けることに迷いはなかった
   だが…君の命を救えるのは、妻しかいなかった

   ………つまりは、そういうことになる
   しかし、私は後悔はない
   もちろん、妻にだって………」

609 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:21:11.763 ID:0mWZ2ZTQ0
ヤミ「……その、わたくしは、人ではないの…ですけど…」
―そう言われても、わたくしは妖しき怪異なるもの。
そんな存在が、人より長く生きる天の狗が、人に助けられていいのだろうか、そう思ったのです。



男性「例え人に非ざるものであろうと、私は命を救うよ
   例えそれが自分にとって不利益でも、そうせねば心に後味の良くないものを残すから…
   ―――そもそも、私の妻もそうだったのだから、君を見て助けない躊躇などなかった」


ヤミ「え………?」

―――その言葉に少し疑問を持ちましたが、それは直ぐ掻き消えました。

610 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:21:37.514 ID:0mWZ2ZTQ0
赤子が、泣いたから―――。


男性「おっと―――積もる話もあるだろうが、それは一先ず、後だな……」


ヤミ「そうだ、その赤ちゃん、お腹が―――
   っ、でも、どうすれば………?」

そう、それを満たすアテが無かったのです。
わたくしは子を持っていないし、其処に居るべき母親もいない――。

611 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:22:00.465 ID:0mWZ2ZTQ0
男性「……心苦しいが、協力してくれないだろうか?」
―――男性が、言葉通り心苦しそうに言いました。

ヤミ「……どのように?」

男性「君の血を、乳代わりにする
   ――血は魂魄を支える、特別な液体だ……

   性別が等しい君のほうが、赤子に取っても飲みやすいであろうからな……

   もっとも、嫌なら私がやるから構わぬが…」
男性は、あくまでわたしの意志にゆだねました。

612 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/05 00:22:21.439 ID:0mWZ2ZTQ0
ヤミ「…え、血を………?」
迷いが一瞬―――。


けれど、命を救った御礼を、そして何より、わたくしが繋がれたいのちを新たに繋ぐために。


ヤミ「分かりました、血をこの子に捧げます」


―はっきりとそう言ったのです。


613 名前:社長:2015/09/05 00:22:44.959 ID:0mWZ2ZTQ0
遂にあの子が…

614 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:18:30.125 ID:3FmzA6P20
男性「分かった…
   ―身体を治したところ、悪いが…」
そう言いながら、その人はわたしの人差し指にちく―と針を差し、血をぷくりと出させました。


男性「それを飲ませてやってほしい―――」
そう言って、抱いている赤子の口を、わたくしの人差し指に近づけた。




ヤミ「分かりました」

615 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:18:52.130 ID:3FmzA6P20
わたくしのいのちを、赤子に捧げる行為―――。
わたくしは、たったの十―――まだまだ子供だけれど、母親のように赤子を抱いていました。

そして、赤子は乳を吸うように、わたしの指をちゅくちゅくと吸って――。

血の量はほんの少しだけれど、それで赤子は泣き止みました。

616 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:19:26.035 ID:3FmzA6P20
ヤミ「これだけでいいのでしょうか?」

男性「…うむ、これぐらいで問題はない………」


そして、赤子の柔らかな笑顔を見ていると、わたくしは何故だかほっとしたのです。

ヤミ「ふふ―――可愛いですね」

617 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:19:40.873 ID:3FmzA6P20
その赤ちゃんは女の子―。

恐らく、とても美しい風貌の女の子に育つのだろう―そう思いました。
なぜなら、身体中から溢れる、その美しい雰囲気と、確かな顔立ちがあったから。


そして、その雰囲気にほっとしていると、わたくしの目の前がくらっとなり――。

618 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:20:25.866 ID:3FmzA6P20
男性「………おっと、大丈夫かな
   いろいろ話すことはあるが、それは明日にするか?」

ヤミ「そうですね……そうしてくれると助かります」

男性「では、ここで眠ってくれ…私は少し為すべきことがあるので出ていくが、気にしなくていい」


そう言って寝床を指し、赤ちゃんを置いて外へと出て行きました。

ヤミ「分かりました、おやすみなさい―――」

わたくしは、赤ちゃんと共に眠りの海へと落ちていったのです――――。


619 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:20:47.175 ID:3FmzA6P20
―――次の日。
わたくしは、積もる話をさまざまにしていきました。

わたくしの名はヤミ――天の狗であり、その里は妖殺しなるものに滅ぼされてひとりぼっちということを。

その男性の名は讃岐造――かつてはある村を治める存在だったそうだけれど、今はしがない竹取ということを。

亡くなった彼の妻は、なんと月に住まう王族だったそうです。
月に住まう人は、千代を越える時を生きる、人に非ざる、妖しき怪異のような存在――。
天の狗はたった二百年ほどしか生きられないことを考えれば、果てしなき神秘的存在でしょう。


詳しいことは計り知れないけれど、月はある事件で崩壊し、王族―姫君はこの星まで逃げて―。
逃げた先で、その姫君の命を偶然助けたことがきっかけで、二人は結ばれたそうです。

620 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:23:34.578 ID:3FmzA6P20
――そして、月日が流れて産まれたのがその子―――。
なぜなら、姫君が子を残すことを望んだから。


人は百の年を生きることすらままならぬ存在。
わたしを助けた、その人――父親の面影を忘れぬために、残した子なのです―――。


けれど、皮肉にも、わたくしの登場で姫君の願いは果たされなかった――――。

姫君が死んでしまい、夫が生き残ってしまったから――。

621 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:25:42.251 ID:3FmzA6P20
―――けれど前述したとおり、そこに後悔がないと言われ、わたくしは少し救われた気分でした。


――――――赤ちゃんは、鈴鶴と名付けられていました。

子供ができているとわかり、それが女の子だとわかった時にそう決めたそうです。



鈴―桜花に生けとし生きるものを結ぶ輝き―――。
鶴―永久の美しさ―――。


太陽と月が合わさった、神秘的な象徴にふさわしい、美しき名前を―――。

622 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:26:12.763 ID:3FmzA6P20
そして、鈴鶴さまは人の血もあるけれど、月の血の方が濃いようで長生きするそうです。
そして、月の民の、高貴な血を持って生き返ったというわたくしも同じと言われました。

そう、わたくしと鈴鶴さまは不老長寿の肉体を得たのです。

月に住まう、月の民は、15年で身体が成熟する―と姫君―鈴鶴さまのお母様は言ったそうです。


讃岐造と名乗った鈴鶴さまのお父様は、15年後、わたくしに鈴鶴さまを全て任せると言いました。
そして、その時になれば鈴鶴に月の民のことを話す――と。

623 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/06 00:27:05.426 ID:3FmzA6P20
そして月日は流れていきました。

鈴鶴さまはすくすく育ち、普通に御飯も食べられる――ようになったかけれど
乳離れ―――いいや、血離れはできませんでした。


けれど、わたくしはそれで構いませんでした。

日に日に鈴鶴さまに接していくたび、鈴鶴さまのことを愛おしく想うようになったからです。

624 名前:社長:2015/09/06 00:27:50.980 ID:3FmzA6P20
ヤミと鈴鶴さまは10さい差。

625 名前:きのこ軍:2015/09/07 00:35:23.727 ID:wh2Sobtso
スピンオフいいぞ

626 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/07 00:37:54.361 ID:swZFropA0
――そして、ある夜。


ヤミ「鈴鶴さま………
   
   鈴鶴さまの血を飲んでも、よろしいでしょうか?」
わたくしの血を飲み終えた鈴鶴様に、そう言いました。
恥ずかしい気持ちを、ぐうっと押さえつけながら、勇気を出して。


鈴鶴「……?」

わたくしの心臓の鼓動が高まり、息が少し荒くなるその様子を、
鈴鶴さまは首を傾げて、見つめていました。

627 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/07 00:39:16.546 ID:swZFropA0
鈴鶴「……ヤミ、血を飲むの?」
けれど、無垢な瞳で見つめながら、問を返す鈴鶴さま。
わたくしはただうなづいて、鈴鶴様の問いに応えました。

鈴鶴「…いつも、ヤミから美味しい血をもらってるから、いいよ」


ヤミ「…あ、ありがとう、ございます……鈴鶴、さま……」

鈴鶴さまの優しい声が、わたくしを包み込み、わたしの顔を桜色に染めました。
傷痕の残る、客観的に見て避けられるのも仕方がない顔だけれど、
鈴鶴さまはただやさしくそこを撫でてくれた感触は、忘れられません。

ふわふわで、ちいさな、白いお手手で―――。

628 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/07 00:41:27.994 ID:swZFropA0
ヤミ「……ん、っ、ぺろ、ぺろ……」
鈴鶴さまの首筋に唾液を濡らし、痛くないように指で其処を撫でて。

ヤミ「はむっ……ん、くっ……ちゅ……」
ゆっくりとゆっくりと歯を立てて、鈴鶴さまのいのちを舌で舐めとりました。


鈴鶴「ん…あ…っ……」
鈴鶴さまの顔が、紅く染まったのが、見て取れてわかりました。

恥ずかしそうな表情で見つめられたせいか、
わたくしの心はぐしゃぐしゃに、めちゃくちゃに昂って―――。


わたくしはつい、鈴鶴さまを押し倒してしまいました。

629 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/07 00:43:56.672 ID:swZFropA0
――鈴鶴さまだけが成長するのではなく、わたくしの身体と精神も育っていました。
そして、それは大人へ近づいていくということ。


鈴鶴「ヤミ……?」
鈴鶴さまは、何が何だかわかってない様子で、じいっとわたしの顔を見つめました。

ヤミ「鈴鶴さま、あ、…あっ…
   その、ごめんなさい…………
   うっかり、姿勢を崩してしまって――――」

――わたくしは、鈴鶴さまの頭をやさしくなでながら、
鈴鶴さまと一緒に眠りの海に沈んで、その場をごまかしました。

630 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/07 00:44:29.057 ID:swZFropA0
――――わたくしは―――本来なら、非難されるべきかもしれないし、そうかもしれないでしょう。
実の妹のような存在に、恋するということは―――。


けれども、鈴鶴さまを愛おしく想う気持ちは――家族愛のようなものではなく――
恋人のように――異性ではなく、同性―――

女の子だけれども、確かに恋する気持ち、そんなものでした。


来る日も来る日も、鈴鶴さまと血と血を吸い合って、互いの身体を満たしてゆきました。
――それは、それはとてもとても、背徳的ななにか―――――。

631 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/07 00:45:08.991 ID:swZFropA0
ヤミ「鈴鶴さま……今日も、吸い合いましょう?」
わたくしの手が、鈴鶴さまの身体を撫で―――。

鈴鶴「うん、……今日も、撫でてね?」
鈴鶴さまも、わたしのことを撫で、心と心を繋げあわせました。


それは―――赤い糸なのか、それとも別の糸なのか?
――それは分からないけれども、切れない切れない糸ではあるでしょう―――。


わたくしは、死んでしまっているけれど、魂だけは鈴鶴さまの中にある。
―――そう、その糸は切れぬ糸なのです。

632 名前:社長:2015/09/07 00:46:10.448 ID:swZFropA0
殺人事件てタイトルだけどとっくに終わってね?てツッコミはやめてね

633 名前:きのこ軍:2015/09/07 22:30:15.691 ID:wh2Sobtso
乙だぞ

634 名前:791:2015/09/07 23:32:15.996 ID:b3UstPkso
そもそも殺「人」なのかってつっこみは?

635 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/08 00:09:21.469 ID:/UgK5Vdg0
―――月日は流れて、鈴鶴さまの身体も、すくすくと育っていきました。
女の子らしい身体つきに育ち、みどりの黒髪はたっぷりと伸びて―――。


時には鈴鶴さまがお父様と太刀の修行をしているのを見て、
時にはわたくしが天の狗としてやっていた修行や、ちょっとした旅に出かけて―――。


ちょっとした旅の最中、鈴鶴さまを抱っこして、山の中を駆け巡ったのは、今でも忘れられません。


わたくしの、この天の狗の力を、たいせつな、大好きな人に認めてもらえることが―――。



できるならば、今一度したいぐらいに―――。

636 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/08 00:20:56.861 ID:/UgK5Vdg0
山の中で、鈴鶴さまと一緒に座り込んで、鈴鶴さまを膝の上に座らせて―――。

鈴鶴「ふふ、ヤミってすごい……
   速くて、速くて―――ねぇ、ぎゅうっとしていい?」

ちいさな鈴鶴さまの、やわらかですべすべのお手手に衣を掴まれ、わたくしの心は嬉しさに満ち溢れました。

ヤミ「…もっと、ぎゅうってしてもいいですよ?」

鈴鶴様の頬に、軽く口づけをしながら鈴鶴さまを抱きしめて、鈴鶴さまの髪を撫でて―――。


素晴らしい時間であり、永遠に離したくない時間―――。
そう思いながら、鈴鶴さまのやわらかな身体の感触を味わっていました。

637 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/08 00:21:34.174 ID:/UgK5Vdg0
―――時間が経てば経つにつれて、鈴鶴さまの美しい髪は姫君のごとく、さらにさらに伸びていきました。
伸びる伸びる髪の毛は、前が見えるようにだけして、伸びるに任せて。

初めは肩まで――それが背中を、腰を、そして足に伸びるほどに――――。
地面に付いて、汚れるといけないから最低限髪を結えど、その長さはとてもとても長くなりました。

髪を洗うだけで、時間がとても経つほど―――。

気が付けば、結いでおさげ髪にしたものは、上から見れば正七角形になるほどに――。

638 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/08 00:22:12.389 ID:/UgK5Vdg0
―――その長い長い髪の毛は、とてもとても綺麗で。

鈴鶴「―――あっ、ヤミ……
   あ…そんな、だめ、だよ…?」


ヤミ「ん…はぁ、……っ…ぺろ、…ちゅっ…」
頬ずりをし、時には舌で嘗めて―――。

鈴鶴「もう、ヤミ――」
そして、そんなわたくしの頭を、鈴鶴さまのふわふわのお手手が撫でてくれて―――。


―――ずうっと、幸せに暮らしていました。

639 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/08 00:23:16.647 ID:/UgK5Vdg0
けれど、鈴鶴さまが15歳になった、その日――。
わたくしの、天の狗として運命が変わって15年―――――。


お父様が真実を話した直後、わたくしの里を滅茶苦茶にした妖殺しはそこに来たのです。
そしてその妖殺しは、鈴鶴さまを狙う月の民が率いた集団だったのです―――。


―――お父様はわたくしに鈴鶴さまを――鈴鶴さまにわたくしを託し、
わたくしたちを逃してくれました。

640 名前:社長:2015/09/08 00:24:01.971 ID:/UgK5Vdg0
ヤミはおさない女の子に何かいけないことをしている気がする。

641 名前:きのこ軍:2015/09/09 19:01:36.132 ID:w5DefbeQo
本編へ。

642 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/12 23:43:19.041 ID:VESLkmlE0
わたくしの翼が空を舞いあがった―――。
わたくしの腕が、鈴鶴さまを抱いていた―――。


鈴鶴さまとわたくしは、お父様の対峙する光景から遠ざかり、
心を押し潰されそうな気持ちに包まれながら、奴らから逃げてゆきました。


しかし、道中、ずうっと逃げてきた疲れで、わたくしと鈴鶴さまは海の中へと落ちてしまいました。
――けれども、鈴鶴さまは離さぬ一心で、ぎゅうとその身体を抱いていたことを覚えています。


643 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/12 23:45:42.715 ID:VESLkmlE0
しばらくして、目が覚めました。

そう――――わたくしたちはシズさまとフチさまに出会いました。
ふたりにいのちを救われたのです。


そして、ふたりに月の民について、月で起きた出来事について教えてもらい、
ふたりの住処へと行って、ふたりと共にわたくしたちは、敵に対抗するために修行を行うことになりました。
海に沈んだ月の神剣を引き上げるために、鈴鶴さまが狙われているから―――。

644 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/12 23:45:55.988 ID:VESLkmlE0
苦しいけれど、鈴鶴さまと一緒なら乗り越えられた―――。
それに、わたくしにとって妖殺しは天の狗の仇です。

その復讐のためなら、いくらだって頑張れました―――。

フチ「ほら、精神がまだまだ乱れてるわよ
   もう少し、風と心を同化させなさいっ」

とくに、フチさまに、天の狗の得意とする、風の術を鍛えてもらったことが、一番印象に残っています。

本来なら仲間に教えてもらうそのコツを、親のように教えてくれたから――。

厳しい修行の中で、精神力を用いて発動させる術を、徹底的に伸ばされました。

645 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/12 23:46:18.072 ID:VESLkmlE0
――――月日は経ち、いつしか鈴鶴さまのことをシズさまやフチさまも愛するようになり。

鈴鶴さまとわたくしは、何とか奴らに対抗するための武力を得ることが出来ました。

風の術だけではなく、格闘術も。
わたくしの左手は、あまり使い物にならないので、それを補える技術を。

それは空を飛ぶ技術であり、相手に反撃する技術であり、接近戦を可能とする技術であり。




そして、わたくしの里を襲った存在でもある妖殺しへの復讐を果たし、月の神剣を封じ込めました―――。
何はともあれ、もう、忌まわしき因縁からは逃れられ、鈴鶴さま、シズさま、フチさまと共に日々を過ごしました。

646 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/12 23:46:54.164 ID:VESLkmlE0
けれども―――。


けれども、それから千代を越えたある時―――。

――月の神剣を狙った、その残党が、月の神剣を引っ張り上げたのです。
黄泉返したかは分からないけれど、鈴鶴さまのお父様を使い、そしてそのお父様をも斬り殺して―――。
残党たちは、月の神剣を得、彼らが成し遂げられなかったことを再び成そうとしていました。


そして、わたくしたちはそれに立ち向かったけれど――――
――――わたくしたちの命は途絶えました。

そう、黄泉剣に喰われたのです。
―――この剣は、月の民だけを喰らう―――そういう神剣―――なぜ、喰われたのか?
それは、わたしはもらい物ではあるけれど、その、月の民の血は身体に流れていたから――。

――切り裂かれる痛みは一瞬。喰われる痛みがないのが、ほんの温情でしょうか。
わたしの魂魄はぐちゃぐちゃに、剣の中に溶け込みました。

647 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/12 23:47:55.882 ID:VESLkmlE0
そして絶望しきった鈴鶴さまは、邪神――百合神へと堕ち、

暴走した後、闇の彼方へと封じられました。




二度と、光ある場所へ出られないように。

648 名前:社長:2015/09/12 23:48:37.541 ID:VESLkmlE0
まだ続くよ!
なんというキングクリムゾン展開なのか。

649 名前:きのこ軍:2015/09/13 00:37:15.612 ID:YOQPPN8go
悲しい。

650 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:26:50.122 ID:OJI9s7rs0
――――けれど、再び顕現してしまった。

何故かは分からないけれど、恐らくは何か意味がある事なのでしょう。


運命が、鈴鶴さまの復活を選んだことには。

651 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:27:16.303 ID:OJI9s7rs0
鈴鶴さまの身体には、月の神剣が宿っています。


そしてその中には、様々な喰らった者の力が宿っています。
それはわたくしの、天の狗としての力も――シズさま、フチさまの力も―――

あるいは、名も知らぬ誰かの力も―――。

652 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:42:50.239 ID:OJI9s7rs0
そして、鈴鶴さまは嘗て百合神(ユリガミ)という邪神と呼ばれたことを省みて―――
百合神(ツクヨミ)という、善の存在になろうとしていました。


フチさまの持っていた、式神をつくる力を用いて、神に仕えるような姿かたちの少女の式神を生み出し――

そして、その少女の式神を使い、迷える者の迷いを聞くことを―――。

―――その場所は神社。
最も、そこはこの世のどこにもない、闇の中、悩みを持つ者しか入れない結界の中にあります――。

653 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:47:24.868 ID:OJI9s7rs0
今宵も、悩みを聞くために、ひとりの男性が其処へ来ました―――。

さて。
鈴鶴さまが聞く悩みは、ひとつは恋愛相談―――。
適当なお賽銭を託し、そして恋の悩みを聞き、その解決法を考えてくれます。


そしてもうひとつ―――。


その男性は、札束を詰めたカバンを、賽銭代として、その場に置きました。

654 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:48:43.330 ID:OJI9s7rs0
式神「―――用件をどうぞ」
そのカバンの中の金を見て、偽物の金でないことを確認した式神は、願いが何であるを聞きました。
鈴鶴さまは、影でその様子を見ています。


男「うむ………
  ――御坊天山に住む、天狗の里を、滅ぼしてほしい!
  と言っても、天狗という存在から話した方がいいか?」

655 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:48:59.165 ID:OJI9s7rs0
式神「………いえ
   それで、なぜその願いを……?」

男「あ、ああ…
  私の、娘が……こいつ等に食い物にされたのだっ
  まだ10歳!10歳なのにッ!
  そして最期は無残な姿で見つかった……恐らくは、飽きて殺したのだと思われる

  ともかく、こんなのは酷いと思わないかっ!

  天狗という人にははかり知れない存在は、同じ神に頼むに尽きる!
  復讐だ!奴らを殺してくれっ!」

656 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:49:11.514 ID:OJI9s7rs0
式神「分かったわ、引き受けましょう
   だが、それが嘘だったなら…………」


男「う、嘘なんてついていない!」


式神「…………」


男「ともかく、宜しく頼むぞ……!」

―――男が立ち去るのを物陰で見届けた鈴鶴さまは、式神を空へ還し、神社の外へと出ていきました。

657 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/13 14:50:04.668 ID:OJI9s7rs0

そう、鈴鶴さまは、時折殺し屋としての願いを聞き入れるのです。


専ら誰かの復讐を―――。特に、誰かの操を奪いしものを―――。

658 名前:社長:2015/09/13 14:50:26.921 ID:OJI9s7rs0
百合神伝説の件もこのパターンらしい

659 名前:名無しのきのたけ兵士:2015/09/13 20:15:56.401 ID:RwNPcQxY0
人の願いを叶えていたのか。

660 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/14 21:55:39.635 ID:sigWRjo20
―――御坊天山。



鈴鶴「………」
鈴鶴さまは、白い絹を着た、黒髪の幼子の式神を――鈴鶴さまの髪の毛をヨリシロに生み出しました。

661 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/14 21:55:54.535 ID:sigWRjo20
鈴鶴さまは不老不死の存在―――。
切った髪の毛は、容易くくっ付き、元に戻すことができます。


けれどあえて、切ったまま式神のヨリシロにして、御坊天山の周りに式神を歩かせました。

662 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/14 21:56:52.998 ID:sigWRjo20
一日、二日、三日―――そうして、件の天狗は現れました。


天狗1「……………」
わたくしと同じような、羽の生えたからだを持つその存在。
その目は、汚らしくギラついていました。

式神「………?」
式神は首を傾げ、その様子をただじいっと見るだけ。


鈴鶴さまは、その様子を木陰からただじいっと見ています。

663 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/14 21:59:49.264 ID:sigWRjo20
天狗1「……ふふふ
    その白い肌…その幼いながら美しい顔…

    ぜひとも、子を孕ませたい、な………」

天狗は、式神へと襲いかかりました。
そして、乱暴にその白い絹を掴み、剥がそうとして―――。


鈴鶴・式神「魔女の囁き――――」


その式神の操を護る為、
鈴鶴様の操を護る守護霊【魔女の囁き】がその天狗を吹っ飛ばしました。

664 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/14 22:01:56.251 ID:sigWRjo20
天狗1「ぐぼぉッ?!」

鈴鶴さまを護る存在が、どうして式神をも護ったのでしょうか?
――それは、鈴鶴さまの髪の毛をヨリシロにした式神だから。

鈴鶴さまの魂魄を護る式神は、鈴鶴さまの髪の毛一本だろうと護るから――。

たとえちぎれた髪の毛でも、指でも、首でも、離れた魂でも、鈴鶴さまを護るから―――。


だからこそ、鈴鶴さまはこうして式神を囮に、標的を燻し出したのです。

665 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/14 22:03:05.687 ID:sigWRjo20
鈴鶴「………」
鈴鶴さまは、のびているその天狗の首をへし折り、そして引きずりながら山中を歩いていきました。


髪をヨリシロに呼び出した式神の少女を、複数連れて。

666 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/14 22:05:53.498 ID:sigWRjo20
道中、式神を捕まえようとした天狗がいたけれど、
【魔女の囁き】の力を利用し、返り討ちにしてゆきました。



鈴鶴(………どうやら、ここが里のようね)


そして、滅ぼせ、と願われた天狗の里へとたどり着きました。
鈴鶴さまは、死体を適当なところに固めて捨てて、式神を里へと入れました。

667 名前:社長:2015/09/14 22:09:49.500 ID:sigWRjo20
魔女の囁きは「百合神のすべて」を護るのだ…………
百合神であればどこでもいい。全ての男を吹き飛ばす!

百合神の「魔女の囁き」が完璧なのはそこなのだ!
身体を切れ離そうとも、男から操を護る!
細胞ひとつだろうと、止められる!

668 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:01:49.674 ID:rVt0U98k0
天狗2「しかし、奴ら帰ってくるのが遅……
   ん?なんだ、この女たちは……」

天狗3「迷子か?どちらにせよ、エサが大量に迷い込んできたようだな…
   ――――ふふふ、孕ませるか?」
―――天狗たちは、汚らしい、ドロドロした考えを持ってして
式神たちを迎え入れる態度を取りました。


鈴鶴「………」
鈴鶴さまは、式神と視覚を共有させ、その様子を見て―――。

鈴鶴(………鏖、ね)
―――その里の天狗を、鏖にすることを決めました。

皮肉なことに、愛する人、鈴鶴が―――
かつて妖殺しがやったように、天狗の住まう、その里を滅ぼすことを決めたのです。


けれども、そこに嫌悪感はありません。
このような集団をわたくしだって、シズさまだって、フチさまだって見過ごすことはしないでしょうから。

669 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:03:26.951 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「……………」
鈴鶴さまは式神を、元の鈴鶴さまの髪の毛へと戻し―――。


そして、引きずってきた死体を里の中へと放り込みました。

670 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:05:02.607 ID:rVt0U98k0
天狗2「な、なんだ!?消えたぞ……」

天狗3「お、オイ!あいつらの、死体じゃねえのか?」


そして、天狗たちがざわめいている、その中に―――。



鈴鶴さまは、堂々と、胸を張って、其処へ現れました。

671 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:15:48.934 ID:rVt0U98k0
中にいた、十数人の天狗の男たちは鈴鶴さまを見て、大層驚いていました。


天狗3「ぐ、お前らこの女を捕えるぞォッ!
    このような、カスみたいなアマを孕ませるぞォッ!」

そして一人の声で天狗の男たちは鈴鶴さまを捕えようと、鳥のように飛びかかりました。
けれど、鈴鶴さまは、その程度の力に負けるほどやわな子じゃありません。


その天狗たちの動きは、あくまで普通の人間を相手にするもの。

対する鈴鶴さまは、さまざまな鍛錬をした、普通ではないものを持っているから。

672 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:18:33.939 ID:rVt0U98k0

鈴鶴さまは、左腕に眠りし月の神剣の力を引き出しました。
鈴鶴さまの右目が、漆黒と青白へと変じました。

―――そして、月の神剣に眠っているわたくしの、天の狗の力を身体に纏わらせたのです。


鈴鶴「はっ!」
そして、飛び掛かる天狗よりも高く高く跳び、
それと同時に着地点にいた天狗に、風圧をこめたひと蹴りを加えました。


―地面にめり込みながら、そいつの首をへし折り、それと同時にまた別の天狗へと真空の刃を飛ばしていきました。

673 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:20:00.662 ID:rVt0U98k0
鈴鶴さまに翼はないから、ずうっと空を舞うことはできないけれど、
それでも天の狗の力は、人より高く跳ぶことはできます。


その力を使って、ハヤブサの如き素早さで、天狗たちをなぎ倒していきました。

674 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:25:03.347 ID:rVt0U98k0
天狗4「ひ、ひえ」
天狗5「う、う、うわあああッ!!!
   逃げるぞ!!!」

けれど、残ったひとりふたりは、その場から逃げようとしました。


鈴鶴「―――真空刃」
最も、鈴鶴さまは冷静に、天の狗の奥義である、その技で対処しました。
風を刃の如き、カミソリの如き鋭さにし、そしてそれを一直線に飛ばす、その技で。


辺りには、天狗の死体が十数人、首の折れた者や、刃で切り裂かれた者が転がっているのを、
鈴鶴さまはただじいっと眺めながら、その里にあった建物の中を探っていきました。


675 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:25:56.171 ID:rVt0U98k0
ひとつ、ひとつ。
生活空間らしい場所、倉庫らしい場所、そして―――。
奴らの、おぞましい性的欲望で塗り潰されていた場所―――。


そこには、数人の天狗の少女が――、奴らの性欲の捌け口になっていたであろう少女が居ました。
吐き気のする異臭、そして腹を膨らませた少女、赤子に乳をやっている少女が。


奴らが生きていた時は、生き地獄であったことが、容易に読み取れます。

676 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:26:28.300 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「…………」
鈴鶴さまは、その様子をただじいっと、けれど心を重くしながら見ていました。



少女1「あの………」
ひとりの少女が、鈴鶴さまへと声をかけました。

677 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:26:42.385 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「…………」


少女1「奴らが入ってこないのに、女性のあなたが入ってこれるていうことは
    …その、奴らを殺したのでしょうか?」

678 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:27:33.736 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「ええ………」

少女1「ならば、そのあなたにお願いがあります」

鈴鶴「―――用件は、なにかしら……」

少女1「その、わたしたちのことを、殺してくれませんか?」
少女が、涙を流しながらそう言いました。

679 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:29:04.360 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「………!」
鈴鶴さまの身体がぴくりと、その言葉に反応しました。


少女2「わたしたちは、あいつらのものとして、とてもとてもひどいことを…
    無理矢理女性たちを孕ませ、そして産まれた男はその仲間に、女は酷い扱いを―――」
それに続き、もうひとりのことば。

少女1「……あいつらが殺されたのは分かっています
    ――もう、この地獄から解放されたのだと


    でも、わたしたちは、もう、死んでしまいたいのです」
涙を流しながら悲痛な願いを話すのを、鈴鶴さまは、聞いていました。

その心情は果てしなく、怒り、空しさ、悲しさを交えたそれで――。

680 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:29:31.546 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「………分かったわ」
そして鈴鶴さまは、その願いを聞き入れました。


少女1「この里は、何事も無かったかのように、燃やしてくれませんか?
    こんな地獄のような里は、もうなかったことにしてほしいのです」

681 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:31:17.175 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「それも、引き受けるわ…
   …ほかに願うことは、ないかしら?」

少女3「あなたは、天狗の里をほかに知っていますか?」
心配そうに、赤子を抱く少女が言いました。

鈴鶴「ええ……信頼の置けるのを、知っているわ…」

少女3「ならば、ここにいる赤ん坊を、その里に……
   この子たちは、何の罪もない、何の被害もない子だから…」

鈴鶴「分かったわ、引き受けましょう」


少女3「ありがとう、ありがとう…」

682 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:32:28.781 ID:rVt0U98k0
鈴鶴さまは、赤ん坊を、ヒトゴロシのその場面を見せないようにしてから、
太刀の刃を、その鞘から―――。


天狗を倒すのには、一切使わなかったその刃を、鞘から抜きました。

683 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/19 19:35:38.396 ID:rVt0U98k0
鈴鶴「貴女達を―
   痛みないように、一思いに―――」

少女1「お願いします………」


鈴鶴「月影黄泉流―――」


   ――――――姫百合」

鈴鶴さまの、最高級の剣術の、もっとも高みにあるその技は―――。


少女たちの首を、痛みすら気が付かない一瞬で落としました。


鈴鶴「………」

そして鈴鶴さまは、少し涙をこぼしながら、その地獄の部屋を後にしました。

684 名前:社長:2015/09/19 19:36:39.952 ID:rVt0U98k0
もうちょっと続くらしい。

685 名前:きのこ軍:2015/09/19 23:17:40.561 ID:QMaqHLcAo
儚くも美しい

686 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:45:00.589 ID:u5v1RfJ.0
そして、赤子を抱きながら、別の天狗の里へと向かいました。
鈴鶴さまが再び顕現し、様々なところを彷徨っていた時に見つけたそこへ。


天狗の長「…おお、鈴鶴か!
     また会うとは…何のようだ?」


鈴鶴「この子たちを、引き取ってもらいたいの…」
赤子たちを見せながら、長へと話しかけました。

687 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:45:46.091 ID:u5v1RfJ.0
天狗の長「む…?どういうことだ?」

鈴鶴「別の天狗の里で、無理やり子を孕まされてた末に産まれた子なの…
   女性を攫い、無理やり孕まさせていた里で産まれた、子…」


天狗の長「な、何ぃ!?
     そんな、下種なところがあったのか…」
深刻そうな表情をしながら、その赤子を見つめる長を、鈴鶴さまはじっと見ていました。


天狗の長「分かった、引き取ろう
     …産まれた子には罪はないかからな」
天狗の長は、そう言うと配下の天狗を呼び、そして赤子を引き取らせました。

688 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:48:00.090 ID:u5v1RfJ.0
天狗の長「………そんな里は、わしたちで滅ぼしたい…と思うが
     鈴鶴がわざわざ持ってきた、ってことはもう滅ぼした後だろうな」
天狗の長は、鈴鶴さまがどういう人なのかを分かっているため、そう納得しました。



鈴鶴「………」
その様子を、鈴鶴さまはただじいっと見ているだけ、
鈴鶴さまは、一緒に暮らす人以外とは、あんまり多く喋らないために。

けれど、わたしたちと暮らしていたあの頃より、口数は少なくなっています。
それはわたしたちが死んだ悲しみか、再び顕現したあとに見た様々な出来事に依るものか。


天狗の長「この子たちはよき天狗になるように育てる
     鈴鶴、もう行くのか?」

鈴鶴「ええ…やることがあるから…
   頼まれ事の、最後の一つを………」

689 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:50:50.403 ID:u5v1RfJ.0
天狗の長「うむ……
   あ、だが………一つ気になることを聞いたので伝えたいのだが」

鈴鶴「……なあに?」


天狗の長「いや、な……天狗の羽というものが、密かに闇の商店で並んでいると聞いたのだ」


鈴鶴「ふうむ、闇取引……」


天狗「だが、ま……当分は関係のないことかもしれん
   達者でな…」


鈴鶴「ええ………」
鈴鶴さまは、その声に会釈し、その場を去っていきました。


690 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:51:23.352 ID:u5v1RfJ.0
そして、件の、御坊天山の天狗の里へと戻り、死体転がるその場所を見回していました。

鈴鶴さまに託された、この里を消し去ることを。
わざわざ先にやらなかったのは、赤子を届けることを優先したから。
燃やしてから去らなかったのは、適当に火をかけて、辺りの木々に燃え移らないようにするため。


鈴鶴「……!」
鈴鶴さまは、何かの気配を察し、木陰へと隠れました。

691 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:52:54.041 ID:u5v1RfJ.0
…そこには、鈴鶴さまに願いを託した男が、部下のような男たちを引き連れてそこにいました。

男「…さすがは百合神だ…私の娘の仇をとってくれている!」

部下1「やりましたね……」

男「……よし、恨みを果たしたうえ…そしてついでに、この天狗のモノを頂けるのだ
  この文化品をまた、いつものように店に流すぞ…」

部下2「そうですな…」



鈴鶴「…………あぁ、世の中というのはなんて狭いものなのかしら」

―――その話を聞いた鈴鶴さまは、其処へ姿を現しました。

ゆっくりと、ゆっくりと―――。

凍てつくように、幽霊のように、おどろおどろしく言葉を発しながら。

692 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:57:08.829 ID:u5v1RfJ.0
男「!
  だ、誰だ……?」


鈴鶴「どこぞで、天狗の羽などを裏取引している団体があるという…………」
その問いには答えず、淡々とただ鈴鶴さまは語りました。


男「ま、まさか、百合神……」

鈴鶴「―――娘の復讐と、密売には何の接点もない……」

男「ま、待ってくれ!
  違う、それ混みでの恨みを…」


鈴鶴「此処以外にも、しているじゃない…?
   それも娘の復讐?いいや、違うわよね?
   
   あなたは、娘の復讐はこの御坊天山に限定している……」
鈴鶴さまはじりじりと、氷のような冷たい瞳で男たちへと近寄りました。

693 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:57:49.659 ID:u5v1RfJ.0
鈴鶴「月影黄泉流――――

   姫百合」


そして、その場にいた男たち、いともたやすく、あっさりと切り飛ばしました。

694 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:58:37.089 ID:u5v1RfJ.0
そして、その死体の山ある天狗の里に、鈴鶴さまは火をかけました。
燃える死体、燃える悪しき文化――。


そして、その里はただの燃えカスだけが残る、山の中の開けた空き地へとなりました―――。


鈴鶴「せめて、あの世で幸せに―――」
鈴鶴さまは、少女たちの死体へ祈りを捧げ、丁重に葬ってその場を立ち去っていました。


―――鈴鶴さまの背中は、とてもとても寂しそうでした。

わたくしが抱きしめてあげたいほどに。

いいや、シズさまも、フチさまも………。

695 名前:天狗ヶ里殺人事件:2015/09/22 01:58:51.603 ID:u5v1RfJ.0
天狗ヶ里殺人事件 完

696 名前:社長:2015/09/22 01:59:18.850 ID:u5v1RfJ.0
次回!は誰の話だろうね。

697 名前:791:2015/09/22 03:35:05.466 ID:XLf7kfJko
更新お疲れさま!
ちょっと寂しい話だったね
次は誰かな

698 名前:きのこ軍:2015/09/22 20:12:45.706 ID:KvPWvgEso
百合神さまは縛られ続ける。

699 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:57:16.305 ID:Xq8Lt4m.0
かぁん、かぁんと金属を叩く音が聞こえる。

――顔に汗を浮かべながら、少女は焼けた鉄を叩いている。


宙は永遠の暗黒、星々輝く暗黒に囲まれたその鍛冶場で、少女は武器を作っている。
在り合わせの素材を用いて、性能の良い武器を。

700 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:57:33.954 ID:Xq8Lt4m.0
宙は永遠の暗黒、星々輝く暗黒に囲まれたその鍛冶場で、少女は武器を作っている。
在り合わせの素材を用いて、性能の良い武器を。


少女の名は鈴鶴(すずる)。

静かに、何も言葉を発さず、鍛冶作業をしている。
刀を、銃を、斧を―――さまざまな武器を。


鈴鶴「………」
そして鈴鶴は、出来上がった武器の仕上がりを見て、気に入らないものを片付け、外へと出て行った。

701 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:02.303 ID:Xq8Lt4m.0




       鍛 冶 屋 衛 兵 伝 説






702 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:16.873 ID:Xq8Lt4m.0
――――水の中のような、前後左右、上下も分からぬところを、わたしの意識が漂っている。



ここは、鈴鶴の意識の中。
鈴鶴が、わたしの意識が鈴鶴のそれにあることきは気が付くことはないだろう。


―――けれど、わたしの愛する人、鈴鶴をただ見るだけでいい。

703 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:33.383 ID:Xq8Lt4m.0
魄のない、死んだその身では、それだけで満足できる。

いいや、本当のことを言えばそれは嘘になる。

けれども、それは叶わぬ望み―――。

704 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:59:13.293 ID:Xq8Lt4m.0
鈴鶴は、武器を漆黒の高機動車に乗せ、車に道路を走らせている。
時折、後ろの様子を探りながら、目的の場所へと向かって往く―――。



静かな、石造りの建物へと車を停め、武器を抱えその裏口へと歩いて行った。
扉の中から、その来訪者を確認した男は、扉を開け、鈴鶴を出迎えた。

705 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:59:36.900 ID:Xq8Lt4m.0
男「持ってきた武器を、見せてくれ………」


鈴鶴「……………」
鈴鶴は、無言で武器を包んだ布を机の上に置いた。


男「………ふむ、ふむ
  いつみても、お前のその腕には驚かされる」
そして男は、それらを軽く検品し、賛辞の言葉を述べた。

706 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:01.901 ID:2xseXwZ20
男「お前の武器は、素晴らしいものだ…
  上客の、きのたけ会議所も、お前の武器が入ると喜んでいるしな……」


鈴鶴「そう……」
鈴鶴は、その賛辞には興味がなく、ただ壁に背を預けてじいっと話を聞いていた。


男「何しろ、他の武器と比べて軽く、使いやすい…
  それに、職人の技術が惜しみなく使われていて、評判がいい………

  本職の俺でも、お前に勝つのは難しそうだ、ははは……
  もっとも、あんたは違う意味での、【武器屋】だが……ふふふ…」

707 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:15.858 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「…………」
鈴鶴は、時折この武器屋へと、自身の製造した武器を売っている。
どうしてこの武器屋なのか?

それは、この武器屋は鈴鶴が信頼している武器屋だからだ。
口が堅く、尚且つ武器の知識に富み、きちんとした態度で商いをしている。
その上、鍛冶技術も整えた、その道のプロなのだ。

鈴鶴は、男は嫌いだが、その全てを否定しているわけではない。
あくまで、性に関わることが嫌いなのであり、技術・人生といったことは認めているからだ。
それにこの男は、鈴鶴と同じサガを持っている人間であり、鈴鶴も無駄話を聞いている。

708 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:29.868 ID:2xseXwZ20
男「それはともかく、代金だ………
  しかし、最近はハイテクな機械がブームで、
  こういうアナログな武器は需要が減っているのが悩みだな……

  もっとも、俺も鍛冶屋だから、そのパァツの制作依頼を受けている、のだがな……」

男は、代金を渡しながら話を続けた。

709 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:23.909 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「………そう
   貴方の担当する、その武器の部品は?」
だからこそ、鈴鶴はこうして無駄口に付き合う。
世の中の流れを知るためにも。


男「うむ、最近武器界隈を賑わしているのは、巨人だ……
  飴細工を用いたもので、魔力を増幅させる機能のついた戦闘用の巨人だ……」

男は、該当する新聞の記事を取り出し、鈴鶴へと見せた。

710 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:41.628 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「全長10〜25m、高位スキルの発動可、簡単な操作で動く……………
   一人乗りながらも、完璧な大戦をサポート………
   これを見る限りは、軍事用の乗り物、といったところね………」

男「ああ………そいつのパァツの制作依頼だ……
  こいつの外装などは硬質飴細工だが、内部は複雑な機構が組まれているのだ
  魔力を増幅させるために必要な、宝石の加工を頼まれた……
  巨人の腕・足に効率よく魔力を送れるようにするための、中枢部分の、な……」

711 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:57.388 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「………
   けれど、誰でも術を扱えるためにはそれなりのものが必要だと思うけれど……
   そんなに、ブツはあるの?

   高性能なものになると、色々と面倒臭いんじゃない?」

男「ああ…実際のところ、天然品は2つぐらいしか用意できなかったらしい
  残りは、人工の奴だ、な……

  ま、本来は天然品が一番増幅力があるのだが、まぁ人工品でも大体は変わらんからな…」

712 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:04:32.705 ID:2xseXwZ20
男「ああ……だが、ま…限界ギリギリまで魂を込める必要はあるがな…
  おっと、それはお前は既にわかってることだったな」
――いろいろと話をして、男はふとじっと鈴鶴を見た。


男「……そうだ、お前も手伝ってくれないか?金は当然出す……
  材料がコイツで、これが求められている仕様だ、お前は信頼できるからこそ頼みたい……」
男は、鈴鶴へと、願いを言った。


鈴鶴「………分かったわ、引き受けましょう」
――そして、鈴鶴はその言葉に承諾した。

713 名前:社長:2015/10/06 00:04:53.711 ID:2xseXwZ20
巨人とはいったい何なんだろうね。

714 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:05:42.736 ID:Scimt2.60
男「うむ、ありがたい………
  道具も用意してあるから、今すぐ頼む…」




鈴鶴「ふむ………」
鈴鶴は、仕様表を見ながら、宝石の加工を行った。
その手捌きは、丁寧で、てきぱきとしたものだ。
鈴鶴は静かに――そして、男も静かに、用意された宝石を指定の形に加工していった。

715 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:06:25.529 ID:Scimt2.60
鈴鶴「………」
その瞳に写る宝石の光は、黒い瞳の闇の中へと消えるほどに、眼差しは真剣だった。

指定された加工品は、巨人の全身に魔力を送るために、多数の導線と絡み合える形だ。
宝石が美しく見えるものではなく、それよりも遥かに困難な加工を、鈴鶴は、男は熟(こな)していく。


人工品の宝石を多数加工し、仕様通りの品はそこに並べられてゆく。

そして、天然品の、価値の高いそれも、漆黒の瞳に呑まれながら、指示された形へと変わっていった

716 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:07:24.917 ID:Scimt2.60
――数時間後、完成したそれらをそこに置いて、鈴鶴と男は検品していた。

鈴鶴「ふぅ………指定通りにできたわね
   しかし、やはり貴方も相当な腕前ね……寧ろ、鍛冶屋じゃあないわたしにとって
   本職の貴方に、敬意を表すわ……」

男「……あんたにそう言われると、喜ばしいな…
  しかし、あんたも本職じゃあないにも関わらず、よくやるよ、本当に」


鈴鶴「いいや、わたしは、まだまだよ……
   永遠に、ね………」

―――それは謙遜というよりは、恐らく、わたしを忘れていないがための発言だろう。
鈴鶴はそう言って、代金を受け取り棲家へと帰って行った。

717 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:07:47.200 ID:Scimt2.60
そして、棲家で武術の鍛錬を繰り返した。

鈴鶴「はっ!はっ!はっ!」
素振りを幾度も繰り返し。

鈴鶴「…………」
飛び道具を用いた訓練を、納得がいくまで繰り返し。

鈴鶴「てやぁーっ!てやぁーっ!」
藁人形を相手に、格闘術の訓練を重ねていった。

718 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:16.945 ID:Scimt2.60
剣術といった武器を扱う戦闘技術、格闘術といった肉体を武器とした戦闘技術……。
鈴鶴の剣術の腕は、神と言うべきものだが、その他の戦闘技術もかなり高い。

鈴鶴の、その優れた鍛冶技術。
鈴鶴の、その優れた戦闘技術。

それは、鈴鶴の天稟であるということも大きいけれど、
鈴鶴が経験したことがなければ、身に着いてすらいなかっただろう。

そう、鈴鶴のこれまでの思ひ出が今へと繋がっているのだ。

719 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:39.728 ID:Scimt2.60
わたしの名前はシズ。
月に住まう、月の民―――。

同じ月の民であるフチと、月の民ではないけれど、
人に非ざる存在、天の狗であるヤミと共に、鈴鶴を護り、鈴鶴を愛してきた。
けれども、みな鈴鶴を護ろうとして、死んでしまった。

為すべきことを為し、幸せに、千代の時を過ごしていたところで。

月に在った神剣、黄泉剣に喰われて、この世から消滅してしまったのだ。

720 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:59.332 ID:Scimt2.60
……ただ、厳密にいえばそうではない。
その魂は、どういうわけか鈴鶴の魂に混じっているのだ。
フチとヤミの魂も、同じく。

鈴鶴は、そのことには気づいていない。

恐らく鈴鶴が無意識に、わたしたちの魂を、自身の魂に溶け込ましたのだ、としか思えない。
鈴鶴は、わたしを、フチを、ヤミを愛していたから………。

721 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:09:43.781 ID:Scimt2.60
―――鈴鶴は、わたしたちが殺された悲しみで、
黄泉剣の力に飲まれ、百合神なる、不老不死の邪神へと成り果ててしまった。
そして、その果てに、闇の中へと、ずうっと、ずうっと封じられることになってしまった。


―――けれども、何故だか、如何してか、鈴鶴は再び顕現した。

………。
鈴鶴の姿を見つめていると、どうして鈴鶴と出会ったのかが不思議になる。
運命の流れといえばそれまでだが、其れは偶然なのか必然なのか。


答えの出ないことを考えながら、わたしはただ、鈴鶴の其の姿をじいっと見ていた。
そして、わたしのこれまでの人生を思い返していた。

722 名前:社長:2015/10/12 01:10:36.642 ID:Scimt2.60
シズのお話。あんまり掘り下がらない予定

723 名前:きのこ軍:2015/10/12 13:27:52.744 ID:oi8wdvFAo
乙。本編より過去の話か

724 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:10:07.417 ID:yLFPQjb60
―――わたしは、鍛冶工房の親方のひとり娘として産まれた。

月の戦士に供給する、武具をつくる様子を、幼いころから見続けていた―――。


そして、物心ついたころには、実親や工房で働く鍛冶師に技術を仕込まれ、
15になるころには一人前の鍛冶技術を身に着けた。
彼らは、わたしについて、呑み込みが早く、鍛冶技術に関しては天才だ―――とよく話していた。

725 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:11:57.673 ID:yLFPQjb60
最も、そこには楽だけではなく、苦もあった。
―――その苦境は、幼馴染のフチと一緒に乗り越えた。

フチの方は、月の王族の世話役という道を選んだ。

最も、それには楽なる道はない。
―――さまざまな試験を突破し、護衛技術を身に着けるのはそう容易いことではないからだ。


互いが進む道への苦難を、互いで励まし合い、時には遊び、時には喧嘩をしながら、乗り越えていった。

726 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:13:52.585 ID:yLFPQjb60
―――最も、フチが世話役になってからは、親交は少し遠くなってしまった。
何しろ、世話役は忙しいからだ。しかも、フチは王の娘―――カグヤの世話役となったらしい。


ただの鍛冶屋から見れば、雲の上のような存在だった。



フチは、月の姫君――月女神の血を引く存在を、
丁寧に丁寧に―――繊細な硝子細工を扱うように、世話をしていたようだ。


一方のわたしは、来る日も来る日も鍛冶作業に打ち込んだ。
そして、いつしかわたしは自前の工房を持つ、親方となっていた。

727 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:15:41.521 ID:yLFPQjb60
時々、同胞が口説こうとしたりするが、わたしは何も思わずただ鍛冶に打ち込んだ。
―――どうも、そういうことには興味が持てなかったから。


けれど、それでも手の空いた時間はどうにもこうにもしようがない。
いつもならフチと一緒に居るけれども、フチとの時間が合わず、暇つぶしに武芸に取り組むことにした。


剣術、体術………さまざまなものに取り組んだ。

728 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:16:07.163 ID:yLFPQjb60
武器の扱いには、武器に触れているものとして当然慣れているが、
鍛冶で培った肉体の動きはどうやら予想以上に武芸に活かされ、いつしか工房一の腕っ節となっていた。

特に剣術は―――月に伝わる剣術、月影黄泉流は身体に一番馴染む――自分の天稟を発揮できるものだった。

その剣術は、得物を選ばず、一太刀の一瞬で勝負をかけるもの―――。
笹百合、車百合―――さまざまな百合の名を示す技があり、最後に編み出す技は姫百合――。


姫百合の美しき強さ―――それに准えた最後の奥義。
刃なき剣であろうと、刃ある剣であろうと関係なく、獲物を一刀両断する奥義―――。


わたしは、その最後の奥義まで、他者よりも早く辿り着き、見事その剣術をものにした。

729 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:17:32.205 ID:yLFPQjb60
―――そんなときだ、工房に技術を持ち逃げしようとする輩が存在した。
その曲者は、予想以上に荒々しく、中々に武芸の鍛錬を積んだ者であった。

―けれども、わたしは工房の面子がやられる中、そいつを打ち破った。

―――その噂は、いつしか王族の耳にも届いていたようで、臨時の近衛兵になるよう―――そう誘われた。
月影黄泉流をものにできる者は少ないため、貴重な人材だと誘われたのだ。

730 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:17:51.426 ID:yLFPQjb60
わたしは、フチと一緒に居られる機会が増えることを選び、鍛冶仕事をしながら時々近衛兵として活動してきた。


フチと久々に再開し、フチと一緒に居る機会をまた作って――――。



――――けれど、その日々は―。
平和だと思っていた、その日々は―――。

あっという間に、別物へと変じていった。

731 名前:社長:2015/10/17 01:19:04.041 ID:yLFPQjb60
淡々とした過去語り。

732 名前:きのこ軍:2015/10/20 23:38:33.704 ID:gWhnk41wo
おつおつ

733 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:18:20.858 ID:iY9N/ft.0
あるとき、わたしは、フチに頼まれ月の姫君、カグヤのために美しい太刀を作ってほしいと頼まれた。
姫君に贈る太刀とはいえ、わたしは武器に必要なものは実用性である――。
そう考えているため、最高の素材、複雑で精密な製造技術を駆使し、指定された美しい太刀を作った。

月影黄泉流に准え、姫百合を飾りにした、殺傷力と扱いに富む太刀―――姫百合(ヒメヒャクゴウ)を。



さて――――。
いつ、どこで産まれたかは知らぬが、
月に封印されている、月の神剣―黄泉剣を持ちだした、愚か者が存在していた。
彼らは、月の王の命を贄に、黄泉剣を持ち出し、月を滅ぼそうと計画したのだ。

734 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:20:35.466 ID:iY9N/ft.0
そして、わたしが姫百合をカグヤに手渡したその時ちょうど、彼らは月の神剣を持ち出した。

月女神の血を濃く引く、王の命を贄に。



月に住まう、生けとし生きるものを喰らい、殺し、そしてその魂魄を投げ捨て―――
その、力のみを剣の中に、どんどんどんどん溜めこんでいった。

その滅亡への惨劇は月中すべてに広がっていっ。

姫君の住まう宮殿で、美しき月が、ただの岩の塊へとなる様を見せつけられたのだ。

735 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:24:40.688 ID:iY9N/ft.0
そして、極限状態の中で考えられたこと。
それは、カグヤを護る為一旦蒼き星へと往き、そこで敵たちを迎え撃つ作戦を取った。


そして、敵を討ち取った後は、蒼き星で一生を過ごすことを決めた。


―――リュウシュの持つ黄泉剣からは、漆黒の斬撃を飛び道具として飛ばし、わたしたちを苦しめた。
しかし、わたしたちはリュウシュが戦いの素人であることを…
肉体的には強けれど、技術に長けていない隙を突き、リュウシュに手痛い打撃を与えることができた。
だが、わたしとフチ以外は、全滅するほどの犠牲が出たし、逆にリュウシュ側も引き連れた仲間を皆殺しにされていた。


736 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:25:02.969 ID:iY9N/ft.0
そして、リュウシュと対峙していた時、リュウシュは黄泉剣の力を使い、飛行距離を強引に伸ばして
わたしとフチを飛び越えてカグヤに黄泉剣を突き立てた。

――それは、わたしとフチの心を絶望に染め上げ、胆を凍てつかせた。
不幸中の幸いか、どうしてかカグヤの身体を剣が突き抜けただけで、喰われずに済んだ隙に、
フチと協力して、リュウシュを殺すことができた。


……だが、わたしとフチの隙を突いて、カグヤは攫われてしまった。
最後の最後、爪の甘さを読まれて、近衛兵として、世話役としての役割を失ってしまったのだ。

737 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:29:56.714 ID:iY9N/ft.0
わたしたちは、後悔と絶望に包まれながら1年ほどカグヤを探した。
そして、ある竹林の中にある家でカグヤを見つけた。


…しかし、カグヤは息を引き取る寸前のところであり、その傍らには男と、赤ん坊と、天の狗がいた。

カグヤは、わたしたちにその赤ん坊と天の狗を託し、
月の民の完成された体になる15年後に迎えに来てほしいと言い残し、亡くなった。

738 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:32:42.734 ID:iY9N/ft.0
わたしはそこにいた男、ミヤツコに事情を聞くと、
襲われそうであったカグヤを救ったのち、恋仲となったこと。
カグヤとの間に子を授かり、そしてその弱った体で天の狗を治療したために死んでしまったことを聞いた。

赤子の名は、鈴鶴。天の狗の名は、ヤミ。

739 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:33:45.430 ID:iY9N/ft.0
わたしたちは、15年間、鈴鶴とヤミを遠くから見つめ、護り続けた。
それと同時に、15年の間、守ることができるようにミヤツコに月影黄泉流の技を教えた。

彼の剣術に関する才能は素晴らしく、あっという間にその技術を吸収した。
そして鈴鶴が7歳になった時、ミヤツコは鈴鶴に月影黄泉流を教えるようになった。

わたしは遠くからそれを見ていたが、ミヤツコの血を引くだけあって、鈴鶴の剣術の腕も素晴らしかった。
最も、子供の肉体であるため、戦闘術―というものではなく、あくまで振り方程度の簡単なものではあったが。


740 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:40:33.151 ID:iY9N/ft.0
その幼き日の思い出は、鈴鶴が武術の鍛錬を続けるハジマリの出来事――――。



鈴鶴が、今でも、黙々と訓練に取り組んでいるのは―――
寂しさに耐えるため、なのかもしれない。

741 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:44:36.588 ID:iY9N/ft.0
鈴鶴「はぁーっ、はぁーっ……
   はぁ、はぁ、はぁ…」
胸を抑え、鈴鶴は呼吸を乱して、そこに崩れ落ちていた。

鈴鶴を抱きしめてあげたい。
鈴鶴の頭を撫でて、鈴鶴の頬に口づけして、………。


けれど、魂しかない存在にとって、それはできぬこと。
そのもどかしさが、よけいに辛い。

鈴鶴は胸を押さえ、目を閉じながら、天井を見上げている。
鈴鶴の長い睫が瞼を覆い、とても寂しそうにその眼を隠している。

742 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:44:53.139 ID:iY9N/ft.0
悲しみに満ちた目を。
たいせつなひとを失う辛さで、氷のように冷たい瞳を。

鈴鶴は、眠りの世界へと落ちていった。


鈴鶴は思い出を、夢の中で反芻している。
決して戻ることのできない過去の夢を、心の中で―魂で、涙を流しながら。

743 名前:社長:2015/10/24 00:50:03.587 ID:iY9N/ft.0
鈴鶴の修行はある意味強くなることからは遠ざかっているのかもしれない。

744 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:14:43.481 ID:BUd2Q8820
―――鈴鶴が産まれた15年後、わたしたちは追っ手に見つかり、それを片付けていた。
フチと二手に分かれ、フチは鈴鶴の住まう場所へと向かっていった。



――そして、予想していた最悪の事態が起きた。
それと同時に、鈴鶴の住まう場所も襲われていたのだ。

745 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:16:32.806 ID:BUd2Q8820
わたしが辿り着いた時には、そこは火の手の上がる惨状と化していた。
一方のフチは別行動を取り、どうにか鈴鶴とヤミの後を追いかけることができていた。



うまく合流したわたしたちは、鈴鶴とヤミを追いかけたが、ふたりは海の中へと落ちてしまった。
わたしとフチは、空を飛ぶ力を用いながらふたりを引き上げ、適当な場所にあった洞窟で暖をとらせた。


その時は、心臓が凍りつくほどに、取り返しのつかないことになったと思ったのが、今でも忘れられない。


そして出会った二人に事情を話し、わたしたちが事前に用意した隠れ家へと連れて行った。

海に浮かぶ島の山中に用意した、棲家へと。

746 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:18:26.384 ID:BUd2Q8820
隠れ家では、鈴鶴とヤミに様々な戦闘術を教えた。


剣術は勿論、短剣術、弓術、槍術などを――――。
月の衛兵で必須のものは、教えられるだけ鈴鶴に教えていった。

ヤミには、フチが主に術の扱いを教え、時折わたしが戦闘術を教えていった。


鈴鶴はいろいろな戦闘術をうまく飲み込み、接近戦に長けた存在となった。
一方、ヤミは、術に長けた、天の狗として屈指の強さを持つ存在へと育っていった。


一年ほどの、短い修行期間だったが、驚くほどに素晴らしい成長を遂げたのだ。

747 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:19:41.649 ID:BUd2Q8820
そして、黄泉剣を狙った残党どもを打倒し、黄泉剣を封印した。
為すべきことを為し遂げたわたしたちは、幸せに、千代を越えるときを生き続けた。


――――流れるような、たった一年の、密度の濃い出来事を、鈴鶴はその眠りの世界で見つめている。
そして、その後の、わたしたちと幸せに過ごした、千代を越える刻の夢を、鈴鶴は抱きしめるように見ている。


鈴鶴は、一見御淑やかな、優しい顔立ちで、長い睫を閉じ、長い長い髪を散らして眠っている。

748 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:20:02.555 ID:BUd2Q8820
けれども、その閉じた瞼の奥にある瞳だけは、
氷のように、闇に包まれたように、凍てつく、血の通わぬ人形のようだった。

悲しいことを見続けてしまったから、その美しき瞳は、何者をも寄せ付けぬような闇色へと染まった。

わたしたちが、死んでしまったから。

そして再び顕現した後も、悲しいことに触れてきたから。

749 名前:社長:2015/10/31 00:21:23.793 ID:BUd2Q8820
鈴鶴は再び幸せになれるのだろうか。

750 名前:791:2015/10/31 00:33:07.043 ID:9jnfAPU2o
幸せになって欲しいな

751 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:01.090 ID:f4pb.DPE0
鈴鶴は、悲しい、つらい出来事を夢の中で見て、息を切らし、髪を散らしながら起き上がった。

鈴鶴「ぜぇーっ、ぜぇーっ……
   はぁ、はぁ、はぁーっ………」

汗でびっしょりと濡らした身体で、鈴鶴は荒く息を吐いた。

752 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:45.555 ID:f4pb.DPE0
鈴鶴「夢……夢………夢、夢……
   夢、よね……、はぁー、はぁーっ………」
乱れた髪は、その心をそのまま投影しているようだった。



鈴鶴「………げほっ、げほ、げほ、げほっ」
――鈴鶴は、氷のように冷たい汗を流し、手をがたがたと震えさせている。

753 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:14.098 ID:dBehi4fc0
鈴鶴「………
   はぁ、はぁ、はぁーっ……」
鈴鶴は、棲家にしまってある、酒瓶を取り出した。

自身で醸造した、清酒を。
この醸造だって、わたしたちと時々やっていたこと。


鈴鶴の生きる行動ひとつひとつは、幸せだった日々を回顧するための行動なのだ。

754 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:40.294 ID:dBehi4fc0
鈴鶴「はぁー、はぁー……」
鈴鶴は、酒瓶を一気に飲みながら、わたしたちのことを想い返している。


鈴鶴たちと幸せに過ごしたあの千代の年月、わたしは鈴鶴とともに鍛錬をしていた。
月影黄泉流の技術をさらに押し上げ、戦闘技術を鍛え、ときには鍛冶技術を教えていった。

755 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:59.255 ID:dBehi4fc0
宿命の敵などいない状態でも、わたしと鈴鶴は鍛錬の日々を過ごした。
それをヤミとフチが静かに見つめ、月射す夜になれば四人で団欒した。

血は繋がっていないけれど、それはまさに血の繋がった家族の暮らしのようなものだった。
ときには血を飲みあい、ときには身体を重ねて―――。


魂魄の両方が繋がった、甘く美しく、幸せなる日々を、鈴鶴は、わたしたちは過ごしてきた。

756 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:19.317 ID:dBehi4fc0
鈴鶴は鍛冶をし、鍛錬を続けるのは、在りし日の美しき思い出に戻りたいからなのだ。
鈴鶴は、外向きには孤高の存在として、強く美しく咲く一輪の百合の花のような少女。

けれども、それは強がっているだけ。
ずうっと一緒に過ごしたわたし――いいえ、わたしたちはそのことを知っている。

鈴鶴は、わたしたちにとって妹のような存在だった。
そして、鈴鶴もわたしたちを姉のように思っていた。

年齢という面でもそうだけれど、心という面でも鈴鶴は妹なのだ。

757 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:45.187 ID:dBehi4fc0
鈴鶴は、もしわたしたちの年が鈴鶴より下だろうと、妹のような存在であることを望むだろう。
なぜなら、鈴鶴は、幼き頃からずうっとずうっと、姉と言える存在と過ごしてきた。

その出来事は、鈴鶴の魂魄に刻み込まれている―――。
だからこそ、鈴鶴の真の心は、孤独に耐えられない、脆く儚い、散った百合の花びらのようなものなのだ。

そしてまた、鈴鶴の心がぼろぼろになっているのは、それだけではない。
再び顕現してから今までに、悲しいことを見続けた。


それは見えないように、鈴鶴の魂をじわじわと蝕んでいる。
鈴鶴が再び幸せになる為には、鈴鶴を支えられる存在が必要なのだ。

758 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:06.117 ID:dBehi4fc0
けれど鈴鶴は、それを否定している。
鈴鶴が見た悲しいことは、鈴鶴自身が、邪神として犯した業の罰だと考えているからだ。

だから、鈴鶴は百合神(ツクヨミ)という存在として、人の願いを聞いている。


けれど、けれど――――せめて、せめて……。

わたしは、鈴鶴の魂を撫でながら、鈴鶴の魂を抱きしめた。

鈴鶴の心が、壊れないように。



759 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:17.571 ID:dBehi4fc0
鍛冶屋衛兵伝説 完

760 名前:社長:2015/11/09 00:02:58.747 ID:dBehi4fc0
孤高の女神は、孤独の女神。
次回はフチのお話。

761 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:03:39.429 ID:PbQ2JCmA0


              
               陰陽人・鈴鶴



762 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:40.889 ID:PbQ2JCmA0

あたしの名前はフチだ。
月に生きた、月の民―――。

白き肌、白き髪、漆黒の眼を持つ、人間のようなイキモノ―――。



―――最も、あたしはもう死んでいる。
魂だけが、あるところの中に漂っているような状態だ。


幽霊――といえばいいのだろうか?
もっとも、ソレは魂が何処かを漂うような存在だとあたしは思っている。

だから、そうではないのかもしれない。

763 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:58.955 ID:PbQ2JCmA0

―――愛する人の名、それは鈴鶴(すずる)。
月女神の血を引く、月の王者の姫君の末裔。

けれど、太陽神の加護を受けた民の血も持っている。


つまり、月である陰と、日である陽の血を生まれながらに持っているのだ。
前述したとおり、鈴鶴は止ん事無き血筋の存在であり、姫といってもいいかもしれない。
とはいえ、鈴鶴はその姫としての立場はない。


あくまで、止ん事無き血筋があるというだけだ。

764 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:05.662 ID:PbQ2JCmA0
さて、月の王者とは、神に仕える神職のようなものだ。
月の神を崇め祭り、それと同時に月の統治を行うのがその役目。

その月の神は、月夜見尊。
たった一度の過ちで、姉である太陽の女神―光の女神と、一生の仲違いをした、闇の女神。


―――悲しき女神のその血を引くのが、愛する鈴鶴。
皮肉にも、鈴鶴も、仲違いではないけれど、
あたしたち、鈴鶴を愛したひとと永遠に別れている。

765 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:34.484 ID:PbQ2JCmA0
月夜見の神剣、黄泉剣(よみのつるぎ)に斬られ、魂魄が喰われてしまったからだ。

封印したはずのその剣は、それを狙う者によって再び封じを解かれてしまったからだ。


鈴鶴だけが生き残り、そして鈴鶴もその剣の力に呑まれて、邪神へと堕ちてしまった。
最も、今は正気を取戻しているのだけれど。

766 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:45.829 ID:PbQ2JCmA0
鈴鶴を愛したひとは、同じく月の民のシズと、太陽の民の、天の狗であるヤミ…………。



―――――――――――――。

767 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:07:22.321 ID:PbQ2JCmA0
それは遥か遥か昔。

千年、二千年、どれほど昔だったか………。


長すぎる時というものは、印象に残る特別なものでもない限り、いつかは忘れることだから、
正確な年月なんてものは覚えていないけれど……。



――――月の民として、あたしは生まれた。

768 名前:社長:2015/11/15 00:08:55.969 ID:PbQ2JCmA0
ヤミはもともとは太陽の民なので陽、シズとフチは月の民なので陰。

769 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:39:32.022 ID:Nc9GaULQ0
月の民は―――人のような存在以外にも、獣もいれば、魚も植物もいた。
最も、あたしたちは人のような存在を専ら月の民と言っていた。
―――最も、過去形で語っていることからわかるように、もう全ては滅び去ってしまった。


肌や体毛は白く、眼球は逆に黒いのがその大きな特徴だ。


……さて、あたしと同じくらいに産まれた月の民の女の子が居た。
その名は、シズ―――。


あたしとシズは幼馴染で、子供のころはいつもシズと一緒に居たことが懐かしい。

770 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:40:18.831 ID:Nc9GaULQ0
フチ「シズ、きょうもあそびましょう?」

シズ「そうだね、今日はなにをしようか…」

フチ「おやまを、駆け廻ろう?」

時には、シズと野山を駆け巡ったこともあった。


フチ「ふふ、星がきれいに輝いているわね」

シズ「うん……鉄の鈍い光と違って、ふしぎな光だ……」

時には、シズと一緒に輝く星々と、蒼い星を見ていた。


その日々は、子供のころの、ずうっと昔の思い出だけれども心にずっと残っている。

771 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:43:15.110 ID:Nc9GaULQ0
前述したとおり、あたしたち月の民は、不老長寿の民だ。
その要因は、闇の力に拠るものだ。


闇の力に拠って、その肉体を形成させているのだ。
逆に言えば、光の力があると、肉体は崩れ落ちる。

とはいえ、あらゆるものに影という闇は存在する。

それがあるかぎり、その力はあり続け―そして、肉体は形成されたままのだ。
と言えども、不死ではないから、いつかは死ぬ存在なのだけれども。

それは、身体に溜まった光によるものなのだ。


それは、太陽の――太陽の民とて同じこと。
もっとも、闇のほうが世界を包みやすいから、彼らの寿命はそう長くはないけれども…。

772 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:45:00.600 ID:Nc9GaULQ0
あたしたち月の民は、子孫を残すことはめったにない。
月の民は、基本的に同性愛の存在が多い。
獣や植物は、そんなにいないけれど、人という存在は実に、八割五分がそうであるのだ。
それに、例え男女が交わろうとも、子が授かることは稀だ。

月の人口は、ひとつの星でありながらも、ひとつの國ほどしかいなかった…。


さて、あたしも、同性を愛する存在だった―――。

あたしはシズのことが好きだった。
それは、幼いころから一緒に居たから―――。

773 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:46:06.991 ID:Nc9GaULQ0
そして、月の民は、15の年になるとおとなとして扱われる。

なぜなら、それぐらい経過すると、成熟した身体へと育ってゆくからだ。


つまりは、赤子が生まれ、15年――たった15年で、人という存在が完成するのだ。


……しかし、あたしはそうではなかった。
待てども待てども、いつまでも子供のような身体だったのだ。

774 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:49:30.248 ID:Nc9GaULQ0
骨も筋肉も育たず、完成されるべき力はない。
重いものなど持てないし、体力も月の民では少なかった。

シズは、女らしい身体へと育っていったのに。

気が付けば、あたしとシズは、同い年のはずが、はたから見れば姉妹のようになってしまった。
なぜ、そうなったのかは分からない。

あたしのこの幼き身体は、それが完成されたものと運命づけられたからなのだろうか…?

775 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:51:50.389 ID:Nc9GaULQ0
だが、子供のままの姿であることに、同年代の者たちはあたしを良しとしなかった。


ときには、くだらないことを言って、ときには幼い姿のあたしに突っかかってきた。
それは日に日に酷くなっていった。


あたしは精一杯抵抗しようとしているけれど、子供が大人に対抗しようとしているのと同じだった。

…けれども、シズはそんなあたしを助けてくれた。

776 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:01.682 ID:Nc9GaULQ0
シズは、このことに別段特別なこととは思っていないだろう。
シズにとって、それはあたりまえに為すべき行動であっただろうから。



けれどもあたしは、そのことがずうっとずうっと、心に残っている。
好きだったひとに助けられるのは、誰だって嬉しいことだろうから。


あたしは、人を愛するということに、其れがただ一人である必要はないと思っている。
複数人だろうと、互いがそれを認め合える愛の繋がりがあるならば、それでいいと――。

777 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:29.786 ID:Nc9GaULQ0
あたしは鈴鶴を、ヤミを、シズを―――愛していた。
いいや、魂だけのこの姿だろうとも、今も愛している―――。


それは鈴鶴だって、ヤミだって、シズだって、同じだろう。

778 名前:社長:2015/11/28 18:53:07.416 ID:Nc9GaULQ0
月の民の秘密が明らかに。ちなみにリュウシュたちとかも月の民の大半の存在らしい。

779 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:10:38.978 ID:qrwZRgbI0
月日は流れた―――。


15歳になるころには、月の民ではもう大人。
自身がどういう道を歩むかを決めなくてはならない。

あたしは、身体は幼なけれど、身の周りを世話することや、術を操る事が得意だった。
その術は、四大元素から、式神を呼び出す技だ。

その式神は、わたしが本来なるべき身体か、それ以上を反映したか、力強いものだった。


月の民は、あまり子孫を残さない種族だから、時には特別な力――精神の力を使った【術】を使える者も生まれる。
あたしも、その一人だったのだ。

780 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:08.721 ID:qrwZRgbI0
その力を、月の王族の世話役に活かしたいと思って、あたしはその道を目指した。

月の王族は、月女神を祀る神職のような立場であり、またそれと同時に統治者でもある。
その世話役になる、ということは、ある程度の護衛術に加え、
月の歴史に、作法にと様々なことを知らなければ務まらない。

そこに楽はない、茨の道だけれど、あたしは其れ目指して頑張って行った。

781 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:58.047 ID:qrwZRgbI0
シズは、鍛冶屋の娘だったから、その後継ぎになるために努力していった。
あたしとシズは、道は違えど、其処へ目指すまでの苦難があるのは同じ。


出会えた時に、互いに士気を高め、時には甘い逢引をしていった。
苦難も、シズと共に乗り越えるという思いがあったからこそ、乗り越えられた。


そして、無事あたしたちは、目指す道へと進むことができた。

782 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:12:44.721 ID:qrwZRgbI0
月の王族の世話役に就いていくばくかの年月が経過した。

―――そして、あたしは月の姫君、次の王者となる存在であろうその人の世話役に任命された。
恐らく、数年の奉公の様子が、優秀だと認められたからなのだろう。

――王と妃の間に生まれたその子は、カグヤと名付けられた。
あたしは、カグヤの身の周りの世話や、護衛をするだけではなく、
それを行う、他の世話役を取りまとめる立場になったのだ。


783 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:13:28.655 ID:qrwZRgbI0
カグヤの世話をしながら、数十年が経過していった。
次の王者としての立場が務まるように、何をすべきか、どういう姿勢であるかを教え、
またそれについて、あたし自身も学んでいった。



カグヤは、その美しい髪をたっふりと伸ばし、
まあるい目のかわいい、美しい顔立ちをした少女へと育っていった。


その身体だって、あたしとは違って女らしいそれへと―――。

784 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:13.185 ID:qrwZRgbI0
他の世話役と違って、あたしは依然身体は子供のままだった。
けれど、カグヤはそんなあたしを気にせずに、世話役として頼ってくれた。
それに、他の世話役も、あたしと協力して役目を務めていった。

確かな実力で、あたしは頑張っていったのだた。


時には、カグヤといろいろな話をする機会があった。
カグヤは、月の民には珍しい、異性愛者だったから、その悩みについてあたしは聞いていた。

785 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:44.316 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「ねぇ、フチ…」

フチ「……どうしたのですか、姫さま?」

カグヤ「わたしって、どうも男の人が気になるの………
    ふつうは、女の人を気になるべき、だと思うのに……」

フチ「…そうですね
   あたしは、好きな人は女の子、ですけど……

   そういう愛の繋がりは、決して侵してはならないものだと思っています
   それが、世間にとって、少数のものであっても……」

786 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:16:36.716 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「……そういうもの、かしら?」

フチ「まあ、あたしの考えですから、他のひとは違うことを言うかもしれませんが」
あたしは、フチのことを想いながらその問いに答えていた。

787 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:01.623 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「いえ、ありがとう……
    そういえば、あなたの好きな人はどんな人?

    いつも、術の御稽古やお作法だけでつまらないから、そういうのも教えてほしいな」

あたしの気持ちを読んだか、カグヤは問うた。
おそらく、そこから恋心を聞きたいのだろうとあたしは思った。


フチ「……次の機会にでも、考えておきます」

けれども、あたしはその問いに、曖昧にしか答えられなかったけれど。

788 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:19.441 ID:qrwZRgbI0
あたしは、時々の休暇は出ても、それがシズと同じ日程かと言われればそうではなかった。
勿論、シズとばっちり休日が合う日は、ふたりで一緒に過ごしたけれど、
そうではない日は、あたしは所謂、花嫁修業の真似事をしていた。

あたしや、他の世話役がいつも、カグヤに教えているそれを、
あたしがシズと同棲するとなったとき用に、徐々に身に着けていた。

789 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:22:40.730 ID:qrwZRgbI0
シズがあたしと会えない時は、戦闘術の鍛錬に取り組んでいたらしい。

月に伝わる剣術・月影黄泉流の達人になったと聞いた時は、その才能に驚いたものだ。

けれども料理や、掃除や、洗濯といった才能は、
鍛冶屋としての才能や、戦闘術の才能とは違って、てんでダメだった。

だからこそ、あたしはシズの苦手なそれをものにするように頑張ったのだ。
勿論、式神を操る術についても修行するけれども、それよりも、家庭の役割は大切なことだった。


好きな人と共に生きるということは、互いに足りないところを支え合うことだから。


790 名前:社長:2015/12/06 23:23:57.721 ID:qrwZRgbI0
フチのお嫁さん力?

791 名前:たけのこ軍 援護兵 Lv1:2015/12/06 23:38:36.232 ID:b8hOGafIo
( *´7`*)ノ<791!

フチとシズの相性の良さと関係が微笑ましい

792 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:27:05.132 ID:u3XLZRDw0


月日は流れていった。
久々に、あたしはカグヤとお話しすることになった。

フチ「姫さま、今日は何の話をしますか……?」

カグヤ「そうね、あなたの好きな人について教えてくれない?」

フチ「ああ、前に少し触れた……
   分かりました、お話します―――」


あたしは、カグヤにシズのことを話した。

793 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:16.294 ID:u3XLZRDw0
シズが、幼馴染だということを。

シズは、鍛冶屋の娘として生まれ、そしてその才能があふれることを。

また、武術にも長けていて、強いけれども、家庭的なことは苦手ということを。

794 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:32.844 ID:u3XLZRDw0
カグヤ「へぇ、剣術に長けてる鍛冶屋の親方かぁ…」

フチ「……幼いころから、ずうっといっしょにいましたから」

カグヤ「わたしは、どうなるのだろう
    こういう立場だと、縛られてそうで……」

フチ「……恐らくは、きちんと月を見守れるように、いい人がいるはずでしょう」

カグヤ「そうだといいのだけれど、ね…」

カグヤは、あたしと違って王族の身分だから、自由ではない愛の運命を辿ることになる。
そのためか、少し表情を暗くしながら、あたしの言葉に答えた。

795 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:38.725 ID:u3XLZRDw0
フチ「あっ、姫さま、申し訳ありません……」

カグヤ「いいえ、いいのよ
    わたしは、いずれ月を治める立場になるから……
    それに、そういう立場にあるならば、相手もそれ応答の心持が必要でしょうから」

フチ「………」


あたしは、姫さまにいいひとが現れることを祈りながら、世話役として生きていた。


そして、日々は再び、長い時間を刻み、経ていった――――。

796 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:58.062 ID:u3XLZRDw0
カグヤ「……そういえば、フチ…」

フチ「なんでしょうか、姫さま?」

カグヤ「シズ、と言ったわね
    月影黄泉流の達人になった、戦闘能力に秀でた鍛冶屋…」

フチ「ええ、そうですが」

カグヤ「なんでも、自身の工房に居た、曲者をやっつけた、とか…
    しかも、その曲者はかなりの手慣れの戦士だったそうで…」

―――突如、シズの話が出てきた。

797 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:15.479 ID:u3XLZRDw0
フチ「そうですね……」

カグヤ「シズを、月の衛兵にしたい、と思ったのだけれど
    勿論、わたしの独断じゃなくて、いろいろと協議はするけれど……」

―――それも、シズを衛兵にする、という話が。

フチ「………まぁ、シズなら衛兵として、活躍しそうですけど
   でも、あくまで鍛冶屋なのですから、衛兵になるのはどうかと…」

カグヤ「………なら、臨時の衛兵としてはどうかしら
    それに、あなたと一緒にいられる時間が増える、かもしれないわよ」


798 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:42.694 ID:u3XLZRDw0
フチ「……………」

―――あたしは、シズは鍛冶屋の性があると思っていた。
けれども、シズ自身の戦闘に対する才能は、素晴らしいものだったから、
シズにこの話を持ちかけるかどうか、悩んでいた。

シズの顔を、少しでも長く見られる、それはあたしの欲望が少し入っているからだ。


フチ「……まぁ、本人と話し合わなければいけませんが
   緊急時などに召集される、程度ならば良いかもしれません
   まぁ、あくまで本人の意思ですから……」

カグヤ「………ええ
    とりあえず、シズにその旨について話しておいてもいいかもしれないわ」


フチ「はい……」


799 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:32:01.856 ID:u3XLZRDw0
後日――。
シズと一緒に休める日、あたしはシズにその話を持ちかけた。


シズ「月の、衛兵――か……」


フチ「強制じゃないし、鍛冶屋としての生き方を優先してほしいから
   あくまで、臨時の――特定の日だけ勤める衛兵、なんだけど……」

800 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:34:15.630 ID:u3XLZRDw0
シズは、少し考えて―――。

シズ「………………
   フチと、一緒の場所に居る時間が増える…と捉えてもいいかい?」

あたしが、この話を持ちかける理由とおなじことを言った―――。

フチ「……!
   ……ええ、あたしの口利きやシズの腕前なら、其れも可能なはず」

シズ「……ならば、引き受けても、構わない」

フチ「そう、分かったわ…

   あ、ありがとう…ね?」

シズ「………ふふっ」


――そしてシズは月の宮殿の、カグヤに関する、臨時の衛兵になった。



801 名前:社長:2016/01/01 00:34:34.947 ID:u3XLZRDw0
鈴鶴さんとヤミはまだ出てこないのだわかってるのかおい

802 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:22:47.736 ID:z9Sv8GQM0
シズのその戦闘能力は、他の衛兵よりも優れた力だったから、
あっという間に、カグヤは、ただの衛兵から近衛兵としての立場を得ることができた。


それは王のお墨付きであり、またほかの兵士のお墨付きでもあったから、文句の出るところなどない。

803 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:24:43.423 ID:z9Sv8GQM0
――シズが月の衛兵となって、また日々は経過していった。



そして、また、再びカグヤといろいろなことを話す機会があった。

カグヤ「ねぇ、フチ……?」

フチ「姫さま、何でしょうか?」

カグヤ「王宮へ、宝具を提供する時期が近付いているでしょう?
    そのひとつを、シズの鍛冶屋に頼もうかと思っているのだけど………」

フチ「ああ、確かに、シズに頼めば確実な宝具は作るでしょうね…
   近衛兵よりも、そっちが本業だし…」

804 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:26:49.245 ID:z9Sv8GQM0
月には、数百年に一度、王族のものへと宝具を提供する行事があった。


その旨が提示されると、一年の期間が設けられ、
月に住まう職人たちは、宝具を作る為、それに魂を込めるのだ。

職人の選定法は、知名度・製造品の出来栄えなどといった事柄から決められる。
その職人の候補として、シズも選ばれた。


わたしは、シズにその旨を話すと、シズはそれを快く引き受けてくれた。

805 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:27:48.732 ID:z9Sv8GQM0
シズは、刀鍛冶に秀でていたから、宝具として太刀を作り上げた。

名は姫百合、二尺五寸の太刀―――。
月の生血を啜った、寿命のとてもとても長い鉄を素材に、折れず、錆びず、曲がらぬモノであり、
その斬れ味は、そこらの太刀とは比べ物にならないものだった。

そして、その太刀の柄だって、刃を正しく振れるために握りを安定させる工夫がなされ、
その柄頭には百合の花の飾りが、美しく輝いていた。

漆黒の鞘にも、百合の花が、長い長い蔓が絡みついたように飾り付けられていた。
しかしながら、その蔓は丈夫な紐であり、しなやかなものでありながら、
三十貫ほどのものでは切れぬ強度を持っていた。


そう、美しき太刀であり、それに加えて実戦に役立つものだったのだ。
宝具として、素晴らしき出来のそれは、納められるのがもったいないほどに。

806 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:17.689 ID:z9Sv8GQM0
―――しかし。

その宝具は、王宮に納められることはなかった。

献上された姫百合を、カグヤに渡そうとした、その時――――。

宮殿に、轟音が響いた。

807 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:59.378 ID:z9Sv8GQM0
カグヤ「な、なに!?」

シズ「ん………!
   あの音の方角には、確か月の神剣が納められている場所では―――」

シズがそう言った途端に、あたしたちの身体中に悪寒が走った。


それは、月の神剣―――黄泉剣は、まさに神そのものであったからだ。
それから放たれる力は、らすほわたしたちにとっては、人智を超えたものだったからだ。


それは、唯人ならば、震え歯の根をかちかち鳴どに、嫌な空気を醸し出すほどに。

808 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:31:04.553 ID:z9Sv8GQM0
そう、黄泉剣は、月の民の跳ねっ返り共に奪われたのだ。


それは王族の血を使って封印された、と伝えられていたから、恐らくは王の命を贄に奪ったのだろう―――。


そして、奴らは月の生きるもの全てを殺しつくし、神という存在へと近づいていた。

その事実は、発覚と同時にあたしたちを絶望に包んだ。
けれども、それは命懸けでも、命に代えても鎮めなければならない事柄。

あたしたちは、カグヤの命を護るためにも、黄泉剣を奪回するためにも、
いったん太陽神の支配す星である蒼き星へ移動することになった。

809 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:32:24.395 ID:z9Sv8GQM0
――そして、蒼き星の海上で、神の力を得た者との死闘の末に、
多くの仲間の犠牲の上、黄泉剣を奪った首謀者を殺すことができた。



最も、黄泉剣は海の底に沈んで引き揚げられず、そしてカグヤは残党に攫われてしまった。
辛勝ではあるけれど、世話役としての役目を果たせない、情けない、むしろダメというべき幕切れだった。

810 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:36:27.415 ID:z9Sv8GQM0
シズ「は、は…くそっ、カグヤを、取り戻さねば…」

フチ「う、う…うっ…」
絶望的なその状況に置かれて、あたしは涙を流してただ蹲ってしまっていた。

シズ「……フチ、大丈夫、希望はある、カグヤを殺せば剣を引き上げるのは難しいはず
   だから、追いかけよう…」
けれど、シズに抱きしめられて、あたしの気持ちは落ち着いた。

フチ「ありがとう、シズ……行こう、行きましょう―――」

カグヤが生きているという希望を胸に、捜索し続けた。




―――そして、その一年後、あたしたちはカグヤを見つけた。

811 名前:社長:2016/02/13 23:37:10.230 ID:z9Sv8GQM0
次回はようやく鈴鶴さんが出てくるよ。
そして鈴鶴さんの太刀はすごい。

812 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/14 00:08:18.322 ID:BAYhqydco
乙やぞ

813 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:53:21.513 ID:F7k9y9fw0
しかし、カグヤは五体満足、まったくの無事――というわけではなく。

太陽の民―讃岐造との間に宿した子を産み、天の狗なる存在を治療して、生命(いのち)を使い切って息も絶え絶えの状況だった。


あたしとシズは、その状況を見て、どうすればいいのかが分からなかった。
呆然と、ただカグヤが苦しさに喘いでいるところを見ることしかできなかった。

シズには術の力はなかったし、あたしも式神を生み出す力しかなかったからだ。
そして、どうしようもない悔しさや、怒りのようなものが出てきた。


それは、名も知らぬ、素性のよく分からない間に子を宿していたからだったのか?
それとも、カグヤを護りきれなかったから、今際の際である、この状況だったからなのか?


その時のカグヤの顔は、嫌悪に包まれたそれではなく、いつもの表情だったのに。

あたしは、気が付くと涙を流していた。
シズは、硬い表情のまま、けれど影を落とした表情でその場をじっと見ていた。


814 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:54:16.245 ID:F7k9y9fw0
カグヤ「………ごめんね」
そんなあたしたちを見て、カグヤは朽ち果てそうな身体を無理に動かしながら言った。

フチ「いえ、姫さまが……謝ることは、ない……です………」

カグヤ「………この子も、天の狗の子も、すべてはわたしの意志によるものだから
    はぁ、はぁ……げほっ、げほっ………」

シズ「………」

815 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:01.302 ID:F7k9y9fw0
カグヤ「………最期に、我儘を言って………いい?」

フチ「……なんでしょうか、姫さま?」

カグヤ「このふたりは、わたしのいのちの、月の民の血が混じっているの………
    だから、月の民と同じように生きる運命…
    
    だから、来るべき日には、あなた達に、任せ、ようと―――」


―――その願いと共に、カグヤは息を引き取った。

816 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:22.368 ID:F7k9y9fw0
フチ「姫さ―――」

その死に顔は、ほっしたような安らかさに満ち溢れていた。
カグヤが産んだ赤子の父親、讃岐造とは、良い関係だったのだろうと分かった。

817 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:43.496 ID:F7k9y9fw0
しばし沈黙し、そして落ち着いたあたしたちは讃岐造に問うた。
カグヤとの出会いを、何故カグヤは死んでしまったのか、ということを―――。


カグヤが攫われた後、攫った者はカグヤを襲おうとしたらしい。
そこに、讃岐造が現れ、カグヤを助けたことが出会いだったそうだ。

818 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:57:54.373 ID:F7k9y9fw0
ふたりは、やがて恋に落ちた。
――最も、月の民と太陽の民では、生きる年月が違うから、別れてしまうのは分かり切っていたことだった。

そこで、カグヤにとって、愛する讃岐造の面影を残すことがいい、とふたりは話し合った。
そして、ふたりは子を作る事を決め、そして赤子が産まれた。

しかし、その時、傷だらけの天の狗が住処近くに倒れていたそうだ。
その天の狗の命を、カグヤは月女神の血を引く命をを持ってして救った――。



そして、命のともしびが尽きそうだったところにあたしたちがやってきた、ということなのだ。


819 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:21.193 ID:F7k9y9fw0
あたしたちは、カグヤの魂なき、死人の魄を見つめながら、これからについて思案した。
カグヤは死んでしまったけれど、その血を引く子供がいること。
そしてまた、黄泉剣はただ海の底に沈んでいるだけであること。

その二つを踏まえ、取り敢えずは黄泉剣を封じるということを考えた。
十分に育つ十五年後、赤子と天の狗を引き取る事を話すと、讃岐造は快く承諾した。

何れ寿命で力尽きるならば、カグヤが言っていた信頼できるあたしたちに頼みたい、と言って。

820 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:36.779 ID:F7k9y9fw0
しかしながら、その十五年までは、讃岐造と天の狗の、三人で暮らしてもらうこととなった。
太陽の民の血も引いている二人が、闇へ入る前に光を見てほしかったから。


カグヤの死体は、死んだことをそれとなく匂わせる偽装をして、海へと散骨した。



821 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:33.350 ID:F7k9y9fw0
そして、その十五年間、あたしたちは赤子たちの棲家を見守りながら、
それと同時に赤子と天の狗と共に過ごす棲家を作っていた。


時折、讃岐造にシズは月影黄泉流を教えた。
讃岐造は剣術に長けていたため、いともたやすく技を吸収していった。
そして、赤子が少女へと育った時に、父親である讃岐造もまた、月影黄泉流を教えた。


時折、少女と天の狗はふたりで遊びに行くこともあった。
そういう時も、影からこっそり、あたしたちは彼女たちを見守っていた。

822 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:47.061 ID:F7k9y9fw0


―――そして、十五年後が経過した。




823 名前:社長:2016/02/21 18:01:13.455 ID:F7k9y9fw0
ユリガミノカナタニ一章の裏側。

824 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:04.629 ID:LRKY/wGQ0
しかしながら、彼女たちを普通に迎えに行くことはできなかった。


予想していた、最悪の状況が起きたのだ。
跳ねっ返りの残党が、讃岐造たちの住む棲家を見つけてしまった。

そして、それと同時に、あたしたちがこうして見張りをしていることも悟られた。


そこであたしとシズは、二手に分かれ、敵へと立ち向かうことにした。
あたしは棲家へ、シズは追っ手へ―――。



825 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:47.762 ID:LRKY/wGQ0
けれど、棲家は既に火の手が上がっていた。
しかし、天の狗が少女を抱きかかえながら逃げ出すのを見て、あたしはそれを追いかけた。
迫る敵は、全て打ち破り、必死に彼女たちを追いかけた。

826 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:30:37.202 ID:LRKY/wGQ0
―――けれど、あたしの身一つではさすがに敵を捌ききれなかった。

そして、捌ききれなかった残りの敵が彼女たちに迫った時、彼女たちは海へと落ちてしまった。

827 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:34:17.653 ID:LRKY/wGQ0
フチ「うっ――!」
呆然と見つめる敵を、あたしは式神で殺したはいいけれど、高い崖の下ということがあたしを躊躇させる。

シズ「フチ、大丈夫?」
ちょうどその時、シズはあたしと合流した。


フチ「うん…でも、落ちてしまった、海へと――」


シズ「よし、飛び込んで助けなければ――」

フチ「…その、あたしの身体では」

シズ「大丈夫、わたしがやっておくよ――
   フチの式神のおかげで、追っては消えている…」


――そして、あたしたちは無事彼女たちを救い。
そして目覚めた彼女たちに、彼女の出自を、血を、運命を語った。

828 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:02.023 ID:LRKY/wGQ0
彼女たちは、予想よりもあっさりと納得した。

そして、棲家へと連れて行って―――。


黄泉剣を封じるための修行の日々が始まった。


最も、修行だけではなく、日常生活も営む―共同生活というべきか。
ともかくその日々は、経るごとに、力がつくとともに、互いへの想いが深まって行った。

829 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:14.416 ID:LRKY/wGQ0
それは姫の子を護るためという、遺言に拠るところもあったけれども―――。
それよりも、愛する、恋する想いに拠るほうが大きかった。

あたしはシズが好きであり、そして迎えたふたりの少女が好きであった。
互いに暮らすにつれ、想う気持ちは強くなっていったのだ。


それはあたし以外も同じことで、それによって絆は深く深く魂魄を繋げていったのだ。

830 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:52.301 ID:LRKY/wGQ0
――彼女たちを迎えた一年後、どうにか黄泉剣を封じることはできた。
そして、ずうっとしあわせなひびをあたしたちは過ごしていたけれど――。


けれども、千代の時を越したとき、黄泉剣の封じは破れてしまった。

831 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:05.670 ID:LRKY/wGQ0
さて―――。

その少女の名は、鈴鶴。
その天の狗の名は、ヤミ。

そう、あたしがくっついている魂の持ち主は、その赤子の成長した姿なのだ。

そして、ヤミは前述した通り、あたしと同じく、黄泉剣に斬られて――――。

832 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:18.731 ID:LRKY/wGQ0

―――あたしが過去を思い返していると、鈴鶴は目覚めた。
闇の中の、自身の棲家の、寝床から。



そこは、鈴鶴が拵えた棲家の中。

833 名前:社長:2016/02/22 23:37:15.100 ID:LRKY/wGQ0
一妻多妻制というべきか。ともかくみんながみんなを好きだった。
だから鈴鶴さんは黄泉剣に三人が切られて発狂してしまった。

834 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/24 23:09:43.445 ID:NdF0A2p.o
otu悲しいなあ

835 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:37:00.456 ID:Dudo6Mbo0
黄泉剣は、月の民のイノチを喰らい、そしてそれが持つ特別な力を吸い取る性質があった。
だから、鈴鶴はあたしの式神を生み出す力も使え、天の狗であるヤミの操る、風の術だって使える。


そして、黄泉剣が喰らった存在のものか、将又神の力かは分からないが、
闇の中に、特別な空間を作り上げる力も、鈴鶴は使うことができる。

棲家は、かつてあたしたちが作り上げたものと同じ大きさで、同じ構造で、家具やら何やらまで元と寸分たがわぬもの。

836 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:38:50.980 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、その棲家の中で、朝食を作り始めた。
釜で炊いた米に、味噌汁と漬物だけの質素なもので、その量も少ない。


とはいえ、朝飯と言うのは、おかしいかもしれない。
その闇の中は、時間に関係なく闇のままだからだ。


鈴鶴は、一人で、少ない食事を、ただ活力を補給するように済ませた。
その心中は、恐らく幸せに過ごした、あの日々を追憶しているのだろう。


837 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:39:16.208 ID:Dudo6Mbo0
あたしは、鈴鶴に封じの技法ぐらいしか教えることはできなかったけれど、
逆にシズは様々な戦闘術を教えていた。


剣術・月影黄泉流以外にも、格闘術など、様々な武術を………。

あたしは、もっぱらヤミと共に修行するのが多かった。
天の狗は、風を操る種族であり、自身の精神力を用いて武術に変える。

その扱い方についてを、ヤミに叩き込んだ。


鈴鶴の脳裏には、今もそのコトが残っている。
いいや、忘れるはずがない。

838 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:40:10.572 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、あたしたちが死んでしまったことが、酷く心にこびりついている。
戻りたくても戻れない日々を思い返しながら、鈴鶴はあの日と同じ生活をしている。

炊事、洗濯、掃除、そして、修行――――。


鈴鶴のやっていることは、自らを鍛えるためのものではなく
あたしたちといた日々を、ただ求めているだけの、鍛えることとはまるで真逆の行動なのだ。

839 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:41:30.532 ID:Dudo6Mbo0
それでも、技自体を鍛えることはできている。
皮肉にも、その真逆の行動ですら、鈴鶴の技はさらに高みへ行くのだ。

840 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:42:45.834 ID:Dudo6Mbo0
そして、鈴鶴は、寝る前になると、式神を呼び出した。
それは鈴鶴の愛した、あたしたちの姿をした、物言わぬ式神。


それは、鈴鶴の髪留めから呼び出した式神―――。
あたしの力を用いているのは、半ばあたしになりきっているところもあって、鈴鶴を抱きしめられないこの悔しさは、悲しさは増える――。

841 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:13.450 ID:Dudo6Mbo0
物言わぬ式神の、硝子玉のような瞳が、鈴鶴をただじっと見ている。


鈴鶴「ふふ、ふふふ……」
今の鈴鶴のその瞳も、硝子玉のように、命ある輝きではない。
太陽の民の黒い瞳が、悲しく式神を見つめて、柔らかな手が式神を撫でている。

鈴鶴は、母を求める子のように、式神に抱きつき眠りについた。
眠りについてしばらくすると、式神は元の髪留めへと還って行った。

その力は、意識があるほどまでしか保てないから―――。

842 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:27.642 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は夢を見ている。
それは、あたしたちと過ごした日々のことを。



鈴鶴は、カグヤとそっくりの顔立ちと、身体つきをした、美しい子だった。
だが、その眼だけは少し違っていた。

かわいいまん丸の眼ではなく、少し切れ長の入った目。
細い眉に、黒々とした大きな瞳。
柔らかな唇、そしてそこから身体を繋ぐ細い首、豊満で柔らかい胸に、しゅっとした腰に―――。

843 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:44.978 ID:Dudo6Mbo0
また、鈴鶴の髪もカグヤのように美しく美しく、足ほどまでに伸びるほどの長さをしていた。
最も、黒髪であるところはカグヤと違っていたけれども。

伸び放題のその髪は、流石にそのままではわずらわしくなるから、
鎖骨と、肩と、肩甲骨の方面にそれぞれ結い、首の後ろの髪も結っていた。
それは、ヤミが鈴鶴をかわいく見せるために結いたものだった。

あたしにとって、それは魅力的に思えた。恐らくシズだって。

844 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:08.231 ID:Dudo6Mbo0
修行の終わりに入浴するときに、髪留めが解かれるのが、とても妖美なものに見えた。

気が付けば、あたしは鈴鶴のことをみると、シズを見るようにどきどきするようになった。


それは、ある意味カグヤに対して想っていたことが、其処で滲みでたのかもしれない。
ヤミと吸血し合う鈴鶴を見て、その心は果てしなく高まった。


そしていつしか、あたしはシズも鈴鶴もヤミも、みんなを愛するようになった。

それはシズだって鈴鶴だってヤミだって同じことだ。

あたしたちは、全員が全員を愛する絆に包まれていた。

845 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:37.034 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、さびしがり屋で、甘えん坊な子だ。
誰かに依存しないと、自分自身を出すことができない。

鈴鶴には孤高の存在として生きる戦闘能力も、生活力も十分に持っている。
けれどそれは、あくまで表向きの、魂魄でいう魄――いわゆる、外の姿。


鈴鶴の魂――内の姿は、愛する人にしか見せないのだ。

そして鈴鶴は、あたしたちを求めている。
鈴鶴の心は、あたしたちが死んでしまったその時から、止まってしまっている。


鈴鶴が、式神を呼び出して触れ合っているのは、一種の一時凌ぎだ。
いずれは持たない付け焼刃。


ああ、ああ―。
鈴鶴のことを救いたい。

846 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:00.437 ID:Dudo6Mbo0
けれども、魂しかないあたしには、それはできない。
願わくば、鈴鶴のことを受け止められる人が現れることだけど―――。


………それは、叶わぬ願いなのかもしれない。

あたしが今できるのは―――
眠る鈴鶴の魂を、ただ撫でてあげることだけ―――。

せめて、せめて―――
少しの安らぎに、なってほしい。

847 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:14.642 ID:Dudo6Mbo0
―――――。


あたしが、鈴鶴の魂を撫でていると、声が聞こえた。

鈴鶴は、再び顕現したことを、自身が善と呼ばれる存在になるためと思い、時折人の願いを聞いている。

真に悩みを持つものだけが入れる扉を、その声の主はくぐってきた。

848 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:35.234 ID:Dudo6Mbo0
声の主「ようやく―――ようやく、この場所を見つけることができた
    願いを聞いてほしいのです―――」


――――鈴鶴は、式神を生み出し、その願いを待つ声の主へと歩かせていった。

式神「用件は、なんでしょうか―――」
そして、声の主へと、式神は問うた。


849 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:49.014 ID:Dudo6Mbo0
陰陽人・鈴鶴 完

850 名前:社長:2016/03/01 20:48:55.660 ID:Dudo6Mbo0
百合神へのお願い、その主は誰だろう。
その願いは何だろう。
明かされるかもしれないしされないかも。

851 名前:たけのこ軍 791:2016/03/07 19:59:34.399 ID:OnAnuYjYo
更新おう
切ない…(´;ω;`)

852 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:27:48.598 ID:/zPciKa20
―――遥か、遥か、気の遠くなるような、削れた岩が、もとの形のままであるほどのむかし。


月女神は生まれた。

853 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:05.896 ID:/zPciKa20
國を産んだ神のもとに、姉に太陽の女神を、弟に海の男神を持っていた。

月の女神は、太陽の女神と美しき仲であった。


しかし、ある事件によりふたりは永遠の決別をしてしまった。

ふたりの小指の赤い糸は、脆く切れ、決して二度と寄り合わぬようになった。

854 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:24.177 ID:/zPciKa20
それは、昼と夜のふたつの世界が生まれる始まりでもあった。
月の女神の支配する闇の世界と、太陽の女神の支配する光の世界は、陰と陽に分かれたのだ。


月女神は、月に國を作り、生き物を産んだ。
そして、神剣・黄泉剣を遺し、何処か遠くへと消えていった。

855 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:41.287 ID:/zPciKa20
その月女神の血を濃く引く、月の王族は、神に選ばれし者。
それは、月女神の遺した、黄泉剣に選ばれる資格があるということ―――。

月女神の名は、月夜見。その剣の名は、黄泉剣。

856 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:55.036 ID:/zPciKa20
そして、月夜見の血を引く姫君と、太陽の民の人間のもとに―――

一人の少女が―――わたしは姫と呼んでいる存在が産まれた。

857 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:29:07.864 ID:/zPciKa20
その様子を見るわたしは、式神―――。
ただのそれだけ―――。
姫は、あの子の魂ソノモノ―――。

わたしにつけられた名前は、ない―――。

858 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:29:25.947 ID:/zPciKa20
いいや、正確にはあるのだけれども、その名は今、姫の式神として存在するわたしには相応しくない。

姫がわたしのことを、魔女の囁き、と称する―――。
その名前が、わたしにとって相応しい―――。

姫の母親が、腹の中に宿りし姫の魂に、わたしを憑かせた。
其れが、其の存在がわたしなのだ―――。

859 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:31:52.197 ID:/zPciKa20
わたしは、姫君の腹の子と共に、その魂を宿し、魄を宿し、双子の姉妹として生まれる――はずだった。
しかし、わたしが宿るべき肉体は、ただの肉塊だけとして在った。

それは、姫の高祖父母が、はじめに産んだ子供と同じ、出来損ないの子と同じもの―――。
わたしが肉塊となって在ったのは、月と太陽の女神がまだ、永久の別れをするその時、
太陽の女神が月の女神の腹の中に、神のできそこないの肉塊を入れた、それが姫君の腹の中で、双子の片割れへ昇華されたのだ。

それが、ずっと巡り巡って、わたしとなった。

860 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:05.069 ID:/zPciKa20

わたしは、生まれることなくして死せる存在だった。

そして、わたしは―――蛭子が海に流されていったように、わたしもそうなるのだろうと―――。
生まれる腹の子のことなど、常人には分からないから―――
わたしを産んだとき、出来そこないだとわかったとき、海か何処かにが棄てられると思っていた。

861 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:19.385 ID:/zPciKa20
―――しかし、姫の母親は月女神の血を強く濃く引く、常人とは違った存在。
わたしが、ただの肉塊であることを、わたしがそれに憑いていたことを読み、見ていた。


そして、彼女はその事を知ると、わたしを姫の式神に生まれ還そうと考えた。
生まれても生きられない存在ならば、生まれる姫を護って生きるほうが、はるかにいい―――と。

862 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:30.169 ID:/zPciKa20
そして、わたしは姫の魂に入れられた。
わたしをつくるはずだった肉塊は、ぐしゃぐしゃに、ばらばらになって、魂の中のわたしを包む膜となった。

863 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:43.567 ID:/zPciKa20
―――式神は、それにかけられた力が強いほど、憑代が不変であればあるほどずっと存在する。
―魂に宿りし式神は、その魂の持ち主が死ぬまで生ける式神となるのだ。


わたしは、姫であり―――。
―――姫は、わたしである。

864 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:06.874 ID:/zPciKa20
姫の母親は、わたしにこう命じた。
「貴女は、蛭子―――
 生まれることのできない子―――
 海に流されてしまう、不具の子―――
 だから、あなたを転生させる―――この子の式神へ……

 ―――貴女の名は、沙波(イサナ)
 数えられぬほどの、散らばる、小さな沢山の砂のように、無限に貴女が在り続け―――
 海を覆い護る波のように、この子を護る存在で在り続けるように―――
 

 貴女は、この子が心底嫌がるものを、運命の力を持ってして、絶対に護る力を持つ―――
 それが貴女の力―――貴女の持つ力―――

 力を織りなす源は、わたしたちを産みし女神を産みし、黄泉の國で朽ちて逝った國生みの女神の力―
 この子が死に、その魄が消滅し、魂が黄泉の國へ旅立とうとも消えない力―――

 ―――この子が嫌がるものは、命じるわたしにすら、分からないけれど…
 この子の魂魄が拒否する其れは、貴女ならわかるはず……
 あなたは、護る力の一部となり―――
 この子をずうっと、護れ、護れ――――」



865 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:38.995 ID:/zPciKa20
姫の母親には、月女神の血が流れていた。
わたしは、運命の力を持ってして、わたしは、わたしの意志が消えようとも、絶対に消すことのできない力の一部となった。


姫が本能的に、心底嫌う、男に操を狙われることから、完全に護る力の。
それは、姫の魂魄すべてが消滅するまで残る力―――。

866 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:49.766 ID:/zPciKa20
そしてわたしは、姫の操を護る魔女で在り続けた。

何が在ろうと、姫にとって不利に成ろうと、護り抜く。
―――最も、わたしの意志ではなく、この世界の意志―運命の動き―その力に動かされて護ってきた。

わたしは、ただその力の軌跡を写し出す、力の具現化のような存在だからだ―――。

867 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:34:00.704 ID:/zPciKa20
兎も角、わたしは、ずうっと、ずうっと、あの子を護り続けた。

姫の操を狙う男から―――。

そして、わたしという存在を消し去り、姫の操を護れぬようにする存在から―――。

868 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:34:57.760 ID:/zPciKa20
わたしは、肉塊で、生まれつき天稟だった術の力の高さを用いて作った、
邪悪なる鬼の―髑髏の如き鎧を全身に身に着け、魔女で在り続けた。

わたしの鎧も魂も、姫が育つのと同じように、小さな姿から大きな姿へと育っていった。

869 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:20.482 ID:/zPciKa20
鎧は、大きく硬く重く、まるで邪鬼の身体のように。
魂は――わたし自身の姿は、太陽の民の血の多い姫とは違って、
月の民の血の多い、白髪黒眼の、その姿が。
もっとも、わたしの眼は、二つの瞳が重なる、まともなものではなかったけれども―――。



わたしは、ただの守護霊と呼ばれる存在として、その正体を明かさずに、過ごしてきた。

870 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:34.479 ID:/zPciKa20
―――何年も。

千代の年を越えても―――。


わたしは姫を護る魔女で在り続けた。



―――けれども、姫自身が魔女と呼ばれるようになった。

871 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:57.528 ID:/zPciKa20
それは、姫が黄泉剣と呼ばれる神剣を身体に飲み込んだからであり、
姫の愛した人が、黄泉剣に喰われてしまったからだ。

わたしに命じられた、姫を護るその力は、わたしが操ることのできない力であったからだ。

姫は、月の女神の力を得て、月の女神そのものに近い存在へとなった。
それは、生けとし生きるものが持てない、すべてを越える力を得たということであり―――。
そして、わたしは姫の操る力の一部として、姫の意志で操られるようになった。

操を護るために放たれる力を、直接的に闘争に使うように――。
そして、触れたものを溶かす力を新たに得た――。

鬼の鎧に包まれたわたしの、その拳で、足から、荒れ狂うように、力を放てるように。

872 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:12.212 ID:/zPciKa20
けれども、姫は遂には闇の彼方へ封じられた―――。
それは同時にわたしも、闇の彼方に封じられたことになる―――。

神に仕える、少女の手にした鏡によって。

―――――。


永遠の闇の彼方に封じられるとき、わたしは気が付いた―――。

嗚呼、わたしは姫のことを―――。

愛していたのだと――――。

873 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:30.401 ID:/zPciKa20
―――姫に操られ、姫の力の一部となったとき―。

千代を越える年、淡々と運命の力で姫を護っていただけのわたしは、生を受けたようであった。


そして同時に、姫に操られることがうれしかった。

874 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:45.273 ID:/zPciKa20
――けれども、わたしは姫とただ居られるだけでいい。

姫と話せなくていい。

姫と触れ合わなくたっていい。

姫の魂として存在する―――ただそれだけで―――。

だから、ずっと鬼の鎧を背負い続ける―――――――。


永遠の暗闇の中――――。

875 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:57.887 ID:/zPciKa20
わたしと姫は、永遠の闇に消え去った――。

二度と目覚めることはないだろう――。



そして、わたしのただ一つの恋も闇の彼方へと―――。


―――ああ、でも――。

姫と、ずうっと一緒にいられるなら、構わないか―――。


――決して目覚めぬ闇の中でも、姫と共に目覚めず、ずうっといられるのなら―――。

876 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:37:20.501 ID:/zPciKa20
わたし「鈴姫―――」


わたしは、彼女の名を囁きながら、鈴姫と共に眠りに着いた―――。

877 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:37:32.664 ID:/zPciKa20



                月 夜 見 の 遺 産



878 名前:社長:2016/03/11 21:40:08.608 ID:/zPciKa20
>>482-493の魔女ノ見タ夢 のリメイクみたいな物語。


879 名前:社長:2016/03/11 21:43:46.547 ID:/zPciKa20
http://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/783/isana.png

イサナ
鈴鶴の双子の姉。もっとも彼女自身は鈴鶴を護る力にくっついている魂だけの存在。
簡単に言えば魔女の囁きの中の人。
魔女の囁きの、鬼の鎧はイサナの魄になるはずだった肉塊からつくられている。

彼女は、鈴鶴が讃岐造の武術の才能を受け継いでいるのと逆に、
カグヤの術に対する才能を受け継いでいる。

きのたけで言えば、筍魂(戦闘術魂という技で勝負)タイプが鈴鶴、
魔王791(たくさんの魔力でガチンコ勝負)タイプがイサナ。

双子といっても、一卵性ではなく二卵性なので、何から何までそっくりというわけではない。

また、その眼の瞳は、2つ重なったように見える重瞳――。

880 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/03/26 23:34:51.684 ID:x3Oks6oUo
乙、悲しいなあ

881 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:34:23.023 ID:qpb8DoIg0
この世界には、見えない運命の糸が複雑怪奇に絡み合っている。

その糸を、ふつりふつりと人は繋ぎ、また切っている。


―――運命というのは不可思議なもので。

もう二度と闇から出てこないはずの、あの子は、再び顕現した。

882 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:35:59.526 ID:qpb8DoIg0
鈴姫「…………?」
鈴姫は、気が付くと森の中にある、百合の花畑に眠っていた。
はたから見れば、ある日の午後、少女が陽の光の温かさに、微睡んで昼寝をしたようにも見れるように。


永遠の闇の彼方に居た鈴姫は、光を見るのは何時振りか。
何時振りかの光に、目を細めながら辺りを見回していた。

少し戸惑って、首を振る姿が、いとおしい。
鈴姫の髪はとても長いから、首を振るたびに揺れる。

その様子を見るだけで、わたしはありもしない鼓動が高まる感覚を覚えた。

883 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:36:40.479 ID:qpb8DoIg0
鈴姫「………一体、此処は…?」
疑問を呈しながらも、鈴姫はその場から立ち上がった。

鈴姫「……ともかく、此処が何処か―――それを確かめよう」
鈴姫は、身に着けた巫女装束をぽんぽんと叩き、腰に太刀を携え、森の外へと歩いて行った。

衣に太刀は、たいせつなひとの形見―――。

884 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:37:40.340 ID:qpb8DoIg0
その森の外は、ただ点々と集落が並んでいた。
煉瓦造りの家立ち並び、牧場が広がる、静かでのどかな村―――。


鈴姫は、旅の者を装いながら、村人にその場所を聞くと、ミルキィ村だと答えが返ってきた。

けれど、鈴姫が封印される前に居たところとは、違うところがあった。

885 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:37:51.526 ID:qpb8DoIg0
もし、鈴姫が居た世界に再顕したとするならば、当然、魔女に関する歴史は残るか、語り継がれている筈だ。
遠い未来だとしても、断片的に残るだろう。

あるいはそれよりも過去に戻ったならば、もと居た世界で知っている、それより前の歴史と等しくなければならないからだ。
此処が鈴姫の居た國かどうかは別としても、外つ國の歴史は確かに存在しているから。

886 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:05.226 ID:qpb8DoIg0


そして、一つの結論に思い至った。
―――もと居たところとは、遠いところへ来た、という結論に。



887 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:29.838 ID:qpb8DoIg0
鈴姫は、当然ながら文無しで、さてどうしようかと考えていた。
けれども、鈴姫には戦闘能力も生活能力も、様々な技能を持っている。

だから、鈴姫は成るように成れ、そう思いながら話をしていった。


鈴姫「わたし、一文無しなのよね………
   ――何か路銀を手に入れられることはないかしら」

村人「………ん!
   それは、それは……

   そういや、民宿のあいつが手伝いを欲しがってたなあ………
   どうだ、一度行ってみては?」

鈴姫「ならば、そこに行ってみるわ………」



888 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:42.927 ID:qpb8DoIg0
そして、鈴姫は民宿で暫しの間、働くことになった。
鈴姫は、自身の本当の名を隠し、ツクヨミという名を名乗り、
路銀を稼ぎたいこと、家事全般が得意だということを伝えると、すぐに雇われた。

889 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:57.817 ID:qpb8DoIg0
鈴姫は、言った通り、布団を畳み、掃除をし、料理を作り――。
こういった家事には手馴れていたから、あっさりとそこに馴染むことができた。
なにしろ、民宿の中で最高の立場の、女将にも、褒められる腕前だったからだ。

女将「…ツクヨミちゃん、まだ、そんなに若そうなのに…
   あたしゃ、もう驚きよ」

鈴姫「……わたしは、唯、こういうことには手馴れているだけだから
   岩よりも短い生き様で、得た、ほんのすこしの技よ」



890 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:39:19.471 ID:qpb8DoIg0
そしてまた、民宿に住まい働く人々や、泊まる人々は、鈴姫の腕に感心し、ねぎらいの言葉をかけたりしていた。
其処が別段身を削るような、辛いことのない環境だったのは、
此処が何処だかも分からぬ鈴姫にとって、幸運な出会いだったのかもしれない。


鈴姫は、とりあえずの目標は、拾ってくれた礼にあたるだけ、ここで働く――と決めた。


891 名前::2016/04/11 22:40:00.518 ID:qpb8DoIg0
遠い世界へ、顕現せし乙女。

ちなみに鈴鶴は

892 名前:社長:2016/04/11 22:41:26.073 ID:qpb8DoIg0
いい嫁になれるタイプなので
いったいヤミやシズやフチやイサナの誰の嫁になればいいんだろう

全員!

893 名前:たけのこ軍 791:2016/04/14 22:42:36.597 ID:fJkDeVq2o
全員!に笑った

894 名前:社長:2016/04/26 00:40:21.614 ID:vvR4MoPo0
魔女の囁きの能力 おそらい
本体の操を狙いに来た男を吹っ飛ばす。
この判定基準は客観的なもの+本体の主観である。
この能力を消したり封印したり奪ったりすることも、それに値するのでその場合は女も吹っ飛ばす。
自分の意志では抑えられない。

鈴鶴の主観はそんなのが、というほど細かすぎるものまで入るため、実質的に殴り合いなら男相手に絶対に敗北しない。

895 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:46:14.093 ID:XsKN/Qg20
さて、暫しの路銀を稼ぎながら、ある夜、鈴姫は夜空を見つめていた。

月は、青白く、夜を彩るかのように、星に包まれながら輝いていた―――。
あの月は、自身に宿りし女神の月なのだろうか、と考えながら、鈴姫は夜空を見ていた。

896 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:47:45.452 ID:XsKN/Qg20
そんなある時、村に五人の破落戸(ゴロツキ)が現れた。
嫌がらせか、ただの欲望の解放かは分からないけれど、その表情は醜く、そして醜悪な雰囲気を漂わせていた。

破落戸1「おいおい、俺と付き合わねェってのか?あ?」
村娘「ひ、あの……やめて…」

ある者は一人の村娘に集団で囲み、ある者は軒先の物を蹴飛ばしていた。
難癖、暴力、恐喝―――ただの暮らしを営むものにとっては恐ろしい、
けれど、人を其の手で殺したことのある鈴姫にとって、ちっぽけな所業――――。


897 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:49:48.412 ID:XsKN/Qg20
鈴姫「………」
その様子を、鈴姫は、氷のように冷たい瞳で見つめていた。
その心の中に、感情の揺らぎはない。

鈴姫は、男に興味など微塵もないから、当然そうなるのだけれど――。
傍から見れば、それは無愛想な人間のようであった。

898 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:50:11.387 ID:XsKN/Qg20
破落戸1「おい、お前……
     なァに、眼飛ばしてやがる………?」
破落戸の一人が凄もうとも、鈴姫は、無表情だった。


鈴姫「………いいえ、なんでも」
鈴姫の言之葉には、感情の込められていない冷たさが、氷のように宿っていた。
無愛想な返答のようで、そんな生半なものではない答え。

899 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:52:36.607 ID:XsKN/Qg20
破落戸1「てめぇ、ナメてんじゃ……」
そして、その態度に怒りを覚えたらしい、破落戸のひとりが、
鈴姫の胸倉をつかもうとした時、その腕を捻って、そして鈴姫よりも重いであろうそいつを思いっ切り投げ飛ばした。

破落戸1「がは……ッ」

鈴姫の、男から操を守るその力は、たとえ傍から見ればそうは思えないものだろうと現れる。
それは、触れようとも。

鈴姫の捻った腕は、まるで鉄球で潰されたように潰れていた。
そう、鈴姫は男に触れることすら操を汚すと、生まれたときから思っているのだ。


鈴姫自身が、人体の脆い部分に、弱点となる部分に的確に攻撃を当てられるというのに加え、
男を吹き飛ばすその力は、心で定めてる事も加えてとてもとても大きい―――。

鈴姫「………」
そして、崩れ落ちる一人の身体を、感情ひとつ動かず、ただ障害を取り除いただけのように鈴姫は見ていた。
思いっ切り、崩れ落ちた身体の首の部分を蹴っ飛ばして殺し、別の破落戸へと顔を向ける。


900 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:52:54.600 ID:XsKN/Qg20
破落戸2「お前、何を……、何をしたんだぁーーッ!?」

慌てて駆け寄ってくるもう一人に、鈴姫は携えた太刀を抜き――そして、その動きのまま破落戸の腹に全力の峰打ち。
そこに躊躇というものは、全く持ってない。

鈴姫の動きは、軽やかで、力強く、粗一つない達人の動きだった。
この動きを見ると、わたしは鈴姫に宿る血が、肉体に刻まれた技術が、ああ美しいと思えて仕方ない。

破落戸2「ごぼぉぁ―――」
また、破落戸の一人苦しみ、痛み、倒れる様子に、鈴姫は何も感じない。
表情は変えず、何も思わず、足で首の骨をへし折った。

901 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:55:58.376 ID:XsKN/Qg20
破落戸3「ひ、ひッ………」
その様子を見て怯んだ破落戸は、其の場を動けない。
がたがたと、腰を抜かして震えていようと、お構いなく、思いっ切り殴打し殺した。

その力の差は、誰が見ても、一目瞭然。
鈴姫と破落戸では、闘いの勘が違うのだ。

最も、鈴姫は、歴戦の強者、と言うほど、何百、何千回と闘いを経験していない。
けれど、ずうっとずうっと、鍛冶屋が鉄を鍛えるように、鈴姫はたいせつなひとと技術を高めてきたのだ。

だからこそ、闘いに関する勘は、常人よりも遥かに遥かに―――。

902 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:56:21.052 ID:XsKN/Qg20

破落戸4「俺、オレは、何も…」
破落戸5「逃げ…」
逃げようとする破落戸たちにも、鈴姫は疾風の如き素早さで、飛び、峰打ち――、
そして、その勢いを保ったまま、全力の踵落としに裏拳で殺した。



鈴姫「………」

村人たちは呆然としていた。
鈴姫自身には、迫り来る敵を殺すことに何の揺らぎもないけれど、
それでも、そのことがまともな人間のすることではないと知っていた。

903 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:56:37.737 ID:XsKN/Qg20
鈴姫「流石に、人を殺すような人間は、こんな穏やかな村に居ていい道理はないでしょう」
鈴姫は、そう言うと、破落戸どもの死体を引き摺りながら、村を出て行った。

鈴姫「民宿の人には、わたしは消えたと伝えておいて―――」

904 名前:社長:2016/05/13 23:57:27.169 ID:XsKN/Qg20
鈴鶴を倒せる男などいない。
女なら倒せるやもしれない。

905 名前:791:2016/05/14 22:40:48.962 ID:kyv2rmvAo
更新おつ

906 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:06:37.717 ID:18vGAI1.0
―――鈴姫は死体をそこらに投げ捨て、さてどうするかと思いながら、村の近くの森の中に再び居た。

鈴姫「………」

鈴姫は、身から出た錆となって、破落戸どもの残党が報復に来ないかということを考え、
それがないように見張り、見張り―――。

そして、日が経ち続け、それがないことを確信すると―――。


907 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:08:11.ウンコ ID:18vGAI1.0
鈴姫は、目を見開き、自身の左腕と右目に、力を込めた。


―――鈴姫の左腕には神剣が、あの子の右目には神剣の飾り――いいや、神剣の本体である勾玉が在る。

神剣、そして勾玉に宿るその闇の力は、月女神の純なる血を持っているからこそ扱える。

908 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:08:43.636 ID:18vGAI1.0
鈴姫「どうやら、この力は、自在に操れるようだけど……」
禍々しい漆黒の瘴気、闇色に染まった右眼と、青白い瞳―――。

そして、その身体には、月女神の紋章が、刺青のように浮かび出ていた。
最も、其れは衣に隠れて見えないけれども、それは魔女と呼ばれて然るべき雰囲気を漂わせていた。


神の力を顕現させても、鈴姫は冷静だった。

909 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:09:33.875 ID:18vGAI1.0
鈴姫「―――!」

月女神は、闇の世界を統治している。
だからこそ、その女神の力を扱えるということは、闇へと潜れるということなのだ。

鈴姫「これは―――?」

鈴姫は、月女神の力を用いて、闇の中へと潜りこんだ。
星の瞬く、不思議な闇の中へ。

そこは、宇宙の中のような、幻想的で、そして寂しい空間だった。
しずかな、音もしない暗闇。

910 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:11:26.303 ID:18vGAI1.0
無限に広がる其の闇の中は、鈴姫自身の作り出した、狭間の世界だったのだ。

鈴姫「…………」

鈴姫は、自身の棲家をこの闇の中にしようと決めた。
それと同時に、如何して再び顕現したのかを考えていた。


嘗て魔女に堕ち、わけの分からぬままに男を殺しに行った業が、鈴姫にはある。
魔女となり殺した男どもは、鈴姫が嫌うような種類の男どもだとしても―――。

鈴姫に触れることが許されない―――わたしの力が吹き飛ばすに値する男どもだとしても。

鈴姫は、意思のない行動による業がある。
魔女の、操を護る本能の力ではない、ただの殺意によるそれが。

911 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:11:39.995 ID:18vGAI1.0

魔女の力は、世界を混乱させた。
そして魔女の引き起こす災禍を止めるために、鈴姫は封印された。


けれども、その封じが、解かれた――あるいは解けた意味を。


鈴姫「………………」
熟考の末、鈴姫は――。

自身が、悪しき魔女ではなく―――、
――善き魔女として、善き神としてやり直すために再顕したのだと考えた。

そう、鈴姫を封じた少女は言っていたから。

912 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:12:51.306 ID:18vGAI1.0
世界を混乱させた、自身にをやり直す―――。
そう考えて―――。


鈴姫「さて、それにしても、どうするか………」
鈴姫は、闇の中から出て、世界を彷徨い始めた。

913 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:15:03.239 ID:18vGAI1.0

道中、鈴姫はその日暮らしの旅烏を装いながら、様々なところを歩き廻った。

時には悪鬼を打倒し、時には恋の相談に乗り、時には自身の身に着けた技術で手伝をした。
それと同時に、闇の中にかつてあの子が住んでいた棲家と同じ構造のそれを作っていった。



時代を経るごとに、鈴姫は表には出ないけれども、力ある存在に―――百合神と書いて、ツクヨミと呼ぶ神となっていった。
時には恨みを晴らすための、尊厳を守るための殺人をし、時には恋人たちの橋渡し役に、時には技術をふるまう仕事を行って。


それは、いわば生と死をつかさどる女神―――。
恋を技術を生むことに関わり、そして逆に命を死す存在―――。

914 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:15:33.872 ID:18vGAI1.0
そうやって生きていくと、鈴姫には自然と路銀がたまりゆく。
いいや路銀と言うよりは、財産と言うべきか。


それは、闇の中に作った棲家以外にも、よそ行きの、大きな屋敷を持てるほどに。
鈴姫は出会いと別れを体験し、信頼できる人間と出会えば、信頼できる人間とも出会っていった。


鍛冶屋、孤児院、料亭、衣類店、家具屋、はたまたある趣味に秀でた者と、数えきれぬほどに――――。

鈴姫は彼ら彼女らを信頼し、自身の持つ技術を教え、援助し、
時には手伝いを要請することもあれば、そのとき彼ら彼女らは、鈴姫の期待に応えるように働いた。

915 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:16:00.825 ID:18vGAI1.0
そういう風に生きて行くと、鈴姫が稼ぐ財産は、専ら鈴姫が製造した品物を買い取って貰うことが、主となっていた。
人殺しや恋愛相談などは、その願いが来る時期が分からないからだ。
それに、恋愛相談は神頼みのような少額で聞いていたから、ほとんどそれでは稼げなかった。



鈴姫に在る技術は、一流の鍛冶屋の持つ技術であり、一流の世話役の持つ技術だからこそ、それは成り立つ。
武器であれ、家具であれ、衣類であれ―――様々な職人の得意とすることを成し得ることができるのだ。

そしてなにより、一方的な関係ではなく、それらの店の困りごとがあれば、鈴姫はその困りごとに対し真摯に対応していった。

916 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:16:18.590 ID:18vGAI1.0
それは、不老不死の肉体を持つ鈴姫からすれば、いずれ消えてしまう存在だけれど、
その一期一会の出会いは、鈴姫が善の魔女として生きる為の、見えないハシラとなっていった。

時には、店が続くように、人と人の繋がりを橋渡しも――ハシラを継ぎ足したりも。

917 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:18:07.570 ID:18vGAI1.0
ある日、孤児院に資金援助をした帰り、鈴姫は院長に呼ばれ応接室に居た。

院長「こんにちはぁ、いつも援助ありがとう、ね」
院長は、鈴姫と違い齢を重ねた老婆だ。
人だからこそ、こうして老いる。

鈴姫は、見知った人が老い死ぬことも多々経験したが、やはり普通に死ねるというのは幸せ者だと思っていた。
だからこそ、こうして技術や、それに心を込める人間には協力する。

鈴姫は、男という魄が嫌いでも、技術についての魂は嫌いにはならない。
協力者が男だとしても、その技術、心根までは吹き飛ばさない。

最も、操を狙うようなどうしようもない奴は、技術を奪い殺していたこともあるけれど――ー。

918 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:18:23.190 ID:18vGAI1.0
―――院長は、苦労を重ねてきたことが読み取れる風貌だけれども、その顔につらさというものは見えない。

鈴姫「いいや、援助は…単なる、気まぐれよ―――」

院長「気まぐれで、こんなに良くしてくれるかしら」

鈴姫「道楽よ、道楽…」

鈴姫が信頼するその人は、希望の塊である子供を羽ばたく鳥のように育てることを信念としていた。
鈴姫が時折、願いを叶えに行く際、身寄りのない子供に出会うことがある。

919 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:18:46.502 ID:18vGAI1.0
人に非ざる子供ならば、その種族の者に預けるが、人ならば人のところへと預けている。

とはいえただ預けるのではなく、絶対なる信頼の補強として、多額の資金援助もしている。
それ以外にも、困りごとがあればそれを解決している。

危険因子がいる―――と相談された時には、そいつをこの世から消し去ったことだってある。

920 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:19:07.519 ID:18vGAI1.0
鈴姫「…それで、用件は?」

院長「貴女にいつもお世話になっているから、お返しはできないか―――と思って」

鈴姫「いいえ……わたしにそれは必要ではないわ……」

院長「そんな、悪いわ―――」

鈴姫「わたしは、貴女がいつもその仕事をしてくれている――ただそれだけがお返しよ」

院長「………ならば、無理強いはしないでおきましょう
   けれども、無理はしないでね」

鈴姫「……そちらこそ」


鈴姫は、大きな礼やらお返しやらは苦手だった。
最も、それは、鈴姫が利用できること自体が、大きな礼と考えている、ということもあるからだけれども。

921 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:21:49.383 ID:18vGAI1.0
鈴姫は、ずうっとずうっと、こうしてこの世界を生きてきた。

この世界は不可思議なところがあろうとも、ただ百合神として歩み続けた。


―――年月は過ぎて行った。

ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、この、とお。

――――幾月、幾年も、過ぎて行く。

鈴姫の生き方は変わらない。

―――それまでは。
孤独に生きる鈴姫の生き方は、その時まで変わらなかった―――。

922 名前:社長:2016/05/21 01:28:20.265 ID:18vGAI1.0
次回、鈴姫を変えるものとは、その時とは―――。


ちなみに鈴姫様が願い事聞いてた神社的場所とか謎の森の奥は狭間の世界。

923 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:14:03.256 ID:WU6YT0SY0
―――そして、ある日。

雪降る、街灯が灯った夜の町を、鈴姫は静かに歩いていた。
積もった雪を踏みしめながら、ただただ前に進んでいた。

924 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:14:46.360 ID:WU6YT0SY0
すると、緑色の、猫のような小さな生き物を抱え、赤い衣を纏った少女がそこに居た。


少女「はぁ……はぁ……」
寒さに身を震わせ、白い息を吐きながら、少女は必死でその生き物を売ろうとしている。


しばらく様子を見ていても、少女に話しかける人はなし。

925 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:19:04.188 ID:WU6YT0SY0
少女「抹茶、抹茶はいりませんか――?」
か細い声で、切実に言っている少女――。

茶道も嗜んでいた鈴姫は、抹茶という言葉に興味を覚え、少女に歩み寄った。

その少女は、とても寂しそうに見えた。
――初めて出会った少女なのに、不思議と既視感のある少女だった。

ざ、ざ、ざ―――。
雪を踏み鳴らす足音が、静かな夜に響き、そして少女はその気配に気が付いた。


鈴姫は、何故だかとてもとても懐かしい気持ちを感じながら、こちらを見た少女へと話しかけた。

926 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:21:50.915 ID:WU6YT0SY0
鈴姫「…………これは?」

少女「抹茶です、かわいいでしょう?」

鈴姫は、その緑色の生き物が抹茶であることに驚愕した。
そんな存在は、今まで見たこともなかったからだ。

しかし、ただの人間からすれば月の民など想像もつかない存在だ、と考え直し――。


鈴姫「その……抹茶?売れてるの……?」
少女へ、問うた。

927 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:23:08.394 ID:WU6YT0SY0
少女「………っ」
少女は、口からなにか言の葉を出そうとしているけれど、言葉にならないのか、
あるいは寒さに動かせないのか、ただじっと、鈴姫を見つめていた。

その眼には涙が浮かび―。


鈴姫「……はぁ」
鈴姫は、その様子を見て溜息ひとつ。

928 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:23:31.438 ID:WU6YT0SY0
鈴姫「あなた、わたしの家に来なさい
   ―――食べるのにも、困っているんでしょう?」


鈴姫は、どうしてもその少女をほおっておけなかった。
今まで出会った幾多の、不幸な境遇の子は、すべて信頼できる者へ託したはずなのに。


気まぐれか、それとも運命がそうさせたのか。

929 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:23:55.754 ID:WU6YT0SY0
少女「なんで、そんなにやさしくしてくれるの……?」

少女の、もっともの問いは、鈴姫にとって答えることができない。

それは、鈴姫にとっても、そしてわたしでさえも分からない。
その言葉を濁すように、鈴姫は名を告げた。

鈴姫「わたしは鈴鶴―――よろしくね」

―――優しい顔で、少女に微笑みながら。

930 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:24:08.354 ID:WU6YT0SY0
そう―――。

わたしという存在は、鈴鶴という少女の魂其の物なのだ。
鈴鶴は、姫たる存在に値する血を持っているから、わたしはそう呼んでいる。

わたしだって、太陽の女神の血は引いてるし、わたしのほうが僅かに姉であるけれど…。
やっぱり鈴姫の方がふさわしい―――。

そう、わたしよりも姫と呼ばれるにふさわしい―――。

931 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:26:05.052 ID:WU6YT0SY0
鈴姫「そして、あなたの名は……?」
そして、少女の持った籠を、さっと抱え、少女に逆に問い返した。


少女「ヴェスタ……ヴェスタ、です」
震える―けれども、すこしほっとしたような声で少女は答えた。


鈴姫「――ヴェスタ…
   いい名ね、じゃあ、わたしの家に行きましょうか」


ヴェスタ「は、はい…」

鈴姫とは、先ほど語った家へと歩いて行った。
よそ行きの、この世に作った家へと。


ヴェスタの連れていた抹茶たちと共に。
鈴姫は、ヴェスタと手をがっちりと握って、雪降る街から遠ざかっていった―――。

932 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:26:18.225 ID:WU6YT0SY0
ヴェスタの魂魄を凍えさせるかのように降っていた雪は、鈴姫との出会いの祝福に変じたようだった。


けれども、その祝福は、永久のものではなかったのだ―――――。
最もそのことは、その時が来るまで、鈴姫も、ヴェスタも――そして、わたしも知ることはなかった。

933 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:26:29.763 ID:WU6YT0SY0
           月夜見の遺産 完

934 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:31:03.116 ID:WU6YT0SY0
──────To be continued
            Eden of lily girl

935 名前:社長:2016/05/26 01:32:35.295 ID:WU6YT0SY0
霊歌ちゃんとの相談のもと、ヴェスタという名に決まりました。
色々と許可とか相談に協力してくれた霊歌ちゃんに感謝。


次回、集計班の遺言(予定)

936 名前:791:2016/05/26 17:19:17.349 ID:FSwFCE1so
緑色の猫みたいな生き物なんだろう?と思ったら抹茶で笑った
売れないだろうなぁ…

937 名前:社長:2016/07/04 21:38:27.652 ID:yNMvRWCw0
集計班の遺言(予定)はまだまだ。

とりあえずキャラクター設定追記だけ投下

938 名前:社長:2016/07/04 21:49:29.607 ID:yNMvRWCw0
・鈴鶴
この物語の主人公である。月女神の血を引き、剣術に優れ、その他戦闘に対する嗅覚も抜群、
美人で家事も抜群、その他鍛冶・建築など様々なこともでき、欠点は泳ぐことのみといった、ほぼ完璧超人。

しかしながら気立てはよいか――と言われればむしろ最悪の部類である。
彼女は生まれながらに、本当的に男を吹っ飛ばす『魔女の囁き』の力があるが、それは彼女の本能的な意思である。
そのため、男に触れない、極力近づかない、触れるか触れられれば吹っ飛ばす―――最も、彼女は男に興味がないから問題ないが。

男と接するのは、技術を見せる時―――それぐらいであり、その時でも彼女は触れようとはしない。
また、彼女は殺人に抵抗などない。最も、彼女は敵対する人物や、嫌いな者限定だが。
しかしそれでも、躊躇なく切り飛ばし、処理できる精神力は只者ではない。


ちなみに、彼女の好きなタイプは『自分より強い人』である。
一見すれば、『百合神伝説』で互角だった魔王791のように思えるが、そういう意味ではない。
彼女を支えられ、彼女を受け止める強さのある人―――最も、女性限定だが―――それが、彼女の好きな人。

だからヤミ、シズ、フチが好きなのだ。
―――ちなみに、彼女は受け止められたい、ニアリーイコール甘えん坊である。
だから彼女は、太刀の達人でありながら、猫なのだ―――。

939 名前:社長:2016/07/04 21:55:19.972 ID:yNMvRWCw0
・ヤミ
天狗の少女。隻眼で、左手の指が三本なかったりする。また、実は身体も傷跡だらけだったりする。
彼女は天狗であるため飛べるが、何にせよ身体が身体なため、天狗の中ではそこまで動ける方ではなかったりする。

彼女は、鈴鶴に、ヤミに、シズに尽くす感がある。はず。
最も、彼女の場合、7歳ぐらいの鈴鶴に血を飲ませていたのは果たして尽くす意味だけだったのかは知らぬ存ぜぬ。

彼女の好きなタイプは、ずばり『鈴鶴さま』であり、また『鈴鶴さまを守れる人』である。
鈴鶴は当然、また鈴鶴を守るシズとフチも好きである。

また、彼女は欠損した身体ではあるが、日常生活は意外と問題ない。
最も、鈴鶴やフチと比べると劣るが――、一般人と比べればむしろ上。
鈴鶴のおねえちゃんとして、頑張っているのだ。

940 名前:社長:2016/07/04 22:01:30.146 ID:yNMvRWCw0
・シズ
月の民。鈴鶴たちの中で一番身長が高い。
鍛冶屋であり、その技術は一級品。戦闘能力も、かなり高い。

彼女は、アナログ的な父親のような存在。仕事はできるが、家事はできない。
しかしながら、一応鍛冶屋の長とかだったりしてるので、きちんとした上の人的なタイプ。

彼女は、幼馴染であるフチと触れ合ううちに、それが愛に目覚めた。
――また、鈴鶴やヤミについても、それを守る愛に目覚めた。

もっとも彼女は、恋愛についての表現がダメダメなので、あまりそういうことを語らないが――。
そういう心があることは、鈴鶴たち皆知っているはずだ。

941 名前:社長:2016/07/04 22:05:47.678 ID:yNMvRWCw0
・フチ
月の民。幼い体のまま身体が育たなかった。
月の姫君の世話役と、実はけっこう凄い役職だったりする。

彼女は、アナログ的な母親――のようで、微妙に違ったりする。仕事も家事もできる。
ただし、戦闘能力は少なめ。式神召喚はあるが、身体能力がさすがに劣るのだ。

彼女は、自分の事を守ってくれたシズが好きだし、それに、自身の姿を見てもなんとも思わないカグヤも好きであり、
そのカグヤの面影のある鈴鶴が好きだし、その鈴鶴を育てたヤミが好き―――
言うなら、自身をあまりどうこう思わないタイプが好きだ。

最も、彼女の場合、自分が好きと思った人が、若干その判定から触れていても、我慢するけれど―――。

942 名前:社長:2016/07/04 22:06:19.918 ID:yNMvRWCw0
適当にイメージを書いたけど、表現できてるかとかそんなものは、う、うーん…。

943 名前:社長:2016/07/19 01:36:42.238 ID:oWq3o6Q.0
http://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/806/Next+character.jpg
次回作に登場予定の女の子

944 名前:きのこ軍 プロ召喚士 撃破1:2016/07/20 23:18:44.384 ID:ARZ0NUP20
ローマ字の書き方に知性を感じる

945 名前:社長:2016/08/20 02:31:15.027 ID:ufdOp7qs0
次回作は【集計班の遺言】とキッパリ言ったばかりなのに…
スマン ありゃ ウソだった

でもまあこの次々回作は本当に【集計班の遺言】だって事でさ…こらえてくれ

946 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:31:53.490 ID:ufdOp7qs0




                邪神スピリットJ





947 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:34:28.670 ID:ufdOp7qs0
――――此れはずっと昔の、話。
此の世界の【理】が解明され、此の世界の中枢となる宮処が生まれるよりも、ずうっと……。


世界の【理】を見つけ、此の世界は先へ先へ進んでいったが―――。
其れが解る前からも――此の世界は、先に進んでいった。


最も―――其れは、宮処が出来る前の話であるから、誰も知覚せずも記録されていない。

948 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:34:46.358 ID:ufdOp7qs0
其の【理】とは―――茸と筍が争うこと。
其れが世界を進める【理】。

此の事が解るまでは、其の条件が偶然に満たされた時に歴史が動いていた。
ただし、其の事は何処にも記録されていない。

宮処は歴史の動きを記録する場処でもあるが、宮処が出来る前の事は記録できないからだ。
簡単に言えば―――記録されている歴史、K.N.C1年より前にも、歴史は動いていたということだ。

949 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:36:49.132 ID:ufdOp7qs0
――――遠い昔…一人の鬼の少女が生まれた。

名はディアナ。身長5尺ほどがほとんどである鬼の女には珍しく、6尺以上の身長を持ち、美しい金色の髪を持っていた。
鬼は力強く、長寿の存在であるが、ディアナの力は可もなく不可もなく普通そのものだった。

そんなディアナは、武器の扱いに手馴れていた。
特に弓、銃、アトラトル、ブーメラン等の、遠距離戦の武器に。

だからといって、ナイフなどの、近距離戦の武器や、格闘技なども上手く扱えないことはなく、むしろかなりの腕前であった。
だが、弓などの腕ほど、極めて優れている――という程では無かった。

最も―――ディアナの生まれた頃は、銃のような優れた武器はなかったが――。

950 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:37:48.598 ID:ufdOp7qs0
ディアナは、大人になるとやがてマタギの道へ進んだ。
その有り余る天性の才能、そして彼女自身は才能に溺れずに鍛錬も熟していた為、マタギとしての彼女の名声は高まっていった。

ディアナは、必要以上に殺さず―――生きることだけに最低限に必要なものか、害を為すものしか殺さなかった。
また、彼女は無駄に延命する事は好きではなく、ザンのような不老不死の身体を得られるものは殺さなかった。

951 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:39:00.266 ID:ufdOp7qs0
そんなある日、ディアナは一つの依頼を受けた。
依頼主は、ディアナがよく依頼を受ける、情報屋――通称、長老と呼ばれる男だ。
彼もまた鬼であり、ディアナが鬼であることも知っている。

長老「……ディアナよ、今回の対象は阿呆な狩人だ…人相は分からんが、4人…
   手馴れの槍使いで、【ザン】を狙っているらしい…」

ディアナ「何処に現れるかは、分かる…?」

長老「ああ、最近は【ワカクサ】の海岸だったか…其処あたりで目撃されたそうだ…
   もし、ザンが居るとして…其の肉は確かに素晴らしいものだろうが……」

ディアナ「毒であり、本来従うべき寿命から逃れている……」

長老「そういうことだ、頼む……」

ディアナは、長老からの依頼を受け、猛獣等を、時には同じ鬼を、或いは別の者を殺してきた。
そして今回は、まさに後者の―――猛獣以外の、ディアナの同胞であろう狩人を殺しに行くのだ。

952 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:39:21.490 ID:ufdOp7qs0



ディアナは、ボウガン、短刀、吹き矢等を携え、【ワカクサ】の海岸へと向かった。





953 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:41:11.330 ID:ufdOp7qs0
―――【ワカクサ】の海の底には、竜宮があった。
波の下の都――海の果て――ザンー人魚が住まう宮処。

人魚は、半身は人、もう半身が魚(うお)のようなものも居れば、人と寸分違わぬ者、あるいは身体のある一部分だけが魚のものなど多々居た。

特に宮処の長――所謂海原の王者は、人と寸分違わぬ見た目と、美しき見た目、海原の様に透き通る青色の髪をしていた。


その長の娘の一人――此れも人の姿をした――ネプトゥーンは海の外の世界が気になり、
禁じられてい行為とは知っていても、竜宮を抜け出し―水面まで、【ワカクサ】の海岸まで浮上した。

だが――前述した通り、阿呆な狩人達が丁度海岸へ居た。
言うならば、飛んで火に入る夏の虫―――彼女は獲物と成ろうとしていた。

954 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:41:57.129 ID:ufdOp7qs0
―――再び【ワカクサ】の海岸。
狩人達は、ネプトゥーンの存在を察知してか、手持ちの槍を構えて今か今かと待っていた。

そして、ネプトゥーンが其れに気が付いた時には――狩人達は槍をネプトゥーンに向けた。
ネプトゥーンの齢は3ほど―――必死に逃げようとするものの、運よくかわせているというだけで、今にも槍で刺されようとしていた。

955 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:42:25.889 ID:ufdOp7qs0
その最中――闇を翔る一筋の線が、一人の狩人の頭を貫いた。
狩人達がその方向を向くと、もう一人の眼窩を線が貫く―――。

其処には、冷徹な表情をし、クロスボウを構えたディアナが立っていた。

ディアナはクロスボウに次の矢を込め、さっさと残りの二人の狩人も殺した。
矢には致死性の毒を仕込んでいたため、狩人達は立ち上がらなかった。

956 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:44:08.868 ID:ufdOp7qs0
そしてディアナは、呆気にとられていたネプトゥーンに、淡々と言葉を告げた。

ディアナ「……【ザン】の肉というものは、狂わせる恐ろしいもの…
     俺が居なければ、お前は死んでいたかもしれない……

     俺は、【ザン】の肉を求めんが……同じ生業の奴らは、また狩りに来るかもしれない……
     危険に、あえて触れる必要は、ない……
     住処に、今のうちに帰ってほしい―――」


そして、ディアナは背中を向け、振り返りもせずに其の場を立ち去った。

957 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:45:42.501 ID:ufdOp7qs0
ネプトゥーンは、助かったことに安堵しながらディアナの背中を、ただ見つめていた。
そして、その立ち振る舞いに、恋心のようなものを覚えた。
二度と出会えることはないだろう、鬼の女性に―――。

ネプトゥーンは遠くへ消えていく、其の固い意志を抱えた背中を、見えなくなるまでいつまでも見ていた――。

958 名前:社長:2016/08/20 02:47:20.840 ID:ufdOp7qs0
勝手にきのたけ世界の設定を作る感じ。
ちなみにディアナは身長183cmと高身長の女の子の設定です。

959 名前:社長:2016/08/20 03:31:47.862 ID:ufdOp7qs0
あとこの話の途中で次スレに行きそう。その時はいいところで切る感じかな…。

960 名前:きのこ軍 エース滝 魂11シュート1:2016/08/24 20:58:12.157 ID:ISBjVOBM0
ふつくしい。鬼の女の子というジャンルいいぞ。

961 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:09:31.230 ID:lZt02eug0
それから数十年後―――。


ディアナは、再び――【ワカクサ】の海岸でザンの肉を得ようとする狩人達を殺す依頼を受けた。

ザンの見えない海の上、狩人達が乗った漆黒の大船が海に浮かんでいた。
夜であり、只の人間ならば見えない船を、ディアナは見つけた。


ディアナは鬼だ―――鬼というものは人間に比べればはるかに高い身体能力が有る。

たとえディアナが、鬼の中では力が平凡だったとしても、人間に比べればはるかに高いもので――。
だから、人間の肉眼では見落とすような漆黒の大船を見つけられたのだ。

962 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:13:35.057 ID:lZt02eug0
ディアナは、単身小舟で大舟へ近づき、揺れる小舟の上から弓矢、ボウガン、吹き矢等を用い、
きっちりと急所に的中させ―――粗方の狩人達を殺した。

そして、船の中に隠れた残りの狩人を殺す為、大船へと飛び乗った。

射程距離の関係で、ディアナは短刀を用い、冷静に狩人達の首を掻っ切り、淡々と始末していった。

そして最後の一人を殺そうとした瞬間――ディアナは或る事に気が付いた。
残り一人は、ディアナに負ける事を悟ったか、相打ち覚悟で船に仕掛けたらしい火薬を炸裂させ、自爆しようとしていたのだ。


963 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:15:45.455 ID:lZt02eug0
其れに気付いたディアナは、頭を庇いながら咄嗟に海に身を投げたが、それは最後の一人が自爆した瞬間と同じで―――。



ディアナは、身体に船の破片などが刺さり、爆発の衝撃で、骨を折る等の重い怪我を負って海の底へと沈んでいった―――。





964 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:18:12.858 ID:lZt02eug0

―――【ワカクサ】の海の底には、竜宮があった。
竜宮の民は、大怪我を負ったディアナが、海の底に沈んでいるのを見つけ、拾い、取り敢えず適当な庵へと移した。



初め、竜宮の民は、迷い人―――あるいは鬼か―――目を覚まさぬディアナの傷を癒していたが、
ディアナの持ち物から、彼女が狩りを行う存在であると確信した。


そういう存在は、人魚の肉を狙う――そういう固定観念が在ったから、
竜宮の民は他の同胞についても聞けやしないかと思い、ディアナを捕らえることにした。

965 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:20:55.232 ID:lZt02eug0
――――ディアナに助けられたネプトゥーンは、其の後竜宮に戻り、長に状況を話した。
長に叱られ、「ディアナが見逃したのも、お前が幼かったからだ」と、

まるでディアナがザンに興味があるように捉える発言をしていたことに、
心にしこりを残してはいたものの、普通の生活を送っていた。


そしてすくすくと育ち、美しい見た目の女人となっていた。


ネプトゥーンは、女のマタギが沈んできた噂を聞きつけ、在り得ないとは思いつつも、其の姿をこっそりと見に行った。
―――其の、まさかだった。


966 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:24:12.923 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンが運よく生還できたのは、ディアナの存在が在ったから。
ディアナが悪いマタギでないことは充分知っていたから、ネプトゥーンは竜宮の民に早速周知しようとした。


――だが、ネプトゥーンの言葉でも、竜宮の民達は考えを取り消そうとしなかった。
其の態度に、ネプトゥーンは、あの時―自分の言葉が信じられていないのだ、と確信し、悲しくなってしまった。


其の後、邪魔にならないように、ネプトゥーンは一時的に部屋に閉じ込められた。

967 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:24:47.765 ID:lZt02eug0
部屋に閉じ込められている時、ふとディアナを拷問にかけ、最終的には処刑しようとする声が聞こえた。

それを聞いたネプトゥーンは、自身の持っていた特別な【力】でディアナを助け、地上へ逃げようと思った。

968 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:27:27.471 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンの持つ【力】――それは、壁の中を泳げる力だ。
自分と自分が触れているものが、自分自身が【壁】と認識した壁の中を泳ぐことが出来る【力】―――。
海の宮処において、ネプトゥーンは自由に動き回れるも同然の【力】――。
最も――水のない場所が壁の向こうにあれば、泳げずに投げ出されてしまうが――。


其の【力】については、長を含め、誰にも知らせていなかった。
其れは、おそらく――ディアナの事を、認めない民への反抗心だったのだろう。

969 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:28:41.246 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンは【力】を使い、閉じ込められた部屋の壁をすり抜け、
ディアナの捕えられている部屋に行き、ディアナを担ごうとした。


けれども、ネプトゥーンよりも身長も高く、体格のいいディアナは持ちあがらない。
どうしようかと悩んでいると、ディアナは目を覚ました。


970 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:31:34.862 ID:lZt02eug0
ディアナ「……君は」

ディアナは、ネプトゥーンを見て―あの時見た顔だと言おうとしたが、その言葉をネプトゥーンは遮った。

ネプトゥーン「話は、後で、早く逃げないと、処刑されちゃう…
       わたしが担ごうとしたんだけど、その、持ち上げられなくて…」

ディアナ「………!」
ディアナは、その言葉に直ぐ反応し、身体を動かそうとしたが、身体がうまく立ち上がらなかった。
最低限の傷だけを治され、そのまま放置されていたからだ。

971 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:36:33.304 ID:lZt02eug0
ディアナは、其の時点で―此の侭、恐らく自身が朽ち果ててしまうのだろう、と考えた。

ディアナ「……俺が此処で死ぬのなら、其れも仕方のない事だ」
そして――落ち着いてネプトゥーンに告げた。

ディアナは、獣を、或いは鬼等を此の手で狩ってきた。
直接的な勝負もあれば、罠に嵌めたり、或いは偶発的なもの全てを利用して仕留めてきた。

だから、こうして怪我を負った自分が死ぬことについて、人魚が此方側を狩るものと捉え、仕方ないと考えたのだ。

972 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:38:18.895 ID:lZt02eug0
ディアナ「君は、此処からさっさと戻ったほうがいい……これ以上巻き込むつもりはない
     俺は、此処で死ぬことになるから――」


しかし――そのディアナの言葉に、ネプトゥーンは―。

ネプトゥーン「わたしは、貴女が好き…なのっ!
       好きな人を、殺されたくなんてないよっ……」

悲痛な泣き声をあげ、大粒の涙を零し、ディアナの身体にぎゅうっと抱きついた。

973 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:41:16.314 ID:lZt02eug0
ネプトゥーン「………
       それに、あの時命を助けてくれたのに、如何して、助けてはいけないの?
       恩返し、したいのにっ

       いいマタギだと思う、貴女を、殺させたくっ…」

ネプトゥーンは、さらにディアナの胸に顔を埋め、涙を流した。
其れと同時に――ネプトゥーンは、ディアナの大きな胸の感触に、少し心音を速くさせた。

974 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:42:59.722 ID:lZt02eug0

ディアナ「………」
ディアナは、此処まで独りで生きてきた。
そして、彼女は恋などしなかった。誰とも子を作ることもしなかった。


孤独に狩りをするマタギであった彼女は、此のような事は初めてであり、少し戸惑い、少し思考した後―――。



ディアナ「……分かった、俺は君について行こう
     最も、此の身体をどうにかしないといけないが……」
―――少々、初めての感情に戸惑いを覚えながらも、肯定の意思を示した。


其れは、ディアナの鋼のように硬く厚い心に、ネプトゥーンの優しい心が入り込み、融かしただからだろうか。


975 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:44:47.264 ID:lZt02eug0

ネプトゥーン「!……あ、あり、ありがとう…」
その言葉に、ネプトゥーンは顔を明るくし、たどたどしく感謝の言葉を告げた。


ネプトゥーン「その、傷を癒す方法……ひとつは、治癒の【力】を使うことだけど、その方法は、今なくて……
       だけど、もう一つ―――人魚の血を飲むことが、あるの」


ディアナ「ザンの肉を食うことと、同じというわけだ…」

ネプトゥーン「うん……その、不老長寿か不老不死かは分からないけれど――
       そういう肉体になってしまうけれど、それならば――」

ネプトゥーンは、言いづらそうに告げた。

976 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:46:02.626 ID:lZt02eug0
ディアナは、数秒考えていたが―。

ディアナ「………分かった、飲もう」
直ぐに、答えを出した。



もし、単なる気まぐれで血を貰うと言うのなら、ディアナは飲まなかっただろう。
自分自身を助けようとするネプトゥーンの心に、ディアナが初めて恋する感情を得たから―。
だから、ディアナは血を飲む事ほ決めた。


そして、ネプトゥーンは、自身の血をディアナに飲ませた。

977 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:48:13.950 ID:lZt02eug0
ザンの肉は素晴らしい。

ならば、その血も素晴らしいのは当たり前だ――。

ディアナの傷はたちまち治り、ディアナにネプトゥーンが掴まり、
【力】を使う事で、ネプトゥーンとディアナは竜宮から逃げ出すことに成功した。



―――見張りも追っ手も、気が付いた時には既に二人は水面まで逃げていた。
海の外へ出る事を望まない竜宮の民は、其処で追い掛けるのを諦めた。

978 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:48:35.486 ID:lZt02eug0
海岸に誰もいないのを確認し、ディアナとネプトゥーンは地上に手をかけた。
其処で、ディアナとネプトゥーンはようやく、逃走に成功したことを確信し、ほっとした。


979 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:51:13.554 ID:lZt02eug0
海岸に辿りつき――其処でようやく、二人は名前を教え合った。


ディアナ「俺は、ディアナ―――君は?」

ネプトゥーン「あ、あのっ、わたしは、ネプトゥーンっ
       そっか、ディアナって名前だったんだぁ―――綺麗な名前だね」
ネプトゥーンが、無邪気な表情でそう言葉を紡ぐ様子に、ディアナは何故か安らぎを覚えた。

ディアナ「ネプトゥーン――其の名も、悪くない―良い名前だ」
そして、ディアナも、微笑みながら、そう言った。

980 名前:社長:2016/08/26 03:54:15.034 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンは身長157cmぐらいの人魚の設定。身長差が凄い百合ップルだ…。

981 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/08/30 23:34:52.812 ID:KVOQ909.o
いいぞ。浦島伝説かミ

982 名前:社長:2016/09/04 00:22:34.492 ID:PNG5mMkE0
19レスしかないので一旦埋め

983 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:31:55.363 ID:PNG5mMkE0
フチ「んーっ…!やった、やったっ」

あたしに、シズと久々に一緒にいられる日が来た。

姫の御付の仕事の休みと、シズの鍛冶仕事の休みだ。

984 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:32:08.553 ID:PNG5mMkE0
あたしは、シズの家に来てみたら、シズは、布団の中でまだ眠っている。
その寝姿は、やっぱり可愛らしい。

985 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:33:45.484 ID:PNG5mMkE0
シズは、着ている衣をはだけさせて眠っていた。

シズは、あたしより、ずうっと女の子した見た目の癖に、女の子という自覚が薄くて、油断しているところがあって…。
まぁ、男の大半は男にしか興味がないからいいのだけれど、それでも一部の奴は気にするから…。

あたしはシズにもうちょっと、そのことに気に留めてもらわないと、恥ずかしくて死にそうだ。

986 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:34:03.926 ID:PNG5mMkE0
そんな油断の多い恰好に溜め息をつきながら、シズの家の中を見ている。

ああ、シズ、やっぱり…。

987 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:34:30.414 ID:PNG5mMkE0
シズに再三注意してるけど、シズはやっぱこう…家庭的なことが苦手なんだよねえ。
頑張ってるみたいだけども、やっぱり……。

あたし、一緒に過ごそうかなぁ…?
同棲―――幼なじみだし、昔から時々そうしたことはあるけれど、もしずうっといれたら……。

988 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:35:02.018 ID:PNG5mMkE0
でも、生業がそれをさせないから、なぁ…。
だから、ひと時だけ逢えるこの生き方だけでも、大切にしよう。

シズの部屋の掃除をして、シズのくしゃくしゃになっている衣を畳んで。
時間が経っても、シズはすぅすぅと寝息を立てている。

989 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:35:11.620 ID:PNG5mMkE0
フチ「………」
だめ、あたし――――。

あたしは、顔が真っ赤に赤くなるのを実感した。
何を、なにを想像しているんだ、あたしは……。


990 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:35:29.433 ID:PNG5mMkE0
―――。
けれども、やっぱりシズから目を逸らせられない。
そして、あたしはシズの眠る布団にもぐりこんだ。

フチ「は―――っ」
あたしは、シズの隣に寝転がり、シズの手を撫でた。

シズの手は、鍛冶仕事をしているだけあって、傷があったり、ざらざらとした手だ。
でも、この手がいい。

991 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:36:56.250 ID:PNG5mMkE0
そしていつかは、あたしは眠くなってしまった。
フチ「おやすみ――シズ―――」

あたしは、シズの、温かい、あたたかい手を握って、あたしは眠りについた―――。
適当に縛ったシズの髪も、ちゃんと結んであげなきゃ――と思いながら。

992 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:11.654 ID:PNG5mMkE0
―――わたしは、目覚めた。
久々にフチと居られる休みだけれど、日々の疲れか起きた時には、隣にフチが眠っていた。

993 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:31.866 ID:PNG5mMkE0
フチの小さな手は、わたしの右手を握っている。
わたしは、立ち上がれないので部屋を見渡すと、いつの間にか綺麗になっていることが分かった。

994 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:42.068 ID:PNG5mMkE0
…ああ、わたしが寝ている間に――
フチに感謝して、わたしは布団の中に再び入る。

995 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:53.467 ID:PNG5mMkE0
フチの髪を手で撫でてあげて、わたしはぼそっと「ありがとう」とフチに囁いた。
フチの手を、放すこともあるまい――と思ったからだ。

996 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:38:29.706 ID:PNG5mMkE0
フチの手は、まるで子供のように、柔らかな感触だ。
わたしとは違う、素敵な手だ―――。

997 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:38:49.812 ID:PNG5mMkE0
けれども、例えフチがわたしのようなざらざらの手だとしても、別に素敵ではないと――そうは思わない。
フチは何故だか童の姿ままで育ってしまったけれど、それが何だ。
わたしは、フチと一緒に居られる一時に安らぎを憶えられる。

998 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:38:59.644 ID:PNG5mMkE0
そしてわたしは、手持無沙汰になってしまったので、フチの寝顔をじいっと見ながら、休みを過ごすことにした。

999 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:39:11.459 ID:PNG5mMkE0
―――そして、気が付けばわたしはまた眠っていたらしい。
気が付くと、フチは「そろそろ帰るね」という書置きを残して帰っていた。

今度からは、わたしは頑張って起きよう―――。そう思いながら、再び床についた。

1000 名前:社長:2016/09/04 00:44:58.565 ID:PNG5mMkE0
http://kinohinan4.s601.xrea.com/test/read.cgi/prayforkinotake/1472917464/

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