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ユリガミノカナタニ

1 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:54:48.03 ID:XUiZ9x7c0
??「―――――――。」


―――声が聞こえる。



これは、わたしの一番古い記憶?


何も、見えない。


そこは、暗闇の中―。

701 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:02.303 ID:Xq8Lt4m.0




       鍛 冶 屋 衛 兵 伝 説






702 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:16.873 ID:Xq8Lt4m.0
――――水の中のような、前後左右、上下も分からぬところを、わたしの意識が漂っている。



ここは、鈴鶴の意識の中。
鈴鶴が、わたしの意識が鈴鶴のそれにあることきは気が付くことはないだろう。


―――けれど、わたしの愛する人、鈴鶴をただ見るだけでいい。

703 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:58:33.383 ID:Xq8Lt4m.0
魄のない、死んだその身では、それだけで満足できる。

いいや、本当のことを言えばそれは嘘になる。

けれども、それは叶わぬ望み―――。

704 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:59:13.293 ID:Xq8Lt4m.0
鈴鶴は、武器を漆黒の高機動車に乗せ、車に道路を走らせている。
時折、後ろの様子を探りながら、目的の場所へと向かって往く―――。



静かな、石造りの建物へと車を停め、武器を抱えその裏口へと歩いて行った。
扉の中から、その来訪者を確認した男は、扉を開け、鈴鶴を出迎えた。

705 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/05 23:59:36.900 ID:Xq8Lt4m.0
男「持ってきた武器を、見せてくれ………」


鈴鶴「……………」
鈴鶴は、無言で武器を包んだ布を机の上に置いた。


男「………ふむ、ふむ
  いつみても、お前のその腕には驚かされる」
そして男は、それらを軽く検品し、賛辞の言葉を述べた。

706 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:01.901 ID:2xseXwZ20
男「お前の武器は、素晴らしいものだ…
  上客の、きのたけ会議所も、お前の武器が入ると喜んでいるしな……」


鈴鶴「そう……」
鈴鶴は、その賛辞には興味がなく、ただ壁に背を預けてじいっと話を聞いていた。


男「何しろ、他の武器と比べて軽く、使いやすい…
  それに、職人の技術が惜しみなく使われていて、評判がいい………

  本職の俺でも、お前に勝つのは難しそうだ、ははは……
  もっとも、あんたは違う意味での、【武器屋】だが……ふふふ…」

707 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:15.858 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「…………」
鈴鶴は、時折この武器屋へと、自身の製造した武器を売っている。
どうしてこの武器屋なのか?

それは、この武器屋は鈴鶴が信頼している武器屋だからだ。
口が堅く、尚且つ武器の知識に富み、きちんとした態度で商いをしている。
その上、鍛冶技術も整えた、その道のプロなのだ。

鈴鶴は、男は嫌いだが、その全てを否定しているわけではない。
あくまで、性に関わることが嫌いなのであり、技術・人生といったことは認めているからだ。
それにこの男は、鈴鶴と同じサガを持っている人間であり、鈴鶴も無駄話を聞いている。

708 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:00:29.868 ID:2xseXwZ20
男「それはともかく、代金だ………
  しかし、最近はハイテクな機械がブームで、
  こういうアナログな武器は需要が減っているのが悩みだな……

  もっとも、俺も鍛冶屋だから、そのパァツの制作依頼を受けている、のだがな……」

男は、代金を渡しながら話を続けた。

709 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:23.909 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「………そう
   貴方の担当する、その武器の部品は?」
だからこそ、鈴鶴はこうして無駄口に付き合う。
世の中の流れを知るためにも。


男「うむ、最近武器界隈を賑わしているのは、巨人だ……
  飴細工を用いたもので、魔力を増幅させる機能のついた戦闘用の巨人だ……」

男は、該当する新聞の記事を取り出し、鈴鶴へと見せた。

710 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:41.628 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「全長10〜25m、高位スキルの発動可、簡単な操作で動く……………
   一人乗りながらも、完璧な大戦をサポート………
   これを見る限りは、軍事用の乗り物、といったところね………」

男「ああ………そいつのパァツの制作依頼だ……
  こいつの外装などは硬質飴細工だが、内部は複雑な機構が組まれているのだ
  魔力を増幅させるために必要な、宝石の加工を頼まれた……
  巨人の腕・足に効率よく魔力を送れるようにするための、中枢部分の、な……」

711 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:01:57.388 ID:2xseXwZ20
鈴鶴「………
   けれど、誰でも術を扱えるためにはそれなりのものが必要だと思うけれど……
   そんなに、ブツはあるの?

   高性能なものになると、色々と面倒臭いんじゃない?」

男「ああ…実際のところ、天然品は2つぐらいしか用意できなかったらしい
  残りは、人工の奴だ、な……

  ま、本来は天然品が一番増幅力があるのだが、まぁ人工品でも大体は変わらんからな…」

712 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/06 00:04:32.705 ID:2xseXwZ20
男「ああ……だが、ま…限界ギリギリまで魂を込める必要はあるがな…
  おっと、それはお前は既にわかってることだったな」
――いろいろと話をして、男はふとじっと鈴鶴を見た。


男「……そうだ、お前も手伝ってくれないか?金は当然出す……
  材料がコイツで、これが求められている仕様だ、お前は信頼できるからこそ頼みたい……」
男は、鈴鶴へと、願いを言った。


鈴鶴「………分かったわ、引き受けましょう」
――そして、鈴鶴はその言葉に承諾した。

713 名前:社長:2015/10/06 00:04:53.711 ID:2xseXwZ20
巨人とはいったい何なんだろうね。

714 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:05:42.736 ID:Scimt2.60
男「うむ、ありがたい………
  道具も用意してあるから、今すぐ頼む…」




鈴鶴「ふむ………」
鈴鶴は、仕様表を見ながら、宝石の加工を行った。
その手捌きは、丁寧で、てきぱきとしたものだ。
鈴鶴は静かに――そして、男も静かに、用意された宝石を指定の形に加工していった。

715 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:06:25.529 ID:Scimt2.60
鈴鶴「………」
その瞳に写る宝石の光は、黒い瞳の闇の中へと消えるほどに、眼差しは真剣だった。

指定された加工品は、巨人の全身に魔力を送るために、多数の導線と絡み合える形だ。
宝石が美しく見えるものではなく、それよりも遥かに困難な加工を、鈴鶴は、男は熟(こな)していく。


人工品の宝石を多数加工し、仕様通りの品はそこに並べられてゆく。

そして、天然品の、価値の高いそれも、漆黒の瞳に呑まれながら、指示された形へと変わっていった

716 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:07:24.917 ID:Scimt2.60
――数時間後、完成したそれらをそこに置いて、鈴鶴と男は検品していた。

鈴鶴「ふぅ………指定通りにできたわね
   しかし、やはり貴方も相当な腕前ね……寧ろ、鍛冶屋じゃあないわたしにとって
   本職の貴方に、敬意を表すわ……」

男「……あんたにそう言われると、喜ばしいな…
  しかし、あんたも本職じゃあないにも関わらず、よくやるよ、本当に」


鈴鶴「いいや、わたしは、まだまだよ……
   永遠に、ね………」

―――それは謙遜というよりは、恐らく、わたしを忘れていないがための発言だろう。
鈴鶴はそう言って、代金を受け取り棲家へと帰って行った。

717 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:07:47.200 ID:Scimt2.60
そして、棲家で武術の鍛錬を繰り返した。

鈴鶴「はっ!はっ!はっ!」
素振りを幾度も繰り返し。

鈴鶴「…………」
飛び道具を用いた訓練を、納得がいくまで繰り返し。

鈴鶴「てやぁーっ!てやぁーっ!」
藁人形を相手に、格闘術の訓練を重ねていった。

718 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:16.945 ID:Scimt2.60
剣術といった武器を扱う戦闘技術、格闘術といった肉体を武器とした戦闘技術……。
鈴鶴の剣術の腕は、神と言うべきものだが、その他の戦闘技術もかなり高い。

鈴鶴の、その優れた鍛冶技術。
鈴鶴の、その優れた戦闘技術。

それは、鈴鶴の天稟であるということも大きいけれど、
鈴鶴が経験したことがなければ、身に着いてすらいなかっただろう。

そう、鈴鶴のこれまでの思ひ出が今へと繋がっているのだ。

719 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:39.728 ID:Scimt2.60
わたしの名前はシズ。
月に住まう、月の民―――。

同じ月の民であるフチと、月の民ではないけれど、
人に非ざる存在、天の狗であるヤミと共に、鈴鶴を護り、鈴鶴を愛してきた。
けれども、みな鈴鶴を護ろうとして、死んでしまった。

為すべきことを為し、幸せに、千代の時を過ごしていたところで。

月に在った神剣、黄泉剣に喰われて、この世から消滅してしまったのだ。

720 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:08:59.332 ID:Scimt2.60
……ただ、厳密にいえばそうではない。
その魂は、どういうわけか鈴鶴の魂に混じっているのだ。
フチとヤミの魂も、同じく。

鈴鶴は、そのことには気づいていない。

恐らく鈴鶴が無意識に、わたしたちの魂を、自身の魂に溶け込ましたのだ、としか思えない。
鈴鶴は、わたしを、フチを、ヤミを愛していたから………。

721 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/12 01:09:43.781 ID:Scimt2.60
―――鈴鶴は、わたしたちが殺された悲しみで、
黄泉剣の力に飲まれ、百合神なる、不老不死の邪神へと成り果ててしまった。
そして、その果てに、闇の中へと、ずうっと、ずうっと封じられることになってしまった。


―――けれども、何故だか、如何してか、鈴鶴は再び顕現した。

………。
鈴鶴の姿を見つめていると、どうして鈴鶴と出会ったのかが不思議になる。
運命の流れといえばそれまでだが、其れは偶然なのか必然なのか。


答えの出ないことを考えながら、わたしはただ、鈴鶴の其の姿をじいっと見ていた。
そして、わたしのこれまでの人生を思い返していた。

722 名前:社長:2015/10/12 01:10:36.642 ID:Scimt2.60
シズのお話。あんまり掘り下がらない予定

723 名前:きのこ軍:2015/10/12 13:27:52.744 ID:oi8wdvFAo
乙。本編より過去の話か

724 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:10:07.417 ID:yLFPQjb60
―――わたしは、鍛冶工房の親方のひとり娘として産まれた。

月の戦士に供給する、武具をつくる様子を、幼いころから見続けていた―――。


そして、物心ついたころには、実親や工房で働く鍛冶師に技術を仕込まれ、
15になるころには一人前の鍛冶技術を身に着けた。
彼らは、わたしについて、呑み込みが早く、鍛冶技術に関しては天才だ―――とよく話していた。

725 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:11:57.673 ID:yLFPQjb60
最も、そこには楽だけではなく、苦もあった。
―――その苦境は、幼馴染のフチと一緒に乗り越えた。

フチの方は、月の王族の世話役という道を選んだ。

最も、それには楽なる道はない。
―――さまざまな試験を突破し、護衛技術を身に着けるのはそう容易いことではないからだ。


互いが進む道への苦難を、互いで励まし合い、時には遊び、時には喧嘩をしながら、乗り越えていった。

726 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:13:52.585 ID:yLFPQjb60
―――最も、フチが世話役になってからは、親交は少し遠くなってしまった。
何しろ、世話役は忙しいからだ。しかも、フチは王の娘―――カグヤの世話役となったらしい。


ただの鍛冶屋から見れば、雲の上のような存在だった。



フチは、月の姫君――月女神の血を引く存在を、
丁寧に丁寧に―――繊細な硝子細工を扱うように、世話をしていたようだ。


一方のわたしは、来る日も来る日も鍛冶作業に打ち込んだ。
そして、いつしかわたしは自前の工房を持つ、親方となっていた。

727 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:15:41.521 ID:yLFPQjb60
時々、同胞が口説こうとしたりするが、わたしは何も思わずただ鍛冶に打ち込んだ。
―――どうも、そういうことには興味が持てなかったから。


けれど、それでも手の空いた時間はどうにもこうにもしようがない。
いつもならフチと一緒に居るけれども、フチとの時間が合わず、暇つぶしに武芸に取り組むことにした。


剣術、体術………さまざまなものに取り組んだ。

728 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:16:07.163 ID:yLFPQjb60
武器の扱いには、武器に触れているものとして当然慣れているが、
鍛冶で培った肉体の動きはどうやら予想以上に武芸に活かされ、いつしか工房一の腕っ節となっていた。

特に剣術は―――月に伝わる剣術、月影黄泉流は身体に一番馴染む――自分の天稟を発揮できるものだった。

その剣術は、得物を選ばず、一太刀の一瞬で勝負をかけるもの―――。
笹百合、車百合―――さまざまな百合の名を示す技があり、最後に編み出す技は姫百合――。


姫百合の美しき強さ―――それに准えた最後の奥義。
刃なき剣であろうと、刃ある剣であろうと関係なく、獲物を一刀両断する奥義―――。


わたしは、その最後の奥義まで、他者よりも早く辿り着き、見事その剣術をものにした。

729 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:17:32.205 ID:yLFPQjb60
―――そんなときだ、工房に技術を持ち逃げしようとする輩が存在した。
その曲者は、予想以上に荒々しく、中々に武芸の鍛錬を積んだ者であった。

―けれども、わたしは工房の面子がやられる中、そいつを打ち破った。

―――その噂は、いつしか王族の耳にも届いていたようで、臨時の近衛兵になるよう―――そう誘われた。
月影黄泉流をものにできる者は少ないため、貴重な人材だと誘われたのだ。

730 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/17 01:17:51.426 ID:yLFPQjb60
わたしは、フチと一緒に居られる機会が増えることを選び、鍛冶仕事をしながら時々近衛兵として活動してきた。


フチと久々に再開し、フチと一緒に居る機会をまた作って――――。



――――けれど、その日々は―。
平和だと思っていた、その日々は―――。

あっという間に、別物へと変じていった。

731 名前:社長:2015/10/17 01:19:04.041 ID:yLFPQjb60
淡々とした過去語り。

732 名前:きのこ軍:2015/10/20 23:38:33.704 ID:gWhnk41wo
おつおつ

733 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:18:20.858 ID:iY9N/ft.0
あるとき、わたしは、フチに頼まれ月の姫君、カグヤのために美しい太刀を作ってほしいと頼まれた。
姫君に贈る太刀とはいえ、わたしは武器に必要なものは実用性である――。
そう考えているため、最高の素材、複雑で精密な製造技術を駆使し、指定された美しい太刀を作った。

月影黄泉流に准え、姫百合を飾りにした、殺傷力と扱いに富む太刀―――姫百合(ヒメヒャクゴウ)を。



さて――――。
いつ、どこで産まれたかは知らぬが、
月に封印されている、月の神剣―黄泉剣を持ちだした、愚か者が存在していた。
彼らは、月の王の命を贄に、黄泉剣を持ち出し、月を滅ぼそうと計画したのだ。

734 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:20:35.466 ID:iY9N/ft.0
そして、わたしが姫百合をカグヤに手渡したその時ちょうど、彼らは月の神剣を持ち出した。

月女神の血を濃く引く、王の命を贄に。



月に住まう、生けとし生きるものを喰らい、殺し、そしてその魂魄を投げ捨て―――
その、力のみを剣の中に、どんどんどんどん溜めこんでいった。

その滅亡への惨劇は月中すべてに広がっていっ。

姫君の住まう宮殿で、美しき月が、ただの岩の塊へとなる様を見せつけられたのだ。

735 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:24:40.688 ID:iY9N/ft.0
そして、極限状態の中で考えられたこと。
それは、カグヤを護る為一旦蒼き星へと往き、そこで敵たちを迎え撃つ作戦を取った。


そして、敵を討ち取った後は、蒼き星で一生を過ごすことを決めた。


―――リュウシュの持つ黄泉剣からは、漆黒の斬撃を飛び道具として飛ばし、わたしたちを苦しめた。
しかし、わたしたちはリュウシュが戦いの素人であることを…
肉体的には強けれど、技術に長けていない隙を突き、リュウシュに手痛い打撃を与えることができた。
だが、わたしとフチ以外は、全滅するほどの犠牲が出たし、逆にリュウシュ側も引き連れた仲間を皆殺しにされていた。


736 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:25:02.969 ID:iY9N/ft.0
そして、リュウシュと対峙していた時、リュウシュは黄泉剣の力を使い、飛行距離を強引に伸ばして
わたしとフチを飛び越えてカグヤに黄泉剣を突き立てた。

――それは、わたしとフチの心を絶望に染め上げ、胆を凍てつかせた。
不幸中の幸いか、どうしてかカグヤの身体を剣が突き抜けただけで、喰われずに済んだ隙に、
フチと協力して、リュウシュを殺すことができた。


……だが、わたしとフチの隙を突いて、カグヤは攫われてしまった。
最後の最後、爪の甘さを読まれて、近衛兵として、世話役としての役割を失ってしまったのだ。

737 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:29:56.714 ID:iY9N/ft.0
わたしたちは、後悔と絶望に包まれながら1年ほどカグヤを探した。
そして、ある竹林の中にある家でカグヤを見つけた。


…しかし、カグヤは息を引き取る寸前のところであり、その傍らには男と、赤ん坊と、天の狗がいた。

カグヤは、わたしたちにその赤ん坊と天の狗を託し、
月の民の完成された体になる15年後に迎えに来てほしいと言い残し、亡くなった。

738 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:32:42.734 ID:iY9N/ft.0
わたしはそこにいた男、ミヤツコに事情を聞くと、
襲われそうであったカグヤを救ったのち、恋仲となったこと。
カグヤとの間に子を授かり、そしてその弱った体で天の狗を治療したために死んでしまったことを聞いた。

赤子の名は、鈴鶴。天の狗の名は、ヤミ。

739 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:33:45.430 ID:iY9N/ft.0
わたしたちは、15年間、鈴鶴とヤミを遠くから見つめ、護り続けた。
それと同時に、15年の間、守ることができるようにミヤツコに月影黄泉流の技を教えた。

彼の剣術に関する才能は素晴らしく、あっという間にその技術を吸収した。
そして鈴鶴が7歳になった時、ミヤツコは鈴鶴に月影黄泉流を教えるようになった。

わたしは遠くからそれを見ていたが、ミヤツコの血を引くだけあって、鈴鶴の剣術の腕も素晴らしかった。
最も、子供の肉体であるため、戦闘術―というものではなく、あくまで振り方程度の簡単なものではあったが。


740 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:40:33.151 ID:iY9N/ft.0
その幼き日の思い出は、鈴鶴が武術の鍛錬を続けるハジマリの出来事――――。



鈴鶴が、今でも、黙々と訓練に取り組んでいるのは―――
寂しさに耐えるため、なのかもしれない。

741 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:44:36.588 ID:iY9N/ft.0
鈴鶴「はぁーっ、はぁーっ……
   はぁ、はぁ、はぁ…」
胸を抑え、鈴鶴は呼吸を乱して、そこに崩れ落ちていた。

鈴鶴を抱きしめてあげたい。
鈴鶴の頭を撫でて、鈴鶴の頬に口づけして、………。


けれど、魂しかない存在にとって、それはできぬこと。
そのもどかしさが、よけいに辛い。

鈴鶴は胸を押さえ、目を閉じながら、天井を見上げている。
鈴鶴の長い睫が瞼を覆い、とても寂しそうにその眼を隠している。

742 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/24 00:44:53.139 ID:iY9N/ft.0
悲しみに満ちた目を。
たいせつなひとを失う辛さで、氷のように冷たい瞳を。

鈴鶴は、眠りの世界へと落ちていった。


鈴鶴は思い出を、夢の中で反芻している。
決して戻ることのできない過去の夢を、心の中で―魂で、涙を流しながら。

743 名前:社長:2015/10/24 00:50:03.587 ID:iY9N/ft.0
鈴鶴の修行はある意味強くなることからは遠ざかっているのかもしれない。

744 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:14:43.481 ID:BUd2Q8820
―――鈴鶴が産まれた15年後、わたしたちは追っ手に見つかり、それを片付けていた。
フチと二手に分かれ、フチは鈴鶴の住まう場所へと向かっていった。



――そして、予想していた最悪の事態が起きた。
それと同時に、鈴鶴の住まう場所も襲われていたのだ。

745 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:16:32.806 ID:BUd2Q8820
わたしが辿り着いた時には、そこは火の手の上がる惨状と化していた。
一方のフチは別行動を取り、どうにか鈴鶴とヤミの後を追いかけることができていた。



うまく合流したわたしたちは、鈴鶴とヤミを追いかけたが、ふたりは海の中へと落ちてしまった。
わたしとフチは、空を飛ぶ力を用いながらふたりを引き上げ、適当な場所にあった洞窟で暖をとらせた。


その時は、心臓が凍りつくほどに、取り返しのつかないことになったと思ったのが、今でも忘れられない。


そして出会った二人に事情を話し、わたしたちが事前に用意した隠れ家へと連れて行った。

海に浮かぶ島の山中に用意した、棲家へと。

746 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:18:26.384 ID:BUd2Q8820
隠れ家では、鈴鶴とヤミに様々な戦闘術を教えた。


剣術は勿論、短剣術、弓術、槍術などを――――。
月の衛兵で必須のものは、教えられるだけ鈴鶴に教えていった。

ヤミには、フチが主に術の扱いを教え、時折わたしが戦闘術を教えていった。


鈴鶴はいろいろな戦闘術をうまく飲み込み、接近戦に長けた存在となった。
一方、ヤミは、術に長けた、天の狗として屈指の強さを持つ存在へと育っていった。


一年ほどの、短い修行期間だったが、驚くほどに素晴らしい成長を遂げたのだ。

747 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:19:41.649 ID:BUd2Q8820
そして、黄泉剣を狙った残党どもを打倒し、黄泉剣を封印した。
為すべきことを為し遂げたわたしたちは、幸せに、千代を越えるときを生き続けた。


――――流れるような、たった一年の、密度の濃い出来事を、鈴鶴はその眠りの世界で見つめている。
そして、その後の、わたしたちと幸せに過ごした、千代を越える刻の夢を、鈴鶴は抱きしめるように見ている。


鈴鶴は、一見御淑やかな、優しい顔立ちで、長い睫を閉じ、長い長い髪を散らして眠っている。

748 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/10/31 00:20:02.555 ID:BUd2Q8820
けれども、その閉じた瞼の奥にある瞳だけは、
氷のように、闇に包まれたように、凍てつく、血の通わぬ人形のようだった。

悲しいことを見続けてしまったから、その美しき瞳は、何者をも寄せ付けぬような闇色へと染まった。

わたしたちが、死んでしまったから。

そして再び顕現した後も、悲しいことに触れてきたから。

749 名前:社長:2015/10/31 00:21:23.793 ID:BUd2Q8820
鈴鶴は再び幸せになれるのだろうか。

750 名前:791:2015/10/31 00:33:07.043 ID:9jnfAPU2o
幸せになって欲しいな

751 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:01.090 ID:f4pb.DPE0
鈴鶴は、悲しい、つらい出来事を夢の中で見て、息を切らし、髪を散らしながら起き上がった。

鈴鶴「ぜぇーっ、ぜぇーっ……
   はぁ、はぁ、はぁーっ………」

汗でびっしょりと濡らした身体で、鈴鶴は荒く息を吐いた。

752 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:45.555 ID:f4pb.DPE0
鈴鶴「夢……夢………夢、夢……
   夢、よね……、はぁー、はぁーっ………」
乱れた髪は、その心をそのまま投影しているようだった。



鈴鶴「………げほっ、げほ、げほ、げほっ」
――鈴鶴は、氷のように冷たい汗を流し、手をがたがたと震えさせている。

753 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:14.098 ID:dBehi4fc0
鈴鶴「………
   はぁ、はぁ、はぁーっ……」
鈴鶴は、棲家にしまってある、酒瓶を取り出した。

自身で醸造した、清酒を。
この醸造だって、わたしたちと時々やっていたこと。


鈴鶴の生きる行動ひとつひとつは、幸せだった日々を回顧するための行動なのだ。

754 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:40.294 ID:dBehi4fc0
鈴鶴「はぁー、はぁー……」
鈴鶴は、酒瓶を一気に飲みながら、わたしたちのことを想い返している。


鈴鶴たちと幸せに過ごしたあの千代の年月、わたしは鈴鶴とともに鍛錬をしていた。
月影黄泉流の技術をさらに押し上げ、戦闘技術を鍛え、ときには鍛冶技術を教えていった。

755 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:59.255 ID:dBehi4fc0
宿命の敵などいない状態でも、わたしと鈴鶴は鍛錬の日々を過ごした。
それをヤミとフチが静かに見つめ、月射す夜になれば四人で団欒した。

血は繋がっていないけれど、それはまさに血の繋がった家族の暮らしのようなものだった。
ときには血を飲みあい、ときには身体を重ねて―――。


魂魄の両方が繋がった、甘く美しく、幸せなる日々を、鈴鶴は、わたしたちは過ごしてきた。

756 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:19.317 ID:dBehi4fc0
鈴鶴は鍛冶をし、鍛錬を続けるのは、在りし日の美しき思い出に戻りたいからなのだ。
鈴鶴は、外向きには孤高の存在として、強く美しく咲く一輪の百合の花のような少女。

けれども、それは強がっているだけ。
ずうっと一緒に過ごしたわたし――いいえ、わたしたちはそのことを知っている。

鈴鶴は、わたしたちにとって妹のような存在だった。
そして、鈴鶴もわたしたちを姉のように思っていた。

年齢という面でもそうだけれど、心という面でも鈴鶴は妹なのだ。

757 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:45.187 ID:dBehi4fc0
鈴鶴は、もしわたしたちの年が鈴鶴より下だろうと、妹のような存在であることを望むだろう。
なぜなら、鈴鶴は、幼き頃からずうっとずうっと、姉と言える存在と過ごしてきた。

その出来事は、鈴鶴の魂魄に刻み込まれている―――。
だからこそ、鈴鶴の真の心は、孤独に耐えられない、脆く儚い、散った百合の花びらのようなものなのだ。

そしてまた、鈴鶴の心がぼろぼろになっているのは、それだけではない。
再び顕現してから今までに、悲しいことを見続けた。


それは見えないように、鈴鶴の魂をじわじわと蝕んでいる。
鈴鶴が再び幸せになる為には、鈴鶴を支えられる存在が必要なのだ。

758 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:06.117 ID:dBehi4fc0
けれど鈴鶴は、それを否定している。
鈴鶴が見た悲しいことは、鈴鶴自身が、邪神として犯した業の罰だと考えているからだ。

だから、鈴鶴は百合神(ツクヨミ)という存在として、人の願いを聞いている。


けれど、けれど――――せめて、せめて……。

わたしは、鈴鶴の魂を撫でながら、鈴鶴の魂を抱きしめた。

鈴鶴の心が、壊れないように。



759 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:17.571 ID:dBehi4fc0
鍛冶屋衛兵伝説 完

760 名前:社長:2015/11/09 00:02:58.747 ID:dBehi4fc0
孤高の女神は、孤独の女神。
次回はフチのお話。

761 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:03:39.429 ID:PbQ2JCmA0


              
               陰陽人・鈴鶴



762 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:40.889 ID:PbQ2JCmA0

あたしの名前はフチだ。
月に生きた、月の民―――。

白き肌、白き髪、漆黒の眼を持つ、人間のようなイキモノ―――。



―――最も、あたしはもう死んでいる。
魂だけが、あるところの中に漂っているような状態だ。


幽霊――といえばいいのだろうか?
もっとも、ソレは魂が何処かを漂うような存在だとあたしは思っている。

だから、そうではないのかもしれない。

763 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:58.955 ID:PbQ2JCmA0

―――愛する人の名、それは鈴鶴(すずる)。
月女神の血を引く、月の王者の姫君の末裔。

けれど、太陽神の加護を受けた民の血も持っている。


つまり、月である陰と、日である陽の血を生まれながらに持っているのだ。
前述したとおり、鈴鶴は止ん事無き血筋の存在であり、姫といってもいいかもしれない。
とはいえ、鈴鶴はその姫としての立場はない。


あくまで、止ん事無き血筋があるというだけだ。

764 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:05.662 ID:PbQ2JCmA0
さて、月の王者とは、神に仕える神職のようなものだ。
月の神を崇め祭り、それと同時に月の統治を行うのがその役目。

その月の神は、月夜見尊。
たった一度の過ちで、姉である太陽の女神―光の女神と、一生の仲違いをした、闇の女神。


―――悲しき女神のその血を引くのが、愛する鈴鶴。
皮肉にも、鈴鶴も、仲違いではないけれど、
あたしたち、鈴鶴を愛したひとと永遠に別れている。

765 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:34.484 ID:PbQ2JCmA0
月夜見の神剣、黄泉剣(よみのつるぎ)に斬られ、魂魄が喰われてしまったからだ。

封印したはずのその剣は、それを狙う者によって再び封じを解かれてしまったからだ。


鈴鶴だけが生き残り、そして鈴鶴もその剣の力に呑まれて、邪神へと堕ちてしまった。
最も、今は正気を取戻しているのだけれど。

766 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:45.829 ID:PbQ2JCmA0
鈴鶴を愛したひとは、同じく月の民のシズと、太陽の民の、天の狗であるヤミ…………。



―――――――――――――。

767 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:07:22.321 ID:PbQ2JCmA0
それは遥か遥か昔。

千年、二千年、どれほど昔だったか………。


長すぎる時というものは、印象に残る特別なものでもない限り、いつかは忘れることだから、
正確な年月なんてものは覚えていないけれど……。



――――月の民として、あたしは生まれた。

768 名前:社長:2015/11/15 00:08:55.969 ID:PbQ2JCmA0
ヤミはもともとは太陽の民なので陽、シズとフチは月の民なので陰。

769 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:39:32.022 ID:Nc9GaULQ0
月の民は―――人のような存在以外にも、獣もいれば、魚も植物もいた。
最も、あたしたちは人のような存在を専ら月の民と言っていた。
―――最も、過去形で語っていることからわかるように、もう全ては滅び去ってしまった。


肌や体毛は白く、眼球は逆に黒いのがその大きな特徴だ。


……さて、あたしと同じくらいに産まれた月の民の女の子が居た。
その名は、シズ―――。


あたしとシズは幼馴染で、子供のころはいつもシズと一緒に居たことが懐かしい。

770 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:40:18.831 ID:Nc9GaULQ0
フチ「シズ、きょうもあそびましょう?」

シズ「そうだね、今日はなにをしようか…」

フチ「おやまを、駆け廻ろう?」

時には、シズと野山を駆け巡ったこともあった。


フチ「ふふ、星がきれいに輝いているわね」

シズ「うん……鉄の鈍い光と違って、ふしぎな光だ……」

時には、シズと一緒に輝く星々と、蒼い星を見ていた。


その日々は、子供のころの、ずうっと昔の思い出だけれども心にずっと残っている。

771 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:43:15.110 ID:Nc9GaULQ0
前述したとおり、あたしたち月の民は、不老長寿の民だ。
その要因は、闇の力に拠るものだ。


闇の力に拠って、その肉体を形成させているのだ。
逆に言えば、光の力があると、肉体は崩れ落ちる。

とはいえ、あらゆるものに影という闇は存在する。

それがあるかぎり、その力はあり続け―そして、肉体は形成されたままのだ。
と言えども、不死ではないから、いつかは死ぬ存在なのだけれども。

それは、身体に溜まった光によるものなのだ。


それは、太陽の――太陽の民とて同じこと。
もっとも、闇のほうが世界を包みやすいから、彼らの寿命はそう長くはないけれども…。

772 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:45:00.600 ID:Nc9GaULQ0
あたしたち月の民は、子孫を残すことはめったにない。
月の民は、基本的に同性愛の存在が多い。
獣や植物は、そんなにいないけれど、人という存在は実に、八割五分がそうであるのだ。
それに、例え男女が交わろうとも、子が授かることは稀だ。

月の人口は、ひとつの星でありながらも、ひとつの國ほどしかいなかった…。


さて、あたしも、同性を愛する存在だった―――。

あたしはシズのことが好きだった。
それは、幼いころから一緒に居たから―――。

773 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:46:06.991 ID:Nc9GaULQ0
そして、月の民は、15の年になるとおとなとして扱われる。

なぜなら、それぐらい経過すると、成熟した身体へと育ってゆくからだ。


つまりは、赤子が生まれ、15年――たった15年で、人という存在が完成するのだ。


……しかし、あたしはそうではなかった。
待てども待てども、いつまでも子供のような身体だったのだ。

774 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:49:30.248 ID:Nc9GaULQ0
骨も筋肉も育たず、完成されるべき力はない。
重いものなど持てないし、体力も月の民では少なかった。

シズは、女らしい身体へと育っていったのに。

気が付けば、あたしとシズは、同い年のはずが、はたから見れば姉妹のようになってしまった。
なぜ、そうなったのかは分からない。

あたしのこの幼き身体は、それが完成されたものと運命づけられたからなのだろうか…?

775 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:51:50.389 ID:Nc9GaULQ0
だが、子供のままの姿であることに、同年代の者たちはあたしを良しとしなかった。


ときには、くだらないことを言って、ときには幼い姿のあたしに突っかかってきた。
それは日に日に酷くなっていった。


あたしは精一杯抵抗しようとしているけれど、子供が大人に対抗しようとしているのと同じだった。

…けれども、シズはそんなあたしを助けてくれた。

776 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:01.682 ID:Nc9GaULQ0
シズは、このことに別段特別なこととは思っていないだろう。
シズにとって、それはあたりまえに為すべき行動であっただろうから。



けれどもあたしは、そのことがずうっとずうっと、心に残っている。
好きだったひとに助けられるのは、誰だって嬉しいことだろうから。


あたしは、人を愛するということに、其れがただ一人である必要はないと思っている。
複数人だろうと、互いがそれを認め合える愛の繋がりがあるならば、それでいいと――。

777 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:29.786 ID:Nc9GaULQ0
あたしは鈴鶴を、ヤミを、シズを―――愛していた。
いいや、魂だけのこの姿だろうとも、今も愛している―――。


それは鈴鶴だって、ヤミだって、シズだって、同じだろう。

778 名前:社長:2015/11/28 18:53:07.416 ID:Nc9GaULQ0
月の民の秘密が明らかに。ちなみにリュウシュたちとかも月の民の大半の存在らしい。

779 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:10:38.978 ID:qrwZRgbI0
月日は流れた―――。


15歳になるころには、月の民ではもう大人。
自身がどういう道を歩むかを決めなくてはならない。

あたしは、身体は幼なけれど、身の周りを世話することや、術を操る事が得意だった。
その術は、四大元素から、式神を呼び出す技だ。

その式神は、わたしが本来なるべき身体か、それ以上を反映したか、力強いものだった。


月の民は、あまり子孫を残さない種族だから、時には特別な力――精神の力を使った【術】を使える者も生まれる。
あたしも、その一人だったのだ。

780 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:08.721 ID:qrwZRgbI0
その力を、月の王族の世話役に活かしたいと思って、あたしはその道を目指した。

月の王族は、月女神を祀る神職のような立場であり、またそれと同時に統治者でもある。
その世話役になる、ということは、ある程度の護衛術に加え、
月の歴史に、作法にと様々なことを知らなければ務まらない。

そこに楽はない、茨の道だけれど、あたしは其れ目指して頑張って行った。

781 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:58.047 ID:qrwZRgbI0
シズは、鍛冶屋の娘だったから、その後継ぎになるために努力していった。
あたしとシズは、道は違えど、其処へ目指すまでの苦難があるのは同じ。


出会えた時に、互いに士気を高め、時には甘い逢引をしていった。
苦難も、シズと共に乗り越えるという思いがあったからこそ、乗り越えられた。


そして、無事あたしたちは、目指す道へと進むことができた。

782 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:12:44.721 ID:qrwZRgbI0
月の王族の世話役に就いていくばくかの年月が経過した。

―――そして、あたしは月の姫君、次の王者となる存在であろうその人の世話役に任命された。
恐らく、数年の奉公の様子が、優秀だと認められたからなのだろう。

――王と妃の間に生まれたその子は、カグヤと名付けられた。
あたしは、カグヤの身の周りの世話や、護衛をするだけではなく、
それを行う、他の世話役を取りまとめる立場になったのだ。


783 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:13:28.655 ID:qrwZRgbI0
カグヤの世話をしながら、数十年が経過していった。
次の王者としての立場が務まるように、何をすべきか、どういう姿勢であるかを教え、
またそれについて、あたし自身も学んでいった。



カグヤは、その美しい髪をたっふりと伸ばし、
まあるい目のかわいい、美しい顔立ちをした少女へと育っていった。


その身体だって、あたしとは違って女らしいそれへと―――。

784 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:13.185 ID:qrwZRgbI0
他の世話役と違って、あたしは依然身体は子供のままだった。
けれど、カグヤはそんなあたしを気にせずに、世話役として頼ってくれた。
それに、他の世話役も、あたしと協力して役目を務めていった。

確かな実力で、あたしは頑張っていったのだた。


時には、カグヤといろいろな話をする機会があった。
カグヤは、月の民には珍しい、異性愛者だったから、その悩みについてあたしは聞いていた。

785 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:44.316 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「ねぇ、フチ…」

フチ「……どうしたのですか、姫さま?」

カグヤ「わたしって、どうも男の人が気になるの………
    ふつうは、女の人を気になるべき、だと思うのに……」

フチ「…そうですね
   あたしは、好きな人は女の子、ですけど……

   そういう愛の繋がりは、決して侵してはならないものだと思っています
   それが、世間にとって、少数のものであっても……」

786 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:16:36.716 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「……そういうもの、かしら?」

フチ「まあ、あたしの考えですから、他のひとは違うことを言うかもしれませんが」
あたしは、フチのことを想いながらその問いに答えていた。

787 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:01.623 ID:qrwZRgbI0
カグヤ「いえ、ありがとう……
    そういえば、あなたの好きな人はどんな人?

    いつも、術の御稽古やお作法だけでつまらないから、そういうのも教えてほしいな」

あたしの気持ちを読んだか、カグヤは問うた。
おそらく、そこから恋心を聞きたいのだろうとあたしは思った。


フチ「……次の機会にでも、考えておきます」

けれども、あたしはその問いに、曖昧にしか答えられなかったけれど。

788 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:19.441 ID:qrwZRgbI0
あたしは、時々の休暇は出ても、それがシズと同じ日程かと言われればそうではなかった。
勿論、シズとばっちり休日が合う日は、ふたりで一緒に過ごしたけれど、
そうではない日は、あたしは所謂、花嫁修業の真似事をしていた。

あたしや、他の世話役がいつも、カグヤに教えているそれを、
あたしがシズと同棲するとなったとき用に、徐々に身に着けていた。

789 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:22:40.730 ID:qrwZRgbI0
シズがあたしと会えない時は、戦闘術の鍛錬に取り組んでいたらしい。

月に伝わる剣術・月影黄泉流の達人になったと聞いた時は、その才能に驚いたものだ。

けれども料理や、掃除や、洗濯といった才能は、
鍛冶屋としての才能や、戦闘術の才能とは違って、てんでダメだった。

だからこそ、あたしはシズの苦手なそれをものにするように頑張ったのだ。
勿論、式神を操る術についても修行するけれども、それよりも、家庭の役割は大切なことだった。


好きな人と共に生きるということは、互いに足りないところを支え合うことだから。


790 名前:社長:2015/12/06 23:23:57.721 ID:qrwZRgbI0
フチのお嫁さん力?

791 名前:たけのこ軍 援護兵 Lv1:2015/12/06 23:38:36.232 ID:b8hOGafIo
( *´7`*)ノ<791!

フチとシズの相性の良さと関係が微笑ましい

792 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:27:05.132 ID:u3XLZRDw0


月日は流れていった。
久々に、あたしはカグヤとお話しすることになった。

フチ「姫さま、今日は何の話をしますか……?」

カグヤ「そうね、あなたの好きな人について教えてくれない?」

フチ「ああ、前に少し触れた……
   分かりました、お話します―――」


あたしは、カグヤにシズのことを話した。

793 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:16.294 ID:u3XLZRDw0
シズが、幼馴染だということを。

シズは、鍛冶屋の娘として生まれ、そしてその才能があふれることを。

また、武術にも長けていて、強いけれども、家庭的なことは苦手ということを。

794 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:32.844 ID:u3XLZRDw0
カグヤ「へぇ、剣術に長けてる鍛冶屋の親方かぁ…」

フチ「……幼いころから、ずうっといっしょにいましたから」

カグヤ「わたしは、どうなるのだろう
    こういう立場だと、縛られてそうで……」

フチ「……恐らくは、きちんと月を見守れるように、いい人がいるはずでしょう」

カグヤ「そうだといいのだけれど、ね…」

カグヤは、あたしと違って王族の身分だから、自由ではない愛の運命を辿ることになる。
そのためか、少し表情を暗くしながら、あたしの言葉に答えた。

795 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:38.725 ID:u3XLZRDw0
フチ「あっ、姫さま、申し訳ありません……」

カグヤ「いいえ、いいのよ
    わたしは、いずれ月を治める立場になるから……
    それに、そういう立場にあるならば、相手もそれ応答の心持が必要でしょうから」

フチ「………」


あたしは、姫さまにいいひとが現れることを祈りながら、世話役として生きていた。


そして、日々は再び、長い時間を刻み、経ていった――――。

796 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:58.062 ID:u3XLZRDw0
カグヤ「……そういえば、フチ…」

フチ「なんでしょうか、姫さま?」

カグヤ「シズ、と言ったわね
    月影黄泉流の達人になった、戦闘能力に秀でた鍛冶屋…」

フチ「ええ、そうですが」

カグヤ「なんでも、自身の工房に居た、曲者をやっつけた、とか…
    しかも、その曲者はかなりの手慣れの戦士だったそうで…」

―――突如、シズの話が出てきた。

797 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:15.479 ID:u3XLZRDw0
フチ「そうですね……」

カグヤ「シズを、月の衛兵にしたい、と思ったのだけれど
    勿論、わたしの独断じゃなくて、いろいろと協議はするけれど……」

―――それも、シズを衛兵にする、という話が。

フチ「………まぁ、シズなら衛兵として、活躍しそうですけど
   でも、あくまで鍛冶屋なのですから、衛兵になるのはどうかと…」

カグヤ「………なら、臨時の衛兵としてはどうかしら
    それに、あなたと一緒にいられる時間が増える、かもしれないわよ」


798 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:42.694 ID:u3XLZRDw0
フチ「……………」

―――あたしは、シズは鍛冶屋の性があると思っていた。
けれども、シズ自身の戦闘に対する才能は、素晴らしいものだったから、
シズにこの話を持ちかけるかどうか、悩んでいた。

シズの顔を、少しでも長く見られる、それはあたしの欲望が少し入っているからだ。


フチ「……まぁ、本人と話し合わなければいけませんが
   緊急時などに召集される、程度ならば良いかもしれません
   まぁ、あくまで本人の意思ですから……」

カグヤ「………ええ
    とりあえず、シズにその旨について話しておいてもいいかもしれないわ」


フチ「はい……」


799 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:32:01.856 ID:u3XLZRDw0
後日――。
シズと一緒に休める日、あたしはシズにその話を持ちかけた。


シズ「月の、衛兵――か……」


フチ「強制じゃないし、鍛冶屋としての生き方を優先してほしいから
   あくまで、臨時の――特定の日だけ勤める衛兵、なんだけど……」

800 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:34:15.630 ID:u3XLZRDw0
シズは、少し考えて―――。

シズ「………………
   フチと、一緒の場所に居る時間が増える…と捉えてもいいかい?」

あたしが、この話を持ちかける理由とおなじことを言った―――。

フチ「……!
   ……ええ、あたしの口利きやシズの腕前なら、其れも可能なはず」

シズ「……ならば、引き受けても、構わない」

フチ「そう、分かったわ…

   あ、ありがとう…ね?」

シズ「………ふふっ」


――そしてシズは月の宮殿の、カグヤに関する、臨時の衛兵になった。



801 名前:社長:2016/01/01 00:34:34.947 ID:u3XLZRDw0
鈴鶴さんとヤミはまだ出てこないのだわかってるのかおい

802 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:22:47.736 ID:z9Sv8GQM0
シズのその戦闘能力は、他の衛兵よりも優れた力だったから、
あっという間に、カグヤは、ただの衛兵から近衛兵としての立場を得ることができた。


それは王のお墨付きであり、またほかの兵士のお墨付きでもあったから、文句の出るところなどない。

803 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:24:43.423 ID:z9Sv8GQM0
――シズが月の衛兵となって、また日々は経過していった。



そして、また、再びカグヤといろいろなことを話す機会があった。

カグヤ「ねぇ、フチ……?」

フチ「姫さま、何でしょうか?」

カグヤ「王宮へ、宝具を提供する時期が近付いているでしょう?
    そのひとつを、シズの鍛冶屋に頼もうかと思っているのだけど………」

フチ「ああ、確かに、シズに頼めば確実な宝具は作るでしょうね…
   近衛兵よりも、そっちが本業だし…」

804 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:26:49.245 ID:z9Sv8GQM0
月には、数百年に一度、王族のものへと宝具を提供する行事があった。


その旨が提示されると、一年の期間が設けられ、
月に住まう職人たちは、宝具を作る為、それに魂を込めるのだ。

職人の選定法は、知名度・製造品の出来栄えなどといった事柄から決められる。
その職人の候補として、シズも選ばれた。


わたしは、シズにその旨を話すと、シズはそれを快く引き受けてくれた。

805 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:27:48.732 ID:z9Sv8GQM0
シズは、刀鍛冶に秀でていたから、宝具として太刀を作り上げた。

名は姫百合、二尺五寸の太刀―――。
月の生血を啜った、寿命のとてもとても長い鉄を素材に、折れず、錆びず、曲がらぬモノであり、
その斬れ味は、そこらの太刀とは比べ物にならないものだった。

そして、その太刀の柄だって、刃を正しく振れるために握りを安定させる工夫がなされ、
その柄頭には百合の花の飾りが、美しく輝いていた。

漆黒の鞘にも、百合の花が、長い長い蔓が絡みついたように飾り付けられていた。
しかしながら、その蔓は丈夫な紐であり、しなやかなものでありながら、
三十貫ほどのものでは切れぬ強度を持っていた。


そう、美しき太刀であり、それに加えて実戦に役立つものだったのだ。
宝具として、素晴らしき出来のそれは、納められるのがもったいないほどに。

806 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:17.689 ID:z9Sv8GQM0
―――しかし。

その宝具は、王宮に納められることはなかった。

献上された姫百合を、カグヤに渡そうとした、その時――――。

宮殿に、轟音が響いた。

807 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:59.378 ID:z9Sv8GQM0
カグヤ「な、なに!?」

シズ「ん………!
   あの音の方角には、確か月の神剣が納められている場所では―――」

シズがそう言った途端に、あたしたちの身体中に悪寒が走った。


それは、月の神剣―――黄泉剣は、まさに神そのものであったからだ。
それから放たれる力は、らすほわたしたちにとっては、人智を超えたものだったからだ。


それは、唯人ならば、震え歯の根をかちかち鳴どに、嫌な空気を醸し出すほどに。

808 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:31:04.553 ID:z9Sv8GQM0
そう、黄泉剣は、月の民の跳ねっ返り共に奪われたのだ。


それは王族の血を使って封印された、と伝えられていたから、恐らくは王の命を贄に奪ったのだろう―――。


そして、奴らは月の生きるもの全てを殺しつくし、神という存在へと近づいていた。

その事実は、発覚と同時にあたしたちを絶望に包んだ。
けれども、それは命懸けでも、命に代えても鎮めなければならない事柄。

あたしたちは、カグヤの命を護るためにも、黄泉剣を奪回するためにも、
いったん太陽神の支配す星である蒼き星へ移動することになった。

809 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:32:24.395 ID:z9Sv8GQM0
――そして、蒼き星の海上で、神の力を得た者との死闘の末に、
多くの仲間の犠牲の上、黄泉剣を奪った首謀者を殺すことができた。



最も、黄泉剣は海の底に沈んで引き揚げられず、そしてカグヤは残党に攫われてしまった。
辛勝ではあるけれど、世話役としての役目を果たせない、情けない、むしろダメというべき幕切れだった。

810 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:36:27.415 ID:z9Sv8GQM0
シズ「は、は…くそっ、カグヤを、取り戻さねば…」

フチ「う、う…うっ…」
絶望的なその状況に置かれて、あたしは涙を流してただ蹲ってしまっていた。

シズ「……フチ、大丈夫、希望はある、カグヤを殺せば剣を引き上げるのは難しいはず
   だから、追いかけよう…」
けれど、シズに抱きしめられて、あたしの気持ちは落ち着いた。

フチ「ありがとう、シズ……行こう、行きましょう―――」

カグヤが生きているという希望を胸に、捜索し続けた。




―――そして、その一年後、あたしたちはカグヤを見つけた。

811 名前:社長:2016/02/13 23:37:10.230 ID:z9Sv8GQM0
次回はようやく鈴鶴さんが出てくるよ。
そして鈴鶴さんの太刀はすごい。

812 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/14 00:08:18.322 ID:BAYhqydco
乙やぞ

813 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:53:21.513 ID:F7k9y9fw0
しかし、カグヤは五体満足、まったくの無事――というわけではなく。

太陽の民―讃岐造との間に宿した子を産み、天の狗なる存在を治療して、生命(いのち)を使い切って息も絶え絶えの状況だった。


あたしとシズは、その状況を見て、どうすればいいのかが分からなかった。
呆然と、ただカグヤが苦しさに喘いでいるところを見ることしかできなかった。

シズには術の力はなかったし、あたしも式神を生み出す力しかなかったからだ。
そして、どうしようもない悔しさや、怒りのようなものが出てきた。


それは、名も知らぬ、素性のよく分からない間に子を宿していたからだったのか?
それとも、カグヤを護りきれなかったから、今際の際である、この状況だったからなのか?


その時のカグヤの顔は、嫌悪に包まれたそれではなく、いつもの表情だったのに。

あたしは、気が付くと涙を流していた。
シズは、硬い表情のまま、けれど影を落とした表情でその場をじっと見ていた。


814 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:54:16.245 ID:F7k9y9fw0
カグヤ「………ごめんね」
そんなあたしたちを見て、カグヤは朽ち果てそうな身体を無理に動かしながら言った。

フチ「いえ、姫さまが……謝ることは、ない……です………」

カグヤ「………この子も、天の狗の子も、すべてはわたしの意志によるものだから
    はぁ、はぁ……げほっ、げほっ………」

シズ「………」

815 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:01.302 ID:F7k9y9fw0
カグヤ「………最期に、我儘を言って………いい?」

フチ「……なんでしょうか、姫さま?」

カグヤ「このふたりは、わたしのいのちの、月の民の血が混じっているの………
    だから、月の民と同じように生きる運命…
    
    だから、来るべき日には、あなた達に、任せ、ようと―――」


―――その願いと共に、カグヤは息を引き取った。

816 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:22.368 ID:F7k9y9fw0
フチ「姫さ―――」

その死に顔は、ほっしたような安らかさに満ち溢れていた。
カグヤが産んだ赤子の父親、讃岐造とは、良い関係だったのだろうと分かった。

817 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:43.496 ID:F7k9y9fw0
しばし沈黙し、そして落ち着いたあたしたちは讃岐造に問うた。
カグヤとの出会いを、何故カグヤは死んでしまったのか、ということを―――。


カグヤが攫われた後、攫った者はカグヤを襲おうとしたらしい。
そこに、讃岐造が現れ、カグヤを助けたことが出会いだったそうだ。

818 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:57:54.373 ID:F7k9y9fw0
ふたりは、やがて恋に落ちた。
――最も、月の民と太陽の民では、生きる年月が違うから、別れてしまうのは分かり切っていたことだった。

そこで、カグヤにとって、愛する讃岐造の面影を残すことがいい、とふたりは話し合った。
そして、ふたりは子を作る事を決め、そして赤子が産まれた。

しかし、その時、傷だらけの天の狗が住処近くに倒れていたそうだ。
その天の狗の命を、カグヤは月女神の血を引く命をを持ってして救った――。



そして、命のともしびが尽きそうだったところにあたしたちがやってきた、ということなのだ。


819 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:21.193 ID:F7k9y9fw0
あたしたちは、カグヤの魂なき、死人の魄を見つめながら、これからについて思案した。
カグヤは死んでしまったけれど、その血を引く子供がいること。
そしてまた、黄泉剣はただ海の底に沈んでいるだけであること。

その二つを踏まえ、取り敢えずは黄泉剣を封じるということを考えた。
十分に育つ十五年後、赤子と天の狗を引き取る事を話すと、讃岐造は快く承諾した。

何れ寿命で力尽きるならば、カグヤが言っていた信頼できるあたしたちに頼みたい、と言って。

820 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:36.779 ID:F7k9y9fw0
しかしながら、その十五年までは、讃岐造と天の狗の、三人で暮らしてもらうこととなった。
太陽の民の血も引いている二人が、闇へ入る前に光を見てほしかったから。


カグヤの死体は、死んだことをそれとなく匂わせる偽装をして、海へと散骨した。



821 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:33.350 ID:F7k9y9fw0
そして、その十五年間、あたしたちは赤子たちの棲家を見守りながら、
それと同時に赤子と天の狗と共に過ごす棲家を作っていた。


時折、讃岐造にシズは月影黄泉流を教えた。
讃岐造は剣術に長けていたため、いともたやすく技を吸収していった。
そして、赤子が少女へと育った時に、父親である讃岐造もまた、月影黄泉流を教えた。


時折、少女と天の狗はふたりで遊びに行くこともあった。
そういう時も、影からこっそり、あたしたちは彼女たちを見守っていた。

822 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:47.061 ID:F7k9y9fw0


―――そして、十五年後が経過した。




823 名前:社長:2016/02/21 18:01:13.455 ID:F7k9y9fw0
ユリガミノカナタニ一章の裏側。

824 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:04.629 ID:LRKY/wGQ0
しかしながら、彼女たちを普通に迎えに行くことはできなかった。


予想していた、最悪の状況が起きたのだ。
跳ねっ返りの残党が、讃岐造たちの住む棲家を見つけてしまった。

そして、それと同時に、あたしたちがこうして見張りをしていることも悟られた。


そこであたしとシズは、二手に分かれ、敵へと立ち向かうことにした。
あたしは棲家へ、シズは追っ手へ―――。



825 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:47.762 ID:LRKY/wGQ0
けれど、棲家は既に火の手が上がっていた。
しかし、天の狗が少女を抱きかかえながら逃げ出すのを見て、あたしはそれを追いかけた。
迫る敵は、全て打ち破り、必死に彼女たちを追いかけた。

826 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:30:37.202 ID:LRKY/wGQ0
―――けれど、あたしの身一つではさすがに敵を捌ききれなかった。

そして、捌ききれなかった残りの敵が彼女たちに迫った時、彼女たちは海へと落ちてしまった。

827 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:34:17.653 ID:LRKY/wGQ0
フチ「うっ――!」
呆然と見つめる敵を、あたしは式神で殺したはいいけれど、高い崖の下ということがあたしを躊躇させる。

シズ「フチ、大丈夫?」
ちょうどその時、シズはあたしと合流した。


フチ「うん…でも、落ちてしまった、海へと――」


シズ「よし、飛び込んで助けなければ――」

フチ「…その、あたしの身体では」

シズ「大丈夫、わたしがやっておくよ――
   フチの式神のおかげで、追っては消えている…」


――そして、あたしたちは無事彼女たちを救い。
そして目覚めた彼女たちに、彼女の出自を、血を、運命を語った。

828 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:02.023 ID:LRKY/wGQ0
彼女たちは、予想よりもあっさりと納得した。

そして、棲家へと連れて行って―――。


黄泉剣を封じるための修行の日々が始まった。


最も、修行だけではなく、日常生活も営む―共同生活というべきか。
ともかくその日々は、経るごとに、力がつくとともに、互いへの想いが深まって行った。

829 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:14.416 ID:LRKY/wGQ0
それは姫の子を護るためという、遺言に拠るところもあったけれども―――。
それよりも、愛する、恋する想いに拠るほうが大きかった。

あたしはシズが好きであり、そして迎えたふたりの少女が好きであった。
互いに暮らすにつれ、想う気持ちは強くなっていったのだ。


それはあたし以外も同じことで、それによって絆は深く深く魂魄を繋げていったのだ。

830 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:52.301 ID:LRKY/wGQ0
――彼女たちを迎えた一年後、どうにか黄泉剣を封じることはできた。
そして、ずうっとしあわせなひびをあたしたちは過ごしていたけれど――。


けれども、千代の時を越したとき、黄泉剣の封じは破れてしまった。

831 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:05.670 ID:LRKY/wGQ0
さて―――。

その少女の名は、鈴鶴。
その天の狗の名は、ヤミ。

そう、あたしがくっついている魂の持ち主は、その赤子の成長した姿なのだ。

そして、ヤミは前述した通り、あたしと同じく、黄泉剣に斬られて――――。

832 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:18.731 ID:LRKY/wGQ0

―――あたしが過去を思い返していると、鈴鶴は目覚めた。
闇の中の、自身の棲家の、寝床から。



そこは、鈴鶴が拵えた棲家の中。

833 名前:社長:2016/02/22 23:37:15.100 ID:LRKY/wGQ0
一妻多妻制というべきか。ともかくみんながみんなを好きだった。
だから鈴鶴さんは黄泉剣に三人が切られて発狂してしまった。

834 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/24 23:09:43.445 ID:NdF0A2p.o
otu悲しいなあ

835 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:37:00.456 ID:Dudo6Mbo0
黄泉剣は、月の民のイノチを喰らい、そしてそれが持つ特別な力を吸い取る性質があった。
だから、鈴鶴はあたしの式神を生み出す力も使え、天の狗であるヤミの操る、風の術だって使える。


そして、黄泉剣が喰らった存在のものか、将又神の力かは分からないが、
闇の中に、特別な空間を作り上げる力も、鈴鶴は使うことができる。

棲家は、かつてあたしたちが作り上げたものと同じ大きさで、同じ構造で、家具やら何やらまで元と寸分たがわぬもの。

836 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:38:50.980 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、その棲家の中で、朝食を作り始めた。
釜で炊いた米に、味噌汁と漬物だけの質素なもので、その量も少ない。


とはいえ、朝飯と言うのは、おかしいかもしれない。
その闇の中は、時間に関係なく闇のままだからだ。


鈴鶴は、一人で、少ない食事を、ただ活力を補給するように済ませた。
その心中は、恐らく幸せに過ごした、あの日々を追憶しているのだろう。


837 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:39:16.208 ID:Dudo6Mbo0
あたしは、鈴鶴に封じの技法ぐらいしか教えることはできなかったけれど、
逆にシズは様々な戦闘術を教えていた。


剣術・月影黄泉流以外にも、格闘術など、様々な武術を………。

あたしは、もっぱらヤミと共に修行するのが多かった。
天の狗は、風を操る種族であり、自身の精神力を用いて武術に変える。

その扱い方についてを、ヤミに叩き込んだ。


鈴鶴の脳裏には、今もそのコトが残っている。
いいや、忘れるはずがない。

838 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:40:10.572 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、あたしたちが死んでしまったことが、酷く心にこびりついている。
戻りたくても戻れない日々を思い返しながら、鈴鶴はあの日と同じ生活をしている。

炊事、洗濯、掃除、そして、修行――――。


鈴鶴のやっていることは、自らを鍛えるためのものではなく
あたしたちといた日々を、ただ求めているだけの、鍛えることとはまるで真逆の行動なのだ。

839 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:41:30.532 ID:Dudo6Mbo0
それでも、技自体を鍛えることはできている。
皮肉にも、その真逆の行動ですら、鈴鶴の技はさらに高みへ行くのだ。

840 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:42:45.834 ID:Dudo6Mbo0
そして、鈴鶴は、寝る前になると、式神を呼び出した。
それは鈴鶴の愛した、あたしたちの姿をした、物言わぬ式神。


それは、鈴鶴の髪留めから呼び出した式神―――。
あたしの力を用いているのは、半ばあたしになりきっているところもあって、鈴鶴を抱きしめられないこの悔しさは、悲しさは増える――。

841 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:13.450 ID:Dudo6Mbo0
物言わぬ式神の、硝子玉のような瞳が、鈴鶴をただじっと見ている。


鈴鶴「ふふ、ふふふ……」
今の鈴鶴のその瞳も、硝子玉のように、命ある輝きではない。
太陽の民の黒い瞳が、悲しく式神を見つめて、柔らかな手が式神を撫でている。

鈴鶴は、母を求める子のように、式神に抱きつき眠りについた。
眠りについてしばらくすると、式神は元の髪留めへと還って行った。

その力は、意識があるほどまでしか保てないから―――。

842 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:27.642 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は夢を見ている。
それは、あたしたちと過ごした日々のことを。



鈴鶴は、カグヤとそっくりの顔立ちと、身体つきをした、美しい子だった。
だが、その眼だけは少し違っていた。

かわいいまん丸の眼ではなく、少し切れ長の入った目。
細い眉に、黒々とした大きな瞳。
柔らかな唇、そしてそこから身体を繋ぐ細い首、豊満で柔らかい胸に、しゅっとした腰に―――。

843 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:44.978 ID:Dudo6Mbo0
また、鈴鶴の髪もカグヤのように美しく美しく、足ほどまでに伸びるほどの長さをしていた。
最も、黒髪であるところはカグヤと違っていたけれども。

伸び放題のその髪は、流石にそのままではわずらわしくなるから、
鎖骨と、肩と、肩甲骨の方面にそれぞれ結い、首の後ろの髪も結っていた。
それは、ヤミが鈴鶴をかわいく見せるために結いたものだった。

あたしにとって、それは魅力的に思えた。恐らくシズだって。

844 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:08.231 ID:Dudo6Mbo0
修行の終わりに入浴するときに、髪留めが解かれるのが、とても妖美なものに見えた。

気が付けば、あたしは鈴鶴のことをみると、シズを見るようにどきどきするようになった。


それは、ある意味カグヤに対して想っていたことが、其処で滲みでたのかもしれない。
ヤミと吸血し合う鈴鶴を見て、その心は果てしなく高まった。


そしていつしか、あたしはシズも鈴鶴もヤミも、みんなを愛するようになった。

それはシズだって鈴鶴だってヤミだって同じことだ。

あたしたちは、全員が全員を愛する絆に包まれていた。

845 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:37.034 ID:Dudo6Mbo0
鈴鶴は、さびしがり屋で、甘えん坊な子だ。
誰かに依存しないと、自分自身を出すことができない。

鈴鶴には孤高の存在として生きる戦闘能力も、生活力も十分に持っている。
けれどそれは、あくまで表向きの、魂魄でいう魄――いわゆる、外の姿。


鈴鶴の魂――内の姿は、愛する人にしか見せないのだ。

そして鈴鶴は、あたしたちを求めている。
鈴鶴の心は、あたしたちが死んでしまったその時から、止まってしまっている。


鈴鶴が、式神を呼び出して触れ合っているのは、一種の一時凌ぎだ。
いずれは持たない付け焼刃。


ああ、ああ―。
鈴鶴のことを救いたい。

846 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:00.437 ID:Dudo6Mbo0
けれども、魂しかないあたしには、それはできない。
願わくば、鈴鶴のことを受け止められる人が現れることだけど―――。


………それは、叶わぬ願いなのかもしれない。

あたしが今できるのは―――
眠る鈴鶴の魂を、ただ撫でてあげることだけ―――。

せめて、せめて―――
少しの安らぎに、なってほしい。

847 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:14.642 ID:Dudo6Mbo0
―――――。


あたしが、鈴鶴の魂を撫でていると、声が聞こえた。

鈴鶴は、再び顕現したことを、自身が善と呼ばれる存在になるためと思い、時折人の願いを聞いている。

真に悩みを持つものだけが入れる扉を、その声の主はくぐってきた。

848 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:35.234 ID:Dudo6Mbo0
声の主「ようやく―――ようやく、この場所を見つけることができた
    願いを聞いてほしいのです―――」


――――鈴鶴は、式神を生み出し、その願いを待つ声の主へと歩かせていった。

式神「用件は、なんでしょうか―――」
そして、声の主へと、式神は問うた。


849 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:49.014 ID:Dudo6Mbo0
陰陽人・鈴鶴 完

850 名前:社長:2016/03/01 20:48:55.660 ID:Dudo6Mbo0
百合神へのお願い、その主は誰だろう。
その願いは何だろう。
明かされるかもしれないしされないかも。

851 名前:たけのこ軍 791:2016/03/07 19:59:34.399 ID:OnAnuYjYo
更新おう
切ない…(´;ω;`)

852 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:27:48.598 ID:/zPciKa20
―――遥か、遥か、気の遠くなるような、削れた岩が、もとの形のままであるほどのむかし。


月女神は生まれた。

853 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:05.896 ID:/zPciKa20
國を産んだ神のもとに、姉に太陽の女神を、弟に海の男神を持っていた。

月の女神は、太陽の女神と美しき仲であった。


しかし、ある事件によりふたりは永遠の決別をしてしまった。

ふたりの小指の赤い糸は、脆く切れ、決して二度と寄り合わぬようになった。

854 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:24.177 ID:/zPciKa20
それは、昼と夜のふたつの世界が生まれる始まりでもあった。
月の女神の支配する闇の世界と、太陽の女神の支配する光の世界は、陰と陽に分かれたのだ。


月女神は、月に國を作り、生き物を産んだ。
そして、神剣・黄泉剣を遺し、何処か遠くへと消えていった。

855 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:41.287 ID:/zPciKa20
その月女神の血を濃く引く、月の王族は、神に選ばれし者。
それは、月女神の遺した、黄泉剣に選ばれる資格があるということ―――。

月女神の名は、月夜見。その剣の名は、黄泉剣。

856 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:28:55.036 ID:/zPciKa20
そして、月夜見の血を引く姫君と、太陽の民の人間のもとに―――

一人の少女が―――わたしは姫と呼んでいる存在が産まれた。

857 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:29:07.864 ID:/zPciKa20
その様子を見るわたしは、式神―――。
ただのそれだけ―――。
姫は、あの子の魂ソノモノ―――。

わたしにつけられた名前は、ない―――。

858 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:29:25.947 ID:/zPciKa20
いいや、正確にはあるのだけれども、その名は今、姫の式神として存在するわたしには相応しくない。

姫がわたしのことを、魔女の囁き、と称する―――。
その名前が、わたしにとって相応しい―――。

姫の母親が、腹の中に宿りし姫の魂に、わたしを憑かせた。
其れが、其の存在がわたしなのだ―――。

859 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:31:52.197 ID:/zPciKa20
わたしは、姫君の腹の子と共に、その魂を宿し、魄を宿し、双子の姉妹として生まれる――はずだった。
しかし、わたしが宿るべき肉体は、ただの肉塊だけとして在った。

それは、姫の高祖父母が、はじめに産んだ子供と同じ、出来損ないの子と同じもの―――。
わたしが肉塊となって在ったのは、月と太陽の女神がまだ、永久の別れをするその時、
太陽の女神が月の女神の腹の中に、神のできそこないの肉塊を入れた、それが姫君の腹の中で、双子の片割れへ昇華されたのだ。

それが、ずっと巡り巡って、わたしとなった。

860 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:05.069 ID:/zPciKa20

わたしは、生まれることなくして死せる存在だった。

そして、わたしは―――蛭子が海に流されていったように、わたしもそうなるのだろうと―――。
生まれる腹の子のことなど、常人には分からないから―――
わたしを産んだとき、出来そこないだとわかったとき、海か何処かにが棄てられると思っていた。

861 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:19.385 ID:/zPciKa20
―――しかし、姫の母親は月女神の血を強く濃く引く、常人とは違った存在。
わたしが、ただの肉塊であることを、わたしがそれに憑いていたことを読み、見ていた。


そして、彼女はその事を知ると、わたしを姫の式神に生まれ還そうと考えた。
生まれても生きられない存在ならば、生まれる姫を護って生きるほうが、はるかにいい―――と。

862 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:30.169 ID:/zPciKa20
そして、わたしは姫の魂に入れられた。
わたしをつくるはずだった肉塊は、ぐしゃぐしゃに、ばらばらになって、魂の中のわたしを包む膜となった。

863 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:32:43.567 ID:/zPciKa20
―――式神は、それにかけられた力が強いほど、憑代が不変であればあるほどずっと存在する。
―魂に宿りし式神は、その魂の持ち主が死ぬまで生ける式神となるのだ。


わたしは、姫であり―――。
―――姫は、わたしである。

864 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:06.874 ID:/zPciKa20
姫の母親は、わたしにこう命じた。
「貴女は、蛭子―――
 生まれることのできない子―――
 海に流されてしまう、不具の子―――
 だから、あなたを転生させる―――この子の式神へ……

 ―――貴女の名は、沙波(イサナ)
 数えられぬほどの、散らばる、小さな沢山の砂のように、無限に貴女が在り続け―――
 海を覆い護る波のように、この子を護る存在で在り続けるように―――
 

 貴女は、この子が心底嫌がるものを、運命の力を持ってして、絶対に護る力を持つ―――
 それが貴女の力―――貴女の持つ力―――

 力を織りなす源は、わたしたちを産みし女神を産みし、黄泉の國で朽ちて逝った國生みの女神の力―
 この子が死に、その魄が消滅し、魂が黄泉の國へ旅立とうとも消えない力―――

 ―――この子が嫌がるものは、命じるわたしにすら、分からないけれど…
 この子の魂魄が拒否する其れは、貴女ならわかるはず……
 あなたは、護る力の一部となり―――
 この子をずうっと、護れ、護れ――――」



865 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:38.995 ID:/zPciKa20
姫の母親には、月女神の血が流れていた。
わたしは、運命の力を持ってして、わたしは、わたしの意志が消えようとも、絶対に消すことのできない力の一部となった。


姫が本能的に、心底嫌う、男に操を狙われることから、完全に護る力の。
それは、姫の魂魄すべてが消滅するまで残る力―――。

866 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:33:49.766 ID:/zPciKa20
そしてわたしは、姫の操を護る魔女で在り続けた。

何が在ろうと、姫にとって不利に成ろうと、護り抜く。
―――最も、わたしの意志ではなく、この世界の意志―運命の動き―その力に動かされて護ってきた。

わたしは、ただその力の軌跡を写し出す、力の具現化のような存在だからだ―――。

867 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:34:00.704 ID:/zPciKa20
兎も角、わたしは、ずうっと、ずうっと、あの子を護り続けた。

姫の操を狙う男から―――。

そして、わたしという存在を消し去り、姫の操を護れぬようにする存在から―――。

868 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:34:57.760 ID:/zPciKa20
わたしは、肉塊で、生まれつき天稟だった術の力の高さを用いて作った、
邪悪なる鬼の―髑髏の如き鎧を全身に身に着け、魔女で在り続けた。

わたしの鎧も魂も、姫が育つのと同じように、小さな姿から大きな姿へと育っていった。

869 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:20.482 ID:/zPciKa20
鎧は、大きく硬く重く、まるで邪鬼の身体のように。
魂は――わたし自身の姿は、太陽の民の血の多い姫とは違って、
月の民の血の多い、白髪黒眼の、その姿が。
もっとも、わたしの眼は、二つの瞳が重なる、まともなものではなかったけれども―――。



わたしは、ただの守護霊と呼ばれる存在として、その正体を明かさずに、過ごしてきた。

870 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:34.479 ID:/zPciKa20
―――何年も。

千代の年を越えても―――。


わたしは姫を護る魔女で在り続けた。



―――けれども、姫自身が魔女と呼ばれるようになった。

871 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:35:57.528 ID:/zPciKa20
それは、姫が黄泉剣と呼ばれる神剣を身体に飲み込んだからであり、
姫の愛した人が、黄泉剣に喰われてしまったからだ。

わたしに命じられた、姫を護るその力は、わたしが操ることのできない力であったからだ。

姫は、月の女神の力を得て、月の女神そのものに近い存在へとなった。
それは、生けとし生きるものが持てない、すべてを越える力を得たということであり―――。
そして、わたしは姫の操る力の一部として、姫の意志で操られるようになった。

操を護るために放たれる力を、直接的に闘争に使うように――。
そして、触れたものを溶かす力を新たに得た――。

鬼の鎧に包まれたわたしの、その拳で、足から、荒れ狂うように、力を放てるように。

872 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:12.212 ID:/zPciKa20
けれども、姫は遂には闇の彼方へ封じられた―――。
それは同時にわたしも、闇の彼方に封じられたことになる―――。

神に仕える、少女の手にした鏡によって。

―――――。


永遠の闇の彼方に封じられるとき、わたしは気が付いた―――。

嗚呼、わたしは姫のことを―――。

愛していたのだと――――。

873 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:30.401 ID:/zPciKa20
―――姫に操られ、姫の力の一部となったとき―。

千代を越える年、淡々と運命の力で姫を護っていただけのわたしは、生を受けたようであった。


そして同時に、姫に操られることがうれしかった。

874 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:45.273 ID:/zPciKa20
――けれども、わたしは姫とただ居られるだけでいい。

姫と話せなくていい。

姫と触れ合わなくたっていい。

姫の魂として存在する―――ただそれだけで―――。

だから、ずっと鬼の鎧を背負い続ける―――――――。


永遠の暗闇の中――――。

875 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:36:57.887 ID:/zPciKa20
わたしと姫は、永遠の闇に消え去った――。

二度と目覚めることはないだろう――。



そして、わたしのただ一つの恋も闇の彼方へと―――。


―――ああ、でも――。

姫と、ずうっと一緒にいられるなら、構わないか―――。


――決して目覚めぬ闇の中でも、姫と共に目覚めず、ずうっといられるのなら―――。

876 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:37:20.501 ID:/zPciKa20
わたし「鈴姫―――」


わたしは、彼女の名を囁きながら、鈴姫と共に眠りに着いた―――。

877 名前:月夜見の遺産:2016/03/11 21:37:32.664 ID:/zPciKa20



                月 夜 見 の 遺 産



878 名前:社長:2016/03/11 21:40:08.608 ID:/zPciKa20
>>482-493の魔女ノ見タ夢 のリメイクみたいな物語。


879 名前:社長:2016/03/11 21:43:46.547 ID:/zPciKa20
http://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/783/isana.png

イサナ
鈴鶴の双子の姉。もっとも彼女自身は鈴鶴を護る力にくっついている魂だけの存在。
簡単に言えば魔女の囁きの中の人。
魔女の囁きの、鬼の鎧はイサナの魄になるはずだった肉塊からつくられている。

彼女は、鈴鶴が讃岐造の武術の才能を受け継いでいるのと逆に、
カグヤの術に対する才能を受け継いでいる。

きのたけで言えば、筍魂(戦闘術魂という技で勝負)タイプが鈴鶴、
魔王791(たくさんの魔力でガチンコ勝負)タイプがイサナ。

双子といっても、一卵性ではなく二卵性なので、何から何までそっくりというわけではない。

また、その眼の瞳は、2つ重なったように見える重瞳――。

880 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/03/26 23:34:51.684 ID:x3Oks6oUo
乙、悲しいなあ

881 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:34:23.023 ID:qpb8DoIg0
この世界には、見えない運命の糸が複雑怪奇に絡み合っている。

その糸を、ふつりふつりと人は繋ぎ、また切っている。


―――運命というのは不可思議なもので。

もう二度と闇から出てこないはずの、あの子は、再び顕現した。

882 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:35:59.526 ID:qpb8DoIg0
鈴姫「…………?」
鈴姫は、気が付くと森の中にある、百合の花畑に眠っていた。
はたから見れば、ある日の午後、少女が陽の光の温かさに、微睡んで昼寝をしたようにも見れるように。


永遠の闇の彼方に居た鈴姫は、光を見るのは何時振りか。
何時振りかの光に、目を細めながら辺りを見回していた。

少し戸惑って、首を振る姿が、いとおしい。
鈴姫の髪はとても長いから、首を振るたびに揺れる。

その様子を見るだけで、わたしはありもしない鼓動が高まる感覚を覚えた。

883 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:36:40.479 ID:qpb8DoIg0
鈴姫「………一体、此処は…?」
疑問を呈しながらも、鈴姫はその場から立ち上がった。

鈴姫「……ともかく、此処が何処か―――それを確かめよう」
鈴姫は、身に着けた巫女装束をぽんぽんと叩き、腰に太刀を携え、森の外へと歩いて行った。

衣に太刀は、たいせつなひとの形見―――。

884 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:37:40.340 ID:qpb8DoIg0
その森の外は、ただ点々と集落が並んでいた。
煉瓦造りの家立ち並び、牧場が広がる、静かでのどかな村―――。


鈴姫は、旅の者を装いながら、村人にその場所を聞くと、ミルキィ村だと答えが返ってきた。

けれど、鈴姫が封印される前に居たところとは、違うところがあった。

885 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:37:51.526 ID:qpb8DoIg0
もし、鈴姫が居た世界に再顕したとするならば、当然、魔女に関する歴史は残るか、語り継がれている筈だ。
遠い未来だとしても、断片的に残るだろう。

あるいはそれよりも過去に戻ったならば、もと居た世界で知っている、それより前の歴史と等しくなければならないからだ。
此処が鈴姫の居た國かどうかは別としても、外つ國の歴史は確かに存在しているから。

886 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:05.226 ID:qpb8DoIg0


そして、一つの結論に思い至った。
―――もと居たところとは、遠いところへ来た、という結論に。



887 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:29.838 ID:qpb8DoIg0
鈴姫は、当然ながら文無しで、さてどうしようかと考えていた。
けれども、鈴姫には戦闘能力も生活能力も、様々な技能を持っている。

だから、鈴姫は成るように成れ、そう思いながら話をしていった。


鈴姫「わたし、一文無しなのよね………
   ――何か路銀を手に入れられることはないかしら」

村人「………ん!
   それは、それは……

   そういや、民宿のあいつが手伝いを欲しがってたなあ………
   どうだ、一度行ってみては?」

鈴姫「ならば、そこに行ってみるわ………」



888 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:42.927 ID:qpb8DoIg0
そして、鈴姫は民宿で暫しの間、働くことになった。
鈴姫は、自身の本当の名を隠し、ツクヨミという名を名乗り、
路銀を稼ぎたいこと、家事全般が得意だということを伝えると、すぐに雇われた。

889 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:38:57.817 ID:qpb8DoIg0
鈴姫は、言った通り、布団を畳み、掃除をし、料理を作り――。
こういった家事には手馴れていたから、あっさりとそこに馴染むことができた。
なにしろ、民宿の中で最高の立場の、女将にも、褒められる腕前だったからだ。

女将「…ツクヨミちゃん、まだ、そんなに若そうなのに…
   あたしゃ、もう驚きよ」

鈴姫「……わたしは、唯、こういうことには手馴れているだけだから
   岩よりも短い生き様で、得た、ほんのすこしの技よ」



890 名前:月夜見の遺産:2016/04/11 22:39:19.471 ID:qpb8DoIg0
そしてまた、民宿に住まい働く人々や、泊まる人々は、鈴姫の腕に感心し、ねぎらいの言葉をかけたりしていた。
其処が別段身を削るような、辛いことのない環境だったのは、
此処が何処だかも分からぬ鈴姫にとって、幸運な出会いだったのかもしれない。


鈴姫は、とりあえずの目標は、拾ってくれた礼にあたるだけ、ここで働く――と決めた。


891 名前::2016/04/11 22:40:00.518 ID:qpb8DoIg0
遠い世界へ、顕現せし乙女。

ちなみに鈴鶴は

892 名前:社長:2016/04/11 22:41:26.073 ID:qpb8DoIg0
いい嫁になれるタイプなので
いったいヤミやシズやフチやイサナの誰の嫁になればいいんだろう

全員!

893 名前:たけのこ軍 791:2016/04/14 22:42:36.597 ID:fJkDeVq2o
全員!に笑った

894 名前:社長:2016/04/26 00:40:21.614 ID:vvR4MoPo0
魔女の囁きの能力 おそらい
本体の操を狙いに来た男を吹っ飛ばす。
この判定基準は客観的なもの+本体の主観である。
この能力を消したり封印したり奪ったりすることも、それに値するのでその場合は女も吹っ飛ばす。
自分の意志では抑えられない。

鈴鶴の主観はそんなのが、というほど細かすぎるものまで入るため、実質的に殴り合いなら男相手に絶対に敗北しない。

895 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:46:14.093 ID:XsKN/Qg20
さて、暫しの路銀を稼ぎながら、ある夜、鈴姫は夜空を見つめていた。

月は、青白く、夜を彩るかのように、星に包まれながら輝いていた―――。
あの月は、自身に宿りし女神の月なのだろうか、と考えながら、鈴姫は夜空を見ていた。

896 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:47:45.452 ID:XsKN/Qg20
そんなある時、村に五人の破落戸(ゴロツキ)が現れた。
嫌がらせか、ただの欲望の解放かは分からないけれど、その表情は醜く、そして醜悪な雰囲気を漂わせていた。

破落戸1「おいおい、俺と付き合わねェってのか?あ?」
村娘「ひ、あの……やめて…」

ある者は一人の村娘に集団で囲み、ある者は軒先の物を蹴飛ばしていた。
難癖、暴力、恐喝―――ただの暮らしを営むものにとっては恐ろしい、
けれど、人を其の手で殺したことのある鈴姫にとって、ちっぽけな所業――――。


897 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:49:48.412 ID:XsKN/Qg20
鈴姫「………」
その様子を、鈴姫は、氷のように冷たい瞳で見つめていた。
その心の中に、感情の揺らぎはない。

鈴姫は、男に興味など微塵もないから、当然そうなるのだけれど――。
傍から見れば、それは無愛想な人間のようであった。

898 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:50:11.387 ID:XsKN/Qg20
破落戸1「おい、お前……
     なァに、眼飛ばしてやがる………?」
破落戸の一人が凄もうとも、鈴姫は、無表情だった。


鈴姫「………いいえ、なんでも」
鈴姫の言之葉には、感情の込められていない冷たさが、氷のように宿っていた。
無愛想な返答のようで、そんな生半なものではない答え。

899 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:52:36.607 ID:XsKN/Qg20
破落戸1「てめぇ、ナメてんじゃ……」
そして、その態度に怒りを覚えたらしい、破落戸のひとりが、
鈴姫の胸倉をつかもうとした時、その腕を捻って、そして鈴姫よりも重いであろうそいつを思いっ切り投げ飛ばした。

破落戸1「がは……ッ」

鈴姫の、男から操を守るその力は、たとえ傍から見ればそうは思えないものだろうと現れる。
それは、触れようとも。

鈴姫の捻った腕は、まるで鉄球で潰されたように潰れていた。
そう、鈴姫は男に触れることすら操を汚すと、生まれたときから思っているのだ。


鈴姫自身が、人体の脆い部分に、弱点となる部分に的確に攻撃を当てられるというのに加え、
男を吹き飛ばすその力は、心で定めてる事も加えてとてもとても大きい―――。

鈴姫「………」
そして、崩れ落ちる一人の身体を、感情ひとつ動かず、ただ障害を取り除いただけのように鈴姫は見ていた。
思いっ切り、崩れ落ちた身体の首の部分を蹴っ飛ばして殺し、別の破落戸へと顔を向ける。


900 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:52:54.600 ID:XsKN/Qg20
破落戸2「お前、何を……、何をしたんだぁーーッ!?」

慌てて駆け寄ってくるもう一人に、鈴姫は携えた太刀を抜き――そして、その動きのまま破落戸の腹に全力の峰打ち。
そこに躊躇というものは、全く持ってない。

鈴姫の動きは、軽やかで、力強く、粗一つない達人の動きだった。
この動きを見ると、わたしは鈴姫に宿る血が、肉体に刻まれた技術が、ああ美しいと思えて仕方ない。

破落戸2「ごぼぉぁ―――」
また、破落戸の一人苦しみ、痛み、倒れる様子に、鈴姫は何も感じない。
表情は変えず、何も思わず、足で首の骨をへし折った。

901 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:55:58.376 ID:XsKN/Qg20
破落戸3「ひ、ひッ………」
その様子を見て怯んだ破落戸は、其の場を動けない。
がたがたと、腰を抜かして震えていようと、お構いなく、思いっ切り殴打し殺した。

その力の差は、誰が見ても、一目瞭然。
鈴姫と破落戸では、闘いの勘が違うのだ。

最も、鈴姫は、歴戦の強者、と言うほど、何百、何千回と闘いを経験していない。
けれど、ずうっとずうっと、鍛冶屋が鉄を鍛えるように、鈴姫はたいせつなひとと技術を高めてきたのだ。

だからこそ、闘いに関する勘は、常人よりも遥かに遥かに―――。

902 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:56:21.052 ID:XsKN/Qg20

破落戸4「俺、オレは、何も…」
破落戸5「逃げ…」
逃げようとする破落戸たちにも、鈴姫は疾風の如き素早さで、飛び、峰打ち――、
そして、その勢いを保ったまま、全力の踵落としに裏拳で殺した。



鈴姫「………」

村人たちは呆然としていた。
鈴姫自身には、迫り来る敵を殺すことに何の揺らぎもないけれど、
それでも、そのことがまともな人間のすることではないと知っていた。

903 名前:月夜見の遺産:2016/05/13 23:56:37.737 ID:XsKN/Qg20
鈴姫「流石に、人を殺すような人間は、こんな穏やかな村に居ていい道理はないでしょう」
鈴姫は、そう言うと、破落戸どもの死体を引き摺りながら、村を出て行った。

鈴姫「民宿の人には、わたしは消えたと伝えておいて―――」

904 名前:社長:2016/05/13 23:57:27.169 ID:XsKN/Qg20
鈴鶴を倒せる男などいない。
女なら倒せるやもしれない。

905 名前:791:2016/05/14 22:40:48.962 ID:kyv2rmvAo
更新おつ

906 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:06:37.717 ID:18vGAI1.0
―――鈴姫は死体をそこらに投げ捨て、さてどうするかと思いながら、村の近くの森の中に再び居た。

鈴姫「………」

鈴姫は、身から出た錆となって、破落戸どもの残党が報復に来ないかということを考え、
それがないように見張り、見張り―――。

そして、日が経ち続け、それがないことを確信すると―――。


907 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:08:11.ウンコ ID:18vGAI1.0
鈴姫は、目を見開き、自身の左腕と右目に、力を込めた。


―――鈴姫の左腕には神剣が、あの子の右目には神剣の飾り――いいや、神剣の本体である勾玉が在る。

神剣、そして勾玉に宿るその闇の力は、月女神の純なる血を持っているからこそ扱える。

908 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:08:43.636 ID:18vGAI1.0
鈴姫「どうやら、この力は、自在に操れるようだけど……」
禍々しい漆黒の瘴気、闇色に染まった右眼と、青白い瞳―――。

そして、その身体には、月女神の紋章が、刺青のように浮かび出ていた。
最も、其れは衣に隠れて見えないけれども、それは魔女と呼ばれて然るべき雰囲気を漂わせていた。


神の力を顕現させても、鈴姫は冷静だった。

909 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:09:33.875 ID:18vGAI1.0
鈴姫「―――!」

月女神は、闇の世界を統治している。
だからこそ、その女神の力を扱えるということは、闇へと潜れるということなのだ。

鈴姫「これは―――?」

鈴姫は、月女神の力を用いて、闇の中へと潜りこんだ。
星の瞬く、不思議な闇の中へ。

そこは、宇宙の中のような、幻想的で、そして寂しい空間だった。
しずかな、音もしない暗闇。

910 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:11:26.303 ID:18vGAI1.0
無限に広がる其の闇の中は、鈴姫自身の作り出した、狭間の世界だったのだ。

鈴姫「…………」

鈴姫は、自身の棲家をこの闇の中にしようと決めた。
それと同時に、如何して再び顕現したのかを考えていた。


嘗て魔女に堕ち、わけの分からぬままに男を殺しに行った業が、鈴姫にはある。
魔女となり殺した男どもは、鈴姫が嫌うような種類の男どもだとしても―――。

鈴姫に触れることが許されない―――わたしの力が吹き飛ばすに値する男どもだとしても。

鈴姫は、意思のない行動による業がある。
魔女の、操を護る本能の力ではない、ただの殺意によるそれが。

911 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:11:39.995 ID:18vGAI1.0

魔女の力は、世界を混乱させた。
そして魔女の引き起こす災禍を止めるために、鈴姫は封印された。


けれども、その封じが、解かれた――あるいは解けた意味を。


鈴姫「………………」
熟考の末、鈴姫は――。

自身が、悪しき魔女ではなく―――、
――善き魔女として、善き神としてやり直すために再顕したのだと考えた。

そう、鈴姫を封じた少女は言っていたから。

912 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:12:51.306 ID:18vGAI1.0
世界を混乱させた、自身にをやり直す―――。
そう考えて―――。


鈴姫「さて、それにしても、どうするか………」
鈴姫は、闇の中から出て、世界を彷徨い始めた。

913 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:15:03.239 ID:18vGAI1.0

道中、鈴姫はその日暮らしの旅烏を装いながら、様々なところを歩き廻った。

時には悪鬼を打倒し、時には恋の相談に乗り、時には自身の身に着けた技術で手伝をした。
それと同時に、闇の中にかつてあの子が住んでいた棲家と同じ構造のそれを作っていった。



時代を経るごとに、鈴姫は表には出ないけれども、力ある存在に―――百合神と書いて、ツクヨミと呼ぶ神となっていった。
時には恨みを晴らすための、尊厳を守るための殺人をし、時には恋人たちの橋渡し役に、時には技術をふるまう仕事を行って。


それは、いわば生と死をつかさどる女神―――。
恋を技術を生むことに関わり、そして逆に命を死す存在―――。

914 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:15:33.872 ID:18vGAI1.0
そうやって生きていくと、鈴姫には自然と路銀がたまりゆく。
いいや路銀と言うよりは、財産と言うべきか。


それは、闇の中に作った棲家以外にも、よそ行きの、大きな屋敷を持てるほどに。
鈴姫は出会いと別れを体験し、信頼できる人間と出会えば、信頼できる人間とも出会っていった。


鍛冶屋、孤児院、料亭、衣類店、家具屋、はたまたある趣味に秀でた者と、数えきれぬほどに――――。

鈴姫は彼ら彼女らを信頼し、自身の持つ技術を教え、援助し、
時には手伝いを要請することもあれば、そのとき彼ら彼女らは、鈴姫の期待に応えるように働いた。

915 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:16:00.825 ID:18vGAI1.0
そういう風に生きて行くと、鈴姫が稼ぐ財産は、専ら鈴姫が製造した品物を買い取って貰うことが、主となっていた。
人殺しや恋愛相談などは、その願いが来る時期が分からないからだ。
それに、恋愛相談は神頼みのような少額で聞いていたから、ほとんどそれでは稼げなかった。



鈴姫に在る技術は、一流の鍛冶屋の持つ技術であり、一流の世話役の持つ技術だからこそ、それは成り立つ。
武器であれ、家具であれ、衣類であれ―――様々な職人の得意とすることを成し得ることができるのだ。

そしてなにより、一方的な関係ではなく、それらの店の困りごとがあれば、鈴姫はその困りごとに対し真摯に対応していった。

916 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:16:18.590 ID:18vGAI1.0
それは、不老不死の肉体を持つ鈴姫からすれば、いずれ消えてしまう存在だけれど、
その一期一会の出会いは、鈴姫が善の魔女として生きる為の、見えないハシラとなっていった。

時には、店が続くように、人と人の繋がりを橋渡しも――ハシラを継ぎ足したりも。

917 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:18:07.570 ID:18vGAI1.0
ある日、孤児院に資金援助をした帰り、鈴姫は院長に呼ばれ応接室に居た。

院長「こんにちはぁ、いつも援助ありがとう、ね」
院長は、鈴姫と違い齢を重ねた老婆だ。
人だからこそ、こうして老いる。

鈴姫は、見知った人が老い死ぬことも多々経験したが、やはり普通に死ねるというのは幸せ者だと思っていた。
だからこそ、こうして技術や、それに心を込める人間には協力する。

鈴姫は、男という魄が嫌いでも、技術についての魂は嫌いにはならない。
協力者が男だとしても、その技術、心根までは吹き飛ばさない。

最も、操を狙うようなどうしようもない奴は、技術を奪い殺していたこともあるけれど――ー。

918 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:18:23.190 ID:18vGAI1.0
―――院長は、苦労を重ねてきたことが読み取れる風貌だけれども、その顔につらさというものは見えない。

鈴姫「いいや、援助は…単なる、気まぐれよ―――」

院長「気まぐれで、こんなに良くしてくれるかしら」

鈴姫「道楽よ、道楽…」

鈴姫が信頼するその人は、希望の塊である子供を羽ばたく鳥のように育てることを信念としていた。
鈴姫が時折、願いを叶えに行く際、身寄りのない子供に出会うことがある。

919 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:18:46.502 ID:18vGAI1.0
人に非ざる子供ならば、その種族の者に預けるが、人ならば人のところへと預けている。

とはいえただ預けるのではなく、絶対なる信頼の補強として、多額の資金援助もしている。
それ以外にも、困りごとがあればそれを解決している。

危険因子がいる―――と相談された時には、そいつをこの世から消し去ったことだってある。

920 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:19:07.519 ID:18vGAI1.0
鈴姫「…それで、用件は?」

院長「貴女にいつもお世話になっているから、お返しはできないか―――と思って」

鈴姫「いいえ……わたしにそれは必要ではないわ……」

院長「そんな、悪いわ―――」

鈴姫「わたしは、貴女がいつもその仕事をしてくれている――ただそれだけがお返しよ」

院長「………ならば、無理強いはしないでおきましょう
   けれども、無理はしないでね」

鈴姫「……そちらこそ」


鈴姫は、大きな礼やらお返しやらは苦手だった。
最も、それは、鈴姫が利用できること自体が、大きな礼と考えている、ということもあるからだけれども。

921 名前:月夜見の遺産:2016/05/21 01:21:49.383 ID:18vGAI1.0
鈴姫は、ずうっとずうっと、こうしてこの世界を生きてきた。

この世界は不可思議なところがあろうとも、ただ百合神として歩み続けた。


―――年月は過ぎて行った。

ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、この、とお。

――――幾月、幾年も、過ぎて行く。

鈴姫の生き方は変わらない。

―――それまでは。
孤独に生きる鈴姫の生き方は、その時まで変わらなかった―――。

922 名前:社長:2016/05/21 01:28:20.265 ID:18vGAI1.0
次回、鈴姫を変えるものとは、その時とは―――。


ちなみに鈴姫様が願い事聞いてた神社的場所とか謎の森の奥は狭間の世界。

923 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:14:03.256 ID:WU6YT0SY0
―――そして、ある日。

雪降る、街灯が灯った夜の町を、鈴姫は静かに歩いていた。
積もった雪を踏みしめながら、ただただ前に進んでいた。

924 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:14:46.360 ID:WU6YT0SY0
すると、緑色の、猫のような小さな生き物を抱え、赤い衣を纏った少女がそこに居た。


少女「はぁ……はぁ……」
寒さに身を震わせ、白い息を吐きながら、少女は必死でその生き物を売ろうとしている。


しばらく様子を見ていても、少女に話しかける人はなし。

925 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:19:04.188 ID:WU6YT0SY0
少女「抹茶、抹茶はいりませんか――?」
か細い声で、切実に言っている少女――。

茶道も嗜んでいた鈴姫は、抹茶という言葉に興味を覚え、少女に歩み寄った。

その少女は、とても寂しそうに見えた。
――初めて出会った少女なのに、不思議と既視感のある少女だった。

ざ、ざ、ざ―――。
雪を踏み鳴らす足音が、静かな夜に響き、そして少女はその気配に気が付いた。


鈴姫は、何故だかとてもとても懐かしい気持ちを感じながら、こちらを見た少女へと話しかけた。

926 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:21:50.915 ID:WU6YT0SY0
鈴姫「…………これは?」

少女「抹茶です、かわいいでしょう?」

鈴姫は、その緑色の生き物が抹茶であることに驚愕した。
そんな存在は、今まで見たこともなかったからだ。

しかし、ただの人間からすれば月の民など想像もつかない存在だ、と考え直し――。


鈴姫「その……抹茶?売れてるの……?」
少女へ、問うた。

927 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:23:08.394 ID:WU6YT0SY0
少女「………っ」
少女は、口からなにか言の葉を出そうとしているけれど、言葉にならないのか、
あるいは寒さに動かせないのか、ただじっと、鈴姫を見つめていた。

その眼には涙が浮かび―。


鈴姫「……はぁ」
鈴姫は、その様子を見て溜息ひとつ。

928 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:23:31.438 ID:WU6YT0SY0
鈴姫「あなた、わたしの家に来なさい
   ―――食べるのにも、困っているんでしょう?」


鈴姫は、どうしてもその少女をほおっておけなかった。
今まで出会った幾多の、不幸な境遇の子は、すべて信頼できる者へ託したはずなのに。


気まぐれか、それとも運命がそうさせたのか。

929 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:23:55.754 ID:WU6YT0SY0
少女「なんで、そんなにやさしくしてくれるの……?」

少女の、もっともの問いは、鈴姫にとって答えることができない。

それは、鈴姫にとっても、そしてわたしでさえも分からない。
その言葉を濁すように、鈴姫は名を告げた。

鈴姫「わたしは鈴鶴―――よろしくね」

―――優しい顔で、少女に微笑みながら。

930 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:24:08.354 ID:WU6YT0SY0
そう―――。

わたしという存在は、鈴鶴という少女の魂其の物なのだ。
鈴鶴は、姫たる存在に値する血を持っているから、わたしはそう呼んでいる。

わたしだって、太陽の女神の血は引いてるし、わたしのほうが僅かに姉であるけれど…。
やっぱり鈴姫の方がふさわしい―――。

そう、わたしよりも姫と呼ばれるにふさわしい―――。

931 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:26:05.052 ID:WU6YT0SY0
鈴姫「そして、あなたの名は……?」
そして、少女の持った籠を、さっと抱え、少女に逆に問い返した。


少女「ヴェスタ……ヴェスタ、です」
震える―けれども、すこしほっとしたような声で少女は答えた。


鈴姫「――ヴェスタ…
   いい名ね、じゃあ、わたしの家に行きましょうか」


ヴェスタ「は、はい…」

鈴姫とは、先ほど語った家へと歩いて行った。
よそ行きの、この世に作った家へと。


ヴェスタの連れていた抹茶たちと共に。
鈴姫は、ヴェスタと手をがっちりと握って、雪降る街から遠ざかっていった―――。

932 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:26:18.225 ID:WU6YT0SY0
ヴェスタの魂魄を凍えさせるかのように降っていた雪は、鈴姫との出会いの祝福に変じたようだった。


けれども、その祝福は、永久のものではなかったのだ―――――。
最もそのことは、その時が来るまで、鈴姫も、ヴェスタも――そして、わたしも知ることはなかった。

933 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:26:29.763 ID:WU6YT0SY0
           月夜見の遺産 完

934 名前:月夜見の遺産:2016/05/26 01:31:03.116 ID:WU6YT0SY0
──────To be continued
            Eden of lily girl

935 名前:社長:2016/05/26 01:32:35.295 ID:WU6YT0SY0
霊歌ちゃんとの相談のもと、ヴェスタという名に決まりました。
色々と許可とか相談に協力してくれた霊歌ちゃんに感謝。


次回、集計班の遺言(予定)

936 名前:791:2016/05/26 17:19:17.349 ID:FSwFCE1so
緑色の猫みたいな生き物なんだろう?と思ったら抹茶で笑った
売れないだろうなぁ…

937 名前:社長:2016/07/04 21:38:27.652 ID:yNMvRWCw0
集計班の遺言(予定)はまだまだ。

とりあえずキャラクター設定追記だけ投下

938 名前:社長:2016/07/04 21:49:29.607 ID:yNMvRWCw0
・鈴鶴
この物語の主人公である。月女神の血を引き、剣術に優れ、その他戦闘に対する嗅覚も抜群、
美人で家事も抜群、その他鍛冶・建築など様々なこともでき、欠点は泳ぐことのみといった、ほぼ完璧超人。

しかしながら気立てはよいか――と言われればむしろ最悪の部類である。
彼女は生まれながらに、本当的に男を吹っ飛ばす『魔女の囁き』の力があるが、それは彼女の本能的な意思である。
そのため、男に触れない、極力近づかない、触れるか触れられれば吹っ飛ばす―――最も、彼女は男に興味がないから問題ないが。

男と接するのは、技術を見せる時―――それぐらいであり、その時でも彼女は触れようとはしない。
また、彼女は殺人に抵抗などない。最も、彼女は敵対する人物や、嫌いな者限定だが。
しかしそれでも、躊躇なく切り飛ばし、処理できる精神力は只者ではない。


ちなみに、彼女の好きなタイプは『自分より強い人』である。
一見すれば、『百合神伝説』で互角だった魔王791のように思えるが、そういう意味ではない。
彼女を支えられ、彼女を受け止める強さのある人―――最も、女性限定だが―――それが、彼女の好きな人。

だからヤミ、シズ、フチが好きなのだ。
―――ちなみに、彼女は受け止められたい、ニアリーイコール甘えん坊である。
だから彼女は、太刀の達人でありながら、猫なのだ―――。

939 名前:社長:2016/07/04 21:55:19.972 ID:yNMvRWCw0
・ヤミ
天狗の少女。隻眼で、左手の指が三本なかったりする。また、実は身体も傷跡だらけだったりする。
彼女は天狗であるため飛べるが、何にせよ身体が身体なため、天狗の中ではそこまで動ける方ではなかったりする。

彼女は、鈴鶴に、ヤミに、シズに尽くす感がある。はず。
最も、彼女の場合、7歳ぐらいの鈴鶴に血を飲ませていたのは果たして尽くす意味だけだったのかは知らぬ存ぜぬ。

彼女の好きなタイプは、ずばり『鈴鶴さま』であり、また『鈴鶴さまを守れる人』である。
鈴鶴は当然、また鈴鶴を守るシズとフチも好きである。

また、彼女は欠損した身体ではあるが、日常生活は意外と問題ない。
最も、鈴鶴やフチと比べると劣るが――、一般人と比べればむしろ上。
鈴鶴のおねえちゃんとして、頑張っているのだ。

940 名前:社長:2016/07/04 22:01:30.146 ID:yNMvRWCw0
・シズ
月の民。鈴鶴たちの中で一番身長が高い。
鍛冶屋であり、その技術は一級品。戦闘能力も、かなり高い。

彼女は、アナログ的な父親のような存在。仕事はできるが、家事はできない。
しかしながら、一応鍛冶屋の長とかだったりしてるので、きちんとした上の人的なタイプ。

彼女は、幼馴染であるフチと触れ合ううちに、それが愛に目覚めた。
――また、鈴鶴やヤミについても、それを守る愛に目覚めた。

もっとも彼女は、恋愛についての表現がダメダメなので、あまりそういうことを語らないが――。
そういう心があることは、鈴鶴たち皆知っているはずだ。

941 名前:社長:2016/07/04 22:05:47.678 ID:yNMvRWCw0
・フチ
月の民。幼い体のまま身体が育たなかった。
月の姫君の世話役と、実はけっこう凄い役職だったりする。

彼女は、アナログ的な母親――のようで、微妙に違ったりする。仕事も家事もできる。
ただし、戦闘能力は少なめ。式神召喚はあるが、身体能力がさすがに劣るのだ。

彼女は、自分の事を守ってくれたシズが好きだし、それに、自身の姿を見てもなんとも思わないカグヤも好きであり、
そのカグヤの面影のある鈴鶴が好きだし、その鈴鶴を育てたヤミが好き―――
言うなら、自身をあまりどうこう思わないタイプが好きだ。

最も、彼女の場合、自分が好きと思った人が、若干その判定から触れていても、我慢するけれど―――。

942 名前:社長:2016/07/04 22:06:19.918 ID:yNMvRWCw0
適当にイメージを書いたけど、表現できてるかとかそんなものは、う、うーん…。

943 名前:社長:2016/07/19 01:36:42.238 ID:oWq3o6Q.0
http://dl1.getuploader.com/g/kinotakeuproloader/806/Next+character.jpg
次回作に登場予定の女の子

944 名前:きのこ軍 プロ召喚士 撃破1:2016/07/20 23:18:44.384 ID:ARZ0NUP20
ローマ字の書き方に知性を感じる

945 名前:社長:2016/08/20 02:31:15.027 ID:ufdOp7qs0
次回作は【集計班の遺言】とキッパリ言ったばかりなのに…
スマン ありゃ ウソだった

でもまあこの次々回作は本当に【集計班の遺言】だって事でさ…こらえてくれ

946 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:31:53.490 ID:ufdOp7qs0




                邪神スピリットJ





947 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:34:28.670 ID:ufdOp7qs0
――――此れはずっと昔の、話。
此の世界の【理】が解明され、此の世界の中枢となる宮処が生まれるよりも、ずうっと……。


世界の【理】を見つけ、此の世界は先へ先へ進んでいったが―――。
其れが解る前からも――此の世界は、先に進んでいった。


最も―――其れは、宮処が出来る前の話であるから、誰も知覚せずも記録されていない。

948 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:34:46.358 ID:ufdOp7qs0
其の【理】とは―――茸と筍が争うこと。
其れが世界を進める【理】。

此の事が解るまでは、其の条件が偶然に満たされた時に歴史が動いていた。
ただし、其の事は何処にも記録されていない。

宮処は歴史の動きを記録する場処でもあるが、宮処が出来る前の事は記録できないからだ。
簡単に言えば―――記録されている歴史、K.N.C1年より前にも、歴史は動いていたということだ。

949 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:36:49.132 ID:ufdOp7qs0
――――遠い昔…一人の鬼の少女が生まれた。

名はディアナ。身長5尺ほどがほとんどである鬼の女には珍しく、6尺以上の身長を持ち、美しい金色の髪を持っていた。
鬼は力強く、長寿の存在であるが、ディアナの力は可もなく不可もなく普通そのものだった。

そんなディアナは、武器の扱いに手馴れていた。
特に弓、銃、アトラトル、ブーメラン等の、遠距離戦の武器に。

だからといって、ナイフなどの、近距離戦の武器や、格闘技なども上手く扱えないことはなく、むしろかなりの腕前であった。
だが、弓などの腕ほど、極めて優れている――という程では無かった。

最も―――ディアナの生まれた頃は、銃のような優れた武器はなかったが――。

950 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:37:48.598 ID:ufdOp7qs0
ディアナは、大人になるとやがてマタギの道へ進んだ。
その有り余る天性の才能、そして彼女自身は才能に溺れずに鍛錬も熟していた為、マタギとしての彼女の名声は高まっていった。

ディアナは、必要以上に殺さず―――生きることだけに最低限に必要なものか、害を為すものしか殺さなかった。
また、彼女は無駄に延命する事は好きではなく、ザンのような不老不死の身体を得られるものは殺さなかった。

951 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:39:00.266 ID:ufdOp7qs0
そんなある日、ディアナは一つの依頼を受けた。
依頼主は、ディアナがよく依頼を受ける、情報屋――通称、長老と呼ばれる男だ。
彼もまた鬼であり、ディアナが鬼であることも知っている。

長老「……ディアナよ、今回の対象は阿呆な狩人だ…人相は分からんが、4人…
   手馴れの槍使いで、【ザン】を狙っているらしい…」

ディアナ「何処に現れるかは、分かる…?」

長老「ああ、最近は【ワカクサ】の海岸だったか…其処あたりで目撃されたそうだ…
   もし、ザンが居るとして…其の肉は確かに素晴らしいものだろうが……」

ディアナ「毒であり、本来従うべき寿命から逃れている……」

長老「そういうことだ、頼む……」

ディアナは、長老からの依頼を受け、猛獣等を、時には同じ鬼を、或いは別の者を殺してきた。
そして今回は、まさに後者の―――猛獣以外の、ディアナの同胞であろう狩人を殺しに行くのだ。

952 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:39:21.490 ID:ufdOp7qs0



ディアナは、ボウガン、短刀、吹き矢等を携え、【ワカクサ】の海岸へと向かった。





953 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:41:11.330 ID:ufdOp7qs0
―――【ワカクサ】の海の底には、竜宮があった。
波の下の都――海の果て――ザンー人魚が住まう宮処。

人魚は、半身は人、もう半身が魚(うお)のようなものも居れば、人と寸分違わぬ者、あるいは身体のある一部分だけが魚のものなど多々居た。

特に宮処の長――所謂海原の王者は、人と寸分違わぬ見た目と、美しき見た目、海原の様に透き通る青色の髪をしていた。


その長の娘の一人――此れも人の姿をした――ネプトゥーンは海の外の世界が気になり、
禁じられてい行為とは知っていても、竜宮を抜け出し―水面まで、【ワカクサ】の海岸まで浮上した。

だが――前述した通り、阿呆な狩人達が丁度海岸へ居た。
言うならば、飛んで火に入る夏の虫―――彼女は獲物と成ろうとしていた。

954 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:41:57.129 ID:ufdOp7qs0
―――再び【ワカクサ】の海岸。
狩人達は、ネプトゥーンの存在を察知してか、手持ちの槍を構えて今か今かと待っていた。

そして、ネプトゥーンが其れに気が付いた時には――狩人達は槍をネプトゥーンに向けた。
ネプトゥーンの齢は3ほど―――必死に逃げようとするものの、運よくかわせているというだけで、今にも槍で刺されようとしていた。

955 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:42:25.889 ID:ufdOp7qs0
その最中――闇を翔る一筋の線が、一人の狩人の頭を貫いた。
狩人達がその方向を向くと、もう一人の眼窩を線が貫く―――。

其処には、冷徹な表情をし、クロスボウを構えたディアナが立っていた。

ディアナはクロスボウに次の矢を込め、さっさと残りの二人の狩人も殺した。
矢には致死性の毒を仕込んでいたため、狩人達は立ち上がらなかった。

956 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:44:08.868 ID:ufdOp7qs0
そしてディアナは、呆気にとられていたネプトゥーンに、淡々と言葉を告げた。

ディアナ「……【ザン】の肉というものは、狂わせる恐ろしいもの…
     俺が居なければ、お前は死んでいたかもしれない……

     俺は、【ザン】の肉を求めんが……同じ生業の奴らは、また狩りに来るかもしれない……
     危険に、あえて触れる必要は、ない……
     住処に、今のうちに帰ってほしい―――」


そして、ディアナは背中を向け、振り返りもせずに其の場を立ち去った。

957 名前:邪神スピリットJ:2016/08/20 02:45:42.501 ID:ufdOp7qs0
ネプトゥーンは、助かったことに安堵しながらディアナの背中を、ただ見つめていた。
そして、その立ち振る舞いに、恋心のようなものを覚えた。
二度と出会えることはないだろう、鬼の女性に―――。

ネプトゥーンは遠くへ消えていく、其の固い意志を抱えた背中を、見えなくなるまでいつまでも見ていた――。

958 名前:社長:2016/08/20 02:47:20.840 ID:ufdOp7qs0
勝手にきのたけ世界の設定を作る感じ。
ちなみにディアナは身長183cmと高身長の女の子の設定です。

959 名前:社長:2016/08/20 03:31:47.862 ID:ufdOp7qs0
あとこの話の途中で次スレに行きそう。その時はいいところで切る感じかな…。

960 名前:きのこ軍 エース滝 魂11シュート1:2016/08/24 20:58:12.157 ID:ISBjVOBM0
ふつくしい。鬼の女の子というジャンルいいぞ。

961 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:09:31.230 ID:lZt02eug0
それから数十年後―――。


ディアナは、再び――【ワカクサ】の海岸でザンの肉を得ようとする狩人達を殺す依頼を受けた。

ザンの見えない海の上、狩人達が乗った漆黒の大船が海に浮かんでいた。
夜であり、只の人間ならば見えない船を、ディアナは見つけた。


ディアナは鬼だ―――鬼というものは人間に比べればはるかに高い身体能力が有る。

たとえディアナが、鬼の中では力が平凡だったとしても、人間に比べればはるかに高いもので――。
だから、人間の肉眼では見落とすような漆黒の大船を見つけられたのだ。

962 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:13:35.057 ID:lZt02eug0
ディアナは、単身小舟で大舟へ近づき、揺れる小舟の上から弓矢、ボウガン、吹き矢等を用い、
きっちりと急所に的中させ―――粗方の狩人達を殺した。

そして、船の中に隠れた残りの狩人を殺す為、大船へと飛び乗った。

射程距離の関係で、ディアナは短刀を用い、冷静に狩人達の首を掻っ切り、淡々と始末していった。

そして最後の一人を殺そうとした瞬間――ディアナは或る事に気が付いた。
残り一人は、ディアナに負ける事を悟ったか、相打ち覚悟で船に仕掛けたらしい火薬を炸裂させ、自爆しようとしていたのだ。


963 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:15:45.455 ID:lZt02eug0
其れに気付いたディアナは、頭を庇いながら咄嗟に海に身を投げたが、それは最後の一人が自爆した瞬間と同じで―――。



ディアナは、身体に船の破片などが刺さり、爆発の衝撃で、骨を折る等の重い怪我を負って海の底へと沈んでいった―――。





964 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:18:12.858 ID:lZt02eug0

―――【ワカクサ】の海の底には、竜宮があった。
竜宮の民は、大怪我を負ったディアナが、海の底に沈んでいるのを見つけ、拾い、取り敢えず適当な庵へと移した。



初め、竜宮の民は、迷い人―――あるいは鬼か―――目を覚まさぬディアナの傷を癒していたが、
ディアナの持ち物から、彼女が狩りを行う存在であると確信した。


そういう存在は、人魚の肉を狙う――そういう固定観念が在ったから、
竜宮の民は他の同胞についても聞けやしないかと思い、ディアナを捕らえることにした。

965 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:20:55.232 ID:lZt02eug0
――――ディアナに助けられたネプトゥーンは、其の後竜宮に戻り、長に状況を話した。
長に叱られ、「ディアナが見逃したのも、お前が幼かったからだ」と、

まるでディアナがザンに興味があるように捉える発言をしていたことに、
心にしこりを残してはいたものの、普通の生活を送っていた。


そしてすくすくと育ち、美しい見た目の女人となっていた。


ネプトゥーンは、女のマタギが沈んできた噂を聞きつけ、在り得ないとは思いつつも、其の姿をこっそりと見に行った。
―――其の、まさかだった。


966 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:24:12.923 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンが運よく生還できたのは、ディアナの存在が在ったから。
ディアナが悪いマタギでないことは充分知っていたから、ネプトゥーンは竜宮の民に早速周知しようとした。


――だが、ネプトゥーンの言葉でも、竜宮の民達は考えを取り消そうとしなかった。
其の態度に、ネプトゥーンは、あの時―自分の言葉が信じられていないのだ、と確信し、悲しくなってしまった。


其の後、邪魔にならないように、ネプトゥーンは一時的に部屋に閉じ込められた。

967 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:24:47.765 ID:lZt02eug0
部屋に閉じ込められている時、ふとディアナを拷問にかけ、最終的には処刑しようとする声が聞こえた。

それを聞いたネプトゥーンは、自身の持っていた特別な【力】でディアナを助け、地上へ逃げようと思った。

968 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:27:27.471 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンの持つ【力】――それは、壁の中を泳げる力だ。
自分と自分が触れているものが、自分自身が【壁】と認識した壁の中を泳ぐことが出来る【力】―――。
海の宮処において、ネプトゥーンは自由に動き回れるも同然の【力】――。
最も――水のない場所が壁の向こうにあれば、泳げずに投げ出されてしまうが――。


其の【力】については、長を含め、誰にも知らせていなかった。
其れは、おそらく――ディアナの事を、認めない民への反抗心だったのだろう。

969 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:28:41.246 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンは【力】を使い、閉じ込められた部屋の壁をすり抜け、
ディアナの捕えられている部屋に行き、ディアナを担ごうとした。


けれども、ネプトゥーンよりも身長も高く、体格のいいディアナは持ちあがらない。
どうしようかと悩んでいると、ディアナは目を覚ました。


970 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:31:34.862 ID:lZt02eug0
ディアナ「……君は」

ディアナは、ネプトゥーンを見て―あの時見た顔だと言おうとしたが、その言葉をネプトゥーンは遮った。

ネプトゥーン「話は、後で、早く逃げないと、処刑されちゃう…
       わたしが担ごうとしたんだけど、その、持ち上げられなくて…」

ディアナ「………!」
ディアナは、その言葉に直ぐ反応し、身体を動かそうとしたが、身体がうまく立ち上がらなかった。
最低限の傷だけを治され、そのまま放置されていたからだ。

971 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:36:33.304 ID:lZt02eug0
ディアナは、其の時点で―此の侭、恐らく自身が朽ち果ててしまうのだろう、と考えた。

ディアナ「……俺が此処で死ぬのなら、其れも仕方のない事だ」
そして――落ち着いてネプトゥーンに告げた。

ディアナは、獣を、或いは鬼等を此の手で狩ってきた。
直接的な勝負もあれば、罠に嵌めたり、或いは偶発的なもの全てを利用して仕留めてきた。

だから、こうして怪我を負った自分が死ぬことについて、人魚が此方側を狩るものと捉え、仕方ないと考えたのだ。

972 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:38:18.895 ID:lZt02eug0
ディアナ「君は、此処からさっさと戻ったほうがいい……これ以上巻き込むつもりはない
     俺は、此処で死ぬことになるから――」


しかし――そのディアナの言葉に、ネプトゥーンは―。

ネプトゥーン「わたしは、貴女が好き…なのっ!
       好きな人を、殺されたくなんてないよっ……」

悲痛な泣き声をあげ、大粒の涙を零し、ディアナの身体にぎゅうっと抱きついた。

973 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:41:16.314 ID:lZt02eug0
ネプトゥーン「………
       それに、あの時命を助けてくれたのに、如何して、助けてはいけないの?
       恩返し、したいのにっ

       いいマタギだと思う、貴女を、殺させたくっ…」

ネプトゥーンは、さらにディアナの胸に顔を埋め、涙を流した。
其れと同時に――ネプトゥーンは、ディアナの大きな胸の感触に、少し心音を速くさせた。

974 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:42:59.722 ID:lZt02eug0

ディアナ「………」
ディアナは、此処まで独りで生きてきた。
そして、彼女は恋などしなかった。誰とも子を作ることもしなかった。


孤独に狩りをするマタギであった彼女は、此のような事は初めてであり、少し戸惑い、少し思考した後―――。



ディアナ「……分かった、俺は君について行こう
     最も、此の身体をどうにかしないといけないが……」
―――少々、初めての感情に戸惑いを覚えながらも、肯定の意思を示した。


其れは、ディアナの鋼のように硬く厚い心に、ネプトゥーンの優しい心が入り込み、融かしただからだろうか。


975 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:44:47.264 ID:lZt02eug0

ネプトゥーン「!……あ、あり、ありがとう…」
その言葉に、ネプトゥーンは顔を明るくし、たどたどしく感謝の言葉を告げた。


ネプトゥーン「その、傷を癒す方法……ひとつは、治癒の【力】を使うことだけど、その方法は、今なくて……
       だけど、もう一つ―――人魚の血を飲むことが、あるの」


ディアナ「ザンの肉を食うことと、同じというわけだ…」

ネプトゥーン「うん……その、不老長寿か不老不死かは分からないけれど――
       そういう肉体になってしまうけれど、それならば――」

ネプトゥーンは、言いづらそうに告げた。

976 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:46:02.626 ID:lZt02eug0
ディアナは、数秒考えていたが―。

ディアナ「………分かった、飲もう」
直ぐに、答えを出した。



もし、単なる気まぐれで血を貰うと言うのなら、ディアナは飲まなかっただろう。
自分自身を助けようとするネプトゥーンの心に、ディアナが初めて恋する感情を得たから―。
だから、ディアナは血を飲む事ほ決めた。


そして、ネプトゥーンは、自身の血をディアナに飲ませた。

977 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:48:13.950 ID:lZt02eug0
ザンの肉は素晴らしい。

ならば、その血も素晴らしいのは当たり前だ――。

ディアナの傷はたちまち治り、ディアナにネプトゥーンが掴まり、
【力】を使う事で、ネプトゥーンとディアナは竜宮から逃げ出すことに成功した。



―――見張りも追っ手も、気が付いた時には既に二人は水面まで逃げていた。
海の外へ出る事を望まない竜宮の民は、其処で追い掛けるのを諦めた。

978 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:48:35.486 ID:lZt02eug0
海岸に誰もいないのを確認し、ディアナとネプトゥーンは地上に手をかけた。
其処で、ディアナとネプトゥーンはようやく、逃走に成功したことを確信し、ほっとした。


979 名前:邪神スピリットJ:2016/08/26 03:51:13.554 ID:lZt02eug0
海岸に辿りつき――其処でようやく、二人は名前を教え合った。


ディアナ「俺は、ディアナ―――君は?」

ネプトゥーン「あ、あのっ、わたしは、ネプトゥーンっ
       そっか、ディアナって名前だったんだぁ―――綺麗な名前だね」
ネプトゥーンが、無邪気な表情でそう言葉を紡ぐ様子に、ディアナは何故か安らぎを覚えた。

ディアナ「ネプトゥーン――其の名も、悪くない―良い名前だ」
そして、ディアナも、微笑みながら、そう言った。

980 名前:社長:2016/08/26 03:54:15.034 ID:lZt02eug0
ネプトゥーンは身長157cmぐらいの人魚の設定。身長差が凄い百合ップルだ…。

981 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/08/30 23:34:52.812 ID:KVOQ909.o
いいぞ。浦島伝説かミ

982 名前:社長:2016/09/04 00:22:34.492 ID:PNG5mMkE0
19レスしかないので一旦埋め

983 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:31:55.363 ID:PNG5mMkE0
フチ「んーっ…!やった、やったっ」

あたしに、シズと久々に一緒にいられる日が来た。

姫の御付の仕事の休みと、シズの鍛冶仕事の休みだ。

984 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:32:08.553 ID:PNG5mMkE0
あたしは、シズの家に来てみたら、シズは、布団の中でまだ眠っている。
その寝姿は、やっぱり可愛らしい。

985 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:33:45.484 ID:PNG5mMkE0
シズは、着ている衣をはだけさせて眠っていた。

シズは、あたしより、ずうっと女の子した見た目の癖に、女の子という自覚が薄くて、油断しているところがあって…。
まぁ、男の大半は男にしか興味がないからいいのだけれど、それでも一部の奴は気にするから…。

あたしはシズにもうちょっと、そのことに気に留めてもらわないと、恥ずかしくて死にそうだ。

986 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:34:03.926 ID:PNG5mMkE0
そんな油断の多い恰好に溜め息をつきながら、シズの家の中を見ている。

ああ、シズ、やっぱり…。

987 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:34:30.414 ID:PNG5mMkE0
シズに再三注意してるけど、シズはやっぱこう…家庭的なことが苦手なんだよねえ。
頑張ってるみたいだけども、やっぱり……。

あたし、一緒に過ごそうかなぁ…?
同棲―――幼なじみだし、昔から時々そうしたことはあるけれど、もしずうっといれたら……。

988 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:35:02.018 ID:PNG5mMkE0
でも、生業がそれをさせないから、なぁ…。
だから、ひと時だけ逢えるこの生き方だけでも、大切にしよう。

シズの部屋の掃除をして、シズのくしゃくしゃになっている衣を畳んで。
時間が経っても、シズはすぅすぅと寝息を立てている。

989 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:35:11.620 ID:PNG5mMkE0
フチ「………」
だめ、あたし――――。

あたしは、顔が真っ赤に赤くなるのを実感した。
何を、なにを想像しているんだ、あたしは……。


990 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:35:29.433 ID:PNG5mMkE0
―――。
けれども、やっぱりシズから目を逸らせられない。
そして、あたしはシズの眠る布団にもぐりこんだ。

フチ「は―――っ」
あたしは、シズの隣に寝転がり、シズの手を撫でた。

シズの手は、鍛冶仕事をしているだけあって、傷があったり、ざらざらとした手だ。
でも、この手がいい。

991 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:36:56.250 ID:PNG5mMkE0
そしていつかは、あたしは眠くなってしまった。
フチ「おやすみ――シズ―――」

あたしは、シズの、温かい、あたたかい手を握って、あたしは眠りについた―――。
適当に縛ったシズの髪も、ちゃんと結んであげなきゃ――と思いながら。

992 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:11.654 ID:PNG5mMkE0
―――わたしは、目覚めた。
久々にフチと居られる休みだけれど、日々の疲れか起きた時には、隣にフチが眠っていた。

993 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:31.866 ID:PNG5mMkE0
フチの小さな手は、わたしの右手を握っている。
わたしは、立ち上がれないので部屋を見渡すと、いつの間にか綺麗になっていることが分かった。

994 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:42.068 ID:PNG5mMkE0
…ああ、わたしが寝ている間に――
フチに感謝して、わたしは布団の中に再び入る。

995 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:37:53.467 ID:PNG5mMkE0
フチの髪を手で撫でてあげて、わたしはぼそっと「ありがとう」とフチに囁いた。
フチの手を、放すこともあるまい――と思ったからだ。

996 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:38:29.706 ID:PNG5mMkE0
フチの手は、まるで子供のように、柔らかな感触だ。
わたしとは違う、素敵な手だ―――。

997 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:38:49.812 ID:PNG5mMkE0
けれども、例えフチがわたしのようなざらざらの手だとしても、別に素敵ではないと――そうは思わない。
フチは何故だか童の姿ままで育ってしまったけれど、それが何だ。
わたしは、フチと一緒に居られる一時に安らぎを憶えられる。

998 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:38:59.644 ID:PNG5mMkE0
そしてわたしは、手持無沙汰になってしまったので、フチの寝顔をじいっと見ながら、休みを過ごすことにした。

999 名前:ひと時のすれちがい:2016/09/04 00:39:11.459 ID:PNG5mMkE0
―――そして、気が付けばわたしはまた眠っていたらしい。
気が付くと、フチは「そろそろ帰るね」という書置きを残して帰っていた。

今度からは、わたしは頑張って起きよう―――。そう思いながら、再び床についた。

1000 名前:社長:2016/09/04 00:44:58.565 ID:PNG5mMkE0
http://kinohinan4.s601.xrea.com/test/read.cgi/prayforkinotake/1472917464/

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