■掲示板に戻る■ 全部 最新50
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
ユリガミノカナタニ
- 1 名前:【第一章 人生きし昼】:2014/10/26 22:54:48.03 ID:XUiZ9x7c0
- ??「―――――――。」
―――声が聞こえる。
これは、わたしの一番古い記憶?
何も、見えない。
そこは、暗闇の中―。
- 751 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:01.090 ID:f4pb.DPE0
- 鈴鶴は、悲しい、つらい出来事を夢の中で見て、息を切らし、髪を散らしながら起き上がった。
鈴鶴「ぜぇーっ、ぜぇーっ……
はぁ、はぁ、はぁーっ………」
汗でびっしょりと濡らした身体で、鈴鶴は荒く息を吐いた。
- 752 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/08 23:59:45.555 ID:f4pb.DPE0
- 鈴鶴「夢……夢………夢、夢……
夢、よね……、はぁー、はぁーっ………」
乱れた髪は、その心をそのまま投影しているようだった。
鈴鶴「………げほっ、げほ、げほ、げほっ」
――鈴鶴は、氷のように冷たい汗を流し、手をがたがたと震えさせている。
- 753 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:14.098 ID:dBehi4fc0
- 鈴鶴「………
はぁ、はぁ、はぁーっ……」
鈴鶴は、棲家にしまってある、酒瓶を取り出した。
自身で醸造した、清酒を。
この醸造だって、わたしたちと時々やっていたこと。
鈴鶴の生きる行動ひとつひとつは、幸せだった日々を回顧するための行動なのだ。
- 754 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:40.294 ID:dBehi4fc0
- 鈴鶴「はぁー、はぁー……」
鈴鶴は、酒瓶を一気に飲みながら、わたしたちのことを想い返している。
鈴鶴たちと幸せに過ごしたあの千代の年月、わたしは鈴鶴とともに鍛錬をしていた。
月影黄泉流の技術をさらに押し上げ、戦闘技術を鍛え、ときには鍛冶技術を教えていった。
- 755 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:00:59.255 ID:dBehi4fc0
- 宿命の敵などいない状態でも、わたしと鈴鶴は鍛錬の日々を過ごした。
それをヤミとフチが静かに見つめ、月射す夜になれば四人で団欒した。
血は繋がっていないけれど、それはまさに血の繋がった家族の暮らしのようなものだった。
ときには血を飲みあい、ときには身体を重ねて―――。
魂魄の両方が繋がった、甘く美しく、幸せなる日々を、鈴鶴は、わたしたちは過ごしてきた。
- 756 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:19.317 ID:dBehi4fc0
- 鈴鶴は鍛冶をし、鍛錬を続けるのは、在りし日の美しき思い出に戻りたいからなのだ。
鈴鶴は、外向きには孤高の存在として、強く美しく咲く一輪の百合の花のような少女。
けれども、それは強がっているだけ。
ずうっと一緒に過ごしたわたし――いいえ、わたしたちはそのことを知っている。
鈴鶴は、わたしたちにとって妹のような存在だった。
そして、鈴鶴もわたしたちを姉のように思っていた。
年齢という面でもそうだけれど、心という面でも鈴鶴は妹なのだ。
- 757 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:01:45.187 ID:dBehi4fc0
- 鈴鶴は、もしわたしたちの年が鈴鶴より下だろうと、妹のような存在であることを望むだろう。
なぜなら、鈴鶴は、幼き頃からずうっとずうっと、姉と言える存在と過ごしてきた。
その出来事は、鈴鶴の魂魄に刻み込まれている―――。
だからこそ、鈴鶴の真の心は、孤独に耐えられない、脆く儚い、散った百合の花びらのようなものなのだ。
そしてまた、鈴鶴の心がぼろぼろになっているのは、それだけではない。
再び顕現してから今までに、悲しいことを見続けた。
それは見えないように、鈴鶴の魂をじわじわと蝕んでいる。
鈴鶴が再び幸せになる為には、鈴鶴を支えられる存在が必要なのだ。
- 758 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:06.117 ID:dBehi4fc0
- けれど鈴鶴は、それを否定している。
鈴鶴が見た悲しいことは、鈴鶴自身が、邪神として犯した業の罰だと考えているからだ。
だから、鈴鶴は百合神(ツクヨミ)という存在として、人の願いを聞いている。
けれど、けれど――――せめて、せめて……。
わたしは、鈴鶴の魂を撫でながら、鈴鶴の魂を抱きしめた。
鈴鶴の心が、壊れないように。
- 759 名前:鍛冶屋衛兵伝説:2015/11/09 00:02:17.571 ID:dBehi4fc0
- 鍛冶屋衛兵伝説 完
- 760 名前:社長:2015/11/09 00:02:58.747 ID:dBehi4fc0
- 孤高の女神は、孤独の女神。
次回はフチのお話。
- 761 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:03:39.429 ID:PbQ2JCmA0
陰陽人・鈴鶴
- 762 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:40.889 ID:PbQ2JCmA0
あたしの名前はフチだ。
月に生きた、月の民―――。
白き肌、白き髪、漆黒の眼を持つ、人間のようなイキモノ―――。
―――最も、あたしはもう死んでいる。
魂だけが、あるところの中に漂っているような状態だ。
幽霊――といえばいいのだろうか?
もっとも、ソレは魂が何処かを漂うような存在だとあたしは思っている。
だから、そうではないのかもしれない。
- 763 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:04:58.955 ID:PbQ2JCmA0
―――愛する人の名、それは鈴鶴(すずる)。
月女神の血を引く、月の王者の姫君の末裔。
けれど、太陽神の加護を受けた民の血も持っている。
つまり、月である陰と、日である陽の血を生まれながらに持っているのだ。
前述したとおり、鈴鶴は止ん事無き血筋の存在であり、姫といってもいいかもしれない。
とはいえ、鈴鶴はその姫としての立場はない。
あくまで、止ん事無き血筋があるというだけだ。
- 764 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:05.662 ID:PbQ2JCmA0
- さて、月の王者とは、神に仕える神職のようなものだ。
月の神を崇め祭り、それと同時に月の統治を行うのがその役目。
その月の神は、月夜見尊。
たった一度の過ちで、姉である太陽の女神―光の女神と、一生の仲違いをした、闇の女神。
―――悲しき女神のその血を引くのが、愛する鈴鶴。
皮肉にも、鈴鶴も、仲違いではないけれど、
あたしたち、鈴鶴を愛したひとと永遠に別れている。
- 765 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:34.484 ID:PbQ2JCmA0
- 月夜見の神剣、黄泉剣(よみのつるぎ)に斬られ、魂魄が喰われてしまったからだ。
封印したはずのその剣は、それを狙う者によって再び封じを解かれてしまったからだ。
鈴鶴だけが生き残り、そして鈴鶴もその剣の力に呑まれて、邪神へと堕ちてしまった。
最も、今は正気を取戻しているのだけれど。
- 766 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:06:45.829 ID:PbQ2JCmA0
- 鈴鶴を愛したひとは、同じく月の民のシズと、太陽の民の、天の狗であるヤミ…………。
―――――――――――――。
- 767 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/15 00:07:22.321 ID:PbQ2JCmA0
- それは遥か遥か昔。
千年、二千年、どれほど昔だったか………。
長すぎる時というものは、印象に残る特別なものでもない限り、いつかは忘れることだから、
正確な年月なんてものは覚えていないけれど……。
――――月の民として、あたしは生まれた。
- 768 名前:社長:2015/11/15 00:08:55.969 ID:PbQ2JCmA0
- ヤミはもともとは太陽の民なので陽、シズとフチは月の民なので陰。
- 769 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:39:32.022 ID:Nc9GaULQ0
- 月の民は―――人のような存在以外にも、獣もいれば、魚も植物もいた。
最も、あたしたちは人のような存在を専ら月の民と言っていた。
―――最も、過去形で語っていることからわかるように、もう全ては滅び去ってしまった。
肌や体毛は白く、眼球は逆に黒いのがその大きな特徴だ。
……さて、あたしと同じくらいに産まれた月の民の女の子が居た。
その名は、シズ―――。
あたしとシズは幼馴染で、子供のころはいつもシズと一緒に居たことが懐かしい。
- 770 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:40:18.831 ID:Nc9GaULQ0
- フチ「シズ、きょうもあそびましょう?」
シズ「そうだね、今日はなにをしようか…」
フチ「おやまを、駆け廻ろう?」
時には、シズと野山を駆け巡ったこともあった。
フチ「ふふ、星がきれいに輝いているわね」
シズ「うん……鉄の鈍い光と違って、ふしぎな光だ……」
時には、シズと一緒に輝く星々と、蒼い星を見ていた。
その日々は、子供のころの、ずうっと昔の思い出だけれども心にずっと残っている。
- 771 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:43:15.110 ID:Nc9GaULQ0
- 前述したとおり、あたしたち月の民は、不老長寿の民だ。
その要因は、闇の力に拠るものだ。
闇の力に拠って、その肉体を形成させているのだ。
逆に言えば、光の力があると、肉体は崩れ落ちる。
とはいえ、あらゆるものに影という闇は存在する。
それがあるかぎり、その力はあり続け―そして、肉体は形成されたままのだ。
と言えども、不死ではないから、いつかは死ぬ存在なのだけれども。
それは、身体に溜まった光によるものなのだ。
それは、太陽の――太陽の民とて同じこと。
もっとも、闇のほうが世界を包みやすいから、彼らの寿命はそう長くはないけれども…。
- 772 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:45:00.600 ID:Nc9GaULQ0
- あたしたち月の民は、子孫を残すことはめったにない。
月の民は、基本的に同性愛の存在が多い。
獣や植物は、そんなにいないけれど、人という存在は実に、八割五分がそうであるのだ。
それに、例え男女が交わろうとも、子が授かることは稀だ。
月の人口は、ひとつの星でありながらも、ひとつの國ほどしかいなかった…。
さて、あたしも、同性を愛する存在だった―――。
あたしはシズのことが好きだった。
それは、幼いころから一緒に居たから―――。
- 773 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:46:06.991 ID:Nc9GaULQ0
- そして、月の民は、15の年になるとおとなとして扱われる。
なぜなら、それぐらい経過すると、成熟した身体へと育ってゆくからだ。
つまりは、赤子が生まれ、15年――たった15年で、人という存在が完成するのだ。
……しかし、あたしはそうではなかった。
待てども待てども、いつまでも子供のような身体だったのだ。
- 774 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:49:30.248 ID:Nc9GaULQ0
- 骨も筋肉も育たず、完成されるべき力はない。
重いものなど持てないし、体力も月の民では少なかった。
シズは、女らしい身体へと育っていったのに。
気が付けば、あたしとシズは、同い年のはずが、はたから見れば姉妹のようになってしまった。
なぜ、そうなったのかは分からない。
あたしのこの幼き身体は、それが完成されたものと運命づけられたからなのだろうか…?
- 775 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:51:50.389 ID:Nc9GaULQ0
- だが、子供のままの姿であることに、同年代の者たちはあたしを良しとしなかった。
ときには、くだらないことを言って、ときには幼い姿のあたしに突っかかってきた。
それは日に日に酷くなっていった。
あたしは精一杯抵抗しようとしているけれど、子供が大人に対抗しようとしているのと同じだった。
…けれども、シズはそんなあたしを助けてくれた。
- 776 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:01.682 ID:Nc9GaULQ0
- シズは、このことに別段特別なこととは思っていないだろう。
シズにとって、それはあたりまえに為すべき行動であっただろうから。
けれどもあたしは、そのことがずうっとずうっと、心に残っている。
好きだったひとに助けられるのは、誰だって嬉しいことだろうから。
あたしは、人を愛するということに、其れがただ一人である必要はないと思っている。
複数人だろうと、互いがそれを認め合える愛の繋がりがあるならば、それでいいと――。
- 777 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/11/28 18:52:29.786 ID:Nc9GaULQ0
- あたしは鈴鶴を、ヤミを、シズを―――愛していた。
いいや、魂だけのこの姿だろうとも、今も愛している―――。
それは鈴鶴だって、ヤミだって、シズだって、同じだろう。
- 778 名前:社長:2015/11/28 18:53:07.416 ID:Nc9GaULQ0
- 月の民の秘密が明らかに。ちなみにリュウシュたちとかも月の民の大半の存在らしい。
- 779 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:10:38.978 ID:qrwZRgbI0
- 月日は流れた―――。
15歳になるころには、月の民ではもう大人。
自身がどういう道を歩むかを決めなくてはならない。
あたしは、身体は幼なけれど、身の周りを世話することや、術を操る事が得意だった。
その術は、四大元素から、式神を呼び出す技だ。
その式神は、わたしが本来なるべき身体か、それ以上を反映したか、力強いものだった。
月の民は、あまり子孫を残さない種族だから、時には特別な力――精神の力を使った【術】を使える者も生まれる。
あたしも、その一人だったのだ。
- 780 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:08.721 ID:qrwZRgbI0
- その力を、月の王族の世話役に活かしたいと思って、あたしはその道を目指した。
月の王族は、月女神を祀る神職のような立場であり、またそれと同時に統治者でもある。
その世話役になる、ということは、ある程度の護衛術に加え、
月の歴史に、作法にと様々なことを知らなければ務まらない。
そこに楽はない、茨の道だけれど、あたしは其れ目指して頑張って行った。
- 781 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:11:58.047 ID:qrwZRgbI0
- シズは、鍛冶屋の娘だったから、その後継ぎになるために努力していった。
あたしとシズは、道は違えど、其処へ目指すまでの苦難があるのは同じ。
出会えた時に、互いに士気を高め、時には甘い逢引をしていった。
苦難も、シズと共に乗り越えるという思いがあったからこそ、乗り越えられた。
そして、無事あたしたちは、目指す道へと進むことができた。
- 782 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:12:44.721 ID:qrwZRgbI0
- 月の王族の世話役に就いていくばくかの年月が経過した。
―――そして、あたしは月の姫君、次の王者となる存在であろうその人の世話役に任命された。
恐らく、数年の奉公の様子が、優秀だと認められたからなのだろう。
――王と妃の間に生まれたその子は、カグヤと名付けられた。
あたしは、カグヤの身の周りの世話や、護衛をするだけではなく、
それを行う、他の世話役を取りまとめる立場になったのだ。
- 783 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:13:28.655 ID:qrwZRgbI0
- カグヤの世話をしながら、数十年が経過していった。
次の王者としての立場が務まるように、何をすべきか、どういう姿勢であるかを教え、
またそれについて、あたし自身も学んでいった。
カグヤは、その美しい髪をたっふりと伸ばし、
まあるい目のかわいい、美しい顔立ちをした少女へと育っていった。
その身体だって、あたしとは違って女らしいそれへと―――。
- 784 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:13.185 ID:qrwZRgbI0
- 他の世話役と違って、あたしは依然身体は子供のままだった。
けれど、カグヤはそんなあたしを気にせずに、世話役として頼ってくれた。
それに、他の世話役も、あたしと協力して役目を務めていった。
確かな実力で、あたしは頑張っていったのだた。
時には、カグヤといろいろな話をする機会があった。
カグヤは、月の民には珍しい、異性愛者だったから、その悩みについてあたしは聞いていた。
- 785 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:14:44.316 ID:qrwZRgbI0
- カグヤ「ねぇ、フチ…」
フチ「……どうしたのですか、姫さま?」
カグヤ「わたしって、どうも男の人が気になるの………
ふつうは、女の人を気になるべき、だと思うのに……」
フチ「…そうですね
あたしは、好きな人は女の子、ですけど……
そういう愛の繋がりは、決して侵してはならないものだと思っています
それが、世間にとって、少数のものであっても……」
- 786 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:16:36.716 ID:qrwZRgbI0
- カグヤ「……そういうもの、かしら?」
フチ「まあ、あたしの考えですから、他のひとは違うことを言うかもしれませんが」
あたしは、フチのことを想いながらその問いに答えていた。
- 787 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:01.623 ID:qrwZRgbI0
- カグヤ「いえ、ありがとう……
そういえば、あなたの好きな人はどんな人?
いつも、術の御稽古やお作法だけでつまらないから、そういうのも教えてほしいな」
あたしの気持ちを読んだか、カグヤは問うた。
おそらく、そこから恋心を聞きたいのだろうとあたしは思った。
フチ「……次の機会にでも、考えておきます」
けれども、あたしはその問いに、曖昧にしか答えられなかったけれど。
- 788 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:20:19.441 ID:qrwZRgbI0
- あたしは、時々の休暇は出ても、それがシズと同じ日程かと言われればそうではなかった。
勿論、シズとばっちり休日が合う日は、ふたりで一緒に過ごしたけれど、
そうではない日は、あたしは所謂、花嫁修業の真似事をしていた。
あたしや、他の世話役がいつも、カグヤに教えているそれを、
あたしがシズと同棲するとなったとき用に、徐々に身に着けていた。
- 789 名前:陰陽人・鈴鶴:2015/12/06 23:22:40.730 ID:qrwZRgbI0
- シズがあたしと会えない時は、戦闘術の鍛錬に取り組んでいたらしい。
月に伝わる剣術・月影黄泉流の達人になったと聞いた時は、その才能に驚いたものだ。
けれども料理や、掃除や、洗濯といった才能は、
鍛冶屋としての才能や、戦闘術の才能とは違って、てんでダメだった。
だからこそ、あたしはシズの苦手なそれをものにするように頑張ったのだ。
勿論、式神を操る術についても修行するけれども、それよりも、家庭の役割は大切なことだった。
好きな人と共に生きるということは、互いに足りないところを支え合うことだから。
- 790 名前:社長:2015/12/06 23:23:57.721 ID:qrwZRgbI0
- フチのお嫁さん力?
- 791 名前:たけのこ軍 援護兵 Lv1:2015/12/06 23:38:36.232 ID:b8hOGafIo
- ( *´7`*)ノ<791!
フチとシズの相性の良さと関係が微笑ましい
- 792 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:27:05.132 ID:u3XLZRDw0
月日は流れていった。
久々に、あたしはカグヤとお話しすることになった。
フチ「姫さま、今日は何の話をしますか……?」
カグヤ「そうね、あなたの好きな人について教えてくれない?」
フチ「ああ、前に少し触れた……
分かりました、お話します―――」
あたしは、カグヤにシズのことを話した。
- 793 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:16.294 ID:u3XLZRDw0
- シズが、幼馴染だということを。
シズは、鍛冶屋の娘として生まれ、そしてその才能があふれることを。
また、武術にも長けていて、強いけれども、家庭的なことは苦手ということを。
- 794 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:28:32.844 ID:u3XLZRDw0
- カグヤ「へぇ、剣術に長けてる鍛冶屋の親方かぁ…」
フチ「……幼いころから、ずうっといっしょにいましたから」
カグヤ「わたしは、どうなるのだろう
こういう立場だと、縛られてそうで……」
フチ「……恐らくは、きちんと月を見守れるように、いい人がいるはずでしょう」
カグヤ「そうだといいのだけれど、ね…」
カグヤは、あたしと違って王族の身分だから、自由ではない愛の運命を辿ることになる。
そのためか、少し表情を暗くしながら、あたしの言葉に答えた。
- 795 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:38.725 ID:u3XLZRDw0
- フチ「あっ、姫さま、申し訳ありません……」
カグヤ「いいえ、いいのよ
わたしは、いずれ月を治める立場になるから……
それに、そういう立場にあるならば、相手もそれ応答の心持が必要でしょうから」
フチ「………」
あたしは、姫さまにいいひとが現れることを祈りながら、世話役として生きていた。
そして、日々は再び、長い時間を刻み、経ていった――――。
- 796 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:29:58.062 ID:u3XLZRDw0
- カグヤ「……そういえば、フチ…」
フチ「なんでしょうか、姫さま?」
カグヤ「シズ、と言ったわね
月影黄泉流の達人になった、戦闘能力に秀でた鍛冶屋…」
フチ「ええ、そうですが」
カグヤ「なんでも、自身の工房に居た、曲者をやっつけた、とか…
しかも、その曲者はかなりの手慣れの戦士だったそうで…」
―――突如、シズの話が出てきた。
- 797 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:15.479 ID:u3XLZRDw0
- フチ「そうですね……」
カグヤ「シズを、月の衛兵にしたい、と思ったのだけれど
勿論、わたしの独断じゃなくて、いろいろと協議はするけれど……」
―――それも、シズを衛兵にする、という話が。
フチ「………まぁ、シズなら衛兵として、活躍しそうですけど
でも、あくまで鍛冶屋なのですから、衛兵になるのはどうかと…」
カグヤ「………なら、臨時の衛兵としてはどうかしら
それに、あなたと一緒にいられる時間が増える、かもしれないわよ」
- 798 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:30:42.694 ID:u3XLZRDw0
- フチ「……………」
―――あたしは、シズは鍛冶屋の性があると思っていた。
けれども、シズ自身の戦闘に対する才能は、素晴らしいものだったから、
シズにこの話を持ちかけるかどうか、悩んでいた。
シズの顔を、少しでも長く見られる、それはあたしの欲望が少し入っているからだ。
フチ「……まぁ、本人と話し合わなければいけませんが
緊急時などに召集される、程度ならば良いかもしれません
まぁ、あくまで本人の意思ですから……」
カグヤ「………ええ
とりあえず、シズにその旨について話しておいてもいいかもしれないわ」
フチ「はい……」
- 799 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:32:01.856 ID:u3XLZRDw0
- 後日――。
シズと一緒に休める日、あたしはシズにその話を持ちかけた。
シズ「月の、衛兵――か……」
フチ「強制じゃないし、鍛冶屋としての生き方を優先してほしいから
あくまで、臨時の――特定の日だけ勤める衛兵、なんだけど……」
- 800 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/01/01 00:34:15.630 ID:u3XLZRDw0
- シズは、少し考えて―――。
シズ「………………
フチと、一緒の場所に居る時間が増える…と捉えてもいいかい?」
あたしが、この話を持ちかける理由とおなじことを言った―――。
フチ「……!
……ええ、あたしの口利きやシズの腕前なら、其れも可能なはず」
シズ「……ならば、引き受けても、構わない」
フチ「そう、分かったわ…
あ、ありがとう…ね?」
シズ「………ふふっ」
――そしてシズは月の宮殿の、カグヤに関する、臨時の衛兵になった。
- 801 名前:社長:2016/01/01 00:34:34.947 ID:u3XLZRDw0
- 鈴鶴さんとヤミはまだ出てこないのだわかってるのかおい
- 802 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:22:47.736 ID:z9Sv8GQM0
- シズのその戦闘能力は、他の衛兵よりも優れた力だったから、
あっという間に、カグヤは、ただの衛兵から近衛兵としての立場を得ることができた。
それは王のお墨付きであり、またほかの兵士のお墨付きでもあったから、文句の出るところなどない。
- 803 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:24:43.423 ID:z9Sv8GQM0
- ――シズが月の衛兵となって、また日々は経過していった。
そして、また、再びカグヤといろいろなことを話す機会があった。
カグヤ「ねぇ、フチ……?」
フチ「姫さま、何でしょうか?」
カグヤ「王宮へ、宝具を提供する時期が近付いているでしょう?
そのひとつを、シズの鍛冶屋に頼もうかと思っているのだけど………」
フチ「ああ、確かに、シズに頼めば確実な宝具は作るでしょうね…
近衛兵よりも、そっちが本業だし…」
- 804 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:26:49.245 ID:z9Sv8GQM0
- 月には、数百年に一度、王族のものへと宝具を提供する行事があった。
その旨が提示されると、一年の期間が設けられ、
月に住まう職人たちは、宝具を作る為、それに魂を込めるのだ。
職人の選定法は、知名度・製造品の出来栄えなどといった事柄から決められる。
その職人の候補として、シズも選ばれた。
わたしは、シズにその旨を話すと、シズはそれを快く引き受けてくれた。
- 805 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:27:48.732 ID:z9Sv8GQM0
- シズは、刀鍛冶に秀でていたから、宝具として太刀を作り上げた。
名は姫百合、二尺五寸の太刀―――。
月の生血を啜った、寿命のとてもとても長い鉄を素材に、折れず、錆びず、曲がらぬモノであり、
その斬れ味は、そこらの太刀とは比べ物にならないものだった。
そして、その太刀の柄だって、刃を正しく振れるために握りを安定させる工夫がなされ、
その柄頭には百合の花の飾りが、美しく輝いていた。
漆黒の鞘にも、百合の花が、長い長い蔓が絡みついたように飾り付けられていた。
しかしながら、その蔓は丈夫な紐であり、しなやかなものでありながら、
三十貫ほどのものでは切れぬ強度を持っていた。
そう、美しき太刀であり、それに加えて実戦に役立つものだったのだ。
宝具として、素晴らしき出来のそれは、納められるのがもったいないほどに。
- 806 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:17.689 ID:z9Sv8GQM0
- ―――しかし。
その宝具は、王宮に納められることはなかった。
献上された姫百合を、カグヤに渡そうとした、その時――――。
宮殿に、轟音が響いた。
- 807 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:29:59.378 ID:z9Sv8GQM0
- カグヤ「な、なに!?」
シズ「ん………!
あの音の方角には、確か月の神剣が納められている場所では―――」
シズがそう言った途端に、あたしたちの身体中に悪寒が走った。
それは、月の神剣―――黄泉剣は、まさに神そのものであったからだ。
それから放たれる力は、らすほわたしたちにとっては、人智を超えたものだったからだ。
それは、唯人ならば、震え歯の根をかちかち鳴どに、嫌な空気を醸し出すほどに。
- 808 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:31:04.553 ID:z9Sv8GQM0
- そう、黄泉剣は、月の民の跳ねっ返り共に奪われたのだ。
それは王族の血を使って封印された、と伝えられていたから、恐らくは王の命を贄に奪ったのだろう―――。
そして、奴らは月の生きるもの全てを殺しつくし、神という存在へと近づいていた。
その事実は、発覚と同時にあたしたちを絶望に包んだ。
けれども、それは命懸けでも、命に代えても鎮めなければならない事柄。
あたしたちは、カグヤの命を護るためにも、黄泉剣を奪回するためにも、
いったん太陽神の支配す星である蒼き星へ移動することになった。
- 809 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:32:24.395 ID:z9Sv8GQM0
- ――そして、蒼き星の海上で、神の力を得た者との死闘の末に、
多くの仲間の犠牲の上、黄泉剣を奪った首謀者を殺すことができた。
最も、黄泉剣は海の底に沈んで引き揚げられず、そしてカグヤは残党に攫われてしまった。
辛勝ではあるけれど、世話役としての役目を果たせない、情けない、むしろダメというべき幕切れだった。
- 810 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/13 23:36:27.415 ID:z9Sv8GQM0
- シズ「は、は…くそっ、カグヤを、取り戻さねば…」
フチ「う、う…うっ…」
絶望的なその状況に置かれて、あたしは涙を流してただ蹲ってしまっていた。
シズ「……フチ、大丈夫、希望はある、カグヤを殺せば剣を引き上げるのは難しいはず
だから、追いかけよう…」
けれど、シズに抱きしめられて、あたしの気持ちは落ち着いた。
フチ「ありがとう、シズ……行こう、行きましょう―――」
カグヤが生きているという希望を胸に、捜索し続けた。
―――そして、その一年後、あたしたちはカグヤを見つけた。
- 811 名前:社長:2016/02/13 23:37:10.230 ID:z9Sv8GQM0
- 次回はようやく鈴鶴さんが出てくるよ。
そして鈴鶴さんの太刀はすごい。
- 812 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/14 00:08:18.322 ID:BAYhqydco
- 乙やぞ
- 813 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:53:21.513 ID:F7k9y9fw0
- しかし、カグヤは五体満足、まったくの無事――というわけではなく。
太陽の民―讃岐造との間に宿した子を産み、天の狗なる存在を治療して、生命(いのち)を使い切って息も絶え絶えの状況だった。
あたしとシズは、その状況を見て、どうすればいいのかが分からなかった。
呆然と、ただカグヤが苦しさに喘いでいるところを見ることしかできなかった。
シズには術の力はなかったし、あたしも式神を生み出す力しかなかったからだ。
そして、どうしようもない悔しさや、怒りのようなものが出てきた。
それは、名も知らぬ、素性のよく分からない間に子を宿していたからだったのか?
それとも、カグヤを護りきれなかったから、今際の際である、この状況だったからなのか?
その時のカグヤの顔は、嫌悪に包まれたそれではなく、いつもの表情だったのに。
あたしは、気が付くと涙を流していた。
シズは、硬い表情のまま、けれど影を落とした表情でその場をじっと見ていた。
- 814 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:54:16.245 ID:F7k9y9fw0
- カグヤ「………ごめんね」
そんなあたしたちを見て、カグヤは朽ち果てそうな身体を無理に動かしながら言った。
フチ「いえ、姫さまが……謝ることは、ない……です………」
カグヤ「………この子も、天の狗の子も、すべてはわたしの意志によるものだから
はぁ、はぁ……げほっ、げほっ………」
シズ「………」
- 815 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:01.302 ID:F7k9y9fw0
- カグヤ「………最期に、我儘を言って………いい?」
フチ「……なんでしょうか、姫さま?」
カグヤ「このふたりは、わたしのいのちの、月の民の血が混じっているの………
だから、月の民と同じように生きる運命…
だから、来るべき日には、あなた達に、任せ、ようと―――」
―――その願いと共に、カグヤは息を引き取った。
- 816 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:22.368 ID:F7k9y9fw0
- フチ「姫さ―――」
その死に顔は、ほっしたような安らかさに満ち溢れていた。
カグヤが産んだ赤子の父親、讃岐造とは、良い関係だったのだろうと分かった。
- 817 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:55:43.496 ID:F7k9y9fw0
- しばし沈黙し、そして落ち着いたあたしたちは讃岐造に問うた。
カグヤとの出会いを、何故カグヤは死んでしまったのか、ということを―――。
カグヤが攫われた後、攫った者はカグヤを襲おうとしたらしい。
そこに、讃岐造が現れ、カグヤを助けたことが出会いだったそうだ。
- 818 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:57:54.373 ID:F7k9y9fw0
- ふたりは、やがて恋に落ちた。
――最も、月の民と太陽の民では、生きる年月が違うから、別れてしまうのは分かり切っていたことだった。
そこで、カグヤにとって、愛する讃岐造の面影を残すことがいい、とふたりは話し合った。
そして、ふたりは子を作る事を決め、そして赤子が産まれた。
しかし、その時、傷だらけの天の狗が住処近くに倒れていたそうだ。
その天の狗の命を、カグヤは月女神の血を引く命をを持ってして救った――。
そして、命のともしびが尽きそうだったところにあたしたちがやってきた、ということなのだ。
- 819 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:21.193 ID:F7k9y9fw0
- あたしたちは、カグヤの魂なき、死人の魄を見つめながら、これからについて思案した。
カグヤは死んでしまったけれど、その血を引く子供がいること。
そしてまた、黄泉剣はただ海の底に沈んでいるだけであること。
その二つを踏まえ、取り敢えずは黄泉剣を封じるということを考えた。
十分に育つ十五年後、赤子と天の狗を引き取る事を話すと、讃岐造は快く承諾した。
何れ寿命で力尽きるならば、カグヤが言っていた信頼できるあたしたちに頼みたい、と言って。
- 820 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 17:58:36.779 ID:F7k9y9fw0
- しかしながら、その十五年までは、讃岐造と天の狗の、三人で暮らしてもらうこととなった。
太陽の民の血も引いている二人が、闇へ入る前に光を見てほしかったから。
カグヤの死体は、死んだことをそれとなく匂わせる偽装をして、海へと散骨した。
- 821 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:33.350 ID:F7k9y9fw0
- そして、その十五年間、あたしたちは赤子たちの棲家を見守りながら、
それと同時に赤子と天の狗と共に過ごす棲家を作っていた。
時折、讃岐造にシズは月影黄泉流を教えた。
讃岐造は剣術に長けていたため、いともたやすく技を吸収していった。
そして、赤子が少女へと育った時に、父親である讃岐造もまた、月影黄泉流を教えた。
時折、少女と天の狗はふたりで遊びに行くこともあった。
そういう時も、影からこっそり、あたしたちは彼女たちを見守っていた。
- 822 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/21 18:00:47.061 ID:F7k9y9fw0
―――そして、十五年後が経過した。
- 823 名前:社長:2016/02/21 18:01:13.455 ID:F7k9y9fw0
- ユリガミノカナタニ一章の裏側。
- 824 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:04.629 ID:LRKY/wGQ0
- しかしながら、彼女たちを普通に迎えに行くことはできなかった。
予想していた、最悪の状況が起きたのだ。
跳ねっ返りの残党が、讃岐造たちの住む棲家を見つけてしまった。
そして、それと同時に、あたしたちがこうして見張りをしていることも悟られた。
そこであたしとシズは、二手に分かれ、敵へと立ち向かうことにした。
あたしは棲家へ、シズは追っ手へ―――。
- 825 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:28:47.762 ID:LRKY/wGQ0
- けれど、棲家は既に火の手が上がっていた。
しかし、天の狗が少女を抱きかかえながら逃げ出すのを見て、あたしはそれを追いかけた。
迫る敵は、全て打ち破り、必死に彼女たちを追いかけた。
- 826 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:30:37.202 ID:LRKY/wGQ0
- ―――けれど、あたしの身一つではさすがに敵を捌ききれなかった。
そして、捌ききれなかった残りの敵が彼女たちに迫った時、彼女たちは海へと落ちてしまった。
- 827 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:34:17.653 ID:LRKY/wGQ0
- フチ「うっ――!」
呆然と見つめる敵を、あたしは式神で殺したはいいけれど、高い崖の下ということがあたしを躊躇させる。
シズ「フチ、大丈夫?」
ちょうどその時、シズはあたしと合流した。
フチ「うん…でも、落ちてしまった、海へと――」
シズ「よし、飛び込んで助けなければ――」
フチ「…その、あたしの身体では」
シズ「大丈夫、わたしがやっておくよ――
フチの式神のおかげで、追っては消えている…」
――そして、あたしたちは無事彼女たちを救い。
そして目覚めた彼女たちに、彼女の出自を、血を、運命を語った。
- 828 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:02.023 ID:LRKY/wGQ0
- 彼女たちは、予想よりもあっさりと納得した。
そして、棲家へと連れて行って―――。
黄泉剣を封じるための修行の日々が始まった。
最も、修行だけではなく、日常生活も営む―共同生活というべきか。
ともかくその日々は、経るごとに、力がつくとともに、互いへの想いが深まって行った。
- 829 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:14.416 ID:LRKY/wGQ0
- それは姫の子を護るためという、遺言に拠るところもあったけれども―――。
それよりも、愛する、恋する想いに拠るほうが大きかった。
あたしはシズが好きであり、そして迎えたふたりの少女が好きであった。
互いに暮らすにつれ、想う気持ちは強くなっていったのだ。
それはあたし以外も同じことで、それによって絆は深く深く魂魄を繋げていったのだ。
- 830 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:35:52.301 ID:LRKY/wGQ0
- ――彼女たちを迎えた一年後、どうにか黄泉剣を封じることはできた。
そして、ずうっとしあわせなひびをあたしたちは過ごしていたけれど――。
けれども、千代の時を越したとき、黄泉剣の封じは破れてしまった。
- 831 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:05.670 ID:LRKY/wGQ0
- さて―――。
その少女の名は、鈴鶴。
その天の狗の名は、ヤミ。
そう、あたしがくっついている魂の持ち主は、その赤子の成長した姿なのだ。
そして、ヤミは前述した通り、あたしと同じく、黄泉剣に斬られて――――。
- 832 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/02/22 23:36:18.731 ID:LRKY/wGQ0
―――あたしが過去を思い返していると、鈴鶴は目覚めた。
闇の中の、自身の棲家の、寝床から。
そこは、鈴鶴が拵えた棲家の中。
- 833 名前:社長:2016/02/22 23:37:15.100 ID:LRKY/wGQ0
- 一妻多妻制というべきか。ともかくみんながみんなを好きだった。
だから鈴鶴さんは黄泉剣に三人が切られて発狂してしまった。
- 834 名前:名無しのきのたけ兵士:2016/02/24 23:09:43.445 ID:NdF0A2p.o
- otu悲しいなあ
- 835 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:37:00.456 ID:Dudo6Mbo0
- 黄泉剣は、月の民のイノチを喰らい、そしてそれが持つ特別な力を吸い取る性質があった。
だから、鈴鶴はあたしの式神を生み出す力も使え、天の狗であるヤミの操る、風の術だって使える。
そして、黄泉剣が喰らった存在のものか、将又神の力かは分からないが、
闇の中に、特別な空間を作り上げる力も、鈴鶴は使うことができる。
棲家は、かつてあたしたちが作り上げたものと同じ大きさで、同じ構造で、家具やら何やらまで元と寸分たがわぬもの。
- 836 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:38:50.980 ID:Dudo6Mbo0
- 鈴鶴は、その棲家の中で、朝食を作り始めた。
釜で炊いた米に、味噌汁と漬物だけの質素なもので、その量も少ない。
とはいえ、朝飯と言うのは、おかしいかもしれない。
その闇の中は、時間に関係なく闇のままだからだ。
鈴鶴は、一人で、少ない食事を、ただ活力を補給するように済ませた。
その心中は、恐らく幸せに過ごした、あの日々を追憶しているのだろう。
- 837 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:39:16.208 ID:Dudo6Mbo0
- あたしは、鈴鶴に封じの技法ぐらいしか教えることはできなかったけれど、
逆にシズは様々な戦闘術を教えていた。
剣術・月影黄泉流以外にも、格闘術など、様々な武術を………。
あたしは、もっぱらヤミと共に修行するのが多かった。
天の狗は、風を操る種族であり、自身の精神力を用いて武術に変える。
その扱い方についてを、ヤミに叩き込んだ。
鈴鶴の脳裏には、今もそのコトが残っている。
いいや、忘れるはずがない。
- 838 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:40:10.572 ID:Dudo6Mbo0
- 鈴鶴は、あたしたちが死んでしまったことが、酷く心にこびりついている。
戻りたくても戻れない日々を思い返しながら、鈴鶴はあの日と同じ生活をしている。
炊事、洗濯、掃除、そして、修行――――。
鈴鶴のやっていることは、自らを鍛えるためのものではなく
あたしたちといた日々を、ただ求めているだけの、鍛えることとはまるで真逆の行動なのだ。
- 839 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:41:30.532 ID:Dudo6Mbo0
- それでも、技自体を鍛えることはできている。
皮肉にも、その真逆の行動ですら、鈴鶴の技はさらに高みへ行くのだ。
- 840 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:42:45.834 ID:Dudo6Mbo0
- そして、鈴鶴は、寝る前になると、式神を呼び出した。
それは鈴鶴の愛した、あたしたちの姿をした、物言わぬ式神。
それは、鈴鶴の髪留めから呼び出した式神―――。
あたしの力を用いているのは、半ばあたしになりきっているところもあって、鈴鶴を抱きしめられないこの悔しさは、悲しさは増える――。
- 841 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:13.450 ID:Dudo6Mbo0
- 物言わぬ式神の、硝子玉のような瞳が、鈴鶴をただじっと見ている。
鈴鶴「ふふ、ふふふ……」
今の鈴鶴のその瞳も、硝子玉のように、命ある輝きではない。
太陽の民の黒い瞳が、悲しく式神を見つめて、柔らかな手が式神を撫でている。
鈴鶴は、母を求める子のように、式神に抱きつき眠りについた。
眠りについてしばらくすると、式神は元の髪留めへと還って行った。
その力は、意識があるほどまでしか保てないから―――。
- 842 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:27.642 ID:Dudo6Mbo0
- 鈴鶴は夢を見ている。
それは、あたしたちと過ごした日々のことを。
鈴鶴は、カグヤとそっくりの顔立ちと、身体つきをした、美しい子だった。
だが、その眼だけは少し違っていた。
かわいいまん丸の眼ではなく、少し切れ長の入った目。
細い眉に、黒々とした大きな瞳。
柔らかな唇、そしてそこから身体を繋ぐ細い首、豊満で柔らかい胸に、しゅっとした腰に―――。
- 843 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:45:44.978 ID:Dudo6Mbo0
- また、鈴鶴の髪もカグヤのように美しく美しく、足ほどまでに伸びるほどの長さをしていた。
最も、黒髪であるところはカグヤと違っていたけれども。
伸び放題のその髪は、流石にそのままではわずらわしくなるから、
鎖骨と、肩と、肩甲骨の方面にそれぞれ結い、首の後ろの髪も結っていた。
それは、ヤミが鈴鶴をかわいく見せるために結いたものだった。
あたしにとって、それは魅力的に思えた。恐らくシズだって。
- 844 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:08.231 ID:Dudo6Mbo0
- 修行の終わりに入浴するときに、髪留めが解かれるのが、とても妖美なものに見えた。
気が付けば、あたしは鈴鶴のことをみると、シズを見るようにどきどきするようになった。
それは、ある意味カグヤに対して想っていたことが、其処で滲みでたのかもしれない。
ヤミと吸血し合う鈴鶴を見て、その心は果てしなく高まった。
そしていつしか、あたしはシズも鈴鶴もヤミも、みんなを愛するようになった。
それはシズだって鈴鶴だってヤミだって同じことだ。
あたしたちは、全員が全員を愛する絆に包まれていた。
- 845 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:46:37.034 ID:Dudo6Mbo0
- 鈴鶴は、さびしがり屋で、甘えん坊な子だ。
誰かに依存しないと、自分自身を出すことができない。
鈴鶴には孤高の存在として生きる戦闘能力も、生活力も十分に持っている。
けれどそれは、あくまで表向きの、魂魄でいう魄――いわゆる、外の姿。
鈴鶴の魂――内の姿は、愛する人にしか見せないのだ。
そして鈴鶴は、あたしたちを求めている。
鈴鶴の心は、あたしたちが死んでしまったその時から、止まってしまっている。
鈴鶴が、式神を呼び出して触れ合っているのは、一種の一時凌ぎだ。
いずれは持たない付け焼刃。
ああ、ああ―。
鈴鶴のことを救いたい。
- 846 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:00.437 ID:Dudo6Mbo0
- けれども、魂しかないあたしには、それはできない。
願わくば、鈴鶴のことを受け止められる人が現れることだけど―――。
………それは、叶わぬ願いなのかもしれない。
あたしが今できるのは―――
眠る鈴鶴の魂を、ただ撫でてあげることだけ―――。
せめて、せめて―――
少しの安らぎに、なってほしい。
- 847 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:14.642 ID:Dudo6Mbo0
- ―――――。
あたしが、鈴鶴の魂を撫でていると、声が聞こえた。
鈴鶴は、再び顕現したことを、自身が善と呼ばれる存在になるためと思い、時折人の願いを聞いている。
真に悩みを持つものだけが入れる扉を、その声の主はくぐってきた。
- 848 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:35.234 ID:Dudo6Mbo0
- 声の主「ようやく―――ようやく、この場所を見つけることができた
願いを聞いてほしいのです―――」
――――鈴鶴は、式神を生み出し、その願いを待つ声の主へと歩かせていった。
式神「用件は、なんでしょうか―――」
そして、声の主へと、式神は問うた。
- 849 名前:陰陽人・鈴鶴:2016/03/01 20:47:49.014 ID:Dudo6Mbo0
- 陰陽人・鈴鶴 完
- 850 名前:社長:2016/03/01 20:48:55.660 ID:Dudo6Mbo0
- 百合神へのお願い、その主は誰だろう。
その願いは何だろう。
明かされるかもしれないしされないかも。
388.70 KBytes
続きを読む
掲示板に戻る
前100
次100
全部 最新50
read.cgi (ver.Perl) ver4.1 配布元(06/12/10)